1:◆/Pbzx9FKd2 2013/07/22(月) 01:12:14.88 ID:xwUV4WCe0


今回も少し地の文が入っています。
なるべく減らしていますが苦手な方はブラウザバック推奨です。



ストライクウィッチーズ 劇場版 501部隊発進しますっ!





「誰、ですか……?」

カタン、と言う音で、美しい音色は私の耳に響かせるのを止めてしまった。
ピアノを弾くのを止めると同時に、私にかかる声。
私はこの時、廊下を走り去りながらさよならを言った陸上部の彼女を恨んだ。

覗き見していたのがバレてしまったじゃないか。
彼女が急に声をかけるから、左手に持っていた傘を落としてしまった。
いいや、違うか。
今日は雨だと予報した新聞が悪い。
なんだよ、思いっきり晴れているじゃないか。

どちらにせよ、部屋の主にバレてしまった以上、無言で立ち去ることはできない。
音楽室のドアの隙間からは逆光が降り注ぎ、こちらからは今どんな顔をしているのか、私には分からない。
だからなるべく驚かさないように、ゆっくり立ち上がり、答える。



2: 2013/07/22(月) 01:13:05.37 ID:xwUV4WCe0



「え、えと……ごめん、邪魔しちゃって、そっ……それじゃあ、」

そう言い残して逃げようとしていた私に、部屋の中からもう一度声がかかる。

「待って。待って……ください」

私はピタリと止まる。
その一言で、私は動けなくなる。

「行かないで。……お願いです、入ってきて」

「わ、分かった……」




3: 2013/07/22(月) 01:13:34.26 ID:xwUV4WCe0



私はドアを少しずつ開ける。
彼女はジっとこちらを見ている。
勝手に見て、聴いて、怒られるのではないかと考えた私は、先にもう一度謝ることにした。

「ごめんな、邪魔して。とてもキレイだったから……そ、そのっ、ね、音色が……」

「そう、ですか…」

そうして彼女は黙り込む。
彼女はずっと私の足元を見ている。
私も釣られて、俯く。




4: 2013/07/22(月) 01:14:08.23 ID:xwUV4WCe0



「私、久しぶりです。お父様とお母様以外の人が、私のピアノを褒めてくれたの」

「……そうなのか」

「あの……もしよろしければ、もう少し聴いていきませんか? ……私の、ピアノ」

「えっ、いいのか? 私、邪魔じゃ、ないのか?」

「誰かが聴いてくれてる方が、嬉しいですから……」

微笑む彼女を初めて目にする私も嬉しくなる。

私はドアを閉めると部屋に入る。
リノリウムの床から、音楽室特有の赤いカーペットの感触に変わったのを、感じる。




5: 2013/07/22(月) 01:14:41.77 ID:xwUV4WCe0



「そ、それなら……ここ! ここで、聴いてるから」

私は彼女の横顔が見れる椅子に座る。
本当はすぐ傍で聴きたかったけれど、その距離に今の私はいない。

足を揃える。
上履きのつま先まで合わせる。
両の手は膝に。
背筋はピンと伸ばして。
それから彼女は私の仕草を見やると、私のために小さな演奏会を開いてくれた。




6: 2013/07/22(月) 01:15:21.75 ID:xwUV4WCe0



至福の時を邪魔したのは、彼女でもなく私でもなく、完全下校時刻のチャイムだった。
すると彼女はピアノを弾くのを止め、こちらに向き直る。

「時間に、なってしまいました……。いかがでしたか?」

私はその質問に、気の利いた言葉も浮かばず、思いつく限りの最大級の褒め言葉を送る。

「とっても、良かったよ。えと、すごく、楽しかった」

こんな言葉しか出てこない。
とても惨めな気持ちになって、彼女の顔を見れない。




7: 2013/07/22(月) 01:15:52.53 ID:xwUV4WCe0



しかし彼女は席を立ち、お辞儀をすると、にこりと笑ってくれる。

「ありがとうございます」

「ごめんな……私、音楽詳しくなくて、何を言ったらいいか、分かんなくて……」

「いいんです。貴女が素直にそう言ってくれるなら、私はそれが一番嬉しいんですから」

それから彼女は立ち上がり、鍵盤蓋と大屋根を閉め、ピアノの傍に置いていた革のスクールバッグを拾う。
私もそれに習い、そして部屋を出る。




8: 2013/07/22(月) 01:16:31.74 ID:xwUV4WCe0



