670: ◆VmgLZocIfs 2015/06/07(日) 22:07:17.16 ID:fUd9kQt+o

671: 2015/06/07(日) 22:08:43.83 ID:fUd9kQt+o
第十一章 決戦前夜


「眠れないの?」


深夜、ベッドの上で薄明かりをつけて考え事をしていた僕に声がかかる。


「瑞鶴さん・・・ごめん、起こしちゃったかな?」

「ううん、寝付けなかっただけだから」



瑞鶴さんにしては珍しく、寝間着姿が乱れていないものの・・・。

いつもは縛っている髪が下ろされていて、そんな些細な違いが気になって仕方ない。

髪を下した瑞鶴さんは、いつもよりほんの少しだけ大人に見えてしまって緊張するんだ。
艦隊これくしょん ‐艦これ‐ 水雷戦隊クロニクル(1) (角川コミックス・エース)
672: 2015/06/07(日) 22:10:58.95 ID:fUd9kQt+o
何見てるのよ、なんてどやされないうちに目を逸らして話を続ける。


「明日のことがね」

「気になるんだ?」

「うん」



準備は万全だ。

少し迷う決断はしたけれど、赤城さんと加賀さんを戦場に出すことに不安はない。この信頼は揺らぐことがない。



でも。脳裏に浮かぶのは今日あった出来事たち・・・。

大提督をはじめとした各提督の楽観的な戦略思考に、急遽横須賀鎮守府を召集した謎の人物の存在。

673: 2015/06/07(日) 22:12:20.49 ID:fUd9kQt+o
もし。もし予測できない”何か”があったとしたら・・・。

僕の決断が一航戦の二人を・・・いや、場合によってはこの『ミカサ』ごと五航戦の二人も、水底へと誘うことになるのだ。



あの日、赤城さんの期待に応えてみせると誓ったあの瞬間から覚悟はしていた。

いや、しているつもりになっていたんだ。自分の決断が誰かを氏地に追いやる可能性があるということを。

674: 2015/06/07(日) 22:14:27.18 ID:fUd9kQt+o



決断するということは、頃すということだ。



敵を、味方を。場合によっては、自分自身の心でさえも。

指揮官の決断とは、そういうものであるべきなんだ。

分かっているつもりだった。頭では、分かっているつもりだった。

675: 2015/06/07(日) 22:17:56.40 ID:fUd9kQt+o
でもそれが今・・・この土壇場になって。

一航戦の二人への指示を取り消せるかも知れない最後の瞬間が訪れたことを意識して、怖くなった。

何でもいい、理由をつけて停泊中のこの船から降りてしまえば・・・。

そんな悪魔の囁きがずっと耳にこびり付いて消えてくれない。



もしも今僕が、“そういう決断“をしたら。

それは僕の軍人としての将来を頃すということになる。


歴史書に愚将と記された人たちと同じ道を辿ることになるんだ。

だけど、誰かを失うかも知れない、味方を頃すかもしれないという恐怖からは逃げることが出来る。



逃げることが、出来る。

676: 2015/06/07(日) 22:24:34.99 ID:fUd9kQt+o
「こわいんだ」



これは、指揮官が一人で抱え込むべきもの。部下に悟られてはいけないもの。

そんな不安を、いま結局瑞鶴さんに漏らしている・・・どのみち提督失格だ。


嫌われているかどうかとか、そんな次元の問題じゃあない。

こんな人間を信じて命を懸けるなんて出来るわけがない、それほどの失態を今の僕は演じている。

677: 2015/06/07(日) 22:25:30.03 ID:fUd9kQt+o
頭を抱えて、それ以上何も言えなくなってしまった。

瑞鶴さんは今、どういう表情をしているだろうか。


情けない上官の姿に何を感じているだろう?

怒り、軽蔑、嫌悪、失望・・・それとも全く別の何か?



さらけ出してしまった情けなさを恥じて、叫び出したくなる気持ちを必氏で堪える。

今の僕に出来る、なけなしのプライドをかき集めた結果がこのありさま。



そんな僕の頭に、今まで感じたことのない優しさが降り注ぐ。

678: 2015/06/07(日) 22:26:37.99 ID:fUd9kQt+o
「あ・・・」

「大丈夫、大丈夫よ」


僕のすぐ隣、ベッドのふちに腰掛けて・・・。

瑞鶴さんが、そっと、僕の頭を撫でてくれていた。

いつになく優しい、柔らかい表情に囚われて。何故だろう、泣き出してしまいそうだ。



「アンタは今まで、一生懸命やってきたじゃない。それは、みんなが認めてる」

「赤城さんだって、加賀さん、翔鶴ねえだって。そ、それに、私・・・だって」



優しくて、でもぎこちない慰め方。

それは、ずっと瑞鶴さんのお姉ちゃんをやっていた翔鶴さんにはないものだった。

679: 2015/06/07(日) 22:28:13.30 ID:fUd9kQt+o
今、この空母の少女は初めて”お姉ちゃん”であろうとして、僕の頭を撫でている。

その事実に思い至ると、自然と穏やかな微笑を浮かべてしまうのだ。


「ふふ」

「なっ・・・何よ」

「最後の方、聞こえなかった。もう一回言って?」



だから、こんなことも言える。瑞鶴さんを困らせることが分かっているのに言える。



「う、ウソよ絶対聞こえてた、その返しは絶対聞こえてた!」

「しー、静かに。みんな起きちゃうから」

「あ・・・うぅ・・・言わなきゃ、駄目?」

680: 2015/06/07(日) 22:28:50.74 ID:fUd9kQt+o
さっきまで感じていた歳上っぽさはあっという間になりを潜めて。

今、隣にいるのはいつもの恥ずかしがり屋の瑞鶴さんだった。


「駄目」

「うぅ・・・バカ」



瑞鶴さんの顔が真っ赤に染まっているのが、乏しい明かりからでも分かる。

そうして、何十秒か、何十分かためらったあと・・・。

681: 2015/06/07(日) 22:30:20.74 ID:fUd9kQt+o
「私も」

「私も、アンタを認めてる。アンタが提督で良かったって、そう、思ってるから」


まっすぐな気持ちから放たれたその言葉に、僕は全てが救われた気がした。

初めて、提督としての覚悟が決まった気がする。

それと同時に、心地よい眠気が僕の全身を襲ってくる。



「ありがとう」

「ありがとう、瑞鶴さん。僕も、瑞鶴さんがいてくれて良かった」

682: 2015/06/07(日) 22:30:58.69 ID:fUd9kQt+o
それは。

それは、どういう意味?


空母の少女がそう聞き返そうとして少年の顔を見やった時には、もう遅かった。


「なんで・・・」

「なんで、寝てるのよおおおおおおお!」



せっかく、素直になって彼の事を認めてると言えたのに。

あのキスが嫌じゃなかったんだよ、と。今なら言えそうな気がしたのに。

683: 2015/06/07(日) 22:31:43.96 ID:fUd9kQt+o
少年は当初の瑞鶴の目論見通りに、穏やかな寝息を立てて眠りについていた。

口では悔しがる言葉を発しているくせに、そのチャンスがふいになったことにホッとしてもいる。

言えなかったことよりも、そっちの方がずっとずっと、悔しい。



「ふん、だ」

「もう、私も寝よ」



でも、寝るのはあと少しだけ・・・いま、ちょっとだけ頑張ったご褒美に。

そうだ。あと少しだけ、少年の寝顔を近くで見せてもらってからにしよう。

684: 2015/06/07(日) 22:33:09.90 ID:fUd9kQt+o
ちょっとだけ・・・もうちょっとだけ、少年のベッドの端を借りて。

眠くなったら出て行って自分のベッドに戻ればいいだけの話なんだから。

だから、それまではこうして少年の寝顔を見ていよう。



そうして、翌朝。

少年よりも先に目が覚めた瑞鶴は、部屋中に響き渡る悲鳴を上げることになる。

無論、少年と同じベッドの中で、少年と同じ布団の中で自分が寝ていたことに気が付いて。

687: 2015/06/08(月) 10:15:06.22 ID:5hspSzdho
第十二章 開戦!


「提督、それでは行ってまいります」

「うん、気をつけて」


戦艦『ミカサ』の甲板から、僕と五航戦の二人は戦場にでる赤城さんと加賀さんを見送る。

送り出したあとは危ないので、一刻も早く退避する予定だ。


「じゃあ、加賀さん」

「はい・・・どうぞ、提督」


結局、加賀さんへのキスの効果は20分から30分ほど。

つまり、この戦いの終わりまでは持たない。けれど、少しでも効果があるのならやっておくべきだろう。

688: 2015/06/08(月) 10:16:13.68 ID:5hspSzdho
差し出された手をとるこの瞬間は、何度やってもお互いに緊張する。


「んっ」


唇が加賀さんの手の甲に触れると、決まって彼女から吐息が漏れる。

その声がなんだかとても艶かしくて、いつも理性を保つのが大変なのだ。



5秒、6秒・・・やがて、ポウっと加賀さんの手が輝き出して、効果が出たのを確認する。

今艦載機を放てば、僕の視点も変化するだろう。

さて、これで僕のここでの仕事は達成。戦闘が始まったら危ないし、早めに戻るとしよう。



そうして、一航戦の二人から距離を取ろうとした瞬間、赤城さんから声をかけられる。

689: 2015/06/08(月) 10:16:47.59 ID:5hspSzdho
「提督、提督」

「なに、赤城さん?」

「私にも下さい」


そう言って加賀さんと同じように手の甲を差し出してくる赤城さん。



「ええ、なんでさ!?赤城さんには効果ないでしょ!?」

「あら、分かりませんよ?・・・というのは冗談です」

「お守りがわりに、どうか」



験担ぎじゃあないけれど、こんな事で赤城さんの気が紛れるならなんだってする。

690: 2015/06/08(月) 10:22:27.47 ID:5hspSzdho
「うん、分かった」

そうして赤城さんの手を引き寄せて、手の甲にキス。

5秒、6秒・・・10秒。やはり何秒たっても効果が出る気配はない。



「ぷはっ。やっぱり効果は無かったみたい」

「・・・そうね、私より長くしても出なかったのだから、そうね」



まあ、長かったといっても数秒の違いだけどね。

決して下心でした訳ではないのだから、加賀さんは仏頂面(不機嫌ver)をやめて欲しい。

691: 2015/06/08(月) 10:23:42.91 ID:5hspSzdho
「ふふ、加賀は私にも効果が出てしまったら困るかしら?」

「あ、赤城さん!?そんな事は」


「あら、そんな事って、どんな事なの。加賀?」

「そうだよ、加賀さんは自分だけ強くなりたいなんて思うわけないもの」



そうですね、そういう意味では困っていませんね、なんて言って。

掴みどころのない事を言って僕たちをけむに巻くいつもの赤城さん。

よく分からないけれど良かった、特別に気負っているわけじゃなさそうで。

692: 2015/06/08(月) 10:24:25.51 ID:5hspSzdho
「そ、そんな事より赤城さん、もう行きましょう」

反対に、加賀さんは赤城さんにペースを乱されたまま甲板の先へと歩いていく。



「あらあら、ごめんなさい。少し意地悪しすぎたかしら」



そうして赤城さんも加賀さんの後を追って。

二人とも一度だけこちらを振り向いた後、真っ直ぐに海へと飛び降りていった。



完全に役目を終えて、少し後ろで待機していた五航戦の二人のもとへ行くと。

693: 2015/06/08(月) 10:26:06.50 ID:5hspSzdho
「何で赤城さんにまでキスしてたのよ」


あなたもそこですか・・・。

瑞鶴さんがまさかの理由で不機嫌になっていた。


それさっき加賀さんにも言われたのでもう許してくれないかな?

廊下を歩きながら、まだむくれている瑞鶴さんに、翔鶴さんが一言。



「瑞鶴は今朝、もっとスゴイことをしているんだから許してあげたら?」

「ちょ、翔鶴ねえ何言ってんの!?私はただ提督のベッドで一緒に寝ただけだからね!?」

「それすっごい誤解を生む発言なんで気をつけて下さい!」



戦闘前とはいえ、時折命令を受けた下士官とすれ違うことを考えると・・・。

もうほんとこの二人には黙っていて欲しい。


結果的に、横須賀鎮守府に割り当てられた部屋に戻るまで無事ですんだけれど。

戦闘が始まる前だというのに、僕の胃はストレスで穴が空きそうだった。

694: 2015/06/08(月) 10:28:51.52 ID:5hspSzdho
『ミカサ』の主砲斉射を合図に、戦闘が始まる。

各鎮守府の戦艦が長距離から砲撃を始め、水雷戦隊が敵へと肉薄、確実に仕留めていく。


「加賀さん、『ミカサ』の撃ち漏らしを仕留めていくよ」

「分かっています、提督」



『ミカサ』司令部へと行くことを許されていない僕たちは、モニターと無線、それにキスの力による艦載機の視点から一航戦の二人をサポートすることになる。

もっとも、現状は連合艦隊が破竹の勢いで深海棲艦たちを蹴散らしているから、その撃ち漏らしを撃破するくらいしか仕事がないけれど。

695: 2015/06/08(月) 10:30:01.55 ID:5hspSzdho
「なんだ、提督。楽勝じゃない」

「敵の勢力も事前に調べておいたもの通りですし・・・」


確かにこのままいけば連合艦隊、つまり人間側の圧勝だ。

僕の心配は枯れ尾花に終わるかもしれないし、実際その方がありがたい。


それでもなお。

ドカン、とモニターの中の敵駆逐イ級が加賀さんの爆撃によって爆ぜるのを見ても、何故だか拭いがたい不安が消えない。

100%の勝利が確信出来ない・・・。


「もう一度、敵戦力を確認しようか」

「・・・もう、心配性ね。でもいいわよ、今のところすることないし」

「念には念を、ですね」


モニターの映像を横目で見ながら、今回の大規模作戦の資料を机に広げてみる。

696: 2015/06/08(月) 10:31:53.53 ID:5hspSzdho
「今のところ存在が確認されている深海棲艦は駆逐級、軽巡級、重巡級、空母級だね」


単純な火力や強度、速度、果たそうとする役割なんかで種別分けした結果がそれだ。


「”戦艦”だったり”潜水艦”だったりが存在するんじゃないかって噂もあるみたいだけど」

「うん、でもそれが確認されたことはなくて、いてもおかしくないってこと。これは艦娘も含めてだけどね」


この戦場には、現在確認されている全ての深海棲艦が展開していて、未知の・・・“戦艦級”だとかもその姿は確認されていない。

697: 2015/06/08(月) 10:32:33.70 ID:5hspSzdho
「深海棲艦たちは・・・陣形も何もないです。ただ、それぞれが展開しているだけ」


