1: 2009/02/28(土) 23:29:52.95 ID:L78C3FJd0
普段は見せない表情で、最後に交わした約束は
嘆き悲しむ私を置きざりにして、それでも無情に果たされた。
「愛しています」
その一言がどんなに私を傷つけ、どんなに私を苦しめるか
わからないあなたではない筈なのに。
「私もです」
そう答える私は、あなたよりもっと愚かで残酷なのでしょうね。
あなたを甘えさせてあげる事さえできない私の、ほんの小さな幸せを
あなたと共有できたことが、私の一番の誇りです。
約束は、果たされる。
【古泉・みくるSS】
―――――――― 遠 い 約 束 ――――――――
嘆き悲しむ私を置きざりにして、それでも無情に果たされた。
「愛しています」
その一言がどんなに私を傷つけ、どんなに私を苦しめるか
わからないあなたではない筈なのに。
「私もです」
そう答える私は、あなたよりもっと愚かで残酷なのでしょうね。
あなたを甘えさせてあげる事さえできない私の、ほんの小さな幸せを
あなたと共有できたことが、私の一番の誇りです。
約束は、果たされる。
【古泉・みくるSS】
―――――――― 遠 い 約 束 ――――――――
3: 2009/02/28(土) 23:33:19.68 ID:L78C3FJd0
「古泉君。もらってくれますか」
2月の部室にほっそりと鳴る高い声。
言わずもがな、世の高校生にとっては一大イベントの時期である。
「ありがとうございます」
それは一般人ではないSOS団員も例に漏れることなく、
去年に引き続き彼女からの二度目のチョコレートをいただくことが出来た。
そして今年もまた、涼宮さんと彼の微笑ましい一幕。
幸せだと思う。
この能力に目覚め、睡眠と体力と自由を犠牲にする生活を送るようになった当初は
こんなに穏やかな気分で彼女を眺めることができるなんて夢にも思っていなかったのが本音だ。
「うふ。上手くできたかはわからないけど」
はにかんで、朝比奈さんは笑う。
僕がこうして多幸感に浸れるのも、彼女の所以と言える。
僕と朝比奈さんの非公式での恋人関係が始まってから、今日で1年が経つ。
心の拠り所。
遡ることちょうど1年。バレンタインから始まった恋。
5: 2009/02/28(土) 23:40:38.14 ID:L78C3FJd0
・
・
・
一年前。
少し気障すぎたかも知れない僕の告白に、彼女は困った顔でこう答えた。
『禁則事項です』
『……僕の事が、嫌いですか』
往生際が悪いとはこの事だろう。
許されぬ恋であることははじめからわかっていた。
それならば、はじめから干渉しなければ良い、それが自分のスタイルであったはずなのに。
涼宮さんの言葉を借りるならば、僕のこの感情は言わば一種の精神病か。
自分と朝比奈さんとの間には、人種でも性別でもなく、
時代というどうしようもない隔たりがあった。
それは努力ではどうあがいても縮めることのできない、絶望的な距離。
それなのに僕は、彼女を幸せにすることなど出来ないと解っていながらも
朝比奈さんを自分のものにしてしまいたかった。
そして、願わくば彼女が自分を傷つけることなく断るを願っていた。
我ながら、独りよがりな願望だったと思う。
『違う、ちがいます。嫌いなんかじゃないです』
彼女の目に膜がかかる。
『……禁則事項……』
6: 2009/02/28(土) 23:45:00.84 ID:L78C3FJd0
ぽたっ
大きな瞳から零れる涙。
『禁則事項、ですか』
『禁則事項です……』
朝比奈さんが日常生活や言動の一つ一つまで制限されているのは知っていた。
そして、それは彼女の意思ではどうしようもないということも。
そんな彼女がこの時代での恋愛を許されているはずもなく、
告白は無駄に終わるであろう事は予想できたことだった。
少なくとも、僕が本気で彼女に惹かれるまでは。
それでも僕は、彼女に恋をしていた。
もしかしたらという淡い期待があったから。
7: 2009/02/28(土) 23:47:24.74 ID:L78C3FJd0
『嫌い、はね……』
ぐす、と赤くなった鼻を啜りながら彼女は続ける。
『嫌いは……禁則事項じゃないんです』
『え?』
『……禁則事項』
文字通り言葉にならない想いを打ち明けてくれた彼女の小さな紅葉の手の温もりを、
確かにこの手で感じられた。
受け入れられた。許されぬ恋が許された喜びで、きっと僕は浮かれていたのだと思う。
だから忘れてしまっていた。この恋には、必ず終わりがあるということを。
・
・
・
9: 2009/02/28(土) 23:52:17.17 ID:L78C3FJd0
「古泉君?」
「はい、なんでしょう」
「ううん。ぼーっとしてたから、どうしたのかなって」
小首を傾げるその仕草一つが一々愛らしい。
「いえ、1年前を思い出していまして」
「あ……」
「懐かしいですね。あれからもう1年になる」
「そうですね。うふ、もう1年かぁ」
そう、もう1年。
幸せな時間は、訪れる別れへと確実に結びついていく。
今年で朝比奈さんは最上学年。卒業が、彼女の任務の終了期限だった。
別れがわかっているからこそ、僕達は幸せな時間を出来るだけ共有できたのだと思う。
来月は卒業式。
残された時間を、1秒でも長く一緒に居たいと願うことは罪ではないだろう。
「今日は、一緒に帰りましょうか」
「えぇ、いいですよ」
ニコ、と彼女は笑う。
自惚れではなく、彼女も同じ気持ちで居てくれるだろう。
10: 2009/02/28(土) 23:57:52.94 ID:L78C3FJd0
――――坂道を下りながら暮色の町並みを見下ろす。
足元には自分の影、右隣には頭一つ小さな影が穏やかに揺れている。
こんな静かな幸せが、氏ぬまで続けばいいのに。
そんな風に思う時期はもうとうに終わっていた。
今はただ、残り少ない時間をできる限り二人で共有すること。それだけが、僕達の幸せだった。
「わぁ。このピンキーリング、かわいいな」
駅前のショップのウィンドウを覗き込んで彼女はつぶやく。
小さな手が大きな窓に指紋を残す。
窓に映った彼女の顔はあどけない。
彼女のねだっているわけではないと思う。性格から考えれば、目の前のアクセサリーに純粋に心を奪われていたのだろう。
それなのに、余計な一言が口からこぼれる。
11: 2009/03/01(日) 00:03:12.17 ID:C+z7jU780
「買って差し上げましょうか」
覆水盆に返らず。言わなければ良かった。
「……ううん。持ってかえれないから」
眉を八の字にして微笑む朝比奈さん。
こんな表情をさせるために言ったんじゃなかった。
「……そうですか。残念です」
今まで僕のプレゼントを受け取ってくれた事はほとんどなかった。
