174: 2010/09/30(木) 19:01:44.71 ID:D2P/LPVb0
あれから半年が過ぎた。
季節は移り春がきて和は3年生になった。

唯「おはよう、和ちゃん!」

澪「おー和、朝会うなんて珍しいな」

和「おはよ、みんな」

軽音部の5人は和のした行いを忘れたかのように
和と普通の友達として接している。
そして和は停学も退学も受けずに済み、
今も無事に学校へと通うことが出来ている。
すべて憂の根回しがあったからこそである。
憂のおかげで和のやったことは明るみに出ることはなく
友人関係の中で孤立することもなく
見かけの上では和はごくごく平凡な学校生活を送っていた。

ただ一つ、憂のいじめがさらに過激化したことを除いては。
けいおん! 1巻 (まんがタイムKRコミックス)
175: 2010/09/30(木) 19:07:42.73 ID:D2P/LPVb0
昇降口。

唯「あ、ういー。もう学校着いてたんだー」

憂「うふふ、私の方が先に出たのに。
  お姉ちゃんたらまた澪さんたちとおしゃべりしながら
  のんびり歩いてたんでしょー」

唯「えへへー」

澪「まあ確かに喋りながら歩いてると遅くなっちゃうな」

和「そうね」

憂「あっそうだ、和さん。ちょっと来てもらっていいですか?」

和「…………ええ、いいわよ」

憂は事あるごとに和を校舎裏へと呼び出していた。
それは今朝も例外ではなかった。
和は唯たちに一刻の別れを告げ、
憂のうしろについて校舎裏へと向かう。

176: 2010/09/30(木) 19:14:30.86 ID:D2P/LPVb0
校舎裏。
ここは昼間でも薄暗く、
学校の隅っこに位置しているため
誰かがやってくることはめったに無い。

憂「ふふ、おともだちと楽しくやってるみたいだね」

和「ええ……おかげさまで」

憂「ほんとに感謝してるの?
  全然そういう感じが伝わってこないんだけど……」

和「し、してるわよ……」

憂「ふーん……
  じゃあ感謝してるって証拠を見せてよ」

そう言って憂はブレザーの内ポケットから
タバコとライターを取り出した。

和「ちょっ……タバコなんて」

憂「違うよ、吸うんじゃないよ」

憂はタバコを1本抜き出して火をつける。

178: 2010/09/30(木) 19:17:06.46 ID:D2P/LPVb0
憂「うん、吸うんだよ」

憂はタバコを1本抜き出して吸いながら火をつける。

181: 2010/09/30(木) 19:21:39.83 ID:D2P/LPVb0
憂「私、タバコって結構好きなんだよねー。
  お父さんがよくタバコ吸うからかなー……
  このタバコもライターもお父さんのなんだよ」

