718: 2015/04/15(水) 23:27:05.30 ID:Vj+dW6Z/0
勇者「停戦協定?」【その1】
勇者「停戦協定?」【その2】
勇者「停戦協定?」【その3】
勇者「停戦協定?」【その4】
―――独立記念祝宴パーティー後 魔王の部屋―――
魔王の部屋は、その刺々しい口調に似あわずピンク色基調な彩で飾られていた。
団長「ほう……意外とかわいらしい部屋じゃな」
魔王「ほ、ほっときなさい!」
魔王「あ、あの猫がやったのよ!? 私がこんな……」
団長「分かった分かった。そういうことにしておくのじゃ」
団長「ところであの件についてじゃが」
魔王「そうね、分かったことを話すことにするわ」
魔王「まあ、これでも書物の中の情報だから正確性も完全性も欠くと思うけど……いいわね」
団長「そんなことは今更気にはせん。無いよりはましじゃ」
魔王「そうね」
719: 2015/04/15(水) 23:27:36.53 ID:Vj+dW6Z/0
魔王「まず、半魔の成り立ちから調べてみたんだけど」
魔王「やはりその多くは、魔族の人間族領への侵攻ないしはその逆に伴った暴行によるものみたいね」
魔王「でも、思ったより『駆け落ち』というものが多くあったみたいよ」
団長「駆け落ち?」
魔王「ええ。魔族と人間が禁断の恋に……ってやつね」
魔王「基本的に、魔王軍ではその行為は魔王への反乱として重罪とされていたわ」
魔王「侵攻先の行いは見て見ぬふりだったみたいだけど」
魔王「ま、それについては逐一資料に残されていたから、調査は割と楽だったわ」
団長「なるほどのう。それで、儂は結局どっちの生まれだったのじゃ?」
魔王「さっきも言った通り正確性には欠けるけど、恐らく後者ね」
魔王「その処刑リストの中に気になる名前を見つけたのよ」
団長「気になる名前とな」
魔王「そう。その中で唯一上級魔族……それも『王』の称号を持つ魔王軍最高幹部の名がね」
720: 2015/04/15(水) 23:28:07.45 ID:Vj+dW6Z/0
団長「『王』とは、確か『右王』、『左王』や『剣王』といったあれか?」
魔王「そう。彼の名は『賢王』。かつて父上の参謀を務めていた魔族よ。確か、人間族をもはるかに凌駕した知恵を持っていて、6人の勇者を陥れた策のほとんどに関与していたとか」
団長「!」
団長「なんと……」
魔王「彼が処刑されたのは約二十数年前……年齢とも辻褄が合うんじゃない?」
団長「確かにのう」
団長「しかしそんな大幹部がなぜ命を捨ててまで駆け落ちを?」
魔王「そこまではわからないわよ!」
魔王「父上への忠誠が足りなかったんじゃないの!?」
魔王「あ、でも一つだけ変なところがあってね」
魔王「その賢王はどうも戦闘能力が皆無だったらしいのよ」
魔王「もちろん魔力もほとんどなかったみたいね」
団長「そうなのか?それでは儂の魔力は説明がつかんのではないかのう」
721: 2015/04/15(水) 23:29:04.95 ID:Vj+dW6Z/0
魔王「まあそうね。でもそれ以上は分からなかったわ。悪いわね」
団長「うーむ……ありがとうなのじゃ。もう少し自分で考えてみることにしよう」
魔王「ところで、あの猫娘についても調べてみたんだけど……」
団長「ん?」
魔王「あの異常な戦闘能力は『獣王』の血による可能性が高いわね」
団長「獣王じゃと!?」
団長「獣王といえば、あの魔王軍侵攻部隊の将軍じゃった魔族ではないのか?」
魔王「ええそうね。しかしこちらは勇者娘のように綺麗な育ちではなさそうよ」
団長「ということは……?」
722: 2015/04/15(水) 23:29:30.28 ID:Vj+dW6Z/0
魔王「ええ。獣王には、娯楽目的に人間族をさらい、弄ぶ癖があったみたいでね」
魔王「彼の元住居にはそれ用の施設まであったという話だったわ」
団長「なんと……」
魔王「まあ、もちろん淫行だって行われていたでしょうね」
魔王「施設といってもさらわれる人間の数が数だったから、逃げ出したとしてもあまり気に留めていなかったみたいでね」
魔王「獣王ないしその一族の子を宿した人間が荒地まで辿り着いていたとしても不思議じゃないわ」
魔王「まあ、その施設の中には、敗北した勇者パーティーの一部だって入っていたらしいから、もし優秀な女格闘家がその逃げ出した人間の一人だったとしたら、あの戦闘力も説明がつくわね」
魔王「さらに、獣王は獅子型の魔族よ。猫型魔族は近縁中の近縁」
魔王「この疑いはほぼ確定といったところでしょうね」
団長「なるほどな……分かったのじゃ。ありがとう」
団長「しかし、お主に筋道立てて説明する能力があったとは……」
723: 2015/04/15(水) 23:30:01.23 ID:Vj+dW6Z/0
団長「もしや魔法使いの真似じゃな!?」
魔王「だからそういうのじゃないって言ってるでしょ!!」
魔王「いい加減にしないとこの城ごと吹き飛ばして……」
団長「わあああああっ!悪かった悪かった!」
団長「落ち着いてほしいのじゃ!」
魔王「分かればいいのよ」
団長「ふぅ」
団長(こやつ、ひょっとして楽しんでやっているのではないのか……?)
魔王「ふふふ」ニヤニヤ
724: 2015/04/15(水) 23:30:40.04 ID:Vj+dW6Z/0
団長「で、この後はどうするのじゃ?」
団長「どうせお主のことじゃ、また無断で抜け出してきたんじゃろう」
魔王「まあね、でも今回はすぐに帰らせてもらうわ」
団長「どうかしたのか?」
魔王「最近側近がどっかに出かけっきりでね、お蔭で私が復興省の会議に出さされているのよ」
魔王「本当は物凄く行きたくないんだけど、行かないとまた魔族に不利な取り決めができちゃうし……」
魔王「はぁ、いつの間に魔王はこんな残念な役職になってしまったのかしらね」
魔王「いっそのことこの国の大使にでもなってしまいたいわ」
団長「お主も魔族のために努力しておるんじゃな……」
団長「ま、一族の長の運命というものじゃ、真の平等が得られるまで耐え忍ぶしかないじゃろうよ」
団長「儂もその気持ちは痛いほどわかる」
魔王「あなたとは分かり合えそうね」
魔王「まあいいわ、また帰ったら調査も続けてみることにするわ」
魔王「首を洗って待ってなさいよ!」
団長「何か使い方を間違っておらんか?」
こうして数日後魔王は再び帰路についた。
730: 2015/05/07(木) 23:23:22.27 ID:+VDBzSRB0
―――同刻 代表執務室―――
代表執務室では、勇者はじめ元パーティーのメンバーが集まって、パーティー解散から
今までのことを語り合っていた。
勇者「……とまあ、こんな感じさ」
勇者「いろいろあったけど、ついにここまで辿りつけたよ」
副団長「おぉ~!」パチパチパチ
戦士「おいおい、ちょっとばかし美化しすぎなんじゃねえか?」
戦士「ってかなんで猫がここにいるんだ」
副団長「べ、別にいいじゃないか、ボクも勇者パーティーの冒険譚には興味があるんだから!」
戦士「ったくしょうがねぇなぁ……ってあれ? 今猫を否定しなかったよな」
副団長「あっ、いや、それは……いや、ボクは猫じゃない!」カァー
戦士「自慢の反射神経が聞いてあきれるぜ」
僧侶(お2人は仲が良いんですね)ヒソヒソ
魔法使い(ま、類は友を呼ぶってところかしら?)ヒソヒソ
731: 2015/05/07(木) 23:23:58.52 ID:+VDBzSRB0
僧侶「しかし、流石ですね。あの時の言葉をたった数年で成し遂げてしまうなんて……」
魔法使い「あら、貴女だって今や奇術の国の軍務理事にまでなり遂せたじゃない」
僧侶「いえ……私はあくまでレールの上をただ歩いてきただけに過ぎません」
勇者「と、言うと、君が軍務理事になることは初めから決まっていたってことなのかい?」
僧侶「そうですね……極端に言えばそうなります」
魔法使い「是非その一部始終を聞かせてもらいたいものね」
勇者「光の国戦線防衛に銅の国無血占領……よっぽどこっちの方が英雄譚に相応しそうだね」
戦士「どっかのナマクラ勇者とは大違いだな」
副団長「……」ワクワク
僧侶「そんな大したことはありませんよ。私はただ私の成すべきこと成しただけに過ぎません」
僧侶「まずは、私が故郷の里へと帰郷したところからお話ししましょう」
そう言って、僧侶はそれから今までの一部始終を話し始めた。
732: 2015/05/07(木) 23:24:45.50 ID:+VDBzSRB0
―――パーティー解散後 奇術の国の片田舎 僧侶の故郷の最寄り駅―――
プシュー
ゴロゴロゴロ
僧侶「はぁー!遂に帰って来れたなぁ……何年振りだろう」
僧侶「出ていくときはもう帰ってこないものだと固く志したものだったけど……」
僧侶「まさかまたこの無人駅で降りる日が来るなんて」
僧侶「変わってないなぁ……」
誰もいない改札を抜けると、駅の入り口では僧侶の母が迎えのためにやってきていた。
僧侶「お母さん!!」
僧侶母「僧侶~! 待ってたわよ!」
僧侶「元気にしてた? 病気になってない?」
僧侶母「見ての通り、元気そのものよ。あなたこそ心配したのよ?」
僧侶「大丈夫。またすぐに行かないといけないけれど……勇者様と一緒に旅をして、私、とっても強くなったんだよ」
僧侶母「よかった……本当に良かった……」ギュー
僧侶母「あなたは私の自慢の娘よ」
僧侶「ありがとうお母さん……」
こうして、僧侶は旅の思い出を語らいながら、自宅へと帰っていった。
733: 2015/05/07(木) 23:25:26.43 ID:+VDBzSRB0
―――夜 僧侶宅 居間―――
僧侶「それでね、私最後には勇者様の作戦を修正して、もっと犠牲が少なく済むようにしたんだ!敵も味方もね」
僧侶「それで、あの難攻不落ともいわれた氏の谷も攻略できたんだ」
僧侶「まあでも、魔王城にたどり着く直前で戦争は終わっちゃったんだけどね」
僧侶「あれ以上犠牲が増えなくてよかったよ」
僧侶母「そう……それは凄いわね」
僧侶母「見ないうちに本当に成長したのね。旅に出る前はあんなに泣き虫だったのに」
僧侶「や、やめてよお母さん!あれはもう10年も前の話なんだから……!」カァー
僧侶母「背も伸びて顔立ちも綺麗になって……見違えるようだわ」
僧侶母「でも、その絹みたいに鮮やかで真っ直ぐな金色の髪は変わってないわね」
僧侶「そんな……私なんて大したことないよ……」
僧侶母「で、その後はどうしたの?」
僧侶「その後は、理事長に会って、光の国の大隊参謀長として光の国へ赴けって命令を受けちゃった」
理事長というワードを口にした瞬間、僧侶母の表情が一瞬引き攣った気がした。
僧侶「お母さん?」
僧侶母「……理事長に会ったの?」
僧侶「うん。それがどうかしたの?
僧侶母「いや、何でもないわ」
734: 2015/05/07(木) 23:26:05.50 ID:+VDBzSRB0
僧侶母「また、戦争に行くの?」
僧侶「うん……でも、今までも人間族の平和のために戦ってきたし、光の国でも犠牲をできるだけでない作戦を使って……」
僧侶母「もう休んでもいいのよ。貴方は十分戦った。それだけでもう私は十分よ」
僧侶「でも……」
僧侶母「でも?」
僧侶「……」
僧侶「わから……ないよ……」
僧侶「勇者様も魔法使いさんもみんな目標があって、それに向かって努力してるのに……」
僧侶「私だけ……」
僧侶「でも……私、自信がない……」
僧侶「本当にこのまま光の国軍に行って一人でも多くの人の命を救えるのか……」
僧侶「またこれまでみたいに……いや、これまで以上に犠牲を増やしてしまうかもしれない……」
僧侶母「……まったく。そういうところだけは昔っから変わってないわね」
僧侶母「10年前だって、最後には決意してこの里を出ていったものじゃない」
僧侶母『僧侶には僧侶にしかできないことがある……だからいつかその時が来るまで僧侶を頼んだ』
僧侶母「これはもう20年前に貴方の父が残した言葉よ」
僧侶「父さんが……?」
735: 2015/05/07(木) 23:26:38.30 ID:+VDBzSRB0
僧侶母「ええ、といっても、彼はそれっきりここを出ていって連絡が全くつかなくなってしまったんだけどね」
僧侶母「そういえばあなたに父のことを話したことはほとんどなかったわね」
僧侶「うん。私もまだ物心がつく前にいなくなっちゃったから……」
僧侶母「彼は本当に頭のいい人だったわ。子供のころからね。終いには変わった事まで言い出すし……私には到底理解できない人だった」
僧侶母「でもそんな彼に惹かれたのは運命とでもいうべきなのかしらね」
僧侶「……ふふ。私たちって、やっぱり親子」
僧侶母「ん、どうかしたの?」
僧侶「ううん……何でもない」
僧侶「ありがとうお母さん。おかげで気持ちがすっきりした」
僧侶「やっぱり私は私にしかできないことをやるべきだと思う」
僧侶「精一杯戦争の犠牲を減らして、平和な世界を作るためにね」
僧侶母「その意気ね」
僧侶母「じゃあ、今日はもう疲れたでしょう? あなたの部屋もそのまま残してあるから、ゆっくりお休みなさい」
僧侶「ありがとうお母さん」
僧侶「また明日ね」
僧侶母「お休み」
トテテテ……
僧侶母「あの娘は、ついに父親にも会ってしまったみたいね……」
僧侶母「あの娘は貴方にはどう映ったのかしらね」
僧侶母「どうせ今も見えているんでしょう?」
736: 2015/05/07(木) 23:27:06.17 ID:+VDBzSRB0
―――寝室―――
ボフッ
僧侶「この匂い、雰囲気……」
僧侶「あの旅立ちの日の前日と何も変わってない」
僧侶「でもちょっとだけベッドが小さくなったかな?」
僧侶「旅の途中はいつも即席テントで寝泊まりしたっけ」
僧侶「あれももう懐かしいなぁ……」
僧侶「たまに勇者様が隣にいて、緊張して眠れない日もあったっけ……」
僧侶「勇者様……元気にしていらっしゃるのでしょうか……」
僧侶「結局最後まで伝えられなかったけど……私……やっぱり……勇者様のこと……が……」
僧侶「……すー……すー……」
こうして、僧侶の故郷での一夜は更けていった。
不気味な影を覆い隠して。
737: 2015/05/07(木) 23:27:51.50 ID:+VDBzSRB0
―――深夜―――
ズダダダダ
ゴオォォォォ
キャアアアアアアア
ドォォォォォン
僧侶「……ん?」
僧侶「なんだろう……」
僧侶「!?」
僧侶が窓の外を見やると、さきほどまで静まり返っていた里が赤く燃え上がっていた。
僧侶「え……嘘……?」
僧侶「はっ、お母さん!!」
ヒュルルルルル
僧侶「!?」
ズガァァァアアアアアアアン
ガラガラガラ……
僧侶が自室の扉に手をかけた瞬間、砲弾が家に命中し、家は炎と共に破壊された。
僧侶「ぐ……」
僧侶はそれより一瞬早く自身に防御魔法をかけ、難を逃れた。
僧侶「お母さんっ!! お母さん!!!」
ゴォォォォ
火に包まれ、今にも倒壊しそうな家の中を、防火魔法を使ってくぐりぬけていくが、中々母の姿が見当たらない。
僧侶「お母さん!」
そして、間もなく瓦礫と化した家の倒壊部分の下敷きとなった母を発見した。
僧侶母「がはっ……逃げな……さい……」
僧侶「そんな!お母さん!」
僧侶母「貴方は……生きて……世界を………ぐふっ」
僧侶「嫌だ、嫌だよ!そんな……!」
僧侶母「最期に……会えて……よか……た……」
ガラガラガラ
遂に限界を迎えた家屋が倒壊を始める。
738: 2015/05/07(木) 23:28:28.94 ID:+VDBzSRB0
???「危ない!僧侶さん!!」
バッ
突如現れた奇術国軍の軍服の青年に抱えられ、僧侶は倒壊から逃げ延びた。
しかし、目の前の悪夢に正常な意識は失われ、茫然と燃え盛る旧家屋を見つめていた。
僧侶「そ……んな……」
???「お怪我はありませんか?」
バシィ
僧侶「貴方が……あなたが頃したのね……?」
???「なっ!?」
僧侶「許さない……あなたも、理事長も……」グワッ
僧侶の放った強力な殺気の混じった魔力は、魔法を使えないはずの奇術国民にまではっきりと感じ取れるほどであった。明確な生命の危機として。
???「違うんです! 私は理事長に命じられて僧侶准将閣下、あなたを助けに来たのです!」
僧侶「理事長に……?」
ふっと殺気が止んだ。
???「ええ……私は理事長直属の特務部隊所属、特務大佐の『大佐』と申します」
大佐「それよりも閣下、早くここを脱出しましょう」
大佐「裏の森に私の部下が待機しております」
大佐「詳しくはそこでお話しいたします」
僧侶「わ、分かりました……」
燃え盛る故郷を背に、僧侶は青年に支えられながら森へと落ち延びていった。
739: 2015/05/07(木) 23:29:14.47 ID:+VDBzSRB0
―――光の国へと向かう高速道路 軍用車内―――
大佐「お怪我がなくて何よりです。閣下」
僧侶「そ、その呼び名はやめてください。それより、いったい何が……」
大佐「はい。あれは理事長に敵対する『政務理事』の部下、『奇術国軍第2師団長』の軍です」
大佐「名目上は脱獄した凶悪犯を匿った疑いだそうですが、実態は閣下、貴女の命を狙ったものに間違いありません」
大佐「母君のことは本当に悔いが残るものでありました……どうかお許しを」
僧侶「な……私の命を……?どうして……」
大佐「閣下は魔族討伐の英雄として国民の支持を十二分に受けております」
大佐「おそらく、自らの権力が脅かされるのを恐れたのではないかと……」
僧侶「そんなことのために……母が……里のみんなが……」
僧侶「そう……ですか……」
僧侶「なるほど……理事長が言っていたことの意味をようやく理解できた気がします」
僧侶「無力では犠牲を減らすことなど到底できないのですね……」
大佐「これからは私も閣下専属の秘書として護衛に努めさせていただきます」
大佐「どうかご安心を」
僧侶「ありがとうございます。あと、呼び方は僧侶で結構ですよ」
大佐「承知しました。僧侶さん」
僧侶(私の故郷もここまで汚れきっていたなんて……勇者様がどうしてあのようなことを言い出したのかも真に理解できた気がします……)
僧侶(私は……私のやり方で私だけにしかできないことを……)
ブロロロロ……
僧侶の、ほんの昨日まで純粋な眼差しで満ちていた目に、初めて濁りが混じった瞬間であった。
そしてその後、僧侶は数々の功績を挙げ、銅の国無血占領後には新しく建国された『白金の国』の総督に任じられ、実質的に白金の国の実権を掌握するに至った。
743: 2015/05/22(金) 01:04:42.98 ID:ndOE3Re00
―――数年後 白金の国建国記念式典数日前 白金の国総督府―――
記念式典の数日前、突如新設総督府に複数の急報が寄せられた。
僧侶「なんですって!? 勇者様が危ない?」
大佐「はっ。特務部隊員からの報告です。どうやら勇者様が電気の国へ入国するのに合わせて、国境付近での大規模な軍事演習が行われる予定だと……」
大佐「指揮官はあの第2師団長の『中将』だということです。間違いなく謀殺の計画でしょう」
僧侶「なるほど、やはり裏で糸を引いているのは政務理事ですか」
大佐「そのようです」
僧侶「……私の軍も電気の国首都まではカバーできますがそれ以降は厳しいですね」
僧侶「大佐、特務部隊を率いて国境付近都市まで赴いてください」
僧侶「勇者様を、絶対にお守りするのです!」
大佐「はっ!」
大佐「それと、もう一つ知らせが入っております」
僧侶「もう一つ?」
大佐「最近、不干渉区の活発化に合わせて、魔術国民が奇術国に少しづつ往来し始めているのをご存知ですね」
僧侶「はい。それが何か?」
大佐「どうやらその中に魔術国軍のスパイが紛れ込んでいる疑いが強いらしく、何やら最近奇術国の首都付近で怪しげな動きを見せているとのことです」
僧侶「魔術国軍も陰湿な手を使うものですね。まあ、それも奇術国軍が言えたことではありませんが……」
大佐「それが、先日理事長からの直接の連絡がありまして……白金の国建国記念式典を狙ったテロの疑いがあると……」
744: 2015/05/22(金) 01:05:23.65 ID:ndOE3Re00
僧侶「想定される中で最悪のケースでしたか……」
大佐「私だけでも僧侶さんの護衛につくべきかと思われるのですが」
僧侶「いえ、結構です。向こうには軍務理事と外務理事がいますから。彼らは私たちの数少ない味方です」
僧侶「それに、これは良い機会とも取れるでしょう?」
僧侶「この機に乗じて政権を奪取し、母の敵を討つのです」
大佐「ついにこの時が来ましたね」
僧侶「ええ……あなたに助けられてから数年……思ったより短かったものです」
大佐「僧侶さんには十分な才能がおありでしたからね」
僧侶「いえ、大体は運に過ぎませんよ」
僧侶「それじゃあ、私は行きます」
僧侶「勇者様のこと、くれぐれも頼みました」
大佐「はっ!」
大佐(この数年で彼女もすっかり変わってしまわれたものだ……)
