1: 2008/12/29(月) 19:11:45.63 ID:5ju1UiQC0
ジュン「あ、こんにちは。君達のパパかママはいないかな?」

真紅「……この状況を説明できる者、挙手しなさい」

 ジ  翠ノ 苺ノ

真紅「じゃあ、翠星石」

翠星石「はい。実はさっき――」
ローゼンメイデン 愛蔵版 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
4: 2008/12/29(月) 19:17:09.36 ID:5ju1UiQC0
***

翠星石「おバカ苺ー!」ドタバタ

雛苺「きゃははは!」ドタバタ

ガチャッ ゴスッ!

ジュン「ぶっ!?」

フラフラ ズルッ ゴッチーーン!

***


翠星石「ドアで顔面強打&机に後頭部強打のコンボです」

ジュン「事情を理解してくれる大人を探さないとなぁ」ブツブツ

8: 2008/12/29(月) 19:23:12.63 ID:5ju1UiQC0
真紅「雛苺。のりを呼んできなさい」

雛苺「は~~い」トタトタトタ

ジュン「ここは男の部屋か。僕の部屋だとしたらこの子達は誰だ?兄弟とは思えないし」ブツブツ

翠星石「まさかとは思いますが、頭打って記憶喪失ですか?」

真紅「試してみましょう。そこのあなた、この子が分かるかしら?」

ジュン「ごめん。誰?」

翠星石「」ピシッ

ジュン「悲愴な顔で凍りついたけど、大丈夫?」

真紅「平気なのだわ。ちょっとショックを受けただけよ」

真紅「何か覚えていることはある?」

ジュン「一般常識は多分ある。言葉も話せるしね。でもそれ以外は何も覚えてないみたいだ」

真紅「大変な事になったわね」

10: 2008/12/29(月) 19:29:11.03 ID:5ju1UiQC0
トントントン ガチャ

のり「真紅ちゃん。どうかしたの?」

――――かくかくしかじか――――

のり「困ったわねぇ」

翠星石「軽っ!」

のり「でもほら、記憶喪失って放っておけば治るものでしょう?」

真紅「頭を打っているのよ。もし脳内出血してれば早晩氏に至るわ」

のり Σ(○ロ○lll) ガビーン

真紅「認識を改める事ね」

のり「あわわっ!は、早く病院に――」

真紅「安心しなさい。ジュンは大丈夫よ。たんこぶが出来ただけだわ」

のり「……よかったぁ」ホッ

11: 2008/12/29(月) 19:34:28.47 ID:5ju1UiQC0
のり「あ、お買い物に行かなきゃ。悪いけどジュン君の面倒を見てあげて?」

翠星石「やれやれですぅ。仕方無いから翠星石が任されてやりましょうか」

のり「お願いね。それじゃあ行ってきまーす」ガチャン

ジュン「色々聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

真紅「後にしなさい。くんくんが始まるのだわ」

雛苺「あっ、ヒナも見る~~!」

翠星石「……」


(●△○).。。ooO○◯(ジュン≧くんくん)


翠星石「二階に行くですよ。抱っこしろです」

ジュン「あ、うん。分かったよ」

13: 2008/12/29(月) 19:39:54.49 ID:5ju1UiQC0
ジュン部屋。

ベッドにジュンが腰掛け、その膝の上に翠星石が座っている。

翠星石「さぁ、何でも聞いていいですよ」

ジュン「ここはどこ?僕はだれ?」

翠星石「ここは桜田家。てめーは桜田ジュンです」


――色々な説明がありまして――


ジュン「」ポロポロ

翠星石「な、なに泣いてるですか?」

ジュン「いや何でもないよ」

ジュン(アリスゲーム。こんな小さな子が戦っている……)

ジュン(父親に会いたいという当たり前の願いを叶えるために、姉妹と……)

ジュン(うぅぅぅ。悲しすぎるじゃないかぁ)

16: 2008/12/29(月) 19:45:12.90 ID:5ju1UiQC0
翠星石「冴えない顔がグショグショですよ。ほら」ゴシゴシ

ジュン「ありがとう」

ジュン「……」

ジュン(アリスゲームは止められない。それなら僕はせめて、翠星石ちゃん達が心安らかでいられるようにしよう)

ジュン「」グッ

翠星石「何、こぶしを握り締めてるですか」

ジュン「ダメヒッキーだった僕に代わってこれからは良い召使いになるよ」

翠星石「ふむ。それは良い心がけですね」



翠星石(これはもしかしてチャンスですかぁ?うっしっし)

