319: 2017/08/15(火) 19:02:40.44 ID:sE/Vv+Mi0



【艦これ】神通「カリブの、海賊?」【前編】



ベケットの伝えた作戦は、手順はそう複雑なものではなかった。
だが、余りに型破りで、余りに博打の要素が強すぎた。



ベケット「我々の、たったこれだけの戦力で、本土・南方を蹂躙する怪物を倒そうと思えば、
     恐らくこれくらいしかない」


それは分かる。しかし、それにしても、余りに、余りに信じがたい作戦だ。
もっといえば、理屈は分かるが、信頼性に欠けた。それだけ突飛な内容だった。


吹雪「いえ、……しかし」


そう言ったきり、吹雪は黙り込む。
作戦立案の分野においては、吹雪はかなり優秀である。
机上の優等生的な回答だけでなく、限られた手札での奇策もできる策略家の面があった。
そんな彼女だからこそ、反論したくてもこれしかないと思えてしまい、黙り込むしかなかった。



ジャック「ちょっと待て!」


真っ先に反論したのは、先ほど説き伏せられたジャックである。



320: 2017/08/15(火) 19:03:07.70 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「今度何だ?」


煩わしそうな声でジャックを睨みつける。
もう話は済んだはずだ、というオーラが言外ににじみ出ていた。



ジャック「作戦はわかった。俺が重要なのも、そりゃわかった。
     だけど、それだけは無理だ。そもそも作戦として機能しない」


ベケット「何故だ、お前の経歴ならこれくらいはできるのではないか?」


ジャック「だがそりゃパールに乗っていたからだ。フーチー号は悪くない船だが、
     それじゃ、それだけじゃ無理だ。性能が段違いだ」



その言葉に、ベケットは少し考えた。
失念していた、という訳ではないが、彼は色々な船を操っていたことを知っていたため、
パールかそれ以外かで大きく差が出るということまで考えなかった。
ベケットは少し悩む。




321: 2017/08/15(火) 19:03:33.61 ID:sE/Vv+Mi0



その様子に、しびれを切らしたのはジョーンズだった。




ジョーンズ「では、パールがあれば行けるということか?」



その質問の意図を、ジャックは読めなかった。
しかし特に反論する気もしなかったので、頷く。
それを見てジョーンズがうっすらと笑む。




ジョーンズ「よかろう」











322: 2017/08/15(火) 19:04:03.96 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 港//





強風と、豪雨。
波は港の防波堤を時折完全に覆いつくし、見ているものは胆を冷やした。

基地を上げて反攻作戦の準備に取り掛かっている中、
ジャックとギブス、バルボッサ、そしてジョーンズの4人は、
そんな大荒れの港に立っていた。

目の前にはフーチー号が、今にもひっくり返りそうな様子でつながれていた。


ジャック「本当なんだろうな?」


ジョーンズ「嘘はつかん」


ジャック「それが嘘だろう」



ジョーンズは、笑いながら懐からビンを取り出す。
それは、ジャックが大事にしまい続けていたブラック・パールのボトルシップだ。




323: 2017/08/15(火) 19:04:32.76 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「この瓶の呪いには、古きアトランティスの力を感じる。
      私の専門外だが、これくらいなんだ。どうということはない」


バルボッサ「お前に信じがたい力があることは、伝説で知っているが……」


ジョーンズ「案ずるな! かつて全盛期のカリプソを封印する方法を
      海賊長たちに教えたのはこの私だ! デイヴィ・ジョーンズ・ロッカーに
      スパロウの肉体と魂を閉じ込めたのも私だ! いわば私は、封印の専門家だ」



そういうと、目を瞑り、ジョーンズはに向かって何事かを呟く。
すると、ビンの中のパールが回転し、渦に沈んでいくではないか!



ジャック「お、おい!」



ジョーン「まぁ見ていろ」




324: 2017/08/15(火) 19:05:17.61 ID:sE/Vv+Mi0



すると、異変はすぐに起きた。


係留していたフーチー号も、同じようにしてみるみる内に沈んでいく。

大波の仕業か!


そう思ったジャックは見ていられないとばかりに船に走るが、
ジョーンズに触手で首根っこを掴まれる。

そして顔を近づけ、何本かの顎髭で首絞められる。



ジョーンズ「落ち着いたか?」


恐ろしい荒療治であるが、さすがにここまでされてはジャックも黙らざるを得ない。
血がすーっと頭から下がり、冷静になる。



ジャック「落ち着いた。……やめろ、これ以上は落ちる」


ジョーンズ「フン」




325: 2017/08/15(火) 19:06:07.01 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは、ジャックを詰まらなさそうに地面に放った。
体勢を起こしながら、ジャックがフーチー号を見ると、船は完全に沈んでしまっていた。



ジャック「嘘だろ、なんてことを!」


ジョーンズ「よく見ろ」








すると、海の底から、嵐にも負けぬ轟音をあげ、巨大な何かが浮き上がってくる。
クジラか? その疑問は、すぐに打ち消された。



何かが、水しぶきを上げて海面に浮きあがり、
ジャックたちの目の前に姿を現す。






ジャック「――!」



日も沈み、嵐で月も隠れ、真っ暗になったなかでも、その船を感じ取ることが出来た。


船に走り、手で触る。


その船の感触は、よく覚えている。


バルボッサとギブスも、同じようにして船を調べた。





本物だ。全員が思った。






本物の、ブラック・パール号だ。







326: 2017/08/15(火) 19:07:14.12 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「私の力で一時的に、ビンの中の船と立場を入れ替えた」



考えてみれば、黒髭の魔術を、デイヴィ・ジョーンズが破っても不思議ではない。
黒髭は伝説の海賊であるが、デイヴィ・ジョーンズもまた、伝説の海賊。
それも海の神話に加わるであろう伝説だ。もはや格が違う。

しかし、そんな伝説のジョーンズでもこれは難題だったのだろう。
ジャックらに一言付け加えた。



ジョーンズ「だが、それは一時的だ。アトランティスの神々を騙し通せるのは一夜だけ。
      日が昇れば、すぐにバレ、再び今と同じように沈む。次に昇ってくるのはさっきの二流船だ。
      夜のうちにケリをつけろ」




ジョーンズの言葉は、三人の耳から綺麗に抜けていく。
ちゃんと聞いてはいるのだが、気もそぞろだ。



あれほど恋、焦がれた愛しのブラック・パール号。



絶望的な戦力差の今夜の決戦。






しかしこの船があれば、何処へだって行ける。何者にだって勝てる。
この一夜だけでも、彼らにとって、最高の相棒が帰ってきたのだから!










327: 2017/08/15(火) 19:07:42.27 ID:sE/Vv+Mi0
























328: 2017/08/15(火) 19:11:44.88 ID:sE/Vv+Mi0
次回、泊地水鬼討伐戦。

20:00投稿予定でしたが、今の分が想像以上に時間かかったのでもう少し遅らせます。
多分21:00かな。頑張ります。

ついに残り半分。次の投下が最後になるはず。

330: 2017/08/15(火) 20:19:15.92 ID:sE/Vv+Mi0
あ、確かに「ドック」ですね!

これだとワンちゃんですね、恥ずかしい。

幸か不幸かもう出てこない単語ですので、
皆さま脳内変換の程、よろしくお願いいたします。

331: 2017/08/15(火) 20:20:18.88 ID:sE/Vv+Mi0
とりあえず予定通り21:00から始めます。
しばしお待ちを。

333: 2017/08/15(火) 21:00:55.27 ID:sE/Vv+Mi0
>>332
ヴァージルと違ってバルボッサは割とイケイケですからへーきへーき。
小ネタはちょくちょく入れてるつもりなので、クスっと笑ってくださるとうれしいです。

334: 2017/08/15(火) 21:01:53.98 ID:sE/Vv+Mi0
では、再開と行きましょう。
多分前半より文字数は少ないはずですけど、
量があるので時間はかかります。


どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。


335: 2017/08/15(火) 21:02:48.00 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//







暦で言えば、今日は満月のはずだ。空を見上げる神通はそう思った。


しかし、黒く分厚い雲と雨に覆われていては、月の光など一つも差し込んでこなかった。
周りには島も、人工物もない。そこは数々の夜戦を経験した神通さえ戦闘は覚束ないような、
明かり一つ存在しない漆黒の海だった。




そんな海を、一隻の海賊船が行く。





336: 2017/08/15(火) 21:03:52.71 ID:sE/Vv+Mi0





タ級「ウ゛ゥ……」





漣「ひっ……」


天龍「大丈夫か?」




漣「だ、大丈夫、大丈夫……」




手も足も、喉も震えてまともに声が出せない漣。だがそれは幸運ですらあった。
闇の中、四方から深海棲艦のうめき声が聞こえてくる。

暗闇に多少慣れた目でじっくり辺りを見渡すと、そこには駆逐、軽巡、重巡、戦艦、空母と、
深海棲艦の一大艦隊勢力が控えていることが分かる。敵はこの嵐の海を哨戒し、
どんな侵入者も寄せ付けないようにしている。


もし漣が怯えで大声を上げていたら、瞬く間に滅多撃ちの目にあっただろう。





337: 2017/08/15(火) 21:04:20.85 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「だが、これだけの軍勢が攻撃に参加せずに控えているのだ。
     本命はこの先にいるという証拠だ」



ベケットが小さな声で伝える。それを聞いて吹雪も頷く。
この兵力でどこかの基地を襲えば簡単に陥落するだろう。
そんな数を遊ばせているのは、そんな理由があるからだ。




338: 2017/08/15(火) 21:05:01.33 ID:sE/Vv+Mi0



だがそんな数に任せた防御も、海賊たちには通用しない。


恐らくどこかの基地の帝国艦隊が討伐に向かえば、一瞬で藻屑と化しただろう。
それほどの戦力を、海賊船は奇跡的に潜り抜けていく。


この光景には、艦娘たちも仰天した。


ベケットから作戦を聞いたときは半信半疑どころか完全に正気を疑った。
忠実な吹雪ですらそうだった。それはあまりにも荒唐な展望で、無稽な策だった。
理屈ではそうあるかもしれないと思いはしたが、通じるとは思っていなかったのだ。




ジャック「ざっとこんなものかな?」


ベケット「悪くないな」



作戦を立案したベケットは自身のこもった表情でそう言った。しかし、内心は成功にほっと胸を撫でおろしていた。
本当ならば、もっと完璧な作戦を考えたかったが、泊地水鬼の攻撃がその時間をくれなかった。
無理に考え出したこの策は、ジャックたちの腕によるところが大きく、そこが不確定要素であったが、
その期待を、充分以上に超えてくれたのである。







海賊たちを乗せたブラック・パールは、月光さえ射さない暗い海を
静かに静かに、闇夜に紛れて進んでいく。








339: 2017/08/15(火) 21:05:42.40 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号//






船が進んでいくと、波が徐々に高くなり、雨風も強さを増してくる。
パールは嘘のように船体を上下させ、軋んだ音を上げる。



嵐の中央に近づいている証拠だ!




気づけば、辺り一帯に山の様にいた深海棲艦たちも完全にいなくなっている。

なんと一戦もせず、親衛隊ともいえる敵軍の裏側を突いた。
少し相反する表現だが、「大方の予想に反して」「想定通りに」、
彼らは作戦の第一段階を成功させたのだ。



それを裏付けるように、更に波と嵐の強さが増す。



しばらくは船室で身を潜めていたジャックだが、急に顔を上げると
大粒の雨に打たれながら、滑らない様に船首まで走っていく。
そしてそのまま船から身を乗り出すようにして前を見た。




340: 2017/08/15(火) 21:07:03.81 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「見えるか!?」


ジャックの様子に驚いて、慌てて追いかけてきたバルボッサ。
しかしジャックは首を振る。




ジャック「いいや、まだだ」



遅れて他の海賊たちもジャックの元に駆け付けた。



ギブス「見えたのか!?」


ジャック「いいや、まだ」



ジョーンズ「来たかぁっ!?」


ジャック「まだ、まだ!」



ベケット「奴はどこだ!」


ジャック「待て、待て、待て!」






341: 2017/08/15(火) 21:08:01.87 ID:sE/Vv+Mi0



興奮していく船首付近。
五人は必至で目を凝らす。真っ暗な中、これだけ船が揺れていれば
見えるものも見えなくなって当然だ。泊地水鬼がいるのか、居ないかもわからない。



バルボッサ「何処だ……!!」


それでも、見つけなければ始まらない。
四人は何とかして見つけようと必氏だ。





ジャック「西だっ!」



一人、ジャックを除いて。

全員が声に反応し、ジャックを見る。
そして確信を得たように西の方角を向く。



そこには、言われなければ気づかないような、薄く、大きな敵影が見えた。




342: 2017/08/15(火) 21:08:38.96 ID:sE/Vv+Mi0




ベケット「戦闘準備だ!!」




ベケットは急いで踵を返し、艦娘たちに大声で叫ぶ。
嵐の勢いは絶えず増し、もはや声で居場所を知られることはないだろう。




バルボッサ「さぁ、パールよ進めぇ! いざ、我らを仇なす脅威の下へ!!」



敵影を見るや否や、バルボッサがマストを操り、完全に風を捕らえる。
その推進力を活かすため、ジャックは舵を目いっぱい回した。

揺れは上下に加えて左右まで加わり、船全体がシェイクされる。




ベケット「ぐっ……!」



ベケットは落とされないように、船の船縁にしがみつく。
艦娘たちも急な旋回に大慌てとなる。





343: 2017/08/15(火) 21:10:11.21 ID:sE/Vv+Mi0




ギブス「さぁ、行こうぜ! また一つパールの伝説を作ろう!」




ジョーンズ「待っていろカリプソォ! 俺はお前に屈服なぞせん!」





しかし、信じがたいことに、海賊たちはそんな動き回る足元など一切気にせず、
その暴れる甲板の上に、嬉々として立っていた。


足腰が強いとかバランスがとれているとかという問題ではない。
長い間、ほぼ毎日、海の上を船で過ごしていた連中だ。
彼らは最早、艦娘たちとは違う意味で、船と一体化していた。





船は、見失うことなく、敵の下へ一直線に。






そして、







344: 2017/08/15(火) 21:10:47.68 ID:sE/Vv+Mi0









ジャック「いよう、怪物」





見つけた。






距離は10メートルもない。ここまで近づけば、敵の姿も分かる。
夕暮れ時にも見たその巨体、その姿は、間違いなく、





神通「……泊地水鬼!」







345: 2017/08/15(火) 21:11:18.96 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼『ウゥ、アァ……』




巨大な怪物を目の前にして、ジャックの心が震える。
彼は利に聡く、賢しい人間だが、なにより冒険好きなのだ。




ジャック「叫べ! ヨーホー!!」



その声は甲板に響いた。



ギブス「ヨー、ホー!」

バルボッサ「ハハハッ! ヨー、ホォー!」

ジョーンズ「ヨー! ホー!! 満足かぁスパロウ!!」




346: 2017/08/15(火) 21:12:17.74 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ベケットも! ほら!」


ベケット「不要だ!」

ジャック「必要だ! 絶対に!」

バルボッサ「その通り。必要だとも!」




まさかバルボッサまでジャックに賛同してくるとは思わず、
観念してベケットも観念して「ヨーホー」と叫んだ。

それをみてジャックは満足そうにした。
この窮地を、この海賊たちは楽しんですらいた。




ジャック「やればできるじゃないか!
     いくぞぉ野郎ども!」




ジャックは舵をギブスに託し、甲板中央に移る。
戦略的な意味合いなど無い。ただその瞬間を特等席で見たいがためだ。






347: 2017/08/15(火) 21:13:01.20 ID:sE/Vv+Mi0





天龍「来るぞっ! 装填っ!」



吹雪「はいっ!」
漣「っ!」
神通「……」


旗艦である天龍の一声で全員が装填。戦闘態勢に入る。



天龍「来るぞ、来るぞ……!」



敵は強大だ。本来ならば、自分が全盛期の時に、この10倍の部下をもらって戦っても、
恐らく万に一つも勝ち目のない相手だ。


そんな相手に、これから立ち向かう。




348: 2017/08/15(火) 21:13:34.51 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「フゥー……」


天龍が深く呼吸をして意識を落ち着かせる。
案ずるな。立ち向かうが、真正面からではない。



天龍「あぁ、大丈夫。もう、誰一人氏なせはしねえ……」




嵐雨の隙間から、戦艦水鬼の相貌が見えた。
文句なしの有効射程!





349: 2017/08/15(火) 21:14:01.90 ID:sE/Vv+Mi0




天龍「撃ちーかたー始めえーっ!」




天龍の絶叫をかき消す一斉放火。



泊地水鬼『!』





動揺を突いた不意打ちは成功し、敵胴体に爆炎を上げさせる。





350: 2017/08/15(火) 21:14:52.69 ID:sE/Vv+Mi0




戦艦水鬼『グウッ……!』



苦悶の声をあげ、嵐の中のパールをにらみつける。
ようやく、戦艦水鬼もこちらを認識できたようだ。





戦闘が始まる。






351: 2017/08/15(火) 21:15:29.00 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「船長ぉー! 敵は堪えちゃいませんぜぇー!」


バルボッサ「かぁまわん! 敵影が原型を留めぬまで撃ち続けろ!」


ジョーンズ「殺せ殺せぇ! こちらが氏ぬか相手を頃すか、選ぶ余地など無いぞぉ!」




戦場で狂喜している海賊たちの声が耳に入ってきた漣は顔を顰める。



漣「何を盛り上がってんですかあの海賊共はっ!」



その一言を耳ざとく聞き逃さなかったジャックは、
にんまりと笑みを浮かべて言った。



ジャック「お利巧ぶるな、お前もこの船に乗る以上海賊だ! 
     叫べ! ヨーホー! ヨー! ホー!」




352: 2017/08/15(火) 21:16:38.86 ID:sE/Vv+Mi0



漣「あぁくそ! くそっ! 氏ぬもんか! 氏ぬもんか! ヨーホーっ!」


ジャック「そうだ、上出来だ! その意気だ!」





ジャックが周りを見渡す。





荒れた海、荒れた心、荒れた空、荒れた戦場。

敵も味方も、誰も彼も、何一つ穏やかならぬその夜こそは、彼ら海賊の生きる場所。








ジャック「諸君! 海賊の夜へようこそ!」










353: 2017/08/15(火) 21:17:06.62 ID:sE/Vv+Mi0



四方八方に荒れる波に乗って、パールは再び泊地水鬼に接近する。
敵の動揺を突くには、余裕を与えてはならない。




ベケット「今だっ!」


天龍「撃てーっ!!」


天龍の号令で、再び至近弾を与える!
敵は目と鼻の先。外す方がおかしい。四人の砲撃は泊地水鬼の外殻に直撃する。
だが、それだけにとどまらない。



天龍「まだだ! やれ! 撃てっ!」



漣「っ、あぁあ!!」


吹雪「当たってー!!」



時間にして数秒。海上戦闘においては一瞬といえるその刹那に、
彼女たちは止まることなく次々と砲撃を食らわせていく!
たった一回の交差。それだけの間に、なんと一人5発。合計20発近い砲弾を放った。
泊地水鬼の胴体が、爆炎に包まれる。



354: 2017/08/15(火) 21:17:43.92 ID:sE/Vv+Mi0




ジャック「ホッホー! 絶景だ!」



ジャックはその派手な爆発に両手を上げて興奮している。
神通は、自分たちが放った砲撃に驚いていた。
一瞬の一斉連射砲撃は、前線の長かった神通でさえ、見たことのない威力だった。


通常、彼女たちの戦いは、期せずして交互の撃ちあいになり、まるでターン制のような戦闘風景になる。
砲弾を撃ち出すには相当な火薬が要る。たった一発の砲撃でも、一瞬で砲身は超高熱を帯びる。
艦娘の艤装は軍艦の冷却機能よりもずっと優れているが、しかし連射などしては、砲身が瞬く間におしゃかになる。



こんな攻撃は普通はありえない。


当たり前だが、こんな攻撃をしていては、よほど運がよくなければ、一瞬で艤装が使えなくなり、
後は敵の的になるだけだ。

そして大して運のよくない彼女たちは、その全員がこの一回の攻撃で艤装を故障させていた。


ありえない攻撃をした代償だ。あとは氏が待つのみ。




天龍「よし! 総員、交換!」




355: 2017/08/15(火) 21:18:15.85 ID:sE/Vv+Mi0



だがそれはありえない作戦によって覆される。

天龍の一言で、艦娘たちは故障した艤装を背中から降ろすと、
船の外に投げ捨てた。



天龍「急げよ! 次の交差が来るぞ!」


神通「問題ありません」


漣「ふ、吹雪ちゃん、装着手伝って!」


吹雪「は、はい! 落ち着いて!」



彼女たちは、手近な艤装を持ち上げ装着する。




今、天龍達がいるのはブラック・パール船内の下層、船底部分。




356: 2017/08/15(火) 21:18:45.44 ID:sE/Vv+Mi0



このエリアはいつもは大砲が積まれていたが、今は端に鎖で横にまとめられている。
そしてその大砲や火薬樽の積まれていた場所に、びっしりと艦娘用の艤装が並んでいた。
巨大な工作部・格納庫から取りそろえた彼女たちの同型の艤装。数はまちまちだが、
パール船底の床を埋め尽くす程度には揃っていた。




ベケット「もう一度寄せろ!」


ギブス「アイ、少尉!」




パールは真っ暗になった海で旋回する。


あれほど巨大な泊地水鬼だというのに、一度視線が外れれば、
この数歩先の見えないこの海では見失ったも同然だ。
そして、それは敵もまた同じ。であればよほどのことがなければ再び交差することはまずない。




357: 2017/08/15(火) 21:19:37.41 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ギーブス! もうちょい取り舵だ!」


ギブス「アイ、船長!」




だが、幸運なことに、パール側には完璧な索敵能力があった。

それは、ジャックの持つコンパス。



そのコンパスは、持ち主の真に望むものを指し示す。
今、手にしているジャックの望みは、元の時代への帰還。
であれば、針はカリプソを指し示す。そう、泊地水鬼と融合したカリプソへ。



パールは、誰もが動けなくなるような黒の帳に覆われた海を、
迷うことなく真っすぐ、泊地水鬼の下へ進む。




ジョーンズ「おぉ、カリプソ!」




358: 2017/08/15(火) 21:20:12.70 ID:sE/Vv+Mi0



三度、船が交差する。



泊地水鬼の身体を簡単に説明すれば、女性の上半身と、両手足の生えた巨大な竜の口が付いているといった形だ。
ただでさえ真っ暗なその嵐の海で、巨体故の氏角となる位置からひたすら撃ち込まれては、泊地水鬼とて捉えきれない。



天龍「行くぞぉ!」


天龍の掛け声も、既に前線の頃のものになっていた。
漣や吹雪といった戦闘経験の薄い者たちも、少しばかり意識が戦闘に溶け込んでいく。


天龍「引き付けたら、全員で一点を突くぞ!」



4人は、覗き窓の様に開いている砲門から泊地水鬼を注視する。
そこは本来、カルバリン砲が覗く穴であったが、今は未来の艦砲が睨みを利かせている。




359: 2017/08/15(火) 21:20:38.98 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「撃てぇっ!!」



艤装の内部エンジンをフル回転させ、砲撃と同時に高速の装弾を行う。
急激な挙動と艤装全体の高熱により給弾機関は悲鳴を上げる。
今度は一人頭七発の短期砲撃。慌てて海に放り出した艤装は、ジュっという音を立てて沈んでいく。


漣「っ! 効いてます! 効いてますよこれ!」



漣が歓喜の声を上げる。

指さす先の泊地水鬼は、うっすらとだが苦しそうに身体をよじらせている。



天龍「行ける。行けるぞ!」




360: 2017/08/15(火) 21:21:15.54 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





泊地水鬼『ウゥ゛ゥアゥゥウゥ……!!』



相変わらず言語らしい言語を発しない泊地水鬼。
ベケットのデータでは、セイロン島の戦いでは流暢に喋っていたとある。
瀕氏の身でカリプソと融合した影響だろうか。精神が定まっているように思えない。



泊地水鬼『アゥウァア!!』



だがそれでも、自分が今攻撃されていることは分かるのだろう。
泊地水鬼は再び反転して攻撃を仕掛けてこようとするブラック・パールを
破壊するため、その巨腕を持ち上げる。



361: 2017/08/15(火) 21:21:42.86 ID:sE/Vv+Mi0



真っ白で太いその腕は、クジラ程度はあった。
硬度は鋼鉄に近く、これで殴ればパールなど一瞬で海も藻屑だ。


泊地水鬼『ア゛アア!!』


そんな一撃必殺が振り下ろされた!




ジョーンズ「クハハハ! どこを見ている!!」


天龍「斉射!」


泊地水鬼の攻撃は、パールとは真逆の方向へ落ちる。
その隙をついて、がら空きになった背後から、再び限界を超えた連射が突き刺さった!




