328: 2008/09/21(日) 01:36:51 ID:Parxwova
宮藤芳佳が見事、ウォーロック及びこれに取り込まれた空母赤城の質量により
超ド級化したネウロイを撃破した日から数日、ガリア地方のネウロイの完全消滅が確認された。
これをもって同月中に、第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズは正式に解散することとなった。
部隊員の解散を翌日に控えた夜を、皆は一様に複雑な思いを抱えて過ごす。
この夜が明ければ、それぞれの運命がまた散々になっていくのだ。
―――――――――――――――
CASE1 ペリーヌ・クロステルマン×坂本美緒
坂本は自室の窓から夜の空を見つめていた。
その体力は未だ自力で歩行できるまでに回復しておらず、部屋には車椅子がおかれている。
彼女はそれを視界の端に捉えながら空から目を離さない。
これからのことを、考えているのだ。
静まりかえったその部屋へ、控えめなノックの音が三回響いた。
ベッドの端に座っていた坂本は身体をやや動かしてドアを見据え、言う。
「入ってくれ」
「お邪魔いたします」
そろそろとドアを押し、入ってきたのはペリーヌだった。
彼女の目はもう幾日もの時間を泣き腫らしたように真っ赤で、
その顔を見られることを厭うように伏目がちに、部屋の中へと一歩二歩、入ったところで立ち止まる。
「あの…御用と言うのは…、、坂本少佐」
坂本はそんな彼女の姿を見ると、困ったように微笑むしかなかった。
ペリーヌは坂本の苦笑の理由を察して、自らの腕にかばうようにしていた身体を申し訳なさそうに縮めた。
それがとても、痛々しくて、坂本の口元からは瞬時にして余裕が消える。
だが、眼をつむり、ゆっくりとまた開き、豪然たる精神でもって感情を押さえ込んで言った。
「ペリーヌ、すまんが私はまだうまく歩けない。もう少しこっちへ来てくれないか」
ペリーヌは相変わらずの俯き加減の姿勢のまま、ゆっくりと坂本の方へと歩を進める。
「呼び出したりして悪かったな」
「いいえ、そんなことは…っ」
「うん?」
「ありませんわ」
ペリーヌは坂本にもう少し近く寄ると、顔を背けるようにしてただ、その側へと立つのだった。
330: 2008/09/21(日) 01:41:19 ID:Parxwova
「ペリーヌ、もう少し。出来れば私の目の前に立ってはくれないか?」
ペリーヌは言われたままにした。
坂本と向き合う形で立ってはいたが、上官を見下ろすような位置であった。
それに気が付くと、膝を折り、フローリングの冷たい床について、目線を合わせる。
失礼にあたると思うその、相手に対する敬意の方が、自分の感情のにくましさより勝ったのだ。
泣いたことは、おそらくは、とっくの昔に筒抜けだろう。
祖国のこと、家族のこと、軍のこと、あの日から彼女には考えることが山ほどもあった。
そしてもちろん誰よりも敬愛する、この目の前の上官のこと、その別れをも考えなくてはいけなかったのだからだ。
ペリーヌは作戦行動のなくなったあの日から此の方、ほとんどを自室に一人引き篭もり、眠れない夜を過ごした。
その小さな胸に抱えきれないほどの不安、責任、懐古、展望、絶望の重圧に耐えてなお、気丈に振舞うことがどうしても無理だった。
一方で坂本は言葉を捜していた。
言おうと思うことは多分にあったはずなのに、今この悲壮な面持ちの少女を目の前にして、
かける言葉が自分にはたった一つもない気がしていた。
――――だが、それでも。
「お前には世話になったな。本当に感謝している」
一度、思い切り泣いてしまうべきなのだ、と坂本は思った。
それが例えば何ものをも生まなくとも、唯一正しい処置であるということは、
自分がそうであったこと、何人もの同志がそうであったことで、経験として理解している。
だから少しずつ、彼女が話をできるように、飲み込んだ涙を吐き出すことが出来るようにと、話しかける。