大佐(これが本当に良かったことなのか……)
745: 2015/05/22(金) 01:06:01.24 ID:ndOE3Re00
―――数日後 記念式典当日 企業連合本部ビル エレベーター―――
僧侶は事前の調査で、テロが本部ビル内数か所で起こることを完全に特定していた。そして、口実を用いて外務理事をはじめとした味方幹部及び職員を全員屋外に出し、政務理事をはじめとした敵対勢力は特に通知もせず屋内に残したまま放置していた。
と言っても、彼らが僧侶の地位就任を祝うはずなどなく、もし僧侶が通知をしていたとしても無駄だったであろうということは皮肉ともいえる。
軍務理事「本当に、これでよかったんですかい?」
僧侶「ええ。もう私は数年前の私とは違うんです」
僧侶「無駄な感情は無駄な犠牲を生むだけ……そう教えてくれたのは氏んでいった愛しき人々でした」
僧侶「それに、こうでもしないと彼らや理事長は私を認めてはくれないでしょう?」ニコッ
軍務理事「わかりました。それなら、仰せの通りにいたしましょ」
軍務理事(まさか本当にここまで来るとは……)
軍務理事(理事長も本当にお人が悪いねぇ……)
746: 2015/05/22(金) 01:07:02.31 ID:ndOE3Re00
―――理事長室―――
ガチャ
僧侶「お久しぶりです。理事長」
理事長「久しぶりです。しかし来ることは分かっていましたよ。ずいぶん見違えたものですねぇ」
理事長「目つきも変わって……いろいろな経験をなさってきたのでしょう。しかし……」
僧侶「単刀直入に聞きます」
理事長「ほう……何でしょう」
僧侶「貴方はいったい何者なのですか?理事長」
僧侶「返答次第では貴方の命はすぐさまこのビルと共に散ることになります」
理事長「なんと……あの純真だったあなたが私を脅迫するほどまでになるとは……驚きです」
理事長「いいでしょう。お答えします。最後の置き土産を貴女に託すことにしましょう」
僧侶「置き土産……?」
理事長「ええ。……貴女は魔法を使えるんでしたよね」
僧侶「今更何を……」
理事長「それなら話も早いでしょう」
理事長「魔法とは先天的センスと後天的教養。この二つが密接に関わって成立する、なんとも合理性に欠ける能力です」
理事長「半魔族でもない限り、人間は教養によってしか魔法を習得できず、先天的に魔法を使いこなすセンスを持つことは滅多にありません」
理事長「しかし、それも確率が0%なわけではありません。これまでの歴史から見ても、奇術の国で英雄として名高い者の多くが魔法を先天的に使えたという例があります」
僧侶「まさか」
理事長「ええ。私も使えるのですよ。魔法が。それも炎魔法や筋力増強魔法などというコモンな魔法ではなく、『千里眼魔法』という珍しい魔法をね」
僧侶「千里眼魔法……!? 歴史上かの大賢者だけが使えたといわれる伝説の!?」
理事長「ええ。これに気付いたのは10代の頃でしたか」
理事長「ある日眠りにつくと見えたのですよ……世界中の風景に会話に場面に戦争に……」
理事長「世界中で起こるあらゆる物事がすべて見えたのです」
理事長「はじめは夢かとも疑いましたが、私の見たことは直後に事実としてニュースで伝わっていく……それを見て、確信したんですよ」
747: 2015/05/22(金) 01:07:47.89 ID:ndOE3Re00
理事長「コントロールするまでには時間がかかりましたが……今ではこの眼鏡を外している時のみ、物事が見えるようになっています」
理事長「言うなれば、世界の観察者……それが、私の正体です」
僧侶「そんな……それなら、私の母も助けられたのではないのですか!?」
僧侶「氏んでいった仲間たちだって……敵でさえも……」
僧侶「皆見頃しにしたんですか!!」
理事長「考えてもみてください。私もこれまで他人の何万倍も人が氏に、殺され、頃していく様を見てきたのです。人ひとりの氏にはもはや執着する意味をなくしているのですよ」
理事長「それは、貴方の母……いや、私の妻だとて変わりはしません」
僧侶「えっ……?」
理事長「おや、まだ知らなかったようですね」
理事長「私こそ貴女の正真正銘の父親というものです」
理事長「よくここまで辿りつきましたね、わが娘よ」ニコッ
僧侶「そんな……ことって……」
理事長「さて、ほかに何か言いたいことがあるのではないのですか?」
僧侶「……そうですね。理事長が秘密裏に開発していると噂されている兵器のことです」
僧侶「条約によって使用が禁止された兵器を開発するなんて、糾弾は避けられません」
僧侶「以前の反魔法弾のこともあります」
僧侶「その真意を聞かせていただきたいですね」
理事長「……使用は禁止されていても、開発が禁止されているわけではありませんよ」
理事長「それに、あれは後日必ず貴女の役に立つはずです」
理事長「何もなければ解体するなり自由にしてかまいません。データもすべてお渡ししましょう」
僧侶「分かりました。それなら結構です」
理事長「さて、爆破が行われるまであと5分余りです」
理事長「どうするのですか?私を頃すつもりですか?」
僧侶「……いえ、貴方の正体はよくわかりました」
僧侶「私は貴方を頃しはしません。しかし、助けることもしません」
僧侶「即座に理事長の職を辞任する……ただこれだけが私の要求です」
理事長「そうですか……いいでしょう」
理事長「先ほども言いましたが、これからのことは貴女の好きになさるといい」
理事長「ただ……」ヒュッ
パシッ
僧侶「これは……?」
理事長は僧侶に向かって小型記憶装置を投げ渡した。
理事長「私の伝えたいことはそこに全てまとめてあります。もちろん、嘘偽りはありません」
理事長「それを見て貴女がどう動くかも自由です」
僧侶「……」
僧侶「それでは、さようなら。父さん……」
ガチャ
748: 2015/05/22(金) 01:08:30.35 ID:ndOE3Re00
理事長「……合格、ですか」
理事長「これならあながち最悪の結果は免れそうですね」
理事長「さあ、私の親子の奇妙な絆か、貴方の魔族への愛か、貴方の娘への愛か……どれが最も素晴らしいか、見ものですね……」
理事長「そういえば、最高級の紅茶が偶然手に入ったんでした」
コポポポポ……
理事長室には、ガラス張りの外壁から、赤い夕日の光が差し込んでいた。
理事長「やはり、この景色だけは、自分の目で見ないと気がすみませんねぇ」
理事長「最後に見た景色が、自分の目で見た娘と美しい夕日とは」
理事長「なんと合理的で美しい人生の終わりなのでしょうか……」
理事長は一人夕日にティーカップを捧げ、夕日のような赤い紅茶を口元へとそっと滑らせていった。
こうして、1人の合理家の時は、彼の最も愛したものたちと共に停止した。
749: 2015/05/22(金) 01:09:14.85 ID:ndOE3Re00
――――戻って 現在 代表執務室――――
勇者「……なるほど」
勇者「それで、その小型記憶装置の中にはどんな事が入っていたんだい?」
僧侶「そうですね……初めは私も遺書か何かだとでも思っていたのですが……」
僧侶「今起こっていることに関する驚くべき事実が含まれていました」
僧侶「これを聞けば、恐らく私のあの行動にも納得していただけると思います」
勇者「つまり、どういうことだい?」
僧侶「まず初めに……間もなく魔術国連合は崩壊します」
勇者「なんだって!?」
魔法使い「どういうことかしら?」
僧侶「崩壊するといっても、奇術国連合との戦争によってではなく、内部の反乱によって、ですが」
勇者「反魔族派の、かな?」
僧侶「その通りです。前理事長によると、まず全ての黒幕は幸の国である、ということです」
戦士「幸の国が?」
勇者「なるほど、以前の件から怪しいとは思っていたけれど……」
僧侶「はい。もとは幸の国が、魔族との戦争の間に各国に浸透させた幸の国派の官僚を用いて、奇術国と魔術国を争わせ、最後に疲弊した両連合を統一する計画だったそうです」
僧侶「しかし、前理事長がその千里眼魔法を使ってその野望を看破し、諸反乱や今回のテロをもって幸の国派の一党を奇術国連合から完全に排除しました」
僧侶「その上、私が奇術国内で権力を持ったおかげで奇術国連合は以前よりも強固な国力を持ったため、魔術国連合との国力のバランスが崩壊」
僧侶「そこで、幸の国はまずは魔術国連合だけでも手中に収めるため、工作を用いて各地で反乱を起こし、その実権を握るつもりの模様です」
750: 2015/05/22(金) 01:09:41.30 ID:ndOE3Re00
勇者「なるほどね……僕も以前からあの国は怪しいとは思っていたが、まさかそこまで根を張っていたとは」
勇者「幸の国王も末恐ろしい限りだよ」
勇者「それで、その策略に対する対応策は、反乱に乗じて魔術国連合各地を制圧し、幸の国の支配が及ぶ前に奇術国がそれを抑えてしまうこと」
僧侶「その通りです」
勇者「確かに合理的ではあるけれど、魔法使いとしてはどうなんだい?」
魔法使い「私は一向に構わないわ。あいにく私には望郷の念というものが欠けているみたいでね。どっちかというと祖国が悪の黒幕だと誹謗されたあなた方のほうが心配されるべきなんじゃないかしら?」
僧侶「いえ、そんなつもりでは……」
勇者「僕だって一向に構わないさ?なあ戦士」
戦士「ああその通りだ。確かに飯を食わせてもらった恩はあるが、それも氏地へと放り投げるためだけにすぎないんじゃあ、感謝のしようがないぜ」
戦士「奴らも氏人の口から礼を言われるのは御免だろうさ」
勇者「ま、そういうことだね」
勇者「これからは奇術国方面の国交を重視することにするよ。最も、勇者の国にいる魔術国民への配慮も欠かせないけどね」
勇者「それと、すぐに同盟を結びなおして、奇術国側の人間に仰ぐ旗をすぐ変えるような恩知らずな国だと思われるわけにはいかないから、少し時間をかけつつ同盟にこぎつけることにしよう」
魔法使い「文句のつけようは特になさそうね」
僧侶「そうですね」
僧侶「あと、もう一つ妙な文章がありまして……」
戦士「まだあんのか?」
僧侶「ええ……どうもあの先代魔王がまだ生きている、というのです」
勇者「先代魔王が? そんな馬鹿な」
戦士「あのチンチクリン魔王だってもう氏んだって言ってたじゃねえか」
魔法使い「にわかには信じがたいわね」
751: 2015/05/22(金) 01:10:18.86 ID:ndOE3Re00
僧侶「そうなんですが……実は何か秘術のようなものを用いて現幸の国王に取り憑いている、だとか」
勇者「ふむ……実態はよくわからないが、あながち嘘ということでもないんだろう」
戦士「そんなこと可能なのかよ、魔法の大権威さんよ」
魔法使い「秘術……ね。その情報だけじゃあさすがに判別しかねるから、少し調査してみることにするわ」
魔法使い「流石に、魔法で氏者を蘇生するのは不可能よ。まあ、ゾンビとして操ることくらいなら可能でしょうけど……」
魔法使い「生き物が持つ『魂』というものは、身体の崩壊とともに一瞬にして壊れてしまうもの」
魔法使い「でも、それがなくては自我を持つことはできないし……」
戦士「魂、ねぇ」
僧侶「そうですよね。私も同じことを考えてどうしても納得がいかなかったんです」
勇者「まあとにかく、この件に関しては魔法使いに一任しよう」
魔法使い「一応魔王ちゃんにも伝えておいたらどうかしら」
魔法使い「魔国に何か資料があるかもしれないし」
勇者「そうだね。後で伝聞魔法を送っておこう」
勇者「それと魔法使い、よければ一旦魔術国へ帰国してほしい」
勇者「そして、魔術国内の動きをこちらに知らせてくれ」
魔法使い「任せておきなさい」
勇者「それでは、これからは正式な国家として他国に接していくことになる」
勇者「外が物騒な分、当分は内政に力を入れておこう。それと、以後幸の国と魔術国連合内の動きには特に注視しておくように」
勇者「あと、念のため魔術国方面の憲兵部隊を増員しておくことにしよう」
戦士「おう」
勇者「最後に、ここで話したことはくれぐれも内密に。頼んだよ」
戦士「だってよ猫」
副団長「な、ボクだってそれぐらいは……」
副団長「でもそれって団長にもってこと?」
勇者「団長には僕が後で話しておくよ」
魔法使い「それじゃあ、これぐらいにしておきましょう」
勇者「そうだね、今日は客人も来てくれてるしね」
僧侶「そんな、私に配慮は不要です……」
勇者「元パーティーとはいえ、今では僕より偉くなっちゃったわけだから、礼儀は払っておかないとね」
勇者「では、解散」
752: 2015/05/22(金) 01:10:59.08 ID:ndOE3Re00
―――数日後 僧侶帰還の日 代表執務室―――
この日、僧侶は帰りのあいさつ代わりに代表執務室に立ち寄った。
僧侶「それでは、少し挨拶だけしてきますね」
大佐「それならば私も……」
僧侶「いえ、少しだけ、二人にさせてもらってもいいですか?」
大佐「二人に、ですか?」
大佐「……分かりました。では、外で待機しております」
僧侶「ありがとう」
僧侶(今日こそ、あの事をお伝えせねば……)
僧侶(まだ勇者様のパーティにいた頃からずっと心に溜め込んでいた事……)
僧侶(次に会えるのは恐らく遠い未来になる……それなら、けじめをつけておかなければいけませんね)
ガチャ
僧侶「失礼します」
勇者「お、やあ僧侶、もう帰っちゃうんだね」
僧侶「はい。本当に数日間お世話になりました」
勇者「いやいや、またいつでも来てくれるとうれしいよ」
勇者「次は是非奇術国の方にも行かせてもらいたいな」
僧侶「そうですね、ぜひ歓迎させていただきます」
勇者「それじゃあまた」
僧侶「ええ。それでは」
スタスタ
僧侶(……じゃなくて、あの事をお伝えしないと!)
ピタッ
753: 2015/05/22(金) 01:11:34.89 ID:ndOE3Re00
勇者「ん、僧侶……?」
勇者「どうかしたのかい?」
僧侶「勇者様、私、勇者様にお伝えしないといけないことがあるんです……」
勇者「え、僕に?」
僧侶「あの、ええと……」
僧侶(どうしよう……うまく言葉が……)
僧侶「ゆ、勇者様は……お、幼い女の娘が好みなんですか?」
僧侶(って、私何を言って……)
勇者「幼いって……団長のことかい?」
勇者「まさか、僕にそんな趣味はないさ」
勇者「ま、好みも何も、僕なんかに選択権があればこそだけどね」
僧侶「あ、あります!勇者様にだって女性を選ぶ権利は十分にあると思います!」
勇者「え、そ、そうかなぁ」
勇者「まあもし僕を選んでくれるって人がいたら、その時はその時で受け入れると思うよ」
勇者「せめて氏ぬ前には結婚ぐらいしておきたいとは思うしね」
勇者「って、なんでこんな話をしてるんだか」
僧侶「そうですか……それなら……!」
僧侶「もし、世界が平和になったら……その……私を、私なんかでよければ、そのお相手に選んでは貰えませんか?」
僧侶「私、パーティーの時から勇者様に憧れていて……それで……」カァー
勇者「えっ? 君を?」
僧侶「やっぱり、私なんかでは務まりませんか……?」
勇者「……」
勇者「……いやいや、さっきも言った通りさ」
勇者「やっぱり僕に選択権は無かったようだね」
僧侶「えっ……?」
勇者「僕は一生に一度だけ、君の申し出を受けて君のことを選ぶ。ただそれだけみたいだからさ」
僧侶「勇者様……!あ、ありがとうございます!」
勇者「久しぶりに会ったときは変わってしまったなぁと思ったものだけど、やっぱり僧侶は僧侶だったみたいだね」
勇者「君にはそのきらきらした眼差しが似合っているみたいだ」
僧侶「そんな……大したことは……」
勇者「それなら僕は一層平和を目指す動機ができてしまったね」
勇者「一緒に平和な世界を目指そう。よろしく」
勇者は握手を求めた。
僧侶「はい!」
ガシッ
こうして、僧侶は奇術の国へと帰っていった。
758: 2015/05/26(火) 23:18:20.77 ID:ci+r81Ur0
―――数日後、魔法使い帰還の日 魔術国大使事務室―――
ガチャ
勇者「やあ、準備の方は終わったかい?魔法使い」
助手「勇者様!」
魔法使い「あら、もうほとんど終わったところよ」
魔法使い「何か御用かしら」
勇者「あの先代魔王の件なんだけど、何か分かったことはあるかい?」
魔法使い「そうねぇ……いくつかそれと思しき資料は見つかったんだけど、どうしても腑に落ちないことがあるのよ」
勇者「腑に落ちないこと?」
魔法使い「ええ。自らの魂を道具などに移すというのは割と容易に可能なんだけど、それをさらに別の生き物に憑依させるとなると一気に難しくなるのよ」
魔法使い「まず、憑依させるほどの魔力を道具に宿すのにもかなりの高度な魔法技術が必要だし、実際それだけの魔力を移すとなると相当魔力耐性がある道具じゃないと魔力に耐えられないはずなのよね」
魔法使い「さらに魂だけを移したとしたら先代魔王の強大な魔力が暴走してしまうだろうし……」
勇者「ふむ、つまり?」
魔法使い「魔法技術はともかく、魔王の魂を移すとなったらそれに付随する強大な魔力が邪魔をして上手くいかないはず、ということね」
勇者「うーむ、僕ははその分野に関しては詳しくはないからいまいち分からないけど、かなり難しいということだね?」
魔法使い「ま、それだけでもわかれば合格点ね」
勇者「どうも」
勇者「でも、僧侶が言っていることが本当だったなら、一体どうやって……」
魔法使い「それに関しては今調べているところよ」
魔法使い「魔術国に帰った時に全力で調べてみるわ」
助手「私もお手伝いしますよ!」
勇者「ありがとう」
勇者「それじゃ、しばしのお別れだね」
魔法使い「あら、その言い草だとまたすぐ会えるみたいな言い方ね」
勇者「まあ、実際長くはないんじゃないかな。今の奇術国軍の強さならあっという間に魔術国本国も落としてしまいそうだしね」
魔法使い「ま、否定はできないわね」
魔法使い「せいぜい本国の貴族たちが逃げられないよう結界でもはっておくことにするわ」
こうして魔王、僧侶、そして魔法使いはそれぞれの祖国へと帰っていった。
そして、勇者の国にはしばしの平和が訪れた。
正式な国家として独立したことにより、動揺した国内は安定し、三族の平和は再びよりを戻した。
一方、奇術国連合はその政変からの体制をすぐに建て直し、魔術国連合との戦闘も膠着を保った。新政権の内政政策は見事に成功し、奇術国の国力は着実に強まっていった。
しかし他方魔術国連合では、親魔族思想と反魔族思想の衝突は激化してゆき、魔術国本国の統制も限界点を迎えようとしていた。
そして、事は起こるべくして起こることとなった。
759: 2015/05/26(火) 23:19:03.17 ID:ci+r81Ur0
―――数か月後 花の国王都 中央広場―――
花の国国王は、百年戦争終結直後から親魔族派を表明し、人間族と魔族の調和に尽力してきた
人物であった。
しかし、今日ではその花の国国内でも反魔族の思想は盛り上がりを見せ、反魔族組織なるものが政府の要所を攻撃するほどまでに力を持ち始めていた。
よって、この日は国民の意思を統一すべく、花の国国王自身が演説台に立って演説を行うこととなっていた。
花の国王『愛すべき我が臣民たちよ。よく聞いてほしい』
花の国王『百年戦争はもう過去の遺物となり、今我らは新しい時代の到来を見ているのだ』
花の国王『だから我々は新しい時代なりの価値観というものを持たねばならない』
花の国王『確かに我々人間族と魔族は長い間争ってきた仇敵である。しかし、今はどうか』
花の国王『戦争は終わり、停戦協定も結ばれた。我らはもう敵ではないのだ』
花の国王『ならば我々は友好をもって彼らと接すべきではないか』
花の国王『先日新たに独立した勇者の国を見よ』
花の国王『その地では人間族と魔族だけではなく、その間の半魔までもが平和に共存しあっているというではないか!』
花の国王『我らもそれに則り、魔族との友好の道を開こうではないか!』
花の国王『最近、それをよしとせず、魔族に与するは悪であると見なして攻撃を加える輩がおるが』
花の国王『それこそ新しい時代においての悪であり、旧き時代の怨念を呼び覚ます行為に他ならないのである』
花の国王『さあ、我が臣民よ、今こそ一致団結して魔族に反する者たちを打倒するのだ』
花の国王『もちろん、暴力によってではなく、新しい時代にふさわしい、言葉という武器を持ってだ!』
ワーワー‼
ソウダソウダー‼
会場が湧き上がる中、最前列にいた男が、不意に杖を国王に向けた。
男「……即氏魔法」シュバッ
花の国王「ぐ!?」
ドサッ
キャー
ナンダナンダ‼
ナニガオコッタ‼
その一瞬の出来事に会場は大混乱となった。
実行犯の男はすぐ行方をくらませ、発見されることはなかった。
そして、その後の調査から反魔族組織の犯行であることが断定された。
そして、この花の国王暗殺事件をきっかけに、魔術国連合各地で反魔族派の大反乱が勃発した!
