277: 2008/11/29(土) 15:55:38 ID:e/ITyDDf
季節外れもはなはだしいですがリーニャ(エイラーニャとリーネ)投下
―――
空高く、大輪の花を咲かせてまっすぐに天を見上げているそれは、私の国を象徴する花なのだと昔お父様に
教えてもらったことがあった。あの頃の私はまだ本当に小さくて、その花びらに触れることさえままならないで。
お父様に肩車をしてもらって、ようやっと眺めることが出来たその花の雄大さにとてもとても感動したことを
覚えている。
こんにちは、私はサーニャです。
そう語りかけたら彼女はちょい上を向いて答えてくれたけれど、本当はきっと、私なんか見ていなかった。
好きなの?
後ろから柔らかな声が降りかかってきて、けれども私はびっくりとして固まってしまった。まさか私を呼びかけて
いるわけではないだろうと思ったのだ。そ知らぬふりをしてそのまま窓の外を見やる。外は眩しいくらいのいい
天気だけれど、こうして屋内にいれば昼間のすごく苦手な私でも何とかしのげる。
あのう。
控えめに声が重ねられた。ああ、もしかしたらやっぱり私を呼んでいるのかしら。そうであれば嬉しいのに、
と思うと同時にそうであったらどうしよう、なんて今から考えて内心おろおろしている自分が情けない。…だって、
一体何を話したらいいの?うまく受け答えできるかな。つまらない思いさせちゃうんじゃないかしら。そんなことを
考えてぐるぐると不安が坩堝の中に溜まっていってしまうんだもの。
こんなときにエイラがいたら。そうやってまたすぐ、エイラに頼ってしまう自分がまた情けない。エイラだったら
どうするか、私は簡単にイメージすることが出来る。なんだ?って言ってすぐに振り返って笑って、どうした
んだ?と話を促すのだ。そうしていとも簡単に自分と相手の間に「会話」という繋がりを作ってしまう。…ううん、
これはもしかしたらエイラに限ったことじゃなくて、もしかしたらみんな、普通に出来ていることなのかもしれない
けれど。けれども一番近くに居るから、私にはエイラが一番すごい人に見える。遠くにあるものを眺めるよりも
ずっと、近くにあるものを見上げるほうが大変だから。だから私は私よりも長身の彼女の顔を、目を細めて
眺めているばかりなのだ。だってきらきらと輝いて眩しく見えるから。眩しいけれど見上げずにはいられないから。
…そんな彼女も今は訓練の真っ最中で、基地を離れてしまっていて。「いってくる」と言ってまだ寝ぼけ眼の
私の頭を撫でたその感触が、まだふんわりと残っている。
私の後ろに立っているらしいその人の気配は、まだ変わらず背後にあった。どうしよう、どうしよう。焦る
けれども焦れば焦るだけ体は動かなくなるばかり。このまま諦めて立ち去ってくれないかな、なんて虫のいい
ことまで考えてしまう。気付いていながら無視して立ち去るのを待つなんて、私はなんてずるい人間だろう。
窓の外の一角に、明るく照らされた一角がある。太陽のような大きな花が、まっすぐ上向きにすっくと立って
いる。威風堂々としているのに驕り高ぶることなく、ただただあるがままに生きている。眩しい。この廊下は
屋内で、陰になった暗がりだというのに眩しくて仕方がない。
ねえ、私もあなたのようになれたならよかった。そうしたらこんなに後ろめたい気持ちで、太陽の光に掻き
消えたいような心地でいることもなかったのに。
「ひまわりが好きなの?サーニャちゃん」
三度目の正直、とはちょっと違うのかもしれないけれど。彼女は今度こそ私に向かって、はっきりと呼びかけて
きた。ああどうしよう。もう逃れることなんて出来ない。せっかく話し掛けて貰って嬉しいのに何も出来ずに
固まってしまう臆病な私が嫌だ。
どくどくと、心臓が急いて体中に血を送り込んでいく。そんなところで急いでも何の意味もないのに。こんな
