344: 2012/12/25(火) 22:23:01.79 ID:OCtYdAsS0



勇者「正義の為に戦おう」【1】
勇者「正義の為に戦おう」【2】
勇者「正義の為に戦おう」【3】
勇者「正義の為に戦おう」【4】



Lv1魔王とワンルーム勇者 11巻 (FUZコミックス)
正義「ちょっと聞いてみようかな」

信義「気持ちがられるからやめといた方がいいわよ」

狩人「ええ、それじゃあただの変態だから」

信義「そう言えばあなたのあの視力ってなんなの?」

狩人「単純に目がいいのよ。生まれつきね」

信義「……でも数キロ先も見えるって凄いわよね」

狩人「ええ、だからそれを最大限に行かせるボウガンを使ってるのよ」

信義「あのボウガンはどういう仕組みであんな遠くまでとぶの?」

狩人「単純に魔力で加速させて更に速度維持もしてるだけよ。で、その速度維持の魔力がきれる頃には敵に着弾してるか外れてるかの二択」

正義「そんな事してたんだ」

女秘書「出来なくはないですが、よくそんな事を思いついたものです」

狩人「やっぱりイメージが深ければ深いほどいいのよね」

正義「でも、何がどう違うのかよく分からないんだけど、なんでなの?」

狩人「単純に無駄な部分に魔力を消費しないから。あとイメージがしっかりしていればその分だけ不安が減るでしょ」

狩人「不安は戦闘で命取りになってもおかしくないわよ」

信義「へえ。勉強になった」

正義「覚えておくわ」

345: 2012/12/25(火) 22:23:39.98 ID:OCtYdAsS0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


川の町


旅人「……来てくれると信じてましたよ」

魔法使い「……」

旅人「なぁに、そう緊張する必要はありませんよ」

魔法使い「私は私のしたい事をするまでです。協力するつもりはありません」

旅人「ええ、構いませんよ」

魔法使い「……」

旅人「そう怖い顔しなくてもいいじゃねぇですか」

魔法使い「別に――――」

旅人「自然と顔が怖くなっちまうのも理解できなくは無いんですがね」

魔法使い「……」

旅人「ひっひっひ。別に嫌みでも何でもないですから気にしなくて結構ですよ」

魔法使い「嫌な性格していますね」

旅人「あっし自身はそう感じた事はねぇんですけどね。へへっ」

346: 2012/12/25(火) 22:25:08.27 ID:OCtYdAsS0
魔法使い「……」

旅人「黙らんで下さいよ。楽しい会話はこれからですよ」

魔法使い「あなたと話す気はありません」

旅人「ひどい嫌われ様だ。ひひひひっ」

魔法使い「本当に嫌味な――――」

旅人「いい加減無駄な躊躇いを無くした方がいいと思いますよ」

魔法使い「な……」

旅人「分かってないとでも思いましたかい?」

魔法使い「……」

忍者「遅かったでござるな」

魔法使い「だ、誰ですか!?」

忍者「忍者でござる」

旅人「あっしらの仲間ですよ。気にしねぇで下さい」

魔法使い「……」

347: 2012/12/25(火) 22:26:13.46 ID:OCtYdAsS0
忍者「……にしても、どうしてお主みたいなものがこんな所に?」

魔法使い「……」

忍者「いや、気を悪くしたなら謝るでござる」

魔法使い「私はあなた達の仲間ではありません。ただ利害が一致しているから一緒にいるだけです」

忍者「……そうでござるか」

魔法使い「……」

忍者「別に裏切っても構わんでござるよ。お主が武器を向けて来るなら向かいうつだけでござる」

旅人「相変わらず素晴らしい考え方で」

忍者「嫌みでござるか?」

旅人「いえいえ、単純に尊敬の念でごぜぇやす」

魔法使い「……」

旅人「作戦開始は明日だ。よぉく覚えておいてくだせぇ」

魔法使い「ええ」

忍者「彼女はどうなんでござるか?」

旅人「さあ。あっしにはどうでもいい事です」

348: 2012/12/25(火) 23:11:57.17 ID:OCtYdAsS0
忍者「雑でござるな」

旅人「あいつはそんなに好きじゃねぇんでね」

忍者「何故でござるか?」

旅人「中途半端な所」

忍者「……まあ、確かにそうでござるな」

旅人「巨人は後で合流するとの事です」

忍者「了解でござる」

旅人「じゃああっしも休ませてもらいますよ」

忍者「そうだな。拙者も寝かせてもらうでござる」

旅人「じゃあ明日」

忍者「また明日」

352: 2012/12/27(木) 22:14:36.56 ID:lAoWW9Y20
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


武人の家


武人「……」

真理「呼吸が乱れているぞ」

武人「……」スーハースーハー

真理「そうだ。そのまま心を無にしろ」

武人「……」

真理「……よし」

武人「やっぱり辛いな」

真理「一分が限界か」

武人「一分ね」

真理「それで勝負が決められなければ負けだぞ」

武人「分かってる」

真理「ならいいんだ」

武人「この時ならあれが作っても維持できる」

353: 2012/12/27(木) 22:15:13.30 ID:lAoWW9Y20
真理「ああ」

武人「……」

真理「安心しろ。放てるのは一発。よくても二発が限界だ。もちろん間隔が必要だがな」

武人「せっかく修業したのにな」

真理「間隔が必要とはいえこの数週間で二発も放てるようになるのは大したものだ」

武人「……」

真理「自信を持て」

武人「ああ」


コンコン



武人「……どうぞ」

少女「こ、こんばんは」


それは十二歳ほどの少女だった。
髪は綺麗に切りそろえられており、顔は年相応の幼さが残っている。

354: 2012/12/27(木) 22:17:25.31 ID:lAoWW9Y20
武人「どうしたんだ?」

少女「え、ええと。お腹空いてるだろうと思って」

武人「ありがとう」

少女「はい。サンドイッチ」

武人「ああ」モグモグ

少女「大丈夫?」

武人「……何が?」

少女「勝てるの?」

武人「……さあね」

少女「ちゃんと帰って来てよ」

武人「出来る限り頑張るよ」

少女「……」

武人「……」

少女「おいしい?」

武人「ん? ああ」

少女「そう。よかった」

355: 2012/12/27(木) 22:17:53.97 ID:lAoWW9Y20
武人「……」

少女「何?」

武人「いや、何でも無い」

少女「……?」

武人「ちゃんと帰ってくる。待ってろ」

少女「う、うん」

武人「……」

少女「じゃ、じゃあ帰るね」///

武人「ああ」

少女「……」タタタッ

真理「希望をもたせてどうする」

武人「知ってる」

真理「バカたれが」

武人「……」

356: 2012/12/27(木) 22:18:28.73 ID:lAoWW9Y20
真理「もしお前が氏んだ時、一番後悔するのはお前自身だぞ」

武人「分かってるよ。でも言っときたかったんだ」

真理「孤独が怖いか?」

武人「怖いね」

真理「……」

武人「……」

真理「寝る」スタスタ

武人「……」

真理「出来る限りは努力してやる」

武人「……」

武人「ありがとう」

真理「勝ってから言え」スタスタ

360: 2012/12/29(土) 22:59:22.73 ID:lTo3NjTi0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次の日


勇者「……じゃあ行ってくる」

逃亡者「俺も」

鍛冶屋「行ってらっしゃい」

武人「氏ぬなよ」

狩人「無事に帰って来れるようにね」

勇者「お前等も氏ぬなよ」

鍛冶屋「ああ」

武人「安心しろ」

逃亡者「じゃあそろそろ行くかな」

勇者「途中まで一緒に行くか」

逃亡者「最初からそのつもりだよ」

武人「じゃあ」

逃亡者「終わったらここに集合な」

361: 2012/12/29(土) 23:00:13.93 ID:lTo3NjTi0
武人「ああ」

狩人「ええ」

鍛冶屋「じゃあまた後で」

勇者「また後で」スタスタ

逃亡者「後でね」スタスタ

武人「俺達もそろそろ行くぞ」

狩人「ええ」

鍛冶屋「そうだな」

狩人「一体何人帰って来れるのかしらね」

武人「目標は全員だ」

狩人「立派な目標ね」

武人「ああ。そう言ってくれるとうれしい」

362: 2012/12/29(土) 23:00:55.69 ID:lTo3NjTi0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者「氏ぬなよ」

逃亡者「お前の方こそな。お前の相手は魔王だろ?」

勇者「ああ」

逃亡者「ならお前の方が危険だよ」

勇者「そうか?」

逃亡者「ああ。それに俺のは私欲の戦いだ。お前みたいに立派な戦いじゃない」

勇者「姫様を助けに行くんだ。立派だよ」

逃亡者「……」

信義「何話してるの?」

勇者「別に何でもない」

信義「……」

勇者「面白い話じゃない」

正義「それはいいけど、そろそろ別行動よ」

勇者「ああ、そうだな」

363: 2012/12/29(土) 23:01:39.08 ID:lTo3NjTi0
信義「大丈夫?」

逃亡者「勇者は大丈夫に決まってるだろ」

信義「あんたの事よ」

逃亡者「俺だって大丈夫だよ」

信義「じゃあ、また後で」

正義「ええ」

逃亡者「んじゃ、お互い無事にね」

勇者「ああ。無事帰って来いよ」

勇者「行くぞ、正義」スタスタ

正義「ええ」スタスタ

正義「……これで最後。なのよね」スタスタ

勇者「ああ」スタスタ

正義「負けられないわね」スタスタ

勇者「勝利と英雄の為にもな」スタスタ

364: 2012/12/29(土) 23:02:41.32 ID:lTo3NjTi0
正義「ええ」

勇者「あと、お前の為にも」

正義「……え?」

勇者「お前は最初から最後まで俺について来てくれただろ」

正義「え、ええ……」

勇者「お前だけだ」

正義「……」

勇者「お前がいたからここまで来られたんだ」

正義「……」

勇者「俺はお前の為に、正義の為に戦おう」

正義「……ありがとう」

勇者「最後だ。行くぞ」

正義「ええ」

369: 2013/01/01(火) 15:08:50.12 ID:ZD4d6Ku70
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


川の町


武人「俺は正面。狩人は町の中。鍛冶屋は魔法使いだ」

狩人「了解」

鍛冶屋「分かった」

武人「無茶するなって言いたいが多少なら無茶をしろ」

狩人「ええ。そのつもりよ」

鍛冶屋「俺の場合はそうしなくちゃいけないからな」

武人「氏ぬ気で戦うぞ」

狩人「氏んだら誰かが骨は拾ってくれるわ」

鍛冶屋「……そうだな」

武人「自分の目的を遂行できるまで戦え。途中で諦めるのは無しだぞ」

鍛冶屋「分かってるよ」

狩人「氏ぬな。とは言わないのね」

370: 2013/01/01(火) 15:09:29.20 ID:ZD4d6Ku70
武人「ここでそれは無しだ」

狩人「まあ、当然ね」

武人「さて、じゃあ俺は行く」

鍛冶屋「頑張って」

狩人「頼むわよ」

武人「ああ」

狩人「あなたの動きが一番重要なんだから」

武人「十分わかってるよ」

武人「鍛冶屋。お前は他の事は気にしなくていいからな」

鍛冶屋「わかった」

狩人「もし、チャンスがあったら手伝ってあげるわ」

鍛冶屋「いいよ。俺一人でやる」

狩人「あくまでアシストよ。そこまでのチャンスは無いと思うから」

鍛冶屋「……」

狩人「まあ、一回きりだけだし気付かないと思うわよ」

371: 2013/01/01(火) 15:10:11.22 ID:ZD4d6Ku70
武人「狩人。お前もそろそろ持ち場に行っておけ」

狩人「はいはい」

鍛冶屋「……」

狩人「あなたも出来るならアシストしてあげるわ」

武人「出来ればな」

狩人「ふふっ……」

狩人「あの子が悲しむでしょ?」

武人「……」

狩人「あんな小さい子狙ってるなんて、本当に変態ね」

武人「お前には関係無い」

狩人「他人の恋に口を出すのはよくないものね」

武人「……」スタスタ

狩人「……」スタスタ

372: 2013/01/01(火) 15:10:44.24 ID:ZD4d6Ku70
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


兵士たちは原っぱを歩いていた。
部隊の数は総勢500人前後。
いずれも人間の姿をしているが、身体能力だけを見れば人間より数倍強かった。

彼等の目的は一つ。
人類の滅亡。
そのために彼等は戦っていた。

別に彼等が戦うのに深い理由や思想がある訳ではない。
ただ理由は無くても人間にとって魔族とは嫌悪する様に彼等も人類を嫌悪しているのだ。


「止まれ」


兵士達の動きがその声で止まった。

背中には天使の様に羽が生え、両手に刀を構えたその姿は人間と言うより魔族に近く感じた。


「邪魔するなら戦うまでだ」

「ああ、そのつもりだ」


男はにやりと笑いながら両手の刀を構え直した。

373: 2013/01/01(火) 15:11:56.10 ID:ZD4d6Ku70
兵士達の背筋に悪寒がはしる。
それが殺気だと気付いた時にはすでに彼等のの上半身は宙を舞っていた。

まるで花が咲く様に血が舞い散り、上半身はクルクルと回りながら地面に叩きつけられる。

もちろん斬られたのは数人。
部隊の損失的に見ればまだまだ気にする程度でもない。

だがそれはあくまで時間の問題だろうと兵士達は感じていた。

歴戦だからこそ分かる相手の能力。
歴戦だからこそ分かる圧倒的な力の差。
それは戦力すらそぎ落とすほどだった。


「誰も逃がさない。逃げたいやつだけ逃げろ」


男は笑う。

獣の様に。
悪魔の様に。

しかし、永遠の安らぎを与える天使の様にも。

377: 2013/01/03(木) 08:57:24.26 ID:wD22Ghp70
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


巨人「……兵士共はどうした」

武人「かかってきたやつは頃した。逃げた奴は知らん」

巨人「……」

武人「お前は一人か」

巨人「少し遅れたんだ」

武人「……他の連中は」

巨人「他の場所で他の連中と戦っている頃だろう」

武人「お前はどうする?」

巨人「……」

武人「……」

巨人「ここで俺を倒すか?」

武人「お前がここで逃げて、この先絶対に攻めて来ないならな」

巨人「……ならお前を頃すだけだ」

武人「ははっ」

巨人「くくく……」

378: 2013/01/03(木) 08:58:02.57 ID:wD22Ghp70
巨人は静かに刀を抜く。
それは刃の部分だけでも武人の身長より大きいものだった。
銀色の刃は血を求めて鈍く光る。

武人は左の手に握った刀を捨て、真理を両手で握った。
背中の翼はまるで崩れるかのように散り散りに消えていく。

その顔には恐怖は無く、しかし殺意もない、冷静そのものだった。

武人の体が跳ぶ。

刀は下段の構え。
切っ先は地面すれすれを進む。

対する巨人は刀を大きく振り上げた冗談の構えで迎え撃つ。

その刹那、地面に当たるか当たらないかを滑空していた切っ先が持ち上がり、綺麗な縦の閃光を描いた。

一閃。
金属音。

両手が痺れ、全身に強烈な衝撃がはしった。
土と靴が擦れ合う音が響く。

巨人の振り下ろした刀を武人が頭の上で受け止める様な形で静止する。

379: 2013/01/03(木) 08:58:34.16 ID:wD22Ghp70
「どうする?」

「何が」


武人は素早く後ろに跳び、そのまま間合いを開けると、刀を構え直した。


「子供騙しだな。二度目は無いぞ」


そんな事は分かっている。

今だってもし見透かされていれば体は真っ二つなっていたのだ。
もう手がバレている二度目などどうなるかは明白だ。

体がピクリと震える。
ただの想像でも恐怖が全身を駆け抜けていくのが分かった。

巨人が刀を肩に担ぐように構えた。
カチャリ、と刀が音を鳴らした。

武人と巨人の目があった。

380: 2013/01/03(木) 08:59:05.29 ID:wD22Ghp70
悪寒に似た恐怖が体を襲う。
膝が笑うのが分かった。


『落ち付け。まだ始まったばっかりだ』

『ああ、そうだな』


魔力を刀に加える。

形をイメージ。
全てを貫くほど鋭いそれを強く思い続ける。

巨人の体がまるで弓矢の様に加速し、武人へと進む。
肩に担いだように構えた刀がもう一度鳴った。

だが武人は刀の柄を両手で持ち、魔力を更に加える。
まるで制水の様に心を落ちつけ、頭の中の邪念を消滅させる。

純銀の様に輝く刀身が黄金の槍先に変わる。
彼が今持っている柄の部分が細く長く変化した。

387: 2013/01/05(土) 22:39:09.39 ID:rIdInvNd0
彼の刀が黄金の槍へと姿を変える。
いや、それはもはや槍と言うにはあまりに美し過ぎた。
金色に包まれた全体に所々にちりばめられた宝石の装飾。
それは血なまぐさい戦場より美しい王宮の一室にある方がよっぽどそれらしかった。


「全てを貫く。その伝説は健在だ」


黄金の槍は彼の右手でクルクルと回る。
美しく輝くそれはライオンの様な気高さと気品を兼ね備えていた。

槍先を寸前まで近づいた巨人に向ける。
そしてそのままそれを巨人の心臓向けて突き出した。

刀と槍の擦れ合う音が響く。

巨人の刀が武人の左肩を切り裂き、武人の槍が巨人の脇腹を貫く。
ほぼ同時に血が四散し、辺りに飛び散った。

武人の肩に焼ける痛みがはしる。
左手の握力が一瞬無くなる様な感覚。

388: 2013/01/05(土) 22:39:36.87 ID:rIdInvNd0
だが退かない。
痛みに耐え、そのまま槍を深く突き刺した。


「あぐ……」

『武人。退け』


刀が更に傷口を広げる。
赤い血が腕を伝い肘から滴り落ち、地面に赤い花を咲かせた。

心臓が早鐘をうつ。
呼吸が乱れる。
体が急激に冷えていくのがわかった。

苦痛に歪んだ巨人の顔がチラリと見えた。


「退かないのか?」

「人間相手に退いたら、格好がつかないだろ」

389: 2013/01/05(土) 22:40:40.08 ID:rIdInvNd0
歪んだ巨人に歪んだ笑みで答えた。
呻き声を飲み込み、更に歪んだ笑みをもう一度浮かべる。