760: 2015/05/26(火) 23:19:57.94 ID:ci+r81Ur0
―――幸の国 王城 玉座―――
幸の国王(先代魔王)「始まったか」
宰相(側近)「はっ」
宰相「我が部下の流言によって花の国をはじめ、魔術国全土で大反乱が勃発しました」
宰相「魔術国本国はともかく、その他中小国はすべて反魔族派の手に落ちるでしょう」
宰相「そうなれば魔術国連合は崩壊し、我が幸の国も反魔族派に味方する形で反乱に干渉すれば、魔術国連合はすべて我が幸の国が配下となるでしょう」
幸の国王「ふむ。ここまでは予定通りか」
宰相「はい。しかし……」
幸の国王「どうした」
宰相「奇術国連合はすでに反乱に乗じて侵攻を開始しました」
宰相「いくら状況が状況だったとはいえ、早すぎる上に準備が万端すぎます」
宰相「どこからか情報が漏れていたのではないでしょうか……」
宰相「それに、このままでは奇術国連合に先を越され、我ら幸の国が介入する前に魔術国連合は平定されてしまいます」
宰相「どうなさいましょうか魔王様」
幸の国王「ふむ……やはりあの青二才の正体は……」
幸の国王「そうか。それならそれでよい。好きに攻めさせてやれ」
宰相「しかしこのままでは」
幸の国王「任せておけ。策はある。まだ誰にも話していない最後の策が、な」
幸の国王「あの青二才亡き今、卿に話しても問題はなかろう」
幸の国王「よいか?」
~~~~
~~~~
宰相「なるほど……それはまた大層壮大な策であらせられますな。流石魔王様であります」
幸の国王「褒めずともよい。まあ、これでどうして余があの勇者を消そうとしていたか納得がいったであろう」
宰相「はっ。お恥ずかしながら、智に乏しい私めには理解しかねておりました」
宰相「しかし、この策があれば奴も手は出せないのではないのでしょうか」
幸の国王「そうとも限らん。やつは余の策を尽く看破したあの七番目の勇者だ。油断はできん」
宰相「はっ」
幸の国王「それでは、手筈通り然る後に魔術国へ向かうぞ。それまでに卿は少しでも戦闘が激化するよう工作を続けておけ」
宰相「御意に」
幸の国王「これでもうすぐ人間族は全て滅び去るのだ……!」
幸の国王「フフフ……ハハハハハハ!!」
761: 2015/05/26(火) 23:20:44.22 ID:ci+r81Ur0
―――勇者の国 首都 代表執務室―――
ドタドタドタ
団長「勇者、大変じゃ! 先日花の国王が親魔族派への演説中に暗殺され、それをきっかけに魔術国連合全土で反乱が起こったということじゃ!」
勇者「ついにきたか。奇術国軍の動きは?」
団長「ああ。それを受けて既に光の国方面から水、火の国両国方面へ向けて侵攻を開始したということじゃ」
勇者「なるほど、流石に動きが速いね」
勇者「それじゃあ僕らも行動を起こすことにしようか」
勇者「全部門長を緊急招集してくれ」
団長「分かったのじゃ!」
762: 2015/05/26(火) 23:21:17.08 ID:ci+r81Ur0
―――同 会議室―――
勇者「さてみんな、かの預言者様の言う通り、魔術の国全土で反乱が始まった」
勇者「僕らもすばやく行動を開始しないといけないだろう」
勇者「まず団長、直ちに魔術国連合との同盟を解消してくれ。その後、経過を見て奇術国と同盟を結びなおすんだ」
団長「任せるのじゃ」
勇者「あと、戦士。くれぐれも、魔術国連合側の国境は気を付けてね。亡命者を受け入れるのはいいが、反魔族派のスパイに入られちゃあたまったものじゃない」
勇者「魔術国側の検問をしばらく強化してくれ」
戦士「おうよ」
勇者「とりあえずはこんなところかな、団長、幸の国に何か動きはあるかい?」
団長「いや、今のところは静寂極まりないな」
団長「正直気味が悪いくらいじゃ」
団長「しかし、魔術国連合を乗っ取る算段の幸の国としては、この奇術の国の動きを見てどう反応するつもりなんじゃろうな」
団長「このままだと奇術国連合が魔術国連合を取り込んで終わるだけじゃろう」
勇者「そうだね、とはいえ、幸の国も今の奇術国連合と戦ったところで敵うものでもないだろう」
勇者「このままいつまでも静かにしていてくれたら、僕らもありがたいんだけどね」
戦士「ケッ、あの幸のクソジジイがあのまま終わったりするもんかねぇ」
副団長「戦士は幸の国王のことを知っているのかい?」
戦士「知っているも何も、俺たちのケツを叩いて戦場へ放り出した張本人だぜ。忘れもしねぇ」
戦士「たしかに表面上はへらへらと愛想の良い国王だが、裏では俺たちのことを奴隷、いやそれ以下だと見下してやがった野郎さ」
勇者「仕方ないさ、戦争孤児でろくに働けもしない僕らを養ってくれたんだ。それだけで十分だろう?」
戦士「あーあ。お前のその前向き精神にはつくづく憧れるぜ」
副団長「ニャルほど、君たちも苦労してきたんだね」
勇者「まあ、君たち半魔ほどじゃないだろうけどね」
勇者「とにかく、平和の実現はもう目の前だ」
勇者「何事も起こらずに戦争が完全に終結するのを願おうじゃないか」
勇者「そうすれば僕らの目標は達成されるんだ」
団長「そうじゃな。ついに、平和が訪れるのか……」
戦士「意外とあっけねえもんじゃねえか」
副団長「平和……かぁ……」
763: 2015/05/26(火) 23:21:58.67 ID:ci+r81Ur0
―――会議後 行政府 塔最上階展望台―――
ヒュオオオ
団長「ふぅ。ここまで登るのも毎回毎回疲れるものじゃな」
勇者「やあ団長。今日はどうしたんだい」
勇者「成長はしないのに老化はするみたいだね」
団長「別に毎回疲れてるのじゃ。たまたま今回口に出しただけじゃろうに」
勇者「そうかい、まあ、そのほうが口調にはあってるよ」
団長「まったく。外副長にも同じようなことを言われたのじゃ。そんなに儂の口調は婆臭いのかのう」
勇者「少なくとも、見た目とのギャップは想像以上だね」
団長「勇者の名前と実力のギャップに比べたら大したことはないのじゃ」
勇者「こいつは手厳しい。で、何か僕に用でもあるのかい?」
団長「うむ。勇者……勇者は本当にこのまま平和が訪れると本当に思っておるのか?」
勇者「うーん。まあ、そうなってくれるとありがたいね」
勇者「これ以上犠牲を出さなくてもいいし、何より、楽でいい」
勇者「ま、平和こそが僕の当初の目標であり、この勇者の国に住む全員の望みでもある訳だ」
勇者「訪れるに越したことはないよ。ただ……」
団長「何か、不安なことでもあるのか?」
勇者「まあね」
勇者「あの、僧侶が言っていた『先代魔王が生きている』ということがどうしても頭に引っかかってね」
勇者「もし彼が幸の国王に乗り移って陰謀を張り巡らしているのだとしたら……」
勇者「どうしてもこのまま終わるとも思えないんだ」
団長「なるほど……やはり先代魔王というのは恐ろしい存在なのか」
勇者「そうだね。僕も一体何度命を落としかけたか……もう数えも切れないね」
勇者「そんな彼のことだ。まだ何か手を残していてもおかしくはない」
勇者「まだ情報が足りなさすぎるけど、何か胸騒ぎがするんだ」
団長「そうか……儂には到底理解できそうではないが、もし手伝えることがあったらいつでも言ってほしいのじゃ」
764: 2015/05/26(火) 23:23:31.03 ID:ci+r81Ur0
団長「情報収集と外交なら儂も自身があるのじゃ」
勇者「お、不干渉区発足から数年経って、団長も手に板がついたみたいだね」
団長「何を言っておる。情報収集は儂の得意分野じゃ、舐めてもらっては困るぞ」
勇者「ごめんごめん。まあ、そこまで言ってくれると頼もしいよ」
団長「う、また頭をぽんぽんしおって……儂は勇者とほとんど同い年だといっておるじゃろうに」
勇者「はは。つい良いところに頭があったものでね」
団長「く、覚えておれよ……儂だっていつか副団長や魔王のようなナイスバディを手に入れてじゃな……」
勇者「当分無理じゃないかい?」
団長「む、まあ、しばらくの間は見逃してやろう」
勇者「せいぜい楽しみにしておくよ、それまで僕が生きていればね」
団長「嫌でも見せてやるのじゃ」
勇者「そうだ、で、結局魔王に頼んでいた事って何だったんだい?」
団長「ああ、そういえばまだ話しておらんかったな」
団長「儂が理事長に会ったとき、去り際に気になることを言われてな」
勇者「気になること?」
団長「ああ。父親を探せ……とな」
団長「それで、魔王に儂の父親について何か手がかりが魔国にないか探してもらったんじゃ」
勇者「なるほど、団長も相当な魔力を持つ半魔だから、父親も相当な力を持った元魔王軍幹部の可能性は高い……か。それなら確かに手がかりくらいはありそうだね」
団長「うむ。すると、今から20数年前に反逆罪で処刑された魔王軍幹部の資料が見つかったということじゃ。それも『王』の称号を持つ、な」
勇者「『王』だって!?ということは魔王軍の最高幹部じゃないか!」
団長「その幹部は賢王といってじゃな。どうも、人間族との密愛が発覚して処刑されたということなのじゃ」
勇者「なるほど、それでその子供が北部の荒れ地に落ち延びた結果が君だということなのか」
団長「そのようじゃ。しかし、それでも奇妙な点があってじゃな」
勇者「奇妙な点?」
団長「うむ。どうもその賢王は知恵に長けた魔族で、その代わり実質的な戦闘力を持っていなかったらしくてな」
765: 2015/05/26(火) 23:24:34.36 ID:ci+r81Ur0
団長「魔力もほとんど持ち合わせていなかったそうなのじゃ」
勇者「なるほど、それは確かに変だね。魔族の魔力や戦闘力は大半が遺伝によって継承されるもの……」
勇者「団長が卓越した知恵を持っているのは説明できても、その強大な魔力は説明できない」
団長「そうなのじゃ、それでどうも納得がいかなくてな。また魔王に調査をお願いしてはおいたものの、これ以上何か分かるものなんじゃろうか……」
勇者「なるほどな……もしかしたら、前に団長が言っていた夢にも少し関係があるのかもしれないね」
団長「夢? あのよく分からない変な夢か?」
勇者「うん。最近もまだ見ているのかい?」
団長「ああ。相変わらずじゃ。心なしかだんだん頻度が増しているようにも感じるのじゃ」
団長「最近では情景もはっきりしてきたのじゃ。でも、何を言っておるのかは残念ながら覚えておらん」
団長「ただ何か大きな影のようなものが儂に話しかけてきているということしか……」
勇者「ふむ」
勇者「何か大きな影……か」
勇者「ま、それだけじゃあどうにも分からないね」
団長「そうじゃな、儂も次あの夢を見たらそやつをひっ捕まえられるよう努力してみるのじゃ」
勇者「そいつはたまったもんじゃないだろうね」
ヒュウウウウウ
団長「この町も随分発展した物じゃなぁ」
団長「電燈の色彩も日に日に美しさを増している気がするのじゃ」
勇者「そうだね、各国からの移住者も年々増えているし、このままだと地平線までこの町が広がってしまうんじゃないかと冷や冷やしているよ」
団長「それもそれで見てみたいもんじゃな」
団長「ほんの数年前まで争いの耐えなかったこの土地がここまで平和と調和にあふれた国になるなんて……」
団長「これこそ夢でも見ているんじゃないかと時々不安になるのじゃ」
勇者「僕もまさかここまでうまく発展してくれるとは予想外だったよ」
勇者「これで戦争が終わってくれればそれこそ万々歳なんだけどね」
団長「ああ。その通りじゃ……」
こうしてこの一年もたたぬうちに、奇術国と魔術国の戦争は終止符を打つこととなるのであった。
766: 2015/05/26(火) 23:25:02.01 ID:ci+r81Ur0
――――数か月後 魔国 魔王城――――
使い魔「魔王様、復興省が再び魔王様のご出頭を求めております」
魔王「また復興省? 最近ほんっと多いわね……」
魔王「側近は?側近はどこにいるの?」
使い魔「はっ、今はお出かけの模様です」
魔王「またぁ?最近そればっかりじゃない!」
使い魔「と、おっしゃられましても……私方も何処へ行かれたのかさっぱりで……」
魔王「もういいわ!後で行くと言っておきなさい」
使い魔「分かりました」
魔王「はぁ……復興省の連中もねちねちしつこいし……調査も進まないし……」
魔王「ほんと嫌になっちゃう……」
魔王「はぁ……勇者の国に遊びに行きたいなぁ……」
魔王「って、魔王たる私が勇者に会いに行きたいなんて!」
魔王「……でもたまにはいいわよね」
魔王「そうだ、側近がいないならちょっと部屋に悪戯してやろうかしら」
魔王「これも側近がいないせいで私自ら復興省なんかに行かないといけなくなっているわけだし」
魔王「当然の報いね!」
ズカズカ
767: 2015/05/26(火) 23:25:41.17 ID:ci+r81Ur0
―――魔王城 側近の部屋―――
魔王「うーん、何から悪戯してやろうかしら」
魔王「あの本棚には何があるんだろう」
パラパラ
魔王「『人間族による洗脳魔法の人体実験の報告』……『氏亡した魔族の蘇生実験』……」
魔王「これは……彼がまだ『冥王』と呼ばれていた時代のものみたいね」
魔王「あ……こんなことも……これは……ひゃっ!? びっくりした……」
魔王「これはかなり酷い事までやっていたみたいね……これは下手に復興省に見られるわけにはいかないわ……」
魔王「そっと戻しておこうっと……」
カチッ
ゴゴゴゴゴゴ
本を戻すと、何かスイッチが入るような音と共に壁が開き、通路が現れた。
魔王「!?」
魔王「これは……隠し部屋?」
魔王「いったい何が……」
通路を進むと、何やら本などが積まれた書斎のような部屋に出た。
魔王「これは……」
魔王は一番近くにあるノートを手に取った。
魔王「『魂を他の生物に憑依させる秘術について』」
魔王「魂を他の生物に?そんなの不可能のはずじゃないの?」
魔王「一体どうやって……」
パラパラ
魔王「こ……これは……!」
魔王「復興省なんかに構っている暇はないわ! 今すぐ勇者に知らせないと……!」
ダダダッ
魔王は勇者の国へ向かった。
768: 2015/05/26(火) 23:26:23.74 ID:ci+r81Ur0
―――同じ頃 魔術国 王城 大講堂―――
魔術国連合は既に魔術国本国を残して奇術国軍に制圧され、本国も首都付近まで軍の侵攻を受けて最早占領寸前であった。
魔術国王「こ、このままではまずいぞ……もう奇術国軍がもうそこまで迫っておる」
魔法省長官「総司令官!どうにかならんのか!」
魔術連合軍総司令官「も、もう無理だ……我が方の兵力は多くて1万……対して他方は10倍をゆうに超えている……」
魔法大学校長「最早これまで、ですな。潔く降伏を受け入れてはどうです」
長官「そ、そんなことは問題外だ!何百年も栄えてきたこの国がそう簡単に滅びるものか!」
魔術国王「なんとしても儂の代でこの国を滅ぼすわけにはいかん……」
総司令官「しかし、最早……」
校長「その通りじゃ。人がいつかは命絶えるように、国家もまたいつかは滅びていくものなのじゃよ」
校長「それを我らごときがとやかく言おうなど、おこがましいものだとは思わんかね」
長官「貴様、それでも国を愛すべき四賢人の一員か!」
長官「我らは最後までこの国とあるが運命! 我ら滅びぬ限り国もまた滅びぬのだ!」
魔術国王「そ、その通りじゃ長官。ほれ、校長も少し諦めるのが早いというものではないかね」
魔術国王「それに我らには『あれ』がまだ残っておる」
ザワッ
総司令官「まさか……」
校長「お主、本気で言っておるのか……!?」
校長「あれはもう使わないと偉大なる先代四賢人様はお誓いになったのじゃぞ……」
校長「それを忘れたのか!」
魔術国王「し、しかし、この危機にあっては先代方もお認めになるはずじゃ!」
長官「そうだそうだ! 折角この国の危機のために残された最後の手段を今使わずしていつ使うのだ!」
長官「今こそ敵を薙ぎ払って、我らを裏切った愚民どもに我らの崇高な愛国心を示すべきなのだ!」
769: 2015/05/26(火) 23:27:01.05 ID:ci+r81Ur0
パチパチパチ
突然、講堂に何者かが現れた。四賢人をもってしても感付けないほどに、彼らは魔力を隠ぺいしていた。
総司令官「だ、誰だ!」
??「いやぁ、卿らの愛国心には心底感動させていただいた」
魔術国王「貴様らは……幸の国王と幸の宰相ではないか!」
魔術国王「一体どうしてここに……」
幸の国王「我ら幸の国は魔術国連合に協力したく思っておりましてな」
幸の国王「余直々に今一度幸の国への亡命を提案しに来たのだ」
長官「ぼ、亡命だと!? ふざけているのか!」
長官「逃げるなどできるわけがなかろう!」
魔術国王「そ、そうじゃ……その通りじゃ」
校長「……」
幸の国王「逃げろといっているわけではない」
幸の国王「一度幸の国へ退避し、そこで奇術国軍の崩壊を狙い、その後帰還すればよいのだ」
幸の国王「卿らには『あの魔法』があろう……それを使って奇術国軍を打倒するのだ」
魔術国王「な、貴様なぜそれを……」
幸の国王「今はそんなことより決断を急ぐべきであろう!」
幸の国王「どうするのだ?卿らは国が惜しくはないのか?」
魔術国王「ぐぬぬ……」
長官「これとない機会ではないか国王! 幸の国王の助力をお借りするべきであろう!」
総司令官「私もそう思います」
長官「よもやためらうのではあるまいな!」
魔術国王「分かった。幸の国王の力をお借りしよう」
魔術国王「校長もそれでよいな」
校長(魔術の国も終わり……か……)
校長(それなら……せいぜい華麗に散るがよいのじゃ……)
校長「私に抗う力などありはせんよ」
校長「好きにするがよい」
幸の国王「そうと決まれば急がねばな……」
幸の国王「宰相、足止めは任せたぞ」ボソッ
宰相「はっ」
その後、四賢人は幸の国王の手引きによって素早く、そして内密に幸の国王城へと亡命した。
その途中に、校長がひそかに伝聞魔法を送信したことに気付いた者はいなかった。
770: 2015/05/26(火) 23:27:31.53 ID:ci+r81Ur0
―――同刻 魔術国中央大図書館―――
魔法使い「うーん……ないわね」
魔法使い「助手、そっちはどう?」
助手「全然だめです~」
助手「魂を扱う魔法なんて私も聞いたことがありませんよ~」
魔法使い「まったくね」
魔法使い「魂を移す魔法自体資料が少ないのに、一体どうやって調査しろっていうのかしら」
魔法使い「これは終戦までに何とかなるのかしらね」
魔法使い「ま、先に戦争が終わってくれた方がありがたいんだけど」
ピピッ
魔法使い「ん、これは伝聞魔法? 誰からかしら」
助手「師匠―、どうかしたんですか?」
魔法使い「魔術大学校校長からの伝聞魔法みたいよ。一体どうしたのかしら」
魔法使い「校長を譲りたいってことならもう断ったはずなんだけど……」
魔法使い「……なっ」
魔法使い「四賢人が……幸の国へ亡命した!?」
771: 2015/05/26(火) 23:27:58.55 ID:ci+r81Ur0
助手「四賢人がですか!?」
助手「国を見捨てたって言うんですか!?」
魔法使い「待って、まだ続きがあるわ」
魔法使い「そしてその幸の国で『あの魔法』を使って奇術国軍を一掃する由有り」
魔法使い「まさか……『あの魔法』って……超究極魔法を使うつもりなの!?」
助手「え、超究極魔法って、あの……」
魔法使い「ええそうよ、かの大賢者の最高傑作であり集大成」
魔法使い「かつて魔術国が魔王軍の侵攻を受けて危機に陥った際使用され、数十万の魔王軍を薙ぎ払ったといわれる超破壊魔法……」
魔法使い「まさか人間族に対して使うなんて大賢者もびっくりでしょうよ」
助手「そんなことって……」
魔法使い「急いで勇者の国に戻って報告しましょう」
魔法使い「その前に伝聞魔法で伝えておきましょうか」
魔法使い「四賢人無き今、もう魔術国軍に戦わせても無益よ」
魔法使い「すぐに降伏を受け入れさせましょう!」
助手「らじゃーです!」
こうして、魔術国内の戦闘も数日後には終結。残された魔術国本国の軍も各政務機関も奇術国への降伏を受け入れた。
そして、魔王と魔法使いは勇者の国へと再び出発した。
ここに勇者の最後の戦いが始まろうとしていた。
777: 2015/06/28(日) 00:37:37.16 ID:1T0CM5RR0
―――数日後 魔術国内 奇術国軍のキャンプ―――
奇術国兵1「はぁ、意外とあっけなかったですね伍長」
奇術国兵2「そうだな。軍務理事様自ら作戦を考案して下さっていたが、どれもこれも成功ばかり」
奇術国兵2「流石軍務理事様は違うねぇ」
奇術国兵1「少なくとも前の上司よりはよっぽど有能ですよね」
奇術国兵1「それになにより、めちゃくちゃ可愛いですし」
奇術国兵2「そうだな、俺もあんな娘がほしかったなぁ」
奇術国兵1「伍長はそれよりも結婚を先に済ましてしまうべきでしょう?」
奇術国兵1「順序が逆ですよ順序が」
奇術国兵2「うるせぇなぁ。既婚だからって調子に乗りやがって」
奇術国兵1「ええ、この戦争が終わったら田舎に移って平凡に暮らすって約束したんです」
奇術国兵2「けっ、羨ましいもんだな。もう戦争も終わっちまったし、実現も間近じゃねえか」
奇術国兵1「どうも……ん?あれはなんです?」
奇術国兵2「あれ? あれってお前……あれは味方の兵だろ」
奇術国兵1「え、魔術国軍の兵もいるみたいですが……」
奇術国兵2「馬鹿いえ、なんで敵軍の兵士と仲良く歩いてるっていうんだ。そんなわけないだろ」
奇術国兵1「あれは……」
奇術国兵2「そんなに気になんのか……!?」
彼がもう一度振り返ると、そこには奇術国軍のキャンプに向かって夥しい数のゾンビ兵が行進していた。更に、歩く先でも氏体が起き上がり、その列に加わっている。
ゾンビ兵「グォォォォォォ……」
奇術国兵2「き、緊急事態!緊急事態!!」
ドガァァァァン
奇術国兵1「な、なんてこった……」
その直後、背後の氏体埋葬地周辺で爆発が起こった。
この戦争で氏んだ全戦氏兵がゾンビとなって奇術国兵に襲い掛かったのだ!
この騒動によって奇術国軍は鎮圧に相当な犠牲と時間を割くこととなった。
778: 2015/06/28(日) 00:38:18.73 ID:1T0CM5RR0
―――数週間後 勇者の国中央行政府 会議室―――
勇者の国では、魔法使いの報告により大きな動揺が走っていた。そして魔法使い、魔王両者の到着を待って緊急会議が開かれることとなった。
勇者「さて……話すことが多すぎて何から話せばいいのやら……」
勇者「とりあえず魔法使い、先日の伝聞魔法の詳細を」
魔法使い「分かったわ」
魔法使い「数週間前、魔術国の中枢である『四賢人』が幸の国へと亡命したわ」
魔法使い「それによって魔術国本国での戦闘は終結、各機関、軍ともに降伏した」
魔法使い「しかし、四賢人は亡命先の幸の国で『超究極魔法』を用いて奇術国軍を一掃する計画を立てているそうよ」
魔法使い「四賢人亡命の途中に魔法大学校校長が私に伝聞魔法を使って告発してきたわ」
魔法使い「まあ、彼も愛国者ではあっても、狂信者ではなかったようね」
勇者「超究極魔法か……」
魔王「そんな魔法が……?」
戦士「無駄に豪勢な名前だが、本当に破壊力は一軍を一掃するほどもあるのか?」
団長「そうじゃな。今の四賢人がかつての四賢人ほどの魔力を持ち合わせているとは限らん」
副団長「そうだそうだ!」
魔法使い「確かにそれは正しいわ。でも、あの魔法の本質は魔力にはないのよ」
魔法使い「超究極魔法……その正体は私たちの頭上はるか高くに浮かぶ物体を、想像も絶する速度で地面にたたきつけるというもの」
魔法使い「よってその攻撃力は叩きつける物体に依存し、魔力には依存しないというわけよ」
戦士「頭上に浮かぶ物体だぁ?」
副団長「そんなものが、一体どこに……」
魔王「聞いたこともないわ!」
団長「……星、か」
勇者「奇術の国で聞いたことがある。空の向こう側には重力のない真っ暗な世界が広がっていて、そこに奇術の国は機械を打ち上げて天気などを見ているのだとか」
勇者「更に、奇術の国ではその『宇宙』と呼ばれる空間に一度打ち上げて投下するという破壊兵器も開発していたらしい」
勇者「今は条約で使用は禁止されているけどね」
779: 2015/06/28(日) 00:38:49.60 ID:1T0CM5RR0
勇者「で、宇宙には巨大な岩石なども浮かんでいるから、それを操って地面に落とすってとこだろう」
魔法使い「その通り」
魔法使い「大賢者も大層なスケールで物が見えていたみたいね」
魔法使い「この魔法による被害の影響範囲は小さくて十数キロ、最大ではこの大陸の大半を焼け野原にできるわ」
戦士「大陸の大半をだと……!?」
副団長「ニャンと……」
団長「すさまじい破壊力じゃな……」
魔王「かつての魔王軍もそれによって大損害を受けていた、ということなのね」
魔法使い「ま、そういうことね」
魔法使い「まあ、このままいけば四賢人は奇術国連合が再起不能になる程度の損害を与えることができるでしょうね」
勇者「これはまずいことになったな……」
勇者「このことは僧侶には伝わっているのかい?」
魔法使い「ええ。でも奇術国軍もこの前から続いているゾンビ騒動のせいで身動きが取れなくなっているようでね」
勇者「ああ、そのことはこちらも聞いているよ」
団長「戦氏した全兵士がゾンビとなって襲い掛かるなど、前代未聞のことじゃ」
戦士「ついに長引く戦争に耐えかねて、氏者まで抗議を始めたか?」
魔法使い「ま、そうだったらまだましな方よ」
魔法使い「実際は氏者蘇生魔法による強制的なゾンビ化ととらえる方が現実的でしょうね」
780: 2015/06/28(日) 00:39:19.13 ID:1T0CM5RR0
勇者「しかし、こんな大規模にそんな魔法を展開できるなんて……」
魔王「それなら、心当たりがあるわ」
団長「心当たりじゃと?」
魔王「ええ。あんなことができるのは、今のところは『側近』しか思い浮かばないわ」
魔王「彼はかつて魔王軍で『冥王』と呼ばれていた上級魔族」
魔王「その由縁は氏者の身体を操ったり、魂を扱った魔法に極端に長けていたからよ」
魔王「側近の魔力なら今までの戦闘で戦氏した十数万の氏体を操るなんて容易いことでしょうね」
勇者「側近、か。確かに、彼はまだ生きているんだったね」
団長「数十万の氏体をとは……」
魔法使い「それは魔族にしか不可能ね」
勇者「なるほど、ということは側近が十数万の屍兵を使って奇術国軍の足止めをしているということか」
勇者「そいつはいささかタイミングが良すぎるね」
団長「ということは、側近が四賢人の亡命を唆したということではないのか?」
魔王「最近姿を見ないと思っていたら幸の国に遊びに行っていたってこと!?」
勇者「遊びに行っていたわけでもなさそうだよ」
勇者「四賢人が幸の国に亡命したということは幸の国王が何かしらのかかわりがあることは間違いない……」
勇者「となると、側近と幸の国王は繋がっているということは確実だ」
勇者「すると僧侶が言っていた幸の国王に先代魔王が取り憑いているという情報は真実に限りなく近づくだろうね」
魔王「お、お父様が!?」
魔王「お父様が、生きているの!?」
勇者「まあ、まだ憶測だけどね」
勇者「結局、魂を移す具体的な方法は見つからなかったみたいだけど……」
魔法使い「魔術国に資料はなかったわ」
魔王「あ、そういえば言い忘れていたことがあったわ!」
勇者「何だい?魔王」
魔王「この前側近の部屋に行ったときに隠し部屋を見つけてね」
魔王「そこで側近の記録帳を見つけたんだけど……それによると側近は魂を他の生物に移す魔法を完成させていたみたいよ」
勇者「なんだって!?」
魔法使い「完成していたですって……」
戦士「先を越されたようだな魔法使い」
副団長(魔法使い様が先を越されただって……!?)
