1: 2011/08/18(木) 16:49:55.86 ID:sEsVh7bL0
◆前スレ
美琴「初めまして、御坂美琴です」一方通行「……あァ?」
【前回までのあらすじ】
御坂美琴は能力測定で訪れた能力開発研究所で一方通行という少年と出会う。
三日間の能力測定を経て美琴は一方通行に対して惹かれるものを感じて彼と仲良くなりたいと思いはじめる。
かたや人との関わりを避けていた一方通行も戸惑いながら美琴と接するうちにその気持ちに変化が生じていく。
徐々に仲良くなっていく二人だったが、一方通行は過去のトラウマを思い出し美琴を避けはじめ彼女から離れようとする。
しかし美琴はそんな彼の思いを知り自分の正直な気持ちを伝え、彼を受け止めるのだった―――――
そして夏休み、美鈴の提案で二人は学園都市の外にある美琴の実家に来ていた。
2: 2011/08/18(木) 16:52:04.30 ID:sEsVh7bL0
【登場人物】
一方通行:13歳。研究所に住むレベル5。自暴自棄になっている時に美琴と出会い心境に変化が。
美琴に対して抱く気持ちが何なのかよく分からなくてモヤモヤ。
御坂美琴:11歳。我らがヒロイン。一方通行と出会い彼を大切な存在と認識はしてるけどそれ以上はよく分からない模様。
実はツンデレは既に発症済みだったりする。
芳川桔梗:能力開発研究所の研究員。美琴と一方通行を出会わせた張本人であり二人を温かく見守るお母さんポジション。
御坂美鈴:美琴の母。美琴をからかうのがちょっとした生きがい。一方通行に対して美琴の事を任せるなど既に信用している。
後輩研究員:作者がうっかり作ってしまったオリキャラ。芳川の後輩で「~ッス」が口癖。名前はまだ無い。きっとこれからも。
こちらは暇つぶし的なノリで読むのが丁度良いSSです。
・ほのぼのラブ
・キャラ崩壊やら設定弄りアリ
・脳内補完スキル必須
・投下は遅かったり早かったり
34: 2011/08/19(金) 21:44:48.84 ID:Rt1yJgIO0
「…………いつまで触ってンだ」
「う~ もうちょっとだけ」
名も知らぬ女性と別れてから数十分。
美琴はまだ子猫と戯れ合っていた。
余程猫に触れられたことが嬉しかったのだろう。
美琴は楽しげに三毛猫の小さな額や喉元、背中を撫で回しては抱き上げたりする動作を何度も繰り返している。
彼女がどれだけ嬉しいのは分かった。
だがいい加減一方通行もその様子を見続けるだけなのは飽きてくるものだ。
それは短気な彼の性格にも拍車を駆けていた。
35: 2011/08/19(金) 21:46:53.89 ID:Rt1yJgIO0
「ハァ……マジでよく飽きねェなァ」
「だってこんなに猫に触れたの初めてだし」
「……だからってそンなに楽しいモンかよ」
「うん! ほら、一方通行も触ってみたら?」
「俺はいい。触ったこと無ェし興味もねェ」
(へぇ~ 触ったこと無いんだ…………そうだ!)
「ねぇ」
「あン?」
「はいっ」
美琴は自分の腕に抱いていた子猫を突然一方通行の懐に寄越す。
「オイッ!なにすンだッッ!!!」
「良いから良いから。ちょっと抱っこしてみなって」
36: 2011/08/19(金) 21:47:48.89 ID:Rt1yJgIO0
そう言って渡された子猫は突然の出来事に「ミャー?」と鳴きながら目を丸くしていた。
でも猫以上に混乱していたのは一方通行だった。
それは『動物』という生き物に触れたことが無いのが災いしていた。
放り出すわけにもいかずに取り敢えず腕の中に収めてみたはいいが触り方が分からない。
(……コイツ、体のドコ触れば良いのか分かんねェ……)
一方通行の腕の収まりのいい場所を探しているのだろうか。
猫はウネウネと体をくねらせて彼の腕の中で四苦八苦している。その動きが余計に一方通行の混乱を招いていた。
怪訝な顔を強く滲ませはじめた一方通行を尻目に美琴は子猫を笑顔であやす。
「よしよし、こわくないよ~」
「そォ言うならテメェが持てよ!つか俺に持たせんじゃねェッ!!」
「大丈夫だって!この子大人しいもん。 …………ほら!」
「……!」
37: 2011/08/19(金) 21:48:44.71 ID:Rt1yJgIO0
そう言われて抱えたそれに目をやると、子猫はまるで一方通行に甘えるように腕に擦り寄ってきている。
どうやら彼なりの所在が見つかったようで「ミャ~ン」と安心しきった声をあげ彼の顔を見つめている。
一方通行はそのことに驚いているのか黙っている。
美琴は(やったぁ!)と内心思いながらも子猫を驚かせてはいけないと思い心の中でガッツポーズをした。
そして頃合いを見計らって相変わらず無言の一方通行に声を掛ける。
「…………」
「ほら~! だから大丈夫だって言っ――――――」
38: 2011/08/19(金) 21:49:58.42 ID:Rt1yJgIO0
その瞬間、美琴は次の言葉が出てこなかった。
理由は簡単。
一方通行が今まで見たことのない様な優しげな表情を浮かべていたのだ。
39: 2011/08/19(金) 21:51:10.98 ID:Rt1yJgIO0
決して笑顔では無い。
でもいつものような無表情や意地悪な笑顔では決して無い。
ただ自然に、穏やかな流れに添っていくように、柔らかく表情を崩している。それだけ。
ただ彼の紅い瞳がいつもより優しげに対象物を映している。それだけ。
それだけなのだが美琴にとっては大事だった。それくらいのギャップなのだ。
(こんな顔するんだぁ……)
半ば感心しながらもその顔を見つめる。
戯れてくる子猫にただ成すがままに腕を任せる一方通行。
何だか目が離せなくて美琴はジーッとその光景を凝視してしまっていた。
その視線に気付いたのか先程までの表情を訝しげなものに変えて美琴の方を向く。
40: 2011/08/19(金) 21:51:56.11 ID:Rt1yJgIO0
「………………なンだよ」
「……ぅえ!? にゃ、にゃんでもにゃいっ!」
「カカッ 猫みてェな喋り方になってンぞォ?」
『みとれていた』ことはバレていないだろうか?
そんな心配は全くの無用だったと瞬時に分かった。
目の前には意地悪い笑みをする一方通行。それはいつもの彼の表情だ。
「…………」
どうやらさっきの顔は子猫にだけ向けられるものらしい。
41: 2011/08/19(金) 21:52:55.76 ID:Rt1yJgIO0
(………………ふんだっ)
何故だか不貞腐れたような自分の声が美琴の頭に響いた。
78: 2011/08/27(土) 15:01:33.01 ID:6tUb/fB80
しばらくして美琴と一方通行は子猫に別れを告げ、公園を出て再び街中を歩き始めていた。
「もうちょっと先に行くと海があるんだ」
美琴のその一言で2人は近くにあるという海岸に向かうことになった。
その道は家への帰り道にも通じるらしく、少し遠回りにはなるがそこを通って海を見ながら帰ることになった。
元々この散歩は目的の無い旅のようなものだ。一方通行も面倒臭がることなくアッサリ賛成してくれた。
母である美鈴からは「子供だけでは海に入ってはいけません」と昔からの言いつけとして聞かされている。
だったら道路脇から海を眺めることくらいなら許されるだろう。きっとこの快晴で見る海はかなり美しいはずだ。
そんな思いを巡らせながら美琴は一方通行の半歩先を行き海までの道案内をする。
79: 2011/08/27(土) 15:03:32.07 ID:6tUb/fB80
「ふえ~ 暑い……」
地面から噴き上げるような熱気を感じて美琴は思わず腑抜けた声をあげてしまう。
そろそろ時刻的には夕方に差し込んでいるだろうに、陽はなかなか落ちない。
2人の歩く赤茶色の煉瓦調にかたどられたアスファルトもジリジリと日光浴しているように空から降り注ぐ光を受け入れていた。
美琴の露出した肩に太陽は容赦無く光を照りつけてきて、さらされた部分から音が聞こえてきそうなほどに肌を焦がす。
断言してもいい。体に塗った日焼け止めの効力はきっと無駄となっているだろう。そう思わせるのに充分な日射しと暑さだ。
80: 2011/08/27(土) 15:04:28.51 ID:6tUb/fB80
かたや美琴の後ろを歩く一方通行はキャップをしているせいでその表情が見えない。
以前一方通行は必要最低限のもの(きっと酸素や重力だろう)以外は反射するように能力を設定していると言っていた。
きっとキャップの影では涼やかな顔をしていてこの夏の空の下を快適空間で歩いているのだろう。
そう思い羨むような視線を向けながら美琴は口を尖らす。不機嫌でもないのに、抗議を求める表情をわざと作ってみる。
「いいよね~一方通行は。紫外線とかこの熱気とかも反射してるんでしょ?」
「……まァな」
「なら私に当たってる分も反射してよ。ちょろーっと私の所まで反射範囲を広げてくれれば良いからさ~」
「ヤなこった 面倒臭ェ」
「ちぇっ、けーち! ま、そう言うと思ってたけどっ」
一方通行の憎まれ口は絶賛通常営業中。
相変わらずの態度にイジケながらもスキップにも似た足どりで彼の前を大きく手を振りながら美琴は大股で歩く。
先程ほんの一瞬、一方通行のふいに表れた表情を見たせいだろうか。少し気分がいい。
微かに感じた子猫へのモヤモヤした気持ちなんて首を振って掻き消す。
81: 2011/08/27(土) 15:05:08.90 ID:6tUb/fB80
「何ニヤニヤしてンだよ」
「ん~ べっつにー??」
「…………気味悪ィな」
「~♪」
いつもだったら突っかかる筈の一方通行のイジワルも聞き流せる程度に今の美琴は気分が良いのだ。
美琴は足どりの軽さを利用して一方通行の前にのびる彼の影を踏む。丁度彼の頭にあたる影の部分に足を落とす。
両手を広げながら「よっと」と声を上げながらタイミングよく影を踏んで歩く。まるで器用に平均台を渡るように両手を広げて。
ハタハタと水色のワンピースを波のように揺らせながら進む少女の後ろ姿を一方通行は無言で眺めている。
彼のその眼差しは先程の子猫を抱いている時のそれによく似ていた。
82: 2011/08/27(土) 15:07:15.11 ID:6tUb/fB80
・・・・・・
歩くこと数分。
周囲の景色が変わったと思うと塩分を含んだ香りが鼻をツンと揺さぶられた。
すると2人の歩いていた道路脇のガードレールを隔てた先の景色が突然開いた。
「着いたよ!」
沈みかけた太陽の光を反射している―――――海。
吹き抜ける風を押しのけて美琴はタタタッとガードレールに駆け寄る。
彼等が立つ場所は2m程のコンクリートの塀で、その下から海に繋がる浜辺が広がっていた。
海辺には親子連れ、カップル、色黒のサーファーが数組いるだけだった。その光景を見て母が言っていたことを思い出す。
83: 2011/08/27(土) 15:08:52.32 ID:6tUb/fB80
「ここにいた頃はね、パパとママと私の三人でよくこの海に来たらしいの」
全然覚えてないんだけどね、と苦笑いしながらも海辺で仲睦まじくしている見知らぬ親子に目をやる。
何故だか急に今回父親に会えなかったという寂しさが込み上げてくる。母親には大丈夫とは言ったがやはり会いたかった。
ザザアッと波が海の上で重なり合う音が耳に響きその思いに少しばかりの追い打ちを掛ける。
(パパ達とは来れなかったけど)
でも――――チラリと隣に視線を送る。
「海見るの初めて?」
「あァ」
海というものを見たことが無かった一方通行は表面的には興味無さげに、しかしジッと海から目を離さずにいる。
どうやらその景色に少しばかり圧倒されているようだ。
84: 2011/08/27(土) 15:09:45.72 ID:6tUb/fB80
「やっぱりいいなぁ海は! 入りたくなっちゃうな~」
「入る気かよ」
「まさか! ママからもダメって言われてるし入んないよ」
「ところで初めて見たご感想は?」
「………………デカイ」
「びっくりするほど正直な感想どうも……」
僅かな言葉の中にそれなりに気に入ってくれたような様子を垣間見て美琴は嬉しげに海に向き直る。
さっきまでの胸に詰まった寂しさが浄化されていくようなほのかな爽快感を感じつつ目を細める。
85: 2011/08/27(土) 15:10:42.35 ID:6tUb/fB80
(一緒に来れてよかったな)
自分の心の声に気恥ずかしくなり被った麦わら帽子をつばを両手でギュッと掴む。
美鈴から一方通行を家へ招くよう言われた時はどうしようかと思ったが誘って正解だったと思う。
少なくとも美琴は充分過ぎる程に楽しんでいる。
一方的な誘いだったけれどあまり歩み寄ろうとしない一方通行にはこの位が丁度良いのかもしれない。
白く光る海を眺めながら美琴は思った。
86: 2011/08/27(土) 15:11:50.26 ID:6tUb/fB80
「…………」
気持ちの良い風と心地よい沈黙が2人の間を流れる。
そんな中、会話の口火を切ったのは一方通行だった。
「オイ、帰り道どっちだ」
「え? こっちだけど」
「行くぞ」
「もう?」
「もォ充分だろ、暗くなる前に帰ンぞ」
えー?と頬を膨らませながら不満を零す美琴。
こういうときは大抵一方通行は美琴をいつも以上に年下扱いする。
87: 2011/08/27(土) 15:12:36.45 ID:6tUb/fB80
「オマエの母親も言ってたろォが。遅くなるなって」
口調はぶっきらぼうなのに言っていることは至極真っ当。
プッと吹き出しそうになるのを堪えながらも率直な感想が口をついて出ていた。
「変な所で真面目だよね、一方通行って」
ウルセェと言いながら先を進み出す一方通行は至って無表情。
歩道の片側に寄って歩く彼の後を追い、隣の空いたポジションに美琴はスルリと入りこむ。
あたりまえのように空けてくれるその空間はとても居心地が良い。
そのことは隣の少年には内緒にしておこうと美琴は麦わら帽子を目深に被った。
88: 2011/08/27(土) 15:14:06.51 ID:6tUb/fB80
視界の端では海の続く道路脇を歩きながら2人は他愛も無い話をする。
いつもと変わらない彼等の日常。それは学園都市だろうと出掛け先だろうと変わらなかった。
「へぇ~ 他のレベル5の人とは会ったことないんだ」
「あァ つーか俺以外いるのかすら知らねェしな」
「いるってことは聞いたことけど……ふ~ん そういうもんなのかぁ」
話は超能力者(レベル5)の話題になった。
美琴も学校の友人以外では一方通行しか能力者を知らない。まして一方通行以外に超能力者など会ったことも無い。
てっきり美琴は一方通行は同じ超能力者同士なにか繋がりがあるのかと思い、聞いてみたらどうやらそれは空振りのようだ。
「あ」
「なに?」
一方通行がふと思い出したように顔を上げた。
89: 2011/08/27(土) 15:15:29.58 ID:6tUb/fB80
「そォいやひとり、見たことあるかもしンねェ」
「本当!? どんなひとなの?男の子?女の子??」
「男。前に研究所にきてたヤツがレベル5とか言ってたよォな……」
「そうなんだ……ってあれ? 会ってないのに見たことはあるの?」
「芳川のヤツに無理矢理ソイツの能力使ってる所をモニター越しに見せられたンだよ ……確か」
「……ねぇ、さっきからなんでそんなに曖昧なの?」
「よく覚えてねェンだよ。大体他のヤツのことなンか興味ねェし」
「本当、一方通行は自分が興味無いことにはトコトン関心無いよね……」
「ほっとけ」
「それでそれで? どんなひとだったの?」
「どンなっつってもなァ」
「んーと、例えば……どんな能力だったとか覚えてないの?」
「…………………」
90: 2011/08/27(土) 15:16:48.61 ID:6tUb/fB80
はっきり言って全くと言っていいほど覚えていない。
その人物の外見はボンヤリと浮かぶが、能力について芳川が何か言っていた気もするが興味が無いのが災いして全く記憶に無い。
だが興味津々に目をキラキラと光らせている美琴はこのまま話を終わらせることを許しそうにも無い。
せめて人物像をヒントに推測しよう。何か特徴があったはずだ。そう思い空に目を向けながら記憶の糸を辿り寄せる。
(確かソイツの後ろに何か―――――)
何か 白い―――――
91: 2011/08/27(土) 15:17:59.65 ID:6tUb/fB80
「―――羽根」
「へ?」
「羽根みてェのが背中から出てた」
「へ??」
「『へ?』じゃねェだろ! だから羽根みてェのを背中から出してたンだよ、ソイツが」
「えぇ~~?本当?? 羽根って……どんな能力なのそれ」
「さァな ソイツの能力で造り出してンだろォけどなァ」
「そっか…… でも男の子の背中から羽根かぁ。なんか気になるかも」
「そォかァ?」
一方通行が返事を返しつつ美琴を見ると、彼女は大きな瞳を爛々と好奇心に満たせていて既に声が届かない状態に陥っていた。
『何かに興味を持ったり集中し始めると一気にそれにしか目に入らなくなる』
確か昨日の夕食時に美鈴が美琴のことをそんな風に言っていたことを思い出す。
これは余計なことを教えてしまった。そう後悔しつつ次に彼女の口から出る言葉を予想する。
コイツのことだ、どうせ会いたいとか言い出すだろうなどと考えているとテンションの上がった声が耳に届いた。
92: 2011/08/27(土) 15:19:14.26 ID:6tUb/fB80
「その子、また研究所に来るかな? 見てみたい―――っていうか会ってみたい!」
予感的中。やはりそうきたか。
「どうやったら会えるかな」
「オマエも物好きだな。会いたきゃ芳川に聞け、俺は興味無ェ」
「えぇ!そんなぁ! ひとりで会うのはちょっとコワいかも……」
「………………ヘェ」
「な、なによっ」
彼女の言葉が余程意外だったのか一方通行は目を丸くさせていた。後に続く言葉もそれを強調させる。
その反応にたじろぎながらも美琴は決まりが悪そうに茶色い目で彼をキッと見つめ返す。
それはつい「コワい」と言ってしまった手前、自分がか弱い人間だと見られることを好まない彼女らしい強がりだった。
93: 2011/08/27(土) 15:20:48.92 ID:6tUb/fB80
「オマエでもそォ思うことがあるンだな」
「え? どういう意味??」
「いや、なンでもねェ」
てっきり美琴は誰に対しても躊躇い無く接することが出来るのだと思っていたが、そうでもないらしい。
「もし会えたら一方通行も一緒に来てよ。男の子ならなおさら」
「………………考えといてやるよ」
曖昧な返事をしながら、彼女は自分と初めて会った時のように無防備で人懐っこく相手に接するだろうと一方通行は考えていた。
きっと相手と自分の間に壁を作らず向きあう。そして大抵の人間は心を解して彼女と接することになるはずだろう。
その良い例が芳川をはじめとした研究所の人間達だ。
94: 2011/08/27(土) 15:22:11.27 ID:6tUb/fB80
だが今回ばかりは話が違う。
(相手が相手だしな)
相手はレベル5の能力者。
しかも男で背中に羽根を生やしている訳の分からないメルヘン野郎ときている。
どんな能力を持っているかも分からないそんな輩に彼女をひとりで会わせることに不安がよぎる。
(―――って俺も人のこと言えねェか)
学園都市で過ごした年月でさんざ【怪物】らしく育ってきたくせに今更人のことは言えない。
平和な日々の中で忘れがちになる自らの姿を思い出し、一方通行はククッと自嘲気味に笑う。
そしておそらく自分と【同類】であろう人物。そのことが僅かに彼の興味を湧かせた。
折角だ、ソイツの面でも拝んでやるかと口元を歪ませほくそ笑む。
だがその前に美琴に言っておくことがあった。
95: 2011/08/27(土) 15:23:21.66 ID:6tUb/fB80
「つーかよォ」
「なに?」
「オマエはマジで少しは警戒心を持て」
「またそれー? 警戒心くらい私だって持ってるって」
嘘吐け。お前のどこが警戒心を持ってるんだ。
「何言ってンだ。さっきだって簡単に他人を信用しやがって」
時折美琴の人に対して無防備な姿がひどく一方通行を不安にさせる。というか怒りすら覚える時がある。
今日会った女性とのやりとり。
今回は結果的に良かったのかもしれないが、そんな人間ばかりではないことを自分は嫌になるくらい知っている。
もっと警戒心を持て。相手を疑え。簡単に人を信じるな。彼女を見ているとそう思わずにはいられない。
レベル4の電撃使いとはいえ一人の女の子。そのことを美琴自身は分かっているのだろうか。
96: 2011/08/27(土) 15:24:14.89 ID:6tUb/fB80
多分自覚してないのだろう。
その証拠に当の本人は心外とばかりに顔をしかめている。
「わ、私は人を見る目に自信があるの! 大体今の話の流れと関係無くない?」
「大アリだアホ。その羽根付き野郎だってどンなヤツなのか分かンねェンだ、ちったァ警戒しろ」
「もう分かってるってば!馬鹿にしないでよ!」
(むぅ~ なによ!こういう時ばっかり年上ぶっちゃってさっ)
心配されてるのか叱られてるのか分からないこの状況。
美琴的には子供扱いされているように思えてしかたない。一方通行にそのつもりがないとしても。
97: 2011/08/27(土) 15:25:13.48 ID:6tUb/fB80
何とか彼の注意を逸らしてこの話を終わらせたい。
そう思案していると頭上のオレンジ色の空の遠くから白い線がこちらに向かってくるのが見えた。
あれは―――――
パッと閃いたような顔をした美琴に一方通行は怪訝な反応を見せる。美琴が何かしでかすと察知したのだ。
「あっ! 見て一方通行、飛行機雲! ほらほら見に行くよ!」
「はァ?」
ギュッ
急に一方通行の左手を右手で掴んだと思ったら美琴は先に続くコンクリートの道に焦点を定めた。
そして次の言葉を発せさせないように彼の手を引っ張りながらその道を勢い良く走り出した。
「テメェ話逸らすなッ……って引っ張ンじゃねエエェェェッッ!!!」
98: 2011/08/27(土) 15:26:22.07 ID:6tUb/fB80
・・・・・・
キイイイィィィィン――――――
微かに聞こえる飛行機が空を通る音。空に白い足跡を残しながら2人の頭上を渡っていく。
それをひとりは笑顔、ひとりは不満げな顔で見上げていた。
「やっぱり飛行機雲って良いよね。私大好き」
「……」
「白い線だけなんだけど、こう、空にアーチが掛かるみたいでなんか祝福されてる気分になるっていうか」
「……オイ」
「はい?」
「オマエ、話逸らしたかっただけだろ」
「……」
99: 2011/08/27(土) 15:27:06.62 ID:6tUb/fB80
無言は肯定。目を逸らす美琴の態度を見れば一目瞭然。都合が悪くなった時の彼女の十八番だ。
「えへへ」とヘラヘラした笑顔で誤摩化しにかかる辺り図星なのだろう。
「……もォいい。さっさと帰ンぞ」
一方通行が呆れて溜息をもらしているのが顔を見なくても伝わってきた。
でも呆れているだけで怒ってはいないようだ。そのことにホッと胸を撫で下ろす。
家路を目指して再び2人は歩き出した。
100: 2011/08/27(土) 15:29:06.55 ID:6tUb/fB80
(…………ん?)
ゆっくりと隣を歩く一方通行に何故か柔く引っ張られる感覚がある。
しかし決して磁石のような強い引力ではない。
これはなんだろう?
隣の気配を肌で感じる?
いつもより隣との距離が近い?
(そういえば……)
101: 2011/08/27(土) 15:30:04.15 ID:6tUb/fB80
自身の右手に視線を落とす。
(手、繋ぎっぱなしだ)
自分から掴んだのにすっかり忘れていた。
一方通行と美琴は手を繋いでいたのだ。
102: 2011/08/27(土) 15:31:16.33 ID:6tUb/fB80
「~~~~ッッ!!」
咄嗟に体が飛び跳ねそうになるのを堪えて冷静になろうと頭を整理する。
落ち着け、まずこの手をどうすべきか考えなければ。
(どどどどどうしよう…… は、離した方が良いのか、な……?)
一方通行自身はそのことに気付いているのか気付いてないのか平然とした顔でいる。
彼は繋がった左手で美琴の右手を握るわけでも無く、離すわけでもなく、ただそのままにしていた。
美琴に掴まれているだけという体勢らしい。
103: 2011/08/27(土) 15:32:41.47 ID:6tUb/fB80
(ま、まぁ……どうも思ってないなら良いけど……)
何となく腑に落ちないが、いきなり手を離して昨日の夜みたく気まずい雰囲気にしたくは無い。
とりあえず何事も無かったように一方通行に歩幅を合わせて歩くことにした。
(……ふんっ、涼しい顔しちゃってさぁ~……ベクトル操作とか本当ズルい能力よね)
毎度お馴染みの鈍感さに対する苛立は、暑さを感じない平然とした顔の原因に矛先を変えた。
汗ひとつかいていない様子の一方通行は夕暮れの風に細く柔らかな白い髪を揺らしている。
涼しげな印象を際立たせる肌と髪に時折嫉妬するものの、今は彼の持つその能力の高性能さに嫉妬していた。
こっちはただでさえ夏の炎天下で暑い思いをしているのに。
今だって変に意識してしまい掌と顔を中心に体内温度が急上昇してるというのに。
104: 2011/08/27(土) 15:34:09.93 ID:6tUb/fB80
そんなことを悶々と考えているとふとあることに気付く。
(あれ……? でも確か、必要なもの以外は反射するように設定してるって言ってたよね……)
自分達を繋ぐ手を見る。
さっき突然手を掴んだのに反射されなかった。
ということは…………
(私を反射設定から外してくれてるの―――――?)
105: 2011/08/27(土) 15:34:48.32 ID:6tUb/fB80
さっきまで頬をほんのり染めていた赤が、一気に首から上全体に広がっていった。
自分でも沸騰するヤカンのように蒸気が立ち上るかと思えたほどだ。
(何考えてんのよバカッ!そんな訳ないじゃないッッ!!)
一方通行に悟られないように頭の中で美琴は首をブンブンと左右に振る。
(きっと偶然、偶然よ……きっとそう! たまたま反射設定を解除してたのよ……)
そう思いながらも胸の鼓動はどんどん速くなる。
自分だけ『特別』にそうしてくれている?直ぐにもう一人の自分が違うと否定する。
混乱する中、ハッと一方通行の顔を覗く。どうやら美琴の様子に気がついていないようだ。
溜息を落とし今が日暮れでよかったと改めて感じる。みっともなく火照っている顔を悟られなくて済む。
106: 2011/08/27(土) 15:35:35.07 ID:6tUb/fB80
夕陽に照らされた2人は歪に伸びる影を連れて家への道を進む。
母親にこんな所を見られたらきっと昨日みたく格好のネタを見つけたと言わんばかりにからかわれるだろう。
そうならないように家に着く前には手を離そう。そう決意を固めて一方通行の歩く速度に合わせて美琴も歩く。
「…………」
変に意識してしまったせいか自分が上手く歩けているのかよく分からない。
自分の掌がほのかにジットリと汗ばんでいくのが分かる。
そんな状態が美琴の緊張感を加速させる。
つい無意識に掴んだ手にも力がこもってしまい一方通行の細い手をきゅっと握ってしまう。
このとき自分の右手が握り返されてることに気がつかないくらい、美琴の脳内はキャパオーバーしていた。
126: 2011/09/04(日) 10:45:42.45 ID:TA8lfxHy0
「あれが夏の大三角形、だっけ?」
手を伸ばして星と星とを線でつなぐように指でなぞる。
御坂家があるこの土地は田舎ではないが決して都会でもない。だが学園都市と比べると当然の如く街の灯が少ない。
そのおかげだろう、ベッド脇の窓から夏の星座が溢れんばかりに自己主張しているのがよく分かる。
何年前なら当たり前すぎるこの景色に対して何とも思わなかった。でも今は違う。離れてみて初めてこの空がどれほど大切だったかを知った。
学園都市の技術で作られた最新のプラネタリウムですら比べものにならない天然のプラネタリウムを知っていたからだ。
まだ洗い立ての少し濡れた栗色の髪をそのままに美琴はベッドに仰向けに寝転がり、そのまま窓の外に広がる夜空を見上げていた。
八月下旬に相応しい涼しい夜なので窓は開けたままだ。夜風が彼女の軽い前髪を気持ちよく揺らし白い額が露になる。
風呂上がりの体温の上がった体にサラリと流れる風は心地よい。
ベッドの上でゴロンと体を転がせ部屋のドアに体を向ける。
「……まだかなぁ」
トロンとさせた瞳に被さる瞼がゆっくり上下する。
夕食を終えた後は昨夜と同じく美琴が先に風呂に入った。そして現在、美琴は一方通行がバスルームから帰ってくるのを待っている。
自分と一方通行が入れ替わりにバスルームに入ってからもう大分立っている。そろそろ彼が部屋のドアをノックするはずだ。
だが美琴はその数分すら待っていられるかどうか危うい状態だった。
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127: 2011/09/04(日) 10:47:53.57 ID:TA8lfxHy0
彼女の今の敵は睡魔。
とにかくこれ以上無いというほど眠いのだ。
「…………なんか今日は疲れた…………」
改めて今日の出来事を思いかえす。
歩いて、アイスを食べて、子猫と触れ合って、知らない人と話して、海に行って、―――――
美琴自身体力には自信があるしこのくらいの運動量なら学校に通っている時とさして変わらない。
だからこの疲れは身体面のことではない。精神面だ。心の動きが激しくて体が追いつかない感覚だ。
気持ちがシーソーのように左右に上がり下がりをし続けているような気分。そして左右に置かれているのは【安心】と【緊張】。
どちらとも均一の量が美琴の中で存在しておりそれは自分の感情を量るには充分な量だった。
手に残る感触を確かめるように両手を胸に抱え込む。茜色に染まる空の下を手を繋いで歩いたあの時、美琴は初めて自分の想いに気付いた。
(これって…………そういうこと、なのかな……)
それは淡くぼやけた、けれど確かな好意。
自覚した己の気持ちの正体に美琴はささやかな高揚感を覚えつつ混乱していた。
(だって……なんかなんかなんかあぁぁ――――ッッ!!!)