理由はさっき彼女が言ったとおり。
彼女の元居た時代に持って帰ることができないから。
それならばもういっそ、思い出は残してほしくないというのが彼女の望みだった。
それが朝比奈さんの望みならば、僕は従おう。
今まではそうしてきた。今までは。
13: 2009/03/01(日) 00:07:57.93 ID:C+z7jU780
……この時の僕は、もうおかしくなっていたんだと思う。
確実に削られていく二人の時間に焦り、憤り、そして何に対してでもなく怒っていた。
「お店に入ってみませんか?」
「え?でももう遅いし…古泉君は帰らなくて良いんですか?」
「ええ、もちろん。あなたのためならばいくら時間を使っても惜しくはありませんよ」
「うふ、ありがとう。それなら、ちょっとだけ」
うまく笑えていただろうか。
少なくとも彼女は満面の笑みを返してくれた。
彼女の左手を引き、右手でドアを開ける。
「どうぞ」
15: 2009/03/01(日) 00:11:27.87 ID:C+z7jU780
店内はピンクを基調としたいかにも女の子向けの雰囲気で、朝比奈さんはキョロキョロと周りを見渡していた。
時々は友人同士でこんな店に来ることがあるが、ほとんど自分が選んで買うことはないらしい。
鶴屋さん達に様々な服で衣装替えされている様子が容易に想像できる。
「可愛いですねぇ。私、こういうお店好きなんです」
左で彼女がにこやかに僕を見上げる。
幸せそうだ。朝比奈さんの幸せは、僕にとっても至上の幸せのはずなのに。
なぜか、それが無性に腹立たしく思えた。
別れに憤りを感じているのは、僕だけだというのか。
「すみません。このリングを…」
「古泉君!?」
きっと、彼女に対する小さな悪意が手伝ったのだろう。
思い出を残したくないという彼女に、自分を植え付けたい。
19: 2009/03/01(日) 00:16:38.16 ID:C+z7jU780
「朝比奈さん、小指は確か5号でしたよね」
「え、えと…だめですよぅ…古泉君…」
本来の時代に帰ってしまって、自分の事を忘れて生きてしまうくらいなら。
いっそ、彼女を苦しめることになっても、自分を植えつけてしまいたい。
一生忘れることが出来ないくらいに、愛してあげたい。
…傷つけることはわかっている。
「こちらのピンキーリング、お買い上げでよろしいでしょうか」
「はい、お願いします。プレゼント用の包装で」
「かしこまりました」
店の雰囲気に合わせた薄いピンク色の包装紙で、しまわれたケースを丁寧にラッピングしてくれる。
鋭角を重ね合わせて完成されていく僕からの悪意のプレゼントを見て、
彼女は困ったような、恥ずかしそうな顔を見せる。
25: 2009/03/01(日) 00:21:35.14 ID:C+z7jU780
「受け取ってくれますか?」
「……私……困ります」
「僕は貴方を愛しています」
「……持って帰れないから……だから」
「その時が来れば、返してくれても構いません。捨ててしまってもいい」
「捨てるなんて事……出来るわけないじゃないですかぁ……」
「では、受け取ってくれますね。……受け取ってください」
「……もう。古泉君の意地悪」
「ふふ、ご存知でしょう。僕は意地悪なんですよ」
「……私……困ります」
「僕は貴方を愛しています」
「……持って帰れないから……だから」
「その時が来れば、返してくれても構いません。捨ててしまってもいい」
「捨てるなんて事……出来るわけないじゃないですかぁ……」
「では、受け取ってくれますね。……受け取ってください」
「……もう。古泉君の意地悪」
「ふふ、ご存知でしょう。僕は意地悪なんですよ」
32: 2009/03/01(日) 00:26:54.26 ID:C+z7jU780
店員が包装の終わったリングをレジに置く。
微笑ましく僕達のやり取りを見ていたらしい店員は、ごく普通の高校生のカップルだと思っているのだろう。
そうであるならば、どれだけ幸せだったか。
リングを受け取って店を出る。
もう日は暮れかけていた。
少し歩いて、駅前の広場。家路を目指す人々が行きかう中、先ほど買ったプレゼントを渡す。
「どうぞ。僕の気持ちです。受け取ってください」
39: 2009/03/01(日) 00:32:21.99 ID:C+z7jU780
最初で最後になるだろう僕からの贈り物、5号の小さなピンキーリング。
小指に嵌めるリングには、確かこんな意味があった。
『秘密』
二人の間にあるはずの愛情は、厳密にはないものだった。
遠い未来から制限を受けている朝比奈さんとの恋愛は、ほとんど恋人らしいことなど何も許されない。
体を重ねることはもちろん、口付けることも、本来ならば必要以上に関わることさえ。
それなのにこれを受け取ってくれたということは、存在を許されない僕達の愛は確かにここにあるのだろう。
彼女の言葉で言えば、禁則事項、か。
それを彼女が意識してピンキーリングを選んだのかどうかは定かではないが、
それを確認できただけでもこの自己満足に満ちた贈り物に意味が生まれた。
細い、乱暴に扱えば折れてしまいそうな指にリングを嵌める。
51: 2009/03/01(日) 00:44:15.26 ID:C+z7jU780
「ありがとう」
悪意をこめたプレゼントに、彼女は溶けるような笑顔で答えてくれる。
別れが避けられないのなら、せめて僕を忘れないでほしい。
何百年先かへ帰ってしまった後も、自分の影に縛られながら生きてほしい。
帰った後も、他の男性に彼女が染められてしまうのが我慢ならない。
そのためのプレゼントだった。
でも……彼女がそれを望んでいないことは明らか。
そんなプレゼントなのに、彼女の笑顔は無垢で、僕の心を抉るには十分すぎた。
悪意をこめたプレゼントに、彼女は溶けるような笑顔で答えてくれる。
別れが避けられないのなら、せめて僕を忘れないでほしい。
何百年先かへ帰ってしまった後も、自分の影に縛られながら生きてほしい。
帰った後も、他の男性に彼女が染められてしまうのが我慢ならない。
そのためのプレゼントだった。
でも……彼女がそれを望んでいないことは明らか。
そんなプレゼントなのに、彼女の笑顔は無垢で、僕の心を抉るには十分すぎた。
54: 2009/03/01(日) 00:48:14.62 ID:C+z7jU780
―――――そしてまた日は過ぎ。
機は満ちようとしていた。
確実に迫りくる別れの時は、僕を焦らせ、狂わせていく。
彼とのボードゲームにも身が入らず、ただぼーっと彼女が部室のドアを開くのを待っている。
……程なくして、足音が聞こえてくる。
この音は朝比奈さんではなく、涼宮さんのものだろうか。
バタン!
