614: 2014/04/08(火) 00:33:09.82 ID:1gu8K9ck0


【咲-Saki-】京太郎「牌のおねえさんフォーエバー」【中編】



【本編if 咲き遅れた人】


ただいまー、と。

一人暮らしなのだから誰も待ってはいないのに、つい声に出してしまう夜中の9時30分。


咲「ふぅ……」


ぽいっとカバンを放り投げ、ベッドに大の字で寝転がる。

服にシワがついちゃうけれど、今はそれ以上に一息つきたい気分だった。


咲「みんな、元気そうだったなぁ」


朝と昼間に仕事の打ち合わせ、夜には清澄高校の同窓会と慌しい一日。

体に疲れは残っているけれど、久しぶりに再開した友人たちの顔を思い浮かべると頬が緩む。

相変わらずみんな元気そうで、二次会への誘いもあったけど、明日にも仕事があるので断わった。
咲-Saki- 25巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

615: 2014/04/08(火) 00:34:53.90 ID:1gu8K9ck0
咲「京ちゃんも来れれば良かったのに」


仕事の都合がつかず、同窓会には出れなかった幼馴染。

牌のおにいさんと男子プロとしての仕事を掛け持っている彼はそれなりに多忙な日々を過ごしているみたいで。

コミュニケーション力もあって、麻雀部以外にも多くの友達がいたから、彼の欠席を残念に思う人も多かった。


咲「あの京ちゃんが……ねぇ」


くすっと笑いが零れてしまう。

まともな点数計算も危うかった彼が、今では男子トッププロ。

本当に、将来ってわからないなぁ。

616: 2014/04/08(火) 00:38:31.09 ID:1gu8K9ck0
『まさか、須賀くんがねぇ……あーあ、こんなことならキープしておけば良かったかも』

冗談交じりにそんなボヤきを零していた元部長。
彼女もあと数年すればアラサー女子の仲間入り。
それなのに「いい人」が全く見つからないみたいで、余裕っぽい態度をとってはいるけどちょっとずつ焦っているみたいです。


『確かになぁ。わしの眼鏡も曇ってたかもしれん』

そんな様子を見てカラカラ笑いながらお酒を煽る元先輩。
彼女も独り身のハズだけど、お仕事の方が充実しているのであまり気にしてはいないようです。


『よく出来た犬だけど、ご主人様の下に返ってこないようじゃダメダメだじぇ』

会えなくて寂しいと素直に言えない元同級生。
京ちゃんが東京の大学に通うことが決まったときに一番寂しがっていたのに。
本人は否定しているけど。


『大学に入ってから一気に上達しましたからね。本当に』

おっきな胸を揺らして遠い目をする元同級生で現チームメイト。
京ちゃんの学生時代、一時期ネットを通じて色々と指導を頼まれてたらしいです。

彼女も男の人の噂とか全然きかなくて、これといって気にしてはないみたいですが。
最近、彼女からのボディタッチが増えてきたような気がするので、どことなく寂しさはあるんじゃないかなと。

619: 2014/04/08(火) 00:43:00.77 ID:1gu8K9ck0
個人的に遊んだりだとか、お仕事で一緒になることはあっても、こうしてみんなが揃う機会は社会人になると中々に貴重で。

高校時代を思い出すことができた楽しい同窓会だった。


咲「……だけど、さぁ」


『女雀士は、強ければ強いほど、婚期を逃す』


まったくもって失礼極まりないことに、世間ではこんなジンクスが流行っている。

全国大会で優勝し、その後も何度か結果を残している清澄高校麻雀部員は今日の同窓会でそのことを話のネタにされることも多かった。

私だって小鍛治プロに負けることもあるし自惚れるつもりはないけれど。

それでも、大会で何度か結果を残しているから自分がトッププロの一人だっていう自覚はあるわけで。


世間では魔王だとか何だとか言われても、私だって女の子。

気にしないわけではないのです。うん。

620: 2014/04/08(火) 00:45:54.92 ID:1gu8K9ck0
咲「京ちゃんがいてくれたら、あんなにネタにされることもなかったのになぁ」


高校の時は嫁さんだー、なんて冷やかしを受けていたし。

今日の場に京ちゃんがいてくれたら、『小鍛治健夜の跡を継ぐもの』だなんてジョークも否定してくれたハズだ。


咲「この前なんて、腕組んでデートしちゃったし♪」


今までダラダラと友達以上恋人未満な関係を続けてきたけど。

なんだかんだ言って結婚するなら京ちゃんとだろうなー、なんて漠然と思ってはいる。


咲「早く切り出してくれないかなぁ、京ちゃん」


年とっちゃったらドレス着るのもキツくなっちゃうし……。

20代なのにアラフォー扱いされるようなネタの対象にはなりたくない。

瑞原プロみたいに『うわキツ』とも呼ばれたくない。

622: 2014/04/08(火) 00:49:04.96 ID:1gu8K9ck0
咲「それとなーく、意識させてみようかなぁ。カバンにゼクシィ忍ばせてみるとか」


そんなことを考えながら、スマホを操作して、Twitterのページを開く。

特に誰かと連絡をとりたいとかそういうわけじゃないけど、何となくの生活習慣。


スマホの使い方もTwitterの登録の仕方も京ちゃんに教えてもらったもので、一番最初に登録した連絡先も京ちゃんのもの。

初めはバカにされてたけど、今ではリツイートだってお茶の子さいさいなのです。


咲「ふんふーん……ん?」


鼻歌を口ずさみながらタイムラインの流れを見ていると、ふと、ある画像が目に止まった。

623: 2014/04/08(火) 00:52:45.42 ID:1gu8K9ck0
咲「…………」


それは、フォロワーさんの一人がアップしていた画像。

旅行なう。とある温泉宿の入り口を撮ったもの。

それだけなら何も問題は無かった、けど。


咲「……コレ。京ちゃんと、瑞原プロだよね?」


そこにちらっと見切れている男女二人組み。

瑞原プロは帽子と眼鏡で変装っぽい格好してるけど、この背丈であんな無駄におっきな胸をした女の人はそういないし。

もう一人は金髪がちょっとだけ写り込んでいる程度だけど、この微妙な写真写りの悪さは高校時代の彼を思い出させる。


咲「……」


瑞原プロに気付ける人はいても、京ちゃんに気付ける人はそういないと思う。

多分、高校時代に京ちゃんとよく接していた人じゃなきゃ、これは見逃してしまう。

624: 2014/04/08(火) 00:57:12.92 ID:1gu8K9ck0
問題なのは。

どうしてこの二人組みが、誰にも知らせずに、温泉旅行に出かけたのか、ということ。


咲「体調不良って……言ってたよねぇ?」


このフォロワーさんの呟きの日付。京ちゃんが仕事を休んだ日。

お姉ちゃんからは風邪でお休みしたって聞いてたのに。

本当は、旅館で、お楽しみでしたね?

625: 2014/04/08(火) 00:59:06.67 ID:1gu8K9ck0
ダメだよ京ちゃん、それに瑞原プロ。

折角のお仕事を、こんなのでサボっちゃうなんて。


咲「……ふ、ふふふ」


ねえ、京ちゃん。

麻雀って、楽しいよね――?

628: 2014/04/08(火) 01:03:40.12 ID:1gu8K9ck0

その後日行われたタイトル戦での宮永プロは。

小鍛治健夜の全盛期を遥かに上回る活躍を見せ付けたそうな。



636: 2014/04/11(金) 00:49:15.77 ID:fKb94Jpr0

【本編過去 迫り来る怒涛の】


三尋木咏。

圧倒的な火力で弱小チームだった横浜ロードスターズを優勝に導き、日本先鋒としても大活躍中のプロ雀士。

麻雀界における異能者にも詳しく、世界でも有数の実力者なのだが――


咏「どーよきょーちゃん、この格好」


くるりと回って特注の着物を自慢する姿は童女にしか見えず、とても最前線で戦っている人には見えない。


咏「んー? きょーちゃーん?」


そして、問題なのは。


咏「きょーちゃーん? もしもーし?」


着物の丈が、とても短くて。


咏「おーい? きょーちゃーん?」


真っ白ですべすべなおみ足や、その先の絶対領域が見えてしまいそうになっているということだ。

637: 2014/04/11(金) 00:52:31.66 ID:fKb94Jpr0
咏「へいへい、きょーちゃんやい」

京太郎「ふぁっ!?」

咏さんの手に持っている扇子で叩かれ、ペシリと小気味の良い音が響く。

咏「どうしたのさ。寝不足?」

京太郎「いや、その」


――なんというか、イメクラみたいですね。その格好。

もちろん、そんな言葉が言えるハズもなく。


京太郎「すいません、ちょっと考え事を……よく、似合ってますね」

咏「だろー? いつも贔屓にしている店が特別にって作ってくれたんだけど、涼しくって中々具合が良いのさ」

京太郎「ハハ……」


いや明らかにセンスがズレているだろう、その職人。

ちょっと屈んだりしたら見えてしまいそうだ、色々と。


京太郎(一歩間違えたら痴女っつーか……大丈夫か、これ?)


そういや昔、インハイでやたらと危なっかしい格好をした巫女さんがいたような気がするけど。

間近で知人のこんな格好を見るのは衝撃的だった。

638: 2014/04/11(金) 00:56:38.78 ID:fKb94Jpr0
――龍門渕にいる知人の私服がほぼ全裸に近いモノだということを俺が知るのは、もう少し後のことである。

ついでに高校時代の友人の私服の露出度も中々にアレなものであることを知るのも、もう少し後のことである。



咏「っと」

一緒に歩いていると、咏さんが何かに躓いたように体勢を崩した。

京太郎「大丈夫ですか?……あ、下駄の鼻緒が」

咏「切れちゃったみたいなんだよぇ……ふむ」

京太郎「大丈夫ですか?」

つま先をぷらぷら振って下駄の状態を確認する咏さん。
足を挫いてはいないようで一安心。


咏「おんぶ」

京太郎「はい?」

咏「おんぶしてよ、きょーちゃん」

639: 2014/04/11(金) 00:59:00.64 ID:fKb94Jpr0
普段から着物姿で下駄も履き慣れている咏さんなら、鼻緒が切れた時くらいの対処法くらい知ってそうなものだが。


咏「はよはよー」

ペシペシと頬を扇子で叩かれ急かされる。

京太郎「いやでも」


その格好で、おんぶは。問題があるのではないでしょうか。


咏「いいから早く。日が暮れちゃうよ」

京太郎「……はぁ」


……とは言え、下駄の鼻緒の結び方なんて俺は知らんし。
この人も一度思いついたらしつこいし、こうなってしまうとおんぶをする以外の選択肢はないんだろうなぁ。


京太郎「よっと。大丈夫ですか?」

咏「おお、軽々と。さっすが男子」

京太郎「そりゃ咏さん軽いですし」

咏「この前えりちゃんに乗っかった時はすぐ潰れちゃったよ」

京太郎「何やってるんですかアンタは」

640: 2014/04/11(金) 01:00:46.77 ID:fKb94Jpr0
咏「うむ。くるしゅうない」

京太郎「そりゃどうも」

咏「どれ」ペロッ

京太郎「ひゃっ!?」ゾゾッ

咏「おー、女子のような反応。初心だねぇ」

京太郎「なんすかいきなり!?」

咏「味も見ておこうと思って」

京太郎「なんでまた……」

咏「そりゃー、ねぇ?」

京太郎「マジわっかんねーよこの人……」

641: 2014/04/11(金) 01:02:05.04 ID:fKb94Jpr0
咏「はむっ」

京太郎「ひぃっ」

咏「かりっ」

京太郎「ひゃんっ」


京太郎「い、いい加減に……」

咏「ちゅうっ」

京太郎「はうっ」


京太郎「とにかく。次やったら落としますからね、問答無用で」

咏「ちぇー」

京太郎「まったく……」

642: 2014/04/11(金) 01:06:16.91 ID:fKb94Jpr0
渋々と、咏さんが大人しくなった。
見た目的にはちっちゃな子にじゃれ付かれているだけだが、これで三十路超えているのだから信じられない。

……そして。


京太郎(こ、この手触りは……)ゴクリッ


さっきまでは意識していなかったというか、意識する前に外されていたのだが。

おんぶをしているということは、すべっすべな太ももの感触がダイレクトに手の平に伝わるわけで。
そして、思いっきり足を広げているから、後ろからは色々とモロ見えなわけで。

しかもこの人、背中から伝わる感触的に着物の下は何も着ていないぞ……っ!

