1: 2013/01/14(月) 13:08:06.49 ID:HMjVK4YU0
塞「まじっすか……うわ、度入ってるし」

塞はモノクルを手にとったが、なかなか付けようとしない。

塞「私目良いですよー、普通に」
トシ「ガタガタ言わないの」

しぶしぶモノクルをかけて、
あたりを見回して、まだ不満そうだ。

塞「うわ、風景が歪んで見える……本当にこれで強くなるんですか?」

本当に強くなれるかどうかは塞の努力にかかっている。

トシ「これを掛けて、相手を睨んでごらん。
   そいつはもうアガれなくなるから」
塞「えー、そんなわけ……あっ、でもこういうことですか?
  テレビでサッカーとかやるじゃないですか、
  でも私が応援した方のチームほぼ確実に負けちゃうんですよ」
トシ「ふーん、関係ないんじゃない?」

たぶんね。

2: 2013/01/14(月) 13:09:53.54 ID:HMjVK4YU0
そして塞には、豊音とシロと胡桃が三麻をしていたところに入ってもらった。

豊音は誰かと麻雀をできるだけで楽しいのだろう。
いつの間にか手加減まで覚えて仲良くやっている。
そして、豊音に対抗することで、
シロや胡桃も自分の特性や、得意とする戦術を発見した。
この三人はもう大丈夫だ。

問題は塞とエイスリンだ。
彼女たちは決して弱いわけではない。
むしろ自分の力の使い方がわからず、それを麻雀に活かせないでいる。

モノクルがきっと、塞の力を整えてくれる。
そして、

トシ「エイスリン!」

私が声をかけると、エイスリンはびっくりして、
手に持っていた分厚い「THE牌譜・名勝負101選」を太ももの上に落とした。

3: 2013/01/14(月) 13:12:11.47 ID:HMjVK4YU0
エイスリンは私が声をかけるまで、牌譜集を読むことを忘れて、
楽しそうに麻雀をしている四人を眺めていた。

トシ「あんまり面白くないかい?」
エイスリン「……」

エイスリンはうなづいたように見えた。
無理もない。麻雀もまだ覚えたてだし、
日本語だってまだ怪しいのに。

しかし、この子には想像力と、想像したものを形にする力がある。
これを麻雀に応用するためには、経験を補えばいい。
その為には、多種多様なパターンをなるべく知っておいて欲しいのだが。

トシ「……まあ、今日はいいわ」
エイスリン「エッ?」

私はイスを出してきて、エイスリンを対局中の豊音の斜め後ろに座らせた。

豊音「あっ、エイスリンさんも打つの?」
トシ「見学だよ」

一局ごとに別の人の後ろに行ってね、とエイスリンに言って、
私は部室から出て行った。

4: 2013/01/14(月) 13:13:53.72 ID:HMjVK4YU0
翌日、部室に行くと誰も居なかった。
少し虚を突かれて、窓の外を見ると、
五人が楽しそうに校庭で雪を投げ合っていた。

窓を開けて彼女たちに手を振ると、
塞が一番最初に気づいて手を振り返してきた。

その次に豊音、エイスリン、胡桃、最後にシロの順で手を振り返してきた。
後で聞くと、豊音が雪遊びをしたがったのだという。
それにシロが気まぐれで乗っかり、最終的にみんな雪まみれになってしまった。

校庭には、彼女たち以外誰も居なかった。
雪で遊ぶのは小学生か中学生までだ。
雪は屋根に積もっては家を潰し、
道に凍っては人を滑らせ、
溶けては自らの中にしまいこんだ犬の糞の封印を解く。

その忌まわしい雪の中で、高校生の彼女たちは笑っていた。

5: 2013/01/14(月) 13:16:13.78 ID:HMjVK4YU0
夜行列車の二等車の窓から、
東京に近づくにつれ景色から雪が無くなっていくのを、
眺めていた私はオテンバ娘と呼ばれていた。

地元では、女が麻雀をするのに誰もいい顔はしなかった。
みっともないからやめろと言う者さえいた。
私は、真にみっともないのは私に勝てない、勝とうとすらしない貴方がただと言い返した。
私はそこの男たちに嫌われていた。言うまでもないが、女たちにも。

東京では丸三日麻雀漬けの日々を送り、私は帰りの一等車で、
様々なことを思い出し震えた。

経験したことのない高レート、芸術的とも言えるイカサマ、
目の濁った人たち、目の澄んだ人たち、
パフェ、サンデー、ワンピース、ハイヒール、カクテル、
男たちから奪い取った百円札で、膨れ上がった財布。