美琴は自分の気持ちを受け入れられる素直さを持ち合わせているし感情に嘘をつけられるほど大人ではなかった。
だからかだろうか、自覚してしまった故の言いようの無い気恥ずかしい想いが一気に体中を駆け抜ける。
そのため身悶えながら美琴は枕にグリグリと顔を埋めて体を丸めては伸び、丸めては伸びを繰り返す羽目になってしまった。
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128: 2011/09/04(日) 10:49:52.49 ID:TA8lfxHy0
「はぁ~……私ってば何やってんのよ……」
やっとの思いで冷静さを取り戻しつつ、紅潮した顔でドアの方にもう一度目を向ける。
無意識に手に握った携帯電話に付いたキーホルダーをコロコロと指先で遊ばせる。手持ち無沙汰になったときの癖だ。
ショッキングピンクの色をしたカエルのキャラクター。いつか一方通行と分け合ったキーホルダーの相方でもあるそれだった。
プラスティックで作られたそれの顔の一部に亀裂が入り超絶可愛らしい表情(誰も同意してくれないが)に一癖つけていた。
壊れないようにそれを大切に優しく握る。
一方通行はまだ帰ってこない。
「まだ……かな……」
お気に入りのパジャマの肌触りに眠気を誘われ、美琴はゆっくりと瞼を閉じた。
コンコン
水分を吸って少々重くなったタオルを手に持ち、美琴の部屋の前に一方通行は立っていた。
直ぐに返事があるであろうと思いノックと同時にドアノブに手を掛ける。
しかし部屋からの返答はない。
「……?」
もう一度ドアを叩くがやはり返事は無い。
おそらく部屋にいないのだろうと思いドアを開けるとベッドの上のピンクと栗色の塊が視界に入ってくる。
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129: 2011/09/04(日) 10:51:15.17 ID:TA8lfxHy0
(なンだ、寝てンのか)
昨日自分が寝ていたベッドに美琴が体に何も掛けず、体を丸めてすぅすぅと寝息をたてて寝ていた。こうして彼女の寝顔を見るのは二度目だ。
髪の毛はまだ濡れているのかベッドのシーツに映えるように艶やかなシャンパンゴールドの光を放っている。
(猫みてェ……)
体を丸め寝ている姿はまるで今日見た猫のようだと一方通行は思った。
安心しきった顔で擦り寄ってくる人間に慣れたあの子猫。目の前に寝ている美琴はそれにとても似ている。
ベッド横に敷いてある昨日の美琴の寝床に座ると、ふと彼女の手元に何か握られてるのを見つける。
携帯電話に付いたピンク色のカエルのキーホルダー。お世辞でも可愛いと言えないキャラだが彼にとってそれは大きな意味を持ったもの。
「あンときのか」
それは前に美琴が無理矢理自分に押し付けてきたそれの色違い(性別違い?)の代物。
携帯に付けていたのか。ぼんやりそんなことを考えていると突然美琴がモゾモゾと動き出した。
「ん~……」
「チッ、世話の焼けるヤツ」
どうやら起きる気配はないらしい。身じろぎ丸まろうとする美琴に一方通行はベッドの隅にあるタオルケットを無造作に掛けてやる。
すると温もりを手に入れたのを感じ取ったのか美琴はむにゃむにゃと満足そうに再び夢の中へ帰っていった。
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130: 2011/09/04(日) 10:52:17.33 ID:TA8lfxHy0
一方通行も欠伸をしながら部屋の照明を消し就寝の構えをとる。
ベッドは美琴に取られてしまったので今日は床に敷かれた布団で寝るとしよう。柔らかいタオルケットをかけて布団にもぐりこむ。
頭の後ろに手を組みながら寝る体勢に入りつつ今日の出来事を思い出す。
(久々に外出た気がすンな)
まだ平凡な名字と名前を持っていたあの頃、まだ一方通行は外での遊びを楽しむことが出来ていた。
しかしある時つっかかってきた人間が自分に触れただけで腕の骨が折れた。そこから【怪物】が出来上がるのにさして時間は掛からなかった。
目立つ容姿と能力関係の噂は広がるのが早い。外に出れば自分を倒せば最強の名を手に入れられると勘違いした馬鹿がやってくる。
その疎ましさから一方通行はどんどん外出しなくなっていった。だから一日中外に出るというのは本当に久し振りだった。
(まァ、学園都市(むこう)と違ってここにはあの手のバカ共がいないって訳か)
そして掌を目の前にかざす。
思い出すのは外からの帰り道。
あの時、一瞬その手を離さなければという衝動に駆られた。この手は壊し、傷つけ、撥ね除けることしか出来ないと分かっていたからだ。
御坂美琴は彼のとって絶対傷つけたくない人間。
でも結局そうしなかった。それが分かっていたのに離さなかった。離せなかった。
離さなくてはならないのは傷つけたくないから。
離せないのは―――――なぜ?
(…………一体アイツをどォしてェンだよ、俺ァ)
まさに二律背反。自問自答の答えを出すにはまだピースが足りない。
はあっと溜息を吐いて布団を被る。……寝よう。疲れているから余計な所に頭が回ってまとまるモノもまとまらない。
そう思考に決着をつけて一方通行は眠りに落ちていった。
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131: 2011/09/04(日) 10:54:07.67 ID:TA8lfxHy0
――――――――――――
――――――
―――
「忘れ物ないわね?」
「うん、大丈夫」
美琴と一方通行を交互に見下ろしながら美鈴は笑顔で訪ねる。この地で過ごす約束の3日間があっという間に過ぎ2人が帰る時となった。
3人は荷物を抱え2日前に待ち合わせをした駅のロータリーに来ていた。待ち人はまだ来ない。
しかししばらくすると駅から見慣れた人影がひょっこり現れた。
「お待たせしましたー」
「あっ! 芳川さ~ん!」
駅の入口から細身のブラウスにパンツルックの芳川がやってくる。美琴は大きく手を振って自分達の居場所を知らせる。
それに気付いた芳川は3人の元に駆け寄り美鈴に軽く会釈をしながら子供達そっちのけで話し始めた。
「どうも御坂さん、今回はお世話になりました」
「いえいえそんな。こちらこそ外出許可の件では色々お世話になって……」
「良いんですよあれくらい。ところで彼、ご迷惑掛けませんでしたか?」
「全然!色々聞けて楽しかったですよ~」
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132: 2011/09/04(日) 10:55:36.75 ID:TA8lfxHy0
(芳川さんて一方通行のお母さんみたい……)
幼稚園の時によく遭遇したママ友同士の会話にそっくりだ。美琴はそんなことを思いながら大人達の話が終わるのを待っている。
横目で隣を見ると一方通行はいつも通りのしかめっ面で2人を眺めている。不機嫌というより少しばかり呆れているようだ。
そんな見慣れた横顔を美琴はチラッと確かめるように覗き見る。
「アイツら、いつまで話してンだ」
「…………」
一方通行が独り言のように呟いていると、ふと何も言わずに隣から自分にチラチラ目線だけを送り続ける存在に気付く。
不思議に思い一方通行は隣に立つ美琴に顔を向ける。突然目が合ったことに驚いたのか美琴はビクッと肩を震わせる。
「…………ンだよ、人の顔ジロジロ見やがって。俺の顔になンか付いてるンですかァ?」
「え!? ぇ、えっと……お、遅いねママ達」
「……話が噛み合ってねェぞオイ」
頭から余計な雑念を落とすようにふるふるふるっと顔を左右に振る。
美琴は戸惑っていた。自分の気持ちを意識するとどうにもいつも通りの事が出来ない。極端な話いつも通りってなんだっけ?状態だった。
いけないいけないとパンッ!と両頬を叩き自分を奮い立たせ、テンパる己を叱りつける。
(馬鹿!どーしちゃったのよ私はッ! フツーにすれば良いのよ、フツーに!!)
いつも通りも普通も同じような意味じゃなかったっけ?そんなツッコミが頭の中で聞こえたとか聞こえなかったとか。
百面相な自分の事を訝しげな目で見てくる一方通行のこともとりあえず今は気にしないでおこう。
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133: 2011/09/04(日) 10:57:06.14 ID:TA8lfxHy0
「さて、そろそろ行きましょうか」
にこやかな声の芳川と美鈴が2人に向き直る。どうやらママ友談義らしきものは終わったらしい。
美鈴は残念そうな、でも必氏で笑顔を取り繕っている表情を貼付けている。その理由は一方通行にもすぐ分かった。
我が娘との別れの時間が迫っているからだ。
「美琴ちゃん」
美鈴は膝をついてそっと手を伸ばし愛おしげに美琴の頬に触れる。寂しさを含んだ眼差しで美琴をその瞳に映していた。
慈しみに溢れた母親の表情にくすぐったい感触を覚えながらも母の優しげに触れる手に自分の頬を委ねた。
「また電話するわね。今度はパパがいる時にするわ」
「うん」
「体調には気をつけなさい。美琴ちゃんはすぐ無茶するから心配なんだから」
「大丈夫だよ~」
「困った事や何かあったら周りの人に頼るのよ?分かった??」
「もうっ!私どんだけ心配されてんの!? 大丈夫だってばぁ!」
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134: 2011/09/04(日) 10:59:06.04 ID:TA8lfxHy0
抱え込みがちな娘の性分を知っての母親の愛情。それが滲み出ているやりとりはこの親子の形を一層美しくさせていた。
ふふっと笑みをこぼしながら美鈴は愛しい娘の肩を抱き寄せ両腕でギュッと抱きしめる。美琴は唐突な母の行動に目をパチクリさせている。
「ママ……?」
「ママとパパは美琴ちゃんのこと、大好きよ。それだけは向こうへ行っても忘れちゃ嫌よ?」
「…………うん」
切なげな美琴の返事を聞くと美鈴は抱きしめた腕を解き彼女の頭をくしゃくしゃと撫で付ける。そこにさっき見せた様な寂しげな表情はない。
するとくるっと一方通行の方へ体を向ける。
「よしっ! 次は君の番ね」
「はァ? ……ってグエッッ」
突然一方通行の肩に片腕を乗せて首を抱えるように美鈴は自分のもとへ引き寄せる。
その様子は悪友と悪戯を企てる中学生にそっくりだった。苦しげな一方通行はさながら悪戯に付き合わせられる哀れな友人といった感じだ。
美鈴は美琴と芳川に背を向けて少し離れた場所へ彼を連れて移動し始める。何か2人きりで話す用事があるらしい。
「さてさて、あっくん」
「…………ソレまさか俺のこと言ってンのか?」
「勿論キミのことよ。アクセラレータだからあっくん。他の候補はあーくん、それともシロくんの方が良いかしら?」
「どれもお断りだ。マジ勘弁しろよなァ……」
肩に置かれた手を振り払いながら一方通行はうなだれる。そんな犬みたいな呼び名は自分のプライドが許さない。
先程とは打って変わり快活な笑顔を向ける美鈴は悪戯好きな子供みたいだった。本当に同一人物だったのかと一瞬疑ってしまった。
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135: 2011/09/04(日) 11:00:10.63 ID:TA8lfxHy0
「そンなこと言いにアイツらから離れたンじゃねェンだろ」
「あら流石!察しがいいわねぇ」
「まずはお礼を言わなきゃね。今回は来てくれてありがとう、とっても楽しかったわ」
「…………」
「またいらっしゃいね。我が家はいつでも大歓迎よ」
おそらくこれから学園都市から離れる事は自分の立場ではもう不可能に近いだろう。今回だってそうだったのだから。
そう思ったがそれを美鈴に言うことができなかった。
「―――あとね」
その声色に一方通行はさっきは感じなかった真剣味に帯びた何かを感じ取る。
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136: 2011/09/04(日) 11:01:23.79 ID:TA8lfxHy0
「じゃあね二人とも! 芳川さんも有り難う御座居ます」
笑顔で手を振る美鈴に別れを告げて3人は駅のホームに入り乗る予定の電車の到着を待っている。
待っている間、美琴は気になっていたことを一方通行に投げ掛ける。
「ねぇ」
「なンだよ」
「さっきママと何話してたの?」
「……別に大したことじゃねェ」
「…………本当?」
「あァ」
美琴の言葉を受け流しながら一方通行は美鈴の願いにも似た言葉を思い出していた。
・・・・・・
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137: 2011/09/04(日) 11:03:40.52 ID:TA8lfxHy0
『美琴ちゃんのこと、見守ってあげてほしいの』
『こんなこと聞かれたらあの子きっと怒るから内緒よ?』
人差し指を立て口元に寄せウインクする美鈴。
『あの子ったら自分の事より他人の事を優先して考えるクセがあるのよ。それは確かに良いことなのかもしれないけど親としては凄く心配なの』
美琴は自主的に努力の出来る手の掛からない娘であると同時に人を頼る事に慣れていない娘であった。それが遠い地へ娘を送ることの悩みの種だった。
ただこの少年ならそんな一直線になりがちで危なげな美琴の良きストッパーとなってくれる。この3日間彼と接してそんな気がしたのだ。
『だからあの子が無理に突っ走ったりしないように見張っといてくれるかな』
そうあってくれたら、そんな希望をこめて独り言のように美鈴は呟いていた。
守ってくれだなんて大それたことを言う気は毛頭無い。ただ見守ってくれる人がいるという安心感を与えてあげたい。そう思ったのだ。
一方通行は何も言わない。彼は自分の言葉をどんな風に受け止めているのだろうか。その読めない表情は一筋縄ではいかない彼の性格を伺わせた。
美鈴も無理強いする訳もなく、沈黙をそのままに次の言葉を紡ぐ。ただそれは今の話の蛇足の類いのものだった。
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138: 2011/09/04(日) 11:04:55.36 ID:TA8lfxHy0
『あとひとつ。キミに良いことを教えてあげる』
『女の子はね、男の子から名前で呼ばれると嬉しいものなのよ』
(好きな男の子限定だけど)と付け加えようと思ったが止めておいた。
それは自分なりの娘への配慮。娘の恋心に本人よりもいち早く気付いた母親のキラーパスをその想い人に繋いだ。
そんな美鈴の思いや美琴の想いにこの白い少年は気付いているのだろうか。
目の前の紅い眼差しを見る限りどうやら―――――
・・・・・・
美鈴の言った事を思い出しながら一方通行は一言。
「……ワケ分かンねェ」
「え?」
今はまだそのボールを受け止める事しか出来ない彼にこの疑問が解けるのはもう少し先のこと。
ホームに電車がやってきて2人の声を掻き消す。
電車と共にやってきた風が夏特有の香りを乗せながら髪を大きく揺らす。
そんな吹き抜ける暖かな風と共に夏はゆっくりと過ぎていった。
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139: 2011/09/04(日) 11:10:33.77 ID:TA8lfxHy0
以上です。
美琴がやっと自覚したり一方さんは相変わらずモヤモヤな感じですがとりあえず夏休み編終了です。
ではまたっ!
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美琴がやっと自覚したり一方さんは相変わらずモヤモヤな感じですがとりあえず夏休み編終了です。
ではまたっ!
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164: 2011/09/13(火) 19:54:34.86 ID:iXsFiWun0
* * *
人間の心とは不思議だ。
たったひとつ心の内に芽生えた感情が周りの世界を全く違って見せる。
それは時にその心の主を戸惑わせる。
「今日こそ普通にしなきゃ……」
10月になった外を薄手の茶色いジャンパーを羽織って歩く少女は、誰に言うでも無くポツリと言葉を落とす。
165: 2011/09/13(火) 19:56:00.05 ID:iXsFiWun0
その少女・御坂美琴は、夏の終わりにひとつの悩みを抱えることになった。
美琴は今までクラスメイト同士の「あの子は○○くんが好き」だの「××ちゃんと△△くんは両想いらしい」なんていうゴシップ的話題が苦手だった。
元々噂の類いに興味が無いこともあるが、そのテの話題になると妙に色めき立つ女子の気持ちが分からないというのが一番の理由だ。
何故そんなに喜々として異性を見たり語ったりすることが出来るのかイマイチ理解出来なかった。
(なんだかみんなの気持ちが分かった気がする)
今ならその子達の気持ち、誰かを想い頬を染める理由が手に取るように分かる。
なぜなら美琴は初めて恋というものを自覚したからだ。
しかし―――
「……はぁ~……」
情緒の無いコンクリートの道を歩きながら美琴は自然と溜息を漏らす。本来ならば脳内がお花畑になる出来事の筈なのに彼女の表情は優れない。
当初から一方通行に対して抱いていた、確実に存在しているのに薄ぼんやりとしか見えなかった正体不明の気持ち。
それが友人としてではなく異性としての好意だと初めて知ったのは夏の終わり。そこまでは良かった。
しかし知ってしまったが故にひとつの問題が美琴に降り掛かってきていた。
166: 2011/09/13(火) 19:57:43.97 ID:iXsFiWun0
(なんであーなっちゃうのかなぁ……)
(前みたいにすればいいだけ! それだけなのに……はぁ……)
その溜息の原因は自分にある。
恋心を自覚してしまったおかげで夏の旅行以来の自分は挙動不審もいいとこだった。
いつものように会いに行っても彼と視線が交えば不自然に目を逸らし、その反面彼の表情や仕草に自然と目がいってしまう。
仕舞いには自分の様子を見かねた一方通行にどうしたと聞かれ恥ずかしさを誤摩化す為に憎まれ口を叩く始末。自分の事なのに手に負えない。
訳も分からず怪訝に眉を潜める彼に対しての罪悪感と羞恥の気持ちが込み上げてきて、帰り道に情けなく落ち込むというのが十八番になっていた。
『いつも通り』が出来ない。それが今の美琴にとっての大きな悩みなのだ。
(私ってこんな性格だったっけ?自分で分かんなくなるわ……)
そんなことを繰り返して早一ヶ月半。
初めの頃よりかは挙動不審な態度も幾らか改善されている(はず)。おそらく以前よりもだいぶマシになったはずだ(と思っている)。
今日こそは何ヶ月前の自分のように自然に接しよう。最早毎度お馴染みになりつつある決意を固める。
「弱気になるな御坂美琴! …………よしっ!大丈夫大丈夫ッ!!」
一昔前の体育会系のノリで拳をギュッと握りしめた美琴は彼のいる研究所に足を速める。
頬を撫でる日陰の涼しい風が妙に心地良い。
新しい出会いが訪れたのはそんな秋の気配が街中に澄み渡った頃だった。
167: 2011/09/13(火) 20:00:23.45 ID:iXsFiWun0
「なンでオマエもついてくンだよ、芳川」
「いいじゃない。たまたま私もこっちに用事があるだけよ」
研究所の廊下は冷たく室内とはいえ外の冷気を映し取っているような気がした。
固い床の無機質な音を響かせながら一方通行と芳川は一階の廊下を歩いていた。気付けば2人共長袖のシャツを着ている季節だ。
一方通行はいつもの様に美琴を玄関ロビーまで迎えに行くため、芳川は地下の実験室へ行く所だった。
「それに久し振りに御坂さんの顔も見たいしね」
彼女が変わらず足しげくここへ通っていることは知っていたが、仕事ですれ違いになっていたせいかこの一ヶ月美琴には会っていない。
玄関ロビーは地下への通り道でもあるし久々に彼女に会うのも良いだろうと思い、偶然廊下で会った一方通行に着いて行く形となった。
「彼女元気にしてる? 考えたら私は夏以来会ってないのよね」
「あァ……」
歯切れの悪い答えが返ってくる。何気無しに振った話題に意外な反応を見せた一方通行は浮かない顔をしている。
168: 2011/09/13(火) 20:02:16.63 ID:iXsFiWun0
「何かあったの?」
「いや、何もねェけど。なンつーか……アイツ最近変なンだよ」
そう言いながら眉間に皺を寄せる彼はどうやら本当に悩んでいるようだ。彼が自分の悩みを吐露するのはこの上なく珍しい。
その事を興味深く思いながらも芳川は彼の言葉に耳を傾けることにした。
「前と態度が違ェつーか、話してても顔見りゃ目ェ逸らすし」
「アイツの顔が赤ェから心配してやりゃ「何でもない」とか言いやがるし」
「かと思えば人の顔ジロジロ見てきやがる。なンだって聞きゃ「別に」の一点張りだしよォ……なンなンだありゃァ?」
独り言のように呟く一方通行は自らの頭をガシガシと掻く。彼女が何故突然態度が変わったのか心底分からないのだ。
自分の知らない所で何かキッカケがあったのか、自分が何かしたのか。何度考えても思い当たらなかった。
(俺が何したってンだ)
今までと違う態度、空気、そして確実に何かが変わっていく予感。
そんな雰囲気を漂わせる現状が一方通行に漠然とした不安感を抱かせていた。
勿論そんなことを芳川には言える筈も無く胸の内にとどめておく。
169: 2011/09/13(火) 20:03:18.17 ID:iXsFiWun0
「へぇ~……」
「…………ンだよ」
そんな一方通行の思考をよそに、芳川は彼の言葉を内心驚き半分・納得半分で聞いていた。
恐らく自分の顔はニヤけているのだろう。鋭い眼光で睨んでくる少年は明らかに不快感を表していることでそれが分かった。
こっちは糞真面目に悩んでるっていうのに何だその顔は。そんな声が聞こえてきそうな程彼の顔から苛立ちが目立っていた。
想像だが美琴の態度の変化には見当がつく。話の随所に覗かせる素直になれない彼女の行動が実に微笑ましくてつい頬が緩む。
どうやら本気で悩んでいる様子だし茶化してしまうのも可哀想だ。
芳川はコホンと咳を一つ吐き、彼が気にしているであろうことを口にする。
「それで貴方は御坂さんの態度の変化の原因が自分にある、そう思ってるの?」
「…………」
「そうね。まず私が断言出来る事は貴方が悪いだとかそういうものでは無いということかしら」
「なンでそォ言えンだよ」
「もし貴方に悪い所があったら彼女は真正面からそれを言うタイプだと思わない?」
「…………」
「きっと何か別の理由があるんじゃないかしら」
無闇に彼女の気持ちを代弁するのもいけないと思い芳川はあやふやに言葉を濁す。
そんな一方通行の納得した様なしていない様な、曖昧な表情を眺めながら2人は淡々と歩く。
(今はこのままで良いけれど……いずれアプローチの仕方を考えた方が良いかもしれないわよ、御坂さん)
おそらく彼は他人から与えられる好意に鈍感なのだから。
芳川は胸の内で冷静に女性としての助言を美琴に送った。
170: 2011/09/13(火) 20:05:41.65 ID:iXsFiWun0
玄関ロビーに着くと見慣れた少女が視界に入る。
「久し振りね、御坂さん」
外と中の温度差に頬をほんのりピンクに染めてソファーに座っている美琴に芳川は声を掛ける。
彼女に気付いた美琴は冷気で強張った顔をふわっと解して嬉しそうにこちらを小走りで向かってくる。
「こんにちは!芳川さん」
「こんにちは。会うのは夏以来ね。元気にしてた?」
「はい。でも珍しいですね、一方通行と一緒にいるの」
「私は地下の実験室に用があるの。偶然彼と会ったから御坂さんの顔を見にね」
「そうなんですか~」
「……」
傍らでは一方通行は何も言わずに2人のやりとりを見つめている。もしかしたら先程の事を思い出しているのかもしれない。
その彼の様子に気付いたのか美琴と一方通行の視線が合わさる。美琴がピクッと体を緊張させたのが芳川には分かった。
171: 2011/09/13(火) 20:09:13.51 ID:iXsFiWun0
「や、やっほー……」
「……おォ」
辿々しく放つ挨拶はぎこちない彼女の姿そのものを表しているようだ。
どことなく挙動不審になる美琴を目の前に居心地の悪そうな顔をする一方通行。一瞬何とも言えない空気が通り過ぎる。
美琴はそれが自分の態度が原因だと分かっているようで、パッと顔を上げスイッチを切り替えるように快活な声をあげる。
「そ、そういえば、その地下の実験て何やってるんですか?」
「え? あぁ、えっと……」
突然話を振られた芳川は戸惑いつつ手に持っていた実験内容を記したファイルをパラパラと捲り始める。
「今日は他の研究所から能力者が来てるの。……まぁ能力測定みたいなものかしら」
書類にはテンプレートの固い言葉でそう書いてあるが実際は研究対象として直接能力発動状況の詳細なデータを取りたいというのが本音だろう。
通常学校で行なわれる能力測定とは異なり管理するため、利用するため、そんな空気がありありと見える研究員達の揃う能力測定が芳川は好きではない。
それも仕事だと割り切ることにも最近慣れてきてしまった。そんな現実が一瞬よぎるが反射的にそれに蓋をする。
「ここの地下実験室は大きいから他の研究所から、能力使用時に広い空間が必要な能力者が来ることが多いの」
「へぇ~ その今日来る子ってどんな子なんですか?」
「超能力者(レベル5)の子よ。それになかなか珍しい能力の持ち主でね」
「超能力者って………… あっ!!」
172: 2011/09/13(火) 20:13:31.55 ID:iXsFiWun0
何かを思い出したのかあっと口を開ける美琴。
さっきまで目を合わせる事もままならなかった一方通行に何か言いたげに顔を向ける。一方通行も何処か驚いたような表情をしている。
二人のリアクションを意外に思いつつ芳川は手持ちのファイルをパタンと閉じる。
「それって……」
「一方通行は一度見たことがあると思うんだけど覚えてるかしら」
「それって前に言ってた羽根の人じゃない!?」
「あら、彼から聞いたの? てっきり忘れてると思ったわ」
あの時興味無さそうにしてたからと感心したように話す芳川に一方通行は馬鹿にされた気もしたが、それ以上に何か嫌な予感を察知する。
それはさっきのモジモジした態度から一転瞳を爛々とさせる美琴の存在。このパターンは前にもあった。
一方通行は口を開いた美琴はおそらくこう言うだろうと確信した。
「芳川さん! 一緒に実験室行っちゃダメですか?」
「やっぱりか。オマエ、マジで言ってンのかァ?」
「大マジよ! だってこんなチャンスそうそう無いし」
「…………俺も行くのかよ」
「当たり前でしょ? 一緒にって約束したじゃん!」
173: 2011/09/13(火) 20:14:34.34 ID:iXsFiWun0
数分前とは打って変わって会話を繰り出す二人は芳川からみて『いつも通り』だ。
どうやら美琴は一方通行を意識することを忘れるほど地下にいるであろう超能力者に興味津々のようだ。
にこやかに芳川は美琴に先程の問いの答えを送る。
「見学くらいなら多分大丈夫だと思うけど、来る?」
「やったぁ! 行きます行きます!!」
「じゃあ行きましょうか」
高らかに喜びを示す美琴は鼻息を荒くさせて既にこれから見るであろう人物に期待している。
彼女はどこまで好奇心旺盛なのだ。何事にも無関心がデフォルトの一方通行からしてみればその好奇心がどこから来るのか不思議に思う。
地下へ向かう芳川に嬉しげに着いて行く美琴の背中を見ていると、何だか彼女の態度を気にしていた自分がバカらしく思えてきた。
それと同時に皮肉のひとつでも言ってみたくなりボソッと一言呟く。
「さっきまでオドオドしてたクセによォ……」
「! ししっ、してないもんッ!!」
賑やかな声の応酬を引き連れて芳川は地下への道を進んでいった。
230: 2011/09/23(金) 22:35:28.47 ID:9G9ARhHd0
――――――――――
《被験者周辺にAIM拡散力場確認、演算数値を算出―――》
実験室天井の四隅に配置されたスピーカーから感情を持たない女性の声が淡々と響き渡る。
美琴は地下に存在した実験室を少し狭い体育館という印象を受けた。無論学校の体育館よりも殺伐とした雰囲気が漂っている。
そしてそこには得体の知れない箱型の装置が幾つも置かれその中にひとりの少年が立っていた。
「彼が超能力者(レベル5)の垣根帝督」
芳川達三人は強化硝子越しのモニターが並ぶ観測室からその光景を見つめていた。その室内には白衣の人間数人がパソコンモニターに齧り付いている。
美琴は中の状況をもっとよく見ようと硝子板に額を両手をベッタリとつけている。
かたや美琴の隣に立っている一方通行は興味無さげに瞳を向こう側の少年に向けていた。
「あの人が……」
「ちなみに彼は学園都市第二位の超能力者よ」
「第二位かぁ……」
(忘れてたけど、一方通行って学園都市第一位の超能力者なんだよね)
いつも一緒にいると忘れがちになるが一方通行は学園都市第一位の超能力者なのだ。
この街の頂点であるのに自分はそれをあまり気にしていないのは何故なのかと考える。
きっと自分は彼の『全体』を見ているから、というのが正解だろう。
第一位の肩書きは彼を知る上のひとつのパーツであってもそれが彼のすべてではない。様々な要素を揃って一方通行という人間なのだ。
それに第一位としての称号を一方通行はあまり好んでいない節がある。だったらこちらも忘れている位が丁度良いのかもしれない。
231: 2011/09/23(金) 22:37:54.36 ID:9G9ARhHd0
そしてその一方通行に並ぶ人物が今自分の数m先にいる少年。
美琴は改めて少年を観察する。歳は自分より上……一方通行と同学年位、それより上だろうか。
少年は実験中の為何十本ものコードに繋がったヘッドギアを着けている。いつか美琴も使用した事のある代物。それが邪魔をして彼の顔が見えない。
服装はおそらく研究所で準備されたものなのだろう。手術着のような無機質な素材の服を上下に着ている。
ここから見る限りではどんな容姿でどんな人間なのか、推測の仕様も無いほど情報が足りない気がする。
美琴の思いをよそに芳川は少年の能力について説明する。
「彼はね、ダークマターという能力の持ち主なの」
「ダークマターって……存在するけど見つかっていないっていうあの【暗黒物質】?」
「本来の言葉の意味はそうね。でも彼の場合は【未元物質】、この世界には存在しない物質を生み出し操作できる能力よ」
「へぇ~……っておわッ!!」
突然少年の背中から白い何かが吹き出す。そしてそれは徐々に形状を固め始め、数秒後には六枚の翼へと変化を遂げた。
さらりと流れるような曲線を描く羽根は純白で白鳥を彷彿とさせる。大きさも彼の身長の軽く二倍はありインパクトは充分だった。
(うわああぁぁぁ!! 言ってた通りだ~~!!!)
