140: 2013/12/29(日) 01:50:42.97 ID:+GGDY1HLo


前回
勇者「百年ずっと、待ってたよ」【1】





* * *




狩人「もうすぐつく。塔に」

勇者「いよいよか。なんだか緊張してきたな」

剣士「あれ?でも、もうすぐつくって割には塔が全然見えないよ?」

僧侶「太陽の塔は、太陽が空に昇っているときでないと観測できないのさ。
   いまは夕暮れ時だから塔も消えちまってるってわけ」
   
剣士「へえ!不思議だね。それも神様の力ってやつなのかなあ」

僧侶「そんなのいるかどうかわっかんねーけどな。剣士ちゃんは信心深い方なんだ?」

剣士「私は神様っていると思うよ!ていうかそれ、僧侶くん、職業的にそれはアウトなんじゃあ……」

僧侶「いいのいいの」


勇者「……えーっと」


<僧侶が仲間になっていた!>


勇者「なっていたって言われてもな……」

勇者「本当によかったのかい。修道院の復興より、旅を選んで」

僧侶「いーんだよ。最初に会った時に言ったろ?仲間にしろってさ。
   大体俺が行かなかったら勇者、お前っ!!ハーレムパーティじゃねえか!!そんなの絶対阻止するぞ俺は!!」
   
狩人「この人時々何言ってるか分からない……」

僧侶「それに……ま、仇討ちってことでな!
   俺の釘ロッドで立ちはだかる敵全部血みどろにしてやっから大船に乗ったつもりでいいぜ!惚れてもいいぜ!」
   
剣士「こんなアグレッシブな聖職者初めて見たー!すごいね僧侶くん。いっしょにがんばろっ!」

勇者「……君は」

剣士「ん? え、今更もうついてくるなとか言わないよね?副団長さんも女騎士さんもああ言ってたじゃん!」

剣士「はい回想」


葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)

141: 2013/12/29(日) 01:51:50.34 ID:+GGDY1HLo



~~~


副団長「俺が町にいながら……被害を最小に抑えられなかったことを悔やんでも悔やみきれない……!!!!!!
    勇者たちにも迷惑をかけてすまなかったな…………」
    
副団長「あの夜、町の外を見張っていた騎士も吸血鬼に襲われていて、町の中に奴らの侵入を許してしまった。
    そのことにもっと早く俺が気づいていれば!!」
    
勇者「……仕方ないよ。副団長のせいじゃない。
   町の様子は?」
   
副団長「今も急ピッチで復興が進められているところだ。俺ももう少しこっちにいることになりそうだな」

勇者「そっか」

副団長「だから剣士くんを王都に連れて行くのはもう少し後になりそうなのだが」

剣士「あ!それなら心配ないよ、私王都に行かないから。女騎士さん、お世話になりました」

女騎士「彼女強くなったから大丈夫よ、二人とも。もともと筋が良かったのね。
    軽い剣もたせて、一通り剣の振り方と足さばき教えたらみるみるうちに成長したね」
    
剣士「そうかな? えへへ」

女騎士「大変かもしれないけど、あなたなら大丈夫。また会ったときは稽古つけてあげるね」

剣士「はい!今度こそ世紀末を目指します!」

勇者「?」




~~~


142: 2013/12/29(日) 01:53:04.15 ID:+GGDY1HLo



剣士「ほら女騎士さんからのお墨付きもあるし! 連れてって損はないよ! ね、狩人ちゃんもそう思うよね?」

狩人「年末なので30%オフでお買い得……」

剣士「いま別に年末でもなんでもないけどね! お買い得だって勇者!買わなきゃ損だよ、どうするの!?」

勇者「じゃ、じゃあ……買おうかな」

剣士「わーい!在庫処分完了しましたー!ついに勇者からも認められたよ!」


僧侶「あっははは、お前らおもしろいな。俺の割と沈んでた気持ちが結構浮上してきたぜ」

「「「……」」」

僧侶「お、おい、浮上したって言ってんだろ。そんな暗い顔するな」

勇者「そうだよね……あのおばあさん、僧侶の大切な人だったんだよね」

僧侶「うおおお!こういう空気やめて!大切な人とかそういう言い方もやめて!悪いさっきの何でもないから聞き流してくれ」

剣士「あ。それなら、あの煙草僧侶くんにあげようよ。辛いことも悲しいことも忘れられるって言ってたじゃない。
   僧侶くんと狩人ちゃんって私たちより年上だよね、煙草も吸える?」
   
狩人「私はいらない。です」

僧侶「煙草?吸うぜ。修道院じゃこっそりとしか吸えなかったからな。ババアとか神父に見つかってエライ目にあった。
   余ってるならくれよ」
   
勇者「えっ……でも……大丈夫かな」

僧侶「ん?なんか危ないくすりっぽいとか思ってるのか?煙草なんて大体そんなもんだろ」シュボ




143: 2013/12/29(日) 01:55:23.66 ID:+GGDY1HLo



狩人(風上に行こうっと)スス

勇者「中毒性とか大丈夫かな」

僧侶「んだぁ?お前も吸ってみたいのか?仕方ねーなー!!これも経験だ!! ほい」

勇者「はっ!? げほげほげほっ!!」

剣士「えーっ それなら私もちょっとだけ吸ってみたい」

僧侶「剣士ちゃんはだめだ。これは大人の味だからな」

剣士「勇者と私は同い年だよ?」

僧侶「勇者は王都での2年間で薄汚れてしまったから仕方ねえんだ」

剣士「どどどどういうこと!? しゅ……酒池肉林なの!? 肉山脯林の乱痴気騒ぎなの!? バニーさんなの!?
   ゆ、勇者が私の手の届かないところに行っちゃってたなんて……わああああん!!」
   
狩人「きたない……」

勇者「ちがっゲホゲホ!おえっ」

勇者「……」

勇者「……」

剣士「……勇者?どうしたの……?大丈夫?」

勇者「………………え、何が? ハハ……ハハハ。アハハハハハ」

剣士「勇者!? なんか目がぐるぐるしてるよ!?」

勇者「よーーーしさっさと魔王倒しに行こう!大丈夫、全部うまくいく!!いくに決まってるさ!!! ははははっはははは!」

剣士「魔王の前に塔に行かなくちゃでしょ!? ゆ、勇者なんかおかしいよ、って待ってそっち崖なんだけど!!」

勇者「平気だ。はははっ!今なら飛べる気がするんだ!!あははははは!!」

剣士「だめーっ!飛べるわけないでしょー!危ないよおおお」ズルズル

剣士「た、煙草のせいなの? あっ、狩人ちゃん!!僧侶くんは!?」

狩人「さっき飛べると言って……崖から落ちました」

剣士「いや止めたげてよーっ!」ズルズル




144: 2013/12/29(日) 01:58:03.31 ID:+GGDY1HLo



太陽の塔


銀髪男「フッ……今日も塔を守りきれたな」

金髪男「我ら三勇士の力もってすれば容易いことよ」

黒髪女「雪の国も星の国もだらしがないわ。魔族なんかに塔を制圧されてしまうなんて……」

銀髪男「ん?おやあれは? ははは!とうとう来たか。おい、勇者御一行だ。待ちかねたぜ全く」

金髪男「あんまりつっかかってやるなよ」

銀髪男「はん。しかし、なんで俺じゃなくてあいつが勇者に選ばれたのかと考えると胃がムカムカしてしまってな。
    塔の警備なんかより、俺だって魔王を倒しに行きたいさ。むしろ俺のほかに誰がいる?」
    
黒髪女「だから、勇者様でしょ」

銀髪男「『勇者だから』っていうその一言で片づけられちまうのが悔しいのさ。
    俺の方が絶対うまくやれる……」
    
銀髪男「……チッ」



剣士「はあー……なんとか辿りついた。……ん?」

銀髪男「おや勇者殿。随分遅いご到着でしたな。旅は如何でしたか?お怪我などされませんでしたか?」

剣士「ええと?」

銀髪男「俺たちは三勇士と呼ばれる者です。以後お見知りおきを」

銀髪男「ん?勇者殿はどうなさったのですかな?さっきから俯いて。はは、もしかして魔族と戦うのに恐れをなしましたか?
    まあ無理もないが……なんとお情けないお姿か!勇者が聞いて呆れるな。大人しく俺にその名を譲っていればよかったものを!」
    
