672: 2015/09/18(金) 22:56:08.68 ID:P5EcNYg00


整備兵「鎮守府で働け?」提督「そうだ」【前編】
整備兵「鎮守府で働け?」提督「そうだ」【中編】



【翌日】
【朝】
【資料室】

整備兵「龍驤、いるかー?」ガチャ

龍驤「整備兵はん、今日はまたえらく早いお出ましやな。暇なんか?」

整備兵「いやいや、最近は整備の仕事が結構身についてきてさ。工廠に缶詰にならなくても良くなってきたんだ」

龍驤「ちょっと前までは、全然出来なくてヒィヒィ言っとったのになぁ」

整備兵「なんだ、龍驤にも気づかれてたのか」

龍驤「練習がはかどってなかったっちゅうことか?それなら、白雪から聞いたんや」

整備兵「ああ……そういうことか」

龍驤「整備兵はんが疲れてるみたいやって話になって、白雪がどうすればええかって聞くもんやから、ウチが……あ」ピタッ
艦隊これくしょん -艦これ- 艦娘型録 参
673: 2015/09/18(金) 22:57:07.00 ID:P5EcNYg00
整備兵「……待て。ということは、もしかして肩揉みは龍驤の差し金か?」

龍驤「え、えーと……ちーっとのアドバイスくらいなら、したかもしれへんな?」アセアセ

整備兵「はぁ、そういうことか。どうも怪しいと思ったんだ。白雪が突然そんなことまでしてくれるなんて……」

龍驤「でも理由はどうあれ、良かったやろ?疲れも取れたやろ?」

整備兵「ま、まあな……」

整備兵(それは当たり前だ。肩揉みに加えて、事故ながら一晩白雪の膝を借りたりもしてるんだから。これで疲れが取れない奴は人間じゃない)


白雪『せ、整備兵さん……!///』


整備兵「……」ウツムキ

674: 2015/09/18(金) 22:58:03.04 ID:P5EcNYg00
龍驤(ははーん、これは相当良い思いした顔やな。白雪の態度で怪しいとは思っとったけど、上手くいきすぎて逆に恥ずかしくなったってとこやろか)

龍驤「どないしたんや整備兵はん。顔が赤いで?熱中症やないやろな?」ニヤニヤ

整備兵「違う違う!だ、大丈夫だ!」アセアセ

龍驤「で、どうやった、白雪の腕前は?詳しい感想が聞きたいなぁ?」ニヤニヤ

整備兵(何だ?ま、まさか龍驤、その日の出来事も知っていてからかってるのか……!?)ハッ

整備兵「……良かったよ。さ、今日も本読むぞ」メソラシ

龍驤「なんや。それだけかいな」

整備兵「資料室は雑談するところじゃないぞ。静粛にだ」クルッ

龍驤「キミ、ものすごーく今更なこと言うとるの分かっとるか?」ジトー

675: 2015/09/18(金) 22:59:03.66 ID:P5EcNYg00
龍驤「整備兵はん、ちょっち聞きたいことがあるんやけど……」

整備兵「何だよ……?」ジロッ

龍驤「さっきとは別の話やから、そんなに警戒せんでもええって」ケラケラ

整備兵「べ、別に警戒なんかしてないぞ……。で、どんなことだ?」

龍驤「今もまた大戦の歴史の本を読んでるんやけど、意味の分からへん単語があるんや」パラパラ

整備兵「意味が分からない、か……。龍驤に分からないなら、俺が知ってるかは怪しいが……」

龍驤「あったあった、ここやここ」チョイチョイ

整備兵「ほぉ……?」ノゾキコミ

整備兵(……!)

676: 2015/09/18(金) 23:00:03.01 ID:P5EcNYg00
龍驤「この、神風特別攻撃隊っちゅうやつや。大戦終盤の章に多く出てくるんやけど、何が特別な攻撃をする部隊なんや?」

整備兵「ええとだな……それは、航空機が敵の船を攻撃するやり方の一つだ。普通の攻撃とは違って……爆弾を積んだ飛行機ごと敵艦に体当たりする」

龍驤「何やて!?そんなことしたら、操縦手が氏んでまうで!」ガタッ

整備兵「……生還は最初から考えない戦法だからな」

龍驤「お、おかしいとしか思えへんわ……。ウチら艦娘みたいにパイロットが無限にいる状況でも、そんなこと絶対せえへんで」

整備兵「まあ、全くその通りなんだけどな。そんな戦法を組織的に使うほど、この国は追い詰められてたってことだ」

龍驤「何か良いことでもあるんか?普通に攻撃したらダメっちゅうことは無いやろ?」

整備兵「……いくつか目的はあったみたいだ。例えば、一度の攻撃で早急に敵の戦力を削らなきゃならない時局柄、爆弾だけでなく機体そのものや燃料も武器にできる特攻は有利とも言える。普通じゃない攻撃方法で、相手の意表を突けるかもしれないしな」
 
龍驤「……」

677: 2015/09/18(金) 23:01:03.21 ID:P5EcNYg00
整備兵「あと、敵の航空兵力がこちらより圧倒的に勝っているときは、敵に近づくのも、精密に爆撃するのも、攻撃後帰還するのも難しい。だから、どうせなら……というわけだ」

龍驤「なんや、それ……」ブルブル

整備兵「特攻にはあらゆる航空機が使われたけど、代表は零戦だ。速度も数もあったから、爆装して相当数が参加した」

龍驤「……酷い話やな」

整備兵「ああ。……本当に、酷い話だ」

龍驤「……ごめん。一瞬だけ、黙るわ」

整備兵「……ああ」

龍驤「……」

678: 2015/09/18(金) 23:02:03.00 ID:P5EcNYg00
整備兵(そうだ……龍驤は、いつも艦載機を指揮している空母艦娘。搭乗員妖精のことだって、何だかんだ気に掛けている……その龍驤に、この話は堪えるだろうと考えるべきだった)

龍驤「……うん、もう平気や」

整備兵「無理しなくて良いんだぞ?」

龍驤「してへんよ。……その戦法を使ったのはあくまで昔の軍や。今ウチが考えなアカンのは、二度とそんなことにならへんように深海棲艦と上手く戦うことだけや」

整備兵「そう……そうか。龍驤は強いな」

龍驤「もちろんや。ウチだって、鳳翔はんと並んでこの鎮守府の空母の先輩組なんやで。ウチが弱気でどないするんや」ニッ

整備兵「頼もしいな」ニコ

龍驤「ふふん。……あ、そういえば整備兵はん。話は変わるんやけど、この前読んでた古い雑誌の中にキミが好きそうなコラムがあったで」パラパラ

整備兵「?」

679: 2015/09/18(金) 23:03:02.36 ID:P5EcNYg00
龍驤「これや。『暮の名物工廠長、その足跡をたどる』――」スッ

整備兵「まさか、『暮海軍工廠の創設と発展』を書いた……!?」ガタッ

龍驤「そのまさかや」ニッ

整備兵「……本当だ。すごいな、こんなところであの工廠長について書かれたものが読めるなんて……!」

整備兵(短い記事だが、元工員の証言なども絡めて詳しく書かれている。工廠長の知られざる人となりを解明するというテーマらしい)

整備兵「ふむふむ……何だこれ!高所恐怖症で、竣工した艦の艦橋の最終確認だけは部下に任せていた……だってさ」ハハハ

整備兵(まるで妖精の方の工廠長みたいだ。工廠長には悪いが、あの怖がり方は見物だった)

龍驤「普段は厳しくて逆らえないんやけど、このときばかりは部下も笑っていたんやと」

680: 2015/09/18(金) 23:04:01.79 ID:P5EcNYg00
整備兵「そして、隠された特技は類い稀なる電鍵さばき。小型電鍵を手の中に握り込み、手のひらで長音と短音を打ち分ける技は電信員をも唸らせた……か。これもすごいな」

整備兵(多分これも、妖精の方の工廠長が白雪と話すためにやってるやつだな。そんなこと、まさか現実にできる人間がいるとは思わなかった……)

龍驤「うーん……」

整備兵「どうした?」

龍驤「すごいはすごいんやけど、なんや使い時がよう分からん特技やなーと思ったわ」

整備兵「身も蓋も無いことを言うな。……ん、この工廠長、暮軍港空襲で亡くなったって書いてあるぞ……!?」

龍驤「そうらしいんや。工廠が爆撃されて、部下の工員を避難誘導している最中に……って話や」

整備兵「そう、だったのか……」

681: 2015/09/18(金) 23:05:02.59 ID:P5EcNYg00
整備兵(俺に整備の仕事の面白さを教えてくれたこの工廠長も、無念の中で亡くなったんだ)

整備兵「……やっぱり、戦争ってのはできればしたくないな」

龍驤「そらそうや。大体みんな、そう思ってるやろ」

整備兵・龍驤「……」

龍驤「……なぁ、整備兵はん。思ったんやけど」

整備兵「ああ……?」

龍驤「ウチとここで話してると、何の話でも暗い雰囲気になるのはなんでなんやろ……。ウチのせいやろか?」ズーン

682: 2015/09/18(金) 23:06:02.78 ID:P5EcNYg00
整備兵「……いやいや、そんなわけ無いだろ!第一、誰のせいとかいう話じゃないし」

龍驤「うん……」

整備兵「それに前も言ったけど、普段考えないようなことを考えられる時間はとても貴重なんだ。俺もここにはまだ十回と来てないけど、随分知識が深まった気がする」

龍驤「……!」

整備兵「龍驤だって、昔のことや本物のフネのことがもっと知りたいだろ?その時その時で勝手に変わる雰囲気なんて、関係ないさ」

龍驤「……せやな」ニッ

龍驤(ウチも、もっと頑張って色々知識を入れてかなアカンっちゅうことやな)

683: 2015/09/18(金) 23:07:02.59 ID:P5EcNYg00
【午後】
【工廠】

ガラガラガラ……ガタン

白雪「お邪魔します。……どうしたんですか、整備兵さん?」

整備兵「ん、これか?工具やら資材やらを積み込んでるんだ」ヨッコイショ

白雪「はい、それ……リヤカーですよね?」

整備兵「ああ。今日は外でする作業があるからな。まあ、白雪もついて来てくれ」ゴロゴロ

白雪「はい……?」

684: 2015/09/18(金) 23:08:03.67 ID:P5EcNYg00
【旧港】

白雪「ここ、演習場へ行くときに通ったところですよね。ということは……」ハッ

整備兵「その通り。これの修理だ」

機銃「」ボロッ

整備兵「提督から修復許可が下りたんだ。まだ崩れずに残っていてくれて良かったよ」

白雪「かなりひどく壊れていますけど……直るんでしょうか?」

整備兵「今日一日でってのは無理だけど、時間をかければ多分大丈夫だ。で、修理が終わったらここに残すか移動するかを考える」

白雪「分かりました。まずは何をすれば良いでしょうか?」

整備兵「ええとだな、まずはその部品を――」

685: 2015/09/18(金) 23:09:02.30 ID:P5EcNYg00
【夕方】

整備兵「――よし。日も落ちてきたし、今日はこのくらいにしておくか」

白雪「もうですか……!?」

白雪(時間が経っている感じが全然しない……。あんまり疲れてもいないし)

整備兵「二人して夢中で作業してたからな。でも、白雪がいたおかげで随分はかどったよ」

白雪「いえ、私なんて……ほとんど全部、整備兵さんがやったようなものですし」

整備兵「謙遜しなくて良いよ。今日の成果は白雪のサポートあってこそだ。工具の種類もすぐ覚えてくれたし、完璧なタイミングで必要なものを渡してくれたじゃないか」

白雪「え、ええと……」

686: 2015/09/18(金) 23:10:13.07 ID:P5EcNYg00
整備兵「まあでも、こういうのはどっちのおかげってことでもないと思うんだ」

白雪「どういうことですか……?」

整備兵「二人とも頑張った。上手くいった。きっと単純に、俺達の息が合ってたんだよ……なんてな」アハハ

白雪「……」

整備兵(ち、ちょっとクサすぎたか?……考え直すと、昔見た青春映画のセリフみたいだ)

白雪「……そうですね。私も、その通りだと思います」

整備兵(ほっ……。良かった。馬鹿にされはしなかった)

白雪(息が合ってた……か)ニコ

白雪(……あれ、どうしたんだろう。顔が熱い気がする)ペタ

687: 2015/09/18(金) 23:11:01.28 ID:P5EcNYg00
整備兵「白雪、少し顔が赤くないか?体調でも……」

白雪「へ!?え、あの……いえ、きっと夕日のせいです」

整備兵「ああ、そうか。変なこと言ってごめんな」

整備兵(うーん……どうも、夕日のせいとは違うような。外は結構暑いから、白雪も疲れがたまってるのかもしれないな)

白雪「……いえ」

白雪(ど、どうしよう。とっさに言い訳したけど、多分本当に赤くなってるよ……。風邪かな……でも、整備兵さんを心配させるわけにはいかないし)

白雪(どうしてかはよく分からないけど、とにかくああ言っちゃったからには治まるまで夕日を浴びてなきゃ……)

688: 2015/09/18(金) 23:12:02.60 ID:P5EcNYg00
白雪「せ、整備兵さん。夕日、綺麗ですね」チラリ

整備兵「ああ……いつもはこの時間、工廠の中だもんな。こうして見るのは新鮮だ」チラッ

白雪「少しだけ……見ていても良いですか?」

整備兵「もちろん。まだ夕食までは時間があるし平気だよ」

白雪・整備兵「……」

整備兵「……白雪、この鎮守府の名前の由来って知ってるか?」

白雪「暮鎮守府の……ですか?考えたこともありませんでした」

整備兵「実はここ暮の街は、昔は超が付くほどの名も無い田舎だった。暮っていう名前がついたのは、旧海軍の基地……すなわち、一代目暮鎮守府が置かれたときなんだ」

689: 2015/09/18(金) 23:13:02.05 ID:P5EcNYg00
白雪「基地が置かれると同時に、地名が作られたということですか?」

整備兵「そうだ。そして、同時にそういう名前のつけられ方をした都市がもう一つある。それが寄越日だ」

白雪「寄越日もだったんですか……。ですが、どうしてこの名前になったんでしょうか?」

整備兵「それに関係があるんだけど……この国に最初に置かれた二つの海軍の拠点、暮と寄越日には一つ共通点があったんだ」

白雪「……?」クビカシゲ

整備兵「港から見える景色が開けていて、美しい太陽と海が見られること……だ」

白雪「確かに、綺麗な夕日ですが……。それが、地名と関係あるんですか?」

整備兵「じゃあヒントだ。寄越日は横浜の近くだから、日本の東にあるだろ?で、暮はどちらかといえば日本の西側にある」

690: 2015/09/18(金) 23:14:02.24 ID:P5EcNYg00
白雪「東、西……あ!分かりました!東から太陽を寄越すのが寄越日で、暮は太陽が沈んでいく場所……ということですか?」

整備兵「正解だ。帝国海軍は、日の出る場所から沈む場所まで日本の全てを守る……って精神らしいな」

白雪「そんな理由があったんですか……整備兵さんは博学ですね」ニコ

整備兵「いや、前に本で読んだことがあるだけだよ。ちょっと無駄知識をひけらかしたくなってさ……」アハハ

整備兵「……もう、ほとんど日が沈んじゃったな。そろそろ帰るか」

白雪「はい」

白雪(あ、顔、治ってる……)

691: 2015/09/18(金) 23:15:02.40 ID:P5EcNYg00
整備兵「よし。白雪、この暑いときに外にいて疲れただろ。物が減ってリヤカーにスペースができたから、乗ると良いぞ」

白雪「えっ……!?それって……」

整備兵「ほら、乗った乗った。労いの気持ちってことだ」クイクイ

白雪「あの、では……」ヒョイ

整備兵「よいしょっ……と。では、出発!」

ゴロゴロ

692: 2015/09/18(金) 23:16:01.73 ID:P5EcNYg00
白雪「何だかすみません……人力車みたいにしてしまって」シュン

整備兵「白雪の一人や二人くらい、全然苦になる重さじゃないさ。ほら、走っても大丈夫だぞ」ダッ

白雪「ひゃっ!ちょ、ちょっと速すぎませんか……?」

整備兵「何のこれしき!」ダダダッ

白雪「や、やっぱり速いですよ!」アワアワ

整備兵「その分早く着けるし、大丈夫だ」ニヤッ

ガタンゴトン!

白雪「も、もう!ふざけないで普通に運んでくださいっ!」ワタワタ

整備兵「はははっ――」

700: 2015/09/22(火) 10:25:02.61 ID:Ei1b2rgp0
【工廠】
【朝】

工廠長「今日は若造に重要な知らせがある。心して聞け」

整備兵「どうしたんだ?いきなり改まって……」

工廠長「若造も、最近は段々と整備の作業に慣れてきた。……まだ俺から見りゃあド素人も良いとこだがな」

整備兵「それはいつも聞いてる」ムスッ

工廠長「んなわけでだ。そろそろ若造も、練習ばかりじゃなくて新しい仕事がしてェだろ」

整備兵「まあ、そりゃそうだが……」

701: 2015/09/22(火) 10:26:03.69 ID:Ei1b2rgp0
工廠長「航空機の整備。どうだ?」

整備兵「ど、どうだって……まさか、俺にやらせてくれるのか?」

工廠長「おう」

整備兵「本当か!?」ガタッ

工廠長「がっつくんじゃねェ。やる内容は、まだ指示されたことだけだからな。こっから先は、また若造の努力次第だ」フン

整備兵「分かってるさ」

整備兵(……これでついに、実際の整備に参加できる!これからはさらに本格的な調査ができるな)

工廠長「それで良いなら、今日から早速新しい仕事に入ってもらうぜ」

整備兵「もちろんだ!」

702: 2015/09/22(火) 10:28:02.75 ID:Ei1b2rgp0
【昼】


白雪「……それで、こうなっちゃったんですか?」

カーンカーンカーン

バチッバチバチッ

工廠妖精達「急げ!まだボロッボロの二個飛行隊が丸々外で待機してるぞ!」バタバタ

工廠妖精B「損傷度報告!区分けして搬入っス!入口詰まってるっスよ!」

工廠長「若造、遅ェぞ!何やってんだ!」

整備兵「すぐだ!今行く!……くそっ、工廠長の奴、忙しくなるのを見込んで俺を引き入れたんだ。手放しに喜んでたのが馬鹿みたいだ……」

白雪「あ、あはは……」

703: 2015/09/22(火) 10:29:03.06 ID:Ei1b2rgp0
整備兵「にしても、数が多いな。誰の艦載機なのか分かるか?」

白雪「はい。今日の昼に帰投予定なのは……内洋艦隊の龍驤さんと鳳翔さんですね。作戦地域は、最近進出を開始した南方海域です」

整備兵「内洋艦隊が遠方作戦か。珍しいな。しかし、南方海域……戦闘機も全部五二型に更新されて向上した戦力をもってしてもこの被害か」

白雪「敵方の艦載機も進化しているようです。まだまだ、艦載機開発のペースは落とせそうにありませんね……」

工廠長「おい若造ッ!」

整備兵「分かった分かった!……白雪、今日の分の開発は頼めるか?」

白雪「任せてください」ニコ

704: 2015/09/22(火) 10:30:03.87 ID:Ei1b2rgp0
【夕方】

整備兵「やっと……一段落ついた……」フラフラ

白雪「お疲れ様です。大丈夫、ですか……?」

整備兵「……あんまり。ひどいスパルタぶりだ」ハァ

工廠妖精達「」ガヤガヤ

零戦妖精A「」ポツン

整備兵「ん?あそこだけ妖精が集まってるぞ。どうしたんだ?」

白雪「行ってみましょう」

705: 2015/09/22(火) 10:31:07.19 ID:Ei1b2rgp0
白雪「工廠長さんまでいらしていますね……」

整備兵「一体何があったんだ?」

工廠長「いや、この機体なんだが……。一機だけ特に損傷が酷い。修理に何日もかかりそうだ」

整備兵「ああ……」

工廠長「しかし運が悪ィことに、こいつはここの艦隊の――内洋艦隊も外洋艦隊も含めた戦闘機隊全体の隊長機だ。総隊長が何日も不在ってのもまずい。どうしたものかと思ってな……」

工廠長「……やっぱりここは、配置変えして留守番させて、修理完了後に部隊に戻すしかねェか。しかしそうなると……」ブツブツ

白雪「?」

工廠長「問題は、その間この機の搭乗員はどうするのかってことだ。適当に放っておくわけにもいかねェ。勝手にどっか行っちまうからな」

零戦妖精A「」ショボン

706: 2015/09/22(火) 10:32:07.28 ID:Ei1b2rgp0
整備兵(勝手にどっか行くって……自由なんだな)

整備兵「前みたいに、作業を手伝わせれば……」

工廠長「ありゃあほんの数時間だけ暇な連中だ。数日間は、流石に俺達も面倒は見きれねェ。仕事もあるし、何より……」チラッ

工廠妖精達「……」チラチラ

工廠長「……毎度毎度演習後に湧いてくる、微妙に硬い雰囲気がまだ抜けきってねェ。いつも、そうだな……後一、二週間もすればだいぶマシになるんだが」ヒソヒソ

整備兵「ふぅん……」

工廠長「となると……いや、待てよ」

白雪「何か思いついたんですか?」

707: 2015/09/22(火) 10:33:02.42 ID:Ei1b2rgp0
工廠長「若造、お前が面倒見ろ。それで万事解決じゃねェか」

整備兵「は!?」

工廠長「俺達以外に工廠にいる奴って言ったら、若造だけだしな。妖精の相手も艦載機整備の仕事に含まれねえとは言えねェだろ」

整備兵「無茶苦茶だな……」

白雪「整備兵さん、そうしましょう!私も手伝います。このままじゃ、あの妖精さんがかわいそうです」

整備兵「白雪まで……」

工廠長「まあ、やる事と言えば工廠の中にちゃんといるかどうか見張るぐらいだ。難しい事は無ェよ」

整備兵「……それなら、分かった」

工廠妖精「よし、んじゃ頼んだぜ。長くは待たせねェ」

708: 2015/09/22(火) 10:34:03.08 ID:Ei1b2rgp0
整備兵「……ということなんだ。しばらくの間だけど、よろしくな」

白雪「よろしくお願いしますね」

零戦妖精A「」カキカキ

『こちらこそ』

白雪「かわいいです……!」キラキラ

整備兵(……この流れは!)ハッ

白雪「~♪」ナデナデ

整備兵「……」ジー

709: 2015/09/22(火) 10:35:02.53 ID:Ei1b2rgp0
零戦妖精A「」キャッキャッ

整備兵(良かった。工廠妖精とは違って反応もかわいい!)ホッ

整備兵「ん……そういえばさっきから思ってたんだけど、君は確か、この前俺が渡し物をした妖精じゃないか?飛行隊長の……」

零戦妖精A「」コクコク

整備兵「やっぱりか!」

『またあえてうれしい』

白雪「あの妖精さんでしたか……何かの縁でもあるのかもしれませんね」ニコ

整備兵「ところで……工廠妖精達とは演習以来、まだ打ち解けてないのか?」

710: 2015/09/22(火) 10:36:02.99 ID:Ei1b2rgp0
零戦妖精A「……」ウーン

『わるいのはたぶん、ほんかんたちのほう』

整備兵(まあ、そりゃそうだろうなあ……原因が原因だし)

『でも、こうしょうのようせいたちはよくしてくれている。せいびもきちんとしてくれる。もんくもいちどいったら、あとにはひきずらない』

白雪「工廠妖精さんたちの優しさなんですね。搭乗員妖精さんたちも、それに応えて悪戯はそこそこにしておかないといけませんよ?」

『ほんかんたちは、こうしょうのようせいたちとちがってまとまりがないので。ほんかんもがんばっているけれど、みんな、あまりまじめにやくそくをまもれない』

整備兵「うーん……それはまずいなぁ」

711: 2015/09/22(火) 10:37:02.35 ID:Ei1b2rgp0
『こうしょうのようせいに、まるでこどもみたいだといわれたこともある』

白雪「確かに……。工廠長さんのお話を聞いていると、工廠の妖精さんと艦載機の妖精さんたちはかなり様子が違うような気がします」

整備兵「ああ」

整備兵(工廠妖精達の方が、軍人っぽいんだよな。装備妖精達は、基本的にあまり深刻そうにすることがない)

零戦妖精A「」ションボリ

整備兵「……ま、まあ、俺達は別に怒ってるわけじゃない。他の搭乗員妖精達も、これから段々分かってきてくれるさ」

零戦妖精A「」コクリ

整備兵「だからさ、元気出せよ」ナデナデゴシゴシ

零戦妖精A「」オットット

712: 2015/09/22(火) 10:38:02.93 ID:Ei1b2rgp0
白雪「整備兵さん、少し力が強いですよ。もっとこう、優しく……です」ナデナデ

零戦妖精A「」ウットリ

整備兵「あっ。何だよ、俺より白雪の方が良いってか……」ムスッ

整備兵「こうなったら……なあ、この袖の丸まってるところ見ててくれ」

零戦妖精A「?」クビカシゲ

整備兵「何の変哲も無い袖から……じゃん、飴ちゃんが出たぞ!」ドヤァ

零戦妖精A「」ワースゴイー

713: 2015/09/22(火) 10:39:03.25 ID:Ei1b2rgp0
整備兵「ふっ、そうだろうそうだろう。いるか?」

零戦妖精A「」コクコク

整備兵「ほら」スッ

零戦妖精A「」パクッ

『あまずっぱくて、おいしい』

整備兵「ふっふっふ」

白雪「整備兵さん、食べ物で釣るなんてずるいですよ……」ジトー

714: 2015/09/22(火) 10:40:02.63 ID:Ei1b2rgp0
整備兵「撫でることじゃとても敵わないんだから、仕方ないだろ」

白雪「ちょっと軽蔑しました」

整備兵「え」クルッ

白雪「じょ、冗談ですよ?」アセアセ

整備兵「そ、そうか……」

整備兵(怖い冗談を言うのはやめてくれ……ヒヤヒヤする)ズーン

白雪(何だか、整備兵さんを暗くさせちゃった……。漣ちゃんは、私は真面目すぎるからもう少し冗談を言った方が良いって言ってたんだけど……やり方が下手なのかな)

