115: 2012/01/26(木) 23:32:18.38 ID:3bTjqtKco

勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」【前編】


とある山奥。

魔法使い「あのバカのせいで、事務所捨てる羽目になったわ……」

魔法使い「まあ、別に、私がついていく必然性もないんだけど」

魔法使い「あいつがガチで無計画なものだから、お鉢が回ってくる感じで……」

魔法使い「大体、戦士はとっとと村に帰っちゃうし」

魔法使い「僧侶は子どもを連れて一時避難」

魔法使い「そうなると私しか残ってないってのがもうね」

魔法使い「放っておくと、平気で無茶無理無謀を押し通そうとするし」

勇者「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ?」
はたらく魔王さま!(22) はたらく魔王さま! (電撃コミックス)
116: 2012/01/26(木) 23:32:44.86 ID:3bTjqtKco
魔法使い「うるさいわね! あんたのことで頭を痛めてるだけよ!」

勇者「ええー? だって、俺、お前にはまだ要望を聞いてないぜ」

魔法使い「……安請け合いした依頼を言ってみなさい」

勇者「おう! まず新しい孤児院を建てる土地がほしい」カサカサ

魔法使い「うん」

勇者「それから、農作物の研究者を探して欲しい」

魔法使い「うん」

勇者「それから、お嫁さんにしてほしい」カサッ

魔法使い「ああ?」

少女「……」ジー

117: 2012/01/26(木) 23:33:12.51 ID:3bTjqtKco
魔法使い「おい、クソガキ」

少女「……なに、おばさん」

魔法使い「チッ。消されたくなかったら、とっとと消えうせろよ……?」

少女 ビクッ  テテーッ

勇者「いやあ、お嫁さんねー。かわいいじゃん」

魔法使い「なんであの子どもを連れてるのよ」ヒソヒソ

勇者「ついてきたんだからしょうがないだろ」ヒソヒソ

魔法使い「口リコン」

勇者「バカいえ。将来の結婚相手と考えれば、有望株だろ?」ヒソヒソ

魔法使い「それはおくとしても」

118: 2012/01/26(木) 23:34:17.07 ID:3bTjqtKco
魔法使い「どうやって、土地やら専門家やらを見つけ出すのか、言ってみなさい」

勇者「それはお前が止めたんだろ?」

魔法使い「いきなりお城に向かって『孤児院を建てたいんですが、この辺の土地を頂いても構いませんね!』とか言い出すからでしょ?」

勇者「結構、いけると思ったんだけど」

魔法使い「どんな横暴君主なのよ。勇者だからって土地を拡張しろなんて突然言って、通るわけないでしょ」

勇者「えー」

魔法使い「専門家はどうするつもりだったの」

勇者「お前の知識で」

魔法使い「……私は知ってる限りは戦士に教えたわ」

勇者「使えねぇ」

魔法使い「……天に轟く……」

勇者「呪文唱えるなよっ!」

119: 2012/01/26(木) 23:34:45.54 ID:3bTjqtKco
魔法使い「だから、こうして私が計画案を作ったんでしょうが」

勇者「便利だな」

魔法使い「……闇の底に膨れ上がる……」

勇者「ほめただろ!?」

魔法使い「どこがよ」

勇者「と、とにかく、お前の腹案ではだな、まず新しく町を作ると」

魔法使い「そう」

勇者「そしてその町の周辺の土地を利用して孤児院をつくり……」

魔法使い「うん」

勇者「勇者の名前を使って、専門家を募集すると」

魔法使い「そういうこと」

勇者「十分むちゃくちゃじゃん!」

120: 2012/01/26(木) 23:35:18.79 ID:3bTjqtKco
魔法使い「どうして? まだ人の手が及んでいないところに住んじゃえば、町は作れるわ」

勇者「そ、そうかもしれんが」

魔法使い「とにかく、こうして私の手を煩わせた以上、徹底的にやってもらうわ!」

勇者「くっ」

魔法使い「そして放棄した事務所は、あんたのその町に作ってもらうことにするわ」

勇者「寄生する気かっ」

少女「……」ジー

勇者「お、おお、なんだよ」

少女「おばさんに、負けないで」

魔法使い「よーし、お姉さん、野外で魔法の練習しちゃうぞー、誰が巻き込まれてもどうでもいいわー」

勇者「やめろ!」

121: 2012/01/26(木) 23:35:58.37 ID:3bTjqtKco
一方、その頃―――

側近「魔王様が亡くなってから暇よね」

魔物「……そっすね」

側近「魔界に帰りそびれちゃったしね」

魔物「……そっすね」

側近「……」

魔物「……」

側近「もう! なんなのよ! こっちが話し振ってるのに!」

魔物「そんなことを言われましても」

側近「大体、決戦に間に合わなかったのは誰のせいよ!」

魔物「ご自分で計画したんでしょ」

側近「なんか気がついてたなら報告してよ!」

魔物「……そっすか」

122: 2012/01/26(木) 23:36:31.18 ID:3bTjqtKco
側近「私の計画は完璧のはずだったわ」

魔物「……」

側近「勇者たちは魔王城だろうと必ず家捜しをする。そこを突いた計画だった」

魔物「……そっすね」

側近「隠し部屋に強力な装備を用意し、必氏になって見つけたところで一斉に襲い掛かる」

魔物「……」

側近「城内の探索ですでにぼろぼろになった勇者を一網打尽にする」

魔物「……」

側近「完璧な計画でしょ」

魔物「……スルーされましたが」

側近「そうよ! 気がつかねぇでやんの!」

魔物「われわれも決戦に気がつきませんでしたけど」

側近「言うな!」

123: 2012/01/26(木) 23:37:25.33 ID:3bTjqtKco
側近「まさか魔界と通じているゲートまで封じられるとは思ってなかったわ」

魔物(なんでこいつ、魔王様の側近だったのかなぁ)

側近「せっかくの装備も宝の持ち腐れだし」

魔物「勇者倒したらいいじゃないすか」

側近「む、無理に決まってるでしょ」

魔物「……」

側近「私たちが強さを維持できたのも、魔王様の闇の力によるものだったのよ」

魔物「へー」

側近「おまけに、こちらはもう数の上でも負けているし」

魔物「でも、強力な装備があるわけですし」

側近「強力だけど、呪われているのよね」

魔物「……」

124: 2012/01/26(木) 23:37:51.40 ID:3bTjqtKco
魔物「まあでも、いつまでもここでうだうだしてもしょうがないのでは?」

側近「う、うるさいわね」

魔物「魔王様のご遺志を継いでとか言ったら、格好良く見えますよ」

側近「バカね、魔界への道が封印され、補給ルートも断たれたのよ」

魔物(確かに補給が途絶えてから、戦うどころじゃない)

側近「ああ、こんなことなら、ボーナスまで我慢せずに、魔界スイーツバイキング行っておくんだった……」

魔物(そっちかよ)

側近「あんたも未練があるでしょ?」

魔物「はあ。飼ってるスライムが心配ですね」

側近「……スライムなんか飼ってるの?」

魔物「まあ」

125: 2012/01/26(木) 23:38:29.91 ID:3bTjqtKco
側近「ええー!? 全然見えない」

魔物「……あいつら、勝手に増えるし、すぐ変なもの食べるんすよ」

側近「ああ、スライムは増えるよね」

魔物「食べたもので柔らかくなったり、硬くなったりしますし」

側近「そ、そうなんだ」

魔物「……」

側近「え、終わり?」

魔物「いや、帰れなかったら、心配してもしょうがないですし」

側近「何言ってるのよ。このまま帰れるわけないでしょ」

魔物「……」

側近「魔界に帰るにしても、なんかこう、精霊を半頃しにしましたとか」

魔物「……そっすか」

126: 2012/01/26(木) 23:39:03.44 ID:3bTjqtKco
側近「いやあんたね、きっと魔界じゃ、次期魔王の争いをしてるでしょ」

魔物「……そっすね」

側近「そしたら、私たちが帰ったらもう大体決まってるでしょ」

魔物「……そっすね」

側近「じゃあ再就職っていう時、『あなたは人間界に留まって何をしていましたか』って聞かれるでしょ」

魔物「……そっすね」

側近「なんて答えるの?」

魔物「『魚採ってました』」

側近「今日のおかずじゃない!」

127: 2012/01/26(木) 23:39:39.05 ID:3bTjqtKco
側近「どうするのよ、それで」

魔物「いや、魔界へのゲートの封印を解けば、評価してもらえるんじゃないすか」

側近「バカ、態勢が整わないうちに解いたら、今度は人間側が侵略するわよ」

魔物「……」

側近「そうなったら再就職もクソもないでしょ」

魔物「どの道、封印を解かないと魔界に帰れないじゃないすか」

側近「だから! 向こうが態勢を整えて、こちらに来る間に、ここで一旗上げようって作戦なのよ」

魔物(何百年ここで暮らすつもりだ)

側近「ふふふ、勇者……は、無理でも、勇者の子孫くらいなら行けそうじゃない?」

魔物(すでにへたれているし)

128: 2012/01/26(木) 23:40:07.14 ID:3bTjqtKco
魔物「だったら、今から行動して、こう、人間の闇の心を増幅させるとかしないんすか」

側近「まあ、待ちなさい。二匹で行動してもたかがしれてるわ」

魔物(争いの種を撒くとかすればいいのに)

側近「きっと取り残された魔物が、魔王様を慕って集まってくるはずよ」

魔物「この数ヶ月、誰もここに来ませんでしたが」

側近「大丈夫よ! 私も点呼の時はよく遅れて、魔王様に叱られたわ」

魔物(ダメだこいつ)


―――がさがさっ


側近「!」

魔物「……」

側近「誰か来たわ!」

魔物「いや、隠れましょうよ」

129: 2012/01/26(木) 23:40:41.90 ID:3bTjqtKco
勇者「だからよー、魔王城だったら、最初から城があるし、いいかと思ったんだよ」

魔法使い「ここまで来て何だけど、やっぱりイメージ悪いわ」

少女「ここ怖い……」

魔法使い「ほら、この子も言ってるじゃない」

勇者「けどさ、実際のところ、戦闘でぼろぼろになったと言っても、まだかなり立派だぜ?」

魔法使い「確かにそうだけど、何、あんたは新たな魔王にでもなるつもり?」

勇者「ふむ……」

魔法使い「真面目に考えないでくれる?」


側近「み、み、見なさい、勇者よ!」

魔物「そっすね」

側近「ふ、二人だし、子連れだし、チャンスじゃね!」

魔物(汗だくになっている)

130: 2012/01/26(木) 23:41:13.13 ID:3bTjqtKco
少女「お兄ちゃん、魔王になるの?」

勇者「嫌か? まあ、お前の父ちゃん母ちゃんは魔物になー」

少女「……」

魔法使い「……デリカシーがないわね!」

勇者「な、なんだよ」

少女「じゃあ、私、魔女になる!」

魔法使い「は?」


側近「よおし、魔物、ま、まずはあのちびっ子を人質に取るのよ!」

魔物「待ってください、他に仲間がいたらどうするんです?」

側近「大丈夫よ! みみみ、見た感じ親子連れでキタっぽいし!」

魔物「……見た感じ?」

131: 2012/01/26(木) 23:41:46.55 ID:3bTjqtKco
魔法使い「そうなの、魔女になりたいの」

少女「お、お兄ちゃんが魔王になるならね」

魔法使い「知ってるかしら。魔女って狼としたり、赤ん坊を食べたりするのよ?」

少女「!」

魔法使い「魔法使いより、何倍も恐ろしいのよ」

少女「う、うう……」

勇者「おい、いじめるなよ!」


側近「ちょっと、手柄を立てなきゃって言ったのはあんたでしょ」

魔物「……あなたですよ」

側近「あ、あんたがやらないなら、わ、私がやるわ」

魔物「はあ」

側近「人、人、人、ごくん」

魔物「……」

132: 2012/01/26(木) 23:42:19.20 ID:3bTjqtKco
側近「よし! 気合が入った!」ガクガク

魔物(ひざが笑ってる)

側近「いいこと、私が子どもをさらう、あんたが勇者に突っ込む。完璧なささ作戦ねね」

魔物「全然完璧じゃないですが」

側近「だだだ、だったら、あんたに何かいい案があるって言うの?」

魔物「そっすね。交渉してみてはいかがです?」

側近「こ、交渉?」

魔物「ええ。勇者が一度攻略したアジトにわざわざやってくる理由は、何かを探している以外にありえません」

側近「な、何言ってるのよ、相手は魔物相手にゃ見敵必頃しちゃう連中なのよ」

魔物「いやー、魔王様を破った以上、あえて魔物を屠る理由はないんじゃないですか」

側近「バカ! ここには呪われたとはいえ、強力で貴重な装備品があるのよ! やつらにとっちゃそれだけで……」

勇者「ほう」

133: 2012/01/26(木) 23:42:46.67 ID:3bTjqtKco
側近「勇者ー!?」

魔物「……」グルルル

勇者「まあ、何かしら出るだろうとは思っていたが、強力で貴重な装備品を持っている魔物が大騒ぎしているとはな」

魔法使い「気づかないうちにやっちゃえばよかったのに」

少女「私もそう思う」

勇者「ふっはっは、いや、ここは一つ、腕を確かめるのが筋だろう」チャッ

側近「くっ」

魔物「……」


勇者が剣を構えて、不敵に笑う。

魔物は自身の鋼のような鱗に触れてみた。硬さには自信がある、つもりだった。
しかし、やすやすと仲間が屠られた噂を聞いていたため、それが紙のようなプライドに過ぎないことも知っていた。

悪魔族の側近が、魔物を盾に隠れる。

134: 2012/01/26(木) 23:43:13.55 ID:3bTjqtKco
勇者「どうした、かかってこないのか」チャキ

魔法使い「やらないなら私がやるわよ」ボッ


二人が武器を構える。

二対二の格好になるが、その表情はまるで違う。
片側は自信に満ち溢れた歴戦の戦士のそれで、もう片側はただひたすら険しいだけだった。

緊張に耐え切れなくなったか、悪魔の娘が叫ぶ。


側近「……ふ、ふふふ、この魔物は竜の鱗を持つ戦士なのよ! 並みの剣や魔法では貫けないわ!」

勇者「並じゃなきゃいいんだな?」

側近「え」

魔物「黙っててくださいよ、割とマジで」


魔物(どうする……?)

135: 2012/01/26(木) 23:44:06.29 ID:3bTjqtKco
魔物「……勇者よ」

勇者「なんだ?」

魔物「私が戦う意思がないと言ったら、武器を収めてくれるか?」

勇者「なんだ、やる気がないのか」

魔法使い「ちょっと、魔物に耳を貸してどうする」

少女「お兄ちゃん?」


魔物(……チャンスだな)


魔物「勇者よ。もはやわれらは魔王様を失い、たとえ戦って貴様の首を手に入れようと何の意味もない」

勇者「ほうほう」

魔物「魔界への道が閉ざされたゆえ、故郷に帰るに帰れない」

魔物「われらの望みは、ただ魔界に帰ることだけなのだ」

136: 2012/01/26(木) 23:44:38.59 ID:3bTjqtKco
魔物「どうだろうか、戦争が終わったのであれば、頃しあう必要はない」

勇者「確かになー」

魔物「魔物を許せぬ人間もいるだろう。しかし、私も戦友をお前に奪われたりもした」

勇者「ああ。お前みたいなやつはずいぶん倒した」

魔物「そうだろう……だが、さらに憎みあうこともなかろう」

勇者「……」

魔法使い「勇者! いい加減、そいつを倒しなさい」

勇者「なんでだ? かわいそうじゃんか」

少女「お、お兄ちゃん」

137: 2012/01/26(木) 23:45:11.75 ID:3bTjqtKco
魔物「お前たちを傷つけることはしない。他の人間への復讐もしない」

勇者「本当か?」

魔物「……装備品も渡す。代わりに、われらを見逃し、できるならば、魔界へ帰してほしい」

勇者「ふーん、そうか」

魔法使い「あんたね……!」

勇者「だって、故郷に帰れないなんて寂しいだろ?」

少女「……」

勇者「お前も、そう思わないか」

少女「それは……でも……」


側近「何言ってるのよ!」バンバン

138: 2012/01/26(木) 23:45:38.08 ID:3bTjqtKco
側近「あんたね、よりにもよって勇者と妥協してどうするのよ!」

魔物「……は?」

側近「魔界に帰っても、どうせごみクズ扱いなのよ!? だったら勇者の首を一つでも二つでも取っておかないと!」

魔物「……黙ってくださいよ、本格的に」

側近「再就職のこと考えてるの? 帰って職なしだったら、結婚もできないわよ!」

魔物「いや、大体、竜系の魔物は、イケメンがかっさらっていくんで」


魔法使い(竜族にイケメンがあるのかよ)

少女(結構、この人もかっこいいと思うけど)


側近「バカ、顔より年収、顔より年収なんだからね!」

勇者「魔物って大変なんだな」

139: 2012/01/26(木) 23:46:14.67 ID:3bTjqtKco
勇者「まあ、そういうことなら、お互い首を賭けあおうか」

魔物「……いやほんと、やる気のあるバカほどいらないものはない」

魔法使い「力持ちのアホも困るけどね」

魔物「……確かに」

側近「安心なさい! あんたが盾になってるところで、私が魔法をぶちかましてやるわ!」

魔物(なぜ作戦を全部しゃべるんだろう)

勇者「よし、まずはあのアホを狙うぞ」

魔法使い「アホがアホ呼ばわりしてるわ」

側近「何よ、人間のくせに!」


少女「あ、や、やめて……!」

勇者「おお?」

140: 2012/01/26(木) 23:46:45.64 ID:3bTjqtKco
勇者「お、おい。腰に抱きつかれると危ないだろ」

少女「や、やめてよ、やめて!」

勇者「あ、ちょっと、変なところを触るんじゃない」

少女「け、ケンカしなくて済むなら、その方が……!」

魔法使い「ふん」ゴン

少女「きゅう」

勇者「……お前、杖で叩くとか下手すると氏んでるぞ」

魔法使い「混乱に効くのは、ぶん殴ることよ」


魔物「容赦なく殴ったすね」

側近「容赦なく子どもを殴ったわね……」

147: 2012/01/29(日) 23:28:32.02 ID:yjXE6fBSo
側近「ふ、ふ! 少し驚かされたが、もう遅い! この私の力を見せ付けてあげるわ!」

魔物(む……そうか)

魔物「……側近殿」

側近「な、なによ。もう、あんたまで私の格好いいポーズに水を差さないでよ」

魔物「……この状況を打破する良い方法を思いつきました」

側近「え、いや、だからあんたが盾で、私がどかーんと」

魔物「それよりもよい方法です。耳をお貸しください……」

側近「な、なんなの」コソコソ

魔物「ふん」 ごんっ!