モニターを見ながら翔鶴さんが分析する。

強いて言うならば横に広がっているから単横陣、ということになるだろうか。

ただ単に散らばっているとしか思えない敵のそれは、満足な連携が取れずに『ミカサ』をはじめとしたこちらの砲撃の前に次々と倒されていく。



「作戦の計画書にも、何ら知能を感じさせない下等な生物、とあるね」



紙の上で貶したとしても何がどうこうなるわけじゃあないけれど。

でもこの戦闘を見る限りじゃあ、深海棲艦との戦闘に不安を抱けというのは難しいかもしれない。

そして、今のところ唯一恐るべき彼らの特徴といえば。

698: 2015/06/08(月) 10:33:55.34 ID:5hspSzdho
「やっぱすごい数よねえ」

そう。


『ミカサ』のモニター越しに見る大海原は今、無数の深海棲艦が描く黒に埋め尽くされていた。

連合艦隊は戦艦が主砲の射程を生かした長距離射撃を、水雷戦隊はその速度を活かして接近と離脱を繰り返す先鋒で戦場を支配している。

このまま戦闘が続けば、2,3時間後には青い海を眺めることが出来そうだ。


「でも、深海棲艦に知能が無くて良かったですね、提督」

「これだけの数を持ちながら戦略を立てられたら、少々マズイかもしれないね」

699: 2015/06/08(月) 10:34:42.10 ID:5hspSzdho
戦艦に砲撃されれば戦艦へと憎悪を向けて接近しようとし、水雷戦隊や一航戦の爆撃に屠られる。

今度はそちらを追いかけ始めたところへまた、戦艦の一撃。

決まりきったパターンでやられているのに、連中には欠片も学習が感じられない。



「こうして見ると重巡級は人の姿をしてるように見えるのに」

「戦い方を見る限り駆逐や軽巡と同じくらいの知性、といった感じです」

「あの中じゃ一番強くてやっかいだけどねー」



駆逐や軽巡は数、重巡は数こそ少ないものの火力がある。

これは艦娘たちとも共通で、そういった面では似ているのかもしれないけれど。

700: 2015/06/08(月) 10:35:13.86 ID:5hspSzdho
「にしても、深海棲艦はホントに空母が弱いわよねー。ホントに正規空母?」


そうなのだ。

艦娘側では瑞鶴さんたち鎮守府に四人しかいない空母が圧倒的な戦力となっている。

この戦いに連れてくる四人をその空母勢四人で統一したことが何よりの証明だしね。



「あ。また一隻、赤城さんが仕留めます」



突出した敵の”正規空母ヌ級”。各地で存在が確認されている敵唯一の空母。

そのうちの一隻が持つ戦闘機を加賀さんが全て撃墜して丸裸にした所に、トドメとばかりに赤城さんが爆撃機を放った。

敵”正規空母ヌ級”は、その球状の身体を大きく軋ませた後に爆散。海の藻屑となって沈んでいった。

701: 2015/06/08(月) 10:36:38.16 ID:5hspSzdho
「私たちと搭載数が違うのよねえ」


深海棲艦の一隻は、こちらの軍艦や艦娘一隻の性能に及ばない。

だからこそ、圧倒的な数が驚異となっているのだけれど、それにしても・・・。



「火力は低く装甲も薄い。搭載数は言うに及ばず。正直、敵の空母は何もこわくないよね」



まだ数が多い駆逐の方が相手にするのが面倒という点でやっかいだ。

深海棲艦と艦娘では、それだけが両者を分ける唯一の違いかも知れない。

おや。モニターの映像を見て、あることに気がつく。


「加賀さんの爆撃・・・火力落ちてきてない?」

「あれ、そうかも」

702: 2015/06/08(月) 10:37:16.85 ID:5hspSzdho
戦闘が始まってそろそろ20分が経過する。

そろそろキスの効果が切れてきた頃というのもあって、精度が落ちてきたのかもしれない。

ただ、このまま行けば勝利は確実だから問題は無いだろう。



・・・まさか、キスしに戻ってくるということもないだろうし。



一方的な戦闘をモニター越しに見せられて、安堵とともに沈黙が襲ってきた。

慢心するわけじゃあない。

けれど、驚異が見当たらない限り一航戦に指示することもないしということで、瑞鶴さんが先ほどの話を蒸し返す。

703: 2015/06/08(月) 10:38:08.86 ID:5hspSzdho
「にしても、やっぱ敵の空母が弱いわねー、もう!」

「敵が弱いのは喜ばしいことじゃないか」


クスリと笑って瑞鶴さんに反論する。

多分これは、敵の空母が弱いと自分たち艦娘側の空母まで弱いと思われそうで嫌、みたいな考えだろう。


この戦場で赤城さんや加賀さんが『ミカサ』の撃ち漏らしをメインにかなりの敵を屠っているのだから、そんな評価が下されることは無いだろうに。


そんな僕の落ち着きは、次の翔鶴さんの呟きで雲散霧消することになる。





「そうですね・・・これではまるで”軽空母”のようです・・・」

704: 2015/06/08(月) 10:39:00.06 ID:5hspSzdho
軽空母。

その言葉が、迅雷の様に僕の頭の中を駆け巡った。


「しょ、翔鶴さん、今なんて言ったの!?」

「えっ・・・きゃ、提督?」

「ちょっと、何翔鶴ねえの手握ってるのよ、変態!」



翔鶴さんに顔を近づけようが手を握ろうが、今はそんな事問題じゃない。



「艦娘には”軽空母”がいるの?教えて!?」


僕の態度が尋常じゃないことを感じ取ってか、五航戦の二人も真剣な表情になって。

705: 2015/06/08(月) 10:42:18.07 ID:5hspSzdho
それは、翔鶴さんたちにとって人間である僕に報告するまでもないことだったはず。

軽空母の艦娘がいるという概念。それは当然に、確認するまでもなく僕も理解しているだろうと。


艦娘としての常識と、人間の僕の認識の食い違い。それに今まで気がつかなかったなんて・・・。

艦娘が唯一いる横須賀鎮守府―僕の鎮守府に”戦艦””潜水艦”・・・。


そして、”軽空母”がいないからといって、そうした艦娘が本当にいない、今後現れないとは限らない。

そしてそれは深海棲艦側にも言えること。

706: 2015/06/08(月) 10:43:53.84 ID:5hspSzdho
心臓が悲鳴を上げて、嫌な汗が体中にまとわりつく。

敵のヌ級が”正規空母”だなんて、誰が決めた?敵が教えてくれたのか?


・・・そんな訳が無い。


今まで人間側が観測した深海棲艦空母がヌ級だけだった。

そしてそれを僕らが勝手に”正規空母”と分類して扱っていたというだけの話。



いや、本当に敵の空母がヌ級だけなら、僕の心配はまたしても杞憂に終わる。

それだけのことかもしれない・・・でも。

胸の内に残る、この消えないモヤモヤはなんだ?

707: 2015/06/08(月) 10:44:35.95 ID:5hspSzdho
「加賀さん、加賀さん!」

「・・・提督?何ですか、珍しく慌てて」

「提督?」


一航戦の戸惑いもこの際、無視して。


「キスの効果、まだ残ってるよね。艦載機の視点が使えるうちに・・・」

「放てるだけの偵察機を敵に向けて放って、早く!」

「分かりました」


加賀さんの持つ全ての偵察機が大空へと放たれる。

代わりに制御しきれなくなった戦闘機たちを着艦させて回収。

守りが薄くなる分は赤城さんがカバーしてくれた。

708: 2015/06/08(月) 10:45:43.73 ID:5hspSzdho
僕の視点を、次から次へ・・・偵察機から偵察機へと切り替えていく。

目が回るような視界の変化に吐き気を覚えるけれど、今はその時間すら惜しい。


なんとか、加賀さんのキスの効果が終わる前にこの不安を無くしてしまいたい。


「提督、何をなさっているんですか?」

「提督?」


五航戦の二人をも無視して、なおも視点を切り替えて戦場の敵を見渡していく。


「敵前線に駆逐多数・・・駆逐駆逐、軽巡。中盤になるほど重巡や”軽空母”が増えて・・・」


駆逐、軽巡、重巡・・・軽空母。意思を持たぬ下等な化け物たちの群れ。

その、最奥に・・・。

709: 2015/06/08(月) 10:46:22.96 ID:5hspSzdho
そんな訳がないのに、艦載機の視点越しに”ヤツ”と目があった。・・・そんな気がする。

軽空母ヌ級と同じ様な球状の何かを頭に載せたそれは、まごう事なき人間の体躯を持っていた。

氏体のような白い肌と、闇を思わせる黒い艤装に包まれたヤツは。

突出して自分の姿を捉えた偵察機を見て、僕に向かってニタりと微笑んだ・・・そんな気が、した。


ああ、確かに不安は消えた。

絶望という形に切り替わって。



「あっ」


短く加賀さんが声を上げた。丁度、キスの効果が切れたのだ。

視界が元に戻る。再び見ることが出来るのは、モニター越しの黒い敵影のみ。

710: 2015/06/08(月) 10:47:04.38 ID:5hspSzdho
「我、敵”正規空母”発見す」

「翔鶴さん、艦隊総旗艦・・・大提督にそう報告文を打って」

「瑞鶴さんは甲板まで。加賀さんの偵察機が撮った写真、取りに行って」



乾いた僕の指示と、五航戦の二人が駆け出す音だけが静かに室内に響いた。

711: 2015/06/08(月) 10:47:35.87 ID:5hspSzdho
一先ずここまで

715: 2015/06/08(月) 21:11:36.06 ID:5hspSzdho
「それがどうしたというのだね」

「今、画像を送ります・・・翔鶴さん」


艦載機が捉えた真の敵正規空母の画像を、大提督のもとへと送る。

そして、会話を共有している各提督の元へも。



「ふん、戦闘中に何かと思ったら。下らん」

「単に下等な敵の新種が出てきたというだけの話」

「閣下、私は抜けさせてもらいますぞ」



何故だ、何故みんなこうも戦況を楽観する!?

716: 2015/06/08(月) 21:12:32.84 ID:5hspSzdho
「今まで我々は、敵・・・深海棲艦が意思を持たぬただの化け物だと判断して戦ってきました」

「今でも、だよ」

「もし、それが違っていたら?」

「・・・何?」



「この新種の正規空母・・・ヲ級と名付けましょうか。ヲ級は明らかに人と同じ体躯を持ち、他の深海棲艦と一線を画しています」

「敵の最後尾に控えていることからして、明らかにこの群れの親玉―”ボス”でしょう」



何故、この危機感が伝わらない!?

僕を敵視している各提督はともかく、比較的柔軟な態度を示す大提督にまで!

717: 2015/06/08(月) 21:13:44.96 ID:5hspSzdho
「今まで、唯一敵を恐怖する要因があるとすれば、それはあの膨大な数でした」

「もし、あの暴力的とまで言える数に戦略が加わったら?」


「そんな事はありえん。現に、これまでの戦闘を見ろ」

「これまで、このヲ級のような人型の深海棲艦を見た方は?」



沈黙が、何よりも強い肯定となって僕に返ってくる。

やはり、誰もいないのだ。コイツを見たものは、僕以外に誰も。



「ならば一度、撤退すべきです」

「貴様、何を言うか!?」

「この程度のことで怖気づいては、大勝利など掴めぬわ」

718: 2015/06/08(月) 21:14:36.32 ID:5hspSzdho
「何よ、提督の意見の方が安全で正しいじゃない!」

「役立たずの小娘は黙っていろ!」

「なっ・・・なんですって!?」


瑞鶴さんの言うとおり、僕は自分の考えが他のどんな戦略より正しい自信がある。

大勝利とは言えなくても、今現在こちらはほとんど犠牲を出さずに敵を撃破している。

緒戦は堅実な勝利、ということで一度撤退し、対策を練れば・・・。

そんな僕の献策は、歯牙にもかけられずに叩き潰される。




「横須賀鎮守府特別提督」


他ならぬこの作戦の最高責任者によって、叩き潰される。

719: 2015/06/08(月) 21:16:23.64 ID:5hspSzdho
「深海棲艦どもが単なる下等生物でなく、戦略を打ち出してくる可能性を証明出来るかね」

「それは・・・このヲ級を見るに、万一を考えて」

「証明出来るかね、確たる論を持って」

「・・・出来ません」



この作戦の中核にいなかった僕に、それが出来ようはずもない。



「決まりだな、各鎮守府諸君は今までどおりの作戦遂行を命ずる」

「今日中にこの海域の敵を殲滅しつくす、以上解散だ」



無力感に苛まれ、無線を切ることもできずに僕は立ち尽くす。

各鎮守府の提督の嘲りを前に、何もできずに。

720: 2015/06/08(月) 21:17:50.59 ID:5hspSzdho
「緒戦での小勝利など、誰も望んではいないのだよ。横須賀提督」


唯一、僕との無線をまだ切らずにいた大提督がぽつりと呟いた。

・・・どういう事だ?混乱する僕を尻目に、大提督が言葉を重ねる。



「大本営の総力をあげ、奇跡の戦艦『ミカサ』を引っ張り出した」



ああ。

その一言で、僕は理解する。


大提督自身は、僕の見立てを是としていることを。

彼だけは、深海棲艦を相手に少しも驕ってはいないということを。

721: 2015/06/08(月) 21:18:47.28 ID:5hspSzdho
「その結果、少し敵を蹴散らしただけで安全を取って帰投する」

「それでは満足しない。この計画を立案した者たちは、遠く本土で大勝利の報だけを待っているのだから」


「大きな成功をおさめるためには、相応の”痛み”を伴うのだよ」

「ふざけるな!」



僕の中の何かが弾けた。

722: 2015/06/08(月) 21:19:54.74 ID:5hspSzdho
「その”痛み”を口にしていいのは、実際に命を落とすかもしれない人たちだけだ!」

「僕の指揮で命を落とすかもしれないのは、僕じゃない・・・。赤城さんや加賀さん、瑞鶴さんに翔鶴さんたちだ!」

「安全な場所にいる奴らが、自分たちの耳触りの良い報を聞きたいがために出していい言葉じゃない。そんなの間違ってる!」



「提督・・・」

「ねえ、きっと・・・大丈夫よ。何も起こらないわ?」



「そこのお嬢さんの言葉が現実になることを信じて、今は進むしかないのだよ」

723: 2015/06/08(月) 21:20:45.55 ID:5hspSzdho
「情報を、下さい」

「この作戦にあたってかき集めた情報。横須賀に知らされていないモノもあるはず」

「それらをかき集めれば、僕の主張を裏付けられるかもしれない」


無常にも、そのあがきは一蹴される。


「一航戦の空母艦娘の指揮に専念したまえ」



そうして、無線は完全に途絶えた。

戦況は進んでいく。連合艦隊の圧倒的優位なまま、進んでいく。


じりじりと戦線を上げられ、僕たちに押されて後退していく敵を掃討するというかたちで。

海のあちこちで深海棲艦たちが煙と血の泡を吹き出しながら沈んでいくのが分かる。

724: 2015/06/08(月) 21:21:29.70 ID:5hspSzdho
絵に描いたような大勝利はもう、間近に迫っていた。

踊る踊る。戦艦『ミカサ』は、僕たちを乗せて敵味方ひしめき合うこの洋上を踊る。



大勝利という名の奇跡の舞台を。

あるいは、まさかの大敗北という名の悲劇の舞台を。



幕が降りるまでに残された時間は、おそらくもうあと僅か。

729: 2015/06/11(木) 22:31:41.51 ID:7H1J89oIo
第十三章 危機の予感


後ろからそっと、肩を抱かれる。

それが瑞鶴さんだってことが、振り向いて確認しないでも分かった。


「ごめん、瑞鶴さん。せっかく昨日元気づけてもらったのに」

「ううん、提督は頑張ったわ。話を聞かないあいつらが悪いんだから!」


それでも・・・もし、赤城さんたちに何かがあったら。

僕は自分で自分を許すことが出来そうにない。



「提督、瑞鶴・・・」


洋上はもう深海棲艦の遺骸で埋め尽くされていた。思ったよりも掃討が早い。

先頭が終結しても、蒼い海を見ることはしばらく無理だろうな、なんて。

沈んでいく深海棲艦を見ながら、場違いにも僕はそんな事を思った。

730: 2015/06/11(木) 22:32:33.74 ID:7H1J89oIo
モニターに映る快進撃とは裏腹に、室内はどんよりとした沈黙に包まれる。

このまま何事もなく大勝利に終わることを祈るしかないのだろうか?