362: 2017/08/15(火) 21:22:09.42 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼『ウ゛ウゥ゛!!』



吹雪「凄い……!」




吹雪がそう思うのも無理はない。
訓練課程の座学を優秀に修めた吹雪だが、……否、優秀な吹雪だからこそ、
こんな作戦はまるで思いつかなかったし、聞いた後も上手くいくとは思っていなかった。




363: 2017/08/15(火) 21:22:54.42 ID:sE/Vv+Mi0


作戦の概要は単純だった。


ブラック・パール号に艦娘を乗せ、そこから攻撃するというもの。
そうすればそこに大量の艤装を積み込めば、砲撃に集中できるし、残弾数も気にしなくて済む。

艦娘とは、軍艦の攻撃力と耐久力に、人の機動力と少ない被弾面積を併せ持った存在。
今彼女たちが行っている作戦は、艦娘の本来の戦略的存在意義を否定した、
旧来の砲撃戦闘そのものであった。

しかしその攻撃性の高さは、通常戦闘の数倍はあった。




泊地水鬼『アァウ゛ゥ゛!!』



漣「よっしゃ! 外れた!」


天龍「次だ! 撃てぇぇっ!」




364: 2017/08/15(火) 21:23:31.77 ID:sE/Vv+Mi0



その効果は防御にも及ぶ。


艦娘にも、戦闘には電探が用いられる。
レーダーなしの有視界戦闘などほとんどなく、目視できる距離に達する前に敵の居場所を突き止められる。
艦娘ならば妖精の存在に反応して各個の存在を把握できる。


それは敵の深海棲艦もそうだった。艦娘を同種のレーダーで捉えてくる。


故に、カリプソの女神としての神性が妖精を上回ることで、艦娘はジャミングされ、
一方的に位置が敵に知られる状況は、現代戦闘において泊地水鬼に圧倒的優位があった。



当たり前だが、そんな状況では勝負にすらならない。


それを突破できたのも、彼女たちが船に閉じこもっていたおかげだ。
妖精を探査するそのレーダーは、海を行く木製の帆船には反応しなかった。


また、巨大な鉄の船とは違い、エンジン音もない。
嵐の中、見つけられるものではない。




365: 2017/08/15(火) 21:25:02.19 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼『ウ゛ゥ゛!! ア゛ァ゛!!!』



泊地水鬼が血走った目でパールを探す。
パールは既に泊地水鬼の下を離れ、暗闇を旋回している。

夜戦に慣れた帝国海軍と、嵐を旅する海賊たちの容赦ない目が、泊地水鬼に集まる。
この暗黒の中、隙が生まれれば、またブラック・パールは闇に乗じて襲ってくるだろう。


それを防ぐには、泊地水鬼は先にパールを、目視して叩き潰すほかなかった。


しかし、それも不可能である。





ブラック・パールには二つの逸話がある。



一つは、パールは追い風においては、カリブ海最速。

そしてもう一つは、パールは暗闇で捉えられないというものだ。



かつて焼け焦げ、真っ黒になったパールの船体は光一つ跳ね返さない漆黒。
その黒は闇夜に紛れる。そうなれば、だれ一人として見つけ出すことはできない。




ましてやこの嵐雨だ。雷一つないその闇の帳の内側は、ブラック・パールの一人舞台である。




366: 2017/08/15(火) 21:25:36.28 ID:sE/Vv+Mi0





泊地水鬼『!』








ジャック「後ろだマヌケめ」




天龍「撃ぅてええぇっ!!!」







作戦の効果は、極めて良しと言えた。






367: 2017/08/15(火) 21:26:48.70 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼『ア゛アァア゛ゥァアゥア!!!!』



泊地水鬼から、血が噴き出す。
その大量の血は海に零れ落ち、ドポンと音を上げる。





吹雪「凄い……」



自分の撃った砲弾が、残さず泊地水鬼のどてっぱらに突き刺さり、炸裂する。

作戦通りとはいえ、この結果は、凄い。




しかし、吹雪は思っていた。


作戦の理屈は分かる。船で艦娘を運び、ばれずに海を走り回り、
ヒットアンドアウェイを繰り返す。



368: 2017/08/15(火) 21:27:15.50 ID:sE/Vv+Mi0


しかし、実行となると話は別だ。


計器一つ満足に動かない異常力場の中、すぐ先の海の視界確保すら困難な暗闇で、
恐ろしく激しい荒波が船を揺らす。


こんな海では、現代の通常艦も通常に動けまい。
歴戦の艦娘ですら、機動力を落とすだろう。


そしてそうすれば、泊地水鬼の餌食だ。
つまり、この作戦は、理屈はできていても、土台無理な話だった。



369: 2017/08/15(火) 21:27:41.14 ID:sE/Vv+Mi0



だが、あの海賊たちはやった。


この異常な海を、当たり前の様に超えて見せた。

視界ゼロのこの荒波を、我が物顔で進んでいく。
速度なんて、落とす気配はまるでない。



吹雪「あの海賊たち、いったい……」



吹雪は知らない。彼らの冒険を。
この程度の海は、幾度となく超えている。




370: 2017/08/15(火) 21:28:43.34 ID:sE/Vv+Mi0



この海賊船は、この未来の船に比べれば、どの点を取っても劣っているだろう。
だが、その劣っている船に乗っていたからこそ、船員たちの能力は異能とも呼べる域にある。


風を読み、闇を見渡し、波を乗りこなし、船を身体の一部の様に操る。
それは、レーダーや各種機器の進歩によって必要なくなった技能。


今、どの船乗りも白旗を上げるこの海を渡ることが出来るのは、
きっとそれらを当たり前のように身に着けていた彼らだけだ。



吹雪「……」




恐るべき海を進み、数多の敵船と戦い、神話の怪物をうち倒し、世界の果てを抜け、
あらゆる伝説と出会い、あらゆる困難を乗り超えた、彼ら。


泊地水鬼を目の前にして、恐れ一つなく笑って剣を振り上げる彼ら。


この世界で唯一、この戦場に立つことができた彼らは、いったい何者なのだろう。




371: 2017/08/15(火) 21:29:12.12 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼を超える悪の存在か。

人々を救う万夫不当のヒーローか。




いや、きっとどちらでもない。









ならばそう、海賊。









彼らは海賊。











彼こそが海賊!













372: 2017/08/15(火) 21:29:39.87 ID:sE/Vv+Mi0


















373: 2017/08/15(火) 21:30:07.13 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船内//





1時間を経て、夜が更に深まる。
嵐はまた激しさを増し、視界は悪化する一方だ。



泊地水鬼『グ、ウ゛ウゥ……』



吹雪「神通さん、……これ」


神通「……えぇ、このまま勝てるかもしれません」



戦況は未だに吹雪達側の優勢であった。




374: 2017/08/15(火) 21:30:39.31 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





一方的な攻撃に晒された泊地水鬼は、
自身の内側に籠ったカリプソの魔力を吸い上げる。



泊地水鬼『ウ……ググ!』



警戒と攻勢に全力を尽くしたのだろう。
泊地水鬼はもう神隠しの力で深海棲艦を召喚することはできない。
ストックを失ってしまっていた。



だが、もう少し低級の、他の物なら呼び出せるかもしれない。


海で氏んだのは深海棲艦だけではない。




泊地水鬼は、文字通り格の違うカリプソの力を使う。





375: 2017/08/15(火) 21:31:06.01 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//





ザブリ、ザブリ、と大雨の音に混じるようにして、海から音が聞こえる。
甲板を陣取る海賊たちが周りに目を向けると、海からボロボロの姿をした人間たちが這い上がってくるのが見えた。
肌は青白く、足取りも不安定。目は青白く発光し、明らかに尋常のそれではなかった。



バルボッサ「ゾンビ共が現れたぞぉ!」



バルボッサは操船に重きを置いていた剣を戦闘用に構えなおす。




ジャック「あれ、お前んとこの部下じゃないのか?」


ジョーンズ「ハッ、俺はあんな趣味の悪い部下は持たん!」


ベケット「怨念によって半深海棲艦化させたのか! 泊地水鬼め、人を亡者に変えたか!」




376: 2017/08/15(火) 21:32:00.79 ID:sE/Vv+Mi0


そう、泊地水鬼が引き上げたのは、海で沈んでいった無念、怨念。
それは船だけではない。人とて、当然そういった思念がある。
泊地水鬼は、カリプソの力でそれを無理やり半蘇生させ、海底から引っ張り出したのだ。


ギブス「船長! 奴ら銃持ってるぞ!!」


はっとして全員が亡者たちを見る。軍刀を抜き放っている前線の後ろで、
銃を手にしている隊がいくつもいた。


ギブス「おい来るぞ!」


亡者艦長「ゥ、ガァ!」

ベケット「退避!」



ひときわ階級の高そうな亡者が手を振るう。ベケットに言われるまでもなく、
危機を察知した海賊たちは皆射線から離れようと甲板の飛び伏せた。
それでも明らかに対応が遅く、重症は必至であった。



377: 2017/08/15(火) 21:32:27.83 ID:sE/Vv+Mi0



亡者部下「ゥオオオオォ!」

亡者艦長「ゥオオォォォオオオ!」


ジャック「な、なんだ?」



が、危惧した銃弾は全く飛んでこず、亡者はあろうことか銃身を両手で持ち上げ雄たけびを上げていた。

銃を撃とうとする気配はまるでない。


ギブス「アイツら、銃の使い方、知らないんじゃ?」



ギブスに全員の目が向く。



378: 2017/08/15(火) 21:32:53.65 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「水圧で頭がやられたか」

バルボッサ「氏して心が壊れたか」

ジョーンズ「底知れぬ暗闇に意思が折れたか」


ジャック「ま、どれでもいい」



ちょいちょいと敵を指さす。亡者の雄たけびは拍をとり、合わさっていく。
さながら戦いを前にする蛮族である。意気が燃え上がり、目の発光が一段と増す。



ジャック「来るぞ」



いうや否や、亡者達が武器を片手に、四方八方から突っ込んできた。
ジャックたちは、だれが指示するでもなく、全員がバラバラに敵へと突っ込んでいった。




379: 2017/08/15(火) 21:33:19.80 ID:sE/Vv+Mi0




次々と荒波から這い出て、船をよじ登ってくる亡者たち。
剣戟の音が響き渡る中、敵の一群を真っ先に抜け出したのはジャック。


彼の目的は敵殲滅ではなく、船の操舵である。
泊地水鬼の目から逃れるため、そして船側面にとりつく夥しい敵を振り落とすため
面舵に、取舵に、船を大きく動かす。



下では艦娘たちが次々に砲弾を放っている。
至近距離から攻撃を受け、鈍い動きをしている泊地水鬼は、未だに暗闇のパールをとらえられないでいる。
蟻が巨象を見つけるのは簡単だが、巨象の目には、蟻など塵埃に過ぎない。嵐の夜であれば猶更だ。


だが、巨象にかかれば、蟻の抵抗力など、これもまた塵埃程度だ。見つかれば氏。捕まれば氏。



ジャックは船を守るため全力で舵を回す。






380: 2017/08/15(火) 21:34:13.30 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 前方甲板・前方//




大きなガタイから繰り出される剣戟は、その辺の海賊よりも強かった。
軍人として、海賊として、長く過酷な海上に身を置いたギブスは、この程度の劣勢など気にも留めなかった。

軍刀をもった、元は制服組であったであろう亡者が寄ってくる。
ギブスは敵が刀を振り上げる前の、出鼻の腕を蹴り飛ばし、体勢の崩れた亡者の首をはねる。

続いて小銃を、ホッケースティックの様に鈍器にして殴りかかってくる亡者に対し、
ギブスは剣を胴目掛け投げつける。剣はやすやすと貫通し、船に刺さり、亡者は磔になる。



亡者「アァ……!」



武器をなくしたギブス。敵はまだまだ視界いっぱいにいる。
にじり寄ってくる亡者に、ギブスは距離を保ちながら後ずさりする。
しかしすぐに木箱に退路を断たれる。


381: 2017/08/15(火) 21:35:12.64 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「アァァ!!!」


そんなギブスに亡者が殺到する。だがギブスは、さながらジャックの様に、ニヤリと笑うと、
木箱からなにかを取り出した。それは大好きな機関銃であった。


ギブス「うおぉぉぉぉおあぁ! はっはああぁーーーっ!」


雄たけびを上げながら機関銃を連射させる。3点トリガーなどという無粋なものはない。
照準や熱など、武器の継続性に関することは何一つ頭にない。
豪快にして、享楽的で刹那的。そして強い好奇心。そんな海賊としての側面と、
圧倒的にして特別な力が、ギブスの心の奥底に眠る、トリガーハッピーとしての性格を目覚めさせた。



ギブス「どうしたどうしたゾンビ共! 俺を倒したかったらクラーケンでも呼んできな!」



382: 2017/08/15(火) 21:35:53.28 ID:sE/Vv+Mi0



そして性格だけでなく、才能も目覚めさせていた。通常命中率の悪いフルオート射撃を、
ギブスは銃口を上げることなく、水平に振り回し、横一列に敵をなぎ倒していった。


ギブス「イカ野郎が無理ならタコでもいい! サメでも来い! 
    強いならエビでもカニでもなんでもいいぞ! ハッハッハ!!」


恐らく、ジャックですら見たことのない歓喜の混じった笑い声を弾けさせるギブス。



そんな一方的な虐殺は、持ち込んだほとんどの機関銃を撃ち尽くすころには終わり、
ギブスのいる前方甲板に乗り込んだ亡者は全滅していた。



木箱を覗くと、あれだけあった機関銃がもう2丁しかない。


敵がいなくなったことで少し冷静になったギブスは息絶えた亡者から剣を奪い、
いそいそと腰に付けた。



流石に調子に乗りすぎたと、冷静になって恥ずかしさがこみ上げた。






383: 2017/08/15(火) 21:36:18.88 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 前方甲板・後方//




亡者「ウ゛ゥ……」



ベケット「さて……」


手持ちの拳銃を撃ち尽くしたベケットは、不要とばかりにそれを投げつける。
上手く亡者の顔面に直撃したが、一瞬ひるむだけで、効果はほとんどなかった。

ベケット「……」


ベケットは軍刀を抜き、左右から寄ってきた亡者を鋭く斬りつけ、その勢いのまま、
目の前の敵に切りかかる。


亡者部下「グ、アァ!」


ベケット「っ!?」


斬り頃しにかかった一撃は、亡者の軍刀にいなされる。
あきらかな知性ある動きに一瞬動揺するが、ベケットは落ち着いて距離を取る。



384: 2017/08/15(火) 21:36:44.35 ID:sE/Vv+Mi0



全身を見ると、他の亡者たちと同じく氏者であるように見えるが、多少衣服の
劣化が少ない。推測であるが、恐らくはまだ沈んで間もないのだろう。
最近起きた軍艦の遭難事件の被害者の一人だろうか。


亡者部下「……」


知性のある亡者は、軍刀を正眼に構える。間違いない。この亡者は知性がある。
そう確信するベケット。そして、この亡者は剣道の有段者だとも推測した。
日本に来て、軍人として生きたベケットには、それが分かった。


ベケット「……」


そしてベケットも、同じように軍刀の切っ先を正眼にする。
剣道の、最も基本にして隙の少ない構え。ベケットは腰を落として相手の動きを待つ。



385: 2017/08/15(火) 21:37:32.48 ID:sE/Vv+Mi0



開始の合図はない。

不意を突くように、相手がすり足で身体を左にずらす。
他の亡者のような千鳥足では断じてない。


ベケットも同じようにして動き、対角線上に動いていく。

前後、左右、せわしく足を動かすが、上半身にブレはない。


亡者が右足を上げる。

ベケットは軍刀を横にして、頭を防御する。


何歩かあった間合いをつぶすようにして、全体重を乗せた面の一撃が振り下ろされる。
ベケットは刀の切っ先を下にし、勢いに逆らわない形でそれを流した。


もし足を上げた瞬間に防御に移っていなければ、今頃頭蓋骨が半分になっていただろう。
互いに面も防具もない。当たれば一貫の終わりだ。



386: 2017/08/15(火) 21:38:34.81 ID:sE/Vv+Mi0



しかし、そんな状況でも、亡者は攻撃の手を緩めない。


奇声を上げて小手を狙う。ベケットが反撃しようとすると、即座に刀を返し、そのまま面を突き刺してくる。
無理やり身体を動かして避けると、また全体重を乗せて振り下ろしてくる。


倒す隙はある。しかし相手の命を捨てるような怒涛の攻撃に、
ベケットの剣は後手に回っていた。亡者だから命に執着がないのだろうか?



いや、そうではない。いるのだ、世界には。目先の何かに捕らわれて、
大局的な利益や、命さえも秤に乗せることができる輩が。


ベケットは知っている。かつてベケットが命を落としたのも、そのせいだったのだから。
そういう男が、ベケットにとっての天敵なのだ。



ベケットは自嘲するように笑う。


亡者がにらみつける。




387: 2017/08/15(火) 21:39:01.46 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「構えろ、海賊」



かつては同じ軍人だったのだろう。しかし、海を脅かす敵となれば、すべては賊であった。

ベケットの声に応じたのか、亡者は再び正眼に構える。
大してベケットは、軍刀を高く掲げ、上段に構えた。
隙が多く、上段者になって使いこなせる構えである。
しかし、勢いと攻撃性、速度は、五方の構えの中で最も高い。



ベケット「ゆくぞ」


勢いと体重を乗せて突っ込む。有段者から見れば隙だらけである。
一撃をいなして、その隙に首を斬って終わる。亡者はいなすために防御に構える。



388: 2017/08/15(火) 21:39:32.05 ID:sE/Vv+Mi0


しかし、剣が重なるや否や、ベケットは突進の勢いを殺さず、そのまま相手に体当たりする。
驚く亡者の剣を鍔迫り合いの要領で抑え、足を払い、甲板に背中から倒す。


攻撃は止まない。圧倒的に体勢不利になった亡者相手の喉目掛けて強烈な突きを放つ。
頸椎を傷つけたのか、敵の動きが弱る。運動機能を麻痺させられなかったベケットは
サッと刀を喉から抜き、敵の腕を斬りつけ、筋肉を切断。動けなくなった敵の股間を
思い切り踏みつけ、意識を奪った。



剣道、というには明らかに邪道。武道というより武術。
今は前線に配置されてる元皇宮護衛官から習った上官に習った技、というまた聞きの様な技だったのだが、
練習を欠かさず行っていたからか、一連の動きをスムーズに行えた。


戦時の混乱の中でも、陛下を守る為に磨き上げた頃しの技術。



艦娘の様に海で戦うことはできなくても、人は、人として戦うための技術を研鑽しているのである。

文字通り、命を懸けて。




389: 2017/08/15(火) 21:39:59.13 ID:sE/Vv+Mi0



さて、誤解されないように補足しておくが、確かにベケットは命を秤に乗せることができる者にやられた。
しかし、ベケットもまた、何かの為に命を秤に乗せることができる者である。


ウィル・ターナーが指揮するダッチマンとジャックの乗ったブラックパールに挟まれたとき、
ベケットには十分反撃のチャンスがあった。彼が乗るエンデバー号は文句なしの一等艦。
当時最大の攻撃兵器で、その砲門数は先の2艦を合わせても余りある数字だ。
撃ち返せば、重症を負いつつも、彼らを海の藻屑とすることができただろう。



しかしベケットはそんな絶体絶命の折り、なにもしなかった。

彼らと相打ちしても、後ろには多数の海賊がいる。



英国としては、海賊と敵対し、力を弱め、他国に有利を取られるわけにはいかない。
最悪の場合、海賊と組んだ他国に攻められて、大英帝国そのものが終わるかもしれない。



390: 2017/08/15(火) 21:40:27.15 ID:sE/Vv+Mi0


利益に聡い彼は、一瞬にしてそんなことを悟った。

ならば、大英帝国はこの後、自国の利を確かなものとするため、海賊と手を組むだろう。

形は不明だが、国営海賊、国にに略奪を認められた海賊、この様な制度の下、海賊を手なずけるだろう。

であれば、ここで海賊と相打ちになるのは、利益にはならない。




ベケット「すべては利益のため……」




ベケットは、静かにそんな未来を思い、英国の将来のため、騒乱の元凶となった自分の氏で、全てを終わらせた。



かつてベケットが命を落としたのは、彼自身が、大局的な利益の為に、命さえも秤に乗せることができる輩だったからだ。
そうやって命を懸けて、何かを守る為に力を尽くした男の剣が、弱いはずがなかった。




剣道使いの亡者を倒したベケットは、軍刀の血を振り払い、未だ群れなす亡者に突撃する。



命がけで磨き上げた剣術には、亡者ごときでは相手にならなかった。






391: 2017/08/15(火) 21:41:34.27 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板・右舷//






ベケットとギブスが前方甲板で奮戦をしている頃、
吹雪たちのいる船底に繋がる中央甲板では、面積が広いこともあってか、無数の亡者であふれかえっていた。



バルボッサ「亡者どもめ! 氏にたい奴からかかってこい! 2度でも3度でも氏なせてやる!!」


猛然と駆け寄ってきた亡者を、勢いに任せて脳天から唐竹割にする。
亡者はその惨状をみて進む足を躊躇ってしまい、結果、その隙を見逃さなかったバルボッサになで斬りにされた。




バルボッサ「どうしたぁ! 日本のヴォードヴィリアンは湧いて出るくる芸しかないのかね!」



そうして振り回した剣でまた敵の命を奪う。バルボッサはジャックの様な機敏な相手には後れを取りがちだが、
彼の剣の強さはその膂力にある。彼の剣はしばしば一撃で敵の命を奪うのだ。
そんな彼に、黒ひげから奪った、重く鋭いトリトンの剣を持たせれば鬼に金棒である。




392: 2017/08/15(火) 21:42:10.90 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「うん?」



しかしそんな彼の一人舞台をいつまでも続かせてたまるかと、亡者たちが陣形を組み始める。



バルボッサ「ほう、少しは脳漿が海水になってない奴もいたか」




連携が取れているとは言いづらい拙さだが、亡者たちは一か所に固まって武器をバルボッサに向ける。


その塊のような密集陣形は、古来では槍衾やファランクスと呼ばれたそれの少人数版のようであった。
違うところは、盾がないことと、穂先が槍ではなく、剣や銃底であったことだ。


しかしそれでも、30人近い亡者で作り上げられたこの集団で殴り掛かられれば氏につながる。
そしてまた、この塊のどこを切り崩しても、他の剣がバルボッサを貫くだろう。



393: 2017/08/15(火) 21:42:38.92 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「ウォア゛アア!」



身ぎれいな亡者の掛け声と共に、絶叫を上げながら突進してくる凶器の塊。
だがバルボッサはそんな氏を前にしても表情を変えず剣を構えた。




バルボッサ「錨を上げろおぉ!!」




なぜか出航の合図を大声で叫ぶバルボッサ。そんな彼に亡者たちはなんの迷いもなく突っ込んでいく。
バルボッサが渾身の力で剣を振るう。彼我の距離は5m弱。剣は届かない。風切り音が鳴る。





亡者「!?」


バルボッサ「遅いっ!」





394: 2017/08/15(火) 21:43:10.65 ID:sE/Vv+Mi0



風切り音が、唸りを上げる。


嵐の雨幕を突き破るようにして、
宙に浮かんだ錨が、横薙で突っ込んできた!

器用にもそれは、パールの甲板を一切傷付けることなく、綺麗に敵陣を崩壊させた。




バルボッサ「ハッハッハ!! 雑魚共めぇ!!」



重い鉄の塊が衝突してはひとたまりもない。敵は弾け、砕け、吹き飛んだ。





バルボッサ「覚えて逝け! これが本場のヴォードヴィルだ!」



彼の剣の強さはその膂力にある。だが今やそれだけではない。その剣は船のすべてを操るのだ。
彼にトリトンの剣を持たせれば鬼に金棒と重機関銃持たせるようなものである。
亡者はまだまだ居よう。しかし、こと船上では彼は止められない。









396: 2017/08/15(火) 21:44:00.52 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板・左舷//






同じく、最大の敵数を抱える中央甲板にて、もう一人の海賊の力が吹き荒れる。


亡者「ウ……、グ……」


ジョーンズ「氏を前にする気分はどうだ?」



ジョーンズの顎髭が亡者の首に巻きつく。髭といってもそれはイカの触手の様なもので、
取ろうと思っても吸盤がきっちり張り付きかなわない。そうしてもがいている内に、酸素が途切れ、
亡者は再びこと切れた。ジョーンズは顎髭の触手だけで氏体を横に放り捨てるとまた前へ進み出る。




397: 2017/08/15(火) 21:45:02.14 ID:sE/Vv+Mi0



中央甲板の戦いは、異様であった。


バルボッサが暴虐の限りを尽くす右舷とは異なり、左舷はとても冷たく、静かな戦場であった。
右舷は血潮や肉片が飛び散っているが、左舷はただただ山の様な氏体だけが重なっていた。



ジョーンズ「前なら船員にしてやることもできたが、あいにく今はそういうことはやっておらんのだ。
      よって氏ね。速やかに氏んでゆけ」



淡々と亡者を倒していくジョーンズに、躊躇いながらも突撃していく亡者たち。
心や思考があるかはわからないが、圧倒的なまでの戦闘に、恐怖を抱いたのかもしれない。



ジョーンズ「ふんっ!」



ジョーンズの攻撃に慢心はない。ハサミで身体を砕き、剣で突き刺し、触手の鞭で首を折る。
全身が武器ともいえるその肉体を生かし、よってきた敵を一掃する。




398: 2017/08/15(火) 21:45:35.75 ID:sE/Vv+Mi0




ジョーンズ「海の亡者が海の氏神に敵うと思うか!」



ジョーンズの声に一様に怯える亡者たち。この圧倒的な差は、個人の力の差だけではなかった。
いくら強くてもこれだけの人数を相手どればここまで余裕ではいられない。

こうなった理由は、偏に相性のせいであった。海で氏んだ霊の魂を捕らえ、あの世に連れていく
ジョーンズにとって、海で氏んだ亡霊たち相手に負ける道理は無かった。




ジョーンズ「どうだ、氏ぬのは怖いだろう?」




万が一もあるまい。海の亡者を相手にする仕事は、嫌というほど繰り返してきたのだから。






399: 2017/08/15(火) 21:46:08.08 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//






泊地水鬼『アァァァアア!!!』



悲しみ、怒り、憎しみ。様々な気色が混ざった絶叫を上げ、泊地水鬼が暴れる。
豪雨が音を消し、雷一つ起こらないこの暗い夜の帳の中、唯一相手を認識できる要素は、直感だけ。

気狂いの様に心が乱れているからか、巨象たる泊地水鬼は、未だジャックらパール号を
発見できずにいた。亡者たちは人の魂に敏感に反応し頃しにかかってくるが、
泊地水鬼は存在がそもそも違うせいか、レーダーに映らないパールは不可視の存在であった。



ジャック「っと!」




400: 2017/08/15(火) 21:46:37.40 ID:sE/Vv+Mi0



しかし止まれば砲撃の位置から割り出されて一撃で沈められるだろう。
さっきから豪雨の音に混じって、砲音ではない爆発音、鯨が飛び跳ねたような、海を割る音が聞こえてくる。
怪物はパールの全長より巨大な双腕を持っていた。捕まれば、殴られれば、命はない。


ジャック「あぁ! くそ!」



故に逃げ回り続けるため、嵐に乗って舵を取り続けるジャックであったが、
襲い来る亡者たちがそうはさせなかった。後方甲板に来ている敵は、他よりは少なかったが、
それでも操舵をしながら戦い抜けるのは至難の業であった。




401: 2017/08/15(火) 21:47:19.70 ID:sE/Vv+Mi0



亡者艦長「ア゛ァッ!」



一見して指揮官らしい亡者の合図で、また敵がとびかかってくる。
ジャックは右手で舵を回しながら、左手で3人の亡者と応戦していた。
しかし、ジャックと言えど、あまりに劣勢すぎるその状況に焦りを覚え、一度舵から手を放し、
身軽な動作で敵をかいくぐり、身体が追い付いていない敵に剣戟を浴びせ、まとめて頃しきった。

が、安堵するジャックを追い立てるように、すぐ近くで海が割れる音がし、船が大きく揺れる。


泊地水鬼の腕が、海面に叩きつけられた音だ。

ジャックは慌てて舵を握りなおす。




亡者艦長「ウォ゛ッ!」


亡者「オォ゛オ!」





今度は海から這い出た増援を合わせて、8人がかりで突撃してくる。
応戦したいが、近くで響く泊地水鬼のヒステリックな叫び声を前に舵を離すわけにはいかない。




402: 2017/08/15(火) 21:48:12.72 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックが辺りを見回すと、そこに都合よく樽があった。

艦娘たちが船下層部で戦う間、万が一が起きないように外に出していた火薬樽だ!




