1: 2012/02/13(月) 00:39:00.87 ID:Zq5SaEPb0
男「ここまで頑張ってきてすげぇ今更だけど、辞書を引くのが面倒すぎる」

男「今なんか、エルフの奴隷が市場にいるみたいだし、買おうか」

男「幸いにもお金はあるし」

男「というか、メイドが玉の輿で結婚してしまってから、どうにも屋敷が汚いし……」

男「奴隷って言うぐらいだから、掃除とか料理とかもしてくれるだろう」

男「今思えば満足な食事もしてないし」

男「独り言も多くなってきてしまったし」

男「一人は寂しいし」

男「…………」

男「……うん」

男「どれ、ちょっくら久しぶりに外に出て、奴隷市場にでも足を向けるか」



3: 2012/02/13(月) 00:42:29.37 ID:Zq5SaEPb0
◇ ◇ ◇
山道
◇ ◇ ◇
男「はぁ……はぁ……はぁ……」ザッザッザッ…

男(全く……なんでこんな山奥の屋敷なんだ……)ザッザッザッ…

男(おかげで馬車は呼べないし、近くの城下街に行くまで半半日もかかる……!)ザッザッザッ…

男(街道に出たら馬車を捕まえられるが……それまでこの距離を歩かされるのは……辛い)ザッザッザッ…

男(……まぁ、近くに湖はあるし、食べられる野草も多いから、滅多に街まで降りなくて済むからまだ良いほうか……)ザッザッザッ…

男(なんだかんだで城下街からも近いってことだし……うん、悪いことばかりじゃない)ザッザッザッ…

男(悪いことばかりじゃないはずなんだ……!)ザッザッザッ…

男(言い聞かせろボク! そうしないと心が折れそうだ……っ! この山道に……っ!!)ザッザッザッ…!!

男「……はぁ……はぁ……よしっ、街道に、ついた……」

男(あとは馬車が通るまで街へと向かって歩いて……通ったらお金を払ってでも乗り込んでやる……!)

5: 2012/02/13(月) 00:46:12.26 ID:Zq5SaEPb0
◇ ◇ ◇
 城下街
◇ ◇ ◇

男「着いた……」

男(すぐに馬車が通ってくれて良かった……まだ日が沈んでないのに着けたのは正直大きい)

男「おじさん、ありがとうございました。それで、お代の方は……?」


商人「ああ、いいよいいよ。お代は結構」

男「え?」

商人「困ったときはお互い様、ってね」

男「でも……本当に良いんですか?」

商人「構わんさ。どうせ途中で乗せてやっただけだし、荷物みたいなもんさ。
商人「昔みたいに戦争してたってんなら、戦争のためとか言って取られてた通行税分ぐらいは貰ったかもしれねぇが……今は、そういうのも無くなったからな」

男「はぁ……」

商人「ま、気にすんなって。平和になった世の中に、感謝感謝」

男「ん~……でもそれじゃあ、ボクの気が済まないというか……」
男「あ、それじゃあ、その商品を何処に卸すか教えてくれませんか? 用事を済ませた後にでも買い物に寄らせてもらいますよ」

商人「おっ、そうかい?」

男「はい。直接的なお礼にはならないかもしれませんが……それぐらいなら、ボクにも出来ますから」

6: 2012/02/13(月) 00:49:00.70 ID:Zq5SaEPb0
◇ ◇ ◇
 街の中
◇ ◇ ◇

テクテクテク…

男(戦争……ね)

男(エルフとの激しい戦争が終わって……もうそろそろ一月、か……)

男(軍事費の徴収を、商業の中心ともいえるこの城下街への通行料でまかなっていたっていうのに……)

男(軍事費から復興費用と名目を変え、税収を上げたままにすることも出来たのに、ソレをせずにすぐに止め……)

男(それでも、復興費用が捻出できると計算した……)

男「…………」

男(沢山の若い男が兵として駆り出され、氏んで……)

男(……化物に変えられ、理性を保てず、命を絶って……)

男(おかげで、人以外の犠牲を少なくして、勝った戦争……)

男「その復興費のアテが……敗戦国となったエルフの奴隷、か……」

男(金持ち貴族から無理矢理お金を取り上げようとも渋るに決まってる)

男(それ故の交換条件、と言ったところか)

男(……一つの命に対し、なんて扱いだ……)

男「……でもまぁ、その奴隷を買いに来てる時点で、ボクも同じか……」

7: 2012/02/13(月) 00:54:02.29 ID:Zq5SaEPb0
男(でも、一つ疑問なんだよなぁ……)

男(そもそも貴族は、人間の奴隷を買っているはずだ)

男(ということは、今更新しく奴隷を買う必要性もない訳で……)

男(例えそれがエルフでももう必要ない可能性が大きい訳で……)

男(……それで一体全体どうやってこの国は、エルフの奴隷、ってだけで、復興費のアテになるだろうと読んだんだろう……)

男(買い手がほとんどいなくなり、商品が行き渡った後に、類似品を売るようなものだ)

男「……この国は賢いのかバカなのか、分からないなぁ……」

男(奴隷――まぁ詰まるところ、召使いだとか執事だとかメイドだとか言われる人って、そんなに大勢はいらないと思うんだけど……)

男(奴隷だとお金を一括で払うだけで済む、っていっても、多かったら邪魔になるわけで……食費などなどの維持費で)

男(ボクのところに前までいてくれたメイドみたいに「雇用」となると、月々お金を払わないとならない代わりに維持費はそれぞれが負担してくれるけれど……結局、雇用費が奴隷でいう維持費みたいなもんだし)

男「…………」

男(……ん~……ダメだ。色々と思案してみたけど、やっぱりよく分からない。エルフの奴隷、ってだけで、復興費にあてられるほどの税収を期待できる理由が)

9: 2012/02/13(月) 00:56:21.52 ID:Zq5SaEPb0
男(……まぁ、ボクがそこまで真剣に考える必要もないか)

男(案外ボクみたいに、エルフ文字を読ませたいだとか、魔法とは違うエルフだけが使える“秘術”とやらが見てみたいだとか、そういう理由があったりする人対象なのかもしれない)

男「……にしても……」

男(エルフの奴隷市場はどこだ……? 看板も何も無いから分からないな……まぁ、他国民の売買だから、公には出来ないんだろうけれど)

男(……そういえばボク、そもそもの人間の奴隷市場も見たことがないや……)

男「…………」

男(……仕方が無い。てきとうに店の人に聞くか)

男「あの、すいません」

店主「はいいらっしゃい! なんにしましょう」

男「あ、ごめんなさい。買い物じゃなくて、訊ねたいことがあるんですけど……」

店主「おっ、なんだい?」

男「エルフの奴隷市場って、こっからどうやっていけますか?」

店主「っ!?」

10: 2012/02/13(月) 00:58:44.64 ID:Zq5SaEPb0
店主「……おい兄ちゃん。若いのに、どえらいことを聞いてくるねぇ……」

男「あ、いえ。ボクこれでも、あまり若くは――」

店主「いや、すまねぇ。若いからこそ必要なんだよな」

男「ん~……あ~……そう、ですね……そうかもしれません」

男(若いときの時間は貴重だから、家事全てを引き受けてくれる存在が一人いるだけで、かなり時間が取れるもんなぁ……)

店主「……で、奴隷市場、だったな」

男「あ、はい。そうです。エルフの、ですけど」

店主「兄ちゃんも物好きだねぇ……エルフだなんて」

男「ちょっと、必要になりまして」

店主「おいおい……そんな料理に一品足りなくて、みたいに言ってるけど、結構な値段だぜ?」

男「分かってますよ。人――ああ、この場合はエルフですけど――ともかく、命一つ……他人の人生一つ丸々を、買うわけですからね」

店主「それなりの金はあるって訳か……」

11: 2012/02/13(月) 01:05:39.22 ID:Zq5SaEPb0
店主「……悪いが、コッチも危ない橋を渡るんだ。タダ、って訳にはいかねぇな」

男「あ~……なるほど」

男(やっぱり、道徳的に命を買うというのはどうか、とか言ってる団体もいるだろうし……当然か)
男(そういう団体の目から逃れるために、情報のやり取りには慎重になるはずだ)
男(そしてもし、この人のせいで、その団体に場所が知られてしまったら……その先は言わずもがな)
男(その市場にその団体が押し入り、法律上は奴隷市場が認められているからといっても、その団体は奴隷制度を許さない)
男(だから市場に対し、法律で許される範囲での嫌がらせをし……もしくは、買われる前の奴隷に人権はあるが誰の所有物でもない、という法律の部分を利用し、勝手に逃がしたりし……市場を崩壊させる)
男(そして、そのキッカケを作ってしまったこの人は、同じ商売仲間からの、迫害に遭う)
男(情報という商品を、アッサリとばら撒いてしまうのだから)
男(……確かに。そんなリスクがあるのにタダで教えて、というのは、ムシが良すぎる)

男「……分かりました。では、このぐらいでどうでしょう?」

ジャラ

男「一応、金貨にして三十枚ほど用意しました。これならあなたのせいで情報が漏洩したとバレてしまった場合でも、どこかに逃げ、三年は贅沢をして暮らしていけるかと思います」

店主「えっ……お、おい! こりゃ……マジもんかっ!?」

男「もちろんです。あなたを危険な目に遭わせるかもしれないというなら、このぐらいは出すべきでしょう」

店主「おいおい……おめぇ、一体なにもんだ?」

男「ちょっと小金を持っているだけの、見た目だけ若作りなただのオッサンですよ」
男「それで、どうですか? 教えてくださるなら、これはあなたのものですけれど」

店主「ははっ。ああ、いいぜ。これだけもらえるってんなら、教えてやるよ」

男「ありがとうございます」

13: 2012/02/13(月) 01:08:30.49 ID:Zq5SaEPb0
男「あ、そうだ。適当な場所を教えてもらうと厄介なので、コチラも」

トン

店主「……? なんだ、この水が入ったビンは」

男「ボク、これでもちょっと魔法をかじってまして。もし教えてもらえた場所が嘘だった場合、もしくはこの水を捨てようとした場合、すぐさまこの中身が暴れまわります」

店主「は? 水が、か?」

男「はい。まぁ、あなたの顔を覆って窒息氏させる分には十分な量かと」

店主「っ!?」

男「ボクの命令一つで動きます。あ、でも次の朝日が昇れば自動的に魔法は解除されますので、その時は普通に飲み水として使ってください」

店主「……ただの小金持ってるオッサンが、魔法使いねぇ……」

男「魔法を使えたから小金を持ってる、といった方が正しいかもしれません」

店主「はん。ま、良いぜ。金貨三十枚のやり取りだ。これぐらいの賭けは当然だろうな」

男「賭け、ですか?」

店主「ああ。もしかしたらお前が、場所を聞き出すと同時にその魔法を使うかもしれないし、言った通り使わないかもしれない、っていう賭けだよ」

男「ボクはちゃんと教えてくれたら使いませんよ」

店主「俺だってこんなことされなくてもちゃんと教えるさ」

男「あ……そうか。そうですね。その日にあった人間同士ですから、互いに信用しないのは当然ですね……忘れてました」

店主「なんだそりゃ。ま、俺は三十枚という大金のために、命ぐらい賭けてやろうってだけさ」

24: 2012/02/14(火) 00:29:14.91 ID:pMYkX3mu0
テクテクテク…

男(さて……奴隷市場の場所を教えてもらったけど……本当にエルフはいるのだろうか……?)