左手の感覚が無い。
槍はほぼ右手だけで持っているのに等しかった。

巨人が一歩下がり、距離を置く。
その下がり方は一切の余裕の無い、敗残兵の様な隙だらけの下がり方だった。
辛うじて背を向けていないだけで戦意と言うものは無に等しい。


『武人』


そのまま槍を構え直し、一歩前に跳――――。


「が……」


だが武人は両膝を地面につき、そのまま前のめりに倒れそうになった。
槍を地面に突き立て、倒れるのを防ぐ。
そして槍を杖にしながらまるで生まれたての仔馬の様におぼつかない足取りで何とか立ち上がる。

390: 2013/01/05(土) 22:42:16.59 ID:rIdInvNd0
理由は単純。
血の流し過ぎだ。
すでに辺りは血の水溜りが出来ている。
二人分の血だと言ってもこれだけ流れれば危険な域だ。

ましてこんな状況で素早く動けるはずが無いのだ。


「真理。傷を塞いでくれ」


柔らかい風が肩を包む。
左手に握力が戻ってくるのが実感できた。
だが寒気と目まいは消えない。


『大丈夫か?』

「ああ」

『なら集中しろ。来るぞ』


途切れかけた意識を繋ぎ直す。
まるで水中の様に歪んだ視界の中で必氏に目を凝らす。

394: 2013/01/06(日) 22:03:40.63 ID:t/Ir0uUL0
巨人が前に跳んだ。
その巨体はまるでウサギの様に軽く、そして速かった。

間合いはこちらの方が上だ。

意識を前に集中。
そのまま槍を前に突き出した。

だが金属音は無かった。
そして肉を貫く音もない。

彼が槍を放った瞬間、巨人は視界から消えていた。

素早く辺りを見渡す。
右側にそれはいた。

刀が突き出される。
ヒュン、と言う空を切る音が嫌に耳に残った。

見ているもの全てがスローになる。
視界が白黒へと変化した。


「お前の負けだ」

395: 2013/01/06(日) 22:04:45.04 ID:t/Ir0uUL0
声が聞こえた。

まだだ。
まだ、終わりではない。


「まだ、終わってない」


想いを言葉に出す。
それは自己暗示にも近い精神強化だ。

精神を右手の槍に集中。
彼の知りうる最強の武器をイメージしそれを形作る。


『落ちついてイメージしろ』


鈍い痛みが脇腹にはしる。
脇腹に刺さっている刀が更に奥深くへと刺さったのだろう。
だがそちらへの意識を無くし、意識を武器の創造だけに費やす。

396: 2013/01/06(日) 22:05:17.89 ID:t/Ir0uUL0
槍先が三つに割れる。
槍が細く短く変化し投げ槍へと変わった。

その武器の名は雷霆
オリジナルはあらゆる敵を炭化させられる最強の武器だ。

もちろん所詮劣化の更にコピーである彼の雷霆の威力は低い。
だがそれでもただの巨人相手なら十分、それ以上の武器だ。

ほとんどゼロ距離である事も気にせず、雷霆を構える。

狙いすらも定めない。
ただただ素早くそれを放つ事だけを意識する。


「消し飛べ!!」


武人の右手の雷霆が巨人目掛け飛ぶ。
飛んでいくその姿は雷光と言う以外に表現方法が無い。

雷鳴。
閃光。

視界が真っ白に塗り潰され、音が消えた。
ただただ視力と聴力が回復するのを待ち続ける。

397: 2013/01/06(日) 22:18:02.38 ID:t/Ir0uUL0
視界が回復し、目の前の光景が鮮明になる。

そこには巨人がいた。
右手は無くなり、体は所々焦げ、半氏に近いと言ってもおかしくないほどに傷ついていた。
だが彼は意識を保ち、その場に立っていた。

それがどういう意味なのか。
そしてそれが何をもたらすのかを彼は知っていた。

外した。
その事実が理解出来た頃には彼の顔は焦りと恐怖の色が浮かんでいた。

氏と言う圧倒的な恐怖がまるで鎖の様に彼の体を縛り付ける。
まるで全身を舐め回される様な寒気が襲った。


「惜し……かったな」


巨人が笑う。
嬉しそうに。
苦しそうに。

400: 2013/01/08(火) 22:23:43.54 ID:GUExgpLH0
逃げようと足を動かすが動かない。
いや、動けない。

今の一撃は文字通り最終兵器。
全ての力を込めたその攻撃は後の事など考えてはくれはしない。
そして今の彼の右手に武器は握られていなかった。

今更になって狙いを定めなかった自分を恨む。
だがそんな事をどんなに考えても意味は無かった。


「氏ね」


巨人が左手で刀を振り上げる。
ゴウッ、と到底刀とは思えない重たい音が響き渡った。

氏が目の前に迫るのが分かった。

思考すら出来なくなっていくのを全身で感じる。
まるで魂が抜けていくかのように精神と身体が分離していく様な感覚。


『武人!! 何を捨ててもいい!! 命だけは守れ!!』

401: 2013/01/08(火) 22:24:17.11 ID:GUExgpLH0
それは雑音だらけの武人の耳に嫌にやけに響き渡った。

意識が薄れる。
それが血の流し過ぎなのか、それとも氏の恐怖のせいなのかは今の彼では分からなかった。


『意識を引き戻せ。思い出せ』


……ノイズ。


『武人。しっかりしろ。』


やけにクリアに聞こえていた声も雑音へと変わる。


『お前が氏ねば誰が悲しむか忘れたのか?』


刀が振り下ろされる。
それは無慈悲に武人の頭目掛け振り下ろされた。

血が四散。
ただでさえ血で汚れた地面に更に真新しい赤が上塗りされた。

402: 2013/01/08(火) 22:25:42.98 ID:GUExgpLH0
「氏ねないよな……そりゃ氏ねないよ」


右手は血に濡れ、もはや原形は保っていなかった。
魔力で補強したとはいえ所詮はごく普通の人間が操れる限界量、とてもじゃないがあの一撃は防御しきれない。
だが右手は無くなっても生きていれば十分だ。

後ろに跳び、距離を置く。
ふらつく足でのそれは跳ぶと言うより倒れるに近かった。

両膝を地面につき、それでもふらつく。
一瞬でも気を抜けば途切れてしまいそうな意識を繋ぎ止める。
呼吸は調える事が出来ないほどに乱れていた。

だが戦意と生きる意志だけは完全に回復していた。


「武器も無いのに何が出来る」

「さあな」


口端から血が流れ出る。
きっと臓器に傷が付いたのだろう。

403: 2013/01/08(火) 22:26:25.76 ID:GUExgpLH0
巨人と武人が向きあう。
お互いに満身創痍ながらも戦意だけは一切失っていなかった。

武人が左手を構え巨人が刀を構えた。

戦況は圧倒的に不利だ。
だが勝機が完全に無いわけではない。

武人が前に跳ぶ。
自分の体重すら耐えられず、呼吸が苦しくなる。

巨人の刀が振り抜かれる。

ザシュッ、という軽い音が響き、武人の右手が宙に舞った。
だが武人は止まることなく巨人の横を通り抜け、真理を拾う。


「いらない右手なんて捨てた方がいいだろう?」


武人は笑う。
自虐にも似た笑みがこぼれる。

404: 2013/01/08(火) 22:27:09.78 ID:GUExgpLH0
巨人が跳んだ。
左手で巨大な刀を軽々と構え、大きく振りかぶる。


『傷を塞ぐぞ』

「いや、それより先に巨人を倒す」


魔力を集中しイメージを固める。
作り上げるものはさっきと同じく、最強の武器。

刀が槍へと変化し、槍先が三つ又に割れる。

チャンスは一瞬。
外せば氏ぬ。
ならば外さなければいいだけの事だ。

お互いの距離は一メートル
巨人の刀の間合いだった。

お互いに目が合う。

巨人の刀が振られるのと武人の左手の槍が放たれたのはほぼ同時だった。

409: 2013/01/09(水) 22:26:08.47 ID:98RGaLkt0
視界が白く染まる。
強烈な雷鳴が鳴り響き、聴覚が機能しなくなる。


「げほっ……!!」


そのまま地面に膝をつき吐血する。
右肩の辺りがやけに生温かかった。

勝利に繋がったもの。
それは技量でも勝利への執念でもなく体格の差だった。

自分よりも大きい敵を狙うのか自分よりも小さい敵を狙うのか。
それが判断の差を生ませ、そしてそれは攻撃までのほんの僅かな時間を生んだ。
それは一瞬。
だかそれは勝敗を分けたのだ。