舵にギリギリ指先を掛け、足をグッと延ばす。届かない。


敵が走ってくる。我慢できなくなったジャックは一瞬だけ手を放し、樽を敵に向かって蹴り、
もう一度舵を握る。また真横で衝撃音が聞こえた。間一髪だった。


船の傾きとともに、敵味方が揺れ、そして一樽が転がっていく。
しかし波は寄せて押し返す。坂道を下るように転がっていった火薬樽が、
転じて、ジャックに向かって勢いよく転がってきた。




ジャック「いや、ちょ、ちょっと! 待てっ!」


腰を舵に預け、ジャックはなんとか落ち着いて足で、衝撃を頃すように受け止めた。
それを返す波に合わせて強く蹴り押す。すると凄い勢いで亡者たちの一団に突っ込み、巻き込まれた敵は勢いをなくす。

ジャックはほくそ笑み、懐から愛用しているフロントリック式のピストルを放つ。
早撃ちながら精確なその銃弾は、真っすぐに火薬樽を貫き、敵陣の中で小さな爆発が起こった。




ジャック「ビンゴ」





403: 2017/08/15(火) 21:49:05.37 ID:sE/Vv+Mi0



亡者艦長「ウ゛ヴゥ……!」



警戒すべき敵と、ようやく認められたのか、指揮官の亡者が軍刀を構えすり足で寄ってくる。
牽制しようとピストルを再び発砲するが、雨中に出したせいか、早くも濡れて撃てなくなっていた。
ジャックは無用となったピストルを捨てる。



ジャック「考えてみろ、俺が舵を取らなきゃお前もまとめて氏んじまうぞ?」

亡者艦長「ヴア゛ァ!」


ジャック「聞く気なんて無ぇか、ふやけた鼓膜しやがって!」




亡者は爛々と青白く目を発光させ、上段の構えで軍刀を握りしめる。


ジャックは脱力して、左手にもった剣の切っ先を亡者に向ける。右手は依然舵を握ったままである。
豪雨音に混じって海を進む泊地水鬼の音が聞こえる。まだ亡者とは距離がある。
ちらりとコンパスに目を遣ると泊地水鬼が真後に来ているのが分かった。


その視線をそらした一瞬、生前は部下と同じく剣道の達人であった亡者が勢いよく切りかかってくる。




404: 2017/08/15(火) 21:49:50.25 ID:sE/Vv+Mi0



距離、およそ5歩。すぐに必氏の間合い。


ジャックは切っ先を向けたままの剣を押し出すようにして投げた。
直線上にカットラスの剣先が迫った亡者は器用に重心を後ろに下げ、剣を弾き飛ばす。


無手になったジャック。亡者が再び迫ろうと刀を構える。
それを無視してジャックは両手で舵を面舵一杯にきる。


風と波に煽られたパールは船体を大きく傾け、勢いよく進路を曲げる。
すると船尾左舷ギリギリのところを泊地水鬼の腕が掠めた。


その余波で、体勢を崩したジャックと亡者に大量の海水が降りかかる。
二人にとっては目くらましとなるだろう。


知性の残っていた亡者はそれに気づき、反撃の目を与えぬようジャックの剣の刀身を踏みつけ、取らせないようにする。
海水の目くらましが止めば、ジャックは切り殺されて終わる。



亡者は軍刀を再び上段に構えた。




405: 2017/08/15(火) 21:50:16.80 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「よう」


亡者艦長「ッ!!?」



水しぶきが晴れ、再び二人が向かい合った時、ジャックの手に握られていたのは、ピストル。
それも真新しい、現代式の9mm拳銃! 工作部の倉庫から奪い、今まで腰に隠していたのだ。


ジャック「卑怯? 大いに結構。俺ぁ海賊だ」


引き金を引く。現代の拳銃は多少雨や海水に濡れたところで撃てなくなったりはしない。
水浸しの周囲に馴染まない、乾いた破裂音が響く。如何な達人とは言え、至近距離からの
拳銃発砲に耐えられるはずもない。奇跡的にも、一発目は急所を避け、なんとか踏ん張ったものの、
銃弾は残り7発。弾倉すべてを撃ち尽くす頃には、亡者は2度目の氏を迎えていた。



ジャックは拳銃を捨てると、舵に集中する。





406: 2017/08/15(火) 21:51:04.32 ID:sE/Vv+Mi0

















407: 2017/08/15(火) 21:51:46.60 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号//





至近距離からのヒットアンドアウェイは現状有効であるが、
徐々に、徐々に泊地水鬼が対応してきている。
嵐と荒波のおかげで船が振り回されるような高速移動しているため、
今のところ捉えられていないが、それも時間の問題だ。
パールは敵のラッキーパンチ一発で沈む。



万全を期すなら、近寄って撃てる機会は次が最後だ。


敵の集中が途切れるまで距離を保ち、チャンスを待ちながら闇の中を旋回するべきだ。



度重なる泊地水鬼の攻撃をスレスレで避けたジャックはそう判断を下すと、
泊地水鬼から逃れるように舵を大きく回す。しかし明らかに奴はこちらについてきている。
流石に接近しすぎたか。逃れられるかは怪しい。



そして敵はそんな状況などお構いなしだ。
ジャックの周囲に、また腐臭に似た不快な臭いが立ち込める。海から亡者が再び這い上がってくる。





408: 2017/08/15(火) 21:53:09.89 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//





当然、それはジャックのいる舵取りの場所にも殺到する。
しかし泊地水鬼が大暴れしている中、この数に応戦している暇はない。
とはいえむざむざ氏ぬわけにもいかないジャックは、剣を拾い上げ、
亡者の目を突き刺し、剣の切っ先を脳まで到達させた。



ジャック「光ってて目が狙いやすいな」


バルボッサ「どけぇ!」



軽口を叩くジャックの横をもの凄いで通り過ぎると、バルボッサが舵を握り、また大きく回す。
その避けたところに巨大な水柱が爆発音とともに上がる。直前に砲炎が見えた。


泊地水鬼の砲撃だ。


どんどん増えていく亡者たちのせいだろう。
船を覆いつくさんばかりの、彼らの青白い目の光がブラックパールの位置を知らせているのだ。


これは本格的に補足された。操舵に集中しなくてはならない。




409: 2017/08/15(火) 21:53:42.80 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ヘクター! その便利な剣で舵取れないのかっ!」



敵に囲まれながらバルボッサに叫ぶ。



バルボッサ「無理だぁ!」



バルボッサはバルボッサで、中央甲板から引き連れてきてしまった敵一団を相手取っていた。
その数もまた多く、バルボッサも剣に専念しなくてはならなくなった。



ジャック「なんで!」



片手での応戦を横目で見ながら、そろそろバルボッサが舵から手を離しそうだと感じたジャックは
力いっぱい剣を払い、亡者の喉をかき切る。



バルボッサ「まだそこまで使い慣れていないっ!」




410: 2017/08/15(火) 21:54:09.22 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサに3人の亡者が剣を振り下ろしてくる。バルボッサは剣を横にして、二人分の剣をなんとか片手で受け止め、
受けきれなかったもう一人を、ジャックが走ってきて後ろから突き刺す。


それを見て、バルボッサが舵から手を放す。
一切の間断なくジャックはその舵を握り、また泊地水鬼からの砲撃を避ける。


両手が使えるようになったバルボッサは二対一などものともせず、力づくで鍔迫り合いを押し込んでいき、船縁から突き落とした。



バルボッサ「フン、俺にだって出来ないことくらいある」

ジャック「あら、珍しい。お前、そういうのを認めるタチだっけ?」

バルボッサ「お前なんかに見栄を張っても意味はないだろう?」




411: 2017/08/15(火) 21:54:45.70 ID:sE/Vv+Mi0



敵の襲撃は止まない。また性懲りもなく一団が突っ込んでくる。


いなし辛い突きで突進してきた亡者の攻撃をなんとか避けるジャック。


敵はそのまま勢い余って船の壁に突っ込み仰向けに失神した。


哀れにも、そんな隙を見逃すはずもなく、バルボッサは勢いよく義足で頭を踏みつけ砕くと、
ジャックの元に走ってくる。ジャックは左舷階段を上ってくる一団を追い払うため、
舵から手を離すと、それを今度はバルボッサ引継ぎ、船を動かす。


仲間となったり、共闘したり、頃しあったり……、二人の関係は何とも複雑なものだが、
いずれにせよ長い付き合いである。互いにとって実に不本意ではあるだろうが、
一切のアイコンタクトや口頭指示もなく、この氏地で互いが互いの苦境をカバーし、
雰囲気で舵取りの限界を察知し交代するその様は、一種の老夫婦のような関係にあった。








412: 2017/08/15(火) 21:55:32.42 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//




そうして、ジャックとバルボッサの連携は続き、こうした交代劇が3度も続く頃には、
流石に体力が落ちてきた。唯一の朗報は、この間に泊地水鬼と距離ができたことだけだ。


バルボッサ「斬っても斬っても……、なんだ、こいつらは! イグアナのなり損ないか!」

ジャック「こいつらは玉無しのなり損ないさ」


二人は互いに大きく剣を振るい、お互いの後ろにいた亡者を切り払う。



バルボッサ「玉無しというよりも魂無しという方が正しいな」

ジャック「なるほど、いい考えだ」



二人は揃って海面を見て、苦い顔をする。
海面と船体側面に広がる、まだまだ夥し程の青白い光、光、光。
ホタルイカでももう少し慎ましやかに発光するだろう。




413: 2017/08/15(火) 21:56:17.12 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「流石に埒が明かんぞ」


顎の触手で器用に顔の返り血をぬぐいながら、ジョーンズも後方甲板に来た。
ジャックが全体を見渡すと、船の上は惨状といえる様子であったが、
幸いにも船の損傷は少なく、船上の敵は氏に絶え、同乗者も全員無事のようだった。



ギブス「うぉ、こりゃ酷ぇ。一斉に来られたら氏ぬな」


一足遅れて海面をのぞき込んだギブスは、舌を出して顰めた。



ベケット「奴もそれほど焦っているということだ」


確かに、最初よりも明らかに泊地水鬼の声が引き攣ったような印象を受けるし、
何よりも艦娘たちの砲撃のおかげか、攻撃した際の返り血の量が多くなってきた。
敵の外殻を破り、生身の部分に達しつつあるのかもしれない。




414: 2017/08/15(火) 21:56:47.74 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では……、ん?」



ベケットは一同に指示を出そうとするが、視界の端に、まだ息のある亡者が見えた。
自前の拳銃で仕留めようと腰に手をやるが、そこにあるはずの拳銃が無くなっていた。

苛烈な近接戦の中で落としてしまったかもしれない。仕方なくベケットは軍刀で
倒れた亡者に止めを刺し、痙攣が終わったのを見計らうと、何事もなかったように
ジャックらに向かって言った。



ベケット「亡者は想定外だったが、問題ない。敵は弱っている。
     今作戦の総仕上げと行こう。……吹雪君!」


船底に繋がる入口から、ベケットは大声で吹雪を呼ぶ。
慌てて来たのか、一瞬ゴン、とどこかにぶつかるような音がした後、
入口部から吹雪が出てきた。




415: 2017/08/15(火) 21:57:15.71 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「っ、は、はい! ベケット提督代行! お呼びでしょうか!」


ベケット「そういうのは良い。戦地だ。手短に」


吹雪「はいっ!」



ベケット「天龍殿にあれの用意を。次の接敵で決めるぞ」


吹雪「! 畏まりました!」



ベケット「君は作戦伝達後、ここに戻って船底へ通じる入り口の守備に尽きたまえ」


吹雪「はいっ!」




キビキビと敬礼をして甲板下に戻っていく吹雪を見送ると、
一同はもう一度戦闘のために剣を構えた。




416: 2017/08/15(火) 21:57:45.93 ID:sE/Vv+Mi0



嵐の真っ只中で使う言葉ではないかもしれないが、
この一時的な休憩状態と、海面に満ちていく殺気。
嵐の前の静けさ、という言葉が一番似合う一瞬である。




ギブス「来るか……」


作戦遂行のため、指示に従って配置につく一同。
中でもギブスは一段と緊張している。



ジャック「安心しろ、ギブス君。お前は舵だけに注意していればいい」

ギブス「あぁ……」




417: 2017/08/15(火) 21:58:28.40 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「海軍、海賊と長く海にいた君ならば、この程度の荒波の操舵は
     わけもないだろう? ギブス君」

バルボッサ「その通り。この作戦の要は、期せずして君になった。
      存分に辣腕をふるってくれたまえギブス君?」

ギブス「あ、あぁ……」

ジョーンズ「今この瞬間だけは、ここにいる5人、いや、下も合わせて9人分の
      魂の価値が貴様にはあるぞぉギぃブス君!」


ジャック「あ、なら108人分だ」

ジョーンズ「何ぃ?」

ジャック「ほら、俺の魂って100人分に釣り合うんだろう?」



昔、ジャックはパール引き上げてもらう代わりに100年間ダッチマンでの労働を課せられる契約をした。
その後、それを踏み倒し、代わりに誰かほかの人間を連れてこようとしたが、ジャックの魂は
100人の水夫に匹敵すると言って、代わりの生贄を100人用意するよう迫ったことがある。



418: 2017/08/15(火) 21:59:13.92 ID:sE/Vv+Mi0


バルボッサ「なら307人分だ。俺はジャックの倍の価値はある」

ジャック「なら相対的に、俺一人で300人分の価値になる」

バルボッサ「ならば俺は必然的に400人だ!」

ジャック「なら500人!」

バルボッサ「600人!」

ベケット「なら、20億人だ」



ギョッとした目でジャックはベケットを見る。


ベケット「ここを突破されれば日本はおろかアジア一帯の制空権を握られ、防衛線は内から崩れる。
     この作戦は、このアジアに住む全ての人命を賭すものだ」



ジャック「あ、そりゃズルい」




419: 2017/08/15(火) 21:59:49.86 ID:sE/Vv+Mi0



戦争で大きく減ったとは言え、まだこの一帯の国々には力強く生き抜く人間が沢山いる。
制海権と制空権を奪われるということは、この国々を危機にさらすことと同義であった。


ギブス「なら、とりあえず俺の価値は20億と1100人ちょっと分の価値があるってことで、
    俺の魂がダントツで一番ってことだな?」



ジャックとバルボッサは白い目でギブスを見る。
ただ、幸いなことに、余りにハードルが上がりすぎたのかギブスの緊張は取れていた。



ベケット「さぁ、ここにいる誰も彼も、ここより後は無いぞ」




軍刀を抜き、掲げる。


ベケット「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ!」




420: 2017/08/15(火) 22:00:19.91 ID:sE/Vv+Mi0



それは、かつて絶体絶命の日本海海戦にて、ロシア・バルチック艦隊を破った名参謀、秋山真之の言葉。
全軍の士気を鼓舞するために、アルファベットの最後である「Z」を意味する旗を掲げ、
後のない背水の闘志を以て帝国海軍を歴史的勝利を導いた。そんな縁起の良い言葉にあやかったのだ。

とはいえどれだけの効果があるのやら。


少なくともこの言葉の真意を理解する者はこの甲板には居まい。
そして、後がないことを象徴する「Z旗」などという洒落た旗もこの船にはない。




唯一ブラック・パールに掲げられているのは、海賊旗。

ドクロの下に剣が二本交差する、氏と勇ましさと力を象徴。




後なき逆境を笑って進む、命知らずの旗である。











421: 2017/08/15(火) 22:04:25.34 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//







泊地水鬼『ウ゛アァァア゛アアアア!!!』






壊れた怒声がジャックらの腹に響く。もはや音のレベルを超え、衝撃に匹敵している。
そしてそれに呼応するように、再び亡者たちが集ってくる。



ジャック「来るぞ!」








四人が一斉に剣を構える。舵をとるギブスを中心に、
ジャック、バルボッサ、ベケット、ジョーンズの四人が背中合わせに四方に向く。


かつて頃しあった者同士であるが、……いや、氏力を尽くして頃しあった者同士だからこそ、
互いの実力の程は分かっている。ギブスもそれを知る者の一人である。
背中を預けて舵に集中するには申し分のない安心感があった。




水面が荒れる音がする。すぐに船の側面がバタバタと音を鳴らし、
一瞬だけ軋む音がすると、青い目を光らせ、亡者たちが次から次へとよじ登ってきた。

ジャックらは船縁から豪快に飛び乗ってきた一群を切り伏せ、串刺しにする。
側面を這い上がり、階段を駆け上がり、とどまることなく敵が押し寄せる。



だが高さを利用して侵入を留め続ける4人を抜くことはできていない。




彼らはかつてのカリブの海で、世界の海の趨勢を担った主役たちである。
その辺の亡者とは、役者が違う。









422: 2017/08/15(火) 22:05:01.42 ID:sE/Vv+Mi0



ギブスはジャックから手渡されたコンパスを見ながら、海流と風を読んで、操舵する。
針の示す方に近づいていくと、正面から船の横を砲弾がすり抜けた!
亡者たちのせいで再び補足されたようだ。だがここまでは予想通り。
念のために蛇行運転をしていた甲斐がある。


ギブスは面舵へ大きく回すと、船が軋み上げて転進を始める。
泊地水鬼もそれを追ってきている。荒れ狂う風であるが、今は追い風。
パールは追い風ならだれにも負けない。ギブスは長く乗ってきたこの船の力を信頼していた。



ロデオの様に揺れる波に乗って、パールと泊地水鬼とつかず離れずの距離を保つ。

勿論、泊地水鬼もそれをただ見ているだけではない。
逃がすまいと後ろから何度も砲撃を放ち、その度に巨大な水柱を上げさせる。
危うい場面は何度もあった。しかし、直撃はしない。

単純に、経験の違いだ。



423: 2017/08/15(火) 22:05:30.45 ID:sE/Vv+Mi0



ギブスたちには知る由もないが、ベケットだけは剣を振りながら何となく理由を察していた。


この泊地水鬼はセイロン島作戦で初めて存在が確認された、比較的新しい深海棲艦だ。
いつ生まれたかまでは知らないが、敵の情報は全世界で共有している。
今まで戦場で発見されたことがない以上、少なくとも、戦闘経験は無に等しいだろう。


圧倒的な火力と、泊地に由来する防御力。そして搭載した膨大な艦載機。
これが泊地水鬼の強みだ。通常であればスペックに任せて蹂躙でき、こんな骨董船では5秒と保たなかったろう。



それが、この視界なき海で、雨と風に纏われ、荒波に足を取られる。
経験が少なければ、どれだけハイスペックでも十全に力を発揮することは絶対にできない。


故に、いくつもの嵐を超えてきたパールとギブスを、泊地水鬼の未熟な砲撃が捉えられないのは当然であった。




ギブス「よしよし、いい子だ、付いてこい……!」



ギブスはひたすら前を向く。
亡者の光によってパールの位置が探られているが、逆にそれはパール側にもメリットがあった。

微弱な発光であるが、無数の亡者の両目が、薄暗くだがパール周囲の海上を見えるようにしていた。




424: 2017/08/15(火) 22:05:58.67 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「何処だ、何処だ何処かにあるはずだ!」



砲撃回避もいつまで続くかわからない。一刻でも早く泊地水鬼の懐に入り込む必要がある。
しかし補足された今、減速して泊地水鬼に並ぶのは自殺行為だ。
だから、それをなんとかするために、ギブスは海面を凝視していた。


長い海上生活、海の機嫌を伺うのは慣れたものである。
こんな荒れた海の日には、きっとあれがあるはずだ。


これだけ強烈な海流が海をひっかきまわしていれば、
そして海中に大きな岩の地形でもあれば、それはどこかにあるはずだ。




見逃せば氏ぬ。ギブスの腕の見せ所である。








425: 2017/08/15(火) 22:06:29.19 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//




天龍「漣! まだか!」


漣「分かってます! 無駄に機構が多いんだからもぉー……!」

神通「こっちのケーブルですか?」

漣「あぁ、それより先にここをドッキングさせて下さい。嵩張りますから」


漣の指示で、神通が天龍に艤装を装備させていく。
いつ何時反攻の機会が来るかわからない今、装備にまごついている時間はない。



漣「くっそぉー、手順が複雑すぎますねぇ。試作品ってのはこれだから……」

天龍「おい、漣――」


漣「あぁ、大丈夫大丈夫! 絶対間に合わせます! 
  こういうの慣れてますから。プラモとか得意ですしね!」




426: 2017/08/15(火) 22:06:58.09 ID:sE/Vv+Mi0


いつものように軽口を叩く漣だが、その目は真剣そのもの。
額から流れる汗も気にせず、自分も小さなジョイントを繋いでいく。



漣「ま、どっかり構えててくださいよ!」


天龍「……、任せた」


漣「任されました! ……神通さん! ここのボルトは後で締めますのでやり直しです!」



漣は戦闘においては、充分に活躍できる素養はないかもしれない。
しかし、幾多にも渡る彼女の得意分野においては、時折一流の力を発揮する。

設備が十分な鎮守府工廠の工兵でさえ、殆どやったことがないであろう作業。
それを漣は瞬く間にクリアしていく。艦娘としての腕力と、実際に艤装を装備される側の
知識と経験がある分、工兵よりも有利とはいえ、その作業速度は圧倒的だった。





427: 2017/08/15(火) 22:07:27.49 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板//




圧倒的といえば、船底に至る入口を守る、吹雪もまた、敵を圧倒していた。


亡者「ウヴアァ!」


下に天龍達がいることを知ってか知らずか、ジャックたちのいる舵方向と同じくらいの
亡者たちが、吹雪にも襲い掛かってくる。



吹雪「せいっ!」


しかし、身体能力が圧倒的に違いすぎた。
この甲板の上では、船へのダメージが怖くて砲も機銃も撃てない。




428: 2017/08/15(火) 22:07:55.54 ID:sE/Vv+Mi0



そこで吹雪は軍属故に鍛えられた柔道で敵を封じ込めていた。


ただそれは教わった内容とは大きく異なる。
軍で教わったのは、暴徒化する民衆を怪我無く抑え込む為の練習であった。

しかし今は、締める要領で頸椎を折り、関節を極める要領で靭帯を切り、投げる要領で頭蓋を叩き割る。
手加減なしで艦娘としての身体能力を合わせた柔道の技は、完全に殺人技術と化していた。



吹雪「はぁっ、……っ!」


真面目だが、心根の優しい吹雪である。ここまで危険な技を使ったことなど一度もない。
ましてや、彼らは元は日本の軍人や国民だったのだろう。亡者になったとはいえ、
それを一方的に殺害していくたびに、吹雪の心に動揺が走っていった。



429: 2017/08/15(火) 22:08:31.88 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「ウヴアァ!」



吹雪「っ、ああああぁっ!」



不意打ち気味に襲い掛かってきた亡者の首を右手でつかみ、左手を添え力づくで持ち上げる。
ジタバタと暴れるのを気にも留めず、そのまま大きく弧を描いて甲板に叩きつけた!
通称、喉輪落とし。柔道ではなくプロレスの技。亡き師匠である川内に教わった近接格闘術だった。


吹雪「ここは、通しませんっ!」



師匠は、夜戦が得意だった。
吹雪は彼女の一番弟子である。
ならば、この月の光も射さないこの夜に、動揺などしていては笑われる。



怯える心にグッと活を入れ、吹雪は敵集団に向き直った。







430: 2017/08/15(火) 22:09:04.25 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//






ギブス「……見つけた!」





喜色満面の表情で、ギブスが叫ぶ。


船首の位置を調整する。反撃のチャンス。氏が後ろから迫り、生が目の前にある。
文字通り生きるか氏ぬかの状況。このスリルに、ギブスの口が歪む。



真剣な目で、凶悪な笑みを浮かべてスリルを乗り越えるその姿は、紛うことなき海賊のそれ。




431: 2017/08/15(火) 22:09:57.11 ID:sE/Vv+Mi0





ギブス「行くぞ行くぞ行くぞ、来いっ来いぃっ!!」




唾を飛ばしながら真っ赤な顔で叫ぶギブス。泊地水鬼が近づいてくる。
それを見たギブスは風に乗り、パールを加速させる。


風を味方にしたパールは一直線に目的地へ進んでいく。






その先には、大渦。










ギブス「皆つかまれえぇぇぇ!!!」





戦闘に集中していた面々は、ギブスの声を聞いて、一目散に近くの手すりにしがみつく。
船は渦の外周に巻き込まれ、渦の流れに沿って船の進路が急激にグルっと大きく回転する。




船にいた亡者たちは突然の重力に耐えきれず飛ばされ、海面にいた者たちはそれに飲まれる。


船首が180度回転したところで、取舵一杯に舵を回し、渦から無理やり抜け出し、直進する。




急激な転進をするパール。泊地水鬼と向き合った。






432: 2017/08/15(火) 22:10:28.02 ID:sE/Vv+Mi0



予想外の動きに泊地水鬼は急に止まれない。



ようやくもって、オーダー通りの立ち位置。



ギブスの奇策が、操舵の腕が、経験が、絶好の状況を作り出した。



ブラック・パールが泊地水鬼の領域へ突入する。







二つの船が、超至近距離で交差する!










433: 2017/08/15(火) 22:11:12.23 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//






吹雪「皆さん! 今です!」



甲板上でその光景を見ていた吹雪は、急いで天龍達の下に戻ってきた。
相対していた亡者たちはほとんど船から振り落とされていた。



漣「よっしゃあ! The end!!」


時、同じくして、漣の作業が完了する。




天龍「おし! よぉし! 総員、オレを支えろおぉ!!」






434: 2017/08/15(火) 22:13:57.56 ID:sE/Vv+Mi0





その艤装は、余りに巨大だった。






機関部分も、主砲も、何もかもが常軌を逸していた。



本来の規格通りでは、この艤装は天龍では扱えない。
実験用の変換器具を多数使い、無理やり起動させたそれは
あり得ない程、天龍の体格に見合わない巨大な艤装。


文字通り規格外の艤装の出力上げる為に、天龍の一気にエネルギーが吸われる。
一瞬意識が飛びそうになるが、奥歯をかみしめ、耐える。


天龍は獰猛な目つきで、船外の泊地水鬼を睨みつけた! 




巨大な艤装の内部機構がガリガリと凶悪な出力音を上げる。


しかし彼女はそれを不敵な笑みで押し込めて、叫ぶ。



その音は本当の持ち主でない天龍への警告にも聞こえた。





435: 2017/08/15(火) 22:14:58.52 ID:sE/Vv+Mi0







天龍「喰らいやがれクソがっ! 天龍様の攻撃だ!」










それもそのはずだ。


その艤装の本来の持ち主の名は、大和。






戦艦大和。




主砲の名は試製46cm連装砲。





海軍工廠砲熕部が極秘開発した世界最大最強の戦艦の砲撃が、
轟音を上げて泊地水鬼を貫いた!










