66: 2010/07/18(日) 06:56:32.78 ID:OAJ4H/md0
梓「やっと終わった……」

ある日の放課後。
掃除当番で居残りをしていた私は、ゴミ捨てを済ませ部室に急いでいた。

梓「うう、先輩たち待たせちゃってるかなあ?」

いつも通りお茶をしてだらけている可能性が高いが、もしかしたら練習を始めているかもしれない。
というかたまには自主的に始めていて下さい。
最近練習できてないんだよなあ……
唯先輩と律先輩は暑い暑いって言ってすぐだらけちゃうし。

梓「確かにすごく暑いっていうのは同感だけどね」

首筋に張り付いてしまっているうっとうしい髪を払い、ぽつりとぼやく。
恨みたくなるほどカンカンと照りつける太陽、梅雨が明けてその姿を存分に見せつける青空、引っ切り無しに続くセミの鳴き声……
季節はすっかり夏一色だ。
けいおん!college (まんがタイムKRコミックス)
67: 2010/07/18(日) 06:58:20.94 ID:OAJ4H/md0
……

梓「ふう……」

階段を駆け上がり、部室に到着。
ずっと前から思っていたけど、何で音楽室とかは最上階に作ってしまうのだろうか?
一階とかに作ってくれればこんなに苦労は……無理か、うるさいし。

ガチャッ

梓「すみません、遅れました!」

唯「あ、あずにゃ~ん♪」

梓「にゃっ!?も、もう!毎度毎度いきなり抱きついて来ないで下さい!」

部室に入るとすぐに唯先輩のハグを受ける。
まあ嬉しく……はあるのだけど、こういう暑い日に抱きつかれるのはさすがに辛い。

68: 2010/07/18(日) 07:01:27.55 ID:OAJ4H/md0
唯「いいじゃんあずにゃんが可愛いんだからさ~。それに寂しかったんだよ~っ」グリグリ

梓「顔押し付けないで下さい!……ってあれ?まだ唯先輩だけですか?」

唯先輩が私のお腹に顔を擦りつけ始めたので視界が開ける。
部室の中を見渡してみると、他の先輩達の姿は見えない。
どうやらまだ来ていないらしい。
私は意外なことに2番目だったようだ。

唯「そうなんだよ~、みんな用事で少し遅れるってさ!」

梓「そうなんですか……私だけ遅れたのかと思ってました」

唯「だから……」

梓「?」

69: 2010/07/18(日) 07:03:17.45 ID:OAJ4H/md0
唯「ずっと一人ぼっちで寂しかったんだよ~!」ガバッ

梓「わあああっ!?」

唯「あずにゃんにゃん♪」スリスリ

梓「暑いですよ、やめて下さい~!」グイグイ

唯「むぐぐ……は~な~れ~ぬ~ぞ~」ギュウッ

相変わらずスキンシップが好きな人だ。
いつにも増してしつこいのは、一人でいるのが耐えきれなかったからだろう。
唯先輩、いっつも誰かと一緒にいるイメージあるし。

唯「えへへへ~」

梓「あついぃ……」

でも、そろそろ本当に勘弁して下さい。
熱中症で倒れそうです。

72: 2010/07/18(日) 07:05:49.91 ID:OAJ4H/md0
……

梓「よし、練習しましょう!」

唯「ええっ!?」

梓「何で驚いてるんですか……。ほら、澪先輩たちが来るまでギターで合わせましょう」

唯「みんなが来るまでのんびりしようよ~」

梓「ダメです」

唯「あずにゃんのけ~ち!」

梓「け、ケチじゃないです!」

唯「私はみんなが来るまで動かないと決めました!さああずにゃん、一緒にのんびりしよう!」フンス!

梓「……」

唯「……」

梓「……」

73: 2010/07/18(日) 07:07:35.00 ID:OAJ4H/md0
唯「あ、あれ?どうしたのあずにゃん……」

梓「……はあ」

何でだろうか、唯先輩と話していると力が抜けてくる。
唯先輩の持つほんわかした空気と、持ち前のマイペースさがそうさせているのだろうか。
それにしても、いつも通りとはいえ堂々とサボりを宣言するとは……

