241: 2010/08/18(水) 11:32:38.99 ID:Y9zNDNHUO
という訳で、番外編その1
昨日はさるさんを喰らいまくったから、ゆっくり投下します

唯「ブーンブンシャカブブンブーン♪」澪「ひゃぁ!!///」ピクンッ

※地の文あり注意

242: 2010/08/18(水) 11:35:03.17 ID:Y9zNDNHUO
オカルト研の部室のドアは意外にもシンプルで、装飾も何も無い。
内装の禍々しさとは正反対だ。
そのドアの前に、私と和ちゃんが2人で立っている。

「……唯、そろそろ説明してもらえるかしら?
 どうして私が、オカルト研の部室に連れて来られたのか」

和ちゃんはいつもの調子で、淡々と私に疑問をぶつけてきた。
だから私もいつもの調子で、それに答える。

「だって和ちゃん、呪いなんて暗示にかかっただけだ、って言ったでしょ。
 だから、呪いは本物だって信じてもらうために連れて来ました!」

「どうやって私に信じさせるつもり?」

「実際に和ちゃんが呪われるんだよ」

「……はぁ?」

呆れた表情と声。これも、いつも通りの和ちゃんだ。

「澪ちゃんも最初は疑ってたけど、自分が呪われたら信じるようになったんだよ」

「そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね」

決め台詞を残して、和ちゃんは向こうへ歩き出した。
けいおん!Shuffle 3巻 (まんがタイムKRコミックス)

245: 2010/08/18(水) 11:40:31.00 ID:Y9zNDNHUO
「逃がさないよ!」

「……もう、離してよ」

「実は和ちゃん、呪われるって聞いて怖くなった?」

和ちゃんに抱きついて、その歩みを止めて、単刀直入に聞いてみる。
ちょっと今、私の顔はニヤけてるかも。
だって、たぶん、これは和ちゃんの本音だと思うんだ。

「……そんな訳、ないでしょ」

「じゃあ別に構わないよね。和ちゃんは呪いなんて信じてないんだし」

「霊的な力の存在を認めない、って言ってるだけよ」

あれっ、なんか期待してたリアクションと違うような?
本心を言い当てられて、焦っちゃう和ちゃんが見られると思ったのに。
すごく冷静というか、冷酷な態度でビックリしちゃうよ。

「だからって、誰かが私への悪意をもって儀式を執り行うのは、不愉快でしょ。
 そんな儀式を目の前で見せられて、笑って許せるほど大人じゃないわ」

「うぅ……」

「もう私、本当に行くからね。用事もあるし」

249: 2010/08/18(水) 11:44:03.87 ID:Y9zNDNHUO
再びこの場を去ろうとする和ちゃんに、思わず大声で呼び掛けてしまった。
今、焦っているのは、私の方だ。

「の、和ちゃん!
 本人がいなくても呪いはかけられるんだよ!」

「……どういう意味よ?」

「和ちゃんの髪の毛、こっそり取っちゃったからね!」

おかしいな、こんな言い方する筈じゃなかったのに。
確かに、念のため、と思って和ちゃんの髪の毛は事前調達しておいた。
けど、こんな脅すような使い方をするためじゃなかった筈だよね。
どうしよう、売り言葉に買い言葉で、思ってもない事が口から出ちゃう。

「……それがあれば、私に呪いをかけられる、って言いたいのね」

「そうだよ!」

「ちょっと理解できないわね。私、そこまで唯に恨まれるような事をしたかな」

「違う、違うよ、そうじゃなくて!」

「わかってる? 今、私、すごく怒ってるのよ」

あっ、なるほど。
空気が凍るって、こういう事を言うんだ。

251: 2010/08/18(水) 11:48:34.93 ID:Y9zNDNHUO
どうしてこんな事になっちゃったのかな。
和ちゃんは結局、怒って生徒会に行っちゃうし。
オカルト研の部室前で、1人で立ち尽くしていると、ドアが開いた。

「……ごめんなさい、中から話を聞いていた」

「真鍋和は行ってしまったようだけど、どうする?」

出てきたのは、例の怪しい衣装ではなく、制服を着たオカルト研の2人。
今は昼休みだから、制服を着ているのは当たり前なんだけどね。

「もう知らないよ、和ちゃんなんて」

怒りとか、悲しみとか、色々グチャグチャの感情が、そのまま言葉になった。
そして気が付けば私は、恐ろしい事を口に出していた。

「和ちゃんなんか、呪われちゃえばいいんだ!」

「……本当にいいの?」

「いいよ、呪いをかけちゃって!
 軽い呪いじゃなくてもいいよ、和ちゃんはどうせ信じないんだから!」

252: 2010/08/18(水) 11:52:20.86 ID:Y9zNDNHUO
元々の計画では、こうなる筈だった。

1. 和ちゃんをオカルト研に連れて来て「呪いをかける」と伝える
2. 拒否したら「それなら呪いが存在する事を認めて」と迫る
3. 認めなければ、一番軽い呪いをかけて、認めざるを得なくする