男(今はエルフとの戦争が終わったばかりだから、逆にエルフしかいないだろと言われたけど……)

男(……エルフ以外の奴隷は買う気がしないからなぁ……)

男「あ」

男(ここだ)

男(外観は普通の民家……だけど、扉の付け根に白い造花が咲くように二つ植えられてる……)

男(間違いない……と思う)

男「えっと……」

男(ノックの回数は、三回。で、四秒待った後、二回。そして十秒待つと……)

トントントン

……

トントン

……………………

ガチャ

奴隷商「ようこそいらっしゃいました。地下の市場へようこそ。さ、中へお入りください」

男(ランプと机と椅子が一つずつあるだけの部屋。その奥に見える下りの階段……良かった。話に聞いていた通りだ)

25: 2012/02/14(火) 00:33:04.38 ID:pMYkX3mu0
奴隷商「本日の御用は……訊ねるまでもありませんね。早速ですが、どういった子をご所望で?」

男「えっと……エルフの子っていますか?」

奴隷商「もちろんですとも。○○商人協会からのご来店ということですので、取り扱わせてもらっております」

男「え? 誰から紹介されたのかとか、分かるの? あ、ノックの回数か」

奴隷商「左様で」

男(他の紹介だとまた別のノックの仕方だったんだろうなぁ、きっと)

奴隷商「それで、エルフの、どのような子を?」

男「そうだなぁ……」
男(やっぱり、召使いとしての仕事よりも、文字を読んでもらうのが本業みたいになる訳だし……)

男「最低条件としてはやっぱり、頭が良い子かな」

奴隷商「なるほど……物分りが良い子と。すでに調教されている子ですね?」

男「調教?」

男(あ~……教育されてる子、ってことかな? でも確かエルフの文化って、全員が自分達の文字ぐらいなら読めるはずだったような……?)
男(改めて教えることなんて何もないんじゃ……。……あ、もしかして――)

男「――それって、こちらの文字は読めますよね?」

奴隷商「それはもしかして……人間の文字、ということですか?」

男(うわっ……ヒゲを蓄えたおっさんにキョトンとされたよ……)

26: 2012/02/14(火) 00:40:00.09 ID:pMYkX3mu0
奴隷商「そうですな……まぁ、読める子を用意することは出来ますよ。ですが、それが何か?」

男「いえ、やっぱり読めた方が色々と捗りそうですし」

奴隷商「はあ……」

男(得心いってないって感じだなぁ……まぁ良いや)

男「あ、それと出来れば、料理が出来た方がありがたいかも」

奴隷商「料理、ですか……? ……さすがに、わたくし共ではそこまで把握しきれておりませんなぁ」

男「そうですか……あ、いえ、なら別に良いんです。あわよくば出来れば便利、だと思った程度ですから」

男(それに頭が良い子を連れて帰れれば、きっと料理ぐらい覚えてくれるだろう)

27: 2012/02/14(火) 00:44:58.55 ID:pMYkX3mu0
奴隷商「それよりもお客様、外見のご要望などはありますか?」

男「外見……。……ん~……でもエルフって、基本的に皆美しいですし……大丈夫ですよ」

奴隷商「まぁ、わたくし達人間にしてみれば、あの珠のような肌とそこから造形された顔立ちは、どれも美しく見えますからな」

男「ですね」

奴隷商「それで……なんなら、味見でもされていきますか?」

男「味見?」

男(……もしかして、さっき言った料理のことでも気にしてくれてるのかな……?)

男「いえいえそんな、お気遣いなく」

奴隷商「そうですか……? まぁ、帰ってからのお楽しみ、というのもありですからな」

男「はい。そうさせてもらいます」

奴隷商「若い見た目にも関わらず、随分とがっつかない。ここにくるあなたぐらいの年代……特に傭兵業を営んでいたり、冒険者をしている方などは、味見だけして帰っていく方もいるというのに」

男「へぇ~……」

男(まぁ、エルフが作ってくれる料理、ってのには、確かに関心がくすぐられるものがあるかも)
男(……でも、探せばそういう食堂もありそうなんだけどな……意外にもないのかな……?)

男「でもそれだと、商売にならないんじゃないんですか?」

奴隷商「いえいえ、味見料はしっかりと頂きますので、大丈夫ですよ」

28: 2012/02/14(火) 00:51:39.82 ID:pMYkX3mu0
エルフメイド「長。終わりました」

奴隷商「ああ、ご苦労」
奴隷商「申し訳ありません。随分と玄関で長話をさせてしまいまして」

男「あ、そんな。気にしませんよ。わざわざありがとうございます」

奴隷商「見た目の指定がないようですので、どうぞ地下に降りて吟味してください」
奴隷商「地下からは、こちらのエルフがあなたを案内いたしますので」

エルフメイド「よろしくお願いいたします」ペコ

男「あ、これはどうもご丁寧に。よろしくお願いします」

エルフメイド「では、私についてきてください。暗いですから、ランプの明かりを見失ってしまいますと、足を踏み外してしまいますよ」

男「何から何まで、ありがとうございます」

奴隷商「では、よきお買い物を」

29: 2012/02/14(火) 00:56:17.36 ID:pMYkX3mu0
カツン、カツン、カツン…

男(うわ、本当に真っ暗……っていうか結構深い……? 街の地下なのに、こんなに……)

エルフメイド「……大丈夫ですか?」

男「あ、はい。大丈夫です」

エルフメイド「そうですか」

男「ありがとうございます。気を遣っていただいて」

エルフメイド「…………」ジッ

男「……? ……あの、何か?」

エルフメイド「……いえ……ただ、こういう場面で、人にお礼を言われたのは、初めてでしたので……少し驚きました」

男「そうですか? あ~……でも、自分はお客様だぞ、って客が多いから、そうなのかも」

エルフメイド「そういうわけではないのですが……」

男「?」

エルフメイド「……いえ、なんでもありません」

エルフメイド(ネットリと絡みつくような視線……隙あらば犯そうとしている気配……それらが全く無い)
エルフメイド(見た目も若いし……どうしてこんな人が、私達を買いに……?)

30: 2012/02/14(火) 00:59:19.79 ID:pMYkX3mu0
カツン

エルフメイド「着きました」

男「うわ……階段よりも暗い。あ、でも声が響く……結構広い?」

エルフメイド「こちら、階段側の壁にある部屋が、味見用の部屋となっております」

男「はあ……いえ、まぁボク、味見するつもりはないんで」

男(料理を作ってもらってる間、こんな暗いところにいるのもヤだし……)

エルフメイド「えっ……? では、どの子を買うのか決めて、すぐに買っていかれるのですか……?」

男「まぁ、そうなるかな……?」

エルフメイド(冒険者でも傭兵でもない装備だけれど若いから、テッキリ……)
エルフメイド(まさか、肥やしに肥やした貴族がやるような、外見だけでの買い物を……? でもあの人たちみたいに、誰でも良いから犯したい、って感じでもないし……何故?)

男「ともかく、見て行って良いですか?」

エルフメイド「あ、はい。では、ご案内致します。右側の通路と左側の通路、どちらから行かれますか?」

男(広い通路の左右に、それぞれ牢屋のような形で無数の部屋がある……そうだなぁ……)

男「左利きなんで、左からで」

31: 2012/02/14(火) 01:01:32.84 ID:pMYkX3mu0
コツ、コツ、コツ……

男(ん~……こうやって、牢屋の中を照らされながら見て回っても、やっぱりよく分からないな……)

男(そもそも外見だけ見て回らされても、頭が良いかどうかなんて分かんないし)

男(それに……牢屋の中をランプが照らすたびに、中の子が息を呑んで、怯える……)

男(服も……服、なんて定義していいかどうか分からない代物だし……)

男(まぁ、服に関しては、奴隷という扱い上、人間でもそうなんだけど……)

男(でも……この怯え様は……?)

男(この……怖いけれど、今以上に怖いことをされそうだけれど、それでも、何かに期待しているような……)

男(光を浴びることを望んでいるのに……恐怖心が蓋をしてくるけれど、ちょっとだけ期待しているような……

男(怯えていながらそんなものが垣間見える、この様子は……?)

男(少しだけ異様な、この空気は……一体……なんなんだ?)

32: 2012/02/14(火) 01:03:53.10 ID:pMYkX3mu0
男(そもそも、奴隷、といっても、暴力を振るったり、相手を傷つけたりすることは、人間が信仰する神によって否定されている)

男(ボク自身はそんなことをあまり気にしてはいないけれど……国家という枠組みにおいて、信仰心は重要視しなければならないことだ)

男(だからこそ、奴隷制度自体、否定している団体がいる)

男(奴隷という言葉は人間の心を傷つける行為であり、神の意思に背く行為だと)

男(だが、それなら……行き場を無くした子供や人間は、どうやって居場所を見つければ良いのだろうか……?)

男(奴隷制度を無くした先に……親を亡くした戦争孤児の行き先は、無い)

男(だからこそ、奴隷への暴力は禁じられている。道徳的に、もあるが、法律的にも)

男(それは、捕虜と同じ扱いではないこのエルフ達にも、適応されているはずだ)

男(この子たちもまた、戦争孤児なのだから)

男(この、ボクを案内してくれている、メイド服を着たエルフさんも……)

33: 2012/02/14(火) 01:05:35.28 ID:pMYkX3mu0
男(……だからこそ、どうしてこんなに怯えの色を見せるのか……分からない)

男(親を亡くして、この場に押し込められ、陽の光を浴びていないから……?)

男(いや、それは期待している部分だろう。怯えの向こう側のものだ。外に出られるかもしれない、といった感情だ)

男(なら……怯えは? まだまだココにいないといけないのかもしれないという絶望……?)

