1: 2008/11/04(火) 01:02:07.71 ID:pgcmocu3O
彼はたった一言それだけを言い残し、今し方開いたばかりの扉を静かに閉めた。
その向こうに彼の去る足音が響いている。

みくる「……え?」
古泉「……彼は、何と言いましたか?」


あまりと言えばあまりにも急すぎる事態に二人はついて行けていないようで、一度互いを見つめ合った後に困惑した眼差しを私に向けた。


長門「涼宮ハルヒが氏んだ、と」
長門有希ちゃんの消失(4) (角川コミックス・エース)

6: 2008/11/04(火) 01:07:27.80 ID:pgcmocu3O
二人もそうだがもちろん私も困惑していた。
なぜ彼がそんな嘘をつくのか。
今日は四月一日でもなければお菓子の代わりにイタズラをする日でもない。
涼宮ハルヒになんらかの異常があれば私達が気づかないわけがないし、仮に私達より先に彼がその事態を知ったのだとしてもあれほど冷静でいるはずがない。
彼の目的が、動機がわからない。
だから今、この部室にいる三人は困惑している。
彼がそっと閉めた扉を六つの瞳で凝視したまま。

7: 2008/11/04(火) 01:14:25.76 ID:pgcmocu3O
みくる「……帰りましょうか」

朝比奈みくるが唐突にそう言った。
手に持っていたメイド服をかけ直し、鞄を掴んでそそくさと部室を出て行ってしまった。古泉一樹が制止する間もなく。

古泉「いったいなんなんでしょうか」

古泉「あなたは何かわかりますか?」
長門「涼宮ハルヒも彼も何も異常はない。朝比奈みくるには多少の変化はあった物のそれはあなたと同じ」
古泉「……」

9: 2008/11/04(火) 01:24:01.20 ID:pgcmocu3O
とにかく本部に連絡してみます、今日はもう帰りましょう、もしかしたら明日は、涼宮さんも彼も何ともない顔でいるかもしれませんよ。

矢継ぎ早にそう言うと彼もまた朝比奈みくると同じように鞄を掴みスタスタと部室から出て行った。
私は私で一人残された責任として戸締まりと電気の確認をしなくては、と鍵を探した。
鍵はなぜかパソコンのキーボードの上にあり、訝しく思いながらもそれに手を伸ばした。
その時、なぜそのキーボードの異変に気づかなかったのか今でも不思議で仕方がない。
いや、もしかしたらそういう風になっていたのか、あるいは異変は後から訪れていたのかもしれない。
いずれにせよ、その日私の頭の中は彼の奇妙な言動のことでいっぱいで、家に帰ってからももんもんとそのことばかりを考えていたのだった。

14: 2008/11/04(火) 01:34:38.49 ID:pgcmocu3O
翌日

いつもと同じ場所で本を読みながら団員が来るのを待っていると、ガチャリと少々派手な音を立てて扉が開いた。
彼だった。

キョン「……古泉と朝比奈さんは?」
長門「まだ来ていない」
キョン「そうか」

彼はそのままいつもの定位置に着く、のかと思いきや歩みを進めまっすぐ私の隣まで来た。
壁にもたれそのままズルズルとしゃがみ込み、完全に床に座り込んで頭を垂れた。
そしてそのまま、何も言葉を発さない。

キョン「……」

精神は安定していた。とてもとても深く暗いところで。
微動だにしていない様に見えた彼の背は、よくよく見れば僅かに振動しているようだった。
そして微かに、横隔膜を痙攣させたような声をあげている。
泣いている。
そう気づいたのは、彼の嗚咽が徐々に大きくなってきた頃だった。

15: 2008/11/04(火) 01:43:11.32 ID:pgcmocu3O
キョン「長門」
長門「なに」
キョン「長門」
長門「なに」
キョン「……長門」

しゃくりあげながら彼は何度も私の名前を呼んだ。
その度に彼の震えは大きくなって、息が荒くなっていった。
本を膝に置いて彼の髪に触れる。
短くて硬い髪はゴワゴワしていたけれど構わず撫でた。
彼は顔を手で覆ったまま上体を起こし、私の座っている椅子にもたれかかった。

キョン「……長門」
長門「……」
キョン「……ハルヒが氏んだ」
長門「昨日も聞いた」
キョン「あぁ、昨日も言った」


徐々に徐々に彼の呼吸は整いだし、徐々に徐々に震えは収まっていった。

キョン「ハルヒが氏んだんだ、長門」

17: 2008/11/04(火) 01:54:22.42 ID:pgcmocu3O
長門「涼宮ハルヒには何ら異常は見られない。古泉一樹、朝比奈みくるも同意見」
キョン「長門」

