1: 2010/05/31(月) 13:34:26 ID:ubuSwbY.0

2: 2010/05/31(月) 13:37:12 ID:ubuSwbY.0
外伝としてドクオ編を投下します。
時間軸はブーン編とほぼ同じになります。

まとめさんには面倒な事と思いますが、よろしくお願いします。

3: 2010/05/31(月) 13:37:54 ID:ubuSwbY.0


 それは軽率か我侭か

 不自由は、自由の隣り


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第一話「逆位置の『愚者』」



('A`)「よいしょっと…」
 
 あの時の嬉々とした気持ちはどこへやら。

 馬車から降りると一面茶色の世界だった。
 この俺が砂漠に来る事になるとは。
 人生何が起きるか分からない、と再度思い知らされた。
 砂漠の風が運ぶ砂がマントに当たるのが分かった。
葬送のフリーレン(13) (少年サンデーコミックス)
4: 2010/05/31(月) 13:38:40 ID:ubuSwbY.0
 俺には強すぎる太陽の光に顔をしかめながら国境へと入る。

 砂漠に立つ数日前の紫の国が思い出された。
 ここに比べたらどれほど過ごし易かっただろう。
 マントの下から手帳を取り出し、砂漠の暑さを酷評してやろう。

 ページをめくると、旅を始めた時の日付が目に付いた。
 
 随分前にも思えるが数日前の話なのだ。
 気が付けば、ここに至るまでの文字を眺めていた。


 ―紫の国 西側都市 西端魔法学校―

 多くの生徒が行きかうエントランス。
 紫色の絨毯と同じ色の装飾が、白い壁一面を覆う。
 
 俺はそこで、いつもの様に掲示板を見ていた。
 授業帰りに覗くのはどの学生も同じだろう。 
 貼り付けてある紙を流し読みしていくと、ある名前が目に止まる。

 ドクオ=デプレ
 
        以上

 俺の名前だ。
 学校の中で目立たない立場の俺が何をしたのだろう。
 視線を紙の上に上げていく。

5: 2010/05/31(月) 13:39:33 ID:ubuSwbY.0
 『以下の者を学費未納により退学にする』

 一瞬、理解できなかった。

('A`)「…ぱねぇ」

 等と言っている場合ではないが当然の結果でもある。
 数ヶ月前に両親が事故で氏んで以来、俺に収入は無いのだから。
 貧乏な部類に入る俺の親にはもちろん遺産も無い。

 数ヶ月学費未納の俺をこれまで置いてくれた学校には感謝すべきだろうか。

 今まで全てを両親に任せていた俺は何もできなかったのだ。
 働き口を捜すことも、学校にうまく事情を説明する事も。

 ここに立ち尽くしていても何にもならない。
 少しの間、暮らせる位の蓄えはある。
 今は家に帰ってどうするか考えよう、と判断し帰路につく。

 俺と違い、いつもと寸分代わりのない町だった。
 鉄を使った建築物、立ち込めている霧。
 最近完成した線路は真新しく、蒸気で動く列車が通り抜けていく。

 太陽の下にいるのは嫌いだが登下校はどうしようもない。

 建物のお陰で狭く見える空には、もう冬だというのに太陽光が強くさしている。
 どうせなら雨か雪でも降らせて直射日光を遮ってはくれないだろうか。
 僅かに流れる雲はそんな事を考える俺にお構いなく散っていった。

6: 2010/05/31(月) 13:40:16 ID:ubuSwbY.0
 数分も歩けばたどり着く我が家には、俺の知らない紙が引いてあった。

 『差し押さえ』

 そう書かれた紙の線が扉を塞いでいた。
 俺の両親は借金もしていたのか。

 持ち前の影の薄さを有効活用する時だった。

 天を仰いで両親を思いつつ鍵を開ける。
 家はある程度どうでもいいが、俺の生命線までくれてやるつもりはない。
 周囲に誰もいない事をすばやく確認し、我が家に侵入する。
 内部にも人の気配は無い。

 自宅のはずだが、妙に緊張する。

 差し押さえられた家具を避けながら俺の現金保管場所へと移動。
 机の付近に乱雑に置いてある菓子の箱を開けて、中の現金を懐にしまう。
 窓から外を伺い人の気配が無いかを確認。

 同じ道筋を通り家の外へ。
 怪しまれる事無いよう平然と町の雑踏の中へと隠れる。
 俺を尾行するメリットは無いだろうが、変な業者と関わらないに越した事はない。
 所要時間僅か二十数秒。

('A`)(俺の天職はきっと盗賊だな……)

 人間、やれば出来る物だ。盗賊ギルドとやらを探してみるか。
 半ば本気でそう考えながら郊外へと進んでいく。

8: 2010/05/31(月) 13:41:51 ID:ubuSwbY.0
 俺はと言えばこの時、頭全部を使って身の振り方を考えていたので、
 素直にこう言ってしまった。

('A`)「地面…ですかね?」

(#`ー´)(#ノAヽ)「……」


 結果から言えば俺の被害は無かったに等しい。
 一発殴られる程度、昔のいじめに比べればなんとカワイイ物だろう。
 悪いが俺を泣かせたければ更に過酷なシチュエーションを用意してもらおう。

(#)'A`)(ふっ、チンピラが…)

 仰向けに倒れていても景色は嫌でも視界に入り込んでくる。
 嫌な天気だ。太陽光にあたるだけで体力を奪われる。
 
 普通だったら、どう思うのだろうか。

 いい天気、なのだろうが、昔からどうも理解できない。
 曇りの方が快適に過ごせるではないか。
 
 いつまでも倒れていては迷惑だろう。もうなっているか。
 上体を起こして地面に座り込む姿勢になった。
 道を少しずれれば、この辺りでは有名な樹海が道の隣に横たわっていた。
 俺を不振な目で見ながら通行人が通って行く。

('A`)(鬱だ…氏ぬか)

9: 2010/05/31(月) 13:42:41 ID:ubuSwbY.0
 どうせ俺が生きていても良い事は何も無いだろう。
 これまでの十九年何もないのだから間違いない。

('A`)(いや…まて)

 懐に手をやるとむき出しの現金に指が触れた。

('A`)(…そうだ、王都に行こう!)

 どこかの雑誌で見た煽り文句を思い出した。
 心に残ったのは虚しさだけだった。

('A`)(…行ってどうすんだよ……ん?)

 森の間から二つの点が見える。
 紫色の光だった。

('A`)「……」

 俺と光の距離はさほど離れていない。
 それは他の通行人も変わりなかった。
 何か分からないが、危険な物が街の中に現れるとは思えない。

 しかし興味はあったので光を見つめながら立ち上がろうと、かがむ姿勢になった。

 光が迫った。

10: 2010/05/31(月) 13:43:30 ID:ubuSwbY.0
 犬の姿が太陽の下に現れ、その以上な点を浮き彫りにする。
 機会の半身。
 教科書で見たことがある。

 魔物。

 魔王の兵が何故街中にいるのか。
 そんな事を考えながら、人事のように、向かって来る魔物を眺めていた。

 地面を踏みしめ魔物が跳躍する。
 やはり狙いは俺らしい。
 もっと美味そうな奴が周りにいるだろうに。

 ここで教育が活きた。

 左手を開きながら腰の辺りに持ってくる。
 その左手の上に出現する紫色の球体は見ずとも分かる。
 
 球体の中に右腕を入れ、『イメージしたもの』を『握る』。

('A`)『…サンダーナイフ』

 詠唱と同時に踏み込む。
 襲い来る魔物の真横に体をずらす。
 すれ違いざまに、球体から透明の短剣を抜き、そのまま腹を斜めに切り裂く。
 魔物相手なら法には触れない。

 俺の行った動きは対強襲用抜剣である。
 紫の魔法学校・剣術戦闘科の日課に近いものだった。

11: 2010/05/31(月) 13:44:14 ID:ubuSwbY.0
 紫の魔法特性である『精製』は短剣を魔力で形作っている。
 練習を続けていれば役に立つ事もままあるのか。
 自分に感心しつつも、そんな事を考えている場合では無い事に気付く。
 すぐに振り返ると魔物は森へと逃げ帰っていく所だった。
 
 別に追わなくてもいいだろう。
 後の事は兵士にでもお願いして、帰るとしよう。
 俺の右手からは魔法の刃が消えて、魔力の塵へと還元されていた。

('A`)「…家ねぇじゃん」

 一人で会話しているのも飽きて来た。
 とりあえずギルドに向かおうと歩き始めると、後ろから声がかかった。

(;・-・ )「君! 無事か!?」

 これが怪我をしている様に見えるのか。

(;´・_ゝ・`)「顔色が悪いな…あぁ、私達は駐屯兵だ」

 顔色に関しては生まれつきだ。
 心でぼやきながら、目の前の二人を一瞥する。
 胸の辺りに紫色の紋章があるシンプルな軽鎧を着用している。

('A`)「いえ…ケガとか無いんで…これで失礼します」

 喋りなれない俺は少し噛みながらも意思を伝えて振り返り、踏み出す。
 しかし俺の肩は掴まれて引かれる。
 半回転して兵士と再対面した。

12: 2010/05/31(月) 13:44:57 ID:ubuSwbY.0
(´・_ゝ・`)「無事ならよかった。私達と来て欲しい、君に渡す物がある」

('A`)「……?」

( ・-・ )「急ぎの用があるのかい? 君は事件を防いでくれたんだ。
      いわば勇者だよ」

 勇者だなんて。
 などと考える程バカではない。
 要するにこの兵士達は自分達の不祥事を消そうとしているのだろう。
 確か兵士駐屯所は近くだ。

('A`)「…はぁ、分かりました」

 だがバカは多いらしい。
 周りの連中は俺に拍手を送っている。
 早く切り上げるとしよう。

(´・_ゝ・`)「では行こうか。皆の者、この者に賞賛の声を!」

 コイツ、慣れている。
 もっとまともな兵士を採用すべきではないだろうか。

 俺は慣れない拍手に送られて兵士駐屯所に向かう事になった。

13: 2010/05/31(月) 13:45:45 ID:ubuSwbY.0


 次の日の早朝。
 適当な宿で一夜を明かして重い懐を押さえる。
 俺は街の隅を流れる川を、その上を通る橋から眺めていた。

 昨日は酷かった。極めて無駄な時間を過ごした。
 金一封を渡され、この件は口外しないで欲しいと言われた。
 分かったと答えたら再三、念を押されてようやく外に出る事が出来たのだ。

('A`)「……どうすっかな」

 どうでもいいと思っていた金一封は意外にもかなりの額だった。
 家から持って来た金と合わせれば、暫くは困らないだろう。
 とは言っても野宿をしてニか月強もつ程だが。

('A`)「そうだ、異国に行こう!」

 こんな事を昨日も言ったか。
 
 冷えた綺麗な水が流れる川は、朝日を受けて輝いていた。
 まったく恨めしい太陽だ。
 目を細めながら上と下の両方から迫る光を受けていた。
 今は朝だから温度があまり気にならない事が救いか。

 西に流れる川から視線をはずし、北の方へと移す。

('A`)(西側は…曇りか)

14: 2010/05/31(月) 13:46:34 ID:ubuSwbY.0
 遥か遠くに立ち込める暗い雲が妙に不自然に見えた。
 街の空には雲一つ無いからだろうか。

('A`)「赤の国か、雪降れば太陽出ねぇよな。いいなぁ」

 何気なく呟いた一言。
 その一言は遠くの曇り空と同様に不自然に感じた。

('A`)「……」

 そうか、別に迷うような事もないのだ。
 太陽の出現頻度が低いところへ。
 俺は行ってみたいと思った。

 別にこれからやるべき事、やりたい事はなかった。

15: 2010/05/31(月) 13:47:17 ID:ubuSwbY.0
 そして今の俺には出来ない事ではない。
 どうせこの先頼りになる身内も、知人もいないのだ。

 初めて自分で決める事かもしれない。
 自分で行きたいと思った場所に自分で行ける。

 そう思うと、何故か楽しみだ。
 久しぶりの感覚だった。

 決めたのなら善は急げ。
 
('∀`)「…さて、行くか」

 いつもの俺とは違う、嬉々とした動きで、準備をするべく街へと一歩踏み出す。
 
 軽い気持ちの一歩だった。


外伝 空白の旅人  第一話「逆位置の『愚者』」 完

16: 2010/05/31(月) 13:48:24 ID:ubuSwbY.0


 小さな混迷の起点

 浮き彫りになった消極性


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第二話「逆位置の『魔術師』」



―青の国 国境の街―

 俺は基本的に太陽が苦手だ。
 熱いし眩しい。
 一応言っておくが、太陽に当たってはいけない体質なのではない。
 精神的に苦手なだけだ。

 だからと言って太陽が気を使ってくれた前例は無い。
 それはそうだ、何せ相手が俺なのだ。
 太陽が俺の存在に気付いているはずはない。

 その位には影の薄い人間だと自負している。
 他人も俺とは関わり合いになりたくないはずだ。

( ・∀ )「…という訳だ。ロマン溢れる遺跡だったね」

17: 2010/05/31(月) 13:49:12 ID:ubuSwbY.0
 だが、現在なぜか俺は妙な旅人と会話をしていた。
 近場の飲食店に入り、注文を終えた俺の真横に座ったこの男。
 頭から被ったローブが男の顔半分を隠している。