17: 2008/12/29(月) 19:50:26.92 ID:5ju1UiQC0
トントントン ガチャ

雛苺「くんくん面白かったの~」

真紅「ジュン、紅茶を淹れて頂戴」

ジュン「分かった。すぐに用意するよ」タッタッタ



真紅「いつものクセで紅茶を頼んでしまったのだわ」

真紅「淹れ方を忘れているかも。どんなのが出てくるかしら」

翠星石「また教えればすぐに覚えますよ」

翠星石(なにせ今のジュンはとっても素直な召使いですから)ニンマリ

18: 2008/12/29(月) 19:55:51.99 ID:5ju1UiQC0
コポコポコポ

ジュン「さぁどうぞ」

紅翠苺「」コクコク

真紅(やっぱりダメね。これは紅茶とは呼べない)

真紅(でも、優しい味だわ)

真紅(慈しむような想いが込められている。どういう事かしら)

真紅「……」

翠星石「あれぇ。こんなの紅茶じゃないー、って言わないんですか?」

ジュン「まずかった?」

真紅「いいのよ。正しい淹れ方はまた教えるから、今は一緒にティータイムを楽しみましょう」

19: 2008/12/29(月) 20:01:26.11 ID:5ju1UiQC0
お茶の後。

雛苺「ジュン!遊ぼーーー!!」

ジュン「いいよ。何をしようか?」

雛苺「ジュン登りするのー!」ヨジヨジ

ジュン「おっとっと。落ちないようにね」

雛苺「うんー!」

ジュン「そーれ、高い高いだ!」

雛苺「ほぉぉぉぉおお!!凄いの凄いのーーー!!」

ジュン「あっはっは」ニコニコ


真紅(ジュンはあんな笑顔もできるのね)

翠星石(なんか爽やかすぎるですぅ///)

21: 2008/12/29(月) 20:05:06.94 ID:5ju1UiQC0
>>20
蒼星石はまだなのですっ!!

23: 2008/12/29(月) 20:07:02.09 ID:5ju1UiQC0
夜。

翠星石(真紅とチビ苺はもう寝ましたね。それじゃあ行きますか)

翠星石は鞄から出るとブラシを持ってジュンの傍に行く。

翠星石「ジュン。髪を梳かしてほしいです」ドキドキ

ジュン「いいよ。おいで」

翠星石(思った通り!あっさりオッケーが出たですぅ!)ヨッシャ!!

ジュンは翠星石を抱え上げると膝の上に乗せ、長い髪を梳かしていく。
その手つきはとても優しく丁寧だった。

ジュン「」スッ スッ

翠星石「ん~♪」

ジュン「綺麗な髪だね」

翠星石「!!そ、そうですか?」

ジュン「うん。とってもサラサラで、持ち上げても指の間から零れ落ちるよ」

翠星石「……」

翠星石「///////」

24: 2008/12/29(月) 20:12:32.21 ID:5ju1UiQC0
翠星石(だんだん眠くなってきたですぅ)

翠星石(でも、もっとこうしていたいなぁ)

翠星石(ジュンの手が、気持ちよくて……)

翠星石(…………)

翠星石「zzzz」

ジュン「あれ?寝ちゃったのか」

ジュン「ふふっ。可愛い寝顔だな」ナデナデ

寝入ってしまった翠星石をそっと抱き上げ、鞄に寝かせてあげるジュン。

ジュン(これでよし。さて、勉強するか)

ジュン(のり姉さんに負担をかけっ放しだったらしいし。復学しないとな)

ジュン「」カリカリ

26: 2008/12/29(月) 20:17:54.75 ID:5ju1UiQC0
それからしばらくの間、桜田家は実に平和だった。

ジュンは出来る限り皆の役に立とうとしたし、その気持ちはちゃんと伝わっていた。

のりはジュンが復学しようとしている事を知ってお赤飯を炊いた。

真紅は小言を言わなくなった。努力している者に対しては助言を与えるだけだ。

雛苺は好きなだけジュン登りが出来るようになってご機嫌である。

翠星石は徐々に大胆になり、ジュンとベタベタしていた。

28: 2008/12/29(月) 20:21:22.86 ID:5ju1UiQC0
五分間隔で投下してるんだけど、もっと間隔短い方が良い?