勇者「……あぁ?」

銀髪男「……ん?」

勇者「いまなんつった?」

銀髪男「んえ?」






145: 2013/12/29(日) 02:00:52.08 ID:+GGDY1HLo




勇者「はははははっ!あははははは!何か言った!?あーははは!!君おもしろいこと言うなぁ!! おえっ」

僧侶「んだテメーら邪魔なんだよ酒持ってこいよ銀髪チャラチャラさせやがって腹立つなーーーゲヒャハハハハ殴るぞこんちくしょー!!」

剣士「確かに今の勇者はちょっと、大分、かなり変だけど、いつもの勇者を馬鹿にしたら私は怒るよ」チャキ

狩人「敵なら射るけど……」スッ


黒髪女「な、なんて好戦的なパーティなの。血の気多すぎよ。さすがに私も戦慄したわ」

金髪男「かつてないパトスを感じるな……」

銀髪男「なんか勇者、性格変わってないか?」

金髪男「ラリってますね、完全に」

銀髪男「こいつら一体今までなにをしてきたんだ!!」




146: 2013/12/29(日) 02:01:47.70 ID:+GGDY1HLo


* * *


魔王城


妹「…………」ゴロ

妹「……寝れない」

妹「…………」

妹「やっぱり……」



~~~


妹「ね、青年さん。ひとつ聞きたいことが、あ、あるの」

青年「ん?」

妹「ま……魔族って、どう思う?」

青年「? なんだい、いきなり。魔族か……僕は会ったことないけれど、王国の兵士や騎士たちが何人も残虐に殺されたって聞いたよ。
   それでもこの国はまだマシな方で、他国はもっとひどい有様らしいね」
   
青年「でもこの国には勇者がいる。最近王都を旅立ったらしいんだ。それに三勇士っていう凄腕の兵士もいるしね。
   だから大丈夫だよ、そんなに怖がらなくても」
   
妹「あなたは魔族が怖い?嫌い?」

青年「そりゃあ……怖いし、好きじゃあないよ。好きになれるわけがない。そういう次元じゃないだろ?
   敵だし、魔族だし……人間じゃないんだ。僕たちとは違う生き物なんだよ」

妹「そうよね」

青年「どうしたの?何故そんなことを聞くんだい」

妹「いいえ何でもないわ。ちょっと思いついただけ」

妹「……何でもないの。気にしないで」




147: 2013/12/29(日) 02:03:25.25 ID:+GGDY1HLo



妹(私は一体どんな答えを期待してたのかしら)

妹(聞かなくても分かってたはずなのに)

妹(……。兄さんの言う通り……もうあの村に行くのは……やめよう。
  人への恋なんて、不毛だわ。このまま続けて、いつか私が魔王の娘だと彼に知られたら)
  
妹(…………ここでやめておくのが正解なんだ。どうせ叶いっこないんだもの……
  私には魔族と人の戦争を止められるような強い力はない。諦めることしかできないのよ)
  
妹(もう村へは行かない。…………寝ましょう。目を強くつぶって何も考えなければ、すぐ眠れるはず)



―――――――――――
――――――――
―――――




ヒソヒソ ヒソヒソ



「あれがマオウ?」

「目が赤いっ!ほんものだっ」

「しっ、声がでかいって。見つかるぞ」

「ね、ねえー……やめようよぉ……怒られるよぉ……」

「ばか!おとなたちはマオウの邪悪な魔法にあやつられてるだけかもしれないだろ!
 この村を守れるのは俺たちだけかもしれないんだ」
 
「でもぉ」


「…………」クル


「!! こ、こっち見た……!!」
「どっどうする?見つかった?」


「……ガオーっ」


「ぎゃああああああああああああああっ!!!」
「食われるーーーーーーーー!!!!逃げろおおおおおおおお!!!!」
「ひいいいいいいいいいいい」




なんだろう。 ……あ。夢ね。私、やっと眠りにつけたんだ。

魔王はお父様のはずだけれど、あの赤い目の女の子だれだろう。
私にすごく似ているけど別人だわ。

……?

148: 2013/12/29(日) 02:06:01.25 ID:+GGDY1HLo



「わあああああああんっ 待ってええええっ  あ!!」

「うわっ なにコケてんだ!早く走れ!食われるぞ!!」

「うえぇぇぇぇん たすけてぇぇぇぇ」


「……ん。しまった、悪ふざけしすぎたな。大丈夫か」

「ひぃ!!」

「怪我はしてないな。そんなに怯えなくていい。泣くな。えーと。ん。そうだ、手を出して」

「ひぐっ うっ う、うっ…………えっ? お……お菓子がいっぱい降ってくる……。
 すごいっ!本物?」
 
「本物だぞ」

「こ、これ、魔法!?」

「うん、魔法」




「お、おいっ!だまされるなっ!マオウだぞ!毒入りかもしれないぞ!」

「おいしい……!!」

「こら!聞けよ!」

「そこの君たちも、食べないのだったら私が食べてしまうぞ。もぐもぐもぐ」

「うわあすごい勢いでお菓子食ってるぞ マオウの奴!」

「も、もっとほかの魔法できる……?」

「ああ、じゃあ虹をつくってあげようか。これは簡単だからすぐできるぞ。ほら」

「うわあーーーーーっ」


「……な、なんだよ。お前だけずるいぞ!俺たちにも見せろよーーっ!」

「すげーっ それどうやんの!? 僕にもできる!?」



149: 2013/12/29(日) 02:07:00.97 ID:+GGDY1HLo


「なんだ?」

「……ずいぶん楽しそうなことやってるな、魔王」

「あ、」



「勇者くん」





150: 2013/12/29(日) 02:09:40.84 ID:+GGDY1HLo




「ユーシャだ! ユーシャ、また剣教えてよ!」

「今度な、今度」

「ユーシャもさ、魔法って使えるんだろ?ユーシャも虹つくれんの?」

「無理無理。俺はドカーンとかズバーンとかそういう魔法しかできない」

「さいのう、ないんだな」

「うるせえよ!」

「マオウに……お、お菓子……いっぱいもらった……」

「よかったな。ちゃんとあとでお礼言うんだぞ」


「……」

「? なんだ、なんで笑ってるんだよ?魔王」

「笑ってたか? いや。それ、懐かしいなと思って。ふふ」

「それ?」

「勇者くんは子どもと話す時に、必ず膝を折って目線を合わせるだろう。
 私が小さくて君が大きかったときに、それがすごく嬉しかったから。いま思い出したのだ」
 
「ええっ? そんなに頻繁にやってないぞ」

「癖は自分では分からないものだ」

「……」

「あーーユーシャなんでか知らないけど照れてるーーーー」

「照れてねーよ!お前らは静かにしてろ!」




151: 2013/12/29(日) 02:13:12.52 ID:+GGDY1HLo



「……あ、あの。マオウ……さん」クイ

「ん?」

「お菓子ありがとう……虹も……」

「どういたしまして。こちらこそ脅かして悪かった」

「あの、あの!」

「?」

「僕が大きくなったら…… おおお、お嫁さんになってくれますか!?」

「えっ……?」

「なっ!?」


「うおお、いっつも泣き虫のこいつがプロポーズしたっ」

「やるなぁ!」




「や…………」

「やめとけ少年!!
 こいつにはめちゃくちゃ怖いお兄さんがいて、ちょっと魔王と二人っきりで話そうものなら包丁研ぎながら睨んでくるぞ!
 あと厄介なお姉さんもいて、会う度ヘタレだなんだとからかってくるし、愛の妙薬とか怪しげな薬ポケットに忍ばせようとするし!」
 
「と、とにかくやめとけっ!もっといい出会いがこの先待ってるはずだから!」

「ひえええっ!?」


「勇者くんは一体どうしたというのだ」

「ユーシャって大人げねーのな……」

「なー」




152: 2013/12/29(日) 02:15:13.24 ID:+GGDY1HLo


勇者と魔王。

……これは…………

これは未来の……………………





妹「…………」パチ

妹(そう。そうなのね)

妹(……そう……)

妹(そっか……………………)





154: 2013/12/31(火) 07:30:16.22 ID:wqbpIV35o


* * *

地下 研究室


グチャッ

チョキチョキ バチン グチュ


グリフォン「…………っふー」

部下「博士。女エルフさんから伝言です。話があるので今すぐ上にあがってきてほしいとのこと」

グリフォン「え?今忙しいんだけど。話があるなら彼女にここに下りてきてほしいって伝えてくれる?」

部下「いや……来たくないそうです。ちなみに、上に来る前にその全身の血は洗い流してこいと」

グリフォン「……ふーむ」



* * *

グリフォン「やあ。何か用かい」

女エルフ「…………くさい!それ以上近寄らないで。氏臭がプンプンする。血は洗い流してきてって言ったじゃないですかー!」

グリフォン「言われた通り洗い流してきたよ。失礼だな」

女エルフ「うそぉ、こんなに離れててもすごく匂うのに。ああ森の清らかな空気が愛しいっ
     まーったく、よくあんなじめっとした地下室にこもって、人間の体いじくりまわせますね。今日はなにしてたんですか?博士」
     
グリフォン「人間の子どもと大人の五感比較実験と、あとはいつも通り解剖三昧さ。
      解剖はいつでも楽しいけれど、ああいう実験はあんまり好きじゃないな……やかましくってね」
      
女エルフ「うえぇ。聞いてるだけで気分悪い。しかも子どもって。さすがの私もドン引きよ」

グリフォン「残酷って思う? でも、こんなのあっち側だってやってることさ! 国ぐるみで生態研究ってね」

グリフォン「星の国には魔物博物館なんてものもあったんだよ。館内に飾られる魔族のミイラやホルマリン漬けの数々……腹立つね。
      なら僕たちだってつくってやろうじゃないか、人間博物館。
      そのために僕は身を粉にして日夜働いているんだ、少しは労ってくれたまえ」
      
女エルフ「あはははっ、そんなの建前でしょ?本当はただ楽しいからやってるくせに」

グリフォン「全くひどい言われようだな……」



155: 2013/12/31(火) 07:33:27.37 ID:wqbpIV35o





グリフォン「誤解されたら困るから言うけど、ただ人間の体を切り刻むから楽しいわけじゃないよ。これはね、愛なのさ。僕は彼らの全てを知りたいんだ」

グリフォン「体を暴いて暴いて暴いて暴いて暴いて、皮膚を切り取って、脂肪を取り除いて、骨を砕いて、血管を抜いて、内臓を裏返して、
      そうして初めて本当の彼らを知ることができると思うんだ。
      心には快楽なんて一滴も湧いてこないよ、あるのは安堵と感謝と無邪気な喜びだけだ。また一歩彼らに近寄ることができたってね!」
      
グリフォン「だから僕をマッドサイエンティストとか異常者だとか思わないでくれ。僕はそうだ博愛主義者だ!
      種族を越え、相手がどんな生物なのか理解するために方法を模索する……これを愛と呼ばずして何と呼ぶんだ?」
      
女エルフ「はぁ……。安心しなよ、博士は十分マッドだし異常者だよ」

グリフォン「ちゃんと話聞いてくれよ」



グリフォン「まあいいや。君が話を聞かないのは今にはじまったことじゃない……で、君はなんのために来たの?」

女エルフ「ああ、あのね。吸血鬼の眷属たち……吸血鬼もどきね、全部氏んじゃったよ」

グリフォン「あれ。意外だな。学習能力の片鱗も僅かに見られたのに、そんなあっさりいっちゃった?数もどんどん増えてたんだよね。
      まあ恐ろしく馬鹿だったからなあ。魔力を持っていない人間を眷属にしても、あんなものか。繁殖スピードだけはなかなかよかったけど」
      
女エルフ「町に辿りついたところまではよかったんだけどね。王都の騎士団副団長と……ふっふっふ、だれだと思う?」

グリフォン「?」

女エルフ「『勇者』だよ。勇者がいたの。あの伝説上の勇者」

グリフォン「本当に?」

女エルフ「ほんとほんと! 私目の前で見ちゃった! さっき魔王様にも伝えてきたところ」

グリフォン「へえ、いたんだ」

女エルフ「……あれ?なんか意外と反応薄いですね。もっと卒倒するくらい喜ぶかと思ったのに。あの伝説の勇者を解剖できるチャンス!って」

グリフォン「僕は戦闘向きじゃないし、部下に頼むのも人間とは言え勇者じゃ荷が重いだろうし……
      四天王や王子が生け捕りにするか、氏体を持ち帰ってきてくれれば一番なんだけど……
      まあみんな好戦的だから、そんなこと考えもしないだろうな」
      
女エルフ「もう弱気だなあ!もっとガツガツ行きましょうよ!私は勇者を倒すつもりですよ。
     それで一気に昇進、ゆくゆくは四天王に!!……なれたらいいなーって。 いひひひ」
     
女エルフ「個人的に勇者に興味もあるし、エルフ族のホープの私が久しぶりに頑張っちゃいますよ。いひひひ」

グリフォン「え……でも君、結界通り抜けて王国に入れるくらい弱…………」

女エルフ「そんなことはね、全然問題じゃないのよ、博士。つまりどうでもいいの。大事なのはやる気よ、やる気」

グリフォン「…………ふーむ」





156: 2013/12/31(火) 07:36:59.81 ID:wqbpIV35o




* * *



剣士「うっわー……」

狩人「……」

剣士「塔って……大きいんだねー……」

狩人「……」

勇者「……」

僧侶「……」

剣士「……なんでみんな狩人ちゃんの真似してるの?」

勇者「いや真似してるわけじゃなくて。僕たちはいつの間に塔に辿りついたんだ?ぜんっぜん記憶にないんだけど」

僧侶「俺もあの煙草を吸ってから何にも覚えてねえ……、長い夢を見ていた気分だ。崖から落ちる夢見たぜ」

狩人「それは現実です」

僧侶「まじか。よく生きてたな俺。 か、狩人ちゃんが助けてくれたのか?ありがとうな!君は優しいな!」

剣士「狩人ちゃんはむしろ見頃しに…… あ、ううん。なんでもないよ!」

勇者「僕はなんかとんでもない醜態を晒した気がするけど……それも現実かな。うわあ。うわあー」

剣士「もう全部夢にしよう!僧侶くんが崖から落ちたことも勇者がラリったことも全部夢だねワーイ!さあ塔に上ろう!」

 
 
 

157: 2013/12/31(火) 07:38:45.29 ID:wqbpIV35o



塔 最下層

勇者「この最上階にいる女神様に会うために、塔を上っていかなければいけないわけだけど、一体この塔は何階まであるんだろう」

僧侶「本当にいるのか?女神様なんて。外から見ただけでも相当高い塔だぞ……それを一から上るのか、だるいな」

僧侶「でも女神様がいるとしたら、神なんて言うくらいだからさぞかしきれいなんだろうな。そう考えるとやる気がでてくるな。
   よっしゃああ!!頑張ろうぜ!!剣士ちゃんも狩人ちゃんも疲れたら俺がおぶってあげるからな! あ、勇者は歩けよ」
   
狩人「……」

剣士「狩人ちゃん、どうかしたの?」

狩人「……なんでもない。です。さっさと行きましょう」スタスタ

勇者「そうだね。下手したら塔の中で夜を明かすことになってしまうかもしれない。急ごう。
   ……ん?あれ?この塔って昼しか存在しないんだよね。夜になっても僕たちが中にいたらどうなるんだろう」
   
剣士「……」

勇者「……」

剣士「い、い、急ごっか、勇者!!」ダッ

勇者「そ、そうだね!」ダッ




158: 2013/12/31(火) 07:39:58.37 ID:wqbpIV35o



19階


ビュッ


剣士「わっ、と! またトラップ」

勇者「あちこちに落ちてる白い骨は以前この塔に上ろうとした人たちなんだろうね……
   僕たちもその仲間入りしないようにしないと」
   
僧侶「そうやすやすと神様に会いにこられちゃ困るんだろうな」

剣士「ええっ……やっぱりアレ、骨なの……? うう、気づかないフリしてたのに……」

狩人「……」ブシュ

剣士「え?ブシュッてなんの音?――かかかかかかっ狩人ちゃーーーーーん!?!? 腕が血まみれだよーーーーー!?」

勇者「なんで!? まさかさっきのトラップの矢が? そんな無言で矢を抜かないでくれ!大丈夫?」

僧侶「ウオオオオオオオッ俺の全魔力を使って傷をいやしてみせるっ!!!」

勇者「いや全部使わなくてもちゃんと治せるだろう、保存しておいてくれ僧侶」





159: 2013/12/31(火) 12:33:11.95 ID:wqbpIV35o




狩人「……ありがとう」

勇者「いつもなら真っ先に避けてるはずの君が…… どうしたの?大丈夫?」

剣士「もしかして具合悪いのっ!? 大変、下山しなくちゃっ」

僧侶「下山?」

狩人「いえ……具合は悪くないです。ただ……ちょっと……うぅ……少し恥ずかしい……のですけど、言うの」

僧侶「えっ? ま、まさか……?」トゥンク

勇者「僧侶が考えているようなことじゃないってことだけは分かる」

狩人「…………わ、笑わないですか」

剣士「笑わないよ、もちろん」

狩人「……落ち着きません。……上も下も右の左も壁に囲まれてるところは……うう、すいません」

勇者「ああ、そうだったのか。確かにこの塔は窓もないしね」

僧侶「分かるぜ狩人ちゃん。ここすっげえ息つまるよなぁ」

剣士「大丈夫だよ。怖いなら、ほら、手握ってあげる」ギュ

狩人「えっ……!? でも」

僧侶「じゃあ俺も」

勇者「僧侶、前。落とし穴だよ」


ウワアーッ


勇者「どうしよう?本当に無理なら塔を下りようか?」

狩人「だ、大丈夫……大丈夫です、私は。迷惑はかけない。上りましょう、このまま」

勇者「迷惑だなんて誰も思ってないよ。無理しなくていいからね」

剣士「そうだよ、狩人ちゃん」




160: 2013/12/31(火) 12:33:41.21 ID:wqbpIV35o





カチャ。


カチャ。


カチャッ。


カチャ。






161: 2013/12/31(火) 12:34:30.17 ID:wqbpIV35o



狩人「は……はい」

狩人「……ありがとう……」

勇者「よし、早く女神様に会って塔を下りてしまおう」

剣士「うん!」




30階


僧侶「はあーっ 最上階はまだかーっ」

勇者「遠い道のりだなぁ。 ん? この階は……上の階に続く階段がないな。あるのは物々しい扉だけ」
   
狩人「なにか、書いてある」

剣士「変な字」

勇者「『我は力を司るもの。上に進みたくば汝の力を示せ。』だって」

僧侶「なんだ、扉ブッ壊せばいいのか?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


狩人「あれは……?」


<神の左手と右手が襲いかかってきた!>


勇者「うわあ……」




162: 2013/12/31(火) 12:36:20.39 ID:wqbpIV35o



―――そのころ―――





銀髪男「勇者たちは塔に上ったか。……フン、神になど会えるものか、あんな妙ちくりんな4人組が」

黒髪女「もう、その話ばっかりね。彼の仲間になればよかったのに、そんなグチグチ言うなら!」

銀髪男「誰がなるかっ! 大体、俺が『勇者』でないと意味がないんだよっ!」


金髪男「おいっ!! ここにいたのか、さっさと一緒に来い!!」

銀髪男「なんだ? なにかあったのか?」

金髪男「大ありだ。またあの吸血鬼だ、あいつが仲間ひきつれて海の向こうから飛んでくるのが見えた!
    今回も俺たち3人で撃退するぞ! 海岸へ急げ!」
    
銀髪男「またか、あいつ! 諦めの悪い奴だ!」

黒髪女「何度来ても無駄だって言うのに」


ザッ



163: 2013/12/31(火) 12:36:46.72 ID:wqbpIV35o





カチャ。


カチャッ。


カチャ。


カチャッ。






164: 2013/12/31(火) 12:38:40.33 ID:wqbpIV35o




吸血鬼「ハァ……身が灼ける……溶ける。今日も快晴だなぁ、沈めよ太陽……つーか俺夜行性だし……眠いし……」

兄「大丈夫か。にんにくの素揚げ食べるか」

吸血鬼「ええ~~っ!? お、王子、冗談キツイッスよ、ハハハハハ……」

吸血鬼(割と笑えない状況で追い打ちかけるとかさすが魔王の息子、えげつねえーっ……俺のヘロヘロな様子見ろよ空気読めよ」

兄「ん?」

吸血鬼「オエェッ!! やべっ ま、また口に出てたっ、すいません謝るんでにんにく近づけんでください!!」



銀髪男「また来たのか吸血鬼め! 四天王の末席が! 諦めて帰れ!」

吸血鬼(人間にまで末席だって思われてる……)

金髪男「どれだけ仲間を引き連れてこようと無駄だ。塔へは指一本触れさせないし、結界を壊させもしない! 
    いまはお前にとっておねんねの時間だろ?棺桶のペッドの中にさっさと戻れ」

吸血鬼(俺すげえなめられてる……! やばい! 四天王なのに。四天王なのに。くっそお前ら黙って聞いてりゃあ……」スッ

黒髪女「あら。それ以上近づいてきて大丈夫? 『聖陣』に触れちゃうとすごく痛いんじゃない?」

金髪男「なんだ、もう張っていたのか」

黒髪女「当たり前じゃない。ところで横の男はなんなの? …………」

銀髪男「…………こいつ……まさか?」




165: 2013/12/31(火) 12:40:20.39 ID:wqbpIV35o



兄「なるほどな。あの女か、お前の天敵は」

吸血鬼「うっ、はい。ヴァンパイアハンターの一族みたいで、あの女が陣を張るとどうにもこうにも……」

兄「分かった」スッ


バチン


黒髪女「……えっ!? そんな、陣が、そんな簡単に消せるわけな――」


ドッ!!


黒髪女「あぐっ……!? う……く」

銀髪男「おい!!?」

兄「この程度か。さあ残り二人、女は氏んだ、もう聖なる陣とやらに守ってはもらえんぞ。どうする」

銀髪男「この野郎!!……戦って貴様らを頃すに決まってるだろ!!」

金髪男「貴様、何者だ?」

兄「お前らが知っても無駄だろう。どうせ今日のうちに消える命だ」

吸血鬼「俺にまかせてください! こいつらには散々馬鹿にされてイライラしてたんだっ!!
    氏ねーーーーーー!」
    
銀髪男「はァッ!!」ズバッ

吸血鬼「うぎゃーーーー! いてえーーーっ!」

銀髪男「雑魚が……! 貴様はすっ込んでろ、邪魔だっ!!」



兄「……」

兄「昼でなく夜だったらどうなんだ?吸血鬼」

吸血鬼「えぇ?なんスか?」

兄「俺は今日はあくまで手伝いだしな。それにお前の実力を測るいい機会だ。
  本気を出して人間相手に無様な姿を晒すようなら、お前に四天王の一人を名乗る資格はない」
  
吸血鬼「まぁそッスね……」





166: 2013/12/31(火) 12:42:18.05 ID:wqbpIV35o





吸血鬼「でも本気って言ったって、」

兄「俺が夜にする。存分に戦え」

吸血鬼「えっ?」



金髪男(夜にするだと……?)

兵士「な、なんだ? 急に空が暗く……、あ!黒い雲が太陽を覆い隠してるぞ」

兵士「おい、どんどん暗くなって……ま、まるで……」

銀髪「…………夜」




吸血鬼「ハハハハハハ……さすがだ。次元が違いますね王子! 俺はあんたに一生ついてきます! 王子万歳!」

兄「そんなに長い時間保てるわけではないぞ」

吸血鬼「十分です」


……スッ



銀髪男「くそ、妙な術使いやがって! 昼だろうが夜だろうが関係あるかっ!」

金髪男「……二人同時に斬りかかるぞっ!」チャキ


ズバッッ


吸血鬼「あいたーーーーーーーっ!…………くない。クククク……」

銀髪男「なにっ!? 確かに斬ったはず」

金髪男「体が霧に……!」





167: 2013/12/31(火) 12:44:58.85 ID:wqbpIV35o






吸血鬼「三勇士も、兵士も、騎士も、魔術師も、神官も、この場にいる奴全部まとめて処刑の時間だ」

吸血鬼「処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だッ!!」

吸血鬼「絞首刑?火刑?溺氏刑?斬首刑?石打ち刑? いいや違うな、逆さ十字で磔刑だ!!
    苦しみ抜いて謙虚に氏ね! 氏ぬときくらい身の程わきまえろ」
    

吸血鬼「―――蛮族め」






168: 2013/12/31(火) 12:46:20.13 ID:wqbpIV35o





カチャッ。


カチャ。


カチャッ。



「ハッピーエンドが一番好きなんだ」



カチャッ。



「どうしたの? いきなり」




169: 2013/12/31(火) 12:47:56.31 ID:wqbpIV35o





剣士「えーーーーーーいっ!!」

狩人「……」


<剣士の薙ぎ払い! 神の左手にダメージを与えた!>
<狩人の攻撃! 神の左手にダメージを与えた!>

<神の右手の打撃! 剣士にダメージを与えた!>
<神の左手の打撃! 勇者はかわした!>


勇者「剣士、前に出すぎだ、もっと下がって!」

剣士「えっ? ごめん、全然聞こえないよ! なに?」ヒョイ

