428:◆GPqSPFyVMNeP 2017/12/31(日) 10:10:33.69 ID:L6tcVsPXO


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ



ドーモ
今年は辛うじて年内に間に合いました(そもそも去年は結局断念したと思う)
あまり長くないのでなんか大掃除とかの合間に読める!やったぜ!

429: 2017/12/31(日) 10:11:52.38 ID:L6tcVsPXO
【ファイン・アンド・ロング、スパイダーズ・スレッド・オア・ソバ】

430: 2017/12/31(日) 10:15:07.55 ID:L6tcVsPXO
 ネオトーキョーの冬は寒い。
 ほんの数年前、彼がまだ現役アイドルヒーローだった頃、この新興経済特区は今以上に環境への配慮が足りず、地球温暖化に多大な貢献をしてきた。
 あるいは企業も夢や希望、野心にあふれ、人々の熱気がネオトーキョーそのものを過熱させてさえいた。では、今は?
 ネオトーキョーの経済成長は当時より緩やかだ。そして良識ある企業は寒い冬を取り戻すべく、一部の暗黒メガコーポによる環境破壊を上回るペースで環境再生を進める。
 ネオトーキョーの冬は寒い。
 漆黒ヒーロースーツの上にフォーマルなビジネス用ジャケットを着用し、さらに防寒防風コートを纏うエボニーコロモは、黒子ヒーローマスクで顔まで防寒である。
 それでも彼が寒さを振り払えずにいるのは、誰かの温もりをこそ求めているとでもいうのか。……バカな。黒衣Pは転がってきた空き缶を蹴り飛ばした。

「……どう言い訳すりゃいいんだよ……畜生」

 今日は緊急出動が重なり、エボニーコロモと二人のアイドルヒーローはそれぞれ単独で現場を担う“三面作戦”を実行した。彼の戦場はホテル・グランド・ゴウカ。
 毒ガス自殺テロを企むイカレ宗教団体に一時は占拠された、地上500メートルの最上階展望レストラン。黒衣Pの作戦行動は迅速であり、被害は出なかった……そのはずだ。
 にもかかわらず、レストランは今日から年末年始の休業を決めた。黒衣Pの半年前からの予約もキャンセルされた。彼の心には寒さだけが残った。
----------------------------------------


それは、なんでもないようなとある日のこと。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



431: 2017/12/31(日) 10:17:58.65 ID:L6tcVsPXO

(洋子がいたら、すぐ隣で、40度近い体温を分けてくれるだろうに)
(イツキがいたら、あの自販機まで走って熱いアマザケを買うだけの気力を分けてくれるだろうに)

 黒衣Pはスチームパンク戦士めいて黒子ヒーローマスクの隙間から白い空気を吐き出しながら、無意味な“もしも”の世界をニューロン内で描いては消す。
 アイドルヒーローを引退し、プロデューサーヒーローになり、はや二年目の冬。己がどれほど脆弱な存在となったか、彼は否応なく思い知らされていた。

「別に、あの頃は良かった……なんて話じゃねぇけどさ」

 誰に言うでもなく呟いた。この時期のエボニーレオは、借金苦から悪に堕ちるほか無かった哀れな貧困犯罪者達にとって、獅子ではなく鬼であったろう。
 強大な能力で追いかけ、決して逃がさず、鉄拳と共に年明けまでの留置場生活(つまりは必要最小限の衣食住)をプレゼントするのは、しかし彼なりの慈悲だった。
 男性アイドルヒーローそのものが落ち目だった時期、彼自身も楽な生活ではなかった。ひと仕事終えた後には、馴染みの屋台で安いソバを……

(ソバ……か)

 その記憶が甦ったのは何らかの啓示であったか。黒子ヒーローマスクがBEEP音を鳴らし、サブモニタウインドウに解析映像を映し出した。
 思い返せば、今日は昼飯を食べていない。事件解決のため戦い、その結果が……。プランBを早急に準備せねば。まずニューロンに栄養補給を。黒衣Pは足早に屋台へ向かう。
 軽トラック改造屋台は、ネオミドリ自然公園の片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇んでいた。

 ◇◇◇

432: 2017/12/31(日) 10:20:53.31 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 斉藤洋子の体温は氷点下にも負けず40度近くを保っているが、だからこそ彼女の顔は、手は、外気に触れる露出部分の全ては、温度差によってヒリヒリと痛痒いのだ。
 洋子は灼熱めいた白い吐息で両手を暖め、カサつく?をさすった。冬の乾燥空気は肌の大敵だ。夏の湿度が今だけは恋しい。
 寒風を防いでいたマフラーと手袋は、ついさっきの仕事で特に重大な損失だった。人間ソルベ製造ゴーレムは滅びてなお洋子に少なからずダメージを与えている。

(去年の今ごろは……)

 ふと思いを巡らせる。去年も似たようなものだった。仕事納めというのは言葉だけで、ネオトーキョーに犯罪のない日など訪れないのだ。
 昨秋、ヒーローで食っていく目処が立ったと伝えると、両親は喜んだ。帰省してもヒーロー引退の話にならないと確信するに至った洋子も、ひと安心したものだった。

433: 2017/12/31(日) 10:23:10.27 ID:L6tcVsPXO
 里帰りできずとも、不満があったわけではない。アイドルヒーローの仲間が誕生日を祝ってくれもしたし、二人きりのパーティーも……

「……こっ! 今年は! 帰ろっかな!」

 誰に言ったわけでもなく、何らかの能力者に心の中を覗かれる感覚もなかったが、洋子の顔は赤い。黒衣Pの姿が見えないことは幸運であったろう。

(そういえばプロデューサーの方は、もう片付いたかな……イツキちゃんは……)

 黒衣Pの言うには、今夜はホテル・グランド・ゴウカでディナーらしい。三人でささやかなバースデーパーティー。主役は洋子と、偶然にも誕生日の同じイツキ。

(ドレスコードとかあるのかなぁ……なんかグレード高い? みたいな感じっぽいし、あんまりいっぱい食べる雰囲気でもなかったり……?)

 考え出せば落ち着かず、心配にもなってくる。がっついて恥をさらさぬよう、何か軽く腹に入れておくべきか? ……まさにその時、視界の端に屋台。
 腹おさえには重いか。否、相応に働きカ口リー消費したのでプラスマイナスゼロだ。そういうことにした。

(ソバ……かぁ)

 軽トラック改造屋台は、ネオミドリ自然公園の片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇んでいた。
 簡易ベンチには客らしき姿がひとつ。おそらくハズレ屋台ではない。ほう、と息を吐くと、洋子は二車線の車道を跳び越え、屋台へと向かった。

 ◇◇◇

434: 2017/12/31(日) 10:26:09.08 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 イツキの生まれ育った獣人界は夏暑く冬寒い、全ての生命に氏力を尽くさせる強き大地だったが、ここネオトーキョーも負けず劣らずだ。
 黒衣Pの言うには、特に今年は四年ぶりのデミ氷河期らしい。だからだろうか。彼女の前方5メートルを疾駆するシベリアンハスキー種イヌ獣人は、いやに楽しそうだった。
 ……それだけなら良かった。かの獣人は、ユタカライフ化研のエージェントだ。仕事を片付けたイツキと偶発的遭遇した三人組。
 イヌ獣人の「遊んでやる」との挑発通り、まんまと他の二人の逃走を許してしまった形だ。もっとも、イツキは状況を悲観視しない。
 どのみちこのエージェントを仕留め、インタビューすれば、全てわかる。彼女にはそれを出来るだけの力がある。ディナーまでに残された時間も。

「……?」

 思いがけず、イツキは足を止めた。疾走する二人の獣人が呼んだ風に、獣人界の匂いが混ざり込んでいたのだ。
 イツキのように獣人界からこちらに来ている者は多くない。現に彼女が追うイヌ獣人も、人間界カラフト出身者に多く見られる特徴を有している。
 ならば何故、不意に懐かしい匂いを感じたのか? イツキは考えようとして、我に返った。この僅かな間に、イヌ獣人は逃げおおせて……

「どうした、もう息切れかい? これだからサルのやつは」

 10メートルと離れていない、隣接ビル屋上貯水タンクの上。イヌ獣人はイツキを見下ろして嗤った。
 特に速力に優れるイヌ獣人の脚で逃げるには充分過ぎる隙だった。それをせず敢えて追跡者を待つ、「遊んでやる」ことの意味は? イツキは素早く状況判断した。

