544:◆jMQccbQGu. 2013/06/24(月) 21:22:43.98 ID:ebB0JPEdo
【咲-saki-】和「…浮気者」【前編】
……
…………
………………
―― 次の日、私は朝から落ち着きませんでした。
泣いているのを両親に知られた私は二人をとても心配させてしまったのです。
つい先日までストーカー被害を受けていたのですからそれも当然でしょう。
しかし、私は自分でもどうしてこんなに悲しいのか分からず、また事情の説明も出来ませんでした。
一人で出歩くなと両親から言い含められて居たのに我慢出来ずに須賀君のお見舞いに行ったなんて言えないのです。
―― 結局…私は殆ど気持ちの整理もつけられなくて…。
お陰で昨夜もまた殆ど眠れませんでした。
かと言ってゆーきとメールする気分にもなれず、私は成果を尋ねる彼女のメールにもぼかした返事しか出来なかったのです。
突然、部活を休むと言い出した私の為に、事情を説明しに言ってくれたゆーきに対して、それはあまりにも不誠実な行為でしょう。
しかし、須賀君の代わりに迎えに来てくれた彼女は何かを察したのか、それに対して突っ込む事はありませんでした。
それが有難い反面、とても心苦しいですが、自分でも整理しきれていない現状でゆーきに説明する事は出来ないのです。
―― そんな私にとって唯一の救いは須賀君が今日から登校出来るという事でした。
父が改めて謝礼を伝える為、向こうの親御さんと連絡した際にそう教えて貰えました。
どうやら検査の結果はまったく問題なく、日常生活に支障はないそうです。
又聞きではあるものの、命に別条はないと聞いて、私がどれだけ安堵した事か。
これまで生きてきた中で文字通りの意味で胸を撫で下ろした事なんて今までありませんでした。
546: 2013/06/24(月) 21:32:16.56 ID:ebB0JPEdo
―― 実際…こうして見る限り、彼の様子に違和感は感じません。
教室で一緒になってから、彼は常に他の人へと囲まれてアレやコレやと質問責めにされていました。
彼が事件に巻き込まれて怪我をしたという事は学校の中でも噂になっていたのです。
それを私のストーカーと結びつける人は少なからずいましたが、須賀君はそれをやんわりと否定していました。
それは恐らく私の所為なのだとクラスメイトに思わせない為のものなのでしょう。
―― だけど、お陰で私は須賀君のところに近づけなくて…
彼がぼかした態度を取るから、クラスメイトたちも気になってしまうのでしょう。
休み時間が訪れる度に須賀君は人の輪に囲まれ、私が話しかける隙なんてなかったのです。
その上、私にも興味本位で似たような質問をする人がいるのですから、近づけるはずがありません。
結果、私は彼に色々と言いたい事があるのにろくに挨拶すらする事が出来ず、ズルズルとお昼休みまで自分の席に釘付けにされていました。
―― でも…流石に…大丈夫ですよね…?
私のカバンの中には今、一つ余分にお弁当が入っていました。
普段使っているそれよりも1.5倍ほど大きなそれは勿論、須賀君のものです。
事件に巻き込まれたお礼をそんなもので出来るとは思いませんが、昨日、お見舞いに行けなかったお詫びくらいにはなるかもしれない。
そう思って普段よりも時間を掛けて作ったそれはかなりの自信作でした。
548: 2013/06/24(月) 21:40:15.32 ID:ebB0JPEdo
―― きっと…これなら須賀君も喜んでくれるはずです。
男の子の好きなおかずをこれでもかとばかりに詰め込んだのですから。
普段、学食やパンなどで昼食を済ましている須賀君はきっと喜んで受け取ってくれるでしょう。
まぁ…その…その際に夫婦だとか色々とからかわれる事になるかもしれませんが、それくらいは我慢しなければいけません。
彼に誠意を見せる為にも、ここは思い切って足を踏み出すべきなのです。
―― それに…まぁ…夫婦だとか言われるのは最近はそれほど嫌じゃありませんし…。
自分の中でそういったものをさらりと流せる余裕が出来てきたからなのでしょう。
最近はそう囃し立てられるのはそれほど嫌じゃありません。
いえ、寧ろ、まんざらでもなさそうな須賀君の表情を見る度に私の顔も綻びがちになってしまうのです。
勿論、恥ずかしいので頬を赤くしてしまいますが、それだって決して嫌なものではありませんでした。
―― 問題は…タイミングです。
今の時刻は四限目の終業時刻の二分前です。
今、教鞭を執っているのは授業時間ギリギリまで使う事で有名な先生ですが、そろそろ終わる事でしょう。
そうなれば皆が皆、気を抜いて昼食の準備を始める事でしょう。
その一瞬の隙をついて、私は須賀君の元へと移動し、このカバンの中のお弁当を手渡さなければいけない。
そう思うと緊張で胸がドキドキして先生の言葉さえも右から左へと抜けていってしまうのです。
549: 2013/06/24(月) 21:48:38.77 ID:ebB0JPEdo
―― 大丈夫…私になら出来るはずです。
何せ、私は朝からこの時の為のシミュレーションを欠かさなかったのですから。
終了の宣告を聞いてから須賀君の席へと近づくまで、しっかり思考した私にミスはあり得ません。
お陰で午前中の授業が一体、どんな内容だったのか思い出せませんが…それは些細な事です。
それよりもこのまま須賀君にお礼すら言えない方がよっぽど大事なのですから。
―― ピーンポーンパーンポーン
瞬間、聞こえてきたチャイムの音に私の肩が強張ります。
ピクンと微かに震えるそれはきっと緊張なのでしょう。
しかし、それはあくまでも許容範囲であり、私の計画を阻害するものではありません。
今の私に精神的動揺によるミスはあり得ないのです。
「お…もうこんな時間か。それじゃ号令」
「きりーつれーい。ありがとうございましたー」
その言葉が聞こえた瞬間、私はそっと腰を屈め、脇にぶら下がったカバンを手に取りました。
瞬間、視界に飛び込んできた青色の包をぎゅっと握り締めるのです。
そのまま包を持って顔をあげれば、須賀君は昼食を買いに席を立とうとしているところでした。
その周りには人はおらず、私と須賀君の間にも人一人が通れるラインがあったのです。
予想通り…いえ、それ以上の結果に私は内心、浮かれながら、彼を呼び止めようとして… ――
550: 2013/06/24(月) 21:54:56.42 ID:ebB0JPEdo
「あの…し、失礼しまーす…」
「…え?」
瞬間、聞こえてきたその声に私は意識をそちらへと向けてしまいました。
須賀君へと渡すべきお弁当をそのままに立ち尽くすそれは計画にはなかったものです。
それに私の理性が警鐘を鳴らしますが、しかし、身体が動く事はありませんでした。
だって、その声は…聞いた覚えのある…もっと言えば、昨日聞いたはずの声だったのですから。
「その…須賀君はいますか?」
ほんのすこし緊張を混じらせて紡がれる可愛らしい声。
それを放つのは黒髪の小柄な女の子でした。
ショートに切り揃えたその雰囲気は大人しく、まさに文学少女と言った風体です。
何処か小動物めいたその雰囲気はきっと男性の庇護欲を擽るでしょう。
決して華やかな何かがある訳ではないけれど、人の心を惹きつける少女。
私にとって彼女の第一印象はそんなものでした。
「あれ?咲」
「あ…京ちゃん」
そんな二人のやり取りに教室がざわめいたのは決して私の気のせいではないのでしょう。
私だって病室で二人のやり取りを聞いていなければ、かなりの動揺を浮かべていたのですから。
しかし、渦中の二人はそんな教室の変化に気づく事はなく、不思議そうな表情を浮かべながら近づいていくのです。
まるで二人だけの世界にいるかのようなそれに私の胸は張り裂けそうな痛みを覚えました。
551: 2013/06/24(月) 22:03:47.87 ID:ebB0JPEdo
―― 行かないでください…!
その痛みを泣き叫ぶような言葉が私の胸の中で響きました。
まるで二人の世界がそこにあるかのようなその姿に…私は後ろから縋り付いて止めたかったのです。
しかし、思わず口から飛び出してしまいそうなそれを私は理性と体面という言葉で抑えこみました。
だって、そんな事を口走ってしまえば…今もざわめきいているこの教室がより一層、動揺を広げる事になるのですから。
それは私も須賀君も…そして宮永さんも望むところではないのでしょう。
「はい。お弁当」
「って本当に作ってきたのか。有難うな」
「約束した事くらい護りますー」
―― お弁…当…?
しかし、そう思いながら成り行きを見つめる私の前で、宮永さんが須賀君に緑色の包を手渡しました。
私の持ってきたそれよりも一回り大きなそれを須賀君は嬉しそうに両手で受け取ります。
お礼と共に告げるその言葉から察するに私が逃げ帰った後、お弁当を作ると約束したのでしょう。
頭の中ではそう理解しながらも、私はその光景を信じる事が出来ませんでした。
―― 私だって…作って来たのに…。
そう。
私の手の中には彼に食べてもらう為に作ったお弁当があるのです。
眠れないからと朝早くから厨房にこもったそれは自信作で…須賀君も喜んでくれるはずでした。
そして…私はそんな須賀君に無茶をした事を責めながらも…ちゃんとお礼をするはずだったのです。
しかし、そんな私の計画は今、目の前で無残にも打ち砕かれ…粉々になっていったのでした。
552: 2013/06/24(月) 22:12:27.88 ID:ebB0JPEdo
「のどちゃん…大丈夫?」
そんな私の隣にいつの間にかゆーきが近寄ってきてくれました。
心配そうに私を見上げるその表情に私の胸はズキリと痛むのです。
しかし、私はそんな彼女に空元気を見せるところか、ろくに返事一つ返す事が出来ません。
ただ、身体の反応としてそっと頷きながら、私はじっと須賀君たちの様子を見つめ続けるのです。
「ちゃんと後で洗って返してね。前みたく忘れたなんて言ったら許さないから」
「はいはい。分かってるって」
そう言葉を交わす二人に教室のざわめきが再び膨れ上がります。
だって、それは二人が以前からそういったやり取りをしていた事が分かるものなのですから。
高校生活開始から一ヶ月、大体の人となりがわかりはじめた時期に投下されるその爆弾に皆が驚くのも無理ないでしょう。
この一ヶ月の間、そういったやり取りを見る事がなかったのですから尚更です。
「じゃあ…私もう行くから」
「おう。また後で…いや、ちょっとまってくれ」
「え…?」
「ん?」
そこで宮永さんを呼び止める須賀君の表情は微かに強張っていました。
微かにその頬を引き攣らせるそれは恐らく教室の雰囲気に気づいたからなのでしょう。
チラリと背中を伺うその視線には「失敗した」と言わんばかりの表情が浮かんでいました。
その表情に彼と特に中の良い一部の男子がゆっくりと近づき、包囲を始めます。
559: 2013/06/24(月) 22:24:21.09 ID:ebB0JPEdo
「…やっぱ俺も一緒に行くわ」
「逃がすな!追い込め!!」
「全てゲロって貰うぞ背信者京太郎!!」
「女子の弁当とかうらやまけしからん!俺にもちょっとよこせ!」
「ふざけんな!誰がやるか!!」
「…あ…」
そう言ってドタドタと駆け出す数人の男子から逃げ出すように須賀君が教室を飛び出して行きました。
そんな彼を追いかけて数人の男子も教室から出て行くのを、何人かの女子は呆れたように見送ります。
その他の女の子は大人しそうな外見からは想像もつかないほど大胆な事をした宮永さんを興味深そうに見ていました。
そんな彼女たちに気圧されるようにして小さく声をあげながら、宮永さんはそっと扉を閉めようとして… ――
―― ふと一瞬…視線が合ったような気がしました。
真っ直ぐに私の方を見つめるようなその視線はきっと気のせいなのでしょう。
だって、私と彼女はまったく面識がないのですから。
一方的に私だけが面識のある今の状態で、彼女に見られる理由なんてありません。
だからこそ、それはきっと…私が宮永さんを意識しているが故の誤解なのでしょう。
―― 意識…?私が…?
瞬間、浮かんできた自分の思考に私は疑問の声を返しました。
私にとって宮永さんは須賀君の幼馴染であるというだけで、意識するような対象ではないはずです。
確かに私の作ったお弁当が無駄になってしまいましたが、それは何も宮永さんの所為という訳ではないのですから。
私が事前に彼に伝えておけば、こんなブッキングが起こる事はなかったのです。
全ては…昨日、私があの場から逃げてしまった所為でしょう。
567: 2013/06/24(月) 22:33:53.32 ID:ebB0JPEdo
―― そう…宮永さんは…何も悪くはありません。
そう。
悪いのは弱かった私の方であり…彼女も須賀君も何も非などないのです。
しかし…どうしてでしょう。
さっきから私の胸は『取られた』という気持ちで一杯で…他の感情が割って入る余地がなかったのです。
まるで自分の事を棚に上げるようなそれが悪い事だと理解しながらも…私は自己嫌悪すら感じる事はありませんでした。
その分の嫌悪を、さっき会ったばかりの何の非もない少女に向けながら…私はぎゅっと包を握りしめたのです。
「のどちゃん…?」
「あ…ごめんなさい…」
そんな感情から私が開放されたのは伺うようなゆーきの言葉のお陰でした。
何処か怯えるようなそれに私は小さく謝罪しながら、そっと頬に手を当てます。
微かに強張るそこからまださっきの暗い感情が蠢いているのを感じました。
ゆーきのお陰で幾分、冷静になった思考が、そんな自分に自己嫌悪をわきあがらせます。
しかし、それでも胸の奥底に根付いた暗い感情を消し去る事は出来ず…私は胸の痛みを強くしました。
「ゆーき。これ食べますか?」
「え…?でも…」
それから逃げるように努めて明るく紡いだ私の声に、ゆーきは逡巡の言葉を返します。
一瞬、チラリと扉の方を見たそれは私がこのお弁当を作ってきた意図を察してくれているのかもしれません。
ですが…もう私が作ってきた意味は…なくなってしまったのです。
それを食べて欲しかった人はもう別の人のお弁当を手にしているのですから必要ないでしょう。
582: 2013/06/24(月) 22:51:03.61 ID:ebB0JPEdo
「遠慮しなくて良いんですよ。ゆーきにも色々とお世話になってしまいましたし」
「のどちゃん…」
「まぁ、タコスは入っていないので、ゆーきが良ければ…ですけれど」
そう言う私の声にゆーきは小さく笑いました。
元々、学食のタコスがあるという理由で清澄を選んだ彼女は筋金入りのタコス好きなのです。
そんな彼女に男性向けのお弁当は気に入って貰えないかもしれない。
そう思う私の不安を吹き飛ばすような明るい笑みに私はほんの少しだけ自己嫌悪を緩ませる事が出来ました。
「のどちゃんの料理は何時だって最高だ。お嫁さんにしたいくらいだじぇ!」
「もう…ゆーきったら…」
ぐっとガッツポーズしながら明るく言う彼女に、私は呆れるような言葉を紡ぎます。
しかし、その内心はゆーきへの感謝に溢れていました。
彼女がいなければ…私は病室の前に居た時のように泣きだしていたかもしれません。
ですが、努めて明るく振舞ってくれている彼女のお陰で、私はギリギリのところで踏みとどまる事が出来たのです。
「…有難うございます」
「何の事か分からないな!」
それに御礼の言葉を放つ私の前で、ゆーきはとぼけるような言葉を口にします。
そんな彼女に私も小さく笑みを浮かべてから…机を移動させ始めました。
その頃にはもう教室内のざわつきも収まり、各々がそれぞれに昼食を摂り始めます。
まるで最初から…何もなかったかのようないつも通りの雰囲気。
けれど、どれだけ見渡しても須賀君や彼の友人たちがいない事が私の心に突き刺さりました。
―― …私は……。
ドラマの話なんかの他愛ない話に移っているクラスメイトたちにとって、それはもう気にする事ではないのでしょう。
実際、さっきのそれは今までの日常からはかけ離れたイベントではありましたが、それを話題にするのにはあまりにも情報が少なすぎるのです。
須賀君がまた帰ってきた頃になると話は違うのかもしれませんが、今はまだ気にするようなものじゃない。
恐らくは皆そう思っている事なのでしょう。
587: 2013/06/24(月) 22:58:02.88 ID:ebB0JPEdo
―― さっきから…味がしません…。
ですが、そうやって私が口にする料理は殆ど味がしないものでした。
須賀君が喜ぶように何時もよりも濃い目の味付けにしたのは何度も味見で確認したのです。
故に私が味付けを失敗したなんて事はあり得ないでしょう。
ですが、そう思っても私の舌は麻痺したように味を感じず、ゆーきの話題にも気のない返事しか返せませんでした。
―― 須賀君は…今頃、何をしているでしょうか…。
追いかける友人たちから逃げ切れたのか、或いはもう捕まってしまったのか。
流石に未だに逃げているなんて言う事はないでしょう。
もしかしたら、もう宮永さんのお弁当に口をつけて、『美味しい』なんて言っているのかもしれません。
そう思っただけで私の目はジュッと潤み…悔しさに似た感情が胸の底から沸き上がってくるのです。
「のどちゃんのお弁当はすっごい美味しいじぇ!」
「ゆーき…」
そんな私を励ますような彼女の言葉に、私はほんの少しだけ救われました。
あぁ、私がやった事は無駄ではなかったのだと…そう思えたのです。
須賀君に手渡す事は出来なかったけれど、美味しいと言って貰えたんだって…自分の心を慰撫する事が出来たのでした。
590: 2013/06/24(月) 23:05:40.88 ID:ebB0JPEdo
―― ですが…それはほんの少しだけ。
勿論、そうやってゆーきに美味しいと言って貰えるのは嬉しい事です。
けれど…それは本来…須賀君から言ってもらえるはずの言葉だったのです。
少しだけ照れながら、けれど…嬉しそうにはにかみながら…そう褒めてくれるはずだったのでした。
ですが…それは今、私の目の前にはなく…代わりにその人は誰かのお弁当を『美味しい』と言っているのかもしれないのです。
―― …止めましょう。こんなのは…不毛です。
どう足掻いても、それは出口のない感情なのです。
思えば思うほど心が沈み込むだけの想像でしかありません。
そんなものに暗く沈むよりもゆーきの振ってくれている話題に少しでも良い返事をした方が有意義でしょう。
そんな事は…私にだって分かっていました。
―― でも…なんでなんでしょう…。
ただ…ほんの少しだけ行き違いになってしまっただけ。
それが刺のように胸の奥に突き刺さり、ズキズキとした痛みを走らせるのです。
そこから湧き上がる嫌な想像に…私はどれだけ目を背けようとしても出来ません。
まるでそれが今にも起こっている事実のように、胸中を浮かぶのを止められず…
―― 結局、私はろくに味が分からないまま昼食を終えたのでした。
592: 2013/06/24(月) 23:13:39.14 ID:ebB0JPEdo
……
…………
………………
―― その暗い気持ちは結局、放課後まで続きました。
結局、須賀君は昼休み終了ギリギリになって教室へと戻って来ました。
その周囲を友人たちに囲まれながらのそれは、途中で彼が捕まってしまった事を伝えます。
体育の授業を見る限り、須賀君の運動神経は悪くないはずですが、それでも数人がかりで逃げ切れるほどではなかったのでしょう。
うなだれる彼を時折、友人がからかう様を見る限り、幾らかお弁当を食べられてしまったそうです。
―― でも…それが私の胸に突き刺さって…。
だって、それは須賀君がそうやって落ち込むくらいに宮永さんのお弁当を楽しみにしていたという事なのですから。
もしかしたら…美味しい美味しいと言ってくれた私の料理よりも楽しみにしていたのかもしれない。
そう思うと胸の痛みが強くなり、感情がまた暗く沈み込むのが分かります。
結果、私は放課後までその感情に揺さぶられ続け、授業にも集中出来ていませんでした。
―― これから…どうしましょう。
勿論、これから先は部活の時間です。
昨日、いきなり休んでしまった分、今日は部室に顔を出さなければいけないでしょう。
しかし、今の私にとって、それは憂鬱な事でした。
何せ、部室に行くという事は須賀君とも顔を合わせなければいけないという事なのですから。
もし、彼から宮永さんのお弁当が美味しかった…なんて言われたら私はまた暗く沈んでしまう事でしょう。
…………
………………
―― その暗い気持ちは結局、放課後まで続きました。
結局、須賀君は昼休み終了ギリギリになって教室へと戻って来ました。
その周囲を友人たちに囲まれながらのそれは、途中で彼が捕まってしまった事を伝えます。
体育の授業を見る限り、須賀君の運動神経は悪くないはずですが、それでも数人がかりで逃げ切れるほどではなかったのでしょう。
うなだれる彼を時折、友人がからかう様を見る限り、幾らかお弁当を食べられてしまったそうです。
―― でも…それが私の胸に突き刺さって…。
だって、それは須賀君がそうやって落ち込むくらいに宮永さんのお弁当を楽しみにしていたという事なのですから。
もしかしたら…美味しい美味しいと言ってくれた私の料理よりも楽しみにしていたのかもしれない。
そう思うと胸の痛みが強くなり、感情がまた暗く沈み込むのが分かります。
結果、私は放課後までその感情に揺さぶられ続け、授業にも集中出来ていませんでした。
―― これから…どうしましょう。
勿論、これから先は部活の時間です。
昨日、いきなり休んでしまった分、今日は部室に顔を出さなければいけないでしょう。
しかし、今の私にとって、それは憂鬱な事でした。
何せ、部室に行くという事は須賀君とも顔を合わせなければいけないという事なのですから。
もし、彼から宮永さんのお弁当が美味しかった…なんて言われたら私はまた暗く沈んでしまう事でしょう。
593: 2013/06/24(月) 23:19:57.41 ID:ebB0JPEdo
「おい!京太郎!」
「ん?」
そう思う私の耳に須賀君を呼ぶゆーきの声が届きました。
ふとそちらに目を向ければ、そこには箒を手に持ちながら仁王立ちする彼女の姿があります。
カバンを持つ須賀君の前に立ちふさがるようなその姿は迫力に満ちていました。
まるでここから先は通さないと言わんばかりのゆーきはそのまま須賀君に指を向け、力強く唇を開きます。
「私、今日掃除当番だから、ちゃんとのどちゃんを部室までエスコートするんだじぇ」
「そうだな。昨日の今日じゃ不安だし」
「えっ!?」
そんな二人のやり取りに私は驚きの声を漏らしました。
私の知らないところで勝手に決まるそれに理解が追いつかないのです。
しかし、カバンを持った須賀君はそんな私にはお構いなしというようにこちらへと近づいてくれました。
「それじゃ…行こうぜ」
「あ…」
そうやって私に向けられる言葉は…一体、何時ぶりのものでしょう。
いえ、私にだって…それが2日ぶりだと言う事くらい理解できているのです。
しかし、その言葉に喜ぶ心の震えは、到底、2日ぶりとは思えません。
まるで一ヶ月ぶりにそうやって言葉を交わしたように…胸の中が喜びに溢れているのです。
「ん?」
そう思う私の耳に須賀君を呼ぶゆーきの声が届きました。
ふとそちらに目を向ければ、そこには箒を手に持ちながら仁王立ちする彼女の姿があります。
カバンを持つ須賀君の前に立ちふさがるようなその姿は迫力に満ちていました。
まるでここから先は通さないと言わんばかりのゆーきはそのまま須賀君に指を向け、力強く唇を開きます。
「私、今日掃除当番だから、ちゃんとのどちゃんを部室までエスコートするんだじぇ」
「そうだな。昨日の今日じゃ不安だし」
「えっ!?」
そんな二人のやり取りに私は驚きの声を漏らしました。
私の知らないところで勝手に決まるそれに理解が追いつかないのです。
しかし、カバンを持った須賀君はそんな私にはお構いなしというようにこちらへと近づいてくれました。
「それじゃ…行こうぜ」
「あ…」
そうやって私に向けられる言葉は…一体、何時ぶりのものでしょう。
いえ、私にだって…それが2日ぶりだと言う事くらい理解できているのです。
しかし、その言葉に喜ぶ心の震えは、到底、2日ぶりとは思えません。
まるで一ヶ月ぶりにそうやって言葉を交わしたように…胸の中が喜びに溢れているのです。
596: 2013/06/24(月) 23:31:25.00 ID:ebB0JPEdo
―― 存外…単純なものですね。
そうやって声を掛けられただけで、あっさりと喜んでしまう自分に胸中で自嘲の言葉を浮かべます。
しかし、そうやって自嘲気味に言葉を漏らしても、私の感情は揺らぎません。
勿論、その奥底に暗い感情が横たわっているのは変わりませんが、今はまったく気にならないのです。
さっきまで重苦しくて仕方がなかったそれかた開放された所為でしょうか。
須賀君に並び立つ私の足はここ数日で一番、軽いものになっていました。
「……」
「……」
けれど、そうやって並び立って教室を出ても、私達の間には沈黙が降りていました。
お互いに距離を測っているようなそれに、けれど、私はあまり気まずさを感じません。
そうやって須賀君が宮永さんではなく…私の傍に居てくれるのが嬉しいからでしょうか。
こうして並んで歩いているだけで私の心は喜び…暗い感情から解き放たれるのです。
―― でも…何時までもそうしてはいられません。
私の方は今でも十分、満足出来ているとは言え、須賀君の方はとても気まずそうにしているのです。
まるで何か言いたいような、けれど、どうにもそのきっかけを掴みかねているような様子をさっきから見せ続けているのですから。
普段は頻繁に話題を振ってくれている彼とは思えないその姿に、私はここが恩返しする場面だとそう心に決めたのです。
597: 2013/06/24(月) 23:44:19.68 ID:ebB0JPEdo
―― でも…何を話しましょうか…。
勿論、言いたい事は沢山ありました。
聞きたい事だって一杯一杯あったのです。
しかし、こうして須賀君の傍にいるだけでそれらは揺らぎ、思考の向こうへと消え去ってしまいました。
まるで彼の傍にいるだけで満足してしまっているような自分の奥底を私は必氏に探ります。
ですが、何が言いたかったのかをどうしても思い出せない私は少しずつ狼狽を覚え始めました。
「その…ごめんな」
「え…?」
そんな私の耳に届いたのは須賀君からの謝罪の言葉でした。
ポツリと、けれどはっきりと紡がれるそれに私は思わず彼の顔を見返してしまいます。
そこにあったのは気まずそうな、そして、恥ずかしそうなものでした。
けれど、一体、それがどうしてなのかまで理解が追いつかず、私はそのままじっと彼の顔を見つめてしまうのです。
「ちょっと調子に乗ってた。心配させてごめん」
「そんな…」
そう漏らす言葉に、私はようやくその謝罪が自分が囮になった事だと言う事を理解しました。
あの病室での様子から察するに彼は確信犯であったものの、私に心配かけた事を申し訳なく思ってくれているのでしょう。
ですが、それは全て事件を早期に解決する為のものだったのです。
勿論、それに対して言いたい事はありますが…謝って欲しかった訳ではありません。
寧ろ…それに関しては私の方が彼に謝らなければいけない事が沢山あるのです。
「私の方こそ…ごめんなさい。須賀君の言う事を聞かなかった所為であんな…」
「それこそ俺が調子に乗って携帯取られた所為なんだから。謝るのは俺の方だ」
そう思って紡いだ私の言葉を須賀君は首を振りながら答えます。
どうやら彼の中ではもう自分が悪いという事で確定しているようでした。
首を振る彼の表情は固く、申し訳なさに染まっています。
私がどれだけ自分の非を並べ立てても、それを変える事は出来ないでしょう。
ならば、ここで私がするべきは自分の非を訴える事ではなく… ――
631: 2013/06/26(水) 22:02:46.37 ID:YuOjUGv+o
「ありがとう…ございました」
「えっ」
そう謝礼を述べる私に須賀君は信じられないような表情を見せました。
まるでそう言われるのを欠片も想像していなかったようなその表情に私は小さく笑ってしまいます。
きっと彼はそうやってお礼を言われるような事をしたとは思ってはいなかったのでしょう。
あの気まずそうな様子から察するに、きっと些細な失敗で自分の事を責め続けていたのです。
「須賀君のお陰で、私は凄い助かりました」
「でも、俺は…」
「…そう自分を責めないでください。須賀君は…何度も私を助けてくれたじゃないですか」
初にストーカーのことを打ち明けてから今日までの間、彼は数えきれないほど私を助け、そして支えになってくれたのです。
それをこの場で忘れてしまうほど私は恩知らずではありません。
寧ろ、重視されるべきはあの事件が起こった日よりもそれまでに彼が積み重ねてくれたものでしょう。
幼馴染と仲直りしたいという自分の都合を曲げてまで私の事を支え続けたその献身性にこそ私は強い感謝を感じるのでした。
「百歩譲って須賀君が失敗したとしても…私は須賀君に…感謝しています」
勿論、それはあの日の彼の行動を悪いと思っている訳ではありません。
彼があの日に行動してくれなければ、もしかしたら私はあの人にひどい目に合わされていたのかも知れないのですから。
それは仮定の話ではありますが、決してあり得ないものではなかったのでしょう。
実際、ああやって事件になるまでの間に警察は何もしてくれず、警告はエスカレートしていくばかりだったのですから。
「えっ」
そう謝礼を述べる私に須賀君は信じられないような表情を見せました。
まるでそう言われるのを欠片も想像していなかったようなその表情に私は小さく笑ってしまいます。
きっと彼はそうやってお礼を言われるような事をしたとは思ってはいなかったのでしょう。
あの気まずそうな様子から察するに、きっと些細な失敗で自分の事を責め続けていたのです。
「須賀君のお陰で、私は凄い助かりました」
「でも、俺は…」
「…そう自分を責めないでください。須賀君は…何度も私を助けてくれたじゃないですか」
初にストーカーのことを打ち明けてから今日までの間、彼は数えきれないほど私を助け、そして支えになってくれたのです。
それをこの場で忘れてしまうほど私は恩知らずではありません。
寧ろ、重視されるべきはあの事件が起こった日よりもそれまでに彼が積み重ねてくれたものでしょう。
幼馴染と仲直りしたいという自分の都合を曲げてまで私の事を支え続けたその献身性にこそ私は強い感謝を感じるのでした。
「百歩譲って須賀君が失敗したとしても…私は須賀君に…感謝しています」
勿論、それはあの日の彼の行動を悪いと思っている訳ではありません。
彼があの日に行動してくれなければ、もしかしたら私はあの人にひどい目に合わされていたのかも知れないのですから。
それは仮定の話ではありますが、決してあり得ないものではなかったのでしょう。
実際、ああやって事件になるまでの間に警察は何もしてくれず、警告はエスカレートしていくばかりだったのですから。
632: 2013/06/26(水) 22:10:41.19 ID:YuOjUGv+o
「有難うございます。私は…須賀君に救われました」
「和…」
そう言いながら頭を下げる私に須賀君はポツリと言葉を漏らしました。
それが一体、どんな感情によるものなのか私は判別する事が出来ません。
しかし、そこにはさっきまでの自責の色はあまり感じられませんでした。
恐らくは…私の言葉は彼が自分を許す為の材料になれたのでしょう。
そう思うと少しだけ誇らしくなり、胸を張りたい気分になったのです。
―― 彼を勇気づけたのは…宮永さんではなく、私なんですから。
そう対抗心を抱くそれはきっと情けないものなのでしょう。
私が一人で勝手に…意識しているだけなのですから。
しかし、頭をあげた瞬間に彼が見せた安堵するような表情は…私の…私だけの手柄なのです。
そう思うと少しだけ『取り返せた』ような気がして…私はつい笑みを浮かべてしまうのでした。
「…はは。ホント、格好悪いな。こういう時…洒落た言葉の一つも出てこないや」
「いいえ。須賀君は…何時だって…格好良いです」
いえ、須賀君が格好悪かった時なんて殆どありません。
私の傍に居てくれる彼は…何時だって頼もしいものだったのですから。
あの時、意識が朦朧としながらもストーカーを抑えてくれた姿だって…最高に格好良いものだったのです。
そんな私にとって気恥ずかしそうに、けれど、何処か嬉しそうにその頬を掻く須賀君の姿は可愛らしく思えても格好悪くは映りません。
いえ、寧ろ、そうやって視線をそらす姿さえも何処か愛嬌のある魅力的な仕草に見えるのです。
「和…」
そう言いながら頭を下げる私に須賀君はポツリと言葉を漏らしました。
それが一体、どんな感情によるものなのか私は判別する事が出来ません。
しかし、そこにはさっきまでの自責の色はあまり感じられませんでした。
恐らくは…私の言葉は彼が自分を許す為の材料になれたのでしょう。
そう思うと少しだけ誇らしくなり、胸を張りたい気分になったのです。
―― 彼を勇気づけたのは…宮永さんではなく、私なんですから。
そう対抗心を抱くそれはきっと情けないものなのでしょう。
私が一人で勝手に…意識しているだけなのですから。
しかし、頭をあげた瞬間に彼が見せた安堵するような表情は…私の…私だけの手柄なのです。
そう思うと少しだけ『取り返せた』ような気がして…私はつい笑みを浮かべてしまうのでした。
「…はは。ホント、格好悪いな。こういう時…洒落た言葉の一つも出てこないや」
「いいえ。須賀君は…何時だって…格好良いです」
いえ、須賀君が格好悪かった時なんて殆どありません。
私の傍に居てくれる彼は…何時だって頼もしいものだったのですから。
あの時、意識が朦朧としながらもストーカーを抑えてくれた姿だって…最高に格好良いものだったのです。
そんな私にとって気恥ずかしそうに、けれど、何処か嬉しそうにその頬を掻く須賀君の姿は可愛らしく思えても格好悪くは映りません。
いえ、寧ろ、そうやって視線をそらす姿さえも何処か愛嬌のある魅力的な仕草に見えるのです。
633: 2013/06/26(水) 22:16:35.15 ID:YuOjUGv+o
「…え?」
「あっ…」
けれど、それはそう簡単に口にして良い言葉ではない。
それに気づいたのは私の目の前で須賀君が驚いたように私を見つめるからです。
まるで信じられないような言葉を聞いたかのようなそれに私の頬は一気に紅潮していくのが分かりました。
「ご、ごご…誤解しないで下さいね!そ、そういう意味じゃなく…お、お世辞!お世辞なんですから!」
「お、おう…」
それと共に湧き上がる羞恥心に私はついついそうやって可愛げのない言葉を放ってしまいます。
格好良いと思った事全てをまるごと否定するようなそれに須賀君は気圧されるようにそう頷きました。
恥ずかしすぎてその顔をはっきりと見る事はできませんが、もしかしたら変な女だと思われているのかもしれません。
―― わ、わわ…私ったら…な、なんて事を…!