側近「むぎょぶ」ぼきり。

ばたっ


魔物「……さあ、これで邪魔者はいなくなった」

勇者「いやいやいや」

148: 2012/01/29(日) 23:29:02.08 ID:yjXE6fBSo
魔物「……どうした?」

勇者「こっちが聞きたいよ!」

魔物「これでお互いに冷静になって話し合えるというものだ」

勇者「……おい、魔法使い。お前のせいだろ、これ」

魔法使い「引くわー」

魔物「……そうか?」

魔法使い「というのは冗談にしても、そこまでして戦いを避ける理由が分からないわ」

魔物「すでに戦争は終わった。人間を襲うメリットがなくなったからな」

勇者「割とクールなんだな、魔物って」

魔物「……人を一人襲うたびに、金貨一枚。実家に振り込まれていた」

勇者「歩合制かよ……」

149: 2012/01/29(日) 23:29:32.32 ID:yjXE6fBSo
魔物「私も最初は、一矢報いることも考えていたが」

勇者「ほうほう、そういうのがいいね、俺は」

魔物「……だが、いまやカウントしてくれる悪魔もいない」

魔法使い「まあ、魔界に追い返しちゃったものね」

魔物「無論、プライドもないわけではないが、お前たちに真正面からぶつかって勝てるとも思わん」

魔法使い「なるほど。要するに、自分たちは本当に故郷に帰りたいだけだと」

魔物「……現状、直属の上司がこの様では、お前たちの方が頼りになりそうだ」

勇者「はっきり言うな」

魔法使い「そういうのは嫌いじゃないわ。ただし信用もしないけど」

魔物「……そうか」

魔法使い「私から提案するのは、不可侵条約かしら」

勇者「不可侵じょーやく?」

150: 2012/01/29(日) 23:30:08.30 ID:yjXE6fBSo
魔法使い「そう、お互いに攻撃しあわないという取り決めよ」

魔物「……」

魔法使い「私たちは、ここら辺は魔王の瘴気が残っているので危険だという情報を流す。あんたたちも代わりに出てこないようにする」

魔物「……なるほど」

魔法使い「その間に、魔界に帰る方法なりを見つけ出しなさい」

勇者「おう、お前にしちゃまともな提案だな」

魔法使い「ただし、ここから少し離れたところに私たちは町をつくるわ。もし、あんたたちが余計な行動をしたら、即座に潰せるようにね」

勇者「お、おう」

魔物「……そういうことなら、側近殿も納得するだろう」

勇者「す、するのか?」

151: 2012/01/29(日) 23:30:35.25 ID:yjXE6fBSo
勇者「でもよ、魔物的にはチャンスもあるんじゃないのか?」

魔物「……何がだ?」

勇者「だって魔物がいなくなって逆に、人間同士が争っているんだぜ」

魔法使い「このアホ!」ボッ

勇者「やめろ! 燃やすな!」

魔法使い「そういう余計な情報を与えてどうするのよっ!」

魔物「……なぜ人間同士で争うのだ? 集まって生きるのがお前たちの生き方ではないのか」

勇者「いやそれがさ」

魔法使い「……燃え滾る炎に、身を焦がし……」

勇者「分かったから!」

152: 2012/01/29(日) 23:31:10.06 ID:yjXE6fBSo
魔物「……だとすると、われわれ以外の魔物がいまだ暗躍しているのかもしれん」

勇・魔「!」

勇者「……その発想はなかったな」

魔法使い「確かに。でも、こうして魔物がいるってことは、考えられなくはないわね」

勇者「まあ、単に強欲な連中同士で争ってる可能性も否めないが」

魔法使い「政治的な解決策以外も視野に入れるべき、というわけよ」

魔物「……おい」

勇者「な、なんだ?」

魔物「もう一つ、これはお願いになるのだが……」

魔物「もし、他に魔物がいて、戦わずに済んだなら、ここに連れてきてくれないか」

魔法使い「……」

勇者「そりゃまた、でかいお願いだな」

153: 2012/01/29(日) 23:31:38.20 ID:yjXE6fBSo
魔法使い「いいわよ」

勇者「い、いいのか?」

魔法使い「私たちにとっちゃ、不可侵条約さえ守ってもらえればいいわけだからね」

魔物「……助かる」

魔法使い「ただし、兵力が増えたーって調子に乗ってると、ひどい目にあうからね」

魔物「……」

勇者「うんって言っとけ。ああ言ったら、本当にひどい目にあわせるからな、やつは」

魔法使い「あんた、どっちの味方よ」

魔物「ついでに、この装備品は」

魔法使い「金にならないからノーサンキュー」

魔物「……そうなのか? 強力な装備だが」

魔法使い「呪われている装備なんて、誰も欲しがらないのよ」

154: 2012/01/29(日) 23:32:08.32 ID:yjXE6fBSo
魔物「しかし、そういう装備以外にお前たちに得るものは……」

勇者「いやいや、最初はこの魔王城を新しい町にしようかと思ってたんだけど」

魔物「……そうなのか?」

魔法使い「だからパスよ、パス。少し離れたところに町を作るわ」

魔物「……ふむ」

勇者「何かあるのか?」

魔物「いや、それならばここから北へ行くと、多少開けたところが出てくる。海も近いし、移動しやすいだろう」

魔法使い「あら、気が利くわね」

魔物「お互い様と言っておこう」


魔法使いと魔物は、互いににやりと笑って見せた。

155: 2012/01/29(日) 23:32:46.41 ID:yjXE6fBSo
―――しばらくして。

側近「……ん、んう」

魔物「……」

側近「すみません……魔王様……プリンを勝手に食べたのは、私じゃなくて……魔物……」

魔物(寝言がひどい)

側近「はっ!」ガバッ

魔物「……お目覚めですな」

側近「ゆ、勇者は!?」ジュル

魔物「追い返してやりましたよ」

側近「お、追い返してどうするのよ! 首を取らなきゃ」

魔物「そう簡単に倒せるものではないでしょ」

156: 2012/01/29(日) 23:33:16.42 ID:yjXE6fBSo
側近「くっ、勇者を倒していたら、一気に上役ゲットできたのに!」

魔物「……魔界に帰れたら、の話でしょ?」

側近「そ、そうかもしれないけどぉ」

魔物「取引をして、やつらから手出ししないようにしました。まずは魔界に通じる封印を解くことに専念してはいかがです?」

側近「まあ、退路を確保するのは重要だけどさー」

魔物(そういう言葉は知っているのか)

側近「でも、あんただって勇者を倒したらとか言ってたじゃない」

魔物「側近殿がノープランすぎたので」

側近「わ、私が無計画だって言いたいの!?」

魔物「……違うんですか?」

側近「ふ、ふん! 多少はそうだったかもしれないわね」

魔物(まだ言うか)

157: 2012/01/29(日) 23:33:42.96 ID:yjXE6fBSo
魔物「こちらからも手出しはしなければ、各地で魔物を見つけたら、ここに集まるよう呼びかけてくれるそうです」

側近「くっ、なめられてるわね」

魔物「……そうですか? まあ、お互い利用しあえばいいではありませんか」

側近「そ、そうね。相手が手を出さないなら、こちらもじっくり準備できるわけだし」

魔物「そうそう」

側近「あ、それならまずはスライムとか呼び寄せちゃう?」

魔物「は?」

側近「弱いけど、数をそろえるのにはまず便利でしょ」

魔物「……まあ、やつらは勝手に増えますけど」

側近「あんた、スライム飼ってたんでしょ? ちょうどいいじゃない」

魔物「……そっすね」

158: 2012/01/29(日) 23:34:24.47 ID:yjXE6fBSo
こちら、勇者一行。

勇者「でも、意外だなー。お前が魔物と取引なんて」

魔法使い「そりゃあね、あの魔物、知恵はあるし、話の分かるやつだったから」

勇者「そうは言うが……何かたくらんでないか?」

魔法使い「実を言うと、切り札としても考えているわ」

勇者「切り札?」

魔法使い「もし、政治的にあんたが孤立した場合よ。魔物と手を組むという選択肢があってもいいじゃない?」

勇者「お前、本気でそんなことを考えていたのかよ……」

魔法使い「もちろん、最悪の場合よ。実行しなくても、選択肢をちらつかせるだけで、圧力になる」

勇者「恐ろしいこって」

魔法使い「恐ろしいと思うなら、きりきり働きなさい」

勇者「くそっ、再就職、再就職のため……!」

159: 2012/01/29(日) 23:34:52.60 ID:yjXE6fBSo
魔法使い「……それと、いい加減、その背負ってる子も起こしなさいよ」

勇者「お前が寝かしたんだろうが。物理的に」

魔法使い「うるさいわね」

勇者「大体、年頃の女の子の頭を杖でぶっ叩くとか」

魔法使い「余計なことするからでしょ?」

勇者「お前なー、魔物にトラウマのある子が、争いはやめろって飛び出したんだぞ」

魔法使い「……」

勇者「デリカシーがないよな」

魔法使い「その言葉、そっくり返してやりたいわ。マジで」

勇者「な、何でだよ!」

少女「ん……うゆ……」

160: 2012/01/29(日) 23:35:25.67 ID:yjXE6fBSo
勇者「お、起きたか?」

少女「あたま、いたい……」

勇者「あまり無理するなよ」

魔法使い「……」

少女「あ、えっと」

勇者「よしよし。そろそろキャンプ地にするからな」

少女「り、竜のおじちゃんは」

勇者「大丈夫だ、一応、戦わなかったぞ」

少女「よ、よかった」ホッ

魔法使い「甘いわね」

少女「な、なに」

161: 2012/01/29(日) 23:35:52.03 ID:yjXE6fBSo
魔法使い「あの時はたまたまタイミングよく私が気絶させたから良かったようなものを」

勇者「良かったのかよ」

魔法使い「もしあそこで、勇者が攻撃されていたら、大ピンチだったのよ」

少女「う……」

魔法使い「魔王が滅びたとはいえ、私たちの一挙手一投足は監視されている」

少女「い、いっきょしゅ……?」

勇者「要するに行動の一つ一つが注目されているってことだ」

少女「お兄ちゃん、頭いいんだね」

勇者「まあな」エラソウ

魔法使い「要するに!」

魔法使い「……隙を見せれば、総崩れになりかねないのよ」

少女「……」

魔法使い「そうなった時、責任が取れるの? あなたは」

162: 2012/01/29(日) 23:36:22.38 ID:yjXE6fBSo
少女「そ、そんなこと……」

魔法使い「仮にも、勇者のパートナーになりたいって言うなら、そこを自覚しないでどうするの?」

少女「うっ……」グス

魔法使い「とりあえず、背中から降りて、自分の足で立ちなさい」

勇者「お、おう。大丈夫か?」

少女「ん、は、い」トッ

魔法使い「……とりわけ、これからは魔王を倒すという明確な目的があるわけでもない」

魔法使い「だからこそ、余計に判断が難しくなるのよ」

魔法使い「分かっているの!?」

少女「う」ビクッ

魔法使い「逃げるな!」

少女「ふ、ふぇ……」

163: 2012/01/29(日) 23:36:51.72 ID:yjXE6fBSo
魔法使い「分かったなら、さっさとテント張る準備しなさい」

少女「は、い……」グスグス  テッテッテ……

魔法使い「……」

勇者「うーん」

魔法使い「何か言いたいことでもある?」

勇者「いや、お前が俺のパートナーという自覚があったとはな」

魔法使い「誰があんたのパートナーよ!」

勇者「いやでも、パートナーとしての心得を話すってことは、少女ちゃんを牽制しているってことだろ? 勇者のパートナーは私よ、的な」

魔法使い「あんたね……」

勇者「でも、確かに戦士は結婚したし、お前も適齢期だもんな」ウンウン

魔法使い「おい、お前」

164: 2012/01/29(日) 23:37:18.40 ID:yjXE6fBSo
勇者「でもよ、一つ言わせてもらうが、お前って俺のこと嫌ってるだろ?」

魔法使い「はあ?」

勇者「やっぱり、義務感で結婚してやるって言うんじゃ俺も納得できないしな」

魔法使い「……なんで私が義務感であんたと結婚するのよ」

勇者「いやでも」

魔法使い「そうじゃなくて! あの子があんたと結婚したいなんて奇特なことを言うから、指導してやっているだけよ!」

勇者「嫉妬じゃないよな」

魔法使い「……頭痛くなってきたわ、マジで」

勇者「実は俺のこと好きなのか?」

魔法使い「別に嫌いでも好きでもないわよ……」

165: 2012/01/29(日) 23:37:46.58 ID:yjXE6fBSo
魔法使い「あのねぇ、あんた、お姫様も牽制があって結婚できなかったって、前に教えたでしょ」

勇者「ああ、そうだっけ」

魔法使い「そうよ。もしそういう人とも出来るとしたら、あんたが一国一城主になるということ」

勇者「ふーん、これから町を作るし、可能性は出るかもな」

魔法使い「そうよ……勇者が政治の表舞台に出るとなれば、同盟を結ぶために、こぞって女性が迫ってくるでしょうね」

勇者「いやな迫られ方だな」

魔法使い「ということはね、下手すると、そういう争いにあの子も巻き込まれるわけ」

勇者「ほうほう」

魔法使い「心構えは必要でしょ? 牽制とかじゃないわ」

勇者(言い訳くさいな)

166: 2012/01/29(日) 23:38:21.86 ID:yjXE6fBSo
勇者「じゃあ、お前の気持ちはどうなんだよ」

魔法使い「はあ?」

勇者「お前だって、俺に付き合わんでも良かったじゃないか」

魔法使い「そうね……」

勇者「事務所も放り出しちまったし」

魔法使い「そうねぇ……」

勇者「探検隊の仕事も最後まで確認できなくなったし」

魔法使い「そうねぇえ……」

勇者「そうまでして俺についてくるってことは、実は惚れてるんじゃないのか」

魔法使い「なんか腹立ってきたから、ぶちのめしていいかしら」

勇者「おい!? 愛情表現にしちゃ痛いぞ!」

167: 2012/01/29(日) 23:38:43.09 ID:yjXE6fBSo
勇者「あ!」

魔法使い「何よ」

勇者「よくよく考えたら、お前も今、無職じゃん!?」

魔法使い「……」

勇者「わははは! 無職、無職ー!」

魔法使い「……」

勇者「いろいろ投資したのに回収できねぇでやんの!」

魔法使い「ねえ」

勇者「わはは……は?」

魔法使い「そこまで言うなら、あんた30年くらいタダ働きでいいわよね」

勇者「さ、さんじゅう?」

魔法使い「私の投資分を回収できるまで、あんたをこき使っていいのよね」

勇者「……」

168: 2012/01/29(日) 23:39:16.86 ID:yjXE6fBSo
勇者の故郷。

商人「……探検隊に投資したら、生活費がなくなってしまったでござる」

商人「やべー、やべーよ。そりゃ商売なんてやったことなかったからだけどさ」

商人「配当金が出るのが一年後ってどういうことだよ」

商人「大体、退職金をほとんど全部突っ込んだらそりゃ生活できるわけねーもんよ」

商人「くっそ、マジでやべーよ。そりゃ城の裏門なんか、魔物がいなくなったら常駐させとく必要ないけど」

商人「せめて倉庫番とかで食らいついておくべきだったよなー」

商人「どうすんだよ、もう実家は頼れないし」

169: 2012/01/29(日) 23:39:44.04 ID:yjXE6fBSo
商人「大体、おかしいと思ったんだよなー」

商人「門番を退職した直後に、探検隊募る! とか言い始めて」

商人「冒険の経験がないって言ったら、お金を投資するだけでもよし、とかさ」

商人「あれ、絶対、退職金を回収するつもりで出した手だったんだよ」

商人「国の財政的には、人件費を削減できるし、放出も少ないし、そりゃうまい手だよ」

商人「ペーペーの元門番が手を出せる世界じゃなかったんだよ」

商人「どうすんだよ、マジでやべーよ」

商人「もう元手がないし、いつまでも宿には泊れないし」

商人「くそ、酒場にでも行くか!」(職探し的な意味で)

