1: 2010/11/29(月) 20:58:13.00 ID:tcEitCij0
たったらまったり書く


倫敦の街を覆う霧はいつになく濃かった。

現在の時刻は深夜三時。

魔都・倫敦は眠りについたまま。

普段ならば人通りの多い道路も、今だけは異様な静けさに包まれる。

パチパチ、と時折点滅する外灯の光が目に痛くさせる。

霧のせいでうっすらとぼやける視界。

微かに漂う苦味のある匂いに気がついて、

誰にも気づかれないように息を潜めていた少女がゆっくりと振り返る。

「ねぇ……貴方、誰?」

振り返った先に佇んでいたのは、炎のように真っ赤な長髪が印象的な、黒衣の神父。
とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の未元物質 (電撃コミックスNEXT)

7: 2010/11/29(月) 21:05:54.95 ID:tcEitCij0
「……」

赤髪の神父は答えない。

彼は無言のまま、口にくわえている煙草を器用に上下に動かすだけだ。

「……ねぇ。貴方は、誰なの?」

じめりとした空気中の肌触りがやけに不快で、

少女は黙秘権を行使する神父に向けて再度同じ質問をしながら、眉を潜めた。

「……」

男はまた、答えない。

ふと、十数M先に居る男の首元に少女の視線がいく。

厚手の黒衣から僅かに見えるネックレス。

その先には、英国清教派の十字架がゆらゆらと揺れていた。

11: 2010/11/29(月) 21:17:46.85 ID:tcEitCij0
赤い髪に、頬に派バーコードの刺青、ゴテゴテとして趣味がいいとは言えない十の指輪。

