1: 24/05/21(火) 12:24:08 ID:jHy6
「世界一?可愛い 宇宙一?可愛い」

 後ろで見ていた人が、だめだって言うみたいに去っていった。それがきっかけになったみたいに、ぱらぱらとお客さんが消えていく。

「もっともっと声出せ よそ見はダメ!」

 ねぇ、何であたしを見てくれないの?

「まばたきも?可愛い 存在が?可愛い」

 見てよ。あたしのことをちゃんと見てよ。ねえってば!

……悪い夢なら、良かったのに。

2: 24/05/21(火) 12:26:32 ID:jHy6
学マスの世界一可愛い藤田ことねちゃんの、ちょっとシリアスなSSです。口調が掴みきれてないので怪しくなってるかもです。ごめんなさい

3: 24/05/21(火) 12:26:50 ID:jHy6
 都内にででーんと建ってる卵みたいなドーム。世界一可愛かった藤田ことねちゃんの、今日の戦場はその中だ。

「すいませーん!」
「は~い!」

 人の良さそうなお姉さんに呼ばれて笑顔を作って階段を登って、お金を貰ってコーラを渡す。そう、藤田ことね、今日も絶賛売り子中なんです!

「700円のお返しです!ありがとうございましたー!」

 ……まぁ、心の中でふざけてみたって何も起きないんだけどね。むしろ空しくなるだけだったかも。
 背負ってるバッグがだいぶ軽い。そろそろ補給しないと。憂鬱とケンカするみたいに軽やかに階段を降りて、とことことバックヤードに向かった。

4: 24/05/21(火) 12:27:00 ID:jHy6
「おつかれーことねちゃん。調子はどう?」
「まぁまぁって感じです!売り上げもし~っかり出しちゃってますよぉ~?」

 はい、嘘2つ。調子も気分も最悪に近いし、売り上げも普段の2割減、ってところだ。

「若いっていいねぇ。でも無理だけはしないでよ?」
「大丈夫ですよ~!藤田ことねちゃんは世界一かわいくて、世界一元気なんですから~!」

 さらに嘘1つ。あんなに最終試験でコテンパンにされた私が世界一かわいい訳が無い。可愛さもダンスも歌も、全部ダメダメだったのに。

「それじゃあ、行ってきますね~!」

 飲み物をバッグに詰めて、逃げるように飛び出す。バッグが呆れる程重たく感じた。

5: 24/05/21(火) 12:27:24 ID:jHy6
「あたし、ダメだなぁ……」

 通路を歩きながらぼやく。最終試験の結果発表のシーンがフラッシュバックした。自信はあったし、バイトとかと両立しつつ出来る限りのことはしたのに、天才たちに全部を持ってかれちゃったのだ。挙げ句、プロデュー
サーに試験前にバイトしてたことバレて怒られちゃうし。せっかく鍛えた演技力も役立たず。何より、何より、

「……楽しくない」

 そう、「大金持ちになるため」に始めたはずのアイドル活動だった。大金持ちになれたらさっさとやめるつもりだった。終わりの決まった道を走ってきたんだ。なのに、今は「楽しいから」「勝ちたいから」アイドルをして、天才に勝てない自分が嫌になってる。

「……アイドル、やめようかな」

 逃げるみたいだけど、別にお金を稼ぐ手段なんていくらでもある。割と楽に大金を稼げるからアイドルを目指してるんだ。どうせ天才に叶わないなら、楽に稼げないなら、さくっと辞めちゃったっていい。来年の学費が払えるかも怪しいんだし。

「……藤田!……藤田!」

 あたしを呼ぶ声がする。そうだ、今のあたしは売り子なんだ。急いでライトスタンドに行かなきゃ。

6: 24/05/21(火) 12:27:33 ID:jHy6
 スタンドに出ると、お客さんはみんな座っていた。相手チームが攻撃しているらしい。反対側の三割ぐらいが総立ちになってメロディーラインのきれいな応援歌を歌っている。

「……藤田!……藤田!オオオ……藤田!」

 思わず振り返ってしまった。近くの顔見知りのお客さんがびっくりした顔を浮かべて、すぐ苦笑する。

「藤田ちゃんのことじゃないさ。楽天に藤田って選手がいるんだよ」
「えへへ……そうなんですかぁ」
「何年か前に横浜からトレードで移ったんだが、とてもいい選手でね。ホームランを打てるような選手じゃないけど、守備で努力を重ねた今じゃ楽天のセカンドのレギュラーで選手会長だ。あ、コーラ一本」
「はぁ~い!」