後ろ姿はまるで昔絵本の中で見た天使の姿そのもののようで美琴をますます興奮させた。
パタパタとその場で足踏みをして今にも近くに駆け寄り見てみたいという気持ちを必氏に押さえつける。
「うわァ……」
その隣で一方通行の口から出たのは感嘆の声、ではなく若干引き気味な声を漏らす。
便乗するように表情も目に見えて引きつっている。彼にとって少年の六枚もの羽根を背中に生えさせる趣向が理解出来ないのだ。
その時一方通行も頭の中で呟いた言葉はただひとつ。
(コイツとは気が合わねェな、絶対)
その言葉がより確実になるのはこの数十分後である。
232: 2011/09/23(金) 22:39:39.30 ID:9G9ARhHd0
・・・・・
しばらくして能力測定中に観測室から出てきた美琴達は実験室ドア近くの廊下にいた。
研究員の仕事の裏側を見せられるのはここまでだと芳川に言われ二人は言う通りに観測室を後にしたのだ。
二人が廊下の壁に背中を預けて立っていると芳川が廊下に出てきた。
「能力測定が終わったけど彼に会ってく?」
「はいっ!」
有無を言わさず一方通行の腕を引っぱり芳川のあとを着いて行く美琴の瞳は星が出るのではないかと思う程爛々と輝いている。
一方通行も抵抗する事もなく身を任せているのも彼女に逆らっても無駄であることを知っているから。
しかしいざ実験室ドアの前に着くと美琴は一方通行の腕から袖へと手を移動して掴み始めた。少し強張った顔を見る限りどうやら緊張しているようだ。
さっきまで散々張り切っていたくせに。一方通行は半ば呆れながらも袖を引っ張る温もりに密かな優越感を抱く。
実験室の自動ドアが開くと三人は芳川を先頭に中へ入って行くと数十分前まで硝子越しに見ていた少年がこちらに振り返る。
「お疲れさま、垣根帝督くん」
「芳川か。…………誰? コイツら」
訝しげに探るような視線を二人に送る垣根に美琴は自分よりも年上だと推測する。
襟足の長い指通りの良さそうな亜麻色の髪の毛に、自分の頭二つ分位の少し高い身長。
友達から見せてもらったファッション誌に特集されていた男性アイドルの如く全てのパーツがバランス良く整った顔立ち。
女目線で言えば彼は所謂イケメンというジャンルの人間なのだろうと美琴はやけに冷静に彼の外見を分析する。
233: 2011/09/23(金) 22:41:44.50 ID:9G9ARhHd0
「こちらは一方通行と御坂美琴さん。貴方の能力測定を見学していたの」
「一方通行…………?」
垣根は一方通行の名前だけを反芻させながら何かを思い出そうとしている。
何か思い当たることがあったのか彼は少し目を開かせ一方通行に視線を移す。
「へぇ……一方通行か」
「あン?」
「話には聞いていたが……ハッ、テメェがあの第一位様ってか」
「……なンだテメェ。だったらなンだってンだァ?」
口の端をつり上げ嫌みな笑みを浮かべる垣根はジロジロと一方通行の姿を眺めている。
その顔にはさっきまで抱いていた爽やかイケメンの印象が何処かへ消え失せ、一方通行を挑発する意地悪い表情をしていると美琴は分かった。
元々短気な性分の一方通行は垣根の小馬鹿にした様な態度にピクッとこめかみを引きつらせる。紅い眼光も徐々に鋭くなっていくのが見える。
「いや? ただ噂通りの目立つ風貌だと思っただけだ。気に障ったか?」
「気に障ンのはテメェの態度だ」
(な、何この雰囲気!?なんで会って早々喧嘩ムードなの!??)
軽く嘲笑う表情の垣根に誘発され一方通行も喧嘩腰で返答する。
一気に不穏な空気がその場に立ちこめ始めるのを感じ、美琴は思わず一方通行の袖を一層強く握りしめる。
まるで手綱を握るように彼の怒りの衝動を押さえ込ませようと無意識に手に力を込めていた。
234: 2011/09/23(金) 22:43:25.39 ID:9G9ARhHd0
まさに一触即発―――
しかしそこに天の助け、もとい芳川の声が二人の間に入り込む。
「はいはいストップ! 喧嘩をさせる為に貴方達を会わせた訳じゃないのよ」
その言葉でお互い噛み付かんばかりに張りつめていた緊張の糸が解れた。ナイス芳川さん!と美琴は胸の内で涙目でサムズアップする。
垣根も一方通行も不満そうに顔を背けて舌打ちする。揃って同じ行動をしている所をみるともしかしたら二人は似た者同士なのだろうか。
そんな予感が過ったがそれを口にするのは止めておく方が賢明だろうと美琴は思った。
そして芳川を軽く睨みつける垣根は当初から抱いていた疑問を投げ掛ける。
「チッ…………で、何の用だよ」
「確か御坂さんが貴方に会いたいって言ってたのよね」
「えっ? あ、はい!?」
「あ? お前か?」
突然垣根の目線が芳川から自分に移り美琴は体を強張らせる。
不思議なことに垣根から少しの警戒心は伺えるがさっき一方通行に向けていた睨む様な鋭い目をしていなかった。
ただ対象を見ているだけという目。そのことにほんの少し安堵してから美琴は一方通行の袖からゆっくりと手を離す。
躊躇いがちに両手の人差し指同士をツンツンと突き合わせながら垣根を見上げて美琴は自分の要望を口にする。
「あの……えっと、その~……」
「なんだよ」
「さっき見てて、その、背中の羽根?を近くでみたいなぁ~と思って……」
「…………」
「ダメだったら良いんですけど……」
「…………」
流れる沈黙が恐い。
チラリと一方通行に助けを求める視線を送るが彼はそれを見て見ぬ振りをされてしまう。さっきのことで完全にへそを曲げてしまったらしい。
ひどい!卑怯な!とパクパクと魚のように口を動かし伝えるも当の本人はツーンとそっぽを向いてしまっている。
いつも自分をガキ呼ばわりするが今の彼の方がよっぽどガキだ。あとで絶対抗議してやることを心に決めて美琴はその場の怒りを押さえる事にした。
数分前の出来事からおそらくこの申し出は断られるだろうと美琴は思っていた。
235: 2011/09/23(金) 22:45:06.02 ID:9G9ARhHd0
しかし垣根の返事は意外なものだった。
「……いいぜ、見せてやるよ」
「え」
「ほらよ」
美琴が言葉を発する間もなくバサァッ!という音と共に目の前に白い六枚の翼が現れた。
何枚もの純白の羽根がヒラヒラと床に舞い落ちる。思わず美琴は口を大きく開けて感嘆の声を上げる。
「わあぁぁ~~~!!!」
「これでいいのか?」
「はい! わー……すごいキレー……」
「ははっ、そりゃどーも」
元より美琴は今はまだ年相応とも言える乙女趣味を持ち合わせていた故、彼のメルヘンチックな翼を見た瞬間から興味を持っていた。
自然と上ずる声と同様にキラキラと高揚する美琴の表情に気を良くしたのか垣根は得意げな表情を浮かべる。
彼の声は一方通行とのやりとりの時と違い、“普通”の年上の男子のような喋り方になっている。それが美琴に何より安心感を与えた。
「触ってみてもいいですか?」
「……お前マジで言ってんのか? そんなこと言うヤツ見たことねえよ」
「だ、ダメ?」
「…………まあいいけどよ」
「やった! はぇ~……本物の羽根みたい。こんなのつくれるんだぁ」
「当たり前だ。俺の未元物質に常識は通用しねえからな」
236: 2011/09/23(金) 22:45:55.35 ID:9G9ARhHd0
触り心地を確かめる美琴は頬を緩めてすっかり垣根の羽根に魅せられていた。
美琴に釣られてなのか心なしか垣根も警戒する姿勢を解いている。
・・
(御坂さんの接し方がとても“普通”なのが、彼等の心をほどいているのかもしれないわね)
その様子を見守っていた芳川も微笑ましげに目を細めている。
普通というものがこの科学の檻に囲まれた少年達にとってどんなに大切なのか、そんなことを思い巡らせながら。
237: 2011/09/23(金) 22:47:42.32 ID:9G9ARhHd0
しかし―――
「…………」
一方通行だけは眉間に皺を寄せながら垣根と美琴のやりとりを睨みつけていた。
(何やってンだコイツら……)
彼が不機嫌な理由。
それはこの垣根帝督という人間の存在。
出会って早々いきなりガンを飛ばして、更には自分を挑発するような言葉と態度。
小馬鹿にした乾いた笑い方も癇に障る。あの時美琴に服を掴まれていなかったら衝動的に能力を使っていたかもしれない。
今まで自分に無闇に挑んできた身の程を知らない能力者とは違う、絶対的な自信を感じさせる彼の太々しい態度が一方通行を腹立たせた。
出会ってたったの数分間で垣根は見事、一方通行の脳内【嫌いな人間】カテゴリーに収まることがめでたく決定した。
(……大体コイツもこンな野郎と仲良くしてンじゃねェよ)
だというのに美琴はその垣根との仲の良さはなんだ。
ここ最近の美琴は目に見えて変だった。今日だってまだマトモな会話をしていない気がする。
なのに今現在彼女はニコニコと親しげに垣根に接している。少し前までの緊張した様子など微塵も感じない。
それはまるでいつもの自分達を端から見ているような気分にさせる。言い知れぬ疎外感。
いつもだったら穏やかな気持ちで見れる美琴の横顔も今は胸がざわついて仕方無い。
ギリッ―――――鈍い歯軋り。
面白くない。
238: 2011/09/23(金) 22:52:58.21 ID:9G9ARhHd0
「オイ」
「ん?なにー?」
「用は済ンだンだろ。とっとと戻ンぞ」
「え~ もうちょっとくらい良いじゃん」
プゥッとマシュマロのような頬を膨らませ口を尖らせる美琴。
垣根の傍に寄り添うようにして彼の翼に触れている彼女の姿が一方通行の苛立ちを加速させた。
「良くねェ。俺ァコイツが目の前にいるってだけで胸糞悪ィンだ、早くしろ」
「………なんだと?」
時間が巻き戻った。
美琴は一瞬そんな感覚に陥る。実際に時ではなく空気そのものは数分前に戻っているのは確かだった。
「ちょ、ちょっと!」
「言ってくれるじゃねえか。こっちだってテメェの顔なんざ見たかねえんだよ」
「お互い様だろォが。羽根なンて趣味の悪ィモン見せつけてンじゃねェよ、目障りだ」
今度は一方通行も垣根を挑発している。まるで鬱憤を晴らすかのように言葉を吐き捨てている。
「……どうやら余程痛い目に遭いてえらしいな。なら相手してやるよ、第一位」
「テメェみてェなメルヘン野郎に俺が負けるとでも思ってンのかァ? 相当めでてェ頭してンだな第二位さンよォ」
「え、なに? 何しようとしてんの!?」
「オマエはどいてろ。巻き込ンで怪我しても知らねェぞ」
「へえ、女を気遣う位の度量あるってことは一応は男な訳か。ヒョロいから女だったらどうしようかと思ったぜ」
「…………ンだと?」
239: 2011/09/23(金) 22:54:41.66 ID:9G9ARhHd0
苦虫をかみつぶしたような顔を一層強くさせ全身からありったけの殺気を放つ一方通行。
垣根も六枚もの羽根を大きく広げ前傾姿勢になり戦闘態勢を取り始めている。明らかにこの二人は能力を駆使して戦おうとしているのだ。
(ああもう!なんでこうなっちゃうのよぉ!! よ、芳川さんは……)
美琴はすぐ傍にいるはず芳川にさっきのように止めてもらおうと周りを見渡す。しかし彼女の姿はない。
キョロキョロと実験室の端に目を凝らすと芳川が部屋の隅に立って手を振っている。
「実験室を壊さない程度に加減してやってちょうだいねー」
「止めてくれないの!!?」
唯一の切り札は使えなくなった。
こうなったら自分で止めるしかなさそうだ。
240: 2011/09/23(金) 22:56:13.75 ID:9G9ARhHd0
「もうやめてよ!そんなことするために来たんじゃないんだから!!」
聞こえているのか聞こえていないのか二人は美琴を見もせず互いに睨み合っている。
何も答えない二人に美琴は彼等を止める為に一層声を張り上げる。
「ねぇってばッッ!!!」
「「ウルセェッッ!!ガキは黙ってろッッ!!!!」」
「なっ……!」
241: 2011/09/23(金) 22:57:44.06 ID:9G9ARhHd0
美琴は争い事のフォローにまわるタイプの人間ではない。むしろ当事者になる方が性に合っていると自負している。
元々気が長くない自分が目の前の喧嘩を止めようと努力した結果二人に投げかけられた言葉がこれ。
それは子供扱いされることを嫌う彼女の一番の地雷だった。
ブチッ
訪れるのは我慢の限界。
「……アンタ達ねぇ……」
「あァ!?」
「なんだよ!?」
「なんなのよ……さっきから聞いてりゃあ……」
「!?」
一方通行は美琴がドス黒い負のオーラを放っていることに気付きギョッとする。
その反応を見た垣根も彼女の異変に気付く。既に美琴は後ろにゴゴゴゴという轟音をのせて二人に近寄り始めていた。
握りしめる拳がワナワナと震え、髪も無重力空間にいるかのようにフワリと宙を泳ぎ始める。パチパチッと青白い電流を身に纏っている。
242: 2011/09/23(金) 23:00:17.55 ID:9G9ARhHd0
「こっちは平和的に解決してあげようとしてんのに……ひとの話も聞かずに喧嘩おっぱじめて……」
「オ、オイ」
「挙げ句に私のことをガキ呼ばわり?……ハッ」
パチンッ
「いい加減にしなさいよおおぉぉぉ―――――ッッ!!!!!」
バチバチバチイイィィィィィッッ―――――
美琴の体から帯電していた電流が一気に放出される。空間を裂く音と放たれた光が二人に降り掛かる。
「ッ!!」
「ぐおッ!?」
243: 2011/09/23(金) 23:02:31.65 ID:9G9ARhHd0
バキンッバキンッバキンッッッ
ドカアアァァァンッッ!!!
大量の電流が垣根と一方通行の間を高速で駆け抜ける。彼等の体に当たらなかったのは彼女の無意識の配慮だろう。
実験室の固い床を凄まじい破壊音が通り過ぎる。凸凹に切り裂いた床はまるで人為的に割ったビスケットのようだ。
壁にはダイナマイト等の爆発物が置かれていたのかと思う程に大きく真っ黒に焼けただれた跡をベッタリと付けていた。
床に出来た亀裂の隙き間には炎が注ぎ込まれたように赤く焼きれた部分がジュゥと音をたて煙りを上げている。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
額に汗を垂らし肩で息をしながら二人を睨みつける美琴。
どうやら自分でもどれだけの量の電気が漏出されたのか分かっていないようだ。
一方通行達も突然の出来事に一瞬言葉が出なかったがすぐさま我に返る。
「バカ野郎!なにすンだッ!!」
「あぶねえじゃねえかコラ!!」
「なによっ!!大体アンタ達二人が―――」
ビーーーッ ビーーーッ
《非常……事態発、生。実験室内の破、損・電子配、線、損傷―――――》
ビーーーッ ビーーーッ
《直、ち……に原因確、認と、》
けたたましいブザー音と共にノイズ懸かったアナウンスが鳴り響く。スピーカーも美琴の電流を浴びて馬鹿になっているらしい。
実験室の四隅ではまだ青く輝く閃光がパチパチと音を鳴らしている。
244: 2011/09/23(金) 23:04:34.21 ID:9G9ARhHd0
「…………え」
「あらら~……まさか御坂さんに壊されるとは思ってなかったわ」
文字通り実験室は壁は黒コゲ、床は真っ二つに裂けまさに大ダメージをくらっていた。
流石に美琴が傍にいるのだしそんなに暴れないだろうと高を括っていた芳川は喧嘩の思わぬ顛末に笑ってしまっていた。
これは怒られるわよーと近寄りながら話しかけてくる芳川と反対に美琴の顔からはダラダラと汗が止まらない。
今更になって自分のしたことに気が付いたのだ。
「あ……」
「オマエ……」
「やっちまったな……」
羽根を閉まった垣根と一方通行は呆れと哀れむような顔で美琴を見てくる。仲が悪かったくせに揃って同じリアクションをするなんて。
元はと言えばこの二人が原因なのに……この現状に何処か納得がいかない美琴の全身を羞恥心が駆け上がってくる。
そして周りの人間への申し訳なさの反面、恥ずかしさのあまりこの場から逃げ出したい気持ちが心の中で鬩ぎあっていた。
その結果―――――
ガシッ
「あン?」
「え?」
一方通行と垣根の腕を掴むと美琴は一目散に実験室を飛び出す。というより逃げ出していた。
勿論一方通行と垣根も連れて。
「テメェのやったことに俺を巻き込むンじゃねェェェッッ!!!」
「引っ張んなよオイ!つか逃げてんじゃねえよ!!」
「誰のせいだと思ってんのよおおぉぉぉ!!!」
「ふふっ、なんだかんだで仲良くなりそうね。三人共」
駆けて行く三人に芳川の声はもう届いていなかった。
245: 2011/09/23(金) 23:06:51.90 ID:9G9ARhHd0
・・・・・
実験室から逃げ出し、そこから離れた廊下でようやく三人は立ち止まることが出来た。
「はァッ……ったく、逃げてンじゃねェよオマエも。どォせバレてンだろォが」
「はぁ……っ だ、だって……。あぁ~~~どうしよう……怒られるだろうなぁ……」
「はあ……なんで俺まで……お前らと関係無えじゃねえか」
「二人が喧嘩し始めるから私がああやって止める羽目になったんじゃない!!」
自分を見上げて困ったように眉をハの字にして抗議する美琴にバツが悪そうに垣根は反論する。
「……俺じゃねえよ。コイツが喧嘩吹っかけてきたのがそもそもの原因だろ?」
「何言ってンだァ? 原因はテメェの態度が悪ィからだろ」
「なんだとコラ」
「あァン? やンのかよ」
「私の前で喧嘩すんじゃな―――いッッ!!!」
パチッ
「え」
「! バカ電気出s」
バチバチバチィィッッ!!!