夏の日差しの中で、体だけが熱くなっていくだけなのに。
278: 2008/11/29(土) 15:56:54 ID:e/ITyDDf
振り返ってあげなくちゃ。だって私に話し掛けてくれているんだもの。エイラがいなくたって私だって、その
くらいできるんだから。エイラに頼ってばっかりなんてだめなんだから。
そう意を決して振り返ったその瞬間、「えいっ」という掛け声とともに頬に何か冷たいものが触れた。
「ひゃあっ」
私は驚いて飛び上がる。あちらはもっと驚いたようで、取りこぼしそうになった冷たいそれを懸命に支えて
一方後ろに身じろいだ。微妙な距離を開けて、私と彼女が向かい合う。ばつの悪そうな顔をして私を見ている
彼女と目が合って、思わずうつむいて視線を逸らしてしまった。
そうしてしばらく、幕を下ろしたような沈黙が流れた。窓に向かって背を向けてしまったから、目の前には彼女と
壁ばかり。足元を見ても見慣れた廊下と頼りなく地に付いている足ばかり。
「こんにちは、サーニャちゃん」
その沈黙は短いものだったのか、長いものだったのか、私にはもう分からなかった。起き抜けの気だるさに
少々ぼんやりしていたのだろう、私はそんな彼女の一言で、何だか夢から覚めた気持ちになったのだった。
こ、こんにちは。小さい声で私も返す。目の前にいるひとだって相当おとなしい人なのに、きっとこの人は私に
相当気を遣ってくれているんだろう。
私の返答に満足したのか、緊張の面持ちでいた彼女がようやくにこ、と笑った。穏やかな笑顔だ。ふんわりと
包み込むような、温かな笑顔。エイラのするそれとは違う、坂本少佐のものとも違う、どれかというとミーナ
中佐の浮かべる笑みにどことなく似ている、でももう少し柔らかい。そして私にはい、と言って、手に持っていた
何かを手渡した。言われるがままに手を差し出してそれを受け取ると、先ほど感じた冷たい冷たい感覚。
「冷たいレモネードを作ってみたの。水分補給にはちょうどいいと思って」
からん、と氷がグラスの中でゆれる。手の中の透明な液体から、レモン特有のさわやかな香りがする。どうぞ、
と勧められて言われるがままに一口含むと、一杯に広がる酸味と炭酸の刺激。飲み下したら、暑さと緊張で
火照った体にひんやりと染み込んでいった。
「…リネットさん、あの、これ」
ようやく彼女の名前を口にして、自分から呼びかける。私の傍らに来て、先ほどまでの私と同じように窓の外を
眺めながらリネットさんは優しく笑った。手には自分のものらしいレモネードを持っている。私が飲んだのを
確認して自分も口にすると、美味しいね、と続けて一言。
「あちらにいる心配性のスオムスの少尉さんから、サービスだそうです」
訓練中だって言うのに通信機を私用に使ったらまた怒られちゃうよね、なんて肩をすくめて笑っている。言われ
てはっとして私も窓のほうに向き直って眺めていた景色のその向こうに広がる空を見たら、今は遠く遠くに黒い
点がいくつか飛んでいた。模擬戦でもしているのだろうか、片側が打ち込んだ模擬弾を、ひょいひょいと避けて
いるひとつの機影。見間違えるはずがない、あれは──
(エイラ)
声には出さずに口の動きだけで呟いた。気付いてたんだ、と思って恥ずかしくなると同時にちょっぴり情けなく
なる。ほら、またやっぱり心配ばかりかけてる。そんな風にして優しくしてもらってばかりだから、私はあなたが
眩しくて仕方がない。いつかまっすぐに見られなくなってしまいそうなほど。
「ヒマワリが好きなの?サーニャちゃん」
唐突に、もう一度。同じ質問が繰り返される。先ほどと違って傍らにいるリネットさんの表情は柔らかで温かい
笑顔で、何でも包み込んでくれそうなその温かさに私は今度こそすんなりと「うん」と答えることが出来た。遠く