643: 2014/04/11(金) 01:11:01.22 ID:fKb94Jpr0
咏「~♪」

それを知ってかしらずか、咏さんはやたらご機嫌な様子。



京太郎「あ、あの」

咏「んー?」

京太郎「やっぱり降ろした方が」

咏「何でさ」

京太郎「いや、その、ですね」

咏「んー? あー、なるほどなるほど……きょーちゃんもスOベだねぇ。満更でもないクセに」

京太郎「うぐぐ…」

咏「ふふん。乗り心地いいんだもん、きょーちゃんタクシー。お互いウィンウィンだし降りる気にはならないよ」

京太郎「タクシーって」

咏「いいからいいから。このまま雀荘まで行ってさ、見せ付けてやろうぜぃ。アラフォーどもに」

京太郎「後が怖いなぁ……」

645: 2014/04/11(金) 01:27:24.77 ID:fKb94Jpr0
そして、案の定。

雀荘で待っていたはやりさんたちには思いっきり詰め寄られ。

しかもこれを色んな人に見られていたせいで、『須賀プロは口リコン』だなんて噂になり。

俺の年上好き発言が全国放送でカミングアウトされてしまうわけだが、それはまた別の話である。




はやり「あ、今お腹蹴った♪」

京太郎「マジで? 触ってもいい?」

はやり「うんっ ハーイ、パパに元気なのを聞かせてあげてね☆」

京太郎「お、おおお……。すっげぇ感動した」

はやり「いい子に育ちますように☆」


でもそのことがきっかけの一つになって、嫁さんが出来たのだから。

人生って、本当にわっかんねーと思う。



658: 2014/04/11(金) 23:21:14.54 ID:fKb94Jpr0

【ifEND もしかしたらあったかもしれない。わっかんねーけど】


背後で聞こえる安らかな寝息。

小さい頃から――というか今も小さいままだが、昔から変わらない温もりに安心する。


「あーあ。昔は私の場所だったのに、すっかり取られちまったねぇ」


隣で微笑む彼女も、出会った時と変わらず綺麗なままだ。


「すみません、京ちゃんタクシーは一人席なもので」

「血は争えないなー……ま、いいけどねぇ。今夜はたっぷり、上に乗せてもらうから」

「うっ……お手柔らかにお願いします」

「あっはっは、そいつは無理ってもんだ。しっかり埋め合わせしてもらわんと」

「明日も仕事なのになぁ。腰痛がつらい……」


この小さな体のどこにあんなスタミナがあるのか。

麻雀でもあっちの方でも怒涛の攻勢を見せ付ける彼女に俺が勝てる日は来るのだろうか。

……まぁ、なんにせよ。


「頑張ってくれよ、だ・ん・な・さ・ま♪」


扇子を煽りながら微笑む彼女はとっても魅力的で。

京ちゃんタクシーの常連客が増えるのも、そう遠くはないかもしれない――

667: 2014/04/13(日) 21:38:02.03 ID:avjq/UoQ0
【ifルート 職業:傭兵兼イタコ兼麻雀プロの彼女】


4月の三週目。
段々と暖かくなってくる時期だが未だに朝は肌寒く、下手に薄着をすれば風邪を引いてしまう。
更に花粉も目立ち始めた頃なので、人によっては四六時中マスクが手放せない。

だというのに、滝のような汗が流れ出てくるのは。


京太郎「……」


ギリギリまで頑張っても踏ん張ってもどうにもならない、そんな時。


良子「わーお……こいつは、ハプニングですねぇ」


例えば、つい勢いで致してしまった女性との行為に使用していたモノに小さな穴が開いていて。

彼女が摘んでしげしげと見詰めているソレからアレが垂れている、そんな時だろう。

668: 2014/04/13(日) 21:43:44.89 ID:avjq/UoQ0
――ソフレになって欲しい。

仕事が終わってとあるファミレスで一緒に食事をしている時、良子さんからそんなことを言われた。


京太郎「ソフレって……ソックス・フレンド?」

良子「添い寝フレンド、ね。なんでも巷で流行ってるそうで」

一つの布団で寄り添って眠るが、それ以上の行為はしない。
そんな男女関係のことを添い寝フレンド、略してソフレと呼ぶらしい。

京太郎「はぁ、なんでまたそんな」

良子「最近、寝付きが悪くって」

京太郎「うーん……」


見た限りではどこの具合も悪いようには見えないが。
言われてみれば確かに、今日の試合はいつもより打ち方が鈍っていたような気もする。

……だが、しかし。

669: 2014/04/13(日) 21:47:29.49 ID:avjq/UoQ0
京太郎「はやりさんじゃダメなんですか?」

添い寝を頼むというならもっと相応しい人がいる筈で。

彼女のスタイルは非常に魅力的だし、
牌のおねえさんには勝てないにしても素晴らしいおもちを備えているしでソフレを頼まれるなら是非とも引き受けたいところだが。


良子「古い知人に聞いたんだけど、男性の懐の安心感というのは女性には無いものだそうで」


何故だか、危機感があるというか。

この人たちによって鍛え上げられた直感が、この誘いに乗るのは危険だと告げている。

何というかこう、墓場の入り口みたいなイメージが脳裏に――

670: 2014/04/13(日) 21:56:47.60 ID:avjq/UoQ0
良子「京太郎」


ずいっ。

身を乗り出した良子さんの顔が迫る。

鼻先が触れ合う程に近く、仄かに漂う香水の匂いが鼻孔をくすぐる。


京太郎「ちょ、ちかっ」

良子「こんなことを頼める男性は、あなたしか、いません」


思わず下がろうとした俺の頬を両手でがっちり挟みこんでホールドする良子さん。

ひんやりした指先に包まれ、視線を逸らすことすら許されない。


良子「頼まれて、くれるね?」

京太郎「……ハイ」


結局、この人たちに強引に迫られたら押し切られてしまうのは。

麻雀でもプライベートでも変わらないのであった。

671: 2014/04/13(日) 21:59:19.86 ID:avjq/UoQ0
そうしてやって来た良子さんの部屋。

意外と――というと失礼かもしれないが、センスのいい家具が自己主張し過ぎない程度に並べられていて、小洒落た空間を演出していた。


京太郎「おぉ……」

良子「なにか珍しいものでも?」

京太郎「いえ、むしろ……」


もっとこう、数珠とか水晶とか御札が所狭しと置いてあるか。
もしくは、すっげーズボラな部屋をイメージしていたのだが。


京太郎「……綺麗な、部屋ですね」

良子「……その間が気になるところだけど、まぁいいでしょう」

良子「ドリンクをとってくるから、そこのソファでくつろいでて」

京太郎「あ、どうもです」

小さなソファに身を預け、室内を見渡す。何だか部屋全体からいい匂いがする気がする。
以前恒子さんと一緒に訪れた健夜さんの部屋からはおばあちゃん家の匂いがしたのだが、何が違うんだろう。

672: 2014/04/13(日) 22:01:12.95 ID:avjq/UoQ0
キョロキョロと辺りを見渡していると良子さんがキッチンから顔を出して、


良子「あ、そうそう」

京太郎「?」

良子「アイスティーしかなかったんだけど――いいかな?」


とってもいい笑顔で、そう告げた。

673: 2014/04/13(日) 22:04:54.99 ID:avjq/UoQ0
……そこから先のことは、よく覚えていない。

ただ気がついたら下着姿で良子さんと添い寝をしていて。

良子さんがとても魅力的に見えて。

何故か準備されていたモノを使って行為に及び、


良子「まー、やっちまったもんは仕方ないけど――」

良子「責任、とってくれますね?」


今に至る。


にっこり、花の咲いたような笑みを浮かべる良子さん。

彼女とはそこそこ長い付き合いだけど、こんな嬉しそうな表情は初めて見る。


良子「こうなったらもう、一発も二発も変わらない……そう、思いませんか?」

京太郎「いや、その理屈はおかしいと」

良子「フフ、こっちは正直者みたいだけど?」


そうこうしているうちに、再び良子さんの手が俺の下に伸ばされ――

674: 2014/04/13(日) 22:07:24.85 ID:avjq/UoQ0

・・・・・・・・・・・



……どうして、世界から争いが絶えないのだろう。

何もかも搾り取られた俺の心を、やるせなさが占めていた。


良子「イエス、イエス、グゥッド」


そして、良子さんはそんな俺の隣で激しくガッツポーズをとっていた。

いや、寝不足が解消されたようで何より――


良子「私、今日、危険日なんですよ」

京太郎「えっ」


半ば現実逃避しかけていた俺を、その一言が引き戻した。


良子「二度あることは三度ある……こうなったらもう、何回やっても変わらないと思いませんか?」

京太郎「いや、その理屈はおかしいと」

良子「フフ、こっちは正直者みたいだけど?」


そうこうしているうちに、再び良子さんの手が俺の下に伸ばされ――

675: 2014/04/13(日) 22:09:42.77 ID:avjq/UoQ0
……無限ループって、怖くね?


京太郎「も……だめ……しぬ……」

良子「I’m full」


枯れ果てた俺とは対照的に、ツヤッツヤな良子さん。


京太郎「……生きてるって……素晴らしい」

良子「ベリーグッド。私も、こんなに清々しい目覚めは初めてかな」


何度か河の向こう岸へ渡りそうになったが、その度に良子さんに連れ戻されて。

命の素晴らしさを実感しながら、朝を迎えることが出来た。

676: 2014/04/13(日) 22:16:06.68 ID:avjq/UoQ0
京太郎「と、とりあえず……今日の仕事は、いつも通りに」

良子「オーケイ。二人の今後について語り合うのはその後で、ね」


尋常でない倦怠感はあるが、栄養ドリンクで補えばカバーできるレベルだ。

身形を整え、良子さんと一緒に玄関から出ると、


はやり「え?」

京太郎「えっ」

良子「あっ」


インターホンに指を伸ばしているはやりさんと、目があった。

677: 2014/04/13(日) 22:22:36.70 ID:avjq/UoQ0
はやり「ど、どうして……? よしこちゃんのお家から、京太郎くんが?」

京太郎「え、ええっと、これは、ですね……」


笑顔を浮かべてはいるが、プルプル震えており動揺を隠せていないはやりさん。
そんなはやりさんに対して上手い言い訳が見付からず、言葉に詰まっていると、良子さんが一歩前に出た。


良子「とても簡単な話ですよ」

はやり「そ、そうだよね! まさかとは思うけど――」

良子「彼と寝ましたから。私」

はやり「はやっ!?」

678: 2014/04/13(日) 22:57:33.99 ID:avjq/UoQ0

空気が、凍った。


はやり「きょ、京太郎くんっ!! どういうことなのっ!?」

京太郎「あぐぇっ!?」


はやりさんに襟を掴まれ、凄まじい勢いで揺すられる。


良子「クールダウンですよ、はやりさん」


ガクンガクンと息をつく暇もなく前後に揺さぶられては、目の前のおもちを堪能する余裕もなく。


はやり「よしこちゃんは黙ってて!!」


昨夜からの連戦もあり、体力が尽き掛けている状態では、まともに抵抗することもできず。


京太郎「あががががっ」


そして、何よりも、今までで一番恐ろしいはやりさんのプレッシャーを直に叩き込まれては。



京太郎「――がふっ」

はやり「あ」

良子「あ」



俺が意識を手放してしまうのも、仕方のないことだと思う。

ああ、なんだか前にも、こんなことが、あったような――

679: 2014/04/13(日) 23:46:29.02 ID:avjq/UoQ0
京太郎「――あ?」


妙な息苦しさを感じて、目が覚める。


京太郎「ゆ、夢……か?」

内容は詳しく覚えていないが、妙な生々しさとプレッシャーがある夢だった。

汗で寝巻きが肌に張り付き、喉が渇いている。


良子「……」

京太郎「そう、か……そう、だよな」


俺の手を握り、無防備な寝顔を晒す裸の彼女。

昨日、彼女と致してしまった事実に変わりはなく、後悔が無いと言えばウソになるが。



681: 2014/04/14(月) 00:13:29.80 ID:15dRrgSG0
京太郎「責任、とんなきゃなぁ……」


軽い朝食でも作って、彼女が起きるのを待とう。

ゆっくり、彼女を起こさないようにベッドから起き上がる。


――ピンポーン。

京太郎「……ん? こんな朝早くから?」

その前に軽く体を流そうと浴室へ向かう途中、来客を告げるチャイムが鳴らされた。

一体誰なんだろう。良子さんの知人であることは間違いないだろうけど。


京太郎「……え?」


どうしたものか考えていると、ひとりでにロックが解除されて、ドアノブが回される。

固まっているうちにドアが開き、その先に立っていたのは、


はやり「おっは――や?」

京太郎「や?」

はやり「……」

京太郎「……」



682: 2014/04/14(月) 00:17:07.64 ID:15dRrgSG0







その朝は、とてもベテランアイドルとは思えない叫び声が、近隣一体に響いたという。







717: 2014/05/04(日) 23:45:04.40 ID:8asTw5HT0

【3×歳美人アナウンサーの憂鬱】


――このままでいいのか、私。

仕事帰りの電車内で揺れる吊革を眺めていると、ふと思うことがある。


718: 2014/05/04(日) 23:51:01.73 ID:8asTw5HT0


えり「……ふぅ」


今の仕事に問題があるわけではない。

同期の友人に比べれば多忙な毎日を過ごしているが、それは女子アナとしての道を選んだ時点で承知している。

職場に不満がないと言えば嘘になるが、それも許容範囲内のものだ。

では、何が私の頭を悩ませているのかと言うと――



『夕飯のリクエストとかあります?』



たった今受信したメールの文面。

差出人は須賀京太郎。

一回り以上干支の離れた、私の彼氏である。

719: 2014/05/04(日) 23:56:09.83 ID:8asTw5HT0
――あなたの好みで構いません、京太郎くんのご飯はなんでも美味しいですから。


えり「……っと」


メールの返信を終えて画面の明かりを落とすと、だらしなく頬の緩んだ私の顔が液晶に映っていた。


えり(いけないいけない……)


心の中でピシャリと頬を叩き、頭を振って気を引き締める。

こんな醜態をあの後輩に見られたらどれだけ弄くられることか。

720: 2014/05/05(月) 00:04:51.29 ID:xgzt68ma0

彼との出会いは、仕事を通してのものだった。
大会の解説役として選ばれた彼と、実況役として選ばれた私。

プロデビューして間もないのに任された大役に挑む彼の姿は初々しさがあり、
懸命に解説役を務める姿勢は好感が持てた。

大会終了後の打ち上げでは普段から破天荒なプロたちに振り回されているもの同士で気が合い、それからプライベートでも会うようになって。

エスカレーターに乗る時は常に一段下に立っていたりだとか、
歩道を歩く時は自然に車道側を歩いていたりだとか、彼のさり気ない優しさに触れて。


『――えりさん』


何度か交流を重ねていくうちに、異性としての須賀京太郎に惹かれている自分に気付いた。





……だが、しかし。

721: 2014/05/05(月) 00:08:21.94 ID:xgzt68ma0

こちとら三十路を超えるまでまともな恋愛などまるで経験してこなかった女である。

二十台前半の頃は「中途半端な男など認めん」と言っていた父が、
三十路に差し掛かる頃にはお見合いを薦めて来る程度には異性との縁がなかった女である。

当然ながらどうしていいのか分からず、周りに相談することもできず、一人悩みを抱える日々が続いた。


そして、彼と二人で買い物に出かけた日。

やっぱり彼の気遣いは嬉しくて、だからこそ私以上に相応しい人がいるだろうと考えて。

その日の別れ際、身を引こうとした瞬間に


『あなたを、ずっと側で支えたいです』

『俺と、結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?』


私の手をとって、彼がプロポーズしてくれたのだ。

722: 2014/05/05(月) 00:12:20.98 ID:xgzt68ma0
ついその場で泣き崩れてしまった私を見て大慌てする彼の姿は記憶に新しい。

その日の晩に一線を超えて、心でも体でも結ばれて。

一緒に仕事をした後に、お互いの家に泊まることが自然と増えた。

互いの部屋に互いの私物が増えて、彼がいない時でも着替えの匂いを通じてその温もりを感じることができる。


――でも


えり(いいのかしら。このままで)