腕を掴まれたままだったことを忘れていた二人は、この日初めて電撃使いの能力を身を以て知ることとなった。
このあと実験室での事の顛末が案の定バレバレだった為、結局は芳川他研究者の元へ美琴が謝りに行ったことは言うまでもない。
その後、短い眠りから覚めた一方通行と垣根にも平謝りすることで美琴の謝りっ放しな一日は幕を閉じた。
277: 2011/10/05(水) 18:38:15.71 ID:zNKyILrp0
* * *
(どォいうことだオイ……)
誰に言う訳でもなくそう呟く一方通行の眉間には時間が進む度にじわじわと深い皺が刻まれていく。
組んだ腕を指先でトントントンと叩きながらどうにかして行き場の無い苛立ちを紛らわす。
今日は週末。そして今研究所の食堂にいる。
それは半年前から日常となっている一人の少女と過ごす筈の土曜日だ。本来なら嫌悪感を抱きながら過ごすような日ではない。
なのに一方通行は険しい顔と沸き上がる不快感を止めることが出来ない。
そんな彼の前で隣同士の『二人』はまるでいつも通りと言わんばかりの自然な会話を交わしている。
「へぇ~ そんでお前は常盤台中学目指すってワケか」
「うん!受験はまだまだ先だけどね」
「…………」
この場の空気が恐ろしく違和感無いこと自体がおかしい。
そう感じる一方通行の心の内を知ってか知らずか会話は続く。
278: 2011/10/05(水) 18:41:02.18 ID:zNKyILrp0
「でもよ~お前そんなお嬢様学校なんか行って大丈夫なのか?」
「どういう意味?」
「だってどう見たってお前お嬢様って雰囲気じゃねえだろ。お淑やかなんてものからは程遠いように見えんだけど?」
「むっ! しっつれいねーー!! ……私だってその気になれば、多分……」
「…………オイ」
一方通行が堪らず声を掛けるとそれを聞いた美琴は軽やかに返事をする。
「なに?どうしたの?」
美琴はきょとんとした表情で尋ねる。こちらの心情に気付いていないらしい彼女に呆れ気味に溜息と頭を落とす。
そして一方通行はいつもは居ない筈のもう一人の登場人物を睨みつける。今の自分の苛立ちの元凶でもある人間。
「なァァァンでテメェがここにいるンだァァ……?」
「垣根帝督」
学園都市第二位に籍を置く超能力者・垣根帝督に一方通行は吐き捨てるように疑問を投げ掛ける。
ロングスリーブTシャツに赤いチェックシャツを羽織りデニムを履きこなした姿の垣根は何食わぬ顔で一方通行の正面に鎮座している。
一方通行のナイフの様な鋭い視線を受けるが垣根は微動だにせずニヤリと口角を上げ笑う。
279: 2011/10/05(水) 18:43:19.09 ID:zNKyILrp0
「そりゃあ来たかったからに決まってんだろ。なぁ御坂?」
美琴へ笑顔を向ける彼はどうやら一方通行の反応は想定済みだったようだ。態度にも表情にもどこか余裕を感じさせる。
一方通行にあんな目を向けられて平然といられる人間を今まで見たことが無くそのことに美琴は内心少々驚く。
「あ、うん。今日来たらロビーで見かけて、声掛けたら一緒に来るって言うから……」
「なンで声掛けンだよ!こンな野郎放っときゃ良いだろォが」
「うっ……で、でも知ってる人だし私とは仲悪くないもんっ!声掛けたって普通じゃん!」
「だからってなァ!」
「おいおい、御坂を責めんのは違えだろ。こいつは俺が来たいっつったから連れてきてくれたんだ」
「…………別に責めてねェ」
「それによ」
「ひゃっ!?」
突然自分の肩に腕を掛けてきた垣根に美琴は反射的に体を強張らせる。
しかし重くも痛くもなく全く強引さを感じない感触に美琴はすぐに警戒を解く。垣根はわざと力を抜いているのだろうか。
そんなことを思う美琴をよそに一方通行はそんな二人を見てこめかみをヒクつかせる。
「俺は御坂に会いに来ただけだぜ?それをお前にとやかく言われる筋合いねえけどなぁ?」
「ンだとォ……?」
「え……わ、私に会いにきたの?」
「まあな。お前面白そうだから」
「なにその理由!大体面白いって何!?」
280: 2011/10/05(水) 18:44:58.81 ID:zNKyILrp0
単純な理由に呆れ顔で項垂れる美琴を尻目に腕を退けて彼女の背中をポンポンと叩く垣根は終始笑顔だ。
からかわれている様な気もするが自分に会いに来てくれたという垣根の気持ちはどうやら本当らしくそれは素直に嬉しく思う。
しかし怒りモードの一方通行と笑う垣根の板挟みはどうも居心地が悪くて、美琴はどうしたらいいやら複雑な心境だ。
「はぁ……でもよく私が今日ここへ来るって分かったね。誰かに教えてもらったの?」
「ああ、芳川に聞いた」
「チッ、芳川のヤロウ余計な真似しやがって」
「あと今の所は喧嘩する気もねえ。あ、だがそっちがふっかけてくるなら別だぜ?」
「そォか、なら早速」
「ストーーーッッップ!!!ここで能力使った喧嘩は無しにしてえぇッッ!!!」
前回の自分の失態を懲りている美琴はファイティングモードの一方通行をどうにか止めるのに数十分を要した。
この二人が対峙したら毎回こうなるのかと思うと美琴は不本意ながら受け持つことになった仲介役を放り投げたい気分になった。
・・・・・・
結局喧嘩勃発は阻止出来たもののどことなく険悪なムードは変わらずそれは美琴を困り果てさせた。
美琴も無理に仲良くしてほしいとは毛頭思わないが、自分より年下の人間に気を遣わせるのもどうなのかと疑問にも思う。
垣根と話している間の自分達に向けられた一方通行の視線の痛いこと痛いこと。話すこと自体は楽しいがこの状況はどうも好ましくない。
そんなやりとりを経て時間は夕刻を過ぎていた。外は寒さと闇は深さを増しはじめ街灯も灯っている。
ほんのりと疲労感を味わいながら美琴達は玄関ロビーに来ていた。ジャンパーを着込んだ美琴は二人を見ていつものように別れの挨拶をする。
「じゃあまたね」
「俺が送ってってやるよ」
281: 2011/10/05(水) 18:47:33.70 ID:zNKyILrp0
そう言って自分をエスコートしようとする垣根はどこか女の扱いに慣れている様で妙に大人っぽい。
同級生にもされたことのない“女の子”としての対応に内心ドギマギしながらもその言葉に甘えようとすると突然待ったの声が掛かる。
「ちょっとまて、話がある。テメェは残れ」
「ああ?」
垣根を引き止めたのは一方通行。美しい赤い眼を真剣味を帯びたものにさせている。
「だ、大丈夫?まさか」
「別に喧嘩する訳じゃねェよ、いらねェ心配すンな」
「え~……本当~……?」
二人だけにさせると何かやらかすのではないかと美琴はジト目で一方通行を凝視する。
そんな彼女に目も合わせない一方通行はシッシッと野良犬を除ける様に手を振り払う仕草をして邪魔をするなと暗示していた。
邪険にされたことを不愉快に思いつつもやはり心配する思いが先行する。疑わしげな表情のまま美琴は二人を置いて研究所をあとにした。
ロビーに残ったのは茶髪の少年と白髪の少年だけ。
「で?なんだよ話って」
「さっきの話だ。アイツに会いに来たとか言ってやがったが……アレは本当か?」
「まだ疑ってんのか。本当だっつってんだろ」
「アイツ、御坂って面白ぇよな。レベル5の俺やお前に全然物怖じしねえ上にニコニコ笑いかけてきやがる」
「……」
「そう思ってたらこの俺に電気飛ばしてくるしよ。今まで会ったこと無えよ、あんなヤツ」
282: 2011/10/05(水) 18:49:13.23 ID:zNKyILrp0
くくくっと笑いながらそう話す垣根からは悪意を感じない。馬鹿にしている訳でもなく、むしろ純粋に笑っているのが手に取る様に分かる。
それは多分美琴に対して出会った当初抱いていた気持ちを彼が代弁しているからなのかもしれない。
「…………ならいい」
「あん? 話ってそれだけかよ?」
「あァ。他に目的があるンじゃねェかと思っただけだ」
前回の出来事もあり一方通行は垣根に一方的な不信感を募らせていた。
それに加えて突然の来訪。何か魂胆があるのではないかと勘繰らせるのには十分な要素が揃っていたからだ。
しかし持ち前の警戒心が杞憂に終わればそれに越した事は無い。
どこかホッとしたように肩を落とし研究所内へ戻ろうと一方通行は垣根に背を向け歩き出そうとする。
そんな彼の姿を見て垣根は自然と零れ落ちるように掛けた言葉は一方通行の足を止めるには充分だった。
「目的って言う程のモンじゃねえけど……興味はあったな」
「興味?」
「あぁ」
「お前ら二人にだ」
振り向いた一方通行を顎でしゃくる。それは一方通行とここにはいない美琴のことを言っている事を示していた。
283: 2011/10/05(水) 18:51:42.11 ID:zNKyILrp0
「正確に言えばお前ら二人がなんで一緒にいるのかが気になったんだ」
「どォいうことだ?」
言葉の真意がよく見えず首を傾げる一方通行。
そんな彼を見もせずに垣根は独白にも似た口調で淡々と話し始めた。
「俺はガキの頃から学園都市中の研究施設やら能力開発実験やらをタライ回しに受けて来た。合法非合法なんざ関係無かったなありゃ。
それはテメェも同じだと思ってたんだが、違うか?」
「…………」
一方通行は何も言わない。言えなかった。「そうだ」だと口にすることはあまりにも野暮に思えたからだ。
おそらく聞いた本人も分かっているのだろう。互いが似た境遇で自らの力を引き出され、手に入れ、今の自分をつくり出したことを。
垣根は濁った灰色の床に目をやり薄らと映った自分を見つめ返す。まるでもう一人の自分―――過去と対峙しているように。
「まぁ今更自分の過去をどうこう言うつもりはねえ。この能力を手に入れたことに関してはそれなりに感謝してるしな」
手に入れたのは未元物質と呼ばれる超能力者の能力。掌を開き力を確かめる様にゆっくりと拳を握る。
284: 2011/10/05(水) 18:54:21.67 ID:zNKyILrp0
「でもそんな俺と他の人間とは生きてる世界が違う。だから穏やかな日常ってヤツを過ごす人間とは一生関わることは無ぇと思ってた。
そう思ってる俺の前にお前ら二人が現れた時は正直驚いた。「なんで超能力者と普通の人間が一緒にいるんだ」ってな。
しかもお前もあいつのことは信用してんだろ? お前ら二人の雰囲気見てたらすぐ分かったぜ」
「だから興味が湧いたんだよ。お前らがなんで一緒にいるのか……いや、いられるのかってな」
「…………」
僅かな沈黙が二人の間を流れる。
しばらくして垣根は額に手を当てながら自嘲する様にフッと笑い声を漏らした。
「クソつまんねえ話をしちまったな。忘れろ」
「…………」
「じゃあな」
そう言うとぶっきらぼうに手を振り垣根は歩き出す。
外の暗闇に吸い込まれる様にドアへ向かおうとする彼は今にも黒い闇に染まろうとしているようだった。
彼の背中に漂う寂しげな孤独感。一方通行はそれは少し前の自分、とある少女と出会う前の自分を見ている錯覚に陥った。
それは自分に似たシルエット。気が付けば一方通行は離れていく少年に対して口を開いていた。
285: 2011/10/05(水) 18:56:35.22 ID:zNKyILrp0
「……分かンねェよ」
「あ?」
「俺みてェなヤツがアイツと一緒にいて良いのかなンざ、俺にだって分かンねェよ」
「……………そうか」
「だけどな……アイツ、前に俺に言ったンだ」
―――――『私は傷ついたりしないよ』
『私、一方通行の味方だからね』
『そばにいちゃダメなんて言わないで』―――――
「俺はアイツの言葉を……馬鹿みてェに信じてンだよ」
垣根と自分は大きな能力を手に入れた故の共通点、それは自身が普通の人間ではないという孤独感を持っている。
だからこそ彼の言う超能力者と一般人との間に立つ壁の厚さは自分だってよく分かっている。
傷つけ、突き放し、嫌悪され、怖がられ、妬まれ……そんなものは過去に身を以て味わい尽くしてきた。
しかしそんな自分をひとりの人間としてみてくれた人物が現れた。
優しく諭すように紡がれたその言葉は彼女と過ごす日々を重ねるうちに真実味を帯びていった。
気付けば一方通行は彼女の言葉、そして何より彼女自身を信じているようになっていたのだ。
自分は本当に彼女のそばにいてもいいのではないか、と。
286: 2011/10/05(水) 18:58:24.92 ID:zNKyILrp0
一方通行の自分を射抜くのではないかと思うほどの強い瞳と真剣な声に驚きながらも垣根は彼の言葉が真実なのだと悟る。
「あいつ、お前にそんなこと言ったのか」
「あァ」
「…………はっ、なーんかテメェの惚気話聞いてたら御坂に会いたくなってきちまったじゃねえかクソが」
「はあァ?何言ってやがンだ脳味噌メルヘン」
「どうとでも言っとけ白髪野郎。ま、会うのはまた次の機会にするか」
くるっとドアの方へ向き直り、再び歩き出す彼の背中には先程の哀愁はもう見当たらない。
・・・
「またな、一方通行」
「………なにやってンだかなァ」
垣根の後ろ姿を見送りながらガシガシと頭を掻き我ながら何をやっているのだろうと自問する一方通行。
知らない内にいつもお節介を焼いてくるあの少女に影響されたのだろうかと溜息混じりに苦笑する。
「ったく……テメェのせいだかンな」
ここにはいない少女に向かって愚痴を吐き捨てるように呟く。
しかし毒づく言葉とは裏腹に何処か清々しげな気分で一方通行は部屋へ帰って行った。
321: 2011/10/16(日) 14:30:11.10 ID:ZsCQnVCC0
―――――
窓の外は今年に入り何度目かの雪が降りそうな空気を漂わせる薄暗い雲が空を覆いつくしている。
外を歩けば耳が痛くなるほどの冷気が自らの身体を苦しめた。しかしそんな寒気もこの研究室の中では無意味であった。
「この間ママから電話があって元気にしてるかって心配してたわよ。私達のこと」
「私達って、俺もかよ」
「うん。ちゃんと食べてるかとか細いから心配だーとか今も白いかとか色々言ってた」
「オマエの母親は心配してンのか馬鹿にしてェのかどっちなンだよ!」
垣根帝督は自分の知らない話題を話す二人に軽い孤独を味わう。しかしそれを気にするほど自分は繊細ではない。
「本当に心配してるって。ママったら私のことよりも気にしてたくらいよ?」
「ンなワケあるか。どォせオマエがメソメソしてンじゃねェかって心配してンだよ」
「私がいつメソメソしたっていうの?」
「あァン?いつぞや寂しくてシクシク泣いてたのはドコのドイツだったかなァァ??」
「なっ、ちょッ……バカッ! それ言うのズルい!」
自分の隣にはテーブルに肘をついて掌に頬を預けている少年・一方通行がにやにやと笑っている。
彼は意地悪そうに、それでいて楽しそうに、狼狽えながら顔を上気させる少女を見つめていた。どうも彼女の反応を楽しんでいるらしい。
彼女の分かりやすく狼狽えたり恥じらう姿が妙に加虐心を突ついているであろうことは自分もよく知っている。
(確かにからかい甲斐のあるリアクションすんだよな)
心の内で一方通行に同調する。
そう思いながら垣根の前に存在するキューティクルのあるブラウンの小さな頭、その主である御坂美琴に目をとめる。
いつ見ても柔らかそうな髪。つい触りたくなってしまうがそれをやると何故か隣の男からベクトルキックを食らう羽目になるので止めておく。
そんな考えをよそにからかわれて頬を膨らませ怒る少女を見て口角をつり上げ笑う少年のやりとりが続いていた。
322: 2011/10/16(日) 14:33:14.59 ID:ZsCQnVCC0
(あ~あ~仲良しなこった)
本人達は喧嘩のつもりだろうが、他人から見ればこの光景は『喧嘩するほど仲が良い』を図解した微笑ましいものでしかない。
会話の内容よりもこういう一人だけ置き去りにされたような空間の方がよっぽど疎外感を感じる。
しかし自分がそんな風に感じること自体に内心驚きながら、垣根は無意識に大人びた仕草で溜息を吐いていた。
垣根は何気無く自身の記憶を数ヶ月前に遡らせる。
あの日、垣根帝督は能力測定を受けにこの研究所へ訪れた。
退屈な検査や下らない能力実技を受けたって何も変わらない。能力も、自分自身も、自分を巡る現状も。そう思っていた。
心の底からどうでもいいと思いながらも受けた能力検査のあとには予想もしてなかったことが起きる。
御坂美琴と一方通行との出会い。
しかも発電能力という名のスタンガンを食らうというおまけ付きの初対面だった。
その時美琴の能力を防ぎ切れなかった自分の間抜けっぷりに呆れる反面、電気を浴びせた美琴に対して小さな怒りが湧いたのは確かだ。
しかし医務室で目が覚めた自分に瞳を涙でゆらゆらと揺らしながら申し訳無さそうに謝ってくる美琴を見て垣根は怒る気も失せてしまった。
そしてもう一人の被害者・一方通行の方はと言えば美琴に無鉄砲だの自分の能力くらいちゃんと制御しろ等々お説教の言葉をつらつらと並べていた。
最初は必氏に説教に耐えていた美琴も次第に耐え切れなくなったのか一方通行と激しい口論を始める始末。お互い譲らないから余計タチが悪い。
やかましくギャーギャーと騒ぎ立てるこの部屋が医務室なのかさえ怪しくなっていた。
垣根が唖然としていると医務室に来ていた芳川がクスクスと控えめに笑っている。
部屋の主である冥土帰しが「まただね……」と溜息まじりに二人を眺めている。
結局二人が言い争いを止めたのは大人達の生暖かい視線に気が付いた時だった。
323: 2011/10/16(日) 14:33:58.60 ID:ZsCQnVCC0
(あん時だよなぁ……こいつらに興味持ったのも)
不意に彼等の関係性に垣根は興味が湧いた。
そして自分や一方通行に対して普通に接してくる少女の存在にも。
(ま、どっかのクズ共をブッ潰して過ごすよかよっぽどマシな時間潰しになるしな)
自分に喧嘩を売ってくるろくでもないヤツらを相手にするよりも何十倍も暇つぶしになる。
そんな言い訳めいた呟きが宙を舞う。
―――――しかしそれも今や建前になりつつあるのを垣根自身分かっていた。
324: 2011/10/16(日) 14:34:58.40 ID:ZsCQnVCC0
意識を現実に戻すと、二人はまだ喧嘩の続きをしているらしい。
恨めしげに一方通行を見つめる美琴は彼に送る次の文句を考えている様子で、当の一方通行はそんな彼女にニヤリと笑みを浮かべている。
(まだやってんのかよ……ったく、仕方ねえな)
どっちも強情で意地っ張りで負けず嫌いで、この二人は本当にメンドクサイ。
垣根は面倒臭そうに頭を掻きむしる。
「へいへい、お前らそんぐらいにしとけっつーの。おい一方通行」
「あァ?」
「前から思ってたんだが、お前御坂のこと何て呼んでんだよ」
自分でも何故他人にこんなお節介をやいているのか分からない。
話題を逸らして喧嘩の仲裁とは我ながら全くキャラじゃないことをしているなと垣根はつくづく自身の行動に呆れる。
だが一方通行に放った質問も前々から気になっていたことではあったし丁度良いだろう。そう納得することにした。
そんな言い訳めいた考えを巡らせていると、質問の返答として一方通行は意外な反応を見せた。
煌々とした紅い目を丸くしてまるで知らない事実を突きつけられたようなそんな顔をしている。
いやいや自分のことだろとツッコミたくなるのを押さえて垣根は無言の彼に尋ねる。
325: 2011/10/16(日) 14:36:09.91 ID:ZsCQnVCC0
「なんだよ?この何ヶ月かお前らといるけどお前が御坂のこと呼んでるの聞いた事ねえからよ」
「……そォだったか?」
「………その顔、特に何も考えてねぇってことか」
言われて気付いたようなリアクションに垣根はげんなりしたように顔を歪める。
真顔の一方通行に存外つまらない答えは本当なのだと悟り軽く舌打ちをする。
(けっ、もっとこう「恥ずかしくて呼べない~」とか茶化し甲斐のある理由だったら面白えのによぉ……)
ありえないとは思いつつそんな乙女チックな回答を求めた自分も馬鹿だと思うが。
まぁ彼等の不毛な喧嘩も収まったようだし良しとすることにしよう。
そう思い、はあっと息を吐くと垣根は席を立ち「飲み物買ってくる」と告げてスタスタと廊下へ出て行った。
・・・・・・
残された美琴と一方通行は妙な静寂に包まれる。
そんな中、美琴は悶々とした面持ちで口をつぐみ一方通行を見つめていた。
(そういえば私って一方通行に名字も名前も呼ばれたこと無かったんだ)
改めて思うと確かにそうだ。
呼ばれていたら自分はきっと気付いているはずだろう。
美琴自身は一方通行のことを名前で呼ぶことは能力測定三日目に了承を取ったことを思い出した。
なのに自分より付き合いの浅い垣根も名字で呼んでいるのに自分にはない。
326: 2011/10/16(日) 14:37:34.41 ID:ZsCQnVCC0
(なんで私だけ……?)
なんで?という言葉がぐるぐると巡る。
頭の中が単純な疑問と少しの不満で入り交じった気持ちでいっぱいになっていく。
「…………あのさ」
美琴は不機嫌になりそうな気持ちを抑えて一方通行に問いかけた。
聞かずにはいられなかった。
「わ……私のこと、なんで呼ばないわけ?」
「はァ? だから別に呼ばねェワケじゃ―――」
(そォいやァ、コイツの母親が前に……)
『女の子はね、男の子から名前で呼ばれると嬉しいものなのよ』
そんな事を言っていたような気がする。
そもそも彼女の母親は何故こんなことを自分に言ったのだろうという謎はとりあえず頭の隅に置いておこう。
特に意識したことは無かったが今考えてみると確かに彼女のことはいつもオマエ・アイツとしか呼んでいなかった。
そういえば何故彼女のことをちゃんと呼んでいなかったのだろう。……自分でもよく分からない。
327: 2011/10/16(日) 14:38:41.98 ID:ZsCQnVCC0
(よく分かンねェけど呼び方なンて重要か?)
考えあぐねながら、ふと美琴の方を見ると何かを求める様な瞳で見つめている。
(ンな顔すンじゃねェよ……)
一方通行は彼女のこの視線が苦手だった。こちらの意思を揺り動かし惑わせるような、胸の内をモヤモヤとさせる視線。
どうやら美琴も呼び方に対して思う所があるらしい様子だ。
こんなことが本当に重要なのか?呼び名くらいで喜ぶのか?そもそも何故自分は彼女の名前を呼んだ事がなかったのか?
疑問が頭に続々と沸き上がりながらも美琴の明るいとはいえない表情を見て一方通行は聞く。
「…………名前で呼ンだ方が良いのか?」
「へっっ!?? いや!あ、あのっ、別に私はッ……!!」
突然の彼の言葉に驚いて慌て声がしどろもどろになってしまう美琴。
しかし少年の表情をみて思わずハッとする。思っていた以上に真剣な眼差しの一方通行がそこにいた。
美琴は緊張のあまりゴクンと息を飲む。
一方通行は真面目に聞いている。
そして多分、ここでそれを否定してしまえばずっと名前を呼ばれることはないようなそんな気がした。
それにもし呼んでくれるのならきっと自分は―――――ものすごくうれしい。
328: 2011/10/16(日) 14:43:39.20 ID:ZsCQnVCC0
「……ぅ、……ま、まぁオマエ呼ばわりよか……マシって言うか……その」
「ハッキリ言えっつーの」
「だからぁ!名前とか、で、呼ばれた方が良い……かも」
「……ふゥン」
(何!?「ふゥン」って何!??)
思わずキュッと両手でスカートの裾を掴む。
少し前までの自分ならもっとハッキリと彼に「名前で呼んでほしい」と言えただろう。しかし今の自分は以前の自分とは違う。
恥じらいが先走って空回りする事が増え、そんな自分に少しばかり自己嫌悪を覚えることもしばしばだ。
今もなんでハッキリ言わないんだと脳内で頭を抱えたりするも既に後の祭りである。
ちゃんとこちらの意思が伝わったのか不安に思いつつ美琴は彼の次の言葉を待つしかなかった。
「…………」
数秒の沈黙。
空気が透明の膜で覆われた様にどんな小さな音でも反響しそうな程の張りつめた緊張感がそこにあった。
美琴が不安気にチラリと一方通行を見るとタイミング良く彼もこちらを見ていたらしく視線が絡み合う。
反射的に視線を反らした彼は頬を掻きながら何度か口を開きかけながら、躊躇いながらも言葉を紡ごうとする。
そして意を決したように口を開いた。
「―――――――――み
329: 2011/10/16(日) 14:47:34.03 ID:ZsCQnVCC0
「おーい御坂ー お前飲み物紅茶で良かったかー?」
…………あ″ァ″?」
少年の言葉は垣根の声によってものの見事に掻き消されてしまった。
知らぬ間に戻ってきていた垣根はきょとんとした表情なのが美琴は妙に憎らしく思う。
眉間にぎりぎりと皺を寄せて睨みつける一方通行と北極に浮かぶ氷山のように固まった美琴を見て垣根は首を傾げた。
その手には炭酸飲料と紅茶の銘柄を示した缶二本をぶらさげて。
「御坂?いらねえのか紅茶」
「あ……ううん、ありがと……」
「はァー……。オイ、俺の分は無ェのかよ」
「野郎の分を買う趣味は無ぇ。テメェは自分で買って来い」
「……チッ」
330: 2011/10/16(日) 14:49:16.25 ID:ZsCQnVCC0
舌打ちをすると一方通行は乱暴に席を立ち、廊下へ出て行ってしまった。
不機嫌そうな彼の態度に垣根は顔をしかめさせている。
「んだよあいつ機嫌悪ィな。御坂も何固まってたんだ?」
「えっ……別に固まってなんかないけど?」
わざとらしく平静を装う美琴に垣根は瞬時に二人の間に何かあったであろうと察知する。
「あー……なんか俺お前らの邪魔しちまったのか」
「なッ!そんなワケないでしょ!?」
「お~? 慌てやがって……はは~ん、さてはなんかあったのかぁ?」
「何も無いってばっ!」
笑いながら自分をからかう垣根に美琴は片手の拳で彼の肩をぽかぽかと叩き羞恥心を紛らわす。
「叩くなっての。暴力的な女はモテねーぞ」
「モテなくて結構!」
331: 2011/10/16(日) 14:51:08.05 ID:ZsCQnVCC0
「フンッ」と鼻を鳴らしながらも美琴の脳裏では一方通行の発した言葉の続きが気になってしまっていた。
一体何を言おうとしていたのだろう。あの会話の流れはもしかして……と希望を抱いてしまう。
(……いつか呼んでくれるのかな)
期待してしまっても良いのだろうか。
垣根から貰った缶に両手で優しく握る。ホットティーの入った缶の少し熱いとも思える暖かさは掌を充分に温め心まで暖かくさせる。
美琴は微かな望みに笑みを浮かべながらプシュッと缶のプルトップを開けた。今はこのままでもいいのかもしれない。
いつか、いつか呼んでくれれば―――
そんな美琴の微笑む表情を垣根は缶ジュースを口にしながら横目で見ていた。
「本当仲良いよな、お前ら」
「? いきなりどうしたの?」
「いやさ、お前は俺のこと邪魔に思わないわけ?二人きりの方がいちゃいちゃでき―――グフォッ!!」
「な……な……何ワケ分かんない言ってんのよバカアアァァァッッ!!!」
お腹へ華麗な右ストレートを食らった垣根は腹を抱えて顔をテーブルに突っ伏してしまった。美琴は立ち上がって拳を握りしめたままだ。
この少女は女の子のクセにやけに身のこなしが良いというか武闘派というか。半ば感心しながらパンチを食らった箇所を摩る。
「いってえ……テメェ俺に腹パン食らわすとは良い度胸だな」
「垣根さんがいちゃいちゃ……とか、へ、変なこと言うからいけないのよ!」
「事実だろ!お前があいつのこと好きなのはこちとらお見通し……」
「~~~~~~ッッッ!!!!」
「分かった。もうなんも言わねえから顔真っ赤にして全身からバチバチ電流出すのは止めろ」
332: 2011/10/16(日) 14:52:32.11 ID:ZsCQnVCC0
この数ヶ月彼等を見てきて目の前の少女が一方通行に浅からぬ好意を寄せているであろうことは何となく察知していた。
しかし少し突ついただけでこのリアクション。触れられただけで真っ赤になってしまう程、彼女の気持ちは純粋で一途なのだろうと垣根は悟った。
どうしてそうなったのか聞きたい気もしたが、これ以上からかうとこちらの身にまで危険が及びそうだと早々にその話題を切り上げる。
しばらくして落ち着いた美琴は立ったままキッと垣根を睨みつけて言った。
「もう……それにねぇ!垣根さんのことを邪魔だなんて思った事無いんだから!」
「…………そりゃどーも」
意外にも驚いた様に目を丸くする垣根に不思議に思いつつ美琴は席に着く。
(来てくれたのが二人だけだと緊張しちゃってた時で、垣根さんのおかげで今普通に話せているんだよね)
今では一方通行とも普通に話せるが一時期の自分は挙動不審具合はヒドかった。それが改善されたのも垣根の存在があったからだ。
三人でいると人数がひとり増えるだけで緊張することなくリラックスして会話する事が出来るようになったのだ。
思えば二人きりという環境も緊張を促進させる要素だったのかもしれない。
(それにお兄ちゃんが出来たみたいで楽しいんだもん)
少し大人びた風貌、時折見せる子供っぽい言動や冷静な眼差しは自分の周りにはいない貴重な『大人ではない年上の人間』だった。
しかも自分に好意的に接してくれる垣根は一人っ子の美琴にとって歳の近い兄のような存在になっていた。
333: 2011/10/16(日) 14:56:57.99 ID:ZsCQnVCC0
(それに……垣根さんと一方通行って喧嘩ばっかしてるけど二人共どっか楽しそうだし)
普段顔を合わせれば歪み合っている二人だが、美琴にはそれがただの友人同士のじゃれあいに見えてしまう。
彼等はどこか似通っている部分がある。それは多分過去だとかそういったものの類い。二人は言わないが美琴は直感でそう感じる。
そういった要素によって互いにどこかしらシンパシーを感じているのかもしれない。
だから美琴は彼等のやりとりを見守るのが嫌いじゃないのだ(とはいえ能力行使をされるのは些か気が引けるが)
(言ったら怒りそうだから絶対言わないけどっ)
襟足の長い艶めいた髪を揺らす垣根の横顔を見ながらそんなことを思った。
「あぁ? なんか言ったか?」
「なんにも~ 垣根さんには関係無いこと」
「んだよ。つーかその『垣根さん』て何かオッサンみてえじゃね?」
「そう?でも『垣根くん』はなんか違う気がするし」
「なら名前でもいいぞ」
「名前っていうと帝督……ていとく……ていとくん?…………プフッ!」
「テメェは人の名前で笑ってんじゃねえ!」
「あはは!ごめんごめんっ!可愛いの思いついちゃって……ぷくくくっ」
「いつまで笑ってんだクソボケ」
後ろから美琴の左右のこめかみに拳を当ててグリグリと回してくる垣根は声色とは裏腹に上機嫌で何だか楽しそうだ。
「いたたたたた!!ギブギブギブーーー!!!」
加減された痛さの中で見えた垣根は幼さを隠さない少年らしい表情で笑っている。
大人ぶった澄まし顔よりこっちの方が断然魅力的だと思ったがそのことは黙っておこう。
334: 2011/10/16(日) 14:59:46.26 ID:ZsCQnVCC0
タップを受けて垣根は頭から手を離すと美琴の指通りの良い茶髪の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜる。
まるで大型犬を可愛がる飼い主のように。その仕草に美琴は安堵にも似た心地よさを覚える。
「たく……今度俺をバカにしたらこんなもんじゃ済ま」
バコォォォンッッッ!!
