1: 2011/05/21(土) 02:50:36 ID:tVAbwTvg0
 


――JR大阪環状線で見られた恋愛模様を細々と書いていくお話。

2: 2011/05/21(土) 02:51:31 ID:tVAbwTvg0
 

            01.こいはぜんそく


 新島モナーは喘息持ちで、よく夜中に溺れては助けを求めてくる。


( ´∀`)『みーちゃん、今何してはるんですか?』

(゚、゚トソン「……ん? 別に。ご飯作って、食器洗って、ソファーでボーっと?」


 耳へ押し当てた携帯から聞こえてくる擦れた呼吸音は、病人そのもので。

 ――――だからそれを押しのけるように発せられるモナーの明るい声は、
  黒い画用紙へ一滴だけ落とした修正液みたいでいつも嫌に目立つ。


( ´∀`)『ふぅん』

(゚、゚トソン「訊いたくせにやる気のない返事やめぇや」

( ´∀`)『そう言うたかて今のどこ食いつけばええんすか』

(゚、゚トソン「・・・日常の動作にまでおもろいん求められても困る」

3: 2011/05/21(土) 02:55:41 ID:tVAbwTvg0
 
 その夜も、モナーは自室で一通り溺れた後、私に電話をかけて来た。 
声の合い間に、しおりのように挟まれる耳障りなノイズもまた、普段と同じ。

( ´∀`)『ですよねー』

(゚、゚トソン「自分、ホンマ返答困ったらそれ言うよな」

( ´∀`)『便利やもん』

(゚、゚トソン「ですよねー」

 パクリなや、と、笑いながらたしなめられたから、ごめんと返す。
自分の口から出てきたその声色は、想像していたよりもずっと柔らかくて、ずっと軽くて。

 意図せず、眉根が寄った。

 ――モナーが溺れて、こうやって私に電話をかけるのは何回目のことだろうか。

わからない。途中で数えるのもアホらしくなった。
 そう。はっきりしているのは、『これ』が儀式みたいに繰り返される度に、
私はモナーのそれで慌てなくなって、ああまたかなんて思うようになって、
落ち着いて対処するどころか、ルーティンワークをこなすみたいになったと言うことで、

そんな自分自身を、嫌悪しているってこと。

4: 2011/05/21(土) 02:58:43 ID:tVAbwTvg0
 


 ――『慣れ』をまざまざと見せ付けられる度に、
モナーがどうでもよくなってるみたいで、


 私は、私を許せなくなる。



( ´∀`)『……おーい。ミーちゃん? トソンさん?』

(゚、゚トソン「え。あ。う。ごめん、どしたん?」


 自己嫌悪のループにはまろうとしていた意識は、そもそもの根源であるモナーによって引き戻された。
遠くなっていた思考と耳は、手に持った携帯電話に着地して、助かった、と思った。
ビーズが目一杯詰まったソファーに背中を預けると、安物のそれは深く私を受け入れてくれる。
気取られないようにため息を吐く。
電話口から漏れてくる、恋人のテナーバス。

( ´∀`)『やからさ、来週の土曜、どうですかって』

(゚、゚トソン「……デート?」

 ニャンマリ、なんて音がつく感じで笑うと、そのトーンで何かを察したのか、
モナーは通話当初より幾らか落ち着いてきた呼吸音の数拍漏らしてから、

5: 2011/05/21(土) 02:59:24 ID:tVAbwTvg0
 


( ´∀`)『…………そです』


 小さく返答を遣した。
随分まごついた。浮かべた笑顔には苦笑いの色が混ざる。


(゚、゚トソン「今更照れなや、新島くん。」


 からかい半分で口をつついていた言葉に、ふと思い至ることがあった。
 そういえば、いつだったか――――



 これと同じ台詞を、言ったことがあるな。なんて。




6: 2011/05/21(土) 03:04:20 ID:tVAbwTvg0
 

            02.恋は喘息


 私が彼――『新島モナー』を、男子という一群から個人にきちんと仕分けたのは、大学一回生のころ。

 友人の薦めで所属することになった映画研究部の新入生歓迎会――
ではなく、飲み会が終わり、そぞろ歩きで向かっていた天満駅への道のり。
日本一長い、なんて触れ込みで有名な天神橋筋商店街の出口近くだった。

 目的地のJR天満駅は、大阪の中心街である梅田にほど近い場所にあって、
梅田と天王寺を対岸にして、大阪の街を南から北にぐるりと小回る『大阪環状線』、その停車駅の一つだ。
 梅田や、大通りの天神橋筋に近いほどオフィスビルが、
天神川のほとりに近いほど民家や商店が立ち並ぶ土地からは、
茶色とねずみ色だけで満たされたクーピーの銀箱の中みたいな印象を受ける。

(゚、゚トソン「…………」

 私は、

 やいのやいのと口やかましく談笑しながら歩く先頭グループに参加する気にも、
ペースを見誤ってグロッキーになった一部を介抱する中間グループに協力する気にもなれず、
最後尾でぼんやりとアーケードの天井と風景を見ながら歩いていた。


 終電も間近となった天神橋商店街はもはやシャッター通りで、
昼間の喧騒を店の奥にしまい込んだまま、夜明けを待っている。

7: 2011/05/21(土) 03:05:38 ID:tVAbwTvg0
 

 お酒はおいしかった。雰囲気もよかった。良いサークルだと思う。


 薄く酒気が混じる肺の空気を鼻から吐き出して、ほんの数時間前に味わった感触を確かめる。
 足取りは飲み会の後の夜らしく軽やかで、今日は良く眠れそうだなと何となく思った。

