382:◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 19:58:54.81 ID:uqP4xYyLo

魔王「わたし、もうやめた」【前編】
魔王「わたし、もうやめた」【中編】
魔王「わたし、もうやめた」【後編】

魔王「世界征服、やめた」【前編】


デュラ「……」

 魔剣を手にしてから、どうにも身体の調子がおかしかった。
 温もりを失ったはずの身体は火照り、熱を感じる。

 なにものにも興味が湧かず、常に凍てついてたはずの感情が顔を出し始めていた。
 
 ──戦いたい。

 デュラハンの心に芽生える感情。
 
Lv1魔王とワンルーム勇者 1巻 (FUZコミックス)
383: 2012/09/06(木) 19:59:24.30 ID:uqP4xYyLo

 敵、敵、敵。

 敵と戦いたい。斬りたい。叩き潰したい。
 首を切り落としたい。頭が欲しい。

 欲しい欲しい。

デュラ「頭が……欲しい……」
 

384: 2012/09/06(木) 20:00:15.52 ID:uqP4xYyLo

 デュラハンが手にした魔剣は持ち主に“狂化”を促す作用を持っていた。
 幸か不幸か。魔剣に主と認められた時、その者は戦いの権化と化す。 

 手にすれば、己が理性は吹き飛びただただ戦いのみを糧とする。
 大剣は重量をなくし、振るうほどに攻撃力を増していく。

 敵を殲滅するか、己の行動不能を持ってでのみその戦闘衝動は霧散する。
 使用者を氏へと追いやる魔剣。

 デュラハンが手にしたのはただの武器と呼ぶには余りにも禍々しい遺物であった。
 

385: 2012/09/06(木) 20:00:51.94 ID:uqP4xYyLo

デュラ「体が……軽い……」

 まるで風そのものになったような感覚。
 廊下を駆け抜けるその速度は、大剣を持つ身とは思えぬ程だった。

 恐怖心はない。
 例え、敵に発見されようが首を刎ねれば済むこと。

 すでにデュラハンの思考回路は常とものと違っている。
 

386: 2012/09/06(木) 20:01:26.08 ID:uqP4xYyLo

スラ娘A「あわわっ! てっ、ててて、てきですー!!」

デュラ「……」

スラ娘B「わわわっ、きききちゃあ……!」

 捕捉する二体の標的。
 それは既に敵ですらなく、彼女にとって試し斬り以外のなにものでもなかった。
 

387: 2012/09/06(木) 20:02:00.12 ID:uqP4xYyLo


 ──パチャンッ! パチュンッ!


スラ娘A「ふぇ……?」

スラ娘B「ふぁ……?」

 一陣の風が如く、不運にも立ちはだかったスライム娘の間を走り抜ける。
 素早く、正確に二振り。

 デュラハンの大剣はスライム娘の首を難無く通過していた。
 

388: 2012/09/06(木) 20:02:45.92 ID:uqP4xYyLo

デュラ「…………」

 雑魚など歯牙にもかけず、走り去る。
 強者とまみえるために。

 すでに、リッチから受けている命など欠片ほども覚えてはいない。
 今はただ、闘うためだけに彼女は駆けていた。
 

389: 2012/09/06(木) 20:03:28.83 ID:uqP4xYyLo


……。
…………。
……………… 

 

390: 2012/09/06(木) 20:04:23.50 ID:uqP4xYyLo
 
 デュラハンが走り去った廊下。
 そこには首が刎ねられた人型のなにかが二体、横たわっていた。

 ゼリー状のそれらは、ふるふると意思があるかのようにふるえている。

 ──ぷるぷる。

 ──ぷるぷる。

 ゆっくりと、頭部であったそれらが胴体へと元あった場所へと這いずりよる。
 ゆっくり、ゆっくり。

 時間をかけて、刎ねられた頭部は胴体へと帰還した。
 

391: 2012/09/06(木) 20:07:29.30 ID:uqP4xYyLo

スラ娘A「ふう……」

スラ娘B「ふぁー」

 再生。
 彼女たちの命を打撃や斬撃で奪うことは出来ない。

 時間はかかるが、切り離された部分はもとあった場所へと接合する。
 例え頭を完全に叩き潰されようと、彼女たちは氏なない。

 スライム族とはそう言った、ある意味で不氏と呼ばれる種族の一翼を担っている。
 

392: 2012/09/06(木) 20:08:20.12 ID:uqP4xYyLo

スラ娘A「うっうぅぅ……」

スラ娘B「ふえぇ……こわっ、こわっがっだよう……」

スラ娘A「しんじゃうかとおもた……ぐすっ……」

 泣きじゃくるスライム二匹。
 けれど、再生した彼女等の身体には傷の一片も見当たることはなかった。
 

393: 2012/09/06(木) 20:10:49.39 ID:uqP4xYyLo
おわーり。
ありがとうございました。

399: 2012/09/07(金) 01:22:39.08 ID:FpmIARumo
>>392  つづき。



 渦巻く怨念。
 ひたすらに大きく膨れ上がったそれは、天候の変わりにくい地域である魔王城周辺すら暗いものへと変えていた。

 うう……。
 うう……。

 亡者の鳴き声がそこかしこから漏れ出ている。
 肉体を失った者たちの叫び声はすでに耳を劈くような悲鳴に成り代わっていた。
 

400: 2012/09/07(金) 01:23:07.84 ID:FpmIARumo

リッチ「頃合だねえ……」

 手持ちのほとんどの亡者を召喚し終えたリッチ。
 すでに魔力は枯渇しかかっていた。

リッチ「フフッ……フフッ……」

 ゆったりと歩き出す。
 ガーゴイルが待つ、怨嗟連なる戦場へと。
 

401: 2012/09/07(金) 01:23:34.38 ID:FpmIARumo


……。
…………。
……………… 

 

402: 2012/09/07(金) 01:24:19.21 ID:FpmIARumo

ガーゴイル「……止まった」

 明らかに亡者の湧きが減ったことに気付く。
 戦場ではすでに亡者よりもゴーレムの数が勝っていた。

ガーゴイル「……魔力切れか」

 既にガーゴイルの魔力も切れ掛かっていた。
 戦闘が始まってからお互いに召喚を行い続けている。

 いくら低級の魔物とは言え、長時間に渡る魔物召喚。
 魔力切れが起きてもなんら不思議はなかった。

 “大臣”であるガーゴイルと“四王”の一角であるリッチだからこそこのような戦いになったとも言える。
 

403: 2012/09/07(金) 01:25:02.14 ID:FpmIARumo

ガーゴイル「だとすれば……」

 これからは肉弾戦。
 撤退も考えられるが、総力戦を仕掛けておきながらここで撤退する理由はない。

 ならばリッチ自らが戦場に顔を出すことになる。
 決着が近いことをガーゴイルは感じ取った。

ガーゴイル「謀叛の罪をわからせてやらねばな」

 片手を大地に突き立て、ゆっくりと引き上げる。
 大地から生まれ出でる三叉の槍。

 ガーゴイルは槍を練成し、力強くそれを握り締めた。
 

404: 2012/09/07(金) 01:25:37.98 ID:FpmIARumo


……。
…………。
……………… 

 

405: 2012/09/07(金) 01:26:25.83 ID:FpmIARumo


 ──不味い。


 不味い不味い不味い不味い。
 やばい!

アラクネ「ちょっと……なに、あれ……」

 私の眼前に広がる光景。
 もうね、ぐっちゃぐちゃ。

 敵の発見からこの状況が作られるのにそう大した時間はかからなかった。
 

406: 2012/09/07(金) 01:26:52.54 ID:FpmIARumo

 デュラハンを発見。

 何時の間にか見つけたであろう剣を装備しているけれど、問題はなし。
 物理ではやられることのないスライム隊で圧氏。

 一番広い玄関。
 つまり城門をくぐって直ぐの場所で撮りか囲めば楽勝。

 なんて簡単なお仕事だろう。
 とか思ってたんだけど……。
 

407: 2012/09/07(金) 01:27:55.55 ID:FpmIARumo

スキュラ「うわはー、ぐちゃぐちゃー……はっ! 掃除しな──もごっ!」

アラクネ「しっ。お黙りっ」

 石柱の影に隠れ様子を伺い見ていた私。を押し退け遅れて来たスキュラが声を出そうとした。
 ふう……幸いにも気付かれなかったみたい。

スキュラ「もごっー……ふごふごーっ」

 手を離せとタコ足を器用に動かして抗議をしてくるけど、ごめんね。
 今はそれどころじゃないのよ。

アラクネ「黙って。ちゃんと見て」

スキュラ「ふごー……」

 私の声質がいつもと違うのかを感じ取ったようで大人しくしてくれた。
 この子、馬鹿だけれどそう言うのを読み取る力はあるのよね。うん、さすが従者長。
 

408: 2012/09/07(金) 01:28:22.26 ID:FpmIARumo


……。
…………。
……………… 

 

409: 2012/09/07(金) 01:28:51.20 ID:FpmIARumo


 ──きゃーっ!

 ──ひいいっ!

 ──わーわー!

 ──こないでっ、こないでぇ!

 広間にはスライム娘たちのパーツがそこかしこに飛び散っていた。
 

410: 2012/09/07(金) 01:29:36.66 ID:FpmIARumo

 中央に陣取るデュラハン。
 それを取り囲むように数多のスライム娘たちが包囲。
 
 その絶対的な数の違いによってデュラハンを捕らえる。
 これが当初の予定、作戦であった。

 しかし、その目論見は見事に打ち砕かれ、広間は見るも無残な姿へと変貌している。

 ──パチュンパチュン!!

 ──パチャチャッ!!

 大剣を振るごとに鳴り響く、水を打つかのような音。
 デュラハンはまるで水風船を割るかのような手軽さでスライム娘たちを両断していった。
 

411: 2012/09/07(金) 01:30:03.07 ID:FpmIARumo

デュラ「……」

 今の彼女にとって、これは戦闘ではない。
 ただの駆除であり昂ぶりを感じない。

 邪魔だから排除する。
 それだけの行為だった。

 面白くない、違う。つまらない。
 こいつらじゃない。

 フラストレーションが溜まる中、ただただ大剣を振り続けていた。
 

412: 2012/09/07(金) 01:31:03.22 ID:FpmIARumo

 そんな惨状を目に、歯痒い思いを募らせる魔物が一匹。
 アラクネだった。

アラクネ「……」

 謁見の間でデュラハンと相対した時、確かにその強さは感じ取れた。
 けれど、今目の前で大剣を振るっている魔物から感じる強さは桁が一つ違っている。

 この短時間で大幅にレベルアップをしたとは思えない。
 一足飛びで次元を超えてしまった。

 例え本気になったスキュラと力を合わせたとしても、勝てるかどうか。
 それ以前にスキュラがこと戦闘に関して本気を出すとは到底思えない時点で全てが妄想だった。
 

413: 2012/09/07(金) 01:31:35.66 ID:FpmIARumo

スキュラ「スラ……スラたち……」

アラクネ「残酷なようだけれど、氏なないから大丈夫。と言うか、あの子たちに頑張って貰わないと……」

 今出て行けば、確実に殺される。
 アラクネとスキュラ。この二人が氏ねば、命令系統が破綻する。

 城内の守りは崩壊し、どうなるか想像もつかない。
 スライム娘たちには悪いがアラクネにはこうすることしか出来なかった。
 

414: 2012/09/07(金) 01:32:11.00 ID:FpmIARumo

アラクネ「お願い……頑張って……」

 ──きゃーきゃーっ!

 ──ひいいいっ!

 ──…………。

 ──……。

 やがて消える悲鳴。
 一方的な惨殺は終幕を迎えた。
 

415: 2012/09/07(金) 01:32:39.23 ID:FpmIARumo

デュラ「……」

 強者を。戦いを。
 欲しい欲しい欲しい。

 魔剣から送られる衝動。
 デュラハンはその衝動に突き動かされるまま、敵を求め広間を後にしようとした。

デュラ「……ッ!」

 直後、感じ取るいくつもの気配。
 大量のなにかが蠢くような、気持ちの悪いものだった。
 

416: 2012/09/07(金) 01:33:06.49 ID:FpmIARumo


 ──ぷるぷる。



 ──ぷるぷるぷるぷる。



 ──ぷるぷるぷるぷるぷるぷる。

 

417: 2012/09/07(金) 01:34:03.52 ID:FpmIARumo

デュラ「……」

 先ほど斬り頃した者たちの氏骸。
 彼女にはそうとしか写らない肉片が蠢いている。

 それらはゆっくりと移動し、重なり、やがて一つの塊となった。


 ──スライム集合体。


 雌のスライム娘たちが合体した姿であり、人間界ではその大きさから“クイーンスライム”と呼ばれることもある。
 脆いとされるスライムの性質は硬質ゴムのように頑丈にしなやかに変質し、魔物としてのレベルも大幅に向上している。

デュラ「……フフッ」

 小さく笑う。
 この日はじめて、魔剣を手にしたデュラハンの前に“敵”として現れた魔物。

 それに対し歓喜の感情が彼女を打ち奮わせた。
 

432: 2012/09/10(月) 00:19:47.66 ID:k7+U1Gg3o
>>417  つづき。


 ──ズチャ。ズチャ。


 魔王城近辺の草原は亡者共の血や臓物。
 すでに腐りきっていた体の腐敗臭などで、酷い匂いが散らばっている。

 大地もそうだった。
 砕けたゴーレムの破片に混じり、腐った液体が絡みつき血沼と化している。

 リッチはその草原を愉快そうに歩いていた。
 

433: 2012/09/10(月) 00:21:02.91 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「……」

 ぬちゃぬちゃと足に纏わり付く汚泥。
 肉の無い身を通り抜けていく腐臭。

 全てがリッチにとって心地の良いものだった。

リッチ「さあ、仕上げだねえ……」

 やがて見えてくる城門。
 そこには門番であるガーゴイルが待ち受けていた。

 ガーゴイルは三叉の槍を手にし、手持ちのゴーレムを全て後方へ配置している。
 既にリッチとガーゴイルを隔てている物は距離だけだった。
 

434: 2012/09/10(月) 00:21:32.13 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「こうして顔を付き合わせるのはどれ程ぶりになるか……」

リッチ「あの小娘が魔王に就任して以来、だねえ」

ガーゴイル「……」

 小娘。
 これは魔王を不機嫌にさせるワードであり、同時に彼女へと忠誠を誓うガーゴイルの機嫌も損ねる言葉であった。

リッチ「おやおや。そんなに顔をしかめるもんじゃあないよ」

 機嫌が悪くなったガーゴイルを見てまた愉快になる。
 全てが楽しくて仕方がなかった。
 

435: 2012/09/10(月) 00:22:14.05 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「もう魔力も感じ取れぬ。まだ続けるのか」

リッチ「……フフッ」

 自然に笑みがこぼれる。
 なるほど、なるほど、と。

 魔力がつきた。
 確かに、召喚に魔力を割いたせいでほとんどの魔力を消費してしまった。

 残された魔力は雀の涙ほどで、とうてい戦闘を行えるほどではない。
 ガーゴイルの言っていることは正しかった。
 

436: 2012/09/10(月) 00:22:59.94 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「まだ笑うか」

 違和感を覚える。
 魔力が底を付き、手ごまも使い果たしている。

 城内を騒がす魔物が戦局を引っくり返せるはずもない。
 リッチの余裕は一体。

 ガーゴイルは薄気味悪い、嫌な感覚が拭えないでいた。
 

437: 2012/09/10(月) 00:23:38.63 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「そりゃあ、ねえ……」

