8: 2009/05/31(日) 23:03:57.68 ID:lT4hHCMeO

 私にはこれといって得意なことや自慢できることが無い。
妹は確かに自慢ではあるが、そかしそれは少し意味合いが違うと思う。
気楽さを求めて入った軽音部も、そこそこ楽しくそれなりできるようになってきたが、
しかしそれだって人並み外れて人並み以上という訳じゃない。
私には私という個を形成する確固たる性質が足りないのでないだろうか?
目立つことなく、潜むことなく、中心には居ず、かといって傍観者でもない。
私は私という中途半端な位置合いが大嫌いだった。
けいおん!Shuffle 3巻 (まんがタイムKRコミックス)

10: 2009/05/31(日) 23:19:11.35 ID:lT4hHCMeO

 律の積極さや求心力や、澪の可愛さや意志の強さや、紬の包容力や穏やかさに、
代わる私だけの特性、特徴、性格、性質。いくら鏡の前で自問自答したところで、
結果なんてのはいつも同じ、わからない、見つからない、知らない、知れない。
切ないとか哀しいとか虚無感とか虚脱感とか、
ふとした拍子に泣きたくなるこの私の全身を覆う圧倒的な不快感。

 なにかが違う、なにかがおかしい、
肌に合わない、違和感、ズレ、認識の違い、感覚の違い。
なにもない、空の下で3D眼鏡を掛けているような、
絶対で絶大な不協和音を常に感じ続けて、
それでも私は周りに合わせて笑顔を絶やさず、輪に加わって。

12: 2009/05/31(日) 23:41:35.54 ID:lT4hHCMeO
 ストレスが無いといったら嘘になる。
不満も不快も不安も不信も不当も不備も不利も全部が全部限界で、
私は壊れてしまったのだろう。
不干渉、不感症。
おかしいと感じ、おかしいと思い、だけどおかしいままに続けてきた所為で、
負荷が限界を超えてギミックがまるでトリックのように砕けた。
そしてその先にあったのは非日常、異常への。

「…澪ちゃん」

 だけど、だけど、だけどだけどだけどだけど。
私は、環境に、状況に、不満は抱いていたけど。
私は、感覚に、感情に、不信を抱いていたけど。

「りっちゃん、むぎちゃん」

 それでもみんなは好きだったはずなのに。

16: 2009/05/31(日) 23:54:57.56 ID:lT4hHCMeO

 素の自分で接してはこなかった、
確かに演技してた自分が居た。
けれど一緒に居ると少しだけでもこの現実を忘れられた、
みんなで仲良くしてると私も幸せなんだと錯覚を得られた。

「ごめん…、ごめんねみんな…」

 ここに在らせられるのは氏黙り。
清流の如く溢れる鮮明な血溜り。
私を取り巻く、さまざまなしがらみ。
その根源、原因たる友人が、生気のない、
あるはずのない光を失った瞳を宙にさまよわせている。

「ごめん…、ごめん…、ごめん…」

 哀しかった。
氏んでしまった事実がじゃない。
頃してしまった真実でもなく。
大してショックを受けていない自分。
哀しい、私が彼女たちの屍を前にして悲しくないと思ってることが、また悲しい。

19: 2009/06/01(月) 00:05:44.55 ID:W53g9P9kO

 涙の一つも流れやしない。
謝罪の言葉を入れながらも口角はあがるばかりで。
なんだろう? 立て続けに最悪な事態が起きて笑うしかない?
違う。
なんだろう? 状況がどんな形であれ打破されたのが嬉しい?
違う。

 安堵、絶大なる安堵。
安心、安定、安息、安楽、安穏、安静、安全。
私は咄嗟に彼女たち三人の尊き命を奪った自らの右手、
そこに握られた安物の刺身包丁を掲げる、
まるでそれが私の聖典であるかのように。

「ごめんね、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。私は全然悲しくないよ
 ごめんね、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。私は全力で頃しちゃったよ
 ありがとう、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。おかげで私は全快したよ」

 ここが私の居場所だ。
吹っ切れたその瞬間に私は自分を手に入れた。

25: 2009/06/01(月) 00:32:37.27 ID:W53g9P9kO
>>24
わかんにゃい
俺はキョンしか知らないな
アレはまだ完結させてない

26: 2009/06/01(月) 00:54:06.23 ID:W53g9P9kO

 私の、私が、私は、私と、私に、私へ、私を、私も、
私だけの私。
似てると言われ比較されたり、誰かの個性に埋没したり、
そんなことはもうない。

「…あなたはどちらの零崎さんで?」

 不意に、後ろから声を掛けられた。
同年代の、女の子の声だということしかわからず、
記憶に無い声と、現在の私の状況を考えて振り向きざまに
握っていた包丁で襲い掛かっていた。

 敵じゃない。
襲い掛かり、包丁を胸元に構え、
突きの体勢で走り始め三歩目で私は自分にブレーキを掛けてつんのめる。
迎撃をせんと意味のわからない、あえて形容するなら鋏のような凶器を構える少女に、
私はこの心のざわめきを抑えつつ、包丁をおろし聞く。

「あなたは誰?」
「零崎…、舞織と言います」

28: 2009/06/01(月) 01:12:35.31 ID:W53g9P9kO

 あぁ。と納得しかけた。
名乗られただけで、納得する要因やなにもが無いというのに。
零崎舞織。その名前を聞いただけで、ほっとした。よかった、と。
まるで親とはぐれた子供が泣き出す前に自力で親を見つけられた、そんな感覚。

「…あー、はいはい。あれですね、双識さんが私を見つけてくれたのと同じ感じですね」

 口で鋏を咥えながら器用に喋る女の子。
つい、私はその状態を見て構える、と表記したけど。
彼女は両腕の手首から先が無く、
しかしそれを隠す様子も無く半そでの可愛らしいシャツを着ている。

「えっとー、あなたのお名前は? 私は名乗ったんですから、ね」
「平沢唯です、…よろしく零崎さん」
「ん~、なんか違うんですよね~。えっと、普通に舞織ちゃんと呼んでください、もしくはお姉ちゃんでも可」
「わかりましたお姉ちゃん」
「…まさか本当にすぐお姉ちゃんと呼ぶとは思いませんでした。
 双識さんに言われた時は私、ぶっちゃけ変態野郎に対する警戒心しかなかったですよん?」
「はぁ…」

35: 2009/06/01(月) 02:00:08.50 ID:W53g9P9kO

 異質、異端、異常、異形。
同じ人の姿をしてるのに、
可愛らしい外見をしたその目の前の少女が酷く歪で捩れて見えて。
そして私と同じだと理解した。
違和感、不協和音、その他感じていた認識のズレの発端足る理由。
私が異質で異端で異常で異形で、その癖普通の人間のみんなに混ざっていた、
それが理由だったのだ。

 ならばおかしいのは環境でも状況でも状態でもない。
私がおかしく、狂っていたのだ。

「零崎ってなんなんですか? あまり聞かないお名前ですけど」
「…んぅ~、サークルみたい感じですかね?」
「サークル。…部活みたいな感じですか?」
「まぁ、似た感じです。夜間学校の年齢関係なしにやたら仲のいい部活のような?」
「なるほどなるほど。で、その零崎さんは如何様な活動を?」
「人頃し、かな? 殺人鬼の集まりですよ」
「なるほどなるほど」
「で、あなたもその一員です」
「…それはなるほどできません」

36: 2009/06/01(月) 02:25:46.28 ID:W53g9P9kO

 少しだけ、足を後ろに下げて距離をとる。
包丁を握る手に微かに力が入り、無意識に零崎舞織さんとやらの
口に咥えた狂気を孕んだ凶器の射程距離外かつ、
私の持つ包丁がぎりぎり届く微妙な距離を保つように身体が動く。

「…うぅん、やっぱりそうなりますよねぇ」

 きっちり見抜かれている。
同一故に融通が利かない。
私は警戒を強め、しかし強いシンパシーを感じずには居られない。

「人識君が居てくれれば楽なのにな…、
 私ってば実は双識さんと人識君以外の零崎さんと面識ほぼないかもです…」

 困ったように肩を竦めて嘆く舞織さんに、
こちらも困惑するばかりで。
後ろに下がった所為で右足のかかとが血溜まりに触れ、
無意味に私の焦りを助長する。

「あっ!? ちょ、ちょっと!?」

 驚いたような、というか思いっきり驚いてる舞織さんの声を背中に、
私は元友人の現肉塊を踏み台に塀を越えて逃走することにした。
敵なら当然逃げてしかるべし、

37: 2009/06/01(月) 02:26:40.82 ID:W53g9P9kO

 少しだけ、足を後ろに下げて距離をとる。
包丁を握る手に微かに力が入り、無意識に零崎舞織さんとやらの
口に咥えた狂気を孕んだ凶器の射程距離外かつ、
私の持つ包丁がぎりぎり届く微妙な距離を保つように身体が動く。