片や華の20代で絶賛活躍中の男子トッププロ、片やベテランアナウンサーと持て囃されていはいるがアラフォーに片足突っ込んでいる女。

もちろん彼のことは愛しているし、愛されていることも感じる。


それでも、彼にはもっと相応しい人がいるのではないか――と、考えてしまうのだ。

723: 2014/05/05(月) 00:18:14.07 ID:xgzt68ma0
お互いに都合が合わず、会えない日が続くことも多い。

少しはしたない話になるが……夜の営みでも、彼を満足させられているとは思えない。


えり(別れた方が、いいのでしょうか)


帰ったら、彼と話し合おう。

その方が、お互いためになるはずだ。

724: 2014/05/05(月) 00:19:17.03 ID:xgzt68ma0
駅から徒歩3分。一等地のマンション。

彼の待っている姿を思い浮かべ、合鍵を差し込む。

意を決して、ドアノブを回し――



京太郎「おかえりなさい」



――あ、無理。

725: 2014/05/05(月) 00:22:11.35 ID:xgzt68ma0
ドアを開けた瞬間に漂う夕飯の匂い。

どんな時間に帰っても独りだった以前とは違い、出迎えてくれる人がいることの喜び。

そして何よりも、彼の笑顔に迎えられては。


えり「ただいま、です」


カバンを床に投げ出して、彼の胸に飛び込む以外の選択肢は、存在しないのである。

726: 2014/05/05(月) 00:30:44.37 ID:xgzt68ma0
意外とたくましい胸板。

久しぶりに感じる彼の温もり。


えり「はぅ……」


こんなはしたない声、彼以外には聞かせられない。


京太郎「えりさん……?」

えり「もう少し、このままで……」


この安心感を一度味わってしまうと、最早引き返すことはできない。

彼はくすりなのだ。

離れている期間が長ければ長いほど、より深みに嵌ってしまう。

729: 2014/05/05(月) 00:36:10.86 ID:xgzt68ma0
できればずっと彼の温もりを味わっていたいが、物理的な空腹感までは満たせないようで。


――くぅ。


えり「っ!!」


私のお腹から、空腹を主張する控えめな音が玄関に響いた。


京太郎「あはは……冷める前に、ご飯にしますか」

えり「……はい」


頬の熱が耳たぶまで広がっていくのを感じる。

どれだけ取り繕っていようと、彼といると素の自分が曝け出されてしまう。

それに一種の心地よさすら感じてしまうのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。

731: 2014/05/05(月) 00:54:13.28 ID:xgzt68ma0

ご飯を食べて、入浴で肌を磨き、互いの予定を確認する。

その全てが終わって二人一緒にベッドに入れば、後は恋人としての時間。

詳細は伏せるが、夜の彼は凄まじい。

獰猛性、洞察力、スタミナ、技術。

そのどれをとっても彼は私の上を行く。

この実力がそのまま麻雀に反映されれば世界1位も不可能ではないだろう。

『年上なのだから、私がリードしなくては』という意識は開始5分で吹き飛んだ。


ダメなお姉ちゃんでごめんなさい……。

732: 2014/05/05(月) 01:33:02.26 ID:xgzt68ma0
行為を終えれば、俗に言うピロートーク。

行為の最中に感じる快感は何事にも変え難いものだが、

シーツに包まって静かに互いを感じるこの時間も幸せの余韻を味わえる至福の一時だ。


京太郎「やっぱり綺麗ですよね、えりさんの肌」

えり「努力していますから。あなたのために」


絡んだ指、感じた吐息、息遣い。

その全てが私を虜にして離さない。

733: 2014/05/05(月) 01:36:15.82 ID:xgzt68ma0

一度は諦めかけた女としての幸せ。

それを味わってしまっては、もう手放すことなど出来るハズもなかった。


――が。

734: 2014/05/05(月) 01:47:08.41 ID:xgzt68ma0
それは、ある日の出来事。

仕事前の化粧室でのやり取り。


「あー、センパイセンパイ」

えり「? なに?」

「ここ、気を付けた方がいいですよ?」


トントン、と指先で首元を示す後輩の女子アナ。

釣られて視線を落とすと、そこには赤い斑点が――


えり「あっ!?」

「やっぱり訳アリですね? 虫刺されじゃないですよね?」


『面白いネタを見つけた』と言わんばかりに目を輝かせて迫る後輩アナウンサー。


えり「こ、これは……」

「ふっふっふ……とことん話を聞かせてもらいますよ!」


こうなれば、この後輩はかなりしつこい。

この後に待ち構えているであろう文字通りの密着取材を考え、私は深く溜息を吐いた。

735: 2014/05/05(月) 01:47:56.93 ID:xgzt68ma0





――どうやらこのまま幸せまで一直線とは、いかないようである。





736: 2014/05/05(月) 01:54:52.58 ID:xgzt68ma0
というわけで簡易版えりちゃんのお話でした

次から照ルートに入ります

他のプロ雀士のifとか淡編での咲の話とかは照√が終わった後で
咲ルートは魔法使いの夜の完結編が出るかDDDが終わった頃に


それでは、ありがとうございました

744: 2014/05/17(土) 23:53:30.17 ID:M4NhpFvU0
一応照ルート前の注意点をば

・プロ編に戻ります
・作中季節は冬です。
・私生活が忙しいので更新は不定期です

あとリクエストとかシチュネタみたいなのがあれば拾うかも
何事も無ければ明日には投下できるかとー

750: 2014/05/20(火) 00:49:06.84 ID:1L8JHTt+0


【彼女】



宮永照。

元インハイチャンプにして現トッププロ。

この名前を聞いた時、返って来る反応は人によって様々である。


麻雀界における彼女の立ち位置は語るまでもない。

彼女と打ったことのある雀士は多かれ少なかれこの名前に対して恐れに近い感情を抱き、
営業スマイルしか知らない彼女のファンは整った容姿と圧倒的な強さに憧れを抱く。


しかし、私生活の彼女は、意外と抜けたところが多い。

いい年してとんでもないお菓子好き。
変人というよりかは天然といった方が近い。

卓上で圧倒的な強さを見せ付ける彼女も、プライベートで天然な一面を見せる彼女も、どちらも同じ宮永照で。


では、俺にとっての彼女はというと――

751: 2014/05/20(火) 00:51:08.83 ID:1L8JHTt+0

照「……」スンスン


朝、目が覚めたら両頬を白い掌で包み込まれていて。

赤みがかった瞳に覗き込まれ。

髪の匂いを嗅がれていた。

何を言っているかわからないと思うが――俺も何をされてるのか理解できない。


京太郎「……おはよう、ございます」

照「ん」スンスン


いや、「ん」じゃなくて。


京太郎「……何ですか?」

照「匂いを嗅いでる」スンスン


いや、そういうことじゃなくて。

752: 2014/05/20(火) 00:54:20.78 ID:1L8JHTt+0

照「京ちゃんの匂いがする」

京太郎「そりゃそうでしょうよ」

照「……」スンスン


まるで彼女の意図が掴めないまま、髪の匂いを嗅がれ続けて。


照「うん。充電完了」

京太郎「それ色々と違いますよね」

照「これが宮永流」ムフー

京太郎「なぜ得意気なんだ……」


結句解放されたのは、よくわからない彼女の中の何かが満たされてからだった。

753: 2014/05/20(火) 01:00:05.95 ID:1L8JHTt+0

『――と共に晩婚化が進んでいます。職業別の未婚率は、特に女子プロ雀士が高く――』




京太郎「はい、どうぞ」コトッ

照「ありがと」


トースト、目玉焼き、サラダ、カフェオレ(ミルク・砂糖多め)