 暗いカンテラに照らされた店内。
 そして更に暗く思える俺の隣で自分の旅の話を急に始めたのだった。

('A`)「はぁ、それであなた…ええっと?」

( ・∀ )「僕はモララーだ。君も旅を?」

('A`)「まぁ、一応そうですね」

 数日ほど馬車に揺られていただけだ。
 旅と言っていいのだろうか。

 俺の目的地は【赤の国】だ。
 しかし我が紫の国からは直接行くことは出来ない。
 ついでだからと、この青の国を経由して馬車に乗る事にしたのだ。
 結局暑い中歩くはめになっているので失敗だったと思い始めている。

 この街に着いた時には夕暮れも近かった。
 今日はここで宿に泊まり、明日には馬車を探す予定だ。

 しかしよく喋る人だ。
 学校にいた頃は友人の一つもいない事を恥じたものだが、
 こうして人と話していると今はそれを疎ましく思う。
 案外、俺も筋の通っていない人間なのだろう。

( ・∀ )「…宿? ああ、この先の大通りを右に曲がるとあるよ、安いのが」

18: 2010/05/31(月) 13:49:58 ID:ubuSwbY.0
('A`)「詳しいんですね。ギルドの場所とかも分かりますか?」

( ・∀ )「確か…役所の近くだったかな。
      仕事だったら隣町の船着場とかもいいけどね。
      肉体労働だから疲れるけど見合った報酬は貰える」

 紫の国を出る前は十分にあった金だが、馬車に乗って長距離を移動すれば相当減る。
 よく調べなかった俺も悪いのは分かる。
 まさか残り半分になるとは。
 これにより懐に若干の危険を感じた俺はギルドを覗こうと思っていた。
 
 砂の海が広がる【青の国】。
 多く発見された古代遺跡探索の依頼はいくらでもあるだろう。


( ・∀ )「ま、気を付けて。魔物も馬鹿には出来ないからね」

('A`)「分かりました。それじゃあ…」

( ・∀ )「ああ、またね。良い旅を」

 モララーと名乗る旅人に軽く挨拶し店を出る。
 木製の扉が軋みながら開き、赤い景色の中に進んでいく。

 砂丘の間に沈みつつある太陽は全てを赤く染めていた。
 周囲を歩く人が少なく、温度も下がっている。

19: 2010/05/31(月) 13:51:00 ID:ubuSwbY.0
 普通、この景色を見たらどう思うのだろう。
 赤い夕日の美しさを思うのか。
 沈み行く太陽の哀しさを思うのか。

 俺が何かを思ったのは、モララーから聞いた宿の窓から、砂漠を見た時だ。
 風と共に流れる砂と光の渦を作った様な夜空。
 技術で進歩を続ける紫の国では見られない景色。

 【星の海】と呼ばれるのも納得できる空だった。
 光の中にある暑い砂漠。
 青い月光と無数の星明りに照らされる冷たい砂漠。
 普通はどっちも趣のある景色だと思うだろう。

 とりあえず後者は気に入った。
 旅をすれば、変われるかもしれないと思っていた俺だが、
 どうやらそれは無理そうだ。

 この国には綺麗な景色が多くあるが、嫌いな物が大部分だ。
 旅を始めて浮かれた気分でも、変わらない自分を見ているようだった。

 それでも。
 やはり窓の外に広がる物は素直に綺麗だと思える。
 この景色をずっと見ていたい。
 青く大きな月と共に、暫く星の海を眺めていた。


 次の日、暑さで目覚めた俺はギルドを探すために早朝から街を歩いていた。
 行き交う人は多い。
 騒がしさを感じながらも簡単にギルドは見つかった。
 石造りの立派な建物だ。

20: 2010/05/31(月) 13:52:24 ID:ubuSwbY.0
(’e’)「おはようございます。依頼の請負でしょうか?」

('A`)「はい」

 中では穏やかそうな男性が丁寧な対応をしてくれている。
 良いギルドだ。他のギルドに行った事はないが。

(’e’)「このギルドは初めてですか。では、こちらに必要事項をご記入下さい」

 名前、年齢、職業……
 記入欄が開いている紙を眺めながら近くの机に向かう。

('A`)「19歳っと。職業…だと…?」

 【名前】 ドクオ=デプレ 様
 【年齢】 19歳
 【職業】 …ニート

('A`)(これじゃあ無理だろうな。当たってはいるけど)

 働く意思があるからニートではない。
 そう思いながら、こう書き込んだ。

 『旅人』

21: 2010/05/31(月) 13:53:05 ID:ubuSwbY.0



(’e’)「うーん、この条件だと…」

 さすがに無いかもしれない。
 特に危険度が低い。これは絶対。
 二、三日で終わる。
 報酬が多め。

 要約するとこうだが、我ながら図々しい。

(’e’)「あ、これなんかどうでしょう」

('A`)(あるのか…)

(’e’)「大体一週間程で、報酬はこれくらいです」

('A`)「おお、凄いですね」

 カウンターに出された資料を身を乗り出して見てみる。
 一週間で終わる仕事でこれは高額だ。

(’e’)「遺跡の変質調査です。
     まず一回行ってもらって、少し経ったらもう一度行ってもらいます」

 この近くの遺跡のようだ。
 急ぐ理由もないので、この依頼に決めてもいいかもしれない。

(’e’)「まぁ結構魔物が出たりするんですけどね」

22: 2010/05/31(月) 13:53:45 ID:ubuSwbY.0
('A`)「俺の話聞いてた?」

 とはいえ俺はこの依頼を受ける事にした。
 どれを選んでも何かしらの危険はつきまとう。
 既に俺は青の国の太陽から逃れることを第一目標としていたのだ。


 ごった返す商店街は、相変わらず光の中にあった。 
 砂漠に出る準備をしながら相変わらずの明るさに顔をしかめる。
 額からこぼれる汗を手の甲で拭いつつ、ぼやける町を歩いていく。 

 昨日から引っかかっている物。
 結局、人間すぐには変われないのだろう。
 誰も俺の事を知らない場所、俺が何も知らない場所。
 今、確実なものは俺がここにいる事だけだ。

 外国に来ても変化の無い自分にうんざりしながらも、安堵している自分がいるのだった。


外伝 空白の旅人  第二話「逆位置の『魔術師』」 完

23: 2010/05/31(月) 13:54:26 ID:ubuSwbY.0


 激情にはなれない意思

 無神経な街で


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第三話「逆位置の『女教皇』」


―砂漠の遺跡郡 内部―

 何に使うのだ。
 そう思うくらいには高い天井と、それに不釣り合いな狭い通路。
 砂漠と違う、灰色の石で造られた遺跡は迷路の様に枝分かれしていた。
 
 暗い通路の内いくつかを適当に調べて帰ろうとしていた俺は現在、
 理解しがたい現象を目撃している。

 暗がりに突如として存在している光の柱。

 何だ、あれは。
 何が起こっている。
 何で俺は動かない。

24: 2010/05/31(月) 13:55:22 ID:ubuSwbY.0
『グアアアアアアアアアァッ!!』

 誰だ。そう思うだけで限度だった。
 
 目の前には男の影。
 遺跡の中だというのに、幾つもの雷光が男を貫いている。
 電流の中に飲み込まれた男からの絶叫が響く。
 遺跡の機械だろうか。

 それだけなら、まだ良かった。
 古代の罠と捉える事が出来るからだ。

( ∀ )「アアアアアアアアアアァッ!!」

 何故、この男から鉄片が生えている。
 やがて他の部分も鋼鉄に覆われていく。
 その姿を俺は見た事がある。

(;'A`)「機械の体…これじゃあ……」

 魔物。
 痙攣しながら、血を噴出しながら、男は魔物に変わっていく。
 魔王の罠か。

 弾かれた雷が俺の真横を通り抜けた。
 その時、男の顔がゆっくりと動き俺の目を見たのだった。

25: 2010/05/31(月) 13:56:03 ID:ubuSwbY.0
( ∀ )「…ガアアァ……!」

 赤いレンズの様な機械に覆われた左目。
 血走った右目。
 
 悪寒が走る。
 この場所にいてはいけない。
 
 俺にそう判断させるには十分な決定打だ。

(;'A`)「うああああああああぁッ!」

 体を回転させ、一目散に逃げ出す。
 
 壁が崩れた物だろう。
 通路を転がる石につまずきながらも、出口へと駆ける。

 恐怖とは、それが目に映るよりも見えない方が強くなる物だ。
 実在するのかしないのか。
 疑心暗鬼による恐怖は思ったよりも大きいのだ。
 俺は実在する脅威を見た上で逃げている。

 だが、振り返る余裕はない。
 奴はどこにいる。
 どこまで追って来た。
 
 俺の真横を流れていく通路から音が聞こえた気がした。

26: 2010/05/31(月) 13:56:54 ID:ubuSwbY.0
 どこから来る。
 
 真後ろか。
 右か。
 左か。

 それとも、前。

 そう思った時、視界は白んだ。
 殺される。
 何かに足を止められ、転んだ。

 砂が光の中に舞い上がる。

 そこでようやく気が付いた。
 ここは砂漠の上だ。
 
 いつの間にか、俺は遺跡を出て砂漠を走っていたのだった。



('A`)「……」

 宿屋の天井は黄ばみ、ベッドは軋む。
 
 あの日、砂漠を駆け抜けた俺は宿屋へと直行した。
 出来るだけ人のいる安い宿屋へ。

27: 2010/05/31(月) 13:57:41 ID:ubuSwbY.0
 『人が目の前で魔物になった』

 誰も信じてくれるはずはない。
 誰に言うつもりも無いが。

 あの遺跡にもう一度赴かねばならないという憂鬱が、
 俺の頭に漂う。

 恐怖体験以外、ギルドへの報告を終えて六日の時間が空く。
 その恐怖も薄れた俺は、何を考えるでもなく六日を過ごした。
 ただ、それだけの数日間だった。

 時間がくれば仕事を請けたという義務感が無理にでも俺を動かす。
 ベッドから降りて荷物を身に着ける。
 薄汚れたマントを羽織り、窓から外を見る。
 六日前と同じく雲ひとつ無い砂漠の青空だった。


 ギルドの請負は基本的に信頼関係で成り立つ。
 俺の情報を把握しているギルドなのだから、ミスをすればすぐばれる。

 つまり、行きたくないからと言って適当な報告をする事ははばかられるのだ。
 遺跡の外観に変化はない。
 変わりなく、崩れた石が散らばる、砂の間の穴だ。

 深呼吸をすると暑い空気が胸を満たす。
 顔から落ちた汗が砂に吸い込まれた。
 精神的にも肉体的にも不愉快極まる状況を確認し、
 悩みの種へと歩を進める。

28: 2010/05/31(月) 13:58:23 ID:ubuSwbY.0
 細心の注意を払いながら、六日前見た『男』がいた場所へと進む。

(;'A`)「……」

 ここを曲がれば件の場所だ。
 通路の壁に手をかけて、顔だけを覗かせる。

('A`)「……無いか」

 やはり夢か。
 そうだ。
 そうに違いない。

('A`)「さて、調査だ調査」

 周囲を確認すると地面は石が転がっているだけだ。
 壁に空いた穴からは鉄製の棒の様な物が覗いている。
 天井は高く、やはり鉄の様な物体が俺の方を向いていた。
 そういえば鉄の欠片も見て取れる。

('A`)「こんなのあったか?」

 そうか、ここに『男』がいたのだから確認しているはずもない。

('A`)「…ッ」

 前方に飛び込み、紫の魔法を発動。
 紫色に光るナイフを片手に持って、屈み、反応を待つ。

29: 2010/05/31(月) 13:59:16 ID:ubuSwbY.0
 冗談ではない。俺がいた位置に『男』がいたのだ。
 何かよく分からない機械で俺が魔物にされない確証はどこにもない。