 そして、その瞬間だ。

 視界が開けたのは。



(゚、゚トソン「え、」



 明るくなった? いきなし? そう感じたのは一瞬で、
視線を下に落とした瞬間、私の頭と喉と足は凍りついた。
 大柄の男子が、心臓の辺りを抑えて、膝を折って――まるで祈るみたいに――うずくまっている。

 視界が開けた理由と、明るくなった理由がそこにあった。


 靴紐を直している訳がない。
もしそうなら、膝から下がなくなったみたいに、蝋燭の火が消え入るみたいに崩れ落ちるはずがない。

8: 2011/05/21(土) 03:06:57 ID:tVAbwTvg0
 


(;;´∀`)「ぃ――ック、――ぁ」


 浅く上下を繰り返す肩。
 漏れ出ている苦痛の訴え。

 頭を掠ったのは、心筋梗塞、なんて物騒な言葉だったのに、
私の足はゴキブリホイホイに絡まった小虫みたいに動かなかった。

 何しとんの、
 ええい、
 この、
 アホ、
 おい、
 足、
 動け、

と、ぶつ切りの言葉を七個くらいアタマに浮かべて、
その全部を役に立たないものとして地面に放り投げたところで、やっとこさその男子に駆け寄ることが出来た。
 膝をついたアーケードのタイルは、冷たく冴えていた。

(;;´∀`)「あ、はは、――まいっ、ヒュゥ、た、こりゃぁ」

 回り込んで、覗き込んで、目に飛び込んできたのは困ったように笑う大柄な男子。
 眉根を下げて、少し口元を歪めて、誰にともなく、申し訳なさそうに。
 その笑顔に実家で飼っていた駄犬――ゴールデンリトリバーを連想したのは、
現状を完全に、上手に把握しきれていなかったからに違いない。

9: 2011/05/21(土) 03:07:48 ID:tVAbwTvg0
 

(゚、゚トソン「え、あ、ちょ、ちょっと、大丈夫なん!?
や、あれ、こういう時どうすればええんっ、薬!!?」

(;;´∀`)「――――やさしく、あいのことばとか、ささやいてくれると」


 殊勝にも嘯く彼の言葉の合間に挟まれる掠れた音が、私の背筋を凍らせる。
ひゅうひゅうと、何かがつっかえたような、それでいて、大切な何かが抜け出ているような。
 聞いているこっちまで不安になってくる感じで、嫌なそれ。


(゚、゚#トソン「アホッ、まっとって。今救急車呼、」

Σ(;;´∀`)「ちょ、ええ、からそういうん!」


携帯を取り出そうとした私の手を、焦って早口になった彼の手が包み込んだ。
息を呑んで、それを取り落としてしまったのは、
その動きが思いのほか素早かったからではなく、自分の行動を遮られたからでもなく、
その手つきが――壊れ物を扱うかのように、優しかったから。
 目を丸くさせて肩を揺らした私に向かって、やはり申し訳なさそうに笑いながら彼は言う。


(;;´∀`)「そろそろ、落ち着く、から」


 追いついてきた後続組が、何事かと慌しくなっているのが背中越しに分かった。
 いの一番に聞こえてきたのは、やたらのんびりとした低い声。

10: 2011/05/21(土) 03:08:31 ID:tVAbwTvg0
 


「だいじょぶかぁ、新島ぁ」



 ゼヒッ、と乾いた息が横から漏れる。返事のし損ねだろうか。



 ――――その時始めて、彼の名前が『新島』であることを知った。



 振り返り、涙目になっていることを自覚しながらその声に助けを求める。


(゚、゚トソン「新島君が氏にそうなんやけど!」


 想像していたよりもずっと悲鳴に近かった自分の声は、


( ФωФ)「いんやぁ……ただの喘息やろ」


 と呆れの色すら見せながら近づいてくる男子に諌められた。
 私の物騒な言葉を拾ったのか、前の方もなんだか騒がしくなってきたような気がする。
夜陰に包まれた景色が、いよいよもってあふれて来た涙で滲み始めた。

11: 2011/05/21(土) 03:10:05 ID:tVAbwTvg0
 
 喧騒が、圧迫してくる壁のように感じられた。
息が詰まって、肺が透明な水で満たされているような感覚がして、
まだ座り込む隣の彼の気持ちを、ワンカップくらいは理解できたような気分になる。


 ――――携帯がなくなって、所在なさげだった自分の右手が
新島くんの背中を摩ったのは、そんな同情からだったのだろうか。


( ФωФ)「んー……多分じゃけど、飲み会の酒と煙草がわりかったがや。ほやけどもうだいじょぶ」

(゚、゚トソン「ホンマに?」

( ФωФ)「新島、だいじょぶちやね」

(;;´∀`)「いや、なんで、トシが答えて、はるんすか……。
 クスリ、飲んでたし、大丈夫、や、けど」

(゚、゚トソン「――――あ……。なら、優しく愛の言葉は囁かんでいらんねんな」


 私がそういった瞬間、新島くんはここ一番じゃないかってくらい盛大に、かつ激しく咳き込んだ。
トシ、と呼ばれた男子がその様子を見てケラケラと笑い始め、緩んだ場の緊張に、
なんだかすこんと気が抜けて、私も少しだけ笑った。
 顔がほおづきみたいに真っ赤になった新島君を発見できたのは、生まれた余裕分。

