1: 2011/07/27(水) 02:57:10.80 ID:A3KqYXYqo
ほむら「……暁明ほむらです。よろしくお願いします」

早乙女「……えっと」

ほむら「……」 ペコリ

パチ……パチ……パチパチ……

さやか(すっげー美人!)

まどか(あの子、夢の中で会った、ような……それに気のせいかな? 見られてる?)

早乙女「え、えーと……はい!」

早乙女「そ、それじゃあもう一人お友達を紹介しまーす!」

早乙女「なんと! かの女王陛下が治める大英帝国ことイギリスからの交換留学生でーす!」

仁美(あら、それじゃあ外人さんなんでしょうか……)

さやか(うわー、英語とか喋れないよあたしー)

早乙女「さっ、入ってきて!」



早乙女「ステイル=マグヌス君!」







ステイル「……どうしてこうなった」

2: 2011/07/27(水) 02:58:29.05 ID:A3KqYXYqo

遡ること一週間前――イギリス 聖ジョージ大聖堂



ステイル「……もうじき引退予定の最大主教、今なんと?」

ローラ「あら、聞こえていなくて? あなたの最終学歴を述べてみなさいな、と言いたりたのよ」

ステイル「……ずっと魔術の方を極めてきたので、小学校を中退したのが最後ですかね」

ローラ「ああっいけなし!」

ステイル「は?」

ローラ「これからの時代は魔学両道、これにつきたるのよ! それを小学校中退などと、ああんいけなしっ!」

ステイル「チッ……はて、魔学両道なる言葉に聞き覚えはございませんが。文武両道の間違いでは?」

ローラ「魔学両道!」 エッヘン

ステイル「……要は魔術と科学を両立しろとおっしゃりたいので?」

ローラ「ふふん、相も変わらず察しだけは良きことね」

ステイル(うぜぇ……)

ローラ「というわけで日本に飛んでもらいけるわ」

ステイル「はぁ!?」

ローラ「神裂! 神裂はどこにおはして!?」

神裂「はい、なんでしょうか(相変わらず酷い喋り方ですね……)」

3: 2011/07/27(水) 02:59:37.22 ID:A3KqYXYqo

ローラ「天草式の面々を率いて、ステイルの転学準備を頼みとう思いたりてね」

ステイル「本気で転学させるつもりですか!?」

神裂「まさかイギリス清教も学歴主義になったのですか!? 実は私も学歴の方はちょっとその……」 モジモジ

ステイル「……そういえば君も幼くして渡英したんだったね。苦手だった機械の方はどうなんだい?」

神裂「3DS-Lite-やPSVitaといった最新ゲーム機器はマスターしたのですが、一般知識の方はどうも……」

ステイル「はぁ……そりゃ単なる駄目人間じゃないか」

神裂「ぴ、PSVitaは凄いんですよ! 携帯ゲーム機の異端児、神頃しの槍と呼ばれるに相応しいほどで!」

ステイル「僕からすればインベーダーゲームと大して変わらないね。何が面白いのやら……」

神裂「うっせーんだよド素人が!! あなたに何が分かるのです!? ソニーがッ! どれほど苦労してッ!」

ステイル「やかましいこのド玄人が!! 僕としてはそんなことはどうだっていいんだ!」

ローラ「ど、どりーむきゃすとは……いかようかなぁ、なんて……」

ステイル・神裂「へ?」

ローラ「あ、いや、その……おほん! それで転学の話に移りたく思いたるのだけれど」

神裂「あ、はい……と、ところで結局イギリス清教は学歴を重んじるようになってしまわれたのですか!?」

ローラ「ああそれ、方便よ。実は内密に調べて貰いたいことがありけるの」

4: 2011/07/27(水) 03:00:31.05 ID:A3KqYXYqo

神裂「ほっ……良かった」

ステイル「いいや良くない! だったら最初からそう言えばいいでしょうが!」

ローラ「いやん、私ったらおばかさぁん☆ というアピールにつきしなのよ!」

ステイル「……はぁ……」

神裂「心中お察しします……それで、調べて貰いたいこととは?」

 神裂の言葉を受けて、ローラが口の端を歪めた。
 それだけで、周囲の気温が2,3度は下がったような錯覚をステイルと神裂は覚えた。

 すぐさま姿勢を正し、表情を消す2人。
 ステイルは咥えていたタバコの火を右手で押し潰し。
 それに倣うわけでもなく神裂も耳を澄まし、ローラの一挙一動に目を配らせた。

 そんな二人の様子に満足した様子のローラは目を細め、丁寧に束ねられた黄金の髪を揺らしながら口を開いた。

 さも楽しげに。

 さも嬉しげに。

ローラ「……魔術に依らず、科学にも依らない“魔女”が実在するとしたら、どう思いたりて?」

ローラ「ことと次第によっては、人類史を揺るがしかねない騒動に発展するやもしれなくてよ?」

5: 2011/07/27(水) 03:01:08.93 ID:A3KqYXYqo





          ━〓━〓━〓━〓━〓─〓―=━=─=─=─=─=─
          
               ――魔術師と魔法少女が交差する時
          
                  止まっていた物語は再び動き出す――
          
          ―=―=─=─=─=━=━〓―〓━〓━〓━〓━〓━




.

7: 2011/07/27(水) 03:01:57.20 ID:A3KqYXYqo

ステイル「結局中学校に転入する必要性の有無は語られず仕舞い、か……女狐め」

 目も眩む日差しに当てられて、ステイルはうんざりした表情を浮かべながらルーンを刻んだカードで首元を扇いだ。
 四月半ばとはいえ、湿気だけのイギリスと違いそこに熱も加わる日本の気候はステイルからしてみれば拷問に近い。
 ましてや窓が一つしかない部屋ならば言わずもがな。

ステイル「よく日本人はこんな土地に住めるね……学園都市のエアコンが恋しくなってくるよ」

 言いながら、片手で懐から携帯電話を取り出し慣れた手つきで操作する。

ステイル「……もしもし? 天草式の連中は物件を見る目が無いね」

 電話が繋がるや否や、愚痴を一つ。
 通話相手……神裂は臆した様子を見せず(聞かせず)にそれに応対した。

神裂『経費削減、ですよ。ところで仕事の方はどうです?』

ステイル「……ドンピシャ、と言ったところかな。見慣れない形式だが、確かに魔力の残滓が見て取れた」

神裂『そうでしたか……いずれあの座を降りるというのに、最大主教は変わりませんね』

ステイル「ああ、貪欲だね。自分の利益になるなら極東の島国だろうとなんだろうと徹底的に調べ上げるところとか」

神裂『我々も見習うべきですかね……そういえば、転入先の中学校の名前は覚えましたか?』

ステイル「もちろんさ。見滝原中学校だろう? なんで書類を偽造して二年生として振る舞わなきゃいけないんだか……」

神裂『恐らくはなんらかの意図があるのでしょう。油断しないように』

8: 2011/07/27(水) 03:03:18.49 ID:A3KqYXYqo

ステイル「君は僕をなんだと思ってるんだ……?」

神裂『“あの子”にフラれた傷が未だに癒えない15歳の少年でしょう?』

ステイル「……性格悪くなったね」 ハァ

神裂『気のせいでしょう、別に片手でNGP操ってゲーム操作してるから適当に返事しているだとかそういうわけじゃありま』 プツッ

ステイル「英国民の血税で彼女は何をしているのやら」 パタン

 肩を落としつつ、袖口から英国民の血税で購入したタバコを取り出し、ライターで火をつける。
 慣れ親しんだ煙が肺を満たし、細胞を蝕んでいく。
 しかしやめられない。ああやめられないったらやめられない。

 そう思ってから、なんとはなしに窓に視線を移した。

ステイル「……のどかで、静かで、良い街だよ。気候は気に食わないがね」

 そう呟いてから、明日の準備をするためにステイルは家を出た。

 まずシャーペンだ。それから消しゴム。マーカーや三色ボールペンも必要だろう。

 それにルーズリーフかノート……重量的に考えてルーズリーフの方が軽くて良い。ルーズリーフを買おう。



 なんだかんだ言いつつも、まだ見ぬ中学校生活を楽しみにしているステイルなのであった。

9: 2011/07/27(水) 03:04:56.82 ID:A3KqYXYqo
――こうして物語は冒頭へと戻る。

さやか(で、でけぇー! ってか髪の色! 赤って! 赤ってどうなの!)ザワザワ

まどか(さ、さやかちゃん声大きいよ!)ヒソヒソ

仁美(毛色は元からなのでしょうか? それにあの服装はいったい……?)ソワソワ

ほむら(……)

早乙女「はい皆さんお静かに! ステイル君が緊張しちゃうじゃない!」

ステイル(うーん……参ったな、まさかここまで注目を浴びるとは)

ステイル(意識したことはなかったが、この格好はそんなに浮くのか……?)

早乙女「はい、それじゃあ自己紹介をお願いしまーす」

ステイル「……僕はステイル=マグヌス。生まれも育ちもイギリスでね、最近までは神父見習いをやっていたんだ」

ステイル「交換留学生として学園都市に滞在していた時期があるから日本語も滞りなく使える」


ステイル「あー……以後よろしく頼むよ」

10: 2011/07/27(水) 03:05:48.04 ID:A3KqYXYqo

早乙女「……あの、ちょっと質問よろしくいかしら?」

ステイル「? ええ、どうぞ」

早乙女「あなた実年齢いくつです?」

ステイル「ぶっ!」

早乙女「?」

ステイル「(偽造がばれたか?)……じ、十四歳ですが、何か?」

早乙女「お、おほほほ! そうよね十四歳よね! 私ったら見かけで判断しちゃうからもう!」

ステイル「……いえ、大して気にしてませんので」

早乙女「皆さんもお気づきでしょうが、ステイル君はその……非常に発育がよろしく、背丈が大きいです」

さやか(そういうレベルじゃないと思うんだけどなぁ、ぶっちゃけ三十路半ばに食い込んでそうだし)ボソボソ

まどか(外見で決め付けるのは良くないよさやかちゃん、コンプレックスかもしれないし)ボソボソ

仁美(そうですわ、ご本人も気にして顔を引きつらせているではありませんか)ボソボソ

ステイル(それ以前に声が大きいんだよ君達は……!)ヒクヒク

早乙女「静かに! 見合う制服がないので神父服を着用してもらっていますが、からかわないように!」

早乙女「それから……彼にはプリント配布係をやってもらうことになっています。よろしくね、ステイル君?」

ステイル「え? あ、はい」

ステイル(本職の神父です、とか、ルーン専攻の魔術師です、とか……)

ステイル(口が裂けても言えないね、こりゃ)

11: 2011/07/27(水) 03:08:39.14 ID:A3KqYXYqo

――休み時間

クラスメイトA「どうしたら(身長)そんなに大きくなるの? やっぱり毎日(身体)揉んだ方が良いのかな?」

クラスメイトB「(髪)赤くて……(神父服)黒くて……すごく(身長が)大きいです……」

ステイル「背はこれといって意識したことは無いんだがね……ちなみに髪は宗教上の理由で染めているだけだよ」

クラスメイトC「ねぇねぇ! もしかしてマグナス君って不良? タバコ吸ってたりする?」

ステイル「ぬぐっ……よ、よしてくれ。僕は見ての通りカトリックだ。タバコは吸わないさ」

クラスメイトD「だから言ったじゃない、タバコの臭いは気のせいだって」

ステイル「し、親戚に愛煙家がいてね。彼と一緒に居た時に移ったのかもしれないな。誰か香水持ってるかい?」

中沢「保健室にアルコールタイプの消臭スプレーがあったよ。あ、案内したげよっか?」

ステイル「うーん……いや、保健係りに案内してもらうよ。保健係はどこに――」

 言いかけて、何かに気付いたようにステイルがかぶりを振った。
 視線の先には、もう一人の転校生と少女が三人。

ほむら「保健係の鹿目まどかさん……保健室、連れて行ってもらえるかしら?」

まどか「え、えぇ?」

 ステイルの口元が、ぐにゃりと歪む。

ステイル「――どうやら、二重の意味で探す手間が省けたようだ」

12: 2011/07/27(水) 03:09:45.46 ID:A3KqYXYqo
――廊下

ステイル(とまぁ、格好付けたはずなんだが……)

まどか「……」

ほむら「……」

ステイル(最近の子供はあまりコミュニケーションを取らないようだね)

まどか「……」 チラッ

ほむら「……」 シラー

ステイル(……僕としても馴れ合うのはごめんだけど) チラッ

ほむら「……」 キッ

ステイル(おお、怖い怖い) プイッ

ほむら「……」 シラー

ステイル(……) チラッ

ほむら「……」 キッ

ステイル(あ、この子単純だな)

13: 2011/07/27(水) 03:11:53.81 ID:A3KqYXYqo

まどか「あ、あのー……まぐぬす、君?」

ステイル「ん? どうかしたかい、鹿目さん」

まどか「学園都市に居たことあるんだよね?」

ステイル「トータルで見て二ヶ月ほどね。それがなにか?」

まどか「やっぱり学園都市って進んでるのかなー、なんて……えへへ」

ステイル「……それなりにね。だがどうしてなかなか、ここも設備は充実してる方だと思うよ」

まどか「学園都市の技術が使われてるからだって仁美ちゃんが……あ、仁美ちゃんっていうのは友達なんだけどね?」

ステイル「ふぅん……宗教国家郡と和解して以降おおらかになったとはいえ……なぜ群馬なんだか」

まどか「学園都市の病院って、やっぱりすごいのかな?」

ステイル「脳だけの状態から後遺症無く空を飛べるまで回復するなんてのは日常茶飯事だよ」

まどか「もう、真面目な話してるのにー」

ステイル「徹頭徹尾、真面目な話をしていたつもりなんだが……」

ステイル「君はどう思う? 暁美ほむらさん」

14: 2011/07/27(水) 03:12:20.01 ID:A3KqYXYqo

ほむら「……ごめんなさい。学園都市について、あまり詳しくないの」

まどか「あ、暁美さんも? 私もそういう難しいこと詳しくなくて!」

ほむら「……ほむらで良いわ。鹿目さん」

まどか「え、あ……ほ、ほむらちゃん?」

ほむら「なにかしら」

まどか「か、変わった名前だね……」

ほむら「……っ」

まどか「あ、あぁその、変な意味じゃなくてね、かっこいい名前だなぁなんて……」

 そんなたどたどしい会話を耳に入れつつ、ステイルは横目で暁美ほむらの様子を伺った。

 常に気を緩めず、異常事態に陥っても大丈夫なように心構えている軍人のような佇まい。
 そして――微かに漏れる、魔力の波動。
 こんな平和な街に不釣合いな物を二つも持ち合わせている。

ステイル(上手い具合に気配を断ってはいるようだが……相手が悪かったね?)キリッ

ステイル(だけどまだ魔女と決まったわけじゃない。ボロを出すまで慎重に行かないと)

15: 2011/07/27(水) 03:12:57.10 ID:A3KqYXYqo

ほむら「……っ」

 黙って前を歩いていたほむらが、きっ! とターンを決め込んでまどかの正面に立ちはだかった。

ほむら「鹿目まどか。あなたは自分の人生が尊いと思う? 家族や友達を、大切にしてる?」

 ふと、ステイルは懐からタバコを取り出したい衝動に駆られた。

まどか「え……ええっと、私は……大切、だよ? 家族も、友達のみんなも。大好きで、大事な人たちだよ?」

ほむら「本当に?」

まどか「ほ、本当だよ?」

ほむら「そう……もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね」

ステイル(よくまぁこういかにも“怪しい”って雰囲気をプンプン出せるものだ。調べ甲斐がまるで無いね)

ほむら「さもなければ……全てを失うことになる」

ステイル(それにしてもこの学校はガラス使いすぎじゃないか? これじゃあ隠れて吸えないじゃないか)

まどか「えっ……?」

ステイル(持ち物検査でもされたら困るし、タバコは家でしか吸わないようにするかな……)

ほむら「……あなたは、鹿目まどかのままでいればいい。今までどおり、これからも……」

 どうでもいいことを考えている間に会話が終わったようで、ほむらは一人で廊下をずんずんと歩いていった。
 保健室の場所、分かるのかな? などと思案しつつ黙って見送る。
 それから困惑しているまどかをちらっと見て、ステイルは肩をすくめた。

ステイル「……はぁ。僕、影薄っ……」

16: 2011/07/27(水) 03:13:46.07 ID:A3KqYXYqo

――教卓

先生「よーし、じゃあこの問題を……そうだな、転校生のー暁美ほむら! 書いてみろ」

ほむら「……」スラスラ

さやか「うひょー! 転校生すっげー!」

クラスメイトA「あんな完璧な答え初めて見たよ!」

クラスメイトB「頭良いー!」

先生「す、凄いな……よし、じゃあ今度はステイル! この問題を前に出て書いてみろ!」

ステイル「に、二次方程式だと……!?」

ステイル「なにがなんだかわからない……ええいこれだから数学は……!」

さやか「あっはっはっは! それ初歩の初歩じゃん! あたしでも分かるわこれ!」

クラスメイトA「意外に頭悪いんだねー」

クラスメイトB「やっべー親近感沸いてきたわ!」

ステイル「なんたる屈辱……!」

17: 2011/07/27(水) 03:15:24.99 ID:A3KqYXYqo

――運動場

ほむら「……っ!」 バフッ!

教師「け、県内記録じゃないのこれ……?」

さやか「すげー!」

クラスメイトC「陸上部も負けてられないわねぇ」

クラスメイトD「いやいや無理だってあんなのー」

教師「はい、それじゃ男子100m走、よーい……ドン!」

ステイル「はっ……はっ……はっ、はっ、はっ……!」 タッタッタッ!

クラスメイトA「うおっしゃ一位ー!」

クラスメイトB「俺二着ー!」

中澤「14秒……まぁこんなもんかな。おーいマグヌスーお前はどうだっ……!?」

ステイル「」

中澤「せ、せんせー! マグヌス君が白目剥いてまーす!」

18: 2011/07/27(水) 03:16:17.48 ID:A3KqYXYqo

――教室

ステイル「ちっ……両サイドでの騒動が鎮静化してから少し鈍ったかな」

ステイル(あるいは……いや、どちらにしても疲れた……)

さやか「いよっ、文武両道出来ず才色兼備でもなさそうな方の転校生! 学校には慣れた?」

ステイル「……慣れたところでまた谷底に突き落とされた気分だよ。君は?」

さやか「あー、自己紹介がまだだっけ? あたしはさやか、美樹さやか! 保健係のまどかはあたしの嫁なのだー!」

仁美「さやかさん、声が大きいですよ。私は志筑仁美と申します。どうぞよろしくお願いしますね」

ステイル「こちらこそよろしく頼むよ。下品でバカな美樹さやかと、上品な詩筑仁美」

さやか「む、バカって言ったなー!? 初歩の初歩くらいで躓いてる転校生には言われたくないなー」

ステイル「に、二次方程式なんて覚えなくとも人生困らないからいいんだよ」

さやか「ふふーん、これが負け犬さんの遠吠えってやつですか!」

ステイル「チッ、ええい忌々しい。英語の授業さえ回ってくれば……!」

まどか「何やってるの二人とも……」

仁美「あらまどかさん。お二方は……そうですね、どんぐりの背比べ、でしょうか?」

19: 2011/07/27(水) 03:16:50.72 ID:A3KqYXYqo

さやか「ひーとーみー? だぁれがどんぐりだってぇ!?」

仁美「あら、なんのことでしょうか?」

ステイル「良い性格してるね、君……」 オリャオリャー、クスグリコウゲキジャー!

まどか「もう……あれ、中澤君?」 サ、サヤカサン、オチツキマショウ! ア、アハハハ!

中澤「相変わらず仲良いねお前ら……それよりマグヌス、これからゲーセン行かない?」

ステイル「……その申し出はありがたいけど、用事があるので辞退させてもらうよ。すまないね」

中澤「それじゃ仕方ねぇか。次は一緒に行こうぜー、じゃあなー!」 タッタッタッ…

ステイル「ああ、必ず行こう……と」 チラ

ほむら「……」 ジー

ステイル(視線が痛いな……今日は早めに帰るとしよう)

まどか「どうかしたの?」

ステイル「いや……何でもないよ。それじゃ僕はこれで。また明日会おう」

まどか「うん、また明日ー」 マ、マドカサン、タスケ、アハハハ! ウリャリャリャー!!

20: 2011/07/27(水) 03:17:50.61 ID:A3KqYXYqo

――見滝原のどこか

 市街の喧騒から少し離れた、小さく物静かなビルの屋上。
 ありふれた日常から微妙に離れた位置に、ステイルは腰を下ろしていた。

ステイル「ふむ……お膳立てはこの程度だったかな」

 魔力を行き渡らせて『仕掛け』の具合を再確認すると、今度は色とりどりの折り紙を懐から出した。
 前もってパステルで書いておいた円の周囲にそれを飛ばし、

     IITIAW    H A I I C T T P I O A
「――風を伝い、しかし空気ではなく場に意思を伝える」


 呟くように詠唱すると、円が光り出した。
 理派四陣――探し人の位置を特定する魔術――が発動したのである。
 間を置かず、鮮明な航空写真にも似た絵が描き出される。
 円の中心は歩いて10分ほどの場所にあるショッピングモールを映し出していた。

 つまり、そこにステイルの探し人……暁美ほむらがいる。

ステイル「案外近いな……逆探知される前に打ち切るか」

 タバコを放り捨てる。それはゆっくりと煙の尾を引き、円に触れると。
 直後に折り紙とタバコが燃え上がり、灰に変わった。

ステイル「さて……楽しい楽しい、魔女狩り(おしごと)の時間だ」

ステイル(決まった……!)

21: 2011/07/27(水) 03:19:14.83 ID:A3KqYXYqo

――デパート、改装中のフロアの一つ

ステイル「良い感じに格好つけたのにね……」

ステイル「一体全体、なにがどうなっているのやら」

 ステイルが見滝原にやってきた目的は「魔女狩り」ないし「それに付随する物の調査」である。
 そして魔力を持つ暁美ほむらが魔女、あるいはそれに付随する物と当たりを付けてデパートにやってきた。

 のだが……

ステイル「彼女と同質の魔力を放っているのが一人」

ステイル「それに力の仕組みが妙なのが一つ」

ステイル「で、一番厄介なのが……」

 ステイルの目の前に広がっているのは、改装途中のために証明が落とされたフロアの一画。
 ではなく、二次元と三次元が入り交じったような摩訶不思議な空間だった。

ステイル「結界、かな? 魔力を持たぬ者には干渉できない、いわば身を守るための結界」

.             マジョ
ステイル「こっちが本命か。抜け出すのは簡単そうだが……ん?」

22: 2011/07/27(水) 03:19:55.04 ID:A3KqYXYqo

 ステイルの視界の隅に、肩を寄せ合う二人の少女が映った。
 鹿目まどかと美樹さやかだ。まどかに至っては白い猫のようなものを抱いている。

 そんな彼女らを取り囲む、下半分が蝶で上半身が髭を生やした白い綿の塊。
 耳障りな音を発して、意気揚々に揺れては踊り、踊っては揺れてを繰り返すだけの存在。

ステイル「悪趣味なデザインだな。さしずめ魔女の使い魔と言ったところか」

ステイル「それにしても……」

 かぶりを振ってうなだれると、タバコを一本取り出した。

ステイル「出会って間もない女性を助けるなんて役割は、本来“彼”が担うものじゃなかったのかい」

 言いながら、タバコを咥える。

ステイル「いやホント、僕には荷が勝ちすぎてるよ」

ステイル「まぁ助けるんだけどね」 キリッ

 不敵な笑みを浮かべつつ、ステイルがルーンのカードを取り出し――

23: 2011/07/27(水) 03:20:22.73 ID:A3KqYXYqo

――彼が行動するよりも早く。
 鎖を伴って発現した強力な“結界”に弾かれて、あまりにも呆気なく使い魔が消滅した。

ステイル「――はぁ?」

 閉じることを忘れたステイルの口元から、タバコが零れ落ちた。

??「危ないところだったわね――でももう大丈夫」

 二人の背後から声がかかる。
 そこには、ステイルが思わず我に返るほどの魔力を発している少女が居た。

ステイル「魔女……いや、暁美ほむらの同類か!?」

 そこから先は、その少女の独壇場だった。

 光を発したかと思いきや次の瞬間には派手な衣装を身に纏い。

 腕を振って数十丁ものライフルらしき銃を顕現させ、瞬く間に使い魔達を一掃して見せたのだ。

24: 2011/07/27(水) 03:20:48.17 ID:A3KqYXYqo

ステイル(瞬時になんらかの霊装を身に纏った!? 転送魔術……いや、この場で作り出したのか!?)

ステイル(それにあれだけの銃を……一体どんな術式だ? さらにあの威力、並の魔術師じゃ相手にもならない!)

ステイル(まるで……そう、黄金練成! あれなら不可能じゃない!
       それこそ「我が身に黄金の霊装を!」とか
       あるいは「銃を宙に。弾丸は魔弾、用途は爆撃、数は二百で十二分!」とか!)

ステイル(クソッ……カッコいいじゃあないか畜生……!) ギリッ…!

 などとくだらない葛藤をしていると、辺りの景色が歪み始めた。
 揺らぎ、薄らぎ、やがて元の空間――改装途中で人気の居ないフロアの一画に戻っていく。

??「魔女なら逃げたわ。急いで追えば、追いつけるでしょうね」

 先の少女の言葉が耳に入り、ステイルは自然と視線を彼女達のほうに戻した。
 するとどういうわけか、二人+一人のところにさらにもう一人……暁美ほむらが加わっているではないか。

ほむら「……私が用があるのはその二人よ」

??「呑み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるのよ」

??「お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」

25: 2011/07/27(水) 03:21:22.62 ID:A3KqYXYqo

 両者の睨み合いは二秒、三秒と続き……暁美ほむらが立ち去ることで、幕を閉じた。

ステイル(実力はともかく、彼女らが魔女でないことは確かみたいだ。そろそろ僕も退散しよ――)

??「隠れているあなたも出てらっしゃい」

ステイル「――ウッ!?」 ギクッ

まどか「え、ま、まだ誰か居るの!?」

さやか「えぇーい盗み見とは卑怯だぞ! さっさと姿を現せー!」

ステイル「……はぁ、不幸だ」

 どこぞの“受験生”の口癖を借りてみるが、だからといって事態は好転しないもので。
 逃げることが不可能だと悟り、両手を挙げるとたったか歩いて姿を見せた。
 ステイルを認めた二人が驚きの声を上げる。

まどか「あ、まぐぬす君!?」

さやか「えOちょっ……転校生二人とも訳ありな展開!? そこが萌えで燃えなのかぁー!?」

ステイル「日用品買いに来たついでに迷い込んでしまっただけなんだが……(嘘だけど)」

??「男性の方? 素質はあるみたいだけど、魔法少女にはなれないし……困ったわね……」

ステイル(……魔法少女?)

26: 2011/07/27(水) 03:21:55.34 ID:A3KqYXYqo

ステイル「いやぁ、それにしてもさっきのは凄かったね。ジャパニーズ特撮ドラマの撮影だろ?」

ほむら「そ……そうなのかな、さやかちゃん」

さやか「いやいや出来すぎだって。演出さん頑張りすぎでしょ!」

??「うーん……まぁいいわ。それよりキュウべぇ……その白い子を貸して貰えるかしら?」

まどか「え? あ、はい」

 少女はまどかから白い子――キュウべぇなる生き物――を譲り受けると、地面に降ろして両の手をかざした。
 すると両の手が光り、傷だらけだったキュウべぇが見る見る内に回復していくではないか。

ステイル「へぇ、すごいね。手品かい?(高度な治療魔術……陣も道具も詠唱も無ければ偶像の理論すら用いないだと?)」

QB「んっ……ありがとうマミ、助かったよ!」

ステイル(……あ?)

ステイル「しゃ……喋った!? 喋るのかいこの生き物は!?」

 マミと呼ばれた少女が、呆けているステイルを見てくすりと笑った。

27: 2011/07/27(水) 03:22:43.10 ID:A3KqYXYqo

マミ「驚かれましたか? まぁ無理もありませんよね」

ステイル(魔力を受けて進化した生物は見てきたが……人語を解するとはね……)

マミ「ふふっ。ところでキュウべぇ、お礼はあの子たちに、ね」

QB「ああ、僕の呼びかけに反応してくれてありがとう! 鹿目まどか、美樹さやか!」

まどか「あれ、どうして……」

さやか「あたし達の名前を!?」

QB「実は、僕は君達にお願いがあってきたんだ」

まどか「お願い?」

QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」



 三人と一匹のやり取りを見ながら、ステイルは静かに目を細めた。

ステイル(結界の内に隠れる魔女……それを狩る魔法少女……喋る化け猫……ね)

ステイル(やれやれ、まったくどうして。……なかなか、楽しませてくれるじゃないか?)

28: 2011/07/27(水) 03:23:54.15 ID:A3KqYXYqo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ステイル『――以上が、事の顛末です』

ローラ「実に興味深けりね」

ステイル『ただ、その……魔力は感知できるのですが、超能力と似た、異なる方式のそれに被って見えます』

ローラ「つまり力のフォーマットが違うと言いたりて?」

ステイル『そこまでは言いません。ただの未知の魔術かと。オチは結社同士のゴタゴタといった具合じゃないでしょうか』

ローラ「……して、ステイル。万が一に魔法少女と戦いたる際はいかようにして対峙したりて? 勝算は?」

ステイル『下準備さえあればまず負けません。無くても引き分け程度には持ち込めるかと』

ローラ「……そう。事情は把握したりけるわ。引き続き調査の方よろしく」

ステイル『はっ』 プツッ




ローラ「……ふふっ」

ローラ「並の魔法少女でステイルと同程度……では文明に影響を及ぼしたる魔法少女の実力は如何様に?」

ローラ「あわよくば取り込みたいところ。けれどもその心中が解せぬ内には協力も出来かねたるものよ」



ローラ「ねぇ、はよう会いたきものね? 孵卵器(インキュベーター)?」

40: 2011/07/27(水) 12:30:08.54 ID:A3KqYXYqo

――翌朝、中学校前

仁美「禁断の恋の形ですのよー!」 タッタッタッ!

さやか「バッグ忘れてるよー」

まどか「今日の仁美ちゃん、なんだかさやかちゃんみたいだったね」

さやか「むーん、それはどういう意味だよー!」

ステイル「そのままの意味だろう」

さやか「ひぃ! 急に出てこないでよ、でかいから驚いちゃうじゃん!」

まどか「あ、おはよーステイル君」

ステイル「おはよう……しかし朝から騒々しいね、特にそこのバカは」

さやか「なぁんだってぇ~!?」

QB「ところで学校の方は良いのかい?」

まどか「あ、そうだ。はやく行こっさやかちゃん!」タッタッタ

さやか「うぅ~覚えてろよーステイルー!」タッタッタ

ステイル「……はぁ」

41: 2011/07/27(水) 12:31:59.35 ID:A3KqYXYqo

――遡ること十五時間前、巴マミの部屋

マミ「お口に合うかしら?」

まどか「すっごくおいしいです!」

さやか「めちゃうまっすよこれ!」

ステイル「確かに美味だが、もう少し行儀出来ないのか君は」

マミ「うふふ……それじゃあさっそくだけど、本題に移らせてもらうわね」

 そう言って、マミはティーカップに視線を落とした。
 僅かな逡巡を見せた後に視線をまどか達に向け直すと、ゆっくりとこの世界の法則(システム)について語り始めた。
 それによって判明したことは、主に三つ。

一つ、キュウべぇは神様が起こす奇跡のように、どんな願い事でも叶えられるということ。

一つ、願いを叶えた者は代わりにソウルジェムを持たされ、魔法少女にされてしまうこと。

一つ、魔法少女になった者は、魔女と戦う運命を架せられるということ。

 つまり報酬を先に渡すから代わりに魔女を狩って欲しいということだ。
 どんな願いでも叶えるという言葉を聞いて、ステイルはアウレオルスのことを思い出した。
 思いのままに世界を歪められる能力を持ちながら、想像力の欠如と揺さぶりで自滅した哀れな錬金術師。
 彼の髪の色は緑だったか、黄緑だったか、まぁどうでもいいや。

42: 2011/07/27(水) 12:32:52.20 ID:A3KqYXYqo

ステイル「ふぅん……魔女に魔法少女ね。いやいや、なかなか愉快だよ」

さやか「愉快っていうか……怖いよね、ちょっと」

まどか「マミさんは、そんな恐いものと戦ってるんですか?」

マミ「そう、命懸けよ。だからあなたたちも、慎重に選んだ方が良い」

ステイル「ところでこの場合、僕は魔法少女とやらになれるのかい?」

マミ「え、えーっと……あなたは、そうですね、どうなんでしょう。ねぇQB、どうなの?」

QB「……素質はあっても魔法少女にはなれない稀有なパターンだね」

ステイル「それは残念(どの道なるつもりは毛頭無いけどね)」

 結論から言って、ステイルはキュウべぇのことをほとんど信用してなどいなかった。
 魔力に似た力を操り人語を解す生き物というだけで胡散臭いというのに、
 その上どんな願いでも叶えられると来られては、疑うなという方が難しいのである。

ステイル(とはいえ情報が少なすぎる……今は慎重に行くべきだ、け、ど)

 そんな内心とは裏腹に、ステイルは既にこの魔女騒動の真相に目星をつけていた。

ステイル(大方、どこぞの知名度の低い魔術結社同士の抗争だろうね)

 先の戦争以降、少なからず表に出回ってしまった“魔道書”やそれに関する知識を下に暴れているのだ。

 魔女とキュウべぇは魔術の副産物か歪な下位天使。魔法少女は抗争の道具と言ったところだろう。

 胸糞悪い、とステイルは内心で吐き捨てた。

43: 2011/07/27(水) 12:33:38.01 ID:A3KqYXYqo

ステイル(それにしたって不思議な体系の魔術だ。巴マミも不自然な素振りはちっとも見せやしないし)


マミ「そこで提案なんだけど、二人ともしばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」


ステイル(前言撤回……こうも露骨な勧誘をされるとは。彼女はスカウト役の魔術師で、魔法少女じゃないみたいだね)

マミ(もしかしたら後輩が出来るかもしれないのよね……べ、べつに期待してるわけじゃないけど!)


マミ「魔女との戦いがどうか、その目で確かめてみればいいわ」


ステイル(いやらしい女だ……雑魚相手に圧勝して簡単だと思い込ませ、契約をさせやすくするつもりか)

マミ(下手に手間取ったら恐がらせちゃうかもしれないけど……その時は素直に諦めるしかないでしょうね)


マミ「その上で、危険を冒してまで叶えたい願いがあるかどうかじっくり考えてみるべきだと思うの」


ステイル(親切心溢れる台詞に見えるが、報酬を再確認させて釣り上げやすくしただけだろう)

マミ(私みたいに願いを考える間がないなんてこと、絶対にあっちゃいけないもの……)


ステイル「……腹黒女」ボソッ

44: 2011/07/27(水) 12:34:39.43 ID:A3KqYXYqo

マミ「あら、マグヌスさん? なにか言いましたか?」

ステイル「いやなにも」

さやか「あぁそうだマミさん。こいつに敬語なんて使う必要ありませんよ」

マミ「え、えぇ? 年上の方には敬意を払うのが常識でしょう?」

ステイル「僕は見滝原中学の二年生、つまりあなたの後輩に当たるから年下なんだが……」

マミ「えっ」

ステイル「えっ」

マミ「ええぇっ!?」

ステイル「……なんて失礼な人だ」

まどか「こういうとき、失礼なのは驚いてるマミさんと、失礼な人呼ばわりするマグヌス君のどっちなのかな?」

ステイル「主観の相違だね。ところでそのマグヌス君って呼び方は好きじゃないな。ステイルでいいよ」

まどか「ホント? じゃあこれからはステイル君って呼ぶね!」

さやか「どっちも堅苦しくない? 山田太郎みたいな名前にすればいいのに」

マミ「二年生……あの身長で二年生……あの身長で……」 ブツブツ

ステイル「……はぁ、やれやれだね」

45: 2011/07/27(水) 12:35:14.12 ID:A3KqYXYqo

――時は戻り、教室

まどか『それにしてもテレパシーって本当にあるんだねぇ』

さやか『はっ! コレを使えばテストで良い点を取るのも難しくないんじゃ!?』

QB『いやいやぁ、それはどうかと思うよ』

ステイル『同感だ(念話ね……今度からは考え事にも注意を払わないといけないな)』

 などと考えながら彼女らの会話に耳(意識)を傾けていると、さやかが突然苦い声を上げた。

さやか『うげっ、転校生のお出ましだよ』

ステイル『ん? 僕は最初からここに……ああ、そうか』

 苦虫を潰したような表情を浮かべるさやかの視線を追うと、そこには暁美ほむらがいた。
 詳しくは知らないが、彼女はどうやらQBを襲って魔法少女が増えるのを止めようとしている魔法少女らしい。
 魔術結社の内輪揉めか、対抗組織の刺客か。
 複雑な事情があるようだが、敵であることに変わりはない。

ステイル(同士討ちだけならありがたいんだけどね……)

さやか『気にすんなまどか! あいつがなんかちょっかい出してきたらあたしがぶっ飛ばしてやるから!』

ステイル『君はいつから鹿目さんのボディーガードになったんだい?』

まどか『さやかちゃんがボディーガードかぁ……チェンジで!』

さやか『まどかぁ!?』 アラアラウフフ ザマァナイネ ドンマイダヨ、サヤカ

46: 2011/07/27(水) 12:36:09.40 ID:A3KqYXYqo

――昼休み

ステイル「んぐっ、はぐっ……んっ、ごちそうさま。美味しかったよ。このやきそばパン、良く分かってるね」

中澤「だから言っただろ? ほんのり漂うソースの香りと紅しょうががパンにマッチしてて美味いって」

ステイル「麺も柔らかすぎず、パン自体の味や食感も殺さず……キャベツがしゃきしゃきしてるのもポイントだよ」

中澤「キャベツに目をつけるとは……良く分かってるじゃないか!」

ステイル「ふふん、そう褒めないでくれ。だけど一番の魅力はやはりソースかな」

中澤「そう言えばさ、世間的にはソース味って男の子らしいね」

ステイル「……偉く狭い世間だね。君はどうなんだい?」

中澤「どっちでもいいんじゃないかな」

ステイル「僕も同感だよ……ところで鹿目さんがどこにいるか知っているかい」

中澤「鹿目たちなら屋上にいると思うぜ。用でもあんの?」

ステイル「ちょっとね(空いた時間で情報を集めるはずが昼食に時間を掛けすぎてしまったな)」

ステイル(いやでも、ホントに美味しかった。“あの子”にも食べて欲しいくらいだ)」

47: 2011/07/27(水) 12:37:34.22 ID:A3KqYXYqo

――屋上

さやか「ねぇまどか、願い事決まったー?」

まどか「ううん、全然。さやかちゃんはどう?」

さやか「あたしもぜーんぜん。なんでだろーなー。いくらでも思いつくと思ったんだけどなぁ
.     欲しい物も、やりたい事もいっぱいあるけどさ。命懸けって所で……
.     やっぱ引っ掛かっちゃうよね。そうまでする程必要なもんじゃねーよなー……ってさ?」

 屋上へと通ずる入り口に立ち、会話を盗み聞きしながら、もしも自分がその立場に居たならどうするかを考える。
 存外、そういうときに限って願いとやらは思い浮かばない。今の彼が去年までの彼なら違っただろうが。

さやか「まあきっと、私達がバカなんだよ」

まどか「え、そうかな?」

さやか「そう、幸せバカ。珍しくないはずだよ、命と引き換えにしてでも叶えたい望みって
.     だから、それが見つからないあたしたちって、その程度の不幸しか知らないってことじゃん」

ステイル(幸せバカ、か……別に恥ずべきことじゃないんだけどね)

 生まれながらに不幸な青年の顔を思い浮かべ、彼ならその不幸を取り除くよう願うだろうかと考えてみた。
 しかしすぐにそのおかしさに気付き、鼻で笑って誤魔化した。タバコを咥え、ライターで火をつける。
 大きく吸い込み、肺が煙で満たされる。それからほうっ、と煙を吐き、ふたたび思考を巡らせた。

ステイル(……あの男が、不幸を取り除くように? いやいや、自分で考えててなんだけど、馬鹿馬鹿しいね)

 彼は確かに不幸だ。
 その不幸故に多くの人間――“あの子”のことも――を助けてきた。
 そして彼はそれを誇りに思っている。
 直情的で、バカで、無茶苦茶で無鉄砲でろくでなしで間抜けで独善的だが――彼は、そういう人間だった。

ステイル(日頃から不幸だなんだとと嘆いてるくせにそれを喜び、幸せだと言い張るなんてね……まぁそれはいいとして)

ステイル「……そろそろ出てきてらどうなんだい?」

 ややあって、すぐ近くにある階段の影から暁美ほむらが姿を現した。

ほむら「……」

48: 2011/07/27(水) 12:38:20.36 ID:A3KqYXYqo

ほむら「……」

ステイル「……」

ほむら「あなたは、何?」

 長いようで短い沈黙を破ったのは、そんな短い言葉。
 たった六文字によって成り立っている疑問。しかも“誰”じゃなくて“何”ときたもんだ。
 しかしそれに込められた感情は、決して少なくない。最低でも敵意と困惑、恐怖の三つが含まれている。
 彼女は恐らくこちらの秘密に気付いている。ではどう答えるべきか。

                      ネ セ サ リ ウ ス
 イギリス清教第零聖堂区、必要悪の協会に所属する魔術師と答えるべきか。
 あるいは単に、お前たちの敵だ、と答えるべきか。

 いや――ああ、もっと良いのがあった。

 なかなか反応を示さないステイルに焦れたのか、彼女はふたたび口を開いた。

49: 2011/07/27(水) 12:39:23.99 ID:A3KqYXYqo

ほむら「あなたは、何?」

ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」

ほむら「……それが答え?」

ステイル「イエス。不満かい?」

 少女から流れ出る敵意が増大し、見えない刃となってステイルに襲い掛かる。
 “戦場”でさえこれほどの敵意を浴びたことはなかなか無いだろう。

 ある種の懐かしさを覚えつつ、タバコを手に取り煙を吐く。
 多分、気を抜けば、殺される。
 そんな確信めいた物をステイルは抱いていた。

50: 2011/07/27(水) 12:39:59.63 ID:A3KqYXYqo

ステイル「で、なにか用かい?」

ほむら「あなたに用は無いわ」

ステイル「ふぅん、まぁ別に良いけど……彼女たちに用があるんだろう? 行くといいよ」

ほむら「そうさせてもらうわ」

 丁寧に灰を携帯灰皿に落とすステイルの横を、暁美ほむらが通り過ぎた。
 すでに彼女に敵意はなく、代わりにシャンプーか何かの、ほのかに甘い香りを漂わせている。
 ステイルを通り過ぎて4,5歩ほど歩いたところで、彼女は振り返りステイルの瞳をまっすぐに見つめた。

ほむら「忠告しておくけれど、まどかに何かしたらただじゃすまさない」

ステイル「……最初からそんなつもりは露ほどもないが、ありがたく肝に銘じておくよ」

ほむら「それからタバコはやめなさい。臭いが染み付くわ」

ステイル「良い消臭剤を持っているんだ」

ほむら「それでも。限りある命、尊い人生を長く生きたいのならやめるべきね」

 それだけ言って、ふたたび彼女は踵を返して歩いて行った。

ステイル「長く生きたいなら、ね。じゃあ君はどうなんだい?」

 ステイルの問いは、漂うタバコの煙に紛れて消えていった。

51: 2011/07/27(水) 12:41:09.55 ID:A3KqYXYqo

――ファミレス

まどか「うぅ、金属バット持ってくるより現実的だと思ったんだけどなぁ」

さやか「いやいや、まずは形、衣装からって落書き持ってくるまどか先生の発想には負けますわぁ、あっはっは!」

ステイル「……ところで、一つ聞いても良いかい?」

マミ「あら、なにかしら?」

ステイル「魔法少女になれない僕が、これから行う魔法少女体験コースに随伴する意味あるのかい?」

さやか「ハーレム状態なんだから素直に喜べってーこのこのぉ!」

ステイル「ちんちくりんは黙ってくれるかな」

マミ「あなただって世界の裏側がどうなっているか知っておきたいでしょう?」 コンノショウワルシンプメ!

マミ「それに素質のある人は魔女に狙われやすいの。先日の魔女を倒すまでは我慢してね」 サヤカチャンウルサイヨ…

ステイル「……別に構わないけどね」

さやか「で、あんたはなにか持ってきた?」

ステイル「僕がそんなキャラに見えるかい?」バサッ

まどか「あれ、何か落としたよステイル君」

52: 2011/07/27(水) 12:41:37.05 ID:A3KqYXYqo

ステイル「へ? あっ待て、それは――」

まどか「……カード? それにこれって」

さやか「五傍星、というか魔方陣の絵……」

ステイル「……う、占いが趣味なんだ」 プイッ

まどか「……エェー」ジトー

さやか「……ウワー」ジトー

マミ(格好良いなぁこのカード。一枚だけこっそり貰っちゃいましょっと)

ステイル「……そんな目で見ないでくれ」

まどか「いひひ……」ジトー

さやか「ぬふふ……」ジトー

マミ「うふふ……」ニヤニヤ

ステイル「……はぁ」

QB「……ねぇ、そろそろ話を進めないかい」38

53: 2011/07/27(水) 12:42:11.39 ID:A3KqYXYqo

――市街地

 ソウルジェムを輝かせるマミの話を聞きつつ、黄昏時の町並みを歩く一行。
 基本的に魔女探しは足頼みらしく、魔女が残した魔力の痕跡を地道に辿るしかないそうだ。
 魔法少女歴云年のマミが言うのだから事実だろうが、それに対してステイルはある種の違和感を抱いていた。

ステイル(ソウルジェムと呼ばれる霊装と、魔力の波動を察知する探知魔術を掛け合わせた探査方法)

ステイル(魔力の源も兼ねるソウルジェムの万能さには驚かされるが……ならば、どうして僕の魔力は引っかからない?)

ステイル(確かに隠してはいるが、それでも……いや、魔女と同系統の宗派による霊装だとすれば……)

 ソウルジェムに目を配らせていたマミが顔をあげたのを見て、ステイルは思考を中断した。耳を傾ける。

マミ「病院とかに取り付かれたら最悪よ。弱っている人から生命力を絞り取って、目も当てられないことになるわ」

さやか「……気をつけないと」ボソッ

まどか「さやかちゃん?」

さやか「ううん、なんでもない……あれ、マミさんこれって!?」

 マミの手元を覗き込んでいたさやかが驚きの声を上げる。
 釣られて覗き見ると、ソウルジェムの輝きが先ほどよりも明らかに増していたのが見て取れた。
 唇をきゅっと結んだマミが、目を細めて呟く。

マミ「かなり大きな魔力の波動よ――魔女が、近いわ」

54: 2011/07/27(水) 12:42:39.33 ID:A3KqYXYqo

――とある廃ビル

マミ「間違いない、ここよ」

ステイル「……学校の設備を整えるより先に、こういった廃墟を何とかした方が良いと思うのだが」

さやか「同感。ていうかいまさらだけどやっぱガラス張り教室はないわー……って、マミさんあれ!」

まどか「お、屋上に人が!」

 二人が悲鳴を上げるより早く、ビルの屋上から女性が飛び降りるより先に、巴マミが走り出した。
 それを見たステイルは、とっさに懐に入れた手を止めてマミの一挙一動を見張った。
 女性の落下地点に移動したマミが黄金に輝くリボンに包まれて変身した。ばっ、と左手を掲げる。
 すると中空にリボンが出現し、飛び降りた女性の体を包み込んで落下の衝撃を消し去り、無事に地に下ろした。

ステイル(良い反応だ。それにあのリボン、応用性が高く何でも出来るようだね)

ステイル(魔術結社の手先とは言え、人助けには余念がないのか。いやしかし……それに比べて、僕はどうだ?)

ステイル(人助けをしないだけならまだマシだ。あまつさえ勘違いして――)

ステイル(――女性を“攻撃”しようとするだなんて)

 自身の間抜けっぷりに自己嫌悪。だがそんなことはおくびにも出さず、まどかたちと同様マミに駆け寄っていく。

マミ「魔女の口付け……魔女がいることの証明ね」

まどか「そ、その人は大丈夫なんですか?」

マミ「今のところはね。さぁ、行くわよ」

55: 2011/07/27(水) 12:43:30.78 ID:A3KqYXYqo

ステイル「(気になるな……)薄気味悪い空間だね。なによりセンスが無い」

さやか「んなこと言ってる場合!? あんたもバット持って戦いなさいよー!」

まどか「さやかちゃん、多分それ振る必要ないよ……」

QB「……思ったよりも余裕があるね、きみたち」

マミ「あら、肝が据わってるのはいいことよ。でも油断しないで……ねっ!」

 狩猟銃……マスケット銃というらしいが、それを手に出現させたマミが軽々と引き金を引く。
 それだけで辺りを飛び回る不気味な使い魔が吹き飛び、進行に邪魔な障害物を破壊していった。
 ステイルは漠然と、だが確かに再確認した。

 巴マミは強い、と。

 いくつもの扉を抜け、階段を駆け下り、通路を渡り、ついに使い魔が集合している扉の前に辿り着いた。

マミ「いよいよ魔女ね……ところでどう? 怖かったかしら?」

さやか「ん、んなわけねーって!」

ステイル「体は正直だね」

さやか「うわ、サイテー。キモイ変態氏ね」

ステイル「おい待てこら! 僕はただ単に声が震えていると言いたいだけだ!」

まどか「ちょっと、怖かったかな……でも、それ以上にマミさんが格好良かったです!」 ヘーンータイ! ヘーンータイ! ヘーンータイ!

マミ「うふふっ、ありがとう。それじゃあ行くわよ!」 エエイ コレダカラ チュウガクセイ ハ!

56: 2011/07/27(水) 12:43:58.51 ID:A3KqYXYqo

――そして、四人と一匹は結界の最深部に侵入を果たす。

 そこにいたのは、顔に当たる部位に薔薇を幾つか有し、かつ不定形で手足の無い体から蝶の羽を生やした化物。
 ナメクジと蝶の合成獣(キメラ)にヘドロをぶっかけたような外見の魔女だ。

さやか「うわ、グロテスク……」

ステイル「さっきから気になっていたけど、妙に薔薇が多いねここ」

まどか「うぇ~……あんなのと戦うんですか?」

マミ「ええ。ここから離れないでね?」

 さやかからバットを受け取ると、マミは自然な動作でそれを地面に突き立てた。数瞬置いて、山吹色の結界が展開される。
 マミは一度だけ振り返って笑みを見せると、そのまま魔女の目前に飛び降りた。

 そこから先の展開も、いつぞやと同じくやはりマミの独壇場と言って良いだろう。
 蔦に変化した使い魔に捕らわれた時はさすがに焦ったが、彼女は予め打っておいた布石を用いて魔女を拘束し返し、

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 4mは超えそうな大砲を作り出して魔女を焼き払って見せた。

ステイル(ティロ・フィナーレ……それが彼女の切り札か。センスはともかく、炎剣と同等の火力はありそうだな)

 炎剣。ステイルが好んで使用する強力な火系統の魔術だ。
 いつぞやと同じように空間が歪み、魔女の結界が解除される。
 どうやら廃ビルの上層の一画のようだ。ガラスの無い窓から、夕日が差している。

57: 2011/07/27(水) 12:44:57.50 ID:A3KqYXYqo

さやか「凄い……カッコいい!」

まどか「うん、凄いよマミさん!」

マミ「あら、褒めても何も出ないわよ? ……それとほら。これがグリーフシード、魔女の卵よ」

ステイル「……黒い宝石かい? ソウルジェムに似ているね。上の飾りは蝶の羽を模しているようだが」

さやか「た、卵ってことは魔女が生まれるんですか? 危ないんですか?」

QB「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つこともある貴重な物なんだ」

マミ「たまにね、魔女が落とすの。ところであたしのソウルジェム、夕べよりちょっと濁ってない?」

 マミが左の手のひらでグリーフシードを転がした。確かに言われてみれば昨日よりも若干輝きが鈍っているような気がする。

まどか「言われてみればそうですね……」

さやか「うんうん」

マミ「でもほらこうすると……」

 左手に持ったグリーフシードをソウルジェムへと近づける。
 するとソウルジェムから黒い何かが浮かび上がり、グリーフシードに吸い込まれていった。
 ソウルジェムは夕べの輝きを取り戻し、魔力の波動を漂わせている。

58: 2011/07/27(水) 12:45:35.79 ID:A3KqYXYqo

マミ「これで消耗した私の魔力も元通り。これが魔女退治の見返りなの……っと!」 ブンッ

 半身を引いたマミが、柱によって出来た暗がりの中へグリーフシードを放り投げた。

マミ「あと一度くらいは使えるはずよ。あなたにあげるわ」

 それは暗がりへと一直線に突き進み、ぱしっ、と軽い音を立てて、姿を現したほむらの手に収まる。

マミ「暁美ほむらさん」

さやか「て、転校生!?」

ステイル(いや、そんなことはどうでもいいんだ。重要じゃない。それより巴マミ、こいつは何がしたいんだ?)

 ステイルにとってしてみれば、暁美ほむらの存在などさして重要ではない。
 敵に対して、自身の生命線とも言えるグリーフシードを投げ渡す。
 この巴マミの行動が指し示す事実は、二つの内のどちらか。

ステイル(実は彼女達が裏で繋がっている可能性と――)

マミ「それとも、他人と分け合うのは不服かしら?」

ほむら「貴女の獲物よ。あなただけの物にすれば良い」 ヒュッ

マミ「……そう。それがあなたの答えね」 パシッ

59: 2011/07/27(水) 12:46:01.61 ID:A3KqYXYqo

――廃ビル前

さやか「くぅーっ、やっぱり感じ悪い奴ぅー!」

まどか「仲良く出来ればいいのにね……」

 緊張から解放されたことで気が緩んだのか、暢気な声で話す二人。
 その声がきっかけかどうかはともかく、時を同じくして先ほど飛び降りた女性が目を覚ました。

女性「ここは、あれ? わ、わたしどうしてこんな……うぅっ!」

 ぼんやりとだが、記憶があるのだろう。
 彼女は取り乱してその目から涙をぼろぼろと零し、嗚咽を漏らした。
 それを支えるように、慈しみを持って背中に手を回し、巴マミは女性を抱きしめる。

マミ「もう大丈夫、大丈夫ですよ。ちょっと、悪い夢を見てただけですから」

 微笑を浮かべ、女性の泣き声に耳を貸し、背中を優しく撫でていく。
 その姿はまるで、迷える子羊を前にして、その所業の一切を許し受け止める修道女。
                インデックス
 記憶に残る、かつての禁書目録の姿にそっくりで――



ステイル(……彼女達が裏で繋がっている可能性、と)


ステイル(魔術だのなんだのは関係なく、結社の争いも何もなく)

60: 2011/07/27(水) 12:46:39.25 ID:A3KqYXYqo





ステイル(――とても優しい心の持ち主である可能性、か。)




.

61: 2011/07/27(水) 12:47:42.20 ID:A3KqYXYqo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ステイル『……』

ローラ「ステイル? おーい、聞き取れてろうかしらー? もしもーし」

ステイル『あ、ああ、すいません。以上が今日の分の報告です』

ローラ「ふむん……つまり、魔法少女と魔女は魔術ではない別の“力”、超能力と同じ類だと?」

ステイル『はい……彼女たちの扱う魔法は、現存する魔術とは似て非なるものであり、魔法少女は……
       これといった野心や野望を持たず、ただ人のために戦い、人を守るための存在かと思われます』

ローラ「……ふふん、ようやく魔術と魔法の違いに気付きたりたのね、ステイル」

ステイル『なっ! まさか最初の言葉は文字通りそういう意味だったのですか!?』

ローラ「当然! けれども百聞は一見に如かずという言葉もありし。だから私の目となり赴いてもらいたりたのよ」

ステイル『……それで、目的は? あちら側の存在に気付いたきっかけは?』

ローラ「それを話すと長くなりけるわね。まずきっかけだけど、とある古代文明の遺跡に残されし文献の一説」


ローラ「≪思慮深き統治者、傍らに白き幻獣を従えし女子を置かん≫」


ローラ「……こんな内容だったかしら?」

ステイル『それが何か?』

ローラ「この文明はね、同時期に存在したいくつかの民族を遥かに抜きん出た知恵と文明を誇っていたりけるのよ」

ステイル『抜きん出た知恵と文明、白き幻獣、女子……まさか!?』

62: 2011/07/27(水) 12:48:10.82 ID:A3KqYXYqo

ローラ「かような文明社会が彼女らの願いによって成り立っているとしたら、なぜ今になってこの文献が見つかったのか?」

ローラ「魔法少女と魔女の永きに渡る戦いの発端は? 白き幻獣の目的は?」

ローラ「それを調べ上げるのがあなたの使命なりけるわね」

ステイル『……』

ローラ「私達の動向にも関わる重要なことなれど……信頼したりけるあなたに託しとう思いてね」

ローラ「任せたるわよ、ステイル」

ステイル『……はっ』 プツッ

ローラ「……任せたるわよ、ステイル」






ローラ「なーんちゃって☆ てへっ☆」 ペロッ

ローラ「ふふふ、問題はそこじゃあなき、そこじゃあなきにあらずなのよなぁーステイル」 チッチッチッ

ローラ「もーんーだーいーはー……自分達に利益があるかないか……それに尽きしよー?」



ローラ「あなたもそう思わない? 孵卵器(インキュベーター)?」

63: 2011/07/27(水) 12:48:42.09 ID:A3KqYXYqo

 そう言って、ローラは暗闇の中に顔を向けた。
 しばらく間をおいた後、暗がりの向こうから“白き幻獣”ことキュウべぇ、あるいは孵卵器(インキュベーター)が、
 諦めたようにこうべを垂れ、長い耳を揺らしながら現れた。

QB「驚いたよ。これほどの素質を持ち、なおかつ完全に闇に紛れていた僕を容易く見つけ出すなんて」

ローラ「ふふ、もっと褒め称えても良いのよ?」

QB「君ほどの素質の持ち主と出会うのは初めてだ。君ならこの星の運命すら捻じ曲げられるかもしれない」

QB「どうやら僕らのことも知っているようだし、改めて説明する必要は無いよね?」

QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

ローラ「うん、それ無理」

QB「え?」

ローラ「だって私、少女と呼べる年齢は遥か昔に過ぎたるもの。ああ、光陰矢が如し……およよよ」

QB「そんなバカな! 君はまだ発育の良過ぎる高校生で通じる程度の年齢じゃないのかい?」

ローラ「私の実年齢は[ピーーー]だけれど?」

64: 2011/07/27(水) 12:49:28.89 ID:A3KqYXYqo

QB「なっ……無茶苦茶だ、その外見で齢[ピーーー]歳だなんて!」

QB「それは因果律そのものに対する反逆だ! はっ……君は本当は神と同等の存在なのかい!?」

ローラ「それはちょーっと前の話につきよ。それに同等じゃなくてそれより上たりたかしら」

QB「え?」

ローラ「なにもなしに。さて、インキュベーター?」

QB「ローラ=スチュアート、で良かったかな。なんだい?」




ローラ「私と契約して、使い魔になろうという気はなきに?」



.