男「…………」

男(……バカなボクに、分かる訳も無い、か……)

エルフメイド「……その子にされるのですか?」

男「えっ?」

エルフメイド「いえ、先ほどからその子の前で立ち止まり、見つめているようでしたので……てっきり」

34: 2012/02/14(火) 01:08:56.19 ID:pMYkX3mu0
男(金色の長い髪……ランプの明かりで反射して尚輝いて見える白い肌……)
男(そして、キレイな――今まで見てきた人間という種族を超えるほど可愛い、少女)
男(今まで見てきたエルフよりも、少し幼く見える顔立ちをした、そんな子)

エルフ少女「…………」

男(……もしかしたら、こういうのを運命っていうのかもしれない)

男(この子だけが、怯えの中に、強い決意を秘めているように見える)

男(やっぱり、バカなボクには、その決意が何なのかは、分からないけれど……)

男(それでも、ココを出た先――出ることを希望としているのではなく、出た先で――
男(自分がしたいことを、どんな困難や苦痛があろうとも成し遂げようと、覚悟しているような、そんなモノが見える)

男(昔のボクみたいで、若くて……無謀と周りから蔑まれそうな……そんな……)

男「……そうですね」

エルフ少女「っ!」

男「この子にします。いいえ、この子にしたい」

エルフメイド「そうですか。お買い上げ、ありがとうございます」

35: 2012/02/14(火) 01:11:31.59 ID:pMYkX3mu0
エルフメイド「…………」ジッ

男「……? あの、手続きとか――」

エルフメイド「この子、私達の中でも、まだ若い子です」

男「……は?」

エルフメイド「ついたった今、この地下に閉じ込められました」
エルフメイド「今まで必氏に、あなた達人間から逃げて、逃げて、逃げ続けていたのに……」

エルフメイド「一緒に逃げていた親は陵辱され、この子のために自頃して、この子を狙う人間を頃して……
エルフメイド「そして、この子だけが生き残り、貧困に喘ぐ人間の女に拾われ……お金と引き換えに、ここに売られました」

男「…………」

エルフメイド「人間という生き物を、信じていません。いえ、それを言ったら、他の皆も信じてはいないのですが……
エルフメイド「ただ、抗ってもムダだと、抗えば抗うほど辛いと、教え込まれていません。……それでも、良いのですか?」

男「…………」

男(そう……思えばこの子たちは、敵国の男に売られる子、なのだ。
男(例えこの国が奴隷への非暴力を法律で定めていようとも、敵国であった彼女達に、ソレが信じるに値するものになるはずがない)

男「……そりゃ、怯えもするわな」ボソッ

エルフメイド「えっ?」

36: 2012/02/14(火) 01:17:11.68 ID:pMYkX3mu0
男(何をされるか分からないんじゃ……当然だ)
男(ましてこの子のように、親を目の前で殺されたり、法律を無視した人間に目の前で陵辱された子なんて、この場には沢山いるだろう。最悪、直接陵辱された子だって……)

男(そして、そんな奴らに捕まって、捕まった先で、人間に、人間はそんなことをしないと、教え込まれても……信じられるはずがない)
男(それでも……無理矢理、信じ込まされて、一種の催眠状態のようなものにされ、売られる……)
男(いや……そうならないと出られないと、思い知らされる)

男(そして、出た先では、自分を救ってくれたヤツだから尽くしに尽くせと、教え込まれ……)
男(もう……元々自分が“こう”なってしまったのが、同じ人間だと言うことも忘れてしまい……)

男「……いえ、なんでもありません」

男(……きっと、怯えていた子達はまだ、悪いのはそもそも人間だったというのを忘れていない、誇り高い子達なんだ)

男「ただ、それでも構いませんと、そう言いました」

エルフメイド「そうですか……分かりました。それでは、長を呼んで参りますので、しばらくお待ちください」

男「あ、ランプは……」

エルフメイド「大丈夫です。私、目はよく見えますので。暗闇の中でも、上まで上がっていけます。ですので、ランプはあなた様にお預けします」

男「……ありがとうございます」

エルフメイド「いえ。こちらこそ、お買い上げ、ありがとうございます」



エルフメイド「きっと……あなたに買われたこの子なら、幸せになれる……そんな気がします」

50: 2012/02/16(木) 00:57:30.09 ID:6DXcb3/W0
~~~~~~

エルフ少女(わたしは、人間という生き物を信用していない)

エルフ少女(むしろ大嫌いだ)

エルフ少女(そもそも、わたし達を商売道具や性欲の捌け口としてしか見ない、戦争に勝ったからと言って敗戦国の民であるわたし達にこんな扱いを強いてくる彼らを、好きになれというのは……無理な相談だ)



奴隷商「へへっ……いい買い物をしたぜ」

ガチャリ

エルフ少女(首輪……?)

奴隷商「その辺にいる女が拾ってきたとは思えねぇ上玉だ。こりゃ、金貨五十枚の価値は確かにある」

エルフ少女(私一人の命を、金貨たった五十枚と称する)
エルフ少女(そもそも命に値段をつけること自体が、間違いだというのに)

奴隷商「おい」

エルフメイド「はい」

奴隷商「コイツを空いてる牢に入れておけ。今日あたりから調教を始める」

エルフメイド「かしこまりました」

51: 2012/02/16(木) 00:59:21.40 ID:6DXcb3/W0
奴隷商「へへっ……顔立ちの割りに大きなその胸……イジリ回すのが楽しみだぜ」

ギュッ!

エルフ少女「いたっ……!」

奴隷商「可愛い声で鳴きやがる……興奮してくるぜ」

エルフ少女「……っ」キッ!

奴隷商「その睨みつけるような視線……覚えておくぜ。長い時間あの地下に閉じ込められりゃ、そういう目も出来なくなるからな」
奴隷商「そうなってからお前を見た時ってのが、すげぇ気持ち良いんだよなぁ、コレが」

エルフ少女(下衆が……!)

奴隷商「へへっ……ほら、さっさと連れて行け」

エルフメイド「かしこまりました」

52: 2012/02/16(木) 01:02:13.58 ID:6DXcb3/W0
コツコツコツ…

エルフ少女「……どうしてあの人に従ってるの……? あなたも、わたし達エルフの同胞でしょう?」

エルフメイド「同胞だからです」

エルフ少女「は?」

エルフメイド「あの人の傍に仕える人がいなければ、皆に満足な食事も与えてくれません」

エルフ少女「……まさか、あなたは……」

エルフメイド「……毎日汚されるだけで、同胞の食事が約束される……私が彼女達に出して、毒も何も混じらないことが確認できる……それだけで、私の心は随分と助かるのです」

エルフ少女「そんなことしなくても……誰か攻撃系の秘術使いの力で……!」

エルフメイド「首輪、嵌められましたよね?」

エルフ少女「? この白いの……?」

エルフメイド「多少の衝撃では壊れない。いえ、壊れたり外れたりしたら、さっきの上の人に連絡がいく」
エルフメイド「そして同時に、つけられ続けている間ずっと、こちらの魔翌力を遮断する。そういう装置です」

エルフ少女「魔法道具(マジックアイテム)……」

53: 2012/02/16(木) 01:04:32.50 ID:6DXcb3/W0
エルフメイド「はい。ただ、普通の魔法道具なら秘術でも使えたのでしょうが……どういうわけかコレ、おかしな術式の組み上がりをしているせいで、秘術のために必要な精霊への感度すらも鈍くされてしまっているのです」

エルフ少女「…………」

エルフメイド「ですので今、私が使える秘術はたった三つ」

エルフメイド「空気の振動を操作して、声を上まで響かせないようにすること」
エルフメイド「心の中で同じ秘術を施した同胞と会話が出来るようになること」
エルフメイド「そして、口以外からの体液を体内に留めないようにすること」

エルフメイド「この三つです」

エルフ少女「口以外の体液の吸収疎外……? それに何の意味が……?」

エルフメイド「ありますよ。なんせ私達は――」



エルフメイド「――人間達に陵辱されるために、下で飼われるのですから」

54: 2012/02/16(木) 01:09:51.09 ID:6DXcb3/W0
コツコツコツ…

エルフメイド「この国の法律では、奴隷を犯したり理不尽な暴力を振るったりすることは、原則的に禁止されています」

エルフメイド「ですが私達は、そういったことをされる目的でココにいる」

エルフメイド「だからこそココも、こういった地下に作られているのです。地上だと摘発される可能性がありますから」
エルフメイド「決してこの国の奴隷反発派が面倒だとか、そういった理由ではありません」

エルフメイド「純粋に、人間達は、法を汚しているのです」

エルフ少女「なら……ならそれこそ、外に出て訴えれば……! 今まで一人も、ここから出たことがないの!?」

エルフメイド「……あります。市場ですから、買われれば出て行きます」
エルフメイド「そして、さっき言った二つ目の秘術で知っていますが、国に直接訴えた人もいます。

エルフメイド「……でも、現状はこのまま」

エルフ少女「なんで……!?」

エルフメイド「分かるでしょう? 国も、容認しているのです」
エルフメイド「きっとココは、国への上納金が多いのでしょう」

エルフメイド「いえもしかしたら、国自体、指示を出している可能性があります」
エルフメイド「私達を既存の奴隷と同じ商売方法で、奴隷以上に酷いことが出来る名目で売れ、と」

エルフメイド「この国は戦争で勝ったとはいえ、私達に傷つけられた場所を復興する費用が、足りませんから」

56: 2012/02/16(木) 01:15:40.18 ID:6DXcb3/W0
エルフ少女「私達を使って、お金持ちからお金を取っている……?」

エルフメイド「ただ税金を上げては貴族達の反感を買う」
エルフメイド「故に、私達エルフという、“性欲や暴力をぶつけても良い特別な奴隷”を売ることで、対価としているのでしょう」

エルフ少女「くっ……!」ギリッ!

エルフメイド「でも……それだけではありません」

エルフ少女「えっ?」

エルフメイド「私達は女のように、この地下で、冒険者や騎士などにも“味見”と称され、犯されます」
エルフメイド「そのお金もまた、きっと国へと渡っている。……だからこその、体液阻害の秘術なのです」

エルフメイド「人間は、人間とエルフの間に子は生されないと思っている」
エルフメイド「生されることを知らない」
エルフメイド「だから好きなように膣内に出してくる」

エルフメイド「ソレを阻害しなければ……私達の身体はボロボロになり、望まれぬ生命が生まれ、そしてその生まれた生命を自分で絶てば……精霊に嫌われ、秘術が使えなくなる」
エルフメイド「それだけは何としても……避けなければなりません」

エルフ少女「だからこその、阻害……」

エルフメイド「そういうことです」

57: 2012/02/16(木) 01:20:55.80 ID:6DXcb3/W0
コツコツコツ…

エルフメイド「…………」

エルフ少女「…………」

カツン

エルフメイド「さて……では、牢の場所に着いたところで、あなたにも先ほどの秘術を施します」
エルフメイド「心の中での会話と、体液阻害の秘術の二つを」

エルフ少女「……お願い」

エルフメイド「心の中での会話は、一度口頭で会話していることが必須条件となります」

エルフ少女(……わたしでも使える基礎的な秘術、か……)

パァッ

エルフ少女(眩しい……)

エルフメイド「これで大丈夫です」

エルフ少女「下に着いてから使ったのは、外にバレないようにするため?」

エルフメイド「そうですね。声は誤魔化せても、光を誤魔化す秘術を今は仕えませんから」

エルフ少女「そう。……うん、そうね。で、わたしの部屋はどれ?」

エルフメイド「コチラに」

58: 2012/02/16(木) 01:23:37.89 ID:6DXcb3/W0
エルフ少女「真っ暗ね。人間の目だと見えないんじゃない?」

エルフメイド「だからこそ、私のような案内人が必要なのでしょう」

エルフ少女「……こんな場所が見えないぐらい劣等な種族に、負けたなんてね……」

エルフメイド「戦争は、何があるのか分かりませんから」

エルフ少女「女子供に生まれたわたし達じゃあ、詳しくも分からない、か……」

エルフ少女(男のエルフも、里の皆も、どれだけ生きてるのか分かんないし……)

エルフ少女「…………」

エルフ少女(お父さんも、殺されて……お母さんは、陵辱されて……)

エルフ少女(……あの時、お母さんの腕を縛った縄も、もしかしたらこの首輪と同じものだったのかな……だから、満足に秘術を使うことも出来なくて……)
エルフ少女(人間の一人に捕まってしまった私を逃がすために、秘術を、阻害されながらも必氏に組み上げて……人間を頃してくれて、救ってくれた)

エルフ少女(自分の身を、犠牲にしてまで)

エルフ少女「…………」

エルフ少女(お父さんは後ろから刺されるし……。……本当、人間ってのは、卑怯で愚劣な奴らの集まりだ)

エルフ少女「……大嫌い」ボソッ

ガチャン

カチッ

60: 2012/02/16(木) 01:25:20.99 ID:6DXcb3/W0
エルフ少女「…………」

エルフ少女(わたしは、まだまだ若い)

エルフ少女(人間よりかは長く生きているけれど、それでも、若い)

エルフ少女(満足に秘術を扱うことも出来ず……)

エルフ少女(この先はただ、きっとあの人に言われた通り、陵辱されるだけの日々を過ごすのだろう)

エルフ少女(上にいたあのオジサンに調教と称して汚されて)
エルフ少女(冒険者や騎士の溜まりに溜まった性欲を吐き出されて犯されて……)
エルフ少女(秘術がなければ子を生すような行為を、延々と繰り返されるのだろう)

エルフ少女「…………」

エルフ少女(でも……それでも、挫けなければいずれ、外へと出れる)

エルフ少女(きっとそれは、誰かに買われるという、この場にいるよりもさらに辛いことになるかもしれない出来事になるのかもしれないけれど……)

エルフ少女(それでも……わたしは、挫けない)

エルフ少女(挫けてなるものか)

エルフ少女(ここにいるよりも辛い陵辱の日々を歩まされようと、ここにいる同胞を救う手立てを、きっと見つけてみせる)

エルフ少女(わたしが……ここにいる皆を助け……人間へと、復讐してみせる)

エルフ少女「……絶対に」グッ

74: 2012/02/18(土) 00:24:29.31 ID:NwFNF2b00
再開させてもらいます

77: 2012/02/18(土) 00:28:16.60 ID:NwFNF2b00
~~~~~~