 突然、草原に風が吹いた。
 次第に風が強くなり、その風はどう言う訳かリッチに取り巻いている。

ガーゴイル「……ッ」

 どす黒い、とても通常の風とは違う風だった。

リッチ「フフッ……! フフッ……!」

 風が強まり、リッチの纏っていたフードが剥がれて行く。
 その身体は貧相極まりない、骸骨そのもの。

 ただただ、骸骨のそれだった。
 

438: 2012/09/10(月) 00:24:29.54 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「ヌアァァッ!」

 ただ黙って立って見過ごす理由はない。
 ガーゴイルは手に持っていた槍を構え、リッチへと向かい思い切りそれを投擲した。

 風を切り裂き突進する槍。
 その速さは凄まじく一瞬で距離を頃し標的の頭部へと飛来する。

ガーゴイル「ッ……」

 やはり。
 と、そう言った感想が心の内にあった。

 槍はリッチに届くことはなく、風に当ると同時に腐敗しボロボロと消えてなくなった。
 

439: 2012/09/10(月) 00:24:58.05 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「フフッ……。そう水を差すもんじゃあ、ないよ」

 風の向こうから愉快そうな声が聞こえた。
 リッチを取り巻く風はさらに強く、色濃くなっている。

リッチ「魔力がない……そうだねえ、今のままじゃないねえ……」

 草原を取り囲む淀んだ空気。腐臭。怨念。呻き声。
 その全てが風にのり、リッチを取り囲んでいる。
 

440: 2012/09/10(月) 00:25:59.95 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「フフッ……フフッ……」

 それは、アンデッド“リッチ”の持つ能力であった。
 世にある“負”のエネルギー。およそ人が忌み嫌う感情、事象。

 全ての“負”に位置するエネルギーをそのまま“魔力”として受給する。
 用意した亡者たち。同族である、我が子と呼べるアンデッド族。

 その全てが、リッチにとっては生贄であった。
 万を越える生贄。

 祭壇場と化した草原。
 集められた負のエネルギーが“呪い”としてリッチへと降りかかる。

 規格外。
 アンデッドと言う種族そのものを利用した、常識を遥かに超える呪術であった。
 

441: 2012/09/10(月) 00:26:49.53 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「貴様ッッ……!!」

リッチ「……」

 嵐のような強大な呪い。
 その全てが魔力へと変換され、リッチへと吸収されていく。

リッチ「あ゜っ、あ゜っ……」

 身体が変質していく。
 空洞だった体に内臓が、筋肉が。


リッチ「う゜っ……あ゜あ゜あ゜あ゜!!」

 ──受肉の始まりだった。
 

442: 2012/09/10(月) 00:27:27.86 ID:k7+U1Gg3o

 みるみる内に肉へと覆われていく体。
 肉が付き皮膚が出来る。

 双眸に眼球が生まれ、顔面も骸骨のそれでなくなっていく。
 アンデッド特有の腐った体ではなく、まるで魔人族のように張りと艶がある肌。

 長く伸びる髪。
 整えられた黒髪は、リッチが生前に蓄えていたものだった。

リッチ「…………ふふっ」

 艶めく微笑を浮かべる。
 その凹凸のはっきりした身体は女性のそれであり、これこそがリッチへと成る前の彼女の姿であった。
 

443: 2012/09/10(月) 00:29:22.10 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「……」

リッチ「ああ、なんて気分が良いのかしら」

 肉のない骸骨から発せられる声とは違う。
 声帯を振るわせた声。

 アンデッド族の面影は一切見当たらない。
 ガーゴイルの前に立つ女は、とても数分前まで“氏王”と恐れられた魔物ではなかった。

リッチ「うん? どうしたの……? 石像のくせに、私の姿を見て昂ぶったのかしら」

 クスクスと口に手を添え上品に笑って見せた。
 その態度には明らかな余裕が見て取れる。  
 

444: 2012/09/10(月) 00:30:18.81 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「貴様……貴様は……自分以外のアンデッド族を全て……」

リッチ「そうよ。食べたわ、全部ね」

 悪びれる様子もなく言い放つ。

リッチ「大丈夫。また作れば良いんだから」

ガーゴイル「……」

 沸々と湧き上がる激情。
 部下を、子らを、同胞を駒としか見ていない。

 今すぐにでも目の前の女をこの手で縊り頃したい。 
 そんなガーゴイルの衝動を止めるもの、それはリッチの手に入れた魔力だった。

 突き刺さるような魔力。
 その高は、彼が忠誠を誓う魔王のそれに近しい強さであった。

445: 2012/09/10(月) 00:31:20.26 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「(まさか、これ程とは……)」

 桁違いの魔力量。
 言わば今のリッチはアンデッドと言う一種族の集合体。

 アンデッドとはリッチであり、リッチとはアンデッド。
 単一種族と呼べる存在に昇華している。

リッチ「ねえ。力の差は、わかるよね……?」

ガーゴイル「……」

リッチ「残念だけどこの姿もずっとって訳じゃないの。さっさと用事を済ませたいんだけど」

ガーゴイル「ならば、その時間とやらを稼がせて貰おうか……」
 

446: 2012/09/10(月) 00:32:03.52 ID:k7+U1Gg3o

 自分では勝てない。
 であれば、一時でも長く時間を稼がねばならない。

 自身が信じる存在。
 魔王が帰還するまでの時を。

リッチ「この身体で闘うのは初めてだから、手加減は出来ないからね……」

 リッチの両眼が赤い光を帯びた。
 絶望的な力の差。

 ガーゴイルとリッチの戦いは終焉へと向かっていた。
 

458: 2012/09/11(火) 21:44:05.35 ID:entqOwMao
>>446  つづき。




 刃が通らない。
 その巨大な怪物。愛らしい顔をした魔物は実に不思議な生き物だった。

 デュラハンの振るう魔剣。
 打ち込み速度も威力も、なに一つ申し分ないそれを“クイーンスライム”の肌は通さない。

デュラ「……」

クイーン「ふふーふ。さあ、観念しなさいっ」
 

459: 2012/09/11(火) 21:44:53.12 ID:entqOwMao

 合体によってスライムの知能もあがっていた。
 打撃や斬撃と言った物理攻撃にめっぽう強くなっていることも理解している。

 内気で怖がりな人格ではなく、立派な一匹の魔物としてデュラハンと対峙していた。

デュラ「もっと……もっと、疾く……」

 ダンッ。と床を踏み抜くほどの力でデュラハンは地を蹴った。
 爆発的な推進力を生み出し、剣を抱え自身を弾丸へと変化させ突進した。

 弾丸はクイーンスライムの腹部へと直撃し、切り裂こうと力を加える。
 

460: 2012/09/11(火) 21:45:33.06 ID:entqOwMao

クイーン「むっだあぁっ!」

 けれど弾丸はクイーンスライムの腹部を貫くことはなく、ぽよん。
 と間抜けな音と共にデュラハンを吹き飛ばした。

 間抜けな音とは裏腹に豪快な音を立ててデュラハンは壁へと突き刺さった。
 ガラガラとレンガが崩れ、衝撃の大きさを物語っている。
 

461: 2012/09/11(火) 21:45:59.04 ID:entqOwMao

デュラ「……」


 ──もっと。 


 もっと力が欲しい。
 魔剣に意識を奪われながらも、デュラハンは自身の意識の中でそう呟いた。

 負けたくない。
 “魔物”なんかに負けたくない。
 

462: 2012/09/11(火) 21:46:55.84 ID:entqOwMao

デュラ「イヤ……もう、アレはイヤ……」

 フラッシュバックする生前に刻まれた最後の記憶。
 負ければまたそれを繰り返すのかと、無意識に身体が跳ね上がった。

デュラ「イヤ。イヤ……負けない、負けたくない……魔物なんかに、魔物なんかに……っっ!」

 デュラハンの思いに、魔剣が呼応した。
 剣に内包された魔力が放出する。

 それは今までに魔剣によって斬られた者たちの魔力。
 斬られ、殺され、魔力を剣によって食われ蓄えられた力。

 真の持ち主である“ベルセルク”の手にかかった犠牲者の数は計り知れない。
 その桁違いの魔力をデュラハンは受け取った。
 

463: 2012/09/11(火) 21:47:24.70 ID:entqOwMao

デュラ「うぐっ……あ゜あ゜あ゜っっ!!」


 体中に狂い走る膨大な魔力。

 ここに一人。

 枠を踏み越えた新たなる魔人が誕生した。
 

464: 2012/09/11(火) 21:47:56.05 ID:entqOwMao


……。
…………。
……………… 

 

465: 2012/09/11(火) 21:48:48.17 ID:entqOwMao
 
 ─魔王城 最地下─


 くっくっ。
 と漏れるような声が響いた。

 暑くもなく、寒くもない。
 時の進み方すら感じられない部屋の中央にその堕天使は鎮座していた。
 

466: 2012/09/11(火) 21:49:15.13 ID:entqOwMao

アスモ「……今日はよう面白いことが起きるものよな」

 目を瞑りながらにやりと口角を上げる。
 今、魔界のあちこちで巨大な魔力と魔力のぶつかり合いが起こっていた。

 空の上では魔王と巨人の王が。
 草原ではガーゴイルと、リッチが。

 そして城内ではデュラハンが暴れ回っている。
 

467: 2012/09/11(火) 21:50:03.28 ID:entqOwMao

アスモ「魔王は──ふむ。魔王剣を起こせたか、よいよい。これで戦いになると言うものよ」

 意識を天上へと向け、まるでその戦いを観戦してるかのように呟いた。
 事実、アスモデウスには全てが見えている。

アスモ「ガーゴイルは──ああ、不味いな。今のリッチには手が出ぬだろうよ」

 ガーゴイルの実力は解っている。
 けれど、それを踏まえても今のリッチは力を跳ね上げていた。

 アスモデウスの勘定では、魔王剣を使わぬ魔王と同格の戦いを演じられる程だろうとまで評価されている。
 ガーゴイルの劣戦は火を見るよりも明らかだった。
 

468: 2012/09/11(火) 21:52:36.26 ID:entqOwMao

アスモ「ふむ……おお、おお。これは面白い、実に面白い」

 意識を城内へ移すと、そこではデュラハンが魔剣から大量の魔力を受給していた。
 種族の壁を越えた者がまた一人生まれる。

アスモ「くくっ……まさかベルセルクの魔剣を手にするとはの」

 愉快そうな声を上げる。
 デュラハンの変貌はこの戦いで一番と呼べるほど、大きなものだった。
 

469: 2012/09/11(火) 21:53:32.72 ID:entqOwMao

アスモ「成長、いや進化と呼ぶに相応しい。過程を三つ四つ吹き飛ばして成りおったわ」

 愉快愉快と笑い声を漏らす。
 アスモデウスにとって、王座を巡る戦いなど瑣末なことだった。

 この城が誰の所有物になろうが関係ない。
 アスモデウスのやることはただ一つ。

 ──玉座へ座る者へ魔力を分け与える。 

 ただそれだけなのだから。
 

473: 2012/09/11(火) 23:54:10.26 ID:entqOwMao
書けたので投稿してしまいます。

474: 2012/09/11(火) 23:55:44.99 ID:entqOwMao
>>469  つづき。



 魔王城内で吹き荒れる魔力の暴風。
 身体から湧き上がる震えをアラクネは必氏に抑えていた。

アラクネ「こん、な…………」

 隣ではそう言ったことに疎いはずのスキュラですら身体を震わせている。
 「ヤダ、ヤダ」と首を横に振っていた。

 噴出す汗に敵の力が尋常じゃないことは嫌でもわかる。
 一体なにが起こったのかアラクネは全く理解できないでいた。
 

475: 2012/09/11(火) 23:56:13.32 ID:entqOwMao

アラクネ「スライム娘じゃ相手にならない……」

 一目見て解るほどにある絶望的な力の差。
 魔力の高。

 おそらくは、外に居るガーゴイルですら手に追えない化物。
 デュラハンの魔力が強すぎて、城外の魔力が察知できない。

 巨大な魔力を身近で浴びた為に感覚が麻痺していた。
 スキュラも同様である。
 

476: 2012/09/11(火) 23:57:00.93 ID:entqOwMao

アラクネ「今、私たちに出来ることは……」

 落ち着け、と自身の心に言い聞かせる。
 敵は強大。どれだけ足掻こうと戦いで勝てる相手ではない。

 ならば、従者としてなにをすべきなのか。
 アラクネは必氏で考えた。
 

477: 2012/09/11(火) 23:57:30.33 ID:entqOwMao

スキュラ「うー……うー……」

 スキュラは既に怯えきっている。
 情けないと笑うことは出来なかった。

 アラクネもデュラハンの姿を見て既に戦意を削ぎ落とされている。
 これはもう戦いではない。

クイーン「あうあう……ど、どどど、どうしたらぁ……」

 広間ではクイーンスライムがただただ怯えていた。
 先ほどまで強気だった姿は見受けられず、その巨体をぷるぷると震わせている。

 クイーンとは名ばかりの、ただのスライム娘へと精神が退化していた。
 

478: 2012/09/11(火) 23:57:59.21 ID:entqOwMao

アラクネ「あー……うー……」

 頭を痛める。
 やること。しなければいけないこと。

 従者として。
 副従者長として、すべきこと。

アラクネ「はあ……」

 絶望の中、いつもの要領で溜息がこぼれた。
 アラクネは副従者長として、自分の成すべきことを行動に移そうと決意する。

 やれやれ。そんな言葉が脳裏を横切った。
 

479: 2012/09/11(火) 23:58:36.56 ID:entqOwMao

アラクネ「スキュラッ」

スキュラ「おぉぉ……?」

 怯えるスキュラの両肩を抱く。
 目線を合わせ、強く語りかけた。

アラクネ「良い? 時間がないから一回しか言わないわよ」

スキュラ「う……?」

アラクネ「貴女は城に居る非戦闘員の爺様方を連れて、裏門から避難して」
 

480: 2012/09/11(火) 23:59:20.47 ID:entqOwMao

 魔王城に席を置く老兵たち。
 彼等ではスライム娘よりも役に立たない。

 従者として城のことを考えるのならば、一つでも命を散らせてはいけないとアラクネは判断した。
 デュラハンがこの後どういった行動に出るかは想像もつかない。

 けれど、城内の魔物を生かして戦いを終結させるとは思えなかった。
 スキュラの腕の数と腕力であれば、避難は容易。

 頭が弱いとは言えスキュラは従者長だ。
 魔物たちの信頼もそこそこだがある。

 避難は比較的容易に出来るだろうと、アラクネは判断した。
 

481: 2012/09/12(水) 00:00:30.35 ID:m10Cj+dXo

スキュラ「お、おー……わかた……」

アラクネ「よろしい。頼んだわよ、スキュ……従者長」

スキュラ「あ、アラクネ……は? どど、どうす……る?」

 スキュラの問い掛けに一瞬の間が出来る。
 アラクネは震える体を無理矢理に止め、笑顔を作った。

アラクネ「あの子たちも、避難させなきゃね」

 視線の先にはスライム集合体……クイーンスライムが涙を流し、うろたえていた。
 

482: 2012/09/12(水) 00:00:57.06 ID:m10Cj+dXo

スキュラ「うう……わ、わたしも──」

アラクネ「──さっ、行動よ。副従者長のお仕事には部下の面倒も含まれてるんだからね」

 スキュラの言葉を遮るようにアラクネは場を締めくくった。
 これは私の、副従者長の仕事なのだと従者長のスキュラにわからせる。

スキュラ「アラクネ……」

アラクネ「なに柄にもない顔してんの、フラグを立てないで頂戴な」

スキュラ「……し、氏氏氏んじゃ、だめだよ」

アラクネ「当たり前よ。私はただ、部下を回収しに行くだけなんだからね」

 そう言い放ち、アラクネは広場へと跳躍した。
 その多脚にはクナイを握り、表情に曇りはない。

アラクネ「魔王城従者隊 副従者長 アラクネ。参ります……」

 誰に言うともなく、彼女は小さく呟いた。
 

483: 2012/09/12(水) 00:01:54.17 ID:m10Cj+dXo


……。
…………。
……………… 

 

