1: 2012/12/28(金) 00:46:18.93 ID:jo+olBoY0
【Prologue】

黒の国、魔王の城の大広間で勇者と魔王は対峙していた。

今しがた勇者が開けた扉から流れ込んだ冷たい風が二人の間を無神経に通り過ぎる。

勇者「よっ」

できるだけ明るく垢抜けた声を出すよう意識して勇者はそう声をかけた。

魔王「遅い、遅刻だ!!」

できるだけ重々しく威厳のある声を出すよう意識して魔王はそう答えた。

しかし二人の声は震えており、顔は今にも泣き出しそうに歪んでいる。

涙を流すまいと必氏に堪える二人の眼は既に赤く色づいていた。



2: 2012/12/28(金) 00:47:19.73 ID:jo+olBoY0
魔王「貴様という奴はいつもいつも待ち合わせには遅れてくるのだな」

この小言は魔王が勇者にかけた言葉の中で『遅刻だ』の次に多いだろう。
いつものように勇者にそう言うことで魔王は少しだけ平静を取り戻した。

勇者「悪ぃ悪ぃ、今日は時間に余裕持って出てきたつもりだったんだけど……どうにも足が思うように動いてくれなくてな」

ハハッ、と笑いながら言った勇者であったがその笑顔が無理に作ったものにすぎないことは勇者自身実感していた。

勇者「………………」

魔王「………………」

お互いかける言葉を探しているがこの世界のどこにもそんな言葉は見つからないだろう。
二人でいる時は沈黙こそ心地よかったものだが今はその沈黙に押し潰されそうになっている。

3: 2012/12/28(金) 00:48:26.20 ID:jo+olBoY0
魔王「まぁ…………なんだ」

スラァ……チャキ

魔王は口を開くと腰に差していた魔剣を抜き、構えた。

魔王「こうしていても仕方ない……始めよう」

勇者「…………本当に……本当に俺達は闘うしかないのか……?」

魔王「……そうだ、それが私達の宿命であり……使命だろ?」

勇者「…………そうか、そうだな…………」

勇者は力無く答えると背負っていた聖剣を抜いた。

魔王「言っておくが手加減などするなよ?」

勇者「当たり前だ、お前こそ手加減なんかしたら承知しねぇからな」

魔王「フッ、それでこそお前だよ」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

解放された両者の魔翌力が大気を震わせ地鳴りを起こす。

4: 2012/12/28(金) 00:49:20.60 ID:jo+olBoY0
魔王「なぁ……勇者?」

勇者「なんだよ」

消え入りそうな声で魔王が言う。

魔王「…………今まで、ありがとう」ツー

魔王の真紅の瞳から大粒の涙が一粒こぼれ落ちた。

勇者「……馬鹿、何泣いてんだよ」ポロッ

流れ出た魔王の涙を目にし、勇者もまた涙を堪えることができずに泣いた。

魔王「ハハッ……最後にこうして……勇者の泣き顔を見ることができるとはな」ポロポロ

勇者「うるせーよ……さっさと始めようぜ」ポロポロ

もはや溢れ出す涙を止めることなどできはしなかった。

流れる涙を振り払うように二人は叫んだ。

魔王「…………ならばいくぞ、勇者よ!!」ドンッ!!

勇者「あぁ!!魔王!!」ドンッ!!

勇者と魔王、古より闘うことを宿命づけらし二人の氏闘が幕を開けた。



――――それはとある月の無い夜の物語。

5: 2012/12/28(金) 00:50:29.04 ID:jo+olBoY0
【Episode01】
――――白の国・王都・王宮

どの国でも王の間というものは豪華な装飾の施された広々とした空間に王と大臣、少数の護衛がいるのみである。

金と空間の無駄遣いとも言えるその場所だが今日の白の国は違った。
仔猫一匹通ることができないほど大勢の人々がひしめき合っている。

上流貴族から街の商人、はてや旅芸人まで身分は様々だ。

王の間に入り切らない人々はこの日のために王の間の吹き抜けを利用して作られた特設観覧席へ、そこにも入れない人は危険を冒して城の外壁にしがみつき窓から王の間を見ている。

それほどの数の人々がいるというのに王の間は物音一つせずに静まりかえっている。

群集は皆、王の間の中央――――王とその前に跪く少年をただじっと見つめている。

やがておもむろに白の王が口を開く。

白の王「大魔導師」

大魔導師「はい、彼の魔翌力、魔法のセンスはこのわしすら遥かに凌ぐほど。なんら異論はありませんな」

白の王「騎士団長」

騎士団長「ハッ、大勇者様に勝るとも劣らぬ剣の腕、反対するいわれなどありはしません」

白の王「ふむ……では最後に大勇者の意見は?」

6: 2012/12/28(金) 00:51:47.90 ID:jo+olBoY0
大勇者「そうですね……」

大勇者と呼ばれた中年の男は目を閉じ、口髭を撫なでて何かを思案しているようだったが静かに目を開けると言った。

大勇者「親の贔屓目無しにしても彼の勇者としての資質は他の勇者候補達の中でも飛び抜けています」

大勇者「真の継承はまだ先となるでしょうが次なる勇者は彼をおいて他にいないかと」

白の王「そうか……では」

白の王はゆっくりと立ち上がり低い声を広間に響かせた。

白の王「白の王の名において命ずる、今この時よりお主を第100代目勇者とする!!」

白の王「悪しき魔族と災厄の化身、魔王を倒すためにその力、その魂を世界の全ての人間に捧げることを誓え!!」

勇者「ハッ!!この力、この魂は生きとし生ける全ての人々のために!!!!」

おーーーー!!

わーー!!わーー!!

パチパチパチパチ!!!!

新たに勇者へと任命された少年が凛々しく誓いの言葉を述べると同時に王の間はギャラリー達の割れんばかりの歓喜の声と盛大な拍手に包まれた。

7: 2012/12/28(金) 00:52:55.79 ID:jo+olBoY0
――――王宮・中庭

わいわいがやがや!!

勇者任命の儀とそれを祝う宴は白の国……いや、この世界最大の宴と言っても過言ではない。
新たな勇者を一目見ようと各国から何千何万という人々が白の国へと訪れ、宴は十日余り続く。

王宮前の大通りは屋台が立ち並び、夜には舞踏会が行われ、花火が上げられる。

この宴の規模の大きさこそが勇者という存在が人々にとっていかに大きな存在なのかを暗に示していると言えよう。

わいわいがやがや!!