「そんな、感謝だなんて。あなたの部下として当然のことをしたまでですわ」
「そうか。それでも私はお前に礼が言いたかった」
「お礼だなんて、よしてください。わたくしは…」
彼女がしぼりだす薄い息の中で、少ない言葉はすぐに潰える。
一言ごとに、喚起かせられる事柄に気道を詰まらせるように。
坂本は彼女が今にも逃げ出すのじゃないかと思ったが、ペリーヌはそうはしなかった。
何かを、その小さな身体のいたるところを走る、神経質な精神でもって、必氏に抑制している、
坂本の眼には、そのように見えた。
331: 2008/09/21(日) 01:43:42 ID:Parxwova
「あの日からずっとお前は自室に篭りきりだったから、話をする機会がなかった」
ふいに口をついた坂本の言葉に、ペリーヌはますますもって黙り込んでしまう。
必氏にこらえ、失礼に当たらないようにと上げかけた顔をまた、伏せてしまう。
坂本は致命的に、絶対的に、最悪な、間違えを犯したと思った。
どんな言葉をかければいいのか、もう、わからない。
坂本は逡巡し、自分もが同調して泣き出してしまうかもしれないと思った。
それほど、痛々しい姿の部下が、肩を震わせ自分の目の前にいる。
「ペリーヌ」
「…す、すみません、少佐。…わたくし…」
壊れ物の積み上げられた繊細な建物の中を歩くよう、そんなおそるおそるの呼びかけにも、
ペリーヌはとても怯えた素振りをかえした。
彼女は反射のように床から立ち上がり、坂本の側から一歩だけ、後退したのだ。
その足取りも危ういほどに、不確かだ。
坂本はペリーヌの、そんな振舞をみとめた瞬間、立たない脚を意思の力で持ち上げて、
彼女のもっと、先ほどよりもっと、至近距離に詰め寄りその震える身体を力一杯抱きしめた!
「っ!…しょ、しょう…さ……」
ペリーヌの身体は坂本の腕の中で信じられないほど小さく、またとても熱かった。
坂本は言葉を失っていた。
どうにも扱いきれないものが、自分の中に去来していた。
他人の傷が、それを目の当たりにするということが、
これほどまでに処置無く、どうしようもなく苦しいなんて。
彼女は幾度、あまたもある戦場で同胞の悲しみに暮れる姿を見てきたことか。
それを見ることがとても嫌いだった。
たまらなかったのだ。
自分が痛みを知ることのできない傷の存在が、怖かった。
だから強くなろうと思った。
誰よりも強くなって、彼女たちを、みんなを、家族を、
一人も取りこぼさずに全員を必ずその手で守ると決めた。
不可能だとは考えなかった。そんな余裕が、なかったからだ。
だがどうだろうか。それがどうだろうか。
こんなに小さな、か弱い女の子がたった一人で誰にも頼ることもできず、
さみしさや悲しさにただただ押しつぶされているのを、彼女がずっとそうしてきたことを、
坂本はこのときにはじめて思い知るような気がした。
332: 2008/09/21(日) 01:46:28 ID:Parxwova
慰めなんて、言葉にならない。
自分の苦しみは彼女の痛みの一部も知ったものではない。
そんな気がした。
だから坂本は、ただ自分の気持ちをどうにかしたいためだけに、ペリーヌを抱きしめていることを自覚していた。
それでも、
「少佐、少佐、わたくしは…」
ペリーヌの瞳から、涙がひと粒、頬を伝ってこぼれ落ちる。
それは坂本の、扶桑の真っ白な軍服へ染み込んで、たちまちにして消失する。
その瞬間、坂本の腕の中で強張ったペリーヌの身体が、一層硬くなり、
次に一気に弛緩したかと思うと、声をあげて泣き出した。
坂本はさらに鋭い苦さが自分の中に生まれるのを感じ、
胸元にうずくまるペリーヌの頭をぎゅっと、だが、精一杯の優しさを込めて抱きしめた。
ペリーヌは泣いた。
久しぶりに人の腕の中で、暖かい人の温もりの中で、
複雑に交差していた感情の線の、そのすべて解放するかのように泣きじゃくった。
声をあげて、嗚咽を漏らし、坂本の軍服をつかむ手はかたく握りしめられて、
その小さな身体のすべてをあげて、深い悲しみを悲しむ。
