1:◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 06:44:01.90 ID:7iu+BaMYo

 このスレは

魔王「わたし、もうやめた」【前編】
魔王「わたし、もうやめた」【中編】
魔王「わたし、もうやめた」【後編】
 の続編です。

・魔王系のSSです。
・“不定期更新でまったり投下”になると思います。
・台本形式ではありますが、一人称での地の文が多いです。
・時々ですが安価を利用します。
・sage進行なので、お付き合い頂けたら幸いです。
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1338846241(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

8: 2012/06/05(火) 20:47:27.68 ID:7iu+BaMYo
前スレ >>996  つづき。



魔王「んんっ……」

 猛烈なノドの乾きを覚えて目がさめる。
 窓に視線を向けると、空はまだ暗かった。

 時刻は明け方と言ったところか。
 身体を起こし、枕元に置いてあった水差しから水をコップに注いで一気に飲み干した。

魔王「んくっ、んくっ」

 さすがに、ぬるい。
 けれどノドは潤った。
 
Lv1魔王とワンルーム勇者 1巻 (FUZコミックス)
9: 2012/06/05(火) 20:48:02.24 ID:7iu+BaMYo

魔王「んー……」

 首を回す。
 どうやら頭痛は消えたようだ。

 ベッドから降り立って、軽くストレッチをしてみる。
 大丈夫。

 どこも異常はない。

魔王「風邪は治ったか」

 よしよし。なんのかんの言ってもやはり魔王のようだ。
 身体の作りはそう軟じゃない。
 

10: 2012/06/05(火) 20:48:37.16 ID:7iu+BaMYo

魔王「さ、て」

 どうしたものだろうか。
 わたしは一体どれほど眠っていたのか。

 記憶を遡るのも億劫なほど、便器とベッドに世話になった気がする。
 それとアラクネにも。

魔王「完全に起きちゃったしなあ……」
 

11: 2012/06/05(火) 20:49:09.35 ID:7iu+BaMYo

 どうしよう。
 まさに自由の時間と呼べるのじゃないか?

 こんな時になにをしたら良いかわからない、ってのは我ながら哀しいと思う。
 それもこれも魔王的な教育を受けてきたからであって、余暇を楽しむとかそう言った……ああ、もう。

 本を読むだとかその程度しか思い浮かばない。

魔王「むう……む? すんすん」

 ん? んん?
 なにか、匂う。
 

12: 2012/06/05(火) 20:50:01.18 ID:7iu+BaMYo

魔王「すんすん」

 わたしだ……。
 匂い。いや、臭いの発生源はわたし自身。

 あまり喜ばしくない臭いが身体から立ち込めている。
 汗と、あと、あれ。

 口から出しちゃった感じの残り香が。ががが。
 

13: 2012/06/05(火) 20:50:42.39 ID:7iu+BaMYo

魔王「ああ……」

 そうだ。
 まずは湯浴みをしよう。

 身体を隅々まで綺麗にして、髪も洗って。
 ゆっくりと湯に浸かって身体を清潔にしよう。

 それでもって、湯に浸かりながら今日一日をどうしようか決めようじゃないか。
 うん。それが良い。
 

14: 2012/06/05(火) 20:51:18.26 ID:7iu+BaMYo

魔王「けってい」

 さ、そうと決まれば浴場だ。
 湯は常にはられている。

 着替えを持って浴場へと足を運ぼう。
 

15: 2012/06/05(火) 20:52:05.41 ID:7iu+BaMYo


……。
…………。
………………  

 

16: 2012/06/05(火) 20:53:06.21 ID:7iu+BaMYo


魔王「~~♪」

 鼻歌交じりに、身体を洗う。
 ブラシで背中を洗うのはとても心地が良い。

 長い髪を洗うのは毎回面倒だと思うけれど、乾かした後に香る匂いは気に入ってるからまあよし。
 サキュバスから貰った“ぼでーそーぷ”も匂いが素晴らしい。

魔王「ふはー」

 湯に浸かると疲れが吹き飛ぶ感じだ。
 さて、さて、さて。
 

17: 2012/06/05(火) 20:53:36.48 ID:7iu+BaMYo

魔王「今日はどうしようかなあ……」

 む。
 なんだか、湯に浸かったら少し眠たくなってきた。

 いけない。
 でも、ああ。なんだか、気持ち良いなあ。

魔王「うぐう……」
 

18: 2012/06/05(火) 20:54:41.87 ID:7iu+BaMYo


 *魔王、入浴時に仮眠の為、場面が変わります。


Extra
 ┃
 ┠─ 1:狼と龍
 ┃
 ┠─ 2:首無しの得物
 ┃
 ┗─ 3:妖精の谷の幼子

NEXT >>20 

20: 2012/06/05(火) 21:08:05.43 ID:b69PiwRIO
1

25: 2012/06/06(水) 07:15:20.17 ID:yK+9YHlXo
短いのですが、投稿していきます。

26: 2012/06/06(水) 07:16:00.73 ID:yK+9YHlXo
>>20 選択 つづき。




 ─ 魔界 東方領 ─


 周囲は完全に沈黙していた。
 その場所で息づく者はただ一人。

 果て無き屍の上で血にまみれ酔っている。
 大地は竜族の血で穢れ、数多の命が散っていた。
 

27: 2012/06/06(水) 07:16:26.48 ID:yK+9YHlXo

???「あ゛ー……」

 一人。声にならない声をあげる。
 虚無。なにも感じない。

 戦闘が一度終わってしまえば、いつもこうだった。
 

28: 2012/06/06(水) 07:17:06.47 ID:yK+9YHlXo

???「うう……」

 記憶がない。
 氏屍累々と積まれたものを見れば予想はつく。

 またやってしまったのだろうと彼女は判断する。
 興奮が醒め、意識が戻るとまた東へと舵をとった。
 

29: 2012/06/06(水) 07:17:32.86 ID:yK+9YHlXo

 彼女が探しているものは“剣”だった。 
 頑丈なだけが取り得の得物。

 長大な大剣。
 それがどのタイミングでなくなったのかも記憶になかった。

 気付けば手からその得物がなくなり、戦闘が全て素手で行われるようなった。
 手が汚れてしまう。

 前身が返り血で染まっている身分でなにを言うかと思うが、彼女なりの考えがあってのことだった。
 

30: 2012/06/06(水) 07:17:59.20 ID:yK+9YHlXo

???「剣……剣……きっと、あっちで落としたんだ……」

 得物越しに叩き潰れる、肉の感触が好きだった。
 素手では味わえない、骨の砕ける感触が心地良かった。

 戦闘でしか満たされない彼女にとって、攻撃方法が素手に限定されることは好ましい状況と言えない。
 いったい、いつからこうなってしまったのだろう。

 遠い記憶を遡れば、兄と楽しく遊んでいた時代もあったはずだった。
 強く、大きく、尊敬できる兄。
 

31: 2012/06/06(水) 07:18:35.96 ID:yK+9YHlXo

 もう何年も何年も会っていない。
 会える訳がない。

 ──会えばきっと、頃してしまう。

 きっと楽しい。
 お兄ちゃんと戦えば、どんなに心が躍ることだろう。

 殺せるだろうか。
 頃してくれるだろうか。
 

32: 2012/06/06(水) 07:19:04.25 ID:yK+9YHlXo

 だめだ、だめだ、だめだ。
 同胞で頃しあうなんて、だめだよ。

 彼女の中で渦巻く葛藤。
 抑えきれぬ衝動。

 色濃く出てしまった、狂戦士としての血。
 それが彼女の不幸だった。
 

33: 2012/06/06(水) 07:19:46.32 ID:yK+9YHlXo

???「お兄ちゃん、元気かなー……」

 うろうろと東へと歩みを進める。
 不思議だった。

 そこいらから竜族の気配を感じる。
 まだまだ頭数はいるのに、襲ってこない。

 歩いても歩いても、竜族は牙を向いてこなかった。
 

34: 2012/06/06(水) 07:20:20.47 ID:yK+9YHlXo

???「……」

 そうこうしている内に辿り着く。
 魔界の深遠。

 魔界東方領。領主ヨルムンガンドが住まう“龍の塒”へと。
 

35: 2012/06/06(水) 07:20:57.73 ID:yK+9YHlXo


 ─龍の塒─


 そこは随分と不思議な空間だった。
 荒野を越え、渓谷を越え、さらに歩き開ける場所。

 谷の奥深くにぽっかりと出来た大きな空間。
 暗く、深く、奥は見えない。

 行き止まりであるはずの谷の終焉。
 そこには巨大な闇が広がるばかりだった。
 

36: 2012/06/06(水) 07:21:23.90 ID:yK+9YHlXo

???「……」

 谷の入り口で立ち尽くす狂戦士。
 “門番”の対応を待っていた。


 ──来たか。


???「……」

 闇の合間から、瞳が現れる。
 巨大な空間に現れる巨大な瞳。

 それは“龍王”であるヨルムンガンドの瞳であった。
 

37: 2012/06/06(水) 07:22:10.22 ID:yK+9YHlXo

ヨルムン「久しいな……」

???「……」

 ヨルムンガンドの身体は魔界に存在しなかった。
 巨大すぎるその身体は自身すら全長がわからぬほどの大きさである。

 その全てを顕現したのであれば、魔界がヨルムンガンドの身体によって飲み込まれてしまう可能性すらあった。
 “龍王”は自らが作り出した空間へ身体を押し込み、こうして瞳と声だけをこの谷間から覗かせている。

 巨大すぎる瞳ですら、外界から見えるギリギリのサイズへと変換して投影している。
 “龍王”ヨルムンガンドはそれほどの大きさだった。 

ヨルムン「狂戦士……ベルセルクよ。如何な用でここへ来た」

ベル「向こう、行きたくって……」


 ──ベルセルク。


 幼き日は“ベル”と呼ばれた少女の名前だった。

 

45: 2012/06/12(火) 06:44:34.02 ID:n0NmhVZ1o
>>36 つづき。



 人狼族の娘と会うのはこれで二度目だった。
 一度目。もうどれだけ前のことかはわからないが、彼女は今ほど狂ってはいなかった。

 狂える戦士の宿命を持つ狼。
 彼女はその戦闘衝動を抑えることが出来ないと自覚していた。

 そんな彼女が選んだ行動は、生まれ育った大地を離れること。
 共に生きてきた兄や一族から離れて生きることを選択した。

 ──生きる。否。

 彼女は氏ぬ為にこそ、その地を踏みに行ったのかもしれない。

 

46: 2012/06/12(火) 06:45:13.07 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「(まさか“成る”とは……)」

 確かに以前会った時も彼女の強さは郡を抜いていた。
 けれどもそれは種族の持つ力。その輪に納まる程度の力量。

 “地獄界”で永らえるほどの力を持ってはいなかった。
 しかしどうだろう。

 今、また対峙している者は別種と言えるほど力をつけている。
 種族の限界を破り“成って”しまった。

 王に届きうる牙を彼女は手にしている。
 

47: 2012/06/12(火) 06:45:43.29 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「……」

ベル「どいて、欲しいな……」

 自らの意思で向こう側へと渡った彼女がどうして魔界へと戻ってきたのか。
 理由はわからない。

 恐らくは混濁した意識の中で、自然と魔界へと足が向いてしまったのだろう。
 魔界から地獄界への扉は一箇所だが、向こうからこちらへ出るための道は幾つか存在している。
 

48: 2012/06/12(火) 06:47:07.81 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「(一体、どれほどの悪魔を屠ったのか……)」

ベル「……」

 ぼーっと、まるで酔っ払っているかのように彼女はふらふらとしていた。
 全身に纏わりつく竜族の血で酔っている。

 我が子らの攻撃を止めねば、今頃はさらなる竜の屍が谷を埋めていたに違いない。
 危険極まりない。

 彼女はただただ氏を撒き散らす存在になっている。

ヨルムン「良いだろう……」

ベル「や、ったー」
 

49: 2012/06/12(火) 06:47:51.11 ID:n0NmhVZ1o

 幸いと言うべきか、彼女は興奮状態ではない。
 “龍王”と呼ばれるヨルムンガンドに牙を向く気はないようだった。

 強き者には猪突猛進するはずの狂戦士がヨルムンガンドに反応しない理由。
 それは彼の身体がどの世界にも属してないことを、本能で察知したからに他ならない。

 引き裂こうにも身体がない。
 食い破ろうにも身体がない。

 実体無き強者。
 それが“龍王”ヨルムンガンドであった。 
 

50: 2012/06/12(火) 06:48:47.37 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「願わくば、二度とこの地に足を踏み入れて欲しくはないものだ……」

ベル「……」

 ヨルムンガンドが“座して”いた地を離れる。
 ゾゾゾ、と音なき音が渓谷に響き鳴る。

 谷の終焉を覆っていた異空間が消え、そこにある本来の姿が顔を見せる。
 魔界から地獄界に通じる巨大な“穴”だった。

 この穴に蓋を出来る者など、どの世界を探してもヨルムンガンド以外にいない。
 彼は遥か昔からこの扉を管理する門番であった。
 

51: 2012/06/12(火) 06:49:34.07 ID:n0NmhVZ1o

ベル「……」

 ふらふらと穴に近寄る。
 なんの躊躇いもなしに、彼女は地獄界へと身体を落としていった。

 己が剣を見つけるために、見当違いも甚だしい地獄界へと舞い降りる。
 彼女の剣はアンデッド族の“デュラハン”に盗まれ、今は魔王城に保管されていた。

 しかしこの勘違いは僥倖と言えた。
 万が一、彼女が魔王城に剣があることを知れば魔王と相対することは目に見えている。
 

52: 2012/06/12(火) 06:51:03.05 ID:n0NmhVZ1o

 魔界最強である魔王と対峙し、血が騒がぬはずがない。
 種族の限界を破り“成った”彼女の力と、魔王の力。

 激突すれば、魔界が揺れることは間違いなかった。
 けれども両雄が激突することはもうない。

 狂戦士ベルセルクは再び地獄界へと足を踏み入れたのだから。
 

 ──ゾゾゾ、ゾゾゾ。


 再び谷の終焉にヨルムンガンドが座し“龍の塒”には静寂が戻った。


 

60: 2012/06/19(火) 21:05:32.66 ID:kqA4MqB7o

 プリン。
 それは昔、一度だけ食べたことがある甘くてぷるぷるした最強に美味しい人間界のお菓子。

 それがバケツサイズで目の前に現れた。
 素敵だ。素敵すぎる。

 わたしは嬉しくって、それにかぶり付きたいんだけど身体が動かなくって
 もどかしくって。
 

61: 2012/06/19(火) 21:05:59.95 ID:kqA4MqB7o

 ううん。ううん。
 熱い。身体が熱い、動かない……。

 ううん。

 ──ま。

 ふわふわする。
 最近、こんな感じを味わってばかりのような気さえする。
 

62: 2012/06/19(火) 21:06:30.79 ID:kqA4MqB7o

 ──さま?