715: 2015/09/22(火) 10:41:03.87 ID:Ei1b2rgp0



工廠妖精B「……ちょっとこっち来るっス」チョイチョイ

零戦妖精A「?」トコトコ

工廠妖精B「おお、白雪さんの残り香が……尊い!かぐわしい!」スンスン

零戦妖精A「」クスグッタイ

工廠妖精B「……待つっス。俺が今こいつに撫でてもらえば、間接ナデナデになるんじゃないっスか!?」カッ

工廠妖精A「工廠長、奴がいよいよ危険な領域に踏み込んじまいそうでさぁ。斬りますかい?」

工廠長「やめろ。あいつァ昔っから色々問題児だったんだ、心配するな。お前も知ってんだろ」

工廠妖精A「それはもちろん。『前』と『今』を合わせれば、あいつとは二十年近い仲ですからね……しかし、正直引きますよ」

工廠長「そいつァ俺も同感だぜ」ニヤッ

716: 2015/09/22(火) 10:42:02.42 ID:Ei1b2rgp0
【翌日】
【食堂】

漣「え?冗談を言うのにあんまり向いてないかも?」

白雪「うん……」

漣(でも、それって整備兵さんが打たれ弱すぎるだけじゃ……。そうでなければ、よほど嫌われたくない、つまりは――)

漣(――うーん、それは流石に早計かも)

漣「まあでも、漣は白雪ちゃんの真面目なところ好きだけどね。漣が言うのもなんだけど、結局自然体が一番良いんじゃない?」アハハ

白雪「やっぱりそうなのかな……?あっ、もう行かなきゃ。ごちそうさまでした」カタリ

漣「工廠のお仕事?」

白雪「うん。それと、妖精さんが待ってるから」

漣「妖精さんが……?」

717: 2015/09/22(火) 10:43:03.87 ID:Ei1b2rgp0
【工廠】

整備兵「」ニコニコ

白雪「」ニコニコ

零戦妖精A「」キャッキャッ


工廠妖精A「二人とも、あの妖精をまるで子供みたいに可愛がってますね」

工廠長「若造とお嬢ちゃんで、おとうさんとおかあさんってか?はははっ、面白ェ!」

工廠妖精A「でも、良かったですよ。艦載機の妖精も楽しそうで。……あっしらの前じゃ、見せねェ姿でさぁ」

工廠長「そいつは仕方ねェ。奴さん達装備妖精は俺達とは違うんだからな。色々我慢して、波風立てずに同じ職場でやってってるってだけでも、俺ァ自分の部下を高く買ってるぜ」

工廠妖精A「それは工廠長の統率力の賜物でさぁ。この性格の違いがあって衝突しないのも全て、工廠長の説得のおかげでさぁ」ウンウン

工廠長「その説得をちゃんと聞き入れて従う辺り、流石は全員暮の工員だ。お前も含めて、頼りにしてるぜ」

工廠妖精A「珍しいですね。感傷ですかい?」

工廠長「ふん、違ェよ」

718: 2015/09/22(火) 10:44:02.64 ID:Ei1b2rgp0
【数日後】
【工廠】

零戦「」キラキラ

整備兵「おお……すごい、これがあのボロボロだった機体か」

白雪「まるで新品ですね……」

工廠長「ま、軽くこんなもんだ」フフン

整備兵「良かったな」

零戦妖精A「」コクコク

工廠長「前線に出られなくて待ちくたびれただろ。これで晴れて飛行隊長に復帰だ」

零戦妖精A「」ヤッター

719: 2015/09/22(火) 10:45:04.48 ID:Ei1b2rgp0
工廠長「早速だが乗り込んでくれ。出撃準備だ」

整備兵「本当に早速だな」

白雪「今晩出撃して、明日の朝帰投の作戦があると聞いています。外洋艦隊に出撃命令が出ているそうですよ」

工廠長「そういうわけだ。若造とお嬢ちゃんも、ご苦労だったな」

整備兵「苦労でも何でもないさ。……それじゃ、短い間だったけど楽しかったぞ。頑張ってこいよ、隊長」

白雪「気をつけて行ってきてくださいね」ナデナデ

零戦妖精A「」ケイレイ

整備兵「それじゃ、俺達も夕飯行くか」

白雪「はい」

720: 2015/09/22(火) 10:46:03.19 ID:Ei1b2rgp0
【翌朝】
【食堂】

漣「ねえ白雪ちゃん。最初の艦娘の話って聞いたことある?」モグモグ

白雪「最初の……整備兵さんから聞いたことがあるよ。この鎮守府の近くの海岸に、突然現れたんだよね」

龍驤「せや。でもその正体は、ここの最古参の漣も含めてだーれも知らんのや。な、気にならへん?」ズイッ

白雪「は、はい……けれど、手掛かりがありませんよね……」

龍驤「信頼できるか微妙な情報やけど、その艦娘が使ってた武器は14cm単装砲だったらしいで」

721: 2015/09/22(火) 10:47:03.69 ID:Ei1b2rgp0
漣「ということは、やっぱり軽巡でしょうか?」

龍驤「だとしても、川内型三人組は漣の後に来たんやから違うやろなぁ。となると、今は別の鎮守府にいるんやろか」

白雪「会ってみたいです。きっと、私達が知らないような昔のことをたくさん知っているんでしょうね……」

漣「そうだね……。漣が来る前の暮の様子とか知ってたら、漣も教えてもらいたいかも」

間宮「皆さん、今日は食べるのがゆっくりですね」

白雪「あっ、すみません!話に夢中になってしまって……」パクパク

722: 2015/09/22(火) 10:48:10.25 ID:Ei1b2rgp0
間宮「うふふ、急いで食べてとは言っていませんよ。あくまで味わってくれると嬉しいです」

白雪「は、はい……///」カーッ

龍驤「まあ、今朝は外洋艦隊がおらへんからなぁ。珍しく、落ち着いてのんびり食べられるわ」

鳳翔「確かに、静かですね。食堂が広く感じられます」

漣「こういう日も、たまには……あれ?」

……ドタドタドタッ!

龍驤「はぁ、せっかくの平穏とももうおさらばかいな。……もうちょっと味噌汁取っとこ」

723: 2015/09/22(火) 10:49:03.30 ID:Ei1b2rgp0
那珂「お腹空いたー!」バァン

川内「眠……」ヨロヨロ

神通「姉さん、食堂着きましたよ!」ヒソヒソ

翔鶴「整備兵さん。新型戦闘機の試験配備、ありがとうございました」

整備兵「おお、どうだった?零戦とは違うだろ?」

瑞鶴「本当にすごかったわよ!紫電改二って言ったっけ?あれが全部隊に行き渡れば、敵の新型なんて相手にもならないわ!」

整備兵「それは良かった。開発を急ぐよ」

鈴谷「おやー?まだ提督は来てないの?」

724: 2015/09/22(火) 10:50:02.61 ID:Ei1b2rgp0
漣「さっき電話を受けてたので、そろそろ来ると思うんですけど……」

ガチャッ

熊野「噂をすれば、ですわね」

提督「おはよう諸君。外洋艦隊の者は今帰投したばかりだろうが……重要な連絡がある。手を止めて聞いてほしい」

ザワザワ

白雪「重要な……?」

漣「あの言い方は、多分相当大きい話だと思う。何となくだけど」ジッ

整備兵「……」ゴクリ

725: 2015/09/22(火) 10:51:11.71 ID:Ei1b2rgp0
提督「以前伝えた、北部太平洋及び中部太平洋を作戦海域とする大規模作戦……その具体的な内容が通知された」

全員「」ザワッ

提督「作戦名はAL/MI作戦。アリューシャン列島に対する陽動攻撃の後、ミッドウェー島の敵飛行場及び航空戦力を強襲し、釣り上げられた敵機動部隊ごと捕捉・撃滅、太平洋の西半分の制空権・制海権を完全に確保するのが目的だ」

龍驤「ひえー……何やて、ホンマもんの一大決戦やないか」

提督「その通りだ。大本営は間違いなく、この戦いに深海棲艦との戦争の行方を賭けている。成功すれば人類の生存圏は大きく広がり、失敗すれば戦況の大幅な停滞と継戦能力の喪失を招くだろう」

提督「全ての鎮守府・警備府・基地・泊地が作戦に参加する。暮鎮守府艦隊が参加するのは、ミッドウェー方面機動部隊の本隊だ。この部隊は敵基地、陸上航空隊、機動部隊……その全てと交戦し、絶対に勝たなければならない」

提督「作戦開始は、今日からちょうど三週間後だ。艦隊はその前日に出航し、近海へ進発してミッドウェー島空襲の手筈を整える。艦隊序列の発表は後日。何か質問のある者は?」

726: 2015/09/22(火) 10:52:03.18 ID:Ei1b2rgp0
全員「……」シーン

提督「この鎮守府が担う役割は大きい。だが、焦りは禁物だ。出航の一週間前までは通常通りの出撃を続ける。もう一度言うが、くれぐれも焦ったり浮き足立ったりすることの無いように。……以上だ」

ワイワイガヤガヤ

整備兵「……急に、すごいことになってきたな」

白雪「はい。内洋艦隊にも、出撃命令が出るんでしょうか……」

鳳翔「その可能性はあります。とはいえ、提督、あるいはその上の方々のご意思次第ですが……」

龍驤「もしそうなったら、ウチらの隠れた実力を発揮する時や。外洋艦隊と違って、ウチらは普段あんまり他の艦隊と共同作戦せえへんし。これも良い機会やで」ニッ

漣「ですが、これだけの大規模作戦だと、そもそも鎮守府内の部隊分けは関係無くなっちゃうかもしれませんし。……とにかく、緊張しますね」

727: 2015/09/22(火) 10:53:03.54 ID:Ei1b2rgp0
【工廠】

整備兵(ともかく、俺に出来ることは装備を充実させることだけだ。やることは変わらない。提督の言う通り、普段通りにいこう)

ガラガラガラ……ガタン

整備兵「おは……」

工廠長「あー、くそっ!忙しい忙しい!」バタバタ

整備兵「やっぱりてんてこ舞いか。今朝帰投の部隊があるって聞いてから、そんなことだろうと思ってたよ」アハハ

工廠長「分かってんなら早く手伝え!今日も破損機がよりどりみどりだ!」

整備兵「ああ、了解。……そういえば、隊長機はどこだ?見当たらないけど」チラッ

728: 2015/09/22(火) 10:54:02.88 ID:Ei1b2rgp0
工廠長「隊長機?」

整備兵「えーと、昨日まで修理だった戦闘機隊の隊長機だ」

工廠長「何だ、一番機のことか。一番機、一番機……おい!報告書持って来い!」

工廠妖精B「どうぞっス!」ダダッ

工廠長「さて……。ん……残念だが」パラパラ

整備兵「え――?」

工廠長「――未帰還、だ」

738: 2015/09/26(土) 00:44:09.11 ID:wvO7pTJH0
【夕方】
【港】

整備兵「……はぁ、白雪には言えないよな」トボトボ

整備兵(ひどくあっけない別れだった。これが戦争……多分、そういうことなんだろうな)

整備兵(ああやって戦っては消えて、次の妖精に職務を託す。それを繰り返すうちに戦争を終結へ近づけていく)

整備兵(……やっぱり、消耗品か。それも、人間と違って代替はいくらでもいる、恐ろしく都合の良い消耗品……)

整備兵(だが消耗しないのは不可能だし、消耗した分は補充しなければならない。消耗と補充のどちらが欠けても、人類は戦い続けられない)

739: 2015/09/26(土) 00:45:08.06 ID:wvO7pTJH0
整備兵(……それに、結局人間の軍人だって厳密には消耗品だ。氏の危険にあえて晒されながら戦い、いなくなれば誰かが替わりをやらなければならない。妖精との違いは、数が有限であることだけだ)

整備兵(結局、俺が精神的に弱いだけか。軍人たる者、こんなことで動揺するようじゃ駄目なんだろう……きっと)

整備兵「ほら、もう良いだろ。気合入れろ」パシパシ

整備兵「……はぁ」

整備兵(一人でいると、思考が暗い方向にばかり向かってしまうな。誰かと他愛のないことでも話して気分を変えよう……)

整備兵(白雪……はまずい。もし何かの弾みでこの話になってしまったら、気分転換どころか白雪まで悲しませてしまう)

整備兵(他に、気軽に誘えそうなのは……)

740: 2015/09/26(土) 00:46:03.16 ID:wvO7pTJH0
【居酒屋鳳翔】

整備兵「いやー、急に呼んで悪かった」

提督「全くだ。俺のように、いつ急用が入っても問題無いよう計画的に職務をこなしている優秀な提督でなければ、ここまで急な誘いには乗れないだろう」

整備兵「へいへい。その通りだよ。有能有能」

提督「流石に鳳翔まで付き合わせるわけにはいかない。自分で注いで自分で飲め。つまみが食いたきゃ自分で作れ。セルフサービスだ」

整備兵「その辺は提督がやってくれれば良いだろ?俺よりもここには詳しいわけだし」

提督「あいにく料理には疎いからな。それに、むしろ呼んだお前の方がそういうことをするべきだと思うが」

整備兵「じゃあこのナッツの袋開けてやるよ。ほら食え」ビリッ

提督「とても提督に対する態度とは思えないな」ポリポリ

整備兵「でもその方が良いんだろ?」

提督「勿論だ」

741: 2015/09/26(土) 00:47:03.26 ID:wvO7pTJH0
整備兵「……それにしても、いよいよ一大決戦だな?」

提督「ああ、AL/MI作戦の話か……まあそれで正しい。文字通りの決戦。何より、動員する兵力の規模が前代未聞だ。例えば整備兵、本土には暮を含め四つの鎮守府と一つの警備府があるが……」

提督「そこから寄越日鎮守府を除いた四拠点に対して、海軍省が要求してきた戦力はどのくらいだと思う?」

整備兵「さあ……?」

提督「全員。それぞれの鎮守府の艦娘全員が作戦に参加しろと言ってきた」

整備兵「全員……!?じゃあその間、他のことは何も出来ないってことか?遠征も、出撃も……」

提督「当然だ。それどころか、作戦期間中それらの拠点は全てもぬけの殻になる。鎮守府でも何でもない、ただの建物の集まりだ」

742: 2015/09/26(土) 00:48:09.33 ID:wvO7pTJH0
整備兵「それじゃ、近海に深海棲艦が現れでもしたら……」

提督「一応、寄越日にだけはいくらか艦娘を残すとのことだ。だからその支援を待てば問題無いと言っている」

整備兵「でも、その支援が来るまではどうにも出来ないってことじゃないか?」

提督「本土近海の制海権は既に確保されている上、敵の主力は全てMI方面に釣り上げられるので、下手に戦力を後方へ分散させるよりも作戦正面における兵力優位を確立すべきだ、というのが赤レンガの出した結論らしい。実際ここ一年ほどは、本土が攻撃を受けたことなんて一度も無いしな」

整備兵「まあ、筋は通ってるな……」

提督「とはいえ、それを聞いて俺も色々と思うところがあったわけだ。だから、今はその作戦に口を出すか否か考えている」

整備兵「口を出すって……たかが一鎮守府の意見を赤レンガが聞くか?後、もっとナッツ食え。開けちゃったんだから」ポリポリ

743: 2015/09/26(土) 00:49:16.53 ID:wvO7pTJH0
提督「俺はカシューナッツしか食わないぞ。ピーナッツは全部やる。……まあそれももっともだが、俺も『たかが一鎮守府』よりは上の発言権を持っていると自負しているからな。脅してすかして少しくらい風向きを変えられる可能性があるかどうか、見極めているところだ」ポリポリ

整備兵「……やっぱ、真面目な顔しておかしいこと言うよなお前」

提督「ま、作戦の話はこの辺にしておくか。面倒なだけの裏話をしてもつまらないだろう。……整備兵はどうだ?仕事は順調か?」

整備兵「鎮守府の戦力向上って意味なら、貢献できているとは思う。だが妖精に関してはな……分かったこともたくさんあるし工廠の妖精達とも仲良くなったが、これといって核心的な発見はまだ無いな……」

提督「だが聞くところによると、最近は妖精にしか出来ないはずの整備を手伝い始めたそうじゃないか」

整備兵「ああ……まあな。少しづつ身についてきていると思う。自分でやってみるってのも、原理を解明する手段になるんじゃないかと思ってさ」

提督「……」

744: 2015/09/26(土) 00:50:03.19 ID:wvO7pTJH0
整備兵「どうしたんだ?」

提督「なぜ、妖精にしか出来ないはずのことが身についてきているのか。どう思う?」

整備兵「んー……強いて言えば、練習しているからか?」

提督「お前ならそう言うと思ったが……ここで冷静かつ客観的な意見を言わせてもらうと、これはそんなに簡単な話じゃない」

整備兵「いや、うん……」

提督「お前は知らず知らずのうちに慣れてきてしまっているかもしれないが、あれほど小さな精密機械を寸分の狂いも無くいじることが出来る人間というのは、単純に異常な人間だ」

提督「努力とか練習とかそういう問題じゃない。俺はお前の機械に関する才能を十二分に認めているが、それでも説明がつくとは全く考えられない」

整備兵「……」

745: 2015/09/26(土) 00:51:22.54 ID:wvO7pTJH0
提督「訳の分からないことが出来る――はっきり言って、お前にはそういう危機感が希薄だと思うぞ。謎を解いているはずが、いつの間にかお前自身まで謎の一部になってしまっては困る」

整備兵「っ……ああ、確かに提督の言う通りだ。少し能天気だった。軽く考えすぎてた……かもしれない」

提督「とは言ってみたものの、だ」

整備兵「?」

提督「今のお前が取れる一番有効な作戦は、リスク覚悟で謎に突っ込むことのようにも見えるがな」ポリポリ

746: 2015/09/26(土) 00:52:04.33 ID:wvO7pTJH0
整備兵「おい、こっちがせっかく真面目に聞いてるのに、結局何が言いたいんだよ……」ジトー

提督「さっきのは小言じゃなく軽い助言だぞという、俺なりの遠慮だ。別に俺は今、直接お前に何かしてやれているわけじゃないからな。うるさいだけの外野にはなりたくない」ノビー

整備兵「いや、ここに連れて来てもらっただけでもう十分……」

提督「そこで、だ。実は明日から、数少ない俺のサポートが一つ発揮される」

整備兵「明日から?何だ?」

提督「本当は明日の朝連絡しようと思ったんだがな。まあ、ぼちぼち役立ててくれ」

747: 2015/09/26(土) 00:53:13.08 ID:wvO7pTJH0
【翌日】
【工廠】

ガラガラガラ……ガタン

明石「こんにちは!工作艦、明石です。寄越日鎮守府より技術交流のため参りました。今日から一週間ほど、この鎮守府にお邪魔させていただきます。よろしくお願いします!」ペコリ

整備兵「……はっ、もうそんな時間か!え、ええと、こちらこそよろしくお願いします」ペコリ

明石「お仕事中でしたか?」

整備兵「ええ、まあ……明石さんは、寄越日海軍工廠で工廠長をされているんですよね?」

明石「はい。私は本職が整備で、あまり戦闘は得意ではないので……あと、普通に話してもらって良いですよ?」ニコ

整備兵「そうか?じゃあ遠慮なく、そうさせてもらうよ」

748: 2015/09/26(土) 00:54:40.04 ID:wvO7pTJH0
明石「ではまず、お届け物からですね」

整備兵「お届け物?」

明石「これです。どうぞ」ポン

整備兵「海軍省監修建造開発最新レシピ集改訂版?ん、確か似たようなのを部屋の本棚で……」

明石「海軍では、各工廠での建造・開発記録を寄越日に集めて統計しレシピ集を作っているんですが、その最新版がこれです。前の版よりも使用しているデータが増えて、より効率の良いレシピがたくさん盛り込まれていますよ」

整備兵「それはありがたい!……なになに。新事実、ボーキサイトの量は一定量を超えると増やしても艦載機開発に影響を与えない……そうだったのか、知らなかった」パラパラ

整備兵「ほぉ……確かに、色んなところで情報量がぐっと増えてるな。……ん?まさかこれ、この鎮守府の建造・開発記録も使われているのか?」

749: 2015/09/26(土) 00:55:15.67 ID:wvO7pTJH0
明石「もちろんです。全ての工廠の全データを集めていますから。あ、そういえばここの工廠の方針はその……少し特殊でしたね。くっ……くくっ」

整備兵(明らかに笑いを噛み殺されてる……恥ずかしい)

明石「すみません……ですが、このレシピの情報を提供してくれる工廠が他に無いので、とても貴重な情報になりましたよ?」

整備兵「そりゃそうですよ……あんな開発のやり方、普通はしませんって」ズーン

明石「……あら?この魚雷、整備兵さんが整備していたんですか?」

整備兵「一応は……」

明石「むむ……そこのビスの留まり方が少し甘いですね」ノゾキコミ

750: 2015/09/26(土) 00:56:03.25 ID:wvO7pTJH0
整備兵「え、そうか?」ノゾキコミ

明石「きつ過ぎてもいけないので結構難しいんですが、これだと作動時に耐えられない可能性があります。反対のこっちはちょうど良いので、こちらよりほんの少し弱いくらいの力加減で……」

整備兵「あー……そっちは空気室に近くて特に圧力が高まるから、強めに留めたんだ。一回そこからビスが配管ごと吹き飛んだことがあってさ……」

明石「あははっ、やりますよねそれ!私も徹夜のときたまにやります!」

整備兵「良いのかそれで……」ハハハ

明石「あっ!こっちの管は――」

整備兵「ああ、それは――」

751: 2015/09/26(土) 00:57:02.95 ID:wvO7pTJH0
整備兵「――だから、なかなか難しいんだ。最近はコツがつかめてきたけど」

明石「ふむふむ。整備兵さん、詳しいんですね。ここまで機械について話ができる人には、初めて会いました」

整備兵「明石こそ凄いよ。あんな小さなミスも一瞬で見抜くし、艤装の構造が丸ごと頭に入ってるみたいだ。やっぱり本職なんだな……」

明石「それはもちろん、私は艦娘ですから。それも工作艦の……って、待ってください」

整備兵「何だ?」

明石「整備兵さんは普通の人間ですよね?つまり、艦娘じゃありませんよね?」

整備兵「もちろん。どう見ても、艦『娘』には見えないだろ?」

752: 2015/09/26(土) 00:58:03.26 ID:wvO7pTJH0
明石「どっ!どうして妖精でも艦娘でもないのに、艤装を整備できるんですか……!?」

整備兵「い、いや、何か練習していたらだんだん慣れてきてさ……。工廠長の妖精にやってみるかって言われて始めたんだが……」

明石「言われて……?まさか、妖精の声が聞こえるんですか!?」

整備兵「工廠の妖精ならな……装備の妖精は無理みたいだ」

明石「なんと……なるほど。そういうことでしたか。だから、突然私がここに呼ばれたんですね」

整備兵「どういう意味だ……?」

明石「私、普段は工廠長として工廠の運営をしているんですが、別の仕事もしているんですよ。……妖精と、その技術の解析・研究です」

整備兵「……!」

明石「少し、場所を変えません?お互いに、色々と話したいことがあると思いますし」

758: 2015/09/29(火) 00:32:13.72 ID:6vA3ryUJ0
【居酒屋鳳翔】

整備兵(……それで、ここか)

明石「ふんふんふーん♪」カチャカチャ

整備兵「って、呑むのか明石。まだ明るいぞ」

明石「鳳翔さんに伺ったら、何でも自由に飲んで良いとのことでしたので。大丈夫ですよ。私、お酒強いですから」ニコニコ

整備兵「そういう問題か……?」

整備兵(一体どんな話が飛び出すか、結構緊張しながらここまで来たんだが……軽いなおい)

明石「整備兵さんもどうですか?」

整備兵「……俺は茶にするよ」

759: 2015/09/29(火) 00:33:09.93 ID:6vA3ryUJ0
明石「さて」コトリ

明石「早速だけど、本題に入っても良いかしら?」

整備兵「ああ」

明石「さっきも言ったように、私は寄越日で結構昔から妖精の研究をしているんですよ。とはいえ、私は整備兵さんと違って妖精と話せたりはしませんし、専門は機械なので、妖精の作る艤装に関する研究が主ですが」

整備兵「艤装か……確かに、まず表に現れてくる謎はそれだもんな。他の兵器とは明らかに異質だ」

明石「やっぱり、怪しいと思いますよね。整備兵さんは整備を手伝っているそうですから知っていると思いますが、艦娘が使う武器の構造は……」

整備兵「……現実に存在した大戦期の兵器と似ている、か」

明石「似ている……どころではないですね。艦娘の身体に装着するための構造を除けば完全に同一で、未知の部分は何らありません。さらに分析の結果、使用されている金属や火薬の成分までもがぴったり一致しました」

整備兵「そんなところまで……!?」

明石「違いらしい違いは一つだけ……どれも、艦娘が扱えるサイズまで小さくなっているということだけです。……まあ、このたった一つだけの違いが、整備兵さんが艤装を扱うときの障害になっているんですが」

760: 2015/09/29(火) 00:34:03.41 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「その通りだ……もう少し大きければ、整備の難しさは半減するんだけどな」

