1: ◆ttcnBecwyw 2012/07/28(土) 02:06:10.68 ID:9G7UdAkh0

咲と赤木しげる(アカギ・天)のクロスです



萬子:一二三四五六七八九

索子:ⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦⅧⅨ

筒子:①②③④⑤⑥⑦⑧⑨

でやっていきます。しかし私はへぼ雀士なので闘牌描写おかしかったら申し訳ない


では赤木はまだ出てきませんが導入部からどうぞ
咲-Saki- 25巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)


2: 2012/07/28(土) 02:07:20.03 ID:9G7UdAkh0
――長野県立清澄高校
長閑な景観に立つ公立高校、その上、旧校舎にて今日も麻雀部の活動が行われていた。

和「ツモ、30符4翻。7700の一本場は8000です」
優希「じぇえーーっ!?さ、最後の親が流されてしまったじぇ……」
京太郎「うっわあ、和この半荘ぶっちぎりだな」
咲「うん、原村さんすごく調子いいね」

4: 2012/07/28(土) 02:10:08.47 ID:9G7UdAkh0
南2局終了時
和  56700
優希 17600
久  9400
まこ 13900

部内の総当たり戦。この半荘、好調だったのは和。
ツモの良さにドラも乗り、東1局に親の跳満をツモアガルと、
他家の親は安手であっさりと流し、手が無ければ完全に降りきる理想的な打ち回し。

完璧にこの半荘を制していた。

続く南3局

和「ロン、タンヤオ三色赤1、満貫です」
久「あちゃあ、こりゃやっちゃったわね。ちょっと押し過ぎたかー」

和  64700
優希 17600
久  1400
まこ 13900

オーラスにして圧倒的な点差。
まこにはまだ親の連荘という選択肢が残されているが、
久は役満以上、優希は三倍満以上の直撃がトップを取るために必要だった。

気を緩める気は毛頭無いが――否、気を緩めさえしなければと、和はほぼ勝利を確信していた。


5: 2012/07/28(土) 02:13:10.96 ID:9G7UdAkh0
オーラス、親まこ、ドラ表示牌 白

和配牌

二三四六七九④⑤⑦⑧北北発

和(よし、面子が1つに両面塔子が3つ、そして1雀頭。早そうなピンフ手。これならっ……)

6: 2012/07/28(土) 02:15:55.37 ID:9G7UdAkh0
優希配牌

一一②③⑥⑥⑨白発発発中

優希(おぉっ!ドラ暗刻だじぇ!他の三元牌もあるし混一も狙える!バレバレの染手にはなっちゃうけど、うまくいけば
華麗にのどちゃんをぶっ飛ばせるじぇ!)

7: 2012/07/28(土) 02:18:22.76 ID:9G7UdAkh0

久配牌

一二五五七八①⑥ⅢⅢⅢⅧⅧ

久(これは……)

一見なんてことはない手。

寧ろ早くない高くないの圧倒的凡手……ッ!

とても逆転できる勝負手には見えない。

が、しかし、このときある予感を久は感じていた……。

8: 2012/07/28(土) 02:20:27.66 ID:9G7UdAkh0

まこ配牌

一五九③⑧⑧ⅠⅣⅤⅨⅨ中中 ツモ西

まこ(うーん、中対子はええんじゃが、他はぱっとせんのぉ……。この面子でそう何回も連荘できんじゃろうし、

それなりの点数であがりたいんじゃがなぁ)

まこ打西

9: 2012/07/28(土) 02:25:48.79 ID:9G7UdAkh0
>>3 了解です

十順目

まこ(うーむ、まだ完全とは言えんがこの牌姿は対子場じゃのう……。ひたすら縦に重なりよる)

まこ(しかし問題は中が出てこんことじゃな。いまだに整理されんとこを見るに持ち持ちか?)

まこ(捨て牌から察するに、優希あたりかのう……)

まこ手牌

五②③⑦⑦ⅣⅤⅤⅨⅨⅨ中中 ツモⅣ

まこ、打五

まこ捨て牌

西一九Ⅰ東二北⑤三北五

10: 2012/07/28(土) 02:27:11.43 ID:9G7UdAkh0

和(ツモ切りばかり、なかなか手が進まないのは痛いですね。しかしこの点差、いざとなれば降りればいい)

和手牌

二三四六七③④⑤⑦⑧⑧北北 ツモⅠ

和、打Ⅰ

和捨て牌

発西西九Ⅱ①東Ⅱ南Ⅰ

11: 2012/07/28(土) 02:31:07.75 ID:9G7UdAkh0

優希(うぅ、三元牌あるからって南切るのが早すぎたじぇ……。残していたら聴牌だったのにー)

優希(折角珍しくのどちゃんをぎゃふんと言わせるチャンスなのに、やっぱりあたし南場はダメだじょ……)

優希手牌

②③④⑤⑥⑥白白発発発中中 ツモ九

優希、打九

優希捨て牌

一一南⑨ⅥⅥ南南Ⅰ九

12: 2012/07/28(土) 02:33:55.21 ID:9G7UdAkh0

久(ふふっ……)

久、打⑧

久捨て牌

一白二西①⑥Ⅵ三Ⅶ⑧

13: 2012/07/28(土) 02:39:28.67 ID:9G7UdAkh0
十二順目 局面、動く……ッ!

仕掛けたのはまこ……ッ!

まこ(思ったよりでかい手になりおった。そしてこのツモに対子場の牌姿。)

まこ(恐らく和から直取りはできん)

まこ(……が、過去の記憶とこの捨て牌を照らし合わせて、たぶん五索も七筒も山に残っとる)

まこ(これはツモ狙いで攻めじゃろ。この局で決めるッ!)

まこ手牌

③⑦⑦ⅣⅣⅣⅤⅤⅨⅨⅨ中中 ツモⅨ

まこ「カンじゃ」

新しいドラ表示牌は東、だが新ドラは全切れの南。

そして嶺上牌――Ⅳ、四索ッ!

まこ「おお、これじゃ咲みたいじゃのお。なら、もう一個じゃ」

再びのカン――ドラ表示牌はⅦ、七索ッ!ドラは生牌のⅧ、八索……。

しかしそれはまこにとってあまり重要ではない。より重要なのは嶺上牌――⑦、七筒。

まこ「嶺上ツモとはいかんが、リーチじゃ」

まこ、打③。

まこ手牌

⑦⑦⑦ⅤⅤ中中 槓Ⅳ 槓Ⅸ Ⅴ、中待ち

まこ捨て牌

西一九Ⅰ東二北⑤三北五②③

和(親の染谷先輩のリーチですか……)

和(両面塔子を手出ししてのリーチ、二槓子からと考えると三暗刻、あるいは四暗刻が入ったのでしょうか……)

和(ならば待ちはシャボ)

和(捨て牌から危険なのは、筒子はゆーきが持っているから萬子・索子の上、あとは三元牌ですか……)

和(まあしかし、いずれにしろ……)

和手牌

二三四六七③④⑤⑦⑧⑧北北 ツモ東

和、打東

和(これは現物です)

14: 2012/07/28(土) 02:42:47.24 ID:9G7UdAkh0

優希(ようやく入ったじぇ!こんなにあたしを待たせるなんて京太郎みたいに失礼な奴だじょっ!)

優希(これでリーチすれば直撃で逆転だじぇ)

優希(のどちゃんが簡単に出すとは思えないけど、ダマじゃ出そうもない片あがり大三元)

優希(それじゃいつまでたっても逆転できないしここは……)

優希「通らば……リーチッ!」

優希手牌

②③④⑤⑥⑥白白発発発中中 ツモ白

優希、打⑥

優希捨て牌

一一南⑨ⅥⅥ南南Ⅰ九Ⅰ⑥

大三元を捨て、①④⑦の三面張に受ける。

和から直撃すればリーチ発白混一小三元ドラ3の11翻の三倍満。きっちり逆転できる手だ。

しかも①は和が捨てた牌で、まだどこかに2枚もある。万が一にも攻めてくることがあれば十分に打ち取れる。


――そして。

15: 2012/07/28(土) 02:46:05.99 ID:9G7UdAkh0

久「できたっ!逆転手!」

ツモって盲牌。思わずといった感で久は笑顔で快哉を挙げた。

捨て牌を曲げ、千点棒を出す久。

久「これは私も行くしかないわね。リーチよ」

久、打五

久捨て牌

一白二西①⑥Ⅵ三Ⅶ⑧五五

和(三軒リーチですか、まさかこのピンフ手で三倍満以上の大物手に競り負けるとは……)

和(しかし、これも麻雀。こういうこともあります……)

和(それに、これはいまだ私が有利な勝負)

和(振らなければ潰し合いも流局も狙えるこの局面。ここは降り一択。完璧に降りて見せます……ッ!)

16: 2012/07/28(土) 02:48:49.30 ID:9G7UdAkh0

しかし三軒立直を躱し続けることは至難の業。

残り一順、ここを凌げばもう自分が振ることはないという時になり遂に和、安牌が切れる。

そこへツモったのは九――4枚目の九萬ッ!

17: 2012/07/28(土) 02:50:17.90 ID:9G7UdAkh0

和(よかった……これはかなり安全な牌)

この牌は和含めてまこと優希の捨てた牌。

久が和をまくるには役満以上の直撃が必要であるが、風牌四枚切れから国士無双、字一色、四喜和が消える。

索子の切れ方から緑一色も消え、混一気配の優希から大三元が消える。

残るは九連宝燈と四暗刻があるが、これは4枚目の九萬、九連宝燈は無く、四暗刻単騎も無い。


――限りなく安全な牌……ッ!


ほっと一安心すると和はツモった九萬をそのまま河へと捨てた。

18: 2012/07/28(土) 02:52:29.93 ID:9G7UdAkh0


――それよ、ロンッ!


和「えっ……!?」

和(そんなっ!?どうしてこれがっ……)

和(四暗刻じゃない……。大三元も国士もない……。当然九連宝燈も……。一体どんな役を……)

和の驚愕した顔。それを見て、悪戯の成功した子供のような満面のしたり顔をした久はその手牌を倒す。

久手牌

七七七八八八八ⅢⅢⅢⅧⅧⅧ ロン九

19: 2012/07/28(土) 02:58:08.92 ID:9G7UdAkh0

和、呆然……ッ。リーチ直前、久は五萬の対子を手出しから捨てている。


――つまり、四暗刻を蹴ってのこの手牌……っ!


和「……部長、和了役を教えてください」

久「立直、三暗刻、ドラ3ね」

和「跳満じゃ逆転できませんよ。さっきの言葉は嘘だったんですか?」


――そう、久はリーチの直前、逆転手ができたと宣言している……ッ!


――しかし蓋を開けてみればその内実――たった6翻の跳満……ッ!


久「ふふっ。まあ見てなさいって」

笑って久はドラ表示牌の下に手を伸ばした。


――だが、まだ裏ドラがある……。その数、まこの槓によって3牌ッ!


久「私の暗刻はそこにある……っ!」

20: 2012/07/28(土) 03:00:08.03 ID:9G7UdAkh0

取った3牌。裏返ったままの3牌。その一つを久はひっくり返した。

一つ目の裏ドラ表示牌……六萬ッ!

これで七萬がドラ……ッ!裏3……ッ!

久「これで裏3ね」

和「偶然です。いくら対子手と言っても裏ドラが9つも乗るなんて、そんなオカルトありえません」

久「ふふっ、和らしいわね。それじゃあ、2枚目っと……」

無造作に捲られた2枚目の裏ドラ表示牌……再びの六萬ッ!裏6ッ!

和「そっそんな……」

久「これで対子、裏6。次乗れば裏9で数え役満。文句なく逆転。まくりよ」

和「い、いえっ幸運もここまでですよっ。こんな、こんな和了……」

久「まあそれもこれを見てみればわかること……っと。ありゃ……」



21: 2012/07/28(土) 03:02:19.71 ID:9G7UdAkh0



最後の裏ドラ表示牌……Ⅱ、二索ッ!



久「暗刻にはならなかったかあ……。あっ隣かぁ。失敗したなあ、カッコ悪い……」

久「まあでも立直、三暗刻、ドラ12、数え役満で私が逆転トップね」

久「四暗刻地獄待ち、悪くない悪待ちだったでしょう?」


――何気なく確認された二索の横の牌……その牌なんと六萬ッ!圧倒的六萬ッ!


――もし僅かに何かが掛け違っていたら、宣言通りの裏ドラ暗刻っ!



22: 2012/07/28(土) 03:03:57.76 ID:9G7UdAkh0

一同、沈黙。

部室内に静寂が満ちたが、

それはさながらためのようなもの。

次の瞬間には大きく弾けることとなった。

23: 2012/07/28(土) 03:07:31.92 ID:9G7UdAkh0

京太郎「すっ、すげえ……かっけえ!すごいじゃないですか部長ッ!」

優希「部長すごすぎるじぇ!」

咲「すごい……」

和「そんな……」

まこ「いやあ、やってくれたのー、久」

久「まあね、なんとなくうまくいきそうな気がしたから狙ってみたけど、たぶん二度はできないでしょうねー」

和「と、当然です。こんなメチャクチャなあがり、何度もできるわけありませんっ!」

久「そうね、少なくとも今の私には無理ね。でもね和、世の中にはこれを『狙って』出せる人もいるのよ」

和「は?」

優希「ふぇっ?」

咲「えっ?」

京太郎「んなっ……!?」

まこ「ククッ」

24: 2012/07/28(土) 03:08:37.07 ID:9G7UdAkh0

再びの沈黙。

言葉にすればこれもまた驚愕が原因の静寂であるが、ニュアンスは若干ならず先のものと異なっている。

部員の唖然とした様子を見て、これもまたおかしと久はにやりとこの日二度目のしたり顔で笑った。

26: 2012/07/28(土) 03:11:50.65 ID:9G7UdAkh0

京太郎「あ、あのー部長。今ちょっと聞き捨てならない恐ろしいことを聞いたような気がするんですが……」

咲「このあがりを狙って出せる人なんて本当にいるんですか?」

和「信じられません……。こんな運に頼り切ったようなあがりを狙って出せるなんて……」

優希「そんな人いたらちょっと人間やめすぎだじぇ」

久「あー、まあ信じられないわよね。私も人からそんなこと言われたらちょっと信じられないわ」

久「でもねー、あの人の闘牌見ちゃうと殊麻雀に関してできないことなんて何もなさそうに思えるのよねー」

久「今の和了はその人の有名な対局の真似なのよ」

咲「えっ?部長、それって……」

久「ええ、私とまこは一度その人と卓を囲んだことがあるのよね」

まこ「いやぁ、あれはとんでもなかったのう。二つ名に違わぬ強さじゃった」

優希「二つ名?」

まこ「神域。常人じゃあ決して及ぶことない領域におるっちゅう意味じゃな」

咲「その人、なんていう人なんですか?」

27: 2012/07/28(土) 03:15:14.39 ID:9G7UdAkh0


――興味ある?……そうね、牌譜だけ見せてもあまり意味がないから今まで話す機会はなかったけれど……。


――ちょうど半荘1回終わったし、小休止の小話にはちょうどいいかもね。


――牌譜だけ見せても意味がない理由?


――んー、なんというか、あの人の凄味は直に見て初めてわかるモノのような気がするのよね。


――それじゃあ、ちょっくら話しましょうか。あれはあなたたちが入学するちょっと前。今年の三月頭ね。


――まこの店で靖子――藤田プロね、ほら、この間和と咲がやった人。そうその人。


――その人と打っていた時にふらっとその人はやって来たわ。


――名前は赤木……。




――赤木しげる……ッ!

――裏の麻雀界で最強の名を恣にした人物よ……。

28: 2012/07/28(土) 03:23:09.79 ID:9G7UdAkh0

と、いうわけで導入部でした。

どうでしたかね?どこかおかしいところがあったら指摘していただけるとありがたいです。

へっぽこの私の技術ですが可能な限り修正していきたい所存です。

まこの訛りは本当にわからないので、その都度修正といった感じになると思います。

では近日中にまこ、久編にて

なんで赤木がノーレートなんかにおんねん、といった話はその時に書きたいと思います。

それでは失礼



34: 2012/07/28(土) 14:53:18.32 ID:ABFAbro50

とりあえず赤木が『 roof - top 』に入るまで

先の話を導入部と称しましたが、決して以降の○○編(これもこれから投稿する久、まこ編以降続くかわかりませんが)

がこれよりも長いというわけではありません。

あしからず



※よくよく考えてみれば優希が染め手とかまこが連槓とかちょいとおかしくね?大味すぎやしないか?と思う気もします

が、まあ部内で何回も半荘囲めばこんな時もあると思ってくださると幸いです

35: 2012/07/28(土) 14:55:32.64 ID:ABFAbro50

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編―

36: 2012/07/28(土) 15:00:05.58 ID:ABFAbro50


――しっかしまぁ、どうにもいけねえな……。


長野県のとある道路を男が一人、歩いていた。


明るいグレーのスーツに派手な虎柄のシャツ。

どう見ても堅気に見えない格好だが、人通りの少ないこの道。

慌てて避けて道を譲るような人間には終ぞ会わず、仮に会っても男は気にしない。

手提げの鞄一つを肩に担いだ身軽な様で、寒気透き通る長野の蒼空の下を闊歩する男の名前は赤木しげる。




――神域の男と呼ばれ、裏の麻雀界を震撼せしめた男である。



そんな赤木がふらっと立ち寄った長野であるが、別段、何かがあってきたわけではない。



――大きな勝負をこなして数年。目的もなく唯々各地を放浪していた赤木はしかし……。

――その数年の内のとある変化に若干の戸惑いを感じていた……ッ!