484: 2012/09/12(水) 00:02:52.18 ID:m10Cj+dXo


 ──ミシッ。


 敵の拳が腹部に突き刺さる。
 幾度となく殴られた体の耐久力は、元の強靭な肉体とは思えぬ程に弱っていた。

魔王「ガッ……ハッ…………ッッッ」

 衝撃で吹き飛ばされる小柄な肉体。
 けれど、受身を取り体勢だけは崩すまいと踏ん張り魔王はすぐさま立ち上がってみせた。
 

485: 2012/09/12(水) 00:03:37.54 ID:m10Cj+dXo

魔王「くっ……何本か折れた……骨が折れるなんて初体験だよ、まったく……」

 左手で腹部を触る。
 耐久力、回復力を上回るダメージに表情が歪んでいた。

 ──主は闘うのが下手なようだな。

 右手に持つ魔剣が口を出す。
 どうやら自身を振るう使用者の力量に不満を持っているようだった。
 

486: 2012/09/12(水) 00:04:08.56 ID:m10Cj+dXo

魔王「わたしはインドア派なものでね……」

 ──なるほど。剣を持つよりは本を持つ方が好みと言うわけか。

魔王「わかってるじゃないか。その通りだよ」

 ──で、あれば氏ぬだけだ。

魔王「……」

 軽口の応酬。
 先ほどから魔剣と軽い言い合いになるも、口では勝てなかった。

 口なんてないくせに、ペラペラと良く喋るものだなと魔王は内心で皮肉を呟いている。
 

487: 2012/09/12(水) 00:04:41.07 ID:m10Cj+dXo

魔王「そんなことは置いといて、ヤツの腕はあと何本残ってるんだっけ?」

 ──見えている両腕を入れて十三だ。主よ、異空間程度は目で見れるようになって貰わねば困るぞ。

魔王「はいはい。十三本ね」

 魔王剣の減らず口には付き合わず、必要な情報にだけ耳を傾ける。
 巨人の相手だけで手一杯なのに魔王剣の相手をしている余裕などなかった。
 

488: 2012/09/12(水) 00:05:44.92 ID:m10Cj+dXo

魔王「くそう……まだまだあるなあ……」

 魔王剣の覚醒後、飛躍的に魔力の使用効率は上がった。
 三十近く残っていたヘカトンケイルの腕も十三まで減らし、残りの魔力もそこそこ残っている。

 ──だが、足りない。

魔王「……だね」

 魔王の魔力はもう底が見え初めていた。
 魔王剣による破球を生み出すとしたら残り二回。

 二回では、ヘカトンケイルを消滅させるどころか腕を滅却することも出来ない。
 状況は絶望的だった。
 

489: 2012/09/12(水) 00:06:16.36 ID:m10Cj+dXo

 ──これはいよいよもって覚悟を決めるべきだな、主よ。

魔王「はあ……本当に、それしか方法はないのかな」

 ──断言しよう。ない。

魔王「もっとこう、隠された力とかないの? 実は沢山魔力を溜め込んでました、みたいなの」

 ──ない。第一に我は魔力を使用者に分け与えるとは逆の、喰らう側の存在だ。

魔王「ああ、ああ、そうだったね……」
 

490: 2012/09/12(水) 00:07:31.97 ID:m10Cj+dXo

 魔王剣はただひたすらに使用者の魔力を喰らう。
 その高によって攻撃力の上限が決定される魔剣だった。

 魔力の使用用途は百パーセント浪費。
 溜め込み、ましてや使用者に授けるなど論外であった。

 ──クライマックス。と言うやつだな、主よ。

魔王「珍しい言葉を知ってるんだね」

 ──我は博識でもあるのだ。

魔王「ああ、そう……」
 

491: 2012/09/12(水) 00:09:39.26 ID:m10Cj+dXo

 腹を据えて、覚悟を決める。
 リハーサルなしの一発本番。

 魔王剣の本当の使い方。
 それをしなければならない。

 今の自分に出来るのか、なんて考える贅沢すら許されない。
 出来なければ拳に砕かれ氏ぬだけだと痛いほど理解している。

魔王「はーあ……ほんとにインドア派なんだけどなあ……」
 

492: 2012/09/12(水) 00:10:06.77 ID:m10Cj+dXo

 愚痴をこぼしながらも、魔王剣を手にする腕に力を入れる。
 これが最後の攻撃だと全身の細胞に言い聞かせた。

 ──さあ、主よ。我を使いこなしてみよ。

 深く息を吸って、吐く。
 一瞬の間を持ち魔王は身体を躍動させた。

魔王「はあああぁぁぁぁ!!!」

 似合わない咆哮。
 けれど、魔王の表情には戦闘に楽しみを見出す魔族の笑みが浮かんでいた。

 

503: 2012/09/13(木) 20:49:01.53 ID:NKBuqCH3o
>>492  つづき。



 一瞬の油断、気の緩み。
 瞬きすらも彼女には許されなかった。

 “クイーンスライム”は敵の放つ恐ろしいほどの魔力量に怯え、合体が解けてしまっていた。
 部下であるスライム娘たちを背に産まれたての化物と対峙する。

 デュラハンは膨大な魔力に翻弄されているらしく、戦闘は先ほどよりもたどたどしい。
 それゆえ、アラクネは今も尚その命を繋ぐことが出来ていた。
 

505: 2012/09/13(木) 20:49:44.74 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「くぅっ……!!」

 デュラハンの斬撃が首の皮一枚を掠る。
 チリチリとした熱い感触と、寒気が身体を駆け巡り続けていた。

デュラハン「……」

 デュラハンの動きが止まる。
 剣を無造作に振り回し、ああでもない。こうでもないと言った具合に感触を確かめ始めた。
 

506: 2012/09/13(木) 20:50:11.49 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「好機っ!」

 手に持っていたクナイを投擲する。
 狙うは防具の隙間。ダメージにならずとも良かった。

 生身に刃先が掠りでもすれば、毒が通う。
 アラクネが体内で精製し、クナイに塗りたくった毒は神経毒。

 それは獲物の体内を一瞬で巡り動きを奪う──はずだった。
 

507: 2012/09/13(木) 20:50:37.88 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「……ッチ」

 思わず舌が鳴る。
 もしかしたら、と抱いた淡い期待は脆くも崩れ去った。

 命を削る毒はアンデッドに効果がない。
 けれど、動きを奪う類の毒であれば……と一縷の望みを託したもののデュラハンの動きは一向に止まらなかった。

 それどころか身体にクナイが突き刺さってることに気付いてすらいない。
 未だ納得がいかないらしく大剣を振り回し、型の確認をしている。

 ただ振り回すだけのものから剣技へと。
 次第にデュラハンの振るう剣には鋭さが増していった。
 

508: 2012/09/13(木) 20:51:05.67 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「よし、勝てない」

 元より勝てるとは露ほどにも思ってはいない。
 必要なのは時を稼ぐこと。

 デュラハンの攻撃を受けつつ、彼女は広間に粘着質の糸をこれでもかと張り巡らせていた。
 これで逃げる位の時間を稼げるだろうと計算している。

アラクネ「今のうちにスライムを連れて逃げ……」

 ──フォン!!

 デュラハンが思い切り剣を振り、空を鳴らす。
 準備は整った。逃がさないと態度ではっきり示している。
 

509: 2012/09/13(木) 20:51:32.45 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「……させて貰えないですよねぇー」

 諦めが彼女の脳裏を過ぎる。
 どうにかして、スライム娘たちだけでも。そんなことばかりを考えていた。

デュラハン「……」

 そんなアラクネの思考など露知らず、デュラハンは彼女へと邁進する。
 足に絡みつく粘着質の糸。

 通常の魔物であれば絡んだだけで動きは鈍り、行動を制限されるアラクネの糸。
 けれどデュラハンの纏う圧倒的な魔力の前に糸は意味を成さなかった。

 チリチリと触れるだけで糸が切れてしまう。
 それだけ、今のデュラハンとアラクネには魔物としての差が出ていた。
 

510: 2012/09/13(木) 20:51:59.45 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「防ぐのは無理、だけど──」

 避けて、時間を稼ぐ。
 諦めかけていた心を立て直す。後ろでぷるぷると震えるスライム娘たちを前に、諦めることなど出来る訳がなかった。

アラクネ「(大丈夫。冷静になれば、避けれなくはないっ)」

デュラ「…………」

 ──ゴウッッ!!

 横薙ぎの攻撃。
 肉厚の剣が、空を切り裂きながらその身へと迫る。
 

511: 2012/09/13(木) 20:52:26.33 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「良し、これなら────」

 デュラハンの攻撃に対し、身をギリギリまで伏せることでアラクネは避けようとした。
 速度の乗った打ち込み。けれど、軌道を完全に読まれた剣撃は対象に当ることはない。
 
デュラ「……ッッッッ!!」

アラクネ「──なっ」

 信じられない光景だった。
 迫り来る線での攻撃。それが、速度はそのままで面へと変化した。
 

512: 2012/09/13(木) 20:52:52.87 ID:NKBuqCH3o

 デュラハンは腕力でもって、無理矢理に剣の握りを変えた。
 斬るのではなく叩き付ける。

 鉄塊との正面衝突。
 それはこの戦いを終結させるには充分な威力を持っていた。

 バンッ。と広間に響く鈍い音。
 吹き飛ばされ、壁へと突き刺さるアラクネ。

 体中に痛みが響き渡り、頭いっぱいに警笛が鳴り響いている。
 

513: 2012/09/13(木) 20:53:19.66 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「あ──やば……」

 動かない。指一本、自分の力で動かすことが出来ない。
 意識だけが鈍く周囲を認知していた。

デュラ「……」

スライム娘A「あ、あわわわ」

スライム娘B「ふっ……ふくじゅうしゃちょーが……」

スライム娘C「ふぐぅっ……ひっく……」

 部屋の片隅で集まり震えるスライムたち。
 デュラハンはその光景を目にするも、興味を欠片も示さなかった。

 それよりも、今の戦いに納得がいかなかったのかまたぞろ剣を振り始める。
 

514: 2012/09/13(木) 20:53:46.51 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……」

 今のは剣技ではない。ただの力技だと自身で理解している。
 剣技。それは彼女が魔物を討つために磨いてきた財産であった。

アラクネ「……」

 掠れゆく視界の隅でそれをただ見ることしか出来ない。
 ああ、だけど良かった。どうやらデュラハンはあの子らに興味がないようだ、とアラクネは安心していた。

 恐らくは素振りが終われば私は殺されるだろう。
 見逃される理由がない。

 朦朧とする意識の中、デュラハンの素振りが静かに終了した。
 

515: 2012/09/13(木) 20:54:13.63 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……」

 視線がアラクネへと向く。
 止めを刺そうと、ゆっくり獲物へと足を伸ばす。

アラクネ「ふふっ……」

 もう声は出ない。
 力の抜けるような笑い声だけがこぼれていた。

 剣を突き刺そうと魔剣を構える。
 その時だった。
 

516: 2012/09/13(木) 20:54:41.07 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……?」

 魔剣が声なき声を上げ、哭き始めた。
 アラクネを突き刺そうとするデュラハンの意思に反し、城門の方へと剣の意識が向く。

デュラ「……ッッ」

 城門を斬り破れ。
 魔剣からの命令をはっきりと感知した。

 目の前に獲物がいると言うのに、魔剣はアラクネに興味を示していない。
 刃を突き立てれば命と共に魔力を得ることが出来る。

 にも関わらず、魔剣は城門を斬れと言っている。
 デュラハンには理解出来なかった。
 

517: 2012/09/13(木) 20:55:08.56 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……」

 口惜しそうにアラクネへと一瞥を残し、背を向け城門へと歩み寄った。
 目の前にそびえる巨大な城門。

 理由はわからない。
 魔剣は理由まで語ろうとはしなかった。

 ただ、斬れと。そう伝わってくる。

デュラ「……斬る」
 

518: 2012/09/13(木) 20:55:35.39 ID:NKBuqCH3o

 前に立っただけでその城門が分厚く、頑丈な物だと言うことはわかった。
 けれど、今の自分なら。この魔剣なら斬ることが出来る。

 そう確信を持って、彼女は剣を十字に振った。

 ──ギコン。ギコン。

 ──ゴゴゴゴゴ。

 ゆっくりと、剣線にそって門が裂ける。
 門が破れたその瞬間。

 城内から、城外から。
 中と外から魔力の入流出が巻き起こる。
 

519: 2012/09/13(木) 20:56:02.22 ID:NKBuqCH3o

スライム娘D「ぴゃぁっ!」

スライム娘E「あうあうぅ……ひぃぃ」

スライム娘F「なんなのぉ……」

 魔王城城門。
 それは、魔力を防ぐ効果を持つ魔防壁の役目を担っていた。

 この門のため、デュラハンの得た巨大な魔力の痕跡は外に漏れることはなかった。
 逆もまた然り。

 デュラハンがアラクネに止めを刺そうとした時。
 城外ではリッチが規格外の魔力を手に入れ、受肉していた。

 魔剣は城門によって遮られていた魔力を感知し、さっさとあちらへ行けと促していたのだった。
 より、上質な“エサ”の方へと。
 

520: 2012/09/13(木) 20:56:38.11 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……そういう、こと」