牢前

奴隷商「この子……ですか」

エルフメイド「はい。お客様はコチラの子をご所望のようです」

奴隷商(チッ……まだ俺が手も付けてねぇってのに……なんで数あるエルフの中からコイツを選ぶんだ)
奴隷商(勿体ねぇ……俺が楽しむ前に、こんなヤツに渡してたまるかってんだ)

奴隷商「分かりました……ですがお客様、一つ申し訳ないお話があります」

男「? どうかしましたか?」

奴隷商「実はこの子、まだココにきて一日も経っていません。つまり、奴隷としての商品価値がないのです」

男「なんだ、そんなこと。別に構いませんよ。変に奴隷として出来上がって、へりくだられたりするのも面倒ですし」

奴隷商(ちっ……余計に買わせたくならしちまったか……見た目若いクセに奴隷をゼロから教え込むのが好きってことかい)

奴隷商「いえ、それではこちらの、商売人としてのプライドが許せません。ですので、今回は別の子を――」

男「金貨二百枚でどうでしょう?」

奴隷商「――……え?」

78: 2012/02/18(土) 00:37:23.43 ID:NwFNF2b00
男「ですから、金貨二百枚です。確か奴隷の相場は、一人あたり金貨八十~百枚だったと記憶しています」
男「売るのが人ではなくエルフという種族に変わろうとも、奴隷商とは戦争孤児の住処と働き処を斡旋する職業、という名目が変わっていない以上、価値は不変なはず」

奴隷商(チッ……コイツ、中途半端に無知なやつかよ……その法律は表向きでしかない、ってことを知らねぇ)
奴隷商(現実問題、裏ではソレがエルフに適応されず黙認され、例の人権団体にすら訴えても捻じ伏せられる、ってのによ……)

男「ですから、その二倍を出すと言っています」
男「もちろん、オーバーした分はボクの気持ちでしかないので、『お金を多く取られた腹いせとして例の人権団体にこの奴隷市場の場所を訴えてやる』なんてことはしません」

男「まぁ訴えたところであなたは真っ当に奴隷商をしているようですし、団体からイヤがらせを受けようとも、国が補償してくれることになるでしょうが」

奴隷商(だが……裏のその常識を相手に教えるのは罪になる。あくまで相手が勝手に悟るような形でねぇとダメだ)
奴隷商(でなければイザってとき国が“相手が勝手に勘違いをしていた”ということに出来なくなる。……まだ、国から暗殺者を差し向けられるのはゴメンだ)

奴隷商「……脅し、というわけですか」

男「そんなつもりは微塵も。それとも、“脅し”と捕らえてしまうようなことを何かしているので?」

奴隷商「まさか」
奴隷商(確証は無いが叩けば埃ぐらい出てくるんだろう、出来れば団体に場所がバレたくないだろう、互いに損はしない取引だろう、って感じの脅しなんだろうが……さて……)

79: 2012/02/18(土) 00:43:10.39 ID:NwFNF2b00
奴隷商(一回でも味見をしてくれてりゃ、向こうが勝手に大丈夫なんだと思い込んでくれて、裏の法律を個人個人の解釈でなんとなく悟ってくれるんだがな……今までの貴族共や傭兵共みたいによ)
奴隷商(奴隷商と一部の貴族にしか、口止めを含めたこの法律は伝わってねぇからな……)

男「あ、お金が用意できるかどうか、信用できませんか? ちなみに、これが本物です」

ジャラ

男「布袋の中に、確かに二百枚あるはずです。一つの袋に百枚ずつですから、二つ」
男「どうです? あなたほどの人なら、そうして手に持つだけで分かるでしょう?」

奴隷商(確かにこの重みは……一枚二枚の誤魔化しはあるかもしれねぇが、それに近い数はある……)

奴隷商(くそっ、裏の法律を知ってりゃ、調教してないことを盾にもっと吹っかけることも出来るってのによ……! そしたらさらにもう五十枚は堅い)
奴隷商(相手が相手ならもっと上だ。それを、たった二百枚でだと……!)

奴隷商「…………」

男「迷いますか……それとも、商品としての価値が出来ていないのを高額で売ることに、気が引けますか……?」

奴隷商(んな高尚な理由で戸惑ってねぇよ、くそがっ……)
奴隷商(裏を知ってるか否かの確認も迂闊に出来やしねぇし……マジで大損だ)
奴隷商(あれだけの上玉を一度も抱けねぇ上に……)

奴隷商(……普通の相場で考えた場合、抱いて調教済みとして他の貴族に売るなら、大体百二十ってところだろ。それプラス八十で、アイツを抱かずに売る……ってことになるのか)

男「……まぁ、商人とは信用が大事ですからね。これがきっかけで信用が地に堕ちるかもしれないと不安になるのも分かります」
男「そのせいで、奴隷という売れない命を大量に抱え込むようなことになってしまっては、すぐに破産してしまいますしね」

男「そこで、提案です」
男「もう金貨二百枚出しますから、あなたが売りたい奴隷をもう一人、買います」

奴隷商「……処分品を高額で買い取ってくれる、ということですか」

男「身も蓋も無い悪い言い方をすれば、そうなりますかね」

80: 2012/02/18(土) 00:48:42.44 ID:NwFNF2b00
男(売れないからといって奴隷を頃すことは罪になる。人権があるせいだ)
男(故に、買い手が無い奴隷はただの穀潰しにしかならない)
男(なんにせよ奴隷商とは、維持費がかかるものなのだ)

奴隷商(その売れ残りを引き取ってくれる……確かに人間の奴隷での商売だったら、願ってもねぇことだ)
奴隷商(だが今この地下牢にはエルフしかいねぇ。正直どいつも美しく、どいつもいつ買い手がついてもおかしくはねぇ奴等ばっかりだ)

奴隷商(俺だって性欲が続く限り全員調教と称して毎日だって犯したい)
奴隷商(だから……普通に考えれば、損になる)
奴隷商(“味見”に来る奴等の相手だって一人減ることになるんだしな)

奴隷商「…………」

奴隷商(だが……ここで堕ちきった奴を差し出したら……?)
奴隷商(もう、地下から出してくれるなら何をされてもいいと、犯されて犯されて犯され果てた先に、そういう考えに成り果ててしまったヤツを、差し出せば……?)

奴隷商(……裏の法律を悟ってくれるかもしれねぇし、エルフ自身が相手に教えるかもしれねぇ……)
奴隷商(……確かにこの男はもう奴隷を買いには来ねぇだろうから、先行投資という形にはならねぇが――)

奴隷商「――分かりました。それで手を打ちましょう」

奴隷商(そんな小難しいことを抜きにして、金貨プラス二百枚は大きい)
奴隷商(それだけありゃ、国へ徴収される復興費とは別に、俺の腹へと入れる分も大量に生まれる。給料とは別でチョロまかすのが楽勝なほどの大金だ)

男「では、交渉成立ですね」

81: 2012/02/18(土) 00:52:06.41 ID:NwFNF2b00
奴隷商「ですが、よろしいので? 交渉が成立した後に言うのもなんですが、確かご要望では、調教が済んでいる子、ということでしたが」

男「まぁ、構いませんよ。おそらくは読めるでしょうし」

奴隷商「はぁ……」

奴隷商(読める……? そういやコイツ、あの時もそんなこと言ってたな……どういう意味だ?)

男(エルフの文化レベルの高さを信じるなら、まぁ大丈夫だろう)
男(最悪、人間(コッチ)の文字は読めなくても、意味さえ伝えてくれればどうにでもなるだろうし)

男「それよりももう一人、譲ってくれるというはどの子ですか?」

奴隷商「そうですね……おい、ちょっと」

エルフメイド「はい、御用でしょうか」

奴隷商「七番の子を出してくれ」

82: 2012/02/18(土) 00:53:31.21 ID:NwFNF2b00
エルフメイド「……彼女を、ですか……?」

奴隷商「ああ。エルフばかりになってからずっといる最後の子だろう。今回の取引なら彼女が一番の適任だ」

エルフメイド「……かしこまりました」
エルフメイド「……どうされます?」

男「え? ボク?」

エルフメイド「はい。お顔、見ていかれますか?」

男「まぁ……そうですね。一応は」

エルフメイド「こちらになります」

奴隷商「ではお客様。確認が済み次第、上までお願いいたします。お支払いの方、済ませましょう」

男「あ、はい。分かりました。ありがとうございます」

83: 2012/02/18(土) 00:58:16.27 ID:NwFNF2b00
ギィ…

エルフ奴隷「ぁ……」

エルフメイド「……大丈夫?」

エルフ奴隷「お客様……ですか?」

エルフメイド「ええ」

エルフ奴隷「外に……外に、出してもらえる……? もらえるなら、何だってするよ……?」

男(……なんだ……?)