「こら、そんな勢いよくドアを開けたら部室が壊れるだろ」
「小さい事気にしてたらくだらない大人になるわよ!それよりキョン!良いこと思いついたわ!」
「お前の良いことが俺にとっても良い事だった試しがないけどな。なんだ?」
「みくるちゃんの卒業パーティーをするわよ!」
56: 2009/03/01(日) 00:55:04.03 ID:C+z7jU780
その言葉で、改めて実感する。
そうか、もう日を数えるには片手で済むほどしか時間は残されていないのだ。
焦りながらも、僕が彼女にしてあげられたことなど殆どなにもない。
……いや、それが彼女のためなのか。
「みくるちゃん、留学しちゃうんだし。もうしばらく会えなくなるんだから、盛大にやるわよ!」
「お前にしては珍しくまともな発想だな。同意だ。な、古泉?」
「ええ。大変よろしい考えかと」
58: 2009/03/01(日) 01:00:56.93 ID:C+z7jU780
涼宮さんの心遣いに感謝しよう。
涼宮さんもさびしいのだ。
いつも以上に明るく振舞っているが、きっとそれは照れ隠しなのだろう。
涼宮さんもまた、朝比奈さんの事を愛し、笑って門出を祝いたいと思ってくれているのだ。
本当に、団員思いの素晴らしい団長だ。
それから少しして、朝比奈さんが部室にやってきた。
思い立ったらすぐ実行がモットーの涼宮さん、決行は今夜、長門さん宅ということになった。
いつものように食材や催し物の準備を任され、一時解散。
集合は七時、現地にて。
今夜くらいは、禁止されていたアルコールも少しだけなら嗜んでも罰は当たらないだろう。
62: 2009/03/01(日) 01:10:05.81 ID:C+z7jU780
パーティーは盛大に行われた。
皆、さびしいのだ。今まで苦楽を共にしてきた仲間……いや、それ以上か。
誰からも愛された朝比奈さんが去ってしまうのを、騒ぐことで忘れてしまおうとしていた。
それが何の解決にもならないのは、誰もがわかっているはずなのに。
「キョン!もっと飲みらさい!こんなくらいで酔うなんて情けないわよ!」
「飲みすぎだ。今日は朝比奈さんのパーティーだぞ。お前がはしゃいでどうする」
「わかってるわよ、それくらい!今日みたいな日に騒がなくてどうすんのよ!?」
「そりゃそうだが……。長門もああやって飲んでる事だし。な、ハルヒ」
「……そう」
64: 2009/03/01(日) 01:14:34.32 ID:C+z7jU780
「もう、なによ。有希も、古泉君までしけた顔しちゃって!」
言われて、ハッとした。
あれほど笑顔を習慣づけてきたのにもかかわらず、ここに来て暗い顔をしてしまっていたのか。
……我ながら、まだまだだ。
「ふふ、そうですね。今日くらいは羽目を外してもいいでしょう」
「おい古泉、お前まで……」
「ほら!古泉君もああ言ってるんだし、あんたも飲みなさい!」
「やれやれ……って、おい!一気飲みは無理だ!」
66: 2009/03/01(日) 01:23:05.96 ID:C+z7jU780
ふと朝比奈さんの方に視線を移すと、二人の微笑ましい様子を眺めながらジュースをちびちびを飲んでいた。
僕も少しお酒が入っているからかも知れない。
いつも以上に美しく見える。
「ふふ、涼宮さんはいつでも元気ですね。キョン君とも最近はすごく仲良しだし」
クスリと彼女は笑った。
「ええ。喜ばしい限りです」
「嬉しいなぁ。本当に……私なんかの為にこんなパーティーを開いてくれて」
「朝比奈さんが皆さんから愛されている証拠ですよ」
「……えへへ。ありがとうございます」
68: 2009/03/01(日) 01:26:47.85 ID:C+z7jU780
……大人だ。
本人がさびしく無いはずがないのに。
それでもそれを表に出さないのは、彼女の強さなのだろう。
いつだっただろうか、彼女が自分自身の無力さに嘆いていたことがあった。
何の役にも立てない、誰かに頼らないといけない自分がいやだ、と。
決してそんな事はありませんよ、朝比奈さん。あなたはこんなに強い。
つい先日、自己満足の為にプレゼントを送った僕とはえらい違いだ。
……今になって申し訳なく思う。
別れが悲しいのは自分だけなのかなんて、少しでも彼女を疑った自分が憎い。
それを隠し通す強さが彼女にはあり、僕にはなかっただけのことなのに。
朝比奈さんと居る時間が長ければ長くなるほど、自分の醜さが浮き彫りになってしまった。
71: 2009/03/01(日) 01:31:20.12 ID:C+z7jU780
「みくるちゃん!飲んでる!?」
「ひゃあい!の、飲んでますよぅ!」
すでに目が座っている涼宮さんが朝比奈さんに絡みに来る。
彼は一気飲みを強要され潰れてしまったようだ。
「ねぇ、みくるちゃん。卒業しても、また会えるわよね?」
「ええ、もちろんですよ。きっとまた会いに来ます」
なんとも言えない空気が漂う。
笑顔で嘘を吐く朝比奈さんの心の痛みが……
そして、勘の鋭い涼宮さんの心の痛みが、僕にまで伝わってくるようだった。
73: 2009/03/01(日) 01:37:33.44 ID:C+z7jU780
「……」
「!」
まさか。涼宮さんが、泣いた。
疲れることさえ知らないのではないかと思うほどの強さを秘めた瞳から、一筋の涙が。
いままで彼を相手に騒ぐことで抑えていた涙が、抑制が効かなくなってしまったように。
「寂しいよぉ……みくるちゃん、あたし寂しい……!」
「涼宮さん……」
お酒も手伝っているかも知れないが、やはりこれが涼宮さんの本音。
両拳を握り締め、下唇を噛んで嗚咽を漏らす。
まるで、子供のようだった。
75: 2009/03/01(日) 01:44:24.79 ID:C+z7jU780
「ごめんね、今までおもちゃみたいにしてごめんね……」
「ううん。私も楽しかったですよ。泣かないで涼宮さん」
「ひどい事いっぱいしちゃったけど、大好きだったんらよ。みくるちゃん!うわぁぁん……!」
「ありがとうございます。ほら、もう泣かないで涼宮さん」
抱きついてきた涼宮さんをやさしく受け止め、頭を撫でてあげる姿を見て
今まで必氏に堪えていた涙がこぼれそうになる。
……いけない。ここで泣いてはいけない。
78: 2009/03/01(日) 01:46:47.03 ID:C+z7jU780