 照れくささを笑顔で隠しながらコーラを渡してお金をゲット。次のお客さんを探しながら階段を降りようとして、藤田選手の応援歌が耳に入ってきた。

 勝利を信じて ひたむきに進め
 終わりなき道を今 駆け抜けろ藤田

7: 24/05/21(火) 12:28:01 ID:jHy6
「……いいなぁ」

 思わずそんな声が漏れる。あれだけ期待してくれるファンがいて、選手会長(生徒会長みたいなものかな?)になるくらい尊敬されるなんてウラヤマシイ。でもあたしはどうだろう?ファンのみんなは離れていって、プロ
デューサーからも叱られて。カワイクナイ嫉妬心だと分かってても、嫉妬してしまう。

「藤田ちゃんだって同じだろ」
「え?」

8: 24/05/21(火) 12:28:08 ID:jHy6
 聞き覚えのある声をかけられた。プロデューサーと心なしか似ている声。さっきのお客さんだ。

「確か藤田ちゃんって初星学園にいるんだろ?そこで色んな人が見てくれて、応援してくれたりするんだから似たようなものだよ」
「で、でも……みんないなくなって……」
「また取り返せばいいさ。目を離せないぐらい眩しく煌めいたら、みんな集まってくる」
「簡単に言ってくれますね……」
「そりゃまぁ、藤田ちゃんなら出来そうだからね。知らんけど」
「何ですかそれ」

 小さく笑い声をあげたその時、カーンという音がした。向こうからものすごい歓声が上がって、こっちでは落胆の声がする。えっと思う間もなくボールがこっちに飛んできて、こけそうになった私のお釣り入れにすっと収まった。

9: 24/05/21(火) 12:28:44 ID:jHy6
 帰りの電車の中。YouTubeを出して、「藤田一也 応援歌」で検索。適当に一個選んで聴いてみる。聴けば聴くほど良い応援歌だなと思えた。そして、今のーううん、ちょっと前までのーあたしに、一番必要な応援
歌だとも。勝つことを諦めて、進むことも諦めて、目の前の道から目をそらし続けているあたしに。
 さっきのお客さんが言ってたっけ。藤田選手は努力を重ねた結果、今の楽天イーグルスのレギュラーになったって。きっとその過程にはいろんな挫折があったと思う。それでも、努力で輝けるなら。あたしだって、きっと、いつか。

「……よし!」

 決めた。アイドル、続けよう!絶対にトップアイドルになって、天才たちを見返して大金持ちになってやるんだ!
 暗くなり始めた夏空に、誰よりも早くキラリと輝く一番星。絶対にあたしがなってやると一番星と藤田選手のホームランボールに誓って、走り出した。

10: 24/05/21(火) 12:40:21 ID:jHy6
同じ頃

「ただいま」
「おかえりー弟よ。お前の担当誰だっけ?」
「いきなり何ですか兄さん」
「今日ドームに行ったら売り子の中で気になった女の子見つけたんや。できたらうちに引き抜きたいんやけどお前の担当なら悪いかなって」
「はぁ……藤田さんです。藤田ことねさん」
「まさにその娘やわ、引き抜いてええ?」
「許すわけ無いでしょう!?藤田さんは基礎も出来てないんですから売り出せるわけが」
「そこはお兄ちゃんの手腕を信じろや」
「確かにあの姫川さんを売り出した手腕は認めますが……いややっぱり駄目です。兄さんは絶対に甘やかし過ぎます」
「いーや大丈夫だね、今日はユッキがいない間に飲みかけのお酒を藤田ちゃんから買ったコーラにすり替えといたからな」
「アホでしょ」
「ちょーっとプロデューサー?今の話詳しく聞いてもいーい?」
「……げ」
「だから言ったじゃないですか……夫婦喧嘩はいいですけどお皿割らないで下さいね」
「「まだ夫婦じゃねぇ!(ない!)」」

11: 24/05/21(火) 12:47:19 ID:jHy6
数ヶ月前に近鉄残党Pを書いてた人による学マスSSです。性懲りもなく野球と絡めました。名字が悪いよ名字が。
一応近鉄残党Pの続きも書いてます。もし良ければお楽しみに。

地味につながりのある前作 姫川友紀「始球式の仕事?」
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1708916514/l10

引用: 藤田ことね「終わりなき途」