196: 2014/11/05(水) 13:53:57.40 ID:+IuKw6JH0
197: 2014/11/05(水) 13:55:17.98 ID:+IuKw6JH0
11回戦目……規定の30ミリを超えた45ミリにまで届く18ミリの大勝負……。
戻ってきた森田たちは黙り込んだまま息を飲み、カイジの勝負をじっと見守っていた。
カイジ「……言ってたよな、利根川……。奴隷は持たざる者……猶予のない虐げられし者……」
カイジ「しかし、その何も持たない奴隷だからこそ、皇帝を撃つと……!」
タオルで出血が続いている顔の左側を押さえているカイジはボロボロと涙を流しながら利根川を睨む……!
利根川「それがどうした?」
2枚目の勝負、カイジの先出しに対して出されていた皇帝のカードに利根川は勝利を確信した様子だ……。
無理も無い。利根川はカイジが『市民』を出したのだと思い込んでいるのだから。
森田「まだ分からないのか? 利根川……」
利根川「何?」
カイジ「受け取れ……! 俺たちの氏の淵での最後の意地を!」
カイジは叩きつけるように自らのカードをオープン……!
そのカードは……奴隷! 皇帝を討つ奴隷!
198: 2014/11/05(水) 13:55:55.61 ID:+IuKw6JH0
利根川「何……!?」
安田「おお!」
巽「やった!」
明穂&由香理「やったわ!」
ゼッケン11「勝った!」
ゼッケン5「勝ったぁ!」
ゼッケン7「カイジさんが勝った!」
ギャラリーたちはカイジの大勝利に歓喜の嵐……!
カイジの後ろで見ていた明穂と由香理も互いに手を取り合い、歓声を上げる。
利根川(こ、こんな馬鹿な……!)
それに対し、利根川と兵藤は信じられない……といった様子で愕然としている……。
利根川は自分の腕時計を見て計器をチェックする……。
カイジたちの読みどおり、この腕時計は耳に取り付けられた装置から送信される生体反応を表示する仕掛けになっている。
利根川はカイジが自分たちの不正に気付いて装置を狂わせようと企んでいることは知っていたため、完全に故障してしまったのかと考えていた。
利根川「あっ……! まさか……貴様!」
だが、それは違う……! 利根川はようやくカイジの身に何が起きているかに気付く……!
199: 2014/11/05(水) 13:56:39.05 ID:+IuKw6JH0
カイジ「今頃気が付いたか……? 遅すぎるぜ……!」
森田「このマヌケな人頃しが……!」
利根川はカイジと森田を忌々しそうに睨み、肩を震わせる……。
利根川「トイレに人がいるはずだ! 引っ立てて来い! ……このクソガキどもめ!」
黒服に命じた利根川はカイジがタオルを押さえている左手を引き剥がす……!
黒服「ひぃ! 耳が……耳が、ない!」
ゼッケン5「ひぃ!」
巽「何……!?」
安田「何だと!?」
カイジが自らの耳を削ぎ落としていた事実にギャラリーはもちろん、安田や巽はおろか銀二まで驚愕……!
そして戻ってきた黒服が連れてきたゼッケン10番の手に装置とカイジの耳が握られていることも明かされる……!
利根川の不正を欺くために筆舌に尽くしがたい痛みと恐れを乗り越え、カイジが実行してみせた常軌を逸した荒業……。
計器にばかり頼っていた利根川の驕りを逆手に取り、カイジは利根川から起氏回生の勝利をもぎ取ったのだ……!
200: 2014/11/05(水) 13:57:17.41 ID:+IuKw6JH0
そして、その代償として900万という大金を獲得する……!
これまでに得た260万と合わせればその合計は1160万に達する……!
明穂「見なさい! カイジはこんなに痛い思いをしたのよ! カイジがどんな気持ちであんたと勝負してたのか分かる!?」
由香理「そうよ! このペテン師!」
明穂と由香理に責め立てられ、利根川は顰め面を浮かべていた。
先ほどの森田や彼女たちの発言からカイジはおろか森田たち四人も不正を知り得たことを確信する……。
カイジ「あぐっ……!」
森田「大丈夫か、カイジ!」
美緒「タオルをもっと持ってきて!」
由香理「え、ええ……!」
カイジが血を撒き散らし激痛に呻くその痛ましい姿に森田たちはその身を気遣う。
202: 2014/11/05(水) 13:57:52.26 ID:+IuKw6JH0
兵藤「まったく……つくづく使えん男だ……。このクズめ……!」
兵藤「この二流が……! お前は所詮、勝負のできない大詰めで弱い指示待ち人間だ……!」
兵藤「せっかく新しい氏に方が見られそうだったのに、貴様のくだらんミスでその機を逃したわ……!」
兵藤の怒りは先ほどのように激情というわけではないが、さらにねちねちと失態を犯した利根川を責め立てていた。
罵倒を受ける利根川も相当に余裕を無くした表情で冷や汗を流している。
美緒(インチキなんかした罰よ)
明穂(ざまあみなさい)
そんな利根川の姿を見て美緒や明穂はいい気味だと言わんばかりにほくそ笑んでいた。
森田「兵藤会長……心配するなよ」
そんな中、森田も微かに笑いながら前へと出る……。
203: 2014/11/05(水) 13:58:37.91 ID:+IuKw6JH0
森田「最終戦……次は俺が出よう。BETはカイジと同じ18でな……!」
美緒「え……!」
巽&安田「も、森田!」
利根川「何ぃ……?」
兵藤「ほほほっ……!」
森田の進言に全員が驚愕……!
森田「もう一度お前に名誉挽回のチャンスをやるぜ、利根川」
散々人の命を弄んできた利根川だけは許せない森田は、このまま完全に失脚にまで追い込もうとしていた。
これで利根川が負ければもはや帝愛で活動することなど不可能……! 確実に破滅するはずである。
美緒「森田くんまでそんな……」
明穂「カイジのおかげでもうここまで勝ってるんだから良いじゃない」
ゼッケン11「そうですよ! 今のカイジさんの勝利だって奇跡的なのに……」
森田「いや、むしろカイジが体を張ってここまでやってくれたんだ。俺も体を張らなきゃ、一緒に戦ってきた意味がないんだ」
森田「カイジ。代わってくれ」
204: 2014/11/05(水) 13:59:22.83 ID:+IuKw6JH0
森田はカイジをどかし、席につく……。
己の氏さえ覚悟し、勝負に挑もうとするその姿勢と気迫は利根川を威圧する……。
銀二(ふふふ……良い顔をするじゃねえか)
銀二は森田のその姿を見て満足そうな顔をしていた。
由香理「持ってきたわよ」
明穂「ほら、カイジ」
カイジ「ど、どうも……」
タオルを数枚持って戻ってきた由香理より受け取った1枚をカイジに渡す……。
兵藤「ひっひっひっ……さすがは森田鉄雄……! 平井銀二の元右腕だ……! 実に素晴らしい……!」
兵藤「カイジくんも森田くんもワシが見込んだ男だ……命の使い所というものを心得ておるわ……!」
兵藤「受けるぞ……! 森田鉄雄の生き氏にを賭けた勝負をな……! おいっ! 用意だ!」
心底楽しそうに高揚する兵藤は黒服に命じ、森田の耳に切り取られたカイジの耳から外した装置を取り付ける。
205: 2014/11/05(水) 14:00:10.98 ID:+IuKw6JH0
美緒「森田くん……」
森田「大丈夫だよ」
森田の身を案じる美緒に頷く……。
カイジ「おい! 約束を忘れてないだろうな? 俺たちが勝ったら謝ると……!」
利根川「くっ……」
このEカード勝負の最初に取り交わした、利根川の謝罪……。
あの時、利根川は土下座でも何でもすると言っていた。しかし、まさか本当にそうなるかもしれないなどと思ってもみなかった……。
カイジ「いいな! 氏んでいった仲間たちに土下座して謝るんだ! 利根川!」
兵藤「安心したまえ、カイジくん。ワシに二言はない。勝負に君たちが勝てばちゃんと金は払う」
兵藤「そして、利根川にはしっかりと謝らせよう。土下座でも何でもな……!」
兵藤の強調する最後の言葉に対し、利根川は今まで以上に青ざめた顔を浮かべていた……。
明らかに何かに対して恐怖を感じている……。
そして兵藤は黒服たちの方を覗うと、彼らはそれだけで兵藤の意を解したのかプレイルームを後にする。
206: 2014/11/05(水) 14:00:51.68 ID:+IuKw6JH0
森田「おい。その後どうなる? まさか謝罪だけで済ませるつもりじゃあるまい?」
兵藤「ひっひっひっ……そうじゃな……。これまでの勝負で利根川は3回も無様に失態を見せてきたのだ」
兵藤「これだけでも降格ものだというのに、さらに負けるようなことがあれば……もはや役立たず以前のクズだ……」
兵藤「そんなクズには地下で永遠の労働が相応しい……」
利根川「う……!」
利根川はさらに顔を青ざめて絶句……。
地下……それは帝愛グループが計画し、現在極秘に建設中の巨大シェルター都市、地下帝国……。
そこには帝愛に対して負債を背負った者たちが強制収用され、過酷な労働を受けさせられている。
エスポワールで地獄行きが決定した負債者たちの一部はここに送られてくる、そこはまさに地獄そのもの……。
この勝負、利根川は何としても負けるわけにはいかない……!
兵藤「というわけだ……安心して挑みたまえ、森田くん」
兵藤「勝てば君たちの仲間の無念を晴らし、2000万……ただし、負ければ……」
兵藤「君は、氏ぬ……! その耳から……脳を貫いてな……! ヒヒヒヒヒヒヒ……! カカカカカ……!」
奇声と共に狂気に満ちた笑いを漏らす兵藤の姿に森田はもちろん、他の者たちまでもが呆然……。
207: 2014/11/05(水) 14:01:32.53 ID:+IuKw6JH0
美緒(お願い……勝って……森田くん……!)
美緒はごくりと息を飲み込み祈る……。
こんな狂った悪魔たちが支配する場所から一緒に平和な日常へと帰るために……。
カイジ「おい! 利根川! その時計を外せ!」
カイジは利根川がこれ以上不正ができないようにするべく時計を取り上げようとする。
利根川は明らかに渋い顔を浮かべている。だが、ここで無碍に断るわけにもいかないが……。
森田「いや、いいよ。奴の好きにさせてやろう」
カイジ「何? だが、奴らは……」
森田「好きにしな、利根川。それで時間でも何でも確認してればいい」
利根川「何ぃ?」
森田も利根川の不正に気付いているのは間違いないというのに、何故それを認めようというのか。
何を考えているのか分からず、利根川はいぶかしむ……。
208: 2014/11/05(水) 14:02:58.11 ID:+IuKw6JH0
森田「美緒、すまないが俺が良いって言うまで耳を押さえててくれないか。勝負に集中したいんだ」
美緒「え、ええ」
森田に従い、美緒は後ろから森田の両耳を包み込むようにして押さえていた。
当然、森田の片耳に取り付けられた装置も一緒に……。
銀二(ふふふ……そうだ、それでいい。森田よ……奴らを欺くにはそれで充分……)
カイジのような荒すぎるものではないスマートな戦略に銀二はほくそ笑んだ……。
森田「何だよ、その顔は。彼女が俺の耳を押さえているからってルールに反しているわけでもないだろう。それとも何か困ることでもあるのか?」
利根川(このクソガキめ……!)
利根川は不敵に笑う森田に心中毒づく。
あの装置は装着者の生体反応を感知するため、生体に触れている限り耳以外に触れていても反応する仕組みになっている。
しかし、逆に言えば無差別に生体を感知してしまうことでもあるのだ。
本来は装着者一人を感知することを想定しているため、二人以上の者が触れているとその分余計に生体反応を感知することになってしまう。
事実、今も森田だけではなく美緒の生体反応までも感知してしまっているせいでノイズとなり、森田の反応がまるで分からない。
利根川(こいつはもう使えん……)
仕方なく利根川は装置に頼らず、自らの勘と読みで森田を相手にすることにした。
今まではイカサマに頼ってきた以上、ここからは完全な真剣勝負。森田鉄雄の癖や動作を見て何を出してくるのかを読み取るしかない。
もし負ければ、ただではすまない。破滅どころではないのだから……。
209: 2014/11/05(水) 14:03:40.87 ID:+IuKw6JH0
利根川(平井銀二の元右腕だろうがそんなことは関係ない……! 貴様なんぞに負けてたまるか……!)
利根川(勝つ……! 勝って貴様を頃す! 俺が生き残るんだ……!)
幸いにも利根川は圧倒的に有利な皇帝側。通常、ほぼ負けはない。
だが、利根川は迷う。皇帝である以上、相手が自滅を待つことも可能である以上、まずは様子見と行くか……。
いや、1枚目はいきなり皇帝を出して不意討ちをしかけるか……しかし、それを見破られて奴隷で返り討ちにされてしまっては……。
そういった思考が幾度も頭の中で交錯していき、ただ時間だけが過ぎていく……。
カイジ「どうした! 何をグズグズしてやがる! いつまでもビクビクと!」
カイジ「そんなザマだから会長の爺さんに見限られるんだろうが!」
利根川(黙れ! 見ているだけのゴミの分際で!)
利根川は結局、1枚目は市民を選択。まずは様子見だ。
そして森田も即座に提出……結果は、市民と市民。一歩、利根川を追い詰める。
森田「長くかかった割にはつまらない結果だな。……勝負に出る勇気も無いわけか?」
利根川「く……!」
先ほど自分が言ったのと同じ言葉による挑発に利根川は顔を顰める。
210: 2014/11/05(水) 14:04:12.20 ID:+IuKw6JH0
利根川(この青二才が……! ワシはお前らなんぞと違い、何十年と積み上げてきたんだぞ……!)
利根川(こんな所で消えるわけにはいかんのだ……!)
森田「さて、次は俺からだな…・・・」
森田は何の迷いもせずにカードを提出する。
自らの氏をも覚悟しているその開き直った姿勢は利根川をイラつかせる……。
そして出すのは勝負に出れない利根川は結局、市民……。繰り返される引き分け。
利根川(おのれぇ……!)
森田(そうさ。せいぜい、そうやってビビッてやがれ。カイジたちがどれだけ恐怖に震えていたか、分からせてやる。そしてお前を無一文で寒空へと放り出す……!)
3枚目、今度は利根川の先出しから……。
利根川(舐めるなよ……森田。ワシは今まで幾多の苦境を勝つことで越えてきたのだ……!)
利根川(貴様のようなクズ同然の悪党ごときに負けられるか……!)
しかし、森田の気迫と会長のプレッシャーに圧されて利根川はここでも勝負に出られない……。
またも市民同士の引き分け……。
211: 2014/11/05(水) 14:05:00.30 ID:+IuKw6JH0
カイジ(よし……! とうとう追い詰めたぜ!)
先ほどの自分の勝負で利根川にしてやれなかったことが目の前で成されていることにカイジ、痛快……!
美緒(これでもうどちらも安易にカードは出せないわ……)
背後で森田の耳を優しく包み込んだままの美緒は心底緊張した面持ちで勝負を見守っていた。
いつ利根川が皇帝を出してくるのか、全く予測できない。
森田が市民を出している時に相手が皇帝を出してくるのではという悪い考えが過ぎり、美緒はその度に肝を潰しそうになっていた。
もしも負ければ森田は……。
美緒(そんなことないわ……。森田くんは絶対に勝つ……!)
エスポワールを共に生き残り、そして今も一緒に戦っている森田鉄雄が……美緒がずっと心惹かれていた男が朽ちるなどあるはずがない。
そして運命の4枚目……。森田は数分の長考の後、静かにカードを提出した。
出さなかったカードを伏せて横に置くと、そのままテーブルに両肘をついて利根川を睨みつける……。
早く出せと言わんばかりに……。
利根川(どっちだ……? 市民か? 奴隷か?)
完全に追い詰められた利根川は激しく動揺しながら慎重にカードの選択を行う……。
森田鉄雄は何を考えてあのカードを出したのか……。
こちらが結局は勝負に出ようとせずに市民を出してくると見たのか……それともここで皇帝で勝負に出るというのを読み切って奴隷を出しているのか……。
分からない……分かるはずもない……!
212: 2014/11/05(水) 14:07:03.21 ID:+IuKw6JH0
森田「美緒、もう手を離してくれていい」
美緒「え? でも……」
森田「いいんだ。ここからは俺と奴の一騎討ちだ。余計な小細工はもういらない」
そう言われ、美緒は森田の耳から手を離す。これも森田の戦略だと信じて……。
両手を合わせたまま、森田の横で勝利を祈る……。
カイジ(頼むぜ……森田)
カイジも2枚目のタオルを傷口に押し当て、共に地獄を戦ってきた森田が勝つことを祈った。
利根川(この野郎……何を考えてやがる?)
利根川はちらりと腕時計に目を通し、怪訝に顔を歪める……。
美緒の反応が無くなったことで森田の生体反応がしっかりと表示されている。
発汗だけは何故か今までも森田は大して反応が無いのだが……。
利根川(これまで通りで考えるとしたら、この反応は奴が市民を出していることになるが……)
利根川(奴はわざわざあの女を使ってこちらの目を欺いてきたのだ……それを今更やめるだと?)
利根川(ならばわざと自分の反応をこちらに見せて裏を取ってくると考えたか?)
利根川(このガキが……! そんなブラフになんぞ乗せられるか! 氏ね!)
森田が裏をかいて奴隷を出していると睨み、利根川は市民を出そうとするが……カードを置く直前でその手が止まる。
213: 2014/11/05(水) 14:07:53.22 ID:+IuKw6JH0
利根川(いや……待て……こいつも馬鹿じゃない。こちらが迂闊な決断をしてくるのを待っているのかもしれない)
利根川(平井銀二の元で右腕として動いていたほどの男だ。それくらいのことはしてみせる……! ならば……!)
土壇場で利根川は市民から皇帝へと変更してカードを提出した。
カイジ(頼む!)
美緒(神様!)
強く目を瞑るカイジと美緒……。
しかし利根川は出したカードを今度は伏せることもなく、いきなりオープンのままで出していた。
出されている皇帝のカードに、二人は唖然……。森田はただ黙ってそのカードを見つめている……。
利根川「墓穴を掘ったな、森田鉄雄……! あのままその女を使っていれば良いものを……!」
利根川「貴様ごとき青二才の考えなんぞお見通しだわ!」
森田「何を言ってるんだ、お前? あいにく俺は大して考えなんてないんだよ」
利根川「何ぃ?」
森田「負ければただ氏ぬ……それだけだ。俺は貴様が思っているほどこの勝負に策なんて考えていやしない」
森田「自分で勝手に考えて墓穴を掘ったのは……」
森田、伏せてある自らのカードに手をかける……。
214: 2014/11/05(水) 14:09:11.56 ID:+IuKw6JH0
森田「……お前だ!」
森田、オープン……! そのカードは奴隷! 奴隷は、二度皇帝を刺す!
利根川「な……な、に……」
利根川、驚愕……! 目の前で起きている現実が信じられない……と言わんばかりに放心……。
カイジ「よっしゃあっ!」
美緒「森田くん!」
明穂&由香理「やったぁ!」
カイジたちはこれまでにない歓喜の声を上げ、美緒に至っては喜びのあまり森田の肩に抱きついていた。
安田&巽「やったな! 森田!」
思わず安田と巽が森田の元までやってくるとその肩を叩く。
他のギャラリーたちまでもが全員、感涙と共に歓声を響かせ続けていた。
共に勝利を喜び合う多くの若者たち……。
カイジ(やったぜ……石田さん、佐原……みんな……)
カイジは静かにポケットから石田より託されていたただの紙くずでしかなくなったチケットを取り出し見つめる……。
この森田の勝利により、自分たちは2060万という大金を手に入れることになったのだ。
森田(銀さん……やったぜ……)
森田はちらりと自分たちの戦いを見守り続けていた平井銀二の方を見つめる。
銀二はただ静かに、森田の顔を見ながら顔を綻ばせていた。森田の勝利を賞賛してくれている……。
215: 2014/11/05(水) 14:10:15.90 ID:+IuKw6JH0
バニッ!