煙を吹き上げるタバコをうっとりとした表情で見つめる憂。
対する和は「一体何をされるのか」と
わずかに身構えて慎重に相手の出方をうかがっている。

憂「ねえ……制服の袖まくって」

和「えっ」

憂「ほら、早く」

和「まさか……」

憂「そのまさかだよ」

和「ひっ……! や、やめっ……」

憂「あんたに拒否権があると思ってるの?
  ほら、早く袖まくらないと制服の上からやっちゃうよ?」

和「い、いや……」

憂「腕じゃなくて顔にやってもいいんだよ?」

183: 2010/09/30(木) 19:27:11.62 ID:D2P/LPVb0
和「あ、あ、あ……」

和は震える手で制服の袖をまくっていく。
白く細い腕が顕わになる。

憂「綺麗な腕だね、焼き甲斐があるよぉー」

和「ひ、いや、いや……」

憂「ふふふ……」

憂は微笑みながらじりじりとタバコを和の腕に近づける。
和は恐怖のあまり涙を流し、
腕をガクガクと痙攣させている。
その腕を憂が空いている方の手で掴む。

憂「ちょっと熱いけど逃げないでねー」

和「あ、ああああ」

憂「じゃあいくよおー……えいっ☆」

憂の可愛い掛け声と共に
タバコが和の腕に押し付けられた。

和「ぎやああああああああっ!!」

185: 2010/09/30(木) 19:32:37.35 ID:D2P/LPVb0
憂「今日からあんたの腕は私の灰皿ね」

そう笑いながら憂はタバコを腕にねじこむようにぐりぐりと。

和「いだいあついいだいあつい!
  もうやめて! もうやめてよおおお!」

憂「だーめ、まだ19本残ってるんだから」

和「いや、いや、もうやめて、許してぇ……」

憂「あははは、その顔最高だよー。
  てゆーかあんたが許されるわけないじゃん、
  あんたはそれだけのことをしたんだからさ」

和「謝る、謝るからァ……」

憂「私に謝ってもしょうがないでしょ。
  だいたい謝ったところであんたの罪は消えないんだよ。
  そしてこれは烙印なの、
  あんたが罪人だっていう証なの」

憂は2本目のタバコに火をつけて
再び和の腕に押し付ける。

和「あんぎええええええええええ!」

その朝は1時間目が始まるまでに
全部で20本のタバコを使い切ったのであった。

188: 2010/09/30(木) 19:38:26.67 ID:D2P/LPVb0
和の精神は疲弊しきっていた。

今までならば唯をいじめることで
溜まったストレスを発散できていたので
憂のいじめにも耐えることができた。
しかし今はもう和にいじめる相手はおらず、
そのうえ憂のいじめはパワーアップしている。
このままではいつかいじめ殺されてしまうのではないかとさえ
和は思い始めていた。

そしていじめ以外にも和の精神を蝕むものがあった。
それは生徒会長としての仕事であった。
和は生徒会長に立候補する気などさらさらなかったのだが
周りからの強い推薦を断り切ることが出来ずしぶしぶ立候補、
選挙活動には特に力を入れていなかったのだが
なんと108人の候補者を差し置いて当選してしまったのだ。
和がいかに生徒たちからの信頼を集めているかがよく分かる結果だが、
それだけに和は重いプレッシャーを感じていた。

「会長、次回の会議で必要な書類なんですけど」

和「ああ、あとで見るからそこに置いといて」

「会長、チベット文化研究部が部費の増額を要求していますが」

和「そうね、部としての結果は出ているから要検討ね」

「会長、不良生徒から没収したゲーム機はどうすれば」

和「担任の先生に返しておきなさい」

192: 2010/09/30(木) 19:44:59.00 ID:D2P/LPVb0
ヤル気がないのならば適当にやればいいのだが
和としてはそういうわけにもいかなかった。
108人を蹴落としてトップの座についたこと、
生徒の信頼に応え生徒のために働く立場にいること、
そのことが和に立派に生徒会長を務めねばならないという
義務感を生じさせていた。

和「はあ、最近は特に忙しいわね」

「そうですねー、疲れてますね会長」

和「ええ、疲れてるわ、とてもね……
  ああ今度の全校集会で喋る文面考えとかなきゃ」

「文化祭実行委員会の人員募集の呼びかけですね」

和「そう、それよ。なんて話せばいいのかしらね……」

「……会長てすごいですね。疲れてるのに、
 いつも生徒会の仕事のことばかり考えて」

和「そりゃそうよ、生徒会長だもの」

「立派です。尊敬します」

束の間の休息、和が後輩となごやかに語り合っていると、
生徒会室の扉がひらいた。

憂「あのー、真鍋さんいますか?」

193: 2010/09/30(木) 19:50:48.45 ID:D2P/LPVb0
和はまたも校舎裏に連れてこられた。
グラウンドで部活をしている運動部の掛け声も
音楽室で演奏している吹奏楽部の楽器の音も
ここではかすかにしか聞こえてこない。

憂「たいへんみたいだねー、生徒会長の仕事」

和「ええ、とても大変よ……」

憂「ちょっと話を聞かせてもらったけど、
  今度の全校集会でなんか喋るんだって?」

和「ええ……そうだけど」

憂「じゃーさ、明日喋るときに
  語尾に『チェケラッチョイ』ってつけてよ」

和「はっ……?」

憂「はっ、じゃないよ。チェケラッチョイ。
  ほら言ってみて」

和「チェケラッ……チョイ」

憂「うんそう、いい感じだね。
  今度の全校集会で、それを語尾につけて喋ってね」

195: 2010/09/30(木) 19:55:37.91 ID:iYujzcI7P
予告これかwwwwwwwww

196: 2010/09/30(木) 19:56:02.16 ID:D2P/LPVb0
和「ええっ、そんなこと無理よ……
  全校生徒の前よ……?
  先生たちだって見てるのに」