それは本当に、純粋な子供のような姿だった。
坂本は自分の身体を強くしめつける腕の力を感じたが、こんなものは痛くも痒くもないどころか、
とても、悪いくらいに、自分を安堵させるものだと感じていた。
彼女の心は罪悪感と、溢れんばかりの優しい気持ち、その自己矛盾する感情に張り裂けそうだ。
ペリーヌの悲壮に対し、崩れそうになる意思を律して、色素の薄い美しい金髪に覆われた、ペリーヌの頭をそっと撫でる。
そして坂本の瞳からは、意思を持たない涙がひと粒、たったそれだけ零れ落ちた。
だが、本当に、それ切りだった。
333: 2008/09/21(日) 01:48:41 ID:Parxwova
ひとしきり泣いたあとで、ペリーヌは呼吸を整える。
あられもなく泣き出してしまったことを謝罪しようと、言葉を口にしようとしたができなかった。
坂本はほんの少し落ち着いたペリーヌの肩をつかんで、本当に僅か、会話が通う分の距離を二人の間につくる。
「ペリーヌ」
彼女を決して傷つけることのないために細心の注意を払ってその名前を呼ぶ。
今度は、すっと、顔をあげてくれた。
坂本は自分でも気が付かぬうちに、自然と微笑むのだった。
「方々の戦線に散っていたガリア軍のものたちも、今度のことで解放された国の復興のため、戻り始めている」
坂本はペリーヌの視線を誘うようにして窓の外の空を見た。
「お前の誇る祖国は、どんなところだった?」
「とても、とても素晴らしい国ですわ」
「そうだろうな」
坂本はペリーヌに視線を戻す。
彼女は空の向こうを見ていた。
それは壮麗な眼差しだった。
「お前はこれから、どうする?」
「わたくしも、ガリアへ戻って国の復興に従事いたしますわ」
「そうか」
祖国が戻ってきたことはもちろん幸福であるに違いないが、
そのことを機会として、失った家族への思いがまた、あきらめられないものになってしまう。
その痛みを背負っても、彼女はやはり、向き合うことしかできないのだ。
彼女は祖国を愛し、同じ思いを抱きながらも散っていった、無数の命を何より愛しているのだから。
「扶桑は」
ペリーヌは坂本の目をじっと見つめる。
「扶桑はお前の国のように、そしてお前そのもののように、洒落た国柄ではない。 だが私も、とても祖国を愛しているよ」
「もちろんですわ」
「お前にも、知ってほしいと、気に入って欲しいと思う」
「…少佐」
「なあ、ペリーヌ。ガリアのことが落ち着いたら、一度私の国へ来てみないか?」
坂本はペリーヌの涙で濡れた硝子玉のようにキラキラ揺れる瞳を、真っ直ぐに捉える。
「それは」
ペリーヌは自分の頬が紅潮してくるのを感じていた。
「よ、よろしいんですの?」
「もちろんだ」
「…っ……!」
声にならない声をあげて、坂本にしがみつくペリーヌ。
「是非、国のことが済みましたら、真っ先にお訪ねいたしますわ」
「ああ」
坂本はその頭を今一度強く、自分の胸に抱き寄せ、海の向こうの祖国を思った。
334: 2008/09/21(日) 01:52:27 ID:Parxwova
「あなたのその魔眼には、わたくしの心の中まできっとおみとおしなのですわね」
ペリーヌは坂本をベッドに座らせ、泣いてしまったことを謝罪し、
また感謝の念をいつもの流麗な言葉で述べると、いくらか健やかな面持ちで部屋を後にした。
坂本は彼女が閉めていったドアをしばらく見つめ、またその視線を窓の外へと泳がせる。
「この眼が心の在り処まで読めるものならば、ほんの少し、もう少しでもお前の役に立てるのにな、ペリーヌ」
坂本はベッドに倒れこみ、片腕で眼を覆った。
魔眼でなくとも視力があれば、どんな最悪の顕現の幾千幾万も、眼に映る世界のことを呪った。
「美緒」
坂本の心痛はドアが開く音にさえ気が付かないほどだった。
呼びかけられて初めて気がつく、そこに立っていたのはミーナだった。
____続く
555: 2008/09/23(火) 23:17:18 ID:vhN+LU7D
>>334の続きをシュツルム!!