 ああ、なんでプリンに辿り着けないんだろう。
 プリン。プリン。ああ、プリン食べたい。

魔王「──ぷりんっ!!」

 あ。
 目が覚める。

アラクネ「もう」

 

63: 2012/06/19(火) 21:06:58.26 ID:kqA4MqB7o

 気が付くとわたしは全裸で床に敷かれたタオルの上にいた。
 身体が妙に熱い。

 ああ、そうか。なるほど。
 わたしは……はあ。参った。

 呆れ顔を作るアラクネと、脱衣所の隅でわたしを心配そうにみつめるスライム娘たち。
 わたしは全裸で、脱衣所にいる。

 風呂に入ってて気持ちよくって……。
 

64: 2012/06/19(火) 21:07:26.04 ID:kqA4MqB7o

魔王「……世話をかけた」

アラクネ「まったくですよ」

 湯船に浸かりながら眠ってしまい、挙句の果てにのぼせたようだ。
 どんどん魔王としての威厳がなくなっていってる気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。

アラクネ「マグマの中でも活動出来る魔王さまがのぼせたなんて、報告を聞いたときは耳を疑ってしまいましたよ」

魔王「言い訳の弁もない……」
 

65: 2012/06/19(火) 21:07:57.84 ID:kqA4MqB7o

 ああ、そうとも。
 魔王ともなれば、その気になればマグマの中でだって活動できる。

 けれども風呂と火山の火口とでは勝手が違うだろう。
 リラックス状態で入る湯船。

 脱力しきっていれば魔王だって湯当りの一つもするさ。
 ……と言ってもだ。部下の前で醜態を晒したのは事実。

 くそう。
 アラクネには借しを作りっぱなしだな。
 

66: 2012/06/19(火) 21:08:48.93 ID:kqA4MqB7o

アラクネ「さあさ、気が付かれたのならお召し物をどうぞ」

魔王「ん」

 パリっと綺麗に畳まれた下着と魔王着。
 それに袖を通そうとした時だった。


 ──魔王様はここかっ!!


 入り口でこちらを伺っていたスライム娘たちを押し退け脱衣所に侵入してくる不届き者。
 おいおい。穏やかじゃないなあ。
 

67: 2012/06/19(火) 21:09:21.78 ID:kqA4MqB7o

アラクネ「大臣!? ここは脱衣所ですよ! 魔王様はまだお召し物を──」

ガーゴイル「そんなことを言ってる場合ではないっ!」

 血相を変えて(と言っても石像だから相なんてないけれど)飛び込んできたガーゴイル。
 何時になく口調が荒く、本当に焦っているようだった。

 わたしは下着を穿くのをやめて、

魔王「アラクネ、よい。ガーゴイル大臣、なにかあったか?」

アラクネ「なにが良いでんすか! ああもう、せめて下着だけでも……」

 

68: 2012/06/19(火) 21:09:50.48 ID:kqA4MqB7o

 アラクネはわたしの裸体をガーゴイルに見せたくないのか、必氏に身体を隠そうとタオルを巻いてきた。
 別に裸を見られたからといってどうと言うものでもないのに。

ガーゴイル「人払いを」

魔王「ここは謁見の間じゃない、脱衣所だ。魔王であるわたしが許す、言え」

 もう、面倒くさい。
 急いでるんでしょう? さっさと用件を言って欲しいんだよね。

ガーゴイル「……」

魔王「なにがあった?」

ガーゴイル「巨人族が──」

 

69: 2012/06/19(火) 21:10:24.85 ID:kqA4MqB7o



 ──巨人族が、魔界からの独立を宣言いたしました。



 脱衣所の時が止まる。
 わたしの裸体を隠す為に持たれたアラクネのタオルが落ちた。

魔王「独立……?」

ガーゴイル「先ほど、巨人族どもの棟梁……“ヘカトンケイル”の部下の者がそう宣言して参りました」
 

70: 2012/06/19(火) 21:11:01.11 ID:kqA4MqB7o

 独立? 嘘でしょ?
 これから平和にやっていこうねって、魔王であるわたしが決めたばっかりなのに。

 独立。独立だって?
 冗談じゃない。

 そんな勝手が許されるはずないじゃないか。

魔王「……」

ガーゴイル「魔王様、すぐに謁見の間へ。対策を立てませんことには……」

魔王「わかった」

ガーゴイル「“ヘカトンケイル”は長兄様の非ではございませぬゆえ」

魔王「わかっている」
 

71: 2012/06/19(火) 21:11:29.40 ID:kqA4MqB7o

 巨人族。
 魔界でも個体数が少ない稀有な者たち。

 どの“四王”領にも属せず、魔王領にも属さない。
 魔王に忠誠を誓っている訳でもなく、ただただ彼等は棟梁である“ヘカトンケイル”に従い動いていた。

 それでも前代魔王……父の下に付いていたのは、きっと父の人格だのなんだのが原因なのだろう。
 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

72: 2012/06/19(火) 21:11:57.97 ID:kqA4MqB7o

 いつかはちゃんと話しを付けなきゃなぁ、とはわたしだって思っていたさ。
 ただ今の今までなにも言ってこなかったし。

 兄様や姉様のがうるさいから、そっちをゆっくりと片付けてからかなぁとか。
 “四王”とも色々話さなきゃとも思ってたし。 

 まさか独立とか訳のわからないこと言い出してくるだなんてコレっぽっちも……。

魔王「……」
 

73: 2012/06/19(火) 21:12:41.24 ID:kqA4MqB7o

 うう。
 うう! うう! 面倒くさい……!

 もう! もうもうもう、止めてよ。そんな面倒くさいことは。
 なに考えてるの。

 脱衣所でしゃがみこんで転がりたくなる衝動をどうにかこうにか抑えた。
 動揺で声が震えないよう搾り出すように、

魔王「ガーゴイル。謁見の間で待っていろ。すぐに行く」

 魔王であるわたしは、そう大臣に告げた。
 

82: 2012/06/23(土) 02:18:06.15 ID:aSJcvr+ao
>>73  続き。


 巨人族の長。
 “ヘカトンケイル”の使いがやって来たのはわたしが風呂で伸びている頃合だった。

 使者は単眼の巨人“キュクロプス”。
 突然の来訪者に対応したのは説明するまでもなく、大臣のガーゴイル。

 巨人が魔王城を訪れることなどまず、ない。
 それだけで異常事態だ。

 だからこそ、大臣であるガーゴイルが対応した。
 

83: 2012/06/23(土) 02:18:38.38 ID:aSJcvr+ao

魔王「……」

 脱衣所から大急ぎで着がえて玉座に座り、事の顛末を耳にする。
 ああ、もう。

ガーゴイル「ヘカトンケイルは本気のようです」

魔王「やはり、気に入らないのか」

ガーゴイル「そのようで」
 

84: 2012/06/23(土) 02:20:56.43 ID:aSJcvr+ao

 参った。
 まさか魔界からの独立を……だなんて。

 なにを考えて──いや、わたしが気に入らないのだろう。
 わたしが、と言うよりもわたしの下した命令が。

魔王「むう……」

ガーゴイル「ヘカトンケイルの実力は、有体に申し上げれば前大魔王様と同格でございます」

魔王「……」
 

85: 2012/06/23(土) 02:21:27.52 ID:aSJcvr+ao

 そう。
 問題はそこなのだ。

 ヘカトンケイルは前大魔王と喧嘩友達。
 そう言った位置付けの人物らしく、性格も面倒くさいと聞いている。

 兄様のように力尽くで……どうにかなる相手ではない。

魔王「戦ってはいけない、と」

ガーゴイル「“魔王剣”を使えばあるいは……しかし、勝てたところで魔王様の消耗が激しすぎます。対策を立てる必要が」
 

86: 2012/06/23(土) 02:22:16.07 ID:aSJcvr+ao

 戦って勝てたところで、他に問題が出てくる。
 ヘカトンケイルの独立宣言はすぐに魔界中に広がるだろう。

 するとどうだ。
 “四王”はどう思う。どう動く。

 やつらの中にはわたしを芳しく思ってない者もいる。
 “氏王”やら“魔人王”あたりなら、ヘカトンケイルと戦い消耗したわたしを狙ってくる可能性すらある。

 かと言ってヘカトンケイルを放っておけば他の王たちも独立を宣言するやもしれない。
 正直、参った。
 

87: 2012/06/23(土) 02:22:44.75 ID:aSJcvr+ao

魔王「どうしよう……」

ガーゴイル「魔王様。お気持ちは察しますが、しっかりして頂かないことには」

魔王「……」

ガーゴイル「我々の長は貴女様なのですから」

 うう……。
 これが、のんびりと過ごしたツケ。代償とでも言うのだろうか。
 

88: 2012/06/23(土) 02:23:25.47 ID:aSJcvr+ao

 そんな馬鹿な。
 ちょっと引き篭もっていただけじゃないか。

 ちゃんと兄様には釘を刺したし、強めにアピールしたせいか姉様からの手紙もパタリと来なくなった。
 わたしはきっちりと魔王らしい仕事をこなした。

 だから間違いはない。
 間違いはないはずなのに……。
 

89: 2012/06/23(土) 02:24:14.97 ID:aSJcvr+ao

魔王「(なんでこんな目に……)」

ガーゴイル「対策を考えましょう」

魔王「あ、ああ……」

 対策を考えると言ったってどうしたら良いんだろう。
 なあんにも案なんて出ないのだけど。
 

90: 2012/06/23(土) 02:24:59.60 ID:aSJcvr+ao

ガーゴイル「いくつか案はございますが」

魔王「……あるの?」

ガーゴイル「ええ。どれも得策とは言えませんが」

魔王「よい。言ってみろ。案の長所と短所も一緒に」

ガーゴイル「はい。ではまず強攻策の方から──」

 なるほど。
 ガーゴイルが一つ目に提案した事柄は文字通りの強攻策だった。
 

91: 2012/06/23(土) 02:25:53.51 ID:aSJcvr+ao

 力尽く。
 まず、わたしの敵になりそうな“敵”を叩く。

 直接的な表現をガーゴイルはしていなかったけれど、多分“氏王”と“魔人王”のことを言ってるんだと思う。
 ──を、叩く。叩いてしまう。

 それから巨人族。ヘカントンケイルとの戦いに望むと言うもの。
 だけどさ、これってさ、あれだよね。

 もう戦争じゃん。それ。
 

92: 2012/06/23(土) 02:26:23.94 ID:aSJcvr+ao

魔王「……」

ガーゴイル「恐らくこれを実地し成功した後、魔界は魔王様の完全なる統治下となるでしょう」

魔王「だろうね……」

ガーゴイル「しかし、幾つかの種族から恒久的に恨みを買うことにもなります」

魔王「そりゃあね……」

ガーゴイル「ですので。お勧めは出来かねます、最終手段とでも思って頂ければ」

魔王「わかった」
 

93: 2012/06/23(土) 02:26:58.74 ID:aSJcvr+ao

 二つ目の案。
 それは足元を固めると言うものだった。

 親王派である“獣王”と“龍王”に話しをつけて、我が軍の力を強固なものとする。
 なんだったら魔王城近辺を強く固めてしまっても良いかもしれない。

 然るに、わたしが直接ヘカトンケイルを──。
 

94: 2012/06/23(土) 02:27:51.71 ID:aSJcvr+ao

魔王「ちょっと待て」

ガーゴイル「はい?」

魔王「結局、わたしはヘカトンケイルと戦わなければならないのかな」

ガーゴイル「巨人族を止めたいのであれば……」

魔王「……」
 

95: 2012/06/23(土) 02:28:52.06 ID:aSJcvr+ao

 ガーゴイルの予想だと、ヘカトンケイルはわたしの言うことに耳を傾けたりはしない。
 平和的な解決は不可能。

 だとすれば、やつを見逃し好き勝手にやらせるか。
 戦って勝つかの二択。

 好き勝手にやったからと言って、人間界をいきなり滅茶苦茶にするようなやつではない。
 けれど、それを許せばその行為……独立に走る他の魔物が続出する可能性があるとガーゴイルは言っている。
 

