224: 2014/04/19(土) 10:27:34.89 ID:A3nqsFM80

225: 2014/04/19(土) 10:28:53.24 ID:A3nqsFM80


~side:プロデューサー~


服部さんの過去との決別をかけたライブバトルから2週間が経過した。

票数は僅差だったものの、ライブバトルに勝利した。

服部さんのパフォーマンスは間違いなく過去ベストだっただろう。

担当アイドル全員で応援にかけつけたこともあり、誰にとっても良い経験となる。

圧倒的なキャリアの差を見せつけた。

手足の一つ、一つの挙動に完全に会場が引き込まれていた。

最高のライブだった。

なのに、その二週間後、僕は服部さんが入院している病院のロビーで佇んでいる。


226: 2014/04/19(土) 10:29:47.60 ID:A3nqsFM80

頭を抱えて、叫びたくなる。

昨晩、服部さんの対戦相手だったアイドルが引退を表明した。

妊娠3ヶ月。相手は一般人男性と報じられているが、相手は服部さんの元担当プロデューサーだというのが専らの噂だ。

こんなスキャンダルを抱えてこの業界で生きていくことはできない。

今後、どうやって二人は生活していくつもりなのだろうか。

そのニュースを聞いた時、背筋に寒気が走った。

本能的な危機感と言ってもいい。

ほたるを北条家に預け、鷹富士さんと千川さんと共に服部さんのマンションに向かった。

大家さんに非常時のマスターキーで玄関を開けた時に最初に感じたのは異臭。

夥しいアルコールの匂い。

リビングで倒れている服部さん。

酔いつぶれている感じではなかった。顔色が紫に変色していた。

救急車が到着してからのことはあまり覚えていていない。

「適切な処理でした」

事務所に戻る前に、千川さんがこう言ってくれたのを覚えている。

「白菊先輩。加蓮ちゃんに連絡しました。ほたるちゃんは今日、加蓮ちゃんのところで泊めるそうです」

ありがとうと一言だけ言って、再び視線を落とした。無言で、鷹富士さんが手を握ってくれた。

227: 2014/04/19(土) 10:33:30.84 ID:A3nqsFM80


特にお互い話すことはなかった。ただ、手を握って祈ることしかできなかった。

鷹富士さんが肩に頭を乗せてきた。小気味に震えていたのでスーツの上着を掛けた。

「優しいですね」

あまりその言葉が好きではなかった。

「服部さんは、元担当プロデューサーさんのことを忘れられなかったんでしょうか」

恐らくそうだろう。今回の昏睡もアルコールの過剰摂取が原因らしい。

僕の責任だ。僕が悪い。

「どうしてですか?」

怪訝そうに鷹富士さんは言う。

彼女をこの業界に復帰させたのは、僕だから。

そして、社長から警告はされていたのだ。

かつての所属先に執着するアイドルの想いの強さについて、その危険性について。

僕が『服部瞳子』という一人の女性の人生を壊してしまった。

彼女を引き込んだのは僕だ。

僕が壊した。壊してしまった。

僕が服部さんを。

「先輩!しっかり!」

鷹富士さんの声で思考が止まる。今は、ネガティブ思考よりも今後の服部さんをどう支えていくかが問題だ。しっかりしなくては。



228: 2014/04/19(土) 10:46:44.14 ID:A3nqsFM80

「服部さんは社会人です。自己管理は社会人として当然の責任です。特にお酒関連は」

正しい。

「服部さんの自己管理能力の問題です。白菊先輩には責任があるかもしれませんが、実際に判断して、行動したのは服部さんです」

確かにそうだ。でも、鷹富士さん。違うんだ。そうじゃないんだ。

「じゃあ、なんですか?」

若干、鷹富士さんの顔に苛立ちが見えた。はっきりしない自分に対する怒りだろう。

自己管理を促すのも、心情を察して適切な対応もするのもプロデューサーの仕事の内だから。