そもそも、なんでこんな計画を立てたのか。
呪いで苦しんでる澪ちゃんに、和ちゃんは「そんなの思い込みよ」と言った。
なんだか、すごく澪ちゃんに対して失礼だと思った。
だから、和ちゃんに、呪いが存在する事を信じてほしかった。

それだけ、たったそれだけの話だったんだよ。
別に和ちゃんを苦しめたいとか、和ちゃんが嫌いだとか、そんな訳ないじゃん。

「終わった。真鍋和には『囚われのロキ』という呪いがかけられた」

「言霊によって、真鍋和は拷問の痛みに身体を苛まれる」

「鍵となる言霊は……」

色々な事を考えているうちに、儀式は終わっていた。
オカルト研の2人の説明を、私は半ば放心状態で聞いていた。

256: 2010/08/18(水) 11:57:10.56 ID:Y9zNDNHUO
「失礼します」

「はい、……なんだ、唯じゃない」

ちゃんとドアをノックしてから、生徒会室に入る。
この時期の生徒会室にはあまり人がいないから、和ちゃんが1人でいる事が多い。
特に、昼休みにわざわざこの部屋に来るのは、和ちゃんくらいだ。

「何よ、謝りに来たの?」

「謝るのは和ちゃんの方だよ」

私はもう、完全に意固地になっていた。

「澪ちゃんやりっちゃんが苦しんでるのに、そんなの思い込みだって……。
 そんな事を言う和ちゃんには、呪いをかけちゃったからね!
 自分の身体で、思い知ればいいんだよ!」

涙目で、大声で、私は言霊を叫ぶ。

「ブーリブリチャカ、ビガッビガッ!!
 ブーリブリチャカ、ビガッビガッ!!」

258: 2010/08/18(水) 12:01:39.93 ID:Y9zNDNHUO
その瞬間、和ちゃんの身体が、ビクンと跳ねた。
少し遅れて、生徒会室に悲鳴が轟いた。

「きゃああああっっ!?」

悲痛な叫びに驚いて、私は我に返った。
和ちゃんは椅子から転げ落ちて、床にうずくまっている。
動作は、肩で大きく息をするばかりで、立ち上がる気配すら見せない。

「の、和ちゃん!?」

「……い、痛いよぉ」

絞り出すような声で、和ちゃんが呟いた。
真っ赤な顔で、涙をポロポロと流している。

こんな和ちゃん、見た事がない。
いつもしっかり者で、毅然とした態度の和ちゃんが、こんな……。
ようやく私は、自分が犯した過ちに気付いた。

『囚われのロキ』の効果は、茨のムチに叩かれる痛み。

お尻を叩かれなきゃいけないのは、和ちゃんじゃない。
悪い子は、私だ。平沢唯だ。

263: 2010/08/18(水) 12:06:50.21 ID:Y9zNDNHUO
午後の授業に、和ちゃんの姿は無かった。
とてもそんな状態ではないと判断して、私が保健室に連れて行った。
たまたま保健の先生がいなかったけど、ベッドだけは使わせてもらえた。
2時間くらい安静にしていれば、きっと快復する。……するよね?

キ-ンコ-ンカ-ンコ-ン

放課後になった。
近くにいたムギちゃんに、一言だけ伝えて、私は教室を飛び出す。

「ごめん、今日は遅くなるよ。もしかしたら部活に行けないかも!」

……もちろん、向かう先は保健室だ。
ドアに掛けられたホワイトボードには「本日、保険医不在」の文字。
もしかしたら和ちゃんは、眠っているかもしれない。
そっとドアノブを握って、静かにドアを開けた。

「失礼します……」

途端に、悲鳴のような、和ちゃんの声が聞こえてきた。

「あぁっ、はぁっ、はぁっ……」

まだ痛いんだ。まだ苦しいんだ。
私の心は罪悪感でいっぱいになった。

265: 2010/08/18(水) 12:10:03.74 ID:Y9zNDNHUO
静かに、静かに、和ちゃんのベッドに近づいた。
吐息の多く混じった声が、断続的に聞こえる。
でも、次の瞬間、私は自分の耳を疑った。