「ベランダはあっち」
長門さんが僕の肩に手を置き、もう片方の手でベランダを指す。
……この数年で、彼女は素晴らしい成長を遂げた。
「すみません。お気遣い感謝します」
外は随分寒い。
もう3月なのに、吐く息は白く立ち上る。
久しぶりに声を上げて泣いた。
こんな風に泣くのはいつぶりだろう。
能力に目覚めたばかりの頃、自分の運命を受け入れられなかった頃はよくこうして泣いた。
いつから泣いてなかったんだろう。少なくとも、朝比奈さんに出会ってからはなかった。
彼女に涙を見せるわけにはいかない。
あれほど気丈に振舞っている朝比奈さんの前で、弱さを見せるわけには。
だから、せめて彼女が見ていないところで。
弱さを自分の中に押さえ込むほど僕は強くはないから、せめて一人で泣かせてほしい。
嗚咽を伴った声は、深夜のベランダで静かに響いた。
82: 2009/03/01(日) 01:56:50.29 ID:C+z7jU780
部屋に戻ると、涼宮さんは寝息を立てていた。
朝比奈さんは涼宮さんに毛布をかけている。
その表情は、本当に聖母そのものだった。
「朝比奈さん。少しそとの風に当たりませんか」
「ふぇ?でも涼宮さん達は……」
言い、彼にも目を移す。
「彼らは私に任せるといい」
毛布を持ち、長門さんが僕達に言う。
83: 2009/03/01(日) 02:00:53.86 ID:C+z7jU780
「室温も適温に設定してある。血中アルコール濃度も危険値には達していない。心配ない」
……心遣いに甘えよう。
卒業はもう目の前。
少しでも朝比奈さんとの時間をすごせるなら、長門さんの言葉に甘えさせてもらおう。
「では、すみませんがよろしくお願いします。行きましょうか朝比奈さん」
「そうですね。ごめんなさい、長門さん」
「いい。行ってらっしゃい」
87: 2009/03/01(日) 02:04:19.19 ID:C+z7jU780
二人、並んで夜の道を歩く。
繋いだ彼女の左手には、あの日のピンキーリング。
「古泉君」
「はい、なんでしょう」
「……わがまま言ってごめんなさい」
何のことかわからなかった。
わがままで身勝手なことばかり言って来たのは自分のはずなのに。
朝比奈さんが謝る理由がみつからない。
「……思い出を残さないでなんて言って、ごめんなさい」
「!」
90: 2009/03/01(日) 02:11:54.08 ID:C+z7jU780
言葉が見つからなかった。
こんなとき、何と言えばいいのだろう。
正解を探しているうちに、彼女が次の言葉を紡いだ。
「……ごめんね、古泉君。……私の事、忘れて生きてくれますか?」
……こうなることはわかっていた。
いずれはこの時が来る。わかっていたはずなのに。
この期に及んで僕は。
「忘れません」
92: 2009/03/01(日) 02:14:55.28 ID:C+z7jU780
「古泉君、だめです。……こうなることは規定事項なんです。お願い、私の事は忘れて……」
「忘れません。……僕はこの先、貴女の影を支えに生きていきます。そして、出来ることならば」
駄目だ。
この先は、絶対に。
「朝比奈さん、あなたも」
やめてくれ……。止まってくれ。
「どうか、僕の事を忘れないでください」
……
取り返しのつかない言葉。
もう許されないだろう。嫌われても仕方ない。
「……忘れられるわけ、ないじゃないですか」
94: 2009/03/01(日) 02:17:35.09 ID:C+z7jU780
「愛しています」
その言葉が、どれほど彼女を傷つけ、どんなに彼女を苦しめるか
わからないはずはない筈なのに。
「私もです」
そう答えてくれた朝比奈さんは、僕よりももっと……。
彼女を甘えさせてあげることも出来ない僕の、ほんの小さな幸せを
彼女と共有できたことが、きっと僕の人生で最大の誇りになるだろう。
もう吹っ切れた。
「朝比奈さん、ひとつ約束をしましょうか」
「……約束?」
その言葉が、どれほど彼女を傷つけ、どんなに彼女を苦しめるか
わからないはずはない筈なのに。
「私もです」
そう答えてくれた朝比奈さんは、僕よりももっと……。
彼女を甘えさせてあげることも出来ない僕の、ほんの小さな幸せを
彼女と共有できたことが、きっと僕の人生で最大の誇りになるだろう。
もう吹っ切れた。
「朝比奈さん、ひとつ約束をしましょうか」
「……約束?」
95: 2009/03/01(日) 02:22:31.10 ID:C+z7jU780
「ええ。わがままついでです。聞いてくれますか」
「はい。聞かせてください」
「この約束が果たされるのは、遠い未来になります」
二人、話しながら街を歩いた。
北高に続く坂道、その坂を上りきったところにある場所。
僕達の町が一望できる場所があった。
「ここが良いですね」
「本当。良い所……こんな素敵な場所があったんですね」
ここで、約束を。
97: 2009/03/01(日) 02:26:13.55 ID:C+z7jU780
「先程も申しましたが、僕は朝比奈さんを忘れて生きることなど出来ないと思います」
「……うん」
「ですから……また、ここで会いましょう」
その再会がどんな形であれ、再びあなたと会えるのならば。
この数年間、涼宮さんに最も近い形でコンタクトを取り、機関でそれなりの地位を得た。
これくらいのワガママは聞いてもらえるだろう。
「ここに僕の墓を建てます」
「……うん」
「何百年後の事なのか僕にはわかりませんが……。必ず、僕はここで待っています」
100: 2009/03/01(日) 02:31:01.83 ID:C+z7jU780
朝比奈さんにとっては、明日にでも未来に帰れば実行できる約束。
僕にとっては、生涯かけての遠い約束。
それでも、あなたに再び会えるのならば、僕はここで待ち続けよう。
「また、会いに来てくれますか?」
「……ひ……うっ……古泉くん……ず、ずるいよぉ……」
「……ふふ、そうかも知れませんね」
「…………きっと、きっと会いに来ます。待っててね?」
「必ず。僕はここで待っています」
「ふぇ……うぇぇぇん」
数え切れないほどの幸せをくれたあなたと、最後の約束を。
僕はこれから、この約束を果たすために生きていこう。
重ねた手の悪意と愛に満ちたリングが、月の明かりを反射していた。
103: 2009/03/01(日) 02:37:15.18 ID:C+z7jU780