本来ならお礼を言わなければいけない相手に、向けるその言葉は最低も良い所でしょう。
自分で口走っておいて、お世辞だと誤魔化したのですから。
正直、そうやって取り繕うよりはウソじゃないと言っていた方が幾らかマシだったでしょう。
けれど、時間はもう戻りはせず…その機会も失われて… ――
「あっ…」
けれど、それはそう簡単に口にして良い言葉ではない。
それに気づいたのは私の目の前で須賀君が驚いたように私を見つめるからです。
まるで信じられないような言葉を聞いたかのようなそれに私の頬は一気に紅潮していくのが分かりました。
「ご、ごご…誤解しないで下さいね!そ、そういう意味じゃなく…お、お世辞!お世辞なんですから!」
「お、おう…」
それと共に湧き上がる羞恥心に私はついついそうやって可愛げのない言葉を放ってしまいます。
格好良いと思った事全てをまるごと否定するようなそれに須賀君は気圧されるようにそう頷きました。
恥ずかしすぎてその顔をはっきりと見る事はできませんが、もしかしたら変な女だと思われているのかもしれません。
―― わ、わわ…私ったら…な、なんて事を…!
本来ならお礼を言わなければいけない相手に、向けるその言葉は最低も良い所でしょう。
自分で口走っておいて、お世辞だと誤魔化したのですから。
正直、そうやって取り繕うよりはウソじゃないと言っていた方が幾らかマシだったでしょう。
けれど、時間はもう戻りはせず…その機会も失われて… ――
634: 2013/06/26(水) 22:24:21.12 ID:YuOjUGv+o
―― いえ…そういうのがいけないんです。
そう引っ込み思案に陥りそうな思考を、私はそう叱咤しました。
そうやってすぐさま内側へと閉じこもってしまうからこそ、対人関係をちゃんと構築出来ていないのです。
悪いと思ったならば、或いは間違っていると思ったならば、機会云々なんて言わず…ちゃんと訂正すべきでしょう。
少なくとも…友達だと思っている相手にはそんな不義理をしたままにはしたくありません。
「あの…でも…私を助けてくれた時の須賀君は…ちょ、ちょっぴり…格好良かったです…」
「そ、そっか…」
そう思いながら紡いだ言葉に、須賀君は再び明後日の方向に視線を飛ばしました。
チラリとその顔に目を向ければ、そこには私に負けないくらいの紅潮が朱となって現れています。
視覚的に訴えてくるほどの恥ずかしさに、言った私の方も恥ずかしくなるくらいでした。
結果、私達の間にはまた沈黙がそっとその手を差し込み、何とも落ち着かない雰囲気になってしまうのです。
「で、でも…須賀君は私との約束破りましたよね?」
「う…それは…」
それを何とか打開しようとする私の脳裏に浮かんできたのは『危ない事はしない』という須賀君の約束でした。
私の信頼の根拠であり前提であったそれをあっさりと破られた事を私は決して忘れてはいません。
幾ら、格好良かったとは言っても、そのことについて一言くらい言ってやらないと気が済まないのです。
635: 2013/06/26(水) 22:33:27.23 ID:YuOjUGv+o
「私…アレだけ言ったのに…」
「いや…アレは不可抗力で…」
「…それを今更、信じられるとそう思っているんですか?」
気まずそうに言葉を紡ぐ須賀君に、もしかしたら私は騙されていたかもしれません。
しかし、彼は知らない事ですが、私は病室での二人のやり取りを聞いてしまっているのです。
彼自身が語った言葉を盗み聞きした私がそれを鵜呑みにするはずがありません。
寧ろ、そうやって誤魔化そうとする彼についついジト目を向けてしまうのです。
「い、いや…本当だって!俺もまさか襲われるなんて思ってなくてさ」
「……じゃあ…忘れものってなんだったんですか?」
そんな私に言い訳じみた言葉を並べる須賀君に私は冷たくそう言い放ちます。
実際、私は警察署で事情聴取の一環として、須賀君の荷物をチェックするのにも付き合わされているのです。
その中にはパジャマから制服から一式が揃えられ、忘れ物らしいものは見当たりませんでした。
少なくともあの場でわざわざ取りに戻らなければいけないようなものなんて一つも思いつかないくらいしっかりと準備されていたのです。
「枕だよ。俺、実は枕が変わると眠れなくてさ」
「それ…須賀君のお母様に聞いて良いですか?」
「う…」
それでも誤魔化そうとする須賀君に私は携帯を取り出します。
勿論、それはただのブラフでしかありません。
事件が起こった後、須賀君の両親とも連絡先を交換していますが、それは両親だけなのです。
私にまでそのデータが回ってくる事はなく、携帯の電話帳は一つたりとも増えていません。
しかし、それでも須賀君を追い詰める効果はあったようで、その表情を苦しそうに歪ませました。
636: 2013/06/26(水) 22:43:11.25 ID:YuOjUGv+o
「…どうしてですか?」
「…いや…その…」
「…どうして…私にそこまでしてくれるんですか?」
そんな須賀君に尋ねる言葉は、詰問するような強いものになっていました。
どうやら私は自分でも思っていた以上にその事について怒っていたみたいです。
一歩間違えれば私の所為で友人が…しかも、始めて出来た男友達が氏んでしまっていたかもしれないのですから。
しかし、折角、私を護ってくれた人に…そうやって問い詰めるべきではありません。
「…女の子が怖がっているってのに男の俺が何かしない訳にもいかないだろ」
「だからって…何も自分から危険に飛び込むような真似をしなくても良いでしょう!」
そう言い聞かせながらも、次の言葉は大声になってしまいました。
心の中に押し込めていた苛立ちをそのまま声にするようなそれに下校途中の生徒の何人かがこちらを振り返ります。
それに気恥ずかしさを感じながらも、しかし、ようやく蓋が開いた感情は収まりません。
昨日、病室でぶつけられなかったそれが私の胸の中を埋め尽くし、胸を苦しくさせるのです。
「そうやって須賀君を犠牲にしたやり方で助かっても…私…全然、嬉しくないです…」
その言葉に浮かぶ一番の感情は恐ろしさでした。
もし…須賀君が私の所為で氏んでいたら私はきっと自分のことを一生、許す事が出来なかったでしょう。
間接的にではありますが…須賀君が氏ぬ原因を作ったのは私なのですから。
結果、今回のように事件となって犯人が逮捕されても喜ぶ事なんて出来ません。
寧ろ、失った物の大きさに打ちのめされ、私はトラウマを抱えていた事でしょう。
637: 2013/06/26(水) 22:51:43.36 ID:YuOjUGv+o
「私の事を助けてくれるって言うのなら…ちゃんと…最後まで面倒見てください…」
「…ごめんな」
そこまで言った時にはもう私の声は震え…目尻には濡れたものが浮かび始めていました。
それを反射的に手で拭い去ろうとする私の視界にハンカチが映ります。
そのままゆっくりと目尻を拭ってくれるそれは優しく、そして暖かなものでした。
それに須賀君が生きてここに居てくれる事を遅ばせながら、ようやく理解した私から…ポロポロと大粒の涙がこぼれ始めます。
「…もうあんな真似はしない。約束する」
「約束したのに破ったじゃないですか…っ」
そんな私の顔を飽きずに何度も拭い去ってくれる須賀君の言葉を私は信じる事が出来ません。
何せ、あの病室でのやり取りを聞くに彼がこうした無茶をしたのは何も今回が始めてではないのですから。
流石に日常的にとは言わなくても、前科は一回や二回ではないのでしょう。
それを思うと彼の言葉をどうしても信じる事が出来ず、涙に濡れた目できっと睨んでしまうのでした。
「いや…もう絶対にそんな真似はしないって」
「どうして…そう言い切れるんですか…?」
しかし、須賀君はそんな私に怯むような様子は見せず、淡々と顔を拭いてくれるのです。
そうしながら絶対と断言するそれに私はそう尋ねました。
もし、特に根拠のないものだったら思いっきり泣いて困らせてやろう。
そんな前向きに後ろ向きな事を考えながら、彼を見つめる私の前で、須賀君はゆっくりと口を開くのです。
638: 2013/06/26(水) 23:01:03.29 ID:YuOjUGv+o
「そもそも…俺はそうホイホイ自分を囮に出来るようなヤツじゃない。本当は小心者で臆病者なんだ」
「そんな事…」
何処か自嘲気味に口にするその言葉を一体、誰が信じる事が出来るでしょう。
彼がやった方法というのはとても愚かではありますが、けれど、効果的で…勇気がなければ決して出来ない事だったのですから。
そもそも、彼が自分で言う通り小心者で臆病者だとすれば、私に関わらず距離を置いていた事でしょう。
それなのにこうして自分が怪我をするのも厭わずに助けてくれた彼がそうだとは到底思えません。
「いや、マジだって。実際、直前まで俺は実行に移すか迷ってたからな」
そう自嘲気味に笑う須賀君の言葉は当然のものでしょう。
誰だって怪我をするかもしれないと思えば、二の足を踏んでしまうものなのです。
それを気にせずに突っ切ってしまえるような人は、危険や怪我に慣れすぎて頭の中が麻痺しているだけでしょう。
安全な場所で生きていれば極自然なその反応に臆病だとは言えないはずです。
―― 何より…須賀君はそれでも実行に移してくれたのです。
そうやって迷って苦しんでいるのを表に出さず、最後まで私を気遣ってくれた彼。
それを臆病だと言う人がいるのだとすれば、それはきっとその人の方が間違っているのです。
普通の人の領域にありながら、誰かの為に傷つく事を厭わないその精神は寧ろ、優しいと称されるべきでしょう。
その行為そのものを私は心から喜ぶ事は出来ませんが、さりとて、迷いながら決断を下した彼を悪く言われるのは我慢出来ません。
それをして良いのは…世界でただ一人、彼に助けてもらった私だけのはずなのですから。
639: 2013/06/26(水) 23:10:17.57 ID:YuOjUGv+o
「何より…俺は誰相手にでもこんな事するほど酔狂じゃねぇよ」
「え…?」
ポツリと呟かれるその言葉に私は思わずそう聞き返してしまいました。
だって、その言葉はまるで私が特別だと思ってくれているように聞こえるのですから。
勿論、そんな事はあり得ません。
私はあまり可愛げのない女で…ついこの間まで須賀君ともギクシャクしていた間柄なのですから。
仲の良さで言えば、恐らく彼の友人の誰一人 ―― それこそ宮永さんどころかゆーきにさえ勝てないであろう私が、特別だなんてあり得ないでしょう。
「その…凄いエゴなんだけどさ。和は…どうしても俺の手で護ってやりたかったんだ」
けれど、そう言い聞かせても…須賀君のその言葉にドキドキするのは否めませんでした。
理性よりも自分の一時の感情を優先するようなそれは…私にある言葉を彷彿とさせるのですから。
彼の価値観を感じさせるそれを…私が忘れるはずがありません。
「…誰よりも傍で…ですか?」
「お、覚えてたのかよ…」
あの修羅場と言っても良いような騒動の中、はっきりと聞こえたその言葉。
それを口にする私に須賀君が気まずそうに視線を背けました。
その頬に再び朱色を混ぜるその姿はまるで拗ねた子どものようです。
それが可愛らしく映りますが…けれど、私にはそれに笑みを浮かべる余裕はありませんでした。
それよりも彼が次に何を言うかにその意識の全てを傾け、注視していたのです。
641: 2013/06/26(水) 23:34:46.26 ID:YuOjUGv+o
「まぁ…その…何て言うか…」
「……」
「そう…言う…事…なんだよな」
ポツリと、けれど、はっきりと口にする須賀君の言葉は愛の告白も同然でしょう。
だって、彼はあの騒動の中で、『愛しているなんて誰よりも傍で護れるようになってから言え』とそうはっきり口にしていたのですから。
勿論、それはあの騒動の中で犯人の敵意を自分に向ける為の言葉に過ぎなかったのかもしれません。
しかし、その漏らすその顔には…余裕めいたものなんてありませんでした。
まるで本当に告白してくれたようなそれに…私はトクンと胸を沸き立たせてしまうのです。
―― わ、わわ…私は…。
けれど、私はその言葉に答える事が出来ませんでした。
だって、私はそうやって告白された事なんて初めての経験だったのですから。
小中と女子校で育った私にとって異性とは程遠い存在だったのです。
勿論、最近だとあの犯人に愛を囁かれていますし、須賀君にはこれまで告白めいた言葉を何度も聞かされていますが、それはカウントに入らないでしょう。
犯人のアレは愛とは程遠いものでしたし、また彼も私を『可愛い』という時にこんな表情をした事はないのですから。
―― ど、どどどどどどどうしましょう!?
結果、私にもたらされたのは困惑に近い狼狽でした。
まさか須賀君にそんな風に思われているとは欠片も思っていなかった私にとって、それは予想外もいいところだったのです。
正直、呆然と須賀君を見つめる胸中には夢ではないかとさえ思っている私がいるくらいなのですから。
寝耳に水と言う言葉が相応しいそれに、私はどうすれば良いのか分からなって完全にその思考を固めてしまいました。
642: 2013/06/26(水) 23:35:15.28 ID:YuOjUGv+o
―― でも…少なくとも…嫌じゃない…です…。
それでもゆっくりと自分を振り返るその思考に私は胸中で小さく頷きました。
確かに驚きこそしましたが、今の私には厭うものなんて何もないのです。
困惑に満たされているはずの胸もさっきからトクントクンと脈打って全身に喜びを広げるのですから。
それが始めて告白された所為か、或いは須賀君に告白された所為なのかは…私にはまだ分かりません。
けれど、気まずそうな顔をしている彼にせめてそれだけは伝えなければと口を開き… ――
「わ、私は…」
「あ、いや、返事は良いんだ。あの事件の後でまだまだそういう事考えられない状態だって言うのは分かってるし」
そんな私の言葉を遮るように言いながら須賀君はそっと首を振りました。
まるで私の返事を拒絶するようなそれにほんの少しだけ私は悲しくなってしまいます。
けれど、今の私は困惑が強く、返事を今すぐ求めらていないというのは正直、幸いではありました。
さっきの言葉はあまりにも予想外過ぎて自分の中でろくに結論は出ていないのですから。
何をするにしてもまずは自分と向き合って答えを出す時間が必要でしょう。
「ただ、俺は和が思っているような立派なヤツじゃないって事を説明したかっただけなんだけど…あー…どうしてこうなるかなぁ…」
そう言いながらそっと肩を落とす須賀君に、私は何を言ってあげれば良いのかわかりません。
有難うというのは何処かズレている気がするし、ゴメンナサイだと誤解を招きかねないのですから。
しかし、私が変に突っ込んでしまった所為で、まるで事故のような告白が起こってしまったのは事実でしょう。
そう思うと申し訳なさが胸をつき、私の肩もそっと落ちるのです。
643: 2013/06/26(水) 23:42:52.53 ID:YuOjUGv+o
「…あ」
そうやって気まずい沈黙を交わす私達に部室の扉が現れました。
どうやらそうやって私がためらっている間にかなりの時間が過ぎていたみたいです。
それに安堵とも落胆とも言えない感情を抱く私の前で須賀君がそっと扉に手を伸ばしました。
恐らくその向こうには先輩方がいて…扉を開いたら最後…もういまみたいに二人っきりで話す事は出来ないでしょう。
「あの…須賀君」
「ん?」
そう思った瞬間、私の口は自然と開いていました。
まるでこの時間をまだ終わらせたくはないと言うように…はっきりと言葉を放ったのです。
しかし、その後に続く言葉なんて私が考えているはずがありません。
ついさっきの告白から未だ立ち直りきれていない私にとって自分で話題を探すというのはハードルが高い事だったのです。
―― で、でも…な、何か言わないと…須賀君が…!
そんな私に振り返る彼の表情はとても複雑なものでした。
期待しているような、それでいて不安が溢れそうな…矛盾したものだったのです。
私の言葉ひとつでどちらにも転びそうなその表情は、さっき私に告白したが故のものなのでしょう。
きっと彼は私から返事が貰えるのかもしれないと…そう内心、思っているのです。
644: 2013/06/26(水) 23:52:51.40 ID:YuOjUGv+o
―― …でも…私は勿論、そんな事出来なくて…。
少しは頭も回るようになりましたが、それは結局、問題の先送りをしているが故のものでしかないのです。
今の私は須賀君の告白に答えられる状態ではなく、そのつもりもありませんでした。
それなのに期待をもたせるだけもたせて、こうして黙っているのはあまりにも不誠実な状態でしょう。
けれど、ただ、彼と二人きりの時間がもう少しだけ欲しかっただけの私には…話題なんて… ――
「あ、あの…っ!今度…一緒に出かけませんか…?」
「え…?」
そう思った瞬間、私の口は勝手に動き出していました。
まるで須賀君と一緒にいたいという気持ちをそのまま顕にするそれに彼は驚いたように私を見つめます。
微かに目を見開いたそれに私は自分が口走ってしまった事の重要さを自覚しました。
だって…それは…半ば告白を受け入れるも同然の言葉なのですから。
告白されて…返事は良いと言ってくれた人に対して…デートに出かけるなんて…OKだと受け取られても仕方のないものでしょう。
「ち、違いますよ!こ、今回のお礼に色々としてあげなくちゃって思って…そ、それに…約束破ったお詫びだってしてもらわなきゃいけませんし!」
「そ、そうか。そうだよな…」
瞬間、耐え切れなくなった私の口からそんな言葉が漏れだしました。
必氏になって須賀君の期待を打ち砕こうとする自分の言葉に内心、嫌気が沸き上がってきます。
しかし、気づいた頃にはもう遅く、須賀君は気落ちした様子でシュンと肩を落としました。
まるで希望が打ち砕かれたその様子に、私の胸は痛みますが、けれど、勢いのまま口にしてしまった言葉をどう取り繕えば良いのか私には分かりません。
下手をすればさっきよりも傷つけてしまったであろう彼にどうフォローすれば良いのかなんてまったく思いつかないのです。
645: 2013/06/26(水) 23:57:34.49 ID:YuOjUGv+o
「あ…あの…」
「まぁ…それならそれで俺なりに頑張るだけだけどな」
「…え?」
それでも何とか彼を励まそうと声をかける私の前で彼はそっと顔をあげました。
その顔はまさにケ口リとしたと言うものが相応しく、私は呆然としてしまいます。
一体、さっきまでの気落ちしていた姿は一体、何だったのか。
思わずそう思うほどのそのギャップに困惑で滞った私の理解は追いつかなかったのです。
「デートコースしっかり考えてくるからな!」
「で、デートありませんってば!」
それでもぐっと握り拳を作る須賀君に言い放つのは、半ば反射的なものでした。
私にだってそれがデートという意識くらいはあるのですから、ウソもいい所なのです。
しかし、長年、染み付いた可愛げのない性格がそうやって意地を張り、須賀君の言葉を否定しました。
けれど、彼はニヤニヤとその頬を緩めて、私のことを見返してくるだけなのです。
「もう…心配して損しました…!」
そんな彼に言い聞かせるように言いながらも、私は内心、胸を撫で下ろしていました。
だって、彼の様子は私の言葉にまったく傷ついていない事を知らせるものだったのですから。
いつも通りの冗談めいた明るいその仕草に頬を膨らませながらも、ついつい嬉しく思ってしまうのです。
「まぁ…それならそれで俺なりに頑張るだけだけどな」
「…え?」
それでも何とか彼を励まそうと声をかける私の前で彼はそっと顔をあげました。
その顔はまさにケ口リとしたと言うものが相応しく、私は呆然としてしまいます。
一体、さっきまでの気落ちしていた姿は一体、何だったのか。
思わずそう思うほどのそのギャップに困惑で滞った私の理解は追いつかなかったのです。
「デートコースしっかり考えてくるからな!」
「で、デートありませんってば!」
それでもぐっと握り拳を作る須賀君に言い放つのは、半ば反射的なものでした。
私にだってそれがデートという意識くらいはあるのですから、ウソもいい所なのです。
しかし、長年、染み付いた可愛げのない性格がそうやって意地を張り、須賀君の言葉を否定しました。
けれど、彼はニヤニヤとその頬を緩めて、私のことを見返してくるだけなのです。
「もう…心配して損しました…!」
そんな彼に言い聞かせるように言いながらも、私は内心、胸を撫で下ろしていました。
だって、彼の様子は私の言葉にまったく傷ついていない事を知らせるものだったのですから。
いつも通りの冗談めいた明るいその仕草に頬を膨らませながらも、ついつい嬉しく思ってしまうのです。
646: 2013/06/27(木) 00:03:26.07 ID:Mkp0BQldo
―― 何より…関係が変わらないのが…嬉しかったです。
何だかんだ言いながらも、こういうやり取りを嫌ってはいないのでしょう。
だからこそ、告白しても関係そのものは変わらないんだと告げるようなその様子に、私は嬉しく思うのでした。
これなら…きっと…関係がどう転んでも大丈夫。
そう思いながら、私は浮かれる須賀君の代わりにそっと扉を開き、久しぶりの『日常』を謳歌したのでした。
……
…………
………………
今から思えば…全ての歯車はここから狂っていたのでしょう。
私がここでちゃんと自分と向き合っていれば…或いは彼が必要以上に明るかった事をちゃんと考えていれば…後のすれ違いはなかったはずなのです。
けれど…当時の私にとって状況に流され過ぎないようにするのが精一杯で、他の事を考える余裕なんてありませんでした。
この当時に私にとって、後に大きな破滅が待っている事なんてまったく想像もしておらず…ようやく帰ってきたその『日常』が永遠に続くと思っていたのです。
―― 永遠に続く関係なんて…決してないと…分かっていたはずなのに。
……
…………
………………
731: 2013/07/01(月) 00:35:19.12 ID:695+0BL1o
―― 誰だって初めてというのは緊張するものです。
『未知』というものは誰にでも立ち塞がる壁なのですから。
それが大きいか小さいかは人によるでしょうが、その時の私にとってそれは決して小さくありませんでした。
何せ…それは私にとって物語の中にしかないものに近く…今まで自分が経験するだなんて想像もしていないものだったのですから。
―― だ、大丈夫です。だって…こ、これは別にデートでもなんでもないんですから。
そう私が言い聞かせるのは駅前の広場でした。
大きな柱時計に背を向けるようにして立つ私は、さっきからそう何度も自分に言い聞かせていたのです。
しかし、何度そうやっても私の心はまったく落ち着かず、手足もそわそわとしてしまいました。
無意味に自分の髪の毛を弄った回数はもう数えきれません。
しかし、それでも待ち人 ―― 私と出かける約束をした須賀君は未だ現れませんでした。
―― 流石に…一時間前に来るのは早すぎたでしょうか…。
そうは思うものの、私にはデートをした経験なんてないのです。
一体、待ち合わせの何分前に着いておくのがマナーなのかも勿論、分からず、こうして先走ってしまったのでした。
結果、一時間前に着いてしまったのは自分でもやりすぎな気がしなくもないです。
とは言え…もし、須賀くんを待たせてしまったら心苦しいですし、これはコレで良かったのかもしれません。
―― それに…こうして待つのは嫌な気分ではありませんし。
勿論、私は今も落ち着きがなく、視線を彷徨わせていました。
その視界の端に須賀君らしき人が映る度についついそっちに顔を向けてしまうくらいです。
そんな風に落ち着きをなくした自分を感じるのは…正直、そうあるものではありません。
けれど、それが決して嫌なものかと言えば、決して違うのです。
―― さっきから…胸の中がドキドキして…。
髪を弄っていた手をそっと胸元に当てれば、そこにはトクントクンと規則正しく脈打つ心臓がありました。
けれど、その脈動は普段のものよりも力強く、そして何処か暖かく感じられるのです。
こうして身体が強張りそうな緊張の中で湧き上がるそれは私が決して今の状態を嫌がっていない証なのでしょう。
そうやって落ち着きをなくした自分ごと…今の私は受け入れる事が出来ているのです。
―― 不思議な…気分ですね。
自分で身体をちゃんと制御しきれないくらいに緊張しているのに、決してイヤではない自分。
それにクスリと笑みを漏らしながらも…私はそれがある意味で当然であると認めていました。
何だかんだ言いながらも…私は、今日こうして須賀君とお出かけするのを楽しみにしていたのでしょう。
―― も、勿論!それは須賀君の事が好きとかそういうんじゃないですけれど!!
