1: 2017/03/08(水) 10:35:44.05 ID:1RPleUxx.net
曜「真っ暗な海の底へ」
↑の千歌目線ssです。
先に見ておくことをおすすめします。

3: 2017/03/08(水) 10:36:59.14 ID:1RPleUxx.net
今日はとても早く部室に着いたのだ!
多分、初めて一番に来たと思う!
そういえば、今日は曜ちゃんが水泳部行くって言ってたっけ。
小さいときはすぐ泣いちゃって、泣き止むまでぎゅーってしてたなぁ。
でも、いつからかそんなこともなくなって…ちょっと寂しいなんて思っちゃってたり。
えへへ。曜ちゃん離れしないとなー、とは思ってるんだけど……。

4: 2017/03/08(水) 10:37:52.52 ID:1RPleUxx.net
「あれ、千歌ちゃん?どうしたの…こんなに早く」

「なんか目覚めちゃったから早く来ちゃったんだー」

むむ。二番目は梨子ちゃんですか。
1年生の誰かかな、って思ってたけど。…ん?でもまだ30分前だよ?早くない?

5: 2017/03/08(水) 10:38:18.53 ID:1RPleUxx.net
「梨子ちゃんはどうしてこんなに早いの?」

「うん。ちょっと読みたい本があって…静かに読みたかったんだけど……」

「その残念そうな顔やめてよぉ!」

「冗談だよ♪」

もう。梨子ちゃんってば、私をからかって遊んでるなー?
……まぁ。楽しいけど。

6: 2017/03/08(水) 10:38:49.63 ID:1RPleUxx.net
「ねぇねぇ、それ何の本?」

「海に関する本だよ。曜ちゃん、衣装のイメージ悩んでるみたいだったから何か役に立てればいいな、って」

「ふむふむ…でも、曜ちゃん人魚のイメージで、って言ってなかった?」

「そうなんだけど…あんまり進まないって言ってて……」

「へぇー…見せて見せて!」

おぉ…すごい。結構海については知ってるつもりだったけど、こんな沢山の生き物がいたんだね!あ、この魚かわいいかも!

7: 2017/03/08(水) 10:39:27.23 ID:1RPleUxx.net
「ねぇ、梨子ちゃん!」

「なにかアイデア浮かんだの?」

「うん、うまく言えないんだけどね!海の中で、ぶわぁーって感じにしたいなって!」

「アバウトすぎるよ…」

「えーっと…例えばね、水族館の水槽の前で踊るとか!」

「なるほど…頼めばできそうだね」

「せっかく曜ちゃんのセンター曲でしょ?だから、曜ちゃんらしいイメージがいいなぁって思ったんだ」

「ふふっ…千歌ちゃんは本当に曜ちゃんのこと、好きだよね」

8: 2017/03/08(水) 10:39:58.75 ID:1RPleUxx.net
「大好きな幼なじみだもん!…あ。もちろん、梨子ちゃんだって大好きだよ?」

「ありがとう。確かに…魚たちのパーティーって感じがするかも」

「でしょー?練習終わった辺りで曜ちゃんに言おうね!」

「練習前とかでもいいんじゃない?」

「あー、今日曜ちゃん水泳部終わってそのまま来るから、多分ぎりぎりに来るんだよね」

ふふ。曜ちゃんの反応が楽しみだなぁ…。
最高のライブになりそうな予感!

9: 2017/03/08(水) 10:40:24.59 ID:1RPleUxx.net
「ヨハネ、堕天!」

「おはよう、善子ちゃん。ちょうど同じタイミングだったずら!」

「善子言うなー!」

「お、おはようございます…」

「おはよーっ!」

「おはよう、三人とも」

1年生組はみんな10分前くらい?
って、いつの間にか時間経ってたんだ。なんだか、一気に賑やかになった。一人で部室にいるときとは大違いで、改めて自分が幸せなんだって感じる。

10: 2017/03/08(水) 10:41:14.47 ID:1RPleUxx.net
それから五分くらいして、3年生が揃ってやって来た。果南ちゃんいわく、生徒会の仕事を手伝ってたんだって。…ちょっと失礼かもだけど、果南ちゃんそういうの苦手そうなのに。