金が無くなれば適当な勝負――博打で稼ぎ、最低限を残して余った勝ちはさっさとその地で散らす。

その生き方自体に問題はない。不満もない。

赤木しげるという男は常にそういう生き方をしてきた。そしてこれからも同じ生き方を氏ぬまで貫き通す。

赤木が気にしていることはもっと別のこと。



だがしかし、『勝負』という自分の人生の根幹にも関わることだった。




赤木「どうしてこう最近キレイになっちまったもんかな……」




37: 2012/07/28(土) 15:07:32.06 ID:ABFAbro50


赤木の困惑の理由……。



――それは近年の麻雀ブーム……ッ!



全自動卓の普及が大きな要因か、あるいは他にもっと別の理由があるのか知らないが、とにもかくにも最近



『競技』として麻雀が表の世界でブームになっていた。



プロの対局はおろか、高校のインターハイの対局さえ全国ネットで中継される……ッ!



――巨大なブームの大波っ!!



しかし、表で大きくなればなるほどに裏の肩身は狭くなる。


競技としてクリーンなイメージを示すためか、ノーレートを表明する雀荘が増え……。

気が付けば賭博麻雀は日陰日陰と追いやられていった……ッ!


無論、表の人気は裏も同様。

決して裏の麻雀場が大きく縮小したわけではないが、しかし……。

表との無用な軋轢を減らすために賭博麻雀場の管理は厳しくなった。

つまり、赤木のような組に属さない放蕩チンピラでは気軽に入ることのできない所が多くなっていることも事実だった。



自然、ここ最近の赤木の麻雀は代打ち業が中心となるが、それはつまらない勝負は御免の赤木しげる。


たいていは知り合いの手頃な雀ゴロに回してしまう……。




――つまり赤木、近年、麻雀から随分と遠ざかっていた……ッ!



38: 2012/07/28(土) 15:12:28.95 ID:ABFAbro50


当然勝負を求めて博徒などという因果な生業をしている赤木しげる。

ポーカー、チンチロ、花札、スロット……博打の種類は全く問わないッ!

そして麻雀以外の賭場は従来となんら変わらず……。

さらには、結局のところそのいずれの博打においても赤木が負けることは決してない。



だが、それでも赤木が最も長く親しんだ博打は……麻雀ッ!



――牌に長い間触れていないとどうにも調子が狂う……ッ!

――勝負勘は鈍らなくとも、麻雀勘は鈍っていく一方……ッ!



このままではかつて天の後塵を拝したようなときと同様なことを再び繰り返してしまうかもしれないと赤木は危惧していた。




――つまりそれは敗北……ッ!

――自身の博徒人生における三度の敗北……ッ!




それを受け入れることができるか?――応、ぎりぎりと己を示して負けるのなら受け入れよう。数年前のように。



だが、しかし、鈍った麻雀勘で――腑抜けたままで負けることは決して受け入れることはできない。




――俺の麻雀は100戦して100勝する麻雀だ……ッ!



それが赤木しげるの自負……ッ!

勝負師としての、自負……ッ!!


39: 2012/07/28(土) 15:13:45.63 ID:ABFAbro50



――仕方ねえ……もうノーレートでもいいからとりあえずは久々に牌に触るか……。



晴天開明の長野の空の下、歩きながら赤木しげるはそんなことを考えていた……。

40: 2012/07/28(土) 15:18:10.40 ID:ABFAbro50

そして歩く道の横、喫茶店の看板が赤木の目に留まった。


『roof – top 』


喫茶店であることは腹の減っていない赤木にとってさほど重要ではないッ!


――重要なのはその横の書置き……ッ!


「麻雀のできる喫茶店」


――これが赤木の生まれ持った強運か……ッ!


赤木はこれを吉と取った。

ここならば代打ちをしている時のように酒と煙草を辞さずに牌を摘める……。



赤木(それに……)

店の中から感じるあるかなきかの妙な気配――勝負の気配を赤木は敏感に察知していた……。

赤木「これはもしかすると面白えことになるかもな……」

これ幸いと――まるで何かに導かれるように赤木は足を踏み入れた。



――これが『 roof‐top 』伝説の一日の始まりである……。




50: 2012/07/29(日) 01:58:58.83 ID:OaruBM6x0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その2

51: 2012/07/29(日) 02:07:40.69 ID:OaruBM6x0

藤田「ロン、タンヤオ七対子オモオモ赤1、跳満をトップに直撃でぴったり私の逆転トップですね」

常連1「あっちゃぁやられた!」

常連1「筋なら通るかと思ったら七対子だったのかあ、ドラ含みのタンピン手だと思ったんだけどなあ……」

常連2「おいおい、せっかくのハンデ戦で最初あんだけ調子良かったのにまくられんなよ」

常連2「俺たちみたいなへぼじゃ相手にならねえからって、藤田プロに二翻縛りに加えて立直とツモ禁止にして相手して

てもらったっていうのに」

常連2「いやあしかしやはりプロだねえ!『まくりの女王』の名は伊達じゃないってか」

常連2「ハンデのせいもあるけど、ツモりやすいタンピン手を捨てての単騎釣り出し、見事だったよ、勉強になる」

藤田「いえ、私も他家の手と捨て牌を読むいい経験になりました」

常連1「これからも応援させてもらうよ、頑張ってな!」

藤田「ええ、ありがとうございます」

常連2「それじゃあ半荘終わったし俺たちはこれであがらせてもらうかな。お疲れさん」

まこ「ありがとうございましたー!」


52: 2012/07/29(日) 02:13:54.51 ID:OaruBM6x0

久「ヤスコ、調子いいみたいじゃない?」

藤田「まあ仮にもプロだからな、まだまだ若輩とはいえ、このくらいすんなりやって見せないと胸をはって名乗れん」


先ほどの対局で同卓していた久の賛辞を、煙管を一服して藤田は軽く流した。


藤田「しかしさっきの半荘は随分とおとなしかったな、久」

藤田「お前がもっと和了に来ていたらかなり厳しい半荘だったのに」


そうこの竹井久、大会には全く出ていないがその雀力は高校生にしてかなりのもの。

藤田の見立てでは県上位……全国も十分に狙える実力だった。


久「買い被りすぎよ。でもそうね……」

久「このハンデでヤスコがどのように最後まくるのかちょっと見てみたかったっていうのはあるかな?結構参考になった

わよ」

藤田「なるほどねえ。若いのはどんどん吸収していく。成長の余地があっていいねえ……」

久「あら、さっきは自分のことを若輩なんて言っていたのに、もう前言撤回?」

藤田「ん?あぁ、いかんいかん」


久に指摘された自身の失言を誤魔化すように藤田は今度はカツ丼を掻き込んだ。


――ここのカツ丼はいい。これはこの雀荘に来る時の藤田の楽しみの一つだ。


藤田(そうだよなー、私もまだ若いはずなんだよなー……)

藤田(読みは悪くない……勘も冴えている……だがもう一つなんだよなあ)


オーラス一気に逆転する技術、その鮮やかさからついた二つ名が『まくりの女王』藤田靖子。

しかしそう呼ばれて時がたつ現在も、トッププロにはわずかに足りない……。


――何かが足りない……。

――培った能力に加えてプロで揉まれた経験……。

――実力は間違いなく上がっている……当然……ッ!

――だが、藤田は若干の行き詰まりを感じていた……ッ!


53: 2012/07/29(日) 02:17:58.40 ID:OaruBM6x0


藤田(この前も変則ルールに直接対決はなかったとはいえ、高校生に負けてしまったからなぁ……)

藤田(天江衣……インターハイの魔物の一人……ッ!)


藤田(……)


藤田(かわいかったなあ……すごくかわいかった……あの幼い体形に背伸びして大人びようとする言動も仕草も何もかも

がかわいい……あぁ、あの時お持ち帰りでもしとけばよかったかなあ……あんな娘がほしい……やわらかそうだ……一日

中抱き枕なんてきっと最高だろうなあ……ッ!)


――藤田、暴走……ッ!圧倒的……思考の暴走ロケット……ッ!


藤田(そういえば今年の長野県大会の解説の仕事が内定していたな……龍門渕高校は今年度の長野県代表、今年も出てく

るだろう……また会えるなあ……楽しみだなあ……どんなふうにかわいがってやろう……?)



藤田(……)



藤田(……っと、違う違う。思考があらぬ方向を向いてしまった。ちょっとぼーっとしてしまったか?久が変な目でこっ

ちを見てる……)



――このとき藤田……自分の口の端に垂れている涎に気付いていない……ッ!


――久しか見ていなかったのが不幸中の幸い……ッ!


――どれほどのニヤケ面を周囲に晒していたのか全く自覚していない状況……ッ!




――まるで白痴ッ!!!




55: 2012/07/29(日) 02:20:42.10 ID:OaruBM6x0


藤田(とにかく……だ)


――再び思考を戻しながら真面目な顔で食事を再開する藤田……。

――久、目の前の人物の百面相について行けず……呆然ッ!困惑ッ!!


藤田(何かきっかけがほしいな……何か……足りないものを埋める、きっかけ……ッ!)


――最近しばしば浮かぶ考えではあったが、今日はことさらそれが強い。

――まるで燻ぶっていた火種が風に吹かれて弾けるよう……ッ!

――その原因は何か……ッ!?


それを考える前に店のドアベルが鳴った。来客だ。


56: 2012/07/29(日) 02:25:40.83 ID:OaruBM6x0

まこ「いらっしゃーい」

まこ「あぁ、お客さんこの店は初めてじゃな。うちの店はノーレートじゃけん、大丈夫かのう?」

??「あぁ、ただ牌を摘みに来ただけだからな……。問題ない……」

??「欠けてんのは……あそこか……」

藤田(ノーレートの確認なんて……こりゃ相当ガラ悪いのが来たな、いったいどんな……ッ!?)


そうして新客の顔を一目見ようと入口に目を向けた藤田は……。


――唖然として持っていた箸を床に落とした……ッ!


久「ヤスコ……?」


藤田「馬鹿な……なんで……ッ!?」

藤田(ここはノーレートだぞ!?なぜこんな雀荘喫茶に来るッ!?)




新しく来た客は、見間違えようもない――プロ雀士という職業柄、藤田もグレーゾーンに触れることはある、そこから当

然裏の話に触れることも……。



――そして裏の話を聞けば嫌でも知ることになる男……。



――その男の名は……。

――神域……ッ!



藤田(赤木……ッ!)




――赤木しげる……ッ!




66: 2012/07/31(火) 05:03:57.82 ID:kIGMwWoU0


久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その3

67: 2012/07/31(火) 05:05:23.09 ID:kIGMwWoU0

店に入ると見えるは清潔で和気あいあいとした空間。

和やかなそれは赤木が主に利用していた鉄火場としての雀荘のイメージとはまるで逆だった。出迎えた店員も若い女子。

赤木(やっぱり俺にはなじめそうもねえな……)

赤木「欠けてんのは……あそこか……」

形態としてはフリーに近いようだ。ちょうど一人抜けるのを見た赤木は、そちらに歩を進めようとした。


??「こちらで打ちませんか、赤木さん?」


68: 2012/07/31(火) 05:08:52.00 ID:kIGMwWoU0

思いもかけず名を呼ばれて、赤木は声の方に目を向けた。

恐らくスペースの問題だろう、一つだけ離島のように他と離れて置かれた雀卓に女が二人。

今時珍しい煙管を吹かして不敵な笑みを浮かべた若い女と、それを訝しげに見ている上家の席に座っているのは見た感じ

もっと若いだろう。


――言うまでもなく前者は藤田靖子、後者は竹井久である。


赤木(確かひろのやつが大学生だったか……あいつより若そうだから高校くらいかね?)

盲目の代打ち市川との氏闘の後、雲隠れした赤木はつまるところ中学中退の身。

接する機会がなかったため、そのあたり若者の年齢の判断は全くできなかった。

藤田「赤木しげるさんですよね?」

赤木「ククッ……どっかで会ったかな……?」

自分を呼び止めた煙管の女の対面に座り、赤木は煙草を一服、紫煙を吹かした。

藤田「失礼、藤田と言います。若輩の身ですがこれでも一応麻雀のプロをやっていまして。赤木さんの御高名はかねがね

伺っていますよ」

まぁ、プロとはいっても表の方ですがね、と付け足した藤田にへぇ、と興味深げに返す赤木。

赤木(なるほど、道理で不敵な面しやがる……)

先ほどから物腰丁寧に話しているが、その眼は獣のようにひたすらギラついている。



――勝負をする者の眼……。



70: 2012/07/31(火) 05:11:53.36 ID:kIGMwWoU0

自分の素性を知りながら、なおこのようなハングリーさを見せつけてくる人間を赤木は悪くないと思った。

少々有名になりすぎたせいか、相手が赤木しげると知るだけで手が竦む人間が裏にさえいる。あるいは、裏だからこそ、

ともいえるが。

その眼の奥に燃えるものは単なる若さゆえの無鉄砲だけではない。この熱さ、好ましい。

赤木(ククッ……まだまだ勘は氏んでねえってこったな)

赤木は店に入る前の予感が正しかったことを確信した。

ここで、勝負ができる。

ギリギリのものとなるかは蓋を開けてみなければわからない。が、しかし、久々に触る麻雀としては実に好都合。幸先が

良い。やはり、勝敗を巡って鎬を削れなければ無意味。



赤木(そういえば前に一度、代打ちの仕事で女の雀プロと組んだことがあったっけか……ありゃ強かったが、さて、こい

つはどうかな……?)



かつて、麻雀のクラブチームの権利書を巡った賭麻雀に駆り出されたことがあった。

相手方に裏プロが出張ってきたために、その筋の裏ワザに明るくないクラブチーム側が対抗馬として雇ったのが赤木しげ

る。その時コンビを組んだクラブチーム側の人物が現役のプロ雀士だった。


71: 2012/07/31(火) 05:15:43.39 ID:kIGMwWoU0


藤田「しかし珍しいですね?赤木さんがノーレートの雀荘に来るなんて」

赤木「んっ?あぁ、最近牌に触ってなくてよ……。ちょいとつまみにな」

赤木「しかしどうするんだ?この卓2欠けだぜ、あと一人入らねえと。それとも三麻でもやるのか?俺は別にそれでも構

わねえけどな……」

藤田「あぁ、それは……染谷、悪いが入れるか?」

まこ「へ?え、えぇ、今それほど忙しい時間じゃないので大丈夫ですけど……」

藤田「そうか、なら頼む」

赤木「あぁ待った嬢ちゃん……卓に入る前にこれで適当な酒見繕ってきてくれねえか?釣りはいらねえ」

卓につこうとしたまこを止めると、赤木は鞄から無造作に札束を取り出して枚数も数えずぽんとまこに手渡した。

まこ「ちょっ……!?お、お客さん!?うちが兼ねているの喫茶店ですよ!?こんなに出されても大したものは出せませ

んけど……っ!?」

赤木「そんなビビんなくても別にかまわねえよ。まぁ、堅気の雀荘に俺みたいなのが来た迷惑料だと思えばいいさ……」

まこ「は、はぁ……」


まこ(こ、こりゃあまたとんでもなく破天荒な客が来たのぅ……藤田プロはなんか知っとる節があるみたいじゃが……し

かしこんなにもらって安酒出すわけにゃいかん……困った……なんかあったかのお……)


藤田「ふふっ、噂に違わない破天荒さですね」

赤木「ククッ……どんな噂が流れているやら……いずれにせよ、勝ちはさっさと崩すようにしてんだ……積もらねえよう

にな……」


72: 2012/07/31(火) 05:17:12.52 ID:kIGMwWoU0


困惑した様子のまこが店の奥に消えるのを見てから、ついに堪らじと久が小声で藤田に問い詰め始めた。

久「ちょっとヤスコ!さっきからどうしたのよ、ちょっと変じゃない?それになんかこの人知っているみたいだけ

ど……」


久(全く、わけがわからないわ……なんかぼーっとしてだらしない顔してたと思ったら、このお客さん見て急にギラギラ

しだすし……しかしこのお客さん、ヤスコの様子から察するに相当有名な打ち手なんでしょうけど、プロにこんな人いな

かったわよね?いったい何者なのかしら……)


藤田「む?あぁ、すまん……少々興奮していたようだ。……染谷のやつが戻ってきたら説明するとしようか。赤木さん、

かまいませんね?」

赤木「ふっ……好きにすればいいさ……」

藤田「しかし、本当に……なんという僥倖……」

久「?」

73: 2012/07/31(火) 05:19:00.29 ID:kIGMwWoU0


しばらくして戻ってきたまこが悩んだ末に持ってきたのは、この雀荘を立てた祖父の故郷ということで定期的に仕入れて

いる、広島の地酒だった。赤木はどんな酒でも構わないといったが、やはり多少の不安は残るもの。

しかし、出された酒を一口味見て何も言わない赤木の様子をみとめて、悟られないように軽く一息ついたまこは卓につい

た。


74: 2012/07/31(火) 05:26:02.52 ID:kIGMwWoU0

藤田「さて、説明しようか……。この人は赤木しげるさんと言ってな、裏じゃかなり有名な博徒だよ。特に麻雀に関して

は信じられんような逸話がたくさんある人でな。裏プロ自体をしていたのは3年と短いが、その期間完全な無敗。裏プロ

を辞めてからも、サシで土をつけたのはたった一人だけというとんでもない人だ。数年前に、裏プロ同士の大勝負があっ

たんだが、そこでも大活躍だったらしい。人を魅了する華やかな打ち筋が特徴で、今でも最強の雀士は誰かという話にな

ると名前が出てくる人だよ」



――私のようなプロになってそう長くない人間でもこのくらいの話はすぐに聞こえる。その名声たるや推して知るべし、

だろう?