エルフ奴隷「私を……使ってくれても、良いから……」

男(……なんなんだ……?)

エルフ奴隷「何をしてくれても、良いから……」

男(なんなんだ、この子は……!?)

エルフ奴隷「外に……外に、出してください……」

84: 2012/02/18(土) 01:01:39.64 ID:NwFNF2b00
男(細い身体……なんてものを通り越して、病的なまでに痩せた身体つき……)
男(栄養が行き届いてないのが分かる、ボロボロの毛先……)
男(エルフとは思えないほどの、不健康な肌の色……)

男(何より、何を見つめているのか分からない、こちらを辛うじて見ているのだけが分かる、視点の定まらない、虚ろな瞳……)

エルフ奴隷「使っても、出してくれなかった人、ばっかりだけど……あなたも、そうかも、しれないけれど……でも、お願い」
エルフ奴隷「私は、今、あなた以外に、頼める人を、知らない……」

男(見えていない……訳ではないのだろう。その瞳に色はある)
男(ただ、生気が無い)
男(その整った顔立ちにも、瞳にも)

男(……さっきの子とは違い、気概も、覚悟も、何もかもが枯れ果てて消え失せた、そんな目をしている)
男(全てを諦め、絶望しきったような……まさに、さっきの子とは、真逆の子)

エルフ奴隷「味見してくれてもいい。それで気に入らなかったら放置してくれてもいい」
エルフ奴隷「でも、どうか……私に、出る機会を……」

男(手を伸ばし、助けを請うその姿……見ているだけでも痛々しい)

男(……奴隷になる、とは、こういうことなのか……?)
男(全てを諦めさせられ、人間には逆らえないものだと教え込まされ、暗く狭い中に閉じ込め続けられた結果が……これなのか……?)

男(精神は崩れ始め、外に出して開放してという願望だけで辛うじて繋がって残された……)
男(これこそが、奴隷の完成系、だとでも言うのか……?)

85: 2012/02/18(土) 01:05:25.83 ID:NwFNF2b00
男(確かに……ココまで精神が崩れれば、外に出してくれた人間のいうことは聞くだろう)
男(外に出してくれた人間が自分の全てだと、そう思うだろう)

男(……ボクは今まで、人間の奴隷すらも、見たことが無い)
男(だから、何が正常で、どこからが異常なのか、分からない)
男(分からないが……少なくともボクの偏見では、異常以外の何物でもない)

男(人間の奴隷なら、こんなにはならないはずだ)
男(人間の奴隷なら、住む場所と食事は約束されるから、買ってくれるだけで感謝するはずだ)

男(だがエルフには、それが分からない)
男(人間に買われたら何をされるか分からない)
男(犯されるかもしれないし、暴力や好奇心の捌け口にされるかもしれないと、不安になる)

男(そうして、分からないから……こんなになるまで、教え込まれる……。……そういうことなのか……?)

男(不安を感じないほどまでに精神を崩壊させるのが、さっきあの男が言っていた、“奴隷としての商品価値”なのか……?)



男(そして何より……)





男(どうすれば、こんなになるまで、この子の精神が、壊れかけるんだ……?)

102: 2012/02/19(日) 00:58:46.81 ID:qqLRi0xV0
~~~~~~

奴隷商「エルフ達に何をされたか、ですか?」

男「はい。正直、ただ暗闇に閉じ込めておくだけで、あそこまで精神的が衰弱して追い詰められるのはおかしいかと思いまして」

奴隷商(ちっ……今勘付くか。しかも中途半端に)
奴隷商(だが俺が直接教えたりしたら、それこそお陀仏だ)

奴隷商「特には何も。ただ、エルフは月明かりを浴びて力を得る種族ですからね」

男「月明かりを……?」

奴隷商「はい。ですので、ずっと地下に閉じ込めているせいで、ああなってしまうのでしょう」
奴隷商「ほら、人間だって日光を浴びていなければ、心が滅入っていくでしょう? それと同じですよ」

男「……………………」
男「……そうですか。そう……なるほど、ね……分かりました」

奴隷商(ま、口から出まかせだけどな)

103: 2012/02/19(日) 01:03:14.47 ID:qqLRi0xV0
~~~~~~

エルフ少女「金貨二百枚」
エルフ少女「それが、わたしの値段なのね」

エルフメイド「そういうことです」

エルフ少女「あの男が買った値段の四倍か……で、この首輪は取ってもらえないの?」

エルフメイド「残念ながら。エルフの秘術を封じる枷である以上に、逃げ出した際に買い手が私達の元に訴えに来れば探してあげる、というアフターサービスでもありますから」

エルフ少女「そ。……ま、外してもらえたところで、わたし、秘術なんてあまり使えないけれど」

エルフメイド「秘術と言えば、あなたに使った秘術、アレはあなた自身の意思でいつでも解除できますので」

エルフ少女「ということは、わたしが望み続ける限り、あなたとは心の中でいくら距離が離れていようとも会話が出来るということ?」

エルフメイド「私もソレを望めば、ですけれど」

エルフ少女「……っていうかわたし、あなた以外にこの『心の中での会話』の秘術を使えそうにないんだけど……」

エルフメイド「直接会話するしない以前に、すぐさまココを離れることになりましたからね……まぁ、仕方ないでしょう」

エルフ少女「ま、妊娠しないままで済むから十分か。買ったアイツに何されるか分かったものじゃないし」
エルフ少女(何をされても絶望せず、抗う力を備え続けられるってことでもあるし……)

104: 2012/02/19(日) 01:05:08.55 ID:qqLRi0xV0
エルフ奴隷「外に、出られる……?」

エルフメイド「はい。先ほどあなたが手を差し伸べた男の人……彼が、あなたを買ってくれました」

エルフ奴隷「……?」

エルフメイド(誰か顔も見てなかった、って感じですか……本当、精神がギリギリのところにいますね……)

エルフ奴隷「じゃあ、私は、その人に、尽くさないといけない……」

エルフメイド「……それを彼が望めば、ですけれど」

エルフ奴隷「私を救ってくれた、優しい人……私に、月と太陽を見せてくれる、ご主人さま……私の全てを捧げてでも、感謝しなければいけない人……」

エルフメイド「…………」

エルフ奴隷「今までみたいに、期待させて、好き放題にして、結局出してくれなかった人とは違う……私を、出してくれる人……えへへぇ~……」

エルフメイド(……私は、本当に無力だ……)

105: 2012/02/19(日) 01:10:14.49 ID:qqLRi0xV0
エルフメイド(ずっとここにいて、私がこうなる前からここにいて、秘術を施す前から犯され続けていて、運良く子を孕んでいなかった子……)

エルフメイド(でも……私より後に来た子とは違って、心の中で会話をすることも出来ず、一人寂しく、自分以外の子が犯される声の中、誰にも弱音を打ち明けられない状況で貪られてばかりだったというのは……想像するだけで、泣きそうになる)

エルフメイド(今でこそ秘術のおかげで、心の中での会話も出来るし、絶対に子を孕まない身体になっているけれど……それまでは皆、一人で、支えも無く、頑張ってきていた)
エルフメイド(人間の子を孕むかもしれないという恐怖と共に)

エルフメイド「…………」

エルフメイド(私よりも前にいた、彼女の他に買われていった子たち――この子と一緒に入れられた子たちにも、同じことは出来たけれど……皆もう、心の中で語りかけても、返事をしてくれません)

エルフメイド(何も、応える余裕が無いのでしょう)

エルフメイド(……秘術を施してからずっと、気をつけていましたが……ふと、突然、きっかけもなく、こうなってしまった彼女……)

エルフ奴隷「好きです……大好きです。私を救ってくれた、ご主人様……」

エルフメイド(虚ろな瞳で、笑みを浮かべ……うわ言のように、その言葉しか知らないかのように、愛と忠誠を紡ぎ続ける彼女……)

エルフメイド(……自分勝手な願いだけれど……)

エルフメイド「……どうか、救われて欲しい……」

106: 2012/02/19(日) 01:12:29.67 ID:qqLRi0xV0
~~~~~~

奴隷商「では確かに。金貨四百枚、受け取りました」

男「はい。これであの二人は、連れて帰っても良いんですよね?」

奴隷商「ええ。先ほど馬車を呼んでおきましたので、すぐに来てくれるでしょう。馬車の料金は、サービスさせて頂きます」

男「ありがとうございます」

奴隷商「その代わりと言ってはなんですが、一つ彼女達に対して注意事項が」

男「? なんですか?」

奴隷商「彼女達に付いている首輪、アレを外さないで欲しいのです」

男「……どうしてです?」

奴隷商「アレは彼女達が逃げた際、こちら側が探知するための目印になる……いわば魔法道具(マジック・アイテム)のようなものです」
奴隷商「そのためもし逃げられた際は、こちらまでご足労願えば、捜索させていただきます」

男「なるほど……」
男「……人間の奴隷ならばしないことをするんですね」

奴隷商「ま、逃げる可能性は大いにありますから」

男「……確かに。人間側の奴隷について教えても、信じてもらえませんからね」

カツン

エルフメイド「長、お客様、お待たせしました。お二人を連れて参りました」

奴隷商「ご苦労」

107: 2012/02/19(日) 01:14:06.74 ID:qqLRi0xV0
エルフ少女「…………」

エルフ奴隷「…………」

奴隷商「さあお前達、この方がお前達を外に出してくれるお方だ。ちゃんと挨拶をしろ」

エルフ奴隷「あなたが……私のご主人さま……? 私を、暗闇から出してくれる人……?」
エルフ奴隷「外に出してくれる、優しい人間……?」

男「…………そうだよ」

エルフ奴隷「やった。えへへ、よろしくお願いします、ご主人さま」ペコ
エルフ奴隷「なんなりと、私にご命令ください。この身体で、どんなことをしてでも、ココから出してくれた恩をお返しいたします」

男「ははっ、まぁ、そう固く考えなくてもいいけど……ともかく、よろしく」

エルフ奴隷「はい」ペコ

男「…………」

男(相変わらず、瞳に色が無い……こちらを見ているけれど、ボクを見てはいない)
男(……外へと出してやることで、元気になればいいんだけど……)

108: 2012/02/19(日) 01:17:34.39 ID:qqLRi0xV0
エルフ少女「…………」

エルフ少女(思っていたよりも早く出られる……それは嬉しい)

エルフ少女(でもこの男……若くて優しそうな見た目に反して、何でも出来る奴隷として私達を買ったってことは……そういうことをするのが目的なのよね……?)

エルフ少女(……これから酷いことをしてくる相手に、よろしくも何も無いって)

エルフ少女「…………」

エルフ少女(でも、ここで明らさまに敵対意思を表明する必要もない)

エルフ少女(ここは媚を売って、アイツを油断させて、あわよくばこの首輪を取ってもらえば……)

エルフ少女(いいえ。最悪取ってもらわなくても、私にはお父さんに仕込まれた剣術がある)

エルフ少女(コイツも金貨二百枚という大金を払ったのであろうところを見ると、お金持ちであることに違いは無い)

エルフ少女(ならばコイツの家に、武器の一つや二つはあるはず。剣だってあるはず)

エルフ少女(ソレさえ奪えれば後は……首輪を壊し、ここに戻ってきて、皆を助けられる)

エルフ少女(秘術の代わりに教えてもらえた……この力があれば……!)

エルフ少女(そして、首輪を壊せれば使える、数少ない秘術の一つさえ使えれば……!)

エルフ少女(だから、それまでは我慢して――)

エルフ少女「――よろしくお願いします、旦那様」ペコ

エルフ少女(愛想を振りまいておけばいい)



男「旦那様、か……結婚しないといけない歳なのは違いないけど……まだしてないのにそう呼ばれるのは違和感あるなぁ……でもま、よろしく」

男(にしても……分かりやすい子だ。感情がすぐ表に出るだけに、自ら進んでその言葉を言ってるんじゃないのがすぐに分かる。……ま、別に良いんだけど)

129: 2012/02/20(月) 00:54:11.51 ID:zTQn91zv0
~~~~~~
◇ ◇ ◇
 馬車内
◇ ◇ ◇

ガラガラガラ…

男「さて……」

男(エルフが二人になったのは誤算だったけど……まぁ、もらった金貨の半分も使わなかっただけ良しとしよう)

男(それよりも……今からどうするか)

男(せっかく街にまで出てきたんだから、食料とか日用品とか、色々と買い溜めも済ませておきたい。屋敷に戻ればココに来るまで結構な時間になるし)

男(でもそうなると、買い物をした後あの屋敷に戻ろうと思ったら夜になってしまう)

男(それに……この二人の服も買うとなると、もっと時間もかかるしな……)

男(まさか着の身着のまま連れて帰ることになるとは……奴隷ってそういうもんなのか……?)