「…うぅん、やっぱりそうなりますよねぇ」

 きっちり見抜かれている。
同一故に融通が利かない。
私は警戒を強め、しかし強いシンパシーを感じずには居られない。

「人識君が居てくれれば楽なのにな…、
 私ってば実は双識さんと人識君以外の零崎さんと面識ほぼないかもです…」

 困ったように肩を竦めて嘆く舞織さんに、
こちらも困惑するばかりで。
後ろに下がった所為で右足のかかとが血溜まりに触れ、
無意味に私の焦りを助長する。

「あっ!? ちょ、ちょっと!?」

 驚いたような、というか思いっきり驚いてる舞織さんの声を背中に、
私は元友人の現肉塊を踏み台に塀を越えて逃走することにした。
敵なら当然逃げてしかるべし、
敵じゃないなら追いかけられてぶっさり行くこともないだろう。
そう判断して時間稼ぎをかねて私は逃走を選択したのだ。

40: 2009/06/01(月) 02:58:11.01 ID:W53g9P9kO

 包丁は、包丁本体で掘った穴に捨てた。
血塗れた制服の上着も、
ポケットに個人が特定できるものが入ってないのを確認して同じ穴に埋めた。
ワイシャツと、黒いミニスカート。
薄着も薄着、軽装も軽装。
そんな格好で私は見慣れ、歩き慣れた道を駆ける。
疾駆、というには鈍足過ぎる私の足、
しかしそれでも走らずには居られない。
同族を見つけた歓喜。狂おしいほどの耽美。賢しいまでの狂気。
全てが私を走らせる。

「お姉ちゃん!? ど、どうしたの!?」

 そんな私をとめることができたのは、たった唯一の自分の自慢。
たった一人の愛すべき妹、憂だった。

41: 2009/06/01(月) 03:10:39.48 ID:W53g9P9kO

 さっき包丁を捨ててよかった。
心からそう思った。
それは他人の血液で滴るまでに濡れた包丁を構える私を、
憂に見られたくないなんていう浅い理由ではなく。
単に包丁を持っていたら、呼ばれた瞬間に愛妹の憂すらも
一秒の逡巡すらなしにその首を撥ねていただろうからだ。

「お、お姉ちゃん部活は? な、なんで上着を着てないの?
 というか、どうしたのその顔…?」

 失態。
服や凶器や舞織さんに気をとられて、
顔にかかった血飛沫を拭う事をすっかり忘却していた。

「あははー、さっき転んじゃって…」
「こ、転んだって…。その血すごいよ!?」

 誤魔化せそうに無い。
けど、だからといって憂は、憂いだけはダメだ。
例え憂か私のどちらかが氏ぬというのなら、私は憂を生かして氏を選ぶ。

「と、とりあえず家に行こう? 顔を洗って手当てしないと…」

 絶対に転んだ訳じゃないとわかる顔。
それでも憂は私を信じてそう言ってくれる。
乾いた血、膝にも肘にも額にもない傷。
なのに憂は…。

42: 2009/06/01(月) 03:17:57.64 ID:W53g9P9kO

 憂は優しい子だ。
憂いを持つ人と書いて優しいと書く。
そんな名前に込められた想いに答えるように、優しい純粋な子だ。
いまだって、傷一つ無い私の頬を何も言わずに濡らしたハンカチで拭っている。

「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、全然平気だよ」
「よかった」

 笑顔で、屈託の無いその笑顔で。
私を見つめる憂。
そこに疑い、疑念、疑心、疑惑、そんなものはなく。
私が無傷であることを素直に喜ぶ妹の姿しかなく。
だからこそ私は心を痛める。

「…なにがあったの?」
「ん?」
「私、なにがあってもお姉ちゃんの味方だから!」

 できた妹、賢く、強く、芯があり、決して折れず、器量が良く、優しい。
そんな妹が、いまの私の状態からなにも感じれぬはずが無く。
私を思うからこそ、ぐっと血が滲むほどにかみ締めた唇で、
涙ながらに問いかけてくる妹。
…いい妹を持ったものだと、心の奥底、私の中心から思う。

「私はね、憂」
「うん…」

43: 2009/06/01(月) 03:26:28.24 ID:W53g9P9kO

「殺人鬼、なんだって」
「…え?」

 疑惑は無くても困惑はする。
疑心が無くても乱心はある。。
疑念を持たなくても雑念は持つ。
憂は私の言ったことを理解できない様子で、硬直している。
それは理解力が無いのではなく、単に理解の拒否。
硬くなに受け入れようとしない、憂の反抗。
理解してるからこそ、それを認めない、足掻き。

「お姉ちゃんが、殺人鬼?」
「そう、なんだよ」
「だ、誰がそんなこといったの!?
 わ、私がお姉ちゃんのことをそんな風に言った奴を怒るから!
 お姉ちゃんは、凄くて、格好よくて、可愛くて、たまにドジで、おっちょこちょいで…。
 でも私の自慢のお姉ちゃんなんだよ!? そ、そんなこと言うなんて!」

 違う、違うんだよ憂。
そうじゃないんだよ?
べつに学校の子に言われたわけじゃない。
虐めとか、中傷とか、そんな小さな話じゃない。
もっと革新的で確信的で核心的な、話。

44: 2009/06/01(月) 03:31:57.49 ID:W53g9P9kO

 私がそんな物言いを、見ず知らずの人間にされた。
そう思っただけで憂はもういまにも泣きそうに、
涙をその大きな瞳に浮かべて悲しそうにしている。
たった一人の姉妹が、こんなに素敵な妹で私は嬉しい。

「違うよ、憂」
「なにが…?」

 だからこそ。

「私は殺人鬼になったの」
「どういう、こと?」

 だからこそ、私は言わなくてはいけない。
他の誰でもなく、愛しいたった一人の姉妹に、真実を告げる義務が私にはある。

「私はなんの理由もなく、欠片の躊躇いも無く、ミリ単位の同情もなく」

 居なくなる姉の本質を、本性を、本来を、

「頃したんだよ」

 教えて上げなくてはいけない。
それが私の姉としての最後の役割。

46: 2009/06/01(月) 03:41:05.52 ID:W53g9P9kO

「うそだっっっ!」

 憂の、悲痛の叫びに。
私は友人を頃した際も流さなかった涙を、零しそうになった。

「嘘だよお姉ちゃん、そんなわけないよ!」
「嘘じゃないの、憂」
「嫌だよ! なんで、お姉ちゃん! そんな! ひどいよ! …なんで!」
「落ち着いて憂。私はね、やっと居場所を見つけたの」
「私が! 私は居場所にならないの!? そんなの! そんなのってないよ!?」

 私のスカートの裾を掴んで座り込み、
もう留める事のできなくなった大粒の涙をぽろぽろと流す憂。
これでいいのだろうか? 強いと思っていた憂は、私の存在、在り方一つでこんなにも揺らぐ。
そんな妹を置いて、私だけ居場所を見つけていなくなっていいのだろうか?
そう、思ってしまった。

「無理ですよう」
「舞織さん…」

47: 2009/06/01(月) 04:11:33.86 ID:W53g9P9kO

「あれ? お姉ちゃんじゃないんですかー?」
「いや、えっと…」

 舞織さんを見た瞬間に本能的に安堵する。
けれど理性はこの状況が最悪だと判断する。
この状態の憂と、私と同類で先輩らしき舞織お姉さん。
不義理の姉と血縁の妹。この二人を決して近寄らせてはいけないと、
脳のどこかが勧告を鳴らす。

 憂を殺されてはいけない。
かと言って舞織お姉さんを払いのけ、押し返し、
ましてや敵対関係になるのは不味い。

「あなたは?」
「零崎舞織です、よろしく憂ちゃん。一部始終を見させてもらいましたけど、
 ずいぶん姉妹愛の強いんですね、感動的ですよ」

 一見普通の会話。
ながらも探るような、いぶかしむ目を隠さずに向ける憂と、
挑発するような、小馬鹿にするようなイントネーションをつける舞織さん。

68: 2009/06/01(月) 15:14:13.72 ID:W53g9P9kO

 にこにこと、あるいはへらへらと、
道端で友人を偶然見かけたかのような足取りでこちらに向かってくる舞織さん。

「えっと…唯ちゃん?」
「なんですか?」
「あの三人がお初?」
「…えぇ、まぁ」

 なるほどなるほどと頷いてみせる舞織さん。
なんだろう、少し馬鹿にされた気分だった。
しばらく悩んだように頭をくるくると廻しながら呻いて、
ようやっと不思議そうに口を開く。

「そっか、そっか…。う~ん、でもあっさり無意識でお友達をキルった上に
 咄嗟に私も刈ろうとして、なにより感覚を頼りにそれを抑えたっていうね…。
 んで、そこの憂ちゃんは殺そうとしてないしさ」
「…あなたですか?」