昂ぶりを抑えるためか、いつもより纏う紫煙を増やして話す藤田の説明を聞いて、久とまこは感心とも驚きとも取れる声

を出した。


久(ははぁ、裏プロの人だったのかぁ。道理で知らないわけだ。けど……)

まこ(3年間無敗とかとんでもないの一言じゃとても片づけられん……そんなにすごい人じゃったんか、この人……)


高校生では現在、白糸台高校の宮永照が昨年のインターハイと今春季大会個人戦2冠中、今年のインターハイも制しての

3冠も盤石だろうという予想が立っている。これですでにとんでもない偉業であるというのに、インターハイよりも圧倒

的にプレイヤーのキャリアの幅が広くなるプロにおいて3年間ひたすらに勝ち続けることのどれだけ難行か……。


赤木「ククッ……随分とたいそうな話が流れているようだが、昔の話さ……東西戦も、結局は負けたしな」

藤田「しかし赤木最強の評価は決して衰えていないようでしたよ?相当活躍されたみたいじゃないですか?」

赤木「ククッ……そりゃあ困った……、僧我の爺さんにまた睨まれるな、こりゃ……」


藤田の揶揄におどける赤木、全くその自信に揺らぎはない。


75: 2012/07/31(火) 05:28:31.58 ID:kIGMwWoU0


赤木「さて、昔話もここらにして、やるか……ここのルールはどうなってんだい?」

まこ「えっと……アリアリの赤4、ダブロンありの三家和は流局扱いです……」

赤木「そうか……しっかしまあなんというか……今はこんなに若え嬢ちゃんたちも麻雀するんだな、俺のガキの頃にゃ考

えられなかったぜ……」

藤田「彼女たちは私を除けばこの雀荘で一位と二位。まだまだ発展途上ですが腕は保証しますよ。この麻雀を間近で見れ

るならいい経験になると思いまして」

赤木「そうかい、なら……期待してるぜ?半荘一回でいいな?」

藤田「ええ、よろしくお願いします。染谷、久、本気で掛かれよ?そしてしっかり目に刻んでおけ……。あと、この人を

喰えるならもう個人戦の心配はいらないぞ?」



――これから見れるのは最高峰のひとつだ。



76: 2012/07/31(火) 05:34:37.69 ID:kIGMwWoU0


藤田(そう……相手も当然使ってくるんだ、イカサマだけでは決して勝ち続けるなんてことは不可能。つまり、実力……

地力……勝負に勝つための何かを目の前の人物は持っているんだ。私が欲しているその必要な何か……掴む、なんとして

もッ!)


気焔一発。一気に残っていたカツ丼を詰め込んで藤田は気を引き締めた。

そうした様子を見て水を差すようで気が退けるが、しかしこの機を逸せばもう無いと、久は藤田に耳打ちした。


久「あー、気張っているところ悪いんだけど、ヤスコ?」

藤田「んっ?どうした、久」

久「あの人、元裏プロなんでしょ?こんな雀荘に入ってくるくらいだからまぁありえないとは思うんだけど、イカサマと

かされたら私たちじゃ気づけないわよ?」


小声の耳打ち。聞こえたはずはないが、懸念していることはその様子から悟ったらしい。


赤木「フッ、心配すんな嬢ちゃん、さすがに素人相手に裏ワザは使わねえよ。まあ俺が言っても説得力はないが……」


客A「藤田プロが元裏プロとやるんだってよ……」
客B「へー、そりゃ面白そうだな……」
客C「お前、どっち勝つと思う?」
客D「そりゃあお前ここの雀荘の客としちゃ藤田プロ応援だろ?」
客E「久ちゃんもまこちゃんもがんばれよ!」


赤木「これだけ野次馬がいりゃ、なんか悪戯した場合は気づくだろうよ……これでいいか?」

久「え、えぇ……」


気づけば藤田と赤木のやり取りを聞いていたらしい他の客が野次馬に来ていた。確かにこれならばすり替えや拾いで河や

手牌が入れ替わればすぐに周囲に知れる。


赤木「じゃあ、問題もあらかた片付いたところで、やるか……」

藤田、久、まこ「よろしくお願いします!」

藤田(さて、どんな麻雀を見せてくれるのか……)


表と異なり、牌譜など取らない裏の麻雀。故に漠然とした評価は聞けても具体的な戦術といったものはよほど印象的な対

局しか伝わってこない。


藤田(さっき久たちに『華やかな』麻雀と説明したが、私もいまいちそこを理解していない。有名な天貴史との対局のよ

うなものか?確かにあの和了は派手だが……4枚目の四萬――安全一点を狙った数え役満……私でも思いつかない逆転の

択は確かにすさまじいセンス……いや、違うな。重要なのはそこまでの過程……序盤のリードしていた時の麻雀こそ肝な

はずだ。そうそう追いつめられることなどないだろうから、圧倒している時でも魅せることができるはず……序盤は見し

かないか?後手後手になってしまうな……)



――藤田が考察する赤木しげるの麻雀……。

――その片鱗はすでに東1局から垣間見えることとなる。



77: 2012/07/31(火) 05:44:48.76 ID:kIGMwWoU0


東1局 親、久  ドラ表示牌 Ⅸ(ドラ Ⅰ)

東家  久  25000

南家 藤田 25000

西家 まこ 25000

北家 赤木 25000


この局、始めに動いたのは久。


6順目 久手牌

二二三四(五)六八④⑥⑧ⅥⅦⅧ ツモ⑦


久(メンタン三色赤1聴牌……ダマでも11600確定、ツモれば満貫、リーチすればツモや裏次第で跳満・倍満か

ぁ……)

久(他の人は……っと)


藤田捨て牌

一九北西①


まこ捨て牌

二②八南北


赤木捨て牌

西九①北八



久(ぱっと見る限り、あまり早そうじゃないわね……するとあとはこれをツモれるかという問題だけど……)

久(ダマか……リーチか……)


久(……)



78: 2012/07/31(火) 05:47:22.72 ID:kIGMwWoU0


久「リーチっ!」


久、しばしの思考ののち、牌を曲げる。リーチ宣言。


久(たぶん、行ける!ツモれる!)


嵌張、辺張、単騎待ち……悪い待ちにおける和了への嗅覚。普段理に依った打牌を基本とする久も、この感覚だけはそれ

以上に信頼していた。その感覚が、ツモれると言っている……。



――ならば、行くしかない!



久は普段通りに感覚に身を委ねた……。



久、打④

久捨て牌

ⅡⅤ南九三④




「あぁ、それ……ポンだ……」




そこに、副露の声。



79: 2012/07/31(火) 05:50:34.26 ID:kIGMwWoU0


声の主は赤木。

赤木、久の捨てた④をポン、打②



赤木捨て牌

西九①北八②


久(四筒ポンの打二筒……単なる一発消し?それとも他に目的が……?)


久、赤木の意図が読めない。次順ツモった牌は和了牌ならず、そのままツモ切り。


そして久の疑問――赤木の狙い……その解答は間を置かず明かされた。



赤木「……へえ」



直後の赤木のツモ――本来久がリーチ後最初にツモるはずだった牌――を盲牌した赤木は愉快気に感嘆の声を挙げた。


赤木「……嬢ちゃん、随分と言いセンスしてるぜ」

久「へ?」


次に出てきたのは純粋な久への賛辞。しかし当然、その意味は分からず久は首を傾げるしかない。


赤木「大切にしな……その感覚」


そういって赤木が手牌の横に倒したツモ牌は七、七萬。久の和了牌。


久「ッ!?ロ……」


80: 2012/07/31(火) 05:52:30.82 ID:kIGMwWoU0


赤木「カン……」


久の和了宣言に先んじて出された赤木の副露宣言――槓。

手牌からさらに倒された三牌は……いずれも確かに七萬。


久(まずっ!?一発ツモだけじゃなく和了目までこの一順で消えた……ッ!?)


たったの一順二手で久を完封した手並みは驚愕させるに十分……。


――しかし赤木はこれで終わらない……。


もっとも和了に近かった久の牌を鳴き、そこからツモった和了牌、それを使って和了目を完全につぶす槓……。

赤木はこのとき久の一発和了の流れを完全に喰い取った形だった。


――この流れを、赤木しげるが活かさないわけはない。


赤木「ククッ、ツモ……」


81: 2012/07/31(火) 05:56:19.93 ID:kIGMwWoU0


赤木手牌

⑦⑧⑨ⅠⅠⅧⅨ ポン④ 暗槓七 ツモⅦ


赤木「嶺上開花ドラドラ、40符3翻は5200……1300・2600だ……」


久「ちょっ!?」
まこ「なぁっ!?」
藤田「これは……っ!」


久(この人の捨て牌……)
まこ(純チャン三色をサッサと捨てて嶺上ピンポイントじゃとぉ……!?)
藤田(しかも少なくとも二順目――久が五索を捨てた時点であいつの最速聴牌を察知、捨て牌と和了牌を抱えた、
か……)


三人、一瞬で赤木が何をしたのかは看破した。

しかしその内容は理解の外、すんなりと受け入れるには途方もない離れ業だった。



藤田(これを一瞬の躊躇いもなくやった……これがこの人の麻雀の普通だというのなら、なるほど、確かにとてつもな

い……並みの博徒じゃイカサマを使ってもヒラのこの人に勝てないだろうな……『神域』か……)



藤田「最近牌に触ってないなんて言っていましたが……随分と調子良さそうじゃないですか、赤木さん?」


赤木「まぁ、半荘一回だからな……。最初からブンブン行かせてもらうぜ?」



赤木の宣言に気を引き締める三人。

赤木の才気走る闘牌を間近に見て、気を抜けばあっという間にやられるということを頭でなく、体感したのである。



82: 2012/07/31(火) 05:58:50.70 ID:kIGMwWoU0


東一局の、赤木のあまりにも鮮やかな和了……。

対局している三人も周囲のギャラリーその手並みに気を取られていた。

しかしこのとき赤木しげる、その新たな仕掛けはすでに始まっていた……。




東一局終了

久  20400

藤田 23700

まこ 23700

赤木 31200


83: 2012/07/31(火) 06:01:34.70 ID:kIGMwWoU0

今回はここまでです。
本当は昨日ぐらいに終わらせるはずの短編ssのつもりだったのに、どうしてこんなに長くなった……。

それでは失礼

93: 2012/08/02(木) 01:54:52.51 ID:4A9gQOVU0
>>92
あっ間違えた。東4局0本場です

94: 2012/08/02(木) 01:56:00.01 ID:4A9gQOVU0
久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その4

95: 2012/08/02(木) 02:02:31.77 ID:4A9gQOVU0

東2局、親、藤田 ドラ表示牌④(ドラ⑤)

北家  久  21400

東家 藤田 23700

南家 まこ 23700

西家 赤木 31200


東2局、絶妙な和了を見せた赤木の勢いは止まらない。

赤木「ポン……」

1順目、赤木は藤田の第一打西をポン

赤木「チー……」

次順、まこの①をチー



赤木「ツモ……」


赤木手牌

一二三ⅠⅡⅢ北 チー①②③ ポン西 ツモ北



赤木「チャンタ三色西、1300・2600だ」



僅か3順での和了。

さらに赤木これに加えて勢いそのまま次局東3局も5順で純チャンの三色同刻ドラ1、満貫を喰いあがる。



久(いやあ……こりゃひどいわね)
まこ(……チャンタってこんなポンポンあがれる役じゃったかのぉ?)
藤田(……)


――その速攻の速さたるや。


置いて行かれたように呆気にとられる3人に、手元の酒を1杯呷いで、煙草に火をつけ赤木は語る。


赤木「何もそんなに不思議なことじゃねえさ……。お前たちの捨て牌に俺自身のツモ……1順でだいたい4回牌を引く計

算……寧ろこのアガリは遅えくらいだ」


――鳴くってのはそういうことだろ?


何のことはないと紫煙を吹かす赤木の理屈はあまりの暴論。だがその暴論を通してしまう赤木の闘牌が、それを決して不

合理とさせない。


赤木「さて……」

赤木「今までは場が流れてきたが、これからは俺が親……」

赤木「止めてみな」


――できなきゃ氏ぬぜ……?


それは発破か挑発か――不敵な笑みを赤木は見せた。


96: 2012/08/02(木) 02:05:58.05 ID:4A9gQOVU0

東4局、親、赤木 ドラ表示牌Ⅳ(ドラⅤ)

南家  久  18100

西家 藤田 19100

北家 まこ 18400

東家 赤木 44400


まこ(いやあ、赤木さん……じゃったか?本当にとんでもない人じゃのう……。1回鳴くたびに場がまるで別人……)


――この場にいる者の中で赤木の鳴き麻雀に最も衝撃を受けていたのは、まこだった。

幼少の頃よりこの雀荘で麻雀に親しんできたまこは、長年見てきた膨大な麻雀の映像経験を打牌の理とする。

局面一つ一つに顔や表情のように印象があり、そういった過去のイメージと照らし合わせ、変化をつけたり相似を強めた

りすることで眼前の局面に柔軟に対応する理怪混合の闘牌がまこの麻雀だった。


そんなまこがこの3局で見たものは、一鳴きごとにカメレオンのように姿を変え、いつの間にか赤木和了の局面に最終的

にはなっているという、実にダイナミズム溢れる牌姿の流れ……。



――その鳴き一つ一つに和了のための意味があり、さながら光を放つよう……。


まこはかつてないほど色鮮やかな麻雀を目の当たりにしていた……。


97: 2012/08/02(木) 02:09:49.14 ID:4A9gQOVU0

まこ(テレビのチャンネルを切り替えるような手軽さで何の澱みもなく流れを変える……こんな鳴きをわしもいつかでき

るようになるじゃろうか……?)


まこ(……)


まこ(……っと、考え事をしとる場合じゃなかった。集中集中……)


まこ手牌

二三②⑧ⅠⅠⅡⅢⅤⅨⅨ北北 ツモ四


まこ(赤木さんの捨て牌は……っと)


赤木捨て牌

西五東⑥七南④ ポン東


まこ(しっかしまぁたワケのわからん鳴きをしおってからに……じゃがこの鳴きの後、一番早そうじゃった藤田プロはツ

モ切り連打……こん人手牌や山の中身でも見えとるんじゃろうか……?)


この局赤木、3順目に東を切ると合わせ打ちをした藤田の東をまさかの鳴き返し。

一見意味不明、無駄な鳴きだがその効果は目に見えて劇的だった。鳴かれた3順目以降の藤田はほぼ全てがツモ切り、逆

に赤木はだいたいが手出しで順調に手を進めているのが窺えた。


まこ(この様子じゃとまた赤木さんがあがることになりそうじゃなあ……じゃが)


まこはそっと掛けていた眼鏡を外した。

視界がぼやけ、見ているモノとは別のイメージが重なり溶けていく。


98: 2012/08/02(木) 02:13:25.89 ID:4A9gQOVU0


まこ(またチャンタじゃろうな……もう隠そうともしとらん……でも、3回も見せてもらった……このままの独走は絶対

にマズイ……ならば、精一杯の抵抗をさせてもらうけんのッ!)


今までの赤木の鳴きチャンタのイメージ、

過去の早和了鳴きチャンタのイメージ、

そして……あがれなかった早仕掛け鳴きチャンタのイメージ……。


重なっては混ざっていくイメージを俯瞰しながら、まこは現状の打開を開始した。


まこ、打四

まこ捨て牌

一九西南①四



次順赤木、ツモ切り打Ⅰ

まこ「ポン!」

まこ、Ⅰポンの打三

まこ「もう一個、それもポン!」

まこ、さらに次順の赤木のツモ切った北をポン、打二


まこ手牌

②⑧ⅡⅢⅤⅨⅨ ポンⅠ ポン北


まこ、鬼気迫る2副露。己の才気を尽くし、鉄を打つように場の変化を促した。


99: 2012/08/02(木) 02:16:13.91 ID:4A9gQOVU0


赤木(ん……?)


赤木手牌

一一七九①②③ⅠⅡ(Ⅴ) ポン東 ツモ四


赤木、鳴いてから初めての完全な無駄ヅモ。それはチャンタに全く関係のない牌、四萬。


――通常ならばこれはたった一度の無駄ヅモ、気に留めるほどのものではない……。

――しかし上家の二副露直後の無駄ヅモという事実が赤木に自身の流れの澱みを予感させた。


赤木(こっちの眼鏡の嬢ちゃん……狙ったんだとしたら随分と大したもんだ……流れの見えてる鳴きはまるでベテラ

ン……経験がなきゃ出来ねえ……ふふっ、こちらもまた非凡てことか)


赤木は周囲に悟られない程度に笑みを浮かべた。

久もまこも、その才をはっきりと自分に見せつけてくる。


――挑んできているのだ。

――ならば、真摯に迎え撃たなければならない。そして、その価値はある……。


赤木(いいぜ……!どこまで本物か、どこから未熟か、見定めてやるさ……)


100: 2012/08/02(木) 02:20:16.63 ID:4A9gQOVU0


赤木ツモ切り、打四


次順、まこ手牌

②⑧ⅡⅢⅤⅨⅨ ポンⅠ ポン北 ツモⅤ


まこ(よしっ、混一一直線ズバリのツモ……しかもドラ!流れっちゅうもんがあるなら、間違いなく来とる……。記憶の

牌譜ともそれなりに一致しとる……いけるか?)


まこ打②,一向聴


まこ捨て牌

一九西南①四三二②


赤木(ククッ、そろそろ張ったか?まぁ、どう少なく見積もっても一向聴ってとこか……いい感じに流れを持っていかれ

たな……おもしれえ)


赤木手牌

一一七九①②③ⅠⅡ(Ⅴ) ポン東 ツモ北


新たなツモ牌は先ほど捨てて鳴かれた北。

そのままツモ切っても問題ない牌であるが、赤木、これをいったん手牌に仕舞い込む。


赤木(さて、これはどう捌く?)