ただ…そう、ただ…私は須賀君と一緒にいるのが…それほど嫌いではないのです。
他愛ない話をして…からかわれて…拗ねて…たまに反撃して…。
そんななんでもないやり取りを…私は内心、望んでいたのです。
ここ最近、色々あった所為で出来なかったそれを取り戻そうと…心の中でそう決めていたのでした。
―― だから…今日は絶好の…機会なんです。
今日のデート…いえ、お出かけにはゆーきも誘ってはいません。
文字通り須賀君と私だけの…二人っきりお出かけなのです。
それにまるでゆーきを仲間外れにしたような気がしますが…けれど、彼女にはどうしても言えませんでした。
須賀君の傍にゆーきがいると…どうしても会話の中心が二人の方になってしまうのですから。
そんな二人を見るのは好きですが…やっぱり今日という日の主役を譲りたくはなかったのです。
―― それに…その…ゆーきにはこの服の事も知られていますし…。
そう思うのは私が着ている服が原因でした。
普段着ているものよりもフリル多めのそれは所謂『よそ行き用』という奴です。
白地のワンピースからフリルが漏れるそれはまるでお姫様の着るドレスみたいで一目で気に入ったものでした。
しかし、買った後で着てみると思いの外、恥ずかしく、結局、今まで着る機会は一度もなかったのです。
それがとっておきだと言う事もゆーきは知っているので…私がどれだけ今日という日を楽しみにしていたか彼女に丸わかりになるでしょう。
732: 2013/07/01(月) 00:35:49.13 ID:695+0BL1o
―― 須賀君は…可愛いって言ってくれるでしょうか…?
自分でもあんまり可愛げがないって思う私にだって…そう言った期待はあるのです。
昨日からずっと悩みに悩んで選んだ服を…似合ってるって…可愛いって言ってほしいという期待が。
勿論…気遣いの上手な彼はきっと私を褒めてくれる事でしょう。
そう思いながらも私は不安混じりの期待を抑える事は出来ず、モジモジとしてしまいました。
―― 言ってくれなかったら…お昼は抜きですね。
そう思う私の手には小麦色のバスケットがぶら下がっていました。
その中には勿論、今日の為に頑張って作った二人分のお弁当が入っています。
昨日から仕込みを始めたそれは以前よりも遥かに手間が掛かっている自信作でした。
きっとこれなら間違い無く須賀君は美味しいと言ってくれる。
そう思えるほどの会心の出来に、私は一人キッチンでガッツポーズを取ったくらいなのですから。
―― これなら…きっと…宮永さんにも負けないはずです。
勿論、宮永さんがどれくらい美味しいお弁当を作るのかは分かりません。
もしかしたら私以上に彼の味覚を熟知しているのかもしれないのです。
しかし、それでも、私はこのお弁当なら引けをとるとは思えませんでした。
私の人生を振り返っても、これほどの出来は一度たりともなかったくらいなのですから。
―― その代わり…ちょっと作りすぎてしまいましたけど…多分、大丈夫ですよね。
大きめのバスケットの中にはぎゅうぎゅうに詰め込まれるようにお弁当が入っているのです。
正直、こうして手に下げているだけでも重いくらいのそれに少しだけ不安を感じました。
しかし…須賀君は食べ盛りの男の子なのです。
普段、彼が食べている量の二倍くらいありますが、きっと食べきってくれる事でしょう。
―― まぁ…何処で食べるかって言う問題はありますが…。
しかし、前回の反省を活かした私は、既にお弁当を作ってくることを彼に伝えているのです。
それに須賀君も了承してくれたのですから、ちゃんとその為のデートコースを考えてくれているでしょう。
まぁ…考えてくれていなかった場合は、ジュースの一本でも奢ってもらえばそれで済む話です。
須賀君もあんまりこうしてデートした経験もないらしいので、ちょっとした失敗くらいは大目に見てあげるべきでしょう。
―― でも…一体、何処に行くんでしょう…?
これまでメールで打ち合わせをしてきましたが、結局、何処に行くつもりなのか須賀君は教えてくれませんでした。
服装や靴の指定を聞いてみましたがなんでも良いと言われたので、何かしら運動したり遠出するような事はないのでしょう。
そうなるとこの辺りでは映画館かショッピングくらいが主な選択肢になるのですが… ――
―― そ、そう言えば…劇場版エトペンが2週間前から封切りでしたっけ…。
エトピリカになりたかったペンギン ―― 通称エトペンは私の大好きな本のキャラクターです。
そのぬいぐるみを抱きしめないと眠れないほど熱心なファンである私にはその映画がとても気になっていました。
新年度や事件に巻き込まれたのもあって見に行けませんでしたが…正直、私が今見たい映画と言えばそれだったのです。
―― 須賀君に言うべきでしょうか…いえ、でも…子どもっぽいと思われるのはイヤですし…。
とは言え、それをストレートに彼に言う事が出来るかと言えば、やっぱり否です。
最近は須賀君が居ても部室で寝るようになったので、彼も私の趣味をなんとなく察してくれている事でしょう。
ですが、須賀君はこれまでそんな私に突っ込んだりせず、エトペンの事もスルーしてくれていました。
そんな彼に自分の趣味を告げるのはやっぱりかなりの勇気がいる事だったのです。
―― な、何はともあれ…須賀君が来てからですね。
そうやって悩むのは別に今日に始まった事ではありません。
お出かけが決まってからほぼ毎日、ベッドの中で悶々としていた事だったのです。
そんなものが当日になったところで答えが出るはずがなく、考えるだけ無駄な事でしょう。
そう思考を打ち切りながら、私はそっと時計を見あげれば、そこにはほんの1/4ほど進んだ分針がありました。
―― 後…45分…ですか。
こうやって悶々としている間に15分ほど進んだ時計。
それを早いと見るか遅いと見るかは人それぞれでしょう。
しかし、私は正直…それを遅いと感じていました。
こうして悶々とするのは決して嫌なものではありませんが、やっぱり楽しみな気持ちはそれよりも遥かに大きいのです。
早く須賀君に会って…いろんな話がしたい。
そう思う気持ちはもう抑えられず、私は再びそわそわとしていました。
―― ピリリリ
「…あれ?」
そんな私の耳に届いた着信音は思ったよりも近いものでした。
まるで私が手に下げるバスケットから鳴っているようなそれに私はそっと中を覗き込みます。
そんな私の視界に飛び込んできたのはエトペンのストラップがついた自分の携帯と…その画面に表示されている須賀君の名前でした
733: 2013/07/01(月) 00:36:22.09 ID:695+0BL1o
―― どうかしたんでしょうか…。
まだ待ち合わせの時間まで45分もあるのです。
そんな時間に届いた待ち人からの着信に私は嫌な予感がしました。
正直なことを言えば…それをとるのを拒否したいくらいです。
ですが、もし、それが大事な要件であれば、彼に迷惑を掛けてしまう事でしょう。
そう思うと出ない訳にもいかず…私はおずおずと携帯を取り出し、通話ボタンを押したのです。
「…もしもし?」
「あ、和か?」
瞬間、私の耳に届いたのは聞き慣れた須賀君の声でした。
それに一つ安堵するのは彼が事故にあったという最悪の予想から免れたからです。
とは言え、それはあくまでも最悪のもの。
未だ私の中の嫌な予感はなくならず、胸の中に焦燥感が滲み始めました。
「はい。どうかしたんですか?」
「えっと…すまん。さっきちょっと電話があって…」
そう言葉を切り出す彼の声には焦燥が浮かんでいました。
まるで目の前で誰かが危ない目に遇っているようなそれは、少なくとも平静とは思えません。
瞬間、まるですぐ後ろに嫌なものが迫ってきているような嫌な予感が胸を突きました。
ジクジクと心の中に染みこむようなそれにさらに焦燥感を強めた瞬間、私の耳に須賀君の声が届きます。
「…悪い。今日、ちょっと行けなくなった」
「…え?」
それは正直、信じられない言葉でした。
だって、彼もまた私とのお出かけを楽しみにしてくれていたはずなのです。
デートコースだって言いながら、私と出かける場所を色々と考えてくれていたのですから。
そんな彼が当日のギリギリになってキャンセルするだなんて…よっぽどの事がなければありえないでしょう。
それをねじ曲げるほどの電話というのはただ事ではありません。
そう思うと再び須賀君の事が心配になりますが、今は…落ち着いて事情を聞くのが先決でしょう。
「…何かあったんですか?」
「ちょっと咲…いや、幼馴染が熱でやばいみたいでさ」
「っ…!」
瞬間、聞こえてきたその言葉に私は思わず息を飲みました。
まるで沸き上がってくる自分の感情を必氏になって押し込めようとしているようなそれに…けれど、心は止まりません。
苛立ちのような…悲しみのようなドロドロとした感情を底から沸き立たせ、私の胸を埋め尽くしていくのです。
「親も仕事でもうとっくに出かけてるけど…熱でベッドから起きれないって聞いて…ほっとけなくて…」
そんな私に気づかずに、須賀君は申し訳なさそうにそう言います。
その声音に悲しそうなものも混ざっているのは…彼もまた私とのお出かけを楽しみにしてくれていたからなのでしょう。
しかし…それは今の私にとって何の救いにもなりませんでした。
今の私にとって何よりも大きかったのは…『須賀君が宮永さんの所為で来れなくなった』という事なのです。
「そう…ですか…」
それでも振り絞ったその声は微かに震えていました。
まるで自分の感情を吐露しようとするようなそれを私は拳を握って押しとどめます。
一番、苦しいのは私ではなく、こうやってキャンセルの連絡をいれなければいけない須賀君の方なのですから。
私が幾ら彼に感情をぶつけたところで…須賀君が困ってしまうだけなのです。
―― 須賀君は困っている友人を見捨てるような人じゃないんですから。
ここで宮永さんを見捨てて私に会いに来るような人なら、私はきっとここまで心を許しはしなかったでしょう。
きっと内心で距離を取りながら当たり障りなく接していただけのはずです。
だから…須賀君がそうして私ではなく宮永さんを優先するのは…至極、当然で当たり前の事なのです。
けれど…そうと分かりながらも…私は自分の胸の痛みを否定する事が出来ませんでした。
―― また…『また』なんですか…!!
こうして須賀君を宮永さんにとられるのは…別に今回が初めてではありません。
いえ…ここ最近は殆どずっとと言っても良いくらいなのです。
デートの約束をした日から宮永さんは頻繁に須賀君に会いに来るようになったのですから。
お陰で教室で須賀君と話す事は出来ず、部室でもゆーきが彼にべったりであまり機会がありません。
だからこそ、今日こそはそれを楽しもうと思っていたのに…それをまた目の前で奪い取られてしまったのです。
「あの…和?」
「いえ…すみません。それなら仕方ないですね」
そう答える声は思った以上に平坦なものになっていました。
自分でも驚くほどに冷たいそれに須賀君が電話口の向こうで怯むのが分かります。
それに胸が申し訳無さで痛みながらも…けれど、私にはどうする事も出来ませんでした。
だって…今の私の内側にはそれよりももっと醜い感情が荒れ狂い…轟々と唸っていたのですから。
一端、口に出してしまったらもう止まらないであろうその感情を押さえ込むには、そうやって言葉を冷たくする他なかったのです
734: 2013/07/01(月) 00:36:47.72 ID:695+0BL1o
「その…本当にごめん。今度、埋め合わせはするから…」
「気にしないでください。仕方のない事だって理解していますから」
えぇ。
私にだって…理解は出来ているのです。
須賀君がやっている事は決して間違ってはいません。
間違っているのはそれを仕方ないんだって…人として当然の事なんだって、許容出来ない私の方なのです。
けれど…けれど…どうしても…私は自分の感情を抑える事が出来ません。
自分勝手で…無茶苦茶な理屈だと分かっていても…私のことを一番に優先して欲しかったのです。
―― …苦しくて…息が詰まりそうです…。
きっと今の私は表面上はとても平静を装えているのでしょう。
理性の全てを総動員して作り上げた仮面は、強固なものだったのですから。
しかし、その奥底で感情に翻弄される私の胸は…今にも張り裂けてしまいそうでした。
須賀君が私ではなく…宮永さんの看病を選んだというだけで…私は今、氏にそうなほどに苦しんでいたのです。
「京ちゃん…京ちゃん…何処…?」
「ちょ…咲!?」
そんな私の耳に届いたのは熱っぽい宮永さんの声でした。
こうして電話口からでもはっきりと分かるそれは彼女がとても苦しんでいる事が伝わってくるのです。
しかし…それでも…私はコールタールのような暗く淀んだ感情を捨て去る事が出来ません。
こうして私にも聞こえるくらいに…須賀君の傍にいる彼女に…私は今、間違いなく嫉妬していたのです。
―― そこは…私の場所であったはずなのに…!
今日の私は…そこにいたはずなのです。
今日の須賀君は…私の傍にいてくれるはずだったのですから。
しかし…その居場所は彼女に奪われ…私は一人ぽつんと…立っているだけ。
その虚しさとやりきれなさに目元が赤くなり、目尻がそっと濡れるのを感じました。
「バカ…!ちゃんと部屋で寝てろって言っただろ!」
「ごめんなさい…でも…」
心配そうに声を荒上げる須賀君の言葉に宮永さんは小さく謝罪の言葉を返しました。
それは彼の言いつけを破ってベッドから抜け出したからでしょう。
しかし、それでも宮永さんがその場を離れる気配はありませんでした。
助けを呼ばなければどうにもならないほどの熱を出している彼女にとって、頼れるのは須賀君だけなのです。
その姿が見えないというのは無性に寂しくなるものなのでしょう。
「…」ギリッ
しかし、それが私にとってはあてつけに思えて仕方がありませんでした。
須賀君は…自分を選んだんだって…私ではなく…自分の傍にいるんだって…そう言われているように思えるのです。
勿論、そんなものは私の錯覚であり…考えすぎなのでしょう。
ですが、今まで須賀君を彼女に取られ続けた私にとって…それは決して振り払えないイメージだったのでした。
「あー…もうほら…そんなフラフラになって…ほら、手ぇ貸せよ」
「本当にごめんね…」
「気にすんな。これくらいの我侭くらい可愛いもんだ。それに普段、俺の為に色々やってくれてるんだからたまにはお姫様気分味わっとけ」
「っ…!」
そんな私にトドメを刺したのは須賀君の言葉でした。
恐らく彼にとって…それは何の毛ない普通のものだったのでしょう。
冗談めかした彼らしい言葉だったのですから。
しかし…それを内心、期待していた私にとって…それはもう耐え切れるものではありませんでした。
もうコレ以上…聞いていられなくなって…私は反射的に通話を切ってしまったのです。
「あ…」
その事に気づいた時にはもう全てが遅かったのです。
携帯の画面は元へと戻り、既にそれが須賀君へと繋がっていない事を私に知らしめました。
勝手に途中で切ってしまうだなんて最悪なことをしてしまった自分に…私は強い自己嫌悪を感じます。
けれど、私はそれを再び繋ぎ直す気にはなれず、その場で呆然としていました。
―― もし…またあんなやり取りが聞こえてきたら…私…。
今でさえも…私の胸は苦しくて…今にも押しつぶされてしまいそうだったのです。
自分では到底、制御出来ない感情に振り回され、もうどうしていいか分かりません。
そんな私の耳にまた宮永さんとのやり取りが聞こえてしまったら…私は苦しさでどうにかなってしまうかもしれません。
今だって…私は…苦しくて…悲しくて…おかしくなってしまいそうだったのですから。
―― …お弁当も服も…全部…無駄になっちゃいました…。
それは本来…須賀君に食べて貰う為のものであり、須賀君に褒めてもらうう為のものだったのですから。
しかし、彼は宮永さんの看病をする為にここには来てくれず、全て無駄になってしまったのです。
いえ…それだけじゃありません。
私がさっきまで…考えていた色々な事も…全部が全部無に帰して…こぼれ落ちていってしまったのです。
735: 2013/07/01(月) 00:37:28.78 ID:695+0BL1o
―― 私が…一体…何をやったって言うんですか…。
私は…何も悪い事をしていません。
ただ…須賀君と二人っきりになれる機会を楽しみにしていただけなのです。
それなのに…私の手から楽しみにしていたものはこぼれ落ち…手の中には何一つとして残りません。
その空虚さに胸がズキズキと痛みますが、不思議と濡れた目尻から涙は出ませんでした。
私の作った理性の仮面はあまりにも強固だったのか、顔も固まったままろくに動かないのです。
―― …須賀君…。
そんな私にも…一つだけ希望がありました。
それは…さっきあんな失礼な切り方をしてしまったという事です。
もしかしたら…彼は心配してこっちに来てくれるかもしれない。
宮永さんの看病よりも…私とのデートを…お出かけを優先してくれるかもしれない。
そんな…ありえないはずの希望が…私の心を支える唯一のものだったのです。
―― でも…一時間待っても…二時間待っても…彼は来てくれませんでした。
勿論、来てくれるはずがありません。
須賀君は宮永さんの看病を放り出すような人ではないのですから。
そんなものは…私にだって分かってるのです。
しかし、それでも…私はその場を離れられませんでした。
もしかしたら…もしかしたらと待ち続け…立ち尽くし続けたのです。
―― そんな私が諦めたのは日が落ちてからでした。
結局…待ち合わせから半日経っても彼は現れてくれませんでした。
携帯を見ても…そこには一件の電話もメールも入ってはいません。
それを確認した瞬間、私は自嘲に曇った笑みを浮かべてしまいました。
きっと…途中で電話を切ってしまった私のことを…須賀君は呆れてしまったのでしょう。
自分勝手で…我侭な私に…付き合えないって…きっとそう思われたのです。
――…帰り…ましょうか…。
何処か空虚な言葉を胸中で浮かばせながらも、私はすぐさま立ち上がる事が出来ませんでした。
その腰はベンチに腰掛けたまま微動だにせず、身体は虚しさと無力感に満ちていたのです。
それでも数分後、身体に鞭を打つようにしてそっと立ち上がり、私はゆっくりと帰路につきました。
―― その途中で今日の夕飯の為のお買い物をして…。
今日のお出かけを知って夕飯を作らなくても良いと両親は言ってくれていましたが、折角、余暇が出来たのです。
日頃から頑張ってくれている二人の為に夕食くらいは作るべきでしょう。
とは言っても、今からではあんまり手の込んだものを作る事は出来ません。
特に下準備もなく焼いたり混ぜたりと言った程度のものでしょう。
「…ただいま」
そんな私が帰ってきた時にはまだ家に光が灯されていませんでした。
やっぱり今日も両親は忙しく、まだ帰ってくるには時間が掛かるのでしょう。
或いは私が友達と出かけると言っていたのを聞いて、二人で食事にでも出かけているのかもしれません。
そう思いながらリビングに入りましたが…テーブルには書き置き一つありませんでした。
何かあればちゃんと連絡をよこす几帳面な両親の事ですから…きっとまだ帰ってきていないのでしょう。
「さて…」
そんな誰も居ないリビングで私が真っ先に手にとったのは買い物袋ではありませんでした。
ずっとその手に抱えていたバスケットだったのです。
それを両手で抱えながら私はキッチンへと入り、ゆっくりと生ゴミ用のゴミ箱を開けました。
そこに会心の出来だと思った料理を放り込むのは…もうそれが食べられたものではないからです。
梅雨入り間近のじりっとした暑さを見せた今日、半日も常温で放置していたら…中身が腐っていてもおかしくないのですから。
―― だから…仕方のない事なんです。
本当にそれを無駄にしたくなかったのであれば、私はすぐさま家へと帰るべきだったのです。
そうすればきっと両親と一緒にそれを食べ、二人に褒めて貰う事が出来たでしょう。
しかし、私は一縷の…いえ、一縷すらない望みに賭けて…それを無駄にしてしまいました。
どうしても須賀君に食べて…褒めてほしいって…思った所為で…食べられないものにしてしまったのです。
「ひっく…ぐす…っ」
そう思った瞬間…私はもう自分の感情を止められませんでした。
これまで平静を装っていた仮面がバキバキと砕け、奥から涙と嗚咽が溢れるのです。
それに…とっておきだったはずの服が汚れてしまうのを見ながら…けれど、私はそれを止める事が出来ません。
まるで今日一日の事を全て洗い流そうとするように泣き続け…けれど、収まらない感情に…私は…… ――
……
…………
………………
744: 2013/07/02(火) 21:35:30.19 ID:DeH0Wh9Uo
―― 次の日、私の携帯に須賀君からのメールが届きました。
そこにはアレから宮永さんが倒れて病院に付き添っていた旨が書かれてありました。
結果、私に連絡出来なかった事とドタキャンになった事を詫びるその文面に私は一つ安堵したのです。
そうやってメールをくれたという事はあんな電話の切り方をした所為で嫌われた訳ではなかったのでしょう。
少なくとも最悪の予想が外れた事に私は安堵を感じながらも…しかし、心穏やかではいられませんでした。
―― それくらいあの日の事は私の中で大きかったのです。
仕方がなかったとは言え、須賀君が私ではなく…宮永さんを選んだ事に…私は思った以上にショックを受けていました。
それはベッドに逃げ込むようにして眠った後にも尾を引いていたのです。
ふと気を抜いた時にあの日の出来事が脳裏に浮かび、胸が締め付けられるのですから。
―― それはきっと…さらに頻繁にクラスに顔を出すようになった宮永さんに関係しているのでしょう。
これまで彼女は来る日と来ない日がありました。
しかし、ここ最近は、ほぼ毎日、クラスに顔を出し、須賀君と話していくのです。
恐らくあの日の看病で完全に蟠りを消し去る事が出来たのでしょう。
それを思わせる関係はとても微笑ましく…それでいて私の胸を疼かせるものでした。
745: 2013/07/02(火) 21:44:19.83 ID:DeH0Wh9Uo
―― だって…そうやって二人が仲直りしている後ろで…私が犠牲になっているのですから。
あの病室で二人が仲直りを始めた時も…私は須賀君にお見舞いが出来ませんでした。
そして今回も…私は須賀君にお出かけをドタキャンされてしまったのです。
宮永さんが須賀君と仲直りして彼と接近する度に…結果的に私が損をしているのでした。
勿論、それは結果的にであり、二人が私に意地悪しようとしているからではありません。
しかし、そう分かっていても…彼女に対して蟠りを捨てきれるほど私は清い女性ではなかったのでしょう。
―― そして何より…今も私は宮永さんに『奪われて』いるのです…。
そうやって急接近する二人の関係をクラスの皆も好意的に見ているのでしょう。
からかいやすい須賀君の雰囲気も相まってか、最近は二人を『夫婦』と揶揄する声も増えていました。
けれど…それは元々…私に向けられたものだったのです。
あの日…須賀君が私を追いかけてくれた日から…私と須賀君に与えられた言葉だったのです。
それさえも…後から現れて奪っていく彼女の事を…私はどうしても好きになる事が出来ませんでした。
「…はぁ…」
そしてそうやって宮永さんの事を嫌いになればなるほど…私は自分に嫌気が差すのです。
自分の惨めさと矮小さに自己嫌悪が止まりません。
いえ、それどころか日増しに強くなっていくのを感じて…私はついついため息を吐いてしまったのです。
746: 2013/07/02(火) 21:51:48.40 ID:DeH0Wh9Uo
「どうかしたの?」
「あ…」
そんな私の耳に届いたのは心配するような部長の声でした。
それにここが部室である事をようやく思い出した私は小さく声をあげてしまいます。
しかし、さっきまで物思いに耽っていた私にそれを取り繕う言葉が出て来ません。
頭の中も妙にぼんやりとして…はっきりしないのです。
「最近、ちょっと変よ」
「…すみません…」
自分でも今の状態がおかしい事くらい理解していました。
頭の中は須賀君と宮永さんの事で一杯で…ろくに集中出来ていないのです。
お陰でここ最近は麻雀でもミスが多く、集中力のきれたゆーきにまくられる事だってありました。
恐らくインターミドルの頃よりも今の私は弱くなっているでしょう。
そうは思いながらも…頭の中に浮かぶもやもやは晴れず、集中することが出来ませんでした。
―― 私が人に誇れるものなんて…麻雀しかないのに…。
インターミドルチャンプ。
その称号は私にとっても誇らしいものでした。
そこに至るまでに色々な人に助けてもらい、自分でも努力したのですから当然でしょう。
麻雀が好きだからこそ、そして麻雀を通して出会った人々が素晴らしかったからこそ到達出来たそれは私の人生の中でもひときわ輝くものです。
それ以外が精々が人より優れている程度でしかない私にとって、麻雀は唯一、他人に誇れるものでした。
747: 2013/07/02(火) 22:01:46.78 ID:DeH0Wh9Uo
「私で良ければ相談に乗るけど…」
「それは…」
そう言ってくれる部長の心遣いはありがたいものでした。
けれど…それに甘えられるかと言えば答えは否です。
何せ、それは私の心の中でも最も醜い部分に踏み込む問題なのですから。
ゆーき相手にさえ漏らす事の出来ない自分を…部長に相談する事なんて出来ません。
「そっか。まぁ、私は何時でも窓口空いてるから。頼りたくなったら何時でもおいで」
「…ありがとうございます」
そんな私の感情に気づいてくれたのでしょう。
小さく笑いながら男らしい言葉をくれる部長に私は感謝の言葉を返しました。
けれど…その内心で、私は謝罪の言葉を浮かべていたのです。
本質的な部分では…私は未だ部長に心を許しておらず、頼る事はきっとないのですから。
そうやって踏み込むことを私が許しているのは…この清澄の中でもたった二人だけなのでしょう。
「それじゃ私は疲れたし…ちょっと寝るわね」
「はい」
そう言いながら部長は小さくあくびをして部室の奥へと引っ込みました。
そこには何時から運び込まれたのか小さなベッドが一つあり、仮眠を取る事が出来るのです。
受験間近の三年生、それも学生議会長として多忙な日々を送っている部長は良くそれを利用していました。
きっと今日もギリギリまで各所で打ち合わせをしてきたのでしょう。
さっきも椅子に座りながら、束になった書類に目を通していたのですから。
748: 2013/07/02(火) 22:15:35.50 ID:DeH0Wh9Uo
―― …それでもこうして来てくれるのは、この麻雀部が部員不足だからでしょう。
麻雀とは基本的に四人でやる競技です。
しかし、この麻雀部には男女合わせて五人しかおらず、またその内二人は色々な事情があって多忙なのでした。
結果、毎日集まれるのは一年生三人になるのですが…それでは普通の麻雀は出来ません。
勿論、三人用の麻雀ルールもあると言えばあるのですが、未だ初心者の域を出ない須賀君がいるのに特殊なルールを彼のために良くないでしょう。
だからこそ、人数を四人に揃える為にこうして横になるほど疲れているのに部長は部室へと顔を出してくれるのです。
―― そんな部長に…何とか報いてあげたいんですけれど…。
今の清澄麻雀部の女子は四人…つまり、後一人誰か入ってくれれば団体戦へ出る事も視野に入るのです。
長年、染谷先輩と一緒に二人で麻雀部を守ってきた部長に報いるには、そうやって部員皆で公式戦に出られるようにするのが一番でしょう。
しかし、誰かもう一人麻雀部に入ってくれそうな宛なんて私にはありませんでした。
元々、私は交友関係も広くなく、あまり積極的でもないのですから。
勿論、ここ最近はそんな自分を改善しようとして、ゆーき以外にも話すクラスメイトは増えました。
しかし、彼女たちに麻雀の事を切り出せるような勇気はまだ持てなかったのです。
―― バーン!
