23: 2019/01/03(木) 19:21:33.59 ID:p8Id/7Jt0

前回:だいたいなんでも解決してくれる杏ちゃん~鷺沢文香編~

~岡崎泰葉編~

24: 2019/01/03(木) 19:22:34.57 ID:p8Id/7Jt0
「泰葉ちゃんおはよう」

泰葉「おはようございます、いつもお世話になってます」

「こないだの公演、大好評だったね」

泰葉「はい、自分でも、とてもいい舞台になったと思ってます」

「他の子たちもよかったけど、演技力はさすがに泰葉ちゃんが頭一つ抜けてたね」

泰葉「い、いえ……そんなことは……」
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25: 2019/01/03(木) 19:23:09.07 ID:p8Id/7Jt0
「あ、岡崎さん。公演観に行ったよ、すごくよかった」

泰葉「本当ですか? 嬉しいです」

「話も面白かったし、やっぱり岡崎さんがよかったね。『岡崎泰葉ここにあり』って感じで」

泰葉「そんな……私なんて、まだまだです」

「謙遜するね。でも見る人が見ればわかっちゃうよ。さすがは岡崎さんだ」

泰葉「ありがとうございます」

泰葉「…………」

26: 2019/01/03(木) 19:23:46.81 ID:p8Id/7Jt0
――事務所内通路



泰葉(戻ってくるの遅くなっちゃったな。外、もう暗い)テクテク

泰葉「…………」

泰葉「……『さすが』、かぁ」

泰葉(評価されてる、褒めてもらってるってことはわかるけど)

泰葉(もっと違う言葉が欲しい、なんて思っちゃうのは、贅沢なのかな……?)

泰葉(……あれ? ここの部屋、ドアが開いてる)

泰葉(誰か、いるのかな)ソロソロ

杏「zzzzz」スヤァ

泰葉「ええ……?」

杏「むにゃむにゃ……」スヤスヤ

泰葉(…………どうしよう)

27: 2019/01/03(木) 19:25:13.31 ID:p8Id/7Jt0
 *****

 ヨーコさんたちを見送った私に、三人組の女性が話しかけてきた。
 三人はそれぞれ、ショーコ・ワカバ・ホタルと名乗った。オートマトンではない、だけど、人間ともなにかが違う。

「私たちは旧文明の忘れ形見。荒野で懸命に生きてきました」

 代表するように、ワカバと名乗った女性が言った。

「旧文明?」と訊き返す。

「ヤスハさんはオートマトン……機械なんですよね?」

「はい」

「……触れてもいいですか?」

 なぜか、他のふたりがびくりと身を震わせた。

「もちろん、構いませんが……」

 ワカバさんの手のひらが、ぺたりと私の頬に当てられる。
 ショーコさんとホタルさんが緊張したような面持ちで見守っていた。

「ああ、よかった」ワカバさんがほっと息をつく。 「もしもヤスハさんが人間だったら、いまので氏んでいます」

28: 2019/01/03(木) 19:25:56.51 ID:p8Id/7Jt0
 それからワカバさんは、自分たちは戦時中に開発された人工生命体だと言った。
 人間と、ワカバさんとホタルさんは毒性のある植物、ショーコさんは毒キノコを掛け合わせた、触れるだけで人の命を奪うことができる生物兵器だと。
 ある施設で研究が進められていたが、実用化される前に戦争が激化し、施設ごと打ち捨てられた。気が付けば地上は焦土と化し、人間たちは地下に逃れていた。
 施設を抜け出した彼女たちは有害物質に耐性があり、地上でも生き延びることができて、ずっと、あてもなくさまよっていたらしい。

「カラカラの、毒に染まった大地……フゥ、毒キノコにとっても厳しかった……」

 ショーコさんがつぶやいた。

「……事情はわかりましたが、それであなたたちは、私になにを?」

「地上を蘇らせるんですよね?」とホタルさんが言った。

「……はい」

「それなら、私たちにお手伝いをさせてください」

29: 2019/01/03(木) 19:26:54.59 ID:p8Id/7Jt0
 ここの土壌は汚染が強すぎて、植物の生育は難しいだろう。種の数には限りがあるから、まずは少しでも汚染の少ない土地を探さなければならない。