「もう一回、だけ……
 ブーリブリチャカ、ビガッビガッ……」

えっ、ダメだよ、その言霊を唱えたら……

「あふぁっ、あふぁっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」

なんで、なんで自分から言霊を?
和ちゃんは誰に謝ってるの?
訳がわからないまま立ち尽くしていると、寝返りをうった和ちゃんと目があった。

「はぁっ、はぁっ、えっ、ゆっ、唯!?」

息を荒くした和ちゃんは、恋する乙女のようなトロンとした目で、私の顔を見た。
私は何も言えないまま、妙に色っぽい和ちゃんの寝姿を眺めていた。

「ちがっ、これは、違うの、その、えーと……」

慌てて何か言おうとして、和ちゃんはしどろもどろになった。
……と思ったら、急にため息をついて、ムクッと起き上がった。

「はぁっ、誤魔化そうと思っても無駄ね。バッチリ見られちゃってるし。
 ねぇ、唯。正直に話すから、私の事を軽蔑しないでね?」

271: 2010/08/18(水) 12:16:49.37 ID:Y9zNDNHUO
私は黙って、和ちゃんの告白を聞く事にした。
どんな話を聞いたって、私が和ちゃんを軽蔑なんかする訳ない。

「ずっと秘密にしてたんだけどね、私はマゾヒストなのよ。
 あっ、マゾヒストって意味、わかるかしら?」

うん、言葉の意味は知ってるよ。
だけど、和ちゃんの言ってる意味が全然わからないよ。

「特定のパートナーがなかなか見つからないから、
 ずっと自分で自分を虐めてたんだけど、物足りなくてね。
 特にムチ打ちなんて、自分の身体に当てるのは難しいから」

なんか吹っ切れた様子で色々語ってくれるのはいいんだけど、
聞く方にも少しは心の準備をさせてくれないかな?
こう見えて、結構ショックを受けてるんだよ、私。

「でも呪いをかけられて、言霊を唱えれば痛みを感じられるようになった。
 しかも外傷が残らないから、後処理の必要も無い。
 最初こそ驚いたけど、そう気付いたら嬉しくなっちゃってね。
 保健室で何十回も、セルフスパンキングしちゃった。ふふっ」

こんな和ちゃんの素顔、知りたくなかったなぁ。
スパンキングって言葉は意味がわからないけど、
出来れば知らないままでいた方が、いいような気がするよ……。

273: 2010/08/18(水) 12:21:15.51 ID:Y9zNDNHUO
「そうだ、唯。ひとつ謝らせてもらうわ」

「えっ、何を?」

「呪いは確かに実在するのね。疑って悪かったわ。
 この身体で体感してみるまで、イメージだけで語っていた自分が恥ずかしいわ。
 澪や律も、素敵な呪い体験ができて良かったわね」

そう言って和ちゃんは、ニッコリと笑った。
私も笑顔で返そうとしたけど、絶対に引きつってるよね、これ。

「わ、私こそ、ごめんね。和ちゃんの気持ちを考えないで、勝手に呪いをかけちゃって」

「唯は謝る必要なんて無いわ。
 だって私、呪われて、むしろ感謝してるもの!」

えーっと、今回の目的は、和ちゃんに呪いが存在する事を認めさせる。
だから目的は達成。……達成でいいのかな、本当に?
最初の計画と、だいぶ違う結末を迎えたような気がするけど……。
あー、もういいや。これでOKって事にします!



おわり?

274: 2010/08/18(水) 12:24:07.56 ID:Y9zNDNHUO
番外編その2は、夕方以降だよ!

>>264
同じ人です
本編は台本形式、番外編は地の文形式でお送りします

301: 2010/08/18(水) 18:53:07.49 ID:Y9zNDNHUO
やべっ、もうこんな時間だ…

という訳で番外編その2、前半だけですがどうぞ

302: 2010/08/18(水) 18:54:54.50 ID:Y9zNDNHUO
真っ白なテーブルクロスの上に、幾つもの綺麗な皿が並んでいる。
もちろん皿だけじゃなくて、料理も美味しいものばかり。
私がグラスを空けると、メイドがすぐにフレッシュジュースを注ぎに来た。