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは軋む心を抱えていた。
ほどよく酩酊した頭にしても、幸福な観念が何一つ思い出されない。
彼女を支配しているのは、いつの日かの、夜の出来事。
自分の必氏の請願に対し、あっさりと逃げてみせた、坂本美緒、その人のこと。
―――――――――――――――――
CASE2 ゲルトルート・バルクホルン+ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ+エーリカ・ハルトマン
最後の夕食の席は誰もが少しずつ無理にはしゃいでいるような雰囲気があった。
彼女もまたそこで、この隊の長として気丈に振舞うことを余儀なくされていたのである。
しかし今、やっとこの日の責務から解放されたミーナは、一人きりでテラスに立っていた。
ぐるっと取り囲む手すりに沿い、一番端まできてみると、思いのほか夜の闇は濃かったが、
そこからは煌々と光を放つラウンジが開け、中に残った何人かの姿がはっきりとうかがえる。
それぞれが、それぞれに、別れを惜しんでいるのだ。
ミーナは自分もがまた、そうであることを思い病む。
しかし彼女が見つめるその先に、もうしばらく想い人の姿はなかった。
「こんなところで何をしているんだ」
ゲルトルートは大分距離をつめてから、やっと声をかけてきた。
ミーナはこちらに向ってくる人影を、ずいぶんと前から視野にとらえていたのだ。
何気ないふうを装い、ふっと微笑みかけようとしたが、しかしこれには失敗した。
吹き付ける風に身を委ねるふりをして、身体を反転させる。
眼に映るのは、重苦しい静寂の支配する海面。その闇は瞬く間に彼女の心を侵食していく。
手すりをつかんでいた手がかたかたと震えた。
何のためだろう?と、ミーナは思う。
高い位置にあるテラスは、周囲に海岸を望む立地も手伝い、頻繁に強い風が吹きつける。
ミーナは風にさらわれた自身の髪を押さえつけ、顔を少し、その方角よりそらした。
そらした側へと、当然のようにして並ぶ、影。
気遣い、ではないのだろう。彼女もまた、逃げ出すようにしてここに来たには違いない。
だからとても、一人にして欲しい、というようなことは言えなかった。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは軋む心を抱えていた。
ほどよく酩酊した頭にしても、幸福な観念が何一つ思い出されない。
彼女を支配しているのは、いつの日かの、夜の出来事。
自分の必氏の請願に対し、あっさりと逃げてみせた、坂本美緒、その人のこと。
―――――――――――――――――
CASE2 ゲルトルート・バルクホルン+ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ+エーリカ・ハルトマン
最後の夕食の席は誰もが少しずつ無理にはしゃいでいるような雰囲気があった。
彼女もまたそこで、この隊の長として気丈に振舞うことを余儀なくされていたのである。
しかし今、やっとこの日の責務から解放されたミーナは、一人きりでテラスに立っていた。
ぐるっと取り囲む手すりに沿い、一番端まできてみると、思いのほか夜の闇は濃かったが、
そこからは煌々と光を放つラウンジが開け、中に残った何人かの姿がはっきりとうかがえる。
それぞれが、それぞれに、別れを惜しんでいるのだ。
ミーナは自分もがまた、そうであることを思い病む。
しかし彼女が見つめるその先に、もうしばらく想い人の姿はなかった。
「こんなところで何をしているんだ」
ゲルトルートは大分距離をつめてから、やっと声をかけてきた。
ミーナはこちらに向ってくる人影を、ずいぶんと前から視野にとらえていたのだ。
何気ないふうを装い、ふっと微笑みかけようとしたが、しかしこれには失敗した。
吹き付ける風に身を委ねるふりをして、身体を反転させる。
眼に映るのは、重苦しい静寂の支配する海面。その闇は瞬く間に彼女の心を侵食していく。
手すりをつかんでいた手がかたかたと震えた。
何のためだろう?と、ミーナは思う。
高い位置にあるテラスは、周囲に海岸を望む立地も手伝い、頻繁に強い風が吹きつける。
ミーナは風にさらわれた自身の髪を押さえつけ、顔を少し、その方角よりそらした。
そらした側へと、当然のようにして並ぶ、影。
気遣い、ではないのだろう。彼女もまた、逃げ出すようにしてここに来たには違いない。
だからとても、一人にして欲しい、というようなことは言えなかった。
556: 2008/09/23(火) 23:19:35 ID:vhN+LU7D
「暗いな」
「…そう、かしら」
「何を考えているのか、察してくれと言わんばかりの表情だ」
ゲルトルートはぶっきらぼうにそう言った。
何もかもが弥増しに皮肉に聞こえる、醜悪な感情が持ち上がっていた。
自分は今、どんな表情をしているのだろう?そんなことを考える余裕さえ、無い。
ミーナはゲルトルートの言い草に対し眉を寄せ、キッとした表情で彼女を見やった。
だがゲルトルートは暗い空、何を見るものがあるというわけではないそんな虚空を、
憂いをたたえる眼差しで仰ぎ見ており、どうやら自分と目を合わせる気はないらしい。
なぐさめているのか?
だとしたら、
「余計なお世話、か。
そう、だがその様子じゃ、本当に気づいてもらいたい相手は相当な鈍感と見えるな」
ゲルトルートは眉尻を下げ、心痛の表情で唐突にミーナをふりむいて言った。
その表徴に射すくめられ、ミーナはやっと意図を知り、安らかな気持ちを獲得するにいたる。
そう、ゲルトルートにはいつも簡単に見透かされてしまうではないか。
その関係性はたまににがくもあるが、いつだって心強く、あたたかだ。
そういうところを、この盟友はしっかりと心得ていた。
「あなたこそ」
ミーナはおどけた調子で言った。
ゲルトルートはそれでもほっとしたようだ。表情が緩む。
だが一瞬後にはキッとして、尋ね返す。
「なんだ?」
「もう挨拶は済ませたの? お礼はちゃんと、言えたのかしら?」
「な、何のことだ?」
ゲルトルートは途端にして狼狽する。まるで百面相ね、と、ミーナは可笑しく思った。
そのようにして自然、余裕を取り戻したミーナは身体をかえし、手すりによりかかる形でラウンジの方を向く。
「急がないとまた機を逃してしまうわよ」
「わ、私のことは今はいい。…あっ!」
遠く見える建物の明かり中で、席についていた芳佳が立ち上がったのだ。
その瞬間、声を漏らすゲルトルートに、ミーナは今度、思わず笑みをこぼす。
557: 2008/09/23(火) 23:20:56 ID:vhN+LU7D
「な、なんだ。私は別に宮藤には…もう借りは返したつもりで…」
言い訳を吐きながらちらちらと光源を見やるゲルトルートの眼は、芳佳が再び席につく姿を捕らえた。
ほっと胸をなでおろす。その一部始終をみていたミーナは無意識にくくっと声をもらして笑っていた。
羞恥に耐えるゲルトルートは、人差し指で頬をかき、誰も見ていない夜の中へと視線を泳がせる。
そのようにして弛緩した雰囲気の中へ、明かりの彼方からもう一人、やっくる人影があった。
「トゥルーデー。宮藤がもう眠いって言ってるぞー。早くしないと…」
「何ィ!」
エーリカのその言葉の、半ばで飛び上がる、ゲルトルートの身体が前傾した。
が、たちまち隣人の視線を意識して体裁をとりつくろう。
亜空間を見つけ次第、口笛でもふきかけない有様だった。
ミーナは茶化したしめくくりにと、ふふっとすまして笑い、甘やかすような声で言う。
「いってらっしゃいよ」
「だ、だから私は…」
「あ、宮藤が立った」
「っ!!」
「嘘だよーん」
「エーリカ、貴様!」
あははーと笑いながら、エーリカはゆるりと歩みゲルトルートの隣に並んだ。
「でも本当にもう眠たそうにしてたよー」
くーっと伸びをして、そのままその腕を頭の後ろへ組み、気だるそうに言う。
「そ、そうか。まだそんなに遅くはないんだが、なるほど、そうか。きっとはしゃぎすぎて疲
れたんだろう。ふふ……フ…、そうか。そんなところもさすが私のいも…いや、そうではな
いがやはり可愛…いや違う、断じて私は、そう私にはクリスという立派な…だが義理という
のはまた、それはそれでいい。す、すごくいい…いやむしろもぐもぐ…」
なにやら独りごちはじめたゲルトルートを見て、ミーナとエーリカは目を見合せて肩をすくめる。
が、それだけにとどまらず、エーリカはいたずらな笑みを浮かべ、その背をどんっと押したのだ。
「お、おねえちゃんと呼んでみ…っ!」
ゲルトルートは更に前へとつんのめった。
背中を押され、ごにょごにょと口内に渦巻いていた邪念が口から飛び出す。
558: 2008/09/23(火) 23:22:12 ID:vhN+LU7D
―――お ね え ち ゃ ん と 呼 ん で み な い か !?―――
ぽかんとするミーナと呆れ顔のエーリカに対し、
「なんだ?」
と、とても返答を欲しているかに聞こえない、小声で呟きそっぽを向く。
「いいからさっさとしなよ、おねえちゃん」
エーリカが手すりをはなれて二・三歩、前へ出た。
こともなげにゲルトルートに背を向け、言い放った言葉はしかし、一瞬にして彼女の意識を掌握する。
目を丸くするゲルトルート。
エーリカは平気なものだった。
「あ、宮藤のヤツ席を立ったぞ」
「ああ、うん」
期せずして、
エーリカに鷲づかみにされた心をさすりながらよろよろと前進を始めるゲルトルートの背中を、
最後にそっと押してあげたのはミーナだった。
ゲルトルートが振り返ると、ほんの少し首をかしげて柔らかく目元を細める。
するとゲルトルートの方では敵地に乗り込む英雄の如き力強さで頷くのだった。
その勇敢な歩みで、どこへ向かうともなしにふらふらっと歩を進めるエーリカの後を追いかける。
「お、おいエーリカ。その…今、おっ、おねえちゃんと…」
「あーうんー」
「も、もう一回その、なんだ。ためしにと言うか…」
「あー。宮藤出ていっちゃうよ、トゥルーデ」
「は!」
ゲルトルートはエーリカを追い越してラウンジへとかけ出す。
が、すぐに失速、不安げな顔をしてふりかえった。
エーリカはぷいっと手を振って前進をうながし、それを確認するとやれやれと背中を見送りなが、
その場に立ち止まる。
しばらくして振り返り、
「ミーナは、いいの?」
ミーナの方へとゆっくり戻っていくのだった。
ミーナは高い基地の窓を見上げる。明かりの灯った一室をみやったのだ。
エーリカはその視線に誘われて空を仰いだ。
手すりに背をもたせかけると大きく身をそらして遊びはじめる。
「トゥルーデ、心配してたよ。背中押しにきたつもりで、結局は自分が押されてたけど」
「ふふ」
「でもミーナが笑ったから成功かなー」
「ありがとう、フラウ」
「いいっていいって」
「あなたはどう? さみしくない?」
エーリカは少しの間、考えるように首をかしげていたが、すぐにぴょこっと飛んで手すりからはなれた。
ミーナへ向き合う。その腕は頭の後ろで再び組まれる。
559: 2008/09/23(火) 23:23:23 ID:vhN+LU7D
「そりゃあ、さみしくはなるけど。私たちは他のみんなに比べたら、マシかなって。
とりあえずはこの先、カールスラント軍で一緒だしね」
「そうね。あなたにはそう、トゥルーデが一緒にいるのだものね」
「にゃはは。やっぱり気づいてたか」
「そうね、気がついていないのは―――――」
「――――本人だけ、かもね。あのシスコン」
反転し、ゲルトルートの姿をとらえて言う。
ミーナは先ほどのおねえちゃんの想いのたけを思い出し、くすっと笑った。
「おねえちゃんと呼んであげたら?」
「だめだめ。それだけはだめ。正攻法で撃墜しなきゃ意味ないよ」
「そうかもしれないわね」
「そうそう」
ラウンジの入り口で立ち止まるゲルトルートは、入り口に立ち止まっている変な人みたいにみえた。
二人はしばらく笑い合い、意を決して建物へと入っていくゲルトルートの背中を最後まで見送った。
「トゥルーデはさ、仲間思いだし責任感強いところとか、 少し少佐と似てるかなって思う、かな。シスコンだけどね」
「鈍感なところも、ね」
「はは。そだね」
エーリカは頭をかいた。
その様子を微笑ましく見つめるミーナはいつものミーナだ。
エーリカはその顔をちらっとうかがい嘆息し、何の衒いもなく言う。
「トゥルーデっていう手もあったんじゃない?」
ミーナがきょとんと眼を見張る。
エーリカは気丈さを装っているようだ。
「あら、いいのかしら?」
「げっ! 本気にした?」
「ふふ。冗談よ」
「そ、そうだよねー。冗談だよね…」
二人はまた少し笑った。
「でも、私たちが三人でずっと一緒なのは同じ。だからミーナ」
「………」
「後悔を残さないで次の戦場に、」
エーリカは足を踏み出す。
「国に帰ろう」
突風が、吹きぬけた。
ミーナが髪を撫でつけエーリカを見たときには、彼女はもう光に向かって歩き出していた。
「じゃね。おやすみー」
後ろ手に手を振って去ってく。
「おやすみなさい」
ミーナはその背中に言った。でもエーリカの耳には届かなかったろう。ミーナはかがみ込んでいた。
胸に灯ったあたたかいものを、風に吹き消されないよう、抱えていた。
それが少しずつ、彼女の勇気を呼び起こす。
ありがとう、そう呟くと、立ち上がり、かけだした。
560: 2008/09/23(火) 23:26:01 ID:vhN+LU7D
―――――――――――――――――
部屋の前で立ち止まった。
中からは声が漏れていたからだ。事情は察しがつく。
ペリーヌが坂本の部屋を去るまでミーナはほんの少しの時間しか待たなかったが、
自分の中に生まれている感情に折り合いをつけることができなかった。
ドアを三回、ノックする。応答はない。
たったそれだけのことで泣き出してしまいそうになる焦燥を感じていた。
だが、ミーナは決心して扉を開ける。
坂本はベッドに仰向けに寝転がり、その腕は眼を覆い隠していた。
どうやら自分にまったく気が付いていないらしい。
「美緒」
声をかけた。
それは震えていたと思う。
坂本は起き上がり、本当にゆっくりと起き上がり、わずらわしそうに彼女をみた。
少なくともミーナにはそのように映った。その表情に、戦慄した。もう余裕なんて、微塵も、ない。
「ああ、ミーナか。すまないが今は…」
「あなたは一体、何人の部下を手篭めにすれば満足するのかしらね、坂本少佐」
ふいに口を吐いた本音。形容するならばそう、どす黒くて悲しい感情があった。
ミーナは茶化すような調子を努めてはみたが、手放してみるとそれはとても冷たい声音をしている。
冗談にはならないだろう。
冗談だとは思えなかった。
坂本は怪訝に眉をひそめる。
だが、無理も無かったのだ。
なにせ誰にも、誰の心の有様を読んだうえで出会うことはできない。
――――――――――――――――――――――――――――――つづく
(こんなものの続きを読むくらいなら
このままカールスラントに戻って祖国奪還のために戦った方が良かったかもな。
トゥルーデが読もうって言い出したんじゃん。
そ、それは宮藤に未練…いや、借りがあるから…。つまりだ、あいつを失意のままにry
はいはい、気持ちは十分よ。ところでCASE3を出現させるためには何も
上官命令だと?ミーナ、まさかお前にこんな趣味があったとはな…と書き込む必要はないようね、安心したわ)
引用: ストライクウィッチーズpart5
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります