1: 2011/11/20(日) 18:54:03.50 ID:S6TbHtyy0









――よくある恋物語の、はじまりはじまり。










*ゆるゆりの二次創作です。
*書き溜めは一切なしですが、必ず完結はさせますので亀更新でもご容赦下さい。
*以前に書いたSSの焼き増しだったり、同じようなシーン、設定が多々出てくるかもしれませんが見逃してください。

以上
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
ゆるゆり: 22【イラスト特典付】 (百合姫コミックス)

2: 2011/11/20(日) 19:08:08.73 ID:S6TbHtyy0







ちなつちゃんって、本当に結衣ちゃんのこと好きだよねぇ。
えっ……う、うん。好き、だよ。
えへへ、そっかぁ。





結衣先輩のこと、好きなの。






3: 2011/11/20(日) 19:17:27.60 ID:S6TbHtyy0
―――――
 ―――――

「あかりちゃん、大変大変大変!」
そう言って部室に転がるようにして飛び込んできたのはちなつちゃんだった。
私はみんなまだかなぁと思いながら心を込めて淹れていたお茶を放り出し、慌てて立ち上がった。

あかり「ど、どうしたのちなつちゃん!?」

ちなつ「とにかく、大変なんだって……!」

息を切らしながら、ちなつちゃんは私の傍まで来ると鞄の中を探った。
それから取り出したのは大量のお菓子の作り方が書かれている本。それを私に突き出すようにして見せた。

あかり「こ、これがどうかしたの……?」

ちなつ「結衣先輩!」

あかり「へ?」

ちなつ「結衣先輩の好きなもの、作ろうと思って!」

4: 2011/11/20(日) 20:21:09.96 ID:S6TbHtyy0
得意げに言ったちなつちゃんに、「それじゃあなにが大変なのかわからないよぉ」とへなへな座り込んだ。ちなつちゃんがきょとんとしたあと、「だって大変でしょ?」と首を傾げる。

ちなつ「私、お菓子作りってあんまりしたことないからあかりちゃんに手伝ってもらおうと思って」

なるほど。
ちなつちゃんの言う「大変」は、何かあったわけではなくこれから起こる何かに対しての「大変」だったらしい。

ちなつ「それで、まず結衣先輩の好きなものを教えて!いくらでも本は借りてきてあるから!」

あかり「え、えっとー……」

私はとりあえず、「あまり甘すぎるものじゃなかったらなんでもいいんじゃないかなぁ」と答えておく。
後でそれとなく、きちんと結衣ちゃんに確認しておかなきゃ。

5: 2011/11/20(日) 21:12:08.55 ID:S6TbHtyy0
ちなつちゃんは結衣ちゃんのことが大好きだ。
少し「えっ」と思ってしまうくらいだけど、それでもちなつちゃんが結衣ちゃんのことを好きな気持ちは充分に伝わったから、私はどうしてもちなつちゃんの好きが結衣ちゃんに伝わって欲しいと思う。

だから協力するよ、そう言ったのだ。
結衣ちゃんのことについて知ってる限りのことは教えるし(もちろん答えていいのかどうかわからない質問は答えないようにしてるけど)ちなつちゃんが結衣ちゃんともっと仲良くなれるように私はあかりなりに努力していた。

けれどいくら結衣ちゃんと幼馴染だといっても、結衣ちゃんについて知らないことだってたくさんあるのだ。
そういうとき、私はいつも曖昧な言葉でその場を濁していた。

ちなつ「結衣先輩は甘いものが苦手なの?」

あかり「うーん……だったと思うんだけど」

6: 2011/11/20(日) 21:42:49.11 ID:S6TbHtyy0
中学生になるまでの一年間、結衣ちゃんやもう一人の幼馴染京子ちゃんとはほとんど会わなかったから昔は当然のように知っていたことすら忘れてしまった。
ちなつちゃんは「ふーん」と考え込むような仕草を見せた。私に本を押し付けてから。

あかり「わー、色々おいしそうなのがたくさんあるねぇ」

可愛いマカロンの表紙に惹かれて、押し付けられた束の一番上にあった本に目を落とす。
ちなつちゃんは「うん」という頷きとも「うーん」という唸りともとれるような声で私の言葉に相槌を打った。果たしてそれが相槌だったのかどうかすらよくわからないけど、ちなつちゃんはきっと私の話を聞いてくれているだろうから構わない。

あかり「あ、これなんてどうかな」

ぺらぺらとページをめくっていき、私はあるところで手を止めた。
抹茶風味のクッキー。
クッキーなら何度もお姉ちゃんと作ったことがあるし、手伝えそうだ。それに抹茶風味だったらたとえ結衣ちゃんが甘いものが苦手でも大丈夫なはず。

ちなつ「うん、どれ?」

やっぱり。
ちなつちゃんはなにも聞いてないように見えながら、ちゃんと私の話を聞いてくれているのだ。
そのことでなんだか嬉しくなって、私はるんるんとした気分で目的のページを開けたままちなつちゃんに本を差し出した。