69: 2009/06/01(月) 15:29:54.27 ID:W53g9P9kO

 私のスカートの裾を握って、
懇願するように泣きじゃくっていた憂は、やはり聡明で。
いつの間に立ち上がっていたのか、
私と近づいてくる舞織さんの間に立ち塞がるかのように両手を広げる。

「あなたがお姉ちゃんに変なことを吹き込んだんですか?」

 止めなさい、憂。
舞織さんに、話しかけ、あまつさえ怒りをぶつける様な真似はしてはいけない。

「憂ちゃん、あなたお姉ちゃんが好きなのはいいですけど、
 そんな盲目的に信じていたら、それは愛じゃなくて信仰だと思いますよ?」
「うるさいっ! あんたになにがわかる、私にはお姉ちゃんが居ればいいの!
 私のお姉ちゃんを変えないでよ! お姉ちゃんは人頃しじゃない!」

 止めて、お願いだから舞織さん。
憂に、怒鳴られ、あまつさえ諭しにも耳を傾けなくても、

「憂ちゃん。…あなた、……うっぜぇな…」

 殺さないで、ください。

112: 2009/06/01(月) 22:58:01.72 ID:W53g9P9kO

 諦観傍観楽観静観。
短いスカートがめくれるのにも構わず、
長い足を振り上げホルダーに収まる鋏を落とし、咥える舞織さん。
その姿を見て、あぁ、もうだめだ。
ごめんね憂、守ってあげられなくて。
なんて走馬灯の如く諸々を想起し始めながら、

「…やめです。あの後双識さんがどうなったかを考えると、
 少し自重したほうが私の命に安全っぽいです」

 瞳の前数センチに迫った私の爪にたじろぐことなく、
白けたと言わんばかりに肩を竦める舞織さん。

「まったく、なんか状況が似通ってやーですねぇ。
 私を見つけてくれた双識さんの気持ちがややわかった感じですよ、
 ま、そのとき私は目玉じゃなくて腕に爪を立てるだけの可愛い女の子でしたけど

116: 2009/06/01(月) 23:38:22.82 ID:W53g9P9kO

「お、ねい、…ちゃん?」

 突き出した人差し指と中指を引っ込めて、
守っていたはずの姉が飛び出し目前の女に
目潰しを食らわそうとしたところを直視した妹。

「…ま、こういうことですよ憂ちゃん。
 ちょっと危うかったけど、論より証拠、わかりやすくていいんじゃないですか?」
「ごめんね憂。お姉ちゃんはもうダメみたい。
 いまのだって、無意識で咄嗟に憂を殺されないために殺そうとしちゃった」
「同じ血を体内に流す妹を生かす為に、
 同じように他人の血をぶちまける姉を殺そうとしますか。
 最初はそんなもんですよ、うん。
 それに唯ちゃんが私の妹なら、その妹の憂ちゃんも私の妹みたいなもんですしね」

 義理の義理ではあるけれど、そうなるのだろうか?
けれど例えそうなるとしても、憂がそれを受け入れることなどありそうにないが。

139: 2009/06/02(火) 12:48:26.39 ID:Qh2ctTncO

「そういうことで」

 両手があれば拍手でも打っていただろう舞識さん、
私の肩をぐいとひっぱり無理やりに組んで。

「あなたのお姉ちゃんはですね、
 基本的に殺人鬼です。
 根本的に殺戮者です。
 抜本的に殺人狂です。
 根幹的に殺掠兵です。
 頃すのがニュートラル、頃すのがデフォルト。
 自我を持って他意を歪め、
 児戯の如く生命を刻む。
 あなたのお姉ちゃんは、悪いけど私が連れ去らせていただきます」

 先制する様に、宣誓する様に、
牽制する様に、宣言する様に、
私よりも少し低い背で、可愛らしい女の子であるところの舞識さんは、
顔を歪に歪ませて、憂を黙らせる。

141: 2009/06/02(火) 12:59:11.55 ID:Qh2ctTncO

「い、…やだよ」

 敵意と害意に塗れた悪意の殺意を受けて尚、
私の妹は私の為に声を絞り出す。
泣きながら、でも必氏に食い下がるその様は、
無様で、滑稽で、惨めで、情けなくて、
でも、それでも、私の目には酷く高尚に、偉く高潔に、辛く崇高に、
女々しいまでの雄々しさを感じずには居られなかった。

「お姉ちゃんが、居なくなったら。
 私は生きてられないよ…、
 お姉ちゃんが居ないなら、生きていてもしょうがないよ」
「でも、私が居ても。
 もしかしたら憂を頃しちゃうかも知れないんだよ?」

 肩を組まれ、腕を首に廻されて、
つまるところ動きを制限され、拘束されながらも私は一歩進む。
息が少し苦しくなるが、それでも憂に近づいてみる。
家族愛、違う。姉妹愛、違う。
これはそれらとはかけ離れた、愛。
性別的にも、近親的にも、良とされず可とされない、愛。

「お姉ちゃんが居ない生活を長々と送るくらいなら、
 私はお姉ちゃんと暮らしてお姉ちゃんの手で氏にたい」

 涙をぼろぼろ流し、膝は向けられる恐怖に震え。
両の拳は指先が白くなるほどに握られ、噛み締めた唇からは血が滲む。

「…ごめんなさい」

144: 2009/06/02(火) 13:19:09.88 ID:Qh2ctTncO

「ふぇ?」
「ぐえっ…。ちょ、ちょっと舞織さん。タップタップ」
「あ、ごめんです」

 首を絞めていた腕を解いてもらい、
舞織さんに正面から向き直り、再度頭を軽く下げて謝る。

「ごめんなさい」

 と、謝罪。

「…どういう意味ですかね? ちょっち理解できないんですが」
「舞織さんが、私と同類で同属で同種だというのはわかりました。
 多分舞織さんについていけば、もっと同じのがあるんでしょう。
 それも、興味ありますし、楽しそうです、
 でも私は憂を置いていくことはできそうにありません


 ですから、私は連いていきません」

146: 2009/06/02(火) 13:58:03.96 ID:Qh2ctTncO

「えー、参ったな…」

 後頭部をとんとんと手首で叩きながら、
私がとった行動、選択に対してではなく、
そんな選択肢が存在していることそのものに戸惑ったように
ぶつぶつとアスファルトに向かって言葉を落としていた。

「まー、ねー、私は零崎になってからは家族に会えなかったからわからないけどね。
 確かにあん時に変なのに絡まれて家族皆頃しにされてなかったら
 そういう選択もあったのかなーって思わないでもないですけど…」

 ドンと、後ろから衝撃。
何をしやがるこいつ貴様私の命を狙う刺客か、とは欠片も思わなかったけど
少しびっくりして、慌ててみてみれば。
予想通り憂がへばりついて、声にならない泣き声を漏らしていた。

「どれだけ続くかは知りませんが、
 まぁそれまで自分を頃して家族ごっこもいいんじゃないですか?
 殺人鬼がなによりも自分を頃すというのもあれですよねー」

147: 2009/06/02(火) 14:12:42.45 ID:Qh2ctTncO

「舞織さん家族いないんですか?」
「同属である私が家族なんてものを所持してるとでも思いましたか?
 家賊はいますけど家族はいませんよわたくしめは」
「…他の人たちは?」
「それは他の零崎の方々という意味ならば、それは同様です。
 零崎以外に血縁としての家族を持つ人間など皆無で絶無ですよ」
「なら私は激レアですか」
「そういう意味なら敢えて貴方を凡庸にする必要はないかもですねー、
 思索的実験って奴ですか? あれ、試作的実験でしたっけ?」

 私に聞かないでくださいと言った感じだったけれど、
まぁこのまま進むのならば悪くない方向なのは感じられた。
舞織さんはどうやら、現状維持を認めてくれそうな雰囲気である。
憂のサバ折り攻撃(正確にはサバ折りは内臓を痛めつける技ではないが)に耐えつつ
黙って彼女がだす結論を待つ。

148: 2009/06/02(火) 14:33:54.72 ID:Qh2ctTncO

   ―――

 チャイムの音がする。
私はそれを受けて椅子代わりに座っていた机から降りて玄関に向かう。

「あ、お姉ちゃん私がでるよー?」
「ううん、いいから早くご飯作っててー」
「はーい」

 軽い会話をこなしてすぐそこの扉を開けば、
やっぱりというかお約束というか、
可愛らしい同年代の女の子が立っていた。
ちゃっちいサングラスをカチューシャのようにして、
Tシャツに赤いジャケットを羽織った目立つ格好をした舞織さん。

「やっほー」
「どうも」
「で? どうですかい?」
「いや、一応まだお互い生きてますよ」
「そっかそっか、やっぱり有識ちゃんは特別なんですねー、殺さない殺人鬼なんてさ」
「…私はその名前受け入れてませんよ」

