1: 2009/02/28(土) 00:06:17.84 ID:6CYMarEf0


「ねえ、ドキンちゃん、」
「なによう、ばいきんまん。あたし忙しいの」
「俺はね、」

意味深に目を伏せてばいきんまんは息をついた。
短い指を組んで解いてを繰り返す様は赤子に近いものがあり、
いつものばいきんまんとは縁遠い仕草だった。
思わず化粧をする手を止めてじいっと
ばいきんまんを眺めた。ばいきんまんは寂しそうに笑った。


「俺はね、」



12: 2009/02/28(土) 00:11:35.12 ID:6CYMarEf0

穏やかな昼のことだった。
いつもの如くしょくぱんまんはワゴンを駆って
パトロールに励んでいたしあんぱんまんもかれーぱんまんも
パトロールに勤しんでいた。代わり映えなく滞りなく
平常運行している穏やかな昼のことだった。

ワゴンを駆る自分の手。
ワゴンの前に赤い影が飛び出してきた。

「え、え、う、わあああっ!?」

慌ててハンドルを切る。人影にあたることなく茂みに突っ込む。

18: 2009/02/28(土) 00:15:35.53 ID:6CYMarEf0

「あいたた……」

目の前が奇麗なグレーマーブルに歪んでいて目を顰めた。
後頭部を強く打ってしまって視界が歪む。
舌打ちをした。丁度大きな木にぶつかっていて
フロントガラスに細やかなヒビが入っている。

(く、うー。誰ですかもう…飛び出しなんて危ない…)

文句も兼ねてたったいま飛び出してきた人影を振り返る。

「あのねえ、急に飛び出したら危な―――――…」
「しょくぱんまん様ッッ!」
「え、うわ!?」

19: 2009/02/28(土) 00:18:26.70 ID:6CYMarEf0

泣き腫らした目をしたどきんちゃんが走り寄ってくる。
しょくぱんまん様ぁ、とワゴン越しに縋るように腕を掴まれた。
食品と菌という相容れないものである自分達であるから
どきんちゃんが掴んだ自分の腕に緑色の黴ががじわりと広がっていった。

(ぅっ……)

触らないで、と腕を振り払うことは容易いのにできない。
だってこの子は泣いている。泣いて助けを求めている。


22: 2009/02/28(土) 00:21:19.66 ID:6CYMarEf0
おまえらのツン具合とボギャブラリーに泣いた





泣き腫らした真っ赤な目。
いつもつんとしているおしゃれさんなどきんちゃんの
面影はそこになく、ただ涙と鼻水でぐちゃぐちゃの
子供っぽいかおがそこにあるだけだった。

「……どうしたんですか」
「助けて、助けてください。お願い。お願い、します」

29: 2009/02/28(土) 00:27:04.78 ID:6CYMarEf0

そんなこともあり今、助手席にはティッシュで鼻をかむ
どきんちゃんが乗っている。幸いフロントガラスの損傷があったものの
基本的には大丈夫だった愛車に感謝しつつ走行する。

「………だいじょうぶですか、どきんちゃん」
「う、ひっく、ずび、ふ、ひっく。ごめんなさい、あたし…」

どきんちゃんがすまなさそうに頬を染めた。
過ぎたことだからもうしょうがないと割り切った自分は
彼女への怨恨もなく車を運転する。

「いいんですよ」

優しく呟いたら、どきんちゃんはまた泣き始めてしまった。
すこしだけ、日は傾いていた。


42: 2009/02/28(土) 00:32:28.07 ID:6CYMarEf0


「俺はね、」

ばいきんまんが意味深に目を伏せた。

「奇麗になりたかったんだ」

痩せてぎょろついた眼球がぐるうりと回って丁度
化粧台を前に呆ける自分を捕らえる。本能的な
身震いが背筋を舐めていった。氏んだ目をしている。
ひたすらに、濁っている。

「………奇麗に、なりたかったんだ



48: 2009/02/28(土) 00:40:15.16 ID:6CYMarEf0

「……え、それで、」
「………いなくなっちゃったの。ばいきんまん」
「………ううん…?」

顎に手をやる。信号待ちのけだるい数分間は
黙考に最適で、丁度今も最適な数分間となっている。

「……キレイになりたい…ですか…」
「そうなの。朝起きたらいなくて、あたし、怖くて……」

来てしまってごめんなさい、とどきんちゃんが頭を再度下げた。
構わないですよ、と笑う。どきんちゃんの丸い目から
またぽろぽろと涙がこぼれていく。ごめんなさいなんだかあたし
情緒不安定で、という彼女に、つい、ついうっかり、

「それならうちに来ませんか。おうちに一人なんですよね?」

そう、言ってしまった。





57: 2009/02/28(土) 00:45:27.73 ID:6CYMarEf0

それならうちに来ませんか。

その一言でどきんちゃんの顔がぱあと明るくなる。
しまったと思う反面、泣き止んでくれたうれしさがあった。
真っ赤な目でありがとう、とはにかむどきんちゃんは
普通に女の子で、少しだけどきどきした。どきんちゃんが
やだ安心したらまた、と小さく呟いてずいぶんと
勢いの弱まった涙を拭った。

63: 2009/02/28(土) 00:51:11.12 ID:6CYMarEf0
>>59もうやめておじいちゃん無理しないで



「あらっ。かれーぱんまんににあんぱんまんおかえりなさい」

ドアが開く音がしてバタ子はオーブンを弄る手を止めた。
土埃でくたびれたマントをはためかせてあんぱんまんと
かれーぱんまんが立っている。


かれーぱんまんがぞんざいにただいまあと言い放って奥の自室に
走っていった。あんぱんまんはくすくす笑う。

「どうしたの、かれーぱんまん。御機嫌ななめ?」
「はは。見たいテレビがあるんじゃないかな」
「あらー。言ってくれたらあたし録画したのに



67: 2009/02/28(土) 00:57:29.33 ID:6CYMarEf0
オオオオ支援とんくす





カーステレオから穏やかなバラードが流れてくる。
どきんちゃんは先程からうとうとと眠そうにしていて
溶けるようなこの春日じゃしかたないなあと
自分でも思う。目蓋がとろとろと落ちてきて
危うく眠ってしまいそうになるのを堪えて
アクセルを踏む。ちらと横目に見えた
公園ではカバオ君達が楽しそうにはしゃいでいる。

(やっぱり、子供は笑ってるのが一番いいんですよね)

カバオ君達の眩しいぐらいきらきらした笑顔を
角膜に思い出させながらちらりと寝息を立て始めた
どきんちゃんを見る。相当焦燥していたようだし
疲れても居たのだろう。気持ちよさそうに眠っていた。

69: 2009/02/28(土) 01:05:08.51 ID:6CYMarEf0

あっはっはっは、と奥の部屋から
かれーぱんまんの笑い声が響いてくる。

「いやあよく笑ってますねえ」
「そんなに麒麟って面白いかしら」
「僕はノンスタですねー」
「えーあたしオードリーだわ」
「ふふふ、」

バタ子さんがしょくぱんまん、遅いわねえと
呟いて煎餅を囓った。ぼりり、と砕ける音。
塩煎餅のどこか甘いような塩の臭い。
じいっと眺めていたらあんぱんまんもお煎餅どう?
と海苔煎餅を勧められた。