12: 2011/05/21(土) 03:10:39 ID:tVAbwTvg0
 



(゚、゚トソン「今更照れなや、新島くん。」




 からかい半分の、底意地の悪い言葉がぽろりと出たのは、
優しく愛の言葉が囁けないのがほんの少し――小さじ一杯分くらい、残念だったから。



 なんて。んなアホな。




13: 2011/05/21(土) 03:11:51 ID:tVAbwTvg0


 さて。


 そんな出会いの後に巻き起こった様々なむにゃむにゃ
(“お付き合い”に至る一役を買ったのが、意外にもトシ君であった事など)は
脇においておくとして、これが全部のきっかけだった。
 二年経った今でも、その時のやりとり一つ一つを鮮明に思い浮かべることが出来るのは、
それだけモナーのことが大切で、――――――好きだから。
 別れ話寸前に行く喧嘩もなく、ただ着実に愛を育んで来たのはその想いが成せる技だろう。


(゚、゚トソン「――――……っ」


 思って、確認して、胸の奥が静かに軋んだ。
 大切で、特別で、手放せなくて、モナーの優しさそのもののようにも思えるそれらが、
そうである為に、今の私を全力で責める。

 今と昔の、この違いはなんだと。
 もう好きじゃないんじゃ? と。

 そんなはずはないのに、そうじゃないって言い切れるのに、
私は、その有害な正論から逃げ切れずにいる。

14: 2011/05/21(土) 03:13:07 ID:tVAbwTvg0
 
 
(;;´∀`)「っあ゛ー……、すんません、せっかくのデートやのに」

(゚、゚トソン「――――ええよ、気にせんとき」

(;;´∀`)「ミーちゃん……おこっとうやろ?」

(゚、゚トソン「怒ってない」

(;;´∀`)「…………ごめん」


 『何でモナーが謝んの』。口をつつきそうになった言葉を押しとめる。
 売り言葉に買い言葉で、喧嘩になるのは目に見えていたから。


 土曜日の午後二時、“天満駅”に程近い扇町公園のベンチで、私はモナーにひざまくらを提供している。


 あの夜に約束したデートの最中、モナーの発作が始まったのだ。
不躾な歩き煙草の煙と、御堂筋(あの八車線。)を通った時に仕入れた排気ガスの
ワンツーパンチがクリーンヒットしたらしい。
 漂着するようにたどり着いた扇町公園で、私たちは小一時間ほどずっとこうしている。

「デートに浮かれて薬飲むん忘れてきたんやろ」とジト目で言ったら、
否定もせず空笑いを返されたのは三十分前の話だ。
(いつかトシ君が( ФωФ)『新島はすぐ調子に乗るんがいかん』と溢していたのに全力で同意しよう!)

15: 2011/05/21(土) 03:13:47 ID:tVAbwTvg0
 

(゚、゚トソン「…………」

(;;´∀`)「…………」


 沈黙。
 私は面を上げて、公園の景色を眺める。

 扇町公園は、大通りに面している割に、すごく落ち着いた――のんびりとした印象すら受ける――普通の公園だ。
 休日で、公園横に扇町キッズプラザ(科学博物館の賑やか版のようなもの)もある為か、
子ども連れがいつもより三割増し、といった感じだった。
 遊具置き場の方から、絶えず子どもの笑い声が聞こえてきている。

 すり鉢状に低くなっている、中央のだだっ広いグラウンドで、サッカーやキャッチボールを興じる人たち。
隅っこの方で、鳩に食パンを与えているおじさん。芝生で一休みするスーツ姿の男性。

 どこにでもある風景からは、少なくともゴテゴテした大阪らしさは拾えない。
曖昧な公園の雰囲気は、どちらともつかない天満駅のそれにも通じているような気がした。



(゚、゚トソン「…………」



 ヒュウ、と、膝元から呼吸音が聞こえてくる。
 視線をそこに落とすことなく、私はモナーの頭を撫でた。

16: 2011/05/21(土) 03:16:47 ID:tVAbwTvg0
 
 短く刈った髪の毛は、ザラザラしていて、ツヤもなくて、撫でてちっとも楽しくない。
でも、それが、今私の手のひらが触れているものが、
モナーなのだと考えるだけで、手つきはどうしようもなく優しくなった。


(゚、゚トソン(モナー以外なら、こうはならへん……よなぁ。)


 自覚した途端火傷のようにじくじくと痛み出す心は、きっと恋の炎に焦がされたからだ。
 ため息一つを挟んで、髪を留めていたゴムとバレッタを外す。
重力に反して上を向いた毛先を開放すると、風に揺らされながらそれは私の肩先に触れた。