170: 2012/01/29(日) 23:40:14.50 ID:yjXE6fBSo
商人「ちはーっす」

マスター「あら、商人君ね。こんな昼間から」

商人「へへへ、ども」

マスター「何を飲むつもりなの?」

商人「いやいや、もう飲むお金なんかないっすよ。水とかで……」

マスター「もう、毎回それね」

商人「お、お金を突っ込んじゃって……なんか仕事がないかなってー」

マスター「悪いけど、そう景気のいい話はないわ」

商人「またまた、結構儲かってるんでしょ?」

マスター「うーん、魔物が活発だった時代は、勇者さんが仲間を探したり、冒険者でパーティー組んだり、それなりにここも賑わっていたんだけどねー」

商人「そうなんすか」

171: 2012/01/29(日) 23:40:41.53 ID:yjXE6fBSo
マスター「安心して飲めるようになった代償なのかしらね」

商人「……じゃあ、ここのお店で雇ってもらうってわけにも」

マスター「今はウェイターも募集してないの」

商人「まいったなー」

マスター「ごめんなさいね」

商人「あ、そうだ! せっかく勇者さんの故郷なんだから、勇者が好きな酒とかで売り出したらどうっすか?」

マスター「え?」

商人「勇者さんのサインとかもらってきて、売るんすよ。いやー、俺って頭いいかも」

マスター「え、でも、それは」


女商人「……バカの極みね」

172: 2012/01/29(日) 23:41:23.02 ID:yjXE6fBSo
商人「な、なんだと。ていうか、あんた誰だ」

マスター「あら、商人君は知らないの? この人は、女商人さん。あちこち回ってるんだけど、うちのお酒の仕入れもお願いしてるの」

女商人「……最近、浮浪者が酒場に来ているって聞いてたけど」

商人「誰が浮浪者だ! 俺もあんたと同じ、商売人だ」

女商人「商売人が聞いて呆れるわ」

商人「なんだと……」

マスター「あのね、商人君。女商人さんは、昔、勇者さんのパーティーにいたこともあったのよ」

商人「え、マジすか!?」

女商人「……」

商人「そ、そうとは知らず、失礼しました」

女商人「今、あんたは三つ無能を晒したわ」

173: 2012/01/29(日) 23:41:55.40 ID:yjXE6fBSo
商人「……は?」

女商人「一つは、相手を知らずになめた態度を取ったこと。もし顔の知らない取引先だったらどうなってた?」

商人「う、おう」

女商人「一つは、自分の儲け話を垂れ流したこと。うまく行くならさっさとやってるはずだから、自分には実行力がありません、と宣伝しているようなもんだわ」

商人「お、おう」

女商人「最後に、その肝心の儲け話が大間抜けだってこと」

商人「な、なんだと?」

マスター「お、女商人さん、何もそんなこと言わなくても」

女商人「……それもそうですね。マスター、これ、『戦士の村のおいしいワイン』です」ドン

マスター「あらぁ~、いつもありがとう」

174: 2012/01/29(日) 23:42:25.83 ID:yjXE6fBSo
商人「お、おい! おい!」

女商人「何かしら」

商人「大間抜けって言ったけど、戦士ってあの勇者一行の戦士だろ? 戦士のブランドがあるなら、勇者のブランドがあってもいいじゃねぇか!」

女商人「……はぁ~」

商人「な、なんだよ。間違ってるか!?」

女商人「戦士さんと勇者さんの違いって分かる?」

商人「はあ? そんなの、あれだ。勇者はリーダーで、戦士は……」

女商人「……戦士さんは、郷里で農業を営んでいるのよ」

女商人「確かにワインは彼の仕事と直接関係がないけれど、世界を救った仲間が作ったおいしい野菜と、その村の名前を売り出してきたわ」

女商人「つまり、戦士さんのブランドは、かつての勇者一行であることと、実際に優れた農業を行っている両面によって作られたものなの」

商人「お、おう」

175: 2012/01/29(日) 23:42:52.89 ID:yjXE6fBSo
女商人「一方の勇者さんは? 世界を救った以後、雨後のたけのこのように、勇者グッズの店が世界中に広がったわ」

女商人「今でも新しくオープンしている。けれど、そんなもの、いずれ忘れられてしまう」

女商人「世界を救ったこと以外、彼は他に何の業績もないもの」

商人「そ、そんなことはないだろ」

女商人「あるのよ。確かに世界で多くの魔物と戦ったわ。けれど、多くの人にとって、勇者さんの価値は、魔王を倒して世界を救ったことだけ」

マスター「……そうね。色紙のサインはお店に飾ってあるけど、もう、物珍しさはないわね」

商人「……」

女商人「もちろん、彼がどこかの王様にでもなれば別よ? 世界の英雄が、国の指導者になる。ビッグチャンスと言っていいわ」

商人「だ、だったら」

女商人「でも、彼は滞在していた国を出て以来、ふらふらと世界を回っているだけ……そういえば、どうやってサインをもらうつもりだったの? 場所も知らないのに」

商人「……」

176: 2012/01/29(日) 23:43:22.39 ID:yjXE6fBSo
マスター「……私も、勇者がパーティーを組んだ酒場! とかやってたけど、もうそれも難しいかしらね」

女商人「そうですね、あの、お城からのまとめ買いは」

マスター「それは大きいわ。けど、たとえばこのワインも、戦士さんの村と直取引した方が安いんじゃないかって意見もあるらしくって……」

女商人「ふむ……」

マスター「女商人さん、もし、いいアイデアがあったら教えてくれないかしら」

女商人「そうですね……これまでの冒険者たちとのつながりはあるんですよね」

マスター「ええ、名簿にして持っているわ」

女商人「でしたら、それを元に……たとえば、彼らの地元のお酒や物産を集めてもらうのもいいかもしれません」

マスター「あら、それならお酒の品評会なんかもいいかもしれないわね」

女商人「いいアイデアです。私も知り合いに声かけをしてみましょうか」

マスター「本当~? 助かるわ」

商人「……」

177: 2012/01/29(日) 23:43:56.74 ID:yjXE6fBSo
女商人「よっと。それじゃあ、私はこれで」

マスター「またお願いよ?」

女商人「ええ、それでは」

商人「ま、待ってくれ!」

女商人「……」

商人「頼む、俺も連れて行ってくれないか」

女商人「どうして?」

商人「あんたの言っていることに感動したんだ。俺を、あんたの弟子にしてくれ!」

女商人「嫌よ」

商人「頼む、荷物持ちでも何でもする! 俺は駆け出しだから、何をどうしていいのか分からないし」

女商人「そのくらい、自分で考えなさい」

178: 2012/01/29(日) 23:44:18.02 ID:yjXE6fBSo
商人「お願いだ。あんたの言葉で目が覚めたんだ!」

女商人「……ちっ」

マスター「女商人さん、私からもお願いできないかしら」

女商人「マスターまで……」

マスター「なんとも思っていないなら、あなたも彼にあんな話をしなかったでしょう?」

女商人「……」

商人「頼む! このとおりだ!」ゲザー

女商人「……その軽い感じ」

商人「……え?」

女商人「そういうところが、なんか勇者さんに似ているのよ、あんた」

商人「俺がぁ?」

女商人「だから、お断りするわ」バタン

179: 2012/01/29(日) 23:44:43.99 ID:yjXE6fBSo
マスター「あ、女商人さん!」

商人「……くそ! こうなったら意地でもついていってやる!」

マスター「あ、商人君まで」

商人「おい、おーい……!」バタバタ

マスター「行っちゃった……」

マスター「……」

マスター「新しい冒険の時期なのかしらね」

マスター「冒険者は集まってこないけど、何かが始まりそうな感じ」

マスター「不穏な噂もあるし……」

マスター「……よし。とりあえず、連絡の取れそうな人に、片っ端から手紙を書くわよー」

180: 2012/01/29(日) 23:54:12.35 ID:yjXE6fBSo
といったところで、今回は投下終了。

次回はしばらく空きそうです。週刊とかで考えてもらえれば。
なお、現在の要望達成表。目安です。目安。

勇者土地を探す ○(ほぼ達成)
勇者ブランド ×(売れないことが判明)
勇者世界征服 ?
勇者嫁を探す ?(本人にその気があるか不明)
勇者結婚 ?(同上)
さらば勇者 ?
トレジャーハンター ?
魔王 ?
仲間になったモンスター ?(なんか仲間にする?)
魔王軍の残党 ○
魔法使いルート △(魔法使いルートみたいなもんだが)
隠者ルート ?(鬱展開も考えるか)
城の裏門の門番 ○(商人になってるけど)

193: 2012/02/02(木) 20:25:01.73 ID:wHm6adUeo
魔王城の北。

勇者「さて、候補地が決まったわけだが」

魔法使い「町をつくるには、そうね、大工さんも必要だけど」

勇者「やっぱり商人が必要だよなー」

少女「……?」

魔法使い「女商人ちゃん辺りはどうかしら。経験があるし」

勇者「えー? でも、あの子も俺のこと嫌ってるしなー」

少女「ね、ねえねえ」

勇者「おう、どうした」

少女「どうして町をつくるのに、商人さんが必要なの?」

勇者「そりゃ、商人だからな、ほら、人買い……とか……?」

少女「え」

魔法使い「……人を集めるのが得意だからよ」

194: 2012/02/02(木) 20:25:30.38 ID:wHm6adUeo
魔法使い「村っていうのは、食べ物が作れるところに人が集まって出来るものでしょ?」

魔法使い「同じように、町っていうのは、人がたくさん行き来するところに出来るものなの」

少女「人がたくさん行き来する……」

魔法使い「これまで、魔王城に近いということもあって、この周辺には人が近寄れなかったわ」

魔法使い「でも、これからはこの周辺にも人が入ってこれるでしょう」

魔法使い「……あとは、名産品になりそうなものがあればいいんだろうけど」

勇者「ふむ。どうだ、この辺に孤児院も引っ越してくるのは」

少女「う、うん」

勇者「これから町をつくるとなれば、お前らだって働き手だ」

魔法使い「確かに、それは妙案かもしれないわ。あの国で苦労するより」

勇者「そうなったら、ゆくゆくはここで結婚して、子どもつくってってなるだろうし」

少女「そうかぁ……」

195: 2012/02/02(木) 20:25:56.77 ID:wHm6adUeo
少女は目をきらきらさせながら、辺りを見回した。

木々が途切れている野原の先には、海も向こうに見えている。
風がすっと通り抜けてきて、ようやく彼女はこの土地の自然に目を向けた。

打ち捨てられて、必氏に生きて、ここまでもずっと歩いてきた。

きっとこれからは―――


少女「うん! いいかも」

勇者「うっし、そうと決まれば、僧侶さんに連絡を取ってー、あとどうする?」

魔法使い「そうね、酒場のマスターに冒険者たちから商人を紹介してもらうのがいいかも」

少女「ねえ、私はどうしたらいい?」

魔法使い「その辺で遊んでなさい」

少女「は?」

196: 2012/02/02(木) 20:26:22.73 ID:wHm6adUeo
魔法使い「これから、まず人手を集めて、地味~な仕事をしないといけないの」

少女「でも……私、字だって書けるよ?」

魔法使い「ああそう。じゃあ、酒場のマスターと僧侶に手紙を書いて頂戴」

少女「ええと、僧侶のお姉ちゃんは知ってるけど……」

勇者「こらこら、無茶ぶりするでねえだ」

魔法使い「……そうね」

勇者「とりあえず、少女ちゃんは遊んでてもらってええかい」

少女「ぶー」

197: 2012/02/02(木) 20:26:54.53 ID:wHm6adUeo
少女「……お兄ちゃんはついてきていいって言ったけど」

少女「やっぱり、私、足手まといなのかな」

少女「よく考えたら、孤児院でもあまりすることなかったし……」

少女「……」

少女「わ、私、ニート!?」

少女「いやいや、お兄ちゃんのお嫁さんになるとかあるし……」

少女「……仕事仲間とお嫁さんは違うよね?」

少女「ああ、でも、役立たずは消えろ的なオーラが」

がさっ

少女「ひゃあああああああ!」

198: 2012/02/02(木) 20:27:27.21 ID:wHm6adUeo
竜魔物「む」

少女「ひっ」

竜魔物「……人間っすか」

少女「あ、あ、あのときの、魔物さん」

竜魔物「……? ああ、こないだ勇者と一緒にいた人間か」

さささっ

少女「ゆ、ゆ、勇者さんを呼びますよっ」

竜魔物「なるほど。こんなところまで来てしまったか」

少女「……」ドキドキ

竜魔物「……勇者が近くにいるのだろう。ほれ」ぽいっ

少女「こ、これは?」カサカサ

竜魔物「乾燥スライム」

少女「ひゃあああああああ!」

199: 2012/02/02(木) 20:27:54.06 ID:wHm6adUeo
竜魔物「……みやげにと思ってな。けっこうおいしいぞ」カミカミ

少女「き、気持ち悪いよっ」

竜魔物「……スライムは飼えばなつくし、食えばうまいぞ」

少女「か、飼う?」

竜魔物「うむ。魔界でも飼っていたんだが」

少女「……」ジーッ

竜魔物「……一匹分けてやろうか」

少女「い、いらない」

竜魔物「便利だぞ。放っておいても増えるし、教えればいろいろ仕事するし」

少女「……! 仕事?」

竜魔物「……ああ。大きくなれば乗ったりできるしな」

少女「よ、よし。教わってやろう」

竜魔物(人間は偉そうだな)

200: 2012/02/02(木) 20:28:21.30 ID:wHm6adUeo
竜魔物「まずは、ほら、そこにいるから、ぶん殴って勝ってみろ。魔物は強いものに従う」

少女「お、おお」


少女はその辺の棒を装備した。


スライム「ぴー」

少女「てやーっ!」


竜魔物(こけた。あ、思い切り当たった)


スライム「ピキー! ピキー!」

少女「よ、よし、これでどう!?」

竜魔物「そこですかさずこのモンスターボールを」

少女「これね!?」


ボールはスライムに当たった! スライムは倒れた!

201: 2012/02/02(木) 20:28:47.62 ID:wHm6adUeo
少女「た、倒したよ!?」

竜魔物「……すまん。冗談で頃してしまったな」

少女「え、ええええ!? 頃しちゃった!?」

竜魔物「次にいこう、次」

少女「……おじさん、本当にスライム飼ってたの?」

竜魔物「本当だ。魔界ではスライム服も買っていたほどのブリーダーだったぞ」

少女「なら、もうちょっと愛情持とうよ……」

竜魔物「強くなければ飼う価値もないからな」

少女(なんか矛盾してる……)

竜魔物「む。まだこいつは息があるな。よし、薬草を塗って……」

スライム「ぴ、ぴー」

竜魔物「これで今日からこのスライムの主人はお前だ」

少女(氏にかけてる……)

202: 2012/02/02(木) 20:29:14.62 ID:wHm6adUeo
竜魔物「元々、スライムは成長が速い」

少女「う、うん」

スライム「ぴ、ぴー……」

竜魔物「餌は硬いものをやれば硬くなるし、柔らかいものを食わせれば柔らかくなる」

少女「そ、そう」

スライム ゼエハアゼエハア

竜魔物「仕事を教えるコツだが、命令すれば自分で覚えるからな。あまり構ったりせずに、時々、うまくやるポイントを教えてやるだけでいい」

少女「わ、わかったけど」

スライム ドロッ

少女「す、スラちゃんが溶けた!」

竜魔物「……疲れて溶けただけだな」

少女「いや氏んでるよねこれ!」

203: 2012/02/02(木) 20:29:55.83 ID:wHm6adUeo
勇者「おーい、少女ちゃんいるー?」

少女「あ、お兄ちゃん」

勇者「おう、こんなところに」

竜魔物「……」

勇者「おっ、こないだのドラゴンじゃん。どうしたの?」

竜魔物(フレンドリーすぎないか、この勇者)

少女「あのね、お兄ちゃん、竜のおじさんがね……」

竜魔物「……勇者よ」

勇者「なんだ?」

竜魔物「私が言うのもなんだが、この状況で、少女を人質にしているとか勘違いしないのか、お前は」

勇者「……? してほしいのか?」

竜魔物「……いや、別に」

204: 2012/02/02(木) 20:30:18.38 ID:wHm6adUeo
勇者「そういえばよ、お前って大工とか得意?」

竜魔物「……」

勇者「せっかくだし、しばらくこっちで家を何軒か建ててみない?」

竜魔物「……勇者よ」

勇者「なんだよ」

竜魔物「お前は不可侵条約なるものを結んだことを忘れているだろう」

勇者「そういえばそうだったな。じゃ、今の話はなしで」

竜魔物「……」

少女「あのね、お兄ちゃん。スライム捕まえたの、私」

勇者「そーか、姿が見えないと思ったらスライム捕まえてたのか」

竜魔物(……本気で軽いな)

205: 2012/02/02(木) 20:31:07.06 ID:wHm6adUeo
魔法使い「ちょっと、あんたたち、どこに行ってたの!」

勇者「おう、ちょっと少女ちゃん探してた」

少女「あのね、スライム捕まえたの」

竜魔物「……」

魔法使い「って、あんたこないだのドラゴンじゃない。なに、早速決裂ってわけ?」

竜魔物「いや、ついスライムを追っていてここまで来てしまったのだ。申し訳ない」

勇者「スライム?」

竜魔物「ああ。ほら、乾燥スライムだ。おみやげにどうぞ」

勇者「うわー、カチカチしてる」

魔法使い「……食えるの、これ」

竜魔物「……飼えばなつくし、食べればうまいっすよ」カミカミ

スラ「ピーッ、ピーッ」(抗議の意)

206: 2012/02/02(木) 20:31:38.76 ID:wHm6adUeo
魔法使い「そ、そんなことより、大変なのよ!」

勇者「なんだよ、お前らしくもない」

魔法使い「あの貴族のいる国の国王が、隣国と手を結んだのよ!」

勇者「な、なんだってー!?」

少女「え……」

勇者「って驚いたけど、それのどこが大変なんだ?」

魔法使い「だから、あの国は孤児院に軍隊を差し向ける野蛮な国だって情報を流して、孤立化策を進めたじゃない」

勇者「あー、それを振り切って手を貸したってわけか」

魔法使い「……いくら反体制派に僧侶がいるとはいえ、他国まで介入してきたらさすがに押し切れない」

少女「ど、どうしよう……」

勇者「ってことは、僧侶さんがピンチなんだな!?」

207: 2012/02/02(木) 20:32:09.87 ID:wHm6adUeo
魔法使い「だから、そう言ってるじゃない」

勇者「よし、ちょっと手助けしてくる!」

魔法使い「あ、ちょっと、あんたは不用意に出て行っちゃ」


勇者は移動呪文を唱えた。


勇者「後は任せたぜー!」

魔法使い「おい、馬鹿。馬鹿野郎!」

少女「わ、私も……」

魔法使い「……あんたこそ、行ってどうするのよ」

少女「だって、お姉ちゃんが……」

魔法使い「あんたね、自分から離れてついてきたんだから、ここで全うしなさいよ! 私だって、この場を離れられないんだから……!」

少女「だって、だって」グスッ

竜魔物(居づらい)

