1:◆AYcToR0oTg   2014/11/23(日) 23:25:20.25 ID:yUmoqkvp0
――――少年期の終わり

幼「ほらユウ! 早く来ないと置いてっちゃうんだから!」

勇「待ってよオサナ! ……はあ、もう。一人でどんどん進まないでほしいな」

?『……者よ』

勇「?」

?『勇者よ』

勇「何だろ。女の人の声? 誰かいるの?」

?『あなたには、私の力を託します』

幼「ユウってば! いつまでそんなところにいるの!」

?『来たるべき災いに、あなたが前へ進めるように』

勇「オサナ、何か変な声がしない?」

?『そして人類が、大きな一歩を踏み出すために』

幼「何それ。あたしには聞こえないけど」

?『それでは、またいつか。私の勇者』

勇「あ、聞こえなくなった」

幼「空耳だったんじゃないの」

勇「そうかなあ」

幼「それより早く行くわよ。ユウのおじさんが戻るまでに、ぜったい風の花を見つけるんだから!」

勇「父さんは開拓に行ってるんだし、そんなすぐ戻らないよ。のんびり探せばいいじゃないか」

幼「い、や、よ! ああもう、ユウのおじさんの小馬鹿にした顔が今でも忘れられないわ!」

勇「僕としては、オサナを焚きつけていった父さんが恨めしくて仕方ないよ」


一六歳の誕生日まであと半年を迎えたこの日。
神託の意味がわからなかった勇者は、最後の平穏を過ごしていた。
翌日。
突如として現れた魔王により、開拓地は壊滅的被害を受ける。
勇者の住む村までその情報が伝わったのは、ずっと先のことだった。

はたらく魔王さま!(22) はたらく魔王さま! (電撃コミックス)

2: 2014/11/23(日) 23:26:54.78 ID:yUmoqkvp0
    ◇王城

南の王「なるほど。それが女神の加護か」

勇者(神託を受けた日から、少し意識するだけで作れるようになったこれが、女神の加護……)

勇者(……父さん。今はどこにいるんだよ。僕が勇者になったって時にさ)

南の王「伝承にはこうある。魔王現る時、勇者もまた選ばれる」

南の王「勇者は女神の似姿に守られ、必ずや魔王を滅ぼす、とな」

勇者「…………」

南の王「だが歴史上、勇者が無事に魔王を討伐して帰ったことはない」

南の王「それでもお前は、魔王の討伐に望む覚悟があるか」

勇者「はい」

勇者(開拓地にいた人は、ほとんど見つかっていない。氏体さえないんだ)

勇者「僕は必ずや、魔王を討ち滅ぼす所存です」

勇者(なら、まだわからない。父さんはどこかで生きている。きっと)

南の王「…………よく言った、勇者よ。ならば私は、王として助力を惜しまない」

勇者「ありがとうございます」

3: 2014/11/23(日) 23:27:53.46 ID:yUmoqkvp0
南の王「お前はまだ若い。旅の仕方や戦いの作法も知らないだろう」

南の王「全ては部下に任せてある。これからのことを聞くといい」

南の王「期待しているぞ、勇者よ」

勇者「はい」



部下「勇者様には、これから半年ほど城に留まっていただきます」

勇者「そんなにですか?」

部下「勇者様は希望なのです。みすみす失うわけにはいきません」

部下「騎士団の方から教わることは多いでしょう。急いては事を仕損じますよ」

勇者「……ええ、わかっています」

勇者「僕はまだ弱い。着実に力をつけないと」

4: 2014/11/23(日) 23:28:49.31 ID:yUmoqkvp0
――――旅立ち

    ◇半年後

勇者「お世話になりました」

騎士1「はは、立派な男の顔になりやがったな」

騎士2「何を言うか、勇者様に失礼だろう」

勇者「いいですよ。騎士1さんや団長さんには勝てないままでしたからね」

騎士1「俺を超えるのはもうすぐだったと思うけどな」

騎士2「それに勇者様なら、魔法を使えば今でも騎士1くらい倒せますよ」

騎士1「あん? 何か言ったかこの地震膝やろう」

騎士2「大口叩きだと言っているんだ、靴下でも洗ってきたらどうだ?」

勇者「僕を見送る時くらい、喧嘩しないでくれませんか?」

団長「全くだな」ゴツン

騎士1・2「痛っ」

団長「勇者様の門出に泥を塗るな。騎士団の恥になる」

5: 2014/11/23(日) 23:30:18.78 ID:yUmoqkvp0
勇者「……団長。これまでありがとうございました」

団長「そうかしこまらないでもらいたいな。勇者でなければ、ぜひ騎士団に欲しい逸材でしたよ」

騎士1「おいおいすげえな、鬼の団長が褒めてるぜ」

騎士2「明日は地面から槍が生えるかもしれないな」

団長「お前らは今日から鎧を抱いて寝ろ」

勇者(昔馴染みなだけあって、三人は相変わらず仲いいな)

勇者(……幼馴染、か)

団長「さて勇者様。お見送りといきたいところですが、ここでお別れとしましょう」

勇者「かまいません。騎士団にも仕事があるでしょうから」

団長「そうではなく。北の門で勇者様を待つお人がいます。会っていかれてはどうでしょう」

勇者「待ち人ですか? 誰だろ……城下町にそこまで親しい人はいないけど」

団長「行けばわかりますよ」


騎士1「で、団長さんよ、あの小僧を待ってるのは誰だ」

騎士2「アホウかお前は。そんなの女に決まってるだろう」

騎士1「ははん、最後のお見送りか。健気なもんだねえ」

団長「待っているのは確かに女だが、見送りではない」

騎士2「は? どういうことです?」

団長「健気な女がお淑やかとは限らない。そういう話だ」

6: 2014/11/23(日) 23:31:41.36 ID:yUmoqkvp0
    ◇北の門

勇者(あの人かな。鎧つけた女の人……長い橙色のくせっ毛? まさか)

勇者「……オサナ?」

幼「久しぶり。元気そうね、勇者さま」

勇者「様なんてつけないでよ。僕はそんなに偉くない」

幼「優男なのは変わんなかったのね。騎士団で揉まれて雄々しくなるかと思った」

勇者「性格なんて簡単に変わらないよ。それよりどうしてここに?」

勇者「というか、その格好は何?」

幼「見てわからない?」

幼「あたしも一緒に行くわよ、魔王の討伐に」

勇者「言うと思った」

幼「ユウの目的はおじさんを探すことでしょ」

勇者「……否定はしないよ。でもそれだけじゃない」

幼「あたし、おじさんには言ってやりたいことが沢山あるもの。だから、行くわ」

勇者「連れていけないよ。ちょっと鎧つけただけで、戦えるわけもないのに」

幼「村で剣術を習ってた時は、あたしの方が強かったわよね?」

勇者「村を出てから半年間、騎士団でみっちりしごかれたんだよ。もうオサナにだって負けない」

幼「なら、強くなったユウに負けないくらい強ければいいわよね?」

幼「外に出ましょ。私の力を見せてあげるから」

7: 2014/11/23(日) 23:32:45.68 ID:yUmoqkvp0
    ◇壁外

勇者(イヤな予感がする。オサナの思い通りになってしまう予感が)

勇者「力を見せるってどうするつもり? 僕と腕試しでもするの?」

幼「それでもいいけど、近頃は魔物も増えてきてるし、魔物を相手にするわ」

勇者「この辺りに出るのってトゲネコとかだよ。武器さえあれば誰でも倒せる」

幼「ここ最近、一角獣の群れが近くにいるそうよ。騎士団で聞かなかった?」

勇者「……本当に?」

幼「まずは一角獣を見つけましょ。あたしが力不足だっていうなら、その時は諦める」

幼「でもね、勇者はあたしを置いていくことなんてできないわ」

魔剣士「この半年、努力したのは勇者だけじゃないんだから」

勇者「魔剣士、ってことなら魔法を使えるのかな」

魔剣士「ええ、回復魔法ならちょっとだけ。どう? 旅のお供に最適でしょ」

勇者「回復魔法なら僕にも使えるよ。攻撃魔法も少しなら」

魔剣士「あらそう、残念。でも魔法で売り込むつもりはないの、別にいいわ」

勇者(本当に力で証明するつもりなんだ……参ったな)

8: 2014/11/23(日) 23:33:41.74 ID:yUmoqkvp0
魔剣士「あ、トゲネコ」

トゲネコA・B「フシャーっ」

魔剣士「やっぱり可愛いけど、トゲがあるから触れないのよね」

勇者「もとは猫だけあって愛くるしいしね。魔王がいなきゃ、猫のままでいられたのに」

魔剣士「それじゃ、あたしは右のトゲネコを相手するわね」

勇者「わかった。じゃあ僕が先に行くよ。油断しないようにね、魔剣士」

勇者(まず負けはしないけど……慎重に一撃!)

トゲネコA「ニャフっ」

勇者(浅かった。追撃っ)

トゲネコA「にゃ~……」バタリ

勇者「魔剣士は、っと」


魔剣士「はあーっ」

トゲネコB「ウニャっ!」バタリ


勇者(……一撃?)

9: 2014/11/23(日) 23:34:40.69 ID:yUmoqkvp0
魔剣士「はい、こっちも終わり。腕ならしには物足りないところね」

勇者「あのさ。今の剣筋、すごく見覚えがあるんだけど」

魔剣士「それはそうでしょうね。騎士団長の奥さんに住み込みで教わったから」

勇者(詐欺だ)

魔剣士「あたし、才能あるみたいなのよね。団長さんから騎士団に入らないか誘われたもの」

勇者「僕だってそうだよ」

魔剣士「勇者も? 団長候補を二人も引き込もうとするなんて、したたかな人ね」

勇者「……僕はそこまで言われてない」

魔剣士「え?」

勇者「…………」
魔剣士「…………」

魔剣士「先に進みましょうか。次の町までは二日くらいかかるんだし、今日は野宿だもの」

勇者「このやり場のない気持ち、どうしてくれよう」

10: 2014/11/23(日) 23:35:45.62 ID:yUmoqkvp0
    ◇翌日

勇者「いたね」

魔剣士「ええ」

勇者(一角獣……角に毒があったはず)

勇者「魔剣士、解毒<キヨム>は使える?」

魔剣士「まだ回復<イエル>しか使えないの。勇者は?」

勇者「僕も同じ。町は近いけど、毒をもらわないよう気をつけて」

魔剣士「あら、心配してくれるの? あたしが負けるほうがいいんじゃなかった?」

勇者「魔剣士が怪我していいなんて思うわけないでしょ」

魔剣士「……そういうところが甘いのよ、勇者は」

勇者「自覚してる。だから魔剣士を追い払えないんだし」

魔剣士「いいじゃない、損はさせないわ」

魔剣士「それじゃ、行きましょうか」

11: 2014/11/23(日) 23:36:58.42 ID:yUmoqkvp0
一角獣A「リーッ!」

勇者「まずは角を折っ、て!」

一角獣A「リリっ!?」

勇者「それから首を落とす!」

魔剣士「やあっ!」

一角獣B「リぎゃっ」

勇者(魔剣士は一撃で倒してるけど)

勇者「毒をもらいたくはないし、無理せずやらないと」



魔剣士「勇者! そっち行った!」

勇者「わかった。氷魔<シャーリ>!」

一角獣M「リぐっ」

勇者「ふー……」

魔剣士「囲まれるとさすがに大変だったわね」

勇者「うん。一人だったら危なかったな」

12: 2014/11/23(日) 23:37:55.40 ID:yUmoqkvp0
魔剣士「へえ?」ニヤニヤ

勇者「…………別に、大したことないよこれくらい」

魔剣士「そりゃあ? 勇者一人でも倒せたでしょうけど?」

魔剣士「でも、あたしがいるだけでずいぶん楽だったと思うのよねー?」

勇者(否定できないのが、ね)

魔剣士「これでも勇者は、まだあたしを置いていこうとする?」

勇者「今すぐにでも村に帰ってほしい」

魔剣士「…………そう」

勇者「――――本音を言えば、一緒にいたい」

魔剣士「ほんと?」

勇者「しょげるのはやめてよ。その顔が苦手なの、知ってるでしょ」

魔剣士「だって置いてかれたくないんだもの。あたし、待ってるだけの女になれないわ」

勇者「がんこもの」
魔剣士「わからずや」

勇者「これからもよろしく」
魔剣士「ええ。一緒にがんばりましょ?」

13: 2014/11/23(日) 23:39:30.36 ID:yUmoqkvp0
――――青い覚悟の果実

    ◇町長宅

町長「ようこそおいでくださりました、勇者様」

勇者「僕はまだ何もなせていませんから、そこまで立てて頂かなくても……」

町長「いえいえそんな。人々のために立ち上がった勇者様を無下にはできませんよ」

町長「魔王が現れてから半年。野生の動物は魔物になり、被害は増える一方です」

勇者「…………」

町長「そんな中で魔王を討とうと志した勇者様を、歓迎せずにはいられません」

魔剣士(勇者ってこういう持ち上げてくる人が苦手よね。誰にでも腰が低いし)

町長「私たちにできるのは、勇者様に気持ちよく旅立って頂くことだけですからね」

勇者「ありがとうございます。でしたら……あー」

魔剣士(あ、適度におねだりして話を終わらせようとしてる)

勇者「この周辺の地図をいただけないでしょうか。小さいものでかまいません」

町長「よろしいのですか? 何なら四大陸の地図も用意しますが」

勇者「歩きながら、魔物の住処があったら地図に書き込みたいのです。ですから、小さいものを」

勇者「旅の先々で地図を手に入れた方が、細かい部分までわかりますからね」

町長「なるほど、そういうことでしたら。すぐに用意させます。少々お待ちを」

勇者「……はあ」

魔剣士「町長が席を立ったとたん、溜息をついてどうしたの?」

勇者「わかってるでしょ。意地悪を言わないでよ」

魔剣士「勇者って甘やかされるのが苦手よね。変なの」

勇者「小さい頃からずっと、誰かさんの面倒を見てたせいじゃないかな」

14: 2014/11/23(日) 23:40:58.64 ID:yUmoqkvp0
    ◇宿

魔剣士「勇者ー? 休んでるのもいいけど、旅の支度も済ませなさいよねー」

勇者「わかってる。荷物は広げてないし、すぐ終わるから大丈夫だよ」

町長『魔王を討とうと志した勇者様を……』

勇者(使命を忘れたわけじゃない。でも僕は、まず第一に父さんの無事を確かめたい)

勇者「…………」ボフッ

勇者(手放しに褒められる勇者ではないよな)

魔剣士「…………えい」

勇者「うわっ! ちょっと、乗っからないでよ魔剣士!」

魔剣士「難しい顔して何を悩んでるのよ」

勇者「別に。なんでもないよ」

魔剣士「嘘。あたしを騙せると思う?」

勇者「騙されてくれないか期待してる」

魔剣士「いいじゃない、魔王のことがついでだって」

魔剣士「おじさんを見つけたいって勇者の気持ちを誰が否定できるの?」

15: 2014/11/23(日) 23:42:10.63 ID:yUmoqkvp0
勇者「でも、皆が勇者に期待しているのは」

魔剣士「関係ないわよ。皆に望まれたからって勇者は喜んで氏ねる?」

勇者「何さ、その極端な意見」

魔剣士「誰かを裏切ってるわけじゃないわ。ただ優先順位が違うだけ」

勇者「魔王を後回しにしたら怒られないかな」

魔剣士「怒られるかもしれないわね。だからこっそり探しましょうよ」

勇者「……魔剣士は、どうしてこんな子に育っちゃったのかな」

魔剣士「小さい頃からずっと、誰かさんに甘やかされたからじゃないかしら」

勇者「失敗だったね」

魔剣士「ええ」

勇者「ところで、いつまで僕に乗っかっているつもり?」

魔剣士「///」バッ

魔剣士「ち、違うんだから! これは、その……勇者が! 勇者がいじけてるからいけないの!」

勇者(優先順位、か。歴代の勇者もきっと、いろんな理由を抱えて旅立ったんだろうな)

勇者(八人目の僕も、これまでの勇者と変わらない、かな?)

16: 2014/11/23(日) 23:43:42.96 ID:yUmoqkvp0
――――閑話1

    ◇街道

勇者「魔剣士っ……くそ、氷魔<シャーリ>!」

ゲコッタB・C「ギギっ?」

魔剣士「動きが止まった! たあっ!」



勇者「うーん」

魔剣士「魔物に勝ったばかりなのに、どうして難しい顔してるのよ」

勇者「ずっと言おうと思ってたんだけど、前に出過ぎてないかな」

魔剣士「え、あたし?」

勇者「この辺りの魔物なら問題はないけどさ。魔物が強くなった後が心配だよ」

魔剣士「あたしだって敵の強さには気をつけてるわよ。大丈夫だと確信したから前に出てるの」

勇者「だとしてもだよ。前に出れば、それだけ魔物を引きつけるんだからさ」

魔剣士「あたしの方が勇者より強いんだもの、そうするのが自然でしょ?」

勇者「待って、聞き捨てならない。そりゃあ攻撃力は魔剣士の方が上だけどさ」

勇者「まるで僕の方が弱いみたいに言わなかった?」

魔剣士「みたいに、じゃないわ。だってあたしの方が強いでしょ?」

勇者「魔剣士の目は節穴みたいだ。僕の方が弱いだって?」

魔剣士「前に出過ぎるって勇者は言うけど。勇者の踏み込みが甘いからそんな誤解するのよ」

勇者「一度話し合う必要があるみたいだね」

魔剣士「必要なのは話し合いじゃないわ。果たし合い、でしょ?」

勇者「受けて立つよ」

魔剣士「泣かせてあげる」

17: 2014/11/23(日) 23:45:00.47 ID:yUmoqkvp0
    ◆見張り台

見張り1「ん? おい、あれ」

見張り2「なんだあいつら、あんなところで木の剣を向け合って」

見張り1「ばか、あいつらなんて呼ぶな。一人は勇者様だぞ」

見張り2「そんなわけ……勇者様だ。南王家の紋章ついたマントしてる」

見張り1「だろ。もう一人は、勇者様と一緒に旅してるっつう噂の剣士か?」

見張り2「模擬戦ってわけか。面白い見物になりそうだな」

見張り1「のんきなこと言ってる場合か!」

見張り1「さっさと人を集めろ。どちらが勝つかでいい賭け事になるぞ?」

18: 2014/11/23(日) 23:46:12.63 ID:yUmoqkvp0
    ◇壁外

魔剣士「木剣での一騎打ちよ」

勇者「魔法は使っても?」

魔剣士「ご自由にどうぞ。負ける気がしないしね」

勇者「言ったね。あとでズルだとか言い出さないでよ」

魔剣士「そんな必要ないわ。勝つのはあたしだもの」

勇者 ジリッ
魔剣士 ジリッ

魔剣士「やあっ!」

19: 2014/11/23(日) 23:47:00.21 ID:yUmoqkvp0
    ◆壁外 門前

見張り1「初手は剣士さんか」

  勇者「氷魔<シャーリ>!」

見張り2「あらら、勇者様の魔法は大外れだ」

  勇者「くそ、氷魔<シャーリ>!」

見張り2「また外れか? 勇者様もまだまだ力不足だな」

見張り1「違う、剣士さんの動きを見ればわかるだろ」

見張り2「んー? ああなるほど、左右に動かれないようにって氷の壁を作ったのか」

見張り1「だが膝の高さくらいしかないし、あれなら軽く超えられるだろ」

男8「俺は勇者様に賭けるぞ」

少女4「剣士さまが勝つと思うなー」

童女7「えー? ぜったい勇者さまだよー」

見張り1「動きを遮られてることに、気づきさえすれば、な」

20: 2014/11/23(日) 23:48:02.22 ID:yUmoqkvp0
    ◇壁外

魔剣士(手堅い戦法。崩すのはちょっと骨が折れるかしら)

勇者(団長候補ってお世辞じゃないみたいだ。足を止めて受けるのは厳しいかな)

魔剣士「こ、のぉ! やっ! ……って、うわ!?」

勇者(氷に足を取られた! 今ならっ)

魔剣士「……なんちゃって」ピタ

勇者「なっ?」

勇者(上体は崩れたままで……! こ、のっ)

魔剣士「はあっ!」バシッ

勇者「くっ」カラン

魔剣士(木剣を落とした? ……違う、手応えが浅い! 自分から離した!)

