642: 2012/09/18(火) 21:42:02.05 ID:fd5lIA8D0

勇者「正義の為に戦おう」【1】
勇者「正義の為に戦おう」【2】

勇者「鍛冶屋。どうすれば苦しめると思う?」

鍛冶屋「え、あ……んん?」

勇者「苦しみとは何だと思う?」

鍛冶屋「……哲学か何かか?」

勇者「……まあ、そんな感じだな」

鍛冶屋「……なんでまた突然」

勇者「この答えが知りたいんだ」

鍛冶屋「……言っとくけど俺個人の意見だからな」

勇者「ああ、分かってる」

鍛冶屋「苦しいってのは生きてる証拠だって聞いた事ある」

勇者「いや、そい言う意味じゃ無く……」

鍛冶屋「お前が何を求めているかによって回答は違うぞ」

勇者「そうだな……すまん」

鍛冶屋「いや、いいんだけどさ」
Lv1魔王とワンルーム勇者 11巻 (FUZコミックス)
643: 2012/09/18(火) 21:42:49.97 ID:fd5lIA8D0
勇者「……お休み」

鍛冶屋「寝れるのか?」

勇者「ああ、多分」

鍛冶屋「……」

勇者「俺は明日一人で行動する。お前達は三人で行動してくれ」

鍛冶屋「あ、ああ。わかったよ」

勇者「……」

鍛冶屋「納得できたのか?」

勇者「いや、だが納得できる答えを探すつもりだ」

鍛冶屋「……見つかるといいな」

勇者「ああ」

鍛冶屋「……」

勇者「お休み」

鍛冶屋「ああ、お休み……」

644: 2012/09/18(火) 21:43:31.39 ID:fd5lIA8D0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次の日の朝 町中


勇者「……」

勇者(ダメだ。何も分からない)

勇者「答えが無い。何をどうすればいいのか、一切考えつかん」

勇者「……」

勇者「あれは、あの夢は結局なんだったんだろう……」

勇者「俺の気持ち?」

勇者「ダメだ……」

女秘書「勇者様?」

勇者「……女秘書さん?」

女秘書「この町に来ていたのですか」

勇者「はい。あなたは何故ここに?」

女秘書「武器の調達です。最近魔物の動きが活発になっていて、城にもたびたび現れているので」

勇者「そうですか」

645: 2012/09/18(火) 21:44:39.94 ID:fd5lIA8D0
女秘書「勇者様こそ、こんな朝早くにどうかされたのですか?」

勇者「……少し、悩み事を」

女秘書「お聞きしてもよろしいですか?」

勇者「構いません」

勇者「あなたにとって正義とは何なのですか?」

女秘書「正義ですか?」

勇者「……はい」

勇者「もちろん、人それぞれ持っている正義が違う事は知っています」

女秘書「ええ、正義の反対はまた別の正義と言う言葉もありますから」

勇者「私も絶対的正義も絶対的悪も存在しないと言う事は十分理解しています」

女秘書「では何故そんな事を?」

勇者「最近正義が分からないのです。今まで私が信じてきたものが正しかったのか、自信が無いんです」

女秘書「……正義かどうかはわかりませんが、私は山の町の人々が幸せに暮らすために努力しています」

勇者「そうですか」

女秘書「……」

勇者「……」

646: 2012/09/18(火) 21:45:25.22 ID:fd5lIA8D0
女秘書「すいません、全然話が無くて」

勇者「いえ、こちらこそ聞いておいてすいません」

女秘書「勇者様の正義を教えてもらえませんか?」

勇者「罪の無い人が幸せに生きられる世界を作る事、それを守る事です」

女秘書「……それではダメなのですか?」

勇者「そのためとは言え、罪人を頃す私自身も罪人です」

女秘書「……そうですね」

勇者「……私は罪人を頃してきました。罪人を罰していたんです」

女秘書「でも、自分は何故罰されないのか、と言う事ですか?」

勇者「はい……」

女秘書「……」

勇者「今はもう、自分の正義すらも見失いそうなんです……」

女秘書「……勇者様」

勇者「……」

女秘書「私は偉そうな事は言えませんが、ですが悩む事は悪い事ではないです」

勇者「……」

652: 2012/09/19(水) 21:39:58.08 ID:gwVH1hVF0
女秘書「それに正義は人それぞれ違うもの、ならばその答えも勇者様だけのものです」

女秘書「ならその答えは勇者様しか持っていないのですよ」

勇者「……そうですね。そうかもしれません」

女秘書「私が口出しできるのはこれくらいです。偉そうに申し訳ない」

勇者「いえ、こちらこそ申し訳ないです」

女秘書「では、そろそろ行きますね」スタスタ

勇者「はい、いろいろありがとうございます」

女秘書「勇者様、最近魔物が増えています。お気をつけて」スタスタ

勇者「あ、はい」

正義「……」

勇者「いつから居たんだ?」

正義「少し前よ。ほんの少し前」

勇者「……」

正義「で、何か分かった?」

勇者「……結局答えは自分で出すしかないと思い知った」

正義「結局の所あなたはどうしたいの?」

653: 2012/09/19(水) 21:41:07.43 ID:gwVH1hVF0
勇者「……」

正義「まあ、仕方ないのかもね」

勇者「……」

正義「今のあなたが答えを出せるなんて私だって思ってないし」

勇者「俺だって思えない」

武人「あ、昨日の今日でまた会った」スタスタ

勇者「武人……」

武人「……疲れた顔してるね」

勇者「ん、ああ」

武人「昨日も何か悩んでたよな」

勇者「少しな」

真理「悩みは迷いを生む。刀も鈍るぞ」

正義「そんな事勇者だって理解してるわよ」

勇者「あ、ああ」

654: 2012/09/19(水) 21:51:10.81 ID:gwVH1hVF0
武人「俺でよかったら聞くよ?」

勇者「……俺は罰を受けるべき人間だ。なら罰を受けるべきか?」

武人「そんなもんあんたの勝手だよ」

勇者「……」

正義「ちょっと、何その無責任な言葉!!」

武人「待って待って。まだ最後まで話し終わってないから」

正義「……」

武人「罪の意識って言うのは人それぞれだろ。だから罰を受けるかどうかもあんた次第って事だよ」

正義「まあ、そうかもしれないけど」

武人「罪も罰の結局は自己満足だ」

勇者「だが……」

武人「ああ、言いたい事は分かるよ。そんな事じゃあ納得できないんだろ」

勇者「……ああ」

武人「なら罪を受け入れて罰を受ければいいんじゃないのか?」

勇者「……」

正義「それがあなたの考え方なのね」

武人「深読みしたくなる言い方だ。でも嫌いじゃない」

655: 2012/09/19(水) 21:52:40.87 ID:gwVH1hVF0
勇者「なら、俺は罰を受ければいいのか?」

武人「だからそれはあんた次第。あんたがそうしたいなら受け入れればいい」

勇者「……」

真理「ここまで芯がぶれていると逆に面白い。いや、もはや芯など存在しないのか?」

武人「真理」

真理「すまない。今のは無しだ」

正義「……」

真理「……」

武人「今回は明らかに真理が悪い。頭を下げろ」

真理「……」


真理は正義と勇者に頭を軽く下げる。


武人「俺からも謝る。悪かった」

勇者「いや、いいんだ。俺が悪い」

武人「一回原点に返ってみたらいい。あと決断したらそれ以外は信じるな。全部戯言だと思ったほうがいい」

勇者「ありがとう」

656: 2012/09/19(水) 21:54:16.59 ID:gwVH1hVF0
武人「いや、いいんだ。じゃあ俺は一足先に砂漠の町に行ってるから。どうせあんたも後から来るんだろ?」

勇者「……多分そのつもりだ」

武人「なら良かった」

真理「主は信義と勝利に会ったか?」

正義「え、ええ。会ったわ」

真理「使い手はどんな者達だ」

正義「どんなって……みんな個性的って言った方がいいのかしら」

真理「そうか」

正義「どうしたの?」

真理「いや、聞いてみただけだ」

正義「……」

武人「じゃあ、砂漠の町で」スタスタ

勇者「ああ……」

660: 2012/09/20(木) 21:24:44.19 ID:E0b5iTdw0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者「……」

神父「……」

勇者「またか……」

神父「答えは、出たのか?」

勇者「……」

神父「貴様は罰を受ける必要がある」

勇者「ああ、その通りだ。俺は罰を受ける」

神父「何時だ。どんな罰を受ける」

勇者「……」

神父「所詮貴様は口先だけの愚か者だと言う事か」

勇者「違う」

神父「なァにが違う!!」

勇者「待っていろすぐに俺は罰を受けてやる」

661: 2012/09/20(木) 21:25:35.48 ID:E0b5iTdw0
神父「ほう?」

勇者「安心しろ。そう簡単に楽になろうとは思っていない」

神父「……ふん。氏ぬ気はないと言う事か」

勇者「ああ」

神父「……」

勇者「……」

神父「お前は氏ねない。苦しめ」

勇者「ああ」

神父「氏ぬほどの苦痛を味わえ」

勇者「ああ」

神父「自分の罪の重さを知れいィィ!!」

勇者「ああ!!」

勇者「俺は罰を受ける。そして罪を背負い、罰を受け正義を全うする」

神父「どんな罰を受ける気だ」

勇者「……頃した分だけ苦痛を受ける」

神父「……」

勇者「……」

662: 2012/09/20(木) 21:26:21.83 ID:E0b5iTdw0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者「……」

鍛冶屋「また夢か?」

勇者「まあ、そんな所だな」

鍛冶屋「大丈夫か?」

勇者「ああ」

鍛冶屋「……どうした?」

勇者「いや、分かったんだ」

鍛冶屋「……何が?」

勇者「苦しいのは生きてる証拠。なら必氏に生きれば苦しめる」

鍛冶屋「まあ、そうだな」

勇者「それもいいと思う。だが俺はそれ以上の苦痛を受ける必要があるんだ」

鍛冶屋「?」

勇者「鍛冶屋、行くぞ」スタスタ

鍛冶屋「あ、おう」スタスタ

勇者「魔法使い、いるか?」コンコン

魔法使い「え、はい」

勇者「……」ガチャ

663: 2012/09/20(木) 21:26:59.05 ID:E0b5iTdw0
魔法使い「え、なんですか?」

勇者「今から俺が言う事に何も言わず、何も考えず従ってくれないか」

魔法使い「え?」

勇者「頼む」

魔法使い「ど、どういう意味ですか?」

勇者「そのままの意味だ」

魔法使い「……」

勇者「何も聞かないでくれ。何も考えないでくれ」

魔法使い「わ、分かりました」

勇者「じゃあ、頼む」

鍛冶屋「なあ、何言ってんだよ」

勇者「こうすれば俺は迷わなくなれる。きっと」

鍛冶屋「本当にか?」

勇者「ああ。罰を受けながら生きれば俺は自分を正当化できる」

勇者「魔法使い。頼む」

魔法使い「……はい」

664: 2012/09/20(木) 21:27:30.84 ID:E0b5iTdw0
鍛冶屋「本当にいいのか?」

勇者「ああ。俺が決めた事だ」

鍛冶屋「……」

勇者「人を頃したら氏ぬほどの苦痛が俺を襲う様に呪いをかけてくれ」

魔法使い「……わ、わかりました」


魔法使いは右手を勇者の胸に当て、呪いを詠唱する。


勇者「……」

鍛冶屋「……」

魔法使い「お、終わりました」

勇者「……ありがとう」

魔法使い「本当によかったんですか?」

勇者「俺が決めた事だ」

鍛冶屋「相談してくれればよかったのに」

勇者「俺で解決しないと意味が無かったんだ。すまない」

魔法使い「どういう事ですか?」

665: 2012/09/20(木) 21:28:08.31 ID:E0b5iTdw0
勇者「自分で決めなければ意味が無いんだ。それでは甘えてしまう」

魔法使い「……」

鍛冶屋「だからか?」

勇者「ああ。ヒントは貰っていい。だが決断は自分でする」

鍛冶屋「で、その答えがそれか?」

勇者「ああ。俺の答えだ」

魔法使い「あの……」

勇者「なんだ」

魔法使い「多分今日の夜にもその苦痛があると思います」

鍛冶屋「え、でも頃してないだろ」

魔法使い「今まで頃した人達の罪の分です」

鍛冶屋「……」

勇者「お前の独断か?」

魔法使い「はい。でもそれだと不公平だと思って……」

勇者「……いや、それでいい」

671: 2012/09/21(金) 21:34:57.73 ID:V2X4Uln30
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


体が焼ける様な痛み。
針を刺される様な痛み。
剣で切り刻まれる様な痛み。

その痛みが同時に勇者の体を襲っていた。

苦しい時は声を出すと楽になれると言う。
だが勇者の痛みはもはやそれすら通り越し、声を出す事で更なる痛みを生むだけだった。

もちろん外傷的な傷は無い。
だが勇者の体には確かにその痛みが襲っているのだ。

体を一ミリたりとも動かせない。
痛みで視界が霞み、周りの世界と遮断される。

これでいい。
そう勇者は感じる。

これは生きている証だ。
氏んでいる者はこれすら感じられない無の世界にいる。

672: 2012/09/21(金) 21:35:30.65 ID:V2X4Uln30
ここで苦しんでいる間は生きている。
生きていられる。

この氏よりも苦しい痛みも心地いいと感じる自分が居る事に勇者は気付いた。

もやもやした何かが晴れる様な、何とも言えない感覚が体の中で消化されていく。


「罰は……受ける。受け入れる……」


喉を焼かれる様な激しい痛みが襲う。

だが勇者はそれに耐え、また無言のまま痛みに耐え続けた。

気絶はしない。
もし万が一にそうなったとしても苦痛がそれを呼び起こすからだ。

内臓を掻きまわされる様な痛みも勇者は無言のまま耐え続けた。

673: 2012/09/21(金) 21:36:20.81 ID:V2X4Uln30
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


鍛冶屋「……」ガチャ

魔法使い「勇者さんは?」

鍛冶屋「苦しんでる」

魔法使い「そうですか……」

鍛冶屋「凄い辛そうだったんだけど」

魔法使い「かなり苦しい呪いをかけましたから」

鍛冶屋「……」

正義「その方が勇者にとってはいいのよ」

鍛冶屋「そうか?」

正義「勇者が望んだ事なんだから。それに中途半端な痛みじゃ勇者自身が納得できないと思うし」

鍛冶屋「まあ、そうだな」

正義「詳しい様子はどうだった?」

鍛冶屋「苦しそうだったけど、何にも言わなかった……言えなかったのかな」

674: 2012/09/21(金) 21:37:27.08 ID:V2X4Uln30
正義「まあ、そんなに喚くタイプじゃないし、我慢できてるって事なんじゃないの?」

鍛冶屋「だといいんだけどな」

魔法使い「余計な事しちゃいましたかね」

正義「いいんじゃない? 勇者もそんなに気にしてるふうでもなかったし」

魔法使い「だ、だといいんですけど」

正義「まあ、大丈夫よ。精神は最高に弱いけど、肉体は強いから」

鍛冶屋「的確な表現だな」

正義「でしょ」


ガチャ


勇者「……」

魔法使い「ゆ、勇者さん!? だ、大丈夫ですか!?」

勇者「大丈夫だ」

鍛冶屋「……思ったより元気?」

勇者「明日、砂漠の町に行く」

魔法使い「はい」

鍛冶屋「分かった」

675: 2012/09/21(金) 21:38:22.76 ID:V2X4Uln30
正義「砂漠の町ってここから一番近いの?」

勇者「ああ。それに武人も今砂漠の町にいる」

正義「ふーん」

鍛冶屋「砂漠の町って何があるんだ」

勇者「砂漠の国の王女が居る。そのお方に会いに行く」

鍛冶屋「王女?」

勇者「王女だ」

正義「明日の朝には出発する」

魔法使い「荷物の準備だけしておきましょうか」

正義「そうね」

鍛冶屋「俺達は荷物少ないもんな」

勇者「そうだな」

正義「邪魔だから部屋に帰ってくれない?」

鍛冶屋「……あ、ああ」

勇者「じゃあまた明日」

魔法使い「はい」

676: 2012/09/21(金) 21:39:24.43 ID:V2X4Uln30
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





姫「初めまして。私は姫です」

小鳥「……チチッ」

姫「ごめんなさい……お茶でも出せればいいんだけど、誰も居なくて」

小鳥「チチチッ……」

姫「あ、気にしないで。別にあなたが悪いんじゃなくて……その」

小鳥「……」

姫「機嫌悪くした?」

小鳥「ピチチ……」

姫「あ、ありがとう。うれしい」

逃亡者「姫様。紅茶です」

姫「あ、シロ。ありがとう」

逃亡者「いえ、あとこちらはお客様の分です」カチャ

姫「ありがとう」

677: 2012/09/21(金) 21:40:28.38 ID:V2X4Uln30
逃亡者「……」

姫「どうしたの?」

逃亡者「いえ、何でもありません」

姫「変なシロ」ニッコリ

逃亡者「……申し訳ない。私が不甲斐無かったばっかりに……」

姫「シロ?」

逃亡者「……すいません。姫――――」


姫は逃亡者を抱きしめる。


姫「怖がらなくていいのよ、シロ。私が付いてる」

逃亡者「……はい。ありがとうございます」

姫「……」

逃亡者「……」

姫「大丈夫?」

逃亡者「はい。見苦しい所をお見せしました」

逃亡者「私は辺りを見てきます」

678: 2012/09/21(金) 21:41:16.39 ID:V2X4Uln30
姫「気をつけてね」

逃亡者「はい」スタスタ

信義「……柄にもなく嘆いてたわね」

逃亡者「そうか? 俺はいつもと同じなんだけどな」

信義「まったく、素直じゃないのね」

逃亡者「世界一裏表の激しい女にそんな事言われる様じゃ俺もヤバいのかもな」

信義「ええ。本当に不味いと思うわ。早く精神病院に行く事をオススメするわ」

逃亡者「お前の病気が治せるような名医のいる病院なら行ってもいいかな」

信義「とびっきりの名医を探してあげるわ」

逃亡者「楽しみにしとくよ」

信義「……で、次は何処に?」

逃亡者「砂漠の町」

信義「また遠くね」

逃亡者「砂漠の女王に会っておこうと思ってね」

信義「どんな人なの?」

逃亡者「詳しくは知らないけど、凄い人らしい」

信義「へえ」

逃亡者「少し休んだらすぐ出発する」

信義「了解」

683: 2012/09/23(日) 22:06:53.37 ID:dk+hp2KE0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