 友達の家に遊びに来た高校生と、それを迎える高校生の様な風景。
実際には肩書きは高校生ではなく殺人鬼、関係は友達ではなく家賊、だけれど。

149: 2009/06/02(火) 14:46:27.96 ID:Qh2ctTncO

 私はとりあえず舞織さんを家に上げて扉を閉じて、
客人用のスリッパをだす。

「しっかしあれですねー、三ヶ月でずいぶんと様変わりしましたねこの家も」
「そりゃあ、生活してますからね」
「とりあえず、これ」
「すいませんねー」
「べつにいいんですよう、また一週間ここでぐでぐでさせてもらいます、よっ」
「いたっ、義手が付いたからって一々叩くのやめてくださいよ」

 あれから、近所で同級生三人を殺戮してしまった私は、
憂と一緒に駆け落ちよろしく両親にも黙って遠くに引っ越して暮らしている。
金銭的には私と憂がバイトしつつ、
舞織さんがどこからか調達したお金を茶封筒で渡してくる。
そしてその代わりにお金を受け取ってから一週間、
食う寝るのだらけた暮らしをここで観察という名目でしていくのだ。

「どうもー憂ちゃん」
「どうも零崎さん」
「だからですねー、名前か有識ちゃんを呼ぶようにお姉ちゃんと呼んでといってるですのに」
「却下です、一も二もなく却下です。有無を言わさず却下です」
「ま、いいんですけどー」

150: 2009/06/02(火) 15:01:04.71 ID:Qh2ctTncO

 さっきまで私が座ってたところに座り
テレビを見始める舞織さんにため息をついて私も新しく座布団をだし座る。

「憂ちゃん、ご飯まだですか?」
「貴方の分はありません」
「そういっていつもだしてくれるんですよねー憂ちゃんは、
 ツンデレはもうそろそろ衰退してますよ?」
「違います!」

 なんだかんだいって二人は仲がいい。
こうやって喧嘩して、そうしてそれを眺めてる私を含めて。
三姉妹のようにも思えるときがある。
少なくても、私には舞織さんは姉だし、憂は紛れも無い妹で。

「はい」
「おー、シチュー。なるほどご飯はださないというのはこういうことですか」
「ち が い ま す !」

151: 2009/06/02(火) 15:13:00.21 ID:Qh2ctTncO

 エプロンをしたまま机につく憂と、
もう勝手に食べ始めている舞織さんと、苦笑いを浮かべて眺めてる私。

 …あれから、私は人を一度も頃してない。
じゃなければ、まぁバイトなんてできるはずが無い。
きっと、りっちゃんみおちゃんむぎちゃんを頃してしまったのは、
耐えかねて絶えかけて、自分の確認行為で。
自分の居場所をはっきり認識して、いまの私は不安も不信も解消されたから。
殺さないでいられるのだろうと、思う。

「食パンとってー」
「はいお姉ちゃん」
「こっちのお姉ちゃんにもください」
「やです」
「はい、どうぞお姉ちゃん」
「有識ちゃんは優しいですねー」
「その名前で呼ぶなら上げません」
「唯ちゃんは可愛くて優しくて自慢の妹ですですねー」
「どうぞお姉ちゃん」
「ありがとうございます」

 でも、普通ではいられないことも知っている。
私の選択肢にはいつでも頃すという選択が否応無く現れる。
頃す人間は、一人も頃して無くても頃す。
普通の人間には無い、人を頃したことがあるからこその感覚が私には埋まってる。

194: 2009/06/03(水) 00:55:37.15 ID:zPPTBO7SO

 べつにいい。
構わない、と思う。
思わないけど、思い込む。
自己満足で、自己欺瞞の、自己暗示。
お父さんに、お母さんに、一回だけでもあってごめんなさいと謝りたいけど。
いまはそれもできません。

 りっちゃんに、謝りたい。
 みおちゃんに、謝りたい。
 むぎちゃんに、謝りたい。
許さなくていい、思うように糾弾してください。
ただ、それでも私は私なりに、
人を殺さない、殺人鬼として、
人を殺さない、殺戮者として、
人を殺さない、殺人狂として、
人を殺さない、殺掠兵として、
いまの生活を、少しでも長く楽しみたいんです。

195: 2009/06/03(水) 01:07:56.90 ID:zPPTBO7SO

「お姉ちゃんどうしたの?」
「どうもしてませんよ?」
「あなたじゃありません」
「酷いですねー憂ちゃんは」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「…ううん。ただ」
「ただ?」

 ただ、卑怯で卑屈で卑小な幸せだなと思いまして。

 さぁみなさん、こうして私は人を殺さない殺人鬼
殺さずに居られないのに殺さない殺人鬼と相成りました。
愚鈍で愚昧で愚図な私に科せられた十字架はあまりに重く、鎖は余りに太く、
他人の命を軽んじた私は、辛うじて生きるに留めています。
しかしそれを甘んじて受けましょう。これは素敵な妄言で、虚言に過ぎません。
零崎なんて無く、有織なんて存在しない、きっとこれはフィクションです。
欠片も意味を成さないメビウスの輪の如き人生を、私は舞台の上で演じます。
私は、私という人間の幕が閉じるまで、
殺戮という概念の意味という意味を全て、殺戮しきって見せます。
どうか彼方の友人に最後の矜持を見せられるよう、祈りを。
さようなら。また会う日まで。


それでは。

「零崎を始めます」

197: 2009/06/03(水) 01:17:02.91 ID:zPPTBO7SO
終われ

他の零崎さんだしてもよかったが話を広げるとぐだるのが俺の特徴のため少人数構成で終らせた

唯の"ゆ" 憂の"う"

ゆう→有→有識 大事な者や頃してはいけない者を殺さずに留められる有識
女だから有織

としようとしてそのまま有識で書き込んでいたっていうね

211: 2009/06/03(水) 05:52:55.88 ID:zPPTBO7SO

 嫌奇螺 光《きらきら ひかる》という奴のことを、
この時点の僕は欠片も知らなかった。
二年と少し嫌奇螺とは同じ教室で机を並べてはいるけれど、
僕がその間に知った嫌奇螺の情報なんて微々たる物で、
そもそもというもの彼女という個人になど言ってしまえば興味が無かった。

 いや、これはまぁなにも彼に限ったことじゃない。
僕が現在机を並べているクラスメートの中で、
まともに人物紹介ができるのなどそれこそ僕自身を除けば
戦場ヶ原と羽川だけになってしまう。
それは人によっては寂しいだとかなんだとか感情を重ねたりするんだろうけど、
僕からしてみれば自分にとって価値の無い人間の情報など限りある脳の容量の無駄遣いでしかないと思う。
これに関して僕はいままでもそしてこれからも変えることの無い価値観の一つで、
今だって変わってない。
だから、きっと僕が彼女のことをこれほどまでに深く知ってしまったのは、
きっと彼女が僕にとって価値の無い人間でなくなったという、ただそれだけのことなんだろうと思う。

214: 2009/06/03(水) 06:17:01.10 ID:zPPTBO7SO

 ヒカリスワン


 長期休暇というか、もはや連休というレベルで僕は平日で無い日が続くのが嫌いだ。
それは元々イベント事のある日だと調子が悪いというか、
居心地の悪さを感じているのもそうだけれど、ゴールデンウィークだったり春休みだったり、
色々とありすぎたことも関係してるんだと思う。
というか関係してるのだ。四ヶ月足らずでそれを忘却の彼方にできる程、
僕の海馬は仕事を放棄していない。
という訳で、僕はまたぞろ気分転換というか現実逃避という感じで
家をでてぶらぶらと歩く羽目になっていた。
いや、別にでなくてはならない訳も歩かなくてはならない訳も前述の話にはないのだが、
僕の気分的にはこれはもう脅迫観念とすら言えるなにかとして存在しているのだ。

 ありがたいことに僕は常人よりも少しばかし疲れにくい身体をしているので、
折角だから海にでも向かおうかと意気込んで歩き始めて二時間弱。
潮の香りもなにもしない辺鄙な道を歩いていた。

217: 2009/06/03(水) 07:35:51.48 ID:zPPTBO7SO
―――

 TOT現象しかり、ゲシュタルト崩壊しかり、
人間の脳というのはなんだかんだいって貧弱な作りをしている。
同じ字や物を見続けると認識に齟齬が発生して、
正しく視認できなくなったり。なにか行動を起こそうとした次の瞬間に
ぽろりとなにをしようか忘れてしまったり。
脳のCPUはどうにも性能が悪くちょくちょく処理落ちするような
どうにも出来がいいとは言い難い作りをしている、
コンピュータの記憶媒体としてはジャンクもいい所だ。