明石「というわけで、この事実により大きな謎が生まれます。なぜ特別な構造も素材も持たない艤装が、深海棲艦に対して異常な性能を発揮するのか……ということです」

整備兵「構造がそのままで小さくなっているなら、炸薬量も質量も減っている分、威力は実在の兵器よりむしろ弱くなるはずだからな……」ウーン

明石「はい。そして、あまり目立たない謎としては妖精の使う工具があります。……整備兵さんは、まさか妖精の工具まで使えたりしませんよね?」ジロッ

整備兵「あー……少しなら。使えるときと、そうじゃないときがある」

明石「……羨ましい」ボソッ

整備兵「な、何だ?」

明石「いえ、何でも。……とにかく、妖精の工具も艤装と同様、特別な能力を秘めているにも関わらず仕組みはごく普通です。提供は拒まれてしまったので非破壊の検査を行いましたが、材質にも特筆すべき点はありませんでした」

整備兵「妖精の技術は、全くわけが分からないってことか……」

明石「少なくとも、科学的な視点から見ればそうですね。……ですが、科学的ではない視点から見るとどうでしょうか?」

761: 2015/09/29(火) 00:35:07.30 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「科学的ではない……?」

明石「……ここから先は、私の個人的な推論になります。機械を扱う者には似つかわしくない、根拠に乏しい想像です。それでも良いですか?」

整備兵「……」コクリ

明石「分かりました。……整備兵さんは、こんな話を聞いたことがありませんか?『艦娘は、大戦期の艦艇の魂と装備を持った者たちである』……」

整備兵「もちろんあるさ。そのことならみんな知ってる……というより、直接艦娘に関わることがない人間は、艦娘と言えばそれくらいしか知らないんじゃないか?」

明石「あれ、私が大本営を通じて流した情報なんですよ」

整備兵「はぁ……!?それで、本当なのか!?」ガタッ

明石「いえ、実際のところは良く分かりませんけど」テヘペロ

整備兵「おいっ!」

明石「艦娘について何も情報が無いと、思わぬ猜疑心や好奇の目を向けられることも増えます……それを防ぐための、新聞やテレビで繰り返し流すいわば合言葉的な説明を考えてほしいと大本営に依頼されて、私が出した案がこれです」

762: 2015/09/29(火) 00:36:06.97 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「道理で、何も分からないはずなのにその説明だけはよく聞いたわけだ……」

明石「この説明について、整備兵さんはどう思いました?」

整備兵「どうって言われてもな……。確かに、よく考えてみると字面からじゃ何の意味も読み取れないが、何となく……魂とか神秘とか、そういう存在なのかと思っていたな」

明石「それなら、私の狙い通りです」

整備兵「……でも、実際は違うんだろ?」ジロッ

明石「この説明を考えたときの私は、違うと思っていました。魂という曖昧な言葉を使ってごまかすだけの表現だと。……ですが」

整備兵「……?」

明石「科学的には特別なところが何もない艤装に、大きな力を与えているもの……それが精神的な何かや神秘的な何かであるということは、有り得ない話ではないのではないか。最近は、そう思い始めたんです」

整備兵「それは、具体的にどういうものだと思うんだ?」

明石「……艦娘が現れる前、深海棲艦に対して唯一効果を発揮したのは、わずかに残存していた大戦期の兵器だったんですよね。けれど、後から作ったそれらのレプリカは効果を発揮しなかった」

763: 2015/09/29(火) 00:37:10.28 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「そうだが……」

明石「大戦期の兵器自体は、何の変哲もないただの兵器だと確実に言えます。それが尋常ならざる効き目を持った原因はやはり、それが前大戦で使われたものだったという過去でしょう。つまり……兵器の記憶のようなものです」

整備兵「兵器の……記憶、か。うーん……結構、突拍子も無い話だな」ウデグミ

明石「だから、最初に注意したじゃないですか……話を戻しますよ。ともかく、そうは言っても兵器は単なる鉄の塊です。鉄自体は何も変化しません。そこに何らかの痕跡を残すものがあるとしたら……それは、過去にその兵器を使った人々の思念、あるいは魂のようなものなのではないかと思います」

整備兵「そこで魂に繋がるわけだな。……そして、その話を艦娘で考えると、艦娘は旧海軍の軍人達……その艦に乗っていた人達の思念あるいは魂によって成り立っていることになる……ってことか?」

明石「はい。おそらく、それぞれの名前に対応した実在の軍艦に関係する人々の……私なら、工作艦明石ですね」

整備兵「……しかし、どうしてそういう思念や魂を持った兵器は深海棲艦に効果を発揮することになるんだ?つまり、その思念やら魂やらが深海棲艦を敵と認識して攻撃しようとしない限り、特別な効力は望めないだろ?」

明石「深海棲艦の正体が分からない限りその答えは出ませんが……これに関しても二つ、予想を立てることが出来ます」

明石「一つ目は、深海棲艦が、大戦において我が国の敵だった国の兵器もしくは兵士の要素を含んでいるという可能性です」

整備兵「大戦のときと同じように、二つの陣営に分かれて争っているってわけか……。確かに、艦娘に精神的な力が働いているのと同じように、深海棲艦にも働いているということは有り得る」

764: 2015/09/29(火) 00:38:19.69 ID:6vA3ryUJ0
明石「また、二つ目は、深海棲艦にも艦娘同様、大戦時の我が国の兵器もしくは兵士の要素が含まれているという可能性です」

整備兵「……?それは、別に敵対しないんじゃないか?」

明石「軍人も人間ですから、未練を残して亡くなった兵士も、戦争や作戦の意味に疑問を持ちながら亡くなった兵士もいたはずです。その方々の思念が残った場合、自らを氏地に追いやった我が国の軍、艦艇、上官などへの憎しみを生むことも考えられないとはいえません」

整備兵「そう、か……。無いとは、言えないな」

明石「そして、最後に付け加える形になりますが……同じように思念や魂の影響を受けているとしても、博物館にあるような大戦期の兵器と違い、艦娘にはいつも一緒にいる存在があります」

整備兵「妖精……だな」

明石「艦艇と常に共にあり、その兵装を運用するのは乗組員です。そして、艦艇と乗組員という関係をそのまま艦娘と妖精に置き換えたとしたら。……妖精達が、普通ではない力を使いこなして普通ではない艤装を作るという事実にも、この話は繋がります」

整備兵「……」

明石「……」

765: 2015/09/29(火) 00:39:08.62 ID:6vA3ryUJ0
明石「……と、これで話はおしまいです。突然こんな変な話をしてすみません。答えが見つからないから空想に逃げたと言われれば言い返せませんし、そんな馬鹿馬鹿しい話、と思ったなら忘れちゃってください」ニコ

整備兵「いや……聞いてたら、そう簡単に想像と片付けられる話でもないような気がしてきたよ。今は何だって有り得る……何てったって、艦娘やら深海棲艦やらが現に海で戦ってるような時代なんだからな」

明石「あはは……言われてみればそうですね」

整備兵「……ん?」チラッ

女神「……」フヨフヨ

女神「……」スィー

整備兵「女神……か?」スッ

整備兵「」スタスタガラッ

整備兵「おーい。あれ?もういない……」

766: 2015/09/29(火) 00:40:05.07 ID:6vA3ryUJ0
明石「どうしました?窓の外に誰かいましたか?」

整備兵「いや、たまに会う妖精がさ。女神っていう名前なんだが、工廠ですらあまり見かけないのにここで何をしてるのかと……」

明石「女神さん……?法被に、ドライバーとねじり鉢巻きのですか?」

整備兵「え、明石も知ってるのか?」

明石「寄越日の工廠にもたまに来ますよ?いない日の方が多いですが。寄越日や暮以外の工廠にも時々出没するらしくて、工廠関係者の間では密かに海軍全体の可愛いマスコットになっているんですよ」

整備兵「そうだったのか……全然知らなかった。だからたまにしか見かけないのか」

明石「曰く、見かけるとその日は幸運な一日になるそうです。どこから出た噂かは分かりませんけどね」

整備兵「何だそりゃ……」

明石「かくいう私も、実は手帳に見かけた日を記録しているんですよ。ほら」ペラッ

整備兵「ほー、なになに……たまにとは言っても、うちよりは多く来てるんじゃないか?……って、どうでも良いけど。明石って意外にミーハーなんだな……。それで、良いことはあったか?」

明石「特にはありませんね」テヘペロ

整備兵「」ズザー

767: 2015/09/29(火) 00:41:03.13 ID:6vA3ryUJ0
【工廠】

整備兵(だいぶ話し込んでしまった……。工廠長に言わないで出てきてしまったが、大丈夫だろうか)

ガラガラガラ……ガタン

白雪「あっ、整備兵さん!」

整備兵「白雪、もう来てたか。ごめん、明石と話をしてたんだ」

白雪「そうだったんですか。あの今朝いらっしゃった、寄越日鎮守府の――」

工廠長「おい若造ゥ!どこ行ってたんだ!」バンッ!

整備兵「いてっ!いや、何も言わず出たのは悪かった。どうしても必要な……」

工廠長「言い訳は良いから早く手伝え!」バシバシ

整備兵「まさか、今日もまた修羅場なのか……!?」ゲッ

768: 2015/09/29(火) 00:42:03.35 ID:6vA3ryUJ0
白雪「前と同じように、龍驤さんと鳳翔さんが他艦隊の支援から帰ってきたばかりなんです……」

工廠長「そういうこった!分かったらさっさと動け!」

整備兵「はぁ……」

白雪「整備兵さん、これから忙しくなりそうなので今のうちに計画を立てておきますけど、今日の午後はどうしますか?」

整備兵「ええと……開発は午前中に白雪がやってくれるから良いとして、午後は……午後は……」ウーン

白雪「特に無いようでしたら、機銃の修理をしませんか?なるべく続けてやった方が良いですし」

整備兵「確かに。じゃあ、そうするか?」

白雪「はい!」ニコッ

769: 2015/09/29(火) 00:43:04.29 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「……あ、待ってくれ」

白雪「どうしましたか……?」キョトン

整備兵「今日の午後は、明石に工廠を案内しなきゃならないんだった。悪いけど、修理はまた今度にしてくれないか?」

白雪「そ、そうだったんですか……」シュン

工廠長「まだか若造ゥ!?」

整備兵「分かった今行く!……ごめんな、白雪。今日の午後は他にすることも無いし、自由にしてて良いぞ!」ダッ

白雪「あっ……」

770: 2015/09/29(火) 00:44:12.61 ID:6vA3ryUJ0



工廠妖精達「」バタバタ

零戦妖精達「」ワチャワチャ

整備兵(さて……次はどの機を修理するか。あの機は……損壊がひどいし、まだ俺には難しいか?)スタスタ

整備兵(しかし、今日も戦闘機隊は結構な数がやられてるな……。一応は機体番号順に並べられているが、抜けも多い)


――『またあえてうれしい』


整備兵(……くそっ。また思い出してしまった)

整備兵「……」チラッ

整備兵(今回は、一番機もちゃんと帰還したみたいだな)

整備兵「……」

771: 2015/09/29(火) 00:45:05.44 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「忙しいところ悪いんだが、ちょっと良いか?」

紫電妖精A「?」クビカシゲ

整備兵(……何やってるんだ俺は。番号こそ同じだが、既に機体すら変わっている見も知らない相手に何を期待しているんだ)

整備兵「質問が、ある」

紫電妖精A「」コクリ

整備兵「教えてほしいんだ。……今までに出撃した回数は何回だ?」

紫電妖精A「」カキカキ

『こんかいがはじめて』

整備兵(……っ)

整備兵「……まあ、そりゃそうだよな」ポツリ

772: 2015/09/29(火) 00:46:03.79 ID:6vA3ryUJ0
整備兵(下らない自己満足は終わりだ。これで良い加減、諦めもついた。ついたんだ……)

紫電妖精A「……」ジー

紫電妖精A「」ピョン

整備兵「……うわっ、何を」

紫電妖精A「」グイグイ

整備兵「お、おい、袖を引っ張るな……!」

バラッ

整備兵「ほら、飴が落っこちたじゃないか……」

紫電妖精A「」ヒョイパク

整備兵「あ、盗んだな!何だ、そんなに食べたかったのか?それならそうと……」ピタッ

773: 2015/09/29(火) 00:47:10.55 ID:6vA3ryUJ0
整備兵「……違う。おかしい。どうして、飴のある場所を知ってるんだ……!?」

紫電妖精A「?」モグモグ

整備兵「どうしてだ?俺はあの妖精にしか、このことを教えてない。どうしてそれを全く関係無い君が?」

紫電妖精A「」カキカキ

『わからない』

整備兵「分か……らない?そんなはずは無い。つい今さっき、自分でしたことだぞ」

『わからない』

整備兵「袖の膨らみで分かったか?それとも匂いか?いや、もしかしたら最初から少しはみ出して……」

774: 2015/09/29(火) 00:48:11.17 ID:6vA3ryUJ0
『ちがう』

整備兵「ち……がう?」

『なぜだか、わかった』

『なぜかは、わからない』

整備兵「嘘だ。そんな、ふざけた、話が……!」

紫電妖精A「?」キョトン

整備兵「……」

整備兵(……何なんだ?どうなっている?一体、何が起こっているんだ?)

775: 2015/09/29(火) 00:48:46.81 ID:6vA3ryUJ0
本日はここまで。次回は木曜日の予定です。

782: 2015/10/05(月) 22:14:18.41 ID:EBRSyeJ50
【数日後】
【港】

白雪(整備兵さん、もう工廠へ行っちゃったかな……少し急がないと)スタスタ

整備兵「」スタスタ

白雪「……!あっ、整備兵さ……」ピタッ

明石「――他の鎮守府では当たり前のことですよ?妖精がレシピを考案するなんて」スタスタ

整備兵「そうなのか?となると、どこの工廠もここと同じで資源消費に苦しめられることになるはずじゃないか」

明石「おかしいですね……他のところの妖精達はバランス良く色んなレシピを提案してくれているみたいで、どこも大助かりと言っていますけど。妖精のアイデアから新しく効率的なレシピが生まれることも、少なくはないんですよ?」

整備兵「それはすごいな。こっちの工廠長にも見習ってほしいくらいだ」ハハハ

明石「そんなこと言ってると、工廠長さんに怒られちゃいますよ?」ニコニコ

白雪「……」サッ

白雪(あれ……私、どうして隠れてるんだろう。普通に声を掛けて、一緒に工廠まで行けば良いのに。普通に、声を、掛けて……)

白雪「……」

783: 2015/10/05(月) 22:15:04.96 ID:EBRSyeJ50
【朝】
【食堂】

白雪「……」モグモグ

漣「白雪ちゃん、この煮物の人参!すっごくおいしくない!?」

白雪「うん……」モグモグ

漣「……あれ、どうかしたの白雪ちゃん?」

白雪「うん……」ボー

漣「おーい」フリフリ

784: 2015/10/05(月) 22:15:38.92 ID:EBRSyeJ50
白雪「……わっ、な、何、漣ちゃん?」ビクッ

漣「大丈夫?何だか、心ここにあらずって感じだったけど……」

白雪「べ、別に大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから……」アセアセ

漣「何か悩みでもあるの?それなら、漣が相談に乗るけど」

白雪「き、気にしなくて良いって。平気だよ」

漣「それならいいけど……」

白雪「……」ボー

漣(……絶対何かあるよねー)

785: 2015/10/05(月) 22:16:08.09 ID:EBRSyeJ50
龍驤「まーた大方、整備兵はん周りの悩みなんやないの?」ヨッコイショ

白雪「りゅ、龍驤さん、い、いつから!?」ガタッ

漣「やっぱり龍驤さんもそう思います?」

龍驤「めっちゃくちゃ思うわ。白雪のその物憂げな表情が、前に整備兵はんを労う作戦を立てたときとそっくりやねん。ホンマ、分かりやすいなあ」ニッ

白雪「えっ……!?」

龍驤「それで、今度はどないしたんや?」

白雪「え、いえ、あの、本当に大丈夫ですから……」アトズサリ

漣「」ガシッ

786: 2015/10/05(月) 22:16:38.72 ID:EBRSyeJ50
白雪「ひっ」

龍驤「ええからええから。ウチという人生の大先輩に聞けば、どんな悩みも一発解消やで。さっさと吐いて楽になろうや。な?」ニコニコ

漣「そうそう。漣も、友達として力になりたいから。一人で抱え込むのは良くないって」ニコニコ

龍驤(まあ、何だかんだ言うても……)

漣(……面白そうなんだけどね!)

白雪(な、何か二人とも怖いよ……!)

龍驤「ほな!」ズイッ

漣「ほら!」ズイッ

白雪「え、ええと……。それなら……」

787: 2015/10/05(月) 22:17:07.79 ID:EBRSyeJ50
白雪「さ、最近、寄越日鎮守府から明石さんがいらっしゃいましたよね」

龍驤「せやな。工廠の技術交流とか何とか……」

白雪「それで、整備兵さんともよくお話をされたり、毎日長い間一緒に作業をされたりしているんですが……」

漣「一応、同業者?みたいなやつだしね」

白雪「……」

龍驤「ですが、何なんや?」

白雪「……あの、やっぱりこの話は」

龍驤「ズバリ、嫉妬やな?」ニヤリ

788: 2015/10/05(月) 22:17:38.64 ID:EBRSyeJ50
漣「∑(=゚ω゚=) マジ!?」

白雪「しっ……!?そ、そういうわけでは……」

龍驤「なら何やねん」

白雪「その、いつの間にか整備兵さんと作業するのが日課というか当たり前のことになっていて……それが変わると、自分でも良く分からないんですが、違和感みたいなものが……」

漣「あー……」ウンウン

龍驤(見事に墓穴掘ってるやん)

白雪(さ、漣ちゃんなら分かってくれるよね……?)クルッ

漣「嫉妬だね」ポン

789: 2015/10/05(月) 22:18:08.16 ID:EBRSyeJ50
白雪「え……」

漣「白雪ちゃんは、整備兵さんとしょっちゅう一緒にいる明石さんを見て嫉妬してるんだよ。つまり、白雪ちゃんは整備兵さんのことが……」

龍驤「好き、なんやな?」ヒュー

漣「あ、良いとこのセリフ取らないでくださいよ」

龍驤「ごめんごめん。つい言いたくなってしもたんや」

白雪「すっ……///」カーッ

白雪(わ、私が、整備兵さんのことを?)

白雪「で、でも、私はただの補佐官としてずっと整備兵さんと働いてきただけですし……」ワタワタ

790: 2015/10/05(月) 22:18:37.87 ID:EBRSyeJ50
龍驤「今までは身近すぎて気づかへんかったんやろ。いつも一緒にいるうちにだんだん……そして、離れて初めて分かる恋心っちゅうやつやな。いやぁ、青春やね」

白雪「……///」プシュー

漣「白雪ちゃんだって、整備兵さんと一緒にいると楽しいでしょ?時間の流れが早く感じられたりしない?」

白雪「それは……うん……」

漣「それに、好きじゃなかったら……ただの補佐官としての仕事だけで整備兵さんと一緒にいるなら、さっき白雪ちゃんが言ってたみたいな気持ちは起こらないよ」

白雪「……うん」コクリ

漣「その気持ちだけで良いんじゃない?好きって言っても何か特別な条件が必要なわけじゃないし、難しく考えなくて良いんだよ」

白雪「難しく、考えなくて……」

791: 2015/10/05(月) 22:19:07.72 ID:EBRSyeJ50
白雪(た、確かにそうだよね……。やっぱり、私が、いつの間にか……)

白雪「……漣ちゃんと龍驤さんの、言う通りかも、しれません……」ウツムキ

龍驤「よっしゃ!言うたな?それなら早速、整備兵はんを取り戻す作戦を練らなアカンで」

漣「了解です!」ビシッ

白雪「え……えぇっ!?待ってください。明石さんに迷惑をかけるようなことは……」

龍驤「何言っとるんや。恋は先手必勝!航空戦とおんなじやで!」

漣「さすが龍驤さん、分かってますね!」

白雪(な、何だか、この前の相談のときと同じで二人とも楽しそう……)

792: 2015/10/05(月) 22:19:39.01 ID:EBRSyeJ50
龍驤「やっぱり、明石はんは機械に関して整備兵はんと話が合うからなぁ……とは言っても、白雪が知識で追いつくのは無理そうやし」

漣「それに、明石さんってどこか大人の魅力がありますよね」ウデグミ

龍驤「スタイルも何気にええしなぁ……白雪みたいなちんちくりんにとっては強敵やな」

白雪「ち、ちんちくりん……」ガーン

漣「大人といえば、明石さんお酒も強いみたいですよ?この前はお昼から……」

龍驤「それや!」

漣「何か思いついたんですか?」

龍驤「白雪が整備兵はんを飯……いや、この際どうせなら飲みやな、に誘うんや。二人で出かけるっちゅう雰囲気作りもできるし、酒が入れば恥ずかしさがちょっとは薄れて大胆になれるやろ」

793: 2015/10/05(月) 22:20:08.63 ID:EBRSyeJ50
白雪「お酒ですか……?」クビカシゲ

漣「お酒って……勝手に飲んで良いんですか?漣も飲んだことないですよ?」

龍驤「艦娘には成人も法律もあらへんし平気やろ。まあ駆逐艦には普通呑ませへんけど、今回の白雪は作戦のために特別や」

白雪「それは、鳳翔さんのお店でということですか……?」

龍驤「鎮守府内やと余計な邪魔が入るかもしれへんから、外へ出るんが一番や。実はウチ、ええ店知っとるんやで?」

漣「それなら、外出権は漣の分を一日分けてあげるね。まだ白雪ちゃん着任してから長くないから、外出許可下りにくそうだし」

白雪「あ、ありがとう……」

794: 2015/10/05(月) 22:20:38.54 ID:EBRSyeJ50
龍驤「ほな、作戦開始や!頑張るで、おー!」

漣「おーっ!」

白雪「お、おー……」

白雪(大丈夫かな……)

白雪「……あっ、ごめんね。私、もう訓練の準備しに行かなきゃ」ガタッ

龍驤「ほな頑張りや。詳しい計画はまた後で伝えるわ」ヒラヒラ

漣「今のところ、決行日は次の訓練が無い日かな。AL/MI作戦があまり近づかないうちにしないといけないけど……とりあえず、今日の訓練頑張ってね!」フリフリ

795: 2015/10/05(月) 22:21:08.21 ID:EBRSyeJ50
漣「まさか、白雪ちゃんが整備兵さんをなんて……」

龍驤「なんや、不満でもあるんか?」

漣「そういうわけじゃありませんよ」

漣(あのちょっと頼りなさそうな整備兵さんが、ちゃんと白雪ちゃんの気持ちを受け止めてくれるかどうかは不安ですけど……)

漣「しかし、一緒の時間が多いとこういうことになっちゃったりするものなんですかね。知らないうちにだんだん……とか」

龍驤「そんなん、漣もおんなじやないか」

漣「……はい?」キョトン

796: 2015/10/05(月) 22:21:43.71 ID:EBRSyeJ50
龍驤「提督はんのことや。漣と、て、い、と、く、は……」

漣「」ガタッ

漣「だ、誰から聞きましたか?」プルプル

龍驤「そら一人しかおらんやろ。秋雲や」ニヤニヤ

漣「あ、の、問題児がぁっ……!」

龍驤「他人の心配もええけど、もっと自分を大事にするんやで?ほな、さいならー」スタスタ

漣「ちょっ、に、逃げる気ですね!」ダッ

797: 2015/10/05(月) 22:22:37.25 ID:EBRSyeJ50
【港】

龍驤(ふー、ようやく撒けたわ。漣もしつこいやっちゃなぁ)スタスタ

龍驤(にしても、最近はだいぶ過ごしやすい陽気になってきたわ。そろそろ秋やねぇ)

龍驤(さてさて、午前中は暇やし、また整備兵はんでも誘って資料室に……)ハッ

龍驤(……待つんやウチ。それはまずいんやないか?)

龍驤(白雪は整備兵はんのことを好いとって、その整備兵はんと良くくっついとる明石はんに嫉妬しているんやろ?)

龍驤(てことは、や。整備兵はんとウチが資料室に行くっちゅうのも、十分白雪の嫉妬を誘う行動になるんやないか?)

龍驤「二人きり……密室……修羅場……」ウーン

798: 2015/10/05(月) 22:23:06.61 ID:EBRSyeJ50
龍驤(……アカン、こらアカンわ。危ない危ない。刺されるところやった。今日は一人で、ゆっくり……)クルッ

整備兵「よ、龍驤」スタスタ

龍驤「せ……!?」ビクッ

整備兵「どうした?」

龍驤「な、何や整備兵はんか。あはは、急に話しかけられたからびっくりしたわ……」

龍驤(こう図ったようなタイミングで現れられたら、そら驚くで……)ハァ

整備兵「ごめんごめん。それで龍驤、これから訓練か?もしそうじゃないなら、資料室に……」

龍驤「あー、今日はちょっち用事があって行けへんのや」

799: 2015/10/05(月) 22:23:37.40 ID:EBRSyeJ50
整備兵「そうか……分かった。それなら、次はいつ頃行けそうだ?龍驤に感想をもらいたい本が何冊かあるんだが……」

龍驤「いつ……とは言えへんなぁ。しばらくは、訓練が多くて無理そうやわ」ショボン

整備兵「それは残念だな……。よし。じゃあまた、空き時間ができたらな」

龍驤「了解や。それまでに面白い本探しといてや」

整備兵「もちろんだ」ニコ

スタスタ

龍驤「……ふぅ、何とかなったわ。裏方も楽やないで、ホンマ」ブツブツ


白雪「……」ジー

800: 2015/10/05(月) 22:24:07.20 ID:EBRSyeJ50
【数日後】
【工廠】

整備兵「うーん……」カチャカチャ

整備兵「……駄目だなこりゃ」ポイ

工廠妖精A「失敗ですかい、整備兵殿?」トコトコ

整備兵「ああ。最近、整備の仕事がどうも上手くいかなくてさ」

整備兵(龍驤と資料室に行かない分、自主練の時間も増えて上達すると思ったんだが……)

工廠妖精B「言われてみれば、ここ二、三日は何だか覇気が無いような気もするっス。風邪でも引いてるんじゃないっスか?」

整備兵「覇気って……体調は万全なんだけどな」ハァ

801: 2015/10/05(月) 22:24:38.92 ID:EBRSyeJ50
白雪「お疲れ様です、整備兵さん。今日の業務、全て終了しました」スタスタ

工廠妖精B「白雪さん!ご機嫌うるわしゅう!」ビシッ

白雪「妖精さんもお疲れ様です。いつもありがとうございます」ナデナデ

工廠妖精B「」ビクンビクン

工廠妖精A「その喜び方は怖いからやめてほしいんでさぁ」

白雪「はい、おしまいです♪」パッ

工廠妖精B「ふぅ……」

工廠妖精A「あとその満ち足りた顔は何なんですかい?」ジロッ

802: 2015/10/05(月) 22:25:09.32 ID:EBRSyeJ50
整備兵「お疲れ、白雪。俺もこの辺で切り上げようかな。そろそろ夕飯だ」ヨッコイショ

白雪「……あの、整備兵さん。その前に、一つお話があるんです」オズオズ

整備兵「話?開発関連で、何かあったか?」

白雪「いえ、そういうわけではなくて……個人的なことです。つ、次の日曜日……」

整備兵「日曜日……?」

白雪「私と一緒に……よ、夜ご飯に行きませんか!」バッ

整備兵「夜……食堂でってことか?それなら、いつも一緒に食べてるじゃないか」キョトン

803: 2015/10/05(月) 22:25:37.41 ID:EBRSyeJ50
白雪「そ、そういうわけではなくてっ!外です、外のお店です!」ブンブン

整備兵「外?ああ、そういうことか……って、外!?」

整備兵(つ、つまりあれか?白雪は俺をディナーに誘ってるってことなのか……?)