208: 2012/02/02(木) 20:32:36.68 ID:wHm6adUeo
元事務「所長ー! もう、手紙を渡したらさっさとどっか行っちゃうんだから」

魔法使い「あら、あんたまだいたの」

元事務「まだいたって……所長が急に事務所たたむとか言い始めるから、帰っても仕事ないんですよ」

魔法使い「それもそうね……」

元事務「本気でこんなところで、事務所を再開するんですか?」

魔法使い「そうよ。あんたがこっちに移住するって言うなら、再雇用するけど」

元事務「うっ、まあ、向こうに帰っても、ボロアパートしかないですからね」

少女「どうしよう……どうしよう……」

魔法使い「……」

元事務「あの女の子はどうしたんですか?」

魔法使い「あんた、そういえば、冒険者だったわね」

元事務「ええ、まあ。昔は武闘家でしたが」

魔法使い「よし、ひとっ走りお願いしようかしら」

武闘家「ええ!? もうですか?」

209: 2012/02/02(木) 20:33:03.81 ID:wHm6adUeo
少女「ぐすっ、お姉ちゃん、うっうう……」

魔法使い「泣いているところ悪いんだけど、お使いしてもらえないかしら」

少女「ふえっ?」

魔法使い「手紙を書いたわ。これを、あちこちに届けるのが一つ。もう一つは、帰ってくるときに孤児院の子たちを連れてきなさい」

少女「……私が?」

魔法使い「そう、あんたが」

少女「私……」

魔法使い「手紙を届けるだけなら、こいつで十分よ。けど、あんたじゃないと孤児院の子達は安心できないでしょ」

武闘家「こいつ呼ばわりはひどいですよ!」

少女「……」

魔法使い「やるの、やらないの?」

少女「……スラちゃんも連れて行っていい?」

スラ「ぴきー!」

魔法使い「……好きにしなさい」

210: 2012/02/02(木) 20:33:31.53 ID:wHm6adUeo
少女「じゃあ行く」

魔法使い「しっかりやりなさい」

武闘家「あ、所長、ちなみに経費は……」

魔法使い「しばらくは退職金で働いてて」

武闘家「ひどい!」

魔法使い「あと、口リコンじゃないわよね?」

武闘家「さすがに10代前半はノーサンキューですよ」

魔法使い「一桁とか引くわー」

武闘家「その手前はもっとないでしょ!?」

少女「大丈夫。スラちゃんがいるし」

スラ「ぴー!」(任せろの意)

武闘家「どんだけ信用されてないんですか……」

竜魔物(……ふむ)

211: 2012/02/02(木) 20:37:01.88 ID:wHm6adUeo
――某国。

大臣「陛下、隣国からの援軍が、反乱軍を包囲したそうです」

国王「うむ」

大臣「……これで、よろしいのですか?」

国王「何が言いたい」

大臣「恐れながら、我が方の評判は芳しくありません。まして他国の軍隊を引き入れるなど」

国王「反乱の芽はつぶさねばならん」

大臣「……しかし」

国王「とりわけ、連中は孤児院と称して反体制派の再生産を目論んでおった。そこに勇者の一行が絡んでいることもな」

大臣「……」

国王「もはやわが国の存亡がかかっているのだ」

212: 2012/02/02(木) 20:37:22.84 ID:wHm6adUeo
大臣「どこかで、手を打つというわけには……」

国王「やつらは、再生産している」

大臣「……」

国王「息の根を止めねばならん」

大臣「……」

国王「もうよい、下がれ」

大臣「……はっ」

国王「……」

国王「……これでよいか?」


―――ばさっ。


鳥魔物「けっこうです」

213: 2012/02/02(木) 20:38:16.97 ID:wHm6adUeo
国王「そ、それにしても、本当にどうするつもりだ。た、他国と手を結んで」

鳥魔物「……」

国王「ぜ、全面戦争でもするつもりか?」

鳥魔物「それも面白そうですね」

国王「ほ、本気か……!?」

鳥魔物「まあ、勇者がいる限り、なかなかそうはなりますまい」

国王「そうだ。その通りだ。ど、どうするつもりなのだ! 私の国が、王家が……」

鳥魔物「勇者には早く表舞台に出てきていただかなくては」

国王「な、なんだと」

鳥魔物「……早く勇者のパーティーをつぶしましょう」

国王「き、貴様は……大体、勇者も、なぜわが国を放置して魔王を倒してしまったのだ……」

鳥魔物(その点は同意しますよ)

214: 2012/02/02(木) 20:38:45.71 ID:wHm6adUeo
鳥魔物「さあ、命令は済みました。寝所にでも戻ったらいかがです?」

国王「ぐっ……」

鳥魔物「それとも、あなたの奥方や息子のようになりたいですか?」

国王「……くそっ」


バタバタバタ……。


鳥魔物「ふむ」バサッ

鳥魔物「玉座も悪くないですね」

虎魔物「似合わねーぜ」スッ

鳥魔物「虎ですか。ここで何をしているのです」

虎魔物「何をしているって、出番はまだだろ?」

鳥魔物「すでに勇者のパーティーが戦場に出ています。並みの兵士では倒せないでしょう」

虎魔物「勇者以外はたいしたことないだろう」

鳥魔物「虎」

虎魔物「あ?」

215: 2012/02/02(木) 20:39:12.58 ID:wHm6adUeo
鳥魔物「そのような読みの甘さが我らをこのような事態に追い込んだのです」

虎魔物「そーかねぇ」

鳥魔物「そうです。まさか、勇者とあろうものが、このような不穏な国のありように首を突っ込まず、一直線に魔王様の居城に突入してしまうとは!」

虎魔物「イベントをスルーされるとは思ってなかったからな……」

鳥魔物「私は勇者を待ち続けました。しかし、やつは現れませんでした」

虎魔物「俺もだ。がんばって洞窟に罠いっぱい仕掛けたのに」

鳥魔物「そして、魔界への道が封じられたと聞いたとき、もはや絶望しかありませんでした」

虎魔物「そうだな、そのときは」

鳥魔物「しかし……勇者が魔物の残党狩りすらせず、ごろごろしていると聞いた日には」

虎魔物「びびって数ヶ月逃げてたのがアホみたいだったな」

216: 2012/02/02(木) 20:39:40.09 ID:wHm6adUeo
鳥魔物「もはやわれらに道は残されていません」

虎魔物「まあ、まだ仲間がいそうな気もするんだがな」

鳥魔物「魔王様の闇の衣がはがされた以上、ほとんどの魔物は弱体化しました。おそらく、戦える魔物はわれわれ以外には……」

虎魔物「そうかねぇ」

鳥魔物「とにかく! 人間どもを同士討ちさせ、勇者をその争いに巻き込む、この計画を完遂させるのです!」

虎魔物「まー、なんでもいーんだけどよ」

鳥魔物「だから、とっとと隙を突いて、勇者のパーティーを一人でも血祭りに上げてきなさい」

虎魔物「へいへい」シュパッ

鳥魔物「まったく……」

鳥魔物「……」

鳥魔物「魔王様……」グスッ

217: 2012/02/02(木) 20:40:28.33 ID:wHm6adUeo
戦士の村。

戦士「どうだ。売れそうか」

女商人「……」

戦士「一応、やせた土地でも作れるようには出来ているはずなんだが」

女商人「種を売る……ですか」

戦士「嫌そうな顔だな」

女商人「正直、これは村の財産としてもっておくべきだと思いますよ」

戦士「そうかな。食糧不足はあちこちで聞くんだが」

女商人「だからといって、お金になるものを流出させていいんですか?」

戦士「ここで食料を作っても、輸送には限界がある。これでいいのさ」

女商人「ですけど―――」

戦妻「はいはい。口論はそれまで、とりあえずお茶にしましょう?」

戦士「すまんな」

女商人「あ、ありがとうございます」

女商人(さえぎられた。そしてでかい)

218: 2012/02/02(木) 20:41:07.65 ID:wHm6adUeo
戦士「それにしても、そろそろ立ち仕事きついだろ?」

戦妻「そうねぇ。急にたくさん、子どもできちゃったし」

女商人「……僧侶さんの孤児院から、でしたね」

戦士「そうだ。まあ、村はガキが遊ぶには困らない広さだし、外から入ってくる連中も多いから、なんだかんだ大丈夫だろうと思って受け入れちまった」

女商人「あの人らしい」

戦士「含みがあるな」

女商人「そうでもないです」

戦妻「あら、もしかして、僧侶さんともお友達?」

戦士「こいつは、一時期、俺たちのパーティーだったんだよ」

女商人「思い出したくありません」ぷいっ

戦妻「うふふ、ずいぶん楽しかったのね」

女商人(勘違いしている。そしてでかい)

219: 2012/02/02(木) 20:41:45.78 ID:wHm6adUeo
戦士「まあ、お前にとっちゃ、投獄されたり、嫌な思い出だったかもしれんが……」

女商人「そ、それは……私が強引過ぎたのです」

戦妻「投獄……?」

戦士「ああ、一時期、町をつくってもらったことがあってな。ちょっと無理しちゃったんだよな」

女商人「と、とにかく、それはもういいのです」

戦士「だったらあれか。勇者のことか」

女商人「当たり前でしょう!」ドン!

戦妻「わ、びっくりした」

女商人「す、すみません」

戦士「……そんなにひどかったか?」

女商人「ひどいなんてもんじゃない、路銀はばら撒く、武具の買い付けは無計画、悪徳商法にだまされる、洞窟に入っても宝箱を見落とす!」

戦妻「性格が合わなかったのね~」

女商人(くっ、とにかく、でかい)

220: 2012/02/02(木) 20:42:13.81 ID:wHm6adUeo
女商人「おまけに、あの、私が投獄されて……」

戦妻(私、やばい尻尾でも踏んじゃったかしら)ヒソヒソ

戦士(鬱憤たまってるんだろ、いろいろと)ヒソヒソ

女商人「つい、強がりを言ってしまったんです。こんなの平気だって。そうしたら」

戦士「わ、分かったから」

女商人「聞いてください! あいつは『そんなんだから、人に嫌われるんだぞ』って言ったんですよ!」

戦妻(ただの愚痴ね)ヒソヒソ

戦士(昔からこうなんだ)ヒソヒソ

女商人「私が、あの町をつくるのに、どのくらい、必氏だったか、知りもしないで、それを、貶められて、苦しんでるのをっ!」

戦士「分かったよ、というか、その後ちゃんと俺たちが出してやっただろ」

女商人「……人の気持ちも知らないで訳知り顔なのが嫌なんです」

221: 2012/02/02(木) 20:42:41.14 ID:wHm6adUeo
戦妻「なるほどね~、きっと勇者様には気持ちを分かって欲しかったのね」

女商人「な……!」

戦妻「女商人さんも、ずいぶんお堅い人なのかなって思ってたけど、かわいいところがあるのね」

戦士「ああ、なるほど。そういうことか」

女商人「あなたがたは勘違いをしている。私は勇者なんか大嫌いです」

戦妻「にやにや」

女商人「口で言わないでください」

戦士「……そういえば、勇者は新しく町をつくろうとしてたな」

女商人「手伝いませんよ、私は」

戦士「なに、町ができたら、取引を頼みたいってだけだよ」

女商人「……」

222: 2012/02/02(木) 20:43:15.17 ID:wHm6adUeo
戦士(勇者も、女商人のことでずいぶん悩んでいたんだがな)ヒソヒソ

戦妻(あらそうなの?)ヒソヒソ

戦士(能天気に見えて、あいつは結構むらむら考えるタイプなんだ)ヒソヒソ

戦妻(ふーん……)ヒソ


ばたん!


商人「おい、大変なことになったぞ!」

女商人「人様の家に乱暴に入ってくるなと言ったはずよ」

商人「あーっ、すみません! もうしません!」

戦士「なんだ。ガキどもの世話に疲れたのか?」

商人「そうじゃないっすよ、だんな! 例の国と隣国が手を結んだってニュースで!」

戦士「なに……」

女商人「それは本当なの?」

223: 2012/02/02(木) 20:44:01.96 ID:wHm6adUeo
商人「マジっすよ! それだけじゃなくて、ほら!」


―――商人が広げた新聞には、すでに軍が動いたことを知らせる記事の横に、
今回の反乱が、勇者一行、いや、『勇者一味』による世界征服のたくらみである旨が記されていた。


商人「だんなも勇者一行なんでしょ。これ、やべーんじゃねぇすか」

戦士「……」

女商人「発行はこの王国か……『勇者一味』の動きとしては他に、魔法使いが他国への牽制を狙って、某国軍が孤児院に攻撃したとウソの情報を流した……」

戦士「ウソではない。俺もその場にいた」

女商人「それは通じないでしょうね」

戦妻「あなた……」

戦士「うん。村の人は信じてくれるだろうが、取引先のこともある」

女商人「どうするつもりです」

戦士「他人事だな。お前も元勇者のパーティーだろ?」

女商人「忘れました」

234: 2012/02/04(土) 21:36:13.80 ID:Z3zWVutso
戦士「どう手を打つかな、女商人」

女商人「私に聞かないでください」

戦妻「でも、何ヶ所かはあなたに販売をお願いしてますし」

女商人「……そうですね」

女商人「国の軍隊が動いた以上、政治的立場を明確にすべきでしょう。私は中立を勧めます」

商人「中立?」

女商人「そう。正確に言うと、どちらも支持しないという立場です」

女商人「どちらかにつけば、勝敗によって打撃を受けます。それはこの村のためにもならないでしょう」

戦士「いや、それはもう決まってるんだ。俺が聞きたいのはその先だ」

女商人「決まってるって……」

235: 2012/02/04(土) 21:41:12.44 ID:lmBb8/c3o
女商人「……要するに取引先を裏切ると?」

戦士「俺は友人を助けたいし、第一子どもを襲った連中に正義ヅラされては敵わん」

女商人「他の人はそうは思っていないんですよ」

戦士「このままじゃ、間違った連中が勝つことになる。それを防ぎたいだけだ」

女商人「……まあ、そう言うと思ってました。でも、いいですか?」

女商人「反乱の起きた北国は、もともと同盟関係にあったこの国、南国ではなく、隣国の東国に援軍を求めました」

女商人「これがどういう意味か分かりますか?」

戦士「俺がいるからだろうな」

女商人「そうです」

236: 2012/02/04(土) 21:42:29.36 ID:lmBb8/c3o
女商人「つまり、世界を救った勇者一行を輩出した南には援軍を求めにくかったわけです」

女商人「そこへあなたが態度表明したらどうなりますか」

戦士「南も軍を出す大義名分が手に入る」

女商人「そうです。それだけではなく、内乱罪という名目でこの村を潰そうとするかもしれない」

戦士「……」

女商人「何れにしても、良い結果にはならないでしょう」

戦士「それは分かってる」

女商人「だったら」

戦士「それでも我を通したいから、知恵を貸してくれって言ってるんだ」

女商人「……むちゃくちゃですよ、あんた」

237: 2012/02/04(土) 21:42:56.19 ID:lmBb8/c3o
戦士「俺も勇者に毒されたかな」

女商人「……やめてください! そういうのは」

戦士「しかし、動かなければやられ放題だ」

女商人「だから、中立ではダメなんですか?」

戦士「それは無理だな。孤児院の子どももいる」

女商人「……引き渡したらいいんじゃないですか」

戦士「お前な……」

商人「なあ、よく分からんけど、いま僧侶さんがピンチじゃないのか。行った方がいいんじゃないのか!?」

女商人「あんたは黙りなさい」

238: 2012/02/04(土) 21:43:23.50 ID:lmBb8/c3o
戦士「そうだな。いい案がないなら、行くとするか」ガタッ

女商人「ま、待ってください! 本気で行くつもりですか」

戦士「当たり前だろう。よし、お前、鎧を着るから手伝ってくれ」

商人「お、おう。じゃなくて、はい!」

女商人「お、奥さんも黙ってていいんですか?」

戦妻「いいのよ~、この人のお弟子さんもいるし、安全でしょう」

女商人「そうじゃなくて……! な、ならせめて」


ばたん!


少女「こんにちはー!」

239: 2012/02/04(土) 21:43:51.35 ID:lmBb8/c3o
少女「ここ、戦士さんのお家って聞きましたけど」

戦士「おう、こないだの嬢ちゃんか」

少女「あ、お久しぶりです」

戦妻「あら、あなたったらどこで捕まえてきたのかしら」

戦士「アホか。勇者についていった子どもだよ」

少女「奥様ですね。初めまして」

戦妻「はい、初めまして」


商人「……誰だ?」

女商人「私が知るわけないでしょ」

240: 2012/02/04(土) 21:44:33.42 ID:lmBb8/c3o
少女「これ、魔法使いのお姉ちゃんから」

戦士「ありがとう……ふむ、魔王城の北に町をつくる。僧侶の状況は新聞でつかんでいる……さすがだな」

少女「それで、私、向こうで孤児院をつくるから、みんなを連れてこいって」

戦士「なるほど。そこに居を移すと」

武闘家「ちょっとお嬢さん、待ってくださいよ~」

戦士「今度は誰だ?」

女商人「あなたは、魔法使いの事務所にいた……」

武闘家「あ、女商人さん! お久しぶりです!」

戦士「魔法使いの知り合いか」

241: 2012/02/04(土) 21:45:07.65 ID:lmBb8/c3o
武闘家「はい、女商人さんあてにも」

女商人「……ありがとうございます」

商人「なんて書いてあるんだ?」

女商人「あんたには関係ない」

女商人「……」

女商人(資金援助、人材確保、政治的アピールまで書かれた計画書……「勇者の町」をつくる……本気で戦争する気なの?)