「やった……のか?」

『ああ、傷を塞ぐぞ』

「……頼む」

410: 2013/01/09(水) 22:26:53.12 ID:98RGaLkt0
全身を温かい空気が包む。
それは何処か安心感を与える優しい空気だ。


「巨人は……」


そこには何も無い。
氏体も血も無い。
炭化した何かがあるだけだった。


『武人。右手も一緒に炭化してしまった。我は繋げる事は生やす事は出来ないんだ』

「いいよ。別に」


彼はそのまま地面に仰向けに倒れた。
そしてそのまま目を閉じ、つかの間の休息を取り始めた。

411: 2013/01/09(水) 22:27:50.28 ID:98RGaLkt0
~~~~~~~~~~~~~~~~


魔法使い「……」スタスタ

鍛冶屋「止まれ」

魔法使い「……来るなって言いませんでした?」

鍛冶屋「覚えてないな」

魔法使い「……」

鍛冶屋「今から何する気だ」

魔法使い「関係無いです」

鍛冶屋「姉と母親でも呪うのか?」

魔法使い「……それがどうかしたんですか」

鍛冶屋「……」

魔法使い「……」

鍛冶屋「もうやめろよ」

魔法使い「な、何を……」

412: 2013/01/09(水) 22:28:26.41 ID:98RGaLkt0
鍛冶屋「くだらないって言ってんだよ」

魔法使い「な、何が分かるんですか!?」

鍛冶屋「お前は何がしたいんだよ」

魔法使い「……」

鍛冶屋「使命でも復讐でも宿命でもない。ただ単純に気にいらないから呪うのか?」

魔法使い「……」

鍛冶屋「理由もないのにそんな事するのはくだらないって言ってんだよ」

魔法使い「ふ、復讐です」

鍛冶屋「何に対するだよ」

魔法使い「……」

鍛冶屋「そんな無意味な事やめとけ。まだ復讐に燃えてるバカの方が有意義だ」

418: 2013/01/11(金) 22:54:41.16 ID:+uWHeKf/0
魔法使い「あはは……」

鍛冶屋「?」

魔法使い「やっぱり鍛冶屋さんは何にも分かってない」

鍛冶屋「どういう意味だよ」

魔法使い「鍛冶屋さんは私の気持ちなんて分かってない!!」

鍛冶屋「……」

魔法使い「退いて下さい。頃しますよ」

鍛冶屋「相手になってやるよ」

魔法使い「……本気です」

鍛冶屋「俺だって本気だよ」

魔法使い「頃しますよ」

鍛冶屋「勝手にしろ」

419: 2013/01/11(金) 22:55:11.92 ID:+uWHeKf/0
魔法使いが右手に持った杖を捨て、その場で攻撃の態勢に入る。
それが彼と彼女の戦いの合図だった。

言葉はもう無い。
それほどにお互いがお互いの事を嫌と言うほど理解していた。

かつて仲間だったからこそ分かる事。
敵になってしまったからこそ分かる事。
その両方が分かってしまうからこそ必要以上に二人は繋がっていた。

鍛冶屋が剣を抜く。
それは正真正銘、彼がこの為だけに作った剣だ。

鍛冶屋の体が先に動く。

もしその相手が武人や勇者だったならその一瞬で勝負はついていただろう。
多少の向上はあるものの鍛冶屋の戦闘能力など底が知れていた。

だが魔法使いも鍛冶屋と同じく戦士では無い。
だからこそそのほんの僅かな向上が僅かながらの勝算を生むのだ。

魔法使いが体を翻し鍛冶屋の一撃を避ける。
そしてそのまま反撃に移るが、その時には鍛冶屋は後ろに跳んでいた。

420: 2013/01/11(金) 22:56:07.68 ID:+uWHeKf/0
お互いの間合いは一メートル。
半歩前に出れば鍛冶屋の間合いだが、一歩進めば魔法使いの間合いでもある。
お互いに動けない。
そんな間合いだ。


「な――――じゃ――――」


魔法使いの口が僅かに動いていた。
だが漏れる言葉はあっという間に消え去り、ほとんど聞きとれなかった。

しかし鍛冶屋は理解する。
それは予想でも想定でもなくただ単純に彼女の心を理解していたからこそ彼女の言いたい事が理解できるのだった。


「まだ間に合う」


彼の言葉は彼女にとって禁句だった。
だがそれを知った上で彼はその言葉を発する。


「何言ってるんですか。私はもう一人頃してしまっているんです!!」

421: 2013/01/11(金) 22:57:12.57 ID:+uWHeKf/0
鍛冶屋は何も言わない。
ただ彼女の方をじっと見ていた。


「なら一人頃しても二人頃しても――――」

「それは違う」

「な、何が違うんですか!!」

「最初の頃しは防衛だ。理由がある。でも今のお前の頃しには理由が無い」

「……」

「理由の無い頃しは三流以下だ」


それは彼が自分の周りにいる者達を見て行き着いた答えだった。
勇者も英雄も逃亡者も武人も皆理由は違っても全員敵と戦う理由を。
敵を頃すための理由をもっていた。

勇者は自分の正義と言う大きな理由が他人を頃すだけの理由になるのかで悩んでいた。

皆理由をもって戦い頃し合っている。
理由もなく他人を頃すものは三流以下の屑。
それが彼が導き出した答えだった。

425: 2013/01/12(土) 23:08:00.99 ID:XcwmM2v70
「まだ間に合う。ここでやめろ」

「鍛冶屋さんは……」


彼女の体がほんの僅かに動く。


「鍛冶屋さんに何が分かるんですか!!」


跳躍。
そのまま鍛冶屋の脇腹に一撃を入れた。

逃げる暇もなく彼の体は後ろに吹き飛び、毛糸の玉の様に地面を転がっていった。


「次は呪いをかけます。消えて下さい」


鍛冶屋は剣を構え直し、息を吐いた。
その目には戦意とも違う闘志が灯っていた。

426: 2013/01/12(土) 23:09:41.59 ID:XcwmM2v70
一歩前に進み、剣を大きく振りかぶった。

魔法使いが横の跳び回避。
そのまま右手を構える。

しかし鍛冶屋の剣は振り下ろされなかった。

鍛冶屋も同じように右に跳び、魔法使いの真正面に立つ。

お互いの状況が全く同じなら鍛冶屋はこの瞬間敗北が決まっていただろう。
同じ状況なら魔法使いが彼の一撃をすんなりと凌ぎ、呪いをかけていたはずだ。
しかし彼の手には剣。
対する彼女は素手、しかも防具は布の服とローブだけだった。

彼女にとっての防御とは回避。
それ以外の回答は無いのだ。

鍛冶屋の剣が振り下ろされる。
ヒュン、と言う風を切る音が響いた。

427: 2013/01/12(土) 23:12:24.21 ID:XcwmM2v70
地面に少量の血が飛び散る。
血が剣をゆっくりと伝っていった。

魔法使いが後ろに跳び間合いを取る。

お互いに構えたまま静かに向かい合った。


「……分かりました。あなたが本気なら私も……」


彼は答えない。
ただ無言で剣を構え、無言で前に跳んだ。

切っ先を魔法使いの方へ向け、構えを突きの形へ変化させる。

一閃。
銀色の一撃が放たれる。

だが彼女はそれを読んでいたかのようにほとんど体を動かす事無く回避した。
鍛冶屋と魔法使いの体が接近する。
その距離は顔がぶつかり合いそうなほどに。


「しま――――」

428: 2013/01/12(土) 23:13:49.53 ID:XcwmM2v70
鍛冶屋の体が後ろに跳ぼうとするがそれはあまりに遅かった。

魔法使いの右手が鍛冶屋の首を掴む。
その細い指に力がこもる。

メキリ。
メキリ。
嫌な音が聞こえた。

息が苦しい。
呼吸が出来ない。
だが今はそれどころでは無かった。

彼女の口が僅かに動く。
朗読する様に、唄う様に呪いを唱える。


「がっ……はっ!?」


言葉にならない言葉が響く。
ゾクリ、と背筋が凍る。

431: 2013/01/15(火) 22:35:56.57 ID:BwsQPR8e0
がむしゃらに暴れて彼女の右手を振り払い、そのまま無様に後ろに転がった。
息を整えようとするが戻らない。
体がビクビクと震えていた。


「体の回復能力を下げました」


呼吸の乱れは治らない。


「気にするかよ。さっさと来い」


息が苦しい。
肺が焼けつく様に熱い。
だがそんな事で止まってはいられない。

前を見続ける。
ただ、それだけだ。

頭の中を空っぽにし、相手の動きだけに精神を集中する。
回避は考えず、攻めの事を考え、上段の構えで待機する。

静寂。
無音。

432: 2013/01/15(火) 22:36:39.32 ID:BwsQPR8e0
それは肌を刺す様な緊張感に包まれた嫌な時間。
精神を削り取る様な苦痛の時間。

ギリギリと精神が音を立てて崩れていく。
肌を刺す様な緊張感が心の平静を壊していく。

その緊張感が呼吸の乱れを助長させる。


「……言っておきますが、カウンターで一撃を入れられるなんて考えないで下さいね」

「……お前こそ、そんな事言えば俺が攻めてくれるなんて思ってんじゃないだろうな」


また無音。

お互いに時間が止まっているかのようにピクリとも動かない。

その静寂を破ったのは魔法使いだった。

大きく一歩踏み込み、そのまま大きく前に跳ぶ。
右手を引き、右ストレートの構えをした。

鍛冶屋の体が反応した時にはすでに彼女は目の前で右手を大きく振り上げていた。
彼の剣がそのまま振り下ろされる。

それに対応する様に魔法使いが右の避けた。

433: 2013/01/15(火) 22:38:18.56 ID:BwsQPR8e0
「が……」


声が響く。
それは唸る様な喘ぐ様な声。


「なめんなよ。俺は剣士じゃねえんだ。剣だけが全部じゃねえ」


荒い息で鍛冶屋が言った。
目の前で体を僅かにくの時に曲げた魔法使いが睨んでいた。

何を偉そうに。
そう聞こえてきそうな視線だ。

鍛冶屋が剣を握る。

追撃はしない。
それをして相手を倒す事が出来ない事を彼は知っていた。
己の強さを相手の強さを、彼は知っていた。

魔法使いが立ち上がる。
右拳を握りしめ、怒りとも悲しみとも何とも言えない顔で睨みつけてくる。

434: 2013/01/15(火) 22:40:04.25 ID:BwsQPR8e0
だか彼は静かにその場で剣を構えた。

僅かに一歩だけ下がり、間合いを取り直した。

自分が得意な戦い方ではなく、相手が苦手な戦い方を考える。

彼女の戦いは超近距離戦。
ならば間合いを取り彼女の攻撃を迎撃する戦い方が最も効率的だ。

またお互いに動きを止め、相手の出かたを窺う。
魔法使いはただひたすらに攻めるタイミングを探し、鍛冶屋は彼女がとんで来るのを待ち続ける。

彼女が動いたのは鍛冶屋が僅かに足を動かそうとした、その一瞬だった。

タンッ、と軽やかな音が響く。
だがそんな軽い音とは裏腹に魔法使いの体はまるでバネが伸びる様に恐ろしい速度で跳んで来る。


「しま―――」


そんな事言っている暇は無い。
そう分かっているはずなのにそんな言葉が喉から出ていた。

だがそんな声も彼女の攻撃でかき消される。

439: 2013/01/16(水) 22:29:45.71 ID:cwhRe3Tg0
メキリと骨が軋む音がした。
肺から酸素が吐き出される。

体が後ろに吹き飛ぶような感覚。
だがそんな状況でも彼女の呪いの詠唱は気味が悪いほど鮮明に聞こえた。

体が吹き飛ぶ。
音を立てながら体が地面を転がった。

足に力を入れるが立ち上がれない。
どう頑張っても芋虫のように地面を這いずるだけだった。


「痛みは感じさせません。頃しもしません。寝てもらうだけです」


彼女の言葉は何故か温かみを帯びていた。
きっとそれは今の彼女が出来る最大の優しさなのかもしれない。

右手の握力は氏んでいる。
多分さっきの呪いは握力を失わせるものだったんだろう。

近づいてくる彼女の右手を振り払う。
握力が無いだけで振る事は出来る。

440: 2013/01/16(水) 22:30:31.28 ID:cwhRe3Tg0
「ふざけんなよ」


低い声。
それは今までとは比べ物にならない位怒りに満ちていた。

倒れた状態のはずなのにその目は魔法使いを畏怖させた。
全身を恐怖が舐め回した。


「殺さない? どんだけ中途半端なんだよ。テメェ」


魔法使いは答えない。


「お前ここに親を頃しに来たんだろ」

「……はい」

「外道なら外道を通せよ。中途半端な事してんじゃねえ!!」

441: 2013/01/16(水) 22:32:09.69 ID:cwhRe3Tg0
魔法使いが鍛冶屋を睨みつける。
その目もまた怒りに満ちていた。


「何も知らない癖に偉そうに。そんなに頃してほしいなら頃してあげますよ!!」


鍛冶屋と魔法使いが睨み合う。
お互いに全く視線をそらさなかった。

鍛冶屋はふらつきながらも立ち上がると一歩後ろに下がる。
左手に剣を持ち、荒い息づかいだ。

魔法使いが跳ぶ。

それに対応する様に鍛冶屋も前に跳んだ。


「うおぉぉぉ!!」


自然と声が漏れた。
獣に似た咆哮が辺りにこだまする。

442: 2013/01/16(水) 22:33:02.65 ID:cwhRe3Tg0
左手に持った剣を振りかぶる。
不安定ながらもしっかりと握りしめる。

魔法使いも驚きながら右手を構える。

空を切る音。
しかしその先に肉の切れる音と血飛沫は無い。

次の瞬間、鍛冶屋の脇腹に想像を絶する痛みがはしっていた。

音が消え、色が褪せる。
視界は真っ白に聞こえるのはノイズだけになっていく。

無の世界。
それがその一瞬後の彼を包み込んでいた。

446: 2013/01/18(金) 22:23:32.10 ID:SwY3yXrd0
話をしましょう。
昔話を。
私の昔話を。
それは面白くもないし、大したオチもない話です。
それでもいいのなら最後まで聞いて下さい。

……いいですか?

私の家は代々女の子が生まれると魔法使いのする家系でした。
ですから私の家では女の人が圧倒的な権力を持っていました。

私の父も婿養子です。

私の母親は今でも魔法の教師をしています。
私の姉も一流の魔法使いとして仕事をしています。

我が家の女性と魔法は切っても切れない縁で結ばれていました。
縁と言えば聞こえはいいかもしれませんが、別の言い方をすれば呪いの様なものでもあります。

我が家に女として生まれたのなら魔法使いの、しかも一流の魔法使いにならなければいけない。
そんな呪いをかけられるのです。

私もその一人でした。

447: 2013/01/18(金) 22:24:11.96 ID:SwY3yXrd0
私は三歳の頃から魔法の勉強を始めました。
もちろん実技的な事ではなく、簡単な知識です。
母と二人で簡単な魔法の仕組みを学びました。

母は私を褒めてくれました。
よく出来たと。
よく覚えたと。
私の頭を撫でてくれました。

今思うと、母が私に優しかったのはあの時期だけでした。

六歳になると本格的に実技の勉強を始めました。
まあ小さな火の玉を作る程度の簡単な魔法です。

でも、私は出来なかった。
私は小さな火の玉一つ作れなかった。

母は怒りませんでした。
ただゆっくり練習すればいい。
と言って私の頭を撫でてくれました。

母の想いに応えようと私は頑張りました。
でも駄目だった。

何回やっても何回やっても私の小さな手のひらには決して火の玉が生まれなかった。

448: 2013/01/18(金) 22:25:45.42 ID:SwY3yXrd0
優しかった母もだんだん怒るようになっていった。
頭を殴るようになっていった。

私は母さんに褒めてもらえるように必氏に勉強もした。
家の手伝いもした。
料理も作った。
魔法に必要の無い知識も手当たり次第に勉強した。
でも、駄目だった。

母さんはもう、私の事は褒めてくれなかった。

魔法の使えない娘はいらない。
母さんは私にそう吐き捨てた。

悲しかった。
私は一体何なの?
母さんにとって私はなんだったの?

優しかった姉さんも私に辛く当たるようになっていった。

仕方ない。
私は出来そこないだから。
火の玉一つ作れないがらくただから。

449: 2013/01/18(金) 22:27:57.03 ID:SwY3yXrd0
それでも私は必氏に勉強したの。
必氏に。
どんなに小さな魔法でも使える様に、必氏に勉強したの。

小さい子に混じって、魔法の学校にも通った。
周りの人に馬鹿にされながらも、毎日練習もした。
それは母さんと姉さんに認めてもらうため。

あの人は無駄だって私の事を笑った。
ある人は可哀想だって哀れみの目を向けた。
でも頑張れたのは母さんと姉さんが優しかったあの頃に戻りたかったからなんだよ。

勇者さんと旅をしたのももしかしたら魔法が使えるようになれるんじゃないかって思ったから。
世界を回れば答えがあるんじゃないかって思ったから。

私は呪いしか使えない。
それを聞いた時、私は母さん達にやっと認められるって、やっと優しくもらえるって思ったの。
魔法は付かなくても呪いは使える。
呪いが使えるなら昔のあの時みたいに優しく撫でてくれるって思ったの。

……でもそんな事無かった。

現実は私は呪い師。
最低の魔法を使う魔法使い。
屑中の屑。

認めてもらえる訳、無かったんだ……。

450: 2013/01/18(金) 22:29:15.31 ID:SwY3yXrd0
ならこんな世界はいらない。
家族の優しさなんていらない。

私はもう誰の優しさももらえない。
でも他の誰かは優しさをもらう事が出来る。

そんな事不公平!!
そんなの平等じゃない!!

なら他の人から優しさを奪えばいい。
そうすれば同じでしょ?

だから私は魔王の側に付いた。
ただそれだけの事。

鍛冶屋さんに言われたとおり私は中途半端だし、理由だって不純過ぎる。

でも鍛冶屋さん。
あなたには家族もいる。
厳しいながらも優しい父親もいる。

そんなあなたに私の気持ちがわかるの!?

きっとあなたは鍛冶師として人々に助けられ、人々を助けて生きていく。
でも私はそんなの無理なの!!
そんなふうには生きられない!!

453: 2013/01/19(土) 22:09:30.93 ID:zSq0Qx2J0
私は他人を助ける事はあっても他人から助けられる事は無い!!
そんな気持ちがわかる!?

……分からないよね。

それでいい。
鍛冶屋さんは私とは違う世界の人間だからそれでいいの。

結局私はあなたを殺せなかった。

中途半端だって思うかもしれない。
臆病者だって思うかもしれない。

でも私には無理だった。
出来なかった。

あなたの事が好きだったから。
あなたから優しさを貰っちゃったから。
殺せなかった。

454: 2013/01/19(土) 22:10:18.83 ID:zSq0Qx2J0
ありがとう。
優しくしてくれて。
私を仲間だと思ってくれて。
気遣ってくれて。
叱ってくれて。

そしてさようなら
もう会う事は無い。
きっと。
いえ、絶対に。

覚えておいてほしいなんて言わない。
嫌いにならないでほしいなんて言わない。
私は何も望まない。

嬉しかった。
楽しかった。
今まで本当にありがとう。

455: 2013/01/19(土) 22:11:15.06 ID:zSq0Qx2J0







土埃の匂い。
鉄錆の匂い。
そして血の匂い。

かちゃり、と音をたてボウガンが狙いを定めた。
その刹那、ヒュン、と言う音が鳴り一人の兵士の頭に矢が刺さる。

心の奥底を揺さ振られる様な恍惚な快感。
それは背筋をゾクゾクとさせた。


「……出てきたらどうかしら?」

「さすがでござる」


影の奥から人影が現れる。
それは全身黒装束の男だった。


「あなたはどこの流派?」

「……すまぬが破門された身ゆえ、流派は明かせぬでござる」

456: 2013/01/19(土) 22:11:54.97 ID:zSq0Qx2J0
忍者が答える。
その声は何処か物悲しくもあった。


「あなたは、敵ね」

「お主がやる気が無いなら敵にはならないでござるよ」

「……帰ってくれるなら、手は出さないわ」


不敵な笑みで互いに見合う。
悪魔の様な笑顔。

残忍で狡猾な、ハイエナの様な目だ。


「頃すわね」

「上等でござる」


狩人は真後ろに、忍者は右斜め後ろへと跳んだ。

互いに距離が大きく開く。

忍者がクナイを構える。
それに対応する様に狩人もボウガンを構えた。

461: 2013/01/21(月) 22:23:37.90 ID:2MspgKfn0
キンッ、と音が鳴る。
それと同時に数本のクナイと一本の矢が宙を舞い、地面に落ちた。

互いにさっきまで居た場所には居ない。

狩人は更に後ろに跳び距離を開け、忍者は地面を蹴り、距離を詰めに行っていた。

間合いは四メートル弱。
クナイが鈍く光る。
ボウガンが忍者の眉間を捉える。

数秒後の光景はさっきとほぼ同じだった
無数のクナイと一本の矢が地面に落ちる。


