1:◆H7NlgNe7hg 2012/03/22(木) 02:25:18.43 ID:cM3guj51o

・魔王系のSSです。
・不定期更新でまったり投下になると思います。
・台本形式ではありますが、一人称での地の文が多いです。
 



2: 2012/03/22(木) 02:25:50.73 ID:cM3guj51o

大臣「は?」

 わたしがそう呟くと、大臣である“動く石像”-ガーゴイル-が酷くまぬけな声をあげた。

魔王「世界征服、やめた」

 言葉の続きを発する。私はもう、世界征服をしませんと言う宣言を。

 魔王城。謁見の間。
 赤くてふわふわの絨毯が敷き詰められたこの部屋は“謁見”と言う単語を用いていながら、全く持って機能していなかった。
 魔王であるわたしに謁見を求める者なんて殆どと言って良いほどいない。

3: 2012/03/22(木) 02:26:24.46 ID:cM3guj51o

 せいぜい、魔界にある各国の実力者が人間界の侵略云々の話しを年に数回しにくる程度。
 正直に言ってこの椅子……玉座に魔王が鎮座し続ける意味なんて格式や伝統、しきたりとかそう言った類の理由しかなかった。

 最低でも1日3時間はこの椅子に腰を下ろしていなければいけない。
 なんのアルバイトだよ、もう。

大臣「な、なにを仰っているのか……」

魔王「ん。世界征服をするのを止めます」

 玉座から立ち上がる。分厚い絨毯に足がめり込んだ。贅沢品は好きじゃないけれど、この感触は好きだった。
 今日も3時間キッチリ椅子に座っていたし、業務は終了。
 さっさとこのつまらない部屋から出て自分の部屋へ戻ろう。読みかけの本を読破しちゃわないと。

4: 2012/03/22(木) 02:26:55.84 ID:cM3guj51o

大臣「ちょっ! ちょっとお待ちを!!」

魔王「わっ」

 足を踏み出そうとした瞬間、ガーゴイルが身を乗り出し私の行く手を阻んできた。
 両肩をその石で出来た腕で鷲掴み、むりやりに玉座へ座らされる。

 いきなりのガーゴイル顔面ドアップは心臓に悪いから止めて欲しい。
 腕の良い彫刻師を雇って、顔を整形してもらった方が良いんじゃないかな? 確か1000年以上も生きてるんだし、そろそろその顔にも飽きたでしょう。
 これを期にもっと可愛い顔にした方が良いと思うな。

5: 2012/03/22(木) 02:27:16.67 ID:cM3guj51o

大臣「貴女様は、ご自分がなにを仰られているのかわかっているのですか?」

魔王「うん」

大臣「魔王様なのですよ? 魔界の、魔族の頂点におわす方なのですよ?」

魔王「知ってるよ。なにを今さら」

 魔王。魔族を統べる王様。一番偉い人……人? 人じゃないか、人間じゃないし。
 でも、私の外見は人間タイプだからあながち間違ってはいないかな? ってどうでも良いか。

6: 2012/03/22(木) 02:27:50.76 ID:cM3guj51o

大臣「ご冗談ですよね?」

魔王「どれの、なにが?」

 疑問文に対して疑問文で返答するのは少し頭が悪いかな、と思ったけれど仕方ない。
 ガーゴイルの台詞には言葉が足りなさ過ぎるのだから。

 1を説明して10を理解しろと言う方が無茶だってことに気付くべきだよね。
 短い言葉で全てを察するほど、わたしはまだ長く生きていないんだから。

7: 2012/03/22(木) 02:28:22.91 ID:cM3guj51o

大臣「世界征服を止めると言ったことです!」

魔王「さすがのわたしも、冗談でそんなことを言わないよ」

 冗談が嫌いなわけじゃないけれど、自分の立場を踏まえた上での発言の重みは理解しているつもりだった。
 だから「世界征服をやめた」と言うのは本気で、冗談じゃない。

大臣「それこそ冗談じゃありません! なにを言ってるんですか!?」

魔王「あーもう。うるさいなあ……耳元でキャンキャン怒鳴らないでよ」

 ガーゴイルの黄色い瞳が、赤色に染まっている。興奮している証拠だった。

8: 2012/03/22(木) 02:28:45.16 ID:cM3guj51o

大臣「あっ、貴女様はっ! 先代であるお父上の、大魔王様の跡継ぎなのですよ!?」

魔王「わーかってるって。だからこうして、この椅子に座ってるんでしょう」

 先代の魔王……私の父が寿命で氏んでから一年経った。
 その父には子供が13人いた。私と……(全員紹介するの面倒だなあ)兄とか姉とか。私は末の娘と言うやつ。

 父が氏んでからは王位継承問題がどうたらで、とても大変だった記憶がある。
 昔からの取り決めで、魔王は一番の実力者であることが条件として決められていた。
 実力者。ぶっちゃけると一番、喧嘩が強い人が王様になれってこと。

9: 2012/03/22(木) 02:29:14.19 ID:cM3guj51o

 形式としては総当り戦での力比べ。
 全ての兄姉と戦い、一番勝利の数を挙げた者が王になると言うシンプルなものだった。

 優勝者は説明するまでもなく、このわたし。
 12戦12勝無敗。

 大魔王である父の魔力、腕力は全てがわたしに継承されていた。
 幸か不幸か、兄や姉とわたしとでは勝負にすらならないほどの実力が開いている。
 古参の臣下から聞いた話しでは、父の全盛期と同等の力をわたしは持っているらしい。全然嬉しくない。

 わざと負けようとも思ったけれど、そんなことが出来る雰囲気でもなく……結局、わたしは望まないままこの地位に就いてしまった。

10: 2012/03/22(木) 02:30:42.25 ID:cM3guj51o

大臣「でしたらなぜそのような発言をっ!」

魔王「いやあ……一年は頑張ったし、そろそろやりたいようにやろうかなって」

大臣「なんと…………」

 15歳で魔王に就任して、今は16歳。
 一年も魔王として頑張ったんだし、そろそろ良いんじゃないかと思い始めていた。

 最初からわたしが魔王として玉座に着くことが間違っている。
 わたしのようなティーンエイジャーに勤まるような仕事じゃない。

 超長寿である、魔王の系譜からすれば16歳のわたしなんて産まれたてもいいところだ。
 兄や姉の年齢はゆうに100を越え、わたしの何倍も生きている。
 確実に人選ミスであり、魔王チョイスを失敗していた。

11: 2012/03/22(木) 02:31:12.46 ID:cM3guj51o

魔王「だから、わたしは世界征服をやめます」

大臣「魔王様…………」

魔王「人間界のどこぞの国がどうたら、とか興味ないしね。と言うか、人間が嫌いじゃないし」

 なんで人間と魔族が敵対してるのかも理解できなかった。
 お互いが、お互いの領地を侵犯しなければ良いじゃない。それで幸せ、みんなハッピー。

12: 2012/03/22(木) 02:31:48.28 ID:cM3guj51o

大臣「人間は我々の天敵ですぞ! 魔族の中には人間を主食としている者だっております!」

魔王「おえー……わたしは無理。わたしって人型じゃん? 無理だよ、人間を食べるとか……牛とか豚で良いじゃん」

 大臣の言うとおり、魔族の中には人間を食べる者も少なくない。
 けれども、人間しか食べられないと言うわけでもない。牛でも豚でも、鳥だって食べることが出来る。

 人間よろしく魔界にだって、そう言った牧畜を生業にしている魔族がいるのだからわざわざ人間を食べなくってもねえ。
 食べれば良いじゃない、鳥や牛や豚をさ。

13: 2012/03/22(木) 02:32:16.86 ID:cM3guj51o

大臣「魔王様がそのような考えをお持ちになられても、人間はそうではありません! 勇者が魔王様の命を狙いにいつ現れるか!」

魔王「勇者……ねえ」

 人間界には時折り“勇者”と呼ばれる者が現れる。
 普通の人間とは異なり、魔力が高く力も強い。天から愛されたかのような力を持つ者が“勇者”と呼ばれ、英雄視されている。
 そんな勇者は世界を平和に導くために、悪の権化(になった覚えはないのだけれど)である魔王を討伐しに魔界へと侵入してくる……と言うのが大昔からのセオリー。

魔王「来たことないじゃん。勇者」

 魔王一年生。未だ、勇者の来訪なし。

14: 2012/03/22(木) 02:32:43.53 ID:cM3guj51o

大臣「そ、それはそうですが……」

 人間界に勇者と呼ばれる人間は一人や二人ではない。結構な数、その称号を持つものがいるとか話しを聞いている。
 実際のところ、勇者の力量もピンキリで“一般人よりは強いけれど……”程度も少なくないらしい。

 もちろん、中には本当に強くて魔王と対等に戦えるほどの者もいるらしいけどここ数千年は現れてないとか。
 それどころか魔界に足を踏み入れられるレベルの勇者すら現れてないと言うのだから笑える。

15: 2012/03/22(木) 02:33:13.98 ID:cM3guj51o

魔王「勇者なんて気にする必要ないよ」

 魔王の最大の敵である勇者。けれども、魔族最大の敵は勇者ではなく人類そのものだった。
 生物として魔族は人類よりも(腕力と言う意味で)優れている。頭脳は同程度。

 お互いの種族は昔から天敵であるといがみ合っている。
 なぜか? それは前述でも述べたとおり、わたしには理解できない。そんなことは考えたい人たちで楽しめば良いと思う。

16: 2012/03/22(木) 02:33:43.40 ID:cM3guj51o

 世界の広さを数字で表すとしたら10。その内、魔界の広さは1。人間界は9。
 つまり、世界の殆どは人間が統括している。

 いくら魔族の力が強くとも、人口比……物量、兵力差を考えると魔族は手も足も出ないのだ。
 だから侵略する際は、小さな村からコツコツと密かに行われる。

 侵略が人類の大国に知られれば、軍隊を導入されて戦争になる。戦争になれば物量に勝るものはなく、最終的に魔族は敗退する。
 魔王であるわたしが戦場に行けばまた結果は違うのだけれど、そう簡単に大将が前線に出ることも出来ずこれまた面倒くさい。

17: 2012/03/22(木) 02:34:09.49 ID:cM3guj51o

 視点を変えてみよう。
 逆に、人類が魔界を侵略しにこないのか? 答えはノー。
 人類は魔界に足を踏み入れることが出来ない。理由は強烈な瘴気……毒ガスが蔓延しているからだった。

 この境界線から入れば魔界ですよー。なんて言う決まりはなく、ここも面倒だから省略するけれど色々な手順を踏まないと魔界に来ることは出来ない。
 その面倒な手順を軍隊の兵隊一人一人が行えるはずもなく、人類は魔界を攻め込むことが出来なかった。

 瘴気に倒れることもなく、魔族の棟梁である魔王を駆逐出来るのは“勇者”だけであり、故に魔族が本当に恐れているのは勇者だけだった。
 勇者をマークしていれば魔族が種として敗れることはない。

 長々と説明してしまったけれど、つまりは──。
 

18: 2012/03/22(木) 02:34:39.68 ID:cM3guj51o

魔王「勇者出てこないから大丈夫だよ。わたしが殺される心配はないよ」

大臣「そう言う意味ではなく……」

魔王「侵略しなければ、向こうだって躍起にならないよ。この一年も平和だったし」

大臣「ですが、そう言うわけにも……私いがいの臣下もきっと反対を……」

魔王「魔王であるわたしが、やめたって言ってるんだよ?」

大臣「魔王様……」

 魔王。魔界で一番強いヤツ。
 大臣だとか、臣下だとか魔王城にはそれなりに強いのがいる。

19: 2012/03/22(木) 02:35:37.07 ID:cM3guj51o

魔王「じゃあ、ガーゴイルがわたしと戦ってとめる?」

大臣「そんな……あまり困らせないで下さい……」

 オロオロとし始めるガーゴイル。

 魔界にも人間界と同じように、取り決め。法律のようなものが存在する。
 魔界の法律は魔王が決める。小難しいものではない、やって良いこと。悪いこと。それだけを簡単に決める。

 人間界のようにガンジガラメではないし、大変なものでもないけれどそれでもルールは存在し破った者には罰が下される。
 罰を下すものは誰か? 魔王だ。

 魔界での“法”とはつまるところ、魔王であるわたしなのだ。
 そのわたしが「世界征服をやめた」と言えば他の魔族は従うしかない。
 例えどんなに納得がいかなくとも、それが魔王の出したオーダーであれば飲み込むほかないのだ。

20: 2012/03/22(木) 02:36:03.80 ID:cM3guj51o

魔王「ガーゴイル。私は世界征服をやめるとは言ったけれど、魔王をやめるとは言ってないよ」

大臣「ですが……」

 魔王の特権。
 この面白さの欠片もない地位だけれど、一つだけ長所があった。

魔王「魔王の命令は絶対だよ」

大臣「……」
 

21: 2012/03/22(木) 02:36:30.24 ID:cM3guj51o

 その絶対的な力を前に、逆らえる魔族なんていやしない。
 例え無茶苦茶な命令であろうとも、その指示は履行される。

 もちろん、最低限の常識は踏まえているつもりではいるのでおかしな命令をするつもりはない。
 ただ、現時点のわたしの考えでは“世界征服”は無意味なものであり、魔族と言う種を挙げて遂行したいとはとてもじゃないけど思えなかった。