 これは、夢ではなかった事を俺が認めたからこその行動だ。

『良い…動きだ……俺よりも』

(;'A`)「…!」

 男性の声。
 暗がりのため、声の主を見つけることが出来ない。

「たぶん、左の…小部屋だ……」

 左と言われて瞬時に顔を向けた。
 壁にもたれる男の影が、小部屋の墨に見える。

(・∀ メ)「…よぉ…」

 機械の体。
 崩れかけた右半身から火花が散った。
 息も絶え絶えといった様子だ。

(;'A`)「……」

 左半身は生身の体。
 間違いない、俺が六日前に見た『男』だ。

 座っている場所に血が溜まり、流れる血が落ちて波紋を立てた

30: 2010/05/31(月) 14:00:00 ID:ubuSwbY.0
(・∀ メ)「…見りゃ…分かるとおり、氏に…かけだ。何もできねぇ…よ」

 右目のレンズから赤い光が力なく現れていた。

(;'A`)「…何なんだ…それより大丈夫ですか!?」

(・∀ メ)「俺が聞きてぇ…気が付いたら、これだ…自業自得、といえば…そうだが」

 機械のお陰で分からなかったが、男の歳は高めだった。
 四十台に届くのではないかと思われる顔のしわ。
 それが寄り、男は笑顔を作った。

(・∀ メ)「…タダとは言わねぇ…少し頼みを…聞いて欲しい」

(;'A`)「…え? 今は病院か何かに…!」

(・∀ メ)「どっちにしろ…長くねぇ…」

 弱まる右目の光に対して、左目は力強く俺を見ている。
 氏の際、人間がここまでの強さを見せられる物なのだろうか。

(・∀ メ)「俺は…マタンキ。紫の国のもんだ…んで首都に…住んでいた」

 その目に血気迫る物を感じた俺は、黙って話を聞く事にする。

(・∀ メ)「一人娘が…いるんだ。娘に…リリに…これを渡して欲しいんだ」

 震える右手を上げると、血に染まった布の袋が握られていた。

(・∀ メ)「俺のせいで…貧乏な家でな…ようやく、約束の物を手に入れられたんだ」

31: 2010/05/31(月) 14:00:49 ID:ubuSwbY.0
 受け取ると、とても軽い袋だった。

(・∀ メ)「リリの…誕生日…間に合う…か? はは…」

 嫌な気分だった。
 普段の俺はこの類の話を避ける。
 意味の無い自己満足だからだ。
 
 普段はそうなのだ。
 だが、これはか細い繋がり。

(・∀ メ)「同情を…買おうってんじゃ…ねぇ。俺は生きる為に…それのために…」

 マタンキが咳き込んだ。
 口の端から血が滴り落ちた。

(・∀ メ)「何人もの人を不幸に…頃したんだからよ…あぁ、あんたにはコレをやる」

 力を振り絞り、首から下がっていた飾りを取った。
 右手を俺の胸に押し付けた。

(・∀ メ)「魔法器だ…コレをくれた奴が…言っていた。『氏を吸う石』ってな」

 紫色に煌く石を眺め、強く握りしめる。

(・∀ メ)「消え行く皆の想いを…集める石だって……はは、どうでもいいか…」

 俺も運が悪い。
 避けてきた事に、たまたま出会ってしまうなんて。

32: 2010/05/31(月) 14:01:50 ID:ubuSwbY.0
 俺も多分、孤独に終わる。
 目の前のマタンキの様に一人で氏ぬ事になるだろう。
 俺に繋がり等という物はないのだから。

 そう思う事で、目の前の現実から目を逸らそうとしていた。

(・∀ メ)「機会が…あればでいいんだ。なぁ…頼まれてやって…くれねぇか…?」

 俺は人の氏を見るのが嫌いだ。
 繋がりの無い人間だから。
 だからこそ、それが消える瞬間に立ち会ったことが無い。

( A )「ああ。分かりました」

 ごまかす様に、そう言った。

(・∀ メ)「…はは、わりぃな…兄ちゃん」

( A )「ドクオ…」

 気付けば、口が動いていた。
 俺ではなく、声の主に意味をまかせる。

( A )「俺の名前はドクオです…マタンキさん」

 一瞬驚いた様な顔をしたマタンキは、すぐに笑顔になった。

(・∀ メ)「そうか…ドクオ…ありがとうよ、ドクオ…」

33: 2010/05/31(月) 14:02:35 ID:ubuSwbY.0
 名前を呼ばれたのも久しぶりだ。
 マタンキは最後の力で俺の名前を呼んだ様だった。

( ∀ メ)「すまねぇ…なぁ…リリ。俺は…もう無理そうだ…」

 どこを見ているのかも分からないマタンキの体が傾き出す。
 俺はマタンキが手渡した袋とペンダントを強く握りしめるだけだった。

(;∀ メ)「リリ…最後に…もう一目…だけ……」


 それが、マタンキが最後言った言葉だった。
 

 その後、砂漠にだがマタンキを埋葬した。
 遺跡に一人では気の毒だと思ったのだ、俺の小さな繋がりが。

 マタンキから託された袋は懐にしまい、ペンダントは胸に輝いていた。

 街に着き、ギルドまでゆっくりと歩いていく。
 朝と同じく騒がしい。
 そう思っているとギルドについてしまった。
 何も考えていないと時間が過ぎるのは早い。


(’e’)「はい、こちらが報酬になります。お疲れ様です」

('A`)「…どうも」

35: 2010/05/31(月) 14:03:18 ID:ubuSwbY.0
(’e’)「あぁ、それと凶悪な犯罪者が数日前に街に来たとかで…手配書です」

('A`)「……?」

『(・∀ ・)』

 見知った顔が描かれていた。
 そうか、彼が言っていたのはこれか。

(’e’)「お気をつけ下さい。何が起こるか分かりませんから」

( A )「……分かりました」

 不思議なくらい冷静だ。
 理由は分かっていた。

(’e’)「はい。それではお疲れ様でした」

 俺には、どうも生きている現実感が無いらしい。
 人が氏んだ。
 その映像を遠くから見ていた。
 
 マタンキが書かれた手配書を受け取り、感覚が戻る。

( A )「…」

 夕暮れの街を歩いて宿を目指す。

36: 2010/05/31(月) 14:04:14 ID:ubuSwbY.0
 物事には表と裏がある、と思う。
 自分がどう感じても、何をしても。

 恐らく『裏』を垣間見た俺は、他の人間とは違う思いを持っている。
 そして世界は『表』を正しいとしている。

 なら俺は間違っているのだろう。

('A`)「…?」

 下を向いて歩いていると道が見えなくなった。
 顔を上げると、空は暗くなり、満点の星が月と共に浮かぶ。
 
 物事には表と裏がある。

('A`)(俺は…)

 マタンキから受け取ったペンダントをひっくり返す。
 月を通して一瞬だけ輝き、また紫の石に戻る。
 手元には表と裏、変わりない姿が映っていた。
 表をたどれば彼との出会いは無かった。

 好きな方でいいのなら。
 俺は、裏でいいか。


外伝 空白の旅人  第三話「逆位置の『女教皇』」 完

37: 2010/05/31(月) 14:05:10 ID:ubuSwbY.0


 軽率な旅

 怠惰な自分を眺めながら


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第四話「逆位置の『女帝』」


―青の国 国境近郊の街 船着場―


 青の国は大部分が砂漠に覆われた乾燥地帯の国だ。
 この街も例外ではない。
 しかし、砂漠にも大河が流れている。

 青の魔法で水を操作し、各街に水を供給する。
 これが国の基本となり発展を支えてきた。
 ただ、それがいつからの事なのか。
 調べてみても文献には載っていないらしい。

 歴史どうこうより、毎日水を操作する魔法を使っている人は大変だろう。 
 俺が通ってきた水路も下から上に流れていた。
 首都の生活は魔法が無かったらどうなるのだろう。

38: 2010/05/31(月) 14:05:50 ID:ubuSwbY.0
 最近は豊かになりつつあると学校で聞いたが、
 この不毛の地で暮らそうとは俺には考えられない。
 何にせよ、魔法あっての発展だろう。


 砂場の上に造られた港。
 石で増強されたそれは木製の船をしっかりと繋ぎ止めている。
 巨大な運河に並ぶ船は、海のそれといっていい。
 暑さで揺れる景色の背後に砂漠。

 空は快晴。
 望みの雨が降る可能性は無さそうだった。

 そして、この状況は歓迎できない。
 何故に炎天下の中歩き回らねばならないのか。

(;'A`)「……あちぃ」

 国境から近いのはいい事だ。
 だが責任者のいない、ずさんな管理体制はどうにかすべきだ。
 これだから『海の男は適当』というイメージを捨てられない。
 ここは海ではないが。

(;'A`)「どこだよ……」

 船着場に行けば責任者に会える。
 そう読み取って早三時間。

 俺の考えている黒い企みもあってか、不安で落ち着かない時間が過ぎていた。

39: 2010/05/31(月) 14:06:34 ID:ubuSwbY.0
 話は三時間以上前。
 厄介な出来事から始まったのだ。


―青の国 国境の街―


(#'A`)「誰が残念フェイスだッ!」

 俺は吼えた。

('A`)「……なんだ夢か」

 そして静まった。
 夢くらい普通の物を見せて欲しいものだ。

('A`)「……」

 早朝だった。
 予定は無いがこの国からさっさと出て行きたい。
 主に日光と気温的な意味で。
 昨日受け取った報酬があれば、赤の国までは十分だろう。
 
 そんな事を考えながら窓際に立つ。

('A`)「……うわ、天気悪いな」

 もちろん俺からすればの話だ。
 良い天気を通り越して、光の中にあるといった様子の町並み。
 ほぼ毎朝変わらない憂鬱な気分を払うように準備を始めた。

40: 2010/05/31(月) 14:07:52 ID:ubuSwbY.0

 チェックアウトをするためにカウンター前に立つと、
 これまた変わらない女将が対応してくれた。

(゜д゜@「そう言えばあなた旅人さんよね?」

('A`)「ええ…一応」

 懐から財布を取り出しながら適当に返事をする。

(゜д゜@「これからどちらへ?」

('A`)「赤の国へ…」

(゜д゜@「あら、外国へ? さっき聞いたんだけど…」

 手袋をはめていたため上手く財布を開けられない。
 この程度の事に苦戦する自分が嫌になってきた。

(゜д゜@「この国の国境が閉鎖されたらしいわよ。
      なんでも紫の国が国境に兵士を集めたとかで」

('A`)「へぇ……え?」

 一刻も早く青の国から抜け出したい俺の当て付けだろうか。
 苦手を克服するために暫く暮らせと。
 やかましい、ここにいては氏期が近づく。

41: 2010/05/31(月) 14:08:42 ID:ubuSwbY.0
(゜д゜@「でね、実際見に行ったんだけど本当なの! 兵士さんが…」

 長くなりそうだ。

('A`)「あの…合法的に通り抜けられそうな場所とかありますか?」

 我ながら下手なカットイン。
 一つ間違えれば犯罪者か。

(゜д゜@「そうねぇ…船のお仕事をしてそのまま逃げちゃうとか?
      やっちゃ駄目よねぇ、あっはっはっは」

 そう言って笑う女将は冗談で言ったのだろう。
 だが悪くない一手だ。
 防衛線が引かれた直後なら隙はあるはずなのだ。

('A`)「はは…そうですね。お世話になりました」

(゜д゜@「ええ、また寄っていってね」

 宿賃を払い、そのまま外に出て行く。
 急ぐ必要がある。
 完全に閉鎖されてからでは遅いのだ。

 小走りでギルドまで行くと、すぐに係員に話しかける。

(’e’)「おはようございます。依頼n」

('A`)「船的な依頼とかあります?」

42: 2010/05/31(月) 14:09:23 ID:ubuSwbY.0
(’e’)「こちらです」

('A`)(速いな…)

 国境から抜け出す為には船を使うのが妥当だ。
 それは、その手段を取る人間が多いという事になってしまうようだ。

(’e’)「船の雑用はほとんどが無くなってしまいましたが…」

 つまり旅人の大部分がその方法を取ったという事になる。
 結果として俺は完全に出遅れていた。
 もっとも、成功するかどうかはタイミングと運次第だが。

(’e’)「これは今来た依頼です。重労働ですねぇ」

('A`)「問題ありません」

 もちろん俺に体力仕事が出来る訳はない。

(’e’)「はい、ではこちらが概要です」

 【黄の国】までの航行雑務。隣街発だ。
 赤の国を目指す俺にはその時点で目的から逸れている訳だが、
 国境閉鎖となっては贅沢は言っていられない。

('A`)「引き受けます。もう行っていいですか?」

(’e’)「えーと…このギルドは初めてですよね? こちらに必要事項を…」

43: 2010/05/31(月) 14:10:16 ID:ubuSwbY.0
('A`)「……」

 どうせ帰る気は無い。
 適当に偽名や適当な情報を書いておいた。
 よく考えれば好都合だ、俺が存在しないのなら罪には問えない。

 しかし何故かは分からないが、物悲しさというか寂しさの様な物を感じた。



 場所 船着場
 時間 到着したら

 
 何とも簡単な説明項を眺めながらため息をついた。

(;'A`)「はぁ……」

 船の近くで水の音を聞く作業も飽きてきた。
 いくら探しても責任者とやらが見つからないのだから仕方がない。

「あ、その依頼書…」

 背後から聞こえた声。
 反射的に振り向くと、痩せた男が立っていた。

(;'A`)「?」

<ヽ`∀´>「君が受けてくれたニダ? さっさと入るニダ!」

44: 2010/05/31(月) 14:10:58 ID:ubuSwbY.0
(;'A`)「え? この依頼はあなたが……」

 痩せてはいるが、筋肉質で日焼けしたその姿は逞しさすら感じさせた。
 問題はこの男の背後に開いている船の扉。
 何故水の上を進む船の真横に扉を取り付けたのか。

(;'A`)「沈むだろう……常識的にk」

<ヽ`∀´>「沈まないニダ! いいから早くするニダ、国がかかっているニダ!」

(;'A`)「…?」

 何か物騒な物でも積んでいるのだろうか。
 ギルドの紹介だからといって無条件に信用はできない。
 今日、また一つ学習した。

<ヽ`∀´>「乗り込んで待っていてくれニダ。後は乗客を待つニダ」

 それだけ言うと男は甲板の方へと橋を使って上がっていった。
 俺も船の真横に空いた扉をくぐる。

('A`)「……」

 薄暗いが広い船腹の部分。
 船の左右から飛び出しているオールを操る部分だ。
 想像とは少し違う光景だった。

45: 2010/05/31(月) 14:12:02 ID:ubuSwbY.0
 屈強な男達が、オールの取っ手を握りを構えて整列していた。
 オールの先は水中に入っている事だろう。

