280: 2010/12/20(月) 22:31:41.18 ID:InxzDA20

281: 2010/12/20(月) 22:33:06.63 ID:InxzDA20


「なぁ…いい加減泣き止めよ」

というか泣き止んで下さい結標さン、と切に思う。
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らし、何度も涙を拭ったせいか、目尻が赤く腫れている。


「う、うん、ゴメン。でも、ううう」

「ハァ…」



周囲の視線が痛いということはない。
映画館の地下に位置するカフェに来ている一歩通行と結標であるが、
周囲も結標と似たり寄ったりだ。

パンフレットを抱きしめてうっとりとする者。

友人と語り合いながら、思いだし泣きをするもの。

女連れの男には一方通行と同じくどうしたものかと途方に暮れた顔をしている者もいる。

見ず知らずの男達に一方通行は奇妙なシンパシーを覚える。


「まァ、良いけどよ…」

泣き止めと言って泣き止むものではない。
それを経験上よく知っている一方通行は無理に泣き止ませようという気はなかった。

「うん」

こくんと頷くと、結標はぽろぽろと流れる涙を丁寧に拭う。
とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の未元物質 (電撃コミックスNEXT)

282: 2010/12/20(月) 22:36:05.23 ID:InxzDA20

「ったく…面倒くせェな」


注文した珈琲を一口飲むと、苦いだけの後味の悪さに顔を思わずしかめる。
豆が悪いのかと思ったが、それは違うと即座に否定する。

以前佐天がインスタントコーヒーをびっくりする程美味しく淹れたことを思い出す。

そういえば佐天と顔を合わせなくなってもうすぐ一週間になる。

正確には四日程前に会っているのだが、その時彼女は一方通行の顔を見るなり逃げ出した。



(なンだよアイツ…人のツラ見て帰るとかケンカ売っていやがンのかァ?
つーか何でイキナリ来なくなンだよ)


思い出すとムカムカとした苛立ちが沸き上がる。

佐天が明らかに自分を避けていることが無性に面白くない。
そして、佐天に会えないことに苛立ちを抱いている自分のわけのわからなさも面白くない。

最近、正確には「この前の夜」以来佐天の行動は一方通行には不可解極まり無かった。
単純に来なくなるのではなく、一方通行が帰ると料理だけが作ってあるのだ。
置き手紙も何も無いのだがそれが彼女のものだとわかった。


味付けや、雰囲気、そして一方通行のエプロンに僅かに残る調理の残り香。


彼女のいた空気を敏感に感じ取っていた。



(くそっ…飯作っていきやがるならツラくらい見せやがれってンだ)

苛立ち紛れに不味いコーヒーを一気に飲み干す。

283: 2010/12/20(月) 22:38:39.12 ID:InxzDA20

四日前のことだ。

仕事も無く、一方通行は出かけることもせずに家でぼうっとしていた。

決して佐天がやってくることを待っていたわけではない。

ただ、何となく、このまま出かけずにおれば彼女に会うのではないかと思った。
だから、何となく出かけもせずに、時間がいたずらに経つのを待った。
鍵を開ける気配を察知した時、一方通行の中にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
それは自分を正体不明の苛立ちに落としてくれた少女への復讐も兼ねていた。


無警戒にドアを開けた佐天の目の前、玄関に一方通行は待ちかまえていた。


そして、結果。


佐天涙子は逃走した。



はぐれメタルばりに逃げた。
ダッシュで逃げた。
一目散に逃げた。


声を掛ける間などほとんどなく、走り去った少女の後ろ姿を呆然とみていることしかできなかった。

一方通行は佐天の顔が真っ赤になっていたことには当然気づいていない。氏ねばいいのに。



(なンであンな態度取られンだァ?芳川の言ってたみてェに、アイツの望む言葉ってやつを
掛けてやンなかったから怒っていやがンのかァ?)


そこではない。そうじゃないんだと、誰も彼に突っ込むことはできない。

もげればいいと思うが、それも言ってやることは出来ない。



284: 2010/12/20(月) 22:40:39.60 ID:InxzDA20

「一方通行は」
「ンぁ?」


結標の声に、一方通行は一気に現実に連れ戻される。

「何とも思わなかったの?」
「?………ああァ…」

映画のことを聞いているのだ。一瞬何のことを言われているのかわからなかった。
結標はジッと涙で塗れた瞳で一方通行を見つめる。


不覚にも、その視線に一方通行はどきりとする。


「まぁカメラワークはいいンじゃねェかァ?ただ男がウジウジし過ぎだろォが」

映画の主人公を思い浮かべると、一方通行は顔を歪める。観ていてイライラする主人公だった。
やたらと感傷的で、理屈っぽく鼻に付いた。

傍観者を気取っている癖に、自分に想いを寄せる女の気持ちには全く気付かず肝心の部分が見えていない。

正直好きになれない主人公だ。


「もう。ロマンの欠片もないこと言うんだから」
「くはッ。俺にンな御大層なモンがあるよォに見えるんですかァお前は」
「あると想うわよ。貴方相当ロマンチストだものね、実は」
「て、テメェ…ッ」
「キャッ、こんなところで能力なんて使わないでよね?また来れなくなっちゃうでしょう」
「また来るつもりかよ…」

わざとらしく怖がるフリをする結標に起こる気力も萎えてしまう。
一方通行はあんな退屈な恋愛映画などにつき合わされるのかとうんざりする。

結標は上目遣いで一方通行を見る。


285: 2010/12/20(月) 22:43:58.82 ID:InxzDA20

「……嫌?」

そう、不安そうな顔で呟かれ、一方通行は言葉に詰まる。

寝言抜かしてるんじゃねぇ。

付き合いきれねぇ。

そんな言葉を言おうとして、彼の意思とは裏腹に口はぴたりと閉じる。
むぐむぐと行き場をなくした言葉を噛み砕くと、言葉を選び、一つ一つ押し出すように口に運ぶ。


「……アメコミだ。今度はこンなたりィ映画には付き合わねェ。
もうちっと見応えのあるモンにするぞ……」


スパイダーマンとかバットマンとか。
一方通行は意外なようで納得のヒーローもの好きだ。
一方さんは、というか禁書キャラは寧ろⅩ-MENに出てきそうだがそれは禁句だ。


そっぽを向く一方通行の横顔を見る結標の顔に徐々に喜色が浮かぶ。


「うん!!」


結標は頬を赤く染めると、はにかむように何度も頷く。
ちろりとそんな結標を横目に、不機嫌そうに一方通行はフン、と鼻を鳴らす。



「……オイ、さっさと行くぞ」
「?」

杖を手に、席を立つ一方通行を不思議そうに見上げる。
伝票を手に取りながら、結標の手を強引に引っ張り上げる。

286: 2010/12/20(月) 22:46:44.20 ID:InxzDA20

「飯だ。コレっぽちじゃ足りねェ」
「えっとお昼?」
「あァ?何当たり前の事言ってンですかァ?今日暇だっつただろうが。まだ映画観ただけだろォ」

結標は握られた手と一方通行の顔を何度も見比べている。
顔からは今にも蒸気が噴出しそうなほどである。
一方通行はとびきりの悪ガキのような笑みを浮かべた。


「俺ばっかり付き合わされるなンざ不公平だろォが。今度はお前が俺に付き合え」

「それって…」

デートってことなんじゃないのか、という言葉は恥ずかし過ぎて言う事が出来なかった。
握られた手を握り返しながら、結標は今更ながらに不安になる。

自分の服装は可笑しくないか。
メイクが崩れていないか。
そもそも、髪型は服装にあっているのか。

不安がグルグルと頭を占めていた。

一方通行は結標の手を握りながら、彼女とは別の意味で驚いていた。


(小っせェ…)

彼女の手の小ささに驚いていた。
女の子の手の小ささの比較基準が打ち止めか黄泉川という極端過ぎるため、驚く。
そういえば、番外個体も意外に手が小さかった。これが女というものなのかもしれない。


(アイツもそうなのかァ……?)



脳裏に浮かぶ、自分のエプロンを着て嬉しそうに調理をする佐天の姿が浮かんだ。


唇を噛むと、それを首を振って掻き消そうとしたが、脳裏には依然彼女の姿がぼんやりと浮かんでいた。


まるで、ひっそりと、そしてかたくなに存在を主張する真昼の月のように。


287: 2010/12/20(月) 22:48:37.82 ID:InxzDA20


一週間ぶりになるのだ。

佐天涙子が一方通行の部屋に来たのが。
彼に会おうと思って此処を訪ねたのがである。

佐天涙子は黒いエプロンをぎゅうっと抱きしめる。
一方通行のエプロン、自分が好んで身に着けるエプロンだ。
結標淡希という少女と出会い、話しをしたのはほんの数時間だった。
しかし、あそこまで、そう親友である初春以上に今の佐天の心情を吐露した相手は初めてであった。


こればかりは同じ悩みに直面している女同士でなければ分かち合えないのだ。
そして誰かに打ち明けてみて初めてわかることもある。



288: 2010/12/20(月) 22:50:32.06 ID:InxzDA20


自分の気持ち。


自分の一方通行に対する気持ちである。


最初は憧れ。
ピンチを颯爽と助けてくれたその姿に、心を奪われた。
御坂や初春の事を笑えない、自分にこんな乙女チックな面があるとは思わなかった。


自分の容姿が平均よりも上であるという程度の自覚はあった。
同級生からアプローチを受けたことは少なくなく、高校生からナンパを受けたこともある。
先日、不良に絡まれたのもナンパに端を発したものだ。
それらにイチイチ逆上せ上がったことはない。
イチイチ騒ぐ友人のノリに合わせながらも、内心は冷めていた。よく自分を知りもしないくせにと。

そこには無能力であることへのコンプレックスも手伝ってか佐天は自分の見目にだけ惹かれてくる異性に懐疑的であった。



そんな自分が、出会ったばかりの男の家に押し掛けている。
昔の自分が見たら目を白黒させるだろう。


289: 2010/12/20(月) 22:54:55.34 ID:InxzDA20


「いやぁ~~参った参った。あっはははは」


誰に対して誤魔化しているのか、佐天の大げさな独り言が誰も居ない一方通行の部屋に響く。
ぽりぽりと決まり悪そうに頬をかくと、佐天はスリッパを鳴らしながらリビングを後にする。


向かう先は、たった一つ。
佐天は、開き直りついでとばかりに、些か心の箍が外れている自分を自覚する。
だが、しかし。好奇心といつだって二人三脚な彼女は己の好奇心を留める術を知らない。
譲れない想いが今目覚めているというやつだ。

3LDKという一人暮らしの少年には大き過ぎる部屋の中の一室。
ドアを開けると、灯りも着けずにそろりと足を忍ばせる。

誰も居ないというのはわかっているのに、足音を忍ばせるのは自分がやましいことをしているという自覚があるからだ。

部屋に足を踏み入れると、佐天はとくんと胸に甘い痛みが走るのを覚える。


自然と手が胸を押さえる。
身体の奥が、身体の芯がじわりとした温かさに浸されるような心地。
もうこの感覚に、翻弄されることはない。その感情に身を任せればいいと知ったから。

ぼふんと倒れこむように佐天が身を預けたのは一方通行のベッドだった。
身体を預けると、枕を手繰り寄せる。ぱふっと顔を枕に乗せる。


「………えへへへへ」


だらしなく頬が緩む。
自分は匂いフェチではない。
匂いフェチではないのだが、仕方が無いだろう。


佐天は自分に言い訳をしながらゴロゴロと顔を押し付ける。


すんすんと鼻を子猫のように鳴らすと、ぎゅうっと枕を抱きしめる。


290: 2010/12/20(月) 22:58:09.45 ID:InxzDA20

「えへへへへ~~あくせられーたさんの匂いだぁ~~」

もう見てらんない。
ホント、この子些かデレ過ぎじゃない?というくらいにだらしない顔だ。
マタタビの匂いに酔っ払った猫のようである。

御坂さんがこの領域にたどり着くのと、上条さんと一方さんがフラスコ逆さ人間をはっ倒すのとどちらが先だというレベルだ。



「だってしょうがないじゃんね」



もしかしたら自分は相当変な奴だと思われているのかもしれない。
一方通行の顔を見るなり、恥ずかしさに耐え切れず顔を合わせずに走って逃げてしまった。
失礼で挙動不審な奴だと思われているだろう。

しかし、それでもいいじゃないかと思っている。
既にこれは開き直りにも似た思いだが、結標との会話を思い出す。



「落ちちゃったんだもん。しかたないぜ」


ぎゅっと枕を抱きしめて一方通行の匂いを吸い込む。

しようと思ってするのではない。

落ちてしまうものなのだ。

だから仕方が無いのだ。


「………何話そうかな」

ゴロゴロと転がりながら弾む声を抑えきれずにくぐもった笑い声が漏れる。
赤い頬を隠すように枕に顔を押し付ける佐天の耳に、ドアに鍵を差す音が届いた。

314: 2010/12/22(水) 00:21:01.57 ID:wzltZAE0


「あの、クソモヤシきっと嫌がんだろうなぁ~けけけけ」

食材をパンパンに詰め込んだ買い物袋を両手に、番外個体は弾む声を抑えきれない。
エレベーターの点滅する数字を自然ともどかしい思いで目で追っていく。

「この時間だとまだ帰っていないはずだよね」

ここ数週間、一方通行の家には行ってなかった。

彼が自発的に自炊するとは考えにくい。きっと外食かコンビニで済ませていたに違いないとあたりをつける。

「案外コーヒーだけで済ませてたりして。ぷくくくく、ますますモヤシになちゃっうじゃん」

買い物袋を足下に置くと、キーを取り出す。
くるくると指先で弄ぶ。無理を言って打ち止めと自分の分を作らせた合鍵だ。
鍵穴にキーを差し込んだところで、番外通行はドアが開いていることに気づいた。

「あれ…?もう帰ってきてるのかぁ」

つまんないの、と唇を尖らせる。

口調とは裏腹に顔がゆるんでいる。意地の悪い笑みである。
しかし、悪意からくる歪んだ笑みといううよりイタズラを企む子供のそれだ。

315: 2010/12/22(水) 00:28:52.66 ID:wzltZAE0

「オーッス、生きてるかクソ一位~氏んでたら返事するなよ~ていうか寧ろミサカに殺させ…」

パタパタと足音を立ててリビングに入ったところで番外個体の口が言葉を失う。

番外個体は玄関にある靴を確認しなかった。

故に、それは完全に彼女にとっては不意打ちであった。

先ほどまでの笑みは立ち消え、瞳にすぅっと冷ややかな光が走る。


「あ…」
「何で貴女がここにいるわけ?」
「あの…」

番外個体は目の前の不審者、少なくとも彼女にとっては不審者である、少女に剣呑な視線を向ける。
番外個体の視線を受け、少女は僅かに怯む。

ぎりっと噛みしめた奥歯が軋みをあげる。

番外個体は一歩前に踏み出す。

少女に見え覚えはある。問題は、どうして彼女が目の前にいるのかということだ。
少女の身に付けている黒いエプロンが目に留まる。
見覚えがある。
当然の話だ。
自分が買ったのだ。

打ち止めと番外個体が、一方通行にプレゼントしたのだ。
打ち止めはプレゼントとして、自分は嫌がらせも込めて。
ピンク、青、黒と色違いを購入した。


『おそろいおそろい~~ってミサカはミサカは家族のようにお揃いのエプロンで料理する光景を想像してみる』
『ハァ?何言ってくれちゃってンですかァクソガキ。俺が料理作るとかねーだろォが』
『何処の亭主関白なわけ~?今時男が料理くらい出来なきゃ相手にされるわけねーし。
って、貧弱白アスパラガスには相手なんかいねーか』
『似合わないのはお互いさまだろォが…』
『似合わなくて結構だし。べっつにミサカ料理なんて作れなくたって困らないからさぁ』
『ミサカは作れるようになりたいよ~アナタの為に毎食毎食味噌汁を作る出来る妻に
なってみせ ――― おっとと、これ以上は五ヵ年計画に支障が…』
『毎食とか塩分過多だなァオイ…』
『いいこと聞いちゃった。じゃあミサカが毎食作りに行ってやろうかしらん?
塩分で頃しちゃうよ?』
『むむむっ!!番外個体の通い妻宣言にミサカはミサカは危機感を覚えてみる』
『アホか…』

320: 2010/12/22(水) 00:31:46.53 ID:wzltZAE0

馬鹿みたいなやり取りであったが、番外個体はそれを決して不快なものとは思っていない。
それだけに、その思い出のエプロンを身に付けている少女が苛立たしかった。


「何で貴女がそれを着けてるわけ?」

声が震える。
それが怒りなのか、悲しみなのか、番外個体にはわからない。
しかし、一つだけわかっていることがある。
それは自分が、今はっきりとショックを受けているということ。

打ち止めと三人で揃えたエプロンを知らない少女が着ているという事実に。

何よりもこの場所にこの少女がいることにだ。


「どうして…そこはミサカの…ッ」

「ひ…ッ」

バチッと青白い光が番外個体の体からはぜる。

番外個体の敵意を表したかのように、青い舌をチロチロと出す蛇のように電気が電気が彼女を取り巻く。

本来、番外個体は一般の人間に対して能力を行使したりはしない。
一方通行に堅く禁じられていることもあるが、彼女自身が好むところではないのだ。
最低限、スキルアウトに絡まれた時に行使する程度であろうか。

そんな彼女が、今目の前のたった一人の少女を威嚇するように能力を見せている。


321: 2010/12/22(水) 00:35:43.50 ID:wzltZAE0

(何?何やってんのミサカってば。何でイラついてるわけ?アイツの部屋に、この乳臭いガキがいただけじゃんか。
セ口リが本当にセ口リだったっていうだけだっつーの。大笑いしてやればいいいじゃんか)


バチッと一際大きく青白い火花が爆ぜる。

ぎりっと噛み締めた奥歯が軋みを上げる。

目の前の少女の怯えた仕草でさえも癇に障る。

どこから見ても普通の、無力なか弱い少女だ。

それが一層番外個体を苛立たせる。


(ホントにホントのパンピーなわけ?何?あのモヤシはそういうのがいいわけ?ハァ?マジ似合わないしー。
つーか、身の程知れよってんだよ。ムカつく)

自ら生み出した自らの負の感情に神経を逆撫でされていく。
その感情の正体がわからないことが番外個体の苛立ちをより加速させる。

目の前の少女が、ここで怯えて逃げたとすれば、番外個体の溜飲は下がっていたのかもしれない。

それが一時的なものにしろ。

しかし、番外個体の予想に反して、目の前の少女は怯えはすれども逃げる気配を見せない。

それが、その真っ当で健全な気丈さが彼女を苛立たせる。

その苛立ちは憎悪に近い。

323: 2010/12/22(水) 00:40:16.29 ID:wzltZAE0


「これは…一方通行さんが使ってもいいって言ってくれたんです…」


『一方通行』の名に番外個体の瞳が細くなる。
どういうやり取りをしたのだ、すぐにでも目の前の少女の喉を締め上げて洗いざらい吐かせたくなる。
髪を引きずり回して、思い切り泣かせてやろうか。
凶暴な思考が暴れる番外個体を前に、少女は自らの言葉に首を振る。


「いや、そうじゃないか。私何一方通行さんのせいにしてるんだろ」

少女は俯きながら唇を噛みしめる。
自分の言葉を悔やむように、咎めるようにきつく一度瞳を閉じると、顔をあげ、真っ直ぐな瞳を番外個体に向ける。

その瞳の真っ直ぐさに怯むのは番外個体の番であった。


「私がそうしたくてそうしてるんです。一方通行さんに合い鍵も貰って」


合い鍵、という言葉に番外個体の眉がぴくりと動く。

握りしめていた手のひらに、爪が食い込む。

ぐぅっと握りしめた手を開くと、ひらひらと追い払うように、茶化すように振る。


324: 2010/12/22(水) 00:43:02.27 ID:wzltZAE0

「ははぁ~ん。アンタ何かあのモヤシに弱みでも握られてるのかにゃ~ん?この前のアレってアイツに拉致られてたわけでしょう?
それで無理矢理こんな陰気くてしみったれたところまでノコノコ来ちゃってるんだ。可愛い顔してるもんね。
あのセ口リにぐっちゃぐちゃになるまで色々されちゃってたりするんだ?アヘ顔曝しまくってたりして~
アイツ鬼畜野郎だからそういうの好きそうだもんね~鬼畜っていうか屑野郎かな。
でもいいよ。もう帰っちゃって。ミサカからあのクソヤローには言っておくからさ。無理してこんなとこ来なくてもいいからさぁ
ホント、災難だったよね。そうだよ、そうでしょ?」


何を言ってるのか自分でもよくわからない。
ただ、番外個体にとって、今の自分はとても不愉快だということ。
生まれてから感じるなかでもっとも強い不快感を自身に覚えつつある。


「どうしてそういう風に言うんですか?」


番外個体の瞳をまっすぐに見つめて、少女は聞くに耐えないとでも言いたげに首を振る。


「どうしてあの人をそういう風に言っちゃうんですか?貴女も好きなのに」

向けられた何の飾り気も無い言葉に、何の駆け引きも探りあいも無い言葉に、番外個体はたじろぐ。

「は、はぁ?何言っちゃってるのかわかんない。ミサカが誰を好きなわけ?」


325: 2010/12/22(水) 00:52:46.48 ID:wzltZAE0

「一方通行さんを」

「!!……バカじゃねーの?」


ざらりとした感情が番外個体の喉を滑り落ちる。
掠れた声には、軽口を叩く時の歪な余裕は無い。瞳は目の前の少女を見ることも出来ず、宙をさまよう。
それでも、それでも言葉を搾り出そうと己の中にある感情を手当たり次第に拾い上げる。
不器用なパッチワークのように、整然さとかけ離れた言葉でも良かった。
目の前の少女に、苛立たせるこの女に何かを言わなければならない。
それが辛うじて番外個体に口を開かせた。

「ミサカがアイツを好きだなんてあり得ない。好きどころか寧ろ憎んでるんですけど~?
頃したいほど目障りで仕方がないんだけどさぁアンタ知らないの?アイツがどんだけ嫌な奴かって。
ていうか知ってたらこんなとこ来るはずないもんね~可哀想にさぁ、騙されちゃって」

嘲りを多分に含んだ言葉に、少女の眉が釣り上がる。
明確な怒りの表情。怒った顔一つとっても、素直でわかりやすく、そして曇りが無い。
番外個体の頬が微かに引きつる。


「あの人は凄く優しい人です!!ぶっきらぼうなだけで、すっごく優しい人なんですから!!」


「キャー!!熱い熱い~可愛い~~!!ムキになっちまってやがんの。あんな奴の為にムキになっちゃってさぁ。
すっかりかどわかされてんじゃん。馬鹿すぎて可愛い~ミサカ濡れちゃう~じゃあ、アンタは何?
もしかしてあのバカが好きだって言うつもりぃ?ぎゃははははははは!!!
まさかね、ないない。アイツのことを好きになるなんてそれがマジだったら超受けるわ」


326: 2010/12/22(水) 00:53:12.40 ID:wzltZAE0

お腹を抱え、身体をくの字に曲げて笑う姿は悪意に満ち満ちている。
まるで初めて一方通行に出会ったときの彼女のように。
嫌悪と怒り、苛立ちと怖気を与えるビニールが引っ張られたような醜い笑み。


「最っ高に最っ低のジョークだわ」


しかし、引き攣った笑みから洩れたのは、嘲弄など一切含まれていない言葉であった。
その一切を憎み、疎む鑢のような痛みを滲ませた声。

少女は、その声に一瞬怯む。
そう、僅か一瞬のみ。

そして、少女の唇はゆっくりと形を変える。


「 ――― ですよ」


「はぁ?」


「だから」


少女はチークのように朱色に染まった頬を僅かに緊張と羞恥に強ばらせる。
そして、そうっと慎重に、確かめるようにその一言を口にする。

327: 2010/12/22(水) 00:53:42.95 ID:wzltZAE0



「好きですよ」




328: 2010/12/22(水) 00:55:26.67 ID:wzltZAE0

ごくん、と苦くて重い塊を飲み下してしまったような気持ち悪さを感じた。


「は、ははは…はぁ?何マジ顔して言っちゃってやがんだよこの中坊が。あのバカと知り合ってどんだけっていうのよ?
つい最近でしょ?何勝手に思い入れてるの?思い詰めっぷりがキモすぎるんだけど?
ミサカも流石にちょっと引いちゃうんですけどね~~ぐけけ……けけけけ……」


震えてしまいそうな声を必氏に抑える。


少女は頬を染めたまま、自嘲の笑みを浮かべる。
自分でも自分が不思議で、おかしいと自覚するように。


その素直な振る舞いが、番外個体の不安定な心を刺激する。


「ホント、その通りですよね。私もわかってるんですよ。これでも惚れっぽいなんて思ったこともないし。
アピられても結構客観的に見定めたり出来るほうだし。どっちかっていうと、こういうことに冷静なつもりだったから」

観念したように少女は、笑う。
自嘲の笑みではなく、晴れ晴れとした笑みを。

「でも、もうこうなっちゃってました。気が付いたら本当にびっくりするぐらいで。
貴女よりもあの人と知り合ってからの時間は短いんでしょうけど…でも、諦める気なんてないんです」


329: 2010/12/22(水) 00:58:03.52 ID:wzltZAE0

ざりざりと背中から心の芯までをやすりで擦られたような痛みが番外個体の中を走る。
とっさに返すべき皮肉や嘲笑、或いは軽口や減らず口がすべて霧散した。
悪意と負に満ちた彼女らしい、と、定義付けられている言葉の全てが霞のように消える。


そして僅かな間、番外個体の中に空白が生まれる。


不思議な間のようなものが二人の間に生まれる。


しかし、それは僅かなことであった。


空白になった番外個体の中に、次の瞬間すさまじい感情のうねりが沸き起こる。


「ざけんなよ…」


どろどろに冷えた溶岩のような、ぞっとするほど冷たく、何物も焼き尽くそうとするほど熱い感情。


「ふざけんじゃねーよ!!」


番外個体の叫びに呼応するように蒼い火花が散る。


「何が好きだよ。知り合った時間が短いけど関係ないって?はぁ?何だよ。何自分一人だけわかったような顔してんだよ。
ミサカの前でアイツのことわかったような顔してんじゃねーよ!!!アンタ何も知らないでしょ?
アイツのやってきたことなんて。何一つ。それで何でアイツのこと理解してますみたいな顔出来るわけ?」


生まれて初めて、番外個体は『一方通行以外の人間』に悪意をぶつけている。
それも、妹達から受信した一方通行への負の感情ではなく、番外個体自身の中から生じた負の感情だ。

330: 2010/12/22(水) 01:01:24.81 ID:wzltZAE0


「アイツのこと知ってたらアンタみたいな奴がアイツのこと好きになれるわけないじゃん。無能力者のくせに。
何も知らないで表でのほほんってしてるだけのガキの癖に。ウザいんだけど?
そんなガキが此処にいるなんていいわけないじゃん!!
表でのうのうとしてるアンタみたいなお嬢ちゃんにはわかるわけないだろ!!」


わかるのは自分達(妹達)だけでいいのだ。
拙く、いびつで、意固地な独占欲が番外個体の中を暴れまわる。
番外個体の剣幕に完全に少女は気圧されていた。
自然と荒くなる息を抑えるようにして、番外個体は唇を噛む。
自分の頭の中身が自分のものではないようだ。妹たちの意識が流れ込んでくる時の感覚とは異なる。
自分の知らない自分が、主導権を握って自分を操縦しているような感覚。未知の衝動に番外個体は困惑していた。
目の前の少女が、呆気にとられた顔をする。
番外個体の中に、ふっと影が忍び寄るように、唐突な悪意が降って湧く。



「そうだ…アンタ知らないんでしょう?知ってたら此処に来るはずないもんね」


これから話そうとすることに、番外個体の心に鈍痛が走る。
彼女の中の何かが軋みをあげる。

負の感情しか拾わないのではない、負の感情を拾いやすいということ。

つまりは負以外の感情も拾うということだ。




「アイツはね ――― 」



徐々に、目の前の少女の瞳が丸く見開かれていく。
そして、徐々に顔色が青ざめ、小さな震えが少女の身体に走る。
それは恐怖だと、番外個体にはわかっていた。
軋みが一層の高い音を立てていく。