7: 2011/11/20(日) 21:55:42.43 ID:S6TbHtyy0
ちなつ「抹茶クッキーかー。それなら結衣先輩でも食べてくれそう!」

あかり「きっと食べてくれるよ。でもちなつちゃんが作ったものなら結衣ちゃん、なんでも食べてくれると思うんだけどなぁ」

ちなつ「やーん、あかりちゃんったらー」

ちなつちゃんは私の言葉に驚いたように顔を赤く染めながら私の腕をバンバンと叩いてきた。
い、痛いよちなつちゃん……。
心の中でしくしくしつつ、それでもちなつちゃんが喜んでくれているのを見て私はほっとしていた。

あかり「ちなつちゃん、確かお家にお茶の道具があるんだよね?」

ちなつ「あ、うん。お姉ちゃんが茶道部だったから……どうして?」

あかり「ちなつちゃんのお家に抹茶があったら、結構本格的な抹茶クッキーになるんじゃないかなって!ほら、ここに抹茶の粉末使うって書いてあるから」

ちなつ「ほんとだー。でもうち、もうほとんどお茶を点ててないから抹茶があるかどうか微妙なんだよね……」

あかり「えっ、そうなの?でもちなつちゃんならどんな抹茶がいいかわかるんじゃないかなぁ」

ちなつ「一応お姉ちゃんに習ってたけど売られてるのを買いに行ったことはないからなあ……でも結衣先輩のためよね!一番美味しい抹茶買って、それでクッキー焼くのよ!」

8: 2011/11/20(日) 22:06:33.08 ID:S6TbHtyy0
まだ完全に決まったわけでもないのに、私たちはそんなふうに盛り上がる。
ちなつちゃんと一緒にいるのはだから、本当に楽しかった。色々なことを知れて、色々なことで笑えて、毎日毎日まったく退屈しない。

一緒に他の本も覗き込みながら話していると、やっと京子ちゃんたちが部室に入ってきた。
「掃除だりー」といきなり机に突っ伏した京子ちゃんと、その前に座りながら「京子が遊んでばっかで全然終わんなかったんだよ、掃除」と今にも溜息を吐きそうな結衣ちゃん。

結衣「って、二人でなに見てんの?」

私たちは慌ててお菓子の本を背後やら鞄に隠した。
ちなつちゃんが「な、な、な、なんでもないですなんでも!」と明らかに動揺した様子で首を振った。私もついちなつちゃんにつられて「ほ、ほ、ほ、ほんとだよ!」とちなつちゃんに加勢。

結衣ちゃんは「なにそれ」と小さく笑った。
隣にいたちなつちゃんが、恥ずかしそうに首を竦めたのがわかった。

京子「お、もしかして何か作るの?」

ちなつ「きょ、京子先輩!」

机に突っ伏したまま、顔だけを横に向けて京子ちゃんが不思議そうに言った。
京子ちゃんのところからは本が見えてしまうのだ。ちなつちゃんが「なにも作らないですっ」とさらに本を後ろへ隠した。

9: 2011/11/20(日) 22:12:35.19 ID:S6TbHtyy0
京子「えー、いいじゃん教えてよー」

そんなちなつちゃんの様子に京子ちゃんは俄然元気を取り戻したのか、嫌がるちなつちゃんに飛び掛って背後を覗き込もうとする。
私があわあわとしていると、結衣ちゃんは「おいこら」の一言でちなつちゃんから京子ちゃんを引き離した。

ちなつ「ふえーん、結衣せんぱーい」

ここぞとばかりにちなつちゃんが結衣ちゃんに抱きついた。
いいなぁ、なんて少しだけ思ったりもするけど、私はとりあえずほっと息を吐いた。
これで結衣ちゃんにお菓子を作ろうとしていることはバレずに済んだ。

結衣「ちなつちゃん嫌がってるだろ」

京子「ちぇー、いつもちなつちゃんの味方ばっか結衣のばか」

結衣「お前が悪いんだろ」

ぶうと膨れる京子ちゃんの頬を、結衣ちゃんがつんっと人差し指でつついた。
ちなつちゃんはそんな二人の様子を、結衣ちゃんの片腕に抱きつきながらじっと見上げていた。
きっと、ちなつちゃんもあんなふうに仲良くなりたいんじゃないかなぁと思う。結衣ちゃんと京子ちゃんは、私から見てもすごく仲良しだから。

13: 2011/11/21(月) 20:55:03.65 ID:suktknMH0
京子「あかりはどう思うよ!」

あかり「えっ、あかり!?」

突然話を振られて、少し焦ってしまった。
どちらの(誰の)味方をすればいいかわからなくて、「結衣ちゃんはちなつちゃんも京子ちゃんもどっちも大事にしてるんじゃないかなぁ」

京子「えーっ、絶対ちなつちゃんひいき!」

結衣「そういうお前こそ圧倒的にちなつちゃんひいきだけどな」

ちなつ「私ひいきってほんとですか、結衣先輩!?」

結衣「えっ、あの、ちなつちゃん……」

ずいずいっと結衣ちゃんに迫るちなつちゃんと、そんなちなつちゃんに迫る京子ちゃん。
そんな三人の様子をにこにこ見ながら、私は少し悲しくなってきた。仲間にいれてほしいなぁ、なんて。存在感薄いだなんて、そんな……。

