399: 2018/07/22(日) 22:23:52.47 ID:+mU1ijAH0
     1

 正直に言えばこの一ヶ月の間、抱え込んだややこしい心境に、私の心は揺れ続けていた。

「やっぱり、受け取っちゃうんだろうな、私は」

 呼び出されて足を運んだ、ラボの屋上。鉄柵に肘を付き、そよぐ風に髪先をなびかせていると、何だか無性に顔をうつむけたくなってしまう。

「私だけが……もらえるんだ」

 そんな事をつぶやくと、いまいちよく分からない罪悪感が幅をきかせてきて、ちょっと鬱陶しい。

 考えすぎだと言う事は、分かってた。気にする必要なんてないって事も、ちゃんと分かっていた。だがそれでも、理性とは裏腹な感情の揺れは、中々どうして収まってくれそうもない。

 一月前の2月14日。一人の男性に、生まれて初めて贈ったチョコレート。嫌と言うほど自覚している不器用な腕前で、湯煎だけにも手間取りながら形作った、褐色色の想いの形。

 そんな不細工な代物を、はにかみながら受け取ってくれた男性の顔を思い出すと、気恥ずかしさと共に、ちょっとだけ憂鬱な何かが込み上げてくる。

「あげない方が、よかったのかな」

 などと口にするも、しかしそれが本心でないことは、言うまでもなく──

「あんなの、気にすること無いのに……」

 そして続ける言葉は、この一ヶ月の間、繰り返し唱え続けてきた呪文と、何も変わっていなかった。

 迷いに迷って用意した、少しは大人っぽさを匂わせる包装紙。包んだ箱にフワリとしたリボンをかけた、思いを込めたはずの贈り物。
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400: 2018/07/22(日) 22:26:47.06 ID:+mU1ijAH0
 渡すまでは、気にもしていなかった。なのに、照れ隠し全開でつっけんどんに突き出した私の手から、それを受け取った時の彼の言葉。

『ありがとう、紅莉栖』

 それは、普段の彼からは想像できない程、真っ直ぐに届けられた、お礼の言葉だったのだと、今さらながらに思う。

「ああ、余計なこと言った……」

 本当はとても嬉しかった、驚くほどに本音だった、素の返し。ちょっと素っ気無い言葉だったかもしれないけど、でも、静かに私を見つめる瞳と、いつもよりも少しだけ近く思えた距離感に、正直その時は舞い上がってしまった。

 だからつい、そんな気持ちを見せてしまうのが気恥ずかしくて、照れ隠しを予定よりも延長してしまった。

 真面目なフリとか気味が悪いだろと。真剣な顔なんて調子が狂うと。思ってもいない言葉を口にしながら、それでも強く胸を高鳴らせていた。

 そんな私に、彼はこう言った。

『別にフリではない。俺はいつだって、お前に感謝してきた。ずっと、な』

 普段のふざけた態度が、嘘のような振る舞い。とても深い色をした彼の眼差しに、私は舞い上がりながら、そして、ふと思ってしまった。

 今、彼が見ているのは、誰なんだろう?

 過去形で告げられた、彼の言葉。『ずっと』と添えられた、私にとっては奇妙な言い回し。そして感じてしまったのは──

『きっと、私だけじゃ……ない』

 そんな、ふんわりとした取り止めのない想いだった。

 あの夏を過ぎ、程なくした頃に聞かされた、不思議な話。終わりの見えない、延々と続いていたという、とても長い夏のお話。

401: 2018/07/22(日) 22:32:42.53 ID:+mU1ijAH0
 そのお話の中に、度々姿を現した女の子。

 彼や大切な友達のために、頑張って、悩んで、苦しんでいたという、私と同じ形をした沢山の女の子たち。

「馬鹿か、私は……」

 きっと大好きだったんだと思う。きっとどの子も、今の私と同じくらい、彼に惹かれていんだと思う。

 だけどそれでも、その子達は彼の側にい続けることはなく──今、私だけが、こうして彼の傍らにいられる。

「何で、ずるい……とか思っちゃうんだ、馬鹿」

 彼が見ている先にいた、沢山の私。その子達が、私と別人だなんてことは思ってない。でも、それでも──


 ありがとう、紅莉栖


 これまでの色々な出来事。私の知らない、沢山の想いへと向けられたはずの、彼の言葉。それはきっと、私の知らないお礼の気持ちで。

 だから、困る。

「何て言えば……いいんだろう」

 もうすぐ私は、彼にお礼を伝える事になるだろう。さっき、ラボの屋上で待っているように言われた時から、覚悟はしていた。

 後少しすれば、後ろの扉から彼が来る。そして私は、彼から形を受け取って、想いを返さなければいけない。

 ちゃんと伝えることが、できる?