「汚染レベルは以前より下がっているんですね?」

 ワカバさんが言った。

「はい、ヨーコさんが以前調査したときよりは、ほんのわずかにですが」

「では放っておいてもある程度の改善は進んでいると。……ショーコちゃん、よさそうなところ、わかりませんか?」

「フヒ……だったら、こっち……」

 ショーコさんに続いて歩き出す。どこまで行っても景色は変わらない、見渡す限りの荒野が続いていた。

「このあたりとか……どうだろう?」

 案内されたところの土の成分を計測してみる。

「汚染が少ない……どうして?」

「こ、このあたりは……菌類の活動が活発なんだ……自然のサイクルが早いから、回復が進んでる……」

30: 2019/01/03(木) 19:27:36.34 ID:p8Id/7Jt0
 開墾のための道具と雨水を貯める容器を作り、土を耕して種を植える。それを繰り返して日々を送る。
 オートマトンの私とは違い、彼女たちにはかなりの重労働だろうに、三人とも献身的と言っていいぐらい熱心に手伝ってくれた。

「どうして、私を手伝ってくれるんですか?」

 ふと思い立って訊ねてみる。

「私たちは呪われてるんです」

 作業中のホタルさんが、私に背を向けたまま言った。

「人を頃すために生み出されて、それすらもできないうちに捨てられました。じゃあ私たちは……私は、なんのためにこの世に生まれたんでしょうね?」

 返す言葉が見つからず、私は沈黙してしまった。

「ずっとずっと、なんで私は生まれたんだろう、なんで私はまだ生きているんだろうって思いながら、生き延びてきました。そして、ヤスハさんたちを見つけました。人間は地上では生きられませんから……こんな体に生まれたからこそ、私たちはヤスハさんのお手伝いができるんですよ」

 だから、と言って、ホタルさんが振り返り、ひかえめにほほ笑んだ。

「どうか、私たちが生きたことに、意味を与えてください」

31: 2019/01/03(木) 19:28:17.33 ID:p8Id/7Jt0
 あるとき、ヘレンと名乗る女性が通りがかった。私やヨーコさんたちに続いて、地下から地上にやってきたらしい。
 彼女は私たちが作業する様子を興味深げに眺めていた。
 部分的な機械化もされていない、完全な生身の人間だ。長いことここにいたら、病にかかってしまうだろう。

「地下に戻ってください」と私は言った。

 だけど、彼女は微笑をたたえたまま首を横に振り、

「地上はゴールではなかった。それだけのことよ」

 そう言い残して、ひとり、悠然と歩き去っていった。それ以来、彼女の姿を見ることはなかった。

32: 2019/01/03(木) 19:28:50.08 ID:p8Id/7Jt0
 それから何日か経ったが、植えられた種は一向に発芽する気配がなかった。やはり、これでもまだ汚染が強すぎるのかもしれない。

「……なかなか、うまくいきませんね」ワカバさんがつぶやく。「ショーコちゃん、ここはひとつ」

「フヒ……わ、わかった」

 なにをするつもりなのか、と私が訊ねるよりも早く、ショーコさんが息を吸い込み、

「ヒャッハァ!!! お前らァ! もっと気合い入れろォオオオ!!!」

 大きな声で叫んだ。

「……どうです?」

 あぜんとする私に、ワカバさんが話しかけてくる。

「どうとは……え? 汚染レベルが、下がってる……?」

「よかった、菌類が活性化したんです」

「なぜ?」

「さあ?」

 次の日、初めて植物の芽が地上に顔を出した。三人は、私といっしょになって大喜びしてくれた。

33: 2019/01/03(木) 19:29:45.13 ID:p8Id/7Jt0
 だけど、地上の汚染には耐えられても、彼女たちは生物だ。私と違って、寿命がある。
 長い時が流れ、ひとり、またひとりと、この世を去っていった。そして最後のひとりも。