――――時は来た。
卒業式。別離の日。
威風堂々が流れる体育館で式は順調に進行し、多くの生徒が涙を流して在校生の作ったアーチをくぐっていく。
そして卒業生がクラスでの別れを済ませ、各々の部活などで別れを惜しんでいる。
我らがSOS団も例に漏れることなく、部室で最後の挨拶が行われていた。
「みくるちゃん!元気でね!!向こうでも頑張るのよ!」
あえて、またねとは言わない涼宮さん。
もう会えないということを無意識にでも感じている涼宮さんなりの気遣いなのだろう。
「朝比奈さん……どうか、お元気で」
「……お元気で」
各々が最後の挨拶を交わす。
朝比奈さんも涙を流すことなく、笑顔で最後を迎えようとしている。
105: 2009/03/01(日) 02:43:15.92 ID:C+z7jU780
そして校門から朝比奈さんを見送る。
……涼宮さん、今日だけは勝手な行動を許してください。
姿が見えなくなるまでに、僕は彼女を追いかけた。
「朝比奈さん!」
「古泉君…」
「……どうか、お元気で」
「うん、ありがとう。古泉君も」
「ええ。……今までありがとうございました」
「私こそ……こんな私を大事にしてくれて、本当にありがとう」
僕の口から、これ以上言葉は続かなかった。
話したいことはいくらでもあったのに。
112: 2009/03/01(日) 02:51:54.75 ID:C+z7jU780
朝比奈さんが小指からリングを外す。
愛おしそうにしばらく見つめた後、それを僕に手渡した。
「これ、ありがとうございました。……すごく、嬉しかったです」
「……」
不思議だ。
もう、涙は出なかった。
あの約束のおかげだろうか。
また会えるんだ、たとえ何百年かかろうと、再び朝比奈さんに会えるんだと思えば。
涙は出なかった。
「このリングは……約束が果たされる時に、一緒に受け取ってください。必ず持っておきますから」
「うふ、ありがとう」
そして、沈黙が訪れた。
とても静かで、どこか寂しく、それで居て居心地が良い静寂。
朝比奈さんが口を開く。
愛おしそうにしばらく見つめた後、それを僕に手渡した。
「これ、ありがとうございました。……すごく、嬉しかったです」
「……」
不思議だ。
もう、涙は出なかった。
あの約束のおかげだろうか。
また会えるんだ、たとえ何百年かかろうと、再び朝比奈さんに会えるんだと思えば。
涙は出なかった。
「このリングは……約束が果たされる時に、一緒に受け取ってください。必ず持っておきますから」
「うふ、ありがとう」
そして、沈黙が訪れた。
とても静かで、どこか寂しく、それで居て居心地が良い静寂。
朝比奈さんが口を開く。
113: 2009/03/01(日) 02:54:24.16 ID:C+z7jU780
「それじゃあ、行きますね」
「はい。では、また」
「はい。また。帰ったらすぐに会いに行きます」
「ふふ、楽しみにしていますよ。それではお元気で」
「ありがとう。さようなら」
彼女が消える。
本当に、今までそこに存在しなかったかのように、忽然と。
……
空を見上げる。色は深い蒼。気を抜けば吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。
さぁ、生きよう。
遠い約束を果たすために。
117: 2009/03/01(日) 02:58:57.98 ID:C+z7jU780
あとちょっとだけ続きます。
もうしばらくお付き合いを
もうしばらくお付き合いを
121: 2009/03/01(日) 03:02:44.34 ID:C+z7jU780
――――帰還。
私が生まれた時代。
ついさっきまで居た時代からは、遠い、本当に遠い時代。
「朝比奈みくる、帰還しました」
「ご苦労様です。報告書は後でいいので、今はゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。……ひとつだけ、聞いてもいいですか」
どうしても聞いておきたいことがあった。
今までこうして何度も辛い思いをしてきた。
私なんかよりも、もっとこの任務に向いていた人材はいたはずなのに。
「どうして、私だったんですか……?」
ずっと疑問だった。
何も知らされず、何の力も持っていないのに、なぜ過去に派遣されたのが自分だったんだろう。
もし自分でなければ、こんなに辛い思いをせずに済んだかも知れないのに。
愛した人を悲しませずに済んだかも知れないのに。
「どうして……ですか……?ひぐ……お、教えてください……」
「規定事項です」
「……わかりました……ありがとうございます……」
私が生まれた時代。
ついさっきまで居た時代からは、遠い、本当に遠い時代。
「朝比奈みくる、帰還しました」
「ご苦労様です。報告書は後でいいので、今はゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。……ひとつだけ、聞いてもいいですか」
どうしても聞いておきたいことがあった。
今までこうして何度も辛い思いをしてきた。
私なんかよりも、もっとこの任務に向いていた人材はいたはずなのに。
「どうして、私だったんですか……?」
ずっと疑問だった。
何も知らされず、何の力も持っていないのに、なぜ過去に派遣されたのが自分だったんだろう。
もし自分でなければ、こんなに辛い思いをせずに済んだかも知れないのに。
愛した人を悲しませずに済んだかも知れないのに。
「どうして……ですか……?ひぐ……お、教えてください……」
「規定事項です」
「……わかりました……ありがとうございます……」
124: 2009/03/01(日) 03:09:00.78 ID:C+z7jU780
上司は無情にもそれだけ言い放ち、それきり口を開いてはくれなかった。
今までも何度も不満を持つことはあったが、それでも……
ううん。私が何を言っても、どうなるものではない。
さぁ、約束を果たしに行こう。
私にとってはついさっき交わしたばかりの、
彼にとってはもう何百年も昔の、遠い約束を。
外の風景は、もうすっかり変わってしまっていた。
けれど、古泉君は約束を破る人じゃない。
きっとあの場所へ行けば、待っていてくれるはず。
ポイントを割り出し、かつて約束を交わした場所へと向かう。