( ´∀`)「トソンさん」


 幾分か落ち着いてきたモナーの声。
 それに何となく違和感を覚えて、すぐに思い至る。
これは真剣な話をしたい時の声色と、その為の呼称だ。


(゚、゚トソン「…………なに?」

( ´∀`)「何か、悩みでもあるんすか?」

(゚、゚トソン「…………」


たっぷり三秒もったえぶって、やっとこさ出てきたのは

17: 2011/05/21(土) 03:17:56 ID:tVAbwTvg0
 

(゚、゚トソン「ないよ」


 掠れに掠れた、搾り出した後のおからにも劣るような声。

――なんやねん。私の声の方が、よっぽど聞き苦しいわ。

 俯瞰で事態を眺めるもう一人の私が、嘲るように告げてくる。
 弱ったように眉根を下げて、無言で見上げてくるモナーの手が頬に触れた。

 ――――ああ、もう、やっぱり、まいったことに。
この人のことが好きだと思う以外、どうにもならなくなるくらいに。モナーの手つきは優しかった。



( ´∀`)「うそや」



 モナーは、ずるい。


 何もかもお見通しって感じで、実際その通りで、
それを腹立たしく思わせるモナーは、ずるい。


 それ以上に、それを嬉しく思わせてしまうモナーは、ほんとうに、ずるい。

18: 2011/05/21(土) 03:18:48 ID:tVAbwTvg0
 

 
(゚、゚トソン「――――っ」


 私は、身動きが取れなくなる。息が、出来なくなる。

 ずっと前、モナーは自分の喘息の発作を
『全力疾走を何本も繰り返して、気道が締まってる感じがずっと続いてる感じ。』と表現したけれど、
似た感覚かも知れない。着実に、逃げ道が削られていくような。



( ´∀`)「トソンさん」



 あくまでも優しい声色を導火線にして、
私の中で溜まりに溜まった何かが爆発する音を聞いた。




19: 2011/05/21(土) 03:20:20 ID:tVAbwTvg0



            03.恋は全速



(゚Д゚#トソン「だらっしゃあああああぁぁぁあああああああああ!!!!!!!」

�堯福──②蓮�)「ふぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!??????」


 勢いよく立ち上がると、モナーは勢いよくベンチから転がり落ちた。
 膝枕していたのだから当たり前のことだ。

 間の抜けた私たちの叫び声で、扇町公園にいた数十羽の鳩が一斉に飛び立った。
フォフォフォ、とあの独特な飛び立つ音が何十にも重なって、また新しい喧騒を作る。

 鼻先を掠めながら落ちていく鳩の羽毛を一息で吹き飛ばして、
ヤムチャみたいにうずくまって足元に転がるモナーへ、人差し指を突きつけた。


(゚、゚#トソン「もうなぁ、もう、嫌やねん!
 アンタが喘息の発作起こすんも、その度に落ち着いていく私みるんも!」


 にらみ付けるようにモナーを見れば、起き上がり、手を後ろについてぽかんとしている。
行き成り地面を転がされたのなら、それも当然の反応だろう。
 いつもなら理性的にセーブできるはずなのに、だめだった。
初対面の時にしろ、予想外の出来事とやらに滅法弱い性質なのかも知れない。
(まあ、そこを突いて来るのは今の所、モナーだけなのだけど)

20: 2011/05/21(土) 03:21:15 ID:tVAbwTvg0
 

 休日の麗らかな昼下がりに勃発した痴話喧嘩に、
ざわざわと色めきたちはじめる公園内。知ったことか、と私は続ける。


(゚、゚#トソン「なんで慣れなアカンの? モナーがどんだけ苦しいかって、そんなん分かりきっとうのに、
なんで私だけ落ち着いていくん!? アンタは、モナーはずっと苦しいままやのに!」


 私が、私を罵るのだ。


 モナーは今もずっと病魔に苦しんでるのに。そこで対処をこなすお前は一体なんなんだ、と。
 自分も同じように苦しめることが出来ればと、数え切れないほど思った。
 でもその度に、彼がどんなに苦しいかを考えさせられて胸が痛くなる。


 私は、嫌いになりたくないのだ。大好きだから、嫌なんだ。
 自分自身以上に、


(;、;トソン「モナーのこと、ずっと好きでいたいねん!!!!!!」


 モナーのことを。
 結局それも自分勝手な願いなんだって、理解している。
理解しているからこそ、また悪循環が始まるのだから。

21: 2011/05/21(土) 03:22:39 ID:tVAbwTvg0
 
 いつのまにか溢れていた涙は目元に溜まり、頬を伝い、アイシャドウやファンデーションを緩やかに溶かしていく。
お気に入りのチュニックワンピースごと握り締めた拳は硬い。
 そして、歌舞伎の大見得も顔負けに切られた啖呵は、


( ´∀`)「っ、はは! ははははははは!」


 モナーのほがらかな笑い声できれいさっぱり流されてしまった。


(;、;#トソン「人が真剣に悩んでんのに何やアンタはぁ!」

( ´∀`)「えっ、あっ、いやぁ、すんませんすんません!
 トソンさん、いや、あのね、好きが過ぎて怒り出すっていうんは、どうなんすかね」


 すっげぇ新しい、いや新しすぎる、と、立ち上がり、歩み寄ってきたモナーが付言する。
 目尻を彼の人差し指がなぞって、黒い粒になった涙を掬い取った。


(゚、゚トソン「わたしは――っ!?」


 抱きしめられて、言い返そうとした言葉がどこかに吹き飛んだ。
威勢もモナーの大きな腕の中にごっそり包まれて、いなされる。
 少し苦しくなる位の力の抱擁。
 そんな段階とうの昔に過ぎたはずなのに、体中が心臓になったみたいにドキドキしだした。

22: 2011/05/21(土) 03:23:21 ID:tVAbwTvg0
 
 子どもたちの喧騒が聞こえる。

 頭の上に顎をのっけながら、腕の力は一向に緩めることなく、モナーは言った。


( ´∀`)「今ので伝わってきたのはミーちゃんが俺んこと大大大大好きってことだけなんすけど」


 うふふ、と気持ち悪い笑いが頭上で聞こえる。
浮ついた、弾んだ声。久々に優位に立てて嬉しいってか。


でもその癖、顔はほおづきみたいに赤くなってるんやろ?