女商人(これは。『重要。他を捨ててもこれだけは確認のこと』)


魔法使い『今度の事態は想定していたとは言え、もっと時間が経ってからと予想していた』

魔法使い『元勇者一行を相手にし、一時は四人が集結して部隊が撤退したにも関わらず』

魔法使い『この早さで他国の軍隊まで引き入れてしまうのは異常』

魔法使い『何か裏がある』


女商人(確かに、そうね……)

242: 2012/02/04(土) 21:45:30.57 ID:lmBb8/c3o
魔法使い『あなたには出来れば、こちらで仕事をしてほしいと思っている』

魔法使い『勇者や私を嫌っているのは知っているが、私たちはあなたを必要としている』

魔法使い『納得できないなら、せめてそちらで、今度の事態の真相を確認してほしい』


女商人「……」

商人「何が書いてあったんすか?」

女商人「あんた、お金と友情だったらどっちを取る?」

商人「そ、それは商売人の鉄則ってヤツすか」

女商人「どっち?」

243: 2012/02/04(土) 21:46:00.67 ID:lmBb8/c3o
商人「うーん、まあ、商売人としてなら、でも、いや」

女商人「難しく考えることはないわ」

商人「今の事件の話っすよね……でも、俺はその、戦士さんほど強くないっすから」

女商人「……」

商人「それに、正直に言うと、なんでこうなったのかよく分からないでしょ」

女商人「……そうね」

商人「友情を捨てても儲からないって可能性もあるし、どっちに転ぶのか、ちゃんと知らなきゃまずいんじゃねぇっすか」

女商人「……」

商人「あ、でも、やっぱり武器を売ったほうが早そうっすよね」

女商人「やっぱりアホだわ、あんた」

商人「ひでぇ!」

244: 2012/02/04(土) 21:46:34.41 ID:lmBb8/c3o
戦士「……子どもたちが安全なところに行くなら、懸念は減るな」

武闘家「ああ、帰りも子守ですかねぇ」

戦士「まあまあ、俺の弟子を護衛につけるから」

武闘家「あ、ありがとうございます」

少女「私もいるんだけど」

スラ「ぴー! ぴー!」(任せろの意)

戦士「そのスライムはどうしたんだ」

少女「私が飼ってるのよ」

戦妻「かわいいわね~」

少女「お、お姉ちゃんも、胸に、す、スライム飼ってるの?」

戦妻「え?」

戦士「おい、誰にそういう言葉を教わった」

245: 2012/02/04(土) 21:47:07.24 ID:lmBb8/c3o
女商人「……戦士さん。提案があります」

戦士「なんだ」

女商人「私は今回の件、自分なりに真相を調べてみようと思います」

戦士「……魔法使いの指示か?」

女商人「私の意志です。ついては、北に行くときには、この男をそちらに連れて行ってもらえないでしょうか」

商人「ええ、俺っすか!?」

女商人「この男は一応、元王宮兵士です。多少の無理をしても足手まといにはならないでしょう」

戦士「俺は別に構わないが……」

女商人「……私は別方面を調べるから、あんたは北の現地調査を頼むわ。何か分かったら知らせること」

商人「いや、俺はただの裏門の門番であって」

女商人「調査費用は先に渡しておくわ」チャリ

商人「うお、い、いいんですか」

女商人(相場の三分の一くらいで良ければ)

246: 2012/02/04(土) 21:47:39.71 ID:lmBb8/c3o
戦士「俺は払わないぞ」

女商人「彼女の依頼ですから、かかった費用は彼女に請求することにします」

戦士「……らしくなってきたな」

女商人「どうでしょうね」

戦士「よし。そうと決まれば早速行動だ。西に子どもたちを送り届けるのと、俺は北に行く」


ざわざわ――ざわざわ―――


商人「なんか、外の様子が変っすね」

村長「せ、戦士殿、戦士殿!」

戦士「どうしましたか、村長」

村長「お城から、軍隊が来ているのです!」

商人「マジっすか!?」

247: 2012/02/04(土) 21:49:00.27 ID:lmBb8/c3o
女商人「早すぎですね。南の王国が動くにしては」

戦士「目的は俺だろうな……ちっ」ガチャ

商人「戦士のだんな、それじゃ完全武装じゃないっすか」

戦士「武器がまだだ」

商人「そういう問題じゃないでしょ!?」

女商人「どうするつもりですか。そんな格好で出てくれば衝突はさけられませんよ」

戦士「……おい」

戦妻「はい、兜」

戦士「ありがとう。……こうなったら、俺がひきつけるから、その間にお前らは脱出しろ」

戦妻「ま、最悪、この村はどうでもいいのよ」

村長「ど、ど、どうでもよくないですぞ!」

248: 2012/02/04(土) 21:50:18.26 ID:lmBb8/c3o
商人「で、でも、だんな」

戦士「現地には一人で先に行け。ちゃんと根性みせろよ」

女商人「では、私も隙を突いて脱出します」

戦士「ああ。そうだ、ガキどもはどうした?」

戦妻「女の子と武闘家さんが、広場に行ったと思うけど」

戦士「よし……包囲はしても、俺が出てこない限りは交渉しないはずだ。時間は稼いでやるから、隙を見つけろ」

女商人「恩に着ます」

商人「だんな、すみません」

戦士「すぐには出るなよ、やつらを引き付けてからだ」

戦妻「ふふ」

戦士「なんだよ」

戦妻「やっぱり、頼もしいなって」

249: 2012/02/04(土) 21:51:05.60 ID:lmBb8/c3o
村長「せ、戦士殿……」

戦士「村長、申し訳ないが、この村にいられるのもこれまでかもしれません」

村長「戦士殿……いや、戦士君」

戦士「……」

村長「君が、この村のために一生懸命やってくれたことを、忘れるわけにはいかん」

戦士「……そうですか」

村長「世界に平和が戻ったのも、この村に活気が戻ったのも、すべて君のおかげだ」

戦士「俺は自分の勝手を通してきただけです」

村長「そうかもしれん。だが、とにかく、お、お互いがんばろう」

戦士「……分かりました。じゃあ、俺は道場の弟子を連れてきます。村長は他の人を、安全なところまで避難させてもらえますか?」

村長「わ、分かった。う、裏の森で大丈夫かね?」

戦士「大丈夫でしょう。なに、念のためですよ」

250: 2012/02/04(土) 21:51:50.99 ID:lmBb8/c3o
―――広場。

戦士「さて、ガキどもはいるかー?」

少女「あ、戦士さん!」

武闘家「す、すみません。ちょうど出て行こうとしたところで、軍隊にぶつかりそうになりまして」

戦士「そりゃ仕方なかろう。子ども連れて、戦うってわけにもいかんしな」

男子1「ぼく、戦えるよ!」

男子2「剣を習ったもん」

女子1「武器も貰ったんだよ!」

女子2「わ、私も!」

戦士「……誰だよ、子どもに武器を持たせたやつは。ああ、あのバカ弟子どもか」

少女「ふっふっふ。私も忘れてもらっては困る!」

スライム「ぴきー!」

戦士「勘弁してくれ……」

武闘家「ま、参りましたね」

251: 2012/02/04(土) 21:52:19.43 ID:lmBb8/c3o
戦士「……よし、お前ら、全員ならべ!」

エー ナニー キャッキャ

戦士「ならべ!」ずん

子どもたち『は、はいっ!』

戦士「いい返事だ。いいか、今回の作戦をもう一度確認する」

戦士「お前たちはここを脱出したら、西へと向かい、そこで新しい町をつくる準備を行うという任務を負っている」

戦士「……分かるか?」

子どもたち『はいっ』

戦士「よし。そのためにはここで消耗してはならない」

戦士「俺が囮になって、その隙に脱出する必要がある」

戦士「……分かるな?」

子どもたち『わ、分かりました!』シター

252: 2012/02/04(土) 21:53:03.77 ID:lmBb8/c3o
戦士「よし。では、合図があるまで、待機!」

子どもたち『分かりました!』


武闘家「うまいですねー」

戦士「あんたものほほんとしてるな」

武闘家「す、すみません」

戦士「とりあえず、うちの弟子を何人か護衛につけると言ったろう。ちょっと待ってくれ」

武闘家「分かりました」

少女「お、おじさん」

戦士「……なんだよ」

少女「ごめんなさい、私がしっかりしないといけないのに」

戦士「気にするな。ぶっちゃけ、勇者と大して変わらん」

少女「ホントに?」

戦士「……あまり真似するなよ」

253: 2012/02/04(土) 21:53:36.82 ID:lmBb8/c3o
―――道場。

戦士「おい、お前ら!」

弟子A「あ、師匠!」

弟子B「なんか軍隊来てるみたいっすよ」

戦士「知ってるよそんなこと。それより、ガキどもに武器触らせんなよ!」

弟子A「す、すみません」

弟子B「気をつけます……」

戦士「分かったんなら、その軍隊と『話し合い』に行くぞ。二名ほどはガキどもについていってやれ。後の連中は俺の武器を持って来い!」

弟子たち『了解しました!』

バタバタバタ……

戦士「……」

戦士「結局、俺は損な役回りだな」

258: 2012/02/06(月) 23:08:46.80 ID:E4XFm5Cyo
北国、戦場。

すでに数週間が経過しているというのに、貴族と僧侶はまだ城に近づけずにいた。

その理由の一つは、蜂起の際の出遅れである。
呼びかけた兵士や領主たちが集まるまでに時間がかかり、今なお態度を決めかねているものたちも多くいた。
何しろ蜂起のきっかけが、貴族が襲われたことだったので、準備が整っていない。
まして、それが正当性を持ちえるのか、ということを悩むものいたのでなおさらだった。

兵を集めるのに時間がかかれば、相手にも時間を与えることになる。

すばやい作戦が失敗した上に、東の国から軍が派遣されると伝わって、何名かの有力者は離脱を宣言し始めた。
位置関係から言って、北国の軍と挟撃されるのは分かりきっていた。
貴族と僧侶の奮闘あって、城に迫りつつはあったが、みるみる内に兵力差がついていく。

もはや、勝敗は決したと言ってよかった。

259: 2012/02/06(月) 23:09:12.60 ID:E4XFm5Cyo
僧侶「貴族様、これ以上は無理です!」

貴族「くっ、あと少しで次の町だというのに……」

僧侶「無茶をしてはなりません」

兵士「南から、新手です!」

貴族「味方ではありえないな……」

僧侶「……後退しましょう」

貴族「しかし、このままでは!」

僧侶「作戦を練り直しましょう」

兵士「し、しかし、囲いが出来つつあります」

僧侶「……私が血路を開きます。貴族様はそれを越えて、先へ」

260: 2012/02/06(月) 23:09:44.41 ID:E4XFm5Cyo
貴族「それだけはできない!」

僧侶「貴族様、あなたはこれから必要な方です」

貴族「何を言う! それなら、僧侶さんも」

僧侶「……国を変えるのに、英雄はいりません」

貴族「!」

僧侶「私は救世の英雄と持ち上げられてしまいました」

貴族「そ、そうかもしれんが!」

僧侶「大丈夫です、みなを逃がしたら、ちゃんと追いつきます」

貴族「そういう問題ではない!」

261: 2012/02/06(月) 23:10:17.66 ID:E4XFm5Cyo
僧侶「……貴族様。私は感謝しています」

貴族「な、何を言う」

僧侶「英雄という肩書きは、子どもらを救うのに何の役にも立ちませんでした」

貴族「そんなことはない!」

僧侶「孤児院の許可を下さったのは、あなただけでした」

貴族「そんなバカな……」

僧侶「ウソではありません。教会では他国へ支援は難しいと言われました」

僧侶「他国で活動しようとすれば目立ってしまい、嫌がられました」

僧侶「ある時など、はっきり言われました、『まだ名声が欲しいのか』と」

貴族「……」

262: 2012/02/06(月) 23:10:43.75 ID:E4XFm5Cyo
僧侶「私は神に捧げた身と思って、魔物と戦いました」

僧侶「けれど、子どもたちはその間にも親を失い……」

貴族「それは僧侶さんのせいではない!」

僧侶「……ありがとうございます」

僧侶「とにかく、私は名誉や名声のために戦うつもりはありません。ここで貴族様を氏なせるわけにも」

貴族「それは……私も」

兵士「貴族様! 相手の陣形が狭まりつつあります!」

貴族「囲まれる!」

僧侶「無駄話をしている場合ではありませんね!」ダッ

貴族「僧侶さん……!」


僧侶は飛び出した!

263: 2012/02/06(月) 23:11:20.14 ID:E4XFm5Cyo
僧侶「愚か者どもよ!」

敵兵1「おっ、なんだぁ、女だ!」

敵兵2「油断するな! そいつは勇者の一行だぞ!」

敵兵3「かまわねぇ、やっちまえ!」

敵兵2「相手は魔王を倒した化け物だぞ。特に僧侶は怪力だと聞く」

敵兵1「へっ、ゴリラじゃあるまいし、びびりすぎだ」

敵兵3「女だから、メスゴリラだな、がははははっ!」

ぶはははははっ!


笑い声が響く。
突出してきた僧侶を侮りながら、敵兵たちは数に任せて殺到しようとした。

その目の前に、宝玉のぶら下がった大きな杖を突き立てて、僧侶もまた笑った。

264: 2012/02/06(月) 23:11:52.00 ID:E4XFm5Cyo
僧侶「……メスゴリラ?」

僧侶「あなた方は、猿の魔物も見たことがないのですね」

敵兵1「何言ってんだぁ?」

僧侶「一つ、近いものをご覧に入れましょう」

僧侶「氏を恐れないというなら」


異様な雰囲気に、前面にいた兵士たちが飲まれた。
後ろの兵士が押し出そうとするが、まるで結界が張られたように、うまく動けない。

兵士たちの目の前で、僧侶が杖を光らせ始めた。


僧侶「鋼の肉体……」

僧侶「強靭な腕力……」

僧侶「……神の名の下に、私は現れるだろう……」


僧侶『鋼 鉄 防 御 呪 文!』

―――みりぃっ
 

265: 2012/02/06(月) 23:13:19.63 ID:E4XFm5Cyo
肉が裂ける音が聞こえた。
しかし、見てみれば裂けた肉の隙間から、新しい肉が膨れ上がってくる。

僧侶の身体が、見る間に厚みと大きさを増していく。
背丈が、シルエットが、三回りほど大きくなったところで、タイツから零れ落ちる筋肉が、
実際に鋼鉄のような艶と色合いをしていることに兵士たちが気づいた。

顔だけは、元のまま。
まるで鉄製の裸身像にお面を被せたような僧侶は、にこり、と相手に笑顔を見せた。

追いついた貴族が絶句した瞬間、僧侶の姿がかき消えた。
いや、殺到した敵兵たちの肉の間にもぐりこんだのである。


ぐぎゃああああああっ

ひぃいいっ

うわっ、うわあああああ


文字通り、黒い塊の敵兵が引きちぎられていく。
殺到から一転、敵兵の集団は退却の態勢に入れ替わった。

266: 2012/02/06(月) 23:13:47.14 ID:E4XFm5Cyo
僧侶「……今のうちです!」

貴族「あ、はい」


振り返られて、話しかけられた貴族が、深呼吸する。
一度、間を入れなければ耐えられなかった。


貴族「……僧侶さんが道を作った! 全軍、ここを突破しろっ!!」

兵士たち『うおおおおおおおおおっ!!』

貴族「西だっ、西の森の方角へ!」


僧侶の脇をすり抜けて、まず騎兵が突破していく。
邪魔をしようと前に飛び出すものはいない。
馬にぶつかろうとするものがいないのと、そして止めようとするものは、筋肉に叩き潰されているからだった。


僧侶「鉄槌です! 神の鉄槌です!」

貴族「……神の威力は凄まじいな」

267: 2012/02/06(月) 23:15:05.34 ID:E4XFm5Cyo
半刻、いや、もっと短い時間の内に、部隊の一角が散り散りにさせられた。

後ろから追撃しようとする部隊もいたが、逃げ出した敵兵が邪魔になり、進めない。
そしてさらに、壁となっている僧侶の肉体は、矢も剣も通さなかったのである。

何を投げつけても、鋼鉄の肉体に通じるものなし。
彼女には不釣合いに見えた大きな装飾つきの杖は、いまや別の意味で不釣合いに見える。
すでに小さな棍棒と化していたそれは、何十本かの人間の骨を打ち砕いていた。

なおかつ、彼女は次第に速さを増していった。
そう、「速度上昇呪文」である。

囲いは破れ、決着に思われた事態は別の方角へ転がりだした。

268: 2012/02/06(月) 23:15:40.94 ID:E4XFm5Cyo
貴族「僧侶さん、もう我々が最後に近い!」

僧侶「ふうっ、はあっ、わかり、ましたっ!」

貴族「西の森だ! 急いで!」


貴族は黒光りする筋肉に手を差し伸べた。
硬い、そして優しい手が、それを握り返す。


貴族(手をつなぐのは、初めてだな……)

僧侶「貴族、様、これを、使う、と、ちょっと、疲れます」

貴族「しゃべってはならん!」


貴族は僧侶を引っ張りながら、次第にしぼんでいく僧侶の身体を抱き寄せた。
そのまま、ふらつく彼女を支えて、走り出す。

だが、二人の視線の先に、影が映った。
先行する兵士たちをなぎ倒して、こちらに躍り出てくる。
それは明らかに人のシルエットではなかった。

269: 2012/02/06(月) 23:16:06.82 ID:E4XFm5Cyo
貴族「こんな時に、魔物の残党か……!」

僧侶「貴族、様、私、おいて……」

貴族「しつこいぞ! 私にはあなたが必要だっ」


虎魔物「……勇者の仲間はいるかあー!?」


貴族「!」

僧侶「……」


虎魔物「ちっ、手応えがない連中ばかりだ。また外れかね」


貴族「あいつ、勇者殿の一行を探しているのか」

僧侶「はぁ、はあっ」

虎魔物「さっきはこっちの国の兵士をやっちまったしな。人間なんか大体同じ顔に見えるのがいけねぇ」

貴族「くっ、しかし、戻るわけにはいかない……」

僧侶「……ここです!」

270: 2012/02/06(月) 23:16:33.26 ID:E4XFm5Cyo
虎魔物「おっ?」


僧侶「私、です! 私が、勇者の仲間っ」

貴族「僧侶さん!?」

僧侶「貴族、様、早く、私、おいて、みなさんを、助けてっ!」

貴族「できるわけがないだろう!」

虎魔物「……よく分からんがお前が勇者の仲間なんだな」ずん

貴族「魔物めっ、この私が相手だ!」チャキ

僧侶「き、貴族様……」

虎魔物「……」

貴族「僧侶さん、愛しています!」

僧侶「うっ、うう」グス

虎魔物(なんか気まずい……)

271: 2012/02/06(月) 23:17:04.76 ID:E4XFm5Cyo
虎魔物「あー、どっちが勇者の仲間だ? 俺はそいつを探しているだけだ」

僧侶「私、です!」

貴族「僧侶さんには指一本触れさせん!」

虎魔物「……」

兵士1「こらあ、魔物風情が、お二人を邪魔するんじゃねぇ!」

兵士2「貴族様ー! 僧侶様ー!」

虎魔物「……うるせーし、とりあえず、両方やっちまうか」

兵士たち「ああっ!」


虎の魔物が腕を振り上げる。
もはや、疲れ切った二人には、それを受け止める力は残っていない。

振り下ろされた爪が、二人を切り裂く。

272: 2012/02/06(月) 23:17:32.00 ID:E4XFm5Cyo
―――ことはなく。

がきぃっ!

という、金属音が戦場に響いた。

爪の間と間に剣が入り込み、虎の前進を阻む。
その剣の主は、間違いなく。


勇者「なんだよ、魔物がいるんじゃん」


僧侶「ゆ、勇者様」

貴族「勇者殿!」

兵士1「勇者様だ」

兵士2「勇者殿が来たぞー!」


勇者だった。

287: 2012/02/07(火) 22:47:02.30 ID:ZFYBcsmdo
虎魔物「勇者? お前が勇者なのか?」

勇者「おう! あと、重いから力をぬけ」

虎魔物「……」


がいん!