781: 2015/06/28(日) 00:39:58.71 ID:1T0CM5RR0
魔王「ええ。どうやら側近は魂と魔力を別々に分離して移すという方法をとったみたいでね」
魔王「更に魂は旧魔王軍の技術で作成した魔法器具に移し替え、それを移す先の生き物に接触させて、そこからその生き物をコントロールするということらしいわ」
魔法使い「なるほど……確かにそれなら……!」
魔法使い「魔法器具に必要な魔力耐性はこのくらいで……これをこうして……いや、こうかしら……」ブツブツ
勇者「なるほど……つまり、先代魔王の魂と魔力は別々の場所にあり、少なくとも魂は幸の国王に乗り移っているということか」
勇者「それで究極破壊魔法を使わせて魔術国のついでに奇術国も滅ぼし、その後に魔族だけの帝国を再興する……」
勇者「大分この騒動の全貌が見えてきたね」
戦士「つまりは、やっぱり黒幕は先代魔王だってことだろう!?」
戦士「じゃあこんな奴をここに野放しにしておいていいのかよ!」ジャキ
戦士は魔王を指さした。
魔王「こんな奴とは失礼ね!」バチッ
会議場に緊張が走った。
勇者「まあまあ2人とも」
勇者「魔王もここ数年でいろんな経験をしてきたんだ。先代魔王が生きていたからといって、すぐに僕らを攻撃してくるとは限らないだろう?」
団長「どうなのじゃ?魔王」
魔王「そうね。勇者の言う通りよ」
魔王「私は確かにお父様を今でも愛しているわ。でも、もう依存するのは止めることにしたの」
魔王「恐らくお父様もこんな私を味方として計算してはいないと思うわ」
魔王「それに、私には協調に満ちた平和な世界のほうが性に合っているみたいでね」
魔王「今のお父様が人間族を排して、魔族だけの繁栄を望んでいる以上、もし敵対することになっても、私は私の思う平和を実現するために努力するまでよ」
魔王「ま、ここの私の部屋の家賃も溜まっちゃってるしね」
勇者「君から家賃をとろうなんて思った覚えはないけどね」
魔王「た、例えよ例え!そんなことも分からないの!?」
団長「なるほど、魔王の気持ちはよくわかったのじゃ」
勇者「これなら、戦士も文句はないんじゃないのかい?」
戦士「ふん。俺はどうしても納得がいかんがな」
戦士「裏切る意思がないってんなら拒絶する理由もない」
782: 2015/06/28(日) 00:40:26.50 ID:1T0CM5RR0
副団長「戦士だって幸の国と戦うってんなら一緒なことだしね」
戦士「猫にしては珍しく正論を言う」
副団長「な、だからボクは猫じゃない!!」
団長「それで、どうするんじゃ勇者」
団長「僧侶にこのことを通達して奇術国軍に幸の国を制圧してもらうのか?」
勇者「いや、それでは時間がかかりすぎる」
勇者「だろう?魔法使い」
魔法使い「そうね、超究極魔法の始動にかかるのは約2カ月。残り約3週間ってところかしら」
勇者「ということだ」
勇者「僧侶によると、奇術国軍がゾンビ兵を制圧するまでには少なくとも半年はかかるということだ」
勇者「これでは間に合わないだろう」
勇者「それに、これはあくまで僕と先代魔王の戦いの延長戦だ」
勇者「僕が最後までけじめをつけなくちゃね」
戦士「そうだな、仕留めそこなった借りを返してやるぜ!」
魔法使い「私も行けるところまで行かせてもらうわ」
勇者「団長たちも、手伝ってくれるかい?」
団長「もちろんじゃ!3族の平和のためならこの命だって惜しむものではないのじゃ」
副団長「そうだそうだ!」
魔王「私も同じ意見よ」
魔王「お父様の考える平和は余りにも狭すぎる平和なのよ……それを教えてあげなきゃね」
勇者「みんな、ありがとう」
勇者「それじゃあ、急いで幸の国へ向かおう」
勇者「各自準備をよろしく。あと団長、移動には空を飛べる半魔や魔族に乗せてもらうようにするから、急いで集めてもらってもいいかな」
団長「ああ、任せるのじゃ!」
魔王「私は自力で飛んでいくわよ!」
戦士「憲兵隊もつれていくか?」
勇者「そうだね、側近のゾンビ兵が控えているかもしれない」
勇者「できる限りの兵力で臨もう」
戦士「おうよ!最初で最後の大遠征だぜ!」
こうして数日間の準備ののち、勇者一行は出発の準備を整えた。
783: 2015/06/28(日) 00:40:54.38 ID:1T0CM5RR0
―――数日後 勇者の国 首都 中央広場―――
中央広場には、勇者の国各地から集められた飛行型半魔及び魔族、そして憲兵が総勢約2000名集められた。その内訳は、補給や運搬を担う兵が約半数を占め、残りが戦闘要員という割合である。
勇者「よし、それじゃあ出発しようか」
戦士「おうよ!全員、最初で最後の戦いになるかもしれねえが、気合入れていくぞ!!」
オオー‼
団長「戦士の気合の入りようは十分を通り越して異常じゃな」
魔法使い「まあ、彼は戦うために生まれてきたような男だからね」
魔法使い「氏の谷の決戦以来まともな戦いもしてこなかったし、張り切るのも無理はないわ」
団長「なるほどな……ところで、お主は結局ついてくるのか?」
魔法使い「ええ、この車椅子にちょっと改造を加えてね」
魔法使い「魔力で飛行や移動ができるようにしたから、機動性も申し分ないわよ」
魔法使い「それに……」
団長「なんじゃ?」
魔法使い「いや、何でもないわ」
魔法使い「個人的なことよ」
団長「そう言われるときになるのじゃ」
魔法使い「それより、あっちで2人ほど血の気が多いのがいるみたいだけど」
副団長「今回こそは思う存分暴れてやるよ! ほらほら気合が足りないぞ!」
魔王「貴方たちは本気で平和を望んでいるんでしょう!それならお父様に本当の平和というのを教えてやるのよ!!!」
オオオオ―!
団長「そういえばあやつらも武闘派じゃったな……」
魔法使い「楽しそうでいいじゃない」
団長「まったく、これはピクニックじゃないんじゃぞ」
魔法使い「分かってるわよ。さあ、私たちもそろそろ準備しましょう」
団長「ああ。それじゃ、また後でな」
魔法使い「ええ、空中でお会いしましょう」
バサッ
バサバサッ
こうして、勇者一行は出発した。
勇者一行は、こまめな休憩と補給を取りつつ、2週間余りをかけて順調に幸の国国境付近へと到達した。
しかし、間もなく幸の国首都上空に到達しようとした時、事は起こった。
789: 2015/07/24(金) 01:02:21.85 ID:LpS1gGxf0
―――幸の国首都近郊 夕方 上空―――
先頭を行くのは勇者と団長を載せた鳶型半魔である。彼は半魔盗賊団時代に実行隊に所属し、外副長と共に各国を飛び回った半魔であった。
ヒュオオオオ……
勇者「……」
団長「うう……流石にこの高さでは寒さも厳しいのぅ……」
団長「どうしたのじゃ勇者、顔色が優れんぞ」
勇者「うーん……どうも違和感が拭えなくてね」
勇者「何か忘れているような……何か大事な事を……」
団長「しかし、今回の勇者の作戦は失敗しようがないじゃろ」
団長「高高度で幸の国首都まで接近し、王城付近に降下して一気に王城を制圧する」
団長「屈折魔法もかけておるし、相手にここまで高く飛ぶ手段もないはずじゃろう」
勇者「ああ。その通りさ」
勇者「確かに相手が本当に人間族の騎士団だとしたらそうだろう。幸の国は奇術の国のような技術は持ち合わせていないしね」
勇者「だが、相手が先代魔王となってくるとまた別だ」
勇者「氏者蘇生魔法であれだけの大軍を混乱に陥れるような策士となれば、何かしら策を打ってきてもおかしくはない……」
790: 2015/07/24(金) 01:03:06.23 ID:LpS1gGxf0
団長「なるほど、じゃがそれは杞憂というものじゃろう」
団長「先代魔王自身も魔力を分離して失っているはずじゃし、側近も氏者蘇生魔法で魔力を大きく消費しているとなれば障害となりうるのは幸の国の騎士団くらいじゃないのか?」
勇者(僕の思い過ごしかな……?)
勇者(団長の言う通り敵には十分な戦力はない)
勇者(もしこの遠征がばれていたとしても止める手段は……)
団長「お、首都までもう少しじゃな。日も沈んだし、今日はこの辺で停泊して明日の決戦に備えるか?」
勇者「そうしよう、全員に通達をしてくれ」
団長「分かったのじゃ」
勇者「停戦協定の調印式以来か、意外とすぐに帰って来れたね」
勇者(……まてよ?)
勇者は、4年前、幸の国での停戦協定調印式のことを思い出した。
そして、そこで交わされたあの条約のことも。
―――……
第一条、『百年戦争』の終結を誓い、人間族と魔族は未来永劫戦いを廃する
第二条、人間族諸侯国は元魔王軍領地を『魔国』として承認する
第三条、両族は協調を旨とする。いかなる場合であっても両族を差別、中傷しない
第四条、幸の国は国内に魔族の居住区を建設する
第五条、両族は経済において提携する
第六条、魔国復興のため、復興省を設置し、人間族が魔国を保護する
―――……
791: 2015/07/24(金) 01:03:36.08 ID:LpS1gGxf0
勇者(第四条、幸の国は国内に魔族の居住区を建設する……)
勇者(そういえばこの条項はいったい何のために定められたんだ……?)
勇者(他の条項に比べて明らかに違和感が……)
勇者(まさか!?)
バサッ
魔法使い「勇者!大変よ!」
別の半魔に乗った魔法使いが珍しく性急な顔をして勇者と団長の半魔に近づいた。
勇者「どうした魔法使い?」
魔法使い「首都から強力な魔力の波動を観測したわ」
勇者「なんだって!?」
団長「なんじゃと!」
魔法使い「どうやら詠唱が始まったみたいよ。急がないと……」
ズガァァァァァン
ウワァァァァァ
ニゲロニゲロッ
団長「こんどはなんじゃ!」
半魔「大変です、後方から、魔族が襲撃してきました!」
全ては同時に起こった。
首都において超究極魔法の詠唱が始まると同時に、突如現れた飛行型魔族の集団により勇者一行は襲撃を受けたのである。
792: 2015/07/24(金) 01:04:24.95 ID:LpS1gGxf0
団長「まずい、後方部隊は大半が補給専門の非戦闘員じゃ!」
勇者「くっ、遅かったか……」
勇者「全員に降下指示を出してくれ、このまま首都に直行する!」
この指示により、勇者一行は全員目下の首都にめがけて急降下を開始した。
魔族団隊長「逃がすな!追えっ!!」
魔法使い「ええい、暴風魔法!」
魔族団隊長「ぎぇああああああっ!?」
魔法使いは咄嗟に暴風魔法を用いて、勇者一行と魔族集団の間に一瞬の亀裂が生じた瞬間に乱気流を発生させ、その追跡を阻むことに成功した。
それに釣られてその他の憲兵や魔王らもありったけの魔法を用いて魔族集団に攻撃を打ち込み、それによって魔族集団の動きが止まったため、奇襲の犠牲者は最小限に抑えられていた。とはいえ、咄嗟の勇者の指示は一行全員には伝わりきらず、戦闘員約半数はそのまま上空での戦いに残されることとなった。
793: 2015/07/24(金) 01:04:56.07 ID:LpS1gGxf0
―――幸の国首都―――
ヒュオオオオ
勇者「全員、あの川辺に着陸するんだ!」
バサバサッ
勇者一行は王城と城下町を隔てる河川の王城側のほとりに降り立った。
この河川は100メートルほどの幅を持ち、実質幸の国王城の堀の役割を果たしていた。
勇者はこれを見越して陸上部隊での進撃を避けたのであったが、結果それが裏目に出たといえる。
しかし、王城の目と鼻の先に降下できたのは不幸中の幸いと呼ぶべきであろう。
あとは王城の庭園代わりの平原を超えれば王城の城壁まで一気にたどり着くことができるのである。
勇者「ふう、この辺までくれば大丈夫かな?」
団長「ああ。しかし戦闘部隊約半数は上空に残ってしまったようじゃ」
団長「とはいえ、そのお蔭で非戦闘員の被害は最小限で済んだようじゃが……」
勇者「半数か……参ったな」
団長「それにしても、どこからあんな数の魔族が……」
勇者「あれは幸の国に居住していた魔族だ」
団長「幸の国に……?」
勇者「ああ」
勇者「停戦協定第四条、幸の国は国内に魔族の居住区を建設する」
勇者「これは、事実上先代魔王軍の伏兵を幸の国内に潜伏させる条項だったのさ」
勇者「どうやら、先代魔王は力による侵略を諦め、陰謀を持って人間族を滅ぼすつもりだったようだね」
勇者「いや、むしろ初めから力による侵略なんてする気がなかったのかもしれないな」
団長「どういうことじゃ」
勇者「魔王軍による人間族侵攻はあくまで陽動で、本質は人間族諸侯国が内部から朽ちていくのを待っていただけなのかもしれない」
団長「つまり、この幸の国こそがその要だったということか?」
勇者「ああそうさ。幸の国王は奇術魔術両連合内にも魔手を伸ばしていたようだったからね。そして、この幸の国が新しく魔国として生まれ変わる予定だったんだろう」
勇者「あの荒廃した街並み……僕が幸の国を去った時の面影が全くない……」
勇者「僕らが勇者の国を作っている間、先代魔王は幸の国を内部から破壊していたようだ」
勇者「先代魔王は幸の国の充実した社会福祉制度に着目し、それを反乱が起こらないようにしながら撤廃していったんだろう」
勇者「幻想魔法か何かを使ってね」
団長「なんたることじゃ……」
ダダダッ
ガラガラガラ
戦士「おい勇者!?大丈夫か!」
副団長「団長!?ご無事ですか!」
794: 2015/07/24(金) 01:05:42.99 ID:LpS1gGxf0
魔法使い「なんとか無事だったようね」
そこに、魔法使いと戦士、副団長が合流した。
それと同時に魔王が上空から遅れて降下してきた。
バサッ
トッ
魔王「ふぅ、いきなり襲ってくるなんて礼儀がなってないわね!」
勇者「皆無事だったか!」
団長「儂は大丈夫じゃ、被害の方はどうなっておる?」
副団長「はい、非戦闘員の約半数が四散して行方不明になりました。戦闘員もここにいるのは元の4割ほどです」
勇者「割と削られたな……」
団長「ぐぬぬ……」
魔王「流石お父様ね、たった数分でここまで兵を削いでしまうなんて……」
戦士「おい勇者!今は急いだほうがいいんじゃねえのか?」
魔法使い「そうね、超究極魔法の発動まで恐らくあと3時間余り……」
魔法使い「もしそれを過ぎてしまったら夜明けと同時刻に奇術国軍は壊滅ね」
勇者「今は一刻を争うみたいだ」
勇者「戦闘員の半数は非戦闘員を護衛して首都から逃げてもらおう」
勇者「残り半数と僕らで、急いで王城を目指そう!」
戦士「おうよ!」
団長「なのじゃ!」
副団長「あいあいっさー!!」
魔王(お父様……今こそお父様の目を覚まさせてあげなくては……!)
799: 2015/08/19(水) 22:59:35.25 ID:W3mt1rs40
―――幸の国首都 王城周辺 草原―――
ヒュオオオ……
戦士「どういうことだ?誰もいねえじゃねえか」
魔王「私の威厳に恐れをなして逃げてしまったのかしら?」
勇者「さすがにそれはないんじゃないかな」
勇者「向こうも魔王がここにいることは知らないかもしれないし、知っていたとしても何か考えがあるんだろう」
魔王「し、失礼ね!そんなことぐらい分かってるわよ!」
団長「なんでまた赤くなっとるんじゃ……」
王城城壁付近には誰一人の姿も見えなかった。
城壁の門は開け放たれ、まるで勇者の到着を待っていたかのようであった。
団長「やはり罠か?」
勇者「その可能性が高いね」
魔法使い「でも、行くしかないんじゃないかしら」
勇者「そうだね。罠と分かっていても踏み込むしかなさそうだ」
勇者「そういや、こんな足場なのに君の車椅子はほとんどガタついていないな」
勇者「一体どんな魔法で味付けしてあるんだい?」
魔法使い「大したものじゃないわ。浮遊魔法で少しだけ浮かしてあるってだけよ」
魔法使い「少しだったら空も飛べるから、機動性は抜群よ」
副団長(空も飛べるなんて……あの車椅子もコレクションにしたいなぁ……)
戦士「だが車椅子を壊されたら終わりだな」
魔法使い「あら、私の防御魔法をもってすれば、貴方の馬鹿頑丈な体なんかよりも優れた耐久性は持たせられてよ」
戦士「ば、馬鹿頑丈……」
勇者「まあ、それならよかったよ」
勇者「それじゃあ、行くとしようか」
魔王「ついに、お父様に会えるのね」
勇者「そうだな。でも、寝返ったりしないでくれよ?」
魔王「ふん!私は一度決めたことは最後まで突き通す主義なのよ」
勇者「そう言って何時ぞやは人間族に敵対していたんじゃなかったのかい?」
魔王「それはもう昔の話よ」
800: 2015/08/19(水) 23:00:06.56 ID:W3mt1rs40
魔王「もう人間族に敵対する時代は終わったのよ。今回は、それをお父様に伝えるためにもここまで来たんだから」
魔王「お父様にもし見限られたとしても後悔はないわ」
勇者「そこまで言えるようになったらもう大丈夫だね」
勇者「改めて、最後までよろしく頼むよ」
勇者は手を差し出した。
魔王「ふん、別にこれは魔族の平和のためにやってることなんだから、勘違いしないでよね」
魔王「でも……」
魔王はその手を握った。
魔王「人間族との協調も一つの平和の形。そうでしょ?」
勇者「ああ、その通りさ」
団長「半魔も忘れちゃいかんぞ」
魔王「もちろんよ」
勇者たちは歩みを進めた。
ザッザッ
勇者「念のため、警戒は忘れずにね」
団長「任せるのじゃ」
戦士「お前に言われたくはねえな」
魔法使い「あなたこそそんな油断しきった顔で大丈夫なのかしら」
こうして、勇者たちは城壁内へと足を踏み入れた。
801: 2015/08/19(水) 23:00:47.83 ID:W3mt1rs40
―――幸の国 王城城壁内 中庭―――
王城の中も、町と同じように寂れ、うっそうとした雰囲気に包まれていた。
中庭は荒れ、城門も錆びてボロボロになっている。
勇者「いくらなんでも寂れすぎだね」
戦士「こんなにぼろかったか?この城は」
ザッザッ
そして、城門に差し掛かった辺りで、戦士の危険感知レーダーに何かが引っ掛かった。
戦士「待て!何かいるぞ」
全員に緊張が走った。
勇者「敵か!?」
魔族集団「グオオオオオッ」
突然どこからともなく魔族の集団が現れた。集団は城壁の上下や中庭の陰から飛び出し、勇者一行を包囲した。
その数はこちら側の兵の数倍に達している。
戦士「チッ……多いな……」
戦士「おい副団長!」
副団長「なんだい?」
戦士「ここは俺たちで食い止めるぞ」
副団長「おうよ!」
戦士「勇者は先に行け! 中にいる奴らなんぞたかが知れている!お前らだけでも大丈夫だろうよ!」
勇者「分かった。団長、魔王、魔法使い、先を急ごう!」
団長「分かったのじゃ!」
魔法使い「任せたわよ戦士!」
戦士「お前が頼み事とは、珍しいこともあるもんだな!」
魔王「また奇襲ね……」
副団長「団長!」
団長「どうした副団長?」
副団長「お達者で」
団長「お主こそ、無事でな!」
ダダッ
802: 2015/08/19(水) 23:01:27.44 ID:W3mt1rs40
勇者達が城内へ無事に通り抜けたのを見計らい、戦士ら残った兵たちは魔族集団の食い止めに尽力した。
戦士と副団長は背中合わせにお互いの背後を庇い合った。
戦士「おい副団長」
副団長「どうしたんだい戦士」
戦士「くたばんなよ?」
副団長「もちろん!」
バッ
こうして2人は久々の戦闘に身を投じた。
803: 2015/08/19(水) 23:02:05.49 ID:W3mt1rs40
―――城内 エントランス―――
勇者「なんて数だ……まだ先代魔王にあんなに兵がいたとは……」
団長「しかし、城内には誰もおらんようじゃな」
城内に入ると、広いエントランスが勇者達を出迎えた。エントランスも例に違わず寂れており、そこら中に蜘蛛の巣が張っていた。エントランスの中央奥には横幅が広い階段がついており、その奥には玉座へと続く扉と階段が鎮座している。どれもこれも以前の栄光をどことなく感じさせるものばかりであった。
魔法使い「これじゃあまるで廃墟ね」
魔王「不潔な城ねぇ……ちゃんと掃除していたのかしら」
??「すみませんねぇ。せっかくのゲストの方々なのに、お手入れの暇がなかったのですよ」
勇者「誰だ?」
宰相「お久しぶりです勇者様。まだお元気でいらっしゃいましたか」
勇者「宰相?こんなところで何を……」
魔王(この魔力……まさか!?)
