1: 2009/04/04(土) 12:16:09.79 ID:IyxGLHD50
のり「じゃあJUMくん・・・学校、行ってくるね」

JUM「・・・・・・」

がちゃっ

・・・・やれやれ、また一日が始まる。
今日もまた一日中暇だな。やることなんか全然無いし。
人形師
8: 2009/04/04(土) 12:21:03.28 ID:IyxGLHD50
学校に行くのを止めてから幾年月、あと何ヶ月かしたらめでたく一周年を迎えることになる。
毎日暇そうでうらやましい、なんて言われそうだけどそうでもない。
学校へ行かなくなってから今日まで、今日のように得にすることもない暇な毎日がだらだらと続いていただけだった。
実に時間の無駄だと思う。実に。
最初の頃は毎日朝から晩までパソコンばっかりしていた時期もあったけど、すぐに飽きてしまった。
元々飽き性な僕にはパソコンは難しくて慣れなかったし、面白いサイトを見つけられなかったことも、また要因の一つだった。

9: 2009/04/04(土) 12:25:07.01 ID:IyxGLHD50
終わってくれってか・・・
俺のためにしばらく我慢してくれ・・・

テレビも毎日似たようなものばかりやってて見飽きたし、ゲームもしなければマンガも読まない。
友達がいないから、誰かと一緒にどこかに遊びに行くことも無い。
料理をしなければ、何か作ってやろうという創作活動にもてんで興味がない。
同年代の連中が興じているだろう、野球やサッカーとかのスポーツも僕には向いてないと小学校より以前に悟った。
それ以来、授業以外でボールに触れなかった。
暇だけは売るほどある。だけど趣味ややることはそれ以上に無い。

詰まる所、僕、桜田ジュンは猛烈に暇だった訳だ。
ここのところ毎日、リビングのソファーに寝転がっているだけだ。そうやって時間を昼までつぶす。


今日も今日とて、姉ちゃんを送り出してからずっとソファーで寝ていた。

10: 2009/04/04(土) 12:29:58.42 ID:IyxGLHD50
テレビも点けず何もせずに、ただただ天井を見続けて耳を澄ませ、時間が経つことだけを待つ。
静かな、ある12月の午前9時46分だった。雲のぶつかる音だって頑張れば聞こえそうだった。
やる気はない。動く気もない。けど眠気もない。何だか酷く嫌な気分だった。
昼までだったら寝てしまってもいいぐらい時間があるのに身体がそれを許さない。
引きこもってから生活リズムが前よりも良くなった影響なのだろうか、僕は昼間は絶対に眠ることの出来ない身体になってしまった。
学校へ行っていた頃は授業中や休み時間に寝ることが出来た。予習や課題のせいでよく夜遅くまで起きていたからだ。
それが無くなってからはこんな感じに、寝たくても昼間は絶対寝れない。そのくせ、身体は以前以上に重くてだるかった。
まるで心と身体が離れているみたいだと、いつも思っていた。心の僕と身体の僕とがどこかでずれているのだ。
何よりの証拠に、今心の僕がこれだけ睡眠を求めてるのに、身体の僕が寝させてくれない。

14: 2009/04/04(土) 12:32:22.84 ID:IyxGLHD50
掛け時計を見る。まだ10時。
はぁ、と溜め息を吐いた。
いい加減、暇つぶしの思索のネタも切れてしまった。

しょうがないから洗濯物でも干して時間を潰そう。
洗濯機の中から洗濯物の塊をかごに移して庭に出る。
12月にしてはいい天気だった。おそらくこれが太陽の今年最後の精一杯の仕事になるだろう。
予報では今日は一日快晴なんだそうだ。

全ての洗濯物を干し終わった後、しばらく考えて、今日は少し早めに出ることにした。
弁当箱を取りにリビングへ戻る。

17: 2009/04/04(土) 12:35:55.07 ID:IyxGLHD50
お前ら本当に・・・

いつもより少し早く公園に着いた。
何の取りとめも特徴もない、日本全国どこにでもあるような公園だ。
平日の真昼間だからだろう、僕以外に誰もいなかった。
姉ちゃんが作ってくれた弁当箱を地面に置いて、ベンチにごろん、と横になる。
学校に行ってない訳だから弁当はいらないんだけど、それがもうすぐ一年になろうという今までずっと、
姉ちゃんは律儀に毎朝僕の弁当を作っていた。

太陽が眩しい。手で遮る。
ひゅう、と短い風が右手を撫でる。すぐに手をポケットに突っ込む。
今日はもう帰ろうか…。
むくりと起き上がってみると、僕が気付いてないだけでそいつはとっくに来ていたようだった。

19: 2009/04/04(土) 12:38:09.66 ID:IyxGLHD50
それは犬だった。
何となく今日は公園で食べてみようか、と思ったのがいつだったかはとっくに忘れたけど、この全身マーブルの雑種の仔犬と出合ったのはそれがきっかけだった。
それからは昼はこの公園で分け合って食べることにしている。
貴重な暇つぶしの種だった、
もう一度座って弁当箱の包みを解く。蓋を開ける。
相変わらず彩色や栄養に偏りがない様にと気を使った、綺麗な弁当だった。

箸でコーンを摘み、仔犬にやる。玉子焼きに魚にご飯。
犬にやって良い物と悪い物の違いは正直分からないけど、欲しがってるならくれてやろう。
これもこれもこれもこれも…。