『少女が今まで出会ったことのある』数多の神父達とは、程遠い外見の持ち主。

「本当に聖職者なのか?」と問いかけたく身なりだが、

それでも、目の前に居る黒衣の神父の十字架は、英国清教派ものだった。

その事を悟り、少女は久方ぶりに心が安らいだ気がした。

少女を取り巻いていた緊張感が、ほんの一瞬だけ緩んだ。

この人は己と同じ宗派に所属している人だ、と少女は悟る。

ああ、よかった。

少なくとも、男はロシア成教でも、ローマ正教でもないらしい。

14: 2010/11/29(月) 21:27:15.91 ID:tcEitCij0
所々金色の装飾が施された真っ白な服を身につける少女もまた、

黒衣の神父と同様に英国清教派に所属する、敬虔なシスターだった。

「……貴方が首にかけているその十字、英国教会のモノだね」

念をするように、確認するように、シスターは神父に話しかける。

少女は自分の釣り上げていた目尻が若干垂れ下がったのを自覚する。

ようやく逃亡の日々が終るのかもしれない、と内心でほっとする。

ゴテゴテしい装飾や身なりは、一種の魔術の構成要素にも見えて。

「必要悪の教会の人、かな?」

その組織の人間が、このタイピングで、この場所で、自分の前に現れた、ということは。

「――――ようやく、助けに来てくれた、のかな?」

少女は、期待を込めた瞳を、男へと向けた。

15: 2010/11/29(月) 21:38:02.42 ID:tcEitCij0
魔道書図書館。

それが、年端のいかぬシスターの生き様にして存在価値だ。

魔道書の暴走防止、管理という目的の下、

彼女は世界各地に存在する十万三〇〇〇〇冊の魔道書を記憶した。

少女の有するその魔道書を巡り、

多くの魔術師が彼女の身柄を拘束しようと躍起になっている。

今も、彼女はそんな野心を燃やすいくつかの魔術結社の追手から、逃げている最中だった。

しかし、一人きりの逃亡劇もここで終りだ。

だって、己が所属する英国清教派第零教区『必要悪の教会』の人間が、目の前に現れたのだから。

「―――そうだね」

沈黙と保ち続けてきた男が、重々しく口を開く。

煙草を地面へと投げ捨て、苛立ちを紛らわすように靴底で火種をもみ消した。

「確かに、僕は英国清教派だけれど……」

下を向いていた男の視線が少女へと向けられる。

瞬間。男の瞳が揺れたように、見えた。

17: 2010/11/29(月) 21:50:26.81 ID:tcEitCij0
「……ぼ、くは」

歯切れの悪い言葉で、赤毛で大柄の神父は遅すぎる自己紹介を、少女へ。

男の首元の十字架が、男の頼りない声に呼応するように小さく震えた。

はっ、と感情を殴り捨てるように息を吐く。

「……僕は、」

今度こそ、声は震えていない。

男の芯の通った固い声に、少女は反射的にビクリと肩を動かした。

男は懐のポケットから何かを取り出しながら、

「僕は単なる『魔術師』だよ、禁書目録」

そう、言い切り、宣言する。


「――――『我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)』」



19: 2010/11/29(月) 22:02:07.66 ID:tcEitCij0
それは魔法名だった。

魔法名の宣言は、自分の覚悟を相手に見せ付ける事を意味する。

主に、魔術師が戦闘時に魔術を行使する時に行われる慣習。

つかの間の安心が嘘のように、禁書目録と呼ばれた少女の目が見開かれる。

しまった、と少女は似合わない舌打ちを一つ。

彼は確かに『清教派』だけど、『必要悪の教会』の人間ではないらしい。

極度の緊張、張りつめられた氏線の空気、感覚が鈍ってしまっていたようだ。

「残念だ。禁書目録、『今の』君にとって、僕は君の仲間じゃないだ」

神父を中心点として、周囲に無数のトランプカード程の紙が放たれる。

「本当に、残念なことにね」

紙に描かれるのは、恐らく、ルーン文字の刻印。

恐らく、と少女が曖昧に判断したのは、

彼女が記憶している総数二十四文字のルーン文字のどれにも当てはまらないものだったからだ。

推測するに、神父の独自な解釈を加えて、新しいルーン文字を発明したのかもしれない。

22: 2010/11/29(月) 22:12:01.03 ID:tcEitCij0
「……見たことのないルーン文字かも」

「結局、『僕の知っている』君にコレを披露することは、ついぞなかったから仕方ないさ」

噛みあっているようで、噛み合っていない会話だ。

いつの間にか辺りが負の感情包みこまれる。

「すごいね。既存の魔術に違和感なく新しい技術を組み込むなんて、なかなかできないかも」

「それなり苦労はしたさ。今のはお褒めの言葉と受け取っておくよ」

「察するに、属性は炎。それって五大要素で最も攻撃的な象徴でしょう? ちょっと、怖いなぁ」

「弱かった僕には、それだけ巨大な力が必要だった、ということまで察してくれると嬉しかったかな」