勇者(これだけ踏み込めば剣は振れない! 手首をつかんで、足を払えば……!)

魔剣士「きゃっ」

勇者「僕の勝ち、かな。この距離で魔法を使われたら、魔剣士でも逃げられないよね」

21: 2014/11/23(日) 23:49:07.71 ID:yUmoqkvp0
    ◆壁外 門前

主婦1「どうなったの? 勇者様の勝ち?」

爺さん5「なるほどの。剣の勝負だと思ってた剣士さんの負けじゃね」

少女2「あれ? もう終わったのに、あの二人動かないね」

童女3「おケガしたのかなあ?」

見張り2「見つめ合って……おいおい、これはもしかするんじゃないか!」

男3「だよなだよな! ここで行かなきゃ男じゃねえよ!」

見張り1「はいはい、勇者様の勝ちー。配当を払うぞー」

町長「いいや! 勝負はまだ終わってない!」

見張り1「何を言い出すんだ町長さん。勇者様の勝ちさ、見てただろ」

町長妻「あなたってば、自分が剣士様に賭けたからって」

町長「違わい! ここからは男女の勝負だ! ここで動けなければ、その時は勇者様の負けだろう!」

22: 2014/11/23(日) 23:50:18.06 ID:yUmoqkvp0
    ◇壁外

勇者「…………」
魔剣士「…………」

勇者(気まずい……何か減らず口を叩くかと待ってたのに、どうして黙ってるんだよ。起きあがる機会を見失った……)

魔剣士「――――ユウ」

勇者「な、なに?」

魔剣士「その、ね? いいよ」

勇者(いやいや何がいいの? というかどうして目をつぶるのさ?)

勇者「オサナ、その、僕は」

勇者(ああもう、なんなんだよこれ! 僕にどうしろっていうんだ! というかいいよって、つまりそういうこと?)

魔剣士(うわあ、うわあ! あたしってば何を言ったのあたしのバカ! 目をつぶるとかあからさますぎる!)

勇者(でもその場の雰囲気に流されてってのはどうなんだろ。僕の気持ちは……違う、僕の気持ちは別としてっ)

魔剣士(うぅ、怖い。雰囲気って怖いよっ。だって、勇者の顔をあんなに近くで見たの、すっごく久しぶりなんだよ?)

勇者(こういうのって、もっとこう、段階を踏みながら経験するものだよ。知らないけどきっとそう。だから)

魔剣士(ドキッとするじゃん。きゅんってなるじゃん。だからつい……でもだからってさあ!)

23: 2014/11/23(日) 23:51:12.22 ID:yUmoqkvp0
勇者(…………それにしても、さっきから町の方がうるさいな。なんなんだよもう!)

魔剣士(というか勇者、何もしてこない? こっそり目を開けて……何でそっぽ向いてるのよ、そっちに何かあるわけ?)

勇者・魔剣士「あ」

    ◆壁外 門前

見張り2「やばい、かな。こっちに気づかれた」

町長「だから言ってるだろ! これは男らしくなかった勇者様の負けだ!」

見張り1「しつこいな! あんたが賭けたのは端金だろ! 町長なんだからケチケチするな!」

見張り2「ま、こんだけ騒いでりゃ当たり前か」


しぶしぶ町に宿泊した勇者たちだが、翌日、日が昇る前にはこそこそ町を出たという。

24: 2014/11/23(日) 23:52:20.97 ID:yUmoqkvp0
――――閑話2

勇者「そういえばさ」ザシュ

トゲネコA「ニャフッ!?」

魔剣士「なあに?」ズバッ

トゲネコB「ニャグッ!?」

勇者「その黒い指輪、いったいどうしたの?」

魔剣士「これ? 騎士団長の奥さんからもらったのよ。悪夢の指輪っていうの」

勇者「へえ。なんだか呪われてそうな名前だね」

魔剣士「呪われてるわよ? 力が強くなる代わりに、体力が回復しなくなるらしいの」

勇者「へ? 魔剣士はなんでそんなものを装備してるの?」

魔剣士「あー、言ってなかったかしら。あたしって神性が高いから、ちょっとした呪いなら無効にできるのよ」

勇者「……そんなことができるものなの? 初めて聞いたんだけど」

魔剣士「ときどきいるみたいよ、あたしみたいな人」

勇者「魔剣士はさらっと言ってるけど、それって凄いことだよね」

魔剣士「あたしは実感わかないけどね。それこそ、世界に一人しかいない勇者が目の前にいるんだし」

25: 2014/11/23(日) 23:53:38.42 ID:yUmoqkvp0
勇者「僕は自分が凄いやつだとは思ってないよ」

魔剣士「あたしだって同じよ。だからありがたがられても困るの」

魔剣士「それに、ずっと昔にいた司教さんなんて、装備の呪いを消すことができたらしいわよ」

勇者「神性が高いおかげで?」

魔剣士「そう。それに比べたら、呪いを無効にするだけのあたしは大したことないじゃない?」

勇者「同意はしかねる。でも、神性が高いおかげで回復魔法を使えるんだし、助かってるよ」

魔剣士「勇者も回復<イエル>が使えるでしょ」

勇者「そうだけど、一人だと魔力がもたないかな」

魔剣士「回復<イエル>だと回数がかさむものね。高回復<ハイト・イエル>を覚えられるのはいつかしら」

勇者「僕は当分先そうだよ。魔剣士は?」

魔剣士「さっぱり。神性が高くても、やっぱり本職じゃないとすぐ使えるようにならないわよね」

勇者「本職、か。魔剣士は仲間を増やすことをどう思う?」

魔剣士「もう何人かいれば楽になるとは思うわよ? 生還率〇%の勇者様と一緒に冒険してくれる人がいるならね?」

勇者「…………そこだよね、やっぱり。僕は氏ぬつもりないけど、歴史が色々と物語ってるし」

魔剣士「ま、悩んだって仕方ないわよ。仲間って巡り合わせだもの。その日が来るまでは、二人での旅を楽しみましょ?」

26: 2014/11/23(日) 23:54:45.55 ID:yUmoqkvp0
――――血塗りの魔剣

    ◇飲食店

魔剣士「ねえ勇者、噂は聞いた?」

勇者「たぶん聞いてないよ。どんな?」

魔剣士「なんでもね、この町に住んでる貴族の家って、魔剣が家宝らしいのよ」

勇者「ふーん」

魔剣士「ちょっと、なんで興味なさげなのよ」

勇者「家宝なんでしょ? 僕たちとはご縁がなさそうだし」

魔剣士「そんなのわからないじゃない! 『美しきお嬢さん、この魔剣を装備して下さいな』って言われるかもでしょっ」

勇者「それ、貴族は魔剣士のことを呪おうとしてるよね。何をやらかしたの?」

魔剣士「もうっ、どうしてそんなことばかり言うかなあっ。想像するくらいはいいでしょ!」

勇者「ごめん、魔剣士が楽しそうだったから、つい」

店主「料理お待ち。……けど旅人さん、あまり魔剣の話をしねえでくれないか。客が逃げちまうよ」

魔剣士「あら、ずいぶんと信心深いのね。魔剣なんて言っても、呪われているだけの剣じゃない」

27: 2014/11/23(日) 23:55:45.89 ID:yUmoqkvp0
店主「そうでもねえよ。魔剣は人の生き血を啜るらしくてな、歴代の当主は不審な氏に方ばっかりだぜ」

勇者「偶然じゃないかなあ」

店主「どうだかな。ま、魔剣のしわざにしろ偶然にしろ、噂のせいでろくな奴を雇えないらしいぞ」

店主「チンピラみたいなのが屋敷に大勢いるんだ、貴族として示しがつかねえだろうさ」

魔剣士「…………ねえねえ勇者。だったらなおのこと、あたしに魔剣を譲ってくれてもいいと思わない?」

勇者「思わない。実害が出てるのに手放さないなら、よっぽど大切なものなんだろうし」

魔剣士「もう! 少しは話を合わせてくれてもいいでしょっ」

勇者「おじさん、この煮魚を一つ追加で」

店主「へい毎度」

魔剣士(今晩、寝てる時にベッドから落っことしてやるんだから)

28: 2014/11/23(日) 23:56:48.76 ID:yUmoqkvp0
    ◇夜

勇者「そろそろ機嫌を直していただけると嬉しいのですが」

魔剣士「つーん」

勇者「悪かったよ。魔剣の話、まじめに取り合わなくて」

魔剣士「……あたしだって、魔剣を本当にもらえるとは思ってないわ。でも、一日中からかわれるのは許せないの」

勇者「ごめん。どうしてかな、魔剣士に意地悪しくたくなってさ」

魔剣士「反省、してるの?」

勇者「してます」

魔剣士「なら、もういい。ちょっとだけ許してあげるわ」

勇者「ちょっとだけ?」

魔剣士「何よ、不満?」

勇者「そんなことはないよ」

魔剣士「ふんだ、知らない」

勇者(二、三日は引きずるかもな。どうして僕、魔剣士のことからかっちゃったんだろ)

29: 2014/11/23(日) 23:57:49.59 ID:yUmoqkvp0
コンコン

?「失礼、こちらは勇者様の部屋で間違いありませんかな?」

勇者「どなたでしょうか」

当主「この町に住む貴族の当主と言います。魔剣のことでお話がありまして」

魔剣士「あたしたちは勇者です! 今扉を開けますね!」

勇者「本人の前で身分詐称された」

ガチャリ

執事「…………」

当主「夜分遅くの来訪ですが、できれば気を悪くしないで頂きたい」

当主「勇者様の滞在を今しがた知り、取るものも取りあえず駆けつけた次第でしてな」

勇者「構いませんよ。それだけ急ぎの御用だったんでしょう?」

当主「いえいえ。勇者様は早朝に町を出発されることもあると耳に挟んだので、その前にお聞かせしたかっただけなのです」

勇者「…………」
魔剣士「…………」

当主「おや、どうかなさいましたかな」

魔剣士「大丈夫よ。それより、魔剣の話って何かしら?」

30: 2014/11/23(日) 23:59:29.55 ID:yUmoqkvp0
当主「率直に言いますが、場合によっては魔剣を勇者様たちに託したいのです」

執事「!? 当主様、それは!」

当主「下がれ執事」

執事「ですがっ」

勇者「そちらの方は?」

当主「私の屋敷で執事をさせています。が、此度の話には関係がありません」

執事「…………」

魔剣士「……えっと、話を戻すけど。あたしたちに魔剣を譲る、それは条件付き、ということよね?」

当主「条件だなどとんでもない!」

当主「勘違いをさせてしまいましたな。単純に、魔剣は強力な呪いがかけられているため、ということです」

勇者「呪いを無効にできるだけの神性があるなら、ということですね」

当主「ええ。勇者様の旅を悪路へと変えるようなことがあっては、祖先に顔を向けることもできません」

魔剣士「でも、家宝なのよね?」

当主「だからこそ、この執事も先ほど止めに入ったのでしょう。が、屋敷に氏蔵しては魔剣の真価が損なわれましょう」

勇者「そういうお話でしたら、謹んでお受けしますよ」

31: 2014/11/24(月) 00:00:44.51 ID:doqYFDeG0
当主「ありがとうございます、勇者様。でしたら、明日、旅に出る前に立ち寄って頂き――」

執事「当主様。魔剣を勇者様に渡すには、神性の高い者で運ばねばなりません。手配に時間がかかります」

当主「ふむ。魔剣を保管してある場所までご足労を願うわけにもいかないか」

執事「昼までに人員を用意します」

当主「それでよい。……勇者様、申し訳ありませんが、昼過ぎに屋敷に来て頂けますかな?」

勇者「構いませんよ。お手数をおかけします」

魔剣士「必ず行くわ」

当主「色よい返事をありがとうございます。では、また明日お会いしましょう」

執事「失礼いたしました」ガチャ、、、バタン

勇者「話が終わるやいなや帰っていったね。気遣われたかな」

魔剣士「ふふ。ふっふっふー」

勇者「……ご機嫌だね」

魔剣士「だって魔剣よ? あたし、魔剣士だけど武器は鉄の剣だったもの。これで名前負けしなくなるわ」

勇者「魔剣に恋い焦がれる少女ってどうなんだろうね」

魔剣士「素直ないい子だと思うけど?」

32: 2014/11/24(月) 00:01:57.71 ID:doqYFDeG0
    ◇早朝

勇者「おかしくないかな」

魔剣士「何が?」

勇者「昼過ぎに来てほしい、って言われたよね?」

魔剣士「でも最初は、旅立つ前にってお話だったじゃない」

勇者「神性が高い人を探すからって話も出たでしょ?」

魔剣士「でもね、あたし思ったのよ。魔剣のせいで使用人を集めるのにも苦労するのよね?」

魔剣士「なら、神性の高い人が見つかっても屋敷に来てくれるかは怪しいじゃない?」

勇者「本音は?」

魔剣士「お昼までなんて待てない」

勇者「血塗りの魔剣もここまで思われたら本望だろうね」

魔剣士「そういう名前なの?」

勇者「みたいだよ。呪いの詳細までは出回ってなかったんだけどね」

魔剣士「……なんだ。勇者も魔剣に興味津々だったんじゃない」

33: 2014/11/24(月) 00:02:44.89 ID:doqYFDeG0
勇者「僕は興味ないよ。神性は高くないから、きっと装備できないし」

魔剣士「じゃあどうして魔剣のことを調べたのよ?」

勇者「魔剣士が気にしてたからだよ」

魔剣士「そう、だったの?」

勇者「うん」

魔剣士「なんていうかその……ありがと」

勇者「照れないでよ。僕まで恥ずかしくなる」

パカラッパカラッ

勇者「……荷馬車か。こんなに早くから働いてるんだね」

魔剣士「みたいね。あたしたちの村じゃ、教会の朝の鐘が鳴るまで仕事はしないのに」

勇者「まだ大陸を越えてさえいないけどさ、世界は広いんだなって思うよ」

34: 2014/11/24(月) 00:03:58.03 ID:doqYFDeG0
勇者「見えてきた。やっぱり貴族だけあって、屋敷は大きいね」

魔剣士「どうしてお金のある人って、大きな家を建てちゃうのかしらね」

勇者「欲しいものがたくさんあって、全部をしまえる家が欲しかったんじゃないかな」

勇者(近くまで来ると、庭が荒れてるのって目立つんだな)

魔剣士「どうしよ、ちょっと緊張してきちゃった」

コンコン

執事「どなたでしょう?」

勇者「勇者です。魔剣のことでお伺いしました」

執事「…………勇者様、ですか? 少々お待ち下さい」

ガチャリ

執事「失礼しました。なにぶん、約束は昼過ぎのため、こんなに早くお出でになるとは思わなかったもので」

35: 2014/11/24(月) 00:04:59.18 ID:doqYFDeG0
魔剣士「ええ。そのことなんだけど、あたしは神性がとても高いのよ。だから魔剣を運ぶ人が必要なら、あたしが引き受けようかと思うの」

執事「ですが……そう、あなたは勇者様のお仲間であらせられる。そのような雑事を任せるわけにいきません」

魔剣士「気にしないで。あたしはただの村娘だもの。だからほら、敬語もきちんと使えないんだし」

勇者(僕も村にいた普通の少年なんだけどね)

執事「ですが……わかりづらいかと思いますが、当家にも様々なしがらみがあります。やはりお任せするわけには」

勇者「……魔剣士」

魔剣士「なに?」

勇者「やっぱり出直そう。魔剣士の気持ちはわかるけど、執事さんを困らせるわけにはいかないよ」

魔剣士「……そう、よね。わかったわ」

執事「申し訳ありません。では、今のところはお引き取り願えれば」

?「その必要はありませんよ」

36: 2014/11/24(月) 00:06:18.17 ID:doqYFDeG0
執事「――――奥方様」

奥方「あなたは仕事熱心ね。けど、勇者様を門前払いしたとあっては、それこそ当家の名折れになりましょう」

奥方「初めまして、勇者様。当主の妻で奥方と言います。勇者様の御威名は、わたくしたちも聞き及んでおりますよ」

勇者「いえ、そんな。僕はまだ何もなせていません。名前だけが一人歩きしている状態ですから」

奥方「あら、謙虚ですのね。魔王を倒さんと志すのだから、どれほどの偉丈夫かと思っておりましたけれど」

奥方「その慎ましさが大衆に慕われる秘訣でしょうか」

勇者(魔剣士……助けて)

魔剣士(勇者なんだからがんばりなさいよ。とは思うけど、かわいそうだものね)

魔剣士「ごめんなさい、こんな早くに来てしまって。ご迷惑じゃないかしら?」

奥方「ふふふ、まさか。魔王が現れてから半年余り、主人は勇者様に魔剣を託したいと常々から申しておりましたもの」

奥方「今もきっと、勇者様がいらっしゃるのを心待ちにしているはずですよ」

執事「奥方様、勇者様と歓談されてはいかがでしょう。私は当主様を呼んで参ります」

奥方「いいえ、あなたは下がってかまいませんよ。わたくしが勇者様たちを案内します」

執事「…………いえ、私も共に向かいます。ご入り用なこともあるかと思いますので」

奥方「そう? ならお願いしますね」

37: 2014/11/24(月) 00:07:25.89 ID:doqYFDeG0
    ◇屋敷内

魔剣士「やっぱり早すぎたかしら……召使いの人とか、誰も働いてないし」

勇者「教会の朝の鐘が鳴るまでは休んでるんじゃないかな」

奥方「いえ、本当でしたら掃除をしているはずですよ」

執事「申し訳ありません、奥方様」

奥方「あなたの責任ではありません。不誠実な者しか雇えない、当家に問題があるのですから」

魔剣士「あのー」

奥方「何でしょう、剣士様」

魔剣士「こんなことになってるのは、魔剣の風評が原因なのよね? それなのにどうして魔剣を手放さなかったの?」

奥方「ふふ。家宝だから、というお答えでは不満でしょうか?」

魔剣士「それだけ価値がある、ということかしら」

勇者「ちょっと魔剣士」

奥方「いいのですよ。その疑問はもっともです。ただ、そのお話は当主が語るのが適切でしょう。もう少し不思議がっていらして?」

魔剣士「ええ、そうするわ」

38: 2014/11/24(月) 00:08:29.73 ID:doqYFDeG0
奥方「では主人に声をかけてきますから、少しだけお待ちになっていて」

ガチャリ

  奥方「あなた、勇者様たちがお見えに……あなた?」

  奥方「変ね、どこにいったのかしら」

  奥方「――――ひっ、いやあああ!」

勇者・魔剣士「!?」

執事「勇者様はここでお待ちを。私が見てきます」

バタン

  執事「奥方様、どうなさいましたか」

  奥方「ち、血が! どういうこと!? もしかして、あの人の身に何か……っ」

  執事「お気を確かにしてください。私が確認します、奥方様はこちらへ」

ガチャリ

執事「申し訳ありません勇者様。魔剣の話は後日にして頂けますか」

勇者「当主さんに何かありましたか?」

執事「詳しいことは何も。わかっているのは、怪我をされたこと、連れ去られたことの二つだけです」

39: 2014/11/24(月) 00:09:24.39 ID:doqYFDeG0
魔剣士「そんな……」

奥方「うっ、うぅ」

執事「奥方様、今はお休みください。すぐに旦那様の行方を探します」

魔剣士(……むっ)