23: 2009/04/04(土) 12:41:11.70 ID:IyxGLHD50
あっという間に空になった。
このマーブル犬も少しは腹の足しになった、なんて思ってくれたら姉ちゃんも作ったかいがあったってものだろう。
マーブル犬は食事が終わるといつもすぐに帰って行く。
僕も弁当箱をもう一度包み、いつもの様に帰ろうとしたけど、足を止める。
どうせ帰っても、今日もまた何もすることはない。ただ天井を眺めて今日が終わるのを待つだけだ。
振り返ってマーブル犬を見る。もう公園を出ようとしていた。


マーブル犬をつけてみることにした。

26: 2009/04/04(土) 12:44:43.41 ID:IyxGLHD50


意外に公園から近いところにマーブル犬の実家はあった。
昔ながらの日本家屋と言えば伝わるだろうか、まさしくそれは昭和の家だった。
全体的にごつごつしている家。
色で例えたら何色かと聞かれたら、これは茶色の家。
どんな匂いが似合いそうかと聞かれたら、これは緑茶というか、いや、畳の持つあの独特な匂い、と言わせる家。
分かりにくくて悪いけど、そんな家だった。
首輪があっても紐も飼い主もいなかったから野良だと思ってたけど、飼い犬だったのか。
だとしたらマーブル犬の飼い主は相当モラルってやつが欠如している。
今時分犬をノーリードで町で放し飼いなんて、海の向こうでもやってる奴はいないだろう。
これでは保健所に拉致されても文句は言えない。

マーブル犬が入っていった庭の方を覗いてみる。飼い主に見つかると面倒くさいことになりそうだからあくまでこっそりと。

28: 2009/04/04(土) 12:50:29.69 ID:IyxGLHD50
こっそり覗くと、マーブル犬は開け放された庭に面した木製のガラス戸をくぐって家の中に入っているところだった。
放し飼いの上に座敷犬だなんて、ずいぶん放任主義な家だな。もしかして犬を猫か何かと勘違いしてるんじゃないのか?
まぁいい、少しぐらいは暇潰しになったし帰ろう…。そんな時だ。
こういう時に降るのが実に似合う、間の悪い雨だった。

空を見上げると、鼠色の雨雲がいつの間にか空を侵略しきっていた。
おいおい…今日一日は大丈夫なんじゃないのかよ。
本降りになってきた。
インターホンを押して、この家の主の在宅を確認する。
しばらく待つ…。物音一つしない。
いないなら安心だ、玄関の軒下で雨宿りさせてもらうことにした。

29: 2009/04/04(土) 12:53:20.78 ID:IyxGLHD50
寒い寒い・・・。雨の勢いは強く、軒下にいようともガンガン当たってくる。
つま先と指先から冷気が体内に侵入してくるようだった。体温を奪われまいと、身体を両手で抱きしめる。息が白い。

水溜りがいくつも出来、随分降った頃だろう。
戸を、何か硬いもので叩く音がした。
そして声。

「・・・誰かそこにいるの?」

女の声だ。
びくっとして振り向く。
戸に影があった。暗くてよく分からないけど、とにかく人の影だ。
留守だったんじゃないのか?
驚いて何も返事を返せない。
しばらくしてもう一度聞いてきた。

「誰かいるの?」

31: 2009/04/04(土) 12:56:24.32 ID:IyxGLHD50
JUM「あ……い、います」

何とかそれだけの言葉を紡ぐ。寒さでうまくろれつが回らない。

JUM「えーと…すみません、勝手に軒下を借りて…雨宿りさせてもらってます」

「あ、待って」

迷惑だろう、そう思ってすぐに出ようとした僕を声が引きとめた。

「ひ、ひどい雨よ…軒下だなんて言わずに、家の中で雨宿りしていけばいいわ」

JUM「い、いいんですか?」

「……ち、ちょっと待っててね」

その声の主は、僕を軒下に残して戸に映った影と一緒にどこかへと消えた。
そのことを少し疑問に思ったが、寒さと全身の震えがそれを掻き乱した。

33: 2009/04/04(土) 13:02:11.49 ID:IyxGLHD50


「ごめんなさい…待たせたわね」

しばらくしてからまた声がした。
忘れられていた訳ではなかったらしい。

「悪いけど庭の方から入って頂戴…鍵が開けられないの」

どうやら鍵が壊れてるらしい。
軽く礼を言って、屋根の下を歩きながらさっきの庭へ回る。
ガラス戸から家に上がると、中も予想通りの日本家屋だった。
一面の畳に木製の背の低いテーブル、そして座布団。
そしてそんな和室に明らかに不釣合いな真っ赤な洋服、いや、これはドレスというのだろうか。
テレビやマンガの中でしか見たことがない不思議な服をを着た少女が、ポットから急須にお湯を注いでいた。

「……いらっしゃい」

JUM「……えーと、お邪魔します」

35: 2009/04/04(土) 13:05:38.07 ID:IyxGLHD50
少女に言われて座布団に座る。
「いらっしゃい」の一言を、直で聞くまで信じられなかった。
声を聞く限りでは随分大人びた印象だったのに、こんな小さい子だったのか。
用意してくれていたバスタオルで髪を拭く。寒さばかりは拭えないけど、有難かった。

JUM「……」

ちゃんと礼を言うべきなんだろうけど、どう言えばいいのか分からない。
こんな子供とどうやって話せばいいのか分からないし、そもそも敬語を使うべきかどうかの問題もある。
おまけに女の子だろ?話す以前に顔だってまともに見れなかった。
だから終始無言で、ただただ身体をバスタオルで拭くしかなかった。