それから私は何度も、
二等車に乗って東京に行き、一等車で帰ってきた。
そして、そんなことをしているうちに、いつの間にか東京に居ついてしまった。

6: 2013/01/14(月) 13:18:31.73 ID:HMjVK4YU0
東京で私は、今で言うとピチカート・ファイヴのような、
野本かりあのような、キノコホテルのような服装で、街や雀荘にくりだした。
ちなみに私は、「きゃりーぱみゅぱみゅ」と噛まずに言えて、
Perfume の三人の顔と呼び名と本名を一致させることができる岩手県で唯一のおばあさんだ。

太ももと胸元を見せれば、ほとんど誰でも私に放銃した。
雀荘には女もいたが、彼女たちはただの店員で、麻雀を打つのは私だけだった。
ヒロポン以外のどんな娯楽にいくら手を出しても、お金は余った。
結局、住んでしまえば、東京もあの場所と変わらなかった。

私はそれに気づいたとき軽く絶望して、すぐに考え方を変えた。
当時付き合っていた男のプロポーズを受け入れたのだ。
麻雀の快楽も使い切れないほどのお金ももう要らないから、
子どもが欲しい、子どもをつくろう、と。

結婚は私の人生最大の悪手だった。

7: 2013/01/14(月) 13:20:21.64 ID:HMjVK4YU0
いくらしても妊娠できなかった。
カレンダーに排卵日の印を付けるときの気分は、
とても説明できないというか、したくない。

結婚して一年も経たないうちに、料理を出来合いの惣菜で済ませるようになった。
掃除と洗濯を終わらせると、夫が帰ってくるまでベッドで眠った。
眠っても眠っても、眠たくてたまらなかった。

それでも目にクマができた。
頬がたるんできた。
街に出なくなったから、ファッション・センスが失調した。
は毎月の排卵日に機械的に一回するだけになった。
月経は規則正しく起こった。

昔の雀荘仲間から、麻雀の女子プ口リーグができるから、
立ち上げに参加しないかという誘いの電話が来たのは、
そんな生活を初めて五年も経ってからのことだった。

8: 2013/01/14(月) 13:22:36.04 ID:HMjVK4YU0
美容室に行くのすら久しぶりだった。

賭け麻雀が違法化されたこの時代で、
麻雀にプロフェッショナルもアマチュアもあるものか、
そもそも麻雀をする女なんて日本には私以外にほとんど居ないだろうに、
と余り気が進まなかったけど、髪をいじられている間に心は弾み始めていた。

ブティックに行って試着をすると、店員がお似合いですよといった。
もちろんお世辞だったが、またいい気分になった。

そして、あのうやうやしい対局室で、最初の牌をツモったときに、
いい気分は最高値を記録し、
そのすぐ後には麻雀ばかりしていた頃の頭脳が勢い良く回りだした。
あの頃と違ったのは、対戦相手が全員女だということ。
私はそれに慄くと同時に、指先に霜が降りそうなくらい冷静になった。

9: 2013/01/14(月) 13:24:18.74 ID:HMjVK4YU0
女子プ口リーグは10名ほどの選手でスタートした。
私たちはライバルになるより先に友だちになった。

私たちはとても良く似ていた。
みんな、地元では麻雀をすることにいい顔をされず、
雀荘では色仕掛けでどうにでもなってしまう麻雀に飽き飽きし、
適当に結婚してぼーっとしていたところに召集がかかったという感じだった。

しかし、彼女は決定的に違った。

10: 2013/01/14(月) 13:26:06.95 ID:HMjVK4YU0
選手の中で一番背の高かった彼女は、私になれなれしくこう話しかけた。

「トシ坊じゃないか、ひさしぶり」

これは、私が雀荘にいた頃のあだ名だった。

「……誰?」
「あ、覚えてない? まぁ無理も無いか」

彼女が名乗ると、私は雀荘で出会ったある男の顔を思い出し、叫んでしまった。

「女だったの、あなた!」

細長い体をして、キツネみたいな顔で、いつもニヤニヤしていて、
色仕掛けの通じないおかしな男が、あの時雀荘にいたのだ。
あの時は男色家か何かだと思っていたが。

そいつがこんなところにいるなんて。
胸は何かで潰していたのだろうか、まっすぐな髪を腰まで伸ばして、
化粧をして、女らしい格好をして。

彼女のせいで、私は女子リーグ内でも「トシ坊」と呼ばれるようになった。

11: 2013/01/14(月) 13:28:12.08 ID:HMjVK4YU0
だいたい卑怯だと思う。ずるい。
雀荘で私は、私を雀士として見て欲しかったのに。
あなた以外はみんな、私を女としてしか見てくれなかったのに。

「じゃあ自分も男装すればよかったじゃないの」
「私がやったらガキは帰れって追い返されるわよ…」
「アハハ、もう『トシ坊』も通り越して『小僧』って感じ?」
「はいはい、そうですよ!」
「ごめんごめん、でももういいじゃない、これからは対等な相手とだけ打てるんだから」