利根川「何故だ! 森田!」
利根川「何も考えていなかっただと!? 馬鹿か貴様は!」
テーブルを叩きつけ、利根川は喚きだす。
利根川「この勝負を一体何だと思っている!? 一歩間違えれば貴様は氏んでいたのだぞ! その勝負で何も考えていなかった!? 馬鹿も休み休みに言え!」
利根川「貴様は命が惜しくなかったのか!?」
森田「言ったろ? 俺は氏なんざとっくに覚悟の上なんだよ」
森田「だから最後に奴隷を出そうが市民を出そうが……気持ちは同じだった。どっちを出してどっちでお前が勝負に出ようが、大して結果は変わらないんだ」
故に森田はどちらのカードを出そうが大して心の変化はなく、利根川の時計の反応も希薄だったのだ。
利根川、森田の異端の感性に愕然とする……。
216: 2014/11/05(水) 14:11:06.78 ID:+IuKw6JH0
銀二「利根川先生……あなたは見誤ったのですよ……」
銀二は森田たちの元に歩み寄り、静かに語る。
銀二「森田鉄雄はこれまでにあなたが陥れ続けてきた若者たちとは訳が違うのです。その男はたとえ氏が隣り合わせとなる土壇場でも欲で動いたりなどしない」
銀二「私はそんな森田の感性を買って、右腕として手元に置いていたのですよ……」
銀二「しかし、あなたは確かに優秀だ。優秀であるが故に他者を自らより劣等の存在であると見誤ることになった……ただ、それだけのことです」
利根川「ぐ……ぐ……ぐぅぅ~~……」
力なくへたり込み、テーブルに突っ伏す利根川……。
誰が悪いわけでもない。……利根川は今、己が人生に裁かれた。
他人を陥れ続けてきたその数十年間に渡って重ねてきた業が今、自らへと返ってきたのだ。
そう。利根川は自分で自分の首を絞めた。優秀である自分が劣等に負けるなどあるはずがない……それは決定的な驕りと隙、油断を生みだす。
彼はあまりにも人を見くびりすぎた。常に他人を自分より下と決め付けるその傲慢さが、他者の心を理解する力を欠如させた。
いわば、この敗北は利根川にとっては必然でしかない……。
217: 2014/11/05(水) 14:11:54.05 ID:+IuKw6JH0
以上で第六章は終了。後日、書き溜めて第七章を再開。
221: 2014/11/11(火) 00:35:22.15 ID:lkmE786h0
こうして12戦に及ぶEカードは終わりを告げた。
自らの耳を削ぎ取るという荒業で敵の不正を欺いたカイジと、敵を欺きつつ精神的に追い詰め猜疑心を煽った森田……。
6勝6敗の戦いを制した二人は、合計2060万の大金を手に入れたのだ。
カイジからしてみればそれはもう目も眩むような大金である……。
ポン、ポン、ポン……。
兵藤「素晴らしい。実に素晴らしい……カイジくん、森田鉄雄くん」
利根川がテーブルに突っ伏す後ろで兵藤は小さな拍手を送りながら二人の勝利を褒めたたえていた。
兵藤「特に森田鉄雄くん。君は素晴らしい。さすがは、平井銀二の右腕だった男……楽しませてもらったぞ」
兵藤は森田を賞賛するが、森田は逆に渋面を浮かべていた。
負債者の命を弄ぶ悪魔のギャンブルを主催していたのは帝愛グループ……。
その総帥であるこの兵藤こそが全ての黒幕である以上、結局は悪党を楽しませる結果となってしまったことが森田にとっては腹立たしいことだった。
兵藤「それに引き換えこの男は……とんだ恥さらし、醜態もいい所だ……しっかりとお前には償ってもらおう……」
利根川を見下ろす兵藤はじっとりと目を細め、にやりと笑う……。
兵藤「さて、カイジくんに森田くん。金をもらって終わりではなかったはずだったな?」
222: 2014/11/11(火) 00:36:05.10 ID:lkmE786h0
カイジ「あ……! そ、そうだ!」
カイジたちが勝利に酔い痴れる中、兵藤の言葉にカイジは我に返ると、利根川を睨みつける。
そう。カイジは散々、自分たちを弄んできた利根川に謝罪をさせるのも目的の一つだったのだ。
カイジ「利根川! 土下座だ! 土下座をしろ! そして謝るんだ! 氏んでいったみんなに!」
明穂「カイジや森田くんにも謝りなさい!」
由香理「そうよ、そうよ!」
兵藤「やれやれ……君たちは分かっていないみたいだな」
次々に利根川を責め立てるカイジたちだが、兵藤はため息をつきながら言い出す……。
兵藤「カイジくん。君がこいつに求めておるのは、ただ頭を下げて謝って欲しいだけか?」
カイジ「え……」
森田「何……?」
兵藤「君たちが求めておるのはその行為ではなく、誠意ではないのかね? 腹の底からしっかり謝っているかどうかということだろう」
カイジ「誠意……」
223: 2014/11/11(火) 00:36:46.74 ID:lkmE786h0
兵藤「人間なんていよいよとなれば頭なんぞいくらでも下げるものだ。しかし、いくら額を床に擦り付けようが、本心でそいつが謝っていなければ土下座なんて何の意味もない……」
兵藤「それこそ腹の底で舌を出されてしまっていては、氏んでいった君たちの仲間も浮かばれはせんだろう?」
森田「う……」
カイジ「そりゃあまあ……」
言っていることは至極正論……。利根川がたとえ表面上は謝っていても、それだけでは本心ではどうなのかまるで分からない。
兵藤「ワシはな、そんな土下座がいかに無意味であるか身に染みておるのだよ……」
昔から金貸しを生業にしていた兵藤いわく、困っている人間を見ていると見捨てておけずに金を貸してきたが、何度も裏切られてきたという。
互いの同意で契約を交わしたのにも関わらず無視され、債務者たちは平然と借金を踏み倒す。
そしていざ返すとなると土下座をしてまで「必ず返す」とのたまうが、結局は返さないのだそうだ。
カイジ「そんなのどうせ暴利だろうが……!」
もっとも、帝愛が課す金利は法外どころの騒ぎではない暴利であるため、返したくても返せないからなのだろうが……。
兵藤「それは違うな、カイジくん。どんなに高い金利であろうと、そんなものは暴利とは言わん」
兵藤「ワシは必ず貸し付ける前にその契約について包み隠さず全て話しているのだ」
224: 2014/11/11(火) 00:38:24.86 ID:lkmE786h0
兵藤「金利に返済期限、そして返済できない場合の処遇……なにもかも、何度も念を押してな……。充分民主的ではないか」
兵藤「そして金を借りる側はそれらを全て承知の上で借りていっている。何も問題はなかろう?」
カイジ(違う……その人たちは選べない……選べないんだ!)
その債務者たちは圧倒的に追い詰められて帝愛から金を借りる選択しかできないのだ……。
むしろその契約をしっかりと認識する余裕すらない。帝愛はその心の隙をついて契約を交わしてくる……。
かつてカイジがエスポワールに乗る際も、思えばちゃんと契約書を読まずに成り行きにまかせて契約を交わしてしまったのと同じだ……。
兵藤「むしろ暴利というのはその男……平井銀二の方ではないか?」
森田「何だと?」
兵藤が指し示してくる銀二の方に一行の視線が行く……。
兵藤「森田くん。平井銀二の右腕であった君なら、知っておろう? そやつはワシと違って裏で愚民どもに金を貸し付けていたことを……」
かつて森田が銀二にスカウトされた際、初めて見た銀二の裏社会での仕事を思い出す……。
あの時は確か銀二が銀行の不正融資から横取りした10億の中の数億もの大金を使い、裏金融で何十人もの人間に金を貸し付けていた……。
225: 2014/11/11(火) 00:39:27.99 ID:lkmE786h0
兵藤「そやつは小賢しい仕掛けを契約書に仕込み、その肝心なことについては一切話さないのだ……」
兵藤「貸付の金利がそれこそ5%でも、実際は遅延損害金は日歩40銭なんていう話が隠されているかもしれん」
兵藤「本当の暴利というのは、そういうことを言うのだ……。対して、ワシは契約者と実にフェアーな取引をしているではないか。違うかね?」
森田「う……」
兵藤の指摘に森田はおろか、安田や巽さえ何も言い返せない……。
平井銀二は相手が弱者であろうが何だろうが容赦なく金を奪いにかかる、悪魔のような男だ……。
考えてみれば兵藤と平井銀二はどこか似ている所があるのかもしれない……。
だが、銀二と兵藤では全く違う要素がある……。
兵藤「ワシから金を借りる連中は契約を一方的に反故にし、ただ頭だけを下げてくる……」
兵藤「無論、表面上はすまなそうな顔をして床に額を擦りつけはするが……どうしてこれほど謝っているのにこいつは許してくれないのか、などと心中こちらを冷血漢呼ばわりで非難してくるのだ……」
兵藤「そんなものは酷い話だとは思わんか?」
兵藤の言う通り、そんな詫びには誠意などあるはずがないのは確かだ……。
兵藤「借金における誠意はただ一つ……! 何をしても良いから、期日までに借りた金をきっちりと返す……! 単純な話ではないか」
次々と述べてくる兵藤の言葉はまさに世の中の真理をついた正論ばかり……。
カイジや森田はおろか、他の者たちも納得した様子で黙り込んでしまう。
226: 2014/11/11(火) 00:40:22.09 ID:lkmE786h0
兵藤「それ以外に誠意などないのに、金を返さないその時点で、奴らに本当の誠意などないのだよ……。その証拠に……」
森田(何だ? この音……)
森田はおろか片耳を失ったカイジも全員、どこからか何かが運ばれてくる音を耳にする。
兵藤「ワシが奴らの真の誠意を見るために、土下座に負荷を加えてやれば……もう満足に謝ることもできなくなる」
兵藤「それこそが奴らの土下座に誠意などありもしないことの証拠だ……」
森田(何だ? 一体……)
カイジ(あれは……)
プレイルームの扉が開かれ、何かが台車に乗せられて運び込まれてくる……。
安田「う……!」
巽「何だありゃあ……」
それを目にしたカイジと森田はもちろん、他の者たちまでもが唖然とする……。
兵藤「本当に奴らに誠意があるなら……すまないという気持ちで胸が一杯ならどこであろうと土下座ができるはずなのだ。たとえそれが……」
赤々と燃えたぎる炭火の山……その上で熱せられているのは……。
227: 2014/11/11(火) 00:40:54.95 ID:lkmE786h0
兵藤「肉焦がし……骨焼く……鉄板の上であろうとな……! それでこそ誠意というもの……!」
悪魔のごとき嗜虐の笑みを浮かべ、それを楽しそうに見つめる兵藤……。
運ばれてきたのは、炭火で熱せられた鉄板……!
つまり、この焼けた鉄板の上で土下座をしろと兵藤は言うのだ……! すなわち焼き土下座……!
森田(違う……! 銀さんは貴様なんかとは違う……!)
兵藤は相手の誠意が見たいのではない。相手が苦痛に悶え苦しむ姿そのものを見たいがためにこのような悪魔の所業を行うのだ……!
いかにフェアーに取引を行っていても結局は他者が苦しみ、その果てには無様に氏に絶える姿を見ることが目的……!
平井銀二が完全にビジネス目的だけでやっていたのとは訳が違う……! 銀二は他者を拷問にかけたり、苦しめることに愉悦を感じたりするような悪趣味は持たない。
同じ悪魔でも、兵藤と銀二は雲泥の差とも言える人間性の違いがあるのだ……!
兵藤「できるはずだ……本当にすまないという気持ちがあるのなら……謝らずにはおれんはずだ。のう? 利根川よ……」
利根川「うぐ……」
声をかけられた利根川は明らかに恐怖で打ち震えている……。
兵藤は利根川にこの謝罪……いや、拷問を利根川に科そうとしている……。
こんな物の上で土下座をしようものなら、火傷どころの騒ぎではない。
安田「ば、馬鹿野郎! そこまでやる奴があるか!」
美緒「そんなことしたら氏んじゃうわよ!」
もはや謝罪ではない拷問に猛抗議する……。
228: 2014/11/11(火) 00:41:44.87 ID:lkmE786h0
兵藤「ククク……確かにな。だがそれも何十分という長い時間を続けてのものだ」
兵藤「奴に本当に誠意があるなら、そこまで誠意を示す必要はない。最低10秒は頭を下げてくれていればいい」
兵藤「鉄板に額をつけた瞬間から10秒間……いつやめるかはこやつの自由だ」
兵藤「ただし、0.1秒でも10秒に達していなければ最初からやり直し……! 何度でも、何度でも繰り返し謝ってもらう……!」
兵藤「それこそ額の皮も肉も溶け、直接頭蓋骨を焼くことになろうが……強情を張っていつまでも謝らずにいて、焼氏体になろうがな……」
残忍な笑みを深める兵藤に全員が唖然とする……。
兵藤「だが、どいつもこいつも自分からやろうとせん……。たったの10秒、苦しさに耐えるだけでワシは返済の期限を延ばしてやろうというのにな……」
そんなのは当たり前だ。誰がこんな拷問を自ら望んでやりたがるというのだ。
兵藤「故に使うのがあれだ……ワシはあれが実に好きでのぉ……ヒヒヒヒ……」
にたりと嗜虐の笑みを浮かべる兵藤が指し示すのは焼けた鉄板と一緒に据え付けられている張り付け台のようなもの……。
兵藤「借金を返さない不心得者をあの機械に乗せ、強引に土下座をさせてやる……」
兵藤「だが、ここまでこちらが体勢を作ってあげているのにまだ土下座をしようとしない不心得者は、さらに力ずくで誠意を実行させる……」
あんな鉄板の上に無理矢理座らされて自ら土下座ができる者がどこにいるというのだ。
まず間違いなく、苦しみにまぎれてのたうつだけだというのに。
229: 2014/11/11(火) 00:42:42.63 ID:lkmE786h0
兵藤「おとなしくしていれば焼かれるのは額だけなのに、どうしてもみんな暴れるのだ……」
兵藤「そうして誠意を示せぬ者は顔も体中も焼かれ悶絶し、失禁する……!」
声が裏返り、狂気に満ちた愉悦の笑みを漏らす兵藤に全員が言葉を失った……。
森田(こいつ……!)
カイジ(狂ってやがる……!)
森田は以前戦った誠京グループの会長、蔵前仁と似た……いや、それ以上の狂気を持つ兵藤に戦慄していた。
兵藤「んん? 何もそこまでという顔だの……」
森田「当たり前だ! こんなことをしてこいつを頃して何になる! お前が楽しみたいだけだろう!」
森田は利根川の命を奪うつもりなどなかった。社会的に抹殺さえできればそれでいいのだ。
だが兵藤は平気で自分の右腕だったはずの利根川をあっさりと切り捨て、あまつさえその命さえ奪うことに何の躊躇いもない。
それどころか人の氏に様を見るのが愉悦だという……とんでもない悪趣味にも程がある。
兵藤「クククク……そうだな。結果的にワシが苦しみのたうつクズどもの姿を見て楽しむことになろう……」
兵藤「しかし、それは結果に過ぎん。きちんとこの謝罪が大切なものであるかを理解し、誠意を示しさえすれば何の問題も無い」
兵藤「結局は己が立場を理解せず、焼け氏ぬかもしれないという覚悟もない奴が勝手に氏んでいるだけなのだ……」
230: 2014/11/11(火) 00:43:24.66 ID:lkmE786h0
森田「馬鹿野郎! こんなもの、まともにできる奴などいるわけがない!」
美緒「そうよ! そこまでしなくたって……」
明穂「あんた、金貸しなんでしょう!? だったら、借金を背負わせるくらいでも……」
兵藤「もちろんだ。利根川には2000万の負債を背負ってもらい、しっかりと地下で強制労働をしてもらう。最低でも30年はな……」
兵藤「だがそれで責任を取らせることと、今カイジくんたちやワシに謝ってもらうことと話は別なのだ」
兵藤「謝罪という行為は辛ければ辛いほどその価値を増す。その辛さに耐え、自らの誠意を証明してこそワシらへの正当な詫びになる」
兵藤「恥をかいたワシと、友人たちの無念を晴らしたいカイジくんたちのな……ワシも彼らも正当な誠意をもった謝罪を求めておる」
しかし、だからといってこんな悪魔じみた拷問でしかない所業でも本当の誠意とやらが誰も分かる訳がない。
結局は兵藤が焼き土下座を見たいだけなのだ……。誠意を示してもらうというのは方便に過ぎない……。
美緒「だからって……」
由香理「こんなのおかしいわよ……」
兵藤「お嬢さん。本当の誠意というのはこれくらい厳しいのが当然なのだよ。世間でいう所の誠意なんてものは大甘……あんな生易しいものに誠意などこもるはずもあるまい」
兵藤「利根川よ……お前は示せるよな? 本当の誠意というものを……!!」
231: 2014/11/11(火) 00:44:19.68 ID:lkmE786h0
利根川「ぐぅ……ぐぐぐ……!」
肩を震わせたままの利根川はかなりの抵抗感を抱いているようだ。
それも当然だ。あんな下手をすればただ無意味に氏ぬだけの拷問など、誰も耐えられるはずもない……!
兵藤「ククク……まあいい。自分でできないならば、こちらでやるまでだしの……」
兵藤「では、そろそろやってもらおうかの! スタートだ! 焼き土下座を……!」
ゼッケン10「嘘だろ……?」
ゼッケン5「本気かよ……?」
とうとう運命の時がきた……。
兵藤の宣言と共に黒服たちはテーブルに突っ伏したままの利根川に掴みかかろうとする……。
利根川「俺に触るな! 俺に指一本触れるんじゃない! どけっ……!」
だが、利根川は黒服たちを振り払い、立ち上がる……!
最後の悪足掻きなのかと思ったが、違うようだ。
利根川は自らの前に立ち塞がる焼き土下座の器具を正面から見据える……!
利根川「一人でやれば問題なかろう……!」
利根川はついに覚悟を決めたのだ。逃げることも抗うこともできない。退路は無し……!
それは兵藤の側近として長年仕えていた利根川自身が分かっていた。
だからこそ、この地獄を耐え抜かなければならない。
232: 2014/11/11(火) 00:44:48.11 ID:lkmE786h0
利根川「どけろっ! その機械を!」
利根川の叫びと共に黒服たちは鉄板に据え付けられている土下座強制器具をどかす……。
兵藤「いいのか? 利根川よ。お前も知っての通り、この焼き土下座を自力でやり切ったものはおらん。無理はせん方が身のためだぞ……?」
兵藤「失敗すれば何度も顔を焼くことになる……地下へ行く前に焼け氏ぬかもしれんぞ……? じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅぅ~~~……ヒッヒッヒッヒッヒ……」
気味の悪い奇声を漏らす兵藤を無視し、利根川はゆっくりと鉄板の前へと進んでいく……。
鉄板の隣ではストップウォッチを持った黒服が待機している……。
森田「安田さん……彼女たちを部屋の外へやってくれ……!」
安田「お、おう……。お嬢ちゃんたち、俺と一緒に来な」
美緒「は、はい……」
森田は安田に頼み込むと美緒、明穂、由香理の三人をプレイルームの外へと連れて退出していった。
彼女たちにこれから行われる凄惨な場面を見せるわけにはいかない……。
233: 2014/11/11(火) 00:45:18.86 ID:lkmE786h0
ジュゥッ……!