「ごめんなさい・・・着替えを出せたら良かったのに」

41: 2009/04/04(土) 13:09:16.96 ID:IyxGLHD50
男物の服がないの、と言いながら湯気がゆったりと立ち上る湯のみを寄越してくれた。

JUM「い、いや…」

顔を合わせないように俯いてそれを受け取る。
温かい。指先の固まった神経がゆっくりと解きほぐされるようだ。
明かりの全くない海の底の様な和室で、少女と2人、雨音とポットの湯を沸かす音を聞きながらお茶を飲んだ。
久しぶりに飲む、それは玄米茶だった。
しばらく雨音を聞いていた。

「貴方…驚かないの?」

特にすることもないから、と飲み続けていたお茶の5杯目の底が見える頃になって、彼女はテーブルの端から僕に聞いた。

JUM「んぐっ……え?」

「……驚かないの?って聞いたのよ 私にね」

JUM「…君に?」

43: 2009/04/04(土) 13:13:39.70 ID:IyxGLHD50


「不思議じゃないかしら?…人形が勝手におしゃべりしてるのよ?」

JUM「……人形?」

全く見てなかったから分からなかった。
顔を上げてよくよく見てみると、彼女は確かに人形だった。どこがどうだから人形だ、なんてことじゃない。
腕からなりから顔から髪の一本から何まで、どういえばいいのか分からないが、その『完璧さ』とでも言うのだろうか、それが僕に言う。
僕ごときが難癖をつける隙など全くない均整のとれた顔立ちから何まで、彼女が人形であると語っているのだ。

「……やっぱり驚かないのね 私が怖くないの?」

テーブルに両腕を立てあごを乗せて、不思議そうな顔で聞いてくる。
怖い、か…。
不思議と、もろに怪奇現象と遭遇しているのに、人形だと言われる前よりも落ち着いている僕だった。
理由はあった。

45: 2009/04/04(土) 13:15:42.62 ID:IyxGLHD50
JUM「……むしろ僕は、人間の方が怖いからな」

「人間の方が貴方には怖いの?」

JUM「…まぁな」

「不思議な人間ね…」

どうかな、と言った。ただの変な人間の間違いだ。
世の中から、社会の枠組みから、人生の大きな流れからあぶれた、人間嫌いの、ただの変な人間。

JUM「君は…この家に住んでるのか?」

今度は僕が質問してみることにした。

50: 2009/04/04(土) 13:19:47.43 ID:IyxGLHD50
「……今はね」

「ここでこの子の面倒をここで見てるのよ」

眠そうに、畳にあごを置いているマーブル犬を見ながら彼女は言った。
人間の家で雑種の和犬の世話を焼く、歩いて、おまけに口もきく西洋人形・・・。
そんな彼女がマーブル犬に甲斐甲斐しく餌をやってるところを想像してみると、どうにもそれはシュールな画だった。

JUM「ぷ…くっ…くくく…」

「…え?」

JUM「くく…ぷくくく…」

「え、え?何が可笑しいの?!」

何か私、変なことでもしたのかしら、と顔を真っ赤にして慌てふためく彼女。
駄目だ…それ見てると何か…くくく…。

53: 2009/04/04(土) 13:23:04.24 ID:IyxGLHD50

「ああああ!もうやめなさい!貴方、さっきから一体私の何が可笑しいのよ!」

掴みかからんばかりに、いや、小さなその手で僕の胸倉を掴みかかって聞いてきた。

JUM「ちょちょっと待て!会ってまだ数分の人間に向かって暴力は駄目だろ!」

あ、と手を離す。

「…ご…ごめんなさい…」

JUM「い、いや僕の方こそ突然笑い出したりして…」

何だ、急に態度が変わった…?
それから彼女はしばらく何事か考えているのか、ぶつぶつと呟いていた。
よく分からない人形だ。
和室に、いまだに止まないけど、少しずつ弱まってきた雨音と少女の言葉の切れ端が流れる。
六杯目を飲もうかと急須に手を伸ばした時、何かが彼女の中で決まったらしい。

55: 2009/04/04(土) 13:27:16.42 ID:IyxGLHD50
「えーと…貴方、何で家に来たのかしら?」

髪を直して、何だかやけに紳士に、そして礼儀正しく聞いてきた。

JUM「…何でも何も、君が上がらせてくれたんだろ」

「そ、そういえばそうね…じゃ、じゃあ…」

じゃあ、とだけ言って言葉が続かずに、またうんうんと何か考え始めた。
どうやらこいつは僕と会話をしたがってるらしい。
相当に物好きな人形だ。
もしかして、何を切り口にして会話を始めようかとかさっきも考えていたのか…。

JUM「……この辺まで来たのは、そこのマーブル犬をつけてきたからだよ」

57: 2009/04/04(土) 13:31:03.63 ID:IyxGLHD50
「マ、マーブル…?何でまたそんなことを…」

最もな疑問だ。

JUM「暇だったからだよ」

最もな理由だった。と思う。

「…人間は暇だと犬のあとをつけるものなの?」

JUM「いや、たぶんそんなことするのは僕ぐらいだ」

変なものを見るような顔で僕を見てくる。

「……不思議じゃなくて…貴方は変な人間なのね」

JUM「…自覚してるんだからわざわざ言うなよ……」

ごめんなさいね、と言い、彼女はくすくす、と静かに笑い出した。
手で押さえた口元からこぼれる笑い声は、馬鹿にしているような気分が悪くなるものではなく、
聞いている僕もつられて笑わせるような、優しい響きだった。