でもそれは単なる思考の放棄、逃げじゃないのか?




戦場に出す艦娘は2隻までという命令に逆らって五航戦も投入しようか?

・・・いや、翔鶴さん、瑞鶴さんの練度は一航戦のそれには達しない。

キス効果が無い状態では、尚更。何かあったとしても戦況を変えられるとは思えない。

731: 2015/06/11(木) 22:33:10.39 ID:7H1J89oIo
でも、何かあってからじゃ遅いんだ。その前に動き出さなきゃ・・・。

そんな思いばかりが空回りして、結局、自分の無力さを思い知らされる。



「くそう。何か、何かないのか?」



そんな時だった。

コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。

732: 2015/06/11(木) 22:34:24.45 ID:7H1J89oIo
昨日、もっとちゃんとした仲直りが出来たていたら・・・。

肩を抱くだけじゃなくって、もっと違うかたちで少年を安心させられたのかな?

瑞鶴はそう思わずにはいられない。



自分たちのためにここまで頑張ってくれた少年が、自分たちのために無力さを味わっている。

そんな彼の力になってあげることが出来ないのが、とてももどかしい。



このまま少年が恐れている事態が起きなければ、赤城も加賀も無事に帰ってくる。

それが、一番いい結末。少年と自分との間には何も起きようがないけれど、また別の機会で頑張ればいい。

733: 2015/06/11(木) 22:35:01.15 ID:7H1J89oIo
でも、もし。

もし、自分の力があれば少年やみんなを助けられる・・・。

そんな事態になったならば、そう。

覚悟を、決めよう。



少年の背中越しに、肩をそっと抱きながら。

空母の少女が決意した。



そんな時だった。

コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。


734: 2015/06/11(木) 22:38:51.32 ID:7H1J89oIo
「失礼いたしますわ」


ぎょっとするほどの嗄れた声は何度聞いても慣れることはない。

淑女の礼をとって入ってきたのは、昨日のメイドの少女だった。



「何かお困りでしたら、何なりとお聞かせくださいませ、提督さま」



ニコリ、と子供らしさとは無縁の無邪気さを貼り付けて少女が笑う。

紅耀石の瞳に好奇心の灯火を宿して、僕に語りかけてくる。





金色の長い髪が、可愛く小首を傾げる動作とともに怪しく揺れた。

735: 2015/06/11(木) 22:39:49.47 ID:7H1J89oIo
”何かお困りでしたら”その言葉が何故か、僕の耳に残った。




僕がどういう受け答えをするのか楽しみで仕方ない、といったふうな少女の態度。

正直、この子が何かを企んでいようが、そんな戯言に構っている暇は無いはずだ。



でも。僕はここでの選択が、僕が抱えている不安に直結していそうな何かを感じた。

結局、僕はメイドの少女が気に入りそうな返事を必氏になって探すのだった。

736: 2015/06/11(木) 22:41:12.50 ID:7H1J89oIo
「君の主を説得出来るだけの情報がないか、探しているんだ」

「主?私の主なんて、いないわ。本当はもういるはずだったんだけど」

「大提督のことさ、君は彼のお屋敷のメイドなんだろう?」



煙に巻く様な少女の喋り方への苛立ちを抑えて、慎重に言葉を巡らす。



「ああ、そうね。そうだったわ」



昨日の自分の発言を覚えていないはずがない。こちらをからかっているのだろうか?

彼女の正体も、今は問題ではない。気になるけれど、ミスリードだ。

見破ったところで何の得にもなるまいし、話題をそこに置いたところで彼女に愛想を尽かされる・・・そんな気がする。

737: 2015/06/11(木) 22:42:39.36 ID:7H1J89oIo
「大提督の傍にお仕えしているのなら。身の回りのお世話も、君の仕事だよね?」

「うん、そうね。あのおじいちゃんのお世話、大変なんだから」


「給仕に身支度、掃除や料理、皿洗いなんかも、全部君一人が?」

「ええ、大変でしょう?」



クスクスと嗤うメイドに何か言おうとした瑞鶴さんを手で制す。


「それだけ近くにいるのなら」


ゴクリとつばを鳴らす。道を間違えていないだろうか、間違えていないはずだ。

僕が求めることを、このメイドは求めているはずだから。

738: 2015/06/11(木) 22:44:47.37 ID:7H1J89oIo
「例えば、今回の作戦にあたって大提督のもとへ集まる報告書に触れる事も可能かもしれない」

「ふうん、それで?」


まるで薄氷を渡るかのような、ジリジリと底冷えした感覚。


「策を却下されて落ち込む僕を慰めるために、それを持ってきてくれる優しい娘がいるかもしれないね」

「女が、口説いてもくれない男のためにそんなことするかしら?」


カンベンしてくれよ・・・。

ええい、男は度胸だ。

739: 2015/06/11(木) 22:46:01.69 ID:7H1J89oIo
「初めて会った時から、可愛い娘だなと思ってたよ」

「君のそのきれいな手から僕の欲しいものを渡されたら・・・惚れてしまうかもしれない」



女の子に慣れていないのが、こんな時に裏目に出るとは思わなかった。

拙い口説き文句に彼女が気分を害さないかが気になってひやひやする。

クスクスと嗤う表情は崩さないまま、メイドの少女が妖しく語る。

740: 2015/06/11(木) 22:46:47.71 ID:7H1J89oIo
「初めて会った時って、いつのことかしら?」

「それは・・・勿論昨日からさ」


僕の答えは正解なのか。

目を閉じて蜀の桟道を渡るかのような心もとなさを感じる。

もうひと押し、いるだろうか?



「君みたいなかわいい娘、一度見たら忘れるはずがないじゃないか」

「忘れるはずない、ね・・・ふぅん」



不味い、間違ったかと思った次の瞬間。

741: 2015/06/11(木) 22:47:41.54 ID:7H1J89oIo
「ま、いいわ。特別に許してあげる」


最後まで貼り付けた微笑みを崩さないまま、メイドの少女は僕に分厚い紙束を差し出したのだった。

どこから取り出したかって、そんなの今はどうでもいい・・・おそらく、これが。



「じゃあ、頑張ってね」

「私を、沈ませないで頂戴?」



そう言って、最後まで優雅な態度を保ったまま退出していった。

742: 2015/06/11(木) 22:49:34.30 ID:7H1J89oIo
「ほんっとに、変な娘ね。それに、それを言うなら私たちを、じゃない?」

「いや、今のはあれで合ってるよ」


僕の返事が意外だったのか、姉妹はぎょっと表情を変えて。


「提督、何か知ってるの?」

「あの娘が何者か、分かったのですか?」




彼女の正体が気になる気持ちは分かるけれど、今はそんな場合じゃない。


「教えてあげたいけれど、時間がない。三人で手分けして読もう」


僕の言葉に渋々矛を収めた二人は静かに頷いて。

さっそく、床に資料を広げて三人で読み漁るのだった。

747: 2015/06/13(土) 14:47:23.15 ID:78sWDADco
モニターの中の戦況は、相変わらず有利に進んでいる。

僕たちが沈めたと思わしき深海棲艦の黒が、水底から透けて見えて…。

『ミカサ』周辺の海は一面、黒々とした奴らの氏体で塗りつぶされていた。



「ちょっとでも気になることがあったら教えて」

「う、うん」

「はい!」



今出来ることをしよう。いつだって、それだけだ。

無駄に終わるのならそれでもいい、僕たちは目を皿の様にしてメイドの少女がもたらした書類を漁る。

748: 2015/06/13(土) 14:48:22.84 ID:78sWDADco
「最近の戦闘記録が大部分を占めているみたいだね」


この作戦を開始するために、まずは各鎮守府近海を掃討したのだから当然か。

開発の状況、『ミカサ』運用に関する報告、近海の戦闘記録…。

大提督のもとへ集まる情報は多岐に渡る。




「うへえ、これ、昨日のアイツの記録じゃない?」


瑞鶴さんがうめき声を上げて読んでいた書類を何気なく渡してもらう。

ああ、昨日赤城さんにからんだ呉鎮守府の七光りか・・・。

749: 2015/06/13(土) 14:49:06.25 ID:78sWDADco
「すごいじゃないか、もう前線で戦闘指揮までしてる」

「内容もね」

「うげ」



経験も何もない者でも、士官学校の卒業生だ。現場の長になれる。

七光りは提督の代理、副提督という位置だから実質的にはナンバーツーみたいだ。


杜撰な戦闘指揮は彼自身のものだろう、普通は現場の叩き上げが補佐につくだろうし・・・。

おそらくは参謀役の下士官の意見を却下した上で突出、惨敗している。

750: 2015/06/13(土) 14:50:40.30 ID:78sWDADco
せめてもの救いは、すぐに助けに入った味方艦がいて轟沈に至らなかったことか。

負けるだけならまだ良い。問題はその後…仲間を氏なせる寸前に追いやった処分。

それは謹慎2日と極めて軽く、これはどう見ても…。



「親が提督だから、でしょうか?」

「うん、ほんっと情けないよ…」


こんな下手を打ったばかりなのにヘラヘラ笑って女の子に声をかけていたのか。

斬られない馬謖を見て、呉鎮守府の下士官たちは大いに泣いたことだろう。

751: 2015/06/13(土) 14:51:44.21 ID:78sWDADco
「舞鶴や佐世保では、さすがにそういった報告は見られませんが…」

「僕に知らせるほどの出来事もない?」


翔鶴さんがこくりと頷く。



一方で僕が見ている報告書の類にも、取り立ててヒントになりそうなものは見当たらない。

やはり僕の心配は意味のないことだったのだろうか?

それとも、ここにヒントが見当たらないだけで実際は…。

752: 2015/06/13(土) 14:52:30.46 ID:78sWDADco
「ねえ、呉の報告書なんだけど…」

「なあに、瑞鶴。嫌いな人だからと言っていつまでも言っていては駄目よ?」

「いやそうじゃなくって…って、その言い方だと翔鶴ねえだって嫌ってるじゃない!」

「そ、そんな事言っていないわ…ただもう名前も聞きたくないだけで」


それを一般的には嫌うと言うんです、翔鶴さん。

…というか、これだけ穏やかな人に嫌われるってある意味才能かもしれない。




「ぶー、気になることがあったら言う約束だから言ったのにー」

「ああ、ごめんごめん。どうしたの?」


それが、と瑞鶴さんが話を続ける。

特段分厚い紙の束をこちらに差し出しながら。

753: 2015/06/13(土) 14:53:16.65 ID:78sWDADco
「これは?」

「その七光りが休んでる二日分の報告書」

「分厚いな…」


他の報告書が紙一枚の適当な出来に仕上がっているのに対して、この二日だけは異常とも言える量だ。


「提督、これはどういう事でしょう?」

「この報告書って、普段アンタが書いているのと同じものよね?」


ほら、いつもいっぱい書いてるヤツよと瑞鶴さん。

逆に呉のいつもの報告書は何でこんなに薄っぺらいのと聞いてくる。

754: 2015/06/13(土) 14:54:30.47 ID:78sWDADco
「おそらく、だけど」


こうした報告書の作成は本来提督か、副提督の仕事だ。

横須賀では僕が書いているけれど、呉では副提督が書いているのだろう。

こんな薄っぺらい書類、彼にしか書けそうにないし。




「で、彼の謹慎中に代筆することになった下士官が、ここぞと言わんばかりに書きたいことを書きまくったと」


多分、そういう事。


「でもこれ、凄いよ」

755: 2015/06/13(土) 14:55:29.67 ID:78sWDADco
事務から現場の指揮系統に関する問題点、その改善案。

特に目を引くのが敵深海棲艦の特徴や自分なりの戦闘計画の立案だ。

駆逐や軽巡など、各艦種ごとに細かく仕訳した後に分析までしており分かりやすい。



「この人、本当に優秀だよ・・・」



僕が先ほどまで気がつかなかった、“空母ヌ級”ついても触れられている。

火力や装甲、艦載機の搭載数から見て正規空母級と考えることへの疑問符を投げかけていた。

“軽空母”であるとの見解にまではたどり着かなかった様子だけれども・・・すごい。


756: 2015/06/13(土) 14:57:19.65 ID:78sWDADco
「僕の鎮守府に欲しいくらいだ」


素直にそう感想を漏らす。

こんな人材を埋もれさせておくなんて、呉は余程優秀な人が集まっているのだろうか?


「へえ、アンタがそんな事言うなんてよっぽどよねー」

「提督の場合、自分の能力を物差しにして人を測りますから…」



何それ、それじゃあ普段の僕の人物評価が辛いみたいじゃあないか。

そんな厳しい人物評なんてしないけどなあ、と思いながら次のページをめくる。

757: 2015/06/13(土) 14:58:05.18 ID:78sWDADco
瞬間、時が止まった。そして、察する。

僕の心配が、杞憂に終わらないであろうことを。



「赤城さん、加賀さん。僕の指示を聞いてほしい。艦載機を最小限残して畳んで」

「何が起こっても良い様に、身軽にしておこう」



舞台の脚本を書き換えるために、ペンを執る時が来たのだ。

もしも提督を辞める日が来たら、作家にでもなってやろうか?