96: 2012/06/23(土) 02:32:37.18 ID:aSJcvr+ao

ガーゴイル「問題はヘカトンケイルの強さでございます」

魔王「そんなに強いのか」

ガーゴイル「……」

 ガーゴイルが黙ってしまう。相当な強さなのだろう。
 “魔王剣”がなければ、きっと今のわたしでは勝負にならないほどに。

 

97: 2012/06/23(土) 02:34:07.86 ID:aSJcvr+ao

魔王「どちらにせよ、衝突は避けられないと……」

ガーゴイル「はい」

 どうやら、どう転んでも戦いは避けられないらしい。
 しかも相手は魔王級の強敵。

 あまりのんびりと考える時間はなさそうだし、早々に色々と決めてしまわなければならないようだ。

魔王「さて……」
 

98: 2012/06/23(土) 02:35:01.74 ID:aSJcvr+ao

 どうしたものかね。
 面倒だ。面倒でならない……。

 平和で、だらだら過ごすだけの毎日が欲しいだけだったのに。
 人間界へ降り立ち、甘い物でお腹一杯になりたいと思っただけなのに。

 わたしの周りには面倒ごとしかないのだろうか。
 いくら考えても妙案など浮かぶはずもなく。
 

99: 2012/06/23(土) 02:35:36.36 ID:aSJcvr+ao

魔王「大臣」

ガーゴイル「はっ」

魔王「この件に関しては慎重に考えて決めなければならない」

ガーゴイル「はい」

魔王「時間がないのも、まあわかっているつもりだ」

ガーゴイル「……」

魔王「近いうちにどうするか決める」

ガーゴイル「あまり悠長にしている時間はございませんよ」

魔王「わかっている。わたしも珍しく、心底困っているからね」
 

100: 2012/06/23(土) 02:36:42.17 ID:aSJcvr+ao

 決めた。
 この問題が片付いたら、一度人間界へ足を伸ばそう。

 自分へのご褒美として……。
 それ位を考えないと、わたしのことだから放り投げて逃げ出してしまうかもしれない。

 頑張りたくない。
 頑張りたくないけれど……。
 

101: 2012/06/23(土) 02:37:16.09 ID:aSJcvr+ao

魔王「(ヘカトンケイルかあ……)」

 強敵と言える相手と対峙しなければならない。
 自身が負ける。氏ぬ危険がとても高いと言うのに。

 わたしは自身の気持ちが高揚していることに気付き、少しだけ恥ずかしくなった。
 
 

 
 

120: 2012/07/31(火) 14:36:36.72 ID:yPfr0GZxo
>>101  つづき。



 ──そして。
 ほんの少しだけ時間が流れた。

 具体的に言えば、一晩だけ。
 ガーゴイルすらいない謁見の間。その玉座に座り、わたしは考えた。

 どうすれば良いのか。
 どのように行動すれば、一番の成果を得ることが出来るのか。

 “ヘカトンケイル”との激突を避けることは不可能。
 これだけは変わらない。

 で、あればだ。
 

121: 2012/07/31(火) 14:37:03.77 ID:yPfr0GZxo

魔王「周囲をどうするか……」

 “氏王”と“魔人王”を駆逐するのは簡単だ。
 わたしが自ら赴き、居城ごと消滅させてしまえばそれで終わる。

魔王「……ヘカトンと闘う前に、疲れるのはなあ」

 正直、無駄な魔力消費は抑えたい。
 それにちょっと暴力的すぎて、わたしの好みでもない。
 

122: 2012/07/31(火) 14:37:37.16 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

 いくら考えても妙案など出てこない。
 結局のところ“龍王”と“獣王”側に依頼して“氏王”と“魔人王”を牽制するしかない。

魔王「はあ」

 大きく溜息を一つ吐く。
 実にわたしらしくない。

 こんな夜更けに一人、玉座へ腰を下ろしてるのもそうだけれど。
 気に入らない。気に入らないよ。
 

123: 2012/07/31(火) 14:38:19.02 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

 ガーゴイルの出した案を採用する以外、策は思い浮かばなかった。
 一瞬、魔王城地下に居る堕天使……“アスモデウス”に力添えを頼もうかと思ったけれど。

魔王「はあ。時間の無駄だ」

 軽くあしらわれるのが目に見えている。
 やつとはそう多く言葉を交わした訳ではないが、なんとなしに人物像は把握出来ているつもりだ。
 

124: 2012/07/31(火) 14:39:01.65 ID:yPfr0GZxo

魔王「“龍王”と“獣王”が協力をしてくれなかったら……」

 その時はどうしよう。

 ああ、もう良いや。

 どうにでもなれ、だ。
 

125: 2012/07/31(火) 14:39:44.92 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

 一人だけの謁見の間。
 色々と考えを巡らせてはみたものの、わたしの頭は“ヘカトンケイル”のことで一杯だった。

 両目の奥が熱い。
 瞳に宿る熱の正体を考えることもなく、わたしは玉座で夜を明かした。
 

126: 2012/07/31(火) 14:40:20.39 ID:yPfr0GZxo

  
……。
…………。
……………… 

 

127: 2012/07/31(火) 14:40:47.42 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「魔王様」

魔王「……」

ガーゴイル「魔王様」

魔王「……ん」

 なんだよ、人の部屋に勝手に入って──。
 

128: 2012/07/31(火) 14:41:26.18 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「魔王様、昨晩はお一人で?」

魔王「……」

 そうか。
 昨日は一人で玉座で。

魔王「……の、ようだな」

 大きくあくびをしてガーゴイルの問いに答える。
 普段であれば、はしたないと怒られそうなものだが今日に限ってガーゴイルは口煩くしてこなかった。
 

129: 2012/07/31(火) 14:42:14.22 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「なにか案は浮かびましたか?」

魔王「いや。結局はお前が出した案しかないようだ」

ガーゴイル「左様で」

魔王「“龍王”と“獣王”が協力してこなかったらどうしよう?」

ガーゴイル「……」

 やはり懸念はそこだった。
 

130: 2012/07/31(火) 14:42:48.05 ID:yPfr0GZxo

魔王「雑兵がいくら攻めてこようと、魔王城が落ちることはないだろう。従者たちも弱くはない」

ガーゴイル「はい。ですが万が一、“氏王”や“魔人王”が自ら乗り込んできたとなると……」

魔王「アラクネやスキュラの手に余る」

 そう。
 問題はそこなのだ。

 “龍族”と“獣族”が協力してくれたとしても“ヨルムンガンド”と“ベヒモス”自身が出張ってくれないと万全ではない。
 “ヨルムンガンド”はその巨体さから、本体に出向いて貰うのは難しいけれど……。
 

131: 2012/07/31(火) 14:43:56.08 ID:yPfr0GZxo

 “ベヒモス”は来てくれるだろうか。
 ううん……。

 正味な話し、来てくれないとわたしは思っている。
 だって、なんにも交流をしていないんだもの。
 
 親王派と言われるだけあって、敵対はしないと思うけれど自身が駆けつけるほどの親密さもない。
 これも、ぐうたらしていたツケなのだろうか。

 一度や、二度位は顔を出すなり出させるなりして交流を深めればよかった。
 いや。なんにしても後の祭りか……。
 

132: 2012/07/31(火) 14:44:28.01 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

ガーゴイル「如何なされました?」

 ちょっと閃いた。

魔王「ガーゴイル」

ガーゴイル「はい?」

魔王「ガーゴイルは魔王城で居残りね」

ガーゴイル「……はい?」

魔王「巨人の元へは、わたし一人で出向くから」

ガーゴイル「……はい?」

魔王「なんだ。これで解決じゃないか」
 

133: 2012/07/31(火) 14:45:02.60 ID:yPfr0GZxo

 一人で納得する。

 いたいた。

 居るじゃないか。

 一番身近に。

 “四王”に対して切れるカードが。

 頼れる切り札が。
 

134: 2012/07/31(火) 14:45:29.25 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「な、なにを仰って……」

魔王「巨人共はわたしが一人で相手をしてやる。だから、ガーゴイル。お前も一人で“四王”を相手しろ」

 と、言うことだよ。

ガーゴイル「……なっ」

 ガーゴイルのことだ。
 兄様の城へ出張った時のように、わたしに付いて来るつもりだったのだろう。

 なにせ相手は前代魔王と同格の巨人。
 大臣として、その戦いに付き従わない訳にはいかない。
 

135: 2012/07/31(火) 14:45:58.60 ID:yPfr0GZxo

 しかし、だ。
 そんな楽は許さない。

 こんな大変な面倒ごとなんだから。
 一緒に味わおうじゃないか。

魔王「ねえ、大臣?」

ガーゴイル「……」

 有無を言わさぬわたしの決定。
 岩石で出来た顔をしかめて、ガーゴイルは「はあ」と大きく溜息を吐いた。
 

145: 2012/08/01(水) 21:15:45.30 ID:idwG+xALo
投下します

146: 2012/08/01(水) 21:16:25.16 ID:idwG+xALo
>>135  続き。


 ──どうする。


 暗がりの中。
 一人の男が声を発した。

 影は二つ。
 まるで秘め事のように声を潜め、男共は会話を交わしている。
 

147: 2012/08/01(水) 21:16:57.54 ID:idwG+xALo

アルカ「……」

 片方の影は“魔人王”の称号を持つ、魔人族の長。
 吸血鬼“アルカード”だった。

 その吸血鬼に語りかけるは人狼の長。
 王狼と呼ばれ、アルカードの片腕と称される者であった。

王狼「“ヘカトンケイル”の独立宣言はすでに魔界中へと響いている」

アルカ「……」

 アルカードは答えない。
 王狼に問われるまでもなく、打つべく最善の手を常に考えているからだった。
 

148: 2012/08/01(水) 21:17:27.84 ID:idwG+xALo

王狼「これは好機だ。あの小娘以外にヘカトンケイルと渡り合える者などそう居はすまい」

 王狼の言ってることは全て正論だった。
 魔王とヘカトンケイルの激突。

 これは避けられない。
 で、あれば。どちらが勝利するにせよ、生き残った方は多大なダメージを受けることになる。

 これを期とし、魔王城を占拠。
 その後、魔界の王として君臨する道筋は簡単に見えていた。
 

149: 2012/08/01(水) 21:17:56.68 ID:idwG+xALo

アルカ「……」

王狼「一体なにが気がかりだと言うのだ」

 一向に口を開かない旧友に対し、王狼が苛立ち混じりで言葉を吐いた。

アルカ「なあ、どちらが勝つと思う」

 静かに。
 アルカードが口を開いた。

 ──どちらが勝つか。

 魔王とヘカトンケイル。
 アルカードは双方が激突し、どちらが勝つかを王狼へと尋ねた。
 

150: 2012/08/01(水) 21:18:35.20 ID:idwG+xALo

王狼「……難しいな」

 それに対し、王狼は素直に答える。
 まるで想像出来ない。

 魔王には“魔王剣”がある。
 しかし、ヘカトンケイルの実力は魔界中に轟いてもいる。

 甲乙つけ難い。と言うのが本心であった。
 だからこそ、どう決着が着こうと双方が無傷なはずがない。

 そこに付け入るチャンスがあるのだと、王狼はそう思っていた。
 

151: 2012/08/01(水) 21:19:04.53 ID:idwG+xALo

アルカ「……ことはそう単純じゃない」

王狼「……」

 アルカードの口調は重々しく、何時に無く慎重だった。

アルカ「魔王の力は正直、未知数だ」

王狼「だが、ヘカトンケイルの力は折り紙つきだ」

アルカ「わかっている。わかっているが……それでも──」
 

152: 2012/08/01(水) 21:19:35.71 ID:idwG+xALo

 言葉が止まった。

 魔界での覇権を握る。
 これは、アルカードと王狼が幼少時より夢物語として語っていた内容であった。

 現在、二人は“魔人族”と言う種のトップに座している。
 夢物語が夢で終わらぬ位置にまで手が届こうとしている。

 けれど。
 

153: 2012/08/01(水) 21:20:02.15 ID:idwG+xALo

アルカ「……」

 アルカードの本能が警笛を挙げていた。
 動くときではないと、本能がそう告げているのだった。

王狼「……お前の危惧していることは理解しているつもりだ」

 反乱失敗のリスク。
 魔王が巨人との抗争に勝利し、反旗を翻した魔人族をも蹴散らした時。

 一体、どのような罰を“種”として架せられるのか。
 有体に想像するのであれば根絶やし。

 ここで“魔人”と言う種が潰える可能性すら出てくる。
 

154: 2012/08/01(水) 21:20:51.74 ID:idwG+xALo

アルカ「王狼。今回の件では、魔人族は動かない」

王狼「……」

 想像通り。
 いや。王狼としては想像を裏切って欲しかったのだが、アルカードは期待を裏切るような答えを出す男ではなかった。

アルカ「時ではない。王狼、私は何時も口を酸っぱくして言っているな?」

王狼「……」


 ──魔王を倒すのは“人間”だと。


アルカ「だから、今は時ではない。静観こそが、正しい選択なのだ」

 そう静かに告げ、話しに終止符を打った。
 

155: 2012/08/01(水) 21:21:17.98 ID:idwG+xALo
 

……。
…………。
……………… 

 

156: 2012/08/01(水) 21:21:49.36 ID:idwG+xALo

 
 ──カカカッ!


