908: 2008/03/22(土) 02:46:03 ID:S1TBnJkR
「なぁホロ…お前、ヨイツの森へ着いたらどうするつもりなんだ?」

ロレンスは思い切って訊いてみた。
やはりホロは訊くべきか考えているのに気付いていたようだが、まさかこんな質問をされるとは思ってなかったらしい。
フードを外して空を見上げて睨んでいたホロは、驚いた表情をした後、ふてぶてしくこちらを睨みつけて訊いてきた。

「…いきなりどうしたのかや?」

いつもならココで「わっちのことを心配してくれてるのかや…?」などと言って上目遣いに小首をかしげて鎌をかけてきそうなものだが、ただ不機嫌に訊き返す返事しか返ってこない。
ヨイツに近づき到着まであと数週間となった今、ホロの様子がどこかおかしい。
会話をしてもどこか上の空で、余裕が無い。
だがこの事を指摘すればどんなしっぺ返しが来るか分かったものではないので今まで黙っていた。
だが、思い切って話を切り出しても生半可な返事だけ。
どうしたものかと考えて黙っていると

「ぬしが何を言いたいのかは分かっておる。じゃがそれを訊いてもは何か変わるわけじゃなかろ?」

少し意外な言葉に驚きながらも言葉を返す。

「だが…」
第1幕 収穫祭と狭くなった御者台
909: 2008/03/22(土) 02:46:55 ID:S1TBnJkR
「きっとぬしはわっちのことを心配してくれてるのじゃろう…?」

さっきの問いにいつもなら返ってくるだろうと思ったものとほとんど同じ言葉。
だがその言葉を言ったときのホロの表情は、頭の中で思い浮かべた表情なんかよりもずっと儚く、どこか憂いを帯びて美しかった。
その表情を見てしまった瞬間にホロという存在が突然とても脆いものに見え、無意識に手が出て、その小さい肩を抱きしめていた。

「ふん、ぬしはつくづくたわけな雄じゃな」

その言葉にはっとして慌てた。
だが、さっきのホロの言葉と思わず見惚れた表情に嘘は無かったはずだ。
さすがに共に旅をした仲だから、なんとなくだが分かるというものだ。

「全くだな」

そう言って肩から手を離そうとすると、ホロは離しかけた手に自分の手を重ねて言った。

「もう少しだけ、このままでいてくりゃれ?」

これは鎌かけ。さすがに気付く。重ねられた手を無視して手を離すと、ホロはつまらなそうに頬を膨らませて

「この頃はぬしが罠の匂いを嗅ぎ分けるようになってつまらぬ」

と言った。

「あたりまえだ。誰かさんがそこらじゅうにばら撒いたおかげでな」

軽口を返すと

「まぁぬしもちょこっとだけ賢くなったのかもしれぬ」

などとぬかした。少し油断しただけでこれかと思い、ため息をつくと

「ほんとはわっちは怖い、というか嫌なんじゃ」

「なにが」と訊く前にホロは

「ぬしと別れねばならん」

と言った。
最後の言葉はただの照れ隠しだろうが、「怖い」という言葉は本当だろう。
故郷に帰ると誰も、それどころか何も無いなんてことも十分どころかむしろその可能性のほうが高い、なんて自分の身に置き換えて考えればとても耐えられるものではない。
しかもホロはその地で他の者の上に立っていたのだ。
逆に生き残りがいれば、ホロを頼ってくるのだろう。
あのなんだかんだでお人好しな狼の事だ、見捨てることなど出来ずにまた望まぬ地位に立つのだろう。
それをわかって戻ろうとするホロを、止める権利など無い。
だが黙って見ているには仲が親しすぎた。
一度は命やそれに等しい商人としての人生を賭けてまで守ろうとした大切な旅の連れだ。
「なぁ」と声をかけようとすると

910: 2008/03/22(土) 02:47:19 ID:S1TBnJkR
「ぬしよ、もしわっちの予想とぬしの今言いかけた言葉が同じだろうと思うなら何も言わないでくりゃれ」