狩人「下がって」バシュ 

剣士「ほああーーーーっ!! かか狩人ちゃん、だからなんで時々私を狙うのー!? ブーツが縫いとめられちゃったよ……!」

勇者「うわあっ 言葉の代わりに矢を使用しないで狩人頼むから! えーととりあえず剣士に防御結界を張って……」


<神の右手の打撃! 勇者にクリティカルヒット!>
<神の左手は沈黙呪文を唱えた! 勇者は魔法が使えなくなった!>


勇者(だーーっ 詠唱中に攻撃するな! しかも沈黙って。僧侶、沈黙解除してくれ)

僧侶「ウオオオオオオオオ! 剣士ちゃんが危ねーーーー! 今俺が助けるぞおおおおお!!」ダッ

勇者(ちょっ……)




170: 2013/12/31(火) 12:50:05.65 ID:wqbpIV35o



剣士「いいやブーツ脱いじゃえっ! とどめだーーーーーーっっ!!」

僧侶「じゃあ俺も必殺僧侶ブローだーーー!!」


ザシュッ! ゴンッ!

<神の左手と右手は動きを止めた>



勇者「……あ、扉が開いた。ゴリ押しで試練をクリアできたみたいだ。す、すごいな二人とも」

僧侶「まあな。人生、それはつまりゴリ押しだ」

狩人「剣士……すみません。つい口より手より足より矢が先に出てしまう」

剣士「いつもギリギリで当たらないけど、けっこうびっくりするから、矢より口と手と足をだしてほしいな!」

狩人「じゃあ足を」

剣士「できれば口を真っ先に出してほしいな!」



勇者「僕たちは見事に協調性がないね」

剣士「うーん……」

僧侶「なに、最後にどうにかなりゃいいんだよ。細かいことは気にすんな!!」

狩人「……」コク




171: 2013/12/31(火) 12:51:17.87 ID:wqbpIV35o




勇者「大雑把な……。まあでも、4人ともバラバラなのに最後はなんとかなるから、僧侶の言う通りなのかもしれないな」

剣士「変な安心感があるよね。でも、これからもっともっと私たち強くなれるよ!
   まだまだ4人で旅し始めたばっかりじゃない、これからだよ勇者」
   
狩人「……」コクコク

勇者「そうだね。うん……そうだ」

僧侶「ところで話がらっと変わるけど、さっきの神の左手と右手って女神様の両手なんだろうか。
   あんまり女性らしい手とは言えなかったが、これから会う女神がゴリラみたいなのだったら俺どう反応していいか分かんねーわ」
   
僧侶「どうしよう」

剣士「本当にがらっと話変わったね。そんなこと言ったら僧侶くん、女神様に怒られるよ。今も聞いてるかもよ」

僧侶「……!!」

狩人「……」スタスタ


勇者「あはは……」

勇者(ほんとみんな自由だな。でも……、うん、そうだな、これはこれでいいのかもしれないな)

勇者「……先に進もうか! きっともうすぐ最上階だ」

狩人「はい」

僧侶「ん? お、おう!」

剣士「うんっ!行こう!」




172: 2013/12/31(火) 12:51:57.28 ID:wqbpIV35o








――――――カチャッ。


カチャ。


「ハッピーエンドが一番好きなの。幸福な終わり方でない物語なんてなんの価値もないって思うんだ」


カチャ。






173: 2013/12/31(火) 12:53:20.71 ID:wqbpIV35o







「本を読んだの?」

「昔に。分厚い本だったの。最初は幸せだったのに、次々に主人公には悲しいことがたくさん降りかかって、読んでる私も辛かった。
 でもそのまま読み続けたよ。最後には必ず幸福な終わりが待ってるはずだって、主人公は報われるはずだって、そう思って」
 
「予想は当たった?」

「ううん。そのまま主人公は悲しいまま氏んじゃった。
 彼の氏は彼の生と同じくらい果てしなく無意味で、しかも彼はそれを痛いほど自覚しながら氏んじゃったからさらに悲壮なんだよね」

「それはひどいな」

「報われないのは彼だけじゃない。私だってそうなの。
 幸せな結末を期待して、我慢して読み続けていたのに、バッドエンドだなんて聞いてないって。
 読んだ時間を返してほしいって思った。その本に費やした時間全部無駄だった」
 
「辛辣だなぁ」

「報われない物語なんてね、あの本の主人公の生と氏より無価値だよ。いらないの、この世から消えてしまえばいいと思うの。
 どうしてバッドエンドなんてものがこの世界に存在して、しかもハッピーエンドと対極の位置にあるのか、私には全然理解できない。
 読んで、見て、楽しいの? そんなものを娯楽だと感じる人間なんているの?」
 
 
カチャッ。




174: 2013/12/31(火) 12:56:46.58 ID:wqbpIV35o



「娯楽として楽しいというよりは、芸術として美しいと思うから悲劇は愛されるんじゃないかな」

「芸術……」

「古代、まだ羊皮紙もなかったころには、人々にとって物語とは演劇だったんだ。一番最初に生まれて流行したのが悲劇。
 喜劇は悲劇より歴史が浅いんだ」
 
「悲劇しかない世界なんて変だよ。みんな狂ってる」

「きっと、美しいんだ。半永久的に咲き続ける造花より、やがて花弁を散らして枯れてしまう本物の花が人々に愛されるように、
 栄枯や明暗、悲喜の転換はドラマティックで刹那的で、観ている人にある種の生を感じさせるんじゃないかな」
 
「よくわかんないよ。私はそうは思わない。それなら私は造花の方が好き」
 
「または……祈りも願いも努力も他人への献身もことごとく踏みにじられてしまう様とか、最初から最後まで救いようのない筋書きとか、
 そういうのって意地悪な目で見て楽しいって感じるんじゃなくて、どうしようもなく悲しいけどそれと同時に、ただ美しいんだ」
 
「悪趣味だよ」



カチャ。



「じゃあ人は自分がそんな目に遭いたいって、心の奥底では思ってるってことにならない?」

「だからこその観劇さ。他人の悲劇を見るのが人は好きなんだ。多かれ少なかれ」

「………………………………」

「僕はそれこそ人だと思う。いいじゃないか、人間礼賛。あるがままに受け入れればそっちの方が楽だ。理想なんて持たない方がいい……」




175: 2013/12/31(火) 12:59:26.21 ID:wqbpIV35o



「……そうだね、昔なら私も間違いなくそう言ったよ。
 あのね、覚えてる?太陽の塔を上ったときのこと」

「覚えてるよ。頂上で本物の吸血鬼、四天王の一人と対峙しちゃったんだ」

「こわかったね。でも、その前の戦闘で私たち全然チームプレイできてなかったのに、吸血鬼戦でいきなりできるようになったよね」

「協調性皆無だったのにね。剣士は前に出すぎるし、狩人は味方に矢を射るし、僧侶は回復役放って敵を殴りに行くし……」

「勇者は味方を気にしすぎて自分がおろそかになるし」

「あははは……そうだった。本当にひどかった。でも、戦いなのに、少し楽しかったな」

「そうだね。楽しかった!みんなで力を合わせて勝ったときは、どんなに怪我してても嬉しかったよ」

「うん。楽しかったね。そう。やっぱり…………楽しかった。剣士と狩人と僧侶が僕の仲間になってくれて、本当に………………嬉しかったな」

「あとは雪の国に行くための船に乗ったときとか、金貨100枚稼がなくちゃいけなくなって入ったカジノとかね。いま思いだしても笑っちゃうよ」

「うん……」

「それからさ――それから、」



「……」

「……」

「……?」

「剣士……?」



カチャ。


「……剣士…………けんし」


カチャ。カチャ。カチャ。
カチャ。カチャ。カチャ。
カチャ。カチャ。カチャ。



「……いや、ちゃんと分かってるよ。幻覚なんだってさ」

「ちゃんと理解してる。分かってる。全部知ってるよ」




176: 2013/12/31(火) 13:01:48.94 ID:wqbpIV35o




もういない。だれもいない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。い。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。い。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。だれもいない。だれも。
 





177: 2013/12/31(火) 13:03:09.91 ID:wqbpIV35o




剣士「ついたーーーっ! やっとついたーー! 最上階ついたーー!」

狩人「わっ…… ひっぱらないで。ください」

僧侶「身だしなみ整えないとな! どう?剣士ちゃん、俺の顔になにもついてない?」

剣士「左目の上に大きい青たんこぶついてるよ」

僧侶「うがあッ ここにきて21階のトラップが効いてくるとは!」

勇者「扉開けていい?」

僧侶「待て、あと10分待て」


ギイィィィィィ……


僧侶「お前、俺のこときらいだろ?」

勇者「そんなことないよ」




183: 2014/01/21(火) 23:08:01.79 ID:t8u86Crso



「……よくぞここまで辿りつきましたね」


僧侶「結婚してください女神様」

勇者「僧侶、黙っててくれる?」

剣士「うわ……! あなたが、か、神様……? きれい」

狩人「……」

  「はい。私が太陽の国の守護神です。この塔の攻略者をずっとお待ちしておりました。
   私は力を司る者、あなた方に至高の武器を差し上げましょう」
   
  「これらをもって、国を蝕む悪を滅ぼすと誓ってください。
   もっとあなた方とお話をしていたいのですが、今は時間がありません」
   
勇者「時間がない……?どういうことですか?」

  「貴女方が塔を上りはじめてから、魔族がこの国に侵入しました。
   悪しき者がここに近づいています。今から授ける武器によって、その者を退けて頂きたいのです。勇者とその仲間たちよ」
   
勇者「魔族が……!?」

剣士「ええっ!?」
  
  「ではまず、弓を背負った貴女から。貴女には……虹の弓と稲妻の矢を」
  
狩人「ふぇっ……は、はあ。ありがとう……ご、ございます……」

  「神職のあなたには、癒しの杖を。貴方の癒しの力を最大限引き出してくれるでしょう」
  
僧侶「結婚してください」

  「ごめんなさい」
  
  
  

184: 2014/01/21(火) 23:09:20.42 ID:t8u86Crso



  「剣を振るう貴女には、葡萄十字の剣を。救いを授ける剣です」
  
剣士「わーい!勇者見て見てー!なんかすごい剣もらった」

  「……そして、勇者。選ばれし者よ。貴方には、この、とこしえの杖を……」
  
勇者「……ありがとうございます」

  「人の子らよ。脅威が迫っています。必ずやその闇を払うと約束してください……」
  
  「…………来ますよ」
  
  
  

185: 2014/01/21(火) 23:15:08.84 ID:t8u86Crso


* * *


兄「…………はー……暇だな」

兄「……。あいつもまあやる時はやるじゃないか。四天王の名に相応しい力だ」
  
兄(しかし……この光景に心が痛まないと言えば嘘になるかもしれないな
  だがこれは戦争だ。仕方のないことだ……)
  
兄「……俺はどうするか。吸血鬼は塔に向かったが。あいつ一人でなんとかなるか……?」

魔族「王子様ー!!」バサバサ

兄「ん?どうした?」

魔族「大変なんですっ! 宝物庫に何者かが侵入しているみたいでっ!
   でも結界が張ってあって下級の者じゃあ対処できないんですっ!」
   
兄「父上はなんと?」

魔族「魔王様は今日の体調が芳しくいらっしゃらないようで、あと頼れる方は王子か四天王かと言うところでして……」

兄「……(そこまで強度な結界が作れるとすると……)
  分かった。すぐ行く。ここは吸血鬼にまかせて平気だろう。元々、俺は手伝いという名目だからな」
  
魔族「助かりますっ!」




186: 2014/01/21(火) 23:16:51.95 ID:t8u86Crso



タッ……タッ……

吸血鬼「らんたった、たった、ふんふーーーん」

吸血鬼「王子のおかげですんなり塔も制圧できそうだ。これで竜とかヒュドラとか魔女の奴らにでかい顔されずに済む。
    それにしてもやっぱり魔術師の血は格別だなあ」
    
吸血鬼「魔力があるかないかで大違いだ! 三勇士もあれだけ手こずらせてくれた割にはゲロマズだったしなあ……
    やっぱり人間なんて存在価値のない生き物だよなあ。魔術師以外餌にもなりゃしない……」
    
吸血鬼「まーいいや! そろそろ最上階、さくっと神様頃して塔を制圧しちまおう!
    どうもー四天王の末席の吸血鬼ですー! 女神様頃しにきましたーっ!よろしくおねがいしまオワアアアアアア」バタン
    

勇者「!!」

剣士「ぎゃーっ」

僧侶「なんだてめー!!」

狩人「……!」

吸血鬼(げぇーっ!! 神様って5人もいるの……!?!? くそめんどくせーっ!! いくらなんでも5人は多くねえ!?」




187: 2014/01/21(火) 23:21:12.89 ID:t8u86Crso



  「戦ってください、勇者……」
  
勇者「お前が四天王の一人、吸血鬼か……!」

僧侶「吸血鬼……? なら……テメーがババアや町のみんなを化け物にしやがった奴か……!!」ギリ

吸血鬼「へ?町?なんのことかよく分からないんだけど、あれっ、もしかして君たち神様じゃない感じ!?」

剣士「神様じゃない、人間だよ」

吸血鬼「俺より先に塔の頂上に到達した人間がいたとは……まじかよ。そんなんありかよ!頑張ってここまで来たのに!!
    じゃあもう頃すしかねーーーな!!俺はキャリアアップのために何としてもここの神様支配下に置かないといけないわけだよ
    その礎となってくれよ人間!ハッハ!!悪霊に取りつかれた豚どもっ!!氏んでくれ!!」
    
吸血鬼「処刑第二グラウンドスタートっ!俺がお前らを裁いてやるから安心して冥府に召されろ!あっはっは!!」
    
剣士「この魔族頭おかしい!」

勇者「来るぞ!」


逆さ十字の吸血鬼が襲いかかってきた!



188: 2014/01/21(火) 23:23:20.10 ID:t8u86Crso




剣士の攻撃! 吸血鬼にダメージを与えられない!
狩人の攻撃! 吸血鬼にダメージを与えられない!


剣士「あ、あれっ!? 確かに斬りつけたはずなのにっ! 体が霧みたいになって……!」

吸血鬼「はっはーん……お前らごときに俺が傷つけられるはずないだろお?あんまりなめてもらっちゃ困るな……」


勇者の雷魔法! 吸血鬼にダメージを与えた!


吸血鬼「ホアアアアアアアアアアアア!? な……なん……え!?今の……攻撃魔法!?
    まさか……お前が勇者か!? いててて……」
    
勇者「……!」

吸血鬼「…………」

吸血鬼「……ははあ。へえ……。お前が……。ふうん……」

剣士「勇者気をつけて!こいつ気持ち悪いよ!」ブンッ

僧侶「確かに気持ち悪いな」

吸血鬼「俺のどこが気持ち悪いんだよ!結構お洒落に気を使ってるんだぞ!」





189: 2014/01/21(火) 23:27:46.19 ID:t8u86Crso




  「少し時間を稼いでください。あの者の弱点は日光です。私がなんとかします……」
  
勇者「女神様……っ」

剣士「おりゃー!」

狩人「……くっ……」

吸血鬼「はーっ、お前らの攻撃なんて全然効かねーつの……さっさと女神とやら頃して帰りてーんだわ俺……
    まあ回復役からぶっ頃すのがセオリーか?」

    
吸血鬼の攻撃! 僧侶に大ダメージを与えた!


僧侶「ぐああ!」

剣士「僧侶くんっ! 」

勇者(女神様からもらった武器を持ってしてもここまで差があるのか……
   このままじゃ手も足も出せない……!)
   
吸血鬼「……うん。まあまあの味だな。もっと緑黄色野菜とってくれてたらさらに美味しかったかもしれない。
    じゃあ次は勇者の血の味テイスティングだーっ!!魔族みんなお待ちかね!!よっしゃ行くぞオラーーーっ!!」
    


190: 2014/01/21(火) 23:30:08.49 ID:t8u86Crso



剣士「させるかっ」ザシュッ

吸血鬼「ああん?  だーから、効かねーって……」


カッ!


吸血鬼「うおっ まぶしっ!? こ……これは日光!?なんで……」

  「魔王の子が昼を夜に変えてしまったようですが……それを私が正しい時に戻しました。
   滅しなさい、悪しき者よ」
   
狩人「これなら……。剣士、あいつに今ならダメージを与えられるっ、構えて!」

剣士「う、うん! ……あ、あれっ!?消えっ――きゃっ!?」

吸血鬼「あははははは……こんなものなのか?神様の力ってさぁ……
    これくらいならまだまだ俺は自由に動けるぜ?」
    
僧侶「剣士ちゃん! 貴様ぁぁぁぁ……このドスOベ野郎!!セクシャルハラスメントだぞ!!その汚らわしい手を離せ!!」

吸血鬼「腕抑えただけでセクハラなの!? 人間世界まじ世知辛ぇな……」

狩人「剣士……」

僧侶「おい勇者っ!!お前なに黙ってるんだ!!剣士ちゃんがいやらしい魔族に捕まってるんだぞ!?何とも思わないのか!?」

剣士「ええー!? いやらしい魔族なの!? やだーっ離してよーっ」

吸血鬼「いや俺に下心は一切ないけれども!あらぬ誤解は避けたいのだけれども! 
    つーか人間なんて全部家畜以下だと思ってるし……邪な心を抱いてると思われてること自体侮辱っていうか……」
    
剣士「腹立つなあ!」


191: 2014/01/21(火) 23:37:14.08 ID:t8u86Crso



僧侶「てめー勇者なんとか言えっこのぉ……」


勇者は水魔法を唱え終えた! 幾枚もの氷板が吸血鬼を取り囲む!


吸血鬼「あ?」

僧侶「あ?」


氷が鏡面と化し、吸血鬼の体に光が収束される!
吸血鬼は弱体化した!


吸血鬼「ああああああああ!?なに……なにそれっ!?」

勇者「いまだ、剣士!狩人!」

僧侶「うおおおおおおおおおっ!!」

勇者「君は攻撃に回らなくていい!」




192: 2014/01/21(火) 23:38:30.38 ID:t8u86Crso




吸血鬼「オエエエエエエエエエッ……また具合が悪くなってきた……くそ!!てんめえええやりやがったな勇者氏ねこの野郎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

吸血鬼「こんなの氷を壊しちまえば終わりじゃねえか!!おえーッ 吐きそうになりながらも頑張る吸血鬼パーーンチ!」

狩人「させない」ヒュッ

吸血鬼「ぐう……っ!?」


狩人の矢が吸血鬼の手のひらと肘を射ぬいた!


吸血鬼「ちょっと……ちょっと待って!せめて勇者の血だけ吸わせて!後生だから!そしたら魔界に帰るから!!ね!!」

勇者「ね! じゃないよ、嫌だよ!嫌に決まってるだろ」

吸血鬼「てめーの答えは聞いてねーーーんだよお!!!よこせオラア!!」バッ

狩人「勇者はレバー嫌いだからあんまり美味しくないと思う……!」

勇者「たっ確かに嫌いだけどもそういう問題!?」





193: 2014/01/21(火) 23:43:47.91 ID:t8u86Crso




剣士「……だめ」


――ズ……ッ


吸血鬼「……」

剣士「……お前なんかにあげる勇者の血なんて、一滴たりともこの世に存在しない」ズッ

吸血鬼「馬鹿な……いくら日光にあたってても、俺がこの程度の一撃で……こんな……」

僧侶「攻撃力増加の補助魔法、5回重ねがけしておいたからな」

吸血鬼「えげつなっ……ガフッ……」


吸血鬼「……血……俺、ここで氏ぬのか……これで終わりなのか、全部……ああああ嘘だろ……まじかよ……ああもう畜生」

  「消えなさい……悪しき魔族よ……」

剣士「……」ビチャ

吸血鬼「くそ……なにが悪しき魔族だ……ふざ……けるな……。お前らはかなら……ず……まおうさまが……」


吸血鬼は血だまりに沈んだ。
吸血鬼を頃した。



194: 2014/01/21(火) 23:45:12.58 ID:t8u86Crso




僧侶「……氏んだ……?氏んだか?」

  「魔族は氏にました。あなた方の健闘に感謝します」
  
狩人「……はあ……」ガク

剣士「ほ、ほんと……?倒せた?」

勇者「みんなのおかげだ。僕一人じゃ勝てなかった。ありがとう、三人とも」

僧侶「……うおおおお!やったな!魔族の一人をぶっ頃したぜ!これで俺もハーレムを都でもてもてだ!!」

狩人「……」

僧侶「何故そんな軽蔑のまなざしで俺を見るんだ、狩人ちゃん……!?」





195: 2014/01/21(火) 23:45:54.96 ID:t8u86Crso



  「塔の最下層まで私が送ってあげましょう。勇者とその仲間たちよ、雪の守護神と星の守護神も私と同じように救ってあげてください。
   魔族の力は人間の何倍も強い故、私は貴方達に力を与えました。
   そして、雪の神からは知恵を、……星の神からは、あなた方の望むものを授かるでしょう」
   
   「人類の命運は貴方がたにかかっているのです。どうかご武運を……」
   
   「……それから、あともうひとつだけ、ここに辿りついた勇者に伝えなくてはならないことがあります」
   
   「……勇者、こちらに」
   
勇者「は、はい……?」





196: 2014/01/21(火) 23:46:35.44 ID:t8u86Crso



第九章 マイディアブラザー




197: 2014/01/21(火) 23:47:38.04 ID:t8u86Crso



* * *


数十日後
王都 場末のパブ


女A「え~~すごおい、あなたが四天王の一人ヴァンパイアを倒したのぉ?」

女B「ヴァンパイアって三勇士を皆頃しにしたっていうこわ~~い魔族でしょ?僧侶さんすごーい!強いのね!」

僧侶「いや……それほどでもないよ、ハッハッハ」

女C「まあ謙虚。そんな偉業を成し遂げたなら堂々としていらっしゃればいいのに!」

女A「あなた方がいればこの国も安心ね!」

僧侶「僕は本当サポート役だったので……ハッハッハ! もう一本ドンペリ入れてくれる!?」


「「「喜んでー!」」」

198: 2014/01/21(火) 23:49:17.97 ID:t8u86Crso



* * *




ガッシャガッシャ……

剣士(新しい剣……大きいのに全然重くない。何の素材でできてるんだろう。不思議だなあ)

剣士(ヴァンパイアを倒してから、王都に戻って王様に報告をして……次は、雪の国。
   あの国は最近魔族の侵攻が苛烈で、首都が落ちそうなほど困窮してるって)
   
剣士(……王様に「頼むぞ」って言われちゃった。なんだか全部夢みたい……私たちが王様に頼りにされてるなんて。
   まあ、私たちっていうより勇者に期待しているんだろうけど!)
   
剣士(でも優しそうな王様だったな……初めて見ちゃった……緊張した)

剣士「……あ! 狩人ちゃんっ!こんなところで偶然だね、なにしてるの?」

狩人「別に……」

剣士「? そう?買い物かな? ……あ!見て、このマフラー。ふかふかもふもふなのに安い、お買い得だ」

商人「お買い得だよ!」

剣士「次は雪の国に行くんだからあったかくしていかなきゃね。すっごーっく寒いんだって!行ったことないからちょっと心配なの。
   ……あ……でも、狩人ちゃんは王都で弓兵団に入団するって最初から言ってたっけ。もう私たちと一緒には旅しないんだよね」
   
狩人「……」コク

剣士「そうだよね。ちょっと寂しいけど、お互いがんばろーね。狩人ちゃんと一緒に戦えて楽しかったよ」

狩人「……」コク


スタスタスタ……


剣士「あ、行っちゃった」




199: 2014/01/21(火) 23:50:35.24 ID:t8u86Crso




商人「嬢ちゃん、買うの?買わないの!? 買うよね勿論!?」

剣士「え、あ、待って待って!何色にするか決めてないよ、まだ……」

商人「若い女の子にはこっちの赤色とか、桃色なんかが人気だよ。それかこっちの白とかね」

剣士「あっ」

商人「ん? おや渋いねえ。そんな草色なんて……女の子は地味な色より明るい色の方がいいんじゃないかと思うけどね」

商人「……え?これ買うの?返品不可だよ!いいの!?そ、そうか。毎度ありっ!」



王立図書館


勇者「…………」

勇者(「2羽の鷹に獅子の左目」……うーん、一体なんのことだ?
   いろんな人に話を聞いてみたり、図書館の本を片っ端から調べてみたけど分からないなあ)

勇者(鷹はまだしも、獅子なんてこの国の象徴だから王都のどこにでも彫刻や絵画があるし。
   どうしよう、もうすぐ雪の国へ出発しなければならないのに、まだ全然女神様から言われた謎を解けてないよ)
   
勇者「まずいな」