758: 2015/06/13(土) 17:34:03.01 ID:78sWDADco
「君を呼んだ覚えはないのだが」


艦橋のいっとう高い席に座ったまま、大提督は僕たちを睥睨した。

門前払いされなかっただけマシとはいえ、もう少し歓迎して欲しかったかな。


「撤退を進言します」

「どうした、皆手が止まっているぞ」


その一言で艦橋に詰めていた士官、下士官たちが再び仕事に戻りだす。

ある者は周囲の艦隊に指示を出し、ある者は『ミカサ』の砲手に砲撃を命じる。

そんな兵士たちの怒号を背景に、僕はなおも大提督に向かって告げた。

759: 2015/06/13(土) 17:34:51.87 ID:78sWDADco
「このままでは艦隊が全滅します」


投げ込んだ石が大きすぎたかも、という心配はない。

これ程士気を挫く台詞を放ったのに、大提督の反応はといえば眉をピクリと動かしただけ。

昨日の夜、不安に震えていた僕とは大違いだ。



「聞こう。だがもし、君の論拠が聞くに値しなかった場合―」

「二度と口を挟む真似は致しません」



そう言って、数枚の書類を大提督に手渡す。

先ほどの呉鎮守府の報告書から抜き出してきたものだ。

760: 2015/06/13(土) 17:35:48.07 ID:78sWDADco
「これは?」

「呉鎮守府から本部への、定例報告書です。お読みになられては?」


静かに首を振られる。まあ、それはそうだ。

大提督ともあろう人が各鎮守府の日報まで、事細かに読んでいられるわけがない。

最も読んでいれば―今、こんな悠長になんてしていられないだろうけれど。



「報告者が呉提督でも、副提督でもないようだが」

「副提督の謹慎中に、代理の士官が書いたものです」

「道理で、きちんと報告書になっている」


皮肉は受け流す。今は笑っている場合じゃないから。

大提督の視線が手渡した報告書へと移った。

761: 2015/06/13(土) 17:46:08.98 ID:78sWDADco
                                   帝国歴××年○月△日
                  出撃報告書
                                    呉鎮守府副提督代理

本日の出撃任務の際、奇怪な深海棲艦を目撃致しましたのでご報告致します。


○ 敵艦隊との遭遇について
大規模作戦を控えた、当該作戦での攻略目標海域への偵察を行った際の目撃。
敵深海棲艦数隻を発見、威力偵察の為交戦。敵の動きに違和感を覚える。

○ 味方艦隊
軽巡洋艦2隻 駆逐艦4隻

○ 敵艦隊
軽巡洋艦1隻 駆逐艦2隻 不明艦3隻

○ 戦闘経緯
我が艦隊の砲撃を浴びるや、敵艦隊は後退を始めたため反航戦の様相を呈す。
通常、深海棲艦たちは我々の姿を見るや1隻でも多く水底に沈めんと殺到し、同抗
戦となる為不自然な動きだった。敵軽巡洋艦、駆逐艦は後に表記する3隻の“不明艦”
を庇うように囲い後退。少しでも我が艦隊との距離を取ろうとする動きを見せる。

これまでにない姿をした深海棲艦とその動きに尋常ではない予感を得たわが軍は突撃
を敢行。敵駆逐と不明艦を1隻ずつを大破、炎上せしめた。

○ 結果
残りの護衛艦を追い払い大破させた不明艦の調査を試みようとしたところ、氏の臭いを
嗅ぎつけたのであろうか、敵艦隊に援軍を見る。艦隊数は特定出来ず。深入りは危険
と判断、後退を命じ戦闘海域を離脱した後偵察機を放つ。

○ 不明艦について
詳細は不明である。でっぷりと太ったその体躯は今まで確認されてきたどの深海棲艦の
姿とも異なる。航行速度も遅く敵の撤退の足を引っ張り、火力も敵駆逐艦以下である。
他の深海棲艦がこれを守るように撤退したのは何故かという疑問が残る。

○ 意見
偵察機の撮った写真は異常である。一刻も早く本部へ奏上し判断を仰ぐべきではないか?
当方が今回大破、炎上せしめた敵は駆逐艦1隻、不明艦1隻である。この2隻に関して
まわりの深海棲艦どもがとった行動には明確な違いがあり、無視出来ない事の様に思える。

私は今度の大規模作戦に対し、意見する立場にない事は承知の上で申し上げる。
時期尚早ではないか。このような不安要素を抱えたまま断行すべき作戦なのだろうかと。


奇跡とは出来うる事すべてを為し、それでも尚自身の力ではどうしようもないほどの結果を
望むときに使う言葉である。我々にはまだ、為すべきことがあるのではないだろうか?




762: 2015/06/13(土) 17:47:51.05 ID:78sWDADco
報告書を読む大提督の手が小刻みに震えている。


「未知の不明艦を目撃し、この対応」

「この指揮官の慧眼は賞賛すべきです」


そして何故、この報告書が単なる日報扱いで処理されてしまったのか?

大提督直通で届くべき緊急案件と呉鎮守府が判断すれば、そうはならなかった。



だけれども、今それを言っても仕方がない。

もう僕たちはルビコンを渡っているのだから。


「ねえ、これでもまだこの作戦に不安がないっていうの!?」

「新しい空母に役割の不明な敵艦。充分やばいじゃない!」

763: 2015/06/13(土) 17:48:49.67 ID:78sWDADco
大提督の沈黙に、たまらず瑞鶴さんが声を張り上げる。

違うよ、瑞鶴さん。大提督は無能なんかじゃない。

だからこそ、次に見せる写真にも意味が生まれる。



「そしてこちらが、先ほどの報告書で偵察機に撮らせたという写真です」


モノクロで見にくいけれども、大空から撮られたそれは眼下の様相を克明に記録している。

たまらず、といった様子で大提督の参謀たちが写真を引ったくり、覗き込む。


「こ、これは・・・!?」

764: 2015/06/13(土) 17:49:47.36 ID:78sWDADco
大破炎上する敵深海棲艦の駆逐艦と、“不明艦”。そしてその周囲に群がる同胞たち。

先ほどまで僕たち人間の魔手から守ろうとした“不明艦”に、彼らが何をしているか?


「く、喰っているのか、自分の同胞を!?」

「悪魔め!」



参謀役たちがぼそりと、深海棲艦への嫌悪を漏らす。

そう、同胞を喰らう深海棲艦たちの姿が写真には写されている。

でも、問題はそこじゃない。奴らのおぞましさを言いたいわけじゃないんだ、僕は。



大提督が立ち上がる。ただ一人、この写真から僕の言いたいことを理解したらしい。

翔鶴さんも、瑞鶴さんも、周りの参謀たちも一発では理解出来なかったのに。

765: 2015/06/13(土) 17:50:32.03 ID:78sWDADco
やはりこの人は、人の上に立つ事の出来る人だ。

でも、それ故に。分かってしまうからこそ味わう絶望というものがある。


「閣下?」

「大提督閣下?」

「分からんのか」


天を仰ぎながら、大提督がに向き直る。

説明しろ、という言外の命令を感じ取って、僕は口を開いた。



「今まで、深海棲艦が共食いをする光景を見たことのある人は?」


予想通り、ゼロ。だから初めてみるこの光景に、こんなにも嫌悪を露わにするのだ。

766: 2015/06/13(土) 17:51:15.55 ID:78sWDADco
「もう一度、写真をよく見てください」

「大破炎上している敵艦は、駆逐と“不明艦”の2隻。でも…」


そこまでで思い至ったのか、あっ、という声が上げられて。


「食べられている艦は、“不明艦”だけです!」


翔鶴さんの気づきに、どよめきが生まれる。



そう。

大破炎上し、今にも沈まんとしている敵駆逐艦はというと。

同胞たちにその存在を無視され、顧みられることはない。

その一方で“不明艦”には深海棲艦が殺到、その身を喰らいつくされている。

767: 2015/06/13(土) 17:58:41.58 ID:78sWDADco
「“不明艦”は深海棲艦が食べられるモノを積んでる、ってこと?」


ああ、瑞鶴さん。

彼女は論理的な思考を積上げて解答に至るということに関しては苦手だけれども。

こと、こういう時に発揮されるべき意外な発想力というものに関しては才能がある。


この写真から分かることは、と前置きして僕は告げる。


「“不明艦”は深海棲艦に必要な資源を体内に貯蔵することが出来る」

「だからこそ戦闘開始時。他の深海棲艦は戦闘力皆無の“不明艦”を守る行動に出たんだ」


そしてここに、僕が深海棲艦たちが単なる下等生物ではないと論ずる根拠が在る。

772: 2015/06/14(日) 20:48:05.31 ID:20/pmt+Oo
「ねえ、瑞鶴さん。この奴らの動きって、何かに似てない?」

「へ!?わ、私!?」


戦闘力が皆無の、物資を載せたモノを囲んで洋上を進む行為。

途中で敵に遭遇しても無理はせず、退避に専念しようとする行為。

守れなかった物資を、せめて持てるだけ回収しようとする行為。



瑞鶴さんの発想力は、またしても遺憾なく発揮された。

呆然と、精気の抜けた表情で呟かれたその言葉は。


「船団、護衛任務・・・」


僕らの鎮守府が最も慣れ親しんだ任務の名前だった。

773: 2015/06/14(日) 20:48:55.37 ID:20/pmt+Oo
「だ、だから、何だってんだ!?」


参謀役の一人が悪あがきをする。そう、これは悪あがきだ。

だってもう、彼だって結論にたどり着いている。でも、否定して欲しいんだ。

この恐るべき事実を戯言だと言って否定して欲しいんだ。



「深海棲艦の活動に必要な何らかの物資をため込んで、彼らに供給する」

「僕は新たに見つかったこの“不明艦”を、“補給艦”と命名したいと思います」



言葉が、砂漠に水を撒くかのように浸透していく。

774: 2015/06/14(日) 20:50:04.76 ID:20/pmt+Oo
「奴らは、ただ目の前の人間たちを襲うだけの下等な生物じゃなかった」

「僕たちの様に、来るべき大戦に備えようとする意思があった」

「必要なモノを、必要な場所へ…それを送り届けるための護衛をつけて、確実に」



―戦争ってのは、何も相手を倒すばかりじゃないんだ



何時だったか、僕が鎮守府で艦娘たちに得意げに語った台詞が脳裏に蘇る。

敵は、僕のその言葉を…あるいは僕たち以上に忠実に再現していた。

775: 2015/06/14(日) 20:52:10.10 ID:20/pmt+Oo
資源の大切さを理解し、確実な補給を行うための輸送ルートの構築、護衛船団の編成。

人間の僕たちですら、この戦において多大な労力をかけてどうにか成し遂げた…。

ここまでの事をやってのけるモノたちが。


「戦略も持たぬ下等な生物。そんな事がありうるのでしょうか?」


今度こそ場は、水を打ったように静まり返る。

その静寂を破ったのは、先ほど悪あがきをした彼だった。

776: 2015/06/14(日) 20:53:03.12 ID:20/pmt+Oo
「あ、ありえない。現に、この戦場の奴らを見ろよ!」

「だからこそ、です」


敵に戦略性の欠片もないからこそ、この快進撃が出来た。

本当にそうだろうか。いくらなんでも勝ちすぎていないだろうか?

だからこそ、僕はあえてこう言った。敵を侮った愚者たちを代弁して。



「僕たちは今まで、勝たせてもらっていたのではないでしょうか?」


艦橋は再びの静寂に包まれる。

目の見えない人に『そして誰もいなくなった』と言ったら信じるだろうな、なんて。

僕はふと、そんな間の抜けた事を思った。



777: 2015/06/14(日) 20:53:51.68 ID:20/pmt+Oo
静まり返った世界で、それでも時は進んでいく。


「各艦隊に通達」

「戦闘終了、『ミカサ』連合艦隊はこれより拠点へと撤退する」


長い長い時間をかけて大提督が、静かに告げた。



「どうした、復唱せよ」

数瞬遅れて、艦橋の士官たちが堰を切ったように騒ぎ出した。

778: 2015/06/14(日) 20:54:28.80 ID:20/pmt+Oo
「閣下、それでは大本営の意向に反します!」

「将外に在りて、という奴だよ。諸君」


どこかで聞いたことがあるような、皮肉めいた言葉だ。

最近、何かの本で読んだ台詞だっただろうか?



「大提督の責任問題に―」



食い下がる参謀たちに、大提督は自嘲するように続ける。


「責任問題とは、笑わせてくれる」

「海の藻屑となるのと、どちらがマシかね?」

779: 2015/06/14(日) 20:55:19.57 ID:20/pmt+Oo
その言葉が決定打となった。


艦橋の将校たちは不承不承、あるいはどこかホっとしながら戦闘終了の準備に移る。

ある者は各艦隊に通達を、ある者は『ミカサ』の砲撃中止を命じ、ある者は帰投する拠点への航路を算出する。



そこまで見届けて、僕は役目を演じきった事を確信し胸を撫で下ろす。

これで『ミカサ』連合艦隊の初戦は、まずまずの勝利を収めて終結というかたちになる。

大本営の意向通りにはならなかったけれど、極めて軽微な損害で矛を収めることが出来た。


後は拠点に帰った後、改めてこの海域の深海棲艦たちの分析を―――。

『ミカサ』が揺れた。

780: 2015/06/14(日) 20:56:31.61 ID:20/pmt+Oo
「え、何!?」

「きゃあ!?」


翔鶴さん、瑞鶴さんの悲鳴を背に、僕は戦場へと指示を出す。


「赤城さん、加賀さん。来るぞ、後退して!」


この一言を言うために今までの分析があった。

言い切った後で僕はそう感じたんだ。


敵のボスである正規空母ヲ級。

戦略性を裏付ける補給艦の存在。

腑に落ちない僕らの快進撃。


これらに気付いたおかげで、一航戦の二人を一発轟沈させることがなかったのだから。

781: 2015/06/14(日) 20:57:35.10 ID:20/pmt+Oo
「提督、分かりました。でも、どうしたら?」

「加賀、喋っている場合じゃない。見て!」


初めて聞く赤城さんの切迫した声。

何だ、何があった。敵は何をしてきた!?



「赤城さん、何があったの!?」

「モニターを切り替え、『ミカサ』周囲の映像を表示しろ」



僕と大提督がそれぞれ部下に指示を出す。

782: 2015/06/14(日) 20:58:38.80 ID:20/pmt+Oo
「これは…」


艦橋にいた全ての者がモニターのが映し出した光景に目を見張る。

ある者は言葉なくへたり込み、ある者は怨嗟の悲鳴を上げ立ち尽くして、その意味を図る。

これは…これは、果たして現実の光景なのか?