101: 2012/08/02(木) 02:22:48.43 ID:4A9gQOVU0


赤木、打(Ⅴ)、ダブドラの赤五索


まこ「ポン!」


まこ(張った!Ⅰはポンして1枚しか残っとらんが、Ⅳはまだ1枚も場に出とらん……ここにきてこれを鳴けるとは運が

いい……!)


まこ(Ⅴ)ポン、打⑧


まこ捨て牌

一九西南①四三二②⑧

まこ手牌

ⅡⅢⅨⅨ ポンⅠ ポンⅤ ポン北


まこ、混一北ドラ4聴牌、Ⅰ、Ⅳ待ち


赤木(当たらなかったか……なら……)


赤木ツモった牌をしまい、打北。


そこから完全な膠着状態。しばし全員ツモ切りの状態が続いた。


102: 2012/08/02(木) 02:24:28.14 ID:4A9gQOVU0


まこ(うーん、最後の一押しが効かんのぉ……聴牌に急ぎ過ぎたか?このままじゃわしが不利……どうか皆のツモ切りが

続いているこの間に……来いッ!)


まこ手牌

ⅡⅢⅨⅨ ポンⅠ ポンⅤ ポン北 ツモ八


しかしまこの願い空しく、またも無駄ヅモ。


まこ(かー、こんかぁ……)


まこ、ノータイムでツモ切り。それは場がツモ切りで続いていたことへの安心……。


……そこを狙われた。


103: 2012/08/02(木) 02:25:54.37 ID:4A9gQOVU0


赤木「ロン……」


和了宣言は赤木


赤木手牌

一一七九①②③ⅠⅡⅢ ポン東 ロン八


赤木「チャンタダブ東、5800だ」


まこ(なっ!?最後の手出し……張っとったか……。失敗した……あの赤五索は鳴かずが正解じゃったか……)


104: 2012/08/02(木) 02:28:23.35 ID:4A9gQOVU0


赤木「流れがあるときに無闇に鳴くのは手を頃すぜ……?ちょっと気張りすぎたな……」


――薬も行き過ぎれば毒になる……。


赤木「気負い、恐怖……いらぬ感情はそれだけ自分を勝ちから遠ざける……狙い撃ちさ……そんな心は」



――勝利に必要なものは平常心。

――通常の自分から遠ざかれば遠ざかるほど、それは勝ちと遠ざかることと同義。



赤木「2副露までは効果的だったが、3つめは余分……あれは当たっておくべき牌だった……ククッ、始める前の一言が

効いたか?」




――ここからは俺が親……。

――止めてみな……できなきゃ氏ぬぜ……?



105: 2012/08/02(木) 02:32:03.36 ID:4A9gQOVU0


藤田(格上の相手にああ言われたら、こちらも必氏になって流しに行くしかない……)

藤田(何気ない発破掛けだと思ったら……)


場の流れ、和了に対するセンス。危機への察知、曖昧を許さぬ一種独善的ともいえる判断力。


――垣間見える赤木しげるの能力はいずれもが一級……。

――しかし最も恐ろしいのはその人心掌握術……対局者を見抜き、制限し、操ろうとするその手腕……。


かつて『いつの間にか向けた刃が持ち手に変えられている』とまで言われ、あやかし化生と罵られるほどの手並みこそが

最も注意すべき能力。



赤木「さて、続けるぜ……1本場だ」




関門、東4局……続行!




東4局0本場終了

南家  久  18100

西家 藤田 19100

北家 まこ 12600

東家 赤木 50200



119: 2012/08/11(土) 21:02:08.37 ID:ZhDFJ3lh0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その5

120: 2012/08/11(土) 21:07:01.18 ID:ZhDFJ3lh0

あ、また間違えました。東4局1本場です


点数の推移


東1局終了時
久  21400(-3600)
藤田 23700(-1300)
まこ 23700(-1300)
赤木 31200(+6200)


東2局終了時
久  20400(-1000)
藤田 21700(-2000)
まこ 22700(-1000)
赤木 35200(+4000)


東3局終了時
久  18400(-2000)
藤田 19700(-2000)
まこ 18700(-4000)
赤木 43200(+8000)


東4局0本場終了時
久  18400(±0)
藤田 19700(±0)
まこ 12900(-5800)
赤木 49000(+5800)


確認したつもりではあるのですが、自信がありませんのでまた間違っていたら指摘お願いします。

121: 2012/08/11(土) 21:09:43.84 ID:ZhDFJ3lh0

藤田(どうしたものかな……)


藤田手牌

一一四四⑧⑧ⅤⅤⅨ北北南南 ツモ九


藤田(下手な仕掛けじゃ久や染谷の二の舞だな……まさかこの二人が揃って初見で転がされるとは思わなかった……)


藤田が赤木に言った言葉に偽りはなく、久とまこの実力は決して低くない。

藤田も詳しい事情までは知らないが、久が団体戦にこだわりを持っていることから個人戦の大会に出場していないことは

知っている。だが、時と場所さえ得れば全国の猛者たちと鎬を削れるだけの実力がある――より直截的に言えば、二人は

実力的に高校生の中では上から数えた方が早いのだ。

故に、その二人の仕掛けを様子見無し、初見で看破して正面からあしらって見せた手並みは少なからず藤田を驚かせた。


122: 2012/08/11(土) 21:21:03.91 ID:ZhDFJ3lh0


藤田(私もさっきは一鳴きでツモ悪くされたな……いや、あれは赤木さんが流れを変えたとばっちりを受けただけか? 

だがいずれにしろどうやら赤木さんは流れを信じるタイプの打ち手のようだ……)


鳴けば部屋の空気を入れ替えるように場の状況を変える、何か別なものが見えている典型的な証左。


藤田(……が、先見性の確度がそん所そこらのとはワケが違うな……。手牌も流れも完全に見えているとしか思えないほ

どに自由自在……加えて場に対する柔軟性……典型的なオールラウンダーだな……厄介な……こういう手合いは対策はし

にくいのに向こうは対策をしてくるんだよな……)


藤田(そして東1局から4連続和了で流れは完全に向こう……。まだまだ流れはありそうだな……この局は誰も動けず中

盤に来てしまった……)


無理に鳴いたとしても和了れなければ意味はない。親を流さなければならないのだ。

久やまこが張っているならば差し込めばいいが、二人の様子を見る限り聴牌しているようには見えない。


藤田(だが局の終盤まで縺れ込むと不利になっていくのはこちら……途中からもしやとは思ったが、やはりあの急いたよ

うな速攻の喰い和了りにも意味はあったか……東場でこれとはな……)


藤田、周囲の河を見回し、打Ⅴ。

聴牌を崩す。


123: 2012/08/11(土) 21:25:26.04 ID:ZhDFJ3lh0


藤田に違和感を生じさせていたもの――それは赤木の和了り方。

始めはチャンタ手ばかり作る赤木の手を、藤田はそういう偏りの打ち手だと思っていた。

プロの中にも、そういったどこかしら『偏った』打ち筋の手合いは決して少なくない。

それは特定の場に強かったり、特定の役を多く上がったり、特定の牌が集まりやすかったりと、その種類は実に千差万別

であるが、何かに祝福されているように限定された条件下で強くなる打ち手というものは多く存在するし、藤田自身もそ

れらの打ち手と対局したことが多々ある。

寧ろ、藤田自身どちらかと言えばそちら側に分類される人間だろう。故の二つ名。

チャンタをあっさりと和了っていく赤木を見て、藤田はまず最初にそういった偏りの可能性を考えたが、それは結果的に

初動の遅れに繋がることとなり、内心忸怩たる思いを抱く結果となった。

というのも、基本的に特定の役で和了る打ち手というのは総じて、『役に必要な牌が来る』からその役で和了るのであ

り、鳴く必要などほとんどない。加えてこういった種類の手合いは、自分に有利な条件では信じられないような強運を発

揮するが、それ以外の場合にはその限りではない。そういう時の彼らの打ち筋は基本的にオーソドックス――悪く言えば

人並みの、打ち方をするものだ。


――滅多なことでは今回の東1局のようなアクロバティックな和了り方はしない。否、できない。


この一点に気付くのが遅かった。東1局、赤木はチャンタを崩して嶺上開花を和了っているのである。


――導き出される答えは単純至極……つまり今までの和了り方は全て恣意的なもの。

――つまり赤木のチャンタ、ただの決め打ち。



124: 2012/08/11(土) 21:32:12.88 ID:ZhDFJ3lh0


藤田(さっき久が何かをツモ切りしようとして慌ててしまったな……気づいたか?)


藤田がツモる直前、久が何の気なしにツモ切ろうとした牌を寸前で別の牌と入れ替えた。

当然、藤田にその牌は見えなかったが、なんとなくはわかる気がした。


藤田(いや、恐らくはまだ漠然とした違和感のようなものだろうな。染谷の方はどうだ?つかまされれば気づくか

ね……)


案の定、直後にまこもそのツモ牌に顔を顰め、河を二度三度と確認すると、仕方なさ気にツモ牌を手に収めた。


そして赤木……。


赤木「誰か振り込むと思ったんだがな……それなりに露骨にやったにしろ、察しがいいもんだ……だが、確かに今回は止

めて正解……」



――ま、止めてもアガレなきゃ無意味だがよ。



赤木手牌
一一二二三三七八①②③北北 ツモ九


赤木「ピンヅモチャンタ一盃口、4100オールだ」


この順目、久とまこが引いていた牌も九萬。つまり最後の九萬である。

和了手、そして赤木の言動から、ようやく藤田に一手遅れて久とまこも赤木の目的に気付かされる。


藤田(こうなるよな……東場は見と思っていたが、駄目だな……。もう動かないとまくるどころの話ではなくなる……飛

ばされて終わりだ)


藤田(しかし手を抜いているわけではないんだろうが、どうもまだ遊ばれている気がするな……わざわざ手の内を明かす

ようなことを言っているし……いや、それも計算の内なのか? だがまあ、いずれにせよそろそろ意地を見せないと表プ

ロの沽券に関わる……というより私の矜持が砕け散る。気合を入れていかないとな)



努めてポーカーフェイスを装いながら、カツ丼片手に藤田は次局以降の戦略に思考を巡らせていた。



東4局0本場終了時
南家  久  14300(-4100)
西家 藤田 15600(-4100)
北家 まこ 8800 (-4100)
東家 赤木 57300(+12300)


133: 2012/08/31(金) 22:35:13.94 ID:sKE0XWUw0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― 幕間

135: 2012/08/31(金) 22:38:44.78 ID:sKE0XWUw0

和「チャンタの意味……ですか?」



――ところ変わって清澄高校麻雀部部室。


全員の手には赤木と対局した時の牌譜が印刷して配られている。

この牌譜は対局している時に記録していたものではないが、まこが捨て牌を覚えておけるので、各人の手の最終形を対局

後に聞いておけば、牌譜の作成はそう困難なことではなかった。


136: 2012/08/31(金) 22:43:14.50 ID:sKE0XWUw0
>>134
お待たせして申し訳ないです。これほど間が空くことは恐らくもうありません






久「そう、赤木さんは東場のほとんどをチャンタ系の役で和了っているけれど、これは別に偶然でもなんでもなく、ちゃ

んと理由があるの」


京太郎「それって、つまり決め打ちってことですか?」


久「ええ、このチャンタは手なりでできたものじゃなく、狙って作られたものよ。……そうね、みんなこのチャンタの和

了り方を見て何か感じたことはある?」


和「なぜ待ちの悪くなりやすいチャンタという役で決め打ちをするのでしょうか? 随分と非効率的な気がしますけ

ど……」


優希「決まった役で和了るとか咲ちゃんの嶺上開花みたいだじぇ!」


京太郎「あー確かに咲っていうと嶺上開花、って感じだもんな」


咲「えっそうかな? ……うーん、うまく言えないけど、このチャンタは私の嶺上開花とはなんか違うような気がする

よ……」


清澄高校麻雀部のメンバーで変則的な戦術と言えば、久の悪待ちと咲の嶺上開花が真っ先に思い浮かぶ。

故にチャンタという特定の役で和了る赤木の打ち筋を見て、同じく特定の役で和了る咲を連想するのは自然な流れである

が、しかし当の咲本人はこれに違和感を覚えていた。



137: 2012/08/31(金) 22:47:17.70 ID:sKE0XWUw0


まこ「おっ、咲はええ勘しとうの。確かに、赤木さんのチャンタとお前さんの嶺上開花の役割は全くの別もんじゃあ」

優希「役割?」

久「赤木さんのチャンタと咲の嶺上開花はアプローチの方向が逆だからね」

久「咲の嶺上開花は槓の結果だけど、これは基本的に自分が和了るためのものでしょう? でも、赤木さんのチャンタはど

ちらかというと自分が和了るよりも相手、その行動の制限が主なのよ」

和「相手の行動の制限……ですか?」

久「そっ。和、麻雀に勝つためにはどうすればいいと思う?」

和「えっ? えーと……」


突然の久の質問。内容は実にシンプルで理解に易いものだが、それ故に和は答えに窮した。

大なり小なり運が絡む以上、麻雀に絶対はない。ならば、絶対の勝ち方も同時に存在しない筈なのだ。

それがあるならば、かつてまこの店で藤田に伸された後、咲に強くなればいいと啖呵を切った和、その時のどうやって強

くなれば良いかという問いにも応えられたのだ。

故の、戸惑い。


138: 2012/08/31(金) 22:49:09.12 ID:sKE0XWUw0


久「そう難しく考えることはないわ。もっと簡単でいいのよ。じゃあ、優希はどう?」

優希「ならアガってアガってアガリまくることだじぇっ! これなら振らないから当然勝てるじょ!」

久「そう、それで大体正解ね。和は多分どうやってそれをやるかまで考えちゃったんでしょうけど、確かにそこまで考え

ちゃったら答えは出ないわ」


久「麻雀に勝つには誰よりも早く和了ればいい。でも、当然常に自分が相手より早いなんてことはありえないわ。だから

次に重要なことは振らないこと、なんだけど……実はもっと良い方法があるのよ」


和「そんな方法があるんですか?」

久「まあ難しいから誰にでもできるわけじゃないけどね。けどこれは和がチャンタに感じた違和感に対する回答でもある

わ」


和「?」


久「牌効率を求めたり捨て牌を読んだりってだけが麻雀の理ではないってことよ。何故、チャンタという役を赤木さんが

手作りの中心にしたのか……」


139: 2012/08/31(金) 22:52:49.46 ID:sKE0XWUw0


久「――そうね……では須賀君、問題です。チャンタに使える牌は何種何牌でしょう?」

京太郎「うえっ!? お、俺っスか?

京太郎「えーっと……使えるのは一九字牌だから……1…………2………………じゅっ、13種52牌?」

咲「……京ちゃん、それ混老頭の場合だよ」

久「ふふっ、まあ期待はしてなかったわ」

久「正確にはさらに2378の数牌も含めて25種100牌ね」チョッ!?ブチョーソリャナイッスヨー

久「一方でタンヤオに使える牌の数は21種84牌。柔軟性に差があるから忘れがちだけど、タンヤオと比較するとチャ

ンタに使える牌の方が多いのよね」サスガキョウタロウ。イヌニフサワシイオツムダジェ!


まこ「ほんで、じゃ。赤木さんのような実力のある打ち手がチャンタを前面に押し出すとどうなるか……」ナ、ナニオウ!?オレダッ

テマチガエルトキグライアラアッ!


和「ッ!?」ハッハッハ、イヌガホエテモタダノマケイヌノトオボエダジョ

久「お、その様子だとわかったみたいね。さすが和、筋道だった思考は早いわ」ムムム・・・

和「行動の制限についてはおおよそわかりました。けど、やっぱりチャンタの和了ありきという印象がありますし……」ナ

ニガムムムダジェ!