それを邪魔するのはひどく無粋な気がしたので、お茶でも飲んで笑い終わるのを待つことにした。
湯のみを口に運ぶと、湯気が顔を撫でた。

62: 2009/04/04(土) 13:35:13.28 ID:IyxGLHD50
JUM「雨が止んだか…」

一体、今は何時なんだろう。
人形の笑い声が止んでからしばらく黙々とお茶を飲み続けて、時間をふと気にした頃になってから、雨音が随分しないことに気付いた。
止んだなら帰るか。

JUM「……ありがとうな 雨宿りさせてもらって」

「お礼なんていいわ…大したおもてなしもしてないし……」

JUM「じゃあな もう会うこともないと思うけど」

「……そうね……さようなら」

がららら

63: 2009/04/04(土) 13:39:41.52 ID:IyxGLHD50


まるで冷蔵庫の中だった。雪が降らずに何で雨なんだろう…。
見上げてみると、さっきは一面灰色のカーペットだった空にぽっかりと穴が開いていた。
月がそこから僕を覗いていた。
結構長居してしまったんだな。不思議と身体は冷えてなかった。
何だか不思議な気分でもあった。

じゃり、と砂を踏む音で振り返る。
例のマーブル犬だった。

JUM「見送ってくれるのか?」

そいつはさっきの軒下に座って僕を見るだけだった。
ただ僕を見るだけで何も言わない。人形が口をきくんだ、犬にも無理な話じゃないと思ったんだけど、どうやら違ったらしい。
でもそう思わせるほど、何か言いたげ、とでも言うのか、そんな顔をしていた気がした。
犬の顔に人間と同じ表情筋があれば、の話なんだけど。



帰ることにした。

80: 2009/04/04(土) 14:27:19.23 ID:IyxGLHD50

JUM「なぁ姉ちゃん 公園の傍の…変な家のこと、何か知ってるか?」

のり「変な家…?」

JUM「何か変な噂がある家とか…知らないならいいよ別に……寝る」

のり「あ、あ!ちょっと待ってJUMくんっ!たぶん何か聞いたことあるよそれ!」

だからもう少しお喋りしよ、と二階に行こうとする僕を半泣きで引き止める。
鬱陶しい…。こいつの涙腺は相変わらず脆い。

JUM「つまんなかったらすぐ寝るからな…」

のり「うぅ…えっとね……友達と、近所の人から聞いた話なんだけどね……たぶん、その家の話だと思うの…」

84: 2009/04/04(土) 14:39:09.70 ID:IyxGLHD50
何でも最近、その家に住んでいたお婆さんが病院に運ばれたらしい。
身寄りも親戚もなくて病気がちだったそのお婆さんは近所から心配されていたが、そのお婆さんは随分気が荒い人で
近所の助けやヘルパーなどを全く頼らなかったらしい。
今は病院で入院してるらしいが、その前のことが噂となってるのだそうだ。
お婆さんが倒れたと、隣の家のインターホンから教えてくれた少女がいたらしい。
どんな少女だったかはその家の人が出てきてみれば誰もいず、結局分からなかったらしいが、実際にお婆さんは倒れていたのだそうだ。
それから、空き家になったその家に座敷童が出るとかいう噂が立ったらしい。
何でも、誰もいないはずの家からよく物音がするらしい。
どこかの子供のいたずらかと隣家の人が行ってみればいつも誰もいない。
いるのはどこかから住み着いた野良犬だけらしい。
それでも何度も物音がするので、誰かが夜中にその家へ行ったらしい。

89: 2009/04/04(土) 14:48:36.60 ID:IyxGLHD50


で、その人がこっそり覗いて見ると人形が歩き回ってるのを見て、座敷童子が出るとか何とかって話に発展したんだそうだ。
以来誰も怖がってその家に近寄ろうとはしないが、随分経った今でもに無人の家からの物音だけは時折聞こえるらしい。


のり「確か…こんな感じ・・・だったかな?結構端折ったけど…」

JUM「……………」

のり「でも、何で急にそんなこと聞き」

JUM「おやすみ」

バタン

のり「うぅぅ…JUMくん……」

92: 2009/04/04(土) 14:59:37.44 ID:IyxGLHD50
ベッドに寝転んで天井の一点を見つめる。

昼間見たあの人形。
座敷童子と呼ばれたあいつは今でもあの家にいるんだろうか。
どこにも行かずに、どこにも…行けずに。
ずっと一人と一匹で、あの寒く、暗い家でずっとずっと。

誰も寄り付かない代わりに誰も来てくれないというのはどんなもんだろう。
寂しい…寂しかったのだろうか。
いつ帰ってくるかも分からない人をずっと待ち続ける、あいつは寂しかったんだろうか。
だからあいつは偶然雨宿りしていた僕を家に上がらせて、一緒に話そうとしたんだろうか。
………。

笑った時のあいつの顔を思い出した。

93: 2009/04/04(土) 15:07:00.01 ID:IyxGLHD50



次の日、昼ごろにまたあの家に行ってみることにした。
一晩経ってもどうしても忘れられなかったのだ。
昨日の礼をするつもりだったので、適当に家にあった食べ物を持って来た。
 
玄関まで来て、あのマーブル犬が軒下で座ってるのを見つけた。

JUM「……よぉ」

待っていてくれてたのだろうか、そいつは僕が来るとしっぽを振って見せた。
今までどれだけ餌をやっても全く振らなかったのに…。
そいつが庭へ行くのをついて行くと、昨日の人形が洗濯物を干している所に出くわした。