 門が破壊された今、リッチの魔力はデュラハンでも用意に察知することが出来る。
 強い。果てしなく強い。感じ取れる魔力量だけで相手の力量がわかった。

 魔剣から流れてくる激情。
 戦え、叩け、潰せ、殺せ。

デュラ「あぅ……うう、うう……」

 再び塗りつぶされる思考回路。
 ただ、闘うために彼女は決戦の草原へと身体を走らせた。
 

528: 2012/09/13(木) 23:51:34.11 ID:NKBuqCH3o
>>520  つづき。



 それは、全て素手による作業だった。
 受肉前は骸骨だった為に身を隠すものもない。

 装備以前に見に纏う布すらないのだから、それも頷ける。

ガーゴイル「……」

リッチ「うふふ……」

 見るも無残な姿。
 両手をもがれ、両翼は粉々に粉砕されている。

 先端が斧のような形状を持つ尻尾も根から引き抜かれていた。
 大地に跪く姿は“大臣”と呼ばれた魔物の姿からは想像しえない姿に成り果てている。
 

529: 2012/09/13(木) 23:52:20.34 ID:NKBuqCH3o

リッチ「さて……と」

 ガーゴイルに意識はもうない。
 紅く灯っていた両眼も今は暗く、なにも写してはいなかった。

 悠々とガーゴイルの横を歩く。
 すでに召喚されたゴーレムたちも砕いてある。

 邪魔するものは、もういない。
 

530: 2012/09/13(木) 23:53:21.63 ID:NKBuqCH3o

リッチ「私が魔王よ……」

 くすくすと笑いが込み上げてくる。
 愉快でたまらなかった。

 とうの昔に崩れ去った美貌。
 それを、条件付とは言えこの手に取り戻した。

 後はこの姿を維持するために玉座を手に入れるだけ。
 簡単なことだった。

 満願成就。
 これを成しえるために。このためだけに、彼女は種族を糧とした。
 

531: 2012/09/13(木) 23:53:47.75 ID:NKBuqCH3o

リッチ「ふふっ」

 そこに罪悪感などない。
 醜い、汚いだけのアンデッドが自分の糧になれたのだからさぞ嬉しいだろう。

 そう思っているほどである。
 なんの後ろめたさも抱いてはいない。

リッチ「~~♪」

 思わず鼻歌まで飛び出てくる。
 そほどリッチの気分は高まっていた。
 

532: 2012/09/13(木) 23:54:48.93 ID:NKBuqCH3o

 ──ギコン。ギコン。

 ──ゴゴゴゴゴ。

リッチ「うん?」

 奇妙な光景が目に入った。
 城門に走る十字の剣線。

 ゆっくりと、城門が崩れ落ちる。
 それと同時にとてつもない魔力を魔王城から感知した。
 

533: 2012/09/13(木) 23:56:02.26 ID:NKBuqCH3o

リッチ「……ッッ」

 知らない。
 まるで感じたことのない魔力だった。

 今の魔王城にこのような高い魔力を持った魔族はいないはず。
 しかも明確な敵意を自身へと放っている。

 誰だ。
 検討もつかない。

 弛緩していた表情は何時の間にかキツいそれへと変貌している。
 一筋の汗が頬を伝った。
 

534: 2012/09/13(木) 23:57:16.59 ID:NKBuqCH3o

リッチ「……」

 ゆっくりと、影が近づいてくる。
 ゆっくり。ゆっくり。

 ゆらゆら、高い魔力がまるで陽炎のように作用され姿が見えない。

リッチ「……お前は」

 やがて対峙する魔王クラスの魔物二体。
 それはかつて、首を刎ねた者と刎ねられた者。

 主人であり従者。
 リッチとデュラハンの数時間ぶりの再開であった。

 けれど、両者。
 お互いに知る姿とはほど遠い容姿。魔力を有している。
 

535: 2012/09/13(木) 23:57:47.96 ID:NKBuqCH3o

リッチ「誰かと思ったら、デュラハン。あなただったの」

デュラ「……」

リッチ「なあに? その剣。その剣のお陰でそんなに強くなったのかしら」

デュラ「……」

 語りかける主に対し、従者はなにも言葉を発さなかった。
 ただ、黙って語りに耳を傾けている。
 

536: 2012/09/13(木) 23:58:52.26 ID:NKBuqCH3o

リッチ「ふうん……」

 嘗め回すようにデュラハンの全身を見渡す。
 十中八九、その剣の影響を受けて魔力が跳ね上がっている。

 魔力。リッチにとってアンデッド族の魔力はエサに等しい。
 自らが生み出したデュラハンであれば、身体ごと吸収するのは容易なことだった。

リッチ「まあ、どうでも良いっか。対して役に立たなかったけど、最後に良い仕事をしたようね」

デュラ「……」
 

537: 2012/09/13(木) 23:59:18.90 ID:NKBuqCH3o

 ゆっくりと手を伸ばす。
 掌をデュラハンに向け、薄っすらと笑みを浮かべた。

 リッチにとってこれは予期せぬ収入だ。
 魔力の高に驚きはしたが、その主がデュラハンであれば問題はない。

 問答無用に自身に取り込むことが出来る。
 その肉体もろとも吸収し、また強くなる。

 そう考えていた。

リッチ「おかえりなさい、デュラハン」
 

538: 2012/09/14(金) 00:00:10.27 ID:7wp6qPkVo

 ──。

 ────。

 ──────。
 

539: 2012/09/14(金) 00:00:37.01 ID:7wp6qPkVo

リッチ「……どう言うこと?」

 自身の肉体に還るはずだった魔物は今もなお眼前にいる。
 戻らない。

 なんど試そうが同じことだった。
 デュラハンがリッチに還る事はない。

 氏体だったデュラハンに魔力を与え動けるようにしたのはリッチである。
 アンデッドの女王たる彼女からすれば、自らの作り出した子の生殺与奪は簡単に行えるはずだった。
 

540: 2012/09/14(金) 00:01:05.59 ID:7wp6qPkVo

リッチ「……ッッ」

 理解し難いことだが、考えられなくもない。
 デュラハンの制御。管理者が書き換えられている、と。

 リッチが分け与えた魔力を膨大な魔力で書き換え、制御下から離れている。
 だとすれば納得がいく。

 今、対峙している魔物はリッチの部下であるアンデッド・デュラハンではない。 
 向けられる敵意。

リッチ「そう……私に牙を剥きたいのね……?」

デュラ「……う。…………す……せ…………」
 

541: 2012/09/14(金) 00:01:36.07 ID:7wp6qPkVo

 会話になっていない。
 リッチの声はデュラハンに届かず、ぶつぶつと静かに呟いていた。


 闘う闘う闘う闘う闘う闘う返せ闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘
 う闘う闘う闘う闘う返せ闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う頃す殺
 す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃すすすすすすすすすすすすすすすすすすす。


デュラ「あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜!!!!!!」
 

542: 2012/09/14(金) 00:02:10.27 ID:7wp6qPkVo

 ──ドンッ。

 まるで魔力が火柱のように昇り立った。
 魔剣から流れる激情を全て受け入れる。

 剣を力強く握り、デュラハンは“自らの意思”でリッチへと刃を向けた。

リッチ「良いわ、来なさい。石像相手じゃ物足りなかったのよ」

デュラ「う゜う゜う゜う゜ぅぅぅぅ……!!」

 魔界が揺れる。
 激突する二つの力は、各々が魔王と同格のそれであった。
 

553: 2012/09/14(金) 20:42:55.79 ID:KPcNwj8do
>>542  つづき。



 生み出される破球。
 形ある物。命ある者。

 有象無象を消し去る、破壊の塊。
 全てを平等に打ち砕く、全能の攻撃。

 魔王剣から放たれるそれをヘカトンケイルは正面から受け止めた。
 一本。二本と消し飛んでいく腕。

 五本、六本、七本。
 

554: 2012/09/14(金) 20:43:21.70 ID:KPcNwj8do

ヘカトン「…………ッッッ!!」

 余っていた十三の腕。
 その内の七本を消費し、破球を防ぐ。

 目算して魔王の魔力は殆ど残されていない。
 あと一撃、耐えて終わる。

 残りの腕は残り六本だが、乗り切れる。
 空間に納まっていない二本の腕は、言わば利き腕だった。
 

555: 2012/09/14(金) 20:44:22.24 ID:KPcNwj8do

 失えば再生するのに必要とする時間は他の腕の数倍はかかる。
 けれど、利き腕を使えば恐らくは両腕で破球を消し去ることができるだろう。

 最後の破球を生み出し魔力を使い切れば魔王は動けない。
 そこで戦闘は終了する。

 後は踏み潰すなりなんなり、いくらでも対処しようがある。
 思ったよりも削られた。そんなことをヘカトンケイルは思っていた。

 ──パンッ!

 腕を犠牲に破球を爆ぜる。
 あと一球、凌いで終わりだ。

 そう思い込んでいた。
 

556: 2012/09/14(金) 20:45:38.95 ID:KPcNwj8do

魔王「────はあああぁぁぁぁ!!!」

 破球の裏。
 魔王はその小柄な身体を破球の裏に隠し、同時に突進していた。

ヘカトン「ぬっ!」

 魔王剣に目が行く。
 本来、刃がないそれには鈍く黒光りする刀身が生えていた。

 使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。
 それは、技量のない未熟な者が使った場合での使用方法だった。
 

557: 2012/09/14(金) 20:46:16.45 ID:KPcNwj8do

 精神を集中し研ぎ澄ませ、圧縮した魔力を刃状に留める。
 およそ斬れぬものなど無い最強の刃。

 その斬れ味は次元すら切り裂くほどであった。
 前代の魔王は魔王剣を“剣”とし自在に操り、魔王の座に着いていた。

 ヘカトンケイルの脳裏に苦い思い出が蘇る。
 かつて、全ての腕をあの剣に叩き斬られ敗北した。
 

558: 2012/09/14(金) 20:46:46.78 ID:KPcNwj8do

 その刃を振らせる訳にはいかない。
 幸い、魔王の供給する魔力は乏しく刀身の長さはそれほどに長くない。

 魔力が多ければ多いほど、刀身を伸ばすことや形状を変えることが出来る。
 けれど、それをこの場面でしないということは“出来ない”という事であった。

 ──勝った。

 一手足りない。
 魔王剣を振る前に、この拳でもって魔王を吹き飛ばすことが出来る。

ヘカトン「終わりだ」

 振り抜かれる巨大な拳。
 ガードをせねば確実に全身の骨が砕かれる威力をもったそれが、魔王の身体へと襲い掛かった。
 

559: 2012/09/14(金) 20:47:21.00 ID:KPcNwj8do

 ──。

 ────。

 ──────。
 

560: 2012/09/14(金) 20:47:48.16 ID:KPcNwj8do
 
魔王「……はあ?」

 どうにも場違いな、間の抜けた声。 
 その声を投げかけられた相手は魔王剣だった。

 ──どうしても一手足りない。

魔王「……」

 ──主よ、足りなければどうすれば良い。

魔王「……」

 その答えはさきほど、魔王剣から聞かせられている。
 しかし、口にはしたくなかった。
 

561: 2012/09/14(金) 20:49:39.25 ID:KPcNwj8do

魔王「他になにか案は?」

 ──ない。

魔王「キッパリと……」

 ──腹を据えるのだ、主よ。元より無傷で勝てる相手ではない。

魔王「でもさ、わたしにだって生活ってものがあるんだよ」

 ──それは勝てた後にある未来だ。氏ねばそんなものはない。

魔王「減らず口を……」

 ──さあ。相手は待ってくれぬぞ。

魔王「むう……」

 
 ──腕の一本。安いものじゃないか。

 

562: 2012/09/14(金) 20:50:30.40 ID:KPcNwj8do


 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

563: 2012/09/14(金) 20:51:24.28 ID:KPcNwj8do

魔王「あああ、もうッ!! 知らないッ!!」

 迫り来る拳。
 ガードすべきその攻撃に対し、魔王は左腕を突き出した。

ヘカトン「ッッ!?」


 ────。


 音にならない、鈍い音。
 骨が完全に砕け肉がひしゃげる。

 その攻撃は完全に魔王の耐久力を上回っていた。
 突き出された左腕。

 骨が砕かれ、肉から尖ったものが飛び出る。
 衝撃に耐え切れず肉片が飛び散り、終いには骨すらも筋から離れ散華した。
 

564: 2012/09/14(金) 20:52:07.44 ID:KPcNwj8do

魔王「ひぎっっっ!!」

 ──耐えろ! 勢いを殺させるな!

 左腕が完全に消し飛ぶ。
 けれど、その代償に拳の勢いを相頃することに成功した。

魔王「こんなに痛いのは、産まれて初めてだ……」

 時がゆっくりと流れる感触を魔王は味わった。
 全てがスローモーションに思える。
 

565: 2012/09/14(金) 20:53:13.15 ID:KPcNwj8do

 ヘカトンケイルも次なる行動を起こそうとしている。
 が、一手足りない。

 どう足掻いたところで、魔王の攻撃を防ぐ手立てをヘカトンケイルは持ち合わせてはいなかった。
 躍り出るヘカトンケイルの頭上。

 障害物はなにもない。
 魔王は躊躇なく、残された右腕に握る魔王剣を振るった。
 

566: 2012/09/14(金) 20:53:51.65 ID:KPcNwj8do



 ────── 氏ね ──────

 
 
 透き通るような声。
 その声の主は、未だ幼さが残る少女。

 この魔界を統べる王のものであった。
 

567: 2012/09/14(金) 20:54:25.21 ID:KPcNwj8do


……。
…………。
……………… 

 

568: 2012/09/14(金) 20:55:03.49 ID:KPcNwj8do

 
 巨大な魔力と魔力の衝突。
 空の上で魔王とヘカトンケイルが激突している最中、地上でも二つの力がぶつかり合っていた。

リッチ「ッチ」

デュラハン「……ッッ!!」

 重たい、肉厚の大剣を羽のような軽やかさで振り続けるデュラハン。
 リッチと言えど魔力の源である魔剣の攻撃を直接受けることは出来なかった。

 繰り出される攻撃を避け続ける。
 振り回していただけの攻撃は、今や剣技と化し避け続けるのも難しくなってきていた。
 

569: 2012/09/14(金) 20:55:36.71 ID:KPcNwj8do

リッチ「デュラハンごときが……」

 大きくバックステップをし、距離を取る。
 距離を取らされること自体が屈辱であった。

リッチ「素手じゃ面倒ね」

 ──つぷっ。

 背後に手を回し、自身の首根っこを掴む。
 指が皮膚を貫き自らの骨を掴んだ。
 

570: 2012/09/14(金) 20:56:03.45 ID:KPcNwj8do

リッチ「う゛……あぁぁぁ……」

 ──ズルッ、ズズズ……。

 掴んだまま骨を引き抜く。
 首裏から背骨が姿を現し、全てを引き抜くとそこには“蛇腹剣”のような物が握られていた。

リッチ「……ふぅ」

デュラ「……」

 その異様な光景を目にするも、デュラハンの心は些かも波立たなかった。
 頃す。それだけが胸中を渦巻いている。
 

571: 2012/09/14(金) 20:56:45.47 ID:KPcNwj8do

デュラ「あああ゛っ!!」

 大地を踏み抜き、リッチへと突進する。
 空気を切り裂きながら魔剣を振り下ろす。

 ──ギャリッ!

デュラ「ッ!?」

 今までに聞こえなかった音が剣から響く。
 リッチの蛇腹剣が、振り下ろした魔剣を“撃ち落した”音だった。

 地中深くに刀身が突き刺さる。
 上方から加えられた攻撃により、ワンテンポ次へと移る動作を送らされた。
 

572: 2012/09/14(金) 20:57:22.86 ID:KPcNwj8do

リッチ「ふふっ」

 その隙を逃さない。
 クンッ。と手首を返し、鞭を操るように蛇腹剣を振ると剣先は意思でもあるかのようにデュラハンの腹部へと突き刺さった。

デュラハン「ぐっっっっっっ!!」

 切っ先は勢い弱まることなく甲冑を貫き、デュラハンの腹部を貫通した。
 そのまま無造作に蛇腹剣を振るう。

 魔剣を握ったままのデュラハンはまるで人形のように草原へと討ち捨てられた。
 

573: 2012/09/14(金) 20:57:53.89 ID:KPcNwj8do

リッチ「さあ、立ちなさい。まだまだでしょう?」

デュラ「……」

 ダメージはなかった。
 元々アンデッドの痛覚は鈍く出来ている。

 それに加え、魔剣の影響で痛覚は完全に消えていた。
 腹を貫かれようが切り裂かれようがダメージはない。
 

574: 2012/09/14(金) 20:58:52.20 ID:KPcNwj8do

デュラ「ううう……」

 魔剣からも今も流れ来る激情の波。
 再びデュラハンはリッチへと攻撃をしかけた。

 縦に、横に。
 時には跳躍し、回転し。

 魔剣を操り連撃し続ける。
 

575: 2012/09/14(金) 20:59:21.15 ID:KPcNwj8do

リッチ「ふふっ! ふふっ! 当らない、当らないねえ」

 魔力量は互角。
 しかし、デュラハンの攻撃は当らずにリッチの攻撃だけは当り続ける。

 痛みがないとは言え、肉体を削られ次第に動きが鈍くなっていく。
 リッチは嬲るようにデュラハンの身体を削いでいった。
 

576: 2012/09/14(金) 21:00:01.07 ID:KPcNwj8do

デュラ「…………」

 刃が届かない。
 攻撃域の違いが出ていた。

 デュラハンの攻撃は魔剣による直接的な斬撃のみ。
 対するリッチは伸縮性のある蛇腹剣での中距離攻撃だった。

 魔力の使用方法にも差が出ている。
 力の使い方に長けたリッチは魔法を使い、環境を変化させる小細工を弄していた。

 足場を悪くし、動きを鈍く。分身を生み出し惑わせる。
 どれもこれも大した効果は望めるはずがない。

 苛立ち。焦り。
 ちょっとした隙を作れればそれで良かった。
 

577: 2012/09/14(金) 21:00:36.71 ID:KPcNwj8do

リッチ「宝の持ち腐れね……その魔力は私が全部吸収してあげるから、安心なさい」

 完全に経験の差が現れていた。
 純粋に生きた年数が違う。

 “生きた”と表現するには語弊が生まれるが、デュラハンなどリッチからすれば産まれたての子ども同然だった。
 いかに魔剣を駆ろうと、その力を存分に振るえなければ意味がない。