リビングのテレビから流れるニュースを聞きながら、朝食を用意する。



照「あ、牛乳切れた」

京太郎「じゃあ今日の帰りにでもスーパー寄ってきますか」

照「うん」


モソモソと小さな口でトーストを咀嚼しながら頷く照さんと、スーパーのチラシを確認する俺。

ごく一般的な朝の食卓風景で、これを疑問に思う者はこの場にはいない。

そう、俺は。

ちょっと前から、照さんの家に住ませてもらっている。

754: 2014/05/20(火) 01:03:29.53 ID:1L8JHTt+0

勿論、こうなったのには理由があって。


照「京ちゃん」

京太郎「角砂糖ですね。2つでいいですか?」

照「……エスパー?」

京太郎「いや、いつもよりミルク少な目だから苦かったのかなぁ、と」

照「むぅ」


何故同棲するまでに至ったのかと言うと、話は一月ほど前に遡る――

755: 2014/05/20(火) 01:12:24.14 ID:1L8JHTt+0

照「京ちゃん。今度いっしょに旅行に行こう」



それは、照さんと一緒にラジオ収録に出演した日の帰り。

赤信号の待ち時間、車の助手席に座る照さんが膝に旅行雑誌を広げた。


京太郎「はぁ、旅行ですか。なんでまた急に」

照「淡に貰った。計画立ててたけど監督に却下されてパーになったって」

京太郎「それでこの前はあんな不貞腐れてたのか……」


ぶーぶーとほっぺを膨らませるアイツの顔は記憶に新しい。

756: 2014/05/20(火) 01:14:24.62 ID:1L8JHTt+0

まぁ、でも。


京太郎「いいですね、旅行。場所は決まってるんです?」

照「うん。知り合いが経営してる旅館。露天風呂もあるみたい」

京太郎「ほぉ」


この時期なら、露天風呂に升を浮かべて雪を眺めながらの一杯――なんて、風流なことが期待できる。

淡には悪いが折角の機会だし。楽しませてもらおう。

適当にお土産でも買ってやれば機嫌も直るだろうし。


京太郎「後は、休みの調整ですね。上手くまとまった休みがとれるといいんですけど」

照「それなら、問題ない」

京太郎「え?」

照「もう貰ってあるから、お休み。二人分」

京太郎「はぁ!?」


頑張った、と胸を張る照さん。

控えめながらも形の良いおもちがシートベルトに食い込んですばら――じゃなくて。


京太郎「これまた準備の良いことで……」


俺が先に予定入れてたらどうするつもりだったんだろう、本当。

757: 2014/05/20(火) 01:18:20.46 ID:1L8JHTt+0
信号が赤から青に切り替わり、運転を再開する。

なんというか、麻雀でもプライベートでもペースを握られっぱなしな気がするぞ、俺。


照「……」ゴソゴソ

京太郎「あ、助手席でお菓子はダメですよ。時間的にも」

照「えっ」

京太郎「そんな顔してもダメです」

照「いじわるですね、京太郎くんは。ちょっとぐらいなら――」

京太郎「営業用のスマイルもダメです」

照「ねぇ、ちょっとだけからさぁ……?」ニヤァ

京太郎「そんなDVDパッケージに写ってそうな悪役っぽく凄まれても……」

照「……どうしても?」

京太郎「どうしても、です」

758: 2014/05/20(火) 01:23:01.21 ID:1L8JHTt+0

照「そっか」


……。

何だろう、あまり表情は変わっていないけれど。

彼女の特徴的な髪先が萎れている、気がする。


京太郎「デザートなら……」

照「え?」

京太郎「デザートなら、いくらでも作ってあげますから。この前知り合いに色々な料理のレシピと材料貰ったんですよ」

照「!」


ピンと立つ髪先。現金である。


京太郎「だから、それまではガマンで」

照「しょうがない」


宮永照さん。

年上の筈だが、あまりお姉さんっぽさが感じられないのはあのぽんこつ幼馴染の姉だから――という理由だけではないと思う。絶対。


759: 2014/05/20(火) 01:25:47.60 ID:1L8JHTt+0

現金な人だなぁ、と思う一方で。


照「京ちゃん」

京太郎「はい?」

照「ありがとう」


営業用スマイルとは違う、照さんが自然に浮かべた微笑みがとても魅力的で。


京太郎「……どう、いたしまして」クスッ


こういうところもまた、この人の良さなんだろう――なんてことを考えてしまう俺も、結構現金なんだろうなぁ。


さて、ハギヨシさんから教えてもらったデザートのレシピの数々。

果たして、このトッププロはお気に召すだろうか――なんて、照さんの反応を想像して。

頬が緩むのを感じながら、少しだけ車の速度を上げた。

760: 2014/05/20(火) 01:37:37.17 ID:1L8JHTt+0

【おまけ】

照さんを家に送り届けて、駐車スペースに車を停めたタイミングで携帯にメールを受信。

差出人は牌のおねえさん。件名と内容は絵文字のみ。

初めは面食らったこのメールも、今ではスラスラと解読できる。


京太郎「ふむ、旅行に行かない?……って、時期がちょっと被っちゃってるな……」


はやりさんとも長い付き合いだし、浴衣に包まれたナイスバディは是非ともこの目に焼き付けたいところだが。

残念ながら今回は先約が入っている。心苦しいが、今回は断わらなければならない。

いつか埋め合わせをしようと心に決めて、メールの返信画面を開いた。

ああ、本当に――残念だ。

772: 2014/05/27(火) 10:56:34.17 ID:DTCW9fQd0
小鍛治健夜。

野依理沙。

赤土晴絵。



国内外問わず現役として活躍し続けている彼女たちの名前は、あまり麻雀に詳しくない人でも知っている程に有名だ。

そのような方々と卓を囲めるのだから、雀士として誇りに思ってもいいだろう。



健夜「んー……何頼もうか?」

晴絵「とりあえずはビールとか。まずはオーソドックでいいでしょう」

理沙「生中! 4つ!」


……ここが、合コンの席でなければの話だが。

774: 2014/05/27(火) 10:59:03.41 ID:DTCW9fQd0
机を挟んで正面に並ぶ3人と、対峙する俺。

男が一人に女性が3人、非常にバランスが悪い。

本当は4対4で男女合同コンパ、という話だったのだが。



祖母が危篤で――だとか

知人の結婚式で――だとか

急にお腹が痛くなって――だとかで




晴絵「いやー、それにしても残念だねぇ」

理沙「ドタキャン! 酷い!」

健夜「まぁ、みんなの分も楽しもっか。うん、たっぷりと」




ごらんの有様である。

775: 2014/05/27(火) 11:00:16.43 ID:DTCW9fQd0

『ごめん!』とシンプルな一文のみを表示する携帯のメール受信画面。

差出人は福与アナ。俺をこの合コンに誘った張本人である。

彼女の話では美人揃いで小さい子もいて麻雀も強い面子とのことだったが――



まぁ、確かに



晴絵「こういう機会は久しぶりだからちょっと張り切ってたけど、これだといつもと変わりませんね」


(変な前髪だけど)美人で


理沙「自然体!」


(身長が)小さくて


健夜「へー、パーティーゲームメニューとかあるんだ……面白そうだね、京太郎くん」


(この上なく)麻雀の強い面子だ。


確かに嘘は言っていない。

うん。



京太郎「ハハ、そうですね――はぁ」



見事に騙された。

776: 2014/05/27(火) 11:01:32.21 ID:DTCW9fQd0
女三人寄れば姦しい、とはよく言うけれど。

そこに一人突っ込まれる男の気持ちを表した漢字は無いものか。


健夜「えーっと、黒ひげ危機一髪とかロシアンルーレットとか色々あるんだ……何がいいかな?」

晴絵「んー……王様、ゲームとか?」

理沙「定番!」



……とは言え。

この三人が相手なら、まだ何とかなるだろう。

咏さんや良子さんが混ざっていたら危なかったかもしれない。何がとは言わないが。



健夜「王様ゲームって……どんなこと命令すればいいんだろ」

理沙「あんなこと! そんなこと!」

晴絵「まーそりゃ、大人ですし。出来ることはもう色々と……ねぇ?」



三人の目線が俺に突き刺さる……まだ何とかなるだろう、多分。

……だから、お願いなので、そのホホジロザメみたいな目付きを止めて下さい。

777: 2014/05/27(火) 11:10:55.57 ID:DTCW9fQd0
……というか。


京太郎「晴絵さん、あなたはブレーキ側でしょうが……!!」

晴絵「あっはっは。なぁ、京太郎。知ってる? 実家からお見合いの連絡が来るのって――結構、クルんだよ」

健夜「それを通り越すと、今度は優しい目付きで見られることになってね? 知ってる? 人って諦めると笑うんだよ?」

理沙「つらい!」

京太郎「そんなこと、こんなとこで知りたくなかった……!」



笑顔の裏に空しさを感じさせる3人の恩師たち。

この空気をたった一人の男として受け入れるのは正直、メゲる。

普通の合コンさせて下さい……。

778: 2014/05/27(火) 11:25:39.81 ID:DTCW9fQd0
京太郎「……すいません、ちょっと雉打ちに」

晴絵「はいよー」


……気持ちを切り替えるべく、一旦この場を離れよう。

そもそも俺一人でこの人たちの相手をするのが辛いのならば、増援を引っ張ってくればいいのだ。

何人か手の空いている友人を呼んでくるのもアリかもしれない。嫁田とか、あいつ美人好きだし。

ハギヨシさんが来てくれたら心強いが――さすがに、無理だよなぁ。


携帯片手に席を立ち、手洗いへと向かう。

手早く雉打ちを済ませ、何人か知り合いを当たってみようとアドレス帳を開くと、


「あーっ! きょーたろー!!」


学生時代から何度も耳にした、やかましい声が聞こえてきた。

779: 2014/05/27(火) 11:37:38.16 ID:DTCW9fQd0

携帯を閉じて振り返ると、そこには二人の女子プロ雀士。

大学時代からの同期のヤツと、一人の先輩。



淡「なんでこんなとこにいんのさー」

学生時代からの同期のヤツで現在期待の新星として絶賛活躍中の女子プロ、大星淡と

照「奇遇だね」

デビューから常に前線で活躍し続ける文字通りのトッププロ、宮永照の二人が立っていた。




京太郎「なんでって、ここ飲み屋だし。まぁ、合コン中なんだけどさ……」


ぶわ、ピクリ。

淡の長い金髪と、照さんの特徴的な髪先が、それぞれ独特な反応を示した。

784: 2014/05/27(火) 20:36:06.26 ID:DTCW9fQd0
照「誰と?」

京太郎「はい?」

淡「誰と、来てるの?」

京太郎「健夜さんと、晴絵さんと、理沙さんですけど……」

淡「ふーん……」

京太郎「な、なんだよ……」



急に重さが倍増される雰囲気。

正直、これなら



照「年上、好き……だっけ」



さっきの方が、何倍もマシだ。

785: 2014/05/27(火) 20:36:45.29 ID:DTCW9fQd0
淡「ふ、ふーん? へー? ほー?」


長い髪を逆立てながら笑う淡。

空気が張り詰める。コイツが麻雀で本気を出した時のような、独特なプレッシャーが周囲を覆う。

笑うということは本来攻撃的なものであり――なんて、昔読んだ漫画にそんなことが書いてあった気がする。


照「……」


対して、この人。

照さんの表情からは一切の感情の色が消えている。

それが何を意味するのかは俺の知るところではないが、ただ一つ確かなのは――俺はこの人に、恐怖を覚えている。


一体何が、この人たちの虎の尾を踏んだというのか。


787: 2014/05/27(火) 20:51:53.58 ID:DTCW9fQd0
心境的には一刻も早く席に戻りたいが、この空気を放置したまま帰れる程図太い神経は持っていない。

どうにかしてこの二人を宥めなければ。

……だが。


淡「そういえば大学の頃からそうだよね……はやりんはやりんって……」


俯き、顔に影を作りながら何やらブツブツ呟いている淡。

正直怖い。どういう原理か重力に逆らって魔物の足のようなうねりを見せる髪が恐怖を演出している。



照「……」


そして、瞬きもなく俺を見詰めてくる二つの赤い瞳。

お菓子を前にした時のこの人とは正反対で、まるで感情を読み取ることができない。



京太郎「……くっ」



そう、女性の思考は俺には難しすぎる――それならば。


京太郎「そ、そうだ! もし良かったら二人もご一緒すれば!?」


あの3人の相手を、一緒にしてもらおうではないか。

790: 2014/05/27(火) 21:01:13.81 ID:DTCW9fQd0
照「え?」

淡「……いいの?」


直後、重石を取り除かれたようにフっと軽くなる雰囲気。

どうやらこの選択肢は正しかったようだ。


京太郎「良いも何も、みんなで飲んだ方が、楽しいに決まってるじゃないですか」

照「そうだね」

淡「……あーそっか、きょーたろーはそういうヤツだよね。確かに」

京太郎「なんだよ、それ」


若干、言葉の端に呆れに近い感情が読み取れたのが気になった。

何はともあれ、最初の思惑とはズレるが心強い援軍を得ることができた――筈、だった。



須賀京太郎です。


健夜「……」

照「……」


プロ雀士をしているんだが、


晴絵「……」

淡「……」


飲み会の空気が、最悪です。



理沙「ビール! おかわり!」

京太郎「アッハイ」







795: 2014/05/27(火) 21:13:37.26 ID:DTCW9fQd0
机を挟んだ対面側の席。

俺から見て左から順番に、健夜さん、理沙さん、晴絵さんの順番で座っている。

対してこちら側は、照さん、俺、淡の順番で座っている。


何だかんだ言って淡の天真爛漫さは場の空気を盛り上げるのに役立つだろうし、

照さんの天然っぷりは空気を和ませるだろうと考えたのに。


淡「ねー、きょーたろー。今度さ、一緒にサークル見に行かない?」

京太郎「ん、ああ……」

淡「えへへ――後輩たちにたっぷり見せてあげよーよ、私たちを」

京太郎「あぁ……そ、そうだな」


思わず生返事になってしまう。

だって、何故だかさっきからコイツやたらと近くて。

何か言うたびに、


健夜「……いいなぁ……」

晴絵「……私にも……私にも……」


このお二方のコップの中の氷が一つずつ砕けているんですもの……。




理沙「次! カルーア!」

京太郎「アッハイ」

797: 2014/05/27(火) 21:22:59.40 ID:DTCW9fQd0
そして、この人は。


照「お酒、美味しいね。これがアルコールの味なんだ」

京太郎「いや、それはノンアルコールカクテルで厳密には……ああいえ、なんでもないです」


机の下で、シャツの端っこを握ってくる小さな手。

それが何を意味するのかは理解できないが……


照「? 変な京ちゃん」


ほぼジュースと言い切れるドリンクを飲むのに夢中になっている様子を見るに、
きっとこの人も特別な何かを意識しているわけではないのだろう。

照さんが無意識にこういうことをするのは――昔からの、ことだ。



理沙「これ! シークワサー!」

京太郎「アッハイ」

799: 2014/05/27(火) 21:32:02.25 ID:DTCW9fQd0
だが、それを見逃さない人がここにはいる。

対局相手の僅かなクセから勝利の糸口を掴み寄せる洞察力の持ち主。


晴絵「へぇ……成る程、ねぇ」


それがこの人、赤土晴絵。

阿知賀のレジェンドは、伊達じゃない。



晴絵「もしかして、二人はそういう関係?」

健夜「そういう?……って」

淡「へ?」


晴絵さんの指先が俺たちに集中し――直後、高まっていく場の空気。

ああ、これはまずい――





理沙「もっと! コーラハイボール!」

理沙「……」

理沙「(´・ω・`) 」


802: 2014/05/27(火) 21:38:39.89 ID:DTCW9fQd0
淡「ど、どどどどういうことテルー! きょーたろー浮気!?」

京太郎「浮気ってなんだ!? 酔いすぎだお前は!」

健夜「そ、そんなことしちゃうとか!? だ、旦那様としかあり得ないよね!?」

京太郎「どれだけ乙女チックなんだ!?」


ギャーギャーワーワー。

そんな風にふざける俺たちを前に、



晴絵「で、どうなのさ。実際」

照「……?」


この二人だけは、冷静に視線を交わしていた。




理沙「焼酎! ピッチャー!」

806: 2014/05/27(火) 21:44:30.00 ID:DTCW9fQd0
照「おっしゃっている意味が、よくわかりませんが」

晴絵「意味ってそりゃ……そのまんまだよ」

照「……別に、私と須賀くんは、そういう関係ではありません」

晴絵「その割りに……さっきからずっと指を離さないけど?」

照「ええ。それが?」

晴絵「それがって……ああもう、まどろっこしいなぁ」




理沙「……うぇっ」

807: 2014/05/27(火) 21:50:03.50 ID:DTCW9fQd0
晴絵「まぁ、とにかく。宮永プロと京太郎は恋愛関係にあるわけではないと?」

照「……」

晴絵「……宮永プロ?」

照「……はい、そうです」

晴絵「そっか、なるほどね――ふうん?」


晴絵さんが、俺に視線を向けてくる。

俺はただ、頷くことしか出来なかった。



淡「こっちみろー! ちゅーしてやるー!!」

京太郎「ええい、やめい!」

健夜「ちゅ、ちゅーって……そんなの結婚しかないじゃない!」

京太郎「あなたも落ち着け!」




理沙「……」

813: 2014/05/27(火) 21:58:17.29 ID:DTCW9fQd0
晴絵「ハイハイ!」


パンパン!

晴絵さんが手を叩いて場の収拾をつける。


晴絵「すいません、私のくだらない詮索で場を乱してしまったようで」


ペコリと頭を下げる晴絵さん。

その様子に、流石に俺たちも冷静にならざるを得なかった。


晴絵「ですが、場も盛り上がったようですし――ここらで一つ、ゲームといきましょう!」


晴絵さんがメニュー開く。

その指先はパーティーゲームメニューの欄の、人気ランキング1位の――




理沙「……っ! まだ、イケる!」

816: 2014/05/27(火) 22:09:22.47 ID:DTCW9fQd0

――王様だーれだ!


淡「帝王はこの淡だー! 依然、変わりなく!!」

健夜「ええ! また!?」



拳王の如く、当たり棒を握った拳を高く突き上げ、宣言する。

確かにコイツは普段から運の良い場面によく遭遇しているが、こうも当たりを引き当てるとは――



淡「ふっふっふ! 絶対安全圏は伊達じゃない!」

晴絵「やっぱりか! おかしいと思った!」

京太郎「そこまでするか!」

淡「勝てばいいのだ! 勝てば! ふっふっふ、それじゃあ――」


高まったテンションとジャンジャン入った酒の影響で真っ赤に染まった顔。

これから下される命令はきっとロクなものじゃない。

グルグル回った瞳が、獲物である俺を捕らえた。


淡「きょーたろーが! わたしにちゅーしろー!!」

京太郎「な、はあぁっ!?」


それは、ルールも何もかもを無視した命令。

完全に酔いとその場の空気に流された行動だった。





理沙「スピリタス!」

819: 2014/05/27(火) 22:15:12.95 ID:DTCW9fQd0
猪の如き勢いで迫る、淡の唇。

王の命令は絶対であり、俺はそれを――


京太郎「やめろっつーの!」

淡「ふえっ!?」


全力で止める。

真っ赤な両頬を摘み、突き出た唇をタコ口にする。


淡「ぶーぶー! おーさまの命令は絶対だぞー!」

京太郎「ルールを守ってから言えそういうことは! 子どもじゃないんだから!」

淡「ぶー……」



渋々といった具合で離れる淡。

流石にこんなテンションで責任はとれん。



822: 2014/05/27(火) 22:21:11.53 ID:DTCW9fQd0
淡「ノリ悪いぞー、きょーたろー!」

京太郎「それは悪ノリって言うんだよ。こんなとこで責任とれんわ」

淡「いーじゃん。私をお嫁さんにしてよ、きょーたろー」

京太郎「バカ。お嫁さんってのは、幸せで、幸せで、幸せの絶頂の時になるもんだ。こんなとこの空気に流されるもんじゃない」

晴絵「幸せ……」

健夜「いつ来るのかな……」

京太郎「あ、すんません!?」




俺も場の空気に酔っていたようで。

思わず変なことを力説していまい、意図せぬ導火線に引火した。



淡「きょーたろー……なんか、どーてーくさい!」

京太郎「は、ハアぁっ!? ど、どどどどうていちゃうわ!」

照「え、そうなの……?」

京太郎「あ、イヤ今のは言葉の綾っていうかイヤそうじゃなくて――ああもう!」


混沌。

今の空気を一言で表すなら、それだ。

826: 2014/05/27(火) 22:30:01.60 ID:DTCW9fQd0
京太郎「どにかく! そういうのは好きな人と――」

淡「じゃあ、いいじゃん」

京太郎「へ?」

淡「私、好きだよ。京太郎のこと」


……赤い頬は酒に酔っているせいか、それとも。


淡「だから、私は――」

京太郎「はい、そこまでだ」


淡の言葉を遮る。


京太郎「そういうことは酔っている時じゃなくて素面の時でな。
    さっきも行ったけど子どもじゃねーんだから」

淡「……むー」



もしこれが、大学時代のコンパだったら。

淡の魅力にやられていたかもしれないけれど。



京太郎「それじゃ、次。やりましょうか」



全員で棒を籠の中に戻す。

……さて、今度こそ王様を握りたいところだが。

827: 2014/05/27(火) 22:37:08.49 ID:DTCW9fQd0
健夜「次は、私だね」


当たりであることを示す赤いマークが付いた棒。

今回引き当てたのは、健夜さんだったようだ。


淡「ええ!? ウソー!!」

健夜「ふふふ……勝てば、いいんでしょ?」


うわぁ。

この人、ガチだ。


健夜「と言っても、こんなこと初めてだから何やればいいのかな……」

淡「え? 3×年も生きてて……?」

健夜「……」

淡「ひっ!?」


にっこり。

笑うとは本来攻撃的なものであり――以下略。




理沙「……あと、一杯……!」

830: 2014/05/27(火) 22:49:45.15 ID:DTCW9fQd0
健夜「そうだね、それじゃあ……3番の人が、この中で一番幸せにしたい女性の名前を挙げる、で」