整備兵「えーと……ちなみに、俺と白雪以外は誰が来るんだ?それとも……そうか!鎮守府の皆で行くとか……」

白雪「わ……私と整備兵さんだけ、です」ウツムキ

整備兵「ふ、二人なのか……!?」

整備兵(どういうことだ!?二人でディナーに行く、しかも男女となると俺だってそういう想像をしてしまうが……)

整備兵(……いやいやいや、有り得ないだろ。なんて自意識過剰なんだ。俺は別段モテるタイプじゃないし、白雪だって俺のことは同僚としか思っていないはずだ)

804: 2015/10/05(月) 22:26:07.33 ID:EBRSyeJ50
整備兵「そ、それで、どうして急に?何か、理由でもあるのか……?」

白雪「……///」プクー

整備兵(睨まれたって、一体どうすれば良いんだよ……!?)

整備兵(……はっ。もしかして、また龍驤の奴が何か入れ知恵をしたんじゃ……)キョロキョロ


龍驤「……お」サッ

龍驤「整備兵はんがウチを怪しんでるわ」モノカゲ

漣「えっ、どうしてそんなことが分かるんですか……」モノカゲ

龍驤「どいつもこいつも分かりやすいんや。自分で言うのも何やけど、ウチは空母として、偵察と隠密行動においては一流……」

漣「分かりましたから、とにかくもっとこっち入ってくださいよ。見つかったらコトですから」グイグイ

805: 2015/10/05(月) 22:27:05.98 ID:EBRSyeJ50
整備兵(龍驤のことだから、何かしていれば面白がって見に来ると思ったが……流石にこんな趣味の悪い冗談は無かったか)フゥ

整備兵(だが本当に、なぜ白雪は俺と夕飯なんて……ん、まさか)ピコーン

整備兵「白雪、もしかして……」

白雪「……!は、はいっ」ドキドキ

整備兵「肩揉みのときみたいに、俺を気遣ってくれてるんだな?」ドーン


漣「何ですかこの甲斐性無しは……」イライラ

龍驤「まあまあそう言わへんといてや。まだ、整備兵はんの方が白雪を好きになるかは分からへん」ヒソヒソ

漣「いやいや。整備兵さんごときが白雪ちゃんを振るなんて、それこそ贅沢も贅沢、大贅沢というものですよ」ジー

806: 2015/10/05(月) 22:27:37.67 ID:EBRSyeJ50
白雪「じ、実は……そういう理由も、あったり……」

整備兵「ああ、やっぱりそうか!確かに、白雪と出かけたら疲れも取れそうだな」ウンウン


漣「……これもうダメなんじゃないですか?」ドンヨリ

龍驤「酒や……酒の力を信じるんや……」ジッ


整備兵(……しかしどうしたものか。もちろん、俺は白雪と夕飯を食べに行くのは嫌じゃない。というか、絶対楽しいだろう。いつも白雪と作業しているときも、飛ぶように時間が過ぎる)

整備兵(だが、後のことを考えると……つまり、俺と白雪の仲を周りに勘違いされたらと考えると白雪に良くないな。これもまた、喜び勇んで噂を流しそうな奴がいるし……)


龍驤「……あ、何やくしゃみ出そうや。誰かがウチのこと考えとるで」ヒソヒソ

漣「やめてくださいよ!それは流石にバレますって!」ヒソヒソ

807: 2015/10/05(月) 22:28:09.10 ID:EBRSyeJ50
整備兵(それに下手をしたら、白雪の見た目的に俺がその……少女趣味の烙印を押される可能性もある。もちろん艦娘に大人も子供も無いし白雪のことも可愛いと思うが、俺は白雪を絶対そういう目線で見てはいけない立場の人間だ……と何となく思う。そうなることも、そうなったと思われることも避けなければ)

整備兵(……となると、白雪への返答はただ一つだ)

整備兵「白雪、気持ちは嬉しいけど、この時期に俺達だけ出かけるのは皆にも悪い。それに何度も言うようだけど、普段から白雪には、鎮守府の中にいるときでも助けられてる。だから……」

白雪「……」シュン

整備兵「……だから、行こう!夕飯!」

白雪「……はい、分かり……えっ!?」


漣「もう何か、支離滅裂ですね……」ズーン

龍驤「うーん……これは案外、整備兵はんの方もまんざらやないみたいやな。希望が持てるわ」ニッ

漣「まあ、結果的には良い方に転びそうですけど……危なっかしいですねコレ」

808: 2015/10/05(月) 22:28:38.49 ID:EBRSyeJ50
整備兵(……まずい。気がついたら、言おうと思っていたことと逆のことを口走っていた)

整備兵(気の迷いなんかに負けるな。ほら、今度こそ、きちんと言い直して大人の対応をするんだ……!)グッ

整備兵「じゃなくて、俺が言いたいのは……」

白雪「よ、良かった……です。楽しい食事になるように、私、頑張ります」ニコ

整備兵「いや、頑張るとかそういうものじゃないさ。こういうのは、一緒に楽しむものだと思うぞ」ニコ

白雪「そう……ですね」ニコ

整備兵(……はっ)

整備兵(ダメだ……まるで口が言うことを聞かない。話をすればするほど、どんどん逆の方向へ進んでいるようにしか……)

809: 2015/10/05(月) 22:29:07.54 ID:EBRSyeJ50
工廠妖精A「……整備兵殿、お取込み中ですけれども時間は大丈夫なんですかい?」

整備兵「え……あ、ああ。もう食堂に行かないと……白雪、そろそろ帰る時間だ」

白雪「はい、では片付けを手伝いますね」

バタバタ

工廠妖精A(全く、こういうことは別の場所でやってほしいんでさぁ)

工廠妖精A(……そういえば、奴は!?)クルッ

工廠妖精B「」ボーゼン

工廠妖精A(まあ、これだけ見せつけられれば当然ですかな……)ハァ

工廠妖精A「よいしょっと」グイッ

工廠妖精B「」ズルズル

810: 2015/10/05(月) 22:29:40.09 ID:EBRSyeJ50
【飲み屋】

整備兵(それで、どうしてこんなことになっ……)

白雪「」ゴクゴクゴク

白雪「ぷはぁっ!……どーしたんですか、せーびへーさん。お酒が全然減ってませんよ!」ゴトッ

整備兵「おい……もう、そのくらいにしておいた方が……」

白雪「何言ってるんれすか!私のお酒が、飲めないとでも言うんれすか!」カオマッカ

整備兵「別に、そういうわけじゃないが……」

整備兵(店に来て、食事だけでなく酒もあると知ったときに止めるべきだったか……まさか、白雪がこんなに弱いとは)

811: 2015/10/05(月) 22:30:06.96 ID:EBRSyeJ50
整備兵(それによく考えたら、白雪の服は一般人から見ればただのセーラー服だ。その姿でこんな目立つような酔い方をしているんだから……)

店主「」ジロジロ

客「」ヒソヒソ

整備兵(……あらぬ誤解を大量に生み出している気がするぞ)

白雪「大体ですね……整備兵さんは、酷い人なんです!薄情者です!」バンッ

整備兵「お、俺がか……!?」

白雪「そーです!私は今までずーっと整備兵さんと一緒に働いてきたのに、この頃は何だかよそよそしいから!」

整備兵「え?まさか、そんなことは……」

812: 2015/10/05(月) 22:30:36.64 ID:EBRSyeJ50
白雪「あるんです!最近は明石さんとばっかり一緒にいますし!私が修理に誘ってもすぐ断っちゃいますし!」

整備兵「う、それは……」

白雪「だから酷いんですよ!私はこんなに楽しみにしてるのに、整備兵さんは……」ブツブツ

整備兵(そんなに作業を楽しんでいてくれたのか……こういう状況では呑気な感想だけど、そのことは嬉しい)

整備兵「ご、ごめんな。明石が寄越日へ戻ったら、また前みたいに……」

白雪「それじゃダメなんれすっ!」ガタッ

整備兵「」ビクッ

813: 2015/10/05(月) 22:31:07.05 ID:EBRSyeJ50
白雪「整備兵さんは、私よりも明石さんの方が大事なんですか!私よりも明石さんの方が好きだから、そーやって私に我慢させるんですか!」

整備兵「すっ……好き!?いや、そ、そういう問題じゃないだろ?」アセアセ

整備兵(おい……まさか、俺と明石がそういう関係だと疑ってるのか!?その誤解は、俺と明石両方のために何としても解かないと……!)

白雪「そーいう問題なんです!私があんまり機械のことも知らなくてちんちくりんだから、整備兵さんは私に意地悪するんです!」

整備兵「ち、ちんちくりん……」

白雪「私は整備兵さんと一緒にいたいだけなのに、整備兵さんは、整備兵さんは……」グスン

整備兵「泣くなよ白雪……っ!?ま、待て待て。一緒にいたいだけって、その言い方はちょっと勘違いの原因になるというか……」

整備兵(まるで、白雪が俺のことを……何だ、す、好きみたいな)

814: 2015/10/05(月) 22:32:07.74 ID:EBRSyeJ50
白雪「かんちがいじゃありませんっ」ポロポロ

整備兵「勘違いじゃない……!?」

整備兵(う、嘘だろ?そんな、ベタな映画みたいなことが起こるわけ……)

白雪「言っておきますけど、わたしは明石さんに嫉妬してるんれす……うぅっ、ぐすっ……だからっ」

整備兵「嫉妬って、それじゃ……」ドキッ

整備兵(もう、言ったも同然じゃないか……!?こ、このまま言わせて良いのか?早く、何か俺に今言えることは……!)

白雪「わたしは、整備兵さんの、ことが――」ズイッ

整備兵「し、しらゆ――」

815: 2015/10/05(月) 22:32:37.58 ID:EBRSyeJ50
パタリ

整備兵「……あ、れ?」

白雪「すぅ……すぅ……」コテン

整備兵「……はぁ」グッタリ

整備兵(寝た、のか……)

店主「……お客さん。その女の子、潰れたんならさっさとおぶるか何かして持って帰ってほしいんだけど」ジロリ

整備兵「す、すいません!すぐ帰りますんで!本当に、ご迷惑おかけしました!」ペコペコ

816: 2015/10/05(月) 22:33:06.66 ID:EBRSyeJ50
店主「まあ、良い見世物にはなったからそれで帳消しにしといてやるよ」

整備兵「へ……?」

客「」パチパチ

イヤーオモシロカッタゼー

ソノオジョウチャンサイノウアルワー

ナンノサイノウダヨーハハハ

整備兵「……っ!///」カーッ

817: 2015/10/05(月) 22:33:41.61 ID:EBRSyeJ50
ガラッ

店主「ほら、これ女の子のカバン」

整備兵「本当に、本当にすみません……手がふさがってるので、首にかけてください」

店主「ほい。あんたらはね、来る店を間違えてるんだよ。あんた達みたいなのはあっちの建物の管轄さ」

整備兵「あっち……?」クルッ

整備兵(なになに、HOTEL……)

整備兵「って、店主さん、冗談きついですよ……!」アセアセ

店主「へっへっへ。弄りがいのある兄ちゃんだ。ま、これに懲りたら、酒と女には気を付けるこった」

ピシャッ

818: 2015/10/05(月) 22:34:07.08 ID:EBRSyeJ50
整備兵「はぁ……やってしまった。もうとてもこの店には来れない」ポツン

整備兵「……」チラッ

『HOTEL NIGHTFALL』

整備兵「……」ゴクリ

整備兵(……おい、どうして唾飲んだ)ガンッ

整備兵「痛っ」

整備兵(うん、俺までおかしくなったら終わりだよな。とりあえず、あと何回か壁に頭ぶつけて落ち着こう……)ガンガン

819: 2015/10/05(月) 22:34:45.19 ID:EBRSyeJ50
【港】

整備兵「……」スタスタ

整備兵(白雪をおぶって歩くのも、これで二度目か……)

白雪「……ぅぅ」

整備兵(この前は何も考えずただ走っただけだったが……今は違う)


白雪『わたしは、整備兵さんの、ことが――』


整備兵(俺はああ言われて、その先に何を予想していたんだ?そしてその予想が実現した場合、断りたいと思っていたのか?)

820: 2015/10/05(月) 22:35:13.78 ID:EBRSyeJ50
整備兵(白雪は良い子か?そうだ。優秀な補佐官か?そうだ。気の合う仲間か?そうだ。……何だ、俺は白雪のことを全然嫌っていないじゃないか)

整備兵(しかしだからと言ってそれは……そういう意味での好きになるのか?いや、そんなに厳密に考える方がおかしいのか……?)

整備兵(そして、もしもそうなるとして、それならみんな幸せになれるのか?見た目関連の俗な話を除いても、白雪は艦娘で俺は軍人なわけだ。他にも艦娘はいるし、提督も……)

整備兵「……はぁ。やっぱり、何でもかんでも考えすぎか?」

整備兵(でも、とにかく何事も考えないよりはマシじゃないか。思考あっての行動……整備と同じだ)

白雪「せいびへいさん……」ギュッ

整備兵「!」ビクッ

整備兵(……い、今はあまり考え事に適した時間じゃないな)バクバク

821: 2015/10/05(月) 22:35:39.74 ID:EBRSyeJ50
漣「あれ、整備兵さんじゃないですか?」オーイ

龍驤「ホンマや。もう少し遅いかと思ったんやけど。白雪はどこに……あ、おぶわれとるんか」

漣「どうしたんでしょうか……?」

龍驤「十中八九潰れとるんやろ。平気や平気、風呂入ればすぐ治るわ。艦娘舐めたらアカンで」ケラケラ

龍驤「――整備兵はーん!白雪、そんなに酒弱かったんかー?」フリフリ

整備兵「……ああ、そうだよ!おかげでこの有様だー!」ゲッソリ



整備兵「――漣、龍驤。ただいま」スタスタ

漣「白雪ちゃん、大丈夫ですか?……うっ、お酒の匂いすごいですね」

822: 2015/10/05(月) 22:36:06.85 ID:EBRSyeJ50
整備兵「ああ。今は寝てるだけだ。心配なのは二日酔いか……いや、艦娘は二日酔いとかしないのか?」

龍驤「寝てる白雪に変なことしてへんか?」ニヤニヤ

漣「へっ……!」ドキドキ

整備兵「してねえ!……ところで龍驤、やっぱり今回の件もお前が一枚噛んでるな?」ジロッ

龍驤「さあ?どうしてそう思うんや?」

整備兵「さっき俺に手を振りながら言っただろ、『酒弱かったんか』って。でも、俺も白雪もみんなには夕飯に行くとしか言ってないはずだ。酒を飲むことを龍驤が知っているはずが無い」

龍驤「……」

整備兵「それなのに、酒の匂いも届かないくらい離れていて、しかも俺の陰になってよく見えない白雪の状態を当てて見せた。疲れたとか怪我をしたとか、他にも考えられる理由があるのにだ」

823: 2015/10/05(月) 22:36:37.85 ID:EBRSyeJ50
漣「……」チラッ

龍驤「……うん、合ってるわ。ええ推理やった。実は今回の件、ウチと漣の全面後援や」

整備兵「やっぱりか……それで、理由は何だ?」ハァ

漣「最初にそれを聞かれると、漣も龍驤さんも思ってました。……白雪ちゃんの、恋愛相談ですよ」シレッ

整備兵「……!?」

龍驤「白雪の気持ちの整理を手伝って、その後チャンス作りを手伝ってあげたんや。……ま、流石に今日のことは詮索したりせえへんから安心してええで」

整備兵「な……」

824: 2015/10/05(月) 22:37:07.34 ID:EBRSyeJ50
龍驤「せやけど、もしも今日『何かあった』んやったら……せいぜい慎重かつ大胆に動くんやで。ウチの言いたいことはそれだけや」ヒラヒラ

漣「結局、白雪ちゃんの話をちゃんと聞いてあげてほしいってことですよ」ウンウン

整備兵「ま……まさか龍驤、この話に持っていくために、わざとさっき隙を見せて……!」ハッ

龍驤「……縁の下から支えるんやったら、力やなくて頭も使わへんとアカンのや」ニヤリ

漣「それでは、白雪ちゃんは漣たちが宿舎まで送りますから♪」ヨイショッ

龍驤「整備兵はんも、もう帰ってええで。どうせ今夜は白雪も目を覚まさへんやろうし。最低限のフォローはウチらでしとくわ」ヨッコイショ

スタスタ

整備兵「え、お、おい……」ポツーン

825: 2015/10/05(月) 22:37:39.18 ID:EBRSyeJ50
龍驤「寝てるやつっちゅうのは結構重いもんやな。ウチは軽空母やから、馬力には自信あらへんで……」スタスタ

漣「やっぱり、漣がおぶりましょうか?」

龍驤「ええってええって。宿舎に着いてからは同室の漣に任せるわけやし。それに、元はといえば呑ませる案を出したのもウチや」

漣「まあ、確かにこれはちょっとやり過ぎだと思いますけど」ジトー

漣「……でも、どうだったんでしょう?白雪ちゃん、少しは本心を伝えられたんでしょうか?」

龍驤「ウチの観察眼はそう言ってるで。大きく状況が動いたのは確実や。さっきの整備兵はん、明らかに動揺して……」

白雪「……ん、ぅ」モゾモゾ

826: 2015/10/05(月) 22:38:07.40 ID:EBRSyeJ50
漣「白雪ちゃん、目、覚ましたんじゃないですか?」

龍驤「え?ああ、これは違うやろ。夢うつつなだけではっきりとは……」

白雪「りゅうじょう……さん、そんなに心配しなくても……」ボソボソ

龍驤(何の話やろ。寝言やろか)

漣「何か言ってます……?」

白雪「またせいびへいさんと、本をよんであげて……ください……」ブツブツ

龍驤(……!)

827: 2015/10/05(月) 22:38:41.83 ID:EBRSyeJ50
龍驤「何やて?」

白雪「すぅ、すぅ……」

漣「今、白雪ちゃんが何か言いませんでしたか?」クビカシゲ

龍驤「……ウチもよく聞こえへんかったけど、寝言やな」

漣「そうですかー……ふわぁ」ノビー

龍驤(万事上手いことやったはずが、まさか本人に気を遣われるとは思わへんかったわ)

龍驤(……油断大敵、これは縁の下失格やなぁ)ニヤッ

835: 2015/10/12(月) 01:50:47.14 ID:q6iK4oll0
【数日後】
【資料室】

龍驤「そういえば、明石はんが昨日の夜帰ったんやって?」パラパラ

整備兵「ああ。妖精の調査についてはもちろんだが、開発関連でも色々と情報が得られたよ」ペラリ

龍驤「これでようやく、白雪に平穏が訪れるんやな」

整備兵「やめてくれ……第一、白雪はあのときのことを覚えてないんだ」

龍驤「残念やったなー……。覚えてれば、また楽しめたんやけど」ケタケタ

整備兵「おい」

836: 2015/10/12(月) 01:51:15.66 ID:q6iK4oll0
龍驤「冗談や冗談、半分くらいは。にしても整備兵はん、白雪が忘れてるとは言うても、明石はんが帰った途端またこんなところにウチと二人っきりで居てええんか?」ニヤッ

整備兵「もちろんそのくらいの考えは働くよ。龍驤には悪いが、俺だって色々理由を付けて控えようとした。……しかしその白雪本人が、龍驤との読書会は有意義だからどうしても続けろって言うもんだからさ」

龍驤「はぁ……?」

整備兵「そう言われたら、何とも言い返せないじゃないか。白雪のために控えるって言ったって、白雪が何も覚えていなかったら……」

龍驤「そらそうやけど……」

龍驤(不自然やな……白雪が整備兵はんを好きなんは変わっとらんはずやし。白雪の目的は何なんやろか)クビカシゲ

龍驤(……もし、単にウチが嫉妬の対象になる女として見られとらんっちゅうことやったら、悲しいわ)ハァ

837: 2015/10/12(月) 01:52:07.43 ID:q6iK4oll0
【工廠】

整備兵「……」カーンカーン

工廠長「おう若造、スランプは脱したか?」

整備兵「スランプ?」

工廠長「最近、整備の調子が出なかったみたいじゃねェか」

整備兵「その話か……何か、いつの間にか治ったみたいだ。というか、スランプとは言っても短い間だけどな」カチャカチャ

整備兵(明石が来てしばらく経った頃に始まって、今日は嘘のように綺麗さっぱり治っているから……数日間といったところか。整備を始めてすぐの頃のスランプよりも短いな)

工廠長「まァ、若い奴にはそういうムラが付き物だ。たるまず励むんだな」バシッ

整備兵「いてっ。……了解しました、だ」

838: 2015/10/12(月) 01:52:39.94 ID:q6iK4oll0
白雪「整備兵さん、装備の開発が終わりました」スタスタ

整備兵「ありがとう、白雪」

整備兵(白雪と夕飯を食べに行った次の日、目を覚ました白雪は前日の夜のことをすっかり忘れていた。酔い潰れるとそういうことも起こるらしい)

白雪「ところで、開発自体は成功したんですが少し問題が……」

整備兵(ともかくその結果、白雪は以前と変わらない様子で俺に接している)

白雪「ようやく、全空母の戦闘機を紫電改二へ更新できました。ですがそのことで、旧式の零戦が大量に余ってしまい倉庫を圧迫していて……」

整備兵(しかし一応、俺は白雪の本音……のようなものを聞いてしまったわけだ。今は何となく俺の方も普段通りの態度を装ってしまっているが、このまま状況を放置するのは良くないんじゃないか……とは思う)

白雪「……整備兵さん、聞いてますか?」ジトー

839: 2015/10/12(月) 01:53:08.24 ID:q6iK4oll0
整備兵「え、ああ、もちろん聞いてるぞ」アセアセ

整備兵「倉庫が圧迫、倉庫が圧迫……とりあえず、一世代前の五二型は工廠で保管しよう。使う必要が出てくるかもしれない。二世代前の二一型は……将来的には廃棄だけど、具体的な日を決めるまで別のところに置ければ良いんだが」

白雪「工廠以外の場所で、邪魔にならなくて、廃棄するときにすぐ取り出せる場所ですか……」ウーン

整備兵「執務室で良いかな。いつも誰かしらがいるし、言っちゃ悪いけど無駄に広い。俺が提督に頼んでおくよ」

白雪「ありがとうございます」ニコ

整備兵「……」ドキ

白雪「どうかしましたか?」キョトン

整備兵「……何でもない」

840: 2015/10/12(月) 01:53:37.37 ID:q6iK4oll0
【翌朝】
【提督執務室】

整備兵「休暇……」

白雪「……ですか?」

提督「そうだ。鎮守府では全員に一定の休暇を与えている。二人も着任してから日が経ったので、休暇を与えるということだ」

整備兵「何日間だ?」

提督「最初だからな。それぞれ一日ずつだ」

整備兵「み、短いな……」

841: 2015/10/12(月) 01:54:07.59 ID:q6iK4oll0
白雪「いつが休暇になるんですか?」

提督「それは自由に決めてもらって構わない。連絡をしてくれれば、こちらで出来る限り予定を合わせる。休暇中は普段と違って、鎮守府外へ出ることも可能だ」

整備兵(自分で決めた日に休暇兼外出許可……有給休暇みたいな扱いか?)

