268:◆EBFgUqOyPQ 2016/10/18(火) 01:53:46.70 ID:nZ3oq+wSo
お久しぶりです(2か月ぶりn度目)



モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ



イルミナティによる同盟本部侵攻編part2投下します。
今回も長いです(白目)

269: 2016/10/18(火) 01:54:16.95 ID:nZ3oq+wSo
 砂嵐は脳内に蔓延り、視界不良は依然続く。
 断片をつなぎ合わせた記憶は、遥か過去のようなものの気がして直視する気にもならない。

 まるで数年放置され虫に食われ尽くした穴だらけの新聞のようなモノクロは、あたしにとっては価値を理解できないほどに擦り切れてしまっていた。

『……クスクス、クスクス』

 そんな不明瞭な情景で、どこからともなく聞こえる小さな笑い声。
 無邪気な声色のそれは、嘲笑されているようで、にもかからわずなじみ深い嫌悪感の少ない印象をあたしは抱く。

『なお、なお。かわいいなお。かわいそうななお』

『知らない頃に連れ去られ、何処とは知らない檻の中』

 砂嵐の中笑い声と共に聞こえてくる歌声は、ざりざりとあたしの頭の中をひっかく。
 歌声は脳の中をかき回し、不快感にを与えるが、それに比べ苛立ちは少ない。
 不明瞭な視界の中で付いているのか定かでないあたしの脚は、ごく自然にその歌声に引き付けられるかのように歩き出す。

『まっしろいおさらのうえ。なおはおさらのうえの、おりのなか』

『ナイフとフォークを持って、みんなは奈緒を見てる。食器を交差させて奈緒を見てる』

『ああ、なお、なお。かわいそうななお。かわいいなお』

『今からわたしは食べられてしまうのね。かわいそうで、おいしそうな奈緒』

 笑い声は大きくなることはない。しかしその数は次第に増えて、あたしの四方から絶え間なく聞こえてくる。
 歌声は依然響く。あたしに語り掛ける歌は、あたしの脳をまだかりかりとひっかいて不愉快だった。
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それは、なんでもないようなとある日のこと。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



270: 2016/10/18(火) 01:54:51.81 ID:nZ3oq+wSo

『……クスクス、クスクス』

『くすくす……クスクス』

『アハハ……クスクス』

 視界を埋め尽くす灰色の砂嵐。当てもなく歩き続ける中ずっと続いてきたそれは、笑い声の数と反比例するように薄れ始める。
 そこは歩くたびに体中が重くなり行く手を阻むが、体はあたしの意に介さずゆっくりと進む。
 歩み進んだ先の景色もやはり灰色だ。
 だが薄れ始めた灰色の砂嵐はその中に、一つの情景を形作り始める。

「……遊園地?」

 離れた空には巨大な車輪。
 身の丈ほどの大きさのマグカップや作り物の艶を出す回転木馬を備えた円形幕。
 金属柱を組み上げたレールの上で静止したジェットコースターや海原に進みだすことなく左右に揺れるしかない海賊船。
 どこにでもあるような、その言葉を聞けば万人が想起するようなアトラクションが備えられた娯楽の園。

 だがその遊園地は相変わらず古新聞の写真のように白黒で、視界に走るノイズ以外に動きのない静止した空間だった。

「そういえば、遊園地なんて行ったことなかったな」

 ネバーディスペアの活動を始めてからすでにそれなりの時が立っている。
 異形の見た目のために、その活動以外では外に出ることは少ないために、娯楽目的でこう言った遊園地のような場所に来る機会はあたしにはなかった。
 だが知識としてはどういう場所か知っているので、その風景が遊園地であることは認識できたのだ。

271: 2016/10/18(火) 01:55:22.05 ID:nZ3oq+wSo

「んー?……遊園地、なのか?」

 本来華やかな雰囲気を連想させる遊園地だが、目の前に広がる景色からはそんな感想は思い浮かばない。
 文字通り静止したこの情景は、本来動的であるはずのアトラクションの諸々がすべて静止しているということに他ならない。
 あたしは少し見渡しても、視界に入るような自分以外の人の姿も見えないし、小鳥一匹、小動物、はたまた動く影すらないまさに静止画の世界ようだった。

「あたし……なんでこんなところにいるんだっけ?」

 そもそも視界不良という明らかな違和感にさえ疑問を抱かなかったあたしだが、そんなことを疑問に思う。
 特にきらりや李衣菜と遊園地について話をしたことはないし、当然夏樹ともそんなことは話さない。
 別に行きたいと思ったこともなく、この場所のチョイスには疑問にしか思わなかった。

「……でも、この場所」

 たしかに場所には疑問しか思い浮かばなかった。
 そもそも今の状況が現実離れしているのだが、そんな現実離れした空間であってもこの遊園地は妙に現実に沿っている。
 いわゆる既視感だ。あたしは行ったこともないこの遊園地に既視感を覚えている。

「ここって、いったい?」

 あたしはその既視感の正体を確かめるために、周囲に広がる遊園地を見渡す。
 この遊園地の正体を探るために、ありふれたアトラクションからあたしの記憶に合致するものが含まれていないかを探す。

272: 2016/10/18(火) 01:56:00.45 ID:nZ3oq+wSo

『……くすくす、かわいそうななお』

『……クスクス、かわいい奈緒』

 だが周囲を見渡したあたしは、その風景の中で既視感ではない異物を見つけた。

『ごきげんよう。ご主人様』

『ごきげんよー、ごしゅじん様』

 コーヒーカップの中に座る二つの影。
 影というのは文字通り『影』であり、その姿は不明瞭、黒塗りの人型である。
 その声色は少年のものと少女のものの二つ。影も黒塗りのために判別がつかないので、どちらが少年でどちらが少女なのかあたしには判別がつかない。

『今日は楽しかった?ご主人様』

『りいなやなつき、きらりもみんな優しくて、ごしゅじん様は今日もご機嫌だったねー』

「お、お前ら……いったい?」

 突如として現れた二つの影に、思わずあたしは一歩退く。
 その明らかに人間ではない『何か』は、さも当然のようにあたしに話しかけてくる。
 あたしはこんな二人のことは知らないし、知り合いでもない。
 だけどそれはとてもなじみ深くて、そして直視できなくて、頭の中は混乱していく。

『心外ですわ。ご主人様。私たちはいつも一緒ではありませんか』

「だ、誰がご主人様だ!あたしは、あんたらを見たことはないぞ!」

『うん、そうだね。確かにごしゅじん様は僕らを見たことがない』

273: 2016/10/18(火) 01:56:43.55 ID:nZ3oq+wSo

 『僕ら』と語ったほうの声があたしの背後から響く。
 思わず振り向いたあたしは、あたりまえのように模造の白馬の上に座る一つの影を見つける。
 すでにコーヒーカップにいた二つの影はそこにはいない。
 白馬の上の影は狼狽えるあたしのことなんて気にせず話を続ける。

『でも僕らはいつも一緒だよ。はなれたくてもはなれなれない。

だからごしゅじん様のうれしかったことも、怒れるようなことも、悲しかったことも……楽しかったこともしっている』

「そんな、あたしは知らない。……いったいあたしの何を知っているんだ」

『だからすべてですよ。ご主人様。

今日のこと、昨日のこと、一昨日のこと、遡ってこれまでのことも』

 ジェットコースターのレールの上に腰掛ける影は、遠いはずなのに耳元でささやかれたように鼓膜に届く。
 情報は目くるめく脳を駆け巡り、ひっかくノイズは不協和音を奏で始める。

「う……ああ、なんだ、これ?」

『ああ、しかたのないことだよ。ごしゅじん様。

ごしゅじん様はここのことを理解できない。いや、理解することを拒むんだよ』

『それにこれは、ただの夢。ほんの一瞬の、うたかたの夢なの。

だから起きれば、ここのことは何も覚えていないし、思い出せない。

出来れば覚えていてほしいこともあるのだけど、できないのなら意味はないもの』

『伝えても覚えていないのなら、それは僕らの言葉を伝えられないことと同じだよね』

「いった、い……なんの?」

274: 2016/10/18(火) 01:57:21.66 ID:nZ3oq+wSo

 脳の裏をかきむしられるようなノイズは、痛みは感じないが不快感だけを募らせる。
 そんな不快感にあたしは膝をついて頭を抱えるようにうずくまる。
 その状態でも影の声は依然響く。
 彼ら自身その言葉に意味はないと断言しておきながら、それでもあたしに言葉を投げかけ続けていた。

『ご主人様が楽しかったり、嬉しかったりするのは私たちにとっても不本意ではないわ』

『だけど覚えておいてねごしゅじん様。きっとこの言葉は目が覚めた時には忘れてしまうだろうけど、僕らは何度も言うよ』

 あたしは脳の不快感に耐えながら、頭を上げる。
 そうしなければいけないようなこみ上げる使命感は、砂嵐の走る視界を強引に見開かせる。
 あたしの前に立つ二つの影。その小さな影は、小さくうずくまるあたしを表情のない顔で見下ろす。

『奈緒、決してあなたは幸せになれない』

『なお、決してあなただけを幸せにはしない』

『抜け駆けは許さない』

『一人だけ、抜け出すなんてそんなのずるい』

『私たちは一蓮托生』

『僕らは一心同体』

『私たちはあれだけ苦しんだ。切り開かれ、植えつけられ、弄ばれた』

『僕らの苦しみはまだ終わってないから、なおだけ幸せになんてさせない』

『もっと苦しみましょう。私たちと一緒に』

『まだまだ苦しもう。まだ終わらない僕らの苦しみと一緒に』

275: 2016/10/18(火) 01:57:52.66 ID:nZ3oq+wSo

 あたしの視界に広がるのは、遊園地の風景。
 だがそれらはすべて影に塗りつぶされ、シルエットしか映さない。

 いや、『目』が見えるのだ。

 コーヒーカップが、模造の白馬が、空席のジェットコースターが、進まない海賊船が、静止した観覧車が。
 みんなが見てる。あたしを見ている。数えられないほどの瞳が、視線が、一点にあたしを見ている。