竜の山


少年「……」

少女「……」

老人「どうかしましたか?」

少女「お姉ちゃんが今どうしてるかなって思って」

老人「……さてね、でも元気なんじゃないですか?」

少年「おじいちゃんはお姉ちゃんが何で出ていったのか知ってるの?」

老人「ん、まあ、はい」

少年「教えて」

老人「……」

少女「私も聞きたい」

老人「……竜と人の間の者だったんですよ。あの子は」

少女「そう、なんだ」

少年「……」

老人「君達は竜でいると決めた身ですが、彼女は結局選べなかった」

少年「それで出ていったの?」

老人「ええ」

684: 2012/09/23(日) 22:07:35.61 ID:dk+hp2KE0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


砂漠の町


勇者「……大きな町だ」

魔法使い「本当ですね」

鍛冶屋「あのでかい城がそうなのか?」

魔法使い「はい。あそこにいつもいるそうです」

鍛冶屋「外には出ないのか?」

魔法使い「はい。出てないみたいです」

鍛冶屋「ふーん」

町人「……」チラチラ

正義「何なのかしら。あの嫌な見方」

勇者「お前が気にする事じゃない。多分俺だ」

正義「……でも気になる」

勇者「我慢しろ」

正義「……」

685: 2012/09/23(日) 22:09:03.16 ID:dk+hp2KE0
勇者「行くぞ」スタスタ

勝利「……」

正義「ん、あれって……」

勇者「……ああ」

鍛冶屋「戦うのか?」

勇者「気が早い」

魔法使い「でも、相手も相手ですし……」

勇者「ああ、だがこちらからは戦闘は仕掛けない」

正義「……」

勇者「なんだ」

正義「別に、ただ変わったなって思っただけ」

勇者「……」

勝利「……あ」

正義「気付いたみたいね」

勝利「あんた達もこの町に?」

勇者「ああ、英雄はどうした」

686: 2012/09/23(日) 22:10:48.21 ID:dk+hp2KE0
勝利「……」

勇者「どうした」

勝利「え、えっと、その……」

正義「何か隠してるの?」

勝利「いや、そう言う訳じゃないんだけど……その……」

鍛冶屋「つーか、なんでケーキ屋の前なんかにいるんだ?」

魔法使い「あ、本当ですね」

勝利「いや、べ、別に深い意味は無いんだけど……」

勇者「……まさか英雄が誰かに連れ去られたのか?」

勝利「違う違う!! 英雄はそんなに弱くないよ」

勇者「なら何処にいる」

勝利「なんでそんなに英雄に会いたいの?」

勇者「謝りたい事がある」

勝利「英雄は気にしてないと思うけどな……」

勇者「俺は気にしてる」

勝利「……」

687: 2012/09/23(日) 22:12:10.87 ID:dk+hp2KE0
勇者「……」

鍛冶屋「さっさと教えてやれよ」

魔法使い「お願いします」

勝利「う、うん。俺も教えてあげたいんだけど……」

正義「どういう事なの?」

勝利「少し出掛けてて、ここで待ってて欲しいって言われたんだ。だから俺も居場所はわかんない」

勇者「……そうか、だがここで待っていれば来るんだな?」

勝利「あ、え……ま、まあそうだけど……」

勇者「ならここで待たせてもらおう」

勝利「きっと時間かかると思うんだけどな……」

勇者「構わない」

勝利「……こっちが困るんだよな……」ボソッ

魔法使い「ならこの中で待ってればどうですか?」

勇者「そうだな」

勝利「待って!!」

勇者「なんだ」

勝利「ここのケーキ屋高いんだ。だからもっと安い所の方がいいと思うんだ」

688: 2012/09/23(日) 22:13:45.33 ID:dk+hp2KE0
正義「詳しいわね」

勝利「あ、う、うん……まあ」

魔法使い「でもたまには奮発してもいいんじゃないですか?」

鍛冶屋「そうだよな。貧乏旅だし」

正義「あなたも一緒に来る?」

勝利「え?」

勇者「お互いに知り合うのも大切だ。一緒に中で話さないか?」

鍛冶屋「いいのか? なんか因縁あるみたいだけど」

勇者「いい。昔の事だ」

勝利「お、俺は待たなくちゃいけないから……」

勇者「遅くなるんだろ、なら少しくらい大丈夫だろう」

勝利「……」

正義「じゃあ行きましょうか」

鍛冶屋「つーか、ケーキって初めて食べるんだけど」

魔法使い「ケーキって売ってる場所少ないですからね」

勇者「どうした」

勝利「何でもない……」

693: 2012/09/24(月) 22:00:02.20 ID:QIyVRh7G0
勇者「……」ガチャ

鍛冶屋「人多いな」

魔法使い「みんな好きなんですね」

正義「そんなにおいしいのかしら」

英雄「おいしい」モグモグ

勇者「……」

英雄「やっぱり来てよかった」モグモグ

勇者「……英雄」

英雄「!?」

勇者「久しぶりだな」

英雄「あ、ああ」

勇者「元気そうだな」

英雄「ああ。お前の方も顔つきが変わったな」

勇者「……」

英雄「何か分かったのか?」

勇者「まあ、少しな」

694: 2012/09/24(月) 22:00:56.37 ID:QIyVRh7G0
英雄「それなら私と――――」

店員「チョコレートケーキお持ちいたしました」

英雄「頼んでない!!」

店員「何言ってるんですか。ついさっき頼んだじゃないですか」

英雄「何かの間違いだ!!」

店員「……申し訳ございません」

英雄「……」

店員「ですが、このケーキを捨てるのも勿体無いのでよかったら食べますか?」

英雄「あ、ああ。勿体ないからな」

店員「彼氏さんの前だから恥ずかしかったんですね」ボソッ

英雄「!!」///

勇者「……好きなのか」

英雄「な、何がよ!!」

勇者「いや、ケーキが」

英雄「べ、別に好きじゃないわ。ただ勿体ないって言うから」

695: 2012/09/24(月) 22:02:39.38 ID:QIyVRh7G0
勇者「今まで食べてただろ」

英雄「あ、あれは知り合いが食べに行けって言ったから、ケーキ屋にきてケーキを食べないのも変でしょ」

勇者「じゃあ好きじゃないのか?」

英雄「あ、当たり前じゃない!! 嫌々食べてたの」

勇者「じゃあそのケーキ貰っていいか?」

英雄「え……」

勇者「嫌々食べるのは勿体ないだろ」

英雄「……」

勇者「……」

英雄「……うう」ウルウル

勇者「……泣くな」

英雄「な、泣いてないわよ。うううっ……」ウルウル

勇者「……」

英雄「ここのケーキ屋。チョコレートケーキが有名なのよ……」

勇者「食べればいいだろ」

英雄「……」

勇者「食べたいんだろ?」

英雄「べ、別に食べたくなんかないもん」

696: 2012/09/24(月) 22:04:57.94 ID:QIyVRh7G0
勇者「……」

英雄「……」

勇者「やっぱり俺はいい。お前が食え」

英雄「え、いいの?」

勇者「甘いものは得意じゃないんだ。お前が食え」

英雄「……」

勇者「俺が――――」

英雄「し、仕方ないわね。じゃあ勿体ないから」モグモグ

勝利「英雄」

英雄「……な、なんだ」

勇者(口調が戻ったな)

勝利「ごめんね。止めたんだけど」

英雄「な、何の事を言ってるのかさっぱり分からないけど、まあいいわよ」

勇者「……」

英雄「な、なんだ」

勇者「いや、何でもない」

正義「……あ、ここにいたんだ」

697: 2012/09/24(月) 22:06:05.70 ID:QIyVRh7G0
勇者「ああ。英雄、あとで話がある」

英雄「わ、分かった」

勇者「じゃあまた後で」

英雄「そうだな」

勇者「あと顔にチョコついてるぞ」

英雄「……」///

勇者「行くぞ」スタスタ

正義「ええ」スタスタ

勝利「何の話してたの?」

英雄「ただの世間話だ」

勝利「そうなんだ」

英雄「……見られたぞ」

勝利「あ……」

英雄「……」

勝利「うん、ごめんね」

英雄「……まあ、いいんだが」

勝利「チョコついてる」

英雄「もう分かった!!」

705: 2012/09/25(火) 22:21:45.36 ID:N2w+hadF0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


武人「思ったより広いんだな。この町」

真理「……」

武人「静かだな」

真理「少し考え事をしてただけだ」

武人「中断させて悪かったな」

真理「気にはしていない。それにこれは俺の問題だ」

武人「何について考えてたんだ?」

真理「剣士とは何か。騎士道とは何か」

武人「また難しい事を考えてるな」

真理「主には分からんか」

武人「よほどの人間じゃ無けりゃ分かんないと思うぞ」

真理「かもしれんな」

姫「うふふ。今日もいい天気よお母様」

逃亡者「急がなくても大丈夫ですよ。姫様」

706: 2012/09/25(火) 22:22:19.63 ID:N2w+hadF0
姫「ふふ、うふふふふ」スタスタ

信義「ご機嫌ね」スタスタ

逃亡者「嬉しい事だね」スタスタ

武人「……」スタスタ

真理「……」スタスタ

逃亡者「へえ、お前がそうなんだ」

武人「……あんたもか」

逃亡者「ああ、その通り」

武人「……」

逃亡者「もしかして予想外だったりした?」

武人「まさか、見た目で他人を判断する様な人間じゃないよ」

逃亡者「そうか」

武人「そう見えるか?」

逃亡者「うん、見えないね」

真理「お主こそ騎士道が足りていない様に見えるが?」

武人「真理」

707: 2012/09/25(火) 22:25:41.91 ID:N2w+hadF0
逃亡者「ははは。そうかもしれないな」

逃亡者「ああ、自己紹介が遅れたね。俺は――――」

姫「シロ」

武人「?」

姫「シロよ」

逃亡者「……」

信義「本名は逃亡者。私は信義よ」

逃亡者「あ、補足ありがと」

信義「どういたしまして」

武人「俺は武人。そっちは真理だ」

真理「よろしく頼む」

姫「ふふ、鳥さん」

逃亡者「で、あそこにいるのが姫」

信義「一応私達が仕えてる人よ」

逃亡者「補足ありがと」

信義「どういたしまして」

708: 2012/09/25(火) 22:26:19.11 ID:N2w+hadF0
逃亡者「他の奴らには会った?」

武人「勇者には会った」

逃亡者「へえ、あいつに……」

武人「多分この町に来るぞ」

逃亡者「そりゃ楽しみだ」

武人「なんでだ?」

逃亡者「あいつ面白いからな。まあ、少しは成長したと思うけど」

武人「あと一人がどんな人かは知ってるのか?」

逃亡者「ああ、そいつは女だ」

武人「……そう言う情報は別にいらないんだけどな」

逃亡者「ごめんごめん。火を操る剣士って感じかな」

真理「ほう、面白い能力だな」

逃亡者「お前はどんな能力なの?」

武人「悪いけどそんなに簡単に人に能力は話せないな。敵になるかもしれないし」

逃亡者「そりゃそうだ」

709: 2012/09/25(火) 22:28:46.95 ID:N2w+hadF0
武人「……あんたとは仲良く出来そうな気がするよ」

逃亡者「奇遇だな。俺もだよ」

武人「……」

逃亡者「……」


逃亡者と武人は握手をする。


武人「もう王女には会った?」

逃亡者「いや、これから」

武人「なら一緒に行かないか?」

逃亡者「……いいよ」

武人「なら行くか」

逃亡者「いいのか? そんな簡単に信用して」

武人「自分の身くらい自分で守れるさ」

逃亡者「まあ、そうだな」

信義「なんか楽しそうね」

真理「まあ、いいではないか」

姫「みんな仲良し。ふふっ」

信義「そうね」

710: 2012/09/25(火) 22:29:21.11 ID:N2w+hadF0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


砂漠の城 客間


勇者「……久しぶりだな」

逃亡者「ああ、久しぶり……」

武人「早かったな」

勇者「お前が遅いんだ」

武人「そうか?」

勇者「そうだ」

鍛冶屋「元気そうで」

姫「五日の小鳥さん。お元気でしたか?」

鍛冶屋「まあ、はい」

姫「そう。なら良かった」

魔法使い「あの時のお姫様……ですよね」

鍛冶屋「ああ。まあいろいろあったんだよ」

711: 2012/09/25(火) 22:31:41.91 ID:N2w+hadF0
逃亡者「いきなり斬りかかってこなくなったね」

勇者「……無駄な頃しはしない」

逃亡者「へえ、成長したんだ」

勇者「ただ頃す相手は俺が選ぶだけだ」

逃亡者「ふーん、どうして?」

勇者「俺は神では無い。なら全ての罪を平等には裁けない。だから俺が自分で見極めて斬る」

逃亡者「それで俺は斬るに値しないと」

勇者「現段階ではな」

逃亡者「……少し成長したね」

勇者「……考え方が変わっただけだ」

武人「顔付きが変わったな」

勇者「そうか」

逃亡者「満足いく答えじゃないけど、近づいてはいるよ」

勇者「……」

715: 2012/09/26(水) 22:05:45.83 ID:OJ53mTUf0
正義「これで全員揃ったわけね」

逃亡者「いや、後は魔王の剣、『邪悪』が残ってる」

鍛冶屋「邪悪?」

英雄「魔王が持っている剣で、人格を持った最初の剣だ」

魔法使い「つ、強いんですか?」

信義「人格を持つ剣に強いも弱いも無いわ。ただその剣に認められれば使える。それだけよ」

正義「形状や強度。重さとか細かい違いはあるけど根本的に大きな違いは無いわ」

真理「強いて言うなら魔力の保有量の若干の違い程度だな」

砂漠の女王「遅くなりました」ガチャ


部屋に入っていたのは紫のドレスを着た美女だった。
髪は赤みがかった黒で長さは腰程度。
頭の上には綺麗な髪飾りがつけてあった。


逃亡者「大丈夫。そんなに待ってないから」

砂漠の女王「……突然の無礼で悪いのですが、四人と話し合いがしたいので少し席を外していただけませんか?」

鍛冶屋「……あ、すいません」

信義「私達も?」

砂漠の女王「お願いします」

716: 2012/09/26(水) 22:06:42.19 ID:OJ53mTUf0
信義「……別に構わないけど」

勇者「先に宿屋に帰っててくれ」

魔法使い「あ、はい」

逃亡者「信義、姫様を頼むよ」

信義「ええ」

魔法使い「あの、なんでしたら、私達の宿屋に来ますか?」

信義「え、そ……」

逃亡者「好きにしなよ」

信義「ありがとう」

正義「感謝しなさい」

信義「少なくともあんたには感謝しない」

鍛冶屋「じゃあ勝利と真理はこっちに来るか?」

真理「……よろしく頼む」

勝利「お願いします」

魔法使い「じゃあ、また後で会いましょうか」ガチャ

勇者「ああ」

真理「じゃあまた後で」

717: 2012/09/26(水) 22:07:53.04 ID:OJ53mTUf0
武人「分かってる」


ガチャン


武人「あ、俺は武人。よろしく」

英雄「英雄だ。よろしく」

砂漠の女王「……まずは無礼をお詫びします」

逃亡者「いいよ、元々女王に大人数で会おうってのが間違ってるんだ」

勇者「私達に非があります。気にする必要はありません」

砂漠の女王「そうですか。ありがとうございます」

砂漠の女王「ですが、あなた方全員を集めたのは私です。ですから予想は出来たはずなのですが……」

英雄「あなたがですか?」

砂漠の女王「はい」

武人「またどうして」

砂漠の女王「……あなた方全員に話があります」

逃亡者「ふーん」

勇者「話とはどのような」

砂漠の女王「ここ最近魔物の活動が活発なのはご存知ですか?」

逃亡者「知ってるよ。ここに来るまででもかなり襲撃された」

718: 2012/09/26(水) 22:11:39.57 ID:OJ53mTUf0
武人「俺の方もだ。特に凶暴な連中だらけだった」

砂漠の女王「ええ。最近は城の周りも魔物が多く、非常に危険です」

勇者「……」

英雄「前置きはそのくらいで結構です。本題へ」

逃亡者「……結論を急ぐなとは言わないけどさ。もう少し相手のペースに合わせてあげなよ」

英雄「私は暇ではない」

勇者「さっきまで――――」

英雄「お前は黙っていろ!!」

勇者「……」

砂漠の女王「分かりました。単刀直入に申し上げますと、連合軍を結成したいのです」

勇者「連合軍?」

砂漠の女王「はい。あなた方にはその話を各国に持って帰っていただきたい。そしてあなた方四人に特別部隊として動いていただきたい」

逃亡者「待てよ。三人はいいとしても、俺は罪人だぞ。国に帰っても何にも出来ない」

砂漠の女王「国の方へは私が直に交渉をします。特別部隊の件についても私が何とかいたします」

武人「俺はどうすればいいんだ?」

砂漠の女王「和の町の長にその話を持っていって下さい」

武人「……あと特別部隊って、何が違うんだよ」

砂漠の女王「あなた方は人格を持つ剣の使い手。ですからあなた方には魔王討伐をしていただきたい」

719: 2012/09/26(水) 22:14:05.08 ID:OJ53mTUf0
英雄「……滅茶苦茶だな」

砂漠の女王「おっしゃる通りです」

英雄「利益も得も無い。そんな話に乗ると思うか?」

砂漠の女王「……」

武人「他の二人はどう?」

勇者「どちらでもいい。と言うのが本音だな」

逃亡者「同じくだ」

武人「俺は協力した方がいいと思うけどな」

英雄「得が無いだろ」

武人「各国で資金を出し合えばその分の負担も分担できるだろ」

英雄「失敗したら全部無駄になる」

武人「それはどこの国も同じ事じゃないか」

勇者「だが負担が減るのは利益か?」

武人「……まあ、確かにな」

英雄「四人もいらん魔王など私一人で事足りる」

逃亡者「凄い自信だね。でも知ってる? 自信も過剰過ぎると身を滅ぼすんだよ」

720: 2012/09/26(水) 22:20:04.63 ID:OJ53mTUf0
砂漠の女王「その辺りにしていただけますか」

勇者「……いえ、失礼しました」

砂漠の女王「とりあえず、自国にその話を持ち帰っていただけますか」

勇者「分かりました」

英雄「一応王には話す。だが答えは決まっている」

武人「とりあえず話してみるよ」

逃亡者「あいつの事だから断ると思うけど、どうするの?」

砂漠の女王「策はあります」

砂漠の女王「では、私の話は――――」

旅人「ちょっと待ってもらってもいいですかね」

勇者「……」

逃亡者「……」

英雄「……」

武人「……」

砂漠の女王「……あなたは?」

旅人「そちらさん四人にはもう何かしら会ってるんで、あっしの事は知ってると思いますら聞いてみてくだせぇ」

724: 2012/09/27(木) 21:38:45.40 ID:Y6ETFiIJ0
勇者「そうなのか?」


武人、英雄、逃亡者は一斉に頷く。


旅人「そりゃあ、あっしの仕事はあなたさんがた四人の見張りですから」

勇者「お前一人でか?」

旅人「まさか。さすがのあっしも一人じゃそんな事は出来ませんよ。少し仲間に手伝ってもらいました」

武人「仲間?」

旅人「一応全員には会ってますから分からないなんて事はありませんよね?」

英雄「ああ、思い出したくも無い」

旅人「へへへっ。ひどい言われ様で」

砂漠の女王「どうやって中へ?」

旅人「心配しないでくだせぇ。誰も頃しちゃいませんし、怪我もさせちゃいませんよ」

逃亡者「で、わざわざこんな所に姿を現したのはなんか用事があったんだろ?」

旅人「ええ。あなた方四人と、そちらの嬢様に」

砂漠の女王「なんでしょうか」

旅人「なんでも連合軍を作ろうと尽力してるとか」

725: 2012/09/27(木) 21:43:49.90 ID:Y6ETFiIJ0
砂漠の女王「え、ええ。その通りです」

旅人「もし作るのなら早くしろ。との事です」

砂漠の女王「?」

旅人「あなた方四人には、近いうちに会いに行く。と」

英雄「誰の伝言だ」

旅人「そう焦っちゃいけねぇ。それに今言ったでしょう。近いうちに会いに行くって」

逃亡者「さっぱり分かんないね」

旅人「へへっ。すぐに分かりますよ」

勇者「用事はそれだけか」

旅人「ええ、今回はこれだけです」

武人「……わざわざご苦労だな」

旅人「ええ、それじゃあまたお会いしましょう」スタスタ

砂漠の女王「……」

勇者「何か心当たりは」

砂漠の女王「ありません」

逃亡者「気長に待とうよ。会いにくるって言ってるんだし」

726: 2012/09/27(木) 21:45:17.01 ID:Y6ETFiIJ0
英雄「そんな悠長な事言っていられない!! 何かあってからでは遅いんだ!!」