男(……まぁ、仕方が無い)

男「すいません。街外れの方にある宿に行ってもらえませんか?」

エルフ少女「え?」

御者「かしこまりました」

エルフ少女「……屋敷に戻るんじゃないんですか?」

男「ちょっと、寄り道してから帰ろうと思ってね。でもそれだと屋敷まで時間が掛かっちゃって危ないから、今日は街に滞在しようかと思って」

130: 2012/02/20(月) 00:56:14.72 ID:zTQn91zv0
エルフ少女(……何? 宿で一度私達を犯そうっていうの……? 屋敷がどこか知らないけど、それまでもたないなんて……とんだ工口野郎ね)

男「……あの、何か不都合でもあった?」

エルフ少女「いえ、全ては旦那様の意思ですから」

エルフ奴隷「ご主人さまの望むがままに。早速、出してもらえたお礼をさせてもらえるのですね」

男「お礼……?」

エルフ少女(とぼけちゃって……犯すつもりでしょ? まったく……)

エルフ少女「はぁ……」フイ

男「?」

131: 2012/02/20(月) 00:59:19.74 ID:zTQn91zv0
男「それじゃあスイマセン。明日、太陽が昇り始めて少ししたら、この宿屋の前に来てくれませんか? 我侭をきいてもらえる分、お金は増やしますから」

御者「かしこまりました」

ガラガラガラ…

エルフ少女「…………」

エルフ奴隷「…………」

男「さて、と……」

カランカランカラン…

男「すいません」

主人「あいよ。泊まりかい?」

男「はい。あ、ここって一階は食堂にもなってるんですね」

主人「おうよ。ま、表通りにある宿屋みたいに、客の入りがあまり良くねぇからな。こうやって兼業にしないとやってられないんだよ」

男「なるほど」

主人「で、三名様かい?」

男「はい」

主人「……内、二名はエルフ、か……」

男「あ……ダメでしたか?」

主人「いやいや、そんなことは。ただエルフの奴隷を買う金があるんなら、こんなところに泊まらんと屋敷に戻るか、表の方にある広くて豪華な宿屋に行けば良いんじゃねぇのかい?」

男「いやぁ~……実はボクの家、街を出たところにあるんですよ。で、今日はもう帰っても遅くなるし、買い物もして帰りたいから、泊まろうかと思いまして」

132: 2012/02/20(月) 01:00:58.51 ID:zTQn91zv0
男「ココを選んだのは単純に、表通りだと二人の格好が目立つからですよ」
男「実は今日二人を買ったばかりで、服も何も無くて……今から買いに行こうかと思いまして」

エルフ少女「……!」

主人「ほぅ、そうかい。ま、確かにその服装だと表は歩かせられねぇわな」

男「オヤジさんも、あまりやらしい目で見ないでやって下さいね」

主人「はっは~、そいつは無理ってもんだぜ。ま、でも手は出さねぇよ。オレはカミさん一筋だからな」

男「ははっ、なるほど」

主人「で、部屋数はどうする?」

男「二部屋でお願いします」

主人「その二人は同じ部屋で?」

男「はい。人間ばかりの場所で部屋を別々にされたら、不安になるかと思いますし」

主人「ちげぇねぇ」

133: 2012/02/20(月) 01:03:04.30 ID:zTQn91zv0
主人「ほれ、それじゃあコレが部屋の鍵だ。場所は二階に上がって奥から二番目の、向かい合わせ二つの部屋だ」

男「ありがとうございます」

主人「お、そうだ。カミさんが帰ってきたら呼んでやるよ。オススメの服屋を教えてもらいな」

男「何から何まで……本当にすいません」

主人「良いってことよ」

男「こうやって親切な人がいるから、泊まるならやっぱりこういう場所の方が落ち着くんですよねぇ」

主人「ははっ、奴隷を買うほど金持ってるヤツのセリフには聞こえねぇな」

男「案外、こういう人もいるもんですよ。あ、そうだ。良かったら桶と水を借りても良いですか?」

主人「ん? ……ああ……なるほど。身体を拭くのか」

男「はい」

主人「ウチは部屋毎に風呂なんてねぇからなぁ……ま、それぐらいなら構わねぇよ」

男「ありがとうございます。部屋に戻ってから取りに来ますね」

134: 2012/02/20(月) 01:05:32.36 ID:zTQn91zv0
男「さて……それじゃあ、ボクはコッチの部屋にいるから。あとで宿屋の女将さんに良い服屋の場所を聞いたら、一緒に行こう」

エルフ少女「……あの」

男「ん?」

エルフ少女「部屋、別々で良かったんですか?」

男「? なんで? あ、もしかして、二人だけでも不安だったりする?」

エルフ少女「いえ、そういう訳では……」

エルフ少女(……てっきり宿屋で襲われるものだと思ってたのに……あ、もしかして、夜に一人ずつ相手にするとか……? 二人いっぺんは趣味じゃないとか、そういうの……?)

エルフ奴隷「ご主人さま、私は、ご主人さまと同じ部屋でも良いですよ?」

男「ん~……でも、出来れば二人で一緒にいてもらった方が良いと思うんだけどなぁ……」

エルフ奴隷「じゃあ、三人で一部屋でも良かったのでは……? 部屋代が勿体無いですし……別々だと、その……お礼も、し辛いですし……」

男「部屋代なんて気にしなくても良いよ。それにお礼とか、そういうのは今は考えなくても良いって。屋敷に戻ってから働いてもらう訳だし」

エルフ奴隷「……そう、ですか……」

エルフ少女(はは~ん……なるほど。街とかこういう人がいるところではヤれないタイプか。これは、結構なヘタレってことね)

男「うん。ま、そういう訳だから、ボクが呼びに来るまでは、ゆっくりしてて」
男「あ、後で水を溜めた桶を借りてくるから、布も渡すし、身体を拭いたら良いよ。多少はサッパリとすると思うし」