「ぅえ!?」
突然垣根に襲ったのは黒い缶コーヒー。勢い良く飛んできたそれは垣根の頭部にメガヒットした。
当たった瞬間、パチンコ玉が弾かれるように垣根の頭が美琴の目の前から姿を消して床に鈍い音をたてて落ちていった。
暫し声も出せずに頭を抱えうずくまる垣根は痛みに耐えようと必氏な様子に美琴は唖然とする。
「あーワリィ、あンまり缶が熱くてよォ。手元が狂っちまったァ」
手首をスナップさせながら悪びれぬ様子で表れたのは一方通行だった。
部屋の床をコロコロと転がる缶コーヒーを拾いながら棒読みのようなイントネーションで呟いた。
335: 2011/10/16(日) 15:02:55.88 ID:ZsCQnVCC0
「ちょ、いきなりなに!? 垣根さん大丈夫!?」
「ァ、一方通行ァ………テメェぜっっっってええええ許さねえッッ!!!!」
「わざとじゃねェっつってンだろ。たまたま投げちまった所にテメェの頭が」
「たまたまじゃねえだろ!明らかに狙ってんじゃねえか!」
「うるせェな。テメェもコイツとじゃれついてンじゃねェよ目障りだ」
「結局は嫉妬かよ!小せえ男だなぁ、ああ!?」
明らかに非があるのに飄々と身の潔白を主張する第一位に食って掛かりながら垣根は確信していた。
やはり一方通行とは気に食わない。これは自分の中で一生変わることが無い確信だ。
しかしその一方で別の思いが心を過った。
336: 2011/10/16(日) 15:04:36.69 ID:ZsCQnVCC0
自分以外の誰かを信用をしたくない。ベタベタと他人と馴れ合うのも好きじゃない。
なのに、何故ここにいるのか。
目的なんてものはもうとっくに果たしてしまっている。
なのに、何故かここへ来てしまうのだ。
理由は自分でも分かっていたが認めたくなかった。
彼等と過ごすこの時間が気に入ってしまっていたことを。
それをすんなり素直に認めてしまうのは物凄く癪だ。甘い罠にはめられたような気分に一致する。
とりあえずこの白髪野郎に頭の痛みの恨みも込めて垣根は渾身の蹴りを彼の太腿にお見舞いすることにした。
「まったくもう……これじゃ学校の男子と全然変わんないじゃない」
その傍らで騒がしい二人に些か呆れながら、どこか嬉しそうに誰にも聞こえない声で美琴は呟いた。
372: 2011/11/10(木) 19:04:21.02 ID:9myRzzlg0
* * *
夜の帳が下りた学園都市、現在時計は午後10時をまわって街は静けさが漂っていた。
春が近いとはいえ冷気を帯びた北風が窓にあたる音は室内にいる人間の心持ちを少しばかり強張らせる。
カタカタカタカタ―――――
研究所の一室に響く不規則で色の無い音。
カタカタカタカタ―――――
それを鳴らすのは細く品やかな女性の指先。
煌々と光るパソコン画面を見つめながら迷いの無い軽やかなリズムで彼女はキーボードを叩く。
白い画面を文字の羅列が小気味良いスピードで流れていくのを目で追う。
カタカタカタ……
手を止め彼女は溜息を零す。
「ふう……とりあえずこんなものかしらね」
芳川桔梗は座った椅子をギシッと鳴らし仰け反る様に背中を背もたれに押し付けた。
ずっと同じ姿勢をとっていたせいか背中から腰にかけた箇所が石の如く固くなってしまって少し痛い。
パソコンから顔を離して自ら眉間を指の腹でゴシゴシと摩る。この仕草も一体何回やったのだろうか。正直数え切れないほどだ。
どれもこれも実年齢以上の年を取ったような気分にさせられる行為ばかりで芳川は嫌気で顔を曇らせる。
その表情はここ数週間の仕事による疲労のせい、というのもあるのだが。
373: 2011/11/10(木) 19:06:08.89 ID:9myRzzlg0
コンコン
「どうぞ」
「失礼しま~す。どうスか?」
「なんとか一区切りついたって所かしら。もう少し掛かりそうだけど」
「そうッスか。預かったデータ整理は終わったんで、あとは先輩の持ってる分だけッスね」
「お疲れさま。悪いわね、君にまで私の手伝いをさせてしまって」
「いや、そんなのは全然構わないんスけど……」
研究室に入ってきたのは少しよれて皺を作った白衣を纏った青年。
自分の後輩にあたる研究者の彼に化粧の薄い疲れの表れた顔を隠さないまま芳川は礼の言葉を述べる。
デスクの端に置いた冷めきったコーヒーが入ったマグカップを口に運びながら、何と無しにちらりと自分の傍らに立った青年の表情を見る。
すると俯きがちな顔の中で僅かに翳りを見せている瞳が目についた。
思わず青年の顔を覗き込むように伺っていると、彼の口からおもむろに言葉が零れてきた。
「―――でもホント急でびっくりしました」
「今月中に今の仕事の引き継ぎだなんて」
―――ああ、そのことか。 芳川は彼の真意を悟って苦笑いをもらす。
374: 2011/11/10(木) 19:07:23.26 ID:9myRzzlg0
「まぁね。正直私も驚いたわ」
数週間前、芳川桔梗は現在所属する能力開発研究部門からの異動を命じられた。
今回の人事は本当に突然だった。
自分を冷静さに長けていると思っていた芳川自身実際告げられた時は相当驚いた。
数週間前、言い渡された瞬間頭が真っ白になったのを今でも鮮明に覚えている。その後クビでは無いと分かった時は胸を撫で下ろしたものだ。
「自分は何にも聞いてないんスけど……どこか別の部門に移動とかなんスか?」
「それが分からないのよ。私もまだ正式な辞令を貰っていないし、別の部門やら研究所やらに行くっていうのも分からないわ」
「え、じゃあこの研究所から離れる可能性もあるんスか!?」
「あら、寂しい?」
「も、もちろんッスよ!当たり前じゃないッスか!」
ムキになり慌てた様に勢い良く返答する彼は照れたようにほんのりと赤らめた頬は彼を幼くさせていた。
青年の反応に嬉しそうに笑う芳川。和やかな空気にほんの少し疲れが癒された気がして口元を緩める。
その拍子で行き詰まった脳に余裕が出来たのか不意に数日前の出来事を思い出す。
「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいわ。それに比べてあの子に話した時といったらもう……」
「あの子って一方通行ですか?」
375: 2011/11/10(木) 19:09:10.73 ID:9myRzzlg0
頷きながら一方通行に今回の件を告げた状況を思い出す。
目を張り「ヘェ……」と言葉を零し、数秒の沈黙のあとに「まァ、再就職頑張れや」と哀れみの瞳を向けられた時はずっこけるかと思った。
クビではないと説明したあとの心配して損したとでも言いたげな顔は思い出しただけでも憎らしい。
その事を話すと青年にもその場面を容易く想像出来たらしく遠慮がちに笑いを噛み頃していた。
「はははっ!でも彼らしいんじゃないんスかね。寧ろ随分柔らかくなったというか」
「確かにそうなんだけど、失礼しちゃうわ。まったく……」
呆れながら芳川は生温いコーヒーを啜る。
「まぁまぁ。そう思うと美琴ちゃんがここに来るようになって……もう8ヶ月以上たつんスねぇ」
「能力測定が6月だったからそのくらいね」
「この間彼女を見かけた時に身長も伸びてて驚きましたよ。子供の成長は早いッスね~」
「……そうね」
言われてみれば。
確かに一番最近見た美琴の姿と出会った当時の姿を頭の中で並べ立ててみると、夏を過ぎた頃から随分背丈が伸びたように思える。
それに伴うように元々可愛らしい外見と勝気な性格が相まって、美少女と呼ばれても誰もが納得する顔立ちに天然の輝きを増しているようだ。
一方通行も頻繁に見かける為に見落としがちだが身長も伸び続け細身ながら既に成長期を迎えている。
彼等はまだまだ成長過程を通っているに過ぎない。しかしそれが年を重ねた自分達にはやけに眩しく見えて芳川達はつい溜息を吐く。
376: 2011/11/10(木) 19:12:39.11 ID:9myRzzlg0
「二人とも誕生日も迎えたから12歳と14歳かしら。確か御坂さんは中学受験するって言ってたわね……今週だっけ?受験日」
「そう言ってましたね。しかもあの名門常盤台中学……いや~凄いッスよね」
芳川はデータで見知った事だが御坂美琴という少女はかなりの努力型の人間だ。
彼女は元々レベル1でありながら勉学に勤しみつつ自ら多くのカリキュラムを積極的に受けレベル4まで上り詰めた功績の持ち主である。
飄々とした表向きの態度に裏打ちされた勤勉な努力の跡は彼女をより一層輝かせているように思える。
今もこのままいけば次回の能力測定の結果次第でレベル5に認定されるのも確定的だろう、という話題で研究者間は持ち切りだ。
あくまで個人的な勘だが常盤台中学も難なく合格するであろうと芳川は予測していた。
「そういえば彼等最近三人でいる事が多いですよね。えーっと……垣根帝督、でしたっけ?」
「ええ」
「彼も前まで暴れまくってるだとか良い噂聞かなかったスけど、最近は三人でいることが多いせいか落ち着いてるらしいッスよ」
「彼、結構な“問題児”だったらしいじゃない。今はあの二人に興味が移ったのかしらね」
「そんな所でしょうね。大体いつも一方通行と喧嘩してますけどなんだかんだ三人で仲良さげに見えますし」
「本人達は絶対そう思ってないでしょうけど」
「そうでしょうね~」
本人達=男子二人なのは言わずもがな。
想像容易な少年二人の怪訝な表情を想像した二人の笑い声が夜の静けさの中にある研究室に反響する。
顔を綻ばせ芳川は連日の仕事の疲労が徐々に癒されていくのを感じながら、手元のコーヒーを飲み干した。
377: 2011/11/10(木) 19:15:20.15 ID:9myRzzlg0
・・・・・・
幾ばくかの時間が経ちリラックスした空間の中、思い立った様に青年は声を上げた。
「―――あ、すみません!仕事中なのに居座っちゃって……」
「いいのよ。むしろ有り難かったわ」
「そうッスか?なら良いんスけど……じゃあそろそろ失礼します」
研究室を出て行こうとドアの前に立ち止まりながら青年は振り返る。
「また何かあれば言って下さい。自分に出来ることであれば手伝いますから」
「ありがとう。君もお疲れさま」
青年は笑顔のまま軽くお辞儀をして部屋の外へ消えていった。
「ん~……もう一頑張りかしらね」
ドアの閉まる音は仕事を続ける合図にするように芳川は自分を奮い立たせる。
上半身を上へ上へと伸ばして軽い柔軟体操をする。長くなりそうな目の前の仕事の山を睨みながら芳川はデスクに向き合う。
短いながらも彼との会話は彼女にとっては仕事の息抜きとして十分な安らぎを与えた。
気合いを入れ直し、手元の資料に目を通しながら再びカタカタとキーを鳴らし始める。
378: 2011/11/10(木) 19:17:51.26 ID:9myRzzlg0
(次行くとしたら遺伝子方面の部門、かしらね)
仕事をこなしながら来週末言い渡されるであろう自分の異動先に予想する。
大学時代から携わっていた遺伝子関連の研究。もし自分が必要とされている仕事があるとしたらおそらくその分野だろう。
それなら知識と実績を持っているし納得もいくし、他者からみれば恵まれた職場のように見えるに違いない。
しかし今の仕事に未練がないわけではない。今勤めている能力開発研究の仕事は嫌いではない、むしろ気に入っている。
以前教鞭に立つことを夢見ていたこともあったせいだろうか、多種多様な児童達に接するのはなかなか面白い。
そして個性豊かな子供たちの性格によって生まれているであろう能力の伸びしろの違いは興味深いものだった。
そんな慣れ親しんだ職場から離れることは思ってた以上にショックが大きかった。しかし同時に「仕方無い」という諦めの思いも生じる。
(私がどう言ったって異動の事実は変わらないでしょうし、仕方無いわね……)
上の人間に下の人間は従う。それが研究者として生きていく為に必要な暗黙のルールだということを芳川自身熟知している。
(せめて健全な研究に携われれば良いのだけれど)
見えない己の行く先に仄かな不安を抱きつつ、気持ちを切り替える様にパソコンの画面を見つめ直す。
少しでも早く家路に着く為に芳川は速やかに手を走らせた。
392: 2011/11/25(金) 20:18:53.03 ID:37tX49Ou0
――――――――――――
――――――
―――
2月下旬。
雪とは言い難い程に溶けた霙の粒が地面を冷たく濡らし外気の寒さに拍車を掛けている。
如月の寒空には灰色の絵の具の塊を押しつぶしたような、何処か怪しさすら漂わせる雲が街から光を奪い影を落とす。
研究所から硝子越しに見える学園都市には制服の上に厚手のコートを着込んだ学生達が見えた。
白い息を浮かばせながら暗い天候とは裏腹に楽しそうに声を弾ませている。
少し前までそんな光景は好きではなかった。
安穏と日常を楽しむ彼等と自分はまるでかけ離れた別世界のように思えて、嫉妬にも似た冷えた眼差しを送っていた。
―――――しかしそれは決して決裂した世界ではない。
そう思えるこの頃は心穏やかにこの光景を見ることが出来るようになった。
互いが外の景色に同じ思いを抱いているとは露知らず、二人の少年は一人の少女を待つ。
「おっせーな御坂」
一方通行と垣根帝督はいつものように御坂美琴を待っていた。
393: 2011/11/25(金) 20:20:02.45 ID:37tX49Ou0
「オマエが早く来過ぎなンだろォが。昼前ってどォ考えても早すぎだろ」
「良いだろ別に、お前に迷惑かけたわけじゃねえし。つか暇だったからな。ここの食堂のメシ美味いし」
「やっぱりメシ目当てだったのかよ」
広々とした研究所ロビーに木霊する声はどこか明るい。
立ったまま壁に背中を預け腕組みをする一方通行の隣には、垣根がコンビニをたむろする不良少年の如く腰をおろしている。
この場所では大体の人間にとって見慣れたものとはいえ色んな意味で派手な彼等はその場に二人揃うだけで異様な程目立つ。
「そういやよ、常磐台の受験どうだったんだろうな」
「さァなァ……受験日が2月の初め頃だっつってたしそろそろ分かるンじゃねェの」
「ま、あいつなら受かるだろ」
互いに近からず遠からずの距離を保ちつつ、顔を合わすことなく会話は続く。
「結構久々だよなぁ、御坂に会うのも」
「まァな」
「それもこれもお前が受験終わるまでここには来んなとか言うからよー」
「ンだよ……アイツが無理してンのを隠してやがンのが悪ィンだろ。大体体力削ってまでここに来るこたァ無ェだろォが」
394: 2011/11/25(金) 20:22:00.53 ID:37tX49Ou0
『オマエ、受験終わるまでここには来ンな』
数週間前までほぼ毎週ここへ訪れていた美琴は一方通行の一言で研究所に来ることを禁止されることとなった。
一方通行の言葉の理由は簡単。彼女が体力的に明らかに無理をしていたからだ。
その頃の彼女は受験対策の為のカリキュラムを増やし勉学に費やす時間をいつも以上に日常生活から削っていた。
そして休息に使うべき時間にここへ訪れていると知ったのは一方通行から出入禁止を言い渡され美琴が不貞腐れながら白状した時。
実際美琴は研究所へ訪れたい気持ちの裏で体力的には既に疲れきっていた。そして本人もそのことを隠していたのだ。
そんな風に彼女が表面的に隠していた疲労の影に真っ先に気付いたのが一方通行だった。
(俺としたことがそんなことにも気付かねえとは……つかこいつはよく分かったよな)
垣根は今まで自分がそれなりに人の感情の機微や変化を読むことに長けていると自負していた。
しかし美琴がいつものように笑い、怒り、話す姿に彼女が隠した疲労の顔を垣根は見破ることが出来なかった。
そして見破ったのは一方通行だ。
同じ時間を過ごしていた自分が彼女の変化に気付けなかったのは少々悔しいが、それ以上に気付いたのが一方通行ということが驚きだった。
垣根から見る限り一方通行はかなりの鈍感人間である。自分の感情にも、他人の気持ちに対してもひどく鈍感な男だ。
なのに、そんな彼が誰よりも早く彼女の異変に気付いたのだ。
395: 2011/11/25(金) 20:23:14.81 ID:37tX49Ou0
「なんだかんだあいつのことよく見てるよな。お前」
「なンだよいきなり」
「この間のことだよ。ありゃ御坂のことよく見てねえと気付かねえだろ、あいつも驚いてた位だし」
「…………そォか?」
とぼけた態度の一方通行を置き去りに垣根は言葉を続ける。
「でもよ、俺には正直お前が他人を気にするような奴には見えねえ。……やっぱあいつは特別ってか?」
「…………」
(否定はしねえってこたぁオイオイ、ビンゴかよ!…………ってあれ?)
垣根は座ったまま姿勢で壁に寄りかかった一方通行の顔を下から覗き込む。
しかし無言で考え込む一方通行の顔が思いの外真剣だったことが垣根を驚かせた。
あわよくば茶化してやろうという思いが一気に引いていく。
396: 2011/11/25(金) 20:24:25.58 ID:37tX49Ou0
「…………」
なんと答えれば良いのだろうか。沈黙の中、一方通行は垣根に対して答えるべき返答を考え倦ねていた。
特別―――――なのだろうか。
一方通行は未だに自分の身の内に潜む感情の名前を付ける事が出来ない。
それは御坂美琴という少女に出会ってから数ヶ月間ずっと育まれてきた感情。
救済されたという感謝の思い。
一緒にいる時に感じる安堵感。
垣根と彼女が戯れ合っている時に抱く苛立ち。
そんなパッチワークのような色も絵柄も違うのに統一された気持ちを今まで一方通行は持ったことが無い。
自分が美琴へ向けている感情をなんと呼べば良いのかまだ分からずにいる。
「特別ってのがどンなモンなのか知らねェけどよォ……」
一方通行は躊躇いがちに、自分にとっての適切な言葉を探しながらゆっくりと話し始める。
397: 2011/11/25(金) 20:25:47.81 ID:37tX49Ou0
「―――――アイツは、いっつも他人ばっか気ィ掛けてやがるクセに自分の事は二の次ってのが多いンだよ」
「あー 確かにそんな感じはすんな」
「すぐこの間みてェに無理しようとしやがるし……危なっかしくてしょうがねェから、こっちが見ててやンねェとって思っちまう」
一方通行は口元に僅かな笑みを零しながらも、深紅の瞳は不器用にゆるく揺れている。
「しかも泣き虫なクセして強がりばっか達者だから余計面倒臭ェしよォ」
「……へぇ」
「だから……なンつーか、目が離せねェっつーか…………ただそンだけだ」
そう話す一方通行は空を見つめ、口にした言葉を噛み締める。
いつも自分達の間で交わされる罵倒や軽口ではない真正直すぎる言葉に垣根は思わず呆気にとられていた。
そして理解する。
彼はきっと自分の発した言葉の本当の意味を知らない。だから恥ずかしがることも、ましてや誤摩化すこともしないのだ。
一方通行の言葉は無色透明の天然水の様に澱みの無い本心なのだろう。
(「そンだけ」って……鈍い鈍いとは思ってたがこいつは……)
やれやれと垣根は染めたばかりの己の金色に艶めく髪を無造作に掻きむしる。
まったく、こっちが恥ずかしくなるようなことを言いやがる。しかもスッキリしたってツラしやがって。
呆れがちに垣根は長く息を吐く。これはちゃんと教えておく必要がある。
398: 2011/11/25(金) 20:28:01.69 ID:37tX49Ou0
「そりゃお前、十分“特別”ってことだろ」
「そこまで言っといて気付かねえとか真性の阿呆だなお前は」
「チッ……ウルセェよ」
バツが悪そうな不機嫌顔で白い後頭部をかきながら舌打ちをする一方通行。
垣根はそんな不器用さが滲み出た表情する一方通行をその瞬間何故だかひどく羨ましく思った。
そんな嫉妬にも似通う気持ちを振り払うように、勢い良くその場に立ち上がわざと得意げな口調で喋り出す。
「………つーことはだ!やっぱお前は御坂のことが好「私がなに?」いやだから一方通行が―――」
「…………ん?」
「………あァ?」
ここには居ないはずの人物の声に二人の思考が一時停止する。
声のする方へゆっくりと顔を向ける。既に二人の頭の片隅では、誰がそこにいるかは分かっていたが胸には妙な緊張が走る。
「やっほ~、二人とも元気にしてた?」
冷たそうな手をひらひらと振りながら嬉しそうに声を弾ませる少女が立っていた。
399: 2011/11/25(金) 20:31:58.42 ID:37tX49Ou0
「どぉわッ! み、御坂ッ!?」
「……ちょっと、そんなに驚くことなくない? まるで私がお化けみたいじゃない」
傍らに立っていた声の主、御坂美琴は垣根の反応に心外とばかりに両手を腰に当て不満げに唇を尖らせる。
少し乱れた栗色のショートボブの頭にふわふわの白いラビットファーの耳当て。
街の冷気を身に纏ったまま、外と室内の温度差に晒された頬をピンク色に染めている。
着込んだ厚手のベージュのダッフルコートから覗かせる丈の短いプリーツスカートが控えめにひらりと揺れる。
長い羽根のような睫毛に空を舞う霙の粒が幾つも乗っていて彼女の目元をより一層輝かせていた。
唐突に登場した彼女の姿に思わず強い眼差しを向けてしまっていることに二人は気付かない。
「な、なによ、人をジロジロと……」
慣れない視線に身じろぐ美琴に垣根は取り繕うように喋り出す。
「あぁ悪い悪い!突然現れたからビックリしただけだ。久し振りだな御坂」
「久し振り垣根さん。……で、私のことを話してたみたいだったけどどんな話をしてたわけ?」
「え?あぁ、それは……」
今までの会話内容を馬鹿正直に言う奴がいたら、恐らくそいつは学園都市第一位の手によって空の彼方へ消えることになるだろう。
自分の命が可愛いのは人類共通・自然の摂理だ。
無言の一方通行の複雑な表情を隣に置き、取り敢えず垣根は自分の為にもひとつ彼の肩を持つことにした。
「お前が常盤台合格したかどうかって話をしてただけだ、うん」
「本当?なーんか怪しい…………」
「何も怪しくねえよ。ほれ、早く中に入ろうぜ」
「まぁいいけどさ。ところで垣根さん金髪に染めたの?」
「おう、結構似合うだろ」
「似合うけどなんかチャラさがより一層際立っちゃってるような……」
「何か言ったかなー? み・さ・か??」
「なによぉ、本当のこと……いたたたーっ!やめて!頭グリグリすんのやめてえッ!」
400: 2011/11/25(金) 20:35:07.12 ID:37tX49Ou0
三人は横並びでゆっくりと研究所の奥へ入っていく。
垣根の話を誤摩化す技術は自分の数倍上なことに一方通行は半ば感心しつつ足を進める。
隣では美琴が歩きながらファーの耳当てを外し、手早く僅かに乱れたブラウンの髪を整えつつ拳を当てられた箇所を気にしている。
「ひ、久し振り」
目を合わせないまま微かに上ずる声で美琴が一方通行に話しかける。
ほんのりと染まるピンク色の柔らかそうな頬もそのままだ。それを緩やかな紅の眼差しで捉えたまま一方通行は返事をする。
「おォ。ちゃンと試験勉強ってヤツはできたのかァ?」
「ふんっ! 一方通行様の言う通り、ちゃーんと休んで勉強したおかげで試験もバッチリでしたよーだ!」
「カカッ、そりゃァいい。俺に感謝しろよなァ」
「調子にのるなっ」
口の端を上げて意地悪く笑う一方通行の腕を美琴はぺしっと軽く叩く。
憎まれ口が無ければ素直に喜んであげるのに。端から聞けば「お互い様だろ」とツッコミが入りそうな言葉を美琴は飲み込む。
しかしその反面いつもと同じやりとりなのに、一方通行の表情が優しげで暖かなことに気付き見とれそうになるのを咄嗟に堪えていた。
「ねぇ、なんか良いことでもあった?」
「あン?なンでそォ思うンだよ」
「だってなんか嬉しそうっていうか機嫌良さげっていうか。そんな顔してるじゃん」
「あァ……いや、別に大したことじゃねェよ」
「そうなの?」
「ただバ垣根に教わっちまったっつーのが癪だがなァ」
「?? どゆこと??」
401: 2011/11/25(金) 20:38:29.61 ID:37tX49Ou0
きょとんと不思議そうな眼差しで自分の横顔を見つめる美琴を置いて一方通行は先程の会話を思い出す。
今まで深い霧に包まれたように見えず理解すら出来なかった感情。
自分にとって美琴がどんな存在なのか。
それがやっとわかったのだ。
生まれてこのかた感じたことも触れたこともない感情だから分からなかったのかもしれない。
しかしそれが分かった今、一方通行の胸は清々しい気分で満たされている。
垣根が言おうとして遮られた言葉の意味も本当は分かっている。
恐らくだが―――――その答えも。
でも今はこうして彼等と過ごす時間を優先してもいいだろう。そう考えた一方通行は口をつぐむ。
傍らで楽しそうに話す美琴と垣根を目の端に捉えてこっそりと笑いながら。
そうして並んで歩く三人は学園都市のどこにでもいる、ただの学生の姿を背中に映していた。
402: 2011/11/25(金) 20:44:26.51 ID:37tX49Ou0
―――――
この三人でいる時間が好きだ。
久し振りに味わう三人の集まった空間に美琴は改めて思う。
一方通行・垣根帝督・そして自分の関係は、学校の友人関係とは全く違う。
友人との間に感じる壁が、自分達三人の間には存在しないことがそう思う理由だ。
友人と自分を隔てる壁――――それは能力者としてのチカラの大きさだろう。
常盤台中学への受験を決めた頃から友人達の自分に対するよそよそしさが加速したのが良い例だ。
レベルが上がるというのは結果論であり、自分はただ『目の前のハードルを飛び超えただけ』……そう思っているのは自分だけだった。
能力測定でレベルが上がっていく都度、羨望の眼差しや妬みという様々な形の特別視という名のレッテルを貼られていく。
美琴はそのことに息が詰まるときがある。
事実、努力によって積み上げてきたものは自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を形成する一方で友人との壁を高々と造っていった。
そんな現状を知る度に誰が悪い訳でもないのに無性に寂しい気持ちと同時に苛立ちを掻き立てた。
能力やレベルだけで自分という人間を見て欲しくない。
心の何処かでずっとそう思っていたことに最近になって気がついた。
気付くキッカケになったはこうして三人と過ごすようになったことだ。
一方通行と垣根が自分よりも上の位である超能力者(レベル5)だからなのかもしれない。
気負いなく特別扱いもされない、自分を“ありのままの自分”として見てくれる彼等の傍にいることが何より心地良い。
自分が二人に抱く感情の色はそれぞれ違えど、共に大切な存在であることに変わりないのだ。
ずっとみんな一緒にいれたら。
普段は気恥ずかしくて絶対言えないが、本気でそんなことを願っている。
403: 2011/11/25(金) 20:45:50.62 ID:37tX49Ou0
「合格発表は来週中には学校に通知が来るの」
「そうなのか。そんじゃもしお前が合格したら何か美味いモン奢ってやるよ」
「本当!? やったぁ!約束よ!?」
「おう、まかせとけ。でも合格“したら”の話だからな?」
「……言ったわね?受かったらめっっちゃくちゃ高~~いものお腹いっぱい食べてやるんだからっ!」
上目遣いで得意げに睨みつける美琴。垣根はそれを見て意地悪く笑う。一方通行がいつも『ムカつく笑顔』だと言うソレだ。
横では先程の優しげな表情から一変、苦々しげな顔の一方通行が吐き捨てるように呟く。
「ところでよォ……マジで俺の部屋に来ンのか?」
「勿論。俺はお前の部屋見たことねえしな」
自分を挟んで交わされる会話に美琴は耳を傾ける。自分より1オクターブ低い二人の声を聞くのは嫌いじゃない。
「ついでにガサ入れするかんな。工口いモン見つけ出して晒してやる」
「部屋荒らすなら叩き出すぞ。それにンなモン置いてねェよ、残念だったな」
「はあ?無えワケねえだろ!世で言う年頃の中二男子が持ってねえ筈がねえんだよ。そんなの常識だろ常識」
「「俺に常識は通用しねェ」とか言ってるヤツが何言ってやがンだコラ! これ以上バカ言うよォなら部屋入れねェかンなァ!」
「チッ、んだよ……おい御坂、お前だってあると思うよなぁ?こいつの部屋に工口本やらなんやらの一つや二つ……」
「わ、わ、私にふるなバカッッ! 大体女子がいる前でそんな話すんなやぁーーー!!!」
…………ただし男子特有の話題だけは断固お断りしたい。熱くなる両耳を手で押さえながら美琴は思った。
404: 2011/11/25(金) 20:47:58.78 ID:37tX49Ou0
「ん?あれって…………」
三人が一方通行の部屋までのいくつも扉が並ぶ廊下を歩いていると正面から数人の人影がやってくるのが見えた。
白衣を着た男女が三人、正確には男二人に女一人という構図でゆっくりと歩いてくる。
ふとそれを見た美琴はその中に見慣れた人物を発見する。
「おーい! 芳川さーん!」
「芳川?」
前方に向かって大きく手を降りながら声を張り上げる美琴に、両脇を歩く口喧嘩中の垣根と一方通行の口論を中断させる。
数m前までやってきた目元に前髪の影を落とし俯きがちに歩く女性・芳川桔梗が廊下に反響した少女の声に体をピクリと震わせた。
「お久し振りです、芳川さん」
「君たち……!」
405: 2011/11/25(金) 20:49:21.12 ID:37tX49Ou0
見慣れているはずの自分達の姿に驚いた目をする芳川に一瞬違和感を感じた美琴は首を傾げる。
目の前にやってきた彼女はどこか沈んだ表情をしている。
「芳川さん?」
「…………あ、あぁそうね……久し振り御坂さん」
「(そうよね……今日は土曜日だったのよね)」
「……?」
微かに聞こえた芳川の口から零れた小さな独り言に聞き逃さなかった一方通行と垣根は顔を見合わせる。
元々普段から化粧気の無い芳川だが、それを差し引いても彼女の顔色が優れないことに美琴は気がついた。
しかし、
ゾクッ
「……ッ!?」
芳川の表情を伺っていた美琴は別の場所から自分を見つめる視線に寒気が走った。
傍らにいた若い研究者風情の男が興味深そうに美琴の全身を舐めるように見つめてきたのだ。珍しいものを見つけた残酷で無垢な子供のように。
その瞬間気味の悪さに冷や汗が美琴の背中をなぞる。
(なにこの人……なんかヤだな)
嫌悪感と男の視線から逃れたくて美琴は思わず一方通行の着ているシャツの袖口を掴む。
本来なら恥ずかしくて決して出来ない甘える様な行為もあの視線を避けたい気持ちが勝っているせいか羞恥の感情は発動しない。
そのままもう一人の白衣姿の男の顔をちらりと見ると、美琴……というより自分達三人を冷ややかに観察する眼差しとかち合った。
外見から言って年齢は三十代後半位だろうか。野暮ったさを感じる毛先のうねった髪に疲労を思わせる皺のある顔、いかにも研究者という風貌だ。
不快感は感じないが、研究者らしい人間を得意としない美琴はその男から視線を逸らそうする。
406: 2011/11/25(金) 20:52:56.17 ID:37tX49Ou0
(あれ?)