勇者「当主さんを最後に見たのはいつですか?」

執事「――――勇者様。今はお相手をしている時間がありません」

奥方「半時ほど前です……今日は朝から忙しいと言ってらしたから、わたくしはその後別室にいたのですが」

勇者「わかりました。ありがとうございます」

40: 2014/11/24(月) 00:10:39.93 ID:doqYFDeG0
    ◇町中

勇者「魔剣士、ちょっと気になることがあるんだけど」

魔剣士「あら奇遇ね。あたしもなの」

勇者「荷馬車のことだね?」
魔剣士「執事さんのことよね?」

勇者「……執事さんがどうかした?」

魔剣士「奥方さんを支えている時の目がいやらしかったの! あれは絶対に何か隠してるわ!」

勇者「……怪しいかはともかく、屋敷の監視は必要だし、いいかな」

魔剣士「荷馬車はどういうことなの?」

勇者「貴族の家の方から来たでしょ。もし連れ去られたばかりなら、荷馬車が怪しいと思って」

魔剣士「ならすぐに荷馬車を追いましょうよ!」

勇者「それは僕がやるよ。魔剣士には屋敷を見張っていて欲しいんだ」

魔剣士「どういうこと?」

勇者「もしかしたら、当主さんはまだ屋敷の中にいるかもしれない。執事さんを監視しながら、怪しい動きがないか見ていて欲しいんだ」

魔剣士「わかった、任せて!」

勇者「無茶はしないで。僕も気をつけるから」

魔剣士「大丈夫よ。絶対に執事さんの化けの皮をはいでやるわっ」

勇者「……僕もすぐに合流するから、できるだけ監視につとめてよ?」

41: 2014/11/24(月) 00:11:48.27 ID:doqYFDeG0
    ◇問屋場

勇者「すみません、お聞きしたいことが」

問屋「なんでしょう」

勇者「今朝早く、貴族の家から荷を受けた馬があると思いますが、積み荷をどこに運んだか教えてほしいんです」

問屋「……勇者様、そいつは困りますよ。客の依頼をおいそれと教えれば、わたしらの仕事はなくなってしまいます」

勇者(正攻法だとこうなるよね、やっぱり……嘘は気が進まないんだけど、しょうがないか)

勇者「ここだけの話にしてもらいたいのですが、積み荷の一つは魔剣です」

問屋「なんですって?」

勇者「その呪いが何であれ、名のある魔剣は金になります。使用人の一人が、欲にくらんで横流しを企んだのです」

問屋「なるほど、あそこの使用人なら……しかしなんてこった、魔剣を運んだ馬、なんて知れたら」

勇者「そうですね、悪質な噂が立ちかねません。また、貴族の側としても事が表立つのを望んでいません」

勇者「ですから、内密に教えていただきたいのです。部外者である僕は、仮に責任を押しつけられても、勇者の名を少し汚すだけですから」

問屋「しかしそれだと、勇者様にどんな得があるので?」

42: 2014/11/24(月) 00:12:40.68 ID:doqYFDeG0
勇者(こういう時はどうするんだったかな。商売人相手なら……そう)

勇者「魔剣を受け取るのは、どこぞの富豪ではなく勇者だ、ということです」

勇者(利を見せる。無償の善意は不信にしか繋がらない。……でしたよね、団長)

問屋「なるほど……魔剣というからには、武器としては素晴らしいのでしょう。魔王を倒す一助になる」

勇者「話が早く助かります。それで、どうでしょう? 教えては頂けませんか?」

問屋「……条件が一つ。こちらは運んだ事実をもみ消します。それでも良いなら」

勇者「わかりました。問屋場はこの件に関与していない、勇者の名に誓って証明します」

43: 2014/11/24(月) 00:13:42.11 ID:doqYFDeG0
    ◆屋敷

執事「奥方様、少しよろしいでしょうか」

奥方「あの人は見つかったの!?」

執事「いえ。……ですが、屋敷の外でおびただしい量の血の痕が見つかりました。もしかすると当主様は、もう」

奥方「そ、んな……」

執事「現在、手を尽くして当主様の行方を探しています。もうしばらくの辛抱です、必ず見つけだします」

奥方「――――そうね、必ず見つけだしなさい。恐らく単独の犯行ではないでしょう」

奥方「相手は頃しても構いません。ですが一人は残すのです。当家に仇をなした人物を見つけねばなりませんから」

執事「かしこまりました」

執事「……時に奥方様」


執事「事は血塗りの魔剣を勇者様に譲ろうとした矢先に起こりました。このような時ですが、魔剣の所在を確認したほうがよろしいかと」

44: 2014/11/24(月) 00:15:01.35 ID:doqYFDeG0
    ◇屋敷外

魔剣士「うーん、ここには手がかりが何もないわね。血のにおいさえ残ってないし」

魔剣士(やっぱり執事さんの行動を見張っているしかないかしら)

魔剣士(……あ、誰か出てきた。執事さんと、召使いの人?)

  執事「いいか、お前は奥方を見張っていろ。魔剣の話を出しておいた、のこのこと魔剣を確認しに行くかもしれない」

  召使い1「わかりやした」

  執事「ちっ、面倒なことだ。当主のやつを拷問して吐かせれば、それが一番楽だったんだがな」

  召使い1「あのおっさんはどうしてるんで?」

  執事「運ぶだけ運んだが、他の指示はしていないから放置されているだろう。ゴロツキどもは自分だけじゃ動けん」

  召使い1「はは、使えないことですねー」

  執事「……お前は自分の仕事に取りかかれ。奥方から目を離すなよ」

  召使い1「へい」

魔剣士(あの人、やっぱり!)

45: 2014/11/24(月) 00:16:06.23 ID:doqYFDeG0
  執事「…………来たか」

  召使い2「なんでしょう?」

  執事「召使い1が不穏な動きをしている。寝返るつもりかもしれん」

  召使い2「本当ですかい?」

  執事「ああ。もしもあいつが単独で何かを運び出そうとしたら、報告しろ」

  執事「魔剣ほどではないにしろ、この家にも金目のものはいくつかあるからな」

  召使い2「了解。じゃ、監視しときますよ」

魔剣士(あの人、誰のことも信じてないのね)

魔剣士(かわいそうな人)

46: 2014/11/24(月) 00:17:30.52 ID:doqYFDeG0
    ◇倉庫

勇者(問屋場の情報ではここのはず。まだ移動してなきゃいいんだけど)

ギャハハ…

勇者(間に合った、かな)

  ゴロツキ1「ぼろい商売だな。このおっさんを運んだだけで銀貨5枚だぜ」

  ゴロツキ2「で、あの執事とかいう野郎が来たら、このおっさんの処遇が決まる。頃すにせよなぶるにせよ、楽なもんだ」

  ゴロツキ1「……だが、気を許すな。あいつは信用ならねえ」

  ゴロツキ2「はっ、違いねえや。なに、あいつが執心してるという宝の場所を聞いたら、さくっと頃してやればいいさ」

  ゴロツキ1「相手もそのつもりだろ。俺たちに話を持ちかけるくらいだ」

  ゴロツキ2「手のひらの上で踊ってんのはどちらかね。けけっ」

  当主「…………っ」

勇者(無事で良かった。相手は二人、ならいけるかな)

勇者「まずはこけおどし……風魔<ヒューイ>」コソッ

  ゴロツキ1「いてえ!」

  ゴロツキ2「急に風がっ! くそ、そこにいやがるのか!?」

勇者(背中を見せた、ならっ)

勇者「はあっ!」

ゴロツキ2「うぐっ」ドテ

ゴロツキ1「てめ、ぇ……」バタ

勇者「ふぅ……剣なしでも何とかなるものだね」

当主「んーっ、んーっ!」

勇者「ご無事で何よりです。今助けますね」

47: 2014/11/24(月) 00:18:44.38 ID:doqYFDeG0
    ◆屋敷

奥方(あの人がいない……どうしてこんなことに)

奥方(いいえ、弱音を吐いてはダメ。今この家を取り仕切るのはわたくしなのだから)

奥方(賊を処罰し、災いの根っこを見つけて、それから……)

奥方「魔剣を勇者様に。あの人の心残りは、わたくしが引き継がなければいけませんよね」

奥方(血塗りの魔剣……あの人の書斎にある、本棚をずらせば……)

奥方(……無事だった。でも素直には喜べないわ。あの人が助かるなら、こんなものなくなれば良かったのに)

奥方「こんなもの……っ!?」バチッ

魔剣『真実を一つ教えよう』

奥方(何? 魔剣を握っただけなのに、おかしな声が……)

魔剣『当主の殺害を目論んだのは、執事だ』

奥方「――――え?」

魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する。――――さあ。背信者に血を流させるのだ』

奥方「…………そう。そうね。勇者様に魔剣を渡すわけにはいきません」

奥方「あの人の仇は、わたくしが…………」

48: 2014/11/24(月) 00:19:52.54 ID:doqYFDeG0
    ◇屋敷外

執事「私は屋敷に戻る。あまり席を外しては怪しまれるかもしれないからな」

魔剣士「あら、もう少しゆっくりしていったらどうかしら?」

執事「!?」

魔剣士「今度はあたしと密談しない? どうやって当主さんと奥方さんに頭を下げるか、とかね?」

執事「……ちっ、ネズミのような女だ。人間様の事情も気にせず、どこにでも現れる」

魔剣士「残念、あたしは動物に例えると猫らしいわよ。懐いていない相手には、トゲネコみたいになるでしょうけどね」

執事「ならば躾の一つもしてやろう」ピィーッ

執事「ここで働いている奴の大半は俺の手の者だ。喧嘩を売る場所がわるかったな」

召使い3~15「…………」

執事「その小娘に計画を知られた。頃すぞ。この家の没落を企んだ、当主殺害の下手人としてな!」

魔剣士「結局は数に頼るのね。誰も信用していないくせに」チャキ

魔剣士「誰も頃しはしないわ。けどね、剣の腹で殴られるのよ。骨の一本は覚悟しなさいよね!!」

49: 2014/11/24(月) 00:21:04.39 ID:doqYFDeG0
召使い11「氏ねえっ」

魔剣士「足運びがなってない」ゴンッ

召使い6「この!」

魔剣士「腰が高い」ドカッ

魔剣士「相手にならないわ。戦い方がまるでダメ。ねえ執事さん、こんな時間稼ぎをして何になるの?」

執事「ちっ……」

魔剣士「勇者はもうすぐ戻ってくるわ。あたし一人も倒せないのに、勇者まで相手取るつもりかしら?」

執事(くそ、召使い1は何をしてる!? 魔剣の一つもあれば、あんな女……!)

  召使い1「う、うわぁああ!」

執事「っ! くくっ、余裕ぶってるからだ、この女狐め」

執事「召使い1! 魔剣をこちらに持ってこい!」

召使い1「ひぃぃ! いやだ、いやだっ、氏にたくない!」

執事「おい貴様! 何を騒いでっ……」


奥方「ねえ、どうして逃げてしまうの?」


50: 2014/11/24(月) 00:22:33.25 ID:doqYFDeG0
執事「っ……」ビク

奥方「わたくしはただ、執事がいる場所を教えて欲しいだけですのに」ザン

執事(石像が……真っ二つだと?)

奥方「あら? あらあら? ふふ、ふふふ、なあんだ、執事、あなたはそんなところにいたのですね」

執事「奥方様、報告します。当主様殺害を目論んだのは、そこにいる」

奥方「あなた、見ていて下さい。あなたを頃した不忠義者を、必ずや地獄に叩き落としてみせますから」

執事「くそっ、ふざけやがって。魔剣の呪いにやられているのか……!?」

魔剣士「奥方さん!」

執事「こんなところで殺されてたまるか……魔剣があろうと、戦ったこともないババアに負けるわけがない」

執事「頃してやる」

魔剣士「!? 奥方さん、逃げてっ!」

魔剣士(ダメ、あたしじゃ間に合わ……え?)

執事「か、はっ……」

奥方「ごめんなさいね魔剣さん。ちょっと切り方が浅かったみたい」

奥方「でも久しぶりの血はおいしいでしょう? ならもっと、わたくしに力を貸して?」

奥方「ここにいる全員、切り刻んであげますからね」クスリ

51: 2014/11/24(月) 00:23:29.92 ID:doqYFDeG0
召使い4「う、うわああ」

召使い9「逃げろ! なんだあれ、殺されるっ」

執事「ぐっ、ざけるな、俺を置いて……逃げるなっ!」

奥方「大丈夫よ、一人として逃がしはしません。追いかけて、追いつめて、全ての血を魔剣さんに捧げますもの」

奥方「――――そして、栄えある一人目はあなたよ、執事」

執事「ひっ、ひぃぃ」

魔剣士「させ、ない!」

ガキン

奥方「どうしてわたくしの邪魔をするのでしょう」

魔剣士「その男はろくでもない奴、よっ。でも奥方さんが頃しちゃダメなの。彼は社会の裁きを受けなきゃダメ、そうでしょ!?」

奥方「そうでしょうか。わたくしはどうでもいいと思っています」ブン

魔剣士「くっ」ギシ…

魔剣士(一撃が重い、剣が折れちゃいそう)

奥方「わたくしにとって何より大切なあの人を頃したんです。それをどうして、裁きを他人任せにできましょう」

52: 2014/11/24(月) 00:24:35.42 ID:doqYFDeG0
執事「ふ、ふざけるな! まだあの男は頃してない!」

魔剣士「当主さんは無事よ。勇者が助けに行ったものっ」

魔剣『戸惑いは弱さを生む。弱さは悪をのさばらせる。ならば、悪を絶つのは覚悟である』

魔剣士(この声は何……? 反響してるみたいにくぐもった声……)

奥方「ふふ……安心なさって魔剣さん。わたくしは迷いません。必ず、この男を……っ」

執事「ぅ、ぁ……」

魔剣士(ダメ、あたしたちの声が届いてない……このままじゃっ)

53: 2014/11/24(月) 00:25:30.47 ID:doqYFDeG0
    ◇屋敷外

勇者(あれは……どうなってるんだ?)

当主「妻が持ってるのは、魔剣だ……あれには触るなと言ってあったのに!」

勇者「暴れないでくださいっ。馬から落ちますよ」

当主「下ろしてください勇者様! 私はあいつを止めねばなりません!」

勇者「僕も同じ気持ちですよ! だから待って!」

魔剣士「ユウ、者……っ?」

当主「やめろっ。魔剣を離すんだ!」

奥方「あなた……? あなたなの?」

執事(い、今なら)ダッ

奥方「あ……逃げ……逃が、しませんっ!」

執事「うああああ!」

当主「くっ……」バッ

勇者(どうして飛び降りるかな! 速度を緩めてなかったら氏んでるよっ)

当主「駄目だ! 頃しちゃいけない!」

54: 2014/11/24(月) 00:26:26.76 ID:doqYFDeG0
魔剣士「はああっ!」

パキン

魔剣士(あたしの剣は折れた……魔剣は?)

勇者(奥方さんの手から離れたっ)

当主「よかった……」ダキ

奥方「あ、あなた……? わたくし、は」

当主「悪い夢を見ていただけだ。もう終わっている」

勇者「魔剣士、大丈夫だった?」

魔剣士「ちょっと危なかった、かしらね。……この半年、ずっと使ってた剣が折れちゃったのが悔しいけど」

勇者「折れた剣でもできることはあるんじゃないかな。逃げようとする執事さんを捕まえる、とかね」

執事「っ……くそ」

魔剣士「そうね、最後の役目には相応しいわ。あたしは折れた剣でもあなたに勝つ自信がある。それでもあなたは向かってくる?」

執事「…………好きにしろ。俺はもう抵抗しない」

55: 2014/11/24(月) 00:27:42.66 ID:doqYFDeG0
    ◇屋敷内

当主「危ないところでした。人を頃してしまえば、魔剣から手を離そうと、妻は魔剣の呪いに取り込まれていたでしょう」

勇者「どういう呪いだったんですか?」

当主「魔剣にとって都合のいい真実を与え、人を殺させることです」

当主「執事は私の殺害を目論んだが、まだ頃してはいなかった」

当主「ですが魔剣は、殺害の企みだけを妻に打ち明けた。その方が血を多く吸えると判断したのでしょう」

魔剣士「厄介な呪いね……」

当主「ええ。だからこそ、安易に手放すわけにもいかなかった。売り払われた先で、どんな被害が出るかもわかりません」

当主「本当にありがとうございました」

奥方「今回の御恩は一生忘れません。わたくしたちにできることがあれば、何なりと仰ってください」

勇者「僕たちは多くを望みませんよ。魔剣の使い手に相応しいかどうか、見届けてもらえればそれで十分です」

当主「それだけでよろしいのですか? 叶うなら、魔剣は最初から勇者様にお渡しするつもりでしたが」

勇者「恥を忍んで言うなら、魔剣に打ち勝つだけの神性がなかった時に、魔剣士の剣を都合してもらいたいですね」

奥方「それはもちろんですよ。わたくしを助けるために、剣を折られてしまったんですもの。きっと良い剣をお譲りします」

魔剣士「あたしは魔剣に負けるつもりないけどね」

当主「はは、剛毅なお方だ。……しかし、まず最初は勇者様に試してもらわなければなりません。この剣は、もともと勇者様のものなのです」

56: 2014/11/24(月) 00:28:59.66 ID:doqYFDeG0
勇者「どういうことでしょう?」

当主「血塗りの魔剣は、二代目の勇者が魔王と相打ちを遂げた後、お仲間により届けられたそうです」

魔剣士(勇者の剣……それを知って、あの執事は手に入れようとしたのかしら)

当主「詳しくはわかりませんが、親交があったのでしょう。もしも必要な時が来たら、次代の勇者に渡してほしいと託されたのです」

当主「だが、それからの勇者様は神性が低く、魔剣をお渡しすることができなかった」

魔剣士「女神様に選ばれた勇者でも、神性が高いとは限らないものね……」

奥方「ええ。女神に選ばれる資質は、きっと他の何かがあるのでしょうね」

当主「さて、では勇者様、お試し願えますかな?」

勇者(もし僕が魔剣を使えるようなら、魔剣士は拗ねちゃうかもね……)

当主「指先で、柄にそっと触れてみてください。それだけなら、魔剣の声を聞いても離れられるはずです」

勇者「わかりました」ピト

魔剣『真実を一つ教えよう』ジジ

魔剣士(さっき外で聞いたのと同じ声だわ)

魔剣『お前には魔王を倒す義務がある。なぜなら』

勇者「っ」バッ

57: 2014/11/24(月) 00:29:48.31 ID:doqYFDeG0
当主「駄目でしたか……」

勇者「ええ。すみません、ご期待に添えず」

奥方「では、次は剣士様がお試しになられますか?」

魔剣士「はい、やってみますっ」

魔剣士(うわぁ、どきどきする……神性には自信あるけど、本当に大丈夫かしら)ピトッ

魔剣士「…………」
勇者「…………」

勇者「何ともなさそうだね」

魔剣士「ふ、ふふ…………」

魔剣士「やったっ!」

勇者(ちょっと複雑な気分だけど、こんなに嬉しそうならいいか)