勇者「親切なやつだな。ありがとう」

虎魔物「そうか、お前が勇者か……初めて見たぜ」

勇者「おう、いま、世界で一番有名な男さ」

虎魔物「……こういう場合はどうするんだっけな」

貴族「勇者殿! 今は非常時です! おしゃべりしている場合ではありませんよ」

勇者「いいじゃん、別に。虎男! 斬られる前に何か言いたいことでもあるのか?」

虎魔物「まるで自分は氏なないような言い草だ。だが、お前に聞きたいことはある」

勇者「ほほう」

虎魔物「なぜ、俺のいた氷の洞窟にこなかった」

288: 2012/02/07(火) 22:47:34.24 ID:ZFYBcsmdo
勇者「氷の洞窟? そんなもん、あったか?」

虎魔物「あったぞ! ほら、この国の、もっと北の方に、氷河の近くにな」

勇者「……あの辺は寒いからスルーしちゃったなぁ」

虎魔物「なんだと!?」

勇者「だって、氷河の手前にあった村には立ち寄ったし、それ以上は特に重要な道具が眠ってるとか、そういう情報なかったし」

虎魔物「……罠をたくさん仕掛けて待っていたんだぜ」

勇者「そっかー」

虎魔物「……ちょっと洞窟を出て、狩りをしている人間どもに吠えたりしてアピールしてた」

勇者「ふーん」

虎魔物「暇すぎて、洞窟にカーペット敷いたりしたし」

勇者「経費の無駄遣いだな」

虎魔物「お前が来ないのが悪いんだろうが!」

勇者「えっ?」

289: 2012/02/07(火) 22:49:28.30 ID:ZFYBcsmdo
勇者「俺はあまり頭良くないけどさぁ、そりゃお前のマーケティングが悪いよ」

虎魔物「マーケ、なに?」

勇者「マーケティング。女商人が言ってたんだけど、お前の場合、冒険者が求めてるものを考えてないわけじゃん?」

虎魔物「魔物がいれば、退治したくなるんじゃねーんか?」

勇者「そりゃ現実に脅威ならな。でも、氷河の奥地に貴重な武器があるわけでもなし、遠くで吠えているだけなら野犬と同じだ」

虎魔物「……」

勇者「ちなみに、実際、俺ら以外の冒険者も来てたのか?」

虎魔物「そういえば、ほとんど来てない気がするな……」

勇者「だろ? 普通の冒険者も来ないんじゃダメだよ」

虎魔物「だって、勇者倒すためだから、他の冒険者に来られても困るしよ」

290: 2012/02/07(火) 22:50:03.21 ID:ZFYBcsmdo
勇者「それがダメなんだよ! まずは冒険者を集めないと、村でも話題にすら上らないんだぜ」

虎魔物「その、近くの村はどーだったんだ」

勇者「ダメ、全然記憶にねぇ」

僧侶「魔物が増えたという話はありましたよ……」

虎魔物「……」

勇者「なんか大事なものを奪ってきて、アピールするとか」

勇者「何もなくても、せめて何かありそうなうわさを流すとか」

虎魔物「……お前、頭いいな」

勇者「いや、これ受け売りよ? もっと勉強しろよ」

虎魔物「分かった。お前を仕留めたら、鳥に学ぶことにしよう」

勇者「……結局、やるんでいいんだな。分かりやすいぜ」

291: 2012/02/07(火) 22:50:56.64 ID:ZFYBcsmdo
貴族「勇者殿!」

勇者「僧侶さん、フォローよろしくっ!」


叫んで、勇者は虎の魔物に襲い掛かった。

虎は突きつけられた剣を爪でさばく。
すばやさに自信のあった虎は、自分が後手に回ったことに驚いていた。
何の威圧感もなく、さくり、と左腕の毛を裂かれたところで、寒気が走った。

先ほど会話していたその調子と同じように、目の前の人間は突っ込んでくる。
何の気負いも緊張もなく、剣を振るってくる!

剣を横に振られて、大きく体を反らした虎は、横合いにすっ飛んで間合いを取った。


虎魔物(なるほど、この無謀さ、ためらわない行動力、これが勇者というやつか!)


にゃあ、と虎の口元が歪んだ。
勇者のこの、訳の分からない強さに、虎は興奮を覚えた。

292: 2012/02/07(火) 22:51:28.77 ID:ZFYBcsmdo
虎は二足で迎え撃つのをやめて、四足で地面をつかんだ。
ちょうど力士が突進するように、身を縮めて力を溜める。


僧侶「勇者様、危険です!」

勇者「フォローを!」

僧侶「ああ、もう!」


後ろの方で勇者の仲間がごちゃごちゃと話している。
だが、虎の体勢を見ても真っ直ぐに突っ込んでくる人間を見て、虎も構わず彼だけを見つめた。

勇者が間合いに入る。それを見て、虎も跳ねた。

虎の伸び上がった体が、勇者の頭を目掛けて突っ込んでくる。
それに対して、勇者も剣を構えて突きを打ち込もうとする。

剣が突き刺さる直前、虎は右爪で剣を横に弾いた。
そして、大口を開けて、かぶりつこうと牙を立てた。

293: 2012/02/07(火) 22:51:57.89 ID:ZFYBcsmdo
かわせない。

剣を弾かれた勇者はしかし、武器を持たない素手を、虎の口に伸ばした。
伸ばした右腕が赤く光る。


勇者「燃えろボケッ!」


ずどん、という音があたりに響く。
何の魔法だったのか、虎の口内に、火の球が弾けたのだ。
前傾姿勢のために仰け反ることもできず、虎はその場で踏ん張るほかなかった。

勇者が横にすっ転んでしまうかのように、姿勢を低くする。
踏ん張る虎の足に、勇者は、叩き落とされた剣を拾って斬りつけた。

魔法を放った右腕は黒こげていた。
残った片腕だけの威力だったが、虎はたまらずバランスを崩した。

294: 2012/02/07(火) 22:52:24.14 ID:ZFYBcsmdo
勇者「やった!」


勇者が叫んだ瞬間、頭部を焼かれて飛びかけていた虎の意識が戻った。
無様に、だが必氏になって丸く横っ飛びに転がる。

捨て身、無鉄砲、命知らず、勇者を戦闘スタイルを表す言葉が虎の頭に浮かぶが、消える。
力で勝っている、技でも遅れは取らない、はずだった。
だが、それ以上の何か、訳の分からない強さを、虎は確実に感じ取った。

ごろごろっとさらに森の方へ転がって、起き上がる。

勇者が止めを刺し損ねてたと気づき、駆け寄ってくるのを見て、虎は移動の道具を取り出した。
口が焼かれているので、捨て台詞も吐けやしない。

だが、駆け寄る勇者を見つめながら、にゃあ、とまた笑った。


虎魔物(十年はなかったぜ、こんな勝負。魔王様以来だ!)


虎の姿が掻き消えた。

295: 2012/02/07(火) 22:53:55.61 ID:ZFYBcsmdo
勇者「あっ、くっそー逃げられちまった」

僧侶「勇者様! 無茶しないでください」

勇者「おう、焦げちまった」

僧侶「もう……癒しの力よ」


勇者の火傷が治っていく!


勇者「ありがとー」

貴族「……いつもあのような?」

勇者「久しぶりに強敵だったからなー。勘が鈍って、倒せなかった」

僧侶「お一人で先行しすぎなのです!」

貴族「恐ろしい男だな……」

296: 2012/02/07(火) 22:54:36.21 ID:ZFYBcsmdo
僧侶「それより、今はみなをまとめて脱出しなければ」

貴族「そうだ。よし、急ぎますぞ」

勇者「おう、んじゃ、二人とも俺に負ぶさってくれ」

僧侶「そ、そんな」

貴族「何を言っている」

勇者「力が有り余ってんだよ! そうでもなけりゃ、一部隊つぶしてから戻ってくるけど」

貴族「……大量破壊兵器だな」

僧侶「わ、分かりました。お言葉に甘えます」

貴族「そ、僧侶さん!?」

勇者「っしゃあ! 積もる話はまた後だ!」


勇者は両腕に二人を抱えあげて、一目散に駆け出した。

297: 2012/02/07(火) 22:55:06.49 ID:ZFYBcsmdo
南の国、勇者の故郷。酒場。

女商人「マスター」

マスター「あら、女商人さん、もう帰ってきたの?」

女商人「ええ。前置きせずによろしいですか?」

マスター「え、ええ」

女商人「魔法使いからの手紙、受け取りましたね」

マスター「読んだけど……」

女商人「では、支度を」

マスター「できないわ」

女商人「……」

マスター「このお店は、先代からずっと受け継いできたものだもの。それを捨てるなんてこと……」

女商人「そうですか」

298: 2012/02/07(火) 22:55:51.43 ID:ZFYBcsmdo
マスター「魔法使いさんの気持ちも分かるわ、なんだか、この国も物騒になってきたもの」

女商人「実は、ここから出た軍隊が、いま戦士の村を襲っています」

マスター「え……」

女商人「おそらく、北国で反乱を起こしている僧侶への牽制でしょう」

マスター「た、大変じゃない!」

女商人「ええ、隙をついて逃げ出してきました」

マスター「逃げ出してきたって……」

女商人「私なりにやるべきことがあると思いまして」

マスター「……」

女商人「マスター、私はこの国が許せません。冒険者たちを集めて、その交流で栄えてきたのに、魔王を倒した途端に登録制を廃止して」

マスター「そうね……盗賊さんなんか、冒険者として認められなくなったら、捕まっちゃって」

299: 2012/02/07(火) 22:56:40.05 ID:ZFYBcsmdo
女商人「冒険者たちを集めて、探検隊を作るという魔法使いの計画、あれは一つの救済策でした」

マスター「おかげで、こっちはもっと寂れちゃったけど」

女商人「……実を言うと、国が探検隊を了承したのにも裏があるのではないか、と私は思います」

マスター「そう……なの?」

女商人「ええ。おそらく、私は普通にしていたら捕まるでしょう。マスターが勇者の町に行かないというのであれば、もう私からは何も言えません」

マスター「……」

女商人「……私は、場所も建物も大事だと思います。けど、思いの方が大事だと思ってます」

マスター「それは、簡単に言っていい言葉じゃないわ」

女商人「分かりません。思いを踏みにじられて、悲しんでいる顔を見たくないのも、事実です」

マスター「……うん」

女商人「もし、賛同してくださるのであれば、馬車のお手配は済んでますので」

マスター「そ、そうなの?」

女商人「勇者の家族も移住させる計画なんです」

300: 2012/02/07(火) 22:57:27.76 ID:ZFYBcsmdo
勇者の実家。

女商人「こんにちは」

勇者母「あら~、しょーにんさんじゃないの~」

女商人「あの、実は、息子さんがピンチでして」

勇者母「そうなの~? でも、あの子のことだから、大丈夫だと思うわ~」

女商人「いや、それでですね、お母さんのことも心配してらしてですね、引越ししてほしいと」

勇者母「大丈夫よ~、ずっと住んできたんだもの~」

女商人「……」

勇者母「しょーにんちゃんは~、うちののお嫁さんになる気はないの~?」

女商人「は?」

勇者母「なんだか、お城のお姫様との縁談は~、ことわっちゃったみたいで~」

女商人「はあ」

勇者母「ちょっと心配っていうか~、私に似て要領が悪いところあるし~」

女商人(なんだかな……)

301: 2012/02/07(火) 22:58:02.59 ID:ZFYBcsmdo
女商人(あ……そうだ)

女商人「あの、実はですね」

勇者母「何かしら~」

女商人「彼、今度結婚するんです」

勇者母「あらほんと~? 私にはなにも言わないで」

女商人「それでですね、お相手はあの、魔法使いさんなんです」

勇者母「あらあら、うふふ、あらあら」

女商人「彼、魔法使いさんと新居を構えてまして、ぜひお母様にもこちらに移って欲しいと」

勇者母「そうなったら、お祝いしないといけないわね~」

女商人「そうでしょう、今、友人も招待したいということで、彼は飛び回っているんですが」

勇者母「魔法使いちゃんがその町にいるのね~」

女商人「そうなんです」

302: 2012/02/07(火) 22:59:05.59 ID:ZFYBcsmdo
女商人(この程度の無茶振り、許されるわよね)

勇者母「でも~、がっかりしてるでしょう~?」

女商人「何が、ですか?」

勇者母「あなたも~、息子に少し気があったんじゃないかーって思ってたから~」

女商人「そんなことはありえません」

勇者母「あの子~、度量が広いから~、納得してる範囲なら許可しちゃうわよ~?」

女商人「お断りしますよっ!」

勇者母「財産分与」

女商人「なん……ですか?」

勇者母「相続について口添えしてもいいわよ~」

女商人「……そ、そんなことで動きません」

勇者母「褒美、まだたんまり残ってるのよね~」

女商人「とにかく! 早くご準備お願いします」

勇者母「うふふ」

305: 2012/02/07(火) 23:06:19.81 ID:ZFYBcsmdo
あ、一応、全部書くつもりですが、読みたい順番をお選びください、ということです

317: 2012/02/08(水) 21:53:54.73 ID:HCOjZ9rwo
(今日も投下するよ)