「カモつれてきたぞーっ」
「…え?」
そんな不甲斐ない自分にため息を吐きそうになった瞬間、部室の扉が勢い良く開かれました。
驚きながらそちらに目を向ければ…そこには見慣れた須賀君の姿があったのです。
けれど、須賀君はその顔に嬉しくて堪らないと言わんばかりの笑みを浮かばせていました。
まるで長年の悩みがひとつ解決したような清々しいその笑みに私は首を傾げて… ――
750: 2013/07/02(火) 22:28:26.13 ID:DeH0Wh9Uo
「っ…!」
瞬間、その後ろにいた女性の姿に私の目は惹きつけられます。
須賀君の背中に隠れるようなその人を…私が見間違うはずがありません。
ここ最近、クラスでも頻繁に見かけるようになったその人は…私が勝手に対抗心を抱いている宮永さんその人でした。
「お客様…?」
瞬間、湧き上がる様々な感情は…決して良いものでありませんでした。
彼女を自分勝手な理由で嫌っている私は、また何か私から奪いに来たのかもしれないと身構えてしまうのです。
しかし、それを表層に出す訳にはいかず、私は溢れ出る感情を奥へと押し込みました。
それと同時に平静の仮面を被る私の言葉は、普段通りのものだったのでしょう。
私と向かい合う二人には表情の変化は見えず…それに私は胸中で一つ安堵したのです。
「さっきの…」
「え、おまえ和のコト知ってんの?」
「先ほど橋のところで本を読んでいた方ですね…」
「ぅひ…見られてたんですか」
そんな私にポツリと漏らす宮永さんの言葉に、私は部室に来る前に橋のところですれ違ったのを思い出しました。
けれど、私が彼女のことを知っているのは決して、さっきのすれ違ったからではありません。
私は普段、歩いている時に他人の事をそれほど注視するタイプではないのですから。
これが宮永さん以外の… ―― いいえ…私からいろんなものを奪った彼女以外であれば、きっと私は即答する事は出来なかったでしょう。
751: 2013/07/02(火) 22:39:45.16 ID:DeH0Wh9Uo
「和は去年の全国中学校大会の優勝者なんだぜ」
そう誇らしげに言ってくれる須賀君に私はほんの少し救われた気がしました。
一体、彼が宮永さんをどうして麻雀部に案内しているのかは分かりません。
正直、また須賀君と宮永さんが私を放っておいて二人っきりでいたんだと思うと胸が痛むくらいです。
しかし、我が事のように言ってくれる彼の言葉に、私の痛みは収まっていきました。
まるで彼の言葉が特効薬だったかのようなその素早い効き目と嬉しさに頬を私はついつい頬を赤く染めてうつむいてしまいます。
「それはすごいの?」
「っ…!」
そんな彼に呆れるようにして返す宮永さんの言葉に私はぐっと歯を噛み締めました。
そうしなければ…私は彼女に対してひどい言葉を放ってしまいそうだったのです。
勿論…何も知らない彼女にとって、それは価値の分からないものだったのでしょう。
その言葉そのものにきっと他意はないはずです。
しかし、それでも…私の中でひときわ輝く誇らしいものをバカにされたような気がして…小さな苛立ちを感じるのでした。
「すごいじょ!」
「…え?」
瞬間、聞こえてきたゆーきの声に視線をそちらに向ければ、彼女は大声をあげて宮永さんを驚かせているところでした。
その手に学食の袋を持っているのは、学食でタコスを買ってきた帰りだからでしょう。
タコスが大好物である彼女は部活の前にも良くそれを食べるのです。
お陰で常日頃から金欠に泣いているのですが…まぁ、それは余談という奴でしょう。
752: 2013/07/02(火) 22:51:54.03 ID:DeH0Wh9Uo
「学食でタコス買ってきたじぇー」
「またタコスか」
「ふふ…お茶入れますね…」
嬉しそうにその袋を見せびらかすゆーきに須賀君は呆れながらそう言いました。
けれど、彼女のお陰で沈んだ気分が浮き上がった私にとって、それはとても有難い事だったのです。
勿論、ゆーきも意識してやった訳ではないのでしょうが…彼女は普段からムードメーカーに近い役割を無意識的にこなしてくれるのでした。
中学時代から今日までその明るさに助けられた事は数えきれません。
だからこそ、私はそんな彼女に報いようと部室の隅へと移動したのです。
「~~~っ」
「~~」
そんな私の後ろで三人が話し始めるのを聞きながら、私は小さくため息を吐きました。
ゆーきの参入のお陰で随分と気が楽になりましたが、宮永さんが須賀君と話しているというだけで私の胸は痛むのです。
ズキズキと鈍痛走らせるそれは日常的なものだと言っても差し支えありません。
ですが、それに慣れるかと言えばまた別問題で…私はついついお茶を蒸らし過ぎそうになってしまうのです。
「部長は?」
「奥で寝てます…」
それでも何とか人数分淹れたお茶を卓へと運ぶ私に、須賀君がそう尋ねてくれました。
それに小さく答えるのは、部長を起こしてしまったら可哀想だからです。
部長は基本的に寝付きの悪い人ではないようですが、あまり騒がしいと起きてしまうでしょう。
普段から忙しくしていて疲れているのですから、ゆっくり休ませてあげたいのが本音でした。
「またタコスか」
「ふふ…お茶入れますね…」
嬉しそうにその袋を見せびらかすゆーきに須賀君は呆れながらそう言いました。
けれど、彼女のお陰で沈んだ気分が浮き上がった私にとって、それはとても有難い事だったのです。
勿論、ゆーきも意識してやった訳ではないのでしょうが…彼女は普段からムードメーカーに近い役割を無意識的にこなしてくれるのでした。
中学時代から今日までその明るさに助けられた事は数えきれません。
だからこそ、私はそんな彼女に報いようと部室の隅へと移動したのです。
「~~~っ」
「~~」
そんな私の後ろで三人が話し始めるのを聞きながら、私は小さくため息を吐きました。
ゆーきの参入のお陰で随分と気が楽になりましたが、宮永さんが須賀君と話しているというだけで私の胸は痛むのです。
ズキズキと鈍痛走らせるそれは日常的なものだと言っても差し支えありません。
ですが、それに慣れるかと言えばまた別問題で…私はついついお茶を蒸らし過ぎそうになってしまうのです。
「部長は?」
「奥で寝てます…」
それでも何とか人数分淹れたお茶を卓へと運ぶ私に、須賀君がそう尋ねてくれました。
それに小さく答えるのは、部長を起こしてしまったら可哀想だからです。
部長は基本的に寝付きの悪い人ではないようですが、あまり騒がしいと起きてしまうでしょう。
普段から忙しくしていて疲れているのですから、ゆっくり休ませてあげたいのが本音でした。
753: 2013/07/02(火) 23:03:02.67 ID:DeH0Wh9Uo
「じゃ、うちらだけでやりますか」
「え」
そんな私の意図に気づいてくれたのでしょう。
須賀君は声を低く抑えながら、そう言います。
それに宮永さんが驚いた声をあげますが、彼はそれを完全にスルーしていました。
一体、どういう経緯で宮永さんがここに来たのかは分かりませんが、須賀君は多少強引でも彼女を麻雀卓へとつけようとしているのです。
「そうですね…」
正直…それに対して色々と言いたい事はありました。
聞きたい事だって…山ほどあったのです。
しかし、それを口にするのは私の心には邪魔なものが多すぎるのでした。
羞恥心や見栄…体面などの下らないものが私をがんじがらめにして…彼へと踏み込む事を禁じているのです。
そんな自分に一つため息を漏らしながら、私は自動卓の準備を始めるのです。
「25000点持ちの30000点返しでウマはなし」
「はい」
「…うん」
「タコスうまー」
「お前なー」
「仕方ないですよ。ゆーきですから」
準備が終わり、最後にルール確認をする私達。
そんな中で一人マイペースにタコスをかじるゆーきに須賀君は呆れたような声を漏らします。
けれど、今更、そんな事を言っても、彼女の態度は変わりません。
中学時代からずっと私も注意してきましたが、ゆーきのタコス好きは収まる事はなかったのですから。
最早、私は彼女にそれを注意する事を諦めて、ゆーきの個性だと受け止める事にしたのです。
754: 2013/07/02(火) 23:14:34.55 ID:DeH0Wh9Uo
「ふふん。そんな事言うのどちゃんにはタコスを分けてあげないじぇ」
「…要りませんよ」
私はゆーきと違って、食べても太らない体質ではないのです。
食べれば食べるだけ…その一部が大きくなってなるのに暴飲暴食は出来ません。
さっき昼食も食べた訳ですし、欲望に負ける訳にはいかないのです。
幾らゆーきがタコスを美味しそうに食べたとしても、何時もの事なのだと受け流すべきでしょう。
「んじゃ、俺にはくれるのか?」
「良いじぇ。ただし、金額は二倍な」
「ぼったくり過ぎるだろ…」
そう言いながらも、ゆーきが袋からタコスを取り出しながら須賀君へと手渡します。
その瞬間、全員に手牌が行き渡り、全員が無言へと変わりました。
麻雀が始まったのを感じさせるその独特の緊張感に私の表情も引き締まります。
―― 一体…どういうつもりかは知りませんが…。
ですが、こうして麻雀卓に着いた以上、宮永さんも一人の雀士です。
例え、役も知らないような素人であろうと手加減するつもりは毛頭ありません。
中学までがそうであったように…自分の麻雀を続け…そして勝つ。
さっき宮永さんがバカにした自分の力で…勝利したいと…心からそう思っていたのです。
755: 2013/07/02(火) 23:28:08.48 ID:DeH0Wh9Uo
―― お陰で…久しぶりに頭の中がクリアになっています…。
今まで自分の頭の中を支配していた雑念をぶつける先を見つけたからでしょう。
今の私は久しぶりに麻雀と向き合い、そして集中する事が出来ていました。
勿論…それは普通であれば非難されるべきことなのでしょう。
八つ当たりに近い感情を発散する為に…麻雀を使うだなんて間違っているのです。
しかし、私のようやくその捌け口を見つけたどす黒い感情は…制御出来ませんでした。
「ローン。2000。混一」
そんな感情に支配されながら始めた一局目。
それに和了ったのは宮永さんからの放銃を受けたゆーきでした。
天才肌のゆーきは後半まで集中力がもたない事が多いですが、前半の彼女を抑えるのは私でも至難の業なのです。
一局目に彼女が和了るのはそう珍しい事ではありません。
―― ですが…何かが…おかしいです。
宮永さんの牌を打つ仕草や並べ方。
それらはかなり熟練したものであり、決して彼女が素人ではない事を私に伝えていました。
もしかしたら私以上に熟練しているかもしれないそれは少なくとも…三回も鳴いた見え見えの混一色に振り込むような打ち手とは思えません。
756: 2013/07/02(火) 23:38:39.21 ID:DeH0Wh9Uo
―― わざと振り込んだ…?でも…そんな事…。
するメリットなんてありません。
まだ麻雀は始まったばかりでありわざわざ振り込んで親を流すような時間ではないのですから。
半荘と言う短い期間ですし、ここは一回でも多く和了るのを優先する場面でしょう。
―― …嫌な…感じです。
これまでも自分が理解出来ない打ち手と出会った事は少なからずありました。
けれど、私が今、彼女から感じているそれはそれとはまったく異なるものだったのです。
まるでやっているルールが違うようなその異質さに…肌がピリリとしたものを感じました。
ですが、どうしてそんな風に感じるのか私は理解出来ないまま、結局、オーラスまで回ったのです。
「リーチっ!」
「ごめん。それロン」
「なんですとォ!」
結局、オーラスに和了ったのは宮永さんでした。
少しでも点数を稼ぐ為、リーチに賭けた須賀君を狙い撃ちにした形です。
お陰で元々最下位だった彼はさらに転げ落ち、-25という成績になったのでした。
それが悔しいのか、宮永さんの頬をグリグリと突き回す彼の姿に私はまた鈍痛を覚えたのです。
757: 2013/07/02(火) 23:45:14.68 ID:DeH0Wh9Uo
「ごめ」
「素人にもほどがあるよっ」
「……」
そう言って宮永さんの頬を弄ぶ彼に、彼女は抵抗しませんでした。
無防備に身体を預け、されるがままになっているのです。
まるで須賀君なら何をされても良いと言うようなその仕草に私は卓の下で拳を微かに震わせました。
―― 私だって…それくらい…。
も、勿論…そうやってされるのは恥ずかしいですし…屈辱的ではあります。
でも、須賀君がしたいなら私だって身を任せる事は…その…吝かじゃありません。
二人っきりだったら…私だって…同じ事は出来るのです。
だから…私は全然、悔しくも、悲しくもなくって… ――
「…のどちゃん?」
「あ…」
瞬間、聞こえてきたゆーきの声に私は意識を現実へと戻しました。
そうやって私が胸中で思い悩んでいる間に、皆は牌を自動卓に片付けていたのです。
そんな中、一人呆然としていた私の事をゆーきは心配してくれていたのでしょう。
その視線には私を気遣うようなものが強く現れていました。
「素人にもほどがあるよっ」
「……」
そう言って宮永さんの頬を弄ぶ彼に、彼女は抵抗しませんでした。
無防備に身体を預け、されるがままになっているのです。
まるで須賀君なら何をされても良いと言うようなその仕草に私は卓の下で拳を微かに震わせました。
―― 私だって…それくらい…。
も、勿論…そうやってされるのは恥ずかしいですし…屈辱的ではあります。
でも、須賀君がしたいなら私だって身を任せる事は…その…吝かじゃありません。
二人っきりだったら…私だって…同じ事は出来るのです。
だから…私は全然、悔しくも、悲しくもなくって… ――
「…のどちゃん?」
「あ…」
瞬間、聞こえてきたゆーきの声に私は意識を現実へと戻しました。
そうやって私が胸中で思い悩んでいる間に、皆は牌を自動卓に片付けていたのです。
そんな中、一人呆然としていた私の事をゆーきは心配してくれていたのでしょう。
その視線には私を気遣うようなものが強く現れていました。
758: 2013/07/02(火) 23:57:59.73 ID:DeH0Wh9Uo
「おかげさまで私がトップですね…」
そう言ったのは…自分でもどうしてなのか分かりません。
仲睦まじい二人の様子を意識していた自分を取り繕いたかったのか、或いは、三位という結果に落ち着いた宮永さんに勝ち誇りたかったのか。
けれど…そうやって放った言葉が決して良い感情から生み出されたものではない事だけは確かなのでしょう。
何せ…そんな私の言葉に何ら反応を見せない宮永さんに…私の心は苛立ちを感じていたのですから。
―― どうして…なんですか…?
先の私の言葉は決して行儀の良いものではありませんでした。
下手をすれば人の気分を損ねてもおかしくはないものだったのです。
しかし、宮永さんはそれをまったく意識しておらず、また三位という結果に悔しそうな様子一つ見せません。
いえ…それどころか…最後の一局…彼女は進んで三位という結果に落ち着いたのです。
ゆーきから直撃を取れば、二位に浮かぶ事も出来たのに…宮永さんはそれを選びませんでした。
「ロン」
「ひぃっ」
しかし、宮永さんの真意を図りかねないまま次の半荘も進んでいきます。
その最中、須賀君から幾つか直撃を取れるように狙ったのは別にさっきの事を怒っている訳ではありません。
確かに目の前でイチャつくような真似をされてムカムカきてたのは確かですが、それとこれとは話が別です。
須賀君を狙い撃ちにした方が確実だとそう判断しただけで、別に仕返しでもなんでもないのですから。
759: 2013/07/03(水) 00:15:38.90 ID:24/9vBTFo
「しかし、咲の麻雀はぱっとしませんなー」
「点数計算は出来るみたいだけどねい」
「……」
半荘とは言え、三回もすれば流石に集中力も切れてきます。
淹れなおしたお茶を飲みながら、須賀君たちは雑談を始めていました。
それでも麻雀そのものは続けていますが、そろそろ休憩を入れるべきでしょう。
しかし、そう思いながらも…私は妙に釈然としない気持ちで一杯でした。
まるでこのまま終わってしまったら後で酷く後悔してしまいそうな…そんな予感を感じていたのです。
―― ゴロゴロ
「雷!」
「夕立きましたね」
瞬間、鳴った雲の唸り声に真っ先に反応したのは須賀君でした。
そんな彼の声に視線を窓へと向ければ、ざああという雨の音が聞こえてきます。
部室に来る前までは綺麗に晴れていたので、それはきっと夕立なのでしょう。
予報では降水確率0%だったとは言え、天気が不安定な初夏に入っているのです。
折りたたみ傘は毎日、持ってきている私にとって、それは恐れるものでありませんでした。
「うそっ。傘もってきてないわ!」
しかし、部長にとってはそうでなかったのでしょう。
激しい雨の音に起きたのか、或いは最初から眠れていなかったのか。
ガバッと勢い良くベッドから起き上がり、ベッド脇にそろえてあった靴を履き直します。
そのまま立ち上がる部長に宮永さんが驚いたような視線を向けるのはきっと学生議会長が麻雀部所属だと知らなかったからでしょう。
761: 2013/07/03(水) 00:29:02.40 ID:24/9vBTFo
「麻雀部のキャプテンなんですよ」
「おはー」
「おはよっす」
そんな宮永さんに補足する私の隣でゆーきと須賀君が軽い挨拶の言葉を放ちます。
それに手で軽く答える様は何とも様になっていました。
その何とも言えない格好良さは、女生徒を中心にファンが多いのも納得です。
もし、部長が女子校に進学していたら、きっと今以上に人気者だったでしょう。
「なんで麻雀部に…」
「……」
瞬間、聞こえてきた宮永さんの言葉に私は再び苛立ちを湧きあがらせました。
なんで麻雀部『なんか』に、と言いたそうなそれは真面目に麻雀をやっている人にとっては冒涜もいい所です。
宮永さんが一体、麻雀に対してどんな感情を抱いているのか知りませんが、正直、聞いていて面白くはありません。
流石に食って掛かったりしませんが、またひとつ宮永さんの事が嫌いになる理由が私の中で生まれたのです。
「麻雀が好きだからに決まっているでしょ」
けれど、それを言われた部長はそれをあっさりと受け流しました。
それが当然だと言うようなその切り返しは苛立ちを抑えきれない私には凄く大人っぽく見えるのです。
いえ…多分、私が宮永さんの言葉を一つ一つ悪く受け取りすぎなのでしょう。
部長の反応が当然で、それが大人に見えてしまうくらいに私が子どもっぽ過ぎるだけなのです。
しかし、そうと分かっていても、どうしても宮永さんを好意的に見る事は出来ず…私の中で渦巻く自己嫌悪がさらに強くなっていくのでした。
「おはー」
「おはよっす」
そんな宮永さんに補足する私の隣でゆーきと須賀君が軽い挨拶の言葉を放ちます。
それに手で軽く答える様は何とも様になっていました。
その何とも言えない格好良さは、女生徒を中心にファンが多いのも納得です。
もし、部長が女子校に進学していたら、きっと今以上に人気者だったでしょう。
「なんで麻雀部に…」
「……」
瞬間、聞こえてきた宮永さんの言葉に私は再び苛立ちを湧きあがらせました。
なんで麻雀部『なんか』に、と言いたそうなそれは真面目に麻雀をやっている人にとっては冒涜もいい所です。
宮永さんが一体、麻雀に対してどんな感情を抱いているのか知りませんが、正直、聞いていて面白くはありません。
流石に食って掛かったりしませんが、またひとつ宮永さんの事が嫌いになる理由が私の中で生まれたのです。
「麻雀が好きだからに決まっているでしょ」
けれど、それを言われた部長はそれをあっさりと受け流しました。
それが当然だと言うようなその切り返しは苛立ちを抑えきれない私には凄く大人っぽく見えるのです。
いえ…多分、私が宮永さんの言葉を一つ一つ悪く受け取りすぎなのでしょう。
部長の反応が当然で、それが大人に見えてしまうくらいに私が子どもっぽ過ぎるだけなのです。
しかし、そうと分かっていても、どうしても宮永さんを好意的に見る事は出来ず…私の中で渦巻く自己嫌悪がさらに強くなっていくのでした。
785: 2013/07/04(木) 21:53:52.96 ID:WQ6Pmr3bo
「貴方が今日のゲストね」
「ども」
その声に驚きはありませんでした。
もしかしたら部長は既に須賀君から宮永さんが来る事を知らされていたのかもしれません。
いえ、なんだかんだ言って几帳面な須賀君はきっと責任者である部長に連絡していたのでしょう。
知らなかったのは恐らくゆーきと私だけなのです。
―― それが少しだけ…悔しくもありますが…。
宮永さんが来る事を最初から聞かされていれば、もっと心の持ち方も違ったでしょう。
彼女に対してこんなに硬い態度を取る事はなかったのかもしれません。
少なくとも…今の私がこんなにもモヤモヤする事はなかったはずです。
しかし、そんな自分を知られたくなくてひた隠しにしている以上、それを察しろというのは無茶でしょう。
言って欲しくはありましたが…けれど、それを望むのは酷だと私にも理解できているのです。
―― それに…もう終局も間近です。
麻雀もオーラスを迎え、数巡ほど進んだ今、宮永さんの聴牌気配も濃厚でした。
恐らくそう遠くない内に彼女は和了り、終局を迎えてしまう事でしょう。
それを理解しながらも私の手は遅く、宮永さんに追いつく事は出来ません。
とは言え、点差そのものの差は歴然で役満ツモか倍満以上の直撃が無い限り順位は逆転される事はないでしょう。
ならば、ここで避けるべきは直撃だけであり、その捨て牌を見ておけばそれも難しく… ――
786: 2013/07/04(木) 22:06:21.85 ID:WQ6Pmr3bo
「ロン。1000点」
「…え」
その瞬間、私は微かに声をあげてしまいました。
それは勿論、私がそれの直撃を喰らったからでも、逆転されたからでもありません。
宮永さんに振り込んだのはゆーきで、私は一位のまま抜ける事が出来たのですから。
ですが…宮永さんが和了ったその手牌は…普通に考えればまずないものだったのです。
―― この手牌なら…もっと上を狙えたはずなのですから。
勿論、それは終わった後なら幾らでも言える結果論なのかもしれません。
しかし…河を見る限り、宮永さんが六萬を切る理由は何処にもないのです。
それは危険牌でもなんでもありませんし、何よりそれがあれば三色とタンヤオがついたのですから。
ドラが絡まなくても7700は狙えるそれを誰かに当てれば、二位に浮上する事だってあり得たでしょう。
―― どういう…事ですか…?
まるで意図的に点数を下げたような打ち筋。
それに気づいたのは恐らく捨て牌を注意深く見ていた私だけだったのでしょう。
ゆーきは悔しそうに歯噛みし、須賀君はそもそも初心者でまだ他人の河を考察出来るレベルに達してはいません。
もしかしたら、それを隣で見ていた部長は気づいているのかもしれませんが、彼女も何も言いません。
その視線はじっと片づけに入る宮永さんに向けられ、怪訝そうなものを浮かべていました。
787: 2013/07/04(木) 22:17:00.87 ID:WQ6Pmr3bo
「三回目終わりました」
「今回ものどちゃんがトップか~」
―― トップ…?私が…?
胸中で違和感が疑念に、そして疑念が確信に変わっていったからでしょうか。
私はゆーきの言葉を素直に受け止める事が出来ませんでした。
まるで何か気持ちの悪いものに絡め取られ、無理矢理、一位を取らされたような気がしてならないのです。
勿論、麻雀は運に大きく左右される競技であり、そんなオカルト染みた何かが入り込むような余地はありません。
それがインターミドルという大会の最前線で戦ってきた私が一番、良く分かっているのです。
―― でも…何ですか?この焦燥感は…。
言い知れない気持ち悪さに私はそっと自分の胸を抑えました。
逸る自分を落ち着けようとするようなそれに、しかし、私の鼓動は落ち着きません。
はっきりと目に見えるようになってきた『何か』に対して怯えるように、ドクドクと脈打っていたのです。
「今回の宮永さんのスコアは!?」
「プラマイ0っぽー」
部長の言葉にゆーきは興味無さそうに答えます。
きっと彼女にとって、宮永さんはそれほど意識するような相手ではないのでしょう。
実際、高火力で敵を圧倒するゆーきに対して、宮永さんの打ち筋はあまりにも地味でした。
多分、私だって宮永さんの事を強く意識していなければ…違和感以上のものを抱いていたとは思えません。
それくらいに宮永さんの麻雀には華がなく…いえ…より正確に言えば…華を『切り取られた』ような印象を受けたのです。
788: 2013/07/04(木) 22:26:55.19 ID:WQ6Pmr3bo
「会長も起きてメンツも足りてるようですし抜けさせてもらいますね」
「えっオィ」
「もう帰っちゃうのー?」
そう言って咲さんが椅子から立ち上がりました。
そのまま本を手に持ってそそくさと去ろうとする彼女に私は何を言えば良いのか分かりません。
もう少しで気付けそうなのに…後一手、私の中で『何か』が足りないのです。
そんな私には無言で宮永さんを見送る事しか出来ず、彼女はぎこちない笑みと共に扉の向こうに消えました。
「…ふぅ…」
その瞬間、ため息を漏らしたのは自分でも何故なのかは分かりません。
宮永さんの前で思った以上に緊張していたのか、或いは彼女の持つ『何か』に気圧されていたのか。
もしくはその他になにか理由があるのかもしれませんが、私はそれを詮索するつもりはありませんでした。
あの様子では麻雀部に入ってもらう事は望み薄ですし、きっとここで会う事はないでしょう。
つまり…私の大事な居場所まで宮永さんに取られる事は防げたのです。
「のどちゃんやっぱ強すぎだじぇ」
「圧勝って感じだね」
そんな私の隣でゆーきと須賀君はそう褒めてくれました。
あまり勝った気はしませんが…それは素直に聞き入れておくべきでしょう。
ここで謙遜しても感じが悪いですし…何より私はまったく嬉しくない訳ではなかったのです。
宮永さんを抑え一位になった私を褒めてくれるのは、醜い私を肯定されたような気がして…ほんの少し救われた気がしました。
789: 2013/07/04(木) 22:39:15.98 ID:WQ6Pmr3bo
「圧勝?なに甘いこと言ってんのよ」
「「えっ」」
瞬間、ククッと笑いながら声を漏らした部長に、二人は声を揃えました。
こんな時にまで仲の良いその姿に私はほんの少し胸が疼くのを感じます。
けれど、今はそれを表に出すべきではありません。
だって…部長のそれは私の知らない角度から宮永さんを見ていたものなのですから。
あの一方的だったはずの麻雀の中で私が感じた確信をより形のあるものにしてくれるかもしれない。
そう思うと口を挟む気にはなれず、私はじっと部長の言葉を待ち続けました。
「スコア見て気付かんの?」
「宮永さんの三連続プラマイ0が故意だと言うんですか…」
そう言ってスコアを記録するパソコンに近づく部長の指先には宮永さんのスコアが映っていました。
終わる度に記録していたそこには三回連続プラマイ0という結果が残っています。
勿論、私もその結果には気づいていましたが…それが故意とは到底、思えませんでした。
「えっんなバカな。たまたまっしょ」
「そうだじょ。麻雀は運の要素もあるからプロでもトップ率三割もいけば強い方」
そう。
ゆーきが言うように麻雀は一位を取るのだって難しい競技なのです。
プロが初心者相手に打って負ける事だって十二分にあり得る競技なのですから。
それなのに、スコアを意図的に毎回同じにするだなんてあり得ません。
そもそもそんな風に点数を調整して宮永さんが得られるメリットなんてまったくないのです。
790: 2013/07/04(木) 22:50:10.36 ID:WQ6Pmr3bo
「ましてやプラマイ0なんて勝つことよりも難しい。それを毎回なんて…」
「不可能ってかい?でも…」
そう言葉を続けるゆーきに部長はそっと目を伏せて自分の頭を抑えました。
多分、部長にも自分がどれだけ荒唐無稽な事を言っているのか自覚はあるのでしょう。
そこには微かに自嘲めいた響きがありました。
しかし、それでも部長は言葉を抑えるつもりはないのでしょう。
ゆっくりとその瞳を開け、私達を… ―― いえ、私を挑発するようにじっと見つめていました。
「圧倒的な力量差だったら?」
「っ…!」
試すような部長の言葉に…私は今までの宮永さんの打ち筋を思い出していました。
普通は振り込まないような手にも放銃し、自身の点数を下げるような打ち方をする彼女。
本来であればもっと強くてもおかしくないのに、毎局、ぱっとしない成績になるその姿に違和感を感じた回数は数えきれません。
しかし…それが実力の差によるものだと言われてもすぐさま納得が出来るはずがありませんでした。
―― だって、それは…最早、人の領域にあるようなものではないのですから。
何度も言うように麻雀は運の要素が強い競技です。
幾ら点数を調整しようとしても配牌によっては動きも縛られますし、対局者が不意にツモ和了する事もあるでしょう。
ましてや和了ったところで裏ドラがひとつでも乗ってしまったら計算が崩れてしまうものなのです。
それなのに…毎局プラマイ0に落ち着かせるだなんて…そんな事出来るはずがありません。
それこそ自分だけではなく、相手までも思い通りに動かせなければ、そんな事… ――
791: 2013/07/04(木) 22:59:36.80 ID:WQ6Pmr3bo
―― …いえ…でも…そんな…。
その瞬間、私が思い出したのはあのなんとも言えない気持ち悪さです。
自分の意思で動いているはずなのに…まるで結果的に誰かに操られているような生理的嫌悪。
それが…もし、宮永さんに因るものだとすれば、確かに…納得出来ない訳ではありません。
それくらいさっきのそれは気持ち悪く…未だ私の背筋に冷や汗として浮かんでいるのです。
―― じゃあ…私は…一位にさせられていたって事ですか…?