30: 2008/12/29(月) 20:23:26.74 ID:5ju1UiQC0
翠星石「スコーンを作ったですよ!ほら、あ~~ん///」プルプル

ジュン「えぇっ?ちょ、ちょっと恥ずかしいな」

翠星石「食べてくれないんですかぁ?」ウルウル

ジュン「あ~~ん///」パクッ モグモグ

翠星石「どうですか?」

ジュン「うん。美味しいよ」ニコニコ

翠星石「////」

ジュン「お返しに、あ~~ん」

翠星石「あ~~ん////」

32: 2008/12/29(月) 20:26:42.92 ID:5ju1UiQC0
ジュン「」サッ パクッ

翠星石「ひ、ヒドイですぅ!騙しましたね!?」

ジュン「あはは。翠星石ちゃんが可愛いから、ついイジワルしたくなっちゃってさ」

翠星石「か、可愛いって……///」

ジュン「からかってゴメンね」ナデナデ

翠星石「……許して欲しかったらもう一度最初からやるです。あ~~ん」

ジュン「あ~~ん」

翠星石「」サッ パクッ

ジュン「仕返しか、こいつ~」

翠星石「きゃははは!ざまーみろですぅ!」


真紅「まるでバカップルね」

雛苺「うにゅーうにゅー」バクバク モグモグ

35: 2008/12/29(月) 20:29:51.25 ID:5ju1UiQC0
二人は一事が万事、こんな調子だった。
かまってもらう為にイタズラする必要が無くなったので、翠星石はデレまくりである。

翠星石「いつも髪を梳いてもらってるからお礼をしませんとね」

ジュン「気持ちだけで十分だよ」

翠星石「そうはいきません」ストン チョンチョン

ジュン「ベッドに正座して自分の膝を指差し……え、まさか」

翠星石「耳掻きしてやるです。膝枕ですよ」

ジュン「じゃ、じゃあ、お邪魔します///」スッ

翠星石「くすっ。何ですかそれは」

ジュン「重くない?」

翠星石「平気ですよ。痺れませんし」ナデナデ

ジュン「……頭撫でられるのって、悪くないなぁ」

翠星石「じゃあもっとよしよししてやるです」ナデナデ


だがラブラブな日々は長くは続かなかった。

37: 2008/12/29(月) 20:33:53.34 ID:5ju1UiQC0
とある日の事。

学業の遅れが著しいジュンは声をかけられない限り朝から晩までずっと机に向かっていた。
その後ろでは雛苺がお絵描きを楽しんでいる。

雛苺「お花をたくさん描いて。できたのー!ジュン見てー!」

ジュン「ん?どうした?」

笑顔で手を差し出す雛苺。そこに乗っているのはジュンのミニカーだった。
雛苺の前衛的なお絵描きによって、艶のある黒いボディが原色の混沌へと変貌を遂げている。

ジュン「ははは。ずいぶんカラフルになったな」

雛苺「頑張ったのー!」エッヘン

ジュン「偉い偉い」ナデナデ



翠星石「…………」

38: 2008/12/29(月) 20:37:18.07 ID:5ju1UiQC0
翠星石(昔のジュンだったら怒ってチビ苺を追いかけまわしてたのに)

翠星石(記憶が無くなって、色々変わっちまったんですね)

翠星石(今のジュンは気が利くし、とても尽くしてくれます)

翠星石(甘えさせてくれるし、優しいけど……)

翠星石(このままで、いいんでしょうか?)

今までイチャイチャする事しか考えてなかった翠星石の頭に、初めて疑問が浮かんだ。

39: 2008/12/29(月) 20:40:29.45 ID:5ju1UiQC0
真紅「あの車の玩具、とても大事にしていた筈なのにね」

翠星石「ですよね」

真紅「……昔のジュンにとって、私達はどんな存在だったのかしら」

翠星石「!!」

真紅「記憶を失えば、持っていた想いまで失ってしまうのね」

翠星石(好きであれ、嫌いであれ、全ての想いが……)

翠星石(やっぱり、このままじゃいけません)