場所はここからそう離れておらず、歩いても十分行ける距離だった。
今までも何度も不満を持つことはあったが、それでも……
ううん。私が何を言っても、どうなるものではない。
さぁ、約束を果たしに行こう。
私にとってはついさっき交わしたばかりの、
彼にとってはもう何百年も昔の、遠い約束を。
外の風景は、もうすっかり変わってしまっていた。
けれど、古泉君は約束を破る人じゃない。
きっとあの場所へ行けば、待っていてくれるはず。
ポイントを割り出し、かつて約束を交わした場所へと向かう。
場所はここからそう離れておらず、歩いても十分行ける距離だった。
126: 2009/03/01(日) 03:17:18.82 ID:C+z7jU780
「え……?そんな……」
ここは、かつて古泉君と約束を交わしたポイント。間違いない。
なのに。
「ここは……そんな事って……」
私が所属する時間遡行研究所の重要管理区域。
建物の扉の前には、立ち入り禁止の文字。
私の権限では扉を開けることは出来ない。
「古泉君……」
……無駄だとはわかっていても、どうしてもあきらめることは出来なかった。
歩いてきた道を引き返し、上司に許可を得に行こう。
どうか、どうかあの場所に入らせてください。
あそこに、私の大切な場所があるんです。
どうか、お願いします……。
上司からの返事は、意外なものだった。
「許可しましょう。あなたのパスでドアのロックは外せます。行って来なさい」
ここは、かつて古泉君と約束を交わしたポイント。間違いない。
なのに。
「ここは……そんな事って……」
私が所属する時間遡行研究所の重要管理区域。
建物の扉の前には、立ち入り禁止の文字。
私の権限では扉を開けることは出来ない。
「古泉君……」
……無駄だとはわかっていても、どうしてもあきらめることは出来なかった。
歩いてきた道を引き返し、上司に許可を得に行こう。
どうか、どうかあの場所に入らせてください。
あそこに、私の大切な場所があるんです。
どうか、お願いします……。
上司からの返事は、意外なものだった。
「許可しましょう。あなたのパスでドアのロックは外せます。行って来なさい」
130: 2009/03/01(日) 03:26:35.57 ID:C+z7jU780
もしかしたら、上司の人はもう事情を知っているのかも知れない。
……今まで頑張ってきたから、ご褒美をもらえたのかな。
そんなことを思いながら、約束の場所への扉を開く。
プシュ、という小気味の良い音を立ててドアのロックが外れる。
……ああ。
そこには、きちんとあった。
私の時代には珍しい、石造りのお墓。
一歩、一歩と近づく度に胸が締め付けられる。
この日の為に、彼はずっとここで私を待っていてくれた。
約束を交わした日の彼の顔がフラッシュバックする。
『また、会いに来てくれますか?』
珍しく、子供のような表情で私に話してくれた。
ずっと、待っててくれたんだね……。
「会いに来ましたよ、古泉君。待たせちゃってごめんね」
今になって、なんて残酷な約束をしたんだと思う。
ずっと、私の事を思いながら生きてくれた。
……悲しい。もう一度会える喜びと同じくらい、悲しかった。
……今まで頑張ってきたから、ご褒美をもらえたのかな。
そんなことを思いながら、約束の場所への扉を開く。
プシュ、という小気味の良い音を立ててドアのロックが外れる。
……ああ。
そこには、きちんとあった。
私の時代には珍しい、石造りのお墓。
一歩、一歩と近づく度に胸が締め付けられる。
この日の為に、彼はずっとここで私を待っていてくれた。
約束を交わした日の彼の顔がフラッシュバックする。
『また、会いに来てくれますか?』
珍しく、子供のような表情で私に話してくれた。
ずっと、待っててくれたんだね……。
「会いに来ましたよ、古泉君。待たせちゃってごめんね」
今になって、なんて残酷な約束をしたんだと思う。
ずっと、私の事を思いながら生きてくれた。
……悲しい。もう一度会える喜びと同じくらい、悲しかった。
134: 2009/03/01(日) 03:31:11.20 ID:C+z7jU780
普段は見せない表情で、最後に交わした約束は
嘆き悲しむ私を置きざりにして、それでも無情に果たされた。
『愛しています』
その一言がどんなに私を傷つけ、どんなに私を苦しめるか
わからないあなたではない筈なのに。
『私もです』
そう答えた私は、あなたよりもっと愚かで残酷なのでしょうね。
あなたを甘えさせてあげる事さえできない私の、ほんの小さな幸せを
あなたと共有できたことが、私の一番の誇りです。
約束は、果たされた。
墓石には、古泉一樹の文字。
時代というどうしようもない隔たりが現実になって襲ってくる。
……ここで、眠ってるんだね。古泉君。
お墓の前には、小さな箱。
もうボロボロになってしまっていて、ちょっとでも乱暴に扱えば崩れてしまいそう。
そっと開けると、そこには……
朽ち果て、錆び付いたあの日のピンキーリングが入っていた。
「古泉君……古泉君……うぇぇん……」
嘆き悲しむ私を置きざりにして、それでも無情に果たされた。
『愛しています』
その一言がどんなに私を傷つけ、どんなに私を苦しめるか
わからないあなたではない筈なのに。
『私もです』
そう答えた私は、あなたよりもっと愚かで残酷なのでしょうね。
あなたを甘えさせてあげる事さえできない私の、ほんの小さな幸せを
あなたと共有できたことが、私の一番の誇りです。
約束は、果たされた。
墓石には、古泉一樹の文字。
時代というどうしようもない隔たりが現実になって襲ってくる。
……ここで、眠ってるんだね。古泉君。
お墓の前には、小さな箱。
もうボロボロになってしまっていて、ちょっとでも乱暴に扱えば崩れてしまいそう。
そっと開けると、そこには……
朽ち果て、錆び付いたあの日のピンキーリングが入っていた。
「古泉君……古泉君……うぇぇん……」
140: 2009/03/01(日) 03:46:48.28 ID:C+z7jU780
墓石の前の床に、なにか文が彫られている。
……私宛に。
―――――
お久しぶりです。待っていました。
と言っても、あなたにとってはついさっきの出来事でしたね。
約束を果たせたようで嬉しいです。
僕は、あなたと出会えて、そしてあなたと過ごせて、幸せでした。
あなたはどうだったでしょうか?