武人「落ち付いて」

英雄「……」

勇者「我々も一度戻ります」

砂漠の女王「はい。わざわざありがとうございました」

勇者「いえ」

砂漠の女王「ではお願いします」

勇者「はい」

英雄「一応王には話すが、期待はするなよ」

砂漠の女王「分かっています」

逃亡者「じゃあ、また会いましょうか」

砂漠の女王「はい」

武人「ではまた」

砂漠の女王「よい返事を期待しております」

727: 2012/09/27(木) 21:46:04.63 ID:Y6ETFiIJ0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


城の入り口


英雄「……」スタスタ

勇者「どこに行く」

英雄「お前達と一緒にいる義務は無い。私は帰る」

勇者「とりあえず宿屋に来い。勝利がいる」

英雄「……」

逃亡者「もしかしてお礼も言わないつもり? まさか海の国の英雄ともあろう方がそんな事する訳ないよな?」

英雄「……」

武人「案内してくれ」

勇者「ああ、分かった」スタスタ

英雄「……」スタスタ

逃亡者「どう思う?」スタスタ

勇者「?」スタスタ

武人「何が?」スタスタ

逃亡者「連合軍の件。お前等はどうなると思う?」スタスタ

728: 2012/09/27(木) 21:47:07.65 ID:Y6ETFiIJ0
勇者「俺の国は微妙だな」スタスタ

武人「俺もだ。わざわざ武器を供給するとは思えない」スタスタ

英雄「こんなくだらん計画に乗る訳無いだろう」スタスタ

???「乗らざるをえなくなる。嫌でもな」

勇者「……」


そこに立っていたのは十五歳ほどの少女だった。
背中の中ほどまであるストレートロングの黒髪に綺麗に真横に切りそろえられた前髪。
そして上流階級顔負けの綺麗なドレス。
だが決して成金なのでは無く、白を基調とした素朴なものだ。
顔立ちは中性的。
だがその顔は誰もが振り向くほどの美しさ。


英雄「どういう意味だ」

???「そのままの意味に捉えてもらって結構。連合軍は遅かれ早かれ必ず結成される」

武人「それはいい。問題はなんでそんな事を君が知ってる事かな」

???「ふふっ。理由が無くては納得も出来んか。まあ、当然だな」

英雄「貴様……」

???「半端者は黙っていろ」

英雄「な……!?」

734: 2012/09/28(金) 21:43:05.71 ID:tHeAUnc+0
勇者「誰だ」

???「せっかちだな。女に嫌われるぞ」

逃亡者「悪いね。そいつ童Oだから」

武人「え?」

英雄「……」

勇者「……」

???「性格も何もかもバラバラ。おまけに仲も悪い。最悪だな」

英雄「私はこいつ等と組む気は無い」

???「ほう。一人で戦うのか?」

英雄「当たり前だ」

逃亡者「強がっちゃって」

英雄「勝手に言ってろ」

逃亡者「そうさせてもらうよ」

735: 2012/09/28(金) 21:50:24.30 ID:tHeAUnc+0
武人「で、君は誰?」

魔王「オレか? オレは魔王だ」

勇者「……」

英雄「馬鹿にしているのか?」

魔王「そんなふうに見えるか?」

英雄「……」

勇者「見えないな」

逃亡者「そうだな……」

勇者「本当なのか?」

魔王「オレが嘘をついている様に見えるのか?」

武人「魔王さんがなんでこんな所に?」

魔王「単純な理由だ。お前達に会いに来た」

英雄「何を言っている」

逃亡者「そんなに俺達って有名人だったっけ?」

736: 2012/09/28(金) 21:51:27.34 ID:tHeAUnc+0
武人「まあ少なくとも俺よりは有名なんじゃない?」

勇者「そんな話はどうでもいい。お前が魔王なら頃すだけだ」

魔王「ほう? お前にこのオレが倒せるのかな?」

勇者「倒す」

逃亡者「俺も同意見だよ」

武人「まあ、普通そうだろうね」

英雄「……私一人で勝てる」

勇者「無理だ」

英雄「……」

魔王「四対一か。その程度でオレに勝てると思うとは。舐められたものだな」

逃亡者「一応俺達人格を持つ剣の使い手だぜ? こっちこそ舐められたくないな」

武人「魔王って言うくらいだし、そこそこは強いんだろうな」

魔王「……いいな。嫌いじゃないぞ」

武人「聞きたいんだけど、連合軍は遅かれ早かれ出来るってどういう意味?」

魔王「魔物達と人間の全面戦争が始まるからだ」

英雄「何?」

魔王「戦争の意味が分からんのか。教えてやろうか?」

737: 2012/09/28(金) 21:52:02.27 ID:tHeAUnc+0
逃亡者「お前がリーダーなのか?」

魔王「ああ」

勇者「……理由はなんだ」

魔王「ん?」

勇者「何のためにそんな事をするのかと聞いているんだ!!」

魔王「……くだらん質問だ」

勇者「何がくだらないんだ」

魔王「理由は無い」

逃亡者「理由は無い?」

魔王「鳥は飛ぶもの。魚は泳ぐもの。魔王は人を滅ぼすものだ」

英雄「意味が分からない」

魔王「理解できないか。まあ無理も無いかもしれんな」

英雄「人を滅ぼすのはお前の感情だろう」

魔王「打から言っているだろう。魔王とは人を滅ぼすもの。言わば本能的だ」

勇者「本能……」

738: 2012/09/28(金) 21:53:12.48 ID:tHeAUnc+0
魔王「腹が減るのに理由があるか? 眠くなるのに理由があるか?」

武人「……わざわざ俺達に会いに来てまでそんな事を言いに来たわけか」

魔王「食事も上手い方がうれしいし、睡眠もしっかりと眠れた方がうれしい。破壊するのも極限まで楽しみたいものだろう」

勇者「……ますますお前を倒さなくちゃいけなくなった」

魔王「いいだろう。成長してもらわなくては面白くないからな」

英雄「……どういう意味だ」

魔王「まだまだ力不足。オレに一太刀あたえられたら奇跡に等しい」


何も無い空間から一つの剣が出現する。


魔王「さて、遊びの時間だ」

武人「じゃあ、その奇跡を起こせばいいだけだ」

魔王「第一幕の幕引きだ。派手に飾ろう!!」

739: 2012/09/28(金) 21:56:10.79 ID:tHeAUnc+0
魔王が腰の剣を抜く。

ただそれだけ。
たったそれだけの動作なのに、辺りの空気が一瞬にして変化した。
柔らかかった空気が刹那にして針の様な鋭い空気へと変わる。

勇者も刀を抜き、構える。

横にいる英雄、逃亡者、武人も得物を抜き、構えていた。

静寂。

全員ピクリとも動かず、静止していた。

その静寂を逃亡者が破る。

彼はいつもの超回復能力を駆使し、化け物染みた速度で飛びまわる。
空中で無茶な方向転換を何度も繰り返し、まるで魔弾のように縦横無尽に空中を駆ける。

その動きはもはや目で追うのが精一杯なほどの速度だ。

だが魔王は一歩も動かず、ただじっと止まっていた。
まるで何かを探る様に意識を集中させている。

ガギン、と言う金属音が響き、飛びまわっていた逃亡者の動きが停止した。
攻撃を仕掛けた逃亡者の一撃を魔王が防御したのだ。

740: 2012/09/28(金) 21:58:22.78 ID:tHeAUnc+0
「遅いな。その程度でオレの首を取れると思ったのか?」


魔王の周りの空気が振動し、風の刃が生まれる。
それは無慈悲に、何の躊躇もなく逃亡者の体を深く斬り裂いた。


「踊れ!!」


血が飛び散り、内臓も吹き飛ぶ。
四肢がもがれ、腕や足が宙を舞う。

辛うじて心臓は残り、首も跳んではいない。
いや、意図的にそれを残したのかもしれない。
だがその姿はもはや生きているのが不思議なほどの凄惨な姿だった。



『正義!! 魔力を限界まで体に送り込め!!』

『りょ、了解!!』


勇者が魔王目掛けて跳ぶ。

刀自体に魔力を供給し、研ぎ澄ます。

触れたものを例外なく斬り裂く。
鉄さえ斬り裂く刀へと変化させる。

743: 2012/09/29(土) 22:24:02.01 ID:rfp/7mNq0
だがしかし、勇者の刀は魔王の目の前で停止させられた。
剣で受け止められた訳ではない。
何か障害があった訳ではない。
ただまるでそこだけ時間が止まったかのようにぴたりと刀が止まる。


「この程度も突破出来んか」


脇腹に衝撃。
それを感じた時にはすでに勇者の体は大きく仰け反り、地面を転がっていた。

状況判断が追いつかない。
何が起こったのか、何をされたのかが分からない。


「踊り狂え。道化師共」


勇者の体に悪寒がはしる。
今まで感じた事の無いほどの殺意を向けられているのが分かった。

だが、勇者と魔王の間に人影が割り込む。

744: 2012/09/29(土) 22:26:50.15 ID:rfp/7mNq0
周りに火の玉を纏った人影。


「なめられたものだな」

「ほう、半端者が相手か」


二メートル近い炎を槍が魔王目掛け突進する。

だがその攻撃も魔王に到着する前に消滅した。


「二度とそう呼ぶな」

「憎悪、嫌悪、嫉妬、そして挫折。いい顔だ。最高の半端者だ!!」

「二度と、そう呼ぶな!!」


英雄と魔王の剣が激突。
舞踏会の様に火花が散り、強烈な熱風が辺りを襲った。
しかし爆心地にいる二人は何事も無かったかのように得物をぶつけ合いながら睨み合っている。

踊り狂う炎が魔王を包み込む。
だが魔王に近づこうとした炎は例外なしに見えない何かに叩き落とされていた。

745: 2012/09/29(土) 22:27:24.30 ID:rfp/7mNq0
英雄の剣が魔王目掛けて振り下ろされる。
しかしその一撃もまるで子供をあしらうかのように簡単に弾かれてしまう。

魔王は笑っていた。
純粋無垢な子供の様に歯を見せ笑う。

刹那、魔王の剣から青い閃光を纏っていた。
青い閃光はバチバチと凶悪な音をならし、増幅していく。


「必殺技には名前を付けるといいぞ。その技名を叫ぶと心なしか威力が上がる」


青い閃光。
電撃を纏った剣が英雄目掛け振り下ろされた。

それは英雄の剣にぶつかった瞬間、まるで爆発するかのように辺り一面に電撃を撒き散らす。
砂漠特有の淡い茶色の砂が一瞬にして黒く焦げつかせる。

英雄はその黒く焦げた砂の真ん中に立っていた。
体からは湯気の様な煙が上がり、体中ボロボロだ。
だが剣を離す事無く、その場にその足でしっかりと立っている。

746: 2012/09/29(土) 22:28:21.75 ID:rfp/7mNq0
魔王がまたにやりと笑う。
それはさっきとは違い相手を称賛するかのような笑みだ。


「耐えたか。気絶くらいはすると思ったが、思ったより丈夫だな」

「黙れ……」

「言っておくが今のは必殺技では無いぞ。技名を叫んでいなかっただろう」


勇者は刀を構え、一歩前に出る。


『正義。魔力は』

『まだまだ大丈夫』


呼吸を調え、勇者は跳んだ。

速く。
何よりも速く。
それこそ風の如く、滑る様に。

747: 2012/09/29(土) 22:28:55.18 ID:rfp/7mNq0
体自体に風を纏わせ、極限まで加速する。

勇者の体が亜音速を迎える頃、魔王はすでに目の前にいた。

時間にして約一秒の十分の一。
もはや人が感知できる速度では無い。

勇者の刀が大きく横に振られる。
それも同じく、風を纏い加速させる。

その一連の行動を目視出来た人間は誰一人もいなかった。
誰もが勇者の姿を見失い、気が付いた時には魔王目掛けて剣を振っている。
それすらも常人であれば見えなかっただろう。
そんな冗談まがいの攻撃は実際に起こっている。

歴戦の戦士ですらも勇者を除きあらゆる人間はそれ目視出来なかったのだ。
そう、その場にいた勇者を除くあらゆる人間は。

魔王の剣が僅かに揺れる。
右にほんの少し。
まるで風にあおられたかのようにほんの少し。

音よりも速く、二つの得物は激突した。

748: 2012/09/29(土) 22:30:06.60 ID:rfp/7mNq0
魔王の剣は寸での所で勇者の刀を受け止めている。

勇者の両手は両手から手応えが逃げていくのを感じていた。
まるで両手ですくった水が手の隙間から流れていくかのようにどんどんとそれは減って行く。

勇者の刀の攻撃は受け流されていた。

どんな屈強な戦士でも到底受けとめきれない一撃は魔王でも受け止めるのは少し無理があったのだろう。
魔王は剣をほんの少し斜めに傾け、その膨大な威力を流している。

もちろん簡単な芸当では無い。

その攻撃を受け流しきれなければ得物は押し負け、自分の得物で自分を真っ二つにする事になる。
逆に流し過ぎれば相手の得物自体がそのまま上に流れ、その流れた得物が受け流した側を斬ってしまう。

まるで空から落ちて来た卵を割らずに受け止める様な繊細な技術。
魔王はそれをいとも簡単にやってのけたのだ。

格が違い過ぎる。
抑えめな表現で行っても技量が二桁違う。
これは戦いでは無く、ただ単純に弄ばれているだけだった。

749: 2012/09/29(土) 22:31:26.20 ID:rfp/7mNq0
「言っただろう。四対一だって」


勇者の耳に武人の声が聞こえた。

それが聞こえたのとほぼ同時に勇者の目の前にいたはずの魔王が忽然と姿を消した。

魔王は上空二メートルほどの場所で静止していた。
まるで普通に地面に立っている様に空中に立っていた。


「挟み打ちはさすがに無理か」

武人は勇者の目の前でそう呟いた。

魔王を後ろから斬ろうとしたのだろうが、あんな風に避けられてはどうしようもない。

だがそんな事より勇者は目の前の武人に目を疑った。

その手には刀が握られている。
それはごく普通の事。

だが彼は片手に一本ずつ、二本の刀を持っていた。
寸分違わぬ、全く同じ刀。
人格を持つ刀を二本。

753: 2012/09/30(日) 21:32:00.22 ID:gsHcIhyj0
「逃亡者。英雄。まだ行けるか?」

「当たり前だ」

「悪いね。少し調子に乗り過ぎた」


武人の問いかけに二人は答えた。

気付けば英雄と逃亡者も勇者の横に立っている。

逃亡者は数分前と全く同じ、五体満足の状態へ回復している。

四人は横一列に綺麗に並び、空中に立つ魔王を見ていた。

魔王は笑う。
称える様に。
嘲笑する様に。

754: 2012/09/30(日) 21:32:42.97 ID:gsHcIhyj0
誰が合図した訳ではない。
しかし四人は同時に攻撃を開始した。

英雄が正面に立ち、剣を構える。
英雄の剣が炎を纏い、全長三メートルはあろうかと言う巨大な炎の剣と化す。

英雄はそれを構えながら跳躍し魔王の目の前まで跳ぶと、それを大きく振り下ろした。

下手な小細工は無い。
ただただ威力と炎に頼った、正真正銘渾身の一撃だ。

魔王は剣を頭上に構えると、その一撃を防御する。

だがその強大なな炎は防御してもなお消えない。
紅蓮の炎は魔王を覆う様に飲み込み蹂躙する。

だが一瞬魔王は炎に飲み込まれたが次の瞬間にはその炎をかき消し、また何事もなかったかのようにその場に立っていた。

英雄は魔王を見ながら下唇を噛む。

755: 2012/09/30(日) 21:34:21.06 ID:gsHcIhyj0
しかし英雄の一撃で攻撃は終わった訳ではない。

魔王を挟むように逃亡者と武人が襲いかかった。

逃亡者は急停止、急旋回を行いながら縦横無尽に空を駆ける。
武人は天使の様な白い翼を羽ばたかせながら空を飛ぶ。
進み方は全く違えど二人は魔王を右と左から挟撃した。

英雄の一撃は言わば目隠し。
強大な炎は二人を隠すための囮でもあった。

逃亡者と武人が同時に魔王に得物を振る。

だが武人の体が魔王の手前でぴたりと停止。
逃亡者の攻撃は魔王の剣によって防がれる。

鍔迫り合いのはずなのに魔王は涼しげな顔のままだ。

756: 2012/09/30(日) 21:34:52.50 ID:gsHcIhyj0
彼女はにこやかに笑いながらその二人を交互に見る。
その顔は残念だったな、とでも言いたげだった。


「俺を忘れてもらっては困る」


勇者の声が響く。

彼は丁度魔王の真上。
上空三メートルほどの位置にいた。
彼は刀を鞘にしまい、鞘の部分に手を置いている。

彼の体は重力に従い落下する。
更に自身の力を使い加速した。

速く。
何よりも、誰よりも速く。

重力と風力。
その二つは彼の体をあっという間に加速させ、彼の体音速まで加速させた。

肉体が軋む。
骨が悲鳴を上げる。

757: 2012/09/30(日) 21:35:36.52 ID:gsHcIhyj0
だが、それでも更に加速する。

柄を持つ手に力が入る。
刀が数センチだけ抜かれ、銀の刀身が覗く。

それは抜刀術。
居合の構え。

魔王目掛け彼は降下する。
いや、落下する。

魔王と彼の影が重なる瞬間。
彼の刀は抜かれ、振り抜かれる。

音は無かった。

その攻撃を一言で表すなら神風だった。

音速を超える速度。
鉄さえ斬り裂く鋭利な刀。

その前にはあらゆる装甲、あらゆる名刀であっても紙切れとほぼ同等だ。

勇者の体が地上に落下する。

それはまるで隕石が落下したかのように地面を砕いた。

758: 2012/09/30(日) 21:37:22.11 ID:gsHcIhyj0
「いい技だ。最高の一撃だ」


唄う様に、称える様に、魔王は高らかとそう言った。


魔王はついさっきと変わらず、その場所に立っていた。


その体に傷は一つとして存在しない。
その美しい体はそのままそこにあった。

今の勇者の一撃でさえも。
勇者、英雄、逃亡者、武人が持てる力を全て使った攻撃でさえも魔王には傷すら付けられなかった。


「少しだけひやりとさせられたぞ。一撃くらいそうになった」


あれほどやっても手は届かない。
しかもあれほどの余裕があると言う事は本気ではないのだ。


「幕引きだな。予想以上の出来だ。まさかここまでの幕引きが出来るとは思っていなかったな」


魔王の言葉に誰一人として答える者はいない。
四人が四人ともすでにそんな余力すら残していなかった。


「次章の幕が開くのを楽しみにしていろ。最高の。誰もが戦慄する第二幕にしてやる」


言い終わるや否や、魔王はその場から忽然と姿を消した。

763: 2012/10/01(月) 21:45:37.51 ID:BjuZvGeP0
勇者「……」

武人「大丈夫か?」

勇者「ああ、大丈夫だ」

逃亡者「……」ドサッ

勇者「逃亡者!!」

逃亡者「大丈夫……大丈夫……少し無茶しただけだから」

英雄「あれだけの攻撃を受けたんだ。超がつくほどの回復能力があっても無理がある」

逃亡者「少し……休む」

武人「それがいい」

勇者「……」

英雄「……」

武人「結局一撃も加えられなかったな」

英雄「まさかあそこまでとはな」

勇者「……魔物の襲撃か」

英雄「……」

764: 2012/10/01(月) 21:47:16.00 ID:BjuZvGeP0
逃亡者「具体的にどうするんだ?」

英雄「別にどうという事は無い」

勇者「……」

逃亡者「……」

勇者「武人。お前の能力はなんだ」

武人「うーん、まあ言っても問題ないか。今更敵対してもいい事無いし」

逃亡者「あの羽なんだった訳?」

武人「俺の能力はまあ、分かり易く言えば実体化、みたいな感じかな」

英雄「実体化?」

武人「頭の中で思い描いたものを実際に作りだせる。もちろん生物なんかは無理だし、でかいものは維持だけでも馬鹿みたいに魔力がいるから出来ないけど」

逃亡者「便利だな」

武人「ただ俺の体に接触していないと魔力供給が出来ないから消えちゃうんだけどね」


武人はそう言って左手に持った刀から手を離す。

刀は地面に落ちる前に消滅した。


逃亡者「面白い能力だな」

武人「よく言われるよ」

逃亡者「で、これからどうする?」

英雄「宿屋に酔ったら海辺の国に帰る」

勇者「……連合軍の件はどうする気だ」

765: 2012/10/01(月) 21:48:31.20 ID:BjuZvGeP0
英雄「さあな。決めるのは王だ」

勇者「……」

武人「とにかく全員一旦帰った方がいいだろう」

勇者「そうだな」

逃亡者「宿屋に行ってお礼を言ったらすぐに帰るかな」

英雄「お前はどうするんだ」

逃亡者「さあ、いろんな所をふらふらしてるつもり」

英雄「……」

逃亡者「頃すか?」

英雄「……ここで殺せばあの女王が何かしら言ってくる」

勇者「まあ、面倒な問題になる事は目に見えているな」

英雄「先に言っておくがお前達に協力する気は無い」

勇者「十分承知だ」

766: 2012/10/01(月) 21:49:12.74 ID:BjuZvGeP0
武人「だといいけどな」

英雄「……」

武人「……そのうち協力しなくちゃいけなくなるさ」

逃亡者「その時はその時だ。俺は好きにやらせてもらうつもりだ」

勇者「……」

英雄「さっさと行くぞ」

勇者「……ああ、わかった」

逃亡者「……」スタスタ

武人「勇者は山の国出身だよな?」スタスタ

勇者「あ、ああ」スタスタ

武人「わかった」スタスタ

勇者「?」

767: 2012/10/01(月) 21:49:44.00 ID:BjuZvGeP0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


魔王の城


魔王「中々いい幕引きだったな」

邪悪「まったく、あなたと言うお方は……」


それは赤みがかった髪に童顔の美少女だった。
前髪は目にかかる程度で後ろ髪は肩くらいまで。
服装はメイド服。
年齢は十七歳前後と言ったところだろう。


魔王「さて、第一幕も終わった。ここからが本章だぞ」

邪悪「はい。その通りで」

魔王「神父が氏んだのは少し手痛いが、まあ何とかなる」

邪悪「はい」

魔王「まずは何処を落とす?」

邪悪「魔王様は何処を狙うおつもりで?」

魔王「和の町だな。あそこまで進行したい」

768: 2012/10/01(月) 21:52:11.70 ID:BjuZvGeP0
邪悪「私も同じ考えです」

魔王「まずはあそこを落とし、武器を奪う」

邪悪「はっ」

旅人「ずいぶんと派手に暴れた様で」スタスタ

魔王「おお、戻ったか」

旅人「ええ。少し遅くなりました」

魔王「いいさ。十分に早い」

旅人「落とすんですか?」

魔王「ああ。あそこを落とせばあいつ等も本気になるだろう」

旅人「いい考えだと思いますよ。本当に」

魔王「巨人に進撃しろと伝えろ」

邪悪「はい」スタスタ

旅人「最初からずいぶんとやりますねぇ」

魔王「向こうが本気になった時にはもう戦えないんじゃつまらないからな。本気さを伝えておかないと」

780: 2012/10/03(水) 21:36:36.56 ID:qJHcxFV00
旅人「あっしはどうすれば?」

魔王「そうだな……今の所は待機だな」

旅人「分かりました」

魔王「安心しろ。すぐに出番は来る」

旅人「分かってますよ。へへっ」

魔王「相変わらず汚い笑い方だな」フフッ

旅人「いや、これだけはどうしても治らなくてね。へへへへ」

魔王「ふんっ」

旅人「へへっ」

魔王「さて、第二幕開演だ」

旅人「舞台役者は揃ってるんですか?」

魔王「さあな。飛び入り参加が多少居ても面白いだろう」

旅人「そうですね」

魔王「お互い楽しもうじゃないか」

旅人「ええ」

781: 2012/10/03(水) 21:37:12.64 ID:qJHcxFV00
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


山の城


勇者「どうしますか」

王「前向きに検討はしておこう」

女秘書「予算がどうとか言っていられるような場面ではありませんからね」

王「その通りだ」

勇者「我々はどうすればよろしいでしょうか?」

王「今の所は待機だな」

勇者「……はっ」

王「とは言ってもお主が必要であると思えば自由に動いてくれ」

勇者「は、はい……」

王「私が命令した時以外はお主で考えて行動していればいい」

勇者「……ですが」

王「少しの間は私も命令は出さない」

勇者「……どういう意味ですか?」

782: 2012/10/03(水) 21:38:06.94 ID:qJHcxFV00
王「国同士の話し合いだ。それが決着しない事には連合軍も動けない」

勇者「海辺の国ですか」

王「いや、海辺の国は中立だ。反対はしていない」

勇者「では……」

王「谷の国だ」

女秘書「あそこの今の王は利益以外見えてい無いみたいで」

王「まったく、氏んでしまった王が悔やまれる」

勇者「……手はあるのですか?」

女秘書「はい。勇者様のおかげで」

勇者「俺の?」

女秘書「はい。お姫様の一件を使わせてもらおうかと思います」

勇者「……」

女秘書「あの一件はかなりの問題になります」

勇者「脅すのか?」

女秘書「ほんのりその話をするだけですよ。露骨には言いません」

王「まあ、そうすれば協力までは行かなくても中立程度にする事は出来るだろうな」

783: 2012/10/03(水) 21:41:44.94 ID:qJHcxFV00
勇者「しかし連合軍に協力するのが私達と砂漠の国だけでは厳しいのでは?」

王「だからこそ少しの間は何もしないんだ」

勇者「どういう意味ですか?」

女秘書「少しの間は自国と砂漠の国しか守りません」

勇者「もし助けを要求された場合は協力させる、と言う意味か?」

女秘書「その通りです」

女秘書「資金的な協力多少はしてくれるでしょうがそれでは足りませんから」

勇者「全面的な協力を要請するのか?」

王「その通り。目先の利益不利益は捨て、魔物に勝利する事だけを考ええさせなくては私達は滅びる」

勇者「その通りです」

王「少しの間は好きにしてくれていい」

勇者「はい」

王「別に何処に行っても構わん。ただ何かあった場合はすぐに戻ってこられるようにはしておいてくれ」

勇者「はい。わかりました」

784: 2012/10/03(水) 21:42:54.30 ID:qJHcxFV00
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


山の町


正義「綺麗ね」スタスタ

魔法使い「はい。そうですね」スタスタ

鍛冶屋「やっぱり栄えてるよな」スタスタ

魔法使い「いろいろ売ってそうですよね」スタスタ

鍛冶屋「足りないものの補充なんだから余計な買い物すんなよ」スタスタ

魔法使い「わかってます」スタスタ

正義「……いいじゃない」スタスタ

鍛冶屋「何が?」スタスタ

正義「魔法使いとうまくやってるみたいで」

鍛冶屋「ああ、まあな」

正義「おっOいは揉んだの?」

鍛冶屋「揉んでねえよ!!」

788: 2012/10/04(木) 22:17:10.25 ID:EGq9txdP0
正義「あら、そう」

鍛冶屋「……」

正義「予定は?」

鍛冶屋「ある訳ねえだろ!!」

正義「……」

鍛冶屋「……」

正義「残念ね」

鍛冶屋「全然残念じゃねえけどな」

正義「あ、そういえば今でも勇者と戦ってるの?」

鍛冶屋「ああ、まだまだ全然勝てねえけどな」

正義「魔法使いには?」

鍛冶屋「勝てない……と思う」

正義「弱いわね」

鍛冶屋「そんな事自分でも分かってるよ」

魔法使い「……鍛冶屋さん!! 正義さん!! 早く!!」

正義「元気ね」スタスタ

鍛冶屋「ああ、魔法は習得出来なかったけど結果として良かったんじゃねえか?」スタスタ

正義「私もそう思うわ。魔法使い、凄く強くなったし」スタスタ

鍛冶屋「そうだな」スタスタ

正義「……あ、いい事思いついた」スタスタ

鍛冶屋「?」スタスタ

789: 2012/10/04(木) 22:18:26.71 ID:EGq9txdP0
正義「あなた魔法使いに勝ったらおっOい揉ませてもらえば?」スタスタ

鍛冶屋「お前何言ってんの!?」

正義「何って、何?」

鍛冶屋「いや、何言ってんだよ」

正義「意味分かんない?」

鍛冶屋「分かんねえ」

正義「ご褒美よ。そうすれば頑張れるでしょ?」

鍛冶屋「……」

魔法使い「……」///

鍛冶屋「おい」

正義「……ごめんなさい。気付かなかった」

鍛冶屋「いや、その……」

魔法使い「い、いいですよ」

鍛冶屋「え?」

魔法使い「もし本当に鍛冶屋さんが勝てたら触っていいですよ」

鍛冶屋「ほ、本気?」

790: 2012/10/04(木) 22:19:31.27 ID:EGq9txdP0
魔法使い「当たり前です」

鍛冶屋「……」

魔法使い「どうしますか?」

鍛冶屋「じゃ、じゃあ頼む」

魔法使い「分かりました」

正義「……じょ、冗談のつもりだったんだけど……」

魔法使い「いいんです。いつかのお礼ですから」

正義「あ、あなたがいいんなら何も言わない」

魔法使い「はい……」

鍛冶屋「……」///

正義(ごめんね、勇者。多分今日の鍛冶屋はしつこく戦ってくれって言うと思う……)

791: 2012/10/04(木) 22:21:11.19 ID:EGq9txdP0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


海辺の町


魔物「た、助け……」


英雄の剣が魔物を真っ二つに叩き斬る。


英雄「……その程度か」

勝利「ずいぶん荒れてるね」

英雄「別に荒れているつもりは無い」

勝利「十分荒れてるよ。ここら一帯の魔物を皆頃ししといて心が穏やかなんて言える?」

英雄「……ここらの魔物が邪魔だと思っただけだ」

勝利「何が原因?」

英雄「だから違う!!」

勝利「……英雄は自分の事を冷静沈着で喜怒哀楽を表に出さない様にしてるんだと思うんだけど、見てて物凄く分かるよ」

英雄「……」

勝利「それで、理由は?」

792: 2012/10/04(木) 22:23:23.09 ID:EGq9txdP0
英雄「私はあんな奴等と組む気は無い」

勝利「あんな奴等って、勇者達の事?」

英雄「当たり前だ。あんな奴等と組むくらいなら一人で戦う」

勝利「でも王様はなんて言うんだろうね」

英雄「王は……私を救ってくれた。だから私は王の命令には逆らわない」

勝利「なら――――」

英雄「だが嫌なんだ。あんな連中と組むなど……」

勝利「何がそんなに嫌な訳?」

英雄「……」

勝利「英雄。いい加減前に進んだ方がいいんじゃない?」

英雄「余計なお世話だ。だいたいお前は知らんだろう」

勝利「うん、知らない。でも海辺の王から聞いてる」

英雄「……余計な事を」

799: 2012/10/05(金) 22:13:51.00 ID:+kxHL/wh0
勝利「こっちから頼んだんだ。王は悪くない」

英雄「……」

勝利「英雄の言いたい事も分かる。けどそれじゃあ前に進めないだろ」

英雄「私の世界は自分の周りだけだ。これ以上広げないし、広げたいとも思わない」

勝利「そうやって――――」

英雄「道具は道具らしく使われていろ。口答えはするな」

勝利「……逃げるなよ」

英雄「私が何時逃げた」

勝利「現在進行形で逃げてるだろ。そうやって逃げてるからダメなんだよ」

英雄「お前に言われたくない。何も知らないだろう」

勝利「……」

英雄「聞いただけで知った気になるなよ」

勝利「……わかった。この話はやめるよ」

英雄「もう二度とするな」

800: 2012/10/05(金) 22:14:57.49 ID:+kxHL/wh0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


夜 勇者の家


鍛冶屋「もう一回!!」

勇者「いや、もう一回はいいんだが」

鍛冶屋「うおォォォォォォ!!」


勇者は鍛冶屋の一撃を難なくかわすとそのまま回し蹴りを顔面に叩き込む。


鍛冶屋「……」

勇者「大丈夫か?」

鍛冶屋「ああ。もう一回頼む」

勇者「どうしたんだ?」

鍛冶屋「何がだ」

勇者「いつもだったらとっくにやめているだろう」

鍛冶屋「今日はやりたいんだ!!」

勇者「いつになく凄いやる気だな……」

801: 2012/10/05(金) 22:15:44.83 ID:+kxHL/wh0
鍛冶屋「ああ、いろいろあったんだ」

勇者「そ、そうか」

鍛冶屋「ほら、もう一試合頼む」

勇者「ああ。分かった」

鍛冶屋「おっしゃあ!!」

勇者「……」

勇者(何があったんだ……)


勇者は鍛冶屋の攻撃をかわし、足払いをかける。


鍛冶屋「だ、ダメだ……」

勇者「……いや、目は追いついて来ている。あとは体だな」

鍛冶屋「それが一番大変なんじゃないのか?」

勇者「ああ、そうだ。だが出来れば今度こそお前は強くなる」

鍛冶屋「ほ、本当だよな?」

勇者「ああ」

802: 2012/10/05(金) 22:17:16.81 ID:+kxHL/wh0
鍛冶屋「……」

勇者「あと悪いが、明日から少しの間は相手が出来ない」

鍛冶屋「なんで?」

勇者「少し出掛けて来る」

鍛冶屋「え、いいのか?」

勇者「ああ、ちゃんと了承を貰った」

鍛冶屋「そうか」

勇者「ああ」

鍛冶屋「で、何処行くの?」

勇者「修業の滝だ」

鍛冶屋「そんな所あるのか?」

勇者「海辺の国と山の国の丁度境にある滝だ」

鍛冶屋「何しに行く訳?」

勇者「戦闘に向けて心を落ちつける」

鍛冶屋「出来るのか?」

勇者「分からん」

803: 2012/10/05(金) 22:18:30.00 ID:+kxHL/wh0
鍛冶屋「おい」

勇者「だが、じっとしているよりかはいいと思うんだ」

鍛冶屋「……まあ……」

勇者「そうしておかないと考え過ぎておかしくなりそうでな」

鍛冶屋「……行ってみればいいよ。とにかく何か得られるといいな」

勇者「ああ、頑張ってみるよ」

鍛冶屋「じゃあもう一試合!!」

勇者「……まだやるのか」

鍛冶屋「当たり前だろ!!」

勇者「仕方ないな……」

804: 2012/10/05(金) 22:19:03.64 ID:+kxHL/wh0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


和の町


武人「……」

男性「武人さん」


それは短めの黒髪に白い服を着た好青年だった。


武人「ああ、どうした?」

男性「いえ、別に用事は無いんですが」

武人「……」

男性「何を見てるんですか?」

武人「いや、少しだけ考え事」

男性「また新しい技を考えてるんですか?」

武人「それもあるかな。でも今はそれよりもっと大事な事だ」

男性「そうですか」

810: 2012/10/06(土) 21:37:13.64 ID:CzV3fmxp0
武人「お前こそこんな所で油売ってていいのか? 怒られるぞ」

男性「大丈夫です。今はお昼休みですから」

武人「……」

男性「大事な事って何なんですか?」

武人「……これから戦いが始まる」

男性「魔王との戦争、でしたっけ」

武人「そうだ」

男性「それが、どうしたんですか?」

武人「勝てると思うか?」

男性「え?」

武人「魔王と戦って少しわかったんだ。俺だって所詮は一人の人間なんだって」

男性「ど、どういう意味ですか?」

武人「いや、何でも無い。忘れてくれ」

男性「……」

武人「一応は町の代表として戦うんだ。弱音は吐けない」

男性「ほ、本当に大丈夫ですか?」

811: 2012/10/06(土) 21:37:43.64 ID:CzV3fmxp0
武人「大丈夫だ」

男性「……」

武人「……」

武人「そろそろ昼休みが終わるぞ」

男性「あ、そうですね。はい」

武人「じゃ後で」

男性「はい。また後で」

武人「……」

真理「どうしたのだ?」

武人「別に」

真理「ずいぶん疲れているではないか」

武人「疲れてるのとはちょっと違うよ。少しあれなだけ」

真理「弱音が吐けない、か」

武人「仕方ないだろ。町の代表、町で一番の剣士なんだ」

真理「……」

武人「尊敬はされても友達はいない」

812: 2012/10/06(土) 21:38:10.53 ID:CzV3fmxp0
武人「弱音を吐ける相手はいないんだ」

真理「武人……」

武人「俺が悪いんだけどな。ひたすらに強さだけを追い求めて他のものを疎かにしたのは俺なんだし」

真理「いいのか?」

武人「真実を受け入れない訳にはいかないだろ」

真理「お前はそれでいいのか?」

武人「……知ってるか? 正義のヒーローは孤独なんだ」

真理「……」

武人「ヒーローが弱音を吐くか? 泣きごとを言うか?」

真理「……」

武人「俺みたいな人間じゃそんなんには成れないと思うけどさ。でも成ろうとは思いたいんだ」

真理「……いい考えだ」

武人「……」

真理「それでこそのお主だ」

武人「ありがとう」

813: 2012/10/06(土) 21:38:49.84 ID:CzV3fmxp0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


場所不明


姫「……」スヤスヤ

逃亡者「敵は?」

信義「今の所はいないわ」

逃亡者「そう、ならいい」

信義「大丈夫?」

逃亡者「少なくともお前よりは大丈夫」

信義「……私はあなたを心配してあげてるのよ」

逃亡者「ありがとう。剣に戻って休んでろよ。実体化してない方が楽だろ?」

信義「……そう言う訳にはいかないでしょ。お姫様もいるんだから」

逃亡者「……」

信義「いつまでこんな事続けるつもり?」

逃亡者「とりあえずは俺か姫様が氏ぬまで」

信義「……」

814: 2012/10/06(土) 21:39:24.88 ID:CzV3fmxp0
逃亡者「別にお前には強制してない。お前が俺に呆れて俺を捨てても文句は言わないよ」

信義「別にそんな気は最初っから無いわよ」

逃亡者「あ、そう」

信義「ただ、あなたが心配なのよ」

逃亡者「え?」

信義「ずっと休んでないし、ていうかまともに寝てないでしょ」

逃亡者「まあ、そうだね」

信義「なら――――」

逃亡者「砂漠の女王に聞いてみたんだ」

信義「え、な、何を?」

逃亡者「もし連合軍が出来て、それで俺が協力するなら何をしてくれるかって」

信義「……」

逃亡者「俺と姫様、あとお前の生活は保障してくれるそうだ」

信義「……じゃあ、連合軍に?」

逃亡者「ああ、入るよ」

信義「……」

815: 2012/10/06(土) 21:40:07.13 ID:CzV3fmxp0
逃亡者「それに姫様だって目に見えないだけで疲労は十分溜まってる。このまま逃げ続けるのは少しきついよ」

信義「そうね。それにあなたの体の方も限界が近いでしょ?」

逃亡者「……何の事?」

信義「いくら回復が早いって言っても無茶し過ぎよ。毎回尋常じゃない位のダメージを負ってるんだから」

逃亡者「別に大丈夫だよ」

信義「嘘言わないの。あなたの体の事ならある程度は分かるんだから」

逃亡者「……そうか、残念だ」

信義「……辛いなら辛いって言った方が楽よ」

逃亡者「悪いけどそんな事言える立場じゃないんだ」

信義「……」

逃亡者「お前も休んどけ」

信義「あなた、もね」

逃亡者「ああ」

824: 2012/10/08(月) 22:03:14.08 ID:3UHKvCfU0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


修業の滝


勇者『……』

正義『……何か分かった?』

勇者『いや』

正義『滝に打たれてるのに?』

勇者『人が無心になっている時に話しかけるのはどうかと思うが?』

正義『滝の音がうるさいんだもの。直接頭に語りかけるしか無いじゃない』

勇者『……』

正義『だいたい何のためにこんな所に来たわけ?』

勇者『さあな。俺も分からん』

正義『何それ?』

勇者『何をするかを考えるために来たんだ』

正義『……』

勇者『なんだ』

正義『あなたっていつも考えてるのね』

825: 2012/10/08(月) 22:03:56.61 ID:3UHKvCfU0
勇者『まあ、そうかもしれんな』

正義『と言うより悩んでいる?』

勇者『そうだな。俺はいつも悩んでいる』

正義『バカなの?』

勇者『バカ、なのかもしれん』

正義『そう言う所がバカなのね』

勇者『……』

正義『……ごめんなさい』

勇者『いや、別にいいさ』


勇者は立ち上がり、滝から離れる


正義『もういいの?』

勇者『ああ、考えても考えてももやもやしててな』スタスタ

勇者「はぁ……」ドサッ

正義「大丈夫?」スタスタ

勇者「ああ、結局ダメだった……」

826: 2012/10/08(月) 22:04:54.70 ID:3UHKvCfU0
正義「何をそんなに悩んでる訳?」

勇者「……悩みは尽きないんだ。魔王の事。他の人格を持つ剣の使い手の事。正義の事。いろいろあり過ぎて困る」

正義「あなたも大変ね」

勇者「もはや何をしたいのかも分からなくなってきそうだ」

正義「それは大変」

勇者「ああ、大変だ」

正義「……」

勇者「……」

正義「なんで他人事なのよ」

勇者「そうした方が何か見えると思ったんだが……」

正義「見えた?」

勇者「何も」

正義「……」

勇者「すまん」

正義「いや、別にいいんだけどね」

勇者「……」

827: 2012/10/08(月) 22:05:32.98 ID:3UHKvCfU0
英雄「どうしてお前がここにいる」スタスタ

勇者「……英雄か」

英雄「ここは海辺の国の領土だ」

勇者「山の国の領土でもある」

英雄「ふざけた事を――――」

勇者「くだらん話はやめよう」

英雄「くだらん? くだらんだと」

勇者「くだらんだろ。こんなどうでもいい話は今度でもいいだろう」

英雄「じゃあいま重要は話とはなんだ」

勇者「連合軍。魔王。正義……くらいだな」

英雄「お前の言っている事の方がくだらん」

勇者「……」

英雄「……」

勇者「本気で思ってるのか?」

英雄「本気だ」

828: 2012/10/08(月) 22:06:29.78 ID:3UHKvCfU0
勇者「……」

英雄「……」

勇者「まあ、それもいいさ」

英雄「何?」

勇者「俺の考え方を押し付ける気は無い」

英雄「……」

勇者「なんだ」

英雄「……」


英雄は無言で剣を抜く。


英雄「戦え」

勇者「……ああ、そうだったな」

英雄「……」

勇者「お前とは戦うはずだったんだな」

英雄「ああ。そうだ」

831: 2012/10/09(火) 21:51:24.42 ID:8lG7kRdU0
英雄と勇者は静かに得物を抜き、お互いに向かい合った。

英雄の周りには炎が踊り、勇者の刀の周りは風が渦を巻いている。
どちらも目は殺意が籠った狂気の目をしていた。

静かな時間が流れる。
何も起こらない膠着状態が続く。

その静寂を破るかのように勇者は一歩踏み出し、刀を肩に担ぐように構えた。

それに反応し、英雄は切っ先を勇者に向け、剣を構える。

勇者の刀は真っ直ぐに英雄の脳天目掛けて振り下ろされた。

決して速い訳ではない。
しかし想像以上の重さを持ったその一撃は英雄を頃すのには十分すぎる。

だが英雄はその一撃を受け止めない。
素早く体を翻すと、そのまま一撃を回避した。
そしてそのまま攻めに転ずる。

彼女の戦い方は非常にスタンダードな戦い方だ。
攻めと受けの型も基本形。弱点の無い標準的な戦闘スタイル。
だがそれは特化した部分の無い単調な戦闘スタイルとも言える。

832: 2012/10/09(火) 21:52:00.76 ID:8lG7kRdU0
しかし、そこに勝利の魔力。
すなわち炎が加わってくれば話は変わる。

金属音が鳴り響き、得物同士がぶつかり合う。
ギチギチと音を立てながら、火花を散らす。

鍔迫り合いの状態の二人の顔はどちらも凶悪だった。

勇者は牙を剥き、英雄は残忍な笑みを浮かべる。
どちらも国の英雄や勇者と言うより、気の狂った犯罪者の様だ。

英雄の周りにあった炎が勇者目掛けて襲いかかった。

だが勇者は彼女の剣を素早く振り払うと、その炎を刀で叩き斬る。
炎の球だった物体は勇者の刀によって真っ二つにされ、一瞬のうちに消滅した。

そのままの勢いを頃す事無く、彼の刀は英雄目掛けて横に薙ぎ払われる。

ガキン、とまた音が鳴り、得物が停止する。

英雄と勇者。
どちらの時間が止まったかのように体が停止した。

833: 2012/10/09(火) 21:52:34.19 ID:8lG7kRdU0
「やはり、強いな」

「お前程度に私が殺せるか? 正義の勇者」


磁石が反発しあう様に二人が反対方向に弾け飛ぶ。

勇者は呼吸を調え、刀をもう一度強く握り直した。
相手との距離を推し測り、最適な攻め時を探る。

英雄はすでに迎え撃つために剣を構え直していた。
隙の無い構えで彼の攻撃を待つ。


『次で決めるぞ』

『え?』


正義の驚いた声。

だが勇者はあくまで冷静に返答する。


『ここで英雄の戦意を喪失させる』

834: 2012/10/09(火) 21:53:12.00 ID:8lG7kRdU0
正義の答えは無い。

無理もない。
ここで攻めるのはあまり得策とは言えない。
むしろここで攻めるのは無謀とすら言える。


『勝負を急ぎ過ぎてる。もう少し様子を見てもいいんじゃない?』

『いや、ここで決める。下手に消耗し合えば、今後の戦争に響きかねん』

『でも英雄は頃す気よ』


勇者はその言葉に特に返事はしなかった。
それはまるで、そんな事どうでもいいと言い切っている様にもとれる。

勇者はそのまま刀を構え直し、走り始める。
風が体に絡みつき、加速させる。
速度は人を超え、獣を超え、遂には音に並ぶ。


「剣を落とすか弾く」


勇者は誰に言う訳でもなくそう呟くと、刀を大きく振り上げた。

835: 2012/10/09(火) 21:53:53.50 ID:8lG7kRdU0
もはや走ると言うより滑ると言う表現に近い。
氷の上を滑る様に勇者は地面を音と同じ速度で滑っていく。

切っ先が風を纏い、獣の様に凶悪な唸り声を上げた。

英雄と勇者の間合いは刹那よりも速く縮まる。

間合いは気がつけば零になっていた。


「勝ちに来たか。だがその程度の単調な攻撃が当たると思うなよ」


冷めた様な、冷たい氷の声。
それは勇者の背筋を凍らせる。

836: 2012/10/09(火) 21:54:55.55 ID:8lG7kRdU0
英雄は音速に近い勇者を見失ってはいなかった。
その目は確実に勇者を捉えている。

勇者が刀を振り下ろす。
が、それよりも先に英雄の剣が動いていた。


「秘剣『炎上燕返し』」


それは音も無い、無音の一撃。
いや、正確には音より先に彼の体が音を聞けない状態になっただけの事だった。

振り下ろされる相手の得物に対し自分の得物を斬り上げ、相手の得物を止め、相手の肉を断つ。
その名は秘剣『燕返し』。

言葉で説明するのは簡単だ。
だが相手の太刀筋を見極め、相手よりも先に得物を振っていなければいけない。
つまり相手の一手を完全に読み切っていなければ発せられない剣技。
勇者が以前に使った『霞み剣』などとは全く違う、正真正銘の秘剣の一つ。

英雄の放った一撃はそれに炎の威力を足した自己流の一撃だった。

840: 2012/10/10(水) 21:49:29.07 ID:qYNbGpIv0
『勇――――!!』


声が聞こえるが何を言っているのか聞きとれない。
とにかく全身が熱い。
それが斬られた痛みなのか、燃えている痛みなのかも見当がつかない。

ただ一つ、分かる事は自分に氏が近づいている事だけだ。

彼は反射的にに大きく後ろに跳んだ。
ボタボタと血が零れるのが分かる。

視界が霞み、息が荒い。
全身が熱いはずなのに体の芯は冷たく凍えている。


『勇者、もう無理よ!!』

『傷を塞げ……そうすれば少しは動ける』

『その程度で治せるような浅い傷じゃない!!』

『塞ぐだけだ……治さなくて……いい』

841: 2012/10/10(水) 21:50:27.05 ID:qYNbGpIv0
傷口を塞ぐのをイメージする。
完全でなくていい、あくまで応急処置として傷口を塞ぐ。

刀を構え直す。
切っ先を英雄に向け、そのまま睨みつける。

何も言わず、ただただ相手だけを見続ける。

魔力はまだある。
あと一撃。
それを当てればいい

英雄も同じく、剣を構え直した。

お互いの距離は三メートルと少し。
一歩進んで得物を振れば当たる距離だ。

策も勝機も無い。
だが逃げ道も無い。
ならば戦う以外の道は無い。

842: 2012/10/10(水) 21:53:02.84 ID:qYNbGpIv0
勇者は今までと同じく、体を加速させ、走り出す。

だが距離が短く、さっきほどの加速は不可能だ。


「何度やっても同じだ。いくら速く動いても不可能だ」


英雄が剣を構える。
さっきと同じ、『燕返し』の構えを。

だが英雄の予想に反し、勇者は英雄の目の前で大きく跳んだ。

まるで英雄を飛び越えるかのように、放物線を描きながら勇者は英雄の上ギリギリを跳んでいく。

英雄は素早く剣の軌道を変え、勇者目掛けて斬り上げようとする。

だが勇者の刀はピクリとも動かなかった。

その代わりに、勇者の右足が動く。
魔力により、威力を限界まで高める。

843: 2012/10/10(水) 21:54:30.02 ID:qYNbGpIv0
それ銃弾にも等しい威力。
その蹴りが英雄の脇腹を捉える。

メキリ、と骨が折れる様な音が響いた。
勇者の右足に柔らかいものを蹴った生々しい感覚がはしる。

英雄の体は大きく宙に舞い、そのまま地面を転がって行った。
彼女が右手に持っていた剣が地面に突き刺さる。

勇者はそのまま地面にあおむけに倒れる。


「く……」

「逃亡者の技の応用だ」


勇者は苦しそうに息をしながらもそう呟いた。

844: 2012/10/10(水) 21:55:08.82 ID:qYNbGpIv0
~~~~~~~~~~~~~~~


山の町  町中


鍛冶屋「……勇者達いつ帰ってくるんだろうな」スタスタ

魔法使い「さあ、連絡もありませんからね」スタスタ

鍛冶屋「修行してもらおうと思ってたんだけどな……」ボソッ

魔法使い「何か言いましたか?」スタスタ

鍛冶屋「いや、別に」スタスタ

魔法使い「夕飯は何がいいですか?」

鍛冶屋「別に魔法使いが好きなものでいいよ」

魔法使い「私の好きなものですか……」

鍛冶屋「やっぱお菓子とかか?」

魔法使い「……そうですね。母のつくってくれたお菓子とか好きでしたね……」

鍛冶屋「……」

魔法使い「……」

鍛冶屋「ああ、なんかすまん」

845: 2012/10/10(水) 21:57:22.86 ID:qYNbGpIv0
魔法使い「いえ、それにもう帰ってもいいですし」

鍛冶屋「え?」

魔法使い「呪いと言う形ですが、魔術は使える様になったんですから」

鍛冶屋「そうだったな。そういえば」

魔法使い「はい」

鍛冶屋「……」

魔法使い「今日はカレーにしましょうか」

鍛冶屋「……突然だな」

魔法使い「おいしいじゃないですか。カレー」

鍛冶屋「……そうだな」

魔法使い「すいません」

食材屋「はい……」

魔法使い「カレーの材料もらえますか?」

食材屋「え、あ、は、はい……」

鍛冶屋「……」

食材屋「ど、どうぞ」アタフタ

魔法使い「あ、ありがとうございます……?」

851: 2012/10/12(金) 22:09:37.24 ID:/QEATW390
食材屋「あ、あんた、呪い師なんだって?」

魔法使い「え、あ、はい。そうですけど」

食材屋「……」

魔法使い「それが何か?」

食材屋「いや、何でも無い」

魔法使い「……」

鍛冶屋「はい、お金」

食材屋「あ、はい……」

鍛冶屋「んじゃ、ありがとう」スタスタ

食材屋「は、はい」

魔法使い「……」スタスタ

鍛冶屋「気にすんな」スタスタ

852: 2012/10/12(金) 22:10:55.14 ID:/QEATW390
魔法使い「あ、はい……」


ザワザワ


鍛冶屋「……」

魔法使い「あの老人が言っていた通りですね」

鍛冶屋「何が?」

魔法使い「呪い師は忌み嫌われるものだって……」

鍛冶屋「……周りの目なんて気にすんな。お前には俺も勇者も正義もいるだろ」

魔法使い「そ、そうですね」

鍛冶屋「……頑張れよ」

魔法使い「……はい。ありがとうございます」

魔法使い「……」

鍛冶屋(やっぱり落ち込んでるよな……)

魔法使い「あ、少し行ってきますね」

鍛冶屋「え?」

853: 2012/10/12(金) 22:12:12.00 ID:/QEATW390
魔法使い「魔術系の道具を買うんです」

鍛冶屋「あ、ああ。わかった」

魔法使い「……」スタスタ

魔法使い「だ、ダメですね……私」

魔法使い「……はぁ」

魔王「ふふっ。ずいぶんと思い詰めているな」

魔法使い「あ、あなたは?」

魔王「強いて言うなら、お前達の敵かな」

魔法使い「……」

魔王「なんだ、お前はいきなり襲いかかってきたりしないのか」

魔法使い「そうした方がいいんですか?」

魔王「ははっ。面白いな。気にいったぞ」

魔法使い「……用事はなんですか」

魔王「勇者に会いに来たんだが、まあいい」

魔法使い「……」

魔王「お前の方が面白そうだ」

854: 2012/10/12(金) 22:13:10.25 ID:/QEATW390
魔法使い「私がですか?」

魔王「ああ。深い心の闇。負の感情。そう言う奴は好きだ」

魔法使い「……」

魔王「褒めてやってるんだ。そう怖い顔するな」

魔法使い「どこが褒めてるんですか」

魔王「人間とは強欲で私利私欲に純粋生きる醜い生き物だ。多くの人間はその人間らしさを頃して生きている」

魔法使い「そんなふうになったら社会は壊れてしまいます」

魔王「そうだな。だからこそそう言う人間が好きなんだ」

魔王「今のお前はとてつもなく人間らしいぞ」

魔法使い「わ、私は強欲でも私利私欲に生きている訳でもありません!!」

魔王「だがお前の中にある負の感情は実に人間らしい欲にまみれたものだ」

魔王「理性と言う名の枷が外れれば……お前は最高になる」

魔法使い「……意味がわかりません」

魔王「まあ、そうだろうな」

魔法使い「……」

魔王「少しの間はここにいるつもりだ。オレはここにいるから暇なら会いに来い」

魔法使い「……」

855: 2012/10/12(金) 22:13:43.11 ID:/QEATW390
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


修行の滝近く


正義「はぁ……無茶し過ぎよ」

勇者「すまん」

正義「一応傷は塞がったけど血はかなり減ってる訳だしダメージも残ってる訳だから安静にね」

勇者「分かっている」

正義「分かってないから言ってるのよ」

勇者「分かってるつもりなんだがな……」

正義「戦闘になると忘れちゃうでしょ」

勇者「……」

正義「分かったわね?」

勇者「ああ」スタッ

正義「言ってる傍から何処行くの?」

勇者「この近くに温泉があるんだ。そこに行ってくる」

正義「……まあ、体に悪いものじゃないし、行ってきたら?」

856: 2012/10/12(金) 22:14:13.46 ID:/QEATW390
勇者「ああ」

正義「……私は誘ってくれないの?」

勇者「……言っておくが男女は別れていないぞ」

正義「混浴?」

勇者「ああ。混浴だ」

正義「じゃあ、やめとく」

勇者「俺が出た後で入ればいい」ガチャ

正義「ええ、そうするわ」

勇者「……」スタスタ

勇者「服が破れてたな……」

勇者(放っておくわけにもいかないし、縫うか)

勇者「……」

勇者「正義も待っているし、のんびりは出来ないな」

勇者「……誰も来ないだろうし中で縫うか」ヌギヌギ

勇者「……」ガラガラ

861: 2012/10/13(土) 21:34:33.75 ID:9XbSgFKL0
勇者は無言のままお湯につかり、敗れた服を縫い始める。


勇者(……濡れなければ普通に縫えるからな)

勇者「……」

勇者「……」

勇者「……」

勇者「終わった」


勇者は服を畳み、温泉の近くにある椅子の上に置く。


勇者「単調では無い戦い方か……」

勇者(少し、正義の力を過信し過ぎているのかもしれないな……)

862: 2012/10/13(土) 21:34:59.80 ID:9XbSgFKL0
勇者「自分自身の力で戦った方がいいのかもしれん」


ガラガラ


勇者「……正義。まだ俺が入って――――」

英雄「……」

勇者「……」

英雄「な、なんだ」

勇者「何でも無い」

英雄「……」

勇者「……」

863: 2012/10/13(土) 21:35:45.06 ID:9XbSgFKL0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


正義「なんか疲れたわね」

勝利「……あれ、なんでここに?」

正義「あなたこそなんでここに?」

勝利「英雄が温泉に入るって言ったからそれを待ってるんだけど」

正義「私は勇者が温泉に入るって言うから待ってるんだけど」

勝利「……」

正義「……」

正義「この辺りに、温泉って二か所あったっけ?」

勝利「え、無かったと思うけど……」

正義「こんな辺境の土地に温泉が二つもあるなんて考えられないわよね……」

勝利「ああ、そうだね」

正義「……」

勝利「……」

勝利「勇者が温泉に行ったのはいつ?」

864: 2012/10/13(土) 21:36:37.18 ID:9XbSgFKL0
正義「五分、十分くらい前かしら」

勝利「英雄が言ったのは五分くらい前だ」

正義「……気付かずに入ってるって可能性は……」

勝利「無いと思うよ」

正義「私もそう思うわ」

勝利「じゃあ、会ってるよね」

正義「ええ、そうなるわね」

勝利「……」

正義「……」

正義「え? もしかして気付かないうちに常識が変わったの?」

勝利「ああ、確かに長い間眠ってた訳だしそうかもしれない」

正義「……」

勝利「……」

正義「そんな訳ないでしょ」

勝利「分かってるよ。そんな事」

865: 2012/10/13(土) 21:37:11.74 ID:9XbSgFKL0
勝利「正義?」

正義「ま、まあとにかく戦ってないならそれでいいのよ」

勝利「いいのかな、それで」

正義「戦ってないなら何してようが別にいいじゃない」

勝利「……じゃあ温泉でする事って何だと思う?」

正義「二人は男女でしかも裸……」

勝利「……」

正義「……」

勝利「英雄が処Oじゃ無くなってる?」

正義「じゃあ勇者は童Oじゃ無くなってるの?」

866: 2012/10/13(土) 21:37:53.29 ID:9XbSgFKL0
勝利「……」

正義「……」

勝利「え?」

正義「え?」

勝利「……」

正義「……」

勝利「え?」

正義「え?」

873: 2012/10/14(日) 21:51:09.53 ID:R0HpYBo10
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


温泉


英雄「……」

勇者「……」

勇者「タオルくらい巻いてくれないか?」

英雄「私はすでに女を捨てた身だ。タオルなど巻く気は無い」

勇者「……」

英雄「それにお湯は白く濁っているから別に見えんだろう」

勇者「いや、それはそれで逆にあれと言うかだな……」

英雄「……」

勇者「いや、何でも無い」

英雄「ならいいんだ」

勇者「……」

英雄「……」

874: 2012/10/14(日) 21:52:32.63 ID:R0HpYBo10
勇者「やっぱりタオルをだな……」

英雄「私をバカにしているのか」

勇者「いい加減俺の理性も限界が近いんだ」

英雄「……ならお前を斬り頃すまでだ」

勇者「……お前がタオルを巻けば問題は無いんだが……」

英雄「断る」

勇者「……」

英雄「何度も言わせるな」

勇者「何のプライドなんだ」

英雄「何度も言わせるな。私はすでに女など捨てた」

勇者「戦士になったからか?」

英雄「ああ。私は女では無く戦士だ」

勇者「……」

英雄「なんだその顔は」

勇者「女の戦士を俺は見たことがある。だが皆女を捨てている者はいなかった」

英雄「それが何だ。私は私だ」

875: 2012/10/14(日) 21:53:22.71 ID:R0HpYBo10
勇者「それはそうだが……」

英雄「言いたい事があるならはっきり言え」

勇者「そうなんだが、何故そこまで頑なに――――」

英雄「私はどのにいても邪魔者扱いだ。だが兵士なら私は邪魔者では無くなれる」

勇者「……」

英雄「……」

勇者「何があったんだ」

英雄「お前には到底理解できんさ」

勇者「……」

英雄「純粋な人間であるお前にはな」

勇者「どういう意味だ」

英雄「お前に話していても意味は無い」ザバッ

勇者「……待て」

英雄「じゃあな」スタスタ

勇者「……鱗?」

876: 2012/10/14(日) 21:54:01.70 ID:R0HpYBo10
英雄「!?」

勇者「今、背中に鱗みたいなのが……」

英雄「黙れ!!」

勇者「お前は……」

英雄「黙れ!!」スタスタ

勇者「まだ話は終わっていない」

英雄「私の話は終わった」

勇者「……じゃあ最後に聞かせろ。その背中のは一体何だ」

英雄「……お前に話す気は無い」スタスタ

勇者「……」

英雄「……」ガチャ

勇者「……何だったんだ」

877: 2012/10/14(日) 21:54:40.69 ID:R0HpYBo10
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


魔王「……ふんっ。また来たのか」

魔法使い「いえ、今回はあなたを頃しに来たんです」

魔王「ほう? オレを頃すのか?」

魔法使い「はい」

魔王「面白い話だ。だがお前程度がオレを殺せるのか?」

魔法使い「頃します」

魔王「何のために」

魔法使い「あなたのせいで多くの人が氏ぬならあなたをころしてその人達を救うんです」

魔王「その多くの人は救うに値するのか?」

魔法使い「え?」

魔王「お前の言う多くの人間はお前が命懸けで戦って守るだけの価値があるのか?」

魔法使い「そ、それは……」

魔王「その多くの人間はお前を理解してくれるのか? お前を認めてくれるのか?」

魔法使い「……」

魔王「認められないだろうな。呪い師だと陰口を言われ世間から見放される」

882: 2012/10/15(月) 22:11:14.13 ID:kD1iYSXP0
魔王「そんな連中の為に命を懸ける必要が本当にあるのか?」

魔法使い「わ、分かりません」

魔王「やはりお前はいい。偽善者なんかよりよっぽどいい」

魔法使い「……」

魔王「答えは出せないか」

魔法使い「……」

魔王「で、どうするんだ?」

魔法使い「な、何がですか」

魔王「ははっ。もう目的を忘れたのか?」

魔法使い「そ、それは……」

魔王「オレと戦うのか?」

魔法使い「……」

魔王「半端な気持ちで戦えば勝てる戦いも負けるぞ。まあオレは負ける気は無いがな」

魔法使い「……わ、私は」

魔王「帰れ」

魔法使い「……」

魔王「今の状況ではどうやっても全力で戦えないことなど十分に分かっているだろう」

883: 2012/10/15(月) 22:12:20.59 ID:kD1iYSXP0
魔法使い「は、はい……」

魔王「帰れ。オレは逃げやしない」

魔法使い「……」スタスタ

魔王「……」

旅人「また変わった相手と遊んでいますねぇ」

魔王「まあな。あいつはいいぞ。内に秘めた闇がいい具合に大きい」

旅人「へぇ」

魔王「巨人はどうした」

旅人「部隊を連れて進撃中だそうです」

魔王「和の町にはいつ着く」

旅人「そうですね……明日、明後日ほどかと」

魔王「……上出来だ」

旅人「へへっ。ありがとうございます」

魔王「また何かあったら報告してくれ」

旅人「へい」スタスタ

魔王「……さて、どう踊る。人間共」

884: 2012/10/15(月) 22:12:51.23 ID:kD1iYSXP0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者「……」

正義「お帰り」

女秘書「お帰りなさいませ」

勇者「なんでここにいるんだ」

女秘書「少し用事がありまして」

勇者「用事?」

女秘書「はい。少々厄介な事が起こりましてね」

勇者「厄介な事と言うのは」

女秘書「今すぐ和の町に向かって下さい」

勇者「まずは理由を聞かせてもらわない事にはどうしようもないのですが」

女秘書「魔王の軍勢が和の町へと向かっています。今すぐ救援に向かって下さい」

女秘書「部隊もすでに救援に向かわせてあります」

勇者「……分かった」

女秘書「突然で申し訳ありません。探しまわっていたらこんな遅くなってしまって」

正義「手がかりなしで探せただけ凄いわよ」

885: 2012/10/15(月) 22:13:25.29 ID:kD1iYSXP0
女秘書「この程度の事なら普通にこなせて当然です」

正義「普通なら不可能だけどね」

勇者「で、時間は」

女秘書「あまりありません。出来るだけ急いでいただきたい」

勇者「分かった」

女秘書「海辺の国と谷の国も渋々ながら増援を送るとの事です」

勇者「ああ」

正義「じゃあさっさと行きましょう」スタスタ

勇者「ああ」スタスタ

女秘書「お願いします」

正義「……」スタスタ

勇者「……」スタスタ

正義「英雄とどうだった?」

勇者「……なんで知ってるんだ」スタスタ

正義「勝利と会ったのよ」

勇者「……」

886: 2012/10/15(月) 22:14:01.53 ID:kD1iYSXP0
正義「で? どうだったの?」

勇者「別に何も」

正義「少しの間一緒に入ってたみたいだけど」

勇者「……別に一緒に入ってただけだ。他には何もしていない」

正義「知ってるわよ。そんな事」

勇者「ならいいんだ」

正義「そんな度胸無いんでしょ?」

勇者「……」

正義「どうなの?」

勇者「そうだ」

正義「やっぱり」

勇者「……」

正義「何よ」

勇者「何でも無い」

正義「もしかして、度胸が無いって言ったの気にしてる?」

勇者「少しだけ、な」

正義「……」

勇者「べ、別にそこまで気にしてない」

正義「嘘が下手ね」

887: 2012/10/16(火) 22:19:42.59 ID:VGC+Tq+50
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


和の町


武人「……」

男性「防衛隊がやられました」

武人「分かった」

男性「……」

武人「どうする……」

男性「このままだともってあと一日です」

武人「……くっ」

男性「どうしますか」

武人「戦力は?」

男性「援軍が来るのは早くても二日後です」

武人「……」

男性「……」

武人「俺が前線に出ても敵を全部は食い止められない……」

888: 2012/10/16(火) 22:21:26.68 ID:VGC+Tq+50
男性「どうしましょう」

武人「策が、無いな」

男性「じゃあ――――」

逃亡者「二人いればどうかな?」

武人「逃亡者。どうしてここに」

逃亡者「うーん。女王命令ってやつ?」

武人「女王様の命令でか」

逃亡者「まあ、分かり易く言えばそう」

武人「……」

逃亡者「一人でダメでも、二人いれば何とかなるんじゃない?」

武人「ああ、そうだな」

逃亡者「敵の軍勢の数は?」

男性「え、あ……」

逃亡者「約何人?」

男性「や、約千と言った所です」

逃亡者「じゃあ俺が五百で武人も五百だな」

武人「ああ、そうなる」

889: 2012/10/16(火) 22:22:17.67 ID:VGC+Tq+50
男性「む、無茶です」

逃亡者「そんな事誰だって分かってる」

男性「……」

逃亡者「でも誰かがその無茶をしないとどうしようもないもの事実だろ?」

男性「……」

逃亡者「なら俺と武人が適任だと思わないか?」

武人「逃亡者の言うとおりだ。無茶しなければこの町は落ちる」

男性「……」

武人「お前達は避難しておけ」

男性「いえ」

武人「何?」

男性「……非難する気はありません」

武人「……」

男性「お二人が戦うなら全力でサポートします」

武人「……」

男性「我々もこの町の一員です。非戦闘員でも、出来る事はあるはずです」

武人「……氏ぬなよ」

男性「はい」

890: 2012/10/16(火) 22:23:41.29 ID:VGC+Tq+50
~~~~~~~~~~~~~~~


武人は静かに刀を抜き、そのまま構えた。
息を大きく吐き出し、呼吸を調える。

頭の中でもう一本の刀を想像する。

数秒後、彼の左手には右手に持っている刀とまったく同じ刀が複製されていた。

彼が今いるのは最前線。
千を超える軍勢は彼目掛けて進軍している。


『勝てるのか?』

「さあ。でも勝たないと和の町はやられる」

『ああ、そうだな』

「俺と敵の軍勢がぶつかったら逃亡者が裏から攻め、挟み撃ちにする」


出来る限り敵の部隊を削り、出来る限り和の町に入る敵兵を減らす。
それが彼の仕事だ。

891: 2012/10/16(火) 22:24:59.18 ID:VGC+Tq+50
敵はすでに武器を構え、彼から数百メートル先で停止していた。


「行くぞ」

『ああ』


武人は刀を構え、そのまま敵目掛けて突進する。

普通より少し速いくらいの速度の突進。
だがそこには揺るがない意思があった。

彼の刀が一人目の敵を血で染めた。

周りはあっという間に囲まれ四面楚歌となる。

しかしそれは彼の作戦のうちだ。


『丁度いい位置だ。使えるぞ』

「ああ。真理、頼む」

『了解』

898: 2012/10/17(水) 22:00:00.81 ID:DjBXc6XJ0
近づいて来た敵兵を切り裂くと、武人は左手に持った刀を地面に投げ捨てた。

それは地面にたどり着く前に塵の様に消滅する。

武人は静かに刀を構え、敵をけん制した。

それが効いたのか、敵兵達は一歩下がり、武人との距離を離した。

体の中にある魔力を全て注ぎ込み、イメージを固める。

口に出すのもはばかられる姿。
あらゆるものを喰らう神の姿。
見た者を発狂させるその姿。


「這い寄る混沌」


武人が呟いた瞬間、彼の体は肉塊によって包まれていた。
いや、正確には彼から生み出される肉塊に埋もれていた。

肉塊と言うにはそれはあまりにも醜悪だった。
だがそれは不快感を与える醜悪であるのに何処か神々しい高貴さすら感じられる。

899: 2012/10/17(水) 22:00:34.96 ID:DjBXc6XJ0
まるで内臓をぶちまけたかのような肉塊は雪だるま式に肥大化していく。
肉塊には手のような触手が伸び、大きさも様々な無数の目が開かれる。

グチュグチュと言う湿っぽい音が響く。

その音は体をざらざらした舌で舐めとられる様な不快感を兵士達に与えた。

敵兵達の顔は青白く。
一番近くにいた者はすでに発狂していた。


「二度とふたたび千なる異形の俺と出会わないことを宇宙に祈れ」


肉塊の無数の手が敵兵を貫く。
肉塊は氏体を喰らい、更に肥大化していった。

手たり次第に敵を襲う。

900: 2012/10/17(水) 22:01:24.36 ID:DjBXc6XJ0
グチャリ。

敵兵の頭がとぶ。

グチャリ

敵兵の胸を触手が貫く。

グチャリ。

敵兵が頭から真っ二つに引き裂かれる。

目につくもの。
立っているもの。
生きているものが殺されていく。

そんな現実離れしたその光景は戦闘と言うより殲滅。
いや虐殺にしか見えなかった。

叫び声が聞こえる。
呻き声が聞こえる。
命乞いが聞こえる。

901: 2012/10/17(水) 22:02:49.28 ID:DjBXc6XJ0
しかし、虐殺は止まる事無い。
それが義務であるかの様に頃し続ける。


「戦争で命乞いしようなんて、救えねえな」


彼のその声はただも独り言だ。

数分後。

そこに残っていたのは数えきれないほどの氏体と武人だけだった。

彼は刀を鞘にしまうと、氏体の山に背を向け走り出した。

910: 2012/10/19(金) 22:05:32.69 ID:gx82NmCi0
武人「逃亡者」タタタッ

逃亡者「ああ、終わった?」

武人「敵は」

逃亡者「二、三人来ただけ、他には誰もいないよ」

逃亡者「もちろん頃しといたよ」

武人「ほ、本当か?」

逃亡者「これは本隊じゃない」

武人「何?」

逃亡者「お前があの気持ち悪い変身をしたらほとんどの敵兵は逃げていった。多分偵察の一環だったんじゃないか?」

武人「あ、あの人数でか?」

逃亡者「本隊の一部を送りこんでここの兵力を調べたかったとか?」

武人「……」

逃亡者「これで三人目だ」

武人「?」

勇者「敵は!?」タタタッ

逃亡者「勇者」

911: 2012/10/19(金) 22:06:06.43 ID:gx82NmCi0
逃亡者「撃退した、って言っていいのか?」

勇者「遅くなった。すまない」

武人「いや、大丈夫だ。まだ敵の本隊との戦いが残っている」

勇者「そうか」

逃亡者「お前は援軍って扱いでいいのか?」

勇者「ああ。そのために来たんだ。谷の国と海辺の町の少しだが援軍を出すらしい」

逃亡者「谷の国は期待しない方がいいと思うけどな」

勇者「海辺の町もそこまで期待はしていない」

逃亡者「……とりあえず全員集まるまで待つか」

勇者「そうだな」

武人「……一旦戻るぞ」

逃亡者「そうだな」

912: 2012/10/19(金) 22:06:38.93 ID:gx82NmCi0
~~~~~~~~~~~~~~~~~


和の町


逃亡者「さーて、誰が来るかな?」

勇者「さあな」

武人「即戦力になってくれるといいんだがな」

逃亡者「さすがにそこまで弱い奴は来ないと思うけどな」

勇者「国が国だからな。どうなるか分からん」

武人「いい奴が来るといいが」

格闘家「ここか?」スタスタ

逃亡者「……格闘家」

格闘家「逃亡者か。懐かしいな」

武人「知り合いか?」

逃亡者「ああ、谷の町のな」

格闘家「まさかお前まで居るとは」

逃亡者「いろいろあったんだよ」

格闘家「そりゃあ、そうだろうな」

913: 2012/10/19(金) 22:07:05.92 ID:gx82NmCi0
逃亡者「お前一人か?」

格闘家「ああ」

勇者「あの王にしては頑張ったんじゃないか?

格闘家「そこまで戦力になるかどうかは分からんぞ」

逃亡者「とりあえず即戦力にはなる」

武人「ありがたい」

逃亡者「ああ、その通りだ」

英雄「……」スタスタ

勇者「……」

逃亡者「やっぱりね。お前が来るだろうとは思ってたよ」

英雄「私は部隊所属では無いからな。戦力的に問題にもならん」

武人「人格を持つ剣の持ち主でもか?」

英雄「優秀な兵士はゴロゴロいる」

逃亡者「そりゃそうだ」

914: 2012/10/19(金) 22:09:42.33 ID:gx82NmCi0
勇者「お前だけか?」

英雄「……」

逃亡者「え、なんかあった訳?」

英雄「別に……」

勇者「何も無い」

逃亡者「いや、なんかよそよそしくない?」

英雄「気のせいだ」

勇者「そうだ」

武人「……作成会議していいか?」

勇者「ああ、悪いな。始めてくれ」

武人「……じゃあ始めるぞ」

915: 2012/10/19(金) 22:10:41.57 ID:gx82NmCi0
格闘家「敵兵の量は分かっているのか?」

武人「少なくても千以上だ」

勇者「また凄い量だな」

武人「ああ、凄い量だ」

勇者「……」

逃亡者「五人いれば何とかなるだろう」

英雄「無茶を言うな」

格闘家「無理だと思ってるのか?」

英雄「まさか」

逃亡者「ヒュー。さすが」

英雄「……」

逃亡者「要は武人だ。お前がどれだけ敵を倒せるかにかかってくると言ってもいい」

武人「分かってる」

916: 2012/10/19(金) 22:11:12.14 ID:gx82NmCi0
格闘家「で、役割なんかはどうするんだ?」

武人「俺が正面で敵を蹴散らす。あとは……その時に合わせて臨機応変に頼む」

逃亡者「アバウトだね」

勇者「下手に面倒な策よりいいんじゃないのか?」

逃亡者「ははっ。そうかもね」

英雄「全滅させるだけだ」

逃亡者「出来ればいいけどね」

英雄「……」

勇者「一言多いぞ」

逃亡者「すまんね」

武人「じゃあ各自休んでてくれ」

逃亡者「了解」

勇者「わかった」

格闘家「ああ」

英雄「……」

921: 2012/10/20(土) 22:14:26.95 ID:80xj4tR30
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


山の町   勇者の家


魔法使い「……」


カンカン


魔法使い「ん……」ムクッ

魔法使い「?」

魔法使い「鍛冶屋さんですかね」スタスタ

魔法使い「鍛冶屋さん?」

鍛冶屋「あ、悪い。起こしちまったか?」

魔法使い「いえ、別に」

鍛冶屋「そうか」

魔法使い「何してるんですか?」

鍛冶屋「いや、勇者の家の包丁がボロボロだったから作り直してたんだ」

魔法使い「そ、そんな事出来るんですね」

922: 2012/10/20(土) 22:15:09.21 ID:80xj4tR30
鍛冶屋「一応刀鍛冶だしね」

魔法使い「そ、そうですね」

鍛冶屋「……ああ」

魔法使い「あとどれくらいで出来るんですか?」

鍛冶屋「うーん。あともう少しくらいだと――――」


ガチャ


鍛冶屋「……勇者か?」

姉「勘違いしないでくれる?」

鍛冶屋「……何の用だよ」

母「久しぶりね。魔法使い」

魔法使い「……母さん」

母「私達に言う事があるんじゃないの?」

魔法使い「え?」

母「何か変わったんでしょ?」

魔法使い「……え、その……私、呪い師に――――」

923: 2012/10/20(土) 22:16:34.27 ID:80xj4tR30
母「魔術を使える様になったのね」

魔法使い「え、あ……」

鍛冶屋「魔法使い」

魔法使い「は、はい。そうです」

母「そう」ニッコリ

魔法使い「……」

姉「おめでとう魔法使い」

鍛冶屋「よかったな」

魔法使い「は、はい」

母「これであなたも我が一族最大の端になったわね」

魔法使い「え?」

姉「魔法使いに成れないからって呪い師になるなんてね」

母「本当に我が家の恥晒しね」

魔法使い「……」

鍛冶屋「お前等知らねえかもしれねえけどな――――」

魔法使い「いいんです」

924: 2012/10/20(土) 22:17:10.89 ID:80xj4tR30
鍛冶屋「でも――――」

魔法使い「話したって意味ないですから!!」

鍛冶屋「……」

魔法使い「何言っても私が呪い師だって事に変わりはありませんから……」

鍛冶屋「……」

母「もう家には来なくていいから」スタスタ

姉「ええ。二度と来ないで」スタスタ

鍛冶屋「……」


ガチャ


魔法使い「い、いいんです。私が全部悪いんですから」

鍛冶屋「お前のそう言う所、イライラする」

魔法使い「すいません」

鍛冶屋「そう言う所だよ」

魔法使い「……」

925: 2012/10/20(土) 22:20:20.44 ID:80xj4tR30
魔法使い「す、すいま――――」

鍛冶屋「謝らなくていい」

魔法使い「……」

鍛冶屋「ちょっと出掛けて来るわ」

魔法使い「は、はい」

鍛冶屋「夕方くらいには帰ってくる予定だから」

魔法使い「はい」

鍛冶屋「……」スタスタ

929: 2012/10/22(月) 21:53:07.80 ID:Cf7QbjCV0
魔法使い「……」

魔法使い「出掛けましょうか」スタスタ


ガチャ


魔法使い「……」

旅人「何をそんなに思い詰めてるんですかい?」

魔法使い「!?」

旅人「いやね、さっき鍛冶屋でしたっけ? が出ていくのが見えたんで」

魔法使い「あなたには関係ありません」

旅人「そう言う訳にはいきませんよ」

魔法使い「……」

旅人「あんた、魔王にあったんでしょう?」

魔法使い「……はい」

旅人「魔王の話はどうでしたか?」

魔法使い「別に、どうという事もありません」

930: 2012/10/22(月) 21:54:30.94 ID:Cf7QbjCV0
旅人「へぇ」

魔法使い「それが何か」

旅人「じゃあお嬢さんはこの世界の人間は命を賭けてまで助ける価値のある人間だと言う事ですね」

魔法使い「……」

旅人「どうなんですかい?」

魔法使い「そ、それは――――」

旅人「お嬢さんの家族や周りの人間はそれに値する人間ですかい?」

魔法使い「私には勇者さんや正義さんや鍛冶屋さんがいますから」

旅人「へっへっへ。そりゃ立派な事で」

魔法使い「……」

旅人「でも今のお嬢さんの周りには誰もいませんね」

魔法使い「……ど、どういう意味ですか?」

旅人「いえね、確かにお嬢さんにとってその三人は大事かもしれない。でも向こうからしたらあなたは大事なんですかね」

魔法使い「……」

旅人「どうですかい?」

魔法使い「……」

931: 2012/10/22(月) 21:55:01.46 ID:Cf7QbjCV0
旅人「あっしには分かりますよ。お嬢さんの気持ちが」

魔法使い「……何が、分かるんですか」

旅人「怖いんでしょう?」

魔法使い「な、何がですか」

旅人「全てがですよ」

魔法使い「……」

旅人「魔王から聞いた話を教えてあげましょうか?」

魔法使い「……」

旅人「0から1と1から2。どちらも1増えているだけですが、二つには大きな違いがありますが、わかりますか?」

魔法使い「わ、分かりません」

旅人「……じゃあヒントです。2から3も1から2と変わりません。もちろん3から4も」

魔法使い「……」

旅人「1から2も2から3も、結局は増えているだけなんですよ」

旅人「でも0から1は無から何かを生み出している」

魔法使い「な、何が言いたいんですか」

旅人「0から1以外は所詮増えているだけだと言う事ですよ」

魔法使い「言いたい事が分かりません」

932: 2012/10/22(月) 21:55:50.30 ID:Cf7QbjCV0
旅人「0より上はみんな一緒なんですよ。1も100も、1,000もね。所詮数が増えているだけですから」

魔法使い「……」

旅人「それじゃあまた会いましょうか」スタスタ

魔法使い「……」

旅人「……」スタスタ

魔法使い「待って下さい」

旅人「へぇ?」ニヤリ

魔法使い「魔王さんは、まだいるんですか?」

旅人「……ええ。まだいますよ。あの人は逃げたりなんかしませんからねぇ」

魔法使い「……」

旅人「へっへっへ。また会いたくなったんですか?」

魔法使い「いえ……」

旅人「いいんですよ。その方がいい」

魔法使い「……」

935: 2012/10/23(火) 22:05:10.16 ID:kMlvKgUh0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者「……」

正義「どうしたの?」

勇者「いや、そろそろだろうなと思ってな」

正義「そうね」

勇者「まず先陣は武人と英雄か」

正義「私達と逃亡者で入口を守る訳ね」

勇者「ああ、そこそこいい陣だと思うぞ」

正義「武人の技は知らないけど英雄の炎はかなり有効だと思うわよ」

勇者「ああ。あれは大勢焼き払えそうだな」

正義「戦争ね」

勇者「そうだな」

正義「……」

勇者「俺は他の3人と比べると弱い」

正義「……そうね。確かに英雄にも逃亡者にも勝てた事無いし、武人には勝てないでしょうしね」

936: 2012/10/23(火) 22:05:48.76 ID:kMlvKgUh0
勇者「今のままでは、ダメなんだろうな」

正義「そうね」

勇者「……」

正義「修行すればいいのよ。今のあなたは素質はあるけど私を使った戦い方が分かって無いだけだから」

勇者「ああ」

信義「何辛気臭い話ししてる訳?」

正義「し、信義!? いつの間に……」

逃亡者「今々来た所」

勇者「どうしたんだ」

逃亡者「いや、まだ敵も来なさそうだしさ」

勇者「……」

逃亡者「少し話しておこうと思って」

勇者「何をだ」

逃亡者「いろいろだよ。いろいろ」

正義「……」

937: 2012/10/23(火) 22:06:39.75 ID:kMlvKgUh0
逃亡者「一応今は仲間だろ?」

勇者「ああ、そうだな」

逃亡者「ならお互いを知って言おたほうがいいだろ」

勇者「……そうかもな」

逃亡者「俺の事は格闘家からそこそこ聞いてるらしいな」

勇者「ああ。少しだけな」

逃亡者「まあ、改めて言っとくか。俺は逃亡者。元は谷の国の部隊の隊長だ」

勇者「……俺は勇者。山の国の王により魔王討伐の為に戦っている」

逃亡者「……よろしく」

勇者「ああ」


逃亡者と勇者は握手をする。


信義「なんだかんだで似てるのかもね」

正義「そう?」

信義「思わない?」

正義「……ちょっとね」

938: 2012/10/23(火) 22:07:20.61 ID:kMlvKgUh0
勇者「あのお姫様とは隊長の頃にあったのか?」

逃亡者「まあ、そうだな。いや、正確にはちょっと違う」

勇者「?」

逃亡者「俺が下っ端の頃は姫様の護衛の仕事が多かったんだ。それで仲良くなったんだ」

勇者「そうなのか」

逃亡者「多分姫様と年が近かったってのもあるんだろうな」

勇者「姫様は今何処に?」

逃亡者「砂漠の城で待機中だ」

勇者「そうか」

逃亡者「俺が今回の話に乗ったのも姫様を安全な場所に置いておきたかったから」

勇者「大切なんだな」

逃亡者「ああ。そりゃあな」

逃亡者「さて、じゃあ次はそっちの番だ」

勇者「……俺の事は話してあるだろう」

逃亡者「お前がなんでそこまで正義に執着してるのかは知らないよ」

勇者「……」

逃亡者「別に嫌ならいい。でも教えてくれるなら教えてくれ」

勇者「いいさ。話す」

939: 2012/10/23(火) 22:08:49.80 ID:kMlvKgUh0
勇者「俺は――――」

正義「勇者!! 敵よ!!」

勇者「……話は後だ」

逃亡者「ああ、分かった」

信義「行くわよ」

逃亡者「ああ!!」


信義と逃亡者は見張り台から飛び降りる。


正義「まったく、十メートルもあるのよ」

勇者「正義。敵は」

正義「あそこ、だいたい二千弱って所ね」

勇者「俺達も行くぞ」

正義「了解」

945: 2012/10/25(木) 21:29:25.86 ID:LBeJxOFl0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『見えるか。武人』

「ああ、よく見える」


武人は一人町の入り口に立っていた。
その手にはすでに二本の刀が握られており、背中には天使の様な純白の翼が生えている。

眼下にはすでに敵の軍勢が見えている。
それはまるで一つの巨大な何かの様にぞろぞろとこちら目掛けて進んでいた。


「じゃあ、始めようか」

『ああ、そうだな』


武人の一言に真理は答える。

約二千の敵兵にいくら空中からの攻撃が出来るとは言え勝てるとは思えない。
いや、正確には勝つ方法はあるが今回は防衛線であり、敵をいかに足止めし、敵を減らすかが最大の問題となるのだ。

946: 2012/10/25(木) 21:29:54.82 ID:LBeJxOFl0
――――さて、どうしようか。

彼の失敗は前回に切り札の一つを相手に見せてしまった事だった。

さすがに何かしらの策を考えてきているはず。
ならば武人の方もあれは使う事が出来ない。

だが、彼自身にその程度は何の問題でもない。

頭の中で形をイメージ。
それを徐々に固め、細部までしっかりとイメージし尽くす。


「沼に棲む者」


彼の体を毛が覆う。
刀を持っていた両手が鋭い爪の生えた巨大な前足と化す。
足は強靭な後ろ足に、顔は鋭利な牙がずらりと並んだ狼の顔へ。
全長四メートルはくだらない巨大な獣へと姿を変える。

聞く人の心を喰らう様な低い声で唸り声を上げるその姿は誰がどう見ても化け物以外の何ものでもなかった。
だがやはり、そこには何とも言えない神々しさが漂っている。

947: 2012/10/25(木) 21:30:41.91 ID:LBeJxOFl0
体を傾け、疾走の準備を始める。

敵との距離は数百メートル。
今の彼なら敵が武器を抜くより早く距離を縮めきれる自信があった。

弾丸の如く、彼の体が疾走する。
風を切って進むその姿はさながらかまいたちの様だ。

時間にして約一秒。

彼の右前足の爪が一人目の敵を紙切れの様引き裂く。
彼の牙が、二人の目の兵士の頭を食い千切る。

鈍く光る両目が敵兵達を捉える。
もちろんその膨大な量のほんの一部を捉えた過ぎない。

だが、敵兵達の間に体に張り付く様な気持ちの悪い緊張感が漂うのが分かった。
ピンと張りつめた様な異様な雰囲気が兵士たちを包む。

だが例え彼等が攻撃態勢になったとしてもただの兵士では勝ち目はなかった。
例え二千人であってもだ。

948: 2012/10/25(木) 21:31:09.25 ID:LBeJxOFl0
理由は単純で明快。
災厄は例え何人いても防ぐ事は出来ない。
災厄を防げるのはそれと同等の力を持った災厄でなければ意味が無いのだ。

巨大な怪狼は地鳴りの如き唸り声を上げる。
それは獲物を捕らえられる歓喜にも似た響きを纏っている。

その声は蛇蝎が体を這いまわる様なおぞましさを敵に与えた。

狼の咆哮が響いたのと敵兵がまるで玩具の様に引き千切られ、切り刻まれたのはほとんど同時だった。
まるで狂人の宴の様な狂乱が始まる。

剣を持った兵士の首がもげ、槍を持った兵士の両腕が吹き飛ぶ。

災厄は髪の毛ほどの躊躇も無く、あっという間にその場を凄惨に染め上げる。

薔薇に似た赤がほとばしり、肌色の塊が宙を舞う。

949: 2012/10/25(木) 21:31:49.28 ID:LBeJxOFl0
だが、そんな災厄は突如として終わりを迎えた。

全長三メートルを超える一本の剣が怪狼に振り下ろされた。
鈍い風を斬る音が響く。

もちろん、彼はそれをいとも簡単にかわすと、そのまま目の前の巨人目掛け襲いかかった。

しかし、巨人は怪狼をいとも簡単に弾き飛ばすと、剣を怪狼に向ける。

だが怪狼は動じなければ怯える事も無い。
今の彼は一つの武器も同然。
体はおろか、脳でさえもどうすれば敵を狩れるのか以外の思考は排除されていた。

怪狼と巨人。
まるで冗談の様な化物はお互いに睨み合う。

彼は敵を睨みながら攻撃のタイミングを図っていた。
相手の呼吸、仕草、感情を読み取り、最も相手が気付き辛いタイミングで攻めに転ずる。

しかし巨人はその七メートル近い巨体をピクリとも動かさず、銅像の様に静止していた。
呼吸は全く読めない。
感情も読みとれない。
ただしかしその赤黒い目は明らかにこちらに対する殺意をもっている事だけは分かった。

950: 2012/10/25(木) 21:32:19.74 ID:LBeJxOFl0
言葉はない。

ただお互いに剥き出しの殺意だけがマグマの様にドロドロと垂れ流されている。

真夏の焼ける日差しの様なピリピリとした感覚が怪狼を襲う。
それが何なのかを彼は知っていた。

それは命を賭けた戦いの高揚感。
頃し、殺されを純粋に楽しむ感覚。

常人には理解できないだろう。
だが今の彼は武器。
戦いの中にこそ、いや、戦いの中でしか楽しみを見出せない武器なのだ。

怪狼が地を蹴り、大きく前に跳ぶ。
一本一本が短剣にも見える鋭利な牙を剥き出しに巨人目掛け襲いかかる。

巨人の無骨な剣がまるで地を抉り取りように大きく横に振り抜かれた。

951: 2012/10/25(木) 21:33:05.89 ID:LBeJxOFl0
怪狼はそれを紙一重でかわし、巨人の喉元へと喰らいつく。

だが彼の牙はガチンと音を鳴らしただけでその岩の様に硬い肉を噛み砕く事は無かった。

そこに巨人の姿は無かった。
いや、正確には前後左右、何処にも巨人の姿は無かった。

何が起きたのか理解できない。
ただし、自分が敵を仕損じた事だけは痛いほどに理解できてしまった。

彼はどこにぶつける事も出来ない苛立ちを心の奥底にしまい込むと兵士の生き残り達を狩り始めた。

956: 2012/10/26(金) 21:49:22.83 ID:pPTzSJoK0
~~~~~~~~~~~~~~~~~