402: 2018/07/22(日) 22:34:20.80 ID:+mU1ijAH0
 自信がなかった。一月前、ありがとうと言って、名前を呼んでくれた彼。

 その中に込められた、余りにも膨大な感謝の理由に気が付いてしまうと、今、私が抱えている想いが、とても薄っぺらに感じてしまった。

「ちゃんと……言いたい」

 つりあいたい。彼が向ける想いの重さに、出来る事なら吊り合ってあげたい。

 今の私に上書きされて消えた、いっぱいの私。聞かされて知った、彼女たちのために。今でも少しだけ残されている、微かな夢物語の欠片のために。

 ひと月前の彼の言葉に、つりあいたい。と、誰のためでもなくそう思ってしまうのは、ワガママなのだろうか。

「私って、こんな不器用だったっけ……」

 それはきっと、義務ではないのだろう。吊り合ってほしいなどと、一度も言われたためしがない。

 だからきっと彼は、そんな事を望んでなんて、いないだろう。だけどどうしても、そうできない事に歯がゆさを覚える。

「じゃなきゃ、私だけが受け取って、私だけが返すみたいで……何か嫌だ」

 きっと、沢山の私が踏み台になって、今の私がいる。それが悪い事だとは思わないけど、でもなぜだかそれは、とても寂しいことのように感じてしまう。

「ちょっと……寒いな」

 空を見上げれば、薄い空の色が瞳を覆う。三月も半ばに差し掛かったこの日。昨日、少しだけ舞った小さな雪景色の名残が、まだ屋上には残っていた。

「ほんと、寒いな」

 鉄柵から身体を離し、小さく身体を縮こまらせる。と──

「待たせたな」

 屋上の扉が開く音が聞こえ、そして彼の声が聞こえた。振り向き、そして私は目を丸くした。









403: 2018/07/22(日) 22:41:25.14 ID:+mU1ijAH0
     2

「ねぇオカリン。せっかくクリスちゃんを屋上に呼び出したのに、どうしてまゆしぃも一緒に来ないといけないのでしょうか?」

 目を丸めている私の耳を、彼に問いかけているまゆりの声が小さく揺らした。

「さっき言っただろう、まゆり。お前もすでに、このイベントの大切な要素なのだとな。ふぅーはははっ」

 一頻りのたまって高笑い。そんな、いつもと変わらぬ姿を眺めつつ、私はゆっくりと口を開く。

「岡部……一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

 私は目をパチクリと瞬かせながら、伸ばした指先で彼の背後を指し示して見せる。

「それ……なに?」

「何? とは愚問だな。貴様、今日が何の日か、知らぬというワケでもあるまい?」

「いや、知ってるけど……でも、変だろそれ」

 私の指先。その先に捕らえた、いやに大きな布袋を穴が空くほど凝視する。

「変だと? 失敬な奴め。一月前の借り。それを返すのだ。これくらいあって、然るべきではないか」

 もう、意味がよく分からなかった。分かるのは精々、彼の言う一ヶ月前というのが、言わずもがな『あの日』に該当しているのだろうという程度の事。

「じゃあなに? その中はバレンタインのお返しが詰まってるとか……そう言いたいのか?」

404: 2018/07/22(日) 22:42:14.45 ID:+mU1ijAH0
「無論である!」

 胸を張られてしまった。どこから論破すれば、いいんだろう?

「ええとだな、岡部。朴念仁代表のアンタに、センスとかを求めるつもりはないけど、でもいくらなんでも大きすぎると思うわけだ」

 ホワイトデーの定番といえば、軽めの菓子類や花などと、比較的かさばらない物が一般的だと思うわけで。

 なのに、彼の後ろにたたずんでいる布袋の大きさといったら、まるで季節外れのサンタクロースのようなんだけど。ギャグ……なんだろうか?

「かさばる物とか、普通は避けるのが一般的だと思うわけで……」

 どうしたものかと困り顔をぶら下げてしまうと、彼は顔を軽く緩めた。

「心配するな。一つ一つは、さほどかさばらん」

「一つ一つって、じゃあその中、色々詰め込んであるって……こと?」

 恐る恐る問いかけると、彼ははっきりと頷いて見せた。

「その通り。買い揃えるのに苦労した事も、今となっては良い思い出だな」

 もう、どこから突っ込んでいいのかすら、分からなくなってきた。

 彼は、唖然とした表情の私から視線を外すと、傍らで立っていたまゆりに目を向け、さもしたり顔で口を開く。

「では、まゆり。別命あるまで、ここで待機をしていろ」

「ええぇ?」

 唐突な指示に、当然の反応を示すまゆり。何をしたいんだ、こいつは?