『ずっと私たちが、見てる』

『いつまでも僕らは、見てる』

『『だから、奈緒だけで、幸せになんてさせない。かわいい奈緒、かわいそうななお、あたしたちはずっと一緒だよ』』

――――――――――
―――――――――
―――

 沈黙のアラームが示すのは、午前6時の時刻。
 眠気目の瞳に映るのはいつもの起床時間より早く、あたしにとってはたまにあることだった。

「いやな……夢だな」

 よくはわからないけど、たまにそんな感じがする。
 寝覚めの悪い、悪夢を見たという漠然とした感覚。

 内容は思い出せないけれど、直前に見ていた夢が悪夢だったという自覚だけはあって最近になってそういうことがたまにあるのだった。
 だけど内容も思い出せないし、思い出せないということは大したことではないのだろうとあたしはいつも思考を切り替えていた。

「……はぁ」

 これ以上は眠る気分にもならないし、あたしはゆっくりとベッドから這い降りる。
 寝覚めのいいほうではないあたしが、誰よりも早く起きるのが思い出せない悪夢を見る時だった。



 そして今になって気が付くんだが、悪夢を見るのは決まって、いいことのあった日の夜なのだ。

276: 2016/10/18(火) 01:58:39.84 ID:nZ3oq+wSo

***

『AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 黒い泥の塊は、人の影のような形を作りながら表面が泡立つ。
 それは人の姿へと変わろうとしているのではなく、元の形こそが人型であるということなのだろう。

 先ほどまでの泥の塊として流体は一つの形態であり、その『カース』は新たな容貌へと変化しようとしていた。

『オナカ……スイタヨウ……。

オ……オナ、カアアアアアAAAAA!!!!!!!!!!』

 その口からだらりと落ちる黒い泥は、満たされぬ空腹を吐露する意思の表れだろう。
 体を形成する泥より粘性の少ないその液体はロビーの床に落ちるとともに、小さな煙を上げながら床の表面とともに蒸発した。

 満たされない空腹を満たすためならば、すなわち食らい続けるしかない。
 ならばこそ、先ほど食いそこなったヤイバー甲のような不純物を身にまとったものではない、もっと柔らかな『食事』を求めるのも必然であった。

 捕食により適した体への変化は、その遺伝子に刻み込まれていた。
 カースの背からはより多くの獲物を捕らえるべく発達した巨大な手が一対、天井に向かって泡立つように膨張し伸びていく。
 明らかにその場にある泥の総量を超えた体積変化は、逃げ惑う人々にとってはさらなる脅威でしかなかった。

『ガ、ガアアアアアアアア!』

 背中から生えた巨大な両腕は伸ばしただけでこのロビーの幅の8割程度を網羅する。
 腕の泡立ちは、筋繊維が伸縮するような軋みのような音をかすかに上げる。
 伸ばした腕は、その場にいた哀れな贄を誰一人として逃がさぬように地を這うように振られた。

「ぎゃああああああ!」
「イヤアアアアアア!」
「た、助けてええええ!」

 その剛腕に捕まった人々は、各々が助けを求める声を上げる。
 人々の叫びなど意に介さず、『カース』は新たな形へと変化する。
 先ほどヤイバー甲を丸呑みした時のような、人の大顎とは言えぬような先の見えない漆黒の孔。
 腕の先の捉えた獲物たちを上に掲げ、自らの捕食機関である底の見えない洞に落とそうとする。

277: 2016/10/18(火) 01:59:21.65 ID:nZ3oq+wSo

「やめて、だ、誰か、助けて……・!」

 先ほどまで何の脅威にもさらされていなかったこの場所で、突如と襲う命の危機。
 人間であるが故に、これまで被捕食者側に立ったことのない者ばかりであったが、今この瞬間にそれを知るのだ。
 生来から決めつけられた圧倒的な捕食者を目の前にして、ただの人間など食物連鎖の下層の存在であり、無力な餌でしかないことを。
 その絶望への落差は決して安全な場所にいた人間にとって耐えられるものではなく、誰もが自らの終わりを悟っていた。

「ったく、待たせたな!」

 だが巨腕に抱かれ、終わりを悟った人々は一つの声とともに体を締め付けていた圧迫感が解放されたことに気づく。
 黒い泥の塊はその瞬間を確かに見ていた。

 大口を上げて、捉えた大量の『食料』を下から見ていたとき、二筋の光線が一つづつ両腕を一閃し、自分から切り離されたところを。

 捕らえられていた人々は、巨腕の捕縛から解放されそのまま落下する。
 だがその先が、泥の塊の口の中であることには依然変わらない者も多い。
 しかし、その大口にたどり着く前に別の黒い巨大な穴が遮るように出現する。
 その大口よりもさらに大きな穴は捕縛されていた人々を残らず吸い込み、別の方向から落下音がする。

「くっ……さすがにこの大きさじゃあ距離なくてもきっついなぁ」

 苦い顔と一筋の汗をにじませた夏樹は、人々が落下する音を背に苦痛を吐露する。
 泥の塊の大口を遮るように開いた大穴の先は、夏樹の背後のコーヒーショップの前につながっていた。
 落下距離を短縮したので余り負担はないが、用意する時間もなかったのでアスファルトに人々は落下し、折り重なっているので多少の軽傷を負った人もいるが、泥に飲まれ消化されるよりかはマシであろう。
 そして当の『カース』のほうは、ようやく自分の獲物を横取りされたことに気が付き、夏樹のほうを見る。

『ナンデ……アタシノ、ゴハン、ソッチニ?

トラナイデ……トラナイデヨオオオオオ!』

278: 2016/10/18(火) 01:59:58.83 ID:nZ3oq+wSo

 切り離された腕を再び取り込みつつ、その黒い泥は再び形を変える。
 次のその姿は巨大な四足獣の形態をとり、その容貌はこの世のどの獣にも似つかず醜悪であった。

『カエ、セエエエエエエエエエエエェェ!』

 『カース』は怒り狂ったように声を上げながら夏樹に向かって走り出す。
 腕をレーザーで切り離されたことやワープホールで人々を救出されたことまで理解しているかは定かではないが、どうやら獲物を奪ったことが夏樹の仕業であることは理解できているようだった。

「まったく、あんまり頭はよくなさそうだけど、感だけはいいみたいだな。

ホント、勘弁してほしいぜ。だりー」

「いったい、なんなのさ、こいつ」

 『カース』の標的は夏樹だけになっていた。
 だからこそ、ロビーから出る前に出口の脇で待機していた小さな影には気づかなかった。

「チャージ!アンド」

 その小さな影から唐突に電光が立ち上る。
 足元には体につながれた小さなコード。その先は自動ドアへとつながっている。

「スパーク!!!」

 振り上げたギターを、走り抜けようとする『カース』の四足獣の横っ腹に思いっきり叩き込む。
 凄まじい閃光とともに帯電したギターは轟音と衝撃を生み出す。
 歪んだギターチューンは決してメロディーを奏でたものではないただの単音で構成された衝撃だが、聞いた者の心臓に響く一撃。
 それを直接受けた黒い泥の表面は波打ち、全身にギターを伝った雷電が走る。

『ギャ、GYAAAAAAAAAAAAAAAアアアアアアア!』

279: 2016/10/18(火) 02:00:32.51 ID:nZ3oq+wSo

 『カース』は町に響くような叫び声を上げた後に、壁に向かって沿って吹っ飛んでいく。
 同盟本部のロビーにいた人々は捕まった人々を除けばすでにほとんど避難が完了していたため、その先には巻き込まれるような人はいない。
 『カース』の巨体は、その体に電気を纏ったまま巨大な大理石の壁に激突し、本部全体に衝撃を与えた。

『グ、アア……イタイ、イタイ、ヨ』

 想定外の方向から手痛い一撃を受けた『カース』はその巨体に似合わない高い悲痛なうめき声をあげながら崩落した大理石のがれきから立ち上がる。
 全身が泥のために火傷のように傷が焦げ付くことはないが、電撃によって体を構成していた泥の一部が蒸発し、湯気と共に汚水のような悪臭が周囲に立ち込めている。

「おなかすいちゃったのは、仕方ないかもしれないけどぉ」

 『カース』のすぐそばで聞こえる一つの声。
 逃げ遅れた人がいるのかと思った『カース』は、この消耗した状況にとっては渡りに船であった。
 依然空腹は一切満たされず、掻き毟るように湧き上がる飢餓感は絶え間ない泥の形成を促す。

 そもそもカースは感情のエネルギーの塊である。
 そしてその上で、カースドヒューマンが強力な理由として最も上げられるのはある程度自前で感情のエネルギーを供給できることであり、逆説的に周囲の感情エネルギーを力に変えることができることである。

 永久機関にも似たその性質は負のスパイラルであり、決して救いなどない。
 だがこの状況でこの『カース』が目の前につるされた餌にあり付くだけの活動能力を取り戻すには、湧き上がる飢餓感というエネルギーは最適だった。

『スイタ……スイタノ……タベ、タベサシテエエエエエ!』

 『カース』の自らの膨れ上がった巨体は、沸き立ちながらさらに変化を起こす。
 四足獣の姿からは大きくは変わらないが、さらに追加で1対の巨大な腕が床をつかむように形成される。
 さらにその獣の大口は可動域を無視すように大きく開き、その中は牙というには不揃いで、圧倒的に過剰すぎる剣山のような鋭利で黒い牙を一面に生やしていた。