 これは愉快。
 とばかりに快声が響いた。

 その空間では無数の、数多なる亡者が呻きを挙げている。 
 笑い声の主は“氏王”である“リッチ”であった。
 

157: 2012/08/01(水) 21:22:16.89 ID:idwG+xALo

リッチ「フフッ、フフッ」

 笑いが止まらない。
 リッチがこんなにも感情を押し殺さずに笑ったのは、幾百年ぶりかと言うほどであった。

リッチ「良いねえ……良いねえ」

 部屋には亡者の魂のみが存在し、右腕となる“ワイト”の姿も見当たらなかった。
 たった一人、リッチは愉悦に浸っている。
 

158: 2012/08/01(水) 21:22:45.00 ID:idwG+xALo

リッチ「まさか“ヘカトンケイル”がねえ……クフフッ」

 リッチは知っている。
 ヘカトンケイルの実力を。

 いくら“魔王剣”を使おうが、あの小娘ではまだ勝てない。
 そして両者は激突する気でいる。

 愉快でたまらなかった。
 

159: 2012/08/01(水) 21:23:13.04 ID:idwG+xALo

リッチ「ようやっと、あたしに運が回ってきたようだねえ……」

 肉のない顔がほくそ笑む。
 魔界中に散らばせた“グール”の情報によると“魔人族”に動きは見られない。

 “龍族”も“獣族”も主だった行動は見受けられない。
 つまり、此度の紛争で動く気で居る種族は自らを除き皆無であることが伺い知れた。

リッチ「フフッ、フフッ……“魔人王”は存外と肝が小さいようで助かったねえ」

 思考を巡らせる。
 増殖させ続けた“氏霊兵”の総数。

 それを束ね、単機の力を尖らせるために製作した“デュラハン”の仕上がり。
 

160: 2012/08/01(水) 21:23:42.92 ID:idwG+xALo

リッチ「あたし自ら赴く日が来ようとはねえ……」

 笑いが止まらない。
 ヘカトンケイルを討伐する為、魔王は実力者を連れ城を空けるだろう。

 そこへ総攻撃を仕掛ける。
 なんとも愉快だった。

 いとも容易く魔界を手中に収めることが出来るのだから。

リッチ「デュラハンのレベルも十二分に上がってるしねえ……」

 乾いた笑いが木霊する、氏者住まう閨。

 そこには勝利を確信する不氏者が一匹。
 魔界の王たる自分を想像し、ニタニタと紫煙を燻らし愉快に笑みを零していた。
 
 

171: 2012/08/04(土) 04:42:19.22 ID:i0M9yvr7o
>>160  つづき。



 そうと決めてから動き出すのに、さほど時間をかける必要はなかった。 
 巨人の元へはわたしが。

 城にはガーゴイルと従者たちが居れば問題ないのだから。
 全てを迅速にこなせば、また平穏を手に入れるのに時間などかからない。

魔王「じゃあ、留守は任せたよ」

ガーゴイル「全く……」

 ガーゴイルはぶつぶつと未だに文句を垂れている。
 最後までわたし一人で行かせることに反対していたけれど、そこは、ねえ?
 

172: 2012/08/04(土) 04:42:55.87 ID:i0M9yvr7o

魔王「十中八九、動いてくるだろうからね」

ガーゴイル「でしょうな」

魔王「帰ってきたら城が臭くなってる……とかは簡便だよ」

ガーゴイル「魔王様こそ、あまり遅い帰りにならないようにお願い致しますよ」

魔王「わかってる。なるべく早く済ませる」

ガーゴイル「……」
 

173: 2012/08/04(土) 04:43:21.88 ID:i0M9yvr7o

 ちょっとちょっと。
 ここで黙られたらなんか、わたしが氏ぬみたいじゃないか。

 止めてよね。
 氏ぬつもりも“ヘカトンケイル”に花を持たせる気も毛頭ないのだから。

 さっさと蹴散らして、わたしがわたしらしく生きられるようにするだけなんだからさ。
 

174: 2012/08/04(土) 04:43:48.95 ID:i0M9yvr7o

ガーゴイル「魔王様」

魔王「ん」

ガーゴイル「お気をつけて」

魔王「お前もな」

 さて。
 思い切り背伸びをしてから、ガーゴイルと魔王城門に背を向け“飛竜”に跨る。
 

175: 2012/08/04(土) 04:44:31.06 ID:i0M9yvr7o

飛竜「ピュイ!」

 “大甲竜”へ乗り込むよりも手軽で良い。

魔王「心配性な家臣を持つと苦労する」

 わたしはそう一言だけ溢し、飛竜と共に空を舞った。
 

176: 2012/08/04(土) 04:44:57.67 ID:i0M9yvr7o


……。
…………。
……………… 
 
 

177: 2012/08/04(土) 04:45:33.02 ID:i0M9yvr7o

 
ガーゴイル「門番を務めるなど、幾百年ぶりか。記憶を辿るも思い出せぬわ」 

 魔王城 城門。
 城門の前にはただ一体の石像が鎮座していた。

 従者である“スキュラ”や“アラクネ”の姿はない。
 ガーゴイルただ一人が巨大な門を守っていた。

 城内に住む魔物たちの申し出を全て退け、自身の意思で一人門番をこなしている。
 

178: 2012/08/04(土) 04:46:05.93 ID:i0M9yvr7o


***


スキュラ「た、闘うー? ……う?」

アラクネ「はてさて。忙しくなりそうね」

スラ娘A「がっ、がんばります!」

スラ娘B「がっ、がったいしておこうか!?」

スラ娘C「じゃっ、じゃあ……AからHまでのこにれんらくしなきゃっ!」
 

179: 2012/08/04(土) 04:46:45.16 ID:i0M9yvr7o

 慌しくなる城内。
 まるで全員が全員、魔物同士の戦闘が起こることを予期しているようであった。


 ──いや、主等は城内で防御に徹していて貰う。


 ざわざわと戦支度をする従者室に響く声。
 その声の主は、大臣であるガーゴイルのものであった。
 

180: 2012/08/04(土) 04:47:11.98 ID:i0M9yvr7o

スキュラ「おー、つまり? ……つまり?」

アラクネ「……我々は戦わなくて良い。と?」

ガーゴイル「とは言っておらん。城内を頼むと言っている」

アラクネ「外からの攻撃は如何するおつもりですか?」

ガーゴイル「私が立つ」

 城内に居ろ。と通達したガーゴイルに対して噛み付いたアラクネが溜息を吐いた。
 ガーゴイルが門番として立つと言うことは、自分たちの出る幕などないと言うこと。

 大人しく命令を聞くのが一番だと、魔界に住む大抵の魔物であればそう理解する。
 

181: 2012/08/04(土) 04:47:50.93 ID:i0M9yvr7o

アラクネ「一つお尋ねしても?」

ガーゴイル「うむ」

アラクネ「仮想敵の戦力を考えると、勝算の程は?」

ガーゴイル「“数”と“数”であれば問題ない。しかし、懸念はある」

 今、魔界領土の中で活発な動きを見せているのが西方領だった。
 東方領、及び南方領は通常通り。

 逆に、不気味なほど動きを見せないのが北方領だった。
 

182: 2012/08/04(土) 04:48:22.43 ID:i0M9yvr7o

ガーゴイル「西ほどわかり易ければ、どれほどやりやすいか」

アラクネ「ですね。まあ、いざとなれば何時でも出るので言って下さいな」

ガーゴイル「そうならないように、祈るばかりだな」


***
 
 

183: 2012/08/04(土) 04:49:05.70 ID:i0M9yvr7o


ガーゴイル「(各地でアンデッドの活動が活発になっておる……来るか。リッチよ……愚か者めが)」

 大地へと伝わる魔力の脈動。
 それをガーゴイルは感知し、各地の動向を探っていた。

 予想が確信へと変わる。
 魔族同士の戦争が始まることを。
 

184: 2012/08/04(土) 04:49:47.49 ID:i0M9yvr7o

ガーゴイル「……」

 魔像の両眼が真紅に灯る。
 血の通わぬ体に魔力が駆ける感覚が満ち満ちた。

 忘れかけていた感覚を身体が思い出す。
 気分の高揚。高鳴り。闘争心。

 久しく忘れていた魔族の本質が顔を出した。
 

185: 2012/08/04(土) 04:50:21.62 ID:i0M9yvr7o


……。
…………。
……………… 
 
 

186: 2012/08/04(土) 04:50:48.45 ID:i0M9yvr7o

 
 巨人の城は地上に存在しない。
 天に座す天空城。

 巨大な山がそのまま切り取られ浮上したかのような大陸。
 それこそが巨人の“国”であった。

魔王「おー、巨人共がわらわらとまあ」

 飛竜から見下ろす浮遊大陸。
 城を囲むように巨人たち……“サイクロプス”や“オーガ”などが門番をしている。

 魔王の放つ隠す気のない巨大な魔力に反応し、彼等は殺気立っていた。
 

187: 2012/08/04(土) 04:51:14.22 ID:i0M9yvr7o

魔王「ん、ここいらで降ろしてくれ」

 優しさを感じさせるトーンで飛竜に話しかけ降下する。
 降り立った場所は“ヘカトンケイル”が住まう居城よりだいぶ離れた場所だった。

魔王「あまり近づくとお前が危ないからね。逃げてなさい、必要になればまた呼ぶから」

飛竜「ピュイッ」
 

188: 2012/08/04(土) 04:51:47.23 ID:i0M9yvr7o

 魔王の言葉を理解し、飛竜は飛翔した。
 巨人の大地へと一人取り残される魔王。

 その両眼は既に灼熱のように燃え盛っていた。

 ──ズン。 ズン。 ズン。

 魔王の来訪を知り駆け寄る巨人たち。
 足音が地鳴りのように響き、うるさいほどだった。
 

189: 2012/08/04(土) 04:52:13.32 ID:i0M9yvr7o

魔王「ハハハッ、随分とまあ素早いじゃないか」

 あっと言う間に取り囲まれる魔王。
 そのサイズの違いは赤子と大人ほどの差がある。

魔王「……」

サイクロプス「殺ス、氏ナス、命令」

オーガ「グルル……」
 

190: 2012/08/04(土) 04:52:40.96 ID:i0M9yvr7o

 殺気立ち、今にも襲い掛かってこようかと言う雰囲気の中。
 魔王は静かに言い放った。


魔王「退け、雑魚共。魔王様の御成りだ」


 慈悲もなく。容赦もなく。
 次の瞬間、周囲は血と肉の集積場へと成り果てた。

魔王「……カカッ」

 顔面に飛び散った血飛沫を舌で舐め取る。
 味など感じもしなかったが、戦いの実感を得るには充分な素材だった。

 

201: 2012/08/16(木) 02:07:39.48 ID:zkV70tMpo
>>190  つづき。



 空気が乾燥していた。
 魔界は地域によって、それこそ人間界のように風土が異なっている。

 湿気が異常に高い地域もあれば、逆もまた然りで乾燥している大地も存在している。
 しかし、魔王城近辺の風土は常に一定。

 魔界でも一番安定した空気を保っている地区である。
 にも関わらず、誰しもが肌の乾燥を覚えるほどに空気に水分が足りていなかった。
 

202: 2012/08/16(木) 02:10:08.19 ID:zkV70tMpo

 魔王城を囲む平原。
 それをぐるりと囲むように、なにかが蠢いた。

 どろりと纏わり付くような陰湿な空気と、乾燥した空気が交わり異様な雰囲気が魔界中心部。
 魔王城周囲に渦巻いている。

 ──フフッ。フフッ。

 一層濃い、暗がりの中から一匹の魔物が這い出てくる。
 “氏王”である“リッチ”が現れた。
 

203: 2012/08/16(木) 02:10:39.26 ID:zkV70tMpo

リッチ「あんまりにも想像通りすぎると、逆に怖いものだねえ……」

 眼球の欠落した双眸から紫煙が中空へと発散される。
 リッチはお気に入りの煙管を吹かしながら、魔王城を見つめていた。

 魔王は先ほど巨人の移住地へと飛び立った。
 今現在、城に魔王はいない。
 

204: 2012/08/16(木) 02:11:09.15 ID:zkV70tMpo

リッチ「あの城は今日から、あたしのもんだよ……フフッ」

 外から見れば余りにも無謀。
 魔王が巨人の王である“ヘカトンケイル”との氏闘で勝利するやもしれぬ。

 その可能性も捨てきれぬと言うのにリッチは動いた。
 失敗すれば自身の未来はないであろう賭けとも言える行動を取った。
 

205: 2012/08/16(木) 02:11:42.75 ID:zkV70tMpo

リッチ「(魔人王の坊やは動いてくると思ったけどねえ……あたしが思ったほど、情報を持っていなかったってことかねえ)」

 城さえ落としてしまえば。
 城を手にし“玉座”さえ手中にすれば、あとはどうとでもなる。

 自身にはそれだけの器があるし、どうとでもなると確信もしていた。
 

206: 2012/08/16(木) 02:12:10.88 ID:zkV70tMpo

リッチ「さて……行こうかねえ。一世一代の晴れ舞台に……」

 ぐつぐつと、まるで煮え滾るマグマのように地面が沸き立つ。
 湧き上がるのは熱ではなく、暗く黒い念。

 もはや毒に近いそれらから生まれ出でる亡者の群れ。
 今はなき“デュラハン”が人間の真似事で編成していた“第一騎兵軍”が姿を現す。
 

207: 2012/08/16(木) 02:13:15.42 ID:zkV70tMpo

リッチ「そう言えば、先代デュラハン。あの子は随分と長いこと生きていたねえ……」

 思えば惜しい事をしたなとリッチは思った。
 長生きをしたからこそ、自身の思惑を逸れ勝手な行動を取ったものだがあの魔物の功績は大きかった。

 亡者兵をそれなりの錬度で軍隊風に仕上げもしたし、片腕として長いこと扱ってきていた為に魔王とも面識があったほどである。
 生きていれば此度の進軍でも大いにその腕を振るっていただろう。
 