彼女の中の、優先順位の下位にあたる感情。

軋みは番外個体の「良心」があげた悲鳴であった。


331: 2010/12/22(水) 01:06:32.68 ID:wzltZAE0

もう眠いので投下は此処まで~ギリギリまで悩んだ一方さんの過去ばらし。
佐天さんは「言いたくなきゃいわなくてもいいですよ」って言いそうだけど、一方さんは知っててもらわなきゃフェアじゃないとか思いそう。
間を取って第三者にバラしてもらいました。

上条さんはフラグの打率が8割。一方さんは3割。
だけど、一方さんの方がホームランが多そう。勝手にそんなイメージで書いてたりします。どうでもいいことですよね、一方さんが誰にフラグを建てたかなど。
ハーレムが好きなわけじゃないけど、書いていて愛着感じ始めると、泣かせたくなくなってくるのです…マルチエンド…そういうものもあるのか。

344: 2010/12/23(木) 00:23:36.74 ID:Gj0DZH.0
そろそろ投下いたします。
規制に最近よく巻き込まれるので、投下中に巻き込まれたら…正直すまないと思う。

345: 2010/12/23(木) 00:26:20.50 ID:Gj0DZH.0


昼食に選んだのはイタリア料理の店だった。

前に黄泉川の家に行った時、打ち止めと番外個体に教えてもらった店だ。
姉妹のように顔を付き合わせ雑誌を覗き込む二人を眺めていると、突然二人から連れて行けと言われたのだ。

煩わしいとそのときは思ったが、こうして役に立っている今は感謝せざるをえない。


席に着いてから、さて何を注文すべきかという段階になって一方通行は後悔と自己嫌悪に陥った。
何がおススメであるのか、事細かに二人に話されていたものの、聞き流していたことを思い出した。
メニューを前に、瞳を輝かせながら、嬉々とした表情を隠しているつもりの結標の前で締まらない振る舞いをすることに抵抗を覚える。


別段気取りたいわけではないが、それでも格好の悪い真似は御免だ。


男のチンケなプライドが邪魔をしてか、開き直って結標に何を頼むか委ねるもの癪に障り、結局
一方通行はランチセットという至極ありきたりで無難なものに落ち着いた。
それでも生ハムをふんだんに乗せたブルスケッタや、スズキをグリルで蒸したものは中々の味であった。

しかし、ブカティーニのこってりとしたソースに結標が眉を顰めているのを見かねて彼女の皿と自分の皿を交換したのは些か行儀が悪かったのかもしれない。
彼女は食べかけの自分の皿を一方通行が遠慮なく食べていくさまを顔を赤く染めて恨めしそうに眺めていた。


346: 2010/12/23(木) 00:29:09.47 ID:Gj0DZH.0

ゲームセンターに行き、結標がダンスゲームが得意であることを一方通行は初めて知り、
一方通行が格闘ゲームで本人のイメージとは合わないキャラクターを扱うことに結標は
何度も画面と一方通行を見比べては笑っていた。

今まで暗部として付き合ってきた時間とは裏腹に、何気ないことで互いに知らぬことがたくさんあることを知った。

プリクラを撮ろうと言い始めた彼女に、また来た時に撮ればいいと言って聞かせてから、
また、と言った自分に戸惑う。


こうやって過ごす時間を自分は悪くないと思っているのだ、その事実にようやく気付いた。



結標とは結局夕食まで一緒に過ごしていた。
照れる彼女を半ば強引に送って行った。
彼の気遣いというわけではなかった。それは打ち止めや佐天を送っていく内に、
無意識に刷り込まれた一方通行の習慣であった。




結標と過ごす時間が決して不愉快なものではなかったことに、寧ろ心地よかった自分が理解できない。

一方通行は自分でも己の感情を持て余していた。

嘗ては利用するだけの間柄、自分と同じく暗部に属するロクデナシの外道だと思っていたというのに。

変わったと思う。

それはもちろん、結標のことであるが、同時に自分に対しても思う。
変わったと、彼女もまた言っていた。

何が変わったのだろうか。
確かに丸くはなったと思う。
外部に向けてひたすら発散し続けていた己の敵意を、今の自分は御することを覚えつつある。
少なくとも、一方通行はそう思っている。


しかしそれだけだろうか。


347: 2010/12/23(木) 00:32:01.39 ID:Gj0DZH.0

コンビニに寄る気にもなれず自販機で買った缶コーヒーをちびちびと飲みながら帰路に就く。
飲み干した缶を握りつぶしながら、ふと見上げると自分の部屋の窓から灯りが溢れている。


「アイツ…来てやがるのか?」

この一週間まともに顔を合わせてくれなかった少女。

頼んでもいないのに夕食を作りに来ていた少女がたった一週間来なかっただけだというのに、
ずいぶんと長い時間会っていない気がした。


変わったといえば、自分はずいぶんとあの少女の前にいるときはらしくない気がする。
だとすれば、あの少女も自分を変えた要因のひとつなのであろうか。
ドアを開けながら、一週間ぶりに会う少女 ――― 佐天涙子に向けるべき言葉を考える。
芳川は言った。「自分で答えを見つけろ」と。
答えは未だにわからない。ただ、わかっていることは一つ。


自分はどうやらまたあの少女と話をしたいと思っているらしいということだ。




「……お前か」
リビングに足を運んだ一方通行は、低くぼそりと呟く。
ソファに深々と身を預ける番外個体の姿を、呆れたように見る。

「何よ…ミサカじゃ不満なわけ?がっかりした顔が露骨すぎてムカつくんだけど?」

「当たり前だろォが。いつもいつも憎たらしい口利いてきやがってよ。少しはのんびりさせろってンだ」

「けけけ…セ口リ野郎が最もらしいこと言ってら」

「うっせよ。セ口リっつーな。ブチ頃すぞ」


348: 2010/12/23(木) 00:35:46.11 ID:Gj0DZH.0

番外個体の声に、普段の張りが無いことに気づかず、一方通行はジャケットをハンガーに掛ける。

「暇つぶしに来やがったのかァまた。お前もう少しマシなことに時間使えよ」

フィルターを用意すると、二人分の豆を入れる。

「何してるの?」
「何だ、生後一年のクソガキ2号は珈琲淹れるのもわかンねェのか」

馬鹿にしたような笑みを番外個体に向けると、すぐに視線を豆の方に戻す。
番外個体はクッションを抱きしめながら一方通行の背中をぼんやりと見つめる。
手際よく珈琲を淹れていく光景が、彼女には現実味がない。

「おらよ。ガキにはブラックは早いかもしれねェからな。適当にぶち込め」

シュガーポットを番外個体のカップの横に置く。
カップを手に取ると、番外個体が不審げに一方通行を上目遣いに見つめる。
何か、腑に落ちないことを探るように、見つけ出すように。

「コーヒーなんて…淹れてたっけ?」

「まぁ…最近覚えたンだよ」

はぐらかすように、切り捨てるように言い切る。
佐天との時間の話しを、わざわざ口にしようとは思わなかった。あの時間は彼女と自分が知っていればそれでいいだけの気がするのだ。
しかし、番外個体は、一方通行が一瞬浮かべた照れた表情を見逃さなかった。


番外個体の瞳に、昏い光が浮かぶ。



「あン?」

一方通行は番外個体が座る傍らに黒いエプロンが無造作に置かれていることに気づいた。
手に取った黒いエプロンにじっと視線を落とす一方通行。


「あの子なら帰ったよ」

不意に彼の耳朶をざらりとした声が撫でた。
番外個体の硬い声に、一方通行は顔を上げる。
声の響きに、異様なものを嗅ぎ取る。


349: 2010/12/23(木) 00:45:09.44 ID:Gj0DZH.0

「……どうしたのさぁ。怖い顔しちゃって~。
愛しの涙子ちゃんに会えなかったのがショックだったのかにゃーん?」

「お前…」

「どうしたの~あんまりマジ顔されてもミサカ困っちゃうんだけど?キモ過ぎて直視できな~い。
っていうか笑いそうになるの堪えるのって結構大変なん―――」

言い終える前に番外個体は胸ぐらを捕まれる。
女に対する遠慮などない、一方通行は息も触れる距離まで掴み上げた胸ぐらを引き寄せる。
番外個体の瞳を紅い瞳が真正面から睨みつける。


「なにをした?」

「………はぁ?いきなり何言っちゃってるわけ?」
「とぼけンじゃねェ…」



番外個体の髪から、ヘアフレグランスの甘い香りが微かに一方通行の鼻腔を擽る。
キスでも迫るように、ほんの数センチの距離まで顔を近づける。
普通の人間ならば、卒倒するか怯える程の凄まじい眼光を浴びても、尚番外個体は涼しい顔を崩さない。

「見くびるなよ?わかンだよ。テメェの嘘くらいな。
ただおちょくってやがるだけの時かそうでないかの違いくれェな」

「ぎひゃひゃひゃ、イヤだ~一方通行ってばミサカのこと何でもお見通し~恥ずかしい~惚れちゃいそう」


一方通行の顔が赤く染まる。
瞬間的に吹き上がった怒りが血の気を上らせる。

「番外個体!!」



350: 2010/12/23(木) 00:51:59.68 ID:Gj0DZH.0

余裕の無い一方通行の声が、鋭く番外個体の名を呼ぶ。
浮かべていた歪んだ笑みを打ち消すと、番外個体は怒りとも侮蔑とも取れる視線を一方通行に向ける。

「フン。ムカついたんなら殴ったらいいじゃん。ミサカはアンタみたいなモヤシに殴られても別に屁でもねぇーけど。
あ、でも泣き喚いてMNWに流してやろうか?一万人の妹にふくろにされる一方通行とか見てみたいし」

「チッ…」

舌打ちと共に掴んでいた手を離す。もう二度と傷つけないと決めているのだ。
打ち止めも、御坂妹も、そして番外個体とて例外ではない。

「……フン、ヘタレもやし。こんなに挑発されても一発も殴れないなんてとんだタマ無しやろうだよ」

番外個体の罵声を相手にせずに、一方通行は今しがた掛けたばかりのジャケットを羽織る。
何かを察したのか、番外個体の眉が不快にぴくりと動く。
番外個体のことなど見えていないかのように、腕の時計に目をやりながら、一方通行は歯軋りする。

「オイ、あのガキが出て行ってからどれくらい経った?」

瞳を眇め、一方通行は強張った何かを押し頃したように言う。
番外個体は答えない。
拗ねた子供がそうするように、あてつけがましく唇を尖らせ明後日のほうを向く。
一方通行の声が聞こえているはずなのに聞こえていないフリをしてみせる。

「オイ」

それでも答えずに、番外個体は視線をリビングの壁に飾られた時計に向ける。
今時珍しいアナログ式の時計。針はもうすぐ10時を指し示そうとしていた。

「番外個…「三時間」

苛立ちを叩き付ける様な声だった。
露骨な怒り。


「あの子が帰ったのは三時間も前。それで今更どうしようっていうのかなぁ。
追いかけて行って、それで一方通行はどうするつもりなの?」


その言葉に詰まり、一方通行は唇を噛み締めるように口を閉じる。
彼自身、明確な行動目的や理念がわからないのだから答えようがないのかもしれない。
葛藤と思考の渦の中、ようやく口を突いて出たのは呆れてしまうほどに普段の一方通行らしい不器用なものであった。


「お前には関係のない話しだ…」


351: 2010/12/23(木) 00:56:05.74 ID:Gj0DZH.0

苛立ちと誤魔化しと、八つ当たりを込めて吐き出されたその言葉は彼らしいものであった。
一方通行を知る人が聞けば誰もがである。
それだけ素直ではない、捻くれ者の少年の吐く言葉には毒以上の虚勢が見え隠れしている。
しかし、今、この時に限ってはその一言が鋭い刃物と化す。


「関係ない?関係ないって言った……?」


その一方通行の一言が、番外個体の中の何かを刺激した。
彼女の声には、はっきりとした怒りと苛立ちが含まれていた。
一方通行に向けた、敵意ではなく、憎悪でもなく、純粋な怒り。
番外個体は表情豊かのようでいて、感情を見せなかった。

常に斜に構え、一方通行に向けて薄ら笑いを浮かべていることが常だ。
最近は、顔を赤くしたり、泣き出したりと、年相応に不安定な面を見せるものの、基本的なスタンスは変わらない。


馬鹿にし

嘲笑し

翻弄し

侮り

はぐらかし

そんな常に飄々とした番外個体がはっきりとした苛立ちを見せたことに、一方通行は一瞬言葉を失う。
一方通行が見せた僅かな怯み、躊躇いを番外個体は見逃さなかった。
番外個体の行動に一方通行が反応する前に、彼女の足は一方通行の足元を刈り上げる。
背中から落ちた衝撃で短いうめき声と押し潰された空気が一方通行の喉から漏れる。
起き上がろうとする一方通行の両肩を番外個体の両手が押さえつける。
細く長い指と伸ばした爪が肩に鉤爪のように食い込み、一方通行は顔を痛みに顰める。
そのまま腹の上に番外個体が跨る。馬乗りの姿勢になり、笑みひとつ浮かべぬ番外個体の視線が一方通行をぞろりと見下ろす。

352: 2010/12/23(木) 00:58:22.73 ID:Gj0DZH.0

「テメェ……何しやが」

「関係なくなんて無い。無いはずがねーだろ!!っざけんなよ、糞モヤシ!!
ミサカがアンタと関係ないわけないじゃんか。関係ないのはアイツの方でしょう?
いい加減目を覚ましなよ第一位」


ぎゅうっと両の肩を押し付ける。
まるで一方通行を、この場所に縫い付けようとするように。


「大体さぁ、笑わせるよね。あんな如何にも汚れてなんかいませんって感じのお子様と
クソ溜めの中這いずってるようなアンタが一緒にいるっていうのがさ」

「……」


ぎゃはっと喉を震わせ、番外個体は唇を醜く歪ませる。


「あんな処O臭そうなのがいいなんて、本当に口リコンじゃないのアンタって?マジでキモイんだけど?」

「……」

「しかも、あのガキも何か変な幻想アンタに持ってたみたいでさ。アンタのことアレか、
王子様とかそういう感じで見てるとかかもね~ゲロゲロ、想像したら吐きそう。ねぇ、吐いてもいい?
アンタの顔に思い切りさぁ~ゲロ塗れの一方通行素敵~ってね、なるかもね。ぎゃはぁ」


「……」


354: 2010/12/23(木) 01:02:42.87 ID:Gj0DZH.0

「けけけけ、何黙ってるのさぁ。今度会ったら何て言えばいいのかって考えてる?
何言われて帰ったかも知らないっていうのに。それとも学園都市最高の頭脳はそういうことも
わかっちゃうのかにゃ~ん?でもでも、もう遅いよって言っておいてあげる」


一方通行の耳元に、番外個体の形の良い唇が寄せられる。
グロスを塗ったように艶やかな唇が、するっと動き、言葉を吹き込む。


「全部言っちゃった」

一方通行の肩がびくりと震える。
番外個体の口の端が、ぐしゃりと歪む。
短く、一方通行の喉から漏れる息。
動揺を押し殺そうとするように懸命に抑え込んだ吐息に番外個体の瞳が歪な三日月のように滲む。



「ぎゃはッ。全部、そう、ぜ~んぶ」


一方通行の耳元から顔を離すと、番外個体は唇を捲るように引き攣らせる。
馬乗りになったまま見下ろす一方通行が何の言葉も返さぬことが気に入らないのか、番外個体は短く舌打ちをする。


355: 2010/12/23(木) 01:06:14.39 ID:Gj0DZH.0

「アンタが一万人の人間を頃したって言ってやったよ。アンタが女々しく内緒にしてるっぽかったからさ、スパってね。
可哀想に顔真っ青にしてぶつぶつ子猫みたいに震えてたよん。それにしてもミサカってば優しい~
アンタの歯切れの悪さをカバーしてあげるんだもん。感謝してよね。
それにさ、アンタも変な期待しなくてもいいでしょ?あんな綺麗な子なんかと仲良くしけ込めるわけないんだからさ」

笑おうとして、番外個体は上手く呼吸が出来ないことに気付く。
荒い息をただ不器用に吐き出すだけ。

ひぃひぃと、呼吸困難に陥った人間のように、掠れた息を吐く。

肩で息をしてる番外個体の下で、一方通行は何も言わずにじっと視線を向ける。

それが、彼女の癇に障る。


苛立ちをぶつけるように、番外個体の手が、一方通行の頬張った。


「何黙ってるわけ?もしかしてミサカのこと馬鹿にしてる?くだらねー女だなぁって思ってる?」


もう一度、番外個体の手が、一方通行の頬を張った。

しかし、何も返してこない彼に、番外個体はいよいよ苛立ちを抑えきれず、一方通行の胸倉を掴み引き起こす。


「何とか言いなよ。それともミサカなんかと話したくないっていうの?
フン、生憎とミサカだってアンタなんかと話したくないし。
大嫌いっていうか憎いだけだもん。だから全然構わないんだけど?」


赤くなった一方通行の頬に視線を彷徨わせながら、番外個体は振り絞るように声を上げる。


「だから……早く能力でも何でも使えば?」


そう、いくら一方通行がひ弱であろうとも、女である番外個体に組み敷かれて身動ぎ一つ出来ないわけはない。
能力さえ使えば、番外個体など相手にもならない。
ロシアの時のように、ものの数秒で物言わぬように、捻じ伏せることなど造作も無い。

しかし、事実として一方通行は一切の、何の抵抗も見せない。


356: 2010/12/23(木) 01:09:53.98 ID:Gj0DZH.0

「この期に及んで、妹達には手出しできないとか?アンタどこのマゾなわけ?」
「生憎となぁ、そんな趣味ねぇんだよ」
「はぁ?」

「だから、ねぇって言ったんだよ。そんな趣味は ―――― 」


一方通行は、苦いものを吐き出すように溜息を吐く。
それは単純に自分を殴る少女への怒りや鬱陶しいという感情でもない。
当然嫌悪感でもない。ただ、己の身体の裡に生じたやり場の無いドロドロとした熱を放出するように。
それは強いて言うならば苛立ち。
思うようにならぬことへの苛立ち。
忌々しいものへのぶつけようのない苛立ち。

何よりも己自身を忌々しいと思うように吐き出された重い吐息だった。






「泣いてるガキに手を上げるほど腐っちゃいねェンだよ」


「―――― え ―――………」




そっと、一方通行の指が、番外個体の目元を優しくなぞる。
触れた指の感触に、番外個体は思わず目を閉じる。
優しい指の動きに、番外個体の鼓動が跳ねた。

目元を通り過ぎた指先には、小さな雫。

促されるように、番外個体は己の目元を指でなぞる。
そこには、冷たい感触。熱が抜けた涙の感触があった。
そのまま指を頬にあてると、幾つもの雫が伝った跡。一体いつから自分は泣いていたのだろうか。
一方通行が、黙って自分の罵声を受けて止めていたことに思い至る。

357: 2010/12/23(木) 01:13:35.85 ID:Gj0DZH.0

もしかしたら、最初から自分は泣いていたのだろうか。


「言ったよな。俺はお前らを守るって。泣いてるお前を放っておけるかよ」
「………何だよ。カッコ付けやがって……糞野郎……くそ…」


そこまでが限界であった。

張り詰めていたものが切れたように、隈の浮かぶ番外個体の瞳に涙の膜が盛り上がる。
それは、あっけなく決壊し、キメの細かな少女の頬を塗らしていく。


「…わかってるの?この…糞モヤシ…あんなガキ…じゃ、駄目だよ。ここは……」

泣き顔を見られまいと、俯く。
長いシャンパンゴールドの髪の隙間を縫うように、小さな滴が零れ落ちていく。
一方通行に跨ったままの番外個体の涙が、一方通行の服を塗らして行く。


「ここは……ミサカの、ばしょだもん……いてイイのは…ミサ、カだけ、だもん……」


番外個体は、ぽすんと一方通行の肩に顔を埋める。
両手でしがみつくように一方通行の服を握る。
番外個体の女らしい柔らかなラインの華奢な背が震える。

声を頃して、嗚咽を上げる番外個体は、何処にでもいるか弱い少女だった。

少なくとも、一方通行にはそう思えた。
頬の痛みは既に引き、代わりに沸きあがるのは、この少女の側にいてやらなければならないという使命感。

一瞬の躊躇の後、一方通行はその背に腕をそっと回す。

ぴくりと一瞬だけ震えた番外個体は、一方通行を跳ね除けることをせずに、再び嗚咽を上げる。

一方通行は回した腕に力を込める。
細くしなやかな少女の肢体を壊してしまわぬように、傷つけてしまわぬように。

優しく、自分に出来る範囲で、可能な限り。

それは恋人にするような甘いものではなく、妹にするような慈しみや庇護欲に満ちていた。

379: 2010/12/23(木) 23:11:45.71 ID:XQe47EI0

佐天は夜色の天井を眺める。
気付けば起きていた。起きてから自分が眠りに落ちていたことに気付いた。


どうやって帰ったのか覚えていない。

記憶が所々飛んでいる。

気が付いたら、そこはいつもの自分の部屋であり、時計を見れば、針はとんでもない時刻を示していた。

夜を示す時計から目を逸らし、一体どれほど時間が経過したのか。
天井を見上げながら思ったところでようやく自分がベッドに横になっていたことに気付く。
制服のまま眠ってしまっていたようだ。
皴になっちゃってるなとアイロンがけをしなければならないだろうとうんざりする。


黒く烏の濡れ羽色の髪がベッドに広がる中、起き上がろうとして気力が身体から抜け落ちてしまっている自分に戸惑う。


身体が活動することを嫌がっていると言えばいいのだろうか。
くんと鼻を鳴らすと、微かに汗の匂いがするような気がする。寝汗が背に張り付いているのが不快だ。

電気も付けない部屋の中をカーテンの隙間から差し込むか細い街の灯りが照らす。

緩慢な動きで手を顔まで持ってくると、べっとりとした不快な感触。
寝汗もあるが、それ以上に不快だったのは目尻に溜まった雫。


泣きながら寝ていたのか

寝ながら泣いていたのか

覚束ない頭では答えが出るはずもない。

力なく投げ出していた足に力を込めると、反動を付けて勢い良く身体を起こす。
ぼやけた視界とぼやけた思考の中で、それでも自分にとって必要な行動を選び取る。

380: 2010/12/23(木) 23:20:46.88 ID:XQe47EI0

気力が根こそぎ不足している自分の身体が面倒だと疲労という形で不満を訴える。
不平を訴えるがごとき鉛のような気だるさを無視して、スカートに手を掛ける。

するりと、足元に落ちるスカートを跨ぎ、上着もずるりと脱いでベッドに放り投げる。

行儀が悪いというのはわかっているが、一刻も早く不快感を捨て去りたかった。
思考は未だに彼女の中になんら形付いていない。


浴室に足を運ぶと、洗面台の鏡を覗く。
当たり前の話しであるが、そこには下着姿の自分が映る。

泣き腫らした目に、眠っている間に擦った鼻が赤くい。

何度も涙が流れた頬がてかてかと濡れ、髪が幾筋か絡みついている。

櫛も通さない髪はばさばさと乱雑に広がる。

一言で言えばみっともない、無様な有様である。

大人っぽいと思って買った水色の下着も、所詮は子供のスポーツブラの範疇を出ない。
背中のホックに手を回すことすら億劫だった。
下着を脱ぎ終え、生まれたままの姿になる。決してナルシストではないが、
それでも同年代と比較すれば大人びた、恵まれた容姿なのだろうなと他人事のように思う。

そう、少なくとも昨日までは思っていた。
脳裏には親友そっくりの少女の顔が浮かぶ。
彼の部屋に来た少女。佐天よりもずっと以前から彼を知っているらしき少女。
佐天の知らない彼を教えてくれた少女。

胸こそ佐天の方がやや大きいかもしれないが、羨むほどに長くしなやかな脚。
そして、そこからヒップ、ウエストへ息を呑むほどに優雅なラインを描いていた。
それは、佐天のような発育の良い子供ではなく、大人になりつつある色気を放つ女の身体つきだ。
そう、結標淡希のような。

改めて鏡に映る自分を見つめる。

そこには、弱りきったただのありふれた中学生の女の子が立っている。

ただの何処にでもいる泣きべそをかいた子供だ。

その今更な事実に思わず苦笑が浮かぶ。

381: 2010/12/23(木) 23:23:04.51 ID:XQe47EI0

シャワーを思い切り熱くして、頭から引っかぶる。
温まらない水が勢い良く噴出し、冬だというのに全身を容赦なく冷水が打つ。
いきなりの環境の変化に驚いたように鳥肌が立つが、徐々に落ち着いていく。
肌の熱を維持しようと皮膚の下から熱がゆっくりと表に現れる。

身体がようやく冷水に慣れ始めるころにはすっかりと温まった湯がシャワーから降り注ぎ、身体を一足遅れで温めていく。
頭の天辺から勢い良くかぶるシャワーの湯を、両手ですくい、顔にばしゃりと浴びせる。

それでは物足りなくて、シャワーヘッドを手に直に顔に当てる。

細かい針で叩かれたような微かな痛みに顔の皮膚が驚きの悲鳴を上げる。
強張っていた表情が無理矢理揉み解されていくのと同時に、薄く、じっとりと根を張っていた眠気が消えていく。


滴る水を払いながら髪を上げると、シャワーを止める。
十分に張っておいた湯船に身体を沈めると、大きく息を吐く。
熱めの湯に身体が一瞬痺れたように震える。


身体の輪郭が解けてしまうような、曖昧になる瞬間が堪らなく好きだった。
身体の中にしこりのように塊となっていた疲労や汚れ、澱のようなものがゆっくりと染み出ていく感覚。
瞳を閉じて、その感覚に浸ろうとすると、回転を始める気配を見せない思考とは異なり、
記憶は保存していたデータを再生し始める。

まだそれは正確なものではなく、チャプター化された断片的なものに過ぎない。
その断片が空っぽの思考を放棄した頭の中で勝手に再生されていく。

再生していく記憶が、繰り返すことで精度を増し、精度が増す記憶が思考を促す。

はっきりと鮮明になった思考が、まるで自分に逃げるなと問い掛けているようだ。

382: 2010/12/23(木) 23:27:32.95 ID:XQe47EI0

『アイツはね、人を頃したことがあるの。うっかりとか、誤ってとか、事故じゃないよん勿論。
どう能力を使えば傷ついて、どこまで能力を出せば生命維持が出来なくなるのかをわかった上で。
その上で頃したの。それも一人や二人なぁんてけち臭い人数じゃなくてね、何と聞いてビックリ、
一万人ものいたいけな少女達を頃しちゃったので~っす』


ケラケラと壊れたような、渇いた笑いが耳の奥にこびりついてる。


彼の人の過去を告げられた。訳のわからない震えに耐え切れずに自分は逃げ出した。
一体誰から、何から逃げ出したのか。それを考えるといまひとつはっきりとしない。


友人にとても良く似た少女、悪意に満ちた彼女の視線に恐れを為したのか。

そうなのかもしれない。
青い火花を散らしながら犬歯を剥き出しにする少女を本能的な力の差を察知して自分は恐れた。
しかし、それが全てではない。


ならば彼女の語った言葉にか。
それもまた違う気がする。
顔に湯を軽く当てると息を吐く。それも違う。


彼女の言葉を自分はただ聞いただけだ。

その意味を解釈することも、把握することもしていない。というよりもピンとこなかったのだ。


「一万人…」

水音しかしない浴室に、呟いた声は予想以上に反響し、佐天涙子の耳に響く。
言葉に出す、そしてその言葉についてもう一度考える。
両手に湯をすくい、揺らめきの中に映る照明を見つめながら一万人と転がすように呟く。
実感の湧かない数値だ。