その想像は…あまりにも腹立たしいものでした。
だってそれは私だけではなく、真剣に打ったゆーきや須賀君まで侮辱するものなのですから。
麻雀という競技そのものを冒涜するようなそのやり方に、私の頭の中はカッと熱くなりました。
今まで私が努力していた何もかもを…踏みにじるようなそれに…私は我慢出来ません。
気づいた時には私は椅子から立ち上がり、部室を飛び出していました。
―― 許せない…っ!
完全に頭に血がのぼった私の思考に浮かんだのはその言葉でした。
もし、部長が言っている事が確かならば…宮永さんは私の大事な物全てを踏みにじったのですから。
二人の大事な友人を、そして真剣に向き合い続けた麻雀という競技を…意図的に手を抜くという最高の侮辱で穢したのです。
それは…それは到底、許せるものではありません。
せめて一言でも…何か言ってやらなければ気が済まない。
そう思った私は躊躇なく夕立の振る外へと飛び出し、宮永さんの姿を探しました。
792: 2013/07/04(木) 23:09:18.04 ID:WQ6Pmr3bo
「宮永さんっ!」
そんな私が宮永さんの姿を見つけたのは一分のしない内でした。
しかし、私はその間にずぶ濡れになり、制服が身体に張り付いています。
その何とも言えない不快感に部室に戻りたくなりますが、けれど、今はそんな場合ではありません。
ようやく見つけた宮永さんを問い詰めなければ…私は気がすまなかったのです。
「三連続プラマイ0、わざとですか…?」
そう尋ねる私の声は微かに上擦ったものになっていました。
それはきっと雨の寒さではなく…その馬鹿馬鹿しさを未だ完全に信じきる事が出来なかったからでしょう。
だって、それは私が打ち込んできた麻雀の常識というものを根底から覆すものだったのですから。
そうやって尋ねながらも、私はそれを否定して欲しいと…そう思っていたのです。
「…私が打つと何時もあんな風になっちゃうんです」
ですが…宮永さんはそれを否定しませんでした。
寧ろ、それを肯定するような言葉をポツリと漏らすのです。
それに…血が登った頭が熱くなり、彼女を詰る言葉が飛び出しそうになりました。
ですが…そうやって宮永さんを罵る為に…私はここにいるのであありません。
まずはその理由を聞いてからでも、遅くはないでしょう。
そんな私が宮永さんの姿を見つけたのは一分のしない内でした。
しかし、私はその間にずぶ濡れになり、制服が身体に張り付いています。
その何とも言えない不快感に部室に戻りたくなりますが、けれど、今はそんな場合ではありません。
ようやく見つけた宮永さんを問い詰めなければ…私は気がすまなかったのです。
「三連続プラマイ0、わざとですか…?」
そう尋ねる私の声は微かに上擦ったものになっていました。
それはきっと雨の寒さではなく…その馬鹿馬鹿しさを未だ完全に信じきる事が出来なかったからでしょう。
だって、それは私が打ち込んできた麻雀の常識というものを根底から覆すものだったのですから。
そうやって尋ねながらも、私はそれを否定して欲しいと…そう思っていたのです。
「…私が打つと何時もあんな風になっちゃうんです」
ですが…宮永さんはそれを否定しませんでした。
寧ろ、それを肯定するような言葉をポツリと漏らすのです。
それに…血が登った頭が熱くなり、彼女を詰る言葉が飛び出しそうになりました。
ですが…そうやって宮永さんを罵る為に…私はここにいるのであありません。
まずはその理由を聞いてからでも、遅くはないでしょう。
793: 2013/07/04(木) 23:22:28.40 ID:WQ6Pmr3bo
「なんでそんな打ち方…してるんですか…?」
「家族麻雀でお年玉を巻きあげられないように負けない事を覚えて、勝っても怒られたから勝たない事を覚えました」
「~~…っ!」
私の問いに気まずそうに笑った宮永さんの言葉に…私はぎゅっと歯を噛み締めました。
そうしなければ私の口は彼女への罵詈雑言を放ってしまいそうだったのです。
だって…だって…そんなの…あまりにも自分勝手じゃないですか。
勿論、彼女の環境がお世辞にも良いとは言えなかった事は私にも分かります。
でも、それは決して…麻雀や対局者に対して、不誠実であって良い理由にはなりません。
寧ろ、だからこそ、誰よりも真摯に向きあわなければいけないでしょう。
―― それで…プラマイ0…?…ふざけないで下さい!!
その叫びを私は何とか心の中に押し留めました。
きっとそんな事を言っても宮永さんには伝わりません。
『お年玉を取られたくないから』『怒られたくないから』と言った理由で無関係の他人まで侮辱するような人には、私がどうして怒っているのか分からないでしょう。
そんな事よりも…私は今、するべき事があるのです。
「もう一回…もう一局打ってくれませんか…?」
そう。
そんなふざけた打ち方をする宮永さんを…今度こそ打ち砕かなければいけません。
少なくともプラマイ0だなんて実力だけ誇示するような打ち方を破らなければ気がすまないのです。
それが…人並み以上に麻雀へと打ち込み、その結果を出してきた私がするべき事なのでしょう。
794: 2013/07/04(木) 23:30:23.91 ID:WQ6Pmr3bo
「ごめんなさい。私は麻雀、それほど好きじゃないんです」
そう言って宮永さんは私に背を向けて去って行きました。
まるで私にはもう用はないと言わんばかりのそれに私は再び歯を噛み締めます。
力を入れた顎が微かに震えるほどのそれは…勿論、彼女に対する罵詈雑言を押さえ込む為でした。
しかし、そうやって押さえ込めば押さえ込むほど私の感情はふつふつと煮えたぎり、行き場をなくした怒りが思考を赤くするのです。
―― それだったら…なんで麻雀部になんて来たんですか!!
真っ赤になった頭でも…その答えは…私にもなんとなく察する事が出来ました。
きっと宮永さんは須賀君に義理立てしたのでしょう。
あの日、看病してくれた須賀君の顔を立て、麻雀部に足を運んだのです。
その心意気そのものはきっと褒め称えるべきものなのでしょう。
しかし、だからと言って、彼女に侮辱されたと思う私の心は決して収まりませんでした。
―― 悔しい…!悔しい悔しい悔しい悔しい…っ!!
勝ったのは…私のはずなのです。
三回の内トップになったのは私だけだったんのですから。
ですが、それは隠れた実力者であった宮永さんに譲られただけなのかもしれない。
そう思うと…欠片も勝った気がしません。
寧ろ、心の中は敗北感と屈辱感で溢れ…私はいつの間にか涙を漏らしていました。
797: 2013/07/04(木) 23:39:50.80 ID:WQ6Pmr3bo
―― その上…麻雀が好きじゃないって…っ!
勿論…個人の好悪に文句を言うほど私は偉い人間ではありません。
しかし、それならば麻雀に無縁な人生を送ればいいだけなのです。
それなのに…彼女は今日、あの卓につき…そしてその実力を誇示するだけに務めました。
私を含め、真剣に勝ちを狙っているのに…一人自己満足の為に違うものを目指していたのです。
それら全てが真剣に麻雀をやっている人をバカにしているように見えて仕方がありません。
―― ですが…再戦の機会はなくって…。
麻雀をあまり好きではないと言った彼女は多少の迷いを見せました。
しかし、それでも今まで麻雀部に近寄らなかった宮永さんがまた麻雀しようと思う事はないでしょう。
きっと須賀君が誘ってもやんわりと断るはずです。
つまり…私があんなふざけた打ち方をする宮永さんにリベンジする機会は失われ…この屈辱感が晴れる事はありません。
―― もっと早くに…早くに気づけばよかった…!
そうすれば…もっと違うやり方もあったでしょう。
場を荒らすようなやり方は好みではありませんが、それでも宮永さんをどうにかする方法はあったのです。
しかし…その道はもう閉ざされ…ゆーきや須賀君までもが侮辱されたままでした。
その悔しさと無力感に私はその場から動く事はなく、雨に打たれ続けていたのです。
798: 2013/07/04(木) 23:47:29.76 ID:WQ6Pmr3bo
「…和」
「あ…」
そうしてどれくらいの時間が経ったのでしょう。
いつの間にか私に振りかかる雨はなくなり、隣から声が聞こえました。
反射的にそちらに目を向ければ、そこには折りたたみ傘を私に指す須賀君の姿があったのです。
その頭から先がずぶ濡れになってしまうのも構わず、私にそれを差し出してくれる彼に私の胸は感謝の念を抱きました。
「や…。み、見ないで下さい…!」
けれど、私がそれよりも遥かに強く感じていたのは羞恥心なのです。
さっきからずっと泣き続けてぐしゃぐしゃになった顔なんて須賀君にだけは見られたくありません。
既に一度、泣いているトコロを見られているのですが、やっぱり泣き顔を見られるのは恥ずかしくて仕方がありません。
しかし、私の身体がずぶ濡れになっている今、以前のように彼の胸に飛び込む訳にもいかず、私は顔を背けました。
「泣いてる和も可愛いと思うんだけどなー」
「ふぇぇ!?」
そのまま乱暴に手の甲で涙を拭う私の耳に信じられない声が届きました。
思わず変な声を漏らしてしまった私がそちらに目を向ければ、そこには悪戯っぽい表情を浮かべる彼の顔があったのです。
一体、どういうつもりかは分かりませんが、私はまた須賀君にからかわれてしまったのでしょう。
そう思うと顔が一気に赤くなり、体温が急上昇するのが分かりました。
799: 2013/07/04(木) 23:57:11.74 ID:WQ6Pmr3bo
「す、須賀君!」
「泣いてるところ見られて赤くなる和も可愛い!」
「もう!もう!!!」
「拗ねてるのを全身で表現する和可愛い!」
「ぅぅぅぅ!!」
「唇尖らせる和も可愛い!」
そんな私の姿を可愛いと表現する須賀君に何を言っても無駄でしょう。
しかし、そう理解しながらも、私は何か言ってやりたくて仕方がありませんでした。
なんだかんだで負けず嫌いな私はこのままでは引き下がれないと思っていたのです。
しかし、色々と頭の中が一杯になった私には良いアイデアなんて思い浮かびません。
それが悔しくて歯噛みした瞬間、私は自分の涙がいつの間にか止まっている事に気づいたのです。
―― あ…。
突然、人のことを可愛いと言い出したのは…きっとそれが目的だったのでしょう。
泣いている私を泣き止ます為に彼は道化を演じてくれていたのです。
そう思うのは、何も今の私が泣き止んでいるからだけではありません。
ストーカーの存在を伝えてから須賀君はそうやって私の事を可愛いと言う事がなくなったのですから。
ストーカーに怯える私を気遣ってくれているかのように、その言葉を封印していたのです。
「はぁ…もう…本当に…須賀君はバカです」
それを私を泣き止ます為だけに使う彼に私は呆れるような言葉を漏らしました。
その胸中には彼の思い通りになってしまった事への悔しさが溢れています。
けれど、それは宮永さんに対するものとはまったく違いました。
悔しくて悔しくて…泣きそうなものではなく、何処か心やすまる暖かなものだったのです。
800: 2013/07/05(金) 00:04:12.42 ID:Qwf9aoKqo
「バカって言う和も可愛」
「そう言うのはもう良いです」
「アッはい…」
それでもコレ以上、そう言われるのは我慢出来なくて私はそう冷たく言い放ちました。
幾ら暖かなものでも悔しいものは悔しいですし、あまりされっぱなしというのは趣味ではありません。
その言葉で須賀君が反省するとは思いませんが、それでも多少は反撃もしないと気が済まないのです。
―― それに…可愛いと言われるのはそれほど嫌ではありませんし…
以前は恥ずかしさが強く、なんとも言えないモノ痒さに身悶えしていました。
勿論、それは今もそれほど変わらず、私の心は羞恥心を湧き上がらせています。
しかし、それよりも大きいのは…まだ名前をつける事のできない暖かな感情でした。
歓喜とも安堵とも言い切れないそれは須賀君に『可愛い』と言われる度に私の胸を埋め尽くすのです。
それが一体、何なのか私にはまだ分かりませんが、きっとそれは悪いものではないんでしょう。
「その…ごめんな」
「え…?」
それにふと笑みを浮かべてしまいそうになった私の前で須賀君がそう謝罪の言葉を漏らしました。
驚いてそちらに目を向ければ、そこには申し訳なさそうに肩を落とす須賀君の姿があったのです。
もしかしたら…さっきの言葉で必要以上に彼の事を傷つけてしまったのかもしれません。
ですが、私には彼を傷つけるつもりなんて毛頭なかったのです。
ただ、ちょっと反撃したかっただけであり…本当はそう言われるのを喜んでいたのですから。
「そう言うのはもう良いです」
「アッはい…」
それでもコレ以上、そう言われるのは我慢出来なくて私はそう冷たく言い放ちました。
幾ら暖かなものでも悔しいものは悔しいですし、あまりされっぱなしというのは趣味ではありません。
その言葉で須賀君が反省するとは思いませんが、それでも多少は反撃もしないと気が済まないのです。
―― それに…可愛いと言われるのはそれほど嫌ではありませんし…
以前は恥ずかしさが強く、なんとも言えないモノ痒さに身悶えしていました。
勿論、それは今もそれほど変わらず、私の心は羞恥心を湧き上がらせています。
しかし、それよりも大きいのは…まだ名前をつける事のできない暖かな感情でした。
歓喜とも安堵とも言い切れないそれは須賀君に『可愛い』と言われる度に私の胸を埋め尽くすのです。
それが一体、何なのか私にはまだ分かりませんが、きっとそれは悪いものではないんでしょう。
「その…ごめんな」
「え…?」
それにふと笑みを浮かべてしまいそうになった私の前で須賀君がそう謝罪の言葉を漏らしました。
驚いてそちらに目を向ければ、そこには申し訳なさそうに肩を落とす須賀君の姿があったのです。
もしかしたら…さっきの言葉で必要以上に彼の事を傷つけてしまったのかもしれません。
ですが、私には彼を傷つけるつもりなんて毛頭なかったのです。
ただ、ちょっと反撃したかっただけであり…本当はそう言われるのを喜んでいたのですから。
801: 2013/07/05(金) 00:10:06.35 ID:Qwf9aoKqo
「あの…わ、私は気にしていませんから!」
「いや…でも…な」
それをストレートに伝える私に須賀君は逡巡を見せました。
微かに言い淀むほどのそれには嘘っぽさが欠片もなく、彼が本心から傷ついているのを私に伝えます。
どうやら私の思っていた以上に、須賀君の事を追い詰めてしまったらしい。
それに胸を痛めた私は何かを思考するよりも先に口を開いてしまうのでした。
「大丈夫です!む、寧ろもっとして欲しいくらいですよ!」
「そ、そう…か?」
そんな私の勢いに気圧されたのでしょう。
須賀君は微かに言葉を詰まらせながらも、ぎこちなく頷いてくれました。
そこには驚きの所為か、もう落ち込んだ様子はありません。
「でも…流石にもう咲は呼べないな…」
「え…?」
「え?」
それに一つ安堵した瞬間、聞こえてきた言葉に私の顔は真っ赤に染まりました。
だって…私は須賀君が落ち込んでいたのはさっきのやり取りの所為だと思っていたのです。
いえ…誰だってあのタイミングで謝れれば、きっとそうだと思うでしょう。
しかし、須賀君はもうその事を過去にして、宮永さんの件について謝っていたのです。
そのすれ違いに今更気づいた私の頬はまた赤くなり、彼から視線を背けたくなりました。
802: 2013/07/05(金) 00:15:35.13 ID:Qwf9aoKqo
―― でも…どうしてここで…宮永さんの話題なんですか…!?
勿論、それが彼にとって一番、優先スべき案件だったからなのでしょう。
それくらいは私にだって分かっているのです。
しかし、それでもやっぱり…このタイミングで彼女の名前を出して欲しくはありませんでした。
折角の二人っきりなのですから…普段は出来ないやり取りをもっと楽しみたかったのです。
「えっと…ごめんな。咲が麻雀出来るって聞いてつい先走っちゃって…」
「…別に須賀君が悪い訳じゃありませんよ」
そう思って不機嫌になった私に勘違いしたのでしょう。
須賀君はそう申し訳なさそうに言葉を付け加えながら、私に小さく頭を下げました。
しかし、そんな須賀君に返す言葉は子どもっぽく…もっと言えば、拗ねているようなものだったのです。
それは本心から思っている事なのに誤魔化してるようにしか聞こえない自分の声音に私は内心、肩を落としました。
―― 実際…須賀君は何も悪くありません。
彼はただ麻雀が出来る女子の知り合いを見つけて、連れてきてくれただけなのです。
後一人で団体戦に出れる私たちの為を思って、部員候補として誘ってくれたのでしょう。
ただ、そうやって誘った宮永さんの打ち方が色々と特殊であっただけで須賀君は悪くありません。
彼の行動は100%善意のものであり…その結果、私が傷ついたのは宮永さんの所為なのですから。
803: 2013/07/05(金) 00:25:29.66 ID:Qwf9aoKqo
「いや…まぁ、麻雀好きじゃないって言ってる咲を連れてきたのは俺だしな。だから、原因は俺にもあるんだ」
そう肩を落とす須賀君は再び落ち込むような色を見せていました。
さっきのものよりも遥かに薄いとは言え、やはり彼の自嘲を完全に止められた訳ではなかったのでしょう。
それにふと無力感を感じるのは…つい宮永さんと比較したからです。
幼馴染である彼女であればもっと上手に須賀君の事を元気づけられたのかもしれないと思うとまた胸がズキズキと痛み出しました。
「だからって訳じゃないけど…咲の事、嫌わないでやってくれるか?」
「…え?」
それが今まで感じたことがないほど強いものに達したのは、恐らく須賀君がそう言ったからでしょう。
まるで自分のことはどうでも良いから、宮永さんの事だけは嫌わないでやってくれと言うようなそれは信じられないものでした。
だって…須賀君は私の事が好きなはずなのです。
私に嫌われる事なんて本当なら考えたくはないはずでしょう。
しかし、私に嫌われても良いとばかりに宮永さんの事をかばおうとするようなそれは… ――
「和が誰よりも麻雀に真剣なのも知ってる。でも…きっと咲にも理由があるはずなんだ」
「……」
言い聞かせるようなその言葉に私は返事を返す事が出来ませんでした。
それは勿論…彼女があんな打ち方をした下らない理由を須賀君に伝えるのを堪える為です。
勿論…嫌っていると言っても過言ではない彼女のそれを伝えたところで私には何の不利益もありません。
しかし…須賀君は宮永さんに何か仕方のない理由があったのだとそう信じているのです。
その信頼を自分勝手な理由で砕き、彼を傷つけてしまうのは流石に気が引けました。
805: 2013/07/05(金) 00:40:57.00 ID:Qwf9aoKqo
「和も付き合えば分かると思うけど…咲も根は良い奴なんだ。だから…」
「もう…良いです」
それでも宮永さんを必氏にフォローする須賀君の言葉を聞いてはいられませんでした。
だって、そうやって彼が彼女をかばう度に私の胸の痛みはドンドンと強くなっていくのですから。
思わず握り拳を作ってしまうほどのその痛みに、私は再び平静の仮面を身につけました。
お陰でその声は驚くほど平坦なものになり、視界の端で須賀君が怯むのが分かります。
ですが、私はもうその場には居られません。
だって…ここに居たら…また須賀君の前で泣いてしまいそうなのですから。
幾ら私の泣き顔を可愛いと言ってくれた須賀君でも…あんまり見られたくはありません。
「…私、今日は帰ります」
「あ…そ、それなら傘…」
「大丈夫です。私も持っていますから」
そう言って、私はスタスタを旧校舎に向かって歩き出しました。
数秒ほど須賀君は私の後ろに着いて来ましたが、何時しかそれもなくなります。
お陰で私の身体は再び雨に打たれ、急速に身体が冷え込んでいきました。
―― でも…今の私にはそれが…有難いです。
だって今の私は再び頭に血が登っているのですから。
宮永さんにも…そして宮永さんをかばう須賀くんにも…私は怒っているのです。
そんな頭を文字通り冷やしてくれる雨は有り難く、そして悲しいものでした。
その雨を払ってくれていた傘がない事が…須賀君が私の傍にいてくれない証が…私の胸を締め付けるのです。
―― なんて…自分勝手な…。
着いて来るなと言わんばかりの言葉を放ったのは私の方なのです。
一応、私よりも自分で傘を使って欲しいという意図もありましたが、あの声音でそれを素直に受け取るのは無理でしょう。
寧ろ、私の不機嫌さを悪い方へと受け取るのが普通です。
そもそも怒っているのに傍にいて欲しいだなんて…我侭にも程があるでしょう。
しかし、それが須賀君が私ではなく…宮永さんを選んだ証のような気がして…なりません。
もしかしたら私を見捨てて宮永さんを追いかけてのではないかと思うと…どうしても息が詰まるのです。
それに何時しか我慢出来なくなった私は駆け出して… ――
―― そして私は須賀君から逃げるように家へと帰ったのでした。
836: 2013/07/06(土) 21:40:59.48 ID:8rK0S3PMo
―― その日は私にとって人生、最悪の日と言っても過言ではありませんでした。
今日もまた宮永さんは麻雀部に顔を出しました。
部長の背中から気まずそうに現れた彼女が一体、どういうつもりなのかは分かりません。
昨日、麻雀が嫌いだと断言し、あんな風に人を侮辱した打ち方をしたのにも関わらず、のうのうと顔を出せる彼女の考え方なんて分かりたくもありません。
しかし、それでも…私にとってリベンジの機会が訪れた事だけは素直に有難かったのです。
―― でも…私は勝てませんでした…。
二度目があればもう同じ事はさせないと…気負っていた自分。
しかし、そんな私を嘲笑うように…宮永さんはまたプラマイ0を達成しました。
いえ…より正確に言うならば…それは昨日以上に酷い有様だったのです。
一回目はともかく、二回目は…一位を取られた上でプラマイ0を達成するという…訳の分からないものだったのですから。
―― あり得ません…!あんなの…あり得ません…!