提督「……まあ予定を合わせるとは言っても、それは白雪だけだ。整備兵の労働計画は俺でなく工廠の方で決めているから、休暇が欲しくなったらそっちに直談判するんだな」

整備兵「工廠長にか……」ズーン

整備兵(あまり予定を合わせてなんてくれなさそうだ。一日分休暇があるとはいえ、本当に丸一日休めるとは思わない方が良いな……)

842: 2015/10/12(月) 01:54:38.45 ID:q6iK4oll0
【港】

整備兵(休暇か……取ったとしても、することなんて……)スタスタ

漣「お客さんお客さん」モノカゲ

龍驤「良い情報があるで?」テマネキ

整備兵「……二人とも、そんなところで何やってるんだ」

漣「ですから、有用な情報があるって言ってるじゃないですか」

整備兵「有用な……って、何だ?」

龍驤「ウチらも早いとこ訓練に行かなアカンから、手短にいくで。……整備兵はん、休暇もらったやろ」

843: 2015/10/12(月) 01:55:08.65 ID:q6iK4oll0
整備兵「まあな」

漣「ということは、着任日が同じですから白雪ちゃんももらいましたよね」

整備兵「そうだが……」

龍驤「そして整備兵はんは今、休暇の使い道がいまいち無くて困ってる。そうやろ?」

整備兵「あ、ああ……」

漣「そこで漣たちから、ぴったりの使い道の提案です」

龍驤「ずばり、これや」ピラッ

整備兵「えーと……地元の夏祭りのビラか。俺は、祭りにはそんなに……」

844: 2015/10/12(月) 01:55:38.43 ID:q6iK4oll0
漣「あーもう、じれったいですね……」イライラ

龍驤「絶好の機会やと思わへん?」

整備兵「何のだ?」

龍驤「……白雪を連れ出す機会、や」

整備兵「……!」

漣「忘れたとは言わせませんよ、この前のこと。……何があったかは分かりませんけど、いくら白雪ちゃんが覚えていなくても整備兵さんは覚えているはずなんですから」

龍驤「結局整備兵はんは、そのとき白雪と納得いくまで話が出来たんか?」

整備兵「……」

845: 2015/10/12(月) 01:56:08.01 ID:q6iK4oll0
龍驤「ま、今の様子を見るとそうやろなぁ……でも、このままうやむやに出来る話でもあらへんし、時間が経てば経つほど話しづらくなるやろ。早いところ、二人で真正面から話した方がええんとちゃうか?」

整備兵「真正面から……か」

漣「……でないと、白雪ちゃんに誠実じゃないと思いますヨ」プイ

整備兵「……」

龍驤「整備兵はんが思うことを、そのまま話せばええんや。……これは白雪にも言ったようなことなんやけど」

整備兵「……分かった。漣、龍驤、ありがとう。このビラもらって良いか?」

龍驤「もちろんや。ちなみにこの祭り、今夜やで」

846: 2015/10/12(月) 01:56:40.20 ID:q6iK4oll0
整備兵「今夜!?……い、いや、大丈夫。今からでも間に合うはずだ」

漣「その意気です」

整備兵「それじゃ、訓練頑張れよ。俺も工廠に急がないと」ダッ

タッタッタッ……

漣「ふぅ。ありがとうございました」

龍驤「ええって。……でも、流石にここまで世話を焼く必要があるんやろか?漣がどうしてもっちゅうから手伝ったけど……」

漣「漣が、あの二人はこのままじゃもったいないと思ったので」

龍驤「……ほーん」

847: 2015/10/12(月) 01:57:07.95 ID:q6iK4oll0
【夜】
【宿舎前】

整備兵「」ジリジリ

整備兵「」ウロウロ

白雪「す、すみません。待ちましたか……?」

整備兵「しっ白雪!いや、待ってないぞ。今来たところだ……って、それは……!」ドキ

白雪「あの、漣ちゃんが貸してくれた浴衣、着てみたんです。私は、わざわざ着なくても良いよって言ったんですけど……」モジモジ

整備兵(白地に、薄い水色と紫色の紫陽花が控えめにあしらわれたシンプルな浴衣だ。白雪の雰囲気にとても合っている)ジー

848: 2015/10/12(月) 01:57:37.78 ID:q6iK4oll0
白雪「どう、ですか……?」ファサ

フワリ

整備兵(首元がはだけてうなじが……髪も、さらさらだな……)ボー

白雪「……?」

整備兵「え?あ、ああ、似合ってると思うぞ……凄く」メソラシ

白雪「良かったです……///」ウツムキ

整備兵「そ、それじゃあ早速行くか。休みとはいえ、あまり帰りが遅くなるとまずいし」

白雪「は、はいっ」

849: 2015/10/12(月) 01:58:07.11 ID:q6iK4oll0
【祭り会場】

ワイワイ

白雪「たくさん人がいますね……」キョロキョロ

整備兵「まあ、今のご時世こういう催しは少ないからな。たまの祭りに皆集まるんだろう」スタスタ

整備兵(祭りの屋台には、不足している金属やら電気やらを使うものが少ない。大体が火か人力でできるものだから、全く開けなくなるということは無いみたいだ)

整備兵(規模は以前より小さくなったとはいえ、こういう祭りは全国で細々と続けられているらしい。人間は、やっぱり娯楽が無いと生きていけないのだと思う)

整備兵(もちろん沿岸の地域には、深海棲艦を引き寄せる可能性があるとして今も厳しい灯火管制が敷かれている。こういうことができるのはある程度内陸の場所だけだ)

850: 2015/10/12(月) 01:58:38.89 ID:q6iK4oll0
白雪「……でも、どうして急にお祭りに誘ってくれたんですか?」

整備兵「ええと、だな……白雪に見せてあげたかったんだ。お祭りをさ。白雪はまだ鎮守府から出たこと自体が一回しか無いわけだし」

整備兵(まだ焦ることは無い。まずはゆっくり、白雪と祭りを楽しめば良いんだ……)

白雪「確かに、道がこんなに人で埋まっているのは初めて見ました……」

整備兵「そうだろ?こういう祭りができるのも、白雪達が頑張ってくれてるおかげだ」

白雪「整備兵さんや提督さんも、です」ニコ

整備兵「ははっ、照れるな……」

851: 2015/10/12(月) 01:59:07.03 ID:q6iK4oll0
ガヤガヤ

整備兵(また一段と人が増えてきたな……)

整備兵「白雪、混んできたけど大丈夫か?」

白雪「大丈夫だと思います……でも、少し声が聞き取りづらくて」

ワイワイガヤガヤ

整備兵(確かに良く聞こえなくなってきたし、歩きづらい。白雪は慣れない服装だし心配……)ハッ

整備兵(こういうときこそ、ちゃんとリードしてあげるのが俺の仕事じゃないのか?)

852: 2015/10/12(月) 01:59:37.37 ID:q6iK4oll0
整備兵(しかし……いや、躊躇うのはやめよう。まず行動、行動だ……)スーハー

ギュッ

白雪「」ビクッ

白雪「せ、整備兵さん……!て、手が……!?」ワタワタ

整備兵「い、今だけ、はぐれないように繋いでおこう。心配だ」メソラシ

白雪「わわ、分かりました……」ギュッ

白雪「……///」プシュー

853: 2015/10/12(月) 02:00:06.71 ID:q6iK4oll0
【射的屋】

整備兵「うーん……」ジッ

整備兵「」パンッ

スカッ

整備兵(ダメだ。まるで当たらない。軍人とはいえ、整備兵は小銃の扱いも最低限しか習わないからな……)

白雪「適切な姿勢、適切な操作、適切な思考……呼吸を頃し、ぶれを頃し、迷いを頃す……弾が相手を撃ち抜く様子を、目の前の光景に投影する……」スッ

白雪「」パァン

スコーン

854: 2015/10/12(月) 02:00:38.74 ID:q6iK4oll0
店主「ひぇっ……一等だ。お嬢ちゃん何者だい?」ビクビク

整備兵「上手い……流石、訓練してるだけあるな」

整備兵(言ってることが怖かったけど)

白雪「はい。毎日、神通さんに教えてもらっていますから♪」ニコニコ

客「笑ってやがる……ありゃ、もう何人か殺った奴の目だぜ……」ヒソヒソ

客「ああ、間違いねえな……」ヒソヒソ

白雪「そ、そんな……」ガーン

整備兵(今のはそう見えても仕方ないだろうな……)

855: 2015/10/12(月) 02:01:07.47 ID:q6iK4oll0
【金魚すくい屋】

金魚「」ビチビチ

整備兵「ほいっ」ポイ

白雪「……」スッ

金魚「」ビチィ!

白雪「あ、また破れちゃった……」ショボン

整備兵「ほいっ、ほいっ、ほいっ……」ポイポイ

856: 2015/10/12(月) 02:01:37.85 ID:q6iK4oll0
白雪「す、すごい……。どうしてそんなに取れるんですか……!?」

整備兵「ポイは構造的に、強度があるところとないところがあるんだ。強い部分に金魚を乗せれば、そうそう破れない」

白雪「やっぱり、手先が器用なんですね」

整備兵「ま、まあそうかもな。仕事柄、必要なことだよ」ハハハ

店主「それ、全部持って帰りますか……?」ビクビク

整備兵「い、いえ!流石にそんなことは!」ブンブン

店主「ほっ……」

857: 2015/10/12(月) 02:02:07.09 ID:q6iK4oll0
【食べ物屋】

整備兵「ほら、何でも食べたいもの選んで良いぞ?」

整備兵(この言葉、一度言ってみたかったんだよなぁ……)ホロリ

白雪「で、でしたら、あれを……」

整備兵「チョコバナナか。……おやじさん、チョコバナナ一つ!」

店主「あいよー」スッ

白雪「ありがとうございます。……バナナの周りに、こんなにチョコが付いてるんですね。贅沢です」クルクル

858: 2015/10/12(月) 02:02:37.40 ID:q6iK4oll0
整備兵「間宮さんもチョコバナナは作らないもんな。しかし、バナナなんて特に贅沢品なのに……おやじさん、このバナナ、どこのです?」

店主「南西諸島産だよ。貨物船の定期便が運行を再開してくれたから、仕入れられたんだぜ」

整備兵「それは嬉しい話ですね……あ、焼きそばください」

店主「ほい」スッ

整備兵(こうして、俺達の仕事が国民のためになっている。そういう意味でも、整備兵になって良かったな……)クルッ

白雪「これ、結構……外のチョコだけ食べてもおいしいですね……」ペロペロ

整備兵「ぶっ」ゲホゲホ

白雪「?」ハムハム

859: 2015/10/12(月) 02:03:07.45 ID:q6iK4oll0
整備兵「何でもない、何でも。おいしいなら良かった。間宮さんに教えてあげたら、お菓子作りの参考にしてくれるかもしれないぞ」アセアセ

整備兵(浴衣姿を見たときと言い今と言い、そういう思考に走り過ぎだ!大人としてどうなんだそれは!)ガツガツ

整備兵「……」チラッ

白雪「ごちそうさまでした。街には、こんなにおいしいものがあったんですね!」キラキラ

整備兵「気に入ったみたいで良かった。ちょっと待ってくれ、俺もすぐ食べ終わるから……ん?白雪、チョコ付いてるぞ?」

白雪「えっ、どこですか?」

整備兵「鼻の横の辺りだ。そっち側じゃなくて、ここだ」サッ

白雪「あ……///」

整備兵(と、とっさに拭ってしまった……!)ハッ

860: 2015/10/12(月) 02:03:37.53 ID:q6iK4oll0
白雪「ありがとうご、ございますっ!///」ペコペコ

ポトッ

整備兵「し、白雪!串落としたぞ!」

白雪「す、すみません……!」ヒロイヒロイ

白雪「……あっ。整備兵さんも頬にソースが……」

整備兵「うわ、本当か?」ゴシゴシ

白雪「反対ですよ」セノビ

キュッ

白雪「はい、取れました。……って、あれ……!?」ハッ

ポトッ

白雪「整備兵さん、は、箸がっ!」ワタワタ

861: 2015/10/12(月) 02:04:07.20 ID:q6iK4oll0
【土産物屋】

整備兵「土産物屋……ちょっと見て行くか」

白雪「わー……」キラキラ

整備兵(すっかり夢中だな……ちょっと自由に見せてあげるか)

整備兵「この並びは全部土産の露店だ。しばらく別れて回ってみるか?」

白雪「はい!」ニコニコ

862: 2015/10/12(月) 02:04:37.38 ID:q6iK4oll0
白雪(……色々なものがあるんだなぁ)トコトコ

店主「はい御守り!御守りはいらんかねー!」

白雪(御守り……ここ、神社じゃないよね……?)

店主「お嬢ちゃん、御守りに興味あるのかい?」

白雪「いえ、神社以外に御守りがあるとは思わなくて……」アセアセ

店主「ここの御守りは別に霊験あらたかってわけじゃないからね。もう少し娯楽向きの御守りよ」

白雪「どんな御守りがあるんですか?」

863: 2015/10/12(月) 02:05:07.18 ID:q6iK4oll0
店主「何でもあるよ。健康、勉学、交通安全は当たり前、鳥のフンが落ちてこない御守りに、タンスの角に小指をぶつけない御守り……ま、可愛いお嬢ちゃんに一番関係ありそうなのは恋愛かな?」ニヤッ

白雪「れ、恋愛……///」カーッ

白雪(どうしよう、か、買っちゃおうか、な……)

店主「」ニヤニヤ

白雪「……えっ、遠慮します!かわりに、これ二つお願いします!」

店主「え、これで良いのかい?本当に?」

白雪「良いんです!」

864: 2015/10/12(月) 02:05:37.09 ID:q6iK4oll0
整備兵「何か、良いものは見つかったか?俺はいまいち欲しいものが無かったよ」

白雪「御守りを買いました。整備兵さんの分は……これです」

整備兵「開けても良いか?」

白雪「……は、はい」

整備兵「ふむふむ……『武運長久』か。ちょっと違うかもしれないけど、確かに俺向きだな。白雪の分は?」

白雪「私も同じもの……です」

整備兵「はははっ、白雪はやっぱり真面目だな。もっとふざけたやつを買っても良いのに」

白雪「わ、笑わないでください!私は本当に、整備兵さんの無事を祈ってこの御守りを買ったんですから!」プクー

整備兵「ごめんごめん。ありがとな、白雪。もちろん俺だって、白雪の無事を祈ってるよ」

865: 2015/10/12(月) 02:06:07.45 ID:q6iK4oll0
【港】

白雪「今日は楽しかったです。……あっという間のお祭りでした」

整備兵「俺も同じだよ。白雪は初めての祭りが楽しめたし、俺も何年ぶりかの祭りを堪能できた。短かったけど、良い休暇だった」ニコ

整備兵「……あのさ、白雪」

白雪「何でしょう……?」

整備兵「まだ門限まで時間があるから、そこの岸壁にでも座って少し話さないか?」

白雪「……はい」

866: 2015/10/12(月) 02:06:37.93 ID:q6iK4oll0
ザザーン ザザーン

整備兵(もう、夜風が少し冷たい季節になってきたな)

整備兵「……」スーハー

白雪「……」

整備兵(……よし)グッ

整備兵「白雪は覚えてないだろうけど……この前、俺と夕飯を食べに行った日、俺と白雪は結構大きい話をしたんだ」

白雪「……」

整備兵「そこでした話の内容は、わざわざ改めて説明する必要は無いんだけど……まあ、白雪が説明してほしければするよ。とにかく、大事な話だったんだ」

白雪「……」

867: 2015/10/12(月) 02:07:07.59 ID:q6iK4oll0
整備兵「そ、それでだ、どうして説明する必要が無いかと言うと、これから俺がする話を聞いてもらえばその内容もほとんど分かるからなんだ」

白雪「……」

整備兵「で、その話の方が重要で……つまり、俺はこの鎮守府に来てからずっと白雪と一緒に働いてきたわけだけど、仕事でもそれ以外でも、白雪と何かしてるときはいつも楽しくてさ」

白雪「……」

整備兵「どうしてなのか考えて思ったのは、やっぱり白雪だからだってことだけだった」

白雪「……」

整備兵「結局言いたいことは、俺は、その……だな、つまり、白雪の、」

白雪「……すみません」

整備兵「」エッ

868: 2015/10/12(月) 02:08:07.45 ID:q6iK4oll0
整備兵(すみません……すみません?すみませんだって?すみませんってつまり、こういう場合、お断りですって意味だよな?と、ということは……)

白雪「すみません、実は……一緒にご飯を食べた夜のこと、覚えてるんです」ボソボソ

整備兵「……え、は!?……ええっ!?」クルッ

白雪「覚えていることが知られたら、恥ずかしくて顔も見られなくなりそうで……嘘をついてしまったんです。すみません」

整備兵「覚えてるって……ぜ、全部か?」

白雪「……はい、全部です」

整備兵(そ、そうなると、色々と話が違って……)


白雪『……うぅっ、ぐすっ……だからっ』

白雪『かんちがいじゃありませんっ』

白雪『わたしは、整備兵さんの、ことが――』


869: 2015/10/12(月) 02:08:37.16 ID:q6iK4oll0
白雪「――整備兵さん」

整備兵「な、何だ?」

白雪「さっきみたいに、また手を繋いでくれませんか……?」

整備兵「……」

ギュッ

整備兵「……白雪の手、小さいな」

白雪「整備兵さんの手は大きいです」ニコ

870: 2015/10/12(月) 02:09:07.18 ID:q6iK4oll0
整備兵「……」

白雪「……」

整備兵(結局、用意してきた告白の台詞は言わずじまいになりそうだ)

白雪「……もう少し、近くへ行っても良いですか?」

整備兵「……ああ」

…………

……………………

………………………………

ザザーン ザザーン

871: 2015/10/12(月) 02:09:38.45 ID:q6iK4oll0
【宿舎前】

整備兵「それじゃ、おやすみ。白雪」

白雪「はい。整備兵さんも、ちゃんと休んでくださいね」ニコ

スタスタ……

整備兵(ふぅ……。すっかり遅くなっちゃったな。さっさと俺も部屋に……)

??「」フワフワ

整備兵(何だあれ?海の方を、何かが飛んでる?光の球みたいな……)

??「」キョロキョロ

整備兵(妖精?いや、あのねじり鉢巻きは見覚えがある。あれは……)

女神「」フワフワ

整備兵(女神じゃないか。何やってるんだ?)

女神「」フワー

整備兵(動き始めたぞ……追ってみるか)ダッ

872: 2015/10/12(月) 02:10:08.50 ID:q6iK4oll0
整備兵(ここどこだ……?海岸だが、足元がコンクリートじゃなく砂だ。多分、鎮守府の敷地外には出ているだろう)ゼエゼエ

女神「」フワー

整備兵(おいおい……沖の方へ行くのか?)

女神「」ピタッ

整備兵(止まった……しかし、あんな海の真上で止まられちゃ近づけないぞ)キョロキョロ

整備兵(……お!あそこはちょうど良く陸地が突き出してるな。あの先まで走って……)ダダダッ

整備兵(よし。ここからなら様子が分かるな)

女神「聞こえ……ますか……」

整備兵(海に向かって、話しかけている……?)

873: 2015/10/12(月) 02:10:40.49 ID:q6iK4oll0
女神「天城さん……大淀さん……」

整備兵(誰だ……?人の名前じゃないよな……いや、待てよ。どこかで聞いたことがあるような……)

女神「……状況は、私がご説明します。同胞のため……ご一緒に……」

整備兵(説明?ご一緒?ただの海に向かって……っ!?)

ピカッ

整備兵「……うわっ!」

整備兵「な、何だ今の光……って、あれ?」

整備兵(女神も……誰もいない)

整備兵(……とにかく、今は早く鎮守府に帰らないと。また海沿いに戻れば帰れるはずだ)ダッ

880: 2015/10/19(月) 00:48:41.02 ID:JeMU+FZQ0
【翌日】
【食堂】

漣「おはようございますー……って、あれ?何だか食堂が空いてる?」

整備兵「実際空いてるんだよ」ノビー

白雪「外洋艦隊のみんなは昨晩の間に、もうミッドウェーへ出発しちゃったから……」

漣「あっ、そうだった」ポン

白雪「お見送り、ちゃんとしておくべきだったよね……」

整備兵「……それは同感だ」

881: 2015/10/19(月) 00:49:12.63 ID:JeMU+FZQ0
龍驤「ま、別に大丈夫やろ。もともとウチらも、見送りはそんなに大々的にやってへんから。白雪達は、帰ってきた後でばっちり出迎えてやればええんや」モグモグ

白雪「そう言ってもらえるとありがたいです……」

龍驤「にしても、戦争の趨勢を賭けた決戦やっちゅうのに、ウチら内洋艦隊はまた留守番やったなぁ」フン

漣「名前に『内洋』って付いてますし、そういうものなんじゃないですか?」

龍驤「ウチはそうは思わんで。主力艦隊に参加してバーンと戦果上げるんが、全艦娘共通の花道やろ。漣もこの鎮守府で最高クラスの錬度の持ち主やっちゅうのに、それを生かしたくないんか?」

漣「いやいや、漣は単に着任してから長いだけですって。それに、ご主人さまにも何か考えがあっての艦隊編成でしょうし……」

龍驤「あー、忘れとったけど、漣は提督はんに甘いんやった。こんなん話にならへんわ」ニヤニヤ

漣「なっ……そういうことじゃないですよっ!」バンッ

882: 2015/10/19(月) 00:49:53.85 ID:JeMU+FZQ0
鳳翔「ですが龍驤さん、私たちは提督から鎮守府の防衛という重要な職務を預かっていますよ。まずはそれを……」

龍驤「そんなん代わりにならへんのや。第一、鎮守府が襲撃されること自体、今まで一度もあらへんかったやろ……」ブツブツ

鳳翔「……つまり、暇ということですか。それでは、私と訓練でも……?」ニコ

龍驤「ひっ……そ、そういうのとも違うわ!」

提督「聞こえているぞ、龍驤」ガチャッ

漣「おはようございます、ご主人さま!」ピョン

龍驤「提督はん、ウチらは今回も居残りかいな。今度の作戦は規模が大きいっちゅうから期待してたんやで?」ムスー

提督「居残りではなく戦略予備だ……」

883: 2015/10/19(月) 00:50:43.58 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「内洋艦隊を残したのは、やっぱり提督の意思か?」ヒソヒソ

提督「……そうだ。やはり寄越日だけに本土を任せることは出来ない。外洋艦隊のみで十分な戦果を上げることと引き換えに、編成の変更を引き出した。恐らくは全て杞憂に終わるだろうが、外洋艦隊が十分な戦果を上げることはそれ以上に確実だ。結局俺にお咎めが来ることは有り得ない」ニヤリ

整備兵「は、はぁ……」

整備兵(……その訳の分からない自信と心強さは一体どこから出てくるんだ)

提督「まあ龍驤、悪いがこらえろ。確かにこの戦いは一つの決戦だが、この戦争自体の終わりは未だに全く見えない。戦う機会ならこれから、嫌でもいくらでも手に入る……皮肉なことにな」

龍驤「嫌でも、ねぇ……それは恐ろしい話やな。……ま、それなら今回のところは我慢しとくわ」ニヤッ

白雪「ところで整備兵さん、そろそろ工廠に行く時間では……?」ヒソヒソ

整備兵「ん、そうだな。それじゃあさっさと片付けて……いや」

884: 2015/10/19(月) 00:51:12.94 ID:JeMU+FZQ0
白雪「何か別の用があるんですか?」

整備兵「調べ物をしに少し資料室に行って……あと、いくつか行きたい場所が増えるかもしれない。悪いけど、その間はいつも通り装備開発を進めておいてくれないか?」

白雪「そうですか……分かりました」

龍驤「今日は、別にウチは資料室に行かへん。何か怪しいことしようとしてるようにも見えへんから、安心してええで」ニヤッ

整備兵「怪しいことって何だよ」

龍驤「うーん、浮気とかやない?」ボソッ

白雪「う、浮気って……」

整備兵「……ま、待て。どういう意味だ?」ゲホゲホ

龍驤「だって二人は、付き合っ……」

885: 2015/10/19(月) 00:51:43.46 ID:JeMU+FZQ0
整備兵・白雪「わーっ!!」

提督「……?何だ、騒々しい」

鳳翔「あら……ふふっ」

整備兵「おい龍驤っ!どうやってそれを……!」ヒソヒソ

龍驤「とある信頼できる情報筋から、重大な証言が取れてるんや。昨日の夜遅くに帰ってきたお二人さんが、宿舎の前で何やら親密な様子を……」ヒソヒソ

白雪「まさか、その情報筋って……!」クルッ

漣「(*⌒∇⌒*)テヘッ」

白雪「さ、漣ちゃんっ!///」

漣「いやー……ごめんごめん。でも、一応漣たちだって関係者だし?もう何となく分かってたし?」

白雪「そういう問題じゃないよ!」

886: 2015/10/19(月) 00:52:14.04 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「……ほ、ほら、もう行こう白雪。時間過ぎてるぞ」ガタッ

白雪「は、はいっ」バタバタ

バタン

提督「何だ、工廠組はもう出勤か。俺も、さっさと食べて執務室に戻るとしよう……間宮」

間宮「はい♪」ガラガラ

龍驤「カマ掛けたら見事に引っかかってくれたわ。……これにて作戦完遂や。漣、今までよく頑張ったで!」バシバシ

漣「あ、あはは……」チラリ

提督「……」パクパク

漣「……さ、龍驤さん。漣たちもそろそろ食器片付けません?」

887: 2015/10/19(月) 00:52:41.92 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「まさか見られていたとは……」ドヨーン

白雪「……漣ちゃんは、もう眠っていたと思ったんですが」ズーン

整備兵「でも、いずれ知られることだし仕方ない……。それじゃ、俺は資料室だからあっちに……」

白雪「ま、待ってください」

整備兵「えっ?」クルッ

白雪「」グイッ

チュッ

白雪「……」パッ

888: 2015/10/19(月) 00:53:13.04 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「し、白雪っ!?」

整備兵(唇に、白雪、の……)

白雪「整備兵さんが私を置いて調べ物に行ってしまうので、そ、その罰です……///」ウツムキ

整備兵「ば、罰……」バクバク

白雪「……き、昨日もしたんですから、そんなに驚かないでください」ドキドキ

整備兵「昨日もしっ……そ、その言い方は何かまずいからやめろ!///」

白雪「……そっ、それでは、頑張ってください」プイ

スタスタ

889: 2015/10/19(月) 00:53:42.73 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「あ、ああ……」

整備兵(何だか俺と白雪は、付き合い始めても前とあまり変わっていないような気がする……)

白雪「」クルッ

整備兵「?」

白雪「……あの、なるべく早く終わらせてくださいね」モジモジ

整備兵(……いや。それでも少しづつ、変われてはいるのかな)

整備兵「ああ、そうするよ」ニコ

890: 2015/10/19(月) 00:54:14.44 ID:JeMU+FZQ0
【資料室】

整備兵「艦艇型録、艦艇型録……実艦の方はあるか……?」キョロキョロ

整備兵(調べ物というのは、昨日の夜遅くに見た女神についてのことだ)

整備兵(何をしていたかは分からないが、正体の分からない相手と話したり突然消えたり、普通の様子でなかったのは確かだ)

整備兵(そして、その女神が昨日話しかけていた『天城さん』と『大淀さん』……人の名前にしては派手だが、聞き覚えがあった)

整備兵「ん、あったぞ……天城は雲龍型航空母艦、大淀は連合艦隊旗艦にもなった軽巡洋艦。よし、記憶は正しかったな」パラパラ

整備兵(多分あれは、この艦艇の名前だ。女神はあの場所で、天城や大淀という名前の艦娘と話していたのか……?)