久「そうね。でも、本来は今回みたいに毎度和了る必要はないの。要するにチャンタを強く意識させることができればい

いわけだから。今回は半荘1回勝負ってことで東場からガンガン和了って言ったみたいだけどね。まぁそれでちゃんとチ

ャンタを作れるあたりが赤木さんのわけわかんないすごさなんだけど……って」フ、フタリトモヤメナヨオ・・・


久「こーらっ、そこ、いつまでもじゃれてないでちゃんと話聞きなさいって」


言い争いといっても本気で喧嘩をしているわけではない。久の鶴の一声ですぐに場は収まってしまう。


140: 2012/08/31(金) 22:55:28.95 ID:sKE0XWUw0


久「で? どこまでちゃんと聞いてた?」

京太郎「えーっと……要するにチャンタの方が使える牌が多いってことですよね?」

久「要点としてはそうね。なんだ、意外に聞いてたのね」

優希「つまり……どういうことだじょ?」

和「使える牌が多いということはそれだけ待てる牌が多いということです。しかも、チャンタに使う牌のほとんどは基本

的に捨てられやすい牌。そして、チャンタを中心に手作りをされると、終盤に近づくほどその捨てたい牌を捨てづらくな

る、という状況に陥るわけです。そうですよね、部長?」


久「そう言うこと。実力の低い人ほどその影響を受けるでしょうけど、問題はこれが決め打ちだってこと。赤木さんはい

つでもチャンタを止められる。チャンタと見せかけて中張牌で討ち取る、なんてこともできる。こうなったらもう読みに

自信のなくなった人は現物しか切れなくなるわけで、あとは赤木さんの一挙手一投足に踊らされるだけね」


久「これが振らないよりもいい方法ってことよ、和。相手が自分より早くても、その行動を制限してしまえば良い。そも

そも相手を降ろしてしまって、あとは自分で悠々とツモ和了ってしまえば良いの」


和「なるほど。確かに、宮永さんの嶺上開花とは全く違いますね。嶺上開花は槓による偶然役ですから、せいぜい生牌に

対する拘束力しか持ちませんし。本来なら捨てられる牌を捨てづらくするという点では、どちらかというと部長の悪待ち

リーチの方にニュアンスが近い感じですね」


まこ「そうじゃのう、部長がリーチすると通りそうってだけじゃあうかうか捨てられんようになるから、確かにその辺は

似とるかもしれん」



141: 2012/08/31(金) 22:57:52.59 ID:sKE0XWUw0


久「っとまあ、このように、赤木さんは必ずしも感覚だけで打つ人じゃない。東場は赤木さんの理を積み上げていった展

開になった……。でも、やっぱり赤木さんの恐ろしいところは、そういった理もあっさり捨てられるところかしらね」


咲「理を、捨てる……」


まこ「東1局がいい例じゃ。赤木さんはわざわざほとんどできていたチャンタの形を崩して、和了れなかったら和了目の

ほとんど無くなる槓をしとる。しかし結果は部長の一発和了を封じて赤木さんが和了った。そこしかないという細い選択

肢。あん人は平然とこういう選択ができるんじゃ。しかも通すからたちが悪い」


久「それじゃあ、そろそろ後半の話に移っていきましょうか」


142: 2012/08/31(金) 23:01:07.19 ID:sKE0XWUw0


―― roof–top


藤田「しかし随分と手馴れているように見えますけど、長いんですか、この戦術?」


赤木「ん? ……あぁ、チャンタのことか。どうだろうな、結構長く使っているとは思うが、いつ頃から始めたかまでは覚

えてないな……」


藤田の質問に僅か首を傾げ、記憶を探る素振りを見せた赤木であるが、すぐに濁した答えを返した。

元々思い出す気もなかったのかもしれない。


赤木「ただ、方法は違えど俺の麻雀は昔からやることは変わっていない。それが結局チャンタを中心に使うことに収まっ

ただけでな」


相手の本質を読み、人を制して、流れを掴む。

赤木が勝負において常に行ってきたこと。そして、勝利してきた。


赤木「便利なんだよな、チャンタってのは。計るのと縛るのが、いっぺんにできる」

久「計ることと、縛ること……ですか?」


143: 2012/08/31(金) 23:04:37.75 ID:sKE0XWUw0

対局している3人ともが、わざわざ言わずともその目的語を悟ることができる。


相手の実力を計る。

相手の行動を縛る。


その重要性を理解できない者はいないが、赤木はそのために役を限定して自分の行動を制限している。


しかし、これらは普通に打っていてもできることであり、そして普通に打っても赤木の実力ならば問題なく勝負に勝てる

であろうことは、現在の点棒が示している。


チャンタ系の役は聴牌形が嵌張、辺張、双碰といった枚数の少ない悪い待ちになりやすい。また、仮に両面待ちになった

としても中張牌を引いてしまえばチャンタはつかず、これも結局は嵌張、辺張と同様である。


故に平和は複合しづらく、役牌やドラが無ければ打点も伸びない。


さらに今回は赤アリのルールである。端よりも中に寄せる方が圧倒的に打点は高くなりやすい。

通常のドラに加えて赤ドラが4枚、単純計算で一人2枚弱のドラが来る計算。

単騎待ち純チャン三色を門前でツモ和了るのも、三面張メンタンピンにドラを2つつけてリーチしてツモれば同じであ

る。加えて、チャンタでは後半赤ドラを放銃する危険性も出てくる。



――明らかな不合理。



わざわざ無理の出る打ち方をすることに意味があるのか。


赤木のチャンタの支配、有効性を実感しつつもやはり3人ともその非効率性に違和感を感じざるを得ない。

久の疑問形にはそういったニュアンスが込められていた。



144: 2012/08/31(金) 23:06:43.34 ID:sKE0XWUw0


赤木「……俺たち博徒ってのはバカな生き物でよ、始めは小さいものを賭けているつもりでも、だんだんと歯止めが効か

なくなってくるもんさ」


赤木「すぐに賭けるものは自分の分を超えた大金になって、最後に乗せるチップは自分の命……。――自分からそういう

状況に突っ込んでいくバカもいるし、知らぬ間にそういう状況に陥っていることだってある」



――そして、そういう勝負に生きがいを感じる奴だっている……。



生氏の境界線上を歩き、常に自ら理不尽に飛び込んでいく人生だった。


赤木「……そういうもんさ、博徒ってのは」


赤木「確かにある程度のレベルになれば相対しただけで相手の実力、その強弱のおおよそは知れる。……知れるが、それ

だけじゃ足りねえ」


麻雀には技術だけではどうにもならない要素が存在する。それは確かだ。

しかし、その現実に甘んじることはいずれ確実に自分の身を焼くことになる。容易に氏に繋がる。


そうならないためには――勝つためには、不確定要素さえ御さなくてはならない。



――俺たちはついたつかないで麻雀をやっちゃいけねえのさ……。



145: 2012/08/31(金) 23:09:52.67 ID:sKE0XWUw0


赤木「重要なのは相手の本質をしっかり見極め、勝つ形を作ること……。今回はたまたま点棒が入っているが、こんなも

のはただの泡銭さ……必要ない。勝つ土台さえしっかり組み上がっていれば、この点差が逆でも問題はないんだ」


卓を囲む3人は知る由もないが、かつて実際に7万点差を2局で逆転したことのある男の言葉。妙な説得力があった。


赤木「このチャンタはそのための基礎工事。だがまぁ、そろそろこんなバカな打ち方もやめさ……2本場、行くぜ」



――それはつまり、チャンタに縛られない自由な赤木の打ち筋が始まるということ。それは今よりも必ず対応しにくいも

のとなる……。




2本目の供託棒を場に出して、赤木しげるは不敵に笑った。




152: 2012/09/07(金) 18:48:25.47 ID:P5I8rMpw0


久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その6


153: 2012/09/07(金) 18:50:57.76 ID:P5I8rMpw0


藤田(ついたつかないで麻雀をしてはいけない……か、至言だな)


裏プロほど血生臭さはつかないが、この言葉はまさに表のプロにも当てはまる。

どんなに配牌が悪い時でも、ツモが悪い時でも、勝たなければならない試合というものは存在するのだ。

運が悪かったから負けた、ならば仕方ないとはならない。それで許されるのはアマチュアまで。



――麻雀のプロは麻雀をするのが仕事ではない……。

――麻雀で勝つのが仕事なのだ……。



154: 2012/09/07(金) 18:53:36.39 ID:P5I8rMpw0


そのために、それぞれが自分の勝てるプレイスタイルを確立する。

悩み、磨いたもので勝つからこそ、人を惹きつけることができる。


藤田(で、その赤木さんの勝つためのチャンタは終了、か……)


――便利なんだよな、チャンタってのは、計るのと縛るのが、同時にできる……。


相手の実力を計り、行動を制限するツールであるチャンタを止めるという赤木の宣言。

それはつまり相手の実力を見定めた、仕込が完了したということを意味する。


藤田(――なら、やっぱり妙だよな……)


155: 2012/09/07(金) 18:56:39.70 ID:P5I8rMpw0

久もまこも、赤木に一度仕掛けた。チャンタに対する反応の機微も確かめた。

どの程度の実力でどの程度のことができるのか……。

この2人に関して、おおよそを赤木は確かに計り終えたと言って良いだろう。

藤田の眼から見ても、赤木は判断材料を得たと見れる。



――故にチャンタを止める宣言かといえば……答えは否である。



赤木は全てを計り終えていない。

言わずもがな、それは藤田自身。

藤田はこの東場、ほとんど何もしていない。ただ息を潜め、赤木の打ち筋を見ていただけである。

藤田自身、赤木にいろいろと悟られないよう気を付けてもいた。

赤木はチャンタを引き払う段階に至ってなお、藤田の正体を掴むことができていないのだ。



――俺の麻雀はやることは昔から変わっていない。

――重要なのは相手の本質をしっかり見極め、勝つ形を作ること……。



ならば、なぜ今の段階でチャンタを止めるのか。

この地点から、藤田は思考を回転させる。


156: 2012/09/07(金) 19:00:46.96 ID:P5I8rMpw0


藤田(まぁべつにチャンタの決め打ちを止めるというだけでチャンタ自体を止めるわけではないだろうし、必ずしもチャ

ンタを使って相手を計る必要もないわけだが……それをわざわざ伝える必要は無いんだよな)


極端な話、チャンタ以外の手で和了ってからチャンタを止める宣言をすれば良いのである。

現に、東1局はチャンタ以外の役で和了っているのだから、チャンタに手役を限定すると約束をしているわけでもない、

このことに何も問題はない。

むしろ、赤アリのルールではチャンタよりも中張牌で役を作る方がドラの関係上、手が高くなりやすい。

奇襲的にチャンタ以外の手で直撃すれば、それで飛ばして終了ということもあり得た。

赤木は親であるから、たとえばタンピン三色ドラ2の跳満を作れば誰から直撃しても飛ばすことができる。



――何故その危険性を知らせる必要性があるのか……?



注目すべきは、赤木はこの対局にて助言らしきものを行うことはあっても、何一つ自分の不利になることは言っていない

ことである。


というよりも、この発言には間違いなく裏がある。少なくとも藤田はそう感じていた。

いくら格下相手だとはいえ、勝負をする以上赤木しげるが隙を見せることなどあり得ないのだ。

易々と脇が甘くなるような人物が、一度の敗北で大騒ぎされるような博徒になれるはずがない。



――このとき藤田の脳裏にある仮説。



157: 2012/09/07(金) 19:03:09.54 ID:P5I8rMpw0


藤田(動くと決めた以上、座して動かずという選択肢はない。とりあえずは私の考えが合っているか、確認だな……)


藤田(というよりも、私の読みが当たっているならば、動かない方がマズイ。タイミングがいいから試金石にってとこだ

ろう……動くにしろ動かないにしろ、これで私の評価が決まるんだろうな……)



――つまり、試されてるってワケだ……。



試されるなど何年振りか。

プロになれば大体似たような面子で卓を囲むようになり、初見の相手と戦う機会は減っていく。

そもそも表の世界の公式手合いは、アマチュア・プロ関わらず牌譜が残るのだ。

実戦でわざわざやらなくても相手を探る、研究することは容易で、実戦で行う部分は詰めの部分のみ。

だからか、こういった駆け引きはむしろ新鮮味を藤田に感じさせた。


藤田(いいでしょう、乗りますよ。ただし……)



――当然、その目測は上回らせてもらいますけどね……!



158: 2012/09/07(金) 19:12:45.64 ID:P5I8rMpw0


東四局二本場、ドラ表示牌一(ドラ二)


5順目、藤田手牌

一三五八九②③ⅢⅣ(Ⅴ)Ⅵ東中 ツモ西


藤田捨て牌

西⑨白北


まこ捨て牌

⑨六⑤四


赤木捨て牌

Ⅶ⑤四八北


久捨て牌

⑨Ⅰ白西八



藤田(ふむ……)

藤田(赤木さんはまた気味悪い捨て牌を……またチャンタか? 久がターツは揃った、といった感じだな。染谷は索子の染

め手寄り……ならば)


藤田、打(Ⅴ)


まこ「……チー!」


まこ、若干の逡巡ののち、これを副露。


まこ、打二


159: 2012/09/07(金) 19:20:17.73 ID:P5I8rMpw0


次順


藤田手牌

一三五八九②③ⅢⅣⅥ東西中 ツモ七


藤田、打東


まこ「ポンっ」

まこ、打南


久「ポンっ」


藤田(おっ、久のやつ空気を読んだな。まぁ飜牌だし赤木さんのツモが飛ばされるのは好ましいってところか。最後は、

ここらへんか……?)


藤田、打中


まこ「ロン」


藤田(ビンゴ)


まこ手牌

ⅧⅧ中中 チー(Ⅴ)ⅣⅥ ポン東 ロン中


まこ「混一東中赤1,8000の2本場は8600です」


藤田「はいよ」


160: 2012/09/07(金) 19:24:22.05 ID:P5I8rMpw0


藤田(やはり、な……)


半ばオートマティックにまこへ点棒を支払う間、藤田は自身の読みが当たっていただろうことをほぼ確信していた。



藤田(チャンタを止めるってことは、言い換えれば端牌だけじゃなくて中張牌にも気をつけろってことだ)


藤田(今までほとんどの局を10順と掛からず和了ってきた人が言うことだ……河が怪しくなってくれば他家は警戒せざ

るを得ない。当然、警戒すれば手は遅れざるを得ない……のだが、流れに乗って勝っている人間がなぜ他家の手を遅らせ

なければならないのか)



これは必ずしも石橋を叩いて渡るような慎重を期しての行動とはならない。

流れがあるならば聴牌は誰よりも早いのだ。変に他家を刺激して堅くしてしまえば、零れる牌も零れなくなる。

それは和了を遅らせ、結果的に自身の流れを抑制してしまいかねない。

しかもチャンタを止めるのだ。牌選択は自由になり、今までより聴牌はさらに簡単になる。待ちも自在になるのだ。



――なぜ他家をあらかじめ牽制しなければならなかったのか。それはつまり……。



藤田(役に拘らず、さらに他家の手を遅らせなければ和了りが儘ならない状態なんだ)



161: 2012/09/07(金) 19:28:49.77 ID:P5I8rMpw0


藤田(ポイントは東4局1本場だ。門前ということもあるが、赤木さんが和了ったのは中盤以降……。そして、あのとき

全員が赤木さんの和了牌を掴んだが、あれは逆に考えれば掴んだのではなく、他家に流れてしまったのではないか……)


物事には常に表裏、虚実がある。

一見同様の事象でも、その実情はまるで正反対ということは多々あるのだ。

この場合、高めチャンタの和了牌を三人ともが掴まされたのではなく、その実は高目の和了牌を三人に握りつぶされかけ

たのだとしたら……。


藤田(逆だ。今、赤木さんの流れは衰退しているんだ。恐らく予想以上に染谷に流れを乱されていたに違いない)

藤田(ならば当然、こちらが3人で手作りをすれば早さで勝てないわけがない)


現にこの局、藤田のまこへの援護、差し込みに赤木は何もできていない。

見逃し、静観か……否。

あと1、2回和了れば誰かを飛ばして勝てるのだ。何かできるならやらない方がおかしい。

この局、赤木に藤田を邪魔する手段はなかったのだ。


162: 2012/09/07(金) 19:31:42.43 ID:P5I8rMpw0


――これが藤田の強さ。


今までの推論は合理的な思考に見えて、その前提は流れというオカルトの存在である。

オカルトを受け入れ、それを含めて論理を展開できる柔軟性。


これは藤田のプレイスタイルに起因する。

藤田のプレイスタイルとは『まくり』。

そして、逆転に採れる手段というものはいくつかあるが、その中で最も低い点数で済むのはデバサイ――トップからの直

取りである。

特定の相手を狙い撃つために必要なことは、その相手の打ち筋を理解すること。

全ての相手がデジタルではない。全ての相手がオカルトではない。

また、全ての相手がその両極に存在するわけではないのだ。

麻雀の理は一人一人で違う。

それを受け入れ、呑み込む技術。



――『まくりの女王』藤田靖子。



その技術がプロの中でもトップクラスであることを示す、藤田の誇りである。


藤田(さて、これで私は4位だ。点差はかなりキツイが、これは勝つための必要条件……頑張ってまくるとしますか)


徐々に研ぎ澄まされていく自身を感じながら、藤田は空になったどんぶりをさらに一つ重ねた……。



164: 2012/09/07(金) 19:38:22.10 ID:P5I8rMpw0


赤木(十分だ……)

赤木(何もしてこないようなら、これでしまいだったんだがな……ククク)


赤木手牌

四(五)七七④④(⑤)(⑤)⑥ⅣⅤⅥ発


赤木、タンピン赤3の一向聴。

高目ならば三色・一盃口がついて、その実、リーチを掛ければ直撃どころかツモで終了しかねない手だった。


赤木自身、誰の動きもなかったのならばこの局で終わらせる確信があった。

しかし、現実は違う。


赤木(藤田さん、つったかな。手を崩した時にちらっとだが四索と六索が見えた。あの五索は手ができて切った牌じゃな

い。自分の手が伸びないと悟るや即座に差し込みに行ったか……。いい見切りだ。勘もいい。最短の援護だった)



――人は危機に直面した時、その本質が垣間見える。

――進むか、退くか……。

――立ち止まり、保留するか……。



藤田は迷わず動ける人間だった。

それだけ理解できれば、十分。


赤木(しかしまぁギラギラして……まるで原田だな)


隙あらば殺る、という覇気を隠しもしないどころか、段々と強くなっている。

肉食獣や抜身の刀を思わせる雰囲気は、赤木がかつて鎬を削った西の首領を彷彿とさせた。


――まぁ、堅気の分こちらの方がかわいげがあるか……。


忍び笑いを隠すように、赤木は一服吹かした。


赤木(さて、これで俺の流れは消えたな。攻守が切り替わる……)


何を見せてくれるのかと、南場へ赤木は期待を馳せた。


東4局2本場終了時

南家  久  14300

西家 藤田 7000 (-8600)

北家 まこ 17400(+8600)

東家 赤木 57300



182: 2012/09/13(木) 18:41:39.12 ID:XnFNZEd10


久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その7

184: 2012/09/13(木) 18:43:47.03 ID:XnFNZEd10

南1局0本場、親久、ドラ七(ドラ表示牌六)


久(やっと、赤木さんの親が終わった……)