「さすがでござる」

「まさか矢を落としてくるとわね」


互いにニヤリと笑う。

相手の攻撃を全て叩き落としてかつ敵に一撃を加える。
彼も彼女もそう考えて行動していた。

462: 2013/01/21(月) 22:24:22.00 ID:2MspgKfn0
結果は相殺。
実力はほぼ同じだった。


「ははは。いい腕でござる」


楽しそうな声。
まるで跳びはねて遊ぶ子供の様な口調だった。

狩人はにこやかに笑う。
右手にはボウガン。
左手は二本の矢を持っていた。

忍者が背中の刀を抜く。
銀色の光が鈍く輝いた。

それは遠距離戦を捨てると言う意味であり、このまま距離を詰めると言う意味であった。

空を切る音。

銀の一閃。
その瞬間、一本の矢は真っ二つに叩き斬られていた。

463: 2013/01/21(月) 22:24:57.66 ID:2MspgKfn0
「さすがね。あなた」

「ありがとうでござる」


皮肉でも自虐でもない、正真正銘の讃えあい。
互いに相手の力を理解したからこそ出来る行為だ。

互いの間合いは一メートル半程度。
あとほんの少し近づけば、十分に忍者の間合いだ。

忍者の刀が大きく振られる。
その一撃は忍者の前の地面を扇状に大きく削る。


「いい技ね。後ろに跳んで無かったらやられてたわ」

「さすがに、ボウガン使いにこの攻撃は失敗でござったか」


その言葉に狩人はにこやかに笑う。
口端のつり上がったその顔は見た者に恐怖を与えかねない。

464: 2013/01/21(月) 22:25:38.85 ID:2MspgKfn0
「でも、どちらかって言うと大勢の敵を倒すための技よね」

「……癖、でござるよ」


彼が笑う。
自嘲の様な、悲しそうな笑顔。

忍者が刀を構え直した。
彼の足がもう一度地面を大きく蹴り、前に跳ぶ。

距離が詰まる。
音も無く、僅かに揺れた。


「残念だけど、私の方が速い」


ヒュンッ、と言う鋭い音。
それは矢の音。

だがその音が聞こえた頃にはすでに矢は着弾する。

飛び散る血。
白い矢は忍者の右腕を貫いていた。

465: 2013/01/21(月) 22:26:10.33 ID:2MspgKfn0
「くっ……」

「忍者は忍者らしく忍んでいればいのよ。真剣勝負なんてもってのほか」


忍者は無言だ。
静かに右手に突き刺さった矢を無理矢理引っこ抜くと刀を構える。


「拙者は忍者でござる。しかし、忍者にはなれないんでござる」

「破門の理由はそれ?」


ゴウッ!! と刀が空を切る。
鋭い一撃は狩人の後ろのあった建物までも縦に真っ二つに叩き割った。

狩人の顔に喜びの色が表れる。
それは恐ろしく歪で、他人に恐怖を与える笑みだ。

僅かに声が漏れる。
くく、と言う嘲笑めいた声が忍者の耳にも届いた。

468: 2013/01/23(水) 16:14:25.45 ID:Ae6iWKJU0
「忍術が使えない訳では、ないでござる!!」


忍者の口が僅かに動く。
それは聞き慣れない言葉。

それを聞いた瞬間。一瞬ではあるが狩人の背中にゾワリとした感覚がはしった。
恐怖ではない。
動揺でもない。
ただただ動物的な何かが危険を察知している様な気がした。

忍者の顔がゆっくりと消えていく。
まるで溶ける様に、静かに姿が無くなっていく。


「姿を消した?」

「忍者の真骨頂でござる」


その言葉はひどく滑稽に聞こえた。

忍者ですらなれない男が忍者を語る。
それは恐ろしい矛盾だと彼女は思う。

469: 2013/01/23(水) 16:15:50.14 ID:Ae6iWKJU0
「やっぱり、愚かね」

「拙者も分かっているでござるよ」


破門の話をしている時と同じ、自嘲気味の声が響いた。
声は建物に反響する。


「確かにこれじゃあ見えないわね」


地面に落ちた小石を拾いながら呟く。
しかしその言葉とは裏腹にほとんど動揺していなかった。

彼女の右手が動く。

右手に魔力を集中。
そのまま思い切り投擲する。


「何処に投げているのでござるか?」

「約束は守ったわよ」

470: 2013/01/23(水) 16:16:22.76 ID:Ae6iWKJU0
微かに足音が響く。
だがそれも周りの雑音によってあっという間に消え去ってしまう。
……はずだった。

彼女が左手に持ったボウガンが僅かに動く。
それは確かに忍者の方を向いていた。


「な……」


彼女の目は瞑られていた。


「見えないのに視力に頼ろうとするから失敗する。なら視力は捨てればいい」


彼女の声は忍者の頭に嫌と言うほど響き渡る。

そう見えないなら見ようとしなければいい。
視覚以外の五感を使い。
敵の位置を探ればいい。

見えないのに目に頼ろうとするから、失敗が生まれるのだ。

一瞬。
忍者が気付くよりも先に、彼の体は目に見えない衝撃によって吹き飛ばされていた。

471: 2013/01/23(水) 16:16:49.83 ID:Ae6iWKJU0
「痛っ……」


鈍い痛み。
こめかみ辺りに焼ける様な痛みがはしった。

顔を横に向けると小石が転がっている。
どうやらそれがこめかみに当たった様だった。

……あれ?

頭の中の記憶を探る。
ミキサーで掻き混ぜられたようにぐちゃぐちゃになった記憶の残骸を拾い集め大まかな記憶を形成していく。

そうだ、魔法使いに……。


「痛っ!!」


何故かは分からないが聞いた事も無い記憶が頭の中に現れる。
それはまるで棘の様に覗こうとすると痛みを運生んだ。

俺の記憶じゃない。
こんな事、あいつから聞いた事無い。
じゃあなんで俺が……。

476: 2013/01/26(土) 22:21:09.80 ID:rZFkvSu00
痛みが酷くなる。
何時しか痛みは頭を内側では殴られているかのようになっていた。

これは呪いだ。
彼女が最後の言葉を残すためにこんな痛みを伴う様な記憶を俺の頭に刻み込んだのだ。

嫌な記憶だ。
それが正直な感想。

あいつは同情してほしいのか、そうじゃ無ければ慰めてほしいのか。
どちらにしろ不幸自慢の延長線上のものだ。

くだらない。
結局あいつは忘れてくれなんて言っておいて、俺の中に記憶を置いて行った。


「バカ野郎が……」


怒りと苛立ちで胃がキリキリと痛んだ。

怒りに身を任せ、立ち上がると、足を引きずりながらも前へと進む。
行先は……分かるだろう?

477: 2013/01/26(土) 22:22:56.25 ID:rZFkvSu00
自分自身に問いかける。
答えは知っていた。
いや、俺の中に最初からあった。

分かる。
あいつが何処にいるのか。
何をしようとしているのか。
そして、どんな心境なのかも。


「魔法使い」


彼女はそこにいた。
ただぼんやりと燃えている家を眺めていた。

……可哀想な顔。
可哀想に見える顔か。


「もう、遅いですよ」


彼女の顔がこちらを向く。
その顔は正真正銘、苦しそうな顔だった。

478: 2013/01/26(土) 22:25:19.58 ID:rZFkvSu00
「どうして、起きてきたんですか。いえ、起きられたんですか」

「さあ?」

「なんで……」

「お互い、細かい面倒な話は抜きにしようぜ。言いたい事だけ言わせてもらう」


自分でも驚くくらい冷めた口ぶりだ。
内心は煮えたぎった鍋の様に沸騰しているのに。


「好きでしたって何だよ。なんで過去形なんだよ!! ふざけんじゃねえぞ!!」


心の底にたまった怒りを吐きだす。
奥歯が擦れ合ってギリギリとなった。


「忘れて下さいって言ったじゃないですか!!」

「じゃあなんでわざわざ俺の中に記憶を植え付けたんだよ!!」

479: 2013/01/26(土) 22:27:55.26 ID:rZFkvSu00
彼女が黙る。

……やっぱりか。


「こ、来ないで下さい!! 私はもう――――」


うるさい。


「もう、戻れないんです!!」


嘘付け。
臆病者の癖に。
中途半端な癖に。

結局家に火をつけただけで相手を見て殺せないんだろ。


「だから――――」

「うるせえ!! 中途半端野郎が!!」

480: 2013/01/26(土) 22:35:01.66 ID:rZFkvSu00
魔法使いの目に怒りの炎が灯る。
その目は真っ直ぐに俺を睨んでいた。

きっと今の俺も睨んでいるんだろう。

一歩踏み込み、そのまま跳躍。

そのまま魔法使いに殴りかかる。

衝撃。
右手がビリビリと痺れた。


「もう一回勝負だ」


腰にさした刀を抜く。
静かに、しかし、狂った様な怒りを込めて。

483: 2013/01/28(月) 22:21:08.90 ID:CjfbH2Y30
僅かに口元を釣り上げ笑う。
魔法使いの顔は固まったまま動かない。


「来いよ。半端野郎」


魔法使いの目に殺意が宿る。
まるで真っ赤な血の様な、鮮やかな殺意が。

そう。
それでいい。

後は、俺があいつに勝つだけだ。

魔法使いが跳躍。
だが真っ直ぐでは無く、小刻みに地面を蹴り軌道を変化させる。

その動きを目で追い、迎撃態勢を整える。
剣を腰のあたりで構え、横に薙ぎ払う態勢をとる。

ギリギリまで敵を引きつける。

484: 2013/01/28(月) 22:22:13.96 ID:CjfbH2Y30
魔法使いとの間合いは一メートルの半分も無いだろう。

だがまだ早い。
焦ればかわされる。

その事はすでに分かっている。
だから、同じ失敗は犯さない。

彼女が間合いに入る。

回避も不可能。
防御も間に合うかどうか怪しい。

だが、それは彼女も同じ事だ。

肉を叩く鈍い音が響いた。


「ぐ……」

「う……」


音は二つ。
呻き声も二つ。

485: 2013/01/28(月) 22:23:22.95 ID:CjfbH2Y30
脇腹に鋭い痛みがはしった。

剣を持っていない左手の拳が痺れる。

剣も使えた。
でも、使わなかった。


「何のつもりですか!!」


……何のつもり?
決まってるだろ。

彼女が前に跳ぶ。
一瞬にして間合いが詰められ、彼女の右足が振り抜かれる。

両腕に強烈な痛みと痺れがはしった。
その痺れは指先まではしり、剣を落としそうになった。


「言っただろ。まだ戻れるって」

486: 2013/01/28(月) 22:24:26.03 ID:CjfbH2Y30
俺はお前を頃しに来たんじゃない。
お前に殺意を向けに来たんじゃない。
俺はお前を救いに来たんだ。
まだ戻れるって事を教えに来たんだ。


「何を、何を偉そうに……!!」


結局俺もお前と同じでお前を忘れられなかったんだ。
お前を殺せなかったんだ。

互いの間合いはゼロ。
魔法使いの右足を俺の両腕が止めている状態で静止している。
防御も回避も出来ない状態で俺達は向かい合い、話している。


「何を偉そうに!!」


彼女の右手が俺の首を掴む。
メキリ、と骨が軋む様な音が聞こえた。

492: 2013/01/29(火) 22:27:35.67 ID:8MBOvR3S0
憤怒。
憎悪。
殺意。
そんな負の感情がこちらにまで伝わってくる。

でも、やっぱり。
どうしてもそこには悲しさが混じっていた。
苦しみが入り混じっていた。

その証拠に彼女は呪いを詠唱せず、首を絞め続けるだけだ。

呪いをかければ簡単に殺せるのに。


「……ようはお前の気持ち次第だって事だよ」


魔法使いの横腹に回し蹴りを叩き込む。
彼女のか細い体は簡単に吹き飛び、ぬいぐるみの様にゴロゴロと地面を転がった。


「でも、私は――――」

「罪なら俺も背負ってやるよ」

493: 2013/01/29(火) 22:28:28.42 ID:8MBOvR3S0
ホントに臭い台詞。
馬鹿馬鹿しいくらい。
自分でも笑っちまいそうな位。

でも、その気持ちは本物だ。

前に跳ぶ。
剣を構え、間合いを頃す。

体を恐怖と興奮が同時に駆け抜けていった。
だが、そんな体に冷水をかける様に、精神を押し留める。

これがどちらに転んでも最後だ。
答えは二つ。
俺が氏ぬか。
俺があいつを助けるか。

分が悪いよな。
ホントに。


「……けど、それでいい」

494: 2013/01/29(火) 22:31:40.10 ID:8MBOvR3S0
魔法使いの右ストレートが見えた。
まるで抜き身の刀身の様な鋭い一撃が襲いかかってくる。

その一撃は俺の脇腹を抉る。
吐き気が襲いかかり、体全体が粟立った。

だが、退きはしない。


「あ、おアァァァァァァ!!」


剣を離し、右拳で彼女の顔面に殴りかかる。
柔らかい何かを叩いた感覚。
まるで腐ったトマトを潰した様な湿っぽい音。

まるで竹トンボの様に彼女の体が宙を舞った。

重い音をたて、彼女は地面に落ちる。

何処を殴ったのかは分からないが、顔は血まみれだ。
その表情は何処か虚ろで危なげだった。

静かに戦意を失った彼女の方へと歩み寄る。
彼女は目を閉じ、自嘲気味に笑っていた。

495: 2013/01/29(火) 22:33:13.24 ID:8MBOvR3S0
「俺の勝ちだ」


右手で彼女の頭を撫でる。
まるでガラス細工を扱う様に優しく、繊細に。

もちろん俺のを求めてない事は知ってる。
でも、俺がしたいと思ったからしたんだ。


「か、鍛冶屋、さん――――」


声が上擦る。
まるで子供の様に唇を噛んで涙を我慢する。

無理すんな。

もちろん口には出さない。
そう言った所で、そんな事無いです、と否定されるのがオチだ。

496: 2013/01/29(火) 22:33:58.63 ID:8MBOvR3S0
「……約束覚えてるか?」

「え?」

「約束だよ。約束」


彼女は泣きそうな顔で首を横に振った。

自分で提案しといて忘れたってのはないな。
でも、まあ俺が覚えてるし無効では無いだろ。


「勝ったら胸揉ましてくれるって約束だろ?」


俺は笑った。
魔法使いも泣きながら笑った。

503: 2013/02/01(金) 22:18:55.44 ID:ayyD68g00
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


竜の山  魔王の城の内部


勇者「本当に城があったのか」

正義「……びっくりした」

旅人「幻惑の魔法か何かで隠してるんだそうですよ」

勇者「……」

旅人「そう怖い顔しないで下さいよ」

正義「やっぱり嫌い」

旅人「へっへっへ。そりゃ残念」

正義「……」

勇者「魔王は――――」

旅人「そう焦らないだくだせぇよ。すぐに来ますから」


カツン


魔王「遅かったな」スタスタ

504: 2013/02/01(金) 22:19:30.77 ID:ayyD68g00
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


竜の山  魔王の城の内部


勇者「本当に城があったのか」

正義「……びっくりした」

旅人「幻惑の魔法か何かで隠してるんだそうですよ」

勇者「……」

旅人「そう怖い顔しないで下さいよ」

正義「やっぱり嫌い」

旅人「へっへっへ。そりゃ残念」

正義「……」

勇者「魔王は――――」

旅人「そう焦らないだくだせぇよ。すぐに来ますから」


カツン


魔王「遅かったな」スタスタ

505: 2013/02/01(金) 22:20:06.57 ID:ayyD68g00
勇者「魔王……」

魔王「遂にクライマックスか。勝つのは人か、魔物か」

勇者「人間だ」

魔王「鍛冶屋と武人の出番は終わった。残るは逃亡者と、オレ達だけだ」

勇者「……」

魔王「国を願う気持ちと一人の少女を願う気持ち。どちらも美しいと思うだろ?」

勇者「……」

魔王「どちらが勝つのか、楽しみだ」

勇者「何をした」

魔王「旅人。少し頼む」

旅人「了解」

勇者「答えろ!!」

魔王「鍵はあのお姫様。さて、どうなる」スタスタ

506: 2013/02/01(金) 22:21:25.35 ID:ayyD68g00
勇者「……」

旅人「あっしが相手です」

勇者「退け」

旅人「すいませんね。こっちも頼まれた身なもんで」

勇者「なら斬るだけだ」

旅人「うへっ。物騒だ」


勇者は刀を抜く。
それに応える様に旅人も剣を抜いた。


旅人「くへへ」

勇者「……」

507: 2013/02/01(金) 22:29:32.91 ID:ayyD68g00
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


信義「逃亡者」

逃亡者「なんだ」

信義「本当に格闘家と戦うの?」

逃亡者「あいつが裏切り者だったらね」

信義「……」

逃亡者「……分かってるだろ?」

信義「……ええ、そうね」

逃亡者「……」

信義「悲しく――――。ううん。何でもないわ」

逃亡者「仲間だったんだ。残念だよ」

信義「……」

逃亡者「……あいつと谷の王に何があったのかは知らない。でもあいつは裏切ったんだ」

信義「そうね。ごめん」

逃亡者「……」

513: 2013/02/02(土) 22:36:53.39 ID:oJGJ4o0y0
信義「……」

信義「行くわよ」

逃亡者「氏ぬなよ」

信義「あなたこそ」


信義と逃亡者は扉を開く。


格闘家「遅かったな」

逃亡者「姫様は」

格闘家「ん?」

逃亡者「姫様は何処だ!!」

格闘家「姫様はあそこだ」

信義「……変なことしてないわよね」

格闘家「ああ、あくまでお前達を連れてくる口実だよ」

逃亡者「……王に言われたのか?」

格闘家「……」

514: 2013/02/02(土) 22:38:00.98 ID:oJGJ4o0y0
逃亡者「……王は――――」

格闘家「そこだよ。姫様の檻の横だ」


そこには豪華な服を着、胸に剣の突き刺さった谷の王が椅子に座っていた。


逃亡者「……」

格闘家「あいつは氏んだよ。ずいぶん前に」

真理「……」

逃亡者「……」

格闘家「俺は俺の為に動いたんだ」

真理「逃亡者……」

逃亡者「予想外、だな。正直全く予想してなかった」

真理「王が氏んだのはいつ?」

格闘家「ずいぶん前だ。影武者は魔物に頼んだり、下の兵士達に頼んだりいろいろだ」

逃亡者「……」

真理「……」

515: 2013/02/02(土) 22:39:27.18 ID:oJGJ4o0y0
格闘家「もうここは谷の王の国じゃない。俺の、俺達の国だ」

逃亡者「魔王の力を借りたのか?」

格闘家「……」

逃亡者「どうなんだ」

格闘家「国を変えるには力がいる。それを借りただけさ」

逃亡者「……なんで姫様をさらった」

格闘家「魔王は手を貸すのと引き換えに姫様を要求した」

逃亡者「……それで姫様を?」

格闘家「ああ」

逃亡者「……」

格闘家「革命に犠牲は必要だ」

逃亡者「……ああ、そうだな」

信義「……」

格闘家「……」

逃亡者「姫様は渡させない」


逃亡者は静かに剣を抜いた。

516: 2013/02/02(土) 22:40:50.86 ID:oJGJ4o0y0
格闘家にとって国とは自分の住む家だった。
長年この国に住んでいた彼にとって国が悪い方向に変化していくのをただただ見ているのはあまりにも心苦しかった。

前の王の作った国に戻す。
昔の美しい国を守る。
何時しかそれは彼の目標へと変化していた。

それに対し、逃亡者にとって国とは確かに家だが、それはあくまで家でしか無かった。
彼にとって守るべき者は家では無く家族。
すなわち姫だった。

互いに守るものが正反対だった訳ではない。
全く別のものだった訳でもない。
ただ少し。ほんの少し違っただけだった。


「国は」

「姫様は」


二人の言葉が重なる。

517: 2013/02/02(土) 22:42:25.05 ID:oJGJ4o0y0
「「俺が守る!!」」


互いの影がぶつかり合う。
逃亡者と格闘家の右手がぶつかり合い、互いに四散した。
赤い血飛沫と肉塊が辺りに散らばる。

だが、互いに右手はすぐに再生し、数秒前までと同じように回復した。


「魔王からもらった力はそれか」

「生身じゃまともにお前に勝てないのは十分分かってる」

「化け物の相手は化物って言う訳か」

「ああ、お前の言うとおりだ」


彼は、彼等は守るべき者の為に代償として大切な何かを捧げている。
互いに決して口には出さないが、互いにその事は知っていた。

522: 2013/02/03(日) 21:58:14.53 ID:zGMv0BnE0
二人が同時に地面を蹴る。

逃亡者の剣が格闘家の肉を断ち、格闘家の腕が、足が逃亡者の肉を抉る。