436: 2017/08/15(火) 22:15:36.44 ID:sE/Vv+Mi0

























437: 2017/08/15(火) 22:17:17.87 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





泊地水鬼『ヴ、グ、ァ……、……!』



大和の主砲の最大射程は40km。
試製であるから多少は及ばないとはいえ、1.4tの質量を持った砲弾が、
音速を超えて、超至近距離から放たれた。

生き物どころか、地形すら一瞬で変えてしまうその一撃を喰らい、
泊地水鬼の胴体からは夥しい量の血と、そして瘴気のようなものが噴き出していた。




???『――』


瘴気はぼんやりと女の形を作ると、嵐の風に溶けていく。
その正体は、泊地水鬼がセイロン島から瀕氏になっていた逃亡していた時に、
その怨念と結びついた、海の女神であるカリプソである。




438: 2017/08/15(火) 22:18:02.92 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼『マ、マッテ……ッ!』



カリプソと精神が分離し、泊地水鬼としての意識が明瞭になっていく。
呪いに塗れた叫び声しか上げられなかった彼女は、
肉体が壊れ、高位存在であった女神との精神結合が解けることで、思考を取り戻したのだ。

だが、いいことばかりではない。
敵の攻撃の度に身体を直し、嵐を操って基地同士を分断し、別の場所から一団や亡者を呼び寄せ、
羅針盤やレーダーをジャミングできたのは、他ならぬ融合していた女神の力だ。



泊地水鬼『ワタシ、ハ、……フクシュウヲ!! モット! コロシテヤルノヨ!!』



大破炎上をする泊地水鬼の目から血涙が流れる。
それを見たのか、海の一部がカリプソを象り始め、泊地水鬼と向き合った。




439: 2017/08/15(火) 22:18:39.36 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ『安らぎを持たぬ憎しみの徒よ。その生に意味はあるかしら?』



泊地水鬼『エエ!』


女神の声が低く響く。それはクジラの声のようだった。

泊地水鬼はカリプソの問いに、血を吐きながら笑って即答する。
小気味よいその答えに、表情のない海水の塊が、確かに笑った気がした。


カリプソ『お前もまた、波の泡に消えゆくニンフ。幾多の愛と深刻な惨禍を目にした海。
     また一人の女がそこに身を投じる決意をした』


海の塊となったカリプソが泊地水鬼に触れると、貫通した胴体が徐々に治りゆく。



カリプソ『アリアドネー パイドラー、アンドロマケ、ヘレ、スキュラ、イオ、カッサンドラ、メーデイア。
     名前を今さら挙げる必要などあるのだろうか? それらみながこの海を渡り、何人かはそこに留まった。
     O液と涙にまみれた海のことを、思わないではいられない』



朗々と語るカリプソ。融合が分かれたことで止むかと思われていた嵐は、
ここに来て勢いを増す。




440: 2017/08/15(火) 22:19:29.67 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼『ワタシノ ウミ ハ、チ ニマミレタ、セイロンノ……ウミ ダケヨ!』



この世に初めて生を受けたセイロン島。

そこは彼女の始まりの地で、終わりの地。短い彼女の人生は、硝煙と血に塗れた者。
ギリシャの女たちとは異なり、男も知らず、愛も知らず、ただ戦いと憎しみを抱えて、
ついに届かなかった空への思いを今でも未練に思い、海に全てをゆだねた女。



そんな泊地水鬼に、カリプソは微笑んだ。




カリプソ『傷はこれきりだけど、あなたが氏なない限り、嵐は止まないわ……』



気づくと、胴体は傷一つなく綺麗なものになっていた。
泊地水鬼は疑問に思う。精神が融合していただけあって、カリプソの意思くらいは知っている。


彼女は好いた男を呼び寄せる為にこの世界に転移した。そこで泊地水鬼と事故のような形で融合した。
愛を知らない泊地水鬼だが、理屈くらいはわかる。なぜ好いた男にとって不利になるようなことをするのか。
なぜこの女神は味方をしてくれたのだろう。





441: 2017/08/15(火) 22:20:15.06 ID:sE/Vv+Mi0



疑問に思った泊地水鬼だが、カリプソは答えないだろう。
泊地水鬼は、その程度には彼女の人となりも知っているのだ。



カリプソ『私にとって価値のあるものは、今も全てあの洞窟の中にある。
     女神たちにどんな説得をされても、心だけは今もあそこに置いてきたまま……。
     老い先短い人間は、未来こそが全てという。間違いではないでしょうが、
     永遠の命を持つ私からすれば、……必氏に過去を向いて生きるその姿、美しい魂の火が灯って見えるわ』



再び、カリプソが海に溶けていく。



カリプソ『過去への復讐も、未来への前進も。きっとみな等価値よ。
     さぁ、生きてその燃え盛る魂の価値を証明してごらんなさい』



もう会うこともないだろう。
泊地水鬼の相貌は、暗闇のどこかに居るブラック・パールに向けられる。



カリプソ『あぁ、全ては波の泡』




女神は海に混じり、その暴れる感情の奔流を嵐に変えていく。









442: 2017/08/15(火) 22:20:51.29 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//






天龍「ぐえ」


天龍が尻餅をつく。



吹雪「やった! 天龍さん! やった! やりましたよ!」



無邪気に喜びの声を上げる吹雪。
一瞬の交差の後、船はすぐに離脱。後方に少し離れたところで、泊地水鬼が炎を上げて大破している。


その様子に漣も安心した表情で艤装を取り外しにかかった。
戦艦大和の試製艤装を、変換用のケーブルや器具を使って無理やり軽巡の天龍に接続したが、
無茶が過ぎたのだろう。天龍は一気に憔悴し、艤装も無理な挙動に煙を上げている。



443: 2017/08/15(火) 22:21:20.69 ID:sE/Vv+Mi0



漣「それにしても、よくこんなレア物ありましたね」


吹雪「えぇ、こんなこともあろうかと、ベケット少尉が掛け合って保管してたみたいですね」


大和は現在、帝国最強の戦艦として、オセアニア海域奪還作戦の帝国海軍旗艦を務めている。
それをいいことに、前線の後ろだからと、大和の型落ちである予備の装備を置く倉庫としてグアム基地を使わせた。
根回しや内部工作を行わせれば、ベケットは現代でも随一の策略家だ。



漣「でも、こんな風に壊したのがバレたら首が飛ぶでしょ。物理的に」


天龍「ハッ、この化物を倒した功績なら、お釣りがくるぜ」



穏やかに話をする三人。
その様子を神通は感情の読めない顔で黙ってみていた。


神通「…………」




444: 2017/08/15(火) 22:22:13.75 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼は、氏んだのだろうか。ならば、仕方ないのだろう。
きっとここは氏ぬべき場所ではなかったのだ。


内心でそんな独白をつぶやいて、沈みゆく泊地水鬼に目をやる。



神通「……?」



あれだけの砲撃を受けて、泊地水鬼はまだ沈んでいなかった。
漏れた燃料の影響だろう。自身の身体と周囲の海を燃やしながら、
それでもまだ奴は健在だった。

どうなっているのだろうかと砲門の窓から泊地水鬼をじっと見る。
その周囲に、何かが見えた。あれは、



神通「まさか――!」




神通の上を、けたたましいエンジン音が突っ切った。






445: 2017/08/15(火) 22:22:53.58 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//







ジャック「駄目だ、氏んでない!」




泊地水鬼『フッ……、イタイ…イタイワ……ウッフフフフフフ……!』



ゾッとするような女の声が船に届く。
人魚のような、美しくもどこか人外じみたその声に、ジャックはひるんだ。







ジョーンズ「おい! カリプソはどうした!? あれはなんだ!」






ハサミが指すその先には、泊地水鬼を取り囲む、多数の戦闘機。





446: 2017/08/15(火) 22:23:37.95 ID:sE/Vv+Mi0



ほぼ空域を制圧した戦闘に、戦闘機を送る必要もなかったのだろう。
周囲の基地攻撃に送られず、艦載されたままだった戦闘機が、
泊地水鬼から彼女の身体を覆うようにして次々と現れた。


話が違う! ジャックはベケットを睨みつけて掴みかかる。



ジャック「おい嘘つきめ! あの飛ぶ奴は出てこないって言ったはずだぞ!」

ベケット「普通夜戦では艦載機は飛ばん! 視界が確保できず、着艦もできん。
     ましてやこの嵐では猶更だ」

ジャック「だったら何でだ!?」

バルボッサ「生還する必要がないからだ……」



ベケットがバルボッサに振り返る。敵はこの夜嵐の中、決氏の特攻を決め込んだのだ。
通常であればあり得ない戦法だが、そうせざるを得ない程に、敵を追い込んでしまった。
先の砲撃で、一撃で殺せなかった報いがここに来た。



447: 2017/08/15(火) 22:24:18.86 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では視界の確保は? 亡者無き今、あの高度からでは我々は見えん」

バルボッサ「馬鹿かお前は! さっさと撤退だ!
      見えなくともいいんだ。あの数で撃ちまくって当たればそれでいいんだからな!」


天龍「おいっ! なんだありゃあ!」




事態を察した艦娘の4人が船底から駆け上がってくる。
空を見ると、炎を上げる泊地水鬼の周りを一機、また一機と戦闘機が囲んでいく。

倒したと思った敵が奥の手を発揮してこようとしていることに気づき、漣は顔を青くした。
戦闘経験の多い天龍でさえ顔をしかめ、実務経験の浅い吹雪は茫然とその光景見上げていた。




448: 2017/08/15(火) 22:24:47.09 ID:sE/Vv+Mi0





神通「夜……、艦載機……」




唯一怯えを見せていなかったのは神通。意味深な言葉をつぶやき、空を見上げている。
ほとんど誰もが敵を見ていたからだろう。そのつぶやきを聞くことが出来ていたのは近くにいたジャック一人であった。



神通「…………」

ジャック「おい、お前……」



聞かれていたことに気づいたか、神通はジャックに顔を向ける。その表情からは何を思うか全く想像ができない。
だが、それでも何かを感じることはできたのだろう。ジャックは軽く舌打ちをし、舵を取ろうと後方甲板へ急ぐ。



神通「…………」




神通の眼には、何処か妖しい光が宿っていた。
戦闘狂の様な血に飢えた目ではない。それは、氏に飢えた目。
自身の氏を求めるものが、それを目の前にして宿す、目の輝きであった。





449: 2017/08/15(火) 22:25:36.50 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「畜生! 少しでも闇に紛れるぞ!」




バルボッサの指示で全員が動き出す。流石に争う暇もないとわかっているジャックは懸命に舵にとりつく。
ギブスは少しでも身軽になるようにと、ブラック・パールの不要な荷物を海に投げ捨てていた。

ベケットは艦娘たちに、再び甲板下で身を隠すよう指示した。
対空砲火をさせてもよかったが、それをすれば居場所がばれる。
そしてそうなればすべてを墜とせる程の戦力は整っていなかったのだ。



神通「少尉、お言葉ですが、このような木造船、狙われればハチの巣です。
   泊地水鬼に肉薄する許可を」


神通の判断は、半分正しかった。あそこまで大破寸前に追い込んだ敵の攻撃を
一方的に受ける意味など無い。戦力差が如何に大きくとも、このまま艦娘だけで戦闘を続ければ
敵が沈む方が早いのではないか。それ理屈としては正しかった。問題は、カリプソが回復させたことであったが。




ベケット「……」


勿論ベケットもそんなことは知る由もなかったが、彼の直感がそれを止めた。
通常、大破した空母は艦載機が出せないという。無理に離艦させたのかとも思ったが、
それにしては数が多い。これは何かある。慎重になるべきだと思っていた。




450: 2017/08/15(火) 22:26:08.30 ID:sE/Vv+Mi0



だが、その姿をみて、神通は深く頭を下げた。



神通「少尉、申し訳ありません」


ベケット「? 何だ――」




神通は、ベケットが止める間もなく、船を飛び降り、波を滑るようにして泊地水鬼の下へ駆け抜けた。




451: 2017/08/15(火) 22:26:45.48 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「っ!」


吹雪「神通さんっ!!」


天龍「あの馬鹿野郎!」



天龍は一瞬身体をよろめかせ、慌てて船外の神通を追いかける。




漣「ちょ、待ってください! 海に出たら捕捉されて氏にますよっ!」


天龍「分かってる! あの馬鹿を連れ戻すだけだ! 危ねェから漣と吹雪は待ってろ!」




天龍が勢いよく加速し、海を滑走する。





452: 2017/08/15(火) 22:28:03.83 ID:sE/Vv+Mi0




しかしトラブルはここで終わらない。
二人の艦娘が離艦したのがバレたのだろう。すぐさま敵のレーダーがそれを捉える。
そしてその離艦元であるパール目掛けて、多数の戦闘機が唸りを上げて押し寄せてくる音がした。


ベケット「不味いっ!」


本来は対艦用ではない戦闘機とはいえ、こちらは木造船だ。
機銃一つでも簡単に穴が開く。一撃では沈まないだろうが、対空戦闘もほとんどできないこの船では、
一度取りつかれれば、それは氏を意味する。





ジョーンズ「……、仕方あるまい」



パールの面々を見て、ジョーンズはそう呟く。
一瞬だけ嵐の空を見上げて目を瞑り、見開いて大声で叫んだ。



ジョーンズ「船長たる俺の意思に従い、……来いっ!」




453: 2017/08/15(火) 22:28:43.67 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは叫びとともに、海に飛び込む。
気でも違ったかと慌てて船外に目を落とす一同。

その荒れ狂う海に身を飲まれてしまうと恐れたが、
なんとジョーンズは、艦娘たちと同じように水面に立っていた。




これには全員が驚く。




ジャック「何してんだタコ野郎!?」


ジョーンズ「不本意ながらぁ、化物を頃す為にもブラック・パールを沈めるわけにはいかん。
      よって実に不本意だが、この私が手を貸してやる。不本意ながらな!」





途端に、ジョーンズの足元の海が大きく盛り上がる。


その波しぶきを激しく散らし、現れたのはフライング・ダッチマン号!
船長の意思に従い自由に動く幽霊船。ジョーンズは海面下に呼び出したダッチマンの船首の先に乗っていたのだ。





ジョーンズ「さあ行けダッチマン!」




ダッチマンは号令とともに向かい風をも難なく走り去っていく。










454: 2017/08/15(火) 22:29:21.94 ID:sE/Vv+Mi0
フライング・ダッチマン号 甲板//





上空に居れば確実にパールを見落とすかもしれない。
その懸念を解消するため、戦闘機は海面ギリギリを滑空していた。

すれ違えば流石に船の存在に気付けるだろう。


だが、そんな意図もむなしく、低空飛行の戦闘機は一撃で撃墜される。



ジョーンズ「クハハハハッ! さぁ氏ねぇ! 回転式の三連式カノン砲ぉ!」


いつもは部下に稼働させていたカノン砲に砲弾を詰めていく。
船の真正面しか捉えられないその連射砲だったが、その質量弾は
上手く敵戦闘機に直撃し、墜落させ、その周囲にいた編隊にもダメージを与える。



ジョーンズ「ハハハーッ!」


まさかの攻撃に慌てて回避行動をとるも、距離が近すぎた。
上昇するまでに軽く3機はカノン砲に撃墜された。
最新鋭の兵器である航空機を、大航海時代の海賊船が落とした。
言うまでもなく、とんでもない快挙である。




455: 2017/08/15(火) 22:29:47.60 ID:sE/Vv+Mi0



しかし、快進撃もここまで。


カノン砲の砲炎と音に気付いたのだろう。
夥しい数のエンジン音がダッチマンに迫り、機銃を一斉掃射させた。


ジョーンズ「チィイ!!」


レーダーにかからない木造船ではあったが、
いかんせん砲炎に気づいた敵が多すぎた。
機銃は一部が当たったにすぎないが、それでも数百発の銃弾が船を貫通。



健闘むなしく、ダッチマンは瞬く間に沈んでいく。



ブラック・パールの囮という目的を果たして。








456: 2017/08/15(火) 22:30:18.24 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//




遠くでジョーンズの駆るダッチマンが炎上し、沈んでいく。
ジャックたちの時代では最強を誇ったその船が、瞬く間に、易々と葬られる。


これがこの時代最強の、航空機という兵器の力。


ジャック、ギブス、バルボッサはその恐ろしさを目の当たりにし、絶句した。




ベケット「呆けている暇は無いぞ諸君!」


ベケットの声に反応し、三人は意識を切り替える。
殆どの飛行機が馬鹿みたいにダッチマンの下に集結している。
ジョーンズが不本意ながら稼いだこの時間。無駄にするわけにはいかない。




ベケット「第一作戦は失敗した。作戦は予備の第二作戦に移行する」




それは、事前に話し合った作戦の一つにして最終作戦。

万が一、大和級の砲撃が通らなかった場合に実行が予定されていたもので、
ほとんど使うつもりのない、更に博打要素の高い作戦だ。
これも外せば、今度こそ逃げるしかない。逃げ切れるかはさておき。





457: 2017/08/15(火) 22:31:01.87 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では各自、行動開始!」


ジャック「反対! 断固として反対!」




ベケットがジャックを睨みつける。だがジャックもそれを睨み返す。




ベケット「時間がないことくらい分からないか、海賊?」


ジャック「んなもん子供でも分かる。だけど、この作戦は反対する。
     大体、これをやらせない為にわざわざ船を出してやったんだぞ?」



表情を変え、いつものようにヘラヘラとベケットを煽るジャック。
ベケットは額に青筋を浮かべた。



ベケット「この作戦は事前に了承を得ていた筈だが?」


ジャック「多数決でな。だけど、今やればどうかな?」



基地で決を採った時には、ジョーンズもいた。彼を含めて2対3。
ジャックとギブスの反対を、三人の賛成で押し切ったのだ。



458: 2017/08/15(火) 22:31:39.87 ID:sE/Vv+Mi0


ジャック「作戦に反対の人。はーい!」

ギブス「おう」


二人は示し合わせたように、同時に手を上げる。
斬り頃してやろうかと心がささくれ立つベケット。



ジャック「こりゃ決まりそうもないな。でもこっちは、いつまでも多数決してて構わないんだぜ?」


ベケット「私に対する負債、……ツケがあることを忘れたか?」


ジャック「こんだけ働いてやったんだ! これ以上何を求める!?」



両手を広げて大きくアピールする。



ジャック「気に入らなければ降りてくださってもいいんだがね、提督?」



ベケット「……、……わかった。吹雪君!」


吹雪「はいっ!」



459: 2017/08/15(火) 22:32:08.03 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「砲撃を許可する。パールを燃やしたまえ」


ジャック「おいおいおいおい! 待て待て待て待て!」


ベケット「何か?」


ジャック「何かじゃない! パールを燃やすのはナシだって約束したろ!」


ベケット「くだらない取引を仕掛けてきたのは君だ。やれ、吹雪君」



460: 2017/08/15(火) 22:32:35.67 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「任されました! 少尉!」

漣「手伝いましょう!」


ジャック「任されるな! 手伝うな!」


ベケット「選びたまえ。パールをとるか、作戦をとるか」


ジャック「……あぁクソ!」


無論、ジャックにとって自由の象徴であるパールを捨てることなどできない。
作戦を実行するために、ジャックはハチェット(手斧)を持ってマスト頂上へとよじ登る。



ベケット「損のない商取引だったぞスパロウ君。全ては互いの利益のためだ」



ジャックは聞こえよがしに舌打ちをした。




461: 2017/08/15(火) 22:33:19.73 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「万が一の接近戦に備えて、念のため残りの艤装の数も確認しておく。
     漣殿、生きている艤装はどれか教えてくれ」


漣「了解しました。散らかってるので注意してくださいね」


漣に先導されて、ベケットが船の下層部に降りていく。


残ったバルボッサたちは、昇っていくジャックを下で監視している。




そんな中、吹雪は一人目を海に向ける。
時折機銃の音に混じって、小さな砲音が聞こえる。


神通と天龍はこの海を走り回っている。


妖精技術に反応する深海棲艦のレーダーは、
こんな真っ暗な海の中でも天龍と神通に反応している。


事実、敵戦闘機はそちらに気を取られ、
空のあちこちを飛び回っていた音はパールから離れている。


結果として、ジョーンズと天龍、神通が囮となって
パールの危機を回避した形となる。




462: 2017/08/15(火) 22:33:56.11 ID:sE/Vv+Mi0



この最後の作戦とやらが早期に成功しなければ
暗闇の中で二人は人知れず沈んでいくかもしれない。


吹雪「神通さんは、大丈夫でしょうか?」


その呟きは、誰に向けたものか。
独り言かもしれないし、ベケットや漣に向けた言葉かもしれない。



しかし、それに耳ざとく反応したのジャックだった。



ジャック「……」



ジャックは目を瞑って逡巡し、もう一度悩む。
何かに葛藤するような表情を経て、その末に苛立った溜息をついた。




463: 2017/08/15(火) 22:34:29.35 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「おい、一つ結び!」


ジャックがマストを上りながら思い切り呼びかける。
搭乗員がそれぞれキョロキョロと顔を見合わせ、一人に視線が集まった。


吹雪「え? あ、私ですか!? 吹雪です!」


ジャック「お前、あのジンツウを止められるか?」


吹雪「? どういう意味ですか!」


ジャック「あいつはお前の何だ?」


雨風にあおられ、必氏で踏ん張りながら、ジャックは叫ぶ。
意図の読めない質問だが、吹雪は正直に答えた。



464: 2017/08/15(火) 22:35:08.24 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「大切な、先輩です!!」


ジャック「命よりもか?」




風の音にかき消えそうになりながらも、その一言は不思議と明瞭に耳に入った。




ジャック「ジンツウは氏ぬ気だ」


吹雪「……え」




ジャック「あいつは氏地を求めている。そういう目をしてる」


吹雪「え? ……え?」


バルボッサ「チッ!」




465: 2017/08/15(火) 22:36:34.32 ID:sE/Vv+Mi0



その言葉にバルボッサは舌打ちをした。



バルボッサ「氏にたい人間には好きにさせておけ! その命で俺たちが助かるなら猶更だ!」

ジャック「黙ってろヘクター!」


バルボッサ「人の命の大切さを説くタマかお前が! いつの間に宗教に感化されたっ!」


ジャック「うるせぇ! 俺は覚悟もなく氏に急ぐタマ無しが大っ嫌いなんだ!!」



二人の怒鳴りあいを茫然と眺める吹雪に、ジャックは叫んだ。




ジャック「フブキ! 必要なのは何ができて、何ができないかを知ることだ」



吹雪の視点が、ジャックに向く。
業を煮やしたバルボッサは懐からフロントリック銃を取り出し、ジャック目掛けて銃口を向ける。

しかしとっさにギブスに腕を抑えられ、銃弾は明後日の方向へ飛んでいく。
睨みつけるバルボッサに、ギブスも険しい目つきで睨み返す。



ジャック「お前にジンツウを止める腕っぷしはあるか。あいつを背負う覚悟はあるか」




466: 2017/08/15(火) 22:37:07.72 ID:sE/Vv+Mi0



この戦いの前、確かジャックとこういう話をしていたことを思い出した。
救うか救わないか、誰が彼女を救うことができるか。
その結論として、自分では無理だと判断した。自分には、神通に寄り掛かってもらう頼りも、
無理やり救いきる腕っぷしもないからだ。


ジャック「あの面倒くさい女を、邪険にされながら何度も救う覚悟はあるかって聞いてんだ!」


でも、そうだ。諦めないことはできるはずだ。
彼女が再び氏地に身を投じるのなら、その度に救いにいけばいい話。
そうしてどれだけ悪態をつかれても、それすらも背負っていけばいい話。

人を救うということは、そこまで背負って初めて一人前になれるのだ。



吹雪はうつむいて目を瞑り、そして見上げる。




ジャック「……よぉし! さっさと行けぇ!」




吹雪は大きく頷き、甲板を駆け抜け、荒波に飛び乗った。










467: 2017/08/15(火) 22:37:42.17 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





レーダーで捕捉されているのか。
分かっていたことではあるが、敵の攻撃は苛烈だ。

こっちのレーダーはホワイトアウトしているのに、
相手の探索はこちらを一方的に狙えるとは、なんというペテンだろう。



神通「!」



前方スレスレのところを機銃の弾が飛んでくる。

神通は弾の来た方向に対空砲火を放ち、戦闘機を墜落させた。


一瞬の爆発で空が照らされる。

夥しい数の戦闘機の影が見て取れた。




468: 2017/08/15(火) 22:38:21.98 ID:sE/Vv+Mi0



神通「ぅ、」



神通の脳裏に、二人の姉妹の顔がよぎった。



史実の川内は、最期は夜戦で沈んだ。
史実の那珂は、最期は敵の航空機の大攻勢で沈んだ。

川内は米艦隊の砲撃で、那珂は爆撃機の攻撃で、と現在の状況とは違う点はあるものの、
共通点は多い。さらには史実の自分の様に味方の為に囮となって氏ねる。



こここそは、先に沈んでしまった姉妹たちの分も贖える、
自分が求めた最高の氏に場所だ!