思わずといった感で、久は内心で安堵の息をついていた。

赤木の親は3回だったが、それまで全ての局を赤木が和了っていたために、もっとずっと長く続いたように感じさせた。


久配牌

四五六③(⑤)⑦ⅠⅥⅧⅨ東西白北


久、打北


185: 2012/09/13(木) 18:47:00.70 ID:XnFNZEd10


――何より全く底が見えなかった。


正直、このまま誰かが飛ぶまで和了られ続けるかもしれないと、頭の片隅で久は思っていたのだ。


通常の麻雀において、誰かが飛ぶまで一人が和了り続けることなどそうそうないことであるにもかかわらず久がそう感じ

てしまったのは、今日の相手がその通常の枠に収まらないからである。


久(早さは勝てない、鳴いてもダメ、場を乱そうにもまこがやられちゃうんじゃあ私がやっても難しいでしょうね……)


途中から、赤木からは直撃を取ることはできないだろうということはなんとなく悟った。

恐らく、リーチでもしていなければこの人が他家に振ることはありえない、と。


ならば、和了にはツモしかないのだが、赤木はこの対局中、無駄ヅモはあっても裏目ることはただの一度もなかった。

それはつまり和了への最短を行くわけであるから、それは早い。鳴けば尚のことである。


だが、鳴いてツモ順や場の雰囲気を変えようとも、それは逆に利用されてしまう。

その術に長けているまこで返り討ちなのであるから、久がやってどうにかできる自信はなかった。


――完全に八方塞、打つ手なしの状態だった……。


久(――でも、ヤスコには何かが見えていたってことか……流石はプロね)


しかし、藤田が動いたことで、赤木の親はついに流れた。

それなりに長い付き合いであるから、藤田がそれを確信を持って行ったことが久には理解できたし、それ故、プロとの実

力差を感じずにはいられない。



そうして迎えた南1局、何とか和了りたいが、配牌は微妙……。



186: 2012/09/13(木) 18:52:46.19 ID:XnFNZEd10

六順目

久(ア、アレっ? 張っちゃった……)


久手牌

四五六③④(⑤)⑥⑦⑦⑦ⅥⅧ西 ツモⅦ


しかし、あれよあれよという間に急所が埋まり、久、6順で聴牌。

しかも絶好……西切りで②③⑤⑥⑧待ちのメンタン5面張。


藤田捨て牌  東発一⑨⑥

まこ捨て牌  東白一⑧西

赤木捨て牌  白発九西北


久(まだ、みんな字牌整理が終わるか終らないかってところか……)

久(なら……)


そうして久が掴んだ牌は⑥。


こういう時、ここぞという時にあえて良い待ちを捨てて悪い待ちを選ぶのが久の麻雀……。

今は大きく負けている中での最後の親番……まさにそのここぞ、なのだが……。


――指が、牌から離れない……。


いつもなら自信を持って澱みなく切れるはずであるのに、今日に限ってそれができない。

まるで接着剤で固定されたように固まってしまった。


――なぜ動けないのか、原因は分かっている……。


久(東1局だ……)


和了牌を全て抑えられた上で和了られた、あの影が久の脳裏にちらついていたのである。


――また、和了牌を抱えられてしまうのではないか。


その不安が、容易に牌を切らせないのである。


――ならば、多面待ちの西切りに切り替えるか……?


一般的にはそれが普通だ、何もおかしいところなどない。

わざわざ5面張を捨ててタンヤオも消える地獄単騎に受けるメリットなどないのだ。


だが、それでは違和感を感じる……しかも、それは自分の麻雀ではない……。

理と勘に挟まれ、出口のない袋小路。

そうして久は何もできずに動けなくなってしまった……。



――ククク、どうしたよ? 油が切れちまったみてぇに……。


187: 2012/09/13(木) 18:55:58.32 ID:XnFNZEd10

固まって動けなくなってしまった久に、そう声が掛けられた。

久が声の方に目を向けると、赤木が笑いながら新しい煙草に火を点けている。



赤木「もっとあっさり行きな……。いつもと違うことなんか考えるから、自分の泳ぎを忘れちまう……」



赤木「――時々よ、勘違いしているやつがいるんだよな……」

赤木「確率だとか、読みだとか……つまるところ、『理』ってものに対する認識なんだがよ……」


赤木「この牌はまだ捨てられてないから引き易いだろう、この牌は三枚河に見えているからツモることはないだろう、ノ

ーチャンスだからこの牌は通せるだろう、同じ色ばかり捨てているからその色は通るだろう……」


赤木「一見ごく普通のこと、当たり前のようだが……違うよな?」


188: 2012/09/13(木) 18:58:32.61 ID:XnFNZEd10


赤木「枚数の多寡は重要じゃない……重要なのは俺たちがその枚数を知った上でどちらを選択するかということだ」


どんなに悪い待ちであろうと、他家より早く和了れば良い。それが麻雀の基本原理である。

塔子が面子にならず、余り牌を切っていったら河に面子ができている。

両面塔子と嵌張塔子の選択で、嵌張を崩したらその嵌張のキー牌を持ってくる。

いずれも麻雀にはままあることである。

当然、逆もまた然り。


結局、5面張でも地獄単騎でも、相手より早く手を作ることができるならばどちらを選択しても良いのである。


しかし、確率にかまけて選択するという行為は、今を見ていない。

100パーセントでもない限り、低い目の方が出る確率は常について回るのだ。

それを無視して唯々諾々と確率に従うのは機械と同じ、今で勝負をする者の選択ではない。



――多きを選ぶにしろ少なきを選ぶにしろ、そこには自身の意思、信念を介在させなくてはならない。『選択』を、須ら

く勝負する者はしなくてはならないのだ。



189: 2012/09/13(木) 19:01:28.80 ID:XnFNZEd10


赤木「捨て牌に関しても同じこと……安易な理に頼ることは、振った時の言い訳に容易にすり替わる。こうこうこうだっ

たから、振ったのは仕方ない……とな。そういった認識は簡単に付け込める……すぐに『仕方のない』振込みだらけにさ

れるだろうよ」


赤木「おおよそ理で埋められる大半は、『濃い』か『薄い』かまで……。『ある』か『なし』かを決めるのは……自分だ

ぜ?」


赤木「お前が恐れているもの、竦む原因……それは全て幻だ」


今は、東1局ではない。

今の久は、東1局の久ではない。

今の赤木は、東1局の赤木ではない。


手牌を見ずとも、赤木は久の硬直の原因を看破していた……。


赤木「もっと今を見な……!」


――手牌も、相手も、勝つための要素は全て今の中にしかあり得ない……。

――今に集中し、その機に殉じろ……!


赤木「過去を無視しろとまでは言わねえが、捉われるな……」

赤木「集中を切らさなければ、勝つために必要なことは機が教えてくれる……」



――さあ、耳を傾けな……お前の『機』は、なんて言っている……?


190: 2012/09/13(木) 19:04:39.03 ID:XnFNZEd10


久(……)

久(……そうだ)


いつもは降ろしっぱなしの髪を、久は二房にまとめた。


久(――来月は新学期、麻雀部に新しい子は入ってくるかな? ……ううん、きっと入ってくる。きてくれる……!)

久(そうして出る初めての団体戦……私にとって、最初で、最後の……)

久(その時に、相手が強いからって今みたいに萎縮したりは……できないわよね)

久(どんなに不利な状況でも、堂々と……!)


――私は、私の麻雀を……!


久「リーチっ!」


久、打⑥

久手牌 四五六③④(⑤)⑦⑦⑦ⅥⅦⅧ西


タンヤオと5面張を捨てて、西地獄単騎っ!



――後輩たちには、やっぱりかっこいいところを見せたいよねっ……。


191: 2012/09/13(木) 19:06:58.15 ID:XnFNZEd10


――ツモる前から確信があった……!


次順

盲牌もせずに、触れるや否や、久はツモった牌をそのまま親指で上空に弾き飛ばした。


高く、高く……牌が昇りつめる……まるで何かを飛び越えるように鋭い弧を描いた……。

くるくると舞い上がる牌……静止、そして落下……。


……瞬間、落下の勢いに乗せるように久は牌を卓に叩きつけた。

快音が、卓上に響いた。牌は表を向いている。


久手牌 四五六④(⑤)⑥⑦⑦⑦ⅥⅦⅧ西 ツモ西


久「立直、一発、門前清自摸和、赤1……」


静かに和了役を並べ、そして澱みなく裏ドラを捲る……牌は南。


久「裏2……6000オールですっ!」


まるで憑物が落ちたような屈託のない笑顔で久は和了を宣言した。


事実、久はこのとき何かを掴んだ。

それは言葉で言い表せる類のものではないが、間違いなく壁を一枚超えた瞬間だった。


192: 2012/09/13(木) 19:09:04.06 ID:XnFNZEd10


まこ(いやぁ相変わらずすごいとこ引くのお、部長は)


まこ手牌 四五七八②②ⅠⅢⅤⅦⅨ南南



赤木(……ふっ、それでいい)


赤木手牌 一三五③③④④⑤⑤⑥⑧⑧⑧


193: 2012/09/13(木) 19:11:56.24 ID:XnFNZEd10


藤田(少し、わかった気がするな……)


藤田手牌 六七七八九②②③④(⑤)ⅢⅤⅦ



――赤木の強さの秘密……。



一連の様子を見ていた藤田は、おぼろげながら赤木しげるという人物の本質を垣間見た気がした。


藤田(この人は、『今』に対する純度が違うんだ……)


赤木は、ひたすら『今』を見ている……そこに一切の妥協が無い。

刹那主義とは違う……一瞬に殉じていると言い換えても良い。――それほどの真摯さが、赤木を他の人間と別たらしめて

いるのだ。


藤田(読みが凄いとか、技術があるからこの人は強いんじゃない……逆なんだ)


藤田(この人は『今』に真摯だから、曖昧な読みをしない……『今』に殉じているから、温い手を打たない……)


――赤木の強さは全てその在り方に由来している。


藤田(目の色が違う……久も、染谷も、こりゃ化けたかな?)


あれは何も久にだけ向けていった科白ではない。

久に言ったことはそのまま、まこにも当てはまるのだ。

藤田の眼には、久もまこも纏う空気が対局開始時と全く異なっているように見えた。


藤田(私は……どうかね、イマイチわからん……私も傍から見ればああいう風に見えるのかな? だが、まあ、しか

し……)



――点数が残ってよかった……。


残り点数、1000点。

活躍前に飛ばずに済んだことに、ほっと一息、安心のため息を藤田は漏らすこととなった。



南1局0本場終了時

南家 久 32300(+18000)

西家 藤田 1000 (-6000)

北家 まこ 11400(-6000)

東家 赤木 51300(-6000)

201: 2012/09/19(水) 21:26:38.02 ID:Sz8/+Lvs0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その8

202: 2012/09/19(水) 21:28:12.24 ID:Sz8/+Lvs0

南1局1本場、親・久、ドラ③(ドラ表示牌②)


10順目


久(絶好……!)

久手牌 一一七八八⑦⑨ⅦⅧⅨ東東東 ツモ⑧

久、打八

東・チャンタ・三色同順の聴牌

久捨て牌 Ⅰ北①西二五⑥④Ⅵ八


藤田、打八

藤田捨て牌 北一①Ⅸ西Ⅱ白中Ⅵ八


まこ、打南

まこ捨て牌 発八Ⅱ白Ⅸ三⑤東②南


赤木、打白

赤木捨て牌 五④Ⅴ発⑧六Ⅸ九一白

203: 2012/09/19(水) 21:31:13.72 ID:Sz8/+Lvs0

次順


久手牌 一一七八⑦⑧⑨ⅦⅧⅨ東東東 ツモ五


久(ツモ切りっと……ん?)


高目チャンタ聴牌の維持、そのままツモった牌を河に捨てようとして、久は止まった。


久(んー……?)


それは違和感


久(そういえば私、なんでさっきリーチしなかったんだろ……?)


自分の捨て牌はチャンタ一直線

しかももう場は10順目であるから、張っていると読まれていたとしてもおかしくはない

たとえダマテンを選択しても、そうそう他家から出てくるとは思えないのである


ならばツモ和了しかないのであるから、リーチはした方が良い

それにもかかわらず、前順で久は何の躊躇いもなくダマテンを選択した

今考えてみれば、些かと言わず我ながら奇妙な行動だ、と久は逡巡した


久(すると、このツモの意味は……)


久(……)


久、打八

チャンタを捨てた


204: 2012/09/19(水) 21:36:45.11 ID:Sz8/+Lvs0

藤田(八萬の対子落とし? チャンタ絡みの上三色じゃなかったのか?)

藤田(八萬は全滅だ……これで萬子の七八九はない……私の読みが外れた? いや……)


藤田手牌 五六六六③③③④(⑤)⑥南南南 ツモ⑦


藤田(こいつ、躱したな……)


互いに何を掴んだのか、どんな牌で待っているかなど知る由もない

だが、もしあのまま久がツモ切りをしていたら、現実はダブ南・三暗刻・赤1・ドラ3の倍満を藤田に振っていたことに

なる


リーチをすれば高目を引かずともツモって倍満になり、高目ならば裏次第で三倍満も望めた手であるが、

とりあえず久の親を流すことが先決な藤田にとって点数は二の次

現在の藤田の捨て牌では待ちどころか張っているかどうかさえ分かりづらい

故に、チャンタ志向の久と、萬子の少なそうなまこあたりからこぼれそうと読んでのダマテンであったが、

その思惑はすっかり外された


藤田(やっぱりダメだな、こりゃ……これで当たらないなら、少なくとも今日はもうリーチでもしてなきゃ誰も振りゃし

ない。こぼれそうな牌待ったって無駄だな……)


――和了は捨てよう……


藤田「リーチ」


藤田、打五

藤田手牌 六六六③③③④(⑤)⑥⑦南南南 ②④⑤⑦⑧待ち



まこ(おおっと、藤田さんも思い切ってきたのお……)


まこ手牌 二三四⑦⑧ⅠⅠⅢⅣⅤ(Ⅴ)ⅥⅦ ツモ⑤

まこ、打Ⅰ



赤木(捨て身、というよりは足止めかね……)


赤木手牌 二三三四四(五)③④(⑤)ⅢⅣⅤⅥ ツモ⑥


赤木(まぁ、確かに通せねえものは通せねえな……クク)


赤木、打Ⅵ

205: 2012/09/19(水) 21:44:37.62 ID:Sz8/+Lvs0

中盤になってから5面張の当たり牌すべてを抑えて新たに手作りすることは至難

結局、藤田の『脅し』は功を奏した


久「ノーテン」

藤田「テンパイ」

まこ「ノーテン」

赤木「ノーテン」


流局


南1局1本場終了時

東家  久  31300(-1000)

南家 藤田 3000 (+3000)

西家 まこ 10400(-1000)

北家 赤木 50300(-1000)

212: 2012/10/11(木) 13:26:24.07 ID:dkOlJ+ir0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その9


213: 2012/10/11(木) 13:28:45.93 ID:dkOlJ+ir0

まこ(藤田さん、5面張じゃったんか――相当ツイてなかったよう……じゃけん、和了れなかったことに関しちゃそれほ

どでもないって顔しとる)


流局時に藤田が開けた手はツモるか裏が1個乗れば倍満の手、和了牌によっては三倍満も狙える手で、しかも5面張とい

うものだった。リーチ宣言を聞いた時には随分無茶をすると思ったが、見てみればなるほど、一時的に持ち点を0にする

リスクを負った意味も得心がいった


しかしその絶好手を藤田は逃した。枚数も相当残っていただろうに、全て他家に流れてしまったらしい。まこ自身、リー

チ後に掴んで何枚か抱えることになった

既に俵に足が掛かっている状態でこの和了を逃したことは相当な痛手のはずなのだが、手牌を開ける藤田に残念がる様子

は微塵もなかった。


対局中、相手に悟られないようポーカーフェイスを取ることは決して不自然なことではない。それは確かだが、今回のそ

れはまこに不審を抱かせるには十分だった

214: 2012/10/11(木) 13:30:16.63 ID:dkOlJ+ir0

まこ(ほんじゃなんで流局が近づくたんびに表情が険しくなっとった?)