その光景はあまりにも滑稽で不気味だった。
幾度となく血が飛び散り、辺りはまるで虐殺が行われたかのように血塗れになっている。
それなのに氏体は無く、そこにいるのは少しだけ服が破れた無傷の二人の男だけなのだ。


「どうした。こっちは素手だぞ?」

「お互いしぶといな。さっさと楽になればいいのに」


互いにニヤリと笑う。
その笑みは相手への嘲りでもあり、自嘲でもあった。

逃亡者の右足が地面を蹴る。
右足全体に痺れる様な痛みがはしり、その痛みが全身へと伝わった。

格闘家の右足がこめかみ目掛け振られる。

それを紙一重でかわし、彼の心臓目掛け剣を突いた。

523: 2013/02/03(日) 22:01:04.32 ID:zGMv0BnE0
ザクリ、と肉を貫く音が聞こえた。
その音が聞こえた瞬間に逃亡者の脇腹に強烈な衝撃がはしる。

重なっていた二つの影が別れる。
片方は地面に落ち、もう片方も地面に着地すると僅かにふらついた。


「右手の一本くらいならくれてやる。すぐに元に戻るからな」


格闘家は右手を見ながらそう呟く。
すでに傷口は閉じ始めていた。


「そうだよな。お互い楽にはなれないもんな」

「ああ。楽になるって事は守れないって事だ」


逃亡者の言葉に格闘家は苦笑いで答える。
それはまるで食卓でテーブル越しにかわされているかのような温かく優しい会話。

524: 2013/02/03(日) 22:13:06.09 ID:zGMv0BnE0
「姫様を渡さなければ町に紛れこんだ魔物共が町を襲う。それを止めるためには必要な犠牲なんだ」

「同情を誘ってるのか?」

「いや、そんな気は無い。ただお前が勝てばどうなるかを知っておいてほしいだけだ。お前は姫様の為に数百人を頃す事になるんだとな」

「……昔から変わらないよ」


それはまるで氷の様に冷たい言葉だった。
まるで心の底の汚泥を吐きだす様に彼は続けた。


「俺は姫様の為に何百人と言う人間を頃した。今回も同じ事だ」

「……それがお前の答えか」

「ああ。俺は姫様を守ると誓ったんだ。それで何百人を見頃しにする羽目になっても」


格闘家の目の奥に悲しみの光が灯る。
分かりあえない。その事を知ってしまった彼の目はあまりにも物悲しかった。

525: 2013/02/03(日) 22:14:41.06 ID:zGMv0BnE0
トンッ、と言う軽やかな音が響く。
だがそんな軽やかな音とは裏腹に逃亡者の体は人とは思えないほどの速度で前に跳んでいた。

銀の一閃。
それは音速主超える一撃であり、己の右手をも潰す一撃。

まるで重い石に押しつぶされた様に右手は潰れ、大量の血を流していた。
赤い川は腕を伝い、指先からぽたぽたと地面に落ちる。


「うっ……」

『逃亡者!!』


その激痛に耐えかね、地面に膝をつく。
腕は元に戻っているはずなのに、何故か痛みは消えない。
痛みは消える事無く体へと蓄積され続けるのだ。

背後で風を切る音が響いた。
それと同時にこめかみに強烈な衝撃が襲いかかる。

轟音。
暗闇。
右手に持った剣が地面に落ち、甲高い音を立てた。

529: 2013/02/06(水) 21:42:01.39 ID:2AtW04w40
自分が吹き飛ばされた事に気付くのに、いやに時間がかかってしまった。


「どうした。もう終わりか?」


逃亡者の右手が地面に転がった剣を掴む。
それが彼の答え。

格闘家がもう一度両手の拳を握りしめ、構える。
それが彼の答え。


「「おォォォォォ!!」」


二人の咆哮が部屋を満たす。
二匹の化け物の影が激突し、夥しい量の血を撒き散らせる。

逃亡者の剣が格闘家の右足を斬り落とした。
格闘家の拳が逃亡者の肋骨を砕いた。

それでも獣は止まらない。
牙を剥いた化け物はまるで貪る様に相手の体の一部を抉り、斬り落とす。

530: 2013/02/06(水) 21:43:23.52 ID:2AtW04w40
床が赤く染まり、肉片が飛び散った。
だがその傷はすぐに回復し、再び同じ光景が繰り返される。

超再生者を倒す方法。
魔力を空にするか相手の心臓か脳を潰す。
その二つなのだ。

逃亡者の左手が文字通り弾け飛ぶ。
その瞬間、逃亡者に僅かな隙が生まれた。

横腹への衝撃。
もう一度視界が黒くなり、音が消える。


「さすがに氏なないか」

「はは、そう簡単に……氏ねるか」


肋骨が折れているのが分かる。
燃える様な痛みが横腹を襲っていた。

531: 2013/02/06(水) 21:44:30.21 ID:2AtW04w40
視界が霞む。

蓄積された痛みが体を襲っているのだろう。


「どうした? 体が限界か?」


こめかみに強烈な痛みがはしった。
まるで子供に投げられた人形の様に宙を舞う。

壁が崩れる音が響いた。


「ははっ。これは不味いかもね……」



消えていくダメージよりも蓄積されていくダメージの方が圧倒的に多い。

胃の中に入っている物体がせり上がってくる様な感覚がした。
頬を冷や汗が伝っていく。


「シロ……」

「姫様。すぐに助けますから……」

532: 2013/02/06(水) 21:46:28.08 ID:2AtW04w40
彼は彼女を見ながらはっきりと答えた。

彼は彼女を救えなかった。
その罪滅ぼしだと言われればそうかもしれない。
だが今の彼は他の誰でもなく彼女を救うために命を削っていた。


『まだ蓄積された痛みが全部とれてない!!』

「そんな暇、無いだろ」


逃亡者は剣を構える。
確かに彼の体には今も強烈な痛みがはしっている。
だが、それは格闘家も同じ事だ。

すでに逃亡者目掛けて跳んでいた格闘家が回し蹴りの態勢に入る。

逃亡者の剣がそれに対応する様に振られた。

格闘家の右足の膝から下が斬り落とされる。
だがそれでも衝撃は殺せない。
両腕が痺れ、指先の感覚が薄れるのが嫌でも分かった。

533: 2013/02/06(水) 21:50:41.45 ID:2AtW04w40
「く……あ……」


どちらが発した声かは分からない。
もしかしたら両方が発した声かもしれない。


足の力が抜け、そのまま地面に倒れる。
まるで水の中にいるかのように呼吸が異様に苦しい。


「真理。回復を……」

『無茶言わないでよ!!』


視界が薄暗くなる。


「シロ。あなたなら、出来るでしょう?」

「姫様?」

538: 2013/02/07(木) 21:45:47.35 ID:Yi6KiL1L0
透き通った声。
それは逃亡者が聞きなれた、聡明な声。


「姫様!!」

「……お花」


目の前の姫は彼の知っている壊れた姫だった。


『逃亡者。どうしたの?』

「どうなってるんだ……」


幻聴なのか分からない。
幻想なのか分からない。
何が本当で何が嘘なのか分からない。

意識も途切れかけた彼にはそれすら分からない。

539: 2013/02/07(木) 21:48:31.57 ID:Yi6KiL1L0
透き通った声。
それは逃亡者が聞きなれた、聡明な声。


「姫様!!」

「……お花」


目の前の姫は彼の知っている壊れた姫だった。


『逃亡者。どうしたの?』

「どうなってるんだ……」


幻聴なのか分からない。
幻想なのか分からない。
何が本当で何が嘘なのか分からない。

意識も途切れかけた彼にはそれすら分からない。

540: 2013/02/07(木) 21:49:13.58 ID:Yi6KiL1L0
「行きなさい、シロ。あなたなら勝てるでしょう?」


また声が聞こえる。
やはりそれは紛れも無く壊れる前の姫様の声だった。

頭の中に昔の記憶が蘇る。


「私を、守ってくれるんでしょう?」


それは美しい声。

その瞬間、色が消え、音が消えた。
まるで自分だけが取り残されてしまったかのような白の世界。

ここが何処か?
どれが本物か?
何が真実か?

……そんな事はどうでもいい。
あの声は。
あの言葉は……。

541: 2013/02/07(木) 21:50:23.00 ID:Yi6KiL1L0
「あ、ああ……あァァァァァァァ!!」


それは断末魔の様な慟哭の様な咆哮。
まるで魂を削り取る様な悲痛な声。


「俺は、俺は……」


おぼろげな感覚の両手を構える。
もはやまともに体重も支えられない両足に力を入れる。

決して彼女を守るための気力が戻ったんじゃない。
決して氏にたくないと思った訳じゃない。

その姿はいつまでもくだらない者にすがる愚か者の姿。
過去に囚われた愚か者の姿。
愛する者を救えなかった者の末路の姿。


「思い、出しました」

542: 2013/02/07(木) 21:52:05.11 ID:Yi6KiL1L0
心の奥底。
最深部に眠る記憶。

思い出した。
思い出して、しまった。
蓋をした記憶を。
決して思い出してはいけないと思っていた記憶を。
思い出してしまった。


「シロ。私はあなたを信じています」

「やめて……やめてください」


彼の頭の中を疑問が埋めつくす。
その疑問は全て同じく、何故、今なんだ、だった。

地面を蹴った格闘家が真っ直ぐにこちらに跳んでくる。
それは速く、鋭い。

543: 2013/02/07(木) 21:54:12.42 ID:Yi6KiL1L0
彼の右足が振られた。

メキリ、と骨が折れる音が響いた。
逃亡者の口からおびただしい量の血が溢れだす。

だが、その両手は格闘家の右足をがっちりとおさえていた。

痛みは無い。
体の感覚も無い。
ただただ蘇った記憶が彼の心をゴリゴリとすり潰していた。

格闘家は素早く足を引き抜こうと動く。
だがそれはあまりにも遅すぎた。


「あ、あァァァァァァ!!」


彼の前蹴りが格闘家を貫く。
彼の足は彼の腹を破り、背中から出ていた。
紅蓮の血は二人の体を赤く染める。
その紅蓮の血はまるで涙の様に地面に落ちる。

彼の右手が剣を構えた。

548: 2013/02/08(金) 21:59:35.15 ID:OrWPiiIR0
銀の閃光。
それはまるで雨の様に書く投下に降り注いだ。

彼の両手足が落とされ、全身に大量の切り傷が出来上がった。


「……後は心臓を突くだけだろ? さっさとしろよ」

「……う、あ……」

「早くしろよ……守りたいんだろ」


彼の心がその言葉に反応する。

守りたかった。
それは紛れも無い真実。
彼の本心だ。

だが、だが守れなかったのも事実。
彼は守れなかった、救えなかった姫様を助けただけにすぎないのだ。


「アァァァァァァ!!」


一撃はあまりにもあっさりと彼の命を奪っていった。

残ったのは彼と彼の剣。
そして彼が救えなかった彼女だった。

549: 2013/02/08(金) 22:01:24.58 ID:OrWPiiIR0
逃亡者「……」

信義「どうしたの?」

逃亡者「俺は姫様を助けられなかった」

信義「え? だって――――」

逃亡者「あの時姫様は俺に言ったんだ!! なのに、なのに……」

信義「突然動きが変わったのって……」

逃亡者「怖くなったんだ。姫様は、俺を恨んでいるんじゃないかって……」

信義「何言ってるの?」

逃亡者「俺は……約束したはずだったのに……」

姫「……シロ」

逃亡者「俺は……俺は……」

信義「逃亡者……」

逃亡者「あァァァァァァ!!」

550: 2013/02/08(金) 22:03:06.42 ID:OrWPiiIR0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~


魔王「……」

勇者「魔王」スタスタ

魔王「……丁度あちらが終わって退屈していたんだ。丁度いいタイミングだ」

勇者「……」

魔王「旅人はどうしたんだい?」

勇者「落とした。もしかしたら生きてるかもしれない」

魔王「よほど急いでいたんだな。そんな剣士にあるまじき決着をつけるなんて」

勇者「俺の目的はお前だ、魔王」

魔王「ふふふ。オレは嬉しいぞ」

正義「一体何が」

魔王「お前達と戦えるんだ。こんなに嬉しい事は無い」

勇者「……」

魔王「幸せは雨じゃないんだ。誰の元にも降る訳じゃない」

勇者「どういう意味だ」

魔王「そのまま受け取ってもらえれば結構だ」

551: 2013/02/08(金) 22:06:38.26 ID:OrWPiiIR0
魔王「彼は最高の踊りを披露してくれたぞ」

勇者「……お前」

魔王「せっかく整えてやった舞台だ。あれくらい狂って踊ってくれないと面白くないからな」

勇者「逃亡者に何をしたんだ!!」

魔王「……昔を思い出させるようにしただけだ。忘れていた記憶を呼び覚ませるようにな」

勇者「……」

魔王「過去に囚われた人間はそう簡単には解放されない」

勇者「……貴様」

魔王「そして人間は壊れやすい」

勇者「……」

魔王「どうなるんだろうな?」ニヤリ

勇者「……」

魔王「……」

勇者「逃亡者はその程度でおかしくなったりしない」

魔王「ほう?」

勇者「俺は逃亡者を信じている」

556: 2013/02/11(月) 21:57:12.65 ID:QXFujW5y0
魔王「ほう?」

勇者「あいつなら大丈夫だ」

魔王「……」


勇者はゆっくりと刀を抜く。


勇者「俺はお前を頃す」

魔王「楽しみだ」

勇者「……」


魔王が剣を抜く。


魔王「お前を生かしておいてよかった」

勇者「……」

魔王「遂に最終幕だ。存分に暴れよう」

勇者「ああ」

魔王「……来ないのか?」

勇者「最後に聞きたい事がある」

557: 2013/02/11(月) 21:57:53.32 ID:QXFujW5y0
魔王「……」

勇者「そこまで俺に肩入れしたのはなんでなんだ?」

魔王「言わなかったか?」

勇者「俺は何も無い。馬鹿みたいに正義を振りかざす愚か者だった。なのになんでだ」

魔王「だからだ」

勇者「?」

魔王「お前がそうだからだよ」

勇者「……どういう事だ」

魔王「始めよう」

勇者「……」

魔王「オレもお前も同じなんだ」

勇者「……」

魔王「始めよう」

勇者「……そうだな」

558: 2013/02/11(月) 21:58:34.73 ID:QXFujW5y0
勇者は刀を地面と水平に構え、大きく横に薙ぐ。
それに対し魔王は剣を地面に垂直に構え、その一撃を防御した。

一瞬のうちに攻守が入れ替わり、魔王の剣が地面を抉りながら勇者に襲いかかる。
下から上へ、剣は進んでいく。

勇者は刀を振り下ろし、その一撃を正面から止めると、そのまま攻撃の構えに移る。


「さすがは人間の運命を担う者だな」


彼女の歪んだ笑みが見えた。
その顔には不安も動揺も無く、ただただ戦いを楽しんでいた。

ガキッ。

得物同士が激突し、火花を散らす。
お互いに防御を忘れたかのように体重を前にのせ、攻めだけを考え得物を構える。

勇者と刀と魔王の剣が悲鳴の様な音を立てる。
擦れ合い、火花が僅かに輝いた。

だが退かない。
互いに意味の無い意地の張り合いを続けていた。

559: 2013/02/11(月) 22:00:34.84 ID:QXFujW5y0
意味の無い意地の張り合いは続く。
一歩も退かず、それどころか魔王も勇者も前に進もうと足を前に踏み込んでいた。

より一層互いの体が近づく。
気付けば魔王の顔にあった嫌みな笑顔は消えていた。

魔王が後ろに跳び、意地の張り合いが終わりを迎える。
案外あっさりと終わったそれを気にも止めず、二人はまた得物を構え、攻撃のタイミングを計り始めた。

音は無い。

体を一ミリたりとも動かさず、ただただタイミングを探り続ける。
それは獲物の隙を窺う肉食獣を連想させた。

一瞬、それこそ呼吸をしただけの隙でも彼女は逃す事無く攻めてくるだろう。
そして彼も同じようにその隙を逃さずに攻めるつもりだった。

勇者の足が地面を蹴る。
もちろん我慢の限界になった訳では無く、攻めるタイミングを見つけたからだ。

魔王の剣が反撃のために振り下ろされる。
だが勇者はすでに彼女の前にはいなかった。

彼女の剣が振り上げられるのと同時に斜めに跳び、丁度彼女の真横に着地する。

562: 2013/02/16(土) 22:00:21.21 ID:KSLmqWLH0
意識を切っ先に集中。
風を切っ先に纏わせる。

刀が重くなる感覚。
腕の動きが遅くなる。

金属音が響いた。
研ぎ澄まされた二つの得物がぶつかる音は恐ろしく澄んでいた。


「やはり、お前が敵だ」


魔王の楽しそうな声が辺りに響く。


「お前は人間の敵だ」

「ならお前は魔物の敵だな」


得物同士が擦れ合う。
ギチギチと嫌な音が辺りに響く。

563: 2013/02/16(土) 22:04:56.27 ID:KSLmqWLH0
魔王の顔はまるで無邪気な子供の様だった。
眩しいほどに輝く笑顔が勇者を見ていた。

その光景は何処か歪で不安定。
まるで戦っている事を忘れてしまいそうなほどだ。


「オレ達は鏡だ。立場は全く逆だが、本質は同じ所にある」


彼は何も答えない。
ただ刀を持つ手に力を入れるだけだ。


「俺はお前の敵だ。それ以外の何でも無い」


彼が言い終わると共に腹部に衝撃がはしった。

体がふわりと浮き、後ろに吹き飛ばされる。
まるでボールの様に壁にぶつかり跳ね返った。


「あが……はっ!?」

564: 2013/02/16(土) 22:06:30.91 ID:KSLmqWLH0
魔王が牙を剥く。
彼女の剣が追撃の為、更に振られた。

振り下ろされた一撃と横からの一撃を回避。
最後の斬り上げを刀で弾く。


「ほう?」

「なめるなよ。魔王」


正直に言えば、防御するだけで手一杯。
とても攻撃のタイミングなど見出せる状況では無かった。
だがそれを見せる訳にはいかない。
あくまで強気に。
あくまで冷静に。
焦りや動揺を押し頃し、心におこる波風を極限まで少なくする。

彼の刀が攻撃に転じる。
それは強引な割り込みに近かった。

その一撃はいとも簡単に弾かれた。

565: 2013/02/16(土) 22:08:41.57 ID:KSLmqWLH0
だがそれも想定のうちだ。
とにかく相手を動揺させ、冷静さを失わせなければ勝ち目は無い。
実力差は今でも天地の差ほど差があるのだ。

感情の迷いは剣の迷いを生み、そして大きな隙を生む。
そしてその隙が生氏を分けるのだ。

強さとは文字通り心技体が揃ってこそその強さを発揮するのだ。

鈍く輝く銀の閃光。
それが魔王の一撃だと気付くのには時間が要った。

防御をするものの僅かに遅れ、頬が僅かに斬れる。


「浅いな。その程度でオレを殺せるとでも思ったのか?」


ああ、知っている。
この程度では殺せない事も、このままじゃ俺が負けると言う事も。

勇者の心はまるで氷の様に冷めきっていた。
心の天秤はピクリとも振れる事無く、静止している。

566: 2013/02/16(土) 22:10:26.63 ID:KSLmqWLH0
前に跳躍。
魔王目掛け、まっすぐに跳ぶ。

魔王の顔が僅かに曇り、両手に持った剣が反撃の為に振られた。
勇者も刀を構え、それを振り下ろす。

どちらも一撃。

鮮血は染める。
壁を。
床を。
天井を。
そして、二匹の化け物を。

勇者は脇腹に、魔王は肩に一撃を受けていた。
互いに多くはないものの、決して少なくはない量の出血をしている。


「俺は人々の為にお前を頃す」

「オレは魔物達の為にお前を頃す」

573: 2013/02/18(月) 22:06:40.60 ID:TUp+QkBe0
知っていた。
彼は彼女を知っていた。
そう、今目の前にいる彼女は――――。


「正義。回復を頼む!!」

『え、あ、うん』


勇者が魔王目掛け走る。
血を撒き散らせ、目を血走らせながら刀を構えて。

それは魔王にとって予想外の行動だったのだろう。
彼女の顔にほんの少しだけ驚きの表情が窺えた。

当然だ。
今の状況で前に進む事は正真正銘命がけの賭けなのだ。

失敗すれば相手が回復し、自分が更にダメージを喰らう可能性も十分にあるのだから。

魔王が剣を横に薙ぎ払う。

それは勇者の想定通りだ。

574: 2013/02/18(月) 22:07:23.07 ID:TUp+QkBe0
それは心の一瞬の動揺だった。

動揺した剣は何の考えもない単調な攻撃になる。
ならばかわすのも簡単だ。

彼は地面を蹴り、跳ぶ事でそれを回避した。

互いの距離はほぼゼロ。
そして魔王は剣を振り切っていた。


「おォォォォ!!」


勇者の刀が、魔王を捉えた。

575: 2013/02/18(月) 22:08:15.10 ID:TUp+QkBe0
~~~~~~~~~~~~~~~~~