もし、服部さんが前の担当に対する思慕を捨てきれずにいて、それが負担になっていたなら、そこは僕が話を聞いて、きちんと気持ちに整理をつけさせるべきだったんだ。



229: 2014/04/19(土) 11:04:26.72 ID:A3nqsFM80


むう、という効果音が聞こえそうな程、不満そうな鷹富士さんは唐突に僕の頭を掴んだ。

「白菊先輩のばーか」

内心かなり傷ついた。

「もう、そんな白菊先輩だから支えたくなっちゃうんです」

「私が幸せにしてあげます。絶対にこの役割は譲りません!」

そのまま抱きつかれた。ただ、それだけのこと。

しばらくして、医師が説明にきた。

幸い、命には別状が無かったものの、しばらくは安静が必要とのこと。



230: 2014/04/19(土) 11:22:46.97 ID:A3nqsFM80




鷹富士さんの『幸せにしてあげる』の意味をしったのはそれから更に一週間後のことだった。



でも、その時にはもう何もかも遅すぎて、僕は担当アイドルを失った。







236: 2014/04/20(日) 11:01:42.71 ID:Uq9WILan0


~side:プロデューサー~


「ごめんね、白菊君」

意識が戻った服部さんの第一声は謝罪の言葉だった。

「茄子ちゃんも迷惑かけたわね」

弱々しく、二週間前にステージで輝いていたアイドル『服部瞳子』はそこにいない。

想定外の出来事に心を痛めた女性が一人いるだけだった。

少し飲み過ぎた。もちろん嘘だが、それ以上追及することはできなかった。

医師が容態を確認する間僕と鷹富士さんは外に出た。

「健康管理と身体測定の徹底が義務付けられているアイドルが妊娠しているのに気付かないで、ライブバトルに参加するなんてことありえるんでしょうか?」

鷹富士さん疑問はもっともな内容だった。僕もそこが気になっていた。

「でも、まず、服部さんの体が第一ですよね」

その通りだ。医師が病室から出てきたので僕と鷹富士さんで引き返した。



237: 2014/04/20(日) 11:02:44.52 ID:Uq9WILan0

「数日間安静すれば通常通りの生活に戻れるそうよ」

健康に深刻な影響がなかったことがせめてもの救いだ。事務所には2週間の休暇を申請していることを告げると微妙な顔をされた。

「茄子ちゃん。ごめんなさい。少しだけ席を外してもらえるかしら?」

優しく服部さんの手を握ってから、鷹富士さんは席を外した。

「……ありがとう。助けてくれて」

椅子を引いて隣に座る。手を握られた。

「…私、事務所を辞めようと思うの」

どう答えるべきか迷った。引き留めるべきか、彼女のことを想い長期休暇を与えるべきか。

「旅に出ようと思うの。世界をブラブラ見て回ろうって」

その後はどうするのだろうか。

「その後の事は考えていないわ。もしかしたら、無事に帰って来れないかもしれないし」

無事に帰ってきてもらわないと困る。ただ、休暇を取ることについては反対しない。

「少し休みたい」

まだ体調が十分に戻っていないのだろう。眠たげに眼を擦っていた。

「ごめん、白菊君。また、後でちゃんと話すから」

ゆっくり休んでください。寝ていることを確認してから、病室を出た。


238: 2014/04/20(日) 11:03:53.63 ID:Uq9WILan0


「白菊先輩?」

余程酷い顔をしていたのか、鷹富士さんに心配そうな表情をさせてしまった。

やはり、僕には分からない。

僕には分からない。そこまで苦しいならば、恋愛感情等抱かなければいいのに。

別れてしまえば、所詮他人なのに。

何故、そこまで執着するのだろう。

僕には分からない。

分からないよ、服部さん。


239: 2014/04/20(日) 11:04:45.81 ID:Uq9WILan0

「今、恋愛って分からないって考えてますか?」

鷹富士さんの目はどこまでも優しかった。

「それは白菊先輩がちゃーんと、人と向き合っていないからです」