心の中で自分の存在感について悶々と悩みはじめたとき、京子ちゃんが「これはあかりのせいだ!」と飛び掛ってきた。

14: 2011/11/21(月) 21:06:49.71 ID:suktknMH0
あかり「あ、あかりのせいってなにぃ!?」

京子ちゃんにつかまって、がばがばと身体を揺すられる。
ひいぃ、目がまわるよぉ。
くらくらしながらも、なんとか視線だけは京子ちゃんをとらえた。

京子「あかりはもっとはっきりするべきだ!」

あかり「はっきり?」

京子「曖昧すぎ!」

私の身体を揺する京子ちゃんの手が止まり、ようやくくらくらしていた頭が感覚を取り戻し始める。それでも、一瞬、身体とは別のところがぐらりと揺れた気がした。
確かに、私はいつも曖昧だ。それってだめなところなのかなぁ。

京子「結衣が私とちなつちゃんどっちを大事にしてるか!」

あかり「そ、そんなこと言われても……」

けど、誰が誰を一番大事にしているだとか、そういう質問にはっきり答えられるわけなんてない。どちらかが傷付く場合だってあるし、第一私は結衣ちゃんの気持ちなんてわからない。勝手に答えるわけにもいかないのだから。

15: 2011/11/21(月) 21:44:13.86 ID:suktknMH0
答えあぐねていると、結衣ちゃんが助け舟を出してくれた。

結衣「そんな質問するなよな。私はみんな大事にしてるから」

少し恥ずかしそうにしながらも、結衣ちゃんははっきりそう言ってくれる。
ちなつちゃんも京子ちゃんも、もちろん私もぱあっと明るくなった。

京子「ちなつちゃんひいきの私ひいきのあかりひいきなのか、結衣の欲張り!」

結衣「はいはい」

ちなつ「結衣先輩に大事に思われてて私、すっごく嬉しいですっ!」

あかりちゃんも、そうだよね!
ちなつちゃんがふいにこちらに顔を向けて、言った。私が考える間もなく頷くと、ちなつちゃんはさらに嬉しそうに笑った。

16: 2011/11/21(月) 23:00:42.93 ID:suktknMH0

ちなつ「ねえねえあかりちゃん、今度いつ空いてる?」

放課後のチャイムが鳴り終わり部室をそれとなく片付けているとき、ちなつちゃんはずっとくっついていた結衣ちゃんから離れてこそこそと私のほうへやってきた。
一瞬なんのことだかわからなかったけど、きっとお菓子作りのことだろうと察した私は「土曜日とかどうかなぁ」と答える。

ちなつ「今週の?」

あかり「うん、そう。次の日学校ないけど、結衣ちゃんの家に持って行けばいいんじゃない?」

ちなつ「じゃ、その日よろしくね!」

あかり「えへへ、任せて!」

頼まれた以上、ちなつちゃんが結衣ちゃんに美味しいクッキーをプレゼントできるように精一杯お手伝いしなきゃ。
ちなつちゃんはそのまま離れていくと思ったのに、けどさらにくいっと私の腕を引いて顔を近付けてきた。

あかり「ちなつちゃん?」

ちなつ「それで、今日これからは、空いてる?」

17: 2011/11/21(月) 23:05:07.66 ID:suktknMH0
私は戸惑いながらもこくんと頷いた。
まだ夕暮れ時には早く、少しくらいなら寄り道したって構わないだろう。

あかり「いいけど……」

ちなつ「それじゃあ、いつもの別れ道のとこで」

私が返事をすると、「どうして」と聞く暇もなくちなつちゃんは今度こそ私から離れていってしまった。何かあったっかなぁ、と考えても何も浮かばないから、私は考えるのをやめて元茶道部の唯一の名残である流しで肩を並べながら洗い物をしている京子ちゃんたちのところに残っていたコップを持って行った。

――――― ――

18: 2011/11/21(月) 23:12:51.64 ID:suktknMH0
結衣「あれ?あかり、帰らないの?」

不思議そうに結衣ちゃんが立ち止まった。
帰り道。
京子ちゃんも、先に歩き出していた足を止めて振り返る。

あかり「あっ、うん……」

なんとなくこれからちなつちゃんと一緒に寄り道することを言っていいのかどうかわからずに言葉を探していると、ちなつちゃんが「これから寄るとこがあるんです」と代わりに答えてくれた。
言っちゃっても構わなかったみたいだ。

京子「私も行きたいっ」

結衣「なんでだよ」

京子「えー、なんか面白そうじゃん、あかりとちなつちゃんの絡みとか」

それってどういう意味かな!?
結衣ちゃんが苦笑しつつ、「わかった」と答えた。

結衣「もうすぐ暗くなるからあまり遅くならないようにしなよ。特にあかりん家、お姉さんが心配するだろ」

あかり「あはは……わかってるよぉ」

すっかり暗くなっても私が帰って来ない時のお姉ちゃんの狼狽ぶりが目に見えるようで私も結衣ちゃんと同じく苦笑するしかない。京子ちゃんも「あぁ……」と同情するように声を上げた。
ちなつちゃんだけがきょとんと首を傾げ「どうかしたんですか?」

京子「ちなつちゃんは知らないほうがいいよ……」

ちなつ「えぇー」

19: 2011/11/21(月) 23:22:54.02 ID:suktknMH0
うちのお姉ちゃんは、優しい。
優しくて私を大事にしてくれるけど、大事にしてくれるゆえにたまに異常なほど私のことを心配するときがあるから、中学生になった今は少しだけそんなお姉ちゃんの存在が悩みの種だ。