唯「あ、あずにゃん?」

梓「分かりましたよ、皆さんが来るまでですよ?」

唯「……!」パアアッ

梓「そしたらちゃんと練習を……」

74: 2010/07/18(日) 07:08:44.41 ID:OAJ4H/md0
唯「ありがと~あずにゃん!」ダキッ

梓「にゃっ!?」

唯「えへへ~、いいこいいこ♪」ナデナデ

梓「唯先輩は、ズルイです……」

唯先輩の言動に呆れかえってたはずなのに、一瞬でどうでもよくなってしまう。
これを天然でやってしまうのだから恐ろしい……
くう、その悪気のない笑顔は卑怯だ。

唯「え、ズルイって……私何かしたっけ?」

梓「何でもないです!」

……まあいっか。

75: 2010/07/18(日) 07:10:33.29 ID:OAJ4H/md0
……

ミーンミーン、とセミが鳴く。
ギラリと太陽が輝き、窓枠から日光が嫌というほど降り注ぐ。
たま~に涼しい風が吹き込み、火照った体を少しだけ冷ましてくれる。
そんな真夏の部室の中で私たちは今、

唯「……」

梓「……」

ただひたすらにボーっと窓の外を眺め続けていた……!

唯「……」

梓「……」

唯「……」

76: 2010/07/18(日) 07:12:12.46 ID:OAJ4H/md0
梓「……あの、唯先輩」

唯「……んー?どうしたの、あずにゃん?」

梓「楽しいですか……?」

唯「えへへ、まったりしてるね~」

梓「……」

ダメだ、私にはイマイチ理解できない。
そもそもこの人、暑いの苦手なんじゃなかったっけ?
何でこんなに平然としていられるんだろう……

唯「あずにゃんは分かってないみたいだね」

梓「何をですか?」

79: 2010/07/18(日) 07:19:26.41 ID:OAJ4H/md0
唯「夏の日の、まったりした過ごし方だよ!」

梓「?」

唯「夏休みとかによくやってるんだよね~、私」

梓「ああ……」

なるほど、慣れか。
そういえば以前家を訪問した時もだら~っとしてたな。

唯「ほらほら、見て見てあずにゃん!」

何を見つけたのか、楽しそうに空を指差す唯先輩。
まあせっかくだし、唯先輩流の夏の楽しみ方を教えてもらおう。

80: 2010/07/18(日) 07:21:49.96 ID:OAJ4H/md0
梓「……何があるんですか?」

青い空、眩しい太陽、白い雲。
私の目に入ってくるのはそれだけだ。

唯「あれだよあれ!アイスクリーム!」

梓「……」

もしかして。

梓「あの雲……、のことですか?」

唯「そうそう、美味しそうだよね~♪」

梓「え~と……」

唯「あっ!あっちにメロンパン発見!おお、あれは見事なわたがし!」

梓「ノーコメントです……」

82: 2010/07/18(日) 07:27:04.24 ID:OAJ4H/md0
唯「もう、あずにゃんはまだまだだね~。あ、シュークリーム発見!」

梓「……」

この人の頭の中には食べ物のことしか入っていないのだろうか。
まあ唯先輩らしいといえば唯先輩らしいけど。

唯「美味しそう……」

梓「唯先輩、お腹空いてるんですか?」

唯「今日はまだムギちゃんのおやつ食べてないからね~」

梓「……ポッキーならありますけど。食べます?」

唯「食べる食べる!」

83: 2010/07/18(日) 07:31:30.90 ID:OAJ4H/md0
……

唯「……」ポリポリ

梓「……」モグモグ

唯「あ、あれはパンダさんみたいだね」

梓「え……私には猫みたいに見えますが」

唯「そうかなあ……」

梓「あっ!あれは律先輩のドラムみたいですね!」

唯「え~、あれはカスタネットだよ~」

梓「ええ?か、カスタネット……」

ポッキーをつまみながら、再び二人で空を観察。
食欲が満たされてきたおかげか、唯先輩も食べ物以外のものを連想するようになった。
……でも、さっきから全く意見が合わない。
唯先輩の感性が独特だってことは知ってはいるけど……