エルフ奴隷「かしこまりました」

135: 2012/02/20(月) 01:07:26.07 ID:zTQn91zv0
ギィ

エルフ少女「あ、ちょっと! ……じゃなくて、旦那様」

男「ん?」

エルフ少女「その、もう一つ聞きたいことがあるんですけど……」

男「どうしたの?」

エルフ少女「その……わたしの聞き間違いなら、ただ図々しいだけの女に見えるから、あまり聞きたくは無かったんですけど……その、気になったもので……よろしいですか?」

男「うん、良いよ」

エルフ少女「その……さっき、服屋の話をしているとき、わたし達の服がどうとか言ってましたけど……」

男「ああ……うん。そうだよ。屋敷に戻る前に、保存食とかそういうのも買いたいけど、それよりも先に二人の服を何着か買って帰ろうかと思って」

エルフ少女「えっ……?」

男「ん? あれ? そんなに驚くこと?」

エルフ少女「いえ、そんなことは……ただ、よろしいのかと思いまして」

男「当たり前だろ。そんな胸元と腰周りを辛うじて隠してるだけに近い、肌着がいつ見えてもおかしくない布だけみたいな格好で街中をうろちょろなんてさせられないし」

エルフ少女「でも……奴隷、と呼ばれてますし、こういうものだとばかり……」

男「まぁ、エルフの文化での奴隷と、人間の文化での奴隷は意味合いが違うからなぁ……ま、その辺は買い物中にでも説明するよ」

エルフ少女「はぁ……」

男「ま、今はとりあえず、気にせず気にせず。リラックスリラックス」
男「どうせ服買った後、早速荷物持ちとして利用させてもらうんだからさ。体力、蓄えといてね」

136: 2012/02/20(月) 01:08:38.37 ID:zTQn91zv0
~~~~~~

エルフ少女(とかなんとか言ってたのに……わたし達の服を五着ずつほど買わせたら、早々に宿屋に戻ってきて、一人でコッソリと買い物に行くんだもん……)

エルフ少女(ホント……訳わかんない)

エルフ少女(この買ってもらった服だって……あの人の趣味じゃなくて、わたし達が欲しいものとか、店員のオススメとか、そういうのだし……)

エルフ少女(……なぁにが、服はかさばるから先に宿屋に戻ろう、よ)

エルフ少女(重い物をわたし達に持たせたくないからって、そんなこと言って……気を遣って……)

エルフ少女「…………」

エルフ少女(もっと、酷いこと沢山されると思ってたのにな……)

エルフ少女(っていやいや! 油断はダメだ!! まだあの人の屋敷にすら戻っていない!!)

エルフ少女(きっとこれは……そう! まずは親しくなって、容易に股を開かせようとか、そういう下心が満載な行為に違いないっ!!)

137: 2012/02/20(月) 01:10:35.54 ID:zTQn91zv0
エルフ少女(でもそんな小細工、わたしには通用しない! そうやって策を弄している間に、わたしだって行動を起こす!)

エルフ少女(まずは……もう一人、一緒に買われた彼女と話をしておかないと……)

エルフ少女「ねぇ」

エルフ奴隷「…………」

エルフ少女「ねぇってば」

エルフ奴隷「……あ、私?」

エルフ少女「そ。っていうか、今この部屋にはわたしとあなたしかいないでしょ?」

エルフ奴隷「そうですね……。……ご主人さま、どこにいったんでしょう? 心配ですね」

エルフ少女「はぁ? 別に心配じゃないって」

エルフ少女(出かけた目的だって推測できてるし)

エルフ奴隷「でもあの方は、私とあなたを、こうやって外に出してくれた救世主ですよ? 服だって買ってもらえましたし。何かに巻き込まれてるかもしれないかと思うと……」

エルフ少女「マジか……モロに人間の手の平の上じゃん……」

エルフ奴隷「え?」

エルフ少女「あのさ……同胞だからこの際言っておくけど、あなた、騙されてるわよ」

エルフ奴隷「……騙されて……?」

エルフ少女「そう」

139: 2012/02/20(月) 01:12:25.76 ID:zTQn91zv0
エルフ少女「大体、わたし達がこんな目に遭って、里を焼き払われてしまったのだって、そもそもは人間のせいでしょ?」
エルフ少女「それなのに同じ人間に救われて“救世主”はおかしいでしょ」

エルフ奴隷「……? そうでしょうか……?」

エルフ少女「は?」

エルフ奴隷「だって、人間の中に、悪い人間と良い人間がいて、悪い人間が私達の里を焼き払ったり、虐頃したり陵辱したりしただけで……」
エルフ奴隷「ご主人さまはそうなって閉じ込められた私達を助けてくれた、良い人間なんですよ?」

エルフ少女「いやいやだから、その原因自体を作ったのがそもそも人間だって話じゃないの」

エルフ奴隷「人間だから悪、というのは短絡的では? 現に私達の同胞にだって、悪いことをする人はいたじゃないですか」

エルフ少女「いや……そりゃいたけど……でもそういうのは同胞から追放したし」

エルフ奴隷「人間に、そのことは分かりません。それと同じです」

エルフ少女「いやいや、違うでしょ。全然全くこれっぽっちも違う。もうあなたってば洗脳されすぎ」

エルフ奴隷「あなたも、その人個人を見ようとしていなさすぎるかと」

エルフ少女「人個人だなんて、アイツとは知り合ってまだ一日も経ってない。二度目の太陽を拝んでも無いのにそうやって言って……決め付けてるのはあなたじゃない?」

エルフ奴隷「一日も経っていない私を外に出してくれた。それだけで、決め付けるには十分」

140: 2012/02/20(月) 01:17:00.53 ID:zTQn91zv0
エルフ奴隷「今まで、私の身体を好き勝手にして――陽の光を浴びさせてくれると約束したくせに、結局は貪るだけ貪って、注ぎ込むだけ注ぎ込んで何もしてくれなかった人間とは違う」
エルフ奴隷「それだけで私は、ご主人さまを“ご主人さま”と呼べる価値があると思ってる」

エルフ少女「はん。それっぽく話せるようになったと思ったら、そういう世迷い言を口から出すの?」
エルフ少女「アイツだって結局、あなたを貪るだけ貪るだけの存在かもしれないのに」

エルフ奴隷「私は、ソレで構わない」

エルフ少女「はぁ?」

エルフ奴隷「好きなだけ犯せば良い。あの暗闇から――同胞が苦しんで喘がされて泣かされて叫ばされた声が染み込んだ、耳を塞いでも声が聞こえてくるあのイヤな場所から、こうして救ってくれただけで、私は全てを捧げられる」
エルフ奴隷「例えソレが、この身をすぐさま打ち滅ぼす内容でも……精神を壊されるような、酷い内容でも……」

エルフ奴隷「一時の夢を、瞬間の願望を叶えてくれた恩を、返したいの」

エルフ少女「……あ、っそ。分かった。それがあなたの強い意思だと言うのなら、同胞として邪魔はしないわ」

エルフ奴隷「……そう」

エルフ少女「でも、代わりにわたしの邪魔もしないでね」

エルフ奴隷「あなたの邪魔……?」

エルフ少女「わたし達がいたあの場所にいる同胞全てを救い、ついでに、人間へと復讐を果たすという目的の邪魔」

エルフ奴隷「……する理由が無い。同胞を救ってくれるのなら」

エルフ少女「邪魔をしろ、ってあの『あなたが全てを捧げるご主人さま』に命令されても?」

エルフ奴隷「ええ。あなた達が同胞である以上、絶対に」

エルフ少女「…………」

142: 2012/02/20(月) 01:20:08.89 ID:zTQn91zv0
エルフ少女「なら良いわ。本当は協力し合おうと思ったけど、ま、それだけ妄信してるなら、その言葉が聞けただけで十分よ」

エルフ奴隷「だって……」

エルフ少女「ん?」

エルフ奴隷「だって……あそこにいた皆とは、あまり話せなかったけれど……それでも、私の心を支えてくれようとしてくれたことに、代わりはないんだもの」
エルフ奴隷「だから……協力する」

エルフ少女「……ふ~ん……ま、分かったわ。手伝って欲しいことが出来た時には、声をかける」
エルフ少女「もうこうして会話した以上、心の中での会話も出来るんでしょ?」

エルフ奴隷「うん」

エルフ少女「なら、その時がきたら、語りかけるから、よろしく」

エルフ奴隷「ん」スッ

エルフ少女「…………ん」スッ

ガシッ

エルフ少女(でもさ、もしわたしの協力要請がアイツのお願いやら命令やらと真逆だったら、あなたは本当に、わたし達を同胞として見てくれるの……?)

エルフ少女(……って、意思を持って心の中で問いかけてみたいけど……止めとこう)

エルフ少女(しっかりと話は出来てたけど……握手も交わせたけれど……でもまだ、そういうしっかりとした意思を確立できるほど、心が安定しているようにも思えないし)

エルフ少女(何より……この握手に力を込めれていないことが、不安で仕方が無いのよ……)

159: 2012/02/21(火) 00:52:24.55 ID:4Zsk7k/40
~~~~~~

男「後は……そうですね。これも、三人分換算で五日分ほど」

万屋「お客さん……そんなに買って大丈夫ですかい? そりゃ、ここの仕入れをやってる人に送ってもらったお礼ってのは分かりましたが……」

男「え? あ、お金ならちゃんとありますよ」

万屋「そうじゃなくて、腐らせないかってことですよ。せっかく買ってもらっても腐らせちゃ、勿体無いでしょ」

男「あ~……そういうこと。なぁに、大丈夫ですよ。家に帰ったらすぐに保存しますから」

万屋「保存ったって……保存食に加工できないものまで買っていってやせんか?」

男「それらはほら、帰ってからすぐに食べますし」

万屋「にしてもこの量は……」

男「ん~……でも確かに、そろそろ買うのは止めておいた方が良いかもなぁ……一人で持って帰るのも大変そうだ」

万屋「家は、すぐそこで?」

男「まさか。街の外ですよ。だからこうして一気に買い溜めしてるんです。ココまで来るのだって割りと苦労しますしね」

?「ん? あれって……」

男「じゃあ、とりあえず、今まで言ったやつで、纏めてもらって良いですか?」

万屋「へい、まいどありっ」

?「お久しぶり! 男くんっ!」ポン

男「ん?」

160: 2012/02/21(火) 00:54:43.80 ID:4Zsk7k/40
?「へぇ~……自分から率先して街まで来るなんて、珍しいね」

男(……誰だっけ?)

?「さすがに、食事する分には買い出しに出ないといけないもんね」

男(ショートカットの髪……明るい笑顔……子供と大人の中間ぐらいな低い身長……ああ~……見たことはある。確かにある。その記憶はある)
男(あるのに……あるのに名前が……)

?「…………」

男「…………」

?「……もしかして、あたしのこと……分からない?」

男「……………………はい」

?「……はぁ……それって本当? 冗談とかじゃなく?」

男「…………………………………………はい」

?「そっかぁ~……男“様”は月が一度顔を出すまでだけの半月という短い期間とはいえ、世話をしてくれた人の顔も忘れる人で無しだったんですね」

男「あ! その呼び方は……!」

?「ようやくですか……?」ハァ…

男「ごめんなさい……でも、ほら、屋敷で見てた時とは、格好が違うから」

?「服装なんてそりゃ、屋敷を出たら代わりますよっ。外にまでメイド服では出かけられませんし」

男「え? でも街まであのエプロンドレスの服で行ってたような……」

?「た、たまにですよ! たまにほら、着替えるのが面倒で……! ……じゃなくて!」

男「はい。すいません。お久しぶりです、メイドさん」

元メイド「元メイド、だけれどね」

163: 2012/02/21(火) 00:56:29.71 ID:4Zsk7k/40
元メイド「で、男くん、本当に久しぶり」

男「久しぶりです。どうです? 結婚生活は」

元メイド「まだよ」

男「あれ?」

元メイド「あのねぇ……つい四日程前にようやく月が隠れ終えたばかりで、まだ婚約を申し込まれて約半月が経ったところなのよ?」
元メイド「プロポーズされてはい結婚、とはさすがにいかないらしいのよ。貴族社会では」

男「はぁ……」

元メイド「だから花嫁修業として旦那さんの屋敷に行くことになって、男くんの勤め先を解雇させてもらったんじゃない」

男「あ、退職金とかそれまでのお給金は払いましたよね?」

元メイド「ちゃんともらったわよ。というか、払ったほうが忘れててどうするの?」

男「いやいや、すいません……」

元メイド「全く……本当、いつまで経ってもズボラなんだから」

男「返す言葉もないです……」

元メイド「そもそも結婚だって、次の満月の日にするから呼ぶ、って約束したのに……呼ばれてないくせに呼ばれたと思って結婚生活を聞いてくるのはどうなのよ?」

男「いやもうほんと……魔法とか色々な実験が忙しくて……日にちの感覚が無くなってきてるんですよ」
男「つい一月ほど前にようやく戦争が終わったなぁ、ぐらいしか記憶に無くて……」

元メイド「えぇ~……? 大丈夫なの、それ? 一人暮らししてて平気?」

男「まぁ、それなりに。ちゃんとやってますよ」

164: 2012/02/21(火) 00:58:43.81 ID:4Zsk7k/40
男「あ、でもそういえば、ここ三日は何も食べて無かったかも……」

元メイド「はぁっ!?」

男「いや、実験に夢中になるとどうも……」

元メイド「……本当にさぁ……無理矢理にでも食べさせないと食べることも忘れるよね、男くんって。身体、壊すよ」

男「とっくに自分の身体使った実験で壊れてるようなものだし、今更……」

元メイド「それとこれとは別!」

男「ですよね~」

元メイド「ちゃんと食べてちゃんと寝ること! ちなみに、どうせ何日も寝てないんだろうから聞くけど、何日寝てない?」

男「……同じ三日」

元メイド「はい間があった! 今ウソついたような間があったよっ! で、本当のところはっ!?」

男「……五日です」

元メイド「あぁっ!?」

男「いやホントごめんなさい。今日は街に泊まるので実験も出来ないですしゆっくりと休みます」

元メイド「今日“は”じゃないよ。で、ご飯はどうするの?」

男「食事も宿屋の下の食堂で取りますので大丈夫です」

元メイド「サラダも注文するのよ」

男「分かりました」

元メイド「まったく……本当、世話の焼けるご主人様だこと」

165: 2012/02/21(火) 01:01:41.52 ID:4Zsk7k/40
万屋「ほれ兄ちゃん、待たせたな」

男「あ、すいません。ありがとうございます」

万屋「袋八つほどになっちまったが、一人で大丈夫か?」

男「あ~……じゃあ、三つだけで。あとの五つは、後で取りに来て良いですか?」
男「先に最初の三つ、泊まってる場所に置いてきます」

万屋「ああ、別に良いぜ」

男「それじゃあすいません。お願いします」

元メイド「……ねえ、男くん。塩は買わなくて良いの?」

男「あ、そっか……確かに置いてた分が無かったかも……」

元メイド「それでどうやって保存食に加工するつもりよ……っていうか、一人暮らしのクセに買いすぎじゃない?」

男「えっと……その、実は今日、エルフを二人ほど買いまして」

元メイド「え? 奴隷として?」

男「はい」

元メイド「あ~……なるほど。それで家事全般を引き受けてもらおうと、そういうこと」

男「まぁ、そういうことです」
男(本当は書物を読んでもらう“ついで”なんだけど……ややこしくなりそうだし黙っていよう)