「わ、いいんですか?」
「いいもなにも、家族みたいなもんじゃない」
「へへ、」
「おいしいわよ」
「ありがとうございます」

ぺりぺりと袋をむいて煎餅を囓った。
海苔の香ばしさが鼻を通り過ぎていく。


71: 2009/02/28(土) 01:08:23.73 ID:6CYMarEf0
いやあああああああああああああああああ
もうやめてええええええええええええMじゃない自分にこれはきついいいいいいいい

83: 2009/02/28(土) 01:18:08.12 ID:6CYMarEf0
わかりにくいから書いてる間だけコテになるわ
あとおまえらツンデレすぎだろ
今頃デレんな


「つきましたよー、どきんちゃーん?」

優しくからだをゆすられてはっと目を覚ました。
起き抜けのまぶたは霞む。甘い体温。

「しょ、ぱん 様」
「大丈夫ですか。よく眠ってましたねえ」
「…………あ!」

体を起こそうとして顎に糸引く物を感じた。

よだれ。

「………きゃああああごめんなさいシートがっ」
「あはは。いいんですよ。気にしないで」
「……ごめんなさい……」

恥ずかしさで顔が熱くなる。
しょくぱんまん様は夢にまで見たあの
柔和な笑みで自分をやさしく抱き起こす。
色々と無茶苦茶な状況なのに、それなのに
愛しい愛しいこの人が自分のために骨を折って
笑ってくれるという事実が震えるほど嬉しくて
別の意味で頬が熱くなる。ワゴンの外は
ほどほどに小綺麗なアパートだった。

86: 2009/02/28(土) 01:23:19.54 ID:6CYMarEf0

ほどほどに小綺麗なアパートのなかは
想像したとおり、ひどく整頓されていて
どこもかしこのしょくぱんまん様のにおいで
いっぱいで、胸がぎゅうっと狭くなる。

「狭いけど、どうぞ、くつろいで」
「あ、はい……」

フローリングの床の冷たさ。
胸の音がうるさい。

(お、お邪魔しちゃった……)

夢みたいだわ。
幸福が胸に充満していく。
それと同時に、朝起きて、隣に誰も居なかった
という今朝方の背筋が冷えていくような恐怖が
蘇って身震いした。




92: 2009/02/28(土) 01:28:46.90 ID:6CYMarEf0

「あー、面白かったぜー!麒麟最高!」
「やーねえもう。オードリーが一番だってば」
「いやあ、麒麟だろ!麒麟最高だあ」
「いーやオードリーね!」

「ふふ、」

子供っぽく言い争うバタ子さんと
かれーぱんまんを眺めていたらあんまりに
穏やかだから笑ってしまった。

「絶対麒麟のほうが……って、あ、ごめん、俺ちょっと出掛けてくる!」
「え、かれーぱんまん、どこ行くんですか」
「そうよお。まだオードリーか麒麟か決めてないじゃない」
「いや、今朝俺の家のポストに用があるから来てくれっていう手紙が」

慌てたようにマントを羽織るかれーぱんまん。
急がねえと約束の時間に遅れちまう、と焦ったように言う。
慌てて玄関から走り出していくかれーぱんまんに
バタ子さんが、早く帰るのよーと言った。



96: 2009/02/28(土) 01:36:03.79 ID:6CYMarEf0

「はぐ、はふ、はぐっ」
「大丈夫ですか。まずくないですか?」
「ぜ、ぜんじぇんまうぐないれうっ!」
「ふふ、それは良かったです」

疲れを隠して笑う。
どきんちゃんが頬を赤くした。
自分のお手製チャーハンを頬張った口元に
ごはんつぶが一粒付いていて、それをとってあげたら
ふうっと遠い目をして、ああなんとなく
消えたばいきんまんのことを考えているのだなと
思った。

「ばいきんまんのこと、やっぱり心配ですか」
「………うん」
「大丈夫ですよ、居なくなるような方じゃないですよきっと」
「………ありがとう、しょくぱんまんさま」


107: 2009/02/28(土) 01:45:13.37 ID:6CYMarEf0


ほう、と溜息をついた。
隣では座布団を敷いただけの簡素な布団に
タオルケットにくるまったどきんちゃんが眠っている。

(疲れ、たあ……)

あー、と気を抜いた声を出して
リラックスしてから肩を回す。ぺきぺきといい音。

(あー、もう八時…パン工場に顔出さないと…)
(でもどきんちゃん、寝てるし起こせないしなあ……)

流し台では水に漬けられたままの皿が
キレイにされるのを待っているし洗濯物もまだ
触れていない。

(……まあ、一日ぐらい顔見せなくても、だいじょうぶですかね)

108: 2009/02/28(土) 01:46:33.73 ID:6CYMarEf0
>>102
書きためはしてないんだごめん
いきあたりばったりで書いてるよ

111: 2009/02/28(土) 01:55:11.66 ID:6CYMarEf0

一日ぶりの職場。


「………え?」

頭が白くなる。

「…………かれーぱんまん、帰ってきて、ない?」
「そ、そうなのよ…しょくぱんまん、何か知らない!?」
「なんでもいい!かれーぱんについて何か知らないですか!?」

あんぱんまんとバタ子さんが自分に詰め寄る。
咽の奥がからっからに乾いて唾も飲み込めない。
昨日は朝方パトロール前に逢ったっきりで
そのあとのことは知らない。なんだ、この、乾きは。

「……ほ、ほんとに居なくなったんですか」
「ほんとよ!!手紙で呼びだされたって…!」
「本当に何か知らないんですか!?しょくぱんまん!」

首を振るのが精一杯だった。
ただ、家に残してきたどきんちゃんのことをどうしてだか思い出したのだった。

119: 2009/02/28(土) 02:03:33.74 ID:6CYMarEf0

「…………暇だわ」

キレイに整頓されたしょくぱんまんさまの部屋。
座布団も床も布団もしょくぱんまん様でいっぱい。
先程仕事へ出て行ったしょくぱんまん様の居ない部屋は
あたしの独壇場。そんな元気ないけど。

緩慢に座布団の海へ沈む。
ほどほどに大きな窓から柔らかな陽差しが降ってくる。
目を細めることすら煩わしくて座布団の中に顔を埋めた。
すこしのホコリくささと、やわらかなお日さまの臭い。

(ばいきんまん、)
(どこ行ったの)

朝起きて、となりにあるはずだと思っていたものが
欠片もなく消えていたあの恐怖。
真っ白いシーツがやけにのっぺりして見えたのだった。

(………このあたしを置いていくなんて)
(…早く、迎えに来てくれないかしら)
(…………早く)