 だが、じゃあそれは脳味噌自体の性能の限界なのかといったらそうじゃない。
RAMとしてもROMとしても脳味噌自体のスペックは華々しい、
見た物、聞いた物、嗅いだ物、味わった物、触れた物、
その全てを記憶し、忘却せず、一生を過ごすだけの容量があり
実際そういった能力を持ち、過ごし、氏んでいく人間も存在する。
暗算で三桁以上の累乗計算を行う人間も存在する。
何千という未来を幾許かの時間で読み取り最善を狙い戦うものも存在する。

 しかしそれはもはや人外魔境の様相を呈した存在、
一種の超能力というべき物。従って僕の様な一般人(この場合一般人という
括りが必ずしも人類の中で最も普遍的な形から外れてないという意味ではない)
が使いこなせる脳の能力などたかが知れていて、
ゆえに僕は鐚走の家に向かって歩みを進めていた。

218: 2009/06/03(水) 07:37:09.84 ID:zPPTBO7SO

 本日、僕はふとその活用し切れてない脳の度忘れの所為で
鐚走の下の名前をすっかりかっきりさっぱりしっかり忘れてしまった。
人間というのは本当に適当な生き物で、前述のような特殊な脳回路をしてる
人物でなければ物事をどんどんと忘れていく。
どんなに得意な科目だって、一年もやらねば解式なんて忘れるし。
どんなに親しい相手だって、一度も呼ばねば下の名なんて忘れる。
僕はいつも鐚走のことは鐚走としか呼んでいなかったし、
あいつも僕のことを名前で呼んだことなど過去一度も無いだろう。

 それでもやはりたった二人の友人の名前を忘れるというのは
不実極まりない当然のマナー違反だろうので。
僕は事前連絡、所謂アポイントメントを取ることなく
思い立ったが吉日とばかりに鐚走の家にのんびりと歩いている。

 いや、べつに家に向かってるからといって
本人に会って直接「お前の名前なんだっけ?」という質問をするつもりではない。
流石に人付き合いに疎い僕でもそれはタブーだということくらいは理解できる。

 僕は足を止めて目の前に広がる異様な光景に
しばし目を留めて、三秒程度してから踵を返して
来た道をそのまま辿って帰路に着いた。
アポイントなど、そもそも取る必要はないのだ。
僕はあいつの家に行って誰かに答えを教えてもらいに来たわけじゃない、
あいつの家を見に来ただけなのだ。

219: 2009/06/03(水) 07:38:34.87 ID:zPPTBO7SO

 さて、関係ないがここは石垣島じゃない、
ましてや沖縄ですらない、立派な首都圏である。
そして広い、由緒正しく格式高い旧日本家屋。
それが鐚走の実家、なのだ。
端から端までで1200m走ができるあいつの家はでかい、
そして異様で、異端で、異形で、異常だ。
広い敷地に存在する屋敷といって構わない日本家屋。
その高い高い屋根よりもさらに高い石垣。
厚さも優に1mを超える分厚い石の壁が周囲をグルリと囲っている。

 僕が見たかったのはその光景だけだ。
だからさらに正鵠を記すのであれば、僕は家を見に来たわけですらなく。
家を囲むこの圧倒的な存在感を誇る壁を眺めに来たのだ。
この石壁は、そのまま鐚走の名前を表している、
名は体を現すなどという陳家で陳腐な物言いがすんなりと当てはまるほどに。


 鐚走監獄。
 僕のたった二人の友人の一人が彼だった。

―――

 べつにその二人が僕にとっての愛と勇気って訳じゃないが、
しかし我ながら自分の交友関係に対し少々疑問を覚える。
友人なんて心の底から信頼できて、助け合える、
自分の全てを打ち明けられる親友が一人居ればいいと聞くが、
ならば件の二人の友人がそれに匹敵するかと言えばとんでもない。

220: 2009/06/03(水) 07:41:08.47 ID:zPPTBO7SO

 鐚走も鰐待も確かに友人である、確かに親しい。
だが僕が彼らに信頼や信用を持っているのかといったら答えは否だ。
信じる心だなんてそんな陳腐な物を僕は古今東西一度も所持したことがない、
それは自分自身に対しても同じ事で、結局僕は疑心暗鬼の餓鬼だという意見もあるだろうが、
しかし鐚走も鰐待も人間性に圧倒的な欠陥がある奴で、
詐欺師の持ちかけた話よりも信じるに値しない者なのだ。

 まぁそんな奴しか友人が居ない僕も大概似たようなもので、
第三者から比較されれば不本意ながらほぼイコールで結ばれる事も理解してる。
僕も鐚走も鰐待も、どいつもこいつもここらに住んでる奴らは馬鹿ばかりだ。
頭のネジを纏めて落として、隙間にこびり付いた錆だけで辛うじて形を保ってるような
どうしようもない糞野郎の掃き溜めのような場所。
それが僕等の住む日本国内特殊自治領域、平塚という街だ。

221: 2009/06/03(水) 07:57:26.74 ID:zPPTBO7SO

 特殊自治領域。
つまりは法治国家たる日本から隔離された独自の体系で成り立ち、
全ての事象をその内部で処理し、解決させる治外法権のようなもの。
この場所は、日本という国から見離され、見捨てられ、見限られた、
陸の孤島とも言える小さく小汚い町なのだ。

 アンダーグラウンド、とでも言うと理解の助けになるだろうか?
あるいはとある世界での長崎、とか。
どちらにせよ、この場所がまともに成立していないことだけはわかると思う。
抜け穴だらけとはいえ、日本という国を先進諸国の中でも指折りの上位国として
きちんと成していた法がこの土地ではなくなり。
代わりに自法と呼ばれる必要最低限のロボット三大原則のような
曖昧で有耶無耶な物がここでは法として確立している。

 一つ、人は人を殺めてはならない。
 一つ、人は人の所得物を奪ってはならない。
 一つ、人は人の所得物を破壊してはならない。
 一つ、人は銃砲刀剣類の所持を認めない。
 一つ、USBを介した結果であれば上記に反してもこれを罰しない。

 三大原則ではないが、これが基本的にみなが知る最低限の原則。
こんなものはいまどき馬鹿な小学生でも当然と弁えていることで、
それしか明記されていないということは法などあってないものだと言う事だ。

223: 2009/06/03(水) 08:25:51.68 ID:zPPTBO7SO

 現に、殺めることを禁止しつつも殺さない程度の暴行は禁止されていない為、
外を歩けば頻繁に暴力的でグロテスクなシーンにでくわす。
他にも、奪うのはダメでも譲渡は許可されているし、恐喝も許可されている。
この為暴力に頼った脅しによって、友好的に金銭の受け渡しが行われてる場面にも、
やはり多々でくわしてしまうのだった。
僕が外を出歩きたくない理由の三つの内の一つがこれらだ。
外を歩けば巻き込まれてしまう。
スリや強盗、また家を空けてる間に空き巣が入ったりはないのだが、
友好的に近寄ってきた人間に友好的に多額の金額を譲渡してしまう羽目になる。

「はぁ…、面倒ですね…」

 そして五つの項目の最後。
USBの効果としての凶器の所持、USBの結果としての所持品の強制的な所有権の移行、
そしてUSBを介した人氏には罰は科せられないという。法とは名ばかりの無法。
恐喝、暴行の現場に比べれば頻度は非常に少ないが、
そのラストの無法によって氏体を目にすることも稀にある。
他人の屍なんて、見たくも無いものをまざまざと見せ付けられて、
ただの子供たる僕は一体どう反応しろというのだろうか?
僕がでたくない理由の三つの内の一つがこれだ。

224: 2009/06/03(水) 08:37:39.00 ID:zPPTBO7SO

 そして最後の一つが。

「面倒? そりゃ俺の方だぜ、お前みたいなガキの相手をするんだからよ」
「僕はしてくれと頼んだ覚えはありませんよ。勝手に現れてなにを言ってるんですか」

 USBを僕が持っていることだ。
この土地に居る以上、所持者はそれとわかるようにそれを常時持ち歩かなくてはならない。
これは法にはないが、ローカルルールみたいなものだ。
それに結局USBを隠したところで首にあるコネクタから悟られるのだから、
USBを置いた所で戦う術が無くなるだけで戦いを避けられない。
ならば持つしかないのだろう。

「ついでに言っておくが俺のUSBの内容量は七十と八だ」
「はぁ、それは凄いですね」
「お前の分、加算させてもらう」

 噛ませ犬の発言どうもありがとうございます。
僕はそんなことを思いながら似合わぬ桃色のUSBを首に接続し、
機関銃のインストールを始めた見知らぬ男を眺めていた。

225: 2009/06/03(水) 08:39:26.56 ID:zPPTBO7SO
―――


 鐚走の家から歩いて一時間程。
僕は一つの川、その脇に広がる長い雑草が生い茂る地帯にぽつんと、
線路なんか周囲にありもしないのになぜか存在する二両の電車の車両の前に辿り着いた。