祭りを行きかう人々の話題はもっぱら新勇者のことでもちきりだ。

「やはり100代目の勇者様は大勇者様のご子息であったか」

「どうせコネだろ、コネ。親の七光りってやつだよ」

「しかし剣も魔法も超一流の腕と聞く、勇者の名を冠するということは伊達ではないさ」

「歴代最強と言われる99代目勇者の父上の名が重荷にならなければ良いですけど……」

わいわいがやがや!!

8: 2012/12/28(金) 00:53:41.88 ID:jo+olBoY0
勇者「あ、そこのお姉さん!!」

メイド「はい、いかがなさいましたか?」

勇者「俺にも1杯ドリンクくれないかな?え~っと……そのオレンジのやつ」

メイド「かしこまりました、どうぞ」スッ

勇者「どうも♪」

勇者「……よし、変装は完璧みたいだな♪」ボソッ

帽子を目深に被り、黒縁の伊達眼鏡をかけ、地味な茶色の服に身を包んだこの少年が先ほど任命の儀を済ませた勇者だとは誰も思わないだろう。

王宮の窓硝子に写った自分の姿をじっくりと見てから満足気にうんうん、と二度頷くと勇者は手にしていたドリンクを一口飲んだ。

頼んだドリンクはどうやらアルコールだったらしい。
酒の飲めない勇者は顔をしかめた。

9: 2012/12/28(金) 00:54:29.44 ID:jo+olBoY0
魔法使い「よぅ、勇者ぁ!!飲んでるー!?」ダキッ

勇者「おわっ!!ま、魔法使い!?」

突然背後から抱きつかれて勇者は持っていたドリンクを溢しそうになる。

魔法使い「何さ、お祝いに来てくれた仲間に向かってその態度は~」

勇者「あのなぁ、誰だっていきなり後ろから抱きつかれたらビックリするに決まってるだろ?」

勇者「それに俺がなんのために変装してると思ってるんだよ、周りに聞こえるような大声出すな、少しは気を遣え」ヒソヒソ

魔法使い「にゃはは、ごめんごめん☆」

特に悪びれた様子もなく魔法使いは両手のグラスを交互にあおった。

勇者「そんなにグビグビ飲むなよ……任命早々新聞に『勇者一行魔法使い、飲酒で粗相!!』とか載るのヤだからな」

魔法使い「だいじょーぶぃ♪」

勇者(もう相当できあがってやがる……)

魔法使いの言葉に些かの安堵も得られぬ勇者に声をかける者がいた。

10: 2012/12/28(金) 00:55:19.42 ID:jo+olBoY0
武闘家「いや~、魔法使いさんはもう酔ってますねぇ」クスクス

笑顔で武闘家が言った。

僧侶「ホント、お酒はほどほどにしてねってあれほど言ったのに……」ハァ

ため息をつき僧侶が言う。

勇者「お前らも来てたのか」

僧侶「勇者君の晴れ舞台なんだし当たり前だよ」ニコッ

勇者「……つーか俺ってやっぱ勇者だってわかる?これでも上手く変装したつもりだったんだけど……」

武闘家「いえ、傍目には地味な学生ぐらいにしか見えないんじゃないですか?」

勇者「じゃあなんでお前らはわかるんだよ」

武闘家「僕達何年の付き合いだと思ってるんですか、変化魔法で別人に変身していたってわかりますよ」フフッ

勇者「それはそれで怖いな」ハハッ

11: 2012/12/28(金) 00:56:26.38 ID:jo+olBoY0
武闘家「とりあえず、勇者の任命おめでとうございます」スッ

僧侶「おめでとう、勇者君♪」スッ

二人は各々のグラスを勇者へと差し出す。

勇者「あぁ、ありがとう。これからもよろしくな」スッ

勇者はそれに答え自らのグラスと二人のグラスを軽くぶつける。
キン、という軽い音が二つ生まれ、宴の賑わいの中に消えた。

武闘家「……あれ?勇者お酒飲めるようになったんですか?」

勇者「飲めないよ、間違えて貰ってきちゃっただけだ」

魔法使い「ん、じゃああたしがもーらう♪」ヒョイ

勇者「あ、コラ!!……まぁいいか、どうせ飲めないんだし」

僧侶「ねぇ、勇者君?」

勇者「ん?何?」

僧侶「任命の儀の時に大勇者様が『真の継承はまだ先』って言ってたけど……あれってどういうこと?」

僧侶「任命の儀を済ませたんだから勇者君はもう正式に100代目の勇者じゃないの?」

僧侶は不思議そうに小首を傾げた。

12: 2012/12/28(金) 00:58:00.34 ID:jo+olBoY0
勇者「あ~……あれな。僧侶は勇者になるための条件ってわかるか?」

僧侶「うん。勇者の刻印を持ってる勇者候補の中から特に勇者の素質に優れた人が次の勇者になるんでしょ?」

勇者「そ、僧侶も子供の頃に教会で洗礼受けただろ?あれで勇者としての適性……つまり魔王と闘えるだけの潜在的な力を持ってる奴にはこうして腕に刻印が現れる。その素質が高ければ高い程ハッキリと鮮やかにな」

言って勇者は周りからは見えないように自らの右手の袖を捲った。

彼の腕には燃える様な朱の紋様が浮かび上がっている。

この色が勇者の素質を持つということの証である。

幼子の頃に教会で洗礼を受けるとほとんどの子は腕に刻印を宿す。
その刻印によって潜在的な魔翌力や肉体的な強さなどが判明するのだ。

攻撃魔法の適性があるなら蒼の刻印、
回復・補助魔法の適性があるなら翠の刻印、
肉体的な強さに適性があるなら黄色の刻印、
といったように刻印の色によってその子供の才能が分かるのである。