208: 2012/08/16(木) 02:13:42.24 ID:zkV70tMpo

リッチ「次からはもうちょっと、教養を重視しないとねえ……」

 最も問題だったのは馬鹿であったことだと、内心で毒を吐く。

リッチ「さ。過ぎ去ったことは仕方ないねえ……今ある駒を使うとするよ」
 

209: 2012/08/16(木) 02:14:43.76 ID:zkV70tMpo

 まるで四足獣のように両手両足を大地へと押し付ける。
 双眸の奥が真紅に灯った。


リッチ「あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 嗚咽のような声をあげながら、その口から黒い煙のような物を吐き出す。
 徐々に、徐々に広がるそれらは増殖しながら魔王城を囲うように侵食していく。
 

210: 2012/08/16(木) 02:15:14.07 ID:zkV70tMpo


 ──ぐつぐつ。ぐつぐつ。


 煮え滾る、黒き怨念。
 “第一騎兵軍”の総量を遥かに凌ぐ量の亡者が文字通り“湧き出て”きた。

リッチ「さ゛あ゛……は゛し゛ め゛よ゛う゛か゛い゛……」

 何千。
 何万と増殖し、増え続ける氏霊、怨霊、亡者。
 

211: 2012/08/16(木) 02:16:05.61 ID:zkV70tMpo

 腐れ、爛れた肉体を撒き散らせながら。
 腐臭を帯び、全てを呪うような声をあげながら。

 魔王城を混沌の坩堝に引き摺りこむべく、

 四王・魔界西方領統治者。氏王・リッチが戦いを仕掛けた。
 

212: 2012/08/16(木) 02:17:09.23 ID:zkV70tMpo


……。
…………。
……………… 

 

213: 2012/08/16(木) 02:17:39.56 ID:zkV70tMpo

 
 風が乾燥した空気を運んできた。
 湿度を含まないそれは、岩肌にさらなる乾燥を与え心地良さを感じさせる。

ガーゴイル「……」

 魔王城、城門。
 仁王立ちをするように一匹の魔物が遠くを睨んでいた。
 

214: 2012/08/16(木) 02:18:20.41 ID:zkV70tMpo

ガーゴイル「腐れが……来よったか……」

 乾燥した空気に混じる、淀んだ空気。
 魔王城近辺は既にガーゴイルの領域であった。

 その領域を侵す者。
 正体は割れている。
 

215: 2012/08/16(木) 02:19:09.40 ID:zkV70tMpo

 既に生身の魔物たちは城内へと避難させていた。

 今回の闘争は“生物”と“生物”の戦いではない。
 およそ肉体を持った者が立ち入れる類のものではなかった。

 そんなガーゴイルの前に、コロコロと髑髏が一つ転がり込んでくる。
 髑髏はカタカタと身体を震わせ、声帯などないはずのソレが音声を発し始めた。
 

216: 2012/08/16(木) 02:19:39.86 ID:zkV70tMpo

???「久しいねえ……」

ガーゴイル「……」

???「おやおや、挨拶も返してくれないのかい?」

ガーゴイル「貴様。どう言う心算だ」

???「どうもこうも、ありゃしないよ……あたしは、昔っからその席に座りたかったんだからねえ……」

ガーゴイル「身の程を知るには充分過ぎるほど生きたと思うがな」
 

217: 2012/08/16(木) 02:20:34.43 ID:zkV70tMpo

???「足りないねえ。足りないよ、足りないのさ。あんな西っ側を貰ったところでこれっぽっちも満たされやしないねえ」

ガーゴイル「……」

???「ねえ、ガーゴイル。出来ることなら、あたしも子どもたちをあたら頃したくはないんだよねえ」

ガーゴイル「同感だ。腐れとは言え、魔界の同胞を討つのは気が病む」

???「腐れ……腐れねえ、言ってくれるじゃないか」
 

218: 2012/08/16(木) 02:21:01.39 ID:zkV70tMpo

ガーゴイル「退け。今ならまだ──」

???「──冗談は顔だけにおしよ」

ガーゴイル「……」

???「交渉決裂……いや、交渉にもなりゃしないね。フフッ、フフッ」

ガーゴイル「時間の無駄だな」

???「ガーゴイル。あんた一匹であたしの子らと闘うつもりかえ?」

ガーゴイル「……」
 

219: 2012/08/16(木) 02:22:05.98 ID:zkV70tMpo

???「フフッ。フフッ……見物だね。魔界でも図抜けた実力者のアンタがジリジリ齧られ削られていく様は」

ガーゴイル「このような端技、使う機会こそすらなかったが……」

???「……?」

 会話など無駄。
 そう言わんばかりに、ガーゴイルはその岩石で出来た体の両肩から生える巨翼を広げた。
 

220: 2012/08/16(木) 02:22:34.23 ID:zkV70tMpo

 両眼が朱色に燃え上がる。
 両手両足を大地に衝き立て、まるで獅子のように吼え大地を震わせる。

 ──衝撃。

 その咆哮へ合わせるように巨翼が舞う。
 強烈な突風が巻き起こり、声を発していた髑髏が弾け飛んだ。

 無残に転がる髑髏の眼から見える景色。
 ガーゴイルが咆哮と翼を羽撃かせる度に、土中から“ゴーレム”が湧き出でてきた。
 

221: 2012/08/16(木) 02:24:08.81 ID:zkV70tMpo
 
ガーゴイル「傀儡を産むなど造作もない……」

 “数”であれば問題ない。
 対戦前にアラクネに放った言葉は真意であった。

 あたら能力の無い亡者兵など、ゴーレムで事足りる。
 ガーゴイルはリッチと同格の“無機物の王”たる力の持ち主であった。
 

222: 2012/08/16(木) 02:25:18.43 ID:zkV70tMpo


ガーゴイル「さあ。はじめようか」


 “数”と“数”。
 “無機物”と“亡者”の戦いが始まる。

 魔界・大臣。ガーゴイルが戦いに応じた。
 

235: 2012/08/19(日) 00:36:30.03 ID:i+QLYm5zo
>>222  つづき。




 ─巨人の天空庭園─


 一人の小柄な少女を取り囲むように群がる人型の魔物群。
 大きさの感覚がズレてしまいそうになるほど、サイズの差は歴然だった。

魔王「……ふう」

 “ヘカントンケイル”が座すであろう城まであと一歩のところまで来ている。
 飛竜の背に乗り、降り立った地からこっち。雑魚共の猛襲は続いていた。

 ボロ雑巾のように千切っては投げ、魔王の来た道は屍山血河と成り果てている。

 

236: 2012/08/19(日) 00:37:10.24 ID:i+QLYm5zo

魔王「退け、と言っているのに……」

 尚も魔王を先へ行かせまいと立ちはだかる巨大なる肉の壁。
 それらを振り払おうと、両腕に魔力を集中し近辺を掃討しようとした時だった。


 ──〓〓〓〓.〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓〓.


 聞き慣れない、高周波のような音が魔王の鼓膜を振動させる。
 キィィィ。キィィィ。耳に入る不可解な音。

 その音が合図だったかのように、巨人の群れは魔王から離れていく。
 

237: 2012/08/19(日) 00:37:41.58 ID:i+QLYm5zo

魔王「……?」

 ゾロゾロと、まるで道を作るかのように巨人たちは動いた。
 魔王と城とを繋ぐ一本の道。

 頭を垂れ、忠誠を誓う形を取る巨人族。

魔王「……なるほど」

 ズン。と大きく島が揺れる。
 ゆっくりと近づく振動。その根源はすぐに魔王の視界へと訪れた。
 

238: 2012/08/19(日) 00:38:13.46 ID:i+QLYm5zo

ヘカトン「……」

魔王「ヘカトンケイル。貴様の登場がもう少し遅ければ、巨人と言う種が滅ぶところだったぞ」

 魔王の心は荒れていた。
 普段は気にしている言葉遣いさえ、乱暴なものに変化している。

ヘカトン「……」

魔王「わたしももう限界なんだ、ここでヤろうじゃないか。それと雑魚は撤退させた方が良い、外を見るような加減は出来ない」
 

239: 2012/08/19(日) 00:38:40.48 ID:i+QLYm5zo

 ヘカトンケイルを視認した瞬間。
 魔王の身体を巡る血液と魔力が沸騰しそうになった。

 肌で感じる敵意。相手の身体から発散されている悪意剥き出しの魔力。
 全てを叩き壊したいと魔王の本能が全身に訴えかけている。

ヘカトン「〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓」

魔王「へえ」
 

240: 2012/08/19(日) 00:39:16.96 ID:i+QLYm5zo

 先ほど耳に入った音の正体が解けた。
 ヘカトンケイルが部下へ命令を送る際の、言語のようなもの。

 元々、巨人族の頭はそれほど出来の良いものではない。
 一度に大量の部下へ命令を伝達させるためには、通常の言語ではなくこのような特殊な電波を用いて発信するのが便利であった。

ヘカトン「払いは済んだ」

魔王「一つだけ断っておきたいのだけど、今さら話し合いなんてことは?」

ヘカトン「無粋」

魔王「だよね」

 ヘカトンケイルの言葉を受けて魔王が俯く。
 その口角はニヤリと上がり、見様によっては歓喜に震えてるようにさえ思えた。
 

241: 2012/08/19(日) 00:41:07.08 ID:i+QLYm5zo


……。
…………。
……………… 

 

242: 2012/08/19(日) 00:41:53.26 ID:i+QLYm5zo
 
魔王「────ガッ!?」

 ザン。ザン。と、まるで小川を水切りのように渡る小石のように魔王の肉体が弾け飛ぶ。
 側頭部から思い切り殴られた。

魔王「ぐっ……」

 ヘカトンケイルからは一時も目を離してはいない。
 けれど、魔王の視界は一瞬の内に回り衝撃は身体中を駆け抜けた。

 不意打ち。
 と言うにはあまりにも不可解な攻撃。

 一体どのようにして殴られたのか、魔王には皆目検討も付かなかった。
 

243: 2012/08/19(日) 00:42:49.48 ID:i+QLYm5zo

魔王「ふう」

 ヘカトンケイルは初期位置から移動していない。
 殴られ吹き飛ばされた今も追撃をしようと動く気配すらない。

 余裕なのだ。
 魔王など、取るに足らぬと言う雰囲気がありありと見て取れる。

魔王「……」
 

244: 2012/08/19(日) 00:43:46.30 ID:i+QLYm5zo

 ギュッ。と思い切り拳を強く握る。
 この怒りを、苛立ちを。あの憎たらしい顔に。

 顔面に。
 思い切り、思い切り。

魔王「(叩き付けてやる……)」
 

245: 2012/08/19(日) 00:44:30.84 ID:i+QLYm5zo

 ここまで激情に駆られたのは初めてかもしれない。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、魔王は空中庭園の大地を蹴った。