照「へぇ」

京太郎「あっはっは、何ですかそれ」



確立は6分の1。

明らかに俺を狙った命令だろうが、そうそう当たるはずが――



京太郎「うそん」

健夜「あ、京太郎くんだったんだ。でも、王様の命令は絶対なんでしょ?」

晴絵「なんたる白々しさ……」

淡「ほほう? でも、気になるとこですなぁ」

照「……」


心なしか、掴まれた裾から感じる力が増したような気がする。


京太郎「そ、それは……」

健夜「それは!?」

晴絵「それはぁ!?」


身を乗り出すようにこちらへ迫る二人。

その勢いの良さといい、先ほどの様子といい、大口を開けて迫るジョーズのようで。


理沙「っ!?」



そして、左右から同時に衝撃を受けた理沙さんの頬が見る見る間に膨らんでいき――







835: 2014/05/27(火) 23:03:09.96 ID:DTCW9fQd0
水を勢いよく飛ばすには、ホースの口を思いっきり絞るといい。

どこで聞いたのかは忘れたが、そんなことを思い出す光景を最後に、飲み会はお開きになった。




京太郎「……ホント、すいませんでした」

照「……いいよ、別に。京ちゃんは悪くない」


あんな光景を前にしては、何もかもが有耶無耶になる。

酒に弱い照さんだが、今回はあまり飲まなかったので、若干危うい足取りではあるが意識は保っていた。

冷たい夜風を頬に浴びながら、二人して帰り道を歩く。


京太郎「……」

照「……」


照さんの横顔。

こうして隣を歩いていると、確かにアイツの姉なんだなぁ、ということを実感させる。

836: 2014/05/27(火) 23:10:28.86 ID:DTCW9fQd0
京太郎「一番、幸せにしたい女性……か」



そういえば昔、嫁田のヤツに「嫁さんだ」だとか、冷やかしを受けたことがあったなぁ。

……正直、あれから色々あり過ぎてあの時隣にいたのが咲だったか優希だったかは覚えてないけど。


京太郎「俺も……結婚とか考えた方がいいのかなぁ」

照「……」


この旅行で疲れを癒しながら、少し将来のことを考えてもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、照さんを家まで送り届けた。

845: 2014/06/13(金) 13:33:41.47 ID:DIPSTwG50

【私にとっての】


鹿せんべい。奈良観光の定番物。

原材料に米ぬかや穀類を使用している、野生の鹿へ観光客が与えるための餌。

あくまで鹿が食べるために作られているものなので、添加物や砂糖は入っていない。

一応、人間が食べても特に害はないとのことだが――


照「……甘くなくて、少し苦くて、口にぬかが残る」

京太郎「……」

照「まずい」

京太郎「……水、どうぞ」


寄って来た鹿の目の前でコクコクとペットボトルの水を飲む照さん。


……そう、俺たちは奈良に来ていた。

846: 2014/06/13(金) 13:48:42.25 ID:DIPSTwG50
投下したばかりで申し訳ないんですけど急用が入ったので一旦中断します
続きは戻り次第で……

850: 2014/06/13(金) 23:44:55.10 ID:DIPSTwG50
『それは……新幹線のチケットですか?』

『うん』



照さんが考案した旅行。

話によれば、照さんの知り合いが経営している旅館は奈良にあるらしい。

であるならば、どうせだし奈良の名所を観光してから向かおう――ということになった。


照「お土産には出来ないね」

京太郎「そもそもソレ、人が食うものじゃないですからね?」


奈良と言えば修学旅行の定番だが、こうして大人になった後に来てみても中々に面白い。

あの時は座禅や寺の見学ばかりで観光よりも――って。


京太郎「あの……チョコと一緒に食べても、不味いものは不味いと思いますよ」

照「残念」


色んな意味で、あの頃とは違った視点で旅が楽しめそうだ。

851: 2014/06/14(土) 00:20:47.02 ID:GmotdIm10

……が、甘かった。色んな意味で。




一口サイズのきなこ餅……控えめな甘さで上品な味わい。中の餡子も上手い具合に調和していて飽きさせない。

よもぎ餅……爽やかな風味に加えて良い香りがお茶によく合う。

チーズケーキ……酒かすを使用したチーズケーキ。
        単なる香り付け程度のものかと思っていたが、いざ口にしてみるとしっかりした日本酒の味が口の中に広がる。
        かと言ってチーズケーキの味も上手く主張されていて、バランスの良い甘味が完成されている。

マロンケーキ……ラム酒の香りが栗の旨味を引き立て、しっとりしたタルトの生地が食感をベストのモノに仕上げている。

大仏カプチーノ……ラテ・アートで描かれたデフォルメされた大仏。可愛らしい絵柄が食事を楽しく演出する。

抹茶パフェ……言うまでもなく抹茶のパフェ。強いて言うならファミレスのものに比べて1.5倍ほどのボリュームがある。




京太郎「あの……照さん?」

照「?」

京太郎「えーっと……宿まで後どれくらいですか?」

照「到着は夕方を予定してるから……まだまだかな。それに、寄りたいところもたくさんあるから」


照さんがカバンから取り出した和菓子・スイーツを紹介している雑誌。

貼り付けられた付箋の数を見るに、まだまだこのお菓子巡りの旅は続くのだろう。


照「いくつかはお土産にも良さそうなのあったし……うん、帰る前にまた来ようか」


俺も甘い物は好きだ。対局中は脳をフル回転させるわけで、勝負に勝った後の甘味は最高だ。

先ほど食べた甘味の数々も非常に素晴らしかった……が、積み重なってくると非常に重い。砂糖とクリームの暴力である。


照「ほら、早く行こう?」


俺の手を引いて歩く照さんに、胸焼けという言葉は無縁であるらしい。

もしかして、摂取した糖分は全て麻雀の力に変換されているのだろうか――なんて、半ば現実逃避気味にそんなことを考えた。

853: 2014/06/14(土) 00:51:39.88 ID:GmotdIm10

もしかしたら旅館で出される食事もデザート祭りなのか?……甘味巡りの道中で、そんな疑惑が浮かんできたけれど。

玄関で出迎えてくれた女将さんを見た瞬間、恐れの気持ちは胸焼けと共に吹き飛んだ。


「ようこそいらっしゃいました!」


玄関で俺たちを迎えてくれた人のおもち。

すばらしい。牌のおねえさん程の大きさは無いが、形の良いおもちをお持ちだ。

それは実に、この旅行に来て良かったと思わせる――


照「……早く、部屋の案内を」


照さんが一歩前に出る。

どこか苛立ちがあるような声音に思考が中断される。


京太郎「照さん?」

照「……」


声をかけたら目を逸らされた。

よくわからないが、何かがこの人を挑発してしまったらしい。


854: 2014/06/14(土) 01:17:36.14 ID:GmotdIm10

旅館の人に先導されて廊下を歩く途中も照さんは一切返事をしてくれない。

彼女が企画してくれたからこそこの旅行があるわけで、どうにか機嫌を直して欲しいところだけど。

案内されて部屋に着いても、照さんの無表情が変わることはなかった。


京太郎「あの、照さん?」

照「……」

京太郎「……むう」


正直、お手上げである。

淡ならヘソを曲げててもわかりやすいのだが、この人の場合はどうすればいいのか今一わからない。

いつものお菓子を使う手段も、先ほどまでで散々堪能したわけだから効果はないだろう。


京太郎「……夕飯前に、風呂いってきますね」


問題の先延ばしとも言うけれど、少し考える時間が欲しい。

汗を流して気分転換すれば何か良い案が浮かぶかもしれない。

洗面用具一式と旅館の人に渡された浴衣を手にとって、露天風呂に向かうことにした。


照「……」


855: 2014/06/14(土) 01:42:13.38 ID:GmotdIm10
京太郎「ほぉ……」


戸を開けた瞬間に思わず零れる溜息。気分転換のために訪れた露天風呂は、悩む気持ちを一変させた。

湯船や床には高級な高野槇がふんだんに使われているとの説明通りで、足元からは木のぬくもりが伝わってくる。

落ち着いた雰囲気の中に優雅な雰囲気を感じさせる、この旅館ならではの趣があった。


京太郎「……くしゅっ」


感動してぼーっと突っ立っていたが、吹いてきた風に身を震わせる。

この後にすぐ他の客が入ってくるかもしれないし、旅行に来て風邪をひいたら笑えない。

早く体を洗って体の底から温まることにしよう。


京太郎「……っと、ボディーソープは」

「はい、これ」

京太郎「あ、ありがとうござ――え?」


シャンプーで頭を洗い、次は体を洗おうと思ったところで、ボディソープの容器を渡してきた白い腕。

あまりのベストタイミングに驚きつつもお礼を言って、振り向くとそこには――


照「? 体、洗わないの?」


バスタオルを体に巻きつけて、小首を傾げる照さんの姿があった。

856: 2014/06/14(土) 02:18:04.48 ID:GmotdIm10
京太郎「ど、どどど……」

照「……童O?」

京太郎「違います! どうしてここに!?」


動転して上手く言葉が出なかったが、照さんの言葉に突っ込みを入れることで言葉を出すことが出来た。


照「ここ、貸切だから。私も入ろうと思って……あ、そうだ。背中流してあげようか?」

京太郎「いやいやいや……」


バスタオルに包まれているとはいえ、照さんがその下に何も身に付けていないことは明らかである。

なんせ、タオルが湿って均整のとれた綺麗な体のラインが浮かび上がって――じゃなくて!