383: 2010/12/23(木) 23:30:26.11 ID:XQe47EI0

佐天の脳裏に浮かぶのは、学校の自分のクラス。
30人くらいのクラスである。

単位が小さ過ぎると、次に浮かべるのは全校集会。
500~600人くらいだっただろうか。

まだまだ単位が小さい。そして思い浮かべようとして天井を仰ぐ。

低い浴室の天井のシミに目をやる。
先日の掃除で落としきれなかった水垢に目をやりながら、ならばと思考を巡らす。

大覇星祭。
学園都市中の生徒が集まる一大イベント。その人数ならばそれくらいいくのだろうか。

もしくは、それを見物すべく集まった人ごみなどをカウントするのならば、或いはそうなるのだろうか。

そこまで考えて、最早自分の中に浮かぶ映像が想像でしかなく、実感としては存在していないことに気付く。

佐天涙子という少女が思い浮かべることの出来るリアルな数字のイメージは精々が1000人が限度であった。

だからというわけではないが、一万人の人間を頃したということが実感として湧かない。
イメージが出来ない。
人を一人頃すことが許されないことだということは当然理解している。
御坂達と共に巻き込まれた事件の裏で人が氏ぬこと、殺されることがあったのもわかっている。
少なくとも他の同年代の少女達よりも身近に接していると思う。


しかし、人を頃すような人間であっても、それが皆悪人であるわけではない。

人を殺さずとも、救いようのない人間は数え切れないほどいる。

一万人を頃した人間は、一人を頃した人間の一万倍悪人だなどという無茶苦茶な計算が成り立つ筈が無い事も須らく理解している。

それ以上に、そのような計算に当てはめてしまいたくはなかった、彼を。


ただ、人を頃す人間に共通しているのは何かと思えば、踏み越えてしまったという点。

その点においてのみ共通しているのだと、佐天はおぼろげに思う。

望むと望まざるとに関わらず、踏み越えてはいけない一線を踏み越えてしまった。
そこにどのような葛藤があったのかも、葛藤など欠片もなかったのかも、想像することすら出来ない。

384: 2010/12/23(木) 23:33:35.34 ID:XQe47EI0

自分が逃げ出した理由はそこにあるのだ。
改めて、今湯船に浸かり思考に浸ることでようやく気付く。

あの少女の悪意の視線に恐怖を覚えたのでもなければ、過去の所業に単純に怯えたわけでもない。

何よりも、その重く彼に圧し掛かっているであろう十字架の重みにこそ、自分は気圧されてしまったのだ。



『あの馬鹿のこと何も知らないくせに、ズカズカ入ってくるな!!ここは、ミサカの場所なんだ!!』



自分の知らない彼の、一方通行の苦悩。
知らないはずなのに、それが事実だと確信させる少女の言葉。

そこに含まれる感情の昂ぶり。

自分では決して立ち入れないものを見せ付けるような言葉に、そう考えたところで無理矢理苦笑みを作る。

苦笑にすらならない引き攣ったような笑みだが。


「頃したって言ってたよね……信じられないけれどさ」



子供扱いに文句を言う時の面倒くさそうな眉の顰め方。

また来たのかと溜息混じりに呆れたように呟く声。

自分の料理を食べた瞬間に浮かべる嬉しそうな顔。

自分にカフェオレを入れてくれた時に必ず目を逸らす時に垣間見える赤くなった頬。

夜も遅くなってしまった時に送っていくと頑なに言う不機嫌そうな横顔。

料理をする自分の背に向ける無防備な幼子のような視線。

意地悪をいう時の無邪気な悪戯っ子のような笑み。

自分の頭を撫でる時に、無意識に浮かべてしまったであろう柔らかい微笑み。



佐天の中一方通行の様々な表情が思い浮かぶ。
それは瞼の裏に焼き付いたように深く刻まれている。
その顔を思い浮かべるだけで佐天の頬は、身体は、熱くなる。


385: 2010/12/23(木) 23:36:37.46 ID:XQe47EI0

「確かめなきゃ……」

真偽を問い質さなければ。
本音としてはそんなことはしたくない。
鬱陶しい女だと、疎まれ、嫌われたくない。誰が好き好んで惚れた男の傷を抉るような真似をするだろうか。
語りたくない過去があれば、それを語ってもいいと本人が言わない限り聞こうとは思わない。

けれども、自分は既に知ってしまった。

聞かされてしまった。

今更聞かなかったことになど出来ない。
聞かなかったフリをして、それで何事も無かったように一方通行に会うことなど出来ない。

かといって、もうこのままフェードアウトしてしまおうという気持ちも更々無い。

あの少女が言っていた。


『ミサカとあの人がいる場所は貴女が入ってこられる場所じゃない』


そうなのかもしれない。
学園都市には深い闇がある。それこそ、自分ではその千分の一も知らない程に。
だが、それが理由になるのだろうか。納得が出来ない。


「………でっきるわけねーだろ!!」


ザバッと浴槽から立ち上がる。
同年代の少女達よりもひと回り、ふた回りも発育の良い肢体から雫がぽたぽたと零れる。

386: 2010/12/23(木) 23:39:17.86 ID:XQe47EI0

握り拳を作り、佐天はふんと荒く息を吐く。

と、そこで目の前がぐらりと揺れた。


「―――― ……あれ?」



勢い良く立ち上がった直後、バランスを失ったように佐天の身体が傾く。
そして激しい水飛沫を立て浴槽に巻き戻しのごとく落ちる。
ゴツンと鈍い音を立てて後頭部を壁に強打する。
星が、比喩表現ではなく目の前に星が散る中、佐天は一つの答えに辿り着く。


(のぼせちゃった…たははは…)


何をやっているのだろうかと、自嘲気味に笑う。

湯に浸かり、熱くなったテンションが冷めると、不意に泣きたくなる。

浴槽のなかで、佐天は小さく、蹲る。
膝を抱え込み、膝頭にこつんとおでこを当てる。
不安定に揺れる自分を支えるように。
心の中から今自分が持て余している置き所の無い怯えが溢れてしまわないように


身体ごと自分を抱きしめる。



387: 2010/12/23(木) 23:40:00.60 ID:XQe47EI0



細く頼りないこの腕が、もし彼の腕だとしたら。
馬鹿げている。
彼のことで掻き乱されているというのを忘れてしまったのか。
前提から誤っている。
誤っているが、隙間に入り込む水のように、するりと滑り込んだ甘い空想に今の佐天は抗えない。

自問自答の繰り返し。

14歳の想像力の限界。

身体から溶け出した疲労がのぼせた思考に混ざり込みそして佐天に逃避を促す。
そろりと右手を忍ばせる。

「ん……」


小さな、蚊の鳴くような声が浴室にぽつんと響く。反響するはしたない声に、羞恥に心が揺さぶられる。
しかし、佐天の指は彼女の恥じらいを裏切るように淀みなく滑る。

いつものように。


388: 2010/12/23(木) 23:53:15.84 ID:XQe47EI0


心を押し潰そうとするような痛みが走る。

言葉に出来ない痛み。

胸の奥の奥、佐天自身でさえも把握しきれていない柔らかな部分を万力で押し潰そうとするような痛み。
身体から、心から、余裕を奪っていく痛み。
叫ぶような痛みではなく、ただ涙をぽろぽろと零してしまいたくなるような痛みだ。

この痛みを佐天はよく知っている。

彼に送ってもらって、自分の部屋に一人になると、急に得も言えぬ切なさに千切れそうになるときがある。

早く眠りに就こうとしても切なさに胸の奥が痛くなる。

そんなとき、佐天はこの秘め事に耽る。
枕に顔を押し当てて、出来るだけ声が漏れてしまわぬように。
終わった後の虚脱感、虚しさをわかっているというのに。刹那的な妄想に浸る。

彼を想って耽る秘め事に倣って、佐天の指は彼の代わりを勤めるように彼女の身体を昂らせていく。
考えなくてはならないこと、すべきこと、

それらを自覚しながらも佐天は逃避に身を委ねる ――― 一方通行を想って。


389: 2010/12/23(木) 23:57:57.77 ID:XQe47EI0

『アイツと過ごした時間も、アイツが過ごしてきた時間も、アイツがどんな風に傷ついてきたのも、
知ってるのはミサカ達だけ。貴女は何も知らないでしょ』

知らない。


『何の力も無い、何も知らない。それでアイツに何か出来るつもり?』

わからない。


『アイツの側にはミサカ達だけがいればいいの!!』

勝手に決めないで。


『アイツのことを憎むのも、アイツのことを大切にするのも、アイツのことを守るのも、アイツが守るのも、
アイツのことを許さないのも、アイツのことを許すのも、アイツが優しいのを知ってるのも、
アイツのことを嘲るのも、アイツの事を好きになるのも、全部ミサカ達だけでいいんだよ!!』

ふざけるな。



甘い声が木霊する。

過ごした時間がなんだというのだろうか。
彼の過去を知ることが出来なかったから、だからもう遅いのだというのか。
電車に乗り遅れたからと、もう好きになる権利はないとでもいうのだろうか。

「そんなの嫌……いやだよう…」

佐天の頬を涙が流れる。
顎を伝い、熱い涙が湯に溶ける。


「あくせられーたーさん…」


答えを求めるように、少女が呟いた。

400: 2010/12/24(クリスマスイブ) 06:53:33.70 ID:sGSyS7Q0


深い微睡みは、ぬるま湯に浸る感覚に似ている。
身体も意識も、流れる時間はとても緩やかで、時間の感覚がすぐには追いつかない。

一方通行の白い睫が、微かに震える。
瞼がぴくりと動き、幕が開くように紅の瞳が姿を現す。

カーテンから差し込む日の光が青みを帯びているように感じるのは、冬の朝の冷たい空気のせいだろうか。

自分の傍らに温もりが存在することをかろうじて未だに覚醒しきらない頭が把握する。

ぼんやりとしたまま視線を向けると、シャンパンゴールドの髪が視界に収まる。
またかと、一方通行は些か慣れ始めた疲労感を覚える。

普段の険しさ、皮肉な笑みが消えた年相応の愛らしい番外個体の寝顔をのぞき込む。
彼女の両手は一方通行の服を掴んではなさない。
皺になっているだろうと、小さな溜息を吐く。



番外個体が落ち着くまで昨夜は彼女を抱きしめ続けた。


401: 2010/12/24(クリスマスイブ) 06:56:05.51 ID:sGSyS7Q0

番外個体は子供の癇癪のように喚き散らした。

「触るな、汚らしい」と罵声を一方通行に浴びせ、そのくせ一方通行が離れると、泣き始める。

一方通行に出来ることは、罵声を受け止めながらも、ずっと番外個体の身体を抱きしめることだけであった。

普段のように彼女の言葉が勘に障るということはなかった。
感情的な罵声の数々は、その言葉の大半が嗚咽に溶け、痛々しさしかもたらさなかったからだ。

しゃくりをあげながらも、ようやく流れる涙が止まったのを見計らって涙でグシャグシャの顔をした
彼女にタオルを押しつけ風呂に入れさせた。

黄泉川にこちらで泊まっていくという連絡を入れ終え、適当な服をクローゼットから見繕って彼女に着せた。

そのころになると、泣きつかれたのか、番外個体は大人しく一方通行の言うことを聞いた。


そして、彼女にベッドを提供すべくソファで眠りに就いたのが昨夜の最後の記憶だった。


しかし、いつの間にか番外個体はベッドに潜り込んできていたようだ。

ちょくちょくベッドに潜り込む彼女の行動を、嫌がらせ、もしくはからかっているだけだと考えていたが
どうやら自分は思い違いをしていたらしいと一方通行は考えを改める。


面白がって打ち止めの真似をしているのではない。
彼女はきっと、家族を求めるつもりでしているのだろう。


この世に生を受けてまだ1年なのだ。

身体付きこそ妹たちの中で最も大人っぽいものの、彼女は末っ子なのだ。


402: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:02:10.13 ID:sGSyS7Q0


(まだまだ親が恋しい年ってことか…)


番外個体の頭に顔を擦り寄せ、ぐっと彼女の身体を抱き寄せる。
男では持ちえない種類の温もりと、柔らかさ、そしてほんのりとした甘い香りが心を和ませる。
番外個体の手が、いつの間にか服から一方通行の背に伸びていた。

無意識の行動なのだろう。

親を求める幼子のように。普段の彼女からでは逆さに振っても出てこない無垢な行動に、
どこか救われた気持ちになる。


悪意しか知らない少女からこのような稚気を引き出せているとしたら。


少女が健やかな方へと向かっていることに、自分僅かでも貢献出来ているのだとすれば。


それは、何よりも甲斐のある話しだ。
自分のせいで望まぬ生を受けた番外個体に、悪意以外の感情が芽生えているのだとすれば。


それが浅ましい代償行為に似たものだとしても。

もう一度、番外個体の髪に、唇を落とすように顔を寄せる。
普段はヘアフレグランスを ―― 打ち止めとお揃いのものを ―― 使っている。
顔を寄せ合って、どの化粧品がいいだとか、服はどれが可愛いだとか話す様は仲の良い姉妹そのものであった。
しかし、今はそれはなく、当然ながら一方通行の使っているシャンプーの香りだけのはずだ。
にもかかわらず、一方通行には番外個体は明らかに自分とは異なる、それも甘い香りを放っていると感じる。


それはつまり女の子特有の香りだろうか。

番外個体とて立派な少女なのだから。

当たり前のことに今更ながら考えつく自分に呆れかえる。

403: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:04:33.93 ID:sGSyS7Q0

昨夜見せた番外個体の激昂について一方通行は考える。
ようやく回転し始めた頭の中では泣きついた番外個体の顔が浮かぶ。

もしかしたら、彼女は焦ったのかもしれない。
一方通行が佐天といることで、番外個体を、打ち止めを、そして妹達を
見捨ててしまうのではないかという不安を抱いたのかもしれない。

だとすれば、それは見当違いの考えだ。自分は決して妹達を裏切るつもりなどない。
必ず守り抜くのだ。そう誓ったことであり、今も変わらない。

それはどこか父親のような使命感に満ちている。

しかし、その憶測が当たってるとすれば、裏返せば番外個体は自分を家族と考えているということになる。


それは、正直嬉しいことだった。
自分が家族を求めていることへの自覚はロシアの頃からある。

黄泉川、芳川が母親か姉のような存在だとすれば、打ち止めは妹、むしろ娘かもしれない。
そして、番外個体が自分を少しでも家族としてみてくれていうというのならば、
それはすなわち自分にとっても彼女が家族であるということ。



番外個体の髪を優しく撫でてやりながら、一方通行は佐天涙子を思う。


それでは、彼女は一体何なんだろうか。



結標淡希は仲間。
家族にすら隠し続ける裏を知るという点では、もっとも自分を知る仲間だ。

番外個体は家族。さしずめ手の掛かる妹だろう。


ならば、佐天は一体何なのだろうか。

太陽を浴びた空の下で花が咲き誇るような佐天の笑顔がよぎる。



404: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:05:56.61 ID:sGSyS7Q0

能力もない、闇など知らぬ彼女は仲間であるはずがない。
なることも出来ない。
そして、彼女にそのような闇を知ってほしくもない。
それでは家族か。それも少し違う。
家族というには、二人の間には距離があった。
よそよそしさという意味ではない。
家族には見せない気遣いとでも言うべきだろうか。
静電気のようなぱちんとした小さな緊張が二人の間の空気に仄かに漂っている。
決して不快ではない。不快ではないが不可解ではある。


一方通行にとって、とりあえずのカテゴリーにすら迷う少女が、自分の過去を知ってしまった。

一万もの命を奪った罪を知ったのだ。

普通の感覚ではありえない話だ。
忌むべき過去という言葉では生ぬるい。
人一人の命を奪うことすら究極の禁忌とされているのだ。
その一万倍、それを14歳の少女がどのように受け止めるのか、
一方通行には想像も出来ない。
想像も出来ないとは、彼女がどのような感想を抱いたのかではない。
一体どれほど深い嫌悪感を抱いたのか。
一体どれほど大きな恐怖を抱いたのか。
一方通行の心をかき乱しているのはその度合いであった。


今、彼女はどうしているのだろうか。

今、彼女はなにを思っているのだろうか。

今、彼女はどんな顔をしているのだろうか。

今、彼女は自分をどう思っているのだろうか。


彼女に会って話しをしたいと願うのと同時に、畏怖の眼差しで見られることに恐怖を抱く。
会いたいという気持ちと会いたくないという気持ちが背中合わせとなって心の中を占める。


「くそったれがァ…」

縋るものを求めるように番外個体を抱きしめる腕に力がこもった。



405: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:07:32.74 ID:sGSyS7Q0

「………」

番外個体は、とうに目を覚ましていた。


昨夜の醜態をどう誤魔化すかを番外個体はずっと考えていた。
一方通行に罵声、嘲笑、軽侮をくれてやるいつもの展開にどう持っていくべきか。
彼女は眠ったフリをしながら必氏に考えていた。


しかし、彼女の思考は、一方通行の思わぬ行動によって完全に打ち消される。
自分を抱きしめ、あろうことか、頭に顔を擦り寄せた。
気持ちが悪い、そう普段通りのテンションで言ってやろうと思ったが、番外個体の意志に逆らうように、
彼女の手は掴んでいた一方通行の服から離れ、彼の背中へと移った。

普段から、一方通行のベッドに忍び込むことは多々あった。
寝首をかいてやると言っては彼を困らせ、愉悦に浸っていた。
大概は朝になったら蹴落とされる。


しかし、こんなことは初めてであった。

まるで映画で観た恋人のように。


少女マンガで読んだワンシーンのように。


自分を優しく抱き寄せた一方通行の行動に、まともに思考が働かない。


406: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:09:13.00 ID:sGSyS7Q0

一方通行がかすかに微笑んだ。
気配でそれがわかる。心音が一段跳ね上がる。
不意に、一方通行の手が、番外個体の髪を撫で始めた。

(な、撫でるなーーーー!!!!)


身体の中心からボッと熱が溢れる。
顔中が真っ赤になっているのが自覚できる。
番外個体は、顔を見られぬように、一方通行の胸元に顔を押しつける。


そのときだった。

不意に、一方通行の呟きが耳に届いた。


苛立っているのがわかる。番外個体の行動にではない。
それが、彼が彼自身に苛立っている時に発する声だと知っている。

一方通行の戸惑いを己を抱きしめる腕ごしに感じる。

まっすぐな瞳の少女の顔がフラッシュバックのようによぎる。


彼女のことを考えているのだろうか。

そうだろう。きっとそうだ。

血の気が失せるほどきつく、唇を無意識に噛む。


一方通行が認めているかどうかは知らないが、彼は表の世界にあこがれている。
自分では決して踏み込むことの出来ない世界だとわかっているから彼の抱くその憧れは余計に強くなる。
上条当麻への憧れもそこにある。

裏の世界を知り、裏の人間を引き上げることが出来る表の世界の人間。

まさに悪党を更正させて仲間を増やしていく特撮のヒーローのようだ。

407: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:12:22.16 ID:sGSyS7Q0

その表の世界の象徴のような、陰の無い笑顔を持つ少女。

花のように可憐な少女から向けられる好意に、一方通行は知らず知らず引き付けられている。

側にいてくれるだけでホッとするような、そんな空気が彼女にはある。

本質的に寂しがりやで甘えん坊な一方通行は、無意識に自分を受け止めてくれるような女を求めている。
勿論、そんな分析は一方通行自身は否定するだろうが、しかし、誰もがそれに薄々勘付いている。

自分も、打ち止めも、他の妹達も、黄泉川も、芳川も。
もしかすると、自分の知らぬ他の女も知っているのかもしれない。




(ねぇ、一方通行知ってる?太陽に近づきすぎると焼かれて落ちちゃうんだってさ。
ミサカは知ってるよ。そういうのを分不相応っていうんだって。
ねぇ、ミサカだったらアンタのこと……)


そこまで考えて、番外個体は今し方思い浮かべた言葉をかき消す。

代わりに一方通行が気づかぬ程度にそっと抱きしめ返す。

まるで、今、この瞬間だけは決して彼を手放すまいとするように。



417: 2010/12/25(クリスマス) 06:12:33.40 ID:UGS2RfU0

一方通行と上条当麻。
何だかんだで仲良しの二人は偶然街中で会い、世間話に花を咲かせている。
二人のすぐ後ろで動揺に姦しくしている少女達も同様に仲良しだ。
禁書目録と打ち止め。
保護者にくっ付いてきた者同士、こちらもやはり仲良しである。

上条「そんでさ、青髪の奴ブリッジしながら『さぁ、僕のパンツの中にそのロケット花火を!!』とか言って…」
一方「ぎゃっははははは!!クリスマスだからってハジケすぎだろォが。最ッ高にイカレてやがるなアイツ。俺も行けばよかったぜ」
上条「仕事だもんなぁ。しやーねーよ。年末は大丈夫なんだろ?」
一方「おう、初詣かァ?」
上条「カラオケ行って、初日の出見ようぜ」
一方「定番だなァw」


打止「この前、あの人がよくお財布に入れてるゴム風船?みたいなのにサテンのお姉ちゃんが穴を開けてたの。どうしてなんだろう」
禁書「それは魔道書の中にも書かれてるんだけど、『キセイジジツ』っていう古来からの魔術儀式なんだよ。
偶然に依るところが大きい不確定魔術とされてるから魔術としてのランクは低いんだけど、
成功時のメリットが大きいのと消費する魔力が少なくて済む為に未婚女性に古来から使われ続けた術式なんだよ」
打止「なるほどなるほどとミサカはミサカはサテンのお姉ちゃんの覚悟に満ちた顔を思い出してみる。
アレ、そういえばムスジメも同じことをしてたような気がする」
禁書「それは一方通行が危険なんだよ。成功すると対象者は半永久的に術者と離れられなくなる束縛の効果があるんだよ」
打止「むむむむ…それを聞いたらミサカもやらざるを得ないってミサカはミサカは番外個体にこの情報が流れる前に
先手を打つことを決意してみる」
禁書「頑張るんだよ、打ち止め」
打止「インちゃんはやらないの?」
禁書「うん。とーまゴム使わないから」
打止「?ゴム風船で遊びっこしないっていうことなの?ってミサカはミサカはインちゃんの言葉の微妙なニュアンスが気になったりする」

そんな心温まる会話をしているうちに、四人は上条の通学路にある公園にたどり着く。
おなじみの自販機まである。


418: 2010/12/25(クリスマス) 06:16:02.78 ID:UGS2RfU0


上条「飲みモンでも買ってベンチでだべるか?」
一方「そォだな…ファミレスなンぞに入ろうもンならガキ共が飯前に余計なモン食っちまうかもなァ」

上条「あ、でもあの自販機札吸い込むんだよなァ…」


打止「それならミサカに任せて欲しいってミサカはミサカはこの自販機に対する正しい操作をしてみる」

上条「え?ちょ、まっ ―――」



打止「ちぇいさーー!!」

自販機『あえて言わせて貰おう。寧ろご褒美であると!!』


一方「」
上条「」

打止「ハイ、ヒーローさんにはカレーサイダー。インちゃんにはタバスコオレ。
   貴方にはってミサカはミサカは貴方の為のコーヒーが無い事にようやく気が付いてみたり」

一方「」
上条「あ、あの…打ち止め…ちゃん?」
打止「ん?どうしたのヒーローさん?」
上条「その技は一体誰から…?」
一方(ピクリ!)


打止「えっとね、お姉さまから~~」


一方「」
上条「」



419: 2010/12/25(クリスマス) 06:21:23.75 ID:UGS2RfU0

御坂「アイツ今日は来るかな~って言ってたらあそこに…あ、一方通行までいるし。
   仲いいわね…っていやだ、私なに男に妬いてるんだか…いやいや、妬いてなんかないない。
   そもそもアイツは倒すべき敵なんだから。おーい、ちょろっと~~」


禁書「あ、短髪!?来ちゃ駄目なんだよ!!」

御坂「え?」

禁書「今ちょっと取り込んでるんだよ!!だから来ちゃ駄目なんだよ!!」

御坂「いや、よくわかんないんだけど…」



一方「いた!!そンなところにいやがったな!!こン馬鹿娘がァァァァーーーー!!!!」
上条「止めて!!美琴ちゃんにも悪気があって教えたわけじゃないの。だから怒らないであげてお父さん!!」
一方「母さンは黙ってなさい!!コラ、打ち止めもどいてなさい!!」
打止「うわぁ~~ん!!お姉さまを殴らないであげてお父さん!!ってミサカはミサカは
   お父さんを必氏に抑えてみる」


御坂「えっと……アレは何?」
禁書「子供の教育のことで家族会議が荒れてるんだよ」



打止「うわぁ~~ん!!お父さんの馬鹿ァ~~色魔ァ~~スクエアラー~~フラグ回収魔ァ~~!!」
一方「ば、馬鹿!?お父さンに向かって馬鹿!?」
上条「こら、この子ったら何てこと言うの!!お父さんに謝りなさい!!!」
打止「びぇぇぇぇーーーーん!!お母さんも嫌い~~~お母さんの駄フラグメイカー!!」
一方「母さンにまで何て口の利き方だァ!!」
打止「ぴいーーーーー!!!」



御坂「えっ?