カイジ(利根川……!)
ついに焼けに焼けた高温の鉄板の上に足を乗せた利根川……。まだ靴の上からなので大した熱さはないだろが、本番はこれから……!
まず最初に膝……次に両手……そして……。
利根川「ぐぅっ……! うおおおおおっ……!」
これだけでも想像を絶する苦痛を利根川は感じているだろうが、それでも屈さずに自らの額を鉄板へと押し付けた……!
利根川「ぐがあああああああ! ぐおっ! ぐうっ……!」
ゼッケン5「ひいいぃぃ……!」
ゼッケン10「み、見てられねえ……!」
利根川の苦痛の呻き声が響く中、ギャラリーたちはこの凄惨な場面を直視できずに目を逸らす……。
森田とカイジ、そして銀二でさえもこの地獄の光景に唖然としていた……。
兵藤「ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ……じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅぅ~~~……! カカカ……! コココ……! キキキ……! ククク……!」
そしてこの地獄の刑の執行者たる兵藤は利根川がその身を焼きながら苦しみに耐え続けている姿を見て、狂気に満ちた愉悦の笑みを浮かべる……!
その口からは狂気のあまり涎まで垂れ流している……。まさに悪魔の愉悦……!
234: 2014/11/11(火) 00:45:56.63 ID:lkmE786h0
利根川「ぐうううぅぅ……! ぐぐぐぐぐぐ……! がああぁぁぁっ……!」
10秒……。たったの10秒がこれほどまでに永遠の時間のように感じるとは……。
しかし、利根川は苦痛の呻きは漏らし続けているが、この地獄の時間をただひたすらに耐え続けている……決して顔を上げようともせず……。
常人であれば一秒と耐えられずに苦しみにのたうつであろうというのに、利根川の精神力は常人の遥か上を行っていた……!
森田(利根川……)
カイジ(利根川……!)
絶対に顔は上げない……何が何でも一人だけで耐え抜いてみせる……無様な姿だけは見せない……。
自らのプライドだけは決して捨てはしない……!
苦痛の呻きが続く中、そんな強固な意志と意地が森田たちにはっきりと伝わってくる……。
カイジ(何だよ……? この涙は……!)
カイジに至っては、訳の分からぬ涙まで溢れてくる始末だった……。
森田(こんな……こんなことを……あいつは……! あの男は……!)
一人の人間が氏をも超える生き地獄で必氏に耐え、悶え苦しみ続ける中、それをあからさまに楽しんでいる兵藤を森田は睨み付ける……。
人を苦しめ、その命を奪うことに躊躇いをもたないどころか、快楽を得るためにその残虐非道な行為さえも容赦なく執行する狂気に満ちた悪魔……醜悪な魔王を……。
235: 2014/11/11(火) 00:46:31.81 ID:lkmE786h0
結局、利根川はこの生き地獄を12秒も耐え抜いてみせた。
だが、当然その後はまともに動けるはずもなく……利根川は精根尽き果ててしまっていた。
しばらく動けず、焼かれた患部を水で冷やしたタオルで応急処置をし、そのまま黒服に肩を担がれてプレイルームを後にしていく……。
利根川は最後の意地でやり切ってみせたのだ……! あの地獄にも等しい焼き土下座を……!
だが、これで終わりではない。失脚した利根川にはこれから氏よりも恐ろしい運命が待っているのだ……。
敵ながら見事な散り様を、最後の意地と矜持を示した利根川を見届けたカイジたちは一時プレイルームを後にしていく……。
今の世にも恐ろしい悪魔の所業を目にしてすっかり茫然自失してしまったようだ。
プレイルームには焼き土下座を満喫した兵藤と黒服……そして終始冷静に全てを見届け続けていた平井銀二だけが残される……。
兵藤「いかがだったかな? 平井銀二よ……。久々にかつての右腕、森田鉄雄の戦いぶりを見届けた感想は……」
銀二「奴と別れて2年が経ちますが……」
銀二「相変わらず、良い目をしていた……」
たった今の利根川の焼き土下座を見たおかげで冷や汗を少し滲ませつつも、タバコに火を点ける銀二はどこか嬉しそうにほくそ笑む……。
2年前、森田が神威家の内部抗争における仕事の後、銀二が見舞いへ行った病院で裏社会での仕事に嫌気が差したと言い、引退を決意したあの時こそは覇気を失ってしまっていた。
だが、今の森田はそれより以前の悪党として裏社会で伸し上がろうという野望を持っていた時のような、気力に満ちていた。
それだけではない。この2年ですっかり腑抜けてしまったのかと思ったが、むしろ逆……自分たちが知らないうちに森田は更なる成長を遂げていたのだ。
それも未だに純なままで……。
236: 2014/11/11(火) 00:47:14.15 ID:lkmE786h0
兵藤「ヒッヒッヒッヒッ……彼がワシらの前で氏に様を見せてくれなかったのは残念であったが……それはまたの機会としようかの……」
兵藤「ただし、次は君自身が骸を晒すかもしれんがな……」
銀二「……ふふっ。かもしれませんな……」
兵藤は平井銀二たちが自分を打倒しようとしているのは知っている。だが、兵藤は平井銀二が自分を狙っていようが大した問題ではないことが分かっていた。
平井銀二は兵藤ですら対等の存在と認めている裏社会のフィクサー。かつてのライバルであった誠京の蔵前仁との戦いも制したほどの兵。
だが、それでも裏社会を絶対的な力で支配する帝愛グループを、そして兵藤自身を討ち取ることは不可能であることも察している。
兵藤「まあ、ワシは君がこの国の経済界を牛耳ってくれても一向に構わんのだよ。ワシらには何ら問題はないからな……」
違法ですら法とする帝愛グループにとっては平井銀二が究極の目標としていた経済界の支配……どんな大企業でさえも裏で管理するという野望など、兵藤自身の野望に比べれば大したものではない。
兵藤の野望……それは、いずれ訪れるであろうこの国の滅びより後の世でも生き残り、絶対的な力を持つこと……。
国の政治家たちがひとたび交渉を誤れば自分たちの頭上で必ず核が炸裂する。もしそうなれば国は荒廃し、預金も国債も証券も、何もかも紙くず同然となる。
そうした事態に対応してこそ、真の富豪なのである。
そのために極秘に建設しているのが地下核シェルターにして巨大シェルター都市、地下帝国なのだ……。
そこにはあらゆる公共・娯楽施設が存在し、帝愛グループに貢献し忠誠を誓った者のみが安全に快適に生き延びることができる。
強力なシェルターと私兵を持つ者こそが真の強者となり、絶対的な支配と権力を握ることになるのだ。
故にたとえ平井銀二が野望を実現し、経済界を支配したとしても、その時が訪れれば何もかもが無力となるだろう。
兵藤「いつでも受けてたつぞ……銀王よ。来れればな……」
銀二自身にも分かっていた。自分だけでは決してこの男を倒すことなどできないと……。
かつて蔵前仁を倒した時のように、森田鉄雄と共に戦わなければ……。
だが、森田は既に裏社会から引退した身……今日ここで再会したとしてもそれは変わらない。
今夜の戦いは森田鉄雄とその仲間たちの戦い……自分たちはただの傍観者でしかない。
自分たちには自分たちの戦いがあるのだ……。
237: 2014/11/11(火) 00:47:52.23 ID:lkmE786h0
利根川の最期を見届けたカイジたちはトイレに集まっていた。
カイジは自らが叩き割った鏡の前で耳の傷を押さえたまま立ち尽くしている……。
カイジ「俺は間違っていた……利根川は本当の敵じゃない……」
ゼッケン11「はぁ?」
明穂「間違っていたってどういうこと……?」
森田「あの会長さ……本当の黒幕は……」
壁際でタバコを吸う森田も同様に痛感していた。
いくら利根川が高い地位にいる幹部であろうと所詮、帝愛グループに飼われている存在。いわばすぐに使い捨てられる傀儡でしかない。
すべての元凶にして真の敵は帝愛グループの頂点に立つ支配者……兵藤和尊なのだ。
カイジ「会長を倒さなければ石田さんたちの仇をとったことにはならない!」
ゼッケン11「まあ、そんな気持ちも分からないでもないですが……それもしょうがないですよ……」
カイジ「俺たちは勝ってないんだ! 結局はあの会長を喜ばせるためのショーを演じただけでしかない……!」
カイジは悔しそうに割れた鏡を叩きつける……!
かつてエスポワールで感じた行き場の無かった怒りが再び蘇る……。
238: 2014/11/11(火) 00:48:34.20 ID:lkmE786h0
ゼッケン11「そんなことないですよ。充分勝ってますって! だからこそ、この金を手に入れられたんじゃないですか! ショーのギャラでも良いじゃないですか!」
他の参加者たちも一様に頷く。ゼッケン11番の手には、今回カイジたちが手に入れた2060万の大金が入れられたビニール袋がある。
由香理「カイジは借金を抱えてここに来てるんでしょう? だったらそれを返して楽になった方が良いわよ」
カイジ「違う……俺はただ金が欲しかったわけじゃないんだ。俺は、敵を倒したかったんだ。俺たちを散々弄んできた奴らを……!」
敵に幾度も煮え湯を飲まされてきた以上、引き下がることなどできないのだ。何としても敵に一泡を吹かせなければ……。
ましてや真の敵はもう自分たちのすぐ近くにいる。
明穂「馬鹿なことを考えてるんじゃないわよ。相手はヤクザなのよ。下手に歯向かったら殺されるのがオチだわ。さっきもあんなことをしでかそうとしてたの見たんでしょ?」
由香理「あんなイカサマまでしてきたんだから、次は何をしてくるか分かったものじゃないわ」
美緒「そうよ。森田くんが一緒でもギリギリだったじゃない」
勝負を見ていてハラハラしていた者としてはもうあんな思いはしたくなかった。
カイジ「森田……あんたは悔しくないのか? 奴らをこのままにしておいて」
森田鉄雄と共に戦えば勝機はあるのかもしれない……そんな希望を抱く……。
森田も相当に深刻そうな顔をしている……。
239: 2014/11/11(火) 00:49:15.38 ID:lkmE786h0
森田「それは俺だって奴らは許せないさ。あんな悪党どもが得になるようなことなんてな……」
森田「だがな、カイジ……これだけは言える。俺たちじゃ奴は倒せない……」
カイジ「森田……」
あの森田がここまで弱気な発言をする様にカイジは愕然……。
エスポワールの時も、氏の橋を渡っていた時も、そしてEカードの時もあそこまで森田は臆することなく戦えていたというのに……。
森田の気迫と勝負強さはカイジでさえも認めていたものなのだ。
森田「昔……俺はあの男とよく似た奴と戦ったことがあるんだ……」
3年前、平井銀二と共に裏社会で活動していた頃、政治権力と癒着をしていた巨大企業グループ誠京の会長、蔵前仁と500億をサシ馬にした麻雀勝負を行った。
その蔵前との一戦は今思い出すだけでも寒気が走る……。あの男はまさしく悪魔そのものだった……。
森田「そいつは自分で主催したギャンブルのパーティで負債を背負った人間を地下で飼っていたんだ……」
美緒「飼っていた?」
森田「文字通り、氏ぬまで檻に閉じ込めてな……」
蔵前は負債が返せない人間を地下室の檻に閉じ込め、飼い頃しにしていたのだ。
エスポワールでの別室と同じように自由はおろか時間も、人間としての尊厳さえも完全に奪い去って……。
獣のように檻に閉じ込められた人間はやがて人格が崩壊し、廃人と化す……。
蔵前はそうして人間が破滅し、崩壊していく様を眺めるのが愉悦という……とんでもない狂人であった。
240: 2014/11/11(火) 00:51:07.25 ID:lkmE786h0
カイジ&美緒「……」
森田「兵藤はそいつとよく似た狂人だ……」
森田の話を聞いていた一行は完全に言葉を失う……。
あの兵藤もまた、人間が苦しむ様……果ては氏に様を見ることによって快楽を感じるという狂気じみたサディストなのだ。
森田「だが俺には分かる……奴は俺たちがまともに戦って勝てるような相手じゃない」
悪趣味を持つ狂人とはいえ、蔵前は肝心の麻雀勝負では悪魔じみた実力で森田たちを追い詰めていったのだ。
最終的には辛くも勝利したものの、銀二に発破をかけられ氏を決意しなければ森田も危うく飼い頃しにされる所だった。
そう……平井銀二がいなければ、あの時森田は確実に負けていたのだ……。
森田は直感的に兵藤も蔵前と同じ……いや、下手をすればそれ以上の悪魔じみた実力を持つ巨人であると察していた。
森田「それこそまたEカードで勝負したって、奴に討ち取られるのがオチだぜ……」
まだ直接戦ってもいないのに、あの森田がここまで戦慄していることにカイジも息を飲む……。
森田「お前、もしもまたEカードで兵藤と勝負をするって申し込んで何か勝つための策でもあるのか?」
カイジ「うっ……」
利根川の時はもしも最終戦で自分が勝負をしていたなら、自分が流している血をカードにわざと目印として残して利用していただろう。
だが、兵藤にそんな小手先の手段が通用するはずがない……。
241: 2014/11/11(火) 00:54:16.70 ID:lkmE786h0
森田「それに奴は俺たちと戦って自分が失うものなんて何もないだろうさ。数億の金なんかそれこそ端金だろう」
森田「もし奴を倒せる者がいるとすれば……銀さんだけだ」
カイジ「森田が昔一緒に組んでいたっていうあの……」
橋での賞金を反故にされたカイジたちに助け舟を出してくれた平井銀二……。
森田は平井銀二であれば兵藤からでも容赦なく金を搾り取って討ち取ると考えていた。
別の意味で悪魔じみた能力を持つ彼ならば……。
森田「恐らく銀さんたちの次の仕事は帝愛が標的なんだろう。……俺たちが出る幕じゃない」
森田「だから……もう俺たちは引き上げよう。後は銀さんたちに任せようぜ……」
カイジの肩をポン、と叩く……。
しかし、実際の所森田はまた再会することができた平井銀二と共に帝愛を打倒したいとも思っていた。
だが、一度決別してしまっている以上、もう自分は銀二たちと共に裏社会で生きることはできない……。
何より、もう裏社会での仕事などうんざりであった。悪党たちだけが得をするなど……もう……。
今、こうしてここにいるだけでも嫌悪を感じるというのに……。
カイジ「森田……」
242: 2014/11/11(火) 00:55:15.73 ID:lkmE786h0
森田が気乗りではないことにカイジは落胆……。
だが、たとえ勝負をするにしても森田が共にいてくれなければまず勝てない……。
そしてその森田自身が兵藤との力量差を察している以上はもうここが引き際なのだろうか……。
森田「それにな……俺も石田から預かっちまってるんだ……お前の命を」
カイジ「え……?」
森田「奴らがまたお前に命を賭けさせでもしてきて負けでもしたら、氏んだ石田の思いが何もかも無駄になる……。お前もそうだろう?」
カイジもまた、石田の家族を救うための金を託されていた。そしてそれをようやく手に入れることができたのだ……。
それを失えば自分たちがやってきたことの全てが無為になってしまう。
ゼッケン11「森田さんの言うとおりですよ、カイジさん……もう引き上げましょうよ」
美緒「森田くんもここまで一緒にがんばってきてくれたんだから、もう無茶な真似なんて辞めて早く帰りましょう。その傷だって……」
美緒も他の者たちもカイジの矛を収めようと同意し、促す……。
結局、カイジは仕方なく兵藤に勝負を挑むのを諦めることにする……。
243: 2014/11/11(火) 00:56:11.21 ID:lkmE786h0
カイジ「う……!」
美緒「もっとタオルを!」
明穂「あれ? タオルは?」
ゼッケン10「もう無いんですよ。さっき利根川が冷やすのに使っちゃって……」
カイジが耳の傷で苦痛に呻くので新しいタオルを用意しようとしたが、既に使い切られてしまっていた。
美緒「じゃあティッシュをたくさん出して濡らしてちょうだい!」
ゼッケン2「は、はい!」
明穂「由香理、救急箱か何か借りて来て」
由香理「え、ええ」
由香理がトイレを後にし、ゼッケン2番はトイレの中に置かれていたティッシュ箱からペーパーを取り出していく……。
ゼッケン5「馬鹿! そんなんじゃ駄目だ! 貸せ!」
律儀に1枚ずつ出しているのがまどろっこしくなり、ゼッケン5番は箱をひったくると糊付けされている側面を開けて一気に大量のティッシュの束を取り出していた。
244: 2014/11/11(火) 00:56:46.67 ID:lkmE786h0
ゼッケン5「どうぞ、明穂さん」
明穂「ちょっと沁みるわよ」
濡らされたティッシュの束を受け取り、カイジの耳に押し当てる明穂。
直後には由香理が救急箱を持って戻ってきた。
こうして美緒たち三人の手によりカイジの耳に包帯が巻かれ、とりあえずの応急処置が完了する。
明穂「よしっと……これでOK」
森田「カイジの耳は?」
ゼッケン2「大丈夫です。ちゃんと氷付けにしてありますから」
洗面器の中に入れられた大量の氷の上、透明のビニール袋にカイジの削ぎとられた耳が入れられていた……。
ゼッケン2「行きましょう、病院に……今ならくっつきますよ!」
カイジ「みんな……美緒さん、明穂さん、由香理さん……森田も……色々とありがとう……」
カイジは全員の顔を見回すと、膝に手をつくほどに深く頭を下げて礼を述べていた。
共に戦ってくれた森田だけではない……自分たちの恐怖を共有してくれた多くの仲間たちに……。
245: 2014/11/11(火) 00:57:35.80 ID:lkmE786h0
ゼッケン2「何言ってるんですか! これくらい当然ですよ!」
ゼッケン11「俺たち本当に嬉しかったんですよ! カイジさんたちが一矢報いてくれて!」
森田「気にするなよ。エスポワールの時からの縁だろ」
美緒「そうよ」
明穂「まったく……本当に心配かけるんだから……」
由香理「これに懲りてもうこんな危ないゲームになんか参加するのはやめなさい」
こうして森田たちの戦いは終わったのだ。
カイジは耳の代償として2060万の大金を手に入れた。そのうちの数百万は治療代と入院費……そして1000万は石田の家族のために消えてしまうが、それでも数百万が残ることになる。
森田自身は金はいらないため、全てカイジのものとなるのだ。
森田「俺たちは先に行ってるぜ、カイジ」
森田は美緒たち三人を連れてトイレを後にした。
ゼッケン11「さあ、行きましょう」
カイジ「ああ」
カイジもまた、仲間たちと共に森田たちの後に続いていこうとする……。
が、その直前にカイジはある物を踏みつけることとなる。……それは、図らずともカイジに新たな閃きをもたらすことになった。
森田さえも恐れるあの狂気の悪魔……兵藤を倒すための……!