魔王「さあ、ガーゴイルよ。動く魔像よ。大臣よ。魔王であるわたしは命令を下したよ」

大臣「……ハッ」

22: 2012/03/22(木) 02:37:02.10 ID:cM3guj51o

 可哀想に。命令とハッキリ口にされてしまえば、ガーゴイルは反論することすら許されない。
 命令が不服で反旗を翻したいのであれば、わたしに勝負を挑み、倒し、その者が魔王になれば良い。

 魔王とは基本的に世襲制ではあるけれど、魔王より強い者がいれば交代は出来る。
 まあ、代々続く魔王の系譜に匹敵する力を持った魔族なんていやしないけど。

魔王「うんうん」

 さて、明日からちょっと大変かもしれない。
 この命令が行き渡れば自然と反抗心を燃やす臣下が出てくることだろう。

 元々、わたしのような幼子が魔王に就くと言う点で敵は多かったんだけどね。
 そこはほら、魔族と言う種族は力こそ全てだから反抗したくても出来ないってのが臣下たちの正直な内心でしょう。

23: 2012/03/22(木) 02:38:01.36 ID:cM3guj51o

大臣「本日より、人間界への侵攻は中止との通達を全軍に発令いたします……」

魔王「うん、お願い。世界征服はやめ、自由にしなさい、と。ああ、当然だけれど自由と無法を履き違えたお馬鹿さんがいたらわたしが直々に処罰する旨も忘れずに」

 自由。と言われて人間界に赴き虐殺を楽しむお馬鹿さんがいたら大変だからね。
 わたしとしては、人類とはなるべく喧嘩をしたくないので騒ぎは起こしたくないのが本音。

 むしろ魔族は人類にこそ学ぶべき点が多いのじゃないかとすら思っている。
 活字を読むのが好きなわたしは、しばしば人間界の書物を読み漁ることがある。

 紅茶と呼ばれる香りの良い飲み物や、不思議な調味料や器具を使った調理法。魔族とは違った進歩を見せた機械類。
 余暇の素敵な使い方など目を見張るものばかりだ。

 いつの日か魔王と言う立場ではなく、わたし個人として人間界に降り立ち文化を拝見したいと思っている。
 

24: 2012/03/22(木) 02:38:42.36 ID:cM3guj51o

 しかし、現状ではそれが困難であることをわたしは理解している。
 魔王と言う立場で人間界に足を踏み入れる。それはイコール戦争であり、最終決戦と魔族全体が勘違いしても仕方がない行為なのだから。

 だから、そう言った考えを変えさせる。
 両種族の共存だなんて馬鹿げた妄想を口にする気はない。

 私の目標は……ええと、なんだっけかな。
 ……そう! たまに人間界へ遊びに行って美味しい物を食べたり飲んだり、観光したりすることが出来る世の中(魔界)にしたい。

 魔王であるわたしが、気軽にそれを出来る程度に。
 それだけなのだ。

25: 2012/03/22(木) 02:39:09.95 ID:cM3guj51o

 たったそれだけのことをしたいがために、魔王であるわたしは前代未聞の命令を発した。
 文句は言わせない。
 いや、言いたければどうぞ。力でねじ伏せるだけだからね。
 前代魔王である父から授かった力はこんなことにしか役に立たないけれど、あえてわたしは心の中で感謝を唱えた。

 大魔王様、万歳。
 魔界、万歳。

 さあ、危険な日々とはお別れして楽しい毎日を暮らせるように変えていこうじゃない。
 魔族のみんな。
 命をかけて、人間界へと侵攻する必要はなくなったのだよ。

36: 2012/03/22(木) 20:41:56.65 ID:cM3guj51o
>>25 つづき。



 魔界の空は今日も濁っていた。曇天模様。
 魔王城の最上階から見渡す景色はいつもと代わり栄えせず、楽しさの欠片も感じられない。

 そこかしこから溢れ出てくる瘴気も心地が良いとは思えなかった。
 わたしは魔王であるのにどうしてこうも魔界が肌に合わないのだろう。

 行ったこともないけれど、きっとわたしは人間界の方が合っているのだと思う。

37: 2012/03/22(木) 20:42:25.81 ID:cM3guj51o

 この世に生を受けて16年。未だ肌に馴染まないこの世界。
 ならば、自分の住みよい環境に変えていこうと思い立ったのが先日。

 やはり、問題は向こうから歩いてきた。
 魔王城に住む魔物たち。大臣のガーゴイルもそうだけれど、高位に位置する魔物からのブーイングは凄まじいものがあった。

 基本的に城に住む者は、1000歳を越える古参たちだ。
 古い考えの持ち主が多く、わたしの考えには納得できないのだろう。
 

38: 2012/03/22(木) 20:42:52.49 ID:cM3guj51o

 しかし、納得はいかずともソコはほら、しきたりとかを重んじる連中なわけで“命令”と言えば口を塞ぐ他なかった。
 良いね。命令。

 今までは気を使ってあまり実行したことはなかったけれど、実に気分が良い。
 命令と言う行為には責任が付きまとう。って言うのはなにかの本で読んだ。

 なんの本だったかな……? まあ良いや。
 上の者が下の者を命令で押さえつける場合、色々な問題が後に生じるとか書いてあった気がする。
 

39: 2012/03/22(木) 20:43:18.89 ID:cM3guj51o

魔王「お……これはこれは、壮観な眺めだね」

 景色に変化があった。
 大平原から大量の砂埃が舞い、地鳴りのような音が世界を揺らす。

 蹄の音だった。
 平原を埋め尽くすほどの大軍隊。

 第一魔甲騎兵軍のお出ましだった。
 

40: 2012/03/22(木) 20:43:45.24 ID:cM3guj51o

大臣「魔王様……まもなく、騎兵将軍が謁見に参られます」

魔王「うん。ここから見えてる。見てご覧よ、ハハッ。栄えある第一騎兵軍総出で来たらしい」

大臣「……」

魔王「心配しないでも大丈夫。彼の性格は……うん、理解しているつもりだよ。少なくとも、平和的な人格じゃあない」

大臣「謁見を要望してきたからには、何かしらの意図があるかと」

魔王「だろうね」

大臣「魔王様……」

魔王「大丈夫。ガーゴイル、わたしは魔王なのだよ」
 

41: 2012/03/22(木) 20:44:12.38 ID:cM3guj51o


 ─魔王城 謁見の間─


魔王「良く来た。デュラハン将軍」

デュラ「ハッ。閣下もご健在でなによりです」

 閣下。閣下ねえ……将軍と言う地位もそうだけれど、こいつら(魔界全土を含む)も人間被れをしていると思う。
 きっとみんな、どこかで人間と言う生物を羨んでるんじゃないだろうか。

 彼等のそう言った多種多様な名称や、称号は耳にして心地良いものがある。
 どこの誰が最初に“将軍”やらなにやらの名称を使い始めたのかは知らない。

 けれども、それが人間界からの輸入名称であることは明らかだ。
 “世界征服”とはつまり、人間の作り出した文化、文明を我が物顔で使用したいだけじゃないのだろうか。
 

42: 2012/03/22(木) 20:44:38.86 ID:cM3guj51o

魔王「楽にしなさい」

デュラ「ハッ」

 デュラハンは膝を折って屈んだ状態から、起立状態へと体勢を変えた。
 右腕で頭部を抱えているのだけど、それがまた面白い。

 かしこまる。目上の者に対して頭(こうべ)を垂れると言う。
 これまた人間界から輸入してきたんじゃないかと思われる行動。

 デュラハンは膝を折って姿勢を低くはしていたが、右腕で抱えていた頭部は決して下を向くことがなかった。
 なんとも解りやすい男だ。
 

43: 2012/03/22(木) 20:45:05.60 ID:cM3guj51o

大臣「将軍。魔王様の御前で帯刀しているのは如何なものかと」

 玉座の横で起立しているガーゴイルが口出しをしてきた。
 デュラハンは自分の身の丈ほどもある、巨大な剣を背中に背負っている。

魔王「いいよ。わたしが許した」

大臣「ですが……」

デュラ「大臣。わたしは騎士である。騎士である私にとって剣とは魂そのものなのだ。間違っても魔王様にこの刃を突きつける気などありはしない」
 

44: 2012/03/22(木) 20:45:32.76 ID:cM3guj51o

 とかなんとか言っちゃって。
 ならば、その体中から湧き出ている殺気はどう説明するのだろう。

 わたしが気付いていないとでも思っているのだろうか。
 だとすれば、コイツは相当な馬鹿だ。

 今、自分が相対している相手の容姿が小娘だからと言って、その本質を忘れているのじゃないだろうね。
 忘れているのなら、そのまま忘れてもらっても構わないのだけれど。
 

45: 2012/03/22(木) 20:45:59.45 ID:cM3guj51o

魔王「で、将軍。話しとはなにかな? 面白い話だと嬉しいけど」

デュラ「閣下。茶化さないでいただきたい」

魔王「用件を」

デュラ「世界征服……人間界への侵攻を中止、とはどう言ったことでしょうか」

 正直な男だ。
 本題に入った途端に殺気が増した。
 

46: 2012/03/22(木) 20:46:25.72 ID:cM3guj51o

 これはもう端から話し合う気などないのだろう。
 だとすれば、わたしとしても無駄な時間は使いたくないのだけど……はあ、面倒だ。

 これからもこう言ったことがあるだろうから、色々と手を打たねばならない。
 そのためには、今がまんしなくちゃいけない。

魔王「言ったとおりだよ。人類への攻撃は前面中止。みな、魔界で自由に暮らしなさい」
 

47: 2012/03/22(木) 20:46:52.96 ID:cM3guj51o

 魔界の広さが人間界の1/10とは言え、決して狭いわけではない。
 人間界が広すぎるのだ。

 魔界が狭いから領土を拡大したいのじゃない。
 血気盛んな、闘争心の塊のような連中が多いからそう言うことになっているんだと思う。

 まさに、わたしの目の前にいる男のような。
 

48: 2012/03/22(木) 20:47:19.58 ID:cM3guj51o

デュラ「しかし──」

魔王「──将軍。魔王であるわたしは命令を下したよ。それとも……文句があるのかな?」

 ギリッ。と腕に抱えられた頭部から歯軋りのようなものが聞こえた。
 いよいよもって堪え性のない男だ。

 もう少し頑張って仮面を被ってみれば良いものを。
 その兜はお飾りなのかな。
 

49: 2012/03/22(木) 20:47:45.77 ID:cM3guj51o

魔王「なければ下がりなさい。大群を率いての謁見、ご苦労だった」

デュラ「小娘が……」

 ぼそり、と頭部が口を動かす。
 ほうら噛み突いてきた。

 最初から噛み付きたくてウズウズしていたのだろう。
 どうやって牙を向けようか考えていたのでしょう? ほら、わたしが機会を作ってあげたよ。
 

50: 2012/03/22(木) 20:48:13.27 ID:cM3guj51o

魔王「ん? なにかな? 良く聞き取れないが」

デュラ「小娘が粋がるなよ……」

 兜越しに見える、デュラハンの目が赤く光る。
 魔族特有の興奮状態を示していた。

大臣「将軍! いまなんとっ!」

デュラ「大臣! 貴様も貴様だっ! こんな小娘の言いなりになり、馬鹿げた命令を発令しおって!」
 

51: 2012/03/22(木) 20:48:47.37 ID:cM3guj51o

 小娘。小娘ねえ……いや、自分でもわかっていることだけれど。
 面と向かって言われると少しだけ苛つくよね。

 わたしだって好きで小娘をしているわけじゃない。
 あと1000年も生きれば風格とか出るのだろうか。馬鹿にされ続けるのも趣味じゃないんだけど。
 

52: 2012/03/22(木) 20:49:08.30 ID:cM3guj51o

魔王「それで……将軍。君は一体どうしたいのかな?」

デュラ「知れたこと。貴様を斬って、俺が魔王となろう」

大臣「なんと馬鹿げたことを……」

魔王「わかった。じゃあ、正式に魔王交代の儀式を行おうか」

 儀式と言う名の戦闘をね。
 

53: 2012/03/22(木) 20:49:34.78 ID:cM3guj51o

デュラ「ククッ……ここまですんなり行くとはな」

 背中に担いだ大剣を抜こうとするデュラハン。
 ちょっと、ちょっと。ここで闘うつもりなの? それは困る。

魔王「将軍。どうせなら外で戦おう。君の部下にもその勇士を見せ付けるべきだよ」

 外で戦わなければ意味がない。
 ここまで我慢した理由がなくなってしまう。

 デュラハン。君には人柱になってもらう予定なのだから。
 

54: 2012/03/22(木) 20:50:01.73 ID:cM3guj51o

デュラ「クッ。言って置くが外に待機している軍勢は俺の部下たちだ。貴様に手を貸そうと言う者など一人もおらんぞ」

 わかってる。わかってるよ。
 兵隊の力を借りようとも思っていないし、それは君も同じでしょう。

 この軍勢は自身の力、統率力をわたしに見せつけようと考えてのこと。
 なんと浅はかな考えだろう。

 それもこれも、魔界と言う世界のシステムが頭の良さではなく実力重視だからなのだろうね。
 わたしも今回はそれを活用しようとしているから、デュラハンを馬鹿にする権利はないのかもしれないけれど。
 