   えっ?」

436: 2010/12/26(日) 01:35:18.18 ID:c29MpCE0

耳の後ろを、硬い何か金槌のようなものでゆっくりと叩かれるような規則的な痛み。

叫びを上げるほど激しいものではなく、無視できるほど優しいものでもない。

膜をひとつ、ふたつ隔てたようにぼやけた痛み。鈍痛。


その正体を探ろうと気を張る。
身体の感覚をその痛みの出処に集中させていくうちに、自分がその感覚から久しく遠ざかっていたことに気付く。

痛みにではなく、感覚を研ぎ澄ませること、集中させること、感覚が繋がっていること。
つまり感覚というものを自身が把握することから遠ざかっていたということだ。
そして、思いいたるのは自分がそれまで一体何をしていたのかという根本的な疑問。


自分は一体 ――――


と、そこまで思考を広げたとき、目の前に新しい風景が広がっていた。
暗く、冷たい部屋。電気といえば、辺りに設置された計測器や絶えず稼動しているコンピューターのランプくらいであろうか。

手を伸ばすと、自分の手がゆらりと漂うように緩慢に動く。
漂うようにではなく、漂っている。
自分が水槽のようなものの中にいると気付く。

はて、と自分の置かれている状況に今更の疑問を抱くうちに計機類がけたたましく音を立てる。
まるでご飯が炊けたと言って知らせてくる炊飯器のようだなと、間の抜けた感想を抱いていると、
目に見えて水位が下がっていく。
自分を取り巻く水が排水されているのだ。
それならば自分が出来立てのご飯ということか。
そんな暢気な思考に付き合う気はないとばかりに、排水を終えた水槽がゆっくりと開いていく。

急に与えられた重力が足に重く圧し掛かる。
立ちくらみにふらつく足に力を込めると、回りを見回す。

人の姿は無い。元々いなかったのか、いなくなったのか。おそらく後者だろう。


437: 2010/12/26(日) 01:37:03.55 ID:c29MpCE0

床には散乱した書類、端末、ボールペン。
それらは人のいた名残。


更には飲みかけのペットボトルに、割れたマグカップ。
それは人の息遣いを示すもの。


そして、つんと鼻に刺すような腐敗臭を放つ氏体。
それは人だったものの成れの果て。


濡れた足に塩ビシートの床が張り付く。ぺたりぺたりと音を立てながら室内をとりあえず歩き回る。
それらに対する恐怖心はなかった。とうに慣れ果ててしまった光景に過ぎない。

ゴミ捨て場で見かける破れたゴミ袋に群がる鴉達、路地裏で見かける吐寫物と大差ない。

ぺたぺたと歩きまわりながら、時に転がっている氏体を跨ぎながら計器類を弄り回す。
どうにかしようとしているのでなければ、好奇心に任せて遊んでいるわけでもない。
状況を整理する為に、それらの機材の役割を分析しているに過ぎない。
幸いにして、自分の頭は比較的出来が良い。

先ほどから鈍痛は止まない。
顔を顰めるほどではないが、どうにかならないだろうかと、頭を振る。
テーブルに置かれた書類の一群に目が行った。
そこに書かれている内容にではなく、クリップボードに書類と共に挟まれた写真に目が留まった。


438: 2010/12/26(日) 01:37:53.28 ID:c29MpCE0


白い髪に赤い瞳。
目つきは鋭く、端整な顔はどこか中性的な空気が漂う。
不機嫌さを隠そうともしないむっつりとした表情。



自分は彼を知っている。

知らないはずがなかった。


「はははは ―――― ッ」



思わず喉を震わせていた。
掠れた笑い声は、悲哀と歓喜に満ちている。
嬉しい。素直に思った。覚束ない状況に覚束ない思考、覚束ない自分。
しかし、ひとつだけハッキリしていることがあった。

それは目的。

自分のすべきことなど決まっている。
とうに決まっている。
たった今決まった。
自分が決めた。


「一方通行ァァァ……ッ」


笑いとも怨嗟とも取れる呟きが、薄暗い部屋に満ちていく。


439: 2010/12/26(日) 01:41:52.93 ID:c29MpCE0



夢とは、どれほど現実味が無かろうとも、不思議な質感を伴うものだ。


たとえその夢の中において、これが夢だと自覚していたとしても、
その現実味に呑みこまれてしまうことは往々にしてある。


今、自分が見ているものがそうなのであろう。

ぐちゅりと、踏み込んだ瞬間に響く粘着質な音。
鼻につんとくる嗅ぎ慣れた錆び臭さ。
鼻の奥が粘り気のある匂いに満たされる。



またか、そんな感想を抱く。


これが夢であることなどとうに気付いている。何度も何度も見ているのだ。
DVDであればとうに表面が傷ついて視聴出来ないほどに繰り返している。
わかりきったことを突きつける夢。
それでも、今尚見続ける夢。
きっとこれからも続く夢。

440: 2010/12/26(日) 01:43:15.40 ID:c29MpCE0

水溜りの中を歩く要領で歩を進めて行くと、足はこつんと何かにぶつかる。
足元に目を向けると、無造作に投げ出された足 ――― 足だけである。
視線を千切れた足から、更に目の前へと向けていく。


洗濯物を脱ぎ散らかすように乱雑に転がる肉の塊。

既に、そこに人としての尊厳など無い、故に肉の塊。

道端に投げ捨てられた塵屑と同じ無価値な肉の塊。

それでも人であったころの名称でもって言うならばそれは少女である。


少女。

お揃いの制服に身を包んだ年端も行かぬ少女達。

一万と31の少女の氏体。


胸糞の悪くなる統一感と、徹底した無造作、無慈悲、無感想、無機質、無遠慮でもって積み上げられた氏体の山。

自分を迎える花道のように、少女達の血溜まりの山が人一人通ることが出来る隙間を作る。
自分にお似合いの、血と肉と骨と蛆と汚物に囲まれた獣道。
巨大な肉袋のオブジェは一種前衛芸術の如き非現実味さえ与える。


足元に転がる少女の頭を手に取る。

見開かれた瞳。胡乱な瞳。硝子のような瞳。

恨みも怒りも、憎しみも、そして恐怖すら映ることのない瞳。

441: 2010/12/26(日) 01:44:07.26 ID:c29MpCE0
そっと、少女が安らかに眠れるように瞼を閉じさせる。大した欺瞞だ。糞にも劣る偽善だ。氏ねばいい、舌打ちが零れる。
まるで謝罪をするような行動に、しかし意味など無い。氏んでいる少女達へ向ける言葉を自分は持たない。
自分がどうしようもない屑だということをこうして夢の中で確認することしか出来ない。
少女の頭を子猫を抱き上げるように胸の中に収める。優しく、包み込むように、もう痛みを感じることなど無いように。
しかし、この行動にもやはり意味は無い。氏んだ者に出来ることなど何もない。
だから血溜まりの中を歩く。何処へ向かおうとしているのか、自分でもわからない。それでも自分にはそれだけなのだ。
進むこと以外何も出来ない。何も許されていない。自分が許しはしない。



びちゃ、びちゃ、びちゃ。


ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。


ざく、ざく、ざく。



折り重なる少女達に降り積もる白。
靴が踏みしめるものが赤い水から白い雪へと変わった。



ざく、ざく、ざく。


さく、さく、さく。


じゃく、じゃく、じゃく。


弱寂若惹寂寂寂。


442: 2010/12/26(日) 01:46:21.71 ID:c29MpCE0

抱きしめていた少女の頭部が、重みを変える。
血に濡れていた手が、雪に熱を奪われた氷のように冷え切っている。
感覚の無い手で抱き上げるのは少女の頭部ではなく、自分が守り抜くと決めた幼い少女。
嘗てのように荒い息を吐いて、顔面を蒼白にした姿ではなく、氏んだように静かに眠る幼い少女。
夢の中とはいえ、ホッと安堵の息が漏れる。
夢の中とはいえ、苦しむ少女の顔など見たくない。

白い息を吐いて歩く。白い手に力を込めて歩く。白い風の中を裂いて歩く。白い雪の道を歩く。

白い世界をどこまでも歩く。

白い音を踏み立てて歩いていく。

じゃくじゃくじゃく、じゃくじゃくじゃくじゃく、じゃく、じゃくと、無音の白の世界に己の踏み出す音だけがする。
じゃくじゃくじゃくじゃくと。

若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若
若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂寂
寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱弱寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂
寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂弱寂弱弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若
惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若寂弱寂
若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹
寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂弱寂
若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂若惹寂寂寂弱寂
弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂
寂弱寂弱寂若惹寂寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂
寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若寂若惹
寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若
惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂寂若
惹寂寂寂寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂
寂寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂
弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂
寂寂弱寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂
寂寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱
寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂
弱若惹寂寂寂弱寂若
惹寂寂寂弱寂若
惹寂寂寂若
惹寂寂



音が止む。

443: 2010/12/26(日) 01:48:26.12 ID:c29MpCE0

目の前には倒れ伏す少女。
仰向けに倒れる少女。

白い服に、花のように赤い雫を散らせた彼女の側に近づき、跪く。


どれほどの拳を浴びたのだろうかと思う程に醜く腫れ上がった顔。心の奥がきりきりと痛む。

既に知っている光景であり、現実にあった光景である。
それでも、何百回と見ても、心が慣れることはない。


片手で幼い少女を抱えたまま、目の下に刻まれた隈をそっと撫でる。

少女の瞼がうっすらと持ち上がり、どろりとした瞳が自分を見つめる。

硝子のような瞳とは対照的な濁った瞳。

湖の底の底を掬ったように、何も映っていない瞳は何もないのではない。

色々な感情が混ざり合い過ぎて、その結果何の色でも無くなったのだ。

腫れ上がり、裂けた血まみれの唇、本来は可憐な筈の少女の唇がゆっくりと開く。
少女の口にする言葉は決まっていた。
何百と聞いた言葉。夢でも現でも、何度も耳にした。
時に嘲笑と共に、時に哀絶と共に、時に溜息と共に、時に怒りと共に、時に冗談めかして、時に優しく。


少女の口にする、決まりきった言葉を、何百回目の覚悟と共に受け止める準備をする。
情けない話しであるが、何百と聞いても、心に走る痛みに慣れることはない。
こうして、覚悟を決めてもだ。


『貴方のせいだ』


あの日憎悪と共に吐き出された言葉は、ことんと、ビー玉を転がすようなあっけなさで自分の中に染み込んでいった。

それが全てを言い表していた言葉だから。

444: 2010/12/26(日) 01:51:40.75 ID:c29MpCE0

少女の唇が開く。歯を食いしばる。


「どうして騙してたんですか?」


少女の口から、別の少女の声が発せられた。

別の少女の声は、初めての言葉を発した。


白い服を纏った、よく知る少女はそこにいなかった。

青と白を基調とした制服。
花の髪留めをつけた、艶やかな長く黒い髪。


「貴方と関わらなければ良かったです」

訴えるように、腕の中の少女は吐き捨てる。
片手に抱いていた幼い少女の姿もなく、白い、悪意の洗礼を浴び続けた少女の姿も無い。
ただ、両の腕で抱えているのは黒髪の少女のみ。

少女の声は悲しく、少女の瞳は切ない。

胸の中に堪えがたい疼きが走る。

違う。

そうじゃない。

そんなつもりはない。

騙すなんて。


全てが言い訳だ。
醜く、浅ましい言い訳の言葉が口の中でドロドロと気持ちの悪い粘液のように形を崩す。
そして雪のようにとけ、苦い余韻となって残る。

445: 2010/12/26(日) 01:54:08.22 ID:c29MpCE0



「ミサカ達のことはどうでもいいの?」

「―――ッ」

つるりとした滑らかな刃物に刺されたようだった。
胸の中の隙間を通すように、冷たい冷気を伴った刃が差し込まれた気がした。


少女を抱いたまま、声のした方へと振り返る。

喉から引き攣ったように息が漏れる。



自分を責めるように見つめる幼い少女。

自分を蔑むように見つめる白い少女。

そして、二人の少女の後ろに立つ9969人の少女達。


何かを言おうとして、舌が凍りついたように動かない。
震える唇が、それでもせめてもの抵抗にと音も無く震える。



『俺はそンなつもりは ――――


声が出なかった。


446: 2010/12/26(日) 02:00:17.86 ID:c29MpCE0

「キャッ」

可愛らしい悲鳴は目の前の少女から。
赤い髪を二つに結んだ少女の顔が息も触れそうな距離にある。
髪の色に負けず、赤く染まった顔で、硬直している少女に一方通行は不審な顔をする。

「あァ?なにやってンだァテメェ…」
「な、何じゃないでしょ。貴方が寝てたから、毛布をって。寒いし…風邪引くとその、アレでしょ?」
「毛布……?」

そう言いながら一方通行は赤い髪の少女 ――― 結標淡希の手にしている毛布に気付く。
そして、彼女の顔が何故近いのかも理解する。
自分が寝ぼけて彼女の腕を掴んで引き寄せたのだ。そうなると凄みを利かせて睨むだけ此方のバツが悪い。


そしてようやく状況を把握した。此処は『グループ』のアジト。
自分はソファーに横になったまま眠りに就いてしまっていたようだ。
どうにも、最近はグループで気を抜くことが増えてしまった気がすると、一方通行は顔を顰める。


447: 2010/12/26(日) 02:00:49.31 ID:c29MpCE0

「チッ…余計なお世話だ」

バツの悪さを誤魔化すように舌打ちし、突き放すように結標の腕を放す。
結標は一瞬ムッとするものの、一方通行の素直じゃなさに慣れているのか、溜息だけで言い返さない。
そんな彼女の自分のお守りに慣れているような仕草にバツが悪くなるのは一方通行の方であった。
憎まれ口のひとつでも叩いてやろうか、そんなことを思いかけたところで視界にニヤニヤとした笑いを浮かべる金髪男の姿が留まった。
一方通行の瞳に、結標に対してのものとは違う、剣呑なものが浮かぶ。

「何見てやがンだァ?」
「いやぁ~~随分とうなされてたみたいだにゃ~。あわきんの心配っぷりといったらもう…むふふふふ」
「ちょ、土御門!!わ、私は心配なんて…」

「ンだそりゃ…」

ガシガシと髪を掻き毟ると、一方通行はちらりと結標を横目に見る。
一瞬目が合ったかと思うと、結標はぷいと逸らす。わけがわからない、一方通行は一瞬途方に暮れそうになる。


448: 2010/12/26(日) 02:07:13.19 ID:c29MpCE0


「アステカー」

イラつくくらいに爽やかな掛け声と共に海原光貴がドアを開け放つ。


「お、海原。アステカー」

「「何その挨拶…」」


さも当然のように返す土御門と、初めて知ったよそんな挨拶と言いたげに声を揃える一方通行と結標。


「おや、目が覚めたみたいですね一方通行」
「あわきんの心配オーラが通じたんだにゃー」
「優しさのベクトルまでは反射できないと」
「誰ウマw」
「wwww」
「wwww」


顔を見合わせて大受けな土御門と海…アステカ。


「ェェェェ…何こいつら。すンごくウザイんですけど…」

「というか、どうやって喋ってるの?最後の」

449: 2010/12/26(日) 02:08:37.74 ID:c29MpCE0

アステカはひとしきり笑い終えると、結標に声をかける。


「ああ、そうです結標さん。引き取りに行きたい荷物があるのですが、手伝って頂けませんか?」

「え、何で私がそんな…「あわきんは一方通行と二人きりになりたいんだにゃー」行くわよ!!行けばいいんでしょ!!」


かぶせ気味に言い放つと、結標はちらっと一方通行に気遣わしげな視線を向ける。
彼女の視線に含まれた意味に流石に気付いているのか、一方通行がそっけなく、しかしはっきりと応えるように手を上げる。

心配するなと、そう言いように。

それが嬉しかったのか、結標の顔が明るくなる。
一方通行は、そんな彼女の顔を見て、またもや不思議な感覚に捕らわれる。
上手く説明出来ないもやっとした感情。

佐天といるときにも抱く、解析不能の感情。
不快ではなく、しかし不可解な感情。

持て余すその感情に首を傾げている一方通行と、少しだけ素直に、ちょっとだけ優しくなった彼に
喜びを覚えずにはいられない結標は気付かない。

一瞬、海原と土御門が目で会話をしたことに。


450: 2010/12/26(日) 02:14:56.21 ID:c29MpCE0

「さてと」

海原と結標が去ったのを確認してから、土御門がゆっくりと一方通行に視線を向けた。


「随分うなされてたにゃー。嫌な夢でも見てたかにゃーん?」
「うるせェテメェには関係ねェだろ。頃すぞ?」

切り捨てるように言い放つ。
土御門は気を悪くした風でもなく、にやにやと笑う。

「つれないにゃー。妹達を守れなかった夢を見たからってあたらないで欲しいんだにゃ」
「…ッ。テメェ…」

どうしてそれを、と言いたげな一方通行の視線をはぐらかすように、土御門は肩をすくめる。

「お前わっかりやすすぎ。お前がうなされる要因なんてせいぜいそんなもんだろ」
「チッ」



「ああ、あとは佐天ちゃん関連かにゃー」


昨日食べた夕食のメニューを思い出したかのように何気ない土御門の言葉に、
一方通行の表情が凍りつく。
つくづくわかりやすい奴と、土御門は内心苦笑する。

451: 2010/12/26(日) 02:15:30.47 ID:c29MpCE0
「だから、わかりやすすぎんぜ。第一位」
「ハッ…まさか、テメェがそこまで人様のプライベートに首を突っ込んでくるたァな。何だ、その内教師の真似事みてェに人生相談でもする気かァ?」
「まっさかぁ。妹に夜中馬乗りにされながらだったら考えてみるがにゃ~人生相談」

けらけらと笑う土御門に、一方通行は苛立つ。

「オイ、いい加減言いてェことがあンなら言ったらどォだァ?これ以上テメェのくだらねぇ話しに付き合うきなンざねェンだよ」

ほう、と感心したように土御門が眉を吊り上げる。
土御門の口元から、からかうような笑みが消え、代わりに怜悧な空気が彼を包む。


「じゃあハッキリ言ってやる。半端な気持ちなら佐天涙子に近づくな」
「ああ゛ァァ?」

二人の間に、火花のような張り詰めた緊張が瞬時に生じる。

「ケッ…知らなかったなァ土御門クゥゥン?まさか、お前があのガキに執心だったとはなァ…」

一方通行は真横に引き裂いたような笑みを浮かべ、挑発する。
こめかみが引く付いているのは、内心の怒り、動揺を抑えていることを物語る。
土御門は、挑発に取り合わず首を振る。

452: 2010/12/26(日) 02:30:59.85 ID:c29MpCE0
「自分の立場を考えて行動しろって言ってるんだよ……レベル5」

レベル5、その言葉が冷たく響く。
土御門の口にしたその言葉は、即ち、学園都市の根深い闇に結びつく。
それを察した一方通行が悔しげに唇を噛む。

「確かにお前が誰と恋人になろうが、何人セフレを作ろうが構わねーよ。ただし、それは裏を知る人間に限ってはだ」

トンと、テーブルを指先で叩く。

「裏を知る人間っていうのはつまりは生き抜く術を知ってる奴等だ。
能力、無能力に問わずな。お前の守ろうとしてる打ち止めにしても、それは例外じゃない。
妹達を一括りにすれば彼女達は余程の事がない限り自分の身を守る力がある。
番外個体と言ったな、レベル4相当の力を持ったあの子が打ち止めの側にいる今は尚更だろう。
結標もそうだ。レベル5に最も近いアイツも自分の身は自分で守れる。
いいか?彼女達と、佐天涙子は違う。佐天涙子は完全な表の人間だ。
自分の身を守ることも出来ない普通のな
今までお前が守ってきた者、共に戦ってきた奴とあの少女は全く別のベクトル上にいるんだ」

「だったら、俺が…」


土御門が舌打ちをする。


「守りきる覚悟か切り捨てる決心はあるのかどうかって聞いてるんだよガキ」

「――――― ッ!!!」


453: 2010/12/26(日) 02:31:44.88 ID:c29MpCE0

一方通行の表情に亀裂が走るように動揺が浮かぶ。
想像さえしなかった事を指摘されたからか。否、そうではない。
真っ先に考えながら、蓋をし、目を逸らし続けた事だからだ。


「お前は打ち止めを見捨ててあの子を守ることが出来るのか?あの子を切り捨てて打ち止めを守りきるのか?
それとも、超電磁砲にあの子は守ってもらえるからいいや、なんて高をくくってるのか?」

土御門は容赦なく言葉を続ける。


「良いか。お前が何を守って何を守ろうが構わない。だが、それによって使い物にならなくなるのは困る。
だから聞いてるんだ。俺はある。その覚悟ならな」


義妹の為ならば、舞歌の為ならば何だって出来る。
彼女を守るためならば誰であっても切り捨てられる。


必要悪の魔術師達であろうとも、グループの仲間達であろうとも。
普段笑い合っている学校のクラスメート達であっても。
戦友となった上条当麻であろうとも。

例外はそこにはない。

土御門元春にとっての唯一の例外はたった一人なのだから。

故に、彼は問う。その覚悟を。


「お前はどうなんだ?一方通行」


一方通行は答えることが出来なかった。

464: 2010/12/26(日) 22:38:47.90 ID:5egcb7o0


「なァ……」
「………」
「怒らねェからよ。ひとつ聞かせて欲しいんだが……」
「………」
「……コレは流行ってるのかァ?」
「ゴメンなさい…」


一方通行は軽くチョップを目の前の黒髪の少女の脳天に振り下ろす。


「なァンなンですかァお前はァ!なァンでまたタックルかまして来るンだァ?」
「ゴメンなさい~!!」

一方通行の胸に顔を乗せるように、佐天涙子が真っ赤な顔をしながら一方通行に抱きついていた。
此処は一方通行の部屋でもなければ当然佐天の部屋でもない。
街中。往来のど真ん中である。
人々の視線が集まるなか、抱きつくというか、押し倒していた。佐天が、である。
一方通行は、数ヶ月ほど前と同様に、ノゲイラばりの佐天のタックルに押し倒されていた。
それこそ、素で『佐天さん、レスリングとかやったらどうですか?』と尋ねたくなる程に鮮やかなタックルであった。
PRIDEを懐かしむ人にとってはノゲイラを髣髴とさせる鮮やかなタックルからのテイクダウンを美少女中学生が決めて胸熱状態だ。

「オラ、どけ。それともこのまま公衆の面前で押し倒してピロトークでもかましたいンですかァ?」
「す、すいません!!」

ただでさえ赤くなっていた顔を更に真っ赤にすると、佐天は慌てて一方通行の上からどく。

465: 2010/12/26(日) 22:40:23.67 ID:5egcb7o0

「ン…」
「あ、ありがとう…ごじゃいます」(うあッ!!噛んだ)
「……」

一方通行は起き上がると、佐天にぶっきらぼうに手を差し出す。嘗ては考えられなかった気配り。
周囲の女性陣の教育の程が窺い知れる。


「………まァ…俺にも非があるンだけどなァ……」

「え?」

「何でもねェよ」

ぼそりと呟いた言葉は佐天には聞き取れなかった。


(情けなくていえるかよ…)

一方通行は彼女に会って、はっきりとさせようと思っていた。
自分の過去。番外個体が話したということの確認。

しかし、実際にはそれは余りにも唐突だった。ばったりという都合の良い言葉があるが、まさにそうだ。
偶然、彼女を見かけてしまった。それは余りにも早く突然過ぎた。
一方通行の心がはっきりと覚悟で固まる前のことなのであるから。

一方通行は、咄嗟に彼女にかけるべき言葉が思い浮かばなかった。

そして、一方通行の足は、意思とは逆に彼女から離れた。
つまりは逃げようとした。ヘタレめ。
彼女に会ったとき、露骨に避けられたら、あからさまな恐怖の目で見られたら。

そう一瞬でも考えてしまったのがいけなかった。

足は回れ右をし、逃げの体勢。この男、肝心な時に存外チキンである。

466: 2010/12/26(日) 22:41:41.73 ID:5egcb7o0

しかし、一方通行が佐天の姿を見かけたとき、佐天も一方通行の姿を見かけていた。

佐天も一方通行のようにかけるべき言葉が浮かばなかった。

しかし、『逃げ』を選んだ一方通行とは違い、彼女は『追いかける』ことを選んだ。

追いかけること ――― からのタックル。
低空タックル。なにそれ、こわい。

言葉が出ないのならば、身体で語るしかない。

そんな若干脳筋気味な思考をしたのかはともかく、自分に背を向けていく一方通行を追いかけた。


「すごいたっくるー」
「グフゥッッ!!」


そして、冒頭のシーンに至る。
彼女には一方通行とは異なるところがあった。

覚悟の決まっていない一方通行と違い、彼女は覚悟だけならば既に出来ていた。


467: 2010/12/26(日) 22:43:00.32 ID:5egcb7o0


「私の友達で、テレポーターの子がいるんですけどね」
「例の変態ツインテールってのかァ?」
「そうです。その子が初春が紅茶を零したときに、シミにならないように拭いてあげてたんですよ」
「変態だけど面倒見イイ奴なんだな」
「ハイ。凄くいい子ですよ。ちょっと変態なだけで。で、その時も初春が恐縮するのも構わずに拭いてあげてたんです。
凄くよく気のつく子なんですよ。でもね、ハンカチだと思ってたら ――― それ御坂さんのパンツだったんですよ」

「ブフッ!!」


一方通行が飲んでいたコーヒーを噴出す。


「しかも、ゲコ太のプリントの」
「~~~~ッッ」


堪えきれないのか、顔を伏せて肩を震わせ無言で笑う。
笑い顔を見せないのはせめてもの意地だろう。


「初春のスカートこの前捲ったんですよ」
「お前、その年でスカート捲りって…」
「そしたら毛糸のパンツで…」
「~~~~~~!!」

一方通行が突っ伏しながらテーブルを叩く。


468: 2010/12/26(日) 22:44:18.61 ID:5egcb7o0

「もうお互い気まずくって仕方が無くなって」
「つーかソイツいつもお前の被害に遭ってネェ?」
「コミュニケーションですよコミュニケーション。そういうお友達って一方通行さんにもいるでしょ?」
「まぁ…な。だが流石にスカート捲りはしねぇなぁ」
「………あれ?お友達って女の人ですか?」
「ンあ?まぁ野郎のダチもいれば女のもいるなァ」


「ふぅ~~ん………そうなんですか……」

「?」



一方通行は内心、拍子抜けを覚えていた。
アレだけ悩んでいたのが何だったのだろうかと言いたくなるほどに、佐天の様子は普通である。
久しぶりの会話は呆気ないほどに進み、テンポのよさは肩透かしを食らう。
目の前の少女の笑顔は、前に見たものと同じ、明るく、心が落ち着くような、そんな笑顔である。


(番外個体の奴……ありゃあブラフだったのかァ?)


469: 2010/12/26(日) 22:46:02.33 ID:5egcb7o0

そう一方通行が思っている傍ら、佐天は焦りを抱いていた。


(私の馬鹿~~~!!!学校の馬鹿話で笑わせてる場合じゃないってーーー!!
聞くんでしょ?聞くんだよね!?ちゃんとハッキリさせるんだよね、私!!)


肝心の話しに入ることが出来ないことに焦っていた。

久々に会って、ぎこちない会話になってしまうことを想定していたというのに、最初のタックルで歯車が狂ってしまった。

妙に緊張感のなくなってしまったまま、今こうしてファミレスでダベッている。
普段であればこれはこれでデートのようでオッケーなのだが、今ばかりは困る。
はっきりさせないといけないのだから。


しかし、一方で、久しぶりに顔をしっかりと合わせて話しが出来ていることに浮かれていることも確かだった。

自分の話しを楽しそうに、笑いを堪えながら聞いてくれることが嬉しい。

気まずい会話ばかりを想定していただけに、反動となって安堵を覚えると同時に気が抜けてしまった。


(でも、聞かなきゃ。中途半端なままは嫌だって、そう決めたんでしょ!!佐天涙子)


そう、親友に宣言にも似た心情を吐露した日を思い出す。


470: 2010/12/26(日) 22:55:35.28 ID:5egcb7o0

穴があったら入りたいという言葉がある。
恥ずかしい行いをしてしまった時、特にその前に固い決意表明をしていたり、ドヤ顔だったりすると威力は倍プッシュ。
やぁってやるぜなテンションだったりするともう目もあてらんない。
佐天はまさに今自分がそんな状況にあることを自覚する。

ちなみに、穴があったら入りたいとは、
『抱きしめたいほど哀れだなァ~みっともねェ三下は穴倉に閉じこもって出てくンなクソ野郎』という意味である。(意訳)


「まぁ、佐天さんが一体何をしててのぼせちゃったのかについては問いません。
ええ、ナニをしていたのかについては」

「………そうして貰えると助かるよ初春…」


額に冷却ジェルシートを貼って横になる佐天の横で、初春がじとっとした視線を向けてくる。
『呆れました私、ええ、ホント呆れました』と書いてる初春の視線が痛い。とても痛い。
のぼせて浴槽から起き上がれなくなった佐天は、熱でクラクラする頭で辛うじて連絡をつける事が
出来た初春飾利によってようやくベッドに横になることが出来た。

正直裸のところをお風呂から救出されるというだけでも恥ずかしい上に、
『先ほどまで耽っていた行為』が行為なだけにむずむずとした気恥ずかしさがあった。

いや、思春期なのだから仕方が無いじゃないのさ、女の子だって色々持て余すんだもの!!
ぶっちゃけてしまえばそれに尽きる。
しかし、そんな事は言えない。言えるはずがない。自分は変態でも無ければ変態という名の淑女でもないのだ。
性癖カミングアウトとか正直ハードル高過ぎる。
一人遊びというかそういった悶々とした行為を赤裸々に語る趣味も無い。
某ツインテールのように、昨夜何度達したかだとか、その際のシチュエーションだとかを
官能小説張りの状況描写によって説明するわけには行かない。

仮に、自分のそういったシチュエーションが初春の中のノーマルの枠から外れていようものならばもうそりゃあ大変だ。

471: 2010/12/26(日) 23:00:49.45 ID:5egcb7o0
故に、疲労とストレスでが湯に浸かったら途端に顕著になり、また、考え事をしていたらのぼせてしまい身体に力が入らなくなったというのが佐天の言い訳。
しかし、これは非常に苦しい言い訳だ。
フラフラになるならばともかく、腰まで抜けるとかどうなんだ。
ありえるのか?
そんなことを思うのは当然である。

当然の如く、初春の不審を買ったのは、佐天が腰が抜けて立てなくなったこと。
のぼせてしまえば腰が抜ける?否、んなこたぁない。
初春の瞳が痛い。気のせいか、彼女の頭部をガードする美緒蘭手(ビオランテ)さんからも不審なオーラが出ている。気がする。
そして、鋭く黒い初春飾利は何かを察した。佐天の腰が抜けてしまうような直接の引き金について。
また、初春と同じく洞察力に長けている佐天もまた、初春が『何を』察したのかを察した。


初春は『ははぁ~~ん、佐天さん、そういうことですかぁ~~』と言った感情を視線に乗せる。
佐天は『さてはて、いったいなんのことざんしょ?あはははは』と言った感情をもって見つめ返す。


結果、二人の間には大変気まずい空気が流れる。


「いや~それにしても冷えピタが冷たいままっていうのはいいよね。初春の能力って地味に便利だよ」


時折初春が佐天の額に手を乗せる。
彼女の能力によってジェルシートは一定の冷たさを維持している。

「冬とかだと最後まで冷めない紅茶が飲めるのはお得ですよ。手で触れてないと効果ありませんけど」

苦笑する初春に、佐天は唇を尖らせる。

「いいじゃんか~私なんてゼロだよゼロ。ゼロって響きだけはカッコいいんだけどさぁ。合衆国日本!!ってね」
「ツッコミませんからね?」
「初春冷た~い。でも冷えピタ気持ちいいから許す」
「それはありがとうございます」

472: 2010/12/26(日) 23:01:49.25 ID:5egcb7o0

にへらと笑う佐天に、つい釣られるように初春も笑う。
佐天の柔らかくコシのある髪を指先に絡めながら、初春は静かに佐天の額を撫でる。
秒針の音だけが響く中、ひたすら沈黙が続く。


「そういえば……」

佐天が思い出したように呟く。


「初春とこうして二人で喋るのって何か久しぶりな気がする」

「そうですよ。今頃気付いたんですか?」

「あれ?もしかして初春ちょっと怒ってる?」

「ぷんぷんです」

頬を膨らませる初春に、佐天のいじめっ子センサーがびんびんに反応する。
もし湯中りしていなければハグからのくすぐり倒しのコンボに移っていたというのにと、悔しくなる。
ちらりと佐天を見下ろしながら初春は黒い笑みを浮かべる。


「佐天さんったら一方通行さんのことで一人遊びに耽るんですもん」

「ぶふッ!!ひ、ひ、ひと、ひとり遊びって、どうして、それを…じゃなくて、私そんな頻繁にはしてない……はず」

そう、精々一週間に四回程度だ。
四回?いや五回だろうか。一日に何回しようとも一回というカウントで良いよね?
一体誰にお伺いを立てているのだろうか。

473: 2010/12/26(日) 23:03:33.53 ID:5egcb7o0

「何を焦ってるんですか?私は妄想の事を言ってるんですけど?
佐天さんたまに一人でニヤニヤしてるじゃないですか」

ニヤニヤだけではなく、部屋ではゴロゴロ転がっていたりします。


「ごふっ!!」

咽た。
佐天さんが咽た。


「それとも一方通行さんのことを思ってナニかしてたんですか?」

「むぐぐぐぐぐッ」


穴があったら入りたいに次いで、墓穴を掘ってしまった。
今日だけで一体自分はいくつの穴を掘るのであろうか。
えええい、面倒だ。シャベルを持てい!!今すぐ穴を掘りまくってやるわい!!