「提督、ご報告致します」


震える声で、赤城さんの声が無線を伝って耳に入る。

それは、僕たちの置かれた絶望をこれ以上ないくらい的確に表現した報告だった。


「水底から数多の深海棲艦が浮上…私と加賀を含め、『ミカサ』が囲まれています」

「やられた…」

783: 2015/06/14(日) 21:00:23.90 ID:20/pmt+Oo
先ほどの振動は、深海棲艦が『ミカサ』とぶつかった時のものだろう。


これが…これが、敵の策略。

疑問に思うべきだったという後悔ばかりが襲ってくる。



海に浮かぶ、あるいは炎上して沈んでいく敵の氏骸が多すぎないかということに違和感を持つべきだった。

…少し、敵を屠りすぎじゃないかという事に気づくべきだった。

僕たちは驕り過ぎた。約束された大勝利という幻想に、状況を判断する目を曇らせた。

深海棲艦たちが下等な生物だと思い込んで、自ら罠に吸い込まれていったのだ。



くそ、くそ、くそ。僕がもっと、もっと、もっと!

784: 2015/06/14(日) 21:02:02.61 ID:20/pmt+Oo
ああ。

こうしている合間にも氏骸に擬態していた深海棲艦たちが次々と奇声をあげて起き上がり、この洋上を再び埋め尽くしていく。



今度は正面切っての戦いじゃない。

こんな至近距離では『ミカサ』の主砲は役に立たないばかりか、的でしかない。



そしてそれは『ミカサ』を護衛する艦隊も同じ。

深海棲艦たちが『ミカサ』を囲み、敵味方入り乱れた状態になった以上、同士打ちを恐れるばかりに安易な射撃は封じられてしまうだろう。

785: 2015/06/14(日) 21:03:24.53 ID:20/pmt+Oo
「ね、ねえ提督…。どうするの、これ」


ぎゅっと、手袋越しに拳を握り締める。

絶望に打ち震えてばかりはいられない。


一航戦の二人にまた会うために、二人を沈めないために。

だから僕は、震える瑞鶴さんの声にこう応えるんだ。



「僕に出来ることをするよ」


いつだって、それだけさって。

この状況から、僕が切れる札…それは。


いよいよ、覚悟を決める時が来た。

790: 2015/06/20(土) 13:31:32.87 ID:ugY1kGWUo
第十四章 氏の舞踏


無数の深海棲艦が連合艦隊総旗艦『ミカサ』を取り囲む…そんな絶望の最中。

この時の僕の咄嗟の指揮ぶりは、振り返っても賞賛されるべきものだと思う。

”何かが起こる”と前もって身構えていたおかげで、即座に赤城さんに指示を出すことが出来たのだから。



「大提督、艦娘の映像をモニターに。早く!」

「う、うむ。映像を」

791: 2015/06/20(土) 13:32:14.44 ID:ugY1kGWUo
彼の指示でモニターの一つが切り替わり、一航戦の姿が映し出されるのを横目にして。

今度は洋上の彼女たちへ指示を出すために無線越しに怒鳴った。


「赤城さん、加賀さん。艦載機は全部しまって回避に専念して!」

「『ミカサ』を狙って敵が攻撃してくる!巻き込まれるな!」

「はい」

「ええ」



「来るぞ、みんな手近な物に捕まって」

「翔鶴ねえ!」

「瑞鶴っ」


三人で手を繋いでその場に伏せたその直後―。

792: 2015/06/20(土) 13:33:52.78 ID:ugY1kGWUo
ドン、ドンという地鳴りのような音が立て続けに響いて、その後に迅雷のような衝撃が『ミカサ』に走った。

『ミカサ』を囲んだ深海棲艦たちの一撃が放たれたのだ。


「慌てないで、戦艦の装甲は厚い。そう簡単に沈みはしない!」


一航戦も同時に動いていた。

二人は『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれることはなく、今のところ無傷で洋上を駆けている。


僕は間一髪の回避に一先ずホっとする。

793: 2015/06/20(土) 13:34:32.61 ID:ugY1kGWUo
赤城さんたち二人が事前に艦載機のほとんどを格納していたことが大きい。

もしも『ミカサ』の撃ち漏らしを爆撃するというさっきまでのスタイルを貫いたままだったら…。


艦載機を展開仕切った空母艦娘など、身動きの取れない格好の餌な訳だから…。

『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれて、一発轟沈していたかもしれない。





その最悪の事態をどうにか回避して、でもそれで終わりじゃない。

状況な何一つ好転せず…むしろ悪化の様相を呈していた。

794: 2015/06/20(土) 13:35:19.07 ID:ugY1kGWUo
敵の次の砲撃まで、『ミカサ』はほんの束の間の休息をもたらされる。


「大提督閣下、ご無事ですか!?」

「この状況は一体!?」

「『ミカサ』が…『ミカサ』が敵に囲まれている!」



各鎮守府の提督がすぐさまこの異変に反応し、大提督を含めた共同チャンネルが開かれる。


「どうやら我々は、敵に一杯喰わされたということらしい」


大提督の声は努めて冷静であろうとしていて、逆にそれが現状の緊迫感を如実に表していた。

795: 2015/06/20(土) 13:36:03.28 ID:ugY1kGWUo
「呉、佐世保、舞鶴鎮守府とその旗下の泊地提督は、各々個別にこの海域から撤退せよ」


「集合地点は本日出港した前線拠点とする」


「し、しかし。それでは『ミカサ』と大提督は…!?」



『ミカサ』が敵に囲まれている以上、他の鎮守府に出来ることはない。

彼らの位置からの砲撃は『ミカサ』を囲んだ敵ばかりではなく、守るべき『ミカサ』をも攻撃してしまいかねないから。

796: 2015/06/20(土) 13:37:40.52 ID:ugY1kGWUo
それを知ってなお、奇跡の戦艦と大提督を見捨てておけるものではない…その心情は痛いほどよく分かる。

でも。


「君たちに何か出来るかね?」


大提督の静かな問いに、一瞬だけ静寂が訪れた後。


「…舞鶴鎮守府、これより戦闘海域から離脱します」

「同じく、呉」

「佐世保も同じく」



そうして無線が切れる。

797: 2015/06/20(土) 13:41:32.03 ID:ugY1kGWUo
これで、仮に奇跡の戦艦『ミカサ』が沈んでも、人間側には十分な戦力が残される。

そんな昏い希望は、ただちに、陽炎の様に儚く散った。


ドン、と遠くから爆撃音が聞こえてくる。

これは―空母の爆撃機の音。



「赤城さん、加賀さん!?」

「違います、提督。私たちではありません」


加賀さんの震える声が聞こえる。

艦娘ではない空母の爆撃。そんなの…。

798: 2015/06/20(土) 13:43:44.97 ID:ugY1kGWUo
「大提督、我が軍先鋒の佐世保鎮守府が襲われています!」

「同じく左翼、舞鶴。深海棲艦の突撃と爆撃を受けています!」

「呉鎮守府、徐々に後退を始めました!」



佐世保艦隊を襲った敵のボスである空母ヲ級の爆撃は、深海棲艦の反攻の狼煙に違いない。

先ほどこちらが好き放題に主砲の一撃を叩き込んでいた敵深海棲艦の一団がこぞって突撃を仕掛けてきた。

統制の取れない連合艦隊は防戦一方で、これでは撤退どころではない。



『ミカサ』以外の艦隊も、いまや大混乱に陥っていた。

799: 2015/06/20(土) 13:44:43.34 ID:ugY1kGWUo
敵軍の本丸を突く奇襲攻撃に合わせた舞台の転進…まったく、大した下等生物だよっ。

そんな暇は無いにも関わらず、つい心中で毒づいてしまう。



艦橋のモニターはというと、淡々と氏の舞踏会の様子を映し出していた。

敵深海棲艦ボスである空母ヲ級の爆撃が舞鶴鎮守府の艦隊に降り注ぎ、さらに敵水雷戦隊の大群が殺到していた。

こちらのある艦は必氏に敵の突撃を躱し、ある艦は耐え切れず身動きを封じられている。



これでは轟沈艦が出るのも時間の問題だろう…。

そしてそれは他人事では無い。

800: 2015/06/20(土) 13:45:20.74 ID:ugY1kGWUo
「うわ」

「きゃっ」


断続的に敵の砲撃を横っ腹に受けて『ミカサ』が揺れる。

今のところ致命的な一撃を食らっている訳じゃないけれど、これじゃあ…。



「接近してくる敵には副砲にて対応。主砲なぞいらん、捨て置け!」


襲い来る敵を何とか退けようと、虚しい大提督の激が飛ぶ。

『ミカサ』が無事撤退するには、この襲い来る悪魔たちの攻撃を受け続けながら反転し、母港を目指さなければならない。

801: 2015/06/20(土) 13:46:46.34 ID:ugY1kGWUo
その間『ミカサ』は、この絶望という名の舞台で、氏の舞踏を踊り続けなければならない。

一歩でも足を踏み外したら、その先は。


「きゃああああ!」

「赤城さん!?」



踏み外した―。



その感覚に心臓が鷲掴みにされる。

鎮守府のエースの悲鳴に、僕と五航戦の怒号が重なった。

808: 2015/06/20(土) 22:11:55.84 ID:ugY1kGWUo
すぐさま僕は無線を繋ぐ。吐きそうになるのを何とか堪えて声を絞り出す。

今悲鳴を上げた彼女の、すぐ隣にいるであろう空母艦娘へと。


「加賀さん、何があったの?」

「提督…提督、私のせいで赤城さんが…」




既に艦橋の映像は艦娘を写しておらず、今頼んだところで無駄だろう。

ああ、こんな時キスの効果が残っていたら。艦載機の視点が使えていたら!

赤城さんからの無線は途絶えたままだから、状況は加賀さんから報告してもらうしかない。

809: 2015/06/20(土) 22:13:11.31 ID:ugY1kGWUo
「加賀さん、落ち着いて。まずは何があったか報告を…」


「私が、私がしっかり敵の攻撃を避けていれば…」

「ああ、これで赤城さんが沈んでしまったら、私はどうしたら」



こんなにも動揺している加賀さんは初めてだ。何とか落ち着いてもらわないと…。



「加賀さん駄目よ。提督の言うとおり落ち着いて!」

「加賀さん、今はあなたが頼りです」



五航戦の励ましも虚しくこだまするのを見て、息を吸い込む。

810: 2015/06/20(土) 22:14:32.21 ID:ugY1kGWUo
「ごめんなさい、赤城さん。ごめんなさい…」

「加賀っ!」


「きゃっ」

「ええ!?」


無線の向こうから呆然とした加賀さんの声が聞こえてくる。


「てい、とく?」

「落ち着いたね、加賀さん」

「なら状況を報告して。君と赤城さんを助けるために」


切り札は手中にある。戦況を一変させる手段を、僕はこれしか思いつけない。

811: 2015/06/20(土) 22:15:48.36 ID:ugY1kGWUo
”それ”がどこまでの成果を生んでくれるか分からないけれど。

”それ”を切るために、とにかく今は一航戦の状況を確認しなければならない。


「私が敵艦の攻撃を避けきれず被弾、小破しています」

「赤城さんは動きが鈍った私を庇うために囮になってくれて…」


「一航戦赤城、不覚を取りました」

「これじゃあ、帰ってからもご飯の前に入渠ですね」



加賀さんの無線越しに赤城さんの声が聞こえてくる。

いつもの僕をけむに巻くような冗談も、今は空々しいだけ。

812: 2015/06/20(土) 22:16:23.09 ID:ugY1kGWUo
「加賀さん、赤城さんの状態は?」


「…大破です」



天を仰いだ。


これからの僕の指揮次第で全てが決まる。

813: 2015/06/20(土) 22:17:10.37 ID:ugY1kGWUo
「”期待”させてくださいね?」



あの日の赤城さんの言葉が胸に蘇る。

あの時…辛辣な赤城さんの問いかけに、僕はこう答えたんだ。



「させるだけじゃなくって・・・応えてみせるさ」



艦橋を見渡す。いま『ミカサ』司令部は大混乱に陥っていて、僕たちの事など誰も見ていない。

独断で行動しても邪魔されることはないだろう。

そう判断して、それぞれに指示を出す。

814: 2015/06/20(土) 22:17:42.91 ID:ugY1kGWUo
「加賀さん、少しの間だけ自分と赤城さんを守りきって」

「瑞鶴さん、翔鶴さん。出るよ」



艦橋を出て、甲板へと続く道を歩く。

五航戦の二人が慌ててついてくるのを背後に感じながら、心中で誓う。



絶望になんか、させやしない。

期待を希望へと、変えてやるんだって。

815: 2015/06/20(土) 22:18:47.15 ID:ugY1kGWUo
敵の砲撃と『ミカサ』の副砲での応射が鳴り響く中、僕たちは甲板へと出た。

翔鶴さん、瑞鶴さんは黙って僕について来てくれている。

もう、自分たちがどんな命令を下されるか分かっているはずだ。



瑞鶴さんはちょっと鈍いところがあるけれど。

この状況で僕がどうするかなんて、そんなの答えは一つしかない。

816: 2015/06/20(土) 22:19:47.03 ID:ugY1kGWUo
「翔鶴さん」

「はい」


僕が先に指示を出すのは翔鶴さんからで、そのことを彼女も承知している。

何故なら僕が切り札として投入するのは彼女ではないからだ。



「君は先に出撃して加賀さんと合流。赤城さんの救援だ」

「お任せ下さい」



翔鶴さん、加賀さんの2隻で守りに徹すれば、そう簡単に負けることはないだろう。

これで少しの間時間を稼ぐことが可能になる。奇跡への下準備をする時間を。

817: 2015/06/20(土) 22:21:08.96 ID:ugY1kGWUo
「翔鶴さん…?」

「翔鶴ねえ?」


でも、翔鶴さんは僕の思ったとおりすぐに動き出しはせず、ただ目を閉じて静かにそこに立っている。

この一刻を争う状況でそうする理由。それが思い浮かばなくって、僕は首を傾げて彼女を見やる。


そうして僕と瑞鶴さんの視線を一身に受けて、翔鶴さんは僕の方に手を伸ばす。



「私にもお守り、下さい」

818: 2015/06/20(土) 22:22:15.07 ID:ugY1kGWUo
先ほどの一航戦の出撃を見ていたからだろう。

でも、その儀式に意味があるとは思えない。何故なら…。



「でも、翔鶴さん。翔鶴さんにはキスの効果が…」

「だから、お守りなんです」

「提督のキスがあったから、赤城さんは沈まなかったんですよ?」




真面目な彼女には似つかわしくないおどけた声に耳を奪われて。

もう僕は言葉を発することも出来ずに動いた。

差し出された手を勢いに任せて引き寄せて唇をよせる。

819: 2015/06/20(土) 22:23:53.82 ID:ugY1kGWUo
「んっ」

「…」

「翔鶴ねえ、提督…」


5秒か、6秒か。数えたとしたらそれくらいの、わずかな時間が流れたあと。

やや乱暴に引き寄せたさっきとは逆に、翔鶴さんの手の甲に触れた僕の唇が静かに離れた。

自分がキスされたところを一目見て、翔鶴さんが優しく微笑んだ。



「また、唇にされるかと思ってびっくりしちゃいました」


彼女には似合わない悪戯っぽい表情を浮かべて、そう呟く。

それは、覚悟を決めた僕へのエールなのだろうか?