「お父様、お仕事の調子はどう?
 最近、海外に出掛けられる事も少なくなったわね」

「若手の部下が育ってきたから、仕事を任せられるようになったのさ。
 紬も近い将来、その一員として活躍してもらわないとな」

お父様はそう言って、ワインを飲み干した。
間髪入れずにメイドがボトルを持って来たが、それを柔らかく断る。
メイドは頭を下げて、元の場所へ戻っていった。

私のお父様は、琴吹グループの実質的な最高責任者だ。
その一人娘である私には、後継者としての役割が期待されている。

とはいえ、能力の無い者に世襲を認めるほど、世間は甘くない。
一日も早く、琴吹グループのトップにふさわしい人物となるために、
私には普通の高校生よりも高いハードルが設定されている。

304: 2010/08/18(水) 18:56:53.39 ID:Y9zNDNHUO
「……お父様。実はまた、素晴らしい逸材を見つけたのよ」

「……ほう、今度はどんな人だい?
 また先日のように、単なる勘違いじゃないだろうね?」

「前回はごめんなさい。でも、今度こそ本物よ。
 いとも簡単に呪術を使いこなす、才気に溢れる2人組を紹介したいの」

「呪術、か。詳しく話を聞かせてもらおうか?」

お父様は身を乗り出して、私の話に興味を示した。
権力者になるほど、科学で説明できない、オカルト的なものを信じる割合が増えるという。
きっと、お父様もその1人なんだ。

桜ヶ丘高校の卒業生には、どういう訳か、大きな成功を収める女性が多い。
学力偏差値だけで見れば、決して全国トップクラスの進学校ではないのに。
お父様はそれを知ってか、私が桜高に入学するとき、一つの課題を与えた。

「将来、琴吹グループの戦力となるような、金の卵を探すんだ。
 これは、と思う才能の持ち主がいたら、私に直接紹介してほしい」

305: 2010/08/18(水) 18:59:03.09 ID:Y9zNDNHUO
入学直後、私は立て続けに『才能の持ち主』と出会う事ができた。

1人は澪ちゃん。
ファンクラブを擁するほどの美貌と人徳、そして他に類を見ない言語感覚。
圧倒的なカリスマとなる素質を、澪ちゃんは持っていた。

1人は唯ちゃん。
やる気を出した途端に、凡人の数年間の努力を、あっという間に追い抜いてしまう。
天才としか形容できない、特別なものを持っていた。

当時はまだ中学生だったけど、憂ちゃんも金の卵の1人。
一点集中型の唯ちゃんに対して、万能型の憂ちゃん。
どちらも琴吹グループに欲しい人材だと、お父様も太鼓判を押した。

あっ、りっちゃんには何の才能も無かったみたい。
ごめんなさい、でも平凡は悪い事じゃないの。
どこにでもある平和な家庭を築いて、幸せに過ごしていけるって事なんだから。

306: 2010/08/18(水) 19:02:06.87 ID:Y9zNDNHUO
でも、それ以降はなかなか『才能の持ち主』を見つける事ができなかった。
次第に私は焦り始めて、だんだん選球眼が鈍ってきてしまった。
つい先日も、同じクラスのエリちゃんをお父様に紹介したところ、

「日本の伝統工芸を守り抜くほどの人物と聞いたが……。
 ただのにわか仏像ファンじゃないか、勘違いも甚だしい」

と、お叱りを受けてしまった。
そんな訳で今回、オカルト研の2人をお父様に紹介するのは、
私にとって名誉挽回・一発逆転の大チャンス!

「呪い、か……。その話が本当なら、彼女たちの力は非常に有用だね」

「この目で実際に見たのよ、すごい効果だったわ」

「よし、その子たちに一度会ってみたいな。
 ただし、その時に呪いの効果も一緒に見せてほしい」

「わかった、そのように手配しておくわね!」

久々にお父様に認められるチャンスを迎え、私は浮かれていた。
ここで軽率に、その条件を受け入れてしまった事が、後々で悩みの種となった。

308: 2010/08/18(水) 19:05:31.75 ID:Y9zNDNHUO
「……それは光栄な話」

「私たちは喜んで、琴吹の剣となり盾となる」

オカルト研の2人にこの話をしたところ、快諾してもらう事ができた。
普通、お父様に紹介する前に趣旨を伝える事は滅多にない。
事前に伝えておきながら、お父様のお眼鏡に適わなかった場合、とても失礼になってしまうから。
でも今回の場合、そうしないと、呪いの実演なんて出来ないからね。