なってまたどこかに消えてしまった機影の代わりに私はもう一度手前へと視線を戻す。こちら側からは太陽は
見えない。けれどその代わりにいつもいつも眩しいくらいの夏の太陽をまっすぐに見上げている、ヒマワリの
花がこちらを向いているのだ。
279: 2008/11/29(土) 15:59:07 ID:e/ITyDDf
背の高い、大きな、ヒマワリの花。まるで太陽のようなその花がこの基地に植えられているのを初めて見た
とき、とてもとても感動したことを覚えている。それ以来、夏がくるとこの花を、私は暇さえあれば眺めることに
していた。暑さも時間も忘れて私がそうしていることを、エイラはいつの間にかちゃんと知っているのだ。だから、
そう言えば今日出かけるときも「倒れないように気をつけるんだぞ」と私に呼びかけていたっけ。私は半分
寝ぼけていて、たぶん生返事を返したのだろうと思うけれど。
もしかしたらそれは、太陽を見上げる代わりなのかもしれなかった。空にある太陽はまぶしすぎて、熱すぎて、
遠すぎて、とてもとても見やることなんて出来ない。だけどほら、それを見上げて照らされているヒマワリなら、
こんな近くにある。熱くない。目を瞑らなければいけないほど眩しいわけじゃない。そうして私は間接的に太陽を
眺めているのだ、きっと。本当は太陽を、青空を、しっかりと見つめていたいけれど私はヒマワリのようにさえ
なれない。お父様に肩車してもらったあの日から身長だって大分伸びたのに、いまだに手を伸ばしても届かない。
気持ちをごまかすようにまたレモネードに口をつけた。喉を潤す爽やかさは私の暗い気持ちまでも押し流して
くれそうなほどに潔い。おいしいです、ありがとうございます。言葉にしようとしてリネットさんのほうを見やったら、
それに気が付いてかそれとも偶然か、リネットさんもまた私を見て微笑んでいた。
「サーニャちゃんとヒマワリって、ちょっと似てるね」
そしてそんな思っても見ないことを言う。どうして?なんで?あんな堂々として立派な花に、温室で育てられて
ようやくつぼみを作るのが精一杯なくらいの私が?首をかしげて彼女をみていたら、リネットさんはふふふ、
と穏やかに笑ってこういった。
「なんだかいつも、眩しそうに見上げているから」
その誰かさんはそんなことも知らずに勝手に回って、一方的に照らしているだけみたいだけれど。
大変だよね、鈍感な人って困っちゃうね。
「…そ、そんなことっ」
返答に詰まって、ごまかすようにまたレモネードをひとあおり。冷たさは体の暑さを奪っていくけれど、顔の
火照りは治してくれない。だって飲み込んですぐ、下へ下へと下っていくだけだから。舌には爽やかな甘さと、
ちくちくとした痛みだけが残る。甘くて痛い、心も体も。
(好きなの?)
リネットさんの一番最初の問いは、一体何をさして言ったものだったのだろう。ううん、たぶんヒマワリのこと
なんだと分かっているけれど、彼女の笑顔を見ていると何か別のものを指しているような気がしてきてならない。
好きです。だから眩しいけど、見上げてしまうんです。
そんな言葉いえるはずがなくてごまかすようにまた窓の外を眺めたら、ヒマワリのその向こうには蒼い蒼い、
あの人によく似た空があった。遠い遠いものなのに、なんだか寄り添っているようにも見えた。
―――
以上です。こんな寒いのに夏の話かよ、という感じですがいいじゃない、仲良しリーニャが書きたかったんだもの
味噌汁の続きは書けたら頑張ってみます。少なくともサーニャ話はぜひとも書きたいところ
が、どうもサーニャとリーネが頭の中で昼ドラを繰り広げてしまうんだ…
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