整備兵(しかし、あの場所には女神以外誰もいなかった。女神の言葉に対する返答の声も聞こえなかったし……)

891: 2015/10/19(月) 00:54:41.70 ID:JeMU+FZQ0
整備兵(……いや、そもそも艦娘には女神の声が聞こえないはずだ。となると、艦娘と話していたというのはあり得ない)

整備兵「何か、忘れているような……」ウーン


『それは、過去にその兵器を使った人々の思念、あるいは魂のようなものなのでは――』

『はい。おそらく、それぞれの名前に対応した実在の軍艦に関係する人々の――』


整備兵「……関係が、あるのか?」

整備兵(もしこの件に関わりがあるとするなら、確かめる方法は……)

892: 2015/10/19(月) 00:55:13.51 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「もしもし。暮鎮守府工廠所属、整備兵です」

明石「あら、整備兵さんですか?こっちの工廠の電話番号、教えましたっけ?」

整備兵(良かった……ちょうど良く明石が出てくれた)

整備兵「提督に聞いたんだ。電話も提督のを借りてる」

明石「ふむふむ。それで、何か御用でも?」

整備兵「ああ、質問なんだ。全国の工廠から情報を集めてる寄越日の工廠長なら知ってると思ってさ……最近、新しく建造された艦娘はいないか?昨日か、あるいは今日とか」

明石「それでしたら、まさに寄越日で二人ほどいますよ。建造完了は、今日の明け方です」

整備兵「そ……その艦娘の名前は何だった?」

893: 2015/10/19(月) 00:55:48.83 ID:JeMU+FZQ0
明石「ええと……航空母艦天城と、軽巡洋艦大淀ですね」

整備兵「……!」

明石「どうかしましたか?」

整備兵「い、いや……そういえば明石、女神が工廠に来た日を記録してるんだよな。それ、教えてくれないか?」

明石「はい……分かりましたけど。何のためにいるんですか?」

整備兵「ちょっとした理由なんだが……悪い、説明は後にさせてくれ。あと、寄越日で今まで行われた建造の記録も欲しい。特に日付だ」

明石「女神の来た日と建造記録ですね。……はい、持って来ましたよ」

整備兵「ありがとう。まず、女神の方から読み上げてほしいんだが……」

894: 2015/10/19(月) 00:56:27.02 ID:JeMU+FZQ0
明石「……と、こんなものですね。記録し始めてからなので、それ以前は分かりませんけど」

整備兵「よし……大丈夫だ。次は建造記録を頼む」カキカキ

明石「建造建造……こんなに昔のは久しぶりに見ますよ。あ、私も書いてありますね。ええと……」パラパラ

明石「……?」ペラリ

明石「……」ペラリ

整備兵「どうした?」

明石「さっき伝えた女神さんの滞在日と……かなりの日付が被っています」

整備兵「な……!」

明石「読み上げますね」

整備兵「……」

895: 2015/10/19(月) 00:57:10.90 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「……ありがとう。確かに、偶然じゃ済まされないほどそっくりだ」

明石「これを確かめるための電話でしたか……しかし、一大事ですね」

整備兵「ああ。女神はやっぱり、建造と何か重大な関わりを持ってる。そうとしか思えない」

明石「……まさか整備兵さん、何か気づいたんですか?女神さんや艦娘や、妖精の……」

整備兵「そうかもしれない。……でも、まだ確証が無い。やっぱり、直接女神と話してみる必要がありそうだ」

明石「そうですか……。では新しいことが分かったら、状況が落ち着き次第連絡をください」

整備兵「もちろんだ。忙しいのに、時間を取らせて悪かった」

明石「いえいえ♪」

896: 2015/10/19(月) 00:57:46.60 ID:JeMU+FZQ0
【翌朝】
【食堂】

整備兵(……とか言いつつ、結局昨日は女神に会えなかったなぁ)モグモグ

整備兵(良く考えたら、女神もあまりしょっちゅう工廠にいるわけじゃない。一体いつになったら話せるのやら)

整備兵「そういえば、漣は?それに、提督もいつもならそろそろ来る時間だけど」

白雪「昨日の午後からミッドウェーで本格的な戦闘が始まって、執務室は夜通し遠隔指揮と情報収集で忙しいそうなんです」

龍驤「漣も秘書艦やから、提督はんと同じでしばらくは執務室から出てこれへんやろな」

鳳翔「食事は、間宮さんが執務室まで持って行ってくれているそうですよ」

整備兵「うわ……大変だな」

白雪「作戦が順調に進めば、今日の昼には目途がつくらしいですが……」

整備兵(そう上手くいくとも限らない、か)

龍驤「ま、ウチらに出来ることはあらへんし、普段通り過ごすんが一番や。あの二人はこういう仕事にも慣れてるから問題ないで」ノビー

鳳翔「そうですね」フフッ

整備兵(……それなら、俺達も出来ることをやりきっておくか)

897: 2015/10/19(月) 00:58:14.70 ID:JeMU+FZQ0
【旧港】

整備兵「……よし、完成だ!」

機銃「」キラキラ

白雪「あんなにボロボロだったのに……やりましたね!」ニコ

整備兵「そして最後に、これだ」

白雪「その箱、何ですか?」

整備兵「この機銃の弾だ。薬莢とかは元からこの機銃に詰められていたものを出来るだけ再利用して、火薬や劣化がひどい部品だけは工廠妖精達にも協力してもらって再現した。そしてこの箱を……」ヨイショ

ズズズ……

898: 2015/10/19(月) 00:58:42.61 ID:JeMU+FZQ0
白雪「地面の下に……収納場所も作っていたんですか」

整備兵「そうだ。ここにコンクリートの蓋で密閉して弾薬箱を保管する。これでこの機銃は、とりあえずいつでも使用可能になったわけだ」

整備兵(まあ、使用するようなときが無いだろうと言われたらそれまでだが)

整備兵「さて、今何時だ……」チラッ

整備兵「ん、思ったより時間がかかっちゃったな。白雪、先に急いで戻って開発をしておいてくれないか?昼食の時間までずれ込むと良くない」

白雪「整備兵さんは……?」

整備兵「俺は風化防止用の屋根を張ってから戻るよ。屋根とは言っても、機銃のほとんど真上だけを覆える小さいテントみたいなものだけど」

白雪「分かりました。では」

899: 2015/10/19(月) 00:59:13.54 ID:JeMU+FZQ0
白雪(……でも、これが完成しちゃったってことは、もう整備兵さんと二人でここに来る用も無くなるってことだよね)

白雪「……」

整備兵「それにしても、相変わらずここの海は凄く綺麗だな。建物が無くて開けてるおかげか?」

白雪「そうですね……」

整備兵「……」

ナデナデ

整備兵(はぁ……見た目通りさらさらの手触りで、撫でていて気持ち良い)

白雪「せ、整備兵さん……?」

整備兵(って、いけないいけない)ゴホゴホ

900: 2015/10/19(月) 00:59:44.19 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「いや、ええとだな……機銃の修理はもう終わっちゃったけど、また暇なときにでも海を見に来ようなってことだ」

白雪「は……はいっ!」ニコ

整備兵「」パッ

白雪(あっ……)

整備兵「……どうかしたか?」

白雪「も、もう少し、撫でてくれて良いです……よ?///」クビカシゲ

整備兵「」ズキューン

整備兵「じゃ、じゃあ遠慮無く……」ナデナデ

白雪「はぁ……何だか、心が落ち着きます……」トロン

整備兵(こっちは落ち着くというかその逆というか……)ドキドキ

901: 2015/10/19(月) 01:00:16.50 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「……ふぅ。これで正真正銘の作業終了だな。荷物もまとまったし、帰るか」スッ

整備兵(しかし、今朝も工廠に女神はいなかった。あの件はまた持ち越しか……)スタスタ

整備兵「って、あれは……!」

女神「……」フワフワ

整備兵「め、女神?」

女神「あら、整備兵さんですか……」

整備兵「工廠にしかいないと思ってたが……港にいることもあるんだな。しかも旧港に」

女神「この美しい海を静かに眺めていたくなることも、たまにはあるのですよ……。ともかく、こんな所で出会うなんて、素晴らしい偶然ですね……」

902: 2015/10/19(月) 01:00:48.07 ID:JeMU+FZQ0
整備兵「ああ。すごい偶然だ……本当に」

女神「……」

整備兵「……女神、話がしたい。少し長くなるかもしれない話だ」

女神「そうですか……。でしたら、場所を変えましょう。もう秋の気配も迫ってきたとはいえ、太陽光の照りつける岸壁というものはやはり世間話に不向きです……。工廠の裏で良いですか?」

整備兵「良いが……どうしてわざわざ裏に?」

女神「周囲の目が気にならない場所の方が、話が弾むということもありますから……。整備兵さん、あなたもそう思うでしょう……?」

整備兵(……)

整備兵「……確かに、そうかもな」

912: 2015/11/11(水) 00:59:07.65 ID:5/dh4Sco0
【工廠裏】

女神「それで、一体どういったご用件でしょうか……」フワァ

整備兵「頼むから前みたいに眠るなよ……ついさっき明石と、寄越日の工廠で新しい艦が建造された日付について話したんだ」

女神「はい……」

整備兵「寄越日鎮守府が設置されてから、通算でおよそ三十隻強。他の鎮守府と比べてもずば抜けて多い。さすが寄越日だ」チラリ

整備兵「そしてもう一つ、明石から教えてもらった日付がある。……女神が、寄越日の工廠に現れた日付だ」

女神「私が現れた……そうですか」

整備兵「女神は全国の工廠に出没するから、工廠関係者の間では密かにマスコットみたいな扱いを受けていたんだってな。見ると幸運が訪れる……みたいに。知ってたか?」

女神「いえ、知りませんね。私は別に、幸運をもたらす力を持っていたりもしませんし……」

整備兵「まあ、それが迷信や都市伝説の類いだったとしても、だ……とにかく、その噂を面白いと思った明石が、実は女神が工廠を訪れた日付を記録していたんだ」

整備兵「当然、こっちの記録は明石が建造された後の分しか残っていないが。合計で、だいたい二十日くらいだ」

913: 2015/11/11(水) 00:59:48.46 ID:5/dh4Sco0
女神「まめなことをするのですね」

整備兵「新艦娘の建造日と女神の訪問日。この二つの日付は、ほとんど完全に一致した。さらに言えば、一致しなかった日付もおかしい。女神がいたのに建造が無かった日こそ何日かあるが……建造があったのに女神がいなかった日は皆無だ」

女神「ええ……」

整備兵「このことは白雪のときも例外じゃなかった。白雪が建造された日、確かに女神は工廠にいた。建造の瞬間に艤装の一番近くで光の中にいたのも、女神だった。そうだろ?」

女神「……」コクリ

整備兵「さらにその上、昨夜の出来事だ。昨日の夜遅く……多分、真夜中近くだ。女神は海岸にいた。正確な位置は俺も覚えてないが、鎮守府の敷地から少し外れた砂浜だったと思う」

女神「……ふむ」

整備兵「盗み聞きしたのは悪かったが、女神が言った言葉も覚えている。『天城さん』と『大淀さん』。女神はそう言っていた」

整備兵「天城は旧海軍が戦時に急造した雲龍型航空母艦の一隻、大淀は大戦後期に連合艦隊旗艦として改装された軽巡洋艦。この二隻には共通点があった」

914: 2015/11/11(水) 01:00:37.89 ID:5/dh4Sco0
女神「何でしょう」

整備兵「どちらも前大戦末期、暮軍港空襲で……暮港付近に大破着底している」

女神「……悲しいことです」

整備兵「おそらくまさにその場所で、俺は女神を見たんだ。そしてその翌日――つまり今日の明け方、寄越日海軍工廠で新たに建造された艦娘が二人いる」

整備兵「――天城と、大淀だ」

女神「……なんと」

整備兵「旧海軍の艦艇、建造された艦娘、そして女神。これらの間に何も関係が無いとは、俺は考えられない。艦娘とは何なのか、建造とは何なのか。女神は何か……いや、もしかしたら何もかも、知っているんじゃないか?」

女神「……」

整備兵「……」

915: 2015/11/11(水) 01:01:09.29 ID:5/dh4Sco0
女神「……そうですね」

女神(私から伝えてしまうのは、工廠長に悪いですが……)

女神「私は知っていますよ。艦娘のことも、建造のことも。まだあなたの知らないことを、数えきれないほどに……」

整備兵「……!」ピクッ

女神「ですが、知らないとは言っても、その大部分はあなたが確信を持っていないだけのことです……。あなたは考えたことも、聞いたこともあります」

整備兵「俺が考えている……?」

女神「お洒落な居酒屋さんで、明石さんと話していたでしょう……」

整備兵(鳳翔さんの……そんな、馬鹿な)

整備兵「魂……明石の言っていた、推論。……聞いていたのか」

女神「盗み聞きの件は、これでお互い様です……。しかし一応、謝っておきます……申し訳ございませんでした」

916: 2015/11/11(水) 01:01:41.26 ID:5/dh4Sco0
整備兵「それより、まさかあの推論が正しかったって言うのか……!?」

女神「全部が全部ではありませんが、悪くはないと思いましたよ……。艦娘の身でありながら……明石さんは聡い方です」

整備兵「それなら、艦娘は……」

女神「前大戦において、業火と弾雨の中で命を落とした膨大な数の軍人達が、この世界に残していったある種の痕跡。御魂、御霊……分類など、しようもないことですが」

整備兵「な……」

女神「私はその中から生まれました。……いえ、結局私にも、その中から生まれたのか、外部で別のものから生まれたのかは分かりませんが。そもそも生まれるという表現も、この場合は単に存在を始めたという意味しか持たないのかもしれませんが……」

女神「海の中。生まれてすぐの私の耳に、声が聞こえました……。幾千もの声が、幾万もの声が……」

女神「『殺さないでくれ』」

女神「『逝かせないでくれ』」

女神「『まだ』」

女神「『まだだ』」

女神「『まだ、護らせてくれ』」

917: 2015/11/11(水) 01:02:10.84 ID:5/dh4Sco0
整備兵「……」

女神「私はやり方を知っていました。彼らをどうしてやれば良いのかも知っていました。私は、彼らを導くことにしました……」

女神「つまり、私はそうすべきなのです。知っている私が、求める彼らの前に現れたのですから。それが私に課せられた責務、と言っても差し支えないかもしれません……」

女神「船は古来より、船に乗る人間にとって家のようなものでした……それは単に、風雨や荒波から乗員を守る防壁としての家ということでありません。帰る場所、戻る場所、共に海へ漕ぎ出す仲間というある種の家族がいる場所だったのです……」

整備兵「家族……」

女神「そして、もう一つ……。戦争のための道具に過ぎない艦には、しかし、いつからか大きな力が宿ると信じられてきました。艦内神社、船霊信仰……そのとき艦は、鉄の塊以上の力を得ました。……いえ、少し言い方を変えましょうか」

女神「紛れもない人々の心こそが、艦に新しい力を与えたのです……」

女神「……さて、整備兵さん」

整備兵「何だ?」

女神「整備兵さんは、艦に命があると思いますか……?」

918: 2015/11/11(水) 01:02:31.90 ID:5/dh4Sco0
整備兵「命……?艦に……そりゃ、もちろんだ。海軍の軍人なら誰だって、艦をただの物として見るなんてことは……」

女神「いいえ、艦に命などありません……。そう、決して」

整備兵「……どういう意味だ?」

女神「誰も乗っていない艦に、命は無いのです。人々が乗り込み、信じ、敬い、操る……その瞬間にのみ、艦は命を、そして力を冷たい鉄の身体に宿すのです。分かりますか……?命を持つのは艦ではなく、いつでも人の方なのですよ……」

整備兵「それは……そうかもしれないが」

女神「ですから、もしも艦娘に艦の魂が宿っているとすれば……その魂とは、艦を拠り所として自ら集った人々の痕跡が一体化し、無秩序に混じり合った塊なのです。私の役目は、ただそれを陸へと曳いていくことだけです……」

整備兵「でも、どうしてそんなことを……。かつての軍人達も女神も、どうして深海棲艦と戦ったり、俺達の戦いに協力したりなんか……?」

女神「ただ一つだけですよ。……現在の人間が過去の人間に敗北することなど、絶対にあってはならないことだからです」

整備兵(……過去の人間?)

女神「水底へと沈んだ過去の人間は、どれほど辛くともどれほど悲しくとも、残念ながら静かに消えなければならないのですよ。……次の時代を作ることができるのは、どう足掻いても、今ここに生きている生身の人間だけなのですから」

919: 2015/11/11(水) 01:03:06.50 ID:5/dh4Sco0
女神「しかし人類は、あまりにも……あまりにも多くの絶望と怨嗟を海に沈めすぎました。それらが、世界の理を破り再び地上に現れるほどにまで……」

整備兵「それなら、深海棲艦の正体は明石の想像通り……!」

女神「忠誠、庇護、献身……軍人達の精神の正の要素こそが、艦娘達の原動力です。すなわち逆に、深海棲艦の原動力は……」

整備兵(……奴らだって、元々は艦娘達と同じだったんだ)

整備兵「酷い……そんなの、酷過ぎるじゃないか」

女神「しかしそれでも、今の人類はこの過去の幻影に打ち勝たなければなりません……。彼らを再び水底へ葬り、取り戻した世界の主導権を手に、明日を創らなければならないのですよ。……私達妖精も全員が、そう考えています」

整備兵(……っ)

整備兵「当然、俺たち人間だって、深海棲艦が現れたその日からずっとそう思っていたし、今も思っている……。それは……変わらない」

女神「良いのですよ……それで。そうするしか、手は無いのですから。護るためには、戦うしかないのですから……」

整備兵「……」

920: 2015/11/11(水) 01:03:39.98 ID:5/dh4Sco0
整備兵「……ところでさっき、妖精もそう考えているって言ったよな。工廠の妖精達も装備の妖精達も、皆そう思っているのか」

女神「そうですね……まず、工廠の妖精達は間違いありません。私が差し出した手を掴み、今の人類のために全てを捧げると誓った者達ですから……」

整備兵「……それは、比喩的な表現だよな」

女神「あながち間違ってはいないと思いますよ。一人一人、私がこの手で連れて来たのですから……」

整備兵「一人一人?軍人達が残した痕跡は、集まって艦娘を形作ったんじゃ……」

女神「艦娘の一部として集うことができるほど一つの艦に引き寄せられた人間は、当然その艦に乗り込んでいた人間だけですよ」

整備兵「……!」

女神「確かに工廠の工員達も、船に対しては尋常ならざる思いを持っていました……。しかし、彼らが命を落としたのは海ではなく陸です。……特に、ここ暮の街では」

整備兵「暮海軍工廠造兵部空襲……」

921: 2015/11/11(水) 01:04:04.81 ID:5/dh4Sco0
女神「はい……。ですから工廠の妖精達はそれぞれが、たった一人自らの声のみで、私の呼びかけに応えてくれた者達です」


工廠長『おう若造、スランプは脱したか?』

工廠妖精A『おはようございます、整備兵殿』

工廠妖精B『風邪でも引いてるんじゃないっスか?』


整備兵(全員……か)

女神「彼らは本当に良く頑張ってくれています。私のお願いにも従って、戦争終結のために全力を挙げてくれています」

整備兵「……資源管理に関しては、あまり頼りにならなかったけどな」

女神「?」

整備兵「装備開発についてだ。それだけ真面目なんだったら、あんな開発の仕方をするとはとても……」

922: 2015/11/11(水) 01:04:40.72 ID:5/dh4Sco0
女神「そのことでしたか……。それに関しては、彼らを悪く思わないでください。私のさせたことですから……」

整備兵「め、女神が……させた?」

女神「はい。開発で使用する資源量については、私が各工廠を回って指示を出しています」

整備兵「一体、何のために……?」

女神「工廠の妖精は確かに艦娘の装備を開発することができますが、どんなレシピを使えば何を開発できるかは本人達にも、私にも分かりませんから……。様々なレシピを各工廠に指示して、新しい有用なレシピを探しているのです……」

整備兵「でも、それは工廠にいる人間に任せれば……」

女神「本当に、そう思いますか?もし私が何もしていなくとも、これほど多くの新たなレシピが試され、発見されていたと思いますか?」

整備兵「……何が言いたいんだ?」

女神「それでは、想像してみてください。今の世界の状況が、ゲームの中のお話だったとしたら……と」

整備兵「ゲーム……」

923: 2015/11/11(水) 01:05:01.54 ID:5/dh4Sco0
女神「ゲームをする人は提督となり、工廠にもレシピを指示し、装備を開発して深海棲艦と戦います。何十万人、何百万人という人々が、そのゲームを遊びます……」

女神「人々はどうすれば良い装備を開発できるか思案し、色々なレシピを適当に考えては試してみるでしょう。効率の悪いレシピに資源を注ぎ込んではがっかりし、資源が底をつけばまた貯め直して次のレシピを試すでしょう……。そうして、新しいレシピが開拓されるのです……」

女神「ですが、もしそれが現実の出来事であれば、そんなことを積極的にできるでしょうか?」

整備兵「……できない、か」

女神「そうですね。国全体が苦しい状況で、そんなことは出来ないでしょう……。現実の日本に、工廠は数えるほどしかありません。資源を無駄に使えば、周囲からは非難され、戦略的にも取り返しがつかない結果に繋がるかもしれません。そうなるくらいなら、他人のレシピを真似ることを選ぶでしょう……」

女神「人間は恐れて、ややもすると極端に慎重になり過ぎてしまいます……。その結果、旧態依然とした質の悪いレシピが使われ続ければ、結局は私達の陣営の弱体化を招くのです。各鎮守府の資源状況を鑑み、慎重と大胆の均衡が取れた開発を妖精の方から提案させるというのも、私の仕事です……」

整備兵(女神には、人間のすることなんてお見通しか……確かに俺も、開発であまり冒険したいとは思わない)

整備兵「そんなところにまで、手を回していたのか……」

女神「そのせいで、この鎮守府にもあなたにも迷惑をかけました。しかし、こんなレシピを十分な回数試すことができるような余裕のある鎮守府は、ここか寄越日くらいです……。そういう意味では、大変感謝していました……」

924: 2015/11/11(水) 01:05:40.42 ID:5/dh4Sco0
整備兵「……提督も喜んでるよ、多分な」

女神「全ては、人類の勝利のためです……」

整備兵(しかし本当に、そこまで……。となれば、今まで人間がやっていると思っていたことも、実はこうして妖精が主導権を握っているかもしれないということになる)

整備兵(人間が妖精の力を利用しているのか、それとも逆に、妖精が人間の力を借りて戦っているのか……)

整備兵「……そうか、ありがとう。工廠の妖精については良く分かった。それなら、装備の妖精達も同じように、この戦争への意識を持っていたのか?」

整備兵(言っては悪いが、あまりそういう風にも見えなかったが……)

女神「装備の妖精達は、実のところ、私にも良く分かりませんね……」

整備兵「え……?」

女神「彼らとは、高度な会話をすることが不可能ですから」

整備兵「不可能って……装備の妖精達も、昔は工廠の妖精達と同じように人間だったんじゃないか」

925: 2015/11/11(水) 01:06:11.08 ID:5/dh4Sco0
女神「砲、魚雷、航空機といった装備を動かしている妖精は結局、艦娘の一部なのですよ。膨大な痕跡の集合体である艦娘から必要に応じて分離される、産物に過ぎないのです……」

整備兵「工廠の妖精達とは違って、艦娘から生み出されるってことか?でも、どちらにせよ元々は同じ……」

女神「……かつての軍人達の残した痕跡が艦娘達を形作ったというのに、彼女達は前大戦のことを覚えていたり、本物の軍人のような振る舞いを見せたりはしません。なぜだか分かりますか……?」

整備兵「いや……」

女神「私は先ほど、艦娘に宿っているものを『一体化し、無秩序に混じり合った塊』と言いました。……そうなのです。艦娘達は、無数の人々の感情も精神も全て内包し、深海棲艦に対抗する力を手にしました。しかしそれゆえに、艦娘を構成する個々人は……もはや残っていないのです」

整備兵「残っていない……?」

女神「元いた軍人一人一人の性格や記憶は溶けて消え去り、今も残るかつての人々の意思はただ一つ。人類を守り深海棲艦と戦う使命感……それだけです。その艦娘から切り離されたほんの一部である装備妖精に、どうして高度な認識や判断を要求できるでしょうか……?」