126: 2009/02/28(土) 02:16:13.79 ID:6CYMarEf0

「え?かれーぱんまん?知らないよ」
「そ、そうですか……く、どこに行ったんだっ…」
「……しょくぱんまん、なんかあったの?」
「いっ、いやっ。なんでもないんです。ありがとう、カバオくん」
「んーん。いいよ」

カバオ君がにへ、と子供らしく笑って公園へ戻っていった。
自分はただのし掛かるような焦燥に胃袋を喰われてしまいそうで
戦々恐々としている。こんな聞き込みに意味があるかどうか
知らないけれど、縋る希望はこれしかない。
役割上、恨まれる事はいくつもあったし
それはもうしょうがないと割り切っている。
しかし、もしかれーぱんまんが
自分達に恨みを持つ人物の罠中に嵌ったり
していたらその割り切った気持ちはどうなるのだろう。

ただ唇を噛んで、ワゴンに乗り込む。
どうか、無事でいてください。祈るような気持ちでアクセルを踏んだ。




142: 2009/02/28(土) 02:28:27.33 ID:6CYMarEf0

「どきんちゃん、」
「……んあ?」

昼寝していたら揺り起こされた。
霞む目蓋。眠ってばかりいる自堕落。

「………ん。…………!?」
「ああ、起きた起きた。おはよう、どきんちゃん」
「かっ……かれーぱんまん…!?」
「ふふ、」

反射的に警戒心が脳天まで貫いて
慌てて受け身をとるように自分を抱き締めた。
敵。敵。

「………何の用よ」
「やだな、冷たいな」

相変わらずどきんちゃんは冷たいなあ。
困ったような眉尻を下げる仕草。
網膜に焼き付いた壁が重なる。



「……ばいきんまん?」




147: 2009/02/28(土) 02:35:57.27 ID:6CYMarEf0

「違うって。わかるだろ、俺はかれーぱんまんだよ」
「………何しに来たのよ」
「…なんで俺をばいきんまんだなんて思ったんだ」
「う、うるっさいわね!」
「ふふ、不法侵入しちゃだめだろ。どきんちゃん」
「ふ、不法侵入なんかじゃないわ!ちゃんとしょくぱんまん様が」

ちゃんとしょくぱんまん様が招き入れてくれたから
ここに居るのよ、と怒鳴り掛けてはっとした。
かれーぱんまんは狡猾に目を細めている。

「あいつがどうしたって?まさかあいつ敵をかくまってた?」
「………っっ」
「違うだろ。君は『不法侵入』だろ?」

冷たい目が言外にしょくぱんまんを裏切り者に
したくないならとっとと出て行けと語っている。
唇を噛んだ。悔しい、悔しい。けど、あの人に迷惑を掛けられない。


「……わかったわよ。出て行けばいいんでしょ」




198: 2009/02/28(土) 12:11:28.58 ID:6CYMarEf0

「………え?」

どく、と。
鼓膜が大きく波打つような錯覚。
一回り大きく拍動を刻んだ自分の心臓。

「いま、なんて?」
「だーからさっ。しょくぱんまん、お前の家にどきんちゃんが
忍び込んでたんだって!危ないトコロだったな、おまえ」
「ぇ、ちょ、……」

え、それ、それって。
呆然とする。なぜ、出て行った。
いくら敵であるかれーぱんまんに見つかったと
言えど彼女は自分が個々にいる理由を説明しなかったのだろうか。
あんぱんまんとバタ子さんは危ないところだったわね、と
胸をなで下ろしている。自分はただ
頭を掻きむしりたい衝動にかられて拳を握りしめている。

「あ、そろそろ見たい番組始まるや。俺ちょっとテレビみてきまーす」

そう言って自分の横を通り過ぎる際、小さな、小さな声で、

さまあみろ、食パン野郎、と呟かれた。



204: 2009/02/28(土) 12:21:31.20 ID:6CYMarEf0


テレビを見て笑っていたらいきなり部屋の戸が開いた。
後ろを振り返ったら案の定怒りで表情を歪ませた
しょくぱんまんが立っていた。

「……よお、食パン野郎」
「…………説明、してもらおうか」

がん、と強く壁に体を押さえつけられて息が詰まった。
しょくぱんまんに肩を押さえ込まれている。

「………説明、してもらおうかッ!」
「…へっ。敵をかくまっといてよく言うぜ。俺はお前を守ってやったんだぞ」
「このっ…!」
「へん、殴んのかよ。おまえさ、このパン工場追い出されたら
生きてけねえだろ。お前を守ってやったんだぜ、俺はよ」
「…――~~ッッ!!」
「ウッ」

どす、と重い拳が右頬にきた。
そのまま壁に頭を打ち付けて蹲る。
目に涙を浮かべたしょくぱんまんは息を荒くして
このやろう、と呟いて出て行った。ざまあみろ、食パン野郎。



209: 2009/02/28(土) 12:30:31.53 ID:6CYMarEf0

わかったわよ、出て行けば良いんでしょう。

そう言って飛び出した。

「………はあ、ふう」

春先の夜風は胃液まで凍るように冷たくて
首をちぢめても肩を抱いてもただただ無情な
寒さは末端神経からじわじわと自分を蝕んでいく。

(寒い、お腹減った…)

いつも、こんな時なら何してるのばいきんまん、寒いじゃないの
一言ですぐにばいきんまんがなんとかしてくれたのに、

今は、いない。

(……お腹減った)

公園の遊具の中にもぐりこんで寒さを凌ぐ。
ホームレスのように惨めな自分に涙がとまらなかった。



214: 2009/02/28(土) 12:39:43.14 ID:6CYMarEf0
「……あら?」

夕食を買いに行った帰り、公園の隅で見慣れた
影を見つけた。寒そうに蹲るその華奢な肩。

(………ドキンちゃんかしら)
(こんなところで何してんでしょ)

足音を忍ばせて公園内に滑り込む。あっというまに
華奢な人影に近づいて、声を掛けた。


215: 2009/02/28(土) 12:41:48.81 ID:6CYMarEf0
「どきんちゃん、よね?」
「ッ」

びく、とその肩が震える。
怯えたように戦慄く顔がこちらを振り返る。

「ねえ、こんなところで何――」
「きゃ、きゃああぁぁああっ」
「きゃっ」

強く突き飛ばされてしりもちをつく。
腰を強く打って背骨に響く鈍痛があった。

「い、痛…」
「……っ。ご、ごめんなさ……」

ごめんなさい、と言いかけてどきんちゃんが自分を助け起こす。
買い物袋の中の卵はグチャグチャに潰れていて
それを見つけたどきんちゃんは泣きそうに俯いて再度
ごめんなさいあたしびっくりして、と消えそうに呟いた。

217: 2009/02/28(土) 12:49:34.04 ID:6CYMarEf0

泣きそうに唇を噛んで割れた卵や散らばった
食材を必氏に掻き集めてビニール袋に戻す
どきんちゃんの優しさに胸をぽわぽわさせていたら
食材をすべて袋に戻し終えたどきんちゃんが
何度目かわからないごめんなさいを呟いて
公園から走り出していった。

ただ、自分だけが残された。

232: 2009/02/28(土) 13:28:53.54 ID:6CYMarEf0


「……え!?ドキンちゃんに逢った!?」
「そうなのよ。あとごめんなさい、卵潰れちゃったから
今晩はチキンライスだわ」
「いえチキンライス好きだからいいですよ、
それよりどこで逢ったんですか!?」
「そこの公園よ。どうしたのそんなに慌てて」

バタ子さんが今日のしょくぱんまんは何か変ねえと
バタ子さんが穏やかに笑った。がさりと
ビニール袋が擦れて砕ける音がする。卵がまた割れたのだ。

「……ちょっと僕、アパートに忘れ物してきたので」
「え、ちょっ、しょくぱんまん!晩ご飯は!?」
「いらないです!アパートで食べてきますから!」

パン工場を飛び出す。途端体を蝕んでくる
寒さ。こんな寒さの中で一人どきんちゃんは震えているのだ。

(早く、行かなきゃ…!)