僧侶「何度見ても綺麗な赤だね」

勇者「そうか?なんか見慣れちまったからな」ハハッ

勇者「……んで朱の刻印を持つ勇者候補が修行して力をつけていって一番勇者に相応しい奴が次の勇者になるんだけど……今回はちょっと特殊なケースなんだ」

13: 2012/12/28(金) 00:59:20.02 ID:jo+olBoY0
武闘家が引き継ぐ。

武闘家「勇者のお父さん……大勇者様がまだご健在ですからね」

僧侶「?」

武闘家「大勇者様はその歴代最強とも謳われる実力で長年に亘って魔族と闘い、数々の戦果を上げて来ました」

武闘家「その活躍ぶりは僧侶さんもご存知ですよね?」

僧侶「当たり前だよ、すっごく強かったって言われてる先代の魔王を倒してからもずっと前線で闘ってる白の国の英雄だもん、白の国の人達だけじゃなくて世界中の人が知ってるよ」

武闘家「そうですね、そしてそれが勇者がまだ真の勇者たりえない理由なんです」

僧侶「どういうこと?」

武闘家「勇者の継承にはその勇者候補の出身国の王の任命の他にもう1つ、条件があるんです。それが……」

勇者「聖剣の加護、だ」

僧侶「聖剣の加護?」

武闘家「そう、勇者にのみ扱うことを許された世界に一振りの剣、それが聖剣です」

武闘家「勇者は聖剣の所有者となる時に聖剣と契約を交わします。契約が果たされることで聖剣はその秘めたる力を主である勇者に解放し、勇者は人外の力を手に入れるのです」

武闘家「それが聖剣の加護」

武闘家「聖剣の加護を受けられるのは世界に勇者ただ1人だけ」

14: 2012/12/28(金) 01:00:48.30 ID:jo+olBoY0
僧侶「あ、じゃあ……」

武闘家「そうです。今聖剣と契約しているのは大勇者様ですから勇者は聖剣と契約することはできない」

武闘家「『真の継承はまだ先になる』と大勇者様が仰っていたのはそういう理由ですよ」

武闘家「本来なら勇者の任命はその代の勇者が魔王に倒されるか引退するかして、新しい勇者が必要になってから行われるものですからね、現役の勇者がいるにも関わらず次の勇者の任命を行うことは異例なんです」

武闘家「先代の魔王を倒して十数年もの間、勇者として前線で活躍なさっている大勇者様と、現時点でその後を継ぐに相応しい実力を持つと認められた勇者がそれだけ凄いってことですよ」

勇者「誉めても何も出ねぇぞ」

僧侶「へぇ~~……武闘家君ってホントに物知りだよね~」

武闘家「ふふ、そんなことありませんよ」ニコッ

魔法使い「魔王だかなんだか知らないけどあたし達にかかれば赤子の首を捻るようなもんだー!!」

勇者「首捻ってどーすんだよ、怖ぇよ。手だよ手」

魔法使い「そーそーそれそれ♪」

魔法使い「あたし達が魔王を倒して黒の国を落として世界に平和を取り戻すんだぁー♪」

誰がどう見てもただの酔っぱらいにしか見えない少女に勇者と僧侶がうんざりため息をつく。
武闘家はいつもの様ににこにこ笑ってる。

15: 2012/12/28(金) 01:02:03.69 ID:jo+olBoY0
僧侶「でも……魔法使いちゃんの言う通りだね」

僧侶「私達の代で世界に平和を取り戻せるといいね……そのためにも勇者君、絶対魔王を倒そうね!!」

勇者「…………あぁ、そうだな」

勇者は少しだけ、本当に少しだけ悲しげにそう答えた。
瞳には微かに困惑の色が浮かんでいた。

武闘家(…………?)

僧侶「そ、それはそうと勇者君?」モジモジ

勇者「ん?」

僧侶「あのね、そろそろ舞踏会が始まるけど……これから予定あるかな?やっぱりこのパーティーの主役だし忙しい?」

頬を赤らめながら僧侶が尋ねる。

勇者「いや、確か今日は特に予定もなかったハズだけど………………」

僧侶「じゃ、じゃあさ、わ、わた、私と一緒に舞踏会に出てくれたらな~、なんて思うんだけ……」

勇者「あーーーー!!!!!!」

突如上げられた大声に中庭の誰もが勇者の方を向いた。

16: 2012/12/28(金) 01:03:23.22 ID:jo+olBoY0
武闘家「どうかしたんですか?」

勇者「あ、あぁ、それが待ち合わせがあるのをすっかり忘れてたんだ……!!」オロオロ

魔法使い「ほほーう、彼女かにゃ?」ムフフ

僧侶(!!)ピクッ

勇者「馬鹿、違ぇよ、ただの幼馴染みだよ、お さ な な じ み!!」

魔法使い「なーんだ、つまんないの~」

僧侶(……)ホッ

勇者「えーっと、なんだっけ僧侶?舞踏会の時に……」

僧侶「あ!!うぅん、なんでもないの!!なんでも!!」アハハ~

僧侶「先約がいたんじゃ仕方ないよね、勇者君は急いでそっちに行ってあげて」

勇者「そっか、悪いな!!ホントごめん!!じゃあ俺行ってくるわ!!」タタタッ

慌てふためきながら勇者はその場を後にした。

武闘家「行っちゃいましたね~」

魔法使い「残念だったね、僧侶~、せっかく勇者との距離を縮めるチャンスだったのに~」ニヒヒ

僧侶「からわかないでよ、もぅ!!」カァ

武闘家「それにしても……勇者に幼馴染みがいるなんて聞いたことありましたか?」

魔法使い「んにゃ?」

僧侶「そういえば私も聞いたことないや」

武闘家「僕も初耳なんですが……」

「…………???」

17: 2012/12/28(金) 01:04:50.76 ID:jo+olBoY0
――――緑の国・名も無きの湖のほとり

この世界に十ある国々の中で緑の国は黒の国に次いで二番目に大きな国である。
しかし『大きい』と言うのは国土の話であり軍事力はほぼ皆無、自衛のために形だけの国王軍があるのみだ。

その広大な領土の約八割が森林と草原という緑豊かなこの国は争いを嫌い、黒の国――――つまり魔族の軍勢――――に対抗するため白の国が中心となって作った『聖十字連合』には非加盟であり、黒の国とも戦争をしていない。

それ故に聖十字連合、黒の国は緑の国での戦義協定により禁止している。

この世界で最も美しい自然を有するこの国は最も平和に近い国であり……見方によっては最も平和から遠い国であると言えよう。

シュンッ!!