それはそうだけれど、もう一ついまいましいことがあった。
彼女は子どもまでつくっていたのだ。
彼女によく似てるけど、もう少しノーブルな顔立ちの女の子。

「……その子、私にくれない?」
「ダメ。あと真顔でそういうこと言わないで、怖い」

仕返しに私が今子作りにどれだけ辛くて苦しい思いをしているか聞かせてやったけど、
あいつは昔みたいにニヤニヤしながらうなずいているだけだった。

12: 2013/01/14(月) 13:30:09.14 ID:HMjVK4YU0
女子リーグこけら落としの個人戦で、私は二位に輝いた。

「やあやあ、トシ坊が振りこんでくれたおかげで勝てたよ。ありがとう」
「うるさい!」

優勝はあのキツネ女だった。
あそこまで強かった覚えはないのだけど。

でもこんな感じで、順位がついてもプレーヤー同士でわだかまりができることは無かった。
出場者全員で祝賀会まで開いた。
雀卓を離れれば、私たちは仲の良い友達同士でしかなかった。

私たちは性格も好きなものもみんなバラバラだったけど、
この国で女として麻雀をする苦労を共有していて、
対等に麻雀を出来る相手がいる喜びを心から味わっていた。

13: 2013/01/14(月) 13:32:22.74 ID:HMjVK4YU0
キツネ女の優勝は、麻雀雑誌の小さな記事で取り上げられた。
何となく切り取って手帳に挟んだそれを、今でも持っている。

 女子麻雀の勃興 女子プ口リーグ開催

その見出しの横には、あのまんまニヤニヤしてるあいつの写真が掲載されている。
記者の不躾な質問に、彼女はこう答えている。

 ーー女性が麻雀をするのは何故だと思いますか?
 「それは男性と同じ理由だと思います。麻雀に性別は関係ありません。
  今この時まで、私たちのような存在が表に現れなかっただけではないでしょうか」

それから女子リーグは、シーズンを重ねるたびに少しずつ出場者が増えたが、
いつも優勝争いをするのは私と彼女で、私たちはアイドル的人気まで獲得した。

もしも、もういい年だったのに水着でポーズを決めている私のブロマイドが、
あなたのお祖父様の古い引き出しから出てきたら、迷わず焼き捨てて欲しい。

もしも、子どもまでいたのにピースしてウィンクしているあいつのブロマイドが、
あなたのお祖母様の古いファイルから出てきたら、拡大コピーして街中に貼り出して欲しい。

14: 2013/01/14(月) 13:34:16.64 ID:HMjVK4YU0
そして、私が歌う『トシ坊点棒数え歌』のレコードが、
レコード屋の店頭に並んでいるのを見たとき、
ある悪い予感が心のなかに生まれ、それはすぐに的中した。

私が夜に、家で一人(夫とはとうに離婚していた)
のんびりテレビを見ていると、呼び鈴が鳴った。

ドアを開けると、当時女子高生だった彼女が、制服姿で立っていた。

「こんばんは! 熊倉プロですよね!?」
「そうですが……」

もう何も言うなよ、もう帰れよ、と思っていたが、

「ウチもアイドルになりたいんです! 弟子にしてください! 師匠!」

ああ、嫌がりながらもちょっと調子にノッていたのがいけなかったのだ、
麻雀以外の活動はいくら広報のためとは言え断固拒否すべきだったのだ。
体中を暴れ回る後悔の嵐に耐えながら、私は可能なかぎり朗らかに応対した。

ごめんなさい。私はアイドルじゃないし、弟子も取っていないの。だからお帰りください。
えっ、大阪からわざわざ?
もう電車もないし……しかたないわねぇ、今日はうちに泊まって明日帰りなさい。

15: 2013/01/14(月) 13:36:25.75 ID:HMjVK4YU0
翌朝は、ウスターソースの匂いで目が覚めた。
彼女は私より早く起きて、朝食を作っていたのだ。

「あ、おはようございます師匠!」
「……何それ?」
「お好みです! 大阪で朝食言うたらこれですよ」

絶対嘘だ。と思ったけど、お好み焼きは結構美味しかった。
そして、一緒にお好み焼きを食べている彼女を見て、私はしみじみ口に出してしまった。

「…あなたにはアイドルは無理ね」
「えっ…ええ~っ!! なんでですか!?」

目が垂れ過ぎている。背が高すぎる。髪の毛の癖が強い。メガネをかけている。
あとそれから、と続けようとしたが、ここまで言った時点でかなりしょぼんとさせてしまった。
そこで私は、慌ててこう言ってしまった。