整備兵「な……そ、そんな……」

女神「強大な力を得た代償、なのでしょうか……」

整備兵「代償なんて、どうして払わなきゃならないんだ。そんなことじゃ、とても報われない……」

女神「――彼らは」

926: 2015/11/11(水) 01:06:41.15 ID:5/dh4Sco0
整備兵「……」

女神「それを求めました。私は自分に出来る限りのことをしました。……それだけです」

整備兵「……そうやって、装備妖精達は出撃しては消えていくのか?」

女神「妖精が消える、ですか?まさか……。装備妖精達は艦娘の一部なのですから、もしそんなことがあれば艦娘もすぐに存在できなくなってしまいますよ……」

整備兵「でも、艦載機の妖精は未帰還になると、また新しい妖精に入れ替わって……」

女神「新しい妖精……そう見えますか。いえ、仕方ありませんね……」

整備兵「……違うのか」

女神「艦載機の妖精は、艦娘の持つ『塊』の一部が艦載機に宿ったものです……。ゆえに、艦載機が破壊されればその一部は仮の器を失い、元あった場所……『塊』へと戻ります」

整備兵(しかし、あの隊長機の妖精に以前の記憶は残っていなかった。女神の言うように、妖精がある種蘇っているとしたら……)

927: 2015/11/11(水) 01:07:10.91 ID:5/dh4Sco0
整備兵(……いや、違う。そういうことじゃないんだ)

整備兵「元の『塊』と再び一体化した妖精は、『無秩序に混じり合ってから』また生み出される……」

女神「ええ」

整備兵「そうか……分かったよ、そういうことか……」

整備兵(そりゃ、覚えているはずも無いよな)

整備兵(……くそっ)

整備兵「でも、艦娘を構成する要素自体は変わらないんだ。何らかの形で、今まで積み上げてきたものが残っていても……」

女神「……それが再び正しく形になって現れるなどということは、まず有り得ないことですが」

整備兵「……」

928: 2015/11/11(水) 01:08:00.44 ID:5/dh4Sco0
整備兵「……話せないから、紙に書いたりなんかして意思疎通してさ。何となくあの妖精達のことも分かったような気になっていた。でも、違った。俺が想像もしなかった状況で、あの妖精達は……ひたすら戦ってたんだな」

女神「……」

整備兵「……装備の妖精達が工廠の妖精達と違って話せないのも、そうして個々人が失われてしまったせいなのか?」

女神「それはあまり重要な原因ではありません。結局、人間は例外なく、妖精とは話せないはずなのですから……」

整備兵「むしろ、俺が工廠の妖精達と話せることの方が問題になるって言いたいのか……いや、それこそ、女神ならその理由が分かるんじゃないか?」

女神「はい。あなたには、能力があるのですよ……普通の人間には出来ないという点では、工廠の妖精達と話す能力の他に、彼らの工具を扱う能力も含まれますが」

整備兵「……能力?急に何を言ってるんだ?そんなもの俺は生まれつき持っていないし、妖精達や工員達とも家族が関係あったりは……」

女神「今あなたの考えているものは、能力でなく才能です……。当然、あなたにはそんな才能はありません。先天的なものではないのですよ……」

整備兵「それなら、一体何が……」

929: 2015/11/11(水) 01:08:30.17 ID:5/dh4Sco0
女神「では、思い出してみてください。あなたは妖精の工具を扱うことに関して、上手くいく時期と上手くいかない時期を経験したことがありますね。そのとき、あなたは何をしてどう生活しましたか……?」

整備兵「えーと……どうだったか」

女神「まずは、妖精の工具を扱い始めてすぐの頃です……」

整備兵「すぐの頃は……朝から晩まで練習したが、もちろん最初だから上手くいくわけがない。全くできなかった」

女神「では、上手くいくようになったのはいつですか……?」

整備兵「いつと言っても……ある日突然か?」

女神「思い出すのです。何か、きっかけとなった出来事があったはずです……」

整備兵「そんなもの……」

整備兵(……ん)

930: 2015/11/11(水) 01:09:00.20 ID:5/dh4Sco0
整備兵「強いて言えば……急に体が慣れてきたように感じた日は、確か練習の前に龍驤と資料室に行ったな。工廠長に暇を出されて……」

女神「そこで何を話しましたか……?何か、工廠に関係することは……?」

整備兵「あー……そうだ、あの日初めて、暮軍港空襲での工廠への被害を知ったんだ。本があって……」

女神「それからは、順調に技術が向上したんですね。その後、龍驤さんとは他にもお話を……?」

整備兵「本を読みながら、色んな話をしたな。特別攻撃隊の話をしたこともあったし……俺の尊敬している、昔の暮の工廠長に関する資料が見つかったときもあった。あそこには暮の工廠についての本も多くていつも……」

女神「尊敬している……ですか。ちなみに、誰でしょうか?」

整備兵「『暮海軍工廠の創設と発展』っていう素晴らしい本があって、その著者なんだ。女神は知らないだろうけど……」

女神「……ふむ。ともかくその方について、新しく知識を得たということですね……。では、その次に技能が伸び悩んだ時期はいつですか?」

整備兵「す、進むのが早いな……ちょっと待ってくれ」

整備兵(スランプ……スランプ……そうだ)

931: 2015/11/11(水) 01:09:30.21 ID:5/dh4Sco0
整備兵「あれは多分……明石が来てから数日か、一週間くらい経った頃だ。今ひとつ整備の仕事が上達しなくなったときがあった。別に腕が落ちるわけではなかったけど、それまでは一足飛びに上手くなってきたはずだったから……」

女神「もう少し、直前に何かがありませんでしたか?」

整備兵(明石と良く作業をしていたことや、白雪とあまり一緒にいてあげられなかったこともあるが……そんなことは関係無いだろう。……というか、言いたくない)

整備兵「そういえば、その頃は龍驤が訓練で忙しいとかで、しばらく資料室に行かなかったな」

女神「二度目ですね。龍驤さんと資料室へ行かない状況で、整備技能が伸び悩んだのは……」

整備兵「……え?ああ、確かにそうだけど。まさか、それが関係してるとか言わないよな?」

女神「……では、その不調から回復したのはいつですか?」

整備兵「それは……」

整備兵(白雪と夕飯に出かけて、帰って来て……数日後くらいか?その前に、何かあったか?)

整備兵「……あ」

932: 2015/11/11(水) 01:10:00.55 ID:5/dh4Sco0
女神「どうしましたか……?」

整備兵「龍驤と資料室だ。急に訓練が減ったとかで、久々に龍驤と本を読んだ。工廠関連の新しい本を龍驤が何冊も見繕ってくれていて……その日の整備は、快調だった」

女神「さて……?」

整備兵「本を読んだから、技術が向上したって言うのか?……そんな馬鹿な」

女神「私はさっき、妖精や艦娘の原動力は何だと言いましたか……?」

整備兵「かつての人間達の、痕跡……」

女神「その通りです……。さらに、工廠の妖精達に関して言えばより狭まるのですよ。分かりますか?かつての工員達の痕跡とは、整備という職務への誇り、機械への情熱……そして何より、彼らが抱いたそれらの感情が、彼らの命と共にこの世から綺麗さっぱり消えていくことへの恐怖だったのですよ」

整備兵「恐怖……?」

女神「彼らはもはや、誰かにそれらの感情を語り理解してもらうことなど出来ないのですよ。彼らは既に、人間ではないのですから……。ですが、あなたは……整備兵であるあなたは、彼らが過去に抱き、一度たりとも忘れることなく今も持ち続けているのと同じ誇りや情熱を持っていました」

女神「そしてあなたは資料室で、暮の工廠について情報を集めました。この地で轟音と慟哭の中に消えていった暮の工員達の足跡を、歴史という形でたどりました。人間としての彼らを想い、彼らが何を考え何を成したのかに思いを馳せました……」

女神「そう。あなたは、妖精のあらゆる言葉と技術の源泉、彼らの言わば最も深い部分に触れることが出来たのですよ……。現在の人間が唯一、過去の人間の素顔を僅かながら垣間見ることのできる手段……知識によって」

933: 2015/11/11(水) 01:10:30.43 ID:5/dh4Sco0
整備兵「……っ」

女神「もう、お分かりでしょう。あなたが思いがけず、何をしたのか……」

整備兵「……俺は、工廠の妖精達を知ったのか」

女神「ええ」

整備兵「知った。思った。考えた。ただ単に、それだけのことで……」

女神「理由は簡単です。……それだけのことが、人ですらなくなることを受け入れた今の彼らを突き動かす、全てなのですから」

整備兵「……は……ぁ」

女神「それは、何の溜め息なのでしょうか?」

整備兵「あいつらは今でも皆、十分過ぎるくらいに人間なんだな……と思ってさ」

女神「……そうですか」

934: 2015/11/11(水) 01:11:00.21 ID:5/dh4Sco0
整備兵「でも、一つだけ不思議なことがあるんだ」

女神「何ですか……?」

整備兵「俺が工廠長と初めて出会ったとき、どうして俺には工廠長の言葉が聞こえたんだろうな。まだそのときの俺は、何も知らなかったのに……」

女神「工廠長に限って言えば、あなたはここに来る前から良く知っていたではありませんか」

整備兵「……何だって?」

女神「あなたはいつでも、彼のことを尊敬していたではありませんか。あなたに素晴らしい本を残し、整備の道を照らしてくれた工廠長『さん』のことを……」

935: 2015/11/11(水) 01:11:29.95 ID:5/dh4Sco0
ガチャリ

整備兵「」ビクッ

白雪「整備兵さん、こんなところにいたんですか!なかなか戻って来ないので心配したんですよ?」バタバタ

白雪「……あっ、女神さん?」

女神「」フリフリ

パッ

白雪「行っちゃいました……じゃなくて、整備兵さん。戻って来ているなら一声掛けてください」ズイッ

整備兵「え……あ、ああ、ごめんごめん」チラリ

整備兵(女神……)

白雪「もう……聞いているんですか?」プクー

936: 2015/11/11(水) 01:12:01.80 ID:5/dh4Sco0
【工廠】

白雪「そういえば、ついさっきAL/MI作戦が完了したみたいです」トコトコ

整備兵「本当か!?」スタスタ

白雪「はい。敵の抵抗も激しかったそうですが、敵機動部隊、基地航空隊ともに壊滅。作戦は成功を収めた……と」ニコニコ

整備兵「それは良かった……ああ、良かった。誰から聞いたんだ?」

白雪「間宮さんからです。先ほど、そのことを伝えに工廠まで来てくれました」

整備兵「間宮さん?漣は事後処理があるからともかく、龍驤や鳳翔じゃないのか?」

白雪「龍驤さんと鳳翔さんは艦載機を使って沿岸の警備をしてくれているので、司令部の付近から動けないんです」

整備兵「ああ……一応、そもそもはそういう目的で残ったんだもんな」

937: 2015/11/11(水) 01:12:31.24 ID:5/dh4Sco0
白雪「でも、すぐに二人の任務も解除されるはずです。今夜には外洋艦隊も帰投するので、お迎えの準備をしないといけませんね」

整備兵「そうだな……盛大にやろう。でもその前に、仕事を片付けないとな。白雪はこれから何をしようと思ってたんだ?」

白雪「それなんですが……私、機銃の近くに工具を忘れて来てしまったんです。今から、それを取りに行こうと……」

整備兵「そうか……。ごめん、俺も気づかなかった。見たら持ってきたんだが」

白雪「いえ、私のせいですから。少し走って、取って来ても良いですか?」

整備兵「いや、ちょっと待ってくれ。おーい、工廠長!」

工廠長「あ?何だ?」ドタドタ

整備兵「確か、予備の艤装ってあったよな。白雪が旧港まで行って帰ってくるのに使いたいから、貸してくれないか?」

白雪「ええっ……!?」

整備兵「その方がずっと速いし、白雪も疲れないからな」

工廠長「あるにはあるが……分かったよ。壊すんじゃねェぞ?」

白雪「も、もちろんです……。ありがとうございます」ペコリ

938: 2015/11/11(水) 01:13:00.81 ID:5/dh4Sco0
白雪「」カシャン

整備兵「主砲や魚雷発射管まで持たなくても……」

白雪「海岸沿いとは言え、海に出るわけですから。それに何だか、艤装が一つでも欠けると違和感があって……それでは、行ってきますね」

ガラガラガラ……ガタン

整備兵「気を付けろよー!」フリフリ

整備兵(さて……どうするか)

整備兵「なあ、工廠長。ちょっと話したいことが……」

939: 2015/11/11(水) 01:13:30.48 ID:5/dh4Sco0
工廠長「あァん?今の今までどっかに消えてたんだから、まずはきっちり仕事しますだろうが!何か言いてェことがあるんなら、昼の休みにでも来い!」ベシッ

整備兵「す、すまん……」イテテ

工廠長「ふん……」ドタドタ

整備兵「」ポツーン

整備兵(まあ、工廠長が言うことももっともだ。まずはちゃんと働こう。話ならまた……いつでもできる)

整備兵(さて、何からやるか……お)

整備兵(やりかけてた魚雷の整備があったな。とりあえず、それでも進めておくか)

940: 2015/11/11(水) 01:14:01.70 ID:5/dh4Sco0
整備兵「」カチャカチャ

整備兵「ふー……一本取って、締めて、あとはここを動かせば安全装置が解除、と」ブツブツ

――ドォン!

整備兵「……ば、爆発!?」ビクッ

整備兵(びっくりした……魚雷が爆発したのかと思ったぞ)

整備兵「しかし、かなり大きかったな……」

整備兵(音は外からしたが、訓練でも始まったのか?方向は多分、演習場や旧港がある側……)ハッ

整備兵「まさか、白雪に何か……!?」ダッ

整備兵(って、待て!)ピタッ

941: 2015/11/11(水) 01:14:51.68 ID:5/dh4Sco0
整備兵(魚雷が整備の真っ最中だ。特に今は、ほんの少し触るだけで安全装置を外せてしまう危険な状態……ここに放り出していくわけにはいかない)

整備兵「工廠長!」

シーン

整備兵「誰でも良い!来てくれ!誰かいないか!」

シーン

整備兵(くそっ……どうすれば良いんだ?注意書きでもしてここに置いていくか?……ダメだ、ペンも紙も今は持っていない)

整備兵(しかし、今はとにかく白雪が心配だ。それが、何よりも先決……)グッ

整備兵「」サッ

整備兵(工員服の内ポケットに入れて持っていけば……多分、問題無いだろう。念の為、応急処置的に外殻だけ組み立て直して……)ギュウギュウ

整備(よし……行くぞ)ダッ

ガラガラガラ……ガタン

948: 2015/12/08(火) 23:37:30.74 ID:k0mjG+Xb0
【提督執務室】

提督「――各鎮守府に緊急連絡だ。暮鎮守府は現在空襲を受けている。敵規模は不明。加えて寄越日には支援要請を」

漣「りょ、了解しましたっ!」バタバタ

ジリリリリリ!

提督「こちら暮鎮守府提督執務室」ガチャリ

提督「……はい」カキカキ

提督「はい。はい……了解いたしました」ガチャリ

提督「……」フゥ

漣「ご主人さま……どうしました?」

提督「他の各鎮守府も同様に攻撃を受けている。寄越日では残っていた艦娘が迎撃を開始したそうだが、それ以外の鎮守府では沿岸部から退避するしかない状態だ」

漣「そんな……!アリューシャンでもミッドウェーでも、かなりの戦力を喪失したはずなのに……」

提督「小規模な強襲なら、潰走した深海棲艦の残党の置き土産という可能性もあった。しかし、これだけ統制のとれた同時攻撃となれば……全ては奴らの計算通りというわけだ」

漣「!」

提督「今回の作戦で倒した敵の機動部隊も、基地航空隊も……恐らく、こちらの戦力を誘き寄せるための囮だ。本隊は今まさに、日本本土に迫っている部隊……」

949: 2015/12/08(火) 23:38:02.86 ID:k0mjG+Xb0
漣「鳳翔さんと龍驤さんには……」

提督「連絡は必要ない。あの二人なら、既に自分達で戦闘態勢を整えているはずだ。先遣の偵察機を出した後、すぐにここへ……」

バァン

鳳翔「龍驤と鳳翔、参りました」スッ

龍驤「何なんやこれ!一体全体、どないなっとるんや!?」バタバタ

提督「うむ。敵部隊について何か情報は?」

鳳翔「鎮守府の沿岸を空襲しているのは、深海棲艦の新型艦載機……MI方面や南方海域に現れたのと同じものと見られます。敵兵力は大きく、少なくとも三個以上の敵編隊が現在もこちらへ向かっているとのことですが、定期哨戒中だった機は通報直後に消息を絶ったため詳細は不明です」

提督「少なくとも三個以上……だと?」

鳳翔「……はい」

提督「……」

鳳翔「恐らく……正面からぶつかれば、とても抗しきれる数では……」

提督「分かっている。……まずは、報告を続けろ」

鳳翔「はい……また、戦闘機と爆撃機の精密な共同運用と編隊飛行から、本土近海に敵航空隊を束ねる有力な機動部隊が存在する可能性が非常に高いと考えられます」

鳳翔「さらに、それほど数は多くないものの、敵の駆逐艦や巡洋艦も単艦あるいは数隻の艦隊を組み、いくらかが鎮守府へと向かってきています。敵部隊は、小型艦による鎮守府の偵察や直接攻撃も企図している模様です」

950: 2015/12/08(火) 23:38:31.72 ID:k0mjG+Xb0
提督「敵の戦艦は?」

鳳翔「現在は一隻も確認されていません。偵察機からのさらなる報告を待っている状況です」

提督「了解した。敵の陣容については、偵察を続け判明次第連絡しろ。……漣、MI方面派遣艦隊の帰還予定は?」

漣「他の鎮守府の艦隊と同じく全速で本土へ向かっているそうですが、まだしばらくは……」

提督「分かった。……では、各員に命令を与える」

提督「三人は鎮守府正面の湾内へ移動。まず、鳳翔と龍驤は敵艦載機の迎撃を最優先し、鎮守府への空襲を妨害せよ。さらに並行して、可能であれば敵機動部隊を捜索せよ。ただしあくまで迎撃が優先だ。深追いはするな」

提督「鳳翔と龍驤、艦載機は持っているな?」

龍驤「もちろんや。宿舎にあった戦闘機は全部持って来たで」

提督「良い判断だ。工廠に予備の艦載機を取りに行く暇は無い。使えるのは現有の艦載機と、運の良いことにそこに置いてあった箱の中身だけだ。旧式だが一応持って行け」

鳳翔「はい」

龍驤「分かったで!」

提督「漣は鳳翔と龍驤の前面を守れ。二人の艦載機の援護を受けながら敵の小艦艇の湾内侵入を阻止せよ。また同時に、敵艦による鎮守府施設への砲撃も防いで欲しい」

漣「はいっ、ご主人さま!」

提督「空襲及び砲撃から最低限防御しなければならない施設は、司令部と第一埠頭だ。この二カ所を破壊されることは鎮守府の機能停止を意味する。逆に言えば、それ以外の施設の保護は戦力の許す限りで構わない。甚大な被害は元より承知だ」

提督「そして全員、必ず湾内に留まって戦え。外洋は非常に危険な状態だ。わざわざ釣られて餌になりに行く必要は無い。こちらの目的はMI派遣艦隊の帰還まで鎮守府機能を維持し、時間を稼ぐことだ……忘れるな」

951: 2015/12/08(火) 23:39:01.05 ID:k0mjG+Xb0
提督「最後に漣、大破した場合どうする?」

漣「作戦を放棄、安全を確保、迅速に後退……です」

提督「それで良い。久々だがきちんと覚えていたな」

漣「漣一人で出撃していた頃は、毎回言わされましたからね。忘れようがありませんよ」ハァ

提督「さて、何か質問は?」

シーン

提督「以上だ。諸君の奮戦に期待する。出撃せよ」

漣・龍驤・鳳翔「……」ビシッ

龍驤「鳳翔はん、ウチの弓も持って先行っといてや!ウチが箱全部持ってくわ!」ヨッコイショ

鳳翔「分かりました!」タッ

龍驤「ええい、えらいこっちゃで、ほんまに……!」ダダッ

バタン

漣「……そういえばご主人さま!工廠の方はどうするんですか?多分、吹雪ちゃんと整備兵さんが……!」

提督「それに関してはもう手を打ってある。救援を向かわせるつもりだ」

漣「でも、漣たち三人以外にもう戦力は……」

952: 2015/12/08(火) 23:39:30.99 ID:k0mjG+Xb0
間宮「間宮、参りました」ガチャッ

提督「来たか」

漣「間宮さん?……って、どうして14センチ砲を?」

提督「出来ればこういった任務はもう命じたくなかったが……理解してもらいたい」

間宮「もちろんです。鎮守府の危機に、ただ見ているだけとはいきませんから」

漣「まさか、間宮さんも戦うんですか……!?いくら艦娘とは言っても、戦闘経験が無いなんて危険過ぎま……」

間宮「いえ、経験ならありますよ。もう、かなり昔のことになってしまいましたが」ニコ

漣「……え?」

提督「漣の……そして、全艦娘の先輩だからな。間宮は」

漣「先輩……?つまり、それなら……暮の近くに突然現れた『最初の艦娘』は……!」ハッ

間宮「黙っていてごめんなさい。そう……私が、私の知る限り一番昔からいる艦娘なの。前線に出ていたのは、漣ちゃんや提督が着任するよりもっと前の話だけれど」

漣「謝る必要なんて無いです……。でも、なぜ……」

間宮「私が、給糧艦としての任務に専念したいと言ったの」

提督「間宮の戦闘の腕は確かだ。深海棲艦との戦争の最初期には、全国各地で警備に参加し華々しい戦果を挙げている。知る者は少ないがな。……しかし、間宮は給糧艦だ。本来の職務に就きたいという陳情を受け入れ、今のような措置を取っていた」

953: 2015/12/08(火) 23:40:04.28 ID:k0mjG+Xb0
漣「そうだったんですか……」

提督「間宮はこれより岸伝いに海上を通って工廠へ向かい、白雪および整備兵と合流せよ。その後全員でこちらへ戻るか、工廠側で独自に防戦するかの判断は任せる。判断結果の連絡は不要。以上だ」

間宮「了解しました」ビシッ

漣「あの……気をつけてください」

間宮「ええ。漣ちゃんもね」スタスタ

バタン

漣「……」

提督「漣もそろそろ出た方が良い。いつ敵艦が鎮守府の目の前に現れるか分からん」

漣「ご主人さまはどうするんですか?」

提督「俺はここで、他鎮守府と通信しながら情報を集める。今はとにかく状況を知ることが重要だ」

漣「待ってください!この司令部は海から近すぎます。空襲はともかく、敵の砲弾が飛び込みでもしたら……!」

提督「そのために漣がいる。さっき言ったように、敵艦を沿岸砲撃の射点につかせないことも漣の任務だ」

漣「でも、もし漣がやられたら……」

提督「――漣」

954: 2015/12/08(火) 23:40:51.90 ID:k0mjG+Xb0
漣「分かりました。……もし漣がやられそうになって撤退したら、どうするんですか?正面がガラ空きになりますよ?」

提督「それについては考えていない」

漣「どうして……!」

提督「……」ジッ

漣「……」ジッ

提督「あらゆる条件を加味しても、戦況は極めて不利だ。航空機だけでも戦力比は良くて一対三、悪ければどうなるか想像もつかない。……漣が負けるほどの敵であれば、どちらにせよ鎮守府前面で食い止める方法は無い。解決策が無いことを考えるよりも、内線の利を保持する方が重要だ」

漣「そんなに不利な戦況で、どうして迎撃なんて……」

提督「西日本の鎮守府で艦娘がいるのはこの暮だけだ。他の鎮守府の機能喪失は時間の問題だろう。ゆえにここが落ちれば、この先西日本全体が次の攻撃に対し全く無防備になる。……だからこそ、暮だけは抵抗しなければならない。それはここに残っている俺達の責務でもある」

漣「……」

提督「……すまない」

漣「……っ。いえ、分かっています……」

提督「もう一度命令する。出撃し、鳳翔と龍驤に合流せよ。損傷には必ず気を配れ」

漣「了解……しました」クルリ

漣「……ご主人さま」

提督「……何だ?」

漣(……)スーハー

提督「……」

漣「……やっぱり、何でもありません」ガチャリ

バタン

漣「……」ギュッ

955: 2015/12/08(火) 23:41:22.22 ID:k0mjG+Xb0
【旧港】

白雪(工具も見つかったし、早く帰らなきゃ)パシャッ

白雪(やっぱり、海路だとすごく近く感じる……)スイー

白雪(……?)

深海艦戦「」ブゥン

白雪(し、深海棲艦の艦載機……!)

ドォン

白雪「きゃぁっ!」

白雪「……っ」カシャン

パァン

深海艦爆「」シュウウウ……

ボチャン

白雪(ど、どうしてこんなところに敵が……!?)

深海艦爆「」ワラワラ

白雪(う、嘘……あんなにたくさん……)アトズサリ

956: 2015/12/08(火) 23:41:52.51 ID:k0mjG+Xb0
白雪「……ま、待って。冷静にならないと」

白雪(これ以上海にはいられないから、早く岸に上がって陸路で工廠に戻らなきゃ。整備兵さんや工廠妖精さんに伝えて避難してもらって……。よし……!)クルリ

白雪(とにかくこの岸を上がれば、あとは走って逃げるだけで……!)グイッ

深海艦戦「」ヒュッ

白雪(近い……っ!)サッ

白雪(……あっ、手が滑る……!)

バシャッ!

白雪「い、痛っ……」

深海艦爆「」グルグル

白雪(私を狙ってる……!)ダッ

ドゴォン!

白雪「はぁ……はぁ……」

深海艦爆「」ジリジリ

白雪(こんな状況じゃ、とても陸に戻れない……。一体どうすれば……)

957: 2015/12/08(火) 23:42:20.78 ID:k0mjG+Xb0
深海艦戦「」クルクル

白雪「……」

白雪(数も多いし、たった一人じゃ、ずっと耐え続けることも……)サッ

深海艦戦「」ブゥン

深海艦爆「」ブゥン

白雪(直上……!投弾コースに入られた……!)カシャン

白雪(駄目、間に合わない……!)