55: 2012/03/22(木) 20:50:33.83 ID:cM3guj51o


 ─魔王城下 大平原─


 わたしとデュラハンを囲うように、総勢一万の軍勢がサークル状に広がっていた。
 大臣であるガーゴイルは翼を広げ上空からこの状況を心配そうに見守っている。

 そう言えば、魔王に一騎打ちを挑む魔物が現れたのは数千年ぶりのことらしい。
 前魔王であるわたしの父の代ではこのようなことは一度もなかったとか。
 

56: 2012/03/22(木) 20:50:56.03 ID:cM3guj51o

 きっと父は上手くやっていたのだろう。
 しかし、わたしは父ではないし考え方も違う。

 部下との衝突は必然か。

デュラ「俺が勝ったら魔王の座。そして“魔王剣”を頂く」

魔王「どーぞどーぞ」

 “魔王剣”。
 代々魔王の座に就くものへ継承される魔界最強の剣。

 まあ、わたしはあんな物を使う趣味はないから別にいらないんだけど。
 

57: 2012/03/22(木) 20:51:28.61 ID:cM3guj51o

デュラ「小娘。魔王剣を呼ばなくても良いのか?」

魔王「御気になさらず」

 それにしても、どうして魔王たるわたしに喧嘩を売ろうと思ったのだろうか。
 その理由をちょっとばかり考えてみた。
 

58: 2012/03/22(木) 20:51:58.21 ID:cM3guj51o

 一つ目の理由は、わたしの容姿だろう。
 人型であり、年齢も若いわたしは見た目だけで見れば人間界の15.6歳の少女と差して代わり映えしない。

 特徴といえば、魔王の系譜を証明する前方に突き出るように伸びた巻き角。
 背中ではなく腰から生えた翼。あとは尻尾。

 その位しか人間と違った部位が見当たらない。
 残念なことに、胸の発育も滞っているらしく女性としての魅力もないのだろう。

 だから、馬鹿にされているのだ。 
 

59: 2012/03/22(木) 20:52:30.58 ID:cM3guj51o

 そして二つ目。
 恐らくはこれが最大の原因。

 魔王を決める際の子供たちでの総当り戦。
 これは一般的には非公開であり、その内容を他の魔物たちに見せることはない。

 なぜか? 理由はいくつかあった気がするけれど、ええとなんでだったかな。
 闘う訳だから色々な勝ち方、負け方になる。

 例え敗北して、魔王になれなかったとは言え魔王の子は魔王の子。
 威厳、プライド、そう言ったものがある。

 部下である他の魔族たちに敗北した姿を見られるわけにはいかないとか……確か、そんなくだらない理由だったと思う。
 くだらない。実にくだらない。
 

60: 2012/03/22(木) 20:52:55.51 ID:cM3guj51o

 そんなんだから、わたしの実力を知らない馬鹿がこうして喧嘩を吹っかけてくる。
 わからせてやらねばならない。

 そう言った意味ではデュラハン。君に感謝をせねばならないね。
 一万の大軍勢。二万の瞳をここへ集めてくれたことを。

 思い知らせなければならない。

 魔王の、魔王たる所以を。
 
 デュラハン。君はわたしのとって、とても良い部下だったよ。
 
 

61: 2012/03/22(木) 20:53:22.10 ID:cM3guj51o
投下終了です。
次回書けたらまた投下しに来ます。

67: 2012/03/23(金) 14:47:04.11 ID:E9AAX3ovo
>>60 つづき。



 デュラハンは自身の身の丈よりも長大な大剣を抜刀していた。
 思い切り力を溜めている。

 機を見計らって突進してくるつもりなのだろう。
 恐らくは彼の攻撃手段の中で一番攻撃力が高く、小柄なわたしを一撃で粉砕するに足る技なのだ。

 それに対してわたしは棒立ちだった。
 彼をどう調理するか未だ決めあぐねている。
 

68: 2012/03/23(金) 14:47:41.38 ID:E9AAX3ovo

 悪い癖だ。
 直前になって色々と考え始め、ぐだぐだしてしまう。

 わたしは指揮官には向いていないだろうと思った。
 指揮官ではなく魔王だから関係ないか、とも。

デュラハン「……行くぞ」
 

69: 2012/03/23(金) 14:48:10.09 ID:E9AAX3ovo

 ああ、来てしまう。
 砂埃をあげながら、その大剣をわたしに突き立てるために。

 わたしは迷っていた。
 あえてその攻撃を受けて、己の頑強さを見せ付けるべきか。

 それとも、一撃で彼を。デュラハンを葬り攻撃力を見せ付けるべきか。
 うーん……。
 

70: 2012/03/23(金) 14:48:36.56 ID:E9AAX3ovo

魔王「うっ」

 それにしても、臭い。
 緊張感が漂うシーンだと言うのに間抜けにも顔をしかめてしまった。

 第一魔甲騎兵軍。
 今まさにわたしへと突進してくるデュラハン将軍率いるアンデッドの集団だ。

 屍と化した馬に装備をあてがい、これまた屍と化したアンデッドどもが鎧を着込み馬に跨っている。
 辺りは腐臭で満ちていた。
 

71: 2012/03/23(金) 14:49:02.92 ID:E9AAX3ovo

 これだから、アンデッドは……などと思ってしまうほど、臭かった。
 自分で言うのもなんだけれど、わたしはよほど人間的な感性を持っていると思う。

 臭いものは臭い。
 それが例え同胞の、我が子らの放つ匂いだとしてもだ。

 人がどうやって最も効果の高い見せしめをしようかと悩んでいるのに。
 考えているのに。

 臭いんだよ、お前等。
 ああ、ダメだ。イライラしてきた。
 

72: 2012/03/23(金) 14:49:29.51 ID:E9AAX3ovo

 いっそ“魔王剣”を呼び出し、一個軍ごと消滅させてやろうかと思うほどに。
 わたしは魔王である前に、女性なのだよ。

 女性の下へ馳せ参じる前に、体臭をどうにかしようとか考えはしないのだろうか。
 デュラハン。お前もだ。臭い臭い臭い、臭いんだよ。

 体を洗え、それが無理ならば鎧を洗え。
 魔王の御前にその薄汚れた格好で姿を現すとはどういうことなのだ。
 

73: 2012/03/23(金) 14:50:03.47 ID:E9AAX3ovo

 人間界ではありえないことだ。
 まったくもって、人間界の王族が羨ましい。

 彼等の臣下は少なくとも、清潔ではあるはずだ。

デュラ「小娘が! 闘争のなんたるかをその身を持って知るが良いッ!!」
 

74: 2012/03/23(金) 14:50:22.76 ID:E9AAX3ovo

 わたしのイライラは少しばかり限界に達していた。
 頭の中で色々と考えた結果、もう考えは纏まらないだろうという結論が出ている。

 悲しいかな、デュラハンの言うとおりわたしはまだ小娘なのだ。
 理路整然とした思考よりも、感情を優先してしまう。

 だからデュラハン。
 お前は氏ね。
 

75: 2012/03/23(金) 14:50:48.46 ID:E9AAX3ovo

デュラ「──なっ」

 一瞬で距離を頃す。
 突進してくるデュラハンに対して、わたしも突進してあげた。

魔王「やあ」

 せっかく末期だからと優しい声色で話しかけてあげたと言うのに、デュラハンと来たら返事を返そうともしない。
 連れない男だ。
 

76: 2012/03/23(金) 14:51:19.64 ID:E9AAX3ovo

魔王「その臭い体ともお別れだね」

 思い切り腹部にアッパーカットの要領で拳を天に突き上げた。
 パンッ。と小気味良い音が鳴り、デュラハンの体が消滅する。

デュラハン「……」

 胴体が粉々に砕け散り、頭部だけがドンと悲しい音を立てて草原へと転がった。
 頭部にはまだ仕事が残っているからね。
 

77: 2012/03/23(金) 14:51:57.18 ID:E9AAX3ovo

魔王「ふう」

 結果、わたしは物理的な攻撃力の差を見せ付けたことになる。
 移動速度もさることながら、魔王とデュラハンではそもそものステータスが段違いなのだ。

 数値化するのであれば、桁が違う。
 象に対して子猫がじゃれ付いてきたようなものだ。

 これで彼等(軍勢)も理解しただろう。
 魔王の魔王たる所以を。
 

78: 2012/03/23(金) 14:52:25.99 ID:E9AAX3ovo

 しかし、まだ足りない。
 二万の瞳は、なにが起きたのか把握できていない者がいるからだ。

 圧倒的なスピード。圧倒的な攻撃力を目にしても、その凄さがわからない。
 もっともっと解りやすくしてやらねばならない。

 アンデッドどもは脳まで腐っているのだから、これも仕方ないか。
 

79: 2012/03/23(金) 14:52:51.77 ID:E9AAX3ovo

デュラハン「貴様……なっ、なにをした……」

 首だけになったデュラハンが口を開いた。
 なにをしたって……。

魔王「将軍。君の体を殴っただけだよ。そうだね、君の体を屠った技の名称が欲しいのであれば……魔王パンチと言ったところかな」

デュラハン「ふざけるなっ!」

 ふざけているのは、頭だけになった君の姿なのだけれど。
 さてさて。おふざけは終わりにして締めに入ろうか。
 

80: 2012/03/23(金) 14:53:18.16 ID:E9AAX3ovo

 えー、あー。
 演説とかは苦手なのだけれど、頑張らないと。

 ここ次第によって、この先こう言った面倒ごとが少しは解消させられる。と思う。
 一万の軍勢に力を示すことにより、魔界全土に今回の騒動は知れ渡るだろう。

 そうなった時、この場にいるアンデッドどもがわたしのことを他の魔物にも話をする。
 反乱、反抗は無駄だ。止めたほうが良いと口を揃えて言うように仕向けなければならない。
 