などと、聞く必要もありませんね。
この幸せをあなたと共有できたことを誇りに思います。
会いに来てくれて、ありがとうございます。
約束を果たしてくれた朝比奈さんに、素敵なプレゼントを用意しました。
これからあなたは、幸せな人生を送れます、必ず。
それでは、この辺で。
愛を込めて、このメッセージを贈ります。
―――――
愛しい人からの最後の言葉。
懐かしさとも悲しさとも違う、不思議な気持ち。
ついさっきまで一緒に居たのに。
あなたがもう少し子供で、ワガママなら。一緒に居られることもあったのかな。
私がもう少し強くてしっかりしていたら。一緒に居られることもあったのかな。
そんな事を思っていた。
……メッセージの最後の名前を見るまでは。
私へのメッセージの最後には、こう書かれていた。
『古泉一樹 古泉みくる』
……私宛に。
―――――
お久しぶりです。待っていました。
と言っても、あなたにとってはついさっきの出来事でしたね。
約束を果たせたようで嬉しいです。
僕は、あなたと出会えて、そしてあなたと過ごせて、幸せでした。
あなたはどうだったでしょうか?
などと、聞く必要もありませんね。
この幸せをあなたと共有できたことを誇りに思います。
会いに来てくれて、ありがとうございます。
約束を果たしてくれた朝比奈さんに、素敵なプレゼントを用意しました。
これからあなたは、幸せな人生を送れます、必ず。
それでは、この辺で。
愛を込めて、このメッセージを贈ります。
―――――
愛しい人からの最後の言葉。
懐かしさとも悲しさとも違う、不思議な気持ち。
ついさっきまで一緒に居たのに。
あなたがもう少し子供で、ワガママなら。一緒に居られることもあったのかな。
私がもう少し強くてしっかりしていたら。一緒に居られることもあったのかな。
そんな事を思っていた。
……メッセージの最後の名前を見るまでは。
私へのメッセージの最後には、こう書かれていた。
『古泉一樹 古泉みくる』
142: 2009/03/01(日) 03:51:40.95 ID:C+z7jU780
「……え?」
「……え?」
見間違いではなかった。
間違いなく彼の名前の横には、私の名前。
それも、古泉君と同じ姓。
「え?」
理解できなかった。
期待でもなく喜びでもなく、ただ混乱していた。
状況を飲み込めないまま呆然としている私に、後ろから声がかかった。
「先程の質問に、まだ答えていませんでしたね」
上司がいつの間にか、ドアの前に立っていた。
「……え?」
見間違いではなかった。
間違いなく彼の名前の横には、私の名前。
それも、古泉君と同じ姓。
「え?」
理解できなかった。
期待でもなく喜びでもなく、ただ混乱していた。
状況を飲み込めないまま呆然としている私に、後ろから声がかかった。
「先程の質問に、まだ答えていませんでしたね」
上司がいつの間にか、ドアの前に立っていた。
144: 2009/03/01(日) 03:56:34.14 ID:C+z7jU780
「この任務についたのがなぜあなただったのか」
そう、それは聞きたかった。
けれど今知りたいのはそんなことではない。
この状況の意味を知りたい。
「この名前は、いったい……?」
「なぜ詳細は何も知らされず、能力もない自分がこの任務に選ばれたのか」
構わずに上司は続ける。
「そこに書いてある名前が答えです。それはまぎれもなく、あなたの名前」
「え?どういう事ですか……?」
「なぜ、このお墓がこの場所にずっと保存されているか、考えてみてください」
そう、それは聞きたかった。
けれど今知りたいのはそんなことではない。
この状況の意味を知りたい。
「この名前は、いったい……?」
「なぜ詳細は何も知らされず、能力もない自分がこの任務に選ばれたのか」
構わずに上司は続ける。
「そこに書いてある名前が答えです。それはまぎれもなく、あなたの名前」
「え?どういう事ですか……?」
「なぜ、このお墓がこの場所にずっと保存されているか、考えてみてください」
145: 2009/03/01(日) 04:06:47.12 ID:C+z7jU780
なぜお墓が残っているか?