結衣「ちなつちゃんもお姉さん、いるんだっけ?」

ちなつ「あっ、はい。一人だけですけど」

確か、ちなつちゃんのお姉ちゃんと私のお姉ちゃんはお友達だったはず。
出会った頃まだお互いの距離が掴めていなくて話題が続かなかったときお姉ちゃんの話題が出て一気に親近感が涌いたことを思い出す。
悩みの種とはいってもちなつちゃんと仲良く慣れたきっかけもお姉ちゃんだからやっぱりお姉ちゃんの存在には感謝かなぁ。

結衣「へえ、また今度会ってみたいな」

ちなつ「もっ、ももももちろんです!いつでもどうぞ!」

京子「あ、じゃあ私も私も!」

ちなつ「京子先輩は別に……」

京子「なにこの扱いの差!?」

20: 2011/11/21(月) 23:29:11.00 ID:suktknMH0
うおおおおっと謎の悲鳴をあげる京子ちゃんの声を聞きながら、私はちなつちゃんのお姉ちゃんはどんな人かなぁと想像してみた。
きっとちなつちゃんにそっくりな、可愛い人なんだろうなぁ。

結衣「それじゃ、私たちはそろそろ帰るね。ほら京子、行くぞ」

京子「あ、うん」

ひらりと手を振って、結衣ちゃんが私達に背を向けた。
京子ちゃんが慌ててその後を追いかけていく。
ばいばーいと手を振り替えして二人の後姿が見えなくなると、私は鞄を肩に掛けなおすとちなつちゃんに向き直った。

あかり「えっと、ちなつちゃん」

ちなつ「あかりちゃん、どこか行きたいとこある?」

あかり「えっ、ちなつちゃんがどこか行きたい場所あったんじゃないの?」

21: 2011/11/21(月) 23:35:34.83 ID:suktknMH0
ううん、と当然のようにちなつちゃんが首を振って、私は「えぇっ」と声を上げた。
それならどうして私を誘ったんだろう。
嫌だったわけじゃないけど、こんなふうに放課後二人で一緒に寄り道するのは初めてだったから(寄り道したとしてもいつも結衣ちゃんたちがいるし)少し驚いてしまった。

でも、ちなつちゃんと本当に仲良くなれた証拠かなぁ。
だとしたら嬉しいな。

ちなつ「私はべつにどこでもいいよ」

そう言いながらもちなつちゃんはもう歩き出している。
私もどこでもいいよと答えて後を追った。ちなつちゃんの隣に並ぶ。

ちなつ「それならなんか散歩みたいじゃない?」

あかり「ほんとだねぇ」

ちなつ「でもたまにはいいか」

うん、いいよ。
私は答える代わりにえへへと笑った。少し、夕暮れ時のいつもとは違う道をちなつちゃんと歩けるのが嬉しかった。

24: 2011/11/22(火) 20:37:00.24 ID:3CCGXJX90
二人で歩きながら、色々な話をした。
朝からずっと、話しているはずなのに話が尽きることはなくって、むしろどんどん話したいことが湧き上がってきて。

気が付くとちなつちゃんの家に行ったときよく遊ぶ公園の前まで来てしまっていた。
そろそろ空は暗い。

あかり「あかり、そろそろ……」

ちなつ「あかりちゃん、もう少しだめ?」

私の声を遮って、ちなつちゃんが言った。
「その、まだ話したり無いっていうか……」
ちなつちゃんは珍しく言い難そうにもじもじとしながら。

あかり「……ちょっとだけなら」

そんなちなつちゃんを見ると、断れるはずなんてない。
私が頷くと、ちなつちゃんは「よかったあ」と息を吐いた。

26: 2011/11/23(水) 15:09:43.56 ID:S+WsVRMM0
ちなつちゃんはそれから、公園の脇にあるベンチに私を座らせると、自販機から二つ、缶ジュースを買って一つを私に渡してくれた。

あかり「いいの?」

ちなつ「私のおごり!昨日お姉ちゃんからお小遣いもらっちゃったんだ」

あかり「へえ、いいなぁ」

受取った缶ジュースはとても冷たくて、今の季節には少し冷たすぎるくらいでもあった。
けれどプルタブをカチッと開けて、喉の奥に流し込んだ。
すーっと頭が冷えていくみたいだった。

ちなつ「……」

あかり「……」

ちびちびと缶ジュースに口をつけている間は、私たちは二人とも無言で。
この辺りは人通りも少なくってとても静かだ。

27: 2011/11/23(水) 15:18:19.37 ID:S+WsVRMM0
ちなつ「あかりちゃん、私ってどこがだめなんだと思う?」

車が一台二台、公園前を通り過ぎていった頃だった。
ちなつちゃんがなんの前置きもなしに、そう訊ねてきた。

あかり「ど、どうして……?」

急にそんなこと言われたってわからないよ。
私はそう言って、ぐっと冷たくて固い缶を握った。手が冷え冷えとして、もうなんの感触も感じないくらいになっていた。

ちなつ「えっ、あ、うん……ただなんとなくっていうのかな」

いつまで経っても、結衣先輩は私のこと見てくれないでしょ?
だから私、やっぱりどこかだめなとこあるんじゃないかなって思って。

あかり「でも結衣ちゃん、ほんとにちなつちゃんのこと大事にして――」

28: 2011/11/23(水) 15:34:36.52 ID:S+WsVRMM0
ちなつ「京子先輩のことも、あかりちゃんのことも、みんな同じようにでしょ?」

それはそうだけど。
それならちなつちゃんは、もっともっと結衣ちゃんに大事にされたいのかな。
私にはよく、わからない。

ちなつ「私はちゃんと、結衣先輩に私だけを見てほしいの」

あかり「ちなつちゃん……」

ちなつ「今の私はきっとだめなとこがいっぱいあるから」

29: 2011/11/23(水) 15:40:19.53 ID:S+WsVRMM0
教えて欲しいんだ、あかりちゃんに。
ちなつちゃんはそう言って、私よりもきつくきつく、固い缶を握った。
ぽこっと、小さくそんな間抜けな音。