彼は自分の目を覆っていた両手をそっと離し、赤くなった目で涼宮ハルヒの定位置を見つめた。

キョン「ならなぜあいつはここに来ない。なぜ昨日も今日もここに来ていないんだ」
長門「わからない、けれど彼女は安定していて」
キョン「長門」

彼の頭を撫で続けていた私の手を彼の手が制止した、温かくて大きな掌が私の手の甲を覆い隠している。

キョン「それをハルヒが望んだのだとしたら?」
長門「何を?」
キョン「お前らがハルヒの氏に気づかないでいることが、ハルヒの望んだことだとしたら?」

虚ろで光のない瞳が、キーボードを見つめている。

キョン「ハルヒは気づいたんだ、自分のことに」

49: 2008/11/04(火) 08:40:34.73 ID:pgcmocu3O
キョン「先週の、不思議探索」

彼がまっすぐ見つめるキーボードが、どことなく異質な存在感を醸し出し始めた。
彼の言葉、呼吸の音意外なにも聞こえない。
異常な静寂。
古泉一樹、朝比奈みくる
なぜ来ない?

キョン「おまえと古泉、俺とハルヒと朝比奈さん。ちょっと珍しかったよな」

ぽつりと語る、まるで思い出話のように。
故人を偲ぶかのような。

キョン「ハルヒが言ったんだ。世の中はおかしい」

112: 2008/11/04(火) 20:53:14.70 ID:pgcmocu3O
世の中はおかしい。
ねぇ、私の思い通りになりすぎだと思わない?
今だってそうよ、私とキョンとみくるちゃんで不思議探索しつつ新しいコスチュームを探したいなって思ったの。そしたら本当にこの三人でしょ?

ねぇみくるちゃん、みくるちゃんってもしかして超能力者?

え!?……い、いいえ!何言ってるんですかぁ?

じゃあ宇宙人。

違いますよぅ、もうどうしちゃったんですかぁ涼宮さん。

わかった未来人だ。

おいハルヒ。

そうねー、みくるちゃんが未来人なら…宇宙人は有希ね。古泉君は超能力者っぽいし。

ハルヒ!馬鹿なことを

三人で私のこと見張ってるんだったりして。


ハルヒ「みくるちゃん」
朝比奈「……はい?」
ハルヒ「閉鎖空間って何?」

115: 2008/11/04(火) 21:01:08.44 ID:pgcmocu3O
長門「なぜ涼宮ハルヒが閉鎖空間のことを」
キョン「古泉が機関と連絡を取っているのを聞いたらしい」
長門「古泉一樹がそんな失態をするわけ」
キョン「ハルヒが知りたいと願った。たぶん意識していないところでな」

古泉一樹、朝比奈みくる
なぜ来ない。

長門「話したの?」
キョン「あぁ、話した」
長門「なぜ」




私が氏んだら世界はなくなってしまうのね。

あぁ、そうだ。

118: 2008/11/04(火) 21:05:37.43 ID:pgcmocu3O
私が暴走しないように見張ってたのね。

そうです。

そう。
今までごめんね。
大変だったでしょ、私に振り回されて。
ごめんね。
もういいわよ。

ハルヒ?

涼宮さん?

さぁ、じゃー今日の不思議探索は終わり!
じゃあね二人とも!

あ、おい!

119: 2008/11/04(火) 21:10:41.33 ID:pgcmocu3O
長門「それから」
キョン「それから、日曜になってメールが届いた」
長門「なんて」

彼は制服のポケットから携帯電話を取り出し、少し操作してから私に差し出した。
彼の頭に乗せていた手を離し、代わりに携帯を受け取る。


キョン、昨日はいきなり帰って悪かったわね。
それから今までごめんね。昨日も言ったけど。
ねぇキョン。私あんた達とSOS団やれて楽しかった。なんでも全部私の思い通り。欲しい物はなんでも手に入って何でも出来た。
その代わり、あんたや有希やみくるちゃん古泉君が大変だったのよね。
ごめんね。

120: 2008/11/04(火) 21:15:41.16 ID:pgcmocu3O
しみったれたようなこと書いてるけど心配すんじゃないわよ、氏ぬわけじゃないから。
でも、もうあんた達に迷惑はかけない。
明日から私、消えるわ。世の中から。
涼宮ハルヒという存在を消すの。
あんた達は全部忘れて、元の生活に戻って。
私に振り回されたことなんか全部忘れて。
大丈夫よ。
私が消えても、世界は消えない。
私が願えば叶うんでしょ?
だから願うわ。
私が消えた後、世界は平和で
あんた達は全部忘れて幸せで
こんな異常でおかしな毎日から脱却するように。

121: 2008/11/04(火) 21:19:15.81 ID:pgcmocu3O
少しずつ忘れていくわ。
クラスメイトも担任も私の親も、少しずつ私を忘れていくわ。
でもねキョン、あんただけは一番最後。
世界中のみんなが私を忘れるまで、あんたは私を忘れないで。
忘れないでね。