空気が、重い。

それなのに、かわされる言葉のやり取りは、似つかわしくないほど互いに軽い口調。

23: 2010/11/29(月) 22:22:10.84 ID:tcEitCij0
上っ面だけの意味のない対話だ。

二人は互いに丁度いいタイミングをはかっているに過ぎない。

シスターは、走り出すたずタイミングを。

神父は、魔術を繰り出すタイミングを。

たったそれだけの探り合いだ。

けれども、この探り合いに勝ったものに勝利の女神がほほ笑むことを、二人は知っている。

「……貴方が炎に特化した魔術師なら、この環境は、してやられたね」

「さすが魔道書図書館。清々しいほど目ざとい……いや、観察眼が良いと言って置こう」

「お褒めの言葉として受け取って置くんだよ」

全然嬉しくないけどね、と細められた少女の瞳が蛇足を物語った。

24: 2010/11/29(月) 22:39:33.62 ID:tcEitCij0
自慢げな態度を崩さない辺り、

神父が炎の魔術に特化した術師という見解は大方間違いではない。

ルーン文字の作成などという高等なことをやってのける男だ。

炎魔術の応用による湿度変化を利用して、「蜃気楼」を作りだすことだって容易なはずだろう。

いつになく濃い霧も、彼の仕業と考えるのが妥当。

周囲から自分たちを切り離すために、人払いと併用したのか。

「その紙、総数七八二枚、だね。それは多いのかな? それとも少ないのかなぁ!?」

少しばかり、少女の声が大きくなる。

25: 2010/11/29(月) 22:41:37.42 ID:tcEitCij0
予めカードを用意することで魔術発動の時間が短縮される術式。

かなりの枚数の紙をばらまいたことを考慮し、準備した道具の数に比例して力が増すタイプだと判断。

紙の総数、七八三枚。

これは果たして多い枚数なのか、少ない枚数なのか。

「さて、どうだろうね」

男はもったいぶったような物言いで返答した。

見慣れないルーン文字のせいで解析が遅れることに、少女は苛立ちを覚えたのだ。

男が行使しようとする術式の基本は英国式と考えても、

組み込まれる応用はなんなのか。

西洋系の人物であることから、北欧神話かギリシャ神話が自然だが。

全く縁がなさそうな東洋系だったら、いっそ可笑しい。

こんな綱渡りのような分析は、やっぱり好きじゃない、と少女は内心で苦笑した。

26: 2010/11/29(月) 22:52:34.74 ID:tcEitCij0
重苦しい空気に似合わない会話のキャッチボールは、

すぐ近くにある教会の鐘の音によって中断される。

ゴォォォォォオオオン……、と低い鐘の音色は地面にまで振動を伝える。

「―――ッ!」

空気を割くように鳴り響いた鐘が聞こえた次の瞬間、

少女は急いで踵を返し、元来た道を全速力で駆けだした。

同時に、男の詠唱がはじまった。

27: 2010/11/29(月) 22:55:27.88 ID:tcEitCij0
紡ぐは、

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」

男を取り囲むように、ゆらりゆらりと真っ赤な炎が渦を巻く。
 
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」

ジュ、ジュ、ジュ、と空気中の水分が焼きつくされる音が微かに響いた。

「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

炎は次第に勢いを増し、瞬く間に成長していく。

「その名は炎、その役は剣」

そうして形成される炎の形は、

「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」


―――――炎の、巨人。


「魔女狩りの王(インノケンティウス)!!!!」

30: 2010/11/29(月) 23:04:24.74 ID:tcEitCij0
絵本から出てきたような可憐な精霊なんて、存在しない。

倫敦の街中、現実に深紅に燃える炎の中を君臨しするのは、

摂氏三〇〇〇度を誇る炎の番人。

炎の巨人の形状を象る重油の人型は、

フシュー…、フシュ―…と口元を象った部分からオイル臭い、煙を吐いた。

「さぁ、行こうか魔女狩りの王」

赤髪の黒衣の神父―――ステイル=マグヌスという名を持つ男は、そう言って歩みを進める。

その様子に焦りは感じられない。

彼女が全力で走ってもそれほど早くことを、彼は『嫌というほど』熟知していたから。

31: 2010/11/29(月) 23:11:32.40 ID:tcEitCij0
倫敦の街の片隅ではじまる、追撃戦。

逃げるのは、禁書目録というシスター。

追うのは、魔女狩りの王という炎の巨人。

入り組んだ街中を右往左往している少女には、聞こえない小さな声で、神父は呟く。