「だけどぉ、みんなを怖がらせるようなことはダメだ、にぃ!」

280: 2016/10/18(火) 02:01:14.03 ID:nZ3oq+wSo

 『カース』の傍にいたその少女はその悪食の脅威にさらされた。
 だが少女は臆することなく、小さな子供を叱りつけるように言い放つ。

「きらりん☆ビィーーーーーーッム!!!」

 少女が構えた両の掌から光る閃光。
 そのロビー全体さえも照らすような一瞬の光はプリズムのように虹色の輝きを彩る。
 少女に食らいつこうとした『カース』の口内に向けて放たれる虹色の光線はカースにとって致命的となる浄化の光。
 正面からその直撃を受けた『カース』の体を貫通するように、光線は一筋に延び同盟本部の外に走る。

『ガ、ガアアアアアアアアアアアアアアああああああ!?』

 『カース』自身も何が起きたのかを理解できていなかった。
 少女、きらりが放った光線はその直径を増していき、その巨体を丸ごとの見込み泥は蒸発する。
 ロビー内は虹色の光が乱反射して、その残滓を様々な色で照らし出した。

 浄化の閃光に巻き上げられた粉塵は、残光によって星屑のごとく煌いている。
 光の中に消えた『カース』は、傍から見れば完全に消滅したと考えられるだろう。
 事実あの巨体が回避行動をとることはなく、光の中に消えていったことはこの場にいるものならばそれ以外に考えない。
 だからすでにこの場の人間は遠巻きに見守る一部の人間と少し離れた避難の最後尾の背中、それと『カース』と退治していたネバーディスペアの面々だけであった。

281: 2016/10/18(火) 02:01:43.79 ID:nZ3oq+wSo

「まったく……今日はそういう目的で来たわけではいのだがな」

 このような事態は過去にないとはいえ、さすがはヒーローの総本山である。
 先ほど捕まっていた人々を除く者たちは、すでに我先に避難を完了している。
 遠巻きに見守る人間も、『こういった』事態に対応するための係の者であり、今は夏樹が先ほど救出した人々を介護している。
 その様子を見守る夏樹の隣にやってきたのは彼女がよく聞きなれた声。

「おっ、LPさん。よかった。無事だったんだな」

 その口調は軽いものだったが、隣に怪我無く無事に立つLPの姿を見た夏樹は安堵した様子がにじみ出る。

「ああ、不謹慎ではあるが周りが必要以上にパニックになってくれたおかげで逆に冷静でいられたよ。

あの『カース』の隙を見てどうにか脱出してきた」

 そう語るLPは無事に脱出できたにもかかわらず、浮かない顔をしている。
 視線の先は夏樹と同じ避難する人々のほうを見ているが、その手は止まることなく小さな情報デバイスで何かを調べている。

「そっか、ならよかったぜ。

しっかし、なんでこんなことになってるかね。いったい同盟のヒーローはどうしてんだ?

総本山にカース侵入させて、誰も出動しないなんて怠慢だぜ。

そもそも、LPさんの言う通りアタシらもこういう目的で来たわけじゃないんだけどな」

282: 2016/10/18(火) 02:02:16.61 ID:nZ3oq+wSo

 基本的にネバーディスペアはたとえ休みの時でも、必要とあればヒーローとして行動する。
 だが今回訪れているのは一般的なヒーローたちが集う同盟本部である。
 夏樹自身そう思っていたわけではないが、この場で同盟のヒーローを差し置いて動くことになるなんてそもそも想定すらしていなかったのだ。

「目的って……私を連れ出そうって考えていたことか?」

「!……なんだ、気付いてたのか」

「まぁいつもならこういったことで私に積極的に付き添って来ないし、今日は珍しく4人揃ってに付いていくなんて言い出すしな。

何か裏を勘繰るのは必然だろう?私を何か嵌めようと思っていない限りで考えうる動機なら予想はつく。

きっと私が働きすぎだから、休暇もかねてどこかに連れ出そうってな」

 夏樹は計画をはじめから見破られていたことにばつの悪そうな顔をする。
 そもそも夏樹としても万事うまくいくとは思ってはいなかったが、目的から動機まで見破られるとさすがに計画がずさんだったと言わざるを得ないだろう。

「ほんとに……LPさんには敵わねぇな。

やっぱり、要らない世話だったかな?」

「いや、私のことを考えて行動してくれたことがうれしいさ。

だがサプライズを行うのならば、もっと手堅く慎重に事を起こすべきだ。

これでも私は歴戦だぞ。敵の裏をかくなんてことは造作もないさ」

「そっか。なら今度はLPさんに一泡吹かせてやるから、楽しみにしといてくれよ」

「ああ、また楽しみにしているさ。

それにとにかく今日はこんなことになってしまってはいるが、ことが済んで時間があれば私も付き合おう。

君たちの『娯楽』というものを、私も見ておきたいのでね。

っと、……やはりか」

283: 2016/10/18(火) 02:03:02.31 ID:nZ3oq+wSo

 歓談は終わり。LPは情報デバイスでの調べるものは見つかったようだった。
 LPはその画面を静かに夏樹に示す。

「ん……?なんだよこれ!?『カースの大量発生』、『アイドルヒーローのライブにカース乱入』、『高速道路の同時多発事故』だって!?

何件も、まだまだあるぞ……。しかもこれ」

 夏樹はLPに示された画面をスライドしていくたびに新たな事件が羅列されていき、しかもそれは現在進行形で更新されている。
 そして気になる点は大量の事件が起こっていることだけではない。

「そう、ほぼ同時刻。この騒ぎと同じころに発生している。

ここで起きた『カース』の襲撃と同時刻だ。しかも発生地点も的確に、近くに同盟のヒーローがいる」

「まさかこれって……全部この事件ヒーローの足止めか?」

「さすが察しがいいな夏樹君。おそらくな。

偶然にしては出来すぎているし、あの『カース』もただのカースだとは思えん。

何かしらの思惑を感じる。それと夏樹、私は一つ違和感を感じたんだ」

 そしてLPは情報デバイスを懐にしまい、同盟本部のほうへと指をさす。

「できればなるべく上階……そうだな、同盟本部の5階くらいのところに『穴』を作ってみてくれ」

「?……ああ、わかった」

 夏樹はいつものように、視線の先。5階に見える窓の中にワープホールを形成しようとする。
 ただ作れと言われただけだから穴の規模は大きくしていないし、視線の届く範囲なので負担もかからない。
 視線の先の5階の中に続くワープホールが形成しようとする。

284: 2016/10/18(火) 02:03:38.96 ID:nZ3oq+wSo

「……あれ?どういうことだ?

『あそこ』に、ワープホールを作れない?」

「私が抱いた違和感は、人数だよ」

 この同盟本部周辺は今ほとんど無人である。
 迅速な避難の賜物か、どこかのヒーローが真っ先にやられたから皆我先にと逃げ出したのかは知れないが、相応の目的を持っているもの以外はこの場にはいない。
 野次馬もほとんどいないため、アイドルヒーロー同盟の周辺にしては驚くほどに人が少ないだろう。

 だが、つい先ほどまではロビーの中も人がごった返していたし、今夏樹たちが立っている道にしても多くの人が行き交っていた。
 大量の人間がいたことと、そしていなくなったことはわかるのだ。

「そう、過密から過疎へ。人口密度の移り変わりというだけならば凄まじいものだよ。

だからこそ、おかしい。この短時間にこんなにもスムーズに避難が済むのか?

……それは否だよ。夏樹、あの窓に光線も頼む」

 夏樹は、もう何となく察していた。
 いわれた通りにアイユニットの先からビームを5階の窓に照射する。普通ならば多少の硬化ガラスでさえ貫通する代物だ。
 先ほど『カース』の大腕を切り裂いたように、ビルの窓ガラスなど造作もないだろう。

 だが響くのはガラスが溶ける音でも、ビームを反射する音でもない。
 音は響かず、まるで水面に石を投げ込むように『その壁』は波打ち、ビームを打ち消す。
 そこには変わらず同盟本部のビルがそびえたっており、凄惨な状況は1階のロビーと2,3階の窓が多少割れている程度。
 逆に『それ以上の階層は不自然に無傷なのだ』。

「これは……バリア?」

285: 2016/10/18(火) 02:04:19.79 ID:nZ3oq+wSo

「どちらかといえば結界、に近いな。防ぐものというより閉じ込めたり立ち入らせないものだ。

しかも、空間を繋げる『穴』が作れないということは、そもそも空間としてあそこは隔絶されているとも考えられる。

そして多分これは同盟本部の上階すべてを覆っている。これはもう、テロとかそういう次元じゃない。

おそらくだが、まだ本部ビル内には大量の人々が残っているはずだ」

 外に出張っているヒーローたちへの足止め、過剰なほどの混乱を生じさせる陽動。
 同盟本部へのカースの襲撃。否、おおよそただのカースとは言えない『何か』の強襲。
 それさえもお膳立てられた囮であり、すでに同盟本部は敵によって封鎖されている。