236: 2009/02/28(土) 13:42:11.50 ID:6CYMarEf0

「ふ、ぐすん、ひっく、う、うう」

震えている。寒さでもう末端の感覚はない。
冷えた手で自分の頬に触れてみても一片のぬくさも
そこにはなくてただただ変につやつやした
皮膚がそこにあるだけだった。

(寒い。おなか、へった。暗い。怖い)

バス停のベンチに蹲って寒さを凌いでいる。
この暗さではもうどこにも行けない。
王子様なんていないのはわかっているし自分が
助けて貰えないなんて言うのも知っていた。
無慈悲な早さで車が通りすぎていく。ライトが目を灼く。
膝を抱え治して蹲る。王子様なんて居ないのだ。

ぎゃぎゃ、と悲鳴のようなブレーキ音でどこかに
車が停車したようだ。蹲って潰した視界では
何も見えないから怖くないのだ。膝が自分の吐息で
しっとりと湿ってくる。誰かの手が自分の肩に触れた。王子様なんて、

「ここにいたんだね、どきんちゃん」
「……しょく…ぱんまん様…?」
「帰ろう。かれーぱんまんが酷いこと言ったんだってね。ごめんよ」

よしよしと優しく頭を撫でられて涙が溢れた。王子様なんて。

240: 2009/02/28(土) 13:54:11.92 ID:6CYMarEf0
>>235 >>239懐かしいなそれ


「しょ、く、ぱんまん様ぁ」
「ひとりにしてごめんね。もう大丈夫ですから」
「う、ぅう」

ドキンちゃんが涙でグチャグチャに濡れた頬を拭おうともせず
自分に縋り付いた。驚くほどその体は冷えていて
自分のふがいなさでぎゅうっと胸が狭くなった。

よしよし、もう大丈夫ですよ怖くないですよ。
優しくその背をさする。ドキンちゃんのすすり泣く声が少し
大きくなる。よしよし、大丈夫大丈夫。

そのとき。


「………やっぱり、ここにいいたか。食パン野郎」


「――――ッッッ!!」
全身の血が凍り付く。にやにやといやらしく
口元を歪めたかれーぱんまんが道の向こう側に立っていた。
どきんちゃんがひゅう、と短く息を詰めたのがわかった。

243: 2009/02/28(土) 14:07:27.42 ID:6CYMarEf0

「やっぱりなあ、裏切り者」
「か、かれーぱんまんっ…」

一気に車通りのなくなった車道を渡って
徐々にかれーぱんまんが距離を縮めてくる。
反射的にふるえるどきんちゃんを抱き締めた。
しょくぱんまん様、とドキンちゃんが戦慄いたように呟く。
どうしてあたしなんかのためにここまでしてくれるんですか。
決まってるでしょうそんなのと囁き返す。かれーぱんまんは
もうそこまで迫ってきている。

「………どきんちゃんから離れろ、食パン野郎」
「……厭ですね。泣いている女の子を放っていけません」
「ゴタクはいーんだよ。追い出されたいのか」

追い出されたいのか。
その一言は重く心にのし掛かった。
生唾を呑む。かれーぱんまんの頬の歪みが深くなった。

「いいのかよ、どきんちゃん。このままそいつに
甘えてると、愛しのしょくぱんまん様がホームレスだぜ」
「…ばっ、馬鹿なこと言うな!大丈夫ですよどきんちゃん、惑わされないで」
「…………」

とん、と。

顔を蒼くしたどきんちゃんが静かに自分を突き放した。
どきんちゃんはお利口だね。かれーぱんまんが低く笑った。

245: 2009/02/28(土) 14:15:26.01 ID:6CYMarEf0

とん、と。

顔を蒼くしたどきんちゃんが静かに自分を突き放した。
どきんちゃんはお利口だね。かれーぱんまんが低く笑う。

「……え、どきん…ちゃん…?」
「……もういいの。ありがとう、しょくぱんまん様」

自分を優しく拒絶したどきんちゃんが幽鬼のような
足取りでふらふらとかれーぱんまんのもとへ
歩んでいく。かれーぱんまんは笑っている。

「さっさとどっか行っちまえ、食パン野郎」

ふらふらと近づいて行くどきんちゃんの
華奢な腕をかれーぱんまんが掴む。
ほら、さっさとどっか行っちまえ。かれーぱんまんが言い放つ。

なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ。
思いと裏腹に、脚はあさっての方向へ歩き出した。


247: 2009/02/28(土) 14:27:20.32 ID:6CYMarEf0

「ふたりになれたね。どきんちゃん」
「………なんでこんなことするの。なんでよ」
「わかんないかな、」

ばいきんまんによく似た仕草で首を曲げる。
吊り上がった口角には皮肉と嘲笑が滲み出ている。
真っ暗な夜道は自分達の他に誰も居ない。
水銀灯の薄明かりがせっせと灰色の影を
作り続けるため光り続けている。

「きれいだろ?」

滲むような悪意がじわじわと寄ってくる。
後ずさりした。しょくぱんまん様にこれ以上
迷惑は掛けられないのだ。

「それって、水銀灯のこと?」
「どう思う?」

その手が自分の肩に触れた。鳥肌ばかりが大きくなっていく。


253: 2009/02/28(土) 14:34:48.99 ID:6CYMarEf0
>>249絶対誰か言うと思った


鳥肌が背筋までぎっちりと埋めていく。
かれーぱんまんの姿は水銀灯にほとんど照らされて
いなくって、自分の肩を掴むその手しか見えない。

(………触らないでよ)
(あたしのこと触って良いのは、)

“ねえ、どきんちゃん”

閉じた目蓋に帰ってくるのはホラーマンでも
かびるんるん達でも、しょくぱんまん様でもなくて、

“ねえ、どきんちゃん。おはよう”


「………ばいきんまんだけよ」


254: 2009/02/28(土) 14:43:41.78 ID:6CYMarEf0

「………ふぅん、」

すうとかれーぱんまんの目が冷たくなる。
肩を掴むその手の力がつよくなる。痛みに目を顰めた。
痛みになれていない自分の体はあっというまに
感覚ごと白くなっていく。
歯を食いしばった。耐えろ、堪えるのだ。自分よ。