( ´∀`)「…………それになぁ」



 ふと、トーンが落ちた。
腕を離されて、りんご一つ分くらいの距離が出来る。少しだけ、寂しい。
屈んだ彼が、私と視線を合わせながら、言った。

23: 2011/05/21(土) 03:24:27 ID:tVAbwTvg0
 

( ´∀`)「これでも嬉しいし、感謝してますよ。ほら、俺の発作、割と頻繁に起こるしょ?
せやから、起こった時に取り乱す人とか、何でもない時に心配しまくる人とかいて。
よくあること、なんでもないようなことみたいに扱ってくれるん、
家族以外ならトソンさんやトシくらいなんよ。…………ホンマに、助かってます」


 普段、口数が少ないモナーにしては長い口上だった。
今度は私がぽかんとする方で、ありがとう、と、あまつさえ感謝の言葉まで
モナーが言うものだから、もうどうしていいかわからなくなる。


( ´∀`)「そういえば俺ら、腹割ってこういう話してへんかったもんなぁ」

(゚、゚;トソン「それっ、は……わたしのせいやと思う。見ないようにしてたから」

( ´∀`)「ほな、これからはぶつかって行きましょう」


 頷くと、モナーは満足げに微笑んだ。
へにゃり、と、固まっていた部分を解してい彼の笑顔。私の大好きな。
 ふと、唇に柔らかい感触を覚えた。遅れて聞こえてきた、ちゅ、と軽い音。

24: 2011/05/21(土) 03:25:08 ID:tVAbwTvg0
 

( ´∀`)「こんな感じで」


 柔らかく溶かされていたものは瞬時に硬くなった。


(////*トソン「なっ、なっ、なぁ――!」


 満足な言葉すら返せない私を見つつ、忍び笑いを漏らして、
――でもその癖真っ赤な顔で――モナーは言う。





( ´∀`)「今更照れなや、都村さん。」






             了

25: 2011/05/21(土) 03:25:37 ID:tVAbwTvg0
お疲れ様でございました。これで一話は終わりです。

26: 2011/05/21(土) 03:33:12 ID:tVAbwTvg0
( ・∀・)「必要や思うで? ほら、恋愛偏差値って言うのん?
 あのさぁ、人間の心なんてもともとマニュアルで作られてるもんやろ。
 だったらば把握できるようにせんと。お宅もう、いい大人なんやから。」

マドラーで八文目くらいになったコーヒーをかき回しながら彼は笑った。
――これを見てる皆さんが誤解ないようにあえて言っておくけど、彼の笑顔は穏やかなものなんかじゃない。
それは心の底から、私を卑下する為だけに作られた笑みだ。
優越感すら滲ませたそれを向けられた私は、思わずうっと引き下がった。


ああ、私、今、馬鹿にされてるんか。


そう理解するよりも早くに涙が浮かんできて、私は湧き上がる悔しさを誤魔化すようにうつむいた。
強かに下唇を噛むと、ほんのりと血の味がした。
唇と一緒に、現在進行形で心が切り刻まれているのだと感じる。

('、`*川「……じゃあ、私、恋愛偏差値、何点?」

声は揺れていなかっただろうか。
肩は震えていなかっただろうか。

そう不安に思いながらも問うたのは、私のネバーギブアップ精神が果敢にも立ち向かった証であった。

けれどそれも今この時を持って、そして付け加えるのならば

27: 2011/05/21(土) 03:37:55 ID:tVAbwTvg0
 

( ・∀・)「落第点」


恋人『であった』彼の言葉により、ぼきりと根元からへし折れたのだけれど。



そんなこんなではっと面を上げると、そこは見慣れた駅のホームだった。
足元には、これまた見慣れた黄色いブロックがある。

 ――あ。白線の内側。

二、三歩後ずさると、弱ったようなため息が出た。


('、`*川「……っうぁあ」


 記憶、と言うよりむしろ綺麗さっぱりに意識が飛んでいた事をその瞬間素直に認める。
 それからややあって、私はゆっくりとあたりを見回し、状況を把握しなおした。


 …………こんなに脆かったの。自分。


 口惜しいような思いは、この際封印しておくとして。

 ――現在地は通天閣のお膝元、大阪は新世界(と言う名の旧世界。)にある
JR新今宮駅の二番線。現在時間は午後4時30分で、私の名前は伊藤ペニサス。
福祉系の大学ニ回生で――、今しがた1年と3ヶ月付き合っていた彼氏に散々な振られ方をした。

28: 2011/05/21(土) 03:39:43 ID:tVAbwTvg0
 
('、`*川「…………」

溜息は出てこなかったが、代わりに私はぎりりと奥歯をかんだ。


('、`*川「嫌なこと思い出さすなや……アホ」


 それは自分へのものだったか、はたまた相手へのものだったか。
 舌打ち一つで考えを打ち消して、私は眉根を寄せつつうっすら血の滲んだ唇をなぞった。
 カサついた唇に、リップを塗ろうとする気持ちすらもう起こらない。
 多分そんな女の子らしい気遣いは、僅かばかりの反抗心と一緒に彼の笑顔で頃し尽くされたのだ。