 力に振り回されているだけだ。
 そのような攻撃が、リッチに当るはずがない。
 

578: 2012/09/14(金) 21:02:08.04 ID:KPcNwj8do

デュラ「う゛う゛う゛……」

 苛立ちが膨らむ。
 斬りたいのに斬れない。頃したいのに届かない。

デュラ「あ゛あ゛あ゛っっ!!」

 ちまちまと攻撃を繰り返しても埒があかない。
 ギリギリで当らないと言うのなら、思い切り魔力を込めてその高で粉砕すれば良い。

 ありったけの力を。
 全ての魔力を一撃に込めて、巻き込んでやる。
 

579: 2012/09/14(金) 21:02:37.24 ID:KPcNwj8do


デュラ「ゆ……い………お…………い。……せ……せっ」


 ──許さない。お前だけは許さない。


 ──返せ。


 ──私の頭を。

  
デュラ「返せッッッ!!」


 

580: 2012/09/14(金) 21:03:17.56 ID:KPcNwj8do

 魔界が激しく揺れた。
 うず高く掲げられた魔剣に魔力が集中する。

 チリチリと巻き上げられた草が魔力で焼かれ、朽ち果てていた。
 レベルの低い魔物であれば呼吸をすることすら困難なほど、濃い魔力がデュラハンを集中に発散されている。

 正真正銘、渾身の一撃を込めていた。

リッチ「……ふふっ」

 その光景を見てもなお、リッチは笑みを止めない。
 魔力の高は脅威だが当らなければそれは意味をなさない。

 避けて、終わりだ。
 デュラハンに止めを刺し、霧散した魔力を吸収しさらに力を付ける。
 

581: 2012/09/14(金) 21:03:52.12 ID:KPcNwj8do


デュラ「私の頭を────返せええええええええええええ!!!!」

リッチ「だぁーーーーっめ!!」

 繰り出される最強の一撃。
 全ての魔力を込めた、最後の一撃だった。

リッチ「ふふっ! こんな怒りに任せた攻撃が当るわけ────」


 きっとそれは、様々な偶然が重なり起こった出来事だった。

 

582: 2012/09/14(金) 21:04:20.22 ID:KPcNwj8do


 ──ドシュッ。


リッチ「──えっ」

 じわり。
 背後から、貫かれる。

 受肉したために作られた臓器。
 心臓の部分から無骨な“岩のような物”が突き出ていた。

 

583: 2012/09/14(金) 21:04:51.02 ID:KPcNwj8do

ガーゴイル「……」

リッチ「氏……に、ぞこない……がぁぁぁ!!」

 この短時間に再生させるには尻尾だけが限界だった。
 けれど、それは充分すぎる一撃足りえる。

ガーゴイル「止めを刺さぬその慢心が、お前の命取りよ」

リッチ「ごっみっの……分際でぇぇ、ッッッツ!!」
 

584: 2012/09/14(金) 21:05:20.69 ID:KPcNwj8do

 慢心。
 受肉し、力を得たからこそ生まれたもの。

 常の彼女であればありえない手の抜きよう。
 それが最後の最後で、命の駆け引きで彼女が敗れた理由だった。

デュラハン「うわああああああああああ!!!!」

 鳴き声のような、断末魔。
 その声にのせ振り下ろされる魔剣の一撃。

 奪った者と奪われた者。
 両者の幕引きを飾るに相応しいものであった。
 

596: 2012/09/15(土) 22:05:47.23 ID:PzoPhgpjo
>>584  つづき。




……。
…………。
……………… 

 

597: 2012/09/15(土) 22:06:17.70 ID:PzoPhgpjo


 ──ふわり。


 身体のほとんどが砕かれ、身動きが取れないガーゴイルの視界に一つの影が落ちた。
 上空から木の葉のように落ちてくるそれは次第に大きくなり、

 すとん。と、まるで重力を感じさせずに落下した。
 

598: 2012/09/15(土) 22:07:50.37 ID:PzoPhgpjo

飛竜「ピュイ♪」

魔王「ご苦労様、ありがとう」

 運んでくれた飛竜に右腕で手を振る。
 飛竜は嬉しそうな声を上げ、空の彼方へと姿を消した。

魔王「──おお、ガーゴイルか。随分と面白い格好をしているね」

ガーゴイル「………………なっ」

 絶句。
 ガーゴイルの耳に入った声は聞きなれた、主の声。

 しかし、見た目は声を失うほど大きな違いがあった。
 まず髪の毛。長く美しい黒髪は何処へやら、肩にかかるかどうかのショートヘアーへと変貌をしている。

 そしてなにより。

 ──肘から先の左腕が欠落していた。
 

599: 2012/09/15(土) 22:08:17.95 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「なっ、ななな……」

魔王「しかし、まあ。少し目を離した隙に随分と荒れ果てたものだね」

 ガーゴイルの驚きなど他所に、草原へと目を配る。
 草原は亡者共の血や腐肉。ゴーレムらの亡骸で荒れ果てている。

 それに加え、苛烈な戦いによって地が抉れ地形すら変化していた。

魔王「一体、どう言う戦い方をしたらこうなるんだろうね」

ガーゴイル「────魔王様ッッ!!」

魔王「ひゃっ──って、もう! いきなり大声を出さないでよ、驚くでしょうに」

ガーゴイル「その髪は! その腕は! 一体どうなされたと言うのですか!!」

魔王「あー……」

 魔王の表情が濁る。
 言葉に換えるのであれば「面倒くさいなあ」と言った感情が見て取れた。
 

600: 2012/09/15(土) 22:09:20.49 ID:PzoPhgpjo

魔王「ああ、まあ、ね。戦いでね」

ガーゴイル「……」

 大臣は言葉を失った。
 主である魔王が、片腕を失って現れたのだ。

 彼の心境も頷ける。
 けれど、当人の魔王はあっけらかんと状況の説明を求めた。
 

601: 2012/09/15(土) 22:09:46.89 ID:PzoPhgpjo

魔王「──で、下はどうなったの? 上は片付いたよ。まあ、被害は見ての通りだけれど」

 ああ、痛い痛い。と付け加えて、大臣の言葉を待つ。
 傷口からは未だにぽたぽたと血が滴っていた。

ガーゴイル「……はぁ」

 大きな溜息を一つ吐いて、満身創痍な身体のまま状況の説明をする。
 説明はそう長いものではなかった。

 リッチが総力戦を仕掛けてきたこと。
 アンデッドを全て吸収し、巨大な魔力を得たこと。

 自身は破れ、見ての通り。
 そのリッチを倒したのは──。
 

602: 2012/09/15(土) 22:10:13.54 ID:PzoPhgpjo

魔王「あれ、か」

 視線の先。
 魔剣を振り下ろし、動かずに固まっている魔物が一匹。

 デュラハンだった。
 全ての魔力を放出したために、意識を失っている。

魔王「なるほどね」

 事実上、彼女はアンデッド族最後の生き残り。
 この世における最後のアンデッドモンスターとなっていた。
 

603: 2012/09/15(土) 22:10:40.43 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「処罰はいかがなさいますか。今なら──」

魔王「──彼女にも応急手当が必要だね。わたし程とは言えないだろうけど、重症だ」

 処分も容易だ。
 そう言いかけたガーゴイルの言葉を塞ぎ、魔王が口にする。

魔王「リッチを倒したのは彼女なんでしょう?」

ガーゴイル「……ええ」

魔王「なら問題ないじゃないか。誰も彼もを頃す必要はないよ」

ガーゴイル「……」
 

604: 2012/09/15(土) 22:11:06.61 ID:PzoPhgpjo

 優しすぎる。
 彼女の長所ではあるが、魔王としてどうなのだろうか。

 それ故に、今回のようなことが起きたと言える。
 そんなことをガーゴイルは考えていた。

 だがそれは違う。
 魔王。彼女はおよそ一般的な優しさから来る思考からそう言った言葉を発している訳ではない。

 全ては「面倒だから」の一言で説明がつく思考からの言葉であった。
 

605: 2012/09/15(土) 22:14:20.70 ID:PzoPhgpjo

魔王「従者たちも無事だと良いけど」

 斬り崩された城門に目をやる。
 城内も荒らされていることがわかった。

ガーゴイル「わかりかねます。この状態では魔力を探るのもままなりません」

魔王「うん。わたしもなんだ。疲れすぎていて、細かい作業が出来ない。正直に言うと、このまま倒れて寝てしまいたい気分だよ」

 おふざけではない、本心からの吐露だった。
 心身ともに疲弊しきっている。

 出来ることならば直ぐにでも眠ってしまいたいほどだった。
 

606: 2012/09/15(土) 22:15:25.39 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「魔王様。次はそちらの説明をお願いいたします」

 目線は頭部と左腕。
 つまり、欠落した部位はどう言うことだ。と目で訴えかけていた。

魔王「……あーっと」

 ヘカトンケイルを倒す為に、犠牲になった。
 そうとしか説明が出来ない。

 ガーゴイルは言葉を失うほかなかった。
 

607: 2012/09/15(土) 22:16:20.27 ID:PzoPhgpjo

魔王「魔王だし、生えてくるかなーって思ったんだけど……」

ガーゴイル「……」

 スキュラなどの再生力を持つ魔物や、ガーゴイルのような無機物な魔物。
 それ以外の魔物が腕を生やすことなどありえない。

 魔王だからなんて関係がなかった。
 生えないものは生えない。

 肘から先が残っていれば縫合してどうにかなったかもしれない。
 が、魔王の腕は粉々に砕け散り跡形もなくなっている。

 どうにもならなかった。
 

608: 2012/09/15(土) 22:17:34.78 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「気を、失いそうです……」

魔王「そりゃねえ……それだけ体がバラバラになってたら痛いでしょう」

 意味が通じていない。
 ガーゴイルの言っていることは自身の苦痛ではなかった。

 主のこれから先を慮ってのことである。

魔王「さて。ここで話しててもしょうがないね、帰ろうか」

 魔王城へ。

 魔王はそう言って、ガーゴイルの半身となった体を右腕で抱きかかえた。
 軽い。岩石の身体はとても重いはずなのに、上半身だけとなったガーゴイルはとても軽かった。
 

609: 2012/09/15(土) 22:18:30.59 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「なっ、魔王様! 魔王様に運んでいただくなど──」

魔王「良いから良いから。足がないんだから、無理しないの」

ガーゴイル「魔王さっ──魔王様っ! 姫様っ!」

魔王「ちょっ、暴れないでよ。ただでさえ片腕なくしてバランス取りにくいんだから」

 聞く耳を持たず、歩き出す。
 ガーゴイルが思わずこぼした“姫様”と言う単語で口角が上がった。

 懐かしい。
 そう言えば昔は“姫様”と呼ばれ抱っこされていたものだと思い出した。
 

610: 2012/09/15(土) 22:18:59.35 ID:PzoPhgpjo

魔王「ガーゴイル。お前はしばらくその姿のままでも良いかもね」

ガーゴイル「──なっ」

 ふふっ。
 可愛らしく笑う。

 随分と長いこと留守をしていたような気さえする。

 ただいま。

 そう小さくこぼし、斬り崩された城門をくぐった。 

 

616: 2012/09/16(日) 03:22:20.03 ID:LiA0wiGMo
>>610  つづき


……。
…………。
……………… 

 
 

617: 2012/09/16(日) 03:22:55.36 ID:LiA0wiGMo

 ──ズチャッ。
 
 勢いそのまま、地面へと激突する。
 顔に付着する泥が不快感を引き立てていた。

 じくじくと腕の痛みが継続して続き、血は今も流れ出ている。
 魔王は苦痛に顔を歪めながらも後ろを振り返った。
 

618: 2012/09/16(日) 03:23:23.22 ID:LiA0wiGMo

魔王「…………」

 巨人。ヘカトンケイルの身体がゆっくりと“ズレ”た。
 魔王が残した剣線をなぞり、ずり落ち、二つに別れ、やがて力を失い地に伏せる。

 ──上出来だ。

 短く魔王剣が口にする。
 その言葉は、ヘカトンケイルの氏を明確に告げたものだった。
 

619: 2012/09/16(日) 03:23:49.72 ID:LiA0wiGMo

魔王「勝てた……んだ……」

 ──ああ。拙いながらも、巨人の王に勝ったのだ。誇るが良い。

魔王「……」

 ゆっくりと身体を起こす。
 何時までも地面に抱きついている趣味はなかった。

魔王「──はれっ?」

 ずちゃ。決して気持ちよくない音と共に、再び地面との抱擁を交わす。
 起き上がったつもりなのに、立てない。

 頭上にクエスチョンマークを浮かべる魔王に答えたのは魔王剣だった。

 ──片腕を失ったのだ。バランスを取れていないのだろう。
 

620: 2012/09/16(日) 03:24:17.41 ID:LiA0wiGMo

魔王「あ……ああ、なるほど」

 納得する。
 ヘカトンケイルには勝利した。けれど、その代償も大きい。

 ふらつきながらも立ち上がる魔王。
 その心境は憂鬱で一杯だった。

魔王「はあ……」

 ──どうした。勝利者の顔とは思えぬほど締りがない。

魔王「腕、生えないかな……」

 ──スキュラじゃあるまいし、生える訳がないだろう。

魔王「うう……」

 ハッキリと告げられる。
 それは、魔王にとって氏刑宣告に等しいものだった。
 

621: 2012/09/16(日) 03:24:51.32 ID:LiA0wiGMo

魔王「この先、どうやって生活するんだよう……」

 読書。料理。入浴と洗髪。
 お題は山済みだった。

魔王「後先考えないからあ……」

 涙ぐむ魔王。
 その顔はどこからどう見ても、少女のそれである。

 ──“これ”に負けたのか。巨人の王も憐れな……。

魔王「はあ……だから片腕を犠牲にする作戦なんてイヤだったのに……」

 