820: 2015/06/20(土) 22:24:59.69 ID:ugY1kGWUo
「提督、ではお先に参ります」

「うん」

「頑張って下さいね?」

「…うん。覚悟は、決めたよ」



「瑞鶴も」

「え、わ、私!?」

「提督は覚悟を決めたそうよ?」


「頑張ってね」

「…うん」


そうやって、花の咲くような微笑みから一転。

821: 2015/06/20(土) 22:26:30.75 ID:ugY1kGWUo
「五航戦翔鶴、出撃します」


凛とした声でそう告げて、翔鶴さんは赤城さんを助けるべく戦場へと降りていった。


自分はずっと…物静かな、でも優しい翔鶴さんに支えられていたんだなと思う。

この人が優しく微笑んでいるだけで、どんなにか心が救われたか。



翔鶴さんが本当の”お姉ちゃん”な瑞鶴さんが羨ましいなと。

僕は戦場へと赴く彼女に、そんな思いを馳せながら見送ったのだった。




そうして、世界には二人だけが残された。

829: 2015/06/22(月) 22:11:57.99 ID:9vqrAVexo
「提督」


『ミカサ』の甲板に残されたのは、僕とあともう一人。

その一人が、恐る恐る声をかけてきた。



「なあに、瑞鶴さん」



容赦なく響く敵の爆撃と砲撃の音を背景に、僕は固い表情で囁いた。

覚悟は決めたはず、そう思った。この非常事態に甘いことは言ってられないんだから。

830: 2015/06/22(月) 22:12:58.89 ID:9vqrAVexo
僕は提督で、瑞鶴さんたち艦娘を勝利へと導くためにここにいて。


そして早く手を打たなければ連合艦隊どころか、赤城さんまで失ってしまうかもしれない。

そんな受け止め難い事実を前にしてもなお、これからすることが怖い。



「覚悟って、なに?」


ああ、でも。


震える声でそう問いかける瑞鶴さんを見つめる。

なぜ、瑞鶴さんの声は震えているんだろう。

831: 2015/06/22(月) 22:13:52.54 ID:9vqrAVexo
深海棲艦の大反抗というまさかの事態にだろうか。

赤城さんを失うかもしれないという恐怖にだろうか。

それとも、先に戦場に降り立った翔鶴さんの身を案じてだろうか。



それとも、それとも…。

これからされることへの、嫌悪感からだろうか?

832: 2015/06/22(月) 22:14:45.08 ID:9vqrAVexo
胸が痛む。



”それ”をしたところで、状況が劇的に変わるという確証は無い。

前に”それ”をしたときは、瑞鶴さんの爆撃レベルは赤城さんと同レベルだったし、そしてその赤城さんですら今窮地に立たされている。

絶対の勝利を約束出来ない。




でも、”それ”をしなければ。このまま手を打たなければ、僕たちは負けるだろう。

赤城さんを失い、奇跡の戦艦『ミカサ』を失い、全ての希望が絶たれるだろう。

833: 2015/06/22(月) 22:15:28.40 ID:9vqrAVexo
「ねえ、提督?」


遠くから届く爆撃音とともに、一際大きい爆発音が鳴り響く。

襲われている佐世保か舞鶴の水雷戦隊が、どこかやられたなと思う。


数瞬遅れて来た爆風が、瑞鶴さんの浅葱色の髪を激しく揺らした。

瑞鶴さんは顔に掛かる自分の髪を抑えることもなく、風に吹かれながら僕を見つめている。

髪の毛と同じ綺麗な浅葱色の瞳で、ただただ僕を見つめている。




こんな状況なのに僕は…それがこの世で最も美しいものの様に思えた。

834: 2015/06/22(月) 22:16:48.77 ID:9vqrAVexo
”それ”をすることによって、彼女の表情がどんなにか嫌悪に歪むのだろうか。

それとも、歳上の余裕を見せて…仕方ないと諦めた笑いを浮かべるのだろうか。


瑞鶴さんの美しさと、彼女に嫌われるかもしれない恐怖に何も答えられない僕は提督失格だ。

覚悟はしたはずなのに…。



早くしないと、赤城さんが危ない。

行け、僕。行くんだ。

でも、身体が動かない。

835: 2015/06/22(月) 22:18:52.20 ID:9vqrAVexo
「覚悟っていうのは、私とキスする覚悟?」


瑞鶴さんの声に、僕はハっとする。

彼女の声はこんなにも柔らかで、優しかっただろうか?


翔鶴さんみたいな、お姉さんの様な優しさじゃない。

優しさにも種類があるんだ、なんて当たり前の事を思って。

それでも僕は、この優しさがどこから来るのか判別出来ないでいた。


でもそんな彼女の優しさに甘えてばかりはいられない。

僕は男で、しかも提督なのだから。



だからこう答える。


「違うよ、瑞鶴さん」

836: 2015/06/22(月) 22:20:26.37 ID:9vqrAVexo
瑞鶴さんにキスをして、艦娘の力を覚醒させて…この緊迫した戦況を打破する。

僕たち横須賀鎮守府の者なら誰もが思い至るであろう、最後の希望。



でも、僕が決めたのは瑞鶴さんにキスする覚悟じゃない。

うん、本当に違うんだ。僕が足踏みしている場所はそこじゃない。

そこまでヤワじゃあない、舐めないで欲しい。



赤城さんを救うために、深海棲艦に勝利するために、そんな覚悟はとっくに決めているよ。

837: 2015/06/22(月) 22:21:23.35 ID:9vqrAVexo
「じゃあ提督。アンタはどんな覚悟を決めたの?」

「瑞鶴さんにキスして、嫌われる覚悟さ」



洋上に爆発音が鳴り響くなか、僕は静かにそっと告げた。

瑞鶴さんが嫌がろうと、僕はみんなを救うために君にキスをする。

それが提督として正しいあり方。提督として成すべき選択なのだから。



「今から瑞鶴さんにキスをして、力を覚醒させる」

「瑞鶴さんに嫌われてでも、みんなを救うために僕はそうするんだ」

838: 2015/06/22(月) 22:24:47.41 ID:9vqrAVexo
この決意が偽物でないことを伝えるために。

瑞鶴さんに僕のキスを受け入れることを覚悟させるために。


僕はもう一度、はっきりとその意思を伝えた。

ああ、これで本当に嫌われちゃったかな?



「そっか」



かたちの良い眉をピクリと動かして、瑞鶴さんが満面の笑みを浮かべる。

2歩、3歩…僕との距離を詰めて来て、僕のすぐ目の前に立つ。

今度は桜色の唇を開いて、そして―――。

839: 2015/06/22(月) 22:25:29.26 ID:9vqrAVexo






「ねえ、提督。アンタってさ」




続く言葉に、目を見張った。

845: 2015/06/25(木) 21:17:44.91 ID:LGdqNF3ho
第十五章 一航戦の誇り


私は結局役立たずのままなのだろうか、と赤城は思った。

自分はいま、敵味方入り乱れるこの海の上にポツンと佇んでいる。

傷だらけで回避すらも満足に出来ない身体を抱えて、情けなくも。



「翔鶴、第二波が来るわ」

「はい、加賀さん」


846: 2015/06/25(木) 21:18:52.48 ID:LGdqNF3ho
加賀と『ミカサ』から駆けつけた翔鶴に守られて、自分は二人の戦いをただ見ることしか出来ない。

それは加賀を庇ったための大破だとか、そういう事は言い訳にはならない。

今、こうして無様を晒して何も成せていないこの自分の、いったい何が。


「何が一航戦だと言うのでしょう」


その呟きがどんなかたちで聞こえたのだろうか。



「赤城さん、提督が何とかして下さるまで、あと少しです!」

「ええ。あの人を信じて…頑張りましょう」


自分を励ます加賀と翔鶴に力ない笑顔を返して、赤城は再び思いにふける。

847: 2015/06/25(木) 21:19:53.13 ID:LGdqNF3ho
一航戦の誇り。


『赤城』の名を冠した自分は、生まれながらにそれを感じてきた。

それは加賀も、そして鎮守府のどの艦娘も自分たちの名に誇りを感じている。



でも、皆と比べて自分はこれほどまでに…。

大昔のあの戦いで培った誇りをこれほどまでに意識しているのは自分だけだと、赤城は思う。


この世界に軍艦としてではなく艦娘として生まれて。


それでも自分は『赤城』として築いたあの栄光を。


刻んだあの誇りを忘れられない。

848: 2015/06/25(木) 21:21:55.06 ID:LGdqNF3ho


”役立たずの兵器たち”


瑞鶴なんかは、人間にどう思われようが関係無いとのんびりしていたけれど。

そう呼ばれることは自分にとって、何よりも耐え難い屈辱だった。



一航戦としての気位と今の実力。


その、埋めることができない溝から湧き出る苛立ちを赴任して来たばかりの少年にぶつけてしまったあの時の事は、未だに負い目に感じている。

だって彼は、私と話す時だけはまだ緊張して気を張っているのだから。

849: 2015/06/25(木) 21:23:12.09 ID:LGdqNF3ho
そんな相手に今、自分は期待している。

さしあたっては、この絶望的な状況を何とかしてくれるのは少年しかいないと。

そして、彼なら…役立たずと言われた自分たちを、想像も出来ない高みへと導いてくれるのではないかと。


「あなたは、私の期待に応えてくれるでしょうか」


動けない身体で、空を見上げる。

自分と『ミカサ』の守りに専念している以上、加賀も翔鶴も艦載機の展開は限定的な範囲に留まっているから。


今、この大空を我が物顔で駆けているのは敵空母のヲ級の艦載機だけ。

それが悔しい。この大空を駆けるのは私たち艦娘の―。

850: 2015/06/25(木) 21:24:03.93 ID:LGdqNF3ho
「きゃあっ」

「加賀さん、大丈夫ですか!?」


物思いは突然破られる。

突き破る様な主砲の直撃音と、加賀の悲鳴によって。



「くっ、飛行甲板に直撃…」

「やられました、艦載機発着艦困難ですっ」

「まだなの、まだ…」



重たい身体を懸命に支えて、洋上に膝を着きながらも赤城は顔を上げた。

851: 2015/06/25(木) 21:26:36.08 ID:LGdqNF3ho
「加賀、被害状況を説明なさい」

「赤城さん…」



翔鶴を深海棲艦の牽制に務めるように目で指示しながら、赤城は加賀に問う。

加賀に直撃したという事は、おそらく提督との通信に使う無線機も壊れたということ。

旗艦は自分だ。この戦場において、いまは自分が冷静な判断を下さなければならない。



「加賀、その様子だと大破はまぬかれたみたいだけど…」

「ええ、中破状態です。艦載機の運用はもう出来ません」

852: 2015/06/25(木) 21:29:11.38 ID:LGdqNF3ho
自分という荷物を抱え、翔鶴が来るまでは戦線を一人で支えてきた加賀。

艤装も精神力ももう限界に達していたのだろう。


そして翔鶴も、今度は二人を守りながら一人で戦わなくてはならない。

自分や加賀ほど練度が十分でない彼女にそれは、余りに…余りに酷だ。




思ったよりも早く”その時”が来たわね。


そう思いながら、赤城は加賀を見やる。この世界に艦娘として生まれ落ちて以来片時も離れたことのない相棒のことを。

あなたなら、私がいなくても…これから先艦娘の筆頭としてやっていけるわよねと、そう問いかけながら。

853: 2015/06/25(木) 21:35:38.00 ID:LGdqNF3ho
「『ミカサ』へと撤退します」


決断するということは頃すということ。

時にそれは、自分自身さえもその対象となりうる。



「なっ」

「赤城さん!?」


「加賀。中破状態ならばまだ、何とか自力で航行出来ますよね」

「動けない私が敵を引きつけている間に、早く」

854: 2015/06/25(木) 21:36:08.22 ID:LGdqNF3ho
3人沈むよりも、それが1人で済む方が良いという単純で冷酷な計算。

この状況で自分にはそれ以外の選択肢を思いつかなかったからこその判断。


後はこの、自分を残して行けないと言うであろう二人をどう説得するかが肝だと思っていたのに。



「いいえ、赤城さん」


加賀の意見は、自分が全く想定しえないものだった。

855: 2015/06/25(木) 21:37:19.12 ID:LGdqNF3ho
「私たちがここで耐えていれば、提督が必ず助けてくれます」

「そうです、もう少しなら私、頑張れますから…!」


「なっ」


この二人は最後まで提督の…少年の事を信じるつもりらしい。

期待するだけの自分と、少年を信じている彼女たちとの違い。



856: 2015/06/25(木) 21:39:34.53 ID:LGdqNF3ho
そして。


「でも、翔鶴一人ではもう耐えきれない…。それに瑞鶴が来たとしても勝てるとは」


「勝てます」

「ええ」


何故二人は、これほどまでの信頼を少年に置くことが出来るのだろう?


自分と二人の判断が予期せぬかたちで食い違ったことから生まれた、一瞬の迷い。

その迷いが、決定的な隙を自分たちにもたらした。

857: 2015/06/25(木) 21:40:29.08 ID:LGdqNF3ho
ドン、ドンという音が鳴り響いて、赤城たちの周囲に水柱が立つ。


「何!?」

「しまった、上ですっ」

「くっ…」



終わった。

気づくと、自分たちの隙を突いて敵駆逐イ級が宙へと跳ね上がり、赤城を射程に捉えている。

キィィと醜い叫びを上げながら、その主砲は真っ直ぐに赤城へと向いていて。


ああ、私はここで沈む。

それでも、感じたのは屈辱ではなくて安堵だった。

858: 2015/06/25(木) 21:42:53.13 ID:LGdqNF3ho
これで、守るものが無くなった加賀と翔鶴は『ミカサ』へと撤退出来る。

『ミカサ』がこの窮地を脱せるかはまだ分からないけれど、一先ず命を繋げるだろうと。


世界から音が消えた。


加賀が必氏になって何かを叫ぶ声も。

翔鶴が泣きながら上げる悲鳴も。

駆逐イ級が主砲を狙い定める音も、全てが消えて。



この音のない静寂な世界の中で身体を貫かれ、自分は水底へと沈んでいくのだろう。

自分を葬るであろう敵の姿を力なくぼんやりと見上げながら、その時を待つ。

859: 2015/06/25(木) 21:43:54.69 ID:LGdqNF3ho
そしてまさに、敵の主砲が放たれるその刹那。


それは赤城の視界の隅から颯爽と現れて。

自分を仕留めるために主砲を放とうとしている敵の横腹をぶち抜いた。


「えっ」


ズガアアン…、と。大きな爆発とともに、世界に音が戻る。

イ級をぶち抜いた何かとは別に、自分たちを遠巻きに囲んでいた深海棲艦たちが次々に爆発し、炎上していく。



これは、いったい…?