勇者「……っと」スタッ

勇者は転移魔法でこの地へと降り立った。

空間転移にかかる時間は距離と使用者の力量に左右される。

白の国の中央に位置する王都から緑の国の外れのこの場所へと長距離の転移をするとなると、並みの魔法使いでも十数分はかかるが、転移魔法を得意とする勇者は数秒程度で転移に成功した。

もっとも、勇者は今日までこの地に何百回と訪れているためここへの空間転移にすっかり慣れているのだが。

勇者「ぅわ~~……すっかり遅くなっちゃったからな~、まだいるかな……」キョロキョロ

勇者「……お、いたいた♪」タッタッタ

湖のほとりに設けられた質素な休憩所。
そのベンチに待ち合わせの相手が腰かけているのを見つけると勇者は休憩所へと駆けていった。

19: 2012/12/28(金) 01:06:25.09 ID:jo+olBoY0
勇者「よっ」

「遅い、遅刻だ!!」ギロッ

勇者が声をかけるとベンチに座っていた女性――――魔王はパタンと読んでいた本を閉じ、鋭くと勇者をにらみつけた。

魔王「まったく貴様という奴は待ち合わせに毎度遅れて来おって……!!」

勇者「そう言うなって、こっちも忙しくてさ、なんとか時間作って来たんだぜ?」

魔王「ふん、貴様のことだ、大方すっかり忘れていたのだろう?」

勇者「うぐ……」グサッ

魔王の辛辣な言葉が勇者の心に痛恨の一撃を放つ。

勇者「ま、まぁいいじゃねぇかよ、遅れてでもちゃんと来たんだしさ、来ないよりもよっぽどマシだよ、うんうん」

自分に言い聞かせるように頷きながら勇者は言って魔王の左へと腰を下ろす。

魔王「ハァ……デートに遅れて来るような男はいずれ愛想を尽かされるぞ?」

勇者「生憎デートするような娘なんて俺にはいないんでね」

魔王「相変わらずの唐変木め……」

勇者「ん?なんか言った?」

魔王「なんでもない」フイッ

21: 2012/12/28(金) 01:36:52.57 ID:jo+olBoY0
勇者「……って言うかお前……口調」

魔王「む?」

勇者「だから口調だって、俺と2人の時はその堅ッ苦しい口調じゃなくていいって言っただろ?」

魔王「そうであったな……どうもこちらの口調でいる時間の方が長いものですっかり慣れてしまった……」

魔王「ゥオッホン!!」

魔王は盛大に咳払いすると声の調子を確かめた。

魔王「あーあ~…………うん、これでいいかな?」

勇者「うん、よし」

先程までの厳かで重厚な声とはうって変わって、どこにでもいる普通の女の子の声で魔王は話し始めた。

魔王「わたしもあーいう低い声で重々しく話すのなんてホントは嫌なんだけどさ、どうにも魔王って立場上そういうわけにもいかなくって……」ハァ

勇者「まぁなー、100代目魔王様がこんな風に女の子の高い声で話してたら威厳も何もあったもんじゃないからな~」

魔王「そういうことっ」

魔王「あ、そう言えば勇者の任命の儀って今日だったんでしょ?」

勇者「あ、あぁ」

魔王「えへへ、これで勇者もやっと正式に勇者に認められたわけだ、お姉ちゃんは嬉しいぞ♪」ナデナデ

勇者「だぁ!!頭を撫でるな!!それに二つしか歳変わらねぇクセに姉貴面もするな!!」カァッ

耳まで赤くして勇者が抗議する。

魔王「ふふ、ごめんごめん」

勇者「……ったく、お前って奴は……」

勇者(元の口調に戻ると性格もガラッと変わるからな…………ま、こっちの魔王が素の魔王なんだけど……)

22: 2012/12/28(金) 01:37:52.04 ID:jo+olBoY0
魔王「どうかした?」

勇者「どうにもしねーよ」

勇者「……それよか……」

勇者は魔王の長く伸びた黒く艶のある黒髪を見て言った。

勇者「髪、伸ばしてんだな」

魔王「ぇえ!?今さら!?」

勇者「え?」

魔王「髪伸ばし始めてもう2ヶ月だよ!?遅いよ!!」

勇者「いや、だって前から大分長かったじゃん!!そこからさらにちょこっと伸びたって気づくわけな……」

魔王「シャラ~~~ップ!!」

勇者「」ビクッ

魔王の剣幕に押される勇者。

魔王「女の子の変化には敏感に反応してあげないとダメなんだよ?」

魔王「そんなんじゃ勇者のこと好きになってくれた娘がいてもすぐ心変わりされちゃうよ!!」

勇者「へーへー、どうせ俺は乙女心がわかりませんよ~、そんな俺に恋する女の子なんかいるワケないだろっての」ケッ

23: 2012/12/28(金) 01:38:44.06 ID:jo+olBoY0
魔王「…………」

プニ

勇者「?」

魔王は左手の人指し指をピンと伸ばすと勇者の右の頬をつついた。

魔王「そーゆーところが鈍チンだって言ってるの~」グリグリ

勇者「な、なんだよ」

魔王「はぁー……なんだかなー……疲れちゃうよ」

ガクリと頭と肩を落として魔王が言った。

勇者「そりゃこっちの台詞だ」

わけがわからない、と勇者もため息をつく。

しばらく魔王は目の前の湖、その水面を物思いに眺めていた。

24: 2012/12/28(金) 01:39:53.27 ID:jo+olBoY0
魔王「……ねぇ勇者?わたし達がここでこうして会うようになってどれくらい経つかな?」

勇者「え?えーっと……あれだよな、初めて会ったのが俺が7歳の頃だから……10年ぐらいじゃないか?」

魔王「そっか……もうそんなになるんだね……」

勇者「10年、か……」

魔王「なんだかあっという間だったね」

勇者「ハハ、たしかにな」

勇者「……て言うかなんだよ、急にそんな話して」

魔王「うん…………勇者とこうしてここで一緒に過ごせる時間もこれからはあんまりとれないのかな、って思ってさ」

勇者「別にそんなこと………………いや、たしかにそうかもな」

勇者「正式に勇者に任命されたんだ、これからは色んな国を巡ったり色んな戦場に行ったりしなきゃならなくなるかもな……」

勇者「ここでこうしてお前と会うことも少なくなっちゃうかも知れないな……」

魔王「うん……」

25: 2012/12/28(金) 01:40:43.82 ID:jo+olBoY0
勇者「……でもさ、俺が勇者に任命されたってことは俺達の夢にまた一歩近づいたってことだろ?」