1000点スタートという通常ではあり得ない仮定から始まった宮永さんの麻雀。
それに対し、私は大きくリードを広げられていたはずでした。
しかし、彼女は最後、四暗刻で和了り…私を完全に捲ったのです。
勿論…開始1000点計算ではプラマイ0になるように…点数を調整しながら。
837: 2013/07/06(土) 21:50:35.45 ID:8rK0S3PMo
―― プラマイ0にする事だって…私には出来なかったのに…。
昨夜、私はネット麻雀の方でプラマイ0を目指して何局か打ってみました。
しかし、その結果は散々で…到底、狙って出来るものではない事が分かったのです。
麻雀に才能があるなんて信じてはいませんが…しかし、もし、それが日常的に出来る人がいるならば…それは天賦の才と賞賛されるでしょう。
―― それだけであれば…まだ良かったんです。
それが…まだ…点数調整するだけの才能であれば、私はイヤイヤながらも認める事が出来たでしょう。
ですが…宮永さんはさっき点数を調整しながらも…私達に勝ったのです。
それまでの打ち方がまるでお遊びに過ぎなかったのだと、私たちの努力なんて無意味だと嘲笑うように…一位になりました。
それに心から喜ぶ彼女に…私は我慢出来ず…ついカバンを持って部室から逃げ出してしまったのです。
―― これから…どうしましょう。
2日連続で格好悪いところを見せてしまった自分。
それに胸中でため息を漏らしながら、私は夕暮れ時のベンチで一人項垂れていました。
本当は…突然、飛び出した事を詫びる為に今すぐにでも部室に戻るべきなのでしょう。
しかし、私の足は中々、動かず、遠くカラスの鳴き声が響く空の下で座り続けていたのでした。
838: 2013/07/06(土) 22:01:17.62 ID:8rK0S3PMo
「原村さん!」
そんな私に聞こえてきた声は…宮永さんのものでした。
けれど、私はそちらに視線を向ける気にはならず、ただ、俯き続けていたのです。
恐らく私はそうやって宮永さんが近づいている事を認めたくなかったのでしょう。
小さな足音が近づき、おずおずと私の隣に座っても尚、私は彼女に一瞥もくれず、拒絶するように無言の貫いていたのですから。
「……」
「……」
そして、宮永さんも何も言わないまま時間が流れていくのです。
まるで自分の言いたい事を頭の中で纏めているようなそれに…私はどうしようか迷っていました。
何も聞かず、そして言わずにこの場から逃げるべきか、或いはこのまま拒絶を貫くべきか。
勿論、それが子どもが拗ねるような…情けないものだという事くらいは理解していました。
しかし、それでも…私は彼女の事をどうしても認める事をしたくなかったのです。
「私にとって麻雀はお年玉を巻き上げられるイヤな儀式にしか過ぎませんでした」
そんな私に話しかける宮永さんの声はポツリポツリと漏らすようなものでした。
一つひとつ自分で確認するようなそれは、きっと彼女の本心なのでしょう。
しかし…私には正直…それさえも理解出来ません。
嫌ならば参加しなければ良いだけの話ですし、そもそも金品を賭ける事自体、私は肯定的ではないのです。
勿論、彼女がそれを拒否出来ない理由があったのかもしれませんし、それがトラウマになるだけの理由もきっとあったのでしょう。
しかし、その想像に溜飲を下げてあげるほど私は宮永さんと親しくはないどころか…嫌っていると言っても良いくらいでした。
839: 2013/07/06(土) 22:08:25.38 ID:8rK0S3PMo
「でも、今日は原村さんと打てて嬉しかった」
「……」
その言葉はあまりにも人のことを小馬鹿にしているものでしょう。
あんな人の努力を嘲笑うような打ち方をして…しかも、勝ったのですから。
それで嬉しいと言われても…私はまったく喜べません。
寧ろ…バカにされているようにしか思えず、苛立ちが膨れ上がるのです。
「なんだって勝てば嬉しいものですよ」
それを抑えながらの言葉は敗北感に満ちたものでした。
結局…私は彼女のプラマイ0を崩す事も勝ち続ける事も出来なかったのです。
麻雀が好きではないと言った彼女に…人並み以上に努力し続け…インターミドルで優勝した私が…手も足も出なかったのですから。
それも当然だと思いながらも…そんな自分が悔しくて堪らず…ぎゅっと指を握り込みました。
「ちがうよ。相手が原村さんだったから!」
そう言う彼女の表情はきっと明るい笑顔なのでしょう。
しかし…それを好意的に見てあげられるような余裕は私にはありませんでした。
そもそも…あの卓に居たのは私だけではないのです。
昨日から一緒に打っているゆーきも居たのでした。
それなのに…まるでゆーきなんて見えていないような彼女の言葉は決して心地良いものではありません。
私と一緒に努力してきた彼女のこれまでをバカにされたようで…面白くなかったのです。
「……」
その言葉はあまりにも人のことを小馬鹿にしているものでしょう。
あんな人の努力を嘲笑うような打ち方をして…しかも、勝ったのですから。
それで嬉しいと言われても…私はまったく喜べません。
寧ろ…バカにされているようにしか思えず、苛立ちが膨れ上がるのです。
「なんだって勝てば嬉しいものですよ」
それを抑えながらの言葉は敗北感に満ちたものでした。
結局…私は彼女のプラマイ0を崩す事も勝ち続ける事も出来なかったのです。
麻雀が好きではないと言った彼女に…人並み以上に努力し続け…インターミドルで優勝した私が…手も足も出なかったのですから。
それも当然だと思いながらも…そんな自分が悔しくて堪らず…ぎゅっと指を握り込みました。
「ちがうよ。相手が原村さんだったから!」
そう言う彼女の表情はきっと明るい笑顔なのでしょう。
しかし…それを好意的に見てあげられるような余裕は私にはありませんでした。
そもそも…あの卓に居たのは私だけではないのです。
昨日から一緒に打っているゆーきも居たのでした。
それなのに…まるでゆーきなんて見えていないような彼女の言葉は決して心地良いものではありません。
私と一緒に努力してきた彼女のこれまでをバカにされたようで…面白くなかったのです。
840: 2013/07/06(土) 22:14:48.94 ID:8rK0S3PMo
「家族が相手の時と違った感じがして難しかったし…面白かった!」
「……」
―― それに…私が何を思ったのかは分かりません。
ただ…私は胸中に湧き上がらせていた苛立ちを…一気に膨れ上がらせたのは確かです。
少なくとも…この人だけには…麻雀が好きではないと言った人にだけは…そんな風に…面白かったなんて言われたくはありません。
あんな打ち方をして面白かっただなんて…侮辱もいい所なのですから。
「…私は」
しかし、私は…宮永さんにそう言わせないほどの力はありません。
悔しいかな…私は結局、宮永さんにいいように翻弄されていただけなのですから。
結局、実力でも勝つ事は出来ず、彼女の手のひらの上で踊らされていた私が何を言っても負け犬の遠吠えもいい所でしょう。
「私は…悔しいです」
それでも…その気持ちをもう抑えておく事は出来ませんでした。
彼女に対する苛立ちと悔しさは…もう私の中で臨界点を超えていたのですから。
昨日今日と連続で侮辱され続けて尚、大人しくしていられるほど…私は穏やかな気性をしていないのです。
その声にはっきりとした苛立ちを混ぜながら…私はベンチからそっと立ち上がりました。
841: 2013/07/06(土) 22:21:37.45 ID:8rK0S3PMo
「私は麻雀が好きです」
麻雀を通して…私はゆーきとも出会えたのですから。
いえ…ゆーきだけではありません。
須賀君や部長、染谷先輩たちとも…麻雀がなければ出会う事はなかったでしょう。
その他にも今まで対局してきた皆と知り合えたのは…全て麻雀のお陰です。
才能なんて関係なく…努力したら努力しただけ報われるそんな競技の事を…私は心から好きだと言う事が出来ました。
「だから、あなたに負けたのがとても悔しい」
そう言って振り返った私に…宮永さんは不思議そうな顔をしていました。
恐らく彼女には…負けて悔しいという気持ちなんて分からないのでしょう。
真剣に麻雀に向き合っていない彼女には…分かるはずないのです。
彼女にとってそれは所詮、「好きでもないけどその気になれば遊戯」でしかないのですから。
「麻雀を好きでもないあなたに…」
だから…きっと…こんな事を言っても無駄だと…私には分かっていました。
けれど、その感情はもう私にはどうする事も出来なかったのです。
ただただ…目の前の宮永さんが不愉快で…嫌いで仕方がありません。
だからこそ…私は彼女から逃げるようにそっと背を背け、歩き出すのです。
麻雀を通して…私はゆーきとも出会えたのですから。
いえ…ゆーきだけではありません。
須賀君や部長、染谷先輩たちとも…麻雀がなければ出会う事はなかったでしょう。
その他にも今まで対局してきた皆と知り合えたのは…全て麻雀のお陰です。
才能なんて関係なく…努力したら努力しただけ報われるそんな競技の事を…私は心から好きだと言う事が出来ました。
「だから、あなたに負けたのがとても悔しい」
そう言って振り返った私に…宮永さんは不思議そうな顔をしていました。
恐らく彼女には…負けて悔しいという気持ちなんて分からないのでしょう。
真剣に麻雀に向き合っていない彼女には…分かるはずないのです。
彼女にとってそれは所詮、「好きでもないけどその気になれば遊戯」でしかないのですから。
「麻雀を好きでもないあなたに…」
だから…きっと…こんな事を言っても無駄だと…私には分かっていました。
けれど、その感情はもう私にはどうする事も出来なかったのです。
ただただ…目の前の宮永さんが不愉快で…嫌いで仕方がありません。
だからこそ…私は彼女から逃げるようにそっと背を背け、歩き出すのです。
842: 2013/07/06(土) 22:22:41.24 ID:8rK0S3PMo
脱字いいいいいぃぃぃぃ(´;ω;`)
「私は麻雀が好きです」
麻雀を通して…私はゆーきとも出会えたのですから。
いえ…ゆーきだけではありません。
須賀君や部長、染谷先輩たちとも…麻雀がなければ出会う事はなかったでしょう。
その他にも今まで対局してきた皆と知り合えたのは…全て麻雀のお陰です。
才能なんて関係なく…努力したら努力しただけ報われるそんな競技の事を…私は心から好きだと言う事が出来ました。
「だから、あなたに負けたのがとても悔しい」
そう言って振り返った私に…宮永さんは不思議そうな顔をしていました。
恐らく彼女には…負けて悔しいという気持ちなんて分からないのでしょう。
真剣に麻雀に向き合っていない彼女には…分かるはずないのです。
彼女にとってそれは所詮、『好きでもないけどその気になれば勝てる遊戯』でしかないのですから。
「麻雀を好きでもないあなたに…」
だから…きっと…こんな事を言っても無駄だと…私には分かっていました。
けれど、その感情はもう私にはどうする事も出来なかったのです。
ただただ…目の前の宮永さんが不愉快で…嫌いで仕方がありません。
だからこそ…私は彼女から逃げるようにそっと背を背け、歩き出すのです。
「私は麻雀が好きです」
麻雀を通して…私はゆーきとも出会えたのですから。
いえ…ゆーきだけではありません。
須賀君や部長、染谷先輩たちとも…麻雀がなければ出会う事はなかったでしょう。
その他にも今まで対局してきた皆と知り合えたのは…全て麻雀のお陰です。
才能なんて関係なく…努力したら努力しただけ報われるそんな競技の事を…私は心から好きだと言う事が出来ました。
「だから、あなたに負けたのがとても悔しい」
そう言って振り返った私に…宮永さんは不思議そうな顔をしていました。
恐らく彼女には…負けて悔しいという気持ちなんて分からないのでしょう。
真剣に麻雀に向き合っていない彼女には…分かるはずないのです。
彼女にとってそれは所詮、『好きでもないけどその気になれば勝てる遊戯』でしかないのですから。
「麻雀を好きでもないあなたに…」
だから…きっと…こんな事を言っても無駄だと…私には分かっていました。
けれど、その感情はもう私にはどうする事も出来なかったのです。
ただただ…目の前の宮永さんが不愉快で…嫌いで仕方がありません。
だからこそ…私は彼女から逃げるようにそっと背を背け、歩き出すのです。
843: 2013/07/06(土) 22:30:29.18 ID:8rK0S3PMo
「それに…手強い相手は沢山いますよ…全国に」
その言葉は私の願望もいいところでした。
私では宮永さんには勝てませんでしたが…きっと全国の中には…彼女に勝てる人もいる。
真面目に麻雀に向き合って…頑張ってる人がきっと宮永さんを打倒してくれると…そう信じたかったのです。
だって…そうでなければ…あまりにも不公平でしょう。
そう思うくらいに…宮永さんの才能は異質で…異常なものだったのですから。
「…はぁ」
そう思いながら歩く私の口からついついため息が漏れだしました。
宮永さんの前から離れて多少は頭も冷えた今、私はさっきの自分に自己嫌悪を抱き始めていたのです。
当時は宮永さんの事が腹立たしくて仕方ありませんでしたが…彼女に気持ちを伝えるならば、もうちょっと言い方というものがあったでしょう。
アレではまるで私が拗ねているだけみたいではないですか。
そう自嘲気味に思った瞬間、肩にどっと疲れがのしかかってきました。
―― 今日はもう…休みましょう
結局、昨日はプラマイ0を狙えるかという実験の為に遅くまで起きていたのです。
さっきまではそれどころではなかったのであまり自覚はしませんでしたが、眠気が四肢へと絡みついてきて不快でした。
そう言えば今日は部室で仮眠を取るつもりでしたっけ、と何気なく思い返した私は…ふとある事を思い出したのです。
その言葉は私の願望もいいところでした。
私では宮永さんには勝てませんでしたが…きっと全国の中には…彼女に勝てる人もいる。
真面目に麻雀に向き合って…頑張ってる人がきっと宮永さんを打倒してくれると…そう信じたかったのです。
だって…そうでなければ…あまりにも不公平でしょう。
そう思うくらいに…宮永さんの才能は異質で…異常なものだったのですから。
「…はぁ」
そう思いながら歩く私の口からついついため息が漏れだしました。
宮永さんの前から離れて多少は頭も冷えた今、私はさっきの自分に自己嫌悪を抱き始めていたのです。
当時は宮永さんの事が腹立たしくて仕方ありませんでしたが…彼女に気持ちを伝えるならば、もうちょっと言い方というものがあったでしょう。
アレではまるで私が拗ねているだけみたいではないですか。
そう自嘲気味に思った瞬間、肩にどっと疲れがのしかかってきました。
―― 今日はもう…休みましょう
結局、昨日はプラマイ0を狙えるかという実験の為に遅くまで起きていたのです。
さっきまではそれどころではなかったのであまり自覚はしませんでしたが、眠気が四肢へと絡みついてきて不快でした。
そう言えば今日は部室で仮眠を取るつもりでしたっけ、と何気なく思い返した私は…ふとある事を思い出したのです。
844: 2013/07/06(土) 22:39:26.50 ID:8rK0S3PMo
―― エトペン…。
そう。
今日、部室で仮眠を取るつもりだった私は部室に愛用の抱き枕であるエトペンを忘れてきてしまったのです。
それに帰路へと着いた足が止まり、私は逡巡を全身に行き渡らせました。
子どもっぽくて秘密にしている事ですが、あのエトペンがないと私の寝付きは悪いのです。
これだけ眠くてしかたがない今でも…エトペン抜きでは数時間も眠れないかもしれないと思うくらいに。
―― どうしましょう…。
けれど、部室に顔を出すのは今は恥ずかしくて仕方がありません。
2日連続で飛び出していった私をからかうような人はいないと思いますが、自分自身で納得する事は出来ないのです。
結果、数秒ほど私はその場に立ち尽くしましたが…結局、元きた道を戻る事にしました。
羞恥心に打ち勝つくらいあのエトペンは私にとって大事なもので…そして譲れないものだったのです。
―― でも…宮永さんに会う事だけは避けないと…。
さっきあんな事を言ったのに宮永さんとばったりなんて格好悪いなんてレベルじゃありません。
それこそ恥ずかしさに全力で走りだしてしまいそうになるくらいです。
だからこそ、周囲を警戒する私の歩みは遅く、旧校舎へたどり着いた頃にはもうそこは真っ赤に染まっていました。
後一時間もしないであろう内に日が落ちて真っ暗になってしまうであろうその光景に私は思わず足を早めます。
今日は母が早めに帰ってこれるという事なので急いで食事の支度をしなければいけないのですから。
あんまりのんびりはしていられません。
845: 2013/07/06(土) 22:42:55.74 ID:8rK0S3PMo
―― ガチャ
「……」
しかし、それでも部室の扉を開く事には慎重になってしまいます。
だって、下手をすればその向こうに宮永さんがいるかもしれないのですから。
だからこそ、私は立て付けの悪い扉をゆっくりと開き、その隙間から中の様子を伺いました。
「あ、のどちゃん」
「ゆーき…」
しかし、そんな私の姿はすぐさま椅子に座っていたゆーきに見つかってしまいます。
そのまま椅子から勢い良く立ち上がり、近寄ってくる彼女に、私は隠れているのを諦めました。
意を決してゆっくりと扉を開き、部室へと入るのです。
しかし、その中にはゆーき以外に誰もおらず、ガランとしていました。
846: 2013/07/06(土) 22:57:22.51 ID:8rK0S3PMo
「良かった。メールに気づいてくれたのか」
「メール…?」
ニコニコと嬉しそうに私へと話しかけるゆーきは両手でエトペンを抱えていました。
私を忘れていたそれを大事そうに抱きかかえるその姿は微笑ましいものです。
けれど…私以上に持っているのが様になっているのは一体、どうしてなのでしょう。
そんな事を思いながら私がカバンから携帯を取り出せば、そこには新規メールを知らせるアイコンが表示されていました。
「あれ…?このペンギン忘れてるって送ったんだけど…もしかして気づいてない?」
「…ごめんなさい」
一体、何時、ゆーきがそれを送ってくれたのかは分かりませんが、恐らくついさっきではなかったのでしょう。
もし、そうなら私はもっと早くに気づく事が出来ていたのですから。
恐らくこの部室を出てからエトペンの事に気づくまでの間に送られてきたはずです。
そして、ゆーきはそんな私が帰ってくるのをずっと待ってくれていたのでしょう。
「良いって。先輩たちも今日は忙しいみたいでさっさと帰ったし、暇だったからな」
「有難う…」
それに謝罪の言葉を返す私をゆーきはあっけらかんと許してくれました。
そんな彼女に強い感謝の念を抱くのは決して許してくれただけではありません。
無邪気に振る舞う彼女に私の心はほんの少し上向くのを感じたのです。
宮永さんの所為で荒れていた感情がほんの少し落ち着いていく感覚は彼女の明るさに影響されての事でしょう。
幾度となく私の事を助けてくれたそれに再び感謝を抱きながら、私は一人かけている事に気づいたのです。
「そう言えば…須賀君は?」
そう。
さっきゆーきが説明していた中には須賀君の姿がありません。
先輩たち二人はともかく、須賀君が急いで帰らなければいけない理由はないでしょう。
それに何より、須賀君は一人部室で待つゆーきを置いて、帰るような人ではないのです。
そんな彼の姿も見えない事に私は疑問を覚え、そうゆーきに尋ねたのでした。
847: 2013/07/06(土) 23:03:15.99 ID:8rK0S3PMo
「京太郎は咲ちゃんが心配だって言って探しに行ったじぇ」
「…え…?」
瞬間、聞こえてきたその声を私は信じる事が出来ませんでした。
だって…そんなの…おかしいじゃないですか。
心配されるべきは…宮永さんじゃなくて…私の方なのです。
人を侮辱しただけの彼女を心配するような余地なんて何処にもありません。
寧ろ…私の方が…傷ついていたはずなのです。
それなのに…一体、どうして…須賀君が彼女のことを気遣うのか理解出来ません。
「私じゃなくて…ですか?」
「う…うん…」
そんな私が到達した答えは聞き間違えというものでした。
しかし、それを尋ねたゆーきは小さく頷き、否定を返すのです。
ゆーきは不必要な嘘をつくような子ではありませんし、それはきっと事実なのでしょう。
そう思った瞬間、一度は収まりかけた激情が一気に燃え上がり、私の胸を撫でるのです。
「そう…ですか…」
そうゆーきに返す声は微かに震えたものになってしまいました。
また激情に揺らぐそれを私は何とかして抑えこもうとしていたのです。
ですが、自分でも理解出来ない苛立ちや不平等感は収まらず、私の思考を揺らすのでした。
それについ私の顔も俯きがちになり、指先にもぎゅっと力が入ってしまうのです。
848: 2013/07/06(土) 23:09:24.48 ID:8rK0S3PMo
「の、のどちゃんは…さ」
「…?」
そんな私に怯えるように言葉を詰まらせながら、ゆーきはゆっくりと言葉を漏らしました。
しかし、その言葉はそこで途切れて、中々、次の言葉が出て来ません。
普段の快活な彼女からは想像も出来ないくらいに歯切れの悪い姿に、私は胸中で首を傾げます。
しかし、一体、ゆーきが何を言いたいのかは分からず、私は理解できないイライラの中で疑問を強めました。
「京太郎の事…好きなのか?」
「ぇ…?」
そのまま一分ほど掛けて決心したように紡がれるゆーきの言葉。
それに疑問を浮かべていた私の頭はすぐさま反応する事が出来ませんでした。
だって…そうでしょう。
それはあんまりにもいきなりで…予想外な言葉だったのですから。
「ふぇ…えぇぇ!?」
一体、どうしてこのタイミングで…いえ、そもそもどうしてそんな事をゆーきが思ったのか。
それさえも理解出来ない私は数秒ほど掛けてようやくそんな声を漏らしました。
けれど、それは私の思考を整理するのにはまったく役立つものではなく、ただ驚きを吐き散らしたものでしかありません。
結果、私の困惑は収まる事はなく、彼女の前でうろたえるように首を振りました。
「…?」
そんな私に怯えるように言葉を詰まらせながら、ゆーきはゆっくりと言葉を漏らしました。
しかし、その言葉はそこで途切れて、中々、次の言葉が出て来ません。
普段の快活な彼女からは想像も出来ないくらいに歯切れの悪い姿に、私は胸中で首を傾げます。
しかし、一体、ゆーきが何を言いたいのかは分からず、私は理解できないイライラの中で疑問を強めました。
「京太郎の事…好きなのか?」
「ぇ…?」
そのまま一分ほど掛けて決心したように紡がれるゆーきの言葉。
それに疑問を浮かべていた私の頭はすぐさま反応する事が出来ませんでした。
だって…そうでしょう。
それはあんまりにもいきなりで…予想外な言葉だったのですから。
「ふぇ…えぇぇ!?」
一体、どうしてこのタイミングで…いえ、そもそもどうしてそんな事をゆーきが思ったのか。
それさえも理解出来ない私は数秒ほど掛けてようやくそんな声を漏らしました。
けれど、それは私の思考を整理するのにはまったく役立つものではなく、ただ驚きを吐き散らしたものでしかありません。
結果、私の困惑は収まる事はなく、彼女の前でうろたえるように首を振りました。
849: 2013/07/06(土) 23:14:58.61 ID:8rK0S3PMo
「違う…のか?」
「ぅ…」
それを否定の意と誤解したのでしょう。
ゆーきはそう伺うように言いながら、私の顔をじっと見つめました。
まるで嘘は言わないで欲しいと言うようなその仕草に、私は思わず言葉を詰まらせます。
それは…勿論…私がそれを意図的に考えないようにしてきた事だからです。
―― だって…そんな…ま、まだ…早い…です…。
須賀君は…私に告白してくれました。
凄い遠回しではあれど…私の事を好きと言ってくれたのです。
そんな彼に対する返事を…私はまだまったく考えてはいませんでした。
「先延ばしで良い」と言ってくれた彼の言葉に甘えて…何の返事もしていなかったのです。
―― そもそも‥・最近はそういう事を考えられる余裕なんてなくって…。
須賀君がそうやって私に告白してくれたのを皮切りに宮永さんは一気に私の領域へと踏み込んできたのです。
今や私にとって彼女は顔も知らないけれど対抗心を抱いている相手ではなく、敵意を向ける明確な敵でした。
そんな宮永さんにここ最近は翻弄され、気持ちが落ち着く暇もないのです。
それなのに自分の感情を省みるなんて出来るはずはなく…結局、なあなあのままの関係が続いていました。
850: 2013/07/06(土) 23:20:33.98 ID:8rK0S3PMo
―― 勿論…須賀君の事は嫌いじゃありません。
いえ、寧ろ、彼は私の人生の中で一番、仲良くなった異性と言っても良いでしょう。
今や父と並ぶかそれ以上に親しいのですから。
そんな彼を私は決して嫌ってはいません。
寧ろ、友人として認めるくらいに心を許しているのでした。
―― でも…それが…異性としてのものだと言うと…。
私は…恋をした事がありません。
これまで女子校育ちであった私にはそのような感情を抱くほど親しくなった異性なんていないのです。
だから…私が須賀君に抱いているそれが…異性としての好意かどうかなんて私には分かりません。
嫌いではない事だけは確かですが…それ以上かというと…私には答えなんて出せないのです。
「のどちゃん?」
そう言い淀む私をゆーきは心配してくれたのでしょう。
私の顔を覗き込む彼女の視線には心配するようなものが浮かんでいました。
しかし、衝撃の問いを投げかけられた私には…それが『早く答えろ』と急かされているように思えるのです。
けれど、ずっと逃げ続けていた私に答えなんて出せるはずもなく…私は… ――
851: 2013/07/06(土) 23:28:21.87 ID:8rK0S3PMo
「須賀君…は…お友達…です…」
ポツリポツリと漏らすそれは逃げの言葉も良い所でした。
どっちとも取れるその言葉は卑怯と罵られても仕方のないものでしょう。
しかし…今の私にとって須賀君はそれ以上でもそれ以下でもありません。
少なくとも宮永さんの所為で荒れた心はそれ以上に踏み込んだ答えを出す事は出来ないのです。
「のどちゃん…嘘吐かないで欲しいじぇ」
けれど、ゆーきにとってその答えは不満だったのでしょう。
その目に怒りすら滲ませながら、強く私を睨みつけてくるのです。
そこには…友人に嘘を吐かれたという確信めいたものがあり、逃げた私を責め立ててくるのでした。
初めて見ると言っても過言ではない…ゆーきのその表情にただでさえ追い詰められた私の心は狼狽を浮かべ、どうして良いか分からなくなります。
「私は…のどちゃんの友達だと思ってる。だから…私にだけ…正直になってくれないか?」
そんな私に言い聞かせるようなその声は一気に穏やかなものになっていました。
しかし、優しげなその声に…私の困惑は薄まる事がありません。
頭の中は突然の疑問で一杯で…今の状況がまるで理解出来ないのですから。
忘れ物を取りに来ただけなのに…一体、どうしてこんな事になっていうのか。
まるで夢のなかにいるように思えるほど現実感が伴わない感覚に私は吐き気さえ覚え始めていました。
852: 2013/07/06(土) 23:37:15.99 ID:8rK0S3PMo
「のどちゃんなら…京太郎の事を任せられるから…私…」
「私…は…私は…」
ポツリポツリと漏らすゆーきの言葉の意味すら私は理解できていませんでした。
胸中を支配する困惑は、グルグルとめまぐるしく思考を変え、私に結論を出させないのですから。
まるで答えから逃げようとするようなそれに…私はロボットのように同じ言葉を繰り返します。
しかし、そこから先の言葉なんて出てくるはずもなく…私はただ…『答えようとしている』というポーズだけを取り続けたのでした。
―― そんな私の胸の中に…今までの事が浮かび上がって…。
出会ったばかりの頃、私は須賀君に嫉妬していました。
けれど…変な勧誘から助けてもらってから…私たちは少しずつ仲を深めていったのです。
そうして…あのストーカー事件が起こって…私は…彼に幾度となく助けてもらいました。
下手をすれば命の恩人かもしれない彼を…私は友人として認めて…それから…告白されて… ――
―― でも…それならどうして…彼は私の傍に居てくれないんですか…?
ふと浮かんだその思考に私の胸は悲鳴のような痛みを発しました。
今の私はこんなにも辛くて苦しいのに…彼が傍に居てくれないのです。
それだけであれば…私は多分、こんなにも辛くはならなかったでしょう。
ですが…彼は私を放っておいて他の人のところへ…しかも…私が敵とさえ思っている宮永さんのところへいっているのです。
853: 2013/07/06(土) 23:43:43.23 ID:8rK0S3PMo
「私は…っ!」
その苛立ちは…正直、否定出来ないものでした。
どうして好きだって言ってくれたのに…傍にいてくれないのか。
私ではなく宮永さんを優先するのか。
あの言葉は嘘で…私の事を弄んでいただけなのか。
そんな言葉がグルグルと私の中で混ぜ合わされ、一つの感情へと固まっていきます。
「須賀君の…須賀君の事なんか…!」
「のどちゃん!」
そんな私を咎めるようにゆーきが言葉を口にしました。
けれど…私はもう止まりません。
早くこの訳の分からない状況から…吐き気を感じるほどの気持ち悪さから逃げ出したかったのです。
そんな私にとって…胸中で固まっていくその感情は限りなく答えに近いものでした。
だからこそ…私はそれを…しつこく付きまとって、私に解放してくれないゆーきにぶつけようとして… ――
その苛立ちは…正直、否定出来ないものでした。
どうして好きだって言ってくれたのに…傍にいてくれないのか。
私ではなく宮永さんを優先するのか。
あの言葉は嘘で…私の事を弄んでいただけなのか。
そんな言葉がグルグルと私の中で混ぜ合わされ、一つの感情へと固まっていきます。
「須賀君の…須賀君の事なんか…!」
「のどちゃん!」
そんな私を咎めるようにゆーきが言葉を口にしました。
けれど…私はもう止まりません。
早くこの訳の分からない状況から…吐き気を感じるほどの気持ち悪さから逃げ出したかったのです。
そんな私にとって…胸中で固まっていくその感情は限りなく答えに近いものでした。
だからこそ…私はそれを…しつこく付きまとって、私に解放してくれないゆーきにぶつけようとして… ――
854: 2013/07/06(土) 23:44:21.08 ID:8rK0S3PMo
「須賀君の事なんか…嫌いです!」
855: 2013/07/06(土) 23:52:48.44 ID:8rK0S3PMo
「……あ」
「…え…?」
その声は…私の後ろから聞こえて来ました。
何処か呆然とした聞き慣れたそれに私の身体は反射的に後ろを振り返ります。
その瞬間…私の目は優しい金色の光を捉えました。
夕日がカーテン越しに差し込む部室の中でも尚、優しい色を放つそれは…今の私にとって…一番、傍にいてほしくない人が…そこにいた事を教えます。
「す、須賀…君…?」
「あ、あはは…なんか…その…ごめんな」
私の声に須賀君は気まずそうにそう答えました。
しかし…その声は今にも泣き出しそうなくらい震えて…私の胸が詰まります。
呼吸すら不安定になるそれに抗うようにして…私は何度も口を開こうとしました。
けれど、私の頭は真っ白で…声は出ても言葉は出て来ません。
何か言わなければいけないと本能が叫んでいるのに…それを作り出す思考がまったく動いてくれないのです。
「き、京太郎!今のは…!」
「良いって。気にすんなよ」
そんな私の脇を抜けや須賀君は雀卓の上にあったカバンをそっと持ち上げました。
その様はいつも通りで…彼がまったく動じていないように見えたのです。
ですが…それはきっと…彼が必氏に自制しているからなのでしょう。
だって…須賀君の足はまるで堪えきれないかのように微かに震えていたのですから。
858: 2013/07/06(土) 23:58:42.63 ID:8rK0S3PMo
「す…すがく…」
「ごめん。もう付き纏ったりしないからさ」
間違いなく…私の不用意な発言で彼を傷つけてしまっている。
それを感じさせる姿に私はようやく唇を動かす事が出来ました。
けれど、その動きは緩慢で彼の名前を呼ぶ事さえも出来ません。
そんな私の言葉を遮るように言い放ちながら…須賀君は再び私の脇を抜け、部室から出て行ってしまいました。
「のどちゃん!!追いかけないと…!」
「あ…」
瞬間、私の耳にゆーきの声が届きました。
下手をすれば私以上に焦燥している彼女の声に私の心も同意します。
私は須賀君を傷つけてしまったのですから…彼を追いかけて謝罪しなければいけないのです。
誠心誠意謝って…須賀君に許してもらわなければいけないでしょう。
―― でも…私に…何が言えるって言うんですか…?
あの時感じた感情は追い詰められたが故のものでした。
ですが、それは決して嘘だったという訳ではありません。
あの時限定ではありますが…それは間違いなく真実であったのです。
そんな私が…須賀君にどんな顔をして…謝れば良いでしょう。
あの時の私は…間違いなく…彼を疎ましがっていたのですから。
「ごめん。もう付き纏ったりしないからさ」
間違いなく…私の不用意な発言で彼を傷つけてしまっている。
それを感じさせる姿に私はようやく唇を動かす事が出来ました。
けれど、その動きは緩慢で彼の名前を呼ぶ事さえも出来ません。
そんな私の言葉を遮るように言い放ちながら…須賀君は再び私の脇を抜け、部室から出て行ってしまいました。
「のどちゃん!!追いかけないと…!」
「あ…」
瞬間、私の耳にゆーきの声が届きました。
下手をすれば私以上に焦燥している彼女の声に私の心も同意します。
私は須賀君を傷つけてしまったのですから…彼を追いかけて謝罪しなければいけないのです。
誠心誠意謝って…須賀君に許してもらわなければいけないでしょう。
―― でも…私に…何が言えるって言うんですか…?