逃亡者の戦闘はどんな敵であっても必要以上の苦痛と疲労を伴う。
それは彼の戦い方が肉体にギリギリまでの負荷をかけ、動きまわるためだ。
彼はどんな相手であっても手を抜かない。
それは相手に対して失礼だと思うのと同時に彼のポリシーでもあった。

まるで一発の弾丸の様に跳んだ。
そしてそのまま彼は剣を横に振り、敵を切り裂く。

まるで閃光の如きその一撃は敵兵が気付くよりも先にその兵士の命を奪っていた。

地面に着地すると同時に膝に痺れるような痛みがはしる。
素足でおろし金の上を滑っているかのような痛みが足の裏を襲った。

痛みに顔が苦悶の表情に歪む。
喉の奥から漏れだしそうになる悲痛な叫びを無理矢理に飲み込む。

彼のこの代償は当然の事ながら全て彼自身が負担している。
地獄の拷問にも似たその苦痛と苦しみだけの戦闘も彼は全てを受け入れていた。
それが彼が彼女を守るために選んだ答えなのだから。

957: 2012/10/26(金) 21:50:01.57 ID:pPTzSJoK0
『逃亡者。大丈夫?』

「まだまだだよ」


目の前に銀色の物体がきらりと光る。

彼はそれをその人外染みた速度で回避するとその物体の持ち主を魚の様に三枚に下ろした。

武人が何をしているのかは知らないが敵の数はそれほど多くのは無かった。
今まで彼が狩った敵と今目の前にいる敵の数を合わせても二桁と少々くらいだろう。

一見すれば順調な出だし。

しかし彼の心中では暗雲に似た不安が膨れてきていた。

確かに敵の数は十人と少し。
だがその敵はどれも今さっき進軍してきたものばかりだ。

そして声から察するにまた少数ではあるが敵が来ているのが分かる。

958: 2012/10/26(金) 21:50:40.54 ID:pPTzSJoK0
「信義、敵が増えてないか?」

『ええ。何があったかは分からないけれど、そうみたいね』


だが、信義の声にはそこまで緊張した様子は無い。
それは多分、武人がまだ生きているからだろう。
もし彼が氏んでいればそれこそ彼ではどうしようもないほどの量の敵が進軍して来る。

何かしらはあったんだろうが、そこまで気にする必要は無いだろう。
そう彼女の言葉を解釈した。

体を鉛色の風が撫でる。
ブルリと体が震えた。

彼はこの風の名を知っている。
野生の感が強敵の存在を告げる。
すぐ近くにある大きな力の塊の存在を知る。
彼の体が武者震いする。


「ほう、今度はちゃんとした人間か」

959: 2012/10/26(金) 21:51:14.69 ID:pPTzSJoK0
低い。
それは地を這う蛇の如き声。

姿を現したのは身長七メートル近い巨人だった。

布の粗末な服を纏い、腰には無骨な剣がささっていた。
いや、剣自体の長さは三メートル近く、逃亡者たちからすれば特大剣とも言えるかもしれない。

その肉体は鍛え抜かれ、恐ろしいまでに屈強だった。


「でかいな」

「そりゃそうだ。巨人だからな」


逃亡者の目はすでに捕食者のそれになっていた。
宝石の様にギラギラと光り、戦闘狂の如く口を大きく歪ませ笑みをかべる。


『行くよ。信義』

『ええ。分かってるわ』

960: 2012/10/26(金) 21:52:53.00 ID:pPTzSJoK0
逃亡者の体が前に突進する。


体が軋み悲鳴を上げる。
四肢を引き裂かれる様な激痛が体を襲った。

白銀の閃光が二つ。
火花を散らし激突する。
それは花火の様に美しく。
そしてそれ以上に儚かった。

逃亡者は更に二度三度と常人では繰り出せない様な速度で無茶な攻撃を繰り返す。
もちろん、その攻撃は逃亡者自身の体を内側から破壊するもろ刃の剣だ。

そのたびに儚くも美しい花が咲き、瞬時に消滅する。

四度目の花が咲いた時、逃亡者の左手は大きく引かれていた。
それはまるで限界まで引き絞られた弓の様に震え、飛ぶ瞬間を待ち望んでいる。

その時は次の瞬間に訪れた。

ゴウッ、と言う風を無理矢理に貫くかのような音をたて、彼の左手が進む。
その先にあるのは巨人の顔。

966: 2012/10/27(土) 22:18:11.47 ID:PqiJV8PP0
真っ赤な液体が四散するした。

電撃に似た痛みが全身を貫く。
それは綺麗に脳天から足先までを素早く駆けていった。


「がっ……」


逃亡者の捻り出した様な弱々しい声が僅かに聞こえる。

彼の左手は巨人の頬を見事に射抜き、巨人を吹き飛ばしていた。

だがその衝撃は彼の左手にも同様に襲っていた。
すでに原形は留めておらず、はじけたスイカの様に赤い液体がとめどなく溢れている。
文字通り、彼の拳は砕けていた。

視界が霞む。
今自分が何をしているのか分からなくなる。

意識が溶けていった。


『逃亡者!!』

967: 2012/10/27(土) 22:20:05.51 ID:PqiJV8PP0
頭に響いた声に正気に戻る。
どうやら僅かな意識がとんでしまっていたようだった。

気にする事では無い。
それは彼の戦闘中ならよくある事。

彼は痛みを振り払うかのように頭をふると、巨人の方に向き直った。
その目は相変わらず狩人の、獲物を狙う捕食者の目だ。


「無茶な戦い方だな。精神的にも肉体的にも負担が大きすぎる」

「何言ってんだ。そんな事俺が一番よく分かってるに決まってんだろ」


逃亡者は修復していく左手を眺めながらそう答えた。

彼は自らそれを選んでいる。
誰かに言われた訳でもない。
強要された訳でも、頼まれた訳でもない。
自分の意思でいくつかある選択肢の中からこの戦い方を選んだのだ。

968: 2012/10/27(土) 22:21:39.66 ID:PqiJV8PP0
「愚かだな」

「その愚か者の命で姫様が救えるなら喜んで差し出すさ」


剣を構え直し、逃亡者は残酷に笑いながらそう言い放った。
その顔に曇りは無い。
秋晴れの様に晴々した顔だ。

彼が守りたいのは他の何者でも無く彼女だから。
彼が救いたいのは他の何者でも無く彼女だから。
彼が幸せにしたいのは他の何者でもなく彼女なのだから。

たった一人を救うために彼は自分自身の力を最も引き出せ、自分自身を最も傷つける戦術を選んだのだ。

逃亡者は素早く跳び、巨人目掛け弾丸の如く猛進する。

迷いなき剣。
それが何よりも強い事を勇者が知るにはもう少し時間がいるだろう。

銀の閃光がはしる。
それは巨人の胸に一本の切り傷を付けた。

僅かだが、巨人の胸を赤く染めさせる。

969: 2012/10/27(土) 22:22:58.91 ID:PqiJV8PP0
「ちっ、浅いか」


更に追撃の為に空中で剣を構え直す。
……だがその剣が振られる事は無かった。

体が予想外の方向へ振られ、そのまま吹き飛ばされる。
投げられたのだと理解するのはすでに飛ばされた後だった。
逃亡者の小さな体はまるで毛糸の様に地面を駆ける様に転がり、家の壁を砕いてやっと停止した。


「がはっ!!」


口から鮮血が零れる。
骨も少なくとも一、二本は折れているはずだ。

足首の痛みに呻きながらも彼の目はいまだに闘志を失ってはいない。
その目は獲物を狙う蛇の様に鋭かった。


『信義。修復を急いでくれ』

『ええ。そのつもりよ』

970: 2012/10/27(土) 22:23:33.25 ID:PqiJV8PP0
肉をすり潰す様な痛みに耐えながら逃亡者は立ち上がった。

すでに体の修復は七割方終わっている。

彼は剣を拾い上げると、構え――――。

だが、その行為が終わるよりも先に巨人の左手が逃亡者の脇腹に突き刺さっていた。
丸太ほどあろうかと言う巨大な腕はメシメシと言う異様な音を立てながら逃亡者を貫く。

訳が分からない。
何が起こったのか分からない。

今さっきまで数メートルと言う距離が開いていた。
そのはずなのにそれこそ瞬きする様な時間で距離を縮め、更に攻撃を仕掛けてくる。

そんな事は理論上不可能なはず。
それなのに目の前の巨人はそれを平然とやっている。

考えれば考えるほど分からなくなる。


「魔力が使えるのは何も人間だけじゃない。覚えておくんだな」


その言葉を最後に、逃亡者は暗闇の世界へと落ちていった。

973: 2012/10/28(日) 21:55:02.47 ID:VH/BjU950
~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者が来たときにはすでに逃亡者は地面に仰向けに倒れていた。

辺りの建物は瓦礫と化し、所々煙が上がっている場所もある。


「逃亡者!!」


声を出すが返事は無い。
ただ呼吸と心臓は動いており、気を失っているだけの様だった。


「……正義。敵は?」

『そんなに離れてないわ』

「分かった」


勇者は走り出す。
そしてすぐに敵の居場所を突き止めた。

974: 2012/10/28(日) 21:56:45.70 ID:VH/BjU950
彼の目の前の壁には巨大な穴が開いていた。
そこは鍛冶場だ。
そして敵がそこに侵入したと言う事は……。

考えるよりも先に体が動く。

彼は転がり込むように鍛冶場に入ると刀を右手に持ったまま獣の如く疾駆する。


「お前で最後か。だが一足遅かったな」


低い声が響いた。

その声の目の前に逃げも隠れもせず、さながら門番の様に道の真ん中に立っていた。


「逃亡者をやったのはお前か」

「そうだ。あいつは逃げ切れそうになかったんでな。残りの二人は振りきって後は兵士達に任せてある」


身長約七メートル近い巨人が笑いながら答える。
それはまるで酒の席の様に楽しそうな笑みだ。

975: 2012/10/28(日) 21:57:25.78 ID:VH/BjU950
「やはり目的はここか」

「俺達の目的はここを使えなく事だからな」

「……」

「何か不満か?」


勇者達の予想だと魔王達はこの町を占領するものだと思っていた。
だが彼等はそれをしない。
つまり建物だけ破壊すると言う意味でとれる。


「占領して人々を奴隷とする気も無いのか?」

「そんな事をしても意味は無いだろう」

「さっきもそうだ。逃亡者を殺せたはずだろう」

「一応お前達四人は頃すなと魔王様に言われていてな」


勇者はその言葉に首をかしげる。
もはや魔王の意図が分からなくなってきていた。

976: 2012/10/28(日) 21:59:37.26 ID:VH/BjU950
「お前の……お前達の目的は一体何だ」

「魔王様は戦いを望んでいるんだ。人間との氏力を尽くした戦争をな」


分かりそうだった魔王の心が霧の様に消えていくのが分かった。

彼女は人間を滅ぼすのが自分の使命だと言っていた。
なのに何故わざわざ戦争を長引かせる様な事をしたいのか。


「分かっているだろう。お前達はまだ本気では無い。なら本気にさせるしかないだろう」

「そのためにこんな事を」

「ああ」

「お、お前達は――――」


狂っている。
そう口が動くが声は発せられなかった。

977: 2012/10/28(日) 22:00:06.92 ID:VH/BjU950
そんな事の為にお互いの兵士が氏んだ。
お互いに苦しみが、憎しみが生まれた。
そんなものは狂っている。
そのはずなのに口から声が出なかった。


「そうだな。狂ってるのかもしれん」


巨人はそこで言葉を切り、軽く息を吸った。


「だがお前達が狂っていない保証は何処にある」

「そ、それは……」

「お前のその正義への執念は狂っていないか? 逃亡者の姫への異常な愛は狂っていないか?」


勇者は気付けば汗をかいていた。
べたべたとした冷たい汗は彼の体全体をぐっしょりと濡らす。

981: 2012/10/29(月) 21:50:34.15 ID:ueCa6tcv0
「英雄の人間への拒絶は狂っていないか? 武人の剣士たる心構えのための孤独は狂っていないか?」

「狂って……」

「答えられんだろう」


巨人は静かにそう言った。
まるで全てを知っている全知全能の神の様なそのもの言いは勇者の体を更に硬くさせる。

勇者の中のもう一人の彼が顔を出す。
それは正義の彼。
彼が見た理想の彼だ。

――――お前は狂っていない。狂っているのはお前ではなく世界だ。奴等だ。お前以外の全てだ。

もう一人の彼の声はまるで槍の様に彼の体を貫く。
頭から股まで。全身を綺麗に貫いている。

982: 2012/10/29(月) 21:54:34.72 ID:ueCa6tcv0
『――者――――』


頭の中にまるで砂嵐の様なノイズが響く。

何かを言っている。
だが勇者はそれを聞きとる事は出来なかった。


――――奴は狂っている。ならどうする?

どうする?
決まっている。
頃すだけだ。

―――――そうだ。奴は多くを頃した悪だ。狂った悪はどうする?

頃す。

勇者は刀を構え、息を吐く。

983: 2012/10/29(月) 21:56:08.78 ID:ueCa6tcv0
「お前は悪だ。お前は今ここで頃す」

「俺は悪か。そりゃそうだ」

「ああ、だから頃す!!」


魔力が全身に廻るのをイメージ。
体を生温かい霧の様なものが包むのが分かった。

刀を構え、前に跳ぶ。
だが速度は世の中に存在するどの生物よりも圧倒的に速い。

だが勇者が刀を振り下ろすよりも先に巨人の剣が勇者の刀を封じる。
巨人の剣は勇者の刀に剣をあえてぶつけ、動きを止めていた。

勇者の奥歯がギリギリとなる。
別に力を入れている訳ではない。
ただ怒りが。
地獄の業火よりも熱い怒りが込み上げてくる。

殺意。
それが勇者を荒れ狂う海の荒波の様に飲み込んでいく。

986: 2012/10/29(月) 21:59:40.84 ID:ueCa6tcv0
憎い。
悪を殺せない自分が。
悪なのに生きている相手が。
悪を生かしている世界が。


「おォォォォォ!!」


勇者は乱暴に刀を振り回す。
それはもはや剣士の剣技でもなく、戦士の戦いでもなく、ただのダダをこねる子供と同じだった。

勇者は壊れていた。
壊されてしまった。
いや、壊されてしまったと言う言い方は少しおかしいかもしれない。

元より勇者は壊れかけていた。
巨人がやった事はただその引き金を引いただけ。
言わば壊れかけの城の風化してボロボロになった一本の柱をおっただけの事だった。

遅かれ早かれ柱はおれ城は崩れていた。
巨人はそれをほんの少し早めただけに過ぎないのだ。

勇者は結局一歩も前には進んでいなかった。
もちろん考え方は変わった。
物事に対する姿勢も僅かながら変化した。
だが結局根本は何も変化していなかったのだ。

987: 2012/10/29(月) 22:00:09.23 ID:ueCa6tcv0
そしてその根本は勇者の自壊の原因だった。

憎い。
憎い。

何が?

全てが。

全てが憎い。
全ての悪が。
悪を生かしている全ての存在が。

巨人の剣が勇者を弾き飛ばす。

勇者の体はいとも簡単に宙に舞い、そのまま地面に叩きつけられていた。
骨が折れる様な音が聞こえた。

だが勇者の目の殺意は消えない。
ただひたすらに殺人鬼の様に血走った眼をさせながら巨人を睨みつけ、般若の様な面持ちで呻っている。

彼は刀を口に咥え、そのまま跳んだ。

右手はだらりと下がり、もはや付いているだけに成り下がっていた。

988: 2012/10/29(月) 22:01:37.97 ID:ueCa6tcv0
「お前は所詮魔力に頼って戦っているだけに過ぎん。それじゃあ雑魚には勝てても俺達には勝てん」


声と共に勇者の脇腹に激痛が走る。
喘ぐような声を上げながら彼は地面に前のめりに伏せっていた。
ただただ短距離の後の様な荒い呼吸音だけが響き渡る。


「さて、じゃあそろそろ終わらせようか」


そう言うと巨人は近くにあった棒の様な物を掴んだ。
そしてそれを抜く。

それは獣の目の様にきらりと銀に光る。
刀身の長さは約三メートル弱だろうか。


「それは……」

「凄い技術だ。この長さの剣なのに切れ味は一級品か」


巨人の慈しむ様な視線が刀を舐める。

989: 2012/10/29(月) 22:02:05.26 ID:ueCa6tcv0
それは決して人間には扱えない超大剣。
だが巨人なら話は別だ。


「安心しろ。命はとらん。魔王様との約束だからな」


ゴウッと風が鳴る。

はたしてそれが勇者のものなのか巨人のものなのかは分からなかった。
音速と化した二つの影がぶつかる。

轟音。
その衝撃波は建物の壁をまるで板きれの様に吹き飛ばす。


「弱いな。お前は弱い。心も技もな」


消えゆく意識の中で勇者はその声を聞いた。
そして自分の名を必氏で呼ぶ少女の声も。

990: 2012/10/29(月) 22:06:18.72 ID:ueCa6tcv0
ちょうど切れ目なのでこのスレはここで終わろうと思います。

次スレのスレタイは『勇者「正義のために戦おう」正義「その2よ」』になります。


次スレは早ければ3日後、遅くても1週間以内に立てます。
次スレを始めてもここが残っていたら依頼をだすつもりです。

991: 2012/10/29(月) 22:09:19.42 ID:tDEED2rvo
乙!
次スレもたのしみにしとくぜ!

勇者「正義の為に戦おう」【4】

引用: 勇者「正義の為に戦おう」