旅人「……」

旅人「あーあ。負けちまったみたいですね」

旅人「さて、あいつがどうなってるか……」

魔物「……」

旅人「ああ、どうしたんですか?」

魔物「魔王様が勇者と戦っている」

旅人「まあ、でしょうね」

魔物「伝言だ」

旅人「魔王からですかい?」

魔物「ああ」

魔物「忍者と合流しろとの事だ」

旅人「……逃げろって事ですかい?」

魔物「さあな。俺には魔王様の気持ちは分からない」

旅人「……」

576: 2013/02/18(月) 22:09:53.73 ID:TUp+QkBe0
魔物「だが魔王様のお言葉には従ってもらうぞ」

旅人「もし従わなかったら?」

魔物「……」

旅人「冗談ですよ。そんな怖い顔しないで下せぇ」

魔物「人間風情が。魔王様のお言葉が無ければ頃しているのに」

旅人「魔王を信頼してるんですねぇ」

魔物「……魔王様は負けない。あのお方は我々の為に魔物である事ですら捨てる覚悟なのだ!!」

旅人「勇者と、同じって訳ですかねぇ」

魔物「なんだと」

旅人「いえ、何でもありませんよ」

魔物「……」

旅人「それじゃあ。あっしは逃げますよ」

魔物「勝手にしろ」

580: 2013/02/21(木) 21:13:28.64 ID:19SwpEAk0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うぁぁぁぁぁ!!」


血が壁に飛び散り、首が床に転がる。
返り血が体に大量にかかるが、彼は全く気にしている様子は無かった。

まるで何かから逃れるかのように剣を振り回し、手当たり次第に兵士達を斬り頃していく。


「お前等が!! お前等が!!」


口から呪文のように言葉が零れた。
それはまるで鎖の様に彼の体を縛る呪いの言葉だ。
どんなに逃げても追いかけてくる、氏よりも重い呪いなのだ。


『逃亡者!! もうやめて!!』

581: 2013/02/21(木) 21:14:21.32 ID:19SwpEAk0
信義の声が聞こえた様な気がした。
だが、彼の体は止まらない。
止められない。

止まってしまったら、彼の体をまたあの呪いが襲ってくるのだから。

もはや彼の口から出るのは叫び声だけ。
思考も一つだけしか無かった。

目の前に兵士が二人現れる。
だがそれも彼にとっては敵ですら無く、ただの獲物にすぎなかった。


「あァァァァァ!!」


今の彼はただの獣。
理性も無く。
ただいたずらに命を狩る、最底辺の獣だった。

牙を剥いたその顔は邪悪に歪んでいた。

逃亡者の剣が兵士達の首を切り裂く。

582: 2013/02/21(木) 21:14:53.43 ID:19SwpEAk0
兵士達の顔は斬られた事すら気付いていない様な驚きも恐怖もない、怒りだけの表情をしていた。

ゴトリ。

重い音が廊下に響く。

赤い絨毯に真っ白な壁と言ういかにも城と言う廊下は今や血の赤一色に染まっていた。

荒い息が廊下にこだまする。
血塗れの獣が一匹、獲物を求めて徘徊していた。


「逃亡者」


彼の目の前には一人の褐色の女性が立っていた。
彼女の名を彼は知っている。
だが、思い出せない。


「……邪魔だ」

583: 2013/02/21(木) 21:15:30.28 ID:19SwpEAk0
逃亡者の剣が彼女に振り下ろされる。
だが剣は彼女の頭上ぎりぎりの所でぴたりと静止する。
まるでその間に見えない壁があるかのように剣がピタリと動かなくなった。

彼女の目は逃亡者を睨んでいた。
だが、その目には怒りは一切無かった。


「逃亡者。落ちついて」

「信義……」


彼女の声が彼の耳に届く。
だがそれでも彼から狂気は取り除かれてはいない。
彼から狂気を取り除ける者はもうこの世界には居ないのだから。


「姫様……」


まるでコップから溢れだした水の様に彼の口から言葉が溢れだす。
溢れだす言葉は留まる事を知らず、それどころか勢いを増し続ける。

584: 2013/02/21(木) 21:16:20.22 ID:19SwpEAk0
「すい……ません……すいません。すいません。すいませんすいませんすいませんすいません」


それは懺悔の様な呪いの様な言葉。


「俺のせいだ俺のせいだおれのせいだおれのせいだおれのせいだ。おれの……」

「逃亡者!!」


狂気が蘇る。
それは彼にとっての唯一の逃げ道なのだ。
自我を失える唯一の方法なのだから。

自我が狂気に溶けていくのが分かった。
それと同時に恐怖が消えていくのも分かった。

587: 2013/02/23(土) 22:44:08.56 ID:LxI7crez0
「前を向いて……逃げないで……」

「邪魔だ……」

「なら殺せばいい」

「……」


逃亡者が剣をしまい、両手を構えた。


「やっぱりあんたは馬鹿ね。自分の武器を殺そうとする剣士なんて、あんたくらいだもの」


彼女の言葉が耳に届く。
だが狂気に溶けた彼の耳にはその言葉は届かなかった。

二つの影が同時に地面を蹴る。
そして、ぶつかり合った。

588: 2013/02/23(土) 22:45:27.28 ID:LxI7crez0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

勇者の刀が魔王の体を切り裂いた、はずだった。
心臓も一緒に切り裂いた。
そのはずなのに魔王は彼の目の前に立っていた。


「悪いな。ここで氏ぬわけには、いかんのだ」


彼の目の前にいたのは大量の血を流し、左腕は醜悪な触手と化した魔王の姿だった。


「どういう……事だ」

『重力で無理矢理心臓を動かしたのかも……心臓をずらして致命傷を避けた……でも』

「超回復はやはり魔力の消費が莫大だな……もう腕を綺麗に再生する余力はない」


魔王は二人の会話に割って入ってくるかのようにそう呟いた。
息は荒く、もはや生物としての原形を保っているのかも怪しいその生き物はにやりと笑う。

彼女の体の傷が再生する。
だがその皮膚は完全に元に戻る事無く、蚯蚓腫れの様な醜い痕が残っている

589: 2013/02/23(土) 22:47:00.34 ID:LxI7crez0
「それがお前の答えか」

「俺とお前は鏡なのだ。お前にも分かるだろう?」


彼女の左手が蠢く。
それはまるで巨大なミミズの様に気色の悪い動き方だった。

彼女が地面を蹴る。
地面が蜘蛛の巣状にひび割れた。

勇者も同じく前に跳んだ。

背筋を冷たい汗が伝う。
氏の恐怖が全身を覆っていた。
だが、それを頃し、冷静さを保ち続ける。

魔王の一太刀をギリギリでかわす。
頬の横を剣が通っていくのが嫌に鮮明に分かった。

勇者の刀が魔王の心臓目掛け突かれる。
ゴウッ、と言う音が勇者の耳にも響いた。

しかし、魔王の剣がそれを素早く弾いた。


「しま――――」

590: 2013/02/23(土) 22:48:10.19 ID:LxI7crez0
魔王がニヤリと笑う。
右頬には大きな蚯蚓腫れは出来ていた。

左足を前蹴りの様な形で前に突き出す。
狙いは魔王の脇腹。
もちろんそれは攻撃の為ではない。

勇者の左足が吹き飛んだ。
膝から下が綺麗に無くなっている。


『勇者!!』

「足の再生を頼む」

「さすがだ。迷わず足を犠牲にするとはな」


刀が間に合わないのなら、足で攻撃する。
例え足を無くしても、氏ぬよりはマシだ。

不思議と足の痛みは無かった。
一瞬で斬られたせいなのか、それとももう痛みすら感じられなくなってしまったのか。

595: 2013/02/26(火) 21:35:03.86 ID:iB5dVhu00
そんな些細な事は気にするつもりは無かった。

残った右足を軸に右に体を回転させる。
体を捻りながら刀を大きく薙ぎ払った。

魔王が後ろに跳ぶ。
互いの距離が離れ、戦闘が仕切り直しになった。

吹き飛んだ足が再生する。
両足を地面につけ、大きく息を吸い込んだ。

彼は知っていた。
彼女は知っていた。
お互いが鏡なのだと、お互いが全く同じで真逆の存在なのだと知っていた。

だからなのかもしれない、と彼は思う。
だから戦うのかもしれないと思う。

魔王の体が宙に浮く。
口端をつり上げて笑う彼女の体はまるで羽の様にふわりと宙に浮き、静止した。

理論では無い、天性の才能と天性の力によって無理矢理に生まれた魔剣。
『フォールダウン』。
彼の刀を壊した魔剣。
彼女の命を奪った魔剣。
彼にとって越えなければいけない、最後の壁。

596: 2013/02/26(火) 21:35:33.93 ID:iB5dVhu00
「正義」

『何?』

「……いけるな」

『ええ。あなたは?』

「いける。今の俺にはお前がいる」


彼の言葉に正義はクスリと笑った。
それにつられて彼も笑う。

今の彼には正義がいるのだ。


「『フォールダウン』」


彼女の言葉と共に、彼女が落下した。

597: 2013/02/26(火) 21:36:06.51 ID:iB5dVhu00
勇者の肌が粟立つ。
一瞬にして冷や汗が噴き出た。

風を纏った刀が、重力を纏った剣を受け止める。
得物同士がぶつかり合う音はもはや爆発音に近かった。
体全身の筋肉が硬直する。
骨が軋む様な音が聞こえた様な気がした。


「さすがだ。英雄とは違うな」

「英雄は強い!! 俺なんかよりもずっとな!!」

「いや、あいつは――――」


魔王が言い終わるよりも前に彼女を弾き飛ばす。
地面に足が付いていない彼女は簡単に弾き飛ばす事が出来た。

彼女の不敵な笑みはこちらを見ていた。
嫌味な笑みは彼と彼女を嘲っている様な笑みに見えた。

598: 2013/02/26(火) 21:38:33.60 ID:iB5dVhu00
「自分が不幸だと嘆く者は、弱者だ。強者は不幸だと嘆く前にその不幸から抜けだそうとするからな」


魔王が一歩前に進み、剣を振るう。

その一撃を受け止め、勇者は牙を剥いた。
怒りと言う感情が彼の心を支配する。


「英雄は弱くない。弱いのはお前だ!!」

『勇者。落ちついて』


だが勇者は怒りを抑える事無く、更に吼える。


「英雄は俺とお前とは違う。英雄は強い!!」

「ほう……そうか」


魔王の体が宙に浮く。
ふわりと浮きあがった体が二メートルほど上がり、静止した。

599: 2013/02/26(火) 21:39:31.88 ID:iB5dVhu00
「なら見せてみろ。あの半端者の強さをな!!」

「黙れ!!」


魔王が落ちる。
亜音速を超えた速度で落下するそれはもはや剣技と呼ぶよりも一つの災害に近かった。

勇者は刀を構える。
だがそれは防御の構えではなく、攻めの構え。


『勇者!!』


正義の言葉に耳を貸す事無く、刀を構える。

そして二つの化け物が激突した。

602: 2013/03/02(土) 22:25:37.33 ID:YF+30mvp0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「俺は姫様を守るための力が欲しい」


逃亡者が私に言って来た言葉はそれだった。

今思うと、私は逃亡者のそういう性格に惹かれて協力したのかも。
他のものなんか見ずに、自分が守りたいものだけを見続ける。
そんな性格に興味を持ったからかもしれない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


胸のあたりに強烈な衝撃。
そのまま真後ろにとばされ、地面にたたきつけられる。

息をするのが苦しい。
頭がぼんやりとしていた。


「今のあんたは……本当に格好悪い……」

603: 2013/03/02(土) 22:26:21.17 ID:YF+30mvp0
息が乱れる。
ヒュー、ヒューと喉がなる音が聞こえる。


「過去に逃げるあんたは……馬鹿にしか見えないわ」

「黙れ、黙れ!!」


逃亡者が地面を蹴る。
魔力の無いその挙動は、全部遅くて、見苦しい。
自分の体を犠牲にしている時の方が、よっぽど速くて、格好良かった。

まあ、動けない私は避ける事も出来ないけど……

鈍い音が響く。
強烈な吐き気と、痛みが襲った。
背中から壁に激突し、焼ける様な痛みが全身にはしった。

意識が遠のく。
視界が薄暗くなりはじめた。


「……それくらい?」

604: 2013/03/02(土) 22:26:59.69 ID:YF+30mvp0
無理に頬をつり上げ笑って見せる。
悪魔染みた笑顔を向けながらケタケタと笑った。


「……」


「格闘家は倒したんだから、姫様を連れて帰りましょう」

「姫様は……姫様は……」

「助けられなかったわよ。一年くらい前にね」


それが禁句だと言う事は私が一番よく知っている。
でも言わなければ前に進めない。
なら、その現実を理解してもらう以外の答えは無い。


「いい加減目を覚まして……」

「い、嫌だ。俺は、俺は――――!!」

605: 2013/03/02(土) 22:27:39.12 ID:YF+30mvp0
脇腹に衝撃がはしる。
今度こそ完全に体が動かない。
意識は、気を抜けば失うかな。


「ホントに、格好悪い……」


全く、一年経って未練が消えるんじゃ無くて、更に強くなるなんて。
女よりも面倒臭い性格よね。
女々しいと言うか、なんと言うか。
足を引きずり去っていく逃亡者の背中はやっぱりみすぼらしい。

……。
…………。
……………………。


どのくらい時間が経ったんだろう。
短い気もするし、物凄く長い気もする。

606: 2013/03/02(土) 22:28:05.51 ID:YF+30mvp0
「信義……」


誰?
凄く懐かしい声。
でも、誰だったっけ……?