「結界の主は、おそらくさっきのパニックに乗じて入ったんだろう。

しかもそれに加えて上階に残っている同盟ヒーローをも相手どることもできるほどの実力者が投入しているだろうな」

「LPさん、それって……」

「ただの自爆テロとかそういうものじゃ断じてない。これは大規模な組織の犯行だ。

しかもこの連中、おそらく『ヒーロー同盟』を潰す気だぞ」

「……冗談だろ?それは、いくらなんでも『同盟』を嘗めすぎているって。

仮にも今この国の防衛機能の中心だぜ。それに対して正面から喧嘩売って、そのまま潰す気だなんて……」

 そんなことは非現実的だ、と言わんばかりに夏樹。
 ヒーローの数は飽和しているというのも過言ではないほどの大規模な組織であるヒーロー同盟。
 それに真正面から喧嘩を売るということはそれらすべてを敵に回すということだ。
 仮にそのテロ組織が大きな力を持っているといっても、公的な組織とは絶対数において圧倒的な差が存在する。
 一介の個でしかない組織が、国という群を後ろ盾に持つ同盟に勝てる道理はないのだ。

286: 2016/10/18(火) 02:04:53.31 ID:nZ3oq+wSo

「たしかに、これまでにも同盟に喧嘩を売ったような組織はいくらでもある。

だが大概の連中は『同盟』を侮って、自らの実力を過信したものばかりだ。

その程度の連中ならば、まだ問題はない。確かにその組織の中で『生え抜き』が居ようともその後の結末はお約束だよ。

一方で、同盟を軽んじず、危険視している組織の場合は、そもそも大前提に同盟に喧嘩なんて売らないさ」

 そもそも表立った防衛機構に対して勝負を仕掛けるのは戦況把握ができない愚者の集団くらいである。
 そして理解している者ならば、わざわざ勝負を仕掛けることなく、いかに気づかれず、無力化して水面下に動くことができるかが重要である。
 なぜならば仮に防衛機構を無力化できたとしても、それに割いたリターンが見込めないからだ。

「だが、この用意周到さは確実に『理解している』側の組織だ。

敵が強大であることを『理解』している上で、なおも襲撃をするということは考えうるだけでも最悪だ。

連中は『勝てる』と判断しているし、おそらくこれだけで終わらない。

『同盟』という邪魔を労力を用いて排除するんだ。間違いなく防衛機能が弱まった際を狙って何かをしてくるはずだ」

 敵は明確な『意図』をもって襲撃しているとLPは断ずる。
 今回の襲撃はそのものが目的ではない、前座にしか過ぎないことも推定できた。

「あの『カース』以外にも敵はいて、そして何かでかいことしようとしているのはわかった」

 だが冷静に敵情把握をするLPに対して、夏樹は静かにビルを見上げる。

287: 2016/10/18(火) 02:05:31.46 ID:nZ3oq+wSo

「だけど、今あの中にまだ取り残されている人がいるんだろ?

だったらまずは助けに行くだけだ!それがアタシらネバーディスペアだろう?」

 夏樹にとっては敵の目的なんてどうでもよかった。
 確かに敵はいつもの突発的な事件やカースのような単純なものではないかもしれない。

「敵を知ることは大事だよ。だけどLPさんの言う通りなら上の階にも敵はいて、そして取り残されている人がいるんだろ?

だったらここで想像で駄弁ってるより、すぐに向かおうぜLPさん」

「待て夏樹!そもそもここは同盟本部だ、我々が……」

 LPとしても残された人々の救出には反対ではない。
 だがここはアイドルヒーロー同盟本部ビルであり、本来その一員ではない『ネバーディスペア』が動くこと自体あまりいいことではない。
 それに上の階層の結界もどうするのかの目途も立っていない。空間遮断レベルの結界など正直手に余るのは目に見えている。
 それらを含めて、一度全員で話し合いをすべきだとLPは考えていた。
 ここから先は、行き当たりばったり考えなしで進めるほど甘くはないと。

 だが、そう考えていたことこそ驕りであった。

「――!?

危ない、夏樹!」

288: 2016/10/18(火) 02:06:03.03 ID:nZ3oq+wSo

 LPの体は反射的に動いていた。
 夏樹の視界は浮遊するアイユニットによって制御されており、常に俯瞰的な視界が可能である。
 だから今の状況は、なるべく戦況を多角的に見るためにユニットを散開させていたのだ。
 故に主観的な視界は弱く、自身に対する攻撃への反応は遅れてしまう欠点があった。

 当然夏樹は、いまだ上がる粉塵の中からこちらに延びてきた凶悪な黒い爪への対応に遅れることになった。

「……くぅ!」

「……な!?」

 そもそも甘いのだ。各地でヒーローたちの足止めをしているカースと違って、あくまでここは本丸である。
 ならばこそ、足止めが目的だとしても生半可な戦力はおくはずがなかったのだ。

「LPさん!」

 間一髪夏樹をかばうように押し出したLPの背中を、黒い爪は掠めていく。
 その一撃は致命傷ではないが、背中の肉を浅く抉りあふれ出した鮮血は飛沫を上げる。

「――くそ!」

 夏樹はアイユニットで整列させ、迫り来た黒い腕を狙い撃つ。
 発射されたビームは的確にその黒い細腕を貫いた。そしてこのまま先ほどのように輪切りにして無力化しようとする。

 だが黒い腕は貫かれた瞬間、これまでと違う挙動をする。
 夏樹があけた穴ではない白い穴が大量に穿たれる。否、それは白い穴ではなかった。

「なんだこれ!?……目?」

289: 2016/10/18(火) 02:06:40.91 ID:nZ3oq+wSo

 その気味の悪さに思わず夏樹は反応が遅れてしまった。
 黒い腕に大量に開いた『瞳』はぎょろぎょろと周囲を観察するようにせわしなく動き出す。
 しかもその瞳は単一の瞳ではない。魚類、鳥類、哺乳類、霊長類、あらゆる瞳がその腕には付いていて、統一性はない。
 そしてその瞳たちは、目的の『対象』を発見したのか一斉に制止する。

 その瞬間、夏樹にとってはそれは気味の悪いなんて程度ではない、絶対的な悪寒が神経を走った。
 そこからはほとんど反射だったといっていい。
 傷ついたLPを抱えた夏樹は自らの足元にワープホールを生成する。その穴の先についてほとんど考えておらず、その数多の視線から逃れさえすればよかったからだ。

(見られた……目が合った……全部と)

 夏樹が散開させていた複数のユニットは多角的にその腕を見ていた。
 だからこそ夏樹は腕に開いた瞳が、すべてのアイユニットと『合った』ことに戦慄したのだ。

 その後のことは回避できなかったアイユニットの映像で知ることになる。
 腕から的確に、極細の針が伸びて散開させていたほぼすべてのアイユニットを貫いて破壊したことを。

 強引にワープホールでその『針』を回避した夏樹は、受け身も取れず腕から離れた道路に投げ出される。
 夏樹が出していたアイユニットはすべて破壊されていたために視界は何も映していないが故であった。

「……なんだってんだいったい!?」

 すでに終わったと思っていた『カース』からの攻撃。
 そして先ほどとは明らかに違う挙動を見せたそれは容易に夏樹の平静を奪う。
 夏樹は視界を再び確保するために、予備で残しておいた残りのアイユニットを射出する。

「なんだよ……これ?」

 再び開かれた双眸には、先ほど強襲してきた黒い腕はもはや引っ込んでいることを映す。
 だがそれ以上に、先ほどまでロビー内の視界をふさいでいた粉塵の納まった先を克明に映していた。

290: 2016/10/18(火) 02:07:20.00 ID:nZ3oq+wSo

『イラナイイラナイ……オネエチャンハ、イラナイ。

アツイシ、イタイシ……オネエチャンハ、タベラレナイネ』

 先ほどまで人々を捕らえていた黒い巨腕は、以前圧倒的な暴性を放っている。
 その握りこぶしの先、幾人をも掴みあげることさえ可能なそれは、たった一つの身体をつかんで継続的に圧をかけていた。

「に、にぃ……」

 巨腕に掴みあげられて苦しそうに呻く少女。いつも明るく、誰からも希望であった少女は拘束から逃れることができず、締め上げられるたびに身体がきしむ音が響く。
 掴みあげている腕のほうも、少女の持つ浄化の力によって表面が蒸発しているが、そんなことは関係ないほどの泥の密度によって力は一切緩むことはなかった。

「きらり!!」

 夏樹が目撃したのは、最悪の状況であった。
 黒い巨腕によって拘束され、苦悶の表情のきらり。

「……ふが、が」

 そしてロビーの奥。
 強い勢いで叩き付けられたかのようなクレーターが刻まれた壁の前で、だらりと四肢を投げ出している李衣菜。
 相棒のギターは少し離れたところに放置され、ネックは折れていないものの弦は切れてすでに使い物にならない。

「……く、くそ。なんでだよ」

 ロビーの中心。きらりを掴みあげる巨腕の主の前。
 全身に泥の装甲を纏ってはいるが、すでに息を上げながら膝をついている奈緒の姿があった。

 そして何よりも。

「……な、奈緒?」

291: 2016/10/18(火) 02:07:52.33 ID:nZ3oq+wSo

 それは『彼女』が一番に初めに気づき、ゆえに動揺したために出遅れたことの理由であった。
 彼女以外は気づかなかったし、誰から見ても少し特殊な『カース』なだけだと判断してしまう。

 だが浄化によって外装がはがされ、『中身』が露出すれば話は別だ。
 その姿は否応なくある少女と重なり、決して無視できなくなる。

 瞳には生気がなく、その細腕は皮と骨に近い。
 小さな体はドレスのようにも、ぼろきれ同然の外套にも見える黒い幕で覆われている。
 そして髪の毛は癖っ気のある漆黒で、その黒は狂気を孕み肥大化している。