「最後まで、手伝ってあげられなくて、ごめんね」

 衰弱した、かすれた声でホタルさんがつぶやく。

「ごめんなんて言わないでください。みんながいてくれて、私はすごく助かったんですよ。とってもとっても、嬉しかったよ」

「……うん」

 ホタルさんは弱々しく、だけど輝くような笑顔を見せて、それから、二度と動かなくなった。

34: 2019/01/03(木) 19:30:30.51 ID:p8Id/7Jt0
 そして私はひとりになった。長い年月、ひとりで種をまき続けた。
 地下に戻ったみんなも、もう生きてはいないだろう。
 だけど、私は孤独じゃない。 私には記憶がある。だいじなだいじな、みんなとの、ヨーコさんとの思い出が。
 壊れていた私を起こしてくれたこと。“ヤスハ”という名前をくれたこと。いっしょに地上を目指したこと。その頬に触れて、あたたかいと思ったこと。何度も何度も、名前を呼んでくれたこと。

 それだけで私は生きていける。気が遠くなるほどの時を、更に何千年でも。

35: 2019/01/03(木) 19:31:10.56 ID:p8Id/7Jt0
 ある時期から、気が付けば時間だけが経過していることがあった。
 なにか回路に異常が発生しているのだろう。構造は把握していても、自分ではあまり本格的なメンテナンスはできない。むしろ、よくここまでもったものだと思う。

 片方の腕が取れてしまった。
 どれだけ注意を払っていても、ボディは少しずつ痛んでゆく。腕でよかった。脚を失うよりは、いくらか不便が少ない。
 動くと、体の内部からきしむような音がした。ゆっくりと気を付けて、今日もたくさん種をまこう。

 約束、したもの。

36: 2019/01/03(木) 19:32:04.22 ID:p8Id/7Jt0
 その日の空は晴れ渡っていた。
 以前のような、赤い砂塵に曇った空ではなく、透き通るような一面の青空だ。
 私は大きな木に背中を預けて座り込んでいた。
 意識が途切れる頻度は日を追うごとに高くなり、目覚めるまでの時間も長くなっていった。
 今となっては、意識を保っている時間のほうが遥かに少ない。

 生い茂る緑の葉っぱの隙間から、陽光が降り注いでいた。
 あたたかいな、と思った。
 どこからか小鳥が飛んできて、私の頭や肩にとまった。

 体が動かない。耳も、聞こえてはいないようだ。

 きっと、私はここまでなんだろう。
 だけど、もう私がいなくなってもだいじょうぶ。
 だってここは、地上はもうこんなに――

37: 2019/01/03(木) 19:32:30.90 ID:p8Id/7Jt0
 ヨーコさん、

 お花、いっぱい咲いたよ。

38: 2019/01/03(木) 19:33:16.26 ID:p8Id/7Jt0
 *****

――事務所内の一室



泰葉「――ちゃん、杏ちゃん、起きてください」

杏「んぁ……あー、ヤスハだ……」

泰葉「もう日が暮れてますよ。事務所に泊まる気ですか?」

杏「そんな社畜みたいなマネしたくない……」

泰葉「じゃあ帰りましょうよ、ほら起きて」

杏「ふわあ……むっちゃ長い夢見てた……」

泰葉「続きは家で見てください。タクシー呼びますね」

杏「んー、その前に、ちょっとこっちきて」

泰葉「? なんですか?」

杏「えい」ギュッ

泰葉「!?!?」

39: 2019/01/03(木) 19:33:51.49 ID:p8Id/7Jt0
杏「……がんばったね」ギュー

泰葉「な、なんですか! いきなり!」バッ

杏「や、なんとなくそんな気分で」

泰葉「……タクシー呼んできますから、荷物整えといてくださいね」ガチャ

『バタン』

杏「ここで呼べばいいのに」

杏「うーん……? 杏、ちょっと寝ボケてたかな」

杏「……まあいっか、泰葉、なんか嬉しそうだったし」



<岡崎泰葉編、終わり>

次回:だいたいなんでも解決してくれる杏ちゃん~岡崎泰葉編~

引用: だいたいなんでも解決してくれる杏ちゃん小品集