「ちょっと千歌、なんか失礼なこと考えてない?」

「き、気のせいだよ!うん!」

果南ちゃんに心を読まれた…!?
いや、私が顔に出しちゃってるのかも。この前も曜ちゃんにわかりやすい、って言われたし…。

11: 2017/03/08(水) 10:41:42.62 ID:1RPleUxx.net
「みんな、おはヨーソロー!」

遅れてやってきた私の幼なじみ。いつもの、少し水気が残った柔らかな髪と、微かな塩素の匂いが落ち着く。
……あれ?
目の下、クマできてる?
それに、なんだかちょっと表情が暗い気がする……。
曜ちゃんの様子を観察していると、私の視線に気付いたようで、声をかけられた。

12: 2017/03/08(水) 10:42:07.42 ID:1RPleUxx.net
「千歌ちゃん、どうしたの?」

「……あのさ」

「曜ちゃん、疲れてる?」

「えー、疲れてないよ?ほら、元気っ!」

曜ちゃんはその場で大きくジャンプをした。それが空元気なんだろうなってなんとなくわかったけど、ここで事を大きくされるのは、きっと曜ちゃん好きじゃないだろうから。

13: 2017/03/08(水) 10:42:33.31 ID:1RPleUxx.net
「そっかぁ」

とりあえず今は気にしないことにしよう。また、あとで。ちゃんと曜ちゃんの話を聞こう。

「ほら、千歌ちゃん。練習行こ?」

「うん、行こっか!」

「ヨーソロー!」

今は切り替えて、練習に集中。
曜ちゃんのために。みんなのために。最高のライブにするために!

14: 2017/03/08(水) 10:43:01.34 ID:1RPleUxx.net
練習が終わって、ダイヤさんと果南ちゃんから明日は練習が休みだと言うことを告げられる。
曜ちゃんはなんだか暗い顔をしていたから、声をかけた。
でも、聞こえてないみたいで何度か呼んでやっと気がついた。

「…千歌ちゃん?」

「もう。何回も呼んでたのに」

「え、嘘…ごめんね」

15: 2017/03/08(水) 10:43:26.39 ID:1RPleUxx.net
「考え事?」

「うん、まぁそんなとこ」

「ふふーん、なにか悩み事があるならこのちかちーが「大丈夫」

「食い気味だなぁ…」

「ほんと、悩みなんてないって!ありがとね」

曜ちゃんは小さく微笑んだ。
余計なこと言っちゃったかな。
反省。

17: 2017/03/08(水) 10:44:25.19 ID:1RPleUxx.net
帰ろ。と私が提案して、梨子ちゃんを呼ぶ。
Aqoursを始めるまではずっと二人で帰っていた道を、三人で歩けるのはとても楽しかったし、幸せだ。
でも、多分曜ちゃんにとってはそうじゃない。なんとなくだけど、曜ちゃんは梨子ちゃんをあまりよく思ってない。そんな気がする。
なんでなのかは、わからないけれど。
そんなことを考えながら私は、梨子ちゃんと話していたことを曜ちゃんに説明する。
でも、また考え事をしているみたいで話を聞いていないようだった。

18: 2017/03/08(水) 10:45:00.56 ID:1RPleUxx.net
「それでねー…って、曜ちゃん聞いてる?」

「き、聞いてる!聞いてるよ…果南ちゃんが寝ぼけて朝方にワカメを取ってた話でしょ?」

「そんな話してないよ!」

「ちょっと気になるかも…」

果南ちゃんが寝ぼけてワカメを…。
うん。やりかねない。その話本当なのかな。…って、そうじゃないよー!

19: 2017/03/08(水) 10:45:25.47 ID:1RPleUxx.net
「そうじゃなくて!新曲のイメージをちょっと変えたいね、って話だよ」

「…イメージ?」

あれ、曜ちゃんの顔が曇ったような…?
余計なことだったかな?なんて考えてると、梨子ちゃんが補足で説明してくれる。

「うん。今までは人魚のイメージだったでしょ?でもそこをちょっとだけ変えて、水中で踊っているようにしたいの。水族館とか借りて……どうかな?」

20: 2017/03/08(水) 10:45:49.51 ID:1RPleUxx.net
少し考えるような仕草があり、小さく頷いてから曜ちゃんは了解であります!とヨーソローのポーズをした。
どうしよう。もうすぐ最寄りのバス停に着いちゃうよ。
拒絶されちゃったら、怖いな。
……でも。

「って、もう二人とも降りるとこじゃない?」

「あぁ、うん。千歌ちゃん行こっか」

「……私今日沼津に用事あるから」

「じゃあ私は帰るね。バイバイ!」

21: 2017/03/08(水) 10:46:15.18 ID:1RPleUxx.net
梨子ちゃんごめんね…。
なんか、罪悪感がすごい。
けど、まずは曜ちゃんの悩みを解決しなきゃだよね!
話を聞くだけでも、違うだろうし。