81: 2012/03/23(金) 14:53:49.18 ID:E9AAX3ovo

 最悪だ。
 わたしは力で、恐怖で部下たちを抑えつけようとしている。

 けれども簡便して欲しい。
 命を賭して戦えだなんて命令は発さないのだから。

魔王「諸君。これがわたしの、魔王の力である」

 静まり返った大平原。
 アンデッドどもが見つめる中でわたしは口を開いた。
 

82: 2012/03/23(金) 14:54:15.75 ID:E9AAX3ovo

魔王「諸君らの中には、わたしの発した命令……それに対して良い感情を抱いてない者も多いかと思う」

 ほとんどがそう思ってるよね。

魔王「わたしのことを、腑抜けや腰抜け。または闘争を好まない博愛主義者だと思っている者もいるだろう」

 間抜けであることは否定しない。わたしは天才じゃないから。

魔王「見ての通り、私は闘争自体が嫌いではない」

 落ちていたデュラハンの頭部を鷲掴みにして掲げる。
 闘うことは嫌いじゃないよ? 好きじゃないだけだ。嘘は言ってない。
 

83: 2012/03/23(金) 14:54:37.32 ID:E9AAX3ovo

デュラ「ぐぅっ……」

魔王「しかし、わたしは人間界への侵攻をしたいとは思わない。理由は……まあ、色々ある」

 個人的な理由がね。

魔王「それに対し、不満を持つ者がいたら遠慮なくわたしの首を取りに来ると良い。相手をしよう」

 さあ、デュラハン将軍。
 最後のご奉公だよ。
 

84: 2012/03/23(金) 14:55:03.20 ID:E9AAX3ovo

魔王「ただし。今回のように優しく相手をするのはこれで最後だ」

 わたしの放った言葉の意味が解らないのか、一万の軍勢は首をかしげた。

魔王「将軍。お別れだ」

デュラ「なっ……」

 デュラハンの生首を軍勢の外側へと思い切り放り投げた。
 いくら臭いアンデッドとは言え、同胞だ。

 無闇に頃す趣味を私は持っていない。
 

85: 2012/03/23(金) 14:55:34.63 ID:E9AAX3ovo

魔王「来い……“魔王剣”」

 空間が歪み、突き出されたわたしの掌に納まる異形の魔剣。
 それは剣と呼ぶにはあまりにも未完成な物だった。

 刀身も無ければそれを納める鞘も無い。
 鍔も無く、あるのはわたしが握る柄の部分のみ。

 剣とは名ばかりの、ただの棒。
 それは使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。

 生み出すものは単純なる破壊。
 美意識の欠片もない兵器だった。
 

86: 2012/03/23(金) 14:55:57.03 ID:E9AAX3ovo

魔王「さあ、お望みの“魔王剣”だよ」

デュラ「これが……これがまお────」

 魔王剣から放たれる下卑た閃光が平原を包んだ。
 光源の中心部にあったデュラハンの頭部は説明するまでもなく消え去り、平原の地形は不細工に変形していた。

 地が思い切り抉れ、クレーターのような大規模な窪みが作られている。
 ほんの少しだけ魔力を注いだ結果がこれだ。
 

87: 2012/03/23(金) 14:56:23.17 ID:E9AAX3ovo

 もし、わたしが全ての魔力を“魔王剣”に喰らわせたのであれば、魔界が一度終わるのは簡単なことかもしれない。
 なんと恐ろしい兵器だろう。

 これは何時の日か処分しなければいけないなと思った。
 っと、まだ仕事は終わってないんだったね。

魔王「さて……諸君らの将軍はただ今を持って跡形も無く消え去ってしまった」

 それこそ塵も残さずに。
 

88: 2012/03/23(金) 14:56:49.78 ID:E9AAX3ovo

魔王「魔王であるわたしは今一度、命令を発するよ。この魔界で自由に暮らしなさいと。以上、解れ」

 一瞬の静寂の後、蹄の後が一つ二つと増えていきアンデッドの軍勢は平原から姿を消した。
 理解したのだろう。

 魔王には勝てないと。
 “魔王剣”には勝てないと。

 わたしがデュラハンとの戦いで最初から“魔王剣”を使っていたのであれば、一万の軍勢ごと滅ぼしていたことを。
 それをしなかったわたしの意図を。
 

89: 2012/03/23(金) 14:57:15.86 ID:E9AAX3ovo

魔王「ふう……疲れたあ」

大臣「お疲れ様でございます」

 今の今まで空を飛んでいたガーゴイルがわたしの元へと降り立ってきた。

魔王「ガーゴイル。湯を沸かして貰えるかな? 体が臭くっていけない……腐臭が染み付いてしまったよ」

大臣「準備は整ってございます」

魔王「ん。ありがとう」
 

90: 2012/03/23(金) 14:58:06.95 ID:E9AAX3ovo

 気の利く石像だ。
 おそらくはデュラハンが謁見しに来た際、その臭さに歪めたわたしの顔を見て察したのだろう。

 熱いシャワーで体を流した後は、湯船にたっぷりと浸かろう。

大臣「──将軍との戦闘の最中にではございましたが、お客様が御出でになられております」

魔王「客? 今日のアポは確かデュラハン将軍だけだったと思うのだけれど」

大臣「ええ、前もっての連絡はなしにいきなりでしたので」

魔王「誰?」
 
 アポイントを取らずにいきなり謁見しにくる者なんてそういない。
 えっ、誰だろう。
 

91: 2012/03/23(金) 14:58:33.56 ID:E9AAX3ovo

大臣「“淫魔”-サキュバス-にございます。お土産にと人間界の薔薇を沢山持ってこられましたので、ご勝手ながらバスタブに浮かべておきました」

魔王「サキュバスが!? 薔薇をか、それは嬉しい。早いとこ城に戻ろう」

 薔薇とはサキュバスらしい手土産だ。
 わたしの嗜好をわかっている。

 まったく、突然の来訪とは驚かせて……いや、喜ばせてくれる。
 サキュバスはわたしの、幼少時の教育係だった魔物だ。

 戦闘と、似合わない演説で疲労していたわたしの気持ちは何時の間にか晴やかなものになっていた。
 

100: 2012/03/24(土) 22:12:19.26 ID:AtbDZvsjo
>>91 つづき。



 サキュバスがわたしの教育係に任命されたのは、まったくもって幸運だった。
 大魔王13番目の子。

 余命幾ばくも無い大魔王の末の娘。
 そんなわたしに期待の目は一切無かった。

 ようするに、出涸らしだと思われたのだ。
 すでに優秀(だと思われていた)な兄さまや姉さまがいたし、わたしには一切期待していなかったのだろう。
 

101: 2012/03/24(土) 22:13:06.30 ID:AtbDZvsjo

 そんなわたしに高位の魔族が教育係として就くことは無く、プラプラと暇をしていたサキュバスにその任務が押し付けられた。
 “淫魔”。ようするに、人間の男の……あー、あはん。おほん。

 つまりは、うん。
 説明はいらないかな。

 サキュバスは他の魔族と違って、人類(の雄)と友好な共存関係を築いていた。
 どう友好なのか、と言う言明は避けさせて貰う。魔王とはそれ位の勝手が許される立場なのでね。
 

102: 2012/03/24(土) 22:13:54.00 ID:AtbDZvsjo

 命を奪うでもなく、お互いの利益を確保していた。
 ええとつまり……表現が難しいけれど、いわゆる“WIN-WIN”の関係を築いている。

 そんなサキュバスは、魔界で過ごしている時間よりも人間界で過ごしている時間の方が長い。
 自然、わたしはサキュバスから人間界の話しをそれこそ子守唄代わりに聞いていた。