 ――思えば初めはその笑顔に心をやられたような気がする。それから、巡り巡ってまた殺された。

 だからこれはつまるところ、


('、`*川「……なんちゅー皮肉」


 呟く。
 そしてその瞬間、ひりりと火傷のような感触胸の奥に感じて、
嗚呼これは当分『ソレ』を考えないようにした方が良いな、と思った。

29: 2011/05/21(土) 03:40:30 ID:tVAbwTvg0
 

 ……けれど、やっぱり。どうしてか。


 冷静にそう判じたのは頭だけで、心の棚はまだぐちゃぐちゃだったようで。
 脳裏では、思い出と言うには生々しすぎる記憶がむくりむくりと起き上がってくる。


 止めて、と悲鳴のような自分の声が、そう言うにはしかしか弱く漏れた。


 ―――――出会いはどうだった。嫌いな食べ物はなんだった。
 車酔いが酷いのに、私をドライブにつれていく為に免許を取った。
 そう言えば喧嘩はいつだって自分の方から折れた。
 怒った彼はよく物に当たった。けどそんな子供っぽい行動にもどこかずる賢さがあった。
 その度に私は彼を嫌うようになった。それは彼も一緒だと思う。
 そんなサイクルは一年くらい続いた。それでも私は彼が好きだった。……はん。


『一番線、電車が参ります、危険ですので白線の内側に…………』


 誰に憚ることなく吐いた溜息と連動するかのように、スピーカーからアナウンスが始まる。
 ふと左へ視線を向ければ、一駅手前の天王寺駅の方からオレンジ色の電車が向かってくるのが見えた。


 ――大阪へ向かう、環状線のそれだ。


 とすれば、それとの連結のため
あと1分も経たない内に向かいの二番線へ快速の難波行きが入ってくるだろう。

30: 2011/05/21(土) 03:43:13 ID:tVAbwTvg0
 
('、`*川「は……?」

(`・ω・´)「だいじょーぶ?」

 男の声は、好青年っぽい感じだった。
 ……白状すれば割と私好みの声である。
 でもまあ、よれたカッターシャツにやぼったい黒ぶちメガネは、
なんだか冴えないような印象を受けるし、
さらに残念なことにその男、きちんとした格好をすればそれなりに整う容姿をしているのであろうが、
目の辺りまで前髪がカーテンのように掛かっていて、顔の全体を捉えることが出来ないでいるのだ。

 逆にそのアンバランスさが、近づきがたいような雰囲気をかもし出しているのだろうか。
 その奥の瞳には一抹の精悍さがあるものの、
……もったいない、と一瞬でも思ってしまった思考を切り捨て、私は男を睨んだ。

('、`*川「何」

(`・ω・´)「いや……なんや今にも飛び降りそうやったから。すごい顔してたよ?」

('、`*川「大きなお世話。ってか私が氏んでも自分には何も関係ないやろ」

(`・ω・´)「あー……それは困る。君が飛び込む、電車が止まる。俺は今から月一の逢瀬。この意味解る?」

('、`*川「……」

 何だコイツ、と。そう思ったのが前面に出ていたのだろうか?
 男はさらに申し訳ないような、弱ったような笑みを濃くさせた。
 ああ、と安心したのは、その中に負の感情がなかったからだろうか。
 それとも男がただ単純に『キモイ』だけじゃないと思ったからだろうか。
 うん。多分、後者だ。きっとそうだ。……どっちにしろすっごい不覚だけど。

31: 2011/05/21(土) 03:45:37 ID:tVAbwTvg0
やべ間違えた。30の間にこのレスを挟んでいる感じに、こう、脳内変換を、
すみません、お手数おかけします。お願いします。
――――
 

 ――このまま環状線に乗り、大阪へ帰るか。
   それとも難波まで出て適当に時間を潰すか。


 選択肢はそれこそ海のように膨大にいくつも広がっていて、私は肩を落とさずにはいられなかった。


 こんなに選択肢があるなら、何であの時は一つしかなかったんよ。


 そう思ったのだ。あの時、とはもちろん――

 と再び意識が沈み込もうとしたその時、私の右腕が誰かに力強く引き寄せられた。
 ギョッとして振り返ると、そこには私の腕を掴んだまま、申し訳なさそうに笑っている男がいる。

33: 2011/05/21(土) 03:48:29 ID:tVAbwTvg0
 
(`・ω・´)「で、飛び降りる気やったん?」

ふいに腕を放した男が問うて来た。
 オレンジ色の電車がうねる程電気を食って、今宮駅へと滑り出していく。
 その瞬間、逃げ場を失くされたと感じたのは、ただの逆恨みと被害妄想だろうけれど。
 巻き起こった風で前髪を暴れさせながら私は言った。

('、`*川「察しろや」

ふてぶてしく発した私の声を、大丈夫そうだ、と軽く笑い飛ばす男の声が響いた。
再度強かに唇を噛むと、男が気付いたように「あ」と声を発して来た。
何よ、と聞くよりも早く、男は信じられないことに、私へこう告げて来たのだ。

(`・ω・´)「なあ、君。これから逢瀬につきあわんか?」

('、`*川「は?」

(`・ω・´)「やから、一緒にデートいかん?」

男が何を言っているのか理解したその瞬間、
いや正確には理解する一瞬手前で、自分ありえん、と私は叫んだ。



34: 2011/05/21(土) 03:50:45 ID:tVAbwTvg0
どうしてこんなことになってんの、と思わずにはいられなかった。
目の前にはほくほくとした笑顔でクッションを抱く男がいる。
こんな笑い方も出来たんだな、と少しほんわりとした気持ちで思った自分が憎い。