「……そうなんだ」
「…そうよ。悪い?」
「悪くないなあ。嬉しい」

寂しそうにかれーぱんまんが笑う。どうしても
そこにばいきんまんの影を重ねてしまって
胸が痛くなる。かれーぱんまんが再度口を開こうとして、

どすん。

開こうとして、

「………大丈夫だった?どきんちゃん」
「…しょ、しょくぱんまん様?」

からーぱんまんが口を開こうとして、後ろから殴りかかった
しょくぱんまんの拳に倒れた。しょくぱんまんは優しく
、女の子を見捨てては行けませんよと呟いた。


264: 2009/02/28(土) 15:08:44.34 ID:6CYMarEf0


「っく………いってえ」

むくりと起きあがる。起きあがった場所は
案の定固く冷たいアスファルトの上だった。

「あんにゃろう…食パンめ」

首を曲げようとして自分の顎に生暖かい
ものが伝っていったのを感じた。鼻血だ。畜生。

(どきんちゃん…は当然連れて行かれてるよな)
(ワゴンもねえ……どきんちゃんごと乗せていったか)

気を取り直して再度起きあがる。土埃を払う。
そうか、逃げたか。それならそれでいい。

(おまえらがその気なら)
(……こっちにも、考えがあんだよ)

口元を乱暴に拭う。鼻血は止まらなかった。


272: 2009/02/28(土) 15:27:11.23 ID:6CYMarEf0
暗い夜道をワゴンが走る。
水銀灯に照らされたどきんちゃんの
横顔は蒼白くって生気が感じられない。

「……安心してください。大丈夫ですよ」
「………ごめんなさい。あたし…」
「大丈夫ですから」
優しく言う。正直自分も
仲間であるかれーぱんまんを殴ってしまった
事で胸が痛んだ。じりじりと穴を開けるような
痛みが胃に染み込む。歯がゆい。

ふっとどきんちゃんがカーステ、かけていい?
と聴いてきたのでいいですよと言う。どきんちゃんの
華奢な腕がカーステのボタンを押す。

276: 2009/02/28(土) 15:31:03.32 ID:6CYMarEf0


《ガ…ガーピピー…ザー…本日未明、食パンマン…ガー…ザザー
ピー………えー、今夜もやってまいりましたミュージックアワー!
みなさんこんばんわ、DJの…》

「……ちょ、ちょっと待って、今…」
「……あ、あたしも聞こえました……まさか…」

ラジオチャンネルからさきほどのニュースチャンネルに切り替える。

《ザー…ザザー…本日未明、食パンマンに殴られたカレーパンマンが
脳震盪を起こしているのを通行人が発見、突然の凶行の影に
見え隠れするバイキンマンとその相方、ドキンちゃんの存在が
匂われており……》

がく、とドキンちゃんが真っ白になった。
自分はただあまりのことに何も言えない。

「まさか…こんな…」




277: 2009/02/28(土) 15:35:44.37 ID:6CYMarEf0


「いやー、ありがとうございました。凄い特ダネですよ」
「いや、俺が役に立てるならいいんだって」
「すいませんね。お礼はあとでさせて頂きますから」

ぺこぺこと俺に頭を下げるラジオ局の局長。
俺は大仰に包帯を巻いた頭を見せつけるように
立っている。殴られたあと、自分の脚で病院へ行き
そしてラジオ局に話題が届くように喋った。
案の定この平和な街に突如として転がり込んだ
特ダネに食いついてきたラジオ局を犬にするのは容易かった。

「いやー、すごいよ。視聴率も反響も大きく伸びてる」

手放しで喜ぶ局長と職員達を見てほくそ笑んだ。

(ざまあみろ、食パン野郎)



287: 2009/02/28(土) 15:53:33.99 ID:6CYMarEf0


「まさか…こんな…」

しょくぱんまん様は脳天を打たれたように
呆けているしあたしも同様だった。

「………かれーぱんまんだわ。…きっと」
「…それは…そうだろう、けど」

かれーぱんまん、どうしてこんなことを。
しょくぱんまん様はぼーっとしたように
脱力している。あたしは、もうこれ以上迷惑を
掛けられないと、思った。

「……停めて」
「え?」
「停めて!もういいから停めて!あたしのせいで!あたしのせいでッ!」
「え、ちょ、う、うわ、暴れないで!落ち着いてください!」
「いやっ!触らないで!」

シートベルトを外して窓から飛び降りようとした
あたしに業を煮やしたのかしょくぱんまん様が
強くアクセルを踏んだ。車体が揺れる。あたしも、揺れた。
強く頭を打ち付けて、いたあ、という呻きが漏れる。
それを制止するようにしょくぱんまん様が、大丈夫、安心してと
優しく呟いた。王子様みたいだ、と。思った。

302: 2009/02/28(土) 16:10:11.34 ID:6CYMarEf0

バタ子さんのすすり泣く声が響いている。
アンパンマンは顔を覆っているしジャムおじさんは
ラジオのスイッチを切って自室へ引っ込んだ。
薄暗いパン工場はさらに薄暗く見えてひどく
陰鬱だった。まぁ、子供のように可愛がった子が
裏切りを重ね仲間を殴った最低な奴だと報道されれば
ショックもあるだろう。

「……ああ…しょくぱんまん…どうして」
「大丈夫だったの?かれーぱんまん。あたし、もう…」

うう、と呻くようにバタ古参が顔を伏せた。
自分はタダ笑い出したいのを堪えて悲しそうに振る舞っている。

「……でもね、」
「大丈夫かよ、バタ子。無理すんなって」
「あたし、」

バタ子さんが顔を上げた。
どこか強い光を目に宿している。

「あたしね、しょくぱんまんがそんなことすると思えないわ」




308: 2009/02/28(土) 16:26:35.22 ID:6CYMarEf0


「あたしね、しょくぱんまんがそんなことすると思えないわ」

度肝を抜かれる。
一瞬、すべてを見透かされたかと思った。
まぁ、そんなわけないんだけれど。

「………バタ子さん」
「あんぱんまんもそう思わない?……あたしは、そう思う」

あんぱんまんに同意を求めるようにバタ子さんが
あんぱんまんを振り返る。あんぱんまんが小さく
僕もそう思います、と呟いた。かっと顔が熱くなる。

313: 2009/02/28(土) 16:29:47.55 ID:6CYMarEf0
僕もそう思います、と呟いた。かっと顔が熱くなる。

「……なんだよ」

低い、声だった。

「………俺を信じないのかよッッッ!!」

ばあん、と怒りにまかせて机を蹴る。
バタ子さんがびくりと震えた。ただただふうふうと
荒い息で自分は錯乱している。

「………もういい、知らねえ」
「あ、ちょ…かれーぱんまん!待ってよ!」
「触らないでくれよっ!」

バタ子の手を振り払って出て行こうとした、その時。


「………笑いが、隠し切れてないんじゃないの」


低く。
低く低く、いつのまにか傍らに立っていたあんぱんまんが
低く低く俺の耳元に呟いた。バタ子は目を丸くしている。
何も聞こえなかったことにして、そのまま飛び出した。