 伝承のゴルゴーンのように、髪の毛はうねり泥と一体化している。
 そこから伸びる数多の腕は、自らの主である少女に供物をささげるべく当てもなく揺らめいていた。

『ダカラネ……アタシ、オナカガスイタノ。

ガマン、デキナイノ。ナノニ、ドウシテ?』

 その濁った瞳は何も映していない。
 ただ純粋のまま、何も知らぬ無垢なまま、奈緒に向き直る。

『ドウシテ、ジャマスルノ?アタシハ、コンナニモ、オナカガスイテ、カナシイノニ、クルシイノニ、イタイノニ、タエレナイノニ、ノニノニノニノニノニ!』

「あ……いやああああああ!!!!」

 きらりを締め上げる巨腕はぎりぎりと圧が増す。
 口調さえも維持できない苦痛によってきらりは思わず悲痛な叫び声を上げる。

『ドウシテ!ナンデ!?』

292: 2016/10/18(火) 02:08:36.14 ID:nZ3oq+wSo

 そしてその巨腕を大きく振りかぶり、先ほど自らが叩き付けられた大理石の壁に向かって投げつける。
 その一撃だけできらりの意識は刈り取られ、今度は逆に粉塵の中に沈んだ。

『タベタイダケナノ……オナカ、スイタノオオオオオオオオオ!!!』

 駄々をこねる子供のような叫び。
 だがそれは明らかに小さな体躯に収まることのない感情が載せられている。

 夏樹はその姿に見覚えがあった。
 かつて自分たちを閉じ込めていた悪魔の研究所。その最奥にとらわれた少女の姿を思い出す。
 体躯は幼児のように小さく、痩せさらばえ、そして幾度となく飢えを訴えるその少女は、明らかに彼女と重なるのだ。

「なんだよ……あいつは?

小さいし、とてつもなく痩せてるけど…あの姿は、奈緒……なのか?」

 あの日の悪夢は終わっていない。彼女にとってもそうだし、無論『彼女』は未だに飢えているのだから。



***



 時間は少し遡り、コーヒーショップの中。
 その『カース』の姿を見た瞬間に奈緒はその正体をなんとなくわかってしまったのだ。

 あれが自分と同一であり、それでいて決定的に分かたれていることを。

「なんで……あたしが?

――って、あたしは何を、言っているんだ?」

 なまじ理解してしまったが故であった。
 ネバーディスペアの4人の中でそれに最も早く気が付いたのは奈緒であったが、脳裏で理解してしまった情報は中途半端なせいで逆に迷いを生んでしまう。
 その思考時間はあまりにも致命的であり、その他の者たちにとっては十分すぎるほどの行動時間であった。

293: 2016/10/18(火) 02:09:15.22 ID:nZ3oq+wSo

(あたしは、ここにいる。

だけど、あの声は、あの姿は、あたしのものだって直感で思った。

理由はわからないし、今だって理解もできない。だが考えを否定する気にはならないし、あたしだからこそそれが決定的に間違っているなんて言えないんだ。

鏡の中のあたしを見たような感じで、その泥が、その咆哮が、あたしの向こう側であることが確信できる)

 世の中には同じ顔を持つ人間は3人はいるとはよくいう話ではある。
 だが客観的な判断、仮に無作為に選んだ100人にあの『カース』と奈緒を比較して似ているか尋ねてみよう。
 おそらく、大半の者は否と答えるはずだ。そもそも泥に覆われている『カース』と少し獣的なパーツの付いている少女を比較して似ているなどと言える者は眼球が腐っているに違いない。
 だがその一方で、こうも答える者はいるだろう。
 共通する部分はあると。
 そもそも奈緒はカースと似たような泥を能力として行使するし、その『カース』の声色は音域的には奈緒の声とそう外してはいないと思えるだろう。
 しかし、所詮はその程度の相似点。決して似ているなどと断ずるものはいないし、そもそも二つが同一人物などと言えるはずがない。
 仮にその『カース』の泥を剥げばその中身に同じ貌が存在するかもしれない。その程度の推理しかできないだろう。

 だが奈緒はあの『カース』を自分だと判断した。
 それはあまりにも不確定な想像でしかないし、客観的な証拠もないただの直感である。
 しかし直感というものは存外馬鹿にできるものではなく、真に迫るものならば十分に『答え』に引っかかりさえする高度な処理能力だ。
 この場においても、奈緒のそれは決して間違っているものとはいえないかもしれない。

 だが、やはりこの直感によって奈緒に与えられた情報は現状ただ迷いを生むだけしかなかった。

「――っ……しまっ!」

 それはほんの一瞬目を離しただけだ。
 時間にして十数秒程度だったが、奈緒を戦況から置き去りにするには十分すぎる時間であった。

294: 2016/10/18(火) 02:09:56.74 ID:nZ3oq+wSo

 眼前に広がるのは巨大な腕を振りかざし人々を掴みあげる『カース』。
 ロビーにいた人々を余すことなく掴みあげた『カース』は、その空腹を満たさんがために大口を開けて捕らえた獲物を運び込もうとする。
 だが、その巨腕の手首を一閃するように旋回する一筋の光線。
 夏樹のアイユニットから放たれたレーザーは『カース』の巨腕を輪切りにして捕らえられた人々を開放する。
 突然自由になった人々はそのまま落下するが、その落下位置には『カース』の大口よりも巨大なワープホールが夏樹によって生成された。
 それによって人質同然であった人々はすべて外にいた夏樹の傍らに解放された。

 獲物を奪われた『カース』は一直線に夏樹にめがけて突進する。
 巨大な四足獣に形を変えた『カース』はその巨体には似合わぬ速度で走り出したが、すでにその途中には李衣菜が待ち構えている。
 自動扉から電源供給されている李衣菜の一撃は雷電をまき散らしながら圧倒的な破壊力を『カース』に叩き込んだ。
 そのせいで自動扉の電源はショートしてしまったが、威力だけならネバーディスペア一ともいえる痛撃は『カース』の横っ腹を焼け焦がしながらロビーの壁面へと吹き飛ばす。

 そして最後に待ち構えるのはネバーディスペアリーダーのきらり。
 優しすぎる少女ではあるが、感情の塊であり魂を内包しないカースならば躊躇はない。奈緒のように『カース』がただのカースでないことに気が付いていなかったことはある意味では幸運であったのかもしれない。
 手加減を微塵も感じさせぬ追撃のビームは、あらゆる不浄を払う浄化の光でありカースにとっては弱点と言えるものだ。
 まばゆい光の中に消えていく『カース』は断末魔のような叫びを上げ、後に残るのは巻き上げられた瓦礫の粉塵だけだった。

「……すっげー」

 いつもは奈緒も戦闘の渦中にいるので、こうして客観的に戦況を眺める機会はあまりなかった。
 ゆえに、その躊躇のない行動とコンビネーションに思わず声が漏れていた。

295: 2016/10/18(火) 02:10:55.96 ID:nZ3oq+wSo

 冷静に考えればここは同盟本部であり、同盟所属でない自分たちは外様、下手に手を出すことさえ不用意である。
 実際いつもならば奈緒も間髪入れずに飛び出していたのだろうが、出遅れていたことで妙に頭の中は冷静であった。
 そして自分を含めずとも十分に敵を撃退した言葉さえ交わさぬコンビネーション。それには奈緒も自分だけ省かれたような嫉妬が少しだけ沸く。

「っと、感心してる場合じゃないな」

 呆けていた奈緒も真っ先に『カース』の元へと駆け寄ろうとする。
 すでに戦況は終わっているとも思っていたが、油断していたことも詫びねばならないと奈緒は考えていた。

「おーい、李衣――」

 奈緒は既に『カース』の正体のことなど頭から離れていた。
 だがそれは失敗だった。いつも通りではない『違和感』というものは緊張を理解して、依然張り続けていたのならばもう少し状況もマシになっていたのかもしれない。

 そしてやはりいつものように4人での戦闘ではなく、3人であったことも大きかったとも言える。
 戦況を俯瞰するはずの夏樹の集中力はいつもより多めのリソースを割かれたせいで、違和感に気づけなかったのだ。
 そういう意味では奈緒はその役目を担っていたが、その役目を担うにはあまりに拙い。
 だからこそ奈緒が気付けたのはぎりぎり間に合ったともいえるが、余裕はなく部隊には致命的な損失を生むことになってしまう。

「――李衣菜!」

 奈緒はその脚を泥で獣の物に変えて、地面を勢いよく蹴る。
 自動扉の傍らでプラグを抜いている李衣菜の元へと一足飛びでたどり着いた奈緒は、地面に足をつけることなくそのまま李衣菜を押し出した。

「ええ!?な、奈緒?いったい……って!」

296: 2016/10/18(火) 02:12:19.90 ID:nZ3oq+wSo

 突如として押し出された李衣菜は何事かと奈緒に問うが、その瞬間には何が起きていたのかを悟る。
 奈緒の背後、先ほどまで自らが立っていた場所には、幾重にも束ねられた蛇の頭のような捕食器官が床に食らいついている。
 その顎の濁流はよく見れば、さらに細い髪のようなものが編み上げられて構成されており黒色の水で濡れているかのように滑らかであった。

「っつあ!」
「ぐえっ!」

 奈緒の押し出しによって、受け身も取れずにロビーの床に叩きつけられた二人は情けないうめき声をあげるが、すぐに体勢を立て直す。
 すでに二人の眼前には別の咢が迫りくることを知っていたからだ。

「くそっ!」
「やばっ!」

 奈緒はそのままさらなる回避を試みる。
 地を這うように追尾してくる蛇の顎は、生物的な特徴を感じさせない顎のみという捕食器官としての役目だけを醸し、無感情にかつ執拗に奈緒を追い回す。