~~~~


200: 2014/01/21(火) 23:52:34.44 ID:t8u86Crso



  「勇者。『2羽の鷹に獅子の左目』です。そこに辿りついたとき、貴方は絶大な力を得ることでしょう……」
  
勇者「鷹と獅子……ですか?」

  「……ただし忘れないで。その力は人が持つには大きすぎる。人が扱うにはその分代償が必要になるのです。
   一度使ったらもう後戻りはできません。……よく考えてください」
   
勇者「分かりました」

  「……」
  
  
~~~~


勇者「分かりましたって言っちゃったよ。全然分かってないよ。
   王都に鷹なんて飛んでないからやっぱり森に行くべきかな……とすると獅子の方も本物のライオンを探さないと、ってこと?」
   
勇者「うわ……厄介だな」


剣士「勇者、ここにいたんだね。女神様が言ってたことの意味、分かった?」

勇者「剣士。 いや……それがさっぱり」

剣士「そんなに焦らなくてもいいんじゃない?いつか自然に分かる時がくるよ。
   もしかして朝からずっとここにいたの?」
   
勇者「そうだね」

剣士「じゃあ休憩しよ! ねえねえ見てこれ。あったかそうなマフラーでしょ?」

勇者「市で買ったの?うん、いいんじゃないか。似合うと思うよ」




201: 2014/01/21(火) 23:54:45.23 ID:t8u86Crso



剣士「しかもね、この色、勇者の目の色とそっくりじゃない?生き映しじゃない?このグリーン」

勇者「僕の目はこんなにきれいな緑じゃないけどね」

剣士「ううん。そっくりだよ。これ勇者にあげるね!君、寒いの苦手でしょ?寒い日の朝は寝起きがめちゃくちゃ悪いもんね」

勇者「えっ、僕に?」

勇者「……うわ、ありがとう。うれしいよ」

剣士「うん! それでね、私も雪の国は初めてだからマフラー買おうと思って私は白色を……あ、あれ」

剣士「あ……私の分買ってくるの忘れちゃったよ」

勇者「…………」

剣士「わ、笑わないでよー!ちょっとうっかりしちゃっただけだもん」




202: 2014/01/21(火) 23:56:44.19 ID:t8u86Crso



ゴーン……ゴーン……


勇者「もう二時か。市に行くついでに昼食も済ませようかな」ガタ

剣士「えっ! 一緒に市に行ってくれるの? やったー!」ピョンピョン

勇者「しーっ ここ一応図書館だから……」


ゴーン……ゴーン……


剣士「あ。そっか。ごめんごめん。……あれ?ねえ、この時計塔の鐘の音で思いだしたけど」

剣士「時計塔の大きな時計の針って、長針に鷲で、短針に鷹の飾りがなかったっけ」

勇者「……まさか二羽の鷹っていうのは、二時ってこと?じゃあ獅子っていうのは……
   なんだ?窓から光がいきなり射してきた」
   
剣士「窓の外のライオンの彫刻の目に太陽の光が反射してるみたい。で図書館の中にあるライオン像にも光があたってるけど……
   こっちは何ともないね?このライオン像に女神様の言ってた武器っていうのがあるのかな?」

勇者「ええっ!? 図書館の中に?」


勇者「このライオン像は目を閉じてるな……ひょっとして」スッ

剣士「うわっ 目が開いた! こわっ
   あ……また目に光が反射して、今度はあっちの像に」
   
勇者「なるほど。光を辿っていけばいいんだ。ただ、多分それができるのは2時から1分間だけ……急ごう!」



203: 2014/01/21(火) 23:59:08.30 ID:t8u86Crso


図書館 地下4階


剣士「地下まで来ちゃったね。 わーカビ臭い」

勇者「ここが最下層だ。誰も人がいないな。僕も初めてここまで下りてきたけど……」

剣士「変な本ばっかりだもんね。あ、あのライオンで最後じゃないかな?」

獅子像「太陽の光をこの目に浴びたのは一体何千年ぶりだろうか……やはりいいものだな」

剣士「あれ?勇者、声枯れた? なんか変な声だよ」

勇者「剣士こそ、いつの間にそんな渋い壮年のおじさんのような声に」

獅子像「ここだ、ここ。私だ。お前らの真正面にいるだろうが、無視するな」

勇者「像が喋った……」

剣士「不思議!」

獅子像「なにも不思議なことなんてあるもんか。像が喋ったらおかしいのかね」

獅子像「まあとにかくここに光を運んできてくれた礼だ。
    私の左目の水晶をとるがよい、それが鍵だ」
    
勇者「鍵……何のための鍵だい」

獅子像「鍵なのだから、当然扉を開けるために決まっているだろう。ほら、扉はそこにあるではないか」

剣士「……?」

勇者「書棚ばっかりで扉なんてないけれど」

獅子像「下だ、下」

勇者「床の紋様? 確かに扉っぽく見えなくはないな。よく見ればくぼみもある。
   ここに水晶をはめればいいのかな?」
   
剣士「なんかわくわくするね!すごい!」



204: 2014/01/22(水) 00:00:21.70 ID:Yo6LtTMRo


勇者「……。はめたよ」

獅子像「そうか。そしたらば……」

剣士「そしたら?」

獅子像「受け身をとっておけ」

勇者「ああ、受け身を……。……えっ?」


ガコッ!!


勇者「床がッ!? うわあああっ!!」

剣士「勇者っ」ガシ


ウワーーーー
  キャーーー
  
獅子像「あ……勇者じゃない奴も落ちてしまったな。まあいいか。どうなるか分からんしな。
    2名様ご案内ーっと……」
    


205: 2014/01/22(水) 00:03:52.21 ID:Yo6LtTMRo



――ドサドサッ!!

勇者「うぐっ」

剣士「うーーー……いたたたた……もう、なにこれ。ここどこ? 真っ暗で何も見えないよ。
   勇者?勇者、どこ行っちゃったの?」
   
勇者「君の下だよ」

剣士「下って……わああああああっ!? ごごごごごっごめんね!? なんかやけに地面があったかいなとは思ったんだけどっ
   そういう仕様なのかなって思ってっ!本当にごめん!」
   
剣士(ひゃーーなにやってんのなにやってんの馬鹿!馬鹿馬鹿!信じられない!)
   
勇者「いや、大丈夫。それよりここは一体……地下4階より下があったのか?とりあえず灯りがほしいな」

剣士「ちょ、ちょっと待って、もう少し灯りつけるの待って。もしくは私から離れたところで灯りつけて」

勇者「? なんで?」

剣士「いま顔がひどいことになってるから……すぐ冷ますからっ」


ボッ……ボッ……


勇者「あれ……壁の松明が次々に灯っていく。誰かいるのかな?」

剣士「いるとすれば間違いなく私への嫌がらせが目的だよね」





206: 2014/01/22(水) 00:08:56.66 ID:Yo6LtTMRo




勇者「ここに女神様の言うものが……。 ん?あれは祭壇?」

剣士「なんかおどろおどろしい雰囲気だね。ちょっと怖いよ」

剣士「……あっ、でもあれ、すっごいきれいな剣と本!あれが女神様の言ってた武器かな!」

勇者「剣と本…………。……っ?」ゾク

勇者(うっ……なんだ今の? あの剣を見た瞬間、寒気が……。 嫌な感じのする剣だな……)

剣士「見て勇者。刀身が真っ赤な剣って、一体何でできてるのかな。あ、すっごい軽いし振りやすいよ」ブンブン

勇者「うわあっ。なんて物怖じのしない性格なんだ。……剣士、今すぐその剣を離して」

剣士「え?なんで?」

勇者「なんだか嫌な気配を感じるんだ。その剣は……使わない方がいい」

剣士「まあ、使えないんだけどね。全然鞘から抜けないの、この剣。すごく固くて」

勇者「え? ……本当だ。なんだこれ。かたっ……!」ガチャガチャ

剣士「この剣の名前、なんて読むの?この国の言葉じゃないね」

勇者「古代語かな。ええと、『魔剣……」

勇者「『魔剣アルファルド』。……魔剣って!!やっぱり曰くつきじゃないか!」

剣士「でもすごい強い剣なんじゃないのかな?今は抜けなくても、いつか抜けるかも。
   私もっと強くなりたいの。旅の間この剣を私が持ってたらだめかな」
   
勇者「……だ……だめだ。魔剣なんて言うからにはどんなデメリットがあるか分かったもんじゃないよ。
   それに抜けない剣なんて一緒に腰に下げてたら邪魔だろ?とにかく却下」
   
剣士「えーっ! ……あっ私にはそういうくせに自分は本を懐に入れようとしてる!ずるい!」



207: 2014/01/22(水) 00:10:57.56 ID:Yo6LtTMRo



勇者「え?入れてないけど?」

剣士「マントのその妙に四角い出っ張りは何なの!!」ガバッ

勇者「なんでもないって。ちょっ……!」

剣士「やっぱり入れてるじゃない。これは?タイトルはないんだ……。魔法書?」

勇者「まあ、多分。大半は文字が掠れていて読めないけど、最後の方のページに、まだ僕の知らない呪文が二つあったんだ。
   一つは見たことのない文字で書かれていて分からないんだけど、もう一つは使うことができる」
   
勇者「剣は抜けないけど呪文は使える。だからこれは持ち帰るよ」

剣士「えーーーーーなにそれずるい。勇者が詭弁を弄して私を煙に巻こうとしてる!」

勇者「女神様の言ってた意味も分かったし、これで心おきなく雪の国に行けるな。よかった。
   あーお腹すいた。早く市に行こう。マフラー売り切れになっちゃうかもしれないしね」
   
剣士「んもー頑固なんだから。分かったからそんなに急ぎ足で行かないでよ!待ってったら!」



剣士「ていうか階段あったんだ。帰れないかと心配しちゃったよ。……勇者?どうしたの?」

勇者「……」チラ


……カチャッ


勇者「! (剣が……今……)」

勇者「何でもない。早く行こう。早く……」




208: 2014/01/22(水) 00:12:23.04 ID:Yo6LtTMRo




ざわざわ…… ざわ……


「勇者だ」 「あれが勇者……」 「吸血鬼を倒したって」


剣士「有名人だね、勇者」

勇者「なんでそんなに君は嬉しそうなんだ。全然僕は嬉しくない。こんなに注目されると居心地が悪いよ」


「勇者がいま犬のフン踏みそうになったぞ!」 「あの勇者が屋台の食いもん買って、一口も食べないうちに地面に落としたぞ!?」

「おい見たか今の……地面に落とした食べ物、一瞬拾おうとしたぞ。手がぴくってしたぞ」 「食い意地はってるわね」

「いや、あの三勇士より強いっていう勇者だぞ。それも何か理由があったのかも……」 「なるほど……」ザワザワ


勇者「いや別に本気で食べようとしたわけじゃないけどさ……条件反射っていうか……。ていうかそんなところまでじろじろ見ないでくれっ」

剣士「分かる分かる。地面に接してない上の部分だけならいけるんじゃないかな!?とか思うよね」

魔術師長「ふふ。有名になるのも一苦労ね、勇者。久しぶり」

勇者「本当に久しぶりだね。それに偶然。どうしたの?」

魔術師長「ちょっと実験の材料を買いに市に来たんだ。どう?剣士も一緒にちょっと学院でお茶でもしない?
     いろいろあなたたちに訊きたいこともあるし、私も魔法のことでなら何か力になれるかも」
     
勇者「そうだね、とりあえず今はどこか室内に隠れたい気分だ……」


ざわざわ ざわざわ



212: 2014/01/28(火) 14:14:43.71 ID:j3E0y9sZo



* * *


剣士「? ねえ、なんでみんなあそこに集まってるのかな」

魔術師長「ああ、あそこは神殿区の入り口。一日に一回、神殿長があそこから顔を見せるのを信者たちが待ってるんだよ。
     ほら、そろそろいらっしゃるわ」
     

ざわ……


剣士「へえ……。あの人が神殿で一番えらい人なんだよね。僧侶くんの上司の上司の上司?」

勇者「そうなるね」

魔術師長「あっ。神儀官がこっちに来る。私この間、彼女とちょっともめたから顔合わせづらいわ。
     ごめん先に行ってる!なんかごまかしといてくれる?」スタスタ
     
勇者「ええっ ちょっと?」


神儀官「……久しいですね、勇者様。それから初めまして剣士様。
    あら、もう一人いたように思えたのですけど、気のせいでしたかね」
    
勇者「あ はい、そうですね。気のせいかと……」



213: 2014/01/28(火) 14:15:51.96 ID:j3E0y9sZo



神儀官「あなたたちの活躍は耳に入っていますよ。魔王の部下のうち1人打ち破ったそうですね。
    神殿長様も大層お喜びになっておられます」
    
神儀官「魔族など……我らが崇める神の神聖なる魔法からは程遠い、なんと野蛮で危険な魔法を操ることか。
    あの者たちが生きているということだけで、我ら神殿の意義が揺らぎます」
    
勇者(野蛮で危険な魔法か……)

勇者(何故だろう。まるで僕の使う術も非難されているような……)

神儀官「勇者様。神から直々に与えられたその力でもって、必ず魔族を根絶やしにすると誓ってくださいな」ニコ

神儀官「それから剣士様。まだ剣を握った月日も短いというのに、大層ご立派な技量をお持ちだと聞いております。
    あなたもその剣を振る理由を違えぬよう……」
    
神儀官「では私はこれで。魔術師長によろしく伝えてください」スッ



剣士「……なんか怖い人」

勇者「釘を刺された気分だな」

僧侶「率直に言って嫌な人だな?」

勇者「うわっ!? 僧侶いつからいたんだ。いやそれより、彼女は女性だよ?」

僧侶「んなの見りゃ分かる。俺が女相手だったら誰にでもでれでれすると思ったら大間違いだぜ。
   俺も選り好みくらい、してるっ!!」
   
剣士「そ……そうだったんだ!?」


214: 2014/01/28(火) 14:16:54.09 ID:j3E0y9sZo



僧侶「王都に来て初めて神殿の連中を見たが……まあ思った通りだな。一応気を付けた方がいいぜ」

勇者「気をつける……?」

僧侶「俺たちや魔術師が魔法を使えるのは、あくまで神様の力を借りてるって体だからなぁ。
   洗礼を受けて、修業を積んで、聖典を読み込んでってな風に魔法を会得してんだ」
   
僧侶「だが魔族の奴らは、そんなもん全部すっ飛ばして色んな魔法ぶっ放してるわけだろ。
   そういうのが神殿の癪にさわるんじゃねーの。よくわからんが、魔法を独占してる神殿の権威とかが貶められる意味で」
   
剣士「あれ。でも勇者って、洗礼とか修業してないよね」

僧侶「だから気をつけろって言ったんだ。極端に言えばお前も魔族側なわけだ。神殿にとっちゃおもしろくないんじゃねーのかってこと」

勇者「そんな、僕は別に魔法を使って誰かを傷つけようなんて思っちゃいないよ」

僧侶「お前がなにをしようが関係ない、その力を持ってるってことだけで問題視される……かもしれない。
   俺がいま言ったことは全部俺の推測だ、あの女の口ぶりでそういうこともあるかもなってだけ」
   
僧侶「ま、危惧するのも全部魔王を倒してからの話になるけどな」

勇者「……」



215: 2014/01/28(火) 14:17:55.00 ID:j3E0y9sZo



剣士「そんなのひどくない?もし僧侶くんがいま言ったことが本当だとしたら許せないよ。
   だったら魔王を倒した後、私が神殿も倒すよ!!」
   
勇者「えっ」

僧侶「おお……思いきったことを言うなぁ 剣士ちゃん」

勇者「……。まあ、魔王を無事倒せたらそのことは考えるよ。今は魔族のことをまず考えないとね」

副団長「面構えが少し変わったな?勇者」

勇者「うおわっ……だ、だからみんないきなり現れるのやめてくれよ」

副団長「すまんな!!!街を歩いていたら皆を見かけたので、つい全力で走ってきてしまった!!!」

剣士「相変わらずすごいバイタリティ」

僧侶「なんだこの汗臭い男は……」

副団長「戦う意思がようやく鋼のごとく固まったと見えるぞ、3人とも」



217: 2014/01/29(水) 00:40:02.91 ID:OxPf79xSo



勇者「そうかもしれない。……塔から下りて目にした、あの壮絶の一言に尽きる光景がまだ瞼の裏から離れない。
   吸血鬼と、それから赤目の魔族に殺された人々の血で真っ赤に染まった大地……」
   
剣士「…………」ゴク

僧侶「ありゃあひどかったな。さすがの俺でも慄然としたぜ」

副団長「塔の警備にあたっていた騎士兵士、魔術師神官含めておよそ150人がやられた。
    しかもあんな惨たらしいやり方で……思い出すのもおぞましい」
    
勇者「もうあんなことさせない。もっと強くなって、早く戦争を終わらせなければ、また繰り返される。
   僕が止めなくちゃ」
   
剣士「僕たちが、でしょ?」

勇者「……うん。僕たちが、止めなくちゃ」

副団長「ああッ!!!!!その意気だッ!!!!!君たちなら絶対にできるッ!!!!共に悪しき者たちを討ち砕こうッッ!!!!!」

僧侶「うっせ」



218: 2014/01/29(水) 00:42:09.38 ID:OxPf79xSo


* * *


魔王城


魔王「なんと……吸血鬼が勇者にやられたと……?」

兄「なにっ? なら勇者はあの時、すでに塔の中にいたのか。くそ、そうと知っていれば……」

兄(俺があの時、塔に進んでいたならば……)

魔女「まあ、仕方ありませんね。どうせあいつのことだから調子に乗ってしまったのではなくって? クスクス……」

ヒュドラ「魔王様。聞けばその勇者は、次は私の治める雪の塔に向かっているとか。
     私にお任せ下さい。必ずや勇者の首をここに持ってきてやります」
     
魔女「なぁんだ。先に星の国にくればいいのに……ねえ?人形ちゃんも悲しんでるわ」

魔王「ならばヒュドラに任せよう。しくじるなよ」

炎竜「魔王様、ならばわしも、」

ヒュドラ「炎竜殿。心配は御無用です。私に一任させて頂けますかな」

魔王「炎竜は太陽の国制圧を担当してもらおう……」

炎竜「はっ」

魔王「では散れ。今日はここまでだ。また収集する」



219: 2014/01/29(水) 00:43:53.68 ID:OxPf79xSo



兄「……父上。ヒュドラはああ言ってますが、俺にも戦わせてください。
  もし勇者の存在が脅威でないとしても、芽は早いうちに摘んでおいたほうがいい」
  
魔王「いや、息子よ。お前には別の任を与える。娘を連れ戻すのだ。ここ、魔王城に」

兄「……!」

魔王「……変わり者だとは思っていたが、まさか人とともに行方を眩ますとは思わなんだ……
   いずれ太陽の国も焦土に変わる。娘をみすみす巻き添えにするわけにもいかん。
   それでもいいと、あいつは思って出て行ったのだろうがな。あれでも我が愛しの娘、妻の忘れ形見よ」
   
魔王「必ず見つけ出してここまで連れてこい。いいな。抵抗されたら力づくでもだ。お前の力の方が娘より強い」

兄「……は、はい」






兄(妹……お前は……)