「ふーん……じゃあ、飽きちゃったんで、帰りますね☆ キィヤーッ!」

 イツキが跳躍したのは、イヌ獣人でなく懐かしき獣人界の匂いがする方向だ。背後から「ヤッベ」と焦りの声が聞こえた。どうやら正解らしい。

435: 2017/12/31(日) 10:29:17.40 ID:L6tcVsPXO
 今や追う者と追われる者は逆転していた。いくつものビルを跳び渡り、獣人界の匂いはますます強く濃くなっていく。
 やがて視界が開け、眼下には公園。その片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇む屋台こそ、匂いの最も強まる地点であった。

「えっ……? 屋台……?」

 それはイツキにとって想定外のものだった。
 そして、さらなる想定外……ノレンをくぐり今まさに出てきた客は、彼女の同僚たる斉藤洋子、そして担当プロデューサーヒーロー・エボニーコロモであったのだ。
 直後、軽トラック改造屋台はエンジンを噴かして急発進。離れゆく屋台を背にしたヒーロー二人の視線方向には、また別の人影が二つ。

「ユタカライフのエージェント……!」

「ご明察! イヤーッ!」

「……! しまっ」

 頭上から声。反応が遅れた。シベリアンハスキー種イヌ獣人はイツキの両肩に着地、そのままたっぷりと力を込めて再度跳躍し、屋台を追う。

「サルのやつらは無駄に頭が回りやがるが、戦場で考え込むのはアホだゼ! アバヨ!」

「くッ……このっ!」

 イツキは脱臼しかかった両肩を筋力とキアイで繋ぎ直し、イヌ獣人を追う。その遥か下方でも、ヒーローと暗黒エージェントが一触即発の状況にあった。

 ◇◇◇

439: 2017/12/31(日) 10:38:37.03 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「……言葉足りてねぇぞ。大丈夫だ、おかげさまでな」

「あの屋台、絶対クロだけど……足止めしなくて良かったの?」

「発信器は仕込んである。そうでなくても、まだ見えてるんだろ? コイツら叩きのめしてからで間に合う」

 洋子と黒衣Pは逃げ去る屋台を背に、ユタカライフ戦闘エージェントと対峙する。二人が纏う静かな怒りは、年に一度あるかないかの重大案件対応時に匹敵していた。

「何故邪魔をする? 貴様らも我々も被害者同士。協力して犯罪者を捕らえることが、社会の安定に繋がる」

 エージェントの一人、重サイバネ戦士ファイブセンシズは、ヒーロー達の行動を理解できなかった。
 ユタカライフ化研の試作薬物“HSH03”が何者かにケミカル調味料とすり替えられ、強奪された事件から一週間。彼らは犯人を見つけ、確保まであと一歩に迫っていたのだ。
 使用者の記憶中枢に作用し、家庭の記憶を呼び起こす。最新のVRデバイスと組み合わせることで、カイシャにいながら自宅で過ごす穏やかな時間を再現する。
 HSH03は働き方改革と成長戦略との板挟みで苦しむメガコーポ各社にとって、さながら蜘蛛の糸のごとき救いとなるはずだった。
 この一件で最大の原因、試作品の社外持ち出しという致命的非常識ミスを犯した開発主任をはじめ、既に幹部クラス複数名が長い出張に旅立った。
 メンツを保たねばならぬ。何としても強奪犯を捕らえ、然るべき報いを受けさせる。彼ら戦闘エージェントが投入されるとは、そういうことだ。

「社会の安定……笑える、それなら警察に被害届の一つも出してみればいい。どうせ表に出せないヤバイネタなんだろうが」

 エボニーコロモの声音は、無表情な黒子ヒーローマスク越しでありながら尚その眼光と同じく鋭い。

440: 2017/12/31(日) 10:40:09.10 ID:L6tcVsPXO
 彼はエージェント達の目的を分かってはいない。だが、身を以て味わった何らかの薬物ヌードルこそ眼前敵と深く関わる物と推測できれば、協力する選択肢などあり得ぬ。

「ファイブセンシズ、交渉は無意味だ。排除する方が早い……イヤーッ!」

 ファイブセンシズを押しのけて進み出た小柄な男が、双眸を紫色に光らせた。エボニーコロモの鼻と目から血が流れ、黒子ヒーローマスクから溢れてポタポタと落ちた。

「アバーッ!?」

 絶叫したのはエージェントの方だった。洋子の瞳の光が消えると、恐るべきニューロン破壊能力者マインドトレーサーは仰向けに倒れ、口から白い煙を吐いた。

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「割とな。割と効いた。これで二対一か……バーニングダンサー、さっきの屋台、追跡しろ」

「えっ……プロデューサー、ホントに頭」

「大丈夫だ。そもそもサイバネ野郎には俺の方が有利だろうが。俺がやる」

 エボニーコロモのニューロンはおそらく正常だ。洋子は一度頷くと身を翻し、屋台を追ってサンギョウ・ドウロに走り出た。
 黒のヒーローは防寒防風コートとビジネス用ジャケットを脱ぎ捨てた。握りしめたヒーロースーツの両拳が、バチバチと青白く放電した。
 二人の戦士は同時に地面を蹴り、拳を繰り出した!