「ま、麻雀は容姿関係ないから、そっちを頑張れば?」

この言葉を聞くと彼女は顔を明るくして、

「ですよねー! よっしゃ! これがマサエちゃんのアイドル道、第一歩やでー!」

と雄叫びを上げたが聞こえないふりをした。
その後なるべく邪険にしたつもりだけど、結局マサエは、家に居ついてしまった。

16: 2013/01/14(月) 13:38:29.98 ID:HMjVK4YU0
親の説得、引越しやこっちの学校への編入など、一切手伝わなかったけど、
マサエは全て独りでやり遂げてしまった。

私は麻雀の基本的なルールを教え(元々アイドルになりたかっただけだから仕方ない)、
お好み焼きなどの粉物以外の料理を教え(小麦粉ばかり食べていても悲しくないのだろうか)、
化粧を教え(それでもマサエの化粧は時とともにケバくなっていった)、
何でもかんでも教えた。

私はいつも、試合会場の控え室まで彼女を連れて行った。
付き人としてではない。私は自分の鞄を自分で持った。

マサエは頭はそれほど良くなかったが、カンはかなり鋭かった。
だから、色々細かいことを言葉で教えるよりも、
勝負として行われる麻雀と、その周りの空気にたっぷり触れさせることにしたのだ。
また、暇な選手が手慣らしにマサエと打ってくれることもあった。

数年後、マサエは大学在学中にプロテスト(なんてものがいつの間にか導入されていたのだ)
を通り、史上初の大学生女子プロ雀士という物になった。
ブロマイドもレコードも発売されたが、案の定売れ行きは芳しくなかったと聞いている。

17: 2013/01/14(月) 13:40:55.26 ID:HMjVK4YU0
 師匠

 団体戦お疲れ様でした。
 師匠のチームと戦えなくて残念です。
 (正直ほっとしてますが)
 まだ個人戦も残っていますが、
 ひとまず団体戦は我々千里山女子がいただきます。

 応援宜しくお願いします。

 愛宕雅枝

似たようなメールが、様々な学校のコーチや監督から送られてきた。
彼女らはプロ時代の友達だったり、かつての「弟子」たちだったりする。
私はそういうメールに「メールありがとう。いつか戦えるのを楽しみにしています」だとか、
「先に自分のチームの心配しなさいよ」だとか、
「一回戦で負けといて、よく言うわ」というふうに返す。

その中に、あのキツネ女からのメールはない。

19: 2013/01/14(月) 13:43:09.92 ID:HMjVK4YU0
シロは、体を砂浜に埋められて眠っている。
それ以外のメンバーは、永水女子の子たちと一緒に、
ビーチバレーしたり、海で泳いだり、浮輪に捕まって沖のほうまで行ったり、
波打ち際で水を掛け合ったりしている。

マサエが家に居候していた頃に、キツネ女はプロから突如引退した。
私が理由を聞くと、
彼女はあのニヤニヤ顔で、でもバツの悪そうに
「金が必要になっちゃって」と答えた。

あの男臭い雀荘で、男装を誰にもバレずに貫き通せる要領と度胸を持つ人間の台詞ではない。
なぜ金が必要になったのか、いくら必要なのか、
私に助けられる気が全くしなくて、聞けなかった。
そして彼女は引退後、子どもごと行方をくらました。

20: 2013/01/14(月) 13:45:18.26 ID:HMjVK4YU0
ビーチバレーをしていた豊音が容赦ないブロックを決める。
エイスリンはそのボールをレシーブしに向かうが、すんでのところで間に合わない。
シロの顔は赤く日焼けし始めている。
胡桃は裏鬼門の子と一緒に沖のブイまで競争している。
塞は私の隣に座って海を眺めている。

この子たちの笑顔と、この子たちの笑顔の引き換えになったものの間で、
私はまだ揺れ続けている。

トシ「泳がなくてもいいのかい?」
塞「…あの……私、泳げなくって」
トシ「浮き輪を使えばいいじゃないか」
小蒔「そのとおりです!」

見ると、神代小蒔が浮き輪を二つもって得意げにしていた。
その内ひとつを自分に付けて、もうひとつを塞に付けた。
そして塞が神代に手を引かれたと思ったら、
あっという間に二人で沖まで行ってしまった。

21: 2013/01/14(月) 13:46:24.33 ID:HMjVK4YU0
終わりです
相変わらず地の文多いけど何せトシさんなので許してください

23: 2013/01/14(月) 13:49:54.86 ID:U+kT9r7f0
気づいたら終わってた、何にせよ乙
雰囲気というか回想録的なSSは好きだったから面白かった

24: 2013/01/14(月) 13:53:56.15 ID:IltgJd160
おつ、珍しいタイプのssだったな

25: 2013/01/14(月) 13:58:46.89 ID:Vafr9vnf0

キツネ女は赤阪母かな

26: 2013/01/14(月) 14:06:09.36 ID:/WzzroLc0
こういうのいいね
乙乙

引用: トシ「これを付けなさい」塞「えー…」