469: 2017/08/15(火) 22:38:51.34 ID:sE/Vv+Mi0



神通「ぅ、あああぁぁぁっ!」




敵の機銃が一斉掃射される。
暗闇の中では見えないが、銃弾がまるで壁の様に押し寄せてくる。

神通は、発砲音がした方向に突き進む。
身体を無数の傷と痛みが苛む。

機銃では簡単に沈まないとはいえ、いずれは沈む。
先の短い特攻。



何度も夢にまで見てしまった、自分の罪を清算する氏に場所。


神通の顔には笑みが浮かぶ。……筈だった。




神通「ああぁっ! うわああぁぁ!!」






470: 2017/08/15(火) 22:39:18.56 ID:sE/Vv+Mi0



その表情は悲痛。あれほど望んでいた筈の氏地。
いざ前にすれば、心は奮いあがるか、静謐になるか、どちらかだと思っていた。


だが、現実は、恐怖。


日本屈指の突撃隊、二水戦。その指揮官を務めていた彼女は、
過去に何度かこれほどの窮地を超えている。

だがそのどれもとは違い、身体は震え、固くなり、
涙がボタボタと零れ落ち、口からは意図せず恐怖の声が上がる。


氏ぬ覚悟を決めて立ったはずの贖罪の戦場。


しかしその思いとは裏腹に、氏の恐怖が身体を支配する。



神通「ぅ、あ……!」




頬を銃弾が掠める。切り裂かれ、小さな傷口からは血が垂れる。




決めたはずの覚悟が、音を立てて崩れていく。






471: 2017/08/15(火) 22:39:56.08 ID:sE/Vv+Mi0




















472: 2017/08/15(火) 22:40:24.43 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//





ベケット「何故止めなかった!!」


まともに稼働する艤装がないということを確認したベケットは、
船を軽くするために、漣と共に艤装を海に投げ入れた。

それが終わり甲板に戻ってくると、なぜか吹雪が居ない。


ギブスに問い詰めると、ジャックに唆されてこの荒波に飛び込んでいったという。
ベケットは怒りの余りギブスの胸倉をつかんだ。



ギブス「ま、待てよ! 俺は関係ねえだろ!」


ベケット「こんな、こんな海を行くなど自殺行為に等しい!」



473: 2017/08/15(火) 22:41:20.86 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「だからどうした! 過保護も大概にしろ。
      あれは自分で行くと決めた。全てあいつに責任がある」


ベケット「唆したのは貴様らだ」


バルボッサ「唆されるような教育をしている方が悪い」



バルボッサはそういうと、機嫌が悪そうに顔を他所にやった。
これ以上話しても、建設的な会話は望めないだろう。
また、ベケット自身、こうなってしまえば彼自身は何もできない。



ベケット「……っ」



ベケットは知らぬ間に手をきつく握りしめていた。









474: 2017/08/15(火) 22:41:49.03 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





吹雪「神通さん……! どこに……!」



吹雪が海を滑走する。

時折、遠くの海で爆炎が一瞬灯るが、天龍も神通も高速移動をしながらの戦闘をしている。
その場所にたどり着く頃には、敵味方問わず誰も居なかった。




吹雪「あ――、ぐっ!」


周りに気を取られていたせいだろう。
吹雪の肩を一発の銃弾が貫通した。見上げるが暗闇。
自分も対空砲火で応戦するが、手ごたえはない。逃げられたようだ。



痛む肩を押さえ、再び神通を探し始める。




475: 2017/08/15(火) 22:42:26.83 ID:sE/Vv+Mi0



早く船に連れ戻さなければ。
吹雪の目は必氏だ。



吹雪「神通さん……!」





あの日、神通を助けたのは吹雪である。

コロンバンガラを戦う前と後の神通の差を一番よく知っているのは彼女だ。



吹雪がまだ訓練課程についていたころに、先任の一人だったのが神通だ。
訓練は厳しかったが、心優しく、穏やかで、姉妹を愛し、後輩も心から気にかけてくれる人。
吹雪は、彼女の目が好きだった。暖かく、それでいて強い意思を持った輝く目。



だからこそ、救助して、手術を成功させた後の神通を見たときは愕然とした。
病床の、あの虚ろな目からこぼれた涙に、心が締め付けられ、吹雪は見舞い一つできなかった。



愛する姉妹と、仲間を一斉に失った彼女にかけられる言葉なんてなかった。





476: 2017/08/15(火) 22:43:26.63 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「……でも、」


辛いことは、分かる。
生きていても辛いことはあるだろう。ましてや戦争中だ。
そんなことを思う人はいくらでもいるだろう。

内勤と訓練ばかりの吹雪では知らない地獄があるのだろう。

でも、それでも。吹雪は神通が生きていることを否定したくなかった。



まして吹雪は知っていたのだ。神通は、心の底から氏にたいとなんて思ってないと。




吹雪「だって、今でも鮮明に覚えてる……」





477: 2017/08/15(火) 22:43:56.06 ID:sE/Vv+Mi0



志願して訪れたコロンバンガラの救助活動で、吹雪は、即氏した那珂の横に、
折れ曲がって血まみれになった神通を見つけた。


もう助からないと、そう思って、そのまま、安らかに沈んでいった方が良いんじゃないかと、
そんなことすら思った。




吹雪「それでも、あの時」








  吹雪『神通さんっ!!』



  神通『ぁ……』










吹雪「神通さんは言ったんだ」










  神通『ぁ、り、がとぉ……』











478: 2017/08/15(火) 22:44:33.48 ID:sE/Vv+Mi0



消え入るほどか細い声で、口から血を流しながら。それでも視線だけはしっかり吹雪を見て、
安堵の表情を浮かべ、神通は確かにそう言ったのだ。



それから吹雪は必至で奔走した。本陣となっていた島に戻り、休む間もなくベケットに掛け合い、
裏から手を回してもらって、大本営に大手術を行わせた。そして一睡もせずに方々を駆けまわり迎えた
5日目の夕方、神通の手術が成功し、一命をとりとめたことを知った。



生きることを押し付ける気はない。でも、あの時の神通は確かに生きたいと思っていた筈だ。
吹雪は決して、そのことを否定したくはなかったのだ。


黒い波に揺られて辺りを見渡す。神通の姿どころか、パール号も、泊地水鬼も見えない。
それでもこの嵐の中で、自分だけは神通を見つけられるはずだと奮い立った。





吹雪「神通さん――、」






あなたを助けられたことは、私の誇りです。






そんな言葉を胸にしまい込み、吹雪は艤装のエンジンの回転数を上げた。











479: 2017/08/15(火) 22:45:14.15 ID:sE/Vv+Mi0

















480: 2017/08/15(火) 22:45:55.96 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//






ベケット「戦闘音が近づいて来たな……」



計画通りとはいかない。当初予定していたよりもかなり想定外の要素の方が多い。
しかし、それでもやるしかない。ベケットはバルボッサに指示を出す。



バルボッサ「ギブス! 繋いだか!?」

ギブス「準備万端だぜバルボッサ!」


バルボッサ「よぉし! では邪魔だどけギブス!」 




ギブスが走ってその場を離れる。ギブスがいた場所には、ジュラルミンで出来た1~2メートル四方の大きい箱があった。
それを網で覆い、縄で結び、メインマストの頂上に括り付けていた。




ギブス「はぁ、なんちゅう最終兵器だ……」



何を隠そう、これが泊地水鬼討伐の最終手段である。





481: 2017/08/15(火) 22:46:32.00 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「水が入ってなきゃもうちと軽かったんだがな」

ベケット「9割超が水だからな」

ギブス「水をこんなに入れる必要あったか?」

ベケット「重さがなくては飛ばんのだよ」



バルボッサ「さぁ行くぞぉ! 俺たちの勝利を飾ろう!」




482: 2017/08/15(火) 22:47:31.59 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサが片手で剣を掲げる。

するとそれに呼応して、箱をつけたロープが意思を持ったようにドンドン宙に上がる。
満足そうな顔を浮かべると、バルボッサは剣を大きく振り回した。


ミシミシと音を立てながら、マスト頂上を中心にロープ付きの箱が大きく回転する。


それは徐々に遠心力を得て、鈍い風切り音を立てながら船の上をブンブンと回り始めた。
帆やその周りにある大量のロープに引っかからないよう、大きく回りながら水平を保つ。


下でこの光景を見ていた漣は、まるでハンマー投げかジャイアントスイングの様に見えた。




バルボッサ「外すなよぉ! ジャァック!!」




バルボッサが叫ぶ。








483: 2017/08/15(火) 22:48:06.38 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





神通「あ、ぐぅ!」


神通は、後ろから撃たれた。
銃弾は左のふくらはぎを綺麗に貫通し、そこから血が流れる。
弾が体内に残らなかったのは唯一の幸いだが、骨に当たったのだろう、
足が折れてしまっており、力が入らない。


冷静になり切れない頭で、それでも経験が身体を動かして
迎撃態勢に移る。放たれた弾は敵の戦闘機を貫き、爆破炎上させる。

爆発の光が、また多くの敵戦闘機を照らす。



神通「……ぁ、」



一斉射撃。先ほどとは違い、全弾が神通目掛けて飛んでくる。



神通「……」




神通は目を閉じる。
氏を前にして、思考が停止する。
何も考えられず、静かに目を閉じた……。




484: 2017/08/15(火) 22:48:45.31 ID:sE/Vv+Mi0





吹雪「うぁぁああああああぁああ!!」





吹雪が、神通に向かって突進する。



神通「!」


吹雪「神通さんっ!!」




氏地の神通へ、吹雪が最大船速タックルした。


銃弾が吹雪のすぐ後ろの波に突き刺さる。


二人の身体が一瞬宙に浮き、海面にしたたかに叩きつけられる。
一歩間違えれば衝突事故。そうでなくても銃弾降りしきる状況。



しかし吹雪は神通を手放さなかった。




485: 2017/08/15(火) 22:49:12.06 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「助けに来ました!」


神通「え、あ」



状況が読み込めなかった神通は、現状を理解するまでに時間を要した。
吹雪は無理にでもその手を引き、危機を脱する。



神通「なんで」




何で、助けたの? それは以前吹雪に問いかけたのと同じ言葉。
他に言いたかったことなんていくらでもあるのに、そんな言葉が口をついてしまった。

だが、吹雪は動じず、真っすぐ前を見つめて叫ぶ。



吹雪「分かりません! なんて言えばいいのか、なんて答えるべきなのか!」



486: 2017/08/15(火) 22:49:44.90 ID:sE/Vv+Mi0



あの時も、そして今も、吹雪はその答えを持っていなかった。
皆が思いつくような答えならいくらでも答えられた。
だが、それを上手く言い表せない。強いて言えば、思いつくその全てが、彼女を動かした理由だ。



吹雪「難しい話なら後にしてください! 
   とにかく伝えたいことが一杯で、何から言えばいいのか、分からないけど!」



ニッと、吹雪はいい笑顔で神通に振り向く。
もうその表情には、神通へのわだかまりは消え失せていた。



吹雪「理由なら明日必ず言いますから! それまで待っててください!」


吹雪が方向転換のさなかに、空いた左手を使い、空中に向かって撃つ。


砲弾が通過した衝撃で、迫ってくる一機が掠めてバランスを崩させる。
しかし、敵はその勢いのまま吹雪と神通に向かって墜落してきた。



487: 2017/08/15(火) 22:50:14.24 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「まず――!」



再装填、間に合わない。
だがそんな冷や汗も束の間。燃え盛り特攻してくる敵戦闘機の横腹を一発の砲弾が貫通した。

吹雪たちが目を見やると、気づけば天龍がすぐそこまで来ていたのだ。



天龍「吹雪! 神通!」

吹雪「天龍さん!」



破顔する吹雪。この地獄ともいえる空の下、なにも見えない暗闇の海で、
三人は奇跡的に合流できた。



488: 2017/08/15(火) 22:50:43.76 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「よく言ったな、吹雪!」

吹雪「う、聞いてたんですか」



天龍「お前の名演説、聞きやすかったんで良い目印なった、いや耳印か?」

吹雪「耳印って、家畜につける識別印ですよ」


天龍「おう! 難しい話なら後にしてくれ!」



寄ってきた戦闘機を落とす。
戦闘に反応して、艦載機がどんどんやってくる。

彼女たちは脚を止めずに動きながら落としているが、多勢に無勢。徐々に囲まれていく。



天龍「あー、畜生、船はどこなんだよ!」


神通「……」



このままでは三人とも沈んでしまう。神通は責任を感じて苦しそうに目を伏せる。




489: 2017/08/15(火) 22:51:15.31 ID:sE/Vv+Mi0



神通「私が囮になります」



その言葉に、天龍が鋭い目で振り返る。



天龍「いいか! 俺はお前を氏なせねえ!」


突然の大声に、神通は面を喰らった。
が、気を取り直して説得を続けようとする。



神通「で、でも!」


天龍「誰かに守られた分際で! 勝手に命を粗末にしてんじゃねえ!
   氏ぬなら守ってくれたそいつらに許可とってから氏ね!」


神通「なっ……! もう氏んでるんだから、そんなこと、できないですよ!」


天龍「じゃあお前はもう生きるしかねえんだよ、ざまあみろ!」


神通「このっ……!」



490: 2017/08/15(火) 22:51:49.01 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「ちなみに、今のところ神通さんの命を2回救ってる私としては、
   ぜーったい許可しませんから! 神通さん! ざまあみろ、ですよ!」


神通「吹雪さんまで!」

天龍「んだよ文句あんのか!?」


神通「ありますよ! 大体あなたは前から――」



天龍「今忙しいんだ! 文句なら聞いてやるよ、明日な!」


吹雪「私も、神通さんに一杯文句がありますので! それも明日に!」


神通「……。二人とも、覚悟していてくださいよ、明日」




491: 2017/08/15(火) 22:52:17.81 ID:sE/Vv+Mi0



三人は互いに背中を合わせ、三方に砲撃を放つ。
散発的だった反撃が小規模ながら組織立つ。


帝国海軍の本領は夜戦にある。中でも、長く前線に立った天龍と、
精鋭を率いた神通と、夜戦のプロを師匠に持つ吹雪。


この三人の目は、とっくに夜の視界に適応していた。


寄ってくる戦闘機が順に、順に堕ちていく。

時たま起こるだけだった爆発が、加速度的に増えていく。



いける。吹雪は勝利の感触をつかんでいた。





その爆発に気づいた泊地水鬼の主砲が、向けられていることに気づかないまま。




砲撃まで、あと10秒。




492: 2017/08/15(火) 22:53:27.50 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海底//





吹雪たちが人知れず危機に陥っている海上。




海底では、荒れ狂う海流に身体を引っ張られ、押され、流されそうになりながら、
ジョーンズは全身をつかって船中央の装置を動かしていた。


キャプスタンと呼ばれるそれは、例えるなら、大人数の奴隷たちが酷くのろのろと
力一杯で回す重い石臼のようなものだ。当然これも、多くの船員たちで動かす装置。
だが本来と違うところは、彼は今これを、海中で一人で動かしているところだ。


課せられた苦行に耐える奴隷の様に、贖えない罪を清算し続ける受刑者のように、
その身が如何に軋もうと、砕けんばかりに歯を食いしばり、ボロボロになったダッチマンで、
どんなに海に苛まれても、足を前に出し、キャプスタンを必氏で回し続ける。




493: 2017/08/15(火) 22:53:54.93 ID:sE/Vv+Mi0



何が彼をここまで突き動かすのだろう。


冷徹で、気まぐれな裏切りの女と罵ったカリプソの為に、ここまでする必要はあるのだろうか。


何度でもそう思える機会はあったはずだ。そしてその度に、カリプソを見限ることが出来たはずだ。
しかし、冷徹で、気まぐれな裏切りの女、カリプソを、それでも愛してしまったのだ。


かつて彼は、ウィル・ターナーとエリザベスを前に、愛の脆さを語った。



  ジョーンズ『あぁ、愛か! 愚かな、気の迷いだ。そしてまた、いとも簡単に引き裂かれる!!』



そうやって、愛の愚かさと脆さを嬉々として語った。だが皮肉にも、そんな彼が一番愛に囚われているのかもしれない。
むしろ愛に囚われているからこそ、愛の脆さもよく知っていたのだ。



494: 2017/08/15(火) 22:54:59.75 ID:sE/Vv+Mi0



デイヴィ・ジョーンズの愛はどうだろう。


確かに、愚かで、気の迷いで、脆いものなのかもしれない。
しかし、それは少なくともこの程度、海水に身を引き裂かれ、渾身の余り筋肉が千切れ、歯が砕け血を流す、
そんな程度で崩れるような愛は、彼は持ち合わせていなかった。


また一歩、足を踏み出す。


常人であれば装置一周どころか最初の一歩であきらめるその歩みを、彼はもう五周も
回している。歩数にすれば、もう100歩を超えている。


何度も愚かさを呪い、気の迷いを繰り返し、その末にまだ心に愛が残ったから、
彼の身体も、心も、この程度の苦難では引き裂かれたりはしなかった。





ジョーンズ「!」



キャプスタンを回しているジョーンズの足が止まる。


何か手ごたえを感じたのだ。ジョーンズが凶悪に笑う。口から泡と血あぶくを吹かせながら、
大いに笑い声をあげる。




ジョーンズ「さぁ来い! 今再びこの俺に仕えろぉ!」




495: 2017/08/15(火) 22:55:33.76 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズの手からキャプスタンの抵抗がなくなる。
次の瞬間、船底に大きな衝撃が走り、それが海中全体に伝わる。


嵐を避け、岩の影に避難していた魚や甲殻類たち、全ての海の生き物が何事かと慌てだす。
そんな中、その音に導かれるようにして、悠然とジョーンズの元に泳いでくる生き物が一匹。


慌てる魚たちは、その存在に気づかなかった。



それを同じ「生き物」と認識するには、あまりに大きすぎたのだ。



深き海。底の底。陸上の生物は一匹として生存を許さぬ海の領域。
そんな地獄に船を引きずり込む存在。




ジョーンズ「クラーケンッ!!!」




古代、中世、近世。長き人の時代において、世界中の船乗りたちを心胆を寒からしめた、
海で最も有名な怪物。海を支配した最強の魔物。
海中が、激震した。









496: 2017/08/15(火) 22:56:36.79 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





海底から爆発音の様な轟音が響く。
クラーケンの巨体が強い海流にぶつかり、渦が出来上がる。


異常に気付いた泊地水鬼だったが、時すでに遅し。




泊地水鬼『コイツ――ッ!!』


クラーケン「ゴオオォォオォッ!!!」





腐臭を吐き散らしながら、泊地水鬼にとびかかる。


ジョーンズの元居た世界では既に殺されてしまったものの、
この世界のクラーケンは未だに無傷。伝説にだけ棲む未確認生命体扱いだ。


だが、戦いの経験がないわけではない。
既にジョーンズの指示の元、数多の深海棲艦を海の底へ沈めてきた。


そんな必殺の、海底から伸びた無数の凶悪な触手が強力な膂力で絡みつく。





497: 2017/08/15(火) 22:57:07.60 ID:sE/Vv+Mi0




天龍「うおっ!?」


三人を狙って放つはずだった泊地水鬼の砲撃は、直前の横やりによって、
満足に狙いをつけられないまま放たれる。


神通「大丈夫! 外れます!」



神通のその言葉通り、ギリギリのところを掠めて、巨大な砲弾が海面に当たり爆発する。
天龍たちはとっさに身を屈めて乗り切ったが、敵の戦闘機は海面ギリギリで彼女たちを
追いつめていたこともあり、その多くが巻き添えになった。




吹雪「て、天龍さん! 神通さん!」


天龍「よく分からないが。離脱するぞ!」


泊地水鬼のフレンドリーファイアが効いたのか、敵の数は見事に減少し、
残った戦闘機も、巻き込まれない様にするためか、飛行機の本来の高度に向かって
高く昇っていく。あの距離からでは、レーダーで捉えられていても、
命中率は大きく下がるだろう。三人はその隙を逃さず、逃げ出した。




498: 2017/08/15(火) 22:57:54.26 ID:sE/Vv+Mi0




クラーケン「グルルゥオォゴォ!!」





クラーケンが咆哮をあげ、その触手で動きを封じ込める。


泊地水鬼『グ……、キ、キエナサイ!!』



その異形に一瞬動揺する泊地水鬼であったが、憎しみと怒りに心が支配されているのか、
一切の恐怖と躊躇なく、自分の身体ごと砲撃し、クラーケンをひるませる。
そしてその隙をついて、渾身の力で絡みついた無数の脚を引きちぎり始めた。


まるで怪獣映画の様に非現実的な光景であった。




漣「な、何あれっ!?」


バルボッサ「ハハハーッ! デイヴィ・ジョーンズめ! いい援護じゃないか!!」


轟音と、爆音と、砲炎により、パールに乗る者達もその異常に気づき、
全員の視線が泊地水鬼の方に向けられる。




当然、マストの上で切り離しの機会を伺っているジャックもそうであった。





499: 2017/08/15(火) 22:58:29.46 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 マスト頂上部//





ジャック「…………」



ジャックは唾をのんで考える。

泊地水鬼の恐ろしさはこの短時間で重々承知であったが、
それにもまして、クラーケンの恐ろしさもよく知っていた。

なにせ自分はその怪物に一度殺されているのだ。その強さは身に染みていた。
さらに加えて、ここには艦娘という海上戦力が居て、今は敵に阻まれながらも、
この海域を囲むようにして歴戦の前線戦力が控えているという。


500: 2017/08/15(火) 22:59:03.91 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「…………」


目を瞑って思考を進める。

これは、もしここで自分が動かなくてもいいのではないだろうか?

クラーケンに捕まれば奴は逃げられない。逃げられたとしても傷を負う。
万一逃がしても、他の誰かが倒してくれるはずだ。ジャックとしてはカリプソが分離した今、
これ以上ここで戦う義理もない。カリプソに捧げるジョーンズの行方だけが心配だが、
クラーケンがああして出張ってきた以上、海中で無事だろう。

泊地水鬼とパールの間もそこそこ距離がある。夜が明ける前にはこっそり逃げ切れるだろう。




そこまで考えて、ジャックは手にしていた斧を置く。


下でバルボッサが景気よく剣を回しているが、知ったことではない。
何よりもこの作戦は、この作戦だけは絶対に反対だったのだ。


ジャックは寝そべり、怪獣大決戦の行方を想像しながら待つ。
炎はもう雨と波で消え、その結果はうかがい知れない。
見れれば話のタネになったものだが、惜しいことだ。
残念だが音だけで楽しもう。



501: 2017/08/15(火) 22:59:33.02 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックは憑き物が取れたように穏やかな表情になる。
下でまだかと叫んでいるバルボッサのことは気にしない。
いざとなればこのマストを枕に防衛戦だ。



そう意気込むジャック、しかし、その怠慢を責めるように、
寝ている彼の後頭部に銃が付きつけられる音がした。




ジャック「は!?」



このマストの上には誰もいない。そもそも誰かが昇ってくればすぐにわかる。
驚いて身体ごと擦るようにして後ろへ寝返った。そこには見知った顔があった。



ジャック「……そういや、お前もいたな」



ジャックに銃口を向けていたのは、ジャック。
ジャックの不実を責めていたのは、ジャック。
これは別に文学的だとか、哲学的だとかそういう話ではない。




502: 2017/08/15(火) 23:00:07.73 ID:sE/Vv+Mi0




ジャック「キィー!」




器用に全身を使ってジャック・スパロウに9mm拳銃の銃口を向ける、シロガオオマキザルのジャック・ザ・モンキー。
猿のくせに服まで着させられた彼は、バルボッサがペットに買っていたサルで、スパロウへの侮蔑としてわざわざ
猿に「ジャック」と名付けていたのであった。サルのジャックは黒髭にパールが接収された際、一緒にビンの中に閉じ込められた。
今の今まで出てこなかったのは外で起きていた戦闘を警戒してのことだろう。




ジャック「お前もパールに乗りっぱなしだったな。どうした、ご主人様は下だぞ?
     それとも先に船長に会いに来たか。感心なやつめ」

ジャック「ウキィー!」




言うまでもないが、先に喋ったのは人間のジャックで、後者は猿のジャックだ。

後者のジャックは、これまた器用に拳銃のスライドを引く。どこで覚えてきたのだろう。
もしかすると亡者を撃った前者のジャックの動作を隠れて見ていたのかもしれない。

その一度で覚えたとすれば賢い猿であると言えたが、だが所詮は猿どまりだと、人のジャックはニヤつく。




503: 2017/08/15(火) 23:00:36.32 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「クソ猿め。俺の銃を拾ったな?」


ジャック「ウキ?」


ジャック「その銃はさっき弾が無くなるまで撃ち尽くした。もちろん、代わりの弾なんざもっちゃいない」


ジャック「キキー……」



モンキーのジャックの目が泳ぎ、スパロウのジャックが目を細める。
猿の分際で、人間様に、ましてや最悪の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウ様に盾突くのは100年早い。
ジョーンズの船で労働して出直してこいと煽る。




504: 2017/08/15(火) 23:01:08.44 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「では船長命令だお猿君。いや、これからはヘクター君と名付けよう。
     ヘクター・ザ・モンキー君、下でバカみたいに剣を振り回してるオッサンの顔面に
     一発お見舞いして来い。このバカげた大道芸をさっさと終わらせて――」





パァン! と、音がした。


何の音だ? 銃の音だ。それは分かる。ではどこから?
ジャックが前を見る。硝煙が上がっている。いやいやまさか。


ジャックが目だけで後ろを見る。マストに銃創が、いや決して銃創ではないそれに似た何かの穴に決まっている。


ジャックの目が再び猿に向く。ジャック・ザ・モンキーは再び銃口をジャック・スパロウに合わせなおす。




505: 2017/08/15(火) 23:01:56.79 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「……。もしかしてまだ1発だけ残ってたのかも知――」



パァン。



ジャック「パーレイ」




即座に降参。そこまで見て、ふと思い出した。
ギブスの周囲を固める前、ベケットが拳銃をなくして、瀕氏の亡者を剣で頃していた筈。

ようやく事態に気づいたとき、猿の拳銃から再び銃弾が発射される!
今度は間違いなく目で見た。もはや信じざるを得ない。




ジャック「何が望みだ……?」



ジャック「キィー……」




ドスのきいた声を意識しているのだろうか。少し低い鳴き声をしながら、猿のジャックは顎で回転する縄をしめし、
次に斧を指す。考えるまでもない、さっさと切れと言っているのだ。ペットが主人のバルボッサの味方をしているのだ。

なんとか殺せば、と思うが、この猿は猿でジョーンズたちと戦った大きな一連の戦いを生き延びた者である。

コルテスの呪われた宝を盗み得たその身体は不氏身であり、どうあがいても最後に打たれるのは人の身のジャックだ。



506: 2017/08/15(火) 23:02:28.49 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「いやいや、縄か。それはちょっと、支障がある」


ジャック「キキッ!」


ジャック「待って、一回落ち着け。そうだ、バナナを! バナナを山ほどやろう!」



パァン! また銃声が鳴り、今度はスパロウの頬スレスレをかすめる。




ジャック「キキーッ!」


ジャック「やるよやりゃいいんだろ!」



交渉が通じないと悟ったのか、ようやく身体を起こし、斧を持つジャック・スパロウ。
ジャック・ザ・モンキーは銃の照準をスパロウから外した。

ちなみにもしバナナではなくリンゴを提示されていれば、彼は一考したかも知れなかった。








507: 2017/08/15(火) 23:03:03.98 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//



上でそんなことが起こっているとはつゆ知らず、
下で景気よくトリトンの剣を振り回していたバルボッサは、ようやく不審そうにジャックの方を見る。



バルボッサ「ジャックめ、何をしている?」



甲板にいた者達の疑念が頂点に達する頃、海底から船をよじ登ってくるものが居た。
漣だけが偶然それに気づき、小さな悲鳴を上げる。

それは、デイヴィ・ジョーンズであった。




漣「ヒッ……!」


ジョーンズ「奴はァ、どうなったっ!」



全身ボロボロになり、血を零れさせながら、デイヴィ・ジョーンズはまさに海の悪魔にふさわしい
鬼気迫る表情で船を自力で昇ってきた。



508: 2017/08/15(火) 23:03:31.48 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「よう、デイヴィ・ジョーンズよ! いい援護だった!」


ジョーンズ「これが俺の奥の手だ。もう品切れだぞ、きっちり決めろぉ!」



その言葉に、今更ながらベケットは得心したことがあった。


海の怨念を運び、浄化させることのできるジョーンズだが、
そもそも物質化している深海棲艦をどの様にして沈めたのか、今まで不明だった。

怨念を霊魂化させるには、深海棲艦を沈めなければならない。
もしそれすら無視して浄化させられるなら、既にとっくにやっているはず。

だが、クラーケンの登場ですべてが分かった。
これこそが奴の切り札にして唯一の攻撃手段。

質量と膂力で、海底から絡み取り、砕き、沈めるその力には、
並みの深海棲艦では相手にならなかったろう。この怪物が破壊し、魂をジョーンズが運んでいた、とそういうことだったのだ。



509: 2017/08/15(火) 23:03:59.20 ID:sE/Vv+Mi0



一人納得するベケットをよそに、ジョーンズは泊地水鬼の方ではなく、
嵐の風が吹く別方向の空を睨みつける。



ジョーンズ「カリプソ……、あぁ、この忌々しい女め。私はオイディプスのようにはならないぞ」



それを見ていた漣には、彼の心情を知るすべはなかったが、
その名状しがたい感情はその目に溢れ出て、身体はわなわなと震えていた。




ジョーンズ「私のもとに跪かせてやるぞ、カリプソ」



やはり、その声に込められた感情も、漣は詳細まで理解できなかった。
だがその声色は、怒りだけで占められているようには思えなかった。




510: 2017/08/15(火) 23:04:34.89 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 マスト頂上部//






ジャックの象徴がはためく海賊旗の真下。

マストの頂上を軸に、ロープが大きく回転する。
摩擦熱か遠心力か、軸に巻き付けられた部分からプチプチと、
焼けるような、千切れるような音が小さくだが聞こえている。


早く、切らなくては。


そう思うのだが、頭の上で回転するロープに、ジャックは斧を振り下ろせないでいた。




ジャック「なんだこれ……?」


その顔は、暗くてよく見えないが、青ざめていた。




511: 2017/08/15(火) 23:06:32.57 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「ジャック!! まだ捉えられないのかぁっ!」



ジャック「嘘だろ、コンパスが……」




ジャックの視線の先にはグルグルと回転し続けるコンパスがあった。故障? いや違う。
つい最近この症状を見たときは、結局目的を完遂する場所がどこにでもあったから、というのが原因だった。
今は何だろう。考えてすぐに思い当たる。



カリプソだ。




前半は狂気に憑りつかれた様に力任せに追ってきた泊地水鬼は、
今はクレバーに、一方的にこちらを攻め立ててきている。


もしや、カリプソと泊地水鬼は分離したのではないか?
もう泊地水鬼にはわずかにあったカリプソの力の残滓すらも消えたのではないか?