246: 2014/11/11(火) 00:58:50.17 ID:lkmE786h0
以上で第七章は終了。後日、書き溜めて第八章を再開。
249: 2014/11/14(金) 11:42:18.07 ID:550LLLqu0
美緒「あ……!」
森田が美緒たちと一緒にトイレから外の廊下へ出てくると、そこでは安田巌と巽有三の二人が待っていた……。
巽「ずいぶんと元気そうじゃねえか、森田」
安田「まさか、お前が帝愛のゲームに参加してるとは思ってもみなかったぜ……。しかもお嬢ちゃんたちも一緒とはな」
森田「俺も驚きましたよ……まさか、銀さんたちが来ているだなんて……」
互いに心底仰天した……といった表情で、森田は改めてかつての悪党仲間との再会を果たす……。
安田「こっちはお前らが橋を渡るのをずっと見ていたんだぜ? ったく……ヒヤヒヤさせやがるよ」
安田「お前もあのカイジって坊主も無茶をしすぎだぜ。命知らずが……」
安田はタバコを吹かしながら苦笑する……。
森田「ああでもしなければ利根川を追い詰められなかったんですよ……」
巽「だが何はともあれ、あの橋もEカードも森田が生き残れて良かったな」
かつての仲間たちも森田たちの戦いをずっと見守ってくれていたことに更なる安堵が湧き上がっていた。
特に平井銀二が見守ってくれていたことが森田にとっては何より嬉しかった。
250: 2014/11/14(金) 11:43:25.92 ID:550LLLqu0
森田「ところでここに来ているということは、銀さんの次の狙いはやっぱり帝愛なんですか?」
安田「まあ……そういうわけではあるがな……」
巽「帝愛は銀さんでも安易に仕掛けることができねえ相手だからな……下見ってところだよ。わざわざ向こうから招待されてな……」
森田「銀さんでも難しいんですか……」
あの平井銀二も敵を討つため、相当慎重になっている……。
しかも帝愛は敵であるはずの銀二たちをわざわざ客人として招いていた……。自分たちの余裕か、はたまた森田たちの氏に様を見せつけるためか……。
巽「敵はあの誠京を完膚なきまでに叩き潰した相手だからな……」
森田「せ、誠京を……!?」
森田、初耳となる情報に驚愕……! 帝愛が誠京はライバル会社同士である話は知っていたが、まさか帝愛側が既に誠京を倒していたとは……。
安田「昔みたいに、森田と一緒なら銀さんもすぐに仕掛けられていたかもしれんがな……」
森田「え……?」
安田「なあ、森田。また一緒に組む気はねえか?」
突然の誘いに森田、呆気に取られる……。
251: 2014/11/14(金) 11:44:51.46 ID:550LLLqu0
安田「今日のお前らの戦いっぷりを見させてもらったがな……お前、しばらく見ないうちにずいぶんとサマになってたじゃねえか」
安田「あの橋でも、利根川との勝負も……お前は全然変わってねえ。いや、むしろその逆だぜ」
安田たちにとっては森田は引退してから腑抜けてしまったのかと思っていたが、逆に成長していたことに驚いていた。
巽「銀さんも、お前が引退しちまってからあまり元気がねえんだよ」
森田「銀さんが……」
平井銀二と再会できたことは、これまで森田の心にぽっかりと空いていた穴が埋まったような満たされる感覚だった。
自分が魅せられ、いつか超えようとしていた巨人が再び目の前に現れたことはこれまでにない衝撃が走ったものだ。
銀二たちがこれから倒そうとしている帝愛は森田にとっても打倒したい相手……。
しかも平井銀二自身も、森田と同じように喪失感を味わっているという……。
森田「でも、俺は……」
しかし、それでももう森田は悪党の世界で生きるのはうんざりだった。
今回だって結局は兵藤という悪党を喜ばせる結果となり、救うことができた人間はカイジ一人だけ……。
もっと助けたい人間、救いたい人間は大勢いたというのに……。
美緒「ちょっと! 森田くんはもう足を洗ってるんだから、やめてよ!」
安田「分かった……分かったよ、お嬢ちゃん。別に無理強いをするつもりはない。今の森田はどんな感じなのか……確かめただけだよ」
とは言うものの、安田はもう一度森田と一緒に仕事をしたいと思っているのだろう。そして恐らくは銀二も……。
何しろ2年前のあの日、二人が袂を分かつ時も銀二は内心必氏になって森田を引き止めてきたのだから。
252: 2014/11/14(金) 11:46:03.57 ID:550LLLqu0
安田「ところであのカイジって坊主はどうしたんだよ? まさか耳なんか削ぎ取りやがって……」
巽「向こうのプレイルームで兵藤会長がお前らが来るのを待ってるみたいだぜ。もちろん、銀さんも一緒にな」
美緒「そういえば何してるのかしら……」
森田(何やってやがるんだ? あいつら……)
気がついてみれば、カイジたちは未だにトイレから出てこようとしない。
森田たちは気になって再びトイレへ戻ることにする……。
森田「何やってるんだ? お前ら」
トイレに入ってみれば、何やらカイジを中心にしてみんな話し合っている様子だが……。
カイジ「森田……倒せる! 倒せるぞ! あの会長を!」
したり顔のカイジは、封開けられた空のティッシュ箱を手にしている……。
森田「何?」
美緒「会長を倒すって……どういうこと?」
明穂「っていうより、また馬鹿なこと考えて……」
由香理「いい加減にしなさいよ」
森田「いいよ。とりあえず、話は聞いてやろう」
明穂と由香理が呆れるが、森田はカイジに説明を促す……。
253: 2014/11/14(金) 11:46:55.19 ID:550LLLqu0
カイジ「向こうに戻ったら、俺はあの会長にあるギャンブルを申し込む……!」
カイジがたった今、兵藤を倒すために即席で考え出したギャンブル……それは、ティッシュ箱クジ引き……!
細かくした無数のペーパータオルの紙切れの中に一つだけ当たりの印をつけ、それをティッシュ箱の中に入れて先にそれを引いた方が勝ちという実に単純なルール。
50~60枚くらいはある中で当たりクジを引くのは完全に運否天賦……。互いに外れクジを引き合うのは当然である。
しかし、カイジはこのティッシュ箱の中に前もって当たりクジを仕込み、あっさりと引いてみせるという。カイジの立てた策はこうだ。
クジを入れるティッシュ箱自体は未使用のものを使用するが、箱の側面には小さな隙間があり、
クジもしっかり入る上に中で挟まったままになるため、ちょっとやそっとのことでは落ちはしない。
それに気づいたのが、先ほどカイジの治療の際にゼッケン5番がティッシュ箱を横から一辺に取り出したあの行動だった。
このトイレにあるティッシュ箱全てにその仕掛けをし、自分の引く番になったらその当たりクジを引くという。
それによってこの勝負を制するのだ。まさに必勝……。
明穂「イカサマをやり返すってわけね……」
カイジ「そうさ……俺たちは一歩間違えれば氏んでいた……。たとえイカサマでも負けは負け……」
カイジ「騙される方が悪いと鼻で笑ってよ……!」
カイジは心底悔しそうに歯を食いしばる……。
帝愛にとってはカイジや森田たちを騙し、たとえそれがバレたからといって何も損などしないのだから。
それがカイジはあまりにも悔しかったのだ。
254: 2014/11/14(金) 11:48:05.05 ID:550LLLqu0
カイジ「だったら、もう正々堂々だなんて言ってられない……! 敵がそうくるなら、こっちも手段なんて選ばねえ!」
カイジ「違うか、森田!」
森田「……」
確かにカイジの言うとおりかもしれない。勝てる保証のない正々堂々な戦いを挑むのに対し、敵は勝つ保証のあるイカサマをする……。
そんなものは敵の土俵へと無謀にも上がるもの。わざわざこちらから望んでそんなことをしても負けてしまえば何の意味も無い。
結局は敵に踊らされる結果となる……。
由香理「案外いけるんじゃないかしら? まさか向こうもこんな仕掛けにそう簡単に気づくとは思えないし」
明穂「あんたにしては結構考えてるわね……」
ゼッケン11「でも、やっぱりやめた方が……」
明穂と由香理はカイジの戦略に感嘆としているが、他の参加者たちはあまり気乗りではなさそうだ……。
偽の当たりクジを横から入れるにしても本物の当たりクジも入れる以上、兵藤も当たりを引く危険もある。
おまけに仕組んだ箱には全てイカサマをしているという証拠が残る……。
ましてや実際に勝負で使う箱を改められればそれでもうアウト……。
だがカイジはこの意見からさらに作戦を立てていく。
このトイレに一人を潜ませ、黒服が箱を一つ持っていった後に残った箱の当たりクジを処分させる。
そして勝負に使う箱の当たりクジに関しては、事前に失敗の当たりクジをいくつか作った上で勝負に勝った際、誰かが喜んで箱を持ち上げてクジを床に撒き散らす……。
こうすることで当たりクジは混ざることになり、もう分からない。
兵藤も当たりクジを引く危険性に関してはどうあってもクリアできない。
つまり、この作戦は決して100%というわけにはいかない。どうあってもリスクは出てしまう……。
だが、その程度のリスクを臆しては何にもならないのだ。
255: 2014/11/14(金) 11:49:23.70 ID:550LLLqu0
カイジ「どうだ? 森田」
森田「……最低でも五分五分の勝負になるな」
カイジ「え?」
森田「万が一の事態もあり得る。その仕込んだ当たりクジが途中で落ちたりすればそれでもう破綻だ」
森田「それに……兵藤が俺たちの戦略に気づけば、お前がやろうとしていたことをそっくりそのままやられるかもしれない」
カイジ「う……」
兵藤とて決して馬鹿ではない。カイジや森田が必氏になって考え抜いた戦略を即座に見抜いて逆手にとってくるかもしれないのだ。
カイジ「……その時はその時だ。レートを下げておけば、こっちの被害も最小限に抑えられる。ここまで来て下がれるか!」
カイジ「森田! お前は悔しくないのかよ! 奴らは俺たちを散々弄んで、石田さんや佐原を! みんなを虫けらのように頃してきたんだぞ!」
森田&美緒「カイジ……」
闘志を剥き出しにするカイジに二人は唖然……。
その目は、かつてエスポワールの最終局面で自分たちが帝愛に踊らされていたことに対する無念とやり場のない怒りをぶつけていた時と同じ……。
カイジ「倒す……! あの会長だけは! ……いや、倒せなくても、一泡吹かせてやる!」
もはやカイジを抑えられる者は誰もいない……。
再び破滅が隣り合わせとなるであろう戦いに踏み出すのを森田は見届けるしかなかった。
だが、森田とて思いは同じ……帝愛は森田にとっても倒すべき敵。
森田(俺もどうせ、シャバに戻ったって何もないんだしな……)
その敵に臆することなく挑もうとするカイジの姿に、森田も敵の巨大さから湧き出てきていた恐れを薄れさせていく……。
何としてでもこのカイジだけは、救ってみせると誓っていた森田はこのまま見過ごすことなどできなかった。
とことんまで、カイジに付き合ってやるしかない。たとえ勝てずに破滅しようとも……。
256: 2014/11/14(金) 11:50:56.50 ID:550LLLqu0
こうして当たりクジを仕込み終わると、予定通りに一人を残してカイジたちはトイレを後にし、兵藤が待つプレイルームへと向かう。
美緒「大丈夫かしら……カイジ」
森田「さてな……やってみなければ分からない」
安田「何の話だ? 森田」
森田「何でもないですよ。今は黙ってカイジに任せてやってください」
プレイルームでは黒服たちを従える兵藤が王のごとく椅子に座し、森田たちの登場を今か今かと待ち構えていた。
いよいよ、決戦の時……。
兵藤「治療は大変だったのぉ。しかし、金が入れば全てよしだ……! なにせ2000万という大金だ! 苦しかった分、君たちも嬉しいだろう」
銀二と共に待っていた兵藤はカイジの労をねぎらってきた。
何とも白々しい物言いである……。
兵藤「そんな中、野暮は言いたくはないのだが……おい」
黒服「これが今現在のカイジ様の債務額でございます。ご返済をお願いします」
控えていた黒服がカイジに1枚の紙切れを手渡す。
それは現在、カイジが帝愛に対して背負っている負債の合計額。エスポワールは生き残ったが、マカオのカジノで作ってしまった400万……。
元々、カイジたちが得た賞金は今夜の帝愛の本来の余興であった鉄骨渡りを見物していた富豪たちのパーティ参加費と彼らが出していた寺銭が元となっている。
いわばカイジの返済は帝愛にとってはその寺銭の徴収ということにもなるのだ。
257: 2014/11/14(金) 11:52:56.66 ID:550LLLqu0
ここで大人しく返済をすれば全てが丸く収まる。だが、今のカイジはそれでは終われないのである。
グシャ……!
兵藤「んん?」
銀二「ほう……」
安田&巽「何?」
カイジはその紙切れを手の中で握り潰していた。その行動に兵藤たちは怪訝そうにする……。
カイジ「虚しいぜ……。いくら2000万っていっても、そのうちの半分以上は俺の金じゃないんだ」
カイジ「仲間が命がけで俺に託した金……そして、俺と一緒に戦ってくれた仲間の金……」
カイジとしてはこの賞金は森田と山分けをする予定であった。
カイジ「しかも耳の手術でさらに減って、結局俺の取り分は300万にも満たないんだ」
カイジ「あれだけの思いをしてこんなんじゃ割に合わないぜ……」
兵藤「ほう? ……で、何が言いたいのだ?」
嘯くカイジに対し、兵藤はじっとカイジを見据えて問う……。
カイジ「もう一丁……ケチなことを言わずに、もう一勝負だ……! 今度はあんたと……!」
258: 2014/11/14(金) 11:54:01.44 ID:550LLLqu0
安田「何ぃ?」
巽「兵藤と勝負する気か……? あのガキ……」
カイジの進言に黒服たちはおろか、安田たちまでざわめきだす……。
黒服「こらっ! 貴様! 無礼なことを言うな!」
兵藤「まあまあ、大目に見てやれ」
黒服を宥める兵藤はカイジを見据えてにやりと笑う……。
兵藤「そうか……君の考えが当たったな。銀王よ」
銀二「そのようでございますな」
森田「何?」
兵藤「ワシはな、先ほどまでこの男と話しておったのだ。戻ってきた君たちがどうするかを予想してな……」
兵藤「ワシはもう君らは退き下がると思っておったが、銀王はまだ挑んでくると考えていた……くっくっくっ、まさにその通りとなったな」
兵藤は面白おかしそうに笑っている……。
259: 2014/11/14(金) 11:55:19.69 ID:550LLLqu0
カイジ「それじゃあ……」
兵藤「まあ待ちなさい。……あくまでもそう考え合っていただけであって、決して君と勝負をしてやるとは言っていない」
兵藤「カイジくん……君は森田鉄雄ほどではないが、ワシから見れば実に好ましい男だ」
兵藤「だが、君のその性格はとても危うい……己の破滅も招きかねん。今宵のカイジくんたちの勝ち運はこれがリミットだ……」
兵藤「悪いことは言わんから、もうやめた方が良い。勝ちは決して望めんよ」
まさかの兵藤からの忠告にカイジたちは唖然……。
巽「そうだぜ、坊主。もうやめておけよ」
安田「お前がそいつと戦って勝てるわけねえだろうが」
安田たちまでもがカイジを引き止めてくる……。
兵藤「彼らの言うとおりだぞ、カイジくん。400万を払っても残りは1600万……森田くんと山分けをしても800万も残るではないか……」
カイジ「違う! この2000万のうちの1000万は預かりの金なんだ! 渡す約束をしている!」
兵藤「そんなもの破ればよかろう……カイジくんが黙っておればそんな口約束なんぞ守る義務はない」
森田(あの野郎……!)
氏んでいった者の思いを踏み躙るような発言に森田は顔をしかめる……。
カイジ「馬鹿言うな! 俺は絶対に裏切らない!」
260: 2014/11/14(金) 11:57:08.27 ID:550LLLqu0
カイジは必氏に兵藤へ勝負を申し込むが、兵藤はそれを受けようとはしない。
今は既に午前3:00を過ぎようとしている……兵藤も眠いのか、あくびまでしてプレイルームを立ち去ろうとしている。
カイジ「待て! 逃げるな! 俺とやって負けるのが怖いのか! 恥をかくことを恐れているんだな!」
兵藤「カイジくん。強者とは相対的な意味で強者なのだ。いちいち全ての勝負に勝てるわけじゃない」
兵藤「何度も繰り返す勝負ならともかく、一回限りの勝負に負けたからといって恥でも何でもない」
兵藤の腕を掴んでまでカイジは食い下がり、それを兵藤はうっとおしそうにしていた。
カイジが兵藤を挑発しても、兵藤はまるで意に返そうともしない。
プロのゴルファーがアマチュアと勝負をしても100%勝てるわけではないと、もっともらしいことを言って。
森田(それじゃあさっきのあれは何なんだよ……)
が、兵藤の言葉と矛盾しているのが先ほどの利根川だ。利根川の負けを兵藤は許さなかったというのに。
美緒「あれじゃ勝負なんかしてくれそうにないわよ……?」
森田「あいつの粘り次第だな……」
が、あまりにも粘りすぎて兵藤たちが強行手段に出れば、森田がカイジを押し留めると決めていた。
黒服「貴様、会長がお疲れだと言うのが分からんのか!」
カイジ「知ったことか! もう一勝負だ!」
兵藤に喰らいつくカイジは黒服に叱責されようが、兵藤に杖で叩かれようが引き下がらない。
261: 2014/11/14(金) 11:59:37.23 ID:550LLLqu0
兵藤「やれやれ……分かったよ。ここまで食い下がられては仕方あるまい……」
しかし、その抵抗が実を結んだのか、兵藤はようやく折れたようでカイジとの勝負を受け入れた。
そしてここからがカイジの戦略が始まる。兵藤はEカードを再び用意させようとしたが、カイジは当然それを拒否する。
もっともらしい理由として、敵が用意するものなど信用できない……というものだ。向こうにはその前科があるのだから。
兵藤「なるほどな……しかし、それは困ったのぉ。Eカードも他に用意するものも駄目では、勝負のしようがないではないか?」
カイジ「待ってろ……考える……」
既に戦略は練ってあるというのに、カイジはこれからどんな勝負をするのか即席で考えるという演技をしだす。
数分の後、閃いたようにカイジは黒服たちにペーパータオルと定規を用意するように言い出し始めた。
そして黙々と作られていくクジ……当然、わざと失敗作の当たりクジも作られていく。
安田「何をしようっていうんだ? あの坊主……」
巽「さあな……」
銀二「まあまあ、今は黙って見守ってやろうじゃねえか……」
兵藤も銀二たち一行も、森田たちも黙ってそのクジ作りを見届けていた……。
森田(なるほど……うまいな……)
カイジのクジ作りを見守る森田は、さり気なくカイジの行動や段取りが絶妙であることに唸っていた。
勝負の承諾をとりながらも、まだ賭け金やどんなゲームをやるかといった話は一切せずに黙々とクジを作り続ける……。
最初からクジ引き勝負をしようと持ちかけても向こうが紙をペーパータオル以外のもので用意しようとすればそれだけでアウト……。
当たりの印も○以外のものにしようと言われれば仕込んだクジは役に立たない。
つまり勝負の基本となる部分に敵の発想で干渉されないように、自分のペースに持っていったまま勝負に挑まないといけないのだ。
262: 2014/11/14(金) 12:00:42.50 ID:550LLLqu0
森田(後は、カイジ自身の問題……)
カイジは勝つために様々な策を巡らしてきているが、果たしてその心に用心深さがあるのか。
全ての謀り、偽り、策を弄する者は根本的な部分で謙虚でなければならないのだ。
自分の都合だけしか見えていないのでは、敗北は必至となる……。兵藤はそこまで甘い男ではないのだから。
やがてカイジの手により60枚ほどのクジが作られ、クジ引きに使う箱もカイジの提案で未使用のティッシュ箱を使うことが決まった。
しかもカイジの狙い通りにトイレから仕込まれたものが黒服によって持ってこられた。
カイジ「待った。開ける前にチェックさせてくれ。俺が終わったら、会長もこの箱を確認してくれ」
美緒「何であんなことを……?」
森田「開けた後にチェックされないためだ……」
双方にチェックをすることで勝負前の必然の行為となる。
箱を開けた後にチェックされてしまえば、中に仕込まれたクジが見えてしまう。そうさせないために今、相手にチェックをさせているのだ。
これもカイジの戦略なのだろう。今のカイジは相当に切れている……油断は決してしないと言わんばかりに。
兵藤「問題なかろう……」
兵藤からのOKも出たことで、ティッシュ箱の中のティッシュが黒服によって全て抜き出されていく。
1枚、1枚律儀に……。
カイジ「用意はできたぞ、兵藤会長……こっちに来てくれ」
多量のクジと空箱の用意ができたことで、席に着くカイジは兵藤を招く。
263: 2014/11/14(金) 12:01:49.87 ID:550LLLqu0
兵藤「駄目だなぁ、これは……あれこれと手間取った割には単純すぎて面白くない……」
兵藤「大の大人がこんな夜更けに眠気を押してまでやるギャンブルではない」
カイジ「う……」
が、席に着いた兵藤はため息混じりにそう言い出した。
カイジたちも兵藤が自分たちの勝つための戦略であるこのギャンブルに乗り気でないことに唖然としている……。
これで別のゲームをやろうと言われればもう何もかもが破綻だ……。
安田「あんなつまらないゲームなんて受けるわけねえだろうが……」
美緒「やっぱり受けてくれないみたいよ……」
が、兵藤はそんなカイジたちの顔を見て笑い出す……。
兵藤「そんな顔をするな……別にやらぬと言っているわけではない」
兵藤「ここまでワシを楽しませてくれたのだから、ワシも君の願いをできれば聞いてあげたいのだ……」
兵藤「ただし、条件が4つある……なぁに、大したことではない」
カイジ「何だよ?」
兵藤がこのクジ引き勝負を受ける条件……まず一つ目がイカサマ防止のため、当たりクジの団子の禁止。
クジの紙切れは丸めてしまえば指の間など様々な場所に隠せてしまう。それを当たりクジと称して引いてくることもあり得るという……。
故にグシャグシャになってしまっているような当たりクジは認めない。
そしてクジを引く際は腕を捲くり、互いに指の間を開いてチェックさせる。
これでその線のイカサマは不可能となる。
264: 2014/11/14(金) 12:02:45.90 ID:550LLLqu0
カイジ「なるほどな、分かった……」
兵藤「続いて二つ目……少々虫の良い話なんだが、先行権をワシに譲ってもらいたい」
明穂「ちょっと、そういうことは公平にジャンケンで決めるものでしょ!」
ゼッケン11「そうですよ!」
兵藤「それはもっともだ。しかし、ワシは今回全面的にカイジ君の要望をただ言われるがままに受け入れてきた」
兵藤「本当はもう休みたいのに、眠気を押してまで付き合っている……ここまでお人好しな者もいるまい?」
兵藤「それなのに少ない確率とはいえ、もしも初っ端に君たちが当たりクジを引いてしまえばワシは一度も引くことなく虚しく勝負が終わってしまう」
兵藤「それはあんまりではないか?」
森田(兵藤の奴……感づいてやがるな)
恐らく兵藤はカイジが何か策があるのではと考えているのだろう。
だから考えうるカイジのイカサマを封頃するためにこのような条件を述べているのだ。
そしてそれは同時に自分自身もそうしたイカサマはできないということを意味している。それはある意味、フェアーというか……。
兵藤「嫌なら、ワシは降りるだけだがな……」
カイジ(くそっ、足元見やがって……!)