「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」……

 ◇◇◇

442: 2017/12/31(日) 10:46:19.50 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「ハアーッ……ハアーッ……何でヨ……オレはこんな、ところ、で……」

 重サイバネの男が投げたダガーはチンサンの左腕を掠めただけのはずだった。だが今、軽トラック改造屋台を運転する彼の身体は酷く痺れ、ほとんど動かなかった。
 辛うじてハンドルを切る。屋台はサンギョウ・ドウロを外れ裏道へ。50メートルほど走りゴミ捨て場に突入、煙を噴いて停止した。

「ア……アイヤー……」

 チンサンは運転席ドアから転がり落ち、僅かに残った力で這い進む。止まれば氏ぬ。追っ手は無慈悲で、そして己も、きっとそれだけのことをしでかしたのだ。
 既に夢破れていた彼は、故郷へ帰るための……せめて故郷の貧しい農村で多少とも豊かに暮らせるだけのカネを集めようとした。
 一週間前の夜、その日最後に彼のラーメン屋台を訪れた客は、それまでのどの客よりも上質なスーツをクタクタに着古した男だった。
 男はフトコロから奇妙な粉の入った小瓶を取り出し、チンサンのラーメンにかけた。お世辞にも美味いと言われたことのない彼のラーメンを、男は涙を流して喜び食った。

(あのコナは何だ? オレのラーメンをこうも人を泣かすほどにできるなら、カネになるのでは?)

 チンサンの良心はとうに摩りきれていた。彼は男にサケを勧め、眠らせ、粉末小瓶とケミカル調味料をすり替えることに成功した。
 罪の自覚はあった。足が付くまでの時間を延ばすため、ラーメン屋からソバ屋に転向した。それまでの縄張りを捨て、多少とも見知った仲の客も捨てた。
 彼のソバは飛ぶように売れた。予想外に噂が広がり、彼は逃げるように縄張りを転々とした。何処に行っても誰かにずっと見られているような気がした。

443: 2017/12/31(日) 10:48:25.18 ID:L6tcVsPXO
 カネは充分集まり、粉末も今朝の仕込みで使いきった。明日の朝には彼は密航ブローカーのボロ船で、大陸への帰途についているはずだった。

「バカにしてるんですか」

 その女は、チンサンのソバ……否、今やコストカットのため安価な合成ソーメンに湯をかけたものだ……を食べてむせび泣く黒ずくめの男とチンサンを交互に見て言った。
 女の朱色に燃える瞳は彼の心の奥まで照らし、罪を暴かんとしているように思われた。

「私……それからプロデューサーも、ソバを食べに来たはずなんですけど……バカに、してるんですか」

 女は何度か深呼吸を挟み、冷静さを保とうとしているようだった。普段から怒りを抱くことに慣れていないタイプか。こういう手合いは一線を越えさせてはならない。
 チンサンの背中は嫌な汗で濡れていた。怯えながら、彼は訝しんだ。
 粉末が溶けた湯から上がる湯気を吸い込んだだけで郷愁めいたノスタルジーを呼び起こす力が、何故この女には通用しない?
 良心の最後の一欠片が、今すぐドゲザし全て吐けと迫る。(まだだ! 何とかして逃げ道を……)チンサンは抗い続ける。そして……

「グワーッ!」

 左腕に鋭い痛みを感じ、チンサンは地面に転がった。屋台の柱に刺さったダガー。それだけではない。数十メートルの彼方、二つの人影が、彼に冷たい眼光を向けていた。
 二人の客の反応は速かった。咄嗟に立ち上がり、ノレンをくぐって人影と対峙する。チンサンはノーマーク。(今だ!)彼は運転席に転がり込み、屋台を急発進させた。

444: 2017/12/31(日) 10:50:15.87 ID:L6tcVsPXO
 ……だが、結局このザマだ。彼は氏ぬ。それは遠い未来ではなく、遅くとも数分後だろう。早ければ……まさに今だ。