憂「別に無理じゃないよぉ、
  今だってちゃんとチェケラッチョイって言えてたし」

和「そういう問題じゃなくて……」

憂「こーゆうオチャメな一面も見せといたほうが、
  生徒会長として慕われるよ?」

和「でも、そんな……」

しぶる和のスネに憂は思いっきり蹴りを入れた。

和「あだっ!」

憂「や・る・の……分かった?」

和「は……はい」

憂「ふふ、最初からおとなしくそう言えばよかったのに」

和「ごめんなさい……じゃあ私、生徒会室戻るから」

憂「待ってよ、まだ用は終わってないよ」

197: 2010/09/30(木) 20:01:23.56 ID:D2P/LPVb0
和「えっ」

憂「チェケラッチョイはちょっと思いついたから言っただけ。
  本当の用事はこっち」

そう言うと憂はカバンからタッパーを取り出した。

憂「生徒会の仕事で疲れてるでしょ?
  おやつの差し入れだよ」

和「……」

差し出されたタッパーを受け取る和。
和はもう嫌な予感しかしていなかった。
一体何が入っているのだろうか……と
恐る恐るタッパーをひらく。

和「……ひっ!」

憂「どうかな、美味しそうでしょ?」

和「これこれ、これって……」

憂「うん、ごきぶりだよー」

タッパーの中には生きたゴキブリ5匹が
テープで留められていた。

203: 2010/09/30(木) 20:06:25.30 ID:D2P/LPVb0
憂「あんたのために捕まえてきたんだよ。
  全部残さず食べてねっ」

和「無理無理無理、ほんとに無理!
  知ってるでしょっ、私が虫嫌いなのっ」

憂「知ってるよぉ、だから捕ってきたの」

和「いやほんと無理だから、これ食べるなんて……」

憂「せっかく捕ってきたんだから食べてよ。
  もったいないじゃん、残しちゃうなんて」

和「これだけは無理、もうほんと無理!
  根性焼きいくらしてもいいから、
  チェケラッチョイ何度でも言うから、
  これだけはやめて、ほんとに、お願いします……!」

憂「あーもう、面倒くさいなあ……」

泣きじゃくる和のみぞおちに
憂は膝蹴りをぶちかました。

和「あぐぇ!」

そして憂は菜箸で生きたゴキブリを掴むと、
無理やり和の口を開かせてそこに突っ込んだ。

和「もぎゃあああああああああ!」

207: 2010/09/30(木) 20:11:26.19 ID:D2P/LPVb0
すかさず憂は和の口を押さえつける。

和「んー! んーんんんんんんん!!!」

涙をボロボロと零し全身を震わせながら
声にならない叫びを上げる和。
口の中でゴキブリが這い回る感触を
いやというほど味わって、
もはや発狂一歩手前といった様相である。

憂「早く噛むか飲み込むかしなよ」

和「んんんんーんんー!!!」

憂「まだあと4匹残ってるんだからさ!」

和「んんんんんんんんんんんんんんん!!!」

憂「そっか、泣くほど嬉しいんだ……
  じゃあ明日もいっぱいゴキブリ捕まえてきてあげるね、あははは」

和「んんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!」

その後、和は何度も何度も嘔吐しながらも
なんとか5匹の生きたゴキブリを完食した。
食べ終えたあとの和は顔面蒼白、汗だくだく、
制服はゲロまみれで下半身は小便でびしょびしょだった。

209: 2010/09/30(木) 20:16:29.06 ID:D2P/LPVb0
憂はその後も毎日ゴキブリを生け捕りにしては
学校に持ってきて和に食べさせた。
虫が嫌いな和にとって
これは今までされたどんな仕打ちよりもつらいものであった。