622: 2012/09/16(日) 03:25:20.44 ID:LiA0wiGMo

 文句を呪詛のように垂れ流す魔王。
 そんな主に呆れている魔王剣を他所に、二つに裂かれたヘカトンケイルが消滅しようとしていた。

 ──おい、主よ。良いのか。

魔王「……へ?」

 ──消えるぞ。

 そう言って、意識をヘカトンケイルへと向かせる。
 生命活動の維持が出来なくなった体が徐々に灰へと変化していた。

魔王「良いのかって、どう言うこと?」

 ──消えてしまっては聞き出せなくなるぞ。色々と、な。

魔王「……」

 灰になった箇所からサラサラと風に流されて消えていく。
 王の氏を知ったのか、配下たちの悲痛なる鳴き声が遠くから響いてくる。
 

623: 2012/09/16(日) 03:26:07.94 ID:LiA0wiGMo

魔王「そうだね。一応、理由を聞いておこうか」

 よたよたとヘカトンケイルの頭部へと歩み寄る。
 魔王の全身よりもその頭は大きい。それほどのサイズだった。

ヘカトン「……」

魔王「あー、その。なんだろ……」

 ──久しいな。巨人の王よ。

魔王「へ?」

ヘカトン「お前が起きていたのなら、他の戦い方もあったのだがな……」

 ──抜かせ。

 状況が理解できない魔王を置き去りにし、魔王剣とヘカトンケイルが言葉を交わす。
 

624: 2012/09/16(日) 03:26:43.10 ID:LiA0wiGMo

 ──貴様が腰を上げた理由はなんだ。

ヘカトン「語る必要もあるまい。これだけ戦えることがわかった、それで充分だ」

 ──……。

ヘカトン「とんだ腑抜けと思ったが、力がない訳ではないようだ」

 ──この我を起こす程度の力はあったからな。

ヘカトン「全くだ」

魔王「ちょっと。わたしを抜きに話しを進めないで欲しいんだけど」

 ──なに。理解する必要もない。

魔王「お前が理由を聞けと言ったんじゃないか……」

 無駄口を叩く間にもヘカトンケイルの身体は朽ちていく。
 時間はもう、さほど残されてはいなかった。
 

625: 2012/09/16(日) 03:27:12.85 ID:LiA0wiGMo

ヘカトン「魔王よ、人間はお前が思うほど温厚な動物ではない」

魔王「……え?」

ヘカトン「それだけは……肝に命じ、て……お──」

 灰化が一気に進む。
 巨人の王。ヘカトンケイルの身体は全て灰になり、風に乗って魔界の空へと消えていった。

魔王「……」

 ──と言うことらしいぞ。

魔王「って言われても、ねえ」

 顔をしかめる。
 一体なにが言いたかったのだろう、と魔王は納得がいかなかった。
 

626: 2012/09/16(日) 03:28:35.94 ID:LiA0wiGMo

 ──それはおいおい考えるが良いさ。主はまだ若い。

魔王「……それもそうだね。考えるのも面倒だ」

 ──う……む……。むう……。

魔王「うん?」

 ──主よ。我は眠る……供給された魔力が尽きた……ようだ……。

魔王「ああ、そっか。魔力がなかったらまた寝ちゃうんだね」

 ──う、む。……また、呼ぶが良い。話し相手……くらいに、は……。

 言い終える前に反応がなくなる。
 魔王剣が完全に沈黙した。
 

627: 2012/09/16(日) 03:31:23.42 ID:LiA0wiGMo

魔王「話し相手が剣しかいなくなったら、魔王も終わりだろうけどね」

 含み笑いをしながら答えた。
 軽口は帰ってこない。

 初めて皮肉で勝てたなと、魔王はおかしな気分になった。
 
魔王「さて、帰ろうかな」

 口笛を鳴らし、飛竜を呼び寄せる。
 遠くから「ピュイ」と鳴く声が聞こえた。

 滑空してくる飛竜の背に飛び乗る。
 片腕のバランスにも次第に慣れ、体勢を崩すこともない。
 

628: 2012/09/16(日) 03:32:02.19 ID:LiA0wiGMo

飛竜「ピュイ♪」

魔王「ご苦労様、ありがとう」

 優しく首元を撫でてやると飛竜は目を細め喜んだ。
 戦闘で荒れた心が少しだけ和らぐ。

 巨人の島から離れ、自身が住まう居城へと飛び立つ。
 魔王としての責務を真っ当した彼女の表情は、満足気なものが浮かび上がっていた。
 

640: 2012/09/17(月) 22:14:49.09 ID:koFIxOaRo
>>628  つづき。


……。
…………。
……………… 

 

641: 2012/09/17(月) 22:15:21.07 ID:koFIxOaRo


魔王「くかーっ……んん……」

 気持ちよく眠っていると、カーテンのすれる音が耳に入った。
 曇天模様の空から光が射すようなことはないが、これが起きろと言う合図であることはわかる。

魔王「んー……」

 気分的にはまだ起きたくない。
 わたしは布団を体で巻き込み、起きたくないと態度でアピールをした。

 してみた。
 けれど、それは無駄な努力だ。

 いつも通りに布団を剥がれる。
 うう……優しくないなあ。
 

642: 2012/09/17(月) 22:17:51.53 ID:koFIxOaRo

アラクネ「はい、おはようございます」

魔王「……おはよう」

 無理矢理に布団を剥がれて、なんだか肌寒い。
 気温が寒いとかじゃなくってなんだろうね? 自分の半身を引き剥がされるって表現したら良いのかな。

 うーん……。

アラクネ「ほらほら。もう朝ごはんが出来てますからね」

魔王「ん。ありがとう」

 あれから。
 あの戦いから少しばかりの時間が過ぎていた。
 

643: 2012/09/17(月) 22:18:19.96 ID:koFIxOaRo

魔王「アラクネ。もう身体に支障はないのい?」

アラクネ「もう。心配して下さるのは嬉しいですが、何度目ですか。ここ最近、毎日ですよ」

魔王「それだけの怪我だった。ってことだろう」

アラクネ「ええ、まあ、はい。そうですけど」

 そう言って笑うアラクネ。
 なんのかんのと言って、あの戦いで一番の重傷者はアラクネだった。

 わたしの左腕は、まあ置いといて。
 ガーゴイルは放っておけば直るし、スライム娘たちに被害はない。

 スキュラもダメージなんて負ってないし。
 壁に叩き付けられ、全身を強く打った彼女こそが一番ダメージを受けた者と言えた。
 

644: 2012/09/17(月) 22:19:39.94 ID:koFIxOaRo

アラクネ「魔王様こそ、その“腕”の調子は如何なんです?」

 散らかったわたしの部屋をかたしながら、視線を左腕に移す。
 視線の先。

 なくなったはずのわたしの左腕部には新たなる腕が“装着”されている。
 まあ、義手なんだけれどね。

魔王「まだ慣れはしない、かな。球体関節と言うのは、どうにも動かしにくくて」

アラクネ「それ特注品らしいじゃないですか」

魔王「うん。ガーゴイルが“ドール”の連中に無理を言って作って貰ったらしい」
 

645: 2012/09/17(月) 22:20:35.41 ID:koFIxOaRo

 “ドール”。それは魔界でも数少ない種族だ。
 人形に魂が宿った魔物。

 種族的には無機物と言うことで、ガーゴイルの威光が少しだけ役に立つ形になった。
 魔力を流せば自由に動かせる。

 まだ装着したばかりとあって自在に動かせはしないけど、正直たすかってる。
 髪を洗うのも一苦労だったし、なにより片手じゃ読書が手間だった。
 

646: 2012/09/17(月) 22:21:34.82 ID:koFIxOaRo

アラクネ「よっし、片付け完了。一日でこれだけ汚すんですから、これも才能ですかねぇ」

魔王「そんなに汚れてはいないと思ったけど」

 一見、散らかってるように見えるかもしれない。
 けれど少しだけ待って欲しい。

 積み上げられた本は、読みたい順に並べられている。
 服だってそうだ。乱雑に脱ぎ捨てただけじゃなくて、洗濯に回す分とか別けているんだ。

 決して汚れているわけじゃないことを理解して貰いたい。
 

647: 2012/09/17(月) 22:22:41.18 ID:koFIxOaRo

アラクネ「はいはい。そう言うのを整頓出来ないって言うんですよー」

魔王「なっ」

アラクネ「はーい。髪を梳かしますから動かないで下さいね」

魔王「むう……」

アラクネ「短い髪もお似合いですねぇ」

 似合うかどうかは知らないけど、洗髪の時も楽だし眠る時も楽なのは事実だ。
 出来ることならずっと短いままでいたいのだけど。
 

648: 2012/09/17(月) 22:23:44.76 ID:koFIxOaRo

アラクネ「伸ばすんですか?」

魔王「どうだろう。ガーゴイルがうるさい……」

アラクネ「なるほど」

 くすりと笑われる。
 長い髪の方が威厳がある。とか意味わからないじゃないか。

 まさか、自分の趣味を押し付けているんじゃないかと勘繰ってしまうよ。
 そんなはずはないって分ってはいるんだけどね。
 

649: 2012/09/17(月) 22:24:19.16 ID:koFIxOaRo

アラクネ「さっ、これで大丈夫ですよ」

魔王「ん。ありがとう」

 なんだか身の回りの世話を焼いてもらうってのはむず痒い気分になる。
 あの後。

 片腕が欠落したわたしの面倒は再び従者隊に任せられた。
 最初はもう大変だったよ……。

 スライム娘には任せられないと、従者長であるスキュラが担当してくれた。
 思い出したくもない。

 あのタコ足は髪を洗うのに適してないんだよ。
 言葉も一方通行だしさ……。
 

650: 2012/09/17(月) 22:24:46.92 ID:koFIxOaRo

 アラクネが復帰してくれて大助かりした。
 義手が完成した今も、こうやって面倒を見てもらっている。

 当初の宣言はどこへやら。
 自身のことは自身でやると言ったのに、このていたらく。

 ちょっと恥ずかしい気もするけどさ。ほら、まだ腕も本調子じゃないし……。
 色々と面倒だし……。

 もうしばらくは良いかなって。
 

651: 2012/09/17(月) 22:25:17.80 ID:koFIxOaRo

魔王「今日も美味しそうだ」

 顔がにやける。
 スキュラの作ったご飯は美味しい。

 あんなんだけど、料理の腕前は本物だ。
 伊達に長の名を冠しているわけではない。

魔王「いただきます」

アラクネ「はい、めしあがれ」

 うん。美味しい。
 まだちょっとだけ眠気が残っているけれど、問題なくご飯は進む。
 

652: 2012/09/17(月) 22:25:45.48 ID:koFIxOaRo

アラクネ「──そう言えば魔王様?」

魔王「んー?」

 ぱくぱくと食を進めているとアラクネが声をかけてきた。
 声色からはなにかを尋ねたい。そんな雰囲気を感じさせられる。

アラクネ「ほら、あの子。アンデッドの」

魔王「デュラハン?」

アラクネ「ええ、はい」

魔王「が、どうしたの?」

アラクネ「いや。どうしたって言うか、どうなったのかなぁと」
 

653: 2012/09/17(月) 22:26:12.94 ID:koFIxOaRo

 なるほど。
 自分を痛めつけた相手がどうなったのかを知りたいと。

 いや、違うか。
 アラクネはそんなに狭量なやつじゃない。

 心が狭かったらあのスキュラと上手くやっていけてる訳がないしね。

魔王「うん。今はわたしの配下だよ」

アラクネ「……あら。そうなんですか」

魔王「今頃はリッチの使っていた館を改装でもしてるんじゃないかなぁ」
 

654: 2012/09/17(月) 22:26:44.19 ID:koFIxOaRo

 
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

655: 2012/09/17(月) 22:27:16.61 ID:koFIxOaRo
 
 魔界西方領。
 “四王”であり“氏王”であったリッチが納めていたのがこの地だった。


 ─氏者住まう閨─


 腐臭で満ちていたはずの部屋。
 そこいら中に朽ちた氏体が転がり、亡者共の呻き声が交じり合っていた部屋。

 しかし、それは過去の姿であった。
 この館の主人であるリッチが総力戦にあたり、全ての駒を。

 氏体を、魂を駆り、喰らった。
 今やこの館には亡者の魂はおろか、氏体の一つも転がってはいない。
 

656: 2012/09/17(月) 22:27:55.68 ID:koFIxOaRo

 そんなガランとした館に一匹。
 甲冑を着込んだ、魔物が足を踏み込んだ。

デュラ「……」

 かつて、亡者共が狂ったように溢れた部屋はもうない。
 彼女が訪れた屋敷は、主と住人を失い静寂のみを生み出し続けていた。

デュラ「……」

 彼女はゆっくりと廊下を歩き、ある一つの部屋を目指していた。
 誰の入室も許さなかったリッチの私室。

 館の最深部にあるその部屋に、彼女の目的はあった。
 

657: 2012/09/17(月) 22:28:47.61 ID:koFIxOaRo

デュラ「……」

 目的の部屋へと辿り着く。
 カタカタと震える体を黙らせ、扉を開いた。

 ──キィ。

 音を鳴らし開く扉。
 デュラハンを迎えたリッチの私室は異様なものだった。

 部屋を囲むように作られた棚。
 棚に飾られているのは、透明な瓶。

 その瓶に詰められたものは、人間の“頭部”だった。
 

658: 2012/09/17(月) 22:29:47.39 ID:koFIxOaRo

デュラ「……」

 ざわつく胸の内をなんとか諌め、頭部が詰められた瓶を一つ一つ確かめていく。
 その殆どが女性。それも、美しい容貌を持った者たちである。

 ある一つの瓶の前でデュラハンの動きが止まった。
 ブロンドの長髪。長く伸びたまつ毛。まるで眠っているだけかのように、安らかに眠る首だけの美女。

 そっとその瓶を手に取り、胸にしまいこんだ。
 思わず腰が折れ地べたに崩れ落ちる。


 ──みつ……けた……。


 
 

 

659: 2012/09/17(月) 22:30:17.28 ID:koFIxOaRo

 特殊な溶液に漬けられ、腐敗することなく眠り続ける生首。
 それはかつての彼女自身。

 どれ程の長い間、眠っていたのだろう。
 恐らく、彼女を知る人間はもう居ない。

 あまりにも時間が流れすぎた。
 なにより、彼女はもう人ではなく魔物である。

 瓶を抱きしめるデュラハン。
 瓶詰めにされた頭部。その双眸から涙のようなものが浮かんでいるのは、気のせいではなかった。 
  
 

670: 2012/09/18(火) 22:47:37.91 ID:NCJ6fvhdo
投稿します。

671: 2012/09/18(火) 22:48:13.31 ID:NCJ6fvhdo
>>659  つづき。


……。
…………。
……………… 

 
 

672: 2012/09/18(火) 22:48:43.83 ID:NCJ6fvhdo


 ─魔王城 謁見の間─


ガーゴイル「魔王様」

魔王「ん」

 玉座に腰を下ろす一人の少女。
 髪は短く、未だ幼い顔立ちであるこの子こそが魔界を統べる王だった。
 

673: 2012/09/18(火) 22:49:34.25 ID:NCJ6fvhdo

ガーゴイル「謁見の希望を申し出ている魔物が一匹おります」

魔王「そうか」

 ガーゴイル。
 身体、翼、そして尻尾。

 その全てが岩石で構築された魔物。
 魔王の右腕とも呼ばれ、大臣と言う職を担っていた。

 先の大戦で負傷した傷など見受けられず、身体は完全に再生されていた。
 

674: 2012/09/18(火) 22:50:12.17 ID:NCJ6fvhdo

魔王「その魔物はどこに?」

ガーゴイル「控えさせております」

魔王「通せ」

ガーゴイル「ハッ」

 短いやりとり。
 全てはすでに決まっていた事柄だった。
 

675: 2012/09/18(火) 22:50:49.02 ID:NCJ6fvhdo

ガーゴイル「アンデッド族。デュラハン。参れ!」

 ガーゴイルの号令によって、一匹の魔物が姿を現した。
 甲冑を見に纏い、鎧兜を小脇に抱えている。
 
 デュラハン。
 アンデッド族。

 “首なし騎士”とも呼ばれる魔物。
 けれど、彼女の首にはソレが存在していた。

 玉座に座る魔王に対峙し、跪く。
 

676: 2012/09/18(火) 22:51:38.22 ID:NCJ6fvhdo

魔王「やあ」

デュラハン「お久しぶりです……」

魔王「思ったより、整った顔をしている」

デュラ「お恥ずかしい……限りで……」

 頭部を取り戻したデュラハン。
 自身の首に合わせ、結合させる。

 そのことによって全てを思い出した。
 自身が人間であったこと。

 リッチによって、魔物に身をやつしたこと。
 出来うることならば思い出したくないようなことまで、全てを思い出した。
 

678: 2012/09/18(火) 22:52:08.30 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「……」

魔王「さて──デュラハン。お前の処遇だったね」

デュラ「ハッ」

 戦いの後。
 全ての魔力を放出し気を失ったデュラハン。

 そして同じく、全ての魔力を撃ち放ち呪縛を解き放った“ベルセルクの大剣”。
 一匹の魔物と一振りの魔剣は魔王によって身柄が拘束されていた。

  

679: 2012/09/18(火) 22:52:49.57 ID:NCJ6fvhdo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

680: 2012/09/18(火) 22:53:22.28 ID:NCJ6fvhdo
 
デュラ「……ん」

魔王「お。目覚めたか」

 目を覚ますと、見慣れない景色が視野に入る。
 眼前にはショートカットの少女。

 良く見ると、その子の左腕は欠落していた。

デュラ「……」

魔王「ん? まだ寝惚けているのかな」

デュラ「腕……」
 

681: 2012/09/18(火) 22:53:53.04 ID:NCJ6fvhdo

 思わず、口に出てしまう。
 寝惚けている。

 そうだ、確かにそうだろう。
 良く思い出せない。

 もしかしたら、寝惚けているどころではなくこれは夢。
 私は眠っているんじゃないだろうか。

 そうだとしたら、この霧に囲まれたような記憶の混乱も頷ける。
 

682: 2012/09/18(火) 22:54:23.33 ID:NCJ6fvhdo

魔王「腕。ああ、腕ね……全く、これからどうしよう。本当に……」

 私の問いに本気で考え込む少女。
 その姿は年齢相応に可愛らしいものだった。

魔王「──っと、すまない。一人で考え込んでしまった」

デュラ「……」

魔王「現状を把握できているか?」
 

683: 2012/09/18(火) 22:54:51.07 ID:NCJ6fvhdo

 私の方が明らかに年上なのに、この子はどうしてこんなにも偉そうなんだろう。
 いや、違う。

 ──偉そう。

 なんじゃなくって、きっと偉いんだ。
 よくよく顔を見れば幼さを押し退けてある種の気品が見て取れる。

 何度かお目にかかったことがある、私なんかよりもずっとずっと位の高い他国の姫様。
 この子は、そのお姫様と同じような気品の高さを感じるもの。
 

684: 2012/09/18(火) 22:55:21.88 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「……あれ?」

 ──現状を把握できているか?