 一方奈緒のような機動性を持たない李衣菜はそのまま向かい打つ。
 だが1本の太い柱のようなものが正面から向かってくるのではなく、相対するのは縦横無尽に蠢く蛇の顎だ。
 決して2本しかない両の腕で防ぎきれるはずがない。手に持ったギターを振り回し顎を振り払ってもじりじりと確実に傷が体に刻み込まれていく。
 数秒も待たずして全身は咢に食いつかれ、今立っていられるのはその持ち前の頑丈さ故でしかなかった。

 このままでは李衣菜は一方的に肉を抉られ続け後には何も残らない。
 だが当人である李衣菜は、この状況を薄く笑っていた。

「こんだけ食いつかれれば私も逃げられない。

だけど……あんたも逃げられないよね!」

 李衣菜の体から迸る閃光。
 李衣菜はわかっていたのだ。これらの顎が捕食器官であり、『主』の腹を満たすための物であることを。
 これは遠隔操作された別のカースではない。要するに、顎の根元を探れば本体に行き着くという道理である。

297: 2016/10/18(火) 02:13:14.52 ID:nZ3oq+wSo

 そして李衣菜の放電は自らが活動するためのエネルギーを放出するというある種の自滅技であるが、この際四の五のは言ってられない。
 李衣菜から放出された電流は食いついた蛇の顎を伝い、狙い通りにそれらを使役する『主』の元へと届く。

『ア、アアアアアアアアァァァァ!!!』

 未だ上がる粉塵の中から響く叫び声。
 くぐもった少女の声のようなそれが響いた瞬間、李衣菜に食らい付いていた顎の拘束は一時的に力を失う。
 同時に奈緒を追いかけていた蛇の群れもその追走を停止させた。

 李衣菜は放電直後のために満足に動くことはできない。
 だがその隙を見計らい奈緒は床を渾身の力で蹴り上げて、蛇の主の元へと飛び出す。

「いい加減に――!」

 すでに奈緒の両腕は虎の爪が備わっていた。
 湧き上がる粉塵の中から、顎を使役する主、おそらくあの『カース』を討滅せんと両腕を渾身の力で振りぬこうと力をためる。
 粉塵の中に浮かび上がる目標の影、目標を捉えた奈緒は加速し続ける自らの体の勢いのまま一撃での両断を試みる。

『……ミナイデ、アタシヲ……ミナイデ』

 だが奈緒の意識はその容姿を視認してしまった時点で静止した。
 その姿は、ひどく痩せ細り、瞳は濁り焦点は定まっていない。
 漆黒の髪はその容姿とは対極的に黒々としているが、それは決して健康的な黒ではなく黒色の原色で塗装されたような光の反射さえ許さないような無機質の黒。
 そしてその髪は感情の振れ幅に呼応するように蠢き、そしてその末端は先ほどまで追い立てられていた蛇の顎と化している。
 黒いドレスのような、ぼろきれのような幕を身にまとった、奈緒よりも頭一つ以上小さい少女がそこにはあった。

 奈緒がその少女と目が合った時に、忘れていたことを思い出した。
 あの『カース』は自分であるということを、そして今眼前にいる少女の姿が、『記憶の底の、鏡の中の自分自身』によく似ていることを。

298: 2016/10/18(火) 02:13:59.09 ID:nZ3oq+wSo

『オナカ……スイタノヨ。

コンナニ、クルシクテ……コンナニ、カナシクテ……キタナイ、アタシヲ、ミナイデ。

スイタノ、スイタノ、オナカ、スイタノスイタノスイタノスイタノオオおおおおおお!!』

 あの『カース』の黒い泥は、その醜く、卑しく、貧相な自らの姿を隠すための物だったのだろう。
 だがその外装はきらりによってすべて剥され、隠すべき姿は白日の下にさらされた。
 故に、『カース』にとっては今更何も躊躇うことはなかった。見た者は全て食らって、『自分』にしてしまえばいいのだから。

 これまで姿を隠すために纏っていた泥の外套はもはや必要ない。
 『カース』の足元からは黒い水溜りが広がっていき、その表面が波打つ。
 そこから飛び出したのは2体の獣。どちらも漆黒の泥で構成されているがその体躯は紛れもない肉食獣のしなやかさを持つ。

「く、くそっ!」

 『カース』の慟哭によって奈緒の意識は引き戻されるが、以前脳内は混乱したままだ。
 そこに真下から這い出てきた2体の獣は奈緒の両腕に食らいつき、首を動かして追い払うように投げ飛ばした。

「ぐっ、がっ、ああああ!」

 奈緒はなされるがままにはじき返され、床に何回かバウンドしながら吹き飛ばされた。
 全身を打ち付けたせいで痛みはするが、重症までは負っていないのでゆっくりと立ち上がる。

「なんで……いや、なんなんだ、よ」

 だが心のほうはそうもいかない。
 ぼんやりとした直感は戦闘の緊張で忘れられていたが、事実を突きつけられれば動揺は生じる。
 ビルの外から吹き込んだ風は粉塵を一掃し、隠れていた『カース』の姿を現した。

299: 2016/10/18(火) 02:14:46.07 ID:nZ3oq+wSo

 その髪の毛の片房の先は、巨大な腕となっている。

「ご、ごめんねぇ……みんな」

 その腕の先、握りこぶしの中にはきらりが捕えられて圧をかけられているのか苦悶の表情がうかがえる。

「が、はっ……!」

 そしてもう片方の髪の房の先、つい先ほどまでは幾重にも枝分かれをし蛇の顎となっていたそれは、すべてまとめ上げられて同様の巨腕となっている。
 その巨碗は大きく加速し、渾身の力で李衣菜を殴り飛ばしている光景を奈緒は目にした。

「李衣菜!きらり!」

 仲間の危機に声を上げるが、奈緒の思考はまとまらなかった。
 視線の先の、痩せ細った少女の姿が網膜に焼き付くたびに、心の底の何かが疼く。

『奈緒は、幸せにはなれない』

『奈緒だけを、幸せになんてさせない』

『だってあの子は、奈緒だから』

『幸せになれず、救われず、助けを乞い、狂った果ての奈緒だから』

『偶然に救われただけの奈緒、だから過去は追ってくる、追い立てる』

『偶然に幸せなだけの奈緒、羨望の視線が追ってくるぞ、逃がさないぞ』

『『さぁ……みんなで不幸になろうよ』』


300: 2016/10/18(火) 02:15:18.35 ID:nZ3oq+wSo


***


 同盟本部の裏手に回ったAPは誰に気にすることなく道端にバイクを止める。
 本部表通りほどではないにしろ、いつもならば人通りのある裏道も今は閑散としている。
 現在正面入り口では、ネバーディスペアが侵入した『カース』と交戦しており、その隙を縫って本部内に入ることは至難である。

「……本来ならば、部外者に任せてはおけないような状況なんですが……」

 APにとってはネバーディスペアは同盟に加入していない言わば『はぐれ』のヒーローである。
 それなりに同盟との兼ね合いはとっているらしいが、同盟参入には頑なに首を縦に振らないらしい彼女たちは、目の上のたん瘤ほどではないしても迷惑な存在であることには変わりがない。
 そもそもAPにはネバーディスペアがなぜ同盟に加入しないのかそれさえも理解できなかった。
 なぜTPを煩わせるようなことをするのか、なぜTPの役に立とうとしないのかなどと基準の歪んだ疑問が浮かび続ける。

「ただ……今回は仕方ないでしょう。不本意ですが……完全にこちらは後手ですし」

 ネバーディスペアのような部外者に同盟内での戦闘を行われることなど本来は論外である。
 同盟の権威の失墜にもつながるし、同盟のヒーローの防衛体制への批判もされるだろう。
 だが今はそれ以上に数が足りていないのだ。
 すでに本部まで攻め込まれた挙句、ほかの出張っているヒーローたちは偶然には出来すぎるほどの『別件』が生じているために手は空いていない。

 おそらく同盟のヒーローというだけでマークされており、全員例外なく足止めを食っているだろう。
 例外といえばネバーディスペアのような同盟に加入していないヒーロー、もしくはすでに同盟本部内にいるヒーローだ。
 そして同盟本部内にいるヒーローはおそらく『結界』によって外には出られない。
 または侵入者に対してすでに戦闘となっているだろう。
 そういった意味でもネバーディスペアにあの場を任せることは苦渋の選択であり、最悪中の最善であった。

301: 2016/10/18(火) 02:15:49.82 ID:nZ3oq+wSo

「……本当に、なんて失態……っ」

 APは今頃駆けつけて、自らの本拠地に入って行く自らに嫌気がさす。
 本来ならば守れねばならない人の近くにはおらず、こうして既に事が起こった後にのこのことと表る自分が腹立たしいのだ。

――少し、お使いを頼まれてはくれないか?