魔王「勇者、危ない!!」
宰相「即氏魔法!!」
シュバッ
ギュッ
勇者「うわっ」ドテ
団長「なんじゃ!?」
魔法使い「即氏魔法ですって……?」
魔王は一瞬早く勇者を引っ張り、即氏魔法の命中から勇者を救った。
魔王「あなた、『側近』ね」
宰相「これはこれは魔王様が勇者を守るなんて、前代未聞のことですな」
804: 2015/08/19(水) 23:02:44.73 ID:W3mt1rs40
宰相は元の姿に戻った。
宰相→側近「その通りです。お久しぶりです魔王様」
魔法使い「即氏魔法みたいな高度な魔法を使うなんて、流石『冥王』といったところね」
魔法使い「直接魂を粉砕して敵を氏に追いやるってところかしら」
魔法使い「なかなか物騒な魔法じゃない」
側近「おやおや、そちらの車椅子の方もどうやら魔法に長けているようですね」
側近「貴女が噂の魔法使いさんですか」
側近「そしてそちらは半魔盗賊団の団長ですね」
側近「相手に不足はなさそうですね……」
側近「とはいえ、私はあまり剣術は得意ではありません」
側近「是非とも魔法使いのお2人に相手をしていただきたいところですね」
魔法使い「ですってよ勇者」
魔法使い「勇者と団長は早く先に行って魔法陣の発動を止めて頂戴」
勇者「分かった。行こう、団長」
団長「ここは頼んだぞ2人とも」
魔王「本当だったら私1人で十分よ!」
魔法使い「それなら私は横でお茶でもしてましょうかね」
ダダダッ
ガチャ
バタン
団長と勇者は階段をかけ上がり、玉座への扉をくぐった。
魔王「私たち2人に勝負を挑むなんて、命知らずね!」
魔王「私を以前のままだと思ったら大違いよ!」
魔法使い「ま、せいぜい手助けに講じましょうかね」
側近「ふふふ……先代魔王様からは魔王様であろうとも容赦はするなとの仰せを頂いております」
側近「がっかりさせないでくださいね?」
805: 2015/08/19(水) 23:03:54.64 ID:W3mt1rs40
―――エントランス奥 玉座へ続く階段―――
タッタッタッタッ
勇者「はぁはぁ……おかしいな、この階段、こんなに長かったかな……?」
団長「だらしないぞ勇者、そんなことでどうする」
勇者「団長は身軽でいいね」
勇者「僕も体重が軽くなる魔法でも使えれば、奇術国でも氏にかけずに済んだかもしれないな」
団長「結局魔力の消費でへこたれるのが落ちじゃろ」
勇者「それを言われると返す言葉もないね」
団長「勇者……こんな時に言うのも何なんじゃが……」
勇者「なんだい?」
団長「僧侶の求婚を受け入れたというのは本当なのか?」
勇者「えっ!?なぜそれを」
団長「儂の情報網をなめてもらっては困る」
勇者「まあ、否定はしないよ」
勇者「あくまで、平和な世界が実現してからの話さ」
団長「そうか……それは盛大に祝ってやらんといかんな」
勇者「どうしたんだいそんな寂しそうな顔をして」
勇者「まさか団長までこんな冴えない最弱勇者を狙っていたのかい?」
団長「まさか!そんなわけないじゃろ」
団長「じゃが……勇者は儂の兄弟のような存在じゃ」
団長「儂が持っていないものもたくさん持っておるし、それを儂に教えてくれた」
団長「家族がいない儂にここまで親しくしてくれたのじゃ。そんな兄がいなくなっては儂も寂しくなると思ってな」
勇者「兄だなんて、僕も団長はいい妹だと思っているよ」
勇者「ま、見た目だけだと娘だけどね」
団長「だ、だから儂は……! まあよい、妹と認めてもらえて嬉しいぞ」
勇者「そいつはどうも」
806: 2015/08/19(水) 23:04:34.10 ID:W3mt1rs40
勇者「まあ、僧侶とそうなっても僕は団長と離れたりはしないさ」
勇者「団長は僕の頼もしい補佐役の妹だからね」
団長「ほ、本当か!? ありがとうなのじゃ!」ギュー
勇者「わわ、こんなところで抱きついたら危ないじゃないか!」フラフラ
団長「すまん、つい……」
勇者「この続きはこの戦いが終わってからにしようか」
団長「ああ、そうじゃな」
2人は先を急いだ。
タッタッタッ
勇者「流石におかしい……玉座前の階段はせいぜい数十段のはずだ……」
勇者「団長もおかしいとは……!?」
振り向くと、団長の姿はそこにはなかった。
勇者「団長!? く、もしや僕らはもう罠に……?」
ギギッ
突然周りの空間がゆがみ始めた。
勇者「……何だ!?」
と思うと、歩んでもいないのに階段が独りでに下へ下へと滑っていく。
そのスピードは徐々に速くなり、ついには目で追えない速度まで達した。
勇者「うわああっ!?」
そして、最終的には階段の最上段の部屋へと放り出された。
ドサッ
勇者「ぐ……ここは……!?」
そこで勇者の目に飛び込んできたのは……
勇者「団長は僕の頼もしい補佐役の妹だからね」
団長「ほ、本当か!? ありがとうなのじゃ!」ギュー
勇者「わわ、こんなところで抱きついたら危ないじゃないか!」フラフラ
団長「すまん、つい……」
勇者「この続きはこの戦いが終わってからにしようか」
団長「ああ、そうじゃな」
2人は先を急いだ。
タッタッタッ
勇者「流石におかしい……玉座前の階段はせいぜい数十段のはずだ……」
勇者「団長もおかしいとは……!?」
振り向くと、団長の姿はそこにはなかった。
勇者「団長!? く、もしや僕らはもう罠に……?」
ギギッ
突然周りの空間がゆがみ始めた。
勇者「……何だ!?」
と思うと、歩んでもいないのに階段が独りでに下へ下へと滑っていく。
そのスピードは徐々に速くなり、ついには目で追えない速度まで達した。
勇者「うわああっ!?」
そして、最終的には階段の最上段の部屋へと放り出された。
ドサッ
勇者「ぐ……ここは……!?」
そこで勇者の目に飛び込んできたのは……
809: 2015/08/20(木) 22:40:51.83 ID:XeTurI070
―――その頃 城門前―――
大型魔族「グオオッ!!」
戦士「せいっ!」
ザシュッ
副団長「とうやっ!!」
バキッ
大型魔族「グアアアアッ」
ドサッ
戦士ら憲兵と魔族集団の戦いは戦士側の有利に推移していった。
魔族集団は既にその7割近くを失い、初めは城の城門付近であった主な戦場が城壁の門周辺まで押し返されていた。
戦士「なかなか手ごわいが……」ヒュッ
ズバッ
小型魔族「ギャッ」
ドサ
戦士「そろそろお開きってとこか?」
副団長「そうだね、初めはあんなに大勢いた魔族も残り半分をゆうに切っている」
副団長「それに比べてこっちの犠牲もちょうど半分ってとこかな」
戦士「上出来だな」
副団長「魔族も平和ボケでなまってるんじゃないのかい?」
戦士「そうだな。と言いたいが、こいつら俺が魔王軍と戦っていた時の魔族より一回り強い」
戦士「もしかしたら以前は魔王城に親衛隊として使えていた奴らも交じっているのかもしれんな」
戦士「だが」
ズバァッ
ドサッ
戦士「それでも俺らに敵うはずはないがな」
副団長「ま、君の腕力とその十三代勇者の剣の退魔の能力をもってすれば無敵だろうね」
戦士「ほう、こいつにはそんな力もあったのか」
副団長「一度切られると魔族ならば傷が塞がらなくなるっていう、魔族からしたら恐ろしい剣だね」
副団長「さらには魔族の魔力も一緒に奪うんだとか」
戦士「そいつはたまったもんじゃねえな。魔力はもらっても無駄だが……」
副団長「奪うだけでも十分じゃないかい?」
戦士「まあ、その通りか」
ジャキッジャキッ
ズンズン
810: 2015/08/20(木) 22:41:57.59 ID:XeTurI070
戦士「ん、なんだあいつらは」
副団長「……!? あいつら、唯者じゃなさそうだよ」
魔族集団の残りもわずかになったところで、隊長クラスと思しき魔族が2人姿を現した。
1人は全身に漆黒の鎧をまとい、もう1人は巨大な体を持ったトロル族であった。
黒騎士「全く、先代魔王様からせっかく勇者討伐の仰せを頂いたというのに、こんな2人に邪魔されるとは、我が軍も不甲斐なくなったものです」
トロル「がはははは!!まあそう言うな!こいつらが強者なのもまた正しいだろう!」
黒騎士「無駄に敵の名誉を高めてどうするんですか」
トロル「がはははは!!あの氏の谷を越えて右王と左王を討ち取ったやつらだ!それくらいの名誉はくれてやろうではないか!」
黒騎士「はぁ、貴方はどうしていつもそう楽観的なんだか……」
黒騎士「まあいいでしょう。ここは我ら魔王城親衛隊長の実力を持ってこいつらを排除すればよいのですから」
トロル「がははは!!今は幸の王城の、だがな!!」
黒騎士「どっちでもよろしい!」
ドドドド
副団長「くるよ!」
戦士「おうよ!」
トロルを前にし、黒騎士とトロルは突進を開始した。
それに合わせ、戦士と副団長も臨戦態勢に入る。
副団長「トロルは攻撃は強力だが動きは遅い。ボクらが常に動き回ればまず当たることはないね」
戦士「ああ。だが黒騎士は動きが早く厄介だ。常に両方に気を配れよ」
副団長「あいさっ!」
バッ
811: 2015/08/20(木) 22:42:29.18 ID:XeTurI070
突進するトロルを2人は逆方向に迂回し、まずは黒騎士を左右から狙いにかかった。
トロル「うおうお!? こりゃどっちを追えばいいんだ?」
戦士(こいつめ俺らの動きに早速ついていけないと見える)
戦士「!?」
だが、トロルの後ろを走っていたはずの黒騎士はもうそこにはいなかった。
黒騎士「そこだっ!」
すると、戦士は突然背後から急襲を受けた。
戦士「何っ!?」
キィィィン
戦士「くそっ」
ドカッ
一度黒騎士を突き飛ばすと、黒騎士はトロルの陰へと消えた。
戦士(チッ、あのデカブツを障害物に使われちゃあ中々やりづれえな)
副団長「戦士!危ない!!」
戦士「ん……!?」
戦士の頭上には大きな石の塊が落下してきていた。それをトロルの棍棒だと認識するのと、戦士にそれが命中するのは恐らくほぼ同時だっただろう。
副団長「せいっ!」バキッ
トロル「ぐおっ!?」
ズズン
済んでのところで副団長がトロルの右腕に蹴りをかまし、その軌道をずらしたため、なんとか命中は逃れた。
戦士「くっ」
バッ
一度2人とも距離を取る。
戦士「助かったぜ副団長!」
副団長「どうってことないさ!」
黒騎士「……ほう、中々やりますね」
黒騎士「ならば……」
副団長「石柱魔法!」
ズドドド
黒騎士「!」
812: 2015/08/20(木) 22:43:03.90 ID:XeTurI070
トロル「うおおおお!!?」
ズズン
副団長の石柱魔法によって、トロルは足を取られて転倒した。
副団長「今だ!」
戦士「おうよ!」
ダダッ
2人は一気に距離を詰める。
黒騎士「よい戦法ですね……しかし」
トロル「うわあ!来るな来るな!!」ブンブン
トロルは両手両足をがむしゃらに動かして2人の動きを抑えようとした。
副団長「せいっ!」ドゴッ
副団長はその間を縫ってトロルの右足に蹴りを加えた。
身体強化魔法によって威力が強化され、しかも的確な角度でくわえられたその一撃は、トロルの太く頑丈な骨を砕くに充分であった。
トロル「ぐあああああ!!いてぇええええ!!」ドタバタ
戦士「これで止めだ!」
黒騎士「そうはさせません」ヒュッ
黒騎士は戦士の背後から切りかかった。
戦士「なんちゃってな」クルッ
黒騎士「!?」
戦士は初めから黒騎士が背後から襲い掛かるのを予測していたため、体制を素早く立て直した。
戦士「そらっ」キン
ドスツ
戦士は黒騎士の剣を払うと、その首元にできた鎧の微かな隙間に剣を突き刺した。
戦士(この手ごたえは……!?)
黒騎士「残念」
戦士「空だと!?」
ドカッ
戦士「ぐはっ」
戦士は黒騎士に突き飛ばされた。
戦士(チッ、仕留めそこなったか)
副団長「大丈夫かい!?戦士!」
戦士「いちいち騒ぐなよ、張り飛ばされただけだ」
副団長「黒騎士はいったい何者なんだい?」
戦士「わからん。もしかしたらあの鎧はフェイクなのかもしれんな」
副団長「フェイク……?」
813: 2015/08/20(木) 22:43:42.21 ID:XeTurI070
―――…
トロル「ぐおおおおお!!!!いてえよお!!」
黒騎士「まったく。落ち着きなさい。回復魔法」パァァァァ
トロルの砕けた骨は応急処置程度には治癒した。
トロル「すまねえ」
黒騎士「構いません。しかし、貴方の骨を一撃で砕くとは、中々の攻撃力ですね」
黒騎士「攻撃力は貴方に匹敵するかもしれません」
トロル「思ってたより手ごわいじゃねえか!こいつは愉快だ!!」
黒騎士「どこが愉快なんですかまったく」
黒騎士「しかし、我らに負けはありませんよ。この体の秘密さえ守り切ればね」
黒騎士「先ほどは少し危なかったですが……」
トロル「がははは!!なんせ無敵だからな!!!」
黒騎士「声が大きいですよ」
トロル「すまん!!!!!」
―――…
副団長「次はどう攻めるべきかな」
戦士「そうだな、まずはお前がトロルを動けなくしてから俺が止めを刺す。これに尽きるだろう」
副団長「だけど黒騎士はどうする?」
戦士「そうだな、奴はトロルの陰に隠れて背後を狙ってくる」
戦士「なるべく離れないようにして行動することにしよう。トロルの防御力はあなどれんからな。各個撃破されかねん」
副団長「おうよ!」
バッ
また2人はなるべく互いに距離を取らないようにしながらトロルに向かって突進した。
副団長「石柱魔法!」
トロル「同じ手には二度は乗らんわ!!」
ズズズズ
トロルは石柱魔法をかわした。
副団長「さすがにそこまで馬鹿じゃないか」
トロル「むん!!」
トロルは2人にむかって棍棒を振り下ろした。
ズズン
戦士「当たるかよ!」
副団長「同じく!」
ズザザッ
2人はそれをひらりとかわし、股の下をくぐった。
トロル「うお!!!!どこにいった!!!!???」
814: 2015/08/20(木) 22:44:13.55 ID:XeTurI070
黒騎士「いらっしゃいませ」
副団長「!?」
戦士「避けろ!」
ヒュオッ
ザクッ
2人は左右にそれぞれ黒騎士の剣をかわした。
黒騎士「まだまだ!!」バッ
戦士「チッしつこいぜ!」
キン
黒騎士は戦士を追い、切りかかったが、戦士もすぐに切り替えし、応戦した。
戦士「さっきから俺ばっかり贔屓しすぎなんじゃねえのか?」
黒騎士「そんなことはありませんよ」バッ
2人は一度距離を取った。
副団長「よそ見をしてる場合じゃないよ!!」ヒュオッ
バキィッ
バリィン
黒騎士の背後から副団長が渾身の正拳突きをかまし、黒騎士の鎧を貫通した。
戦士「やりい!」
トロル「余所見厳禁!!」
ヒュッ
戦士「おっと」
ズゥゥン
戦士はトロルの一撃を軽くかわした。
トロル「うおおおお!!黒騎士!!」
黒騎士「ぐ……」
黒騎士は一瞬よろめき、体制を崩した。
黒騎士「なんちゃって」
ヒュッ
ドスッ
副団長「ぐああああっ!?」
タタッ
戦士「副団長!?」
黒騎士はそのまま剣を背後に突き立てた。その剣は副団長の脇腹近くに突き刺さり、副団長はすぐ距離を取るもそれなりのダメージを受けた。防御魔法を体全体にかけてはいたものの、氏角からの攻撃に反応が追い付かず、防御魔法を一点集中できなかった結果剣の貫通を許していたのだ。
815: 2015/08/20(木) 22:44:49.62 ID:XeTurI070
副団長「く……回復魔法」
回復魔法で再生するも、傷が深すぎたため、魔力不足で完全には塞がらなかった。
副団長「魔力が足りない……それなら魔法石を……?」
副団長「あれれ、一体どこに」
黒騎士「貴女が探しているのはこれですかね?」
副団長「!!」
黒騎士の手には魔法石入れの袋が握られていた。さっき組み付いたときに奪われたようだ。
そして、さきほど貫通したはずの鎧もいつのまにか完全に修復されていた。
戦士「大丈夫か副団長!!」
副団長「ああ、大丈夫さ。傷はある程度塞がった……うぐっ」ズキッ
戦士「ち、少し下がってろ」
副団長「すまない……」
戦士「しかし、やつめ不氏身か!?」
―――…
トロル「おおおお!黒騎士、流石の強さだな!流石不氏身なだけある!!」
トロルは先ほどまで状況に全くついていけていなかったが、ようやく復帰したようだ。
黒騎士「こら、余計なことを言うな」バリィッ
黒騎士は魔法石を全て破壊した。
トロル「がははは!!よいではないか!ばれたとて何ら変わりはないだろう!!」
黒騎士「ふふ。まあそうだな」
黒騎士「どうした!もう終わりか!」
黒騎士「分かっただろう!? 不氏身である我に負けはないのだよ!!」
816: 2015/08/20(木) 22:45:16.77 ID:XeTurI070
―――…
戦士「チッ……言わせておけば……」
副団長「あいつの鎧の中は空っぽだ」
副団長「となると、外部からあれを操っている可能性が高いよ」
戦士「そうだな……しかし、いったいどこから……」
戦士「ん?」
戦士は黒騎士の右足の部分が微妙に割れていることに気が付いた。
戦士(おかしいな……さっき胸を貫通した傷は完全に修復されているというのに……)
戦士(なぜあそこだけ割れたままなんだ……?)
戦士(確かに初めは割れてなんかいなかったし……)
戦士(いやまてよ?右足といえばさっき副団長が……)
戦士(そしてあの時も確か……)
戦士「まさか!」
副団長「どうした戦士!?」
戦士「もしかしたら分かったかもしれん。奴らの秘密がな」
副団長「ニャンだって!?」
戦士「ああ。そもそも親衛隊長が2人もいた時点から違和感はあったんだ」
戦士「いや、正確にはやはり一人しかいない」
副団長「どういうことだい?」
ここで、戦士は推理の内容と作戦を副団長に話した。
副団長「ニャルほど……そういうことだったのか」
戦士「まだ憶測だがな」
戦士「だがこの作戦、やってみる価値はある」
副団長「そうだね」
副団長「ま、これが作戦と言えればの話だけど」
戦士「俺は勇者みたいな細かい作戦を立てるのは苦手なんでな」
戦士「せいぜい動きを遅らせんなよ」
副団長「誰にいってるんだい?」
817: 2015/08/20(木) 22:45:54.97 ID:XeTurI070
―――…
トロル「あいつらまだ喋ってやがるぜ!!」
黒騎士「ふん、今更無駄なことを……」
黒騎士「そろそろ終わらせてやりましょうか」
トロル「おうおう!!!」
ドドドドド
トロルと黒騎士が突撃を始めた。
始めと同じ、トロルが前を行き、黒騎士が背後に隠れて様子をうかがっている。
戦士「よしきたぞ!」
副団長「おうよ!!」
バッ
2人はそれに向かって正面から突進した。
トロル「むん!!」
戦士「当たるかよ!」
ドズゥゥン
戦士は左、副団長は右にかわし、戦士はトロルの股下を潜り抜けた。
黒騎士「またお会いしましたね!」
戦士「そうだな」
ヒュッ
キィィィィン
戦士は半ば仰向けの状態で黒騎士の剣を受けた。
黒騎士「そのままではトロルに押しつぶされてしまいますよ……!?」
戦士「さあどうかな」
副団長「せいっ!」
バキィッ
トロル「ぐおおおおおおおおっ!!」
副団長は股下へかわすふりをして、トロルの右足に再び蹴りを入れた。
先ほどの一撃が完全に回復していたわけではなかったため、身体強化魔法なしでもその骨をへし折るには十分であった。
副団長「どうだい!」
ズズウン
黒騎士「何ぃっ!?」
トロルが右に倒れる。と同時に、黒騎士の右足部分の鎧が折れ、一瞬体制を崩した。
818: 2015/08/20(木) 22:46:24.35 ID:XeTurI070
戦士「そらっ!」
バキッ
黒騎士「ぬおっ!」
戦士は黒騎士を思いっきり蹴飛ばすと、倒れたトロルに一撃を加えるべく、反転した。
トロル「ぐおおおおおお!!いてえええええええ!!」
トロルは再びがむしゃらに棍棒を振り回している。
戦士「そらよっ!!」ヒュッ
ザシュッ
ドズウン
それをひらりとかわし、戦士は渾身の一撃でその右手首付近に一斬り入れた。
トロルの右手は正確に腱を切断され、棍棒は地面に落下した。
トロル「ぐああああああああ!!」
副団長「やったね戦士!!」
黒騎士「ぐ、そんな……馬鹿な……」
黒騎士は右手のコントロールを失い、右足が折れた姿でトロルの近くへと舞い戻ってきた。
剣は左手に持ち替えている。片足を失ってもさほど動きには問題ないようだ。
黒騎士「許さん!!」
バッ
戦士「ぬるい!」
キィィン
だが、利き手を失った以上その剣の腕は戦士には遠く及ばないものになっていた。
黒騎士の剣は遠くに跳ね飛ばされてしまった。
黒騎士「ぐ……」
戦士「悪いな」グッ
戦士はトロルの首元に剣を宛がった。
トロル「ひっ……」
トロルはさっきまでの元気はどこへやら、急におとなしくなってしまった。
戦士「どうやら俺たちの勝ちのようだ」
黒騎士「く……どうして分かったのだ……」
819: 2015/08/20(木) 22:47:06.57 ID:XeTurI070
戦士「全ては偶然のうちさ」
戦士「副団長がトロルの右足を粉砕していなかったら、今頃負けているのは俺たちだったろうよ」
戦士「あと、側近が魂を扱うことに慣れた魔族って言うこともヒントだったな」
戦士「黒騎士、お前とトロルの魂を一体化してトロルの体内に入れ込み、お前は不氏身な体で自由に敵を切り刻むってわけだ」
戦士「だからトロルの傷は一方的に黒騎士にも反映されていた」
戦士「トロルの防御力と黒騎士のサポート力なら、普通はああも簡単に攻撃が通ることはないからな。確かに強い」
戦士「だが、相手が悪かったな」
副団長「そうだそうだ!!」
黒騎士「ふふふ……どうやら我らの負けのようです」
黒騎士「ですが……全体としてはどうでしょう……」
黒騎士「我らが負けても先代魔王様は必ずや勇者を打倒し、人間族を滅ぼすでしょう」
黒騎士「その世界を拝めなかったのは残念ですが、十分足止めの役割は果たしました」
黒騎士「悔いはありませんね」
戦士「さらばだ黒き鎧の騎士」グッ
ズバッ
トロル「」
トロルが絶命するのと同時に、黒騎士もガラガラと崩れ去った。
副団長「終わったね」
戦士「ふん。あんな見た目だましに俺たちが負けるはずがないだろ」
副団長「うん。そうだね」
副団長「君とのチームワークはばっちりだったよ」
戦士「当然だ。何度も手合せしたんだからな。お前の動きなんてすべてお見通しなんだよ」
副団長「それは敵に言うべきじゃあ……うぐっ」ズキッ
副団長の脇腹には血がにじんでいた。副団長は思わずそこを抑えてしゃがみこむ。
それに合わせて、戦士も副団長を介抱した。
戦士「おい、大丈夫か?」
副団長「ああ、大丈夫さ。いつの間にか戦闘も終わっているみたいだし」
周りも戦闘は終結していた。とはいえ、残った憲兵は30人を切っており、けが人の搬送に気を取られていた。
こちらも魔法石を使い果たしているようである。
824: 2015/08/23(日) 17:08:06.51 ID:An6AS9X20
副団長「あとは団長たちにお任せするだけだね」
戦士「ああそうだな。俺はともかく中へ向かう。お前はここで待機してろ」
副団長「……」
副団長「……もう少しだけ、一緒にいてくれないかな?」
戦士「えっ」
戦士「……いいだろう」
戦士「少しだけだからな」
副団長「……ありがとう」
2人に、短い休息が与えられた。
だが、すぐにそれは終わりを告げることになる。
憲兵「な、なんだあれは!!」
1人の憲兵が空を指さした。すると、曇った空からはさっきの飛行魔族部隊の残党がこちらへ降下していた。その数はかなり減ったとはいえ100を超えている。
さらには王城前の河川の向こうからも魔族の一群がこちらへ向かっているのが見えた。
戦士「チッ。まだいやがったか……」
戦士「お前はもう下がって休んでろ。俺が片づける」
副団長「いや、ボクも戦うよ。傷はもう大丈夫さ」
戦士「だが……」
副団長「ボクは平和な世界が来るまで、そしてその後も君と一緒にいたいんだ」
副団長「だから……いいだろう?」
副団長「それに、さっきの傷でボクの魔族の部分が自己防衛本能を起こしつつあるんだ」
副団長「もしボクが魔族の部分に支配されたら……君以外には止められないかもしれない」
戦士「な、なんだと!?それならなおさら……」
副団長「このまま後ろに下がってもし魔族に襲われたらどうせ一緒なことだ」
副団長「それならいっそ魔族の部分に支配されそうになったら、君の手でボクを斬ってほしいんだ」
戦士「そ、そんなこと……」
副団長「お願いだよ」
戦士「……」
825: 2015/08/23(日) 17:08:43.87 ID:An6AS9X20
戦士「魔族に支配された半魔をもとに戻す方法はあるんだろうな」
副団長「えっ?……まだ例は聞いたことはないけど……」
戦士「お前がもし魔族に支配されたら全力でお前を呼び戻す。それで無理だったら切り倒す。それでいいだろ」
副団長「だけどそれじゃあ君の命が……」
戦士「俺もお前に氏なれるわけにはいかないんだ」
戦士「これは俺からのお願いってやつだ。いいな」
戦士は副団長の目を見つめて言った。
副団長「……」
副団長(そんなふうに言われたら断れないじゃないか……)
副団長「……馬鹿」ボソリ
戦士「そろそろくるぞ」
戦士「足手まといにはなんなよな」
副団長「あ、当たり前だろ!」
副団長「最後の魔力を使い切るつもりさ」
ドドドドド
バサッバサッ
魔族軍団は目の前まで迫っていた。
戦士「行くぞ!」
副団長「よっしゃ!!」
2人はしばらくの間奮闘に奮闘を重ねた。
しかし、負傷した副団長を戦士も庇いながら戦ったため、予想以上に消耗は激しかった。