 中央には番号が書かれた椅子。
 ざっと五十はあるだろうか。
 大部分が埋まっており、現在の番号は四十三。

 何となく、嫌な予感はしていた。

<ヽ`∀´>「全員定位置に付いたニダ?」

 天井が開き、先ほどの男の声が聞こえた。

『凄いお! 僕船に乗るのは初めてだお!』

『いいから静かにしなさい!』

 同時に若い男女の声も聞こえる。
 男の方は高めの間抜けそうな声。
 女の方はよく通る聡明そうな声。

('A`)(どこの坊ちゃんだよ…)

 四十三番の椅子の座りながら、天井から聞こえる声を追う。

<ヽ`∀´>「準備出来たみたいニダ!」

『じゃあ出発だ!!』

46: 2010/05/31(月) 14:12:48 ID:ubuSwbY.0
 船長の声だろうか。
 左右に見える乗組員がいっせいにオールを漕ぎ出す。
 案外、適当に始まった。

<ヽ`∀´>「じゃあ順番に三時間交代で頼むニダ! ぶっ倒れたら誰かがやるニダ!」

 成る程、これは大仕事になりそうだ。
 国境を越えるには妥当な労力だろう。
 幸いにも知識が無くても問題は無い様子だ。
 周りにも旅人の様な姿をした者が見受けられる。

 そう余裕を持っていた俺だが、自分の順番が来る頃には船酔いで氏にかけ。
 オールをこぎ終わる頃にはこの船に乗った事を後悔していた。

 後悔、という単語が頭の中に残った。
 これまでの人生もそうだった。
 適当に選んだ選択肢は、全て裏目に出る。

47: 2010/05/31(月) 14:13:32 ID:ubuSwbY.0
 だが不思議と、いままでとは違うとも感じた。
 俺が今感じている後悔は心の底からではない。
 本当の後悔は、そこからでは手の届かない所にある物なのだから。
 いくら願っても変える事が出来ない物。

 全ては過去にある。
 あの時動いていれば、あの時声を出していれば。
 小さな後悔は積もり積もって、俺の背後にある。
 オールを漕ぐ繰り返しの間に何を下らない事を。

 こんな所で、旅に出なければ忘れていたはずのことを思い出した。

 もちろん、こんな事は次の順番を終える頃には忘れていた。


外伝 空白の旅人  第四話「逆位置の『女帝』」 完

48: 2010/05/31(月) 14:14:22 ID:ubuSwbY.0


 未熟な足取り

 無責任な剣


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第五話「逆位置の『皇帝』」


―森林地帯―


 魔法器は高価な物だ。
 特に、原料である特殊な原石をそのまま使った物は珍しい。
 大体は手袋や腕輪に原料を混ぜる形で作られるが、
 国の守護者や高貴な者は、魔法器の核に原石を使っている場合がある。

 原石は何かよく分かっていないらしい。
 遺跡や山奥で見つかる鉱物なのだが、宝石とは少し違う。
 素人の俺からすればどちらも大差は無いのだが。

 俺がマタンキから受け取った魔法器はどうなのだろう。
 見たままを言えば、透き通った紫の石だ。
 それが金色の金具に収められ俺の首に下がっている。

 自分の使う魔法と同じ属性の魔法器なら、反応して自身の魔法を強くする。
 どこからか力が集まり、自身の魔法がより大きな魔力で形成されるのだ。

49: 2010/05/31(月) 14:15:10 ID:ubuSwbY.0
 だがそのような話はこの際どうでもいい。
 俺が首からさげた魔法器を使わねばならない状況かどうかなのだ。


 空はまだ明るい。
 ここからなら良く見える。
 丁度いい具合の光は、森の静けさも相まって独自の緩やかな時間を造る。

 そんな中、俺は何故危機に瀕しているのか。 
 自身の不運さに泣けてくる。

 第一種戦闘配備。で、すみそうな話ではない。
 これだから慣れない事をするものではないのだ。
 俺が動けば相手も動く。
 相手が動けば俺も動く。

 目の前で鉄の擦れる音が鳴り響いている。
 俺を逃がすまいと二つの眼が金色に輝く。

(;'A`)(どうすんの? どうすんの、俺)

 大型の魔物。
 熊が魔力にさらされて機械の体を得たのだろう。
 まったく冗談ではない。
 おまけに黄の国、しかも森の真ん中では助けも期待できない。

(;'A`)『…サンダーエンチャント』

 有効とはあまり思えないが、自衛のため。

50: 2010/05/31(月) 14:16:16 ID:ubuSwbY.0
 なるべく小声で、かつ小さな動きで。
 俺の左手に紫の球体が出現する。
 正式な手順を踏んで、自身の最高の練度で魔力を固める。

 危険な状態だが、旅に出てから久しぶりの日課を思い出していた。


―黄の国 国境―


 大河の上に浮かぶ船で、呼吸を合わせている。
 タイミングを合わせる必要があった。
 誰も見ていない、誰にも気付かれない、誰も気に留めない。
 目指す状態はそれだった。

 まぁ、そんな状態は無理だろう。
 ギルドに迷惑がかからない程度の脱出が出来ればいい。
 半ば諦めもありながら軽い気持ちで機会を伺っていたのだ。

 昼前だっただろうか。
 ちょうど周囲から人が消えた瞬間を見計らい、森の中へと入った。
 何のトラブルも障害も無く易々と黄の国内へと侵入出来た。

 後から知った話では、大河にかかる橋の先からが黄の国らしい。
 実にどうでもいい話だ。

('A`)(…こんなんでいいのか?)

51: 2010/05/31(月) 14:17:08 ID:ubuSwbY.0
 当然、森に向かって歩いている間は心臓がうるさかった。
 昔から悪さをされる側の俺には新鮮味がある体験だ。
 思い返せば、ここ最近は少し我を通せる様になってきたかもしれない。
 
 森の間から船を眺める。

('A`)(…逃げるか)

 折角見つかる事無く森に入れたのだ。
 どこかに身を隠す方が先決だろう。

('A`)(…これって罪になるのかな?)

 一応仕事は果たしたので、何も悪い事はしていないのではないか。
 そうだ、帰り道も残っているのか。
 確か何隻かの交代でここに残ると言っていた。

 乗客の顔は見ていないが面倒な話になっているらしい。
 船の方が残って待つなど聞いた事がない。
 そう思うと、急に不安になってきた。

(;'A`)(実は、国の危機を救うべく選ばれし勇者が乗っていた!
     しかし船の乗組員が逃げたため窮地に立たされる!
     何だかんだで自体は収束し、逃げた乗組員も特定!
     魔王とかの討伐ついでに俺も討伐されてめでたし!)

 気付けば走っていた俺は足を止めた。

('A`)(……我ながらつまんねぇ話だな)

52: 2010/05/31(月) 14:17:49 ID:ubuSwbY.0
 いや、それ以前の問題か。
 いかに妄想と言えどもクオリティは高く保つべきだ。
 どうでもいいことを考えながらバックから地図を取り出す。

 【ニューソク地方トラベラー】

('A`)「……うわぁ」

 買い忘れていた。
 どう考えてもここはプラス地方だ。
 辺りを見ても木ばかり。
 
('A`)「地図あってもしょうがねぇか」

 そういえば方位磁針もない。
 帰ろうにも来た道が分からなくなった。

 どうしようも無くなってしまった。
 棒立ちしていても腹は減るので、とりあえず川か食料を探そう。
 心もとない保存食を確かめて歩き出した。


 歩く。
 方角も分からない森を歩く。
 普通、森で迷ったらどう思うのだろう。
 不思議と焦りも恐怖も無い。

53: 2010/05/31(月) 14:18:32 ID:ubuSwbY.0
 道は無く、木々の隙間を通る。
 遠くの景色は落ち葉が流れて隠れている。
 腰くらいまでの木、森を突き抜けているだろう木。

 視覚から得られる情報は極端に少なくなっていた。

('A`)「……音…か」

 足元で潰れた枯れ葉。
 枝を行き交う動物が枝を揺らす。
 姿の見えない虫達が枯れ葉を動かす。
 様々な音が、溢れる様に聞こえてくる。

 急に、感覚が鋭くなった様に錯覚する。
 そうだった。俺にも耳はあった。
 生活で馴染みすぎている物ほど、有事の際には忘れる。
 立ち止まり集中すれば、どこでも音だけの世界なのかもしれない。

 目を瞑ると小さく、だが確実に水の音が混ざっている。
 何とかなるものだ。
 水音が聞こえる方を探しながら進んで行く。
 時には目を閉じながら。


 木々の隙間から先を覗く。
 ぽっかりと、細長い空間が横たわっている。
 ゆっくりと空間に足を踏み入れると眩しさを憶えた。

54: 2010/05/31(月) 14:19:14 ID:ubuSwbY.0
('A`)「…おぉ」

 感想はそれだけだった。

 突如として葉の天井にヒビが入ったかの様な隙間。
 青空の下、開けた一本道に川が流れている。
 微かな風の動きが紅葉した葉を水に落す。
 はっきりと水の音が響いた。

 緩やかな階段の様に、なだらかに森を下る川。
 突き出した岩にはコケが生えている。
 人の気配が無い、静かな場所だった。
 
('A`)(釣りとかしたら…魚いるのかな?)

 開けた空から光が注ぐ。
 眩いばかりの川には想像通り魚がいた。
 食料も水も調達出来そうだ。
 これでは無理に騒ぐ必要も怖がる必要も無い。

('A`)「まぁ…悪運は強い…のか?」

 この川沿いに登って行けば村の一つもあるだろう。
 下れば船の近くに戻れる。
 輝く水を眺めていると喉が乾いている事に気付いた。

('A`)「では水を一杯…ん?」

 うめき声の様な物が聞こえた。
 大きめの岩の影が伸びていく。

55: 2010/05/31(月) 14:20:05 ID:ubuSwbY.0
 どうやら俺には動物の勘はないらしい。



 向かいの熊の魔物を睨み、機会を伺う。
 狩りというものは一瞬が勝負なのだ。
 俺は狩りをしているわけではないが。

 動かないのは測っているから。
 どちらも。
 どちらが強いのかを。

 俺は魔物より早く判断を下した。

 体が沈み、視界が下がる。

('A`)『サンダーソード』

 詠唱を完了させて左手の球体から、紫色に発光する剣を引き抜く。
 長さは俺の身長の半分程だ。
 長すぎるという事はない。

 俺の専門分野である中距離。
 ナイフよりも上手く扱えるつもりだ。

(#'A`)「ッ!!」

 魔物が動くよりも速く、俺は地面を蹴り、駆ける。
 視界が下がり、魔物の視線一点に集まり、近づく。

56: 2010/05/31(月) 14:20:49 ID:ubuSwbY.0
 川の中に足を叩きつけると水しぶきが腰の辺りまで飛び散った。
 首から下げた紫色の石が輝く。
 
 反射して、揺れる水面としぶきは、紫色に輝いた。


外伝 空白の旅人  第五話「逆位置の『皇帝』」 完

57: 2010/05/31(月) 14:22:17 ID:ubuSwbY.0


 それは誰の束縛か

 一歩を躊躇した、霧中の道


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第六話「逆位置の『教皇』」


―川沿いの小さな村 宿屋―


('A`)「いてて……」

 自分の声でベッドから起き上がる。

 左手に残る傷。
 体中の筋肉痛。
 最悪と言って差し支えない目覚めだ。

('A`)「……」

 さて、俺はどこにいるのだろう。
 左腕には包帯が巻かれているが、傷は閉じていないだろう。
 そこだけ重くなった様な鋭い痛みが伝わる。
 気配を感じ、扉を探す。

58: 2010/05/31(月) 14:23:22 ID:ubuSwbY.0
(゚、゚トソン「…っ!」

 部屋の入り口から一瞬顔を出した少女が逃げていく。
 いつからいたのだろう。

('A`)「…何だ、ここ」

 部屋の壁は白で塗られている。
 最低限の家具、備え付けの筆記具。
 恐らくは宿なのだろうが憶測にすぎない。

 白いカーテンを揺らしながら部屋の中に風が満ちた。
 右手に見える大きな窓からは、色が溢れる森林。
 空は大きめの雲が流れていた。

 川の流れる音も聞こえるという事は、
 俺が魔物と戦った場所から離れてはいないのか。

 そうだった、魔物だ。
 相対した熊の魔物は想像の以上の力を持っていた。
 『追い払える』と考えた俺の決断は間違いだった。
 俺の戦いは昼下がりまで続いたのだから。 

('A`)「もう魔物とは会いたくねぇな…」

 実際、追い払えたが獣は手負いが一番危険らしい。
 手負いの人間は強くはならないのが世の常なのだが、不公平だ。
 それより魔物の暴走が起きないかが問題だ。
 あれが群れのボスだったら、村が滅ぶ可能性も高い。

59: 2010/05/31(月) 14:24:24 ID:ubuSwbY.0
 俺が奴に与えた攻撃は致命傷には遠い。
 機を伺い、魔物に浴びせた唯一太刀。
 左腕の傷はその時の反撃だ。

('A`)(割に合わねぇ…)

 その後は確か、傷を抑えながら川を上って行ったのだ。
 簡単な止血程度なら出来るが何より道具が足りなかった。
 村の姿が見えた所までは憶えているのだ。
 しかしその先ははっきりとしない。

('A`)(じゃあ…倒れたとか…?)