勇者「おめでとう、魔剣士」

58: 2014/11/24(月) 00:30:56.22 ID:doqYFDeG0
    ◇町中

魔剣士「ふふっ、魔剣に選ばれるなんて気分がいいわね♪」

ガヤガヤ

町人1「今、勇者様のお連れ、魔剣って言ったか?」

町人2「なら腰に帯びているのは魔剣なのか……」

勇者「市場でこれだけ注目を浴びたなら、後は大丈夫かな」

魔剣士「そうね。でも一応、もっと騒ぎながら町を出ましょうか」

魔剣士「貴族さんの偏見、なくなってほしいものね」

勇者「立派な魔剣をもらったんだし、これくらいの恩返しはしないとね」

65: 2014/11/24(月) 11:58:45.60 ID:doqYFDeG0
――――閑話3

魔剣士「やああっ!」ブォン

人喰鳩「クルック!?」

勇者「また一段と攻撃力が上がったね」

魔剣士「そうね――――こうして振ってみると、魔剣の凄さが良くわかるわよ。これで力を失った状態なんだから、末恐ろしいわね」

勇者「血を吸わせることで威力が増してくっていうのも怖い能力だけど」

魔剣士「名剣だから呪われたのか、呪われたから名剣になれたのか、どっちらかしらね」

勇者「そんな魔剣の呪いを無効にできるくらいだから、魔剣士の神性って本当に高いんだね」

魔剣士「……実はね、最初は聖職者になるよう団長さんには言われたのよ」

魔剣士「神性の高さは回復魔法の効果に直結するし、より上を目指しやすいからって」

勇者「それなのにどうして剣士を選んだの?」

魔剣士「勇者はあたしが後ろから魔法を使う性格だと思う?」

勇者「……だよね。遊びに行く時だって、僕を置いてどんどん先に行っちゃうし」

魔剣士「あたしは待っているだけの女になれないの」

勇者「魔王を倒す旅についてきちゃうくらいだから、それはわかってるよ」

66: 2014/11/24(月) 12:00:11.15 ID:doqYFDeG0
勇者(それにしても、魔剣士が聖職者だったらどうなってたんだろ)

~~~

魔剣士「ひどい怪我……高回復<ハイト・イエル>!」

魔剣士「もう大丈夫? そう、良かった……///」

…………
………
……

魔剣士「勇者、あたしをかばって……解毒<キヨム>!」

魔剣士「無茶、しないでよ……勇者が氏んだら、あたし……っ」

~~~

魔剣士「ちょっと勇者?」

勇者「っ!」

魔剣士「何をぼけっとしてるのよ。戦闘が終わった後こそ気を引き締めるものでしょ」

勇者「……そうだね」

魔剣士「まったくもう……あれ? 勇者、腕を怪我したの?」

勇者「え? 本当だ、気がつかなかった」

魔剣士「傷は浅いみたいだけど……念のため回復しましょうか。回復<イエル>」

勇者「…………」

魔剣士「はい、治ったわ。――――ちょっと、なんでじっとあたしを見るの?」

勇者「…………いや、別に」

魔剣士「そ、そう? 変な勇者っ」

勇者(聖職者についた魔剣士も見たかったけど……これはこれで悪くない、かな)

67: 2014/11/24(月) 12:01:09.18 ID:doqYFDeG0
――――閑話4

魔剣士「はあっ」ブン

タートルエッグ「…………」ゴンッ

魔剣士「っぅ……何よこいつ、すっごい堅い!」

勇者「魔剣士、下がって! 雷魔<ビリム>!」

タートルエッグ「!?」

魔剣士「頭を出したっ、今なら……!」ズバッ



勇者「魔剣士が斬れない敵って初めてだね」

魔剣士「敵がどんどん強くなっているものね。あたし、もう一撃じゃ敵を倒せなくなってるわ」

勇者「僕は旅の最初からずっとそうだけど」

魔剣士「前から言ってるけど、勇者は踏み込みが甘いのよ。安全を重視してるのはわかるけど」

勇者「意識はしてみるよ。あまり無茶はしたくないし、どこまでやれるかな」

魔剣士「んー、たぶんね、攻撃魔法を使えちゃうのも原因なのよ」

勇者「どういうこと?」

68: 2014/11/24(月) 12:02:14.91 ID:doqYFDeG0
魔剣士「剣で攻撃はできるけど、一歩引いて魔法を戦いの主体に切り替えることもできる、っていうのが勇者の間合いでしょ?」

勇者「……そう、だね。言われるまで自覚はなかったよ」

魔剣士「悪いことではないのよ。実際、あの亀か卵かよくわからない魔物、魔法じゃなきゃ倒せなかったもの」

魔剣士「でも、だからこそどっちつかずになっているとは思うわ」

勇者「うーん。どうすればいいだろうね」

魔剣士「そうねー。今のままだと器用貧乏ではあるけど」

勇者「…………そう、だよね」

魔剣士「あ、違う、違うわよ? そりゃあ一つに特化した人には敵わないでしょうけど、勇者はどんな魔物相手でも戦えるじゃない?」

魔剣士「上手に戦って、足りないところは仲間と力を合わせることができるのよ」

勇者「うん……」

魔剣士「なんというか……料理でいう隠し味なのよ、勇者はっ!」

勇者「…………隠し味か。勇者って名前のわりに地味な役割だね」

魔剣士「え!? ああ違うの、例えが悪かったわ!」

69: 2014/11/24(月) 12:03:33.52 ID:doqYFDeG0
魔剣士「ええっと……! 舞台とかの主役って、どうしても一つは欠点があったりするじゃない?」

魔剣士「でもだいたい、それを補佐する万能な相棒がいたりするわよね?」

魔剣士「勇者はつまり、そう、名脇役なのよっ!!」

勇者「そうだね……旅の主役は魔剣士に譲るよ……」

魔剣士「え!? あ、うぅ……こんなこと言いたいわけじゃないのにっ」

勇者「…………」ズーン

魔剣士「ゆ、ユウ? 落ち込まないで? あたしはあなたの良さをわかってるから」

勇者「オサナ。僕の良さって何?」

魔剣士(こ、これ以上の墓穴は掘れない……っ)

魔剣士「ユウ、あたしの手を握って」

勇者「うん」ギュ

魔剣士「ユウはこうやって、あたしの手を引いて世界に連れ出してくれた。あたしは今、毎日が楽しいのよ?」

魔剣士「まだ旅を始めたばかりだもの、うまくいかないことはたくさんあるわ。それでもあたしは、ユウと一緒に乗り越えたいと思う」

70: 2014/11/24(月) 12:04:26.54 ID:doqYFDeG0
魔剣士「勇者は魔王を倒せるから勇者なの? ……そんなわけないわ」

魔剣士「その背中を追いかけたい、多くの人にそう思わせられるから勇者なのよ」

魔剣士「自信を持って。あたしは誰よりも、勇者の力を信じてるから」

勇者「…………ありがと、オサナ」

魔剣士「ううん、いいの」

勇者(落ち込んだのはちょっとしたお遊びなんだけど、こんな熱心に励まされたんじゃ、立ち止まってはいられないかな)

勇者「僕からも一つ。勇者が前に向かって歩けるのは、隣にいてくれる人がいるからだよ」

魔剣士「……それってあたしのこと?」

勇者「どうだろうね。そうだったらいいなと、僕は思ってる」

71: 2014/11/24(月) 12:05:19.31 ID:doqYFDeG0
――――魔女からの手紙

魔剣士「ねえ勇者、あたし不思議に思ったことがあるの」

勇者「町の人の懐から見えてる紙のこと?」

魔剣士「そうそう。皆が同じものを持ってるみたいなのよ」

勇者「何だろうね。ちょっと聞いてみる?」

魔剣士「うん。気になってしょうがないもの」

町人「……」スタスタ

魔剣士「すみません、ちょっといい?」

町人「旅人さんか。なんだい?」

魔剣士「皆が持ってるみたいなんだけど、その紙ってなんなの?」

町人「これは……」

魔剣士「当たり障りなければ、見せてほしいのよ」

町人「だ、駄目だ駄目だ! 他人には見せられないっ」

魔剣士「いえ、無理にとは言わないわよ? 大事なものならいいの」

町人「こんなものが大事なわけあるか!」

72: 2014/11/24(月) 12:06:30.71 ID:doqYFDeG0
勇者「大事なものじゃないけど、皆が後生大事に持ち歩いてるってこと?」

町人「仕方ないだろ……そうしないと、魔女にどんな呪いをかけられるか」

勇者「魔女?」

町人「あんたらは知らないだろうが、この町には魔女が住んでるんだよ」

町人「まじない師をやってた母親は氏んだが、一人娘は魔女として暮らしてるんだ」

魔剣士「その魔女と手紙に何の関係があるの?」

町人「これは魔女からの不幸の手紙なんだよっ。……持ち歩かないと不幸になるって言うから、皆しぶしぶ持ち歩いてるんだ」

魔剣士「へーえ。皆して魔女の力を信じてるのね」

町人「当たり前だ。まじない師をやってた母親は、人を呪って生計を立ててたんだぞ。娘の魔女だって人を呪えるに決まってる」

勇者「町の人全員に不幸の手紙を配るあたり、しょぼいのかだいそれてるのかが微妙なとこかな」

魔剣士「ちょっと会ってみたくなるわよね。話を聞いてみて、大した理由がないなら止めるよう説得してみる?」

勇者「そうだね。皆が困ってるのを見過ごすわけにはいかないし」

73: 2014/11/24(月) 12:07:53.10 ID:doqYFDeG0
町人「あー……いや、あんたらは何もしない方がいいぞ」

魔剣士「どうしてよ?」

町人「魔女は明日処刑されるんだよ。だから余計なことはしないでくれ」

町人「魔女さえいなくなれば、不幸の手紙も力をなくすだろ。そうすれば全部解決だ」

勇者「……穏やかじゃないね。やったことの罪と与えられる罰が釣り合ってない」

魔剣士「不幸の手紙を配ったくらいで命を奪うのは、ね」

町人「そうじゃねえよ。町の誰もそこまで非道じゃない」

町人「魔女が処刑されるのは、人を頃したからだ」

町人「自分と仲良くしてくれた唯一の女をだぞ。そんな魔女を、誰が許せるっていうんだ」

74: 2014/11/24(月) 12:08:57.89 ID:doqYFDeG0
    ◇夜

魔剣士「はあ……」

勇者「元気出してよ。……気の滅入る話ではあったけどさ」

魔剣士「わかってるわよ。でもすぐには割り切れないの。明日には元通りになるから、今日だけは許して」

勇者「許すとか許さないとか、そういう話じゃないよ。魔剣士の落ち込んだ顔は見たくないだけ」

魔剣士「……今日の笑顔は品切れなの。また明日にでも見に来てくれる?」

勇者「それはいいね。朝早くから店に並ぶよ」

勇者「…………明日、朝すぐに町を出ようか」

魔剣士「そう、ね」

勇者(魔女の処刑は明日の一〇時、か。人を頃したんじゃ、氏罪は免れない。処刑は妥当なんだけど……)

勇者(人が氏ぬって話を受け入れられるほど、僕らはまだ大人じゃない)

勇者「窓、ちょっと開けようか。空気を入れ換えれば気も紛れるよ」

魔剣士「お願い」

勇者「わかった」ガラガラ

75: 2014/11/24(月) 12:10:14.06 ID:doqYFDeG0
勇者「――――こんな時でも月は綺麗だね」

魔剣士「……あなたが見てるから、月は綺麗でいられるのよ」

勇者「はは、そうかもね」

勇者「…………あれ」

?「…………」タッタッタ

勇者「魔剣士ごめん、気の滅入ることを聞くよ」

魔剣士「何?」

勇者「魔女は東の大陸から来た移民の血筋で、南の大陸にはいない黒色の髪なんだよね」

魔剣士「そう聞いたわね。それがどうかしたの?」

勇者「今、窓の外を走っていった」

魔剣士「どういうこと?」

勇者「脱走、とか?」

勇者・魔剣士「…………」

勇者「追いかけてくる。魔剣士は休んでて」

魔剣士「あたしも行くわよ。変なこと言わないで」

勇者「今は何もしたくない気分じゃないの?」

魔剣士「できることをやらなきゃ、あたしはいつか後悔するわ」

魔剣士「だから行く。止めないで」

勇者「止めないよ。魔剣士と一緒なら心強いからね」

76: 2014/11/24(月) 12:11:10.53 ID:doqYFDeG0
    ◇路地裏

魔女「この区画に住んでいる誰なのかしらね?」

魔女「……今日は星の多い日だこと。明日はわたしが氏ぬ日なのに、こんなにも輝いてる」

魔女「さっさと落ちてきなさいね? あの子が浮かべる場所もないじゃない」

魔女(はあ。イヤになるなあ。誰かが追いかけてきてる。わたしは何一つ上手にできないみたい)

魔女「早く出ていらっしゃいな? わたしに用事があるならね?」

勇者「……一応、こっそり後を追っていたつもりのに」

魔女「これでも忌まわしき魔女よ? 他人の魔力には敏感なの」

魔剣士「待って。あたしたち、できれば何もしたくないの。逃げるのを見過ごすことはできないけど、牢屋に戻ってくれるなら攻撃はしないから」

魔女(相手は二人、どちらも剣を持っている。魔力も感じられるし、距離を取れば安全ってこともなさそう)

魔女「素直に戻らなかったら、わたしはどうなっちゃうかしら?」クスクス

勇者「できるだけ怪我はさせたくないけど、剣を抜くことになる」

魔女「勇ましいことね? 溜息が出ちゃうくらい」


77: 2014/11/24(月) 12:12:35.71 ID:doqYFDeG0
魔女「……わたしはやらなきゃいけないことがあるの。大事なことよ? 明日は素直に殺されてあげるから、見なかったことにできなくて?」

魔剣士「そういうわけにはいかないわよ」

魔女「そうよねぇ? 困っちゃうな?」

魔女「――――だから仕方ないものね? 上手によけてみせて?」

勇者「!?」

魔女「氷魔<シャーリ>」

勇者(僕と魔剣士の足下をっ……というか、これが氷魔<シャーリ>だって!?)

魔剣士「ゆ、勇者ごめん! 足を固められた!」

魔剣士(勇者の時と同じ感覚で避けようとしたら……何よこれ、魔法の規模が違いすぎる!)

魔女「あとはそこの僕だけね? 逃げないと、今夜は野宿になっちゃうかしら?」

魔女「痺れなさい、雷魔<ビリム>」

勇者「っ! しゃ、氷魔<シャーリ>!」

魔女(氷で壁を作って……?)

勇者「くっ」

勇者(ちょっと感電したけど……直撃しなかったぶん、動ける!)

78: 2014/11/24(月) 12:14:05.18 ID:doqYFDeG0
魔女「あ~あ、失敗しちゃったかな? 今夜は戻るから、もう剣を向けないでくれる?」

勇者「……そっちが優勢だったはずだけど。諦めるのが早くないかな」

魔女「もう魔法一回分の魔力しか残ってないの。我ながらうんざりしちゃう」

勇者「まだ魔法を二回しか使ってないのに?」

魔女「一つの魔法に魔力を込めすぎてしまうのよね? わたしは不器用なお姉さんなのよ?」

魔剣士「こ、のっ」バキバキ

魔女「……わたしの氷、そう簡単に砕けないはずなんだけどなあ? 雷は氷の壁で防がれちゃうし。今夜の相手は悪かったみたいね?」

勇者「本気で魔法を使われたら、危なかったのはこっちだよ」

勇者「直撃を避けようとしなければ、油断した僕たちを制圧できたんじゃないかな」

魔女「あら、慰めてくれるの? それとも口説いているのかしら?」

勇者「それは戦闘を続けたいってこと?」チャキ

魔女「ちょっとした軽口よ? ふふ、ウブなことね」

魔剣士「このっ、このっ」バキバキ

魔女「……わたしは逃げないから、恋人を助けてあげたら?」

勇者「魔剣士はそういうんじゃないよ」

79: 2014/11/24(月) 12:15:33.51 ID:doqYFDeG0
魔女「若いのね? でもわたしの人を見る目は確かよ、心を偽っても見透かしてしまうの」

勇者「僕も人を見る目はあるつもりだよ」

勇者「少なくとも、あなたが悪人に見えないくらいには」

魔女「…………ふふ、それはとんだ節穴ね? 心の闇が見えていないのよ?」

魔剣士「やっと出られた……足が冷えちゃったわよ、もう」

魔女「ごめんなさいね? あとで恋人に暖めてもらって?」

魔剣士「ゆ、勇者はそういう相手じゃないわよっ」

魔女「ふふ、あなたたちって面白い。こんな単純な子に負けちゃうなんて、魔女も大したことないのねえ?」

魔剣士「……魔女はどうして親友を頃したの?」

魔剣士「そんな人には思えないわ」

魔女「恋人と同じことを言うのね? 聞いてると熱くなってきちゃう」

魔剣士「あたしは真面目な話をしているのよ?」

魔女「そうねー……でも話して何か得があるかな?」

魔剣士「勇者が手を貸してくれるかもしれない、それは魅力的でしょ?」

魔女「勇者……? へえ、話には聞いていたけど、こんなにかわいらしい男の子なのね?」

80: 2014/11/24(月) 12:16:57.79 ID:doqYFDeG0
魔剣士(むむっ)

勇者「事情を話すつもりはあるの? 口をつぐむなら、僕らは宿に帰るよ」

魔女「話すのはいいのよ? でも聞いたなら、嫌がろうと協力してもらわなきゃ」

勇者「……それでいいよ。だから話してほしい」

魔女「話が早いのね? あなたの人の良さは、誰が食い荒らすのかしら?」

魔剣士「あなた、あたしたちを味方につけるつもりあるの?」

魔女「あら、ごめんなさいね? わたしってば人を傷つけながらしか話せないのよ?」

魔女「――――だからかしらね? 誤解を重ねて投獄されて、友達の仇さえ討てやしない」

魔剣士「どういうこと?」

魔女「あの子は人間に化けた魔物に殺されてしまったの。復讐しようにも、どこに魔物が潜んでいるかわからないのよね?」

魔女「だから小細工をして、魔物を見つけようとしていたの。でも途中で、家に隠していたあの子の氏体を自警団に見つけられちゃって」

勇者「それで捕まり、あわや処刑か。どうして家に隠したの?」

魔女「……わたしの感傷かしら? 可愛い子だったのに、魔物は顔や体を容赦なく傷つけていたの。あんな姿、誰にも見せたくなくって」

勇者「そ、っか」

魔剣士「魔物を見つける小細工って、不幸の手紙のことよね?」

81: 2014/11/24(月) 12:18:17.04 ID:doqYFDeG0
魔女「大正解。あれには仕掛けがあってね? 魔性に反応すると燃えるように魔力を込めてあるの」