元メイド「ま、それで良いのかもね。男くん、あたしがいないとどうもてきとうに生活してるみたいだし」
元メイド「誰か世話をしてくれないと何も自分でしないんだから」

男「返す言葉もありません……」

166: 2012/02/21(火) 01:03:23.75 ID:4Zsk7k/40
元メイド「そういうことなら……ねぇおじさん」

万屋「ん? どうしたお嬢ちゃん」

元メイド「塩を三……いえ、四キロほどちょうだい」

万屋「まいどっ」

元メイド「あ、支払いは男くんね」

男「えぇ~……?」

元メイド「あなたの家のものよ? 当たり前じゃない」

男「でも、四キロもいります……?」

元メイド「基本的に腐らないものだし。というか男くんの家には確か、魔法で腐らせるのを遅らせている場所があったでしょ?」

男「……まあ」

元メイド「塩は別に入れなくても良いけど、保存食に加工しないものとかの食料は、とりあえずそこにぶち込んじゃえば良いのよ。あたしは買い溜めたやつそうさせてもらってたし」

男「はぁ……」

元メイド「というかそもそも、そうなると保存食として漬け込む必要性もあんまり無いことになるんだけど……ま、料理として味のバリエーションが増えるから、塩はあった方が良いのよ」

元メイド「あ、それとごめん、おじさん。台車借りても良い? 銅貨は払うからさ」

万屋「へい、まいど! ま、お嬢ちゃんほどか弱い子が、四キロもする塩を直接運べっていうのは酷だからな。タダにしてやるよっ」

元メイド「わぁ! ありがとうございますっ!」ニコッ

男(媚売りだ……)

元メイド「なにか?」

男「いえ、別に何も」

167: 2012/02/21(火) 01:06:26.73 ID:4Zsk7k/40
元メイド「とりあえず、台車の上に塩四キロ……あと、乗せれる荷物乗っけちゃいなさい」

男「ん~……八つ全部乗るかな……?」

元メイド「いや無理でしょ。どうせ台車を返しに来ないといけないんだし、つぎ宿に戻る時に全部持って帰れる程度置かしてもらえばいいのよ」

男「じゃあ……五つほど乗せれるかな……?」

元メイド「ん……まぁ、グラついてるけど……大丈夫か」

元メイド「さあ、男くん、台車を押しなさいっ!」

男「え~……? ボク、運動とか体力使うのとか苦手なんだけど……」

元メイド「じゃあ乙女にこの重い荷物を押させるの……?」

男「…………分かりました」

元メイド「分かればよろしいっ」

男(っていうか、塩は別にいらない、とかついさっき本人が言ってたのに……買わせて、それでボクが苦労するハメになるなんて……なんか、納得いかない)

元メイド「あたしは荷物が落ちないかちゃんと見張っといてあげるから、安心して」

男「はぁ……ありがとうございます。って、え? 宿屋までついてくるつもりですか?」

元メイド「もちろん」

男「用事があって街にいたんじゃ……」

元メイド「暇だから散歩してただけ。っていうか、あそこがちょっと息苦しくて……旦那さんは良い人なんだけど、使用人とか、大旦那さんの兄弟とか姉妹とか、ちょっと口煩いのよ」

男「えっと……結婚相手って、あのキミを連れて行った、お歳を召してた人……?」

元メイド「んな訳ない。相手はあの人の子供よ」
元メイド「年齢的にはそうね……あなたの見た目そのままの年齢、ってところ?」

男「随分と若い……」

元メイド「姉さん女房ってやつよ。なんか、そのせいかさらに気を遣っちゃう」

168: 2012/02/21(火) 01:08:14.09 ID:4Zsk7k/40
ガラガラガラ…

男「でもメイド、料理も掃除も出来るんだし、別に怒られるようなことはしてないんじゃ……?」

元メイド「それが逆に気に入らないみたいなのよ。旦那さんが一人っ子だからか、妙に神経質でね」
元メイド「ま、あの大旦那の兄弟に至っては、しっかりとしすぎてるあたしが邪魔みたいだけど」

男「あ~……もしかして、遺産とかそういうの?」

元メイド「そう。大旦那さんは良い人で、旦那さんも良い人で、二人とも大好きなんだけど……他がもうその二人の遺産目当てなのが丸分かりでとてもとても……」

元メイド「きっとあたしの旦那さんになる人を騙したり唆したりして、なんとかお金が欲しいんでしょ。ま、あたしが許さないけど」

男「メイドのお金だから……?」

元メイド「っていうか、人が頑張って稼いでたお金を横から掠め取ろうっていう性根が気に食わない。お金に関して厳しいのよ、あたしは」

男「まぁ、だからあの人も『メイドを息子の嫁に』って思ったんだろうけれど……」

元メイド「しっかりしてるのが伝わったのね、きっと」

男「街で偶然見かけて必氏に値切ってるのを見かけて……とか、あまりロマンスには溢れないけどね……」

元メイド「良いのよそういうのは。要はキッカケなんだから」
元メイド「あと、さっきから所々メイドって言ってる。もう違うんだから」

男「これはごめんなさい」

169: 2012/02/21(火) 01:10:00.62 ID:4Zsk7k/40
ガラガラガラ…

元メイド「っと、そういえばエルフを買ったんだよね? 二人」

男「はい」

元メイド「あたしが使ってた部屋に、あたしが使ってた掃除道具とか掃除の参考書とか、あとあたしがメモしてたノートとかあるから、使わせてあげて」

男「……そんなの残してたの……?」

元メイド「……こういうのもアレだけど、普通、住み込みの使用人が出て行った部屋って確認しない?」

男「まぁ、メイ――元メイドさんが使ってた部屋だから、キレイなままだろうと思って……」

元メイド「そのままあたしを見送った後、実験にすぐさま戻ったと」

男「まぁ……はい」

元メイド「はぁ……ま、良いんだけど。ともかくそういう訳だから」

男「分かりました」

元メイド「あ~……どうしよ。顔でも見ていこうかなぁ……? あ、でも今日買ったばかりか……じゃあ人間を警戒してるかも……」

男「正解です。だからまぁ、今度また街に来たときにでも紹介しますよ」

元メイド「紹介するって……男くん、あたしが嫁いだ先って分かるの……?」

男「……いえまぁ、分かりませんけれど」

元メイド「ほらね。ま、そろそろこの買っていた量の食材が消えそうだと思ったら、また街を歩くことにするわ」

男「そうしてもらえると、助かります」

170: 2012/02/21(火) 01:12:27.50 ID:4Zsk7k/40
ガラガラガラ…

男「それはそうと、ボクと一緒にこうして並んで歩いてるのは良いんですか? もしかしたら、その口煩い人たちの誰かが見てるかもしれないのに」

元メイド「そうなっても大丈夫よ。あなた、大旦那さんと知り合いでしょ?」

男「知り合いってほどじゃ……ただ、元メイドさんを解雇するときに会っただけで……」

元メイド「それで十分。大旦那さんは自分達の兄弟姉妹をあまり好んでないみたいだし、特徴聞いてあなただと分かったら、浮気を疑うフリして何もしない、ってことをするでしょう」

男「……もしかして、そうやって相手の方に偽者の武器を握らせるために、ボクを利用した……?」

元メイド「自信満々に取り出した武器が幻想で、その武器が砕け散る瞬間がいずれやってくるかと思うと……ゾクゾクすると思わない?」

男「……まぁ、元メイドさんらしい発想ですね」

元メイド「大旦那さんもあたしの性格を悟ってくれてるし、すぐさま利用してくれるからちょうど良いのよ」

男「……なんか、それだと旦那さんよりも大旦那さんの方が好きみたいに聞こえますけど」

元メイド「まさか。旦那の方が大好きよ。大好きすぎて話題に上らせるのが恥ずかしいだけ」
元メイド「っていうか、あたしって誰かに惚気を話すのが苦手なのよ。特に、あなた相手にはね」

男「はぁ……」

元メイド「ま、そもそも好きじゃなかったら結婚を断る女だってことぐらい、短い付き合いの男くんでも分かってるでしょ」

男「はい。お金は大好きだけれどお金のためには生きたくない女性だ、ってことは分かってます」

元メイド「……なぁんか失礼な言い方」

男「冗談だろうと予測出来るはいえ、別れ際に『これで玉の輿だ!』って言ったツケですよ」

171: 2012/02/21(火) 01:14:55.12 ID:4Zsk7k/40
ガラッ…

男「っと、すいません。今日はここに泊まっているので」

元メイド「そうなの? 明日は何時出発?」

男「出来れば早朝にと。あの屋敷への山道を初めて歩く二人を連れてますから。出来る限り早い方が良いかと思いまして」

元メイド「あ~……それじゃ見送れないか……」
元メイド「でもま、確かにそれが良いかもね。一度でも往復したら案外あっさりと簡単に道を歩くコツとか順路とか覚えられるんだけど、初見だとね」

男「それはメイドさんが優秀なだけでは……」

元メイド「元メイド、ね」

男「すいません……」

元メイド「ま、良いけど」

元メイド「じゃま、あたしも屋敷に戻るわ」

男「はい。ありがとうございました」

元メイド「その台車、ちゃんと返しに行くのよ」

男「当たり前ですよ。荷物も半分以上、預けたままですし」

元メイド「あ、あと荷物は宿屋にお願いして一階のどこかに置かしてもらった方が楽よ」
元メイド「そんな大荷物、朝っぱらから大移動させるのもしんどいでしょ。案外こういう宿屋なら貸してくれたりするし」

男「豆情報、ありがとうございます」

元メイド「んじゃ、今度の今度こそ、バイバイ。また次の機会に」

男「はい。また次の機会に」

172: 2012/02/21(火) 01:16:40.30 ID:4Zsk7k/40
男「さて、と……」

男「それじゃあ、残りの荷物を受け取りに行こうかな」


カランカランカラン…


男「すいません。ただ今戻りました。あの、この荷物なんですけど、出来れば明日の朝まで一階で預かってもらえま――」


パタン









プロローグ・終了

173: 2012/02/21(火) 01:17:19.65 ID:L8UNalRIO
乙乙
続き気になるがまた明日かな?

174: 2012/02/21(火) 01:19:18.60 ID:GJZuw/zSO

引用: 男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」