~~~



220: 2014/01/29(水) 00:45:49.48 ID:OxPf79xSo



魔王城 宝物庫


兄(侵入者と聞いたが、術式をこんなにきれいに解く奴なんて限られてくる……大方、)

兄「……やはりお前だったか」

妹「兄さん。……気づかれないようにここに入ったつもりだったんだけどな」

兄「あれでか。痕跡が至るところに残っていたぞ。本当に隠す気があったのか」

妹「え。本当?……えへへ、じゃあ本当は気づいてほしかったのかも……
  兄さんにはお別れ、言いたいなって思ってたから」
  
兄「? 何を言っている?」

妹「ここに侵入しちゃったのは、これ、返しに来たの。人里に入るためにつけてたこの指輪」

兄「『魔力封じの指輪』か……それを返すということは、もう人の土地に行くのをやめたのだな。賢い決断だ」

妹「ううん、そうじゃなくって。あのね兄さん……あの人に、私が魔族だってこと、ばれちゃったの」

兄「はっ!? な、ば、馬鹿。一体どうしたんだ。だからあれほど気をつけろと再三言っただろう!
  その者の名を言え。あの国を制圧したら真っ先に俺がこの手で……」
  
妹「どうして怒っているの?」

兄「それは……お前が傷つけられただろうから……人に思い入れたお前が悪いとは言え、
  人間ごときにお前が悩まされることはないだろう……」

妹「違うの。兄さん。私の人とは違う瞳と耳と、それから魔法を見ても、彼は……怖がらなかったよ。
  私は私だって言ってくれたの。受け入れてくれたのよ。種族なんて関係なしに」
  
  
  

221: 2014/01/29(水) 00:47:00.09 ID:OxPf79xSo



兄「騙されているんだ。まさかお前……駆け落ちなんぞするつもりじゃあないだろうな」

妹「兄さん。聞いてくれる? 私、夢を見たわ。私が夢で未来を視ることは知ってるよね?母さんと同じように」

兄「ああ……」

妹「どんな夢を見たと思う?あれはきっと遠い遠い未来ね。赤い目の魔族の女の子と……それから勇者って呼ばれてた男の子がね、
  人間の子どもたちと笑ってたわ。女の子は「魔王」って呼ばれてたのよ。なんだか私に似てたの。
  ねえ……とっても幸せな光景だったのよ。想像してみて、兄さん」
  
兄「馬鹿な。あり得ない。魔王と勇者が共に笑い合うなど、そんなふざけた話があるか!」

妹「あるのよ。遙か彼方の遠い未来で。私が視たんだもの。……私ね、魔族のみんなと同じくらい人が好き。
  魔法なんて使えなくったって、弱くったって、彼らはとっても一生懸命に生きてるんだよ。
  花を愛でる気持ちも、家族を愛する気持ちも、私たちと何一つ違わないわ」
  
妹「だから私は、私のやり方で未来を辿るわ。夢で視たあの光景にいつか世界が追い付くように。
  ごめんね兄さん。お父様には、本当に申し訳なく思ってるのだけど……兄さんがお父様を支えてあげて」
  
兄「なにを言って……正気か?」

妹「お父様に最後に会えないのは悲しいけど、会ったら絶対止められちゃうわ。兄さんに会えてよかった」

兄「……」



222: 2014/01/29(水) 00:51:01.30 ID:OxPf79xSo



兄「そんな未来が真実あるとするのなら、今俺たちが行っていることはなんだというのだ。
  俺は……俺だって……殺さずにいられたら、何も奪わずにいられたらそれが最良だ……しかし」
  
兄「もう戦争は始っていて、終わらせねばならん。未来がどうあれ、決着をつけねば。
  そしてそれは、俺たちの勝利という形でなければならない。敗北者には氏と屈辱が待っているのだから」
  
妹「勝利も敗北も無意味だっていうことに、いつか兄さんも気づくわ。
  それでも戦うというなら……私の大切な兄さん。世界でたったひとりの兄さん……」
  
妹「本当は、私の魔力は何かの水晶にでも封じようかと思ってたのだけど、全部兄さんへのおまじないに使うね。
  私のほとんどすべての魔力を使った、最後の魔法だよ」
  
兄「何をするつもりだ?」

妹「兄さんが大ピンチに陥ったときに、きっとこの魔法が兄さんを守ってくれる。とびきりの魔法なの」

兄「……魔力のほぼすべてを……本気なんだな」

妹「もう必要ないのよ」




223: 2014/01/29(水) 00:51:38.05 ID:OxPf79xSo



兄「……どうせ言っても聞かないか」

妹「うん。どんな結末になったとしても、これは私の選択なのよ。私は後悔しない。だから兄さんも責任なんて感じないでね」

兄「俺の心配をする前に自分の心配をしろ。……氏ぬなよ」

妹「氏なないわ」


妹「さよなら!兄さん。元気でね……ごめんなさい」

兄「…………ああ……」

兄「……」




225: 2014/01/30(木) 11:27:33.62 ID:nJnhUEEmo


* * *


老弓兵「これが慰霊碑だ。ここにあいつの名前が……ほら」

狩人「……はい……」

老弓兵「あいつはよく、お前さんのこと話してたよ。そりゃもう嬉しそうに。
    聞いてる俺たちの耳にタコができそうだった。ははは……」
    
老弓兵「あいつの最期は……?」

狩人「聞いてます」

老弓兵「そうか……。……あんたがどうしても弓兵になりたいってんなら反対しないがね、
    復讐のために兵士になる奴なんてザラだし……しかし、老婆心から言わせてもらうと……」
    
狩人「いえ。私は戦います」

老弓兵「……そうかい。あんたがそうしなきゃ生きれないなら仕方ないよ。
    じゃあしばらくここでゆっくりしてくといい」
    
狩人「ありがとうございました……」



226: 2014/01/30(木) 11:28:45.86 ID:nJnhUEEmo



狩人「……」


僧侶(あれ。狩人ちゃん、こんなところで一体なにを……慰霊碑?)

僧侶「なにしてんだい」

狩人「……祈りを捧げてました」

僧侶「ああ……って慰霊碑の前にいるんだからそうだよな。
   俺の知ってた奴も何人かここに名前が刻まれてんだ。
   僧侶ちゃんは……家族がここに?それとも友人?」
   
狩人「婚約者が」

僧侶「ああ婚約者が…………こんっっ!?!? あ、ああ……そ、そうだったのか」

狩人「里で一番の弓の使い手だった。国を守るために兵士になるって言って里を出たっきり。
   1年前に魔族に殺されてもういません」
   
僧侶「ああ……」

狩人「遺体は……ひどかったです」

狩人「だから私は彼に教わった弓術でもって仇をとりたい。
   それくらいしか私にできることは……ない……から」
   
僧侶「俺も同じだな。婚約者なんてもんじゃないが。
   いきなり生活ブッ壊されて、生きてた連中あんな化け物にされて、こんなんじゃ腹の虫が収まらねーよ


   
僧侶「なあ、狩人ちゃん。俺たちと一緒に行こうぜ。王都に残るなんて言わずにさ。
   結構俺たちもなかなかいいパーティになってきたんじゃないかって思うんだけど」
   
狩人「一緒に……」

僧侶「それにさ、あいつらだけじゃ不安じゃないか?あのオトボケ勇者に天然剣士ちゃんの二人だぜ
   俺たちが支えてあげねーといつしくじるか分かったもんじゃねーよ」
   
狩人「……」

僧侶「ん?なんだ……俺の顔になんかついてる!?」




227: 2014/01/30(木) 11:30:21.74 ID:nJnhUEEmo



狩人「意外だと思って……」

僧侶「意外?」

狩人「意外と……世話焼き」

僧侶「今はお節介な男が王都でもてるらしいからな」

狩人「そんなの……聞いたことないです。でも……そうですね。確かに3人だと不安……」

僧侶「3人って俺も入ってんのかよ」

狩人「だから、一緒に連れていってもらえますか」

僧侶「……ああ、勿論!」



剣士「あっ!僧侶くんに狩人ちゃん!ここで会うなんて偶然だねー、なにしてるの?」

狩人「……剣士、勇者」

勇者「だれがオトボケ勇者だよ」

僧侶「うわーっ!お前すっげえ地獄耳な!!こわっ!!きもっ!!」

勇者「うるさいな……色ボケ僧侶」

僧侶「てめーーー言ってはいけないことを言ったな覚悟しろ」

勇者「いたっ!!」

剣士「二人ともうるさーい!こういうところでは静かにしないといけないんだよっ!!」

狩人「……」クス



228: 2014/01/30(木) 11:33:06.77 ID:nJnhUEEmo



『太陽の国の山奥にある小さな村で育った私は、雪の国に入国する時に初めて海を見ました。

 本当は陸から国境まで行った方が早かったのですけど、魔族の襲撃を恐れる船の方に
 
 護衛として一緒に乗ってほしいって言われて。
 
 遠回りになっちゃうけど海を見ることができて私はとっても嬉しかったです。
 
 雪の国に近い海だったから、水は冷たくて指先をつけてみるのが精いっぱいでした。
 
 そしたら狩人ちゃんが、誰かに宛てた手紙をボトルに入れて流すっていう遊びを教えてくれて、
 
 今まさにそれをやってみてるところなんですけど……あ、狩人ちゃんって言うのは一緒に旅をしてる仲間で、
 
 あと僧侶くんと勇者も一緒に旅をしてて、勇者の名前はハロルドって言うんですけど勇者だから勇者なんです。
 
 なんで旅をしてるかって言うと魔王を倒すためです。あ、私は剣士だよ。最近剣の扱いも上手くなってきました!
 
 自分で言うのもなんだけど!
 
 
 乗る予定の船が明日出港予定なので、今日は夕方、港に出ている露店をみんなで見に行きました。
 
 大きなイカの日干しにびっくりしてたら、勇者がふわふわの雲みたいなの手に持ってて、
 
 なにそれって訊いたら「雲だよ」って本当にそう言うからもっとびっくりしちゃったよ。魔法で作ったんだって。
 
 食べてみたら砂糖みたいに甘くって……雲って甘いんだ、って呆然としてたら、
 
 横にいた狩人ちゃんと勇者がなんか含み笑いしてるのね。はっとして、近くの露店に目を配ったら、雲と同じのがありました。
 
 「わたあめ」って言うんだって。ええとつまり、私は二人に一杯食わされたってことなんです。
 
 二人で私を騙すなんて、ひどいと思いませんか?全くもう。
 
 でもその後会った僧侶くんに同じことやってみせたら……彼も見事に騙されてました。すっごくびっくりしてたな。
 
 ああ、もう便箋がなくなっちゃう。なんだか変な手紙になっちゃったけど……うーん、ごめんなさい。
 
 家族以外に手紙なんて書いたことないから、不慣れなんです。敬語もちょっと変かも。
 
 では、親愛なる誰かさんへ。あなたの幸福を祈っています。
 
                                   Nina  』




229: 2014/01/30(木) 11:35:23.85 ID:nJnhUEEmo







少年は時計屋が手紙を読み終えるのを待って、途中から止まったままだった右手を思わずというようにこめかみにあてた。
その内容は昔祖父が読んでくれたあの手紙のものと酷似していた。


「信じられないなぁ。それ、僕が持ってる手紙を書いた人と同じだ。小さいころ、海辺を歩いてるときに見つけたんですよ」

「俺はこの街の大河で釣りをしてたら見つけたんだ。なんだか捨てられなくてな」


よかったらこれ、やるよ。時計屋の青年が、瓶ごと少年の手に押しつける。
二人が店の奥にある青年の私室にいるにも関わらず、
店頭にずらりと客を圧倒するように飾ってある時計たちのカチコチ、カチコチと秒針を鳴らす音がここまで響いていた。


「いいんですか」

「いいって。俺が持ってたってしょうがねえしな。もしかしたら3通目もあるかもしれないぜ。おたく、旅してんだろ?そのうち見つけるかもな」


楽観的に時計屋が笑うのにつられて、少年も口端を上げた。
本当にそうなればいいのに。
しかし少年が子どもの頃に聴いた手紙には、4通目だと「Nina」は書いていた。
海を漂っているだろうあとの2通を彼が受け取れる確率は、恐らく天文学的に低い。



230: 2014/01/30(木) 11:37:01.80 ID:nJnhUEEmo


笑う傍らでそんな諦観を覚えながら、ようやく彼は作業を再開する。
テーブルには祖父から受け継いだ珍妙な器具が鎮座しており、どれも時計屋にとっては見たこともないような品ばかりだった。
すり鉢のようなもので薬草をすり潰している彼に、青年が頬杖をつきながら尋ねた。


「おたくみたいな若い薬師、いるんだな。しかも旅してこんな辺鄙な村までよくもまあ。
 しかも一人で。いつから旅してるんだ?」

「祖父が亡くなってからだから……3年前くらいからかな」

「ふうん。大変なんだな……。でも薬師なんて、都市で勤務するのが普通なんだぜ。結構稼げるって話だ。
 旅なんてしてちゃ、おたくの懐に入ってくるのは雀の涙みたいなもんだろ?なんで旅なんかしてるんだ」


俗物的な質問をぶつけられて、彼は苦笑した。
しかし時計屋が本当に単なる興味本位で訊いていることが分かっていたので、
彼も軽い気持ちで一片の衒いもなく答えた。
むしろ青年の裏表のない、竹を割ったような性格に、今日出会ったばかりだと言うのに親しみを覚えていた。


「祖父から教わったことをできるだけ広めたくて。都市や大きな街から離れたところだと、神官さんもいないから」

「確かにな」

「……はい、できましたよ。これが関節痛に効く薬です。
 とりあえず2カ月分作りましたけど、なくなりそうになったら僕宛てに鳥を飛ばしてくれれば届けさせます」



231: 2014/01/30(木) 11:38:41.82 ID:nJnhUEEmo




お待たせしてすみませんと謝ると、それには答えず青年は彼の目をじっと見た後「すごいな」と感嘆した。
薬は青年の父親へのものだった。今も足の痛みに悩まされて店の2階で休んでいる。
ここのところ店番は息子にまかせっきりだったそうだ。


「ありがとな。これで親父もよくなるだろうよ」


青年は一度店頭に行くとすぐ戻ってきて、彼に小さな懐中時計を手渡した。
金属のひやりとした感触が手のひらに広がり、手から零れた鎖がたてた軽やかな音が心地よく彼の耳朶を打った。。


「これ礼。俺が作ったやつなんだ。ちょっと特殊な時計でな。耳を当ててみろよ」


言う通りにしてみると、いかにこの時計が彼に役に立つかが分かった。
「大事にするよ」何度も礼を言って時計屋の扉を開ける。胸から下げた懐中時計がカチコチと絶え間なく高らかに鳴いていた。



232: 2014/01/30(木) 11:39:49.70 ID:nJnhUEEmo




「お待たせ、オリビア」
オリビアが尻尾を振って彼にすり寄ってくる。
遅いと抗議するように何度も彼の手に頭を押しつけて、それから胸の懐中時計に気づくと訝しげにふんふん鼻を鳴らした。

オリビアは一緒に旅をしている唯一の彼の仲間だ。
3歳の大型犬で、旅をはじめた頃は両手で持てるくらい小さかったのに、今では立ちあがってのしかかられると彼の方が力負けしてしまう程成長を遂げた。

「もらったんだよ」
なめられそうな気配を察知して、すぐに時計を外套の中にしまった。唾液でべとべとにされたらたまらない。


「さあ、じゃあ行こうか」



233: 2014/01/30(木) 11:43:19.23 ID:nJnhUEEmo




オリビアとともに街道を行く。
午後の日差しは柔らかく霞んでいて、木漏れ日が彼の外套とオリビアの金色に波打つ毛皮にまだら模様をつくった。

ふと手紙を思いだす。海を渡り、雪の国へと赴く彼女たちを想像した。。
大昔の手紙だということは分かっていたが、遠く離れた雪舞い落ちる冬の地で、いまこの瞬間にも寒さを吹き飛ばすほど彼女達が賑やかに騒いでいそうな気がしてならなかった。

狩人に、僧侶に、手紙を書いた剣士、それから勇者。
1世紀前の人魔戦争でこの国を勝利に導いたとされる先代勇者とその仲間。
一体どんな人たちだったのだろうか。


王都に近づいたら、王立図書館で先代勇者たちのことを調べてみようと彼は考える。
これまで旅の途中に訪れた町にある小さな図書館には、ほとんど彼らに関する資料がなかったからだ。


「でも、まだまだ遠いな」


独り言を呟くと、オリビアがそんな弱気な彼を叱咤するようにワンとひとつ吠えた。
ときどき彼はこの相棒のことをお目付け役かなにかに感じてしまう。


「分かってるよ」

誤魔化しながら歩を進める。
王都どころか、次の街までもかなり距離があったが、
彼は外套の中で光る真新しい懐中時計と賢い愛犬とともに、晴れやかな気持ちで午後の空の下をゆったりと歩き続けたのだった。