「信義。元気だった?」


幻覚でも見てるのかな。
それともいつの間にか意識が無くなってるのかも……。


「信義」

「姫、様?」


掠れた声が喉から響いた。

607: 2013/03/02(土) 22:32:09.98 ID:YF+30mvp0
やっぱり、幻覚?
でも、それにしては鮮明で……。


「信義。逃亡者は?」


透き通った声が耳を打った。
逃亡者の愛した女性の、正真正銘姫様の声だった。


「これは、幻覚?」

「違うわ、信義」


姫様の右手が私の頬に触れる。

ああ、姫様だ。
やわらかい手のひらの感触。
温かなぬくもり。
私の目の前に、一年前の姫様がいる。

608: 2013/03/02(土) 22:41:06.08 ID:YF+30mvp0
「元に、戻ったのですか?」


私の声に姫様は首を横にふった。
その表情は悲しそうで、苦しそう。

じゃあ、やっぱり幻覚?
それとも――――。


「理由は分からない。でも、きっと三十分もしないうちに私はあの私に戻るわ」

「姫、様」


現実は残酷だ。
そう心の底から思う。

きっとこれは奇跡。
この奇跡は逃亡者の心に希望を与えるはず。
でも、それと同時に絶望も与える事になる。


「だから頼みがある」

「……はい」

「私を逃亡者のところまで案内してくれない?」

612: 2013/03/06(水) 21:46:43.58 ID:MP+J0vwO0
姫様が何を考えているかは分からない。
でも、私にそれを拒否する権利は無かった。

だってこれは姫様と逃亡者の問題であって、私は関係がないんだから。


「王様の部屋の方に行きました」

「そう。一緒に行くわよ」


汚れた服を着た姫様が歩く。
でもその足取りは美しく、気高い。
そう、とても私とは比べ物にならない位。


「姫様」

「逃亡者の事お願いね」

「え?」


姫様が私を抱きしめる。
痛く、苦しいくらい、強く抱きしめる。

613: 2013/03/06(水) 21:47:33.12 ID:MP+J0vwO0
なんで泣いてるの?
笑ってよ。
そうじゃないと、逃亡者が――――。


「ありがとう。頼むよ」


耳元で、消え入りそうな声が聞こえた。
なんでか、その声は悲しそうだ。


「行きましょう。姫様」

「ええ」


王の部屋に入る。
そこは赤く染まった壁と床と天井。
壊れた家具。
そして剣を持った逃亡者と大量の氏体が転がっていた。

逃亡者の目が姫様を捉える。
でもその目は何処か虚ろで、どこか危なげな、廃人染みた目をしていた。

614: 2013/03/06(水) 21:48:07.86 ID:MP+J0vwO0
「逃亡者」

「姫、様」

「ありがとう。そしてさよなら」


逃亡者の目が見開かれた。
希望と絶望が入り混じった様な表情。
でもその次の瞬間には、一年前のあの表情に変化する。


「姫様……」


一年前のあの時。
そう、私達が戦場に行く前の日の、柔らかくて悲しそうなあの表情。
いつの間にか忘れていた、あの顔。

懐かしい顔。
前はいつ見たっけ……。


「嬉しかったよ。あんな風になっても守ってくれて」

615: 2013/03/06(水) 21:49:23.56 ID:MP+J0vwO0
姫様が窓を開け、外を眺める。
赤が飛び散った純白のカーテンが風でひらひらと揺れた。


「私は、お前を縛ってしまった」


ああ、やっぱりこの人には敵わない。
こんなに優しくて、気高くて、美しいんだもの。
逃亡者が惚れない訳が無い。


「姫、様」


私の声と逃亡者の声が重なる。
私の声も彼の声もいつの間にか悲しそうな声になっていた。

それが何でかは分からない。
きっとこれから彼女がどうするかを薄々分かっているんだと思う。


「信義。逃亡者。ありがとう」


姫様の体がカーテンに隠れる。
そして、一瞬のうちに消えていた。

621: 2013/03/13(水) 21:54:01.07 ID:GhSDnSs80
逃亡者「姫、様。姫様!!」

信義「姫、様……」

逃亡者「あ、ああ……」

信義「逃亡者」

逃亡者「……」

信義「逃亡者!!」

逃亡者「信義……」

信義「……ええ」

逃亡者「姫様が、姫様が」

信義「ええ。知ってるわ」

逃亡者「俺は、守れ、なかった」

信義「知ってるわ。あなたは守れなかった。一年前に」

逃亡者「……」

信義「言っておくけど後を追おうなんて思わないでね」

逃亡者「……」

信義「私はあの人にあなたを頼まれた。だから私はあなたを勝手に氏なせない」

逃亡者「でも、俺は――――」

信義「前に進みましょう」

622: 2013/03/13(水) 21:54:54.36 ID:GhSDnSs80
逃亡者「……」

信義「う、うう」


信義は逃亡者に抱きつく。


信義「ごめんなさい。私はあなたの願いを叶えられなかった」

信義「私は、私は」

逃亡者「……お前のせいじゃない」

信義「え?」

逃亡者「俺が未熟だったんだ。お前のせいじゃない」

信義「……」

逃亡者「……結局俺は昔に縋りついてただけだった」

信義「ええ、私もそう」

逃亡者「……うう」

信義「ごめんね。逃亡者」

逃亡者「いや、いいんだ。いいんだ……」

623: 2013/03/13(水) 21:55:25.40 ID:GhSDnSs80
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


兵士「がはっ……」

武人「悪いな」

真理『お人好しだな。わざわざこんな所に来るなんて』

武人「逃亡者が心配だったんだ」

真理『……その予想は当たったようだな』

武人「らしい」

兵士「お前達何者だ!! いいからそこをどけ!!」

武人「他人の部屋に土足で入ろうなんて性格が腐ってるとしか考えられないな」

兵士「黙れ!!」

武人「俺は逃亡者と違って頃しはしない。けど、痛いぞ?」

兵士「……」

武人「いいから下がってくれ。ここにいると泣き声が聞こえて仕方ないんだよ」

兵士「……」

真理『まったく。損な役回りだな』

武人「たまにはいいだろ」

兵士「退け!!」

武人「四人の中で俺が一番恵まれてるんだ。少しくらい損でも構わないだろ」

真理『まったくだ』

武人「じゃあ、こっちも本気で守らせてもらうぞ」

624: 2013/03/13(水) 21:56:02.10 ID:GhSDnSs80
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


血が四散する。
まるで薔薇の様な赤が視界に入る。
頭を思い切り殴られた様に頭がくらくらとしていた。


『勇者!!』


意識が飛ばない様に喰らいつく。
無様に、醜く、未練たらしく必氏に。


「大丈夫だ」

「酷い傷だな。よくそれで生きていられる」


肩から胸にかけて巨大な傷が出来上がっていた。
そこからはとめどなく血が溢れだしていた。

625: 2013/03/13(水) 21:57:27.69 ID:GhSDnSs80
魔王の魔剣。
その一撃を受け止める、はずだった。
しかしそれは勇者の行動をよんでいたように彼の刀をするりとかわし、彼に致命的な一撃を浴びせていた。

魔王の邪悪な笑みが目に入る。
もはやそれに笑みで返す余裕すらも今の彼には無かった。

傷は治っても、血とダメージは回復しない。
そして彼はすでに何度も、致命的なダメージを負っているのだ。

すでにいつ倒れてもおかしくはない。
今彼が立っていられるのは彼の正義と復讐心のおかげだった。

視界は霞み、音は遠い。
底冷えする様な冷たさが体を襲っていた。

だが、そんな絶望的な状況のはずなのに、頭は冴えきっていた。
それはきっと極限の状態に身を置いた人間が悟りを開くのに似ているのかもしれない。

それは彼の求める答えの最後の欠片を与えてくれた。



「魔王」

「なんだ。遺言なら聞いてやる」

626: 2013/03/13(水) 21:59:31.71 ID:GhSDnSs80
魔王の邪悪な笑みを見ながら、勇者は一呼吸置く。
そしてはっきりと淀みない声で言い放った。


「俺は、勇者なんかじゃない」


その言葉は反響する事無く、壊れた魔王城に吸収された。

彼の言葉に魔王の笑みが消えた。
だが、その次には今度は今までとは違う感心の笑みを浮かべた


「今までの俺は勇者だった。だが化け物を倒せるのは化物だ。なら俺もお前と同じ化け物だ」

「つまりお前が化け物になると言うのか?」

「そうだ。俺は化け物になり、お前を頃す」

「いいのか、正義の勇者?」

「魔王を倒した勇者の話は伝承として伝えられる。鍛冶屋や魔法使い。逃亡者や武人。多くの人間が語ってくれる。そこに俺は必要ない」


世の人間達が知っている勇者や英雄は綺麗な話を並べ、汚い話を隠した伝承の中でしかない。
結局は現実の事実を元にした作り話めいたものでしかないのだ。
ならば、と、彼は思う。

627: 2013/03/13(水) 22:01:15.13 ID:GhSDnSs80
「勇者である俺は必要無い。いや、存在してはいけないんだ」


真っ白の世界に黒が必要無い様に、正義の物語に悪が無い様に、綺麗な物語に汚い部分は無い。あってはならないのだ。
勇者と言う存在がそこにあってしまったらその綺麗な物語は汚れてしまう。

それがお前の答えか。
と魔王は笑った。

どこか呆れた様な乾いた笑みに潜んだ感情は分からない。

その一言の数秒後に、魔王の体が宙に浮いた。
その顔には相変わらず笑みが張り付いている。
それはこの戦いの終結へのカウントダウンでもあり、この戦争の終結へのカウントダウンでもあった。


「魔剣の無いお前に、二度目は無い」

「ああ」


彼に勝算は無かった。
だが、負ける気も無かった。

628: 2013/03/13(水) 22:02:02.32 ID:GhSDnSs80
なぜならそれは勇者が勇者であり、正義の味方であるから。


『勇者!!』

「魔剣『フォールダウン』!!」


魔王曰く。
魔剣とは天才が才能と力によってひらめき的に突然生み出された一撃である
それに対し秘剣とは凡人が度重なる努力によって理論的に構築された一撃。

『フォールダウン』は重力の力によって体を急速に加速させ、亜音速を超える速度で敵に接近し、亜音速を超える一振りで敵を仕留める一撃だ。
しかもその一撃を防御できたとしてもその重さによって常人なら潰され、魔力で強化された勇者であっても万全の態勢で受け止められなければ骨折しかねない。
文字通り、魔の剣技、魔剣だ。

しかし勇者は知っていた。
突発的に天才が生み出した天才的なその一撃には無数のほころびがある事を。
例え凡人が生み出した一撃であっても、長い間理論に理論を重ね何十何百と改良を重ねられた秘剣にはかなわない事を。

勇者の刀が静かに動く。
それは魔王が来るよりも先に、動き始めていた。

彼は秘剣を持っていない。
魔剣も持っていない。

629: 2013/03/13(水) 22:05:23.17 ID:GhSDnSs80
けれど、彼は一つだけ秘剣を知っていた。
一つだけ秘剣を目にした事があった。



「正義。魔力を全部俺にくれ」

『え? ええ。分かったわ』


魔王が亜音速で接近する。
魔王と勇者が激突するのは、きっと刹那よりも速いのだろう。

勇者の体を包み込むように風が渦巻く。
巨大な竜巻は彼の刀に集束し、圧縮され、風の力の塊へと変化した。

『フォールダウン』の弱点は二つ。
一つ目はそれを放つためには時間が必要なため、こちらも準備が出来てしまう事。
もう一つは、その速度の性質上、相手の攻撃を見て、太刀筋を急激に変えられない事。
つまり太刀筋がよまれていた場合に、相手の出かたを見てから手を変えられない事だ。


「秘剣『風撃燕返し』」


この秘剣の理論は簡単だ。
相手の技を読み、それをかわしつつ一撃を加える。
イメージとしては居合切りに近い一撃だ。
相手の予備動作と今までの戦闘での癖を読み、相手に致命の一撃を加えるまさしく秘剣。
その理論はあらゆる秘剣よりも簡単で、あらゆる秘剣よりも奥が深いと言われている。

630: 2013/03/13(水) 22:06:29.53 ID:GhSDnSs80
彼がその技を見たのは、そう昔では無い。
何時だったかは詳細に覚えてはいないが、その秘剣の使い手は嫌と言うほど覚えていた。

英雄の秘剣。
彼はそれを見て、そして喰らっていた。
だからこそ、その秘剣の事はよく知っていた。

魔王の手を予想するのは至難の技だろう。
だが、至難の技であって、決して不可能ではないのだ。

魔王の剣が銀色に輝く。
鈍いその閃光を、勇者の目は捉えていた。

勇者の体が僅かに揺れる。
体を右にずらし、刀を突いた。

金属音は、無く、肉を貫く鈍く、醜い音が二つ響いていた。

勇者が咳き込み血を吐く。


「馬鹿、な……」

631: 2013/03/13(水) 22:07:01.61 ID:GhSDnSs80
魔王の小さな声は勇者の耳に届いた。

魔王の剣は、勇者の体を貫いていた。
それは右の胸を貫き、肺を貫いているのだろう。
勇者の呼吸は荒く、木枯らしの様にヒューヒューと鳴っていた。

勇者の刀も魔王を貫いていた。
その刃は綺麗に心臓を貫いていた。

英雄を頃す時、彼女は英雄の心臓を貫いていた。
なら、きっと彼女は同じ事をしてくると彼は読んでいた。
特に彼女の様な舞台を調える様な人間は特に、同じ頃し方をすると。


「結局お前の力を借りたな。英雄」


ずるり、と魔王の体が勇者から滑り、地面に落ちる。
重く固い音が、聞こえた。


「楽しかったぞ……勇者」

「そうか」

632: 2013/03/13(水) 22:07:42.87 ID:GhSDnSs80
「これで、お前は……正真正銘の化物だ」

「ああ、魔王以上の最凶のな」

「ははっ」


魔王の目が閉じ、聞こえていた呼吸音が消える。
唄う様な魔王の笑い声ははどこかに吸い込まれ、消えていった。
あれだけうるさかった騒音もいつの間にか消えていた。

勇者が糸の切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちた。
胸から流れ出る血はあっという間に水溜りを作っていた。


『ゆ、勇者!!』

「後は、勝手に魔王を頃した勇者の物語が出来る。俺は不要だ」


荒い呼吸で呟く。
意識はゆっくりと薄れ始めていた。

633: 2013/03/13(水) 22:08:19.01 ID:GhSDnSs80
戦いは終わった。
戦争は終わる。
平和がやってくる。
そこに彼等は必要無いのだ。
そこに戦士達は必要無いのだ。

彼は目を閉じた。


「悪かったな正義。散々振り回して」

『いいのよ。私はあなたに惚れてあなたに付いて行ったんだから』


風の音だけが聞こえた。


『「ありがとう」』


二人の声が重なった。

638: 2013/03/19(火) 21:44:01.10 ID:WEF7eEXf0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


子供「やっぱり勇者はかっこいいよね」

少年「当たり前だろ。なんたって正義の勇者なんだから」

少女「正義の勇者?」

少年「知らないのかよ。魔王を倒した伝説の勇者だよ。俺達のヒーローだぜ?」

子供「かっこいいよね。今も正義の為に戦ってるって話だよ」

少女「す、凄いね」

少年「ああ。俺もあんな風になってみたいな」

子供「僕も僕も」

少女「あなた達じゃ無理よ」

少年「俺たちだって正義の心は負けないぜ」

子供「そうそう。僕達も正義の為に戦うんだ」

少女「はいはい」

魔法使い「……」

639: 2013/03/19(火) 21:45:14.80 ID:WEF7eEXf0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