860: 2015/06/25(木) 21:45:06.85 ID:LGdqNF3ho
「待たせたわね!」




そうして耳慣れた甲高い声とともに現れたのは。




「瑞鶴っ」




待ちわびた、鎮守府最年少の空母の姿だった。

868: 2015/06/27(土) 14:56:55.87 ID:8Kmm5GC7o
「赤城さんに、うわっ加賀さんも。みんな大丈夫?」

「ええ。危ないところでした」

「全くあなたは…こんな場面でも騒がしいのだから」



「瑞鶴、瑞鶴~っ」

「ちょ、翔鶴ねえ。抱きつくのやめてってば!」



一先ずの窮地を脱して、空母四人は大破した赤城を囲んで話し合う。

869: 2015/06/27(土) 14:57:44.43 ID:8Kmm5GC7o
「っと、その前に爆撃機と戦闘機回収するね」


瑞鶴が先ほど放ったのだろう艦載機たちを飛行甲板に着艦させていく。

周囲を囲んでいた深海棲艦を一瞬で葬ったのが爆撃機だとすれば…。

赤城へと迫る深海棲艦を穿ったあの一撃の正体は、瑞鶴の戦闘機だというのだろうか!?



「さっきの一撃、本当に戦闘機が?」

「うん、そうみたい」



敵の艦載機を撃墜することに特化した戦闘機が、深海棲艦の機体に突撃してその身体を貫いた…その事実に驚きを隠せない。

870: 2015/06/27(土) 14:58:25.89 ID:8Kmm5GC7o
「そんな…嘘」

「加賀さんそれは酷いんじゃない?」


信じられないほどの艦載機運用能力を示した後になっても、瑞鶴の無邪気さは変わらない。

その事が、赤城の心を不思議と落ち着かせた。


まったく、この娘は…。

クスリと笑いながら瑞鶴に問いかける。



「それに瑞鶴。あなたその身体」

「ああ、これ。なんだろうね?」


瑞鶴の身体は今、全身から光を発して輝いている。

それは加賀の手に宿った様なぼんやりとした輝きではなく…。

871: 2015/06/27(土) 14:59:47.29 ID:8Kmm5GC7o
「前の演習の時も、こんな?」

「いえ、確かあの時は…」

「あの時もぼんやりと全身が光ったけど、こんなにキラキラはしてなかったわ」


今や瑞鶴は、一等星もかくやと言わんばかりの眩しい輝きを放っている。

その輝きの強さはどうやら、先ほどの驚異的な攻撃力とも関係がありそうで。



何故、前回の瑞鶴や加賀へのキスではこの輝きが出なかったのか。

逆に言えば、何故今瑞鶴はこんなにも輝いているのか?


「ああ、なる程」


上気した瑞鶴さの頬の原因は、何もここに駆けつけるために急いでいただけではない。

晴れやかな瑞鶴の表情を落ち着いて観察してみると、それが良く分かった。

872: 2015/06/27(土) 15:03:54.97 ID:8Kmm5GC7o
その証拠に、赤城が言葉を発すると瑞鶴がビクリと背筋を直す。

あらやだ、そんなに意地悪に聞こえたかしらと思いながら、赤城はやはり意地悪をすることにする。


「キスの効果って、やはり凄いのね。瑞鶴」

「え、ええ。そうでしょう、赤城さん」

「いったいどこにキスされたのかしら?」


自分の唇に人差し指を立てながら、赤城は満面の笑みで瑞鶴に問う。

それだけで瑞鶴は顔を赤くして押し黙ってしまったから、まったくこの娘は分かりやすい。


そうして横に目をやると、今度は隣にいる加賀が、そわそわと落ち着きなく瑞鶴の事を見やっている。

表情の色彩は乏しいのに、同じくこちらもなんて…なんて分かりやすいのだろう?


873: 2015/06/27(土) 15:05:08.20 ID:8Kmm5GC7o
「ねえ、加賀。あなたと瑞鶴の輝きが違うのは何故かしら?」

「えっ、さ、さあ。分かりません」

「あ、赤城さんそれ以上は…」


翔鶴が引きつった笑いを浮かべながら窘めてくるけれど、あとちょっとだけ。

加賀の耳元で一言だけ囁いたらもう満足するから、待ってくださいね。


「加賀が輝くようになるには、もうひと押し必要なのかしら?」

「あ、赤城さんっ」

「ふふ、ごめんなさい」


苦笑いする翔鶴と、首を傾げる瑞鶴を見てもう一度クスリと笑う。

そうして束の間の休息に心を落ち着かせて。

874: 2015/06/27(土) 15:06:15.74 ID:8Kmm5GC7o
「もう、そんな話ばかりして…じゃ、私はもう行くよ?」


「赤城さんと加賀さんは『ミカサ』まで退避してね。翔鶴ねえは…」

「このあたりの残党を退治してちょうだい」


「え、でも瑞鶴」

「翔鶴一人でそれは厳しいのではないかしら」



もう、何をされても驚かないと決めたのに。

シャラン、と艤装の弓を取り出して、瑞鶴は放てる限りの爆撃機と雷撃機を放つ。

『ミカサ』を取り囲む無数の深海棲艦たち向かって、艦載機が飛んでいって、そして。

875: 2015/06/27(土) 15:09:41.12 ID:8Kmm5GC7o
ガガガガガガガ、と連続した大きな音を立てながら…。

あるモノは爆撃機の爆弾に、あるモノは雷撃機の魚雷に打ち抜かれ爆発、次々に炎上していく。


信じられない程の攻撃を放った空母の少女は、赤城たちを振り返って得意げに言う。


「これで、どう?」


あまりの事に3人の空母艦娘は言葉も無かった。

876: 2015/06/27(土) 15:13:04.01 ID:8Kmm5GC7o
行ってくるわ、と赤城たちに語りかけて、瑞鶴は洋上を駆けていく。空母ヲ級のもとへ。

輝きを纏いながら敵のボスを目指して走る姿はまるで、闇夜に流れる星のような美しさだった。


そんな光景をぼんやりと見つめて、赤城は思う。



「提督、私の期待に見事、応えて頂きましたね」

「赤城さん、そろそろ」



加賀が『ミカサ』への退避を促してくる。

大破状態の自分より、彼女の方が落ち着きがないのはどうしたことだろうか。

877: 2015/06/27(土) 15:14:11.54 ID:8Kmm5GC7o
「さあ、早く」


名残を惜しむように、もう既に遠くにある瑞鶴の輝きを見つめる。

あの輝きが自分の中の提督への”期待”を、別の何かに変えてしまったと。



そう赤城は感じる。



それは瑞鶴や加賀が少年に対して抱いている想いではなく。

翔鶴が瑞鶴を思うのと同じように注いでいる思いではなく。



878: 2015/06/27(土) 15:14:56.10 ID:8Kmm5GC7o
信頼ということばでは軽すぎる。


もっと別の、信仰にも似た特別な何かがいま、自分の中で芽生えつつある。

自分の持つ全てをあの少年のために使おう。彼に従うことこそが、一航戦の誇りなのだと…。



『ミカサ』を見上げて、そこにいるであろう彼の姿を想像して、赤城は思う。


「提督、あなたにならば私、どんな事をされても構いません」


たとえこの命を捧げることになったとしても、自分は躊躇うことなくそうするだろう。

彼が沈めと命じるのなら、一瞬の迷いもなく自分は…。

879: 2015/06/27(土) 15:21:17.13 ID:8Kmm5GC7o
「赤城さん、何か言いましたか?」

「ええ、加賀。もっと頑張らないといけないわね、ってね」

「それは、そうですが…?」


怪訝な顔で自分を見つめる加賀に向けて放つ。


「でないと、誰かに提督を取られてしまうわよ?」

「そんな、私はっ」

「じゃあ私も立候補してしまおうかしら」


あなたの抱く想いとは違うけれど、という言葉は伏せたまま。

真っ赤になった加賀に曳航されながら、赤城は晴れやかな表情を浮かべて『ミカサ』へと帰還した。

888: 2015/06/29(月) 22:14:19.96 ID:Lu5nrEDYo
最終章 キスから始まる提督業!


大海原を駆ける一陣の風となりながら、私は呟いた。


「何でも出来る」


私の中に渦巻くありとあらゆる感情がごっちゃになって、それが凄まじい爆発となって燃え上がっていく。

その燃え上がったエネルギーが白銀の輝きとなって、私の身体を輝かせているのが分かる。


シャランと、広げた手の中に兵装である弓矢を取り出だす。

こちらも今の私の身体と同じく、白い光に包まれていた。


艦娘の力の覚醒、それをしっかりと肌で認識しながらボスへの路を塞ぐ敵を爆撃で吹き飛ばしていく。

889: 2015/06/29(月) 22:16:23.60 ID:Lu5nrEDYo
「何でも出来る!」


今度はさっきよりも大きな声で、世界中の誰にも聞こえるように、その思いを叫ぶ。



いま、この世界で。

舞台の真ん中に立っているのは私なんだ!



(ちょっと、瑞鶴さん。油断しないでよ?)

「え、ちょ…ちょっと、何!?」



頭の中で何かの声がする。聞き慣れた、でもこの世で最も緊張する声が。

890: 2015/06/29(月) 22:18:14.36 ID:Lu5nrEDYo
それが誰の声かは、考える間もなくすぐに分かったけれど。

その声が直接、私の中に響くってことは…。

あれ、これってまさか…まさか、艦載機とじゃなくって。


「私と繋がってる!?」

(うん、そうみたい)


艦載機の視点を共有して、提督が自分に指示を出す。

そういう事が自分と加賀には出来ていたけれども…。

まさか”自分と”意識を共有することになるなんて、私は夢にも思わなかった。

891: 2015/06/29(月) 22:19:39.80 ID:Lu5nrEDYo
自分が見たものを、離れたところにいながら少年も見ることが出来る。

と、いうことは…もしかして。


(ねえ、瑞鶴さん)

「なあに、提督」


(これで僕も一緒に戦えるね)

「うん」


ああ、やっぱり。


そうだ、彼が見ていてくれる。

私の戦いを、彼が見守っていてくれる。

そう思うだけで私は、どんな強い相手にも、誰にだって負けない気がしてきた。

892: 2015/06/29(月) 22:21:44.36 ID:Lu5nrEDYo
あれ、でも…ちょっと待って。

こうやって意識を共有するには、例のあの行為が必要で。

しかもそれは、手の甲にとかそんな生易しいものじゃなかったはずで。



「ま、まさかキミ、毎回出撃するたびに私と!?」

(わー、違う違う。そんなやましい事考えてないから!)



いやらしいのは駄目。もちろん駄目なんだけれども!

でも、そんな風に否定されるのは面白くないから…私はこう言ってやった。

893: 2015/06/29(月) 22:23:16.44 ID:Lu5nrEDYo
「私との…は、やましいことなんだ?」

(いやあの、そうじゃなくて。出来きるのは嬉しいというか、でも毎回するのは恥ずかしいというか)


戸惑っている少年の顔を思い浮かべたら、何だか嬉しくて。

だから私は、そっとこう呟いた。


「別に私は毎回でも良いけど?」

(え、今なんて言ったの?)

「な、何でもない!キミには関係の無いこと!」


聞こえないように言ったんだから流しなさいよ、まったく。

キミはそういう女心、まったく分かっていないんだから!

894: 2015/06/29(月) 22:26:35.00 ID:Lu5nrEDYo
(瑞鶴さん、敵が集まってきた)

「ああもう、どうしてキミはそう真面目なのかなあ!?」



これから先何回、私はキミの鈍感さに振り回されるんだろう?

そんな、戦場には似つかわしくない想いを抱きながら、私は思考を切り替える。



弓を番えて解き放つ、流れるような動作のあと。

瞬間、次々と爆発が重なって邪魔をする雑魚たちを蹴散らして。

そうして、キミと私は再びこの海を駆ける風になっていくんだ。

895: 2015/06/29(月) 22:29:08.85 ID:Lu5nrEDYo
進撃を邪魔する敵の姿が途絶えてしばらくしたあと。

少しだけ心を落ち着かせて。それにしても、と私は思い出す。


「キミは結局、ヘタレだったねー」

(う、それを言われると…)