藤田はリーチ後に、明らかに動揺していたのだ。それを見たから、まこは違和感を覚えたのである。リーチ後、何かを見

たことによって、目に見える変化を藤田が示したのだ。流局時の感じでは、裏目ったというわけでもなさそうだ


まこ(――河か? 心なしか赤木さんの河に注目していたような気がするが、どこがおかしかったか……)


確証はないが、藤田が見ていたものは藤田自身の手牌ではなく、捨て牌だったようにまこには見えた。特に、対面。だ

が、当たりをつけられるのはそこまでだった。結局は、藤田を動揺せしめた何かの正体を掴むには至らない


まこ(まぁ分からんかったモンを考えてもしょうがない。切り替えじゃ。――わしはあと数局ってとこかね……藤田さん

が安手で粘ってくれると嬉しいんじゃが、藤田さんは基本後半が強い。どうだかのー……)



――ま、部長ばかりに活躍させとけん。わしも一発ドカンと、な……


215: 2012/10/11(木) 13:32:03.49 ID:dkOlJ+ir0

南2局2本場、親藤田、ドラ③(ドラ表示牌②)


藤田(さて、正念場だ……)


藤田はこの南2局を半荘の天王山としていた

南2局の結果如何で自身の趨勢は決せられるだろう、と


藤田はここで大きく赤木に迫ろうと考えていた。否、追いつくことが必須であると考えていた

216: 2012/10/11(木) 13:34:00.72 ID:dkOlJ+ir0

麻雀における追撃の方法は四通りある

一つ、トップからの直撃

一つ、ツモ和了

一つ、トップ以外からのロン和了

一つ、座して氏ぬ


今回の藤田の状況、トップ以外からのロン和了はほぼ最悪。前局に親っパネをツモ和了った久はまだましだが、まこは満

貫以上で飛んでしまう。それでは逆転できない


ならばトップ――赤木から直撃を取っていきたいところではあるが、これも難しい

なんせこの男、振りそうな気配が全くない。下手に直撃を狙うと、逆に討ち取られそうな怖さがある



――そしてそれ以上に、藤田には赤木の手牌が読めそうになかった


217: 2012/10/11(木) 13:36:31.44 ID:dkOlJ+ir0

その理由は前局、南1局1本場

前局のリーチで流局まで捨て牌を見れたことを藤田は僥倖だと思っていた


あの局において赤木は最初に中張牌からバタバタと切っていったにも拘らず、藤田のリーチ後に手出しから切った一九字

牌がただの1枚も無かったのである

その事実に気づいたとき、さすがの藤田も鳥肌が立った


藤田の待ちは②④⑤⑦⑧。放銃を避けるためにはそれ以外の牌が捨てられていくわけであるから当然、一九字牌は全通し

であり、現にそれらは河に出た。しかし、赤木がそれらの牌を切ったのは全てツモ切り……


――つまり藤田がリーチをした時点で赤木の手牌にあったのは中張牌だけだったということ。赤木はあの捨て牌でタンピ

ン手、あるいはそれに準ずる手を作っていたということに他ならない……


それがいかに綱渡りのような捨て方か、手牌が見えずとも想像には難くない。普通はフリテンコースまっしぐらだ。浮か

せ打ちや先切りと言うにも限度がある。それを長考もせずに普段と同じような打ち方で赤木は牌を河に捨てていたのだ


――この男はチャンタと同じ捨て方でタンヤオを作れるのである。恐らく、逆も……


218: 2012/10/11(木) 13:40:01.10 ID:dkOlJ+ir0

藤田(東場の最後の手牌……何の疑いもなくチャンタだと思っていたが、あれもしかして違ったか? 手間取っていたらも

しかすると危なかったんじゃ……というか仮にそうだったとしたら、本当にツモ牌見えているんじゃないか? この人

は……)


手牌に対する感性が常人と違いすぎる。誰よりも早く高い手を和了れる、通常から逸脱した和了ができるといった打ち手

ならば、プロにいくらでも心当たりはあるが、このような捨て牌ができる人物を藤田は知らなかった


確かに、最終的に不可思議な待ちに切り替える打ち手はいる。藤田の身近で言えば、今卓を囲んでいる竹井久、親善試合

で競った天江衣などが、すぐに思い浮かぶ。彼女たちは一定の条件下でおかしな待ちに切り替えることが多々ある。が、

赤木のそれは彼らとは一線を画していた


久も衣も、捨て牌が異彩を放つのは聴牌付近、つまり待ちを決める段階の選択――つまり和了牌による捨て牌であるのに

対して、赤木の場合は配牌時の自分の手を見た時点で、自分の聴牌形、和了形の予測がついていなければ成立しない――

ツモ牌による捨て牌であるからだ

219: 2012/10/11(木) 13:41:42.83 ID:dkOlJ+ir0

赤木から直撃はできない、他家からは和了れない、となると結局残るのは次善策――ツモ和了しかない

久からならば多少和了っても良いだろうが、赤木との点差は50000近くある。あまり取りすぎるとツモ和了ができな

くなってしまうのはまこと同様


幸い、赤木の流れは東場の終わりからは下降傾向。しくじらなければ2、3局は速さで勝てるだろうと藤田は踏んでいた


藤田(できるだけツモ和了で赤木さんとの距離を詰める……可能なら逆転するくらいの勢いで行きたいな……。あまり差

が開いている状態で南4は迎えたくない)

220: 2012/10/11(木) 13:43:41.93 ID:dkOlJ+ir0

基本的に藤田は負けている時にオーラスに近づくほど調子は上がっていくが、それにも限度というものはある

赤木しげるがどんな役でも和了れば良いというのであれば、これは早い


――恐らく6順以内……


紛うことない短期決戦

当然、悠長に大物手など作っている余裕などない。配牌時に大物手ができていることを期待するのも論外である


つまり、藤田が南4局を迎えるときに必要なルールは、点数で勝っているか、この短期決戦に競り合える点差

そんな条件である


藤田(恐らくは3900……それが限界、だろうな……)


飜牌やタンヤオなどにドラ2つ、あるいは立直一発ツモやリーヅモ裏1などの3飜が限度

藤田は自分のコンディションをそう判断した

221: 2012/10/11(木) 13:45:53.38 ID:dkOlJ+ir0

藤田(さて、前局は和了れこそしなかったが、何とかノってそうな久のやつを曲げさせたしな。そろそろ私に都合のいい

配牌が来ても……)


毎度配牌に恵まれることなどそうはないことである。何回か続くことはあっても、普通は好配牌の和了を逃してしまえば

痛い。次も自分の配牌、ツモが良いとは限らないからだ


そうして迎えた配牌

藤田配牌 一四九①④⑧ⅤⅧ西西北白中 ツモ北


藤田(……)チーン・・・

藤田(は、八種十牌……十三不塔一向聴だと……!?)


対子は両方ともにオタ風、鳴いて進めることもできない、四風連打や九種九牌で流すこともできない

考えうる限り最悪の形だった


藤田(……あー、そういえば私もさっきダブ南ドラ3の倍満手和了り損ねたんだったな。久の親が流せればよかったから

和了れなくても問題なかったし、たぶんドラが来ないくらいだろうなんて高括っていたらこれか、いやはやなんと

も……)


蓋を開ければ、想像以上の酷さだった


藤田(参ったな、これじゃ普通の打ち方じゃ間に合わないぞ……)


判断ミスは許されない。間違えたらほぼ詰み



――正念場がのっけから土壇場の藤田だった



藤田、打①

222: 2012/10/11(木) 13:47:49.50 ID:dkOlJ+ir0

4順目


藤田(……これはひどい)

藤田手牌 一四九④⑧ⅤⅧⅧ西西北北 ツモ三


ほとんど進んだ気がしない。挙句の重い、安い、鳴けんの三重苦である

これがネット麻雀だったら、相手に聞こえないのをいいことに悪態の1つ2つ3つ4つと吐いていたに違いない


藤田捨て牌 ①白中


まこ捨て牌 白中八

赤木捨て牌 白五南

久捨て牌 六中九



藤田(飜牌整理して中張牌か……明らかに順調で早い。――そりゃそうだよな、要らん牌はここにあるんだし)


――このままでは絶対勝てないな……


藤田は腹を括ることにした

打、九

223: 2012/10/11(木) 13:51:27.59 ID:dkOlJ+ir0

藤田「ポン……」

藤田、直後に捨てられたⅧを副露、打⑧


まこ(早い仕掛け……喰いタンか?)


しかしさらに2順後


藤田「ポンだ」

藤田はオタ風の西を副露、


久(喰いタンじゃないとすると、染め手かしらね。バカ混だとありがたいんだけど)


藤田、打Ⅴ


久(染め手じゃないっ!?)


藤田手牌 一二三四北北北 ポン西 ポンⅧ


さらに2順後、藤田はキー牌を手に入れて準備が整った


藤田(チャンスは3回、か……)


それも確実な3回ではない。ないが、やるしかないのが今の状況だった


藤田手牌 一二三四北北北 ポン西 ポンⅧ ツモ西

224: 2012/10/11(木) 13:53:21.91 ID:dkOlJ+ir0

これが藤田の苦肉の策


牌を重ねての強引な嶺上開花での和了である

配牌から4順、どうにもタンヤオ、三色、一気通貫、対々、等々鳴いて進められそうな役が軒並み全滅。しかし面前で悠

長に進めるほど他家の進みは遅くなさそうだというと、採れる手段は限られてくる。この局は他に和了を取られるわけに

はいかないのだ

4面子1雀頭揃っていれば和了できる役は他に槍槓と海底、河底があるが、1つ目は加槓しか和了が出来ないという制約

の厳しさ、2つ目、3つ目は最後のツモ、最後の捨て牌を待たないといけないため遅い


ならば、4順目でできていた対子3つを利用するのがベター。それが藤田の結論だった


そして最終的に一‐四のノベタンにしたのも、決して成り行き上というわけではない

嶺上で和了ると決めてからは、藤田は萬子の下で待つことは決めていた。やるなら萬子がおそらく確率的にはマシな方だ

ろう、と


その理由は藤田の4順目のツモ時。まこは八、赤木は五、久は六と九、と藤田を除く全員が萬子の中張牌を捨てていたこ

とが、その判断の根幹であった

藤田に字牌が寄っていたこと、3人が飜牌を真っ先に処理していったことから、他家は字牌がほとんどないか、あるいは

揃っている状態。字牌が無いのであるから、作る手役が数牌に依る

少々対子場くさい雰囲気はあるが、数牌ならば横にも伸びやすいから、ど真ん中は切りづらい。にもかかわらず中張牌が

河に出るということは、萬子がないか、あっても伸ばす必要がないということ、つまり手牌が索子と筒子に寄っているの




他家の手牌にないのだから、残るは山。これが藤田の萬子待ちの概要

225: 2012/10/11(木) 13:55:11.57 ID:dkOlJ+ir0

少々恣意的で、あまりにも見切りが早すぎるが、速さを追求するならば多少の武装は捨てて行かねばならない。今回は切

り捨てるものが多めだが、不足は勘で補うしかない


気がかりなのは赤木だ。また妙な捨て方をしているのではないかと考えてしまうが、一方で普通の打ち方をしているかも

しれない。捨てる順番が赤木は異常なだけであって、不必要な牌は、誰が打っても不必要になるのだ。また、ワンパター

ンが危険だということは藤田よりも熟知しているはずである

裏を読んで、その裏を考えて、ではイタチごっこだ。下手にその思考を読もうとするのは危険だった。結局、有るか無し

かを決めるは藤田で、そして萬子はないと決めつけた



――あとは、捨て身で突っ込むだけ……


226: 2012/10/11(木) 13:58:13.87 ID:dkOlJ+ir0

藤田「カン」

藤田、西を加槓。王牌をツモったが、その感触は望んでいたものではなかった


藤田(だめか、これであと2回……ん、これは……?)


藤田「どうやらもう1回できるようだな、カンだ……」

ツモった牌は北。藤田、迷わず再びのカン


藤田「……ツモ」


藤田手牌 一二三四 暗槓北 加槓西 ポンⅧⅧⅧ ツモ四



藤田「カンドラ乗らず、か。嶺上開花のみ……1500オールですね」ドヤア・・・


藤田(よかった……和了れて。全く、オーラスでもないのにこんな和了り方をしないといけないとは……しかもカンドラ

は1個もなし……)


別段、これは東1局の赤木の和了に対するあてつけといったことではなく、純粋にこれ以外に鳴いて進めることができる

手段がなかったからだが、内心とは逆にとりあえず非常に細い綱渡りだったことは隠そうと、いかにも狙っていましたと

ばかりの顔を藤田は作った


まこ(さすが藤田さんじゃあ。負けている時の終盤はやっぱり牌に対する感覚がずば抜けとる……あの自信満々な顔を見

るにある程度は狙っとったんじゃろうなあ。いやかっこいい……)



――その冷や汗さえ隠せとればのー……



しかしここが最底辺だったのか、この和了から枷が外れたように藤田は調子を上げていく

次局に満貫12900を、さらに次局9000と連続のツモ和了


次に40符3飜以上をツモれば逆転と、大きく赤木に詰め寄った



南2局4本場終了時

北家  久  22500(-1500、4300、3000)

東家 藤田 30400(+5200、12900、9000)

南家 まこ 1600 (-1500、4300、3000)

西家 赤木 41500(-1500、4300、3000)

227: 2012/10/11(木) 13:59:19.34 ID:dkOlJ+ir0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その10

228: 2012/10/11(木) 14:00:40.96 ID:dkOlJ+ir0

南2局5本場、親藤田、ドラⅡ(ドラ表示牌Ⅰ)


赤木「ククク、随分と調子良さそうじゃないか……」


かなり追い上げられたにしては、随分と赤木の様子は愉しそうに見えた


藤田「ラス親ですからね。ここで稼がないといけないですから必氏ですよ」


赤木「確かにな……が、そろそろ止めないと逆転されちまいそうだ」



――悪いが、待ったをかけさせてもらうぜ……

229: 2012/10/11(木) 14:02:54.23 ID:dkOlJ+ir0

中盤8順目、赤木動く



赤木「カン……」


藤田(げっ……)


赤木、ドラのⅡを暗槓、カンドラを捲る


久「へっ……?」

新ドラ表示牌はⅠ。赤木これでドラ8、倍満確定の大物手である


赤木「おっと、もう一個だ……」

赤木嶺上牌を見てさらに槓を宣言。倒したのは自風の西。さらに1つ、カンドラを捲った


まこ「はあっ……!?」

王牌に綺麗に並んだのは、Ⅰが3つ。赤木これでドラ12。実に壮観な3羽鳥だが、他家にとっては堪ったものではない


赤木「フッ……こりゃ面白くなってきた。止めるどころか、ここで終わっちまうかな……?」


嶺上牌をそのまま河に捨てる。赤木、これで数え役満確定


ツモでもロンでも和了れば勝利が決定する状態になった

230: 2012/10/11(木) 14:05:28.22 ID:dkOlJ+ir0

藤田(嫌な牌を引いた……)

藤田手牌 三三三四五六②②⑥⑦⑧Ⅳ(Ⅴ) ツモ⑤


藤田(……)チラッ・・・

赤木捨て牌 北八Ⅸ三東五Ⅳ


藤田(いくらなんでもこれは切れん……)

藤田、打(Ⅴ)


さらに次順


藤田手牌 三三三四五六②②⑤⑥⑦⑧Ⅳ ツモ⑤

藤田、打Ⅳ

231: 2012/10/11(木) 14:07:01.68 ID:dkOlJ+ir0

赤木(躱された、かね……?)

赤木手牌 ②③④(⑤)⑥⑦⑧ 暗槓西 暗槓Ⅱ ツモ④


赤木(②⑤⑧のスジは止められちまったみてえだが、なら……)

藤田捨て牌 北⑨ⅨⅦ一③(Ⅴ)Ⅳ


赤木、打⑧

赤木(③⑨を捨てちまってる身からすりゃ、①④⑦は切りたいところじゃねえかな?)

232: 2012/10/11(木) 14:08:21.09 ID:dkOlJ+ir0

藤田手牌 三三三四五六②②⑤⑤⑥⑦⑧ ツモ①


藤田(……)


藤田(切りたいが、あの⑧を見るに待ち変えたよな……すると今度はこっちが最危険牌)

藤田(オリるしかないか? いや、ダメだ。オリたら負ける、攻めるしかない……!)

藤田(だが②を切ったらフリテン、この手はほとんど氏ぬ。どうする?)

藤田(①④⑦か、③⑥⑨か……)


藤田(……)



藤田、打②

233: 2012/10/11(木) 14:09:37.16 ID:dkOlJ+ir0

次順


藤田「……ツモ」



藤田手牌 三三三四五六①②⑤⑤⑥⑦⑧ ツモ③



藤田「ツモのみ、500は5本場で1000オール」



――藤田の執念、実る

234: 2012/10/11(木) 14:11:25.66 ID:dkOlJ+ir0

赤木「一歩及ばず、ってとこだな……」


からかうように笑う赤木には、数え役満を和了り逃したという口惜しさのような雰囲気が微塵も見当たらなかった。ノミ

手を和了り損ねた、と言っても通じそうな様子である


藤田「……」


そして、赤木の言う『一歩』は和了競争に勝った負けた以上の意味がありそうだと、あまり知りたくはないのに藤田の直

感は語っていた。どうやら自分はまた虎口のすぐ傍にいたのだと、それはもう鐘を中から打ち鳴らすように主張していた


藤田(嫌な予感がする……)


案の定、洗牌の為に山を崩した時、見えた赤木の次のツモ牌は①。赤木の和了牌である。まさに『一歩差』。その意味す

ることはつまり『退いたら負けていた』


藤田(なんかもう驚く気にもならんな……)


もう何度も危ない場面を紙一重ですり抜けているようだ

サメやワニの眼前を泳ぐとこんな気持ちだろうか、などと益体もないことを溜息とともに考えてしまう藤田であった



南2局5本場終了時

北家  久  21500(-1000)

東家 藤田 33400(+3000)

南家 まこ 600  (-1000)

西家 赤木 40500(-1000)

235: 2012/10/11(木) 14:19:34.72 ID:dkOlJ+ir0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その11

236: 2012/10/11(木) 14:21:43.14 ID:dkOlJ+ir0

南2局6本場、親藤田、ドラⅧ(ドラ表示牌Ⅶ)


――来たっ!


まこ(この手を待っとった……!)


機、来たり。配牌を見た瞬間にまこは直感していた

まこ、打Ⅴ


まこ(幸い、藤田さんは赤木さんの数え役満を躱して目に見えて気が抜けとる……おまけに軽い手でもツモればわしを飛

ばして終了じゃ。滅多なことで退きはせんじゃろ、振らぬと判れば押してくる……)



――最ッ高のシチュエーションじゃあ……!

237: 2012/10/11(木) 14:23:21.31 ID:dkOlJ+ir0

12順目


藤田(張ったか……あまりいい形じゃないが、調子はいいからツモれるだろ)

藤田手牌 三四五七八⑥⑥⑦⑧⑨(Ⅴ)ⅦⅨ ツモ九


藤田(赤5切りで三色ドラ1聴牌……か)チラッ・・・

まこ捨て牌 Ⅴ東一①二④⑥六西九五


藤田(染め手くさい染谷に索子、特にドラは切りたくない……が、これはもう切っているから鳴きもアタリもしないのは

いい)

藤田、打(Ⅴ)


まこ「チー」


藤田「なっ……!?」


まこ(欲しかったのはその『ツモ』と『流れ』……!)