321: 2009/02/28(土) 16:42:06.21 ID:6CYMarEf0


夜道を走るワゴン。目指すはどきんちゃんの家であり
ばいきんまんの家である場所。

「あたしたち…どうなっちゃうの」
「わかりません。でもとりあえずあなたの安全が先です」

必氏だった。
先程からカーステはずうっと自分達の悪行に
ついて語っている。正直聴くのも厭だけど
こればかりはそうも言っていられない。

(くそっ…このままじゃ……)

ラジオによれば街警察はもう動いているとのこと。
しょうがなくこんな山道を選んで走っている。
しかし舗装されていない道の負担はすさまじく
先程から腰が痛くてしょうがない。

「……怖い」
「大丈夫、です、から。もうちょっとの辛抱です」



409: 2009/02/28(土) 21:26:17.73 ID:6CYMarEf0


もうちょっとの辛抱です。
そう呟いた瞬間、がくんと衝撃が走った。
腰をシートにぶつけて再度痛みがぶりかえす。目を顰めた。

「な、何なんですか…っ」
「あ、あ!しょ、しょくぱんまん様!」

どきんちゃんが金切り声を上げてバックミラーを指さす。
何かと思って覗き込んだバックミラーの中に、

「…………あ、」

ワゴンを片手で止めたままこちらを見るあんぱんまんの姿があった。
あんぱんまんの唇ががやっと見つけた、と云ったように見えた。
ゲームオーバーだ。顔を覆った。



413: 2009/02/28(土) 21:35:40.44 ID:6CYMarEf0


「……ラジオ聴いてびっくりしたよ、かれーぱんまんと何かあったの?」
「…いやそういうわけじゃないです。……僕らのこと警察に突き出すんですか」

警察、という単語に敏感に反応したどきんちゃんが
びくりと肩を震わせて自分に縋り付いてきた。
よしよし怖くないですよと頭を撫でてやると
安心したようにくすんと鼻を鳴らす。

「はは、そんなことしないって」

仲間じゃないですかとおどけたようにあんぱんまんが言う。
心底ほっとした。

「それにしても、何があったかぐらいは説明してくれても
いいんじゃない?」
「……んー、…」

たき火がぱちぱちと音をたてている。
愛車を風よけのようにしてたき火にはげんでいる。

ワゴンを無理矢理止められたあと、最早抵抗の余地はないと
言われるままにワゴンから降りてみたら自分達を待っていたのは
温かな同僚、あんぱんまんの笑顔だった。

「……いやでもほんと、助かりましたよ」
「いや、しょくぱんまんも大変だったみたいだし、別にいいよ」

418: 2009/02/28(土) 21:44:18.54 ID:6CYMarEf0
気にしないで、とあんぱんまんが笑う。
僕はしょくぱんまん達のミカタです、と言われて肩の力が抜けていく。
あんぱんまんと向かい合うようにして
傍らのどきんちゃんと寄り添ってしばらく、揺れるたき火を眺めていた。
ふいにあんぱんまんが口を開く。

「………僕ね、思うんだ」
「え?」

どきんちゃんが眠そうに目を擦った。

421: 2009/02/28(土) 21:46:50.33 ID:6CYMarEf0

「……かれーぱんまんの、ことなんだけど」
「な、どうしたんですか急に」
「………かれーぱんまんさあ、ほんとは、」


ぐちゅ。


湿った。
湿った音がした。

「……―――…あんぱん、まん?」
「ァ、ぐ」

白目を剥いたあんぱんまんがぐらりと倒れる。
その、後ろに。

「……かれーぱんまん」

太い棒きれを振り下ろした姿勢で笑うかれーぱんまんの姿があった。

432: 2009/02/28(土) 21:55:38.08 ID:6CYMarEf0

どきんちゃんの甲高い悲鳴が鼓膜を突く。
後頭部を歪にへこませたあんぱんまんが
倒れ伏している。たき火が頼りなく揺れる。

「……見つけたぜ。食パン野郎」

「か、かれー…ぱんまん…。な、なんて事を…」
「きゃ、ぁ、ぁあああぁぁあああああ!!」

どきんちゃんが高い金切り声を上げて
自分の肩にすがりつく。オレンジ色の炎に
照らされたかれーぱんまんの横顔は
狂気にまみれている。身震いした。

「……さあ、裏切り者の食パン野郎、どきんちゃんから離れろ」
「くっ…、まだ言うかっ!裏切り者はどっちですか!
どきんちゃん、私から離れないでください!」
「う、うん、わかった。しょくぱんまん様」

ぎゅう、と強くどきんちゃんを抱き締めた。
狂気に淀んだかれーぱんまんはもうそこまで迫っている。


436: 2009/02/28(土) 22:06:54.62 ID:6CYMarEf0
ざく、ざく、と無情なまでに滞りなく
かれーぱんまんは近寄ってくる。
後ずさりを続けていたらワゴンに行く手を阻まれ
これ以上後退できない。

「……さっさとどきんちゃんから離れな、食パン野郎」
「い、厭です。プライドは売れません」
「しょ、しょくぱんまん様」
「大丈夫、絶対守りますから、離れないで」

ついにかれーぱんまんとの距離が
一メートル以下ほどになる。自分の心臓の
鼓動がひどくうるさい。純粋に怖かった。

「そうかい、じゃあ、氏にな」

かれーぱんまんが木の枝を大きく振り上げる。
どきんちゃんだけは守れるようにと
華奢な躯を強く抱いて目をつぶる。

446: 2009/02/28(土) 22:17:49.85 ID:6CYMarEf0


「……?」

目をつぶっても思っていたような衝撃は
いっこうに来ない。恐る恐る目を開けると

必氏の形相でかれーぱんまんの足元に齧り付く
半分ほど頭を潰されたあんぱんまんの姿があった。

「く、くそっ、放せ!あんぱんまんっ!」
「だ、れ、が、離すもん、かあ…!」

脂汗をながしながら必氏にかれーぱんまんの
歩みを止めるあんぱんまん。かれーぱんまんが
くそ、この、はなせと叫んであんぱんまんの
顔をがむしゃらに踏みつけた。みるみるうちに
顔が崩れていく。

「くそっ、このっ、はなせッ!」
「い、や、で、す……!!」

「あ、あんぱんまん!無茶しないでくださいっ!」
「ぼ、ぼくは、だ、だいじょう……ぶ…だから…はやく逃げ…」
「くそっ、このっ!」
「もうやめろかれーぱんまん!あんぱんまんが氏んでしまうッ!」


450: 2009/02/28(土) 22:24:12.01 ID:6CYMarEf0

ハム速wwwwさすがにそりゃねえってwww


「く、ううっ!はやく、早く逃げ、」

あんぱんまんが必氏に叫ぶ。涙が溢れた。
見捨てたら自分はひとでなしだ。
けれど、けれど自分の腕の中で
震えるこの弱い女の子を見捨てたらもっともっと
人でなしだ。唇を噛んだ。