それはきっと、彼が機関の力を借りてここにお墓を残してくれるよう計らってくれたから。
「そのとおりです。では、なぜ今ここを管理しているのは我々なのかわかりますか?」
「え……っと……」
「単純なことです。我々はあなたが派遣された時代では『機関』と名乗っていました」
「え!?」
驚いたどころの話ではなかった。
友好関係にあることは知っていたけれど、まさか同一の団体だったなんて。
もちろん、そんなことは知る由もなかった。
「あなたがこの任務についた理由……これは、規定事項だったのです」
「規定……事項?」
「そう。能力の有無にかかわらず、この任務につけるのはあなたしか居なかったのです」
それはきっと、彼が機関の力を借りてここにお墓を残してくれるよう計らってくれたから。
「そのとおりです。では、なぜ今ここを管理しているのは我々なのかわかりますか?」
「え……っと……」
「単純なことです。我々はあなたが派遣された時代では『機関』と名乗っていました」
「え!?」
驚いたどころの話ではなかった。
友好関係にあることは知っていたけれど、まさか同一の団体だったなんて。
もちろん、そんなことは知る由もなかった。
「あなたがこの任務についた理由……これは、規定事項だったのです」
「規定……事項?」
「そう。能力の有無にかかわらず、この任務につけるのはあなたしか居なかったのです」
147: 2009/03/01(日) 04:19:46.63 ID:C+z7jU780
上司は説明を続けてくれた。
私が過去に派遣され、彼と恋仲になるのは規定事項だったこと。
自分が任務の詳細を知らされなかったのは、私自身にとって禁則事項だったからだという事。
涼宮さんの書いたSOS団エンブレムを礎に、古泉君が時間遡行学の基礎を提唱したこと。
それを元に、機関が時間遡行学の研究に取り組み、古泉君が所長になったこと。
初代所長となった古泉君から、私に対して過去に特捜員に任命するよう指示が遺されていた事。
そして……私、朝比奈みくるが、特別補佐として彼と共に研究に貢献したこと。
「……そんな事って……」
「事実です。そして、古泉初代所長からあなたに遺言があります」
「はい」
彼からの遺言。
遠い約束を果たした彼から、私へのメッセージ。
そして私からの私へのメッセージ。
これらから、導き出せること……。
私が過去に派遣され、彼と恋仲になるのは規定事項だったこと。
自分が任務の詳細を知らされなかったのは、私自身にとって禁則事項だったからだという事。
涼宮さんの書いたSOS団エンブレムを礎に、古泉君が時間遡行学の基礎を提唱したこと。
それを元に、機関が時間遡行学の研究に取り組み、古泉君が所長になったこと。
初代所長となった古泉君から、私に対して過去に特捜員に任命するよう指示が遺されていた事。
そして……私、朝比奈みくるが、特別補佐として彼と共に研究に貢献したこと。
「……そんな事って……」
「事実です。そして、古泉初代所長からあなたに遺言があります」
「はい」
彼からの遺言。
遠い約束を果たした彼から、私へのメッセージ。
そして私からの私へのメッセージ。
これらから、導き出せること……。
149: 2009/03/01(日) 04:32:05.35 ID:C+z7jU780
「貴女の功績を評価し、特例としてですが。『共に生きましょう』、と」
「それじゃあ……」
「これは強制ではありません。あくまで貴女の意思に委ねるとの事です」
彼と、もう一度。
それが許されるのならば、迷うことなど何もありはしない。
「……行きます。彼と過ごさせてください」
「そうですか。わかりました」
一度はあきらめた幸せを、もう一度手に入れることができる。
もう二度とは会えないと思っていたあなたの温もりに、もう一度触れることができる。
あなたと過ごした日々が、また。
「それじゃあ……」
「これは強制ではありません。あくまで貴女の意思に委ねるとの事です」
彼と、もう一度。
それが許されるのならば、迷うことなど何もありはしない。
「……行きます。彼と過ごさせてください」
「そうですか。わかりました」
一度はあきらめた幸せを、もう一度手に入れることができる。
もう二度とは会えないと思っていたあなたの温もりに、もう一度触れることができる。
あなたと過ごした日々が、また。
154: 2009/03/01(日) 04:38:57.79 ID:C+z7jU780
「では、遡行の準備を」
上司が微笑む。
ああ、この人は始めからすべて知っていたんだ。
私がここの研究所を志願したとき、もしかしたらそれよりも前から。
だからこそ、何も知らせずに私を過去に遣わせてくれた。
「ありがとうございました……本当に……」
「ええ。では、お元気で。初代所長をよろしく、遠いお母さん」
ニコ、と上司は笑う。
どこかで見たような表情だと思う。
時間遡行が始まり、視界が歪んでいく中で気づいた。
……ああ、上司は、古泉君に似ているんだ、と。
上司が微笑む。
ああ、この人は始めからすべて知っていたんだ。
私がここの研究所を志願したとき、もしかしたらそれよりも前から。
だからこそ、何も知らせずに私を過去に遣わせてくれた。
「ありがとうございました……本当に……」
「ええ。では、お元気で。初代所長をよろしく、遠いお母さん」
ニコ、と上司は笑う。
どこかで見たような表情だと思う。
時間遡行が始まり、視界が歪んでいく中で気づいた。
……ああ、上司は、古泉君に似ているんだ、と。
159: 2009/03/01(日) 04:53:20.78 ID:C+z7jU780
視界が混沌から秩序を取り戻していく。
時間は夜。確認してみると、卒業式の夜だった。
……ああ、帰ってきた。
愛しい人が居る時代へ。これから幸せな人生を送る時代へ。
彼に会いに行こう。きっと、彼はあそこに居る。
二人が約束を交わし、そして遠い未来にそれを果たした場所に。
坂道を登る。星が降る綺麗な空。
もう3月とは言え、気温は低く白い息が立ち上る。
けれどそんなことは気にならないほど、来るべき幸福が胸に積もっていく。
自然と足早になる。ああ、ここを上りきれば、また彼に会える。
頂上が見える。
約束の場所。
満天の星空。
愛しい背中。
1歩、1歩ごとに大きくなる背中。
たまらず、駆け出した。愛しい背中に向かって、思わず叫ぶ。
「古泉君っ!!」
深夜の町並みを見下ろす二つの影。
頭ひとつぶん違う二つの影が、穏やかに揺れる。
【古泉・みくるSS】
―――――――― 遠 い 約 束 ――――――――
Fin
時間は夜。確認してみると、卒業式の夜だった。
……ああ、帰ってきた。
愛しい人が居る時代へ。これから幸せな人生を送る時代へ。
彼に会いに行こう。きっと、彼はあそこに居る。
二人が約束を交わし、そして遠い未来にそれを果たした場所に。
坂道を登る。星が降る綺麗な空。
もう3月とは言え、気温は低く白い息が立ち上る。
けれどそんなことは気にならないほど、来るべき幸福が胸に積もっていく。
自然と足早になる。ああ、ここを上りきれば、また彼に会える。
頂上が見える。
約束の場所。
満天の星空。
愛しい背中。
1歩、1歩ごとに大きくなる背中。
たまらず、駆け出した。愛しい背中に向かって、思わず叫ぶ。
「古泉君っ!!」
深夜の町並みを見下ろす二つの影。
頭ひとつぶん違う二つの影が、穏やかに揺れる。
【古泉・みくるSS】
―――――――― 遠 い 約 束 ――――――――
Fin
160: 2009/03/01(日) 04:53:45.99 ID:DEzH2UD70
乙。
161: 2009/03/01(日) 04:55:30.48 ID:C+z7jU780
遅くまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
即興ですので推敲なしです。誤字脱字、矛盾等あるかもしれませんがお許しください。
保守・支援thxでした。
即興ですので推敲なしです。誤字脱字、矛盾等あるかもしれませんがお許しください。
保守・支援thxでした。
引用: 古泉・みくるSS「遠い約束」
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