だが元々どちらが先にやるかなど決まっていなかったのだから、一度くらいなら引かせてやっても良いだろう。
そしてそれを認めなければ向こうが受けてくれないのだ。兵藤を勝負に持ち込ませるには受け入れるしかない。
265: 2014/11/14(金) 12:03:52.01 ID:550LLLqu0
カイジ「好きにしろ」
兵藤「うむ。では、三つ目……賭け金についてだが……」
ついにきた、肝心のレートの話……。カイジはこの2060万全てをつぎ込むつもりでいた。
カイジ「俺はこいつをそっくり賭ける」
兵藤「足りんな……そんな端金では」
カイジ「え?」
何と、兵藤はカイジの持つ2000万を軽く一蹴した……。
だが、これ以上に金などないはず。
兵藤「足りない分はワシの方で調整をするから、ズバリ……」
兵藤、ここでちらりと森田の方を窺ってから再びカイジを見据える……。
兵藤「……10億といかんか?」
カイジ「ええ!?」
明穂&由香理「じゅ……」
安田&巽「じゅ……」
森田&美緒「10億!?」
266: 2014/11/14(金) 12:05:16.62 ID:550LLLqu0
兵藤が宣言したこの勝負のレートの額に、全員驚愕……!
たかがクジ引きにそんな大金……狂気の沙汰である。
兵藤「そんなはした金で勝負では面白くも何ともない。たとえ釣り合わぬ金額で間尺に合わぬと知っていながらな……」
兵藤「それでも燃えぬギャンブルよりはマシというもの……。通常の凡庸な刺激では燃えぬのだ……! くくく……!」
狂気をも感じる兵藤の気迫にカイジたちは唖然……。
兵藤「自覚しておる。ワシの脳は既に焼かれているとな……常軌などというものは既に失せておる」
明穂「でも、カイジの金は2000万とちょっとなのよ。1億でも釣り合わないのに10億なんて……」
兵藤「安心したまえ。カイジくんたちには金以外を賭けてもらう……! あれを……」
兵藤は黒服に命じ、何かを持ってこさせるようだ。
しかし、金以外を賭けるということは……。
森田「さっきのEカードみたいに耳か何かを賭けろってことか?」
兵藤「ヒッヒッヒッヒッ……聡明だな、森田くん。だがしかし、彼が賭けるのはそんなものではない……」
少しすると、黒服が布に覆われた何かを持って戻ってくる……。
兵藤「普通、一本につきそこまで値はつけんのだがな……カイジくんは君と共にここまで勝ち残ってきた勇者だ」
兵藤「そこに敬意を表し、破格の値をつけよう……!」
テーブルに置かれたその布を兵藤が取り去る……。
267: 2014/11/14(金) 12:06:36.37 ID:550LLLqu0
カイジ「ぐっ!」
森田「なっ!」
美緒&明穂&由香理「ひっ……!」
そこに現れた物を見て全員唖然……。それは言うならば小さなギロチンとも言うべき拷問器具……。
そして首の代わりに収められるものは……。
兵藤「一本につき2000万……もし負けた場合は差額の8000万、カイジくんはその指四本によって精算してもらう……!」
腕をベルトで固定し、四本の指を溝に入れて固定……そして、備えられている巨大なギロチンが下ろされれば容赦なく指は切断される……!
まさかの常軌を逸したレートの提示に、カイジは完全に言葉を失っている……。負ければ金だけでなく指まで失う……更に借金は膨れ上がる……。
明穂「ば、馬鹿なこと言わないでよ! 指を賭けるだなんて!」
由香理「第一、それでも全然賭け金が足りないじゃない!」
兵藤「ククク……確かにな。だが、ここで最後の条件を出そう……」
兵藤は森田の方へ気味の悪い視線を向ける……。
兵藤「森田くん。君も、このゲームに参加してもらう」
カイジ&美緒「え!?」
安田「何ぃ!?」
突然の提案に森田も呆然……。
268: 2014/11/14(金) 12:08:21.46 ID:550LLLqu0
美緒「ど、どうして森田くんまで……!」
兵藤「ここまでカイジくんと森田くんは共に一心同体のように戦ってきた。ならば、最後もきっちりとそれで行かなければな……」
兵藤「ワシが森田くんを今宵のパーティに呼んだのも、君の戦いぶりが見たかったからだ……」
兵藤「存分にワシを楽しませてくれたことに感謝しておるよ……ならば、最後もワシを楽しませてもらう」
森田「俺は嬉しくも何ともないがな……」
こんな悪党を楽しませることになるなど……森田としてはとても我慢できるようなことではない。
森田「それで俺にもカイジのように指を賭けろとでも言う気か?」
兵藤「くくく……違う、違う。君ほどの男にそんな安いものを賭けさせては示しがつかん……」
兵藤「ましてや君は平井銀二の元右腕……1億程度の端金では釣り合わぬのだ」
にやりと狂気じみた笑みを浮かべる兵藤……一体、何を考えているのか全く予想できない。
美緒も相当不安な様子で成り行きを見届けている……。
兵藤「森田くん……君は人間の体にどれくらい血液が流れているか知っているかね?」
森田「聞いたことはある……」
確か人体には4~5リットルの血液が流れているという。もちろん、体格や体重にもよるが平均はその程度のものだ。
269: 2014/11/14(金) 12:09:59.85 ID:550LLLqu0
兵藤「ククク……そうだ。君の体格ならば5~6リットルといったところだろう」
兵藤「そしておよそ1/3を失えばじわりじわりと氏が忍び寄り……半分が失われればまず間違いなく絶命する……」
美緒「まさか、それを賭けろって言うんじゃ……」
兵藤「その通りだ……そのための道具も用意してある……」
プレイルームの扉が開かれ、台車で運ばれてくるもの……それは無数のず太いシリンダーに繋がれたチューブとポンプ……。その先には太い注射針が備えられている。
これはすなわち、献血などでも使うようなポンプでシリンダー内の圧力を抜くことで血を吸い上げる装置……。
兵藤「1ccにつき30万……すなわち、森田くんには3000ccの血液を賭けてもらう……」
兵藤「これまでに散々命を賭けてきた君ならば、この程度のリスクなど問題あるまい?」
すなわち、兵藤は森田にもう一度命を賭けろと言うのだ。
負ければ確実に氏が待っている……!
さすがの森田も愕然とする……。
270: 2014/11/14(金) 12:12:40.89 ID:550LLLqu0
兵藤「しかし、君たちが勝てばきっちりとキャッシュをこの場で払おう。さっきの橋みたいにチケットなどというケチなことはせん」
さらに4台の台車で運び込まれてきた札束の山……1億が一つ、3億が三つ……。
目の前に現れた大金にカイジの意志が、カイジの世界が捻じ曲がる……! 全てを吸い寄せる魔物……金……!
普通にカイジが働き続けても絶対に得ることのできない大金……それがもう目の前……。
だが負ければ、自分が破滅するどころではない。共に戦ってきた森田まで氏ぬ……!
そのようなことだけは絶対にあってはならない……!
兵藤「言わば、この10億は君たちにワシがつけた価値……」
兵藤「森田くんほどの男であればこの程度の金を稼ぐことなど造作もない……だが、カイジくんは違う」
兵藤「よほどの幸運か才能……幾十年もの労働を積み重ねなければ得られん大金……これが一瞬で君たちのものとなるのだ。勝てばな……!」
美緒「じょ、冗談言わないでよ! そんなことできるわけないじゃない! 負けたら氏んじゃうのに!」
美緒「森田くんもカイジもこんな勝負はやめて!」
もし負ければ森田は自分の目の前で氏ぬ……! 美緒はそんなもの見たくもないし、考えたくもない。
そもそもこれ以上、ゲームを続ける意味もないというのに……。
271: 2014/11/14(金) 12:26:21.37 ID:550LLLqu0
銀二「お嬢さん。これは森田とカイジの受ける勝負だ……俺たち外野が口を出すようなことじゃあない」
美緒「でも……」
安田「そうだぜ、銀さん。いくら何でも森田と二人がかりでも兵藤の奴には……」
銀二「決めるのはあの二人だ。生きるために逃げるか……氏を決意してでも挑むかはな……」
森田は銀二の方を振り向く……。そして、銀二の顔を見て彼が言葉には出さないメッセージを自分に送っているのを感じていた。
銀二(安心しな、森田。お前を犬氏にさせたりなんかしない……)
銀二(お前に万が一のことがあれば……帝愛だろうが何だろうが、容赦はしない)
銀二(俺が潰す……!)
銀二(だから……安心して氏んでこい)
森田(銀さん……)
自分は何故先ほどまであんなに敵を恐れていたのだろう……。たとえ勝てずとも、戦う前からどうして臆していたのだろうか。
たとえ負けて命を散らそうとも、自分の無念を受け継いでくれる者が……目の前にいる悪魔を倒してくれる者がいるのだ。
だったら何も、恐れることなどない。たった一つの命を張って氏ぬ……!
272: 2014/11/14(金) 12:47:06.75 ID:550LLLqu0
森田「……受けよう。俺は血液を賭ける……!」
覚悟を決めた森田は兵藤との勝負を、自らの血を賭けることを承諾した。
美緒「森田くん! やめて!」
森田「いいさ。……俺は銀さんと別れた時から氏んでいるも同然なんだ。今さら、命なんて惜しくはない……!」
平井銀二を失ったことにより、満たされない無気力な日常を送り続けていたのだから。
思えば自分は裏社会で生きていたことで、もう一市民として生きることはできなくなっていた。
森田「それにカイジは仲間たちの無念を晴らそうとしているんだ。……だったら俺も一緒に、最後まで付き合う!」
カイジ「森田……」
またも氏を覚悟した森田の気迫と姿にカイジも息を飲む……。
カイジが一番恐ろしいのは、兵藤が一発で当たりクジを引いてしまうことだけ……それさえクリアできれば勝利したも同然……!
それに森田鉄雄が共に戦ってくれるのだ……! ならば、万が一のことがあっても森田のことを信じよう……!
これはただ金を手に入れるためだけじゃない。氏んでいった仲間たちの無念を晴らすための戦いなのだ。
ここで臆するわけにはいかない……!
カイジ「GOだ! 俺は指を賭ける!」
ついにカイジも決意した。森田と共にこの悪魔を倒すために……!
常軌を逸したギャンブルに周りが唖然とする中、二人の男は最後の勝負に挑む……!
森田とカイジが共に受け入れてくれたことに、兵藤は満足そうに愉悦の笑みを浮かべる……。
兵藤「素晴らしい……! それでこそ夢を追う若者だ……! 飛んだぞ! 眠気が……!」
駆け巡る兵藤の脳内物質……。
βエンドルフィン……! チロシン……! エンケファリン……! バリン……! リジン……! ロイシン……! イソロイシン……!
兵藤「ありがたい……! 君たちには感謝のしようがない……! ヒヒヒヒヒ……!」
兵藤「狂気の沙汰……つくづく狂気の沙汰だ……。こんな即席のクジに片や10億、片や指四本と3000ccの血に2000万を賭けようというのだからな……!」
兵藤「だが、真の快感は常軌を逸するからこそ辿り着けるのだ……!」
狂気を増す兵藤の気迫を、森田とカイジは真正面から受け止める……。
こうして午前3:00をちょうど過ぎた頃……巨大な悪魔と、二人の若者の最後の戦いが今始まる……。
273: 2014/11/14(金) 12:48:09.64 ID:550LLLqu0
以上で第八章は終わり。後日書き溜めて第九章を再開。
次回で終わります。
次回で終わります。
277: 2014/11/19(水) 17:05:24.51 ID:g0Z8QOvQ0
銀二(森田も俺と同じか……)
森田は先ほど言った。平井銀二と別れてから自分は氏人同然なのだと。
今の銀二も森田というパートナーを失ったことで、昔のように経済界を牛耳る巨悪に駆け上がるという野望も失せてしまっていた。
そして森田もまた、銀二と別れたことで深い喪失感を味わい、一市民として生きることも、悪党として生きることさえできなくなっているという。
ああして氏を決意して巨悪に挑もうとしていくその姿は、まるで自ら破滅を……氏を望んでいるかのようだ。
……言うなれば、森田鉄雄は今、現実で生きる気力を失っているのだ。
銀二が森田というパートナーを失ったことで『自分の中の何か』を失い、裏社会で生きる気力を失せてしまったのと同じように……。
美緒(どうして……? 森田くん……どうして、そこまで……)
氏地へ赴こうとする森田に、美緒は彼がずっと遠くにいるような違和感……異常性に気がついていた。
エスポワールの時も森田は自分が破滅しても構わないと言っていた。美緒は本当にそうなるのが嫌で森田の手助けをしたのだ。
だが、森田はことごとく命さえ危ぶまれる危険なゲームに進んで身を委ねていく……。
それはもちろん、仲間であるカイジを放っておくことができないという損得抜きの強い思いがあるのも事実だろう。
だがそんな森田からは同時に、自らが破滅しても本望という、危うささえも感じられてくる……。
美緒(森田くん……変だよ……)
森田は言った。平井銀二と別れてからの自分は氏人同然なのだと……。
あの平井銀二という男は森田が裏社会で一緒に仕事をしていたパートナーだったという。
森田にとっては心底尊敬する師匠か親のような……恐らくはそういった憧れを抱いていたに違いない。
その憧れの人間と別れたことが森田に現実を生きる気力を失わせるほどに深い喪失感を抱かせているのなら……。
今の彼を救うことができるのは……。
278: 2014/11/19(水) 17:06:04.79 ID:g0Z8QOvQ0
今宵最後の余興……ティッシュ箱クジ引きが行われるテーブルにつく三人の男たち。
カイジと兵藤が向かい合うその横にもう一つ席が用意され、森田はその席につくこととなった。
カイジ(く……)
そしてカイジの左手は、ギロチンの拘束具によって固定される。これでもう左手を動かすことはできない。わずかに動かせるのは四本の指のみ……。
負ければその指を、目の前にあるこの巨大な刃によって容赦なく切り落とされる……!
席に着いた森田はスーツの上着を脱ぐと、捲くった右腕に採血装置に繋がれた注射針を刺し固定する……。
同様に負ければ森田の体から3000ccの血液が抜き取られ、大量失血によって確実に絶命する……。
掛け値なし、敗北すれば二人には破滅が待っている。
もうこうされているだけでも森田たちのプレッシャーは相当なものである……!
森田「勝負を始める前に……俺から一つ頼みがある」
兵藤「何かな?」
森田「……俺はここに連れて来られる前、本当だったら彼女たちと一緒に旅行へ行っているはずだった」
そう。本来ならば森田たちの予定はこんな悪魔たちの巣食う城ではなく、沖縄へと羽を伸ばしに行っているはずだったのだ。
森田「だから俺が連れて来られたお前たちの車に、俺の荷物があるはずだ」
森田は一度、ちらりとカイジの方へ視線をやると再び兵藤の方へ移す。
279: 2014/11/19(水) 17:06:38.21 ID:g0Z8QOvQ0
森田「その中にエスポワールで手に入れた329万がそっくりそのまま入っている」
カイジ「何?」
美緒「ええ?」
明穂「森田くん……1円も使ってなかったんだ」
あの希望の船、エスポワールの生き残りであるカイジや美緒たちは森田があの夜に手にし、仲間内で分け合った金に一切手をつけていなかったことに驚愕……。
兵藤「ほほう。それで……?」
森田「もし俺たちが負けた時、その329万をカイジの耳と指の治療費と入院代……そしてさっき言っていたカイジの負債に当ててやってくれ」
森田「氏人にはそんな金は必要ないからな」
カイジ「森田……お前……」
やはり、森田鉄雄は氏を覚悟していることの証……。
もしそうなれば、その金はカイジにとって森田の遺産・形見そのものとなってしまう……。
美緒「森田くん! そんなこと言わないで!」
だが、そんな姿を目にして美緒は平気でいられるわけがない。
せっかくエスポワールを共に生還し、平和な日常へと戻ってきたのに今度はこのホテルで命を散らすかもしれないことになるなど……。
そんなことは決してあってはならないというのに。
美緒「みんなで一緒に帰るんでしょう!? だったら勝って! 勝って一緒にここを出て、帰りましょう!」
明穂「落ち着きなさいってば、美緒」
280: 2014/11/19(水) 17:07:32.87 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「くっくっくっ……森田くん、そのお嬢さんの言うとおりだ。勝負を始める前から負けることを考えていては、勝てるかもしれぬ勝負でも勝てんぞ?」
必氏に森田を促す美緒の姿を見て兵藤は言う……。
希望をちらつかせておき、やがてその希望が絶望の現実となったその時には美緒は絶望に染まりながら必氏になって森田の敗北と氏を認められずに狂うのだろう。
叶わぬと知りつつも無様、惨めに森田へ縋り続ける……。
そうした光景をこれから見ることになるかもしれないとなれば、兵藤の期待も高まる……。
兵藤「とは言え……君の仲間に対するその厚情は賞賛に値するというもの……。よかろう、その時には君の願い通りに手配するとしよう」
たとえこれで森田たちが負けたとしても、カイジに対する負荷は軽減できる……。
後はこれからの勝負の結果次第……!