「…私ね、本当は今日用事なんてないんだ」

「え?じゃあ、なんで…」

22: 2017/03/08(水) 10:48:11.35 ID:1RPleUxx.net
「曜ちゃんってさ、昔から一人で悩みとか、抱え込んじゃうでしょ?だから私、不安で…曜ちゃんがどこか遠くに行っちゃうような気がして、怖かったんだ」

「…私にできることならなんだってする。だから、一人で抱え込まないで助けを求めてよ……仲間、でしょ?」

私の気持ちを曜ちゃんにぶつける。
言葉に嘘偽りはまったくない。
だって、そうでしょ?
私たちの関係に、嘘なんていらないよ。

23: 2017/03/08(水) 10:48:43.48 ID:1RPleUxx.net
……でも。曜ちゃんの表情はすごく暗かった。今にも泣き出しちゃうんじゃないかって顔。
小さく私の名前を呼んで、震える声で一言。好きだよ、って言われた。
なにをいきなり。私もだよ。って、言おうとしたけど、曜ちゃんの顔が、冗談じゃないことを示していて。
なんとなく、ごまかそうとして、明るい口調で冗談っぽく振る舞おうとしたけど、それは曜ちゃんによって遮られた。

「違うよ」

24: 2017/03/08(水) 10:49:22.90 ID:1RPleUxx.net
「千歌ちゃんの好きと私の好きは違うの」

「私の好きは手を繋ぎたいとかキスしたいとか、その先をしたいとか…そういう、好きだよ」

返す言葉がなにも見つからなかった。
だって、そんなこと考えたこともなかったから。私にとって曜ちゃんは、大切な幼なじみで、親友。どう足掻いても曜ちゃんと同じ気持ちにはなれないって気付いてしまった。
沈黙が気まずくて、声をかけた。

25: 2017/03/08(水) 10:49:48.79 ID:1RPleUxx.net
「なんで、私のこと…だって、私……取り柄なんかなにもない普通星人だよ…?」

「千歌ちゃんは普通星人なんかじゃない…輝いてるよ」

「小さいとき、私すぐ泣いちゃって…その度に千歌ちゃんが抱きしめて、慰めてくれて……それが何より嬉しかったんだよ」

曜ちゃんは、私のことそんな風に見てくれていたんだ。
私にとって彼女は、いつも先にいて背中を追いかける存在だったから、嬉しかった。彼女と対等にいれるみたいで、嬉しかった。でも、私は……。

26: 2017/03/08(水) 10:50:14.41 ID:1RPleUxx.net
「…ごめんね、困らせちゃって。伝えたかっただけだから……返事とか、いいからね」

顔をあげると、今にも壊れてしまいそうな曜ちゃんがいた。
こんな表情、初めて見た。
そんなに、私のことで悩ませていたんだ。私がうじうじしてちゃ、ダメだよね。だから私は、彼女のしわが寄っている眉間を小さく突いて、できるだけ明るい口調で告げた。

27: 2017/03/08(水) 10:50:39.57 ID:1RPleUxx.net
「泣きそうな顔してるくせに、何言ってるの」

「し、してない!」

「してるよ…後悔するならなんで言おうと思ったの?」

「……バス、もう一周してもいい?」

話してくれる気になったのかな。
海を見たいと言うので、曜ちゃんらしいなぁ、なんて思った。
そしたら、いきなり謝られて。

28: 2017/03/08(水) 10:51:11.05 ID:1RPleUxx.net
「……千歌ちゃん、ごめんね」

「謝られるようなことされてないけど…?」

「迷惑かけて、困らせちゃって、ごめん」

「私は嬉しかったけどね。曜ちゃんの本音、少しだけでも聞けて」

あぁ。私、ずるいな。
こんな言い方。
曜ちゃんを追い詰めていたのはきっと、私自身だったはずなのに。
……気付いたら、海から一番近いバス停だった。

「曜ちゃん着いたよ、降りよ」

「…あ、うん」

29: 2017/03/08(水) 10:51:36.11 ID:1RPleUxx.net
海を眺めて、お互いしばらく無言で立っていた。なんだか少し怖くなって、内浦の海は綺麗だなんてどうでもいいことを呟いた。
それが引き金になったのかはわからないけど、曜ちゃんが口を開いてくれた。

「あ、あのね…千歌ちゃん」

「ん?」

「あ…いや、なんでもない!」

……まだ、なにか隠してるのか。
もう全部吐き出してほしいのに。
ちょっと強引だけど、いいよね?