97: 2009/04/04(土) 15:13:14.75 ID:IyxGLHD50
「あ、貴方……また来たの?」

随分驚いた顔をして見せた。
手に持っていたバスタオルを落として、それにも驚く。

JUM「昨日の……礼にな ちゃんとしたこと言えなかったから」

「ちょちょちょっと待ってて!何か用意するから!」

洗濯物を置いたまま、慌てて家に飛び込む人形をマーブル犬が見ていた。
あくびを一つすると、そいつはどこか、玄関の方へ歩いていった。
僕を案内、してくれたんだろうな。

人形が呼ぶので家に上がらせてもらった。

99: 2009/04/04(土) 15:23:10.31 ID:IyxGLHD50

「ご、ごめんなさい……この家…ロクな物が無くて…」

木製の容器に入れたせんべいを、昨日の玄米茶と一緒に用意してくれた。

JUM「い…いやこっちこそ……何の連絡も無しに来て…」

ただ礼を言いに来ただけなのに何でこんなに申し訳ない気持ちにさせられるんだろう…。
心底申し訳なさそうにして俯いている、この真っ赤な人形がたまらなく可哀相に思えた。
空気を換えようと思って。

JUM「えーと…お礼と言っては何だけど…」

片っ端から集めた家中の食べ物の選りすぐりたちをビニール袋ごと渡した。

102: 2009/04/04(土) 15:32:15.20 ID:IyxGLHD50
「え、けけ結構よそんなの…受け取れないわ!」

JUM「それじゃあ僕の気が済まないんだよ…いらないなら後であの犬にでもやってくれていいから貰うだけ貰ってくれ」

「いいのよ……お礼とかほんと…そういう事は……ほんと…」

人形は俯いて、否定の意思だけ伝える。
受け取る気は無いらしい。どうにもこいつも頑固な口のようだ。

ならどうする……。袋の中から透けて見えたじゃがいもを見ながら考える……。
じゃがいも…にんじん…何でこんなの持ってきたんだ僕は……。
………そうだ。

JUM「あのさ……お前、料理とか出来るか?」

「……料理?」

訳が分からない、って顔だ。

106: 2009/04/04(土) 15:38:44.88 ID:IyxGLHD50
「一応…作れるけど……」

JUM「カレーは?」

「基本的なカレーだったら…まぁ…」

JUM「お前…昼ご飯、もう済ませたか?」

「まだだけど…」

なら大丈夫だな。お願いすることにした。

JUM「僕もまだ昼ごはん食べてないんだよ で、ここにじゃがいもやらにんじんやら、都合よく揃ってるだろ?」

「えぇ、そうみたいね……え?」

JUM「足りない材料とかあったら家から持ってくるからさ…僕にカレーを作ってくれないか?」

「カレーを?」

JUM「そうだ これを貰ってくれないって言うならせめてご馳走でもしてくれよ で、一緒に食べよう」

109: 2009/04/04(土) 15:47:11.46 ID:IyxGLHD50


「そんな…私なんかが作ったのじゃ貴方に悪いわ……」

JUM「悪くない」

「どこかのお店で食べてきた方が…」
 
JUM「お前のカレーが食べてみたいんだよ」

「わ、私…実はとってもお料理下手で…」

JUM「構わない」

まだ何か言おうとうんうん考えてる人形にもう一度頼む。
目を見て、まっすぐ、真剣に。

JUM「頼むよ こんなに頼んでるんだ どんなカレーだって文句は言わない」

「そ…そんなの…」

目をすぐに逸らしてそう答える。
どうしたもんか…まだ何か足りないのか…?

JUM「あのな…そんなに渋るんだったら僕もう帰るぞ?」

114: 2009/04/04(土) 16:02:06.33 ID:IyxGLHD50
これは効果があったようだ。
すぐに顔に表れる。
人形が腕を掴む。

「わ、分かったわ!すぐに作ってあげるから!」

だから…だからもう少しだけ…、そうも人形は、僕の腕を抱きしめながら呟く。
腕を掴まれたまま動けない。
だけど、しばらく人形が掴んだ手を離れさせることが出来なかった。
カチ、カチ、と別の部屋の時計の針の音まで聞こえてくる。

やはり、こいつは寂しかったのだ。

JUM「えーと…」

こういうときは何と言えばいいんだろう。
昨日と変わって今日は静かで、ガラス戸から日が射し込む和室で考えてみた。
今まで女の子とこういうことになったことがなかったからな…ましてや人形だぞ。
もっとこういうことを勉強すべきだな…。

「………」

人形も何も言わずに、ただぎゅっと、腕を抱きしめるだけだった。
まるで、湯たんぽか何かを抱きしめる子供のようだ。

117: 2009/04/04(土) 16:12:01.58 ID:IyxGLHD50


「ご…ごめんなさい……迷惑だったわね…」

しばらくしてから、顔を見せないようにしながら人形は腕を解いた。

「カレー、だったわね…本当に私が作ったのでいいのかしら…」

あぁ、と言う。僕も顔を見せたくなかったから自然と言葉が少なくなる。
二人きりの和室で、二人とも互いに顔を見せないように、それでいて離れないようにカレーの話をする。
人から見たらどんな風に見られるんだろうな。
そのまましばらく、無言でいた。
何となく気まずい空気だったが、台詞が全く浮かばないのだ。
どうすればいい…。