「……ところで、ひとつ疑問がある」

「呪いの効果を見せるとは、どのようにすればいいだろう」

「えーと、そうね。お父様の目の前で、誰かに呪いをかけてくれないかしら?」

「……つまり、ターゲットもその場にいる必要がある」

「既に呪いのかかった秋山澪、田井中律、真鍋和を除く誰かを、そこに連れて行かなければ」

「その通りね。安心して、ターゲットの手配は私に任せてちょうだい!」

とは言ったものの、そんな依頼を誰にしようか?
呪われてください、と頼まれて、はいそうですか、と引き受けてくれる人なんて……。

校内の友達を、ひとりひとり思い浮かべてみる。
うーん、こんな事、どんなに仲の良い子でも頼みづらい。
ならば、屋敷の使用人やメイド?
いや、立場的に断れない人に、こんな役を押し付けるなんて非道すぎる。

309: 2010/08/18(水) 19:08:52.69 ID:Y9zNDNHUO
色々と考えるうちに、ふと気付いた。人に呪いをかけるには、それなりの大義名分が必要だ。
強い恨みや憎しみであったり、あるいは、誰かを守るためであったり。
そんな大義名分の成り立つターゲットならば、本人の承諾がなくても、遠慮なく呪いをかけられる。

「まったく……。酷い目にあったな、律」

「ちょっとイタズラにしちゃ度が過ぎてるよな。澪もそう思うだろ?」

ちょうど私がそんな事を考えている時に、澪ちゃんとりっちゃんが話し合っていた。
数日前、梓ちゃん・純ちゃん・憂ちゃんによる演奏のせいで、2人とも大変な事になった。
演奏後まともに歩けるようになるまで、確か30分くらいかかったっけ?

「さすがに我慢の限界だ。梓にお灸を据えてやらないと」

「おうっ。ビシッと仕返ししてやらないと、ますます調子に乗るからな!」

……見つけた、大義名分。

「ねぇ、澪ちゃん、りっちゃん」

私は、トーンを抑えた声色と、溢れんばかりの笑顔で話した。
新しい提案をする時は、謙虚かつ自信満々の態度で臨まなければならない。

「その手配、私に任せてくれない? いい考えがあるの」

341: 2010/08/18(水) 23:04:29.64 ID:Y9zNDNHUO
土曜日の早朝、私の家の最寄り駅に、梓ちゃんがやって来た。
斉藤の運転する車の窓から、チョイチョイと手招きする。

「おはようございます、ムギ先輩」

「おはよう、梓ちゃん。こんな早い時間から来てもらっちゃって、ありがとう」

「いえ、ムギ先輩のお宅にお邪魔できるなんて嬉しいですから」

梓ちゃんの笑顔に、一瞬だけ胸が痛んだ。
でも澪ちゃんやりっちゃんへの狼藉を思い返すと、情状酌量の余地は無し。
心を鬼にするのよ、私、ファイト!

「もうすぐ着くわ、ここが私の家よ」

「うわぁ、大きいですね……」

車窓から母屋を見上げて、梓ちゃんはぽかんと口を開けた。
澪ちゃんを連れて来た時も、唯ちゃんと憂ちゃんを連れて来た時も、
こんな感じのリアクションだった事を思い出す。
いつか、りっちゃんも家に来てほしいなぁ……。

梓ちゃんの右肩には、ギターケースが掛かっている。
今日は一応、練習の名目で梓ちゃんを呼び出しているからね。

343: 2010/08/18(水) 23:07:36.74 ID:Y9zNDNHUO
「大きな音を出すから、地下の部屋を使おうか。こっちに来てね」

「地下室まで備わってるんですね、本当に凄い……」

階段を下りて、廊下の奥の小部屋まで歩く。
教室よりちょっと狭いくらいの小部屋は、防音設備が万全になっている。
窓も無いし、出入り口の扉は一つだけ。おまけに携帯電話も通じない。
これだけ聞くと、都市部の貸しスタジオみたいだけど、ちょっと違う。

「この部屋よ。梓ちゃん、どうぞ」

「わぁ、広々としてますね。あれっ、でも……」

「どうかしたの?」

「なんでベッドがあるんですか。トイレも剥き出しで置いてあるし」

私に促されるまま部屋に入った梓ちゃんは、簡素なベッドと洋式トイレをすぐ発見した。
何も無い空間に、その二つだけ置かれていれば、当然目に付くんだけどね。

「……ムギ先輩。なんかこの部屋、スタジオというよりも、まるで監獄みたいな」

ガチャン

「えっ、ムギ先輩?」

部屋の中にいた梓ちゃんと、部屋の外にいた私は、強化ガラスの扉で隔てられた。
きょとん、とした表情でガラス越しに私を見つめる梓ちゃん。
閉じ込められた、という現状を把握するまで、もう少し時間がかかりそうだ。