あの時感じた感情は追い詰められたが故のものでした。
ですが、それは決して嘘だったという訳ではありません。
あの時限定ではありますが…それは間違いなく真実であったのです。
そんな私が…須賀君にどんな顔をして…謝れば良いでしょう。
あの時の私は…間違いなく…彼を疎ましがっていたのですから。
860: 2013/07/07(日) 00:06:13.40 ID:Hzqjjup0o
「のどちゃん!のどちゃん!!」
「あ…あぁぁ…」
結果、私の足はその場に縫い付けられたかのように動きませんでした。
私に必氏に呼びかけるゆーきがガクガクと私の身体を揺らしても尚…動かないくらいに。
いえ…きっと…私は動きたくなかったのです。
だって…その場から一歩でも動いてしまえば…今のこれが現実だと…大事な友人二人を疎ましがってしまったのが現実だと…認めてしまいそうになるのですから。
「~っ!!」
そんな私にゆーきも諦めたのでしょう。
彼女は私から手を離してだっと駆け出していきました。
小柄で元気いっぱいなゆーきらしいその背中を私は呆然と見送ります。
自然…私は部室の中にただ一人残されましたが…私の足は一向に動きません。
いえ、それどころか…私の足はふっと脱力し、その場にへたりこんでしまうのです。
「私は…私…は…」
瞬間、私の口から漏れだしたのは…無意味にもほどがある言葉でした。
だって、それは誰も聞く人はおらず、またその先に行く事もないのですから。
自らその先へと行く道を閉ざしてしまった私には…それを口にする資格はありません。
しかし、それでも私の感情は諦めたくないと言わんばかりにそのフレーズを繰り返し…――
―― 結局、私は母が心配して電話を掛けてくれるまで…暗い部室で言い訳のような言葉を繰り返したのでした。
「あ…あぁぁ…」
結果、私の足はその場に縫い付けられたかのように動きませんでした。
私に必氏に呼びかけるゆーきがガクガクと私の身体を揺らしても尚…動かないくらいに。
いえ…きっと…私は動きたくなかったのです。
だって…その場から一歩でも動いてしまえば…今のこれが現実だと…大事な友人二人を疎ましがってしまったのが現実だと…認めてしまいそうになるのですから。
「~っ!!」
そんな私にゆーきも諦めたのでしょう。
彼女は私から手を離してだっと駆け出していきました。
小柄で元気いっぱいなゆーきらしいその背中を私は呆然と見送ります。
自然…私は部室の中にただ一人残されましたが…私の足は一向に動きません。
いえ、それどころか…私の足はふっと脱力し、その場にへたりこんでしまうのです。
「私は…私…は…」
瞬間、私の口から漏れだしたのは…無意味にもほどがある言葉でした。
だって、それは誰も聞く人はおらず、またその先に行く事もないのですから。
自らその先へと行く道を閉ざしてしまった私には…それを口にする資格はありません。
しかし、それでも私の感情は諦めたくないと言わんばかりにそのフレーズを繰り返し…――
―― 結局、私は母が心配して電話を掛けてくれるまで…暗い部室で言い訳のような言葉を繰り返したのでした。
925: 2013/07/11(木) 23:50:30.89 ID:TzfLLwjno
―― その日からの私はどうにも現実感のない日々が続いていました。
頭の中が妙にふわふわして、思考をきちんと纏める事が出来ません。
まるでずっと夢の中にいるように頭の中が鈍いのです。
しかし、私の目ははっきりと冴えていて、寧ろ、中々、眠る事が出来ません。
結果、寝不足ではありましたが、私の身体はそれを表に出す事はありませんでした。
―― いえ…それだけではありません。
そんな覚束ない思考とは裏腹に私の身体は平静でした。
ふわふわとした私の頭にはそぐわないくらいしっかりとしていたのです。
まるで心と身体が切り離され、身体だけが勝手に動き出しているような感覚。
しかし、それは私にとって決して嫌なものではありませんでした。
―― だって…私には…もう余裕なんてなかったのです。
あの日…須賀君につい「嫌い」と言ってしまった日から…既に一週間ちょっとが経過していました。
その間、私が曲がりなしにも普通に生活してこれたのは、そんな自分の変調のお陰です。
それがなければ、きっと私は部屋に閉じこもったまま外に出る事はなかったでしょう。
私にとってあの日の出来事はそれくらいに衝撃的であり…そして立ち直れていなかったのでした。
926: 2013/07/11(木) 23:56:10.83 ID:TzfLLwjno
―― 今だって…どうすれば良いのかずっと…考えているんです。
私はあの時…須賀君を傷つけてしまいました。
間違いなく嘘を吐き…要らぬ誤解をさせてしまったのです。
まずはそれを解消しなければ、どうにもなりません。
しかし…一体、あの時の事をどうやって彼に説明すれば良いのか私には分かりませんでした。
―― いえ…本当は…分かっているんです。
本当に私がするべきなのは、こうしてうじうじとあろうはずのない『答え』を求める事ではありません。
そんな事をするよりも先に私は彼に謝罪し、自分の心を全て彼に伝えなければいけないのです。
そう分かっているのに…実行に移す事が出来ないのはそれが私の醜い部分を須賀君に見せる行為だからでしょう。
須賀君に嫌われたくないという感情が私の中でブレーキとなり、結果的に私に二の足を踏ませていたのです。
―― それに…須賀君は思いの外、冷静で…。
次の日、須賀君は普通に登校し、普通に部活へと顔を出しました。
その間、私たちの間に一切会話がありませんでしたが、彼が傷ついている様子はありません。
一体、どれが演技なのか、或いは本当に気にしていないのかは私には分かりません。
しかし、そうやって何事もなかったかのように振る舞う須賀君の姿が私にとっては辛く…そして苦しい事だったのです。
927: 2013/07/12(金) 00:06:14.39 ID:c41Q9a9Ro
―― 私の事…好きだって言ってくれたのに…。
先日の事をまったく気にしていないかのような彼の姿に…私は胸の痛みを抑える事が出来ませんでした。
だって…私はこんなにも彼の事を気にしているのです。
一体、どんな風に謝れば良いのか…どうやって説明すれば良いのかを考えなかった時間はないくらいなのですから。
しかし、須賀君はそんな私に興味が無いかのように振舞い、視線すら合わせてはくれません。
そんな彼に…私は余計どうしたら良いのか分からなくて…ろくに声を掛ける事すら出来なかったのです。
―― しかも…問題はそれだけではありません。
以前のストーカー事件から、父は本格的に引越しを考え始めました。
けれど、東京の進学校を勧めてくれる父に対して、私は首を横に振ったのです。
確かにあんな事件こそありましたが…私はゆーきや須賀君のいるこの長野が嫌いではありません。
それに進学校になんて行ってしまったら…麻雀なんてする余裕はなくなるでしょう。
勿論、それが長い目でみれば正しい事なのかもしれませんが、しかし、素直に従えるはずがありません。
―― だから…私は父に交換条件を出しました。
もし、高校でも全国優勝出来れば…長野に残る事を考える。
頑固者ではありますが、検事らしい真っ直ぐさを持つ父がその約束を違えるはずがありません。
そして逆に言えば…私が優勝出来なければ、引越しによって私は東京に行かされる事になるでしょう。
それは…それは決して我慢なりません。
幾ら子どもっぽい感傷とは理解していても…私は中学からの親友であるゆーきとも…そして高校から友人になれた須賀君とも別れたくはないのです。
928: 2013/07/12(金) 00:14:53.39 ID:c41Q9a9Ro
―― その為に…宮永さんを利用するのは少しだけ…気が引けました。
宮永さんの強さは今まで私が見てきた誰のものよりも異質なものです。
常識が通用しない並外れた運や、牌を見通しているような打ち筋は、天賦のものと言っても良いでしょう。
しかし、今の私には…その力が必要不可欠なのです。
私が全国に行って…父との約束を護る為に…そして須賀君と仲直りする時間を作る為に…麻雀部に入ってくれた彼女の力が必要でした。
「…ふぅ」
アレだけ嫌っていた彼女から力を借りなければいけない情けない自分。
それにため息を漏らしながら、私は強い無力感と自分に対する怒りを感じます。
それに頬が微かに紅潮しますが、さりとてその感情はなくなりません。
今の私にとっては…自分の姿というのはそれくらい惨めで…そして酷いものだったのです。
―― こんな風に誰かを利用するような人になんてなりたくなかったのに…。
しかし、決して譲れないものを護る為にそうしなければいけません。
どれだけそれにプライドが傷ついても…私はそれ以上に二人の事が大事だったのです。
結果として何の非もない宮永さんには悪い事をしてしまっていますが、私にはコレ以上に冴えたやり方なんて思いつきません。
そんな私に呆れたのか、ここ最近はゆーきもあまり話しかけてはくれなくなり…須賀君の元へと寄る姿を良く見かけました。
929: 2013/07/12(金) 00:24:02.96 ID:c41Q9a9Ro
―― 私は…。
そうやってゆーきが失望するのも無理はないでしょう。
それくらい…ここ一週間の私は酷いものだったのです。
しかし、事情全てをゆーきに伝えてしまったら余計に失望されるかもしれません。
そう思うと私はゆーきの事を引き止める事も出来ず…最近は独りでいる事が多くなりました。
―― …あれ?
それに再びため息が漏れそうになった瞬間、私の携帯がカバンの中でブルリと震えました。
ふとそちらに視線を向ければ、そこには着信を伝える画面が表示されています。
既に時刻の昼休みとなり、教室で平然と通話している人もいるので、それは問題ではありません。
ただ、私が気になったのはそこに表示されている名前が…――
―― …宮永さん…?
少しずつ疎遠になるゆーきとは入れ違いになるように少しずつ仲良くなっていった彼女。
しかし、それは決して本心からのものではなく、宮永さんを利用している後ろ暗さからでした。
私は未だに彼女の打ち方に対して怒っていますし、色々と奪われた事に対しても不満を覚えています。
けれど、それを隠しながら接近すれば、彼女は屈託のない笑顔を見せてくれるようになりました。
そんな彼女に申し訳なさを感じながらも、私は今日、昼食を一緒にする約束をしたのです。
931: 2013/07/12(金) 00:33:49.25 ID:c41Q9a9Ro
―― それなのに…どうして今?
昼休みになった今、私たちは後数分も経たない内に顔を合わせる事になるのです。
私と話がしたいなら、その時にすれば良いでしょう。
しかし、それでもこうして電話が掛ってきたという事はきっと彼女にとって急を要する何かのかもしれません。
それが何かは分かりませんが、無視する訳にはいかないでしょう。
「…もしもし」
「あ、原村さん?」
そう思って通話ボタンを押した私に、宮永さんの声が届きました。
ここ最近、私に対する硬さが徐々に失われていくその声に私の胸はまたも痛くなります。
けれど、ここ最近で平静を装う事ばかり上手くなった私はそれを表に出したりはしません。
いつも通りの原村和を演じ、まゆ一つ微動だにさせないのです。
「えっと、そっちに京ちゃんいるかな?」
「須賀君ですか…?」
尋ねる宮永さんの言葉は本来であれば、即答出来るものでした。
ここ最近、彼の姿をさらに目で追うようになった私には、彼が既にゆーきと一緒に教室を出て行った事くらい分かっているのですから。
その手には何も持っていなかった辺り、多分、学食にでも行っているのでしょう。
932: 2013/07/12(金) 00:41:20.60 ID:c41Q9a9Ro
「いえ…もう教室から出たみたいです」
「そっかぁ…まったく…京ちゃんったら…」
「仕方ないなぁ」と言いたそうな宮永さんの言葉に私は小さく…ほんの小さく自分の歯を噛み締めました。
だって…それはまるで私に須賀君との付き合いの長さを魅せつけるようなものだったのですから。
幼馴染という絶対的なポジションにいるが故に放たれるそれに私の感情は一気に燃え上がります。
怒りや悔しさ、そして不公平感混じりのそれは私の仮面から僅かに漏れだし、そうやって身体を微かに強張らせてしまうのでした。
「えっと…それで一つ聞きたいんだけど…」
「なんでしょう?」
とは言え、それを宮永さんにぶつけてもなんにもなりません。
彼女に悪意はない訳ですし、何より、私は宮永さんに大きな借りを作っている状態なのですから。
ここで彼女の機嫌を損ねるような真似は出来ませんし…何よりそれを心苦しいと思う気持ちは私にもありました。
結果、私は平静そのものの言葉で宮永さんに聞き返し、彼女の答えを待つのです。
「今日のお昼、京ちゃんも一緒で良いかな?」
「え…?」
しかし、そんな私でも…それは平静を装う事が出来ないものでした。
いえ…そんなの私じゃなくたって平静でいつづける事は出来ないでしょう。
だって、宮永さんがそんな事を口にするなんて予想出来る人なんて・・・きっと何処にもいないのですから。
933: 2013/07/12(金) 00:50:28.25 ID:c41Q9a9Ro
「あの…京ちゃんがご一緒させてくれないかって…」
「ほ、本当ですか!?」
それだけでも頭の中が一杯でどうすれば良いか分からない私。
それが次の瞬間、歓喜へと変わったのは、宮永さんの言葉があまりにも嬉しかったものだからでしょう。
ついつい平静の仮面を投げ捨て、思いっきり食いついてしまった自分に頬が再び朱を混じらせます。
ついさっきまでからは想像もつかない自分の姿が恥ずかしくありますが、私の胸の動悸は収まらず、ドキドキと激しく脈打っていました。
―― 須賀君も…私と一緒を…望んでくれている…。
その言葉がジィンと私の胸を震わせ、目尻を微かに濡らします。
強い感動にも似たその歓喜は…ここ一週間の私の苦悩を覆すものでした。
アレだけ心を重く沈ませていた感情がぱっと消え、胸が軽くなるのを感じます。
この一週間で一番嬉しいそのニュースに、私は胸を躍りだしそうなくらい喜んでいたのです。
「う、うん…」
「そ、そう…ですか…」
そんな私に気圧されるような宮永さんの声が電話口から聞こえてきます。
それに浮かれっぱなしであった自分への気恥ずかしさが強くなり、ついつい言葉を詰まらせてしまいました。
けれど…それでも私の胸にゆっくりと広がっていくその暖かさは変わりません。
いえ、寧ろ、それが言葉として出てこない分、私はそれを強く実感し…久方ぶりの暖かな感情にゆっくりと浸る事が出来たのです。
「ほ、本当ですか!?」
それだけでも頭の中が一杯でどうすれば良いか分からない私。
それが次の瞬間、歓喜へと変わったのは、宮永さんの言葉があまりにも嬉しかったものだからでしょう。
ついつい平静の仮面を投げ捨て、思いっきり食いついてしまった自分に頬が再び朱を混じらせます。
ついさっきまでからは想像もつかない自分の姿が恥ずかしくありますが、私の胸の動悸は収まらず、ドキドキと激しく脈打っていました。
―― 須賀君も…私と一緒を…望んでくれている…。
その言葉がジィンと私の胸を震わせ、目尻を微かに濡らします。
強い感動にも似たその歓喜は…ここ一週間の私の苦悩を覆すものでした。
アレだけ心を重く沈ませていた感情がぱっと消え、胸が軽くなるのを感じます。
この一週間で一番嬉しいそのニュースに、私は胸を躍りだしそうなくらい喜んでいたのです。
「う、うん…」
「そ、そう…ですか…」
そんな私に気圧されるような宮永さんの声が電話口から聞こえてきます。
それに浮かれっぱなしであった自分への気恥ずかしさが強くなり、ついつい言葉を詰まらせてしまいました。
けれど…それでも私の胸にゆっくりと広がっていくその暖かさは変わりません。
いえ、寧ろ、それが言葉として出てこない分、私はそれを強く実感し…久方ぶりの暖かな感情にゆっくりと浸る事が出来たのです。
934: 2013/07/12(金) 00:58:47.44 ID:c41Q9a9Ro
―― でも…それならそうと…はっきり言ってくれれば良かったのに…。
その感情に身を委ねる私の胸から出てきたのは、須賀君に対する微かな不満でした。
そうやって私と一緒に食事をしたいのであれば、彼から言ってくれればそれで良かったのです。
そうすればきっと私は宮永さんから伝えられた今よりもきっと喜ぶ事が出来た事でしょう。
しかし、彼は思った以上にシャイで…そして、きっとその分、傷ついていたのです。
少なくとも…私に対して直接、昼食を誘えないくらいに。
「あ…え、っと…大丈夫だから!」
「…え?」
ならば、今度はこっちの方から近づいて…仲直りをしてあげなければいけない。
そう思って肯定の言葉を返そうとした瞬間、宮永さんはそうやって声を返しました。聞こえてきた声に私は思わず首を傾げてしまいました。
主語のない宮永さんのその言葉は私にとって理解が及ばないものだったのです。
さっきまで歓喜に浸り、ひたすらに沈黙を返していた訳ですし、文脈的にその主語を悟る事は無理でしょう。
「えっと…その…何て言うか…」
しかし、そんな私の疑問に返すのは勿体つけるような宮永さんの言葉でした。
それに微かな苛立ちを感じるのは、私が早く彼と一緒に食事をしたいからでしょう。
一秒でも早く須賀君と仲直りしたい私にとって、彼女のその逡巡は鬱陶しいもの以外の何物でもありません。
それでも、早く結論を出して欲しいと胸中でだけそう急かしながら、私は辛抱強く彼女の言葉を待ったのです。
935: 2013/07/12(金) 00:59:13.58 ID:c41Q9a9Ro
「私、京ちゃんと付き合ってるから」
961: 2013/07/13(土) 06:44:13.65 ID:AeVnZ62vo
―― 何を…言っているんですか…?
それを聞いた瞬間、私は聞き間違いだと思いました。
だって…須賀君は私の事を好きだって…遠回しではあれど好きだってそう言ってくれたのです。
それから少し経って…私は彼のことを嫌いだと…そう言っているところを目撃されてしまいました。
それに彼は傷つき、そして悲しんだ事でしょう。
しかし、だからと言って、彼がそう易々と他の女性に乗り換えるような人だとは思えなかったのです。
「…冗談…ですよね?」
だからこそ、私はそう尋ねました。
その声が狼狽を浮かべるように震えるのも構わず、私は宮永さんにそう聞き返したのです。
そこにはもう自分を取り繕うとする意思はもう殆どありません。
あるのはただ、この理不尽な情報が嘘であって欲しいという祈りにも似た感情だけ。
「ううん。本当だよ」
けれど、そんな私の祈りは何処か照れたような宮永さんの言葉に粉々に砕かれてしまいました。
私の微かな希望すら閉ざすその言葉に頭の処理が追いつきません。
脳裏を埋め尽くすのは信じられないという感情ばかりで、まったくそれを論理的に片付ける事が出来ないのですから。
その弊害は足元にも現れ、私の身体がクラリと揺れてしまいます。
恐らく椅子に座っていなければその場に倒れ込んでいたであろうと思うほどのそれに私はひとつの結論を出しました。
962: 2013/07/13(土) 06:53:13.20 ID:AeVnZ62vo
―― あぁ…そう…これは…夢なんですね。
だって…だって、こんなのあり得るはずがありません。
須賀君は私の事が好きだったのに、宮永さんと付き合うだなんてそんな事はないのですから。
本当の彼はきっと今も傷ついたまま…私と仲直りする事を望んでくれているのです。
これはきっと須賀君を信じきれなかった弱い私が見ている夢で…だから…早く冷めないと… ――
「でも…どうして?」
「…え?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「どうして、そんな事聞くの?」
そう思う私の思考に冷水を掛けたのは…宮永さんの冷たい言葉でした。
さっきまでのはにかんだような温かい言葉とはかけ離れたそれに私の背筋がゾクリとしたものを感じます。
まるでひとつ選択肢を間違えれば、自分の命がないようなその恐ろしさに私の口は怯えたように動きません。
「原村さんは…京ちゃんの事なんて嫌いなんだから…誰かと付き合ってくれた方が都合が良いんだよね?」
「っ…!」
その言葉は私の胸の弱い部分を貫くました。
まるで狙ってその部分を抉るようなそれに私は歯を噛み締めました。
本当は…私だって色々と反論したいものがあったのです。
あれは誤解だったのだと…本心ではなかったのだと…そう弁解したい気持ちで一杯でした。
しかし、私にそんな事を言う資格はないのだと突き放すような宮永さんの言葉にどうしても言葉が出てこないのです。
963: 2013/07/13(土) 07:03:27.39 ID:AeVnZ62vo
「それについこの前までストーカーに付きまとわれてたんでしょ?だったら、京ちゃんもそうなるかもしれないって怖くて仕方がないよね」
「そ…んな…」
そんな事はありません。
私が心配していたのは須賀君を傷つけてしまった事だけで、彼がストーカーになるだなんてまったく考慮していなかったのですから。
入学してからこれまで色々あったお陰で私は彼の良さを知っているのですから。
優しくて暖かくて…時々、お調子者だけど憎めない…須賀君の良さを。
そんな私にとって、彼がストーカーになる姿なんて想像も出来ず、必氏に否定の意を返そうとしました。
・ ・ ・ ・
「だから、安心して。京ちゃんはもう原村さんに興味がないみたいだから」
しかし、そんな私の言葉が聞こえていないのか、或いは聞こえていて無視しているのか。
私の言葉を遮るように放たれた宮永さんの言葉は心を抉ります。
アレだけ一緒に居て…可愛いって…好きだって言ってくれたのに…興味が無いだなんて信じられません。
しかし…それを否定するだけの明確な証拠は…私にはありませんでした。
須賀君の幼馴染であり、今現在、再び恋人という地位に復権した彼女の言葉を覆すような何かなんて私にはないのです。
「でも、京ちゃんも麻雀部で原村さんとギクシャクするのは嫌みたい。だからコレを期に仲直りしたいってそう思ってるみたいだよ」
「そっそうですか!」
それに項垂れそうになる私に届いた宮永さんの言葉。
それに私は声を上擦らせ、俯きがちになっていた顔をそっとあげました。
だって、それは須賀君が私の事を、ちゃんと考えてくれているっていう証なのですから。
興味が無いなんて宮永さんの口からでまかせで…本当は私の事を気にかけてくれているのです。
いえ、もしかしたらさっきの恋人云々だって、宮永さんが嘘を吐いていたのかもしれません。
ううん…きっとそうに違いないのです。
「そ…んな…」
そんな事はありません。
私が心配していたのは須賀君を傷つけてしまった事だけで、彼がストーカーになるだなんてまったく考慮していなかったのですから。
入学してからこれまで色々あったお陰で私は彼の良さを知っているのですから。
優しくて暖かくて…時々、お調子者だけど憎めない…須賀君の良さを。
そんな私にとって、彼がストーカーになる姿なんて想像も出来ず、必氏に否定の意を返そうとしました。
・ ・ ・ ・
「だから、安心して。京ちゃんはもう原村さんに興味がないみたいだから」
しかし、そんな私の言葉が聞こえていないのか、或いは聞こえていて無視しているのか。
私の言葉を遮るように放たれた宮永さんの言葉は心を抉ります。
アレだけ一緒に居て…可愛いって…好きだって言ってくれたのに…興味が無いだなんて信じられません。
しかし…それを否定するだけの明確な証拠は…私にはありませんでした。
須賀君の幼馴染であり、今現在、再び恋人という地位に復権した彼女の言葉を覆すような何かなんて私にはないのです。
「でも、京ちゃんも麻雀部で原村さんとギクシャクするのは嫌みたい。だからコレを期に仲直りしたいってそう思ってるみたいだよ」
「そっそうですか!」
それに項垂れそうになる私に届いた宮永さんの言葉。
それに私は声を上擦らせ、俯きがちになっていた顔をそっとあげました。
だって、それは須賀君が私の事を、ちゃんと考えてくれているっていう証なのですから。
興味が無いなんて宮永さんの口からでまかせで…本当は私の事を気にかけてくれているのです。
いえ、もしかしたらさっきの恋人云々だって、宮永さんが嘘を吐いていたのかもしれません。
ううん…きっとそうに違いないのです。
964: 2013/07/13(土) 07:16:10.35 ID:AeVnZ62vo
―― 須賀君は…須賀君はそんな風に軽い人じゃありません。
確かに金髪で表情がコロコロと変わる彼は決して硬派には見えないでしょう。
しかし、その実、麻雀という難しい競技対する姿勢は、決して軟派なものではありません。
寧ろ、とても真摯で真正面から向き合い、私達からも色々なものを吸収しようとしているのが伝わってくるのです。
そんな彼が…そうホイホイと好きな相手を変えるはずがありません。
きっとそれらは全て宮永さんの冗談だったのでしょう。
・ ・ ・
「うん。だから…お友達として仲良くする為に皆で一緒に食べないかな?勿論、原村さんさえ良ければ…だけど…」
「い、行きます!」
その瞬間の私にとって宮永さんの奇妙なアクセントはまるで気にならないものでした。
それよりも私と仲直りしたいと思ってくれている須賀君に早く会いたくて仕方がなかったのです。
今の私にとって多少の違和感よりも優先するべきは私が傷つけた須賀君の事だったのでした。
「じゃあ、学食前で待ってるから…またそこで落ち合おうね」
「分かりました」
宮永さんの言葉に頷きながら、私はそっと携帯の通話を切りました。
そのまま携帯を握りしめながら、私はカバンから自分のお弁当を取り出すのです。
宮永さんと昼食を一緒にする約束をしていたので大目に作ったそれはあまり気合を入れて作った訳ではありません。
それを内心、強く後悔するのは、もしかしたらそれを須賀君も食べてくれるかもしれないからです。
こんな事になるのならば、以前みたいにちゃんと数日掛けて準備しておくのだったと胸中で言葉を漏らしながら、私は椅子を立ち上がり食堂へと向かいました。
965: 2013/07/13(土) 07:25:00.85 ID:AeVnZ62vo
―― まずは…どういうべきでしょう…?やっぱり…ごめんなさい…でしょうか…?
その道中で胸中に浮かぶ言葉は悩ましいものでした。
仲直りのキッカケこそ出来たものの、私はどうやって彼に謝罪すれば良いのかまったく考えていなかったのですから。
勿論、この一週間近くずっと考え続けていたその答えが簡単に出てくるはずがありません。
しかし、今までと大きく違うのはそうやって悩む感覚もまた嬉しく、足取りも軽いという事でしょう。
―― そう…須賀君も仲直りするのを望んでくれているなら…何も恐れる事はないんです。
私から謝罪する必要はあるでしょう。
誰がどう見たって、例の一件は私が悪いのですから。
しかし、須賀君も仲直りする為の姿勢を求めてくれているのであれば、何も恐れる事はありません。
きっと彼もそれを受け入れ、またいつも通りの関係に戻る事が出来るでしょう。
そうなったら…もう須賀君にとって、宮永さんなんて用済みです。
本当に好きな私が手元に戻ってきてくれたのですから、無理をして宮永さんの冗談に付き合う必要なんてなくなるのですから。
「あ…」
そんな私の視界に映ったのは学食の入り口に立つ須賀君の姿でした。
スラリとした長身を見せびらかすように立ちながら、その手に袋入りのお弁当を持っています。
恐らく何処かのコンビニで買ったのであろうそれはあまり健康に良くありません。
そういったお弁当は保存料や着色料が一杯で発ガン物質だって入っている事があるのですから。
そんなものよりも私のお弁当を食べて欲しい。
そう思いながら、私は駆け出すようにして須賀君に近づきました。
966: 2013/07/13(土) 07:34:14.72 ID:AeVnZ62vo
「ばーか。心配すんなって」
「ふにゅぅ…」
「…え?」
そこで私はようやく彼の傍にいる宮永さんの存在に気づきました。
須賀君の手で頬を伸ばされるその目は不満そうです。
しかし、それが何処か嬉しそうでもあるのは、それだけ彼女が彼に心を許している証なのでしょう。
そう思った瞬間、近づく私の足は鈍り、その場にそっと立ち尽くしてしまうのです。
「別に…和とは何でもねぇよ。だから、心配すんなって」
「れも…」
そんな私の存在に二人はまだ気づいていないようでした。
まだお昼休みも始まったばかりで学食前は人通りが少なくないということもあるのでしょう。
二人の視線はお互いにだけ向けられ、そう言葉を交わしていました。
まるで世界が自分たちだけのような二人の姿に私の胸が痛みますが、さりとて、私はそこに近づく事は出来ません。
何せ…須賀君の口から漏れる言葉の中には私の名前があったのですから。
盗み聞きになるような形になるのが心苦しくはありますが、必要以上に気まずくならない為にも今は顔を出せません。
「アレだけてひどく拒絶されたら未練なんか残せないっての」
「っ…!」
瞬間、聞こえてきた声に私の胸が張り裂けそうになりました。
だって…それは私の言葉が彼をそれだけ傷つけていたという証なのですから。
いえ…それだけであれば…それだけであれば、まだ私はその痛みを受け入れる事が出来たでしょう。
しかし…実際には…彼はもう…私に『未練なんか残せない』って…私の事を好きじゃないって…そう言ったのです。
「ふにゅぅ…」
「…え?」
そこで私はようやく彼の傍にいる宮永さんの存在に気づきました。
須賀君の手で頬を伸ばされるその目は不満そうです。
しかし、それが何処か嬉しそうでもあるのは、それだけ彼女が彼に心を許している証なのでしょう。
そう思った瞬間、近づく私の足は鈍り、その場にそっと立ち尽くしてしまうのです。
「別に…和とは何でもねぇよ。だから、心配すんなって」
「れも…」
そんな私の存在に二人はまだ気づいていないようでした。
まだお昼休みも始まったばかりで学食前は人通りが少なくないということもあるのでしょう。
二人の視線はお互いにだけ向けられ、そう言葉を交わしていました。
まるで世界が自分たちだけのような二人の姿に私の胸が痛みますが、さりとて、私はそこに近づく事は出来ません。
何せ…須賀君の口から漏れる言葉の中には私の名前があったのですから。
盗み聞きになるような形になるのが心苦しくはありますが、必要以上に気まずくならない為にも今は顔を出せません。
「アレだけてひどく拒絶されたら未練なんか残せないっての」
「っ…!」
瞬間、聞こえてきた声に私の胸が張り裂けそうになりました。
だって…それは私の言葉が彼をそれだけ傷つけていたという証なのですから。
いえ…それだけであれば…それだけであれば、まだ私はその痛みを受け入れる事が出来たでしょう。
しかし…実際には…彼はもう…私に『未練なんか残せない』って…私の事を好きじゃないって…そう言ったのです。
967: 2013/07/13(土) 07:42:14.94 ID:AeVnZ62vo
―― 嘘…でしょう?