1時間もすると、魔族集団も半分以上が2人に倒されたが、それでも2人の消耗の方が魔族の数の消耗よりも圧倒的に早く限界点を迎えようとしていた。
戦士「はぁ……はぁ……ていやっ!」
ザシュ
副団長「く……ふぅ……そりゃっ!」
バキッ
826: 2015/08/23(日) 17:09:16.24 ID:An6AS9X20
魔族集団「グオォォ」
既に2人は孤立状態となり、魔族集団がそれを円状に取り囲むという状況になっていた。
戦士「くそ……こいつらきりがねぇ……」
副団長「ぐぅ……これは流石にまずいかもね……?」
中型魔族「グオォォォッ」
副団長「そんな攻撃当たるわけ……!?」フラッ
バキィッ
副団長「ぐあああっ!」
ドサッ
副団長は出血のせいで一瞬麻痺し、魔族のその強力な一撃を諸に受けてしまった。
戦士「副団長!!」
戦士「このっ!」ズバッ
中型魔族「グアアアッ」ドパッ
ドシャ
戦士「おい、副団長!!しっかりしろ!」
副団長「だ、大丈夫さ……これくらい……!?」
副団長は身体に異変を感じた。今まで患っていたはずの腹部の痛みが一気に引いていったのだ。
それと同時に、意識も朦朧とし始めた。
戦士「おい、どうした!!」
副団長「ふ、ふふ……もう……限界みたいだ……」
副団長「お願いだ……逃げ……て……」
副団長「ぐああああああああああああああっ!!ああああああああああっ!」ビキビキ
戦士「おい!副団長!!副団長!!!」
827: 2015/08/23(日) 17:09:48.39 ID:An6AS9X20
バキッ
戦士「ぐわっ!!」
ドサッ
突然、戦士は横からの一発を受けて弾き飛ばされた。それは敵からのものではなかった。
見やると、副団長が虚ろな目をして立っている。その姿は明らかに今までの半魔の副団長ではなかった。
その体の周りにはどこからか発生した膨大な魔力が渦巻いている。
戦士「ふ、副団長……」
副団長「ニ゙ャ゙ハハハハハハハハ!!!」
バッ
バキィッ
副団長は高らかに不気味な笑い声をあげると、周りを取り巻く魔族へと攻撃を開始した。
その動きは今までにないほど俊敏であり、攻撃力も一撃で魔族の身体に穴をあけるほど強力になっていた。
しかし、防御もしないため、身体には次々と傷跡が増えていく。
超小型魔族「な、なんだこいつは……!?」
超中型魔族「か、数でおすんだ!」
超大型魔族「狂ってやがる……」
バキッ
ドゴッ
グシャッ
副団長「ニ゙ャ゙ハハハハハハハハ!!!」
副団長は躍動を続ける。一つ副団長が飛び上がるたび、魔族の氏体が一つ増えていった。
流石の魔族も少し後ずさりし、戦士も傍観する以外手はなかった。
副団長「ニ゙ャ゙ハハハハハハハハ!!!」バッ
超小型魔族「う、うわぁぁぁぁぁっ!!」
超中型魔族「くそ、食らえっ!!斬撃魔法!」
バキッ
ドスッ
副団長が超小型魔族を狙い一瞬のスキができた瞬間、超中型魔族は斬撃魔法で切りかかった。その魔法は副団長の胴体に諸に命中し、副団長は一瞬よろめいた。
副団長「ニ゙ャ゙ガ、ニ゙ャ゙ハハハハハハハハ!!!」ブン
バキッ
次の瞬間には超中型魔族はその首より上をなくしていた。
戦士「な、なんてことだ……」
副団長「ガ、ガガッ、ガァァァァッ!!」
副団長は先ほどの一撃を受けひどく苦しんでいる様子だった。どうやら致命傷に近い傷を負ったらしい。
戦士「副団長!」
副団長「グアアアアアッ」
バオッ
突然、副団長の周りにある魔力が一気に放出され始めた。
828: 2015/08/23(日) 17:11:00.22 ID:An6AS9X20
戦士「なんだ!?」
超大型魔族「これは自爆魔法だ!!全員退避!全員退避ぃ!!」
戦士「なんだと……!?」
魔族たちは大混乱に陥り、空へ川へと退避を開始した。
副団長「アアアアアアッ!!」
戦士「おい、副団長!!もうやめろ!」
ガシッ
副団長「グアアアアアアアッ!!アアアアアアアアッ!!!」
戦士は副団長に後ろから組み付いた。しかし、その声も届かず副団長はひどく暴れ続ける。
しかし、先ほどほどの力はなく、戦士の組突きを振りほどくには至らなかった。
戦士「もういいんだ!目を覚ませ!!副団長オオォォッ!!」
副団長「グアアアアアアッ!!アグアアアアアアッ!!!」
戦士「くそ、どうしたら……!」
戦士には一つの案が浮かんだ。それが成功するかは分からなかったが、この状況では、一か八かでもやる選択しか彼には与えられていなかった。
戦士「目を覚ませぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
ドスッ
戦士はそのまま剣を抜くと、自分ごと副団長を剣で貫いた。
副団長「ギャアアアアアアアアッ!!」
戦士「ぐはっ……目を覚ませ副団長!!」
ズシャッ
戦士と副団長の血が混ざりあって地面へと垂れていく。
戦士が剣を抜いて必氏に叫ぶと、ふと副団長が大人しくなった。
戦士はそんな副団長を抱き上げる。
戦士「ふ、副団長!?」
副団長「ア…………アア……」
副団長「…………」
829: 2015/08/23(日) 17:11:33.51 ID:An6AS9X20
副団長「……ぐ……まったく……無茶をするじゃないか……」
戦士「副団長!!戻ったのか!?」
副団長「……ああ……氏神はボクに少しだけ時間をくれたみたいだよ……」
戦士「少しだけだと……?どういうことだ」
副団長「……君自身も大分致命傷を負っているはずだろう?」
副団長「……どうしてそんなに元気なのか呆れるね」
戦士「当たり前だ、俺が氏ぬはずないだろう!!」
副団長「……そうか……ならいい……」
副団長「さっき発動した自爆魔法……」
副団長「ボクには最早止めることはできないんだ……」
副団長「悪いがボクの寿命はもってあと3分ってとこかな……」
副団長「その後はあの魔族たちと一緒に粉々さ」
戦士「な、なんだと!?」
戦士「話が違うじゃねえか!!」
副団長「ボクもまさかこんなことになるとは予想していなかったのさ……」
副団長「第十三代勇者の剣を使ってボクの魔族の部分を無理矢理封じ込めた……か……」
副団長「よくそんな機転を思いついたものだね……」
副団長「ボクもその剣で氏ねたとなれば本望かな……」
戦士「おい!待て!勝手に行くな!」
戦士「お前とはまだ手合せをしてもらわにゃならんのだぞ!!」
副団長は黙って首を振った。
830: 2015/08/23(日) 17:12:41.52 ID:An6AS9X20
副団長「はやく……逃げてくれ……」
副団長「君はまだ助かる……」
副団長「ボクはなるべく城側への爆発の影響をなるべく抑えるから……そっちの方に……」
戦士「出来るわけねえだろ!!」
副団長「……!?」
戦士「俺はお前とずっと一緒にいると約束したんだ」
戦士「だから俺はこれからも永遠にお前と一緒にいる」
戦士「勇者が平和な世界をもたらした後もずっと、な」
831: 2015/08/23(日) 17:13:08.30 ID:An6AS9X20
戦士「それに……俺はお前のことが好きだ」
832: 2015/08/23(日) 17:13:48.46 ID:An6AS9X20
副団長「……な!?」
突然のことに瀕氏の副団長も動揺を隠せない。
戦士「俺だってお前と氏ねるなら本望なんだよ。お前がこの剣と共に氏ねるのと同じようにな」
戦士「お前も、1人で氏ぬのは寂しいだろう?」
副団長「……」
副団長「なんでこんな時にそんなことを言うんだよぉ……」
副団長「せっかく安心して氏のうとしたのに……氏ねなくなるじゃないかぁ……」
副団長は戦士に初めての涙を見せた。
戦士「最後に、返事だけ聞かせてくれ」
戦士「俺はもうそれだけでいい」
副団長「……ボクも……」
副団長「ボクも戦士のことが……」
そこまで言ったところで、戦士は小さくうなずき、ゆっくりと自らの唇を副団長のそれへと近づけていった。
2人の目に、一瞬閃光が走った気がした。
833: 2015/08/23(日) 17:14:49.06 ID:An6AS9X20
激しい爆発によって、城外の魔族は全滅した。
そして、その爆発の中心部には、そこで散った2人の墓標を模すかのように、
第十三代勇者の剣が真っ直ぐに突き刺さっていたという。
834: 2015/08/23(日) 17:15:20.99 ID:An6AS9X20
―――時は戻って 城内 エントランス―――
側近「さて、2対1では少々分が悪いですが、仕方ないですね」
側近「魔王様の実力がどれだけ向上なさったのか、見ものです」
魔王「ふん!そんな余裕な口を叩けるのも今のうちよ!」
魔王「火球魔法(大)!!」ゴォッ
側近「火球魔法(大)!!」ゴォッ
ドガァァァン
2つの上級魔法がぶつかり合い、大爆発を起こす。
側近「ほう……魔王様は炎系魔法が苦手だったと存じますが……」
魔王「私もいつまでも同じ私だと思っては困るわね」
魔法使い「もう上級魔法まで使いこなせるなんて、大したものね」
魔法使い「本当に私は見てるだけで十分かもしれないわね」
魔王「だからさっきもそう言ったでしょ!」
魔王「それじゃあ側近!!覚悟なさい!」
側近「お受けしましょう」
835: 2015/08/23(日) 17:15:58.29 ID:An6AS9X20
―――…
それから魔王と側近はエントランス内を縦横無尽に飛び回り、上級魔法を駆使してぶつかりあった。
その衝突は1時間をゆうに超えたが、互いに傷一つ与えられないまま時間がたった。魔法使いはあくまで補助魔法や防御魔法で手助けするにとどめていた。互いに消耗戦になれば、魔法使いが無傷な分こちらが有利なことを察していたからである。
側近「ほう……まさここまでとは」
側近「驚かされましたよ」
魔王「はぁ……はぁ……」
魔王「またちょこまかと動き回って……」
魔王「これじゃあ当たるものも当らないわね」
魔法使い「大丈夫魔王ちゃん?」
魔法使い「大分体力を使ってるみたいだけど」
魔王「これくらい大したことはないわ!」
魔王「復興省の頭でっかちに無駄話を聞かされる方がよっぽど辛いわよ!」
魔法使い「あら、そこまで元気なら何よりね」
魔法使い(しかし……魔王ちゃんがここまで消耗しているのに、側近の方はほとんど体力を消耗していないみたいね……)
魔法使い(何かおかしいわ……)
魔王「そろそろ決めてやらないとね……」
魔王「爆破魔法(大)!」
ドガァァァン
側近「当たりはしませんよ!」サッ
側近は爆発に合わせて飛び上がり、軽く爆破魔法をかわした。
側近「……これは!?」
しかし、爆破魔法による煙が思ったより濃く、視界が狭まってしまった。
側近「ちっ、暴風魔法(大)!」
側近はその煙を払うべく、暴風魔法を発動しようとした。
魔王「かかったわね!」
魔王「即氏魔法!!」シュバッ
側近「何っ!?」
魔法使い「即氏魔法……!?」
魔王はその隙に側近に急接近しており、至近距離で即氏魔法を放った。
側近は防御魔法を使う間もなく、その即氏魔法の餌食となった。
側近「ぐっ……!?」
ドサッ
バサッ
トッ
側近が力なく地面に叩きつけられるのと同時に、魔王もゆっくりと地面に降り立つ。
836: 2015/08/23(日) 17:16:32.46 ID:An6AS9X20
側近「馬鹿……な……」
魔法使い「一体どうやって即氏魔法を……?」
魔王「簡単な事よ。さっきから側近が使っていた即氏魔法の魔導方程式を頭の中で書き上げて、それを詠唱に乗せた」
魔王「ただそれだけのことよ」
魔法使い「ただそれだけって……」
魔法使い(あんな高度な魔法を、見ただけで魔導方程式を導き出してコピーしてしまうなんて……)
魔法使い(さすが魔術の才能は人間の域をはるかに超えているわね……)
魔王「魔法使いが言ってたことを応用させてもらったわ」
魔王「本当に魔導方程式って便利ね」
魔王「応用次第でいろんなことができるし、本当に教えてもらって感謝してるわ」
魔法使い「ええ、私もそこまで存分に使ってもらえると嬉しいわ」
側近「ぐ……魔導方程式……だと……」
側近「下賤な……」
魔王「あら失礼ね!人間族の魔術だって捨てたものじゃないわよ?」
魔王「その証拠に貴方は今こうして地面に這いつくばっているんだからね!」
側近「……」
側近「それはどうかな?」
魔王「え?」
側近「即氏魔法!」シュバッ
魔法使い「魔王ちゃん!」
魔王「防御魔法!!」キィィィン
魔王は間一髪でその即氏魔法を防御魔法で防いだ。
魔法に対する防御魔法はその魔法に対するアンチスペルが必要となるため、実質魔王は即氏魔法のアンチスペルをも会得していたことになる。
837: 2015/08/23(日) 17:17:06.50 ID:An6AS9X20
側近「仕留めそこなったか」バッ
側近は再び距離を取る。
それに合わせて魔王も魔法使いの近くに後退した。
魔法使い「ほっ……即氏魔法のアンチスペルまで構成しきっていたなんて、大したものね」
魔王「さすがの私も少しヒヤッとしたわよ!」
魔王「でもどうして即氏魔法で氏なないの……?」
魔法使い「そうね……」
魔法使い「魔王ちゃんの魔法が不完全だったか、あの体に魂がないかの二者択一でしょうね」
魔王「私の魔法が不完全ですって!?」
魔法使い「私もそっちが正しいとは考えていないわ」
魔法使い「恐らく後者が正しいでしょうね……」
側近「ばれてしまいましたか……」
側近「しかし、それでどうなるとも思えませんがね!」
側近「雷撃魔法(中)!」バリバリッ
バッ
2人は雷撃魔法を別々の方向にかわした。
魔法使い(となると……いったい本体はどこにいるのかしら……)
魔法使い(もし近くにいるとしたら……!)
真側近「即氏魔法」シュバッ
魔法使い「しまっ!?」
魔法使いが懸念した通り、側近の本体は魔法使いの背後に忍び寄っていた。
魔法使いはそれを避ける術もなく、防御魔法も展開できないため、即氏魔法の命中を許した。
そして、側近の本体は再び闇に溶けてしまった。
魔法使い「ぐぅっ……」フラッ
ドサッ
魔王「魔法使い!!」ダッ
魔法使いは力なく車椅子から崩れ落ちた。それと同時に彼女の杖も、埃に満ちた絨毯の上に転がった。
魔王はすぐに駆け寄るも、魔法使いは既に生気を失っていた。
838: 2015/08/23(日) 17:20:24.12 ID:An6AS9X20
魔王「く……」
側近「ははははは!!」
側近「有利な状況が一変してしまいましたね」
側近「どうします、私の本体を見つけられなければ魔王様に勝利はありませんよ!」
魔王「……許さない……」ゴゴゴゴゴ
魔王「本体が見つからないならこの城ごと吹き飛ばすまでよ!!」
魔王「塵と消えなさい!! 爆破魔法(特大)!!」ズズズズズ
魔王の魔力の大半が一点に集中していく。この魔力量ならば城はおろか幸の国の王都が丸ごと吹き飛ぶレベルの爆発が起きたであろう。
側近「な……なんと……」
真側近「……それならその前に氏んでもらいましょうか」ボソッ
魔王「!!!」
真側近は魔王のすぐ背後に忍び寄っていた。
魔王はその怒りによって側近の接近を予知しえていなかったのである。
魔王「しまっ!防御ま……」
真側近「即氏魔法!」
魔王(間に合わない! こ、こんなところで……!)
魔王は思わず両腕で自分の身体を庇った。そうすれば即氏魔法が通らないというごく小さな可能性にかけたのである。そして実際、魔王が氏ぬことはなかった。
魔王「……え?」
真側近「が……ぐ……」
魔王が真側近を見やると、側近の腹部から巨大な氷柱が生え、その根元は赤く染まっていた。
そしてその後ろにはさっき氏んだはずの魔法使いが杖を構えていた。
魔王「魔法使い!?」
魔法使い「ま、まだくたばるには早かったみたいでね……」ハァハァ
真側近「ば、馬鹿な……」ドシャ
真側近が倒れるのと同時に、操り人形の側近の身体も生気を失って倒れこんだ。
その姿は、元の幸の宰相の姿に戻っている。
839: 2015/08/23(日) 17:21:02.28 ID:An6AS9X20
真側近「どうして生きている……」
魔法使い「貴方と同じ方法を使ったまでよ」
魔法使い「最近、貴方のおかげで魂を操る魔法について興味を持ってね」
魔法使い「この車椅子には私の魂を一時的に預ける機能を試作していたのよ」
魔法使い「それで、即氏魔法が命中する寸前に魂を車椅子に移動し、その命中を避けたってところね」
魔法使い「まあ、大分無理をしたせいで魂が半分以上四散してしまったけど、即氏は何とか免れたわ」
魔王「その車椅子、そんな機能までつけていたのね」
魔王「さすが魔法使い!」
魔法使い「まだ試作段階だけどね」
側近「ぐ……そうか……」
側近「だがその様子では寿命が半分は縮んだようだな……」
側近「私が50年かけて研究してきた操魂魔法をこうもあっさり看破されるとは……」
側近「恐るべき魔法の才能……」
側近「お見事……」ガクッ
魔王「終わった……わね」
魔法使い「いや、まだよ……」
魔法使い「超究極魔法を止めなければ……」フラッ
ドサッ
魔王「魔法使い!?」
魔法使い「く……さっきので予想以上に無理してしまったわ……」
魔法使い「少し休ませてもらっていいかしら……」
魔王「分かったわ。先に行ってるわね」
魔法使い「勇者たちを頼んだわよ」
魔王「任せなさい!」
タタタッ
魔法使い「ふう……」
魔法使い「外の二人は大丈夫かしら……」
魔法使い「大丈夫じゃなかったら私もただでは済まなさそうね……」
魔法使い「!?」
魔法使い「この魔力は……自爆魔法?」
魔法使い「まさか……」
魔法使い「戦士……」
魔法使い「生きて……帰ってきなさいよね……」
844: 2015/08/31(月) 19:46:04.47 ID:O0+wpVj/0
―――幸の国王城 玉座の間―――
勇者「これは……」
勇者の目に飛び込んできたのは、床一面だけでなく壁いっぱいにまで刻印された魔法陣であった。
その魔法陣の上では莫大な量の魔力が複雑に蠢いているのが分かった。
その魔法陣は幸の国王の鎮座する玉座の後方に中心を構え、その付近では四賢人たちが詠唱を続けている。
四賢人たちはそれぞれ柱状の魔法壁に囲まれていた。
幸の国王「おお、これはよく戻った勇者!待っておったぞ」
幸の国王「北部荒地開拓、実にご苦労だったな」
勇者「……待っていたも何も、君が僕をここに引きずり込んだんだろう?」
勇者「幸の国王ならぬ先代魔王」
幸の国王「ハハハ。やはりばれておったか。さすがは7番目の勇者だ」
幸の国王「どうかね7番目の勇者よ、この光景は」
幸の国王「我が軍最高の洗脳魔法で四賢人はもう詠唱をやめることはできないのだ。人間族が滅びるその瞬間まではな」
幸の国王「まさか自らの力で国を救うどころか、人間族を滅ぼすことになろうとはゆめゆめ思っておらんだろう」
勇者「先代魔王……どうして君はそこまで人間族を滅ぼそうとするんだい?」
勇者「君の娘は人間族の文化を知り、美しさを知り、そして、両族の協調と平和を望んでいる」
勇者「つまり、魔族と人間族がどうしても争う必要はないということだ。そうだろう?」
幸の国王「協調と平和……か」
845: 2015/08/31(月) 19:46:44.90 ID:O0+wpVj/0
幸の国王「何とも美しい言葉だ。それが相対的なものであるという点を除いてな」
幸の国王「余にもそれを望んだ時代は確かに存在した……だが、そんなものは幻想にしか過ぎないということを余はしたたかに知ったのだ」
幸の国王「魔族と人間族は似すぎているのだよ。似過ぎた双子はその容姿や能力や精神の僅かな違いを意識せざるを得ん」
幸の国王「そしてそれはやがて卑下や軽蔑となり、いずれ怨恨へと成長し、最後には争いとなる」
幸の国王「結局はそれを延々と繰り返すだけなのだ」
幸の国王「おこがましいとは思わんか。それならば、ここで一度けじめをつけねばならんのだよ」
幸の国王「余以前の魔王は人間族を滅ぼすことはできなかった。奴らはただ戦争ごっこと勇者ごっこを繰り返していただけに過ぎんのだ」
幸の国王「だが余は違う。余は壮大な謀略を持って人間族をこんどこそ滅ぼし、新たな帝国をここに築くのだ」
勇者「似過ぎた双子ね……」
勇者「確かに、その考え方は正しい」
勇者「だけど、僅かな違いが全てマイナスの感情に変わるということはありえない」
勇者「尊敬や羨望といったプラスの感情を生み出すことだって多々あるはずだ」
勇者「それに、僕の『勇者の国』では事実魔族、人間族、半魔の三族が協力し合って国を支えている」
勇者「これこそ君の言うことの矛盾を裏付ける確固たる証拠となるはずだよ」
幸の国王「そんなものは短い時間における話だ。余が論じているのは更に長い時間単位で見たことなのだよ」
幸の国王「まあよい。こんなところで話したところで何も変わりはせん」
幸の国王「余の策はこれをもって遂に完成するのだからな」
勇者「なっ!? 団長!!?」
先代魔王が合図をすると、球状の防御魔法の中を浮遊魔法で浮かぶ団長が勇者の背後の扉から現れた。
846: 2015/08/31(月) 19:47:25.36 ID:O0+wpVj/0
勇者「団長に何をした!?」
幸の国王「何もしておらんよ。ただ深く眠ってもらっているだけだ」
幸の国王「このくらいの魔法ならこの身体でも軽く扱えるわ。魔力も背後の老人どもが無尽蔵に与えてくれるしな。だが……」
幸の国王「これを持って余、先代魔王は完全に復活するのだよ」
勇者「……まさか……君が魔力を分離して収めた受け皿は……」
幸の国王「そうだ。この汚らわしい反逆者の娘だ!」
キュイイイイ
団長「ぐああああああああっ!!」
勇者「団長!!」
先代魔王が団長に手をかざすと、膨大な量の魔力が団長の身体から分離した。
それは小さな光球となり、先代魔王のもとへと向かっていく。
勇者「くそ、させるか!!」ダッ
幸の国王「甘いわ」 ブワッ
勇者「ぐわぁぁっ!」
先代魔王は暴風魔法で軽く勇者を吹き飛ばしてしまった。勇者は盛大に背中から床に叩きつけられた。
勇者「ぐ、げほっげほっ」
勇者「はっ」
幸の国王「フフフ……ハハハハハハハハ!!」ギュッ
先代魔王は光球を握りつぶした。すると、膨大な量の魔力は全て先代魔王に吸収され、ここに先代魔王が復活した。
幸の国王「おおお……魔力が溢れてくる……!!」
幸の国王「久々だなこの感覚は……!」クルッ
幸の国王は転がる勇者には目もくれず、四賢人の方へ振り返った。
幸の国王「超究極魔法!!」ヴン
ゴゴゴゴゴゴ
847: 2015/08/31(月) 19:48:04.44 ID:O0+wpVj/0
勇者「な、何だ!?」
幸の国王「ハハハハハハ。この魔力を使って超究極魔法を一気に始動したのだよ。そしてその主導権を握らせてもらった」
幸の国王「分かるな?これで『星』をどこにどれだけ落とすかは余の思うままなのだよ!」
勇者「なっ!?」
幸の国王「手始めに貴様の建てた勇者の国とやらを消し去ってやろう。その後には魔術国も奇術国もすべて消え去るのだ!」
幸の国王「余の力が戻った記念だ。貴様を余の最初の餌食にしてやろう」
幸の国王「ありがたく思うがいい!!氷柱魔法!!」ビュン
勇者「く、防御魔法!!」
バリィン
勇者「なっ!?」
先代魔王の放った氷柱はいとも簡単に勇者の防御魔法を粉砕した。
勇者「しまっ…………」
勇者は咄嗟に剣で防御する体制に入った。勇者の二級品の剣では氷柱の威力を相頃するには及ばないことは既に計算できていたが。
シュンッ
ドッ
勇者「……!?」
幸の国王「何!?」
848: 2015/08/31(月) 19:48:50.24 ID:O0+wpVj/0
勇者が目を開くと、そこには勇者の前に立ちふさがる魔王の姿があった。
氷柱は彼女の身体を貫通し、傷口からは血が染み出している。
勇者「魔王!!」
魔王「がはっ……流石お父様。この私でもかなり痛いわね……」
勇者「大丈夫かい!?」
魔王「ええ、大丈夫よ。そんなことより……」フラッ
バタッ
勇者「魔王!」
勇者はすぐに魔王を抱き上げた。
魔王「はぁ……はぁ……さっきの戦いで思った以上に魔力を使ってしまっていたみたいね……」
魔王「回復魔法」パァッ
勇者「回復魔法」パァッ
幸の国王「この余に逆らうとは、貴様もただの臆病者ではなくなったか」
二人分の回復魔法で魔王の傷はかなり塞がった。だが、もはやまともに戦える状態でもなかった。
魔王「私は……お父様のことをいまでも敬愛しています……」
魔王「でも、お父様がしようとしていることはその限りではありません……」
魔王「例え、この身を犠牲にしてでも私は私の信念を貫かせていただくまでです!」
849: 2015/08/31(月) 19:49:33.29 ID:O0+wpVj/0
幸の国王「そうか……残念だ」
幸の国王「だが貴様の代わりなどいくらでもいる。余の子でなくても余の意思を継ぐ者はな」
幸の国王「その冴えない勇者と共に散るがよい。それが貴様の望みなのだろう?」
ゴゴゴゴ
再び先代魔王は魔法を打ち出す構えにでた。今度は容赦なく止めを刺すであろうことが、二人には容易に想像できた。
魔王「まったく……貴方みたいな残念な勇者と共倒れなんてまっぴらごめんね」
勇者「それにしては、いつもの毒気がないんじゃないのかい?」
魔王「ほっときなさい!」
魔王「…………勇者」
勇者「どうしたんだい?」
魔王「……い……いままで……ありがとね。楽しかったわ」
勇者「……おいおい、まだ遺言には早いよ」
勇者「まだ僕らには希望がある」
勇者「最後の希望がね」
勇者(どうか……目を覚ましてくれ……!)