 地が抉れるほどの加速。
 初動の速さを見せ、一足飛びでヘカトンケイルとの距離を詰める。

魔王「もらっ──」

 紅く光った両眼の光。
 それが残光となり、弾丸のような軌跡を作るほどの速さで突進する魔王。

 けれど。
 

246: 2012/08/19(日) 00:46:05.97 ID:i+QLYm5zo

魔王「──ガッ、アッ!?」

 あと、少し。
 ヘカトンケイルの顔面へとその拳を叩き付けられると確信したその時。

 魔王の身体が地面へと叩きつけられた。
 上方から、思い切り殴られる衝撃が突き抜ける。
 

247: 2012/08/19(日) 00:47:12.71 ID:i+QLYm5zo

魔王「……ぐっぅ」

 うつ伏せの状態で、まるで蠅のように無残な姿を見せる魔王。
 しかし屈辱を感じる暇はない。

 背中から感じる危機感。
 それは形となって直ぐに現れた。
 

248: 2012/08/19(日) 00:49:13.36 ID:i+QLYm5zo

魔王「ッチ!」

 両手で後頭部を多い、魔力を防御へとまわす。
 魔王はうつ伏せのままヘカトンケイルの追撃を受けることになった。

 ──ゴッ、ゴン! ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

魔王「ギッ……!!」
 

249: 2012/08/19(日) 00:50:38.28 ID:i+QLYm5zo

 全身に走り抜ける衝撃。
 まるで百の腕を用いて、思い切り殴られ続けているかのようであった。

 降り注ぐ暴力の嵐。
 恐らくは拳から放たれているそれらはひたすらに魔王の小柄な身体へと降り注ぎ続けた。

 そんな中、魔王は両の眼を見開き目にしていた。
 うつ伏せの状態で、殴られ続けながらも視線を上げ、ヘカトンケイルの姿を睨み続ける。
 

250: 2012/08/19(日) 00:51:27.64 ID:i+QLYm5zo

魔王「(見た。見たぞ……)」

 尚も続く集中砲火。
 止まぬ拳の豪雨の中で、魔王は自分の失態を強く噛み締めていた。

魔王「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」

 思い切り魔力を発散させ、着火させた。
 巻き起こる爆発。

 自爆とも取れる方法を用い、その爆風でもってヘカトンケイルの“間合い”から強制離脱を決行した。
 
 

251: 2012/08/19(日) 00:52:14.95 ID:i+QLYm5zo

魔王「ハッ、ハッ……」

 受ける多大なるダメージ。
 けれど、収穫はあった。

魔王「……」

 キツく、ヘカトンケイルを睨みつける。
 騙されていた。いや、興奮状態により考えが行き渡らなかった。

 まず、敵の姿形に疑問を持つべきだった。
 ヘカトンケイルの姿は他の巨人と同様。大きな身体、人間の男性的な体つき。

 “普通に頭があり、手と足が二本ずつ”ある。
 違和感を覚えるべきだったのだ。
 

252: 2012/08/19(日) 00:52:48.20 ID:i+QLYm5zo

魔王「ヘカトンケイル……“巨人の王”。いや“百腕魔王”……」

 思い出すヘカトンケイルの二つ名。
 百の腕を持ち、五十の顔を持つ巨人の棟梁。


 それが、魔王の相対する敵の正体だった。
 
 

265: 2012/08/27(月) 15:08:12.30 ID:TF2FmHsbo
>>252  つづき。




 落ち着いて良く目を凝らす。
 魔王の瞳は赤みをさらに増し“ヘカントンケイル”を睨みつけた。

魔王「……なるほどね」

 ヘカトンケイルを中心に次元が歪んでいた。
 その身体に到底納まりきらぬ百の腕と、五十の頭。

 それらは全て別次元へと収納されており、攻撃の際に姿を現す。
 故に攻撃範囲は見て取れるものではなく、その間合いは予想よりも遥かに広い。

 一度間合いに入り、拳の連打を受ければ先の二の舞。
 多大なるダメージを覚悟しての逃避以外に選択肢はない。

 逃げ誤ればそこで終了。
 全ての肉と骨が砕かれるまで巨腕の鉄槌は下されるであろう。
 

266: 2012/08/27(月) 15:08:54.56 ID:TF2FmHsbo

魔王「百腕もそうだけど、百眼も厄介だね」

 百眼。
 五十の頭に付く両の瞳は百の眼になる。

 攻撃範囲に氏角なし。
 視覚範囲に氏角なし。

 自身を狙う全ての攻撃は百眼で見て捕らえ、それを百腕で打ち砕く。
 恐ろしくシンプルな戦闘体型でありながら突破することは容易ではない。

 まるで単体が一つの要塞のような魔物であった。
 

267: 2012/08/27(月) 15:09:23.53 ID:TF2FmHsbo

魔王「悔しいけれど、肉弾戦では勝てそうにない……」

 これまで物理的なぶつかり合いで負けた記憶はなかった。
 強いて言うのであれば“ちぃ姉様”と位か。

 それでもわたしのが強いと断言できるほどだったから、今回のこれはまさに初体験。
 流石はヘカトンケイルと言ったところかな。

魔王「……ふう。よもや、卑怯とは言わないよね」


 ──来い。


魔王「“魔王剣”」
 

268: 2012/08/27(月) 15:09:49.60 ID:TF2FmHsbo

 空間が歪み、突き出されたわたしの掌に納まる異形の魔剣。
 それは剣と呼ぶにはあまりにも未完成な物だった。

 刀身も無ければそれを納める鞘も無い。
 鍔も無く、あるのはわたしが握る柄の部分のみ。

 剣とは名ばかりの、ただの棒。
 それは使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。

 生み出すものは単純なる破壊。
 美意識の欠片もない兵器だった。
 

269: 2012/08/27(月) 15:10:17.19 ID:TF2FmHsbo

魔王「“デュラハン”以来か。今日は存分に振るってやる」

ヘカトン「……」

 この日初めて、ヘカトンケイルの体が強張った。
 徐々に両眼が朱に染まっていく。

 現状、ヘカトンケイルにとって“魔王剣”を手にしてこそ魔王は警戒に値する。
 それほどの実力差が個体同士では開いていた。
 

270: 2012/08/27(月) 15:10:43.91 ID:TF2FmHsbo

魔王「まったく、魔王だって言うの傷つくよ」

 魔王は魔界最強。
 で、あるはずなのに自身よりも強大なものが居る。

 目の前に、そして魔王城の地下に居る堕天使もそうであった。

魔王「だったらわたしの代わりに魔王をやってくれれば良いのに……」

 ぶつぶつと聞こえぬ声で愚痴を漏らす。
 その唇は年齢相応に尖ったものであった。
 

271: 2012/08/27(月) 15:11:11.22 ID:TF2FmHsbo

魔王「──って、物思いに耽るのは戦いが終わってからだね」

 きつく魔王剣を握る。
 つま先から髪の毛先まで行き渡っていた魔力が剣に流れ始めた。


魔王「往くよヘカトンケイル。その百の腕、散り散りにしてあげよう」


 幼さを見せた表情は霧散し、悪鬼のそれとなり魔王は巨人へと邁進した。

 

272: 2012/08/27(月) 15:11:54.68 ID:TF2FmHsbo


……。
…………。
……………… 

 

273: 2012/08/27(月) 15:12:28.51 ID:TF2FmHsbo

 
 魔王城一帯は凄惨な姿になっていた。
 広がる雄大な草原。

 戦いの火蓋が切り落とされてから数刻。
 草原は土くれと腐敗した肉と骨。それらが混ぜこぜに捏ねられ、破棄されたような物体で埋め尽くされていた。

ガーゴイル「──────ッッッ!!」

リッチ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」
 

274: 2012/08/27(月) 15:13:05.47 ID:TF2FmHsbo

 二匹の魔物は未だに駒を産み続けていた。
 一方では土から生まれ出でるゴーレムや石像。

 もう片一方では生ける屍、亡者たち。
 生み出されては互いに衝突し、朽ちて行く。

 戦局は変わらず、ただただこれの繰り返し。
 ガーゴイルはこの戦いに奇妙な感覚を覚えていた。
 

275: 2012/08/27(月) 15:13:32.91 ID:TF2FmHsbo

ガーゴイル「(どう言うことだ……)」

 これでは超長期戦になってしまう。
 魔王が帰還すれば数など意味がない。

 一撃で屠られ、そのまま戦いは終結を迎えるだろう。
 なのにリッチときたらひたすらに数と数を叩かせあう長期戦を望んできている。

 不可解であった。

ガーゴイル「(魔王様が確実に負けると、そう思っているのか……?)」

 そう思わなければ合点がいかない。
 

276: 2012/08/27(月) 15:14:33.88 ID:TF2FmHsbo

ガーゴイル「(なにか、引っかかる……)」

 この戦いの総大将はガーゴイルとリッチである。
 その双方が、駒を射出する主砲として初期位置に固定されて動けない。

 これではどちらかの駒が駒を殲滅するまで戦い続けるしかない。
 けれど容易に決着が着くほど、互いの創造モンスターの力は離れていなかった。

ガーゴイル「(なにが狙いだ、リッチよ……)」

 前方の大群に注意を引かされたガーゴイル。
 城の後方、大空から一匹の巨大怪鳥が飛来することに気付くことはなかった。

 城の頭頂部。
 謁見の間。

 怪鳥から一つの影が飛び降りた。
 

277: 2012/08/27(月) 15:15:10.37 ID:TF2FmHsbo

デュラハン「……」

 “デュラハン”。
 旧個体は“将軍”と言う地位を喜ばしく思っていた節があったが、彼女は違った。

 一切のそれらに興味がなかった。
 ただただ命令をこなす首無し人形。

 リッチが気紛れで選んだ氏体から産まれたことにより、性別すら違っている。 
 女性のしなやかさを感じさせる肢体。

 自らの腐臭を気にしているのか、香水を鎧に振り撒いているようでもある。
 以前のデュラハンとは全くもって違う個体になっていた。
 

278: 2012/08/27(月) 15:15:46.71 ID:TF2FmHsbo

ガーゴイル「──ッッ!」

リッチ「ほらほら、余所見している暇はないよお……っっ」

ガーゴイル「これが目的かあっ!」

 城内に侵入された。
 蟻は一匹。

 目の前の軍勢を相手にしていたせいで、その一匹の侵入に気付くことが出来なかった。
 それどころか気付いたと言うのに動けない。

 今、ゴーレムの召喚を止めれば城はたちまち亡者の進軍によって埋もれてしまう。

ガーゴイル「……すまぬ。城内は任せたぞ」

 誰に言うでもなく、ガーゴイルは小さくそう呟いた。
 

279: 2012/08/27(月) 15:16:14.47 ID:TF2FmHsbo


……。
…………。
……………… 

 

280: 2012/08/27(月) 15:16:41.91 ID:TF2FmHsbo

 
 屋根をぶち破り、足が数センチは埋もれる豪勢な赤絨毯に着地する不氏者。
 鎧を纏ったその魔物は“デュラハン”と呼ばれる上級アンデッドだった。

デュラ「……」

 辺りを見回す。
 目に付く玉座。ここは謁見の間と呼ばれる部屋であった。

 赤絨毯に足音を消されながら玉座へと近づく。
 自分でもなぜ玉座に近づきたいと思ったのかわからなかった。

 ただ、そうした欲求が彼女に芽生え足が勝手に動き出す。


 ──ちょーっと待った!


 玉座に手をかけようとした瞬間、後方から声がかかる。
 まるで猫のような俊敏さでデュラハンは振り向き、距離を取った。
 

281: 2012/08/27(月) 15:17:08.08 ID:TF2FmHsbo

アラクネ「侵入者はあなた一人? 魔王城も舐められたものだわね」

デュラ「……」

 メイド服を纏った女郎蜘蛛。アラクネが姿を現す。

スキュラ「あーあ、屋根……や、やーねえ……」

スラ娘「こわれちゃいました……」

 続々と姿を現す魔王城従者隊。
 デュラハンは完全に取り囲まれる形になり、退路を塞がれてしまった。
 

282: 2012/08/27(月) 15:17:35.73 ID:TF2FmHsbo

アラクネ「さて。大人しく投降した方が身の為だと思うけど?」

デュラ「……」

 投降は出来ない。
 デュラハンはリッチより受けた命令を遂行するためだけに生み出されたのだから。

 鎧兜の隙間から見える瞳が紅く染まった。

アラクネ「あらら……やる気ですか」

スキュラ「お? おお? 銭湯? お?」

スラ娘「おふろにはいっちゃだめですよう」

アラクネ「そう言った冗談は終わった後でね……来るわよ」

 腰に差された細身の刀剣。
 デュラハンはそれを抜き取り、魔物の群れへと突き進んだ。
 

293: 2012/09/01(土) 01:05:34.71 ID:iIqmpV14o
>>282




 ──ヒョッ!!