翠星石「スィドリーム。蒼星石を呼んで来て下さい」

43: 2008/12/29(月) 20:44:07.54 ID:5ju1UiQC0
ひゅーん

蒼星石「やぁ。こんにちは」

真紅「あら蒼星石。久しぶりね」

翠星石「蒼星石、お願いがあるんです」

蒼星石「何かな?」

翠星石「一緒にジュンの夢の中に来てください」

スィドリーム「」ピカピカ

ジュン「あれ……何だか急に眠気が……」フラフラ パタン

ジュン「zzzzzzz」

45: 2008/12/29(月) 20:47:21.92 ID:5ju1UiQC0
――――――

ジュン「……ここはどこ?」

翠星石「ジュンの夢の中です」

蒼星石「さぁ行くよ」

ジュン「あ、こんにちは。初めまして」

蒼星石「えっ??」

翠星石「飛びながら説明します。行きましょう」

蒼星石「う、うん。分かった」

双子はジュンの手を握って空を飛んだ。

46: 2008/12/29(月) 20:51:06.92 ID:5ju1UiQC0
***

三人はやがてジュンの心の樹が生える場所に辿り着く。
そこに生えている樹を見て、翠星石と蒼星石は愕然とした。

蒼星石「……こ、これは」

翠星石「こんな事になってるなんて……」



ジュンの心の樹は半ばからポッキリと折れ、皮で辛うじて繋がっている状態だった。

47: 2008/12/29(月) 20:54:31.63 ID:5ju1UiQC0
蒼星石「記憶を失くし、幹が折れてしまったのか」

蒼星石「幹が痛んでる。枝葉も枯れそうだ。折れたのは昨日今日じゃない。何でこんなになるまで放っておいたの?」

翠星石「折れてるとは思ってなかったんです……」

ジュン「どういうことだ??」



夢と記憶は深い関わりがある。夢の庭師である翠星石は当然それを知っていた。

だがジュンに甘えている時の心地良さに溺れ、心の樹を見に来ることもしなかった。

もし放っておけば折れた幹は腐り、ジュンの記憶は永遠に失われただろう。

それはつまり、十四歳まで生きてきたジュンの心が氏ぬということ。

何をして、何に喜び、何に悲しみ、何に怒ってきたか。

幼き日の思い出も、家族の温かさも、誰かに対して抱いていた好意も、全てが消え去る所だった。

48: 2008/12/29(月) 20:58:20.40 ID:5ju1UiQC0
蒼星石「――と、いうことなんだ」

蒼星石「折れた部分から新しい芽が生えている。これが今のジュン君の心だ」

蒼星石「過去のジュン君を取り戻そうとするなら、この芽は除かなくてはいけない」

ジュン「そうすると今の僕は消える?」

蒼星石「……うん。そうなるね」

ジュン「まさか翠星石ちゃんはその為にここに来たの?僕を消す為に?」

翠星石「ち、違います!芽が生えてるなんて思ってなかったんです!」

翠星石「心の樹の手入れをすればジュンの記憶が戻ると、そう思ってたんです……」

49: 2008/12/29(月) 21:01:41.49 ID:5ju1UiQC0
ジュン「それで、この芽をどうするつもりなんだ?」

翠星石は黙り込んだ。
顔を伏せ、ジュンと目を合わせようとしない。

無言の返事。
息をするのも苦しいぐらいの重い沈黙がその場を満たす。

ジュン「……僕は何か悪いことをしたかな?」

翠星石「ひっく、ぐすっ」ポロポロ

翠星石「翠星石がバカでした……もっと早くここに来てれば」

ジュン「それが答え?」

50: 2008/12/29(月) 21:04:49.91 ID:5ju1UiQC0
ジュン「」ググッ

ジュンは強くこぶしを握り締めていた。怒鳴りつけたい気持ちを必氏で押さえ付けていたからだ。

アリスゲームの話を聞き、ジュンは翠星石達の力になろうと決め、そして尽くしてきた。

知らない事だらけで不安な気持ちに捕われそうになる中でこれからの事を考え、勉強に打ち込んだ。

ドール達や姉とも自然に接することが出来るようになってきた所だった。

ジュンは精一杯がんばってきたのだ。

なのに翠星石は自分を消そうとしている。昔のジュンを取り戻す為に。



――裏切られたような気がした。

53: 2008/12/29(月) 21:08:44.68 ID:5ju1UiQC0
翠星石は自分がどれだけひどい事をしているか理解していた。

ジュンが記憶を失ったのは翠星石と雛苺が追いかけっこをしていたからだ。
それでもすぐに夢の中に来て、幹を接いでいればこんな事にはならなかった。
だが翠星石はジュンに甘えたいという自分の想いを優先させた。
そうして時間が経った所為で樹に新しい芽が生えたのだ。