勇者「そう悲しむことじゃないさ、むしろ喜ばなきゃ」

魔王「そっか……そうだね」

勇者「俺達の夢が現実になったらきっと毎日だって会えるさ、だからそれまではちょっと会える機会が減ったって我慢しようぜ」ニッ

魔王「うんっ」ニコッ

勇者「ところでさっき何の本読んでたんだ?」

勇者は魔王が右手に持っている本を見て尋ねた。
本にはブックカバーがかけられており勇者には題名がわからなかった。

魔王「勇者には全然わかんないようなムズカシー本だよ」フフッ

腰まで伸びる髪を人指し指にクルクルと巻きつけて魔王は笑って答えた。

勇者「あ、お前馬鹿にしてんな!?」

魔王「だって勇者漫画とエOチな本しか読まないでしょ?」

勇者「そんなことねぇよ!!つーか工口本は余計だ!!」

26: 2012/12/28(金) 01:42:04.75 ID:jo+olBoY0
白の国の王都では舞踏会が始まり王宮の大広間はきらびやかな衣装に身を包んだ人々が吹奏楽団の奏でる曲に合わせてパートナーと手を取り合って踊ってる。

「でな、その後に武闘家がさ……」

「でもそれって勇者が……」

「あ、てめぇこの……」

「ふふっ……」

緑の国の静かな湖畔では勇者と魔王、二人の話声だけが風に乗って流れていた。

27: 2012/12/28(金) 01:43:46.62 ID:jo+olBoY0
【Memories01】
――――10年前・緑の国

その日俺は親父に連れられて緑の国に来ていた。
なんでも古くからの友人に会うんだとか。

親父「よし、もう少しで着くぞ」

親父は脇を歩いている俺の方を向いて言った。

ずっと山道を歩いてきて俺は酷く疲れてたんだけど親父が何度「おぶってやろうか?」と言ってもそれを断った。

男がおぶってもらうなんてかっこ悪いと思ったからやせ我慢してたんだ。

親父「綺麗なところだろう?この国は中立国だから戦争もなくてな、こうして雄大な自然が広がっているんだ」

俺「チューリツコクって?」

親父「勇者も人間と魔族が長い間戦争をしているのは知っているだろう?」

親父「白の国、赤の国、橙の国、黄の国、青の国、藍の国、紫の国、銀の国……この8つの国が結んだ軍事同盟が『聖十字連合』」

親父「その聖十字連合と黒の国が戦争をしているんだが緑の国はどちらの軍勢の味方もしていないんだ」

親父「そういう風に周りで戦争が起こった時にどこかの国に協力したりしない国を中立国って言うんだ」

俺「へぇ~~……」

親父「本当に分かったのか?」

俺「むずしい話されてもおれよくわかんねーや」

親父「だろうな」ハハッ

28: 2012/12/28(金) 01:45:00.44 ID:jo+olBoY0
話しているうちに目的地に着いた。

一軒のログハウスが森の中にひっそりと建っていた。
その小屋は小さくてもしっかりとした造りで、森の中の木々達と調和しているように感じた。

親父がドアをノックすると、ドアがギィと不快な音を立てて開き、中から大男が出てきた。

親父より頭一つ大きいその男は筋骨隆々を絵に描いたようなたくましい男だった。

大男「よぅ、大勇者。久しぶりじゃねぇか」

親父「剣士こそ、久しぶりだな」

俺は「なるほど、この人が剣士なのか」と思った。

親父と一緒に数々の戦場を駆け抜けた相棒。
魔王とも剣を交えたことがあったという凄腕の剣の使い手らしい。

よく親父から剣士のオッチャンの話を聞かされていたからどんな人なのかと思っていたけど……親父が『素手で倒した熊を生で食べて腹を壊すような豪快な奴だ』と笑いながら話していた通りの人だった。

29: 2012/12/28(金) 01:46:09.42 ID:jo+olBoY0
剣士のオッチャン「お前が時間通りに来るなんてな、こりゃ明日は雨だな」ガハハ

親父「茶化すなよ」

剣士のオッチャン「……ん?おーー!!大勇者の子供か!!」

剣士のオッチャン「俺がお前に会ったのは随分と昔のことだからな~、あの頃は豆みたいに小さかったのに随分と大きくなったもんだ」ガハハ

言ってオッチャンは俺の頭をわしわしと撫でてきた。
すごい力で頭を左右に揺らされてクラクラしてしまった。

親父「まったく、こんな山奥に家を建てて……城の魔法使いに近くまで転移魔法で飛ばしてもらったんだがそれでも相当歩かされたぞ」

剣士のオッチャン「そいつは悪かった。ただ……できるだけ静かに暮らしたいと思ってな」

剣士のオッチャン「……お前はまだ現役なんだろ?……すまねぇな、俺は……」

親父「いや、いいんだ。お前の選択は間違いではないし誰もお前を責めたりしないよ」

剣士のオッチャン「…………本当にすまない」

親父「だから謝るなって」

さっきまであんなに豪胆に見えたオッチャンが急に二回りは小さくなって見えた。
顔に差した影はそれぐらい暗く重いものだった。

30: 2012/12/28(金) 01:49:00.79 ID:jo+olBoY0
親父「まだ……来てはいないようだな」

親父は小屋の中を覗くと言った。

剣士のオッチャン「あぁ、きっと来てくれるとは思うが……」

親父「私はこれから剣士と昔の友人に会わなければならないのだが……勇者も会うか?」

てっきり親父は剣士のオッチャンに会いに来たのだとばかり思っていて、もう一人会う友達がいたとは思わなかった。

でも俺はその友人が誰なのかすぐにピンと来た。

先代の魔王と戦っていた時、親父は三人でパーティを組んでいたらしい。

親父と剣士と最後の一人が大賢者。
攻撃魔法も回復魔法も使いこなすすげー爺さんだったんだとか。

大賢者さんも剣士のオッチャンと同じ様に前線を退いたと聞いていたから今日は昔の仲間と集まる日だったということだろう。
正直どんなすごい爺さんなのか会ってみたい気もしたけどオッサン二人と爺さんの話を聞いても面白くなさそうだったから俺は辺りをブラブラしてこようと思った。