「……ごめん、あんぱんまん」
「い、いいよ、はや、く、行け」

どきんちゃんを抱きかかえて走り出した。
ちくしょう待てこのやろう、というかれーぱんまんの
怒号がねっとりと糸を引くように耳の奥でいつまでも
響いていた。



464: 2009/02/28(土) 22:35:09.63 ID:6CYMarEf0

真っ暗な森の中を走りに走ってようやく
どきんちゃんの家がはるかかなた豆粒ほどに
見えてきた。どきんちゃんを抱きかかえたまま
では体力の消耗が驚くほど
早くて肺が重く痺れてきた。息が荒い。

「は、は、はあ」
「しょ、しょくぱんまん様無理しないで。あたし歩けます」
「い、いや、だいじょ…う…ぶ」
「あたしこそもう大丈夫ですってば!おろしてください!」

どきんちゃんがいやいやをするように
腕の中で暴れる。しょうがなく降ろすとなるほど
体がひどく軽く感じられた。

468: 2009/02/28(土) 22:39:16.56 ID:6CYMarEf0
どきんちゃんがいやいやをするように
腕の中で暴れる。しょうがなく降ろすとなるほど
体がひどく軽く感じられた。

「いや……ふう。大丈夫だった?どきんちゃん」
「あたしは大丈夫です。それよりしょくぱんまん様、
大丈夫ですか?凄い汗」
「いや、ぼくはだいじょう、」


どすん。

瞬間目の前に火花が散った。
誰に殴られたかなんてのはもう考える余地もない。
どきんちゃんの悲鳴。倒れ伏している自分。

「ざまあみろ、食パン野郎」



ごめんちょっとお風呂はいってくるわ


565: 2009/03/01(日) 00:06:13.93 ID:gNBHzbHD0


「離して!離してよッ!」
「だあっ、もうっ、暴れんな!」
「厭!はなしてえ!」

暗い森の中をひたすらに疾走する。
手にはほどほどに重い暴れるどきんちゃん。
鍛えているはずの体にもこれは重労働で
いくぶんも走らないうちに息が上がり始めた。

「くっ……はあ、ぜえ。くそっ…」
「離して!しょくぱんまん様になんてことするのよお!」

喚くようにどきんちゃんが暴れる。
うるせえ黙れ。痺れを切らして怒鳴る。
どきんちゃんがぶるりと身を震わせてやがて
静かになった。



591: 2009/03/01(日) 00:23:53.53 ID:gNBHzbHD0

森の中には一片の光もない。
ただ自分の乱れたと息とどきんちゃんの
静かな吐息がこだまする。濁った汗が
自分の頬を流れていった。

腕の中のどきんちゃんが目を伏せて呟く。

「………あんた、ばいきんまん?」
「ち、ちげえっ、っは、はあっ、ぜえ。違えよっ」
「……嘘つかなくてもいいわよ。似てるのよ、仕草が」
「違うっつってんだろ!」
「じゃあ、じゃあばいきんまんはどこなのよ!!」

強い、強い声だった。
疲れた体に重く染みる強い語調。

「知るか!くそっ!黙ってろ!」


「じゃああんたなんであたしの家に向かって走ってるのよ!」


びき、と。
意識に亀裂が入る音がした。

601: 2009/03/01(日) 00:30:57.35 ID:gNBHzbHD0

意識にヒビが入る。
歩みが停まる。ただ乱れた吐息だけが
こだましていていた。あれ、俺、なんで、?  ?
手の筋肉が弛緩してドキンちゃんを取り落とした。
いたあい、という悲痛な声。

「……あれ、俺?」
「い、いたあい」
「……あれ、あれ、あ。あ?ああ?あああ?」
「…え、ちょ、なによ」
「え、おれ、みんなをなぐ、なg、棒で、なg、あ、ああ?ああ?」
「……や、やだ気持ち悪い。なによ」
「なgなgなg殴ったんだngなgなgなgあ?ああ?あああ?」

意味がわからない。
何が?何が?なにがあ?ああ?あああ?
ざくりと草を踏む音がして振り返ったあ?あああ?あああああ?


「……お疲れ様、カレーパンマン」
「ああおまえはああ?あああ?ああ?」

どきんちゃんが悲鳴を上げたあ?あああああああ?ああああああ?

「……君の役目は終わりだよ」

ああ?あああ?

619: 2009/03/01(日) 00:39:31.38 ID:gNBHzbHD0
君の役目は終わりだよ。
暗闇が手を振りかざした。
ぽってりとしたシルエットが暗闇の中に浮かんでいる。
ハネと、ショッカク。

「出ておいで、かびるんるん」

低い、声。

倒れ伏したかれーぱんまんの中からかびるんるん達が
這いだしてくる。蟻さながらだった。
そして陰っていた月が徐々に雲から抜け出していく。
薄い月明かりが充満していく。

暗闇が月明かりに喰われていく。

ぽってりとしたシルエット。
ショッカク。
ハネ。
ぎょろついた目。

ああ、ああ。
探していたのだ。




「ただいま、どきんちゃん」

623: 2009/03/01(日) 00:43:25.91 ID:gNBHzbHD0


ただいま、どきんちゃん。

その一言で、自分の両目から凄まじい勢いで
涙が溢れるのを感じた。嗚咽が漏れる。
声が掠れる。

ああ、ああ。探して、いたのだ。

「……ばいきんまん……」
「一人にしてごめんね」

木立の中に埋もれるように立っている
ばいきんまんに縋り付く。涙が止まらなかった。


635: 2009/03/01(日) 00:48:14.91 ID:gNBHzbHD0

「……う、ひっく、うう。ひどいじゃない。どうして、」
「ごめんね。ごめんね……」

きれいになれなくてごめんね。

ばいきんまんが低く呟いた。
え?と聞き返したらばいきんまんはただ
寂しそうにふがいない俺様でごめんねと呟く。

「なにが、う、ぐすん、ひっく。何が、よ?」
「きれいになりたかっただろ、どきんちゃんは」
「そりゃきれいになれるなら、ひ、ひっく、なりたいわよ」
「ごめんね」

ばいきんまんが再度ごめんねと呟いて
自分の首根に顔をうずめてきた。ふんわりと
ばいきんまんのにおいでいっぱいになる。

638: 2009/03/01(日) 00:53:40.98 ID:gNBHzbHD0

はあはあと、周囲に聞こえる音は
自分の拍動の音と荒れた息の音だけだった。
脂汗に似た液体が首を伝って鎖骨まで落ちていく。

「……は、はあ、はあ。っく……!」
「……しょくぱ…まん…」
「だ、だいじょうぶです……わ、私はっ…大丈夫です…」
「………ぼくを…置いてい…け…」
「い、や、で、す…!」

頭がクラクラしている。
グレーマーブルに歪んだ景色は今朝方を思い出させた。

(そ、そもそもあの時どきんちゃんにぶつかりかけた…から…)
(今…こんな…事に…なってるんですけどね…!)