「魔女狩りの王、その意味は『必ず頃す』」

一歩、一歩進んでいくたびに、炎の巨人の勢いは増す。

「――――そう、僕が必ず、頃す」

それは、己に言い聞かせた言葉なのか。

すでに男の視界から姿を隠した少女への言葉なのか。

真意は、不明。

「僕が、僕が、僕が!!」

闇夜、月の姿は雲に隠れて見えない。

32: 2010/11/29(月) 23:12:49.46 ID:tcEitCij0


「僕が必ず! 君を、―――――『頃してあげる』」


そう言った後、


「……インデックス」


男は、憂いを帯びた声で、ポツリと誰かの名を呼んだ。

34: 2010/11/29(月) 23:31:16.99 ID:tcEitCij0
■■■

――――初夏。

はじめて交わした会話は、ありきたりだった。

「ねぇ。…貴方、誰?」

「……ぼ、くは」

僕が緊張のあまり口をモゴモゴとさせていると、

恐る恐る「誰?」と聞いた女の子は、背の高い東洋系の女性の後ろに、さっと隠れてしまった。

「こら、インデックス。ちゃんと挨拶をしないと駄目ですよ?」

白いワイシャツの右下部分をしばりあげ、へそを露出させ、

片側を大胆に太もも部分までカットさせているジーパンを身にまとい、

長い髪を後頭部の高い位置で一本にまとめた

奇妙な恰好のウエスタンサムライガール、神裂火織が自信の後ろに隠れてしまった女の子に話しかけた。

35: 2010/11/29(月) 23:36:46.99 ID:tcEitCij0
「うぅ……。だって、ちゃんと話しかけたのに返事が返ってこないんだよ…っ?」

「ステイルも貴女と同じで恥かしがり屋さんなんです。少しは、彼に時間をあげてください」

恥かしがり屋は余計だ、と僕はすぐにでも神裂に文句を言ってやりたかったが、

緊張のあまり、汗をダラダラとかき、カチOコチンに身体を強張らせた僕には不可能だった。

その時、僕はいつも以上にとても緊張していた。

神裂の後ろ、ひょっこりと覗きこむようにこちらに顔を見せる女の子が、

あまりにも、可愛かったから。

37: 2010/11/29(月) 23:43:28.87 ID:tcEitCij0
出会った時、天使が舞い降りたと思ったんだ。

流れる絹のような銀糸の髪は太陽の光を反射してキラキラしていた。

少しばかり垂れ目がちだけど、くりんとした二重の瞳から目が離せなくなった。

身を包む白い修道服は、彼女の純粋な笑顔をより際立たせた。

トクン、と心臓は高鳴り。

世界は、凄まじい勢いで光に満ちた。

そんなの錯覚だろう、と笑われるかもしれないが、

それでも幼かった僕は、真剣に天使が舞い降りたと、確信した。

38: 2010/11/29(月) 23:55:48.39 ID:tcEitCij0
「ほら、ステイル。貴方は英国紳士を目指すのでしょう?」

だから、がんばりなさい、と裏側に隠される神裂の励まし。

期待半分、不安半分といった微妙な面持ちで、己の天使だと確信した少女と目線が交わる。

視線と視線がぶつかり交わり、一つなった瞬間だった。

「ぼ、くは……ステイル。ステイル=マグヌス、だよ」

「そっか!」

戸惑いながらも自分の名を口にした僕に、彼女は大輪のような笑顔を向けて、

「私の名前はね、インデックスっていうんだよ!?」

そう、教えてくれた。

40: 2010/11/30(火) 00:04:44.32 ID:LRTmvToM0
■■■

出会いから時がたち、倫敦ではじまった彼女との鬼ごっこからも時がたち、

彼女が僕が住まう地から、遙か遠い機械に埋もれた街で過ごすようになる未来の話しだが。

否応なく出会ってしまった男が、ふとこぼした言葉があった。

「科学と魔術が交差するとき、俺の物語がはじまる―――ッ!! って感じだよなぁ、マジで」

確か、そんなふうにオチャラけて話していたような、気がする。

いけ好かない野郎の言葉を模倣するのもなんだが、癪だが、他に表現する言葉も見つからないので、拝借することにする。


「あの時、僕と彼女の視線が交差したとき、僕の物語ははじまった」


……やっぱり、アイツの言葉を借りるのはやめた方がよかったかもしれない。

■■■

41: 2010/11/30(火) 00:17:00.88 ID:LRTmvToM0
■■■

――――夏。

「オマエが禁書目録のお守役に選ばれた理由?」

「はい。なんだが、気になって」

たまたま、その日、僕の所属する『必要悪の教会』のお偉いさんと話す機会があった。

またとないチャンスだったから、少女、インデックスと出会ってから常々感じていた疑問を投げかけた。

どうして、インデックスと共にいる人として、僕が選ばれたのだろうか、という疑問。

「神裂が選ばれた理由はわかります。あの人は、世界に二〇人といない聖人です。
 魔導書図書館としての任務があるインデックスを護衛するには、うってつけの人物です。……でも、僕は」