京太郎「とにかく! 先、上がりますから!」


いくら何でもこれはまずい。

目線を逸らし、白い手を跳ね除けて立ち上がる。



京太郎「あっ」

照「あっ」


だが、慌てていた上に足元を確認しなかったせいで。

流しきれていなかったシャンプーに足元をとられ、バランスを崩してしまい――



857: 2014/06/14(土) 02:54:53.42 ID:GmotdIm10
……小さくても、柔らかかった。

それ以上のことは語らない方が、お互いの名誉は守られるだろう。



照「美味しいね、これ」


露天風呂でのことなんて、まるで気にしていない風に旅館の人に用意された夕食を淡々と進める照さん。

どうしてあんなことをしたのか、何でさっきは怒っていたのか。

聞きたいことはあるけれど。


京太郎「……そうですね。見た目も味も飽きさせない、まさにおもてなしって感じの」


……きっと、この人自身にもわかっていないような気がする。

赤い瞳に俺の姿はどう映っているのか。

この旅行の中で、もう少し彼女のことを理解する必要があるかもしれない。

そして、彼女に俺のことを分かってもらう必要も。


京太郎「刺身もいいですね。山葵の辛味が生臭さを上手く消して、魚の旨味を引き立てています」

照「……辛いのは苦手」

京太郎「はは、ちょっとだけですから。せっかくだしチャレンジしてみてもいいかも?」


そんなことを考えながら、少しずつ箸を進めた。

863: 2014/07/02(水) 23:55:23.82 ID:pWM0ne4p0


【この人】



照「京ちゃん……」


するりと、肩からずり落ちる浴衣。

真っ白な肌を月明かりが照らす。


照「熱いよ……」


朱に染まった頬、潤んだ瞳。

その視線の意味することは――


京太郎「すいません、ちょっと失礼しますね」

照「……?」


照さんの髪をかき上げて額に手を当てる。

確かに、熱い。



京太郎「……旅館の人に、風邪薬貰ってきますか」

864: 2014/07/02(水) 23:57:16.32 ID:pWM0ne4p0

38度、完全に風邪である。


照「ごめんね……」

京太郎「いえ、ゆっくり休んでてください」



幸いにも酷い頭痛や吐き気はないようだ。

旅館の人に貰った風邪薬を飲ませて、温かい格好で横になってもらっている。


京太郎「ふぅ……」


慣れない土地を歩き回って、普段の疲れが出たのだろうか。

初めは申し訳なさそうにしていた照さんだったが、やがて薬が効いてきたのか、すうすうと寝息を立てて眠り始めた。

その様子を見届けると、俺も肩の力を抜いて胡坐をかく。


京太郎「……」




――少しだけ、長い夜になりそうだ。

865: 2014/07/02(水) 23:58:02.44 ID:pWM0ne4p0


『妹が、お世話になりました』



『私がまた、咲と話せてるのは……君の、お陰だから』



『だから』



『ありがとう』


866: 2014/07/02(水) 23:59:08.64 ID:pWM0ne4p0

この人は、俺にとっては、ちょっと天然が入った先輩で。

あのへっぽこ幼馴染の姉で。

よく一緒に食事をするご近所さんで。


照「……んっ」


……本当に、それだけなんだろうか。

こうして、強い力で手を握ってくるのは。

本当に、俺が弟分だからという、それだけの理由なんだろうか。


京太郎「……なんか、なぁ」


この人について考えれば考えるほど、分からなくなってきた気がする。

867: 2014/07/03(木) 00:01:20.73 ID:M+N0FwS10

照「京ちゃん……」


ギュッと、握られた手から伝わる力が一瞬だけ強くなった。

その寝顔はさっきまでよりも楽そうなものになっている。


京太郎「……一体、どんな夢を見ていることやら」


微かに口角が上がっている。

営業スマイルとは違う、『彼女らしい』微笑み。

照さんの夢の中で、一体俺は何をしているのだろうか。


照「……えへへっ」

京太郎「っ」


――えへへっ……って。

あの照さんが、えへって。


思わず軽く噴出しそうになったが辛うじて堪える。

こんなことで彼女を起こしてしまうのはあまりにも失礼だ。

868: 2014/07/03(木) 00:04:36.93 ID:M+N0FwS10

京太郎「……しかしなー」


この子どものような寝顔だけを見れば、照さんが俺よりも年上のお姉さんだとは到底思えない。

そして更に、こんなナリして実力的には麻雀の頂点に近い位置にいるのだというのだから驚きだ。

この人と健夜さんと同卓に着いた時は正直、麻雀辞めたくなった。

あの時、隣にはやりさんがいなかったら、プロとしての俺はいなかっただろう。


本当に、人は見た目に寄らない。

……いやまぁ、見た目や普段の言動と強さが結びつかない人なんて、魔物クラスの女子にはごまんといるんだけれど。


京太郎「……男はそうでもないんだけど」


――ククク……。

――御無礼。

――……打つか。


男の場合は、何だか見るからに『それらしい』オーラが出ているのだ。

……そして何故かは知らないが、そういう人たちは表舞台には上がって来ないんだけど。

トッププロ、だなんて持て囃されてても俺が調子に乗れないのはこういう人たちがいるからってのもあったりする。

869: 2014/07/03(木) 00:07:19.22 ID:M+N0FwS10
宮永照。

元インハイチャンプにして、現トッププロ。

幼馴染の姉で、天然だけど頼れる先輩で、よく分からない人。


照「ん……京、ちゃん……」

京太郎「はいはい、京ちゃんはここにいますよ」


この人のこんな寝顔を見られる男は、世界広しと言えども俺だけだろう。

改めて色々と考えてみると、ちょっとした優越感に浸れるような気がした。

870: 2014/07/03(木) 00:11:28.40 ID:M+N0FwS10


――数日経ち、旅行最終日。

照さんの体調もすっかり良くなって、休日明けからの仕事も問題なさそうだ。

すっかりお世話になった女将さんに照さんと二人で頭を下げて、旅館を後にする。


「旅館の人たち、良い人ばかりでしたね」

「うん」

「今度、宣伝しちゃいましょうか。ラジオとかで」

「そうだね」

「……照さん?」

「大丈夫。ちゃんと聞いてるから」


考え事をしているのか、妙に歯切れが悪い。

買ったお饅頭を食べるペースも非常にゆっくりだ。

俺と同じように、照さんも色々と考えることがあるんだろうか。



871: 2014/07/03(木) 00:21:28.42 ID:M+N0FwS10
 
……そうだ。

京太郎「照さん」

照「?」

京太郎「一つ、俺にもくださいよ。お饅頭」

照「……」

京太郎「……照、さん?」




no title


京太郎「……たべっちゃったんですね、全部」


……案外。

何も、考えてないのかもしれない。

872: 2014/07/03(木) 00:36:21.88 ID:M+N0FwS10

そうして、新幹線に乗って、変わり行く景色を眺めながら。

思い出とお土産を抱えて、東京に戻ってきた俺が最初に見たものは――


京太郎「嘘……だろ……?」


――火事になって燃え盛る、我が家の姿だった。

886: 2014/07/14(月) 15:46:07.12 ID:D5ciLDaC0

【はっぴーばーすでー】




長い髪の先をクルクルと指で弄くりながら、我らが牌のおねえさんこと――瑞原はやりが、ぽつりと口を開いた。


はやり「不思議だなーって思うんだよね」


誕生日祝い、ということで予約して二人で訪れたレストラン。

窓ガラスに反射して映るはやりの頬は、ほんのりと赤い。

その原因はアルコールだけではないのだろう。


はやり「昔は早く大人になりたいなー、なんて思ってたのに」


駄目な大人にはなりたくないけど、立派な大人の女性になりたい。

そう思って年齢を重ねて、成長して。

ある一定の年を越えたら『我らが牌のおねえさんも御年3×歳か』だなんて言われるようになって。


はやり「誕生日が、ちょっとだけ憂鬱な日になったと思ってたら」



いっしょに手を握って、誕生日を喜んでくれる人が、来てくれた。


はやり「だからね、今年の誕生日は、きっと」


――はやりの人生の中で、一番幸せな日なんだよねっ☆

887: 2014/07/14(月) 15:57:09.70 ID:D5ciLDaC0

【びふぉー】


『誕生日ケーキ、買って来たぞー!』

『パパ、ありがとー!!』


テレビから聞こえてくる、幸せな家族の風景。

その画面の前の私は一人ぼっち。



『今年も7月13日がやってきました』

『牌のお姉さんも今年で御年3×歳か……』

『はやりんは今年も17歳だろ! いい加減にしろ!!』


ネットで好き勝手に盛り上がる掲示板。

その画面の前の私は一人ぼっち。



はやり「はあぁぁ……」



結婚できないということを気にしていないと言えば嘘になるが、そこまで悲観しているわけでもない。

今の仕事は楽しいし、絶対に辞めたくない。

だが、こうもネタとして扱われたり、同期の友人たちが幸せな家庭を次々と築いていく姿を見るのは――中々、心にクるものがある。



はやり「いいもん……」


はやり「はやりにだって、まだお友達はいるし……」



すこやちゃんやはるえちゃんが送ってくれた祝いの品があるし、今日のお夕飯はとても豪勢――なのだけれども。

つい奮発して買ってしまった高級ワインは、一人で飲むには、少し量が多かった。

888: 2014/07/14(月) 16:13:58.20 ID:D5ciLDaC0

【あふたー】


はやり「大人になると、誕生日が特別な日じゃなくなるのは、きっと」

   「隣でいっしょに祝ってくれる人がいないからなんだろうね」


はやり「はやりはもう、おばあちゃんだけど」

   「こんなに、しわくちゃな手でも」

   「キレイだねって、毎日褒めてくれる人がいるから」


はやり「子どもの頃よりも、今の方が」


はやり「ずっと、ずーっと、誕生日が待ち遠しいんだ☆」



896: 2014/07/22(火) 23:30:54.85 ID:W3kGtrAw0

【中学生未満】


家が火事になってしまい、途方に暮れていた俺に――


『なら、家に来ればいい』

『ご近所さんだし。仕事も今まで通りにできる』

『うん。それがいい』


――有難くかけられた照さんのお言葉によって、俺は照さんの家に一時的に住まわせて貰っている。



元々、照さんの家は一人で住むには少し広い家だった。
二人暮らしで増えた光熱費その他諸々についても、俺と照さんの場合は大した問題ではない。

照さんも家事は一通りできるし、俺も一人暮らしをしていた大学生時代にハギヨシさんに色々と教えてもらったので、生活面で足を引っ張りあうこともない。

お互い、付き合いも長いので信頼もある。



ただ一つ、この同棲生活に問題があるとすれば、


照「……京ちゃん? 大丈夫? 疲れてる?」

京太郎「あ、ああ、はい。大丈夫です」


つい、この人のことを、目で追ってしまうこだろう。




897: 2014/07/22(火) 23:39:36.80 ID:W3kGtrAw0

俺と照さんが出合ったのは高校1年生のインターハイの頃。


『……なに?』

『お願いです。あいつと、咲と会ってやってくれませんか』




咲と仲直りして、俺たちにぺこりと頭を下げる照さんの姿は、未だにハッキリと覚えている。


『妹が、お世話になりました』




その日から、今までの時間を埋めるように、咲と照さんは連絡を取り合うようになった。

休日にはわざわざ時間を作ってまで長野にまで来ることもあった。


『私がまた、咲と話せてるのは……君の、お陰だから』

『君が……咲を、麻雀部に連れてきてくれたんでしょ?』

『だから……ありがとう』




そして、俺も咲と一緒にちょくちょく面倒を見てもらった。
俺が高校3年の時にインターハイで上位の成績を取れたのは、照さんに度々指導してもらったお陰でもある。


『ここは、あえて安手でこう打った方がいい。そのほうが揺さぶりが大きいから』



親切に色々と教えてくれる先輩で、実の姉のように接してくることもあった。


『京ちゃん……うん、この呼び方はしっくり来る』




……だけど、今の俺の中での照さんは。

頼りになる先輩ともちょっと違うし、姉貴分というのもしっくりこない。

かといって友達というのもまた、違うような感じだ。


何だかんだで付き合いは長いけど――この前の旅行を通して、一緒に暮らすようになって、俺の中の照さんのイメージが、確かに変わった。

898: 2014/07/22(火) 23:41:56.22 ID:W3kGtrAw0

思えば、大学時代もこの人にはお世話になることが何度かあった。

そして、今。


照「……」


助手席に座って、携帯を操作している照さんの仕草の一つ一つを、つい目で追ってしまっている。

一緒に暮らすようになって、毎朝毎日、照さんと顔を合わせるようになって――正直、少しずつ、照さんに惹かれ始めている俺がいる。



照「京ちゃん? 信号、変わったよ」

京太郎「……はい。ありがとうございます」



……朝は、寝起きに不意打ちだったから驚きが勝ったけど。

今、あんな風に密着されたら――


京太郎「いやいや……」

照「?」


軽く頭を振って、照れる気持ちを誤魔化すように、アクセルを踏み込んだ。

899: 2014/07/22(火) 23:44:57.27 ID:W3kGtrAw0

車で訪れた先は、近所のスーパー。

切れた牛乳やら、その他諸々の生活用品やらを補充しにきたのである。
照さんとはご近所さん同士であったが、こうして二人で買い物に来るというのは、初めてかもしれない。


照「うん。前に買ったこの牛乳は美味しかったね」

京太郎「そうですね。ちょっと値はあがっちゃいますけど、こっちにしますか」


好みだったり、値段だっだりこうして二人で一緒にアレコレと買い物をするのは楽しい。

この光景は、まるで――



照「……」ヒョイヒョイ

京太郎「お菓子は没収です」

照「……!」

京太郎「そんな顔しても駄目ですよ」



――子どもと買い物に行く親だよなぁ、うん。


……いい人なんだけど、基本的に真面目な人なんだけど、少し天然さんで。
そこにお菓子が加わると、その天然っぷりは更に加速する。



京太郎「第一、家にまだまだストックあるじゃないですか。奈良で買ったのもまだ残ってるし」

照「それは別腹」

京太郎「まったくもう……」




何というか。

一瞬、変なことを妄想してしまった自分が恥ずかしい。

900: 2014/07/22(火) 23:46:22.82 ID:W3kGtrAw0

「あーっ!!」

京太郎「……ん?」

照「うん?」



照さんと二人で食品コーナーの棚を眺めていると、広いスーパーの中に響く大きな声。

何だ何だと振り向くと、喜色満面のオーラを全開にしてこちらへ駆け寄る一人の後輩。

この年になっても未だにリボンが似合う、度々中学生と間違われるその子は――



マホ「先輩!! お久しぶりですっ!!」



――夢乃マホ。


俺を慕ってくれている、あのアナウンサーにはリボンの子と紹介された後輩である。

901: 2014/07/22(火) 23:48:04.62 ID:W3kGtrAw0

最近は会っていなかったが、プロになった今でも何度か二人で遊んだことはあった。
計画して、というよりは偶然その場で出会って、というようなことばかりだったが。


京太郎「久しぶり。マホは相変わらず元気だな」

マホ「はい! マホは大丈夫です!!」


キラッキラに輝く瞳が相変わらず眩しい。
犬の尻尾があったらブンブンと振られていると思う。


照「……リボンの、子?」

京太郎「はい。こいつは俺の後輩で――」

マホ「あーっ!!」


……そして、忙しいのも相変わらずだ。
照さんに紹介しようとした俺の言葉を遮るように、マホが大きな口を開けて叫ぶ。

そろそろ、周りの目線が痛くなってきた。


マホ「宮永プロ!」

照「あ、はい」

マホ「先輩! 宮永プロとお知り合いなんですか!?」

京太郎「……ん、ん。まぁ、そうだけど」

照「……」


そういえば、マホと照さんが直接顔を合わせるのは、コレが始めてだった。
マホが清澄に入学してきた頃は、照さんはトッププロとして忙しかったので、二人が出会う機会はなかったのだ。