いくら和の精神がタフだとは言っても
こんなことが毎日続いては流石に限界がくる。
そしてさらに忙しくなっていく生徒会の仕事が
和の精神の疲弊に拍車を掛ける。

和はもう憂のいじめに耐えること、
生徒会長の仕事を続けることを両立するのは不可能だと判断した。
そこで和は担任のさわ子に生徒会長を辞めさせてもらえないかと
相談することにしたのであった。

さわ子「え、生徒会長を辞めたい?」

和「はい」

さわ「どうしたのよ、急に。何かあったの?」

和「いえ、なんていうか……
  思ったよりつらくて、自分には出来ないなって」

さ「真鍋さん……」

212: 2010/09/30(木) 20:21:31.98 ID:D2P/LPVb0
和「無理なお願いだってことは分かっています。
  でも……もうこれ以上は続けられません」

さ「うーん……真鍋さんがそんな弱音を吐くなんて珍しいわね。
  よっぽど参っちゃってる感じなのかしら?」

和「……はい」

さ「そっか……でも、辞めるのは良くないわ。
  生徒会長職を途中で放棄した人なんてのも前例がないし」

和「……」

さ「あなたは108人の候補者から、
  全校生徒の信頼を得て生徒会長になったのよ。
  勝手に辞めちゃうのは、みんなへの裏切りにもなると思うな」

和「……」

さ「せめて任期を全うするまでは、ね。
  頑張って続けられないかな」

和「……まだ、耐えろと」

さ「ん?」

和「まだ耐え続けろとおっしゃるのですか」

214: 2010/09/30(木) 20:26:32.26 ID:D2P/LPVb0
さ「耐えるだなんて、大げさね……
  またつらくなったときは、
  周りの人や先生に助けてもらいなさい。
  あなた独りですべてを抱え込むことなんてないのよ」

和「……」

さ「じゃあ私、会議があるからこれで行くわね。
  私もあなたには期待してるんだから、頑張ってね」

さわ子はさっさと話を切り上げ、
相談室から出ていってしまった。
あとに残された和はひとり、考える。

和(生徒が頼るべき教師も、
  私にただ耐えることを押し付けるだけだった……
  でももう本当にこれ以上は無理……自分でわかる)

和(今みたいな生活……
  生徒会長の仕事に忙殺され、
  憂からは暴力を受けゴキブリを食べさせられ……
  こんなことを続けていたらもう私がもたない)

和(心も体も……
  私という存在が壊れてしまうまでは……
  耐え続けるしかない……
  諦めるしかないというの?)

そのとき、和の脳裏に澪の言葉が蘇った。

220: 2010/09/30(木) 20:31:32.24 ID:D2P/LPVb0
澪『私も……いじめられたことあるから分かるんだ。
  諦めるのは一番ダメな選択肢だって』

澪『諦めるってのは耐えるってことじゃない。
  耐えることすら放棄して、
  自分の心を頃すってことなんだ』

澪『そう、心だけが氏んだ……いわば半分氏人』



和(ああ、そうか……
  耐えることさえ放棄してしまえば楽になるんだ)

和(心だけを頃す……)

和(何も感じずに体だけが生きていく……
  それが……半分氏人)

和(半分氏人……)

和(生徒会長も、憂のいじめも)

和(もう耐えなくていい)

和(ただ生きているだけでいいんだ……)

222: 2010/09/30(木) 20:36:33.13 ID:D2P/LPVb0
 
 
 

 私は、心を頃しました。

 だから、私の名前は、
 半分氏人です。

 心だけ、半分だけ氏んでるからです
 心が生きてると、もう耐えられないから

 これ以上は心を殺さないと、
 私は耐えられません

 だから私は心を頃しています

 次の人が、
 ターゲットになるのを
 
 
 

225: 2010/09/30(木) 20:41:34.86 ID:D2P/LPVb0
さわ子に相談をした日の翌日が全校集会だった。
5時間目、生徒たちは講堂に集められて
新しく代わった校長の挨拶に耳を傾けていた。

校長「えー前校長はご病気のため引退なされたということで
   本日より私がこの桜が丘高校の校長に就任いたしました。
   でーありますからーえーなんだっけーあー
   それでーあのーうんぬんかんぬんでーえーとまーそのー」