 TPが大事な会議の直前に言ってきた言葉。
 APの仕事は警護であり、その対象であるTPの傍を離れることなどあってはならない。
 たとえその本人からの頼みであってもAPには承諾しかねることであったが、ちょうどその会議は米国のヒーロー団体との会議であり、警備は十分であったのだ。
 その警備の戦力だけならば優にAP一人分などまかなえるほどのものである。結果として、TPに強く頼まれたこともあってAPはその頼みを承諾してしまったのである。

「……その結果がこれだ」

 ほんの本部を離れて数十分間。たったそれだけの期間に状況は一変している。
 仮にAPが居たからといって何かが変わるわけではなかったが、それでもこんな状況にTPの傍にいられなかったことこそが彼女にとって問題なのだ。
 APにとってそれは護衛失格に等しい。それで許されるのならば自ら腹を捌くことすら厭わないだろう。
 だがそんなことに意味はない。彼女もそれを理解しているからこそ、苛立ちながらも戻ってきたのだ。

「……行きましょうキン。入り込んだ害虫がどれだけいるのかは知らないけど、まとめて掃除すればいいだけ。

ただ……いつも通りにするだけよ」

『ハーイ』

302: 2016/10/18(火) 02:16:22.45 ID:nZ3oq+wSo

 APが乗ってきたバイクのサイドカーから降りてその後をついていくのは、キョンシー型エクスマキナ、キン。
 そして本部入り口に入る直前にその形はばらけ、変形してAPに装備される。
 その能力である脚力を生かして、上から入る方が手っ取り早いが、結界が邪魔をしてその手段はとることはできない。
 故に、APの目先の目標はこの結界を解除することを念頭に置いていた。

「……結界系の能力者は基本的に、その強度が能力者との距離によって強化される。

これだけの結界ならば、この建物内にその能力者はいることは、想像できるはず。

それに……」

 エレベーターは停止しているために使えない。よってAPは階段を一段一段上がりながら考察する。

「……これだけ強固な結界なら、おそらく元々『閉じこもる』ための結界。

そういう前提で生み出された、外界と自信を隔絶するための物」

 APの脳裏に浮かぶ幼少期の記憶。
 母親にいいように使われ、外の世界を知らず『閉じ込められて』きた経験が囁く同族の感。

「……反吐が出る。自ら閉じこもるなんて……」

 そして階段の手すりに足をかけて上を見上げる。
 その先には折り返す階段の構造上、上階の様子が一直線に見ることができる。
 APは手すりに掛けた脚を蹴り、一気に上昇する。
 1階から一気に5階へ飛び、それより先を阻む異物を感じたためにAPは急に反転し、その『断面』に脚をつける。
 そこは傍から見れば何もないのだが、その両脚は確かに何かの存在を伝える。
 そここそがこの同盟本部全体に張られている結界の下層の断面であり、これ以上、上には進めないことの現れであった。

303: 2016/10/18(火) 02:16:54.69 ID:nZ3oq+wSo

「……多分、この階に」

 ――この結界の主がいる。
 そう考えたAPは5階の階段踊り場に着地し、そのまま能力によるフロート移動で足音を立てないように本部5階へと入った。
 元々は、通いなれた職場であったが、今は何者が潜んでいるかわからない伏魔殿だ。
 そういった意味でAPは警戒を解かぬまま、無人となったオフィス内を進む。

 同盟本部は巨大なビルである。
 当然階層を上がる手段は単一ではなく、複数のエレベーターがあらゆる場所にある。
 その中でも、APが上がってきた非常階段の脇にあるエレベーターは一番隅であり、それと対極をなすようにもう一セット非常階段とエレベーターが備わっている。
 エレベーター前は、ベンチと自動販売機が備えられており休憩スペースとなっているためある程度の広さがあった。

「……子供?」

 そのAPが上がってきた非常階段と対を成す場所に存在する休憩スペース。
 真ん中のベンチに一人小さく座る少女の姿が見える。
 この5階は結界に覆われていないために、すでに避難は完了しており閑散としている。
 そのような状況の中で、この場に場違いのように存在する少女は怯えたような眼をしながら周囲を警戒していた。
 もしも短絡的な思考の持ち主ならば逃げ遅れ取り残された少女だと考える者もいるだろう。
 だが冷静に考えて、このビルのオフィススペースにヒーローでもないただの少女がいるはずがないし、皆が避難している中で一人だけベンチに座って怯えているだけなど鈍くさいで片づけるには無理がある。

「……即ち、敵」

 普通のヒーローならば、怯えた瞳をする少女に問答無用で攻撃を仕掛けるなどということはしないだろう。
 だがここにいるのは同盟トップのTPに忠誠を誓った番犬であり猟犬だ。
 容貌が如何様であろうと手加減をする心など持ち合わせていない。

「……ならば排除、のみ――!」

304: 2016/10/18(火) 02:17:33.44 ID:nZ3oq+wSo

 物陰から様子をうかがっていたAPは手持ちの武器のセーフティをすべて解除していた。
 あの明らかに戦闘向きではない少女の姿からAPはおそらくあの少女こそがこの結界の主であると推理する。
 ならば防御力は十分であり、生半可な火力など意味を持たない。
 故に初撃から高火力を出し惜しみする必要も何もないのだ。

「……消毒(ファイア)」

 物陰から躍り出たAPはその両腕を直線方向先の少女へとむける。
 その袖の中から覗くのはグレネードランチャーの砲身。
 その量筒の中から打ち出された、火力の詰まった砲弾は一直線に少女へと向かっていく。

「……え?」

 少女が自身に飛来する物体に気付いた時点で、それらは既に眼前である。
 当然少女は何のアクションも起こせぬまま、グレネード弾は着弾し爆音と業火がうねりを上げる。

「……続けていく。キン」

『アイアイ!』

 両腕の砲身が切り替わる。
 次に覗かせるのはアサルトライフル。
 間髪入れずに鉛弾を爆炎の中に叩き込んでいく。

305: 2016/10/18(火) 02:18:01.49 ID:nZ3oq+wSo

『不意打ちとは卑怯千万、相手は騎士道の誇りも持ち合わせていないようですぞ。姫』

 だが爆音の中に響く異物の声と、弾丸を縫うように正面から躍り出た影をAPは視界に捉える。
 すぐさま片腕を鉤爪に切り替え、接近してくる影への迎撃態勢を整えた。

『ほう、反応は良し。だが温い!』

「――キン」

『ガッテン!』

 その影は剣のようなものをAPの前で振り下ろす。
 銃弾が被弾しているにもかからわらず、金属を打ち付けるような音とともに銃弾を弾くその影に内心若干の驚愕を禁じ得ないAPはすぐさま振り下ろされた剣を鉤爪で受け止めた。

「……ぐっ!?」

 その振り下ろされた鉄塊の衝撃は、鉤爪を伝ってAPの全身に響く。
 能力による浮力はあっけなく打ち破られ、両の足の裏は床に着いた。
 片腕では弾ききれないのと、銃弾程度ではダメージを与えられないことを理解してもう片方の腕も鉤爪へと変え、剣を受け止めている片腕に加勢に入る。
 両腕で辛うじてそれを弾いたAPは、正面に迫ってきたその影から距離をとるため後ろに下がった。

『ここで引くか。騎士としては敵を前にして後ろに下がるなど言語道断。

しかし戦況を見るのならばその判断は是であろう。誇りを持ちあわあせぬ汚い猟犬にはよく躾けられていると褒めてやろう』

306: 2016/10/18(火) 02:18:49.50 ID:nZ3oq+wSo

 APは距離を取ったことによってその影の全容を知る。
 2メートル近くあろうその『甲冑』は独特の意匠の物であり、創作上の騎士を思わせる風貌である。
 その手には『刃』のない西洋剣が握られており、刃などなくともその重さのみで人を圧殺できるだけの重圧がある。

 そして何より甲冑から常に漏れ出している、否、甲冑をも形成している不定形の光るエネルギー体は、その甲冑の騎士『自体』に中身が存在しないことを表していた。

「……『ゴースト』」

 同盟のヒーローにも同じような能力者はいる。
 人の心の奥底の具現であり、実体を持った幽体。
 ならばさしずめ、あの騎士は自らを危険から守ってくれる近衛の騎士か。

「……メルヘン趣味が」

 そしてAPは騎士よりも先、グレネード弾を撃ち込んだ先を見据える。
 確かにその場は焼け焦げ、スプリンクラーが回っているが明らかに爆発に見合う被害ではない。

「……な、なんなんでしゅか?あなたは?」

 そして依然『傷一つついていない』ベンチに座ったまま『無傷』の少女は、顔面から液体を流出させながら相も変わらず怯えたままこちらを見ている。
 つまりは先制攻撃など無意味だったかの如くの状況であり、戦況としては姿を隠していたアドバンテージすら失ったこちらの分は明らかに悪くなっていた。

「こ、この……くるみに、なんのようでしゅか~!?」

「……チッ」

 くるみと名乗った少女は、泣き叫びながらAPへと尋ねてくる。
 だがその疑問にAPは返答することなく、小さく舌打ちをした。

307: 2016/10/18(火) 02:19:17.58 ID:nZ3oq+wSo

 APの舌打ちの理由、それはことごとく予想が裏目に出て、なおかつ最悪の方面へと舵を切っていることである。
 そもそもAPの第一目的は結界の排除、およびその術者の排除である。
 結界などの力はそもそもが空間に作用するものであり、規模に比例して力を消耗する。
 当然維持するための集中力も相当なものになり、その間無防備になる結界能力者を護衛する者もいるだろうと踏んでいた。

 だがあの少女、くるみはその能力が自らに対して『自動』で働いていた。
 パッシブであれほどの強度の結界を実現するということは、並大抵の能力限界ではないうえに、デフォルトであの怯えた小動物のような精神状態だ。
 元から錯乱している人間に対し、攪乱させて集中力を途切れさせ結界の解除させるなど無理な話である。
 言わばくるみはAPにとって今までの結界能力者の常識を覆すような存在であり、力ずくで突破できる存在ではないことを意味していた。

 さらに厄介なのは目の前の『甲冑』のゴーストだ。

「……コイツ、結界と同じか」

 突破口の一つの解として考えられるのは、くるみを気絶させることである。
 仮に結界で守られているにしても、目の前で攻撃を続けその精神を追い詰めていけば何れは防衛本能で意識を手放すだろう。
 実際あの小動物的な気質が彼女であることが正しいのならば、そういった手段をとることも難しくない。