自分のわがままの所為で生えた芽を、新しいジュンの心の芽を摘まなければいけない。
そうしなければ昔のジュンは消える。全ての想いと共に。

翠星石は謝れなかった。
何を言おうと、その言葉にどれだけの気持ちを込めようと、今のジュンを消そうとしている事に変わりはない。
怒りと憎しみをぶつけられるなら、それを受け入れなければいけない。
胸が罪悪感で満ち、溢れた分が涙になって零れ落ちる。

いっそ殴ってほしかった。

57: 2008/12/29(月) 21:12:11.12 ID:5ju1UiQC0
無言で立ち尽くし、怒りで肩を震わせているジュン。
声を頃して泣いている翠星石。
ジュンが暴れるかもと危惧していた蒼星石だったが、そんな二人の様子を見かねて声をかけた。

蒼星石「うまくいくか分からないけど、今のジュン君を残す方法はあるよ」

蒼星石「芽を接木するんだ。折れた幹は弱っているけど、自家移殖だし何とかなると思う」

ジュン「芽はどうなる?」

蒼星石「本来の幹の一部として取り込まれる」

ジュン「僕はどうなる?」

蒼星石「今好きなものが嫌いになるかも知れないし、逆に嫌いなものが好きになるかも知れない。変わってしまうだろうね」

ジュン「……もう一つ、教えてほしい」



ジュン「僕はだれ?」

60: 2008/12/29(月) 21:15:52.50 ID:5ju1UiQC0
蒼星石「……」

蒼星石「それは自分で決めることだよ」

蒼星石「このまま桜田ジュンとして生きることも出来る。一時の幻影として消えていくことも出来る」

蒼星石「芽を切れるのはボクだけだ。けど、どうすれば良いかは決められない」

蒼星石「だから君が決めるんだ」

ジュン「……時間がほしい」

蒼星石「マスターが来てないからボクはあまり長くここにいられない」

蒼星石「でも日を改めればきっと幹は腐ってしまうよ」

ジュン「五分でいい」

そう言うとジュンは二人から離れていった。

62: 2008/12/29(月) 21:19:34.97 ID:5ju1UiQC0
一人になったジュンは苦悩していた。
記憶を戻すのが正しいのか、消したままにするのが正しいのか。

以前の自分は引き篭もりで怠惰で根暗な人間だったと教えられた。
それに比べれば今の自分はとても真っ当な人間のはずだ。
そう考えれば記憶は消したままの方がいいと思える。

だが、のりやドール達の事が気にかかるのだ。

皆の様子を見ていれば、自分がどれだけ想われていたか良く分かる。
引き篭もりの自分を支え続けてくれた姉は特にそうだ。
しかし自分は彼女に謝罪する事も感謝する事も出来ない。記憶が無いのだから。
そう考えると記憶を戻すのが正しいような気がする。

いや、きっと正しいのだろう。それは理解できるのだ。

だが決断しようとすると、翠星石に裏切られたという思いが邪魔をする。
悲しいし、腹が立つし、誰が消えてやるものかと思う。

そうして思考が堂々巡りを繰り返すのだった。

64: 2008/12/29(月) 21:22:57.21 ID:5ju1UiQC0
座り込んでいるジュンの視界に誰かの足が映る。
ジュンは顔を上げた。

蒼星石「……」

ジュン「蒼星石ちゃんか。もう五分?」

蒼星石「ううん。だけど言っておきたい事があるんだ」

ジュン「何?」

蒼星石「あの樹、幹は折れてしまったけど根は生きている」

蒼星石「新しい芽は元の幹と根を同じくする二本目の幹になるんだ」

蒼星石「だから別人になったと言うより生まれ変わったと言うのが正しいんだと思う」

蒼星石「言いたいのはそれだけ。悔いが残らない道を選んでね、ジュン君」

そう告げると蒼星石はジュンの前から姿を消した。

ジュン(心の根っこの部分は変わらない……)