 興味を持ったのはサキュバスの仕事……ではなく、文明としての人間界。
 この晴れることのない曇天に包まれた魔界と比べたら、人間界は極楽浄土にすら思えた。

 そしてわたしの人格形成にもサキュバスは一役買っている。
 母として、いや違うな。姉……? 婆やなんて言ったら怒るかな。

 まあ、わたしとサキュバスはそれに近しい関係だった。
 

103: 2012/03/24(土) 22:14:20.76 ID:AtbDZvsjo


 ─魔王城 謁見の魔─


魔王「サキュバス!」

サキュ「魔王様」

 魔王城謁見の間。
 サキュバスは大胆にも玉座に腰掛け、足組をしていた。

 相変わらず自由なやつだ。
 

104: 2012/03/24(土) 22:14:51.08 ID:AtbDZvsjo

大臣「サキュバス!」

 ははっ。
 ガーゴイルが怒っている。

魔王「久しいじゃないか、魔王就任以来だから一年ぶりかな。今までなにを?」

サキュ「人間界で男漁りを」

魔王「それでか。また綺麗になっている、少し若返ったか?」

サキュ「お陰様で」

大臣「サキュバス! そこは恐れ多くも玉座であるぞ!?」

 ああもう、ガーゴイルうるさい。
 良いじゃないか、椅子くらいで騒ぐと男としての器が知れるぞ。
 

105: 2012/03/24(土) 22:15:19.39 ID:AtbDZvsjo

サキュ「まあ、失礼いたしました」

魔王「良い。どうだい、玉座のすわり心地は」
 
サキュ「悪くはありませんけど、魔王様の好みとは思えませんね」

魔王「まったくだ」

 この取り止めの無い会話も気分が良い。
 サキュバスは相手によって態度を変えない。誰に対してもこうして飄々とした態度を取る。

 さすがにわたしには敬語を使ってくるけれど。
 もう一つ付け加えるのであれば、わたしに魔王らしい口調を教えたのもこのサキュバスだ。
 

106: 2012/03/24(土) 22:15:59.89 ID:AtbDZvsjo

魔王「サキュバス。湯あみに付き合え、大臣が土産の薔薇を浮かべてくれている」

サキュ「それは素敵ですね」

魔王「ああ、なんとも素敵だ」

大臣「全く……玉座をなんだと思って……大体、サキュバスは昔から……」

 ガーゴイルがぶつぶつと文句を言っているけれど、無視してしまおう。
 悪いが、わたしの中での優先順位として玉座は決して高いものではない。

 むしろ低位のものなのだ。
 それよりも今は、薔薇が浮かんだ浴槽のほうが魅力的だ。
 

107: 2012/03/24(土) 22:16:35.47 ID:AtbDZvsjo


 ─魔王城 大浴場─


 魔王城には大浴場が設置されている。
 巨躯だった父(大魔王)でも手足が伸ばせる大きな風呂。

 しかし、わたしはそれがどうにもしっくりこなかった。
 大浴場の片隅に小さめなバスタブを設置させてそこで入浴している。

 薔薇も勿論、小さなバスタブに浮かべられていた。
 

108: 2012/03/24(土) 22:17:30.22 ID:AtbDZvsjo

魔王「うーん……相変わらず不可思議な肉付きをしているね」

サキュ「お褒めの言葉と受け取っても?」

魔王「どうだろう。今のところ、わたしは羨ましいとは思わない」

 突き出た胸部。引き締まった腹部。適度に脂肪が乗った臀部。
 その全てが男どもを魅了してやまないのだろう。
 

109: 2012/03/24(土) 22:18:23.29 ID:AtbDZvsjo

サキュ「ふふっ。大丈夫、魔王様もあと2.300年も生きれば成長しますよ」

魔王「それは……喜ぶことなのだろうか」

サキュ「もちろん」

 満面の笑みで返すサキュバス。
 ううん、どうだろう。威厳だとか風格が増すのであれば喜びもあるのかもしれないけれど。
 

110: 2012/03/24(土) 22:19:16.31 ID:AtbDZvsjo

サキュ「ほらほら。そんなところで仁王立ちしてないで髪を洗いましょう。アンデッドどもの匂いがすっかり染み付いているのでしょう?」

魔王「そうだった」

 サキュバスの肢体に目を奪われて忘れていた。
 素っ裸で仁王立ちしていたわたしの姿はなんとも間抜けな姿だったことだろう。
 

111: 2012/03/24(土) 22:20:18.67 ID:AtbDZvsjo

サキュ「洗ってさしあげますよ。どうぞこちらへ」

魔王「ん」

 ちょこんとサキュバスの前へ腰を下ろす。
 ひんやりとした感覚を一瞬だけ覚え、それが頭部全体を包んだ。

 背中にサキュバスの胸部が当る。柔らかい。
 

112: 2012/03/24(土) 22:20:51.90 ID:AtbDZvsjo

魔王「すんすん……」

 自然と鼻が鳴る。良い匂いが鼻腔をくすぐった。
 バスタブから香る薔薇の匂いではない。

 これは……。

魔王「さくら……?」

サキュ「正解。人間界からのお土産です。桜の香りがするシャンプーですよ」

魔王「おお! 良い匂いだ」
 

113: 2012/03/24(土) 22:21:50.91 ID:AtbDZvsjo

 サキュバスめ、憎いことをしてくれる。
 わたしの口角は思わず吊りあがり、笑顔になってしまった。

 薔薇の香りに、桜の香り。
 なんと素敵なことだろう。

 さすが人類だ。
 花を愛でる文化とは魔族では考えられない思考である。

 素晴らしい。
 デュラハンとのことで辟易していたわたしの気持ちはもうとっくに洗い流されていた。
 

114: 2012/03/24(土) 22:22:26.52 ID:AtbDZvsjo

サキュ「かゆいところはございませんか?」

魔王「ん。全体的に気持ち良い……」

 ああ、それにしても……ああ。
 他人に髪を洗われると言うのはなんと心地の良いことなのだろう。
 

115: 2012/03/24(土) 22:23:29.19 ID:AtbDZvsjo

 ガーゴイルではダメだ。
 あんな石像で出来た腕で髪の毛を洗われてはたまったものじゃない。

 アンデッド系の魔族や、獣族でもダメだ。
 そんな連中に髪の毛を洗われてはストレスでその種族ごと滅ぼしてしまうかもしれない。

 サキュバスのしなやかな手つきだからこそ、この快感を味わえるのだろう。
 確か人間界には“美容師”と言う髪切りを生業にしている者もいると聞いた。

 いつか体験したいものだと思った。
 

116: 2012/03/24(土) 22:23:59.79 ID:AtbDZvsjo

サキュ「近頃はどうですか?」

魔王「どう、とは? 具体的に言って欲しいね」

サキュ「もう、相変わらず素直じゃないんですから。教育の仕方を間違えたかしら」

魔王「“素直なだけがいい子じゃない”と教えてくれたのはサキュバスだよ」

サキュ「もう」

 お互いが鼻で笑う。
 シャコシャコと髪を洗う音が浴場を響かせている。
 

117: 2012/03/24(土) 22:24:28.97 ID:AtbDZvsjo

魔王「悪くは無い。発令した事案が事案だ、良いとも言えないけれどそれなりに上手くやれているつもりだよ」

サキュ「デュラハン将軍との一騎打ちを拝見いたしました。また、強くなられましたね」

魔王「将軍が弱すぎるだけだ。あれは……頭部が切り離されている分、頭の出来が悪かったのだろう」

サキュ「その毒舌は誰に似たのでしょうね?」

魔王「さてね」

 可笑しかった。
 わたしの人格形成を手伝ったのはサキュバスなのだから。
 

118: 2012/03/24(土) 22:24:58.27 ID:AtbDZvsjo

サキュ「将軍もあれはあれで、人間界では名の知れた魔族なのですけれどね」

魔王「格好が格好だ。人類の目線で見るのであれば、あの姿形は恐怖を覚えるだろうね。大型の武器も拍車をかけている」

サキュ「姿だけではなく実力も伴なっていたのですが……魔王様から見れば稚児のようなものでしたかね」

魔王「全くだ。あれが将軍を務めていたとなると、我が魔界軍の衰退は目に見えていただろうね」

サキュ「しかし、アンデッドの頭目は将軍ではありません。“氏王”-リッチ-がなにを言い出すか──」

魔王「サキュバス。もうその話しは禁止。面白くない」

 こんな話しはガーゴイルとも出来る。
 一年ぶりにサキュバスと会えたと言うのに、こんな面白味の無い連中に話題を取られるのが癪だった。
 

119: 2012/03/24(土) 22:25:26.94 ID:AtbDZvsjo

魔王「ねえ。一年間、人間界にいたんでしょう?」

サキュ「もう……魔王様。口調が元に戻っておられますよ?」

 しまった。
 意識していたつもりだったのに。
 

120: 2012/03/24(土) 22:26:00.05 ID:AtbDZvsjo

魔王「あ。む……あー……一年間、人間界にいたのだろう?」

サキュ「よろしいかと。はい、そうですよ。お姫様が魔王様になられましたので、私は少しばかり魔族内での序列が上がったのですよ」

魔王「好き勝手にしてると?」

サキュ「有体に申し上げるのであれば、そうですね」

魔王「なんとも羨ましい」

サキュ「はい。ありがとうございます」
 

121: 2012/03/24(土) 22:26:31.78 ID:AtbDZvsjo

 心の底から羨ましかった。
 魔王になったわたしは、サキュバスと比べるのであれば間逆の生活を送っている。

 自由に城の外へ出ることも出来ず、散歩をするのもなにかと文句を言われてしまう。
 魔王とは、基本的に城にいなければならないのだそうだ。

 そう言った理解し難い考えもその内に排除していかなくては。
 

122: 2012/03/24(土) 22:27:24.78 ID:AtbDZvsjo

魔王「色々と聞かせて欲しいね。人間界のあれやこれを」

サキュ「あら。魔王様も殿方に興味が出てきたので?」

魔王「ちーがーう」

サキュ「ふふっ。髪、流しますよ?」

魔王「うん」
 

123: 2012/03/24(土) 22:27:58.16 ID:AtbDZvsjo

 わぷっ。
 頭頂部からお湯をかけられる。

 桜の香りが消えないよう、薔薇が浮かんでいる浴槽からではなく白湯をかけてくれた。
 こういった細かな気遣いが嬉しい。

 余談だが、わたしもサキュバスも髪は長い。
 洗髪した後は巻いてタオルで包まなければ、湯に髪が浸かり痛んでしまう。

 非常に面倒なのだが、ショートカットではダメらしい。
 よくわからない。
 

124: 2012/03/24(土) 22:28:26.87 ID:AtbDZvsjo

サキュ「さ、魔王様。角も洗いましょうか?」

魔王「うっ……いっ、いいよ。自分で洗うから」

 角はいけない。
 例えばこの角で岩を串刺しにしたり、大地を二分するのは容易いことだ。

 けれど、たっぷりと石鹸にまみれた人の手で優しく洗われたらどうなることだろう。
 だめだ。耐えられそうにない。
 

125: 2012/03/24(土) 22:29:12.56 ID:AtbDZvsjo

サキュ「いけません。汚れが目立っていますよ」

魔王「じっ、自分でやるからいい……」

 自分でやるのもくすぐったいのだ。
 角の手入れは正直、ずさんだった。
 

126: 2012/03/24(土) 22:29:40.52 ID:AtbDZvsjo

サキュ「そう言ってやらないから、汚くなっているのですよ。さっ、良い機会です。前身くまなく洗ってさしあげます」

魔王「いっ、いい。いいよ。大丈夫だ、自分で後で洗えるから」

 ジリジリとにじり寄るサキュバス。
 ダメだ、良い予感がしない。

サキュ「私の石鹸テクニックは中々のものなのですよ? 幾人もの殿方を喜ばせてきたのですから──」

 にこやかなサキュバスの笑顔が、今のわたしにはなによりも怖いものに見えた。
 

127: 2012/03/24(土) 22:30:07.08 ID:AtbDZvsjo

魔王「あ、あ、あ……」

サキュ「さあ、さあ、さあ」

 わきわきと両手を動かすサキュバス。
 まるで十本の指がそれぞれ独立した生物かのように、うねっている。

魔王「あっ……あああああああああああああああっっ!!」

 魔王らしからぬ、なんとも間抜けな声が大浴場を突き抜け魔王城を響かせた。
 

133: 2012/03/25(日) 04:36:08.94 ID:RjnsvElGo
>>127  つづき。



 完全に忘れていた。失念していた。
 わたしはサキュバスと一緒に入浴するのは好きじゃなかったのだ。

 昔の思い出はどうしても美化してしまうものだと思う。
 辛い思いをしたと言うのに、時が経てばそれを忘れ良い思い出だと錯覚してしまう。

 やはり、わたしの頭は出来の良いものではなかった。
 あんなにも嫌がっていたサキュバスとの入浴を、薔薇の誘惑に我を忘れ自ら誘ってしまったのだから。
 

134: 2012/03/25(日) 04:36:37.57 ID:RjnsvElGo
 
 まさか16歳にもなって角を無理矢理に洗われるとは思ってもみなかった。
 いや、サキュバスからすれば16歳などオムツの取れた幼児程度なのかもしれない。

 わたしはそれほどまでに小娘なのだ。

魔王「散々な目にあった……」

 脱衣所で大の字に横たわる。
 一糸纏わぬ姿だが、バスタオルを巻く気力も残っていなかった。
 

135: 2012/03/25(日) 04:37:04.32 ID:RjnsvElGo

サキュ「魔王様。貴女様ももうレディなのですから、恥じらいを持ちませんと」

 うるさい。
 誰のせいでここまで疲れたと思っているのだ、まったく。

 デュラハン将軍との戦闘より疲れてしまった。
 温まった体の熱を床の冷気が吸い取り心地良い。

 体から湧き出る湯気は薔薇の香気を帯びていて、これまた気分を良くしてくれた。
 角洗いさえなければ完璧な湯あみだったと思った。
 

136: 2012/03/25(日) 04:37:35.59 ID:RjnsvElGo

サキュ「もう……お風邪を召されますよ?」

魔王「魔王は風邪なんて引かない」

 多分。
 今のところ引いたこと無いから大丈夫。だと思う。

サキュ「これもお土産です。どうぞ」

魔王「ん?」

 差し出された茶褐色の液体。
 透明な瓶に入ったそれだが、わたしにはなにかわからなかった。
 

137: 2012/03/25(日) 04:37:58.60 ID:RjnsvElGo

魔王「これは? 甘い匂いがするけど……」

サキュ「“コーヒー牛乳”と呼ばれる人間界の飲み物ですよ」

魔王「“こおひい牛乳”? 牛の乳か」

サキュ「はい。“コーヒー”と言うのは……飲料に風味などを付ける調味料と思っていただければ」

魔王「喉が渇いていたところだ。早速だが飲ませて貰おう」

 ──ゴクリ。

魔王「ッッ!!」
 

138: 2012/03/25(日) 04:38:36.10 ID:RjnsvElGo

 甘い。
 強烈な甘さだった。

 相当な甘さと言って良い。
 けれども、なにか喉に引っかかるほろ苦さのようなものも感じ取れる。

 牛は魔界にもいる。
 人間界とは品種が少し違うけれど、同じようなもののはずだ。

 その乳。牛乳はたまに飲むが、これとは全然違っている。
 多少なりとも甘さはあるが、これほどではない。

 断然甘い。
 美味い。

 感動すら覚える味だった。
 

139: 2012/03/25(日) 04:39:07.35 ID:RjnsvElGo

魔王「サキュバスッ! これは!?」

サキュ「ですから“コーヒー牛乳”ですよ」

 ──ゴクリ。

 二口ほど飲むと、瓶の中はもう半分ほどしか残っていなかった。
 なんたることだ。

 足りない。
 全然足りないぞ。
 

140: 2012/03/25(日) 04:39:34.08 ID:RjnsvElGo

魔王「こんな飲み物が存在するとは……」

サキュ「本当は幼少時から差し上げたかったのですが」

 うん?
 なんだ、その含みのある言い方は。

サキュ「昔の姫様は今よりもお転婆でしたから。このような物があるとわかれば、人間界へと飛び出してしまう恐れがあったので」

魔王「むう……」
 

141: 2012/03/25(日) 04:40:21.85 ID:RjnsvElGo

 今、わたしのことを「魔王様」ではなく「姫様」と言ったな?
 サキュバスだってわたしの口調をとやかく言えない。

 間違えて昔の名称で呼んでいるのだから。
 まあ、良い。わたしも大人だ、重箱の隅を突付く様な真似はよそう。

 それよりも“こおひい牛乳”だ。
 

142: 2012/03/25(日) 04:41:00.43 ID:RjnsvElGo
魔王「ふむー……。確かに、こんな物があるとわかれば飛び出していたかもしれない。凄まじい美味さだ」

サキュ「お気に召したようで。瓶でもう10本ほど持ってまいりましたので、ゆっくりと飲んでくださいな」

魔王「10本! そうか、10本もか」

サキュ「1日で飲んではダメですよ?」

魔王「わっ、わかってる」

 あと10本もあるのか。
 1日1本飲んでも10日間も味わえるなんて。

 角を洗われた不快感など飛んでいってしまった。
 これはしばらく楽しめそうだぞ。
 

143: 2012/03/25(日) 04:41:21.57 ID:RjnsvElGo

魔王「んくっんくっ……ぷう」

 喉越しも良い。
 胃に甘さの混じった液体がドスンと来る。

 これは人間界に行ったら是非ともお腹一杯に飲みたいものだ。
 

144: 2012/03/25(日) 04:41:57.11 ID:RjnsvElGo

サキュ「さ。服を着ませんと体が冷えてしまいますからね」

 そう言ってわたしに肌着を着せてくるサキュバス。
 まったく、これじゃ幼少時とかわらないな。

 でもまあ、一年ぶりだし大目に見てやろう。
 “こおひい牛乳”も美味しかったことだし、角の件も含めて湯に流してやることにした。
 

145: 2012/03/25(日) 04:42:23.87 ID:RjnsvElGo


─ 魔王城 寝室 ─


魔王「今晩は泊まっていけるのだろう?」

サキュバス「ええ」

 湯あみを終えた後、軽い食事をした。
 人間界での出来事。近頃のトレンドなどを聞いた。
 

146: 2012/03/25(日) 04:42:55.16 ID:RjnsvElGo

 サキュバスの口から漏れる言葉はどれも刺激的で、楽しいものだった。
 話を聞けば聞くほどわたしの胸は期待で膨らむ。

 あと何年。
 どれ位か経てば、わたしも人間界へと遊びにいけるのかと。

 実際に体験したい。
 

147: 2012/03/25(日) 04:43:47.10 ID:RjnsvElGo

 そうだな……まずは“美容室”へ行って髪を切ろう。
 その後は“ういんどーしょっぴん”をしつつ、服を買おう。

 歩きつかれたら、適当なお店に入って“紅茶”を飲むのだ。
 一緒に甘い茶菓子なども食べてみたい。

 夜は夜で魔界ではお目にかかれない食事を取りたいものだ。
 ああ、楽しみだ。

 絶対にわたしはそれらを経験してみせるぞ。
 

148: 2012/03/25(日) 04:44:20.85 ID:RjnsvElGo

魔王「さて、後はもう寝るだけだが……」

サキュバス「ええ」

魔王「布団の中でも色々と話しを聞きたい。だが、まず本題から片付けてしまおうか」

サキュバス「……本題?」

 サキュバスがいきなり城へ尋ねてきたのには理由があるはずだ。
 理由もなしに、尋ねてくる理由がない。

 残念ながら、わたしに会い来た。だけでは理由が弱すぎる。
 なにかしらの用件があるから、わざわざ人間界から魔界へと足を運んだのだろう。
 

149: 2012/03/25(日) 04:44:59.02 ID:RjnsvElGo

魔王「とぼけなくても良い」

サキュバス「……」

魔王「あー、なんと言うかな。命令の出し方が我ながらシンプルすぎた。浅はかだったと反省している」

 用件はなんとなしにわかっていた。
 わたしが発した命令。

 「魔界で自由に暮らしなさい」この言葉についてだろう。
 

150: 2012/03/25(日) 04:45:25.33 ID:RjnsvElGo

サキュバス「……はい」

魔王「言葉が足りなかった。察しの良い者なら考えが回るだろうが、察しの良い者など殆どいないのが魔界だ」

サキュバス「仰るとおりです」

 わたしが言いたかったのは「世界征服を止める」「人間界への侵攻、侵略行為を止める」だ。
 突き詰めれば、魔族が人間界へ行かなければ上記の命令は達成される。

 だからわたしは「魔界で自由に暮らしなさい」と言ってしまった。
 

151: 2012/03/25(日) 04:45:51.83 ID:RjnsvElGo

魔王「魔族の中にはサキュバスのように、共存関係で成り立っている者も少なからずいる。捕食者としてではなく、共棲と言う形でだ」

 それを止めろと言うつもりは毛頭ない。
 むしろわたしはそれを歓迎する。

 どちらにも利しかない関係なんて、素敵じゃないか。
 いいぞ、もっとやれと推奨したいくらいだ。
 

152: 2012/03/25(日) 04:47:22.86 ID:RjnsvElGo

サキュバス「魔王様が、それを解っておられて安心しました」

魔王「馬鹿にするな。間抜けだとは自覚しているが、そこまで馬鹿ではない……はずだよ」

サキュバス「相変わらずご自分に対する評価が厳しいのですね」

魔王「わたしは自信家じゃないからね」

 くすりとサキュバスが笑い、「変わらぬようで安心しました」と呟いた。
 1年で性格や考え方が変わるほど、凄まじい毎日は送ってないよと答えた。
 

153: 2012/03/25(日) 04:48:13.18 ID:RjnsvElGo

 こんな一言でサキュバスの不安が解消できたのであればなによりだ。
 ストレートに本題に入らなかったのは、教育係である自分が魔王であるわたしの発言に不安を覚えた。
 と自分から口にするのは不敬だと思ったのだろう。