カチカチ、と窓を叩く音で二人同時に振り向いてみると、マーブル犬がガラス戸の向こうにいた。

118: 2009/04/04(土) 16:20:52.26 ID:IyxGLHD50
「あっかか帰ってきたのね!入るのだわ!」

人形がガラス戸に飛びついてマーブル犬を入れてやる。
良い感じに空気が変わった。いや、こいつが変えてくれたのだ。

JUM「……」

マーブル犬の頭を撫でてやる。
これが初めてなんだが…どうやらこいつも悪い気はしないみたいだ。

「じゃ、じゃあさっそく足らない材料を調べてみるわね…」

ごろごろ、とビニール袋の中身を並べ始める。
にんじん・たまねぎ・じゃがいも・チョコ・味噌・ポッキー…。僕は一体何を考えて用意したんだろう…。
量が量なのでしばらく作業続くようだ。
手伝うと邪魔をしそうだからお茶でも飲んで待っていることにした。

121: 2009/04/04(土) 16:30:04.90 ID:IyxGLHD50


「大体要るべき物はあったわ…」

あとはやっぱり、肝心のお肉とカレー粉ね。

JUM「よし、じゃあちょっと待っててくれよ」

庭に降りる。
玄関の方に行くと、またあの犬だ。

JUM「一緒に行く・・・ってか」

尻尾を振っている。
どうやらこいつもその気で待っていたらしい。


126: 2009/04/04(土) 17:03:28.39 ID:IyxGLHD50


「あっお帰りなさい!」

戻ってみると玄関の前で人形が待っていてくれた。
お帰りなさい・・・?

JUM「た、ただいま…」

「もう十二時になっちゃったわ 早く用意しないとね」

急かす人形と一緒に家に入る。
あれ、あいつはどうした?
マーブル犬を探してみると、またもやどこかへと行ったらしい。
……もしかして犬のくせに気でも利かせてくれてるのか?
いや、まさかな。

127: 2009/04/04(土) 17:12:20.97 ID:IyxGLHD50
ドレスは脱がないらしい。
ドレスの上に簡素なエプロンを巻いて料理を始める。
あの背で出来るのかと疑問に思ったけど、その心配は無かった。
コンロ周辺から何まで、足場を大量に設置していた。

JUM「たかだかカレー作るだけで随分手間がかかるな…」

「お料理って何でもそういうものよ?」

包丁をさばきながらそう言う。
実に的が外れているけどな…。

「向こうの方でのんびりしていたらいいのに…見てるだけで何か面白いのかしら」

JUM「少なくとも、僕はな」

何か手伝える訳もないんだけど、何故か一緒に居たかっただけだ。
何故か…?

「物好きね…」

だが、僕が居てこいつも悪い気はしないようだった。
しばらく一緒に話をしながら、カレーが出来るのを待った。
久しぶりに僕の中に感じたのは、とても穏やかな気持ちだった。

128: 2009/04/04(土) 17:22:26.08 ID:IyxGLHD50
「どうかしら…一応作ってみたけど…」

どこかしら、それは不安な顔だった。

JUM「いや、実に美味いことは美味いんだけど…」

味よりも気になることがあった。
どう見ても僕の皿にだけ二皿分はにんじんがあったのだ。

「…気のせいだわ」

JUM「自分で作ったんだったら嫌いなものぐらい食べろよ……」

にんじんが嫌いで、寂しがりで、そして座敷童子と呼ばれていて…。
この人形のことを僕は全くと言っていいほど知らない。
だからこそ、もっとこいつのことが知りたかった。何が好きで何が嫌いで、何が大丈夫で何が駄目なのか。
何所に行きたくて何所に行きたくないのか、何が作れて何が作れないのか。


ふと考える。
人形のそんなこと知って僕はどうしたいんだろう。
知ったところでどうということも無いだろうに。

分からない気持ちだった。
でも、悪い気はしなかった。

129: 2009/04/04(土) 17:32:48.25 ID:IyxGLHD50
「貴方、本は読まないの?」

昼食後、そんなことを聞かれた。

JUM「ああ、読まないな まず目が疲れる」

「……貴方のような歳なら読むべきだわ」

本棚をごそごそ探して、一冊だけ引き抜く。
まぁまぁな薄さをした文庫本だ。

JUM「読めってことか」

「読むべきね」

明らかに年下の、それも女の子に、半ば諭されるように言われて断れる訳が無かった。
ぺら、と何枚かめくってみる。まさしく文字の嵐だ…。

あいつも何か本を抜き出して読み始めたようだった。
しょうがない、読んでみるか。
一文字ずつゆっくりと読んでみる…。

131: 2009/04/04(土) 17:40:46.02 ID:IyxGLHD50
情景に加えて登場人物の心理描写の細かさが脳を混乱させる。
意味が分からない…。今こいつらが何所にいるのかさえ理解できないぞ…。
あいつを見てみるとものすごいペースでページをめくっている。
本棚を見て、もう少しマシな本を探してみる…。
まず厚み、そしてタイトルで何か惹かれるかを基準に目で本の背を撫でる。
…よし、これだ。一冊引き抜く。
タイトルは…こ…読めない。作者は…夏目漱石…聞いたことはあるな。
冒頭からゆっくり読んでいく。
……。
……。
……。
まぁ、さっきの本に比べて意味は分かる。
これでいくか。


外の騒音がゆっくりと消えていく。

133: 2009/04/04(土) 17:52:18.75 ID:IyxGLHD50
「……ふぅ あら?」

……。
……。

「随分熱心に読んでいるようね 良いことだわ」

……。
……。

JUM「何だこの先生って人は…随分うらやましい生活してるじゃないか…」

ようやく一息吐く。この夏目って人は随分巧いんだな…有名な訳だ。
ガラス戸越しに入ってくる夕日を見ると、かなり時間が経っていたらしい。
部屋を見回してみると人形が消えていた。