魔術師としたの勉学には励んでいるけれど、僕はそこらへんにいる魔術師と実力に大差はない。

42: 2010/11/30(火) 00:21:22.83 ID:LRTmvToM0
それなのに、何故。

「大した理由はなきことよ」

英国清教派トップ。最大教主ローラ=スチュアートは口を開いた。

「たいそうな理由は、ない……?」

「必要悪の教会に、インデックスと同年代の子どもはお前しか居らんせん」

それだけのことだけれども、と言いたげな物言いだった。

最近日本語の勉強を始めたとかで、やけに日本語で話しかけてくるのが若干うっとしい。

……変な話し方だなと思っていても、口に出してまで指摘はしないけれど。

「……話し相手に丁度いいってことですか?」

「そうなりたるなぁ。それに、あの子が『ともだちがほしい』と言いたるから」

「ともだち? インデックスが?」

「みたいよのう。ステイル、オマエは心根が優しいからな。故に、インデックスの『ともだち』に相応しいと判断したまで」

上司のローラはひょうひょうとした表情で、僕の疑問に解答した。

43: 2010/11/30(火) 00:31:56.25 ID:LRTmvToM0
出会って少ししてから、インデックスには『記憶ない』ということを知った。

くわしい理由はわからないが、ちょっとした『事件』があり、以前の記憶を失ってしまった。

「思いだせないから、別に辛いとかはないんだけどね」

屈託のない笑顔で、小さな双肩に背負う重荷を隠す。

「そう、ですか。それでは、これから私たちといっぱい『記憶』を作っていきましょう!」

何とも言えない感情を押しやって、神裂がわざと明るい態度で場を盛り上げる。

ぎこちない神裂の笑みに、インデックスはパァァァと輝かせた笑顔を浮かべた。

「うんっ!!!」

力強く、何度も何度も頷いて。

「かおり、ステイル、約束だよ?」

僕たちが、約束を忘れないようにと何度も念押しをする彼女。

44: 2010/11/30(火) 00:36:45.99 ID:LRTmvToM0
そして、先ほどローラと交わした会話が脳裏によぎった。

『ともだちが欲しいと言いたるから』

上司の言葉を思い出し、目の前の少女の笑顔を見て、ごくり、と僕は息をのんだ。

過去を捨てさりなにも持たぬ身の上で、年端のいかぬ子どもが望んだ唯一の願い。

『わたしは、ともだちがほしいな』

――――その時の衝撃は、大きくなった将来でも言葉では言い表せられない。

インデックスは、か弱い女の子だ。

誰かに守られ、その温かみの中で笑顔で生きる権利を持つ、普通の女の子だ。

本来ならば己の不幸を嘆いてもいいだろうに、

彼女はただ『ともだちがほしい』というワガママを言うだけ。

……言葉に言い表せる事なぞ、できるものか。

信じられないほど純粋で健気な彼女に、僕がますますのめりこんでいったのは言うまでもない。

46: 2010/11/30(火) 00:50:56.38 ID:LRTmvToM0
――――秋。

「インデックスッ!……インデックス、大丈夫ですか!?」

「ふぇええええ、かおり~~~ッ」

この頃になると、僕と神裂とインデックスは、世界中の魔道書を巡る旅にでていた。

必要悪の教会の絶対の庇護がある英国国内とは、無論さまざまな事が異なる。

インデックスを守る用心棒の数だって、彼女の身を狙ってくる輩の数だって、英国での現状とはえらい違いだった。

敵は多角的に大多数。味方は少数だし、神裂という聖人による一点突破がほとんど。

今だって、危険からインデックスの身をすくいだしたのは神裂だった。

47: 2010/11/30(火) 00:53:45.63 ID:LRTmvToM0
「ああ、ああ。こんなに泣いちゃって。さぞかし敵が怖かったのでしょう。助けに来るのが遅れてしまい申し訳ありません……」

「そんなことない! ただ、かおりと、ステイルにもう会えないのかなって思うとすごくこわかっただけ、だから……」

「インデックス……」

「かおりとステイルは怪我ない? 大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。僕も、かおりも怪我はない」

敵のアジトの発見するのが多少遅れたというだけで、

実際の戦闘では聖人という圧倒的パワーをもって敵をのめしたの。

――――僕は、ただ見ているだけだった。

「……強く、なりたい」

いとしいと思ったたった一人を守れる力が、ほしいと心底願った日だった。

48: 2010/11/30(火) 00:56:28.67 ID:LRTmvToM0
あれ、ステイルがかおりって言ってる。間違えた。神裂だよな神裂

50: 2010/11/30(火) 01:02:47.66 ID:LRTmvToM0
既存のルーン文字だけではだめなのだと悟り、

この日の出来事を境に、新しい魔術の構築を試みるようになった。

冬を迎える頃に世界を巡る旅は終り、僕たちは本拠地の英国へと戻ることになった。

あそこには山のように魔術に関する資料があるから、夜な夜な籠って研究しようと心に決めた。

どのような状況でも彼女を守れる力を。

神裂が居なくても、一人きりで彼女を守れる巨大な力を。

(絶対に、てに入れてみせるさ)