65: 2008/12/29(月) 21:26:27.36 ID:5ju1UiQC0







ジュン「僕は僕、か……」

ジュン「じゃあ大事なのは――――」







66: 2008/12/29(月) 21:30:04.88 ID:5ju1UiQC0
そろそろ五分が過ぎようかという頃、ジュンは二人の所に戻ってきた。

蒼星石「どうするか決まった?」

ジュン「あぁ」

蒼星石の隣に視線を向ける。そこには目元を赤くした翠星石がいる。

ジュンは翠星石の傍に寄り、手を伸ばす。
殴られると思った翠星石は身を硬くするが、その手は翠星石の頭に置かれただけだった。

ジュン「……翠星石ちゃん。正直に答えてくれ」

67: 2008/12/29(月) 21:33:20.31 ID:5ju1UiQC0
ジュン「桜田ジュンという存在をどう思う?」

翠星石「……ジュンはジュンです……ヒック」

翠星石「翠星石は、ジュンの事が大好きです」ポロポロ

ジュン「そうか」

ジュンは一度大きく息を吐き、そして言った。



ジュン「芽を切ってほしい」

69: 2008/12/29(月) 21:37:47.46 ID:5ju1UiQC0
蒼星石「それで良いんだね?」

ジュン「気付いたんだ」

ジュン「このままだと記憶だけじゃなく、僕に関わってくれた人の想いまで消えてしまう」

ジュン「それだったら今の僕が消える方が良い。そう思ったんだ」

蒼星石「やっぱり君はジュン君だね。翠星石の好きな、優しいジュン君だ」

蒼星石「庭師の名にかけて、接木は必ず成功させるよ」

ジュン「ありがとう。今抱いてる想いだけは忘れたくなかったんだ」

71: 2008/12/29(月) 21:41:25.02 ID:5ju1UiQC0
ジュン「翠星石ちゃん。僕も君の事が大好きだよ」

翠星石「!」

驚いて顔を上げた翠星石の目に飛び込んで来たのはジュンの笑顔だった。

翠星石に好きといって貰えた事が嬉しくて。
僅かな期間でも誰かを好きになれた事が嬉しくて。
でも今の自分が消え、翠星石と別れなければいけないのが悲しくて。

両目から涙をこぼしながら、それでもジュンは笑っていた。



蒼星石が庭師の鋏を取り出し、芽に当てる。
そして芽に傷がつかないように慎重に鋏を閉じた。

77: 2008/12/29(月) 21:58:28.50 ID:5ju1UiQC0
支援thx
続き始めます

78: 2008/12/29(月) 21:59:23.66 ID:5ju1UiQC0
***

ジュン「」ムクリ

雛苺「あ、起きた。おはようなの~」

ジュン「あぁ」ムスッ

雛苺「あれっ?ジュンが怒ってる。何で?」

ジュン「それはだな」スゥーーーーッ

ジュン「翠星石ぃぃぃいいい!!!」

翠星石「ひぃっ!ご、ごめんなさいですぅ!」

ジュン「誰が許すか!お仕置きだ!!」ガバッ

ビシッ! バシッ! スパァァン! ピシャアアアアアン!!

翠星石「きゃうっ!ひぃん!うわぁぁああん!ごめんなさいーーー!!」

雛苺「おぉ~~。翠星石がオシリ百叩きなの」

真紅「夢の中で何があったの?」

蒼星石「それはね――」

79: 2008/12/29(月) 22:02:46.96 ID:5ju1UiQC0
翠星石「うぅぅ。オシリが、オシリがぁぁぁ」シクシク

ジュン「オシリが何だって言うんだ!僕は危うく消えるとこだったんだぞ」

ジュン「暴走してミーディアムを頃しかけるとかお前は雛苺か!」

ジュン「そうだ!お前は今日から翠星石改めチビ星石だ!分かったな!!」

翠星石「ごめんなさい、ごめんなさいですぅぅ」ベソベソ

雛苺「や~い、チビ星石~!」

ジュン(☆Д☆)ギランッ!!

ジュン「お前もお仕置きだぁぁぁあああ!」ガバッ

雛苺「ふぇっ!?な、何でヒナが」

ジュン「家の中で走んなっていつも言ってるだろーがぁあああああ!」

ビシッ! バシッ! スパァァン! ピシャアアアアアン!!

雛苺「ひぎゃうっ!?ぶわぁぁぁああああああん!!」

82: 2008/12/29(月) 22:06:46.03 ID:5ju1UiQC0
翠・苺  (つд∩)エグエグ  。・゜・(。´□`)・゜・。ビエエエン!!