 その時、部屋に入ってくる影があった。

/ ゚、。 /「目が覚めたんですね。気分はどうですか?」

('A`)「あ、いえ…元気です。俺はどうして…ここに?」

 背の高い女性だった。
 手に持っているお盆には湯気の立つカップが載っている。

/ ゚、。 /「娘が倒れてるあなたを見つけたんですよ。
       あの子、よく川の近くまで遊びに行くんです。
       ここは宿ですよ。小さな村のね」

('A`)「…それは…大変ご迷惑を…」

/ ゚、。 /「そんな事より、傷をしっかり治してください。
       娘も心配しますので」

60: 2010/05/31(月) 14:25:17 ID:ubuSwbY.0
 意外だった。
 てっきり宿代でも請求されるのかと思えば。
 そうなると俺はどう反応すればいいのだろう。

('A`)「……はぁ」

 結局気の抜けた返事をするしかないのだった。

/ ゚、。 /「ハハハ、まぁしっかり休んで。
      暇だったら娘の話し相手になってやって下さい。
      お昼までは時間がありますしね」

 さっきから出てくる『娘』という単語に引っかかりを感じる。
 少し前にそういった伏線があった気もする。
 野生の勘は無いが、それが必要な場面には出くわす。
 目の前の女将さんが出て行くと、もっと苦手な者を相手にするはめになったのだ。


(゚、゚トソン「……」

(;'A`)「……」

 どうしろと。
 俺にどうしろと言うのか。
 命の恩人なのだが扱いに困る。

(゚、゚トソン「わたし…トソン」

(;'A`)「俺は…ドクオ」

61: 2010/05/31(月) 14:26:18 ID:ubuSwbY.0
 トソンと名乗った少女は見たところ年齢一桁。
 愛想の悪い俺は、子供を苦手中の苦手と自負している。
 苦手順位堂々の第三位だ。

(゚、゚トソン「おにいさんは、たびの人?」

(;'A`)「ああ、一応…」

(゚、゚トソン「たびのお話…きかせてほしいな」

 そうきたか。
 残念ながら俺に旅の引き出しはほぼ無い。
 暑い砂漠、殺風景な船の中、気だるい森の散歩。
 どれをとっても冒険性に欠ける。

(;'A`)「…旅、かぁ…」

(゚、゚トソン「……」

(;'A`)(そんなキラキラした目で見られても…)

 旅の話。
 俺のじゃなくてもいいのだろうか。

('A`)「…紫の国に伝わる、おとぎ話とかでもいいか?」

(゚、゚トソン「うん!」

 これなら問題ないだろう。
 子供の頃、よく読んだ物語だ。

62: 2010/05/31(月) 14:27:18 ID:ubuSwbY.0
('A`)「そうだなぁ…最初からでいいか」

 絵本になっていたはずだ。
 記憶をたどって行く。

('A`)「よし。むかしむかしの紫の国だ、そこに…」

 そうだ。
 俺は何になりたかったのだろう。
 何をしたかったのだろう。
 答えは出せずに少女の前で絵本を思い出した。

 『勇者ロマネスクの物語』は、始まったのだ。

63: 2010/05/31(月) 14:28:37 ID:ubuSwbY.0



 遥か昔の事。
 どこからか魔王は現れた。
 世界は暗闇に飲まれ、大地には魔物が満ちた。

 神も魔王には勝てず、その力を弱めていった。
 そんな時、世界の中心にある国から旅たつ者がいた。

 名をロマネスク。

 彼は貧しい村の出身だった。
 ロマネスクは自身の家族を、小さな村を守るために旅立ったのだ。

 彼は世界を旅した。
 ある所で魔物を撃退し、ある所で村を守った。
 やがて神々もロマネスクに可能性を見出した。
 
 たった一人の人間が世界に希望を灯していった。

 旅の中出会いと別れを繰り返し旅は続いた。
 世界にロマネスクの名は響き渡り、他の人間達も立ち上がった。

 魔王の重要な配下との戦いを終え、ロマネスク達は魔王の居城へと向かう。
 僅か数名で森へと向かう彼らの背中を武器を手に取った人々が守る。
 巨大な塔の周りに広がる森を行く彼らに神々が祝福を与えた。

 五つの祝福『神の武器』は、ロマネスク達を導く。

64: 2010/05/31(月) 14:29:22 ID:ubuSwbY.0
 神の導きで森を抜けたロマネスク達は塔の下で魔王と戦うのだった。
 ロマネスクは、一人また一人と傷つき倒れていく仲間が作った道を駆け抜ける。
 
 ロマネスクが放った最後の攻撃は魔王の体を貫き、塔へと封印した。

 同じとき魔物達に勝利した人間達が塔へと駆けつけると誰の姿も無かった。
 残っていたのは神の武器だけ。

 残った人々は大いに悲しんだ。
 世界を救った者達の氏を。

 嘆きは天にまで昇り、二つの月まで聞こえ、悲しませた。
 片方の月はそのために砕け散り、世界に星の涙を降らせた。
 神々の涙も落ち、世界に降る光は三日三晩続いた。

 人々は残った神の武器を天へと返した。
 戦い、散った者へ。

 そして…

 世界を救った、『勇者ロマネスク』を称えるために。

65: 2010/05/31(月) 14:30:06 ID:ubuSwbY.0


('A`)「…降った光は、流れ星かな。まぁ誰が作ったか知らない話だ」

 自分を思い出すように物語が歩き、終わった。
 紫の国の子供は大体皆知っている話だ。
 
 勇者になりたい。
 そう思った子供はどの位いたのだろう。

(゚、゚*トソン「……」

('A`)「退屈だったか? 結構昔からある話だしなぁ」

 紫の国では飽きられた話も、ここでは新鮮らしい。
 俺がそう聞くとトソンは横に首を振った

(゚、゚トソン「わたしも勇者さんみたく、たびできるかな?」

('A`)「旅なんかしたいのか?」

(゚、゚トソン「ここから外に行ったことないから…行ってみたいな」

 俺がこの歳の頃は何を考えていたのだろう。
 昔、ずっと昔は俺も夢があった。
 叶わなかった幼稚な子供の夢が。

(゚、゚トソン「でも…むりかな? おかあさんのおしごと手伝わなきゃ」

66: 2010/05/31(月) 14:30:56 ID:ubuSwbY.0
 そうだ、いつだって何かのしがらみがあるのだ。
 俺は何も無くなったから旅に出た。
 それは簡単なことだった。
 何も考える必要がないのだから。

('A`)「…そうだな。親の事を思うなら、無理だろうな」

(゚、゚トソン「うん……」

 うつむいたトソンを見ながら、ある姿が浮かんだ。
 『勇者になりたい』。
 いつの日にか、そう言っていた少年。
 彼が何を希望としていたのか、俺にはもう思い出せない。

('A`)「でも…」

(゚、゚トソン「…?」

 綺麗な瞳が俺を映す。
 俺の目は、トソンにどう見えているのだろうか。

('A`)「行こうと思えば案外いつでも行ける。
    それを確かに願うなら、簡単かもしれない。きっと」

 俺には出来なかった事。
 確実にいくつもあるのだ。
 そして今は、何をしたいのかも分からない。

67: 2010/05/31(月) 14:31:39 ID:ubuSwbY.0
(゚、゚トソン「……」

 目の前の輝く瞳。
 そして何も出来なかった俺でも、そうは思えなかった。
 この少女なら、きっと何でも出来る。

(゚、゚トソン「できるかな?」

('A`)「ああ」

 トソンの顔が笑顔に変わる。
 そういえば俺が最後に笑ったのはいつだったか。

(゚、゚*トソン「…うん」

 下の階から声が届いた。
 用事が出来たらしく、トソンを呼んでいる。

(゚、゚トソン「またね、ドクオさん!」

 そう言ってたどたどしく走っていく。
 部屋の中に再び静寂が戻る。

('A`)「……」

68: 2010/05/31(月) 14:32:25 ID:ubuSwbY.0
 何をするか。
 俺はこの先、何をしたいのか。

('A`)「それが分かれば苦労は無い、か」

 窓の外へと視線を移す。
 気が付けば風が少し強くなり、黒い雲が空を覆っている。
 窓の先を何かが落ちていく。
 落下物は徐々に多くなり、水の音でそれが何かは気にならなくなった。

 久しぶりの雨だった。

 傷を抑えながら、目をつぶる。
 黒の世界に音が広がっていく。
 建物に、地面に、川に落ちていく水滴の音。
 景色が見えるようだった。

 だが、決して先は見えない。

 頭の中で、雨の下で、見たことも無い村を散歩する。

 波紋が広がり続ける川の先には霞がかった道がある。
 先の見えない道を見ながら、思った。

 この道を行けば、『勇者』になれるのだろうか。


外伝 空白の旅人  第六話「逆位置の『教皇』」 完

69: 2010/05/31(月) 14:33:29 ID:ubuSwbY.0


 異国の誘い

 空を覆う、灰色


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第七話「逆位置の『恋人』」

 
 眼前には無駄と思える程巨大な壁が、その先の景色を遮っていた。
 この街は国と国の堺だが二国間の人間がいる訳ではない。
 それもそのはずだ。
 【灰色の障壁】は国と国をもを分断しているのだから。

('A`)「でけぇ…誰だよ、これ作った奴…」

 壁の左右には頂が見えない巨山。
 つまり山道に作られた壁という事なのだろう。
 隙間すら見えず、脇道は存在しない。
 規模では有名な隣の山よりも高いため、登頂も不可能。

 もとより、垂直であるため踏破を試みようとする者はいない。
 天地をもろとも別つ障壁は天然の【守護者】なのかもしれない。

('A`)「まぁ、いいんだけどさ……」

70: 2010/05/31(月) 14:34:30 ID:ubuSwbY.0
 つまり、俺はここからは帰る事が出来ないのだ。
 分かってはいたが。
 赤の国につくのはいつになるのやら。

 その時、風が吹いた。
 手にしていた茶色い紙袋と、マントがなびく。

 壁によって出来た日陰は、時間帯によっては常に街を覆う。
 住人達はそれを嫌がっていたが俺には丁度いい。
 暫く障壁の下で名物を眺める事にした。


―黄の国北部 国境 障壁の前の街―


 先日、トソン達に見送られて村を出てからは馬車旅だった。
 森の中というのはなかなかに薄暗く、気分は良かった。
 問題は気温と振動だ。

 紫の国では真冬の季節だ。
 それを差し引けば良いほうなのだろうが、寒い事に変わりは無い。
 お陰で体力は削られ、近くの町で馬車を降りて休む事にしたのだ。
 今は準備を終えて馬車の停留所へと向かっている。

 交通整備などされていないと思っていた黄の国。
 意外にも馬車の流れは多く、移動には不自由しない国なのであった。

('A`)(人多いな…昨日はこんなにいなかった気が…)

71: 2010/05/31(月) 14:35:37 ID:ubuSwbY.0
 街の外れの更に先に見える【灰色の障壁】に向かって歩く。
 馬車も近くに広場に止まるからだ。

 黙々と道を進む。
 昼間の街には人が多く、左右に並ぶ店から賑やかな声が聞こえる。
 
('A`)「腹減ったな…」

 丁度、視界に屋台が入って来たのを見て俺の腹が鳴った。
 路銀も十分にあることだ。
 少し腹ごしらえしながら行くとしよう。
 そう考えながら屋台へと近づく。

('A`)(何だ? パン?)

( ・3・)「いらっしゃませ~」

 列の隙間から中を覗く。
 香ばしい香りの先には白く楕円形の物体が並んでいた。
 焼いてあるらしく、所々が小麦色になっている。
 多少膨らんだそれは、机の後ろには寸胴の入ったスープの様な物。

( ・3・)「ハイ、三つのお客さん! 次の人は?」

('A`)「え?」

 あっという間に列は進み、俺の番になっていた。
 別に並んだ覚えは無かったのだが。
 並んでいる他の人に迷惑をかけるのも忍びないのですぐに答える。

72: 2010/05/31(月) 14:36:17 ID:ubuSwbY.0
('A`)「あ、二つで…」

( ・3・)「ハイ、少しまって~」

 屋台の隣にずれると袋が手渡された。
 金を払って屋台に背を向ける。

( ・3・)「またどうぞ~」

 そう声がかかった。

 息苦しい人だかりから抜け出し、また道に戻る。
 歩きながら茶色の紙袋を開けると小麦の良い匂いが漂う。

('A`)「なんだ、意外と良さそうじゃないか」

 楕円の食べ物を一つを掴み、取り出す。
 温かい。
 焼かれている割に柔らかかった。
 恐らくはパンなのだろうが妙に光沢がある。

 眺めていてもしょうがないのでかぶりついてみる。

('A`)(…食い方これでいいのかな?)