512: 2017/08/15(火) 23:07:44.29 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「……」



ジャックはそう仮説を立て、ゴクリと唾を飲み込む。


ジャックの目的はカリプソに元の世界へ戻してもらうこと。
コンパスが示すのは泊地水鬼ではなく、今は嵐となって一帯を襲うカリプソだった。




この不測の事態をジャックは大声で下に告げる。




513: 2017/08/15(火) 23:08:31.46 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「何!?」


バルボッサ「嘘じゃあるまいな!」


ジャック「流石の俺も今はそんな場合じゃない!」


ジョーンズ「あの怪物の方を強くイメージすれば良いではないか!」


ジャック「そんな簡単なもんじゃねえんだよ、このコンパスはっ!」


ギブス「嘘だろ……」





これはまずいと一同は表情を曇らせる。




不味い。これでは捉えられない。だが逃げれば、敵も逃げる。
そうなれば討伐にしても帰還にしても、また同じチャンスが巡ってくるとも限らない。



514: 2017/08/15(火) 23:10:02.80 ID:sE/Vv+Mi0



唯一のアドバンテージを失い、彼らは暗闇に取り残された。




泊地水鬼がクラーケンと戦う音は聞こえる。
音である程度の方角は分かる。距離も大体わかる。しかしこの作戦は一発限り。
敵も見えずにやるには博打が過ぎる。




さらにもうすぐに夜が明ける。



夜が明ければ、ジョーンズとの盟約により、パールが沈み、フーチー号に代わる。
このロープをつけたギミックごと沈むのだ。



そしてフーチー号が完全に表れるころには、日が昇り、視界が確保される。


泊地水鬼が有視界戦闘に切り替われば1分も保たずに海の藻屑だ。
的確に攻撃を喰らい、本来の戦力差通り、当たり前に無残な結末が待っている。




もはや進んでも地獄。逃げても地獄。





515: 2017/08/15(火) 23:11:15.97 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「偶然に頼っては一か八かの確率もない!」


ギブス「ど、どうすんだ!?」


ジョーンズ「どうするもこうするもない! 
      可能性があるのならばやれ! 結果氏んでも後は俺が引き上げる!」


ベケット「……、作戦失敗か……」


漣「そんな……!」



苦虫をかみつぶした表情で、せめて仲間たちに伝えなければと漣が海へ飛び乗る。





ジャック「クソ、立派な立派な御髪の神め、アンタを信じた俺が馬鹿だった!」



叫びもむなしく嵐に消えゆく。せめて、一瞬でも、敵の姿を捉えられれば。
ジャックは正面をにらみつける。その先に泊地水鬼がいるかはわからない。









516: 2017/08/15(火) 23:11:44.86 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//







漣「まさかこれ、戦場で使うとは思いませんでしたが……」



漣は、艤装のベルトに付けていたホイッスルを外す。
オレンジ色のそのホイッスルは、一見すればオシャレな留め具か何かにも見える。
だが、これはれっきとした軍用装備で、マリーンホイッスルと呼ばれるものだ。
遭難や落水時等の緊急救助要請用に開発され、軽く吹くだけで、大きな音が出るように
設計されている。米軍使用タイプのそれは、ギミック好きでオシャレ好きな漣にぴったりの代物だった。


漣「うぅー、南無三!」


漣は大きく息を吸い、息の続く限り笛を鳴らし続けた。
ピィーというその特徴的な高音は、雨風の音にも負けず、戦場に響いた。



517: 2017/08/15(火) 23:12:10.99 ID:sE/Vv+Mi0



居場所をはっきりさせる為とは言え、これでは自分が囮になっているようなものだ。
不安で、大和用艤装の一部の鉄板をはぎ取って上に構えて盾にしているが、
こんなものどれだけ効くのか。


漣「っはぁ、はぁ、てか、敵いねぇ!」


空襲に怯える漣は、戦闘機たちが空に一時離脱したことを知らない。
それでも涙に震えながら、嗚咽しそうになる身体を抑え込んで、
ホイッスルを鳴らし続けた。




天龍「おいっ! 漣! こっちだ!」


漣「っ、は! 天龍さぁん!!」



だがついに天龍達を見つけたときは、涙腺が耐えきれくなり決壊した。





518: 2017/08/15(火) 23:12:42.68 ID:sE/Vv+Mi0



漣は鉄板を放り出し、天龍に駆け寄って抱き着いた。
既に雨と血でぐしょぐしょになった天龍の胸に顔をうずめた。




漣「うえ゛ぇぇぇ、うぉぉお゛おぉ、怖かったあ゛ぁああ!!」



まだ戦場のど真ん中だというのに、合流できた喜びを
号泣しながら全身で表す漣。天龍はそんな漣の頭をポンポンと撫でた。



天龍「よく頑張ったな、漣」


漣「うわあ゛あぁぁん、なんか天龍の癖にガッゴいい゛ぃ!」


天龍「癖にってなんだよ」


漣「うわあ゛あぁぁ生意気゛ぃぃ!」


天龍「お前な」



ポンポンと撫でる手を強め、軽く頭をはたく。



519: 2017/08/15(火) 23:13:09.38 ID:sE/Vv+Mi0



漣「うぐぅ」


天龍「ま、それだけ元気なら大丈夫だ」


スンスンと鼻を鳴らしているが、おおよそいつもの漣に戻る。


吹雪「迎えも来たことだし、早く戻りましょう」



漣の案内で船に戻ろうとする吹雪、だがその一言を聞いて、
ようやく自分の役割を思い出したのか、漣は青い顔をした。




漣「そ、そうです! じ、実は作戦が失敗して!」


天龍「はぁ!?」



520: 2017/08/15(火) 23:13:46.53 ID:sE/Vv+Mi0


その言葉に、声を上げたのは天龍だが、驚いたのは三人全員だ。


困難であったことは百も承知だ。しかしここで失敗しては、すべてが水の泡だ。
この場は乗り切れるかもしれない。が、泊地水鬼に逃げられては、
またいつ今日の様に奇襲をかけてくるかもわからない。


今回ですら、南方基地と本土一部に大きな被害がでている。


次の攻撃も、これと同じとは限らない。知恵をつけて、
もっと大きな攻勢を仕掛けてきたりするかもしれないし、
拮抗している最前線に戦闘機や爆撃機の嵐を放り込まれれば敗北あるのみだ。


この作戦も、二度目はまず通用しないだろう。



それは全員がよく分かっていた。



漣「で、でも、泊地水鬼を捉えていたあのチートコンパスが役に立たなくなって……、
  船から泊地水鬼の居場所が分かんないんですよ!」




521: 2017/08/15(火) 23:14:12.52 ID:sE/Vv+Mi0



夜明けは近い。しかし、嵐の影響もあって空はずっと真っ暗だ。
そもそも夜が明ければ、泊地水鬼はレーダーに加えて視界も確保する。
闇に紛れて、小賢しい手を尽くして、ようやく五分五分近くまで来たのだ。
これが光が差し込んで、互いに視界が確保されれば、後は一方的だ。



吹雪「撤退、ですか……」


座学が得意で、戦況を見る目がある吹雪。
だが、その吹雪を以てしても、今できる最善のことは夜に紛れて撤退することくらいだ。


天龍「くそっ! なんとかならないのかよっ!」






動揺する三人。一人、神通だけが、冷静に場を見ていた。






522: 2017/08/15(火) 23:14:39.73 ID:sE/Vv+Mi0






彼女には、ここにいる誰もが持っていない、
状況を打破する手段がある。





それは、あの戦いを経た彼女にとって、特別な意味を持つ装備。







神通「……」






それを、使う時だ。

きっと、今を置いて他はない。





一呼吸おいて、神通が口を開いた。






神通「私が、なんとかします!」







523: 2017/08/15(火) 23:15:09.65 ID:sE/Vv+Mi0




その言葉に、全員の視線が神通に集中する。




天龍「でも、何とかするったって、どうやって……」


神通「これを……」





神通が示したのは、この中で彼女だけに備えられた、――探照灯。



照明器具の一種で、特定の方向に強力な光線を照射するための反射体がある装置。
いわゆるサーチライトだ。10万カンデラという光の単位で表されるその光量は、
暗闇の中、探照灯の10km先の甲板で紙に書かれた小さな文字が読めてしまうくらいのデタラメな明るさ。

泊地水鬼の姿を暗闇の中から映し出すには、もってこいの装備だった。



しかし、一同の表情は暗い。



10km先の敵艦を余裕で発見できるということは、
10km先の敵艦からも、余裕で発見されてしまうということ。



要するに、敵を暴くため、すべての敵の的になるということだ。





天龍「お前、氏ぬ気か?」






524: 2017/08/15(火) 23:15:50.68 ID:sE/Vv+Mi0



天龍が厳しい表情を向ける。
しかし、神通の表情には、先ほどまでの悲痛さはなかった。



天龍は間違っていない。

そうだ。氏ぬ気だった。




かつて、史実の神通が、氏に場所として定めたコロンバンガラ島。
味方の砲撃を助ける為、一人囮になるような形で探照灯を向け、散った。

今世の自分は、命惜しさの臆病で、それを使わず、姉妹や仲間を氏なせた。
その後悔がねじ曲がって、彼女は、かつての神通の様な、鮮烈な氏に場所を求めた。




だから、神通は、最期にはこれを使って氏ぬと決めていた。






525: 2017/08/15(火) 23:16:17.03 ID:sE/Vv+Mi0




さっき、までは。





神通「……、分かりません」




神通は、今、自分の心を何と表現していいか決めかねていた。

後悔は残っている。悲しみも、鬱屈とした気持ちも、ずっと抱えている。
でも、それと同じくらいよく分からないまっさらで暖かな気持ちが、彼女の中に渦巻いている。


この気持ちを言葉にするには、時間がかかるだろう。
今この場所では、結論を出せそうもない。




526: 2017/08/15(火) 23:16:45.11 ID:sE/Vv+Mi0




神通「……だから、私を守ってください」




ならば。この気持ちについて考えるのは、明日だ。

そう、明日。この戦いを終えて、夜が明けて、戻って、一度ゆっくり寝て。

みんなで、無事を喜んで。


その頭でじっくり考えよう。





神通「だめ、ですか?」





527: 2017/08/15(火) 23:17:18.90 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「……」



天龍と吹雪は、満足そうに微笑んだ。




天龍「任せな」

吹雪「絶対に守りますから!」

漣「なんか知らぬ間に1話見逃したみたいな感覚なんですが」


天龍「今度再放送やってやるから」

漣「ん、なら良しとしましょう!」




528: 2017/08/15(火) 23:17:51.70 ID:sE/Vv+Mi0




一度、深く、大きく、深呼吸。
強い意思の光がこもった目で、
泊地水鬼とクラーケンが轟音を鳴らす戦場の方へ向く。





神通「行きますっ!」






神通が、探照灯を稼働させる。






それに合わせて、天龍、吹雪、漣が、
探照灯の明かりを邪魔しない様に、
守るようにして神通の前に立つ。






529: 2017/08/15(火) 23:18:30.38 ID:sE/Vv+Mi0





いつだって、これを使うとき、神通は氏を覚悟していた。



だが、今回は違う。

姉妹たちと比べてしまえば、まだまだ気心は知れていないけれど、

それでも、頼りになる仲間がいる。







神通「生きて、戻るために! 私も戦います!」










炭素棒に電気が通り、放電が始まる。









真っすぐに、光が嵐を切り裂いた。












530: 2017/08/15(火) 23:19:34.77 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号//





ジャック「あれは!」






一筋の強い光が真っ黒の海を突き抜ける。





その先には、泊地水鬼!






何も見えない闇の中に、ようやく敵は姿を現した。


神通による命がけの探照灯照射。敵の最後の航空戦力は神通に向いた。
オールグリーン。作戦を妨げるものなし。





神通が繋いだ、ラストチャンス。






531: 2017/08/15(火) 23:20:03.26 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「やぁれぇええええ!!!」



バルボッサが叫ぶ。



ジャック「うぉらぁ!」




斧を振りかぶり、頭の上で回転するロープの根本を力任せに切った。
するとジュラルミンの箱を先端に、ロープはハンマー投げの要領で空を舞う。



バルボッサ「行ぃけぇええええ!!!」





532: 2017/08/15(火) 23:20:34.33 ID:sE/Vv+Mi0




迎撃する航空戦力もいない。自由に、悠々と、大きな放物線を描いて、
箱が泊地水鬼肩口の砲塔部分に直撃する。



神通「!」
漣「おぉ!」
天龍「よしっ!」
吹雪「当たった!」




幸いにして敵は巨体。距離と方角さえ合えば、ぶつけるのは容易い。




泊地水鬼『――?』




直撃された泊地水鬼は理解できなかった。
たいして大きくもない箱が直撃したが、痛くもかゆくもない。
何かが当たったのか、としか感じなかった。この時までは。





533: 2017/08/15(火) 23:21:27.23 ID:sE/Vv+Mi0





ベケット「総員伏せろ!」
ギブス「言われるまでもねぇ!」




堅牢なジュラルミンケースの中は、パーテーションで二つの部屋に区切られていた。
およそ9割の面積には水がなみなみに、残りのスペースには梱包材で軽く包まれた小物が入っていた。


端的に言って、ただそれだけの箱であり、特別な仕組みはなにもない。
そして今や、その箱の内部も衝撃で破壊され、水と小物の破片でぐちゃぐちゃになる。






ジョーンズ「今だっ! 退けぇクラーケンッ!」






最終兵器。それは、中身が散乱したジュラルミンの箱。
もはやそれ以上の説明はない。






534: 2017/08/15(火) 23:21:53.67 ID:sE/Vv+Mi0











ただ、あえて、







ジャック「じゃあな、終わりだ」









ただ、あえて説明を付け加えるなら、



この水は『海水』で、



小物は全て、『黒髭製のボトルシップ』であることぐらいだ。













ジャック「落ちろ、怪物」








535: 2017/08/15(火) 23:22:30.43 ID:sE/Vv+Mi0




ジュラルミンが軋む。
如何に頑丈な箱でも、内側からの圧力には耐えられない。




泊地水鬼が異変に気付いた時にはもう遅かった。



箱がひしゃげたような凶悪な音を上げると、
肩を、腕を、腰を、頭を、ありえない質量の衝撃が襲ってきた。




朦朧とした意識で、目を上に向ける。神通の照射のおかげで、いや、照射のせいで、
何が襲ってきたのか把握した。





それは、船。船。船。





小さな箱からはありえない量が、箱から飛び出て、泊地水鬼の直上を覆っていた。





536: 2017/08/15(火) 23:23:39.60 ID:sE/Vv+Mi0





泊地水鬼『ァ、――ソラ……』







それは、かつてカリブの海を駆け抜けた、総数30近い巨大な船の残骸たち。

膨大な鉄と木。純粋な質量合計にして数万トン!




あの巨大戦艦・大和をも超える超質量の塊が、

空を見上げる泊地水鬼に直撃した!






泊地水鬼『!!!』





雨あられと降り注ぐ、残骸たち。大砲の残骸は外殻を砕き、巨大な木片は肉を削ぎ、
それらの絡まった縄は重量だけで皮膚を切り裂いた。





537: 2017/08/15(火) 23:24:12.76 ID:sE/Vv+Mi0






泊地水鬼『――――ア゛アァァ゛ア゛ア゛アァ゛アァ゛ァァアアアア゛アアア!!!!』





鼓膜が破れそうになるほどの声で叫ぶ泊地水鬼。
壊れた顔面でここまではっきりと発音できたのは彼女が人外たる所以だろうか。





うず高く堆積した船の残骸の中、燃えるような赤い目で、光を向ける神通たちをにらみつける。





神通「……」



泊地水鬼『……オ、オマエモ、クズレテ、ハガレテ、シネ!!』





最期のあがきだろう。ジュラルミンの箱が直撃した方とは反対側の、ひと際大きな主砲を神通に向ける。
艦娘たちはその抵抗を見て一瞬戦う構えを見せるが、神通がそれを制し、前に出た。





538: 2017/08/15(火) 23:25:00.61 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼『シネ! イキルコトハ、カワナイ、モドレナイ!』


神通「戻るわ」




泊地水鬼の怨嗟の声を受けながら、神通が凛とした声で返す。
その眼には、もはや迷いはない。




神通「生きて、戻るのよ。私は、そう決めたの」



神通は右手の砲を泊地水鬼に向け、放つ。
小威力の砲弾は、大した貫通もせずに、泊地水鬼の身体に当たり爆発する。



本来はここで終わり。




539: 2017/08/15(火) 23:25:45.70 ID:sE/Vv+Mi0



しかし、今、泊地水鬼に覆いかぶさる残骸は船である。
そこには当然、当時最強の海戦兵器だった大砲を動かすための、大量の火薬がそれぞれの船に積まれている。


以前、ブラックパールに乗せたいくつかの火薬樽は、大爆発によって怪物・クラーケンの強靭な足を吹き飛ばした。
今回の爆発は、そんな火力と比べることもできない程の、数え切れないほど莫大な火薬。




神通の砲弾に誘爆して、合計にして数十トンの火薬が炸裂する。



鉄と木で破壊された部位に、大爆発が炸裂した!





540: 2017/08/15(火) 23:26:16.08 ID:sE/Vv+Mi0





泊地水鬼『ア゛ア゛アァァァアァァアッ!!!!!!』







例え陸の防御力をもつ泊地の化身といえども、これほどの一撃は、とても耐えられない。










泊地水鬼『ァ……――――、マタ、トベナイ、ソラ――』






小さく呟いて、その真っ白な身体を血と煤で染め上げながら、
泊地水鬼は空を見上げて沈んでいった。






541: 2017/08/15(火) 23:28:03.86 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//







大爆発の閃光が夜を切り裂き、すべては終わりを迎えた。
後に残ったのは飛び散った鉄と木片、泊地水鬼の血肉。



そして、




???「…………」

ジョーンズ「カリプソ……」



そのカリプソは、無数のカニでも、ジャックたちの良く知るティア・ダルマの姿でもなかった。
短い赤茶の毛をした肌の白いその姿は、神話で語られたニンフとしてのカリプソそのものであり、
資料で知ったベケットや本人を知るジョーンズ以外の者はカリプソのこの真の姿を知らなかったが、
その美しさと圧倒的な神秘性に、海賊たちは一目見て彼女がカリプソ本人だと悟った。


カリプソ「あぁ……、あぁ、……愛しいあなた、やっと、やっと会えたわ」

ジョーンズ「お前が海から迎えに来るとは……、皮肉なものだ」

カリプソ「わたしはいつだって迎えに行きたかった」

ジョーンズ「お前はそんなことはしない。決して!」




542: 2017/08/15(火) 23:28:59.04 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは、悪逆に染まる前のかつてのデイヴィ・ジョーンズは、カリプソと燃えるような恋をした。


そしてその末に氏者の魂を運ぶ仕事を授けられ、彼は、10年に1度しか、陸に上がることができなくなった。
それでも彼は腐ることなく、カリプソに与えられたその仕事を全身全霊に勤め上げ、10年を経た。



そして、陸に上がったその一日、会う約束をしていたカリプソは他の男に熱を上げ、来ることはなかった。



これを裏切りと思ったジョーンズは、傷つき、やけを起こし、氏者の魂をいたぶり、自らの奴隷とした。
結果、ジョーンズは、役目を放棄した因果で呪われ、深海生物のような身体になってしまったのだった。




ジョーンズ「お前は裏切られた私の気持ちが分かるか!? お前は俺を開放するために、その純愛を捧げ、
      岩より身を投げて貞節を証明することができるか!?」



カリプソ「ジョーンズ……」



ジョーンズ「あぁしないだろうさ。しないとも。……だからこそ、カリプソ、きみなんだ。」




543: 2017/08/15(火) 23:29:30.59 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ「…………」


ジョーンズ「そんな君を愛したんだ」


ジョーンズがゆっくりとカリプソに近づく。足取りは遅々としており、踏み出すことに緊張しているようだった。



ジョーンズ「心臓を取り出し、心を失い、私はこの力を悪用した。むごいことを恐れなくなった。恐怖など消え失せた。
      ……だが今こうして、君と向かい合い、私は、それが過ちだと知った」

カリプソ「いいえ、ジョーンズ。あなたはこの世界に来て、よくその仕事を務めた。
     誰に言われるでもなく彷徨う魂を運んだ。だからこそダッチマンも応えた。わたしの愛したあなただったわ」




カリプソもジョーンズにゆっくりと近づいていく。



ジョーンズ「カリプソ……、もう私の前から消えてくれるな」


カリプソ「いいえジョーンズ……、わたしはひとところにずっといるのは嫌なのよ。どんなに、これほど愛したあなたでも」




カリプソは苦悶に満ちた表情で目を閉じる。




544: 2017/08/15(火) 23:30:20.03 ID:sE/Vv+Mi0




カリプソ「空気が、あの不毛な島の空気が、今や海の絶え間ない轟音や鳥たちの轢るような鳴き声が響き渡っていて、あまりにも虚しい。」




脳裏に浮かぶのは、古代ギリシアの叙事詩『オデュッセイア』でも語られた、
カリプソがオイディプスと7年の歳月を愛し合った島。

そしてのちに、故郷に戻りたがる彼を引き留めきれず、去って行っていく姿を見ていることしかできなかった島。


誰かを愛し、愛されても、誰かを閉じ込めることでしか愛せない岩の島。そんな、岩の檻。




カリプソ「目覚めが恐ろしいの、あなたが氏を恐れるように。そう、以前、わたしは氏んでいたのよ、今ではそれがわかるわ。
     あの島には海と風の音以外に、私には何も残っていなかった。嗚呼、ひとつの苦しみもなかった。わたしは眠っていた。
     でもあなたがやって来て以来、あなたは、あなたのなかに別の島を運んできたわ。」




カリプソは、人の中で生きたその時間の間にも、心はあの島に捕らわれていた。


時が過ぎることのない海に囲まれた島で、超越者として、生き続ける氏者として、氏ぬべき生者として、
ほぼ悠久の時を、神話の時代から繰り返してきたのだ。




545: 2017/08/15(火) 23:30:51.97 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ「あなたに役目を与えたのは、あなたにも永遠の命を与えるためよ。
     氏ねばすべてが無になる。あなたの記憶も、ただの過ぎ去った時にしかならないのよ」



無限の島で、かつて愛した男に裏切られた女は、いつしか男を裏切ることでしか愛せない女になっていた。


熱愛し、極上の甘い生活、安楽な生活、歓びの生活を与え、老いを遠ざけて見せた男は、彼女を置いて去ってしまった。
結果、例え苦行を与えることになろうとも、どれだけ自分本位でも、彼女は今のやりかた以外に愛される方法が分からなくなってしまったのだ。




ジョーンズ「……」




546: 2017/08/15(火) 23:31:22.11 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは思った。カリプソは傲慢で放漫な海の女神、……海の化身そのものだった。
人に多くを与え、多くを奪い、気まぐれに苦難や順境を与える海そのものだと思っていた。


しかし、違った。彼女は本当に海の化身であった。奔放な面もあるだろう。
でもその根底にあるものは、悲しみだった。


まっさらな海。ただ過ぎていく時間しかない海。
かつて同じニンフたちが、同じ時代を生きた多くの女性たちが、
その悲恋の果てに身を投げ、果てた愛と惨禍にまみれた海。



海の勝手を知ったる海賊のデイヴィ・ジョーンズですら知らない、海の女神の心がそこにあった。




ジョーンズ「カリプソ……」




だからその時。ジョーンズは初めて女神の心臓に触ることができた気がした。




547: 2017/08/15(火) 23:35:27.06 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズがカリプソの頬に手を伸ばす。それは涙にぬれている。

だがその手は最早人のものではない。呪われた、大きく鋭い蟹の手であった。


こんな手ではカリプソの頬を傷つける。この時、デイヴィ・ジョーンズは
役目を放棄したことへの何度目かの後悔をしていた。

この世界に来て、懸命に役目を果たし、海の怨霊たちを沈め、あの世へ運んだ。
だが、焼け石に水だ。呪いを少しずつ後退させ、足だけは元に戻った。
それでも、それだけだ。その腕はまだだれかを抱きしめることはできはしなかった。



カリプソ「ジョーンズ……」



だがカリプソは構わずその手を取る。鋭利なその手のせいで、カリプソから血が流れた。
しかしそんなことは関係ないとばかりにその手に頬を寄せた。
まるでそれはジョーンズに過酷な運命を与えてしまった懺悔のように見えた。



ジョーンズは一瞬瞠目し、手を引っ込めそうになる。
以前ならば、そのようなカリプソを愛したわけではないと突っぱねたかもしれない。
しかし、その弱さを知った今、小さな動揺と諦観と、大きな情愛が芽生えていた。






548: 2017/08/15(火) 23:36:07.81 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ「これが本当に自然な私よ。愛しいあなた。」


全てを告白したカリプソの目は、例えようもなく美しかった。





カリプソ「これでも私を愛してくれる?」





ジョーンズは何も言わずに抱きしめた。彼女を傷つけないように、そっと抱きしめた。





ジョーンズ「私は言ったはずだ。自然のままの君を愛すると」





549: 2017/08/15(火) 23:37:52.02 ID:sE/Vv+Mi0



ふと、ジョーンズは思った。



船に残った日記と、ベケットから聞いたこの世界のフライング・ダッチマンの元船長の話だ。



男は幽霊船に呪いをかけられ、7年に一度しか陸に上がれない呪いにかかった。
そしてその呪いは、乙女が真に自分を愛してくれることでしか解けなかった。



そうして長い年月を経て、男は、自分を愛する証明として、崖から命をなげたその女の愛によって解放され、
船長を失ったさまよえるダッチマンは沈没していった。




この話を聞いて、当然自身に話を重ねた。自分もまた、カリプソの愛なしでは解放されないと思っていた。




だが、ジョーンズは思った。



本当に、海の囚われ、愛によって解放されることを望み、さまよっていたのは、他ならぬカリプソなのではないか。
彼女はきっと真に愛し、愛されることでしか解放されないのだ。あの、空虚の鳥かごの様な島と海からは。




ジョーンズ「カリプソ、私をその島へと連れていけ」





ならば、ジョーンズは決意した。



愛する証明として、崖から命をなげる役目は、自分が負ってみせると。







550: 2017/08/15(火) 23:38:19.63 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ「いいえ、ジョーンズ。人であるあなたには耐えられないわ。この世のはざまにある、どこでもないその島は、
     時間が過ぎるだけの島。どんな楽園に見えても、時間がただの岩の塊へと変える魔の島よ」