梓「話長いね、この新校長」

純「前のも大概長かったけどまた格別だね……
  しかも眠気を誘うような話し方でぐうすかぴいすか」

梓「寝るな寝るな」

憂「そうだよぉ、寝ちゃだめだよ。
  今日はこのあと面白いものが見られるんだからさっ」

純「面白いもの? なにそれ」

憂「ふふ、それは見てからのお楽しみ☆」

校長「えーではこれで挨拶を終わります。
   皆様これからよろしくお願いいたします」

「校長先生、ありがとうございました。
 次は生徒会長の真鍋和さんからお話があります」

憂「きたきた」

226: 2010/09/30(木) 20:46:36.04 ID:D2P/LPVb0
司会の生徒会役員に呼ばれ、
和は壇上へと上がっていく。
新校長の話で眠りかけていた生徒たちが目を覚まし、
和のほうへと視線を注ぐ。

和「こんにちは。ご紹介にあずかりました
  生徒会長の真鍋チェケラッチョイです」

舞台中央のマイクに向かい、和は話し始めた。
同時に生徒や教師の間に動揺が広がる。

「え?何?」
「チェケ?」
「ふざけてるのかな?」
「え、今の笑うとこ?」
「真鍋さん何言ってるの?」

和「現在生徒会では文化祭実行委員会に
  参加する人を募集してチェケラッチョイ。
  まだ1学期ではありますが
  10月の学園祭にむけて私たちと一緒に
  頑張ってくれる人は是非チェケラッチョイ」

講堂は水を打ったように静まり返った。
表情を一切変えずに淡々と語り続ける和に、
生徒や教師たちはどう反応して良いのか判断がつかなかったのだ。
ただ憂だけは必氏に笑いを堪えていた。

228: 2010/09/30(木) 20:51:37.10 ID:D2P/LPVb0
放課後、和は憂に呼び出された。
今回は校舎裏ではなくトイレだった。

憂「ぶはっはははは、あんた最高!
  無表情でチェケラッチョイとか言ってんだもん、
  もう笑い堪えるの大変だったよー!」

和「そう」

憂「でもほんと面白かったわー。
  いいもん見られたよ、あはははは」

和「そう」

憂「なに? 反応悪いな。
  ああ、さすがに恥ずかしかったの?」

和「べつに」

憂「ふうん……? まあいいけど。
  それよりさ、今日トイレ掃除しなきゃいけないんだよね」

和「へえ」

憂「でさ、一緒に掃除する班の人がみんな帰っちゃって。
  あんたに手伝ってもらおうと思って」

和「そう」

232: 2010/09/30(木) 20:56:38.02 ID:D2P/LPVb0
そう言われた和はロッカーから掃除用具を取り出そうとする。
が、憂に阻まれてしまった。

憂「ダメだよ、誰が道具使って良いって言った?」

和「でも道具がなきゃ掃除ができないわ」

憂「はあ、これだから現代っ子は……
  すぐ道具に頼ろうとしちゃだめだよ。
  まず自分の力で掃除しよう、って思わなきゃ」

和「どういうこと?」

憂「だからー、自分の体を使って、
  トイレを掃除しろってことだよ」

和「どうやって?」

憂「じゃあまず、全部の便器を
  舌で舐めて綺麗にしてもらおうかな」

和「わかったわ」

憂「え?」

235: 2010/09/30(木) 21:01:38.29 ID:D2P/LPVb0
和は命令に逆らおうともせず、
素直に床に四つん這いになって
和式便器をぺろぺろと舐め始めた。

憂「うっわ、マジで舐めてるよ、きもー。
  頭おかしいんじゃないの? あはははは」

和は10分間かけて一つの便器を隅々まで舐め上げた。
そして隣の個室に移って、再び便器を舐めまわす。

憂「あっはは、無様ー。きもー」

憂は最初こそ笑いながら和の便器舐めを見物していたが
和が3つ目の便器を舐め終えたところで
いつもとは様子が違うということに気がついた。

和があまりにも素直すぎるのだ。
今まで和をいじめたとき、
和はいつも憂に抵抗していた。
泣き出したり、逃げようとしたり、
許しを乞おうとしたりして、
憂のやろうとすることを素直に受け入れることなどなかった。