405: 2018/07/22(日) 22:43:17.09 ID:+mU1ijAH0
「いいから、呼ぶまで動くな。分かったな?」

 強く念を押され、シブシブと頷いている。なんだかちょっと、可哀想にみえてしまった。そして──

「では、メインイベントを始めようではないか」

 彼はそんな事を言いながら、布袋の先端を握り締めて、ゆっくりと私へ向けて、歩み始める。

「まさかと思うけど、質より量で勝負とか……そういう事?」

「何を言っている。うぬぼれているな、助手風情が。勘違いするな。こう見えても、俺は婦女子から大人気でな。毎年この時期は、大変なものだ」

 そんな事を言いながら、遠い目をしてみせる彼。何だかとても、胡散臭い。

「胡散臭い」

 思った事をそのまま口にする。と、彼の眉間にシワが寄った。

「失礼な奴め。まあいい。どの道、この中で、お前に渡す物は一個だ、安心しろ」

 ニヤリと笑いながらの一言に、不思議と少しだけ落胆してしまいそうになり、慌てて気持ちを持ち直す。

「あ……そう」

 おかしな事に、少しだけ声が上ずってしまった。別にいっぱい欲しいとか、そういう事ではない。

 そして私の足元に、ドチャリと音を立てて置かれる布袋。彼は袋に腕を突っ込んで、中身をゴソゴソと漁り始める。

「ところでだ、紅莉栖」

406: 2018/07/22(日) 22:44:18.85 ID:+mU1ijAH0
「ふぇ?」

 出し抜けに、ちゃんとした名を呼ばれた。またしても、声を上ずらせてしまった。

「お前この前、まゆりの前で妙な事を口走ったらしいな? 自分だけ貰えるとか、何とか」

 ドキリとした。

「そんな事、あったかしら?」

 しらばっくれてみるも、しかし思い当る節はあった。一月の間、ずっと抱えていた何かを、ついポ口リと口にして──何だかその時、まゆりの視線を感じた事があったような、なかったような。

「ふん、まあいい。それよりも……おっと、これか?」

 彼の手が袋から抜き出される。私の視線は、その大きな手に握られた、綺麗なラッピングの長細い小箱に、釘付けになる。が──

「なんだ、違うな。これはお前のではなかった」

 続けられた言葉に、小さく落胆し──

「仕方ない。お前から渡しておいてくれ」

 とんでもない台詞とともに、小箱が宙を舞い、すごく慌てる。

「うっわわ!」

 ギリギリで受け止める。危なくキャッチし損ねるところだった。何を考えてるんだ、こいつは?

「気をつけろ。想いの込めた一品だ。大切に扱え。渡す前に傷物にされたのでは、かなわんからな」

 しれっとした物言い。私は分けが分からず頬を引きつらせる。

407: 2018/07/22(日) 22:45:44.30 ID:+mU1ijAH0
「む、ムチャクチャ言うな! 想いを込めてるなら、自分で渡せばいいだろ!?」