344: 2010/08/18(水) 23:11:05.22 ID:Y9zNDNHUO
「ごめんね、梓ちゃん」

それだけ言い残して、私は小部屋の前から去った。
強化ガラス越しに、この声は梓ちゃんに届いたのかな?
こちら側からは、ドンドン、と内側から扉を叩く音しか聞こえない。
梓ちゃんは、何やら叫んでいるみたいだったけどね。

「皆さん、お待たせしました」

リビングではお父様と、先に来ていたオカルト研の2人が待っていた。

「やっと来たか、紬。お客様を待たせてしまったぞ」

「……大丈夫」

「それで、うまくいったの?」

「えぇ。ちょっとモニターを付けてくれる?」

モニターの電源を入れると、複数の角度から撮影された、小部屋の様子が映し出された。
梓ちゃんは相変わらず、強化ガラスの扉を叩いていた。

「……小部屋には現在ターゲットが一人だけ。
 今からこの小部屋に音楽を流すから、変化を観察してみてね」

346: 2010/08/18(水) 23:13:25.09 ID:Y9zNDNHUO
ブーンブンシャカブブンブーン♪

聞き慣れたフレーズを耳にして、梓ちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。
もっとも、スピーカーは壁に埋め込まれているから、見つけられないと思うけど。

「目立った変化は無いようだが?」

「えぇ、お父様。だってターゲットは『まだ』呪いにかけられていないから」

「……なるほど。こちらの2人が、今から呪いをかけてくれるのか」

「そういう事よ。じゃあ、お願いしていいかしら?」

オカルト研の2人が、スッと立ち上がった。
けれども、その表情には、まだ若干の躊躇いがあった。

「……最後に確認したい」

「本当に、三種の呪いを複合させてもいいのか」

思わず私は微笑んでしまった。
無感情な人たちだと思っていたけれど、意外に人間らしいところがある。
でも、その覚悟の壁を越えて来てくれないと、琴吹グループの戦力にはなれないの。

「……構わないわ。あなた達の、ベストパフォーマンスを見せて!」

347: 2010/08/18(水) 23:18:07.56 ID:Y9zNDNHUO
儀式が始まった。3種類分だから、とても時間がかかる。
意味不明な呪文を唱えるオカルト研の2人を、お父様は真剣な表情で眺めていた。
私はリビングの椅子に座って、紅茶に口を付けた。少しだけ、ぬるい。

ブーンブンシャカブブンブーン♪

「ふにゃぁっ、ひゃぁぁぁぁっ!?」

……どうやら、一つ目の呪いが発動し始めたらしい。
梓ちゃんの様子から察するに『快楽天』かしら。

ブーンブンシャカブブンブンブーン♪

「きゃはははっ、ひゃっ、きゃははははははっっ!?」

……続いて『エンゼルフェザー』も。
二つ目の呪いが、一つ目の呪いを上書きする事はないらしい。
つまり今、梓ちゃんの身体には『悪魔の快楽』と『天使の愛撫』が共存している。

ブーリブリチャカビガッビガッ♪

「ぎゃはああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

……最後は『囚われのロキ』。
しばらく痛いかもしれないけど、すぐに慣れると思うから頑張ってね、梓ちゃん!

350: 2010/08/18(水) 23:21:02.88 ID:Y9zNDNHUO
「……終わった」

「中野梓には、三種の呪いがかけられた」

オカルト研の2人は、かなり消耗した様子だった。
呪いを1つかけるだけでも、たぶん相当な体力と精神力を使うはず。
本当に、頑張ってくれた2人に、拍手を送りたい。

「明らかにターゲットの様子が変わったようだね」

「えぇ、お父様。それぞれの呪いについては、そちらの書類に詳しくまとめてあるわ」

「ふふっ。手際が良くなったね、紬。
 では申し訳ないが、そろそろ私は行かなければならないので、失礼させてもらうよ」

お父様はこれから泊まりがけで仕事に出掛ける。
帰宅するのは、明日、日曜の夜だ。

「2人とも、本当に素晴らしい才能をお持ちのようだ。
 今後ともお付き合いをさせて頂きたい。どうぞ、よろしく」

「……ありがとう」

「こちらこそ、よろしく」

「では、明日の夜に結果を確認させてくれ。頼んだぞ、紬」

352: 2010/08/18(水) 23:24:19.96 ID:Y9zNDNHUO
お父様が出掛けた後、役目を終えたオカルト研の2人も帰ってしまった。
帰り際に見た2人の表情から、迷いは消えていた。
依頼された仕事に対する、冷酷なまでの責任感。
琴吹グループに貢献するために、最も必要なものを、わかってくれたんだと思う。