と先回りされた。だがその程度で躊躇していては始まらないと口を開くと

「そういえばぬしがわっちが好きじゃと言った返事をしとらんかったの」

あまりに唐突な話に驚いて訊き返した

「い、いきなりなにを」

「わっちはな、ぬしよ。ぬしに好きじゃと言われて本当に嬉しかったんじゃ。それこそ今まででどんな雄に言われたのよりも。こんな事をいうのも気恥ずかしいが…わっちもぬしが好きじゃ」

あまりの驚きに声が出なかったが、本気で言っていることだけは分かった

「でもいくらお互いが好いていようとわっちとぬしでは絶対に共には居続ける事は出来ぬ…じゃから、じゃからヨイツの森に着けばもうお別れじゃから…せめて着くまでの間だけでも出来るだけ近くにいてくりゃれ…」

まだ恥ずかしさからか頬が淡く朱に染まっていたが、その目は本気だったし、懇願するような色があった。
上目遣いのまま返事を待っているホロは、一人の少女に過ぎなかった。
もちろんホロの願いは聞き入れたいし、自分も望んでいた事だ。
しかし悩んだ結果、ホロの願いは断ることにした。

「ホロ、悪いが…それは出来ない」

921: 2008/03/22(土) 12:09:11 ID:S1TBnJkR
「ホロ、悪いが…それは出来ない」

するとホロは傷ついた表情の顔を伏せ、涙を堪えたのだろう、唇をかみながら顔を上げ目の端に涙を浮かべて言った。

「なぜじゃ?ぬしはわっちを好いておると言ったではないか!」

「あぁ。そう言ったし、今も思っている」

「なら…なら、なんでわっちの最後の願いを叶えてくれないのじゃ?ぬしよ、本当はわっちのことを嫌っておるのかや!?」

ホロはロレンスの肩を掴み、その少し赤みがかった琥珀色の瞳を涙で濡らしたまま、真っ直ぐにロレンスの目を見つめてそう言った。

「嫌ってなんかいない」

ありきたりな言葉しか返せない自分を不甲斐なく思いながらもそう返す。

「なら、どうしてじゃ…!?」

「お前が言った通り、その願いが最後だからだ」

「―っ!?」

「その願いを叶えたらどうなる?その願いを叶えて互いに笑って別れることなど出来るのか?お前なら俺なんかよりもずっと永く生き続けることが出来るから、その内俺のことなんて思い出だけの存在に変わるだろう。
でもな、俺は人だ。
人の命なんてお前より遥かに短命だ。
たったのあと数十年で俺はお前を思い出に変えるなんて出来やしない…ましてや忘れることなんて。
だからこれ以上親しくなったら、俺が辛いんだ。
だからお前の願いは受け入れられない」

922: 2008/03/22(土) 12:10:01 ID:S1TBnJkR
するとホロは一瞬とても儚い表情をみせたがすぐにしゅんとして小さな声で言った。

「そうか…すまぬ」

「あぁ。気にするな。俺こそ、お前の願いを叶えてやれなくてすまない」

しばしの沈黙。なんだかいたたまれない雰囲気になってしまったのは自分の責任だと思い、口を開いた。

「さっきの願いは叶えられないが、他の事なら叶えてやろうと思う。何かあるか?」

するとホロはうつむいてベッドに座っていたが顔を上げると、とんでもないことを言った。

「じゃあ…じゃあわっちを抱いてくりゃれ?」

そう言ったときのホロはあまりにも妖艶だった。
煽情的にしなをつくったその肢体は艶かしく、その控えめな胸にも思わず目線がいってしまうほどで、すこし笑みを浮かべた口の、薄く開いて濡れた唇は堪らなく欲情を誘い、少し細めた琥珀色の赤みがかった目は吸い込まれそうなほど美しかった。
それらは理性を無視するのに十分な程にいままでの鎌かけのものなんかよりもずっと魅力的で、高潔さすらも漂っていた。
そして無意識に体が動き、気づくとホロの上に乗り、組み伏せていた。
ロレンスが慌てて離れようとすると、ホロはロレンスの背中に手を回し