 まったく、飄々とした性格のくせに妙なところでしっかりとしたやつだ。


 

154: 2012/03/25(日) 04:48:42.70 ID:RjnsvElGo

 しかし、これは由々しき事態でもある。

 わたしに近しい存在である、サキュバスですら不安を覚え1年ぶりに顔を出すほどである。
 他の魔族がわたしの発した命令を勘違いして取る可能性は大いにありえる。

 と言うか、絶対ある。
 命令とはもっと厳格に、誰にでもわかるように発するべきだと思った。

 教訓だ。
 忘れないようにしよう。
 

155: 2012/03/25(日) 04:49:50.20 ID:RjnsvElGo

魔王「サキュバス。お前の不安は解消されたかな」

サキュバス「ええ。これからも“淫魔”としての本分を真っ当できそうでなによりです」

魔王「そうか。それでは不安が解消されたところで、わたしが眠るまでよもやま話に付き合え」

サキュバス「よろこんで」
 

156: 2012/03/25(日) 04:50:23.00 ID:RjnsvElGo

 こうして、ベッドの中で意識がまどろむまでくだらない話をした。
 ダメな男の話しなど、将来わたしが引っかからないようにと色々教えてくれた。

 正直、これは参考になるのか? と疑問を抱かずにはおれない内容もあったが、どの話しも楽しかった。

 サキュバスは明日にも城を離れてまた人間界へと旅立つだろう。

 寂しい気もするけれど……いや、恥ずかしながらこの感情は寂しいと表現するのが一番だろう。
 まったく魔王らしからぬ感情だ。
 

157: 2012/03/25(日) 04:51:03.52 ID:RjnsvElGo

 けど、まあ大丈夫だ。
 さよならだけど最後じゃない。

 幸い、わたしの寿命は殺されなければ相当に長いものだしサキュバスもまた然りだ。
 生きていればまたいくらでも会える。

 ああ、もう眠くなってきたぞ。
 サキュバス。悪いが先に眠る。

 わたしは魔王なのだ。
 先に眠るくらいの我が侭は許せ。
 

164: 2012/03/26(月) 00:31:56.82 ID:1hKCJy4Ho
>>157  つづき。



 サキュバスが城を出てから3日が経った。
 土産にと置いて行った“こおひい牛乳”は残り1本となり、わたしの心は寂しさで満ちている。

 どうやら、自分で思っていたよりも堪え性のない性格だったようだ。
 ううむ……どうにかして魔界で“こおひい牛乳”を生産できないものか。

 いや、わたし自らが人間界へと赴けば良い話なのだけれど。
 

165: 2012/03/26(月) 00:32:30.92 ID:1hKCJy4Ho

魔王「……」

 玉座に腰を据えてそんなことを思っていると、大臣であるガーゴイルが心配してか声をかけてきた。

大臣「なにか、心配ごとでもあるのですか?」

 よほど思いつめた顔をしていたのだろう。
 わたしからすれば重大な問題ではあるが、さすがにそんなことを口に出すわけにはいかない。
 

166: 2012/03/26(月) 00:32:55.23 ID:1hKCJy4Ho

魔王「ん。いや……まあな」

 お茶を濁した回答をするしかなかった。
 まさか大臣も魔王であるわたしが“こおひい牛乳”が残り1本になってしまったことに悩んでるとは思うまい。

大臣「心中お察しいたします」

魔王「……」
 

167: 2012/03/26(月) 00:33:21.51 ID:1hKCJy4Ho

 思わず噴出しそうになる。
 ガーゴイルはその風体通り、頭の中までお堅いやつだ。

 そこが良いところでもあるけれど、時折りこういった勘違いをしてきて笑ってしまいそうになる。

大臣「兄上様、姉上様のことでございましょう」

魔王「……う? あ、ああ」
 

168: 2012/03/26(月) 00:34:01.04 ID:1hKCJy4Ho

 帰ってきた言葉で笑えなくなる。
 そうだった、わたしはそれについて少しばかり悩んでいたのだった。

 “こおひい牛乳”ほどではないけれど。

魔王「兄様に姉様か……」
 

169: 2012/03/26(月) 00:34:19.18 ID:1hKCJy4Ho

 わたしには兄と姉が総勢で12人もいる。
 その誰もが魔王城の玉座に座る資格を持っていた。

 しかし、魔王はわたしであり彼等は魔王になれなかった。
 そんな彼等が今、なにをしているのか。

 ある者は有権者。高位の魔族として魔界の片隅で統治者となり、ある者は自由気ままに暮らしている。
 魔王の系譜だからと言って全員が全員、同じような思考の持ち主じゃあない。
 

170: 2012/03/26(月) 00:34:46.72 ID:1hKCJy4Ho

 堅物もいれば、柔和の思考の持ち主もいる。
 魔族として立派な考えの者もいれば、それこそわたしのような者もいる。

 数日前にわたしが発令した命令。
 「世界征服をやめます」宣言。

 これに噛み付いたのは、長兄と長女の二組だった。
 非常に面倒だ。
 

171: 2012/03/26(月) 00:35:17.43 ID:1hKCJy4Ho

 長兄は堅物で、長女は魔族として立派な考えを持っている。
 そして悲しいかな、彼等は実力者ではなかった。

 どんなに確固たる考えや自信があったとしても、実力を伴なわなければ意味をなさない。
 それは人間界でも言えることだと思うけれど、魔界ではそれがよりいっそうに顕著だ。

 あの二人、頭は良いのだろうが力がない。
 魔力はまあまあだが……それならば、まだアンデッドの棟梁である“氏王”-リッチ-の方が厄介である。
 

172: 2012/03/26(月) 00:35:45.58 ID:1hKCJy4Ho

 12人の兄姉の中で一番強かったのは次女である、3番目の姉様だった。
 彼女は強かった。

 戦闘と言う意味で一番心躍る戦いが出来たのは、兄姉の中で彼女だけだったほどに。
 おそらくは身内の中でわたしに一番近しい力を持っていただろう。

 考え方もしっかりしていたと思う。
 わたしとしては彼女こそが魔王になればと思っていた。
 

173: 2012/03/26(月) 00:36:12.56 ID:1hKCJy4Ho

魔王「上手くはいかないものだ……」

 しかし現実に玉座へ座っているのはわたしであり、他の兄姉たちではない。
 困ったことに一番、魔王らしからぬ思考の持ち主であるわたしが魔王になってしまったのだ。

大臣「長兄様と長女様が書状を送ってきております。“四王”に動きはありません」

魔王「“ちい姉様”と“四王”さえ同時に動かなければ、どうとでもなるよ」
 

174: 2012/03/26(月) 00:36:49.82 ID:1hKCJy4Ho

 “ちい姉様”とは前述で話した、3番目の姉のことだ。
 彼女は魔王選定の戦いの後、姿を消した。自由にやっているのだろう、羨ましいことだ。

 そして“四王”これが少しばかり面倒臭い。
 まったく、魔王と呼ばれる王がいると言うのになぜ他にも王がいるのだろうか。

 魔王城を中心に、魔界を大きく四分割しそれぞれ統括している魔族がいる。

175: 2012/03/26(月) 00:37:21.86 ID:1hKCJy4Ho

 “氏王”-リッチ-。
 アンデッドどもの棟梁。

 “獣王”-ベヒモス-
 獣族を束ねる棟梁。

 “龍王”-ヨルムンガンド-
 龍の中の龍。龍族の棟梁。

 “魔人王”-アルカード-
 魔人たちの棟梁。
 

176: 2012/03/26(月) 00:37:53.57 ID:1hKCJy4Ho

魔王「なあ、ガーゴイル。おかしくないか? 魔王がいると言うのに、なぜ他にも王を冠した者が4人もいる」

大臣「魔界も決して狭くはありません。そして魔族としての種族も多様にございます」

魔王「だから、大別して4種族に別けたのか」

大臣「さようで」

 面倒だ。
 面倒この上ない。

177: 2012/03/26(月) 00:38:24.35 ID:1hKCJy4Ho

 アンデッド族に属するデュラハン将軍よろしく、この四王たちはわたしを認めていないだろう。
 デュラハンは頭の足りない馬鹿であったために簡単に謀叛……反旗を翻してきたが彼等は違う。