84: 2010/07/18(日) 07:32:46.59 ID:OAJ4H/md0
梓「……なんか、悔しい」

唯「どうしたの?」

梓「何でもないですよ」

唯「そう?」

チラ、と唯先輩の横顔を覗き見る。
どうやらこんな謎の悔しさを感じているのは私だけのようだ。

梓「……」

唯「~♪」

でも楽しそうな唯先輩を見ていると、そんなことはどうでも良く思えてくる。
本当、不思議な人だ。

85: 2010/07/18(日) 07:34:22.33 ID:OAJ4H/md0
唯「ところでさ~、ずっと気になっていたんだけど……」

梓「何がですか?」

唯「空って、何でこんなに青いのかなあ?」

梓「ああ、それは太陽の光のせいですよ?」

唯「太陽の光……?それでどうして青く見えるの?」

梓「ええと……詳しく説明すると難しくなるので、口頭だけで唯先輩に理解してもらえるかどうか……」

唯「えっ!?もしかして私、馬鹿にされてる!?」ガーン

梓「いえ、そういうわけでは……」

唯「ひどいよあずにゃん!私は3年生なんだよ!?あずにゃんが分かることくらい、私にも分かるよ!」プンスカ

梓「えっと、ですから」

唯「さあ早く説明して!ばっちり理解して、あずにゃんを見返してあげるから!」

梓「……はあ、そこまで言うなら」

みっちり叩き込んであげよう。
レイリー散乱の話からそれぞれの光の長短、青空と夕焼けの違いまでしっかりと。

87: 2010/07/18(日) 07:38:37.76 ID:OAJ4H/md0
……

梓「……というわけですけど」

唯「……」

梓「唯先輩?」

唯「……」プシュー

梓「唯せんぱーい!?」

最初はふんふん、と頷きながら聞いていた唯先輩。
説明が長くなるにつれて反応が薄くなって行き、最後は頭から煙を出して(比喩だけど)コテン、と倒れてしまわれた。

89: 2010/07/18(日) 07:40:13.84 ID:OAJ4H/md0
唯「あずにゃ~ん……」

梓「は、はい」

唯「私は自分の実力を過信していたみたいだよ……あずにゃんの言ってること、途中から全然分からなくなってたよ~!」メソメソ

梓「な、泣かないで下さいよお」

唯「ところであずにゃんは何であんなに詳しいの?」

梓「え……」

泣き出したと思ったら、次の瞬間にはけろっとしている。
この変わり身の早さにはついていけない……

90: 2010/07/18(日) 07:41:49.88 ID:OAJ4H/md0
唯「ねえ何で~?」

梓「ええと……中学生の時、自由研究で調べたんです。私もずっと不思議に思ってたんで……」

唯「おおっそうなんだ~!あずにゃんは凄いねえ」

梓「いえ、そんな」

唯「謙遜しなくていいよ~。私は自由研究って何をすればいいのか分からなくて、アサガオの観察とかしてたな~」

梓「……」

アサガオってあんた。
小学生かよ……
いや待て、ある意味はまっているかもしれない。

アサガオを庭で育てる唯先輩。
芽が出るのを今か今かと心待ちにする唯先輩。
花が開いて喜ぶ唯先輩。
必氏にアサガオをスケッチする唯先輩。

92: 2010/07/18(日) 07:44:05.87 ID:OAJ4H/md0
梓「……く、くくっ……」プルプル

ヤバい、想像したらすごく似合う。
憂辺りは確実に見ているだろうから、今度話を聞かせてもらわなければ。
ひょっとしたら写真なんかもあるかも……

唯「……あずにゃん、何か失礼なこと考えてない?」

梓「えっ!?ま、まさかあ……」

唯「……」ジー

梓「あ、あはは……ほら唯先輩、空眺めましょう空!」

ううっ、こういう時だけ鋭いなあ。
でも憂と話すのは絶対に忘れないようにしよう。

93: 2010/07/18(日) 07:46:52.48 ID:OAJ4H/md0
……

唯「……」

梓「……」

再度ボーっと空を眺める。
というか、澪先輩たちはいったいいつ来るんだろう?
けっこう時間経った気がするけど……

唯「ねえ、あずにゃん」

梓「今度は何ですか?」

唯「空って、おっきいね」

梓「そう……ですね。どうしたんですか、急に」

94: 2010/07/18(日) 07:49:10.83 ID:OAJ4H/md0
唯「ずっと眺めてたらたまに思うんだ~。この広い空と比べたら、私は何てちっぽけな存在なんだろう、って」

梓「唯先輩……?」

唯「……」

空を眺める唯先輩の顔は、いつものふにゃふにゃして柔らかい笑顔とは違っていた。
私が今まで見たこともない表情をしていて、そう……
大人の、表情だった。
唯先輩ってこんな顔も出来るんだ……