318: 2012/02/08(水) 22:23:40.44 ID:HCOjZ9rwo
南国、城。

姫「……」

侍女「お茶でございます、なんつって」

姫「ありがとうございます」

侍女「身分の低い娘っ子に敬語を使う必要はございませんよ?」

姫「相変わらずですね、あなたは……」

侍女「また暗い顔ですね。やなことでもありました?」

姫「いえ、別に」

侍女「『あなたは憂い顔も美しい』キリッ」

姫「隣国の王子様ですか、その真似は」

侍女「そうですよ。似てたでしょ?」

姫「ふふっ」

319: 2012/02/08(水) 22:24:12.89 ID:HCOjZ9rwo
侍女「戦争のことですか? まあ戦争で氏人が出るのはしょーがないですよ」

姫「いえ……」

侍女「あのバカ王子も出てるから、下手うってお亡くなりになる可能性もありますし」

姫「人の氏を願うものではありませんよ」

侍女「さーせん。じゃあ、勇者のことですか?」

姫「えっと……ええ」

侍女「私せいかーい。ご褒美にお茶をご一緒する栄誉を賜ります。ロイヤルスイーツうめぇ」ムシャムシャ

姫「もう、侍女さんったら」

320: 2012/02/08(水) 22:24:41.88 ID:HCOjZ9rwo
姫「……この度の争いは、勇者様のご一行が引き起こしたと聞いています」

侍女「僧侶さんでしたっけ」

姫「勇者様も、戦いに身を投じられたとか」

侍女「みたいですね」

姫「もしや、私が勇者様を追い出したことが遠因なのではないかと……」

侍女「それはいくらなんでもないですね」

姫「そうでしょうか」

侍女「あの手のタイプは、追い出されたことなんか今ごろ忘れてますよ」

姫「そ、そうでしょうか?」

321: 2012/02/08(水) 22:25:14.19 ID:HCOjZ9rwo
侍女「だから、姫様が気にすることはないですよ」

姫「……私は」

侍女「まだ何かあるんですか?」

姫「私はあの方を尊敬しています……」

侍女「姫様はろくでなしに引っかかるタイプですね」

姫「ど、どうしてですか!」

侍女「いや、まあ、この城に滞在してた時のことを思い出していただければ」

姫「……」

322: 2012/02/08(水) 22:25:48.86 ID:HCOjZ9rwo
―――数ヶ月前。

勇者『まあ、そういうわけで、あの辺の村は魔物が住人になってたわけですよ』

姫『まあ』

勇者『そのまま宿に泊りましたけどね。分かってて』

姫『そ、それでどうなったのです?』

勇者『夜中に襲い掛かってきたので、「宿代踏み倒すぞ!」って叫ぶと硬直して』

姫『魔物なのに、おかしいですわ』

勇者『それがどうも、本当に魔物同士で休憩所に使ってたみたいで』

姫『あら、それはかわいそうですね』

勇者『まあね。全員ぶん殴って寝なおしました』

姫『宿代は……』

勇者『サービスが悪いってんで、賢者が値切りました』

姫『ふふふっ、ちゃんと払ったんですね』

勇者『そうそう! いやあ、面白かったですよ』

323: 2012/02/08(水) 22:26:11.93 ID:HCOjZ9rwo
―――数日後。

侍女『ちわー、お茶屋が配達ー』

勇者『あんた、侍女だろ』

姫『あら、いつもありがとう』

侍女『……』

勇者『なんだ?』

侍女『勇者様、お仲間どっか行っちゃったみたいですけどー』

勇者『え、マジ?』

侍女『マジマジ』

姫『こ、困りましたね、追いかけなくては』

勇者『うーん、ま、でも、平和になったし、いいか』

姫『え? でも』

勇者『お、今日のお茶はなんか浮いてるぞ』

侍女『今日は果物のお茶ですだ』

324: 2012/02/08(水) 22:26:42.40 ID:HCOjZ9rwo
―――数週間後。

勇者『うーん、することないなー』

姫『あの、勇者様。お暇でしたら、ボードゲームなどいかがでしょう』

勇者『いいね!』

姫『はい、それでは』

勇者『あ、いつもいる子も呼ぼう。おーい、侍女ちゃーん』

侍女『呼ばれて飛び出て』

勇者『ボードゲームして遊ばない?』

侍女『完全に堕落してますな』

勇者『な、なんだよ』

姫『侍女さん、一緒に……ダメ?』

侍女『姫様に言われちゃ、かないません』

325: 2012/02/08(水) 22:27:14.11 ID:HCOjZ9rwo
侍女『あーがりー』

勇者『くそっ、強すぎだろ、お前』

侍女『猪突猛進にサイコロばかり振るからでござい』

姫『うふふ』

勇者『うーん、やっぱり俺、一人旅は向いてないのかねー』

侍女『魔王を倒せたのも、お仲間のおかげですか』

勇者『そうなんだよなー、一人じゃダメなのかね』

姫『こら、侍女さん、失礼でしょう』

侍女『しーましぇーん』

勇者『いやいや、実際、そうだしな』

326: 2012/02/08(水) 22:27:41.49 ID:HCOjZ9rwo
メイド1『クスクス……』

メイド2『勇者さんって、全然働いてないよね』

メイド3『逆玉狙ってるのかしら』

メイド1『出身は城下の地元民らしーよ』

メイド2『えー、ちょっとショック』

メイド3『お父さんも勇者なんだって?』

メイド1『ひぇぇぇ(笑)』


侍女『……』

勇者『お、侍女ちゃん』

侍女『あー、こっちは清掃ちゅーですよー』

勇者『なんだよ、急に』

侍女『勇者様は姫様の相手だけしてればいーんじゃないですか』

勇者『うーん、まあ、な』

327: 2012/02/08(水) 22:28:10.94 ID:HCOjZ9rwo
侍女『何かご不満でも?』

勇者『なあ、姫様って俺と結婚する気とかないのかね』

侍女『さあー、姫様に決定権はありませんので』

勇者『そんなもんかなぁ』

侍女『結婚する以外に、したいことないんですか?』

勇者『うーん……』

侍女『え、え、どうなんだ、このこの』

勇者『やめろ、モップでつつくな。まあ、あまりやりたいこともないな』

侍女『この寄生虫が』

勇者『あ?』

侍女『わったしはお掃除侍従長~』サササー

328: 2012/02/08(水) 22:28:39.04 ID:HCOjZ9rwo
侍女『勇者様はダメなんじゃないですか?』

姫『どうしたんです、急に』

侍女『なんかやりたいこともないみたいですし、へーかも評価しないでしょう』

姫『そんなことないでしょう、彼は世界を救ったのよ』

侍女『まーいーですけどー』

姫『だったら、お父様に聞いてみるわ』

侍女『やめといたほうがええで』

姫『もう、そんなこと言って』

侍女『いや、今、大臣と話してたんで』

姫『大丈夫ですよ、話が終わったら出てくれば良いのです』

329: 2012/02/08(水) 22:29:05.19 ID:HCOjZ9rwo
玉座。

南国王『……勇者殿はどうしている?』

南大臣『ごろごろしております』

南国王『……』

南大臣『率直に申し上げます。世界が平和になった以上、もはや勇者殿は不要……』

南国王『言うな。何か事業でもなすなら、我が娘を嫁がせようかと考えていたのだが』

南大臣『褒美は与えたのです。もう良いでしょう』

南国王『軍事力としてはどうか?』

南大臣『救世主を値切って雇うことは難しいでしょう』

南国王『……』


姫『……』

侍女『ぼろくそっすね』

姫『きゃ! 急に声をかけないで』

侍女『すんませーん』

330: 2012/02/08(水) 22:29:36.01 ID:HCOjZ9rwo
将軍『……指南役は無理でしょう』

南国王『なぜだ?』

将軍『彼の剣術は防御がありません。多少のケガを物ともせずに飛び込んでくるのです』

南国王『ふむぅ』

将軍『……多少どころではありませんな。一度、自身の骨を折りながら、我が隊で腕の立つ兵士を十人まとめて病院送りにしました』

南国王『なるほど』

将軍『しかし、手当て慣れといいますか、回復の魔法の効きが良すぎるのですが』

南国王『精霊の加護を得ただけはあると……』

将軍『とにかく守りがありません』

南国王『守りの時代には向いていないということか』

将軍『有名を利用する手はありますが』

南国王『下手を打てば、私の地位を脅かすやも知れん』

南大臣『……陛下。この際、勇者殿を政治利用しない方向で、他国と共同しましょう』

南国王『大丈夫かね?』

331: 2012/02/08(水) 22:30:03.60 ID:HCOjZ9rwo
南大臣『万が一、勇者殿が他国につくようなことがあれば、我が国には勇者殿のご実家が城下にありますし』

将軍『それはいささか抵抗がありますが』

南大臣『万が一です、そうならないようにすればよろしい』

南国王『うむ……それがいいかもしれんな』

将軍『しかし、彼は姫様とも仲がよろしいご様子』

南大臣『それでは、姫様から押し出してもらうことにしましょう』

南国王『よいのか?』

南大臣『隣国の王子が姫様を見て、一度お話したいと言ってきています。それに、今後は姫様も働いてもらわねば』

南国王『うむ……そうだな。我が王家の一員として、自覚を持ってもらわなくては困る』

将軍『お二人が好きあっているのならば……』

南大臣『将軍、情で政治を決めてはかえって姫様に不幸をもたらしますぞ』

将軍『そ、そうでしょうか』

332: 2012/02/08(水) 22:30:42.32 ID:HCOjZ9rwo
侍女『あれまー』

姫『……』

侍女『姫様、どうしますか』

姫『……』ダッ

侍女『あ、姫様!』


姫『はぁ、はあ、勇者様、勇者様……!』


姫『ゆ、勇者様!』

勇者『んあ?』ぐでーっ

姫『……』

勇者『どうしたんですか? 姫様』

姫『えっと、あの……』

333: 2012/02/08(水) 22:31:08.86 ID:HCOjZ9rwo
勇者『息を切らして、走ってきたんですか?』

姫『い、いえ……その』

勇者『?』

姫『あのですね、勇者様』

勇者『はい』

姫『そろそろ、ご実家に戻られてはいかがでしょう』

勇者『へ?』

姫『かなり長い間、お城にお引止めしてしまって……』

勇者『いやいやいや、実家は城下町にあるんで』

姫『そうですが、もうしばらくお母様にお顔を見せていらっしゃらないのでは?』

勇者『えーっと』

姫『きっと、そろそろ心配なさってますよ』

勇者(これ、あれか? もう帰れ的な?)

334: 2012/02/08(水) 22:31:35.20 ID:HCOjZ9rwo
―――数日後。

姫『……』

侍女『あなたのお城のお茶屋さん、ただいま参上しました』

姫『ああ、侍女さん』

侍女『元気ありませんね』

姫『……勇者様は』

侍女『ご実家でごろごろしてます』

姫『……きっと、私が手ひどく追い返してしまったからだわ』

侍女『いや、することないだけでしょう』

姫『そんなこと……!』

侍女『それより、隣国の王子様からまたお手紙来てますよ』

姫『捨てて』

侍女『あいあい』ビリビリ

335: 2012/02/08(水) 22:32:03.88 ID:HCOjZ9rwo
侍女『あと、勇者様からも手紙が』

姫『か、貸してください!』バッ

侍女『おう』

姫『……』


勇者「この度はとんだ失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした」

勇者「隣国の王子様とのご成婚、まことにおめでとうございます」

勇者「私も故郷の姫君の慶事を、自分のことのように嬉しく思っています」

勇者「これからも良き指導者、妻として、世界を導いてください」


姫『……うっ、うう』グスッ  カサカサ

侍女『……そんな感動的なことは書いてないはずですけど』

336: 2012/02/08(水) 22:32:57.30 ID:HCOjZ9rwo
姫『二枚目……』カサッ


勇者「堅苦しいのはここまでにする。辞書引きながら書いたんだが、なんか言葉が下手ですまんね」

勇者「結婚おめでとう。正直言って驚いているが、姫様ともなれば無理はないわな」

勇者「それで、お祝いということで、褒美の四分の一は返納することにした」

勇者「もらった金だが、せっかくの機会なんだし、盛大な結婚式をやるのに使ってくれ」

勇者「しばらく一緒に暮らせて、結構楽しかったぜ。ただ、怠けすぎちゃったからな」

勇者「俺も自分なりにがんばってみようと思う」

勇者「なんだかんだで、俺は自分ひとりじゃ生きられないみたいだ」

勇者「だから、姫様にもらった分は、俺もちゃんと返せるようにがんばるよ」

勇者「それじゃあ、また」


姫『……勇者様』

337: 2012/02/08(水) 22:34:57.61 ID:HCOjZ9rwo
姫「あの方は、私たちの都合で追い出したのに、文句も言いませんでした」

侍女「いやけど、そもそも褒美は渡してましたよ?」

姫「そればかりではなく、私を励ましてくれて」

侍女「美化しすぎ美化しすぎ」

姫「……グスッ」

侍女「あーはいはい、リッパナオヒトデシタネー」

姫「侍女さん、クビにしますよ?」

侍女「どうせ、この戦争が終わったら姫様、東国に行っちゃうんだし、いーです」

姫「そ、そう……」

338: 2012/02/08(水) 22:35:32.73 ID:HCOjZ9rwo
侍女「結婚が嫌なら、勇者様と一緒に逃げるって選択肢もありましたよね?」

姫「それは、ご迷惑がかかるわ」

侍女「そうっすかねー」

姫「勇者様は、今も、正義のために戦っているんです」

侍女「いやあ、流れとか成り行きでしょ、間違いなく」

姫「そうだとしても、勇者様は自らのわがままを通しているのではないのだと思います」

侍女「自分の意見ってのがないんじゃないですかね、それ」

姫「もう! 勇者様はかっこいいんです!」

侍女「す、すみません」

339: 2012/02/08(水) 22:36:22.28 ID:HCOjZ9rwo
侍女「でも、勇者様は今、北の王国の反乱軍に加わっていると」

姫「北国では、良い噂は聞きませんでしたから」

侍女「いやあの、これで我が国でも王制の反対運動とか出てきたらどーします?」

姫「……私は、勇者様を信じたいと思います」

侍女「……」

姫「どうしたのですか、侍女さん。また何か言いよどんで」

侍女「私はっすね、王家に拾われたので、あまり勇者様に肩入れしたくないんです」

姫「……」

侍女「だから、姫様の心が多少傷ついても、いろいろと黙ってようと思ってたんですが」

姫「何か、知ってしまったのね?」

侍女「……はい」

340: 2012/02/08(水) 22:36:53.26 ID:HCOjZ9rwo
姫「教えてくれませんか、そのこと」

侍女「……あのっすね、大臣、いるでしょ」

姫「え、ええ」

侍女「あのおっさん、人間じゃないっぽいんです」

姫「は?」

侍女「だから、多分、魔物なんです。あのおっさん」

姫「え、え、王宮に、魔物が入り込んでいるということ……?」

侍女「はい。多分ですけど」

姫「どういうことなの?」

侍女「んー、夜中にいつものように王宮を歩き回ってたら、裏庭に大臣がいたんすけど」

侍女「大臣、明らかに魔物と話してたんですよね。骸骨とか、人魂とかと」

姫「そ、それは一大事ではありませんか!」

341: 2012/02/08(水) 22:37:22.12 ID:HCOjZ9rwo
侍女「そーっすけど、あの大臣のおかげで、国はよくなったじゃないですか」

姫「そんなこと……」

侍女「冒険者って言ってたごろつきは減ったし、明らかな犯罪者は牢屋にぶち込まれたし」

姫「……」

侍女「財政だって、冒険者に払いまくってた報酬を整理しましたし」

姫「そうかも、しれませんが」

侍女「王様も良くやっているって言ってるし、いいのかなーって」

姫「……彼の目的は、勇者様を陥れることなのかもしれませんよ!」

侍女「勇者様が何かしてくれたんですか? この国に」

姫「そ、それは……」

342: 2012/02/08(水) 22:39:05.45 ID:HCOjZ9rwo
侍女「魔王を倒したら、褒美をやる、だから戦って倒して、褒美ももらった。それでおしまいでしょ?」

姫「……」

侍女「ぶっちゃけ、私は嫌いです。勇者なんか」

姫「侍女さん……」

侍女「あ、あの野郎、たくさんもらった褒美、あっちこっちに寄附してたんです」

侍女「……使いきれないからって」

姫「え?」

侍女「私が、寂れた村の出身だって教えたから、そこに寄附して……」

侍女「私は身売りされてこっち来たんだから、うれしくもなんともないのに」

侍女「……わざわざ両親からの、謝罪の手紙まで持ってきて」

343: 2012/02/08(水) 22:40:05.23 ID:HCOjZ9rwo
姫「……」

侍女「わ、私は、何もしないで、ごろごろして、嫌いなのに、あんなやつ、嫌いなのに」

姫「侍女さん……」

侍女「なのに、世界を救っても、私は救われてないじゃんって言ったら、謝ったりプレゼントくれたりするんですよ」

侍女「分かんないんです。あいつが正しいのかどうかも……」

姫「……」

侍女「でも、やっぱり、今の状況を見ると、おかしいんですよね、うちの国」

姫「……ええ」

侍女「あいつが正しいんですよね、多分」

姫「……」

344: 2012/02/08(水) 22:40:32.08 ID:HCOjZ9rwo
姫「侍女さん」

侍女「……はい」

姫「おそらく、我が国は魔物に操られている恐れがあります。私たちがそれを知ったと気づかれれば、私たちも口を塞がれるでしょう」

侍女「まあ」

姫「侍女さん。こうなったら、正式にあなたをクビにします」

侍女「え」

姫「そして、勇者様のところへ、その情報を伝えてきなさい」

侍女「それは……」

姫「それが嫌なら、勇者様の他の仲間のみなさんのところへ行きなさい」

侍女「でも」

姫「こうなった以上、事は一刻を争います。名目は暇を出すことにして、早く知らせにいきなさい」

侍女「……姫様はどーするんです?」

姫「……王宮に残るのが、私の仕事です」

345: 2012/02/08(水) 22:41:11.20 ID:HCOjZ9rwo
探検隊、キャンプ。

盗賊「あー、ほんっとよくここまで来たもんだわ」

盗賊「せっかく冒険稼業で名前を売ってきたのに、平和になったら一転犯罪者扱い」

盗賊「いやそりゃ、一時期は人様のモノを盗んだりしてましたけどね?」

盗賊「どっちかっていうと、洞窟の探索とかの方が得意だったわけで」

盗賊「過去にさかのぼって調べ上げて、牢屋に入れられるとか本当ないわよねー(開き直り)」

盗賊「……この探検隊がなければ一生牢屋暮らしだったかもしれないわけだし」

盗賊「仕事って、一度なくなると大変よねー」

盗賊「でも、なんていうかこの探検隊、男女混合の隊のせいか、やたらむらむらしてる連中が多い気がするのよねぇ」

盗賊「……とりあえず配給行くか」

346: 2012/02/08(水) 22:41:43.63 ID:HCOjZ9rwo
隊員「おっ、いい姉ちゃんがいるじゃねぇか」

盗賊「……」

隊員「おい、ねーちゃん! ちょっと気分転換に付き合えよ!」

盗賊「……うっざ」

隊員「おいおいおい、なんつった?」

盗賊「鏡貸そうか? 自分の顔面見たら、私がそういいたくなる気持ちが分かるでしょ」

隊員「なんだぁ、こいつ!」

遊び人「まあー、まあまあまあ」スッ

隊員「な、なんだぁ、お前!」

遊び人「だんな、向こうでお仲間が、ポーカーの頭数ぅって怒ってましたよ」

隊員「げ」

347: 2012/02/08(水) 22:42:22.68 ID:HCOjZ9rwo
隊員「おい、お前、俺のこと悪く言ってないだろうな!」

遊び人「とんでもございません」

隊員「くそっ」タッタッタ

盗賊「……」

遊び人「行っちゃいましたよ」

盗賊「ありがと。じゃあね」

遊び人「はいはーい」

盗賊「……え、何もしないわけ?」

遊び人「芸人が観客に手を出すのは、命がかかってるときだけでして」

盗賊「あっそう」

遊び人「あ、でも、配給に行かれるんですよね。僕もです」

盗賊「この野郎」

348: 2012/02/08(水) 22:42:49.15 ID:HCOjZ9rwo
遊び人「お姉さんも、牢屋に入れられたクチですか?」

盗賊「そうよ。「も」ってことはあんたもそうだったわけ?」

遊び人「昔は規制が緩かったですからねー」

盗賊「何してたのよ」

遊び人「ストリップダンサーを」

盗賊「ぶっ」

遊び人「あと男娼を少々」

盗賊「げほっ、ぐぇっほ」

遊び人「大丈夫ですか?」

盗賊「大丈夫なわけあるかっ! なんなのよ、ストリップって」

遊び人「知りませんか? 服を脱いで踊る」

盗賊「知ってるわ! なんで男なのに出来るのよ!」

遊び人「需要があったとしか言えませんねぇ」

373: 2012/02/09(木) 21:27:03.64 ID:83Cp8ad+o
盗賊「……なに、あんた、あれなの?」

遊び人「あれとは?」

盗賊「その、男の人が好きな」

遊び人「ああ、お仕事は基本、女性のお相手ですよ。結構お金を持って暇な女性はいますから」

盗賊「そう、それはそれで引くけど」

遊び人「男性もいますけどね」

盗賊「引くわ」

遊び人「僕はあまりお客さんを好き嫌いで差別しませんけどねー」

盗賊「……」

遊び人「買います?」

盗賊「買わないわよ!」

遊び人「大道芸とか手品とかもしますけどね」

374: 2012/02/09(木) 21:27:31.68 ID:83Cp8ad+o
盗賊「そういえば、どうして探検隊なんかに入ってるのよ」

遊び人「盗賊さんと同じ流れだと思いますけど」

盗賊「といっても、性産業なんか一番廃れにくそうなところじゃない。お客が守ってくれたり」

遊び人「ところがですね、最後に商売に行ったところで、お客がかち合っちゃいまして」

盗賊「は?」

遊び人「旦那さんと奥さんが」

盗賊「あーもういい、聞きたくない」

遊び人「すごい修羅場でしたよー、僕が牢屋に入れられたのは巻き込まれ事故ですね」

盗賊「あんたねぇ」

遊び人「ま、平和になると、乱れた性風俗は百害の元ですからね」

盗賊「はぁー、ま、平和だと商売がやりにくいのは確かよね」

375: 2012/02/09(木) 21:28:00.37 ID:83Cp8ad+o
配給所。

配給係「おっ、なんだい、あんたらカップルかい?」

盗賊「どこをどう見たらそう見えるのかしら」

遊び人「美男美女だからでしょうね」

盗賊「……さらっと言うわね」

配給係「はっはっは、違いねぇや」

遊び人「次の探索ポイントまでは長そうですから、多めに盛ってくださいな」

配給係「そーだな、精をつけなきゃな」

盗賊「……」

遊び人「要ります? 赤蛇ドリンク」

盗賊「要らないわよ!」

376: 2012/02/09(木) 21:29:24.21 ID:83Cp8ad+o
盗賊「……前から思ってたんだけど、この探検隊って変よね」

遊び人「そうですか?」ハグ

盗賊「なんかやたらと言い寄ってきたり、カップル認定したり」

遊び人「あれ、ご存知でない」

盗賊「何よ」

遊び人「この探検隊、移民政策の一環でもあるんですよ。カップル推奨。現地で子作り」

盗賊「はああああ!?」

遊び人「犯罪者紛いの連中が多いのも、移民というか棄民というか、ま、ある意味そういうわけで」

盗賊「聞いてないわよ、道理でぎらぎらしてるやつが多いと思った」

遊び人「先住民がいなければ、このまま住んじゃえばいいと」

遊び人「増えすぎた冒険者への対応策ですね、最初に南大臣が説明してましたよ」

盗賊「……そんな説明あったっけ」

377: 2012/02/09(木) 21:29:47.82 ID:83Cp8ad+o
遊び人「……まあ、それ以外にも変なところはありますけど」

盗賊「頭おかしいでしょ、でも」

遊び人「そうですかね? 僕の芸人仲間の女の子も、これで結婚できるって喜んでましたよ」

盗賊「はあ?」

遊び人「遊び人なんてやってると、やっぱり偏見で見られちゃいますから」

盗賊「嫌なら転職すればいいじゃない」

遊び人「神殿に行くのも一苦労なもんで」

盗賊(……私も他人のことは言えないか)