 かじった所から何かが溢れ出した。
 香辛料の爽やかな香りが鼻に抜ける。

('A`)(あぁ、後ろのスープが入ってたのか…)

73: 2010/05/31(月) 14:36:59 ID:ubuSwbY.0
 野菜を中心に作られたスープがたっぷりと、中から覗いている。
 黄の国の料理は肉が使われていない、とは信じられない味だ。
 油が使われているかの様な、まろやかなスープが外の生地とよく合っている。

('A`)(これは…うまいな)

 料理に詳しいとは言えない俺だが、このパンはきっと万人受けするだろう。

('A`)「そう言えば…青の国の料理は辛かったなぁ」

 パンをかじりながら数日前にいた国を思い出す。
 青の国では肉が相当使われていたと記憶している。

('A`)「やっぱ…違う国なんだな」

 思わず天を仰ぐと、灰色一色で遮られた。
 俺は気付けば広場に付いていたのだ。
 手にしていた一個目のパンの最後の欠片を口に放り込む。

('A`)「あーあ、日陰日陰…」

 気だるい体を引きずりながら、待機場所を探して進んだのであった。

74: 2010/05/31(月) 14:37:46 ID:ubuSwbY.0
―灰色の障壁 付近―


('A`)(やっぱ揺れるな…馬車って)

 足早に流れていく景色を追いながら、
 隣に座っている学者達の話に聞き耳を立てる。



「いやいや、障壁には魔力が宿っているに違いない。
何せ魔法を受け付けないんだ、同等の力で中和を…」

「いえ、古代の物質という可能性が…」

「そもそも…障壁自体が魔法で発生しているという説も…」


 どこに国でも学者は暇なのだろうか。
 俺の通っていた大学でも、何かを調べていた気がする。
 手にしていた紙袋に手を入れて、冷えたパンを取り出す。
 一個で昼を乗り切ったという事は腹持ちがいいらしい。

('A`)(冷えてもうまいのか?)

 普段は気にもしない味を良く確かめながら一口。
 冷めたパンは少し固くなっていたが、食べるに支障は無かった。

('A`)(でも…これだったら温かい青の国の料理方がいいかな)

75: 2010/05/31(月) 14:38:32 ID:ubuSwbY.0
 俺は今、国の違いを考えている。
 どちらも母国の事ではない。
 何も無かった俺でも、確実に小さな思い出ができていたのだ。
 外国に行った、という思い出が。

 それに面倒な約束も抱えてしまった。
 
('A`)(これが旅ってもんなのかねぇ…)

 それがどうした、と自分でも思ったがこれは無駄な物なのだろうか。
 数日前の俺は確実に国に足をついたのだ。

('A`)(ま、いいや。寝るか)

 旅の意味。
 そんな物がすぐに見つかるなら苦労はしない。
 マントに包まりながら思った。

 意味なんか見つけるのは簡単ではない、と。


外伝 空白の旅人  第七話「逆位置の『恋人』」 完

76: 2010/05/31(月) 14:39:31 ID:ubuSwbY.0


 不注意な一言

 
 伝説の残り火


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第八話「逆位置の『戦車』」



 国境封鎖か。

 先日より緑の国に対する文書への反応を示さない黄の国。
 緑の国はこれに対し不信を明言しており国境の封鎖も考えていると発表した。
 同時期に黄の国は国境を封鎖を始めたため、国内では不審に思う声もある。

 緑の国は各武家に対しても準備を整えるように特例を出した。
 この事に対しては焦りすぎではとの声もあるが、
 国は自衛のためと発表しているため世論との温度差が……


 ………

 ………

77: 2010/05/31(月) 14:40:48 ID:ubuSwbY.0
 十代、自殺多発。
 
 先日の統計によると各地での十代後半から二十代の自殺が相次いでいる。
 緑の国内だけでなく紫の国でも多発している。
 自殺者は主に学生であり、専門家は昨今の教育方針の問題であると指摘する。
 
 前大戦の経験者が持った家庭である事に由来しており自らの子供には、
 全ての戦いを経験させる事をよしとしない。
 今後もこの問題は……


('A`)「…けしからんね」

 気分が悪くなった。
 宿で一夜を明かして朝食の為に下に降りて来た。
 そこで机に置いてあった、かわらばん、と呼ばれる紙を手に取り眺めていた。

(#'A`)「ったく、これだから最近の若者は…」

 国境閉鎖、戦争、魔王。
 そんな物は今はどうでもいい、勝手にしてくれ。
 問題は自頃したなどという連中だ。

(#'A`)「この絵どう見ても葬式の絵だろうが。
     自頃したのに葬式ってどういう事だよ」

 別に葬式にこだわっている訳ではないが、
 明らかに自分よりまともそうな人間が自分から氏んでいるのだ。
 筋が通っていない。

78: 2010/05/31(月) 14:41:37 ID:ubuSwbY.0
(#'A`)「何が学生だよ、大体…あ、どうも」

 朝食を運んできた店員に不審の目を向けられながらも、かわらばんを読む。

('A`)(俺…何やってんだろ)

 急激に冷めた気分になり、かわらばんを戻して朝食へと目を向ける。
 米を炊いたものが少々。
 青魚、それに茶色のスープ。
 それと緑色の草、恐らくほうれん草だ。

 極めて質素な印象。
 しかしどれも食欲をそそる匂いを漂わせている。
 手始めにスープを手に取った。
 深めの器に入ったそれを手にした二本の棒で中を探ってみる。

 箸、と呼ばれる棒が探し当てたのは黄色い物体。

('A`)(ジャガイモ…だな)

 何でこんな所に入っているのか知らないが、
 スープごと口に流し込む。
 塩分よりも先に独特の風味が鼻に抜けた。
 間に米を口に入れながら魚へと目を向ける。
 
('A`)(まるまる食えんのか…?)

 箸でつつくと皮が外れて肉が露出した。
 その下には小骨が見える。
 どうやら上手く避けて食さなければならないらしい。

79: 2010/05/31(月) 14:42:40 ID:ubuSwbY.0
('A`)(めんどくせぇ……)

 魚の展開に辟易していると背後の声が耳に入って来た。
 男二人の喋り声だ。

「知っているか? 黄の国の守護者が緑の国に向かっているらしい」

「へぇ、何でだろう。下見かな」

「下見って、何の?」

「戦をやるなら敵情視察は重要だと思うけど」

「馬鹿か。わざわざ魔王なんか呼ぶわけないだろう」

「そう思いたいね」

 国の心配とはご苦労な事だ。
 路銀も少なくなってきた俺には他人の心配をする余裕がない。
 多少慣れ始めた箸で朝食をかきこみながら盗み聞きをやめる。

 窓の外を見ると曇りだった。
 こういった天気の時こそ過ごしやすいのだが、
 数日前に雨で酷い目にあったので移動するにはいかがなものか。
 
 何にせよ結局馬車で行くのだが。

川 ゚ -゚)「失礼、そこな御仁」

80: 2010/05/31(月) 14:43:24 ID:ubuSwbY.0
 しかしながら馬車でも寒さは厳しい。
 季節が冬なのだから贅沢は言えないが、
 体調不良もあってはならない。

川 ゚ -゚)「聞きたい事があるのだが…」

('A`)「…え、あぁ……俺?」

川 ゚ -゚)「うむ」

 斜め後ろには長髪の女性が立っていた。
 急に声をかけられた俺の顔は間抜けそのものだっただろう。

('A`)「…何でしょう?」

川 ゚ -゚)「いや、この辺りの噂を教えて欲しい」

 何故俺に。
 そんな事が頭をよぎる前に背後の会話を思い出す。

('A`)「あー……」

 黄の守護者が緑の国へと向かっている事。

('A`)「その理由が戦の下見だとか? そんな話が…」

 そう付け足しながら箸を置く。

川 ゚ -゚)「!…そうか。他にも聞きたい事が……」

81: 2010/05/31(月) 14:44:04 ID:ubuSwbY.0
 驚いた顔を見せた女性に立て続けにもう一言。
 これ以上続いても面倒だ。

('A`)「それと俺は地元人じゃないんですけど…」

川 ゚ -゚)「む、そうなのか。失礼した。
     それらしい顔をしておられたのでな」

 俺はどんな顔なのだろう。
 丁寧な、しかし尊大な礼を言って去っていく女性を横目に、
 残りの朝食を腹に収めた。
 馬車は明日に乗る予定なので再び部屋へと戻る。

 木製の薄汚れた階段を上り部屋へと入る。
 窓は雲っていた。

 いつものようにする事がなくなった俺はベッドへと倒れこむ。
 旅を始めてから睡眠時間は多くなった。
 馬車での移動が主である為か、旅はする事が案外少ない。

 活力に溢れた旅になるというのは俺の幻想だったのだ。
 過ぎ去った二か月と少々。
 季節は春を迎えようとしている。

 倒れたベッドのから部屋を見た。
 自分の荷物が置いてある床から視線を上へとずらす。
 小物入れ、机、茶碗。
 隣には本棚。

('A`)(…ん? 本棚?)

82: 2010/05/31(月) 14:44:45 ID:ubuSwbY.0
 気にも留めていなかった本棚には書いて字のごとく本が並んでいる。
 数冊、どれも古い物らしく背表紙が傷だらけだ。
 体を起こして一冊を手にとってみる。

 適当に選んだそれは絵本だった。

('A`)「……」

 何の気なしに一枚めくってみる。
 大きな絵は劣化してよく分からなくなっているが文字の部分は読めた。

 題名は。

('A`)「巨人と人の伝説、か」

83: 2010/05/31(月) 14:46:33 ID:ubuSwbY.0


 
 昔、星々はまだ空に輝いていませんでした。
 二つの月だけが夜空を照らします。

 大地には人が。
 空には神が。
 森には巨人が住んでいました。

 全能の神々には届かずとも、強い力を持った巨人達。
 人間達は巨人と協力し助け合いながら暮らしていました。
 誰も争う事はありません。
 大地と神の領域が完全に区切られていたのですから。

 二つの月が見守る下、ただ緩やかな時間が流れます。

 ある時、星の海を一筋の光があらわれました。
 それはやがて一つの月にぶつかります。
 ばらばらになった月は空へと飛び散り、
 小さな破片は星になり、大きな破片は大地に落ちてきました。

 巨人と人間は驚き、何もできずに落ちるのを待つだけでした。
 そんな中一人の青年が高い場所に上り、
 月の破片を受け止めようとしたのです。

 青年の友人である巨人も高い場所へと立ち、
 月の欠片へと手を伸ばします。

 空へと散った星に二人の姿は映りました。

84: 2010/05/31(月) 14:47:14 ID:ubuSwbY.0
 大地の巨人と人は協力し、月を止めるべく動きます。
 そうしている内に数日が過ぎました。
 まるで地上の全ての生き物達が同じ事を思っている様でした。
 一時の無駄もなく、全ての月の破片が受け止められたのです。 

 平和な大地を取り戻した人と巨人。
 全ての生物が喜び合い、祝宴が開かれました。
 まだ落ち着きもしない夕刻の時間。
 最大の功労者である二人。

 最初に月を受け止めようとした青年と巨人を皆が囲みました。
 皆は二人を英雄として称えました。
 青年には村を治める役を、巨人には古くから伝わる伝説の鎧を、
 それぞれ受け取り、長く平和な時代を築いたのです。

 英雄が望んだのはたった一つです。
 皆が争わずに生きる事が出来る世界が何時までも続く事。
 
 彼らは今でもそう願っているのです。

85: 2010/05/31(月) 14:48:03 ID:ubuSwbY.0

―緑の国 内陸部 湖畔付近の町―


('A`)「……釣れねぇな」

 湖に釣り針を垂らしてから早数時間。
 暫く前に読んだ絵本を思い出す程、今の釣りは不調だ。
 魚の影は見えているが餌をとられる一方だった。

 顔を上げれば赤い空の半分を森が覆っている。
 鏡の如く木々を映す湖も見ようによっては森だ。
 木々と山岳にはさまれた場所に、よく村が出来たものだ。
 感心しながら背後を見る。