 細身の刀剣が空を裂く音が響く。
 厚手の鎧を身に纏っているとは思えないほど“デュラハン”は俊敏な動きを見せている。

 その一撃で首と胴を寸断する凶刃は“アラクネ”の細首に届く前に力を失っていた。

 

294: 2012/09/01(土) 01:06:09.72 ID:iIqmpV14o

デュラ「……」

アラクネ「思ったより速くてびっくりしちゃった」

デュラ「……糸」

アラクネ「ん。正解」

 部屋中に張り巡らされたアラクネの糸。
 その糸は敵の動きを止め、攻撃を抑止する。

 デュラハンが糸の存在に気付き辺りを見回した時、すでに謁見の間はアラクネの領域となっていた。
 

295: 2012/09/01(土) 01:06:38.27 ID:iIqmpV14o

アラクネ「はい、動かない。動けば動くほど絡むわよ?」

デュラ「……」

スキュラ「いとーいとー。いーとーまきまき、いーとーまきまきっ」

スラ娘「わわっ! あしにからまっちゃいましたぁ……」

 デュラハンとアラクネが必殺の視線を交える中、空気を読まない魔物が二匹。
 一匹は従者長である“スキュラ”であり、掃除と炊飯のエキスパート。

 もう一匹は少し抜けているが、真面目なスライム娘であった。
 

296: 2012/09/01(土) 01:07:05.10 ID:iIqmpV14o

スキュラ「もー、部屋を汚しちゃだめだめ」

スラ娘「じゅうちゃちょー! わたしのいともとってください~」

 器用に糸を回収し、片付けるスキュラ。
 戦闘時に作られるアラクネの糸は粘着性が強く、通常であれば簡単に除去できるものではない。

 スキュラだからこそ、そのアラクネの糸を難なく取り除くことが出来ていた。
 

297: 2012/09/01(土) 01:07:36.11 ID:iIqmpV14o

アラクネ「──ちょ!? なにやってんの!?」

スキュラ「ふぇ?」

 スキュラが巻き取った一部の糸たち。
 ほんの少しだけ開いた空間。デュラハンはその隙間を見逃さなかった。

デュラ「……ッッ!」

 ここにいてはいけない。
 この部屋はすでに敵の領域だと認識したデュラハンは一目散に部屋を駆け抜けた。

 

298: 2012/09/01(土) 01:08:04.74 ID:iIqmpV14o

デュラ「(武器……武器が必要……)」

 自身が装備していた刀剣は糸に絡め取られてしまった。
 城内の魔物は素手で渡り合えるほどレベルは低くない。

 とんだ間抜けがいたお陰で危機は乗り越えられたが、油断は出来ない。
 謁見の間を後にし、デュラハンは城内への潜入に成功した。
 

299: 2012/09/01(土) 01:08:38.39 ID:iIqmpV14o


アラクネ「……」

スキュラ「あらあー?」

スラ娘「あわわっ」

 アラクネの肩は震えていた。
 その多脚に握られたクナイ。小型のナイフは終ぞ振られることもなく、綺麗な輝きを放っている。
 

300: 2012/09/01(土) 01:09:04.58 ID:iIqmpV14o

アラクネ「嘘でしょ……」

スキュラ「うそつきー?」

アラクネ「あんた何してくれてんのよーっ!」

スキュラ「おうーっ!?」

 スキュラの胸倉を掴み、ガクガクと前後に体を揺さぶる。
 先ほどまで部屋に充満していた張り詰めた空気は完全に霧散している。
 

301: 2012/09/01(土) 01:09:44.42 ID:iIqmpV14o

アラクネ「侵入者に逃げられちゃったのよ!?」

スキュラ「だ、だてアラクネが部屋よごすからー」

アラクネ「汚したんじゃないっ! 戦って…………あー、もう、良い」

 スキュラになにを言っても無駄だった。
 彼女は良かれと思って掃除、仕事をした。

 汚れていたと思ったから、掃除をしただけなのだ。
 この娘に戦闘の緊張感や駆け引きを読み取る能力はない。

 わかっている。
 わかってはいるけれど、アラクネは取り逃した魚の大きさを考え、ただただ溜息を吐くことしか出来なかった。
 

302: 2012/09/01(土) 01:10:16.10 ID:iIqmpV14o

アラクネ「……直ちに城内へ捜索隊を結成。スライム隊は情報を共有してくまなく探して」

スラ娘「りょ、りょっかいです!」

アラクネ「多分だけど、相手の目的はかく乱よ。城門裏口から大臣を襲撃されないよう、そこは手厚く警護して」

 大雑把に指示を出し、デュラハンが壊し見晴らしがさらに良くなった天井を仰いだ。

 ああ、単独で行動した方が確実に良い仕事が出来たな。と内心に愚痴を吐きながら。
 

308: 2012/09/03(月) 16:44:47.97 ID:nnkSdHOEo
>>302  つづき。




 ──ヴンッッッ!!


 異形の剣から放たれる破滅の球体。
 それは魔王が“ヘカトンケイル”に向かって放った三回目の攻撃だった。

ヘカトン「ッッッギ!」

 触れる物を悉く消滅させる魔王剣の攻撃。
 それを避けることもなくヘカトンケイルは受け止めた。

 空間がひしゃげ、数々の腕が現れその攻撃を打ち砕かんと攻撃する。
 

309: 2012/09/03(月) 16:45:19.56 ID:nnkSdHOEo

魔王「……」

 七本。
 それが、魔王剣の攻撃一回に対するヘカトンケイルの代償だった。

 一回の攻撃を防ぐのに七本の腕をなくしている。

魔王「(参ったね……)」

 現在、魔王の魔力で魔王剣を振れる回数は十三回。
 それ以上の行使は今の魔王では力が足りない。
 

310: 2012/09/03(月) 16:45:50.41 ID:nnkSdHOEo

魔王「(ええと、七かけるの十三で……? あー、でも多分、足りないなあ……)」

ヘカトン「……どうした。お前の父親であれば一撃で二十の腕は持って行ったぞ」

魔王「む」

 安っぽい挑発。
 けれど、魔王の心を苛立たせるのには充分な台詞だった。

 ヘカトンケイルは真っ向から魔王の攻撃を受けることを選択した。
 今の魔王では、ヘカトンケイルの腕と本体を消し去る程の魔力を魔王剣に注入出来ない。

 いずれはガス欠がおき、力果てる。
 なくなった腕は時をかければまた復活する。

 とても手堅い、確実な戦法だった。
 

311: 2012/09/03(月) 16:46:20.60 ID:nnkSdHOEo

魔王「……すぐにでも引き篭もってる腕を全て引きずり出してやる」

 剣を握る手に力が入る。
 全力だ。残り九回の攻撃を、全弾、全力で撃ち込んでやる。

 魔力切れ? 削りきれない? そんなものは知らない。関係ない。
 全力で粉砕してやる。

魔王「後悔しろ……」

 完全に頭に血が上っていた。
 魔王は慣れない多量の魔力行使により、テンションがハイに成りすぎ思考が常と違っていた。

 ただただ力をぶつけるだけの真っ向勝負。
 自身より力量のある魔物に対して、最もやってはならない戦術を取っていた。
 

312: 2012/09/03(月) 16:46:46.97 ID:nnkSdHOEo

魔王「血の一滴。肉の一片も残さず消し去ってやる……」

ヘカトン「力の使い方を知らぬ小娘が」

 「うるさい!」と一喝。
 魔王は魔力を魔王剣に食らわせ、再び標準をヘカトンケイルへと見定めた。

魔王「消、え……ちゃ────ええええええェェェェェ!!!!」

 四球目。
 必殺の魔球が“百腕魔王”の腕(かいな)を消し去りに直進した。
 

313: 2012/09/03(月) 16:47:31.66 ID:nnkSdHOEo


……。
…………。
……………… 

 

314: 2012/09/03(月) 16:48:01.09 ID:nnkSdHOEo

 
 謁見の間から逃走して少しの時間が経った。
 城内は見回りのスライム娘たちで溢れかえっており、身を隠すのも一苦労である。

デュラ「(頭の悪い魔物たちで助かった……)」

 幾度か危ない場面もあったが、少しばかりの機転を利かせ回避した。
 スライム娘たちは頭の程度が宜しくない。
 

315: 2012/09/03(月) 16:48:37.86 ID:nnkSdHOEo

 中には知能の高い娘もおり、リーダー役として動いてはいるが殆どの娘は人間で言う小学校低学年程度の知能である。
 注意を逸らし、包囲を突破するのは容易であった。

デュラ「(しかし、包囲を抜ける為とは言え下に潜りすぎたか……)」

 気付けば頂上の謁見の間から随分と下に降ってしまった。
 豪勢な作りだった上階と比べ、現在デュラハンが居る階は石畳のなんとも殺風景な廊下である。
 

316: 2012/09/03(月) 16:49:06.15 ID:nnkSdHOEo

 ──みつからないね。

 ──ねー。どうしよっか?

 ──がったいする?

 ──もうっ! いまがったいしてもしょうがないでしょっ!

 ──でも、もしみつかったらがったいしないとかてないよ?

 ──たしかにー。
 

317: 2012/09/03(月) 16:49:36.87 ID:nnkSdHOEo

デュラ「ッ!」

 話し声が壁を反響し話し声がデュラハンの耳に入った。
 正確な数はわからないが、結構な人数だ。

 どこへ逃げるか周囲を見回す。
 逃亡先は二箇所。

 声が聞こえた方向と反対側の廊下。そしてもう一つは目の前にある石で出来た扉の部屋。
 普通であれば部屋へ入る選択肢など考えられない。

 行き止まりであろう個室に入り、取り囲まれたらそこで終了。
 武器を持たないデュラハンは多少の抵抗は試みるも数の暴力で圧し潰されてしまう。

 だと言うのに、デュラハンは石の扉へと足を伸ばし始めた。
 

318: 2012/09/03(月) 16:50:07.53 ID:nnkSdHOEo

デュラ「……」

 理由はわからない。
 けれど、この部屋へ入るべきだと本能が告げている。

 集団の近づく気配が身近まで迫っていた。
 時間がない。

 デュラハンは己の本能を信じ、石で出来た特別性の扉を開いた。
 

319: 2012/09/03(月) 16:50:55.14 ID:nnkSdHOEo

 ──あっ、このへやどうする?

 ──げぇ。

 ──ここはだいじんさんのおへやだよ?

 ──かってにはいったらおこられるし……。

 ──だいじょうぶっしょー。

 ──いこいこー。
 

320: 2012/09/03(月) 16:51:38.96 ID:nnkSdHOEo

デュラ「……」

 最悪の事態は防げた。
 何故、この部屋に惹かれたのかはわからない。

 しかし、直ぐに捕まってしまったのではその理由はわからないままである。
 これで時間は稼げた。

 あとはこの部屋を物色すれば──。
 

321: 2012/09/03(月) 16:52:22.16 ID:nnkSdHOEo

デュラ「こ……れは……?」

 物色するまでもなく眼前に入ったもの。
 それは、かなりの大きさを誇る大剣であった。

 分厚く、大きく、大雑把。
 一目で“魔剣”の類であることがわかる魔力を内包している。

 外のスライム娘たちはこの部屋を「だいじんさんのおへや」と言っていた。
 が、大臣が剣を振るうなど聞いたことがない。
 

322: 2012/09/03(月) 16:52:50.19 ID:nnkSdHOEo

デュラ「……」

 どうでも良いことだった。
 今、自身が必要としているのは武器。

 その武器が目の前にあるのだからありがたく頂戴すれば良いのだ。
 大剣は好みではないけれど、今はそのような贅沢を言う場面ではない。

 デュラハンは無感情に立てかけられた大剣を手にした。

 

323: 2012/09/03(月) 16:53:44.73 ID:nnkSdHOEo

デュラ「────」

 直後、流れ込んでくるイメージ。
 この大剣を今まで有していた人物。

 それは、かつて“デュラハン将軍”と呼ばれていた自分の前任者の遺物であった。

デュラ「そう言う……こと……」

 さらに流れこむイメージ。
 黒い狼、少女。
 

324: 2012/09/03(月) 16:54:21.26 ID:nnkSdHOEo

 なるほどと、デュラハンは頷く。
 この魔剣の真の主はデュラハンではなく、脳内にイメージとして流れ込んできた少女。

 恐らくはデュラハンが魔剣の力に魅了され、どうにかして掠め盗ったのだろう。
 奪った挙句、使いこなせていないのだから笑いが出る。

デュラ「この……剣なら……」

 戦い方が頭に流れ込んでくる。
 重かったはずの大剣は羽のように軽い。


 主人を亡くし、行き場を失っていた魔剣が新たなる主を定めた。


 

334: 2012/09/04(火) 22:47:23.41 ID:5Q7F+zhQo
投下します。

335: 2012/09/04(火) 22:47:56.56 ID:5Q7F+zhQo
>>324  つづき。



 不毛。
 この戦いを表現するのならば、これ以上に的確な表現は見当たらなかった。

 ただただお互いの作り出す無限とも呼べる駒をぶつけ合う。
 進退せず、現状を維持するだけの戦が続いている。

 積み重なるのはお互いの屍。
 それだけが野原に積まれて行く。
 

336: 2012/09/04(火) 22:48:28.56 ID:5Q7F+zhQo

ガーゴイル「(時間稼ぎ……? しかし……)」

 先ほどの闖入者。
 その正体はおおよその見当は付いている。

 アンデッド族でリッチ以外に単独で行動し、それなりの実力を持つ魔物と言えば一種しか存在しない。

ガーゴイル「(デュラハン……)」
 

337: 2012/09/04(火) 22:48:57.31 ID:5Q7F+zhQo

 が。
 ガーゴイルの知るデュラハンは既に消滅している。

 彼の主である魔王が目の前で消し去ったのだから当然だ。
 不相応に装備していた“魔剣”を回収し自室に補完しているのだから間違いない。

 だとすれば、先ほどのデュラハンは新個体。
 ガーゴイルの知らない魔物である。
 

338: 2012/09/04(火) 22:49:44.60 ID:5Q7F+zhQo

ガーゴイル「(デュラハン将軍が没してからまだ日は浅い……この局面を変えるほどの力を持つはずが……)」

 うう……。
 うう……うう……。

 そこいら中に討ち捨てられた亡骸たち。
 その声が響き、辺りは怨念で渦巻いてる。

 人間であればその邪気に当てられ直ぐに狂氏するだろう。
 あるいは腐臭を肺に入れ、内臓を腐らせ苦しみにのた打ち回り朽ち果てる。

 それほど魔王城近辺の空気は淀んでいた。
 

339: 2012/09/04(火) 22:50:10.87 ID:5Q7F+zhQo


リッチ「あの子は……上手いことやってるようだねえ……」

 ひたすらに“生贄”を産み続けながらリッチが言葉をこぼした。
 リッチが居座るその場所は既に氏の沼地と化し、亡者が無限と湧き出ている。

リッチ「お気に入りをデュラハンにしたんだ……うっふふ。やはり性能ってのは大事だねえ……」
 

340: 2012/09/04(火) 22:50:41.69 ID:5Q7F+zhQo


……。
…………。
……………… 

 