実の妹に催眠染みたことをした人間だ。他人と向き合えてなんかいない。

家族を大事にする=愛するのは、分かる。でも、それ以外が分からない。

否、いつからか分からなくなってきた。

「ここに二十歳の縁起の良い女の子がいますよ~」

それなりに信頼しているし、良好な関係だと思う。

恋愛感情があるかと問われると、正直、無い。

むしろ、あるか理解できない。


240: 2014/04/20(日) 11:05:50.14 ID:Uq9WILan0


ほたると加蓮ちゃんを幸せにする。

それが僕が、氏なないでいる理由だ。

「それ以外にもあったもいいんじゃないでしょうか?」

まるで心を見透かしたように鷹富士さんは言う。

「一つよりも、二つ、二つよりも三つ。大事な物は多すぎても駄目ですけど、少なすぎても駄目ですよ」

その通りかもしれない。

「ずっと、白菊先輩はほたると加蓮ちゃんのために頑張って来ました」

本当にそうだろうか。エゴイズムに終わっていないだろうか。

「でも、もう少し、自分の幸せについても考えてもいいんですよ」

本当に優しい声で、鷹富士さんは言う。

「お互いの幸せを一緒に探しませんか」


241: 2014/04/20(日) 11:11:59.46 ID:Uq9WILan0

いつも困った時に的確なアドバイスをくれる服部さんはここにいない。

このまま事務所を辞め、海外に行ってしまうのだろう。

新人も増えるかもしれない。

そこに服部さんはいない。

ああ、今更気が付いた。

僕は本当に服部さんに支えられていたのだと。

もしも、僕が服部さんの元担当のように、彼女から愛される程度の器量の持ち主だったならば、この事態は避けられたのだろうか。


しかし、アイドルのプロデューサーである以上それは許されない。


ならば、間違っているのはアイドルでありながら担当を愛した服部さんと、プロデューサーでありながら、アイドルを愛した元服部さんの担当だ。


242: 2014/04/20(日) 11:16:17.97 ID:Uq9WILan0


でも、それでも、胸が張り裂けそうに痛い。

呼吸が苦しい。痛い。頭も痛い。ただ、叫びたかった。泣きたかった。

ごめん、服部さん。ごめんね。何もしてあげられなくてごめんね。

助けてあげられなくて、ごめんね。

本当にごめんね。

でも、もう遅い。服部さんは傷ついてしまった。

ココロに大きな傷を負ってしまった。

そして、僕じゃあその傷を埋めることはできない。

自分の無力さに氏にたくなる。



244: 2014/04/20(日) 11:25:39.33 ID:Uq9WILan0


「いいんですよ。先輩。全部私が受け止めてあげますから」

鷹富士さんに抱きしめられた。甘い、柑橘類の匂いがした。

「悲しいですよね。苦しいですよね。泣いてもいいですよ」

「私がいてあげます。私が先輩の傍にいてあげます」

今ままでも、これからもと囁かれた。

「私と一緒になりましょう。二人の幸せを探しましょう」

それもいいかもしれない。それでこの痛みが消えるなら。

きっと、それが最善の選択だ。



245: 2014/04/20(日) 11:47:14.61 ID:Uq9WILan0


ほたるが泣いてる姿が頭に浮かんだ。

服部さんが止めてしまったら、きっとほたるは泣くだろう。

加蓮ちゃんも悲しむだろう。

でも、もう、これ以上、服部さんをこの業界に縛り付けるわけにはいかない。

何か、何か服部さんのためにできることはないのか。

最低最悪の方法を思いついた。

服部さんを過去から解放する方法。

許されない方法を思いついてしまった。

一人では無理、しかし、鷹富士さんを利用すればできるかもしれない。

偶然、運よく、夜間に病院に入れるかもしれない。

かつて、ほたるに行った同じ方法。


レム睡眠を利用した暗示。



『過去に縛られず、幸せになる努力をする』



この暗示を服部さんにかければいい。