234: 2014/01/30(木) 11:44:10.20 ID:nJnhUEEmo



第八章 渡る霰街は鬼ばかり




235: 2014/01/30(木) 11:45:19.37 ID:nJnhUEEmo



雪の国 大雪原南西部 霰の街




チャリーン……



狩人「……」

剣士「残り銅貨1枚……」

勇者「……」

僧侶「宿にも泊まれねーじゃねーかよ!!どうすんだオイ!!野宿なんてしたら氏ぬ気温だぞ!!」

剣士「……外套売ってくる!!」

勇者「それこそ氏ぬから待って! 何か考えよう!!」




236: 2014/01/30(木) 11:47:45.98 ID:nJnhUEEmo



僧侶「大体てめーがあの時カジノを出なかったら今頃大富豪でウハウハだったのによぉぉぉ」

勇者「ご、ごめん」

剣士「でもそれ元は私のせいなんだよ……ごめんねみんな」

狩人「私がもっとポーカーフェイスを極めていれば……こんなことには」

勇者「狩人がこれ以上それ極めたらもう表情が判別できないよ……」

狩人「ごめんなさい……」

僧侶「ええっ……いやそれを言うなら俺も一番最初に調子乗って全資金パアにしてすみませんでした……」

「「「「……」」」」ショボン


ビュオォォォ……


僧侶「……いや待てよ。元はといえばあの定期ソリのおっさんが全部悪いだろ」

剣士「確かに。諸悪の根源だね。私たち悪くないね」

狩人「射る?」ヒソ

剣士「射らない射らない」ヒソ

勇者「といってもお金がないことにはどうにもならないなあ。どうしようか……」



~~~


239: 2014/01/31(金) 21:19:13.77 ID:0fEikvQ3o



剣士「ここが雪の国かぁ……さっむーい! すごーい、雪景色だね!寒いけどきれいっ」

狩人「……」ガクガクブルブル

勇者「まずは首都に行きたいんだけど、それには北に広がる大雪原を越えなきゃ」

町民「雪原を越えるなら、定期犬ゾリを利用するといいよ。駅はあっちにある」

僧侶「犬ゾリねえ……」

勇者「ありがとうございます」




勇者「……ええっ!? もう出発してしまった?」

ソリ業者「ああ。ついさっきな。あんたらも運が悪かったね」

剣士「困ったね。次の便はいつなの?」

ソリ業者「えーと……来月の中旬かな」

勇者「来月?それじゃちょっと遅すぎるなぁ。どうにかなりませんか?僕たちこの国の王様に会いに行きたいんですけど」

ソリ業者「って言われてもなあ。こちとらそう簡単に予定を変えるわけにもいかんのだよ。
     所有する犬も限られているし……どうしてもってんなら、西の組合を覗いてみな。
     俺たち以外にも、狩りやら商業やらでソリを使ってる奴がけっこうあそこでたむろしてるからな」
     
ソリ業者「運がよければ乗せてもらえるかもしれんぞ。首都まで乗せていってもらえるかはわからんが」




240: 2014/01/31(金) 21:21:12.07 ID:0fEikvQ3o



勇者「……って言われてここに来てみたんですけど。どうにか僕たちを首都まで乗せていってもらえませんか?」

男「あぁん……? まあ……いまの時期は暇だし、別に俺はかまやしないが……」

剣士「本当っ!? やった!よかったね、勇者!」

男「ただし!!条件がある。予定外にソリを動かすんだ……分かんだろ? 金だ、金」

勇者「あ、はい。いくらですか」

男「金貨200枚」

勇者「に……にひゃく!? そんな……いくらなんでも法外じゃないですか?」

剣士「そんなに持ってないよ。払えないよ」

男「200だ。びた一文まけねえぜ。……あんたら勇者一行なんだろ?そんくらい払えないなんて言わないよなぁ?」

剣士「いや、払えないって言ってるんだけど」

僧侶「てめーこのくそじじい!!ぼったくりだろ!!俺たちはあんたの国を魔族から救いに首都へ行くんだぞ!!!」グイ

狩人「……」

男「な、なんだ貴様ら。胸倉をつかむな!弓を引こうとするな!! 訴えるぞ!!
  とにかく金がないことにゃあ俺もソリを動かさん。言っとくがソリ使いは、いまいるのは俺だけだぜ」
  
僧侶「足元見やがって」

勇者「……うーん」


241: 2014/01/31(金) 21:23:17.39 ID:0fEikvQ3o



勇者「参ったな。金貨200枚なんて、すぐに用意できるような金額じゃない。でも来月まで待つわけにはいかないし」

剣士「あ……あそこのお店アルバイト募集中だって。時給銀貨5枚」

勇者「働くか……」

僧侶「まあ待て待て。アルバイトするにしてもどんだけ時間がかかるかわからん」

勇者「なにその邪悪な笑みは」

僧侶「あるだろ。たった1時間で働かずに金をじゃんじゃん増やせる方法がよぉ……!!」

狩人「……」スイ

剣士「? あそこは……?」

勇者「カジノ……?」

僧侶「カジノだ」

勇者「カ、カジノ」




242: 2014/01/31(金) 21:29:10.51 ID:0fEikvQ3o




僧侶「ここに全資金金貨30枚がある。それを7倍くらいにすりゃいいわけだ。なーに、10回くらい勝てば問題ない!!」

剣士「そうなんだ! カジノって初めてだからわくわくしちゃうな。4人でやればもっと早くお金貯まるよね」

勇者「そう簡単にいくかなぁ。狩人はどう思う?」

狩人「ポーカーなら……ルールは知ってます。でも自信ないです」

剣士「強そうだけど。すっごく強そうだけど」

僧侶「まあ俺にまずまかせろよ。これでも昔は賭博馬鹿と呼ばれたもんだぜ」

勇者「誇らしげに言うあだ名じゃないような……」

僧侶「とにかく俺に全財産預けろ。すぐ7倍にしてきてやっからよ! へっへ腕が鳴るぜ!!」

剣士「僧侶くん頑張ってね!」

勇者「じゃあまかせるよ」




243: 2014/01/31(金) 21:30:47.10 ID:0fEikvQ3o

     
狩人「……いいの?彼にまかせて……」

勇者「すごい自信があったみたいだからさ。僧侶以外みんな賭博なんてやったことないし、それなら彼に任せた方がいいかなって。
   じゃ僕たちも中に入ろう」
   
剣士「うわあ、なんか……なんか私の知らない世界が広がってる」

狩人「絢爛」

勇者「この街は見たところ歓楽街みたいだけど、雪原の向こう、国の北西部には魔族に占領されてる地域もあるっていうのに
   こういったところがあるなんて少し驚きだ」
   
バニーガール「だからこそ、ここに集まってる金を持て余した大人たちは現実逃避がしたいのよ。私も含めて、ね」

剣士「そういうものなのかな? こんなときだからこそお金があるならもっと違うことに使えばいいのに」

勇者「あ……僧侶のゲームが始まるみたいだ」



244: 2014/01/31(金) 21:32:05.49 ID:0fEikvQ3o




ざわ…… 
   ざわ……


僧侶「倍プッシュだ……!」

男「倍プッシュは禁止」


ざわ……
   ざわ……
   
   
   


男「はい。マイナス金貨500枚」

僧侶「」

勇者「や……やりやがった……」

剣士「7倍どころか0.06倍になっちゃってるよ僧侶くん!! なにしてるの!?」

狩人「はあ……」

僧侶「てへぺろ」

勇者「てへぺろじゃないんだよ、てへぺろじゃあ」

剣士「ていうか君はゲーム中にバニーガールのお姉さんの方見すぎっ! 敗因はそれでしょ」

僧侶「くっ!これもカジノ運営側の策略か!」

剣士「違うよ!君がすけべなだけだよ!」

勇者「金貨500枚なんて地道に貯めて終わる頃にはとっくに魔王軍が大陸支配してるよ。
   ええいこうなったら仕方ない! ちょっと待っててくれ」
   



246: 2014/01/31(金) 21:35:41.70 ID:0fEikvQ3o



……ドサッ


勇者「金貨100枚もってきた……これを元手に4人でなんとか700枚勝ち取ろう」

剣士「ど、ど、どっからこんな大金持ってきたの!?」

僧侶「まさか盗……!?」

勇者「違う。武器を……僕の『とこしえの杖』を質に入れてきた」

狩人「め、女神様から頂いた杖を」

剣士「ひえーーー それいろいろ大丈夫なの!?女神様怒らない!?」

僧侶「まさか女神様もこんな使い方されるとは思ってなかっただろうな」

勇者「いやっ仕方ないだろう!?こんなところで足止め食らうわけにはいかないんだから
   女神様も分かってくれるはずだと思う!それにカジノで勝ちさえすればいいんだ!」
   
勇者「というかそれしかない」

剣士「そうだね……勝てばいいんだよ!さっきゲーム見てたから、なんとなくルール分かったし!」

狩人「……」コク

僧侶「おう!やってやろーぜ!」

勇者「よし行こう」




247: 2014/01/31(金) 21:40:06.05 ID:0fEikvQ3o
>>245
ウディタは素人がフリーゲーム作ったり遊んだりできる……フリーソフト?ですかね?
http://www.silversecond.com/WolfRPGEditor/
おもしろいゲームいっぱいあるので楽しいですよ
(SS板で言うのもなんですけども)

ブログ見てくれたんでしょうか、ありがとうございます

248: 2014/01/31(金) 21:41:19.69 ID:0fEikvQ3o


* * *

ジャラジャラ がやがやがや


剣士(賭けって難しいな……。お金増えたかと思ったら減っちゃうし。私は向いてないのかも。
   みんなはどうかな?)
   
剣士「……えええっ!? 狩人ちゃんと勇者のテーブルに金貨がうず高く積まれてるっ!どういうことなの?」

僧侶「あの二人は弓と杖捨てて賭博師として生きた方がいいんじゃねーかな」

剣士「僧侶くん。……あれ……お金は?」

僧侶「負けた!!」

剣士「だからね、女の人見すぎだよ、もう。 まあ私もあんまり成果は上げられてないから人のこと言えないんだけど」

剣士「あの二人に任せた方がよさそうだね。余ったお金渡してこよっと」



剣士「狩人ちゃん、ゆう…………、!??」バイン

女性「あらら、ごめんなさいねお嬢さん。失礼」スタスタ

剣士(わ、きれいなドレス)

僧侶(胸元を大胆に開けたワインレッドのドレス……素晴らしいな)

剣士「うわっ 僧侶くん鼻血!!」




249: 2014/01/31(金) 21:43:04.90 ID:0fEikvQ3o




わいわい がやがや ひそひそ


剣士「ああ……なんか二人のテーブルの周りにすごい人だかりができて近づけないね……」

僧侶「くそっ!! 狩人ちゃんはともかく、あんなきれいで巨Oのご婦人方に囲まれてる勇者への嫉妬の念で腹が煮えくりかえりそうだ!!!」

剣士「ま、まあ、二人は真剣勝負してるんだから」

剣士(……はあ……でも周りの人がきれいな格好の人ばっかりで、今更だけど自分の格好が気になってきちゃったよ。
   なんだかこうして見てると、小さいころからずっといっしょにいたのに勇者が知らない人みたい)
   
僧侶「剣士ちゃん元気ないけど大丈夫か?」

剣士「うん、別に何でもないよ。でもちょっと外の空気吸ってこようかな。
   渡せるようになったら私の余ったお金、二人に渡してくれる?」
   
僧侶「あいよ」




250: 2014/01/31(金) 21:44:21.36 ID:0fEikvQ3o



剣士「うっ……寒い……でも外の方が気楽でいいや」

剣士「ちょっと歩こ」


剣士「もう夜遅いのに全然暗くないのね、この街。下手をすれば王都より明るいかも。
   通りに人はまだたくさんいるし、ここの人たちはいつ眠るのかな?」
   
剣士「こういうのが歓楽街って言うんだぁ。大人の街だね。飲み屋さんとカジノがいっぱい」

剣士「あれ。……ねえお姉さん、あそこに見えてる尖塔……ていうか城かな?あれってなに?」

通行人「ああ、あれは街から離れたところにある『幽玄の館』よ。幽霊屋敷って私たちは呼んでるけど」

剣士「ゆ、幽霊屋敷?」

通行人「今は誰も住んでないはずだけどね、気味悪い噂が絶えない古城なのよ。
    興味あっても行かない方がいいわよぉ」
    
剣士「興味なんて全然ないよっ! 幽霊なんて絶対会いたくないもん!」

通行人「あらそう?」


剣士「ひい、訊かなきゃよかった。あっちの方見ないようにして進まないと。
   なんか怖くなってきちゃった、もうみんなのところに戻ろう」
   
   

251: 2014/01/31(金) 21:47:06.47 ID:0fEikvQ3o



がやがや がやがや


支配人「……いくら賭ける?」ニヤ

勇者「……」

狩人「……」

  「あの二人一体何者?」「二人とも10連勝だ! 前代未聞だぞ」「ついに支配人が奥からでてきたわ」
  「この間あの男に財産の半分持ってかれたよ……」


勇者「持ち金全部」

狩人「……同じ」

支配人「……勝負に出ましたか。久しぶりに燃えてきますね」

がやがやがやがや


僧侶「いいぞ!やっちまえ!!!このゲームに勝てば二人の金貨合わせて700越える!」

支配人「なんだあのうるさい男は……。まあとにかく始めますよ」ジャラ

狩人「いつでも」

勇者「……。……?」




253: 2014/01/31(金) 21:48:30.60 ID:0fEikvQ3o



剣士「あれ……あれ? 確かこの道から来たような気がしたんだけど、でもこんな路地通ってきてない」

剣士「……ここどこ? おかしいな、迷っちゃったよ。なんか変に暗い路地だし……。
   うう、こんなことならカジノから出てくるんじゃなかった」
   
髭男「どうしました」

剣士「いっ!?!? あ、人か……」

髭男「人以外のなにがいると思ったんですか」

剣士「幽霊とか……。あ、あの道に迷っちゃって。カジノに戻りたいんだけど道知らないかな?」

髭男「カジノったってこの街には色々ありますからね……そのカジノの名前は?」

剣士「えっ、名前?そんなの見なかったよ」

髭男「ふむ……まあいいでしょう。大丈夫です。ついてきてください」

剣士「本当?よかった。ありがとう!もう戻れないかと思っちゃった」



剣士「……ねえ、なんかどんどん暗い方に進んでない?気のせいかな?」

髭男「気のせいですよ」

剣士「……。ここらへんのお店って飲み屋さんなの? こんなに寒いのにお店の外に女の人がいっぱいいるけど……」

髭男「まあ似たようなものですね」

剣士「ふうん」



254: 2014/01/31(金) 21:51:30.43 ID:0fEikvQ3o



剣士「……」

剣士「……あのー。本当にカジノに向かってるんだよね?どんどん街の中心から離れていってないかなあ」

髭男「カジノに行くということはお金が必要なんでしょう?」

剣士「あっうん。そうなの。しかもたくさん、できるだけ早く必要なんだ」

髭男「ならカジノなんて博打にでなくても、もっと手早く確実に稼げる方法がありますよ」

剣士「えー!? カジノよりいい方法があるの!?どんな方法!?」

髭男「今から案内しますよ」

剣士「あ、待って。でももしかしたら勇者と狩人ちゃんがもう稼いじゃってるかも。
   ……おじさん、私の仲間たちも一緒に連れて行きたいからやっぱり先にカジノに……」
   
髭男「(……勇者? 空耳か) いえ、この仕事は若い女性しかできないので男はだめですね」

剣士「そうなんだ。でも、やっぱり私がずっと戻らなかったらみんな心配しちゃうよ……。
   一旦みんなに相談してみる。ごめんなさい。カジノへの道はほかの人に訊いてみるよ」
   
髭男「ここまで案内させといて、そりゃねーだろ」

剣士「わっ な、なに? 離してよ」

髭男「もう少しで着くので大人しくしててください」

剣士「だから……行かないってば。手を離さないなら私も剣を抜くよ」

髭男「剣?」

剣士「そう、剣……」スカッ

剣士「……あれ!?な、ないっ!? ――あっそういえばカジノは武器持ち込み禁止だったから預けたまんまだった」




255: 2014/01/31(金) 21:54:01.79 ID:0fEikvQ3o



髭男「はい、ここの地下が私たちの店です。階段を下りましょう」

剣士「やだよ! おじさん一体何者なの。えぇい!剣がなくったって戦えるし!」ガブ

髭男「イタッ あっおい!!待て!!」

髭男「……おい!店にいる今暇な連中はちょっと付き合え。鬼ごっこだ」





バタバタ……


剣士「はあ……はあ……うわっ!!」ツルッ

剣士「もう!雪の国って走りづらい。外套も邪魔になるし!!
   滅茶苦茶に走ってたらさらに道に迷いそうだけど……ずっと追ってくるし」
   
剣士「もーーー!やっぱりカジノから出るんじゃなかったぁあ! 
   もう夜中だし勇者もみんなもどっかの宿に泊っちゃってるかも……ていうかソリにも置いてかれたりして」
   
剣士「やだーーーーっ! あーんもうここどこよーー!人も全然いないしーー   ハッ」


バタバタバタ


剣士「うそっ 前の方からも足音? ってことはつまり挟み撃ち! ど、どうしよ。
   ……もういいよ、こうなったら殴り合いしかないっ!! かかってこい!」グイ
   
剣士「!? わっ……? なななっ?」




256: 2014/01/31(金) 21:56:41.01 ID:0fEikvQ3o


ザッ……

男「チッ どこ行った」

髭男「見失ったか。くそ、あと一歩だったって言うのに。仕方ない、諦めてまた別の子探すか……」


ザッ……ザッ……



剣士「……」

勇者「行ったか……よかった。ハァ」

剣士「勇者ぁーーーーっ」バタバタ

勇者「雪の国恐すぎる……大丈夫だった? なんもされてない?
   そもそもなんでこんな街の外れまで来てるんだ。ここは歓楽街なんだから危ないよ」
   
剣士「あの髭生えたおじさんがカジノまで案内してくれるって言うから……。
   ……あ!そういえばあの人が言ってたけど、カジノよりお金稼ぐいい方法あるって!
   でも若い女の人しかできない仕事らしいんだけど」
   
勇者「いやだめだ。しなくていい。絶対だめだ」

剣士「え、でも」

勇者「だめ!」

剣士「なんで!?」




257: 2014/01/31(金) 21:58:17.64 ID:0fEikvQ3o




勇者「なんでって……その……後で狩人にでも訊いてくれ」

剣士「わ、分かった。そういえば勇者はなんでここに?ゲームはどうなったの?」

勇者「剣士がいないことに気づいて、なんか嫌な予感がして追いかけてきて……
   ゲームは……ゲーム、は」
   
勇者「………………………………あ」





~~~


258: 2014/01/31(金) 22:01:00.95 ID:0fEikvQ3o


支配人「はいもう閉店ですからねーまたのご来店をお待ちしてますー」ニヤニヤ



僧侶「くそ、腹立つ」

狩人「……雨……」

勇者「うわ、本当だ。まずい」

狩人「雷……」

勇者「やばい女神様もしかして怒ってるのかもしれない、やばい。困った」

僧侶「とにかく明日の朝まで雨を凌がねえとな。空き家とかないのか、ここらへんには」

勇者「なさそうだね」

剣士「空き家……あっ」

剣士「あの、『幽玄の館』ならいま人が住んでないって!!」

僧侶「あそこに見える城か?」

剣士「うん、でも、その、えーと、……幽霊が出ても大丈夫なら……」

勇者「幽霊?」




259: 2014/01/31(金) 22:03:23.07 ID:0fEikvQ3o

幽玄の館


ピシャーン!……ゴロゴロゴロ……ビチャビチャ


勇者「……すごい雨と雷だ。城の中、正直ものすごく不気味だけど、外よりはましか」

剣士「やっぱり女神様怒ってるんじゃないのかな、これ」

勇者「い、いやでもここは雪の国だから……多分大丈夫だろう、多分」


狩人「奥の方に寝室ありました。……ベッドも……食べ物はなかったですけど」

僧侶「それにしてもひどい有様だな。蜘蛛の巣だらけで床には皿とかが割れた破片が散らばって……
   誰かここで暴れたとしか考えられん。灯りもないときた。雷があって逆によかったかもな」
   
勇者「盗賊も幽霊もいないみたいだし、案外住めば都になるか」

剣士「住みたくはないけど」

僧侶「でも怖かったら剣士ちゃんも狩人ちゃんも俺に抱きついてきていいぜ!!いつでもどこでも構わんぞ!!」

勇者「とりあえずここで朝まで休もうよ。お金のことは明日また考えよう。
   いざとなったら僕が内臓売ってでもまとまった金つくるから」
   
剣士「こっ怖いこと言わないでよ! 大丈夫だよ、なんとかなるって!!」




260: 2014/01/31(金) 22:08:19.05 ID:0fEikvQ3o


勇者「見張りはいっか。じゃあ、おやすみ」

僧侶「じゃあ寝る前に……怖い話するか?」

勇者「なんでそうなる?」

剣士「はい!断固反対します!!それに怖い話したら幽霊が集まってくるって聴いたことがあるのでいやです!!」

狩人「でも……そもそも幽霊とは何なのですか。亡くなった人の魂は冥府に送られるのでは?」

剣士(かかかか狩人ちゃん!?)