902: 2014/07/22(火) 23:50:28.47 ID:W3kGtrAw0

マホ「んー? ふん……ふんふん、なるほど!」


何やら腕を組んで考え込むマホ。

やがて納得のいく答えが見付かったのか、ポンと手を叩くと、


マホ「流石です先輩!!」

京太郎「ん、んん?……まぁ、ありがとう」

マホ「宮永プロとお付き合いしているなんて!」

京太郎「……え゛?」



ちょっとした、爆弾発言。



マホ「とっても仲良しさんなんですね! 羨ましいです!」

京太郎「あー、えっと……」

照「……」



どう説明するか、と迷っている俺の隣から、すっと照さんが一歩前に出て。



照「……」ポンポン

マホ「はい?」

照「……」ナデリナデリ

マホ「わぁー……!!」



照さんが、マホの頭を撫で始めた。

904: 2014/07/22(火) 23:52:35.49 ID:W3kGtrAw0

照「それ。買ってあげる」

マホ「え? でも……」


マホの買い物籠を指差す照さん。
恐らくはサークルの買出し辺りだろう、籠の中には一人では食べるにしては少し多い量のお菓子やらジュースやらが入っている。


照「いいから」

マホ「あっ……すみません、ありがとうございます!!」


照さんにしては少し強引に、マホから買い物籠を受け取って、レジカウンターへと持っていく。

……表情からは分かりにくいが、ここ最近をずっと彼女と一緒に過ごしていた俺から見れば、アレはとても上機嫌なのだと分かる。


マホ「宮永プロって……ファンサービス精神もスゴイんですね!」

京太郎「そうだなぁ……」



……多分、というか確実に、それは違うだろうけど。

905: 2014/07/22(火) 23:56:34.08 ID:W3kGtrAw0

周りの目線やらヒソヒソ話やらそろそろ辛いレベルになってきたので、急いで買い物を済ませ。



照「今度、家に来て。夕飯をご馳走するから」

マホ「いいんですか!?」

照「勿論。腕によりをかける」

マホ「ありがとうございます! 楽しみです!」



そんな会話をスーパーの前で繰り広げる照さんとマホ。

その腕によりをかけた料理を振舞うのは俺なのだろうが――まぁ、悪い気はしない。



京太郎「それじゃ、な。精進しろよ」

照「頑張って」

マホ「はい! お二方のオーラで頑張っていきます! 先輩もタイトル戦頑張ってください!!」


マホの瞳がメラメラと燃えている。
そのやる気が空回りしなければ良いが、無理だろうと思う。


京太郎「ん。ありがとな」


そんな風に苦笑を浮かべて、マホと別れた。

906: 2014/07/22(火) 23:58:16.26 ID:W3kGtrAw0


……その日の夜、日付も変わり。

上機嫌な照さんと夕食を食べて、風呂も済ませて。

さて、明日に備えて床に就くか――という、タイミングで。


――ピンポーン。


唐突な来客を告げる、インターホンが鳴り響いた。



京太郎「こんな時間に……?」

照「……なんだろう」



少し警戒して、インターホンを覗く。

907: 2014/07/22(火) 23:59:46.32 ID:W3kGtrAw0

すると、画面の向こう側には、



照「……咲?」

咲『こんな時間にごめんなさい。ちょっと、終電逃しちゃって――』

京太郎「なんだ、咲か……驚いたぜ」

咲『京ちゃん? なんだ、京ちゃんもいるんだ――って』



照「……あ」

京太郎「……あ」



咲『……ふーん?』

咲『どうして、京ちゃんが』



咲『こんな時間に、お姉ちゃんの家にいるの?』




花開いたような笑顔が、咲き誇っていた。

915: 2014/07/25(金) 22:55:47.72 ID:P42MuzEb0

【子どものようなコトをしよう】



咲「えっ!? それじゃ京ちゃんのお家、燃えちゃったの!?」

京太郎「あぁ……今は照さんの好意で、ここに住ませて貰ってる。色々と忙しくなってくる時期でな」


旅行から戻ってきたタイミングで色々なことが重なったため、咲への連絡をすっかり忘れていた。

俺の分の生活必需品やら着替えやらを買わなければならなかったし、仕事先への連絡も済ませなければならなかった。

そしてタイトル戦も近くに迫っていたため、中々時間がとれなかったのだ。


咲「もう……それなら、そう言ってくれれば良かったのに」

京太郎「悪い」


ほっと、胸を撫で下ろして安心する咲。

咲を家にあげた直後は一触即発のような雰囲気が漂っていたが、事情を説明するとすぐにその空気は四散した。

事情が事情なだけに、咲もすぐにわかってくれたようである。


咲「あれ……でもそれなら、お姉ちゃんはなんで……あ、そっか。ご近所さんだもんね」

照「それに、火事の現場を直接見たから」

咲「そうだったんだ……」

照「大変だった。京ちゃんとの、旅行との帰りに――」



咲「……旅行?」


……あ。


916: 2014/07/25(金) 22:57:06.00 ID:P42MuzEb0

咲「……京ちゃんと、旅行?」

照「うん。二人で、奈良まで」

咲「二人っきり?」

照「うん。このコースで申し込むと、安かったから」


照さんが、本棚から旅行雑誌を引っ張り出して、付箋の貼ってあるページを開く。
そのページに記されている内容は、


咲「……男女カップル、割引プラン?」

京太郎「……え゛?」


なにそれ初耳。


照「安かった、から」


むふー、と何故か得意げな照さん。

初めて知る情報に固まる俺。

そして、プルプル震えて俯く咲は――


917: 2014/07/25(金) 23:00:05.21 ID:P42MuzEb0

咲「……京ちゃん?」

京太郎「はい」


思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。
別にやましいことはこれっぽっちもしてないし、咲への負い目といえば連絡をすっかり忘れていたぐらいなのだが。


咲「……これ、本当?」


咲が指差すページの特集。
露天風呂貸切、混浴も可。
安らぎの空間で愛を深めて、とのキャッチコピー。


京太郎「いやいや、流石にそんなこと――あ」

咲「……あ゛?」



『背中、流してあげようか?』


……思いっきり、してた。

いや、湯船にまでは浸からなかったけど。
ある意味で……というか普通に考えて、それ以上のことはしてた。


照「大きかった」

咲「……へえ?」


――背中が、と。

何故、その先に続く言葉を省いたのですか照さん。

918: 2014/07/25(金) 23:01:31.30 ID:P42MuzEb0

咲から感じるプレッシャーがどんどん高まっていく。
いつぞやのインターハイを思い出させるくらいに。


咲「珍しく、仕事好きの二人がお休み貰ってると思ったら……」

照「あ、私が調整した。頑張った」

咲「……なるほど」


意識しているのかしていないのか、照さんが口を開くたびに咲をグサグサと刺激している。
咲の口角が吊り上り過ぎて怖い。端っこが凄まじくピクピクしている。


咲「……そっか、お姉ちゃんは、そういうつもりなんだね?」

照「……?」


小首を傾げる照さんは、未だに状況がよく分かっていないらしい。


咲「だって。二人っきりで、こんな旅行なんて、もう目的は――」

照「友達と二人で一緒に旅行にいくのが、そんなにおかしいこと?」

咲「――え?」


そして、今度は咲が小首を傾げる。
姉妹揃っての同じ仕草は、二人が姉妹であることが、よくわかった。

919: 2014/07/25(金) 23:02:20.08 ID:P42MuzEb0

咲「でも、一緒の部屋に泊まったんでしょ?」

照「うん。でも、私が風邪ひいちゃって……旅館の人にお薬を貰って、京ちゃんに看病してもらったんだ」

咲「……その、アレは? してないの?」

照「……アレって? まぁ、初日に色々と甘味処を巡って、最終日にまた色んなお店巡ったけど。それだけかな」

咲「……京ちゃん?」


本当、なの?