31: 2012/12/28(金) 01:50:36.55 ID:jo+olBoY0
俺「う~ん……いいや、おれこの辺を探検してくるよ」

親父「そうか、まぁ2時間程で済むだろうしそれでもいいかもしれないな」

戦士「ガハハ、親父さん似なだけあって好奇心旺盛なところまでそっくりだな」

親父「くれぐれもあまり遠くに行きすぎるなよ」

俺「分かってるよ、じゃあ行ってくる!!」

そう言って俺は小屋を後にした。
森の中に入る時に後ろからまた木と木の擦れる不快な音とバタンというドアの閉まる音が聞こえた。

緑の国の大自然は俺にとっては新鮮そのものだった。

白の国の王都にある自然公園にはよく行っていたけれど、ここの自然は全くと言っていいほど違っていた。

綺麗に剪定された木々、森の間を通る道……自然公園が『造られた自然』だったのに比べてここの自然は人の手が一切加えられていない、大自然が生んだ緑だった。

俺は木々の間を抜けて道無き道を進んだ。

見たこともない色の蝶を追いかけてみたり、鹿の親子を眺めてみたり、登れそうな木に登ってみたり……さっきまでの疲れなんて吹っ飛んでこの大自然を楽しんでいた。

32: 2012/12/28(金) 01:52:38.46 ID:jo+olBoY0
そうしているうちに開けた場所に出た。
そこは小高い丘で一面に白い小さな花が咲いていた。

一瞬その光景に見とれていた俺だが花々の真ん中に女の子が一人座っているのを見て驚いた。

こんな森の中に人が、しかも俺とたいして歳も変わらないような女の子がいるなんて……。

俺はその娘に興味が沸いて近づいていった。

俺「こんにちは」

女の子「だ、だれ!?」バッ

女の子はいきなり声をかけられてびっくりしたみたいだ。
でも相手がただの子供だとわかると少し安心したらしい。

女の子「おどろいた……だれもいないと思ってたのに急に声をかけるんだもん……どうしてこんなところにいるの?迷子?」

俺「ちがうよ!!探険だよ、探険!!」

女の子「ふふっ、そっか、じゃあわたしと一緒だね」ニコッ

その娘の笑顔に俺はドキッとした。

正直結構可愛かった。
肩まである綺麗な黒髪に綺麗で大きな瞳に綺麗な唇と綺麗な肌……ってさっきから綺麗しか言ってないな……我ながら語彙力ってもんがない……と、とにかく可愛かった。

33: 2012/12/28(金) 01:53:36.92 ID:jo+olBoY0
俺「君……名前は?」

女の子「わたし?わたしは魔王よ」

俺は状況を理解するのに数秒かかった。

魔王……?
魔王って魔族の王様だろ?
どうしてこんなところに……って言うかホントにこの娘が魔王なのか?
魔王って魔族の王様で……この娘が魔王?
父さんの敵?
魔王が目の前にいる?
俺の目の前に?

俺「…………ホントに?ホントに君が魔王なの……?」

女の子「えぇ、そうよ。れっきとした黒の国の王様なんだから……ホラ」

その娘は着ていた漆黒のローブを捲って左腕を俺に見せた。

そこには魔王の証である黒の刻印がハッキリと浮かんでいた。

それを見て俺の中で熱く黒い何かが弾けた。

34: 2012/12/28(金) 01:55:19.72 ID:jo+olBoY0
次の瞬間俺は魔王へと駆け出し彼女の胸ぐらを掴んで地面に押し倒すと馬乗りになった。

魔王「きゃっ、ちょっと!!いきなり何するの!?」

俺「だまれ魔王!!母さんの仇め!!」

魔王「な、何言ってるの!?わたしはあなたのお母さんのことなんて知らな……」

俺「うるさい!!おれの母さんはな、魔族に殺されたんだ!!」

魔王「!!」

俺「だから魔族の王様のお前は母さんの仇だ!!」

俺「それに……」グイッ

俺は右手の裾を捲るって魔王に勇者の朱の刻印を見せつけた。

俺「おれは勇者、99代目勇者のこどもなんだ!!勇者のコクインだってある!!」

魔王「!!」

俺「まだ王様から勇者に認められてないけどな、いつか必ず父さんみたいなすごい勇者になるんだ!!」

俺「だからお前なんかこのおれが倒してやる!!」

俺は右拳を強く握りしめて魔王の顔を殴ろうとした。

35: 2012/12/28(金) 01:56:25.49 ID:jo+olBoY0
…………でも、殴れなかった。

恐怖の色を宿した瞳を微かに潤ませ、やがて来るであろう痛みに耐えようと口を一文字に結んで俺を見つめる少女を、俺は殴ることができなかった。

俺「……なんで抵抗しないんだよ……?」

振り上げた拳をわなわなと振るわせて俺は魔王に言った。

俺「子供でもお前は魔王なんだろ!?」

俺「おれなんかよりずっとずっと強いんじゃないのか!?」

俺「なのに……なんでそんな泣きそうな目でおれを見るだけなんだよ!!」ポロポロ

怒りの矛先をどこに向けたらいいのかわからなくなったからか、
自分の行動が酷く惨めに思えたからか、
わけがわからなくなってしまったからか、
…………俺はいつの間にか泣き出していた。

魔王「……私の……」

俺「……?」グスッ

魔王「わたしのお父さんは……わたしの前の魔王だったの……」

俺「……!!」

36: 2012/12/28(金) 01:57:49.97 ID:jo+olBoY0
『前の魔王』ってことは99代目の……親父が倒した魔王だってことだ。

つまり魔王にとって俺は親の仇の息子にあたるわけだ。

俺「だったら……だったら俺が憎いんじゃないのか!?頃してやりたいくらいに!!」

魔王「うぅん、だからわたし……あなたの気持ちがわかるの」

魔王「あなたもわたしと同じ気持ちなのかな、って思ったら……わたし…………」グスッ

堪えきれなくなったのか、魔王も泣き出した。

泣いてる女の子の上にいつまでも乗っているワケにはいかないし俺は魔王から降りて…………やっぱり泣いた。

俺は目の前に魔族の王がいるってだけで殴りかかりそうになったのに、魔王は仇の息子を前にしても相手を想う優しい心を持っていた。

それに比べて俺はなんてちっぽけで貧相な人間なんだろう?