「ぬしは人の命は短命だと言ったが、今さっきのぬしはまさしく獲物を狩る狼そのものじゃった
がの?」

そう言ったホロは口の端から鋭い牙を覗かせてにやっと笑った。

923: 2008/03/22(土) 12:10:43 ID:S1TBnJkR
嵌められた、そう気づく前にホロはそのまま腕を引き寄せ抱きついてくると耳元で囁いた。

「ぬしの本性が狼ならわっちとも十分つりあう相手じゃ。じゃから…抱いてくりゃれ?」

あまりにも強引な言い分に思わず

「まるで悪魔の囁きだな…」

と呟いた。
すると顔は見えないがホロは悪戯に笑みを浮かべているのだろう、そのどこか幼さが残る身体から笑って震えているのが伝わり、ホロはまた耳元で

「その悪魔を好いていると言ったのはどこの誰じゃったかな?」

と言った。キリが無いので

「あぁ分かったよ。
分かったからそのことを言うのはやめてくれ」

と降参すると

「くふっ、ぬしは相変わらず可愛がりのある雄じゃ」

と言った。

924: 2008/03/22(土) 12:15:32 ID:S1TBnJkR
上げてから気づいたが途中で屋外から室内に話が飛んでる…マジ氏にてぇ
ゴメンナサイm(_ _)m

952: 2008/03/24(月) 00:49:36 ID:EeSO1Od5
とりあえず話を逸らせたが、この状況がかなり危ういものであることに変わりはない。
もしここでホロに本気で求められたら自制心であの衝動を抑えられるとはとても思えない。
どうしたものかと呻いていると、ホロがそれに気づいたのか体を離し、眉をつり上げて不機嫌にこちらを睨みつけて言った。

「もしや今更この場からどうやって逃げ出そうかなどと考えているわけじゃあるまいな?」

図星なので返す言葉が無い。だから背を向けることにした。

「もし逃げたら…ぬしを食い頃してしまうやもしれん」

どきりとしてホロを振り返ると、その眼は狼のそれに変わっていた。
背筋に冷たい汗をかいて固まっていると、ふっと目に柔らかさが戻り、呆れたようにこちらを見ながら

「全く、ここまでわっちに言わせておいて逃げようとするなどたわけもいいところじゃな」

と言った。
確かに見方によっては全くその通りなのだが、こちらにも言い分がある。
男女の契りを交わすなど親しいにも程があるし、それになおさらホロを強く思い出してしまうだろう。
しばらく黙っているとホロは怒ったらしく声を荒げて言った。

「さっさとせぬかこのたわけ!」

びくっとしてまた後ろを振り向くと、ホロは一糸纏わぬ姿でそこにいた。
顔は怒っているが頭の上の耳を除けばどこかの貴族の令嬢のように整った顔立ち。
全ての均整がとれた肢体。
そして控えめだが見た目に相応な可憐さを感じる胸。
そしてその人ならざるものの象徴である見事な毛並みの尻尾は、表情とは裏腹に不安そうに揺れていた。
その光景に思わず息を呑むと不機嫌さがさらに悪化して睨みつけてきながら言った。

953: 2008/03/24(月) 00:50:14 ID:EeSO1Od5
「何か言う事があるじゃろう?」

「綺麗だ」

「ま、ぬしにしては素直で及第点かの」

ひどい言われようだがさっきの感想は事実だ。
ほかに言いようが無いが、綺麗だった。
ホロは自分の座っている横を叩いた。
どうやらここに座れという意味らしい。
反抗すれば本当に食い殺されかねないのでおとなしく座ると、ホロはおもむろに動いて膝の上に座ってきた。