65: 2011/07/27(水) 12:50:37.18 ID:A3KqYXYqo

QB「……まいったなぁ、契約を迫る使い魔の僕が、逆に契約を申し込まれるなんてね。内容によるかな」

ローラ「私が求めるは、如何様な形であれ利益になるもの。あなたたちが欲しいのは私達の情報、違って?」

QB「……なんでもお見通し、ということだね。その通り。僕がここに来た理由は、素質ある君達に関する情報さ」

QB「ここ一週間と少しの間に、地球上に大勢の素質ある人間が現れた。才能を開花させたと言っても良い」

QB「しかし何故今なのか? この事件を“僕ら”の利益に活かすことは可能か? それを調べるために動いていたんだ」

ローラ「それは都合が良きね。さて、そちらが差し出す代価はどうして?」

QB「君達が情報をくれるというのなら、僕らはその代価として……そうだね」




QB「途方もないエネルギーのいくらかを、君に譲渡しよう」



.

66: 2011/07/27(水) 12:52:56.82 ID:A3KqYXYqo

ローラ「ふむん。その量にもよろうはね」

QB「この星の支配者になるくらいは簡単に出来るほどのエネルギーさ。もちろんどう使おうと君の自由だ」

ローラ「ほほーう、それは十分な魅力になりけるわね!」

ローラ「契約は成立よ。よろしく頼みたるわね? インキュベーター」

QB「こちらこそよろしく頼むよ、ローラ」

 膨大な量の金の髪を揺らし、静かに笑いながらローラが手を差し出した。
 それに応えるように、QBも耳毛を伸ばして彼女の手を握り締める。

 ソウルジェムが作られるわけでもなく、願いが叶うわけでもない単なる口約束。単なる言葉上の契約。
 いわば彼らの関係は、ビジネスパートナーのようなものだ。

QB(いやいや、彼女のような人間と出会うのはこれが初めてだよ。それとも、本来人間は皆がこうなのかな?)

QB(僕がこれまで相手してきたのは、二次性長途中の少女ばかりだったからね)

QB(彼女みたいな、利己心にまっすぐ生きてる人間の方が本当は多いのかもしれない)


QB(僕に感情はないけど、それにしたって――面白い生き物だね、人間って)

73: 2011/07/27(水) 15:59:03.54 ID:A3KqYXYqo
出る前に少し質問に答えておこう。はやく杏子ちゃん出したいよ…

>>69
ゲームはともかく、原作には登場してないね
一部の例外や化物を除けばほむほむが頂点

>>72
俺はマミさんが大好きなんだ
あとは察してくれ

83: 2011/07/28(木) 00:38:29.90 ID:A1e8z63Fo

――とあるコンビニ

ステイル(夕食は安上がりなペペロンチーノで済ませようと思ったが、たまには弁当も悪くないな)

ステイル(海苔弁……定番だが、おかずが少し質素かな? だったらこっちのから揚げ弁当の方が満足できそうだ)

ステイル(ただそうすると少し油っぽいな。味も濃すぎてしまう。どうせならおしんこも買うか……ん?)

ステイル(砂肝の炒め物か。砂肝、あれは良い。学園都市で食べた砂肝の味は今でも忘れられないね)

ステイル(よし、砂肝も買うか。こうなってくると汁物も欲しくなってくる。あさり出汁のミソスープ、これだ)

ステイル(……弁当の上に物を置きすぎたな。今度来る時はかごでも使うとしよう)

ステイル「すまないが、会計を頼む」

店員「かしこまりました、とミs……失礼しました」

ステイル「あとそれからをタバコ四箱頼む。12番だ」

店員「こちらですね。全部でお会計2960円でございます、とミs……おほん」

ステイル「3000円で頼む(高くついたな……それにしてもこの顔どこかで見たことがあるような……うーむ)」

ステイル(ん? これは……電子タバコ?)

 彼は電子タバコを手に取り眺め、しかし不必要と判断して元に戻す。
 お釣りを受け取り店を出ようとして、そこでステイルはある事実に気がついた。

ステイル「しまった、コピー用紙の購入を忘れていたよ。参ったな……」

 夕食に気をとられて当初の目的を度忘れしていたのである。

ステイル「とあるこれ以上手持ちは削りたくないし……おや?」

84: 2011/07/28(木) 00:40:10.27 ID:A1e8z63Fo

 何気なくコンビニの入り口に目をやると、そこにはいつものみょうちくりんな格好をした神裂火織の姿があった。

ステイル「神裂じゃないか」

神裂「おや、あなたがこのコンビニにいるとは……そういえばお久しぶりです」

ステイル「馬鹿を言わないでくれ、まだ一週間かそこらだよ。で、どうしたんだい? こんなところで」

神裂「仕事のついでです。と言ってもあなたの抱えている複雑な事情とは別件ですが」

ステイル「ふぅん……まぁいい、お金貸してくれるかい?」

神裂「へ?」

ステイル「お金。コピー用紙を買いたくてね。」

神裂「経費で落ちると思いますが」

ステイル「英国民の努力の結晶である血税をこんなことに使えるわけがないだろう……」 ガーッ

神裂「その血税からあなたのタバコ代も出ているわけで……というか、質の低いコピー用紙でいいのですか?」

ステイル「女狐(ローラ)からの指示なんだよ。ほら、さっさとお金」

神裂「……まぁいいでしょう、どうぞ」 イラッシャセイー、ト ミサkゲフンゲフン!!

ステイル「ありがとう。さてコピー用紙と……おや?」

さやか「おー、ステイルじゃーん!」

まどか「こんにちはー」

ステイル「……美樹さやかに鹿目まどか」

85: 2011/07/28(木) 00:40:36.20 ID:A1e8z63Fo

さやか「ははっ、神父服とコンビニって似合わねー」

ステイル「余計なお世話だ……君らは?」

まどか「わたしはお散歩。さやかちゃんはお見舞いに行く途中で、たまたま会っちゃって」

さやか「そゆこと。ところでアンタさっき誰と喋ってたの?」

ステイル「知り合いだよ。神裂火織といって――って、あれ?」

 それとなくタバコを懐に隠しながら神裂の居る方を振り向くが、誰もいない。
 どうやらさやか達が来る前にもう一方の出入り口から出て行った後のようだ。

ステイル「どうやら行ってしまったようだね……(接触を恐れているのか? きな臭いな)」

まどか「そっか、足速いんだね」

ステイル「ところで君は誰を見舞うつもりだったんだい?」

さやか「え? あ、いやそれはあの!」

まどか「ふふ、さやかちゃんには上条君っていうバイオリンの得意な幼馴染がいるんだけど、その子が怪我しちゃってて」

ステイル「……上条だって!?」

 思わず我が耳を疑った。
 あの単位ギリギリ成績ギリギリ受験生の名をここで聞くことになるなど、露にも思っていなかったからである。

86: 2011/07/28(木) 00:41:44.27 ID:A1e8z63Fo

まどか「うん、上条恭介君っていうの。知ってる?」

 恭介。下の名前は似ても似つかない。
 自身の勘違いを恥じながらステイルは首を横に振った。

ステイル「……いや、人違いだったようだ。怪我といったが、もしやこの前の質問の訳はそれかい?」

さやか「へ? 質問?」

まどか「ステイル君が転校してきた時にちょっと、ね」

さやか「ふーん」

ステイル「で、どうなんだい」

さやか「ん? ああ、事故で左手怪我しちゃってね。まだ治らないみたいでさ、一応CD持ってってあげてるんだけど……」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「魔法とか使えたらさー、ちちんぷい! って感じなんだけどねー。あはは」

ステイル「……残念ながら、僕は無力だ。奇跡を起こすことも、魔法を使うことも出来ない……だが」

ステイル「天にます我らの父に、君の幼馴染がいち早く回復することを祈るくらいは出来る。祈らせてくれ」

さやか「……ぷっ」

さやか「あははっ、ホントに神父見習いさんって感じじゃんー! 心配してくれてんの?」

ステイル「……一応ね」

さやか「あたしはほら、宗教とか父とか主とか、良く分かんないけどさ。気持ちだけは受け取っとくよ。ありがとね!」

まどか「ふふっ」

店員(いつまで扉の前で青春やってんだよ腐れ中学生が……とミサカは内心で悪態を吐きます)

87: 2011/07/28(木) 00:43:46.60 ID:A1e8z63Fo

――一方その頃、見滝原市のちょうど隣に位置する街に。
 夕方特有の空気には不釣合いな、緊張の糸を張り巡らせた集団がとあるビルの屋上に屯していた。
 イギリス清教の下部組織に値する形で活動している天草式十字凄教の面々だ。
 彼らは“とある少女”を観察すべく、そこに集結していた。

 元教皇代理である建宮斎字を中心にして、
 女性の五和と対馬、大男の牛深と小柄な少年の香焼がその脇を固めている……と言えば聞こえはいいが。
 柵から顔をちょこんと出した建宮以外は全員地面に伏せる形で横になっていた。

建宮「目標が結界の中に姿を暗ましてから十五分ねぇ。さすがの俺も焦ってきたのよな」

五和「あの、建宮さん、もしかして彼女はやられてしまったのでは……」

建宮「さて、な。実力だけなら俺達でも敵わないぐらいには逞しいはずだが……傷でも負われちゃ俺の立場が危ういのよな」

五和「そもそも、あの女の子が聖人並に強いなんて信じられませんよ」

 そう言って、策の上から身を乗り出して五和が遥か彼方に目を向ける。

五和「やっぱり助けに行ったほふぎゃひぃぃっ!?」

 直後、間の抜けた短い悲鳴が屋上に響き渡った。
 建宮に無理やり頭を押さえつけられた五和が舌を噛んだのだ。
 涙を目に浮かべながら反論しようと建宮を見上げて、五和は息を呑んだ
 何事かと釣られて建宮の顔を覗き見た香焼も、思わずぎょっとして呟いた。

香焼「きょ、教皇代理……?」

 建宮の表情が、いつぞやアックアに返り討ちに遭った時と同様、いや下手をすればその時よりも険しくなっていたからだ。
 眉間に深い皺を刻みながら、建宮は五和を睨みつけた。

五和「た、建宮……さん?」

建宮「相手は聖人クラス、氏にたくなければ絶対に気を抜くな……さて、これは誰が言った言葉なのよ?」

五和「うぅっ……」

建宮「誰が言ったか忘れたなんて言わせねーのよな、五和」

五和「ぷ、女教皇様です……」

建宮「分かりゃあ良いのよ、分かりゃあな。さて……」

88: 2011/07/28(木) 00:46:44.43 ID:A1e8z63Fo

 しょんぼりと肩を落とす五和を無視して、険しい表情のまま建宮は手に持った双眼鏡を覗き込んだ。
 先ほどと変わらず、依然として人気の無い路地裏が写るだけだ。

 そのまましばらく双眼鏡を構えたままでいると、不意に後ろから声がかかった。

神裂「彼女ならば心配は要りませんよ」

 建宮達の背後に、どうどうと神裂が立っていたのだ。
 その堂々たる佇まいからは想像できないほど、まったく気配が感じられない。決して地味とかそう言うわけではないはずだが。

五和「女教皇様! いつの間に?」

神裂「たった今です。巴マミという魔法少女もなかなか手強かったので、あちらの観察は一時中断です
.     それより私が不在の間、ありがとうございました。みんなは休んでください。特に建宮、あなたです」

建宮「休めと言われても、遠くから時々双眼鏡でちらちら覗いていただけだし特に疲れていませんのよ」

神裂「彼女相手に気付かれないよう監視を行うのは神経が要るでしょう? とにかく下がってください」

 そうまで言われては、建宮も引き下がるしかなかった。
 実際、下手に彼女に視線を送れば一瞬で感づき、魔術を使おうものならすぐさま飛び込んできかねないほどの相手だ。
 相手を見つつ、相手を見ない。そんな訳の分からない馬鹿げたレベルなのである。
 それこそ針の穴に通した糸で絵を描くよりも集中力と根気が要る作業だ。

 短時間とは言え建宮たちの体力は確かに監視行為によって奪われていた。神裂の推理は間違いではない。

 では建宮達にそうまでさせる相手が誰なのかと言うと――

89: 2011/07/28(木) 00:47:16.95 ID:A1e8z63Fo

神裂「おや、出てきましたね」

 双眼鏡も何も持たない神裂が、700m先の路地裏から出てきた赤い髪の少女――佐倉杏子を見て呟いた。

神裂(……使い魔自体は見逃す、と。話に聞く巴マミに比べて現実主義者なのですね)

五和「女教皇様?」

神裂「立ち振る舞いを観察するに、私達を燻り出すために隠れていたのかもしれません」

建宮「んん? それは、つまりばればれだったと?」

神裂「いえ、そうとはまだ――」

五和「メイド服持ってきてどっちが良いかなんて選ばせるからこういうことになるんですよ!
.     騒ぎすぎて自分の株を下げかねないかも……って焦って急にシリアスぶって真面目な態度取ったって遅いんです!!」

建宮「いやいやいやいや! メイド服の時は五和も結構乗り気だったのよな!? そうだろ香焼!?」

香焼「言っときますけど今回は関係ないすからね。元教皇代理、素直に諦めた方が良いすよ」

対馬「ってか、そろそろ根性叩き直すべきよね……」

牛深「(何も言えん……)」

建宮「香焼ぃ! ぷ、女教皇様! 此度の失態は最新作の堕天使ゴス工口メイドでどうか手を!」

神裂「――おほん、安心してください、まだ気付かれてはいません……とはいえ。
.     とりあえずあなたは、そろそろ本格的に痛い目を見るべきだと思うのですがどうでしょう?」

90: 2011/07/28(木) 00:48:00.62 ID:A1e8z63Fo

 腰に携えた2mの日本刀、七天七刀の鞘で建宮の頭をぶっ叩きながら、
 そうやっておちゃらけることが彼なりの仲間に対するフォローなのだと考え、神裂は頬を緩めた。
 自分がいなくても、彼らはやっていける。
 一年前、『後方のアックア』と対峙した時のように、再び一丸となって戦いに挑む日はもう来ないのかもしれない。

神裂(なるほど……これが巣立ちというものですか)

 微かに寂しさを感じつつも、しかし彼女は同時にそれを嬉しく思っていた。

91: 2011/07/28(木) 00:48:50.29 ID:A1e8z63Fo

――700m離れたビルでそんなやり取りが行われているとは知らず、佐倉杏子は苛立たしげに土を蹴った。

杏子(魔女は出ねーし、ストーカーおびき出そうとしてわざわざ使い魔の結界の中に隠れても尻尾出さねーし)

杏子「だああぁッもう! ムカムカすんなぁー!」

 実際のところ、そのストーカー――つまり建宮たち――だが。
 神裂が来るのが遅ければ、緊張と疲労によって不自然さが出ていた建宮たちの監視を、
 経験豊富な杏子が視線を辿って位置を特定することは容易かったであろう。

 別に建宮達が弱いからとか、未熟だったりするからとかではない。
 前途の通り、杏子が強過ぎるのだ。

杏子(一般ピーポーにアタシに気付かれないように見張るなんて芸当が出来るはずがない)

杏子(だとしたら残るは魔女か魔法少女。魔女にんな知恵はねーから……)

杏子「やっぱ魔法少女か! 力がねーからってちんたらしやがって!」

杏子「見つけたらゼッテーにぶっ倒してやっかんな!」

 残念なことに、神裂火織――彼女はもはや、少女と呼べる若さではないのだが。

 それは神裂の顔はおろか声すら知らぬ杏子には到底知り得ないことだった。

92: 2011/07/28(木) 00:49:19.20 ID:A1e8z63Fo

――夕方の病室

さやか(……よし、行くぞ!)

さやか「やっほー、恭介!」

恭介「ん……やぁ! また来てくれたのかい?」

さやか「う、うん。あ、それから……はいこれ」ササッ

恭介「これは……わぁ!」

さやか「ど、どうかな?」

恭介「いつも本当にありがとう。さやかはレアなCDを見つける天才だね」ニコッ

さやか「あ、あははっ、そんなぁ運が良いだけだよ、きっと」

 嬉々と話す上条恭介の顔を見て、しかしさやかの心は晴れないままでいた。
 幼い頃からいつも一緒にいたのだ。彼の笑顔が偽りでないことは百も承知している。
 しているが……
 だからこそ、包帯が巻かれた左手がさやかの目には痛々しく映ってしまう。

 恭介と肩を寄せ合ってCDを聴きながら、なんとはなしに恭介の顔を覗き見た。
 そして彼女は気付いた。彼の頬を流れる雫に。
 頭の中を、キュウべぇの言葉が過ぎる。

 魂を捧げるに足る願いが、それに至る祈りが、彼女の中に生まれつつあった。

93: 2011/07/28(木) 00:50:30.59 ID:A1e8z63Fo

――舞台は猫の目のようにころころと移り、どこぞのアパートに。

ステイル「ご馳走様……いやはや、日本のコンビニは馬鹿に出来ないね……」

 窓から身を乗り出して夜風に当たっていたステイルは、懐からタバコとライターを取り出した。
 口に咥えて風から守るように片手で覆いこみ、火を点けようとライターを近づけて――



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ほむら『それからタバコはやめなさい。臭いが染み付くわ』

ほむら『それでも。限りある命、尊い人生を長く生きたいのならやめるべきね』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 ふと頭の中に浮かんできた暁美ほむらの言葉のせいで、動きを止めた。

ステイル(……くだらない。ニコチンとタールの無い世界は、地獄に等しいというのにね)

ステイル「食後の余韻が台無しだよ、まったく。どう責任をとってもらおうかな……っと?」

 タバコに火を点し終える寸前、ステイルは面を上げて窓を見た。
 探知網……大量のコピー用紙にルーンを刻んだ物で構成された魔法陣に、魔力が引っかかったのを感じ取ったのだ。

ステイル「魔女か使い魔か。どちらにしても出番のようだね」

 プッ、とタバコを吐き捨てると、神父服の端をはためかせてステイルが窓から飛び降りた。

94: 2011/07/28(木) 00:51:06.57 ID:A1e8z63Fo

――結論から言ってしまおう。ステイルの働きは徒労に終わってしまった。

 同じ時間帯に行われていた魔法少女体験コースの道中に、件の使い魔が駆除されたからだ。

マミ「嫌な予感がして、わざわざ? 確かに虫の知らせとはよく言うけど……素質が影響しているのかしら?」

QB「うーん、どうだろうね。そういった事例が無いってわけじゃないんだけど」

ステイル「昔から勘の良い子と呼ばれていたからね(大嘘)」

マミ「そういうこともあるのかしら……ところで二人とも、なにか願い事は決まった?」

まどか・さやか「うーん……」

マミ「まぁそういうものよねぇ。いざ考えろって言われたら」 フフッ

まどか「マミさんは、どんな願い事したんですか? あ、どうしても聞きたいってわけじゃなくて!」

マミ「……私の場合は――」

95: 2011/07/28(木) 00:51:46.84 ID:A1e8z63Fo



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――何かが焦げる臭い。
 鳴り止まない耳鳴り。
 微かに聞こえる呼吸音。
 激しい頭痛。

 こちらを見下ろすキュゥベェの姿。

 幼いマミが、搾り出すようにして紡いだのは。

『たすけて』

 たった四文字の言葉。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


              .

96: 2011/07/28(木) 00:52:21.04 ID:A1e8z63Fo

マミ「――考える余裕さえ、無かっただけ。後悔してるわけじゃないのよ。あそこで氏んじゃうよりは良かったと思ってる」

マミ「キュゥべぇと一緒にいられるし……ただ選択の余地がある子には、私と同じ思いをして欲しくないの」

 ステイルは、私に出来なかったことだから、と話す彼女の相貌を注意深く観察した。
 後悔の色は見えない。あるのは、ただ純粋に人を思いやることが出来る者特有の優しさだった。

ステイル(やれやれ……勝てないな、これは)

さやか「あの、マミさん。願い事って、自分以外の誰か……あたしよりも辛い目に遭ってる人に使っちゃ駄目なんですか?」

まどか(さやかちゃん……やっぱり、上条君のこと……)

QB「別に契約者自身に限るわけじゃないよ。前例もないことはないし」

マミ「でもあまり感心出来た話じゃないわ。他人の願いを叶えるなら、なおのこと望みを具体的にしておかないと」

マミ「その人を救いたいのか、その人を救った恩人になりたいのか……同じようでも全然違うし、それに」

 そこでマミは、さやかの表情が強張っていることに気がついたのか口を噤んだ。

さやか「その言い方は……ちょっと酷いと思う」

マミ「ごめんね。でも今の内に言っておきたくて。そこを履き違えたまま先へ進むと、あなたはきっと後悔するから」

さやか「……そーだね、あたしの考えが甘かった。ごめん」

97: 2011/07/28(木) 00:53:15.88 ID:A1e8z63Fo

 その後、家の方向の違いからステイルはマミに同行する形でまどか達と別れた。
 先ほどから沈黙を保ったままのマミに、自分が贈れる言葉を模索してみるが思い浮かばない。
 そのまま1,2分ほど歩いていると、ふとマミは短いため息を吐いてから微笑を浮かべた。

マミ「ごめんなさい、なんだか空気重たくしちゃって」

ステイル「謝る事はないさ。むしろ僕としてはこれくらい静かな方が心安らぐよ、冗談抜きでね」

マミ「ふふっ」

 年相応とまではいかなくとも、それなりに無邪気な笑顔を浮かべる彼女を見て肩をすくめる。

マミ「……さっき美樹さんに言いかけたこと、代わりに聞いてもらえるかしら?」

ステイル「万が一魔女との戦いで氏に瀕したとき、救った相手を恨まない自信はあるのか……かい?」

マミ「あら……乙女の言葉を先取りしちゃうだなんて、あんまり感心できないわよ?」 クスッ

ステイル「それは失礼。だが彼女だって最低限のことくらいは分かっているはずだよ
       誰かの幸せを祈ったからって、誰かを恨むほど落ちぶれちゃいないさ……付き合いは短いけどね」

マミ「そうかしら?」

ステイル「ああ、そこだけは保証するよ。女王陛下に誓ってもいいさ」

マミ「そう。それじゃあ信用せざるをえないわね」

 未来の後輩候補だもんね、と彼女は笑った。

98: 2011/07/28(木) 00:56:05.82 ID:A1e8z63Fo

マミ「それにしても」

ステイル「なんだい?」

マミ「ふふっ、意外と優しいのね」

ステイル「……からかわないでもらえるかな」

マミ「あら、本当のことを言っただけなんだけどなー」 クスクス

ステイル「はぁ……まったく」

マミ「ふふっ、もうこの辺りで大丈夫よ。おやすみなさい、ステイル君」

ステイル「ああ、おやすみ。巴マミ」

 いずれにせよ――と、彼女に手を振りながらステイルは思う。

 彼女は自分とは正反対な人間だ。

 大事な人を想い、その結果自分が傷つくことを恐れ、
 その大事な人と敵対する選択肢を選んだおろかな自分とは。

 それは彼がその身を犠牲にする覚悟の上で求め、そして手にした能力とはかけ離れた代物だが。
 同時に、彼が何に代えてでも守り通そうとした代物でもあった。

 つまるところ、巴マミは他者に甘く、そしてそれ以上に他者に優しい。

99: 2011/07/28(木) 00:56:31.61 ID:A1e8z63Fo










 その優しさが原因で、砕けてしまうとも知れずに――









          .

100: 2011/07/28(木) 00:58:11.62 ID:A1e8z63Fo

 マミを部屋に送り届けたステイルは、一服すべく立ち寄った公園の街灯に背を預けた。
 止まることを知らない噴水を眺めながら、火の点いていないタバコを手元で弄っていると。

ほむら「……ステイル=マグヌス」

 それこそ錯覚かと勘違いしてしまうほど唐突に、視界に映る噴水の向こう側に暁美ほむらが現れた。
 水飛沫が街灯の光に反射して輝いているため、首から上が見える程度だが。

ステイル「これはこれは。僕はファンタジーには疎いんだけど、今のも魔法によるものなのかい?」

ほむら「答える義務は無いわ。それより」

ステイル「それより?」

ほむら「あなたがなんであれ、私には関係のないことだけれど……まどかには関わらないで」

ステイル「なぜだい?」

ほむら「……あなたがなんであるのか、私には分からないからよ」

ステイル「……君は人を疑いすぎだと思うけどね」

ステイル(その心は警戒と恐怖、それに僅かな勇気……未知との遭遇というやつか。まいったな、立場はほとんど同じじゃないか)

ステイル(魔法少女が全員巴マミのようであるとは限らない……キュゥべぇの狙いも分からない……ふむ)

ほむら「あなたと私は、同じ立場のはずよ」

 とどめとばかりにほむらの言葉がステイルの胸に突き刺さった。

ステイル「……確かに。疑われるのは嫌いだし、疑うのも好きじゃない。それじゃあ手の内を明かそうか」

101: 2011/07/28(木) 00:59:51.62 ID:A1e8z63Fo

ステイル「僕は魔女狩りの王と契約した魔法使いなんだ」

ほむら「は?」

ステイル「ちなみに契約の際の願いは『最強にしてくれ』だよ」

ほむら「……」

ステイル「そのおかげで強くなったけど体力が減ってね、不便な体になってしまったものだよ」

ほむら「……」

ステイル「……」

ほむら「冗談はやめて」

ステイル「残念」

ステイル(願い云々以外は事実なんだけどね……しかしこうも動じてくれないと若干心が痛くなるな)

ほむら「……今日のは警告。とにかく、まどかに関わらないで」

ステイル「そこまで言われてしまうと僕も考えないわけにはいかなくなるな」

ほむら「本当に?」

ステイル「もちろん嘘だよ。まさか本気で信じたのかい? 失礼だが君はもう少し人を疑うことを覚えた方が良いと思うね」

ほむら「……」

ステイル「真面目な話、転校してから日が浅いし友達が少ないんだよ「。魔法とかには興味ないけど、彼女たちとは友人関係でいたいんだ」

ほむら「……好きにしなさい」

 現れた時と同じように、唐突に暁美ほむらの姿が消えた。足音はおろか風切り音すらしない。

ステイル(幻惑か空間転移か? 魔力を使用した形跡は見られるのに、どう作用したのか分からず仕舞いとはね)

ステイル「これはちょっと……いや、かなり手強いかな?」

 自嘲気味に笑って、ステイルはタバコを握りつぶした。
 姿勢を正して軽く伸びをすると、狭苦しいアパートに戻るためゆっくりと歩み出す。

102: 2011/07/28(木) 01:06:01.41 ID:A1e8z63Fo
ごめん、明日は朝早いから今日はここまで
書き溜めはあるんだけど次で区切りも良いしね……
しっかしVIP用にキャラの解説も兼ねてころころ舞台移したせいで話が進まねぇ

次の投下はおそらく昼過ぎかと

113: 2011/07/28(木) 18:13:02.31 ID:A1e8z63Fo
昼頃の予定がどうしてこうなった。準備が終わったら投下する

>>111
その辺りは次回の投下で大体判明するかな
次回は恐らく今日の深夜

>>112
16巻の聖人並の戦闘力は天草式フルメンバーだったので、実際はもっと低いと睨んでる
あとは戦力の平衡を保つためでどうか手打ちを。

114: 2011/07/28(木) 18:15:20.73 ID:A1e8z63Fo

――次の日、見滝原市大病院

ステイル「――いやぁ、本当にすまないね。無駄話に付き合ってもらって」

恭介「いえ、お気になさらずに。僕もあなたの話が聞けて楽しかったですよ。思わず他の方の面会断っちゃいました」ハハッ

ステイル「古い友人を訪ねてみれば既に退院した後だったとはね(嘘) いやはや、これも主が僕に与えし試練なのかな?」

恭介「あはは、面白いこと言いますね神父さん。こんなに笑ったの久しぶりですよ」

ステイル「そうかい? 僕はただ、主のお導きのまま動いているに過ぎないんだけどね」

恭介「それでも、ですよ。本当にありがとうございました。おかげで気が晴れました」

ステイル「ユーアーウェルカム、キョースケ。僕も話相手になってくれた礼をしたいところだが……」 ゴソゴソ

ステイル「手品用のカードしかないんだな、コレが」 パラパラ

恭介「ははは、神父さんっていうより魔術師さんですね!」 エェー、アエナインデスカー?

ステイル「えっ、あ、ああ、いやーハハ……そうだ」 ヨウジガ アル ミタイナノ、マタキテクレル?

恭介「どうかなさいましたか?」 ウーン…ショーガナイナー マタキマース

ステイル「左手に触れてもいいかな? 気休めにもならないだろうが、せめて怪我が早く治ることを主に祈りたくてね」

恭介「えっ?」

恭介「……そうですね。あなたみたいな良い人が祈って下さったら、治りが早くなるかもしれません」

ステイル「嬉しいこと言ってくれるね」

恭介「あはは……はい、どうぞ」

ステイル「サンキュー……天に思し召す、我らが父よ……」ブツブツ

恭介(宗教家って危ない人ばかりだと思ってたけど、案外違うのかもしれないなぁ)

115: 2011/07/28(木) 18:15:56.50 ID:A1e8z63Fo

ステイル「……君に神のご加護があらんことを……っと。こんなところかな? 何から何まで申し訳ないね、まったく」

恭介「とんでもない、助かってるのは僕の方ですよ! 今日は本当にありがとうございました」

ステイル「それじゃあ時間なので失礼するよ。また機会があったら話し相手になっておくれ、キョースケ」

恭介「僕でよろしければぜひ!」

ステイル「ふっ……」



ステイル「……」

116: 2011/07/28(木) 18:17:18.45 ID:A1e8z63Fo

――病院の廊下

ステイル「……やってしまった」 ズーン

 上条恭介の“触診”を終えたステイルは、待合室のベンチに座って盛大にため息を吐いた。
 そもそもにして他人と馴れ合うことを良しとしない彼の性格上、愛想の良い神父を装うのはとても苦労がいるのだ。

                                        ネ セ サ リ ウ ス
ステイル(その動機が、“見ていられなかったから”だなんて……必要悪の教会の魔術師失格だな……)

ステイル(一人救った程度でどうなると言うんだ……いや、そもそも僕じゃ彼を救えないというのに……)

 ステイルには高度な回復魔術が使えない。
 使うためには知識を持った者か、相応の霊装がなければならないのだ。

 それを抜きにしても、上条恭介では魔術に対する“宗教防壁”が無さすぎた。
 魔術とは毒であり、それを扱うためにはそれ相応の知識や鍛錬を積まねばならない。
 行使するのがステイル側であったとしても、それを上条恭介が見聞きすれば多少なりとも悪影響を及ぼしてしまう。
 もし彼の腕を完治させるほどの魔術を使えば、彼を“こちら側”の世界に巻き込みかねないのだ

ステイル「やれやれ、だ――っ!?」

 自己嫌悪に苛まれる彼は、しかし我に返って周囲をうかがった。

 黒い波が病院全体を覆ったようなそんな錯覚を覚えたからだ。

ステイル(この嫌な感じは……)



ステイル(魔女か!)