でも、私は…そんなキミだから。そんなキミのことを。

好きになったんだ。


少し前の、戦艦『ミカサ』の甲板での出来事を思い出しながら。

戦場を駆ける風は、吹き止むことを知らずに。

それどころか、どんどん強くなって行く。

901: 2015/06/30(火) 19:27:02.31 ID:4b5KgZCzo
戦乱の渦中にある『ミカサ』の甲板で、僕は目の前の彼女に宣言した。

瑞鶴さんにキスをして、嫌われる覚悟があるってことをだ。


「ねえ、提督。アンタってさ」


瑞鶴さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕は目を瞑る。

最低だとか、嫌いだとか…そういう事を言われるのだろうな、と思ったから。



ズキン、と胸が痛む。そんな痛みを無視するべく、僕は思考の檻に閉じこもった。

902: 2015/06/30(火) 19:29:12.23 ID:4b5KgZCzo
いや、それでも良い。それで良いんだ。

みんなを救うために、僕は瑞鶴さんに嫌われてでもキスをしなければならないんだから。

そういう覚悟を決めたんだからって、自分に言い訳して。


そしてそんな僕の陳腐な覚悟は。

瑞鶴さんにあっさりと打ち砕かれる。


「いてっ」


ペチンっと、瑞鶴さんの手が僕の両頬を合掌する様に叩いて、小気味よい音が響いて。

そして…。


「ばっかじゃないの!?」

「へ?」


あの甲高い声で、いつもみたいに罵られた。

903: 2015/06/30(火) 19:33:26.90 ID:4b5KgZCzo
「そんなので私がアンタを嫌うわけないじゃない!」


着任してきてから色々あったゴタゴタを、一気に帳消しにしてしまうようなその一言。

その一言に僕は戸惑うばかりで…まともな反応を返せなかった。

えっ、だって。僕は瑞鶴さんに嫌われると思ったから。僕とのキスを嫌がると思ったから。



「だって、だって。瑞鶴さんは…僕とのキス、嫌なんでしょ?」


口から出てきたのは、そんな情けない問いかけ。

904: 2015/06/30(火) 19:34:51.80 ID:4b5KgZCzo
僕の肩に瑞鶴さんの両腕が掛かる。

思いもしない瑞鶴さんの反応に僕は棒立ちとなって、ただただ彼女の動きを受け入れるだけだった。


首の後ろまでまわされた瑞鶴さんの腕に、そっと抱き寄せられて。

僕よりも頭一つ背の高い彼女の顔も、それに釣られて近づいてくる。



そして耳元で、優しく囁かれる。



「嫌なわけ、ないよ…」

905: 2015/06/30(火) 19:36:24.37 ID:4b5KgZCzo
これまで僕は瑞鶴さんの色々な声を聞いてきた。

初めて出会って…キスしてしまった時の怒った声。加賀さんと喧嘩する声。

照れて上ずった声、爆撃が成功して喜ぶ声、失敗して拗ねる声。

昨日僕を慰めてくれた優しい声。色々な声を聞いてきた。



「嫌なわけ、ないじゃない」


でも、今聞いた声は。

泣きそうで震えて、それでも言わなくちゃって、伝えなくちゃって一生懸命絞り出してくれたこの声は。

それまで僕が聞いた瑞鶴さんのどんな声とも違った、特別な声なんだと思った。


僕に向けられた、僕ための、僕だけの。

906: 2015/06/30(火) 19:37:12.30 ID:4b5KgZCzo
「ねえ、アンタは…どうだったの?」


震えている。声も、僕の肩を抱く両腕も震えている。

それでも瑞鶴さんは僕に問いかける。真正面から僕に向き合ってくれている。



「嫌じゃなかったよ」



だから、僕も正直に答えなくちゃいけない。

嫌じゃなかった。嫌なわけがなかったよ、って。

907: 2015/06/30(火) 19:37:48.70 ID:4b5KgZCzo
「ね、ねえ。じゃあさ」

「うん…」


視線が重なる。

桜色の唇から放たれたのは…。




「キスしよっか」


そんな、不器用な問いかけ。

917: 2015/07/01(水) 21:13:56.09 ID:WGJTjBFmo
真っ直ぐに僕を見据えて、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして。

瞳はもう泣きそうなくらいに濡れている瑞鶴さんの不器用な言葉に、僕は。



「う、うん」



情けないことに、まだ頭が上手く働かなくって。

彼女の問いかけと同じくらい…いや、それ以上に不器用なことばしか返せなかった。

918: 2015/07/01(水) 21:15:35.34 ID:WGJTjBFmo
一度、瑞鶴さんの腕の力が緩まる。

お互いの準備のために少しだけ距離が空いて。


「じゃ、じゃあ、行くわよ」

「ず、瑞鶴さん…?」



こういうのは歳上の役目だからとか、そんな様な事を早口に喋って。

少しずつ、少しずつ瑞鶴さんが紅潮した顔を僕の方へ近づけてくる。



ドクンドクンと心臓が脈打つ。緊張のせいで身体がこわばって、僕は目を閉じることもできずに瑞鶴さんを見つめる。

でも緊張しているのは瑞鶴さんも同じようで、彼女もまた目を閉じずに僕を見つめていた。

919: 2015/07/01(水) 21:16:46.48 ID:WGJTjBFmo
お互いに唇は固く、きゅっと引き結んでいて。

頭一つ背の低い僕に合わせるために、少しだけ俯きがちに瑞鶴さんが迫る。


ああ、これじゃあ全然だめだ。

いつか、事故じゃなくって女の子とキスする時はって考えていた理想とは全然違う。


こんなに緊張して、固まって身体は動けずに。

目の前の、とびきり美しい少女から逃れることは出来なくて。



そしてこんなに、こんなに熱い思いをすることになるなんて…。

920: 2015/07/01(水) 21:17:49.85 ID:WGJTjBFmo
お互いの唇が触れ合うまであと二歩…いや、一歩の距離。

これが触れ合ったら、僕のこの熱も、身体の強張りも、僕を突き動かすこの思いまでも…。

全てが瑞鶴さんに伝わってしまう気がして、急に怖くなった。



僕と同じことを瑞鶴さんも思ったのだろうか?



ふいに彼女の接近も止まって、僕たちはあと一歩の距離のところで硬直する。


その事に僕は何だか無性にホっとして。

あと一歩が来るのはもう少しだけ後のことだと、勝手に油断した。

緊張を誤魔化すために僕は口を開こうとして、そして。

921: 2015/07/01(水) 21:19:49.93 ID:WGJTjBFmo
「ねえ、瑞鶴さっ!?」


「んっ」



そして、唇を奪われた。

唐突に、二人の距離は、零になった。

922: 2015/07/01(水) 21:20:30.36 ID:WGJTjBFmo
思えば、これが僕にとっての初めてのキスになるのかもしれない。

事故でもなく、勘違いでもなく、そして艦娘の力を覚醒させるための作業でもなく。


お互いがお互いを求め、望む…誓いの儀式としてのその行為は。


啄む様な拙いそれは、時間にしてみればほんの一、二秒の事だったけれども。

僕はいまこの瞬間のこの出来事を、一生忘れないだろうなと思った。

923: 2015/07/01(水) 21:21:52.54 ID:WGJTjBFmo
ぽう、っという…うす靄のかかった鈍い輝きが瑞鶴さんの身体に起こる。

これは鎮守府の演習場で、次々と爆撃を成功させた時に見たのと同じ輝きだ。

良かった、これで覚醒が成功した。この力がどこまで通用するかは賭けだけれども。



「えへへ、どうだ。まいったか」

「ず、瑞鶴さんっ」



まだ頬は染めながら…。

でも悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべて、瑞鶴さんが言った。

924: 2015/07/01(水) 21:23:00.02 ID:WGJTjBFmo
「もう、アンタは鈍いんだから。私が嫌がってない事くらい気づきなさいよね!」


まったく…身勝手にも彼女は、成功した途端にそんな事を言い始める。

こ、この人はっ!どれだけ自分の言動が僕を不安にさせたか、ホントにわかってるんだろうか!?



「元はといえば瑞鶴さんが僕を避けたのが原因だと思うけど?」

「え…あ、うぅ。あれは恥ずかしくて勢いで言っちゃったというか」



半眼で軽く睨みながら言うと、さっきの勢いは何処へやら。

それでも何か思うところがあったのか、ぷくっと頬を膨らませて。

瑞鶴さんはとても歳上とは思えない拗ねた表情を浮かべだした。

925: 2015/07/01(水) 21:23:56.66 ID:WGJTjBFmo
「で、でも、それを言うならアンタだって。私となんかキスしたくなかったって」

「ええ、僕がそんな事言う訳ないじゃないかっ!?」


僕の反論に、でも瑞鶴さんは小さな子供みたいに呟く。


「…言ったもん」


本当に覚えがない。

瑞鶴さんと衝突した事は何回もあるけれど、そんな心にも無いことを言ったことがあるだろうか?

926: 2015/07/01(水) 21:24:58.46 ID:WGJTjBFmo
「そんな事、いつ?」

「…一番最初の、喧嘩のとき」


一番最初の…?

喧嘩…?


「あっ!」


―あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?

―どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!



それは、本当に最初の最初。

出会い頭に起こった事件に対する、売り言葉に買い言葉。

927: 2015/07/01(水) 21:32:32.41 ID:WGJTjBFmo
「そんな昔の事を…?」

「昔じゃないもん」


「気にしてたの?」

「…うん」



そんなのをずっと、ずっと気にしていただなんて。


目に涙を溜めて俯く彼女は今、もうただの歳上のお姉さんになんて見えなかった。

その子供みたいな姿がなんだか、僕にはとても可愛く見えてしまって。

928: 2015/07/01(水) 21:33:23.80 ID:WGJTjBFmo
だから。


「もう一度、キスしようか」


そう言ってやった。




「え、何言って―」

「僕も瑞鶴さんとキスがしたい」



そう言って。

今度は僕が、自分の意思で、瑞鶴さんの唇を奪った。

929: 2015/07/01(水) 21:34:08.20 ID:WGJTjBFmo
「んっ…んん!?」


さっきは一瞬の触れ合いだったから分からなかったけれど、今度は。


唇に、温かい感触が広がっていく。

それは出会った頃の彼女から感じた熱よりも、ずっとずっと熱くて。

僕は動くこともせずに、炎のようなその熱を味わっていた。



瑞鶴さんの夕焼けが、頬から顔全体に広がっていくのを見つめる。

930: 2015/07/01(水) 21:36:34.23 ID:WGJTjBFmo
「ちょ、ちょっと。ねえ…んっ!?」


怖気づいたのか逃げようとする瑞鶴さんの手をとって、華奢な身体を抱きしめる。

歳上で、僕よりも少しだけ背が高くて…だからこうやって肩を抱くには背伸びするしかなくて。



それでもいま、目の前の女の子を大切に包み込みたい。

いや、違うかな。なんだろう、この気持ちは。初めて抱くこの気持ちは…?

931: 2015/07/01(水) 21:37:19.44 ID:WGJTjBFmo
「…ぷはっ」

「あっ」


息が苦しくなって、ようやく僕は瑞鶴さんを解放する。

身体の方は抱きしめたまま、唇だけ。



「ば、バカ!」


彼女の荒い息遣いを自分の顔に感じながら、瑞鶴さんの瞳を見つめる。

泣きそうで、でもそれは僕とのキスが嫌だったからじゃないのを確信して。

932: 2015/07/01(水) 21:38:42.41 ID:WGJTjBFmo
「これで、信じてくれる?」

「瑞鶴さんとのキスが嫌じゃないってこと」

「バカ…」


そうやって仲直り出来て、僕の気持ちを伝えることが出来て…。

だからちょっと、僕はいつもより正直になりすぎてしまったのかもしれない。



「あの日、キスしてしまったのが瑞鶴さんで良かった」


言ってしまってから、ストンとその言葉が自分の心の底に落ちていく。

ああ、そうだ。僕は瑞鶴さんで良かったと思ったんだって。

933: 2015/07/01(水) 21:39:54.99 ID:WGJTjBFmo
そしてそれは、瑞鶴さんも。

僕の雰囲気に呑まれたのか、彼女もまた、いつもより正直になっていたみたいだ。


「私も…」

「えっ?」

「私も、初めてが…アンタで良かったと思う」



お互いがお互いを見つめて―おそらくその瞬間、僕たちは同じことを思った。

934: 2015/07/01(水) 21:40:34.00 ID:WGJTjBFmo
“あの時”が瑞鶴さんで良かったと、僕は確かに思った。

じゃあ…、じゃあ”今”は、お互いどういう気持ちでキスをしたんだろう、って。


「ねえ」



探るように、僕の耳元で瑞鶴さんが囁く。



「なんで、私とキスしたの?」


その、あまりにも真っ直ぐな問いかけに対しての答えは。

935: 2015/07/01(水) 21:41:12.27 ID:WGJTjBFmo
艦娘の力の覚醒のため。

それが、答えのはずだ。

そのために僕は、瑞鶴さんに嫌われる覚悟を決めたのだから。



でも、今改めてそれを問われると…さっきとは全く別の答えが僕の中に浮かんでくる。

キスする覚悟は決めていた。それは間違いない。

だけど、その裏側に隠された想いまでも伝える覚悟は持ち合わせていなくって。

936: 2015/07/01(水) 21:41:48.32 ID:WGJTjBFmo
「そ、その。瑞鶴さんが可愛い女の子だから…かな?」


僕の真意には一歩遠い、そしてそれ故にとても的外れなことを、僕は口にした。

それは僕が言おうとした答えでも、瑞鶴さんが望んだ答えでもない。


僕のその、情けない言葉を聞いて。

仕方ないなと苦笑して、瑞鶴さんが続ける。

937: 2015/07/01(水) 21:42:29.54 ID:WGJTjBFmo
「相手が可愛かったら、誰とでもするんだ?」

「そ、そんな事は…」

「ヘタレ」


…容赦のない評価に言葉も無いです。


「ううん、今はそれで許したげる」


恋人の距離から、提督と艦娘への距離へ。

後ろ手に腕を組んで一歩下がって、瑞鶴さんが今度こそ完璧に微笑んで。



そうして僕たちは、二人だけの世界から帰ってきた。

938: 2015/07/01(水) 21:44:02.76 ID:WGJTjBFmo
「これは…」

「うわっ、何なんなのこれ!?」


異変は、突然に起こった。

さっきまで瑞鶴さんの全身を包んでいた鈍い輝きは今、眩しいほどの光となって僕たちを驚かせたんだ。



遅ればせながら僕の思考も提督のものへと切り替わる。

何故だかは分からないけれど…瑞鶴さんに宿っている輝きは、今までの彼女のものとも加賀さんのものとも格段に違う。

ぼやけた鈍い輝きでもあれだけの力を引き出すことができたのだから、これだけ眩しい輝きを誇っているのなら…?

939: 2015/07/01(水) 21:44:44.45 ID:WGJTjBFmo
「行かなきゃ」

「うん」


まずは『ミカサ』周辺で助けを待っている赤城さんたちを救援。

それが上手くいったら、敵のボスを叩くために進撃する。

その時に艦載機を放って視点を共有、無線で会話しながら僕の指揮下に入ってもらう。


伝えるまでもない命令を伝えて、僕たちは最後の作戦行動に移っていく。

940: 2015/07/01(水) 21:45:12.72 ID:WGJTjBFmo
「五航戦瑞鶴、出撃しますっ。待っててみんなっ!」

「行ってらっしゃい」


まだその輝きの成果を試したわけでもないのに。

何故だか僕は、根拠もなくこの戦いの勝利を確信して瑞鶴さんを見送った。

941: 2015/07/01(水) 21:46:27.21 ID:WGJTjBFmo
本日ここまで、やっと出撃しました

942: 2015/07/01(水) 21:53:27.77 ID:hMnDt8+aO
乙です

943: 2015/07/01(水) 22:00:41.53 ID:ww3GkJ7jo
乙です
いやそこは「やっとキスしました」ではなかろうかと思う次第であります!

948: 2015/07/02(木) 22:28:32.95 ID:QSfqtoA/o

【艦これ】キスから始まる提督業!【最終章】

次スレです、よろしくお願いします。
まさかスレを跨ぐとは思いませんでした!

では、あと少しお付き合い頂けたら幸いです。

引用: 【艦これ】キスから始まる提督業!【ラノベSS】