30: 2017/03/08(水) 10:52:01.76 ID:1RPleUxx.net
「もう。ここまで来てそれなの?」

私は曜ちゃんの肩を掴んで強く抱きしめる。
…やばい。泣きそう。私が泣いてどーすんの!
曜ちゃんをさらに強く抱きしめて、涙を無理やり抑える。

「私じゃ……助けられないの…?」

「……私ね、泳ぐの好きなんだ」

「え…うん……?」

31: 2017/03/08(水) 10:52:27.71 ID:1RPleUxx.net
「潜ったときに、周りの音がなんにも聞こえなくて、目を開けてもほとんど何も見えないの」

「その感覚が好きなんだよね」

「潜ってる間だけは…みんなからの期待とかないでしょ?……だからかな」

いきなり、なんで水泳の話?って思ったけど、すぐに納得した。
そっか。期待されるの、つらかったんだ。そうとも知らずに私は今まで……。

32: 2017/03/08(水) 10:52:51.75 ID:1RPleUxx.net
「……曜ちゃん、やっぱり期待が重荷になってたんだ」

「ん……まぁ、贅沢言うなって怒られちゃうかもだけど…」

「ごめんね、ずっと無理させてて」

「千歌ちゃんのせいじゃないって…」

「曜ちゃんがつらいならやめてもいいんだよ…?」

「それはできないよ!」

33: 2017/03/08(水) 10:53:22.13 ID:1RPleUxx.net
初めて聞く曜ちゃんの声色に驚く。
私は、今まで曜ちゃんのこと全然知らなかったんだって改めて思い知る。
どうして、気付くことができなかったのかな。たぶん、曜ちゃんが悟られまいと一生懸命隠していたんだろうなぁ。

「……なんで、できないの?」

「なんにも残らないよ…」

「…え?」

34: 2017/03/08(水) 10:53:47.34 ID:1RPleUxx.net
「なんでもこなしちゃう明るく元気な渡辺曜がいなくなったら……もう、なんにも…」

「からっぽな私なんか…誰も……」

曜ちゃんがからっぽ?
そんなわけない。そう信じたくて、自分に言い聞かせるように、大きな声で。

「そんなことない!」

「あるよ!千歌ちゃんになにがわかるの!?」

35: 2017/03/08(水) 10:54:13.02 ID:1RPleUxx.net
「たしかに…私は曜ちゃんの気持ちわからないけど!それでも、曜ちゃんのこと一番に思って……」

また、ずるいことを言ってしまった。
曜ちゃんの気持ち、知ったのに。こういうこと、言うべきじゃないって、わかるのに。

「そんなの信じない!」

「なんで!?」

36: 2017/03/08(水) 10:55:18.57 ID:1RPleUxx.net
「千歌ちゃんの一番は梨子ちゃんでしょ!?私なんかいらないんだ!」

胸がズキンと痛む。
私にとっての一番はいつも曜ちゃんだったのに。曜ちゃんが梨子ちゃんとあんまり仲良くなれなかったのは、私のせい?
曜ちゃんのためにしてたこと、全部苦しめてただけだったんだ。
それなのに、私…。

37: 2017/03/08(水) 10:55:47.32 ID:1RPleUxx.net
地面に叩きつけられて、現実に引き戻される。
何が起きたのかはしばらくわからなかったけど、走り去る彼女の背中を見て、ようやく状況を把握できた。

「待って!曜ちゃん!」

その背中が見えなくなるまで、彼女が振り向くことはなかった。
それまで抑えていた涙が、堰を切ったように溢れだした。
もう、いいよね?泣いても、いいよね?
小さくうずくまってただ泣き続けた。

49: 2017/03/08(水) 19:41:15.50 ID:1RPleUxx.net
ひとしきり泣いて落ち着いた。
曜ちゃん、家にいるかな。
このままじゃ、多分私たちの関係は終わってしまう。そんなの、嫌だから。
曜ちゃんと一緒にいたいから。
私は、もう一度バスに乗った。

50: 2017/03/08(水) 19:41:40.29 ID:1RPleUxx.net
小さいときから何度も来た、慣れ親しんだ曜ちゃんの家。
チャイムを鳴らしても、反応はない。
何度鳴らしても、ダメだった。
まさかと思いノブに手をかけると、回った。…なんで、開いてるの?
嫌な考えが浮かぶ。
重いドアを開けると―曜ちゃんが、倒れてた。