好きよ。キョン。
じゃあね、さよなら。



キョン「すぐに電話した。でも、かからなかった。月曜学校に行くと、ハルヒの席はなくて、谷口も国木田もみんなハルヒのことを忘れてた、そんな奴知らないと言っていた」

125: 2008/11/04(火) 21:24:54.03 ID:pgcmocu3O
キョン「氏ぬわけじゃない、ハルヒはそう書いた。でも全ての人に存在を忘れられてしまうということは、つまり氏ぬと一緒じゃないのか?なぁ長門、ハルヒは氏んだ。ハルヒが氏んだんだ」

世界がかすんでいく。慣れ親しんだ文芸部の部室、初めはなかったはずのパソコンが一台。
古泉一樹、朝比奈みくる

長門「二人は、忘れてしまったの」
キョン「そうだ、だから来ない」
長門「機関は」
キョン「わからない、全部忘れた。そんな事実、なかったんだ」

彼が再び頭を垂れた。外はいつの間にか茜色に染まって、窓ガラス越しにその鮮やかな暖色を部室に映し込んでいる。

127: 2008/11/04(火) 21:33:25.13 ID:pgcmocu3O
私は立ち上がり、彼女の定位置に近づいた。彼女のパソコン。そのキーボードに、昨日には気づかなかったある異変が見て取れた。
アルファベットのSが割れて、Oが陥没している。
いつから壊れていたのだろう。昨日だろうか。それよりもっと前からだろうか。
もう誰も触れないであろうそのキーボードが、今はなきSOS団の最後の砦に思えた。

長門「涼宮ハルヒが氏んだ」
キョン「あぁ」
長門「氏んだのね」
キョン「あぁ」
長門「そう」

書き換えられていく情報。フラッシュバックする記憶。茜色の部室、パソコン。

長門「きっと、平和な世の中が訪れる。誰もが幸せになる。」

忘れていくのだろうか。これが、忘れてしまうということなのか。

長門「彼女が願った。私は信じる」

背後で一人の男子高校生が、再び涙を流し始めた。

131: 2008/11/04(火) 21:40:41.77 ID:pgcmocu3O
割れたS、押せないO。
いつも力強くキーを叩いていた。
力強く団を率いて
力強く生きていた。
このSOSの意味を


今はもう、思い出せない。





壁の時計は五時半を指していた。
もう帰ろう、鞄はどこに置いたっけ。
振り返ると見知らぬ男子生徒が、今し方私が座っていた椅子の隣でしゃがみ込んで泣いていた。

長門「……誰?」
男子生徒「……俺か?俺は」

彼は涙の溢れる両目を押さえながら顔を上げて、無理矢理作ったような笑顔を私に向けた。

男子生徒「ただの一般人さ」


涼宮ハルヒの氏亡

133: 2008/11/04(火) 21:42:28.32 ID:G1RYkZzc0
乙だ
ちょっと短いけどいい終わり方だった

134: 2008/11/04(火) 21:42:59.69 ID:pgcmocu3O
というわけで終わりです。
間あきすぎなうえグダングダンで本当にすいませんでした。
こんな自分の初SSを読んでくれた方がいること、スレ保守してくれた方がいることがすごく嬉しかったです。
またいつか機会があったらよろしくお願いします、その時はどうかお手柔らかに。

では、ありがとうございました。

148: 2008/11/04(火) 22:56:17.66 ID:pgcmocu3O
最近、奇妙だ。
特に生活に変わったことはない。私は変わらず一人で過ごし、ほとんど誰とも口をきかず暮らしている。
そう、私はずいぶん前から一人でいたはず。
けれど何かおかしい。
何かあったはずなのだ。
こんな私にも、何かあった気がする。誰かと話した気がする。
考え事をしながら廊下を歩いていると、以前文芸部の部室に突然現れた一人の男子生徒と擦れ違った。
一瞬合った目はあの日のような涙は溢れておらず、隣を歩き友人との談笑に細められていた。
その笑顔が懐かしい。

長門「キョン」

口が勝手に動いた。男子生徒は目を丸くして立ち止まり、私を凝視した。
はっと我に返り、私は走り出した。後ろで彼が呼び止めようとしたのが聞こえたが構わない。
今のはなんだったのか。キョン?彼のこと?私は彼の名前なんか知らない。
にも関わらず、私の脳内には茜色の世界が溢れ出し、手の甲には誰かの温もりがよみがえり、瞼の裏に謎のアルファベットが浮かぶ。

最近、奇妙だ。


(もしかしたら続くかも)

151: 2008/11/04(火) 23:04:02.23 ID:pgcmocu3O
やっぱりくどくなるから止めた。

154: 2008/11/04(火) 23:07:26.65 ID:pgcmocu3O
続けていいのだろうか。
どちらにしろ今日はもう落ちなきゃならないので続けたとしても明日になりますです。

引用: キョン「ハルヒが死んだ」