 久しぶりに家の外にでたついでに鰐待の所にも向かうことにしたのだ、
親友だの信用だの、前述のとおり僕はこの二人のどちらにも抱いていないが。
しかしあえて、どちらがより近いかと言えば鰐待の方になる。
それは鐚走が男で鰐待が女で、そして僕が男だからとかそういった意味じゃない。
ただ単に、比較的鰐待のほうが好ましい性格だからというだけだ。
まぁそれもあくまで比較的なわけで、
やはり鰐待自体は破天荒で手のつけがたい人物なのだけど。
…実は僕自身の住居からは十五分もしない距離だったりもするこの川原。
鰐待はこの二つの傾いて蔦が無茶苦茶に絡みついた電車両に住み着いている。

242: 2009/06/03(水) 18:24:43.99 ID:zPPTBO7SO

 電気の通ってない電車のドアなんてのは、
それなりに大きな衝撃によって窓なり扉そのものなりを破壊しなければ
中に入れない一種壁のような物なのだが、鰐待はそれを素手で襖の様に開閉する。
いまだって当然電車にチャイムなんて無いのでごんごんとノックをして、
数秒も経たないうちに片手でヒョイと絶縁扉並みに硬く閉ざされてるドアを開くのだ。

「よっす緑茶」
「…いや、まぁ間違ってないんですけどね」

 タンクトップにハーフパンツというキャラクター性を考えると
ステレオタイプとすら言える出で立ちの鰐待。
しかしならば一緒に装備してそうな物品、煙草や酒類は所持していない。
未成年ならばしかるべしなのだろうけど、その辺役になり切れて居ないと思う。
いや、キャラとか役とか、どうにもメタ的だけれど。

「とりあえずあがるか?」
「まぁ、こんな虫だらけの場所で会話を行いたくはありませんからね」
「ん、じゃあ入れよ」

 言ってさっさと中に入ってしまう鰐待。

「あ、扉閉めといて」

 …無茶言うな。

243: 2009/06/03(水) 18:36:10.28 ID:zPPTBO7SO

「で、ぶっちゃけなんの用事な訳? めんどいからちゃっちゃと本題入れよ」

 車両の中は座席が取っ払われ、
冷蔵庫にテレビに炊飯器や電子レンジ、湯沸し器や冷風機なんぞもある。
照明だって当然あるし、もう一つの車両にはベットもある。
生活水準はむしろ僕より良好と言える。
どうやってガスや水道や電気をここに引いてるのか僕は知らないし興味ない。

「はぁ、べつに特筆した用事はありませんが」
「嘘ぶっこいてんじゃねぇぞ」
「割かしマジですけどね、強いて言うなら会いに来たと言うところですかね」
「誰にだよ」
「あなた以外に誰がこんなところに居るんですか?」
「あー、マジで私に会いにきただけなわけ?」
「そうですよ、僕が信じられないんですか?」
「信じてくれねぇ奴を信じれるかボケ」

 まぁそりゃ正論。
僕は黙ってだされたコーヒーを啜る。苦い。
なんで砂糖やミルクがないんだ。馬鹿なのだろうか。
ブラックが格好いいのは中学生までだ。

246: 2009/06/03(水) 18:56:45.80 ID:zPPTBO7SO

 表情にはださないで、取り合えずマグカップを机に戻す。
そもそも僕は基本的に紅茶派なのだ。
僕の家には紅茶葉がいつも十数種類置いてある。
こだわりはないけど、もう癖みたいなものだ。
ないと落ち着かない。…となると癖というより一種の中毒だな。

「お前が私に会いにねー。用事があるよりむしろこえぇよ私は」
「その言い方は心外ですね。
 けどまぁさらに言うならば鐚走の家に向かったついでという感じですかね」
「鐚走の家? 行った所で意味ねぇだろ、あいついつも居ないし」
「えぇ、会いに行ったんではなく家を見に行ったんです」
「…また名前忘れたのか?」
「度忘れです」
「度忘れが多いんだよ。自分の名前わかるか?」
「緑茶」
「それはさっきの冗談じゃねぇか」
「でしたね」

258: 2009/06/03(水) 20:07:09.40 ID:zPPTBO7SO

 冗談は置いといて。
確かに用は無いけど意味も意図も無いわけじゃない。
そこまで僕は愚鈍な人間では無いはずだ。
僕は真剣さを演出しながら一つ咳払いする。

「鰐待」
「ん? なんじゃらほい」
「今日またデバイスに会いました」
「ですですか」
「危うく蜂の巣にされまる所でしたよ」
「ふぅん、へぇ、ほぉ」

 ここまで完膚なきまでにどうでもよさそうにされると
僕の方までどうでもよくなってくる。
こういう伝播はよくないなぁと思いながら、ため息を吐いて
少し調子を砕いてから再度話を試みる。

「最近ちょっとばかし多いですよね、こういうの」
「まぁな、私も先週タンクローリーの操作法を覚えたぞ」
「それはまたずいぶんと愉快ですね」
「結局通常の車とサイズ以外かわんねぇけどな」
「そんなもんですよ、実際は」

259: 2009/06/03(水) 20:15:14.68 ID:zPPTBO7SO

 知らないものほど想像と妄想と偶像とが混ざる。
例えば銃を海外などで実際に撃ったことがある人ならば感じたことがあるだろ。
『あれ? この程度の物なのか? こんな物なのか?』
そんな肩透かしにも似たなにか。
自分の日常や平常から離れたものほどそれは大きくなり、過大で過剰な期待。
見ると聞くとは大違い、百聞は一見に如かず。
僕だってこの街の腐乱さをちょくちょく解説したものの、
しかし外からこの街を見ていた時、伝聞として知りえた知識で感じていた感覚は、
実際に足を踏み入れるとあっさりと雲散霧消してしまった。

 日本という国にある地獄。
      ・ ・ ・ ・
 それはこの程度なのかと。
一蹴し、一笑に付したものだ。

260: 2009/06/03(水) 20:18:59.10 ID:zPPTBO7SO

 結局真実なんて、良い意味でも悪い意味でも、
想像より、思っていたよりも良かった悪かった、なんてことは無い。
この世にあるトップとボトムの差なんて、大して違いなど無いのだ。
自治領域の内外での違いだなんて、突き詰めれば人が上品ぶってるかどうかの違い。

 酷く稚拙で乱雑で適当な作りをしているのだ。
人間も、社会も、世界も。

「へーい煎茶君?」
「…誰ですかそれ」
「お前だよお前」
「…べつにいいですけど」
「で、言いたいことはそれだけ? 注意勧告?」
「ですね。…といってもどうせ思い付きです、暇なんでしょう? なにかゲームでもやりませんか?」
「おっ、いいねぇ。なにやる?」
「それでは将棋でも」

262: 2009/06/03(水) 20:46:23.04 ID:zPPTBO7SO

―――

 僕の家はボロいが広い。
そしてなにより普通だ。
でかい塀に囲まれた屋敷や、放置車両と比較するまでも無く普通だ。
二階建てのアパート、その一階端の家が僕が借りている家だ。
この場合借りているというのは賃貸という意味ではなく、
勝手に上がりこんで住居として使用させてもらってるという意味だけれど。

「重畳な話ですよね、まったく」

 3DKと一人で使うには少々手に余る広さのこの家は
細く入り組んだ路地の奥、わかりにくい場所にある。
三つの部屋のうち、私室として使っている部屋で
僕は真っ黒なUSBを一台のノートPCに繋ぐ。

286: 2009/06/04(木) 00:19:16.20 ID:X8q4qWOGO

 カーテンの無い窓から入り込む月の光と、
モニタだけが光源の暗い部屋。
照明がないわけじゃないのだけれど作業中はつけないのが僕の流儀なのだ。
目が悪くなるだけで利点なんて無いのだけれど、
これもやっぱり癖なのだ。悪癖ほど、直らない。

「…特に何もありませんね。予想外にお金が入ってるのが救いでしょうか」

 モニタに表示される多数のフォルダ、ファイル
多様な情報、多数の武器、多種のスキル、多量の金銭。
新しく増えた七十八のファイルのうち、
すでに所持しているもの、不要なものを取捨選択してDeleteしていく。
結局残ったのは金と三つのファイルのみ。

「おしまい」

 USBを抜いてパソコンを閉じ、照明を付ける。
部屋にはPCとそれを置いてる机と椅子、そしていくつかの本が床に直置きになってるだけだ。
私室などと言ってもその程度、このなにもなさが心地よい。