 一体どうやってわたしの足元を掬うか考えているに違いない。
 魔王一年生の小娘の指示になど従ってたまるかと思っているだろう。

 冷静に考えたら腹が立ってきた。
 なにが四王だ。
 

178: 2012/03/26(月) 00:38:52.00 ID:1hKCJy4Ho

 わたしは魔王だぞ。
 なんで魔王のわたしが悩まねばならぬのだ。

 魔界は実力社会だ。
 そのトップであるわたしが命令したのだから、素直に聞き入れるのが筋と言うものだろう。

 わたしが「もう、やめた」と言っているのだからやめるべきなのだ。
 

179: 2012/03/26(月) 00:39:28.21 ID:1hKCJy4Ho

魔王「それもこれも……」

 魔王選定の儀。
 戦いを一般公表しないからいけない。

 魔王係累のプライド? なにがプライドだ。
 魔王になったわたしがこうして困っているのだから、意味がないじゃないか。
 

180: 2012/03/26(月) 00:39:54.87 ID:1hKCJy4Ho

大臣「魔王様?」

魔王「いや、なんでもない……」

 などとガーゴイルに愚痴ったところで仕方が無い。
 格式がどうのこうのと能書きを垂れるに決まっている。

魔王「ふう……兄様や姉様もそうだが、4種族の中だとアンデッドと魔人族が面倒だな」
 

181: 2012/03/26(月) 00:40:29.67 ID:1hKCJy4Ho

 “氏王”-リッチ-。
 狡賢く、利己的な男。

 おそらくはデュラハンをけしかけたのはコイツだろう。
 わたしを倒し、魔王になってしまえとそそのかしたのも。わたしの実力を測るために。

 はっきり言って実力的には4種族の中では一番格下と言えるアンデッド族だが、
 人間界へ侵攻する際、やつ等は災厄とも呼べる力を発揮する。
 

182: 2012/03/26(月) 00:41:03.32 ID:1hKCJy4Ho

 圧倒的な数。人間を糧として増殖する能力。まさに災厄。
 わたし個人の感想を漏らすのであれば「気色が悪い」。

 リッチがわたしを倒そうとする場合は、まず力を溜めるだろう。
 魔力を溜め、兵力を溜め、魔界をアンデッドで埋め尽くす。

 考えただけで気持ちが悪い。
 

183: 2012/03/26(月) 00:41:47.28 ID:1hKCJy4Ho

魔王「リッチか……一度直に会って、話しをした方が良いかもしれないな」

大臣「呼び寄せますか?」

魔王「いや。城が臭くなる。デュラハン将軍でそれを学んだ」

大臣「しかし、魔王様自ら出向くとなると……」

魔王「わかってる。なにかしら考える」

 考えただけで不氏族連中の臭さを脳が思い出す。
 憂鬱だ。

184: 2012/03/26(月) 00:42:34.96 ID:1hKCJy4Ho

 そして、もう一種族。

 “魔人王”-アルカード-
 淫魔や、吸血鬼、人狼などを束ねる人型の魔族。

 基本的な能力が種族値として高く、棟梁であるアルカードの魔力は相応に高いと聞いている。
 魔王就任の際に挨拶へ来たきりだが、相当な実力者だった。
 

185: 2012/03/26(月) 00:43:33.44 ID:1hKCJy4Ho

 少なく見積もっても他の魔王候補だった兄様や姉様よりも強力な魔族であることは間違いない。
 そして頭も切れるだろう。

 厄介だ。
 厄介極まりない。

 どうしてこうも、わたしの身の回りは厄介ごとが多いのだろう。
 

186: 2012/03/26(月) 00:44:04.94 ID:1hKCJy4Ho

魔王「兄様と姉様。四王の問題……一つ一つ片付けて行かねばならないか」

大臣「それが面倒でしたら、命令を撤廃すると言うことも──」

魔王「いやそれはしない」

 キッパリと断言する。

 わたしはもうやめた。
 世界征服やめた。 
 

187: 2012/03/26(月) 00:44:31.74 ID:1hKCJy4Ho

 わたしの目標は世界征服などではない。
 人間界に降り立ち、向こうの文化を堪能することなのだ。

 それは支配者として堪能するのではない。
 個体としてそれを楽しみたいのだ。

 そのための障壁があまりにも多く、大きいが……仕方が無い。
 一つ一つ片付けるとしよう。
 

188: 2012/03/26(月) 00:45:07.46 ID:1hKCJy4Ho

 魔王の寿命は長い。
 一分一秒でも早くこんな辛気臭い魔界から出て行きたい気持ちはあるけれど、我慢しよう。

魔王「まずは……長兄。兄様の問題から片付けようか」

 四王については後回しで良いだろう。
 書状にして文句を送りつけてくる兄姉の処理の方が先だ。

 血を別けた家族……出来ることなら血生臭いことにはしたくないけれど。
 

189: 2012/03/26(月) 00:45:34.88 ID:1hKCJy4Ho
おわーり。ありがとうございました。
投下終了です。

次回書けたらまた投下しに来ます。

195: 2012/03/26(月) 15:18:45.64 ID:1hKCJy4Ho
短めですが、書けたので投稿します。

196: 2012/03/26(月) 15:19:22.09 ID:1hKCJy4Ho
>>188  つづき。



 なんども同じことを言ってるような気もするが、魔王の寿命は長い。
 そう簡単に寿命が尽きることもないし、体も頑強なので病魔に侵されることもないと言える。

 なにを言いたいかと言うと、だ。
 要するに時間は無限と言い換えて差し支えないほどわたしにはある。

 さっさと問題を解消し人間界へ繰り出したい気持ちはあるのだが、わたしの思考はどうにもぼやけていた。
 なにも急くことはないじゃないか。
 

197: 2012/03/26(月) 15:19:42.68 ID:1hKCJy4Ho

 のんびり。まったり進行で魔王業を営んでも良いのではないか、と思い始めている。
 わたしは元来、出不精の面倒くさがりやなのだ。

 城の外へ散歩しに行ったりするのは良い。
 わたしが望んで、わたしの気分のために行う行為なのだから。

 しかし、それ以外の外出。
 例えば魔王の業務としてだとか、仕事としてだとかの外出はどうも好きになれない。
 

198: 2012/03/26(月) 15:20:09.11 ID:1hKCJy4Ho

魔王「むう……」

 今日もお決まりの時間を玉座で過ごす。
 吹き抜けの城内からは、大平原が顔を覗かせていた。

 代わり映えのない風景が広がっている。
 面白味が無い。

 風が吹くか、雨が降るか、雷が振るか程度の違いしかない天候。
 人間界であれば“四季”と言うものがあり、季節によって覗かせる顔の違った天候があるのだそうだ。
 

199: 2012/03/26(月) 15:20:35.21 ID:1hKCJy4Ho

 なんとも羨ましいね。
 魔界もそうであれば、少しは景色を楽しむと言う感性が魔族にもあったのかもしれない。そう思うと残念でならない。

 大臣であるガーゴイルからしてみれば、天候など雨か雨じゃないかだけわかれば良いと言う。
 まあ彼は石像だからね。

 雨が染みれば体が重くなるし、体に不具合の一つでも出るのだろう。
 ガーゴイルにとって天候などその程度のものなのだ。
 

200: 2012/03/26(月) 15:21:02.12 ID:1hKCJy4Ho

 景観だってそうだ。
 城内の吹き抜けも景色を楽しむためにあるのじゃない。

 周囲を玉座から見渡せるよう、敵の侵攻を見て取れるようにするため。
 そのためだけに吹き抜けになっている。

大臣「お時間です」

魔王「ん」
 

201: 2012/03/26(月) 15:21:33.23 ID:1hKCJy4Ho

 何時の間にか3時間が経過していた。
 本日のアルバ……業務は終了だ。

大臣「長兄様のことは如何なさるおつもりですか? あれからしばらく時間が経ちましたが……」

魔王「それは考えている。繊細な問題だからね」

 嘘だ。
 面倒なだけだ。

 わたしは、わたしの生活で今は手一杯なのだ。 
 

202: 2012/03/26(月) 15:21:55.30 ID:1hKCJy4Ho

大臣「心中お察しいたします」

魔王「ん。魔王城に呼び寄せるのも兄様のプライドを傷つけるだろう、かと言って魔王であるわたし自ら出向くのも……」

大臣「はい。魔王様には面子と言うものがございます」

 それらしい言葉を並べてみたが、ガーゴイルは納得したらしい。
 どうやらわたしは事案を先延ばしにする正当を導き出したようだ。

 しばらくはこれで時間を引き延ばせるだろう。

203: 2012/03/26(月) 15:23:00.66 ID:1hKCJy4Ho

魔王「わたしは部屋に戻る」

大臣「かしこまりました」

魔王「ではな」

大臣「あっ、魔王様」

魔王「ん?」

 玉座から立ち上がり、背を向けたわたしにガーゴイルが声をかけた。
 その声色には少しばかり含んだものが感じられる。
 

204: 2012/03/26(月) 15:23:26.79 ID:1hKCJy4Ho

大臣「その……従者どもから色々と相談を承っておりまして」

魔王「ほう」

 なるほど。
 そう言うことか。

大臣「魔王様に炊事や洗濯をされるのはちょっと……と」

魔王「彼女らの領分を侵したりはしないよ。わたしはわたしのことを、自分でやっているに過ぎない」
 

205: 2012/03/26(月) 15:23:54.47 ID:1hKCJy4Ho

 「世界征服をやめた」と言い放った日から、わたしは自身の炊事洗濯を自分でやるようになった。
 面倒くさがりなわたしであるが、どう言う訳かそれが楽しかった。

 料理の腕前はと言うと、サキュバスに振舞った際、彼女の笑顔が一瞬崩れ去ったので察して然るべきだろう。
 これも時間をかけて上達してみせる。

 掃除、洗濯を目一杯しっかりと。
 ごはんを自分で作る。

 妙に充実した時間経過を感じれた。
 正直、今日のごはんを考えるだけで精一杯になり兄様や姉様、四王のことなど考える暇などないのだ。

 そんなことを考えるよりも、晩御飯のメニューの方が大事なのだ。
 

206: 2012/03/26(月) 15:24:24.95 ID:1hKCJy4Ho

大臣「しかし……」

魔王「従者長のスキュラだろう? そう言ってるのは。わかった、わたしから説明しておこう」

 魔王城は決して小さな建造物ではない。
 幾人かの従者がいなければ直ぐに埃まみれになってしまう。

 魔王城中の掃除や、洗濯。炊事などをこなす従者隊。
 その長をやっているのがスキュラだった。

 おっとりした性格の娘だ(娘、と言ってもわたしよりも何倍も生きている)が、炊事のスキルは中々に高い。
 その内に彼女から色々と料理ごとだとかを教えて貰おうと思っていたのだ。丁度良い。
 

207: 2012/03/26(月) 15:24:53.60 ID:1hKCJy4Ho

大臣「魔王様。ご自身が魔界の長たる者だと言うことだけは、お忘れなきように……」

魔王「わかってる。わたしはわかってるつもりなのだけれど、回りはそう思ってない者が多いようだ。それもなんとかしなければね」

大臣「耳が痛とうございます」

魔王「ガーゴイルが悪いわけじゃない。全てはわたしの容姿と年齢のせいなのだ。こればっかりは、仕方が無いさ」

大臣「魔王様の実力は折り紙つきでございます。必ずや、兄上様や姉上様、四王も魔王様に忠誠を誓う日が訪れます」

 忠誠なんて、いらないのだけれど。
 わたしが欲しいのは自身の自由であって、魔界の統治者としての威厳ではない。

 ……が、ここはガーゴイルの言うとおりに従っておこう。
 これ以上、謁見の間にいたいとは思わないしね。
 

208: 2012/03/26(月) 15:25:19.96 ID:1hKCJy4Ho

魔王「ああ。その日が来るように精々精進するよ」

大臣「わたくしめも、尽力をつくします」

 わたしが精進するのは炊事、洗濯なのだけれど。

 さあ、今日のごはんはなににしようか。
 まずは調理場に顔を出して、食材を別けて貰わねばならないな。
 
 わたしは軽やかな足取りで、気付けばステップを踏みながら謁見の間を後にしていた。
 

218: 2012/03/29(木) 23:24:18.59 ID:5GAy3qbco
少し間があきましたが……書けたので投稿します。
まったり続けていきたいとは思いますが、一週間はあかないように頑張るつもりではいます。

219: 2012/03/29(木) 23:25:18.51 ID:5GAy3qbco
>>208  つづき。



 魔王城廊下をせかせかと歩き回っている魔物たちがいる。
 その殆どは人型のスライム娘たちだった。

 ある者は洗濯したての布類を運び、ある者は食事を魔王城に住む魔物へと配膳している。
 魔王であるわたしとすれ違うと顔色を変え、慌しくお辞儀をしてくる。

魔王「ん」

 わたしは右腕を軽く振り、仕事があるのならば気にするなと合図を送った。
 このお辞儀と言う挨拶が鬱陶しくて仕方がなかった。

 効率。で考えるのであれば、目上の者とすれ違うたびにふかぶかとお辞儀をしていたら時間が勿体ない。
 ガーゴイル辺りに言わせたら……また口やかましい御託を並べるのだろうなと思った。
 

220: 2012/03/29(木) 23:25:40.44 ID:5GAy3qbco

スラ娘A「まっ、まおうさまっ!」
スラ娘B「はわわっ」
スラ娘C「こここっ、こんばんわ!」

 歩を進めるほどにスライム娘たちとすれ違う頻度が多くなる。
 それもそのはずだった。

 わたしが向かっている先は従者室なのだから。

 石畳の無骨な廊下を歩ききると突き当たりに大きな木の扉が顔をだす。
 わたしは適当な力加減でその扉を開けた。
 

221: 2012/03/29(木) 23:26:18.23 ID:5GAy3qbco

魔王「邪魔するぞ」

 扉の先には何匹かのスライム娘と、それらを統括する従者長。スキュラが椅子に腰掛けていた。

スラ娘D「じゅっ、じゅうしゃちょー! まおーさまがいらっしゃいました!」

 わたしの登場にいち早く気付いたスライムがスキュラへと大声で声をかけた。
 ゆっくりとスキュラの頭が扉の方へと向けられる。
 

222: 2012/03/29(木) 23:26:51.87 ID:5GAy3qbco

スキュラ「これはこれは……魔王さま。ごきげん……うる……うる……う…………」

魔王「言葉が出てこないのならば無理に吐き出さなくても良い」

スキュラ「それは、ど……どう……どー」

 スキュラ。この娘はしっかり者なのだが、どうも言葉があやふやだった。
 仕事は出来るのだが、指示を飛ばすのが下手……いや、違うな。言葉を紡ぐのが得意じゃないのだろう。

 直下の部下であるスライム娘は手馴れたものだろうが、わたしからすると話しをするのも大変なのだ。
 

223: 2012/03/29(木) 23:27:18.35 ID:5GAy3qbco

魔王「スライムたちは、畏まってないで仕事を続けてくれ。わたしはスキュラに話があるだけだ」

「「「はいっ!!」」」

 これまた元気な声で応答されてしまった。
 どうも従者隊のテンションはわたしに合わない。スキュラに合ってるとも思えないが、そこは置いておこう。わたしが口出しする問題でもない。