「私、音楽室の鍵を返さなくてはいけないので、ここで。ありがとうございました」

そう言って去ろうとする彼女の背中に、今度は私から声をかける。

こうなれば、いけるところまで。
こんなチャンス、この先にあるかどうかは分からない。
未来予知の魔法でも使えなければ、それは分からない。

ヤケになっているワケではない。
それでも、私の恋心はヤケていただろう。

「あのっ! い、一緒に……一緒に、帰らないか……?」




9: 2013/07/22(月) 01:17:17.29 ID:xwUV4WCe0



「……いいですけど、私の家はこちら側で、学校からは遠いですよ?」

指す方角は私の家とは正反対だったが、私は適当な理由をつける。

「向こうの、なんて名前のお店だったか覚えてないけど、友達に買ってきて欲しいものがあるって、頼まれて……だから大丈夫」

私はバレバレなウソを吐いた。
彼女を前にすると胸の高鳴りが抑えられない。
彼女と話していると、まともな思考回路ではいられなくなる。
だから私が普段の私でいられないのは至極当然のことなのである。
そう、結論付けた。




10: 2013/07/22(月) 01:17:43.44 ID:xwUV4WCe0



しかし彼女は私の言葉を疑いもせずに、分かりました、昇降口で待っていてくださいと私に言ってから職員室に向かっていった。
彼女の後姿を眺める。
肩にまで伸びた銀の髪を、ブレザーのスカートを揺らす。
決して走ることなく。
彼女はゆっくりと、静かに、廊下の奥に消えていった。

後に残った私はその場からはすぐには離れられない。
至福の余韻が私を静止させる。

私はたっぷり5分使うと、待たせてはいけないと気付き、慌てて昇降口に向かった。




11: 2013/07/22(月) 01:18:28.37 ID:xwUV4WCe0



彼女の家は学校からは歩いて約30分のところに位置しているようだった。
私の家は彼女の家からは学校を挟んで正反対、歩いて15分。
それでも彼女と少しでも話せるなら、と私は彼女の隣を歩く。

新緑の匂いを乗せた風が私達を取り巻く。
夕陽が、眩しい。
夢にまで見た、彼女の隣。
それはほんの少しの間だろうが、それでも私は幸福に満たされていた。

彼女は私に何か話かけるでもなく、ただじっと隣を維持する。
私は何か楽しい話題は無いかと考える。
けれど出てきたのはどれも彼女向きの話題ではなさそうだった。
それに。
私は、私のことを知って欲しいんじゃない。
私は。
彼女のことをもっと知りたいのだ。




12: 2013/07/22(月) 01:19:06.96 ID:xwUV4WCe0



「なぁ。どうして、いつもあそこで弾いてるんだ? ピアノ、家にあるんだろう? 寂しくないのか?」

「私、あそこからの眺めが好き。窓の外の広いステージ。運動場から聞こえる声。夕陽の照明。それが、観客席と舞台みたいで」

彼女はこちらを向かないが、柔らかく顔を綻ばせていた。

「私のピアノを聴きに来てくれる人たちのように見えるんです」

「あぁ、確かにそう見えるかもな」

「だから、私はあの部屋で一人で弾いてても、寂しくはないんです」

それきり彼女は口を閉じる。
私は手当たり次第、思いつく話題を彼女に提供する。




13: 2013/07/22(月) 01:19:39.45 ID:xwUV4WCe0



「あのさ、他に、趣味はあるのか?」

「趣味、ですか……。星を眺めること、です」

「天体観測とかか?」

「はい。家の近くの山の小高い丘、そこに望遠鏡を持っていくんです。夏と、冬。今年ももうすぐ見れるから、楽しみなんです」

「この街では、よく見られるのか?」

「えぇ。とってもキレイですよ。たぶん、プラネタリウムよりも美しいんです。行ったことは、ありませんが……」

それから少しの時間、眺める星について語る彼女に、私はもっと心が惹かれていくのを感じた。




14: 2013/07/22(月) 01:20:37.19 ID:xwUV4WCe0



楽しい時間は、私のことなんてお構いなしに終わりに近づいていく。
彼女が足取りを止めたとき、この時間もおしまいなのだと察した。
私は、それがとても悲しかった。
こんな時が来るなんて、30分前の私には分かっていたはずなのに。
こうして迎え入れることもできないまま、私も歩みを止めてしまう。