唯「まあ国語の教科書に載ってたセリフなんだけどね~♪」

梓「……」

唯先輩のこと、見直さないといけないなあと思った矢先にこれだ。
ふにゃっとした笑顔でネタばらし。
思わずガクッと力が抜けてしまったではないか。

95: 2010/07/18(日) 07:52:05.80 ID:OAJ4H/md0
梓「はあ……そんなことだろうと思いましたよ」

唯「ひどっ!?言っとくけど、私にだってノタスルジアを感じる時だってあるんだからね!?」

梓「え~と、ノスタルジア……ですか?」

唯「ノストルジア!」

梓「……ノスタルジア」

唯「ノスタルジア!」

梓「はい、良くできました♪」

唯「あ、あずにゃんにからかわれてる!?」ガーン

梓「いえいえ、唯先輩らしくて良いと思いますよ」

郷愁を感じる、とか言っちゃう辺りがとくに。
まあ何となく意味は伝わってきたけど、ね。

96: 2010/07/18(日) 07:54:07.47 ID:OAJ4H/md0
唯「む~……」

梓「あはは、唸らないで下さいよ」

唯「……でもあずにゃんも思わない?空はこんなにおっきくて一つだけなのに、どうして私たちはちっぽけで、みんなバラバラなんだろうって」

梓「……」

唯「私たちはいま同じ空を眺めているけど、いつかは離れ離れになっちゃうんだよね……」

寂しそうに顔を伏せる唯先輩。
そんなことを考えたのは、一人で部室にいて寂しい思いをしたからなのだろうか。
それとも、将来のことに思いを馳せているためだろうか。

どんな理由にせよ、唯先輩にそんな表情は似合わない。
あの空に輝く太陽のように、明るい笑顔でいてほしい。

97: 2010/07/18(日) 07:55:29.16 ID:OAJ4H/md0
梓「……大丈夫ですよ、唯先輩」

唯「あずにゃん……?」

梓「唯先輩は言ったじゃないですか、空は大きくて一つだって」

唯「うん……」

梓「だから、離れた場所にいてもみんな一緒です。見え方が違うだけで、みんな同じ空を眺めてるんですよ」

唯「……」

梓「だからバラバラなんて悲しいことは言わないで下さい。少なくとも私は、私たち軽音部は、この大きな空と同じように繋がってるんですから」

唯「……」

梓「今だって、私は唯先輩の隣にいるんですから……」

98: 2010/07/18(日) 07:56:39.07 ID:OAJ4H/md0
唯「……そうだよね!」

伏せられていた顔が上がる。
その表情はいつもと同じ……いや、いつも以上の明るい笑顔だ。

唯「私たちは一緒なんだね!あの空と同じように、繋がってるんだね!」

梓「はい、もちろん!」

唯「ふふ、何だか悩んでたのが馬鹿みたい!あずにゃん、ありがと~!」ギュッ

梓「ち、ちょっとお……」

ガチャッ

律「う~す!」

澪「遅れてごめんな、ちょっと手間取っちゃって……」

99: 2010/07/18(日) 07:58:24.90 ID:OAJ4H/md0
紬「すぐお茶の支度するわね」

唯「みんな!」ダダッ

先輩たちがやって来て、唯先輩はそっちに走り寄る。
助かったけど……ちょっと残念。

澪「ど、どうした唯……そんなに興奮して」

唯「私たちは一つなんだよ!」

律「はあ?何それ、エヴァンゲリオン?」

唯「みんな!空はみんな繋がっているからね!」

紬「え~と……何て返したらいいのかしら?」

100: 2010/07/18(日) 08:00:15.47 ID:OAJ4H/md0
唯「たとえイギリスにいてもフランスにいてもドイツにいても……みんな繋がってるからね!」

澪「何でヨーロッパ限定なんだ……」

律「唯のことだから、国の名前をよく知らないんじゃね?」キシシ

紬「うふふ、唯ちゃんらしいわね♪」

澪「いや、けっこうひどいこと言ってるぞそれ……」

興奮して捲くし立てる唯先輩。
引き気味になりながらも話を聞こうとする澪先輩。
茶化して笑い飛ばす律先輩。
楽しそうにほほ笑むムギ先輩。
さあ、みんな揃ったし約束通り練習だ!

……おっと。
言い忘れていたことが、一つ。
さっきは離れた場所にいても……なんて言ったけど、私はそう簡単に離れるつもりはありませんからね、唯先輩♪


終わり♪

101: 2010/07/18(日) 08:02:40.84 ID:imu0vjPO0
やばい。唯梓が可愛かった
これは乙と言うしかない

引用: 唯「みんな!空はみんな繋がっているからね!」