グルリと首がこちらを向いて、言葉はなくとも厳しく問いかけてくる視線。
俺に、コクコクと頷く以外の選択肢はなかった。

920: 2014/07/25(金) 23:04:49.17 ID:P42MuzEb0

咲「じゃあ、この男女カップル割引っていうのは……」

照「安かったから。サービスもいいし」

咲「……どうして、他のみんなを誘ってくれなかったの?」

照「みんな、忙しかったから。咲も遠出してたし」

咲「……」


顎に手を当てて考え込む咲。
暖簾に腕押しというか、照さんを問い詰めても空振りだったので、咲も少し冷静になったようだ。


照「……咲?」

咲「……ううん。ごめんね、お姉ちゃん。京ちゃんも。私の、勘違いだったみたい」


フ、と部屋を包み込んでいた重っ苦しい空気が消える。
このまま照さんに迫っても意味はないと悟ったのだろう。


照「そっか。なら、いいけど……」


咲の態度に照さんも釈然としないようだが、何か追求するようなことはしなかった。


その後は、特に空気が荒れるようなこともなく。


咲「おやすみなさい」

照「ん、おやすみ」


3人で、川の字になって、寝た。

921: 2014/07/25(金) 23:05:43.43 ID:P42MuzEb0

――翌朝。



咲「……お姉ちゃん?」

照「なに?」

咲「なにって……なに、してるの?」

照「充電」


スンスンと、髪の匂いを嗅がれて目覚める朝。
当然ながら、咲がコレを見るのは初めての事で。


すぐ目の前にある、照さんの顔にドキリとする余裕すらなく――


咲「京ちゃん?」


――満開の花を、幻視した。

922: 2014/07/25(金) 23:06:26.24 ID:P42MuzEb0


――大変なことになったと、この時は思ったが。


これがまだ序の口に過ぎないことを知るのは、まだまだこれからである――


923: 2014/07/25(金) 23:07:07.75 ID:P42MuzEb0

それは、とある仕事の合間の休憩時間。


淡「ねーねー、きょーたろー」

京太郎「ん?」

淡「どうだった?」

京太郎「なにが?」


主語がない質問に首を傾げる。
すると淡は「なにがって」と読んでいた雑誌をパタンと閉じて、間をおいてから


淡「――ヤッちゃったんでしょ? テルーと」

京太郎「ぶっ!?」


そんな、爆弾発言をかましてくれた。

924: 2014/07/25(金) 23:07:59.70 ID:P42MuzEb0

京太郎「……ん、ん。ゴホン。どこから聞いたのかは知らんが、それデマだからな」

淡「えー? だって、サキが」

京太郎「あいつか……」


あいつのことだから、色々と捻じ曲がって伝わっているに違いない。
確かに俺も咲の立場だったら絶対に勘違いしてしまうだろうから、無理はないが。


淡「ふーん……でも、一緒に暮らしてるんでしょ?」

京太郎「ああ、まぁ……」


淡が、目を細めて睨め付ける。
居心地が悪い。対局中でも無いのに見透かされている気分だ。


淡「じー……」


声に出して、穴の開くほど見詰められる。
コイツももう二十歳を越えてるんだが、未だにこういった仕草が似合うのだから不思議だ、と全く以ってどうでもいい感想を抱いた。

925: 2014/07/25(金) 23:09:18.94 ID:P42MuzEb0

淡「ま、いいや」


飽きた。
そう言わんばかりに、どさっとソファに座り込む淡。


京太郎「お、おい」

淡「だって、よく考えてみれば。私があーだこーだ言うことじゃないし?」


そう言われればそうであるが。


淡「んー……でも、そうだ」

京太郎「んん?」

淡「次の私たちの試合。京太郎が解説やるヤツ、あったじゃん」

京太郎「あ、ああ」

淡「楽しみにしててよ。ギャフンって、言わせてあげるから」


イイコト思いついた!とキラキラ輝く瞳。
絶対にロクなことじゃねえと、大学時代の思い出が、警鐘を鳴らした。

926: 2014/07/25(金) 23:11:14.44 ID:P42MuzEb0

そして、我らが牌のおねえさんは。


はやり「……」


にっこにっこな笑顔で、次の仕事の打ち合わせをしている。
その態度は流石プロでありベテラン、と思わせたが、


京太郎「あの、はやりさん?」

はやり「なに? 『須賀くん』?」

京太郎「……すみませんでした」


怒っている。
確実に、笑顔の裏では怒っている。


これは非常に、まずいような――


はやり「なんて、ね☆」

京太郎「……へ?」


――ぴしっ。

927: 2014/07/25(金) 23:12:19.30 ID:P42MuzEb0

軽い、ほんのちょっぴりだけ力の込められたデコピン。
突然のことで少しよろめいたが、痛みは全く無い。

目をパチクリさせてはやりさんを見ると、そこにはいつも通りの笑顔があった。


はやり「火事で、大変だったんでしょ?」

京太郎「え、ええ。まぁ」

はやり「それでバタバタしてたら、しょうがないよね。もっと早く教えてほしかったけど」

京太郎「すいません……」



そうだ。

プロになるまで――いや、プロになってからも、一番お世話になったのはこの人なんだから。

心配をかけさせて、真っ先に連絡するべき相手は、この人だったのに。

所属チームへの連絡はしていても、この人個人に対しては、まだ何も伝えていなかった。


京太郎「すいません」


再度、深く頭を下げる。

928: 2014/07/25(金) 23:13:18.23 ID:P42MuzEb0

はやり「いや、いいよ。さきちゃんも大変だったみたいって言ってたし」

京太郎「あぁ……」


……アイツの伝え方だと、淡のようにロクなことにならない気がしたが。
そこは流石はやりさん、誤解はないようだった。


はやり「何か困ることがあったら言ってね。いつでも力になるから」

京太郎「はい。ありがとうございます」

はやり「それと……うん。もし、京太郎くんさえよかったら」

京太郎「?」


はやり「はやりのお家に、きてもいいよ? 京太郎くんなら、いつでも大歓迎だから☆」


はやりさんは、とってもイイ笑顔で、そう告げた。

929: 2014/07/25(金) 23:17:15.13 ID:P42MuzEb0

咲については、大体この前と同じような感じだったので省略する。

とにかくアレから、健夜さんや咏さんにも、このような形で照さんとの同棲生活について突っ込まれることばかりで。

みんな、火事で色々と失ってしまった俺に対して力になってくれるとのことで、そこは大変ありがたくて、頭が上がらない思いではあるのだが。


照「……」ポリポリ


どんな時でもマイペースにお菓子を齧るこの人は、何を思っているのだろうか。

930: 2014/07/25(金) 23:18:24.04 ID:P42MuzEb0

そんなこんなで日々は過ぎて、淡の言っていた、俺が解説を務める試合の日。

対戦カードは照さん・はやりさん・淡・咲の4人。

何の因果か、俺と特に関係が深い4人の対局が行われることになった。


照「行ってくる」

京太郎「はい。頑張ってくださいね」


照さんと別れて、俺の仕事をこなすべく、控え室へと向かう。


京太郎「うーん……」


先日の淡の発言が、どうにも胸に引っ掛かる。

何事もなければ良いのだが。

931: 2014/07/25(金) 23:20:02.77 ID:P42MuzEb0

京太郎「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


アナウンサーと挨拶を済ませ、最後に軽い打ち合わせをして、解説席へ。

今回の試合は紛れもないトッププロ4人の対局。

スタッフからも、大きく盛り上がっている空気が伝わってくる。


咲「よろしくお願いします」

照「よろしく、お願いします」

はやり「よろしくお願いしますねっ」

淡「よろしくっ!!」


そして、4人の雀士が囲む卓からも。

大分距離が離れているにも関わらず、ピリピリした空気を痛いくらいに肌に感じた。

932: 2014/07/25(金) 23:21:54.07 ID:P42MuzEb0

淡「……よしっ!!」



「……おや? 大星選手が立ち上がってカメラに向かって勢いよく指を突きつけていますね」

京太郎「トラッシュ・トークというわけではないでしょうが……何でしょうか」


勢いよく立ち上がって、カメラにビシ!っと指を突きつける淡。
らんらんと光を灯す、その瞳が映すものは――



淡「きょーたろー! 聞いてるー!?」


咲「あ、淡ちゃん?」

はやり「な、なにを……!?」

照「……」




ドキリと、心臓が跳ねる。



「須賀プロ……?」

京太郎「……」



アナウンサーが疑問の視線を俺に向けてくるが、答えられない。



淡「この対局で! 私が勝ったら!!」




この場で、淡が俺に伝えたいこととは――



淡「私と! 結婚してくださいっ!!!」

935: 2014/07/25(金) 23:25:54.85 ID:P42MuzEb0

「……え、ええっと……須賀プロ?」

京太郎「……は?」


困惑した空気に包まれる実況・解説席。
俺もアナウンサーも、言葉を失う。


淡「……ふふん!」


対して淡は、してやったりと言わんばかりの表情で。


淡「サキ、はやりん、テルー」


対局者たちを、順番に見渡す。


淡「負けないから。絶対」


強い意思が、瞳に灯っていた。

937: 2014/07/25(金) 23:28:47.69 ID:P42MuzEb0

はやり「……」


その言葉を受けて今度は、はやりさんが無言で立ち上がる。


はやり「……京太郎くん」


一切の揺れがない、その瞳は。


はやり「あわいちゃんに続いて、こんなこと言われても……困ると、思うけど」


カメラを通して。


はやり「……大好き、です。出会った時からずっと、あなたのことを、考えています」


真っ直ぐに、俺に向けられていた。

939: 2014/07/25(金) 23:34:36.10 ID:P42MuzEb0

咲「ま、待って!!」

京太郎「咲!?」


今度は、咲が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。


咲「私だって! 」


咲「私だって、ずっと! 昔から!!」


咲「京ちゃんのことが好きで! 結婚したいって、思ってた!!」

940: 2014/07/25(金) 23:38:27.23 ID:P42MuzEb0

3人の立て続けの告白。

実況・解説席も、カメラを回すスタッフも、そして恐らくテレビの前のお茶の間も。

呆気に取られて、言葉が出なくなっている。

そして、あの4人の中で、照さんは――


照「……」


目を閉じて、じっと、座り込んでいた。

その様子に、3人とも、何か言いたげであったが。

やがてゆっくり席に座ると、対局が、始まった。

944: 2014/07/25(金) 23:42:02.76 ID:P42MuzEb0

はやり「――ロン。12000ですっ」


はやりさんの、素早くキレイな手が決まる。

これで、はやりさんが一歩リードした形になるが、試合全体としては各選手とも一進一退の攻防を見せている。

淡も咲も負けていない。

お互いの想いをぶつけ合うように、激しく点数が動いている。


……ただ。


照「……」


照さんだけは、いつもの調子も見られずに。

一歩、遅れていた。

946: 2014/07/25(金) 23:43:15.12 ID:P42MuzEb0

淡「テルー、いいの?」

照「……」


淡「そんなんじゃ、ホントにとっちゃうよ? きょーたろーのこと」

照「私は……」


咲「……」

はやり「……」


照「……友達、だから」

淡「ふうん。まぁ、いいけどさ」


淡「……テルーって、恋愛は小学生以上中学生未満って感じだよね」

照「……え?」



淡「ロン。8000オール!!」

947: 2014/07/25(金) 23:44:03.63 ID:P42MuzEb0

……気圧されている。

この3人に、気持ちで風下に立たされている。


照「……京、ちゃん」


強い想いで、負けている。

いつものように、手が伸びない。



……私の。

私にとっての、京ちゃんは――

948: 2014/07/25(金) 23:44:45.72 ID:P42MuzEb0

弟分で。

『京ちゃん……うん、この呼び方はしっくり来る』

『は、はぁ……』


後輩で。

『ここは、こう打った方がいい。そのほうが揺さぶりが大きい』

『おお、なるほど!』



恩人で。

『……なに?』

『お願いです。あいつと、咲と会ってやってくれませんか』


友達で。

『……京ちゃんの匂いがする』

『コート貸したくらいで変なこと言わないでくださいよ。臭いみたいじゃないですか』


友達で。

『京ちゃん、年上が好きなの?』

『……どこで、その話を』


友達で。

『京ちゃん。お腹すいた』


友達で。

『京ちゃん。このお菓子食べる?』


友達で。

『京ちゃん。今度いっしょに旅行に行こう』




『はいはい、京ちゃんはここにいますよ』


――握ってくれた手が、あたたかくて。

――ずっと、繋がっていたいって、感じた。

950: 2014/07/25(金) 23:50:35.77 ID:P42MuzEb0

『宮永プロとお付き合いしているなんて!』


嬉しかった。



『早く、部屋の案内を』


ムっとした。



『充電』


本当に、体の中が満たされた。



照「……」



もし、同じことを、咲や淡や、瑞原プロが京ちゃんにしたら。



『私と! 結婚してくださいっ!!!』

『……大好き、です。出会った時からずっと、あなたのことを、考えています』

『京ちゃんのことが好きで! 結婚したいって、思ってた!!』



もし、京ちゃんが、私から離れていっちゃったら。



照「京ちゃん」


……声で呼んでみて。やっと、わかった。

ずっと、正体がわからなかった、この気持ち。

中学生でも知っている、この気持ち。



照「……そっか」



私は。

私にとっての京ちゃんは、友達じゃない。

それよりも、ずっと、ずっと大事な人。



私は、京ちゃんと――



照「――ロン」

951: 2014/07/25(金) 23:55:32.10 ID:P42MuzEb0

――結論から言えば、試合は、照さんが制した。

最初は圧倒されていた照さんだが、徐々に点数を伸ばし、終盤にトップに役満を直撃させて、見事に逆転劇を決めた。



照「……この場をお借りして、言いたいことがあります」


そして、試合後の会見。

いつものような営業スマイルではなく、素の雰囲気のまま、マイクを握って。


照「須賀プロ……いえ、京ちゃん」


息を呑む音が、聞こえた。

952: 2014/07/25(金) 23:57:36.99 ID:P42MuzEb0

迷いのない、真っ直ぐな瞳で、


照「……私に」


照「私のために、一生お菓子を作ってください」


そう、告白を、した。

970: 2014/07/26(土) 17:04:55.49 ID:suThCBVZ0

【手を繋いで、歩いていこう】



京太郎「……すいません。ちょっと、通してください」


報道スタッフや警備の人たちを掻き分けて、照さんの前へと向かう。

カメラのフラッシュやら空気を読まない質問やらが少し鬱陶しいが、どうでもいい。

今、何よりも大事なのは――


京太郎「……照さん」

照「……」


ほのかに赤く染まった照さんの頬。

それが意味するところは、風邪などではないのだろう。


京太郎「……聞いてください、俺の話を」



コクリと、照さんが頷く。


伝えよう。俺の、思っていることを。

971: 2014/07/26(土) 17:06:45.59 ID:suThCBVZ0

京太郎「……正直、言うと。俺、照さんのことがよくわからなかったんです」

照「……」


お姉さんぶる先輩で、お菓子が好きな天然さん。

お酒に弱くて、変なところで頑固になるところがある人。

色々と面倒を見てくれた人だけど、逆にこっちが照さんの世話をすることも何度かあった。

咲という幼馴染の姉。


俺にとって宮永照という人は、その程度の認識だった。

一緒に旅行に行って、同棲するようになるまでは。


京太郎「……照さんって。本当に、美味しそうに俺の作ったお菓子とか、食べてくれるんですよね」

照「……うん」


照さんが何を考えているのかわからなかった。

けれどそれは、照さん自身が、俺のことをどう思っているかを、分かっていなかったんだと思う。

972: 2014/07/26(土) 17:09:06.59 ID:suThCBVZ0

京太郎「照さん」

照「……うん」


照さんの手をとって、ぎゅっと握る。



京太郎「……一緒に暮らして、ご飯を食べたり、買い物に行ったりして、思ったんです」

照「……うん」




京太郎「照さんが、俺の中で――本当に一番、幸せにしたい女性なんだって」


照「!」



彼女の体が、小さく震えた。



京太郎「だから、照さん」


京太郎「俺に毎日、あなたのために、お菓子を作らせてください!」




照「……はい!」

973: 2014/07/26(土) 17:12:54.59 ID:suThCBVZ0

手を取り合って、抱き合って、キスをして。

空気を読めない報道スタッフたちにパシャパシャと写真を撮られるが、気にしない。


京太郎「大好きです、照さん」

照「私も……大好き。京ちゃんのこと、愛してる」


とても大人の恋愛とは言いがたい、子どもみたいなやり取りだけど、それでいいんだと思う。

俺がいて、照さんがいて――それで、幸せなんだから。

974: 2014/07/26(土) 17:16:23.28 ID:suThCBVZ0

――そして。


咲「……京ちゃん、お姉ちゃん……」

はやり「おめでとう……だね」

淡「あーあー……負けちゃった、か」


正々堂々と戦って、負けた。

もし、たった一つ何かが変わっていれば、結果は変わったかもしれないけれど。


淡「ふー……今日はヤケ酒だー!!!」

はやり「……そうだね。はやりも付き合うよ☆」

咲「お姉ちゃん……京ちゃん……幸せに、ね……」





淡「お酒飲んで、忘れて! きょーたろがフったこと後悔するくらい、イイオンナになってやるんだからー!!!!」

975: 2014/07/26(土) 17:22:05.97 ID:suThCBVZ0

――だなんて、いっても。


淡「……ううう……きょーたろぉ……」

咲「やっぱり、忘れるなんて無理だよぉ……」


お酒を飲めば飲むほど、忘れようとすればするほど、彼への想いは強くなる。

結婚まで考えた相手をすぐに忘れるというのが、無理な話なのである。


はやり「……じゃあさ、こういうのは、どうかな」

淡「う?」

はやりが、アルコールで火照った頬をパタパタと仰ぎながら、指を立てる。


はやり「いっそのこと、ホントに京くんをこっちに乗り換えさせちゃうとか☆」


咲「……え!? ええっ!?」


爆弾発言。
所謂寝取りというもので、牌のおねえさんの口から出る言葉とはとても思えなかった。


淡「……それ! いいかも!!」

咲「えぇっ!!? ちょっと、二人とも!?」


そして、それに乗っかる賛同者が一人。

最初は、咲がストッパーのような役目となっていたが、次第に熱狂していく二人に乗せられていき――



咲「それじゃあ!」

淡「きょーたろー寝取り同盟!!」

はやり「ここに成立、だね!」



――ここに、不穏な響きを持つ同盟が成立した。


……彼女たちが前を向いて歩いていけるのなら、それもまた、いいのかもしれない。

少なくとも、京太郎と照の幸せな新婚生活までには、まだまだ困難が待ち構えているようだった。

976: 2014/07/26(土) 17:32:33.81 ID:suThCBVZ0

――後日。

あの日の告白は、非常に大きく報道された。


逆転を決めた照さんの試合の内容はそっちのけで、こっちの方をメインに取り上げられることばかりである。


……いや、あの試合の後に、あの告白だったからこそメディアもここまで食い付くのかもしれないが。






照「京ちゃん、何か考え事?」

京太郎「あ、いえ。何でもないです」


そう答えると、照さんが少し不満そうな表情を浮かべた。

977: 2014/07/26(土) 17:33:59.13 ID:suThCBVZ0

照「……むぅ」

京太郎「照さん?」

照「他人行儀だなって」


照さんが、人差し指を俺の唇へ。


照「結婚するのに。これだと、今までと変わらない」


……確かに、そうだけど。

しかし、そうは言っても、中々難しいもので。


京太郎「そ、それじゃあ……」

照「……」


ゴクリ、と喉を鳴らす。

何だか変に緊張する。


京太郎「――照、これからも、よろしくな!」

照「……うん、よくできました」


不機嫌そうな顔から一点して、笑顔でお姉さんぶる照さん。

相変わらず、現金なところがある人だ。

978: 2014/07/26(土) 17:37:23.66 ID:suThCBVZ0

本当に、まるで子どものようなやり取り。

いい年した大人のする恋愛ではない。

初々しいを通り越して、痛々しいと思われるかもしれない。


でも。



照「これからも、ずっと――大好きだよ、京ちゃん」



それで、いいんだと思う。

これからずっと、照さんと歩んでいければ。

一緒に、大人になっていけば。


それでいいんだって思える俺も――結構、現金なんだろうなぁと、今更ながらに思った。

979: 2014/07/26(土) 17:39:14.15 ID:suThCBVZ0







照「カン」






983: 2014/07/26(土) 17:54:01.77 ID:suThCBVZ0

【フォーエバー】



はやり「最近ね、思うんだ」

京太郎「んー?」


小鍛治プロ、三尋木プロ、野依プロとの対局を終えた次の日。

はやりと二人でのんびりと居間でテレビを見ていると、はやりが唐突に。



はやり「みーんな牌のおねえさんで、牌のおにいさんなんじゃないかって」

京太郎「はは、なんだそれ」


テレビには、新しい牌のおねえさんが映っている。

子どもたちの笑顔に囲まれて、本当に楽しそうに仕事をしていた。



はやり「ホラ、はやりはもう、番組自体は降板しちゃったけど――それでもまだ、『牌のおねえさん』って呼んでくれる人がいるでしょ?」

京太郎「ああ……」



番組の役割で言えば、牌のおねえさんはもう引退しているが。

それでもまだ、『牌のおねえさんと言えば瑞原はやり』と言われることも多い。

984: 2014/07/26(土) 18:01:59.60 ID:suThCBVZ0

はやり「おばあちゃんになっても、応援してくれてる人たちがいて」


はやり「はやりに憧れて、プロを目指すって子たちもいる」


はやり「そんなはやりを――みんな、牌のおねえさんって、呼んでくれてる」



はやり「だから、牌のおねえさんってさ」


はやり「番組内での役目とかじゃなくって」


はやり「みんなに夢とか、憧れとか、そういうのを分けてあげるお仕事なんじゃないかって」



はやり「そしたら、はやりたちはみんな、そういうお仕事をしてるんじゃないかって」




はやり「改めて――そんな風に、思ったんだ」


985: 2014/07/26(土) 18:05:13.90 ID:suThCBVZ0

京太郎「そっか……確かに、そうかもしれないな」

はやり「でしょー?」


はやり「だから、京くんも!」

はやり「まだまだ若い子たちには、負けてられないね☆」


京太郎「……そうだな!」

986: 2014/07/26(土) 18:15:14.27 ID:suThCBVZ0

テレビで活躍をしている雀士たちを見て、憧れる人たちがいる。

俺がプロになってもう何十年も経ち、未だに例のジンクスは強く根付いているが――それでも、プロ雀士を目指す女子たちは多い。


そうしてプロになり、今度は夢を与える側になって。

また、その活躍を見た子どもが、プロ雀士を目指し――という風に。



京太郎「きっと、ずっと続いていくんだろうなぁ」

はやり「うん!」



だから、牌のおねえさんは、きっといつまでも。

みんなの前で活躍し続けている。


きっと、それこそ――永遠に。



京太郎「……よし! まだまだ、頑張るぞ!」

はやり「一緒に、ね☆」



これからも。

しわしわになって、足腰が立たなくなっても、最愛の人と一緒に。

手を取り合って頑張っていきたいと、そう思った。

987: 2014/07/26(土) 18:17:27.96 ID:suThCBVZ0







「カンッ」







989: 2014/07/26(土) 18:20:35.54 ID:suThCBVZ0
というわけで、牌のおねえさんフォーエバーはこれで完結です
ほぼ出オチのようなスレでしたが、おかげさまで完結までもっていくことができました

他のプロ勢やアナウンサー勢もまだいくらか話を書いていきたいと思っているので、また別スレを立てようかと思います
いただいたリクもまだ残っていますし


それでは、このスレはここで終わります

今まで、ありがとうざいました!!

990: 2014/07/26(土) 18:22:16.54 ID:STDpQsbAO
グランドフィナーレ乙
次回作も楽しみにしてます

引用: 京太郎「牌のおねえさんフォーエバー」