「見つけたァ! イィヤーッ!」

 遠吠えめいたシャウトがチンサンの頭上から襲いかかる。バサバサと羽音。彼の氏を待っていたカラス達が慌てて飛び去ったのだ。
 何もできることはない。動かなければ楽に氏ねるか? 否。無慈悲なエージェントは彼を無理矢理生かし、存分にインタビューするだろう。身体から力が失われていく……

「キィヤーッ!」

「グワーッ!」

 別のシャウトと、続いて悲鳴が聞こえた。何が? 考えるより速く何者かがチンサンの首根っこを掴み、手近な割れ窓から廃アパートに放り込んだ。

 ◇◇◇

445: 2017/12/31(日) 10:52:35.92 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 イツキはコンクリート壁を……そこに半ばめり込んだシベリアンハスキー種イヌ獣人を見据えた。これで終わる程度では暗黒メガコーポのエージェントは務まるまい。
 案の定、イヌ獣人は自力で身を剥がし、地に降り立った。

「サルのやつがよ、なかなかやってくれやがる」

 イヌ獣人は口の端の血を舐め、挑発めいて手招きした。身体ダメージ未だ軽微、戦意も衰え無し。戦闘継続可能。
 イツキは静かに呼吸を整え、全身に力を込める。筋肉が盛り上がり、茹だったオニめいて赤く染まる。体毛がフサフサと伸び、肉体の色を受けて緋色に輝く。

「リオンレーヌです。とりあえず私が勝つまで、ただのサル獣人と見くびっていて下さいね☆」

 リオンレーヌは毛皮の首巻きで隠した口元に狩猟者の笑みを浮かべ、その場で姿を消した。否、消えたのではない。テレポーテーションと見紛う高速移動である!

446: 2017/12/31(日) 10:54:14.33 ID:L6tcVsPXO
 イヌ獣人は備えようとした。ゴッ、と鈍い音の直後、彼の視界が酷く揺れた。背後からの踵落とし。脳天にクリーンヒットしたか。

「クソが! テメエは……」

「キィヤーッ!」

「グワーッ!」

 イヌ獣人の視点が一瞬で数十センチ落ちた。ヒザを破壊され、立っていることもままならなくなったのだ。リオンレーヌには適度な高さ!

「キィヤーッ!」

「グワーッ! ……ア……アバッ」

 眉間に叩き込んだ掌打がトドメとなり、イヌ獣人は倒れて痙攣した。リオンレーヌは残心と獣化を解き、拘束作業に取りかかる。

「……あっ! さっきの人!」

 ウカツ。己の戦いに巻き込まぬよう避難させたつもりが完全に見失った。企業エージェントに追われるというのは余程のことだ。何か大きな事件の関係者かも知れぬのだ。

「……どうしよう」

 イツキは途方に暮れた。その足下で、スマキにされたイヌ獣人は痙攣し続けていた。

 ◇◇◇

447: 2017/12/31(日) 10:57:43.25 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「ハアーッ……ハアーッ……ッ! ……ハアーッ……」

 チンサンは再び這って進むだけの力を取り戻していた。ダガーの毒が足りなかったか、全身の痺れもいくらか和らぎつつあった。
 捨てる神あれば何とやら、だ。彼はサルめいたシャウトの何者かに感謝しつつ、廃アパートの一室、カビ臭いフローリングの上を進む。
 ……コツン。指先が何かに触れた。それは金属の物体……麺を茹でる鍋だ。

(ナンデ……屋台と一緒にゴミ捨て場でスクラップのはずヨ……)

 チンサンの悪事にただ寄り添い、意のまま麺を茹で続けた鍋。ラーメンを、ソバを茹でる栄光を奪われ、ケミカル合成ソーメンを茹でるという冒涜にも従い続けた鍋。
 チンサンは静かに失禁した。鍋から伸びた朱色の細腕が、彼を冷たい暗闇に引きずり込まんとする。鍋が倒れ、その中身と目が合った。

「アッ……アイヤー!? アアーッ!? ……アアアアーッ!」

 ……夕日が差し込む廃アパートの一室、焼け落ちた玄関ドアの枠を背に立つ洋子は携帯端末で作戦完了を報告し、警官隊と黒衣Pの到着を待つ。
 最後まで逃げ続けようとした男を見下ろす険しい表情は、割れ窓から覗くイツキに気付くと、勝手にほころんでいた。