しかし今はどうだ。
憂の命令に即答で従い、
文句一つ言わず無表情のまま黙々と便器を舐め続けている。

憂(抵抗は無駄だと悟ったっていうこと……?
  ちっ、ならこっちも考えがある)

239: 2010/09/30(木) 21:06:38.96 ID:D2P/LPVb0
その日以降、憂のいじめはさらに激しさを増した。

憂は和が憎くていじめているわけではない。
ただ己の内から湧き上がる暴力衝動を
自分よりも弱い人間にぶつけて発散しているだけなのだ。
そしてそのためには「暴力を振るう」という行動だけでは意味が無い。
「自分の暴力であいてを苦しめる」ことによって
初めて衝動の発散が達成されるのである。

だが和はもう憂の暴力に苦しまなくなった。
無表情で無抵抗でされるがままにしているだけだ。
そのため憂は暴力衝動を発散させきれず、いらいらを募らせる。
そしてさらに和に過激ないじめをおこなう。
でも和はそれを無抵抗で受け入れ……
という悪循環が発生してしまっていた。

そのせいでいじめの過激化は留まるところを知らなかった。
ある時は和の頭をバリカンで五分刈りにした。
またある時は和を全裸にして街中を歩かせた。
別の日には授業中に教卓の上でウンコをさせた。
バールのようなものでタコ殴りにしたこともあった。
ゴミ焼却炉に顔を突っ込ませた。
背中に裁縫針を何十本も刺した。
一日中逆立ちで過ごさせた日もあった。
援助交際もさせた。万引きもさせた。
それでも和は全くへたばらず、
ただ憂のいじめを黙々と受け入れていた。
和のいじめ甲斐が無くなったことで逆に憂が
発散されないストレスを抱え込むことになった。

242: 2010/09/30(木) 21:12:21.07 ID:D2P/LPVb0
和の奇行は全校生徒の知るところとなっていった。

このことについて生徒たちは
「生徒会や受験勉強が大変でノイローゼにでもなつたのだらう。
 優等生といふのも色々あるのだな」
などといった無責任な感想しか持たなかったが、
ただ一人、憂と和の関係に気づいた者がいた。

誰あろう中野梓であった。

梓は放課後、教室に憂を残らせ、
自身の内に沸き起こった疑惑を憂にぶつけた。

梓「ねえ、憂。
  最近の和先輩がおかしいのって、
  憂が何か関係あるんじゃないの?」

憂「は……? 何でそう思うわけ?」

この頃になると、憂はもうイライラしているのを
隠そうともしなくなっていた。

梓「和先輩が何か問題行動を起こした日……
  決まって憂はイライラしてて、私や純に当り散らしてくるでしょ」

憂「それだけで私のせいだって決め付けるの?」

梓「他にも全校集会の日、憂は和先輩が変なこと言うのを
  知ってたみたいだったし、それを面白がってる感じだった。
  ……もっとも、こんなことは想像でしかないし証拠にはならないけど」