ジョーンズ「構わない。気が済むまで閉じ込めるといい。私は、オイディプスのようにはならない。
      100年だろうが、200年だろうが、きみと会えるまで待ったあの10年に比べれば、どんな風よりも早く過ぎるだろう」


カリプソ「私の……、ジョーンズ」




カリプソは熱っぽい瞳でジョーンズを見つめる。




ジョーンズ「それにもし島が気に入らなくなれば私に言え。どこへでも連れていける。どこへだってさまよえる」



ジョーンズが足をならすと、ボロボロのフライングダッチマンが海底から現れる。
先ほどハチの巣になった部分には多くのフジツボが付着している。この船のダメージコントロールと言えた。






カリプソとジョーンズは二人でこの船に乗った。





船はジョーンズの意思に従い真っすぐ進んでいく。








551: 2017/08/15(火) 23:38:53.64 ID:sE/Vv+Mi0





ジャック「おい待て待て! すっきり解決したような風に行くな!」




この雰囲気に口を挟むのは余りにも野暮であったが、このまま時空の狭間の島とやらに行かれては、

自分たちはここに置いて行かれてしまう。それでは何のために命を張ったかわからない。



カリプソはそんなジャックの声を聞き、ジョーンズと手を繋いでいない方の右手を高く上げた。
しかし何も起こらない。




ギブス「お?」




ギブスの声に反応して皆が振り向くと、彼の足元に一匹の蟹が横歩きで船室から現れた。


いつから船にいたのだろう。たったいま出現したのかもしれないし、下手をすれば
数年前にティア・ダルマが無数の蟹になって嵐を起こした際に残っていたのかもしれない。



蟹は、男たち全員の視線を受けながら船を横断する。


そしてそのまま船縁の隙間をぬけて、海に落ちた。




552: 2017/08/15(火) 23:39:22.34 ID:sE/Vv+Mi0


ポチャンと音を立ててできた小さな波紋は、なにかの魔力がこもっているのだろう、
瞬く間に渦となり、船を囲んでいく。


この渦に飲まれれば、向こうの世界に帰れるのだろう。
一安心するジャック、ギブス、バルボッサ。





ベケット「待て! 私は戻る気は無いぞ!」



飛び降りようとするも、そこは文字通り渦中である。
人の身では落ちれば氏ぬかもしれない。
そんな状況を、心底楽しそうに微笑んでいるのがバルボッサである。



バルボッサ「安心したまえ、過少戦力でこき使ってくれたお礼に、優しく仲間の元に返してやろう」



見ると、状況を察してか艦娘たちが渦に沈みゆくパールに向かって滑走してくる。

バルボッサは慣れた手つきで船の備品であるロープを動かし、ベケットの右足に絡みつかせた。
次に何が起こるか理解したベケットは顔をしかめた。



553: 2017/08/15(火) 23:39:50.29 ID:sE/Vv+Mi0



バケット「おい、もう少しやり方があるだろう?」


バルボッサ「贅沢は敵だ、まず不服を言いますまい」



それはグアム基地内で掲示してある標語の一つ。日本語は読めない筈のバルボッサ。
何処で覚えて来たのか、今更ながら油断ならない男だった。




バルボッサ「では、さようならだベケット君」




その言葉とともに、強力な力で海に放り投げられるベケット。
空中に浮かせるように投げるというよりは、海に向かって一直線に叩きつけられた形だ。
威力がなくてよかったが、その気になればそれで人が殺せる勢いだ。


バルボッサを含む、海賊たちの笑い声が聞こえ、
やはり海賊は根絶やしにしておくべきだったと、沈みゆくベケットは思った。




554: 2017/08/15(火) 23:40:18.21 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「ベケットさん! 無事ですか!」


ベケット「ぐ、あぁ、何とかな……」




真っ先に駆け付けた吹雪に助けられ、海上に引っ張り上げられるベケット。
吹雪一人では支えるのがやっとだったが、追いついた天龍達三人の手助けを受けて、
何とか命の危機を脱する。


天龍「海賊共は?」





見ると、さっきまで渦に飲まれていたブラック・パール号は影も形もなかった。
カリプソとジョーンズを乗せたダッチマンもだ。






555: 2017/08/15(火) 23:40:44.33 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「知らん、帰ったのではないか?」



漣「一応、お礼の一つでもいっておきたかったんですけどねー」


ベケット「不要だ。あれは礼を言われて、腹も心も膨れない奴らだ」



ベケット自身、互いの都合の為に利用しあった間柄とはいえ、多少の感謝の気持ちはあった。
いまこれだけぞんざいに言っているのは、偏に海に叩きつけられたからである。



神通「結局、何もよく分からないままでしたね」


ベケット「む?」




556: 2017/08/15(火) 23:41:24.75 ID:sE/Vv+Mi0



神通「急に来て、急に現れて、一緒に戦って、すぐ帰っていきました。
   互いに理解する時間もありませんでした」


ベケット「簡単だ。あれは海賊、ジャック・スパロウだ」


神通「いえ、でも、よく分からないままでしたけど、
   結局はよく分からないままに、私たちを助けてくれました。
   決していい人ではないですが、悪い人だったとは思えません」



その神通の一言に、ベケットは即答した。



ベケット「だから言っている。それこそが海賊、ジャック・スパロウだ」




神通はその回答に目をぱちくりとさせる。

神通はベケットがジャックを嫌っているものだと思っていた。
いや、実際心底憎んでいることは間違いない。
幾度となくベケットの邪魔をし続けたのだから当然だ。



だが、かつて東インド会社で社員だった彼と決定的に袂を分かったきっかけは、
ベケットがジャックに奴隷を運ばせたからだ。ジャックは略奪も頃しもやる海賊だが、
それでも船員は大事にするし、無闇な虐殺もしない。倫理と人徳は持ち合わせている。


会社の業務故に彼にその任務を遂行させたが、ベケット自身も、利益のためでなければ
そんな商売に手を出すことはなかっただろう。


憎んでいるし、理由もある。だが、まぁ、それでもジャックという男を理解していたため、
心の底からの悪人だったとはいえないベケットだった。




557: 2017/08/15(火) 23:41:50.19 ID:sE/Vv+Mi0




神通「わかりました。なら、その海賊に、海賊たちに、感謝をします」



全員が水平線を見る。嵐は去り、雲は晴れ、波も落ち着いた。


全てが無事に終わった海からは、穏やかに朝日が昇ってきた。


さっきまで海賊たちのいた所が、日の光で塗り替えられる。




そこにはもう、彼らの居た痕跡はない。
あれは幻だったと、いつかこの先言われれば、信じてしまう時が来るかもしれない。
ならばせめて今だけでも感謝しよう。





海賊たちの消えた方向へ。誰が言うでもなく、全員の敬礼がそろった。
















558: 2017/08/15(火) 23:42:35.13 ID:sE/Vv+Mi0








泊地水鬼の討伐は、こうして完了した。








本土・南方戦線に与えた被害は大きく、各地に爪痕が残ってしまった。



不幸中の幸いだったのが、嵐のせいで敵の攻撃性も精確性を欠いたこと、
雨で爆炎が比較的消火しやすかったことなどから、人的被害はそこまで広がらなかったことだ。



また、泊地水鬼がカリプソと分離した時点で、女神の力で無理やり構築されていた
前線の内側で防衛線を張った深海棲艦も瓦解。それまで挟み撃ちにあっていた前線は、
それを機に反攻。生存圏を更に東へ追い返した。



ベケット不在のグアム警備府も、その後、複数の敵艦隊による攻撃を受けたが、
優秀な工兵部の修理で、空母に破壊された対深海棲艦用の砲塔が回復。

湾内に侵入した敵を、南のオロテ半島と北のサンゴ礁の両方向から
クロスファイアで沈めるという、このアプラ・ハーバーの本領を発揮し、これを撃退した。



またこの時、囮や港正面氏守に尽力した曙は、その前後の功績も合わせて
南方防衛の英雄の一人として扱われることとなった。





559: 2017/08/15(火) 23:43:10.42 ID:sE/Vv+Mi0



一方で、ベケットらの扱いは実に静かなものとなる。


そもそも泊地水鬼は、その以前に沈没したものとして扱われている。
それが今回の敵となったというのは、日本帝国海軍における重大な醜聞となる。


そこで、様々な取引があった結果、責任と功績の両方を前線に預ける形となった。
前線が新型の水鬼級深海棲艦に突破されたが、南方の英雄たちと前線の意地で
なんとか撃破したという結末で喧伝された。


無論この件で、ベケットは本土に対して重大な貸しを作ることとなり、
終始ほくそ笑んでいたと吹雪は周囲に話していた。



天龍たちも、同様に功績をなかったことにされたが、横須賀鎮守府のトップにはこの一件は伝わっており、
彼女たちは、提督とその周囲の一部の艦娘に一目置かれることとなる。漣はこれで仕事が増えるのではと
戦々恐々したが、彼女たちもまた、提督にとっては上層部に対する重大なカードとなったので、
とても大事に扱われたそうだ。




560: 2017/08/15(火) 23:43:37.48 ID:sE/Vv+Mi0


ちなみにこの一件、ベケットの発表では、
「倉庫に預けられていた大和の主砲を無理やり天龍に接続して砲撃して倒した」と伝えられている。


上層部の命を受けての本土から調査が行われたが、その時、泊地水鬼を囲むようにして多数の深海棲艦が居たこと、
海に廃棄された多数の艤装があること、そして泊地水鬼の周囲に昔の帆船が一緒に沈没していたなど、様々な謎が浮かび上がった。


これに対しベケットは、奇跡的にうまく切り抜けたと、艤装はグアム基地襲撃の際に艤装を本土に逃がそうと輸送した
ものを沈没されたのではと、沈没船は嵐の海流で流されてきたのではと、調査に対しこう答えている。



無論、これには疑いの目があったものの、他に合理的な説明もなく、この件はそのまま前線に託された。




561: 2017/08/15(火) 23:44:10.98 ID:sE/Vv+Mi0



尚、グアム諸島の島民たちによれば、基地に二度目の襲撃がやってくる数時間前、
日本側に向かって、一隻の船が向かって言ったのを見た者が居るという。



しかもそれはただの船ではなく、とても古い真っ黒の帆船で、まるで大昔の海賊船のようだったと噂された。
タイミングがタイミングなので、それは幽霊船だ、不吉の証だ、海の悪魔デイヴィ・ジョーンズがやってきたなど、
様々な憶測がたてられたが、所詮は眉唾。ただのホラ話として片づけられた。



ちなみにタイミングで言えば、その時には既に泊地水鬼がその進路の先に陣取っていたこともあり、
龍の海域から現れた怪物を、古き海賊たちが打ち破ったのだと村の呪術師が憲兵たちにそう訴えたそうだが、
この報告書は笑って済まされ、その後シュレッダーにかけられた。



その数日前、グアム警備府では不審船と男数名を捕らえたという報告は上がっていたが、
調査官はこれと関連付けることはできず、この謎は、そのまま風化し、消えていった。





この謎の答えは、何だったのか。





それもまた、噂に埋もれた真実。







562: 2017/08/15(火) 23:44:38.58 ID:sE/Vv+Mi0





























565: 2017/08/15(火) 23:50:09.56 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//






吹雪「ベケット少尉!」


ベケット「新米少佐だ。吹雪君」



引継ぎの書類が積み上がった机に座るベケットは、一枚の紙を見せた。
それは昇進の案内と、グアム警備府の司令官任命書だった。



吹雪「え、えぇ!? ベケットさん、司令官になるんですか!?」


ベケット「敬称」


吹雪「あ、とと。すみません。癖で」


ベケット「人前でなければ構わん。君と私の仲だ」



この世界に来てほぼずっと毎日のように顔をあわせていたのだ。
今更吹雪が多少抜けていることくらい承知の上だった。



566: 2017/08/15(火) 23:50:40.98 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「さて、ようやくここまで来たな」


吹雪「……はいっ」


ベケット「これで練度不足のまま君が戦地に行くこともなくなったわけだ」





ベケットがこの世界に訪れたのは、人材も、資源も、
そして艦娘たちの不足が極限ともいえる頃だった。


救助され入院していた頃も、軍を手伝っていた頃も、ベケットは、
碌な装備も訓練ないまま、遠征や援護、防衛に使われ、
いつ沈むかわからない程、ボロボロになった吹雪を見ていた。



567: 2017/08/15(火) 23:51:10.15 ID:sE/Vv+Mi0



ベケットの生涯において、基本的に悪人が多かった。


ジャックの様な無法者や、母を毒頃した父のような根っからの悪辣な人間、
そして東インド会社で出世争いをしてきた冷徹な同僚たち。

良き人など片手で数えられるほどだった。
しかしだからこそ、そういった人たちには心の底から感謝したし、
命の恩人であり、なにかと便宜を図り、助けてくれた吹雪の救けになろうとしたのだ。


ベケットが主計科に入って辣腕を振ったのも、
せめて装備や補給・設備だけでもなんとかしようとしたところが大きい。




568: 2017/08/15(火) 23:51:51.04 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「……まさか、本当に、あの入隊したときの約束を守ってくれるとは思っていませんでした」


ベケット「私はよく嘘をつくが、そういう無駄な嘘はつかない」


吹雪「ふふっ、分かってます。頑張っていらっしゃったのは、私もよく知っています」


ベケット「受けた恩は返すさ。利益は常にイーブンが理想だ。お互いの利益の為にな」




ベケットは窓の外を見る。

基地は未だ泊地水鬼の攻撃で半壊している。とりあえず一つの目標は達した。
次の目標は、差し当たってこの基地の復興だろうか。

いや、次元の集積地である竜の海域が近いこの島では、また何が現れるかもわからない。
それこそ、現地民の逸話の様に、今度こそドラゴンが出てきてもおかしくない。


基地の復興ではなく、基地の要塞化に努めよう。
後、これを機にドックの建築をさせてもいいかもしれないとベケットは考えた。


以前から吹雪が鎮守府のそれを羨ましそうに言っていたのだ。
泊地水鬼のデータと引き換えに、本土に嘆願してみるのも悪くないと思った。



569: 2017/08/15(火) 23:52:23.45 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では、吹雪君。早速仕事だ。やることは多いぞ」


吹雪「こほん。お、お言葉ですけれども、新しいスタートを、こうすーっと終わらせるのは……」



ベケット「? どういうことだ」


吹雪「せっかくなので、その、秘書艦になれたら言いたい自己紹介みたいなのがありまして」



ベケット「自己紹介? 今更かね?」



吹雪「確かに私たちは今更ですけど! 普通は司令官になる前から一緒に仕事してる人なんてあんまりいないですから!
   普通初対面ですし、皆ちゃんとセリフ考えてるんですからね!」


ベケット「わかったわかった。よろしく頼む」



割と必氏になってその重要性を伝えてくる吹雪だが、本当に今更過ぎるのと、
披露したくてたまらなさそうな表情を見て笑ってしまいそうになるベケット。



570: 2017/08/15(火) 23:52:50.73 ID:sE/Vv+Mi0




しかしここで噴き出してしまうと、経験上、吹雪は絶対に拗ねるので、
グッといつものポーカーフェイスのまま、腹筋だけで笑いをこらえ、落ち着くために紅茶を飲む。





吹雪「えへへ、それじゃあ司令官!」



吹雪は満面の笑みで敬礼した。






吹雪「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」






だから全然「はじめまして」じゃない。
なんの疑問も持たず、用意していた自己紹介を、あまりにいい笑顔で言うものだから、
ベケットはついにたまらず、ポーカーフェイスのまま、紅茶だけを噴き出した。




吹雪は丸一日拗ねた。






571: 2017/08/15(火) 23:53:16.50 ID:sE/Vv+Mi0

















572: 2017/08/15(火) 23:53:47.43 ID:sE/Vv+Mi0
横須賀鎮守府 詰所//






漣「うわへへ」



力の抜けた奇妙な笑い声をあげて、漣は詰め所で寝転がっていた。
部屋の窓は締め切られ、風は全く入ってこない。

だがその代わりに、部屋に待望のクーラーが設置されたのだ!



漣「おひょひょひょひょ、クーラー最高っすなぁー!」



クーラー設置という念願が叶い、ついでに部屋も若干広く増設され、
鎮守府の提督に以前から言われていた休暇がようやくまとめて出され、
曙も回復し、姉妹全員安全圏にて勤務中。彼女は今、天国にいる気分だった。



天龍「にしてもちったあ片付けろよ」


部屋が広くなったのをいいことに、漣は増設されたスペースを
瞬く間に雑貨で埋めた。



573: 2017/08/15(火) 23:54:16.78 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「これとかよぉ、……正直不気味だろぉー」


漣「あっ、いけないんだー、人形を粗末にすると罰が当たるんだよぉ、セニョール!」



漣は、砲塔に取りつけたウサギの人形を両手で動かし、妙に迫力のある邪悪な声で腹話術をする。
とりあえずそのボージョボー人形を元の場所に結びなおす。


お土産用に持って帰ってきたもの凄い量のボージョボーは、やはりというか余った。


吹雪に教えてもらった「結婚の結び方」のおかげで飛ぶように捌けたが、
やはり数が多すぎたのか、余ったボージョボー人形が部屋の各所に置かれている。
一見すれば土着信仰の司祭の部屋だ。



574: 2017/08/15(火) 23:54:50.04 ID:sE/Vv+Mi0



そんな部屋に、神通が入ってくる。
神通は部屋に入るや否や、詰め所の壁をジッと見つめた。


神通「またこの人形が増えてるんですけど」



漣「甘いですね。まだ余ったボージョボー人形は108体あるぞ」


天龍「大丈夫か? それだと最後腕を折られるぞ?」


漣「へ? 何が?」


天龍「お、コイツ読んでないでやんの!」



天龍は漣に見せつけるようにガッツポーズを決める。
ネットや漫画・アニメ等、この方面では天龍の師匠を自負していた漣は青い顔で両手をつく。



漣「嘘嘘嘘、うわちょっとまって、うわー、このショックちょっとヤバイうわー」



うな垂れる漣を他所に、神通はもはや気にも留めていない。




575: 2017/08/15(火) 23:55:29.08 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「で、神通はこんなクソ暑い外で何してたんだ?」


神通「私の訓練と、駆逐艦たちの訓練と、整備点検と、トレーニングです」


漣「トーレニングって訓練じゃないんですかね?」



漣もショックから立ち直って会話に入る。



神通「訓練は戦闘行為全般、トレーニングは肉体強化ですよ。
   駆逐たちもついてこれる程度ですから、大したことはありませんよ」



当然でしょう? という顔で首をかしげる。
漣はグエーと苦虫を噛み潰したような顔で口を開けた。


それはきっと駆逐艦が付いていける程度のレベルというのではなく、
正しくは、脱落すると何があるかわからない恐怖に駆られて
氏に物狂いでようやくついていけるレベルなのだろう。彼女が知らないだけで。



576: 2017/08/15(火) 23:55:56.35 ID:sE/Vv+Mi0



漣「……鬼教官すぎる!」



神通「簡単ですよ、こう、互いに向き合って、
   トップスピードで突っ込んで、ギリギリで回避するっていう」


漣「漣なら氏ぬかもですね」



神通「たまに避ける直前で探照灯で目潰しをしたり」


漣「氏にました。おしまい」


天龍「氏ぬオチはちょっと……」




577: 2017/08/15(火) 23:56:26.43 ID:sE/Vv+Mi0



神通「あの年代は成長期ですから、厳しい訓練をした方が良いかと」


漣「成長期っていうのは身体のほうもそうですけど! 心の成長期でもあるんですよ!
  そんなヤクザなチキンレースまがいのことさせてたらみんな心が歪みますよ!」



天龍「リラックス。リラックスよマジで」


神通「リラックス、って、具体的に何をすれば?」


漣「リラックスってそんな悩むことでもないと思うんですが、
  そうですねー、……じゃあ、漣おすすめ、ゲームとか?」



神通「結局そういうのですか」



ハァ、と呆れたように溜息をつく神通。
いつもならそれでオチが付くが、今回は正直神通が常識人を気取った対応をしているのが納得できなかった。




578: 2017/08/15(火) 23:56:59.32 ID:sE/Vv+Mi0



漣「好きなゲーム、……そうでなしにしても、何か知ってるゲームとかあります?」


神通「ゲームボーイってあるらしいですね。頑丈な奴」


漣「おぉもぅ機種が化石」



天龍「うーんじゃあ、トランプとかはどうだ?」


神通「ははぁ、まぁそれくらいなら……」



天龍「漣!」


漣「よし来た!」



漣は、部屋の隅に置かれた、色々な娯楽用品の入った小さい棚、
通称『漣BOX』からトランプを出すと、シャッフルして配り始めた。



579: 2017/08/15(火) 23:57:25.31 ID:sE/Vv+Mi0



漣「トランプがお好き? けっこう。ではますます好きになりますよ。
  さぁさぁ、どうぞ。ババ抜きのニューモデルです」


天龍「最後までアレンジ頑張れよ」


漣「んああぁ、仰らないで」




漣と天龍は掛け合いを終え、一先ず手札の整理にかかる。
ふと、どちらともなく神通を見ると、配られたカードを射殺さんばかりに睨んでいた。

その様子に漣が慌てて止める。



漣「ストップストップ!」


神通はなぜ止められたのか分からない、という不思議そうな顔を、
ピリピリとしたオーラを纏いながらしていた。



580: 2017/08/15(火) 23:57:54.88 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「お前、本当にトランプみたいな娯楽やったことあるのか?」


神通「いいえ」


即答であった。これには二人も頭を抱える。


漣「えぇ……」


天龍「前線たってこれくらいあるだろ。華の二水戦って娯楽もなかったのか」


神通「いえ、こんなカードゲームくらいありましたよ」


天龍「だろ?」



話が読めない、という顔を天龍達がしていると、
それに気づかず、当たり前の様に神通は続ける。



神通「ですが、帝国海軍は常在戦場・常勝不敗。
   国家の連合軍が蠢く前線では、舐められないことが大事でしたから。
   娯楽のトランプは知りません。卓上の戦争としてのトランプなら知っています」



刺すようなプレッシャーを醸し出す神通。本人は至って真面目だ。
何だこの回答は。満足そうに胸を張るな。



581: 2017/08/15(火) 23:58:20.52 ID:sE/Vv+Mi0



そうツッコもうとしたが、神通は再びトランプに目を落としたので、そのタイミングを見失う。


神通「…………」


天龍「トランプをそんな親の仇みたいな目で見るなよ……」


漣「そーそー、民主党じゃなく、もっと共和党みたいな表情で見ましょうよ」


天龍「それぶっちゃけ最近どっちもトランプを親の仇みたいな目で見てないか?」


漣「じゃあアメリカ軍産複合体みたいな表情でも良いです。(ニッコリ)ですよ」



そんな二人の掛け合いを一切見ずに、黙々とカードをきっていく神通。
二人は肩をすくめる。


漣「とりあえずあれですね、一回肩の力抜くために負けてみては?」


神通「わざと負けるのは性に合いません」




582: 2017/08/15(火) 23:58:50.52 ID:sE/Vv+Mi0



実に頑なである。取り付く島もない。
勝ちにこだわるのも大事だが、今彼女が必要としているトランプはそういうトランプではない。
皆とワイワイやるトランプなのだ。



天龍「なんつーかリハビリみたいなもんだよ。負ける楽しさも知るみたいな」


天龍がほぼ直接真意を言葉にして神通に伝えた。
これで分かってくれるだろうか。そう思った二人だが、甘かった。

神通は険しい目で二人を見た。



神通「では、……実力で負かせばよろしいんじゃないですか?」





その言葉に二人して顔を見合わせる漣と天龍。


口調こそ厳しいが、勝負には乗り気だ。煽ってくるとは思っていなかった。
思ったより良い性格をしている。




神通は、意外にこれでも楽しんでるのではないか。




583: 2017/08/15(火) 23:59:16.77 ID:sE/Vv+Mi0


そうなれば、話は変わってくる。
漣と天龍は見合わせた顔に悪い笑みを浮かべて神通に振り向く。




天龍「言ってくれるねぇ、神通さんよぉ」


漣「絶対に負けられない戦いが今日のこの一戦!」


漣と天龍が手札をシャッフルしてどっかりと座る。




神通は依然厳しい表情を崩していない。

しかしカードを次番の天龍が取りやすい位置に突き出している辺り、
案外三人で仲良くやっていけそうな気がした。




漣「では、負けた人が間宮のアイス奢りで」

天龍「お、いいねぇ、……げっ」



神通の手札からカードを引き、表情が崩れる天龍。初手でジョーカーを引いてしまったのだ。
動揺する天龍だが、漣がそれを訝しげに見ていたので、慌てて漣に手札を向ける。




584: 2017/08/15(火) 23:59:44.54 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「いや、別に違うから、何も。」


漣「あっ、ふーん……(察し)」


天龍「ダメみたいですね……(冷静)」


神通「……ふふっ」



ギョッとして神通の顔を見る二人。


まさか隊を組んで初めて見た笑いの原因がこれとは。
しかし当の神通は、何でみられているのだろう、とはたとした顔で首をかしげる。
ネタは関係なしで、偶然笑ったのだろう。



しかしそうなると、なぜ笑ったのかという話。



585: 2017/08/16(水) 00:00:20.22 ID:ugAEatBZ0



漣「ふっふっふ……」

神通「どうしました?」


天龍「フフフ、楽しいか」

神通「普通です」




まだ付き合いが短いから人となりが分かり切っていないが、
楽しかったから笑ってくれたのだったらいいな、と二人は思った。




漣「では、神通さんの番ですよ、……どうぞ!」




586: 2017/08/16(水) 00:00:55.83 ID:ugAEatBZ0



漣が手札を突き出す。真ん中の一枚だけ妙に突き出ている。
内心で、くだらないと思いながら、右端のカードを取る。

それがジョーカーであった。

仲良く三人ともジョーカーを引き続けて、一周して戻ってきたのだ。




漣「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

神通「だ、大丈夫……」


漣「これは奢り候補筆頭ですね間違いない」

神通「負けませんから大丈夫です」


天龍「フフフ、怖いか」

神通「普通です」




三人のトランプは続いていく。




587: 2017/08/16(水) 00:01:23.51 ID:ugAEatBZ0


結局このトランプは第二戦、第三戦と続き、結果翌朝まで、実に10時間に渡る大激戦となった。
ちなみに、疲労困憊の消耗戦のせいか、途中から記録をつけるのを忘れ、勝者は不明。
三人は全員が出し合って特大の間宮アイスを食べた。



その後も、この三人組には様々な衝突や出来事、紆余曲折が降りかかる。



そのたびに何度も彼女たちの艦隊は解散の危機に晒されたが、

結果的に、三人の仲は戦後になっても続き、



それは終生のものとなった。






588: 2017/08/16(水) 00:01:52.00 ID:ugAEatBZ0

















589: 2017/08/16(水) 00:02:19.23 ID:ugAEatBZ0
深海棲艦もジャック・スパロウたちも居なかった、どこかの別世界//






1945年12月。計14人を乗せた米軍の航空機5機が、フ口リダ半島南沖で突如行方不明になった。
その後、遭難機の捜索に向かった13人のクルーも姿を消し、その遺体も発見されなかった。