 この言葉を聴いて、私は。
 私は、

デュラ「……」

 言葉が詰まる。
 えっと……私って、私は。

 ──わたしって、なんだろう。
 
 

685: 2012/09/18(火) 22:55:52.59 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「……」

魔王「……」

 言葉をなくした私に対して、少女は微笑んだ。

魔王「そうか、記憶がないんだね」

デュラ「……」

魔王「わからないのなら、わからないまま聞いてくれ」

デュラ「……」

 私の沈黙を肯定と受け取ったのか、少女は口を開き色々と説明してくれた。
 

686: 2012/09/18(火) 22:56:21.92 ID:NCJ6fvhdo

魔王「お前の名は“デュラハン”。首なしの騎士。アンデッドと言われる種族だ」

デュラ「アンデ……ッド……」

魔王「うん。そして──」

 そこからの説明は突拍子もなさすぎて、ビックリした。
 私が魔物だとか、目の前の少女が魔王だとか。

 けれど話しを聞いていく内に思考がスッキリとしていく。
 勿論、全ての記憶を思い出した訳ではない。

 ──魔剣を、魔剣を振るって意識が混濁したところまでは思い出した。

 そうだ。
 私は、ご主人様……リッチの命にしたがって城を内部から。
 

687: 2012/09/18(火) 22:56:49.09 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「──それで、剣を見つけて」

魔王「うん。みたいだね。ガーゴイルめ……私に黙ってあんな剣を保管していたなんて……」

デュラ「あっ、あの……」

 再び一人で話し始める少女。いや……“魔王様”に向かって私は口を挟んだ。

デュラ「わっ、私は……どうなるの……で、しょうか……」
 

688: 2012/09/18(火) 22:57:21.63 ID:NCJ6fvhdo

 詰まる。
 どうなる。そんなの決まっている。

 私の主人は“リッチ様”だ。
 魔剣に飲み込まれたといは言え、主人を頃した。

 その罪は大罪と言えるだろう。
 殺されるに決まっている。

 馬鹿な質問をしたなと内心で嘆いていると、

魔王「どうなりたい?」

デュラ「……は?」

魔王「どうなりたいの?」
 

689: 2012/09/18(火) 22:57:51.00 ID:NCJ6fvhdo

 予想を裏切る質問が返ってきた。
 私の処遇を断定する言葉ではなく、私がどうしたいかの質問。

 少し間を空けて、私は答えた。

デュラ「氏にたく……ない……です……」

 もう氏んでいるようなものなのに、おかしな話だ。
 でも、氏にたくない。

 氏にたくなかった。
 

690: 2012/09/18(火) 22:58:37.42 ID:NCJ6fvhdo

魔王「うん。それなら大丈夫、殺さないから」

デュラ「……へ?」

魔王「うん?」

デュラ「えっと……私の処罰は……」

魔王「処罰? なんで?」

 心底「わからない」と言った表情を作る魔王様。
 本当にこの子が、魔界の王かと疑りたくなるほど可愛らしい顔だと思った。
 

691: 2012/09/18(火) 22:59:04.02 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「私……は、リッチ様を……」

魔王「うん。頃したんだったね」

デュラ「……はい」

 そう、私は頃した。
 主人を。魔界四方領の一角を任せられている“氏王”のリッチ様を。

 許されるはずが──。
 

692: 2012/09/18(火) 22:59:32.85 ID:NCJ6fvhdo

魔王「いやあ、お陰で助かったよ」

デュラ「……」

魔王「聞いた話しじゃかなり強くなったらしいからね。それも、わたしレベルに」

 な、なにを言ってるんだろう。

魔王「そんなリッチに魔剣の力を借りたとは言え勝ったんだ。いや、大したものだよ」

 褒められている……?
 確かにそう聞こえるのだけど。
 

693: 2012/09/18(火) 23:00:04.88 ID:NCJ6fvhdo

魔王「んん?」

デュラ「……」

 私が唖然としていると、魔王様は「ははーん」口角を吊り上げながら含み笑いをした。

魔王「あれかな。もしかして、リッチを頃したから処罰されると思っているのかな」

デュラ「は、い……」

魔王「あーあー、なるほどね。そんなことを気にしていたんだ」

 「そんなこと」って。
 私からすればとても重大なことで、それこそ処罰を受けても仕方がないことで……。
 

694: 2012/09/18(火) 23:00:37.00 ID:NCJ6fvhdo

魔王「アレは謀叛を起こした。どう転んだにせよ、氏罪確定だよ」

デュラ「……」

魔王「だから、君は手間を省いてくれた。ここまでは、よろしいかい?」

デュラ「……はい」

魔王「君の“これまで”なんてどうでも良いことなんだ、悪いけどね。人間だったとか、主人を頃したとか」

デュラ「……」

魔王「わたしが話してるのは、君の“これから”なのだけど」

 言葉が出なかった。
 次々と魔王様の口から飛び出てくる言葉たち。

 そのどれもが私の悲観した想像を打ち砕いてゆく。
 

696: 2012/09/18(火) 23:01:15.11 ID:NCJ6fvhdo

魔王「デュラハン。わたしの部下になれ」

デュラ「……」

魔王「しばらくの間、時間を与える。それから答えを出せば良いよ」

デュラ「あの……」

魔王「ああ、申し訳ないが魔剣は持たせられない。あれは、だいぶ危険だからね」

デュラ「あの、ちがくて……」

魔王「うん? 魔剣のことじゃないのか?」

デュラ「はい。……その、ありがとう……ございます」

魔王「くくっ。礼を言うにはまだ早いよ。もし部下になるのなら、きっと面倒な仕事を押し付けられるだろうからね」

 違うの。
 そうじゃないの。

 下に付くとかそう言うのじゃなくって。
 私を一人の、一匹の存在として扱ってくれて嬉しかった。
 

697: 2012/09/18(火) 23:01:41.99 ID:NCJ6fvhdo

魔王「結論はそう焦らなくて良い。魔王城も修理でごたごたしているしね」

デュラ「……あ。じょっ……城門…………」

魔王「見事な斬れ口だった。目下、城の損害は君が飛び降りて壊した天井と、君が斬った城門だ」

デュラ「す、すみません……」

魔王「良い。君が部下になったら、その時に仕事を押し付けて責任を取って貰うからね」

698: 2012/09/18(火) 23:02:10.24 ID:NCJ6fvhdo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

699: 2012/09/18(火) 23:02:36.72 ID:NCJ6fvhdo
 
 これが魔王様との初対面だった。
 そして、私は魔界西方領へと足を向ける。

 自身の頭を求めて。

デュラ「……」

 ──アンデッド族。デュラハン。参れ!

 呼ばれた。
 さあ、行こう。
 

700: 2012/09/18(火) 23:03:04.05 ID:NCJ6fvhdo

 あれから私は頭を見つけた。
 身体に頭部を結合して、思い出す。

 人間だった頃の記憶を。
 魔物になった馴れ初めを。

 思い出したかったけど、思い出したくなかった。
 泣くだけ泣いて、嘆くだけ嘆いた。
 

701: 2012/09/18(火) 23:03:52.46 ID:NCJ6fvhdo

 今、私はこの城にいる。

 第二の人生と呼ぶにはかなり憂鬱だけれど。

 受け入れたくないけれど。

 生きていくしかないから、私は魔王城の城門を叩いた。

 さあ。

 壊した天井と城門の責任をとって、面倒くさいお仕事とやらを魔王様から頂戴しよう。
 
 

713: 2012/09/19(水) 22:20:38.11 ID:vT1ojqeZo
>>701  つづき。


 さて──デュラハン。お前の処遇だったね。


 透き通るような魔王の声。
 玉座に座る少女を前に、デュラハンは深く頭を垂れている。

魔王「ん。面を上げて良いよ」

デュラ「ハッ」

 デュラハンは昔を思い出していた。
 自身が未だ人間であり、姫であり、騎士であったころ。

 こうして、他国の王に謁見を賜ったことがあった。
 老齢の王に比べれば目の前に座す王は余りにも幼い。

 が、懐の深さも圧力も人間の非ではない。
 デュラハンはそう感じている。
 

714: 2012/09/19(水) 22:21:07.27 ID:vT1ojqeZo

魔王「わたしの期待している通り、と思って良いのかな」

デュラ「はい……私めを、どうか魔王様の配下に」

魔王「ん」

 満足気に目を細める魔王。
 小さく頷き、横に立つ大臣になにかしらの合図を出した。

ガーゴイル「ではデュラハンよ。そなたの配属に付いてだ」

デュラ「配属……」

ガーゴイル「うむ。アンデッド族は先の大戦で全滅……残るはお主だけとなっている」

魔王「だからさ、デュラハン。君には“魔界西方領・領主”になって貰いたいんだ」

デュラ「……なっ」
 

715: 2012/09/19(水) 22:21:35.75 ID:vT1ojqeZo

 文字通り、目が丸くなる。
 魔界の四方を守る砦。

 四方領の一角を任されると言うことは、そのまま“四王”の名を冠すると言うことになる。
 常識では考えられない采配だった。

ガーゴイル「と言うのも理由がある。西方領は魔界でも特に瘴気が強い。アンデッド族でなければ営むことが難しい」

魔王「って訳なんだ」

デュラ「しかし……」

魔王「言ったよね? 面倒な仕事を押し付けるって」

デュラ「……」
 

716: 2012/09/19(水) 22:22:13.03 ID:vT1ojqeZo

 有無を言わさぬ魔王の笑顔。
 これは、もう決定事項なのだと表情が物語っている。

デュラ「しかし、私はまだ若輩者です……」

魔王「まぁまぁ。話しを最後まで聞いてみなよ」

ガーゴイル「うむ。任せる……と言ってもお主はまだ魔物としての力量が足りておらぬ」

デュラ「はい。記憶を取り戻し、痛感しております」

ガーゴイル「“四王”となり“氏王”の名を冠しても、満足に同胞を増やす術も知るまい」

魔王「うんうん」

ガーゴイル「よって、だ……はあ……」

 段々とガーゴイルの語気が弱まっていく。
 その声には、どこか困ったようなものが含まれている。
 

717: 2012/09/19(水) 22:22:39.63 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「しばらくの間、このガーゴイルがお主の片腕として勤めよう」

デュラ「えっ……」

魔王「うんうん」

 媒体を使用し、魔力を絡めての召喚魔法を扱える魔物は少ない。
 まして、瘴気が強い西方領で活動出来る者となると更に人選は限定される。

 その点、ガーゴイルは全ての条件を満たしていた。
 岩石で出来た体は瘴気などものともしない。

 補佐として、教育係として。
 これ以上ない人選だった。
 

718: 2012/09/19(水) 22:23:09.73 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「魔王様、良いですか。くれぐれも私が居ない間に──」

魔王「はいはい。その話題はもう充分にしたでしょう」

デュラ「……」

魔王「おっと。置いてけぼりにしちゃったね」

デュラ「や、いえ……」

魔王「もう一つ。これは余計なお世話なのだろうけれどね」

 そう言って、手を叩く。
 デュラハンの後から、一匹の魔物が姿を現した。
 

719: 2012/09/19(水) 22:23:37.27 ID:vT1ojqeZo

???「ども」

デュラ「……彼女は?」

 血の気のない表情。
 光沢のない眼球。

 包帯をいたるところに巻きつけ、手術着のような衣装に身を包んでいる。
 とても大きな肩掛け鞄をかけているのが印象的だった。
 

720: 2012/09/19(水) 22:24:45.82 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「魔人族に属する魔物でな。“ネクロマンサー”と言う」

ネクロ「です」

魔王「わたしが呼び寄せたんだ」

デュラ「はあ……」

 状況が飲み込めずに間抜けな声を出す。
 ネクロマンサーと言われても、デュラハンに理解は出来なかった。
 

721: 2012/09/19(水) 22:25:22.25 ID:vT1ojqeZo

魔王「ネクロマンサーはね、氏体を扱うプロフェッショナルなんだ」

ネクロ「それほどでも」

デュラ「氏体を……」

ネクロ「なんでも聞いて」

 表情をなに一つ変えずに発言する。
 抑揚のない声は感情が読み取りにくく、独特の雰囲気を持っていた。
 

722: 2012/09/19(水) 22:25:54.22 ID:vT1ojqeZo

魔王「デュラハン。身体を彼女にエンバーミングして貰うと良い」

デュラ「え、えんばー?」

魔王「ふふ」

 エンバーミング。
 それは、最近になって魔王が書物から覚えた言葉だった。

 使ってみたくて仕方がなかったのか、満足そうに笑みを浮かべている。
 

723: 2012/09/19(水) 22:26:25.21 ID:vT1ojqeZo

ネクロ「魔王様マジ博識」

魔王「ふふふ」

ガーゴイル「エンバーミングとは、要約すると遺体の修復、保存処理を施すことを言う」

魔王「あっ、こら」

 勿体つける魔王を尻目にガーゴイルが説明を入れた。
 ネクロマンサーはデュラハンの身体をエンバーミング……修復するために、城へと呼ばれていた。
 

724: 2012/09/19(水) 22:27:03.99 ID:vT1ojqeZo

魔王「もう。ってこと、君も女の子だ。身体は綺麗に保ちたいだろう?」

デュラ「……」

 デュラハンの胸中は、不思議な感覚で溢れていた。
 魔物になってしまった自身の身体を、女性として案じてくれている。

 腐敗している身体に嫌気が差してもどうしようもない。
 悲観して、諦めて、渋々受け止めていた現実。

 嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになった。
 

725: 2012/09/19(水) 22:27:38.34 ID:vT1ojqeZo

デュラ「ありがとう……ございます……」

魔王「うん。女の子だからね」

 心から。
 この少女に、魔王に仕えようとデュラハンは誓った。

魔王「よし、じゃあ綺麗にして貰って来ると良い」

ネクロ「綺麗にしてあげよう」

デュラ「お、お願いします……」

ネクロ「良いってこと。“氏王”と仲良くなって損はない」
 

726: 2012/09/19(水) 22:28:48.62 ID:vT1ojqeZo

 ネクロマンサー。
 氏霊使い。アンデッドを使役する者。

 自身でも生み出すことは出来るが、魔人族であるネクロマンサーに生み出せるアンデッドはどうしてもレベルの低い個体となる。
 強い固体を手に入れるには、協力者の存在が不可欠であった。