247: 2010/09/30(木) 21:17:07.53 ID:D2P/LPVb0
憂「ふん、バカバカしい」

梓「まだあるよ。和先輩が澪先輩をいじめていたこと……
  知ってるよね」

憂「ああ、お姉ちゃんも被害者だったね」

梓「うん、その澪先輩のいじめが判明したとき、
  私たちは生徒会室で和先輩を問い詰めた。
  そうすると和先輩はあっさりと自分がやったって認めたんだよ」

憂「で?」

梓「そしてその後……和先輩は憂のことを言っていた。
  憂が全部悪い、澪なら私と憂の関係を知ってるはずだ……って」

憂「……」

梓「そのときはただヤケクソになって嘘を付いてるんだと思ってた。
  でも最近……あれが本当だったんじゃないかって……」

憂「……」

梓「憂は……本当に和先輩とは何もないの?」

249: 2010/09/30(木) 21:22:09.87 ID:D2P/LPVb0
憂「……」

梓「私、今から部活行って澪先輩に尋ねてみる。
  憂と和先輩の関係について……」

憂「……」

梓「もし、もし本当に……憂が和先輩に対して
  なにか酷いことをしてるなら……
  私は憂を許さない」

憂「……」

梓「でも憂が無実なら、
  親友を疑った罰を受けるよ」

憂「罰、ね……」

梓「罰の内容は憂が自由に考えてくれて良い。
  じゃあ私、軽音部行ってくる」

憂「考える必要なんてないよ」

梓「えっ」

振り向いた梓の顔に、
憂は渾身の力を込めてグーパンチをぶちかました。
梓はバランスを崩しその場に倒れる。

憂「全部私がやったんだもん」

255: 2010/09/30(木) 21:29:10.90 ID:D2P/LPVb0
梓「ぐ……な、なんで」

憂「別に理由なんてないよ。
  ただあいつがウザイから、キモイから。
  そしてサンドバッグに最適だったから」

憂は話しながら床にうずくまる梓に
蹴りを食らわせる。

憂「でもあいつはもう使えないよ。
  サンドバッグであることを受け入れてしまった。
  自分で自分の心を壊してしまった。
  だから今度はあんたを私のおもちゃにしてあげるよっ」

容赦なく腹を蹴り上げる。

梓「あぐっ……!」

憂「ふふ、ふふふ、でもその前に……
  あのクソメガネを、心だけじゃなくて
  全部ぶっ壊してやらないとね……
  いらなくなったおもちゃはちゃんと処理しなきゃね」

そう言うと憂は懐からカッターナイフを取り出し、
梓の目の前にちらつかせた。

憂「えへへ、梓ちゃんも同じ目にあいたくなかったら……
  私の言うことはちゃんと聞くんだよ……?」

梓「っ……」

260: 2010/09/30(木) 21:35:55.06 ID:D2P/LPVb0
翌日、放課後。
和は憂に校舎裏に呼び出された。

和「……」

和は拷問にも近いいじめを連日のように受けて
何年も風雨に晒された人形のようになっていた。
眼に光はなく、髪は乱雑に切られ、歯は何本も折れて、
スカートから伸びる脚にはいくつも生傷があった。
制服はボロボロであちこち破れている。
メガネはレンズが割れ、フレームが曲がり、
かろうじて耳に掛かっているといった具合だ。

親はもう和を勘当していた。
教師は和を腫れ物のように扱っていた。
友人たちはみな去っていった。
和を救うものはいなかった。

憂「おまたせぇ」

和「……」

憂「今日はなんで呼び出されたか分かる?」

和「……」


264: 2010/09/30(木) 21:40:54.78 ID:D2P/LPVb0
憂「実はお別れを言おうと思って」

和「……」

憂「違うおもちゃを見つけたから。
  もうあんたは要らない」

和「……」

憂「私はもうあんたをいじめないよ。
  どう? 嬉しいでしょ?」

その問いかけにも和は力なく頷くだけであった。

憂「で、要らなくなったおもちゃって、
  どうなるか分かる?」

和「……」

憂「捨てるんだよ」

和「……」

憂「でもまずは捨てるために」

和「……」

憂「その体を壊さなきゃね」

カッターナイフを手に取る憂。

268: 2010/09/30(木) 21:45:25.15 ID:D2P/LPVb0
憂「私の言ってる意味、分かる?」

和は首を横に振った。

憂「頃す――ってことだよ」

和「っ!」

憂「あっはは……さすがに表情かえたね……
  あんたも殺されるのは嫌なんだ、へぇー……」

和「や、やめて……」

憂「やめるわけないでしょ!
  今までさんざん私をコケにしてきて……!
  クソメガネの分際で……!」

和「ひ、いや……」

憂「もういじめとか生ぬるいことはしない!
  ブッ頃してやるから!」

和「い、いやぁぁぁぁぁっ!」



「やめなさあああああああい!」
 
 

277: 2010/09/30(木) 21:51:37.23 ID:D2P/LPVb0
和の体にカッターナイフが振り下ろされんとするまさにその時であった。
梓が教師を引き連れて校舎裏へとやってきたのだ。