魔王「椅子を借りるぞ」

スキュラ「どうもー」

魔王「そこは“どうも”じゃなくて“どうぞ”だろう」

スキュラ「まあまあ」

 と、こんな具合に話しが進む。
 仕事は出来るのだが……。
 

224: 2012/03/29(木) 23:27:41.23 ID:5GAy3qbco

魔王「大臣から話は聞いた」

スキュラ「?」

 首を大きく傾げるスキュラ。
 なんの話しかわかっていないのだろう。

魔王「魔王であるわたしに、従者の仕事である炊事等をされるのは迷惑だ……と」

スキュラ「なー、る。はいー、魔王さまは従者ではないです」

 ないです。と断定されてもな、いやそうなのだけれど。
 ええい、話が進まんな。ガーゴイルはどうやって話を聞いたのだろうか。
 

225: 2012/03/29(木) 23:28:09.01 ID:5GAy3qbco

魔王「わたしは自分のことは自分でやる。従者たちはわたし以外の魔物の世話をしてやってくれ」

 なるべく簡潔に用件を述べた。
 小難しく遠回りした言い方をしていたら日が暮れてしまうと判断したからだ。

スキュラ「わっ、わか……わかっぱー?」

魔王「語尾にクエスチョンはいらん」

 本当にこいつはわかっているのだろうか……不安だ。
 しかしだ、こんな彼女ではあるが炊事等の実力は本物だ。

 メイド服の下から伸びる数多の触手。
 それらが調理の際など、一斉に別々の肯定を作業する様など見物である。

 これでもう少し言葉のチョイスが上手ければ完璧なのだが。
 

226: 2012/03/29(木) 23:28:35.91 ID:5GAy3qbco

スキュラ「ご用件は……い、いじょ……おわり?」

魔王「以上だ」

 早々に会話を切り上げて退散しよう。
 こいつとの会話は疲れる。

魔王「……いや、まて」

 椅子から離れかけた臀部を再び、椅子に押しつけた。
 まだ二点ほど従者長であるスキュラに話す内容があったのを思い出す。

 会話が成立するかと思うと歯痒いが仕方がない。
 

227: 2012/03/29(木) 23:29:03.45 ID:5GAy3qbco

スキュラ「う?」

 用件を口に出そうとした瞬間、さきほどわたしが開けた扉が再び開いた。
 副従者長のアラクネだった。

 アラクネ──スキュラとの違いと言えば下半身が触手ではなく昆虫の、蜘蛛のそれだと言う点だろうか。
 なんだろう。従者と言う職業は手足が多い方が捗るのだろうか。スキュラしかり、アラクネしかり。

 だとしたら、スライム娘たちは一生昇進など出来ないのではないかと思ってしまう。
 ううむ……これは魔王として考えた方が良い事案なのだろうか。

 それともスライム娘たちはそれで満足しているのだろうか。
 わからん。今度、暇で暇で仕方がない時にガーゴイルと話してみよう。
 

228: 2012/03/29(木) 23:29:29.78 ID:5GAy3qbco

アラクネ「あらあ? 魔王様?」

魔王「ああ、邪魔しているぞ」

スキュラ「わあ、アラ……アラ……」

アラクネ「名前を忘れるってどうなのよ、スキュラ」

スキュラ「ごめんごめんご、物忘れ……激しいらか」

アラクネ「語尾が怪しいわよ」

 これはコントなのだろうか。
 わたしは突っ込むことも出来ず、ただ二人のやり取りを傍観していた。
 

229: 2012/03/29(木) 23:30:05.34 ID:5GAy3qbco

アラクネ「おおっと! 魔王様を放ってちゃ不味いわね」

魔王「いや、気にしないでくれ」

 しかしアラクネが登場したのは僥倖だった。
 スキュラと話しをしていたのでは、埒があかない。

 ここはアラクネに相談するとしよう。
 

230: 2012/03/29(木) 23:30:27.78 ID:5GAy3qbco

アラクネ「今日はまたどう言ったご用件でこんなところにまで?」

スキュラ「そ、そりは──」

魔王「──わたしは自分のことは自分でやる。従者たちはわたし以外の魔物の世話をしてやってくれ」

 スキュラがアラクネに説明しようとする前に、自らの口で説明した。
 その方が手っ取り早いだろう。
 

231: 2012/03/29(木) 23:31:06.02 ID:5GAy3qbco

スキュラ「あうあう」

アラクネ「なるほど」

魔王「うむ。大臣……ガーゴイルから言われてな、従者たちが気にしているのであれば気遣いは無用と伝えてくれ」

アラクネ「アイアイサー。しかしまー、なんでそんなことを?」

魔王「……」

 わたしは少しばかり押し黙ったあと、
 

232: 2012/03/29(木) 23:31:32.59 ID:5GAy3qbco

魔王「趣味だ」

 と簡潔に答えた。
 間違ってはいない。

 ずっとやりたかったことだ。
 けれど今までは姫だ魔王だとそんなことはさせて貰えなかった。

 だから「世界征服をやめる」と宣言したその日から、わたしは好き勝手することを決めたのだ。
 まだまだ全然、好き勝手やれていないけれど。
 

233: 2012/03/29(木) 23:32:01.22 ID:5GAy3qbco

アラクネ「ほほー、なんか良く解りませんが了解しました!」

スキュラ「あいあいー」

魔王「それで、だ」

 用件はまだ終わっていない。
 と言うか、アラクネが来てくれたお陰でようやくスタートラインに立ったと言える。

魔王「相談がある」

アラクネ「相談?」

スキュラ「だ、だ……談合?」

 もうスキュラは放っておこう。
 

234: 2012/03/29(木) 23:32:27.97 ID:5GAy3qbco

魔王「うむ、家事についてなのだが」

アラクネ「はいはい、なんでござんしょ」

スキュラ「山椒」

魔王「実を言うとな、洗濯が苦手……と言うよりやり方がわからないのだ」

アラクネ「洗濯……ですか」

スキュラ「わ、わたしは、得意」

 む。
 そんな台詞だけは間違えずに言えるようだな、スキュラ。

 っと、いかんいかん。スキュラのペースに乗せられては話が進まなくなってしまう。
 

235: 2012/03/29(木) 23:32:54.58 ID:5GAy3qbco

魔王「ああ、桶と洗濯板を使って洗ってみたのだが……どうも上手くいかない」

アラクネ「と言うと?」

魔王「洗濯物がズタボロになってしまうのだ」

 初めて洗濯セットを手に入れた日。
 わたしは意気揚々と洗濯を始めた。

 しかし、30分と経たないうちに衣類は全てただのボロボロになった布へと豹変してしまったのだ。
 まずは手初めにと洗い始めた衣類……下着であるパンツは全滅してしまった。

 中にはサキュバスが買って来てくれた人間界のお土産……お気に入りもあったと言うのに。
 

236: 2012/03/29(木) 23:33:21.03 ID:5GAy3qbco

アラクネ「魔王様の力で力いっぱい洗っちゃったんですね……」

スキュラ「うふふ」

魔王「ああ。そのお陰で、わたしは下着が一枚もなくなってしまった」

アラクネ「えっ……じゃあ、今は……どうしているんですか?」

魔王「ん? ないのだから、穿いてないに決まっている」

アラクネ「あらあ……」

スキュラ「きゃー」
 

237: 2012/03/29(木) 23:33:49.39 ID:5GAy3qbco

 残念そうな顔をするアラクネに、顔に手を当てておかしな反応をするスキュラ。
 全てのパンツを布にしてしまったのだから仕方がないではないか。 

 わたしだって好きこのんで下着を穿いてないわけじゃない。
 スースーしすぎて気持ちが悪いくらいだ。

アラクネ「ええと、下着をご所望なのですね?」

魔王「うん? 違うぞ。わたしは洗濯の仕方を教えて欲しいのだ」

アラクネ「でも、今はノーパン……おほん。下着をお召しになられていないと?」

魔王「ああ」

アラクネ「……」
 

238: 2012/03/29(木) 23:34:18.63 ID:5GAy3qbco

 難しい顔を作るアラクネ。
 わたしはなにかおかしなことを言ったのだろうか。

 スキュラは話しに飽きたのか視線をふわふわと泳がせていた。
 大丈夫か、この従者長。

アラクネ「ようがす。洗濯はわたし……よりもスキュラの方が上手なので指導させましょう」

 スキュラが? 大丈夫なのか、こいつで。

スキュラ「あいあい!」

 名指しで指名されて意識を取り戻したのか、力いっぱい返事を返すスキュラ。
 まあ、通訳としてアラクネがいればなんとかなるか。
 

239: 2012/03/29(木) 23:34:48.09 ID:5GAy3qbco

アラクネ「そして、不肖ながらわたくしアラクネが魔王様の下着を編んで差し上げます」

魔王「下着を? なぜだ?」

アラクネ「なぜだ? って……」

 そう問うわたしに対して、あからさまに肩を落すアラクネ。

アラクネ「下着……穿いてないんですよね?」

魔王「ああ。なんなら見せようか」

 立ち上がり、スカートをたくし上げる。
 もちろんそこには何もなく、ただ素肌が露出されるだけだった。
 

240: 2012/03/29(木) 23:35:17.41 ID:5GAy3qbco

アラクネ「ちょっ! 良いです! 別にんなもん疑ってないですから!」

スキュラ「きゃーきゃー」

 疑ってるようなので見せたなのに、失礼な反応をするやつだ。
 わたしはたくし上げたスカートを元に戻し、再び椅子に腰をかけた。

アラクネ「魔王様だってパンツがないと困るでしょう!?」

魔王「ああ、しかしこの間サキュバスに頼んだからな」

アラクネ「サキュバス様に……?」

 前回、サキュバスが泊まった際も勿論わたしは下着を穿いていなかった。
 事情を説明するとサキュバスは笑いながら「では、次回のお土産は下着ですね」と約束してくれた。

 だから、下着を用意する必要もないだろう。
 

241: 2012/03/29(木) 23:35:48.63 ID:5GAy3qbco

アラクネ「……次にサキュバス様がご来城なされるのは?」

魔王「む……いつだろうな。今回は1年ぶりだったから、また1年ほどじゃないか?」

アラクネ「では魔王様は1年間ノーパンでお過ごしに?」

魔王「ないのだから、仕方がないな」

 肩を落すアラクネ。
 どうした、なにをそう落ち込む。

 わたしは下着がないからといって、部下の下着を奪おうとする趣味はないから安心してくれ。
 

242: 2012/03/29(木) 23:36:15.53 ID:5GAy3qbco

アラクネ「……魔王様の下着はわたしが近日中にご用意いたします。蜘蛛の眷属ですので、そう言った編み物は得意なのですよ」

魔王「編み物! そう言うのもやるのか」

アラクネ「ええ。ですので、どうか献上させて下さい。魔王様がノーパンで暮らしているなんて噂が流れたら大変ですから」

魔王「下着を穿いてないことがそんなに重要なのか?」

アラクネ「少なくとも女性にとっては……いいですか、くれぐれも他言してはいけませんよ」

 キツく睨んでくるアラクネ。
 わたしは魔王であると言うのに、なんとなくアラクネの雰囲気に圧倒されてしまった。
 

243: 2012/03/29(木) 23:36:42.78 ID:5GAy3qbco

スキュラ「せ、せっ……せっ! 洗濯……いつ?」

アラクネ「あー、放っておいてごめんね。洗濯はいつ教えれば良いですか魔王様、と言ってます」

魔王「ん……そうだな、今日はもう良い。次、今度は日が傾く前に顔を出すからその時に暇だったら相手をしてくれ」

スキュラ「あいあい!」

 良かった。
 これで洗濯の件はどうにかなりそうだ。
 

244: 2012/03/29(木) 23:37:12.12 ID:5GAy3qbco

 パンツの全滅を受けて、他の衣類は洗濯をしていない。
 サキュバスから貰った香水を振り掛けて誤魔化してはいるが、早いうちに衣類を全て洗ってやらねばな。

 しかもアラクネが下着まで作ってくれると言うのだから運が良い。
 サキュバスが買って来るまで待つつもりだったから助かってしまった。

 なるべくなら可愛いく作って欲しいのだけれど、そこまで注文するのはどうかと思いわたしは口を閉ざした。
 サキュバスであればわたしの好みを理解して選んでくれるのだが……。

 いかん。
 部下と部下を比べてはいかんな。反省しよう。
 

245: 2012/03/29(木) 23:37:39.39 ID:5GAy3qbco

魔王「ああ、それとな」

アラクネ「はいはい。まだなにかおありで?」

スキュラ「よー、よう……ようけ……YO!」

魔王「うむ。料理を教えて欲しい。差し当っては今夜のおかずを自分で作りたい」

 さあ本題だ。
 洗濯、下着と問題を上手く解決できた。
 

246: 2012/03/29(木) 23:38:18.84 ID:5GAy3qbco

 ならば次は料理。
 後はこれさえなんとかなれば、とわたしは思っている。

 未だに包丁を扱うのが怖いわたしは、まともな料理が作れないでいる。
 サキュバスが泊まりに来たときも包丁を必要としない、簡素なものしか用意が出来なかった。

 細かくメニューを言うのであれば、チーズとパンと果物。
 あとはサキュバスのために少量の酒を用意した程度だった。

 専門家であるスキュラやアラクネに師事してもらえば、わたしにも美味しい料理が作れる。
 そう思うと少しだけ胸が熱くなった。
 

247: 2012/03/29(木) 23:43:12.25 ID:5GAy3qbco
おわーり。ありがとうございました。

そして、一つお願いです。
過疎スレではありますがアンカーを取り入れたいと思います。

種類としましては、アンカーで魔王の行動を指定していただく感じです。

例えば、


真面目に考える。
or
今日は適当に過ごす。


こんな選択肢を作りますです。(もっと詳しく行動を書きます)
ので、どちらかを選択して下さい。

選択肢によっては、ずーーーーっとぶらぶらするだけで時が過ぎて物語が終わる可能性もあります。
選択肢によっては、物語がずんずん先に進んで終わる可能性もあります。

と言うことです。
宜しくお願いいたします。

次回、次々回くらいですると思います。
 
魔王「わたし、もうやめた」【中編】

引用: 魔王「わたし、もうやめた」