「あら、休憩中かしら」

かちゃかちゃ、と音を立てて新しい湯のみや急須を持ってきた。

JUM「なかなか…本も良い物なんだな」

そういうと、何て言うだろう、まるで学校の先生が、出来の悪い生徒がたまにした善行を
褒める時にするような、何とも言い表しにくい顔で笑って見せた。
意味は分からないけど馬鹿にはされてないんだな。たぶん。

138: 2009/04/04(土) 18:01:25.41 ID:IyxGLHD50
JUM「じゃあそろそろ帰るか」

「………そう」

JUM「今日はありがとうな じゃあ」

「あ、待って!」

ガラス戸を開けて降りようとすると後ろから呼び止められる。
ん、何か…デジャヴ?

JUM「…まるで昨日と一緒だな」

「え?」

くっくっく、と一人で笑っている僕を見上げる人形の顔はなんともきょとんとしていた。

JUM「悪い悪い…で?」

「あ、あの…貴方が明日も暇か聞きたかったのよ」

JUM「明日か……」

無論年中暇だ。だけど。

JUM「……気が向いたら来るかもな」

口から出たのは別の言葉だった。

141: 2009/04/04(土) 18:11:45.21 ID:IyxGLHD50

少しずつ夜が昇ってきた頃、気付くと例の犬が一緒についてきていた。

JUM「……」

何なんだろう、この犬は。
どう見てもただの雑種の和犬にしか見えない。
本当に恐ろしく気の利く、ただの犬なのか?
じゃあ犬以外の何だよこれは、と聞かれればもうそこからは分からない。
ならこれはやっぱり犬か…。

JUM「お前のおかげなんだよな…あいつと知り合えたのは」

礼の一つもせねばなるまいて。
ちょっと待ってるように言うと、適当に目に付いた店に入る。

157: 2009/04/04(土) 19:34:14.06 ID:IyxGLHD50
がららら…

JUM「ほら…これならお前も食べられるだろ」

どら焼きをちぎって差し出す。
どら焼きなんて小さい頃に食べた以来ご無沙汰だった。
少なくとも他のスナックやらよりは至高の食べ物だ。
犬にも分かるのかな…・こいつなら普通に分かりそうだ。

案の定美味そうに食べてみせる。
成る程こいつはただの犬じゃない。
どら焼きが分かる犬だ。

お礼の意味もどら焼きに込めて、全部くれてやる。

ふー、と息を吐くと、十二月の空気に染まった白いもやが流れた。

163: 2009/04/04(土) 19:50:50.27 ID:IyxGLHD50
JUM「なぁ、僕は一体どうしたいんだろうな」

頭を撫でてやりながら勝手に話す。
人語ぐらいこいつにはきっと普通に通じるんだろう。
もちろん勝手な思い込みなんだけど、とりあえず誰かに聞いて欲しかったのだ。

JUM「分からないんだよ 何が分からないのかもな」

黙々とどら焼きを喰う。
じっとその様子を見てみる。

気くらい平気で利かして見せる犬だ、悩みぐらい聞いてくれてもいいもんだが…。

JUM「それくらい犬に頼るな…ってことか?」

勝手な解釈かな。
そいつの瞳越しに僕を見る。

165: 2009/04/04(土) 20:02:08.31 ID:IyxGLHD50
翌朝、何となく誰かに呼ばれた気がして目を覚ました。
表に出てみると、昨日あの和菓子屋の前で別れたマーブル犬が鎮座していた。

JUM「……あいつに会いに行けってか?」

また何も言わない。
いい加減少しぐらい喋って見せろよな。どうせお前喋れるんだろ?

JUM「ちょっと待ってろ」

軽く身支度をして、食パンを一袋にジャムの瓶を持って行く。
今日は祝日だから姉ちゃんもまだ起きていなかった。
おかげで準備が手早く済んだ。

167: 2009/04/04(土) 20:10:37.04 ID:IyxGLHD50
今日もまたここに来た訳か…。
ガラス戸を開けて入る。

JUM「お邪魔しまーす…」

以外に誰も居なかった。
和室には、見慣れないやけにでかい鞄が一つ転がっているだけでそれ以外に変わったものはない。
まさかこの中にあいつがいる…?いやいや、それはないな。

キッチンのトースターにパンを2枚放り込み、コップを2つ出してコーヒーの準備を勝手にする。
ポットからインスタントコーヒーの入ったコップに湯を注ぐ。
インスタントながらも、コーヒーの香りだ。
とりあえず一息吐く。