448: 2017/12/31(日) 11:00:42.30 ID:L6tcVsPXO
 ~エピローグ~

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 サンギョウ・ドウロからやや外れた裏道、早朝のゴミ捨て場に、チンサンは立ち尽くしていた。
 軽トラック改造屋台はこれまでの稼ぎもろとも、証拠物件として押収された。彼の手元には何も残ってはいない。……本当に?
 そもそも彼が冷たい部屋を出て自由に行動できていること自体、本来あり得ぬことなのだ。逮捕が報道された当日、彼は釈放された。
 とあるカネモチが保釈金を支払い、さらには警察幹部を買収して事件を揉み消させたのだと、誰かが話すのを聞いた。
 チンサンを出迎えたのは、こざっぱりとした身なりの少年だった。少年は彼に指二本分ほどの分厚い封筒を差し出し、やや離れた所に停まる一台の高級車を指し示した。
 車外に出て頭を下げる老婦人の顔を、チンサンは思い出した。何年か前、不味いラーメンでも真面目に作っていた頃、タダでラーメンを食わせた路上生活者。

『あの日のラーメンこそ、私にとってのブッダの救いでした』

 札束とともに封筒の中に入っていた手紙には、そう記されていた。チンサンも深々とオジギし、老婦人の車が去るのを見送った。

449: 2017/12/31(日) 11:02:49.82 ID:L6tcVsPXO
 札束は必要なだけの金額を残し、薬物中毒者更正施設に寄付した。彼の手元に形あるモノは残っていない。

(オレは救われたのだ……過去のオレの善意と、現在の名も知らぬ善意に。善意の糸がより合わされ、より強い糸になり、オレを地獄から救い上げたのだ……)

 チンサンはゴミの中に半ば朽ちかかった荷車を見つけ、丁寧に引っぱり出した。そして、よく見知った鍋を。

「オレ、やり直すヨ……今度こそちゃんとやるから、もう一回、力を……」

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 だが溢れる涙が、胸の内に燃える炎が、今のチンサンには暖かかった。

 ◇◇◇

450: 2017/12/31(日) 11:05:53.04 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーでは珍しくない月も星も見えぬ夜、エボニーコロモ達の事務所を照らすのは、中心街からかすかに届く搾りカスめいたネオン光だけだ。
 コタツを隅に追いやったスペースに敷いたフトンの中、天井をぼんやりと見上げながら、黒衣Pは安堵の息をついた。
 ディナーは洋子とイツキの協議の結果、ヤキニクになった。気取ることも気負うこともなく、存分にカ口リーを摂った。
 彼の城たる仮眠室は、ほんの十分ほど前まで声と熱に溢れていた。今は寝息が二つ。金属フレーム簡易ベッドと、天井近くのハンモック。

(“まとまった休み”か……俺も久しぶりに帰省なんて……何年ぶりだ……親父の葬式以来だから……)

 ホンゴエ・タコシ代表は洋子とイツキに甘い。
 「年末年始の緊急出動日数分、一月のどこかでまとまった休みをとれるようにする」二人が取り付けた約束だ。黒衣Pについては、代表は最後まで渋っていたが折れた。
 休みがないのはヒーローとして必要とされている証拠だ。アイドルヒーロー二人を抱えることで実力を認められているなら、それは喜ぶべきだろう。……とはいえ。

(何を浮かれてやがる……洋子とイツキだから、俺も命拾いできて……)

 思考が散漫になりつつある。眠気が。ニューロンを半分焼かれた状態で殴り合うのは馬鹿だった。二度としない。携帯端末に手を伸ばす。23時58分。
 ……終わっちまう。来年の今日は、もっと上手く……瞼が上がらない。意識は浮遊感とともに眠りの闇に溶けてゆく。
 12月30日、午前0時。
 ネオトーキョーの冬は寒い。

451: 2017/12/31(日) 11:07:24.04 ID:L6tcVsPXO
(【ファイン・アンド・ロング、スパイダーズ・スレッド・オア・ソバ】終わり)

452: 2017/12/31(日) 11:10:19.46 ID:L6tcVsPXO
いじょうです
なんか今年は洋いつバースデー盛り上がりが例年以上っぽい雰囲気だった
相変わらず一市民が目立つうえに途中で不ぐあいとかあったが、お付き合いいただきありがとうございました

453: 2017/12/31(日) 16:55:34.03 ID:8+ViXghwo
おつおつー



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13