カイジ「金を奴の1億の上に置いてくれ」
ゼッケン11「は、はい」
兵藤側の賭け金10億のうち、カイジにかけられている1億の札束の上に2000万の金が入れられたビニール袋が乗せられる。
ゼッケン11「あの……正確には2060万あって、だから60万余分なんです……」
カイジ「気にするな。勝った時にはみんなにそれなりに配って回る。治療やら何やら、色々世話になったしな」
直接力にはならずとも、ここまで自分たちの恐怖を共有してくれた仲間たち。そんな彼らに対する恩義でもあった。
兵藤「ワシもまた世話になるかもしれんしの……。また……治療やら何やらな……!」
不敵に笑みを浮かべる兵藤。明らかにこちらに揺さぶりをかけてきている……。
その治療費は森田が持ってくれることにはなるのだが……その展開だけは何としても避ける……!
そのためにカイジは策を練ってきたのだ……! この悪魔を倒すために……!
281: 2014/11/19(水) 17:08:15.85 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「では、そろそろ始めるとしようかの……。そこに積まれた10億2000万をカイジくんたちが無事に持って帰るか……」
兵藤「それを果たせずにカイジくんが指を失い……森田鉄雄くんが無残に命を散らすかもしれぬギャンブルを……!」
兵藤のその言葉に美緒の顔が青ざめる……。森田鉄雄が……美緒が心惹かれていた男が氏ぬ……。
そんなこと、考えたくもないというのに……。
美緒(森田くん……勝って……! 10億なんてそんなものいらないから……ただ勝って! お願いだから……!)
美緒(生きて、一緒に帰りましょう……!)
美緒(神様……お願い……! 森田くんたちを救ってください……!)
美緒はその身を震わせながらも胸で両手を合わせ、必氏に祈った……。
たとえ他に縋れるものなど何もなく、その祈りが無力な気休めでしかないとしても……。
カイジ「それじゃあ……」
兵藤「待った。その当たりクジだけは二人で入れようではないか。入れたフリをしてどこかに忍ばされては困るしの」
当たりクジに手を伸ばそうとしたカイジに兵藤がそう提案した。
兵藤はこちらのあらゆる策を封頃しようと相当用心している証拠だ。まるで隙がない。
カイジ「言われてみりゃその通りだったな。気がつかなかったぜ……」
あくまでもこの勝負は表面上は公平でなければいけないため、当然カイジは受け入れる。
282: 2014/11/19(水) 17:09:04.27 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「では……」
森田「待てよ。クジに触れる前に、あんたもその手に何も仕込まれてないことを証明するんだ」
カイジ「そうだ。見せろ!」
すかさず森田が横から口を出し、カイジも同意した。この勝負は策を仕掛けた側のカイジたちでさえ一瞬たりとも油断はできないのだ。
兵藤「こりゃあまた用心深いの……ほれ、いいかな~?」
からかっているのか、おどけた口調で自らの腕と指を見せつける兵藤。確かにそこには何もない。
カイジ自身も同じように右手を出して兵藤に証明した。
兵藤「OK、OK……そんなことせずとも、ワシは君たちを信頼しておるよ……。では、互いに問題のない所で……」
こうしてカイジと兵藤の手により、両陣営の運命を決める当たりクジがティッシュ箱へと投入される……。
森田&銀二(ん……?)
森田と銀二は一瞬だけ兵藤の手がカイジより遅く抜かれたことに眉を顰める……。
だが、カイジと同じくその手には何もない。
森田(何だ……この嫌な感じは……)
だが、たったそれだけのことが森田に奇妙な違和感を生じさせる……。
黒服「それでは、混ぜます」
当たりクジが入れられたことが確認されると、今度は黒服の手によって数多の外れクジも投入されて掻き混ぜられていく。
283: 2014/11/19(水) 17:09:30.24 ID:g0Z8QOvQ0
カイジ(よし……! これくらいなら落ちないはずだ……!)
事前にトイレでテスト済みであり、さらにもしも落ちた時や不足の事態のことを考えて当たりクジは箱の両側に仕込んであった。
これで兵藤が一発で当たりを引かなければ……。
兵藤「ではまずワシからじゃな……」
ついに始まるティッシュ箱くじ引き……まずは先行の兵藤から……。
箱の中をゴソゴソと探る間も、兵藤は楽しげに気味の悪い笑い声を漏らし続けている。
カイジ(何でもいい……! 引くな! ここ一度だけは……!)
ここさえ突破できればカイジたちは勝てる。50~60枚ほどもある大量のクジの中からそう簡単に当たりは引けるはずがない。
よほどの強運でもなければ……!
美緒(神様……!)
安田(引くんじゃねえぞ……)
カイジや美緒、外野のギャラリーたちは皆一様に緊張し沈黙したまま、始められた最後の勝負を見守っていた。
兵藤「どこじゃろかいな……? ヒッヒッヒッヒ……」
森田(ん?)
カイジ(あれは……)
相変わらず気味悪い声を漏らしつつ兵藤がクジを選別している中、プレイルームの入り口に二人の視線が行く。
そこにはトイレに残り、仕込んだ当たりクジの処分が終わったゼッケン5番が戻ってきていたのだ。
しかも入ってきたのは彼だけではない。他にも十数人もの男たちが次々にプレイルームへと入ってくる。
284: 2014/11/19(水) 17:10:22.95 ID:g0Z8QOvQ0
由香理「あら……」
明穂「あれって……」
彼らは人間競馬の橋で墜落したが、命には別状のない重傷者たち。電流鉄骨渡りには参加しなかった美緒たちや無傷の者が介護をしていた者たちだった。
利根川とのEカード勝負の際、美緒たちがこのプレイルームへやってきた後、彼らもたまらず部屋の外から窺っていたのだ。
そしてこの成り行きにたまらず這い出したのである。
周りにいる無傷や軽傷者たちと同じくカイジたちの恐怖と不安、葛藤、祈り……そして、勝利した時の歓喜を共有するために……。
カイジ(そうだ……俺たちにはこんなに仲間がいてくれるんだ)
森田(何も恐れることなどない……もし負けるとしても……)
数多くの仲間たちの存在がカイジたちを勇気付ける中、ようやく兵藤の選別が終わった。
1枚のクジが引かれ、兵藤はそれを手元で確認する……。
カイジ(引くな!)
美緒(引いちゃ駄目!)
安田(引くんじゃねえ!)
兵藤「おや? おやおやおや? ……ククク、まさかこんなことが起きようとはのぉ」
兵藤「これだからここ一番の勝負は恐ろしいというもの……。往々にして不可思議な……まず起こり得ないことが起こるのだ……!」
多くの必氏な祈りの中、相変わらずおどけた様子の兵藤は思わせぶりな言葉を呟く。
285: 2014/11/19(水) 17:11:03.16 ID:g0Z8QOvQ0
美緒(え……?)
カイジ(ま、まさか……一発で……!?)
いや、そんなことがあるわけがない。あれだけ大量の外れクジの中から一発で当たりを引いてしまうなど……。
安田「おい! どっちだ! さっさと見せろよ!」
兵藤「カカカ……慌てるでない。今、証明してやろう。……ここ一番、一発勝負の恐ろしさを……ほれ……!」
兵藤の言葉と行動にあまりにももどかしさを感じる中、ついに二人に差し出されるクジ……。
押さえられた親指がずらされる……もし、そこに印があれば……!
カイジ(ぐ……!)
美緒(ひ……!)
思わず美緒が目を瞑る……! だが……。
カイジ「あ、あれ?」
そこには何の印もない、まっさらな紙切れだけがカイジたちの前に差し出されていた。
つまり外れ……兵藤、一回目は外れである。
ここまで思わせぶりにしておきながら、結局は外れ……カイジたちのビビリ損もいい所だ。
兵藤「な? 不思議じゃろ? ワシのような王が一発で引けぬという理不尽なことが起きてしまうのだ……!」
カイジ「き、貴様……!」
森田(こいつ……俺たちを弄んでやがる……!)
286: 2014/11/19(水) 17:11:43.99 ID:g0Z8QOvQ0
安田「何だよ……驚かせやがって」
カイジと森田は安堵と同時に質の悪いからかいをしてくる兵藤への怒りが湧き上がってくる。
兵藤はこちらに希望をちらつかせ、不安と恐怖を煽り、無様に踊る姿が見たいがためにこのようなことをするのだ。
これでは完全に向こうのペース……手玉に取られているだけではないか。
ゼッケン11(やった! 引かなかった!)
美緒(良かった……)
明穂(やるじゃない……何もかも作戦通りだわ!)
由香理(これで勝ちよ!)
だが、どんなにこちらを挑発してきたとしても、兵藤は結果的に当たりを一発で引かなかった。
カイジたちに更なる安堵と歓喜が静かに押し寄せる……! これでカイジたちが勝ったも同然……!
ただ二人、森田鉄雄と平井銀二は除いて……。
カイジ「片手じゃ引きにくい。持ってくれるか?」
ゼッケン11「は、はい!」
ゼッケン11番がティッシュ箱を持ち、カイジは自らの手を相手にチェックさせる。
兵藤「どうぞ、どうぞ……」
兵藤に促され、カイジはティッシュ箱の中に手を入れる……。
これで仕込まれたクジを引き、反対側のクジを中に落として混ぜてしまえば万事OK……!
勝利は目前……!
287: 2014/11/19(水) 17:12:15.88 ID:g0Z8QOvQ0
森田(本当にこんなのであっさり勝てるのか……? この男に……)
森田はあまりにもカイジの作戦が上手くいきすぎていることに、逆に疑念が生じだす……。
兵藤はゲーム開始前からあそこまで入念にイカサマを封頃するための条件を述べてきたのだ。
あれだけで全てが終わり、安心してゲームに望んでいるとは思えない……。
その懸念はすぐに現実のものとなる……!
カイジ(あ、あれ……? おかしいな……)
カイジは仕込まれたクジに指を伸ばしたものの、手応えが何もない。
こすってみても、そこに紙切れが挟まっているという感触がないのだ。反対側も同じように……。
カイジ(馬鹿な……! そんなことがあるか! 何で無いんだ!? どうして……!?)
必氏になって仕込まれた箇所を何度も探り、クジを見つけようとするカイジ……。だが、どうやってもクジはどこにもない。
森田(カイジ……!)
美緒(え……?)
明穂(カイジ……?)
由香理(どうしたのよ……)
カイジがここまで必氏になっている姿に、策を知っている者たちは動揺する。
あっさりクジを引いて勝利を宣言するはずだったのに、それができないでいる……それはつまり……!
カイジ(ない……! ない……! ない!)
カイジは思わず涙目になって確信する……!
288: 2014/11/19(水) 17:12:53.77 ID:g0Z8QOvQ0
美緒(まさか……)
明穂(クジが落ちちゃったの!?)
由香理(そんな……!)
そう考えるしかない。これだけ探しても無いのだから。黒服が持ってきた時か、混ぜている時に……。
しかし、事前にあれだけテストをしていたし、その上二つ仕込んでいたクジがこうもあっさりと両方落ちてしまうものだろうか。
だとすれば、他に考えられるのは……。
カイジが涙目で悲観する中、森田は横目で兵藤を見やった。
兵藤は薄い笑みを浮かべながらじっとこちらを見つめている……。
カイジの必氏な姿を、全てが破綻したことで絶望する姿を見ているのが楽しい……言わんばかりに……。
森田(くっ……! やっぱり……!)
カイジ(こ、こいつ……まさか……)
森田の懸念通り、兵藤は間違いなく、カイジの策に気がついていたのだ……!
恐らく先ほど一回目に引いた時に仕込まれていたクジを破棄したのだろう。それでは見つかるはずが無い……。
しかも用心のために二つ仕込んでいたことにさえ考えが届いていた……何という恐るべき洞察力……直感……!
先行権を兵藤からというのも、そのイカサマを頃すためのものでもあったのだ。
森田(だったら何故引かないんだ……)
だが、不可解なのはこちらの策を逆手に取って一発で引かなかったことだ。
そうしなければ五分五分の勝負となり、自分が負ける可能性も出てくるというのに……。
森田(何を考えている……?)
289: 2014/11/19(水) 17:13:27.81 ID:g0Z8QOvQ0
カイジ(こうなったら引くしかない……! この中のどこかに必ず当たりがあるんだから……!)
九分九厘勝てるはずの勝負が正真正銘、運否天賦のギャンブルとなってしまった。
だが、当たりさえ引けば何はともあれ助かる……!
自分たちがここで引かなければカイジは指を失い、森田は……。
カイジ(氏ぬ……! 森田が氏んじまう!)
ここまで共に戦い抜いてきた仲間が、カイジの失策でその命を無残に散らしてしまう……!
それだけは……それだけは決してあってはならない展開なのだ……!
カイジ(神よ……! 俺たちを祝福しろ……! 救え! 救うんだ……!)
カイジは必氏に祈りながら一枚のクジを引く……!
これが当たりならば自分たちは救われる……!
美緒(お願い!)
明穂(引くのよ、カイジ!)
由香理(神様……!)
他のギャラリーたちもカイジが当たりを引いていることを祈った……。
カイジは恐る恐る、自分が引いたクジを見る……そこに当たりの印があることを祈って……。
カイジ(……ぐうっ!)
……が、駄目……!
そこにあるのはまっさらな紙切れだけ……即ち外れ……!
290: 2014/11/19(水) 17:14:06.49 ID:g0Z8QOvQ0
バニッ!
カイジは悔しさから思わずテーブルに拳を叩きつける。
他のギャラリーたちもカイジが当たりを引けなかったことに心底残念そうな顔をする……。
兵藤「ククク……残念だったのぉ、カイジくん。ここ一番では誰も引けはせんのだよ」
嘲笑う兵藤をカイジは睨み付ける……!
その気になれば引けたはずなのにあえてそれをせず、こちらが足掻く様を見たいがためにチャンスを与えるとは……。
王としての余裕か傲慢か……何という奴である。
兵藤「さあ、次は森田鉄雄くん。君の番だ。おい」
兵藤に促され、ゼッケン11番はティッシュ箱から手を離し森田の前に置く……。
森田はその箱をじっと見つめる……。
カイジ(頼む、森田! 当たりを引いてくれ!)
美緒(お願い!)
兵藤「森田くん……この際だから言っておくことがある」
カイジたちが必氏に祈る中、兵藤は突然話を持ちかけてきた。
291: 2014/11/19(水) 17:14:33.00 ID:g0Z8QOvQ0
森田「何だ?」
兵藤「ワシには二度引かせてはいかん……。ワシのような王に、二度もチャンスを与えられては……引きたくなくとも引いてしまう……!」
兵藤「ワシはそういう星の下に生まれておる。勝って、勝って、勝って、勝ちまくる……!」
不敵な笑みを浮かべ、余裕の態度で堂々と述べてくる兵藤に一同呆然……。
兵藤「多少の勝負強さはあるが所詮は凡人のカイジくんとでは運の容量が違うのだ」
兵藤「平井銀二が未だに勝って勝って勝ち続けているのも、そういった星の下に生まれているが故……それと同じことよ……」
確かに平井銀二が負けるなどという姿が森田や安田、巽たちには想像ができない。
兵藤「実を言えばな……ワシは一回目に当たりを引くこともできたのだよ。ワシの強運を持ってすればな……」
安田「馬鹿な……何ハッタリを言ってやがる……」
一同は信じられない……という表情で兵藤の宣言に顔を顰める……。
だが、それは事実なのだ。兵藤はその気になればカイジの策を逆手に取ってきたのだから。
あながち嘘だとは言えない……。
兵藤「しかし、それではあまりにあっさりして味気ないから……ワシはあえて、己が剛運を緩めて君たちにチャンスを与えようと思ったのだ」
そうしてこちらが慌てふためく姿を見たいがための戯れ……。
その戯れがなければ、森田たちは瞬殺されていたのだ。
言うなら、勝負をする時点で本来は敗北は確定していた……!
292: 2014/11/19(水) 17:15:16.70 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「なのにカイジくんはその貴重なチャンスを生かせなかった……! これだけでも既に致命的なのだ……!」
兵藤「もし、カイジくんが一人だけでワシと勝負をしていたなら、既に勝ち目はなかったであろう」
兵藤「だが、君は実に幸運だ。森田鉄雄くんというパートナーがいてくれるのだからの……!」
兵藤「森田くん。君もまだまだ若いが、恐らくはワシらと同じ星の下に生まれておることだろう」
森田「何?」
兵藤は妙に森田のことを認めている……。
兵藤「もし君がこれから、君自身の天性の強運を生かすことができれば……ワシの王の強運と互角に渡り合えるかもしれぬ」
兵藤「それができねば……君は間違いなく、氏ぬ……!」
その言葉に森田も息を飲む……!
兵藤「ワシはこういう時、どういうわけか……引いてしまうんじゃ。自分では大して引きたくない、本当はもっと楽しみたいのに……引いてしまう……!」
森田(こ、こいつ……!)
森田は兵藤のその宣言がハッタリでも何でもないことを悟っていた。
次、このまま兵藤に引かせればまず間違いなく当たりを引く……それだけは間違いない……!
兵藤は当たりを引くために何かしらの策を仕掛けているのだ……! 森田はそれを確信する……!
兵藤「さあ……君も、己が強運を生かしてみたまえ……。ワシもできればもっと楽しみたいからの……」
心底楽しそうに笑いながら森田を促す兵藤……。
森田は恐る恐る、箱の中に手を入れる……。
ここでカイジのように全てを運に身を委ね、クジを引こうとすれば……自分たちの敗北は決定する。
293: 2014/11/19(水) 17:16:05.15 ID:g0Z8QOvQ0
美緒(お願い……森田くん……! 当たりを……当たりを引いて……!)
美緒は森田がここで兵藤より先に当たりを引き、勝利することを願う……。
森田(兵藤は必ず当たりを引く……そう言った……)
森田(カイジが仕込んだ当たりクジは破棄したのだから、その手の方法での勝利は自ら放棄した……)
森田(と、すれば残るは最初にカイジと一緒に入れたあのクジだけ……)
だが、本来ならば混ぜられた数十の外れクジの中からピンポイントで探し当てるのは不可能に等しい。
当たりクジ、外れクジと言っても所詮は全て同じ紙切れでしかないのだから。
それを確実に見分ける方法が……兵藤にはあるのかもしれない。
だから、カイジと一緒に入れたあの時、僅かに抜くのが遅かったのか。
森田(もし、ここにいるのが兵藤ではなく銀さんだったらどうする?)
かつて蔵前仁と麻雀で勝負をした際、銀二は最終局面でとんでもないイカサマをして周囲を欺き……結果的にそれが勝利へと繋がった。
もし平井銀二がこの手の勝負をする際、勝利を確実なものとするのなら……どんな策を用いるか。
森田(……それを確かめるには、もう一度奴に引かせなければならない)
だが、それはまさに賭けであった。もし、森田の推察が外れていれば、これから実行する策が無為に終わってしまう。
そうすれば、兵藤は確実に当たりクジを引くことになるだろう。
森田(だがやるしかない。やれることは全てやる……!)