850: 2015/08/31(月) 19:50:13.74 ID:O0+wpVj/0
――――――
――――
―――
団長「ここは……どこじゃ?」
団長「儂はさっきまで勇者と……」
団長はログハウスのダイニングのような部屋で、テーブルに向かって腰かけていた。テーブルにはこれ以上ない豪華な料理が並んでいる。
ガチャ
?「あら?帰ってたの?」
団長「お主は……お母さん!?」
団長母「どうしたのですかそんなに驚いて。そんなに寂しかったのかしら」
団長母「ふふ……今日はパパが帰ってくる日ですから、夕ご飯は特製の御馳走ですよ。沢山食べてくださいね」
団長「わぁっ!やったぁ!!」
ドガァァァァン
団長が料理に手を付けようとしたその瞬間、近くで爆音が鳴り響いた。
「火炎魔法っ!」ボォッ
「相手は強力な魔力を持つ半魔だ!心してかかれい!」
「絶対に逃がすな! 母親もろとも処分するのだ!」
木製の家屋に容赦なく火炎魔法と爆破魔法が浴びせられた。防御魔法で幾分か防いではいるが、それも長く持ちそうにはない。
団長「お母さん。どうして外が騒がしいの?」
団長母「早く逃げなさい!ここは私が食い止めます」
団長母「あなたは絶対に生き延びるのです。幻影魔法をかけておきますから、とにかく森の中を進みなさい」
団長母「そうすれば必ず道は開けます」
団長「え、嫌だよお母さん!お母さんも一緒に来てよ!」
団長母「それはできません。私はしてはいけないことをしてしまったんですよ」
団長母「私の罪はあくまで私の罪であって、貴方の罪ではありません」
団長母「あの父親を持つ貴方ならわかるはずです」
団長「どうして?どうして私だけ……」
団長「どうして……」
ゴォォォォォ
団長母「さあ早く! 浮遊魔法!」ブワッ
団長「やだっ……お母さん!! お母さあああぁぁぁぁ……」
団長母は団長を浮遊魔法で持ち上げ、窓から精一杯外へ放り投げた。
団長母「もしかしたらもうあの人も……」
団長母「……分かってはいたことですが、あの子まで巻き込んでしまったのは最大の悔い……ですか……」
団長母「でも……あの子ならきっと…………」
団長母は炎と瓦礫の下に埋もれていった。
851: 2015/08/31(月) 19:50:56.87 ID:O0+wpVj/0
――…――
団長「はっ!ここは……あの場所か……?」
「どうしましょうか、この娘……」
団長「誰じゃ……?」
「大逆犯の娘で半魔となれば生かしておく理由はありませんが……」
団長「あれは……側近か?」
「いや、待つがよい冥王よ。余に良い考えがある」
団長「あれは……」
「良い考えですか……?魔王様」
団長「!! あれが先代魔王……」
「そうだ。このまま頃すよりももっとむごい運命を与えてやろう」
「……と、申しますと?」
「余の身体はいずれ寿命を迎える。だから、その前に余の魂と魔力を分離し、移し替えるのだ」
「な、なんと……!?それは危険すぎますぞ!」
「冥王の称号を持つ貴様に出来ぬというのか?」
「いえ……出来ないということではありませんが……」
「ならよい。そしてその一方……余の魔力全てをこの娘に移すのだ」
「な、なんと……たしかに魔法器具では魔王様の魔力全てを移しきることは不可能ですが、この半魔の娘なら……」
「そしてもう一方、余の魂は人間族諸侯の中で最も扱いやすい『幸の国王』にでも移す」
「さすれば幸の国王の姿を用いて人間族を瓦解させ、最後にはこの娘の魔力を吸収して再び余は復活する」
「どうだ?これで魔族と人間族の長い戦いに終止符を打つのだ」
「な、なるほど……流石は魔王様。策の規模が小官の想像を絶しておりました……」
「褒めずともよい。ともかく、このことは極秘かつ迅速に進めよ。魔王が魔力を持たないと知れればどこぞの獣王なぞが反旗を翻すやもしれん」
「御意」
団長「な、なんと……儂の魔力の正体はこれだったのか……」
「それでは余の魔力を全てこの娘に移すぞ」
「はっ。準備はできております」
ギュイィィィィ
先代魔王が手をかざすと、手のひらからは膨大な量の魔力がつまった小さな光球が浮かびあがった。
それを団長の身体へと押し入れていく。
団長「ぐああああああああっ!!」
それと同時に意識が遠ざかり、やがて団長は再び意識を失っていた。
852: 2015/08/31(月) 19:51:38.03 ID:O0+wpVj/0
――…――
「…………」
団長「……ん?」
「……き……い」
団長「だれじゃ?」
「お起きなさい……」
団長「お、お主は……お母さん……」
団長母「貴女には……まだやることが残っています……」
団長「……もう、わたしは疲れたよ……」
団長「もう半魔の平和も人間の平和もどうでもいい……」
団長「そんなの……幻想にしか過ぎないんだから……」
?「そんなことはないぞ?」
団長「貴方は……お父さん?」
団長父(賢王)「現にお前は平和と協調の第一歩を踏み出しているじゃないか」
団長「そう……かもしれないけど……」
団長父「お前は私たちの子だ。魔族と、人間と、争いと怨恨の中に伸びる細い協調の糸……それがお前なんだ」
団長父「お前は魔族と人間族の間の愛によって生まれた。お前なら魔族と人間族の平和を築くことがきっとできるだろう」
団長父「私たちがずっとついているさ」
団長母「ええ」
団長「お父さん……お母さん……」
団長「分かった……わたし……まだ頑張ってみる」
団長「大好きなみんなのためにきっと平和を実現させてやるんだ!」
団長父「それでこそわが娘だ」
団長母「立派になりましたね」
団長「待っててね。もうちょっとだけかかりそうだけど、わたしに出来ることは全部やってからまた来るから」
団長「きっと……わたしにできることを……」
856: 2015/09/05(土) 20:39:12.97 ID:NWEIYVaD0
――――――
――――
―――
幸の国王「火球魔法(大)!!」
ゴォッ
先代魔王は巨大な火球を勇者と魔王に向かって放った。
ドガァァァァン
幸の国王「何っ!?」
勇者「!」
だが、その火球魔法は突然相殺された。横から飛び出した別の火球魔法によって。
団長「待たせたのじゃ、勇者」
勇者「団長!」
魔王「生きてたのね……!」
幸の国王「馬鹿な、貴様の魔力は全て余が吸収したはず……」
幸の国王「それなのになぜ上級魔法を発動できるのだ!?」
団長「さあな、儂にもよくは分からん」
団長「じゃが、儂も魔法使いを母に持つ半魔じゃ。魔力を持っていたとしてもおかしくはないじゃろう?」
幸の国王「ふん。まあよい。1人小賢しい者が増えたぐらいで何も変わりはせんわ!」
幸の国王「雷魔法(大)!」
団長「雷魔法(大)!」
バリバリバリ
再び二つの魔法は互いに相頃しあった。
この後も団長と先代魔王は上級魔法同士でぶつかり合った。
その激突は長きにわたったが、決着は一向につきそうになかった。
魔王「お、お父様とまともにやりあうなんて……なんて化け物なの……」
勇者「以前の魔力が魔王の分離体由来だったとしたら今の魔力はいったいどこからきているんだ……?」
勇者「一度巨大な魔力を詰め込んだら、本来の魔力の最大値も広がるということなんだろうか」
ピリリ
857: 2015/09/05(土) 20:39:42.20 ID:NWEIYVaD0
勇者「伝聞魔法?」
魔王「誰から?」
勇者「団長からみたいだ……」
魔王「なんですって!? あの戦いの最中から伝聞魔法を……?」
勇者「内容は……『先代魔王の注意は完全に儂が引きつけた。 勇者はその隙をついて弱点を破壊せよ』」
勇者「弱点?」
魔王「ほら、あのペンダントのことじゃないの?」
勇者「あの赤いやつかい?」
魔王「ええ。さっきからあそこから魔力が供給されているわ」
魔王「恐らくあそこにお父様の本体が込められているのよ」
勇者「いいのかい?そんなこと教えてしまって」
魔王「いいのよ。何回も言わせないでちょうだい」
勇者「分かった分かった。それじゃあ君にも協力してもらうよ」
魔王「構わないわ」
858: 2015/09/05(土) 20:40:12.81 ID:NWEIYVaD0
―――……
ギン
ガン
キィン
先代魔王と団長は依然として激しいぶつかり合いを続けていた。
幸の国王「ぐ……炎魔法(大)!!」ゴォッ
団長「炎魔法(大)!!」ゴォッ
ドガァァァン
2つの炎魔法がぶつかり合い、激しい爆発が起こった。
ドシュッ
幸の国王「何っ!?」
ギィィン
その濃い煙の中から団長が先代魔王本体へと切り込んだ。が、先代魔王はそれをぎりぎりで抑えた。
団長「ぐぬぬ……」ギリギリギリ
幸の国王「ぐ……貴様……どこからそんな力が……!」ギリギリギリ
団長「ふん……お主が用意してくれた大量の魔力のおかげで魔力切れを気にしないで済むのじゃ……!」
幸の国王「く……だが……!」
勇者「てやぁぁぁっ!!」
幸の国王「後ろか!」
ガギィィィン
団長と先代魔王が剣と防御魔法で押し合う背後から、勇者が胸のペンダントへ向かって剣を立てた。しかし、それももう片腕の防御魔法によって防がれた。
幸の国王「ハハハ!残念だったな7番目の勇者よ!」
幸の国王「貴様の策などお見通し……」
幸の国王「!?」
バッ
その直後、勇者の背後から飛び出したのは全く同じ背格好の、勇者であった。
859: 2015/09/05(土) 20:40:43.46 ID:NWEIYVaD0
勇者「うおおおおっ!!」
幸の国王「馬鹿な、貴様……まさか!」
勇者→魔王「そうよ、私はただの囮よ!」
先ほどまで勇者だったはずの男が、魔法がはがれて魔王へと早変わりした。
魔王「勇者!両手はつぶしたわ!」
団長「いっけええええええええ!!!」
勇者「先代魔王!覚悟っ!!」
幸の国王「ぐうう!!防御魔法!!!」
ギィィィン
先代魔王はペンダントに刃が及ぶ数ミリ前で防御魔法を張り、何とか刃を防いだ。
勇者「何っ!?」ギリギリギリ
団長「なんじゃと!?」
魔王「まだ耐えた!?」
幸の国王「き、貴様らぁぁぁぁっ!!!」ギリギリギリ
幸の国王「余を舐めるなぁぁぁ!!」グググ
3人同時に攻撃を受けているにもかかわらず、防御魔法が少しずつ3人を押し始めた。
勇者「まずいっ!」
団長「勇者、押し切るのじゃ!」
魔王「ぐ……さっきの傷さえなければ……!」
幸の国王「ハハハハハ!!」
幸の国王「余の策にここで氏ぬなどという文字はないのだよ!」
幸の国王「余はここで貴様らを始末し、新世界を構築し、帝王とならねばならんのだ!!」
幸の国王「さあ、その手をどけろ!余の邪魔をするなあああああぁぁぁぁぁっ!!」
860: 2015/09/05(土) 20:41:45.86 ID:NWEIYVaD0
魔法使い「それはお断りね」
バリィッ
勇者「!」
団長「!!」
魔王「えっ!?」
幸の国王「!!?」
突如階段のところに魔法使いが現れた。
彼女は足を引きずりつつも、ペンダントを守る防御魔法の反魔法をぶつけた。
いままで3人分の攻撃を受け切ってきた防御魔法の結界に大きなひびが入る。
幸の国王「馬鹿な、反魔法だと!?」
魔法使い「悪いわね、私も貴方の考えには反対なのよ」
団長「今じゃ!」
魔王「勇者ぁぁぁっ!!」
勇者「うおおおおおおおっ!!」
バリッバリバリッ
そのヒビは少しずつ確実に蜘蛛の巣状に広がっていく。
これが破られるのも時間の問題と思われた。
幸の国王「ぐおおおおおおおおぉっ!!何故だ、何故受け切れぬ!!回復が追い付かん!!!」
幸の国王「貴様、何故そこまで平和にこだわる!」
幸の国王「ただの平和や平等はいずれ精神を腐敗させ、さらに巨大な争いを招くだけのこと……!」
幸の国王「貴様に何故それが分からぬ! 恐怖と支配と独占こそが唯一の安寧の道なのだ!」
幸の国王「何故だ、何故だ、何故だ……! 貴様はなぜそこまでして余に刃向うのだ!!」
勇者「うおおおおおお!」
団長「勇者ああああっ!!」
魔王「いっけええええええっ!!」
魔法使い「頼んだわよ!」
バリバリバリッ
パッキィィィィン
ズァァァァッ
勇者「!!」
魔王「きゃっ!」
団長「!!」
魔法使い「!?」
知恵のペンダントが砕ける音がした。
それと共に断末魔が辺りに充満し、膨大な量の魔力が爆発的に放出された。
4人はその中で気を失った。
861: 2015/09/05(土) 20:42:28.11 ID:NWEIYVaD0
―――……
勇者「ん……ここは……」
勇者は何もない真っ白な空間に浮かんでいた。ここが現実世界でないことはすぐに見抜いたが、妙に現実的な気がした。
???「今宵は、敗れる、か……?」
勇者「君は……先代魔王か」
目の前には魔族と思わしき男性が勇者の方を向いて立っていた。
先代魔王「6人もの勇者を手を下さずとも滅した余がついに7番目の勇者に敗れる……か」
勇者「君は……本当は恐怖や支配が本当の安寧につながるなんて思っていなかったんじゃないか?」
先代魔王「ほう。なぜ分かる」
勇者「人間族を滅ぼすまではともかくとして、当初はその後の邪魔者がいなくなった世界はあの心優しい魔王に譲るつもりだったんだろう?」
勇者「彼女が恐怖や支配を徹底しうるような人格に僕には見えなくてね」
先代魔王「ハハハ。何を言い出すかと思えば」
勇者「さっき自分で魔王を攻撃した時かなり動揺していたじゃないか。そしてその後の止めもかなり躊躇っていた」
勇者「魔王が不干渉区に来たことを止めようとしなかったこともそうだし、そこまでの状況証拠があれば君があの魔王を……娘を愛していたことは容易に想像がつく」
勇者「もし人間族や僕が滅びてもその後魔王に君を倒させれば、どっちにせよ愛する魔族も魔王も平和になってハッピーエンドってわけさ」
勇者「もちろん、君が倒れれば言わずもがな、だけどね」
先代魔王「……」
862: 2015/09/05(土) 20:43:15.26 ID:NWEIYVaD0
先代魔王「ふ、そこまで見抜かれておったとはな」
先代魔王「さすがは7番目の勇者だ。余が選んだだけはある」
勇者「聡明な魔王たる君のことだ。本当は3族の平和も魔族の平和につながることぐらいは理解できていたんだろう?」
先代魔王「ふ、愚問だな」
先代魔王「だが余はそれでは足りないと判断したまでだ」
先代魔王「より強い絆の創生にはより強い敵が必要になるもの」
先代魔王「余が敗れようが勝とうが魔族の平和が実現するよう保証させてもらった」
先代魔王「ただそれだけだ」
勇者「少々過激すぎたと思うけどね」
勇者「で、わざわざ僕をここに呼んだ理由はなんだい?」
先代魔王「魔族を、娘を頼んだ。ただそれを伝えたかっただけだ」
勇者「……ふふ。もちろんさ」
勇者「君も疲れただろう?わざわざ体まで入れ替えたんだ」
勇者「安らかに眠ってくれ、偉大なる先代魔王……」
先代魔王「ふん、さらばだ……」
先代魔王「と、言いたいところだが、実は我が策はまだ終わっておらぬ」
勇者「なんだって!?」
先代魔王「詳しくは自らの目で確かめよ。余の最後の置き土産、とくと堪能するがよいわ」
勇者「く、いいだろう。君の最後の一手、僕が打ち砕いてやる」
先代魔王「ハハハハ。最後に勝利するのは余か? それとも卿か? 余は高みの見物とさせてもらおうか……」
先代魔王の笑い声が響き渡る。その声も、少しづつ遠ざかっていった。
863: 2015/09/05(土) 20:43:43.41 ID:NWEIYVaD0
―――……
「……じょ……」
「だい…………勇者……」
魔王「勇者!大丈夫!?」
勇者「わっ!?」
団長「勇者!!よかったのじゃ!」ギュー
勇者「うわわっ、だ、団長!?」
魔法使い「やっと起きたわね」
勇者が目を覚ますと、目の前には自分を心配する魔王、団長、魔法使いの姿があった。
団長「勇者ぁ~」スリスリ
勇者「……僕は、どれくらい眠っていたんだい?」
魔法使い「さあね。私たちが起きたのも今さっきだから何とも……」
魔王「とにかく、お父様は撃破したわ」
勇者「そうか……」
勇者「はっ! そういえば超究極魔法は!?」
玉座の後ろでは、まだ四賢人が詠唱を続けている。
魔法使い「まだ終わっていないわね……」
魔王「そんな、やっとお父様を倒したのに!」
団長「そうじゃ! こうなったらあの四賢人も抹頃して……」
魔法使い「無駄よ。最早あの四賢人は傀儡にしか過ぎない」
魔法使い「超究極魔法を止めるには……アンチスペルしかないわ」
勇者「アンチスペル……?」
864: 2015/09/05(土) 20:44:22.79 ID:NWEIYVaD0
団長「し、しかし、超究極魔法のアンチスペルなど、大賢者ほどの天才魔法使いでないと作れないのではないか……?」
魔王「もしかして、貴女……」
魔法使い「ええ。私を誰だと思っているの?」
魔法使い「奇遇にもこの数年超究極魔法についてのアンチスペルを研究していてね」
魔法使い「ほんの数か月前、遂に完成したわ」
団長「……なんと!?」
魔王「やっぱり……」
勇者「はは、流石魔法使いだ」
勇者「遂にあの大賢者にも勝ったかな?」
魔法使い「私なんてまだまだよ。でも、もう喋っている時間はないわ。早速かからせてもらうわね」
魔法使いは、部屋にかかれた魔法陣の所々を修正した。そしてそれを終えたのち、魔法陣の中心で詠唱を始める。
同時に、玉座の間の壁に、巨大な映像が映し出された。
巨大な黒い岩石、それが、青く輝く丸い光源に向かって一直線で向かっている。
勇者「この岩石が、その星か……」
魔王「思ったより不細工じゃない」
団長「ああ、しかし奥の青くて丸いのは何じゃ?」
勇者「あれが僕らの住んでいる星さ」
勇者「あの中の緑色のところがこの大陸で、僕らはその中のちっぽけな一員として生きているんだ」
魔王「あっちの方は綺麗ね……」
団長「なんだか、戦争やらをしているのが馬鹿らしくなるのう……」
魔法使い「……!! これは……!?」
突然、詠唱中の魔法使いが不穏な声を上げた。
勇者「どうした魔法使い!?」
魔法使い「まずいわね……このままでは間に合わないわ」
団長「なんじゃと!?」
魔王「そんな……それじゃあ……」
魔法使い「少しアンチスペルを発動するのが遅すぎたのよ……」
魔法使い「このままでは、あの星を破壊する寸前に勇者の国に落下するわ」
魔法使い「あと一押し何か衝撃を加えられれば……」
865: 2015/09/05(土) 20:45:20.92 ID:NWEIYVaD0
勇者「く、ここまでか……?」
団長「勇者。儂は、なんとか勇者の国に伝聞魔法を送って避難するよう勧告するのじゃ」
勇者「ああ、頼む」
魔王「お父様……どうしてそこまで3族の平和を否定するの……?」
魔王「氏してまでそれを貫くなんて……」
勇者「まあ魔王、彼は本当に3族の平和を否定していたわけではなかったみたいだよ?」
魔王「えっ……? どうしてわかるの?」
勇者「君の父に直接聞いた、ということにしておこうか」
魔王「?」
勇者「まあとにかく、君の父ならまだ何か策を考えているんじゃないかと思うんだ」
勇者「最後の策の更に最後の策をね……」
バラバラバラバラ
その時だった。穴の開いた玉座の天井に、奇術の国の飛行輸送機が現れたのだ。
団長「あれは……?」
魔王「空を飛んでる……」
勇者「僧侶の軍か!?」
シュルシュルシュル
大佐「勇者様! お久しぶりです」
真っ先に姿を現したのは、僧侶の秘書の大佐であった。
勇者「大佐! どうしてここに」
大佐「僧侶さんから指示があったのです。詳しくはこちらをご覧ください」
そう言って、彼は奇術国製のいわゆるパソコンを開いた。
そのモニターには、僧侶の顔が。どうやらリアルタイムでつながっているようだ。
僧侶「勇者様! ご無事でしたか!?」
勇者「僧侶! おかげさまで黒幕の先代魔王は倒したよ。だけど……」
僧侶「ええ、小惑星の墜落に関してはこちらでも掴んでいます」
僧侶「それに関して……魔法使いさんはいますか?」
魔法使い「ええ、いるわよ?」
僧侶「今、宇宙局のデータではその小惑星の速度が著しく下がっているのですが、魔法使いさんの力ですよね」
魔法使い「ええそうね。私が開発した超究極魔法のアンチスペルを発動したところよ」
魔法使い「……でも、アンチスペルを発動するのが遅すぎたせいで、恐らく破壊の寸前に墜落してしまうわ」
866: 2015/09/05(土) 20:45:49.76 ID:NWEIYVaD0
魔法使い「あと何か一撃大きなダメージを与えられれば、粉々に出来そうなんだけど……」
僧侶「やはり……」
僧侶「あの大きさの小惑星が墜落した場合、宇宙局の試算では大陸の北半分が焦土と化し、南半分も生物がすめる状態ではなくなります」
僧侶「言葉通り、世界滅亡ですね」
勇者「なんだって!? 勇者の国だけでは済まないのか……!?」
勇者(なるほど、先代魔王は大した置き土産を残していってくれたみたいだな……)
僧侶「はい、残念ながら……しかし、私に考えがあります」
魔法使い「考え?」
僧侶「ええ、魔法使いさん、魔法で小惑星に巨大な亀裂を入れることはできますか?」
魔法使い「亀裂……? まあ、出来なくはないと思うけど……」
僧侶「その中で大きな爆発を起こせれば、小惑星を砕くことができますよね」
魔法使い「なるほど……でも、そんな爆発どうやって起こすのかしら」
僧侶「見てください」
僧侶が言うと、モニターには細長い金属の筒のようなものが現れた。その横には、『飛翔型核兵器、別名核ミサイル』と書かれている。
魔法使い「これは……?」
僧侶「これは前理事長、いや私の父が秘密裏に開発していた兵器です」
僧侶「この兵器はもともと、一度宇宙まで飛んでいき、そこから降下して激しい爆発で多くの人命を奪うという恐るべき強力爆弾でした」
僧侶「ですが、これをその小惑星の中に打ち込めば……」
魔法使い「なるほど……! 威力はどれくらいかしら?」
僧侶「貴女方がいる幸の国首都を、跡形もなく消し去るくらいには……」
勇者「なんだって……!?」
団長「なんという威力じゃ……」
魔王「私が全魔力を解放しても恐らく敵わないわね」
867: 2015/09/05(土) 20:46:19.76 ID:NWEIYVaD0
魔法使い「なるほど。十分ね」
魔法使い「分かったわ。やりましょう」
僧侶「ありがとうございます! こちらはもう準備はできています!」
魔法使い「じゃあ私も上手く亀裂を入れられそうになったら合図するから、頼んだわよ!」
僧侶「はい!」
勇者「科学と魔法の合わせ技か……」
団長「想像もしなかったことじゃな」
魔王「これが協調の力、ということね……」
玉座の間の壁には、相変わらずその小惑星の映像が流れている。しかし、心なしかそれは減速しているようにも見える。
そしてしばらくして、ついにその小惑星が勇者らの星へと到達しようとした。
小惑星が一気に赤く染まっていく。同時に、空にも紅い彗星のような星が見え始めた。
団長「ま、まだか!? このままでは衝突してしまうぞ!」
魔王「あ、もう空にも見えてるわよ! あそこ!」
勇者「本当だ……魔法使い、まだなのかい!?」
魔法使い「もうちょっと待ちなさい。十分引きつけないと意味がないわ」
少しの間、全員を沈黙が包み込む。
魔法使い「今よ! 僧侶!」
僧侶「はい! 今です、発射!!」
魔法使いが言うのと同時に、映像内の小惑星にも大きなひびが入った。
同時に、僧侶が部下に指示を飛ばす。
ゴォォォォォォォ
すると、先ほどの小惑星の映像の横に、奇術国軍兵がミサイルの映像を投影した。
それは膨大な量の煙を上げ、少しずつ空へ昇っていく。
868: 2015/09/05(土) 20:47:29.23 ID:NWEIYVaD0
勇者「凄い量の煙だね……」
団長「しかし、思ったより小さいのう」
魔王「あ、あれを見て!」
しばらくすると、奇術の国方面の地平線から、何やら白い線が立ち上った。
団長「なるほど、ここからでも見えるのか」
勇者「僧侶、魔法使い、上手くいく確率はどれくらいだい?」
魔法使い「上手く誘爆して、粉々に砕けるかどうかで半々ってところでしょうね」
魔法使い「下手をすれば中途半端な大きさではじけて結局世界滅亡なんてこともあり得るわね」
僧侶「こちらも亀裂の最深部に上手く命中する確率はほぼ50%です」
勇者「そうか……となると、4回に1回は世界は滅亡するんだね」
団長「し、しかしまだわからんのじゃ!」
魔王「そうよ、少しでも可能性があるなら諦めるべきではないわよ!」
勇者「ああ、もちろんさ。諦める気はないよ」
勇者「だけどあとは2人に任せるしかない。僕らは少しでも魔力を魔法使いに渡すことにしよう」
魔法使い「それは助かるわね」
魔法使い「それじゃあ、命中直前に一斉に魔力を供給してちょうだい」
魔法使い「魔力を一点に集中してあの星を砕く効率とパワーを上げるのよ」
魔法使い「最後の本気を出させてもらうわ!」
団長「承知なのじゃ!」
魔王「任せなさい!」
モニター上で、小惑星と核ミサイルが反対方向に進んでいく。
869: 2015/09/05(土) 20:48:03.73 ID:NWEIYVaD0
僧侶「着弾まであと10秒、9、8、7……!」
魔法使い「頼むわ……!」
僧侶「6!」
勇者「頼む……!」
僧侶「5!」
団長「頼むのじゃ……!」
僧侶「4!」
魔王「お願い……!」
僧侶「3!」
魔法使い「よし、みんなお願い!」
全員が魔法使いに向けて魔力を集中する!