「……さて、梓ちゃんの様子はどうかな?」

モニターを覗き込むと、梓ちゃんは小部屋の真ん中でのたうち回っていた。
エンドレスリピートの『ミツバチ』は、着実に梓ちゃんにダメージを与えているみたい。

特に『囚われのロキ』の痛さは、なかなか耐え難いものかもしれない。
でもね、安心して。その痛さは単独じゃないから。
『快楽天』の気持ちよさと、『エンゼルフェザー』のくすぐったさと、セットなの。
次第に、痛さを感じれば、同時に気持ちよさを感じるような回路が出来上がる。
そうすれば、ずっとずっと気持ちいい、最高の状態になっちゃうわ!

……本音を言うとね。
それくらい壊れてくれないと、困っちゃうの。

お父様は、まだ完全には満足していない様子だった。
お父様は、もっと強烈な効果を呪いに求めているみたい。
だから明日の夜、お父様が帰って来るまでに、もっとグチャグチャになってほしいの。
私も全力で梓ちゃんを壊してあげるから、よろしくね♪

355: 2010/08/18(水) 23:27:25.97 ID:Y9zNDNHUO
携帯電話の着信音が鳴った。相手は澪ちゃんだ。

「いや~、ムギ。順調みたいだな!」

「うん、バッチリよ! オカルト研の2人には感謝しなきゃ」

「律なんか興奮しちゃって、呪いも発動してないのに笑いが止まらないみたい」

「あははっ、りっちゃんも喜んでくれてるのね」

澪ちゃんとりっちゃんは、別の場所でモニターの映像を見ている。
音声を流すと大変な事になっちゃうから、もちろんミュートでね。

「ところでムギ、梓の様子を見て、ひとつ気付いた事があるんだ。
 ビクンビクン跳ね上がってる時と、わりと落ち着いてる時と、両極端じゃないか?」

指摘を受けて改めてモニターを見ると、確かにその通り。
曲のサビの部分には言霊が多く含まれているから、呪いも多く発動する。
でも、それ以外の部分には言霊がほとんど無いから、何も起こらない。
私は澪ちゃんにお礼を言って、すぐに斉藤を呼んだ。

「『ミツバチ』のCDを10枚と、CDプレーヤーを10個用意して!」

解決策は、至極単純だ。
タイミングをズラして、何重にも曲を流せばいい。

357: 2010/08/18(水) 23:30:03.26 ID:Y9zNDNHUO
ブーンブンシャカブブンブーン♪

          超マニアック 特攻隊長 本日も絶好調♪

     ブーンブンシャカブブンブンブーン♪

               胸ドキドキワクワク体ノリノリ♪

ガンバンベ! 踊れミツバチ♪

          ブーリブリチャカビガッビガッ♪

     ダッセー飛び方でもいいから上へ飛べデッケー夢持って♪

ブーリブリチャカビガッビガッ♪

          ブーンブンシャカブブンブーン♪

     草食系とかマジ勘弁♪

「ぎにゃあああっっっ、ぎにゃあああっっっ!!!
 あふぅ、あひゃぅぅ、たしゅけてぇぇぇっっっ!!!
 やっ、やすみぃ、なしぃ、わっ、むりぃぃぃっっっ!!!」

362: 2010/08/18(水) 23:33:40.65 ID:Y9zNDNHUO
10個の音源から『ミツバチ』を流し始めてから、梓ちゃんは一切の休憩なく、
気持ちよさと、くすぐったさと、痛さを感じ続ける事になった。
でも、この状態があんまり長く続くと、ショックで本当に氏んでしまうかもしれない。

「……そろそろ、いいかしらね。音楽を全部止めて!」

私の合図から数秒と経たずに、すべての音源のスイッチが落とされた。
私はメイドを一人携えて、地下の小部屋へと向かう。

「梓ちゃん、調子はどう?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

梓ちゃんの身体は軽い痙攣を続けていた。
医者を呼ぶような症状でない事を確認して、メイドに水分と糖分を補給させる。
口の中に押し込まれたものを飲み込むくらいの力は、まだまだ残っている。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって。そろそろ練習を始めましょうか?」

「はぁっ、はぁっ、……えっ?」

メイドが梓ちゃんのギターケースからムスタングを取り出した。
放心状態の梓ちゃんを立ち上がらせ、ストラップを肩に掛けさせる。

365: 2010/08/18(水) 23:37:32.99 ID:Y9zNDNHUO
「どうしてキョトンとした顔をしてるの、梓ちゃん?
 今日は元々、練習するために、私の家に来たんでしょ?」