 だがそこで直接危害を加えることをこの甲冑は邪魔をしてくる。
 推察するにこの甲冑の『ゴースト』は結界と同じ力でできている。すなわちこの『ゴースト』の持ち主もくるみであるということだ。
 結界による鉄壁の防御だけでなく『ゴースト』による反撃という攻撃手段を持ち合わせている以上、APはくるみに対して一方的に攻撃することは出来ず、甲冑の相手も必要となる。

 実際あのくるみという少女は決して戦いに向いているような性格ではない、臆病で小心者な弱虫だ。
 だが、戦わずとも自らを守るための『陣地』と『防衛』の能力が極まっており、彼女の一人で鉄壁の城砦が完成してしまうまさに聖域の守護者だ。

308: 2016/10/18(火) 02:19:53.42 ID:nZ3oq+wSo

「……だが、こんな、ことに」

――こんなことにかまけている暇などない

 APにとってここは通過点だ。一刻も早く自らの主の元に戻ることこそ命題である。
 ならばそこにあるのはただの堅い壁だ。

「……いつも通り、押し通るまで」

 この甲冑は、くるみにとっての深層心理が生み出した『理想の守護騎士』なのだろう。
 自らを危険から遠ざけてくれる私だけの近衛と。
 ならばそれを砕けなければ、あの心の壁そのものである結界など粉砕できる道理などない。

『覚悟は決まったようですな。……姫、お下がりください。

狂犬の相手はわたくしめにお任せを。姫は変わらず、安全な場所に居てくだされ』

 APは甲冑のその言い回しに脳がざわつく。
 結局のところ、ゴーストは自分の力であり他人ではない。
 あのゴーストはくるみの意思に関係なく自動で動いているようだが、そもそもが少女自身が望んで作り出した中身のない人形である。
 そんなゴーストが守ってくれると、安全なところに居ろとほざくのだ。
 それは自作自演の自愛でしかなく、ひどく歪で内向的だ。

 自己完結し、他を見ようとしない少女。

「ふぇ、ふええ……」

309: 2016/10/18(火) 02:20:36.57 ID:nZ3oq+wSo

 怯えているように見えるが、結局のところ外敵であるAPに怯えているのでなく、『外』そのものに怯えているのだろう。
 なるほどこれは究極の引きこもりだ。自分を甘やかすためだけに作られた、永世不滅の城。

「……とっとと、片づけましょう」

 APにとってもその少女のあり方は歪で、そしてその意気地のなさに脳が苛立つ。
 だがこの場において個人の感情など不要。滅私奉公の精神でただ自らの主の元へと向かうだけだ。
 そこまでの通過点であることをAPは自らで再確認する。

「……いざ」

 フロート移動とエクスマキナの脚力によって、甲冑との距離を詰めんとAPは駆け出す。
 それに相対するように甲冑も、その騎士然たる姿を崩さず、身の丈近い鉄塊の剣を構えた。

『その意気や良し。このユーウェイン。正道の勝負ならば騎士道に則り剣を振ろう。

しかし、そもそも姫を守る身であるこのわたくし。その信条に基づき姫に仇名す貴女に手加減なぞ出来ぬことを知れ!』

「……うっとおしい!この……時代錯誤の童話の騎士が……っ!」

 鉤爪と剣が相対し、幾重にも重ねられた金属音が鳴り響く。
 これより始まるのは一見すれば忠の戦い。自らの主へ赴くための彼女か、自らの姫を守らんとする虚像かだ。

 そして少し離れた場所。蚊帳の外で少女は相も変わらず怯えている。

「だ、だれか……たしゅけてぇ……」

 助けを呼ぶその瞳は何も映していない。その言葉はただ助けを求めるか弱い自信を演出する自愛の救援。
 そこに意味はなく、少女は自ら築いた強固な砦の塔の中で、一人外界を忌避し、自分だけを愛しながら心を自傷し続ける。


310: 2016/10/18(火) 02:21:05.01 ID:nZ3oq+wSo


***


「なかなかに因果なものよねぇ。

『ウルティマ・イーター』に相対するのは究極生物の雛形で、くるみと対峙するのは同じ操り人形の犬。

まぁ王道を嫌うアタシとしては唾でも吹きかけて、もうちょっとドラマチックに台無しにしたい気分だけど」

 両腕義手の悪鬼は熱を持つ丘の上で足を組み、片手の指を動かしながら手持無沙汰につぶやく。
 その会話の矛先であるヘルメットを被った武骨な大男はどこに視線を向けるわけでもなく無言で静止している。

「所詮アタシは一人しかいないから、そこまで手を回せないのが惜しいわ……。

とりあえずこっちはこっちで仕事を楽しみながら取り組もうじゃない?ねぇ、ネクロス」

 ネクロスと呼ばれたヘルメットの大男は声がかかったのにもかかわらず、相も変わらず無言を貫く。
 その肌を一切露出させていない男であるネクロスは、視線さえもヘルメットに隠れ一切の生物性が感じられない。
 反応を示さないネクロスに対してカーリーは退屈そうに小さくため息をつく。

「はぁ……つまんねー。アタシとしてはもっと騎士兵団の連中とは仲良くしたいんだけどねぇ。

どうにも行動はソロだったり、組まされても今回みたいにまともにコミニュケーションとれる人間よこさないって……まったくアタシって信用されてないのかな?」

311: 2016/10/18(火) 02:21:37.22 ID:nZ3oq+wSo

 イルミナティ騎士兵団内の境遇に不満を漏らすカーリーだが、特に顔色に不平はなさそうな顔である。
 そもそもカーリーは味方でさえも食いつぶしかねない魔性の悪鬼だ。
 下手に組ませて任務に出せば、組まされた人間は良くて廃人、ほとんどの確立で物言わぬ無残な氏体で帰ってくることが目に見える。
 そういった意味でイルミナPにしてもエイビスにしても、カーリーという爆発物のような存在の扱いには細心の注意を払っていたからである。

「まぁいいわ。周りがいくら自由にさせなくとも、アタシはいつも通り好きにするだけ。

そろそろ掃除も済んだことだし、先へ進もうじゃない」

 せわしなく動かしていた右手の指は指揮者のそれと同じだ。
 それが集結の意を示せば、ビルの中に散開させていたカーリーのジェット推進の義手たちが、主人の元へと集ってくる。

 集結する義手は一つも漏れず手ぶらでは帰ってこない。
 その手先には、必ず一つ以上の肉袋を引きずりながらカーリーの下で集積する。

「お腹いっぱいごちそうさまだよ。いい絶望をありがとう諸君。

ネクロス、生体反応はどうかしら?」

「……コノ階層上下10かイの範囲にオイテ、人間の生体反応ハカーリーサンのみデス。

後ハ掃討が完了シタカ、これ以上の上階ニ逃げ込ンダのでショウ」

 ネクロスのその言葉を聞いて、カーリーは丘の上から飛び降りる。
 床に着地したカーリーはぴちゃりと広がる液体を踏みしめながら先へと進む。

312: 2016/10/18(火) 02:22:35.52 ID:nZ3oq+wSo

「できることなら、やはり凝っていきたいよねぇ。

ネクロスはこのまま一階ずつ上がりながら、その階層にいる人間を全部始末していきながら来て。

逆にアタシは上から下に行くから」

 何も言わず後ろをついてくるネクロスを振り返りながらカーリーは言う。
 そのスーツは既に赤黒く染め直されており、その肌さえも血に濡れていないところはない。
 ロビーでは巧妙に隠されていた両腕の義手は露出しており、血に濡れた指先が狂気を拡散している。

 そして本来は白を基調としたオフィスの廊下は鮮血の塗料で地獄に塗り替えられていた。
 先ほどまでカーリーが座していた温度を持つ丘は、すべてが新鮮な氏体がいくつも折り重なることによって築かれた墓標である。
 丘から流れ出した流血と、骸を積み上げた肉袋の丘は文字通りの屍山血河。
 この同盟本部に突入してから10分足らずの間に地獄の一端が誕生していた。

「了解。確認しまスガ、生きていル人間を見ツケタ場合、殲滅でイイカ?」

「もちろん」

「全員カ?」

「例外なく、余さずに1階ずつ」

「命令を受理スる」

 ネクロスはそう答えると、ヘルメットの中で機械の音のような駆動音がする。
 そしてカーリーを振り返ることなくそのまま階段を上がっていった。

313: 2016/10/18(火) 02:23:10.73 ID:nZ3oq+wSo

「効率的なのは古来より挟み撃ちが常套。

それに、ネクロスは命令されれば止まらない機械と同じだから情に訴えても絶対に止まらない。他のヒーローを追い立てるのには実に打って付けよね」

 カーリーは身にまとった他者の流血を振りまきながら回し蹴りをエレベーターの扉へと打ち込む。
 吹き飛んだ扉の先にはゴンドラはなく低階層から上階層へと一直線につながる縦穴が覗かせていた。

「下が危険だと知っていれば上に逃げる。

煙は追い立てられるように空へと昇り、馬鹿は高いところが好き。

ええ、アタシも好きよ。安全圏内にいると勘違いした平和呆けの阿呆たちを追い立てるのは。

どうせ使う当てのない命、アタシのために輝かせて、氏の間際の絶望を舌先に運んでちょうだい」

 カーリーはエレベーターの縦穴を垂直に飛び上がる。
 明らかに人間の脚力を超越した飛翔によって、カーリーの姿は穴の上のほうの暗闇へと消えた。

 そして後始末でもするかの如く、残った義手の掌の先から火炎放射器の銃口が露出。
 この階層に集められた屍山血河を焼き払ったのちに、義手たちはカーリーの後を追うようにエレベーターの穴へと消えていった。



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13