悲しみと怒りと不甲斐なさと惨めさがさらに俺の涙腺を刺激した。

そのまま二人はしばらくわんわん泣いていた。

37: 2012/12/28(金) 02:02:16.76 ID:jo+olBoY0
落ち着いたころに俺は魔王に聞いてみた。

俺「……お前はおれたちのこと……人間のこと憎んでるのか?」

魔王「……わたしのお父さんはね、わたしが小さい頃に氏んじゃって……わたしお父さんのことあんまり覚えてないの」

魔王「だからお父さんがいないことも悲しいってあんまり思わないし……それにお母さんが言ってたの」

魔王「『人間と魔族は長い間戦争をしてるけど人間は悪い人ばかりじゃないわ』って」

魔王「だから人間みんなのことを憎んでなんかいないよ、もちろんあなたのことも」

魔王「だってこうしてわたしと一緒に泣いてくれる人が悪い人なわけないでしょ?」ニコッ

赤く腫れた眼で俺に微笑む魔王を見て俺は自分が情けなくて仕方がなかった。

俺「……さっきはひどいことしてホントにごめん……」

魔王「…………ううん、いいの」

俺「………………」スッ

俺は黙って魔王に右手を差し出した。

魔王「?」

俺「……仲直りの握手だよ」

俺「もし……もしよかったらさ、その…………これからおれと友達になってくれないかな?」

魔王「友達……」

俺「やっぱりいやかな……?」

魔王「…………うぅん、そんなことないよ。よろしくね、勇者」ニコッ

魔王は優しく俺の手を握り返してくれた。
あの優しく柔らかな、少しだけ冷たい手の感触はきっと一生忘れない。

38: 2012/12/28(金) 02:03:37.63 ID:jo+olBoY0
魔王「えへへ……『友達』か……」

俺「なんだよ、なんかおかしいのか?」

魔王「ちがうの、わたし今まで友達っていなかったから……初めて友達ができてうれしいの」

俺「え?」

魔王「小さい頃から部屋で魔法とか政治の勉強ばっかりだし、お城にはわたしみたいな子供なんていないし……だからあなたが初めての友達なの」

俺「そうなんだ……」

魔王「そうだ!!あなたをわたしのとっておきの場所に連れていってあげる」

勇者「とっておき?」

魔王「うん♪行くよ~」

パァッ

勇者「!?」

カァッ!!

俺と魔王を中心に地面に魔法陣が浮かび上がったかと思うと俺達は青白い光に包まれた。

それは魔王が放った転移魔法だった。

気がつくと俺達は別の場所へと飛ばされていた。

俺「な……今のって転移魔法だろ!?すげー!!」

魔王「そう?……それより見て、綺麗なところでしょ?」

その場所は森の中にある静かな湖だった。

木々の緑の中にある小さな湖はその水面にすみわたる青空を映し出していた。

森の鳥達のさえずりと虫の音以外は何も聞こえない、静かな静かな湖のほとり。

俺「…………うん、とっても綺麗なところだ」

魔王「わたしに友達ができたらここに連れてくることが夢だったんだ」

俺「そっか……連れてきてくれてありがとな」ニッ

魔王「わたしの方こそ、友達になってくれてありがと」ニコッ

39: 2012/12/28(金) 02:05:00.34 ID:jo+olBoY0
俺「……そういや魔王って何さいなの?見た感じおれとあんまり変わらないように見えるけど……」