(`・ω・´)「可愛いやろ。うりうり」

('、`*川「…………」

そう言いながら男は私の頬へ、クレーンゲームでとったばかりの人形
(青くて頭部と目が異様にでっかくて三投身のくせに犬歯みたいな歯が規律的に生えてて爪も長くて
全身で「肉食」って自己紹介してるし個人感情としてあんまり可愛くないと思うのに
女子供からやたら人気があるのが心底摩訶不思議なあのディズニーのキャラクターだ。)を押し付けてくる。


……ほぼ初対面の人間になんてことをされているのだろうか私は。


 不甲斐なさと苛立ちで眉根を寄せながら、私は柔らかい綿の固まりを手で押しのけた。
 直線的な音響が耳へダイレクトに届く、喧しいばかりのゲームセンター。
 四面囲むようにして置かれた様々なクレーンゲームのコーナーで、私と男は二人っきりだった。
 ついでに言うと女の影は微塵もない。

 ………………えっと、逢瀬?


('、`*川「これのどこがデートなん。てか相手は?」

35: 2011/05/21(土) 03:52:48 ID:tVAbwTvg0
 
(`・ω・´)「デートやんなー? 囚われのお姫様を助けに行く王子様の図。的な?」

と、男はうへへなんて笑いながら人形に笑いかけている。
……うん。

('、`*川「自分モテへんやろ」
(`・ω・´)「…………」

 小声ながらもしっかりとした発音で言ってやった私の言葉は、相手にもきちんと届いたらしい。
 否定が無いところを見れば図星だ。
 そしてわかりやす過ぎることに、びき、と全身の筋肉を氏後硬直しだした猫みたいに固まらせて、
男は「ソンナコトナイモン」と謎の呪文を唱え始めた。思わず破顔。

('、`*川「アッホやなぁー」

(`・ω・´)「おお、君、笑うと可愛いな」

……あれ?

('、`*川「……………」

(`・ω・´)「どした?」

('、`*川「違、違ぁぁぁぁあう!! これは、これはアレ、別にそう言うんやなくて、違うの、とにかく違うの!」

(`・ω・´)「落ち着けwwww」

ガシリと頭をつかまれた。

……あれ?

36: 2011/05/21(土) 03:54:38 ID:tVAbwTvg0
 ぬいぐるみを押し付けて来た時と同じような気軽さと気安さで、笑いながらガシリと頭をつかまれた。
 無骨な。だけれども暖かく広い手でぐりぐりと回され、視界が周り。思考も周り。


('、`*川「…………うそやろ」


ぽろり、出てきた言葉と涙。
心に滲んだ暖かい気持ち。なんだ、アレか。
つい数時間前まではもう一生いらないなんて思った、この暖かさと嬉しさと一握の切なさは、


 恋か。


 私の涙を見た男が大層慌てだしたのが面白くて、つい笑ってしまった。
 それでも涙はとまらなくって、それを見てさらに慌てだす男の姿(あ、人形取りこぼしてやんの。)が面白くって、
簡単に引っ込み切れない涙と笑いが、ゲームセンターの電子音に掻き消えていく。

 傍から見たら、私たち二人はどんな関係に見えるのだろう?

 仲の良いきょうだい?

 一緒に遊んでるともだち?

 痴話喧嘩中のこいびと?

 それとも、

 ――ああ、もうそんなんどうでもええよ!
   それよりもお願いします。涙、止まれ!

37: 2011/05/21(土) 03:56:46 ID:tVAbwTvg0


 そんな初対面の失態から数か月。

 逢ったのも何かの縁と言う事で私たちはまずメールのやりとりを始めた。
 きっかけは別れ際、新たに獲得したキャラクターもののクッションを私に渡しながら
「メアドチョウダイ」と言う謎の呪文を唱えた男からによるものだった。
 鼻水たらして泣いた場面を見られ、これ以上の評価下落もないだろうと踏んだ私も快く承諾し、メールでのやりとりが始まったのだ。

(エンタの神様オモロー!(笑)
 ナベアツとか正味いらんと思う。アイツぶっちゃけあらびき団から出てくるべきちゃうかったわ。
 ってかそういうならレットカーペットの方が面白いしwww
 わかってないなぁ、あのくだらなさの中におもろさを見つけるんやろ(笑)
 くだらんって自分で言ってどないすんのwwww)

 日常会話から、

(バイト疲れた。あの忙しさは訴えたら勝てるレベル。
 あそう。で、相談いい?
 労えよ! 労ってくださいよ! あー、ええよ。どしたん。
 実はな――――)

 こんな相談まで。

 メールと電話を重ねに重ね、私たちは交流を深めていった。
 聞くところによると、男の名前は新島シャキンというらしい。
 しかもなんと、同じ大学の三回生だというのだ。
 学部は違うものの(それを知ったとき、「何で違うねん!」と割と私は憤慨した。
単位取りやすい教科教えろや! と続けるとあきれられたが。)、私とは先輩後輩関係だったのだ。

 それを知ってから、私たちの距離はぐっと縮まった

38: 2011/05/21(土) 03:59:25 ID:tVAbwTvg0
 
 何度かキャンパスでも会うようになり、(シャキンせんぱい曰く)月一の逢瀬に
私もさりげなく同行させてもらうようになり、映画に行ったりカラオケ行ったりした。
 出会いがアレだったのに関わらず、よくもまあこんな事が出来るものだと自分自身で驚いたものだ。
 