まるで黒いタールのような粘ついた感情が首を擡げていた。

ほら、どうしたやらないのかと。




246: 2014/04/20(日) 12:05:35.24 ID:Uq9WILan0

「先輩?白菊先輩?大丈夫ですか?」

鷹富士さんに呼ばれて意識が戻った。


お願いがあるんだ。


そう鷹富士さんに言って、唇を噛んだ。血が滲んだ。

「私にできることなら」

優しげに鷹富士さんは微笑んだ。

二人並んで病室を後にした。

人気のない昼間のホテルの一室で僕は全てを告白した。


ほたるが自分を傷つけるのを辞めさせるために暗示をかけたこと。


未だに加蓮ちゃんの発作が治まらないこと。


僕が、これから服部さんにしようとしていること。


そのために鷹富士さんを利用しようとしていること。


独善染みた懺悔を行った。


「不器用な人ですね。先輩は」


それだけだった。鷹富士さんの感想はそれだけだった。



248: 2014/04/20(日) 12:15:50.74 ID:Uq9WILan0


「私と結婚を前提に付き合ってください。私も一緒に受け止めてあげます」


僕の頭を胸に抱えながら、鷹富士さんはそう言った。

「今は愛情なんて分からなくてもいいです。まずは始めることからです」

どこまでも優しい声だった。

「一回だけです。一度だけ許してあげます」

その代わり、大事にしてくださいね。ほたるちゃんと同じくらい。


キスをされた。拒むこともできず、ただ、受け入れ、そして許容した。


不思議と心が落ち着いた。



249: 2014/04/20(日) 12:37:47.72 ID:Uq9WILan0


運良く夜の病室に入ることが出来た。

運良く服部さんはレム睡眠の最中だった。

運良く巡回は来なかった。

かつて使った本を片手に僕は囁いた。

ただ、服部さんに幸せになって欲しくて囁き続けた。


繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、


祈る様に囁いた。


病院を出る際も、運良く誰にも見つからなかった。


鷹富士さんにとっびきりの幸運を分けてもらった。


きっとうまく行くだろう。


そのまま、車を走らした。誰も居ない真夜中の桟橋まで。


コンビニで購入した100円ライターで本に火をつけた。


下半身を見て、自分が勃起していることに初めて気が付いた。


夜の病院に忍び込んで、担当アイドルに暗示をかけて、性的に興奮する変態。


そんな異常性癖の持ち主が僕だった。


吐き気と涙が止まらなかった。


また、嘘を重ねてしまった。


それでも、僕の口元はきっと気持ちの悪いくらい歪んでいるのだろう。



250: 2014/04/20(日) 12:42:51.57 ID:Uq9WILan0



引退に必要な手続きを全て終え、服部さんは半年後、海外へ飛んだ。


僕、ほたる、加蓮ちゃん、鷹富士さんに見送られて。


それから二年後に一枚の手紙が来た。


海外で結婚して、家庭を築いたと。


今、幸せだと。



僕には未だにあの時の暗示が成功したのかどうか分からない。


ただ、ほんの少しだけ救われた気がした。




251: 2014/04/20(日) 12:47:00.13 ID:Uq9WILan0


本日は以上となります。



次回が最終話『不幸な兄妹』です。



正しいかどうかは別として、瞳子さんはそれなりに救われました。


ここまで読んでくださった全ての方に感謝を。


あと一話で終わりです。


252: 2014/04/20(日) 12:48:00.96 ID:j8u+DAEGo
おっつし、目が離せないな

253: 2014/04/20(日) 12:55:24.10 ID:wsa0q9fNO
>>1も含めてみんな幸せになーれ

254: 2014/04/20(日) 16:39:08.79 ID:he9fmlAwo

引用: 北条加蓮 『不幸な兄妹?』