魔王「わたし?わたしは9歳だよ?勇者は?」

俺「おれは7さい」

魔王「じゃあわたしの方がお姉さんだね」エヘヘ

俺「そっか2つしか変わらないのか……それなのにあんな転移魔法なんて使えるんだな」

魔王「まぁこれでも魔王だからね、とりあえず一通りの魔法は使えるよ」

勇者「でもすごいよ、転移魔法ってむずかしいんだろ?おれの父さんも苦手で上手くできないんだ」

魔王「たしかに上級魔法だけど練習すれば勇者もできるようになるよ。ちょっとコツがいるだけ……なんならわたしが教えてあげようか?」

勇者「ホント!?教えて教えて!!」

魔王「そうだね、勇者が転移魔法を使えるようになったらここで待ち合わせして会えるもんねっ」

それから俺は魔王に転移魔法の基礎を教えてもらった。
けどすぐにはできるようになるもんじゃないし、とりあえずその日は基本の軽いレクチャーが終わったら雑談を始めた。

俺「魔王はよくここに来るの?」

魔王「うん、お気に入りの場所だから」

魔王「お母さんがお仕事してたりお出かけしてる時はこっそりお城を抜け出して緑の国に来るの」

魔王「黒の国にも山や森はあるけど緑の国の自然が一番綺麗だし空気も美味しいから」

魔王「それでお散歩してた時にこの場所を見つけたんだ」

勇者「へぇ~」

魔王「今日もお母さんがお出かけだから抜け出してきたの」フフッ

40: 2012/12/28(金) 02:06:24.83 ID:jo+olBoY0
ここでふとした疑問が俺に生まれた。

俺「……お母さんっていくつ?」

魔王「へ?なんで?」

俺「だって魔族って人間よりずっと長生きなんだろ?何百さいなのかなーって思って」

魔王「ふふっ、お母さんは今年で30歳だよ、それに魔族はそんなに長生きしないよ」

魔王「長生きする人で100歳ぐらい、普通の人で80歳ぐらいじゃないかな?」

俺「じゃあ人間と変わらないじゃん!!」

魔王「そうなの?」

俺「うん」

俺「じゃあその……魔王は人間、た、食べたことあるのか?」

魔王「アハハ、なにそれ~そんなことするワケないじゃない。勇者は面白いね」クスクス

俺「近所のおじいさんが言ってたんだ、魔族は何百年も生きていられて人間を食べてツノが生えてて……」

魔王「嘘嘘。そんなのでたらめだよ。そのおじいさんボケちゃってるんじゃないの?」フフフ

俺「なんだそっか……でも……」

俺は魔王の言葉を聞き考えた。

41: 2012/12/28(金) 02:07:46.35 ID:jo+olBoY0
俺「そしたら人間と魔族って何がちがうんだろうな……」

俺「外見だって同じだし、ジュミョーも同じなんだろ?」

俺「何にもちがわないのに……それなのに人間と魔族はお互いを認め合えずにずーっと戦争してる……」

魔王「…………」

魔王も俺の問いに答えることはできずただ黙っていた。

俺達には想像もつかない大きな禍根が二つの種族の間にある。

そのことを子供ながらに俺と魔王は理解していた。

そして俺は……目の前にいる魔王を……いや、一人の友達を見てある考えが浮かんだ。

42: 2012/12/28(金) 02:09:17.95 ID:jo+olBoY0
俺「なぁ、魔王?」

魔王「なに?」

俺「おれは勇者のコクインを持ってる……王様もきっと次の勇者になれるって言ってくれてる」

俺「いつか立派な勇者になるつもりだ」

魔王「そっか…………そしたら……わたし達は闘わなくちゃならないね…………せっかく友達になれたのに……」ウル

俺「ちがう」

魔王「……?」

俺「おれとお前で人間と魔族を仲直りさせようぜ」

魔王「なかなおり……?」

俺の突拍子のない一言に魔王は戸惑ったみたいだ。

俺「そうさ、人間代表の勇者と魔族代表の魔王が力を合わせるんだ!!」

俺「おれたちで戦争を止めようぜ!!」

43: 2012/12/28(金) 02:10:37.27 ID:jo+olBoY0
魔王「え……そうなったらすごいけど…………でも、できるかな……?」

魔王「人間と魔族は何百年も戦争してきたんだよ?それをわたし達が止めるなんて……」

俺「おれたちだからだよ」

魔王「……?」

俺「だってこうして友達になれたじゃん!!おれたちならきっとできるよ!!」ニッ

曇っていた魔王の顔がみるみる晴れやかになっていった。

魔王「……うん、そうだね!!わたしたちだからきっとできるんだよね!!」

俺「あぁ!!」

魔王「魔族と人間が仲良くできる世界か……そんなの考えたこともなかったよ」

俺「そんな世界を作るのがおれたちの夢だ」

スッ……

魔王は右手を小指だけ伸ばして俺に向けてきた。

44: 2012/12/28(金) 02:11:53.23 ID:jo+olBoY0
俺「?」

魔王「指切りしよ、勇者」

魔王「2人で平和な世界を作ろうって約束するの」

俺「へへっ、わかった」

キュッ

俺は魔王の小指に自分の小指を絡ませた。

俺「うん……よし」ニッ

魔王「えへへ……」ニコリ

魔王「そういえば勇者はどうしてあんな山奥に来ていたの?」

俺「それは父さんに連れられて…………って、あ!!そろそろ戻らないと……!!」

魔王「そっか、わたしもそろそろお城に戻るね、きっとお母さんももうすぐ帰ってくるだろうし」

魔王「さっきの花畑のところまで転移魔法で送ってあげるね」

俺「うん、ありがとう」

魔王「また……会えるよね?」

俺「うん、当たり前だろ?」ニカッ

魔王「そうだね♪ちゃんと転移魔法練習してね」

俺「任せとけって」

45: 2012/12/28(金) 02:13:35.85 ID:jo+olBoY0
パァッ!!

地面に魔法陣が現れる。

魔王「……あ、わたしと勇者が友達なことは誰にも言っちゃダメだよ?もちろんこの場所のことも」

俺「なんで?」

魔王「だって魔王が勇者と友達だったら他の魔族達が不信感を抱いちゃうでしょ」

魔王「勇者も魔王と友達だって他の人たちに知られたら勇者に任命してもらえないかもしれないし……」

俺「わかった、じゃあ2人だけのヒミツだな」

魔王「そういうことっ」

魔王「……それじゃ勇者、またね」ニコッ

俺「うん、またな」ニッ

カァッ!!

魔王の笑顔を見たと思ったら元いたところ――――小高い丘の花畑に立っていた。

46: 2012/12/28(金) 02:15:20.87 ID:jo+olBoY0
「おーーい、勇者ーー!!どこだーー!?」

少しすると聞き覚えのある声が森の中から聞こえた。
親父の声だった。

俺「父さーん!!こっちだよー!!」タタッ

俺は声のする方へ駆けながら言った。
親父もこっちの声に気づいたみたいですぐ見つけてくれた。

親父「まったく、遠くに行きすぎるなと言ったのに……」ハァ

俺「へへっ、ごめんごめん」

俺「もう1人の友達は来てくれたの?」

親父「ん?あぁ、まぁな、久しぶりに会ったが元気そうで良かったよ」

親父「……さて、近くの街まで帰って緑の国の魔法使いに白の国まで飛ばしてもらわないとな」

俺「え~……?また歩くの?父さんが転移魔法使えればすぐ帰れるのに……」ブツブツ

親父「仕方ないだろう、私は転移魔法が苦手なんだ。どこに飛ぶかわからんのはお前も知っているだろ?」

親父「試しに使ってみてこの前みたいに無人島にでも飛ばされてみるか?」

親父「それはそれで面白そうだが……」フム

俺「そっちの方がヤだよ……いいよ、さっさと行こうぜ」

親父「なんならおぶってやろうか?」

俺「いい!!自分で歩く!!」

47: 2012/12/28(金) 02:17:38.68 ID:jo+olBoY0
白の国に帰ってから俺はその日魔王に教えてもらった転移魔法の基礎を毎日練習して、二ヵ月後やっと転移魔法が使えるようになった。

七歳の子供が上級魔法を使えるようになったから周りは「やっぱり大勇者様の子供だ」って騒いでたけど実際は魔王のおかげだった。

喜び勇んで魔王との秘密の湖に飛んでみると缶が置いてあって中には魔王から手紙が入っていた。

お互い湖に来たときは返事を書いて缶に入れて連絡を取り合おうというものだった。

何回か手紙のやりとりをしてお互い都合の合う日を探して、初めて魔王に会ってから半月後、やっと魔王と再会を果たした。

魔王が俺に

『遅刻だ!!』

と言ったのはその時が最初だった。

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode02】

引用: 勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」