勇者「なるほどね。持ち歩かないと不幸になる手紙なのに、燃えてしまっては持ち歩けない」

魔女「だから手紙を偽造するでしょうけど、わたしの魔力までは真似できない。わたしの作った手紙を持たなければ魔物ってことね?」

魔女「あとはこの区画を探せば終わりだったのよ? あなたたちに邪魔されちゃって、失敗したのだけど、ね?」

魔剣士「う……ごめんなさい」

魔女「あらやだ、謝らないで? 今晩のうちに見つけられるかは賭けだったの。偶然がなきゃ見つけられないし」

魔剣士「……言外に謝れって言われた気がしたのだけど」

魔女「あらそうだった? 言葉の意味を深くとらえる人って大変ね?」

勇者「魔剣士をからかわないでほしいな。後でご機嫌を取るのは僕なんだから」

魔女「ふふ、いいじゃない。いちゃつく理由は多い方が良くてよ?」

勇者「そんな風にからかうなら、魔物を見つける作戦はいらないってことだよね?」

魔女「――――へえ? 面白いことを言うのね? これまでの話で効果的な作戦が思いつくほど、勇者くんはずる賢いんだ?」

勇者「わりとありきたりな作戦だよ。あまり期待すると肩すかしかもね」

魔剣士「どんな作戦なの?」

勇者「不幸の手紙を捨てたら本当に不幸になるのか、試してみたいと思わない?」

82: 2014/11/24(月) 12:19:38.11 ID:doqYFDeG0
    ◇朝

魔剣士「勇者は魔女の話を信じるのよね?」

勇者「魔剣士は疑ってる?」

魔剣士「いいえ。あたしの直感は魔女を信じろと言ってるもの」

勇者「なら僕は、魔剣士の直感を信じるよ」

魔剣士「ありがと」

勇者「ふっ、くぁぁ……徹夜ってするものじゃないな」

魔剣士「大丈夫? もう魔法は作り終わったのよね? 休むなら後で起こすわよ」

勇者「んー、大丈夫。僕は広場に魔法を敷くまでが役割だし」

魔剣士「ええ、その後は任せて。あたしがきっちり魔物を退治してあげるわ」

勇者「僕も補佐くらいするよ。魔剣士ばかり危険な目に会わせたくないしね」

魔剣士「もう、そこまで気遣ってくれなくてもいいのに」

勇者「そういうわけにもいかないよ。勇者は追いかけたいと思わせる人じゃなきゃいけないんでしょ?」

勇者「だから誰よりも前に立って歩かなきゃね」

83: 2014/11/24(月) 12:20:42.53 ID:doqYFDeG0
    ◇処刑場

魔女(あの二人、うまくやってくれてるかしら)

魔女(……おかしいのね、この魔女ってば。会ったばかりの人間を信用してる)

魔女「くすっ」

  中年男「ひっ、魔女が笑ったぞ」

魔女(わたしは笑うことさえ許されないのね。仮面でもつけて生きるのがお似合いかな)

魔女(……なーんて。贅沢は言わない。仮面をつけたまま、ここで氏んでもいいの。どうせつまらない命だものね)

魔女(あの子の仇さえ討てれば、それでいい)

魔女(――――でもそうね。ここを生きのびることができたら、わたしは何をすればいいのかな)

処刑人「魔女を処刑台の前へ」

魔女(ふふ。そろそろ仕事を始めないとね)

処刑人「これより! 殺人の罪科により異端の魔女を処刑する!」

処刑人「その咎は雪ぐことができず、奪われた命は帰らない。よって極刑は正当な処罰であるっ」

魔女「…………ふふ。あははっ!」

処刑人「黙れ! 喋る権利は与えていない!」

84: 2014/11/24(月) 12:21:42.59 ID:doqYFDeG0
魔女「氏体を見んと集まった無学無能な者共め! どこにも辿りつけないお前たちに、この魔女が特別な呪いを与えてやる!」

魔女「呪われた魔女からの手紙を胸で暖め続けるがいい! 不幸はすぐさま、愚者の元へと降りるだろう!」

勇者「それってつまり、持っていると不幸になるってことかー!」

魔剣士「きゃあ大変! 早く捨ててしまわないとー!」

勇者(魔剣士、演技がでたらめにヘタなんだね)

町人「ひ、ひぃ! こんなものっ」ポイ

町娘「汚らわしい! やっぱり持ち歩くんじゃなかったっ」ポイ

町人?「…………」ポイ

カキンッ

85: 2014/11/24(月) 12:23:32.42 ID:doqYFDeG0
    ◇昨晩

勇者「本物の手紙には魔女さんの魔力がこめられてるんだよね? なら、魔女さんの魔力にだけ反応しない魔法を作ればいいんだよ」

勇者「魔物が持っていれば、多少なりとも魔力を帯びる。魔物の偽造した手紙にだけ魔法は反応するはずだよ」

魔女「……呆れた。理屈ではそうよね。でもそんな魔法を誰が用意するの? わたしは手紙に仕込んだ罠魔法でさえ一週間はかけてるのよ?」

勇者「不幸の手紙の魔法さえ教えてくれれば、あとは僕が作るよ」

魔剣士「勇者ってそういう頭を使う仕事が得意だものね」

勇者「自慢はしづらいけどね。……というわけなので、雛形さえあれば朝までには終わらせてみせる。どうだろう、賭けてみてはくれないかな」

魔女「そうねえ? 完成しなかった場合は?」

勇者「牢獄まで迎えに行くよ。脱獄を手伝う」

魔剣士「あまり勇者は出ない方がいいと思うわよ? あたしが行くわ」

勇者「それでも僕が行くよ。力の及ばなかった自分が悪いんだしね」

魔女「……手伝いまではしなくていいのよ? 間に合わなかったと教えてくれれば、あとは自分で抜け出せるもの」

魔女「ほら、今日だってあっさりと脱走してみせたのよ?」

勇者「あの、一応頑張るので、間に合った時の話をしていいかな?」

魔女「うふふ、どうぞ?」

勇者「魔女さんには処刑の直前で、不幸の手紙を持っていたら大変だって騒いで欲しいんだ。それを僕と魔剣士で焚きつければ……」

魔剣士「なるほどね。人間に化けてる魔物も、手紙を捨てなきゃいけなくなるわ」

勇者「捨てた途端、逃げられないように足は凍らせちゃうけどね」


86: 2014/11/24(月) 12:24:45.31 ID:doqYFDeG0
    ◇処刑場

町人?「っ!?」カチコチ

勇者「魔剣士、左に七歩!」

魔剣士「はあぁ!」ブォン

町人?「くっ!」ガシッ

魔剣士「あたしの魔剣を易々と受け止めるのね。凄いじゃない、その熊のような右手?」

少年「う、うわあ! 魔物がいる!」

無職「ばか押すんじゃねえ! 俺に何かあったらどうする!?」

町人?「くそ……お前たち、魔女の手先か!」

勇者「言葉が悪いね。僕らは魔女さんの仲間だよ」

魔剣士「勇者と魔女の一行、なんてどうかしら?」ググッ

町人?「勇者……貴様のせいで……!」

魔物「ならば隠れるのはヤメだ! 今ここで人間を皆頃しにしてやる!」

魔剣士「させるわけ、ないでしょうが!」ブンッ

魔物「食らうかっ」バシッ

87: 2014/11/24(月) 12:26:07.20 ID:doqYFDeG0
勇者「魔剣士は下がって! 氷魔<シャーリ>!」

魔物「魔法っ……この程度!」グッ

魔物「くくっ、弱いなあ勇者! 大きなつららを作ることしかできないか!」

勇者「――――魔女さん。仇を討つのは任せるよ」

魔女「ありがとう勇者くん。お礼は後でたっぷりと、ね?」

魔物「なっ! お前は最初から……っ」

勇者「早く足下の氷を壊したら? もう間に合わないだろうけど」

魔女「わたしの魔力全てを注いであげる。……高雷魔<エクス・ビリム>!」

魔物(つららを目印に雷が……!)

魔物「ぎ、ああぁぁ!」

88: 2014/11/24(月) 12:27:06.53 ID:doqYFDeG0
魔剣士「魔女の魔法って凄い威力なのね……雷で焼け焦げて、ずっと煙が出てる」

勇者「……いや、おかしいよ。煙の量がどんどん増えてる。魔剣士、あまり近づかないで」

魔女「勇者くーん? どうかしたのー?」

モクモク……ブワッ

魔剣士「きゃっ」

勇者「うわ!」

魔剣士「何よ今の……すっごい風」

勇者「代わりに煙は収まったけど……。――――? ……魔剣士、ちょっとこっちを見ないで」

魔剣士「なんでよ?」

勇者(人間、だよね。これ)

勇者「……動物が魔物に変わるなら、人間が魔物になってもおかしくない、か」

魔剣士「どうしたのよ、ぶつぶつ言って。もうそっち見てもいい?」

勇者「見てもいいけど、覚悟はしておいて。今の魔物の正体は、できれば知らない方がいい」


89: 2014/11/24(月) 12:28:11.62 ID:doqYFDeG0
    ◇半月前 魔女の家

魔女「トモ……? どうしたの、何があったの!?」

友「はは、魔女ちゃんが焦ってるー……いつもの冗談は、どうしたの?」

魔女「こんな時に何を言ってるのよ! ひどい怪我……すぐ教会に連れて行くからっ」

友「お願い、待って。聞いて。わたしね、魔物に襲われちゃったんだよ……?」

魔女「魔物? あなた、こんな夜中に一人で町の外に出たの?」

友「違うよー……男の人にね、道を聞かれて……教えてたら、毛むくじゃらの腕で、ぐさーって」

魔女「人間に化けた魔物、ね。安心して、わたしがこらしめてくる」

友「魔女ちゃんに任せたら安心だねー。……ゲホッ」

魔女「トモ! 駄目よ、しっかりして!」

友「はは……もう無理、かなあ。眠くなってきちゃった」

魔女「駄目よ、ダメっ。わたしを一人にしないでよぉ!」

90: 2014/11/24(月) 12:28:57.75 ID:doqYFDeG0
魔女(せめて回復<イエル>だけでも使えたら……どうしてわたし、攻撃魔法しか使えないのっ!)

友「――――ねえ魔女ちゃん」

魔女「な、なあに、トモ?」

友「また今度、川に星の石、浮かべに行こうね?」

魔女「……ええ。必ず行きましょうよ。空にもっと星を浮かべたいものね?」

友「楽しみ、だなあ」

友「    」

魔女「トモ……」

91: 2014/11/24(月) 12:30:02.37 ID:doqYFDeG0
    ◇壁外 門前

魔女「あら二人とも、わたしに挨拶もせず行ってしまうの?」

魔女「寂しくて、涙をこぼした手紙を送りつけたくなっちゃいそう」

勇者「友達の供養に忙しいでしょ。別れの挨拶に行ったら、僕らを優先させなきゃいけなくなるし」

魔剣士「大切な友達なんでしょ? お邪魔することはできないわよ」

魔女「あなたたちって本当に甘ちゃんなのね?」

魔女「魔女はこの町で忌まれる存在よ? あの子の家に行ったら、あの子が氏んじゃったことの責任を取らされちゃうもの」

魔剣士「どうしてよ。だって魔女は悪くないわ、全て魔物が原因なのに」

魔女「正しさが人の心に届くとは限らないのよ? 歪んでしまった心はね、同じように歪んでいるものしか入らないの」

勇者「だとしても、いつかは届くことを信じて前を向くしかないんじゃないかな」

魔女「わたしはそんなに気が長くないの。気持ちが届く前に、この町のことを大っ嫌いになっちゃうでしょうね?」

魔女「…………でもいいの。あの子に伝えなきゃいけないことは、もう伝えてきたから」

勇者「そっか。なら良かったよ」

魔剣士「それじゃあお別れの挨拶だけしちゃいましょうか」

92: 2014/11/24(月) 12:32:12.83 ID:doqYFDeG0
魔女「ふふ? あなたたちってとんだ自信家なのね?」

魔剣士「どういうことよ?」

魔女「ここにひとりぼっちの魔女がいるのよ? 仲間になろうと手を差し伸べて、ついてこいと引きずっていくのは簡単じゃなくて?」

勇者「僕がすごく悪逆非道な存在にされてる……」

魔剣士「冗談を真に受けてどうするのよ?」

勇者「……わかってるよ、それくらい」

勇者「それより魔女さんこそわかってる? 勇者は魔王を倒して無事に帰ったことがないんだよ?」

魔女「そうなのよね? わたしもまだ氏にたくはないし、いざとなったら逃げちゃおうかしら?」

魔剣士「処刑されるとわかっていて牢屋に戻った人の言葉じゃないわね」

魔女「細かいことはおいおい話し合いましょ? それで勇者くん、どうかなあ?」

勇者「仲間になってくれたら心強いけど……いいの?」

魔女「そんなこと言っておいて、わたしが仲間だって言ったのは勇者くんなのよ? それとも撤回する?」

勇者「――――よろしく魔女さん。魔王討伐の旅へようこそ」

93: 2014/11/24(月) 12:33:00.28 ID:doqYFDeG0
魔女(川に流したあの子への手紙は、きちんと星の海まで届いてくれるかしら)

魔女(ふふ、届くと思うのよね。どうしてだろ。わたしって理想主義者じゃないのになあ)

魔女(……トモ。やっぱりわたし、あの町には居場所がないみたい)

魔女(だから、居場所を見つけるために町を出てみようと思うの)

魔女「わたしだけの星の海を探しに、ね」

魔剣士「ねえ勇者、魔女が急に可愛らしいこと言い出したわよ?」

勇者「そういう年頃なんじゃないかな?」

魔女「もう、勇者くんも魔剣士ちゃんもひどいなあ? 二人の初恋が実らないよう、呪いをかけちゃうんだからね?」

100: 2014/11/24(月) 21:46:14.40 ID:doqYFDeG0

――――言葉責め(物理)

魔剣士「魔女って普段の戦闘はどうするの?」

魔女「あら、戦うか戦わないかを選んでいいのね?」

魔剣士「違うわよ、ちゃんと戦って。……そうじゃなくて、魔法はあまり使えないのよね?」

魔女「そうねえ。気にせず魔法を使うと、三回くらいしか詠唱できないのよ? われながら不便なことね?」

勇者「魔力を込めすぎなければ大丈夫じゃないかな」

魔女「それができたら苦労しないのよ? わたしってば魔力の制御がとーっても苦手なのよねえ」

魔剣士「魔法を使うのがとーっても苦手なのはわかってるのよ。じゃなくて、普段はどうやって戦うのか教えてほしいの」

勇者「うーん、杖で殴るとか?」

魔女「任せて? わたしね、トゲネコと互角の勝負ができる女なのよ?」

勇者「……殴るのはダメそうだね。反撃で負けちゃいそう」

魔女「ふふ、でも殴るなんて野蛮なことは好きじゃないな? わたしは自分に見合った戦い方をするのよ?」

魔剣士「どんなよ」

魔女「あそこにカミカミカマキリがいるでしょ? 試しにあの子たちを攻撃してあげる」

101: 2014/11/24(月) 21:47:12.98 ID:doqYFDeG0

魔剣士「構わないけど、けっこう強いわよカミカミカミャキリ」

魔剣士「っ///」

魔女「たぶん大丈夫、かわいらしいものカミカミカミャキリ」

勇者「あまり近づきたくはないけどね、カミカミカミャキリ」

魔剣士「ゆ、勇者まであたしのことバカにしてっ」

魔女「……その貧弱な手足など折れてしまえばいいのよ」ボッ

カミカミカマキリA「ィーッ」グサッ

魔女「……気持ち悪い顔。近寄りたくもない」ボッ

カミカミカマキリB「ャンッ」グサッ

魔女「……だいたい名前が言いにくいの、このカミカミカミャキリ」ボッ

カミカミカミャキリC「ェーン」グサッ

魔女「こんなものかしらねー。どうどう? 勇者くん、魔剣士ちゃん。わたしの言霊ってこういうことができるの」

勇者「傍目に見ていても、何がどう攻撃に繋がったのかがよくわからないよ」

魔剣士「そうね、どうして倒れたの? ……カミカミカマキリっ! は」


102: 2014/11/24(月) 21:48:15.37 ID:doqYFDeG0

魔剣士(ほら、ちゃんと言えたでしょ? 誉めてもいいわよ勇者?)

勇者(また噛むまでそっとしておこう)

勇者「魔法の一種ってことでいいのかな」

魔女「魔法ではないの。わたしの母がまじない師だってことは聞いた?」

魔剣士「…………ええ」グスン

魔女「母の血を引くわたしはね、罵倒や侮蔑を言霊にして、それを魔法みたいに使うことに成功したのよ? ふふっ、わたしってば凄いなあ」

勇者「本当に凄いんだけど、魔女さんの言い方じゃ凄さが薄れるよ」

魔女「あら、誉めてくれていいのに。わたしって誉められると成長する子なのよ?」

勇者(成長、って言いながら背中を反らせて大きな胸を主張させるのはわざとなのかな)

魔剣士(むむっ)

魔剣士「ゆ、勇者。あたしも誉められると伸びる子よ?」

勇者「張り合うのはいいけど、どっちのことも誉めないからね」

魔女「あら残念ね?」


103: 2014/11/24(月) 21:49:34.68 ID:doqYFDeG0

勇者「話を戻すけど、その言霊って威力は調整できるの?」

魔女「もちろん。例えば、そうね……」

人喰鳩「クルック?」

魔女「……あなたのような間抜けな顔した小動物が人間を餌にしようなど一〇〇年早いのよ、家畜の餌にもならないし、今すぐ地に落ちて灰になってしまえばいいのに」ボボッ

人喰鳩「!?」グサグサッ

魔女「どう? 言葉を長くして、思いを込めるだけで言霊の威力は増すの。だから余裕があったら強い言霊で攻撃しようかな」

魔剣士「言霊なら魔力はそんなに使わないの?」

魔女「ええ。具体的には試したことないけど、たぶん三桁ならいけるかなあ?」

勇者「そっか。なら頼りにしてるよ」

勇者「……あまり近くで聞きたくはないけど」

魔女「うーん、反応悪いのね。やっぱり魔剣士ちゃんのカミカミカミャキリに持ってかれちゃったかなあ?」

魔剣士「それはもう忘れなさいよっ」

104: 2014/11/24(月) 21:50:39.11 ID:doqYFDeG0

――――閑話5

魔女「魔っ剣っ士ちゃーん?」

魔剣士「何よ猫なで声出して。あたしに何か用事?」

魔女「わたしってずっと気になってたんだけどね? 魔剣士ちゃんって勇者くんと恋人みたいな関係なの?」

魔剣士「そ、そんなわけないじゃないっ」

魔女「へえ? ならお互いに片思い中なのね?」

魔剣士「そういうんでもないの!」

魔女「ふーん、否定するのね? なら今度は勇者くんに聞こうかしら?」

魔剣士「や、やめてっ」

魔女「あらどうして?」

魔剣士「そんな気ないって言われたら立ち直れないし……そうだよなんて言われちゃったら、勇者の顔を見れなくなっちゃう……」

魔剣士「ううん、それならまだいいわっ。もしかしたら、恥ずかしくて勇者と一緒に旅することさえできなくなるかも……」

魔女「魔剣士ちゃんってかわいいのね? ふふ、からかいたくなっちゃうな?」

魔剣士「あたしからかわれるのは苦手なの……絶対にやめてくれる?」

魔女「なら代わりに、勇者くんとのことを色々と教えてくれる?」

105: 2014/11/24(月) 21:52:39.69 ID:doqYFDeG0

    ◇町中

町人「ここいらの魔物は元々虫だったのが多いんだよ。よっぽど大きいやつでも出なきゃ、魔物で困ることはないんじゃねえかな」

勇者「そうですか。ありがとうございます」

町人「いいってことよ。勇者様に情報を渡すのも平民の義務さ。……にしても、あんたちっとも勇者らしくねえのな」

勇者「そうですか?」

町人「俺みてえな口の悪い町人にも腰が低いしな。もっと偉ぶって町中の女をかっさらったりしねえのかい?」

勇者「国外追放されかねないですね、それ」

町人「はははっ、んな謙虚なこと言っておいて、仲間はみんな美人な女を揃えてんだろ?」

勇者「…………はは、まさか」

町人「ん? どうしたい勇者様、顔色が優れねえぜ」

勇者(次は男の人を仲間に加えよう)

106: 2014/11/24(月) 21:53:58.13 ID:doqYFDeG0

    ◇宿

勇者(この町は平和みたいだし、明日はすぐ出発できるかな)

勇者(それまではしっかり休んでおかないと)