341: 2012/09/04(火) 22:51:19.24 ID:5Q7F+zhQo


 デュラハンの性能はその元となる人間の力量で大きく変わる。
 性別が違えば、性格も違い、動き、力、思考能力。

 その全てに違いが出てくる。
 今回、デュラハンに使った素材はリッチのお気に入りであった。

 人間であったころは強く美しい女性。
 人間界では騎士と呼ばれ、姫とも呼ばれるほどの人物であることをリッチは知っている。
 

342: 2012/09/04(火) 22:51:57.34 ID:5Q7F+zhQo

 リッチは美しいものを好み、それと同じくらい憎んでもいた。
 その愛憎の対象となった姫騎士は不幸としか言い様がない。

 村にアンデッド族が襲ってくる。助けて欲しい。
 このような内容の嘆願書がとある小国へと届き、彼女の目に入ることになる。
 
 正義感の強い彼女は、屈強な兵を連れアンデッド族の討伐へと出立した。
 その近辺に強力なアンデッドが出没すると言った情報は聞いたこともない。

 どうせハグレの魔物が夜な夜な村を荒らしているのだろう。
 彼女を含む、誰しもがそう考えていた。
 

343: 2012/09/04(火) 22:52:29.41 ID:5Q7F+zhQo

 けれど、村で待っていたのは“氏”そのものだった。


 ──まっていたよお……。


 考えられないほど桁違いの力を持つ魔物。
 部隊は瞬く間に蹂躙され、残された彼女には凄惨な末路しか残されていない。

 その身体には想像を絶するほどの苦痛と汚辱を与えられ──ゆっくりと首と胴体を切断された。
 

344: 2012/09/04(火) 22:52:56.72 ID:5Q7F+zhQo

リッチ「ああ……やっぱり、綺麗だねえ……」

 首が離れてもなお止まぬ汚辱。
 それを見せ付けるかのように頭を持つリッチ。

リッチ「頭はあたしのコレクションにしようねえ……身体もちゃあんと、使ってあげるからねえ……」

 頭だけになった姫騎士の最後の記憶。
 それはアンデッド共に自身の身体が弄ばれる最悪の光景だった。
 

345: 2012/09/04(火) 22:53:28.09 ID:5Q7F+zhQo


……。
…………。
……………… 

 

346: 2012/09/04(火) 22:54:09.26 ID:5Q7F+zhQo

 
リッチ「良いよお……良い、良い……」

 どんどんと怨嗟が紡がれていく戦場を遠めにリッチが呟く。
 時間が経てば経つほど、自身に都合が良くなっていく。

 デュラハンが期待通りに動けば城門を解き放ち、ガーゴイルへ斬りかかるだろう。
 レベルは相応に上がっている。

 ガーゴイルを打ち砕くのは無理としても、怯ませることは出来る。
 その間、ゴーレムの召喚は止まる。

 となれば亡者共の進軍は進み城内へアンデッドが湧き出ることになる。
 

347: 2012/09/04(火) 22:54:36.10 ID:5Q7F+zhQo

リッチ「ふふっ……楽しくなってきたねえ……」

 リッチは既に詰み将棋をしているかの如き、この戦を楽しんでいる。
 切り札を持つ者の余裕。

 それが表情に溢れていた。
 

348: 2012/09/04(火) 22:55:31.06 ID:5Q7F+zhQo


……。
…………。
……………… 

 

349: 2012/09/04(火) 22:56:10.37 ID:5Q7F+zhQo


 ──ッハァー……ハァー。


 息が、呼吸が苦しい。
 上手に出来ない。

魔王「ッハッハ……」

 ヘカトンケイルに向けての攻撃は都合十回。
 向こうさんが受けて立っているお陰で、一応全弾命中しているけれど……。
 

350: 2012/09/04(火) 22:56:40.79 ID:5Q7F+zhQo

魔王「あと、何本だっけか……」

 計算できない。
 攻撃に夢中だったせいもあるけれど、わたしって算数とか苦手な方なんだよね。

 掛けたり引いたりもう訳わかんない。
 って今はそんなこと言ってる場合じゃない……。
 

351: 2012/09/04(火) 22:57:07.91 ID:5Q7F+zhQo

魔王「ええと……一回で、だから……あー、でも多分まだ三十くらいはありそうだ……」

 魔王剣が打てるのは良くてあと三回。
 頭に血が上っていたせいでペース配分考えなかった……。

 やばい。
 限界来る前に限界来ちゃったかもわからない。
 

352: 2012/09/04(火) 22:57:36.28 ID:5Q7F+zhQo

魔王「(どうしよ……)」

 実を言うと今のわたし。
 体中がボロボロだったりする。

 腕の数が減っているとは言え、あいつは隙が出来るとわたしを殴ってくる。
 まあ迂闊に間合いに入り込んじゃう自分が間抜けなんだろうけれど。

 魔王としてそれなりの防御力。頑強さを誇っているつもりなんだけど……。
 痛い。痛すぎるよ、あいつの攻撃。
 

353: 2012/09/04(火) 22:58:10.09 ID:5Q7F+zhQo

魔王「(あー……これって勝てるのかな……)」

 そんなことを内心で思っている時だった。


 ──おいおい。そんな弱気なことで魔王が勤まると思っているのか。


魔王「……!?」
 

354: 2012/09/04(火) 22:58:43.49 ID:5Q7F+zhQo

 突如入り込んでくる声。
 聞いたこのない声質だった。

 ヘカトンケイルが喋りかけて来たのかと一瞬疑ったが、そんな訳がない。
 アレとは殆ど会話もせずに頃し合っている。

 今さらあんな皮肉めいたこと……。

 ──きょろきょろするな。みっともない。
 
 

355: 2012/09/04(火) 22:59:25.58 ID:5Q7F+zhQo

魔王「え、え」

 ──下だ。娘よ、お前が持つ手を見よ。

魔王「え」

 と言われても。
 わたしが装備しているのなんて“魔王剣”くらいな訳で……。
 

356: 2012/09/04(火) 23:00:00.28 ID:5Q7F+zhQo

 ──我が名は“魔王剣”。欲する者に力を与える、魔の王の剣よ。

魔王「……」

 喋り出した。
 あんまり唐突だったもので、わたしは一瞬かたまり──。

魔王「────ウガッッッッ!?」


 そこへ、ヘカトンケイルからの痛烈な不意打ちが顔面を捉えた。
 
 

365: 2012/09/05(水) 19:58:58.71 ID:RL3di/3Wo
>>356  つづき。




──ザンッ──ザンッ。


 これで何度目かと笑いたくなるような衝撃が身体に走る。
 まるで川に投げつけられた小石のように、わたしの身体は地に打ち付けられ跳ね回った。

 勢いがなくなると、はしたなくゴロゴロとのた打ち回りやがて止まる。
 服は泥だらけ。髪もくしゃくしゃ。

 疲労と痛みが身体全体を包んでいる。
 

366: 2012/09/05(水) 19:59:25.52 ID:RL3di/3Wo

魔王「ぷふーっ……ごほっごほっ」

 真正面からヘカトンケイルの拳を受けたんだ。
 魔王だって鼻血くらい出るさ。

 うう……。
 苦しい。

 ──情けない……これが今の主(あるじ)か。

 手から伝わる剣の声。
 つか、なんで喋ってるんだろう。
 

367: 2012/09/05(水) 19:59:53.01 ID:RL3di/3Wo

 ──我は魔剣の王なるぞ。言葉の一つも喋れるに決まっておる。

魔王「……なんで今の今まで喋らなかったんだ」

 なんか話し方が気に入らない。
 使用者であるわたしより偉そうってどう言うことなんだろ、なんて思いつつぶっきらぼうに疑問を投げつけてみた。

 ──それはな、単純に主の魔力が低いからよ。

魔王「魔力が?」
 

368: 2012/09/05(水) 20:00:21.70 ID:RL3di/3Wo

 おいおい。
 わたしはこれでも魔王なわけですよ。

 そんなわたしに対して、魔力が低いって。
 どの口が言うんだろう。口なんて見当たらないけれど。

 ──供給される魔力が低すぎて、目覚めることもままならんかったわ。

魔王「へえ……」
 

369: 2012/09/05(水) 20:00:49.45 ID:RL3di/3Wo

 ああ、なんかもうどうでも良くなってきた。
 話しに付き合っても良いことなさそうだし。

 今はヘカトンケイルをどうやって対処するか。
 対処出来るんだろか……。

 それを考えなきゃだってのに、ポッと出の人格に付き合ってる暇はないよ。

 ──おい、主よ。失礼なことを考えておっただろう。

魔王「む」
 

370: 2012/09/05(水) 20:01:16.78 ID:RL3di/3Wo

 なにこいつ。
 剣の癖してちょっと鋭い?

 ──今のままでは、無理だな。

魔王「……」

 無理。って言った。
 なにが、とは言わなかったけれど。

 今、この剣は無理と言った。
 わかってるよ。

 なにが無理なのか。
 そこまで頭が回らないほど、わたしの頭は幸せに出来てはいない。
 

371: 2012/09/05(水) 20:01:47.34 ID:RL3di/3Wo

 ──我を振れる回数は……ふむ。良くて後、三回。

 ご名答。
 そこまでわかるんだね。

 わたしは無言のまま、剣の言葉に耳を傾けた。

 ──主よ、勝ちたいか。

魔王「……ああ」

 小さく返答する。
 負けたい訳がない。

 ──ならば、我の言葉に耳を傾けよ。我に力を預けよ。
 

372: 2012/09/05(水) 20:02:13.86 ID:RL3di/3Wo

魔王「……」

 首を縦に振る。
 アレに。ヘカトンケイルに勝てるのならば。  

 もう理由なんてどうだって良い。
 今のわたしは、個としてヘカトンケイルに負けたくないと思っている。

 思っていたよりもずっと負けず嫌いだったらしい。
 悔しい、力が届かない。

 勝ちたい。負けたくない。
 本来の目的を忘れてしまうほどに、わたしは勝利を欲していた。
 

373: 2012/09/05(水) 20:02:44.05 ID:RL3di/3Wo

 ──ならば教えてやる。我の使い方をな。

魔王「ははっ、剣に剣の使い方を教わるだなんてね……宜しく頼むよ、魔王剣」

 ──“百腕魔王ヘカトンケイル”。寝覚めの相手に不足ないわ。 

 ふう。
 と一息つく。

 悠長にお喋りしていたけれど、時間的な余裕があるわけじゃない。
 ヘカトンケイルは移動こそ俊敏な動きを見せる事はない。

 しかし、ただジーッと突っ立っている訳でもなくゆっくりとわたしの元へと歩みを進めている。
 馬鹿みたいに待ってれば簡単に止めを刺されるだろう。
 

374: 2012/09/05(水) 20:03:11.01 ID:RL3di/3Wo

 ──良し。ではまず……。

魔王「あー、ちょっと待って」

 ──……?

 心機一転。
 ここから反撃開始だ、の前に。

魔王「少しばかり、身なりがみすぼらしいからね」

 長く伸ばした髪は泥だらけになり、まとまりがない。
 正直に言って長髪は戦闘に向かないんだ。

 バッサバッサと視界を横切ってうざったくすらある。
 

375: 2012/09/05(水) 20:03:40.02 ID:RL3di/3Wo

魔王「よいっしょ……と」

 後ろに手を回して、一気に髪を纏め上げる。
 そしてそのまま──。

 ──ザンッ。

 バッサリ。
 手刀でもって、わたしは自身の髪を切り取った。
 

376: 2012/09/05(水) 20:04:09.55 ID:RL3di/3Wo

魔王「ふう……サッパリした」

 ──良いのか……?

魔王「ん? なにが?」

 ──乙女が長髪を切るなど……。

魔王「乙女って。わたしは魔王だよ?」

 ──……。

魔王「おかしなことを言う剣だね」
 

377: 2012/09/05(水) 20:04:41.62 ID:RL3di/3Wo

 髪なんてまたいくらでも生えてくる。
 それにわたしは昔っから長い髪の毛が鬱陶しかったのだ。

魔王「さあ、やっつけるよ」

 ──……面白い主だ。

 ようし。
 なんだか身体が軽くなった気がする。

 
魔王「反撃開始だ」


 

378: 2012/09/05(水) 20:05:10.72 ID:RL3di/3Wo
おわーり。
ありがとうございました。

379: 2012/09/05(水) 20:05:59.45 ID:SqoVmSpSo
乙!
元から短髪のイメージだったわ

380: 2012/09/05(水) 20:51:40.17 ID:geW5AStPo

引用: 魔王「世界征服、やめた」