ネクロ「先代のリッチはケチだった」

魔王「くくっ。だろうね」

ネクロ「だから、期待してる」

デュラ「はい……なんだか、良くわかりませんけども」

 会話を交えつつ謁見の間を後にするデュラハンとネクロマンサー。
 再び謁見の間は魔王とガーゴイルの二人だけになった。
 

727: 2012/09/19(水) 22:29:15.96 ID:vT1ojqeZo

魔王「これで西方領も安心だね」

ガーゴイル「私は魔王様が心配ですが……」

魔王「せいぜいクーデターでも起こらないように気をつけるよ」

ガーゴイル「はあ……」

魔王「(ふふふ……しばらくは邪魔者なく自由に暮らせる……)」

 内心でほくそ笑む。
 楽しい日々の始まりを予感していた。

  

728: 2012/09/19(水) 22:30:07.63 ID:vT1ojqeZo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

729: 2012/09/19(水) 22:31:00.41 ID:vT1ojqeZo
 
スキュラ「むぅ……」

アラクネ「ん? スキュラじゃない。どうしたの」

 頭巾を被り、その多脚に掃除道具を装備した従者長。
 スキュラが珍しく難しい表情を浮かべ、唸っていた。

スキュラ「き、汚い……」

アラクネ「あーぁ」

 場所は謁見の間。
 ふかふかの赤い絨毯、綺麗な装飾品。

 塵一つ許されない部屋。
 けれど、現状は惨憺たるものだった。
 

730: 2012/09/19(水) 22:31:56.09 ID:vT1ojqeZo

アラクネ「(大臣が留守してるから……)」

スキュラ「うー……毎日、そ、そうじ……してる、のに」

 玉座にだらしなく腰かけ、涎を垂らしながら眠り込む魔王。
 その周囲は見事に食い散らかされ、読み終わった本やこれから読む本などがうず高く積み上げられている。

魔王「くかー……」

スキュラ「うう……ね、寝てるるし……」

アラクネ「はあ……」

 なんとも幸せそうな表情を見せて眠っている。
 この少女を見て、どこの誰が魔王だと言うことを信じようか。

 どこからどう見ても、だらけきったニートだった。
 

731: 2012/09/19(水) 22:32:30.20 ID:vT1ojqeZo

スキュラ「ひ、ひっぱたいて……いっかな……」

アラクネ「いや。それも不味いでしょう」

 布団で眠っているのなら、引っぺがすのも手だ。
 しかし魔王は玉座で力尽き寝落ちてしまったせいで、布団も被っていない。

 だからといって一応は君主なのだから引っ叩くわけにもいかない。
 

732: 2012/09/19(水) 22:32:55.80 ID:vT1ojqeZo

アラクネ「よっと」

 アラクネは糸を吐き出し、ちょいちょいと細工を施した。

アラクネ「ちょいちょい……」

 作り出したものは“こより”。
 それを器用に魔王の鼻腔へと侵入させる。
 

733: 2012/09/19(水) 22:33:22.11 ID:vT1ojqeZo

スキュラ「おー……おふふっ」

 意図を理解して、スキュラが笑んだ。
 スルスルと深部へと侵入するこより。

魔王「くかー……かー……ふぇ、あふぇ……」

 ──はくちぇっ!

 盛大にくしゃみをかます魔王。
 勢い良く、鼻と涎とがアラクネの顔面を襲った。
 

734: 2012/09/19(水) 22:35:35.62 ID:vT1ojqeZo

魔王「はぇ?」

アラクネ「……」

スキュラ「ぷーっ、くすくすっ」

アラクネ「魔王……様……?」

魔王「あ、アラクネ? ん。なんで鼻が出てるんだろう」

 ズズッ、と鼻を啜る。
 寝惚け眼のまま周囲を見渡すと、掃除の為に完全武装したスキュラの姿も目に入った。
 

735: 2012/09/19(水) 22:36:02.64 ID:vT1ojqeZo

アラクネ「おはよう……ございます」

魔王「ん、おはよう。そっか、昨日はここで寝落ちたのか」

スキュラ「も、もー! そう、じ。きき汚い!」

魔王「それにしても、アラクネ。顔が汁まみれだ、ちゃんと顔を洗った方が良い」

アラクネ「……」

 ピクピクと表情が歪む。
 どんな言葉で魔王を罵倒するか、脳内が高速回転を始めていた。
 

736: 2012/09/19(水) 22:37:06.68 ID:vT1ojqeZo

魔王「ふぁ……シャワーでも浴びようかな」

スキュラ「お、お掃除、して? い?」

魔王「うん。悪いけど頼むよ」

 どっこいしょ。と声を上げて玉座から腰を上げる。
 アラクネが魔王を罵倒しようと口を開こうとしたその時、

魔王「アラクネ。行こうか」

アラクネ「────へ?」

 出鼻を挫かれる。
 文脈が読み取れない。
 

738: 2012/09/19(水) 22:37:48.49 ID:vT1ojqeZo

魔王「風呂だよ風呂。まだ顔を洗ってないんだろう? 丁度良い、一緒に入ろう」

アラクネ「え? え? や、そうじゃなくってですね」

魔王「良いから良いから。ほら行くよ」

アラクネ「ちょっ」

スキュラ「いてらー」

 アラクネの背中を押して浴室へと向かう。
 すでに魔王に対する怒気は霧散していた。 

 平和で、怠惰な日常が過ぎていく。

  

739: 2012/09/19(水) 22:38:45.56 ID:vT1ojqeZo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

740: 2012/09/19(水) 22:39:12.51 ID:vT1ojqeZo
 
ガーゴイル「身体的に問題がないとは言え、長居したい場所ではない」

デュラ「あ、あはは……」

 魔界西方領。
 “氏王”リッチが納めていた館には二匹の魔物が居た。

 片方は前任のリッチに変わりその座に着いた“デュラハン”。
 新たなる“氏王”であった。

 そのデュラハンを補佐するように、隣に立つのがガーゴイル。
 大臣と言う、魔界でも上位に位置する立場を持つ魔物だった。
 

741: 2012/09/19(水) 22:39:42.44 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「それにしても、この館も随分と様相が変わったものだ」

 胸糞が悪くなる館だったが、と付け加えるガーゴイル。
 現在、この館にリッチの用意した調度品は一切おかれていない。

 人間を原料とした家具など使用したくない。
 デュラハンは館の改築に当って、まず最初にリッチの犠牲となった人間の亡骸。

 その供養をしていた。
 

742: 2012/09/19(水) 22:40:31.56 ID:vT1ojqeZo

デュラ「大臣のお陰です。石造りの調度品って、良いですね」

ガーゴイル「……造作もない」

 新たに建てられた屋敷はガーゴイルが練成したものだった。
 飛竜に協力を頼み、上質な岩石を空輸し、それを元に館を作った。

 家から、家具、寝具、全てが石で出来ている。
 

743: 2012/09/19(水) 22:40:59.03 ID:vT1ojqeZo

デュラ「さすがに、お布団まで石と言う訳にもいきませんけど」

 くすりとはにかむ。
 この頃は随分と表情も豊かになってきていた。

 ネクロマンサーによる“エンバーミング”によって、身体が修繕された影響だった。
 以前は良く回らなかった舌も、円滑に動くようになり会話も滞りなく行える。
 

744: 2012/09/19(水) 22:41:29.69 ID:vT1ojqeZo

デュラ「ネクロさんも、このお屋敷に住んでくれたら嬉しかったんですけどね」

ガーゴイル「魔人族と言えどこの瘴気の中で生活するのは難しいだろう」

デュラ「ですよねー」

 定期的な身体のメンテナンスをネクロは承っていた。
 もちろん、無料ではない。

 それなりの見返りは要求している。

ガーゴイル「では、今日も始めるとしよう」

デュラ「了解です」

 毎日繰り返される召喚の儀式。
 低レベルとは言え、少しずつアンデッド族を生み出せるようになってきていた。
 

745: 2012/09/19(水) 22:41:56.66 ID:vT1ojqeZo

デュラ「──そう言えば」

ガーゴイル「なんだ」

デュラ「ネクロさんの一族と仲良くなれば、アンデッド族って盛況すると思うんですけど?」

ガーゴイル「……だろうな。これほど相性の良い種族もそうはいまい」

デュラ「なんで友好関係じゃなかったんでしょうか」

ガーゴイル「リッチはそう言う女ではなかった。それだけだ」

デュラ「あ、なるほど……」

 ふむん。と顎に手を当てて唸る。
 人間の時から、考え込むときに取るデュラハンの癖だった。
 

746: 2012/09/19(水) 22:42:23.23 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「集中しろ。魔力が乱れるぞ」

デュラ「……決めました」

ガーゴイル「?」

デュラ「ネクロさんの一族と仲良くします! あ、私とネクロさんはもうお友達なんですけどね」

ガーゴイル「……」

デュラ「そうすれば、アンデッド族の再興も捗ると思うんですよ」

ガーゴイル「随分と人間臭い考え方だな」

デュラ「はい。なにせ、元人間なので」

ガーゴイル「今までにリッチがしてきたネクロマンサーへの嫌がらせ等は聞いているか?」
 

747: 2012/09/19(水) 22:42:49.97 ID:vT1ojqeZo

 それは、リッチによる迫害とも呼べた。
 ネクロマンサーの一族は、魔人でありながらアンデッドを使役する。

 逆に言えば、アンデッドが居なければネクロマンサーはまともに戦うことも出来ない。
 魔人族のはみ出し者たちとして蔑まれている。

 であれば、相性の良いはずであるリッチに友好関係を求めるのは当然のことであった。

デュラ「……はい。ネクロさんに聞きました」
 

748: 2012/09/19(水) 22:43:29.43 ID:vT1ojqeZo

 しかし、リッチはその手を取ろうとはしなかった。
 それどころか、さらにネクロマンサーたちを追い詰めさえした。

 低レベルとは言え、自身以外の魔物がアンデッドを生み出すことを良しとせず。
 その上に使役するなど侮辱以外のなにものでもないと彼女は捕らえていた。

 こうして長い年月、ネクロマンサーの一族は迫害を受け、魔界の隅っこで細々と生活を営んでいた。
 

749: 2012/09/19(水) 22:44:08.16 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「彼らの心を氷解するには時間がかかるぞ」

デュラ「大丈夫ですよ。ネクロさんともお友達になれましたし、きっと他の方とも」

ガーゴイル「あの娘は……変わり者だからな……」

デュラ「大丈夫ですよ、きっと」

 目を細め、笑顔を浮かべる。
 その表情に曇りや翳りは見受けられない。

 まだまだ未熟ながらも、デュラハンは“王”としての道を着実に歩みはじめていた。
 

750: 2012/09/19(水) 22:45:50.08 ID:vT1ojqeZo


……。
…………。
……………… 

 

751: 2012/09/19(水) 22:46:21.75 ID:vT1ojqeZo

 誰もが寝静まった深夜帯。
 わたしは一人、玉座へと腰をかけていた。

魔王「……」

 魔王城から見れる風景。
 ついこの間まで戦闘で荒れ果てた大地は、最近になってようやく元の風貌を取り戻していた。
 

752: 2012/09/19(水) 22:47:06.94 ID:vT1ojqeZo

魔王「デュラハンが抉ったところは、さすがに時間がかかりそうだ」

 地形を変形させるほどの攻撃。
 あの魔剣はどれだけの力を秘めているんだろうか。

 なんて、どうでも良いか。

魔王「魔剣と言えば……」

 “魔王剣”。
 ヘカトンケイルとの戦闘以降、一度も魔力を注いでないや。

 一瞬、話し相手にでもなって貰おうかと思ったけれど──。
 

753: 2012/09/19(水) 22:47:49.28 ID:vT1ojqeZo

魔王「剣しか話し相手がいないってんじゃ、魔王も終わりだよね」

 思いとどまる。
 それになにより、魔王剣に魔力を食わせるのは相等に疲れるんだ。

 自分から疲れる行為をするなんて、馬鹿のすることじゃないか。
 疲れるのって好きじゃないんだよね。

 ってことで、今回はパス。
 

754: 2012/09/19(水) 22:48:52.03 ID:vT1ojqeZo

魔王「ふう……平和だ……」

 ガーゴイルはまだ出張先である“西方領”から帰ってこない。
 つまり、自由な時間は継続中。

 なんでこんな時間に起きていて、尚且つ玉座に腰を下ろしているのか。
 答えは簡単。

 昼間、眠りすぎて眠くないんだ。
 

755: 2012/09/19(水) 22:49:42.27 ID:vT1ojqeZo

魔王「……」

 完全なる昼夜逆転生活。
 文章を読み漁るのも良いけれど、こうしてボーッとする時間も最近になって増えてきている。

 平和を噛み締めている、って言ったら聞こえが良いだろうか。

魔王「……」

 ほら、戦いなんてなくったって毎日が楽しい。
 人間界を攻め込まなくったって生きていける。

 ヘカトンケイルを退けてからは、兄様や姉様。
 そう言ったうるさかった人たちの説教もなしのつぶてだ。

魔王「うんうん」

 

756: 2012/09/19(水) 22:50:40.69 ID:vT1ojqeZo


 ──わたし、もうやめた。


 ──世界征服、やめた。


 玉座でそう呟いてから、大した時間は経っていない。
 かなり思い切ったことを言ったなあ、なんて今は思ったりしているけれど。

 良かった。
 言って、良かった。

 それを実行して良かったと心から思っている。
 だって、今の生活を凄く気に入っているから。
 

757: 2012/09/19(水) 22:51:52.16 ID:vT1ojqeZo

魔王「──まだまだ続くわたしの人生。楽しみきってやろうじゃないか」

 人間界に赴くのはまだまだ遠い道のりだけれど。

 きっと何時か行ける様になると思う。

 アレもしたい、コレもしたい。

 夢は広がるばかりだ。

 やめて、正解。

 世界征服、やめて良かった。
 

758: 2012/09/19(水) 22:52:54.53 ID:vT1ojqeZo

魔王「ふふっ」

 明日はなにをしよう。

 考えるだけで、笑えてくる。

魔王「……そうだ!」

 ここで名案。

 稲妻のように、素晴らしいアイディアがわたしの脳天に突き刺さった。





 ────魔王、やめよう。






 
  

759: 2012/09/19(水) 22:53:22.19 ID:vT1ojqeZo

  
 
    終り。


 
 

760: 2012/09/19(水) 22:53:50.22 ID:vT1ojqeZo

 長々とありがとうございました。
 ゲームシナリオっぽく、選択肢を用意してADV風なのを書いてみたい……。
 と言うのが事の発端なのですが、皆さんからお叱り頂いたように安価とはミスマッチだったようです。
 反省。

 文章量 約380KB
 ライトノベルだと大体2冊分くらいの容量かと思います。

 時間を割いて読んで貰い、その上に感想までいただいて幸せです。
 本当にありがとうございました。

761: 2012/09/19(水) 22:54:22.44 ID:Gg1YwFy2o
乙でした

775: 2012/09/21(金) 09:39:54.57 ID:WLDBiycd0
お疲れ様です。
すごく楽しませてもらいました。
安価は嫌って人も居ましたけど、ゲームぽくて個人的には非常に良かったです。
続きがあるなら強くてニューゲーム的な発想で時間は少し戻った状態でデュラハンは今の終わった状態、とかも面白いかもしれませんね。




引用: 魔王「世界征服、やめた」