佐天、心の中でヤケクソ気味に吠える。

初春がにやにやと黒く、黒く、そして黒い笑みを浮かべる。
コイツは黒春だ、と佐天は心の中でツッコむ。
頬を引きつらせて初春を恨めしく見上げる佐天、その頬の赤みはのぼせたせいだけではない。
初春は三日月形ににやけた瞳から一転して、好奇心に目を輝かせる。


「佐天さん。ひとつ、教えて欲しいことがあるんです」


佐天はしばし考えてから、ひとつだけ心当たりがあることに気付く。
探るように、そっと一言口にする。


「一方通行さんのこと?」


初春はひとつ頷く。


「佐天さんはどうして一方通行さんのことが…好き、なんですか?」


474: 2010/12/26(日) 23:05:04.20 ID:5egcb7o0

言われた佐天本人とよりも、初春の方が自分の言葉に赤くなる。
好き、その言葉を口にすることでさえも彼女には恥ずかしいことであった。
それでも、耳まで赤くしながらも初春は続ける。大切なことだから、決して言葉を濁してはならないことだから。

「前に佐天さんは言ってましたよね?可愛い人だって」


佐天はこくんと頷く。それは本音だ。
学園都市最強の能力者。
自分など足元にも及ばぬ存在。
自分の知らない修羅場を潜って来ているのだろう。


そして、一万人の人間を頃した男。


それなのに自分はそう感じた。未だに変わらない。


「私この前時間があったからちょっと一人の時に写真を編集してたんです。ホラ、制服取替えっこしたりした時のやつです」

475: 2010/12/26(日) 23:06:25.34 ID:5egcb7o0
壮絶に常盤台の制服が似合っていた佐天さんの時だ。ぶっちゃ気電撃姫とツインテよりもお嬢様らしかった。
お嬢様がルーズソックスって…とか、未来の学園都市でもルーズソックスってまだ生き残っていたんだ、な常盤台だ。
まぁ、生き残ってるというか、御坂さんのセンスがぶっちゃけ……なだけなのだが、まぁそれはいいだろうこの際。


「あんた仕事中に何やってるのかね~?」
「えへへへ…まぁ、いいじゃないですか~」

呆れた。いつもそのことで白井に怒られているのは何処のお花畑だ。
佐天は起き上がりながら熱が引いてきたのか冷却ジェルシートを剥がす。
初春はぺろっと舌を出す。かわいいのであえて誤魔化されてやることにする


「御坂さんに白井さん、私に佐天さん。色々な事件に巻き込まれたり首を突っ込んだり。
ホント、去年の夏なんて目が回るくらいに色んなことがありました。
私なんて、殺されかけたこともあります。
それで学園都市で起こる事件を解決するのは風紀委員じゃなくて、
結局はレベルが高い人達なんだなぁって思ったんです」

佐天は何も言わない。それは覆ることの無い真実。
いくら強い正義感を持っていたとしても、様々な形で支援してきたといっても、
最後の決着を付けたのは御坂や白井であった。

「少し潜って調べると学園都市の裏側ではもっともっととんでもないことが起きてるんです。
それこそ毎日。それがどういったものなのかまでは詳しくわからないですし、
わかっちゃったら無事じゃ済まないんでしょうけど。
ただ、それらを解決しているのは噂だと能力者の集団みたいなんです」

476: 2010/12/26(日) 23:07:59.20 ID:c29MpCE0

佐天もそれは薄々だが感づいていることだ。
その現場を目撃してしまったわけでもない、具体的に確信があるわけでもない。

ただ、時折、一方通行が酷く殺伐とした空気を、或いは消耗しきった表情を浮かべて帰って来るときがある。

学園都市最強の能力者を一体何がこうも追い込んでいるのだろうかと疑問に思ったことがある。
今にして思えば、それは初春のいうように裏で暗躍している能力者がいて、彼がその一人であるからなのかもしれない。

少なくとも、まともにアルバイトに精を出す一方通行の姿は想像が出来ない。


「僧侶ばかりじゃボスは倒せないんです。戦士がいて、魔法使いがいて、それで勇者がいて魔王を倒せるんですよ。
きっと私や佐天さんは僧侶なんです。私達だけじゃなくて、風紀委員の殆どがそう」


初春程ではないが、弟のゲームをやらせてもらったりしていた佐天は彼女の例えが何と無く理解できる。

でも…と初春は少し憂鬱そうに顔を曇らせる。

自分の口にしようとしている言葉に嫌悪するように、不味いものを口にしたように顔を顰める。

「でも、クリアしてからたまに思うんですよ。勇者がいるから魔王がいるんじゃないかなぁって。ゲームだから仕方が無いんです。仕方が無いんですけど。
でも、勇者なんて魔王が世界制服しようとしなければ必要ないじゃないですか?」

「まぁ…普通に生きていく分には伝説のなんたら~みたいなのはいらないよね」

477: 2010/12/26(日) 23:09:57.09 ID:c29MpCE0

岩に刺さった伝説の聖剣よりも、どうせなら良く切れる包丁が欲しい。
佐天は主婦じみたことを考える。伝説の鎧よりも、汚れがすぐ落ちるエプロンが欲しい。
骨も残さず焼き尽くす炎の魔法よりもじっくり旨味を逃がさずに程よい火力のコンロが欲しい。

あっても困るものだからだ。
もっと昔であれば、そういうものへの憧れもあるが、今は自分にそんなものが扱えるとも思わない。
自分の手に余るだけだ。

「能力ももしかしたら一緒なんじゃないのかなぁって。強い能力が事件を解決してくれるんじゃなくて、
そもそも事件自体が強い能力の為にあるんじゃないのかって。
コナン君が推理してくれるから事件が起こるんじゃなくて、コナン君が推理力を発揮する為に事件が起きてるみたいな」


随分とキワドイ発言だ。


「たまに思うんです。とんでもない事件を解決してくれるのが強い能力者なら、
そもそもそのとんでもない事件を呼び込んでいるのもその強い能力者じゃないのかなって」

「そりゃ事件を起こす能力者もいるけど……御坂さんは、少なくとも御坂さんはそういう人じゃないよ?」


白井さんは性犯罪者の気が強いけどね、と半ば本気で佐天は思う。
中学生であの変態さは時折友人である自分も引く。というか正直6割の確率で引いてる。
自分が標的じゃないだけまだ他人事としてみているが、そうでなければ金属バットさんの出番かもしれない。
背筋に走る冷たい汗を感じながら佐天は苦笑する。


478: 2010/12/26(日) 23:10:46.10 ID:c29MpCE0
「違います違います!!白井さんは確かに救いようの無いド変態だけど、違います。そうじゃなくて、その……引力というか、磁力というか……
事件に関係の有る無しじゃなくて、その人の持つ力とか、その人の心が引き寄せちゃうような…」


随分とオカルトチックな話しをするなぁと佐天は初春の言葉に耳を傾ける。
初春は両手を膝の上で組み合わせて、じっと瞳を伏せる。


「………そんなこと考えちゃう時点でどうかって思うんです自分でも。ただ、もし、もしですよ?
佐天さんが……一方通行さんに関わることで、そういうものに巻き込まれちゃったらどうしようって…」

幻想御手の事を言っているのだ。アレは自分の浅慮が招いたことなのに。
それでも初春にとって、親友の抱えていたものに、その根の深さに気付くことも出来ず苦しむ姿を見てしまったことは一種のトラウマとして残っていた。
一方通行が初春にとって命の恩人であることも知っている。初春から直接聞いたことだ。
それも佐天が一方通行に好意を抱くきっかけのひとつになっているのだが、そんな恩人を疫病神のように言わなくてはならないことに、初春は自己嫌悪を抱いている。
一方通行をそんな風に見ることへの憤りなどなく、そうまでして自分の身を案じていることが嬉かった。
佐天はそんな初春を愛しいと思う。一方通行に感じるものとは異なる愛しさ。
親友であると共に、何処か妹のようないじらしさ。
こんな優しくていじらしい妹がいたらと、そう思わせるものが今の初春にはあった。
そして、佐天涙子がそんな可愛い初春飾利に対して取るべき行動はたった一つだけだった。


「ぎゅうっっ!!」
「さ、佐天さんッ!?」


俯いていた初春を、佐天は思い切り抱きしめる。
花飾りに頬釣りをしながら、小さな彼女の身体を胸に抱き寄せる。

479: 2010/12/26(日) 23:12:44.24 ID:c29MpCE0


「初春は心配性だねー愛い奴じゃ。愛い春だね~」
「苦しいです佐天さんってば!!」

初春の言葉を無視するように、佐天は初春の頭にぽすんと顎を乗せる。

「でもさ、そういう心配…してくれて本当に嬉しいよ」
「佐天さん?」
「正直ね、ちょっと色々あってへこんでたんだ……どうすればいいんだろうって」

御坂に似た少女の敵意に満ちた顔を思い出す。
悪意ではなく敵意。自分の心さえも傷つけるような悲痛な表情だった。
見てる方が痛くなるような、苦しさに顔を歪めた少女の言葉が過ぎる。


『ミサカの前でアイツのことわかったような顔してんじゃねーよ!!!アンタ何も知らないでしょ?
アイツのやってきたことなんて。何一つ。』


「どうすればって?」
「うん…まぁちょっとねぇ」


言葉を濁す佐天に、あえて初春は追求しない。
佐天は初春の頭を撫でながら、自分が思い悩み続けたことへの自分自身への反駁を口にする。


480: 2010/12/26(日) 23:13:28.50 ID:c29MpCE0

「…私って中途半端なままが嫌なんだと思う。いや、違うのかな。単に凄く馬鹿だからかな……
馬鹿だからさぁ、何でも手を出して首突っ込んで、そんでもって痛い目に遭わないと懲りないんだ」


「………」

「懲りて、それでもうホント、反省しましたー!!ってならないと学べないんだよね。
そのせいで初春にたっぷり心配かけちゃったってわかってるんだけどね。
だからさ、先に謝っておく。ゴメンね」

「佐天さん……」

初春が深い溜息を付く。

「いいですよぉっだ。佐天さんが無茶して心配かけるのなんて今更なんですから」

「初春…ホント、どうしてこう馬鹿なんだろうね私」




ぎゅうっ初春を抱きしめる。
苦しいくらいに力を込められた腕に手を置きながら、初春は何も言わなかった。


481: 2010/12/26(日) 23:15:11.41 ID:c29MpCE0


「とは言ったものの…いざとなったら勇気が出ないのが私クォリティーだよね」

「あァ?」

「いえ、何でも無いです!!」

パタパタと大げさに手を振る。
目の前の少年は怪訝な視線を送ってくるが、佐天には生憎とそこまで余裕が無い。
先ほどまでぽんぽんと繰り出されていた会話が、佐天が俯いたことで止む。
妙な沈黙が生じた。


天使が通るという言葉があったなと一方通行は温くなりつつあるコーヒーを飲む。

舌に温く、安っぽい苦味がへばりつく。
唇を真一文字に閉じる。あまりの不味さに思わず唇が強張る。
しかし、その不味さが、一方通行の思考を引き戻した。


佐天を見つめながら、思い出すのは土御門に言われた言葉。



―――― 半端な気持ちなら佐天涙子に近づくな ――――



わかっていた。そんな事言われるまでもなく。
そして、何が正しいのか、どうするのが最も確かなのかもわかっている。

その為の決断だ。

その為に覚悟をする必要がある。


タイミングは突然であったが腰抜けの臆病者の自分にはこうでもなければ覚悟は付かなかったのかもしれない。


482: 2010/12/26(日) 23:15:57.32 ID:c29MpCE0

「なァ……お前は聞いたのか?アイツから」


「………アイツ?」


誰のことだろうかと、佐天の瞳が問い掛ける。


「番外…ミサカにだよ」


奇妙な名を口にしそうになったところで、慌ててミサカといい直す。
御坂美琴の姉ということにしていたのだ。
佐天は、一瞬目を見開くと、何も答えない。


「そォか…」


彼女の沈黙が答えだった。


コイツは知っているのだ、やはり。


番外個体の言葉は事実であり、先ほどまでの目の前の少女の明るさこそがブラフだったのだ。
一方通行は、覚悟を決めるように、深い溜息を吐く。


「場所……変えるぞ。俺の部屋でいいか?」


佐天が頷くのを確認すると、一方通行はゆっくりと席を立った。


489: 2010/12/28(火) 00:11:51.44 ID:YzNGWyE0

シリアスで重い話でドン引きしている人がいたらすみません。
基本、下げて上げるのが好きなんです。
最初から甘々チュッチュッとか書けないんです。
幸せに向けてGOな話しなのは確かなので、辛抱強くお付き合い下さい。
それでは投下を始めます。

491: 2010/12/28(火) 00:15:45.26 ID:YzNGWyE0

鉛のような沈黙が降りていた。

目の前に淹れた二つのカップから立ち上っていた湯気はとうに消えていた。
どちらとも珈琲にはまったく手を付けていなかった。

珈琲が冷めるまでの時間はあっけなく感じる一方で気の遠くなるような時間であった。


俯いた佐天の表情はわからない。
膝の上で組み合わされた小さな女の子らしい手が、ぎゅっと力のこもっていることだけはわかる。


やはり言うべきではなかった、まずは後悔が胸の中に生まれる。
しかし、一方通行はどこか重圧が解けた心地を覚えていた。
後悔は確かにある、しかし、ホッとしているのだ。


暗澹とした安堵。


彼女に隠し続けることに対するうしろめたさから解き放たれたからだろうか。

そんなことを考える自分を酷く憎み、軽蔑する。

正直と誠実は違う。正直とは子供のものであり、誠実とは大人にのみ許された感情だ。
ただ自分の気が済まないからと何もかも話すことは正直であって、誠実ではない。
傷つけない為に時には自分を頃してでも優しい嘘を吐くことそれが誠実。

だとすれば、自分は土御門の言うとおりガキなのだろう。

冷めた珈琲に手を伸ばそうとして止める。


「今言った通りだ。わかったろ?俺がどンだけ救いようのねェ悪党かが」


俯いたままの佐天を、憂鬱な気持ちで眺める。

彼女の今の表情を考えることさえ心を重くする。


492: 2010/12/28(火) 00:16:45.48 ID:YzNGWyE0

「てめェがレベル5にどンなイメージを抱いてるのかはわからねェ。だがな、超電磁砲みたいな奴ばかりだと思うな。
アイツは例外だ。俺みてェなクソったれな悪党だっている。むしろそンな奴ばかりだ…」

そう、御坂美琴は希有な存在。
故に、自分は彼女を羨む。暗部に関わることなく、表で生きていける彼女に、嫉妬にも似た思いを抱く。


「だから…」

一瞬口ごもる。
この期に及んで、まだ躊躇う自分の愚かさ、臆病さ、情けなさ、脆弱さに反吐が出る。


「もう…ここには来るな。つーか気づけよ。お前騙されてたンだよ。
浮かれたメスガキの馬鹿っぷりがあンまり愉快だったからよ。
けど、そいつももう終いだ。いい加減メスガキの相手もウザったくなってきたからよ」

佐天の肩がびくりと震える。
一方通行の口から舌打ちが出る。

「目障りなんだよ…ッ」

苛立ちが声に滲む。
こういう風に突き放すことしか出来ない自分に向けた苛立ちだ。

佐天は何も言わずに俯く。

10秒、20秒、30秒。

沈黙が降りる。


一分、二分、三分。

沈黙が続く。


493: 2010/12/28(火) 00:17:50.27 ID:YzNGWyE0

十分が経過したのだろか。
一方通行は佐天からそらすように、自分の珈琲の表面を見つめる。

沈黙を破ったのは、佐天だった。


「わかりました」

ああ、と声にならないため息が喉を震わす。
自分でそうし向けたというのに、終わりを告げる言葉に、はっきりと打ちのめされている。
だったら、もう帰れ、そう口にするべく、顔を上げた一方通行は自分をまっすぐに見つめる佐天の表情に言葉を飲み下す。

佐天は柔らかく、微かに微笑んでいた。


「一方通行さん、やっぱり優しいですよ」


一方通行は息を呑む。
悪態を吐くことさえ、思い浮かばない。
思いも寄らない言葉に、思考が真っ白になる。
理解が出来ない。一方通行が思ったのはそれだけだった。

「そしてゴメンなさい。辛いこと、いっぱい言わせちゃって」

スカートを掴む手に力がこもるのがわかる。
更に一方通行は理解が出来ない。軽い混乱に陥っているのが自分でもわかる。

「お前…俺の話聞いてたのか?俺が何したのか、今話したよな、それで何でそうなる?ンなふざけた言葉がどうして出てくる」

優しいなんて言うな。
焦りと苛立ちに、唇を噛みしめる。

「お前は怖くねェのか?お前くらいのガキを頃したって言ってるンだぜ」
「それは怖いですよ。でもえ正直一万人を、っていう話がピンときてないのが本音です。ただ、一方通行さんが言ってることが本当のことなんだっていうのも
何となくわかるんです。だから怖いです。想像も出来ないっていうのが一番怖いです。ただ……それでも私信じていないんです」
「なに?今テメェが言ったことも忘れちまったのか。そいつはァ紛れもねェ事実だ。何だったら“ゴミ捨て場”から骨でも拾ってきてやろうか?」

真横に引き裂いたような笑みを浮かべる一方通行から視線を逸らさず、佐天は困ったような笑みを浮かべる。



「違います。私が信じないのは一方通行さんが悪党だっていうことを、です」


494: 2010/12/28(火) 00:20:39.31 ID:YzNGWyE0


「は ―――― 」

何を言ってるのだこいつは?何を言っている?

「ははは ――― かかかはははは、ははは ―――……」

悪党であることを信じない?俺が悪党ではないだと?

「……お前、本当に馬鹿だなァ……」

コイツは本当に馬鹿なガキだ。当たり前の常識すら知らない。

「お前、ちゃんとわかってンのか?一人だとか二人じゃねェンだ。過失でも、正当防衛でも、偶然でも、事故でも、冤罪でもねェ。
純然たる俺の意思でブチ頃してやってンだぞ?一万もの人間を。砕いて、焼いて、埋めて、轢いて、潰して、裂いて、抉って、切って…
思いつくことをやり尽して、頃してきたンだぞ?そういう奴を世間じゃ『悪党』って呼ぶンだよ」

そうだ、それが当然のことなのだ。
自棄になっているのではない。
自嘲で言ってるのではない。

それは真っ当な『事実』だ。

「そうかもしれません。でも、違うと思います」

まるで子供のダダだ。打ち止めがごねた時のような、どうにもならない苛立ちと困惑に言葉を失いかける。
冗談じゃない。こんなただの、普通の、無能力者のガキに、一体何を自分は乱されているというのだ。


「は、違う?じゃあ、何が違うンだァ?」

「だって……貴方の言ってる昔の貴方と、私の知ってる今の貴方は違うんだもん」

「………はァ?」

今の俺を見て、それで違う?何がだ?昔も今も、俺は俺だ。
コイツは話しを聞いていたのか。この話しは至ってシンプルなのだ。
学園都市最凶の怪物は『最強を目指して、更に強くなる為に一万人もの人間を頃した』それだけのことなのだ。
それに対する答えは『この人頃しの悪魔』という罵声が正しい。
それをわけのわからない屁理屈で。怒りがぐつぐつと湧き立つ。

「じゃあ、今の俺がお前的には悪党じゃないからノープロブレムってかァ?おめでてェなァ」

佐天は、もどかしげに首を振る。

「…ホント、上手く言えないんですけど……一方通行さんは確かに加害者で、罪をいっぱい背負っちゃってるって、それはわかるんです。私にだって。
でも…一方通行さんは悪党だって…私にはどうしても思えないんです」

495: 2010/12/28(火) 00:25:28.16 ID:YzNGWyE0

「………」

「私、あの御坂さんのお姉さんに言われてからずっと考えてたんです。考えて考えて、そんでお風呂でのぼせちゃうくらい考えて。
それでもやっぱりわかんなかった。一方通行さんがどんな気持ちだったのかっていうことが」

そんなもの、自分にだってわからない。
打ち止めに言い当てられた実験における自分の心情。
言い当てられたというぎくりとした焦りと同時に、疑う気持ちもあった。
そんなわけがないだろうと、都合よく解釈するんじゃないと、反発も抱いていた。

自分はそんなに繊細ではない。
自分もまた実験の被害者の一人であるような言い方は止めろ。
自分はそこまで考えて少女達に言葉を投げつけていたわけじゃない。

でなければ、自分は罪から逃れるための逃げ道に縋りついてしまいそうだ。


「だけど、私には一方通行さんの気持ちなんてわかるはずがないんです。だって、一方通行さんにだって私の気持ちなんてわからないでしょ?
んで、開き直っちゃうことにしたんです。わからないなら、そのままでいいやって。見てもいない一方通行さんのことを理解できなくてもいいやって。
ただ、私の知ってる一方通行さんのことを信じればいいやって。だから、信じません。貴方が悪党だって信じきってる貴方を、私は信じません。
私の信じるのは、私の知ってる一方通行さんだけです」


真っ直ぐに向けられる瞳と、拙いくせに迷いの無い言葉に頬を張られたように呆然とする。
学園都市最強のレベル5が、レベル0の無能力者の少女に圧倒されている。
一方通行は、その事実をハッキリと認識する。



496: 2010/12/28(火) 00:26:26.32 ID:YzNGWyE0


真っ直ぐに一方通行の目を見つめながら、佐天はけたたましく打っている自分の鼓動を感じる。
自分の言ってる言葉、言ってる相手、言ってる自分という存在。
全てに大して、何を偉そうに、という冷めた言葉が絶えず生じる。

何を言ってるのよ、私はそんな大した奴じゃない。
頭だって大して良くない。
顔も絶賛するような美人じゃない。
腕力だって並だし、当然運動神経だってそこそこだ。
趣味らしい趣味は無いし、人に誇れるような特技だってない。

そして何より自分には能力が無い。

それでも、それでも此処で引くことは出来ない。

「信じたいものだけを信じてるってことじゃねェかそりゃァよォ。テメェは結局都合のいいところだけを見てるンだろォが。
どんなイメージだか知らねェが、ソイツを俺に押し付けンのは止めろ」

赤い瞳がぎらっと光る。正直怖い。
それが本気で向けてるものとは思わない。殺気なんてものマンガじゃないんだからわかるはずがない。
それでも怖い。路地裏にいるスキルアウトなんて目じゃないくらい怖い。
端整な顔が苛立ちと嘲笑で歪むとこうまで怖いものなのだろうか。

「そんなんじゃないです。ただ信じられるから信じてるだけです」

本当に、それだけだ。何も小難しいことなど無い。
自分が接してきた一方通行に、どうしても自分は『悪』という文字を当てはめることが出来なかった。


「誰だってそうしてることだから。信じれるから信じて、信じられないから信じない。
特別なんかじゃ全然ないんです」

特別。自分には最も似つかわしくない言葉。
自嘲と共にそう思う。
一方通行は、呆気に取られたように赤い瞳を丸くしている。
ウサギみたいだ。場違いな感想が過ぎる。

497: 2010/12/28(火) 00:27:30.90 ID:YzNGWyE0


「………ウゼェンだよ」

唇を噛んだ一方通行が俯く。
苛立ちと共に、途方に暮れた声が絞り出される。

「変にメスガキに懐かれてこっちは苛立ってンだ。その上ごちゃごちゃとわけのわかンねェこと言いやがって……」

ぎしっとソファのスプリングが微かに軋む。
息を呑んだ。一方通行が身を乗り出すように、立ち上がる。
白い手が胸元に伸びると、そのまま襟首を掴まれた。

「痛ッ……」

乱暴に掴み上げられ、思わず声が出る。
一方通行が、嗜虐的な笑みを浮かべると、そのまま視界が反転する。

「あう…ッ」


ぎしっとソファが軋み、目の前に赤い瞳が映る。
視界の隅には天井。

「……ッ」

自分が押し倒されたことにようやく気付く。
目の前、鼻と鼻がぶつかりそうな距離にある白い唇から、小さく息が零れる。
頬を温い身体から零れた吐息が撫でていく。ぞくりと、背筋に奇妙な疼きが走る。
痴漢に遭った時のような嫌悪感ではない。



「血の巡りの悪ィ出来損ないの頭にわからせてやろうか?これ以上わけわかンねェこと抜かすとどうなンのか。
ぶち犯されて、グチャグチャにされて、痛い目っつー痛い目に遭わせらンなきゃあ懲りないタイプみてェだからなァ」


その通りです。そういう馬鹿なタイプなんです。心の中でそっと呟く。
一方通行の手が、胸元に伸びる。身体が一瞬、条件反射のように震える。


498: 2010/12/28(火) 00:28:15.49 ID:YzNGWyE0


「くかかかかか……ようやくらしい反応が出てきたじゃねェか?震えてるぜ?」



当然だ、そんな経験など無いのだから。

怖気づいた身体の蠢きを感じ取ったのか、一方通行の手が一瞬止まり、そしてシャツの胸元を一気に引き裂く。

「イァ……ッ」

外気に曝された肌がぶるっと震える。
年齢に似合わぬ、水色の下着に包まれた胸が一方通行の目の前に曝される。
身を捩り、隠そうとすると、両腕を片手で押さえこまれる。そして空いた手が乱暴に胸をわしづかみにする。

「……ンン……ふ…」

びりびりと痺れが胸から全身に走る。咄嗟に出そうになった声を押し頃す。
舌打ちが耳の側でする。見下ろす一方通行の瞳に、戸惑いと苛立ち。そして後悔が見えた。
一方通行に頬を掴まれる。引き寄せられると、更に彼の瞳が間近にくる。


「気に入らねェなァ……何耐えようとしてンですかァ?そうやって我慢してりゃァ俺が止めるとでも思ってるンですかァ?
目を覚まして、良い人に戻ってくれるなんて……思ってるんだとしたら、哀れ過ぎて可愛いぜェ…?」

「痛ッ!!」

遠慮なく、胸の頂点、突起を一方通行に捻り上げられる。
激痛に声が漏れる。口を押さえようとしても、両腕の自由が利かない。

499: 2010/12/28(火) 00:29:24.75 ID:YzNGWyE0



「んゥッ……ふうぅ……あン……ン……」



リビングには僅かな物音のみが広がる。
スプリングの時折軋む音。
衣がこすれる音。
二人分の息遣い。


そして、自分の喉から漏れる声。

リビングに溶けて行く音が、自分のものだとわかると身体が恥ずかしさで熱くなる。
時間はまだ大して経っていないはずだ。
一方通行の手が胸をまさぐり、彼の吐息が首筋に当たる。
何故か不思議だった。嫌悪感が一向に起こらない。


「ンうゥッ!!」

首筋にチクリとした痛みが走る。
首に元に顔を埋めているのか、視界の端に白い髪に覆われる。
熱い舌が首筋を舐める感触に、甘い声が溢れそうになる。ぐっと唇を噛み締める。
もう何も考えられない。頭の中が真っ白になる。



「……んでだァ……」

一方通行の声に、ぼぅっとしていた頭が現実に引き戻される。
目の前には困惑した彼の顔。不思議だ。

こうして押し倒されて好き勝手されつつある自分よりも、組み敷いているこの人の方がずっと追い詰められた顔をしている。



500: 2010/12/28(火) 00:36:58.15 ID:YzNGWyE0

「なンでだァ…どうして跳ね除けねェ?いい加減目ェ覚めたろ?それとも本当に犯られなきゃあわかンねェのか?
そうまでして痛い目に遭わないきゃ、クソッタレの外道だってわかンねェのか?」
「………わかりません。だってそれウソですもん」
「うそ…?」
「だって……そんなこと……一方通行さんはしませんから」
「……ッ……馬鹿か……テメェ……」


ねぇ、一方通行さん。気付いていますか?
ずっと自分の声が震えているのに。


「……どんなに悪いことをしたからって、それでこれからも悪い人でい続けなきゃ駄目なんですか?」


償うことすら出来ない。変わることすら出来ない。
そんなことあるのか。やり直すことは出来なくても、許されなくても、それでも許されてもいいはずだ。
償おうとすること、変わろうとすること、そう「しよう」とすることだけは許されなければおかしい。



「ったりめぇだろォが……「そんなの嫌です!」……オイ…」


「誰が認めちゃっても一方通行さんが認めちゃっても、私は認めてなんてやりません」


両腕の拘束が緩んだ。
圧し掛かっていた一方通行の身体が離れる。
赤い瞳が、彷徨うように揺れている。
それを追いかけるように、自由になった手は引き寄せられるように目の前に伸びる。
目の前の、途方に暮れた少年の頬に伸びる。

びくりと、今度は彼が震える番だった。




「だって……こんなに泣きそうな顔をしてる人を放っておくなんて出来ません」


ひくりと、一方通行の喉が震える。

501: 2010/12/28(火) 00:38:51.63 ID:YzNGWyE0

佐天の優しく、濡れた瞳を捉える。柔らかく開いた唇が目に着く。
両の頬に触れている手が微かに震えていることに気付く。何を今更。ついさっき、そう言って彼女を言葉で弄んだではないか。
ついさっき?果たしてそうだったのだろうか。本当はもっと前からかもしれない。だとすればいつから?
彼女の様子を思い返す。


―――― 膝の上で組み合わされた小さな女の子らしい手が、ぎゅっと力のこもっていることだけはわかる。 ――――

それが震えを誤魔化す為だったら?