 村から何かの一団が出てきたらしい。

 少し下がった位置にいる俺には気付かず、すぐ後ろで何か喋っている。


「皆さん、ここから見えますか? 崖の辺りです」

 女性の声。
 口調からしてこの辺りの説明員だろうか。

「おお! あれが昔話の?」

 喧騒にまぎれながらも男性の声が聞こえた。

「そうです巨人と人の伝説はあれが元になったと言われています」

86: 2010/05/31(月) 14:49:27 ID:ubuSwbY.0
「もっと近くでは見られないんですか?」

 様々な声が質問を繰り返している。

「申し訳ありません。
 遺跡の様な物なので、なにぶん安全が……」

「なるほど、その内もっと近づける様になるかもしれませんね」

「ええ、現在も調査を続けています。
 最近の調査では……」


 その時、手にしていた釣り竿が強く引いた。

('A`)「お! 来た来た」

 どうでもいい伝説よりも目の前の魚だ。
 当たりは大きい。
 一歩一歩下がりながらも力を段々と強くする。

 一瞬力を抜いて油断させたところで。

('A`)「ッ!」

 一気に釣り上げる。

('A`)「…………」

87: 2010/05/31(月) 14:50:24 ID:ubuSwbY.0
 針の先には何も無かった。
 油断したのはどうやら俺の方らしい。

('A`)「坊主だ、完全に」

 足元に置いておいた桶を持ち上げながら撤収の用意をする。
 竿を担ぎ来た坂道を上る。
 宿の親父に、暇なら釣りでも行くと良い、と言われたが大外れだ。

 顔を右に向けると遠くに崖が見える。
 その下に埋もれる用に人型の何かがある。

('A`)「巨人……か?」

 崖に埋もれている、見ようによっては崖を支えている様にも。

 人と言うには無骨過ぎる。
 大きな鎧を着た、まるで機械の様な存在だった。
 細かくは見えないが茶色の錆で覆われているらしい。

('A`)「……」

 もしかしたら本当に大地を守ったのかもしれない。
 もしかしたら英雄と呼ばれたのかもしれない。
 もしかしたら、今でも本当に平和を願っているのかもしれない。

 だが、こんなものだ。
 世界を救っても錆に覆われ朽ちている。
 氏人に口なし。
 何をやってもいずれ忘れ去られる。

88: 2010/05/31(月) 14:51:34 ID:ubuSwbY.0
 もっとも俺の様な人間に言われたくは無いか。
 しかし見世物になっている今を見れば。

('A`)「こうなっちゃ伝説も肩無し、だな……」

 自分を正当化するためだろうか。
 意味を持たない自分を勇気付けるように、
 巨人を一瞥して道を戻る。

 思ったよりも小さい夕日は、まだ消えていなかった。


外伝 空白の旅人  第八話「逆位置の『戦車』」 完

89: 2010/05/31(月) 14:52:20 ID:ubuSwbY.0


 意図しない不正

 
 思惑の外にある意思


ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第九話「逆位置の『正義』」


 鬱葱とした森の中に氷を割るような音が走った。
 魔物を叩き斬ったと同時に砕けた俺の剣の音だ。 

 すかさず魔法を再度起動。
 両手で魔力を扱いながら瞬時に完成した長剣。
 片手で扱う事はまだ出来ない物だ。

 目の前の狼の魔物を斬り落とし周囲を確認する。
 魔法剣の精製も三度を数え、そろそろ俺の魔力も底をうつ。
 俺程度の魔法使いが作ったこの魔法剣は魔物相手に十数撃しか持たない。

 それでも剣術戦闘科の平均値だ。
 今となっては元が付くが。

(;'A`)「疲れた……」

90: 2010/05/31(月) 14:54:18 ID:ubuSwbY.0
 この辺りの魔物は数が多く凶暴。
 一撃で撃破する事を続けなければ囲まれて袋叩きだ。
 暗い森の中、どこから沸いて出て来るか分からない魔物。
 親玉がどこにいるのかも分からない。

 宿に着くまで心休まる時間はなさそうである。


―緑の国 内陸部 東の町―


 この町にはこれといった特徴が無かった。
 平地に木製の家が雑然と並ぶ。
 奥に見える森と手前の川に挟まれた、
 穏やかな町である。

 もちろん町と言うからにはそれなりの規模がある。
 馬車の乗り換えを行う程度には。


 旅を続ける上での問題点は路銀だ。
 無理に続ける必要も無い訳だが、
 当初の目的は赤の国で涼しく過ごす事だ。

 数か月の旅でなくなった路銀を稼ぐ目的で俺は再びギルドを訪れた。

 他に訪れたギルドとは随分と違った印象だった。
 木製の簡素な建物に、これまた簡単な看板。
 国が動かしているのかどうか怪しくなる。

91: 2010/05/31(月) 14:55:10 ID:ubuSwbY.0

 中に入る、用心しつつ。
 不審に思った俺の心を読んだかの様に状況を説明してくれた。
 依頼書の山を添えて。

('A`)「依頼がこんなに!?」

(’e’)「ええ、最近は何故か各地のお城で傭兵を募っていて…
     政令ですからねぇ。今はたまに来る旅人さんに少しだけお願いしているんです」

('A`)「へぇ…ところで御兄弟はいらっしゃいますか?」

(’e’)「え? いや、僕に兄弟はいませんが」

 適当に雑談を続けながら条件を絞って行く。
 何やら戦争が始まりそうな気配があるらしいので、
 この国に長居はしたくない。
 そう考えながら一枚の依頼書を手に取る。

('A`)「……これ高いですね」

(’e’)「それは…相当危険だと思います。
     毎度の事なんですが魔物の長が町に近づいて来る事があるんです。
     通行人が何人も命を落としています」

 『魔物撃破依頼』

 よくある形の以来だ。
 少し前にやった魔物35体斬りより楽にも思える。

92: 2010/05/31(月) 14:55:52 ID:ubuSwbY.0
 俺は路銀を稼ぐため各地で様々な依頼をこなしてきた。
 段階的に難度を上げ、
 最近では高い報酬を貰える仕事も選べる様になりつつある。
 
 安定した収入が入る日までできた。
 こんな生活も早めに終わらせないと命を落とすかもしれない。

(’e’)「ええ! やるんですか?」

('A`)「まぁ…何とかなるかと」

(’e’)「僕達町に住む者からすれば助かるのですが…
     分かりました、お気をつけて」

 書類を書きあげギルドを後にする。
 我ながら手慣れた物だ。


 一旦宿に戻る最中に、よろずや、と書いてある布をくぐる。
 魔物と一戦交えるのだ。
 準備し過ぎる事はない。

( ‘∀‘)「いらっしゃいませ!」

 元気のいい店員が店の奥に見える。
 まずは薬を選ぶ。
 棚には毒々しい色の薬品が並んでいた。

93: 2010/05/31(月) 14:56:56 ID:ubuSwbY.0
 まずは見慣れた色、緑の液体の様な物体。
 どこにでもある薬草から抽出された、傷を治す効果のある物だ。
 それを固めて同じ葉で包んでいる。
 飲み薬である。
 
 一人旅ならば必需品と言ってもいい。

 加えて鎮静剤、解毒剤等を邪魔にならない程度に盆に集める。
 どれもこれも最近は常備している。
 それだけギルドを訪れる事が多くなっているのは歓迎すべき事ではないが。

 代金を払い店を出ると外は暗くなっていた。
 星も見えない曇りの夜空。
 夜の森に入るほど愚かな事はない。

 明日の朝から取り敢えず様子見をすると決め、
 宿へと急いだ。


―村付近の森―


 時間は昼を回った頃だろう。
 魔力も残り少なくなってきた。
 休んでおかないと魔物の群れに会った瞬間に氏が確定する。

 こんな森で氏ぬのもショボい。
 氏ぬのは赤の国を拝んでからでいい。

94: 2010/05/31(月) 14:57:45 ID:ubuSwbY.0
 魔物の気配は無い。
 気を背にして腰を下ろしてバッグを開く。
 昨日買った薬剤を幾つか取り出した。

 包み代わりの葉を開き、中身の軟膏を少し指に取る。
 緑色のそれは何時見ても体に悪そうだ。
 腕の斬り傷と足の刺し傷に適当に塗りつた。
 燃えるような鈍痛が半身を駆ける。

 もだえながらも、一つの瓶を手に取る。
 こちらは鎮静剤。
 名の通りの物だが他の効果として魔力の回復を早めてくれる。

('A`)「……こんなもんか」

 薬をしまい、一息ついて森を注視する。

 道に迷っていない事が唯一の救いだ。
 このまま魔物の長を見付けられない可能性もある。

('A`)「日が悪かったかな…」

 もう少しだけ調べたら今日は戻るとしよう。
 そう考えてまた奥へと歩を進めた。


 それから三十分程。
 魔物に襲われる事も無く平和な森が続いていた。

('A`)「…お、薬草だ。こっちの茸は食えんのか?」

95: 2010/05/31(月) 14:58:44 ID:ubuSwbY.0
 余裕が出てきた俺は色々な物を採取しながら歩く。
 我ながらたるみきっている。
 
 だからだろう、気付いた時には既に囲まれていた。

('A`)「……!」

 足を後ろに下げて体を傾ける。
 翻ったマントの氏角を魔物が飛びぬけて行く。

 両手に棒状に持った魔力を繋げつつ詠唱する。

('A`)『サンダー…』

 今度は目の前に右足で踏み込む。
 同時に飛びかかるならば、次は目の前の茂みだ。
 俺の予測は的中した。
 真後ろに構えた魔力が輝きを増す。

('A`)『ロングソード!』

 俺が最近手に入れた魔法だ。
 魔法の長剣。
 要するに紫の魔法サンダーソードが長くなっただけである。

 だが戦闘に置いて攻撃距離、範囲共に重要な意味を持つ。
 真横に綺麗な孤を描いて魔物を斬り裂く。
 砕けた鉄の破片が落ちる前に振り返る。

96: 2010/05/31(月) 14:59:35 ID:ubuSwbY.0
 大きな狼型の魔物。
 恐らく、これが群れの長だろう。

 そのまま駆けだす。
 相手が獣ならば頭目を潰せば戦いは終わるのだ。

(#'A`)「ッ!!」

 気合いを込めて真上から振り下ろす。
 掠りさえすれば次の一手がある。
 
 相手は元々動物、さすが素早い。
 攻撃は隣に飛んでかわされ、俺は隙を露呈してしまう。
 反撃で俺に飛びかかる狼の長。
 
(;'A`)『うっ!』

 身を引こうとしたら押し倒された。

 振りおろしていた長剣から右腕だけを外し、 
 向かってくる狼に腕を構える。
 紫色の光が集まり、弾ける。
 次の瞬間、魔物の牙は紫色の盾に阻まれていた。

 間に合ったらしい。
 俺の詠唱名『サンダーシールド』が腕に固定されていた。
 魔法の無音起動、まだ在学中と同じく使える様だ。

97: 2010/05/31(月) 15:00:38 ID:ubuSwbY.0
(;'A`)「ぐ、おおぉ…」

 魔物にのしかかられたまま右腕の力だけで押す。
 とはいえ大した魔法使いではない俺が、
 詠唱もせずに起動した魔法は効果が著しく低下する。
 見ればもう魔法の盾には亀裂が入っていた。

 魔法の長剣を左腕から一度離し、腕を振り上げる。 
 再び無音で魔法を起動。
 紫色に煌めくナイフが狼の脇を捉えた。
 腐っても魔法だ、生身の部分を刺すには十分の威力がある。

 悲鳴を上げながら飛び退く魔物、俺は武器を拾い上げる。

 重さから解放されたが時間も余裕も無い。
 踏み込みの勢いを利用して剣を真下から振り上げる。
 回避されるかに見えたが俺の長剣は先程指したナイフの下部に当たった。

 そうか、これでもいい。
 判断を下す前に反射的に次の魔法を使う。

(#'A`)『…スタンブレイド!』

 紫電が爆発した。
 同時に俺が作った剣と楯は魔力へと還元され光になる。
 貯めていた魔力も全部使った。

 一瞬の裂光の後は静寂が森に戻る。
 魔物の長は雷撃に貫かれ、その場に伏す。
 肉と鉄の焦げた臭いが立ち込めていた。

98: 2010/05/31(月) 15:01:56 ID:ubuSwbY.0
(;'A`)「…はああああぁ……」

 その場にどっかりと腰を下ろすと盛大な溜息をついた。
 賭けであった。
 この一撃で倒れなければ俺は容赦なく喰い殺されていたはず。

 戦いの余韻に浸る暇は無かった。
 背後の茂みから大きな音が聞こえたのだ。

(;'A`)「おいおい、リーダー倒したんだが……」

 小型の魔物ならば魔法無しで追い払えるだろう。
 腰から普通の短剣を引き抜き、隙あらば使う為に道具袋に手を入れる。
 少し前に煙玉等を作っておいたのは正解だった。

 茂み中か飛び出してきた。
 いや、茂みが見えなくなったのだ。

('A`)「……」

 クモだ。
 俺が知っているクモと違う点が幾つかあるが。
 まず、その全身は銀色の機械で覆われている。
 鋭い八本の足は鋭く尖っている。

 最大の問題点として、大きい。
 せいぜい手のひらより小さい位が限度だと思っていたが、
 俺の身長より一回り大きいクモと出会ったのは初めてだ。

99: 2010/05/31(月) 15:02:58 ID:ubuSwbY.0
 茂みを押し潰しながら俺を睨んでいるらしい。
 
 決心した。
 俺はここで氏ぬ。
 人間以外と諦めがつくものだ。
 恐らく圧倒的な力の前には未練も何もない。

 黙って天を仰いでいるとクモを同じく天を仰ぐ。
 不審だった。
 今度はクモを眺めていると様子がおかしい。

('A`)「何だ何だ。やるならさっさと…」

 大股で近づくと巨大なクモには縦に一本綺麗な亀裂が入っていた。
 頭から背中を経由して顎と通って一周。
 手の甲で二、三叩いてみるた。
 はたして、クモは真っ二つに崩れ落ちたのだ。