378: 2012/02/09(木) 21:30:30.48 ID:83Cp8ad+o
盗賊「でも、おかしいわよね」

遊び人「まだ言うんですか」

盗賊「うっさいわね。女の子はいつも男とくっついてるし、後はぎらぎらしてる男ばっかりで、うんざりしてたの」

遊び人「僕も一発やりたくて近づいたのかもしれませんよ」

盗賊「なに、命を盗られたいわけ?」

遊び人「あっはっは! お姉さん、面白い!」

盗賊「……あのね、あんたはまだ話が通じそうだから、言ってるんだけど」

遊び人「なんですか?」

盗賊「ただの探検でも、移民政策でもいいけど、それにしたってまだおかしいとこあるでしょ」

遊び人「……遺跡の調査とかしてましたからね」

盗賊「何の意味があるんだっていう」

379: 2012/02/09(木) 21:31:07.32 ID:83Cp8ad+o
遊び人「だったら、計画書盗んじゃいます?」

盗賊「……あっさり言うわね」

遊び人「散々振り回されて、何も知らないまま他人にこき使われるのも癪じゃないですか」

盗賊「いいけど、私もそれほどレベルが高いわけじゃないわよ」

遊び人「だったら僕が隊長さんを誘ってきます」

盗賊「もうなんなの!? 隊長って男じゃん!」

遊び人「まあまあ、あの人もいっぺんやってみたいオーラがある人でしたし」

盗賊「ああー、もう。勇者より狂ってるやつは初めて見たわ……」

遊び人「え、勇者さんを知ってるんですか?」

盗賊「……一度捕まって、盗んだ財宝を引き渡す代わりに見逃してもらったの」

遊び人「へー」

380: 2012/02/09(木) 21:31:39.20 ID:83Cp8ad+o
盗賊「よく考えたら、こうして辺境で働いてるのも、勇者のせいよね」

遊び人「勇者が世界を救ったから、ですか?」

盗賊「そうそう! 魔王がいたってそれなりに仕事できてたんだし、そんな無理に倒さなくても良かったのに」

遊び人「……まあ、苦しんでいる人もいたんでしょうよ」

盗賊「そんなもんかしら」

遊び人「ところで、どうします? やるなら今夜にでもやりましょうか」

盗賊「あ、マジでやる気なの?」

遊び人「そりゃもう! いい加減、同じことの繰り返しで飽きてましたし」

盗賊「やっぱあんたおかしいわ」

381: 2012/02/09(木) 21:32:07.91 ID:83Cp8ad+o
―――夜。

隊長「ああー、やっと会議終わったわ」

遊び人「隊長さぁん、遅くまでお疲れ様ですぅ」

隊長「な、なんだ」

遊び人「僕、遊び人って言うんですけど、一度隊長さんとお話したいなぁって思ってまして」

隊長「う、おお、しかし、記録の整理が……」

遊び人「僕の仲間も、隊長さんとお話したいって言ってるんですよぉ」

隊長「そ、そう、か……」

遊び人「もちろん、お話以外もできればなって」

隊長「ゴクリ……」

遊び人「お願いしますぅ」

隊長「し、仕方ないな、今夜だけだぞ」

遊び人「やったぁ! えへへ」


盗賊「……ありえねぇ」

382: 2012/02/09(木) 21:33:19.71 ID:83Cp8ad+o
盗賊「ま、気にしてても仕方ないわ」

盗賊「テントに鍵はかからないしね。お邪魔しまーすっと」

盗賊「目当てのものがある場合、何から探すべきか……」

盗賊「探検隊の日々の記録はそれほど整理されていない」

盗賊「……何週間分かは、ヒモで縛って積んでいる」

盗賊「簡易机の横、何もなし」

盗賊「生活用品に紛れてる? さすがにないわね」

盗賊「……最初から持っているようなものだから」

盗賊「でも、見返したりはする?」

盗賊「いや、毎日見返すほどではないわ」

盗賊「節目ごとに、たとえばキャンプ地に荷降ろしするたび、とか」

383: 2012/02/09(木) 21:33:46.94 ID:83Cp8ad+o
盗賊「テントを張ってから、数日だから……」

盗賊「散らばってる記録、その下に……」ゴソゴソ

盗賊「ありました~」

盗賊「楽勝。でも持ち帰るのも嫌だし」

盗賊「時間があるから、要点だけ書き写しちゃいましょ」カキカキ


見張り「そこに誰かいるのか」

盗賊「!?」

見張り「……おい、いるのか」

盗賊「……」

384: 2012/02/09(木) 21:34:24.48 ID:83Cp8ad+o
見張り「ちっ……まあ、さすがに粗末な貧乏隊をあさるやつもおらんか」


盗賊(バカで助かったわ)

盗賊(しょーがない、このまま計画書は持ってきましょ)

盗賊(ばれないうちに、読んで返す、これね)

盗賊(……見張り、なし)

盗賊「……」サササッ

盗賊「楽勝ね。私もまだまだこっちでいけそうね」

385: 2012/02/09(木) 21:34:49.73 ID:83Cp8ad+o
翌朝。

盗賊「……」

遊び人「……おはようございます」

盗賊「なんか疲れてるわね」

遊び人「あの隊長さん、溜まってたみたいで」

盗賊「聞かないことにしていいかしら」

遊び人「ええ、ええ。女の子も疲れたーって言ってましたよ」

盗賊「それより、計画よ」

遊び人「……もう少し、人気の少ない場所で見ましょう」

盗賊「いいわよ……」

遊び人「ふわああ、腰が痛い」

386: 2012/02/09(木) 21:35:21.36 ID:83Cp8ad+o
盗賊「なんか変なことがいっぱい書いてあるのよ」

遊び人「なんですか?」

盗賊「魔法の専門的なことみたいなんだけど、遺跡を探すのもちゃんと計画に書かれてある」

遊び人「うーん……」ペラ

盗賊「ちょっとねぇ、私らじゃ太刀打ちできない内容みたい」

遊び人「そうですねぇ……」パラパラ

盗賊「魔法使いでもいればいいんだけど」

遊び人「そういえば、今回の件、魔法使いさんも一枚噛んでたとか」

盗賊「マジで? あいつも厭味な女なのよねー」

遊び人「どこがです?」

387: 2012/02/09(木) 21:35:53.57 ID:83Cp8ad+o
盗賊「昨日、盗賊団に入ってたーって話しなかったっけ」

遊び人「ああ、見逃してもらったとかいう」

盗賊「そうそう。んで、そのとき、あの女がね」


魔法使い『そんなに財宝を見つける能力が長けているなら、冒険者としてでもやっていけるでしょうに』

魔法使い『勿体ない。頭使いなさいよ。頭を使えば、真っ当に生きるチャンスなんかいくらでも転がってるわ』


遊び人「うわー……」

盗賊「そうなるでしょ!? こちとらそんな理由でやってたわけじゃないのよって」

遊び人「あれ、でも」

盗賊「……はい、冒険者登録のやり方も教えてもらいました」

遊び人「世話になりまくりじゃないですか」

盗賊「もう、そうなのよ~! だから余計憎たらしいの」

388: 2012/02/09(木) 21:36:30.24 ID:83Cp8ad+o
遊び人「……ん?」

盗賊「なに、なんかあった?」

遊び人「どうもこの計画、魔法使いさんが噛んでるのは、選抜とかみたいですね」

盗賊「どういうこと」

遊び人「計画は複数人で書かれて、選抜の件を魔法使いさんがやったみたいです」

盗賊「ふ~ん」

遊び人「厳しすぎる処分を受けた者に対して減刑し、労役処分という名目ではあるが、適切な条件で雇い入れること」

盗賊「くあああっ、憎たらしい!」

遊び人「魔法使いさんなりに、いろいろ考えてるんですねぇ」

盗賊「虫唾が走るわっ」

遊び人「でも、実際助かったじゃないですか」

389: 2012/02/09(木) 21:37:00.97 ID:83Cp8ad+o
遊び人「……あ!」

盗賊「何よ、今度は」

遊び人「……」

盗賊「黙ってちゃ分からないわ」

遊び人「……盗賊さん」

盗賊「どうしたのよ」

遊び人「魔法使いさんの居場所、分かりませんかね」

盗賊「……どうしたっていうの?」

遊び人「この計画、具体的な中身はかなり複雑なんですけど―――」


遊び人「『魔王の復活』が可能かどうか、が目的みたいです」

390: 2012/02/09(木) 21:37:32.68 ID:83Cp8ad+o
盗賊「……」

遊び人「……」

盗賊「え、マジ?」

遊び人「あまり学がないので良く分からないんですが、専門家に見せれば一発だと思います」

盗賊「や、やややややばいんじゃないの、それ」

遊び人「早く返したほうがいいですね、もうそろそろ今日の作業が始まるし」

盗賊「そ、そんなこと言っても」

遊び人「でなければ、このまま逃げるか」

盗賊「逃げるったって、どこに逃げるのよ!?」

遊び人「……この辺までくると、もう魔王城くらいしかないですからね」


どぉん、どぉん、どおん


盗賊「!」

遊び人「始業の会を知らせる太鼓ですね。さて、どうするか……」

391: 2012/02/09(木) 21:38:58.75 ID:83Cp8ad+o
隊員「おーい、急ごうぜ」

遊び人「あ、はいはい」

盗賊「……」

隊員「なんでもよぉ、隊長のやつが酔って大事な書類をなくしたとかで、周りに八つ当たりしてるらしいぜ」

遊び人「いい気味ですね」

隊員「違いねぇ。けど、始業前になんかやらされそうだよな」

遊び人「こっちにまで振らないでほしいですよねぇ」

隊員「まったくだぜ」タタッ


遊び人「……だそうですけど」

盗賊「もうないことに気づかれたってわけ……」

遊び人「……」

盗賊「……」

遊び人「逃げましょうか」

盗賊「逃げよっか」

392: 2012/02/09(木) 21:41:37.64 ID:83Cp8ad+o
今夜はここまで。

次回から、魔法使いさん、出番です。

ではおやすー

401: 2012/02/10(金) 21:16:27.57 ID:jiiL7IP+o
今夜はおまけで。「出会い」


勇者「たのもう!」

マスター「あ、あら、いらっしゃい。ここは初めてかしら」

勇者「そうです、仲間を探しに来たわけで」

男冒険者「ははっ、あんな子どもまで冒険者か」

勇者「……勇者です、国家公認の!」


……どっ!


勇者「おい、笑うとこじゃねーよ」

マスター「あー、じゃあ勇者君、とりあえず冒険の書を見せてね」

勇者「はいはい」

女冒険者「……ちょっと、かわいそうじゃん、仲間になってあげれば?」クスクス

戦士「なんで俺が……」

勇者「雑魚はいらん。魔王を倒せる素質の持ち主を探している」


……ぷぎゃーっはっはっはっは!


戦士「お前ら、いい加減にしろ」

勇者「いま笑った連中は、選ばないでください」

戦士「お前もお前だ!」

勇者「はい?」

402: 2012/02/10(金) 21:23:27.05 ID:jiiL7IP+o
戦士「お前は仲間を探して雇う立場にいるんだろうが」

勇者「……そうだけど」

戦士「仲間になってください、とお願いすべきじゃないのか? そんな態度で誰が仲間になりたいと思うんだ!」

勇者「す、すみません」

戦士「……いくら金を払うと言ってもな、それで本当に魔王を倒す仲間が得られるわけないだろう」

勇者「……わかりました。お願いします」ペコリ

マスター「じゃあ、戦士さんがまず一人目でいいかしら」

戦士「は?」

勇者「よろしく!」

男冒険者「付き合ってやれよ、戦士」

女冒険者「そーよそーよ」

戦士「……」


ばたん、ツカツカツカ。


魔法使い「……ちょっと邪魔なんで」

勇者「な、なんだよ」

マスター「あら、魔法使いちゃん。今日はどうしたの?」

魔法使い「どうしたのって、今日で私も登録できる年齢です」

マスター「そうなの、じゃあ一応、手続きね。もしよかったら、いま、勇者君が来ているから……」

魔法使い「勇者? 誰が?」

勇者「俺だ」

403: 2012/02/10(金) 21:32:52.35 ID:jiiL7IP+o
魔法使い「何かの冗談でしょう」

勇者「違うわい! 冒険の書も、ほら!」

魔法使い「……」

勇者「はっきり言って、本気で魔王を倒すつもりだ」

魔法使い「ふーん。じゃあ、聞くけど、どうやって倒すつもりなの?」

勇者「まずは仲間集めからだな。単身で旅立った連中はことごとくやられている」

魔法使い「……それだけ? そんな無計画で魔王討伐とは笑わせてくれるわ」

勇者「何言ってんだよ。そもそも、今、魔物が増えたせいで国交も途絶えてるじゃん。情報もないじゃん」

勇者「一歩ずつ、現状を確認できなきゃ、討伐もクソもねぇ。魔王城の正確な位置も知ってるやつは少ないんだぞ」

魔法使い「……あ、そ」

勇者「って、王様が言ってた」

魔法使い「受け売りじゃない!」

勇者「仲間を集めれば、いい知恵も出てくるだろ」

魔法使い「あんたがリーダーを勤めるとしたら、いい知恵を出しても無駄そうだわ。もっと頭使いなさいよ」

勇者「言うじゃねぇか。どの道、雑魚はいらん!」

戦士「……お前ら、ちょっと落ち着け」


ばたーん!


僧侶「おはようございまーす!」

マスター「あらー、僧侶さんじゃない」

404: 2012/02/10(金) 21:40:10.10 ID:jiiL7IP+o
マスター「今日はここに来るのが遅かったわね」

僧侶「ええ、お祈りをしていたものですから」

勇者「……誰?」

魔法使い「僧侶よ。東国から、この国の教会に出向してきてるの」

僧侶「それより、聞いてください、みなさん!」

僧侶「お祈りをしていましたら、お告げがあったのです!」

僧侶「今日、魔王を倒し、世界を救う勇者様が、この町に現れると!!」

戦士「……」

魔法使い「……」

冒険者たち『……』

僧侶「ど、どうしたんですか? これほど喜ばしい報せはありませんよ」

マスター「そ、そうなの。実は、今日も勇者君が一人、来ていてね」

僧侶「ええ! どちらですか、どちらにいらっしゃるのですか!?」

勇者「はい」

僧侶「……」

勇者「僧侶さんといいましたね。俺がその魔王を倒す勇者です!」

僧侶「……まあ。そうでしたの」

マスター「じゃあ、僧侶さんが勇者君のパーティーの二人目ね」

僧侶「ええ!? ちょっと待ってください!」

405: 2012/02/10(金) 21:51:10.35 ID:jiiL7IP+o
勇者「あと一人くらいほしいんですが」

マスター「じゃあ、魔法使いちゃん、入ってみない?」

魔法使い「お断りします」

マスター「といっても、この人、一応国家公認なのよ?」

魔法使い「どうせ、わずかな支度金と粗末な装備しか渡されなかったんでしょう」

勇者「宿代も安くなるぞ」

魔法使い「悪いけど、こちらにも選ぶ権利はあるわ」

マスター「魔法使いちゃんの条件に当てはまるパーティーは、勇者君くらいしかないわよ?」

魔法使い「……」

勇者「仲間にしてやってもいいぜ」

戦士「だから、お前は」

勇者「あ、すんません! ぜひとも、よろしくお願いしたい」ペコリ

魔法使い「あ、あのね、私は将来性のあるパーティーにね」

マスター「じゃあ、三人目っと」

魔法使い「なに、勝手に決めてるんですか!」

僧侶「わ、私も、彼がお告げに出た勇者様か、分かりませんので」

マスター「他に、やりたい人!」


シーン……


マスター「いなさそうだから、決定ね~」

406: 2012/02/10(金) 22:04:18.55 ID:jiiL7IP+o
勇者「よっしゃ、これからよろしく頼むぜ!」

魔法使い「み、認めないわよ! こんなやり方!」

僧侶「ああ、神よ、私に苦難の道を歩めというのですか……」

勇者「なんだと……」

戦士「お前ら、うるさい!」

勇・魔・僧「はい」

戦士「……いいか。魔法使いと僧侶は冒険者名簿に登録したんだ。仕事を選り好みするんじゃねぇ」

魔法使い「でも」

僧侶「そ、そうですわね……」

戦士「どうしても合わないなら、氏ぬ前に辞めればいい」

勇者「重いな、おい」

戦士「そうだよ」

勇者「お、おお?」

戦士「お前は雇い主として、命を預かっていることを自覚しろ。魔王を倒すと宣言したならなおさらだ」

勇者「……おう」

マスター「まとまったみたいね~」


勇者「何べんでも言うけど、俺は本気だ。よろしくお願いします」ペコリ

戦士「まあ、仕送りできればなんでもいい」

魔法使い「……知恵は出すわ、知恵は」

僧侶「こうなってはあなた方を信じるほかありません。よろしくお願いします」


……かくして、勇者のパーティーは結成されたのだった。

407: 2012/02/10(金) 22:09:17.11 ID:jiiL7IP+o
こんなところで。
明日から本編、がんばる。
勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」【後編】

引用: 勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」