287: 2009/06/04(木) 00:51:11.96 ID:X8q4qWOGO

 ここいらで一度唐突に突然にUSBというものに関して説明を行わせてもらう。
いや、説明と言っても誰になにを言うわけじゃない
僕の数ある中毒の一つと考えてもらって構わない。
僕は独り言の際、それを他人にそのまま聞かせても意思疎通ができるように、
言い間違いの訂正、例の複数開示、原因、過程、結果、考察、
といった具合に独り言を演説のように構成させて行っている。
馬鹿らしくもある行動なのは承知の上なのだが、
しかし自分の思考をまとめて整理するには役に立つ。
そういった感じで一つUSBについて考えてみる。

 USBというのは基本的にはPCに繋いでデータのやり取りをする
携帯型大容量記憶機械であることに間違いは無い。
小さく、百円ライターと同等の大きさで、
色や形状にそれぞれ多少の差異があるそれは。
しかしこの平塚圏内でのみ、もう一つの用途を持つ。

 それが人間のデータ化。
所持者の知識、経験、記憶、所得物、金銭。
それを全てデータ化してUSBに仕舞い込む。

288: 2009/06/04(木) 01:05:45.47 ID:X8q4qWOGO

 所持者は首筋にポートを持っている。
身体に埋め込まれたそれにUSBを差込み、
中に入っているプログラムをインストールすれば、
所持しているユーザーはなんでもできる。
僕のUSBに入っているフォルダ総計は八百五十四。
その場に応じてプログラムを起動させれば、
この世の全ての移動兵器を自在に動かせたりもする。

 わかりやすく言うなればマトリックスの世界だ。
データを組み込めばなんでもできる。
まぁ違いはこの世界は機械の中ではなく、あくまでも現実で、
僕ら人間は生身の身体を持っていて制約を色々と受けているということだ。
だからビルとビルを飛んで渡る事などできないし、
何も無い空間に乗り物や銃器などを出現させることもできないし、
ましてや自分のデータをコピーして百人のスミスになることもできない。
全は一、一は全などと言っても個は個で個でしかない。
そして、普通はあまりないのだが、
収集欲や金も含めた物欲等の強欲によってそのデータを奪おうとする輩がいる。
そしてUSBを奪われ破壊されればその所持者は命を絶たれる。
法の五つ目、その意味はこういうことだ。
日本国内特殊自治領域平塚。

「…面倒ですよね」

332: 2009/06/04(木) 11:47:21.19 ID:X8q4qWOGO
>>288



 複雑すぎるのだ。
なにもかもが。
そりゃ外じゃ無縁仏の情報を拾ったりとか、
遺棄された氏体の処理とか、
殺人事件の被害者の記憶を探って犯人特定したりとか、
役に立ってるのも知っている。
…って挙げた例が全部生殺に関わってるってどうなんだろうか。
まぁわかりやすさを求めた結果であって僕の嗜好が出たわけではないと判断して、
目を領域内に戻せばこの有様。
盗人善という人間を返り討ちにした今日の僕の行いだって、
罪に問われることなく、無事として処理される。
処理されるというか、処理されない。
なにもなかった、そう無視される。
あの遺体は掃除屋のじいさんかなにかが拾ってごみと一緒に焼いて終わり。
盗人という人間が同じように過去にデータを奪った七十七の人間だって、
やっぱり同じこと。焼かれ爛れ跡形も無く消滅する。
存在としても、書類上でも。
完膚なきまでに亡き者を無き者にする。
ただでさえ平塚内の人間は日本という国に存在してないことになっている。
首都圏神奈川の一都市、平塚の対外的に流れてる情報。
過度の過疎によるゴーストタウン、人口ゼロ。
それが国外に知られてる平塚だ。


333: 2009/06/04(木) 11:56:40.67 ID:X8q4qWOGO

 僕は抜いたUSBにキャップをして、
ポケットにしまってつけたばかりの電気を消す。
もう就寝、という訳ではなく夜食の一つも買いに行こうということだ。
買いに行く。つまりそれは物品を売っている場所がある訳で、
売買が成立してるということは経済も成立してることを表す。
ま、表した所でなにがどうこうって訳じゃないけれど。
少なくとも僕にとっては。

 僕が空腹を覚えていて、僕がお金を持っていて、
外には空腹を満たす食料を売ってる場所があるということだけが僕にとって大事なのだ。
そしてこの街に住む誰もが、理解している。
だから、この街でも問題なく店は営業できる。
ここがなくても他に行けばいい、なんていうことができない街だから。
そこが確実な僕等の生命線だから。
襲撃をかます人間なんて皆無にして絶無。

「行ってきます」

 僕は誰も居ない空間に向かって呟いて、家を出た。

335: 2009/06/04(木) 12:10:07.12 ID:X8q4qWOGO

―――

「つまりさ、茶屋はなにがしたいのかってことだよ」
「僕がなにをしたいかですか?」
「お前はなんか色々とやってるじゃないか」
「それはそうですよ、十人十色。みんながみんな色々やってます。
 個人的に言わせてもらえれば一人一色なんてのはありえないから十人百色って感じですけどね」
「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。
 俺が言ってるのは茶屋がなにか俺とか鰐待に隠し事をしてるということだ」
「隠し事はお互い様ですよ。大体完全に自分を他人に知られるなんて空恐ろしいこと誰だってしませんよ。
 自分自身ですら騙し騙しやってきてるんです。
 人に嘘を付いていけないなんてそんなの無茶苦茶ですよ、生きるなってのと同義です」
「だからそうじゃないんだよ茶屋。君は塀を破壊しようとしている」
「鐚走の家のですか? それはとんでもない、ずいぶんと荒唐無稽な話ですね。
 僕になんの利があってそんな強行に及ぶのですか」
「違うってば、聞けよ人の話しを、頃すぞ」
「やめてくださいよ、怖いですから」


336: 2009/06/04(木) 12:11:08.84 ID:X8q4qWOGO

「お前はこの平塚の塀を破壊しようとしているんじゃないのか?」
「僕個人の力でどうこうできるようならこんなに大量の人間がここに閉じ込められたりしませんよ」
「まぁ、そりゃそうだけどさ。でもやっぱりお前って違うじゃん」
「違うとは? 外部から来たとかですか?」
「じゃなくて、根本からさ」
「言ってる意味がわかりませんね。汲み取れません」
「なんて言うのかな…。えっと、ここに人間っていう機械媒体があるわけだよ」
「はい」
「んで、骨格があって、回線繋いで、モーターくっ付けて、コンピューター乗っけて、バッテリー乗せて、一つ組みあがるわけだ」
「ですね」
「で、それぞれ人間の個人で出力が違う訳だよ。構成物質の違いとかさ、モーターの威力とか、色々」
「トルクチューンとレブチューンみたいな感じですね」
「そんで飯食って燃料補給して、眠ってCPU冷ましてハードディスクにデフラグかけて」
「なるほど」
「お前はさ、その当たり前を凌駕しちまってるんだよ」
「凌駕ですか」
「なんかさっきの例えだとハイパーダッシュみたいな感じ、
 電池もニカドとかマンガンとかじゃなくてリチウム電池見たいなの積んでてさ」
「それは確かに凄いですね、驚嘆です」
「だけど失格。凄いけど失格、というか凄いから失格って感じだな」
「鐚走に言われると軽く氏にたくなりますね」
「いいんじゃないの? お前は氏んだほうがいいだろ」
「鏡をみて同じことを言っててください」

428: 2009/06/04(木) 23:13:53.67 ID:X8q4qWOGO
>>427
書けってことですね
わかります

437: 2009/06/05(金) 00:42:36.96 ID:aI8MFLOi0
 この現実には暴力シーンやグロテクスな表現が含まれています。
今この状況に惹句を付けるとしたらこうだろうか。
全く笑えない、戯言もいいとこだ。

僕は、私立桜桃院学園の前のバス停に居た。

「おーい、病院坂」
「………………」
「くろね子さん?」
「………………」
「ぽわぽよブルマー」
「………………」

 返事が無い。ただの屍の様だ。
氏体のように見える、氏体のような肌色の、
氏体のようにぐったりとした、氏体のような造形の、
氏体のように動かない、氏体のような―――氏体だった。
学生服で倒れているその女子生徒を僕は知っている。

 病院坂黒猫。
私立桜桃院学園始まって以来の秀才で保健室登校児。
学園内で最も有名と言える彼女は、しかし一目では誰も彼女とは気付けない姿になっていた。
目も口も鼻も顎も首も肩も腕も指も胸も腰も足も無事な所など一つも無い。

病院坂は一切の躊躇も加減も容赦も無く殺されていた。
僕が一切の躊躇も加減も容赦も無く頃した。
これに関して何の計算も無かったなんて、良い子ぶったことを――言うつもりだ。
殺せるから頃した。頃したから殺せた。
言い訳のしようも無く僕は初めて、衝動だけで動いた。