「ここでさよならですね。私の家はすぐソコなんです」

「え、あ……うん」

「ごめんなさい、さっき言ってたお店、過ぎちゃったかもしれませんね。お探しのもの、買えるといいですね」

「え? あ……あぁ! そうだな、そうだったな、あはは、はは……」

私は、自分で吐いたウソすらも忘れていた。
彼女にはウソがバレているのか、それとも信じてくれているのか。
私には、なんとなく……前者な気がした。




15: 2013/07/22(月) 01:21:09.33 ID:xwUV4WCe0



「それでは、また……そうだ。あの、お名前を聞くのを忘れていました」

彼女は私の目をじっと見つめる。。
綺麗な緑色の宝石を模した彼女の瞳は、ずるい。
私を魅了する、一種の魔法のようだ。

「エイラ。……エイラ・イルマタル・ユーティライネン」

「エイラさん、ですか」

「あぁ」

「私の名前は……サーニャでいいです。名前、長いので、たぶん覚えられません」

本当は知っている。
以前、調べたことがあった。
だから、もちろん長い名前もしっかり覚えている。




16: 2013/07/22(月) 01:21:48.38 ID:xwUV4WCe0



「帰りますね。また、明日も来ますか?」

「あぁ、キミが……サーニャちゃんが良いって言うなら、聴きたい」

「今度からは、部屋に入ってきてください。いつも音楽室の前で聴かれるのは、何だかムズムズします」

「えっ……バレちゃってたのか……」

「はい。だって、ドアの隙間からいつも貴女のキレイな長い髪が、夕陽に照らされているのを、見かけていましたから」

彼女は微笑む。
私は照れて後ろ髪を撫でる。
彼女はその仕草を再び、じっと見つめる。
私は意を決心して彼女を誘う。




17: 2013/07/22(月) 01:22:18.31 ID:xwUV4WCe0



「あのさ、今度……出掛けないか?」

胸が高鳴る。
顔が高翌揚する。
体が発熱する。
ぐっと握った手には、汗をかいている。
声は、震えているに違いない。

デートの、誘い。
いいや、彼女はこれがデートだなんて思ってやしないだろう。
けれど、今の私にはデートに行こうと誘える勇気はまだ無かった。

「どこにいくんですか?」

「え、えと……おいしいアイスクリーム屋があるから……そ、その。アイス、好きか分かんないけど……」

こんなところで消極的になってどうする、私。
今だって決めただろう、私。




18: 2013/07/22(月) 01:22:48.58 ID:xwUV4WCe0



「それに、一度くらいプラネタリウムを見るのも、いいんじゃないかと思ってさ……行ったことないんだろ? どう、かな?」

「アイスは好きです。それに、一度はプラネタリウム、見てみたかったんです。……楽しみにしていますね」

彼女は後ろを向くと、家に向かう。
瞬間、ガッツポーズを取る。
勿論、ココロの中で。

そして、その背中を見て。
もう少し彼女と話していたくて。
離したくなくて。
はしたなく、最後に質問をする。




19: 2013/07/22(月) 01:23:21.79 ID:xwUV4WCe0





「あっ、待ってくれ。……なぁ、チョコミントは好きか?」

家の門を開けようとした私に降りかかる質問。
私にはその質問がとても可笑しくて、彼女に投げ返した。

「どっちだと思いますか? ……答えは出掛けた時にでも。それでは、さようなら……エイラさん」

私は答えないまま門を開け、彼女に一礼してから門を閉めた。
彼女はぽかんと口を開けたまま私に手を振る。

私は玄関を開けると、折り畳み傘を鞄から取り出し、傘立てにしまう。
薄緑色の下地に茶色い水玉模様の折り畳み傘を。




20: 2013/07/22(月) 01:23:50.74 ID:xwUV4WCe0





4月。
私は、音楽室に一人で佇む彼女を見つけた。

5月。
彼女と初めて言葉を交わす。

けれど。
本当の彼女を、この時の私はまだ知らなかった。

そして、7月。
私は彼女を知ることになる。






テテテテンッ デデデンッ!           つづく





21: 2013/07/22(月) 01:24:45.50 ID:xwUV4WCe0




オワリナンダナ
読んでくれた人ありがとう。

数回、書き溜めを投稿していきます。
次回はエイリーヌか別なのです。
次もよろしくお願いします。

ストパン3期アルマデ戦線ヲ維持シツツ別命アルマデ書キ続ケルンダナ




22: 2013/07/22(月) 02:49:19.78 ID:ZcYLoFUPo
おつおつ

23: 2013/07/22(月) 16:57:30.52 ID:LRH3vHkC0
7月に何が起こったんだ…

引用: エイラ「なぁ、チョコミントは好きか?」