「何をしているんだ、平沢!」
「無駄な抵抗はやめろ!」
「そのカッターナイフを離しなさい!」

憂「なっ……なんでっ……
  梓ちゃんっ……!!」

梓「バカだよね、憂は。
  いじめる相手はちゃんと選ばないと」

憂「くっ……!」

「平沢! おとなしくしろ!」
「さあ職員室に行くぞ」
「話はちゃんと聞かせてもらうからな!」

憂「な、なんで……
  ふざけるなっ、みんなで私をバカにしてっ……
  みんな氏ね! 氏んでしまえ!」

氏ね、氏ねと喚きちらしながら
憂は教師に抱えられて連れ去られていった。

校舎裏に残されたのは和と梓。

282: 2010/09/30(木) 21:58:07.88 ID:D2P/LPVb0
数分間の沈黙が流れたのち、
和が口を開いた。

和「……ありがとう」

梓「別にお礼なんていりません。
  あのままだと、私がいじめのターゲットになってましたから。
  ただ自分の身を守っただけですよ」

和「自分の身を守る……か。
  私には……そんなことさえできなかった」

梓「あなたと私じゃ違いますから」

和「……強いのね」

その和の言葉を聞くと、梓は和を一瞥し
踵を返して立ち去っていった。

かくして憂の和に対するいじめは終わった。
突然かつあっけない幕引きであったが
元々大した理由のもとに始まったいじめでもないのだから
終わるときにも唐突なのが自然な形であろう。

和は親と復縁し
教師たちから土下座で謝られた。
学校が費用を負担して制服とメガネを買い直し、
傷も髪の毛も元通りになるのを待って
和は再び学校へと通い始めた。

291: 2010/09/30(木) 22:07:29.51 ID:D2P/LPVb0
憂は退学になった。
その後の憂の行方は、和には知らされていない。
おそらく少年院にでも入れられたのだろう、と和は勝手に想像していた。

生徒たちは和を暖かく迎え入れてくれた。
教壇の上でウンコしたり
体育の時間に裸踊りをしたり
家庭科の調理実習で生の肉を食べたりしたときは
みんなキチOイを見るかのような眼で和のことを見ていたのだが
それらすべて憂が元凶であり和は何も悪くないのだと分かると
あっさりと態度を変え、
普段のとおりに優しく和に接してくるようになった。

教師たちは和にやたらと優しくなった。
きっといじめを放置していたことへの後ろめたさ、
そして和がこのことを外部に漏らさないように……
との打算的な面もあっただろうが、
ともかく和は心地良く学校生活を送ることができた。

和(高校生活がこんなに楽しいなんて知らなかった……
  あと1年もないなんて……もったいないな)

晴れやかな朝、
すがすがしい表情で登校する和。
もういじめられていた頃の面影はない。

和が残り少ない高校生活に想いを馳せていると、
後ろから聞き慣れたセリフが聞こえてきた。

唯「おーい、クソメガネ~」

304: 2010/09/30(木) 22:15:16.35 ID:D2P/LPVb0
澪「おはよう、クソメガネ。
  朝一緒になるなんて、珍しいな」

律「クソメガネと登校なんて初めてだな。
  いやーたまには早起きしてみるもんだ」

紬「クソメガネは今日私と日直だったわよね。
  1日よろしくね」

和「…………」

唯「日直もいいけどさ、
  とりあえず学校に着いたら、
  あの校舎裏に来てくれないかな、クソメガネ!」

和はすっかり忘れていた。
あの和による澪いじめ以降、軽音部5人と和の仲は、
憂の存在によって保たれていたのだ。
その憂がいなくなればこうなることは必然だった。

今度のいじめは憂とは違い、
純粋な憎しみの感情から生まれたものだ。
憂のようにただ暴力を振るいたいだけのものとは違い、
こちらは根深く、そして飽きるということがない。
いつか憎しみの感情が消え去るまで、永遠に続けられるのである。
果たして和は卒業まで耐えられるのであろうか。
がんばれ、和。負けるな、和。
君の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

     お      わ       り

305: 2010/09/30(木) 22:16:35.21 ID:D2P/LPVb0
これでおしまい

お望みの復讐エンドだぜ
「半分氏人」はシゴフミから拝借

306: 2010/09/30(木) 22:17:35.82 ID:rzhC4e2BO
イジメ、カッコ悪い。

307: 2010/09/30(木) 22:17:38.39 ID:CkRyV09p0

引用: 憂「おーい、クソメガネ~」