238: 2012/10/11(木) 14:24:51.47 ID:dkOlJ+ir0

次順


まこ「ククッ……」

まこ「悪いのぉ、藤田さん……」


言葉と表情が正反対。全く悪びれた様子もなく、まこは手牌を倒した


まこ手牌 ⅡⅢⅣⅥⅥⅦⅦⅧⅧⅧ チー(Ⅴ)ⅣⅥ ツモⅧ


まこ「わしもそうそう飛ばされるわけにはいかんでな。三倍満じゃ」ニヤリ


藤田(――やられた。索子染めなのに初っ端にⅤを切った意味を考えるべきだった……完全に迂闊、抜けていた

な……!)



南2局6本場終了時

北家  久  15300(-6200)

東家 藤田 21200(-12200)

南家 まこ 25200(+24600)

西家 赤木 34300(-6200)

239: 2012/10/11(木) 14:26:04.78 ID:dkOlJ+ir0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― その12

240: 2012/10/11(木) 14:27:53.03 ID:dkOlJ+ir0

南3局、親まこ、ドラ二(ドラ表示牌一)




赤木(いい空気だ……)



――ようやく、ここまで来た……



卓上にある種の混沌とした昂まりが生じているのを、赤木は感じていた

運気が四分しているというよりは、誰もが幸運に指を掛けている状態


それは、この局難しい舵取りを迫られるという意味

この局和了ったものがこの半荘を制すだろうという、確信



伸るか、反るかの『博打』ができるのだ……

241: 2012/10/11(木) 14:30:32.26 ID:dkOlJ+ir0

相対した瞬間に、一見で才気ある若者たちだということは理解できた

役も覚束ない素人や、サマで嵌めることしか知らぬ雀ゴロなど、取るに足らない連中と打つよりは、遥かに良い。これは

赤木にとって嬉しい誤算だった


しかし同時に懸念もあった

いくら才あるといっても、それがこの対局で発揮されるか、という問題である


常に自らの最大最高を発揮することは、存外に難しい『技術』である

つまり、限られた人間にしかできない


藤田は可能だろう。プロと名乗ったのだから、それくらいできなくては話にならない

だが久とまこはどうか……?



それでは困るのだ、面白くない



――折角ならば、100の相手とぶつかりたいではないか……

――たとえ、それで己の敗北する確率が増そうとも、だ……



寧ろ、負けるかもしれないと思わせるくらいが理想だ

勝負は、困難であるほど良い

赤木のどうしようもないタチだ

242: 2012/10/11(木) 14:31:57.00 ID:dkOlJ+ir0

だが、仮に全力を出せたとしても、扱いが困る


――若さ故に、完成していないが故に、折れやすいのだ


確立しきれていないから、容易に揺れる。あっという間に崩れる

ひろゆきも、東西戦ではそこを突かれて苦労していた


圧し折ることは簡単なのだ。逃げ道をなくせば良い。相手の拠り所を、プレイスタイルを、潰せば良い

経験に乏しい、打開の手段が貧しい者など、それで終いだ


そういった相手を封じ込める麻雀は赤木の得意とするところではあるが、わざわざノーレートの雀荘に来て、イカサマの

一つも知りそうにない、転んだ擦り傷くらいでしか血を知らないような学生相手にやる麻雀ではない、と赤木は思う


若輩を潰す意義が見出せないわけである


切った張ったで勝ち負けを競うことが好きなのであって、猫が鼠を弄ぶような真似が好きなわけではないのだ


勝ち方、戦い方の問題であり、単純に赤木の矜持の問題だった

243: 2012/10/11(木) 14:33:29.47 ID:dkOlJ+ir0


――ならば、手を抜くか……?


否、論外である

自身が勝負で手を抜くことなど、あってはならない

結論は一つ。ならば結局のところは、相手側を引き上げるしかない


折らず、伸ばす


気の持ち方一つでコロッと変わる人間もいるのだ

とりあえず、グダグダ考えさせて、迷わせるのが最も宜しくない

一番自分の感性に素直にさせる手っ取り早い方法は、『開き直らせる』ことだ


そして期待通り、少々軌道修正してやるだけで彼らは一皮むけた


案外、こういう様子を見るのも、赤木は嫌いではなかった



『成長』とは、命の火がより大きく燃え広がるさまだ。魂が、輝くさまだ



赤木の相手と言えば、代打ち業にしろ賭場にしろこれがくすんでいる人間が多い。煙っていて、命を溌剌とさせていない

者ばかり見てきたせいか、新鮮さを感じるのだ。好感も持てる


泥の塊より金剛石、雑草より野花、というわけである


互いに生氏を賭けることでしか充足を得られなかった若い時分なら一顧だにしなかっただろうが、一度氏にかけて生の実

感を得てからは、こういった『魂の在り方』にも興味を持つようになった


今、3人の命は実によく輝いている。こういう時は、往々にして牌に恵まれるものだ



――愉しい局になりそうだ……

244: 2012/10/11(木) 14:35:02.63 ID:dkOlJ+ir0

常連客F(いやあ、まさかこんなハイレベル、というかもはや一般人じゃワケのわからん次元の闘牌を目の前で拝めるとは

思っていなかった。眼福眼福……)



まこ捨て牌 一東南⑨③東五Ⅸ②④

久捨て牌  ⅠⅨ⑦③②Ⅴ⑦一(⑤)④

藤田捨て牌 Ⅷ②六④⑤⑦二八七⑧



客F(河がすごいことになってるな……これもしかしてみんな役満じゃないか……?)



赤木手牌 八八九九Ⅰ①①②⑨⑨発中中



客F(そしてこの赤木っておっさんも七対子一向聴、場合によっては八を整理して混老頭も混ぜることができる。より縦に

伸びるなら四暗刻か、すげえ場だな……)

245: 2012/10/11(木) 14:37:17.35 ID:dkOlJ+ir0

赤木「チー……」


赤木手牌 八九Ⅰ①①②⑨⑨発中中 チー七八九

赤木、打②


客F(はぁっ!? 七対子崩して何やってんだ!?)

客F(しかももうちょっと我慢すれば混老頭も作れたじゃないか、一体どういうことだ!?)

客F(純チャンでも作ろうってのか……? だがそれなら面前の七対子でもいいだろう……どっちも2飜なんだ)


久(あらー……さすがにこれは切れないわね)

久、ツモ牌を手中に収め、打八


藤田(そろそろ来るような気がしたんだが……)

藤田、五をツモ切り


まこ(か~っ、この待ちを崩さにゃいかんとは……)

まこ、Ⅳを手出し、ツモ牌は手牌に



赤木手牌 八九Ⅰ①①⑨⑨発中中 チー七八九 ツモⅠ



客F(ほら見ろ、だまってりゃ七対子聴牌だ。もったいねえ)



赤木(クク……)

赤木、打発





――ロン……!!!

246: 2012/10/11(木) 14:39:54.70 ID:dkOlJ+ir0





久手牌  二二二三三三四四四(五)六七発 ロン発

藤田手牌 一九①⑨ⅠⅨ東南西北白発中  ロン発

まこ手牌 ⅡⅡⅢⅢⅣⅣⅥⅥⅥⅧⅧⅧ発  ロン発





久・まこ・藤田「……あっ」


赤木「ククク……トリプルは流れ、そうだったよな……?」


247: 2012/10/11(木) 14:42:17.40 ID:dkOlJ+ir0

客F(す、スリーラン……)

客F(しかも全員倍満以上じゃないか、なんて運がいいやつ)


客F(……)


客F(あれ? ちょっと待てよ……)

客F(藤田プロと、久ちゃん、まこちゃんの最後の捨て牌は確か……)



久は手出しの八

藤田はツモ切りの五

まこは手出しのⅣ



客F(するとその前の手牌の形は……)



久手牌 二二二三三三四四四(五)六七八

タンヤオ・清一・三暗刻・赤1・ドラ3  五・八待ち


藤田手牌 一九①⑨ⅠⅨ東南西北白発中

国士無双13面待ち


まこ手牌 ⅡⅡⅢⅢⅣⅣⅣⅥⅥⅥⅧⅧⅧ

緑一色 ⅠⅡⅢⅣ待ち



客F(……チーが無ければみんな和了っていたじゃないかっ!?)

客F(しかも仮にツモ和了が無くても、鳴かなければこの男の手牌は全て誰かの和了牌だった……)

客F(まさか……)




――この男、狙って……?

248: 2012/10/11(木) 14:45:25.93 ID:dkOlJ+ir0

藤田(仮に読めていたとしても、役満だぞ? 一つズレていればダブロンでトビだ……)


藤田「赤木さん……」

藤田「……今の発を捨てるときって、自分を捨てているんですか? それとも、信じているんですか?」


赤木「ククク、どっかで聞いたようなセリフだな……」


思わず、笑ってしまった。数年前にも、同じことを聞かれた


赤木「同じことさ、その2つは……コインの表裏と同じ」


赤木「自分の読みに従って執着を整理していけば、結局最後に残るのは自分……自分を捨てられるかどうかってところに

行き着く。これは同時だ。分かつことはできない」



――自分を信じているから、自分を捨てることができる……



赤木「まあ、俺は時々自分から氏ににいくような一打を打つってことがあるがな……」

249: 2012/10/11(木) 14:46:31.45 ID:dkOlJ+ir0


この局、赤木は最低でも32000以上を支払うはずだった


それを凌いだ



――地獄の淵の砂は魔法の砂……

――それに触れていると強運と破滅がひっくり返る……



どうしようもない窮地を抜けた先、コインの表と裏のように状況が反転する


赤木は抜けた……




――南4局

250: 2012/10/11(木) 14:49:11.21 ID:dkOlJ+ir0



――来たぜ……ぬるりと……ッ!




来たばかりの配牌の頭を、理牌もせずに赤木はそっと撫でた


自然と傅き頭を垂れていく牌達……





――その意味は完全無欠……!

――それはあらゆる森羅万象に決して縛られることのない者……!!






赤木「ツモ……」




赤木手牌 一一一二三四五六七八九九九 ツモ(五)






――天衣無縫……!

――――天和、九連宝燈……!!





251: 2012/10/11(木) 14:51:26.78 ID:dkOlJ+ir0

藤田(負けた……か)



――だが、いい経験になった……



藤田「ありがとうございました、赤木さん」

礼を言って、席を立とうとした


赤木「まあ待てよ……」

赤木「別に急ぎの用があるとかってんじゃねえだろ? なら、もうちょっと付き合えや……」


藤田「?」




――倍プッシュだ……!

252: 2012/10/11(木) 14:54:51.32 ID:dkOlJ+ir0

久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」

神域遭遇―竹井久、染谷まこ編― エピローグ

253: 2012/10/11(木) 14:57:23.74 ID:dkOlJ+ir0

――いやー、結局2回戦もボコボコだったんだけどね


――まあ、トバなかっただけ1回戦よりはマシだった……のかしら


――3ケタしか点数残らなかったからな~、あまり自慢にはならないわね……


――わしなんか1ケタじゃあ。藤田さんすらウマがあってもプラスにならん状態じゃったけん、もう完敗じゃ、完敗。あ

んまりコテンパンにされたもんだから、悔しさも出てこん


――『今度はちょっとしたラフプレーもしていくぜ……』とか言って、平然とノーテンリーチしてくるわ、音のしない小

手返しとかするわ、もう最後なんか恥も外聞も捨てて3人で協力してかかったら結局返り討ちにされるわ、もう滅茶苦茶

よ、あの人


――でも、得るモンはあった……


――そうね。確かに、あの対局の前と後では、変わったわ……なんというか、技術とかがついたわけじゃないけど、強く

なったって確信がある


――さて、話はこれでおしまい。結構時間も喰っちゃったし、今日はこれで部活もお開きにしましょうか。牌譜は自由に

持って行っていいわよ


――赤木さんと打ってみたいって? 全国をふらふらと渡り歩いているらしいから、運が良ければ会えるかもしれないけ

ど、どうでしょうね


――もうずっと遠くにいるかもしれないし、あるいは……



――案外、近くにいるかもね

254: 2012/10/11(木) 15:00:00.89 ID:dkOlJ+ir0

――学校からの帰り道


京太郎「いやー、世の中にはすげえ人がいるんだな」

咲「うん……」


京太郎にとっては、久やまこでも天上人である。部活で常に毟られている相手が、遊ばれてしまうほどの実力

京太郎にはあまりに雲の上の話で、想像を絶するもの

麻雀の道は深いと、改めて認識させる話だった

255: 2012/10/11(木) 15:03:24.40 ID:dkOlJ+ir0

京太郎「……んで、なんでお前そんなふらふらしてんだ?」クルッ


どうも部室を出てからの咲の様子がおかしい。京太郎の斜め後ろ2,3歩あたりを右に左にふらふらよたよたと、重心が

定まっていない。まるで酔っ払いである

どうやら、両手で持っている紙袋がその原因であるらしかった


咲「図書室の古い蔵書の一部を新しくするから、って処分する本の中で私が読みそうなのを部長がもらってきてくれた

の。まだ状態がいいものもあったから、って」


京太郎「だったら1冊ずつ持って帰ってくれば良かったんじゃないか? 別に全部一気に読むわけじゃないだろ?」


咲「だって……まだなに読むか決めてなぃ……」カアッ・・・


顔を真っ赤にしてうつむきながら理由を言う咲だが、それではまるであれもこれもとよくばる小っちゃい子である。ま

あ、身長が小っちゃいことは否めないが

256: 2012/10/11(木) 15:06:28.53 ID:dkOlJ+ir0

京太郎「しょうがねえな~、ほれ、貸してみ」ヒョイッ

しかしこのまま放っておいたら危なっかしくて精神衛生に悪い。長い階段も多いのだ。ちょちょいと咲に近づくと、京太

郎はひょいと紙袋を取り上げた


京太郎「途中まで運んでやるよ」


咲「そんな、わるいよ」


それなりの付き合いになるが、この親愛なる小さな友人はあまり他人に世話を掛けさせたがらない。遠慮がちと言っても

過ぎればあまりいい性質とは思えない。咲はもっと無遠慮でいいと思うのだ


京太郎「違ぇだろ、咲」ズイッ


が、それなりの友人付き合いである。扱い方は心得ている。ズイッと顔を近づけると、ビシッと指を突きつけた。言う言

葉が違うだろう、と、無言のプレッシャーで伝えた


咲「……ありがと、京ちゃん」


数瞬もせずに咲城は陥落、京太郎軍の勝利であった

257: 2012/10/11(木) 15:07:56.20 ID:dkOlJ+ir0

京太郎「うむ、すなおでよろしい」ワシャワシャ

咲「むぅ、私子どもじゃないんだよ」プクウッ

京太郎「ハハッ、わりぃわりぃ」

京太郎「しかしホントにギッシリ詰まってるじゃねえか、これ。ご丁寧に紙袋も二重になってんのな」

咲「大丈夫? 重くない?」

京太郎「問題ねーよ、雑用で鍛えてっからなっ!」ヘヘンッ!

咲「京ちゃん、それは自慢にならないよ……」ハア・・・

京太郎「ハハハ……ハハッ……ハァっ……」


正論である

258: 2012/10/11(木) 15:09:49.61 ID:dkOlJ+ir0

京太郎「くそう……しゃあねえだろー、俺はまだよわっちいから卓に入っても他の奴の練習になんねーんだよお!」ムガー

咲「あぁ! 京ちゃん、そんなよそ見して歩いてたら危ないよ」

京太郎「大丈夫だって、ここそんな人通り無いんだから。あー俺もパーッと強くなりたいぜ……ってのわっ!?」


咲の忠告むなしく、角から出てきた人影と京太郎は衝突してしまった。倒れる京太郎


咲「きょ、京ちゃん……」アワワワ・・・

京太郎「あだだだ……すいません、大丈夫です、か……」


顔を上げる京太郎の目に真っ先に移ったのは、白いスーツに派手なシャツ

滲み出る雰囲気は、明らかに一般人から遠かった


京太郎(やべっ……俺氏んだ)


京太郎「あわわわわわ……っ!?」

??「ククク、気をつけな、兄ちゃん。ぶつかる人間すべてが、堅気の優しい連中てワケじゃねえんだぜ?」




――長野での神域の伝説……

――――実はまだ終わっていない……!

259: 2012/10/11(木) 15:33:10.96 ID:dkOlJ+ir0
エピローグはかわいい咲ちゃんを書こうとして入れたが、
どうやら>>1にはかわいい女の子は書けないようで絶望した

さて、これで一応、久・まこ編は完結です
ここまで目を通してくださった方々、長い間お付き合いいただきありがとうございました

なんせSSどころかネット上に書き込みをするのは今回が初めてでしたので、
いろいろと見苦しい点はあったかと思いますが、何とか完結までこぎつけることができました

今見返してみるとあちらこちらに不審点おかしな点ボロボロあるような気がしますが、
こんな穴ぼこSSでもおもしろいと応援してくださる方がいたのは大変励みになりました。ありがとうございます

とりあえずこのスレは数日後にHTML化依頼をして、次のSSを書くときはまた別なスレを立てようと思います

おめよごしいたしました

それでは失礼

260: 2012/10/11(木) 16:27:43.20 ID:L9PkQjsMo
乙ー
面白かったよ
しかし全力で相手を強くして地獄の砂に触るとかドM麻雀だな
触れて天和九連とかやっちゃう辺りが神域なんだろうけど
別の話も期待してるで、個人的には衣かアラフォーを

引用: 久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」