勇者「…………ん?」

  魔女「まずねー、魔剣士ちゃんは宿でくらい剣を手放さないとね?」

  魔剣士「ふむふむ」

  魔女「あとはそうね、もうちょっとだらけた服装にしましょ?」

  魔剣士「えー? それは幻滅されそうじゃない?」

  魔女「そうじゃないの、自分の前でだけ油断した姿を見せてくれるのが胸にぐっとくるのよ?」

  魔女「だからほら、そんなにかっちりした服は脱ぎましょ? せめて肩を出したり、ひらひらしてて女性的な服で誘惑するの」

  魔剣士「でもあたし、そういうの家にしかないわ」

  魔女「ダメよ魔剣士ちゃん? 女の子なんだから、いつだって勝負できるようにしとかなきゃ」

  魔剣士「そう……そうよね! 明日市場に買いに行くわ!」

107: 2014/11/24(月) 21:55:08.71 ID:doqYFDeG0

  魔女「なら今夜はわたしの服を貸しましょうか?」

  魔剣士「……わざと言ってるのよね? 魔女の服があたしの体に合うわけないじゃない」

  魔女「だぼっとするでしょうけど、普段との違いは男性を意識させると思うのよ?」

  魔剣士「…………借りるわ。ありがと」

  魔女「どういたしまして?」



勇者「聞かなかったことにしよう」

勇者(でも魔剣士が扇情的な格好をするのはイヤだな)

勇者(後でそこだけは口を出そう)

勇者「というか、魔女さんはわかってるなら露出の少ない服を着てほしいんだけど」

108: 2014/11/24(月) 21:56:11.65 ID:doqYFDeG0

――――不氏の落日

魔剣士「氏体が盗まれる?」

勇者「そうみたい。王族の墓荒らしなら金品が目当てだろうけど、小さな村の墓を荒らすなら何が目的だろうね」

魔剣士「そうねー……」

魔女「まじない師の娘としては骨が思い浮かぶかなあ?」

魔剣士「どうして骨?」

魔女「雰囲気作りの小道具としても使えるでしょ? それに、氏体の中で一番長く保存できるのは骨だもの」

魔女「骨は魔術的にそれなりの価値があるのよ? だいたいは動物の骨を使うけどね?」

勇者「でもそれなら、古い氏体を優先して狙うんじゃないかな。最近埋められた氏体ほど盗まれるそうだよ」


109: 2014/11/24(月) 21:57:19.19 ID:doqYFDeG0

魔剣士「考えてるだけじゃわからないわね。勇者はどうしたいの?」

勇者「大切な人の氏体を盗まれたんじゃ、遺族が浮かばれないよ。よっぽどの理由がなきゃ何とかしたいね」

魔女「ふふ、勇者くんってば正義漢だものね? ならわたしも協力しましょうか」

魔剣士「それじゃ決まりね。……でも氏体を盗んだ人はどうやって探すの?」

魔女「墓荒らしは頻繁に行われるのかしら?」

勇者「月に一度あるかどうかだって。小さな村だし、最近は人が氏んでないから、しばらくは鳴りを潜めてるってさ」

魔女「うーん、ずっとお墓で待っているわけにはいかないものね。一ヶ月も待っていたら魔王が拗ねちゃうし?」

勇者「そうだね。だから待たずにこっちから行こうと思う」

勇者「この村の西にある森は、手つかずで道さえ作っていないらしいよ」

勇者「魔物が群生しているみたいでね。誰かが潜んでいるならそこが怪しいみたい」

勇者「そこまで広い森じゃないようだから、二日あれば一通り探索できるそうだよ」

魔剣士「了解。それじゃ準備をしましょうか」

110: 2014/11/24(月) 21:58:20.03 ID:doqYFDeG0

    ◇森

岩石グモ「シャーッ」

魔剣士「でか……何このクモ」

魔女「気持ち悪い……もう帰っちゃダメかしら」

勇者「この大きさの魔物がうじゃうじゃいるようだと、探索はちょっと危険かな……」

魔剣士「ああもう、鳥肌が立つ! 早く倒しちゃいましょうよっ」

勇者「そうだね。魔女さんは戦えそう?」

魔女「それくらいはね? あまり見たくはないから、早く倒してくれると助かっちゃうな?」

勇者「頑張ってみるよ。それじゃあ行こうか!」

………
……


?「あれは……」

?「ああっ! やっと帰ってきてくれたんですね!」

111: 2014/11/24(月) 21:59:42.67 ID:doqYFDeG0

勇者「僕は今後、クモを見つけたらすぐに逃げようと思う」

魔剣士「そうね。もうこりごりだわ」

魔女「わたし帰ってもいい?」

勇者「すごく困る。あのクモ、むやみやたらに仲間を呼ぶみたいだし。魔剣士と二人じゃもっとてこずると思う」

魔剣士「そんなに強くないのが幸いよね……でも集団で襲ってこられると本気で気持ち悪いわ」

魔女「口から吐く糸も問題よ? 臭いしべたつくし服の色が落ちるし……氏ねばいいのに」ボッ

勇者「ちょっと魔女さん、言霊できてる」

魔女「あらごめんなさいね?」

魔剣士「はあ……でも文句ばかり並べてられないわよね」

魔剣士「幸い、向こうから近づいてくれたみたいだし」

魔女「あらあら?」

魔剣士「出てきなさいよ。木陰に隠れてるのはわかってるんだから」

?「…………」

勇者(年の頃は僕らと同じくらいか。でも様子がおかしい……なんだ?)

112: 2014/11/24(月) 22:00:59.12 ID:doqYFDeG0

?「ゆ――――」

魔女「ゆ?」

?「――――勇者さまっ!」ダキッ

勇者「うわっ」

?「ぐすっ、ひっく。勇者さま、ずっとお待ちしてました……っ」

勇者(あれ? この子……)

勇者「ちょっと待って。僕は君のこと知らないよ」

勇者「……魔剣士! 本当だから! その疑いの目は止めてよ!」

魔剣士「何よユウってば。あんな簡単に抱きつかれちゃって。魔物だったらどうするわけ。だいたいあれくらい避けられるじゃない」

魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと落ち着いて? 村に戻ってからこってりとお説教すればいいじゃない?」

勇者「僕の氏期が早まってる……ねえ君、僕をよく見てごらんよ。君の知っている人じゃないはずだから」

?「何を言うんです? 勇者さまは勇者さま……」

?「…………」

?「あなた誰ですっ?」バッ

勇者「やっと離れてくれた……だから人違いだって言ったじゃないか」

113: 2014/11/24(月) 22:02:08.68 ID:doqYFDeG0

?「ご、ごめんなさい。勇者さまだと思って、つい」

魔剣士(……? 勇者で合ってるけど、何かおかしいわね)

勇者「いや、勘違いしちゃったのはいいんだ。……ところで君、その体はどうしたの?」

魔女「あら、何かあったの?」

勇者「体が腐ってる。手と首が黒や焦げ茶に変色してるし、重度の壊疽(えそ)だと思う」

勇者「服で隠れてる部分もひどいはずだよ。氏んでいてもおかしくない」

?「はは……そうですね。でもボクは大丈夫なんです」

?「不氏化の魔法を使っちゃったので」

魔女「不氏化、ね? 伝承でしか聞かないような魔法、使えるとは驚いちゃうな?」

114: 2014/11/24(月) 22:03:17.70 ID:doqYFDeG0

魔剣士「……そんな魔法を使ったの?」

魔剣士「あなたのその服、教会に仕える修道女のものでしょ?」

修道女「はい。あ、でもでも、ただの修道女じゃありませんよ? ボクは勇者さまと一緒に旅して、魔王を倒したんですからっ」

勇者「!」

魔剣士「? それってどういう……」

魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと」コソッ

魔剣士「何よ」コソッ

魔女「勇者くんはきづいたようだけど……あの子の言ってることはたぶん本当よ?」

魔剣士「だからどういうことなのよ」

魔女「……勇者くんの先代、七代目の勇者さんは、修道女さんと二人きりで旅をしていたそうよ?」

魔女「だから」

勇者「……君が有名な、勇者と一緒に旅をした修道女なんだね?」

修道女「有名だなんてやですよー。有名なのは勇者さまで、ボクはそんなに凄い人じゃないんですから」

勇者「なるほどね、よくわかった。ところで、もうちょっとお話を聞きたいんだけど、いいかな?」

修道女「いいですよー。勇者さまが戻るのを待つ間は暇ですからね」

115: 2014/11/24(月) 22:12:30.23 ID:doqYFDeG0

勇者「ありがとう。君の家って森の中にあるの?」

修道女「家、はないですよ。ちょっと開かれた場所があるので、ボクはそこで寝泊まりしているんです」

魔女「……氏体がなくなった理由、これでわかっちゃったみたいね」

魔剣士「どういうことよ?」

魔女「不氏化したら、人間の氏体しか食べられなくなるのよ? 白骨化しちゃっていたら食べられないもの、手を出さないはずよね?」



修道女「ごめんなさい!」

修道女「氏体を盗んでいる時や食べている時の記憶はいつもなくて、食事が終わってから気づくんですけど……」

修道女「近くの村からだろうとはわかってたんです。前まではこんなことなかったのに」

勇者「これまではどうしていたの?」

修道女「その……すぐお腹がすくわけじゃないので、森で迷って氏んだ人がいたら食べていました」

修道女「半年に一人くらいしかいませんけどね」

魔剣士「あー、ちょっと待って。聞きたくない、想像しちゃう」

勇者「……ごめん、興味本位でひどいことを質問してた」

修道女「いえ、いいんですよ。人を頃してるんじゃないかって疑われてもおかしくありませんし」

修道女「氏体を盗んじゃったこと、謝りたいとは思っていたんです。でもこんな体で村に行ったら、悪霊として殺されちゃいそうです……」

勇者「それなら君に悪気はなかったんだね?」

修道女「信じてもらえるなら、ですけど……」

魔剣士「骨はまだ残っているの? あたしたちが返してきてもいいけど」

修道女「ありますよ。残っていた順にまとめてあるんですけど、身元がわかるでしょうか……」

魔剣士「どうかしらね。そこは村に戻ってみないとわからないわ」

116: 2014/11/24(月) 22:13:49.71 ID:doqYFDeG0

魔女「…………ねえ修道女ちゃん?」

修道女「なんですか?」

魔女「勇者さまを待ってる、のよね?」

修道女「はい。勇者さま、魔王を倒した後にいなくなって……ここ、二人の思い出の場所なんです。帰ってくるの、ずっと待ってるんですけどね」

魔剣士「いつ、から?」

修道女「えーと……? 不氏化したのが、魔王を倒してから一年ちょっとなんです。そろそろ何年になりましたかね」

魔剣士(七代目勇者が亡くなったのは、もう一〇〇年近く前なのに……)

魔剣士「あの……」

魔女「魔剣士ちゃん。やめときましょ」

魔剣士「でも……」

魔女「正しさが人を救うとは限らないのよ。それに……いくら不氏化したって、体はもう限界のはずだもの」

魔女「絶望より、落胆の中で終わる方がいいとわたしは思う。魔剣士ちゃんはどう?」

魔剣士「……あたしも、そう思うわ」

117: 2014/11/24(月) 22:15:21.07 ID:doqYFDeG0

修道女「ごめんなさい。ボクのせいでご迷惑をかけて」

勇者「気にしないで。僕たちが勝手にやっていることだから」

勇者「それじゃ、また骨を取りに来るよ」

修道女「はい、お待ちして――」

魔女「風魔<ヒューイ>!」

修道女(岩石グモ! こんな近くに……っ)

魔剣士「はあっ!」

勇者「修道女さん、下がって!」

魔剣士「勇……ユウ、まずいかも。数が多すぎるわ」

勇者「弱音を言ってもしょうがないよ。とりあえず、修道女さんを背にかばうように戦おう」

魔女「…………あの、凄く言いにくいことがあるのよ?」

勇者「うん、予想はついてるけど聞くよ。何?」

魔女「わたし、あと一回くらいしか魔法使えない、かなあ?」

勇者「魔女さんは修道女さんの近くで言霊をよろしく。僕と魔剣士で何とかする」

118: 2014/11/24(月) 22:17:28.85 ID:doqYFDeG0

魔剣士「ここに来る途中も魔法使ったんだし、三回目は温存してるといいわ」

魔剣士「まあ? あたしとユウで全部倒しちゃうかもしれないけど、ねっ!」

修道女(岩石グモくらい、前なら自力で追い払えたのに)

修道女(どうしよう、ボクはどんどん弱くなってる。こんなんじゃ勇者さまが戻ってこないのも当たり前ですよね)

修道女「勇者さま……ボクに力を貸してください」

魔女「……自分の足につまずいて転べばいいのに」ボッ

岩石グモD「…………」チクッ

魔女「言霊だけじゃ足りないなあ、やっぱり。困った虫だこと」

魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ

魔剣士(体は岩石って言うほど堅くないのが幸いね。体重を乗せれば両断もできる)

魔剣士(でもやっぱり数が多い! クモが仲間を呼ばなくなったら、魔女の魔法で一網打尽って感じがいいわよね)

魔剣士「ふん、いいじゃないやってあげるわ! あたしとユウで片っ端から切り捨てるんだから!」

勇者「勇ましくて頼りになるね」

勇者「僕も負けてられない、な!」シュッ

勇者(一息で断ち切るのは無理、かな。すぐに追撃をして倒していくしかないか)

119: 2014/11/24(月) 22:18:46.37 ID:doqYFDeG0

修道女(懐かしい……前に出る勇者さまを、後ろから援護して……ボクもこうやって勇者さまと戦ってたんですよね)

修道女(あれは何年前のことでしたっけ。わからないです。しばらく戦いから身を置いていましたし)

修道女(でも、ここ『数日』で魔物が急に増え始めて……)

修道女(? おかしいですよ。魔王は倒したのに、どうして魔物がいるんですか?)

修道女「魔物が出るのは魔王が現れたから? でも魔王は勇者さまが……ボクが見てる前で倒したのに」

修道女「あれ? その後ボクはどうしたっけ?」

魔女(記憶の混乱、かしら? 良くない状況よねえ)

魔女「そろそろ魔法を使おうと思うの! 前に出過ぎないでね?」

魔剣士「待って、まだ森の奥から現れてる! もっと引きつけないと!」

魔女「もう……っ。クモなんて嫌いっ」

勇者「風魔<ヒューイ>!」

勇者「僕の魔力もそろそろなくなる……魔剣士、これ以上クモの相手はできない!」

勇者「魔女さん、村の方向に魔法を使って! 強引に突破しよう!」

魔女「ええ、ならちょっと待っててくれる?」

魔剣士「最後尾にはあたしが立つわ」

勇者「いや、魔剣士は修道女さんと一緒にいて。魔法を使える僕の方が融通もきくだろうから」

魔女「氷魔<シャーリ>っ」

120: 2014/11/24(月) 22:19:47.25 ID:doqYFDeG0

魔剣士「修道女さん、こっち!」

修道女「……待ってください! 上っ!」

勇者「上……!?」

勇者(こいつ、木の上から飛んできて……)

勇者「くそっ、風魔<ヒュー」

魔剣士「勇者っ!」

ブォン

修道女「――――え?」

岩石グモU「シャッ?」

勇者(女神の加護……僕を守るために出てきた?)

勇者「っ、らあ!」ブン

岩石グモU「ッッ」ズバッ

修道女「…………」

魔剣士「逃げるわよ! 早くっ」

121: 2014/11/24(月) 22:21:08.80 ID:doqYFDeG0

    ◇森 出口

魔剣士「ここまで来れば大丈夫、よね」ハァ

魔女「数で襲われると厄介よねえ? 勇者たちに襲われる魔物の気分はこんな感じかしら?」

魔剣士「その冗談、面白くないわよ?」

修道女「…………」フルフル

勇者「大丈夫? 走ったのが体に障った?」

修道女「いえ、大丈夫です。――――勇者さん、助けてくれてありがとうございました」

魔剣士「勇者さん……っ?」

修道女「女神の加護はボクも見たことあります。今の勇者はあなたなんですね」

修道女「なら、あの人はもうこの世界のどこにもいないんですね」

勇者「ごめん。僕たちは騙すつもりじゃ……」

修道女「いいんですよ。ボクのために嘘をついたんですよね?」

魔女「……修道女ちゃんはこの後どうするの? もう勇者さまを待たないなら、一緒に村まで行く?」

修道女「村の人にはご迷惑をおかけしました。ボクはここに残ろうと思います」

122: 2014/11/24(月) 22:22:04.92 ID:doqYFDeG0

魔剣士「でも、ここには魔物が多くいるわ。せめて安全なところに移動しましょうよ」

修道女「いいんです。……もう、いいんです」

修道女「はあ、勇者さまが迎えに来てくれないはずですよね。氏んじゃってるんですもん」

修道女「告白の返事、ずっと待ってたのになあ」

修道女「……それじゃあ勇者さんたち、ありがとうございました」

修道女「さようなら」

魔剣士(まだ岩石グモは集まっているはず、よね。止めたいけど……)

魔剣士(なんて声をかければいいのよ……っ)

123: 2014/11/24(月) 22:23:06.61 ID:doqYFDeG0

    ◇数時間後

勇者(岩石グモは人間のにおいに集まる習性があるらしい)

勇者(だから今回は、村人の遺骨を回収したらすぐに森を出るつもりだった。けど……)

魔剣士「勇者、これ……」

魔女「修道女ちゃんの着ていた服、ね」

勇者(服は無惨に破られてる。当たりに散らばった岩石グモの氏体の山と無関係じゃないだろうし。……その優しさは痛ましいよ)

勇者「二人とも、ごめん。この後、もう一回ここに来ようと思う」

魔剣士「修道女ちゃんのお墓?」

勇者「うん。せめてそれくらいの弔いは許されるはずだよ」

魔剣士「ええ、そうね」

勇者「……僕はもともと、魔王を倒しても自分はちゃんと生き残るつもりだった」

勇者「歴代の勇者に、生きて帰った人がいないとしても」

魔剣士「うん」

勇者「でもきっと、そう思うだけじゃ足りないんだろうね。修道女さんの待ってた勇者さまだって、氏ぬつもりはなかったはずだから」


124: 2014/11/24(月) 22:24:13.83 ID:doqYFDeG0

魔剣士「勇者は氏なせないわよ」

魔剣士「あたしがいる限り、絶対にそんなことさせない」

勇者「うん。ありがとう」

勇者「魔剣士を修道女さんみたいに待たせるわけにはいかないしね」

魔剣士「言っておくけど、あたしは待たないわよ」

魔剣士「勝手にいなくなったりしたら、追いかけてぶんなぐってやるんだから」

魔剣士「…………だから、あたしとずっと一緒にいて」

勇者「約束する。ずっと一緒にいるよ」


魔女(わたしがいるの忘れていちゃつかれると、凄く困るなあ)

魔女(……本当は知っていたのよね? 求める勇者さまが戻らないことを)

魔女(魔王を倒して一年、体に限界が来る前に不氏化したのは、そういうことでしょ?)

魔女(修道女ちゃん。あなたの願いは実らなかったけど)

魔女(あなたの思いは次の世代に伝わったと思うの)

魔女(だから、あなたの勇者さまと二人で安心して見ていて?)