 思わず、口やかましくがなり立ててしまった。

「そう言うな。渡せるものなら……渡している」

 その口調がとても寂しげに聞こえて、高ぶりかけた言葉の色を引っ込め、思わず小さく息を飲む。

「何よ、その意味ありげな言い方」

 戸惑いがちに声をかけると、彼は私の問いかけた内容をスルーして、淡々と言葉を続ける。

「中身はフォークだ。ちゃんと渡しておけよ」

「何でフォークなんて……」

「前に、欲しいと言っていた女がいた。だからだ」

 なぜだかちょっとだけ、胸の奥が揺らいだ気がした。

「お次は……ち、またハズレか。ホレ、これも渡しといてくれ」

 再び、違う小箱が宙を舞う。

「え、ええ!?」

 再び慌てて、もう一度奇跡的なキャッチを遂げる。

「ナイスだ。割れ物だからな。絶対に落とすなよ」

408: 2018/07/22(日) 22:47:04.03 ID:+mU1ijAH0
「だったら投げるな! つーか、割れ物って何よ?」

「マグカップだ。いつだったか、奴らの襲撃を受けたとき、あいつのカップが割れてしまったからな。代わりを買った」

 微かに引っ掛かる。

「襲撃って……なに」

 しかし彼は答えない。

「こんなのもあったか。やはり包装してないと安っぽく見えるな。まあいい。それもだ、頼んだぞ」

 そして宙を舞う、カップ入りのプリン。何とか片手で確保する。

「勝手に食べたら、やたらに怒っていたからな。ちゃんと名前も書いておいてやった。俺はいい奴だな、うむ」

 上ブタの真ん中に「助手」と殴り書きされた、どこにでも在りそうなプリン。

「助手じゃなくて……牧瀬だろ」

 知らないうちに、言葉が漏れ出していた。一瞬流れる沈黙。そして──

「そう、だったかもな」

 彼は静かにそう言うと、袋漁りを続けていく。

 それから、宙を舞っては私が受け取る、想いの形。何度も何度も繰り返され、その度に、どうしてか私の心には、小さな細波が立っていく。

 そして、気付けば私の腕の中は、渡せといわれて受け取った贈り物で、溢れかえっていた。

409: 2018/07/22(日) 22:48:01.93 ID:+mU1ijAH0
「これで……最後?」

 すっかり萎れてしまった、大きかった布袋。そこから彼が手を抜き終えた様を、少しだけ霞んでいる視界でじっと見つめる。と、

「いや、まだ残っている」

 零すような彼の声。とても静かにそう言うと、私の目の前で、大きく息を吸い込み──


「「「いでよぉ、まゆりぃ!!!」」」


 ラボの屋上に、絶叫が木霊した。思わず、屋上の入り口へと目を向ける。

「まゆり……?」

 どこか呆然としたままで問いかける。彼は答える。

「ああ。あいつの元気な姿を、見せなくてはいけない奴がいる。絶対にな」

 何も言葉が、出てこなかった。ただ、こちらに向けて、テトテトと走ってくる大切な友達を、沸き上がる涙の隙間から、じっと見ていることしか出来なかった。

「そうだろ、紅莉栖?」

 信じられないような瞳で、見つめられた。頷くしかなかった。紅潮した私の頬から、何かが流れ落ちていくのが分かった。

 ただ、押し黙って立つ私と彼。そして、小走りに駆け寄ってくるまゆり。

「まゆり……」

410: 2018/07/22(日) 22:49:17.70 ID:+mU1ijAH0
 彼女の名前をこうして口に出来る。その事が、とても温かくて──

「クリスちゃん、どうしたの? 泣いてるの? ひょっとして、オカリンにいじめられたの?」

 心配する声を、とても切なく感じてしまった。

「違うの。違うから、大丈夫だから。ね、まゆり」

 私は途切れ途切れに言葉を紡ぎ、そして彼女を抱きしめる。意味など、きっとないはずなのに。

「クリスちゃん?」

 不思議そうなまゆりの声。そして続けられた彼の声が、胸の奥に響く。

「いつか。もしもどこかで、お前があいつと出会える時がきたのなら、伝えておいてくれ。お前のおかげで、まゆりは今でも元気だと」

 その言葉に、私はまゆりから身体を離して、ちゃんと頷いて返す。

 ずっと不安だった。彼が私に向けた視線。2月14日に伝えられた言葉が重く思えて、嬉しさに釘を刺す寂しさが、どうしても拭えないでいた。

 でも分かった。だから──

「ありがとう、岡部」

 ちゃんと、言えた気がした。私の知らない沢山の私。その誰一人として取り残されることなく、何かを贈られ、お礼を告げられた。そんな気がした。

 やっと、つりあえたような──そんな気がした。

 そして、岡部の言葉が私に届く。お礼を告げた私の想い。岡部は少し気まずそうな顔をして、

「あ。お前へのお返しだけ……忘れていた」

 そんな事をのたまった。アホだと思った。




              END

411: 2018/07/22(日) 22:53:37.61 ID:+mU1ijAH0
うへへ sageでこそこそ楽しい
たまたま見つけてしまった人はお茶菓子程度のものだと思って読み流すのが吉!

412: 2018/07/22(日) 23:30:24.29 ID:VyYsZEfSO
マホー、日本にはバレンタインデーに想い人にチョコレートを渡す風習があるみたいだねー

413: 2018/07/23(月) 00:08:20.57 ID:eCLY4xXro
よ……よくご存知でしたね教授。

(このキラキラした目。ろくでもない話題に持っていこうとしていることが、ありありと伺えるわ)チッ

(ならばここは、回避の一択ね)

どうしたんですか? 甘いものが食べたいならちょうどここに“ちんすこう”がありますけど…… ヒキダシ ガラガラ

(甘いというよりも甘じょっぱい系だけど、現状で使える盾としては悪くない)

どうです、食べますか?スィッ

(さあ、この沖縄銘菓の不思議な味覚で、余計な邪念を滅却されるがいいわ!)




って、調子に乗った スマナイ

引用: 【シュタインズ・ゲート】岡部「このラボメンバッチを授ける!」真帆「え、いらない」