それを信じられる人が…一体、どれだけいるでしょうか。
喜びから一転、絶望へと突き落とされる感覚に私は目の前がグラリと揺れました。
視界も急激に胡乱になり、足元がまるでこんにゃくでも踏みしめたかのようにグニャリとします。
しかし、それでもはっきりと須賀君たちの姿だけは私に認識され…ぼやけた世界の中で浮かび上がっているのです。
まるでそこだけは別格なのだとそう言うような自分の反応に、私はどうしたら良いのか分からず、立ち尽くしてしまいました。
「本当…?」
「本当だ。嘘じゃねえよ」
「……」
そんな私の前で宮永さんは小さな沈黙を続けました。
まるで次に何を言うのか迷っているようなそれが…私が介入する最大のチャンスなのでしょう。
またここで二人が会話を始めれば何とも話しかけづらくなってしまうのですから。
しかし、そう分かっていても、須賀君がもう私の事なんて好きではないと言った言葉は…あまりにもショックだったのです。
どれだけ自分を叱咤してもその足は動かず、まるで縫い付けられたかのように床から離れませんでした。
「じゃあ…手を…握ってくれる?」
「ん?それくらいお安いご用だけど…」
「…ちゃんと恋人繋ぎで」
「いきなりハードルあがったなおい」
そんな私の前で宮永さんがそっと手を出しました。
手のひらを下にして須賀君へと伸ばしたそれはまるで何かを要求しているようです。
いえ…実際…彼女は要求しているのでしょう。
恋人かそれに近しいくらい仲の良い関係ではないと出来ない恋人繋ぎを…彼女は要求しているのです。
968: 2013/07/13(土) 07:50:53.79 ID:AeVnZ62vo
「ま、それくらいで信じてもらえるなら安いもんだけどさ」
「あ…」
そう言いながら須賀君は宮永さんの手を掴みました。
その指と指と絡ませあいお互いの手の甲をガッチリと掴むのです。
二人が尋常ではない仲だと伝えるそれに…私の胸はもう限界でした。
許容値を超えた痛みを酸素で誤魔化そうとするように、はぁはぁと荒く息をつき始めるのです。
しかし、それでも私の痛みは消えず、胸の奥をかきむしりたいほどの辛さが私の全身を揺さぶるのでした。
「えへへ…」
「んだよ。そんなに嬉しいもんか?」
「そりゃ…女の子の憧れだもん。当然でしょ?」
「そういうもんかなぁ…」
そんな私の十数メートル先にいる宮永さんはとても幸せそうでした。
さっきまでの心配そうな表情を何処へやったのかと言いたくなるほどに…その表情は蕩けていたのです。
それはきっと…今、手を繋いでいる須賀君が、好きで好きで堪らないからなのでしょう。
病室で話を聞いていた限り…宮永さんは恐らく別れてからもずっと須賀君の事が好きだったのです。
―― そこは…そこは私のものだったのに…っ!
そうやって須賀君を恋人繋ぎをするのは私のはずでした。
彼が好きだと言ってくれた…私のはずだったのです。
しかし…現実、彼がそうやって手を許しているのは私ではありません。
一度、彼を捨て、別れた宮永さんなのです。
「あ…」
そう言いながら須賀君は宮永さんの手を掴みました。
その指と指と絡ませあいお互いの手の甲をガッチリと掴むのです。
二人が尋常ではない仲だと伝えるそれに…私の胸はもう限界でした。
許容値を超えた痛みを酸素で誤魔化そうとするように、はぁはぁと荒く息をつき始めるのです。
しかし、それでも私の痛みは消えず、胸の奥をかきむしりたいほどの辛さが私の全身を揺さぶるのでした。
「えへへ…」
「んだよ。そんなに嬉しいもんか?」
「そりゃ…女の子の憧れだもん。当然でしょ?」
「そういうもんかなぁ…」
そんな私の十数メートル先にいる宮永さんはとても幸せそうでした。
さっきまでの心配そうな表情を何処へやったのかと言いたくなるほどに…その表情は蕩けていたのです。
それはきっと…今、手を繋いでいる須賀君が、好きで好きで堪らないからなのでしょう。
病室で話を聞いていた限り…宮永さんは恐らく別れてからもずっと須賀君の事が好きだったのです。
―― そこは…そこは私のものだったのに…っ!
そうやって須賀君を恋人繋ぎをするのは私のはずでした。
彼が好きだと言ってくれた…私のはずだったのです。
しかし…現実、彼がそうやって手を許しているのは私ではありません。
一度、彼を捨て、別れた宮永さんなのです。
969: 2013/07/13(土) 07:57:50.24 ID:AeVnZ62vo
―― どうして…どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして…!?
勿論、その理由は私にも分かっていました。
宮永さんに付け入る隙を作ってしまったのは私の方なのです。
しかし…それでも私は目の前の現実を信じる事が出来ません。
何処か夢見がちなふわふわとした落ち着かなさから、これが夢であるとさえ思っていたのです。
「あれ…和?」
「あ…」
そんな私の思考が現実へと戻ってきたのは須賀君が私に気づき、近寄ってくれたからでした。
それに顔をあげれば、二人の手はもう繋がれてはいません。
いえ…きっと最初から二人は恋人繋ぎなんてしていなかったのでしょう。
アレは私が見た幻覚であり、さっきの会話も幻聴でしかありません。
そう思ったら痛みで荒れた呼吸も落ち着いていきました。
勿論、さっきのショックが大きすぎてまだ平静とは言えませんが、平静を装うくらいは出来るようにはなっていたのです。
「すみません。遅くなりました」
「ううん。気にしないで」
そう謝罪をする私に答えたのは宮永さんの方でした。
にこやかなその笑みは微かに紅潮しています。
もしかしたら宮永さんは体調が悪いのかもしれません。
或いは昼の陽気にあてられたのかのどちらかでしょう。
少なくとも、さっき須賀くんと恋人繋ぎをしていたのを見られていたのが恥ずかしいなんて事はないはずです。
さっきのそれはあくまで私が見た幻覚であり、現実とは程遠いフィクションなのですから。
971: 2013/07/13(土) 08:10:47.77 ID:AeVnZ62vo
「んじゃ三人揃ったし、そろそろ行こっか」
「そうだな」
「はい」
そう言って歩き出す須賀君の横に私は並ぼうとしました。
しかし、それよりも先に宮永さんはすっと左隣に並んでいた宮永さんがそっと左へと寄っていくのです。
結果、須賀君はそれに押されるようにして左端へと追い詰められ、彼の隣が塞がれてしまいました。
お陰で私は宮永さんの隣に立つしかなく…須賀君との距離にやきもきするしかなかったのです。
―― その上…会話も宮永さんと須賀君ばっかりで…。
これが間に入っているのがゆーきであれば私にも会話を振ってくれたのでしょう。
しかし、今、私達の間にいるのは、気心の知れた親友ではなく、利用する為に友人のふりをしている宮永さんなのです。
そんな彼女が私に気を遣ってくれるはずもなく、会話の殆どは二人の間で始終していました。
それに疎外感を感じる私に、須賀君は何度か視線をくれますが、何も言ってはくれません。
まるでどうすれば良いのか逡巡を浮かべている間に、宮永さんの話題に答えなければいけなくなるのです。
―― 別に…それくらい構いません。
その程度で拗ねるほど私は子どもではないのですから。
こうして仲直りを求めてくれたのが須賀君である以上、幾らでも仲直りするチャンスはあるのです。
そうなったら…宮永さんの独壇場にはなりません。
私だって以前のように須賀君と仲良く会話を楽しむ事が出来るのですから。
もう目前に迫っているであろうそれを前にして、一々、目くじらを立てるほど、私は愚かしくないのです。
972: 2013/07/13(土) 08:22:49.76 ID:AeVnZ62vo
「おっそーい!もうはらぺこだじょっ」
「なんだ、タコス娘もいるのかよ」
「なんだとはなんだ」
そうやって中庭の集合場所に着いた私達を迎えてくれたのはゆーきでした。
昼休みになってすぐに教室を飛び出していったのは、恐らく場所をとる為なのでしょう。
日差しの良い芝生の真ん中を青地のシートが占領しています。
そんな彼女に私たちは謝罪しながら腰を降ろし、各々のお弁当を広げるのでした。
「咲は学食のおにぎりだけか?」
「作るの忘れちゃって…」
須賀君の言葉に恥ずかしそうに返す宮永さんの昼食はお世辞にも多いとは言えませんでした。
金欠なのか学食のおにぎり一個しかないのは女の子もでも満たされません。
きっと放課後になった頃にはお腹が空いて、麻雀にもちゃんと集中出来なくなるでしょう。
―― 仕方ない…ですね。
「よろしければいかがですか?多めに作ってきました」
そう言って、私が宮永さんにお弁当を差し出すのは、また不甲斐ない打ち方をされると困るからです。
もう県予選までそれほど時間がある訳でもないのに、時間を無駄にされたくはありません。
他力本願のようで自分に苛立ちを感じますが、もし、全国で宮永さんのような打ち手と出会ったら…勝てる自信がないのです。
もし、そんな相手と出会ってしまった時の為にも…宮永さんには出来るだけ実力をつけて貰わなければいけません。
973: 2013/07/13(土) 08:35:29.82 ID:AeVnZ62vo
―― それに…。
そう思いながらチラリと須賀君に目を向ければ、彼は私のお弁当を羨ましそうに見ていました。
ストーカー事件の際、私の料理を何度か食べている須賀君にとって、それは美味しそうに思えるのでしょう。
そんな彼に小さく笑みを浮かべる私が…彼を無下には扱うはずがありません。
寧ろ、宮永さんにそれを薦めたのは、須賀君にそれを薦める下地を作る為でもあるのですから。
「おいしい!原村さんは料理上手だね!」
「ぅ…」
しかし、その瞬間、宮永さんは私に屈託のない笑顔を向けてくれました。
一点の曇もないその笑みは、計算ずくで彼女に薦めた私の後ろ暗さをジリジリと刺激します。
自然、自分と対比してしまう彼女の笑みに私はズキンと鋭い痛みを感じました。
それと共に沸き上がってくる自己嫌悪や羞恥の感情が私の頬を紅潮させるのです。
「く…空腹のせいで部活で負けられても困りますから…」
「のどちゃんは私の嫁だからな!」
そんな私が言葉を紡いだ瞬間、ゆーきがかぶせるようにそう言いました。
ぐっと握り拳を作りながらのそれに私は思わず笑みを浮かべてしまいます。
冗談めかしたゆーきの言葉に私の中のもやもやとした感情は大分、薄れていきました。
勿論、それを狙った訳ではないでしょうが、それでも素直にありがたいと、そう思えるのです。
974: 2013/07/13(土) 08:40:40.54 ID:AeVnZ62vo
「よ、嫁…?」
そんなゆーきの言葉に反応したのは須賀君でした。
にへらと頬を緩ませるその顔はまた何かいやらしい事でも考えているのかもしれません。
けれど…それが嫌ではないのはきっと相手が須賀君だからでしょう。
他の誰かであれば気持ち悪さに逃げ出したくなりますが…気心も知れた彼ならばそれでもいいかな、と…そんな風に思えるのです。
「残念ながら、のどちゃんは男より麻雀だじょ」
「…ぅ」
そう言いながら、ゆーきはチラリと私に視線を向けました。
まるで私に発破を掛けるようなそれに私はつい言葉を詰まらせてしまいます。
本来であれば…別にそんな事はないと否定するべきなのでしょう。
ですが…須賀君がいる前で…お、男の人に興味津々だなんて思われたくはありません。
私が興味を持つほどに気を許しているのは父を除けば須賀君だけなのですから。
「…」スッ
そう逡巡している間に、昼食の場に気まずい沈黙が流れました。
その隙を狙うようにしてゆーきがそっと須賀君の袋に手を入れ、肉まんを取り出します。
あまりに自然なその動作に須賀君は最初、気付けなかったのでしょう。
彼が気づいたのはゆーきがその口元に肉まんを運ぼうとしているその瞬間だったのです。
そんなゆーきの言葉に反応したのは須賀君でした。
にへらと頬を緩ませるその顔はまた何かいやらしい事でも考えているのかもしれません。
けれど…それが嫌ではないのはきっと相手が須賀君だからでしょう。
他の誰かであれば気持ち悪さに逃げ出したくなりますが…気心も知れた彼ならばそれでもいいかな、と…そんな風に思えるのです。
「残念ながら、のどちゃんは男より麻雀だじょ」
「…ぅ」
そう言いながら、ゆーきはチラリと私に視線を向けました。
まるで私に発破を掛けるようなそれに私はつい言葉を詰まらせてしまいます。
本来であれば…別にそんな事はないと否定するべきなのでしょう。
ですが…須賀君がいる前で…お、男の人に興味津々だなんて思われたくはありません。
私が興味を持つほどに気を許しているのは父を除けば須賀君だけなのですから。
「…」スッ
そう逡巡している間に、昼食の場に気まずい沈黙が流れました。
その隙を狙うようにしてゆーきがそっと須賀君の袋に手を入れ、肉まんを取り出します。
あまりに自然なその動作に須賀君は最初、気付けなかったのでしょう。
彼が気づいたのはゆーきがその口元に肉まんを運ぼうとしているその瞬間だったのです。
977: 2013/07/13(土) 08:54:07.74 ID:AeVnZ62vo
「ってそれ俺の肉まんじゃねぇか」
「チッ」
―― …ゆーき…。
普段の彼女は人様のお弁当に無断で手を付けるような真似はしません。
明るく、人との距離を詰めるのが得意な子ではありますが、最低限の礼儀くらいは心得ているのです。
そうでなければ、私がゆーきと親友になるような事なんてありえません。
だからこそ、そんな彼女が須賀君の肉まんに手を出したのは気まずい沈黙を何とか打ち破る為だったのでしょう。
それに感謝と…そして強い申し訳なさを感じるのはゆーきが作ってくれた仲直りのチャンスを私が活かす事が出来なかったからでしょう。
それに私がそっと顔を俯かせた瞬間、須賀君がゆーきの手をぐっと掴むのを視界の端で捉えました。
―― それから何が起こったのか私には見えませんでした。
視点を下へと向けた私に見えたのは、ゆーきが後ろに倒れ、その上に須賀君がのしかかっている様だったのです。
手首を掴んでから一体、どんな事をすればそんな風になるのかまったく理解出来ません。
しかし、理解出来なくても目の前の現実は決して変わらず…私は呆然と二人の様子を見つめていました。
「い…今はダメ…っ」
そんな私に聞こえてきたのはか細いゆーきの声でした。
普段の快活な様子からは想像も出来ないその小さな声に須賀君がとても気まずそうな顔をします。
それはきっと彼女の目尻に微かではありますが、涙のようなものが浮かんでいる所為なのでしょう。
それに須賀君は冷や汗を浮かべ、顔全体でやってしまったと言わんばかりの気まずさをアピールしていました
978: 2013/07/13(土) 09:00:29.40 ID:AeVnZ62vo
―― でも…面白くありません…。
勿論、二人に他意なんてない事くらい私には分かっているのです。
あくまでもアレは不幸な事故でどちらもそうしようと思っていた訳ではないのでしょう。
しかし、そうと分かっていても…そうやって見つめ合う二人の姿は私にとって面白いものではありませんでした。
ましてや…気まずそうに須賀君がどいた後も、まるで意識するようにお互いの事をチラチラと見るのでうから。
それについつい食事のペースもあがり…気づいた頃にはオカズが空になってしまいました。
「あ…」
それに気づいて私が声をあげた頃にはもう遅いです。
須賀君に食べてもらいたかったものは全て自分の口へと放り込まれてしまったのですから。
後はもう朝に炊いたご飯しかありませんが…そんなものを渡されても須賀君が困るだけでしょう。
結果…私はまた彼に料理を振る舞う事が出来ず…失敗してしまったのです。
「の、のどちゃん…?」
「…大丈夫ですよ、ゆーき」
そんな私を心配してくれたのでしょう。
伺うように言うゆーきに私はそう返しました。
それは微かに強がり混じりのものでしたが、けれど、決して嘘ではありません。
だって、この後には須賀君を仲直りする機会が待っているのですから、下手に落ち込んでばかりいられません。
それよりはここから先、どうやって須賀君に話を切り出すかを考える方が重要でしょう。
979: 2013/07/13(土) 09:04:25.71 ID:AeVnZ62vo
「……」
「……」
しかし、どれだけ考えても私の中で彼に謝罪する言葉は出て来ません。
謝罪しなければいけないと分かっているはずなのに、私はモジモジと指を絡ませ、彼をチラチラと見るだけでした。
まるで彼から言ってくれるのを待つような自分の姿に自己嫌悪を感じますが、しかし、頭の中で考えはちゃんと纏まりません。
この期に及んでも私は「ごめんなさい」の次の言葉を、決める事が出来ていなかったのです。
「あー…その…和。急に俺も入れてくれ…なんて言ってごめんな」
「いえ…そ、そんな事…」
結局、先に口火を切ったのは須賀君の方でした。
シートに腰を落としながらそっと頭を下げる彼に私は首を振りました。
確かに驚きはしましたが、そうやって仲直りする事は私も望んでいたのですから。
寧ろ、そのキッカケを作ってくれた事に私は感謝していたくらいなのです。
「……」
しかし、どれだけ考えても私の中で彼に謝罪する言葉は出て来ません。
謝罪しなければいけないと分かっているはずなのに、私はモジモジと指を絡ませ、彼をチラチラと見るだけでした。
まるで彼から言ってくれるのを待つような自分の姿に自己嫌悪を感じますが、しかし、頭の中で考えはちゃんと纏まりません。
この期に及んでも私は「ごめんなさい」の次の言葉を、決める事が出来ていなかったのです。
「あー…その…和。急に俺も入れてくれ…なんて言ってごめんな」
「いえ…そ、そんな事…」
結局、先に口火を切ったのは須賀君の方でした。
シートに腰を落としながらそっと頭を下げる彼に私は首を振りました。
確かに驚きはしましたが、そうやって仲直りする事は私も望んでいたのですから。
寧ろ、そのキッカケを作ってくれた事に私は感謝していたくらいなのです。
980: 2013/07/13(土) 09:17:56.67 ID:AeVnZ62vo
「でも…一応、ちゃんと俺から伝えるべきだと思ったんだ」
「…え?」
須賀君はそう言いながら、その佇まいを治りました。
さっきまであぐらを掻いていた姿勢から、正座をし、背筋をピンと伸ばしたのです。
その表情も引き締まり、まるでこれから重要な話をすると訴えているようでした。
それに私の胸はトクンと跳ね、頭の中がカァァと熱くなっていくのです。
―― まさか…こ、こんなところで…?
須賀君が言う大事な話だなんて…私には一つしか思いつきません。
きっと彼は私のことをまだ好きなんだって…そう言おうとしてくれているのです。
その横に宮永さんやゆーきがいるのは恐らく、宮永さんへの牽制なのでしょう。
彼と付き合っているって言う悪質な冗談を繰り返す彼女に現実をしらしめる為に…わざわざこんな場を設けてくれたのです。
―― ど、どうしましょう…ま、まだ…心の準備が…。
ついさっきまでどうやって彼に謝罪するかを考えていた私が、そんなもの出来ているはずがありません。
私は胸中で強い狼狽を浮かべ、どうして良いか分からなくなりました。
しかし、それも二回目ともなればいい加減、自己分析だって進みます。
私が何をしたいのか、そして…須賀君に何を求めているのか。
彼が遠ざかってほんの少しずつ見えてきたそれを…彼の返事とすれば良いだけ。
そう思えば…仲直りするよりも幾らか気が楽になり、私は彼の言葉を待つのです。
「これまで和の気持ち考えずに付き纏っていてごめんな。でも、これからは…その…大丈夫だからさ」
「…何が…ですか?」
ポツリポツリと漏らすその言葉に合わせて私の鼓動は高鳴ります。
一体、須賀君がそこからどんな告白をしてくれるのか分からない私にとって、それは緊張を広げるものでした。
しかし、それだけではないのは…私がその言葉を心待ちにしているからでしょう。
今度こそ…ちゃんと須賀君に返事を返したい。
そう思いながら私もまた佇まいを直し、須賀君へと向き直るのです。
981: 2013/07/13(土) 09:25:42.03 ID:AeVnZ62vo
「俺は…少し前から咲と付き合い始めたから。だから…もう下手に付き纏ったり、ストーカーになったりしないし安心してくれ」
「えっ…?」
それに驚きの声をあげたのは私ではなく、ゆーきの方でした。
まるで信じられないものを見たように、その目を見開いています。
そのままギュっと手を握り締める彼女の心境は私には分かりません。
けれど…私は須賀君の気持ちだけは良く分かっていたのです。
「えぇ。それは分かりました。で…本題はなんですか?」
「え…?」
私の言葉に今度は須賀君が驚いた顔を見せました。
微かに強張ったその表情は、もしかしたらそんな風に言われると思ってはいなかったのかもしれません。
きっと須賀君は私は驚きに固まり、そして拗ねる様を見せるのだと思っていたのでしょう。
けれど、そんなドッキリはもう私には通用しません。
・ ・
「まさか、そんな冗談を言う為に私に会いに来てくれた訳じゃないでしょう?」
だって、その冗談は既に宮永さんから聞いているのです。
そんな今更、同じ冗談を聞いて驚いてあげるほど今の私は余裕がありません。
だって、私のドキドキは…今も収まってはいないのですから。
今ここで須賀くんから告白されるっていう期待が…いえ、確信は今も高まり続けて、決して収まってはいないのです。
983: 2013/07/13(土) 09:39:01.38 ID:AeVnZ62vo
「他に私に言う事があるのではないですか?」
「え、えっと…お、俺も麻雀楽しくなって来たから麻雀部抜けたくないけど…和が俺の事を気にするなら退部する事も…」
「問題ありません。他には?」
「え、えっと……あんまり気にせずに今まで通り接してくれると嬉しいって…」
「勿論です。…それで?」
私の言葉に須賀君はしどろもどろになって応えてくれました。
けれど、彼はシャイなのか中々、私が欲しい言葉をくれません。
以前、一度、私に聞かせてくれた言葉を、もう一度言ってくれればいいのに…彼は私を焦らしてばかりなのです。
そんな意地悪な彼に少しだけ視線が鋭くなりましたが…それもまぁ、仕方のない事でしょう。
何時までも…私を好きだって…宮永さんじゃなくって私を選んだんだって…そう言ってくれない須賀君が悪いのですから。
―― キーンコーン
「あ、チャイムだ」
「そ…そっか」
その音に須賀君はそっと胸を撫で下ろしました。
まるでここから逃げる事が嬉しくて堪らないと言うようなそれはきっと緊張していたからなのでしょう。
幾ら須賀君とは言え、こうして二人がいる前で私に告白する事が気恥ずかしくてもおかしくはありません。
なら、この後、須賀君と二人っきりになれば、彼だってきっと勇気を出してくれるに… ――
「京ちゃん、そろそろ…」
「あぁ、そうだな」
「…え?」
そう言って、二人は立ち上がり、二人でシートを片づけ始めました。
お互いに手を触れる事をまるで厭わず、仲良く片付けるそれには淀みがありません。
まるで相手が次にしたい事が分かっているかのように言葉を交わす事もなく、さくさくと進んでいくのです。
結果、数秒後にはそれはもう須賀君の脇にすっぽりと収まり、二人は各々の荷物を持ち上げました。
984: 2013/07/13(土) 09:43:50.66 ID:AeVnZ62vo
「じゃ…悪いけど、咲の奴、図書室に本を返さないといけないみたいだから、心配だし先に戻るわ」
「もう…流石に学校じゃ迷子になんてならないよっ!」
「そんなのはお前の迷子遍歴思い返してから言えよ」
そう言って去っていく二人は自然とその手を繋ぎました。
まるでそうする事が自然のようなその仕草に私の理解は追いつきません。
だって…そうやって須賀君と一緒に戻るべきは私のはずだったのです。
まだ重要な話は何一つとして終わっていないのですから…私が隣にいるべきでしょう。
しかし、現実、彼の隣にいるのは宮永さんで…しかも、手まで繋いでいるだなんて…理解出来るはずがありません。
「のど…ちゃん…?」
そんな私に聞こえてきた声に視線をそちらに向ければ、そこには瞳を怯えさせるゆーきの姿がありました。
まるで私のことが怖くて仕方がないと言うようなそれに私は申し訳なくなりました。
結局、ネタばらしもする事なく、大事な話もしてくれないまま、去っていった二人に怒っているのが、彼女には分かったのでしょう。
「まったく…悪質な冗談ですよね」
「のどちゃん…」
だからこそ、私は彼女に務めて明るい笑顔を見せました。
多少、無理して浮かべたそれにゆーきが気遣うように私の名前を呼びます。
けれど、私はそれに構わず、須賀君たちと同じようにそっと立ち上がりました。
中庭のここから教室までは結構な距離がありますし、あんまりのんびりはしていられません。
986: 2013/07/13(土) 09:49:23.94 ID:AeVnZ62vo
「さ…帰りましょう」
「う…うん…」
けれど、そうやって明るく笑ってもゆーきが緊張や怯えが消える事はありませんでした。
いえ、寧ろ、そうやって私がいつも通りに振舞おうとすればするほど、彼女のそれは大きくなっていくのです。
それに私は申し訳なくなりながらも…どうして良いか分かりませんでした。
―― だって…気を抜いたら…全部、認めてしまいそうだったのですから。
一体、それが何なのか私にはもう分かりません。
いえ、それさえも分かりたくないのです。
だって…それこそが、私が私を維持する唯一の方法だったのですから。
あらゆるものから目を背け、耳を塞ぎ、ただただ逃げ続ける事だけが…私に許された唯一の防護策だったのです。
―― だからこそ…私はその日の部活を無事に終わらせる事が出来たのでしょう。
染谷先輩の手伝いと称して部長に送られた雀荘で私たちは惨敗しました。
宮永さんでさえ手も足も出なかったそれは…以前の私であれば打ちのめされていた事でしょう。
けれど、その日の私はあらゆる現実を遮断し、ただ平静を装うだけの機械だったのです。
「う…うん…」
けれど、そうやって明るく笑ってもゆーきが緊張や怯えが消える事はありませんでした。
いえ、寧ろ、そうやって私がいつも通りに振舞おうとすればするほど、彼女のそれは大きくなっていくのです。
それに私は申し訳なくなりながらも…どうして良いか分かりませんでした。
―― だって…気を抜いたら…全部、認めてしまいそうだったのですから。
一体、それが何なのか私にはもう分かりません。
いえ、それさえも分かりたくないのです。
だって…それこそが、私が私を維持する唯一の方法だったのですから。
あらゆるものから目を背け、耳を塞ぎ、ただただ逃げ続ける事だけが…私に許された唯一の防護策だったのです。
―― だからこそ…私はその日の部活を無事に終わらせる事が出来たのでしょう。
染谷先輩の手伝いと称して部長に送られた雀荘で私たちは惨敗しました。
宮永さんでさえ手も足も出なかったそれは…以前の私であれば打ちのめされていた事でしょう。
けれど、その日の私はあらゆる現実を遮断し、ただ平静を装うだけの機械だったのです。
987: 2013/07/13(土) 09:56:33.48 ID:AeVnZ62vo
ちょい休憩ー
そして次スレー
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373676822/
こっちは適当に埋めるんで残しておいて下さい
後、ここのタコスはラスボスから外れた以上、良い子確定です
和の近くにいなかったのも二人のことを仲直りさせる為に奔走してただけで決して和を見捨てた訳じゃありません
まぁそれ以上にラスボスの方が早かった訳ですが
そして次スレー
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こっちは適当に埋めるんで残しておいて下さい
後、ここのタコスはラスボスから外れた以上、良い子確定です
和の近くにいなかったのも二人のことを仲直りさせる為に奔走してただけで決して和を見捨てた訳じゃありません
まぁそれ以上にラスボスの方が早かった訳ですが
988: 2013/07/13(土) 09:59:30.52 ID:vttgbc8DO
うわー……うわあ……
乙
乙
989: 2013/07/13(土) 10:04:39.16 ID:OtmrXZpMo



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