「だ…誰…?」

ようやくお出ましか。

JUM「おはよう お邪魔してるぞ」

びっくりしている。無理も無いな。
とりあえずコーヒーを勧める。

170: 2009/04/04(土) 20:18:22.47 ID:IyxGLHD50
「貴方…何でこんな朝早く来たの…?」

JUM「何でもいいよ ほら、とりあえず食べろ」

開いた口にパンを入れてやる。

「ふがっ」

パンを一口食べるとそれだけで落ち着いたらしい。
こいつも席に着く。

「………」

何か不安そうな目で、上目に僕を見てくる。
さくっと気持ちのいい音を立てて食べる。

JUM「今日は気が向いたんだよ 人に朝食を用意されるのって楽でいいだろ?」

コーヒーをもう一度すする。
もうちょっと飲まないと目が覚めないな。

JUM「お前ももう一杯飲むか?」

「じゃ、じゃあお願い…」

172: 2009/04/04(土) 20:25:16.65 ID:IyxGLHD50
「けど…貴方の淹れるコーヒーって苦すぎないかしら…」

JUM「でもこれぐらいじゃないと目が覚めないぞ」

片栗粉を入れた様にどろり、としたコーヒーを飲んでそう言う。
僕にとってのコーヒーは目を覚ます道具にすぎず、味を楽しむとかそういう飲み物じゃないのだ。

JUM「これくらい、馴れてもらわないとな」

「……今度から私がコーヒーを淹れるわ」

JUM「なら、僕のコーヒーには最低でもティースプーンで6杯は入れてくれよ」

「胃が焼けないのかしら……」

人形が最後の一辺まで食べ終わるのを見ると、言った。

JUM「じゃあそろそろ、この家の主の見舞いにでも行くか」

「……え?」

174: 2009/04/04(土) 20:32:54.16 ID:IyxGLHD50


運ばれた病院も名前も姉ちゃんから全部聞いてきたから問題はないだろう。
後はこいつが来るかどうかだった。

「何で…貴方が行く必要があるの?」

JUM「こっちの事情だ お前も来るよな」

真紅「いいけど…でも何」

JUM「決まったんならさっさと行くぞ 人ごみは嫌いだから早めに出るからな」

つまり今だ、と言って和室に連れて行く。

「え、え?」

JUM「じゃあ行くか 近いし徒歩で十分だよな」

遅めの新聞配達もとうに終わった午前六時、真っ赤なドレスを纏った名も知らない人形と、
十二月の午前六時を歩いた。
当然、あの犬はどこにもいなかった。



178: 2009/04/04(土) 20:43:05.17 ID:IyxGLHD50
病院に着いたのは午前七時。面会時間には当然早すぎる時間だ。
それまで、近くの公園で待つことにした。

「まだ…何のつもりで来たか教えてくれないのかしら」

ベンチで寝転んだ僕の頭を撫でながら聞いてきた。
犬の散歩をしている人が多い。こんな時間でも人はいるもんだな。

JUM「なぁ、お前」

「お前じゃなくて、真紅というの 私は」

真紅…また一つ知ることができた。

JUM「じゃあ真紅…お前、僕がうざい、とか無いか?」

真紅「うざい…?どういう意味かしら」

JUM「えーと…鬱陶しいとか邪魔とか…まぁそんな感じだな」

で、どうなんだ?
首を動かして顔を見てみると、

真紅「貴方が鬱陶しいとか、そんなこと思うように見える?」

と言った優しい少女が見えた。

183: 2009/04/04(土) 20:54:19.69 ID:IyxGLHD50

真紅「貴方は?私のことうざい?」

JUM「無いな」

良かった、と優しい声で顔の上で笑っている。
うざいとか思ってたらまず、ここまで一緒に来ようとは絶対に思わないからな。
むしろ僕は思われる側だ。

冷たい、冬の風が吹く。
でも冷たいなりに、どこか暖かくもあった。

JUM「ならさ、もうちょっとこのままでいさせてくれ」

真紅の手を握る。
温かくて…柔らかい。人形なのにな。
こいつは人形ってだけで、中はもう僕より立派な人間だ。
人間と、人間。実際は人形だろうと構わないさ。

真紅「いつまででも…こんなことでいいなら構わないわ」

もう片方の手で、僕の頬を撫でてくれる。

184: 2009/04/04(土) 21:03:44.45 ID:IyxGLHD50

JUM「いつまででもって言うなら…なんだ…その…」

この先のことを言いたいが為にここまで来たんだ。
絶対に伝えないといけない…いけない…。
でも、うまい言葉が見つからなかった。
うんうん唸って逡巡する。こんなことだったらもっと本でも読んで語彙増やしとくんだった…。

真紅「ねぇ…貴方の名前は?」

JUM「んん……え、僕の名前?」

そうよ、貴方の名前。
名乗ってみる。

JUM「桜田ジュン…全然普通の名前だろ」

真紅、なんてかっこいい名前を聞かされた後じゃまさに名前負けしている。
恥ずかしい……。

真紅「そんなことないわ……・桜田ジュン…貴方の名前よ…」

桜田ジュン。もう何万回と聞いた僕の名前なのに、真紅の舌に乗せてから聞くとまるで別の名前だ。
響きからして違って聞こえる。
また別の恥ずかしさも出てきた。

187: 2009/04/04(土) 21:15:28.89 ID:IyxGLHD50
JUM「なぁ真紅」

真紅「何かしら?JUM」

今ならうまく言葉に出来そうだった。
息をすぅ、っと吸う。
そして。

JUM「もし良かったらでいいんだけど…家に…来てくれないか?」

真紅「JUMの家に?」

JUM「もし良かったらでいい…」

JUM「真紅に…傍にいて欲しくなったんだよ」

いつでも、どこでも、いつまでも。
今まで感じたことの無い気持ちを言葉に乗せるとこんな、単純な希望を述べることしか出来なかった。
実に、子供だった。

真紅「ならJUM…私からも貴方に聞きたいわ」

質問を質問で返される。

真紅「私は貴方が好きよ、JUM」

真紅「貴方は、私のことが好きかしら?」

188: 2009/04/04(土) 21:17:00.47 ID:IyxGLHD50
おわり

189: 2009/04/04(土) 21:19:26.47 ID:yqMVFU7e0

引用: 真紅「あら・・・・また来たのね」