「なっ!?」

「いまさら何をうろたえておる。ぬしはもう少し黙っておれ」

そう言うと向かい合って膝に乗ったホロの顔が近づいてきて、なにか考える前に唇が触れ合った。
初めて触れたホロの唇は、とてもやわらかく、温かかった。
もうこうなったらどうにでもなれとその感触を楽しんでいると、ホロの口の中はどうなのか気になったので、舌を入れてみた。
するとホロは

「んっ!んふっ…」

と驚いたようだがすぐに慣れてきたらしく、舌を絡めてきた。
ホロの唾液はほのかに甘みのある味がした。
しばらくお互いに舌を絡めあっていたので、こちらから口を離すと糸が出来て、切れたあとホロの身体に垂れた。
しかしホロは気にも留めずどこか惚けたようにロレンスを見つめていた。
そのまましばらく見つめ返していると、我慢できなくなったのか

「ぬ、ぬしよ、その…続きを…してくりゃれ?」

「続きって何を?」

いつも悪戯されっぱなしなのも癪に障るのでたまにはいじめてやろうと意地悪をしてみる。

「だから、その、なんじゃ…」

もどかしそうに口ごもって俯いて恥ずかしがっているホロは可愛かった。
それに本当は裸で膝の上に座ってきているおかげでホロが今のキスで少し濡れてきているのにも気づいていたが、あえて気づかぬふりをした。

「ぬしがそんなに意地悪だとは思ってなかったでありんす…」

さすがにこれ以上やると怒られそうなのでホロの拗ねた様子に少し笑ってしまったが謝った。

954: 2008/03/24(月) 00:51:07 ID:EeSO1Od5
「悪かったよ」

「本当じゃ」

「だから悪かったって」

「ふん、どうせたまにはいじめ返してやろうとか考えておったのじゃろ?」

「い、いや…そんなことは」

「やさしくしてくりゃれ?」

そう言って胸を片腕で隠したホロは可憐で、清楚だった。
自分でも顔に血が上がっていくのが分かる。
するとまた嫌な笑みを浮かべて

「わっちをぬしが出し抜けるとでも?」

こればっかりは黙るしかないので無視してお望み通り続きをすることにした。
まずホロをベッドに横たえる。
抵抗するかと思ったが素直に身体をあずけてきた。

958: 2008/03/24(月) 00:53:15 ID:EeSO1Od5



朝。
起きるとまだ隣でホロが寝ていた。
呼吸に合わせて耳が揺れる。
その安らかな寝顔に思わず微笑んで鼻の頭を触ると、くすぐったそうに顔を振ってまた熟睡し始めたので、起こして朝食をとるために宿の1Fに降りる。
すると他の宿泊客が皆顔を赤らめて目線を逸らす。
どうしたのかと思っていると宿主に声をかけられた。

959: 2008/03/24(月) 00:54:18 ID:EeSO1Od5
「おはようございます。よく眠れましたか?」

「おかげさまで。それが何か?」

「いえ、なんでも。ところで昨日はお疲れでしょうからもう一泊なさってはいかがですか?」

「え?昨日はどこにも出かけてませんが―ッ!?まさか!」

客のおかしな態度。宿主の意味深な発言。まさかと思いホロを見た。
するとホロは宿主に向かって平然と告げた。

「うむ、もう一泊しようかの」

「ま、まて、まさかお前全部分かってて!?」

「なんの話じゃ」

どうやら昨日の一連の騒動は宿中に丸聞こえだったらしい。

「ぬしは少し黙っておれと言ったはずじゃが?」

ため息しか出ない。

「お前これからどうするつもりだ?」

「しばらくここに泊まる」

「その後は?」

「ぬしと一緒に考えればよい」

「…そうだな」

いつからこんな楽観的な考え方をするようになったのかと自分で疑問に思ったが、やはり隣にいる相棒のせいだろう。
きっとこの旅の最後までコイツに振り回されるのだろう。
だがそう思って出てきたのはため息ではなく笑いだった。
もしかしたら笑ってたびを終えることも出来るかもしれない。
そう思った。


~FIN~

引用: 【狼と香辛料】支倉凍砂作品のエロパロ