固く、心に誓った僕の横顔を、

「? ステイル、なんだか難しそーな顔してるねぇ」

と、インデックスは不思議そうに見つめていた。

51: 2010/11/30(火) 01:10:24.43 ID:LRTmvToM0
■■■

――――冬。

ローラ=スチュアートから呼び出され、彼女に隠された秘密を聞かされる。

「あの子の命を救うには、『一年間』の記憶を消すしかないのよ」

上司の女は申し訳なさそうに、悲しそうにそういった。

……その時は、そう見えたんだ。

女狐の化けの皮はそれほど厚かったんだ、と言っておく。

いや、僕と神裂はあまりにも単純だっただけなのかもしれないが、

――――それだけ、僕と神裂は彼女に関することに、懸命だったんだ。

言訳、がましいけれどね。

54: 2010/11/30(火) 01:18:08.48 ID:LRTmvToM0
「……忘れなきゃ、いけないの……?」

その真実を彼女に伝えなければならないことが、一番の苦痛だった。

「え、…っえ、嘘、だよね?」

目を白黒とさせて、混乱する彼女の姿を見ることが出来なくて、僕は下を向いた。

……新しい魔術はいまだに完成せず、僕は弱いままだった。

「ごめんなさい、インデックス。でも、そうしないと―――貴方の命が」

神裂の涙ながらの訴えを、インデックスは大声で遮断する。

「そんなの、どうでもいい!! 二人のことを忘れるくらいなら、そんなの……っ!」

「インデックス!!」

聞きたい言葉であって、聞きたくない言葉だった。

忘れるくらいならば、いっそ氏ぬ方がましだと言ってのけた彼女の情の深さが嬉しかったが、

大切に思っている人が簡単に己の命を『どうでもいい』と切り捨てることが、悲しかった。

56: 2010/11/30(火) 01:20:49.05 ID:LRTmvToM0
結局、必要悪の教会トップからの命令に逆らうことは、彼女にだって出来なかった。