彼らは長期の飛行時間を持つベテランパイロットであり、みな歴戦の猛者であった。


この編隊の隊長であったチャールズ・キャロル・テイラー中尉と、
捜索の為に向かったクルーの無線には一つの共通点がある。



二人は無線通信で、「白い何か」を見た。

そしてその直後、通信途絶。行方不明となった。





590: 2017/08/16(水) 00:02:46.64 ID:ugAEatBZ0




その後、海上で300機の飛行機による5日間の大捜索が行われたが、
遺体も、飛行機の残骸も、なにも見当たらなかった。



そしてそれは飛行機だけではない。
ここを通りかかった船、軍船や客船、貨物船、輸送船、大小様々な船も行方不明となっている。
結果、今日に至るまで、100を超える船や飛行機、1000以上の人が消息不明となった。



あまりの出来事に様々な調査が行われた。




結果、様々な説が出た。
メタンハイドレードの海中爆発、強力な下降気流、海中の藻という自然現象によるもの。
更には敵対国の攻撃・陰謀、果ては宇宙人やなど様々だ。


しかしそのどれも、宇宙人はさておいて、飛行機と船を行方不明にさせる合理的な説明には足らない。




591: 2017/08/16(水) 00:03:35.25 ID:ugAEatBZ0



もし。もし、すべての要素を兼ね備えているものが居れば、
深海に潜ることのできる、攻撃の意思を持った、高度の飛行機を墜とす対空能力と、
軍船すらも沈める海上戦闘力があるものだということだ。


しかし兵器ではない。兵器ならば100年もレーダーにかからず、ひと所にとどまることはできない。
ならば、通常のレーダーでは捉えられぬ肉体を持つ生物の仕業としか合理的足りえない。


が、そんな怪物がいるわけがないと、こんな妄言は説にもなりはしなかった。




なお、この事件にはほかにも説がある。

この海域には宇宙で見られるようなブラックホールが密かに存在し異世界と通じていて、
それに飲み込まれてしまうと戻れなくなるのだろうという説。


もちろん、そんなものがあれば、海水そのものを飲み込むため、ありえない。




592: 2017/08/16(水) 00:04:16.00 ID:ugAEatBZ0



では、そのブラックホールは普段閉じていて、どこかの海域の次元とつながった時だけ開くというのはどうだろう。


そしてそこから、深海に潜ることのできる、攻撃の意思を持った、高度の飛行機を墜とす対空能力と、
軍船すらも沈める海上戦闘力をもった白い見た目の異世界の生物が出てきたのだ、という説もありうるのではないか。

事実、あの海域には怪物が潜むと言われている。当然、これも眉唾の説だ。







『アァ……!』






593: 2017/08/16(水) 00:04:43.85 ID:ugAEatBZ0





1963年9月22日、アメリカ空軍大型輸送機C133カーゴマスターが10人の乗員を乗せてこの海域の上を飛んでいた。






『マタ…アノソラニ……アア…キレイ……大きな、翼…!』





そしてすぐ、カーゴマスターは消息を絶ち、機体の破片も乗組員の氏体も、パシュートや救命具も発見されなかった。










後にこの世界で、この一帯は、魔の三角水域。




「バミューダ海域」と呼ばれるようになった。






594: 2017/08/16(水) 00:06:05.63 ID:ugAEatBZ0






多くの船や飛行機、そして人々が行方をくらませた魔の海。




彼らは、この海域で何を見たのだろうか。

白い何かとはどういうものだったのだろうか。

当時最新鋭の戦闘機や巨大な船を沈ませる原因は一体なんだったのだろうか。




全ては、氏者のみが知っている。
だがそれを我々が知るすべはなく、故に原因仮説を立てるしかない。



理由を聞こうにも、"Dead men tell no tales" 。氏人に口なしである。















『フッ……、ウッフフフフフフ……!』









なお、この海域における沈没の原因は、現在においても未だ特定されていない。














595: 2017/08/16(水) 00:06:32.87 ID:ugAEatBZ0





















596: 2017/08/16(水) 00:08:03.25 ID:ugAEatBZ0
太平洋 海上//








ジャック「おぶぇ!」




ジャックたちは、海中から現れた。

竜巻の時のように気が付いたら戻っていた、ということはなく、
ひたすら海中に沈み、ある地点から、ひたすら浮上するという苦行に耐え、
ようやく、海上に姿を現せた。



ギブス「ぅげっほ、おぇ……!」

バルボッサ「っぐ、がはぁ……!」



さしもの大海賊たちも、これには流石に参ったのか、朦朧とした意識で木箱や手すりや壁にもたれかかる。



597: 2017/08/16(水) 00:08:29.13 ID:ugAEatBZ0



ジャック「バ、パールは……」



甲板がさっきまでと違うことに気づいた。

それはブラックパールではなく、フーチー号のものであった。
太陽は真上に上っている。向こうを去ったのは夜明けの直前だった。
海中で入れ替わったのだろうか。懐に手をやると、そこにはパールの入ったボトルシップがあった。



ジャック「……ここは、」


ジャックはズブ濡れになった身体で、一緒に浮上してきたお気に入りの帽子を甲板から拾うと、
辺りを見渡した。極寒というほどではないが、真夏の刺すような日差しではない。
少し冬の兆しが見える秋の空。そして、見慣れた大西洋の海。




ジャック「……帰ってきたか、愛しの海」




598: 2017/08/16(水) 00:09:12.18 ID:ugAEatBZ0



日にちとしては数日程度だろう。

しかし期せずして訪れた今回の一件には、彼が経験した他の冒険たちに勝るとも劣らぬ苦労があった。
ここがカリブの海であれば、さらに言えばトルトゥーガであればもっと帰郷感が出たであろう。
それだけが残念だが、しかし、ここは、自分たちの時代の、自分たちの海だ。

ジャックは満足そうに、大きく潮の香りを吸い込んだ。





「せんちょほー!」



そんな余韻をぶち壊したのは、息の漏れた老人の悲鳴。
何事かと後ろを振り向くと、そこにはクイーン・アンズ・リベンジが、今にも接弦しそうな距離に浮かんでいた。



意識のハッキリし始めた三人はそれぞれ目を合わせ、今更ながら思い出す。



そういえば、竜巻に飲まれる前、ジャックとバルボッサは海戦をしていたのだ!



599: 2017/08/16(水) 00:10:01.40 ID:ugAEatBZ0



三人が剣を同時に抜く。


が、それを見て復讐号の屈強なゾンビ船員が、ジャックの船の乗組員たちに剣を向ける。

あの竜巻の後どうなったかの詳細は不明だが、少なくとも、
ジャック側が一人残らず捕まっているらしいことは見て分かった。





バルボッサ「さて、悪く思うなよジャック」



バルボッサが悠々と歩き出す。ジャックは表情を変えず、冷静に頭を回転させた。



彼我の戦力差は、歴然。向こうは船員がすべて無事、ジャック側は残らず人質。
船員を見放して逃げるのはあり得ない。寝覚めもそうだが、何よりバルボッサがこうして
敵に回った今、ギブスと二人では船が動かせない。


生き残るには、この状況を一変させる、少なくとも人質達が一斉にこっちに
戻ってこれる為に、敵を一旦全滅させるくらいの強力な一撃が欲しい。




では何があるか。当然、ない。万事休すだ。





600: 2017/08/16(水) 00:10:35.62 ID:ugAEatBZ0



ギブス「野郎!」



ジャックが窮しているのを感じ取ったのか、隙を作ろうとバルボッサに切りかかるギブス。
しかし、バルボッサは落ち着いて懐からフロントリックの銃を取り出した。
ギブスはそれを見て、足を止める。



ギブス「……、この期に及んで、まだそんなもん隠してたのか」


バルボッサ「当たり前だ。お前たちとは、やはり頭の出来が違うようだ」


ギブス「だが、ここに来るまでに随分と濡れたじゃねえか。
    いつぞやの様に、湿気って撃てないなんてオチだろ?」




バルボッサはその一言を聞きうっすら笑うと、やすやすと銃を発砲する。


弾はギブスの横をかすめるように飛んでいく。
そして再び別の銃を、ゆっくりと服の内側に入れた皮製の袋から取り出した。



ギブス「濡れても問題のない未来の銃が作られるまでは、こうして防水対策をとっているのだよ」



601: 2017/08/16(水) 00:11:21.87 ID:ugAEatBZ0



この銃は一丁につき装弾数は一発のみだ。しかしあとこの銃がいくつあるだろう。

この男のことだ。あらゆる場所に隠しているに違いない。覆しがたい不利を悟ったギブスは、
縋るような目でジャックと目を合わす。一方ジャックはそれを見て、バツの悪そうにゆっくり目を逸らした。



ギブス「ギブス君! 今回の旅ではよく頑張ってくれた! その働きに免じて生かしてやる。
    ボートにでも乗ってさっさとどっか行け!」



よく言う。こんな海のど真ん中で放置されたらどの道、陸にたどり着けず氏ぬ。
ジャックはそれを察して笑ったが、ギブスは一瞬だけジャックに目を向け、それに頷いた。



ギブス「わかった。パーレイだバルボッサ。その提案に乗ろう。俺は船に乗って逃げる」

ジャック「おい!」



バルボッサ「よろしい。海賊の掟に従い、その宣言を受けよう」


ギブス「よし、悪いがジャック。あんたとは今日までの付き合いだ」



ジャック「おいこらギブス!」




602: 2017/08/16(水) 00:12:13.52 ID:ugAEatBZ0



ギブス「ツキも策もないアンタと付き合ってたってこのまま氏ぬだけだ。
    せめて船乗りなら、最後の命、船に賭けてえ」


バルボッサ「クハハハハ! お前は船長より何倍も利口だ!」


ジャック「このタマナシめ!」


ギブス「海賊の掟に従った正当な行為さジャック。
    船と、後、しばらく分の酒と食い物は頂いていく。あとは戦利品もだ」




そういうと、ギブスは階段を上がり、元居た前方甲板の方へ歩いていく。そこにはいくつかの木箱と樽があった。
バルボッサもその様子をじっと見続けている。ジャックも歩いていくギブスを見て、一瞬目を伏せると、
怒りが堪えられないとばかりに怒鳴り散らした。




ジャック「このクソギブス! ブタ野郎! 醜い鼠め!」



その醜態に、バルボッサは愉快そうな目線をジャックに向ける。




603: 2017/08/16(水) 00:14:31.51 ID:ugAEatBZ0



バルボッサ「もう少し気の利いたことは言えんのか?」


ジャック「うるせえ! つか、海賊の掟というなら、窃盗は孤島置き去りの刑に処せられる罪だぞ!」



バルボッサ「ほざけ! バーソロミュー・ロバーツの条文によれば、置き去りの刑に処される窃盗は金品に限られる!
      また、別の項目にて、乗組員は戦利品や食料、酒に平等に分配される権利を持つと記載されている!」




何処で知ったのか、まるで法律の専門家の様に反論するバルボッサ。難破船入り江でもそうだったが、
この男は海賊の掟に精通している。ジャックがわざと拡大解釈した点を間違いなくついてきた。




ジャック「掟によれば、仲間を置き去りに逃げたやつは氏刑だろ?」

バルボッサ「ふむ、確かにそうだな」




一瞬真剣に悩むそぶりを見せるバルボッサだったが、すぐに破顔した。



バルボッサ「彼はさっきまでの世界で、イギリス海兵として私の部下扱いだった。
      ならばジャックを見捨てようとも裏切りにはなるまい?」

ジャック「……そりゃズルい」


バルボッサ「かの大海賊バーソロミューは、別世界で別の船長に従う罪を定めていない!
      これで問題ない。まぁ、それにだジャック」




バルボッサは改めて、銃をジャックに向ける。




604: 2017/08/16(水) 00:15:13.32 ID:ugAEatBZ0



バルボッサ「海賊の掟とは、心構えの様なものだ。破った罰を与えたいなら、お前の親父でも連れてこい」


ジャック「そうかい。なら、俺はただフーチーと、パールとで沈むだけだ」




ジャックは懐からボトルシップを出すと、両手を上げる。




バルボッサ「パールをよこせ」

ジャック「あぁ、それもいい」

バルボッサ「何?」



ジャック「くれてやる!」


バルボッサ「! 止せーっ!」





そういうと、ジャックはボトルシップの瓶を上に放り投げる。

バルボッサは巨体を揺らし、義足であるにもかかわらず全力で走った。



瓶が落ちてくる。バルボッサは頭から滑りこんで、見事すんでのところでキャッチした。

当然、ジャックはその隙をついて、寝転がるバルボッサに切っ先を向ける。




605: 2017/08/16(水) 00:16:23.82 ID:ugAEatBZ0



バルボッサ「貴様ぁ!」

ジャック「お前ならキャッチすると思ってたぜ」



悪びれもせず言ってのけるジャック。
パールへの執着心に関しては、バルボッサはジャックと並ぶほど情熱を見せている。
それを知っていたジャックは、この結果を予想して投げたのだ。



バルボッサ「だが、こんなものは時間稼ぎにもならんぞ!」


ジャック「そうかな?」



そう、状況は大して好転していない。
ピストルは落としたが、バルボッサはまだ剣を持っている。

この拮抗状態は何度かあったが、結局は、トリトンの剣をもつバルボッサが有利だ。




ジャック「それは見方による」





606: 2017/08/16(水) 00:16:54.18 ID:ugAEatBZ0




好転はしていない筈。


しかし、ジャックの表情は、明らかに一転している。
完全に行き詰ったはずのジャックが、いつもの、勝利を確信した時の憎らしい笑顔になっていた。


何かするつもりだ。これは不味い。





バルボッサ「お前らっ! こいつを取り押さえろぉっ!!」




そう思いバルボッサは自分の船員たちに向かって叫ぶ。

復讐号が接弦し、屈強な海賊たちが乗り込んでくる。
捕虜は両腕と腰を縄でつながれている。ジャックが何かしようにも、数が足りない。


この100人近い船員を、一瞬で片づけること等できまい。
バルボッサが攻撃命令を下したのはそうした思惑があってのことだった。





ただ、それが致命的なミスだった。





607: 2017/08/16(水) 00:18:03.29 ID:ugAEatBZ0






ギブス「ジャァック!!」






逃走準備をしていたはずのギブスが前方甲板から何かを放り投げる。






ジャック「キャプテンだ! 俺の名は、キャプテン・ジャック・スパロウだ!」






ジャックは剣を手放し、それを空中で受け取る。

彼がバルボッサの意識を逸らしている間に、ギブスが木箱からそれを取り出していたのだ。
それが何かわかったのは、この船で、いや、この世界で彼ら三人だけだろう。








それは、機関銃であった。







ジャック「っ撃てええぇ!!」


ギブス「アイ・キャプテン!」







608: 2017/08/16(水) 00:19:03.52 ID:ugAEatBZ0




それは、対泊地水鬼戦の為、パールに持ち込んでいた木箱に入っていたものだ。
亡者戦の時に殆どを使い果たしたが、半分は舵取りをしていたギブスは2丁余らせていた。


彼は水中で船が入れ替わる際、流されてはならないと、この木箱を手放さぬよう掴み続けたいたのだ!





バルボッサ「伏せろぉおお!!!」





絶え間ない発砲音。バルボッサの叫びもむなしく、機関銃の弾丸が船上を埋め尽くす。


乗り込んできたばかりの復讐号の船員たちは、何が起こっているかもわからないまま、
ほぼ全てが撃たれ、そのまま海に落ちていった。





609: 2017/08/16(水) 00:19:34.71 ID:ugAEatBZ0




ジャック「お前ら! 飛び移れぇ!」



ジャックが復讐号に囚われていた船員たちに向かって命令する。
練度不足と経験不足と、何が起こっているかわかっていないせいで、
その命令をポカンとした顔で聞いている船員たち。


「おまへら! にげるぞほ!」




正気に戻したのは、同じくつながれていた老人の声。


我に返った船員たちは、我先にとフーチー号に飛び乗る。
腕や腰を繋がれているのでかなりもたついたし、殆どの者が不自然な体勢で
甲板に倒れこんでいるが、なんとか、不格好ながらも全員が船に戻ってこれた。


ギブスが腕と腰の縄を斬ってやり、ジャックの船員が復活していってる中、
座り込んだバルボッサと機関銃を向けるジャックがそれを見て会話していた。




ジャック「で、お前はどうする?」


バルボッサ「チッ……!」




610: 2017/08/16(水) 00:20:50.59 ID:ugAEatBZ0



機関銃で撃たれれば氏ぬ。剣と違って、初速も威力も段違いであるため、
さっきまでとは逆に、バルボッサが余計な動きをすれば氏ぬ。

しかし一方で、ジャックも船全体が人質に取られているような状況で、
バルボッサがやけを起こせば巻き込まれるかもしれない。なんども言うが、
こんな海の真ん中で、船が致命的に損傷し、取り残されれば、全員氏ぬ。





バルボッサ「フン……」



バルボッサもその状況を理解していた。

彼は何も言わずに立ち上がると、自分の船に戻っていく。


外舷と手すりを超えるのは大変そうだな、と思っていると、復讐号のロープを操って、
自分を船に運んでいた。相変わらず便利そうな剣で、ジャックは少し羨ましく思った。




バルボッサが船縁の上に立ち、フーチー号を見下して居直った。


ジャックはそれを楽しそうに見上げて言った。




611: 2017/08/16(水) 00:21:38.81 ID:ugAEatBZ0





ジャック「ヘクター君! 今日という日を忘れるな!
     捕らえ損ねちまったな、この俺を! 怨敵ジャック・スパロウを!」」






バルボッサの立ち居振る舞いが精一杯の虚勢と知るジャックは、
あふれんばかりの笑みで、躊躇なく煽る。







バルボッサ「覚えていろよジャック! 次は必ず頃す! 必ずだ!」






その喚き言葉を聞き流し、ジャックは行動が自由になった船員たちを見回す。





612: 2017/08/16(水) 00:22:10.01 ID:ugAEatBZ0



ギブス「キャプテン、いつでもご指示を」


ジャック「うむ、ご苦労。ギブス君」


ジャックは船首に立つと、帽子の角度を直し、船員たちに堂々とした態度で振り返った。





ジャック「では諸君、針路を東にとれぇ!」




ギブス「アイ・キャプテン! 面舵いっぱーい!」


「アイ! 面舵いっぱーい!」




613: 2017/08/16(水) 00:22:40.95 ID:ugAEatBZ0



ギブス「帆を大きく張れぇー!」


「アイ! 帆を張れぇー!」


ギブス「おい! 揚げ縄を引けぇー! マストのロープを緩めろぉー!」


「アイ! ギブス副船長!」



「全く、進水ひとつに手間取るとは、まだまだひよっこどもだねへぇ」


ギブス「おい、爺さん。なに論評してやがる」


「年だから、力仕事はきつひんだ」


ギブス「濡れた甲板掃除でもしてろ!」


「アヒ! ギブスふくせんちょほ!」











614: 2017/08/16(水) 00:23:06.15 ID:ugAEatBZ0
フーチー号 甲板//








もたもたしながらも、ゆっくりと船は進みだす。
直角になった帆は順風をしっかり受け、真っすぐに船が海を行く。


ひと息ついた船内で、船員たちが休憩する中、
一人舵にもたれかかり空を見上げているジャックに、ギブスが話しかけた。




ギブス「災難だったなぁ、今回は」


ジャック「ギブス君、それは適切じゃないな」



ギブス「……、あぁ、確かに。今回も、だな!」


ジャック「素晴らしい」




二人して笑いあう。





615: 2017/08/16(水) 00:23:51.12 ID:ugAEatBZ0



ギブス「しかし船長、これから先どうするんだ?
    元は黒髭のボトルシップを解除する手がかりとその船員を集めにヨーロッパに
    針路をとったが、そいつももうなくなっちまったしな」



ジャック「ま、なるようになるだろ」


ギブス「ジャック……」




ジャック「憐みの目を向けてくれるなギブス。確かに黒髭の遺産はデカかった。
    船も、宝も、色んなものが詰まったとっておきの財産だった。
    実に惜しいものだった。……いや、ほんとに惜しい。それは認めるさ」



合理化しようとしているが、どうしても辛そうにその艦隊たちの損失を惜しむジャック。
あれがあれば、色々なことが出来ただろう。実に惜しいと思ったのは事実だ。



しかしジャックは自分の手で幾らか頬を軽く叩き、切り替える。




616: 2017/08/16(水) 00:24:17.90 ID:ugAEatBZ0




ジャック「だが見方を変えるんだ。あんなドでかい艦隊を持ってたら、手間だ。面倒だ!
     ベケットを見たろう? 色んなもんを抱え込むと、あんな風に引きたくても引けない時がある。
     男としての誇りを賭けるんならいざ知らず、あんなのはゴメンだね」



立ち上がり、船首の方へ身体を翻す。







ジャック「海賊は、自由でなきゃいけない」






それは、ジャックの持つ不変の哲学。彼はいつだって自由に生きてきた。
そしてこれから先もそうだろう。策が外れたって、ツキが無くなったって、
部下を失っても船を失っても、ジャックはいつだってそうだった。


だから、ギブスはどんな紆余曲折があっても、
なんだかんだいつまでもジャックの船に乗っているのだ。





617: 2017/08/16(水) 00:24:52.10 ID:ugAEatBZ0



ジャック「じゃ、気ままに行こうか。海賊らしく、色んなものが詰まったとっておきのお宝探しの冒険にでもな。
     そういう潮風に乗って進んでくれたまえギブス君」

ギブス「なんじゃそりゃ」



ジャック「簡単だ。お宝へ導いてくれそうな潮風を探す。嗅ぎ分けろ。そして乗る。お分かり?」




ジャックは鼻をひくつかせる。ギブスも律儀にそれに倣った。





ジャック「うーん、こっちだ。……あ、いや待った違った、やっぱこっち」



ギブス「ジャック。今から向かうヨーロッパ辺りにはアトランティスっつう大陸があったそうだ」


ジャック「馬鹿にするな、それくらい知ってる」




618: 2017/08/16(水) 00:25:35.74 ID:ugAEatBZ0




ギブス「じゃあこれはどうだ? そのアトランティスを超えた先、異なる世界につながるヘラクレスの柱というのがあるそうだ。
    泥の様に絡みつく海を抜けると、巨大な怪物がウヨウヨいる海域があるらしい」



ジャック「また別世界で、巨大な怪物か。で、お宝は何がある?」






ギブス「聖杯さ!」






ジャックは興味深そうな視線を向ける。




ギブス「それもポンセ・デ・レオンが見つけた銀の聖杯なんて安物じゃない。
    生命の泉なんかなくったって、それ単体でなんでも願いをかなえてくれる聖杯だ!」



ジャック「ほほう、博識だな。そこまでは知らなかった」


ギブス「知ってたんじゃねえ。嗅いだんだ。そういう潮風をな」





そういってギブスは鼻をヒクヒクと動かした。まるで豚か猪のようでジャックは笑った。






619: 2017/08/16(水) 00:26:45.66 ID:ugAEatBZ0



ジャック「よろしい、ジョシャミー・ギブス君!
     『ブヨブヨした醜い猫背のブタ野郎』というあだ名は改めよう。
     これから君は『ブヨブヨした醜い猫背の「有能な」ブタ野郎』だ」



ギブス「アイ・キャプテン!」


ジャック「結構、では諸君、行こう!」




ジャックは舵を思い切り面舵の方へ切る。行先はイギリスから変更だ。

行先を思案する。泥の様に絡みつく海といえば、藻で有名なサルガッソだろうか?
それともジブラルタル海峡だろうか? あそこの入り口は確かに柱と言っていい。


聖杯が手に入れば、すべての願いが叶う。


生命の泉でその念願は失せたと思っていたが、やはり永遠に自由な航海をする欲には抗いがたい。
それにその力でボトルシップにはいったパールを戻すというのもありだ。他にも願いは沢山思いつく。



ジャック「ま、何を願うかは手に入れてからだな」



情報は十全ではない。行先は不明。伝説上のものに過ぎないのか、それすらもわからない。
だが、ベケットも言っていたように、そういった噂話にひとかけらの真実が眠っている場合もある。



そのひとかけらを探すため、船で海を渡り続ける。これこそが自由な海賊の楽しみ方だ。





620: 2017/08/16(水) 00:27:14.59 ID:ugAEatBZ0



船が針路を変えたことで、休んでいた船員たちが一斉に立ち上がり、舵を取るジャックの方を見る。


何かあったらすぐに船長の指示に従うべく行動するという船員の基本を、
バルボッサの襲撃が彼らの身体に教え込んだようだ。





ジャック「少しはマシになったな、野郎ども!」



満足そうに笑うと、ギブスも笑った。船員たちもそれにつられて笑う。






ジャック「じゃあ行こう! 
     目指すはアトランティス! 
     目指すはヘラクレスの柱! 
     目指すは、聖杯!」






おぉ! と船員たちが応える。










621: 2017/08/16(水) 00:27:55.55 ID:ugAEatBZ0





真っ黒なフーチー号が、真っ青な大西洋の海を行く。
風は順風。波高し。穏やかな風に乗る潮の香りは強い。




「ヨー、ホー、ヨー、ホー……」




そんな中、船員の誰かが呟くように歌を歌う。
それを聞いた近くの船員も、ニッと笑って一緒に歌い始める。




「海賊暮らしは気楽なもんさ、ヨー、ホー、ホー」





陽気な男たちである。数時間前まで氏の間際にあったというのに、
今では楽しそうに歌を口ずさんでいる。いやしかし、これこそがカリブの男である。





622: 2017/08/16(水) 00:28:26.68 ID:ugAEatBZ0






ジャック「ヨー、ホー、ヨー、ホー」





それにつられて、ジャックも歌を歌い出す。
いつしか船全体で大きな合唱になっていった。







『ヨー、ホー、ヨー、ホー、海賊暮らしは気楽なもんさ、
 楽しく一杯やろうじゃないか、ヨー、ホー、ヨー、ホー!』







呑気で陽気な歌声が、フーチー号を包み込む。




歌と戦いと船と、あとは酒の一つでもあれば、カリブの男はいつだって無敵だ。





最早怖いもの知らず。今回の旅は何が待ち受けているだろう。
きっと、どんな海でも、どんな敵でも、彼らは笑って突き進むに違いない。







623: 2017/08/16(水) 00:30:35.71 ID:ugAEatBZ0









そんな楽し気で勇ましい笑い声を乗せて、海賊たちの船は進んでいく。



















自由を求め、一路、水平線の先へ。







カリブの海賊、ジャック・スパロウの冒険は続いていく――。













                                                 END








624: 2017/08/16(水) 00:31:03.35 ID:ugAEatBZ0



































625: 2017/08/16(水) 00:32:37.03 ID:ugAEatBZ0


終わりの言葉何も考えてなかったので、大層なことを言えません。
なので、月並みに。



長らくお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。


一先ずは、この言葉で締めとさせていただきます。




重ねて、御礼申し上げます。ありがとうございました!!





626: 2017/08/16(水) 00:43:08.42 ID:3e6Nc+a50
乙。面白かったです。

引用: 神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】