ふと、美琴の思考が止まる。
(なんだ、なんだっけ、この感じ)
なにか―――――なにか『違和感』を感じる。
急いで美琴は身体の機能を停止させ、違和感の正体を突き止めるべく全神経を脳に集中させる。
(確か前にもここで……)
激しいデジャヴ。
いつだったろう、この男に自分は以前この研究所で会ったことが……見たことがある。
沸き上がる既視感と記憶に残っていた謎が甦ってくる。
(その時も―――――そうだ!)
思い出した。
その時、この研究所“以外”でこの男を見たという感覚がしたということを。
(勘違い……ううん、そんなことないはず)
記憶力には自信がある。
漠然とした記憶が徐々に確信へと変わっていく感触に美琴は軽い身震いを覚えていた。
いつ? どこで? そんな疑問がぐるぐると頭を回り始める。
(…………なンだァ?)
一方、自分のシャツを小さく掴む手に微かに力がこもるのを感じ一方通行は美琴の異変を察知していた。
407: 2011/11/25(金) 20:55:10.35 ID:37tX49Ou0
「芳川、そろそろ」
「えぇ……ごめんなさい、失礼するわね」
研究者の男に掛けられた声によって誰とも目を合わせずにそのまま立ち去る芳川。
何も言わず見送るように彼等の背中を何と無しに見つめていたが、美琴だけは違った。
「おーい。どうした御坂」
呆然と立ち尽くす姿で芳川達の後ろ姿を目で追う美琴を見た垣根は、心配そうに眉をひそめて少女の肩を揺さぶる。
「―――え、あぁごめん……」
「なんだぁ?ボーッとしやがって」
はっと意識を戻した美琴は瞳の向く方向を変えず返事をする。今逸らしてしまえばそのまま逃してしまいそうな記憶の糸を離さぬよう。
今、確かめずにいつ確かめるのだ?
「……ちょっと待ってて」
「あ、オイッ」
気づけば考えるより先に体が動いていた。
「すみません!」
408: 2011/11/25(金) 20:56:16.19 ID:37tX49Ou0
「御坂さん?」
白衣姿の三人を走って追いかけるのは容易かった。
美琴は自分の名前を呼ぶ芳川、ではなくその隣にいる顔に皺の残るいかにも研究者風情の男に声をかける。
「私か?」
「はい。あの……前に会ったことありますよね?その、私と」
驚いたように目を見開く男の様子は肯定とも否定ともとれて何とも読み辛いリアクション。
しかし直ぐさま返ってきた言葉はびっくりするほどあっさりとしたものだった。
「いや、君とは初対面だと思うが。何か?」
「へ? あ……そう、ですか」
「……すまないが今急いでいるんだ。失礼するよ」
軽くショックを受け間抜けな声を出す美琴を放置してその場から足早に去る研究者の男。
やはり思い違いだったのだろうか。記憶力には自信があったのに……美琴はがっくりと肩を落とす。
409: 2011/11/25(金) 20:58:03.48 ID:37tX49Ou0
「おーい!なんだよ、急に走り出しやがって」
「あー……ごめんごめん。うん、なんでもないや」
「なんでもないってお前…………」
自分を追ってきた垣根と一方通行に首を振って笑顔をつくる美琴。
明らかになんでもないことは無かろうことは垣根達にも分かったが、笑顔を取り繕う美琴に何も言えずただその言葉を受け止めるしかなった。
廊下の先では芳川達が研究室へカードキーを使いロックを解除して分厚い隔壁の扉を開けている姿が見える。
それを一方通行の赤い眼が彼等が視界から消えるまで追い続けていた。
440: 2011/12/16(金) 19:10:12.22 ID:C2P0D18p0
「予想はしてたが味気ねえ部屋だなー……物少ねえし」
嫌味を吐きながら垣根は殺風景な一室の壁沿いに鎮座する白いシーツに包まれたベッドに身体を預け大の字に寝転がっている。
それが人の部屋に邪魔してベッドで優雅にくつろいでいる人間の台詞なのかと一方通行は不機嫌に目元をひくつかせた。
腹いせと言わんばかりにベッドの縁からはみ出た嫌味のようにぷらぷらと揺れる垣根の長い足を軽く蹴りつける。
「言ってろ。それより勝手に人のベッドに寝転がンな、オラどけッ」
「へいへい。ま、俺も似たようなモンだけどよ。しっかしこれじゃガサ入れのしようがねえな」
そう言って垣根は起き上がったかと思うとベッドの壁側へ異動する。そして背中を任せる場所を見つけるとそこに改めて座り直した。
結局ベッドに居座る垣根に呆れるが、彼を退けた所で他に人が座るような場所もこの部屋にはない。
仕方なしにそれを見逃しながら言い訳めいた言葉を落とす。
「ゴチャゴチャ物置くのは好きじゃねェンだよ」
実際そうなのだろう。部屋をぐるりと見渡す美琴はしみじみ思った。
一度入った時には思わなかったが、広過ぎないこの部屋を改めて見ればその言葉の意味がよく分かる。
一方通行の部屋には大きめのベッド、備え付けのクローゼットに使用感の無い灰色のデスクと椅子。それをコンクリートの壁がそれを囲んでいる。
清潔感のある室内は冷暖房完全完備と言えど物が少ないことも手伝って淋し気な雰囲気を醸し出している。
この部屋はまるで彼自身に映しているようで、どこか切ない。美琴はふとそんなことを思った。
ドアの前でぼんやりと立ったままの美琴に一方通行はちらりと視線を寄越すと、デスクと揃いの椅子を無造作に引き寄せてベッドの前に差し出す。
441: 2011/12/16(金) 19:13:06.23 ID:C2P0D18p0
「……ン」
「あっ、ありがと……」
ぶっきらぼうに差し出された椅子に不意に“一方通行の部屋に来ている”という実感が込み上げ、急に押し寄せた緊張が声を吃らせた。
以前部屋に入った時とは違う心持ち、それは彼に対する想いの変化のせいだろう。しかしそれがこうさせているのかと思うと何だがむず痒い。
おずおずと部屋を進み椅子にちょこんと座り、ぎこちなくダッフルコートを脱ぐ作業に取りかかった美琴を横目に一方通行は己のベッドに腰掛ける。
腰掛けた一方通行に垣根は音を立てず近寄り美琴に見えない形で密かに耳打ちする。
「(おい)」
「(あァ、分かってる)」
二人には気になってることがあった。
「オマエ、なンかあったのか」
「…………え」
切り出したのは一方通行だった。
不意打ちの言葉と一瞬言葉の意図が読めなかった美琴は間抜けな声を上げる。
脱いだコートを畳む動作を止めてベッドに座る一方通行と垣根に顔を向けると二人は凄むようにこちら睨みつけていた。
それが二人にとって真剣な心情を表していることが分かるくらい、美琴は彼等を理解している。
「え……ちょっと待って。なんのこと?」
「とぼけンな。オマエ芳川に会った時から変じゃねェか」
「あの時からだよな。ここに来るまでだってずーっと静かだしよ」
「むっ!それって私がいつもうるさいみたいな言い方ね」
「そうじゃねえ、不自然なくらいって意味だ。話を逸らすんじゃねえよ」
「うっ」
442: 2011/12/16(金) 19:14:58.48 ID:C2P0D18p0
こうもこちらの心を読み取るように言い負かされてはぐうの音も出ない。
確かにあの時――芳川と二人の研究者と別れた時――から気になる点があるのは確かで、それが心に痼りのように残っているのも事実だ。
(こういう時ばっか二人で結託するなんてズルいわよ……)
喧嘩ばかりしてるくせに……抗議の言葉が喉を出かかったが自分を見つめる二人の強い視線に圧倒されて言葉はお腹の方まで引っ込んでいく。
しかし自分の態度はそんなに変だったのだろうか。それを見られていたのかと思うと悔しいような、恥ずかしいような。
美琴は不貞腐れた拗ねた声をポツリと零す。
「……別に大したことじゃないもん」
「なら尚更話せ。大体オマエの“大したことない”は信用ならねェからな」
「なっ……!」
心外だとばかりに言い返そうとするも二人の「早く話せ」オーラに気圧されて美琴はグッと口を閉じる。
仕方無くはぁっと息を吐き美琴は先程の違和感の原因を語り始めた。
「……さっき芳川さんと一緒に白衣の人達がいたじゃない?」
「あぁいたな。なんか気持ち悪ぃ目で俺らを見てたヤツとオッサンの二人だったっけか」
「うん。そのおじさんの方の人が……どこかで見たことあるなと思って」
ほうっと垣根は興味深そうに、そして一方通行は黙って次の言葉を待っていた。
443: 2011/12/16(金) 19:17:29.64 ID:C2P0D18p0
「一回目は分かってるの、この研究所で見かけたから。でもその前にも会ってる気がして……」
その言葉に一方通行はピンッと頭の片隅の小さな記憶が芽を出す。前に彼女の口から同じようなことを聞いた気が……。
「オマエ……それ、前に話してたヤツかァ?確か夏頃に」
「……あっ!そうそれそれ!その時もどこかで会った事があるなぁと思ってたんだけど、さっき聞いたら「知らない」って言われちゃった」
「さっきいきなり走ってったのはそいつを聞きに行ったのか」
「うん。人違い……ううん、見間違いなのかな」
男は自分に会ったことがないと言っていた。しかし自分は会ったことがあると思っている。
なら、それはいつ? どこで?
(うぅ~!もうワケ分かんないっ!)
記憶力には自信あるのに……と呟きながら美琴は悔し気に膝の上に置いたコートをぎゅっと握りしめる。
解けない問題を放置するのは好きじゃないのに。そう思わせる持ち前の負けず嫌い気質が思い出せない歯痒さに拍車を掛ける。
彼女のその仕草を見ながら一方通行と垣根は思わず顔を見合わせる。こればかりは自分達にはどうにも出来ないことだ。
力になりようがないことを悟り垣根は慰めるように美琴に言葉をかける。
444: 2011/12/16(金) 19:19:32.79 ID:C2P0D18p0
「あーあれだ、お前もレベル5候補って言われてんなら他の研究所も行った事あんだろ。そこで見かけたんじゃねえの?」
「むー……そうなのかなぁ」
「それか白衣着てるからっつー理由でどっかの病院の医者と間違えてるとか……ってそれは間抜けすぎるか」
「病院…………?」
病院。小学校低学年時代は活発な性格が災いして生傷も多かったが基本健康体の自分には縁の無い場所だ。
しかし病院ではないが、それに近い場所へなら行ったことがあった。
たしかそれは―――――
445: 2011/12/16(金) 19:20:32.94 ID:C2P0D18p0
『君のDNAマップを提供してはくれないだろうか』
446: 2011/12/16(金) 19:22:10.42 ID:C2P0D18p0
「あっ……!」
声を漏れた、その瞬間。
美琴の頭に幼い頃の記憶が鮮明な映像となって流れ込んでくる。
硝子越しに見えるのは、額に汗を滲ませながら平行棒を握りしめ立ち上がろうとする少年。
純白のナース服を纏った女性。手術着のままベッドに横たわる少女。車椅子で廊下を行き交う青年。
そして自分の前に立つ大人達、それは白衣を着た何人もの―――――
「思い出した……思い出したあぁ!!」
美琴はガタン!と大きな音をたて勢い良く椅子から立ち上がり声をあげる。パサッと床にコートが落ちる音が部屋に響いた。
それに驚いて目を丸くする二人は思わず少女を凝視する。
447: 2011/12/16(金) 19:30:03.43 ID:C2P0D18p0
「なンだよ急に!デカイ声出しやがって」
「思い出したのっ!私小さい頃にリハビリ研究センターに行ったことがあるんだけど、そこであの人に会ったんだ!」
「リハビリって……お前どっか怪我でもしたのかよ」
「違う違う!私はただ私自身のDNAマップを提供しただけよ」
「DNAマップ……?」
琥珀色の瞳を瞬かせながら美琴は続ける。
「そう。リハビリセンターの人に筋ジストロフィー克服の研究の為に提供してくれないかって頼まれたの」
「筋ジストロフィー……あの筋力がどんどん衰えてくって病気だったか?」
顎に手を添えながら尋ねる垣根にこくんと頷く美琴は爽快な笑顔を向けている。
どうやら謎が解けたことが余程嬉しかったらしい。「思い出してすっきりした~」と呟きながら膝上から落ちたコートを拾いつつ椅子に座り直す。
「私、電撃使いだから生体電気を操ることが出来るじゃない?その力を『植え付けて』筋肉を別ルートの電気信号で動かす為の研究をしたいって」
「そう言われてお前は自分のDNAマップを提供したってワケか」
「うん。だって自分の能力が誰かの役に立つんだと思ったらなんだか嬉しくて」
448: 2011/12/16(金) 19:31:46.87 ID:C2P0D18p0
そうだ、思い出した。
あの時『自分の能力が必要とされている』―――そう思った瞬間、嬉しさと誇らしさが胸に芽吹いたことを。喜んでその申し出を受け入れたことを。
この電撃使いとしての能力が懸命に自らの足で歩こうとする彼等の役に立ってくれれば。少しでも彼等の努力を支える後ろ盾になれば。
そう願ったことを思い出しながら研究者の提案を受け入れた当時に思いを馳せる。
自分を静かに見つめる二人に気づき美琴は話を戻す。考えてみれば話の本筋はここではないのだ。
「それでね、そのDNAマップを提供する時に立ち会った研究者の中にさっき芳川さんと一緒にいた人がいたの」
「あのオッサンがか?」
「そう、間違いなくあの人!っていうか医療関係の研究者も能力開発研究所(ここ)に来るんだね。知らなかった~」
(…………、)
一瞬、ピクリと一方通行と垣根の表情が固まる。僅かに眉間に皺を寄せた垣根が疑わし気に尋ねた。
「そいつ見たっつーのは見間違いじゃねえんだな?」
「疑ってるの? 私の記憶力にぜーったい狂いは無いんだからっ」
449: 2011/12/16(金) 19:32:33.13 ID:C2P0D18p0
フンッと得意そうに鼻息をあげる美琴は絶対の自信を見せつけるように胸を張っている。
(でも……なんであの人は私に会ったことが無いって言ったんだろう)
研究者は毎日沢山の人間と接しているから自分のことなど忘れてしまったのだろうか。
しかし、あれから何年もの月日が流れているし仕方無いのかもしれない。自分もその頃と比べれば大分成長している。
極小の疑問が残るが学園都市で働く研究者とはそういうものなのだろうと美琴は思うことにした。
「…………」
そう自身の中で疑問に決着をつけている美琴は、目の前の少年達が無言のまま表情を曇らせていることに気がつかなかった。
450: 2011/12/16(金) 19:35:02.99 ID:C2P0D18p0
・・・・・・
美琴と垣根が研究所を去って30分程たったのか。
一方通行は自室のベッドで寝そべりながら徐に携帯電話のデジタル時計に目をやりながら思う。
まだそんなものか。彼女達が去った後のここでの時間の経ちが遅く感じるのに最近になって発見したことだ。
Tシャツの上に羽織っているシャツの襟元が皺になることなど気にもせず一方通行はゴ口リとベッドに仰向けに寝転ぶ。
そして灰色の染みが見えるコンクリートの天井を見つめながら、三人と過ごした数時間前のことを思い出してみる。
彼女の小さい頃の話を聞いた後の自分達はいつも通りだった。
いつものように他愛も無い会話をした。
美琴が『超電磁砲』と呼ばれる新しい技を学校の人間に初めて披露したこと。
最近垣根は美人だが呆れるほど口が悪いビームを乱射する女に出会い頭喧嘩を吹っかけられたこと。
止めどなく続くのは本当に他愛無い世間話。
会話の大半は美琴が喋り、垣根と自分が相槌をうって話の聞き手にまわることが多い。
相槌が適当だったりつまらなさそうにすると美琴がふくれて怒りだす。自分達はそれを宥めたりふざけあい彼女の反応を楽しむ。
絶対的な安心を覚える毎度お馴染みのやりとり。
451: 2011/12/16(金) 19:38:54.10 ID:C2P0D18p0
いつも通りだ。自分でも驚くくらいに。
だからきっと彼女は気付いていないだろう。そうなるように我ながら上出来に振る舞えたと思う。
今、頭を渦巻く予感にも似た不安。終始花が咲くように笑う美琴を思い出し彼女にそれを悟らせないことに自分は成功したらしい。
(筋ジストロフィーにDNAマップ、ねェ……)
彼女等が部屋を出てから何度目の反芻だろう。ぐるぐると同じ言葉が意味も無く脳内を回り続けている。
コンコン
「あァン?」
2回のノック音から数泊も開けずドアノブに手を掛ける音が聞こえた。
答える暇も与えないタイミングで鍵を掛け忘れた部屋のドアは何の抵抗もせず開閉を許す。
一方通行は反射的に身構えるがそれも杞憂だとすぐに気づく。
「ノックの意味無ェじゃねェか」
「俺がお前に気を遣うとでも思ったのか?」
乱暴に扉を閉めて部屋にズカズカと入ってきたのは帰った筈の垣根だった。
ここから出て行った時と同じ厚手のダウンコートを着ている。彼が部屋に入ると外の寒空の下を歩いたことを伝える冷たい空気が流れてきた。
そしてさっきまで美琴が座っていた椅子を手繰り寄せそこへ座るあたり、垣根の中に遠慮という言葉は無いらしい。
452: 2011/12/16(金) 19:41:53.27 ID:C2P0D18p0
「アイツと帰ったンじゃなかったのか」
「御坂はちゃんと駅まで送ったさ」
「それより、テメェも気になってんだろ。さっきの御坂の話」
「オマエもか」
どうやら垣根は一方通行と同じ疑問点が気になりわざわざここへ戻ってきたようだ。
それは美琴の話―――筋ジストロフィー治療の為に自らのDNAマップを差し出したという話。
一方通行はベッドから起き上がり立て膝をしながら垣根に向き直る。椅子で無造作に足を投げ出した垣根は難しそうに瞼を下ろす。
「医療関係の研究者が能力開発主体のここにくるってのが……なんか引っかかってな」
「あァ、ここは医療やら薬学の研究なンざしてねェからそォいう類いの研究者は殆ど来ねェ筈だ」
「だよな。この街に医療研究施設なんてゴマンと在る。わざわざ研究目当てでここに来る意味が分からねえ」
「今日は平日に山程来るガキ共もいねェ土曜だ。研究協力させる為の勧誘もできねェしな」
「……やっぱ能力開発関係の研究をしにきてるってことか」
「…………」
しばしの沈黙が流れるも二人は思考を止めない。
彼等が来ていた理由は美琴に全く関係無いのかもしれない。
でもそう割り切れないから垣根と一方通行の表情は暗い。
それは美琴が「自らのDNAマップを提供した」という事実が頭から離れないから。
非人道的な術を用いた能力開発を良しとするこの街の裏を知っている二人だからこそ働いた哀しい勘だった。
453: 2011/12/16(金) 19:43:48.55 ID:C2P0D18p0
「…………そういやよ」
「あン?」
「俺達に会った時の芳川の様子もおかしくなかったか」
「確かにアイツにしては珍しく挙動不審だったなァ……」
「それと一緒にいた研究者共、すげえ気味悪ぃ目でこっち見てやがったよな」
「あァ知ってる。アイツもビビってたしな。でもそれは俺達と一緒にいたからだろ」
「まぁその辺の研究者共が俺達二人を知ってるのはおかしくないわな」
腕を組みながら垣根は疑問を口にする。
「でもよ……どっちかっつーとあいつら、俺らより御坂を見てなかったか?」
「……!」
「いや、勘違いかもしれねえけどな。そんな気がしたんだ」
実験用モルモットでも眺めるような無機質な目、好奇心のみが光を放った目、それは自分達が浴びることに慣れてしまった視線。
それを美琴に向けていたという。……なぜだ。
以前出会ったことがあるという研究者。しかし会ったことがあると言っているのは美琴だけで相手は初対面だと言う。
相手が忘れているのか。美琴の勘違いの可能性もある。
そうだ、そうなのかもしれない。 しかし…………
(アイツ、妙なことに利用されてンじゃねェだろォなァ……)
漠然とした『嫌な予感』が影のように背中に迫ってくる。予想を立てては否定し、肯定する自分がいる。
確かめなければ。
こんな悪い予感を打ち払うような確証が欲しい。
454: 2011/12/16(金) 19:44:58.32 ID:C2P0D18p0
「―――――探ってみるか」
「探るったって……どうやって」
「今日アイツらが俺らと別れたあとに入った研究室だ。あそこを探りゃあなンか情報が残ってるかもしンねェだろ」
「あーあの部屋か……」
「この研究所の殆どの部屋の扉はカードキーがありゃ入れる。まァ別ロックが掛かってる場合もあるがな」
そう言うと一方通行はズボンの後ろポケットから透明のケースに入ったカードキーを垣根に投げ渡す。
ここの研究所に来てから数年、ありとあらゆるカリキュラムや実験の為に研究所の部屋を行き来してきた自分だからこそ持つことを許された鍵だ。
垣根は長い指先で使いカードの裏表をくるくると回しながら目を通し、悪巧みを思いついたようにニヤリと笑う。
学園都市第二位は理解力が早いようで助かる。
「ソレで開かなかったら最悪ブッ壊す」
「ぶはっ!おいおい、第一位のクセにやることがスマートじゃねえな。良いのか?仮にもお前が住んでる研究所だぞ」
「ロックなンざ解析して開けるよか壊した方が早ェだろ。人間相手にやるワケじゃねェンだし扉くらいイイだろ」
455: 2011/12/16(金) 19:47:55.48 ID:C2P0D18p0
その言葉に垣根は吹き出して笑っていたが一方通行は至って真面目である。
研究所には監視カメラはついているだろうし大事になれば研究所から追い出される可能性はある。処罰されるかもしれない。
しかしそれに対する恐怖心はあまりない。何より優先したいのは胸にある不安感を払拭したいという気持ちだった。
そのあとの話など今はどうでもいい。それが一方通行の考えだった。
「大体こォやってチマチマ考えンのは性に合わねェンだよ」
「短気なテメェらしい考え方なこった」
掌でカードキーを弄びながら垣根は空いた左手でコートのポケットから携帯を取り出す。時刻は午後6時を回ったばかり。
土曜の研究所は人が少ないとはいえ、まだ働いている人間が闊歩している時間帯だ。
「まだ早いな。もうちょい人が消えた頃に行くとすっか」
「あァ。でもその前に―――」
垣根が声のする白い少年の顔を見ると彼は白い睫毛で紅の瞳を半分隠した眼差しで何かを考え込んでいるようだった。
そして顔色など全く変えずやけに冷静な声が殺伐とした部屋に反響した。
「寄りてェ所がある」
474: 2012/01/21(土) 22:49:13.79 ID:e7GYo+I40
―――――――
「…………もうこんな時間、だったのね……」
呟きは乾いた唇から滑るようにポツリと落ちた。
薄く汚れた壁に掛けられた時計を目を向けると短針は既に10時を通り過ぎている。
カチ カチ カチ
ざわめきを遠くに追いやり人影の消えた研究所内の一室、自身の研究室で芳川桔梗はデスクに向かい独り頭を抱えていた。
一体何時間、こうして座って拳を額に押し当てていたのだろう。
カチ カチ カチ
いつもはパソコンの起動音や人間の会話に遮られ気にならない、針が時の足跡を刻む音。
475: 2012/01/21(土) 22:51:19.04 ID:e7GYo+I40
五月蝿い。
時刻を告げる音によって掻き立てられる切迫感に思わず耳を塞ぎたくなる。鼓膜と胸を同時に叩き続けられているようだ。
まるで自分に「これからお前はどうしたいんだ」と問い詰めていると思えて―――――
そんなものはただの強迫観念だと、芳川自身分かっていた。
しかし今の彼女にはそう迫られてるようにしか思えない。そんな精神状況に陥っているのだ。
前髪を無造作に握ると眉間に入った何本もの皺が黒髪の隙き間から露になった。きっと酷い顔をしているだろうと自嘲する。
鏡なんてものが手元に無くて良かった。きっと今の自分を見てしまえば自己嫌悪の渦に飲まれてしまう。
「はぁ……」
吐いた溜息と共に頭を下ろすと肘をついたデスクに目がいく。
数日前、自分に下された次の異動先での仕事について書かれた書類。
視界に否応無く入ってくるそれは紙の端がよれて歪な皺になっている。受け取った際強く握りしめてしまったせいだろう。
自身がこの精神状態に至る原因のそれに徐に手を伸ばすと、不意にその書類を受け取った時の光景がフラッシュバックした。
476: 2012/01/21(土) 22:53:19.06 ID:e7GYo+I40
呼び出されたミーティングルームで上司である年配の研究者から告げられた言葉。