117: 2011/07/28(木) 18:18:01.78 ID:A1e8z63Fo

――一方その頃、結界内

まどか「……いきましたよ、マミさん」

 ちっちゃな使い魔がとことこ歩いていくのを見送ったわたしは、小声でマミさんに話しかけた。

マミ「みたいね。でも美樹さんとキュゥべぇがグリーフシードを見張ってるとはいえ、あまり時間は掛けられないし……」

まどか「わたしなら大丈夫です、体力は、あんまり無いけど……マミさんに合わせて走ります!」

 ホントはちょっと不安。
 だけどさやかちゃんやキュゥべぇのことを考えたらゆっくりしてられない。
 それにわたしは、二人にすぐにマミさんを連れてくるって約束しちゃったから。
 あと、さっきマミさんに縛られちゃったほむらちゃんもあのままじゃ可哀想だし。

 そんなわたしの様子を見て、マミさんはおかしいような悲しいような表情を浮かべてる。

マミ「うーん、そういうことじゃないんだけど……まぁいいわよね」

 そう言って、マミさんが可愛らしい笑顔を浮かべた。
 その笑顔を見て、わたしは胸に秘めていた思いを打ち明ける決心をした。

 とっても緊張するし、今だって怖いけど、それでもやっぱり。

 はやく打ち明けたいなって。

 マミさんの顔を見ると、そう思ってしまうのでした。

まどか「あの……マミさん」

マミ「なぁに?」

まどか「願い事、わたしなりに考えてみたんですけど――」

118: 2011/07/28(木) 18:19:03.65 ID:A1e8z63Fo

 わたし、昔から得意なこととか、大好きなこととか、そういうのあんまりなくて。
 誰かのために、なにかをしてあげられたりするわけでもないし。
 やりたいことだって特にないし。

 ステイル君みたいに大きくないし、神様のことも良く分からない。

 さやかちゃんみたいに逞しくないし。仁美ちゃんみたいにお稽古励めないし。

 だからって、ママみたいに頑張ることが好き! だなんて気持ちもあんまりない。

 だけど。

 マミさんみたいに。

 誰かのために戦って。
 誰かのために優しく出来る人になれるのなら。

 もしもそんなふうになれるんだったら。

 魔法少女になることで、私の願いは叶っちゃうんです。

 怖くても、傷ついても、色んなことが出来なくなっても。
 わたしはマミさんに憧れてるから。マミさんみたいになりたいから。

 ひとりぼっち……? そんなことない。そんなの間違ってます。
 だってわたしは、マミさんと一緒にいるんだから。
 わたしが、一緒にいるんだから。

 マミさんは一人ぼっちなんかじゃない。

 そうですよね、マミさん!

119: 2011/07/28(木) 18:19:35.83 ID:A1e8z63Fo

 まどかの告白を聞き終えて、自然と頬を伝う涙を拭いながら、マミは微笑を浮かべた。

マミ「ありがとう、鹿目さん。まいったなぁ、まだまだ先輩ぶってないといけないのになぁ」

まどか「マミさん……」

マミ「でもせっかくなんだし、願い事はちゃんと考えないと」

まどか「うぇ、やっぱ駄目ですか?」

マミ「もちろん! そうだ、じゃあキュゥべぇに大きなケーキとご馳走を出してもらいましょ!」

まどか「ケ、ケーキ? わたし、ケーキで魔法少女になっちゃうんですか!?」

マミ「嫌ならちゃんと考えること、ね?」フフ

――マミ!

 そんな和やかな雰囲気を切り裂くように、二人の頭の中にキュゥべぇの声が響き渡る。

QB『グリーフシードが動き始めた! 孵化が始まる、急いで!』

マミ「オッケー、分かったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」

まどか「えぇっ、そんな!?」

 言うや否やSGが光り輝き始め、彼女はあっという間に魔法少女の装束を身に纏った。
 魔力の臭いに反応した使い魔たちがその身を震わせて威嚇し始める。
 だがマミは気にも留めずにその真っ只中に飛び降りた。

マミ「もう挫けない……だって私……!」

 足元にマスケット銃を召喚させたマミが、その一本を引き抜き、トリガーを引き絞る。
 それが合図となり、使い魔とマミの戦いが始まった。

120: 2011/07/28(木) 18:20:17.06 ID:A1e8z63Fo

 飛びかかろうとする使い魔を迎撃し、マスケット銃を懐に潜り込んだ使い魔めがけてフルスイングする。
 使い魔がばらばらになって消滅するのを見届けるより先に新たな銃を拾い上げ、別の使い魔を叩き潰す。

マミ(体が軽い……)

 反動を利用して体を反転、真後ろに潜む使い魔に照準。発砲。撃破。
 ステップを踏んで再び向きを変え、空の銃を群れに向かって勢いよく投げつけるのと同時に足元の銃を蹴り上げる。

マミ(こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて……)

 次の瞬間には蹴り上げた銃を使って真上の使い魔を迎撃。
 空いた左手に銃を握って右方の使い魔も吹き飛ばしつつ、三度方向転換。
 同じように銃を叩きつけ、使い魔を吹き飛ばして見せた。

マミ(もう何も怖くない……!)

 体中からマスケット銃を召喚し、嵐の如き弾幕を展開して周囲にいる使い魔を一掃する。
 さらにマスケット銃を召喚。照準。発砲。
 打撃を混ぜ、フェイントを織り込み、リボンで拘束しては吹き飛ばす。

 瞬く間に使い魔を全滅させた彼女は、誇らしげに胸を張った。

マミ「私、ひとりぼっちじゃないもの!」

121: 2011/07/28(木) 18:20:52.24 ID:A1e8z63Fo

――結界に飛び込んだステイルが目にしたものは、見るだけで胸焼けがしそうなほどのお菓子の山と。

ステイル「お菓子の結界とでもいうのか? まったく不思議な存在だよ、魔女は……で?」

ステイル「君は何をしているんだい、暁美ほむら」

 鎖の模様が付いたリボンに締め上げられているほむらの姿だった。

ほむら「……巴マミにやられたわ」

ステイル「……あれだけ大口を叩いておきながらあっさりと捕まるとは。ずいぶんと迂闊で残念だね」

ほむら「まさかまどかの目の前で拘束されるとは思わなかったのよ」

ステイル「彼女からすれば、君はキュゥべぇを傷つける悪者で敵対関係にある存在。命があるだけマシじゃないのかい?」

ほむら「それは……」

 言い淀み、なにかを忘れる――あるいは振り払うように、ほむらはかぶりを振った。

ほむら「とにかくこの拘束を解いて。
...    巴マミが自分の意思で解くか魔力が滞らない限り解けない仕組みのようだけど、
...    単身で結界に入って来れるあなたなら出来るはずよ」

ステイル「よしてくれ、僕は巻き込まれたんだよ。特別な能力なんて身に備えちゃいないさ」

ほむら「……」

 堂々と言ったにも関わらず、暁美ほむらの顔色はまったく変わらないままだ。
 その眼差しからは疑惑の色が色褪せることなくことなく残っている。

ステイル「疑いすぎだよ。失礼だが君はもう少し人を信じ」

ほむら「この前とは逆のこと言ってるじゃない!」

ステイル「なんだ、覚えていたのかい。つまらないな」

ほむら「この……!」

122: 2011/07/28(木) 18:21:22.86 ID:A1e8z63Fo

 ステイルを殴ろうとしているのか、ほむらは必氏に右手――というか右肩を彼に近づけようとした。
 しかし拘束は緩まるところを知らず、結局彼女は疲れ果てて脱出することを諦めてしまう。

ほむら「……本当に?」

ステイル「ん?」

ほむら「本当に、なんの力も持っていないの?」

 搾り出されるようにして、ほむらの口元から弱弱しい言葉が漏れた。
 完全にその身を拘束されてしまっている以上、彼女には言葉を紡ぐことくらいしか出来ないのだ。

 懐にあるルーンのカードの枚数を数えていたステイルは、顔を向けることなく返事をする。

ステイル「本当だよ。とりあえずお守りだけでも預けておくから、もう少し拘束されたままでいてくれるかい?」

ほむら「なっ……」

 そう言ってほむらの懐にルーンのカードを忍ばせると、ステイルは結界の奥を目指して歩き始めた。

ステイル「それに、言ったってどうせ信じやしないさ」

ほむら「なっ……待ちなさい、今の言葉はどういう……聞いているの!?」

 背後から聞こえるほむらの声を無視して、歩みを早める。
 巴マミほどの実力者ならば余計な手助けは無用だろうが、万が一が無いわけでもない。

ステイル(しかし――)

 嫌な予感がする。理由があるわけではないが、良くないことが起こる、そんな予感。
 この奇妙な感覚を、自分は過去に経験したことがある。

 いつだったか。“あの子”が頭痛を訴えた時だ。
 知らなかった。知らされていなかった。彼女の頭の都合なんて、まったく聞き及んでいなかった。
 それが最大主教の差し金であることすら、当時の彼は知らなかった。それほどまでに彼は無知で、無力だった。

 だから、と。拳を強く握って、彼は先を急いだ。

ステイル(あんな胸糞悪い事は、もう二度とごめんだからね――!)

123: 2011/07/28(木) 18:21:48.66 ID:A1e8z63Fo

 一方その頃、マミとまどかは結界の最深部……キュゥべぇとさやか、そして魔女のいる空間までやって来ていた。

さやか「はぁ~間に合った~! おそいよーマミさん!」

マミ「あはは、ごめんなさい。それで魔女は?」

QB「気をつけて、出てくるよ!」

 辺りの空間が歪むや否や、黒い風呂敷を背負ったキャンディー頭の可愛らしい魔女が大きな椅子に降り立った。
 すぐさまマミが椅子の足をマスケット銃でへし折り、可愛らしい体が宙に投げ出される。

マミ「せっかくのとこ悪いけど……」

 再度マスケット銃をフルスイング。魔女の体が壁にぶち当たる。

マミ「一気に決めさせて……もらうわよ!」

 さらに追い討ちをかけるように中空にマスケット銃を召喚、一斉掃射。
 銃弾を体に食らった魔女が力なく地面に倒れ込んだ。
 魔力によって強化された脚力を活かして近づき、頭にマスケット銃を突きつけて発砲。
 貫通した弾丸がお菓子の地面に突き刺さり、リボンが伸びて魔女の体を空中で固定させる。

マミ「それじゃあ、あとは……」

 マミはこっそりとSGの明度を確認した。普段の状態と比べるとだいぶ濁ってきている。
 使い魔との戦闘を重ねた結果だ。近接戦闘を多めに行うことで魔力を節約してきたが、これ以上は持ちそうに無い。
 だがこの魔女を倒せば、あるいはGSが手に入るかもしれない。では今の自分に出来る最大限の攻撃方法は何か?

 思案してから、手に持ったマスケット銃を巨大な砲台に見立てて変化させた。

 可能な限り魔力を節約し、なおかつダメージを与えるために。

124: 2011/07/28(木) 18:23:43.91 ID:A1e8z63Fo

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 砲台から放たれた、魔力の塊によって形成される砲弾が魔女の体を貫いた。
 砲弾はそのまま爆破することなくリボン状に変化し、魔女の体を捕らえ、締め上げる。

 素のティロ・フィナーレに比べれば威力は落ちるが、それでも小柄な魔女を倒すだけならば難しくない。

まどか「やったぁ!」

さやか「さっすがマミさん!」

 マミが勝ったと思って、まどかたちが歓声を上げる。

 それに釣られるようにマミは笑顔を作ってそちらの方へと目を向けた。向けてしまった。

 魔女の口から這い出るようにして姿を現した怪物……魔女の本体が目前に迫っても。

 完全に気が緩み切ってしまっていたマミには、迎撃することはおろか反応することすら出来ない。

 その首から上を怪物の口に覆われる段階になって、ようやく自身の危機に気がつくが――

 抗えない。彼女にはもう、抗うだけの術が無い。

 ばくん、と魔女の口が閉じられる

125: 2011/07/28(木) 18:24:14.49 ID:A1e8z63Fo






 寸前。






 巴マミの胸が、魔女を巻き込むように爆発した。





.

126: 2011/07/28(木) 18:25:50.82 ID:A1e8z63Fo

まどか「まっ、マミさん!?」

さやか「それに……なんであんたがここにいんのよ!?」

 驚きを顕にする二人の視線の先には。
 胸元から黒煙を上げるマミと、口から黒煙を吐き出す魔女、そして――

 ポッキーを咥えたステイルの姿が、あった。

ステイル「いやぁ、まさか彼女がくすねたルーンのカードがこんなに役に立つとはね……僥倖ってやつかな?」

 彼女が盗んだカードに遠くから魔力を込めて、爆発させた。
 タネを明かしてしまうと驚くほど簡単なことだが、いかんせんまどか達には理解が及ばない。

さやか「だからっなんでここに」

ステイル「その話は後にしてくれないかい? 先約があってね」

 すまないね、と謝りながらカードを手にしたステイルは。

ステイル「さて、と」

 いとも容易く、手のひらに巨大な炎の塊――摂氏3000℃を超える灼熱の刃を作り出した。

 それこそはステイルがもっとも得意とする火の魔術。炎剣。

 しかるべき知識と知恵を振り絞ることで成り立つ能力(ちから)。

127: 2011/07/28(木) 18:27:19.91 ID:A1e8z63Fo


ステイル「先に名乗らせてもらおう」


                   F   o   r   t   i   s   9   3   1
ステイル「僕の魔法名は『我が名が最強である理由をここに証明する』」


ステイル「だからくたばれ、魔女」

                                                   .

128: 2011/07/28(木) 18:28:04.72 ID:A1e8z63Fo

        Kenaz   PuriSaz NaPiz Gebo
ステイル「炎よ――巨人に苦痛の贈り物を!」

 短い詠唱の後に右腕を振りかぶり、魔女に対して零距離から容赦なく炎剣を叩きつける。
 すると瞬く間に炎が表皮を焼き尽くし、次いで炎の中心に込められた魔力が爆発した。
 爆音が鳴り響き、魔女を中心とした衝撃波が結界内に響き渡っていく。

 3000℃の熱量に加えて爆発のエネルギーに晒された魔女が、声にならない奇声を上げた。

ステイル「! へぇ?」

 しかし、それでも。

 魔女は倒れない。

 魔女は蛇のように脱皮することで炎の海から逃れると、体をうねらせて上空に飛び立とうとした。

ステイル「利口だよ」

ステイル「だが……逃げるのは気に食わないね!」

129: 2011/07/28(木) 18:28:31.65 ID:A1e8z63Fo

 あっさりと逃げに入った魔女を侮蔑するように鼻を鳴らし、ステイルは再度右手に炎剣を作り出す。
 先程と同じように右腕を振りかぶり――今度はそれを、投げつけた。

ステイル「これでッ!!」

 ステイルの手から離れた灼熱の炎の塊は、まるで意思を持つかのように蠢いて。
 ふたたび魔女に突き刺さる。それは一拍置いて爆破し、魔女を炎で包み込んだ。
 力を失った魔女が地面代わりのケーキの山に墜落する。
 墜落によって生じた衝撃波を全身に感じながら、ステイルは怪訝そうに首を傾げた。

ステイル(威力が低い。加減が分からなくなったか、あるいは……?)

 本来ならば最初の炎剣で全ての皮を貫通し、内部から爆破してもおかしくはないはずだ。
 そうならないということは、彼の腕が鈍ったこと、そして魔女が彼の予想よりも硬いことを示唆している。
 そんなステイルの考えをよそに、ケーキの山から魔女が這い出てきた。
 熱に苦しむ魔女は、今度は脱皮せずに炎を纏ったままステイルめがけて突進し始める。。

ステイル(相打ち覚悟で食らいつくつもりか。だが)

 反撃など、最初からさせるつもりは無い。

 カードを構え、ステイルが目の前に大きく踏み出す。
 その勢いを殺さないまま身を屈め、魔女の口内に炎剣を飲み込ませようと右腕を引いた、が。

ステイル「なっ――!?」

 砂糖菓子から“沸き出た”使い魔が足に絡み付いてきて、立ち止まってしまった。

ステイル(油断、いや違う、頭に血が昇り過ぎたか!? このままでは――)

 ステイルの視界いっぱいに目の前に魔女の口が広がる――

130: 2011/07/28(木) 18:29:03.06 ID:A1e8z63Fo

――魔女の目前でステイルが立ち止まったのを認めたまどか達が悲鳴を上げた。

QB「二人とも、はやく僕と契約を! そうすれば彼を助けることも出来る!」

まどか「じゃ、じゃあわたし、契約を」



「その必要は無いわ」



まどか「え?」

131: 2011/07/28(木) 18:29:28.59 ID:A1e8z63Fo

 動揺する二人の前に、ステイルの首根っこを掴んだ暁美ほむらが悠然と降り立った。

まどか「ほ、ほむらちゃん!?」

 まどかの声を聞いてステイルが事態に気付き、慌ててほむらを見上げる。

ステイル「はっ……な、なにが!?」

 ほむらは涼しい顔で彼を一瞥すると、そのまま乱暴に放り捨てた。
 腰を打って顔を顰めるステイルに背を向けて、彼女は言う。

ほむら「黙って見ていなさい」

ほむら「あいつは、私がやる」

132: 2011/07/28(木) 18:29:54.81 ID:A1e8z63Fo

 ステイルを食い損ねた魔女がほむらに狙いを定めた。
 地面に転がっている菓子を蹴散らしながら魔女が迫る。
 魔女はほむらの目前まで来ると、その体を食すために大口を開けた。

ほむら「……」

 ばくん。口が堅く閉ざされる。

まどか「ああっ!」

 まどかの悲鳴など意に介さず、魔法少女の肉体が醸し出す味を想像したのか魔女は無邪気な笑みを浮かべている。
 しかしその表情はすぐに怪訝そうなそれへと変わった。

 なぜならば。

 魔女の口内にほむらの肉体はなく。
 噛み砕かれたはずの彼女が、傷一つ無い姿で魔女の目前に立っていたからだ。

ほむら「こっちよ」

 顔色一つ変えずにほむらが囁いた。

133: 2011/07/28(木) 18:30:34.37 ID:A1e8z63Fo

 魔力を漂わせるほむらを諦めきれないのか、魔女は執拗にほむらを噛み砕こうとする。
 しかしほむらは無表情のまま、それらの攻撃を全て回避して見せた。
 それを何度か繰り返したところで――突如魔女が爆発を起こした。

まどか「え……?」

 突然の事態についていけないまどか達は、
 内側から破壊され尽くした魔女が爆散するのをただ黙って見届けることしか出来なかった。
 形容しがたき魔女の断末魔が結界内に響き渡る。

さやか「魔女が……倒れた……」

QB「結界が解けるよ!」

 空間が歪み始めた。
 結界から解放されたまどか達は、見滝原市大病院の駐輪場に力なく腰を下ろす。

まどか「あ……」

さやか「戻ってこれた……?」

まどか「マ、マミさんは!?」

134: 2011/07/28(木) 18:31:06.38 ID:A1e8z63Fo

ほむら「巴マミならここにいるわ」

さやか「あぁっ!」

 驚きを顕にする二人の前に、胸元に火傷を負ったマミを両手に抱えたほむらが現れる。

まどか「ほ、ほむらちゃん! マミさんは大丈夫なの!?」

ほむら「……不味いわね。このままでは、助かる見込みは低いでしょう」

さやか「魔法少女なんだし、少しくらいは持たないの!? マミさんほら、回復魔法みたいなの使えるし!」

ほむら「手元にあるSGを見てみなさい」

まどか「わっ……真っ黒!」

 金色の輝きを誇っていたソウルジェムの面影はほとんどなかった。
 大量の穢れによって、黒く、暗く淀んでいる。

ほむら「彼女に残された魔力はごく僅かよ。治癒魔法を使えば、彼女は……」

 そこまで言って、彼女は俯いた。

まどか「ほむら、ちゃん……?」

135: 2011/07/28(木) 18:32:26.07 ID:A1e8z63Fo

さやか「じゃ、じゃあ転校生の力は!? その治癒魔法ってので、マミさんを助けられるんでしょ!?」

ほむら「……残念だけど、私には治癒魔法を扱うことが出来ないわ」

まどか「そんな……!」

ほむら「彼女を助けたかったら、はやく医者を呼ぶことね。そしてもう二度と、魔女に関わらないと――」

ステイル「いや、その必要はないよ」

 ほむらの言葉を遮るように、先程まで様子を伺っていたステイルがマミの体に触れた。

ほむら「……なんのつもりかしら?」

ステイル「いや、彼女が負っている傷は僕が発動した魔術が原因の物だからね。綺麗さっぱり無くそうと思っただけさ」

さやか「あ、あんたねぇ! 乙女の肌になんてk」

ほむら「黙ってて。それで可能なの? それに魔術って?」

ステイル「君も黙って見ていたまえ」

 先ほどのお返しだと言わんばかりに言ってのけると、ステイルは巴マミの傍にひざまずいた。

ステイル(さて、用意するルーンは二つ。水を意味するLaguzと火を意味するkenaz。それにいくつかの法則を用い……)

 三人と一匹が見守る中、ステイルは黙々とマミの体の周囲にルーンのカードを配置し、
 さらに地面やカードに石とマジックで何かを書き連ねていく。
 一刻を争う事態だというのに、誰もがその行いに目を奪われていた。

 好奇心に溢れた目で、恐怖心に駆られた目で。あるいは彼自身を品定めするような目で。

136: 2011/07/28(木) 18:32:51.92 ID:A1e8z63Fo

ステイル「終わったよ」

 そう言って、ステイルは石を巴マミの胸元に置いた。
 辺りのカードや文字、模様から淡い光が溢れ、彼女の傷を覆っていく。
 そうして瞬く間に回復していく彼女を見やりながら、一服するために懐を探った。
 しまった。持ってきていないんだった。ええいチクショウめ。手を止めて、ステイルは一人考え込む。

ステイル(助かる見込みが低いか、と問われればNOと答えるしかない。そもそも僕の遠隔魔術はそれほど強力じゃない)

ステイル(……怪我の功名というやつかな。さっきは下手を打ったが、これで大体の事情は把握できた)

ステイル(とすれば暁美ほむらの狙いはやはり……)

 口を噤んで沈黙を保っていたステイルは、やがて自身を見つめる四対の目に気づいた。

ステイル「さて、何から話して欲しい?」

まどか「えっ……あの……」

ほむら「あなたの正体について、洗いざらい話してもらえると嬉しいのだけど」

 ほむらは妙に得意気な顔を作って髪をかきあげた。支持者がいるので今は彼女に分があるのだ

ステイル「いいよ。だが、彼女を病院に運んでからだ」

137: 2011/07/28(木) 18:34:05.67 ID:A1e8z63Fo

 一方その頃、隣町では。

杏子「あーあ、この店まーた食いモン粗末にしてやがる。そろそろ喝入れてやんねーとなー」

 ぼやきながら、佐倉杏子は笑みを浮かべてコンビニの裏に置かれたゴミ箱に手を突っ込んだ。
 ごそごそと手を忙しなく動かし、賞味期限が切れた弁当を二つ、おにぎりを三つほど抱え上げる。

杏子「へへっ、今日は大漁だなーっと……あ?」

 本日の夕食を両手に抱えてにやにやしながら歩く杏子の前に、一人の少女が立ちふさがった。
 その誰かは杏子と同じ赤い髪を何本かの三つ編み状にしている。服は修道服。靴はやたら底が高い下駄みたいな物。
 いわゆる修道女(シスター)さんだろう。年齢は杏子とさほど変わらないだろう。

杏子「……なんだよ、文句でもあんのかい?」

?????「いいえ、別段文句を言うつもりはねぇですよ。生き抜くためならゴミだって漁る、良いじゃないですか」

杏子「へぇ? バカみたいに神様信じてるシスターさんにしちゃあ理解力あるじゃん。アタシはてっきり
.     『はしたない真似はおよしなさい、そして主を信じ崇めるのです、さすればあなたも救われるでしょう!』とか言い出すのかとさぁ」

?????「信仰すりゃ腹が膨れるってわけじゃありません。それが現実ですからね
.        ただ、昔あなたみてぇな路上で生きる汚らしい女の子を見たことがあったんでね。気になりまして」

杏子「……バカにしてんの?」

?????「はっ、まさか。ただ、路上で生きる後輩にちょっとしたアドバイスをしようと思いましてね」

杏子「はぁ?」

138: 2011/07/28(木) 18:35:28.85 ID:A1e8z63Fo

?????「その弁当、特に下のは結構傷んでますよ。味も悪そうですし、お腹壊したくなけりゃ食わないことを勧めます」

杏子「なっ、冗談だろ? そんなわけ……うっ」

 慌てて弁当の様子を見ると、確かにフライの辺りが妙な色合いになっているような気がする。
 いくら魔力を使って腹痛を消せるとはいえ、こんなことで無駄に魔力を消費したくはない。

?????「それからそのおにぎり、特にねぎとろ。袋が切れてますよ。扱いも悪いし、微妙に蝿がたかってますね」

杏子「そりゃあいくらなんでも……あ、ホントだ」

 ねぎとろおにぎりの様子を見てみると、確かに袋の端が破れ、蝿が二匹止まっていた。
 ナマモノ+酸化+劣化+虫……これを胃に入れた時の事は、あまり想像したくはない。

杏子「いやー危ないところだったよ、助かった。ありがと!」

杏子「……じゃない!」

杏子「なんでシスターさんにんなこと分かんだよ!」

?????「ですから、さっきも言ったじゃねぇですか。
.        路上で生きる後輩に、ちょっとしたアドバイスをしようと思ったって」

杏子「……あんた、名前は?」

?????「アタシですか? アタシはアニェーゼ」

139: 2011/07/28(木) 18:35:56.62 ID:A1e8z63Fo





アニェーゼ「アニェーゼ=サンクティス。元路上生活者でローマ正教に命を救われた、イギリス清教のシスターですよ」




.

150: 2011/07/28(木) 21:52:36.14 ID:A1e8z63Fo
投下しすぎて弾がカツカツになってきた。そろそろ焦ってきた
22:00辺りに投下する。

>>146
近いことを終盤でやるかもしれない

>>148
禁書勢の活躍の予定はもうすぐそこ
ステイルさんと王ちゃんの活躍はもうしばしお待ちを。インパクトのある形で用意しております

152: 2011/07/28(木) 22:04:53.67 ID:A1e8z63Fo

さやか「あっやしいなー。本当に知ってんの? クーデターって言ったらブリテン・ザ・ハロウィンだよ?」

ほむら「し、知ってるわよ」

さやか「イギリスの女王様の名前は?」

ほむら「あなた、私を馬鹿にしているの?」 ムスッ

さやか「いいから言ってみって、ほら」

ほむら「『エリザベス女王陛下』でしょう」

まどか「えぇー……ほむらちゃん、それはないよ……」

さやか「あんたって意外に世間知らずなんだね……」

ほむら「ちょ、待ちなさい! 『エリザベス二世』でしょう!? 違うの!?」

ステイル「……エリザベスは1550年代の女王で、僕の尊敬する女性だが『二世』を名乗る者はいないし」

ステイル「そもそも今を生きる女王陛下のお名前は『エリザード』だよ」

 ステイルの言葉を聞いたほむらは、身体に電撃が走ったかのようにのけぞった。
 は、はうあー、とかわけの分からない奇声を上げたかと思えば、今度はわなわなと口を震えさせ始める。

ほむら「なっ……嘘でしょう、そんなはずは……」

ステイル「数学よりも世界史の勉強をすることをお勧めしておくよ」 フフン

ほむら「そんな……おかしい、ここは……今回は……」ブツブツ

さやか「……転校生って意外と天然よね」ボソッ

153: 2011/07/28(木) 22:05:25.42 ID:A1e8z63Fo

ほむら「うぅ……はっ、いえ、今はそんなことはどうでもいいわ。重要じゃない」

ほむら「……もしも、今日あの場所に、私やそこの魔術師……がいなければ。巴マミはどうなっていたと思う?」

 投げかけられた疑問。その答えは、考えるまでもない。
 しかし、まどかとさやかは答えることができない。
 答えてしまっては、彼女らが信じてきたなにもかもが崩壊してしまう。

ほむら「私達がいなければ、彼女はその肉体を魔女に食まれていたでしょう」

ほむら「結界の向こうで息絶えた魔法少女は、結界と共に消える運命にある……誰にも気付かれずに、ね」

 そしていずれは忘れ去られてゆく、と彼女は付け足した。
 まるで経験したことがあるかのような口ぶりに、ステイルは誰にも気付かれないほど微かに眉をひそめた。

ほむら「覚えておきなさい。魔法少女になるって、そういうことよ」

まどか「っ……私は、忘れないよ。みんなのこと、忘れないよ」

さやか「わ、私だって!」

ほむら「……」

 ふっ、と。ほむらは、それまでの彼女からは想像も出来ないような優しい笑顔を浮かべて。

ほむら「あなたたちは、優しすぎる。魔法少女に向いてないわ」

 しかし戒めるような口調は改めず、諭すように言った。

154: 2011/07/28(木) 22:06:27.54 ID:A1e8z63Fo

ほむら「……それから、巴マミに伝えておきなさい。今のまま戦えば、あなたは確実に後悔する、と」

まどか「え?」

さやか「……」

ほむら「絶対に伝えて。それじゃ」

 それだけ言って、ほむらは仄暗い廊下の向こうへと消えた。
 それからほんの少し間を置き、入れ替わるようにしてキュゥべぇが闇の中から姿を現した。

QB「ふぅ、どうやら行ったみたいだね。それでどうしたんだい、難しい顔をして」

ステイル(今のまま戦えば後悔する……それはつまり、SGが穢れたまま戦えば後悔するということか?)

まどか「どうして後悔しちゃうんだろ……」

さやか「……」

 首を捻って思案するまどかとは対照的に、さやかは静かに腕を組み、目を瞑ってただ黙々と何かを考えている。
 普段は人一倍騒がしいくせに、こういう時は人一倍真剣に考え込む。
 それが美樹さやかの美樹さやか足る所以だった。
 そして短い付き合いながらもそれを理解しているステイルは、彼女のそういうところを気に入っていた。

155: 2011/07/28(木) 22:07:19.28 ID:A1e8z63Fo

さやか「ねぇ、キュゥべぇ」

 暗い待合室に、さやかの言葉が静かに響く。

さやか「SGが真っ黒になったら、どうなるの?」

 さやかが熟考した末の結論は、知る者に聞くことだった。
 そもそも魔法少女の仕組みを考えたであろう人物(?)がそこにいるのだ、聞くのは当たり前だろう。
 苦笑しながらも、妙なプライドや恥を感じる心を捨てた彼女を、ステイルは内心で褒め称えた。

QB「SGが穢れきってしまうと、大変なことになるよ。今まで通りのようにはいられなくなってしまうね」

さやか「大変なことって、どんなこと? 今まで通りじゃいられなくなるって、どういうこと?」

 その声は、普段の暖かさに満ち溢れたそれとは比べ物にならないほど冷たい。
 彼女の心境の変化を感じ取ったのだろうか、まどかがそわそわした様子でキュゥべぇとさやかを見比べた。

QB「少なくとも、彼女は魔法を扱うことが出来なくなるだろうね」

まどか「じゃあ、マミさん魔法少女じゃなくなっちゃうんですか!?」

QB「そうとも言えるね」



――ううん、違う。



 逸るまどかの肩に手を置いて、さやかは俯きながらそう言った。
 どこかで何かを諦めている、そんな声色だった。

156: 2011/07/28(木) 22:07:59.02 ID:A1e8z63Fo

さやか「SGが穢れきったら、魔法少女じゃなくなる――それだけじゃないでしょ、キュゥべぇ」

 初めて。
 初めてキュゥべぇが、沈黙した。

さやか「魔法が使えなくなる、魔法少女じゃなくなる……でも、それだけじゃない」

QB「……」

さやか「もしかしたらマミさんは……氏んじゃうかも、ううん、氏ぬんだよね?」

 さやかの口から飛び出した発言を聞いて、まどかが肩をびくっ、と震わせた。
 ほとんど反射的に椅子から立ち上がり、冷静なままでいるさやかを見下ろす。

まどか「えっ!?」

ステイル「……」

QB「……そういう捉え方も出来るね」

さやか「そっか。でもやっぱ、キュゥべぇが自分から話してくれるって展開はないんだね、意地悪」

QB「……いや、意地悪をしたつもりはないよ。ただ軽々しく説明していいものか迷ってね」

まどか「ちょっと待って! ねぇさやかちゃん、どうして? どうしてマミさんが氏んじゃうの!?」

157: 2011/07/28(木) 22:08:27.00 ID:A1e8z63Fo

 そんなまどかの問いに、しかし冷静なままでいるさやかは無表情のまま淡々と述べ始める。

さやか「魔法少女の力の源泉はソウルジェムでしょ? で、ソウルジェムは魔法少女になった時に作られる」

さやか「こっから先は推測だけど、多分だけど……ソウルジェムは、魔法少女の願いとか祈りから出来てるんだよ」

さやか「そのソウルジェムが穢れで染まっちゃえば……願いは取り消される。多分、再契約とかも出来ないんだと思う」

まどか「そんな! でもそれだけじゃ、マミさんが氏ぬ理由には……」

さやか「ねぇまどか。思い出して。マミさんが何を願ったのかを」

まどか「――!」

 巴マミの願いは、『たすけて』というたった四文字の言葉からなる。
 そしてそれは離れ行く生命を自身に結びつけることで形となった。
 その願いが取り消されれば、祈りの力によってに結びつけた生命はいとも容易く彼女の下から離れてしまう。
 さやかは瞳に涙を浮かべて、しかしそれが零れ落ちないように上を見上げて。

さやか「何かを願った分だけ、その願いのために命を懸けなきゃいけない……魔法少女って、そういう仕組みなんだよ」

まどか「そんな……そんなのって……」

ステイル「……」

158: 2011/07/28(木) 22:09:04.69 ID:A1e8z63Fo

――一方その頃、イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「ふんふーん、ふふんふーん♪」

QB「やけに上機嫌だね、ローラ。何か良いことでもあったのかい?」

ローラ「うふふ、いかにも、なのよQB。ただしそこはもちろん乙女の秘密、先へ行くは不可能の一方通行たりけるの!」

QB「ふぅん、まぁ良いけどね。それにしてもステイル=マグヌスが君の部下だとは思わなかったなぁ」

ローラ「あら、察しが悪きね。おおよその見当はつきしものと思いたりたのだけれど?」

QB「彼がなんらかの力を身に秘めていることは分かっていたけど、そこまで素質も無いし偽装もされていたからね」

QB「魔術が才能の無い人間が編み出した技術だという情報をもっと早くに知れていたら、あるいは違ったかもしれないけど」

ローラ「その点が魔法との違いたるところね。さてさて、それでは良い具合に夜も更けてきたことだし」

 ランプが照らすローラの瞳が怪しく光った、そんな錯覚をQBは覚えた。
 だが現実には光ってなどいないし、必要以上に反射もしていない。
 グラスに注がれた水を口に含み、飲み下す。それからローラはにやにやと笑い、口を開いた。



ローラ「――ビジネス、始めても良くて?」



QB「……そうだね、いいよ」

159: 2011/07/28(木) 22:09:34.64 ID:A1e8z63Fo

ローラ「さてと……いくつばかりか伺いたいことがあるのだけど」

QB「いいよ。こっちもいくつか欲しい情報があるからね」

                       システム
ローラ「魔法少女、こちら側の法則で再現することは可能?」

QB「どうだろう、君達の魔術は確かに凄いけど、所詮は人間に行えるレベルの範囲だからね
.   僕達の技術力が君達のそれに比べて発達しすぎていることもあるし、難しいんじゃないかな」

ローラ「推察は聞いてなきよ。あるがままの事実を伝えなさい」

QB「魂をSG化させることが最大の難点だろうね。そこを魔力や生命力に置き換えれば、だいぶ出力は下がるけど
.   魔法少女に近しいものは出来上がるんじゃないかな。感情の爆発によって発生するエネルギーの運用も難しいかもね」

ローラ「ふむ……」

 手中にあるグラスを弄りながら黙り込むローラを、QBは感情の篭っていない瞳で見つめる。
 彼女の考えがなんであるのかは分からないが、おそらく自身の利益に繋がるかどうかを推し量っているのだろう。
 グラスを弄っていた手を止めて、ローラはQBに目をやった。

ローラ「じゃあ、そこから先へは? 魔法少女の上……つまり」

.       マジョウ
ローラ「≪魔上≫の域の話になりけるのだけれど」

QB「……まいったね」

 ≪魔上≫が何を指し示しているのかを悟ったキュゥべぇが、困ったように尻尾をふりふりさせた。
 つまり、彼女はおぼろげながらも魔法少女の仕組みを理解しているのかもしれない。
 だからこそあのような当て付けをしたのだろう。

 交渉に用いるカードが一つ消えたことを再確認しながら、QBは首を縦に振った。

160: 2011/07/28(木) 22:10:39.69 ID:A1e8z63Fo

QB「魔法少女を再現出来れば、その先へ到達することも出来るだろうね
.   ただしその場合もオリジナルと比べてしまうといささか非効率的な形になってしまうが」

ローラ「ああ、“副産物”は重要じゃなきに。それで結局、魔法少女の上の段階へは行けたるのね?」

QB「そうだね。と言っても、僕らはまだ君達の実力を把握し切れていない、だから断言は出来ないけど」

ローラ「そう……」



ローラ(魔法少女をこちら側の技術で再現する……それはすなわち魔法少女を作り出すに等しきこと)

ローラ(そしてそこから魔上の域へと達することが出来れば、その経路も導き出すことが可能たりえるということになる)

ローラ(あわよくば……ふ、ふふ)



ローラ「ふふふ、ふふ……くふふ」

QB「……喋っても良いかな?」

ローラ「ええ、もちろんよ」

QB「僕が欲しいのは君達に関する情報だよ。君達がいつ素質に目覚め、いつ事態を把握したのかだね
.   僕に分かるのは、二週間前に君達みたいな力を持った人間が突然、それも大勢現れたことだけだからね」

ローラ「ふーむ、説明と推測が入り乱れたるけど、その辺りは良して?」

QB「うん、いいよ」

161: 2011/07/28(木) 22:11:17.75 ID:A1e8z63Fo

ローラ「本っ当に原始的な魔術の始まりは、それこそ遥か昔になりにけり
..    天から降りし雷を、神の裁きだの怒りだのと呼称し始めた辺りまで遡るわね」

QB「そんなバカな。僕達は有史以前から君達に干渉しているけど、そんな情報は一切無いよ」

ローラ「ついでに言うと、私達はつい最近才能を開花させたわけではなし」

QB「ありえないね。じゃあ僕たちはどうしてこれまで君たちの存在に気がつかなかったんだい?」

ローラ「そこよ」

 手の動きをピタリと止めて、ローラはグラスをテーブルの脇に置いた。
 肘をつき、両手を顔の前に持ってきてほっそりとした指を組む。
 そこに顎を置きながら、さも楽しいといわんばかりに笑顔を作って彼女は続けた。

ローラ「なぜ私達が“突然力に目覚め、当たり前のように受け入れた”という扱いになりしか、
..    なぜあなたたちが干渉した文明が“突然発見され、当たり前のように解読された”のか」

QB「わけが分からないよ」

ローラ「あらん? 察しが悪きことね。1+1=限りなく2に近い1、これだけのことよ?」

QB「……なるほど、それなら確かにこの不自然さも納得がいくね。つまりは――」

 キュゥべぇの返事を聞いて、ローラは合格だと言わんばかりににんまりとしながら頷いた。

ローラ「いぇーす☆」

QB「確かにそう考えれば、この矛盾した状況のほとんどが解決されるね。いやしかし……誰が、何の目的で?」

ローラ「さぁ? 少なくともこちら側の技術では不可能である、とだけ言っておきたるわね」

ローラ(……例外もあるけれど、ね)

162: 2011/07/28(木) 22:12:07.02 ID:A1e8z63Fo

ローラ(現出できなくなったとは言え、rtlhwgkhia……いえ、etvk聖onpw……ああもう、思考の方まで足らずとは面倒ね)

ローラ(……エイワスのような、時代の違う天使が力を振るえば?)

ローラ(可能。もっとも、今のあやつはそれだけの力を持たざりにけるのだけれど……あとは)

ローラ(……アレイスター=クロウリー……いえ、こちらの方も考えるのは後にしておきたるか)

ローラ(それ以外で残された可能性は一つ。……けれど、“彼女”がどのような影響を及ぼすかは様子見と……)

ローラ(いずれにしても、私たちの利益に繋がるよう行動はしたるが……)

 あくまで笑顔を保ちつつ、ローラは首を捻ってばかりいるQBの目をじっと見つめた。

ローラ(こやつをどうにかせんと、どうにも成り立たざるというのがいと難しきことね……)

 どこまで行っても無感情で、どこから見ても無機質なつぶらな瞳。
 見ようによっては可愛いが、見ようによってはまがまがしい一対の目。
 薄気味悪くもあるが、とローラは考え。しかし、と口を歪める。

ローラ(もっとも、不可能ではなし。こちらはステイルたちに任せたりているしね)

QB「まぁこれは置いておこうか。それじゃあ次の取引の話でもするかい?」

ローラ「それは良きことね! うふ、うふふふ」



 怪しく笑うローラと、それに応えるQB。
 そんな二人のやりとりは、暇潰しにジャージ姿でうろついていた『エリザード女王』の目に止まるまで続いた。

163: 2011/07/28(木) 22:12:47.04 ID:A1e8z63Fo

――翌日、巴マミの病室にて

マミ「……はぁ」

 真っ白で清潔感溢れるシーツにその身を埋めて、マミは深い溜息をついた。

 既に事の顛末はキュゥべぇからテレパシーを通じて聞き及んでいる。
 自分が油断したところをステイルとほむらが助けてくれたことも。
 まどかとさやかを必要以上に心配させてしまったことも。

 後悔しないように歩んできた彼女だったが、今回の件は相当堪えた。

マミ「駄目だなぁ、私」

 後悔と自責の念に圧されてそう呟いた直後、ドアをノックする音が響いた。
 慌てて服装をチェックし、普段と違ってまっすぐに下ろしてある髪を手櫛で整えてからどうぞ、と答える。
 僅かに間を置いてから、静かにドアが右にスライドする。

まどか「おはようございます、マミさん」

ステイル「怪我の具合はどうだい?」

 2mを超える同級生と、彼のお腹くらいの身長の小柄で可愛らしい後輩が入ってくる。
 まずまずね、と答えてから、立たれたまま会話するのも気不味いので放置したままの椅子に座るよう促す。

ステイル「む、小さいな」 ギシッ

まどか「いや、ステイル君が大きすぎるんだよ」

ステイル「……そうかい」

マミ「ふふっ」

164: 2011/07/28(木) 22:14:02.74 ID:A1e8z63Fo

ステイル「見舞いの品をどうしようか悩んだが、君は紅茶を好んでいただろう? というわけで……」

 そう言って、彼は右手にぶら下げていた紙袋から魔法瓶と紙コップ、ビニール袋で覆われたスコーンを取り出した。
 スコーンとはいわゆる紅茶のお供に定番の茶菓子であり、ジャムやバター、蜂蜜などをかけて食されることもある。

マミ「あら、もしかして私のためにわざわざ作ってくれたの? ずいぶん物知りね」

ステイル「……その昔、食べ物に目がない子と一緒にいた時に学んでね。口に合うかどうかは分からないが」

まどか「私は結局りんごで……すいません、お決まりな感じで済ませちゃって」

マミ「あら、気にしなくていいのよ。二人とも、どうもありがとうね」

 微笑を浮かべながら紅茶が注がれた紙コップを受け取る。
 紅茶の香りが鼻腔をくすぐる感触を楽しみつつ、少量を口に含む。

マミ「うん、おいしい! ちょうど良い渋みね!」

ステイル「本当は淹れたてをご馳走したかったんだが、ポットのお湯では温くて渋みが出ないからね
       今日のところはそれで我慢してくれ。まどかはミルクティーだったね。MIF派かい? それともMIA派?」

まどか「え、ええ? モビルスーツ・イン・アクション?」

マミ「ミルクは先(First)入れか後(After)入れかって意味ね。あんまり中学生は知らないわよ、こういうこと」

            ネ セ サ リ ウ ス
ステイル「ふむ、必要悪の協会じゃ子供でも知っていたが……やはりイギリスと日本とでは勝手が違うみたいだ」

まどか「うう、また子ども以下の扱い……あ、ミルクは後からでね」ガックシ

165: 2011/07/28(木) 22:14:34.70 ID:A1e8z63Fo

 一通り紅茶を味わってから、マミは表情を改めた。
 それを見たステイルが、誰にも気付かれないように姿勢を正す。

マミ「さてと……それじゃあ、改めてお礼を言わないといけないわね?」

ステイル「……礼を言われる筋合いは無いさ。僕は君達のことを騙していたし、助けたといってもこのザマじゃね」

ステイル「それに僕が助けなくても生き残っていたかもしれないし、暁美ほむらが代わりに片付けていたかもしれない」

マミ「でも、助けてくれたことに変わりはないわ。ありがとう、マグヌス君」

ステイル「……」

まどか「てぃひひ、ステイル君ったら照れちゃってもー」 グイグイ

ステイル「よ、止してくれ! まったく……」

マミ「それから鹿目さん、あなたには謝らないといけないわね」

まどか「え?」

マミ「怖い思い、させちゃったみたいだし……マグヌス君や暁美さんが来なければ、貴方達が傷ついていたかもしれないわ」

マミ「本当にごめんなさい」

 紅茶の入ったカップを丁寧にベッドの脇に置くと、マミは深々と頭を下げた。
 それを見たまどかは慌てて両手を振って口を開いた。

まどか「と、とんでもないです! その、わたしが望んだことですから」

マミ「……」

166: 2011/07/28(木) 22:15:19.77 ID:A1e8z63Fo

マミ「魔法少女の件だけど」

まどか「っ……」

 びくっ、と肩を震わせてまどかは足元を見つめた。
 あれだけ大口を叩いておきながら、いまさら決心が鈍ったなどと言えるわけがない。
 言えば巴マミは傷つくだろう。自分に対して弱みを見せてくれたのに、それを裏切るなんて出来ない。
 だが、体は動かない。そんなところだろう、とステイルは内心でまどかの心情を察した。

マミ「忘れてちょうだい」

 巴マミの言葉を聞いて、まどかは反射的に顔を上げた。
 まどかの予想に反して巴マミの表情に落胆の色はなく。絶望したそぶりも、悲しんでいる様子も無く。

 ただただ、巴マミは太陽のようにとても晴れ晴れとした、慈悲溢れる笑顔を浮かべていた。

まどか「そん……なっ、どうし、て」

マミ「あなた、自分のことを逞しくないとか、頑張れないとか、得意なことないとか」

マミ「良い所なんか一つもないって……そう言っていたでしょう?」

まどか「……はい」

マミ「だから、魔法少女になって誰かのために戦いたい、誰かのために優しく出来る人になりたい……」

マミ「でも、そう思えることがあなたの魅力なんじゃないかしら?」

まどか「え?」

167: 2011/07/28(木) 22:15:55.74 ID:A1e8z63Fo

マミ「あなたの良いところは、誰かのためを思ってあげることの出来る、そういう優しさよ」

マミ「多分それは戦うことよりも遥かに難しいことだと思うわ」

まどか「そんなっ、こと」

マミ「私は、魔法少女にならなくてもあなたは十分立派だと思うわ。
   出来れば魔法少女になることなく、あなたの力だけでその生き方を貫き通して欲しいの」

マミ「魔法少女になったら、そのせいであなたはずっと『魔法少女だから優しい』って形になっちゃうのよ?
   なんだかそういうの、悔しいじゃない。そんなことであなたの良いところ、台無しにしちゃ駄目よ」

まどか「で、でも、わたし、マミさんと約束、して、ずるい、です、ひとりぼっち、じゃないって」

 涙をぽろぽろと零しながら、嗚咽交じりにまどかが言った。
 悲しいのか、嬉しいのか、情けないのか。ステイルには分からない。
 ただ、この子もまた、巴マミと同じく。とても優しい心の持ち主なんだろうなと、一人思う。

ステイル「……なにも、魔法少女になって共に戦うことだけが孤独を取り除くわけじゃないさ」

ステイル「例えば……友達として、お互いに支え合うことでも取り除けるんじゃないかな」

まどか「友達として、支え合う……」

マミ「へぇ、良いこと言うじゃない? 見直しちゃった」

ステイル「冷やかさないでおくれ(まったく、本来こういう立ち回りはあの男や神裂のすることだというのに……)」

まどか「あの……マミさん、こんなわたしでいいなら……その、友達に!」

マミ「あら、もうとっくのとうに友達だと思ってたのは私だけだったのかしら? 悲しいわ」 オヨヨ

まどか「ふぇえ!? も、もう、意地悪ですよマミさん!」

168: 2011/07/28(木) 22:16:36.94 ID:A1e8z63Fo



 その後は、三人で談笑をして、ゆったりと流れる時間に身を任せることにした。


.

169: 2011/07/28(木) 22:17:12.01 ID:A1e8z63Fo

 三杯目の紅茶を飲み干したところで、ステイルはふと時計を見た。

ステイル「おや、もうこんな時間か」

まどか「わっ、本当だ! 早いね……」

マミ「今日は本当にありがとね、二人とも。このお礼はいつか必ずさせてもらうわ」

ステイル「……それは宿敵なんかに言う台詞だと思うけどね」

まどか「あっそうだ、マミさんに伝えておかなきゃいけないことがあったんだった」

マミ「あら、なにかしら?」

まどか「えっと……うーんと……(ありのまま伝えるのは駄目だよね。じゃあ)」

まどか「と、当分はほむらちゃんが魔女を退治するそうだから、戦わなくても良いって言ってました!」

ステイル(まぁニュアンス的には間違ってないとはいえ……)

まどか「だから魔法使っちゃ駄目ですよ、マミさん! 絶対です!」

マミ「……そう、分かったわ」

ステイル「僕は“仕事”関連のことで彼女に用事があるから、気にしないでくれ」

まどか「そっか、じゃあ先帰るね。マミさん、ステイル君、また明日!」

170: 2011/07/28(木) 22:18:03.33 ID:A1e8z63Fo

――ドアが閉まったのを見計らってから、ステイルは先程から逡巡している様子のマミに鋭い眼差しを向けた。

ステイル「彼女は気を利かせて言わなかったが、僕はそこまでお人好しでもなければ無責任でもない。
       しかし言えば君は傷つくだろう。無論、君がそれを望まなければ僕は何も言わない。
       だが僕個人は、現実と戦うべきだと考えている。それでも良ければ、彼女の言葉を補足しても良いかい?」

マミ「ソウルジェムが黒く染まったら、私が氏ぬこととか?」

 何の躊躇いもなく言ってのけるマミの顔を、ステイルは注意深く観察した。
 そこに恐れはない。現実をあるがままに受け入れ、戦い、打ち勝った物の表情だ。

ステイル「気付いて、いたのかい」

マミ「こう見えても魔法少女歴ウン年のベテランなのよ? それくらいは気付くわ
   ……なんてね。気付いたのは、今朝になってからよ。二度氏に掛けて、やっと気がつけたの。笑えちゃうよね?」

ステイル「……そうか」

マミ「言っておくけど、後悔はしてないわ。だって私には、鹿目さんや美樹さん、ステイル君
   それにちょっと意地悪でデリカシーの欠けた私の大事な友達……キュゥべぇがいるんだもの」

ステイル「強いね」

マミ「そうかしら? これでも結構怖いのよ」
   ソウルジェムは、なにもしなくても穢れが溜まっていくから」

ステイル「なんだって!?」

 驚愕もあらわに声を張り上げ、相手が怪我人だということを思い出してばつが悪そうな表情を浮かべる。
 そんなステイルを見て、微笑みながらもマミは己の口に指を当てた。しーっ、である。
 それからソウルジェムを手に取り、玩びながら口を開く。

171: 2011/07/28(木) 22:18:27.29 ID:A1e8z63Fo

マミ「多分だけど、願いを持続させるために魔力が消費されてるんじゃないかしら。
   あとはSGの構成自体にもね。食べ物が願いの子の場合はどうなるのか分からないけど……」

ステイル「……それで、君はどうするつもりだい? 逃れようの無い氏の運命を、ただ享受するのかい?」

マミ「もちろん抗うわ。でも例えそれが原因で氏んじゃっても、やっぱり私は後悔しないと思う」

ステイル「……ふぅ、やれやれ」

 軽く微笑んでから、ステイルは赤い髪を揺らしてドアの方に振り返った。

ステイル「グリーフシードは、僕が必ず見つけ出す。それまで持つかい?」

 今度はマミが驚愕する番だった。

マミ「そんな、だってあなたの目的は私達の調査でしょう? どうしてそこまで……」

ステイル「驚くことかい? イギリスの歴史は、常に魔女狩りと共にある。だから僕が魔女を狩ったって別に不思議じゃないさ」

ステイル「それに」

マミ「?」

 そこから先の言葉を言うのは、何時だったか“あの子”に間近で見つめられた時ほどに緊張した。

ステイル「友達、だろう? 僕らは」

172: 2011/07/28(木) 22:19:09.82 ID:A1e8z63Fo

 柄にもない言葉を言ってみてから、堅物の塊みたいな自分がその台詞を吐くことの不自然さに彼は愕然とした。
 なんてこった、氏ぬほど恥ずかしいぞ。穴があったら入りたいとはこのことか。

マミ「……ぷっ」

ステイル「ん?」

マミ「ふっ、ふふっ、あははっ! あははは!」

ステイル「なっ!? わ、笑うことはないだろう! ええい、後悔先に立たずかちくしょうめ!」

マミ「ひっ、あははっ、ご、ごめんなさい!」

ステイル「……」 ムスッ

マミ「他意はないのよ、本当よ?」

マミ(以前からずっと恥ずかしい台詞言ってたのに、今更照れる辺りがかわいいだなんて言えないわね)

ステイル「……はぁ、とにかくそういうわけだから、僕は帰るよ。報告することもあるしね」

マミ「ええ、じゃあまた明日……昨日今日と、本当にありが――」

ステイル「礼ならいらないよ。僕らは友達なんだからね」 フン

 そう開き直ってみせると、ふたたび聞こえてきた巴マミの笑い声を無視してステイルは病室を立ち去った。
 結局、開き直っても恥ずかしいことに変わりはない。思うに、こういった台詞を堂々と叫べるあの男は意外に……
 というかやはり相当の変人か変態だったのではないだろうか。

173: 2011/07/28(木) 22:19:49.71 ID:A1e8z63Fo

 病室のロビーに出ると、さやかを見つけた。変態じゃない方の上条の見舞い帰りらしい。

ステイル「やぁ、どうしたんだい二人とも」

まどか「ステイル君待ってたんだよぉ、お話長かったね」

ステイル「ん、まぁね……」

さやか「どうせならあたしもお見舞い行きたかったなぁ、てか一声かけてくれればよかったのにさー!」

まどか「ほら、さやかちゃんうるs……上条君がいるし、お邪魔しちゃ悪いでしょ?」

さやか「むむー……まっ、いいけどさ」

 あっけからんに笑うと、さやかは両手で大きく伸びをしながら歩き出した。
 その動作の中に微妙な違和感を掬い取ったのか、まどかが怪訝そうな表情を浮かべている。
 まだ付き合いの短いステイルは、その違和感がなんであるのかを把握することが出来ない。
 だが、その理由程度ならば察しは着いた。

ステイル「――彼の怪我を治すことは、僕には出来ない」

 はっ、と息を呑む音。
 さやかはぐるりと振り返り、眉間にシワを寄せたまま口を尖らせた

さやか「まだなんも言ってないんだけど?」

 非難めいた物言いだが、別にステイルの言葉に不満があるわけではないのだろう。
 ただ自身の心中を見透かされて、不貞腐れているような声色だった。

174: 2011/07/28(木) 22:20:42.71 ID:A1e8z63Fo

ステイル「彼には魔術的な才能も無ければ見識もない。彼に魔術を施せば、彼の精神は蝕まれるだろう
       それを除いたって、僕には彼の左手のような複雑な怪我を治すような知識や霊装……道具もない」

さやか「だぁかぁら! なんも言ってないってーの!」

まどか「さ、さやかちゃん……」

さやか「ちゃんと分かってるよ。あんたたちみたいな日陰者は、あんま日向の人には干渉しちゃいけないんでしょ?」

ステイル「……それも、ないわけじゃないが」

さやか「だから大丈夫、あたしは我侭言わないよ。恭介だって、そんなこと望まないだろうし」

 あっけからんに言うと、さやかは無理やり笑顔を作って笑って見せた。

ステイル「話を続けるが、僕の知り合いの医者なら彼の左手を完璧に治すことは可能だよ」

さやか「うんうん、そういう事情なら仕方ないよね――ってえぇっ!?」

まどか「ほ、本当なのステイル君!?」

 面白いくらいに動揺する二人の横を通り過ぎ、玄関の方を顎でくいっと指し示す。

ステイル「ここで詳細を説明することも出来はするが……」

 と、周りを見渡す。看護師や待合人であろう人々が、騒がしいものを見るような――いや、見る目で見ていた。
 この調子では説明し終える前に看護士から注意を食らいそうだった。

175: 2011/07/28(木) 22:21:33.86 ID:A1e8z63Fo

――病院を出てからすぐの場所にある公園まで辿りつくと、ステイルは順を追って説明し始めた。

.             ヘブンキャンセラー
 学園都市にいる、冥土帰しと呼ばれる医師の存在について。彼がこれまでに成し遂げてきた偉業の数々について。

 その中には

 『人間を縛る寿命という制約の克服』

 なんていう馬鹿げた物や、

 『千切れた腕を傷跡どころか手術跡すら残さず完璧にくっつける』
 『怪しげな薬品で細胞の再生を活性化させる』
 『失われた言語機能や演算能力を外部ネットワークで補う』
 『バラバラになった脳みその復元』『その体の再生』

 などなど、氏者の蘇生を除けば大概のことはやってのけてしまうということも。
 しかしそれまで、手術跡を残さず手術することは不可能、程度のことが常識だった少女らが、
 そんなブラックジャックも顔負けの話をはいそーですかと呑み込めるわけもなく。

さやか「わけもなく」

ステイル「実在するのだから仕方がないものは仕方がないさ」

さやか「現代(いま)の医学にんなこと出来るわけないでしょーが!」

ステイル「たかが現代(いま)の医学と
       世間の二十……いや、下手したら三、四十年は現代(さき)を行く学園都市の医学を同一視してもらっちゃ困るな」

さやか「そんな……そんなのって……」

まどか「でもそれが本当なら、治療費とか凄くかかるんじゃないかな……?」

ステイル「ああ、それについては心配ご無用さ」

 彼にしては珍しく――本当に珍しく。
 にっこりと笑って、

ステイル「――あの医者が患者に金を要求することは、もう二度とないだろうからね」

176: 2011/07/28(木) 22:22:24.34 ID:A1e8z63Fo

 ばつの悪そうな顔をしている神裂に茶を出しながら、野菜スティックを口にくわえたステイルが手を振った。
 それだけでルーンのカードが部屋中を飛び交い、壁に貼り付き、漏れた音を人に知覚させない結界を構築する。

ステイル「……それで、監視の理由は?」

神裂「その前にまず誤解を解かねばなりません。私たちが監視をしていたのはあなたではありません。
.     それに、私たちの本来の目的は監視ではなく観察なのです……とある一人の少女を除いて、ですが」

ステイル「なんだって?」

 ステイルを監視していたのではないとすれば。
 残る対象はほとんど限られてしまう。それに妙な言い回しも引っかかった。

神裂「私たちが観察していたのは、巴マミです。彼女の戦闘能力や、SGのあれこれを観察していました」

神裂「理由ですが、これは説明するまでもなく上司からの命令です
.     私たちの任務の目的は、可能な限り魔法少女の能力について調べ上げること」

ステイル「それなら僕で十分だろう」

神裂「魔法少女の数はあなたが想像するよりも多いのですよ。現在私たちが確認しているだけで10人以上います」

神裂「あなたのお友達である巴マミや暁美ほむら、それにあなたは知らないでしょうが佐倉杏子」
         ~~~~~~~
神裂「それから“あすなろ市”の“プレイアデス聖団”にキリカと……」

 そこで神裂は言葉を切った。口をもごもごと動かし、言うべきか否かを悩んでいるように見える。
 野菜スティックを咀嚼しつつ、ステイルは頭をぽりぽりと掻いた。このままでは話が進まない。

ステイル「確定情報でないなら言わなくていいさ、それに今重要なのはそこじゃない」

177: 2011/07/28(木) 22:23:02.72 ID:A1e8z63Fo

神裂「……そうですね。では、私たちが監視していた人物の話をするとしましょう」

神裂「その人物は、ただの一般人です。優れた洞察力があるわけでもなければ、突出した技能も持っていない少女です」

ステイル「……心当たりが二つある。もったいぶらずに言ってくれないか?」

神裂「鹿目まどかです」

 まぁそんなとこだろう、とステイルは内心でため息をついた。
 読唇術が使える彼女が本気で監視をした上で、洞察力も技能も無いと言ったのだ。
 それは半ば真実を言っているに等しい。

ステイル「理由はなんだい?」

神裂「分からないんです」

ステイル「はぁ?」

神裂「分からないんですよ、理由。彼女はただ、『自身の目で見て判断しろ』としか言わないのです」

ステイル「……判断しろ? 一体何を?」

神裂「その件で天草式の皆と話し合い、一応の推論は出来ました、が」

ステイル「ん?」

178: 2011/07/28(木) 22:23:55.55 ID:A1e8z63Fo

神裂「やはり不自然すぎます。いくら彼女が陰謀屋だとはいえ……」

神裂「鹿目まどかが『私たちに猛威を振るう存在であるかどうか判断し、処分するかしないか決めろ』などと……」

ステイル「……あまり考えたくはないね」

 しかし。
 考えられなくはない。
 たとえ“あの男”に、自身の根幹たる幻想をぶち壊されようと、彼女は揺らがない。

 イギリス清教の利益にならない場合は、狩れ。あの女狐らしい考え方だ。
 だが確かに不自然でもある。単なる一般人の鹿目まどかが、なぜ猛威を振るう存在に当たるのか。
 少なくともステイルには、彼女が万民に害を齎すようには見えない。

神裂「とりあえずそちらはあなたに任せることにします。彼女の真意を探るのは容易なことではありませんしね」

ステイル「ん、そうだね……他には誰が来ているんだい?」

神裂「天草式の皆と、アニェーゼ傘下のシスターが30人です。アニェーゼは……独断で魔法少女と接触しています」

ステイル「はぁ?」

神裂「こちらの方は私が何とかしますのでお気になさらず
.     えー後……魔女文字の解読のためにシェリーやオルソラも合流する予定になっています」

ステイル「……清教派の人員がずいぶんと割かれているが平気なのかい?」

神裂「今のところ“魔道書回収”は“あの子”と“あの少年”が奮闘していますし、当面の間は敵らしい敵もいませんので」

ステイル「……今こうしてここで寛いでいる僕が言えた義理ではないけどね
       彼らに頼りすぎるなよ。彼らは、本来ならば光のある世界で生きるべきなんだから」

 言われるまでもありません、とだけ言うと、神裂はわざわざ窓から身を投げ出して去っていった。
 冷めた目で見送りながら懐を探って、タバコを切らしていたことを思い出し舌打ちする。
 それからはぁーっとため息をつき、さっさと寝ることにした。

179: 2011/07/28(木) 22:24:38.33 ID:A1e8z63Fo

――夕暮れの病室

恭介「――さやかは、僕を苛めているのかい?」

さやか「……え?」

 それは突然だった。
 恭介が塞ぎこむことはこれまでにも何度かあったけど、もう慣れたし、あたしも恭介も乗り越えてきた。
 だけど。
 こんな風に言われたのは、多分、初めてだと思う。

恭介「何で今でもまだ、僕に音楽を聞かせるんだ。嫌がらせのつもりなのか?」

 どすの効いた、恭介の低い声。
 怖かった。魔女に襲われた時よりも、ずっとずっと怖かった。

さやか「だって恭介、音楽好きだから――」

恭介「もう聴きたくなんかないんだよ! 自分で弾けもしない曲、ただ聴いてるだけなんて!」

 そんなことない。
 これから弾けるようになるよ。
 今日はそれを伝えるために来たんだよ。

さやか「うぁ……あ……」

 そう言いたいのに、口が動かない。
 舌が回らない。だめ、だめだよこんなの。

恭介「僕の手はもう動かない……! 奇跡か、魔法でもない限りは……!」

恭介「僕は、僕はッ……!」

さやか「あっ!?」

 恭介は左手を高く振り上げて、思い切りCDプレーヤーに叩きつけた。
 反射的に身を乗り出して恭介の体を抑える。でも頭の中は真っ白。どうしよう、どうしよう。

180: 2011/07/28(木) 22:25:21.62 ID:A1e8z63Fo

恭介「動かないんだ……もう、痛みさえ感じない……!」

恭介「こんな、手なんてっ……!」

 どうしよう。伝えなきゃ。

 何を?

 何を伝えるの?

さやか「大丈夫だよ! きっと、なんとかなるよっ、諦めなければ、きっといつか!」

上条「諦めろって言われたんだ……もう演奏は諦めろってさ……先生から直々に言われたよ……」

.    イマ
上条「現代の医学じゃ無理だって……」

.. イマ             イマ
 現代の医学。たかが現代の医学。

 真っ白だった頭の中に、色が生まれた。
 それは憎たらしいことに、あの神父の髪の色と同じ赤だった。
 熱くなった頬が冷めて、でもまた熱くなる。その頬を、生暖かい液体が伝っていく。

上条「僕の手はもう動かない……奇跡か、魔法でもない限り……治らない……!」

181: 2011/07/28(木) 22:26:15.11 ID:A1e8z63Fo





さやか「……いらないよ」




上条「……えっ?」




.

182: 2011/07/28(木) 22:27:14.02 ID:A1e8z63Fo

 そう告げるあたしは

 確かめる方法は無いけど

 多分、とびきりの笑顔を浮かべていたと思う

 涙ぼろぼろこぼして

 でも目はぱっちり開いてて

 恭介がきょとんとしちゃうような



 そんなとびきりの笑顔!

183: 2011/07/28(木) 22:27:51.69 ID:A1e8z63Fo



さやか「奇跡も、魔法も、いらないんだよ!」



 そう言って、あたしは恭介に抱きついた。


.

210: 2011/07/29(金) 12:25:44.46 ID:dSAMDAYMo



さやか「奇跡も、魔法も、いらないんだよ!」



 そう言って、あたしは恭介に抱きついた。


.

211: 2011/07/29(金) 12:27:08.72 ID:dSAMDAYMo

――同時進行で行われていた、とある電話でのやり取り。

冥土帰し『ああ、カルテは見させてもらったよ。確かに外の医学じゃ、完治させるのは難しいかもしれないね?』

ステイル「……その、いまさら聞くのもおかしな話ですが……治せますよね?」

冥土帰し『神経系が完全に麻痺してしまっているからね。学園都市の医学でも、完治はちょっと難しいかな』

ステイル「なっ! それじゃあ結局、彼は治せないんですか!?」

冥土帰し『――僕を誰だと思っている?』

ステイル「あなたの誇らしげな顔は容易に想像出来るが、それを言うためにいちいち勿体振るのはやめろ腹立たしい!」

冥土帰し『君、案外ノリが悪いんだね?』

ステイル「チッ……それで、結局彼の傷は治るのかい!?」

冥土帰し『ああ、治るよ。後遺症無く、完璧に。僕は患者の必要とするものなら何でも用意するからね?』

ステイル「……ありがとう、ございます」

冥土帰し『君から礼を言われるのは、“彼”の時と、“彼女”の時、これで三度目だったね?』

ステイル「そう……でした、ね」

冥土帰し『……友達は大事にすることだよ。それじゃあ詳しい話は折って連絡するが、それで良いね?』

ステイル「はい……本当に、ありがとうございます」

――やりとり終わり。

212: 2011/07/29(金) 12:28:13.00 ID:dSAMDAYMo

 恭介と一緒になって大泣きしたあたしは。
 涙のせいで真っ赤になった目が元に戻るまでの間、一人屋上で、時間の流れるままに身を委ねていた。
 マミさんのところに行こうとも思ったけど、恭介の病室に行く前に先に顔を出してたのでなんか行き辛くって。

 それに恥ずかしい。

 あたしはもっとこう、気丈でタフで逞しくないと駄目な気がする。多分。

さやか「でも……ホント良かったぁ……」

 全部丸く収まって、めでたしめでたし。
 ハッピーエンド。

 この頃のあたしは、世界はそうなるように出来ていると勝手に思い込んでた。



 そう――――



 突然、何の前触れもなく目の前が真っ暗になって。

 ほのかに甘い、お菓子の匂いが鼻腔に届いて。

さやか「……え?」

213: 2011/07/29(金) 12:29:29.16 ID:dSAMDAYMo

 目の前を、丸っこい物体……ステイルの足に絡みつくことで生き延びた魔女の使い魔が過ぎって。
                     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さやか「ウソでしょ、そんな、どうして!?」


「キャァァァァァァッ!!」


 魔女の使い魔が跳んでいった方角から、女の子の悲鳴が上がって。

 あたしは慌ててそっちの方を見て、すぐに息を呑んで。



 まだ5,6歳くらいの女の子が。

 魔女の使い魔に。



 その左手を噛み千切られている姿を見る――――その時まで。


.

214: 2011/07/29(金) 12:29:55.33 ID:dSAMDAYMo

さやか「あぁっ……あああぁぁぁあぁぁ!!?」

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、何とかしなきゃと思うのに。
 でも体は動かない。
 女の子の悲鳴が耳に残る。いや、今でも響いているのか。それすらも分からない。
 使い魔がごっくん、と音を立てて、左手の成れの果て、血が滴る異様な肉塊を飲み込んだ。

さやか「ああぁぁ……!」

 左手を失くした女の子が、全身をびくんびくんと痙攣させている。
 痛みで気絶したのか、ショック氏したのか。分からない。分からないけど。

さやか「きょ……すけ……!」

 恭介と女の子が、ダブって見えた。

さやか「うわぁぁぁぁああぁあぁ!!」

 気がついたら駆け出していた。
 痙攣する女の子を啄ばもうとする使い魔を後ろから体当たりして突き飛ばす。

さやか「うっ、うぅっううぅぅぅうぅぅ!!」

 恐怖と怒りとがごちゃ混ぜになり、頭の中でせめぎ合う。続けざまに使い魔を何度も踏みつける。

さやか「はっ……は……はぁっ……!」

 使い魔がお菓子の中に沈み込んだのを見届けてから女の子の方を振り返り、

215: 2011/07/29(金) 12:30:21.62 ID:dSAMDAYMo

さやか「かはっ……!」

 わき腹の辺りに何かが当たった――ような、気がする。
 そう認識した直後に、まず頭が揺さぶられ、次に肺から空気が漏れて、なにかがミシミシいって……

 起き上がった使い魔の体当たりをもらったのだと把握したのは、ケーキみたいな何かに半身をうずめてからだった。

さやか「あぅ……あぁ……!」

 わき腹が熱かった。
 痛かった。
 悲鳴を上げようとしても、出ない。
 それ以前に呼吸すらままならなかった。

 痛い。怖い。嫌だ。
 それでもあたしはむりやり頭を起こして、ぼんやりとした視界の中に使い魔と女の子、それから白い何かを入れた。
 使い魔が女の子を食べようとしてる。止めなきゃ。でもどうやって?

さやか(てれぱしー……)

 駄目だ。結界の中からじゃ届かない。
 仮に届いても、受け取ることが出来るのはせいぜいマミさんくらいだ。
 マミさんは戦えない。ステイルも転校生もどこにいるか分からない。
 それ以前にキュゥべぇがいないからテレパシーできないじゃん――いない?

 いや、いる。いた。

さやか「痛……ぅ……」

 筋肉が悲鳴を上げるってこんな感じかな、などと思いながらなんとか首を動かす。
 視界の端に映る白い何か。それはつまり。

216: 2011/07/29(金) 12:31:22.02 ID:dSAMDAYMo

さやか「キュゥ……べぇ……」

QB「大丈夫かいさやか!? 様子を見に来たはいいけど、まさかこんなことになってるだなんてね」

さやか「だれ……か……」

QB「運が良ければマミが助けに来てくれるはずだ。それまで持つかい?」

さやか「だ……め、だよ……」

QB「なぜだい? 彼女なら、あの程度の使い魔は一撃で倒せるよ?」

さやか「マミさん……氏んじゃう……」

QB「……仕方がない、それじゃあ君だけでも隠れられる場所まで運ぼう。あの女の子には囮になってもらう形になるけど」

さやか「そん……ぁ……!?」

QB「無理に喋らない方がいいよ、多分肋骨が折れてるからね」

QB「それに、あの女の子はいずれにしたってもう助からない」

さやか「なん、と……ならない……?」

QB「無理だね。“今の君”では、なにも出来ない」

QB「奇跡か、魔法でもない限りはどうにもならないよ」

さやか「くぅ……!」

QB「……君が魔法少女になれば、彼女は救えるかもしれないね」

217: 2011/07/29(金) 12:32:36.72 ID:dSAMDAYMo



QB「でも、君は奇跡も魔法もいらないって言ったじゃないか」



QB「つまり君は魔法少女になるつもりはないのだろう?」



QB「じゃああの女の子は諦めてもらわないとね」


.

219: 2011/07/29(金) 12:33:10.53 ID:dSAMDAYMo



さやか「……」



 迷ったのは、ほんの2,3秒。躊躇ったのは、1秒にも満たなかった、と思う。


.

220: 2011/07/29(金) 12:34:05.19 ID:dSAMDAYMo

さやか「……なる、よ……魔法、しょ……じょ……」

QB「……後悔しないね?」

さやか「……う、ん」

QB「それじゃあ願いを言ってくれるかな」

さやか「……あたし、の……ねが……いは……」



さやか「――――――――――――――――――――――――」


.

221: 2011/07/29(金) 12:34:31.19 ID:dSAMDAYMo

QB「君の願いは、エントロピーを凌駕した」

QB「さぁ、受け取るといい」

QB「それが君の」





QB「運命だ」




.

222: 2011/07/29(金) 12:35:04.17 ID:dSAMDAYMo

 ほぼ同時刻。
 9割5分が黒く染まったSGを手元で転がしていたマミは、突如として言いようのない不安に襲われた。

マミ「虫の知らせ……ってやつかしらね」

 魔法少女としての経験と、元からある直感が『これから良くないことが起こる』と告げているような、そんな漠然とした何か。

 そして彼女は。

 ほんの少しも迷わず、“刹那の時間すらも躊躇わず、SGを握り締める。

 その動作に呼応するかのごとく、SGが一度だけ大きく脈動するように輝きを放った。
 それが示唆するのは、使い魔の存在。

マミ「使い魔……! 大変、早く行かなきゃ……!」

 患者用のパジャマを着たまま、大急ぎで病室を飛び出す。
 さきほどまでマミの傍らにいたはずのQBがいなくなったのも、魔女が原因だろう。
 頭の中で目星をつけながら、一度だけテレパシーを試みるが応答は無い。
 既に結界の中か、あるいは……

マミ(位置的に屋上、で合ってるわよね……?)

 可能な限り魔力を節約しつつ、全速力で使い魔がいるであろう場所に向かう。
 運が良ければ、SGが黒く染まりきる前にマスケット銃で使い魔を撃退することくらいは可能だろう。
 引き金を絞った後の事は考えない。

マミ(私に出来るのは、みんなを守ることだけだから!)

223: 2011/07/29(金) 12:35:35.37 ID:dSAMDAYMo



――彼女はまだ知らない。それどころか、永遠に知ることはない。

――その優しさが、結果として“みんな”の心に深い傷を負わせてしまうことになるのを。


.

224: 2011/07/29(金) 12:36:08.60 ID:dSAMDAYMo

 さらにほぼ同時刻。
 “散歩”途中に使い魔の結界に気付いたステイルと、
 たまたま彼の近くにいたまどかもまた、マミと同じように屋上を目指して走っていた。

 ただし――“とある事情”で体力の乏しいステイルは、まどかにすら置いてけぼりにされて階段を這うような形で目指していたが。

ステイル「クソッ……はぁ、はっ……ええい!」

ステイル(こんなことなら神裂達のサポートを受けるべきだった……!)

 そう。
 先日までマミを観察していた神裂一派は、すでに他の地区の魔法少女の観察に移っている。
 つまり、彼女達の援軍はまったく期待できないということだ。

 もしかしたら、使い魔が病人を襲うかもしれない。
 もしかしたら、それを止めようとマミが戦い命を落とすかもしれない。

 あくまで過程の話とはいえ――
 それらはステイルが神裂たちに接触していなければ回避できたかもしれない事態。
 無論、だからといってステイルに非はない。

 だが。

ステイル(いつもそうだ、僕はこうやって、後悔してばかりだ。)

 ステイルは悔やむ。

ステイル(あの子と痛みを分かち合うことも、地獄の底から引きずり上げることも出来ない頃となんら変わっていない!)

 這いずりながら、過去に思いをはせる。

225: 2011/07/29(金) 12:36:59.29 ID:dSAMDAYMo

『嫌だよ……私、忘れたくないよ……!』

 例えばそれは、白い修道服を着た、幼い少女の涙。

『テメエのその手で、たった一人の女の子を助けてみせるって誓ったんじゃねえのかよ!』

 例えばそれは、ツンツン頭が特徴の、真っ直ぐな少年の叫び。

ステイル(くそったれ……!!)

 汗でびっしょりと濡れた神父服を引きずりながら、倒れこむようにして屋上に通じる扉を開け放ち。

 彼は言葉を失った。

 ステイルの目の前に広がっていた光景は――

226: 2011/07/29(金) 12:37:42.93 ID:dSAMDAYMo

 呆然と立ち尽くす、鹿目まどかと。

 SGを握り締めたまま、同じように立ち尽くす巴マミと。

 唇をぎゅっと噛み締めている、暁美ほむらと。

 いつも通りのキュゥべぇと。



――血だらけの、しかし傷一つ無い女の子を抱きかかえた、青い騎士のような格好をした美樹さやか。


.

227: 2011/07/29(金) 12:39:14.01 ID:dSAMDAYMo

さやか「えへへっ……」

 彼女は照れくさそうにはにかんで、喋り始めた。

さやか「全部丸く収まって、めでたしめでたし。ハッピーエンド!」

さやか「やっぱ物語ってのは、こうじゃないとね」

さやか「ごめんねマミさん、結局願い事、その場の勢いで決めちゃった。でもあたし、後悔してないよ」

 そう言って、腕の中ですやすやと寝息を立てている女の子に目を向ける。

さやか「だってあたし……最高に幸せだから!」

 喜びから来る涙を浮かべて、彼女は微笑んだ。

 そんな美樹さやかの行動を称えるかのように。
 あるいは新たな魔法少女の誕生を祝福するかのように。

 彼女の足元から、花びらが舞い上がった。

228: 2011/07/29(金) 12:39:40.06 ID:dSAMDAYMo

マミ「そう……契約してしまったのね」

さやか「うん。ごめんなさい、マミさん」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「あはは、そう暗い顔しないでよ。ね?」

ほむら「……大丈夫?」

さやか「うん、へーきへーき。あんたにまで心配されるとは思わなかったなぁ、へへっ」

ステイル「なんてことを……」

さやか「ちょ、ちょっとぉ、そこは冷静に突っ込みいれるところじゃないのー?」

ステイル「……バカが」

さやか「むっ、やっぱ前言撤回。汗だくだくの神父にバカとは言われたくないなー」

さやか「……ごめん」

マミ「ひとまずその女の子を運びましょう。何があったか知らないけど、手放しで喜べる状況じゃないみたいだし」

ほむら「私は使い魔が他にいないか調べてくるわ」

マミ「ありがとう、頼んだわね」

ステイル「……はぁ」

まどか「さやかちゃん……」

229: 2011/07/29(金) 12:40:50.41 ID:dSAMDAYMo

 さやかが事情を説明すると、ステイルは血やらお菓子の跡やらをルーン魔術で綺麗さっぱり洗い流した後で、
 寝息を立てる女の子を病院の人間に引き渡した。

 お菓子に対する精神的外傷、つまりトラウマが芽生えるかもしれないが、あくまで軽い物というのがステイルの見立てだ。
 つまり、悪い夢を見ていた程度のことにしか思わない、ということ。
 それを聞いたさやかは安堵の表情を浮かべて、それから照れくさそうにそっぽを向いて。

 ありがとう、と小声で言った。

マミ「あの女の子を救う……それを叶える代わりに魔法少女に……ね」

まどか「本当に、良かったの? さやかちゃんならその、上条君の腕だって……」

さやか「んー、実はちょっとだけ悩んだ」

さやか「でもほら、恭介は治るって分かってるしさ」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「それに比べて、あの子は治るどころか……あそこで終わっちゃいそうだったから」

 だから、と。笑顔を浮かべて、さやかは続ける。

さやか「あたしは、後悔してないよ」

ステイル「……そうかい」

さやか「あーでも、これであたしは文字通り、一人分の命背負うことになったんだよね。じゃあ気をつけないとなー」

まどか「え? あ、そっか、願い事……」

マミ「そうね、SGが穢れ切れば願いは取り消されてしまうもの」

まどか「マ、マミさん知ってたんですか!?」

さやか「……敵わないなぁ、この人には」

230: 2011/07/29(金) 12:41:27.56 ID:dSAMDAYMo

マミ「そうよ美樹さん。彼の方が戦い慣れてるみたいだし、ここは素直に甘えておきましょ?」

さやか「で、でも……」

マミ「そもそも魔女は簡単には出てこないの。というかそんなにぽんぽん出てこられても困るし……」

マミ「友達なんだから、ね?」

 マミにウインクをされたステイルが顔を赤らめる。
 その様子を怪訝そうな顔で見やりながら、まどかはおずおずと手を挙げた。

まどか「あっあの、わたし、わたしはなにをすれば?」

 そんなまどかの言葉を受けた四者のリアクションは。

ステイル「え?」

さやか「あー……」

マミ「えっと……」

QB「なんなら僕と契約して、魔法少女になってよ!」

まどか「(無視)も、もしかしてわたし、また何もすることないの……?」

さやか「……いやぁー、あったわ。まどか、ちょっと目ぇ瞑ってて」

まどか「え? う、うんいいけど」

 言われた通りに目を瞑るまどか。
 さやかは下卑た笑みを浮かべながら、指をわきわきさせてその背後ににじり寄る。
 ため息をつき、それらを一切無視してステイルはキュゥべぇに視線を向けた。

231: 2011/07/29(金) 12:42:32.70 ID:dSAMDAYMo

ステイル「そういうわけだから、美樹さやかとマミを戦わせないように注意してくれるかい?」 オリャァー! ヒィィー!

QB「それはお安いご用だけど、今日みたいな状況になったら僕でも止められないよ。マミもね」 カワイイヤツメ クノクノー!

ステイル「……やはり戦おうとしたのか」 チョッ、ヤメ…アッ…

マミ「ええ、ごめんなさいね」 オウオウココカ、ココガエエンカー?

ステイル「いや、謝ることはないよ。とにかく君は病室から出ないようにしてくれ、体力の消費でSGが穢れるかもしれない」

マミ「えっと……実はね、明日の午前中にも退院する予定なの」

ステイル「……分かった、明日の夜までにはGSを調達しておこう。ところで」

 ちら、と視線を元に戻すと。



まどか「……」

さやか「いや本当なんか調子に乗っちゃって……浮かれてて、あの……」

さやか「すいませんでした……申し訳ありませんでした……」

 そこには何故か土下座しているさやかと、感情の篭っていない目で見下ろしているまどかの姿が。
 呆れるやら馬鹿馬鹿しくなるやらで、笑っているような怒っているような表情をステイルは浮かべた。

ステイル「なんというか……大したものだよ、君達」

マミ「確かに。一戦終わった後にこれだもの。良い神経してるわね……」

QB「その台詞はどうかと思うよ」

232: 2011/07/29(金) 12:43:51.41 ID:dSAMDAYMo

 病室に戻ってベッドに潜り込むと、マミは笑ってドアの方を向いた。

マミ「そんなに気を遣って護ってくれなくてもいいのよ? 暁美ほむらさん」

 ややあって、ドアが開かれる。
 そこには見滝原中学の制服を着た暁美ほむらの姿があった。

ほむら「……気を、煩わせてしまったかしら」

マミ「まさか。あなたの好意は嬉しいけど、まだちゃんと助けてもらったお礼をしていなかったでしょう?」

 そう言って、マミは頭を下げる。

ほむら「……礼を言われる筋合いは無いわ」

マミ「もう……本当はね、まだあなたのこと完全に信頼したわけじゃないの」

ほむら「でしょうね。それが正しい判断よ」

マミ「話は最後まで聞くこと。あなたがキュゥべぇにしたことは、正直まだ許せない」

マミ「今だって怒りたい気持ちでいっぱいよ?」

ほむら「……」

マミ「だけどあなたが、鹿目さんや美樹さんを心から心配していることが分かったから……それでおあいこね」

ほむら「……心配しているからって、何も変わったわけじゃ」

マミ「いーえ変わります。少なくとも私の中ではあなたは良い子に分類されました!」

 呆気に取られるほむらに向かってウインクすると、マミは笑った。
 その言葉に、笑顔に、嘘偽りなどは一切見当たらない。

233: 2011/07/29(金) 12:44:48.41 ID:dSAMDAYMo

ほむら「……好きにしなさい」

マミ「はーい、好きにしまーす」

ほむら「ああもう……あなたは何がしたいの?」

マミ「仲良くなりたいのよ。まずは自己紹介から。私は巴マミ。あなたのお名前は?」

ほむら「なにをいまさら……」

マミ「こういうのは形が大事なのよ。ほら、あなたのお名前は?」

ほむら「……暁美ほむらよ」

マミ「暁美ほむらさんね。そうそう、鹿目さんに聞いた時から思ってたけど……」

ほむら「なにかしら?」

マミ「格好良いわね、その名前。燃え上がる情熱の炎って感じで」

 瞬間。
 思わずマミが手を伸ばしてしまうほど、分かりやすいくらいにほむらの姿が揺れた。
 身を案じたマミがナースコールに手を伸ばすが、彼女は揺れたまま首を横に振ってそれを制止する。

マミ「大丈夫?」

ほむら「え、ええ。ちょっと動揺しただけよ……名前の件だけど」

 動揺から立ち直ると、しかし手先は震えたまま話を元に戻そうとする。

マミ「あ、うん」

 その迫力に気圧されたマミは反射的に首を縦に振った。

234: 2011/07/29(金) 12:45:42.29 ID:dSAMDAYMo

ほむら「情熱の炎、ね……でも変よ」

マミ「変じゃないわ、立派な名前よ?」

ほむら「っ……それに、その……名前負け、してるわ」

 俯き、消え入る声で呟くほむらの姿は、マミにはとても心細そうに見えた。
 その言葉に、どれだけの思いが込められているのか。マミには分からない。
 しかし同時に彼女の抱える物の大きさを感じ取り、悲しく思う。

ほむら「……」

マミ「……私は」

マミ「私は、名前負けなんてしてないと思うわ。今の暁美さん、その名前に相応しいぐらい格好良いと思う」

ほむら「――!」

 ばっ、と目を見開いたほむらが顔を上げる。
 その拍子に、きらきらと輝く何かが宙を舞った。
 それはふわりと風に乗り、しかしすぐに床に落ちて弾けてしまう。
 涙だった。

ほむら「……巴、さん」

マミ「えっ?」

ほむら「なっ、なんでもないわ! GSは私が探すから、安静にしていなさい!」

 ごしごしと袖で目元を拭って足早に立ち去ろうとする彼女の背中は。
 初めて会った時よりも小さく見えて。
 なぜか切なくなったマミは、その小さな背中に向かって声を投げかける。

マミ「また会いましょうね、暁美さん」

 ほむらはびくっと肩を震わして、それから何も言わずにドアを閉めて立ち去った。
 マミは彼女が居た場所から目が離せなかった。
 目を離してはいけない、そんな思いに駆られていた。

235: 2011/07/29(金) 12:46:09.34 ID:dSAMDAYMo

――その日の夜。
 皆と別れ、一人で帰宅しようとしていたまどかは詩筑仁美と顔を合わせた。
 先程のこともあってかいつもより元気なまどかは笑顔を浮かべて手を振り、

まどか「――え?」

 彼女の首筋にある妙な痣――魔女の口付けと呼ばれている――に気がついた。

まどか「ひ、仁美ちゃん!? お稽古ごとは、あのそれよりも……仁美ちゃん?」

仁美「……あぁらぁ、鹿目さん。ごきげんよう」

 目の焦点が合っていない。声も若干上ずっていて、それがよりいっそうまどかを不安に駆り立てる。

まどか「仁美ちゃん、どこ行こうとしてるた!?」

仁美「どこってそれは、ここよりもずっといいぃ、一段高い界ですわぁ。そぉだ、鹿目さんもご一緒にどうですかあ?」

まどか(か、界? 良く分からないけど、みんなを呼んだほうが良いのかな?)

 慌てて携帯電話を取り出し、ついさっき番号を交換したばかりのステイルに電話をかける。
 そうしている間にも、仁美はどこからか現れた同年代と思しき短髪の少女(時々頭の辺りが青く発光する)と共に、
 意気揚々とどこかへ突き進んでいく。
 仕方なく二人の後に続いていると、数回のコール音の後に電話が繋がった。

まどか「もっもしもし、ステイル君! わたし、まどかです!」

 電話に耳を傾けると、ノイズ混じりのステイルの声が聴こえてきた。

ステイル『ああ、どうし――い? なに――もあっ――』

 否、ステイルの声混じりのノイズだ。ノイズの音が大きすぎて、まどかは少しだけ顔を顰めた。

236: 2011/07/29(金) 12:46:37.38 ID:dSAMDAYMo

まどか「あ、あのね? 魔女が出たの、ああでも使い魔かも……とにかく、その」

ステイル『なん――て? すまな――ちど言って――あ、ノイズが――』

まどか(そんな、どうしてこんなっ……)

 プツッ、と通話が途絶えると同時に、どこかの工場らしき場所に辿り着いた。
 そこには似たような痣を首筋に持った二十人近い人が集まっていた。
 中心にいる夫婦らしき者の手には――げに恐ろしきは科学洗剤。特定の種類を混ぜることで氏をもたらすものだ。
 そしてその二人は――いかにも、といった具合にバケツに洗剤を注いでいた。

まどか「だ、だめ、それはだめ! あれ危ないんだよ! みんな氏んじゃうよ!」

仁美「そーう、あの神聖な儀式によって、これからみんなで素晴らしい界へ旅に出ますの!
.     そのために不要な肉体(からだ)を捨てるのです。それがどんなに素晴らしいか分かりませんか?」

 声高らかに宣言する仁美を称えるように、周囲の人間が拍手をした。
 中には小声で、

『ミサ……ワークとのせつ……あたらしい……トール……』

 ……などと怪しい呪文を口にする者までいる。
 駄目だ、このままじゃ駄目だ。

まどか「ごめん、仁美ちゃん!」

 仁美を振り切り、無我夢中でバケツを抱え上げる。
 そのまま手近の窓に思い切りぶつけて、工場の外に投げ出した。
 ばしゃっ、とバケツの中身が零れた音がした。近づかなければ大丈夫だろうと判断して振り返ると。

まどか「ひいぃ!」

 すぐ目の前に、大勢の人が迫っていた。

237: 2011/07/29(金) 12:47:06.13 ID:dSAMDAYMo

まどか「やっ、やだよ、助けて……!」

 まどかの声は届かない。
 大柄の男が、その手をまどかの首に伸ばし――



「やっと対洗脳時用思考プログラムをMNWから取得することが出来ました、とミサカは無い胸を張って堂々と報告します」



 ――短髪の少女が放った“電撃”に打たれて、激しく仰け反った。

まどか「な、なにが!? それ、なんなの!?」

 そんな彼女の声に応えるように、短髪の少女は己の頭を親指でさした。

??「それはここに、この中に」

238: 2011/07/29(金) 12:48:07.66 ID:dSAMDAYMo

 それは二つの事情を知っている者からすればなかなか笑えるギャグだったが……
 残念ながらまどかはそれを知らなかった。

 短髪の少女は、痙攣する男を前にしてやれやれと首を振る。

??「能力の発生元とそれはの歌をパロった絶妙なギャグだったのですが……残念です、とミサカは自虐的にため息をつきます」

??「さて、本来なら外部での能力使用は厳禁なのですが、とミサカは前置きをしつつ――」

??「――これは正当防衛扱いで済みますよね。ぴっぴかちゅう(笑)ってか」

 ビリビリビリビリィィー!! である。

 短髪の少女を中心にして、工場が発電所へと丸変わりした。
 鉄パイプを持った男性が痙攣し、少女の首に手をかけようとする女性を気絶させ、暴れる人達を瞬く間に鎮圧していく。

 この場に留まるのは危険だと判断したまどかが、這いずる様な形で隣の部屋に逃げ込む。

239: 2011/07/29(金) 12:48:51.32 ID:dSAMDAYMo

まどか「で、電気って……いったいなにが、どうなっ……!?」

 逃げ込んだ先で、まどかは淡く光って蠢く緑色のもやを目にした。
 人間とは明らかに違う、怪しい物体――魔女か、使い魔か。

 とうとう逃げることも忘れて、まどかは背後に設置してある多数のモニターに背を預けた。

まどか「もうやだよぉ……へっ?」

 するとモニターが怪しく光り出し。
 画面から不気味なシルエットをした天使のような人形の使い魔が複数這い出て来た。

まどか「ひぃっ!」

 使い魔はまどかの身体を掴み、有無を言わせず画面の中に引きずり込もうとする。
 必氏にもがき、なんとかしようとするが使い魔は離れない。
 さらに緑のもやが、まどかの体を呑み込んで行く。

まどか(いやだ……こんなの……!)

 今度こそ駄目かと、まどかが諦めたその瞬間。



「あまり良い造形してないわね……とりあえずブッ潰れろ、スライムモドキが!」



 女性の声が響き渡り、突然現れた“巨大なグー”が緑のもやを押し潰した。

まどか「こっ、今度はなんなのぉ!?」

 使い魔の拘束から解放されたまどかは、転がるようにその場を離れようとして。

????「下手に動くと危ないわよ? 挽肉になりたくなかったらじっとしてろクソガキ」

 ボロボロの黒衣――というかゴシックな感じの服を着た、褐色金髪の女性に首根っこを掴まれた。

まどか「あ、あの……!?」

 疑問を口にする前に、まどかの目の前の地面がぼこっと盛り上がった。
 それは辺りにある資材や部屋を覆うフェンス、挙句の果てにはパイプ管まで取り込んでいき――

240: 2011/07/29(金) 12:50:00.05 ID:dSAMDAYMo

まどか「ゴー……レム?」

 人――正確には天使――を模した巨大なゴーレムが完成する。

????「あんまり好きじゃないわね、結界に篭って好き勝手するなんて」

????「そぉいうのはなぁ……引きこもりの根暗野郎がすることだろぉがよぉおおおおおッ!!」

 ゴーレムがいとも容易く使い魔をなぎ払った。
 結界の外では形が保てない性質なのか、モニターから離れた使い魔はぐにゃりと捻じ曲がり消滅する。
 黒衣の女はにやぁ、とサディスティックな笑みを浮かべて、

????「へーえ、水が無けりゃ生きられない魚ってわけね……だったらよぉッ!」

 空気を切り裂き、コンクリートやらなんやらで構成されたゴーレムの太い腕が“掻き消えた”。
 否、正確にはひび割れた複数のモニター、その少し手前に現れた空間の歪みに呑み込まれているのだ。

まどか「な、なにを……」

????「なにって……引きずり出すだけよ、引きこもりの根暗野郎をなあぁあああッ!」

 ぶんっ、とゴーレムの腕が歪みから抜け出る。
 その手の中には、ぴくぴくと身を震わせる赤黒い物体があった。恐らく、魔女だろう。
 結界から無理やり引きずり出された魔女は、怯えるようにガクガクと身を震わせて、それからぐにゃりと歪んで消滅した。
 ゴーレムの手のひらからグリーフシードが零れ落ちる。

まどか「あなた……誰?」

 パニックで思考がぐちゃぐちゃになったまどかは、ゴーレムと黒衣の女を比べるように見てから疑問を口にした。

241: 2011/07/29(金) 12:50:45.23 ID:dSAMDAYMo



????「あぁ……自己紹介がまだだったわね。私はシェリー」



シェリー「イギリス清教所属の魔術師、シェリー=クロムウェルだ」


.

242: 2011/07/29(金) 12:52:38.77 ID:dSAMDAYMo

――いつものボロアパート。

ステイル「つまり偶然魔力を探知した君が駆けつけたときには、その場にいた人間は口から泡を吹いていたと。
       そういうことだな、シェリー=クロムウェル」

 スティッガムを咥えたステイルを前にして、彼女は気だるげに頭を掻き、面倒くさそうに首を縦に振った。

                シスターズ
シェリー「そうよ。その場に妹達の一人がいて、そいつが暴れたってしょぼくれた顔しながら言ってた」

ステイル「魔女の口付けを受けてなお行動できる……ミサカネットワークの補助のおかげか」

 妹達とはまどかを助けた短髪の少女のことだ。
 同時に、彼女は“電気”を扱うことが出来る能力者でもある。
 わけあって一万人近い姉妹を持ち、なおかつ電気を利用したミサカネットワークと呼ばれる独自の思考網を持つことで、
 その一万人近い彼女らと思考や記憶を共有することが出来る。

 魔女の口付け、つまり洗脳を受けても、他の妹達が代理演算や思考の手助けをしたのだろう。

ステイル(電話が通じなかったのは、能力の暴走とネットワークの集中によってジャミングされてしまったせいか……)

シェリー「だがまぁやりすぎたからな。とりあえず適当にぶん殴って、彼女もろとも病院送りにしておいたわ」

 そう言って、膝に頭を乗せてすやすやと寝息を立てているまどかの頭を優しく撫でる。

ステイル(へぇ?)

 色気や優しさとはかけ離れた彼女が、誰かの頭を撫でるというのは結構珍しい。
 相手の気に障らないように小さく笑って、しかし声のトーンは変えずにステイルは言う。

ステイル「で、どうして鹿目まどかを連れて来たんだい?」

シェリー「あぁん? 私の役割は魔女文字の解読だろうが。この子の管理はあなたの役目でしょう?」

ステイル「いや、そんなことは……ないとは言い切れないね。分かった、彼女は僕が家に送り届けよう」

 15分後、彼はまどかを背負ったまま白目を剥いて倒れている姿を暁美ほむらに発見されることになるのだが。

 それは割愛しておこう。

252: 2011/07/29(金) 23:12:53.61 ID:dSAMDAYMo

看護士「いやぁよかったわねぇ。原因不明の火傷、軽くて」

マミ「はい、その節はご迷惑をおかけしました」

看護士「でも本当に良かったの? 親戚のおばさん、呼んだら迎えに来てもらえたでしょうに」

マミ「はい、私はこの通りぴんぴんしてますから。あまり迷惑はかけられませんので」

看護士「そう……」

看護士(偉いわね……まだ15歳なのに)

マミ「では、お世話になりました。さようなら」

看護士「ええ、さようなら! また会いましょ!」

マミ「それってまた入院して欲しいって意味ですか?」 クスッ

看護士「あ、そっか。じゃあ次に会うときは健康診断か検査入院のときね」 フフッ

マミ「はーい、それじゃあまたいつか!」

 看護師に見送られながら、マミはカバン片手に病院を後にした。

253: 2011/07/29(金) 23:14:28.90 ID:dSAMDAYMo

 そして。
 帰り道に魔女と遭遇することも。
 車にはねられたり雨が降ったり魔法少女にソウルジェムを抉り出されるとかいうこともなく。

 無事に、マミは自分の住む部屋に帰宅した。
 この数年間、キュゥべぇと共に築き上げてきた、短いながらも歴史のある部屋に。

マミ「ふぅ……ほんの三日振りだっていうのに、なんだか懐かしくなってきちゃうわね」

マミ(色々あったものね、仕方ないわ)

 この三日以内にあったことと言えば、まず後輩に弱みを見せた。
 それと氏にかけた。次に胸元が爆発した。熱かったというか、痛かった。
 あと入院した。魔術なる能力のことを知った。お友達が三人、いや四人増えた。
 いやぁ出るわ出るわ、下手したら半年間分のイベント先取りしてるんじゃ? と首を傾げるほどだ。

 だが不思議と悪い気はしない。

マミ「ふふっ」

 マミは微笑んで、湯を沸かすためにキッチンへと向かう。

254: 2011/07/29(金) 23:15:40.82 ID:dSAMDAYMo

マミ(それにしても美樹さんがねぇ。他人を助けるために魔法少女に、かぁ。憧れちゃうわね、そういうの)

マミ(でも、美樹さんが選んだのは辛く険しい道のり。私の場合は自分だけで済むけど……
   彼女はあの女の子の運命も背負っていることになる。彼女だって十分辛いでしょうに……)

マミ(ソウルジェムが黒く染まれば、願いは無効になる……私は、あとどれくらい持つのかしら)

 茶葉を取り出しつつ、空いた右手にソウルジェムを具現化させる。
 染まり具合はジャスト9割6分といったところか。昨日とさほど変わっていない。
 その様子に満足したマミは再びソウルジェムを指輪状に変化させようとして。

マミ(……あまり変わっていない?)

 その矛盾に気がついた。
 探知魔法と身体強化による全力疾走。この二つを行えば、穢れが1%程度増加してもおかしくはない。
 だが、それだけだった。

マミ(私の願いは、自身の治療……いいえ、延命と言っても良い)

 本来ならばとうの昔に氏者であるこの身を願いの力で生者へと変化させているのだ。
 もう少しソウルジェムが黒く染まっていてもおかしくはない。それが道理のはずだ。

マミ(魔法を使った分を差し引けば、ほとんど変化なし。ということは)

 ……願いの持続に、魔力は費やされない?
 そう言えば、ソウルジェムの穢れの溜まり具合には、微かな誤差はあっても一定の規則などなかった気がする。
 あれはむしろ落ち込んだりしてしまった時に黒く染まっていたような……。

マミ(待って、それよりも考えるべきことがあるわ)

 そう。願いの持続に魔力が費やされないのならば、願いは消えないはずだ。
 ではソウルジェムが黒く染まった時、一体何が起こるというのだろう?

255: 2011/07/29(金) 23:17:12.76 ID:dSAMDAYMo

マミ(そういえばキュゥべぇ、昨日妙なことを言ってたわよね。あれはなんだったのかしら)

 思考しながら、慣れた手つきで沸騰直後のお湯をポットに注いで空気と湯とを絡み合わせる。
 そして、昨日キュゥべぇが言おうとしていた言葉を思い出そうと彼女は過去へ意識を飛ばした。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

QB『……いちが……にそうと……言えな……どね』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 いちが、いちがつ、いや……いちがい、一概。

 とすればその次は、にそうと……一概に、そうとは。

 言えな、これは分かる。言えない、とか言えなかった、とかだろう。

 じゃあ最後も簡単だ。けどね、とかだろう。これらを繋ぎ合わせると……

マミ(『一概にそうとは言えないけどね』……? 何のことかしら?)

マミ(確かその前に、美樹さんと願いの話をしていたから……)

マミ「ソウルジェムが黒く染まっても、願いが取り消されるとは言えない……?」

マミ「いえ、違うわ。例外はあるということ。あるいは……結果的に取り消された形になってしまう……?」

 呟きながら、紅茶が注がれたカップと切り分けておいたケーキを居間のテーブルへと運ぶ。
 一度キッチンに戻って軽く後片付けをしながら、マミはさらに思考を巡らせる。

256: 2011/07/29(金) 23:19:19.43 ID:dSAMDAYMo

マミ(私の願いは取り消されるけど、美樹さんの願いは取り消されない……?)

マミ(素質の問題、それはあるかもしれない。でも鹿目さんならともかく、私と美樹さんにそれほどの差があるようには思えない)

マミ(とすると……願いの対象? 自身か、他者か? それはなぜ?)

マミ(……私の願いは延命。そしてソウルジェムが黒く染まると、私は氏んでしまう、はず。
   それは願いが取り消されるからではなく……ソウルジェムが黒く染まることで氏んでしまうからだとしたら……!?)

マミ(でも待って、どうしてそれだけで氏んでしまうの? おかしいわ、そもそもソウルジェムって――)

 そこでふと、マミはステイルの言っていた言葉を思い出した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ステイル「……黒い宝石かい? ソウルジェムに似ているね。上の飾りは蝶の羽を模しているようだが」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 なんの知識も持たない彼がグリーフシードを見たときに発した、純粋な感想。
 グリーフシードはソウルジェムの穢れを取り除く便利な物なので、確かに関連性はあるのだが。

 もしもそれが。
 関連性などという薄っぺらい言葉で済むものじゃはなかったとしたら。

マミ(まさか――!)

257: 2011/07/29(金) 23:22:05.43 ID:dSAMDAYMo

 ソウルジェムとグリーフシード、この二つが限りなく近い物であるとしたら。
                      ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

 魔法少女と魔女、この二つが限りなく近い者であるとしたら。
                ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

 その推測に至った時、最初にマミが抱いた感情は、思いは、言葉は。

 後悔。

 それは自身が魔法少女のさらに先へ……ローラの察するところの『魔上(まじょう)』に達することを想像し、抱いたわけではない。
 それだけなら、まだ自己を保てた。冷静にもなれた。
 だが彼女は甘く、優しい人物である。自身の危機よりも先に、他人の心配をすることが出来る人物である。
 なによりも彼女が後悔したのは――

マミ(私は、美樹さんになんてことを……!!)

 美樹さやかを魔法少女に導いてしまった事実。
 魔法少女になる理由を、きっかけを、作ってしまったこと。

 巴マミのソウルジェムが、思い出したかのように脈動し始める。
 それは暗く、重たい、黒い脈動。
 同時に始まる穢れの噴出。

 だがマミはそれに気がつかない。

 胸の辺りが苦しくなるのを感じながらも、大事な親友であり、かけがえのないパートナーであるキュゥべぇに。
 自分の考えが出鱈目であることを証明してもらおうと、彼女は目一杯まで魔力をひりだし、テレパシーを送ろうとした。

258: 2011/07/29(金) 23:23:07.23 ID:dSAMDAYMo


マミ『キュゥべぇ……キュゥべぇ、お願いだから……』


マミ『お願いだから返事をして、キュゥべぇ――!』





マミ『キュゥべぇ――!!』




.

259: 2011/07/29(金) 23:23:48.80 ID:dSAMDAYMo

――その少し前、学校

仁美「ふわぁ~あ。ああ、とても眠いですわ」

ステイル「はしたない……」

仁美「あはは、ごめんあそばせ」

さやか「どったの仁美、寝不足? とうとう仁美も夜更かしするような年齢になったのー?」

まどか「さやかちゃん、その台詞親父臭いよ……」

仁美「夕べは病院やら警察やらで夜遅くまで」

さやか「へぇ! 何かあったの?」

仁美「どうも私、夢遊病らしくて。大勢の人と一緒にとある工場で倒れていましたの」

まどか「……そう、なんだ」

仁美「お医者様が言うには集団幻覚だとか。それに工場の機材が故障していたようで、電気を浴びてしまったらしいんですの」

ステイル「(あのバカ……)そ、それは災難だったね! 病院に行かなくても平気なのかい?」

仁美「実はそのせいで放課後も精密検査で……はぁ、メンドクサいわぁ」

さやか「大変だねぇ、あははは!」

まどか(仁美ちゃん……)

260: 2011/07/29(金) 23:24:45.61 ID:dSAMDAYMo

 仁美と別れた三人と一匹は、帰り支度をしながら彼女のことについて話を交わしていた。

さやか「仁美の症状って、やっぱり魔女のせいなんだよね」

ステイル「うっ……ま、まぁ良いじゃないか。魔女は倒したし、彼女も元通りだ。何も問題は無いだろう?」

まどか(電気はステイル君のお友達がやったことなんだけどね……)

さやか「まーそれもそっか。んじゃ、マミさん家行こっか?」

QB「グリーフシードも早く届けたいしね」

ステイル「そうしよう……と、その前に」

 ステイルはちらりと最前列の席を伺った。
 妙にそわそわしたほむらが、その視線に気がついてさっと姿勢を正す。
 その態度に苦笑しながら、ステイルは改めて向き直って声をかけた。

ステイル「君もどうだい、暁美ほむら」

ほむら「うっ……わ、私は別に、その」

さやか「(わっかりやすいツンデレー、この子好きだわ私) あんたも心配なんでしょ? じゃあ一緒に行こーよ」

まどか「そうだよ、ほむらちゃんも行こ? ね?」

ほむら「……し、仕方が無いわね」

ステイル「……ふっ」

261: 2011/07/29(金) 23:26:34.20 ID:dSAMDAYMo

 隣に並んで歩くほむらの肩を見ながら、ステイルはなんとはなしに口を開いた。

ステイル「昨日は助かったよ、わざわざすまなかったね」

ほむら「気にする必要は無いわ。私はただ自分のために行動しただけ……ところで、あれは結局なんだったの?」

ステイル「ああ、まどかが魔女に襲われてね。いろいろあって気絶してしまったらしいので、家まで背負っていこうと思ったんだが……」

ほむら「まどかが襲われた!? それは本当なの!?」

 突然声を荒げたほむらに問い詰められて、ステイルは若干動揺しながら肯定する。
 それを見た彼女は苦虫を潰したような表情を浮かべて俯き、開いていた手を力いっぱい握り締めた。

まどか「そうそう、昨日の女の人格好良かったなぁ。あの人もステイル君のお仕事仲間なの?」

ステイル「まぁね。まさか魔女を結界の外に引きずり出して倒してしまうとは思わなかったが……」

ほむら「ひ、引きずり出す? そんなことが出来るの?」

まどか「うん、凄かったよー。なんかね、岩で出来たおっきなゴーレムが出てきてね?
.     轟ッ!! という音と共にドバッ!! と巨大な腕が結界の中に突っ込み、ドガァァァn」

さやか「はいはいそういうのいいから、でもゴーレム召喚とかカックイー! いいなーあたしも見たかったなぁー」

ほむら「魔女を……そんな方法で……」

ステイル「彼女は強引な性格だからね……今回はたまたま相性が良かったらしくて楽勝だったみたいけど」

ほむら「楽勝? その人って、あなたの所属する組織では強い方なの?」

ステイル「どうだろうね。魔術師の戦いは、術式の構築や下準備が重要になるので一概に強弱の順列は作れないんだ」

262: 2011/07/29(金) 23:29:25.52 ID:dSAMDAYMo

ステイル「だが総合的に見た場合、彼女はそうだな……中の上、かな」

ほむら「なっ……」

まどか「えぇー、あんなに格好良いのに?」

ステイル「イギリス清教は粒揃いの組織だからね。それに彼女は戦闘員であると同時に暗号解読の専門家でもある
       だから純粋に力のみを極めることが可能である僕みたいな魔術師の方が強さで行ったら上になるだろうね」

ほむら「……あなたはどれくらいなの?」

ステイル「せいぜい上の下、さ。それも上の中や上の上からしてみたら巨象の前の蟻に等しいけどね」

まどか「す、凄いね……」

ほむら「……出来る」

 言葉を失ったままでいたほむらが、搾り出すように言った。
 俯いているためにその表情は伺えないが、肩がぷるぷると震えている。
 前を行く2人に気付かれないように肩を寄せ、顔を近づけると小声で話しかける。

ステイル「……どうかしたかい?」

ほむら「……なんでもないわ。じゃあグリーフシードは持っているのね?」

ステイル「ん、ああ……すまないね、君もいくつか用意したというのに」

ほむら「え? べ、別にそんなつもりじゃ……」

ステイル「僕は君を誤解していたようだ。君は世間一般で言う『良い奴』みたいだし。それに……案外僕ら、気が合うかものかもしれないね」

263: 2011/07/29(金) 23:30:02.24 ID:dSAMDAYMo

 ふっと手を挙げて先を行く2人に混じるステイルの後姿を見ながら、ほむらは思う。

ほむら(“今回”の世界は、何かがおかしい)

ほむら(今までの世界に“学園都市”なんて無かったし、“魔術師”や“能力者”なんてのもいなかった
...    そもそも英国女王の名前は“エリザード”じゃないし、“第三次世界大戦”も“ブリテン・ザ・ハロウィン”も無かった)

ほむら(それが原因で無駄に警戒したし、いつもより余計なことに時間を割いたけど……)

 紆余曲折を経て、巴マミは生存した。
 美樹さやかは魔法少女になってしまったが、そのきっかけは上条恭介ではない。
 このまま上手くサポートできれば、“変貌”しないかもしれない。
 警戒が緩んだ隙を突かれて鹿目まどかを魔女と接触させてしまったが、彼女は傷つかずに済んだ。

ほむら(そして――ステイル=マグヌス。)

ほむら(彼の言葉が本当であるとすれば、その戦力をいくらかでも割いてもらえれば……!)

ほむら(“倒せる”かもしれない!)

ほむら(“巴さん”とだって仲良くなれた。“美樹さん”やまどかとも良好な関係を保っている)

 乗り越えられる。この世界なら、みんなと一緒なら!

ほむら(“ワルプルギスの夜”を、乗り越えることが出来る――!)

 その時、目の前を歩くステイルの体が大きく前のめりになった。
 怪訝に思い、ほむらは歩くスピードを速めてステイルに近づいた。

 笑顔を浮かべて。希望を、胸に秘めて。

264: 2011/07/29(金) 23:32:04.21 ID:dSAMDAYMo



『キュゥべぇ――!!』



 巴マミの悲鳴にも似た呼び声を聞いて動揺したステイルは石ころにつまずいた。

ステイル(……今のは?)

 その声色はあまりにも悲痛で、今にも壊れてしまいそうだった。
 だが名前を呼ばれた当の本人(?)はどこ吹く風といった感じで、まどかの肩に捕まって惰眠を貪りまくっている。

ステイル(他に聞いた者は……)

 まどかはもちろんさやかにも異変は無く、ほむらにもこれといって動揺した素振りは見られない。
 否。妙に嬉しそうな顔をしながら、石ころにつまずいたステイルの顔を覗き込んできた。

ほむら「どうかした?」

 片手を挙げてなんでもないと答えながら、彼は極々自然に懐に手を伸ばした。
 目当ての物はすぐに見つかった。ほんの少しのルーンと陣が書き込まれた、カード状の通信用霊装である。

ステイル(確かにこいつなら巴マミがくすねたカードと互換性が利くが……微量の魔力を込めない限り扱えないはず)

ステイル(そもそも巴マミは霊装の扱い方を知らない。魔法と魔術、本質は似ているが互換は無理だろう
       これが作動するきっかけがあるとすれば……あちら側の魔力を無理やりにでもぶつければ、あるいは――)

ステイル(――魔力を、ぶつける?)

ステイル「巴マミが危ない……!」

ほむら「え?」

266: 2011/07/29(金) 23:33:21.88 ID:dSAMDAYMo


 その日、見滝原市のとある高層マンションに住む少女が氏んだ。。



 その日、見滝原市のとある高層マンションに魔女が生まれた。



 その魔女は、まるで自身から離れ行く何かを必氏で繋ぎ止める、そんな思いが詰まっていそうな――



――リボンの姿をしていた。


285: 2011/07/31(日) 01:36:06.74 ID:ADDk8zfIo

 事情が呑み込めないでいる三人を急かし立てて、ステイルは巴マミの部屋まで走った。
 辿り着いた時にはすでに全身びっしょりで、息も絶え絶えだったが、それ以上に酷い寒気をステイルは感じていた。
 取り返しの付かないことが起きてしまった……そんな寒気だった。

ほむら「あ……あぁっ……!」

 突然ほむらがくずおれた。
 地面に膝を着き全身をわなわなと震えさせて、唇を噛み締めている。
 その目元には、わずかに涙が浮かんでいた。

まどか「ほ、ほむらちゃん? 急にどうしたの?」

さやか「ねぇちょっとステイル、一体全体何がどうなってんのよ!?」

 さやかの問いに、ステイルは答えられない。

さやか「ああもう、なにがどうなってんのよ! あんたら、これからマミさんに会うってのにそんな顔、で」

さやか「……まさか」

 はっと口に手を当てて、さやかが息を呑んだ。
 ステイルとほむらの様子から、何が起こったのかを察したのだろう。

まどか「さやかちゃん?」

さやか「……うそ、ねぇ、そんな……ステイル!?」

ステイル「……残念だが確証は持てない。しかし……」

さやか「ッ! もういい、あたしが試す!」

 焦れたさやかがソウルジェムを取り出して魔力を込める。
 さやかの思いに呼応するように、ソウルジェムは眩い光を放って輝いた。
 それが意味するところは――

まどか「魔女が……いるの……!?」

286: 2011/07/31(日) 01:36:32.89 ID:ADDk8zfIo

. T O F F   T  M  I  L  . D D A G G W A T S T D A S J T M
「原初の炎 その意味は光 優しき温もりを守り厳しき罰を与える剣を」

 詠唱と共に、ステイルの右手、正確には右手に握られたカードに炎の剣が生まれた。
 彼は躊躇うことなくそれを目の前の扉に向かって叩きつける。
 それによって生じた爆発が扉を突き破り、その衝撃波が彼と彼の近くにいる者を容赦なく吹き飛ばし――

 違った。

 炎剣は扉に吸い込まれる寸前、見えない壁を切り裂き、薄いプレートのような何かを吹き飛ばしていた。
 魔女の結界に通じる入り口を強引に作り出したのだ。

ステイル「行くよ」

 感情を頃した声で、ステイルが言った。
 さやかはまどかと顔を見合わると、手を繋いで入り口に駆け込んでいく。
 だがしかし、キュゥべぇとほむらは違った。

287: 2011/07/31(日) 01:36:59.62 ID:ADDk8zfIo

 ほむらはがっくりとうなだれたまま黙り込み、
 キュゥべぇはいつもの調子で、しかしじっとステイルを見つめている。

ステイル「どうしたんだい、そんなに取り乱して」

ほむら「……やだ……よぅ……」

ステイル「何が嫌なんだい」

ほむら「もうやだよぉ……わたしが……希望を抱いたから……こんな……」

ステイル「何を言っているんだ、君は」

ほむら「こんな……こんなの……」

ステイル「話が進まないな。じゃあそこで体育座りでもしていると良い。魔女は僕が頃しておくよ」

ほむら「駄目……でも……うううぅ……」

ステイル「で、キュゥべぇはどうして僕を凝視しているんだい?」

QB「……いや、僕も珍しく動揺していてね。理由がなんなのかは分からないのがこれまた厄介なんだけど」

ステイル「わけがわからないね。とにかく中へ入ろう。美樹さやかが魔法少女とはいえ、一人でどうにか出来る筈もないしね」

ほむら「うぅ……」

 嗚咽をあげるほむらを無視して、一人と一匹は結界の仲へと飛び込んだ。
 ほむらはそんな彼らの様子を見て、しばらくしてからよろよろ立ち上がり、倣うように中へ飛び込んでいく。

288: 2011/07/31(日) 01:37:25.27 ID:ADDk8zfIo

 結界の中は、これまで見てきたような物と違って無意味な区画や道は広がっていなかった。
 一言で表すならば、カラフルなリボンで装飾された広い空間だ。
 ほのかに紅茶の香りが漂っているのが特徴といえば特徴かもしれない。
 さやかとまどかはおっかなびっくり歩き進み、あっさりと結界の中心に辿りついた。

 そして、見つけた。

さやか「リボンの……化物? あれが魔女?」

 空間の中心に、読解不能な文字の刻まれた巨大なリボンが一つ、うねうねと蠢いていた。

 そしてそれを守るように、あるいはいっしょに遊ぶようにひっそりと寄り添う五つの鎖。

さやか「うわっ……気持ちわる……」

 その異様な光景に目を奪われてさやかが絶句していると、彼女の隣にいたまどかが顔に手を当ててしゃがみ込み、

まどか「あっ、ああああぁぁぁぁぁぁ! いやああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 もう長い付き合いになるさやかですら聞いたことのないような、甲高い悲鳴を上げた。
 慌ててまどかの視線を追った彼女は、今度こそ本当に絶句した。

 リボンの魔女の真下、五つの鎖の、その先端。

 そこに。

289: 2011/07/31(日) 01:38:17.34 ID:ADDk8zfIo





 かつて、巴マミと呼ばれた肉の塊があった。




.

290: 2011/07/31(日) 01:38:42.87 ID:ADDk8zfIo

さやか「あっ、ああ……そんなっ……こんなっ……!」

 ぎゅーん、と鎖が伸びた。

 それだけで、面白いように巴マミであった物が“絡まった”。

 どこが腕で、どこが足なのか。
 それすら分からない。

 制服だったであろう衣服は、
 滴る血のせいで真っ赤に染まってしまっている。

 彼女だった物から流れ落ちる血肉と血液が、魔女の身体に染み込んでいく。
 黄色かったリボンの魔女が、だんだんと赤く変色していく。
 魔女が赤くなっていくにつれて、鎖の動きはどんどんと激しさを増し――、

 ぼとっ、と何かが落ちる音がした。
 さやかは巴マミだった物から目を離したい一心で、それを目で追いかけてしまう。

 追いかけてから後悔した。

さやか「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

291: 2011/07/31(日) 01:39:08.30 ID:ADDk8zfIo



 音の発生源は。

 胴体だった物から、切り離された。

 巴マミの頭だった。



さやか「なんで……丸く、収まって……めでたしめでたし……ハッピーエンド……」


さやか「それが、どうしてこんなことになっちゃうのっ……こんな、こんなことになっちゃうのよぉ……!」


まどか「いや、いやだよ! こんなのってないよ! こんなの……ひどすぎるよぉ……!」


.

292: 2011/07/31(日) 01:40:17.55 ID:ADDk8zfIo

「ああ、まったくもって酷いね。救いもクソも、あったもんじゃない」

 声が響き渡ると同時、彼女らの背後から異常なほどの熱風が吹き荒れた。

「だがこれが現実だ。ああそれが人生だ。認めなくちゃならない。受け止めなくちゃいけない」

 その声に、悲しみの色は見られなかった。

「さぁ、道を開けてくれ」

 怯えも、恐れの色も見られない。あるとすれば――

「奴は魔女で、僕は魔女を狩る者。倒す理由なんて、それだけで良かった。それだけで、十分だったのにね」

 右手に炎剣を携え、タバコを口に咥えたステイルがゆっくりと二人の横を通り過ぎる。
 見慣れたはずの赤い髪が、2人には燃え盛る炎のように見えた。

「仇討ちなんて……好きじゃないんだが」

 そこにあるのは、ただ純粋な怒り。

 燃え盛るような、憤怒の炎。

 何もかもを焼き尽くす、情熱の赤。

293: 2011/07/31(日) 01:40:49.33 ID:ADDk8zfIo



ステイル「それでも」



ステイル「貴様だけは、絶対に許さない」


.

294: 2011/07/31(日) 01:41:23.36 ID:ADDk8zfIo

        Kenaz   PuriSaz NaPiz Gebo
ステイル「炎よ――巨人に苦痛の贈り物を!」

 右手から炎の塊が解き放たれる。
 それは一直線に突き進んで魔女の体を焼き払おうとする、が。
 魔女を守るように前に出てきた紫の鎖が、身代わりとなって爆発した。

ステイル「泣けるね、主のために己の身を投げ出すその献身さ。まぁそう悲観しないでおくれ。すぐに君の仲間も、君の主も」

ステイル「同じ場所に、連れて行ってやるさ」

 それをきっかけに、赤と青、ピンクの鎖がステイルを捕らえようとその身を伸ばして迫り来る。

ステイル「遅いんだよ、バカが」

 微塵も慌てることなく、既に“仕掛け”を終えたステイルがタバコを口に咥えたまま、吐き捨てるように言った。
 その言葉が合図となり、鎖の行く手を阻むように炎の壁がステイルの目の前に膨れ上がった。
 その炎は、いつの間にか周囲に貼り付けられていた膨大な量のルーンのカードから発せられている。

 炎が吹き荒れることで生じる熱風をものともせず、ステイルは詠うように呟く。
 魔女を狩る、そのためだけに存在する化物を呼び出すために。

295: 2011/07/31(日) 01:42:31.07 ID:ADDk8zfIo



 M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F
「世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ

    I    I    B    O    L    A   I   I   A   O   E
  それは生命を育む恵みの光にして。邪悪を罰する裁きの光なり

       I    I    M    H        A   I   I   B   O   D
    それは穏やかな幸福を満たすと同時。冷たき闇を滅する凍える不幸なり」



 ステイルを拘束しようと青の鎖が地面を這いずり回る、が。
 しかし彼の身体に到達することなく地面に叩き落されてしまう。

さやか「あああぁぁぁぁっ!!」

 魔法少女の姿に変身したさやかが、怒りを隠すことなく剣で斬りつけたのだ。

さやか「ちくしょうっ! ちくしょうっ! ちくしょうっ! よくも、よくもマミさんをッ!」

 さやかは興奮冷めやらぬといった様子で、鎖を何度も叩き斬り、何度も滅多刺しにする。
 既に鎖は動いていない。だがさやかは止まらない。
 怒りの矛先を、どこに向ければいいのか分からないからだ。
 彼女は知っていた。今のままでは、自分は魔女に敵わないという事を。

296: 2011/07/31(日) 01:43:05.90 ID:ADDk8zfIo

.  I I N F   I I M S
「その名は炎、その役は剣

   I C R    M  M  B  G  P
  顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――」

 さやかがそうしている間に、ステイルの詠唱が完成した。
 ぶわっ、と。ステイルの目の前の空間が音を立てて爆発する。



.         イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス
ステイル「 ≪魔女狩りの王≫ ……その意味は、必ず頃す」



 炎が渦を巻き、小さな爆発と共に結界内の酸素を恐るべき勢いで燃焼させて。
 人の形をした、摂氏3000℃かつ3m強の体躯を誇る馬鹿げた炎の塊……

 魔女の天敵にして、炎の化身。イノケンティウスが顕現した。

297: 2011/07/31(日) 01:43:38.28 ID:ADDk8zfIo

 赤と青の鎖が己の身体を地面に突き刺した。その場で勢い良く身体を振って、遠心力を蓄える。
 その回転が一定の速度に達したところで、鎖が地面に突き刺さった方の身体を切り離した。

さやか「はやっ……!」

 鎖は凄まじい速度を保ったままイノケンティウスの腹に突き刺さり、灼熱の身体が上下に引き裂かれる。
 傷口から、まるで巨人の贓物と血液が流れ出すかのごとく炎が吹き荒れた。

 だが、それだけだった。

ステイル「イノケンティウスに攻撃は無意味だ。なぜなら何度でも蘇るから」

 身体を引き裂かれ、炎を垂れ流したはずの炎の巨人は。
 しかしカードから絶え間なく送り込まれる炎を身体に補填して、瞬く間に再生する。
 それどころか、炎で出来た巨人の身体に深々と刺さった鎖が、その熱に耐え切れず溶け出した。

 巨人は2本の鎖を掴み取り、胸の前まで持ってくると両手でぐんっと引っ張った。

ステイル「イノケンティウスに硬度は無意味だ。なぜなら全てを焼き尽くすから」

 それだけであっさりと、さやかの初撃に耐えた鎖が崩れ、燃え上がり、消えうせた。
 文字通り、灰すら残さずに。

ステイル「思い知れ」

 魔女狩りの王を右隣に据えて、ステイルが言った。

ステイル「これが、巴マミの受けた痛みだ」

298: 2011/07/31(日) 01:44:29.94 ID:ADDk8zfIo

 白い鎖を庇うように襲い掛かってきたリボンの魔女を、イノケンティウスが憤怒の抱擁にて迎え撃つ。

 結果など見るまでもない。

 鉄すら溶かす容赦ない灼熱によって、魔女がぼろぼろと崩れていった。

 形容し難き断末魔を上げて。

 白い鎖を庇うように。

 何かを確かめるように。

 白い鎖に、自身の身体から分かれたリボンを伸ばして。

 そして、魔女は消滅した。

299: 2011/07/31(日) 01:45:20.05 ID:ADDk8zfIo

 魔女の残骸を背にして、ステイルは感情の篭っていない目で白い鎖を覗き見た。

ステイル「仕える主人に先立たれるだなんて、君もずいぶんと不幸だね」

 だからと言って、手心を加えるわけでもなかった。
 その手に炎を宿してステイルは静かに歩み寄る。
 そこでステイルは気がついた。

ステイル「……?」

 白い鎖を凝視する。
 正確には、白い鎖に刻まれた文字に。
 鎖の端に取り付けられた、まるで目を意味するような二つの赤い宝石に。

ステイル(僕は、これによく似た物を見たことがある)

300: 2011/07/31(日) 01:46:01.87 ID:ADDk8zfIo

ステイル「……二つの赤い目……白い身体……それにこのわずかなピンクの模様は……」

 記憶という膨大なデータの山から、目の前の鎖に似ているシルエットを検索し照合する。
 その作業は驚くほどあっという間に終わってしまった。

ステイル「……君は、キュゥ――」

 ステイルが言い終わる前に、鎖が無数の銃弾によってバラバラになった。

ステイル「なっ……」

 鎖は一度だけ身を痙攣させると、難を逃れた先端部分が、魔女が元居た場所によろよろ這いずっていくが。
 トドメと言わんばかりに放たれた散弾が、完膚なきまでに使い魔を粉々にして見せた。

ほむら「獲物の前で舌なめずり。三流のすることね」

 鎖の亡骸を踏み潰すように、イタリア製の散弾銃を構えたほむらが降り立った。
 その顔には、先ほどまでの怯えや困惑などは一切見られない。
 その目にあるのは、なにもかもを諦めた者特有の、濁った色。

ステイル「……ご忠告ありがとう」

ステイル(また、突然現れた。彼女の力は、それこそ性質だけならイギリス清教の上の上に匹敵するほどなのか?)

ほむら「……巴マミは、それね」

 ステイルの足元にある肉の塊を見て、ほむらが言った。
 先程まで取り乱していたとは思えないほどに冷たく、静かな声だとステイルは思った。

さやか「どっ、どうにか……ならないの……?」

 巴マミであった物から目を離して、さやかがステイルの身体にしがみついた。
 そんな彼女の期待に応えてやれそうな言葉を、彼は持ち合わせていなかった。

ステイル「……すまない」

301: 2011/07/31(日) 01:46:31.87 ID:ADDk8zfIo

 結界が歪み、空間が元に戻る。そこは巴マミの住む部屋の居間だった。

 テーブルに置かれたカップに、グリーフシードが一つ。

 少し埃がかった絨毯の上に、巴マミの遺体が一つ。

 もう二度と動かない。
 もう二度と喋らない。
 あの優しい温もりに溢れた笑みを浮かべることも、もう二度と、ないのだ。
 当然だ。彼女は氏んだのだから。

 びしゃっ、と液体状の何かが零れた音が聞こえた。
 まどかが胃の中の物を戻した音だった。

ステイル「君達は出ていた方が良い。なに、心配は要らないよ。こういった後処理は慣れているからね」

さやか「な、慣れてるって……あんたまさか燃やすつもり!?」

ステイル「当然だよ。まさかとは思うが、こんな状態の巴マミを警察に見せるつもりかい? 何も話せないのに?」

さやか「うっ……そりゃ……でも、ひどいよ……」

ステイル「……すまない。とにかく、出て行ってくれ」

ほむら「……私も手伝うわ。“彼女のグリーフシード”は、美樹さやか。あなたが持っていなさい」

ステイル(ん……?)

さやか「転校生……ごめん……」

 テキパキと遺体を集め、痕跡を消していく2人を見て、まどかが消え入りそうな声で呟いた。

まどか「おかしいよ……2人とも……こんなのおかしいよ……人が、マミさんが、氏んだのに……」

まどか「そんな、平然としてられるの……? どうして……?」

まどか「こわい……こわいよぉ……やだよぉ……」

ステイル・ほむら「……」

302: 2011/07/31(日) 01:47:00.85 ID:ADDk8zfIo

 結界が歪み、空間が元に戻る。そこは巴マミの住む部屋の居間だった。

 テーブルに置かれたカップに、グリーフシードが一つ。

 少し埃がかった絨毯の上に、巴マミの遺体が一つ。

 もう二度と動かない。
 もう二度と喋らない。
 あの優しい温もりに溢れた笑みを浮かべることも、もう二度と、ないのだ。
 当然だ。彼女は氏んだのだから。

 びしゃっ、と液体状の何かが零れた音が聞こえた。
 まどかが胃の中の物を戻した音だった。

ステイル「君達は出ていた方が良い。なに、心配は要らないよ。こういった後処理は慣れているからね」

さやか「な、慣れてるって……あんたまさか燃やすつもり!?」

ステイル「当然だよ。まさかとは思うが、こんな状態の巴マミを警察に見せるつもりかい? 何も話せないのに?」

さやか「うっ……そりゃ……でも、ひどいよ……」

ステイル「……すまない。とにかく、出て行ってくれ」

ほむら「……私も手伝うわ。“彼女のグリーフシード”は、美樹さやか。あなたが持っていなさい」

ステイル(ん……?)

さやか「転校生……ごめん……」

 テキパキと遺体を集め、痕跡を消していく2人を見て、まどかが消え入りそうな声で呟いた。

まどか「おかしいよ……2人とも……こんなのおかしいよ……人が、マミさんが、氏んだのに……」

まどか「そんな、平然としてられるの……? どうして……?」

まどか「こわい……こわいよぉ……やだよぉ……」

ステイル・ほむら「……」

303: 2011/07/31(日) 01:47:26.35 ID:ADDk8zfIo

――飛び散ってしまっている巴マミの遺体は、ルーンのカードで構築された魔法陣の中心に集められた。
 ステイルは無表情でそれを眺め、右手を胸の前に持ってきて十の字を切る。

ステイル「……こわい、か。確かにまともな神経の持ち主だったら、こんな風に冷静には振舞えないかもしれないね」

ほむら「……取り乱していた私が言えた義理じゃないけど、平気なの?」

ステイル「なにがだい?」

ほむら「あなたは、巴マミのことを気に入っていたように見えたけど」

ステイル「これまでだって親しい同僚が戦場で亡くなることはあった。だが戦場で悲しんでいる暇はない。
       ありきたりだが動揺は油断に繋がり、油断は氏に直結する。君達が腰を下ろす世界となんら変わらないさ」

ステイル「違うのは、相手が血の通った人間であるかそうでないか。それくらいかな
       ……両手の指じゃ足りないほどの数の人間を殺めていれば、嫌でも耐性は付くというものだよ」

ほむら「……そう」

ステイル「そうだ。平気だ……平気なんだ」

 最後の方は、まるで自分に言い聞かせるような、そんな響きを帯びていたかもしれない。

304: 2011/07/31(日) 01:47:57.44 ID:ADDk8zfIo

――そして。

ステイル「……十字教徒としては、火葬は好みじゃないんだが」

ステイル「状況が状況だし、彼女は日本人だからね」

ステイル「まぁ、紅茶やらケーキやらが好きだったみたいだけど。日本なら珍しくないかな」

ステイル「そういえば、彼女の魔法。ティロ・フィナーレ。あれはどうしてイタリア語なんだろうね。今でも不思議でならないね」

ステイル「聞いて、おけば良かった、かな」

ステイル「“あの子”のために学んだ、菓子作りの技術。紅茶の淹れ方」

ステイル「せっかく、披露する相手が、出来たってのにね」

 ステイルの口から紡がれる言葉を、ほむらは黙って聞いていた。
 それくらいしか、彼女には出来なかった。
 彼の顔を覗き見ることも。
 彼に声をかけてやることも。
 彼女には出来なかった。

305: 2011/07/31(日) 01:48:26.26 ID:ADDk8zfIo

ステイル「……せめて、安らかに。で、合ってるのかな?」

 ステイルが魔法陣に魔力を込めた。それは電子回路に電気を通すのに似ていた。
 ボッ、と火が点り、彼女の遺体を容赦なく焼いていく。
 間もなく人が焼ける臭いが生まれる。だが、炎はその臭いすら焼いていった。

 瞬く間に、部屋の中心に、ちょうど人間を半分に分けたくらいの、白い灰が出来上がる。
 魔女に血肉を食まれたがために、彼女の灰はそれくらいしか残らなかったのだ。

ステイル「……ふぅ」

ステイル「灰はどうしようか。出来れば彼女の遺志を尊重したいところだけど……キュゥべぇは知ってるかい?」

QB「……いや、残念だがマミからそういった話は聞いてないね。最後を看取ってくれとは言われたけど」

ステイル「そうか……じゃあ君に預かっていてもらおうかな。彼女が今際の際に残した言葉は、君の名前だったしね」

QB「本当かい?」

ステイル「ああ。通信用の霊装が声を拾ってね。それでどうする?」

QB「……そうだね、じゃあ受け取っておこうかな」

306: 2011/07/31(日) 01:48:59.16 ID:ADDk8zfIo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「そう……巴マミが、逝きたりたか」

ステイル『はい……彼女の亡骸は、僕が処理しておきました。一応、捜索願いは明日にでも提出するつもりです』

ローラ「……ごめんなさい」

ステイル『――!』

ステイル『……今回の件は僕に非があります。あなたの人員配置は適当です、気にする必要はありません』

ローラ「それでも、ごめんなさい」

ステイル『……いまさらあなたに謝られても、困るんだ。では、通信を切ります』

ローラ「……」

 それきり、カードから声が聞こえてくることはなかった。
 ため息をつき、それから彼女にしては珍しくがっくりと項垂れた。
 重力に従い垂れ下がる金髪の隙間から、テーブルの上に寝転がって尻尾をふりふりさせるキュゥべぇをちらりと覗き見る。

ローラ「巴マミが、魔女に殺害されたりたそうね」

QB「魔女に殺害されたという表現は正しくないね。正確には、君の言う『魔上』へと到達した後、ステイル=マグヌスの手で――」

ローラ「言わずてよし。私は計算が狂うてしまいたりたことを嘆きているのだから」

QB「――分かったよ。それで、今日もするのかい? 商談」



 キュゥべぇの言葉に、ローラは満面の笑みで応える。


.

307: 2011/07/31(日) 01:49:35.12 ID:ADDk8zfIo

ローラ「こちらが欲したるは“穢れ”と“ソウルジェム”の関連性につき」

QB「ふむ、相変わらず君は目の付け所が違うね。穢れというのは、そうだね、いわばソウルジェムの疲労だよ」

QB「魔法を使えば穢れは生まれる。それはソウルジェムが疲労し、無自覚の内に“絶望”を抱いてしまっているからなんだ」

ローラ「ふむふむ、つまり物理疲労ということになりけるわね。それじゃもう一つのパターンはいかようにして?」

QB「ソウルジェムが穢れるもう一つのパターン、つまり直接的に“絶望”を抱く場合だね。
   魔法の使用による穢れを物理的疲労とするなら、こちらは精神的疲労さ。相応の希望を持てば止まるけど、
   もちろん回復はグリーフシードに頼らざるをえない。物理的疲労に比べればまだ対策しやすい、はずなんだけど……」

ローラ「……絶望は、歯止めが利かない。一度抱けば、止まらない。その速度は尋常じゃなき、というわけね」

QB「そういうことだね。魔法少女が『魔上』に到達するパターンで一番多いのがこれなんだ。巴マミもそうだよ」

ローラ「仮に、絶望を上回る希望を、“外科的手法”で注がれし場合はどうなりて?」

QB「分からない。僕達も感情エネルギーのコントロールには四苦八苦しているからね。
   でもそれが希望であるなら質は関係ないと思うよ。もっとも、君達にそれが可能かどうかはともかくね」

ローラ「ふーむ、今日は不作なりけるわね。さぁ、そちらの要求は?」

QB「“魔導書”について」

ローラ「魔導書は小型の意思を持つ魔法陣生成器、以上」

QB「それはちょっと不公平なんじゃないかな」

308: 2011/07/31(日) 01:50:50.92 ID:ADDk8zfIo

ローラ「えー、だってあれの話おもしろくないんだもーん。資料は寄越したるから勝手に読んどきたりてー」

QB「……わざわざ紙媒体にして、400枚超の資料を用意されてもね。嬉しいけど、これじゃあやっぱり不公平じゃないか」

ローラ「超過分の恩はこれから返してもらいけるから安心しなさい」

QB「というと、まだなにか欲しい情報があるのかい?」

ローラ「巴マミの氏。なにか思うことはなきに?」

QB「ないよ」

 即答だった。
 ローラの顔が苦虫を潰したようなそれに変わる。

QB「強いて言えば、彼女のおかげで大量のグリーフシードを集めることが出来たからその点については感謝しているよ
   確かに僕達は魔法少女が“魔上”の域に達する際に生じる“副産物”を目的として動いているけど、
   穢れを含んだグリーフシードも立派なエネルギーだからね。それに彼女自身からも十分な量のエネルギーは回収出来た」

ローラ「それ、だけ?」

QB「そうだね、それが“僕達”の総意だよ」

ローラ「……インキュベーター。その個体数は数えるのが億劫になりけるほどにして、かつ思考と記憶は共有せし存在」

QB「そうだよ。いわば僕らは壮大なネットワークで繋がっているに等しい。思考と記憶が共有出来るから、個性は要らない
   こうしている今も僕は魔法少女と共にいるし、魔法少女を探してもいる。魔法少女が“魔上”に達する様子を見届けても居るんだよ」

ローラ「ふむぅ」

309: 2011/07/31(日) 01:52:16.96 ID:ADDk8zfIo

QB「やっと母星の衛星に手が届いた程度の文明の持ち主でしかない君達には、ちょっと理解しがたいかもしれないね」

ローラ「そういう人間はさほど珍しくなきよ? この前公園で太極拳やってたし。
..    私も真似してたら子供もおじいちゃんもおばあちゃんも集まりて、ちょっとした太極拳大会になりたりたわね
..    恐るべしは科学の力、望まれずして生まれながら、生きることを望まれた異例の一万近い蛭子なり!」

QB「……はぁ、やれやれ。君はさらっととんでもない嘘をつくから怖いね」

ローラ(事実なんだけど……まぁいい、思考と記憶の共有程度はさして問題じゃなし。問題があるとすれば……)

QB「そういえば、巴マミと行動を共にしていた個体が妙なことを言っていたね」

ローラ「! 妙なこと?」

QB「うん。理由は分からないけど、落ち着かないとかね。まぁこういった異常は、
   それこそ数百年に一度のペースで発見されてはいたけど、一体何が理由なのかな
   やっぱり2週間前に新たに確認された微かな揺らぎが原因なのかもしれないね」

ローラ「存在の揺らぎ? 何か起きたりたの?」

QB「“世界が交わった”、と仮定しているあの時間にね。これまで確認されなかった情報が見つかったんだよ
   因果改変とでも言うべきかな? 過去が改竄されたみたいだ。微かな揺らぎでしかないから気には留めてないけどね」



ローラ(……ふっ)

 表情を崩さぬまま、しかし内心でローラはほくそ笑む。

ローラ(ふふっ! とうとう見つけたりた。揺らぎという名の歪み)

ローラ(そしてステイルが接触したりける個体の異常も、やはりあの“仮説”を実証したるに等しい)

ローラ(となれば……イギリス清教が利益を全て掠め取りたることも可能なりける!)

310: 2011/07/31(日) 01:53:18.08 ID:ADDk8zfIo

 その夜。
 ローラはイギリス市街を探索すると言って出かけたQBを見送った後、こっそりと簡易結界を聖堂内に張った。
 ただでさえ警備が厳重な聖堂が、最大主教直々の結界と合わさって鉄壁に等しいほどの守りを構築する。

 そしてわざわざ結界を張ったローラはというと――

ローラ「陣容としてはまずまずな面構えなれど、さて運びはどうしてくれようか……」

 小さな子供くらいは覆い隠せるんじゃないかというほど膨大な書類の前で、一人首をひねっていた。
 鉄壁に等しい守りを、しかし誰にも気付かれることなくすり抜けた『英国女王エリザード』は、とろんとした目でローラを見る。

エリザード「なにブツブツ独り言言ってんだい、退任間近の最大主教」

ローラ「ヒイイィッ!? おばっ、おば、ババァのお化けが出たりけるぅううう!?」

エリザード「ちょっとカーテナ=セカンド(次元を切断できる程度の剣)を全力で振りたくなってきたな」

ローラ「じょ、冗談よ冗談! して、かような趣でこちらに来たりたの? というかお婿さんの身体の具合はいかにして?」

エリザード「ウィリアムならもう傷も癒えてヴィリアンとよろしくやってるよ。で、最初の質問だが……」

エリザード「今度はなにを犠牲にして、どんな悪巧みをしようってんだい?」

ローラ「悪巧みだなんて人聞きの悪い、私は常に善き事と思いて行動に移してきたるのよ?」

エリザード「その善き事ってのは相も変わらず≪イギリス清教の利益≫に繋がるものなんだろう?」

ローラ「ふふ、もちろん」

エリザード「……かつて抱いていた幻想を跡形もなく壊されたってのに。お前は変わらないんだね」

311: 2011/07/31(日) 01:55:22.24 ID:ADDk8zfIo

ローラ「ええ。必要とあらば泥だって被る。敵意だって甘んじて受ける。それがイギリス清教のためなりけるのならば、ね」

エリザード「……ったく。んで、この膨大な紙は一体なんだってんだい? どれどれ――」

 エリザードは膨大な書類の中から一枚手に取り、何気ない仕草で目を通した。
 そして絶句した。

エリザード「お……お前は正気か!?」

ローラ「ええ、もちろん」

 ほんの少しも躊躇わずにローラは言った。

エリザード「お前はこんなことが本気で出来ると思っているのか!?」

ローラ「思わねば、わざわざ膳立てはするまじよ。私は正気だし、本気でこれらを実行に移したる気でいるわ」

エリザード「馬鹿げている! そうまでして利益が欲しいのか!?」

 世界でも十指に入る魔術師を兼ねた英国女王エリザードが間近で声を荒げても、
 イギリス清教トップ、最大主教たるローラ=スチュアートは顔色一つ変えなかった。

ローラ「ええ。利益のためなら、何でもしたりけるわ」

エリザード「日本と共同体にある学園都市とイギリスで、第四次世界大戦が起こるぞ……!?」

ローラ「起こらなきよ。その前に収拾がつきたりけるわ」

エリザード「イギリス清教の皆が黙っていると思うのか!?」

ローラ「駒にそこまで考えたる脳はなし。所詮、駒は駒ざりしというもの。我が手元を巣立つことが出来なし雛たる駒は哀れよね?」

エリザード「ッ――だが、これはいくらなんでも……!」

 紙を握るエリザードの手が、わなわなと震える。その紙にはローラの直筆で、こう書かれてあった。

312: 2011/07/31(日) 01:57:18.73 ID:ADDk8zfIo

『.    日本国関東北西部に位置する群馬県

     特に見滝原市の“殲滅”に必要な

     イギリス清教の3分の1に戦力、およびそれに伴う費用の捻出に関する

     関係各位への

     ほ・う・こ・く・しょ☆                                        』

315: 2011/07/31(日) 02:02:30.52 ID:ADDk8zfIo
以上。ここまで

うーん、臭い
やはりまともな文章すら作れない奴がグロだのなんだのを書くこと自体が……いや気にせず書くけどね

勘違いしてしまう方がいないように解説しておきますが、ステイル君は泣いてません。
“あの子”が色々あった際に味わったあれそれに比べたら、惜しい友人を亡くした程度です。多分。

それから、ステイル君やまどか達は真相に気付いていません。運悪く魔女に襲われた、程度の認識です。
マミさんになにがあったかは……わざわざ解説しなくていいよな?

次の投下は未定です。近い内(明日とか明後日とか)に投下できればと思ってはいます

316: 2011/07/31(日) 02:04:37.32 ID:7CYJZDIdo

引用: ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」