あかり「……ちなつちゃんのだめなとこなんてあかり、知らないよ」

私は言った。
きっとこれだって、ちなつちゃんではなくて私の悪いところだ。
ちなつちゃんが「何かあるはずだよ」と私を見るけど、ぱっと目を逸らして。

あかり「だって、ちなつちゃんは真直ぐ結衣ちゃんのこと大好きで、だめなとこなんて一つもないよ」

これだけちなつちゃんは結衣ちゃんのこと大好きなんだもん。
いつかきっと、結衣ちゃんだって今以上にちなつちゃんを大事にしてくれるよ。

私がそう言って笑ってみせると、ちなつちゃんははあっと肩の力を抜いた。

30: 2011/11/23(水) 15:51:01.63 ID:S+WsVRMM0
ちなつ「……あかりちゃんは優しいなあ、もう」

がくんと身体を倒したまま、ちなつちゃんはぐいぐいっと残りのジュースを飲み干した。
私も真似してジュースを全部喉に流し込む。
ちなつちゃんの放った缶がぎりぎりゴミ箱に入らずに転がったのを、私は立ち上がると拾い上げた。

ちなつ「あ、ごめん」

あかり「ううん。あかりこそ、なんかごめんね」

ちなつ「それこそ私が謝ることじゃない?」

あかり「そうかなぁ」

ちなつ「ごめんね、引き止めちゃって。遅くなっちゃったけど大丈夫?」

32: 2011/11/23(水) 16:12:57.17 ID:S+WsVRMM0
平気だよと答えると、ちなつちゃんはありがとと申し訳なさそうな顔をして言った。
空き缶をゴミ箱に捨てて、私たちはまた歩き出す。
今度は逆方向に。

あかり「それじゃあまた明日」

ちなつ「うん、ばいばい」

手を振り合って、一人になる。
なんだか今日は、自分のだめなところばかりを見た気がして気分が落ち込んでしまった。
それに帰ったらお姉ちゃんが青ざめた顔であかりに駆け寄ってくるんだろうなぁ。

――ちなつちゃん。

そんなことを考えながらも、もっと別のところで私はちなつちゃんのことを思っていた。
本当に、ちなつちゃんは結衣ちゃんのことが好きなんだなぁ。
それで結衣ちゃんだって同じくらいちなつちゃんのことを好いているはずなのに、何がいけないんだろう。

ひどく、もどかしい気分だった。

34: 2011/11/23(水) 16:23:36.50 ID:S+WsVRMM0

ちなつ「あかりちゃん、おはよう!」

土曜日。
待ちに待っていたというように明るい顔をしたちなつちゃんが、私に駆け寄ってきた。
昨日、最近新しく出来た駅前のショッピングセンターに買物に行こうと決めたのだ。
あそこならお菓子作りの道具や材料もたくさん置いてあるはずだから。ついでにラッピング素材だったり、そういうのも買えるからとお姉ちゃんがおすすめしてくれた。
(帰りが遅くなった日、言い訳をするのにちなつちゃんとのお菓子作りのことも話してしまったのだ)

あかり「おはよぉ」

ちなつ「あかりちゃん、服可愛いねー」

あかり「えっ、そうかなぁ。えへへ、ちなつちゃんもすっごく可愛いよ!」

いつもよりも大人っぽい色合いの服も、ちなつちゃんにはよく似合っていた。
ちなつちゃんが「ちょっと頑張ってみちゃった」と笑う。

35: 2011/11/23(水) 16:27:15.33 ID:S+WsVRMM0
ちなつ「買物からつき合わせちゃってごめんね」

二人で並んで歩き出しながら、ちなつちゃんが言った。
なにを買えばいいかわからなかったから、ちなつちゃんの家に直行して作るはずだったのが先に買物してから、という手順になったのだ。

あかり「ううん、ちょうどあかりもあそこに行ってみたかったし、欲しいものもあったから」

ちなつ「あかりちゃん、秋ものが欲しいって言ってたもんねー」

あかり「えへへ、秋ものの帽子、あんまりないから……」

39: 2011/11/24(木) 23:54:29.15 ID:MQFdQHjG0
ちなつ「えっ、服とかじゃなくって?」

あかり「最近帽子にはまってるんだぁ」

へえ、と意外そうにちなつちゃんが私を見た。
きっと頭のお団子に目がいっているはずだ。私は「見ないでぇ」と大袈裟な仕草でお団子を隠してみた。

ちなつ「……見てないよ」

あかり「えっ」

ちなつ「私はあかりちゃんを見てたんだよ」

あかり「……」

一瞬ぽかんとしながらもその意味がわかって「ひどいよっ!?」と言うとちなつちゃんがおかしそうに笑い出す。
私も一緒に笑いながら、あぁやっぱり楽しいなぁなんて思った。

40: 2011/11/24(木) 23:59:35.74 ID:MQFdQHjG0
駅前を移動して、ショッピングセンターに入る。
今日は休日だからか、たくさんの人で賑っていた。

ちなつ「うっ、なにこれ……」

あかり「すごくむっとするね……」

人でいっぱいのせいか、もうそろそろ寒いはずなのになんだかひどく暑苦しかった。
暖房が効きすぎているらしい。
それに満員電車でもないのに人酔いしてしまいそうだった。

41: 2011/11/25(金) 00:01:39.00 ID:1o2Dgyjm0
ちなつ「こんなに人いるとは思わなかった……」

あかり「あかりも……」

ちなつ「けど!」

一瞬怯みかけたちなつちゃんだけど。
ちなつちゃんはすぐにいつもの勢いを取り戻して言った。

ちなつ「結衣先輩に喜んでもらうためにお菓子作り、頑張らなきゃよね!」

あかり「えへへ、そうだねぇ」

ちなつ「ほらあかりちゃん、早速食品売り場探すよ!」

43: 2011/11/25(金) 19:13:57.49 ID:U3XZMQql0
―――――
 ―――――

けれど私たちも普通の女子中学生だから、目当ての場所につくまでに色々寄り道しちゃったりして、おまけに違うものばかり買っちゃったりして、結局一階の食品売り場に着いたのは数時間後だった。

あかり「ち、ちなつちゃん、もうこんな時間だよっ!?」

ちなつ「へ?」

時計はちょうどお昼過ぎ。
わざわざ朝早くから出てきたのに、これじゃあ意味ない。

45: 2011/11/25(金) 22:11:23.33 ID:/vq2oXmK0
ちなつ「ちょっと寄り道しすぎちゃったかも……」

あかり「でも、仕方ないよ……あかり、ここすっごく気に入っちゃったよぉ」

家の近くにこんなお店があったなんて。
誰かと一緒に来ることもできるし、これから遊びに行くときはここがちょうどいいかもしれない。今度は結衣ちゃんや杏子ちゃんも誘って来ようかなぁ。

ちなつ「一日じゃ回りきれないくらいだよねー」

そう言いながら、ちなつちゃんが食品の並ぶ棚を物色し始めた。
その手には既に一つ大きめの袋が提げられている。

46: 2011/11/25(金) 22:18:47.76 ID:/vq2oXmK0
そういう私も、つい可愛くて買ってしまった服が入った袋を一つ持っているけど。
私はそれをもう一つの手に持ち替えてカートに置いたカゴの中にいれると、鞄の中を探った。
見つけたメモを取り出して、私もちなつちゃんの後ろについて。

ちなつ「なに買えばいいんだっけ?」

あかり「えっと、とりあえずクッキー作るための材料は一通り揃えなきゃ。それから隠し味の抹茶かなぁ」

ちなつ「卵と、それからバターに……」

あかり「グラニュー糖に薄力粉」

迷うように手を彷徨わせるちなつちゃんの代わりに、私は次々と材料を手にとってカートの中にいれていく。

47: 2011/11/25(金) 22:23:12.71 ID:/vq2oXmK0
ちなつ「あかりちゃんすごい!」

あかり「えへへ」

ちなつちゃんが感心したように声をあげて、私はつい嬉しくなって笑ってしまう。
クッキーそのものを作るための材料を全て揃えたあと、私はもう一度メモを覗き込んだ。

あかり「これくらいかな」

ちなつ「何か足りなかったらまた買いにこればいいもんね」

そして最後は肝心の抹茶。
これを探すのに、少し手間取ってしまった。

48: 2011/11/25(金) 22:26:39.71 ID:/vq2oXmK0
端の売り場から順に回っていて、ようやく見つけたところはほぼ真ん中の棚列だった。
こんなところにあったんだとお互い苦笑し合いながら、私たちは棚を見上げた。

ちなつ「……」

あかり「……」

ちなつ「……」

あかり「……わかる?」

ちなつ「……よくわかんない」

意外にも、それほど種類はなかったものの、どれを使えばいいのかよくわからずに。
思わず顔を見合わせる。
ちなつちゃんが「お姉ちゃんに聞いてこればよかった」と溜息を吐いて、それから意を決したように棚を見上げなおした。

49: 2011/11/25(金) 23:14:51.19 ID:/vq2oXmK0
ちなつ「美味しくなりさえすればいいんだし、ていうか気持ちがこもってればなんでも美味しいはずなんだし!」

そう言って、ちなつちゃんは目を閉じ「えいっ」と棚に並んでいるうちの一つを適当に掴み取った。その中で一番値段がお手頃の抹茶粉末。
私は何も言わずに無言でカゴを差し出した。

ちなつ「……気持ちさえあれば、安物だって美味しくなるよね」

抹茶って、結構値段が関係しそうな気もするけれど。
ちなつちゃんが選んだもので、ちなつちゃんが作ったものなら結衣ちゃんだって喜んで食べるはずだ。

あかり「うん、ちなつちゃんの気持ち次第だよ!ほんとの隠し味はちなつちゃんの気持ち!」

ちなつ「そ、そうだよね……!」

50: 2011/11/25(金) 23:24:36.08 ID:/vq2oXmK0
ちなつちゃんはようやくほっとしたように、ぽとりとカゴに抹茶の入れ物を落とした。
これで、準備は完了のはず。

あかり「あとは作るだけだねぇ」

ちなつ「うん!結衣先輩に振り向いてもらえるくらいのもの、作らなきゃ!」

俄然やる気を取り戻したちなつちゃんが、嬉しそうに言う。
私もなんだか、楽しくなってきた。
お会計に持っていって勘定を済ませ商品を袋に詰めながら、ちなつちゃんは終始にこにことしていた。それを見ながら、私も自然と笑顔になる。

53: 2011/11/26(土) 11:52:06.28 ID:Vahr+Gi90
>>52
あっ……気付かなかった
指摘ありがとうございます

名前ミスすみませんでした
それでは今日も投下開始

55: 2011/11/26(土) 12:51:36.26 ID:Vahr+Gi90
ちなつちゃんの笑顔は、いつだって可愛い。

ちなつ「あ……」

ふと、ちなつちゃんが視線を私に向けた。
ついちなつちゃんをじっと見てしまっていたから、ドキリとしてしまった。

あかり「ど、どうしたの?」

ちなつ「そういえばあかりちゃん、帽子買うんじゃなかったっけ?」

よいしょ、と全て詰め終えた袋を持ちながらちなつちゃんが言った。
私は「あー、うん」と曖昧に頷きながらずっと手に持っていた荷物を上げてみせる。

あかり「でも違うのも買っちゃったし、時間もなくなっちゃうからいいや」

56: 2011/11/26(土) 12:57:24.09 ID:Vahr+Gi90
ちなつちゃんもすぐに帰って作りたそうだし、作って結衣ちゃんのところに持っていくつもりのはずだから出来るだけ早いほうがいいはずだ。
朝でたくさん見てしまったのだから、今日は我慢。

ちなつ「だめだよ!」

あかり「へ?」

ちなつ「私だけあかりちゃんに付き合ってもらうのは悪いもん、だから可愛い帽子探しに行こ」

57: 2011/11/26(土) 13:54:04.44 ID:Vahr+Gi90
いいよぉ、と言ってもちなつちゃんはだめと言って譲らない。
私の手を掴んで、歩き始める。
それを振り払うわけにもいかず、私も仕方なくちなつちゃんの後ろに続いた。

あかり「ごめんねー」

ちなつ「いいってばー。これはどう?」

衣料品コーナーに来ると、ちなつちゃんは手当たり次第帽子をとってきては私の頭に乗せていく。
すごい色のものからおかしな形の帽子だったり、楽しそうだからいいけどなんだか着せ替え人形の気分かもしれない。

ちなつ「あかりちゃん、これ面白いよ!」

あかり「お、面白いのが欲しいわけじゃないよぉ!」

58: 2011/11/26(土) 13:57:31.45 ID:Vahr+Gi90
ちなつ「じゃあこれ?」

あかり「こ、これも変だよ!」

ちなつ「ならこれ」

そう言ってまた頭に乗せられた帽子。
半ばとほほと覗き込んだ鏡を見て、私は「あっ」と声を上げる。
ちなつちゃんが「いいんじゃない?」と笑った。

ちなつ「すごく似合ってる」

あかり「……えへへ、そうかなぁ」

59: 2011/11/26(土) 14:12:08.56 ID:Vahr+Gi90
明るい色の柔らかな帽子。
すっかり気に入ってしまった私はそれをぎゅっと胸の前で抱き締めた。
いつも似合うよと言う側だから、似合うと言われて少し照れ臭かったけどすごく嬉しかった。

ちなつ「あかりちゃん、その色ぴったりだよ」

あかり「あ、ありがとー」

ちなつ「すっごく可愛い!」

あかり「褒めすぎだよー!」

ちなつ「いつもあかりちゃんが色々褒めてくれるからお返し!」

60: 2011/11/26(土) 14:19:17.91 ID:Vahr+Gi90
そう言いながら、ちなつちゃんは私の手から帽子を取り上げレジに持っていく。
慌ててちなつちゃんを追いかける。

ちなつ「あかりちゃんが褒めてくれるたび嬉しいしすっごい自信出てくるんだから」

あかり「……そっか」

私にとっては、帽子が似合うといわれるより、可愛いと褒められるよりも嬉しいと言われたほうがすごく嬉しかった。
曖昧な言葉もそうだし、「大丈夫だよ」とか無責任なことを言って八方美人に思われてるんじゃないかって心配だったから。

あかり「……えへへ、ありがとー」

ちなつ「どうしてちなつちゃんがお礼言うの?」

あかり「ううん、なんでもないよぉ」

ちなつちゃんがきょとんと首を傾げた。

61: 2011/11/26(土) 14:25:35.55 ID:Vahr+Gi90
―――――
 ―――――

ちなつ「ただいまー」

がらっとドアを開けて、ちなつちゃんが家に入っていく。
「ちょっと待ってね」と言いながら、ちなつちゃんはすぐに私を中に入れてくれた。

あかり「おじゃましまーす」

ちなつ「お母さんもお姉ちゃんもいないみたい」

そう言いながらちなつちゃんは一旦玄関に置いていた荷物を持ち上げ奥へ入っていく。
前にも来たことがあるから勝手のわかっている私はドアを閉めると靴を並べてちなつちゃんの後に続いた。