剣士「ねえ勇者は怖い話したくないよね?ね?」

勇者「……」

剣士「ってもう寝てるー!!早い!!さすがっ! 今日疲れたもんね、そうだよね!!ごめんね!!」


僧侶「幽霊は冥府に導かれるのを拒んで現世に留まった霊魂だ」

狩人「導き……」

僧侶「冥府には番人がいるらしいんだ。この世界の二人の創始者のうち一人がそれだと言われている」

僧侶「肉体の呪縛から解き放たれた魂は、冥府に送られて番人の手に委ねられるが……
   番人を拒絶した魂が肉体を伴わないままこの世界にいると、俺たちの言うところの幽霊ってなるわけだ」
   
剣士(ひいいいなんか結構真面目な感じで始まってるう)



261: 2014/01/31(金) 22:13:18.58 ID:0fEikvQ3o



狩人「……創世者の一人が冥府の番人なら、もう一人はなにをしているの?」

僧侶「俺たちが住む大陸の守護神や、あーあと……時の女神?だっけ、あと諸々の神様を統率する、
   神様軍団の大ボスみたいな感じか。具体的になにをしてるかは聖典にも載ってないんだよ」
   
僧侶「伝説も神話もほとんどないし、概念的な存在かもな。
   あ、いや。でも勇者とする者を人の子から選別するのは……その神か」チラ
   
勇者「……」

僧侶「その勇者は今アホみたいに熟睡してっけどな」

剣士「へええ、神様ってたくさんいるんだね。神様すごーい!!じゃあ寝よ!!おやすみ!!」

狩人「……?」

剣士「どうしたの?狩人ちゃん」

狩人「……何か……今……下の方から聞こえました。人の声のようなもの……」

剣士「んえ゛」



262: 2014/01/31(金) 22:16:01.34 ID:0fEikvQ3o


* * *

剣士「ねえ本当に行くの?本当に?」

狩人「盗賊だったら大変……」

剣士「幽霊だったら!?」

僧侶「まあ、迷いし魂に、冥府に続く道しるべを照らしてあげるのも神職の役目だからな」

剣士「珍しく僧侶くんが僧侶っぽいこと言ってる!」

僧侶「だろ? 剣士ちゃんはそこで寝こけてる勇者と一緒にいてくれよ」

剣士「うう……二人は怖くないの? わ、私も幽霊なんか怖くないけど」

僧侶「はっはそんなの全然怖くなっ……」


ガタン


僧侶「オゥワーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

剣士「きゃあああああああああああああああああっ!?」

狩人「ひゃっ……!」


僧侶「ぜ、ぜ、ぜ、全然怖くないな。いまのはちょっと持病がなッハッハッハ」

剣士「わ、私も、別に怖がってなんかないけどさ!?」

狩人「……幽霊よりあなたたちの方に驚く……驚きます」




266: 2014/02/04(火) 21:40:59.83 ID:ZEePks+po



剣士「……二人とも行っちゃった……」

剣士「…………別に幽霊屋敷なんて全然これっぽっちも怖くな」


ゴロゴロゴロピシャーーン!!


剣士「ひっ!! べべべべべ別に全然全くこれっぽっちも滅茶苦茶超怖いよーーーー!!!」

剣士「わーーん!早く朝になってよーーーっ!!」



* * *


僧侶「はあ、ほんとすげえ天気だな。これじゃ明日の天気もどうなることやら」

狩人「……あの……もうひとつ……訊きたいことある……のですけど」

僧侶「ああ、恋人なら今いないぜ」

狩人「それはどうでもいいです」

僧侶「彼女なら募集中だが」

狩人「それは心底どうでもいいです」

僧侶「さすがに二度言われると凹むな…… で、何が?冥府のこと?僧侶ちゃん食いつくな」

狩人「はい。冥府とは……どんなところなんですか?里にいた神職の人は……とても美しいところだと言ってました。
   でも、何故見たこともないのにそう言いきれるのですか。それは生者への……気休めではないか」
   
狩人「……あなたは一般的な聖職者と違って……」

僧侶「かっこいい?」

狩人「誰かに気休めとして嘘を言う優しい人ではないと思いました」

僧侶「喜んでいいのか微妙なラインだな」

狩人「あなたは冥府をどんなところだと……思う……ですか」

僧侶「俺も見たことないから何とも言えねえなぁ」

僧侶「冥府の番人は鍵を守っているらしい。氏者が導かれる扉の鍵だ。
   冥府の先の世界……扉の先は誰も知らない。俺たち生者は知ることを許されていない」
   
僧侶「でも、ま、生きてる間に苦労して、そんでやっと氏ねたかと思ったらまた辛い世界だなんて
   それこそ生きる気力も氏ぬ気力もなくしちまうな。だから冥府と、その先は、いい世界だって俺は信じてるぜ」
   
狩人「……。そう」

僧侶「おう」



267: 2014/02/04(火) 21:42:37.77 ID:ZEePks+po



僧侶「まあこれも気休めになっちまうか」

狩人「いえ」


ガタ……、…… ……


僧侶「! 物音と人の声だな。階段の下……奥の方から。こりゃ本当に幽霊か盗賊だな。
   剣士ちゃんにはああ言っちまったが、もし幽霊だった場合、どう倒せばいいと思う?」
   
狩人「……さあ……」

僧侶「攻撃効くのかね。 ……それにしてもたくましいな。幽霊怖くねーの?
   おおおおおお俺は怖くないけどな」
   
狩人「氏者は怖くない。……そして、氏も」

狩人「戦いの中で氏ねるなら、本望です」

僧侶「…………。なんだか君は現世よりあっちの世界を見据えてる気がする」

僧侶「狩人ちゃんの亡くなった婚約者だって、君がそんなこっ―――」


ガタンッ


狩人「……?」

狩人「僧侶? …………? どこに行ったのですか?」



268: 2014/02/04(火) 21:43:42.19 ID:ZEePks+po


* * *


シクシクシクシクシクシク……


勇者「うーん…………ん……ん?」

勇者「け、剣士。どうしたの?」ビクッ

剣士「起きたんだ……ぐすっ……おはよう」

勇者「まだ夜だけど……。あれ?二人は?」

剣士「実はかくかくしかじかで勇者が寝てる間に一階に……。
   でもまだ帰ってこないのーーーーーー!!けっこう時間経つのに二人とも帰ってこないのっ!!!」
   
剣士「どうしよぉぉぉぉぉ 幽霊に遭ったのかもしれないよぉぉぉぉ……」シクシク

勇者「僕が寝こけてる間にそんなことがあったとは。大丈夫、僕がちょっと探しに行ってくるよ。
   君はここで待ってて――」
   
剣士「……」

勇者「……じゃなくて、いっしょに行こうか」

剣士「うん」




269: 2014/02/04(火) 21:45:14.76 ID:ZEePks+po



勇者「窓のないところは暗くて前が見づらいな。はあ……魔法が使えたら」

剣士「まだ杖は質屋だもんね!早く取り返せるといいよね!」

勇者「……そんなにしがみつかれると歩けないんだけど……」

剣士「し、しがみついてないじゃん! 勇者は方向音痴なんだから迷ったら危ないかなって思ったの!」

勇者「さすがに室内では迷わないよ。昔から暗いところとかお化けとか怖がってたけど
   幽霊なんて氏んでるだけじゃないか?そんなに怖い?」
   
剣士「は、は、はあー!?なに言ってんの? 生きてたら斬れるけど氏んでたら斬れないんだよ?
   滅茶苦茶怖いよ!!!!! 一方的にこっちがやられるだけなんだよ? こわっ!!!」
   
勇者「あ、そこなんだ」

剣士「っわーーーーーーーーー!!!」

勇者「わああああああ!? なに!? どうしたの!?」

剣士「今、階段下から話し声がっ」

剣士「狩人ちゃんたちの声かどうかは分からなかったけど、いま絶対絶対声がしたよっ……!
   ……ねえ、聞いてるの勇者?? ゆう……」
   
剣士「…………!?!?あ。あれ? 勇者? ……え? いない?」


剣士「ちょっと……勇者ぁぁ! 室内では迷わないって言ったくせに!! どこ行ったのよぉぉっ」

剣士「……ねえぇ……グスッ……もうやだーーーっ!!」




270: 2014/02/04(火) 21:46:27.48 ID:ZEePks+po



ドタンドタンッ!!


勇者「うわっ! い、一体……ここは?」
 
勇者「廊下で手すりを掴んだ瞬間、横の壁がぐるっと回転して、あっという間に変な場所に来てしまった。
   これって隠し扉かな。何のために……。あっ戻れない」
   
勇者「ていうか前にもこんなことあったな。こんなのばっかりか」   
   
勇者「剣士の声も聞こえないな。結局バラバラになってしまった……大丈夫かな。
   急いで出口を探さないと」
   


勇者(細い階段がある……屋根裏部屋? とにかく行ってみるしかなさそうだ)


ミシ……ミシミシ……ミシ


勇者(うわ、館自体すごい古かったけど、ここの床は相当だな。いつ抜けてもおかしくない。
   というか抜けそう。いや絶対抜ける。そして僕は階下に落ちて腰を強打する予感がある)
   
勇者「……? 何か見え………… あ、あれは」

勇者「宝箱!?」

??「………………」スッ

勇者「まさか財宝が……  !!」バッ

??「チッ!気づかれたか」

勇者「誰だ? いきなり背後から斬りつけようとするなんて無礼だな」

盗賊男「そいつぁ失礼……へっへ」

盗賊女「その宝はあたしらんだよ。どきな」





271: 2014/02/04(火) 21:47:34.36 ID:ZEePks+po



勇者「宝だと!?」

盗賊男「そうだあ!お前もそれ目当てにここに探しに来たんだろ? 巷じゃ最近噂だもんな」

盗賊女「この館に今なら金貨1000枚相当の宝が眠ってるってね!
    あたしらはそれで魔族が襲ってこない安全な土地に引っ越すんだ」
    
盗賊男「そうさ、歓楽街の酒びたりどもは楽観的だが、ここもそう長くないだろうしな。
    だからさっさとその宝もらってトンズラすんだよ、オラどけ小僧」
    
勇者「き……金貨1000枚!?!?」

盗賊女「こいつ、あたしらの話何一つ聴いてねえな!!」

盗賊男「目が宝箱に釘つけになってやがる……大人しくしときゃあ痛い目合わずに済んだのによ」




272: 2014/02/04(火) 21:49:41.06 ID:ZEePks+po



盗賊男と盗賊女が襲いかかってきた!

金に目が眩んだ勇者は攻撃力・敏捷性ともに2倍になった!


盗賊女「ああ!?おいなんだそれずるくねーか!」

勇者「金貨金貨金貨金貨……」

盗賊男「ひいいいい なんだこいつ!?強っ きもっ――ウギャッ」


盗賊男を倒した!


勇者「…………」スタスタ

盗賊女「ちょ、ちょっと、えええ? な、なんなんだお前は……こっち来るな!」

勇者「じゃあ宝は僕のものということでいいかな」

盗賊女「わ、わかった。持ってきなよ」

勇者「助かった……!!これで雪原を越えられる」

盗賊女「……なんちゃってな!背中を向けたな小僧っ!!」バッ


ミシミシミシミシ…………バキッ!!


盗賊女「はえ」

勇者「あ」



273: 2014/02/05(水) 00:32:16.17 ID:8Twj8RMgo



* * *


剣士「もう信じられない!あんな自信満々に迷わないって言ったくせに、僅か数秒で姿消すってどういうこと?」

剣士「……だ、大丈夫。多分女神様にもらった剣>幽霊 のはずだよね。うん。一人でもできる。階段を降りよう」

剣士「階段を降りようってば!!!なんで動かないの!!…………………………怖いからだよーーー!!」

剣士「わあああああああん!怖いよおおおお……勇者どこ行っちゃったのーーー!!」



剣士「……」

剣士「……一人にしないで……」




ミシミシミシミシ……バキャ!!


剣士「え?」

盗賊女「ひゃあああああああああああ!!……あうっ!!」ドサ

盗賊女「キュウ」

剣士「え?」

勇者「やっぱり抜けると思ったんだよ……絶対こうなるって思ってた。イテテ、あ、剣士」

剣士「え?」




274: 2014/02/05(水) 00:34:06.03 ID:8Twj8RMgo



勇者「見つけたよ、金貨。これで大雪原も渡れるし、明日から宿の心配をしなくてもいい。
   さっきいたところが隠し扉になってて、この上の階に宝箱が、」
   
剣士「黙らっしゃい!」ペチーン

勇者「ええええ?なんで?」

剣士「もう……目を離すとすーーぐどっか行っちゃうんだから馬鹿ーーーーっ!!」ギュッ

勇者「けっ剣士!?」

剣士「……」ギュー

勇者「……ごめん」



僧侶「はいはい、いちゃついてるところ悪いんですけどね!!!
   1階にいた盗賊どもひっ捕まえて訊いたらここに財宝があるっぽいですよ!!!」
   
狩人「ここ……隠し通路たくさん……」

剣士「僧侶くん!狩人ちゃん! よかった、無事だったんだ……!!遅かったから心配したんだよ」

勇者「1階にも盗賊がいたのか。間一髪だったな」

僧侶「1階『にも』?」

勇者「宝なら見つけたよ」



275: 2014/02/05(水) 00:34:48.86 ID:8Twj8RMgo


* * *


男「ええっ? なんだ、本当に金持ってきたのか!! さすが勇者御一行……毎度ありぃ」

男「でも、ほんと、これでも安いくらいだぜ。最近雪原も物騒で、獣も魔族も出放題。走るソリ自体減ってるからな」

僧侶「安いくらいだってよ。この国は物価が高ぇなあオイ」

剣士「いくらなんでも高すぎだよー」

男「その分速さと安全性は保証するぜ! さあ、さっそく出発だ。乗った乗った」




281: 2014/02/08(土) 00:30:20.20 ID:5O8t92t/o


ソリの上


剣士「ひゃー!寒いけど楽しい!すごい!」

勇者「剣士は元気だなぁ」

僧侶「ジジイかお前は?」

男「あんまり窓開けるなよー。丸一日このソリに乗ることになるからな」

勇者「次の町はなんでしたっけ?」

男「初雪の町だ。のどかでいいところだぜ。雪に咲く花畑が有名だよ」

狩人「雪に咲く……」

剣士「ちょっと見てみたいね!」

僧侶「女の子はそういうの好きだよなぁ。いいね、花畑に女の子の絵面。至高だな!!!!!」

勇者「僧侶も元気だね」

男「……ん?」


ガタタン


勇者「うわ、どうしたんですか?」

男「いやあ……なんか急に犬の様子がおかしく……一体どうしたってんだ?」

勇者「一旦外に出て見……」


ドゴーーーーーンッ!


剣士「なんの音!?」

勇者「魔族か獣に人が襲われているのかもしれない。行ってみよう!」





282: 2014/02/08(土) 00:32:30.40 ID:5O8t92t/o




* * *


女エルフ「はーーー……くしゅっ」

女エルフ「さむぅ……。鼻水出てきたぁ……」

女エルフ「でも鼻水なんて出してる場合じゃない。勇者はどうやら今ヒュドラ様のいる雪の塔に向かってるらしいのね」

女エルフ「太陽の国から雪の塔まで行くにはこの大雪原を通らないといけない。
     だったら待ち伏せしない手はないってことよね」
     
女エルフ「私自身はとっても魔力が弱くて非力だけど……いくらだってやりようはあるのよ。ふふん。
     例えばこうして待ち伏せして不意打ちしたり、『道具』の力を借りたりぃ」
     
女エルフ「……ね! 『失敗作』ちゃんたち。期待してるから、頑張ってね」

××「ォアァァァ……」

××「ウウウゥゥゥア」

女エルフ「グリフォン博士は君たちのこと『失敗作』だなんて言ってたけど
     ……まあ見た目はともかく、攻撃力だけはすごいじゃない?
     君たちが一緒にやっちゃえば、勇者だって容易い容易い!」
     
女エルフ「勇者を倒せたら私は一気に昇進だ。えへへ。魔王様に認めてもらえる。
     もしかしたら王子様ともお近づきになれるかも!
     それに魔族の中のエルフ族の地位も上がるだろうしいいことづくめだね!」
     



283: 2014/02/08(土) 00:36:07.66 ID:5O8t92t/o



女エルフ「勇者の仲間はいらないから全部頃して、勇者だけ生かそうかな。
     手足もいで部屋で飼おうっと」
     
××「ヴアァァァ……ガァァ」 ゴンッゴンッ

女エルフ「あーもーうるさいな。なにしてんの? でかい図体してるんだから暴れないで、うるさいよ」

女エルフ「しかし本当に大きいし、醜い体だね。白日の下で見ると余計気持ち悪い……うえ。
     博士の趣味はやっぱり理解できないな」
     
女エルフ「人間の姿って耳も顔も元から不格好だけど、よりひどい姿にされちゃったね。かわいそ」

××「アアアアアアアアァァァァ」

女エルフ「だからぁ、うるさいって。待ち伏せしてるんだから、静かにしててよ」

女エルフ「『失敗作』ちゃん」


ドゴッッ!!