ただ異動先について業務命令として淡々と述べる人間とそれを呆然と聞く自分が、そこにいた。
『今回この計画で空きの出た席に据える人材を探している時、偶然ある人物から専門分野でも実績のある君が推薦されてね』
『途中参加になってしまうが、君にはこの計画に参加してもらう』
『この計画で中心でもある被験者となるのは 、そして の対象となるのは 』
『土曜日に関係者が君に会いに来る。それまでにこの資料に目を通しておいてくれ』
477: 2012/01/21(土) 22:54:38.34 ID:e7GYo+I40
( どうして )
あの時、たった4文字の言葉が頭に重くのしかかった。
( どうすれば )
次に浮かんだ5文字は自身への問いかけ。
そう考えた途端、芳川は自分の言葉の無意味さに打ちのめされたことを思い出す。
(どうすれば、なんて……馬鹿ね。考えれば分かるじゃない)
(私にはどうしようもないってことぐらい)
一研究員がどうこう出来るレベルの話ではない。分かっている、分かっているのに考えてしまうのだ。
どうにかしてあの計画から彼等を遠ざける方法がないかと、
何度も
何度も
何度も
何度も
478: 2012/01/21(土) 22:56:37.98 ID:e7GYo+I40
「くっ……!」
苦く口元を歪ませる彼女はまさに苦悶という言葉を具現化した表情を滲ませ、触れた書類の表紙をグシャッと握り潰した。
とある“計画名”が表題となった表紙。この紙と同じようにあの計画を握りつぶせることが出来たらどんなに良いか。
コンコン
(誰かしら……こんな時間に)
―――――そんな何十回目となる堂々巡りの思考を止めたキッカケは聞き慣れたノック音。
「俺だ」
聞き慣れた少年の声だった。
479: 2012/01/21(土) 22:58:36.01 ID:e7GYo+I40
声を聞いた芳川は急いでデスクに置かれた書類の束を隠すように引き出しの中に雑に押し込む。
誰がいるか分かっていながら恐る恐る扉を開けると、目の前に凸凹の白髪頭と金髪頭が視界を占めた。
「……何か用かしら」
「野暮用だ、邪魔すンぞ」
「ワリィな。すぐ済むからよ」
研究室を尋ねてきたのは一方通行と垣根。やけに神妙な顔つきのまま二人は研究室に入り込んできた。
少年達の様子を不審に思いつつ芳川は自らのデスクへ戻る。
二人の部屋を歩く足音と座った椅子がギィッという軋む音だけが鈍く鳴る。
部屋に入った一方通行は部屋の中央で静かに立ちどまり、垣根は壁に背中を預け腕組みをしながらその様子を観察する体勢をとった。
芳川は椅子に座りデスクに向かうことで二人に背を向けることで、あたかも『仕事中です』と言わんばかりの雰囲気を作る。
今は誰とも会いたくなかった。 特に彼とは……。
そう思っていると、
「オマエに聞きてェことがある」
一方通行が芳川の背中に向かって話し始める。
480: 2012/01/21(土) 23:01:10.59 ID:e7GYo+I40
「今日廊下で俺達と会った時にオマエと一緒にいた奴等……アイツらが何者なのか、オマエ知ってるか?」
瞬間、サァッと芳川の顔から血の気が引いた。
彼等に背を向けていてよかった。芳川は内心安堵しながらもうなじには一筋の冷や汗が伝う。
今の自分は自身が思っている以上に精神が脆くなっているらしい。こんな分かり易い表情の変化で心の内を見破られてはたまらない。
ごくりと唾を飲み込みカラカラに乾いた喉に湿り気を与える。動揺を悟られるな、そう自分に戒める。
そして冷静を装った声をつくり芳川は彼の問いに対して問いで返した。
「随分と脈略が無い質問ね。何故そんなことを知りたいの?」
「……アイツが妙なこと言ってンだよ。その研究者に会ったことがあるとかなンとか」
「アイツって……」
「御坂のことだ」
「話を聞きゃチビの頃、今日見た研究者の中の一人と会ったことがあるって言いやがンだ。
まァアイツしか覚えてねェみてェだがな」
481: 2012/01/21(土) 23:03:04.15 ID:e7GYo+I40
垣根の声に繋げて一方通行は流れるように話し続ける。
「なンでもそン時、筋ジストロフィー治療研究ってヤツに関わったらしい。
そこで研究者共に電撃使いの能力が役に立つとか言われてアイツは自分のDNAマップを提供したンだと。
そこまではどォも思わねェ、気になンのはソイツ等がここに来てるって所だ」
「大体医療関係の研究者が能力開発にばっか力入れてるこンな場所に来るか?俺の知る限りじゃ医務室の人間くらいだ。
今日はいつも来るガキ共も来ねェから、昔のアイツみてェな研究協力させるガキ目当てって訳じゃ無ェだろ」
「だったら奴等の目的で能力開発関係の研究でここに来てンだってことになる。
……まァあり得ねェ話じゃねェが、今日あの研究者共がアイツを見るツラが妙だったのも引っかかる」
「確証なンざこれっぽっちも無ェ、でも腑に落ちねェ事も多いのも確かだ。
だから俺達はアイツのDNAマップが、……アイツが、妙なことに関わらされてるンじゃねェかと思ってる。
つってもあくまでただの勘だがなァ」
「…………」
482: 2012/01/21(土) 23:03:58.06 ID:e7GYo+I40
話す一方通行に芳川は背を向けたまま何も言わない。言えないのだ。
いつも必要なこと以外話さない一方通行がやけに饒舌なことから伝わる真剣さが芳川の良心に突き刺さる。
心臓はドクン、ドクン、ドクン、と脈打つ早さを増してゆく。
「だからあの研究者共と一緒にいたオマエに聞きてェンだ、芳川。
……オマエ今度仕事が変わるとか言ってただろ。その仕事ってのは奴等と関係あンのか?」
一方通行の真に迫る声色は核心を突く。
「もしあの研究者共が何の目的でここに来てンのか知ってるなら……俺達に教えろ」
「……ッ!」
483: 2012/01/21(土) 23:05:35.20 ID:e7GYo+I40
(あーあ、相変わらず下手クソだな第一位……人にモノ聞くならもっと上手くやれってんだ)
白髪少年の不器用すぎる口調に現状を静観していた垣根はやれやれと呆れがちな視線を送る。
そして頭の中で自分達がここへ来るまでの経緯を思い出していた。
『寄りてェ所がある』
一方通行が深刻な色を宿した表情で告げた『寄りたい場所』とは垣根もよく知る人物・芳川桔梗の研究室であった。
部屋で時間を潰す間一方通行は芳川に関して引っかかる点がある事、それが美琴の件に関係しているかもしれない事を垣根に話した。
彼の言う「芳川の反応によってはこの疑問が早めに片付くかもしれない」という言葉で垣根はその案への反論の余地は無くなった。
よって二人は研究所に人気が消えた後ここへ訪れた。
(早いとこ片付けちまいてえしな)
自分達の抱く不安要素を無くす為に。
再び視界に二人を留める垣根をよそに、一方通行は沈黙の中喋り続けた自身の姿を振り返っていた。
(チッ、ったくよォ……何焦ってンだ俺ァ)
我ながらよく喋る。一方通行の胸の内で苦笑いが滲んだ。
しかし反面ではひたすらつらつらと柄にも無く言葉を並べている自分は内心かなり焦っていることを改めて実感する。
短い人生経験上『研究』という言葉に過敏になり疑心暗鬼になっていただけ……そんな結論で終わらせたいという願望。
その願望が自分でも知らぬ間に驚くほど口を走らせていたのだ。
時々ちらりと脳裏を掠めるよく知る少女の笑顔がそれを促進させることを手伝っていた。
484: 2012/01/21(土) 23:06:57.99 ID:e7GYo+I40
「オイ芳川、聞いてンのかァ?」
「……聞いてるわ」
まさか廊下での一分足らずの出会いからあの“計画”の欠片を手するなんて予想もしていなかった。
近い将来彼が知るであろう真実を今告げることはできない。一方通行がどう反応するかどうか等問題では無いとしても、だ。
はあっと長く息を吐きゆっくりと椅子を180度回転させて体を二人の方へ向ける。
顔は絶対上げられない、上げて彼の顔を見てしまえばきっと自分は自分の嘘に耐えられない。
「残念だけど、私に話せることは何も無いわ」
「……そりゃ奴等のことを何も知らねェってことか」
「そうよ」
「じゃァ昼間一緒にいたのは」
「研究所内の案内をしただけよ。悪いわね、力になれなくて」
「…………そォかよ」
485: 2012/01/21(土) 23:08:55.73 ID:e7GYo+I40
俯く視界に入った一方通行の足がくるりと後ろに向きを変え遠退こうとしていた。
芳川がどこかホッとする自らの浅ましさにうんざりしかけると同時に部屋の奥から垣根の声が耳に届く。
「どうする、今から行くか?」
「あァ。テメェで調べるしかねェみてェだからな」
ドアへ歩き出す少年達の予想外の発言にギョッとすると芳川は顔を上げるどころか無意識の内に立ち上がっていた。
「ちょっと待って、調べるって」
「オマエらが今日使ってた部屋を調べンだよ」
芳川はその瞬間、絶句した。
二人を引き止めなければ―――頭の中で警報が鳴り響く。
「やめなさい!……あそこは君達みたいな子供が勝手に出入りして良い場所じゃないわ」
「ンなこと分かってる」
「分かってるって……あの研究室にはロックも掛かってるのよ!?どうするつもりで……」
「俺がロックごときブッ壊すのに躊躇っちまうよォなクソ真面目な奴じゃねェのはオマエもよく知ってンだろ」
「だな。まあ後々罰だの何だの食らうとしてもコイツだけだろうから俺は痛くも痒くもねえし」
垣根のふざけた軽口に一方通行は小さな舌打ちで返している様は年相応なのに今は彼女には無知故の残酷さに見えた。
芳川は胸の警報は鳴りっ放しで煌々と赤く光り続けている。
486: 2012/01/21(土) 23:10:48.02 ID:e7GYo+I40
「冗談はよして。研究室へ勝手に立ち入る事は許さないわ……壊すなんて以ての外よ」
「冗談なンかでこンな面倒臭ェことやるかよ。俺達ァ本気だ」
必氏に自分達を止めようとする芳川に向き直り、睨みつける形相で鋭い赤い眼は彼女の顔を見上げた。
瞳を貫く紅色の視線に思わず気圧され芳川は眉を顰める。
「……何度も言わせないで一方通行。研究室を入ることも壊すなんてことも絶対止めて頂戴!」
「出来ねェ相談だな。あの部屋以外、奴等が何者か調べる手が今ン所ねェンだよ」
「一方通行っ……!どうしてそんな……」
「アイツが妙な事に関わっちまってるかもしンねェンだろっ!!!」
叩き付けるような怒号が部屋を揺らした。
直後一方通行は我に返ったようににはっと目を見開く。どうやら張り上げた大声に自分でも驚いたらしい。
そして即座に下を向くと絹糸にも似た長く真白い前髪で表情を隠し舌打ちを落とした。
まるで「何をしてるんだ」と自分を叱咤する為の誰に対したものでもない自分への舌打ちだ。
芳川は正面に立つ少年の姿に驚き言葉を失う。
487: 2012/01/21(土) 23:12:18.91 ID:e7GYo+I40
(一方通行がこんなに取り乱すなんて……)
初めて見た。
驚きの表情をそのままにしていると誰にも視線も合わさないままの一方通行から声が聞こえてきた。
「今日あの研究者共と出くわして、アイツの話を聞いちまった時から……なンでか想像しちまうンだ。
アイツは良いように利用されてンじゃねェか、食いモンにされてンじゃねェかって……」
一方通行は苦しそうに無理矢理ククッと自分を嘲笑う。
「マジ笑っちまう。この俺が……心配性ってタマでもねェのによォ……」
芳川にも彼の表情は見えない。見えるのは口元だけ。
しかしそこから垣間見た歯軋りをするように苦々しいほど歪められた唇を見るだけで彼の心模様が見えた気がした。
それはいつもの彼の斜に構えた姿ではなくひどく余裕の無い様。
今の彼は不器用な形で御坂美琴という少女の身を心から按じている。
傍らで顔を歪ませながら黙っている垣根もそうだ。だからこそ一方通行の話の邪魔をせず、ひたすら沈黙を守っているのだろう。
488: 2012/01/21(土) 23:13:35.04 ID:e7GYo+I40
その時、芳川は自分の知る一方通行は他者に対する関心が皆無だったことを思い出す。
わざと自分以外の他者を受け入れる事を過剰な程拒んでいたのだ。いつ独りになってもいいように準備している、そう見えた。
彼にとってそれは自己防衛だったのかもしれない。まるで自分以外を敵と見なし警戒心を緩めず他に牙を剥く野良犬のように。
しかしそんな彼の様子は少しずつ崩れていった。
御坂美琴に出会い、垣根帝督と関わることで一方通行は変わったのだ。
ここにいる一方通行は神秘的な外見を覗けばこの学園都市に住まう普通の学生達のそれと変わらない。
『人間らしく』 芳川がそうなって欲しいと願った姿でもあった。
(なのに、私は…………)
そんな彼の気持ちを自分は踏みにじろうとしているのか。
少女からの優しさを享受しそれに信頼で返そうとする少年の真摯な気持ちを……。
罪悪感が一気に体内に込み上げてくる。
気づけばふらついた体を芳川はデスクに手をつき支えていた。目には一方通行の立ちすくむ姿を捉えたままで。
(私は―――――)
先程まで押し頃していた感情が溢れ始めた。
身の内で溢れ始めたそれはもう止められそうになかった。
489: 2012/01/21(土) 23:17:22.76 ID:e7GYo+I40
「……だからオマエの頼みは聞けねェ。ワリィな」
呆然とした芳川を置き去りにし行くぞ、と垣根を一瞥する一方通行。
そのままドアに歩き出す二人を追いかけるように芳川は呟いた。
「―――……だけじゃないわ」
「……は?」
「オマエ今なンて」
「彼等に関係するのは……御坂さんだけじゃないと言ったの」
即座に振り向いた少年達の中の一人に覚悟を決めて視線を定める。
「君にも関係があるのよ、一方通行」
弱いわね、本当に―――――頭の何処かで空々しい声が聞こえた気がした。
そして引き出しを開けデスクの中の『絶対能力進化(レベル6シフト)実験』と書かれた冊子にそっと手を伸ばした。
542: 2012/03/05(月) 22:45:34.62 ID:8Br/RdJo0
「御坂さんのDNAマップが最初に利用されたのは、量産型能力者計画というプロジェクトだったわ」
ギシッと耳障りな椅子の軋む音を鳴らしながら芳川は言った。
そして混乱が露になった表情の少年達には気にも止めず語り始める。
計画は超能力者(レベル5)を生み出す遺伝子配列パターンを解明、偶発的に生まれる超能力者を確実に発生させることが研究目的。
言わばクローンを作成し最終的には量産・軍事利用することを目指して研究は進行した。
そこでその素体として御坂美琴が選ばれる。
遺伝子情報は本人自ら『書庫(バンク)』にDNAマップを登録させることで入手可能になったと研究者は述べていた。
結果、御坂美琴と同一の肉体を持ったクローン・通称『妹達(シスターズ)』をおよそ十四日で作成可能という段階にまで計画は進んだ。
しかし計画終盤に差し掛かり問題が発生した。
理論的に可能となった妹達の量産は『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』の予測演算によって待ったが掛かったのだ。
『妹達は素体の1%にも満たない異能者(レベル2)程度のスペックのものしか生まれない』―――これが予測演算の結論である。
それは同一の超能力者をクローン体によって発生することは事実上不可能というもの。
よってクローンを量産するという計画は中止し永久凍結、つまりは量産計画自体終わりを迎えたらしい。
「―――――すべては他人から聞いた話だけどね」
543: 2012/03/05(月) 22:47:08.42 ID:8Br/RdJo0
最初にこの話を聞いたとき、実に学園都市らしい傲慢なプロジェクトだと芳川は感嘆の声を上げてしまった。
それは呆れから出たものだ。
さんざ子供の能力を引き上げることだけに金と人力を注ぎ挙げ句その能力を大人の道具に利用する。
まるで子供たちが本来学園都市に入るために支払うべき通行料金とでも言うように。芳川にはこれがその最たるものに思えた。
芳川はちらりと二人の少年に目をやる。見ると二人はそれぞれ違う反応を自分に向けていた。
一方通行は驚きと失望が入り交じった表情のまま呆然としていた。
垣根は困惑したように眉をひそませ何とも言えない表情でこちらを見つめている。
一様に何か言いた気な口を動かす仕草をしたが、それを避けるように彼等から目を逸らした芳川はふうっと息を吐く。
本題はここからなのだ。覚悟を決めるように瞬時に息を整える。
これから、勢いまかせにでもしなければ言うことが出来ないほど胸糞悪い話を彼等にしなければならないのだ。
「そこで妹達の製造も中止される筈だった……けれど、それは別の実験に流用されることになってしまった」
ピクリと一方通行の体が揺れたのを芳川は目の端に捉えた。
即座に身の内に沸く罪悪感めいた感情に蓋をして、デスクの上に置いた書類の束を徐に差し出す。
「それが私が関わることになった、そしてこれから君が関わる実験計画よ。一方通行」
「なっ……!」
その言葉に顔色を変えた一方通行は差し出された書類を奪うように毟り取った。
そして早まる気持ちを表したような早い速度でペラペラと書類の文字を読み取って行く。
隣にいる垣根も覗き込む形でそれに目を通す。にわかに二人の表情が驚愕の色へと変貌していくのが目にとれた。
「絶対能力進化実験…………実験内容は書類の二枚目の概要に書いてある通り」
「『この実験は学園都市第一位・一方通行を被験者とし絶対能力者へと進化させることが目的である。』」
芳川が出だしの一文をさらりと口にする。
驚くほど冷淡なその声は一方通行の脳に電撃の如く衝撃を与えた。
544: 2012/03/05(月) 22:48:35.64 ID:8Br/RdJo0
「『樹形図の設計者の予測演算によってレベル6に辿り着く者が一名・一方通行のみと判明。
しかし被験者が絶対能力に到達するには、カリキュラムを施してた場合250年もの歳月が必要とする。』」
芳川は感情を頃したような口調でひたすら述べ続けた。
書類の文字を追いかけることを放棄し、垣根と一方通行はただただ目の前の女へ視線を注いだ。
「『よって前述のプランを保留。実践による成長促進を検討、予測演算の結果128通りの戦場を用意し』―――――」
「…………『【超電磁砲】を128回殺害する事でレベル6に進化すると判明した。』」
パ キン
―――――何かが折れる音がした。
自分にしか聞こえない音なのか、垣根や芳川にも聞こえる音なのか一方通行には分からなかった。
ただ分かるのは自分の口が声も出せずにパクパク動くだけの役立たずだという事くらい。
545: 2012/03/05(月) 22:52:14.39 ID:8Br/RdJo0
「『しかし【超電磁砲】を複数確保することは不可能である。そこで別資料にある【超電磁砲】の複製・【妹達】を流用することが決定。
武装した【妹達】を大量投入するという形態でスペック差を埋めるものとし』」
この部屋の空気が濁っているのだろうか。うまく息ができない。
一方通行は咄嗟に喉を掻く。真っ白な首筋に爪痕が紅く真っ直ぐな線を走らせていた。
嫌な予感は終わらない。
「『二万体の【妹達】と戦闘シナリオをもって対象者を処理することでレベル6への進化を達成する。』」
「に、まっ……!」
垣根の言葉にならない間抜けな声が響く。
「……こんな所かしら。嫌いな文章ってなぜか妙に頭の中に残るのよね、覚えたくもないのに」
「そして私は彼女達、妹達作成後の肉体と人格の設備管理責任者として一任されたの。最近ね」
彼女の座る椅子の背もたれが鈍い音を鳴らす。
「御坂さんが見覚えがあると言ってた男は天井亜雄という研究者よ。
一方通行の身体調査の為によくここへ来ていた、その時に御坂さんに顔を見られたんでしょう。
彼は量産型能力者計画研究の第一人者だったようだし、それなら御坂さんのDNAマップ提供時に関わったというのも頷けるわ」
すべてを話し終えたらしい芳川は無言の視線をこちらに向ける。
そんな彼女を見つめながら一方通行は紅色のまなこを驚愕のまま見開いていた。
546: 2012/03/05(月) 22:53:27.27 ID:8Br/RdJo0
(――――芳川、オマエ何言ってンだ?)
言葉の意味を処理しきれない脳の血の気が失せる。
実験
レベル6 戦闘シナリオ
進化
超電磁砲 128
妹達 殺害
樹形図の設計者
二万回
半ば愕然とした表情をした一方通行の耳には芳川の発する文としての言葉達は全く入ってこない。
ただ単語のひとつひとつがひたすら羅列されているだけ。何も分からないし、考えられない。
それが一種の逃避であることを一方通行も頭の片隅では分かっているのに脳が美味く理解出来ないのだ。
断片的に入ってくる言葉を繋げ、微かに震える手に持った書類にもう一度目を向ける。
547: 2012/03/05(月) 22:54:21.29 ID:8Br/RdJo0
頃す? 二万回? クローンを? 俺が?
現実味の無い数字と単語が反芻する。
さっき聞いた美琴の軍用クローンを量産する計画の話を聞いたとき、一方通行の頭は火山のような突発的な怒りが沸いた。
だからこそその計画が中止になったという事実は一方通行の安堵させた。「それなら良かった」と思ってしまったのだ。
騙され悪用されたとはいえ結果的に実を結ばなかったなら……なんて思った数分前の自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
眩しさを放つ美琴が差し出した善意は、自分の能力を引き上げる為の最悪の材料にされていた。
それは一方通行にとって一生聞きたくなかった事実。
「…………くくくっ」
一方通行は次第に自分の顔から温度も色も消えて行くのが分かった。
その代わりに引きつった口元に笑いが込み上げてくる。
「ぎゃはははははははッッ!!!!」
「ァ、一方通行」
548: 2012/03/05(月) 22:55:46.17 ID:8Br/RdJo0
眉を八の字に曲げた芳川の声すら聞こえない程、一方通行の大袈裟な笑い声が部屋中に響き渡った。
笑わずにはいられない。
望まぬ現実を笑うことでしか受け止められない自分がいる。
御坂美琴の姿をしたクローンを俺が二万回頃す?
いつか夢で見たように頃すのか?
想像しただけでおかしくなりそうだ。
不気味なくらいに口元が歪んで頬に痛みが伝わる。
「大体なにが軍用クローンだ。都合の悪ィ国際法なンざガン無視ってかァ?
流石は天下の学園都市サマだ。レベル5が作れねェと分かったら俺にその劣化版二万人殺させてレベルアップしろだ?
ンな発想普通思い付かねェよなァ、連中のイカレっぷりには恐れ入るぜ」
549: 2012/03/05(月) 22:57:08.80 ID:8Br/RdJo0
言葉では冷静を装いつつも、一方通行はグシャッと書類の束を憎々しげに握りしめた。
僅かに震わせていた拳の動きが止んだと思った、刹那。
「―――――ハッ」
バキイィッ!!と暴力がぶつかる音。
一方通行が手近にあったパイプ椅子を思いきり蹴りつけたのだ。
ギ ギ ギギギ ―――― ガチャン
直後に鳴り響くのは悲鳴にも似たつんざくような金属音。床に転がるパイプ椅子“だったもの”。
ベクトル操作で増大したキックの圧力に負けたパイプが、知恵の輪のように折れ曲げ交差し、見るも無惨なオブジェに早変わりした。
「クソッタレッッ……!!!」
怒りを込めて吐き出す罵倒。一方通行の顔は無理矢理な笑顔を痛々しく貼付けている。
しかし正直な目だけは全く笑ってはおらず、今にも噛み付きそうな危うさを秘めていた。
赤黒く淀んだ光を放つ瞳。それは彼の中に込み上げる憤怒を赤々と染め上げているのは誰が見ても明らかだった。
(進化実験だァ?頼ンでもいねェのにイカれたモン企てやがって、ありがた迷惑もいいトコだ)
(学園都市最強のこの俺がレベル6なンざ―――)
550: 2012/03/05(月) 22:58:04.69 ID:8Br/RdJo0
―――――――。
突如思考と一緒に呼吸が詰まる。
551: 2012/03/05(月) 23:00:04.56 ID:8Br/RdJo0
誰かが耳元で一方通行に尋ねる。
レベル6を
無敵を
『手に入れたい』――――― そう思ったことは本当に無いのか?