そうして、倫敦の街並みに雪が降り積もった頃。

インデックスと、神裂と、僕。

三人で過ごす時間とカウントダウンが静かにはじまった。

57: 2010/11/30(火) 01:27:31.10 ID:LRTmvToM0
■■■

――――春。

「かおりー。わたし、『おまんじゅう』が食べたーい」

「駄目です。さきほどお昼を駄目だばかりでしょう」

「えー」

「えーじゃないよ、インデックス。最近『太ったー』って騒いでいたのは何処の誰だったかな?」

「ムキーーー! ステイルの意地悪ーーー!!」

「いや、僕はただ真実を言ったまでで……」

「いいえ。今のはステイルが悪いですね」

「だよね! かおりもステイルが意地悪だって思うよね!」

58: 2010/11/30(火) 01:28:53.78 ID:LRTmvToM0
「ちょ、何で神裂まで僕を悪役に―――」

「女性に体重の話題を振るほうが失礼ですよ。ねー?」

「ねー!」

「……ああ、そうかい」


僕たちは、あんがいすんなりと過ぎいく時間に身を任せていた。

その日その日を過ごした。

時にはけんかをして、時には笑いあって。

当たり前のことを当たり前のようにして、終りの日までいつもと変わらない日常を、繰り返した。


唯一行った特別なことと言えば。

三人で撮った写真くらいなものだった。

61: 2010/11/30(火) 01:33:36.79 ID:LRTmvToM0
「ステイル」

インデックスが、歌うように僕の名を紡ぐ。

「かおり」

インデックスが、囁くように神裂の名を紡ぐ。

「なんですか?」

「なんだい?」

僕たちが声を揃えて彼女に尋ねると、彼女は満面の笑みで、言ってくれる

「大好きだよっ!!」

彼女の太陽に似た……いや、実際に僕と神裂にとって彼女の笑顔は太陽だった。

その笑顔を向けられて、僕らも彼女につられるように笑って、返答する。

「私も、だいすきですよ」

「僕もだよ、インデックス」

神裂は率直に『だいすきだ』と返すのに、僕は同意するだけ。

それが、いつもの決まった僕らのやりとりだった。

62: 2010/11/30(火) 01:36:46.54 ID:LRTmvToM0
■■■

後にも先にも、僕には彼女に伝えられなかった言葉がある。

何度もいうチャンスはあったはずなのに、意地やプライドが邪魔をして、言えなかった。

もしも、あの時に戻れるとしたならば、迷わずに言うのに。

後悔はいつも先に立ってくれやしない。

「だいすきだよ、インデックス」

素直に、言えば良かったと。何度も女々しく後悔するのが、僕という人間なのかもしれない。

■■■

63: 2010/11/30(火) 01:40:00.02 ID:LRTmvToM0
■■■

―――――そして、再び初夏。

忘れることを受容したつもりだった。

忘れ去られることを受容したつもりだった。

三人とも、覚悟を決めていたはずだった。

――――けれど、

泣きながら眠りに着いた彼女は

「……わすれたくないよぉ」

という一言を残して、――――『消えた』

64: 2010/11/30(火) 01:45:22.35 ID:LRTmvToM0
そうして、僕ら改めて誓いをたてることになる。

神裂は「魔法名」を名乗らない誓いを。

泣いて眠りに着いた己に、壮大な魔法名を名乗ることは許されない、と顔を暗くした。

神裂とは反対に、僕は正式に魔法名を名乗る誓いをたてた。

『我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)』

たとえ、彼女にその名が届くことはなくても。

彼女を陰ながら守る理由を、証明しつづけていたかった。

『君が全てを忘れても、僕は君のために生きて氏ぬ』

という、決意を揺るがないものにするためにも、僕は魔法名を名乗ることを選択した。


65: 2010/11/30(火) 01:49:19.16 ID:LRTmvToM0
■■■

記憶を失うのは怖いだろう。

全てを無くすのは痛いだろう。

君が感じるそれらを、僕が変りに背負うことは出来ない。

だから、せめて。僕が君を『殺そう』

出来るだけ、安らかに、安全な場所で、安全な方法で。

君を、殺そう。

■■■

66: 2010/11/30(火) 01:54:36.54 ID:LRTmvToM0
「まったく、なんという様ですか。これは」

「……すまない。意外と彼女もやり手になっていたみたいでね」

「――彼女は魔道書図書館です。可憐な容姿に気取られないでください」

「あの子の実力を侮ってなどいないよ」

「……ならば、なぜ、『魔女狩りの王』を体得した貴方が、あの子をみすみす逃すことになったのですか!?」

「僕の実力が、まだ追いついていなかったというころだろう。謝罪するよ」

「まあ今はいいんです。終ったことは、今は次どう動くべきかを考えましょう」

「そうだね。しかし、学園都市に逃げられるとは思ってもみなかった」

「―――逃げる立場で考えるなら善良な一手ですけれどね」

「まあね」

「最大主教が学園都市側の責任者と交渉してくれています」

「終り次第極東の国まで出張決定ってところかい?」

「ええ、そうです」

67: 2010/11/30(火) 02:03:43.93 ID:LRTmvToM0
「日本、ねぇ。神裂、君は平気なのか? その国に訪れて」

「―――なんのことですか?」

「いや別に。ただ、必要悪の教会のに来る前に、日本で色々あったらしいと耳にしたからね」

「何を聞いたかは知りませんが心配には及びません」

「そうなのかい? それなら、僕としては構わないけどもね」

「……あの子のためならば、自分のことなんて二の次ですよ」

「―――そうか。君はいつまでたっても変らないな、神裂」

「貴方に言われたくはありません」

「それは失敬したね」

69: 2010/11/30(火) 02:13:04.34 ID:LRTmvToM0
互いの中での最優先事項は、あの少女だという暗黙の理解。

ローラ=スチュアートからの命令を、野外で待っている。

倫敦の夜は夏だとういうのに寒く、頬が僅かに痛くなる。

彼女と鬼ごっこをした日と同じように、今宵も月は見えない。

「月は見えなくてもいいんですよね、我らの道筋はすでに決まっているのですから」

やはり神裂も女性なのだな、と僕は思った。

めずらしく、誌的な言葉を言いたくなったのだろう。高鳴る感情を抑えるために。

僕はただ「そうだね」とだけ返した。

71: 2010/11/30(火) 02:21:08.85 ID:LRTmvToM0
七月中旬。

僕は月のない夜更けに倫敦の街に居た。

月明りのない闇の世界は、視界を真っ黒に染め上げるが、さして恐怖は感じない。

暗闇の道筋を示すのが月と言うならば、すでに、僕の……僕たちの中には確固たる月が居るのだから。

月のさす方向へ、銀糸の輝きを放つ月が逃げていく方向へ、迷わず突き進む。



「僕が、必ず『頃して』あげるよ、インデックス」



それが君を救う唯一の手だてなのだから、僕は迷わす君の敵となる。

72: 2010/11/30(火) 02:22:38.31 ID:LRTmvToM0
終り

最初の二人のやりとりで力尽きた感が拭えない。
正直すまんかった

74: 2010/11/30(火) 02:30:04.44 ID:kzf8Sw600

引用: インデックス「ねぇ。…貴方、誰?」ステイル「……ぼ、くは」