鍛冶屋の家


鍛冶屋「……」カンカン

魔法使い「ただいま」

鍛冶屋「あ、お帰り」

魔法使い「また今日も子供たちが勇者さんの事話してましたよ」

鍛冶屋「うん。俺も聞いた」

魔法使い「ずいぶんかっこ良くなってますね。勇者さんの話」

鍛冶屋「美化され過ぎなんだよ。逆に胡散臭くなってんじゃん」

魔法使い「皆さん信じてますよ」

鍛冶屋「ま、まあな」


コンコン


武人「久しぶり」

魔法使い「お久しぶりです」

鍛冶屋「一か月ぶりだな」

640: 2013/03/19(火) 21:46:38.39 ID:WEF7eEXf0
武人「ああ。少し忙しくて来れなかったんだ」

鍛冶屋「少し前まで毎週来てたからな」

魔法使い「鍛冶屋さん」

武人「仕方ないだろう。勇者も逃亡者も英雄もいないんだから」

鍛冶屋「……すまん」

武人「俺だって寂しいんだ。これくれいは許してくれ」

魔法使い「べ、別に大丈夫です。どんどん来てください」

武人「別にどんどん来る気はないけどな」

鍛冶屋「勇者の情報は無いのか?」

武人「残念だが」

魔法使い「……」

鍛冶屋「もう一年だぜ」

武人「こっちはやっと人が住める程度には回復したよ」

鍛冶屋「どこもそんな感じか」

魔法使い「傷痕は深いですね」

武人「ああ」

鍛冶屋「……」

641: 2013/03/19(火) 21:47:11.68 ID:WEF7eEXf0
魔法使い「もし勇者さんの情報があったら教えて下さい」

武人「ああ。そうするよ」

武人「また来るよ。それじゃあ」

鍛冶屋「そんなにすぐ来なくていいからな」

魔法使い「素直じゃないですね」

鍛冶屋「素直な気持ちだよ」

魔法使い「はいはい」

武人「……なんだかんだでうまくやっていけそうだな。お前等」

鍛冶屋「……ありがとう」

武人「照れるなよ」

鍛冶屋「照れてない」

魔法使い「素直じゃないですね」

武人「ははは。じゃあまた来るよ」

鍛冶屋「勝手にしろ」

武人「勝手にするよ」

魔法使い「また今度」

武人「ああ。また今度」

642: 2013/03/19(火) 21:47:38.78 ID:WEF7eEXf0
~~~~~~~~~~~~~~~~~


英雄の墓の前


勇者「……」

逃亡者「ああ、勇者」

勇者「逃亡者……」

逃亡者「命日は明日だろ」

勇者「明日来れば他の奴等と会う事になる」

逃亡者「そうか」

勇者「そういうお前はどうして今日なんだ」

逃亡者「まあ、お前と同じかな」

勇者「そうか……」

武人「一年ぶりだな」スタスタ

勇者「武人か」

逃亡者「久しぶり。あれ? 方腕は?」

武人「落とした」

逃亡者「ああ。そう」

武人「二人ともちゃんと生きていたんだな」

逃亡者「なんとかね」

勇者「ああ」

武人「どこにいたんだ?」

逃亡者「世界中をフラフラしてた。今も何のために生きてるのか分かんないよ」

643: 2013/03/19(火) 21:48:08.26 ID:WEF7eEXf0
武人「……」

逃亡者「俺は姫様を守る事だけが生きる理由だったんだ。姫様がいない今はどうしたらいいだろうな」

武人「……なら、なんで今必氏に生きているんだ?」

逃亡者「姫様に生きろって言われたからかな」

武人「勇者は、どうだ?」

勇者「俺は戦いの中に生きている人間だ。平和の中には生きられない」

武人「俺だってそうだ。けど、ゆっくり慣れて行けば何とかなる」

勇者「無駄だ」

武人「……」

勇者「俺はどうやっても平穏は無理なんだ。息苦し過ぎると言うか、辛くなってな」

逃亡者「分かる気がするよ。平穏は優し過ぎるんだろうな」

武人「そんな事分かっていただろう」

勇者・逃亡者「?」

武人「俺達は戦士だ。戦いの中が全ての俺達に平穏が向いていない事なんて最初から分かっていただろう」

逃亡者「じゃあなんでお前はそこにいるんだ」

武人「お前等がいつでもこられるようにだ」

武人「居場所が無いと面倒だろう」

644: 2013/03/19(火) 21:48:39.27 ID:WEF7eEXf0
逃亡者「……いつそっちに行くかも分からないし、氏ぬまで行かないかもしれないよ」

武人「それならそれでいいさ」

勇者「……」

武人「安心しろ。俺だけ幸せになろうなんて考えてないさ」

勇者「別にいいんだぞ」

逃亡者「ああ。お前の人生なんだ。お前の好きなように生きればいい」

武人「ならこの生き方だよ。これ以外は無い」

逃亡者「……」

勇者「……」

武人「たら、ればの話はしないようにしててもどうしても考えるんだ」

武人「あの時こうすれば、あの時ああしていればって」

勇者「結果は変わらなかったかもしれない」

武人「そんな可能性の話は誰にも分からないさ。そんな事分かってる」

武人「でも、英雄とお前等にどうしても償いたいんだ」

逃亡者「……」

武人「だから俺は待たせてもらう。何時でもここに来れるようにな」

勇者「……」

645: 2013/03/19(火) 21:49:10.71 ID:WEF7eEXf0
武人「自己満足だって事は分かってる」

勇者「俺も逃亡者もやってる事は自己満足だ」

逃亡者「その通り」

勇者「魔法使いと鍛冶屋にだけ生きてると伝えてくれ」

武人「会いに行かないのか?」

勇者「今の所は会いに行く気はない」

逃亡者「なんで、行けばいいじゃん」

勇者「もし会いに行けば確実にあいつ等の迷惑になる」

武人「迷惑?」

勇者「旅の途中でも俺は俺の正義の為に戦って人を頃してる。もし俺と鍛冶屋達との関係が知れればあの二人にも危険が及ぶかもしれない」

武人「……そうか。でもいつかは会いに行った方がいいぞ」

勇者「ああ、分かってる」

逃亡者「じゃあ。来年も俺は来るよ」スタスタ

勇者「俺もだ」スタスタ

武人「何年だって待っててやるよ」

646: 2013/03/19(火) 21:51:57.86 ID:WEF7eEXf0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~


草原


勇者「少し休むか」

正義「ええ」

勇者「……ここはどこだろうな」

正義「相変わらず計画性の無い旅ね」

勇者「ああ」

正義「まあ、今に始まった事じゃないけどね」

勇者「慣れたか?」

正義「嫌でもなれるわよ。どれだけ一緒にいると思ってるの?」

勇者「一年半。と少しか?」

正義「だいたいそれくらい」

勇者「どこか行きたい所はあるか?」

正義「どこでもいいわよ。とりあえず今日の宿を探さない?」

勇者「……同感だ」

正義「決まったら行きましょう」スタスタ

勇者「そうだな」スタスタ

647: 2013/03/19(火) 21:58:41.08 ID:WEF7eEXf0
本編はこれで完結です。

全体的にグダグダした所もあったし、後半の失速感はひどかったと思いますが最後まで読んでくれた方はありがとうございます。
設定だけ思いついて、ストーリーは後から思いつくだろうと思ったら、痛い目を見る破目になりました。
今までもそうだったんですが、思いつきで作ったキャラを生かし切れていない感があるのでもっと努力していきたいです。

次からは後日談、またはサイドストーリーをやっていきたいと思います。
後日談、もしくはサイドストーリーをやってほしいキャラがいたら教えてください。

648: 2013/03/20(水) 00:13:02.39 ID:gbkK7Cljo
お疲れ~

649: 2013/03/20(水) 00:25:23.69 ID:dmqmZVB/o
面白かったよ。
リクエストは、やっぱり鍛冶屋と魔法使いでしょ

657: 2013/03/26(火) 21:28:31.02 ID:uA3HyZA+0
あれから数年後


とある村


勇者「今日はここで寝るか」

正義「そうね」

カップル「……」イチャイチャ

勇者「……正義」

正義「何?」

勇者「……恋愛って何なんだろうな」

正義「……突然何?」

勇者「恋愛って何なんだろうな」

正義「うん。聞いた」

勇者「……」

正義「突然どうした訳?」

勇者「今二十三だ」

正義「ええ、そうね」

勇者「……このまま独りぼっちで老いていったらどうなるのかと思ってな」

正義「ああ、老後の不安ってやつね」

658: 2013/03/26(火) 21:29:10.12 ID:uA3HyZA+0
勇者「一人で生活知るのは寂しいからな」

正義「……私がいるじゃない」

勇者「まあ、そうだな」

正義「単純に彼女が欲しいんでしょ?」

勇者「そういう訳じゃないんだが」

正義「そういう訳よ」

勇者「……」

正義「二十三で少し焦ってるのよ」

勇者「そうか?」

正義「そうよ」

勇者「……」

正義「……彼女が欲しいならまずは女と仲良くなる事ね」

勇者「……ペットを飼うのはどうだろうか?」

正義「逃げたわね?」

勇者「犬は旅の仲間としても優秀だと思うんだ」

正義「彼女は?」

勇者「旅の仲間としてどうなんだ?」

正義「だから逃げないでよ」

659: 2013/03/26(火) 21:29:48.78 ID:uA3HyZA+0
犬「わんわん!」

勇者「よしよし」

正義「本当にそれでいいの?」

勇者「素直な生き物の方がいいだろう」

メス犬「ワンワン」

犬「わん!!」タタタッ

勇者「……」

正義「本当に欲に忠実な生き物ね」

勇者「……」

正義「で、ペットはどうするの?」

勇者「……宿屋に行こう」

正義「……ああ、そう」

勇者「……」

正義「犬も恋人がいるんだからあなたも頑張れば行けるんじゃない?」

勇者「ははっ……」

正義「え……何の笑い?」

660: 2013/03/26(火) 21:30:39.31 ID:uA3HyZA+0
勇者「別に」

正義「……」

正義「じゃあ少し夕食の食材買ってくるからその辺フラフラしてて」

勇者「分かった」

正義「女の子とでもしゃべってて」スタスタ

勇者「……」

勇者「……」

勇者「行くか」スタスタ

美人「ねえ」


それは勇者があった中ではかなり上位の美人だった。


勇者「なんだ?」

美人「あなた旅人?」

勇者「そ、そうだが?」

661: 2013/03/26(火) 21:31:52.83 ID:uA3HyZA+0
美人「二時間二万ゴールドでどう?」

勇者「……」

美人「いろいろサービスするわよ」

勇者「ちょっと待ってくれ」

美人「いいわよ」

勇者「……」

美人「……」

勇者「……」

美人「……」

勇者「分かった」

美人「え?」

勇者「行こう。宿屋でもいいか?」

美人「べ、別にいいわよ」

665: 2013/03/27(水) 21:30:06.98 ID:xouGFqtY0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~


宿屋


美人「……先シャワー浴びていい?」

勇者「いや、いい」

美人「え?」

勇者「少し聞きたい事があったんだ」

美人「き、聞きたい事?」

勇者「ああ。女は何をもらったら嬉しいんだ?」

美人「え? プレゼントって事?」

勇者「ああ」

美人「う、うーん……アクセサリー、とか?」

勇者「アクセサリーか……」

美人「そうね」

勇者「ありがとう」

美人「じゃ、じゃあ」

勇者「……」スタスタ

666: 2013/03/27(水) 21:30:57.14 ID:xouGFqtY0
美人「ちょっと待って!!」

勇者「ん?」

美人「何やってるの!?」

勇者「何って、買い物に」

美人「私は!?」

勇者「ああ、二時間後に戻ってくる。金もちゃんと払う」

美人「いやいやいや。私まだ何もやってない」

勇者「俺の相談に乗ってくれただろう。その相談料でいい」

美人「あ、あなた……」

美人「本気で言ってるの?」

勇者「ああ」

美人「……なんで私を選んだのよ……」

勇者「俺は女の知り合いが少なくてな。丁度声をかけてきたから聞いた」

美人「……それでも私が納得できない」

勇者「こんな話を知っているか?」

美人「は?」

勇者「とある国の王様が隣の国からやってきた王からある料理をもらった」

美人「……」

勇者「とある王は初めて見る料理に驚いたが、実際食べてみると非常においしく大喜びした」

667: 2013/03/27(水) 21:32:01.86 ID:xouGFqtY0
美人「それで」

勇者「王はその料理が忘れられずお忍びで隣の国に行き、とある店で料理を食べた。だが一口食べると何も言わずに出ていってしまったそうだ」

美人「……意味が分からない」

勇者「その王が食べた料理は最高級の食材を最高級の料理人が調理した最高級の料理だったんだ」

美人「……で?」

勇者「その王は最初に最高級の味を知ってしまった。だから王にとってその料理の味は最高級の料理の味以外考えられない訳だ」

美人「……何が言いたいの?」

勇者「確かにお前は恐ろしい美貌を持っている。胸も大きい。そして経験も豊富だ。だからこそ、ダメなんだ」

美人「……つまり私を抱くと今後抱く事になるかもしれない女じゃ満足できなくなるかもしれないって事?」

勇者「まあ、そうかもしれない……」

美人「はっきり言いなさいよ」

勇者「貴様は童Oの敵だ!!」

美人「はっきり言い過ぎよ!!」

勇者「はっきり言えと言っただろう!!」

美人「そうだけど、そうだけど何かが違う!!」

勇者「とにかく。俺はいい」

美人「……本当に私の意見でいいの?」

勇者「ああ」

668: 2013/03/27(水) 21:33:07.06 ID:xouGFqtY0
美人「女だけどいい訳?」

勇者「それがどうした」

美人「……」

勇者「じゃあ行ってくる」

美人「ちょっと待って!!」

勇者「ん?」

美人「私も、手伝ってあげる」

勇者「……いいのか?」

美人「二万も貰うんだから。それくらい協力してあげるわ」

勇者「……ありがとう」

美人「あ、でもアクセサリーのお金は別よ」

勇者「分かってる」

675: 2013/04/01(月) 21:28:57.55 ID:LfbC4V9V0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者「どれがいいと思う?」

美人「これとかどう?」

勇者「……ピンクか」

美人「不満そうね」

勇者「似合わなそうでな」

美人「へえ。あげる相手はどんなタイプな訳?」

勇者「どんなタイプ……頭が固い奴と」

美人「と? 二人に上げるの?」

勇者「ああ」

美人「彼女、じゃないの?」

勇者「ああ」

美人「……っは」

勇者「ん?」

美人「そうよね。あなた童Oだもんね。ごめんなさい」

勇者「……」

美人「頭が固いのか……なら地味目で、でもワンポイントあるのがいいのかな?」

勇者「これとかどうだ?」

美人「少し地味過ぎるわね。ワンポイントがあるといいんだけど……」

勇者「難しいな……」

美人「奥が深いって言って」

676: 2013/04/01(月) 21:29:44.97 ID:LfbC4V9V0
勇者「ああ……」

美人「これとかいいんじゃない?」

勇者「……」

美人「どう?」

勇者「何が違うんだ?」

美人「ここにワンポイントがあるでしょ? さっきのは何にも無いただのブレスレットだったけどこれにはワンポイントあるの」

勇者「へぇ」

美人「分かってないでしょ」

勇者「……すまん」

美人「いや、別に謝らなくてもいいんだけど」

勇者「そういうのは少し苦手でな」

美人「……だから童Oなの」

勇者「……言いかえす言葉も無い」

美人「言いかえす言葉なんて考えればいくつでも出てくるでしょ」

勇者「……」

美人「……」

勇者「ダメだ」

美人「そういう所も含めて童Oね」

677: 2013/04/01(月) 21:30:19.82 ID:LfbC4V9V0
勇者「あんまり童Oと言わないでほしいんだが」

美人「ごめんね」

勇者「……」

美人「で、もう一人の子はどんな感じ?」

勇者「いつもお世話になっているんだ。性格は……世話を焼くのが上手? なのか?」

美人「私にそんな事言われても知らないんだけど」

勇者「すまん……」

美人「別に謝らなくていいんだけどね」

勇者「そ、そうか」

美人「私はこのピンクの奴が好きなんだけどな。でも似合わない子なんでしょ?」

勇者「な、なんでそう思うんだ?」

美人「勘」

勇者「……」

美人「まあ、女の勘ってやつよ」

勇者「それを言うなら女の勘だ」

美人「……女なんて言ったら他の女の人に怒られちゃう」

勇者「お前は女だろう。なら女の勘と言っても別にいいだろう」

678: 2013/04/01(月) 21:30:54.29 ID:LfbC4V9V0
美人「……そうね」

勇者「これとかどうだろう」

美人「……うん。控えめだけど可愛さもあるし、意外とセンスいいじゃない」

勇者「褒めても何も出ないぞ」

美人「知ってる」

勇者「すまない。ほしいものがあるんだが」

店主「どれだい?」

勇者「これとこれと、あとこれをくれるか?」

店主「あいよ」

美人「え、そのピンクの奴はいらないんじゃない?」

店主「包んだ方がいいかな?」

勇者「頼む」

店主「はいよ」

美人「ねえ」

勇者「少し待っててくれ」

店主「はい。ありがとよ」

勇者「どうもありがとう」

679: 2013/04/01(月) 21:31:31.16 ID:LfbC4V9V0
勇者はアクセサリーを受け取る。


勇者「付き合ってもらったお礼だ」


勇者はピンク色のアクセサリーを手渡す。


美人「え?」

勇者「嫌なら別にいいんだが」

美人「う、ううん。ありがとう」

勇者「行くぞ」

美人「あ、うん」

勇者「……」スタスタ

美人「さっきの言葉訂正するわ」

勇者「どれをだ?」

美人「ずっと童Oのままの原因はその鈍感さだと思う」

勇者「俺は鋭いぞ」

美人「気のせいよ」

685: 2013/04/07(日) 21:41:13.36 ID:qW6GzqwD0
~~~~~~~~~~~~~~~

宿屋


勇者「付き合ってもらって悪かったな」

美人「いいのよ。楽しかったし」

勇者「そうか」

美人「そろそろ時間ね」

勇者「ほら」スッ

美人「ありがとう」

勇者「……」

美人「でもなんか悪いわね。ただ買い物手伝っただけなんだし」

勇者「俺がいいと言っているんだ。別にいいだろう」

美人「おっOいだけでも触っとく?」

勇者「嬉しい限りだが遠慮させてもらう」

美人「なんで?」

勇者「理性を保てる自身が無いんだ」

美人「……ああ、そう」

勇者「もしもそうなったら困る」

美人「……」

勇者「……」

美人「かっこいいんだか悪いんだか……」

686: 2013/04/07(日) 21:41:46.89 ID:qW6GzqwD0
勇者「じゃあな」

美人「お金はいいわ」スッ

勇者「……?」

美人「だってあなたにはこれもらってるし」

勇者「……いいのか?」

美人「ええ」

勇者「……いや、持って行け」

美人「……なんでそこまで?」

勇者「俺がそうしたいからだ」

美人「お人好しなのね」

勇者「ああ」

美人「ちょっとは否定しなさいよ」

勇者「悪いな」

美人「……」

勇者「じゃあな。頑張れよ」

美人「はいはい。じゃあね」ガチャ

687: 2013/04/07(日) 21:42:27.91 ID:qW6GzqwD0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


数時間後


正義「ただいま……あれ?」

勇者「なんだ?」

正義「……」

勇者「ちゃんとここにいると連絡しただろう」

正義「ええ、でも……なんでいるの?」

勇者「いちゃいかんのか?」

正義「別にいてもいいんだけど、何の変化も無いから」

勇者「?」

正義「だって綺麗な女の人と歩いてたじゃない」

勇者「ああ、見てたのか」

正義「てっきりあれなのかと」

勇者「悪いが俺はそういうタイプじゃない」

正義「ええ、思い出したわ」

勇者「それはよかった」

正義「で、そろそろ行くの?」

勇者「ああ、そろそろ行こうと思う」

正義「もうだいぶ経つのよね」

勇者「ああ」

688: 2013/04/07(日) 21:43:24.50 ID:qW6GzqwD0
正義「……早いわね」

勇者「正義」

正義「ん?」

勇者「ほら」


勇者は正義にアクセサリーを渡す。


正義「何これ」

勇者「プレゼントだ」

正義「……ありがとう」

勇者「……」

正義「そっけないわね」

勇者「元々だ」

正義「……」

勇者「……」

正義「はあ……」

勇者「なんだ」

正義「いいえ。あなたは変わらないなって」

勇者「そうだな」

正義「ま、悪い事だけじゃないんだけどね」

勇者「……」

正義「じゃあ明日の朝市で行くんでしょう?」

勇者「ああ、その予定だ」

正義「ならさっさと寝ましょう」

勇者「ああ……」

正義「嬉しかったわ。ありがとう」

勇者「……」

689: 2013/04/07(日) 21:44:04.91 ID:qW6GzqwD0
~~~~~~~~~~~~~~~


二日後   とある町


勇者「悪い、遅くなった」

正義「英雄の墓に行ってたんでしょ?」

勇者「ああ」

正義「で、これからはどこに行くの?」

勇者「……特にはないが……お前の行きたい所はあるか?」

正義「うーん。のんびりできる所?」

勇者「……難しいな」

正義「……」

勇者「……」

正義「……なんて、冗談よ」

勇者「……」

正義「あなた言ってたじゃない。年老いて一人だったらどうしようって」

勇者「ああ」

正義「あなたが私を捨てない限りは私はあなたの剣でいる。だから安心しなさい」

690: 2013/04/07(日) 21:44:52.73 ID:qW6GzqwD0
勇者「……」

正義「……」

勇者「正義――――」

女「きゃぁぁぁぁぁ!!」

勇者「!?」

正義「行きましょう?」

勇者「そのつもりだ」

正義「……」タタタッ

勇者「正義……」タタタッ

正義「え?」タタタッ

勇者「…………付き合ってもらうぞ」

正義「……ええ」

691: 2013/04/07(日) 21:45:35.26 ID:qW6GzqwD0
完結です

693: 2013/04/08(月) 00:34:11.24 ID:400guQpd0
乙!

引用: 勇者「正義のために戦おう」正義「その2よ」