「……重いだ…ろ…置い…い…けよ…」
「い…いや…です…!!」

食いしばった歯は割れそうだった。
踏ん張った手足は千切れそうだった。
あんぱんまんを背負う背中は砕けそうだった。

けれど。

「今度こそ……見捨てはしませんか、らね…!!」



650: 2009/03/01(日) 01:00:44.30 ID:gNBHzbHD0

 
「…ごめんね」
「なんであやまるのよう。気持ち悪いわねえ」

ひどいなあ、とばいきんまんが眉尻を下げて
少しばかり笑ってからふっと真剣な表情になる。

「……覚えてないの?」
「覚えて…って…何がよ」
「だって、どきんちゃん、きれいになりたいって」
「そんなのいつも言ってるわよ。何?」
「………ほんっとーに、覚えてないの?」
「何がよ?」

意味がわからない。
隠そうともせずそう言うと、ばいきんまんががっくりと膝をついた。
え、な、何よ。あたし、なんかひどいこと言った?

「……どきんちゃんが、菌のまんまじゃしょくぱんまんと
結婚できないっていうから」
「そ、そりゃできないわよ」
「菌じゃなくなる方法、ずっと、考えてたんだ」
「……は?」

657: 2009/03/01(日) 01:06:33.19 ID:gNBHzbHD0


「色々やって、色々考えて、結局食品であるあんぱんまん達の
体を乗っ取るのが一番良いって、ことに、なったから」
「………かびるんるんをかれーぱんまんに仕込んだの?」
「うん、手紙で呼びだしたらアッサリ来た」
「……ご、ごめん意味がよくわかんないわ」

どきんちゃんは真面目に混乱しているらしく目を
白黒させている。自分は愛しい彼女の願いさえ叶えられないのだ。


「………どきんちゃんを、菌じゃないきれいな体にしたかったんだ」

ごめんね、どきんちゃん。ふがいない俺で、ごめんね。

眉尻を下げて呟いたらなんでだか殴られた。
ぐえっ、と気管から空気が押し出されて妙な声が出た。
痛い、どきんちゃん何するんだよと叫ぶと
どきんちゃんはどうしてだか物凄い泣き方をしていた。

668: 2009/03/01(日) 01:11:24.07 ID:gNBHzbHD0


「……ばいきんまんのバカ!!あたしが他の男と結婚してもいいの!?」
「え?」

どきんちゃんが突進してくる。
胸をぼかぼかと柔らかな拳が叩く。苦しい。

「バカ!バカ!ばいきんまんのバカ!あたしがっ!他の男と結婚してもいいの!?」
「ぐ、ぐえっ。く、苦しいよどきんちゃん」
「バカバカバカバカ!あ、あたしっ…あたしは…!
あんた意外に結婚したいやつなんていないのよ!バカ!ヒクツ!」

どこまで一気に捲したてられてどきんちゃんは号泣した。
バカバカ、ばいきんまんのバカ。どうせならあたしを一人にしたことのほうに
あやまりなさいよお。バカ。泣いて叫んでどきんちゃんは
俺に抱き付いてきた。バカあ。あたしは菌でもいいのよ、一生汚い菌でも
あんたが側にいてくれるんでしょ!バカ!怒号に気圧されたのか、
どうしてだか、自分の頬を生温い涙が流れていった。


684: 2009/03/01(日) 01:19:15.80 ID:gNBHzbHD0

「………う?」
「ああ!気が付いたんですね!かれーぱんまん!」
「大丈夫?かれーぱんまん」
「……え?ぅっ…」

目を開けたらしょくぱんまんとあんぱんまんと、バタ子がいた。
みんな一様に嬉しそうにしている。起きあがろうとして
後頭部がひどく痛んだ。眉を顰める。

「ああっ、無理しないでください!まだ顔を替えたばかりなんですから」
「くそっ…いってえ。おいら、どうなっちまったんだ?ここどこだよ?」
「近所の山です。……かびるんるんに操られてたんですよ」
「ええ?おいらが?まっさかあ。嘘言うなよしょくぱんまん」
「う、嘘じゃありませんよ!まったくあなたは心配掛けて!」
「なにおう!?やんのか?」
「誰かそんなことしますか!私は野蛮人じゃありませんからね!」


「……ふふ、いつも通りですね。あの二人」
「そうねえ。良かったわ。だってかれーぱんまん、様子が変だったもの」
「そうですよね、僕も……うっ」
「ああ、あんぱんまん、顔替えたばかりなのよ。無理しないで」

708: 2009/03/01(日) 01:31:31.26 ID:gNBHzbHD0

ひとしきりどきんちゃんは大泣きして静かになったと
思ったら自分に抱き付いて離れなくなった。

「……ばかあ、」
「ちょ、ちょ、どきんちゃん!」
「…あたしにはあんただけなのよ」

もわもわと頬が熱くなる。
こんなに甘えてくるどきんちゃんを見るのは初めてかも知れない。

717: 2009/03/01(日) 01:34:56.77 ID:gNBHzbHD0
しばらくそうしていた。

がさ、がさがさ。

草木を踏む音が聞こえた。
頬が引きつる。

「……大変だ」
「え?何が?」
「あんぱんまん達だ。見つかった」

精一杯に焦燥しているのにどきんちゃんは自分から離れようと
しない。どきんちゃん離れて、と言っても
ぎゅうっとくっついたままだ。

「は、離れて、どきんちゃん。どきんちゃんまでアンパンチ喰らうよ」
「……いいわよ。誰が今更そんなの気にするもんですか。
それよりばいきんまん、あんたしょくぱんまん様に迷惑
かけたんだから、あとでちゃんと菓子折持って謝りに行くのよ!
あと利用しちゃったかれーぱんまんにもね!」

いつも通りのつんつんした態度のどきんちゃんを見て、笑みがこぼれた。

「畏まりました、おひめさま」
********


トリプルパンチの炸裂した夜空に、やけに嬉しそうな二人分のバイバイキンの声が、いつまでも響いていた。

~fin~

719: 2009/03/01(日) 01:35:51.60 ID:1iW9FC5oO
乙!

720: 2009/03/01(日) 01:36:14.93 ID:1sreo4WV0
なんというハッピーエンドだ・・・

721: 2009/03/01(日) 01:36:18.14 ID:HtK1DvagO
\(^o^)/

>>1乙

758: 2009/03/01(日) 01:42:38.22 ID:gNBHzbHD0
>>747
かびるんるん如きがカンペキに支配できるわけなかんべよ

>>735-747ありがとう!

763: 2009/03/01(日) 01:44:55.14 ID:gNBHzbHD0
あーよし、もう寝る。
読んでくれた奴ROMってた奴レスしてくれた奴みんなありがとう
おやすみ!

831: 2009/03/01(日) 12:26:20.07 ID:gNBHzbHD0
ええええええええええええええええまだ残ってんのかよ麦茶噴いたわ

引用: ドキンちゃん「え……ばいきんまん…今…なんて…?」