(;'A`)「うあああああぁ! ごめんなさいごめんなさい!」

 静かな森の中でこれ以上ない騒音と共にクモは倒れた。
 別に俺がやった訳ではないが一応誤りながら数歩下がる。

(`・ω・´)「こんな森に人間が来ているとは……驚かせてすまないね」

 透き通った声だった。

100: 2010/05/31(月) 15:04:00 ID:ubuSwbY.0
 クモの残骸の背後から男性が姿を現した。
 歳は二十代後半だろうか。
 背は高くないがその顔には不思議と貫録がある。
 足元まで伸びた白いローブが、村人ではないと思わせた。

 ローブから覗く右腕は珍妙な篭手を装着している。
 まるで義手の様に無機質なそれからは赤い光が散っていた。
 発光反応からして赤の魔法使いなのだろう。

(;'A`)「…いえいえ、旅人か何かでしょうか?」

 恐る恐る聞いた俺に小さな笑みを浮かべながら男が言う。

(`・ω・´)「旅人…そんな所かもね。
       僕はシャキン。少し森を徘徊していたんだ」

(;'A`)「……何故」

(`・ω・´)「趣味。君はギルドで依頼でも受けたのかな?」

(;'A`)「ええ、ほらそこに倒れている魔物の長が…」

(`・ω・´)「そっちじゃないと思うが」

(;'A`)「?」

 俺が浮かべた疑問符に答えるかのように俺の背後を指さす。
 そこには俺が倒した狼よりも二まわりは大きい狼型の魔物。
 加えて先程倒した大きな魔物が数体控えている。
 いずれも半身が機械へと変わった異質な姿だ。

101: 2010/05/31(月) 15:05:07 ID:ubuSwbY.0
(;'A`)「……もういいって」

 クモに会った時点で気力を失っている俺にはどうという事はない。

(;'A`)「取り敢えず俺が残りますんで…」

(`・ω・´)「はっはっは。気にするな、元よりそのつもりさ」

(;'A`)「……はぁ」

 どうせ俺はその程度の存在だ。
 今さらであるが少し落ち込む。

(`・ω・´)「……」

 シャキンはゆっくと、大胆に魔物達の間合いを詰める。
 空気を揺らす事も無い動き。
 一回の瞬きをする間に一番大きな狼の下に屈んでいた。

 黄金の光が満ちる。
 振りあがったシャキンの腕に合わせて地面が隆起する。
 まるで自然の牢獄と化した森の一点。
 すぐに立ち上がったシャキンが今度は右腕を前に突き出す。

 右腕の魔法器に深紅の光が集まった。

102: 2010/05/31(月) 15:06:06 ID:ubuSwbY.0
 赤い剣が幾本も地面から突き出し、動けない狼の首を跳ねる。
 転がった狼の首、焦げた臭いが周囲を満たす。
 首の切り口は確かに黒く焦げていた。
 赤い剣が強力な熱を持っていたに違いない。

 二属性の魔法を操ったシャキンが一息つきながら俺に言う。

(`・ω・´)「じゃあ後始末は任せたよ」

 ローブの乱れを直し、手を振りながら森の奥へと進んでいく。

(;'A`)「えーと…あのー」

 どうした物か困っているとシャキンが振り返った。

(`・ω・´)「君が残ってくれるんだろう?」

('A`)「そう言いましたけど…これはギルドの依頼ですよ?
    持って行けば金もらえますよ」

(`・ω・´)「金ねぇ…あげるよ」

 当然と言わんばかりである。
 ローブを翻しつつ、顔だけは俺を向いている。

(`・ω・´)「それとあまり氏に急がない方がいい、折角生きている訳だし。
       命の賭け時はいつかきっとある。この世界ならね」

 言いたい事を言ったらしく満足そうに消えていった。
 残ったのは俺と魔物の氏骸だけだった。

103: 2010/05/31(月) 15:07:25 ID:ubuSwbY.0
('A`)「……」

 ぽつんと一人だけ、生者がいた。
 
('A`)「向こうって、更に深い樹海じゃなかったか…?」

 だるい体を引きずりながら狼の頭をまとめる。
 これ程の重さを持って帰るのは骨が折れそうだ。

 着た道筋は覚えているが帰り道を思うと憂鬱である。

('A`)「……はぁ」

 一回だけついた溜息が今日の出来事を現している。
 世の中には俺には想像もつかない力がある。
 
 世界とは途方もない力を持った者が動かしているのだろう。
 その中で、俺はその他大勢の意思の一つに過ぎないのだ。
 俺のような人間は一歩離れて世界を見ていればいい。
 何の影響も及ぼせない存在なのだから。

 重い狼の頭を背負った帰り道には、
 曇った夜空が木々の隙間に覗くだけだった。


外伝 空白の旅人  第九話「逆位置の『正義』」  完

46: 2010/06/27(日) 15:03:31 ID:AeC07NuI0


 独りの日


 閉鎖の時



ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第十話「逆位置の『隠者』」


 戦争という噂がある。
 だが俺にはどうも信じられない。
 現にこうして簡単な検査で入国できてしまったのだから。
 出身者とは言え、戦時だとすれば旅人などを入れたりはしないだろう。

 五月の長雨。
 少しの間地元で休むのも悪くないだろうと思った。
 もっとも、休む家も無ければ会うべき知り合いもいないのだが。

 いや、やるべき事が一つだけあった。
 砂漠での約束が。

47: 2010/06/27(日) 15:04:19 ID:AeC07NuI0
―紫の国 首都近郊―

 
 今にも雨が降りそうな曇天。
 視界を塞ぐ石の建物。
 石が継ぎ目なくしかれた地面。
 魔法を利用した街灯。 

 全てがぎっしりと敷き詰められた街を、蒸気機関の列車が走る。
 
 生ぬるい空気と喧噪。
 埃の舞う道。
 何を考える事も無く、人を避けて歩く。 

 嫌になって後にした自国は、変わらずそこにあった。
 知らない街でもやはり同じ空気を纏う。
 ありがた迷惑な懐かしさだ。 

 自分の国にいい思い出がある人間はいいだろう、
 俺の様な奴にはうんざりする位が関の山である。
 おまけに首都に近い事もあって人が多い。
 俺の気分は頭の上の雲の如く暗くなっている。

 国道を歩く中、曇天は暗さは極まり遂に雨が降り出した。
 強い雨になりそうだ。
 俺のマントでは防ぎきれないだろう。
 そう判断して近くの店へと駆けこむ。

48: 2010/06/27(日) 15:05:30 ID:AeC07NuI0
 小さな料理店だ。
 薄暗い石造りの店内、中央にはランタンが置いてある。
 店主に向かって適当に注文を済ませてから木製の椅子へと腰掛ける。
 窓の外では予想通り本降りとなった雨が地面を叩く。

 地面の上では雨から逃れようと、多くの人が走って行き交う。
 首都につくまでにはあと少しの予定だったが、
 雨となっては時間がかかるかもしれない。
 厄介な事だ。

 緑の国を横断して北側から紫の国へと入国。
 その後数日が経っている。
 机の一点を眺めていると、横から料理がだされる。
 十九年過ごした西側の都市とほぼ同じ食べ物だ。

 肉をパンで挟んだ、いわゆるハンバーガー。
 細切りのジャガイモを揚げた物。
 それと紫の国にしか無いであろうコーラ。
 今見ると健康には良くなさそうだ。

 適当に平らげて雨の状況を確認すると、
 多少弱まっていた。

 代金を払い、フードを被りつつ街へと出る。
 再び黙々と道を歩く。
 雨露がマントを濡らす。
 体温が下がりきる前に首都まで辿り着きたいところである。

49: 2010/06/27(日) 15:06:55 ID:AeC07NuI0
 俺が首都に到着したのはその日の夜だ。
 どこまでも続く同じ景色にそろそろ嫌気がさしてきたが、
 何とか宿で外界との接触を遮断できた。

 まったく気が滅入る。
 思えばここ最近会話らしい会話をしていない。
 別に会話したとも思わないが。

 ベッドに転がりながらこの後どうするかを考えていると、
 いつの間にか朝になっていた。
 懐に入れたままの財布に手が当たった。
 財布を開けてみると、まだかなりの路銀が残っていた。

 シャキンと言う魔法使いに助けられた際、受け取った魔物の頭。
 当初の通り相当な額になった。
 俺が暫く過ごすのにはまったく苦労はないだろう。
 財布をしまおうとした所、布の袋が懐から滑り落ちた。 

 赤の国へと行く前に少し寄り道をしてもいいだろう。
 マタンキの顔が頭をよぎった。
 財布と共に荷物をまとめ、宿を出る。
 
 宿の扉を開けた瞬間、人という波が俺の目の前で荒れ狂っていた。
 せっかくマタンキの娘を探そうと思っていたが出鼻をくじかれた気分だ。
 都会とは何故こうも人が多のか。

50: 2010/06/27(日) 15:08:31 ID:AeC07NuI0
 宿を出てから情報を集めようとギルドや酒場を回ってみた。
 ほとんどを自分から聞く事はせずに聞き耳を立てた。
 マタンキの娘については何の情報も無いが、
 国家情勢について幾つか気になる話があった。

 まずは隣、赤と緑の国。
 赤と青の国が同盟して国境線に軍を配備していたらしい。
 今まで西側の大陸を移動していたが、まだ続いていたのだ。

 次に緑の国と黄の国。
 同盟を結んだまではいいが、軍をこちらに向けてきているらしい。
 四名の守護者に睨まれては紫の国も勝ち目は無い。
 
 しかし、戦争が魔王復活の引き金となるならば無理に侵攻をしないはずだ。
 このまま硬直が続く、というのが国内の意見であった。

 加えて問題なのはギコ王の様子である。
 公式の場に姿も見せず、軍を動かした件は正気を疑う声も多い。
 怪しげな仮面の魔法使いを城で見かけた、という不穏な噂もある。
 
 もっとも俺は民間人である。
 国や軍の詳しい話でどうこうするつもりはない。
 とにかく、目的であるマタンキの娘についての情報は手に入らなかった。
 自分の足で探すしかないと覚悟した。

51: 2010/06/27(日) 15:09:36 ID:AeC07NuI0
 しかしながら紫の国の首都は広い。
 放射線状に広がる建物群の間に走る路地も膨大だ。
 要するに、見つけるのは不可能に近いのである。
 する事も無いので探す訳だが。

 当てもない。
 現在地である東地区から手を付けるとしよう。
 人の波に流されつつ他のギルドや酒場を目指した。

52: 2010/06/27(日) 15:11:22 ID:AeC07NuI0
―紫の国 首都 東側地区―


 探し始めて二ヶ月弱が経っている。
 国境が閉鎖されたまま動く事も出来ず、
 もう一方の件は何の手がかりも得られない。
 俺の調査は一歩も進展していなかった。
 
 そして変わらない俺の探し物とは対照的に、国は慌ただしくなっていく。
 お忙しそうで結構な事である。
 ベンチに腰掛けながら顔を空へと向ける。
 初夏の空は建物の間からでも高く、澄んで見えた。

 すっかり気温も高くなった。
 建物が温度を蓄える為、街は極めて暑くなる。
 額の汗をぬぐって午後の探索へと乗り出した。

 そして、いつもの様に収穫も無いまま日が暮れた。
 目に止まった店で夕食をすませて帰路につく。
 学校に通っていた頃と変わらない生活だった。

 俺の気力は尽き果て、そろそろ引きこもり始めるかもしれないと、
 自分でも心配になっている。
 今日はいつも通らない路地を歩いてみるとしよう。
 兵士の様な革鎧を装備した人影が見える。

53: 2010/06/27(日) 15:12:07 ID:AeC07NuI0
 奥にはさらに数名がいるようだ。
 路地に大勢集まるとは珍しい。
 兵士の背後に歩を進めようとした時である。

( ゚∀゚)「あー悪い!」

 真横から男が走ってきた。
 そして何故か拳を握る。

( ゚∀゚)「はっ!」

 俺の鳩尾に叩きつけた。
 
( A )「ぐッ!?」

 何が起こったのかわからないまま、気付けば地面が目の前にあった。
 視界がぼやけている。

( ゚∀゚)「ですとろーい」

 そして男は目の前の兵士にも一撃加えた。
 俺同様に地に伏した兵士。
 薄れる意識の中で久しぶりに声を出したと思った。

 我ながら、どうでもいい事を思ったものだ。


外伝 空白の旅人  第十話「逆位置の『隠者』」 完

54: 2010/06/27(日) 15:13:15 ID:AeC07NuI0
以上で投下を終了します。

引用: ( ^ω^)ブーンの世界には魔法があるようです