ちなつ「でもまあいっか。あかりちゃん、頑張ろうね!」

あかり「うんっ、あかり精一杯お手伝いするね!」

62: 2011/11/26(土) 14:35:58.86 ID:Vahr+Gi90
――数時間後。

綺麗に整えられていた台所が、凄惨な様子に変わり果ててしまったものの。
私たちはオーブンを覗き込んですぐ、顔を見合わせて息を吐いた。

アクシデントはそれなりにあったけど、どうやら上手くいったらしい。
抹茶の粉末もいい感じに散らばすことができたし、きっと美味しいはずだ。
ちなつちゃんが「型抜き楽しかったー」とわくわくしたように言った。

ちなつ「……まあほぼ型抜きしかしてないようなもんだけど」

あかり「そ、そんなことないよ!ちなつちゃん、卵混ぜたりもしてくれたし!」

63: 2011/11/26(土) 14:46:41.59 ID:Vahr+Gi90
ちなつ「作ったのはほとんどあかりちゃんだよね……」

がくっとちなつちゃんが床に座り込んだ。
でもすぐに、「心は込めたからいいよね!」と顔を上げる。

あかり「そうだよ、きっと結衣ちゃん喜んでくれるよ!」

そのとき、ちょうど出来上がった音がして、私たちは二人でオーブンを開けた。
おいしそうな匂いが辺りを満たす。
焼きあがったクッキーを一緒に取り出した。少し冷まし用意しておいた入れ物にいれていく。

64: 2011/11/26(土) 14:54:23.25 ID:Vahr+Gi90
最後の一枚を詰め終えると、私たちは同時に「できた」と呟いた。

ちなつ「これで結衣先輩に振り向いてもらえる……!」

嬉しそうに言うちなつちゃんを見ながら、私も笑う。
ちなつちゃんが喜んでくれてよかった。
なんだか少しだけ、寂しいような気もしたけれどきっとこれはちなつちゃんと一緒にクッキーを作り終えたからだ。一緒に何かするのは、すごく楽しいから。

これであとは結衣ちゃんにもっていくだけだ。
結衣ちゃんはどんな顔するかなぁ。
ほかほかのクッキーが詰められた箱を見ながら、いいなぁ、とぽつりとそんなことを思って。

……あかり、お腹減っちゃったのかなぁ。

65: 2011/11/26(土) 15:04:07.79 ID:Vahr+Gi90

いつのまにか夕方になっていて、私たちは首をすくめながら外に出た。
ちなつちゃんが嬉しそうにしきりに結衣ちゃんの部屋のほうを振り向いて。

ちなつ「喜んでくれてたよね、結衣先輩」

あかり「うん、大丈夫だよー」

届けた私たちの手作りクッキー。
結衣ちゃんは「どうしたの?」と言いながらも私たちを家にいれてくれながら、ちなつちゃんがふるふるとクッキーを差し出すとすぐに嬉しそうな顔をして受取ってくれた。

それからすぐに結衣ちゃんがお母さんたちのところへ戻らなきゃいけなくて帰ることになってしまったけど、ちなつちゃんは終始ご機嫌だ。

ちなつ「あかりちゃん、ありがとね」

前、放課後に来た公園の前に来ると、ずっと結衣先輩がどうとか話していたのに、ちなつちゃんはふと立ち止まってそう言った。

66: 2011/11/26(土) 15:22:27.40 ID:Vahr+Gi90
あかり「へ?」

あまりにも突然だったので、私はきょとんと首を傾げてしまった。
ちなつちゃんが「手伝ってくれて」と付け足して、照れてしまったのかお腹減ったねと顔を逸らした。

あかり「……えへへ、どういたしまして」

ちなつちゃんにありがとうと言ってもらえて、少し胸の奥がこそばかった。
嬉しいだけじゃなくって、なんだか泣きそうにもなって。
なんだか今の私には、二人の私がいるみたいだ。

――これからもよろしくね。

ちなつちゃんはそう言って、また歩き出す。
結衣ちゃんと仲良くなりたいちなつちゃん。きっと、もっともっと結衣ちゃんと仲良くなれればちなつちゃんは幸せそうに笑ってくれるだろう。

どんどん遠ざかっていく背中に私はこくりと頷いて。
頷いてけれど、すぐに少しだけギリッと心臓の奥の奥が萎んだ気もして首を傾げた。

それを無視して、私はちなつちゃんを追いかけ出す。

終わり

67: 2011/11/26(土) 15:25:48.64 ID:Vahr+Gi90
駆け足気味な終わり方ですみません
この話はこれで終わりですが、このスレは短編集として思いついたときに適当に何か書いていこうと思っています。(他カプ投下したり、もしかしたら連作短編という形になるかもしれません)

最後まで読んでくださった方ありがとうございました、宜しければ今後もお付き合いください
それではまた

68: 2011/11/26(土) 16:09:55.56 ID:MsmmG59ho


71: 2011/11/26(土) 20:50:48.69 ID:IN4DfQj/o
乙!すごいよかった

72: 2011/11/26(土) 21:11:31.01 ID:zkBm/h4jo
おつ! この関係すごくいいね
短編にも期待です

73: 2011/11/26(土) 21:52:57.23 ID:Irmame2N0

引用: ちなつ「ラブストーリー」