「えっ、あっ、はい……」

「実は梓ちゃんのために、用意しておいたものがあるの。
 純ちゃんのベースと、憂ちゃんのドラムを録音した、練習用テープ!」

「あっ、えーと、ありがとう、ございます……」

梓ちゃんの思考は、まともに働かなくなっているみたい。
それだけ『ミツバチ』10重奏は過酷だったのね。

「今からこのテープを流すから、梓ちゃんはギターとボーカルで合わせるのよ?」

「わ、わかりました……」

「それじゃ、始めるわね。曲は『ミツバチ』よ!」

「……えっ?」

367: 2010/08/18(水) 23:40:22.51 ID:Y9zNDNHUO
カンッカンッカンッカンッ

憂ちゃんがスティックを鳴らす音。
この曲は出だしからボーカルが入るから、梓ちゃんは最初から歌わないといけない。

「梓ちゃん、ボーッとしてる間に曲が始まっちゃったわよ?」

「あっ、すみません……」

そうこうしている間にイントロ部分が終わり、ベースとドラムの音がテープから流れた。
この音だけでも呪いが発動して、梓ちゃんの身体はピクピクと反応する。
でも今は練習なんだから。梓ちゃんはギターを弾いて、歌わなきゃ、ダメだよ?

「ほら、ギターボーカル、しっかり頑張って!」

「うぅ……、行き先イケメン、ハイビスカス♪ うぅ……」

「ちゃんと全部の歌詞を言わなきゃ!」

「ブ……、ブーリブリチャカビガッビガッ!!」

自分で発した言霊によって、梓ちゃんの身体はピクンと跳ね上がった。
これに耐えるのも練習のうちだから、仕方ないわね。

368: 2010/08/18(水) 23:43:27.65 ID:Y9zNDNHUO
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「情けないわね、梓ちゃん。たった一回、通しで練習しただけじゃない」

「だっ、だって、ムギ先輩……」

「言い訳をするような子は、武道館に行けないよ?
 さぁ、もう一回、通しでいきましょうか?」

梓ちゃんの表情は、次第に絶望的なものに変わっていた。
私はそれに気付かないふりをして、練習用テープを再生した。

「38℃の真夏日、うぅっ……。夏祭り、ぐすっ……。こんな日は♪」

「ほらほら、明るい曲なんだから、泣きながら歌っちゃダメよ」

「ひぐっ、ガンバンベ! 踊れミツバチ♪」

「そうそう、その調子よ!」

「ブーンブンシャカ、はぐぅ、ブブンブーン♪」

「もっと笑顔で歌って!」

370: 2010/08/18(水) 23:46:04.61 ID:Y9zNDNHUO
およそ30分の練習を終えて、私はリビングに戻って来た。
5分ほど休憩を与えられた梓ちゃんは、床に寝転がって、微動だにしない。
せっかくだからベッドの上で寝ればいいのに。

そして再び、10個の音源から『ミツバチ』が流れ始めた。
梓ちゃんの絶叫が、マイク越しに聞こえる。
大体30分くらいこのまま放置しておいて、その後また練習にしよう。

……30分練習、30分鑑賞。
『ミツバチ』尽くしの素敵なサイクルが完成した。
よし、日曜の夜まで、このサイクルを延々と繰り返す事にしよう。
そうすればお父様が帰って来る頃には、梓ちゃんもすっかり素敵な状態になっているはず。
きっとお父様も喜んでくれるわね!

次の日は月曜だから、学校か。
澪ちゃんとりっちゃんに、イタズラしてごめんなさい、って謝ってもらわないと。
その後、純ちゃんと憂ちゃんと一緒に演奏して、練習の成果を見せてもらおう。
耳栓をするから音は聞こえないだろうけど、澪ちゃんとりっちゃんも喜んでくれるわ!

「だから、頑張ってね、梓ちゃん♪」

「にゃああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」



おわり!

371: 2010/08/18(水) 23:49:59.32 ID:Y9zNDNHUO
これで本当に終わり!
本編、番外編ともに支援ありがと!

ドM和ちゃんまで書いて終わらせる筈だったのに、みんな梓に仕返ししろって言うから続けてみたら、えらい鬼畜になってしまった

372: 2010/08/18(水) 23:50:21.07 ID:vTx53luzO
オワタ

374: 2010/08/18(水) 23:51:11.80 ID:1a/FIDLsP

引用: 唯「ブーンブンシャカブブンブーン♪」澪「ひゃぁ!!///」ピクンッ