『 ――― それは怖いですよ』

それは冗談ではなく本音だったら?


ぞくりと、身体を、心を、揺さ振るような感触が全身を撫でたような気がした。
彼女は怖いのだ。ずっと、今まで。その上で、自分と向き合っていたのだ。
彼女に向けた言葉を思い出す。

『俺がどんだけお前に      かをなァ』

自分の偽らざる本音。思わず零れ落ちてしまったのは、彼女が珍しく気落ちしていたから。そんな彼女を見ていられなかったから。
彼女の望む言葉の本質を感じ取ってしまったから。そして、今の彼女のあり方こそが、まさに自分が彼女に対して抱いている本質だった。
眩しいと、そう、目が眩むほどに眩しいと感じる彼女の強さ。魅力。本質。
自分の中の何かを掴んで引きずり出していくような気がした。
気付けば一方通行は飛びのくように佐天から距離を置いていた。

これ以上、佐天と一緒にいてはいけない。いてしまえば、自分の決意も何も無くなってしまう。
理解の出来ない感情。結標といるときに時折感じる感情。それよりももっと強い衝動。

一体自分はどうしたというのだろうか。
佐天が胸元を手で抑えながら、見つめてくる。

耐え切れず、一方通行は声をあげた。


「……悪ィ……帰ってくれ……今の俺は、わけが…もう、ワケがわからねェ…ンだ」


縋るように、請うように、学園都市最凶の怪物などという冠がウソのような、それはただの途方に暮れた少年の言葉だった。

502: 2010/12/28(火) 00:40:34.29 ID:YzNGWyE0

押し付けられるように渡されたコートは明らかに男もののレザーコートだった。
しかし、それに対して何かを言う雰囲気ではなかった。


自己嫌悪が佐天の中にある。

正直、あのまま彼にすべてを捧げてしまっても良いとさえ思った。
軽率かもしれないが、あの瞬間、自分は確かにそう感じていた。

自分はただ素直に、正直に、感情のままに行動した。

押し倒されたときは怖かった。
自分で触るのとは全く違う感覚に戸惑った。
自分が何を言い出すのか、自分でも抑制が利かなかった。
ただ、嘘だけは吐きたくなかった。彼にだけは。自分の痛みを隠さずに語ってくれた彼に応えるために。
けれども、それが一方通行を追い詰めてしまったのだろうか。
縋るように、請うように、願うように、頼むように。
最後に彼が吐き出した言葉は、それまでの嘲りの言葉よりも胸を突いた。

自分の何が彼を追い詰めてしまったのだろうか。
一体何が足りないのだろうか。
やはり想いだけではいけないのだろうか。


503: 2010/12/28(火) 00:41:21.12 ID:YzNGWyE0

「おぉ、可愛いじゃん。どうしたんだい?そんなにしょげちゃってよ。彼氏にでもフラれたのかい?」


頬が強張る。夜遅いというほどの時間でもないのに、既にこの手のナンパが来た。
学園都市では珍しくは無いが、この時間であれば風紀委員の目を嫌う者が多い。
ちらりと声の方を振り向くと、高校生くらいの男が立っていた。背は高く、長い髪は茶色。
ジャケットに、コートを簡単に羽織っているだけなのに、様になるのはスタイルのおかげだろう。


「い、いえ、そんなのじゃないんです。じゃあ…」

それだけ言うと、足早に立ち去ろうとする。
この時間であれば、一人に固執するよりも即座にターゲットを切り替える人の方が多い。

「まぁまぁ、待っててば。つれねーじゃんか」

しつこいな、と苛立ちを押し頃す。男の姿を改めてみると、そこらにいるチンピラとは比べられないほどに整った顔の男だった。
顔立ちは一方通行と同等に恐ろしく整っている反面、一方通行とは全くその種類が異なる。
彼の人を寄せ付けない、中性的、浮世離れした顔とは異なり、良く言えばわかりやすい、悪く言えば俗っぽい美形だった。

「あれ?泣いた跡があるぜ?もしかしてさっきのフラレたっていうの図星だったりする?」

「あ、あの私急いでるんです…だから…」

「そっけないね~彼氏にフラレたっての図星だったわけ?いやぁ…それとも ――――― 」

男がくすりと笑った気配がした。


「一方通行にフラレたのかな?」


504: 2010/12/28(火) 00:46:41.00 ID:YzNGWyE0



佐天がいなくなった後の部屋。

一方通行は椅子に座ったまま、虚空を睨んでいた。

ライトは付けず、月明かりだけが薄い靄程度の明度をリビングにもたらす。
蕩けるような輪郭のみの闇の中、一方通行は己の胸の鼓動に耳を傾けていた。
一体、あの感覚は何だろうか。
佐天や結標、時に番外個体にまで抱くもの。
それに翻弄されているのはわかる。
そして、それに翻弄されたまま、佐天涙子に自分を曝すことが恐ろしかった。
自分で自分がわからなくなってしまうような。
自分の中の大きなうねりに自分自身が飲み込まれてしまうような不安。

視線が何気なくテーブルの上に留まる。
湯気を立てる珈琲の側に乱暴に投げ出された黒いエプロン。

それを手に取り、抱きしめる。
甘い、柑橘類の香り。
ヘアフレグランスだけではない、佐天自身の香りが染み付いていた。
ほんの数時間前のことが過ぎる。押し倒した彼女から香る芳香。眩暈がした。
溺れてしまいそうな、恐ろしく染み込むような甘い匂いだった。

思い出すだけで、身体の芯が熱くなる。


「クソ……ッ」


ガシガシと頭を掻き毟る。苛立ちともどかしさが混ざり合う。
まったく自分らしくないことばかりだ。
一体何なのだろうか。何か自分はしたのだろうか。
どうして自分がこんなわけのわからない感情に翻弄されなければならないのだ。

そうして、肝心の決断も下せずに、突き放すことも、抱え込むことも出来ずに、無様にこの有様だ。


505: 2010/12/28(火) 00:51:45.19 ID:YzNGWyE0
静寂を突然破ったのは、一方通行の携帯であった。
煩わしさを抱きつつも、手に取ると表示に目を見開く。


『サテン』


おそるおそる取る。一体何を話そうか、話すべきか。
頭の中が目まぐるしく回転を始める。
覚悟を決め通話ボタンを押す。


『さっさと出ろよな~ったく、相変わらずムカつく野郎だなぁ第一位』


時間が止まった。


「…おま…え」

『なんだぁ?その反応は。電話越しとはいえ、折角の再会だっていうのによ』

何故コイツが出ている?

『それとも、第一位様は格下のことなんざ瞬間的に記憶から消え去るのかね~』

何故コイツがサテンの電話に出ている?

『つれねぇ~よなぁ』

何故コイツが……

『折角地獄から戻ってきてやったっていうのによ、なぁ一方通行?』
   
   ……生きている?

『涙子ちゃんにもそんなふうにつれなくしてたんだろ~?』

「!?お前……アイツに……」

『そんなんだから簡単に攫われちまうんだよぉ~』


「アイツに何をしたァ……ッ!」



『イイ声じゃねぇかよぉぉ、なぁぁおい、一方通行ァァァァァァーーー!!!』

「垣根ェェェェェェェェーーーーーーーーーーー!!!」

530: 2010/12/29(水) 01:05:21.31 ID:TW5Selw0



アレイスターへの直接交渉権などどうでも良かった。
それよりも、自分を消滅へと追い込んだ男が重要であった。
常に自分の上に立ち、そして追いついたと錯覚した瞬間に、更なる領域を見せつけ自分を一蹴した男。
ただ、自分がただの踏み台としての価値しか持たせて貰えなかった男。
その男との決着が、飢えと、餓えになって自分を駆り立てた。
強迫観念にも似た思いで、一方通行を探し当て、そして、今夜彼と戦う場を垣根帝督は用意した。

野晒しの朽ち果てたステージにお粗末な設備。
書き殴りの推敲無しの脚本。
監督もいなければ、演出もいない。
観客もいなければ、利益にもならない。
台詞とアクションの大半は役者のアドリブ任せ。
舞台としては最低だ。
しかし、それで垣根は良かった。

重要なのは主演。

自分と一方通行。

この二人が揃えばそれで良い。
それで良いのだと、垣根は月を見上げていた。



531: 2010/12/29(水) 01:05:48.02 ID:TW5Selw0

こみ上げる怒りを排出するように、深々と白い息を吐きながら一方通行は空を見上げる。
時刻は日付を跨いだばかり、空を見上げれば月が見事な真円を描いている。
真っ黒な天井に空いた穴のようだ。佐天を送っていったある日もこんな月だった。
まるで穴のようだと思っていたら心を読んだかのように佐天が言った。

『お月様を見て穴だと思う人は不安な人なんだって私なんかで読んだんですよ』


「くっだらねェ……」


月のすぐ下には歪なビルが一棟。
他にそのビルに見合う高さの建物が無いせいか、やたらと目を引く。
どうにも目の前のビルに一方通行は違和感を禁じえない。
そもそもこの一帯でまともに形を残しているビルは限られている。
今にも月を貫こうと待ち構えているようにその一棟はやたらと目を引いた。
それを差し引いても、ちくりとした違和感があった。
GPSに目をやりながら、こんなビルがあっただろうかと、思いかけて思考を閉じる。
どうでもいいことに思考を費やしている暇など無い。余裕も無い。

結局土御門の言っていた通りになった。
巻き込んで、そして、まんまと攫われてしまった。
さっさと手放してれば良かったのだ。突っぱねて、少しくらい傷つけてでもこんな下衆から引き離してやればよかった。
きっとそうすれば今頃は温かい寝床に就いて、穏やかに眠っていたはずだ。


しかし、後悔は後でいい。


離れるのも後でいい。


今は真っ先にすべきことがある。


視線をそのままゆっくりと地上に下ろしていくと、一瞬、視界がぼやける。
うんざりとするその光景に煩わしさを吐き捨てるように舌打ちをする。
身体の感覚を麻痺させてしまうようなこちらの寒さとは無縁の熱気でむせ返ってしまいそうだ。
人の醸し出す音の重なり。寄り集まった肉の放つ熱。無数の息遣いが溶け合う空気。


「よくもまァ……こンなにカスを集めたもンだなァ……何だか見かけたツラばかりじゃあねェかァ?」


532: 2010/12/29(水) 01:07:00.42 ID:TW5Selw0

けけけけと、唇を釣り上げて笑う。
初めて発した声に、目の前の集団がもぞりと身動ぎしたのがわかる。
怯えと、反発、憎悪と怒り。
各々が抱く感情が一方通行の声ひとつに反応するように震えたのだ。
その一種の連帯感、統一感は集団というよりも群体だろうか。
ジャケットに伸ばしかけた手を首にあてる。
ざらっと確認した人数が四桁に近いと判断すると共に、行動を変える。

グダグダやっている時間は無い。

内心の焦りを、不敵な笑みに切り替え、一方通行はありったけの悪意を込めて嗤う。

チョーカーのスイッチに指を掛ける。


「オイ、一方通行よ。そんな余裕ぶってていいのか?この人数相手によ」
「ああァ?」

集団の一角から声がする。震えを隠しきれていないお粗末さに怒りよりも呆れる。
震える声に虚勢を織り交ぜた声が、無理矢理笑い声を上げる。


「知ってるんだぜ?お前能力に制限が掛かってるんだって。すっかり弱くなっちまってんだろう?」
「そんなザマで俺らを相手に出来るのかよ」
「垣根さんだってこっちにやいるんだぜ?」


嘲笑しているつもりなのだろうが、生憎と一方通行には下手糞な役者の棒読み台詞にしか聞こえない。
最低最悪、ある意味では清々しいほどのやられ役台詞に、一方通行の唇が捲れるような笑みを形作る。


「オイオイ、集めに集めたりって感じだなァ。厳選されたカスばかりじゃねェかよ。くくく…かかかかか。
クソばかり集めたクソ山のカリスマにでもなるつもりですかァァ…?クソメルヘン野郎がァァ」


533: 2010/12/29(水) 01:10:00.93 ID:TW5Selw0
邪悪な笑み、敵意と愚弄で塗り固めたせせら笑い。
少年からもたらされる空気の変化に気付いたのは集団の前面に立つ者達。
学園都市の夜を這いずり回る彼らが持ちえるスキルが後ずさらせる。能力も持たない、誇りも持たない、生き甲斐も持たない。
そんな彼らが、夜の学園都市を這いずり回る上で必須のスキル、それは強者と弱者の嗅ぎ分け。
その嗅覚が数において圧倒的に優位に立つ彼らの足を前にではなく、後ろに下がらせた。
自分達を捻り潰せる怪物の匂いにようやく気付いたのだ。
そして、恐怖は伝播する。
数百人という肉の塊とも呼べる集団に、じわじわと浸透していく感情。
後悔、恐怖、失望、諦観、自棄、反発、屈辱。
一方通行はそれらの感情の波紋が広がり、異なる波紋同士がぶつかっていくのを鋭くキャッチする。
チョーカーに掛けた指を滑らせる。

かちり。

渇いた音が、彼らの意識を一瞬、たった一人の少年に向けさせることになった。
数百もの人間が、一斉に息を呑む気配が闇空の下に声無きどよめきとなって広がる。
華奢な少年が、学園都市の闇を食い散らかす怪物に切り替わった瞬間を目にしたからだ。

「気が向いたら殺さないでおいてやるかもしれねェが……あんまり期待はすンじゃねェぞ?」
穴のような月を一度だけ見上げると、一方通行がカパリと嗤う。



歪なビルの最上階。ガラスがくり抜かれた窓枠に腰掛け、下で繰り広げられている光景に目をやる。
「お~お~、相変わらず強ェ~強ェ~。っていうか、あの野郎明らかに前より強くなってるだろうが」
いや、能力の使い方が上手くなってんのか、純粋に興味津々に呟く。
垣根帝督は楽しそうに声を上げ見下ろす。
まるでスポーツの試合を最前列で観戦しているような無邪気な声に、佐天涙子は困惑する。
佐天の困惑を感じ取ったのか、垣根がふっと視線を佐天に移す。
垣根はまるでクラスの悪ガキがからかう気安さで佐天をニヤニヤと見つめる。

「涙子ちゃんも見てみるかい?あの白モヤシ、すっげー必氏な顔で雑魚ども蹴散らしてやがる。マジ受けるなぁ」
「どうしてこんなことするんですか?」
佐天は腕を動かそうとするが、手錠に繋がれた腕は鎖の音を悪戯に立てるだけ。
もどかしさと悔しさに俯きそうになる。垣根の視線は既にビルの下へと向いていた。
佐天からは見えないが、破壊音と、悲鳴、爆発音まで聞こえてくる。
まるで戦争でもしているのだろうかという程に。

「こんなことってのは涙子ちゃんを攫っちゃったことかい?
それとも、あのクソ野郎に喧嘩吹っ掛けちゃってることかい?」
おお、スゲェ吹っ飛んでらぁ、と子供のように歓声を上げている垣根に、佐天は怒りも露わに目尻を釣り上げる。

「どっちもです!!」

534: 2010/12/29(水) 01:11:00.09 ID:TW5Selw0

「怒るなって。可愛い顔が台無しじゃねぇか。だってよ、仕方が無いだろう?」

窓枠から腰を上げると、垣根は身体を伸ばす。
まるで柔軟体操をするように肩をまわしながら、ダルそうに佐天に近づく。

「俺はさ、あの野郎に借りがあるんだよ。有体に言えば敵討ちっていうの?」
その言葉が示す先に、佐天はひとつの心当たりにぶつかる。
「敵討ち……一方通行さんがしていた実験っていう……」

驚きと共に垣根を見上げた佐天であったが、佐天の予想とは裏腹に垣根は感心したようにへぇと声を漏らす。
思いも寄らぬことを言われたと言うように。
垣根の表情に、それまで大してなかった興味のようなものが生じる。

「あのガリガリ君、そんなことまでお前に話してるのか?餌程度に連れて来たけど思いの外VIPみたいだなぁ」


そう言って佐天の黒髪の一房に触れる。
さらさらとした手触りを堪能するように指先で弄ぶ。
佐天が、嫌悪を剥き出しにして首を振る。指先から零れる黒髪を、残念そうに見遣ってから垣根はますます楽しそうな笑みを深める。

「可愛いねぇ。如何にも穢れてねぇ感じがして。あのモヤシ野郎わかりやすい趣味してんなぁ。
俺はもう少しビクビクしてくる子がタイプだけどさぁ。アイツは勝気なのが好きなんかねぇ」


くすくすと笑い声が、廃墟のように人気のないビルに低く響く。


「まぁ、いいさ。こちとらアイツをぶち殺せればそれでいいわけだし?教えてやるよ。俺の言う敵討ちってのは俺のだ。
俺を頃した敵討ちをしようって思ってるんだよ。リベンジだな」

「は…?」


意味がわからないと、佐天が間の抜けた声を上げる。
イチイチ素直な反応をしてくる彼女が面白いのか、垣根が噴出す。

「はははははッ!そうそう、そうだよな、そういう反応になるよな、普通はよぉ。その反応、わかるぜ?マジで。
俺だってきっと思うだろうさ。テメェ何沸いたこと言ってやがるんだってなるよなぁ。ははははは!!」


壊れたように笑い始める垣根に、佐天は怯えるように眉を顰める。
異常な無邪気さと、テンションの高さ、何も危害を加えられてもいないというのに、佐天は目の前の男に恐れを抱く。
笑顔にこそ狂気が映し出されるという。また、笑顔には威嚇の意味もあると聞いたことがある。
それは、目の前の男を見ていると納得がいく。
ひとしきり笑ってから、片眉を吊り上げながら垣根は唇を歪める。

535: 2010/12/29(水) 01:13:51.57 ID:TW5Selw0

「けどよ、本当なんだぜ?俺はアイツにズッダズダにされてぶち殺された。いやぁ、それよかヒデェな。
脳だけにされちまってわけのわかんねぇ実験に使われてたんだからよぉ…ま、こうして生き返れたわけなんだがな」
「それでお返しっていうわけですか?第二位が第一位に勝つには人手を集めて人質まで取らなきゃ無理なんですね」

佐天の瞳が真っ直ぐに垣根を見上げる。垣根の浮かべていた薄ら笑いが消える。瞳に危険なものが浮かんでいることに気付きながら、佐天は睨むことを止めない。

「……言うじゃねぇか」

重く押し頃した声は、それだけでも失神してしまいそうな程の圧迫感を与えてくる。
背中に冷たい汗が流れるのを無視して、佐天は言葉を続ける。

「でも、あの人は負けませんから。子分集めなきゃ戦えない人なんかには、絶対」
「いいねぇ…命知らずっていうか、好きな男を信じきってる女っていうのは可愛いなぁ……けどさ」

がつんと鈍い音と共に、垣根の足が佐天の肩を無造作に蹴り飛ばす。
床に転がる佐天の背を固い革靴が容赦なく落とされる。
ぎりっと踏みつけた背を捻る様に更に踏みつける。
「ッ…はッ」
塊のような息が漏れる。
痛みと苦しさに佐天の目尻に涙が浮かぶ。それを苛立ち混じりの笑みで垣根が見下ろす。


「もうちょっと女の子は静かな方がいいぜ?やかましい女は嫌われやすいからよ。特に立場弁えてねぇ女は ―――― 」

言いかけた瞬間、今までよりも遥かに凄まじい破壊音が垣根の耳に飛び込む。
驚愕よりも、喜びの笑みが垣根の唇をきゅっと曲げる。
佐天は、痛みを堪えながら音の方へと視線をゆっくりと向ける。
涙で滲む視界には息を呑む光景。

闇にひっそりと浮かぶ華奢なライン。
月明かりを背に、銀色に輝かせた髪。
影になっている顔の中で、炎を閉じ込めたような赤い瞳が鮮やかに輝いている。


「ずゥゥいぶんわかりやすい小悪党してんじゃねェかよォォ、垣根ェェェ………」

536: 2010/12/29(水) 01:15:24.82 ID:TW5Selw0

怒りと、憎悪と、苛立ちと、敵意と、殺意と、嫌悪を存分に秘めた声が夜の気配に溶けて行く。
声は低く、決して大きくは無いというのに、その声はどこまでも通っていくように、部屋の隅々にまで届く。
垣根の頬をぴりぴりとした細かな痛みが走る。まるで小さな針で顔を撫でられているような圧迫感。
「唐突にしゃしゃってきた悪役ってのはよォォ相場が決まってンだよ。小物かかませ犬かってなァァ……テメェの場合は両方か」
「オイオイ、随分じゃねぇか。まずは『情けないカス野郎の僕が調子に乗ってぶち頃してしまってどうもすみませんでした、カッコいい垣根様』って謝るのが先だろう?
学校で習わなかったのかよ第一位。悪いことをしたらまずは謝りなさいってな。常識だぜ?」
「常識?まさかテメェの口からそンな言葉が聞けるたァな。一度氏んでちょっとばかりマシになったンじゃねェのかァ?クソメルヘン」
「じゃあ、お礼に今度は俺がお前をまともにしてやるよ。生き返る保証はねぇけどな」

くくくと、垣根は歪な笑みを浮かべる。
この語らいすら楽しくてならないようだ。
一方通行は鼻で笑う。

「安心しろ、こっから先は一方通行だ。テメェは黙って元いた場所に帰ンだな。まぁ……」

ちらりと、一方通行の視線が佐天に向けられる。
垣根に踏みつけられた少女の姿に、一方通行の目尻が微かに震える。
「……どの道テメェにの行く道はひとつだがなァ」
「何だ?もしかして、お前そうとう怒ってる?コイツを……」
佐天の背中を踏みつけた足を一度引き上げる。
「こうしたのをよ!!」
そして、勢いを付けてもう一度佐天の背に足を踏み下ろす。

「ッ!?」

垣根の靴底が剥き出しのコンクリートを踏みつける。僅かに見開いた目を、ゆっくりとめぐらせる。

「なんだよ…随分様になってるじゃねぇの、王子様役が。随分と人相の悪い王子様だけどな。ええ?一方通行」

537: 2010/12/29(水) 01:17:52.89 ID:TW5Selw0
一方通行は瞬間的に足元のベクトルを操作し、佐天を引き寄せた。
佐天を胸に抱き上げ、紅の光芒が真っ直ぐに垣根を射抜く。
抱き上げられた佐天には何が起きたのか理解出来ていない。ただ、ひとつわかるのは、彼が自分の為に怒りを露わにしているということ。
不安と恐怖と、痛みから解放された反動のように、佐天は弱々しく一方通行の胸元の裾をぎゅっと握り締める。

「一方通行さん…」

自分の腕の中で、目尻に涙を浮かべ見上げてくる佐天の姿に、場違いな愛しさを覚える。
自分を純粋に頼るその姿に、いじらしさを抱く。しかし、すぐに一方通行は彼女の手が小刻みに震えていることに気付く。
当たり前だ。まだ14歳になったばかりの、何も裏のことを知らない少女が、このような目に遭わされれば平気なはずがない。
そして、その大半が自分の責任だ。自分が彼女に災いを招いたのだ。
唇を血が出そうな程に強く噛み締める。
垣根への殺意以上に、不甲斐無い自分自身への憎悪が湧き上がる。
自分はいつもそうだ。
一歩間に合わない。一歩届かない。一歩足りない。一歩遅れる。

“アイツ”のようには出来ない…


「安心しろ…お前は無事に此処から帰してやる……」

しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。

「あのクソ野郎をぶち頃してなァ…」

これが最後だとしても、この少女だけは守る。

「だから、もう少しだけ待っててくれ…」

絶対に。

「ハイ」
「ハッ…いい子だ…」

力強く頷く佐天の頭をくしゃりと撫でる。
あの夜のように。無造作に、少し乱暴で、そしてとびきり優しく。

538: 2010/12/29(水) 01:18:57.00 ID:TW5Selw0
頬を染めながら見上げた佐天は、表情を凍りつかせた。
一方通行の顔が、硬く、悲壮な色を浮かべていたのだ。