魔女(勇者くんと魔剣士ちゃんなら、勇者の最後をきっと変えられる。根拠はちっともないけど、そう思うもの)

125: 2014/11/24(月) 22:25:01.03 ID:doqYFDeG0

魔女「…………あら?」

魔女(変ね。修道女ちゃんのしていた十字架の首飾り、服と一緒にあったはずだけど。いつの間にかなくなってる。見間違いだったかしら)

126: 2014/11/24(月) 22:26:04.05 ID:doqYFDeG0

――――超攻撃的パーティー

魔女「次の町も近いし、本気で相手してあげるっ。炎魔<フォーカ>!」

逆立ちぶーた「ぶひーっ!?」

魔剣士「こんがりを通り越して消し炭になってるわ」

勇者「恐ろしいね」

魔女「心外だなあ。魔物をざくざくと切り分けちゃう二人に言われるなんてね?」

魔剣士「あ、あたしはしょうがないじゃない? 血塗りの魔剣は血を求めているんだもの!」

勇者「僕は勇者だから魔物を倒すのは使命だよ」

魔女「二人ともひどいのね? わたしは皆の役に立とうと頑張ってるのに、そんな言い訳をするんだもの」

魔女「まるでわたしだけ戦いを楽しんでいるみたいじゃない?」

勇者「冗談はさておき、継戦能力は気がかりかな」

魔剣士「そうね。魔物の潜む洞窟なんかに入ったら、すぐに魔力が尽きちゃいそう」

127: 2014/11/24(月) 22:28:41.01 ID:doqYFDeG0

魔女「ここはやっぱり、聖職者についたかわいい女の子が必要かしらね?」

勇者「待ってよ。今どうして女の子に限定した?」

魔女「勇者くんはお年頃だし? そういうことに興味を持つだろうからってお姉さんの親心よ?」

魔剣士「ふーん……」

勇者「魔剣士って僕を信用してなさすぎるでしょ。悲しくなる」

魔女「ふふ、次はやっぱり従順な年下の子がいいなあ? 『勇者様、大丈夫ですか?』なんて駆け寄る子、勇者くんはお好き?」

勇者「魔女さんの裏声がどっから出してるんだって感じで驚いたよ」

魔女「批判がそういうとこだけなら、やっぱり仲間に加えるのは聖職者の子がいいのよね?」

勇者「欲を言えばそうだけど、自分たちの都合だけで仲間に引き入れようとは思わないよ」

魔剣士「一人で旅しようとしてた最初が嘘みたいね。勇者も成長したみたい」

勇者「まあ、現実は見たかな。僕一人にできることはとても少ないんだって」

魔女「それなら、勇者くんが頼りにできる仲間を探して、今日も次の町を目指しましょうね?」

勇者「……次は男の人がいいな。ダメかな?」

128: 2014/11/24(月) 22:31:15.35 ID:doqYFDeG0
今日はここまで。

>>95,96,99

ありがとうございます
最後まで一通り書いてあるので、レスごとに分けたり修正が終わった順に書き込んでいます

131: 2014/11/25(火) 23:04:29.81 ID:Omxn1hu50

――――孤児院の卒業

魔女「まずいかしら? 天気が崩れてきちゃった」

勇者「雨の日の野宿は……ちょっと勘弁だな」

魔剣士「ちょっと勇者、イヤなこと思い出させないで」

魔女「あら? 何かあったの?」

勇者「夜は冷えるのに、焚き火ができないから見張っている時間が寒いんだよ」

魔剣士「木の下にいても雨に濡れちゃうから、やる気がそがれるのよねー」

勇者「それでこりたから熱と光を放つ魔石は買ったけど、雨の中じゃ気休めにしかならないし」

魔女「ふーん? わたしも化粧崩れちゃうし、雨はイヤかなあ?」

勇者「あれ、魔女さん化粧してたっけ?」

魔女「知らなかった? ほら、近くで見てみて? 目元がわかりやすいと思うの」

魔剣士(むむっ)

魔剣士「勇者! あたしだって化粧してるんだから!」

勇者「魔剣士が化粧してるのは知ってるよ」


132: 2014/11/25(火) 23:05:17.33 ID:Omxn1hu50

魔女「……魔剣士ちゃんの方が薄化粧なのに、どうして魔剣士ちゃんだけわかるの?」

勇者「小さい頃から見ていたから、だろうね」

魔女「勇者くんがそう言い訳するなら、そういうことにしておこうかしら?」

魔剣士「も、もうっ。そんなことはいいでしょ! それより雨をしのげそうな場所を探しましょうよっ」



勇者「これって畑だよね」

魔女「この付近に住んでいる人がいるみたいね?」

魔剣士「あ、見えたわ。あれじゃない?」

魔女「修道院ね? お願いすれば泊めてくれるかしら」

勇者「まずは行ってみようか。女神様の導きに感謝しながらね」

133: 2014/11/25(火) 23:06:12.06 ID:Omxn1hu50

    ◇修道院(孤児院)

勇者「ごめんください」

魔女「んー、いないのかしら?」

魔剣士「人の気配はあるわよ。いるはずだけど」

女?「…………高氷魔<エクス・シャーリ>」

勇者「!?」

男?「うおおぉ!」

魔剣士「魔女、下がって!」

女?「…………補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>」

男?「八拳打!」

勇者「っと、ほっ、はっ」イナシ

魔剣士「ちょ、ちょっと待って! どうして急に攻撃するのよ!」

女?「…………盗賊は敵。絶対に負けない」

魔女「何か勘違いされてるみたいね?」

134: 2014/11/25(火) 23:07:22.81 ID:Omxn1hu50

勇者「受け身とってよ? 投げ飛ばす、から!」ブンッ

男?「うお!?」

勇者「聞いてくれ! 僕たちはすぐここを出て行く。だから攻撃は止めてほしい」

男?「盗賊の言うことを誰が信じるか!」

魔女「勇者くんの言葉も届かないみたいね?」

勇者「仕方ないよ。二人ともごめん、やっぱり野宿みたいだ」

魔剣士「勇者が謝らないでよ。あなたは悪くないじゃない」

女?「…………まだ出て行かない。やっぱり、敵」

魔剣士「待って!? 出てく、出てくから!」

?「騒がしいな。何をしている、女術師、男闘士」

女術師「…………盗賊、追い払ってた」

男闘士「そうだぞ! そいつら、畑を見てからこの孤児院に狙いを定めたんだ!」

?「それでどうして盗賊だとわかる?」

女術師「…………だって、私の罠魔<トラトラ>にかかった」

男闘士「だからそいつらは盗賊だ! そうだろ司祭さん!」

135: 2014/11/25(火) 23:08:26.99 ID:Omxn1hu50

司祭「よくわかった。お前たち、頭を出せ」ゴツンゴツン

女術師「…………っ(泣)」

男闘士「いってえ!」

司祭「――――申し訳ありませんでした、勇者様。私はこの二人の保護者で、この孤児院の代表を務める司祭と言います」

司祭「罰は私が受けますから、二人は見逃してもらえませんか?」

勇者「いや、罰とかそういうのを下すつもりはないよ」

男闘士「そうだよ、司祭さんが頭を下げる必要ない! だいたい、そんな冴えない奴が勇者のわけないだろ!」

勇者「  」

術師「…………両脇に女を侍らせてる。不潔。女の敵」

勇者「  」

司祭「勇者様のつけているマントを見ろ。南の王家の紋章がついている」

男闘士「あんなの作り物に決まってる!」

司祭「まったく。……勇者様。申し訳ありませんが、二人に女神の加護を見せていただけませんか?」

司祭「身勝手なことばかり口にして、恐縮ですが」

136: 2014/11/25(火) 23:09:31.59 ID:Omxn1hu50

勇者「それくらいなら構わないよ。……だからその、あまり頭を下げないでくれないかな」

勇者「――――」ブォン

女術師「…………女神様の似姿」

男闘士「すっげえ! 本物の勇者様だ!」

女術師「…………勇者様、勇者様。いくつも町を救ったって聞いた」

男闘士「魔物をずばっと一撃なんだろ!? 俺もそんなカッコいい奴になりたいんだ!」

司祭「この大バカども」ゴツンゴツン

女術師「…………っ(涙)」

男闘士「いってえ! 何すんだよ司祭さん!」

司祭「お前たちは勇者様に何をした。それを考えて、まずすべき行動はなんだ?」

女術師・男闘士「…………ごめんなさい」

魔剣士「こうして見ると、二人ともまだまだ子供よね」

魔女「勇者くんや魔剣士ちゃんも、わたしからすればまだまだ子供よ?」

勇者「何はともあれ、わかってもらえて良かったよ」

勇者「……女の敵か。はあ」

137: 2014/11/25(火) 23:10:59.61 ID:Omxn1hu50

男闘士「おい、お前が変なこと言うから、勇者様が落ち込んでるぞ」

女術師「…………あう、あう」

女術師「…………ごめんなさい、勇者様。でも、勇者様みたいな英雄なら、妻が何人いてもいいと思う」

女術師「…………元気、出して?」

魔剣士「あたしは別に妻ってわけじゃ……だいたいまだ何も……いえ妻になってと言われたら悪い気はしないけど……」

魔女「魔剣士ちゃんってダメな子でかわいいのね。それにしても、ふふ? わたしにまで手を出すなんて、勇者くんは悪い子ねえ?」

勇者「僕、真剣に話に取り合わないとダメかな?」

司祭「やれやれ……勇者様、昼食はお済みですか? お詫びといっては粗末ですが、よろしければご馳走しますよ」

勇者「お言葉に甘えていいなら。……あと、できれば男闘士や女術師にするのと同じ自然な口調で話してもらえたら嬉しいんですけど」

司祭「…………失礼ではないでしょうか?」

魔剣士「気にしなくていいわよ。勇者ってば敬われるのが苦手なの」

魔女「ふふ、勇者くんって威厳がないものね?」

司祭「そういうことなら対等に話そう。敬う気持ちまでは捨てられないが」

勇者「ありがとう、わがままを聞いてくれて」

司祭「迷惑をかけたのはこちらだ、これくらいの配慮は惜しまない」

138: 2014/11/25(火) 23:12:04.10 ID:Omxn1hu50

    ◇食堂

魔女「ふーん? なら女術師ちゃんは、どんな魔法にも素質あるのね? 羨ましくなっちゃう」

魔剣士「将来を選べるっていいことよね。いっそ回復と攻撃、どっちの魔法も極めてみたら?」

女術師「…………でも、あの、私まだ簡単な魔法しか使えない」

魔女「高位の攻撃魔法を使っていたでしょう? ならもう一息ね?」

女術師「…………その一息が難しいって、魔術師のお姉ちゃんが言ってた」

魔剣士「あら、そのお姉ちゃんはどこにいるの?」

女術師「…………出稼ぎで北の大陸にいる。私の憧れ」


男闘士「勇者様って剣を使うんだよな!」

勇者「そうだよ」

男闘士「それなのに俺を素手であしらったんだ! すげえ! さすが勇者様だ!」

勇者「危なかったけどね。八拳打、だっけ? もうちょっと早かったらもらっていたよ」

男闘士「んー、でも女術師に補助魔法全部使ってもらってあれだからなあ。まだまだ勇者様には勝てないや」

139: 2014/11/25(火) 23:13:10.69 ID:Omxn1hu50

子供1「ゆーしゃさまー、あそぼ?」

子供2「おままごとやろう? あたしね、ゆうしゃさまのおよめさんやるー!」

子供1「えー? ゆーしゃさまはぼくとゆーしゃごっこするんだぞ!」

子供3「だめだよ、ゆうしゃさまはつかれてるんだから。ゆっくりしてもらおうよ」

司祭「…………」クス

魔女(あら。仏頂面の強面かと思ったら、笑うと優しい顔になるのね)

司祭「すまないな勇者。騒ぐなと言っておいたんだが」

勇者「構わないよ。みんなが喜んでくれるなら嬉しいし」

140: 2014/11/25(火) 23:14:04.21 ID:Omxn1hu50

勇者「……それと、一つ聞きたいことがあるんだけど」コソッ

司祭「なんだ?」

勇者「ここではちょっと。皆に聞かせていい内容かわからないから」

司祭「ふむ。なら倉庫として使っている懺悔室で頼む」

勇者「わかった。…………よーし皆、勇者はこれから司祭さんに旅の祝福を祈ってきてもらうよ」

勇者「魔剣士や魔女さんの遊び相手になってあげてね」

魔剣士「そうね、あたし寂しいなー、遊んでもらいたいなー」

魔女「あら、魔剣士ちゃんって寂しがり屋なのね?」

魔剣士「ちょっと、魔女?」

魔女「まあわかっていたけれどね?」

魔剣士「あなたとは後で、きちんと話し合う必要があるみたいね」

司祭「では勇者、こちらに」

141: 2014/11/25(火) 23:14:58.58 ID:Omxn1hu50

    ◇懺悔室

勇者「男闘士と女術師のことなんだけど」

司祭「二人が迷惑をかけた。いくら謝っても謝りきれないな」

勇者「それはいいよ。でも、あの二人があんなにピリピリしていたのって、盗賊が出るからなの?」

司祭「……孤児院の些事に勇者の手を煩わせるわけにもいかない。忘れてくれていい」

勇者「そういうわけにはいかないよ。食事の施しまで受けたんだから」

司祭「ちょっとした悩み事だ。話すのは構わないが、勇者が気をもまなくてもいい」

勇者「内容次第だと思ってる」

司祭「……今、孤児院は盗賊に、畑の野菜は魔物に狙われている」

勇者「穏やかじゃないね」

142: 2014/11/25(火) 23:16:26.99 ID:Omxn1hu50

司祭「幸い、魔物は人を狙っていないし、盗賊は私や男闘士、女術師であしらえるほど弱い。だが、二つ同時に対処できる人数がいない」

司祭「ここは孤児院で小さな子供が多いから、空けるわけにはいかない。そのせいで畑を荒らす魔物の対処が後手になっている。それだけだ」

勇者「なるほどね。畑か孤児院、どちらにも人数を割り振ろうとしたら、片方を守るのが一人になっちゃうか」

司祭「孤児院と畑は離れていないが、魔法で気づいてから向かっても、畑は少なからず荒らされてしまう。被害は最小限で済んでいるが」

勇者「盗賊の方は?」

司祭「そちらは単純に、孤児院をネグラとして欲しているようだ。街道からほどほどに距離が離れている、旅人を襲うのに都合がいいのだろう」

勇者「なるほどね」

司祭「すまないな、つまらない悩みを聞かせて」

勇者「そんなことはないよ。だから、魔剣士や魔女さんに話したら放っておかないと思うな」


143: 2014/11/25(火) 23:17:16.72 ID:Omxn1hu50

    ◇食堂

魔剣士「こらしめてやるわ」

魔女「悪い子にはおしおきしないとね?」

勇者「話が早くて何よりだよ」

司祭「協力してくれるのは助かるが……いいのか?」

魔剣士「のんびりした旅ではないけど、だからって人を見捨てながら進むのは違うと思うわよ」

魔女「勇者とは世界を救うものじゃなく、人を救うものだものね?」

勇者「流し目でこっち見ないでよ魔女さん。言ってる内容がこそばゆいし」

司祭「…………感謝する」

144: 2014/11/25(火) 23:18:11.91 ID:Omxn1hu50

子供2「? ゆうしゃさま、まだここにいるの?」

勇者「そうだね、もうちょっとだけ」

子供2「やたー。ならゆうしゃさま、おままごとしよ?」

子供4「わたしゆうしゃさまのおよめさんやるー!」

子供2「だめ! あたしがゆうしゃさまのおよめさんやるの!」

子供3「いっしょにおよめさんやったら? ゆうしゃさまだもん、それくらいのかいしょうはあるよ」

子供2「おー! あたまいい!」

子供4「やったね、ふたりでおよめさんだね!」

魔剣士「…………不潔」

魔女「…………女の敵」

勇者「魔剣士も魔女さんも、そういうのやめてよ……」

女術師「…………女癖悪い」

勇者「僕が何をしたんだよ」

司祭「勇者。失礼だが、その子たちはまだ小さい。婚姻はあと一〇年は待ってほしいんだが」

勇者「司祭さんまで言うのか! 本当に失礼だな!」


145: 2014/11/25(火) 23:19:30.40 ID:Omxn1hu50

司祭「冗談だ。……この子たちが楽しそうで、ついな」

勇者「…………孤児ってことは、両親はもう?」

司祭「ああ。魔王が現れる前から孤児院をやっているが、理由は様々だ」

司祭「親を失う理由は、天災や魔物ばかりではないからな」

勇者「これだけ笑えているんだ。辛いことがあっても、幸せには違いないよ」

司祭「そう言ってもらえるのはありがたい。私は間違っていなかったのだと思えるからな」

子供1「なんだよ、けっきょくおままごとかー! ゆーしゃさまとゆーしゃごっこしたかったのに!」

勇者「……はは、そう怒らないで。明日は勇者ごっこしよう。たくさん魔物を見てきたからね、魔物の真似は得意だよ?」

子供4「もー、あなたっ!」ダキッ

勇者「おっと」

子供2「あたしもーっ」ダキッ

勇者「よしきた」

子供4「きょうはいっしょにいちゃいちゃするんでしょー?」

子供2「あたし、ゆうしゃさまといっぱいちゅーするんだー」

勇者(本当にするんじゃないよね? 怖くて聞きたくないんだけど)

146: 2014/11/25(火) 23:20:23.95 ID:Omxn1hu50


女術師「…………」

勇者「っ」ビクッ

勇者「な、何かな?」

女術師「…………仲良くしてあげて?」

勇者(罵倒されるかと思った。根はいい子みたいだな)