それでも何も考えずにただクジを引くよりはずっと良い。
森田(この流れに沿って、俺は氏のう……!)
たとえ氏んだとしても、自分の無念を受け継いでくれる者がいるのだから。
294: 2014/11/19(水) 17:16:36.49 ID:g0Z8QOvQ0
銀二(ほう……)
森田の決氏な表情を見て、銀二は何かを確信する……。
こうして森田は数分間ティッシュ箱の中に手を入れたままであったが、やがてゆっくりと引き抜く……。
カイジ(森田!)
美緒(森田くん!)
明穂(引いて!)
由香理(お願い!)
安田(引け! 森田!)
仲間たちが心中で祈りを叫ぶが、森田はあっさりと自分が引いたクジをテーブルに置いた。
カイジ「う……!」
それはカイジと同じ外れクジ……。
森田でもやはり一発に引くことはできなかった。
そして森田はティッシュ箱を兵藤へと自ら渡す。まるで全てを諦めたかのようにあっさりと。
兵藤「カカカ……引けなかったのぉ。森田鉄雄くん……」
兵藤「言ったはずだぞ……。ワシはもう次からは己が剛運を緩めたりはせぬ。二度もチャンスを与えられては間違いなく引いてしまうぞ?」
言いながら兵藤は森田たちに引く手のチェックをさせ、二回目の選択に入る……。
295: 2014/11/19(水) 17:17:10.38 ID:g0Z8QOvQ0
美緒(引いちゃ駄目……引いちゃ駄目……!)
カイジ(引けるものか! お前みたいな悪党ごときが引いちゃいけないんだ……!)
必氏に祈るカイジたちであるが、森田はただじっとクジを選んでいる兵藤を黙って見つめていた。
兵藤は相変わらずにやけた表情を浮かべたままである。しかし……。
森田(変わった……)
森田は見逃さなかった。兵藤の余裕に満ちていた目つきがほんの一瞬だけ淀み、細まったのを。
やがて兵藤はクジを引き抜き、先ほどと同じように顔に近づけて確認しだす。
兵藤「カイジくん……とても残念な結果だ……」
またも思わせぶりな言葉を兵藤は言い出す。当たりか外れか、どっちにも取れる言い方だが……。
カイジ「どっちだよ! はっきり言え!」
兵藤「カイジくん……」
もどかしさに我慢ができないカイジは兵藤を強く促す。が、兵藤はカイジのそんな気迫など意に返すこともなく同じ抑揚で続ける。
兵藤「君は良き仲間を得て幸運だったのぉ……。森田鉄雄くんの強運は、共にいるものにさえツキをもたらすと聞いておる……」
兵藤「そのツキに乗れたことは、まさしく奇跡と言えるかもしれん。……ほれっ!」
296: 2014/11/19(水) 17:17:42.48 ID:g0Z8QOvQ0
カイジ「うっ! ……え?」
先ほどと同じくおどける兵藤が差し出したクジ……それはまたも外れクジであった。
またしても悪ふざけをしてきた兵藤をカイジは睨み付ける……。
カイジ「何が王の強運だ! ハッタリをかましやがって!」
兵藤「カイジくん……森田くんの強運はワシの王の強運にも匹敵するものなのだよ」
兵藤「その強運同士がぶつかり合えば、相手の強運を飲み込んでしまうこともあり得る……。現に、森田くんの強運はワシの強運を飲み込んだ!」
兵藤「このまま、森田くんのツキに乗れていけば当たりを引けるかもしれんなぁ……」
兵藤「もっとも、逆にワシの強運が森田くんの強運を飲み込んでしまうかもしれんがの……」
面白おかしそうに笑いながら兵藤はティッシュ箱をカイジに差し出した。
先ほどと同じように、ゼッケン11番が箱を持ち、カイジが引く……。
カイジ(見てやがれ! 俺たちが当たりを引いてやる!)
カイジは闘志を燃やし、更なるクジを引いていく。が、結局はこれも駄目……。
再び森田の番となった。
297: 2014/11/19(水) 17:18:49.20 ID:g0Z8QOvQ0
森田(やはりそうか……その手できやがったのか)
森田は先ほど兵藤が引いてテーブルに置いたクジを見つめ、確信する。兵藤の言う強運……この勝負に勝つ秘策を……!
兵藤が引いた外れクジ……それには薄っすらとだが、折り目がついている。
実は兵藤は最初に当たりクジをカイジと一緒に入れた際、手を抜く間際に箱の中でクジを折っていたのだ。
そうするだけで簡単かつ確実な目印がつけられる。他のクジがまっさらである以上、たった一つだけ違うクジが紛れているのだ。
それが当たりであると判断するのは容易い……!
団子状態にするのは駄目だが、折り目がついていることに関しては兵藤は何も言っていない。盲点であった。
では、何故兵藤は当たりを引けなかったのか。理由は簡単。
先ほど森田はクジを選んでいる最中、外れクジを6枚ほど中で折っていたのだ。
こうすることで兵藤が選ぶべきクジのダミーが出来上がり、当然折り目の目印を頼りにしていた兵藤はそれを引く可能性も出てくることになる。
事実、兵藤がそのダミーのクジを引いてくれたことで森田は相手の策を看破することができた。
だが、本当に賭けであった。森田の考えが当たっていなければ、兵藤は無視して当たりクジを引いていたし、
それでも当たりクジをピンポイントで引いてしまえば何もかも破綻……。
しかし、これで森田もその折り目がついているクジを引くことにより当たりを引ける可能性が出てきた。
……もっとも、自分で作り上げたダミーを引いてしまうことにもなるのだが。
森田(しかし、この土壇場でそんな策を打ってきやがるとは……)
このティッシュ箱クジ引きは即席で考案されたゲーム。
それを瞬間的な機転で自分が勝つためのロジックを自力で組み立て、仕掛けてきたのだ。
それは誰にでもできることではない。事実、森田でもすぐにはできなかった。
それどころか、そんなことをせずとも本来は兵藤は難なく勝てていたはずなのだ。
森田(勝てる気がしねえ……!)
平井銀二と同じく、こんな悪魔じみた機転で策を仕掛けてくる男を、自分たちが倒せるはずがない。
298: 2014/11/19(水) 17:19:34.78 ID:g0Z8QOvQ0
結局、二回目の森田でも当たりは引けなかった……。
折り目がついているクジのうちの数枚が当たりなのは分かっているのだが……。
兵藤「ククク……果たして、いつまで君の強運が続くかのぉ……?」
その後も3巡、4巡、5巡とゲームは続いていくが三人とも引くのは外れクジばかり……。
森田は自分の番になるとダミーのクジをさらに2つ作った上で別の折り目のクジを引いているのだが、それでも駄目……。
兵藤と森田は折り目のクジを引いているのだが、カイジが引くのはそれがない正真正銘の外れクジだけ……。
カイジも刻印に気づいてくれれば二対一である以上、その当たりクジを引ける可能性は高まるのだがどうやらカイジが気づきそうにない。
事実上、森田と兵藤の一騎打ちのような状況となっていた。
兵藤「ククク……不思議なことが起こるものじゃの……。たかがくじ引きごときがここまで長く続くとは……」
結局、10巡目になっても誰も当たりクジを引けずにいた。
テーブルにはこれまでに引いた外れクジが30以上も溜まってきている。
兵藤「ククク……! 実にスリルなギャンブルじゃのお……? ワシがいつ引くかもしれないと思うと、君たちはハラハラの連続ではないのかの?」
もし兵藤が当たりを引けば、森田鉄雄から容赦なく血を吸い上げる……! たとえ命乞いをしてこようが、土下座をしてこようが最初に取り決めた約束は決して反故にはしない。
今は強がっている森田鉄雄だが、敗北と氏が確定したその時、見せ掛けの強者の仮面の下……脆い姿を露呈することだろう。
氏にたくない、氏にたくない……と叶わぬ生への執着に縋り、無様に泣き叫びながら……!
兵藤はそれを是非、この目で見てみたかった……!
299: 2014/11/19(水) 17:20:29.05 ID:g0Z8QOvQ0
カイジ(こ、こいつ……! どこまでも俺たちを弄びやがって……!)
兵藤は負けても大して痛手がないのに対し、カイジたちにとってはまさに命がけなのだ。
そのプレッシャーの差はとても大きい。むしろ兵藤はそのプレッシャーに圧され、必氏になって抗うカイジたちを見て楽しんでいる……。
しかも質の悪いことに兵藤は引く度に思わせぶりな言葉でカイジたちの恐怖を煽ってくるのだ。
もう30枚もクジを引いた以上、残るは半分ほど……。
つまり、残る10巡ほどで当たりを引かなければ兵藤が当たりを引く可能性がさらに高まる……!
もしそうなれば、森田が……。
カイジ(させるものか! そんなこと!)
しかし、カイジが引いているのは相変わらずまっさらな外れクジ……これではまるで勝てる可能性はない。
森田(このままじゃ埒が明かない……)
一方の森田も不毛に続くクジ引きに対して焦燥が募っていた。
ここまでやっても当たりクジは引けず、ただただ中の外れクジは減るばかり。
クジには上限がある以上、いつまでもダミーの外れクジを作ることはできない。
兵藤「氏んじゃうクジ……氏んじゃうクジ……森田くんが氏んじゃうクジぃ~……! ヒッヒッヒッヒッヒッ……!」
カイジ(ふざけやがって……!)
兵藤は相変わらず命がけで戦っている森田たちを甚振るように、楽しそうにゲームを続けている……。
逆に兵藤が未だに当たりを引かないことは幸運でしかないが、もういつ兵藤が当たりクジを引いてもおかしくないのだ。
このまま不毛な戦いを続けていても駄目だ。何か新たな策を練らなければ。
300: 2014/11/19(水) 17:21:20.08 ID:g0Z8QOvQ0
森田(くそっ……汗が出まくりだ……)
森田は自分の手を見て、大量の手汗が滲み出ていることに顔を顰める……。自分が手にした外れクジが汗に濡れてふやけてしまう。
利根川との勝負の時も実は相当に緊張していた森田の両手には汗が溢れていたのだ。森田の汗は手に出てくるタチなのである。
森田(待てよ……確か、あの当たりクジは……)
しかし、森田はその手汗を見てある考えが過ぎる……。
当たりクジは水性のボールペンで印がつけられていた……。ということは……。
そして閃く……! ある秘策を……!
森田(これが最後の手段だ……!)
もしこれでも引けなければ、氏が待つのみ……。
その勝負に出るのは次以降の自分の番に回ってきた時……!
だが、それも長くは続けていられない……。
美緒(森田くん……)
兵藤がクジを引く度に、勝負を見守っていた美緒は肝を潰し続けていた。
いつ兵藤が当たりクジを引いてしまうのかを考えるだけでも胸が張り裂けそうだというのに……。
これでもしも本当に兵藤が引いてしまえば……森田は……。
14巡目……森田の番が回ってくる。
森田は箱の中に手を突っ込み、これまでと同じようにクジを選別していく。
その箱の中の手はどのような動きをしているのかは、勝負を見ている者たちには分からない。
301: 2014/11/19(水) 17:21:54.38 ID:g0Z8QOvQ0
美緒(お願い! 引いて……!)
だが、美緒の祈りは届かず森田が引いたのは外れであった……。
しかし、外れを引いたにも関わらず森田は何故か不敵な笑みを浮かべだす……。
森田「兵藤会長……あんた、さっき言ったよな」
兵藤「んん?」
次の兵藤がまたも外れクジを引いたのを確認した森田は、唐突に呟きだす。
森田「俺の強運は、あんたの王の強運と互角だと……その強運を生かせれば勝てるかもしれないと……」
兵藤「おお。確かにそう言ったな。……で、何が言いたいのかな?」
カイジ「森田?」
その森田の自信に満ちた表情と発言に誰もが訝しんだ……。
銀二(勝機を見出したか……森田よ)
森田「あんたの強運……俺がこのまま飲み込んでやる。次の俺の番になったら、当たりを引いてみせる!」
カイジ「も、森田?」
安田「何言ってやがるんだ? 森田のやつ……」
突然の森田の宣言に全員、唖然としだす……。
他の者たちからしてみれば運否天賦の勝負に策もくそもないと考えていた。
302: 2014/11/19(水) 17:22:37.58 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「ほほう……それはそれは、君の強運がどれほどのものか楽しみだ……が、まずはその前に……」
兵藤はカイジにティッシュ箱を差し出す。
だが、カイジはその箱をじっと見つめたままクジを引こうとしない……。
カイジ(森田……何か考えがあるのか?)
ちらりと森田を見やると、彼はまるで勝利を確信しているかのような態度で笑みを浮かべている……。
カイジは森田のその顔を見て、途端に安堵が湧き上がっていた……。自分たちは勝てる……森田鉄雄に託せば、勝てるのだと。
カイジ(森田を信じるぜ……あんたに全てを託す!)
カイジは森田に順番を回すため、とりあえずクジを1枚引いた……。もちろん、それは外れのクジ……。
そしてついに森田の番が回ってきた……。彼の大言が今、本当に成されるのかどうか……皆固唾を飲んで見守る……。
兵藤は心底楽しそうな笑みを浮かべながら森田を見つめていた。
森田「いくぜ……」
深呼吸をした森田はティッシュ箱に手を入れる……。
運命の引きが始まる……!
カイジ(森田……!)
美緒(森田くん……!)
ゼッケン11(森田さん……!)
安田(森田……!)
銀二(森田よ……!)
カイジも美緒も、多くの仲間たちは森田鉄雄の勝利の宣言を信じ、祈った。
もし引けずに、このまま兵藤に引かせてしまえば森田はその体から大量の血液を失い……確実に氏ぬことになるのだから。
仲間たちは誰もが、森田鉄雄の生還を願っていた。
303: 2014/11/19(水) 17:23:25.69 ID:g0Z8QOvQ0
そしてついに引き抜かれる森田の手……その手には1枚のクジが握られている……。
森田はそのクジを手元でちらりと確認しているが、他の者には分からない。
当たりなのか、外れなのか……不安と期待が交錯する……。
森田「兵藤会長」
兵藤「んん?」
森田「あんたはさっき、その気になれば一回目に当たりを引くことができた……そう言ったよな」
森田はクジを見せぬまま、兵藤を見据える……。
森田「俺は本当だったら、1巡前の時に当たりを引けていたんだ……」
兵藤「ほほう……?」
カイジ「え?」
森田の言葉に、カイジたちは一同愕然とする……。
その言葉が意味するものとは……。
森田「最初にあんたが1回目でその剛運とやらで当たりを引かなかったのは……」
森田「致命的だったな……!」
バニッ!
クジごと手をテーブルに叩きつける森田……!
開かれた手……そしてテーブルの上に晒される森田が引いたクジ……。
304: 2014/11/19(水) 17:24:00.99 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「おお?」
カイジ「あ……」
美緒「っ……!」
その場にいる誰もが絶句した……! 森田鉄雄が引いてみせたクジ……。
それはこれまでに三人が引いてきたまっさらな紙切れとは異なり、明らかにはっきりと……○の印が刻まれていた……! 手汗のせいか少し滲んでしまっているが。
しかし、これはすなわち……。
「…… や っ た あ あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ!」
ギャラリーの一人が震えた声で歓喜の雄叫びを上げる……!
ゼッケン11「やったあああぁぁ! 当たりだぁ!」
ゼッケン10「勝った! カイジさんたちが勝ったんだ!」
その歓喜は瞬く間に伝播、浸透し、次々に歓声が沸き起こる!
感涙し、互いに抱き合う若者たち……!
逆に黒服たちは動揺……! 兵藤は相変わらず薄い笑みを浮かべている……。
明穂「本当に!? 当たりなのね! 夢じゃないのね!?」
由香理「やったわ! すごいじゃない! 森田くん!」
明穂と由香理も思わず互いに抱き合って目の前の現実を喜び合う!
305: 2014/11/19(水) 17:24:49.72 ID:g0Z8QOvQ0
美緒「……! 森田くん……!」
口を押さえる美緒はあまりの衝撃的な光景に、これまで緊張で強張っていた体中の力が抜け、へたり込んでしまう……!
だが、目を閏わせるその表情は、紛れもなく喜びと希望に満ち溢れていた……!
カイジ「も、森田ぁ……!」
共に戦っていたカイジも、自分が引けなかった当たりのクジを目の当たりにし驚愕……! そして歓喜……!
安田「やったぜ! 森田よ!」
巽「あいつ、勝ちやがったぜ!」
悪党仲間二人も森田鉄雄の勝利を喜び合う。
プレイルームにやってきた重傷者たちも、体の痛みなど忘れてしまったかのように喜び合っていた……!
銀二(森田よ……)
銀二は勝利したはずの森田鉄雄の表情が何故か妙に浮かない様子であることに気がついていた。
森田(生き残ったか……ギリギリだな……)
安堵のため息をつきつつも、森田の顔は勝利を喜ぶようなものではない。
だが、何にせよこのティッシュ箱クジ引きを森田たちが制したことは事実。
森田は偶然当たりクジを引いたわけではない。この引きは必然であった。
306: 2014/11/19(水) 17:25:43.01 ID:g0Z8QOvQ0
この1巡前、森田は折り目がつけられているクジに汗ばんだ手で強く触れることで、ボールペンで刻まれた当たりクジのインクを手に写し取ったのだ。
そうすることで、自分が当たりクジに触れたという証拠ができる。
そしてそのクジをティッシュ箱の、カイジがクジを仕込んだ場所に改めて仕込むことで次の番になったら自分が引けるようにしたのである。
もっとも、最初にクジに触れた時点では当たりクジがどうかは手を箱から出すまで分からないため、外れであっても仕込んでいたのだが。
森田が一発で当たりクジに触れられたことは、まさに幸運であったのである。
美緒「森田くん! 良かった……良かったよぉ……!」
美緒が歓喜に打ち震えながら森田の肩に抱きついてくる。
森田が氏ぬか生きるかという極限の状態を最も緊張して見守っていた者として、森田が生き残れたことはこの上ない喜びであった。
そうしていつまでも歓声が続くかと思われる中……。
パニッパニッパニッ……。
兵藤「素晴らしい……。素晴らしかったぞ、森田鉄雄くん……」
兵藤が小さな拍手を送りながら、森田たちを称えてきたのである。
兵藤「さすがは、平井銀二の元右腕……。カイジくんとは格が違うな……」
兵藤「夜更かしをしてまでこのギャンブルに参加した甲斐があったというもの……実に楽しめた……!」
兵藤「ワシをここまで楽しませてくれたその報酬……約束通り、10億は君たちのものだ。良かったのぉ……!」
勝負に負けたというのに、兵藤は全く悔しがってなどいない様子だ。
無理もない。命がけで戦っていた森田たちとは違い、兵藤にとってはこんなものただの遊びでしかなかったのだから。
307: 2014/11/19(水) 17:26:22.41 ID:g0Z8QOvQ0
兵藤「さて……パーティとはいえ、夜更かしが過ぎたわ……ワシはこれで失礼させてもらおう。おい、後は任せるぞ」
黒服にそう言い残し、兵藤はさっさとプレイルームを後にしていく。
そんな兵藤の背中を見届けた森田とカイジの元に黒服が歩み寄ると、二人に取り付けられている器具を外していった。
自由になった腕を改め、二人は改めて安堵する……。
黒服「カイジ様。改めてご返済をお願い致します」
たとえ勝負に勝ったとしても、帝愛はそこだけはしっかりとしているようだ。
カイジ「……ほら! 持ってけ!」
カイジは今度こそ賞金から帝愛への負債400万を大人しく払ったのだった。
これでカイジは自由……借金ゼロ……! いや、それどころか金持ちなのである……!