「あ ―――…」


佐天はその手を思わず取ろうとして ―――― 届かずに空を切った。

空を切った手は差し伸ばしたまま、彼女の目の前には、決然と立つ一方通行の背中。

その背中が遠いと、佐天は伸ばした手を胸に抱きながら呟いた。





「ラブシーンはもういいのか?何だったらキスシーンくらいは待ってやってもいいんだぜ?」

「ぎゃははは、無理すンなよ童O野郎には刺激が強すぎンだろォが」

「チッ…折角お姫様との今生の別れを気遣ってやったっていうのによ。クソッタレな王子様だな。それとも勇者様か?」

「で、テメェはさしずめ唐突に復活してぶち殺される魔王サマってかァ?三文芝居だなァ垣根ェェ」



「じゃあ、一捻り加えてバッドエンドなんてどうだ?勇者様はゴミクズのように殺されて哀れなお姫様は魔王様の生贄にされました。ってなぁ
それだったら、ちったぁ観客も楽しめると思わねェか?なぁ……」

垣根の背から、仄かに発光する白い翼が出現する。
この世ならざる力を生み出す、美しくも禍々しい翼。


「真逆の結末を用意すりゃァ斬新ってかァ?ハンッ!チンケな芝居だったらせめて王道で締めるのがスジってモンだろォが。
下らねェクソ以下の魔王クンは、惨めッたらしくぶち殺されて地獄に舞い戻りました。ザマァ見やがれってなりゃァ少しは見れるだろォが、そう思うだろう…」

チョーカーのスイッチを入れ替える。
シニカルな笑みを浮かべた少年から、残虐な笑みを湛えた悪魔へと切り替わる。

「「テメェも!!!」」

539: 2010/12/29(水) 01:20:53.75 ID:TW5Selw0

まるでゲームのようだ。不謹慎なのを承知でそう思ってしまう。
羽を生やした男と、白い髪の少年がぶつかる度に建物全体がゆすぶられているような。
レベル5の力を目の当たりにしたのは初めてではない。
御坂のレールガンを見た時の衝撃は未だに色あせることがない。
しかし、この目の前の戦いは一体何なのだろうか。
御坂のように、電気というある意味わかりやすいものではない、もっと概念から異なるような。
能力の無い佐天には、言葉に説明することができない。
いや、言葉を失う世界という方が正しい。

彼女の目の前には華奢な背中。
彼女のよく知る背中。
彼女の為に珈琲を淹れてくれるあの背中である。
佐天はそれが嘘のようだと思った。
あの頼りなく、儚い背中が、抱きしめたいといつも思っていた背中が今は酷く遠い。



弾丸のように、ブーメランのように、あるいは流星のように、撃ち出される羽を一つ一つ、一方通行は読みとる。
目視するのでは間に合わない。事前にAIM拡散領域から伝わる波長をベクトル変換しているのだ。
眼前に迫る淡く発光する翼が爆ぜる。
即座に反射を働かせるが、読み切っているのか、垣根は苦もなく背に負った白い翼を振るう。
撫でるように振るうだけでえ、反射した爆発はすべて霧散する。
垣根が翼を振るう。一方通行が反射する。
反射した光はすべて垣根に向かい、それはたやすく散らされる。
一方通行のベクトル操作をすり抜ける物質を垣根の未元物質が創製する。
一方通行が即座にその物質を解析し、反射の枠内に捻り込む。

創製
反射
創製
反射
創製
反射

激しく明滅するなか、酷く単純な攻防の中に組み込まれた非常に複雑な攻撃手段の応酬。
互いに演算を駆使して、相手の先手を取るべく動く。
垣根が光の未元物質に紛れて別質の物質を織り交ぜれば、一方通行がそれを解析する。
解析とはいえ、それは即座に特定するわけではない。
垣根が作り出す未元物質をピンポイントでベクトル設定することは不可能である。
故に、一方通行はそれらを可能性の一つとして読む。それらを含んだパターンを用意し、ベクトルに織り込む。
垣根は、一方通行が取り得るだろうベクトルの軌道を、その速度を、そして対象を読み取る。

540: 2010/12/29(水) 01:21:56.36 ID:TW5Selw0
垣根は一方通行の先を読み。

一方通行は垣根の先の先を読む。

垣根は即座にその更に先を幾通りも読み。

一方通行はそこから派生する幾十通りも先を読む。

学園都市の頂点に立つ両者は、不敵な笑みのまま.

常に脳の中に幾億通りもの演算を組立て、訂正し、補強し、消去し、変更し、追加し、組合わせ、省略し、最適化していく。

しかし、拮抗する演算能力とは裏腹に、二人の立場は互角ではなかった。
垣根と一方通行の戦い、それはかつて学園都市のど真ん中で繰り広げられた時とは異なり、ビルの屋内、それも一つのフロア内という非常に限定された空間で行われていた。

「一方通行ァァァ!!能力の使い方に磨きが掛かってやがるなぁぁ!!」
「そういうテメェは鈍ったンじゃねェのかァ垣根ェェ」

上下、左右から風、光、熱、炎に混ぜ込まれた未元物質を、羽ごと弾き飛ばす。

「それにしてもマジでお前あの一方通行なのかよ?よくやるなぁ、そんなお荷物背負ってよ」


一方通行の背後の佐天に嘲りの目を向ける。
佐天の身体がびくりと震える。一方通行の脇をすり抜けるように、白銀の羽が佐天の目の前にするりと滑り込む。

「チッ…!!」

一歩踏み出すと同時に、弾丸のように佐天の前に踊り出た一方通行は乱暴に腕を振る。
目障りな蠅を追い払うように振るうと、未元物質が煌めきを放ちながら散る。


ひゅうっと垣根が嬉しそうに口笛を吹く。
佐天は、背中越しに覗く一方通行の額から一筋、汗が伝うのを見る。
そう、二人の立場は決して互角ではなかった。
佐天をかばいながら戦う一方通行。
自由に力を振るう垣根。
それだけではない、佐天をかばう為に、一方通行は垣根に割く以外にも演算を使い続けていた。
未元物質から、それがはぜる際の余波、失明しかねないほどの閃光。
電磁波、熱線、振動、音波、それらから守り、
反射した物質が佐天に向かぬように調整する。
破壊の爪痕が広がる中、切り取ったように、佐天の周囲だけが綺麗なままでいることが何よりもの証拠。
一方通行の表情に初めて焦りが浮かんだ。
佐天を守り抜いたものの、今初めて彼女へ未元物質の接近を許したのだ。
それは即ち、彼の演算が垣根の演算に追いつかなくなってきたということ。押され始めたことを意味する。


541: 2010/12/29(水) 01:23:53.42 ID:TW5Selw0

「おいおい、危ねぇんじゃねぇの?涙子ちゃんに危うく当たっちまうところだったぞ?もっと気張れよ第一位」

「ハッ……テメェがあんまりスットロイから眠りそうになってたンだよカス。生き返り立てて垣根クンは調子が出てないンじゃねェのかァ?」

右腕を奮い、破片を更に細分化。瓦礫に含まれた釘、鉄骨を圧縮。
ベクトル操作によって粉塵と共に射出する。パチンコ玉サイズの音速の弾丸は、正確な精度と殺傷性をもって垣根に向かう。
しかし、垣根は翼でもって繭のように己の身を多い容易く防いでいく。

「さっきから随分とダラダラした攻撃してくれやがって…テメェから売ってきた喧嘩だろォがよォ!」

翼の隙間から、垣根吊り上った唇が覗き、一方通行の苛立ちを加速させる。
苛立ちというよりは焦りだろうか。一方通行は焦りに歪む表情を無理矢理挑発の笑みに変える。
ちんたらするなと、つまらないぞと。お前の力はこの程度なのかと、この雑魚野郎がと。
嘗てのように、傲慢と攻撃性を剥き出しにして来い。強く思う。
そうやって来たところで至近距離からあの目障りな翼をブチ折ってやる。
血液を逆流させてやる。
心臓を抉り出して熟れきったトマトのように握りつぶしてやる。
あの子を傷つけた氏に損ないを完膚なきまでに叩き潰してやる。
殺意と共に、嘲笑を垣根に向ける。
しかし、垣根は涼しい顔で薄っすらと笑みを浮かべている。

「なに焦ってるんだよ。お前はあれか?遠足が楽しみで眠れないガキだったりしたか?もっと楽しめよ。
知ってるんだぜ?アレイスターの野郎はもう居ないんだろう?お前が…お前たちがやったんだろ?」

だから楽しめと垣根は謳う。邪魔する者はいないぞと。

「つーかよぉ。お前何でそんな能力も無いガキ相手にマジになってるわけ?夢でも見ちまったのかよ?
そいつらに関わってれば自分も表の人間になれるんじゃねぇのかって。普通のガキに戻れるんじゃねぇのかって。
だったら諦めろ。一万もの人間を頃した奴は普通じゃねぇ。異常だって言うんだ。
黒い翼なんぞ出して人を粉々にしちまう奴を何て呼ぶか知ってるか?バケモノって言うんだぜ?」

「今更何わかりきったこと言ってやがるンですかァ?そンなモンで今更揺るぐとかおめでたいことでも考えてンのかァ?
だったらカス過ぎるぜお前。頭の中にまで羽生えちまってるンじゃねェのかよ」

「だったら使ったらどうだよ?お得意の黒翼ってヤツを。それで俺を瞬頃してみたらどうだよ」

垣根の翼を弾いた一方通行の頬が引きつった。
それはほんの一瞬の変化。それを、しかし、見逃す垣根ではない。
垣根は狙い通りと言いたげに忍び笑いを漏らす。
一方通行は黒翼を使えない。否、使わない。それを見越しての攻防だった。
そして、垣根のもうひとつの予想も的中する。

542: 2010/12/29(水) 01:25:39.49 ID:TW5Selw0

「一方通行さんッ!!」


悲痛な佐天の叫び。一方通行の膝から下が崩れ落ちる。
一方通行のわき腹に焼き切れた傷口が刻まれていた。
肉の焦げる匂いが鼻を突く。しかし、不快感を催すはずのその匂いが、垣根に実感をもたらす。

勝利の実感を。


佐天が己の身も省みずに一方通行に駆け寄った。
崩れ落ちる身体を支えながら、傷口に目をやり、佐天の顔が歪む。
コルクを抜いたようにすっぽりと引き抜かれた傷口が、見ているだけで苦痛をもたらす。
何で来たんだと、言おうとして、一方通行の口からは赤黒い塊が零れる。
血の塊が佐天の制服を汚していく。
互いの先の世界を読み合い続ける両者の攻防は拮抗していた。
しかし、とうとう此処にいたりそれは完全に崩れることになった。
苦悶の呻きを上げて膝を突く一方通行。
涙を浮かべながら一方通行を支える佐天。
二人を見下ろす形になった垣根は、ひとつ深く息を吐くと、その背の翼を折り畳むように消す。

垣根の心は達成感で余すところ無く満たされていたわけではない。
こんな形の決着など望んではいなかった。本音を言えば、それが垣根の正直な気持ちだ。
人質を取り、挑発を繰り返した挙句にようやく捥ぎ取った勝利。
そう、垣根は決して楽勝だったわけではない。寧ろ、それは辛勝と呼べる。
何故なら、彼もまた一方通行と同様に余裕が無かったからだ。

『生き返り立てて垣根クンは調子が出てないンじゃねェのかァ?』

奇しくも、一方通行の放った挑発は、核心を突いていた。
それゆえに、垣根は焦った。
そう、焦っていたのは垣根の方にも言えるのだ。
培養機から抜け出したのが、10日前。
三等分されていた脳の復元と、クローニングされた肉体への定着。
本来ならば調整をしながら徐々に慣らすべきであった肉体を引きずり、騙し騙し使っていたのだ。
無理な演算のせいで、耳の裏から脳髄へと突き刺さるような痛みがじくじくと苛む。
この10日悩まされ続けていた鈍痛は、能力を使う度に酷くなる。
それでも、垣根はこの戦いを止めるわけにはいかなかった。
自分の全てを賭けて、勝ちたかった。
その為に些細な美学もつまらないプライドも捨てた。
そして、一方通行の弱点を突くべく、下らない、自分の美学に反するものを用意した。
数百人のスキルアウトを用意し、人質を用意し、このビルを用意した。全ては一方通行を下すために。

チョーカーのバッテリーを消耗させ、一方通行の集中力を乱し、そして ―――― 最後の最後のこの不意討ちを成功させる為に。

543: 2010/12/29(水) 01:27:26.76 ID:TW5Selw0

「……そォか……このビル…どォにもおかしいと思ったが……」
「ようやく察してくれたかよ」

佐天に支えられながら立ち上がろうとする一方通行の腹に垣根の硬い靴のつま先が突き刺さる。
軽い身体は容易く倒れ、転がる。

「一方通行さんッ!!」
「邪魔だからちょっとどいてろ」
腹を押さえて呻く一方通行に駆け寄ろうとする佐天の髪を掴み上げ、脇へと追いやる。
短い悲鳴を上げ倒れこむ佐天を一瞥し、垣根は一方通行にゆっくりと近づく。
ゆっくりと歩くだけが精一杯だった。
頭痛は限界へと近づきつつあり、歯を食いしばることで立っていられた。

「お察しの通り。このビルは俺が作った。少しずつテメェの認識を狂わすようにっていう仕込みだ。
テメェほどのヤツのパーソナルリアリティを崩すのは心理掌握クラスでも容易じゃねぇ。けどよ、ちくちく積み重ねることは出来る。
壁紙の色、微かな塗料の匂い、僅かな震動、そして断続的な騒音。それらで人間なんてもんは簡単に壊れちまう」
「…か、は…だ ―― ら、あンな…チンケな攻撃ばかりシコシコしてたってかァ?ご苦労だったなァ…褒めてやるよシコ根クンよォ」
「ありがとうよ」

靴の裏で一方通行の顔を蹴る。白い頬に、赤い擦り傷が走る。
尚も起き上がろうとする白い頭を踏みつけ捻る。

「でもよォ。正直黒い翼を出さないかは賭けだったよ。せっかくバッテリー切れ狙っても、テメェが自棄になっちまえばお仕舞いだからな。
そういう意味じゃあ、この勝利のMVPは涙子ちゃんかな」

「え…?」

短くも、驚愕の声が佐天から零れる。
一方通行の元へ駆け寄ろうと、立ち上がりかけていた少女の動きが止まる。
垣根に踏みつけられながら、一方通行は何も答えない。それを愉快げに見下ろすと、垣根はフンと嗤う。

「何度か黒翼出そうとしてただろ?わかってるぜ。お前がその度にこの女を巻き込むことにビビッて引っ込めてたってな。
とんだ寸止め野郎だ。その挙句バッテリー切れになる前に、自滅してるんだからな」

「………」

それは紛れもない図星だった。
黒翼を制御する自信が一方通行には無かった。
正確には、狭い範囲で回りに被害を及ばないように精密操作を出来る自信が無い。
万が一にでも佐天が触れることがあろうものならばたちどころに彼女は塵芥と化す。
その万が一がとてつもなく恐ろしかった。
そして、バッテリー切れを起こせば、黒翼は完全な暴走状態になる。
それはつまり一方通行の制御下から外れるということ。
それらが縛りとなって一方通行の演算を鈍らせた。
それこそが垣根帝督の狙いであった。

544: 2010/12/29(水) 01:29:45.66 ID:TW5Selw0
「くくくくかかかか……満足か?相手の自滅狙いの待ち態勢で偶々拾っただけの勝ちに」

垣根は答えずに、再び翼を生み出すと、払いのけるように一方通行を打つ。
弾むようにとび、壁に打ち付けられ一方通行の身体がごろりと力なく転がる。
頭の痛みを噛み頃しながら、垣根はゆっくりと翼を持ち上げる。鎌を振る下ろそうとするように。

「手段は正直気に入らねぇ。だが、結果だ。俺はてめぇに勝った。てめぇは俺の前に屈した。
それが全てだ。第一位とか二位とか関係ない。俺が、俺の未元物質が一方通行に勝った」

それは確かに正論だなと、一方通行は他人事のように思う。
自分達はスポーツの試合をやっているわけでもなければ、ルールのあるゲームに興じているわけでもない。
互いの手札を持ち寄って、切れる札を切る。賭ける物は命であり、得るものは結果のみ。
垣根は自分の持つ『弱み』というカードをフルに使っただけなのだから。
鎌首をもたげた翼が振り下ろされた。

しかし、それはいつまでもやって来なかった。
伏していた身体に力を振り絞って起き上がる。一方通行は、目の前の光景に息を呑む。

「な……オイ…お前何やってンだよッ!!」

目の前に翼を寸止めにされながらも、逃げるそぶりを見せずに、その少女は立っていた。
両腕を広げて、いじめられっ子を庇う正義感の強い女の子のように。
踏みつけられた背には、くっきりと靴跡が刻まれ、掴み上げられた拍子に黒髪は乱れている。
それでも、少女は構わず立っていた。佐天涙子は、両の足に力を込めて立っていた。

レベル0の無能力者の少女が、レベル5の学園都市最強の少年を守るべく、決然と、凛然と立っていた。

「……はは、凛々しいじゃねぇか涙子ちゃん。惚れちゃいそうだ。だけどよ、そうやって立って一体どうするつもりなわけ?」
一瞬呆気に取られていた垣根が、馬鹿にした笑みを浮かべる。
猫とライオンの戦いの方がまだまともな戦いになるだろうに。
哀れみすら伺わせる笑みで、戯れに翼を振るう。そう、撫でるように。

「キャァッ!!」
しかし、その一撫でで、佐天の身体は容易く吹き飛ばされてしまう。
羽を爆発させて、彼女を塵にするのに瞬き一つの間も掛からないだろう。
それだけに、垣根は純粋な興味として、佐天に相対することにした。
或いは、生意気で愛らしい子猫の戯れに付き合う心境だろうか。
頬を煤で汚した佐天は、ふらつきながら立ち上がる。
そして、一方通行の前に立つと、先ほどと同じように垣根を真正面に見据える。

「へぇ…大した根性だ。普通女の子は萎えるよな、こんだけ蹴られたり吹っ飛ばされてりゃあ」
「修羅場だったらこれでも結構潜って来てるんですよ?」

545: 2010/12/29(水) 01:32:18.30 ID:TW5Selw0
震える声に、精一杯の虚勢を張る。
それがわかり易過ぎて垣根は噴出す。
佐天は明らかに怯えているのだから。
そう、あと翼の一撫ででも食らわしてやれば、それだけでへたり込んで泣き出すだろう。
何せ、彼女は普通の女の子に過ぎない。
しかし、それでは面白くない。
プライドも美学も投げ打って得た勝利なのだ、少しでも噛み締めていたい。
それは油断でもなければ慢心でもない。
垣根帝督が佐天涙子に負ける筈などありえないのだから。

「修羅場ねぇ。勇ましいじゃねぇの?それくらいじゃなきゃ一方通行の女は名乗れないってか。いいねぇ~一方通行には勿体ねぇよ。
けどさ……勇ましいだけじゃどうにもならないだろう?この状況ってよ。超電磁砲がいたってどうにもならねぇんだぜ。
第三位ごときじゃ俺の未元物質の前じゃ涙子ちゃんと大差ねぇんだからよ」

そう、この凛々しい、ご立派な少女は無能力者なのだ。
一体どうすれば状況が好転するというのだ。

「それにさ、正直涙子ちゃんが必氏になって守る価値がソイツにあるのか?俺もびっくりの大虐殺野郎だぜソイツ。その中には俺も入ってるわけだけどさ。
涙子ちゃんのいる世界に比べればクソもクソ。ドロッドロに汚い肥溜めの中を這って生きてきたヤツなんだよ。だから、見捨てちまえよ。
俺も頃すつもりなんてないし。家に帰ってシャワー浴びて、呑気に学校に行ってダチとだべる生活に戻れよ。それで何もかもお終いになるだろうさ。
この世から、一匹害虫が消えるだけの単純な話しだろ。だから……」

白銀の翼が翻る。佐天の身体が風に煽られ宙を舞う花のように軽々と弾かれる。
息が、喉を震わせ口から漏れる。少女の華奢な身体がコンクリートに強かに打ち付けられた。


「無能力なガキはさっさと消えろよ」


軽蔑と嘲りと苛立ちを持って、垣根は倒れ伏した佐天の身体に向かって言葉を投げつける。
一方通行は、痛みと怪我と失血で動かない身体に信号を送り続ける。
今だけでもいいから動いてくれと、目の前で弄られ続ける少女を助けなければならないのだ。
自分のような屑のために、どうしてあのひまわりのような少女が傷つかなければならないのだ。
せめて、もう立たないでくれと、一方通行は悲壮な願いにも似た思いを抱く。
少し強く払い過ぎただろうかと垣根はかすかに後悔する。
折角楽しもうとしていたのに、と舌打ちをする。
いずれにせよ、もう立てはしないだろう。
形こそ違えども、一方通行と垣根が同じ結論に達したとき、二人の超能力者は瞳に動揺を浮かべる。
制服を砂と埃だらけにしながら、佐天はずるずると身体を引きずって立ち上がったのだ。
顔を上げた佐天の頬は赤く腫れあがり、鼻から唇にかけて流れた鼻血が滲んでいた。
顎を伝う血を拭い、佐天はそれでも一方通行のそばに駆け寄ろうとし、そして弾かれる。
垣根の翼が彼女を苛立ちまじりに払い除けたのだ。

546: 2010/12/29(水) 01:33:25.40 ID:TW5Selw0

「気持ち悪いんだよ……お前さぁ、無能力者なんだろう?だったら何しゃしゃってくるわけ?どうにか出来るとか、マジで思ってんのか。
そんなクソ野郎庇って、ボッコボコになって、何かがどうなるのかって。大体、何でそこまで出来るんだ?そんな悪魔にさ」


垣根の表情に浮かぶ先ほどまでの嘲りの笑みが、わずかに引き攣っていた。
痛みと恐怖に身体を震わせ、それでももぞもぞと立ち上がろうとする少女に吐き捨てるように言う。
しかし、佐天は、血で赤くなった唇を微かに苦笑まじりに緩める。
まるで、垣根の言っていることなど百も千も承知しているのだとばかりに。
その表情が更に垣根の表情に罅を入れる。

「悪魔?誰ですかそれって……」


立ち上がる力が無いのか、佐天はスカートが汚れ、傷つくのも構わずに一方通行の側まで這う。
信じられないと、どうしてじっとしていないんだ、と非難と自責に歪んだ一方通行の表情を見て、佐天が瞳を和らげる。
可愛い人だなぁ本当に。
こんなに身体が痛くて、こんなに怖くて、こんなにボロボロだというのに。
それでも、佐天は何故か嬉しいと感じた。
自分のために、自分を心配して、一方通行が泣きそうな顔になっていることが。
それが無性に嬉しいのだ。


「私は別に悪魔なんて守ってるつもり…無いです。
不器用で意地っ張りで。口下手で、口が悪くて。照れ屋で、短気で、鈍感で無神経で。
そのくせ心配性の過保護で。寂しがりやで、カフェオレを淹れてくれる優しい人。
エプロンが似合わない、とっても可愛い人……それが私の知ってるこの人…」


そっと、一方通行の血の気の失せた白い頬をなでる。


「それだけで……十分です」

「それだけで……十分?」

掠れた声で、縋るように垣根は言葉を漏らしていた。
このガキは何を言っているのだ。
無能力者がレベル5を守る?いや、問題はそこじゃない。
どうして、そんな振る舞いが出来るのかということ。
能力もない、何の力も無いガキが。

547: 2010/12/29(水) 01:34:11.80 ID:TW5Selw0

「そうなんだ……私ホント馬鹿だ…こんな時にならないとわからないんだもの…能力なんて関係ない」


佐天は自嘲気味に笑う。能力なんて関係ない。それは以前も言われた言葉。救いにならなかった言葉。
もっと他にいい所があるのだから、気にすることなどないと、そんなものは嬉しくない。
能力の無いことに苦しむ事実は変わらないのだから。
能力のある人間の優越感だと、穿った目で見てしまった言葉。


一方通行の言葉が甦る。


『俺がどンだけお前に     かをなァ』 ―――― 俺がどンだけお前に憧れているのかをなァ』


きっと一方通行の目に、自分はさぞかし贅沢者に見えたのだろう。
色々なものを失くして、諦めて、奪われて、壊されて、捨ててきた彼。
そんな彼にとって自分は無いもの強請りばかりする駄々っ子に映っただろう。
それを思うと恥ずかしく思う。自分には能力以外にもあるのだ。


「私は無能力者…それはきっと変わらない。でも、そんな自分でも負けない、言い訳になんてしない。
守りたい人を守ることに、能力なんて関係なんて無いんだもん」


守りたいから守る。
その為に、無能力者の自分を受け入れて、能力者と向き合っていく。
そして、それに負けない。自分の気持ちを譲らない。
そう、対等であろうとする気持ちを自分は決して譲らない。
自分にはもっと色々の可能性がある。もっと誇れるものがある。

一方通行が、息を呑んだのに佐天は気付かなかった。


548: 2010/12/29(水) 01:35:08.21 ID:TW5Selw0

もし、仮に垣根帝督にプライドがなかったら。
もし、仮に垣根帝督がもっと無神経な男だったら。
もし、仮に垣根帝督がもっと諦めの良い男だったら。

すべてが既に片付いていただろう。羽虫を潰すように佐天を瞬きする間も与えずに頃していたはずだ。
木原数多のような、救い様のない外道、生まれながらの邪悪、自ら望んで墜ちた者ならばそうしていただろう。
しかし、垣根帝督はそうではなかった。彼は墜ちざるを得なかった者だ。
許されざることに手を染めるという自覚を持ち、その結果を受け入れ、更に深みに落ちることを理解し、行いを正すことを拒んだ。
その選択をしたのは紛れもない彼の意思であり、彼は納得した上で悪に染まった。
彼は善人でもなければ、特別優しい人間でもない。
しかし、それでも尚確かなことは垣根は自ら望んでその選択をしたのではない。
その選択肢しか知らなかったのだ。

故に、戸惑う。

だからこそ、怯む。

佐天の姿に、その後ろに、あり得たかもしれないものを視る。
一方通行と同じように、垣根帝督もまた佐天涙子に憧れを見る。



「ハ………ンだよォ……そンなことだったのかよ」



苦笑交じりの声が静かに透き通るように響いた。
それは確かめるまでもなく、一方通行の声だ。
しかし、彼の目は驚きに見開かれる。
それは佐天も同様である。
視線の交わる先、それは一方通行の背 ―――― から噴出す黒い翼。
初めて見るソレに、佐天は純粋に驚いていたが、垣根は違った。
嘗て目にした、ぞじて自分を屠った黒い翼は、怒り、憎悪、殺意を噴出剤にするような炎の如き代物であった。
しかし、今目にしてるものは違う。
ゆらゆらと冬の空の下で揺れる湖面のように穏やかなもの。
自分の知るものとは全く異なるものだった。


549: 2010/12/29(水) 01:35:52.86 ID:TW5Selw0

「コイツは欲張り過ぎんだよ。能力が無いだの何だのと言って気付きやしねぇ。能力しか無い俺達がどんだけ欲しがってるのかも知らずによ。
山程綺麗なモン抱えてるくせに不満を言ってるガキだ。無いモンばかりに目が行っていやがるのさ」


一方通行が、見えない糸に引かれるようにゆっくりと立ち上がる。


「けどな、その抱えてるモンに救われちまってンだよ、俺は」


そろっと佐天を見下ろす。その視線の柔らかさに、佐天は見惚れる。

佐天涙子は抱えたものを分け与えることを知っている。佐天涙子だけではない、自分が守ろうとしている者たちは皆それを知っている。
だからこそ、守る。だからこそ、守りたい。
そうだ、悲壮感でも使命感でもない。義務とか権利等という無粋な言葉など入り込む隙間はない。
信念だ正義だと小難しく考える必要もない、もっとシンプルなものだ。


したいからする。


それだけだったのだ。贖罪も何もかもがつまらない言い訳だ。
たったそれだけの子供の理屈。それこそが動く理由。
切り捨てる覚悟?背負う決意?
土御門の言葉に唾を吐く。そんな雑魚共の狭い正論などゴミだ。


守りたいから守る。


守るから離さない。


誰であろうと、自分がそう決めたら他の言葉など知った事か。
一万人の命に少し上乗せが出来ただけじゃないか。
一方通行の口元に笑みが浮かぶ。

550: 2010/12/29(水) 01:42:29.25 ID:TW5Selw0

自分は幻想頃しの少年によってつまらぬ幻想を砕かれた。
誰が守るか等関係ないという言葉に。
それでも、気付かぬ内に自分はまた作っていた。
彼のように生きようという幻想に囚われていた。

自分は自分。上条当麻ではないのだ。

自分は自分の課したルールに従う。それが窮屈だろうが、自分勝手だろうが構わない。

垣根は、佐天は、その時確かに聞いた。

氷が罅割れる音を。

硝子が砕ける音を。

幻想が殺される音を。

此処に来て、一方通行は自らの生み出した幻想を自らぶち頃す。
そこには幻想頃しの少年は必要ない。


「天使……」


佐天の声が静かに流れる。
光り輝く膨大な煌きを持った翼。
黄金にも白銀にも見える光の輪を頭上に掲げ、静かな眼差しで垣根を見つめる。
その場の中心、己の幻想を頃し、己の殻を破った少年。


一方通行


―― 粒子加速装置


――― 理の流れ(ベクトル)を解析し、新たなる理の流れ(ベクトル)を創り出す者 ――― アクセラレイターが立っていた。


551: 2010/12/29(水) 01:55:45.68 ID:TW5Selw0

「な、なんだよ……それは……」

垣根帝督は、静かな面差しの少年に、思わず後ずさりする。
それは少年の持つ力への恐怖ではなく、もっと根源的な何かだ。
がりっと、踏みつけたビルの欠片の音に我に返る。足元に落ちていた欠片が粒子となって消えていく。
そして、垣根帝督は此処に至って悟る。

この舞台の結末を、だ。
魔王は、お姫様を救いに来た勇者に敗れる。
そう話した目の前の少年の言葉を思い出す。
なるほど、それが当たり前の結末か…
垣根の唇が自嘲の笑みに歪む。

「けどなぁ!!」

犬歯も露わにした垣根が吠える。
紛い物の、翼がそれに呼応するように開いていく。

「俺の未元物質に、そんな常識(セオリー)は通用しねぇ!!!」

飛翔。
既に粒子の渦と化したビルの中心。
佐天を片腕に抱えているアクセラレイターに引き絞られた矢のように飛び出す。

しかし。

垣根の纏う翼も、創製した物質も。
全てが解析され、分解されていく。

「くっそ…やっぱり…俺はテメェには……」

ダイヤモンドダストのように光を放ちながら舞い散る粒子の中。

垣根が最後に見たのは、白い少年が振り下ろした左の拳だった。

568: 2010/12/30(木) 00:30:38.72 ID:mq2Hp0s0


絹旗「超上手に描けましたね~」
チビ「えへへへ~♪」カキカキ

お~い

絹旗「あ、来ましたよ」
チビ「!」

一方「おい、大人しくしてたかァ?チビ子ォ」
チビ「あーくん!!」ダキ!
一方「ンだァ?ゴキゲンじゃねェかァ」クシャクシャ
チビ「んに~~♪/////」
絹旗「すっかり超保護者ですねぇ~一方通行」ニヤニヤ
一方「ン、お前も早く帰った方がいいぞ。日が暮れるのが早いからなァ。親はまだ迎えにきてねェのかァ?」
絹旗「私は先生ですって何度言わせるんですか!!超大人気ないですよこの一位は!!」
一方「くかかかか。チビがチビの面倒見てンだからよォ…」
チビ「あーくん」ツンツン
一方「ン?」
チビ「これ、これ~」スッ
一方「……コイツは…」
絹旗「超上手でしょう?」ウフフフ
一方「……あァ…」
チビ(ホメテ!ホメテ!)