ジュン「あー、スッとした」ハーハー

蒼星石「そりゃあ、あれだけ叩けばね」

真紅「乙女に手を上げるなんて。新しいジュンの方が紳士だったわ」

ジュン「古い僕に戻って悪かったな」

真紅「そのやさぐれた目。どうやら本当に戻ったみたいね」

ジュン「このっ……」

83: 2008/12/29(月) 22:10:12.00 ID:5ju1UiQC0
トタトタトタ ガチャッ

のり「どうしたの?さっきから凄い泣き声が」

ジュン「おい、お茶漬けのり」

のり「は、はいっ!?」

ジュン「僕は学校に行かないからな」

のり「えぇっ!?ジュン君いきなりどうしたの?」

ジュン「嫌な思い出も全部甦ったんだよ!誰が行くかあんな所!梅岡氏ね!!」

のり「ジュンく~~~ん……」

真紅「はぁ。やれやれなのだわ」

85: 2008/12/29(月) 22:13:39.98 ID:5ju1UiQC0
その日の夜。

翠星石は鞄を開けて外に出る。夜遅いのにジュンはまだ起きていた。
だが以前のようにネットで通販している訳ではない。勉強しているのだ。
その背に向けて翠星石は言った。

翠星石「ジュン。今回の事は本当にごめんなさいです」ショボン

ジュン「」クルッ

ジュン「……はぁ。こっちに来い」

そう言うとジュンはベッドに座り、自分の膝を指した。

翠星石「はい」

翠星石(ま、またオシリ叩かれるですか?でもガマンですぅ……)テクテク

ジュン「ブラシはどうした?あれが無いと髪を梳かせないだろ」

翠星石「……えっ?」

ジュン「聞こえなかったか?ブラシを持って来いって言ったんだよ」

翠星石「」パァァッ

翠星石「は、はいですぅ!」

86: 2008/12/29(月) 22:17:06.21 ID:5ju1UiQC0
ジュンが翠星石の髪を梳かす。その手つきは優しく、とても丁寧だ。

翠星石「ジュン――」

ジュン「黙ってろチビ星石」

翠星石「はいぃ」

スッ スッ

ジュン「あのさ」

ジュン「過去のしがらみとかネガティブな気持ちを全部忘れて物事を見てみたらさ」

ジュン「今まで見えなかった部分までちゃんと見えたような気がするよ」

翠星石「……」

ジュン「そのことについては感謝すべきなのかも知れないな。けど――」

87: 2008/12/29(月) 22:20:55.98 ID:5ju1UiQC0
ギュッ

翠星石「ふわっ!?じゅ、ジュン?///」

ジュン「新しい僕は厄介な気持ちを残して行ったんだ。最悪だよ」

翠星石「それって翠星石が好き、って事ですか?」

ジュン「ほんと最悪だ。何でこんな性悪人形なんか」

翠星石「う、うるさいですぅ。こっちだって誰がチビ人間なんか」



ジ・翠「……」

ジ・翠「」ギューーーッ

ジ・翠「//////」

91: 2008/12/29(月) 22:24:25.01 ID:5ju1UiQC0
ジュン「なぁ翠星石」

ジュン「真紅に言わせると古い僕は紳士じゃないらしい」

ジュン「その通りだな。なんか色々とガマン出来なくなってきた」

翠星石「えぇっ!?////」

ジュン「ダメか?」

翠星石「うぅ~~……」

翠星石「わ、分かりました。許してやるですぅ」

ジュン「許すって、どこまで?」

翠星石「そんなこと翠星石の口からは言えねーですぅ////」

ジュン「じゃあ最後まで」

翠星石「//////」コクン

ジュン「それでは……と言いたい所だけど、今は止めておこうか。真紅達がすぐ傍で寝てるんだし」

翠星石「はっ!?そう言えばそうでした」

95: 2008/12/29(月) 22:29:11.75 ID:5ju1UiQC0
ジュンは翠星石を抱っこすると鞄まで連れて行った。

ジュン「さ、もう寝ろ」

翠星石「はいです」

翠星石が中に寝転がり、ジュンが鞄に手をかけた。
徐々に翠星石の視界が狭まっていく。

翠星石「ねぇジュン」

ジュン「ん?」

翠星石「大好きです」

ジュン「……僕も大好きだよ。お休み」

翠星石「お休みなさい」



カチャン、と小さな音を立てて鞄が閉じた。



おしまい。

102: 2008/12/29(月) 22:33:17.19 ID:N+UHY8sz0
おつ

139: 2008/12/29(月) 23:27:06.72 ID:5ju1UiQC0
それではまた別のSSでお会いしましょう~ノシ

引用: ジュン「ここはどこ?僕はだれ?」