女エルフ「……え?」



284: 2014/02/08(土) 00:39:06.24 ID:5O8t92t/o



××「ギヤァァァァァァ!!」ダンダンッ

女エルフ「ちょ、…………きゃっ!!」

××「アアアアアアアアアアアアア!」

女エルフ「いた……っ! い、痛い痛いってば! なに、急にどうしたの!
     なんで私の命令聞けなくなっちゃったの? 道具なのに……
     もしかしてグリフォンさんのミス!? あの変態め!!」
     
××「アア……ァアアア……」


ズシン……ズシン……


女エルフ「待って! 落ち着いてよ、もう。……来ないで!来ないでってばぁ」

女エルフ「……っ もう勇者のことはこの際いいや、逃げよう」パッ

××「ユ……ルサナ……」グッ

女エルフ「いっ!? は、離し―――」




285: 2014/02/08(土) 00:40:42.33 ID:5O8t92t/o



……ゴォォォォォォ!


××「ギャアアアアアアアアアァァァッ!!」

女エルフ「ひっ……?」





勇者「なんだ、あの化け物は……? ……魔族か?」

剣士「人がいる!ほら、あそこ! 白いフードの外套を着てるから見えにくいけど……助けなきゃ!」

狩人「化け物は複数いる。気をつけて」

僧侶「おう!」



女エルフ「え?え?何今の?……炎……?魔法?」

女エルフ(えっ……あ、あれって……勇者!! うそぉこんなタイミング悪い時に!
     四面楚歌どころじゃないっ!あああ、どうしよう!)
     
××「ウァアアアアアアッ!」

女エルフ「!? う、後ろに……!」


――ズパッ!!


剣士「大丈夫?」

女エルフ「へぁ……!?」

剣士「足を怪我してるの? 待ってて、今離れたところに連れていってあげるから。
   勇者たちがあの化け物を倒してくれるから、もう安心していいよ!」
   
女エルフ(あ……フードと外套で外見が見えないから、私を人だと思ってるのね)



286: 2014/02/08(土) 00:41:41.87 ID:5O8t92t/o



女エルフ「は、はい」

女エルフ(人間なんかに助けてもらうのなんて屈辱だけど、とりあえずここは勘違いさせとこう……)


勇者は風魔法を唱えた!
辺りに強風が吹き乱れた!


――ピラッ


女エルフ「…………あ」

剣士「え……? その……耳と目……それに羽根は…… まさか君、魔族なの?」

勇者「ん?魔族?」

僧侶「なんだと?」

狩人「……!!」ギラッ


女エルフ(オワタ)




287: 2014/02/08(土) 00:45:52.82 ID:5O8t92t/o




僧侶「剣士ちゃん、右から来てるぜ!」


××が剣士と女エルフに殴りかかった!


女エルフ「……!!」ギュ

剣士「こっち!」グイ

女エルフ「え!?」


剣士と女エルフは攻撃をかわした!
剣士の攻撃!××の右手らしきものを断ち切った!

狩人の攻撃!××にダメージを与えた!


狩人「……急所が全然分からない……それに痛みで動きが鈍る様子もない。
   これではいつまでたっても……」
   
勇者「それなら丸ごと焼こう。まかせて」


勇者の火炎魔法!××の巨体は火柱に覆われた!
断末魔はしばらく空に響き渡った後、雪に溶けて消えた。

××を頃した。




288: 2014/02/08(土) 00:47:40.10 ID:5O8t92t/o


―――――――――――
―――――――
――――


僧侶「なんだったんだ、こりゃあ。焼氏体になってもまだ薄気味悪い」

勇者「やっぱり魔族かな。……魔族と、言えば」チラ

女エルフ「……」

狩人「頃しましょうか」

勇者「待ってくれ」


勇者「……エルフ族か。どうして魔族同士で仲間割れを? ……って、僕の言ってること分かるかな」

女エルフ「…………馬鹿にしないでよね」

勇者「さっきも気になってたけど、君は人間の言葉が通じるんだね。
   いや、前に塔で戦った吸血鬼とも話せたけど。魔族の中には人の言葉を理解する者もいるのか?」
   
女エルフ「逆に訊くけど、人の中に魔族の言葉を理解する者はいるの?」

勇者「え……? それは、いないと思うけど」

女エルフ「だろうね。人間ってそうよね、いつも自分たちのことを中心に考えてるんだから」

女エルフ「君たちがそんなんじゃ、私たちだって君たちの言葉を学ぼうとすることなんてないよ」

剣士「でも現に今、君、人の言葉を喋ってるじゃない」

女エルフ「魔族の中にはとっても高度な、言語に関わらず意思疎通する魔法を使える者がいるの。
     エルフ族みたいなね。
     今私は人の言語じゃなく魔族の言葉を話してるけど、魔法でそれを互換してあげてるのよ」
     
勇者「そんな魔法があるのか」



289: 2014/02/08(土) 17:19:42.30 ID:5O8t92t/o




勇者「……」

女エルフ「……はあ……しくじった。もういいわよ、早く頃しなさ、」

狩人「じゃあ遠慮なく」

女エルフ「ちょっと最後まで聞いてよ」


僧侶「しくじったってことは、俺たちを待ち伏せしてたってことか」

女エルフ「悪い?」

僧侶「悪くはないな。戦いに卑怯もクソもねえし」

狩人「…………」ギリ


ヒュッ!


女エルフ「……!」ギュッ

女エルフ「…………?」

狩人「どういうつもりですか……勇者」

勇者「……このエルフは、別に殺さなくても害は……ないんじゃないかな? 力も弱いようだし」

狩人「正気ですか。敵ですよ。あなたの命を狙って、さっきの化け物を従えてここで待ってたのです」

勇者「それは、分かってるけど」

女エルフ「……勇者。馬鹿じゃないの?」

狩人「馬鹿って言われてますけど」

勇者「う」




290: 2014/02/08(土) 17:20:50.13 ID:5O8t92t/o





女エルフ「……そこのあんたも」

剣士「え?私?」

女エルフ「どうしてさっき、私がエルフだって分かってたのに助けたの」

剣士「え、うーん……分かんない」

女エルフ「ほんっと馬鹿みたい。そんなんじゃいつか全員氏んじゃうよ。
     そんな甘い考えで勝てるほど私たちは軟弱じゃないんだからね!」
     
勇者「僕たちだってそんなに弱くない。 …………治癒魔法」

女エルフ「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。
     ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」
     
勇者「もう僕たちを襲わないって約束してくれるなら、ここから逃がしてあげるよ」

女エルフ「分かったわ。約束――するわけないでしょ! ばーーか!」パッ

勇者「ええっ……」

剣士「あ、飛んだ」

女エルフ「私に情けをかけたことをいつか後悔することね。じゃあね」ヒラ

勇者「ちょっと待って!最後に教えてくれないか。さっきの……僕たちが倒した化け物は……
   あれは、本当に魔族なのか? 種族は?」
   
女エルフ「ああ、あれ? いいよ、教えてあげる……。……」

女エルフ「やっぱ嘘。……知らない方がいいんじゃない? じゃあね、ばいばーい」


パッ……



291: 2014/02/08(土) 17:21:31.56 ID:5O8t92t/o


女エルフ「人間に情けをかけられるなんて最悪。最悪最悪最悪!」

女エルフ「こんなのおじい様に報告できないよ……あーあ……いい作戦だと思ったのに」

女エルフ「……魔族を助けるなんて馬鹿みたい。敵なのに」

女エルフ「ばっかみたい!私のことなめきってるのね! きーっ」

女エルフ「今度は、私が……絶対……!」



292: 2014/02/08(土) 17:22:57.17 ID:5O8t92t/o



* * *



男「あともうちょいで初雪の町につくぜぃ」

剣士「はーい」


剣士「わーい、町にもうすぐ着くってさ!一日中ソリに乗ってたから腰が痛いや。
   お腹もすいちゃったしね!今日の夕食はなに食べようかなぁ!」
   
僧侶「寒いから早く風呂にも入りたいよなー。見てくれよ剣士ちゃん、寒すぎて俺の鼻も髪の毛も真っ赤だろ?」

剣士「あはは本当だー、って僧侶くんの髪の毛は元々赤毛じゃん!」

勇者「はは……」ダラダラ

狩人「………………………………」

勇者「……」ダラダラ

剣士「……」

僧侶「……」



剣士「あのー……ね?ほら……狩人ちゃん……僧侶くんのボケおもしろくなかった?
   元々赤い髪の毛なのにさ……あはは!変なのー!!」

僧侶「勇者お前早く狩人ちゃんに土下座しろ!!!おらっ!!床に頭をめり込ませるレベルまでだよ!!!」ゴンッ

勇者「痛い痛い!骨砕ける!」

勇者「……えっと……その、ごめん。狩人」

狩人「…………謝るということは、今後同じ状況になったとき、違う行動をとれるということですか?」

勇者「そ、それは……」

狩人「あのエルフが言ってた通り、あなたは甘い。……と思います!」ダンッ

僧侶「おお珍しく狩人ちゃんが大声を! そうだそうだお前が全部悪いぞ勇者!!」

狩人「僧侶はしばらく静かにしていてください!」

僧侶「ええッ」



293: 2014/02/08(土) 17:26:28.94 ID:5O8t92t/o





剣士「二人とも喧嘩しないで仲良くしようよ……」

狩人「そういうわけにはいかないです。勇者、……それから剣士も。
   戦いに関してそんな甘い考えでいたらだめです」
   
狩人「今殺さない敵はいつか力を蓄えてより強大な敵になります。殺せる時に殺さなければ。
   誰かが……大切な人が、いなくなってから後悔しても遅いです」
   
狩人「……遅いんです」

勇者「でもやっぱり僕は……敵だとしても、頃す必要がないのならそうしたくはない」

勇者「勿論、王都を勇者として旅立ったときから、戦いの末に敵の命を奪うことになるのは覚悟してたよ。迷いはない。
   狩人の言ってることも分かる。今日僕がしたことはいつか自分の首を絞めることになるかもしれない」
   
勇者「だけど、もしかしたらそうじゃないかもしれないじゃないか。
   その可能性を捨てて、必要性のない頃しをするのなら、それは…………。……」
   
狩人「魔族と一緒だと、言いたいのですか?」

勇者「……」

狩人「あんな奴らと一緒にしないで……!」

剣士「あ、あ、あのさ? わ……私も、勇者に賛成かも。
   強くて悪い魔族だけ倒せばいいんじゃないのかな? 弱い敵は……殺さなくっていいなら、殺さなくていいと思うけれど」
   
剣士「そうだ、私たちがもっともっと強くなったら無問題なんじゃないかな!」

狩人「楽観的すぎます……。氏んだら、もう終わりなんです。
   氏んじゃったらもう会えないんです。二度と……」
   
狩人「だから、殺される前に殺さなくてはいけない……!
   それが戦場を生き残るたったひとつの術なのだから……」
   
勇者(確か狩人は婚約者を魔族に殺されて……)

勇者「でも彼らにだって僕たちみたいに、自分の言語や文化、歴史があるように家族や友人がいると思うんだ。
   できればそれを不用意に奪いたくない……できれば」
   
狩人「……」



294: 2014/02/08(土) 17:28:10.80 ID:5O8t92t/o



剣士「僧侶くん……、どうしよう。二人とも一歩も譲らずって感じなんだけど」ヒソ

僧侶「まあ、あれだな。勇者も狩人ちゃんもどっちも考えを変えるつもりはないわけだ。
   これ以上は話し合いも平行線だな」
   
僧侶「別に違う考えを持ったままでいいんじゃねえか?
   無理してひとつにまとめなくても。元々性格もバラバラな俺たちなんだ、いいだろそんくらい」
   
勇者「え? ああ……確かにそうかもしれないね」

剣士「あ、そうだよね。僧侶くんいいこと言うじゃん!」

僧侶「それにもうすぐ町に着くし、早く風呂入って寝たいんだよな、俺。女湯も覗かなくちゃいけないし」

剣士「前言撤回するね!」

狩人「……私はやっぱり勇者と同じようには考えられない。でも、あなたもそのつもりならば、
   あなたがその意思を持ちながらどこまでいけるのか……興味があります」
   
狩人「そうして何も大切なものをなくさずに全て成し遂げられた時には、私も考えを改めることにします」

勇者「……うん」

剣士「はい、じゃあ仲直りの握手!」

狩人「喧嘩をしていたわけでは……」

剣士「いいからいいから」

勇者「心配してくれて、ありがとう。狩人」

狩人「……いえ。別に、私は……」


男「おぅい、もう着くぜ。下りる準備しとけ」

剣士「はーい!」




295: 2014/02/08(土) 17:34:12.84 ID:5O8t92t/o



* * *


翌日 初雪の町

  

勇者「武器屋と防具屋の品ぞろえがすごい充実してるな。そんなに大きな町じゃないのに。
   それに……武器を身に付けた人が多い」
   
槍使い「ぜんぶ傭兵志願者さ。王都がいま兵士不足って嘆いててな、破格の給料で傭兵が雇われてんだ」

武器屋「おかげさまで商品が儲かるのなんの」

眼帯男「ま、どんだけ兵士がいようが傭兵がいようが、騎士がいようが……
    魔族どもにゃ痛くもかゆくもないだろうなって話してたんだけどさ。
    勇者が来てくれたのなら希望が見えてきたって感じかな」
    
槍使い「でも、装備はちゃんと雪の国用のを買った方がいいぞ」

勇者「うん。そうするよ」


勇者「古城で見つけた財宝を換金したお金が余っていてよかった」

僧侶「よう勇者。そんでその金ってまだ余ってんのか」

勇者「余ってるけど……装備を買うための分はもうみんなに分けたよね。高い防具でも見つけたの?」
   
僧侶「いや装備じゃなくて、酒を買おうと思ってな!! いい店見つけたんだこれが!!
   お前も行くか?剣士ちゃん一筋もいいが、男は場数踏んでこそだと思うぞ」ポン
   
勇者「ひ、一筋って一体なにが? ……じゃなくて、酒は我慢してくれよ。
   酒より薬草とか買わないといけないんだからさ」
   
僧侶「チッ!」



296: 2014/02/08(土) 17:37:02.51 ID:5O8t92t/o




勇者「そういえば……あのときは何も言ってなかったけれど、僧侶はどう思ってたんだい」

僧侶「あ?なにが?」

勇者「ソリに乗ってたときの僕と狩人の話で……。僧侶だったら、どう行動してたのかって」

僧侶「ああ……俺か? 俺は歯向かってくる奴は全員返り討ちっていうスタンスだから、
   どっちかっつーと狩人ちゃん側かね」
   
勇者「すごいスタンスだ」

僧侶「お前と剣士ちゃんの考えの方がまともじゃないと思うぜ。なんつーか……本当『勇者』様らしい考えだ。
   その博愛主義でどこまで持つか、俺も楽しみにしてるさ」
   
勇者「別に博愛主義ってわけじゃない。ただ僕は君たちより……弱虫なだけなんだ」

僧侶「心配すんな、あんまり情けない様晒すようなら俺が引っぱたいてやるよ。ストレス発散がてら」

勇者「じゃあその手を借りないよう頑張るよ」

僧侶「ハハン」



297: 2014/02/08(土) 17:37:55.64 ID:5O8t92t/o



勇者「あ、僕も防具買いに行かなくっちゃ。じゃ、また後で、僧侶。女の人にふらふらついてっちゃだめだよ」

僧侶「お前なぁ、俺の方が年上だぞ!!人生の先輩を敬えってんだ」



防具屋


勇者「一通り揃えられたかな。武器は新調しなくていいし」

勇者「……ん? これは……」

店番少女「勇者さんお目が高い! それねえ、今日仕入れたばっかりなの。
     勇者さん価格で特別に安くしちゃうわよ!」
 



―――――――――――
――――――――
―――



298: 2014/02/08(土) 17:39:30.25 ID:5O8t92t/o



噴水前


――ガサガサ


剣士「次は……ここから北東の村ね。結構近いみたい。吹雪がなければ1日で着くって聞いたな。
   順調に行けば首都まで3週間くらいかなぁ」
   
剣士「うふふ、地図の見方もちゃんと分かってきた!これでもう迷わないや」


勇者「あ、いたいた。剣士」

剣士「あれ、もしかしてもう出発の時間? わあごめん!うっかりしてた!
   ちょっと待ってあの角のお店の焼き菓子がおいしそうだったから少し買っていきたいの!!」ダッ
   
勇者「待って待ってまだ出発じゃないから大丈夫」ガシ

剣士「えっ?なんだよかった。びっくりした」

勇者「これ渡そうと思って探してたんだ」

剣士「なにこれ?開けていい?」

勇者「うん」

剣士「えーなになに?お菓子かな?大きさからして飴?クッキー? わあい、えへへありがとー!」

剣士「なんだろ……、……!?!?」

剣士「なななななな……え?え?え? ゆ……ゆび……ゆびわっ?? え? なにこれ?」

勇者「君の言う通り、指輪だけれど」

剣士「えっ……えええええ!? ちょっと待って、勇者、い、い、意味分かってるの? こここここれって……」

勇者「? 意味も何も、防御力アップのための防具だよ。さっき買ったんだ。一番前線で戦うのは君だからさ」

剣士「…………」

剣士「あっうん。知ってるよ?指輪なんて防具以外の何物でもないよね」




299: 2014/02/08(土) 17:44:01.05 ID:5O8t92t/o



剣士「ただひとつ聞いていい? どうしてこんなにかわいくラッピングされてるの?」

勇者「防具屋の店番の子が、仲間に渡すって言ったら、有無を言わさずそうしてくれたんだ」

剣士「あ、そうなんだ」

剣士「別に私勘違いしたわけじゃないよ?顔が赤いのはさっき雪に顔突っ込んで遊んでたからだから!!」

勇者「そ、そう。その遊び楽しいの?」

剣士「楽しいよっ!!
   別にっ勇者が私にそういう意味で指輪をプレゼントしてくれたとか思ったわけじゃないもんね……っ」
   
剣士「早とちりして赤くなったわけじゃないんだもんねっっ!!!」

剣士「ありがとっ!大事にするね!!でもできればほかの女の子にはこういうことしちゃだめだよっ 分かった?」

勇者「なんで?」

剣士「なんでも」

勇者「わ、分かったよ。だからそんなに怒らないでよ」

剣士「怒ってないよ!!!!」

勇者「怒ってるじゃないか!」




300: 2014/02/08(土) 17:45:54.02 ID:5O8t92t/o
勇者「おこなの?」

今日はここまでです

301: 2014/02/08(土) 22:38:31.99 ID:SospdsWYo

引用: 勇者「百年ずっと、待ってたよ」