魔剣士「勇者ってばもてもてね」

魔女「あら、嫉妬?」

魔剣士「そんなんじゃないわよ。嬉しいだけ」

魔女「ふーん、どうして?」

魔剣士「魔物を倒すために必要とされるんじゃなくて、笑顔になるために必要とされてるのよ。嬉しいに決まってるじゃない」

魔女「……いい女になりなさいね、魔剣士ちゃん?」

魔剣士「なるわよ、当たり前じゃない」

147: 2014/11/25(火) 23:21:16.54 ID:Omxn1hu50

女術師「…………勇者様の嫁になるために?」

魔剣士「っ」ケホッケホッ

魔剣士「な、何を言い出すのよ!」

魔女「まったく、面白い子なんだから。……女術師ちゃん、何かお話?」

女術師「…………うん。二人に協力してほしいの」


男闘士「司祭さん。勇者様に助けてもらうんだって?」

司祭「勇者たっての希望でな。私たちは孤児院を、勇者たちは畑を見張ってくれるらしい」

男闘士「俺、勇者様たちと一緒に畑を見てていいか? 稽古をつけてもらいたいんだ!」

司祭「……畑の近くで稽古していると、魔物が現れなくなりそうだな。後で相談しておく」

男闘士「やりぃ!」

148: 2014/11/25(火) 23:22:08.67 ID:Omxn1hu50

司祭「以前から思っていたが、男闘士はどうしてそんなに強さを求めている?」

男闘士「? そんなの決まってるだろ。司祭さんにも幸せになって欲しいからだよ」

司祭「私が?」

男闘士「司祭さんもいい年なんだしさ、そろそろ結婚とかしないとだろ」

司祭「一端の口をきくようになったな。だが人の心配をするのは三年早い」

男闘士「はいはい、一六になるまでは子供だーってね。でも、俺は早く大人になりたいんだよ」

司祭「……そうか」

司祭「いくつになっても思い知らされる。子供の成長とは早いものだな」

149: 2014/11/25(火) 23:23:02.09 ID:Omxn1hu50

    ◇夜 畑

魔剣士「雨上がりだし、魔物がいつ来てもいいように見張らなきゃね」

魔女「こんなにいい畑なんだものね? 魔物に散らかされちゃうのはもったいないかなあ」

勇者「ごめん、ちょっといい?」

魔剣士「なに?」

勇者「実はさ、これから男闘士を指導することになっちゃって」

魔女「あらそうなの?」

勇者「僕は孤児院にいるけど、何かあったらすぐに駆けつけるから、二人で見張っていてもらえるかな?」

魔剣士「考えることは一緒みたいね」

150: 2014/11/25(火) 23:23:54.41 ID:Omxn1hu50

勇者「何の話?」

魔剣士「女術師と男闘士のことよ。そういうことなら、あたしが男闘士を鍛えるわ」

魔剣士「あたしじゃ女術師の役に立てないし」

魔女「勇者くんは確かにこちら側よね。でもいいの? わたしと勇者くんを二人きりにして?」

魔剣士「そんなことで嫉妬しませんー! あたしは勇者のこと信じてるもの」

魔女「わたしを信じてないあたり、ひどい話よねえ?」

魔剣士「はいはい。それじゃ勇者、女術師のことは魔女から聞いてね」スタスタ

勇者「つまり、どういうこと?」

魔女「男闘士くんも女術師ちゃんも、強くなりたい思いは同じってことなのよ?」

151: 2014/11/25(火) 23:24:47.34 ID:Omxn1hu50

    ◇食堂

魔剣士「視線の動きがあからさま。てんでダメダメ」バシッ

男闘士「いたっ!」

魔剣士「どこを狙っているのか丸わかりよ。そんなんじゃ素人にしか通用しないわ」

男闘士「くそっ、もう一回!」

魔剣士「ええ、それくらいの負けん気はなくちゃね。あたしに勝てないようじゃ、勇者の相手なんて一億万年は早いわ!」

男闘士「一億万年って……魔剣士さん、子供みたい」

魔剣士「うるさいわね! さっさとかかってきなさいよ!」

152: 2014/11/25(火) 23:25:42.24 ID:Omxn1hu50

    ◇朝 食堂

魔女「そうすぐには出てきてくれないみたいね?」

勇者「焦っても仕方ないよ。地道に頑張ろう」

男闘士「あ、おはようございます勇者様」ボコボコ

勇者「うわあ!?」

魔女「あら、ぼろぼろにやられたことね? 魔剣士ちゃんって過激みたい」

魔剣士「失礼ね。ちょっと力を入れすぎただけよ」

勇者「だからって回復はしてあげなよ」

魔剣士「してたわよ。でも途中で魔力が尽きちゃったの」

153: 2014/11/25(火) 23:26:34.54 ID:Omxn1hu50

男闘士「うすっ! 回復してはボコられ、回復してはボコられを一晩中繰り返しました!」

勇者「そ、そう。とりあえず回復しよっか。回復<イエル>、回復<イエル>、回復<イエル>」

男闘士「いてて……」

魔女「ふあ~ぁ。さて、お昼までは寝ましょ? 午後は女術師ちゃんに頼まれているものね?」

男闘士「俺も寝るっス! 体、バキバキなんで!」

魔剣士「しっかり休んでおきなさいね。今晩も徹底的に鍛えてあげるわ」

男闘士「う、うすっ! ががが頑張るっす!」

勇者(魔剣士、何やったんだろ。声震えちゃってるよ)

154: 2014/11/25(火) 23:27:34.31 ID:Omxn1hu50

    ◇午後 女術師の部屋

女術師「…………魔女さん。女たらしさん。今日はよろしくお願いします」

魔女「ふふ、こちらこそね?」

女たらし「よろしく」

勇者「…………」ペリッ オンナタラシ

勇者「話はざっと聞いてる。魔法を完成させたいんだってね」

女術師「…………うん。私、司祭さんに頼らなくてもいいように、この魔法を使いこなしたい」

魔女「わたしは攻撃魔法しか使えないけど、理論はわかってるの。勇者くんもそうでしょ?」

勇者「魔法の構成だけは勉強してるよ。……結界魔法って簡単な代物じゃないよね」

女術師「…………わかってる」コクリ

女術師「…………でもやらなきゃいけない。男闘士も頑張ってるから」

女術師「…………魔女さん。勇者様。お願いします」

155: 2014/11/25(火) 23:29:42.95 ID:Omxn1hu50

………
……


魔女「うーん? 孤児院を覆えるくらいの結界を一人で作るなら、もうちょっと改良しないとダメそうね?」

女術師「…………そう。戦闘に使うくらいのなら、今でもできる、けど」

女術師「…………結界<グレース>」シャラン

勇者「おお、凄いね」コンコン

魔女「将来は有望ね? 勇者くん、この子を仲間に勧誘したら?」

勇者「何を言ってるのさ」

女術師「…………何のお話?」

魔女「魔王を倒すための仲間になってほしいな、って思ったのよ?」

女術師「…………ごめんなさい。嬉しいけど、私は孤児院を守るの」

勇者「気にしないで。君の気持ちは立派なものなんだから」

勇者「孤児院を守るのも、世界を守るのも、きっと違いはほとんどないんだよ」

156: 2014/11/25(火) 23:30:42.77 ID:Omxn1hu50

女術師「…………口説かれてる。やっぱり勇者様のこと警戒する」

魔女「本当にね? 隅に置けない勇者くん?」

勇者「そういうんじゃないのに……」

女術師「…………ん、ごめんなさい。勇者様、優しいから嬉しくて」

勇者「大丈夫だよ、それくらいわかってる」

魔女「でも立派よね? 司祭くんと、男闘士くんと、三人でここを守りたいなんて」

女術師「…………ちょっと違う。私と男闘士は、司祭さんに頼らなくても守れるようになる」

女術師「…………司祭さんには、幸せになってもらいたいから」

    ◇女術師の部屋 外

司祭「やれやれ」

司祭(男闘士と同じことを言っているな)

司祭(私の幸せ、か)

司祭(身よりのない子供たちを育てあげるのは幸せだったが)

司祭(寂しそうに見えていたなら、私もまだまだ未熟なようだ)

157: 2014/11/25(火) 23:31:52.63 ID:Omxn1hu50

    ◇三日後夜 畑

勇者「魔女さん。ようやく現れたよ」

草食ウルフA~G「グルル……」

魔女「結構な数だこと。お相手は大変かもね?」

勇者「基本的には僕が相手をして、魔女さんは言霊で威嚇、逃げようとしたら氷魔法で追撃、ってとこかな」

魔女「そうね? 畑に影響あったらまずいし、他の魔法は控えておこうかしら?」

勇者「判断は任せる。行くよ!」

………
……


勇者「いい加減、終われっ!」ズバッ

草食ウルフI「キャイン」ドサッ

勇者「はあ、はあ……仲間を呼ぶとか、ほんと、勘弁してほしいよ」

魔女「増えなければあと五体、ね。勇者くん、まだいけそう?」

勇者「いける。けど、そろそろしんどい。何とかまとめるから、魔女さんの魔法で一掃できないかな」

魔女「あら、勇者くんは誰に言ってるの? この魔女は、魔法の威力なら女術師ちゃんにも負けないのよ?」

158: 2014/11/25(火) 23:33:44.07 ID:Omxn1hu50

勇者「……だったね。なら見せてもらおうか、魔女さんの力をさ」

草食ウルフG、J~M「ウゥゥ……ッ」

勇者(円を描くように、狼たちの周囲を動き回る)

勇者「はっ!」

草食ウルフK「ガゥッ」

勇者(攻撃をさせないためにも、止まるわけにはいかない)

勇者「よーく狙いを定めなよ。出てきたら切り裂いてやるからな!」

草食ウルフG「ワンッ」

勇者「出てくる、なっ!」ブンッ

草食ウルフG「ワフンッ」

草食ウルフM「ウ、ウゥッ」ジリジリ

勇者「逃げるな! 氷魔<シャーリ>!」

魔女「勇者くん!」

勇者「!」バッ

159: 2014/11/25(火) 23:35:15.25 ID:Omxn1hu50

魔女「凍えなさい、高氷魔<エクス・シャーリ>!」

草食ウルフL「キャ、キャウン」

魔女「一匹外しちゃった! 勇者くん!?」

勇者(孤児院の方に……行かせるか!)

チャキッ

魔剣士「行かせないわ。ここから先はあたしの持ち場なの」

草食ウルフL「ガウッ!」

魔剣士「…………一の剣、左目穿ち」

草食ウルフL「ガフ……」ドサッ

魔女(魔物とすれ違いざま、左側から一突き、ね。ちょっと先を越されたかしら)


160: 2014/11/25(火) 23:36:28.74 ID:Omxn1hu50

勇者「ごめん魔剣士、助かった」

魔剣士「別にいいわよ。最初は三人で戦うつもりだったんだし」

魔剣士「それで? あたしに手を出さないようお願いしたくらいだもの、ちょっとは手応えをつかめたの?」

勇者「完璧ではないけど、魔法と剣の切り替え方はマシになってきたと思う」

勇者「魔剣士はどうなの? 騎士団の剣技、さっき使ってみせてたけど」

魔剣士「もう少し練習が必要ね。待ちかまえなきゃ使えないんじゃ実践向きじゃないし」

魔女「もう、二人とも? わたしを一人にしていつまで喋っているの?」

魔剣士「いいじゃない、ちょっとくらい。魔女は魔力を抑える練習してたのよね? 上手くいった?」

魔女「ぜんぜんダメってとこね? 魔法三回で魔力を使い切っちゃうのは変わらないの」

勇者「前途多難だね、三人ともさ」

161: 2014/11/25(火) 23:37:13.64 ID:Omxn1hu50

    ◇司祭の部屋

司祭(強い。が、まだまだ穴がある)

司祭(攻撃役が回復まで兼任しているのだから、それも仕方ないが)

司祭「せめてもう一人は仲間が必要だろうな」

司祭「…………もう一人、か」

シャラン

司祭(? 急に目の前が……これは、結界魔法か)

司祭「何だ? 何が起きている?」

162: 2014/11/25(火) 23:37:50.64 ID:Omxn1hu50

    ◇孤児院 外

魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」

魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」

勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」

勇者「この様子じゃ、二人はもう戦っているんでしょ?」

163: 2014/11/25(火) 23:40:24.24 ID:Omxn1hu50
>>162修正


    ◇孤児院 外

魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」

魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」

勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」

勇者「間の悪い盗賊たちと、二人は戦ってるはずだしね」

164: 2014/11/25(火) 23:41:51.76 ID:Omxn1hu50

    ◆反対側

盗賊首領「ちっ。魔物の相手で手薄になったかと思ったが、とんだ誤算だったな」

盗賊A「結界。乗り込めない」

盗賊B「油断して戻ってきたとこをグサァ作戦、失敗さね」

女術師「…………」

男闘士「逃がすと思うなよ。背中を向けたら、俺の拳をたたき込んでやる」

盗賊B「で、どうします頭?」

首領「厄介なガキ二人だが、五人がかりでなら負けはしねえだろ。畑にいる奴らが来る前に終わらせるぞ」

盗賊C「へへっ、女の方はさらっていいっすよね?」

盗賊D「またかよ。この好き者め」

男闘士「てめえら……っ」

女術師「…………相手に乗せられないで。負けちゃったら困る」

男闘士「ふん、わかってるよ」

165: 2014/11/25(火) 23:42:55.27 ID:Omxn1hu50

男闘士「……わかってるけどなあ。許せねえことはあるんだよ!」バッ

女術師「…………直情バカ」

盗賊A「ふん。氏ね」シュバッ

男闘士(投げナイフ! だが遅い!)

男闘士「一拳必殺!」

盗賊A「ぐふっ」

首領「んだと?」

女術師「…………鳩尾を殴って一撃。強くなった?」

男闘士「当たり前だろ。俺がどんだけ魔剣士さんに痛めつけられたと思ってんだよ」

女術師「…………ん。打たれ強くなった?」

男闘士「ちげえし! 魔剣士さんくらいの実力者じゃなきゃ、負けなくなったんだよ!」

首領「はっ、所詮ガキか。……だがてめえら、油断するな。全員で囲め」

盗賊C「へへへ! いいねえ君、その冷たい目。どんな風に歪んでくれるかなあ!」

女術師「…………」

盗賊D「おいおい、油断すんなよ。まだすばしっこいオスガキも残ってんだ」

166: 2014/11/25(火) 23:43:40.13 ID:Omxn1hu50

女術師「…………私を前座扱いとか、見る目がない」

盗賊D「あン?」

女術師「…………高炎魔<エクス・フォーカ>」

首領「!? てめえら逃げろ!」

盗賊C「ぎゃああああ!」

男闘士「おい、頃すなよ?」

女術師「…………そんなことしない。炎の温度は下げてある」

首領「――――」ジリッ

男闘士「おっと。おいおい首領さん、逃げるなよ? あんたらのせいで、こっちはさんざん迷惑を受けたんだ」

女術師「…………みんなを怯えさせた。許さない」

首領「ほざけ。弱い奴らは食われるだけなんだよ」

女術師「…………なら、私たちに勝てないあなたは、社会に食べられる側」

首領「黙れ! ぶっ頃してやる!」ダッ

167: 2014/11/25(火) 23:44:35.95 ID:Omxn1hu50

男闘士「女術師、下がってろ」

首領「氏ねえ!」

男闘士「魔剣士さん直伝! 一の拳、左目抉り!」ドスッ

首領「がっ……」

女術師「…………へぇ」

男闘士「やりぃ!」

168: 2014/11/25(火) 23:45:18.24 ID:Omxn1hu50

    ◇物陰

魔剣士「てんでなってないわ」

勇者「まあまあ」

魔剣士「思いっきり相手の左脇腹を見てるじゃない。あいつはあたしから何を教わったの? 鍛え直してやるわ!」

勇者「魔剣士、止まる」ガシッ

魔剣士「離しなさいよ勇者!」

魔女「落ち着いて魔剣士ちゃん? ここはせめて、司祭くんに任せましょ?」

169: 2014/11/25(火) 23:46:16.01 ID:Omxn1hu50

司祭「騒がしいと思えば。私に内緒で何をしている?」

男闘士「お、司祭さん! 見てたか、俺たちの活躍」

女術師「…………司祭さんに頼らなくても、盗賊を倒せた」

司祭「そうだな。お前たちは強くなった」

女術師「…………ん」

男闘士「だろだろ!? これなら司祭さんがずっと孤児院にいなくても、皆を守れるよな!」

女術師「…………司祭さんが、自分の人生をなげうたなくて済む」

司祭「男闘士。いつか言っていたな。私に幸せになってもらいたいと」

男闘士「うん」

司祭「私の幸せとは、なんだろうな」

女術師「…………?」

司祭「神に仕え、祈りを捧げ、一六になってからは孤児院に時間を費やした」

司祭「もう一〇年になるか。だが苦しいと思うことはあっても、やめようと思ったことは一度もない」

司祭「そんな風に生きてきた私だから、他の幸せなんてわからないな」

170: 2014/11/25(火) 23:48:25.21 ID:Omxn1hu50

女術師「…………私、司祭さんのことをお父さんみたいに思ってる」

男闘士「俺は父親っていうより兄貴って感じだけどな」

女術師「…………でも、悲しいけど、私たちは本当の家族になれない」

女術師「…………人の温かさを教えてくれた司祭さんが、ずっと一人でいるのはよくない」

司祭「男闘士にも言われたな。さっさと結婚しろと」

司祭「思えば私は、一人の女性を真摯に愛したことがない、未熟者だったか」

司祭「あまりにも出遅れてしまったが、間に合うだろうか」

男闘士「大丈夫だろ、司祭さんなら」

女術師「…………うん。老け顔だけど、まだ若い」

司祭「そうだな。お前たちが言うなら、きっとそうなんだろう」

司祭「――――全く。弟と娘に言われたなら、私も立ち止まるわけにいかないか」

171: 2014/11/25(火) 23:49:25.13 ID:Omxn1hu50

    ◇朝

魔剣士「盗賊のことは任せておいて。次の町で自警団に引き渡すわ」

女術師「…………ん。お願いします」

男闘士「次に会うまでに、絶対に師匠を越えてやるからな!」

魔剣士「――――へえ? 威勢がいいことを言うようになったわね、男闘士? 何なら今すぐ受けて立つわよ?」

勇者「大人げないよ魔剣士。悲しいのをごまかしたいからって戦いをふっかけないの」

魔剣士「別にそんなんじゃないわよ……たぶん」

魔女「ふふ? 魔剣士ちゃんは相変わらずね?」

魔女「……ところで、司祭くんは見送りに来ないのかしらね?」

男闘士「司祭さんって涙もろいからなー。それでも挨拶には出てくると思うけど」

女術師「…………司祭さん、今朝からずっと荷造りしてる」

勇者「昨日の話は聞いてたけど、そのことで?」

女術師「…………たぶん。司祭さん、不器用だから」

172: 2014/11/25(火) 23:50:36.75 ID:Omxn1hu50

魔剣士「そういうことなら準備が終わるのを待つ? もし行く方向がおなじなら、一緒に行った方がいいわよね?」

勇者「そうだね。ちょっとのんびりしてようか」

……


司祭「準備に手間取ったが、勇者たちはまだいるだろうか……む?」

子供4「ゆうしゃさま、わたしをおいていっちゃうの?」ウルウル

子供2「あたしがそばにいれば、ほかにはなにもいらないっていったのに」グスッ

子供1「あー! ゆーしゃさまがなかせたー!」

子供3「ゆうしゃさまもひとのこだったね」

勇者「はは……また遊びに来るよ。世界が平和になったらね。だから離してほしいなー」

子供2「いや! ゆうしゃさまのいないせいかつなんてたえられない!」

子供4「ゆうしゃさま、どうかわたしをおいてかないで?」

魔剣士「へえ。ゆうしゃってばモテモテねー?」

魔女「やさぐれちゃってる魔剣士ちゃんもかわいいのね? ……子供に嫉妬するのはどうかとも思うけど?」

女術師「…………やっぱり不潔」

173: 2014/11/25(火) 23:51:44.54 ID:Omxn1hu50

司祭「最後まで変わらないな、お前たちは」

男闘士「お、司祭さん。引っ越しの準備はできたのか?」

司祭「引っ越しではなく旅立ちの間違いだ」

男闘士「ん? 孤児院を出て町で暮らすんだろ?」

司祭「それはしばらく先の話だ」

司祭「――――勇者。折り入って頼みがある」

勇者「お世話になったんだし、できることなら聞くよ。何?」

司祭「私を旅に同行させてくれないか?」

男闘士「は!? なんでそうなるんだよ!」

女術師「…………勇者様たちは魔王討伐の旅。危険すぎる」

魔剣士「確かに急な話よね。これまでそんな話は出てなかったもの」

魔女「ふーん? 司祭くん、何か理由があるのよね?」

司祭「幸せになって欲しいと男闘士や女術師から言われはしたが、ここが魔物に襲われる可能性は見過ごせない」

司祭「魔物がいなくなれば安全とまでは言えないが、危険なことは目減りするだろう」

174: 2014/11/25(火) 23:52:59.41 ID:Omxn1hu50

勇者「だから一緒に魔王を倒そうって思ったの?」

司祭「今は勇者や魔剣士が回復も担っているのだろう? 私が仲間になれば負担も減ると思うが」

魔剣士「どうする? 勇者」

魔女「いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの」

魔女「司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?」

司祭「無論、覚悟はしている。安全な旅ではないだろう。だがそれでも、やると決めたんだ」

勇者「……そういうことなら、お願いするよ」

男闘士「なんか考えてたのとは違っちゃったな」

女術師「…………心配。でも、司祭さんが決めたなら、私は帰ってくるのを待つ」

司祭「すまないな。だが二人になら、孤児院を任せられる。頼まれてくれるか?」

男闘士「当たり前だろ。俺たちはもう子供じゃないんだ」

女術師「…………ん」コクリ

司祭「ああ。お前たちはもう子供じゃない」

175: 2014/11/25(火) 23:55:48.35 ID:Omxn1hu50
今日はここまで。
明後日くらいからは話を盛り上げていけたら、と思います。スロースターターでした。


176: 2014/11/26(水) 00:11:02.64 ID:iDRDATwPo

引用: 勇者「僕は魔王を殺せない」