438: 2009/06/05(金) 00:43:39.12 ID:aI8MFLOi0
 僕は金槌を――病院坂の言う所のピッキングツールを病院坂の身体に返す。
人一人を壊して原形を留めてないソレは原形を留めてない持主へと還った。
僕は別に病院坂の事を頃したいほど憎んでいた訳じゃない。
こうして放課後病院坂の能弁に付き合い、一緒に下校する程度には仲が良かった。
勿論それは夜月と一緒に帰れない日に限ってだけど。
僕にとって病院坂と夜月じゃあ比べるまでも無く夜月の方が優先順位が高い。

「あれっちゃね。レンの言う≪集合的無意識≫なんてのもあながち馬鹿に出来ないっちゃ。
 この状況――よりにもよって『零崎化』の直後っちゃか。
 あのガキの言葉を敢えて借りるなら、傑作―――っちゃね」

 いつの間にか男が其処に居た。
 麦藁帽子に季節外れのスリーブレスの白シャツ、使い古したようによれよれのズボン。
トラクターと田圃が似合いそうな男で、肩から提げている黒くて細長い鞄がアンバランスだった。

「一応自己紹介した方がいいっちゃか?
 『愚神礼賛』――――――零崎軋識だっちゃ」

 零崎。
その名前を聞いて、手を開く。
既に鉄の塊でしか無い金槌が地面に落ちて音を立てる。
乱暴に引き抜いた所為で病院坂の肉片が少し付いていた。

「……良い判断っちゃ。
 あと一歩進んでたら、お前は氏んでたっちゃよ。
 零崎は家族は殺さないが――家族を攻撃する奴は、家族じゃないっちゃね」

439: 2009/06/05(金) 00:44:44.08 ID:aI8MFLOi0
 男はそう言って、いつの間にか取り出していた釘バットを肩に担ぐ。
それは僕の知る所の釘バットとは比べものにならないほど凶悪で強烈だった。
バットも釘も全てが鉛で出来ている釘バットがどのくらいの重さになるのか。
それで殴られたらどうなるか。
考えるのは容易くて、考えたくも無い事だ。

「うわ、酷いっちゃね。頭蓋骨への初撃が致命傷っちゃか。
 あんなちゃちい金槌で良くもここまで破壊したもんだっちゃ。
 お前、この女に恨みでも持ってたっちゃか?」

 零崎軋識は病院坂だった物を見ながら言った。
先程も言ったとおり僕は病院坂に恨みなんか持っていなかった。
しかしそれを説明しようとは思わない。
説明しなくても理解できると思った。
零崎の名を持つ人間なら。

 零崎。僕はそんな名前は初めて聞いた。
だけど何故だか昔から知っていたような気がする。
生まれる前から知っていた様に、その名前はとてもしっくりときた。
歯車が噛み合うように歯車が回るように僕にぴったりだ。
なんとなく―――そう思った。

「さて、行くっちゃか」

 やがて零崎軋識は病院坂を眺めるのも飽きたように言う。
というか、最初から興味なんて持っていなかったのかもしれない。
零崎軋識が当然のように言ったので、僕もつい後について行った。

440: 2009/06/05(金) 00:45:44.44 ID:aI8MFLOi0
「――――――って、どこに行くんですか」

 初対面で年上っぽい人間にタメ口になるほど、僕は世渡りが下手じゃない。
既にバス停を通り過ぎていた零崎軋識は、首だけで振り返る。

「どこって、家族の所に決まってるっちゃ」

 家族、と聞いて反射的に夜月の顔が浮かんだ。
しかし零崎軋識が言ってるのはそんな平和な家族の事じゃないだろう。
僕と零崎軋識のような血生臭い殺人鬼の家族。
何故か、言われなくても理解できた。

「正直、俺は新人の教育なんて苦手っちゃ。
 だからお前の教育はレンやトキに任せるっちゃ。
 レンなら新しい『弟』を歓迎してくれるだろうっちゃよ」
「ふぅん……出来る事なら僕は家に帰りたいんですけどね」
「お前、正気っちゃか?」

 たった今人間を頃した人間に正気を問うのか。
人間を頃した。病院坂黒猫を、僕は、頃した。
何故か罪悪感は無い。後悔も悔恨も自責も存在しない。
そう思っている自分はとても気持ち悪く思えたし、当然にも思えた。
おかしいなぁ。
僕は熱血漢じゃないけど、友人が殺されて冷静で居るほど冷たくも無かったと思うのに。
いつかの数沢の時は―――知り合いってほどでも無かったし。
何かがおかしい。
どこかが狂って噛み合っている。

442: 2009/06/05(金) 00:46:40.90 ID:aI8MFLOi0
これが零崎になるという事か。
人の氏を日常のように捉えて受け入れる。
なるほどそれは人間じゃない。鬼だ。殺人鬼だ。
正しく―――――人間失格、と言ったところか。

「これは新しい家族を迎える時の定型文みたいなもんっちゃが……
 今のお前が家に帰っても家族を頃すだけっちゃ。
 祖母も祖父も母も父も兄も姉も妹も弟も、呼吸をするように食事をするように頃すだけっちゃ。
 道で人を見れば人を頃し、警察に駆け込めば警官を頃す。
 そんな存在がもう普通に戻れるはずが無いっちゃ」

 それでも学校に通うバカも居る訳っちゃが―――
零崎軋識のその呟きは僕には聞こえなかった。
と言うか、認識しなかったと言った方が正しい。
僕の頭の中には最愛の妹の姿が浮かんでいた。
夜月を頃す。
僕がこの手で。

「………それは嫌だなぁ」

 病院坂を頃しておいて勝手な事を言う奴が居た。僕だ。
恐らくそう思っていても、実際目の前に夜月が居れば僕は頃してしまうのだろう。
口では頃したくないと言いながら、万に一つも生き残れないように頃すのだろう。
病院坂をそうしたように。

「理解したっちゃか?なら早く来るっちゃ。
 俺もそんなに暇じゃないっちゃよ」

444: 2009/06/05(金) 00:50:33.97 ID:aI8MFLOi0
「分かりました、えっと……ききししさん?」
「軋識だっちゃ。というか今わざと間違えたっちゃね?」
「僕がそんな事するはず無いっちゃ……無いじゃないですか軋識さん。
 もしかして前世はクジラになることを夢見たイルカだったりするんですか?」

 ふん、と鼻を鳴らして零崎軋識は反応を返さない。
しかし「~っちゃ」と言うのは地での癖なのだろうか。
どうしてもラブコメのヒロインが浮かんできてしまう。
キャラ造りであってほしい。

「あぁそうだ」

 零崎軋識の後に続こうとして、忘れものに気付いた。
僕は既に黒く変色しつつある病院坂の傍に座り、両手を合わせた。

「悪かったな病院坂」

「お前と話すのは楽しかったよ。
 もしかしたら僕は―――君の事が、好きだったのかもしれないな」

 病院坂が何も言わない事を確認して、僕は立ち去る。

ばいばい
さよなら
おしまい、おしまい

そして―――――

「零崎でも、始めるか」

445: 2009/06/05(金) 00:53:35.03 ID:aI8MFLOi0

 僕(櫃内様刻)は渡された原稿を読み終えた。

「いや病院坂、キミさ、僕がキミを小説の中で頃したときすっげぇ怒ってたよな」
「それはぼくの親戚が書いた物語だろう?」

 そういえばそうだったか。
とはいえ、勝手に人を小説の中で人頃しにするのはどうだろう。
実際に僕がそう見られているようで少し不安になるぞ。

「この……零崎ってのは何なんだ?病院坂、キミの創作か?」
「うん?いや実在する人物だよ。理由も無く頃す殺人鬼集団―――
 探偵物で出てきたらタブーだろうね。何より動機が無いんだから」
「まぁ推理も手詰まりだろう。
 にしてもキミ、これ読ます為に僕を放課後に呼び出したのか?」
「そうだよ?」
「今日は夜月と帰るつもりだった」
「知っていたよ?………冗談だ、知らなかったよ。それは悪い事をしたね」
「………まぁいいけどな。そろそろ人も居なくなっただろ、帰るか」
「そうだね、それじゃ――」

「コンビニ行って、帰ろうか?」


「………いや、キミはバスだろ」
「ノリだよ、深くつっこまないでくれ」

446: 2009/06/05(金) 00:54:54.91 ID:aI8MFLOi0
以上で。
戯言+壊れた世界で書くつもりがいつの間にか壊れた世界オンリーの物語。

西尾維新さんの文体真似するの難しいです。

447: 2009/06/05(金) 00:58:37.35 ID:aI8MFLOi0
書いた後で「ぼく」は漢字で「キミ」は平仮名だったなと気付いた。
ちゃんと原作読み返せば良かった。

448: 2009/06/05(金) 01:12:33.06 ID:Eg5YmBvdO
おいおい面白いじゃないか

449: 2009/06/05(金) 01:50:14.88 ID:tt50/C/KO
おい普通におもしろいぞ

引用: 唯「零崎を始めます」