 でもまあ――

 出会いがアレだったからこそ、それ以上に踏み込むこともなかったのだけれど。

 そして10月の秋。


(`・ω・´)「白状します。すんません、出会う前から、君の事は知ってました」


 恒例の難波開催ゲームセンター廻りからの帰り道、シャキンがそう告げてきたのだった。
 いくつもの店が軒を連ねるショッピングセンター、難波ウォークの雑踏の中、
のろのろと難波駅へ向かっていた私は、言われた瞬間にはその意味がよくわからなかった。
 立ち止まり、詳しく聞きたかったのだけれども、
往来の邪魔になるのでそれも出来ず、歩く速度を緩めることで抗議の意を表す。

('、`*川「……なにそれ」

告げた声はきっと不服感たっぷりだったのだろう。
初対面の時に見た、誰かに詫びるような笑顔と笑い声を、隣でシャキンが漏らした。

(`・ω・´)「可愛い子やなぁって。大学内でよく見かけてた。
 で、あの日や。偶然にも声掛けるチャンスがあったから……つい?」

('、`*川「何やねん、まず容姿か。アホか。じゃあ、あの初対面のあれは、アレか。ナンパやったんか」

(`・ω・´)「行き先が難波だけに?」

('、`*川「うまないわアホ」

39: 2011/05/21(土) 04:04:37 ID:tVAbwTvg0
 今度は早足で歩くと、後ろをカルガモのようにシャキンがついてきた。
 右手には、ナイロンの袋。その中にはクレーンゲームでゲットしたぬいぐるみが入っている。

 ……つまりは、私と同じものが。

 呆れ返って物も言えないでいると、でさぁ、とふいにシャキンが言う。
 ガザ、と、前触れのようにナイロン袋がかすれた音を立てた。
 ああ、痛いところを突かれるかもな、と言ううっすらとした予想が私に襲いかかってくる。


(`・ω・´)「俺の方の隠し事はばらしたんで聞くわ。答えてくれたら、とても嬉しい。あのさ、ずっと気になっててんけど、」


次にでてくる言葉は、きっと予想通りだ。


(`・ω・´)「君、何であの時あんな泣きそうやったん?」


そら来たぞ。




――――初対面でなっさけない部分はさらけ出していた。今更体面を気にするような仲ではない。

 そう自分自身に言い聞かせながら、私は話した。それも洗いざらいだ。
 あの日、彼氏に振られたこと。それを思い出してボーっとしていたら、シャキンに声を掛けられたこと。
 正直最初は冴えない奴としか思わなかったこと。全て。

40: 2011/05/21(土) 04:08:03 ID:tVAbwTvg0
 
 顛末を話し終えた場所はシャキンからの提案で腰を落ち着けようと入ったマクドナルドだ。
 向かいあいながら、彼は私のつたない話を、笑う事もなく凄く真剣な面もちで話を聞いてくれた。
 そして、そんな彼が注文したのは……うああ、何の因果か、マックコーヒー。

 マドラーで中身をかき混ぜ終わった新島シャキンが、不意に言い出した。

 いつになく真面目な顔つきだった。

(`・ω・´)「偏差値は絶対値やなくて相対値なんよ」

('、`*川「は?」

(`・ω・´)「だから、基準が違えば値も違うってこと」

 俺が思うに、その男はとびっきりのアホやったんやろ。
 からりと笑った彼に、ふいに胸をつかまれたような感覚に陥る。
 愚直な、とも言えそうなくらいに真っ直ぐとした視線が私を捕まえる。

 釣られた。そう感じてからではもう遅いのに。


(`・ω・´)「で、一応聞くけど、この流れで告白してもええねんな、俺は」


シャキンが言った。

 う………うっわぁ、なんか、これ。凄くハズい。凄いハズいんですけれども!
 耳までゆでダコである。赤面している事を自覚しつつ、待って。と一端静止をかけた。
 これだけ聞かせて、と言い出し、彼を見据える。

41: 2011/05/21(土) 04:09:08 ID:tVAbwTvg0




('、`*川「……じゃあ、私、恋愛偏差値、何点?」





 聞いた私に、朗らかな笑みが返された。
 彼は言う。




(`・ω・´)「合格点やね」




 つまりだから……ええっと。これはそういうお話なのだ!




           了

42: 2011/05/21(土) 04:12:07 ID:tVAbwTvg0
お疲れ様でございました、これで二話の投下は終了です。
本日の投下はこれを持ちまして終了です。長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

>>32
二話は、数年前に開催されたノンフィクション祭りで提出したものに
加筆、修正をしたものなので、デジャビュを覚えたらそれです。
なつかしやなかしや。

43: 2011/05/21(土) 04:16:34 ID:cCXB6Qus0
元ネタあり? それとも実体験?

何はともあれとても良いです

44: 2011/05/21(土) 04:20:04 ID:tVAbwTvg0
>>43
二話は友人の実体験に基づいて作られていますが、
それ以外は完全な創作です。どうぞお笑いください。

大阪環状線を一周できればと思っています。
お付き合いくださると嬉しいです。

45: 2011/05/21(土) 04:43:43 ID:gjrgJRFIO
>>42やっぱりそうだったか
前のも好きだったし楽しみにしてる

46: 2011/05/21(土) 11:54:05 ID:gQ1mzpUEO
た、たまらん
無い胸がキュンキュンするぜ

引用: ( ^ω^) 阪急電車のパクリのようです