552: 2012/03/05(月) 23:01:21.45 ID:8Br/RdJo0
「……一方通行?」
突然表情の固まった一方通行を芳川は幼い子供見守る眼差しで心配そうに見つめる。
「芳川、ひとつ聞いてもいいか?」
「え?えぇ、私に分かることなら」
困惑を臭わせた声色で眉間に皺を寄せた垣根が芳川に尋ねる。
彼も一方通行と共に美琴を心配していた人間。いつも周囲に見せる大人び冷めた笑みは鳴りを潜めていた。
「……そもそもよ、御坂はまだレベル5になっちゃいねえのに何でクローン素体としてあいつが選ばれたんだ?」
「それは私も思ったわ……聞いた話ではさっき説明した量産型能力者計画は今から数年前に立案され始まったプロジェクト。
当時レベル1の人間が今レベル5になれる段階に至ることを想定するなんてこと不可能のはずよ。
でもこの計画を見る限り、当初から御坂さんがレベル5になる素質を持っていることを見抜いているかのように進められているわ」
「それじゃあなんだ?学園都市にはその人間がどの程度の能力者になれるのかが分かる『何か』があるとでも言うのかよ」
「……否定出来ないわね。事実御坂さんは来月発表される測定結果でレベル5になることは確定しているわ。
それだけでも私達も知らない『何か』が能力者としての素質を高い確率で見極められるという証明になってるんですもの」
「ははっ!それがマジなら「頑張ればいつか報われる」なんてユメやキボーなんか抱いちまってる奴等にとっちゃ絶望モンだな……」
「…………」
「御坂だってそうだ。俺達と違って努力でここまで来たってのに、それも全部お見通しってか?……馬鹿にしやがって」
553: 2012/03/05(月) 23:03:33.43 ID:8Br/RdJo0
垣根は言葉ともに地面に唾を吐き捨てるような仕草で舌打ちをした。
悔しげな垣根をそのままに先程まで黙りこくっていた一方通行が問いかける。
「それで……その妹達ってのはもう存在してンのか?」
「作成段階に入っている可能性は高いと思うわ」
「ずいぶンと曖昧だな」
「今日君達に廊下ですれ違った時、私もよほど動揺してしまったみたいね……。
天井は私と君達の関係も知ってたらしくて、私が情に流され計画の妨げになる可能性を勘繰ったわ。
そのせいか説明を受ける筈だった現状経過の詳細なんてその書類と殆ど同じ。上っ面ばかりで中身は無いに等しかった。
この研究所に置かれたデータも触れさせてもらえなかったわ。
……まぁ『関わるならば情を捨てろ』ってことなのかしら?」
結局捨てられなかったけれど、と言って肩をすくめながら自虐的に微笑む芳川に後悔の色は皆無に等しい。
むしろ清々しさすら漂わせている表情は少年達を安心させた。
敵ではないという安心感。日頃大人を敵視する癖のある一方通行達にとってはこれ以上にない安堵感でもあった。
「それで君達はどうする気?……なんて聞くまでもないわね」
「はン。ここまで話したっつーことはもう分かってンだろ」
554: 2012/03/05(月) 23:04:22.33 ID:8Br/RdJo0
自分が何をしたいのか。
そんな簡単な自己欲求の在り処など一方通行は既に分かっていた。どうやら芳川も傍らにいる垣根も理解しているようだ。
二人とも何も言わないことが何よりの証明だ。
「じゃあ私は何をすれば良いのかしら?」
「そォだな…………今日オマエらが使ってた部屋―――あの部屋のロック解除コードを教えろ。それだけでいい」
今はとにかく情報が足りない。
どれくらいの数の施設で研究が行なわれ、何処で妹達と称するクローンが作成されているか、なにもかもの情報が欲しい。
情報さえ手に入ればあとはこの手と頭脳があれば充分だ。
それさえ分かれば自分がするべきことはただ一つ。
「くっだらねェ計画もろとも、俺がこの手でブッ潰す」
それは少年が初めて示す、学園都市への宣戦布告だった。
555: 2012/03/05(月) 23:08:44.05 ID:8Br/RdJo0
数分後、二人の少年は一方通行の自室へ戻った。
室内に入ると一方通行はすぐにクローゼットからハンガーに掛かったフード付きの黒いジップアップジャンパーに手を伸ばす。
ナイロン素材で装飾が一切無いシンプルなデザイン。前のジッパーを全て閉めると顎先まで隠れるネックが気に入っている。
これならば着慣れているし動き易い。
一方通行はハンガーを投げ捨てそれに袖を通しジッパーを一番上まで閉める。
自分の体に馴染んだ洋服を纏う事は己に無条件に安心感を与える。今はその感覚だけが唯一の安らぎのような気がした。
ジャンパーを着ると次に、ベッドの下へ手を伸ばし置いてあるはずのエンジニアブーツを手探りで探す。
研究所の生活では滅多に履かない外出時に使用する代物だ。靴紐含めブーツ全体が黒色のそれを見つけ取り出す。
ベッドに腰を下ろし履いている靴を乱暴に脱ぎ捨て、一方通行は紐を緩めたブーツに足を通す。
垂れた紐を締め上げるように左右に引っ張る。足自体にそれを縛り付けるようにギュッ、ギュッと力を込めて。
結びながら何度もダンダンと足踏みをしブーツの感触を確かめる。悪くない。これなら長丁場の外出にも耐えられそうだ。
丁寧に、正確に、一方通行は靴紐を結んでいく。
一方通行はこれから襲撃に向かう。
目標は勿論、絶対能力進化実験に関わるすべての施設である。
結局実験に関して芳川が知っている情報は実験準備が行なわれている数カ所の研究施設だけだった。
とんでもない規模の実験に関わったのがたったそれだけの数では無いことは一方通行も分かっている。
556: 2012/03/05(月) 23:11:03.17 ID:8Br/RdJo0
『俺に手ェ貸したことは絶対言うな。もし追求されても俺に脅され殺されかけたとでも言っとけ』
芳川に放った自らの言葉を思い出す。
(これでアイツにゃ余計なとばっちりはいかねェと思いてェ、あとは……)
芳川達研究者が使用した部屋のロックの解除コードはすでに把握した。
ならばあとはあの部屋に置かれたコンピュータから実験に関わった全施設の情報を調べ上げるだけ。
もしそれら情報が消されていても、過去ログからそれを洗い出す位の技なら雑作も無くやれる自信が一方通行にはあった。
(やれる。全部、上手くやってやる)
何も言わず身支度の作業に没頭する一方通行の様子を垣根はなんとなく見つめる。
(まさかこんなことになるとは、な)
絶対能力進化実験。
知れば知るほど正気の沙汰とは思えない実験内容だった。
まず二万体のクローンと聞けばそれの異常性は明白。加えてその途方も無い回数分それを頃すのだ。
自分に向かってくる数え切れない数の人間達をなぎ倒してきた自分が、引きつってしまうほどに非人道的な行為。
(皮肉だが……そう思える分、俺はまだ闇に染まっちゃいなかったってことなのかもな)
垣根はこの実験に対して意外なほど嫌悪感を抱く自分自身に驚いた。
自分は良い人間、ましてや優しい人間ではない。
さんざ他人を卑下し痛めつけてきたのに、何故こんなにも怒りを感じるのだろうと考えた。
それは殺される対象が自分が御坂美琴のクローンだから、そう思うのかもしれないと垣根は思う。
正確に言えばクローンの素体とされた彼女は自分が心を許せる数少ない人物だから、という方が正しいだろう。
そして第一位・一方通行とは心許せる―――とはこれっぽっちも思わないが一応、知り合いである。
彼等二人知らなければこの実験も学園都市で起こった悲劇の一つだと他人事として流すことが出来たかもしれない。
557: 2012/03/05(月) 23:13:29.36 ID:8Br/RdJo0
でも自分は知っている。
知り合い、関わり合ってしまった。
(チッ、このまま放っとけるかっての)
あの少女の為なのか、この少年の為なのか、自分の為なのか、垣根にはよく分からない。
でもこのままにしておけない、そう感じた。
そうとなればやることは決まっている。
「垣根、さっきオマエに渡したカードキーよこせ」
ブーツを履き終えた一方通行がベッドに置かれた小型端末を手に持ち言った。
558: 2012/03/05(月) 23:14:34.42 ID:8Br/RdJo0
「俺も行くんだから別に渡す必要ねえだろ。オラ、用意出来たなら行くぞ」
「待て。なンでオマエも行くんだ?」
「は? なんでって、話も聞いちまったし今更引けねーだろ」
「……この件は俺の問題だ。俺が全部ブッ壊すしブッ潰す。オマエは必要ねェ」
「……あ゛ぁ?」
必要ない。その言葉に垣根は一方通行をチンピラのような声と共に睨みつけた。
密かな決意を宿していた自分にとって聞き捨てならない言葉であった。
「なんだその言い草は。テメェの実験だからテメェだけで片付ける?格好つけてんじゃねえぞ」
「ンなモンつけてねェよ。事実、オマエには関係無ェだろォが」
関係無い。頭の中でブチッと紐が切れたような音が聞こえた。
「ざけんな!!!」
次の瞬間、垣根は両手で一方通行の胸ぐらを掴んだ。
そのまま細身な少年を垣根は自分が背もたれにしていたドアの壁に容易く彼を叩き付ける。
559: 2012/03/05(月) 23:16:45.67 ID:8Br/RdJo0
「痛ェッ……オマエ、俺が反射切ってなけりゃ今頃その腕がイッちまってンぞ」
「うるせぇ!テメェふざけんなよ…関係無えだ? 知っちまったモンを今更知らぬ存ぜぬなんて出来るワケねえだろ!!」
「なンだァ?いつから似合わねェ慈善事業始めたンだ、オマエ。いいからとっとと手ェ離せ」
「……俺は別にイイ子ちゃんに成り下がった覚えはこれっぽっちもねぇ。
だがな、知り合いの女が騙されて俺からしてみりゃ心底どーでもいいイカれた実験に利用されようとしてる。
それを黙って見過ごせるほど連中みてぇな大人じゃなかったってだけの話だ」
一方通行の胸倉を掴む手に力がこもる。
掴んだジャンパーに長い線の皺が道をつくる度に怒りが刻まれるように。
一方通行の漆黒の衣服がいつも以上に肌と頭の白を際立たせている。背の高い垣根は表情の無い白い少年を見下ろす形で睨みつける。
それでも、
「……離せ」
一方通行は譲らない。
「離してもキーは渡さねぇぞ」
「いい加減にしろ……時間が無ェの分かンだろ。実力行使でオマエのこの腕吹っ飛ばされてェか?」
「やってみろよ第一位。俺の未元物質を舐めんじゃねぇぞ、実験潰す前にお前が潰れるかもしんねえぜ?」
ギンッと一方通行の紅い眼差しが垣根を貫く。
獣のような凶暴さの宿った瞳がギラギラと睨みつけるも垣根はまったく動じない。
見慣れた風景を見るような表情は変わらないものの、掴んだ手の力はナイロンをギチギチと鳴らせるほど強いものへ変わっていく。
560: 2012/03/05(月) 23:17:51.69 ID:8Br/RdJo0
そしてついに、無表情に冷静を装っていた一方通行の白い仮面が破れた。
「――――俺が、俺だけでやりてェっつてンだろ……ッ!!」
「あぁ?だからなぁ、」
「俺は、この手で全部ブッ壊してェンだッ!アイツのクローン作ってる場所も、関わってる奴らの汚ェ思惑も―――」
「―――昔の俺も……!」
その言葉に垣根は目をぱちくりさせる。
「昔の、……?」
「……………」
観念したような目を背けつつポツリと一方通行は言う。
「俺にはどォにかしてでも『無敵』になりてェって思ってた時期があった」
「――――俺が、俺だけでやりてェっつてンだろ……ッ!!」
「あぁ?だからなぁ、」
「俺は、この手で全部ブッ壊してェンだッ!アイツのクローン作ってる場所も、関わってる奴らの汚ェ思惑も―――」
「―――昔の俺も……!」
その言葉に垣根は目をぱちくりさせる。
「昔の、……?」
「……………」
観念したような目を背けつつポツリと一方通行は言う。
「俺にはどォにかしてでも『無敵』になりてェって思ってた時期があった」
561: 2012/03/05(月) 23:19:10.87 ID:8Br/RdJo0
ずっと忘れていた少し前までの自分。
『無敵』になれると漠然と信じていた頃があったこと、それを実験の話を聞き思い出した。
「……昔、一年前の俺は最強以上の無敵(レベル6)になりゃ、生きるのがもっと楽になるンじゃねェかって思ってた。
『最強』の名前に釣られる野郎共が関わりたくもねェって思う、そンな『無敵』になりてェってな。
……あの頃の俺はマジでそンなこと思って毎日を生きてた」
傷つきたくない、傷つけたくない。
自己防衛の如く毎日思った。だからカリキュラムも積極的に受けたし他人との関わりも避けていた。心身共に無敵に近づく為に。
しかし一方通行のそんな思いは、ひとりの少女によって打ち砕かれた。御坂美琴だ。
美琴の存在は無敵を目指す事や他人を拒む事、そんな意志を徐々に薄れさせていった。
そして今思うのは過去の自分への哀れみ。
「もしあのままの俺が、実験を持ちかけられたら……多分俺はヤツらの話に乗っちまってただろォな」
562: 2012/03/05(月) 23:20:15.16 ID:8Br/RdJo0
だから俺は、と一方通行は決意に満ちた表情で言い放つ。
「過去の俺が抱いちまってた馬鹿な幻想(ゆめ)を、この手でブッ潰しに行くンだ」
実験自体を消滅させること。
それを無敵を目指した過去の自分への答えにしたい。
無敵の称号など必要ないのだと、大切な人間を守るだけの力があればそれで良いんだと、言ってやる為に。
「…………ハァ。あ~あ、分かった分かった」
垣根は一方通行から手を離しやれやれといった様子で呆れたように笑ってみせる。
「お前のやりてえことは直接連中の前に出向いて実験を潰すこと。だったら俺はそのサポートにまわってやる。
んでもってこのキーで部屋から情報を頂くのは俺の役目ってことにする。それなら良いだろ?」
「…………」
「言っとくがテメェの為じゃねぇ。こんな実験存在するってだけで目覚めが悪ぃ。だから手を貸すだけだ」
「ンなこと分かってる。大体オマエが俺の為とか……ウエッ、気色悪くて吐きそォだ」
「全部終わったら俺の未元物質でお望み通り吐かせてやっから楽しみに待っとけ、モヤシ野郎」
563: 2012/03/05(月) 23:22:50.73 ID:8Br/RdJo0
緊張が解けいつも通り意地悪く罵り合う二人。
一方通行は小型端末を起動させ動作確認の不備が無いか確認する。充電も満タンだしとりあえずは問題無い。
そして時刻をみると時間は既に11時を迎えていた。
「この研究所のセキュリティは日付が変わると同時に解除コードも変更される。時間無ェぞ」
「舐めんな。手に入れた情報をお前の端末に送りゃいいだけだろ?楽勝だっつーの」
一方通行はジャンパーのポケットに小型端末、ズボンの後ろポケットには携帯電話を入れる。
どちらも薄型だから持ち歩きが不便で無いのは好都合だ。
そんなことを思っていると垣根が尋ねる。
「もし、妹達ってのがもう作られちまってたら、お前どうすんの?」
「……さァな。そン時考える」
「出たとこ勝負かよ」
「あァ。でも俺はソイツらを絶対に殺さねェ」
「んなこと分かってるさ。……あとよ、」
言葉に詰まる垣根を怪訝な視線を送る一方通行。微かに考えあぐねたが諦めたように垣根は溜息をつく。
「あー……いや、なんでもねぇわ」
「なンだァ?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かばせながら一方通行はドアノブに手を掛け部屋を出た。
彼に続けて垣根も部屋を出ると、一方通行はフードを目深く被りスタスタと薄暗い蛍光灯の灯る廊下を歩き出した。
その黒い背中に向かって垣根はそっと思う。
564: 2012/03/05(月) 23:24:41.61 ID:8Br/RdJo0
(頃しはやるんじゃねえぞ、一方通行)
戻れなくなるかもしれないから。
そんな言葉を飲み込む。これは彼自身の問題だ、口出しなどらしくないことはせず自分は自分のすべき役割を果たせば良い。
切り替えるように頬を軽く叩き垣根が向かうのは昼間芳川達が使用した研究室。
少し長めの染めたての艶めく金髪を揺らしながら、垣根は一方通行が行くのと逆方向の道を足早に歩き出した。
まずは芳川から得た施設のいくつかを攻めることにしよう。
一方通行はそう考えながら研究所の玄関ロビーまで来ていた。
玄関ロビーのガラス戸から見える濃紺の空からは、月が雲を盾にして完全に身を潜めてしまっている。
それを見計らったように雪の降り始めコンクリートの道に沢山の斑模様を作っていた。
大降りになる予感を漂わせた大きめの雪粒が強い風の中を舞っている。
待ってろ。
誰へ向けたとも分からぬ言葉。
すぐさまいつものように反射を作動させ一方通行は躊躇なく足を踏み出す。
フードの下のその顔に灯るのは、宝石にも似た深紅の瞳に宿る鋭利な光。
少年は向かい風を押しのけて深い闇夜へ飛び込んだ。
・・・・・・
・・・・
・・
565: 2012/03/05(月) 23:28:47.94 ID:8Br/RdJo0
* * *
――病理解析研究所――
三階建ての小さめな施設で煌煌と白い明かりの点いた室内。
そこにいるのは横一列に設置されたコンピュータに齧りつき作業を続ける白衣を着た若者達。
若いとはいえ三十代を目前にした男達三人が休む暇無くキーを叩いていた。
そして誰もが険しい表情で、しかも二月の夜に額に汗を流しながら作業に没頭している。
彼等が行なっているのは上司から急遽命令された実験計画データの転送作業だった。
「おい、聞いた話じゃ第七学区のDNA解析ラボもやられたらしい」
「第七の……ってここから近いじゃないか!……まさか、ここにも……」
「やめろって、まだ実験に関わる場所が狙われてるって決まった訳でもないだろ」
「そうだ!それよりデータの転送も半分しか出来てないんだから手ぇ休めてんじゃねーよ」
それぞれの口から出るのは愚痴や焦り、迫り来るかもしれない恐怖。
「で、でも―――」
―――――ドオォォォン………
不安を露にした声に重なるような地響きの音。
それは静かに耳に届き、直後建物全体が震えるように揺れた。
それを聞いた三人の背筋が凍りつく。
566: 2012/03/05(月) 23:32:31.69 ID:8Br/RdJo0
三人は反射的に非常口を確認する。右方向のドア、ここから5m程の距離。
そうこうしている間に背後の壁が、隅から声をあげ亀裂の線が入っていく。
バキバキバキッッとコンクリートを砕く音が徐々に大きくなる。
そう思った瞬間、すべてが粉砕する爆発音が響き渡り壁が弾けた。
「お仕事ご苦労ォさン。クソ野郎共」
外気と雪粒と煙が入り乱れ、瓦礫が飛び散る部屋で何者かが氏刑宣告の如く残忍な声色でそう言った。
567: 2012/03/05(月) 23:35:11.72 ID:8Br/RdJo0
「ひっ…………!」
思わず悲鳴をあげる若者達は椅子から転げ落ちる。
襲撃者だ。昨日から各施設を攻撃してまわっているテ口リスト。若者達はその事実だけが頭に過った。
瓦礫と煙の充満する空間の中に浮かぶ色とシルエット、声の主でもある人間。
人だと認識した途端“それ”が告げる。
「十秒やる。氏にたくなきゃここからさっさと失せろ」
568: 2012/03/05(月) 23:37:50.67 ID:8Br/RdJo0
警告だった。
「…………じゅーゥ、きゅーゥ、はーち」
ふざけた幼稚な数え方にすら自分達に恐怖を与える。
恐怖のあまり目を離せないでいると、一瞬だけ外気の強い風に煙が退かされ人影の姿が一瞬だけ露になった。
黒く、白く、真っ赤な、――――― 少年 ?
「あ……?ぁ、あれって」
「お、おい!行くぞ」
「でも、データがっ……」
「お前氏にたいのか!?早く逃げるぞ!!」
荷物など持つ事も忘れ、三人は非常口に向かって走り出す。
走り出した足の意志とは別に若者の一人は遠ざかる人影に興味を覚えた。
他の二人は気付いていないが、自分はその姿に見覚えがある。
どこで見たのか、記憶の糸を辿る……そして辿り着いたのは簡単な答え。
「アイツ、まさか……っ!!!」
「さて、っと……」
誰一人居なくなった煙まみれの部屋で少年は壁際に備え付けられたコンピュータに触れる。
そして手慣れた手つきでキーボードを操る。
どうやらデータが転送準備段階でストップしている状態になっている。
曖昧なまま作業を終えて逃げたせいだろう。
570: 2012/03/05(月) 23:40:32.35 ID:8Br/RdJo0
少年がコンピュータを軽く叩く。
すると叩いた箇所に破裂音と共に穴が空き、バチバチバチッ!!と火花と炎が上がりはじめた。
あの人間達を逃がしてから数分経った。さすがにもう施設内には居ないだろう。
そう結論づけた少年は大きくなり始めた炎を背に、部屋を出て長い廊下を走って行く。
そして廊下を立てられた何本もの柱、おそらく研究所の支えになっているであろう柱にトン、トン、と触れていく。
触れられる度に鳴るメキメキッッと鉄が軋むような不快音が大きくなっていく。
走る廊下が歪み走る事もままならなくなると、少年は足下に自らの能力を集中させる。
施設へ侵入する際に空けた穴に向かって勢いよく飛翔する。
「ぜろ」
誰にも届かないカウントダウン。
その言葉と一緒に施設建物のバランスは崩れる。
重い破壊と破裂の共鳴。
施設は斜めに傾き倒れながら、爆ぜた。
雪の止まない夜へ飛翔した少年はもういない。
571: 2012/03/05(月) 23:49:55.33 ID:8Br/RdJo0
キリがいいので今日はここまで。
>>514で最後まで投下するとか言ったのに守れなくてごめんなさい!
でも近いうちに来ます。では!ノシ
>>514で最後まで投下するとか言ったのに守れなくてごめんなさい!
でも近いうちに来ます。では!ノシ
591: 2012/03/22(木) 02:18:06.11 ID:t4nSGnyV0
こんばんはー
美琴達の現在の年齢については>>376あたりでひっそりと書いてあったりして…
ではでは投下します
美琴達の現在の年齢については>>376あたりでひっそりと書いてあったりして…
ではでは投下します
592: 2012/03/22(木) 02:19:25.68 ID:t4nSGnyV0
・・・・・・
・・・・
・・
――――静かだ。
全身を夜に混じわる漆黒色に染め上げながら思う。
眠りを誘う、在るはずの喧噪すら遠くへ押しやる静寂。この夜独特の静けさが自分は好きだ。
しかしこれからしようとしていることはそれを壊すこと。我ながら矛盾しているなと自虐的に笑う。
時刻はもうすぐ午後10時をまわる。
自分が住まいとしていた研究所を出てからもうすぐ一日が経とうとしている事を少年は確認する。
静寂と粉雪だけが積もり始める学園都市。
ここは第一〇学区の中で一番高い商業ビルの屋上。学区内の建築物の大体が見渡せる数少ない場所だ。
屋上の雪の積もった柵に寄りかかりながら見下ろす都市は、ネオンの光と舞い散る雪とが相まって一層眩しく感じる。
吹きすさぶ風を受け、絹糸のような長い前髪が被ったフードからはみ出て波打ちながら舞い踊った。
593: 2012/03/22(木) 02:20:39.04 ID:t4nSGnyV0
憂いを滲ませた緋色の瞳を伏せつつポケットから小型端末を取り出し次の目的地の座標を確認する。
小さい液晶画面に映る羅列された施設データ・位置座標の全ては正確なものであることは既にこの目で確認済みである。
せめて自分に手を貸した者への礼としてもこのデータを有効かつ徹底的に利用しようと改めて少年は心に誓う。
そして数十m先にある窓に明かりの灯った、とある建物に目をやる。
(あそこか)
バイオ医研細胞研究所―――有名病院の付属として作られ十階建てと研究施設としては大きい部類に入る研究所。
目的地はあそこで間違いないだろう。
再びポケットへ小型端末を滑り落とし、少年は手を置いていた柵の手すりに飛び乗りそこに立ちあがった。
理由も何も知らない者が見たら自殺志願者が飛び降りようとしていると受けとれる光景である。
フードの縁をギュッと引っぱり、ジャンパーの裾をはためかせ拳を握る。
594: 2012/03/22(木) 02:21:27.19 ID:t4nSGnyV0
眼差しを目的地に見据え、タンッと軽い音を鳴らし、手すりから勢い良く足を踏み出す。
少年はビルから飛び降りた。
重力に従い急降下する身体。
数秒後にタンッ、と軽やかな靴音が着地したのは、先程まで居た場所の真向かいに位置するビルの屋上。
こうしてビル伝いに行けば早い。少年は顔色一つ変えずに再び目的地の方向へ走り出した。
まだ夜が明けることはない。
595: 2012/03/22(木) 02:24:33.55 ID:t4nSGnyV0
――第一〇学区・某所――
「病理解析研究所の状況はどうだ!?」
「内部の施設機材はデータもろとも全て壊滅状態です!火災発生の模様で―――」
「被害状況報告します!バイオ医研細胞研究所、怪我人多数、施設は倒壊の恐れあり!!」
インカムをつけ声を張り上げる者。
受話器越しの相手に現状報告をするよう怒鳴りつける者。
彼等がいる大きな室内では緊急事態を告げる警報が鳴り響く。
それよりも大きな声で互いに情報を確認する人々がひしめき合う、深夜の研究所の一室。
そこへドアが開き外国人の白衣を着た男が足早に室内へ入る。
到着した彼の存在に気づくと、同じく白衣を来た中年の研究者の一人が駆け寄ってきた。
こめかみに汗を流している所を見れば室内にいる人間達の混乱状態がどれほどのものか理解することが出来る。
596: 2012/03/22(木) 02:25:50.37 ID:t4nSGnyV0
「現在の被害状況ハ」
「今ある情報では品雨大学付属DNAマップ解析ラボ・第Ⅰ~第Ⅲ棟が外部からの攻撃を受けました。
病理解析研究所も同じ手段で被害を受け火災が発生している模様です……」
「…………」
「昨日今日の二日間で先程述べた以外でも他多数の施設、計七ヵ所が被害に遭っています」
テ口リスト、もしくは対立組織の仕業か。
二日前から始まった何者かによる絶対能力進化実験に関わる施設への襲撃。
当初は襲撃によって実験に関する被害確認と計画段階である実験への支障が心配され、自分はその対応に追われていた。
そして今、彼が気になることは実行犯が何者なのかであった。
「主に建物外部からの直接的な襲撃を受けており、どの施設も内部だけでなく施設自体が再起不能になっています」
「上には被害状況を逐一報告して下さイ。それと早急に計画データを仮設のデータ保存バンクへ転送するよう各施設へ連絡ヲ」
「今、連絡をとっています。最悪は他施設へ研究員達を送り再起をと検討していましたが……」
「それも上に掛け合っている最中ですガ、ナニか問題でモ?」
「これを見て下さい」
壁に設置してある大きな液晶画面。室内にある各PCと繋がった共有モニターだ。
それを見るよう導くと研究者は自らのデスクキーボードを操作し、男を促すように彼はそのモニターに目を向ける。
597: 2012/03/22(木) 02:27:19.81 ID:t4nSGnyV0
「今日までに被害を受けた施設各部の監視カメラ映像です」
そこに映し出されたのは幾つも同時に表示させた動画データだった。
画面に収まりきらず重なり合ったそれらはどれも解像度が低く時折モザイク掛かるほど乱れた映像。
そのどれもに煙が立ちこめひび割れた建物の内部を映しており、襲撃の惨状を伝えるには充分だった。
派手にやってくれたものだ。男は感心の意味を込めて襲撃者に賞賛を送る。
(ふム……)
しばらくして男はそれらの映像に共通点があると気付く。
どの映像にも全身黒ずくめの細身の男……少年が映っている。
ひとつは画面を横切るだけの姿、ひとつは掌一つ触れるだけで備え付けコンピュータを破壊している姿―――能力者だ。
男がそれ確認すると研究者がモニターを指差す。
「ここ、なんですが……」
研究者はその中の一つの映像を巻戻し、その場に立ち尽くした少年がうつる画面に注目させる。
後ろ姿しか映らなかった少年がカメラの気配を察知したのかこちらへ振り返った。
そして被っていたフードを脱ぎ白い頭と顔を晒す。年相応とはお世辞にも言えない目つきの悪さが印象的な少年。
自分はその少年を知っている。もっと言えばここにいる人間の全員が。
598: 2012/03/22(木) 02:29:17.41 ID:t4nSGnyV0
「これハ……」
「えぇ。実験の被験者となる予定の一方通行(アクセラレータ)かと思われます」
画面に映る一方通行が口の端を上げ忌々し気に睨みつけつつ、舌を出しながら片腕をカメラに向けて上げ中指を突き立てる。
挑発している。誰の目から見てもそれは明らかだった。
次の瞬間、映像に砂嵐が吹いたかと思うとプツンという音と鳴らして画面が暗転する。
それは監視カメラがその役目を終えたことを告げていた。
「被害を受けた施設の人間の何人もが彼を目撃しています。状況報告から推測すると彼は単独で動いているんでしょう」
男が溜息を漏らすと研究者は一方通行の顔写真付きの書類ファイルをペラペラとめくり始める。
「彼の現在の所在ハ?」
「資料には一〇学区の能力開発研究所で保護・教育を受けていると」
「すぐにその研究所へ確認をとって下さイ。単独でこのハイペースの襲撃、現在彼はソコにいないでしょうガ」
「分かりました。あの……彼が実験に関わる施設を潰してまわっているということは、つまり……」
「情報が漏れたということでしょウ。そして彼はこの計画自体を潰そうとしていル」
「やはりそうでしょうか。ではこの実験は……」
「…………」
599: 2012/03/22(木) 02:30:43.18 ID:t4nSGnyV0
騒がしい外野をよそに、二人の間に沈黙が流れる。
無表情のまま考え込む男を横目に、研究者は上司である彼がどんな判断を下すか待った。
まだ準備段階の実験。
しかし多額の費用・人材を費やした計画であり、何より能力開発に力を注ぐ研究者の為のような実験である。
そう簡単に中止を下すわけがない。
しかし厄介なのは、相手が一方通行であるということだ。
彼は子供とは言えこの街で最強の超能力者。暗部の人間を雇ったとて止められるかは分からない。
止められたとしても実験関連場所の破壊活動を行う彼が、実験に参加するという希望的観測は自分には出来ない。
全くもって無い無い尽くしの推論である。
暫くして男は額を人差し指でトントンと突つきながら本日二度目の溜息を吐いた。
「仕方ありませんネ。今ドクター天井とコンタクトは取れますカ?」
「それは勿論……ですが、」
「では彼に私が話があると伝えて下さイ。時間が出来次第スグこちらに連絡するように、ト」
「は、はぁ……」
内情を明かさない回答に、中年研究者は不安な表情のまま男の元を離れた。
600: 2012/03/22(木) 02:32:47.32 ID:t4nSGnyV0
(まったく、面倒なことになりましたネ)
男は窓際に立ち外を眺める。二月の深夜は痛いくらいに寒い。
今もあの少年はこんな寒波の中を実験に関する場所を探し、攻撃しているのだろうか。
(君の為の実験でもあるというの二……)
一方通行がどこで実験の存在を知ったのかなど、どうでも良い。調査すればすぐに明らかになることだ。
男にとって疑問だったのは彼が『何故実験を拒むのか』だった。
一方通行の生い立ちや過去数年の能力開発記録はデータ上で確認している。
彼は未だに能力に対する向上心を求めているように伺えた。最強の座に君臨しているのに、だ。
それは彼が自分の現状に満足していなかったからだと男は推測していた。
取り巻く環境にも自分自身にも満足していない彼ならば、この実験にも二つ返事で乗るだろうと。
だから今回の襲撃は思わぬ誤算であった。
601: 2012/03/22(木) 02:34:01.46 ID:t4nSGnyV0
一方通行が何に対して疑問を持ち、受け入れる事を拒んでいるのかは分からない。
しかし単独での襲撃方法、我ら研究員に向けた挑発的な態度、実験関係部への破壊行動―――――
それだけで彼が誰に動かされるでもなく、自ら選んで実験に異を唱えているであろうことは知ることが出来た。
何故なら彼はそれを成せるだけの能力(チカラ)と、自己決定の出来る高い頭脳を兼ね備えているからだ。
(……やはり子供は無知なくらいが丁度良イ)
置き去り(チャイルドエラー)の子供たちの中で、自身に提示された研究実験に対して疑問を抱く者は多くない。
大概が『そういうものなのだ』とすんなり受け入れる。これが学園都市のルールなのだと。
まるで雛鳥が生まれた瞬間に目の前にあるものを親鳥だと思い込むように。
幼さ故の無知は御し易い。
逆を言えば分不相応な賢さを持った子供はこの学園の研究者達を困らせる代物である。
賢さはもしもそれが自らの理解者なら理解の早さは好都合であり、それは利得ともなる。
しかし反抗者ならば賢さなど邪魔なものでしかない。要らぬ知恵をまわす事ほど無益なことはないのだ。
「だから賢い子供は嫌いなんですヨ」
602: 2012/03/22(木) 02:34:49.58 ID:t4nSGnyV0
三度目の溜息を吐きながら眺めた窓の向こうでは、昨日から粉雪が学園都市を白く染めようと躍起になっている。
この調子だと数日で近代的なビル達に似合わぬ雪化粧が施されるだろう。
しかしそれも長くは続かない。
この街では積雪対策も万全で道路・建築物は積もった雪や氷を溶かすよう温暖機能が働くようになっている。
学園都市に降る雪の一生は短いことを降り積もろうとする雪たちは知らないのだ。
一方通行―――学園都市の頂点にて、自らの運命に抗う少年。
宙を舞う雪のように白いあの少年が向かえる未来を思い浮かべ、男は何も言わずただほくそ笑んでいた。
603: 2012/03/22(木) 02:35:54.09 ID:t4nSGnyV0
とりあえず以上です
ノシ
ノシ
604: 2012/03/22(木) 03:52:54.01 ID:i43krmASO
乙
やってる事が原作の美琴と似てるな
やってる事が原作の美琴と似てるな
608: 2012/03/23(金) 14:11:12.63 ID:d1niHWXXo
乙~
609: 2012/03/24(土) 11:37:27.06 ID:D5rWj8FEo
美琴のおかげで"賢い子ども"になれたってわけか



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