団長「うおおおおおおおおっ!!」
僧侶「2!」
魔王「いっけえええええええええええっ!!」
僧侶「1!」
勇者「お願いだ! 勇者の国を、世界を救ってくれえええええっ!!」
僧侶「0!!」
カッ
勇者「うわっ!」
魔法使い「なっ!?」
団長「なんじゃ!」
魔王「きゃっ!?」
僧侶「……!」
僧侶のカウントと同時に、玉座の間は閃光で満たされた。
小惑星に核ミサイルが命中し、大爆発を起こしたのだ。
その閃光は、しばらく玉座の間を満たし続けた。
870: 2015/09/05(土) 20:48:35.41 ID:NWEIYVaD0
勇者「……ど、どうなった?」
しばらくして、閃光は収まった。
団長「そうじゃ、あの星は?」
魔王「誰でもいいから答えなさいよ!」
魔法使い「僧侶、どうかしら?」
僧侶「……目標……」
僧侶「目標……消滅」
僧侶「小惑星は、数万の破片に粉砕されました」
僧侶「成功です!!!」
ワッ
その場にいた全員が、一斉に喝采を上げた。
勇者の国は、世界は魔法と科学の融合技により救われたのだ!
871: 2015/09/05(土) 20:49:56.86 ID:NWEIYVaD0
魔王「見て!」
団長「あれはっ!?」
勇者「綺麗だ……」
魔法使い「ええ……」
朝焼けの空。橙に染まり始めた空に、膨大な数の流れ星が流れていく。
団長「ついに、終わったんじゃな……」
勇者「ああ、これからは新しい世界が初まっていくんだ」
勇者(そうか……先代魔王の最後の策はこれだったのか……)
勇者(魔法と科学の融合、そして新しい世界を告げる流星群……)
勇者(先代魔王、君の意思、しかと受け止めよう)
勇者(そして、これからは僕が必ず、平和な世界を作る)
勇者(僕がそっちへ行くまで、のんびりと見ていてくれよ……)
全ての人が、全ての魔族が、全ての半魔が、その流星群を見たという。
新しい世界の始まりを告げる数多の流れ星。
ある者はため息をつき、ある者は涙し、ある者は歓喜に叫びを上げた。
そして、その全ての人々を、大いなる朝日が平等に包み込んでいくのであった。
872: 2015/09/05(土) 20:50:52.30 ID:NWEIYVaD0
これまでの魔族、奇術国連合、魔術国連合、そして幸の国の4大勢力の均衡は崩壊し、新しい世界が創生されていった。
奇術国連合は僧侶の先導により、本来の自由と平等の志を取り戻した大陸最強の国家としてその権威を高めていった。
魔術国連合は魔法使いと助手の活躍、そして奇術の国連合の援助により一大復興を遂げ、古来よりの伝統を保持した国家を存続させていった。
幸の国は荒廃が激しく、当分の間奇術の国管理下の不干渉地域となった。
そして勇者の国は、これまでの3族そして科学と魔法の融合した理想郷を長い間残していくのである。
伝説は終わり、歴史が始まっていく……
あの冴えない勇者の伝説は、これにて完結する。
彼は永い平和と安定の創生者として、長い間その名を語りつがれてゆくのであった。
873: 2015/09/05(土) 20:51:32.85 ID:NWEIYVaD0
これにて完結です。
最後はかなり尻すぼみ感がありましたが、後日談などは特に要望でもない限り書く予定はないです。
皆さん1年半あまり、最後まで読んでいただいてありがとうございました。
874: 2015/09/05(土) 20:53:16.56 ID:NWEIYVaD0
URL:http://ncode.syosetu.com/n6491cq/
サイト:小説家になろう 様
むこうは文字数が増えた代わりにかなり世界観を掘り下げてます。
このSSでは名だけで語られなかった氏の谷攻略戦や、僧侶外伝などのオリジナルストーリー、オリジナルキャラクター増し増しで描いていってますです。
基本当SSのストーリーで進行しますが、終盤の結末などはガラリと変わる予定です。
ポイントも一桁の最底辺で連載中なので、よければブクマや感想などをいただけると狂ったように喜びます。
完全に宣伝になって申し訳ないです。また気が向いたら読んでみてください。それでは。
875: 2015/09/05(土) 21:53:29.52 ID:Yvbn9qYTo
乙!
887: 2015/12/02(水) 00:32:02.40 ID:OGB8SBsT0
エピローグ
―最後の戦いから数年後 満月の夜 勇者の国行政府 塔最上階展望台―
ヒュウウウウ……
勇者(あれからもう数年、か……)
勇者(この勇者の国は相変わらず著しい発展を続け、奇術国連合は僧侶の指導力により大国としての地位を確固たるものとし、
魔術国連合は魔法使いと助手のお陰で劇的な復興を遂げた……)
勇者(以前まで盛んだった反魔族運動も下火を迎え、今では人間族と魔族が平然と挨拶を交す光景が溢れるよう
になった)
勇者(あの戦い以来、この世界は最も理想的な方向へと向かおうとしている……)
勇者(僕の成したことは遂に身を結ぼうとしているんだ)
勇者(これほどありがたいことは無いな)
相変わらず、彼の目の前には魔法灯によって装飾された勇者の国首都の街並みが広がっていた。
その灯りは形を変え色を変え、勇者の国の中心を彩り続けている。まるで今は亡き副団長と戦士を悼むかのように。
888: 2015/12/02(水) 00:32:33.40 ID:OGB8SBsT0
勇者(副団長、戦士……君たちのことはきっと忘れない。この勇者の国建国の最大の功労者にして、僕の最愛の友だ)
勇者(きっと、いつまでもいつまでも、君たちのことは語り継いでいく)
勇者(英雄として、偉大なる偉人として、後世でも語られていくんだ)
勇者(もう少しだけ待っていてくれ。もう少し僕はやることをやったら、そっちへ行くから……)
団長「勇者!! なんじゃやっぱりここにおったのか」ゼェゼェ
勇者「わっ! どうしたんだい団長?」
団長「どうしたもこうしたもないわ! 今夜は勇者の国の建国記念式典と、戦士と副団長の追悼式じゃろうに!」
団長「もう奇術国連合と魔術国連合の各連合からも来賓が来ておる! 急いで中央広場に来るのじゃ!」
勇者「えっ、もうそんな時間なのかい!? しまった、のんびりしすぎた」
団長「全く、いい加減スケジュール管理位自分でやってほしいのじゃ。儂もそんな暇じゃないんじゃぞ」
勇者「ごめんごめん、すぐ行くよ」
889: 2015/12/02(水) 00:33:02.03 ID:OGB8SBsT0
団長「はぁ……相変わらずこの夜景が好きなんじゃな」
勇者「まあね。ここにいるとこの勇者の国が発展していく様子をリアルタイムで感じることができるんだ」
勇者「なんというか、自分の子供が育っていくというか、そんな感覚だよ」
団長「……まだお主には子供なんぞおらんじゃろうに」
勇者「う、相変わらず鋭いところを突いてくる」
団長「ふん。それどころか、まだあの僧侶とも婚約を交えていないという話じゃが、本当なのか?」
団長「告白は受けたのじゃろう? ここらで一度けじめをつけてみたらどうじゃ」
団長「勇者の妹として、儂は大賛成じゃぞ」
勇者「よしてくれよ。僕も僧侶もまだ一国を預かる身だ。そんな暇はないよ」
団長「そうかのう……」
勇者「そんな団長こそ、王子様はまだ現れないのかい?」
団長「残念ながらな。儂も忙しくてそれどころではないのじゃ」
団長「それに……」
890: 2015/12/02(水) 00:33:37.36 ID:OGB8SBsT0
団長「儂には勇者がいるからな!」ギュー
団長は、突然勇者に抱き付いた。勇者は反応しきれず、思わず体制を崩す。
勇者「わわっ! まったく、相変わらずその抱き癖は治らないんだね」
言いながら、彼は団長の頭をなでる。さらさらとして黒髪が、彼の指の間を通り抜けていった。
団長「ふふふ。好きなものはしょうがないのじゃ」
勇者「それじゃあいつまでたっても大人にはなれなさそうだね」
団長「もう成長するのは諦めたのじゃ。数年たっても1ミリたりとも身長が延びんのじゃあもうどうしようもないじゃろ」
団長「でも、こうしていつでも勇者とハグができるのならこれでもいいのじゃ」ニコッ
勇者「そうかい。それならよかった」
しばらく、勇者は団長と二人で夜景を眺めた。しかし、夜景に連想されたのはあの副団長の姿である。彼らはすぐに、今から行くべき場所のことを思い出すのだった。
団長「……って! こんなことをしている場合じゃないのじゃ! 勇者、式典に急ぐのじゃ!」
勇者「ああっ! しまった! 行こう、団長!」
そして、勇者は団長の手を取り、塔を下り、一路中央広場へと向かっていくのだった。
891: 2015/12/02(水) 00:35:57.93 ID:OGB8SBsT0
――― 勇者の国首都中央広場 勇者の国建国記念式典、兼副団長と戦士の追悼式 ―――
ワイワイガヤガヤ……
団長「それじゃあ儂は向こうで来賓の対応をしてくるのじゃ」タタタ
勇者「分かった! また後で」ダダダ
勇者「はぁ……はぁ……何とか間に合ったかな?」
中央広場は勇者の国だけでなく、奇術魔術両連合、更には魔国からも集った人々、半魔、魔族によって埋め尽くされていた。いくつもの丸いテーブルの上には豪華な料理が乗せられ、明るい魔法灯が添えられて夜の広場を明るく照らしている。何となく暗い雰囲気も漂っていたのは、氏した副団長と戦士を悼んでのことなのだろう。
僧侶「あ、勇者様! お久しぶりです!」
魔法使い「遅かったじゃない。一体どこで寄り道してたのかしら?」
そして現れたのは、喪服に身を包んだ僧侶と魔法使いであった。魔法使いは相変わらず車椅子に座ったままだ。
勇者「僧侶に魔法使い! 久しぶり!」
魔法使い「ごきげんよう。相変わらず冴えない顔ね」
勇者「一言余計だよ魔法使い」
魔法使い「あら、失礼したわね」
892: 2015/12/02(水) 00:36:44.37 ID:OGB8SBsT0
僧侶「ふふふ……」
僧侶「……もう、あれから数年も経つんですね……」
勇者「……ああ。まさか、あの戦士に先を越されるなんてね。僕も予想していなかったよ」
魔法使い「そうね。一番最初に抜けるのは勇者なものだとてっきり思っていたものだけど」
魔法使い「いなくなってみるとあの減らず口も恋しくなるものね」
僧侶「そうですね……やっぱり、仲間が減ると途端に寂しくなります……」
勇者「ああ……まあ、その話はまた追悼式ですることにしよう」
勇者「取りあえずは勇者の国の独立記念日を盛り上げないとね」
勇者「奇術国連合の軍務理事閣下と魔術国連合の国王首席顧問官様に来てもらってるんだ。情けないところは見せられないよ」
僧侶「そんな、閣下何て呼び方はやめてください!」
魔法使い「そうよ。魔術国の実質は魔法大学校新校長の助手も含めた新しい四賢人に任せているし、私もただのアドバイザーに過ぎないんだから、大したことはないわよ」
893: 2015/12/02(水) 00:37:13.89 ID:OGB8SBsT0
魔王「あ! 勇者!!」
勇者「あ、君は、魔王じゃないか!」
そこで、人ごみの中から魔王が顔を出した。
魔王「相変わらず冴えない顔ね。元気にしてたかしら?」
勇者「ああ、お陰様でね。君こそ、魔国の方はどうなんだい?」
魔王「勇者のおかげで発展する一方よ。やっぱりまだ少しだけ人間族に対する抵抗もあるみたいだけど、でもすぐに収まると思うわ」
魔王「それもこれも勇者が差別の無い世界を作ってくれたからよ。これも、お父様の望んだ世界だったのかしら……」
勇者「ああ、きっとそうだと思うよ」
団長「勇者! 準備ができたのじゃ! ほらほら早く壇上に登ってスピーチじゃぞ!」
勇者「うわっ、団長! 分かった分かった今行くから!」
こうして、勇者は奇術国魔術国魔国の三大国の代表に見守られながら、勇者の国の独立を祝い、戦士と副団長の氏を悼むのだった。
894: 2015/12/02(水) 00:37:46.53 ID:OGB8SBsT0
勇者『皆さん。今日はわざわざここまで集っていただいてありがとうございます』
勇者『この勇者の国が建ってから、はや数年』
勇者『世界からは争いが消え、魔族、人間族、そして半魔の間の隔たりも、今やその溝を埋めようとしています』
勇者『平和な世界は、今目の前に広がっているのです』
勇者『私は今日、その象徴として勇者の国の独立記念日を祝えることを誇りに思います』
勇者『そして、この国のために散って行った同胞のことも、忘れてはいけません』
勇者は後ろを振り返った。そこには無数の花に彩られた副団長と戦士の肖像が、寄り添うように置かれていた。
勇者『副団長、及び戦士は団長、そして僕の親友として、この国の建国に深く貢献してくれた建国の師です』
勇者『彼らの存在を忘れず、感謝し続け、その名を後世に伝えるため、今日は追悼式典も共同開催にさせてもらいました』
勇者『とはいえ、あまり暗い雰囲気にしてしまうのも、彼らは喜ばないことでしょう』
勇者『今日はどの国から来たどの種族の方々も、みんなこの新しい平和な世界を祝って、楽しんでいってください』
勇者『それでは、勇者の国独立記念日に、乾杯!!』
カンパーイ!!
こうして、独立記念式典及び追悼式は、あくまで和気藹々とした雰囲気で進んでいくのであった。
895: 2015/12/02(水) 00:38:28.75 ID:OGB8SBsT0
―――独立記念式典も中ごろ 人気の無くなった勇者の国首都の街はずれ―――
テクテクテク……
勇者「ふう、ここまで来ればもう誰もいないかな」
僧侶「そう、ですね……」
勇者は記念式典をこっそりと抜け出し、僧侶と二人で街はずれまでやってきていた。久々、いや、初めてといっていい二人だけの時間である。二人とも一国を支える重役同士、このような時間を持つことは滅多にできなかったのである。
勇者「……」
僧侶「……」
二人の間には長い沈黙が流れていた。二人とも、奥手な性格同士。手を繋ぐどころか、言葉を交わすことすらできなかったのだ。
勇者「あの、さ、あっちの方におススメの酒屋があるんだ。よかったら、あの……そこで食事でもどうかな」
僧侶「え、あ、はい。是非!」
896: 2015/12/02(水) 00:38:58.77 ID:OGB8SBsT0
勇者「……」テクテク
僧侶「……」スタスタ
勇者「あ、あの!」
僧侶「えっ!? な、何ですか?」
勇者「良かったら、敬語、外してくれないかな。僕のことも勇者様なんて呼ばずに、名前の呼び捨てで構わないから、さ」
僧侶「えっ、あ、はい! 分かりました」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「あ、あの!」
僧侶「えっ!? な、何ですか? ……じゃなくて、何? 勇者……さん」
勇者「良かったら、手を……」サッ
僧侶「……! は、はい……」ギュッ
勇者「……」
僧侶「……」
二人はぎこちなく手を繋いだまま、酒屋の方へと歩んでいくのだった。
897: 2015/12/02(水) 00:39:31.77 ID:OGB8SBsT0
――― その2人の背後 物陰にて ―――
団長「およよ……中々良い雰囲気じゃのう……のう魔王?」
魔王「そうね……でもまだまだ物足りないわ!」
魔王「キスはどうしたのよ! 熱い抱擁とキス! それこそが恋人の証じゃないの!……って何かの本で読んだわ」
団長「なんでお主が熱くなっておるんじゃ……」
魔王「む……貴方こそ、よくそんな冷静でいられるわね。いいの? あんなに親しかった男性が他の異性にとられちゃうのよ?」
団長「構わん。儂は勇者の妹じゃぞ? 恋愛感情とはまた別の愛情で十分なのじゃ。お主こそ、勇者にそう言う感情を抱いておるもんじゃと思っておったが……」
魔王「そうね……あながち間違っちゃいないかもしれないわね……」
魔王「でも私も魔王という立場がある以上人間族と……なんて無理な話よ」
団長「まあ、そうじゃな」
魔王「だからせめて彼の《ピー》だけでも貰って子供を産ませてもらおうかと思ってるのよね」
898: 2015/12/02(水) 00:40:06.06 ID:OGB8SBsT0
団長「ひぇ!?」
団長「だ、大胆すぎるじゃろ……しかも、それじゃああんまり変わってないんじゃないのか……?」
魔王「もちろん内密によ。それに魔族の夫との跡取りも作るつもりだし、それなら問題ないでしょ?」
団長「お主の行動力には相変わらず感心させられるのじゃ……まあ、せいぜい頑張るのじゃ」
魔王「どうも」
団長「はぁ……それにしても、やっぱりあの二人は見てて心配じゃのう……」
魔王「そうね……!」
魔王「良い考えがあるわ、ちょっと協力なさい!」
団長「へっ!? ちょ、ちょっとまて!」
魔王は団長の袖を引いて、物陰を駆けていくのだった。
899: 2015/12/02(水) 00:40:39.29 ID:OGB8SBsT0
――――……
僧侶「……」
勇者「……」
相変わらず二人は手を繋いだまま、黙って人気のない通りを歩んでいく。すると、その前に何やら怪しい占い師が現れた。長いローブを羽織った細身の女が丸いテーブルの奥についている。
占い師「ちょっとそこのお2人さん!」
勇者「えっ……? 僕たちのことかい?」
占い師「そうじゃそうじゃ……ちょっと占っていくとよいのじゃ。何やら面白いものが見えるでのう……ひぇっひぇっひぇ」
勇者「?」
僧侶「取りあえず座ってみましょうか……?」
勇者と僧侶は一度顔を見合わせ、占い師の前に座った。目の前の机には大きな水晶玉が置かれている。
占い師「おぉ……見える見える……お主ら面白い相が出ておるのじゃ」
占い師「何々……? ほうほう……なんと!」
僧侶「……?」
占い師「お主ら、今すぐここでキスをするのじゃ」
900: 2015/12/02(水) 00:41:12.67 ID:OGB8SBsT0
勇者「へ!?」
僧侶「な、き……キス!?」
占い師「そうじゃ。さもなくば凄まじい災いがお主らの身にじゃな……」
勇者「……で、これは何の真似何だい? 団長」
占い師「ギクゥッ!!」
占い師「団長? はてなんのことやら……」
占い師?「ちょっと……ちゃんと演技なさいよ……」
占い師「しょうがないじゃろ……まさかばれたかと……」
勇者「いやもうばれてるからね? 口調も声も明らかに団長じゃないか。あと腹話術をするならもっと訓練しなきゃ駄目でしょ」
僧侶「ふふふ……そこに座っているのは、魔王さんですよね?」
そこまで言われると、目の前の占い師はフードを脱いだ。そこにいたのは僧侶の言う通り魔王であった。
そして机の下からは、もぞもぞと団長がはい出してくる。
901: 2015/12/02(水) 00:41:42.48 ID:OGB8SBsT0
団長「ほらやっぱり……邪魔するべきじゃないと言ったじゃろうに」
魔王「しょうがないじゃない! いつまでたってもイチャイチャもヌチャヌチャもしない2人を見てたらじれったくもなるでしょう!?」
勇者「ヌチャヌチャって何だよ……まあともかく、2人が僕らのことを思ってくれていたのは分かったよ」
団長「す、すまないのじゃ……儂はただ二人に喜んでもらいたくて……」
勇者「いいさ、気にしないでくれ。そうだ、折角だし2人も一緒に酒屋で食事なんてどうだい?」
勇者「僕と僧侶だけじゃあどうにも会話が進まなさそうでね。僕たちも賑やかなほうがいいし」
団長「ほ、本当か!? ……でも、僧侶はどうなんじゃ? 儂らがいたって邪魔なだけじゃろうに……」
僧侶「いえいえ、是非ご一緒させてください。私も賑やかなのは嫌いじゃないので」ニコ
団長「わぁっ! ありがとうなのじゃ!」ギュー
そう言って、団長は僧侶の方に抱き付いた。
902: 2015/12/02(水) 00:42:18.62 ID:OGB8SBsT0
僧侶「ひゃっ! ……団長ちゃんって本当に可愛いんですね。こんな妹がいたらと思うと、羨ましいです」
勇者「何を言うのさ、もし僕と君が結婚でもしたら、団長は自動的に君の義妹になるじゃないか……まあそもそも僕だって団長と血がつながっているわけでもないしね」
僧侶「えっ!? それって……」
魔王「ほら、そうと決まったらさっさと行くわよ! ぐずぐずしてると私が食べ物を全部かっさらっていっちゃうんだから!」ダダッ
団長「ああっ! 待つのじゃ! そんなことは許さんぞ!」タタタ
勇者「ははは……」
勇者「さあ、行こう僧侶。まだ時間はかかるかもしれないけど、いつか、二人で一緒に暮らそう」
僧侶「ううん……二人だけじゃありませんよ。団長ちゃんも、魔王ちゃんも、魔法使いちゃんも……みんなで一緒で暮らそう、ね?」
勇者「……! ……ああ、そうだね……」
こうして、4人は一同揃って歩んでいった。
星降る夜空の下、その背中はどれも未来への希望に満ち、明るい世界へと歩んでいくようにも見えるのだった。
903: 2015/12/02(水) 00:43:16.55 ID:OGB8SBsT0
短いですが後日談でした。
遅くなってごめんなさい
906: 2015/12/02(水) 03:06:33.58 ID:vnOZvLAIO
乙
引用: 勇者「停戦協定?」
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります