1: 2008/11/08(土) 01:17:05.56 ID:9TlbnMOV0
春先の冷たい風が肌を撫ぜるようにして流れる。
風は木々を静かに揺らし、私の髪を靡かせながら世界に吹き渡る。
そんな心地よい風を感じながら、私は長い坂道を抜け、北高の門を潜った。

私はたった今から一高校生、一人間として涼宮ハルヒの行動を観察することになった。
長い待機状態から一転、私は涼宮ハルヒのクラスメイトとなった。
もちろんこれも日々の努力・・・改め情報操作のおかげ。
涼宮ハルヒ体良く近づくためのものだ。

2: 2008/11/08(土) 01:17:35.90 ID:9TlbnMOV0


今までに見た事の無いような人数の"人間"が一つのスペースに押し込められる。
その人数に少し圧倒されながらも、私の初めての入学式は恙無く終わりを告げた。
式が終わると各々少しの不安と少しの希望をぶら下げながら、割り当てられたクラスへと向かう。
私が教室についた頃にはすでに何人かの人間が教室の中にいた。
緊張気味に姿勢良く椅子に座り、時計を凝視するもの。
近くの人間同士で会話しているもの。
周りをキョロキョロと見回しているもの。
色々な種類の人間がいる。
そして、その中に彼女もいた。
情報統合思念体が私のようなヒューノマイドインターフェイスを送り込んでまで観察しようとする観察対象。

その名は涼宮ハルヒ

彼女は少し苛立った顔をして席に深く座り込んでいる。
どうしてだろう。そんな顔を見ただけで少し笑えてきた。
この感情が何なのかは分からないが、恐らく観察対象との対面を喜んでいるのだろう。
私は込み上げてくるニヤけを抑えながら自分の席に着いた。

3: 2008/11/08(土) 01:17:52.39 ID:9TlbnMOV0
少しして、少し若めの担任が大きな声と共に入ってきた。
担任は自己紹介と自分が顧問をしている部活の紹介を終え、生徒達に自己紹介のバトンを渡した。
私の順番がすぐに回ってきた。
この手のことは完璧にこなせる。笑顔だって申し分ない。
大丈夫だ。
私は意を決して多くの生徒の視線の前に立つ。

完璧

会心の出来だ。誰も私が人じゃないなんて気がつくはずがない。
最後の指をクロスさせて「宜しくね!」なんて、大抵の男子は卒倒ものだわ。
・・・決してやり過ぎなんかじゃない・・・ない。

4: 2008/11/08(土) 01:18:10.40 ID:9TlbnMOV0
その後もクラスメイトの自己紹介は続く。
そして涼宮ハルヒの順番に近づき、私は高鳴る胸の鼓動を押さえながらクラスメイトの自己紹介を見守った。
あと一人。
涼宮ハルヒの前列の男子の自己紹介が終わる。
当たり障りのない自己紹介を終え、うまくいったのだろう。少し誇らしげに席についた。
まっ、涼宮さん以外の人間になんて興味はないんだけど。
そしてとうとう涼宮ハルヒの順番。
彼女は大きな音をさせながら椅子を下げ、急に立ち上がったかと思うと開口一番こう言った。

「宇宙人、未来人、異世界人―――」

クラスの空気が一瞬にして凍りつく。
クラス中が彼女の顔を見て目を丸くしている。
私はまた自分の顔がニヤけていることに気づいた。
抑えきれない感情が顔から溢れ出す。
でもしょうがないかな。だって彼女、本当に面白いんだもの。
私は一つクスリと笑い、窓の外を流れる雲を眺めた。
雲は風に乗り、フワフワと弾むようにして流れてゆく。
楽しい人間生活になりそうだ。

5: 2008/11/08(土) 01:18:23.26 ID:9TlbnMOV0
その後もクラスメイトの自己紹介は続く。
そして涼宮ハルヒの順番に近づき、私は高鳴る胸の鼓動を押さえながらクラスメイトの自己紹介を見守った。
あと一人。
涼宮ハルヒの前列の男子の自己紹介が終わる。
当たり障りのない自己紹介を終え、うまくいったのだろう。少し誇らしげに席についた。
まっ、涼宮さん以外の人間になんて興味はないんだけど。
そしてとうとう涼宮ハルヒの順番。
彼女は大きな音をさせながら椅子を下げ、急に立ち上がったかと思うと開口一番こう言った。

「宇宙人、未来人、異世界人―――」

クラスの空気が一瞬にして凍りつく。
クラス中が彼女の顔を見て目を丸くしている。
私はまた自分の顔がニヤけていることに気づいた。
抑えきれない感情が顔から溢れ出す。
でもしょうがないかな。だって彼女、本当に面白いんだもの。
私は一つクスリと笑い、窓の外を流れる雲を眺めた。
雲は風に乗り、フワフワと弾むようにして流れてゆく。
楽しい人間生活になりそうだ。

6: 2008/11/08(土) 01:18:49.88 ID:9TlbnMOV0
しかし、今日、恐れていた不穏分子が現れた。
今までクラスメイトになんて全く興味を持っていなかった涼宮ハルヒが彼・・・クラスメイトにはキョンと
呼ばれている彼が、授業中に涼宮ハルヒと接点を持った。
キラキラと目を輝かせた涼宮ハルヒは寝ぼけた彼に大声で、脈略のない言葉をぶつける。
その瞬間、今までに観測した事のない量の情報が涼宮ハルヒより噴出した。
そして彼らはその日のうちに同好会を作り、その同好会をSOS団と命名したらしい。
その後の彼女は日に日に多くの情報を吐き出し、私達も観測に手を焼いている。

私は彼について少しの興味を思った。
今まで何の変化もなかった涼宮ハルヒを変えてしまった男。
もしかすると彼もまた特別な何か。
私はその日、彼をファミレスに誘った。
色々と話を聞いてみるためだ。
私と彼は入店し、店の端の禁煙席へと腰掛けた。

7: 2008/11/08(土) 01:19:04.94 ID:9TlbnMOV0

「委員長が俺に何のようだ?」

彼はどこか疑いの残った顔で私に質問を投げかけた。
私はクラスの事や日常の事、そんな他愛無い事から彼に話した。
そして最後に涼宮ハルヒの事を。

「アイツの考えてる事は分からんな。こちとらいい迷惑だ。」

彼は少し苦笑を浮かべながら言った。
そして彼の帰り際、私はまた明日も会う許可を求めていた。
私は完全に彼に興味を抱いていた。
それは涼宮ハルヒというフィルターを通した彼に対する興味なのか、はたまた一人間として、彼自身への興味なのか。
その時の私にはまだ分からなかった。

8: 2008/11/08(土) 01:19:17.98 ID:9TlbnMOV0
それから彼とは毎日会うようになっていった。
涼宮ハルヒの話題も少しずつ減っていき、話す事のほとんどが他愛のない友達同士の話になっていった。
そんな事が習慣になっていき、私はそんな毎日が好きになっていった。

私は誰かの代わりじゃない。
私は誰かのサポーターじゃない。
私は今世界の中心にいるんだ。
ちっぽけな世界だけど確かに中心に。
そんな感覚がどこかくすぐったくて、どこか暖かくて。
誰かを観察しているのではない。誰かを見つめている。そして見られている。
そんな事がこんなにも気持ちを高揚させるものだったなんて私はそれまで知らなかった。
こんな日々がずっと続いて、そして・・・

9: 2008/11/08(土) 01:19:35.68 ID:9TlbnMOV0
しかしそんな毎日も長くは続かなかった。
涼宮ハルヒが作ったSOS団の活動に彼が翻弄するようになり、私との会話も少なくなっていった。
そして習慣だったファミレスでの座談会もいつしかなくなっていった。
私はまた元の"観察者"に戻っていった。
私は、私はまた世界の中心から外された。
世界の中心を指をくわえて見つめることしかできなくなった。

私はこんな世界を望んではいない。
一度心地よい場所を経験してしまうと、それを失ったときに気づくのは底知れぬ孤立感。
その孤立感から来るのは怒り、妬み、嫉妬。人間の不の感情。
私達からすればエラーという単語ですむ人間の心理状態。

私はこんな世界を望んではいない。
だからこんな世界はいらない。
こんな世界なんて壊れてしまえばいいんだ。

11: 2008/11/08(土) 01:42:06.43 ID:9TlbnMOV0


私はこんな世界を、こんな日常を、こんなあなたを、私は拒絶する。



私は彼を放課後の教室へ呼び出した。
彼は待ち合わせ時間の少し前に教室に現れた。

「どうしたんだ、こんな所に。」

私は黙って彼に近づく。
そして彼に向かってナイフを突き立てた。
ナイフの切っ先が甲を描き彼のわき腹に突き刺さる。
彼はあまりの痛みにその場に倒れこみ、悶絶して動けないようだ。
彼から低いうめき声がこぼれる。

12: 2008/11/08(土) 01:42:25.82 ID:9TlbnMOV0

「なん・・・で・・・」

彼は声を振り絞っていた。
私は彼を見下すようにして言う。
ごめんね。でも、もう何もかも駄目なの。さよなら。
ナイフの第二陣が彼の心臓目掛けて振り下ろされる。

13: 2008/11/08(土) 01:42:50.09 ID:9TlbnMOV0


           ◆

なんなんだ一体・・・。
どうなってんだ。
俺は今クラスメイトにわき腹をナイフで一突きされた。
際限なく襲い掛かる痛みに薄れ行く意識を奮い立たせながらクラスメイトに理由を問う。
彼女の顔は怒りに満ちていた。

「ごめんね。でも、もう何も―――なの。さよ―――」

しかしその怒りに満ちた顔の隅っこにはどこか寂しさを必氏に隠しているようだった。
彼女は一言二言俺に零すように言うと、二度目の暫撃が俺を襲う。


空を切るナイフが風の音を奏でる。
俺は生きているのか・・・?
恐る恐る開いた目には俺の心臓の数mm手前で止まったナイフの切っ先と、涙を流しているクラスメイトの姿が映った。
彼女の目からは親から叱られた子供のようにどんどんと涙が滑り落ちる。
そして彼女は入学式の日に見た桜の様な色に頬と目を染めながら、優しい目で笑って言った。

14: 2008/11/08(土) 01:43:15.61 ID:9TlbnMOV0

「やっぱり駄目・・・だったか・・・」

なんて顔するんだよ。
今にも崩れそうな笑顔は、触れてしまえば壊れてしまいそうで。
頬を伝う涙さえ狂おしいほど切なくて。
俺はただただ見つめる事しかできなくて。

15: 2008/11/08(土) 01:45:29.07 ID:9TlbnMOV0
瞬間。
彼女の顔が一転する。彼女の視線の先には一人の少女が立っていた。
彼女が一言二言呟く。
すると見る見るうちにクラスメイト、朝倉の体が光となり世界に散らばってゆく。
どうなっている。朝倉は、朝倉はどうなってしまうんだ。
朝倉を抱きかかえた俺が少女に向けて叫ぼうとした瞬間、
朝倉は俺の顔に手をやるとそのまま自分の顔に近づけた。

唇と唇が触れ合う。

一瞬の静寂と共に、胸の高鳴りが加速する。
彼女は俺の顔を離し、両目一杯に涙をため、目を細めて笑いながら言った。

「涼宮さんとお幸せにね―――」

彼女の最後の涙が落ちる音と共に彼女を抱きかかえていた俺の腕が空を切った。
俺は呆然としながら、いつまでも立ち尽くしている少女を見つめた。

16: 2008/11/08(土) 01:48:46.47 ID:9TlbnMOV0

             ◆

私は彼の心臓を貫く事ができなかった。
怒りや嫉妬、その感情に心を預けて行動しても、肝心なときに表に出てくる思い。

―――恋

すべての思いは結局そこに繋がっている。
誰も逆らえない感情。

私は泣いた。
溢れる涙を隠そうともせずにすべて流しつくすつもりで。
この気持ちは何?
この気持ちはエラーの一種。
この涙は何?
私にも説明できない。

私は彼との楽しかった日々を思い出す。
しかし、そんな時間も今の私には残されていなかった。
彼女が私の前に立っている。
私の形成情報が空気中へと散布する。
私に残された時間はあとほんの少し。
私は・・・

17: 2008/11/08(土) 01:48:56.99 ID:9TlbnMOV0
気づいたときには私は彼と唇を合わせていた。
彼と繋がっている。
少しでも、一瞬でも。
私の中のすべてのエラー、不の感情が浄化されたような気がした。
そして私は彼に言った。

涼宮さんとお幸せにね。

その言葉の成分は皮肉半分、そして彼の幸せを願ってが半分。
私、このまま消えちゃうのか・・・。
もしまたあなたと会う事があるのなら・・・その時はまたあの場所で・・・。
彼とのファミレスでの記憶。
記憶の中の彼の笑顔。
すべてが私から遠のいてゆく―――。

18: 2008/11/08(土) 01:50:37.26 ID:9TlbnMOV0

          ◆


後日、少女の方から話しかけてきた。
その手には一冊の本が抱きかかえられていた。
少女はその本を俺に向かって差し出して言った。

「あなたに。」

すごく短い言葉の後、俺はその本を手に取った。
レモン色のその本の表紙には"日記"と丸文字で書いてある。
そしてその下に小さく、
"これを見てるってことは私はもうそこにはいないのね。長門さん、中は絶対に見ないで消去してね!"
と書いてあった。
これ・・・。
俺はためらいながら言った。

「見て。」

19: 2008/11/08(土) 01:50:49.58 ID:9TlbnMOV0
俺は言われるがままに本を開く。
最初のページの日付には入学式の日付が入っている。
ほとんどが涼宮ハルヒについて事。
次の日も、その次の日も。
ペラペラとページを進めていき、俺達が始めてファミレスに言った日の日付。
涼宮ハルヒの事に加え、俺の事がページの隅に少しだけ書いてあった。
次の日も。そのまた次の日も。
他愛無い話の内容。感想。
日付が最近に近づくほどその量は増えていく。
そして最後のページ。
数行書いてある程度。他の日にちに比べると明らかに少ない。

"今日もファミレスには行かなかった。
私はキョンくんと涼宮さんが話しているところを見ると胸がズキズキと痛い。
この気持ちはエラーなんかじゃない。この気持ちは恋。私はやっぱり彼の事が好き。"

20: 2008/11/08(土) 01:50:58.96 ID:9TlbnMOV0

ページの空白部分に水玉模様が書き加えられる。
俺の涙は止まることなく日記への模様となってゆく。
もう一度、もう一度朝倉とは会えないのか?
少女は少し首を傾げた後に言った。

「不可能。彼女がまた同じ行動にでないともいえない。」

「私はあなたが危険に陥る確立を1%でも下げなければならない。」

少女は坦々と言葉を連ねる。

しかし俺の耳にはもう言葉は届いていなかった。
この先俺は何度、窓の外に広がる空にクラスメイトの顔を浮かべては憂鬱に浸るのだろう。
彼女の笑顔のような一転の曇りもないこの空に。

21: 2008/11/08(土) 01:51:43.43 ID:9TlbnMOV0
no title



おしまい

22: 2008/11/08(土) 01:52:26.26 ID:9TlbnMOV0
やっぱり眉毛の太い子は可愛いですね

23: 2008/11/08(土) 02:29:46.06 ID:oADYX381P
眉毛かわいい

引用: 朝倉涼子の記憶