「曜ちゃん!?曜ちゃん!」

51: 2017/03/08(水) 19:42:05.97 ID:1RPleUxx.net
体を大きく揺さぶる。
……ん?寝息が聞こえる。
なんだ、寝てるだけ…って、なんで玄関で?
それだけ、疲れてたのかな。
うーん、力はあまり自信ないけど、大丈夫かな?
起こさないようにそっと持ち上げる。
曜ちゃんは、とても軽かった。

52: 2017/03/08(水) 19:42:33.44 ID:1RPleUxx.net
そのまま曜ちゃんの部屋に連れていって、ベッドに寝かせた。
起きたら、曜ちゃんに伝えよう。
同じ気持ちにはなれないけど、私にとっての一番はずっと曜ちゃんなんだ、って。それから、ぎゅーって抱きしめたい。
そんなこと考えてたら、軽く寝ちゃってたみたいで、慌てて時計を見る。
20時くらい?
そろそろ起きたかな?

53: 2017/03/08(水) 19:43:04.12 ID:1RPleUxx.net
部屋に入ると、目の前に曜ちゃんがいて、驚いた。

「千歌ちゃん…なんで……」

「……ごめん。勝手に入っちゃった。玄関、開いてたし」

「だって、私……千歌ちゃんに、ひどいこと…」

「さっきも言ったでしょ?曜ちゃんの本音聞けて嬉しかった、って」

やっぱり、曜ちゃんは優しい。
自分のことよりも、私のことを気遣ってくれてるんだ。

54: 2017/03/08(水) 19:43:30.79 ID:1RPleUxx.net
「醜い私……知られたく、なかったのに。あんなこと言うつもり、なかったのに」

「私は頑張って、努力して…千歌ちゃんの隣にいるために、いろんなことで一番になって、かっこよくいよう、って…」

「なのに……梨子ちゃんが千歌ちゃんの家の隣に引っ越して来て…私の居場所がなくなったみたいで…」

「ずっと、嫉妬してた…なにもしてないくせに、ずるいって」

55: 2017/03/08(水) 19:44:04.53 ID:1RPleUxx.net
「私の方が……ずるくて、汚い…のに…っ」

「私以外を…見てほしくない、って……」

ひとりごとのように、曜ちゃんは呟いた。
これが、曜ちゃんの気持ちなんだ。
ずっと、ずっと聞きたかった。
いつもどこか心の中で距離を感じてて、お互い本音を隠していたから。
曜ちゃんは勇気を出して本音を言ってくれたんだ。

56: 2017/03/08(水) 19:44:32.65 ID:1RPleUxx.net
「……ごめん。それは無理だよ…」

「わかってる…こんなの私のエゴだから」

「……千歌ちゃん、今何時?」

「今?20時過ぎかな」

「終バス終わってるね」

「そだね…だからさ、今日泊まってもいい?」

57: 2017/03/08(水) 19:45:04.51 ID:1RPleUxx.net
曜ちゃんの顔がひどく歪んだ。
本気で言ってる?なんて、聞かれたから、うん。だめ?と小さく返した。
背中に衝撃が走って、痛い。
…あ、私。押し倒されたんだ。

「私、こういうことするかもしれないよ」

「…曜ちゃん」

58: 2017/03/08(水) 19:45:32.03 ID:1RPleUxx.net
ここで、抱きしめてあげれたらどれだけ良かったろう。
抱きしめたかったよ。でも、震えてうまく動かせなかった。
私に、そんなことする資格、ないよ。
曜ちゃんになにか、伝えたくて。でも、言葉にできなくて。
結局、またあの顔をさせてしまった。

「なんてね、ほら…自転車出すからさ、後ろ乗りなよ」

「ま、待って…!」

59: 2017/03/08(水) 19:46:00.51 ID:1RPleUxx.net
曜ちゃんから、返事はなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃで、なんて言えばいいのかもよくわからなくて。

「曜、ちゃん…疲れてるでしょ?千歌がいるのが嫌ならひとりで帰れるから……」

「やめて」

「あ…ごめ……っでも、でもね」

それは明らかな拒絶だった。
これ以上踏み込むな、って言われてるようで、泣きそうになった。

60: 2017/03/08(水) 19:46:53.68 ID:1RPleUxx.net
「……ごめん。自転車…貸すから」

「あ…うん。ありがと……明日、返しにいくから」

「…うん。じゃあね」

「……バイバイ」

結局、曜ちゃんは私の顔を見てくれないままだった。
言いたいこと、なにひとつ言えなかった。
私、本当に弱いなぁ。
涙をこらえて、借りた自転車にまたがる。
なにも考えず、ペダルを漕いだ。

61: 2017/03/08(水) 19:47:21.88 ID:1RPleUxx.net
家に着いたのは、21時を過ぎたくらいだった。
美渡姉と志満姉になにやってたんだ、って文句言われたけど、曜ちゃんのとこ。とだけ言って部屋に入った。
ベッドに寝転がったら、悔しさと、悲しさと、虚しさ。いろんな感情がぐるぐるして、気持ち悪かった。
そのまま、私は眠ってしまった。

62: 2017/03/08(水) 19:47:48.65 ID:1RPleUxx.net
目が覚めたのは日付が変わるかどうかってあたりだった。
梨子ちゃんからの着信で、眠い目をこすりながら電話に出た。
梨子ちゃんは、泣いていた。
パニックになっているようで、落ち着かせようとしたけど、うまくいかない。
海岸にいるとわかったので、すぐ向かうと答えて、ふすまを開けた。
電話はつないだまま。その方が安心できるだろうし。

63: 2017/03/08(水) 19:48:13.51 ID:1RPleUxx.net
「美渡姉!」

「わ、なに?」

「海岸!きて!」

「はぁ?なんで…」

「わかんないけど!梨子ちゃんが…」

「…わかった。志満姉呼んでくるから千歌は先に行ってて」

64: 2017/03/08(水) 19:49:27.44 ID:1RPleUxx.net
全速力。
どうしたんだろ。海岸、って…?

「梨子ちゃん、聞こえる?もうそっち着くから、大丈夫だからね!」

どこだ。梨子ちゃんは……いた。
小さくうずくまっていて、夕方の自分と重なって見えた。

「梨子ちゃん!どうしたの。なにがあったの!?」

「ち、千歌、ちゃん…私、わたし……」

65: 2017/03/08(水) 19:50:02.99 ID:1RPleUxx.net
「大丈夫だから、ゆっくり深呼吸して…」

「そこ、の…上に……だれかの、靴が…揃って、置いてあって」

靴が揃って置いてある。
それが、なにを意味するかは……。
遅れてやってきた美渡姉と志満姉は電話をしていた。たぶん、レスキュー隊を呼んでるんだと思う。

66: 2017/03/08(水) 19:50:30.06 ID:1RPleUxx.net
「あの、私…気分転換に、ここ来て…ぼちゃんって、音がしたから……そっちに、向かったら…っ」

怖かった。
最悪な想像をしてしまう自分がいた。
曜ちゃん…が。そんなわけない。だって、曜ちゃんはさっき家で別れたんだから。

67: 2017/03/08(水) 19:50:55.15 ID:1RPleUxx.net
そんなことを考えている間にレスキューの人が来て、酸素ボンベなんかを出してどんどん潜る準備を始めた。
すぐに潜り出して、私たちは海をただ、見つめることしかできなかった。

どれくらい経ったかはわからない。
たぶん、結構な時間が経っていたと思う。

68: 2017/03/08(水) 19:51:20.82 ID:1RPleUxx.net
レスキューの人たちがあがってきて、腕に抱えるその少女を、私たちはよく知っていた。
顔は青白く、唇は紫になっていて、ひどく胸が痛んだ。

「よ、ちゃ…」

「……時間がかなり経っていて、危険な状態です」

大丈夫。大丈夫、だよね?
だって、曜ちゃんが氏んじゃうなんて……。

69: 2017/03/08(水) 19:51:47.62 ID:1RPleUxx.net
曜ちゃんは、病院に搬送された。
運よく、命は助かったって。
でも、目は覚めない。
いつ覚めるかもわからないらしい。

それから私は毎日曜ちゃんのところに行った。
Aqoursは曜ちゃんが帰ってくるまで活動停止。だって、9人揃わなきゃ私たちじゃない。みんなは私のわがままを聞いてくれた。

70: 2017/03/08(水) 19:52:17.14 ID:1RPleUxx.net
曜ちゃんの手を握って、今日はこんなことがあったんだよ。また美渡姉が私のプリンを食べちゃってさ、なんて話しかける。
もう何ヵ月も返事はない。
今日もだめか、なんて諦めかけていたとき、ピクリと曜ちゃんの手が動いた。
驚いて顔を見ると、まぶたが少しあがって。
急いでナースコールを押した。

71: 2017/03/08(水) 19:52:43.66 ID:1RPleUxx.net
すぐに先生たちが来て、よくわからない機械とかを繋いでた。
ちょっとして、先生が私の方を向いて嬉しそうに、目が覚めたみたいで、本当に良かった。と言ってくれた。
看護師の人たちが曜ちゃんに、渡辺さん聞こえますか?なんて呼びかけて、小さく頷いたのが見えた。
嬉しくて、涙がとまらなかった。
ずっと後悔してたから。

72: 2017/03/08(水) 19:53:08.84 ID:1RPleUxx.net
「曜ちゃん、おはよう」

「…か、ちゃ…」

「ごめんね…私、なにもできなかった」

「…と、な…い」

「ずっと言いたかったことがあるんだ。聞いてくれる?」

73: 2017/03/08(水) 19:54:29.35 ID:1RPleUxx.net
曜ちゃんは頷いてくれた。
大きく息を吸って、今度こそ、ためらわない。

「私ね、曜ちゃんとずっと一緒にいたい」

「もう、なにがあっても離さない!」

「私にとっての一番は、やっぱり、曜ちゃんなんだ」

74: 2017/03/08(水) 19:55:23.90 ID:1RPleUxx.net
完結です。
前スレもあわせて、たくさんのコメントありがとうございました。

75: 2017/03/08(水) 19:56:14.91 ID:cS4Ooxls.net
泣けるよ
いい話を本当にどうもありがとう

93: 2017/03/08(水) 22:43:29.78 ID:1RPleUxx.net
>>61
ここからの分岐でバッドエンドも書こうと思います。
また明日になりますが…。

111: 2017/03/09(木) 18:56:12.89 ID:S1Txg5G2.net
>>61の続きから


「千歌、千歌!」

美渡姉の声で目が覚めた。
時計を見ると、まだ朝方だ。

「もぉ…美渡姉、今日はお休みだよ?」

「早く起きて!」

「……なに、どうしたの?」

112: 2017/03/09(木) 18:56:38.28 ID:S1Txg5G2.net
いつもと違う様子に、なにか起きているんだってわかった。
美渡姉の顔は真っ青。
……どうしたんだろ。

「あんた、昨日曜ちゃんと別れたのいつ!?どこ!?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!その言い方だと…まるで、曜ちゃんが……!」

「早く準備して…曜ちゃんの家、行くよ」

113: 2017/03/09(木) 18:57:12.53 ID:S1Txg5G2.net
こわい。考えたくないけど、最悪のことを考えてしまう。
胸がバクバクして、手が震える。
大丈夫。なにもない。きっと、家に行ったら曜ちゃんが笑顔でヨーソロー!なんて言ってくれる。

準備が終わったら、美渡姉が車を出してくれて、曜ちゃんの家まで向かった。
車内の空気はすごく重くて、それが何かが起こっていることを示していた。
志満姉がぽつりと、どこに…って呟いたのが聞こえた。
それ、どういうこと?って聞こうとしたけど、曜ちゃんの家に着いたみたいで二人が降りていったので、急いで降りた。

114: 2017/03/09(木) 18:57:36.95 ID:S1Txg5G2.net
家の前にはパトカーが停まっていて、曜ちゃんのママさんが警察の人と話をしていた。
こちらに気付くとママさんが走ってきた。
肩を強く掴まれて、少し痛かった。

「千歌ちゃん、昨日曜といたのよね!?」

「ちょ、ちょっと待ってよママさん…私、何が起きたのか……」

115: 2017/03/09(木) 18:58:28.87 ID:S1Txg5G2.net
私が困っていると、若そうな警察の人が教えてくれた。
曜ちゃんがいなくなったということを。
ママさんが家に戻ってきたのが23時頃。そのときにはもう曜ちゃんはいなかったらしい。

「…え、なん、で…だって、昨日…また明日って……」

ただ、突きつけられたその現実を受け入れることができなかった。
私があのとき帰ったから…?
曜ちゃんを、一人にしてしまったから…。

116: 2017/03/09(木) 18:58:56.96 ID:S1Txg5G2.net
「ねぇ、千歌ちゃん!なんでもいいの!曜、なにか変じゃなかった!?」

「……期待、が…重荷だって……」

「自分はからっぽ、なんだ…って」

「…っ!」

私はなにをしていいのかわからなくて、その場に突っ立っていた。
警察の人の話によると、曜ちゃんが行きそうなところや、色々なお店を探したが、一向に見つからない。目撃情報もゼロ。

117: 2017/03/09(木) 18:59:48.47 ID:S1Txg5G2.net
そこで、一番仲の良い私が呼ばれたらしい。昨日、曜ちゃんと最後にいたのは、私なのだから。

「…はい、こちら……っ!?本当ですか?…はい。すぐに向かいます」

無線でなにかを話しているようだった。内容までは聞こえないけど、進展があったようだ。

「…渡辺さん。内浦の海岸で靴が揃って置いてあったようです」

「……っ!?」

「茶色の革靴…サイズは――」

118: 2017/03/09(木) 19:00:14.34 ID:S1Txg5G2.net
私の周りに膜ができているような感覚がして、ぼやっとしか理解できなかった。
どういうこと?海岸に…曜ちゃんの、靴が……?

そのまま私はよく理解できていないまま、連れられて、家の近くの海岸に向かった。
警察の人がたくさんいて、ダイビングをするような格好をした人が一斉に海へ入っていった。

119: 2017/03/09(木) 19:00:53.73 ID:S1Txg5G2.net
どうやら靴は曜ちゃんのものだったようで、私たちはみんな嫌な想像をしてしまったと思う。…それが、ただの想像じゃないことはわかっていた。

レスキュー隊の人たちが戻ってくるのに、そう時間はかからなかった。
あがって、すぐにビニールシートのようなもので包まれた。
それが、なんなのかは――

120: 2017/03/09(木) 19:01:36.62 ID:S1Txg5G2.net
そこからは記憶があいまいで、何があったのかほとんど覚えていない。
気がついたら、お通夜が終わっていた。
それくらい曜ちゃんの氏は、ショックだったんだ。
頭の中でざわざわとした色々な声が混ざりあって騒がしかった。
そのどれもが私を責め立てるものだ。
お前のせいで氏んだんだ、とかお前が氏ねばよかったのに、とか。
こんなのただの幻聴で、私が思っていることなんだってわかってはいたけど、私を苦しめるには充分すぎた。

121: 2017/03/09(木) 19:02:06.30 ID:S1Txg5G2.net
それから毎日のように襲ってくる焦燥感と、幻聴に悩まされ続けた。
これはきっと、曜ちゃんのこと助けようと思えば助けられたはずなのに、それができなかった私への罰なんだ。
苦しくて、つらくて、眠ることすらままならなかった。
やっとのことで眠りにつけば、私をきつく睨み付ける曜ちゃんがいる。
私がどんなに謝っても、なにを言っても、ただ睨み付けるだけ。
いくら後悔したところで、現実は変わらないんだ、って言われている気がした。

122: 2017/03/09(木) 19:02:32.44 ID:S1Txg5G2.net
寝るのには苦労するくせに、起きたくても起きれない。
曜ちゃんの手が少しずつ私に近付いてくる。
このまま、曜ちゃんの手で頃してもらえたなら、どれだけ良かっただろう。
そんな私の思いとは裏腹に、曜ちゃんは私を優しく抱きしめた。

123: 2017/03/09(木) 19:02:57.97 ID:S1Txg5G2.net
あぁ、私。許してもらいたいんだ。
曜ちゃんがいなくなってから、初めての安堵。
あるはずのないぬくもりが、胸をしめつけてくる。
ずっと、このままでいたかったけど、ゆっくりと現実に引き戻されていった。

124: 2017/03/09(木) 19:03:36.46 ID:S1Txg5G2.net
起きたとき、まだ辺りは暗かった。
ひんやりと冷たい空気が肌に触れた。
曜ちゃんがいないことをまた実感して、涙がとまらない。
うまく呼吸もできなくて、苦しかった。
私、やっぱりバカチカだ……。

125: 2017/03/09(木) 19:04:32.81 ID:S1Txg5G2.net
本当に大事なもの、失ってからしか気付くことができないなんて。
私にとってずっと一番だった私の幼なじみ。
きっとこれからも、その順位が揺らぐことはないだろう。
私は自分の罪を背負って、曜ちゃんの氏を背負って、生きていくんだ。

126: 2017/03/09(木) 19:05:47.00 ID:S1Txg5G2.net
バッドエンド 終

後日談の方は今日の深夜か明日かな

128: 2017/03/09(木) 19:30:37.82 ID:OO1Xd8Uc.net
乙…
千歌ちゃんに浜辺で曜ちゃああんって泣いて叫びながら発狂してほしい

引用: 千歌「海に溶けたあの子へ」