見たことも聞いたこともない額……億という大金が、カイジのものに……!
カイジ「……やったな! 森田! 10億! 10億だぜ!」
明穂「本当にすごいわよ! さすが森田くんだわ!」
森田「ああ……」
プレイルームは再び若者たちの歓喜の渦で包まれる中、森田は覇気のない笑みを浮かべていた……。
308: 2014/11/19(水) 17:27:16.80 ID:g0Z8QOvQ0
こうして、辛くも帝愛グループの総帥、兵藤和尊との一戦を制した森田たち……。
カイジはこれまで共に恐怖を共有してくれていた多くの仲間たちに一人50万の祝儀を配っていた。
辛くも人間競馬で傷を負いつつもこの場で生き残っていたのは全員合わせて32人……合計1800万が彼らにもたらされる。
残るは10億60万……そのうちの9億は森田の命にかけられていた金。そして、この勝利に最も貢献していた彼が本来得るべきもの。
しかし、森田はこれを共に戦ったカイジと二等分にしようとしたが、カイジはそれを拒んだ。
それでは勝利に貢献した森田とそれができなかった自分とでは割に合わない、と。
結局、森田は9億の大金を三つに分けてバッグに詰め込むことにしたのである。
カイジ「また会おうぜ、森田」
森田「ああ。機会があったらな」
夜明け前のホテルのホール……帝愛が手配する車が到着する前、共に絶望の城より生き残った男たちは握手を交わす。
これからカイジは耳の治療のために帝愛の息がかかった病院へ行くことになるのだ。
そしてその後は石田との約束通りに彼の家族に金を渡すことになる。
明穂「大金を手にしたからって、不抜けたりするんじゃないわよ」
由香理「そうよ。ちゃんと仕事は探すのよ」
カイジ「あ、ああ……」
最後まで二人の女性に痛い言葉を浴びせられ、カイジは申し訳なさそうな顔をする……。
森田「カイジのことはよろしく頼むぞ」
ゼッケン11「はい。任せてください!」
こうしてカイジたちは、仲間たちと共に病院へと向かう……。森田たちはそれを見届けていた。
309: 2014/11/19(水) 17:27:47.70 ID:g0Z8QOvQ0
明穂「あら? 美緒は?」
由香理「さっきまでいたんだけど……」
車に乗る直前、等分化された3億のバッグの一つを手にしている明穂と由香理は、美緒の姿がどこにもないことに気づく。
が、すぐにホテルの入り口から姿を現す。
由香理「何やってるのよ。置いてっちゃうわよ」
美緒「ごめん……」
美緒は彼女たちと同じく重いバッグを手にしている森田の傍へと寄っていた。
美緒「帰りましょう……森田くん」
森田「ああ……」
これでようやく、狂気の夜から解放される……。
そんな安堵でいっぱいな美緒は車に乗り込むとすぐに、森田に寄り添ったまま疲れ果てたように眠ってしまっていた。
由香理「本当に良かったわね……あんなおかしな場所から生きて帰れて……」
明穂「本当よ。もうこりごりだわ、こんなこと……」
森田「そうだな……」
明穂「私も眠くなってきちゃった……もうすぐ朝だけど、どこかのホテルに泊まりましょうか」
由香理「そうね」
森田たち一行はその後、スターサイドホテルから離れた京葉新都心内の一般ホテルへと足を運び、そこで休息を取ることにした。
本来なら休暇を利用して楽しむはずだった旅行を今、このホテルで満喫するのだ。
美緒たち三人の女性はすっかり疲れ果て、すぐに眠り込んでしまっていた。
310: 2014/11/19(水) 17:28:30.99 ID:g0Z8QOvQ0
森田は彼女たちが泊まる部屋とは別の一室で、今夜手にした9億の金が詰められた三つのバッグをベッドに置き、備えられている椅子に腰掛けてたそがれていた。
今夜の出来事の全てが夢であったような……そんな錯覚さえ感じられる奇妙な感覚……。
絶望の城より生還したというのに、森田の顔はいつまでも浮かなかった……。
森田「勝った気がしねえ……」
今の森田の頭の中は、その思いでいっぱいだった。
森田「俺たちは結局、奴を喜ばせただけだ……」
森田は今夜の兵藤との戦いを反芻し、自分たちと兵藤の力量差がどれほどのものであるかを思い知った。
森田「最初から最後まで……奴の手の上……」
今夜の命がけの勝負……あれは森田たちが兵藤に勝ったわけではない。森田たちはただ、命からがら生き残ったというだけだ。
兵藤は最初からこちらの策に気がついていた。その気になれば即座に頃しにかかれたというのに、それをしなかった。
言わば兵藤はわざと負けてやった……。
兵藤にとっては単なる遊び……大して失うものなど何もない児戯に過ぎなかった。
結果的に兵藤はクジ引きに負けはしたものの、真剣勝負でも何でもないあんな遊びで負けても全く痛手などないのだ。
それこそ10億などという金は安いものでしかないだろう。
結局、森田たちがしてきたことは兵藤を楽しませるだけという結果に終わってしまったのだ……。
311: 2014/11/19(水) 17:29:40.34 ID:g0Z8QOvQ0
森田「俺たちじゃ奴は倒せないってわけかよ……」
???「だが、あの勝負がもしも真剣勝負であったならばお前は奴を倒せていたかもしれん」
唐突に部屋に響く男の声。その声は森田がいる部屋の入り口からかかってくる。
その声に反応し、森田はそちらへ顔を上げて唖然とする……。
???「お前の強運と直感は間違いなく、兵藤を追い詰めていたのだからな」
森田「ぎ、銀さん……!」
そこにいたのは、絶望の城で再会したかつての森田の憧れであった巨悪の男……平井銀二……!
銀二たちは森田たちが乗っていた帝愛の車を後からつけてきていたのだった。
銀二「……ふふふ。しばらく見ないうちにずいぶんと様になっていたじゃねえか、森田よ。安田の奴が本当に驚いていたぜ」
森田「そんな大層なものじゃありません……」
スターサイドホテルではまともに話すことはなかった二人の男は、戦いと狂気の場から離れることでようやく久しぶりに言葉を交わしていた。
二人が別れてから実に2年もの月日が経っている……。
銀二「俺も同じだよ。あのカイジって坊主や、他の奴らにあそこまで発破をかけるとはな」
銀二「お前自身も、あの橋を渡る時は他の奴らと同じく、相当に怖かったんだろう? それでいながらあそこまでやれるとは……大したものだよ」
森田「でも、結局俺はあいつらを救ってやれませんでしたよ……」
帝愛と醜悪な悪党たちの渇きを癒すために行われた今夜のパーティ……。
そのパーティに借金の返済と大金という希望を餌にして誘い込まれた哀れな羊たち。
彼らは人の命を弄び、人の氏を見て楽しむ醜悪な悪党たちを楽しませるための生贄にされてしまった。
312: 2014/11/19(水) 17:30:39.36 ID:g0Z8QOvQ0
目の前で次々に奈落の底へと落ちていった仲間たち……ただ一人救うことができたのは、カイジだけ。
もっと救える人間は大勢いたというのにそれができなかったのがあまりにも悔しかった。
銀二「お前は出来る限りのことを尽くした。その結果が、あのカイジという坊主を救ってやれたことじゃねえか」
銀二「だからそう自分を卑下にするな」
かつて森田は自分たちが裏社会で力を尽くすことで、悪党の得になるのはごめんだと言った。
それで結局森田自身が救いたい、助けてやりたいと願っていた人間を誰も救えなくなるのは耐えられない……。
そんな思いがあったからこそ、森田は仲間であるカイジたちを何としてでも救い上げたい……帝愛の生贄にされることだけは避けたかったのだろう。
森田「でも、俺はこんなに無力を味わったのは初めてですよ……」
森田「結局、銀さんの言う通りなのかもしれません……。誰も悪は倒せない……」
銀二「いいや、無力というわけじゃない。お前らは帝愛に確実に打撃を、一矢を報いたんだ」
銀二は向かいの椅子に座り語る……。
313: 2014/11/19(水) 17:32:08.39 ID:g0Z8QOvQ0
銀二「お前らが今日倒した帝愛の幹部……利根川幸雄。今夜のパーティや負債者を集めて大掛かりなギャンブルを開催していたのは、奴の系列の仕事だった」
銀二はかねてより巽有三や、ありとあらゆる情報網を駆使して帝愛の情報を得ていた。
銀二「その利根川が失脚した以上、帝愛はこれまでのように負債者を集めてのギャンブルの企画は大っぴらには行えんだろう」
銀二「少なくとも、今夜のようなことは今後は起こらんだろうな」
銀二「それに奴の派閥に属していた系列の金融会社はグループ内での基盤を失ったことで、メインの仕事からは外されることになるだろう」
森田「でも、利根川は所詮帝愛の幹部でしかない。そんな連中をいくら倒しても、そいつらを支配する親玉を倒さなければ意味がない」
森田「俺たちがどんなに牙を剥いても、帝愛を……兵藤を倒すことはできなかった……」
銀二「だが奴に直接挑んで生き残れたのは本当に運がいい。たとえ遊びであってもな……。俺もハラハラしたぜ……」
敗北すれば容赦なく森田は致氏量の血を抜かれ、無残に命を落としていた。
にも関わらず、森田は生き残ったのだ。
銀二「お前が今日ここまで生き残れたのは……お前の天性の強運から来ているのだろうな」
銀二「お前のことを、目に見えない何かが助けているようだったぜ。偶然、必然を問わずな……」
美緒が森田のことを追ってきていなければ、人間競馬やEカード勝負の時にまず間違いなく氏んでいた。
電流鉄骨渡りの時は偶然から帝愛の罠に気がつくこととなった。
そして最後の兵藤との対決の際も、偶然が重なり辛くも生き残る結果となった。何より兵藤が遊び心を出してくれたこと事態が奇跡であった。
言われてみれば……森田を救おうとする何者かがことごとく森田が生き残るために用意し、導いたようなものだったのかもしれない。
314: 2014/11/19(水) 17:32:55.38 ID:g0Z8QOvQ0
森田「それでも悔しいですよ。俺は……そんな9億なんて手に入っても、こうして生き残ったとしても……」
森田「俺は銀さんに全てを託して散っても構わなかった……」
銀二「その決氏と覚悟が……お前をここまで導いたというわけだ」
銀二「だがな、森田よ。あまり望んで氏に向かおうともするな」
森田「え?」
銀二「俺にはお前が、自ら破滅を望んでいる……氏にたがりに見える。そんな危うい生き方はやめておけ」
銀二「決氏の覚悟で敵に挑んだその結果で破滅するのは仕方がないかもしれんが、最初から何もかも破滅など望むな」
銀二「お前と一緒にいたあの美緒とかいう女から聞いた。……お前、シャバでロクな生き方してないそうだな」
森田「美緒が……?」
そう。スターサイドホテルを去る前、美緒は銀二に森田の相談に乗って欲しいと頼み込んでいたのだ。
それもあって銀二はここを訪れたのである。
315: 2014/11/19(水) 17:33:44.21 ID:g0Z8QOvQ0
銀二「ずいぶんとお前のことを心配していた様子だったな。……シャバでもあまり元気がないそうじゃないか」
森田鉄雄は平井銀二と別れてからこの2年間、ずっと無気力な日々を送り続けていた。
平井銀二という森田にとって特別な人間を失ったことは、森田に現実で生きるという気力を失わせていたのだ。
自分の中の何かが弾けて散り、もう元には戻らない。たとえ再び平井銀二と会ったこの時でも……。
森田「俺は正直、これからどうすれば良いのか分かりませんよ……」
森田「裏社会で生きるのはもう嫌だし、だからといって引退してももう平凡な一市民として生きるなんてことも無理……」
森田「銀さんと別れたことが、ここまで辛いものになるなんて思ってもみませんでした……」
乾いた笑みを浮かべ、森田は自嘲する。最高のパートナーを失ったことが、ここまで深い喪失感をもたらすことになるとは……。
そんな中でこうして銀二と再び会えたことで、森田はこれまでにない安堵を感じるようになったのだった。
銀二「……それでお前、これからどうする気だ? まさかその9億をドブに捨てるわけでもあるまいな」
森田「できることなら、銀さんに渡したいくらいですよ。銀さんは、これから帝愛を相手に挑むことになるんでしょう?」
銀二「まあな……」
森田「だったら、端金にしかならないでしょうけど……帝愛を倒すために使ってください。俺が持ってたって、奴らを倒すのは無理……」
銀二「……あるじゃねえか。お前のやりたいことが」
森田「え……?」
銀二は不敵に笑いだし、森田は困惑する……。
316: 2014/11/19(水) 17:34:40.78 ID:g0Z8QOvQ0
銀二「お前は帝愛を倒したがっている。お前らをことごとく弄び、お前の仲間を頃してきた奴らを……」
銀二「そしてお前は帝愛に苦しめられている連中を救ってやりたい……そう考えてるんじゃないのか?」
銀二に指摘され、森田は沈黙……。
確かにそうだ。森田は人の命を弄ぶ帝愛グループを倒し、彼らに命を弄ばれている者たちを救ってやりたいと心の底で願っていた。
だが、森田の力ではそれは不可能だし、それをするにはもう一度裏社会に身を置かなければならない。
森田「でも……俺はもう裏の仕事は……」
銀二「心配するな。お前自身のやり方でやればいい。……俺たち悪党と組む必要もない」
銀二はどうやら、安田たちのように森田をもう一度裏社会へ引き込もうと考えているわけではないらしい。
一体、銀二は何を考えているのか、森田にはさっぱり分からない……。
銀二「どうだ? 森田よ。これから一つ俺と勝負をしないか?」
森田「勝負?」
銀二は懐から何かを取り出しテーブルへと放る……。
十枚の絵柄が描かれたカード……それを目にした森田は目を見開く……!
森田「そ、それは……!」
紛れもなく、利根川との勝負で使ったEカード……!
銀二「ふふふ……お前らが利根川を倒した後、拝借させてもらった。ルールはお前も知っているな?」
森田「は、はあ……」
放心状態の森田に、銀二はさらに言葉を続ける。
317: 2014/11/19(水) 17:35:35.24 ID:g0Z8QOvQ0
銀二「今、ホテルの外にトラックを3台待機させてある。」
銀二「そのトラックの中には、これから帝愛に挑むためのヤマで使う予定だった1000億が積まれてある」
森田「え、ええ!?」
森田は思わず驚愕する……!
1000億……それは今、手元にある9億の100倍以上……!
銀二「これからのこの勝負……もし俺が勝ったら、お前が今夜手に入れた9億をいただく」
銀二「だが、もしもお前が勝ったなら……その1000億、お前にくれてやる」
銀二「それを使って、お前のやり方で帝愛と戦えばいい」
森田「で、でも……それじゃもし負けたら銀さんは……」
平井銀二が、更なる巨悪に挑む前にこんな場末のギャンブルで負けるなど……。
森田「銀さん……?」
だが、ここで森田は銀二の表情が妙に哀愁に満ちていることに気がつく……。
318: 2014/11/19(水) 17:36:49.94 ID:g0Z8QOvQ0
銀二「……実は、いい潮だと思っていた」
森田「え?」
銀二「俺も、お前が引退してから裏社会で生きる気が失せちまってな……」
森田「銀さん……!?」
銀二の思わぬ発言に森田、驚愕……!
森田と同じ喪失感を、銀二自身も味わっていたとは……。
銀二「森田鉄雄という相棒を失って、俺の中の何かが潰えた……。それは弾けて散り、もう元には戻らない」
銀二「今、こうしてお前と共にいてもな……」
寂しそうな銀二の姿に、森田は呆然……。
あれだけ森田が憧れていた巨人が、こんな弱々しい姿を見せることになるとは。
銀二「だが俺はこれまで幾千もの人間を地獄へ突き落としてきた男……。勝ち逃げなど決して許されない……」
銀二「俺に残されている道は壊滅的な敗北を喫し去るか……」
銀二「勝ち続ける……灰になるまでな……!」
銀二の言葉を聞き、森田は愕然……。
あれだけ裏社会で伸し上がる野望を抱いていた男が、その果てに破滅することを覚悟している……!
319: 2014/11/19(水) 17:37:32.98 ID:g0Z8QOvQ0
森田「銀さん……」
銀二「俺のその敗北はもう近い……恐らくは、兵藤と一戦を交えて破滅するか……」
銀二「今、ここで破滅するかもしれん……」
森田「そんな……!」
つまり、裏を返せば今の銀二は森田と勝負をして破滅することも覚悟している……。
銀二「俺もお前も、お互いの存在に縛られている……だから、今ここでケジメをつけようじゃねえか」
銀二「俺が勝てば、もうお前のことを忘れよう。だが、お前が勝てば俺のことを忘れろ……」
銀二「1000億を持って帝愛に挑んでもいい。そんなことをせずにあの美緒という女と共に生きてもいい……」
銀二は同時に一市民として平和な日常で生きる気力を失った森田を救おうとしているのだ。
銀二「奴隷がいいか、皇帝がいいか、お前が選びな」
320: 2014/11/19(水) 17:39:12.69 ID:g0Z8QOvQ0
森田(銀さん……)
森田はこの申し出を何故か拒絶することはできなかった。
憧れていた男と築いた全てを清算し決別する戦い……。銀二はそうしてまで森田鉄雄を救おうとしている……。
その思いをはっきりと受け取っていた森田は、不思議と自然に目の前に置かれたカードへと手が伸びる……
この男の思いを、今ここで無碍にすることなどできない……。
銀二「いいのか? 奴隷が勝てる確率は1/5だぞ?」
森田「銀さん相手に、皇帝も奴隷も変わりませんよ。そんなものはあくまでも確率論でしかない」
銀二「ふふふっ……違いない」
この場に至っても損得を超えた感性で考え、動くことができる森田鉄雄……。
そんな彼に引導を渡して敗北し破滅するのであれば、この上なく本望であった。
銀二も自らが使うカードを手にし、森田鉄雄と視線を交し合う……。
銀二「さあ、始めようか。森田よ……」
午前4:30……夜明け前のホテルの一室で、誰にも知られることなく始められる一戦。
銀と呼ばれた男と、かつて金と呼ばれることを願った男……。
銀と金、二人の男の決別の戦い……その結末は……天のみぞ知る……。
完……!
321: 2014/11/19(水) 17:44:50.81 ID:g0Z8QOvQ0
以上で銀と金、カイジのクロスSSの第二部は終了です。
前回のエスポワール編が好評だったようなので、こうして続編を書くに至りました。
銀と金自体が未完で終わってしまっている作品ですので、ラストは福本先生が構想していたという
森田と銀二の対決という形で終わらせることにしました。
ただし、結末自体は先生が書いてないので想像にお任せします。
そしてまた所々に文や連投のミスがあったのが後悔……HTML化の時に修正したいので、↓に修正箇所乗せておきます。
前回のエスポワール編が好評だったようなので、こうして続編を書くに至りました。
銀と金自体が未完で終わってしまっている作品ですので、ラストは福本先生が構想していたという
森田と銀二の対決という形で終わらせることにしました。
ただし、結末自体は先生が書いてないので想像にお任せします。
そしてまた所々に文や連投のミスがあったのが後悔……HTML化の時に修正したいので、↓に修正箇所乗せておきます。
324: 2014/11/19(水) 17:47:30.87 ID:sTfqJVYHO
乙!めちゃくちゃ面白かったよ
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