>題:『おとうさんの顔』



チビ「あーくん。きょうはあーくんのおうちでごはん?」
一方「おウ。今日もオメェのママはお勉強だァ。寂しいだろォが我慢出きるな?」
チビ「うん。さみしくないよ。あーくんとおねえちゃんたちとごはんごはん♪♪」ルンルン
一方「……強ェなァ…オメェは」ナデナデ…
チビ「??えへへへへ/////」ギュムッ


569: 2010/12/30(木) 00:35:47.40 ID:mq2Hp0s0

美琴「ただいま~」
一方「ただいまじゃねェってンだ」
美琴「いいじゃない別に。お隣さんなんだし。それよりもあの子は?」
一方「奥の部屋で寝てる。お前の分もついでに作っておいたから食え。捨てるよかマシだ」
美琴「サンキュ~研究続きで何も食べてないのよね~げ…ピーマンの肉詰めか」
一方「チビがしっかり食ったンだ。母親のテメェがピーマン残すなンざしねェよなァ?」
美琴「ううう……」



チビ「ねぇねぇ、あーくん」ギュ
一方「どうしたァ?」
チビ「ママねー。きのうないてたの~ツンツンのおにいさんのしゃしんみてたの」
一方「………そォかァ…」
チビ「ママなくの ――― のせい?」
一方「バァカ。ンなわけねェだろ」ナデナデ
チビ「うん」



一方「オイ、いつまで三下に黙ってるつもりだ?」
美琴「何よ突然…」
一方「三下から連絡があった。来月、日本に来るそォだ。だったらその時にでもチビ連れてこい」
美琴「で、アイツのイギリスでの生活をめちゃくちゃにしろっていうの?」
一方「人のことよりまずテメェだろうが」
美琴「アイツのところ今度子供が生まれるのよ?言えるわけないじゃない」
一方「それは……」
美琴「横恋慕に騙し打ち。私の我が侭の結果だもん。これ以上は出来ないわよ。それに、父親代わりの心強い味方はいるしね」
一方「ハッ……心強いかはさておき、味方なのは否定しねェよ」



……みたいな未来ネタとかもちょっと書きたいとか思ってます。レス余ったら。そして気力があったら。
ブログの更新で力尽きたのでネタに逃げました。
一方通行×美琴じゃなくて一方通行+美琴みたいなね。
一方の恋人役は番外とかがいいかな。

「ミサカってば飽きっぽいからさぁ。いい加減このミサカっていうの変えたいんだよね~スズシナとかぁ~なんてね、ぎゃははは」
「?改名してェのかァ?ちょっと待ってろ、縁起の良い字調べてやらァ」
「何マジになってんの?バッカじゃね~の?あひゃひゃひゃ~~」(プロポーズの催促だって気付けよこのクソモヤシ~~~!!!!)


みたいな?まぁいろいろと……その、おやすみ。


588: 2010/12/31(金) 01:26:23.58 ID:CbCB7h20


「まったく。事後処理をする身にもなってほしいにゃ~」

土御門元春が、苦笑混じりに辺りを見渡す。
ビル群が立ち並んでいたはずの一帯は見事な荒野と化している。これを一体どうやって情報規制すれば良いのか。
考えるだけでため息が出る。
親船統括理事長代理の力を借りなければならないだろう。
昨年までに比べれば影響力の衰えが著しい統括理事会にどれほどのことができるのか甚だ怪しいものだが。

「学園都市だから仕方がないと、案外皆それで納得するかもしれないですよ」
足下に転がったスキルアウトを足で蹴飛ばしながらにこやかに海原光貴が言う。
確かにそれも一理ある。
そもそも、今回の垣根の暴走にしても、理事会の杜撰な事後処理に問題がある。
プラスマイナスゼロどころではない。
学園都市第二位の能力暴走の危険性を防いだ点で言えば交渉材料にさえなり得る。

「それにしても……気づかないものなのですね」
「ああ、新しいビルがひとつ増えててもなぁ。毎日目にしてるビルが立て壊されてると、何があったか思い出せないことなんてざらにあるだろ」
「案外いい加減ですからね。人間の記憶力なんて」
「この辺は廃ビルも多いしにゃ~。廃墟マニアじゃない限り気にも留めないだろうぜい」

それを見事に逆手に取られた。
垣根はどうどうと隠すことなく一方通行を迎え入れる為の罠満載のダンジョンを作り出せたということだった。

「まぁ、いずれにせよメンドウなことには変わりないんだぜい」

数百、千にも届くスキルアウトを一方通行は一人で蹴散らしたわけではない。
街中の、一方通行に恨みを持つスキルアウト、未だにきなくさいことに首を突っ込んでいるほとんどの連中が一カ所に集結しようとしている。
そのような大移動を土御門が事前にキャッチできないはずがない。


589: 2010/12/31(金) 01:27:39.87 ID:CbCB7h20

「いいじゃないですか、無事に事なきを終えたのですから」
「否定はしねーけどにゃ」
「ところで、今回のは彼からの依頼だったんですか?」
「いやぁ、アイツからあったのはあわきんをこっちに寄越してくれってだけなんだぜい」
「おやおや、僕たちは用無しでしたか」
「基本自分一人でやってやる気だったみてぇだしな」
「じゃあ、今回のは仕事ではなく」
「ま、かみやんじゃねーけど、仲間だからお節介焼いてやったってことにしといてくれると嬉しいにゃー」

もっとも、利益になりそうな材料集めは怠るつもりは無い。
にっそりと笑う。

「それに、お前だって似たようなもんじゃねーのかにゃ?」
「ふふふ、そうですね」

にっこりと心根の読めぬ笑みで彼女達の方を見る。
佐天涙子が、仮に名も知らぬ、関係も無い少女であれば、さほど問題としなかっただろう。
一方通行の為に、といってもそこそこの手伝いをしていたくらいであろう。
万が一不幸な結末に終わろうとも、気の毒にという当たり障りもなく、他人事で済ませただろう。
しかし、彼女は御坂美琴の親友である。
敬愛するもの、慕う者は枚挙に暇がないが、一方で対等の付き合いをしてくれる友人が少ない少女は、きっと親友が氏ねば嘆き悲しむだろう。
それではいけない。
海原光貴の行動理念は全てそこに集約されているのだから。
彼女の笑顔が守られるのであれば、裏に生き、他の男との恋を応援することもやぶさかではない。
彼女の幸せが守られるのであれば、名も知らぬ彼女の友人であろうとも命を賭けて守る。
御坂美琴の世界“も”守る上条当麻と異なり、海原光貴は御坂美琴“の”世界を守るのが彼のすべて。



「んで、主役の極悪王子様はどこにいるんだにゃ?」
「お姫様と共にあちらへ」


海原と土御門は自覚している。自分はヒーローではないと。

故に、たった一人の少女を守ることしか出来ないのだ。

そして、彼らの強さは、一人しか守れないことを嘆くのではなく、唯一の人を守りぬければ十分だと割り切っているところにある。
そして、上条当麻と同等に、我が侭に手にした者達を守ろうとするヒーローの方へと視線を向ける。
海原の指す方へ視線を向けると、土御門の口がにんまりと楽しげにゆがむ。

「おほほぉ~う。こいつは見物だぜい」

590: 2010/12/31(金) 01:28:50.94 ID:CbCB7h20

「ビルが丸ごと未元物質とかありえないわよ。座標移動が全然出来ないもの」

結標淡希が、疲労と安堵の呟きを漏らす。
本来ならばすぐさま佐天を座標移動させるつもりだったのだ。
しかし、未元物質の力場に干渉されて、使えなかった。

一方通行が未元物質をすべて粒子へと分解したことによってギリギリ気を失って落下する二人を助け出せた。


「まったく……私たちが駆けつけなかったらどうなってたか…無茶ばかりするんだから」


「コイツはそういう氏にたがりのバカ野郎なんだよ。ホントムカつく」


手のひらで釘を弄びながら不機嫌な表情で番外個体が一方通行を睨む。
スキルアウトの100人や200人を蹴散らしたくらいでは気が晴れなかったようだ。


普段であれば言い返すはずの一方通行は、力を使い果たしたのか気を失っている。

番外個体の不機嫌の理由は一方通行が無理をしたことだけに対してのものではない。


「………ねぇ…」

「ん?」


どこか堅さを帯びた番外個体の声に、結標が膝に落としていた視線をあげる。

「なんでさっきからアナタが膝枕してるのさ、その人のこと」

番外個体の細められた視線は、結標に、彼女の膝の上に向けられている。

彼女が視線を向けていた先、それは一方通行の寝顔があった。


591: 2010/12/31(金) 01:30:25.48 ID:CbCB7h20

「いけなかった?」

「別にどうでもいいけど~ミサカとしては瓦礫と一緒に転がしておけっていう話しっつーか」

「じゃあいいわよね」

「うぅ…それはぁ…そうだけどさ」

「それともアナタがしてあげたかった?」

「ば、ばっかじゃねーの!!そんな気持ち悪いことするわけねーし。
 つーか想像するだけで鳥肌ものなんだけど!」

「ふ~ん。そう」

慌ててそっぽを向く番外個体を、興味なさそうに見やると、
結標は一方通行の白い髪をそっと撫でる。

さらさらとして、癖もなく、引っかかることの無い絹色のような髪の感触が心地よくて
結標は何度も指を潜らせる。

一方通行はその撫でる結標の手が気持ちいいのか、猫のように体を丸めると結標の膝の上に乗せた頭を結標のお腹に擦り寄せる。



「………なにこの可愛いいきもの」
「ミサカも……ハッ!?」


いい掛けてから番外個体はハッと気づく。
結標のにやぁっとチェシャ猫のような笑みが番外個体を愉快げに眺めているのだ。


「ミサカも?その後は何かしら?」

「み、ミサカも、もう帰ろうかな~ヨミカワ達心配してるだろうし」

「そう?じゃあ気をつけてね。私はもうすこしこうしてるから」

「やっぱり残る…!!」

592: 2010/12/31(金) 01:32:56.17 ID:CbCB7h20

佐天は未だに把握しきれない状況のなかにいた。

覚えているのは、天使のごとく頭上に光の輪を頂き、あらゆるものを浄化するような光の束のような翼を背負った一方通行の姿。
落下する自分を抱きしめ、優しい、子供のような無垢な笑みで見つめてくる彼の顔である。

意識はそこでぷつりと切れ、そして今にいたる。


「結標さん?」

「佐天さん、もう落ち着いたかしら」

黒のダッフルコートに、薄紅色のマフラーを巻いた結標は、複雑そうな笑みを浮かべる。

「………結標さんがここにいるっていうことは」

「うん、そういうことになるね」

互いに騙すつもりは無かったが、いざこうして唐突に事実が発覚してみると、次の言葉がない。
互いに、隔意などなかっただけに、怒ろうにも怒れない。
驚くにしても、大げさに驚くようなタイミングを逸してしまった。

「そうですか…一方通行さんは?」
「大丈夫。気を失ってるだけ。応急手当しておいたからね」
「良かった…」
「うん。助けるのが遅くなってゴメンなさいね」
「いえ、そんな…私が勝手に巻き込まれただけだし」

「ホント、そうだよね。そんでもってモヤシやろうに助けられてちゃ世話ないっての」

番外個体が面白く無さそうに呟く。
痛いところを突かれたのか、佐天は言葉もなく俯く。
結標が責めるような視線を番外個体におくるものの、当の彼女は知らんぷりをする。

番外個体は、彼女自身認めたがらないが、純粋に怒っていた。
なぜ、この女のせいで一方通行が傷つかなければならないのだろうかと。
佐天が巻き込まれたのは、彼女が進んで一方通行に関わったからだ。いわば自業自得と言える。

それなのに、一方通行は命賭けで彼女を助けた。

妹達以外の女を。

それが番外個体には気に入らない。腹立たしい。憎たらしい。

そして悔しい。

593: 2010/12/31(金) 01:34:42.64 ID:CbCB7h20

「……えっと…」
「………」

何とか言葉を捜す佐天。
顔をそむけ膨れる番外個体。


「もう、そんな子供っぽい態度取らないの。そんなんだから一方通行に娘扱いしかされないのよ」

「んぎぃ!!うっさい!!アンタだってムカつかないの?」

「別に~だって佐天さんお友達だもの」

「大体こんなお気楽そうなぽっと出にさぁコイツを…」


「貴方語るに落ちるっていう言葉知ってる……?それって一方通行を…」
「ああ!!今の無し。今のミサカの発言は無し!!」


「ふぅ…少なくともお気楽じゃないわよ、だって ――― 」

結標の手が佐天の頬に触れる。
佐天の赤く腫れた頬に。


「女の子がこんな顔にされても頑張るんだもの。半端な気持ちじゃないわよ。ね、佐天さん」
「結標さん…」

ホッと、気が緩んだのか佐天の瞳の端にじわりと涙が浮かぶ。
それを指先で拭ってやりながら、結標は佐天の頭を優しくなでる。
一方通行がするような乱暴な撫で方ではなく、優しく、髪を梳く様に撫でる。
そう、母親が娘にしてやるような柔らかい手で。

594: 2010/12/31(金) 01:35:20.16 ID:CbCB7h20

「むすじめさん…」
「よしよし。よく頑張ったわね。佐天さん。それに……」

そっと膝の上の一方通行に目をやる。
一方通行の折れかけた心を支えた、そういうレベルではなかった。
一方通行が垣根帝督を打ち砕いた力。
その源はパーソナルリアリティの補強ではなく、再構成。
それをさせたのは佐天の存在だ。



「コイツのこと、守ってくれてありがとうね?」

「ふん…」


不機嫌な表情を崩さないものの、番外個体も否定の言葉は口にしない。
気に入らないが、憎たらしいが、それでも認めざるを得ないことを理解しているのだ。
結標は苦笑しながら、佐天の頭をなで続けた。
佐天は、涙をぽろぽろと零しながらも笑顔で応える。






「……なんだか修羅場回避っていうのはつまらないんだにゃ」
「ま、いいじゃありませんか。仲良きことは美しき哉、善哉善哉」

裏の読めぬ笑みで、海原は頷く。

「お前ホントにアステカの人?何で日本語そんなに堪能なのかにゃ…」


595: 2010/12/31(金) 01:36:22.91 ID:CbCB7h20


カーテンから差し込む光が瞼の裏側からでも伺えた。
薄く目を見開くと、見慣れつつある天井。
天井、壁紙に染み付いてしまった消毒液の臭い。
そして、清潔なシーツ。
一体今は何日の何時であるのだろうか。
覚醒した頭で時間を探るが、時計らしきものは見当たらない。
ふと、そこでおなかに圧し掛かる重みに気付いた。

クソガキかァ?

そう思いながら視線をゆっくりと下ろす。
黒い髪が目に留まる。

「……あァ…」

想定していたピョインと伸びたアホ毛が雄々しい茶色の髪ではなく、しっとりとした艶を放つ黒髪がそこにはあった。
一方通行につむじを向けるその髪は、太陽の光を浴びて輪を描いている。
掛ける声を失い、自然と手が伸びた。
思わず自分が取った行動に驚く。
緩く、優しく、慈しむように、普段の自分ではまず考えられない穏やかな手付きでそっと撫でる。
起こさぬように、驚かさぬように。
くすぐるように撫でると、小さくむずがる声を上げる。
一方通行のお腹に突っ伏すように眠っていた少女が寝返りを打つ。
少女 ―――― 佐天涙子の顔が一方通行からようやく見えるようになる。
それだけで、少し嬉しくなってしまう己のお手軽さに、やや呆れる。

俺はいつからこンな腑抜けキャラになったンだァ?

そうは言いつつも、撫でる手を止めるつもりは毛頭ない。
数日前まで、いや、意識においてはついさっきまで胸の中に巣食っていたわだかまり。
佐天を巻き込むことへの不安。
彼女と会わないようにしなければならないという強迫観念。
そして、もし自分が迷うことで打ち止め達を、そして彼女を守れなかったらという恐怖。

596: 2010/12/31(金) 01:37:27.50 ID:CbCB7h20

しかし、そんな幻想は既に無い。

自分でぶち壊したから。そして、ぶち壊せるだけの力をくれたのはこの少女だ。

『守りたいから守る』

それだけのシンプルなことだったのだ。
理屈も理由も、後付けに過ぎないのだと、ようやく知った。
何が学園都市最高の頭脳だと嗤う。
佐天の顔が微かに位置を変える。白いシップが頬に貼られてることに気付くと、奥歯が軋みを上げるのがわかる。
自分の不甲斐無さが彼女を傷つけたのだ。
垣根を退けたのは、奇跡の力でも何でもない。自分の力だ。
それも以前、幾度も行使したことのある力。それを出し惜しみした結果がこのザマである。
自業自得のクソッタレの自分の腹に穴が開く程度ならばまだいい。
この無能力の少女が傷ついてよいはずが無い。


「悪い…悪かったなァ……」


少女の頬に掛かった髪を、ゆくりと一筋一筋、丁寧にかき上げていく。
そっと、シップの貼られた頬を撫でると、首のチョーカーに手を伸ばす。
能力を使用可にすると、シップを慎重にはがしてく。
赤黒い痣に、思わず顔を顰める。それでも垣根に殴られていた時の腫れはすっかりと引いている。
おそらくあの医者の腕のなせるわざだろう。
一方通行は血流を操作していく。
じわじわと、上から鮮やかな色を重ね塗りしたように、少女の頬から見る見る間に痛々しいあざが消えていく。
完全とはいわずとも、殆ど気にならぬ程度にまで薄くなった痣をもう一度撫でる。


597: 2010/12/31(金) 01:38:10.84 ID:CbCB7h20

「たくさん傷つけちまって、巻き込んじまって」


中途半端に近づけて、中途半端に遠ざけた。

中途半端に優しくして、中途半端に傷つけた。


欲しいなら欲しい。
いらないならいらない。
いつだって自分はそうしてきた筈なのに。
そして、自分にとってこの少女がどちらにあるのかなど当にわかっているというのに。
自分は無意識に畏れていたのかもしれない。

上条当麻に出会い、打ち止めに出会ったことで変わった。
黄泉川愛穂と過ごし、芳川桔梗と過ごした時間。
番外個体に向けられる感情と抱く感情。
結標淡希に向けられる感情と抱く感情。



全ての変化がそれまで拒絶するばかりで何一つとして手に入らなかった自分にとっては眩暈がする程の目まぐるしさだった。

だから怖くなったのかもしれない、背負うことが。
打ち止め達を守るか、それ以外か。
いつしか抱いたつまらぬ幻想。

そうではない、守りたいか守りたくないか。

一万人の妹達に少し加わるだけだ。
結標淡希が、黄泉川愛穂が、芳川桔梗が。
そして、佐天涙子が。
今更それがどうしたというのだ。
一万人の背負う命が一万五人になろうと、一万十人になろうと。
自分が守りたいと思えば、それが全てなのだ。

598: 2010/12/31(金) 01:38:48.55 ID:CbCB7h20

自分を守ろうと、震える足に力を込めて立ち上がる少女の背中は瞼の裏に焼き付いている。
心が震えた。感情のうねりに喉まで焼き尽くされたように熱くなった。
彼女に頬を撫でられた時、涙が溢れそうになった。自分の根幹を揺さ振るような衝撃に身体が痺れた。
自分の中のつまらぬ幻想の砕ける音が聞こえ、新たな自分だけの大切な現実が生まれた。

嘗て無敵を目指した男が、たった一人の無能力者の少女に、心から圧倒されたのだ。


自分は嘗て彼女に言った。羨ましいと。それは、上から目線の言葉ではない。
能力に縋るしかなかった自分とは違い、能力が無いくらいで落ち込める彼女への妬みがあった。
こんなにも眩しいというのに、一体何が不満なのだろうかと。

第三位と親友で、第二位に決然と立ち向かい、そして第一位の自分をこれほど翻弄する。
能力でただ野良犬のように牙を剥いていた自分よりも余程、


「お前のほォがよっぽど無敵だぜ?わかってやがるのか」


ツンツンと頬をつつく。


「………で、一体いつまでお前は寝たふりを続けてやがるンだァ?」



むにぃーっと佐天の頬を突然引っ張り始める。

少女の頭部が即座に跳ね上がる。

599: 2010/12/31(金) 01:40:57.00 ID:CbCB7h20

「き、きき、き」
「サルの真似ですかァ?」
「き、気付いてたんですか!?」

真っ赤な顔になって慌てふためく佐天を、馬鹿にしたように笑う。

「俺を誰だと思ってる?」
「うううぅうぅ…だって、途中までは本当に寝てたんですよ?でも、一方通行さん突然髪撫で始めてさ、起きると止めるだろうって思ったら、そのままでいいかなって」


あははと、照れ笑いで誤魔化そうとする佐天を呆れたように見ると、ため息をつく。


「ま、元気みてェでよかったぜ」

そう言って一方通行は能力を切る。
佐天は、すっと笑みを消すと、申し訳なさそうに表情を暗くする。
何かを察したのか、一方通行も笑みを消して、まっすぐに佐天を見つめる。
言うべきこと、最初にまず言う言葉をとうに決めていた。まるで互いに申し合わせたように。


「巻き込まれてゴメンなさい」
「巻き込んじまってすまなかった」

そして、二人は表情を一転させる。
佐天は意を決したように口を開く。
一方通行が覚悟を決めて言う。

600: 2010/12/31(金) 01:41:46.96 ID:CbCB7h20

「でも、もう来るななんて言わないで下さいね」

「もう来るななんていわねェよ」


そう言い合うと、二人は顔を見合わせて笑った。
佐天はひまわりのように、明るく元気な笑みを浮かべる。
一方通行は、悪ガキのように無邪気に笑う。


601: 2010/12/31(金) 01:42:46.08 ID:CbCB7h20

「ねぇ、一方通行さん」

「なンだァ?」

「ホントに、私側にいてもいいんですよね?」

「当たり前だろォが…つーか放さねェから観念するンだなァ~」

「じゃあ、これからもよろしくお願いします…でいいのかな」

「言われなくても勝手に背負う。俺の我が侭でなァ」

「背負うって……もう、じゃあ、一つ約束」

「約束?」

「たまには背中からおろしてください。私だけでも」

「あァ?」

「だってそんなに細っこいのに背負い続けたらバテちゃいますから」

「だから俺の我が侭だって……」

「その代わり。膝枕で休ませてあげます」

「俺が勝手にやることをお前がそこまで気にすることかァ?」

「膝枕………いりませんか?」

「――――………いる……」

「でしょう?」

「チッ……」

「うふふふ」

「ンだァ?それじゃァ俺ばっかりいい目見てるンじゃねェのか。我が侭通して、ンでもって膝枕でお休みコースもセットかァ」

「お得でしょう?」

「あァ……逆に気後れしちまうよ」

「じゃあ、私のワガママもひとつ聞いてくれますか?それでギブ&テイクです」

「おう、何でも言えよ。なンであろうと聞いてやるよ」

602: 2010/12/31(金) 01:44:38.67 ID:CbCB7h20



佐天は、椅子から立ち上がり、一方通行の上にのしかかるようにして、顔を近づける。
赤い瞳と黒い瞳がほんの数センチの距離まで迫る。
突然の佐天の行動に呆気に取られた一方通行の表情が妙に幼い。

内心、やかましく鳴り響く鼓動を誤魔化しながら佐天は距離を更に縮める。


少しずつ。

少しずつ。





「じゃあ、私のワガママです」

「お、おゥ…」


603: 2010/12/31(金) 01:47:55.81 ID:CbCB7h20


「それじゃあ……ん―――…」


「―――― ッ」



ちゅッ



「……えへへ~~」

「お、おま…」





「嫁にしてください!」


604: 2010/12/31(金) 01:51:29.17 ID:CbCB7h20

以上で今年のお話投下は終了。
次回からエピローグ編入ります。ほったらかし気味のキャラとかね。

もし気が向いたら質問とか、あとはあればリクエストとか言ってください。
可能な限りは応えたいと思います。
初スレ立てなのに、色々とレスしてくれた方々へのせめてもの感謝を込めて。
おやすみなさい。

605: 2010/12/31(金) 01:52:02.60 ID:UM350MDO

引用: 佐天「嫁にして下さい!」 一方通行「ゴメン、ちょっと待って」