――ドンッ!

深海艦爆「……?」

白雪「え……?」クルッ

整備兵「白雪っ!大丈夫か!」ガシャン

白雪「せ……整備兵さん!?」

整備兵「こっちから爆発の音が聞こえて、様子を見に来たんだ!白雪、俺が機銃で敵を追い払うから早く岸に上がれ!」

白雪「は、はいっ!」グイッ

958: 2015/12/08(火) 23:42:50.63 ID:k0mjG+Xb0
整備兵「くそっ。近づくな……!」ドンッドンッ

深海艦爆「」ヒラリ

整備兵「まずい……白雪、左!」

白雪「!」サッ

深海艦爆「」クルクル

白雪「……整備兵さん!やっぱり、今すぐ陸に戻るのは危険です。戻れたとしても、その後で整備兵さんも私も爆撃されます。しばらく迎撃して、敵の勢いを削いでから逃げましょう!」

整備兵「ちっ。白雪がそう言うなら……」

整備兵(しかし、構造が分かっているだけの整備兵が扱う旧型の機銃じゃ、制圧力はたかが知れている)

整備兵「……けど、俺の機銃じゃ流石に当てるのは無理だ!こっちは敵を撹乱するから、白雪は始末を頼んだぞ!」

白雪「分かりました!」

959: 2015/12/08(火) 23:43:20.85 ID:k0mjG+Xb0
【港】

ドォン ドォン

深海艦戦「」ブゥン

龍驤「戦闘機隊第一派、発艦したで!」

鳳翔「では、半数を上空直掩、半数を沖合に。私の部隊が既に敵第二派の迎撃に出ています」

龍驤「了解や。最初は不覚を取ったけども、次は鎮守府上空に入れさせへんで……よしっ、奴さんに目に物見せたれや!」

紫電妖精A「」ビシッ

紫電妖精達「」オー

漣「そこっ!」バシュッ

深海艦爆「」ボォン

漣「主砲、撃てっ!」ドゴォン

イ級「」グギッ……

ハ級「」ゥ……ガガッ……

龍驤「漣、大丈夫かー?」

漣「はいっ!……ぅわっ!」ヒョイ

960: 2015/12/08(火) 23:44:11.50 ID:k0mjG+Xb0

深海艦爆「」ヒュッ

龍驤「おっと!……さっきから落としても落としても、ずーっとブンブンブンブンうるさいでホンマに……!」ヒョイ

鳳翔「増援を沖合で足止めするのと同時に、まずは私達の周りの敵機を追い払いましょう。……直掩隊!」

龍驤「せや。とにかくウチらの頭の上は安全にせな……」

ドォン!

漣「龍驤さんっ!」

龍驤「至近弾や、こんなん怪我にも入らへん!漣はとにかく湾の外と自分の上見とくんや!」

漣「」コクリ





紫電妖精B「」テキオオスギー

紫電妖精C「」コレマデデイチバン

紫電妖精A「」ヤツラハキョウリョク、ユダンスルナ

紫電妖精B「」ヘイッ

バババッ

深海艦戦「」ボフン

紫電妖精C「」テキ、ニジ、サンジ、クジホウコウ……クッ

紫電妖精A「」ドウシタッ

紫電妖精C「」ヒダンナレド、セントウニシショウナシ

紫電妖精B「」オドロカセルナヨー

紫電妖精A「」サンカイ-!コウドアゲ-!

961: 2015/12/08(火) 23:44:40.83 ID:k0mjG+Xb0
龍驤「何やあの艦載機……数も数やけど、動きが異常に鋭いで」ダッ

鳳翔「本土攻撃のために温存されていた主力なんでしょうか……!」ザッ

龍驤(アカン。このままだと、数に任せて一機ずつ切り取られていくだけや。戦力を集中せな……)

龍驤「直掩が不利や。増援出すで!」スッ

鳳翔「予備機はまだありますね。それなら大丈夫です!……ええ、はい。ええ……」

龍驤「どうしたんや?沖合から通信か?」

鳳翔「……敵第二派の規模が大きく、そちらでも先遣隊が数で圧倒されているとのことです」

龍驤「奴ら、どれだけ蓄えとったんや……!」

鳳翔「ですので……帰投命令を出して一旦戦線を下げましょう。幸い速度では負けていませんから逃げることはできます。良いですか?」

龍驤「ええで。そうするしかないやろうし……」

漣「すみません、しばらく上空お願いできますか!敵の雷巡が来ていて……!」

龍驤「分かった!今行かせるで!」

ボンッ

紫電妖精C「」クソッ

紫電妖精B「」ヒトリヤラレタゾッ

龍驤「……っ」

962: 2015/12/08(火) 23:45:22.73 ID:k0mjG+Xb0
【旧港】

整備兵「はぁ……はぁ……」

整備兵(相変わらず敵機は飛び回ってるが……かなり減ったんじゃないか?)

カラン

整備兵(しかし、もう機銃の弾が底をつきそうだ。引き際を逃すわけにはいかない……!)

整備兵「白雪っ!そろそろ陸に上がれそうか!」

白雪「行ける……かも、しれません……!」バシュン

整備兵「それじゃ、三つ数えたら岸壁に向かうんだ!その間は俺が撃ち続ける!」

白雪「は……はい!」

整備兵「いち……に……さん!」

白雪「」ダッ

ドォン ドォン ドォン

白雪「」グイッ

深海艦爆「」ブゥン

整備兵(来るなっ……来るなっ!)ドォン

深海艦戦「」グルグル

整備兵「……退けっ!」ドォン

963: 2015/12/08(火) 23:45:50.90 ID:k0mjG+Xb0
白雪「はぁっ……はぁっ、の、登れました!」

整備兵「走れ!こっちだ!」

白雪「は、いっ……」

深海艦爆「」ギロッ

ドゴォン!

白雪「きゃ……ぁぁぁっ!」

白雪(当たった……ダメ、吹き飛ばされる……っ!)

整備兵「白雪っ!」

整備兵(こ、このままじゃ白雪がコンクリートに突っ込むぞ……!)

整備兵「」ダッ

白雪「……っ!」

ギュッ

白雪「え……?」ウスメ

整備兵「ま、間に合った……ぞ。白雪が、か、軽くて良かった……」ゼエゼエ

白雪「せ――整備兵さん!……痛っ。すっ、すみません……さっきの爆撃で……」ギュッ

整備兵「大丈夫だ。ここからは任せろ。とりあえず工廠まで行くぞ!」ダッ

964: 2015/12/08(火) 23:46:20.74 ID:k0mjG+Xb0
【港】

鳳翔「敵第四派、引き上げていくようです!……っ」ヨロッ

龍驤「鳳翔はん、無理して叫ばんでええ。さっき撃たれてるやろ。……おーい、まだ残ってる機は戻ってくるんや!誰かおらへんのか!」

紫電妖精A「」ココニ

龍驤「他の機はどこや……まだおるんやろ……?」

紫電妖精A「」フリフリ

紫電妖精A「」ウツムキ

龍驤「……何て、何てことや」

龍驤(稼働機は全部直掩に回した。敵の攻撃もことごとく退けた。……そして、残っとるのはたった一機)

龍驤「地獄や。し、正気の沙汰やない……」ブルブル

鳳翔「龍驤さん……今の攻撃時の戦果は撃墜確実二十機以上、未確認三十五機以上。こちらの損害は未帰還七機です」

龍驤「は、ははっ……大戦果やなぁ。ウチらの戦闘機隊はもう全員余裕でエースや。勲章で矢筒が重くなるで」

龍驤(こんなん、どうしろって言うんや。敵を味方の何倍落としても、あっちはまるで何にもこたえてへんみたいや……!)

965: 2015/12/08(火) 23:46:51.39 ID:k0mjG+Xb0
鳳翔「龍驤さん、予備機は残っていますか?」

龍驤「悪いんやけど、もう見ての通りすっからかんや。今の空襲で全部削り尽くされたわ」

鳳翔「私も同じです。今飛んでいるのはあの子だけ……」

紫電妖精A「?」クビカシゲ

鳳翔「残念ですが……潮時、ですね。これ以上ここに踏みとどまろうとすれば、私達自身が危険にさらされます」

龍驤「……分かっとる。……分かっとるで」

漣「けほっ、けほっ……ど、どうかしましたか?」ザッ

龍驤「艦載機が尽きたんや。もうこれ以上は持ちこたえられへん」

漣「そ、それじゃ……」

鳳翔「このままでは漣さんも危なくなります。確か、漣さんは中破していましたね?」

漣「……」コクリ

鳳翔「それなら尚更です。……撤退しましょう。司令部に戻って、次の空襲までに提督の指示を仰ぎます」

漣「……っ」ギリッ

龍驤「さざな……」

漣「――いえ、大丈夫です。……冷静な判断くらいできますヨ」アハハ

966: 2015/12/08(火) 23:47:20.48 ID:k0mjG+Xb0
ポロッ

漣「あ……あれ?」ポロポロ

龍驤「……漣、泣くのにはまだ早いで。戦って戦って戦って、撤退してもまた戦って……そして勝って、思いっきり泣けるくらい安全になったら、そのとき初めて泣くんや」

龍驤「これで、もう何もかも終わったんか?そんなわけないやろ?」ニッ

漣「は……はい。すみ……ません」ゴシゴシ

龍驤「ほな、先に執務室に戻るんや。状況報告、きちんと頼むで」ポンポン

漣「」コクリ

タッタッタッ……

鳳翔「立派な先輩でしたよ。龍驤さん」

龍驤「……ま、ウチにだって漣の気持ちは痛いほど分かるわ」

967: 2015/12/08(火) 23:47:51.30 ID:k0mjG+Xb0
鳳翔「さて、それでは……この箱をどうするかですね」

龍驤「中身は全部二一型なんやったっけ?」

鳳翔「はい。工廠の倉庫が一杯になったので、一部の旧型機を執務室に移していたそうです」

龍驤「……正直、性能面からだけ言わせてもらうと、二一型なんてもう役に立つとは思えんわ。敵の艦載機は、ウチらの紫電改二や寄越日の烈風に対抗できるような代物なんやで」

鳳翔「含みがありますね?」

龍驤「せやけど……まあ、時間稼ぎにはなると思うわ。何も無いよりマシや。とりあえず発艦させて、ウチらが下がってからも出来る限り防空するように指示するしかあらへんやろ」

鳳翔「残酷なことを言うんですね。帰還の予定も無い出撃なんて」

龍驤「……妖精は無限に生まれてくる道具や。氏ぬんやなくて消費される、消耗品や。人間や艦娘とは違うんやで」

鳳翔「龍驤さんが、本当にそう思っているなら良いのですが」ニコ

龍驤「……発艦準備始めるわ。敵の航空隊がいつ現れるかも分からへん」

鳳翔「私が半分受け持ちましょうか?」

龍驤「せんでええ。怪我しとるやろ。全部ウチが出すわ」スッ

鳳翔「小破ですから発艦は出来ますが……ありがとうございます」ニコ

鳳翔(汚れ仕事は自分で……ですか。……やはり嘘つきですね、龍驤さん)

968: 2015/12/08(火) 23:48:30.40 ID:k0mjG+Xb0
ブゥン

龍驤「よしっ、あんまり沖合に出過ぎるんやないで!ウチらは一旦下がるけど、また迎えに来るから……」

……ズキン

龍驤「……迎えに来るから、それまで頑張って耐えるんやで。紫電のキミは、隊長機として頑張るんや」

紫電妖精A「」ビシッ

零戦妖精達「」ビシッ

龍驤(いつもと何にも変わらへん出撃やな……嘘の気配なんて、微塵も感じへんままで)

龍驤(……最低や、ウチ)

龍驤「これで全機発艦完了や。……さっさと下がるで」クルリ

鳳翔「はい。では――っ!?」

龍驤「?」

鳳翔「龍驤さん!今の戦闘機隊、爆装させましたか!?」

龍驤「は?おかしくなったんかいな。迎撃に行く戦闘機を爆装させるわけあらへんやろ」キョトン

鳳翔「ですが、見てくださいっ!」

龍驤「増槽と見間違えとるんや……なっ!?」

969: 2015/12/08(火) 23:49:11.73 ID:k0mjG+Xb0
龍驤(ほ、ホンマや……!)

龍驤「まっ、待つんや!全機帰投!爆弾を投棄して帰投や!」ブンブン

零戦妖精達「」フリフリ

龍驤「何や、聞こえてへんのか……?」カチャカチャ

龍驤(……無線が入らへん。壊れたんやろか)カチャカチャ

龍驤(いや、どこも異常あらへん……どうして返答せえへんのや)

龍驤「鳳翔はん、ちょっち無線貸してくれへん?ウチのがなんでか知らへんけど使えへ……どないしたんや?」

鳳翔「……」

トンツーツートントントン……

龍驤「あ、鳳翔はんも無線聞いとるんか?どこからや?」

鳳翔「……先ほどの、紫電からです」

龍驤「ほな、鳳翔はんから言ってやってくれや。はよ帰って来いって。……それで向こうは、出発早々わざわざ無線で何を言っとるんや?」

鳳翔「……我、これより敵機動部隊を求め決戦す」

龍驤「は……な、何やて……?」

970: 2015/12/08(火) 23:49:50.89 ID:k0mjG+Xb0
鳳翔「現状を鑑みるに敵の兵力大きく爆撃止む気配なし。海岸における邀撃も我が方の損害を徒に増すのみなり。よって本部隊は空襲の間隙を突き敵機動部隊を捕捉、我が身を以て一挙之を撃滅し戦局を覆さんとす……」

龍驤「ばっ――!?」

鳳翔「航空母艦、龍驤。き、貴艦の未来に……栄光と、勝利あれ。……い、以上、です」

龍驤「……」

鳳翔「り、龍驤さん……?」


『――例えば、一度の攻撃で早急に敵の戦力を削らなきゃならない時局柄』

『あらゆる航空機が使われたけど、代表は零戦――』

『――敵の航空兵力がこちらより圧倒的に勝っているときは』

『どうせなら――』


龍驤「……無線、寄越すんや」パシッ

鳳翔「……」

龍驤「な、何を……」

龍驤「……何を馬鹿なこと言っとるんや自分らぁっ!?」ダンッ!

971: 2015/12/08(火) 23:50:30.70 ID:k0mjG+Xb0
龍驤「そんなこと出来るわけが無いやろっ!奴らは絶対待ち構えとる!そんなことしようとしたら自分ら全員氏ぬんやで!誰にも見られへんままその辺の適当な海で犬氏にするんやでっ!?」

龍驤「自分らが何しようとしてるんか分かっとるんか!?自殺や!自分らは勝手に氏にに行こうとしとるんやっ!」

龍驤「せやから、今からでもはよ戻ってくるんやっ!母艦命令や!ほら聞こえてるんやろ!何か言うてみいや!?」

『……』

龍驤「ど、どうしてや……どうしてウチの命令を聞けへんのや……。自分らはウチの航空隊や……ウチの航空隊なんやで……」ポロリ

『……』

龍驤「お願いや……頼む、頼むから、聞いてくれや……ウチの……ウチの航空隊の……」ボロボロ

『……』

龍驤「」フラリ

龍驤「ま、待ってくれや……置いていかへんでくれ……ウチを……一人にせえへんで……」ヨロヨロ

鳳翔「……」ギュッ

龍驤「何するんや、鳳翔はん……あれはウチの子達やで……ウチも、ウチも行かへんと……」

鳳翔「いけません」

龍驤「何でや……何なんや自分……おい、離せ言うとるやんけっ!」

鳳翔「いいえ、離しません。絶対に」ジッ

龍驤「……」ギロリ

鳳翔「……」ジッ

972: 2015/12/08(火) 23:51:43.48 ID:k0mjG+Xb0
龍驤「ぁ……あぁ……」

龍驤「……もう、わからへん……なんで……なにが……」ヘタリ

鳳翔「大丈夫です。分かるまで、私がずっと一緒にいますから……」

980: 2015/12/24(木) 19:46:33.67 ID:ogW3Xl+q0
【暮鎮守府沖】

零戦妖精B「」イヤー、ヤッチャッタ

零戦妖精C「」ヤッチャッタネー

零戦妖精C「」オオバクチ、ッテヤツー?

零戦妖精B「」ジッサイ、コノママジャマズイシ

零戦妖精C「」デモ、ドウヤッテカツノ-?

零戦妖精B「」マズ、バクダンオトシテ-

零戦妖精B「」フネシズメテー

零戦妖精B「」ソノアト、ヒコウキオトシテー

零戦妖精B「」ショウリ?

零戦妖精C「」ソレ、デキルノ?

零戦妖精B「」……サア、ネ

零戦妖精B「」ヤレルダケヤル、ッテコト

ブゥン

零戦妖精D「」タイチョウ!

紫電妖精A「」ドウシタ?

零戦妖精D「」テキキドウブタイ、ハッケンシマシタ

紫電妖精A「」キタカ

紫電妖精A「」……シンロ、ヒガシヘ

零戦妖精達「」ビシッ

紫電妖精A「」チョイチョイ

零戦妖精D「」コクリ

紫電妖精A「」ココデリダツセヨ

紫電妖精A「」アトハ、ケイカクドオリニ

零戦妖精D「」ビシッ

零戦妖精D「」クルッ

紫電妖精A「」サア、イクゾ

零戦妖精達「」オー!





空母ヲ級改flagship「……敵ノ戦闘機隊、方位120、距離20000」

空母棲姫「来タカ」

ヲ級改「敵機ハ少数……旧式機バカリ。攻撃隊モ随伴艦艇モ、無シ……」

空母棲姫「奴ラ、ヤケデモ起コシタカ?ワザワザ墜トサレニ来ルトハ、阿呆共メ……」

空母棲姫「スグ迎撃準備ダ。迎撃ガ終ワッタラ、次ノ爆撃隊ヲ出セ。奴ラノ鎮守府ヲ今度コソ焼キ尽クス」

ヲ級改「……」コクリ

空母棲姫(……他愛無イ)

981: 2015/12/24(木) 19:50:03.98 ID:ogW3Xl+q0
零戦妖精B「」ミエタ!テキカンタイダ!

零戦妖精C「」クルゾ、キヲツケロ-

深海艦戦「」ヒュッ

バババッ

深海艦戦「」シュウウウ……

紫電妖精A「」カマウナ、ススメッ!

深海艦戦「」ブゥン

零戦妖精B「」マズ、バクゲキダッ

零戦妖精C「」テキカンニチカヅケ!

ドォン ドォン

零戦妖精C「」タイクウホウッ!

紫電妖精A「」クッ……モチコタエロ!

零戦妖精達「」リョウカイッ





ヲ級改「……行ケ」カシャン

ヲ級改「制圧隊発艦、迎撃ヲ開始……。敵機ハ全テ爆装」

空母棲姫「爆装ダト?本当ニ氏ニニ来タトシカ思エナイナ。鈍重ナ機体デ、機動部隊ニ正面カラ挑ムナド……」

ヲ級改「アイツラ、マルデ怖クナイミタイニ、無理矢理突入シテ来ル……」

空母棲姫「……ソレナラ、アノ馬鹿ナ妖精共ヲ、一人残ラズ海ノ藻屑ニシテヤルダケダ」

空母棲姫(ヤハリ奴ラハコノ程度ダ……アノ時カラ、ズット)





ボォン

零戦妖精「」ウッ

零戦妖精B「」ダイジョウブカッ

零戦妖精「」スマナイ……

グシャッ

零戦妖精C「」アキラメルナ!ココヲヌケレバ……

982: 2015/12/24(木) 19:51:10.93 ID:ogW3Xl+q0
空母棲姫「……撃チ落トセ」

深海艦戦「」ブワッ

ヲ級改「……」

バリバリバリッ!

零戦妖精C「」クソッ

零戦妖精B「」バクダンナンテ、オトセルワケ……!

零戦妖精C「」ドウスレバイインダ!?


零戦妖精E「」ブゥン


紫電妖精A「」マテ、コウドヲサゲルナ!

零戦妖精B「」オイ、ドコニ……

零戦妖精E「」ジッ

ヒュウウウ――

軽母ヌ級「……ッ!?」


――ドゴォン!


ヌ級「」ドシャッ

零戦妖精B「」ゴ、ゴバンキガ……

零戦妖精C「」ツッコンダゾ!

紫電妖精A「」ナンダト!?

ヲ級改「敵ガ一機、自爆シタ。多分、ワザト」

空母棲姫「下ラナイ、本当ニ下ラナイ。……反吐ガ出ル」

零戦妖精「」ソウ、ソウカ……!

零戦妖精「」タダデヤラレルクライナラ……!

ヒュウウウ―― ヒュウウウ――

紫電妖精A「」オイ、ハヤマルナッ!

アトハタノンダ……!

サキニイクゾッ

マケルカ……ウワァッ!

紫電妖精A「」ソン、ナ……

983: 2015/12/24(木) 19:52:57.44 ID:ogW3Xl+q0
ヲ級改「トニカク空母ヲ狙ッテイルミタイダ……コッチニモ来ル」

空母棲姫「無謀ナ上ニ、大物狙イカ……無視シテ撃チ続ケロ。アンナ物デハ、突入スル前ニ木端微塵ダ」

零戦妖精C「」タイチョウ、トメナイトッ!

零戦妖精B「」ナンテコッタ……!

紫電妖精A「」ボウゼン

グシャッ

紫電妖精A「」……ッ

ボチャッ

紫電妖精A「」


――グラリ


紫電妖精A「……?」

零戦妖精B「」……イヤ、イッソノコト

紫電妖精A「…………っ」

零戦妖精C「」ゼンインデ……


紫電妖精A「………………待、て」


零戦妖精達「」クルリ

――ボウッ

紫電妖精A「……聞こえる、か?」

零戦妖精達「……?」グラリ

紫電妖精A「思い、出してくれ……。いや……思い出さなくて、良い。覚えている、だろう?」

零戦妖精達「…………!」

――ボウッ

空母棲姫(何ダ、アレハ?……妖精共ノ体ガ、光ッテイル?)

ヲ級改「青イ光……見タコト無イ、光」

紫電妖精A「そう……覚えている。覚えて、いるんだ」

空母棲姫「……?」

零戦妖精「……覚えて、いる」ブゥン

ヲ級改「奴ラガ下ガッタ。追イカケサセ……」

空母棲姫「イヤ、待テ。少シ様子ヲ見ル」

ヲ級改「……」コクリ

984: 2015/12/24(木) 19:55:11.29 ID:ogW3Xl+q0
零戦妖精「……この前、化け物と戦った」

零戦妖精「……その前も、化け物と戦った」


「その前も」

「その前も」

「その前も、その前も、その前も、その前も――」


空母棲姫「……マサカ」


「そして」

「遥か前の」

「そのまた前の前」

「化け物じゃない」

「俺達と同じ人間を乗せた」

「鉄の塊と」

「――本物の、フネと」


ピカッ

ヲ級改「……眩シイ」

空母棲姫「クッ……」サッ

零戦妖精B「……隊長、いやに久方ぶりな気がしますよ」

零戦妖精C「そりゃ、もう七十年は会っていませんでしたからね」クルッ

零戦妖精B「会ってはいたじゃないか」ニヤリ

零戦妖精C「……それもそうだ」ハハハ

紫電妖精A「まさかもう一度……もう一度、皆と隊を組めるとは」

零戦妖精B「皆が思っていますよ。ここにいる皆が……」

零戦妖精C「ええ、そうです」ニコ





紫電妖精A「……」ブゥン

ヲ級改「一機、真ッ直グ向カッテクル。多分、マタ自爆スル気」

空母棲姫(……気ノセイダッタカ。結局ハ、何モ成長シテイナイトイウコトダ)

紫電妖精A「……」

空母棲姫(アノ戦争ノ時ト、何一ツ変ワラナイママ)

空母棲姫(愚カナママデ、繰リ返スダケ)

空母棲姫「……撃テ」

紫電妖精A「……今だ」クルリ

985: 2015/12/24(木) 19:56:09.77 ID:ogW3Xl+q0
空母棲姫「何ダト……!?」

零戦妖精B「背後がお留守だぜ?」サッ

零戦妖精C「余所見は良くないな」スッ

ドゴォン ドゴォン

重巡リ級「グァッ!」

軽巡へ級「ゥグウッ!」

空母棲姫「……陽動カ」

零戦妖精B「いやぁ、上手くいったな」

零戦妖精C「内心は緊張したがな……」

紫電妖精A「……良い動きだった。弛んではいないようだな」ブゥン

零戦妖精達「……」スイー

零戦妖精達「……隊長に、敬礼ッ!」ザッ

零戦妖精B「さあ隊長、命令をお願いします」

紫電妖精A「……ああ」コクリ

紫電妖精A「良く聞いてくれ。もう我々の後に味方は来ない。我々が最後の望みだ。ここに残っている我々こそが、本土を守る唯一の御盾だ」

紫電妖精A「だから決して、自分達の機体と身体を無駄にしてはならない。自棄を起こして敵艦へ突入するなど、言語道断と思うように」

紫電妖精A「爆弾を投下し終えたら機銃を撃つ。撃ち尽くしたら回避機動で他の機の囮になる。燃料が尽きたなら、そのとき初めて突入のことを考えるんだ」

紫電妖精A「そしてその後は……そうだな。また、我々が飛び立った母港で――」

深海艦戦「」ヒュッ

バシュン

深海艦戦「」ボォン

空母棲姫(サッキマデト動キガ違ウ。ヤハリ何カ……)

紫電妖精A「――暮で、会おう」サッ

零戦妖精達「……」ビシッ

紫電妖精A「先頭に出る。……続いてくれ」

ブゥン

空母棲姫「……迎撃ダ。一機モ帰スナ」

空母棲姫(無駄ナ、足掻キヲ……)

986: 2015/12/24(木) 19:57:16.14 ID:ogW3Xl+q0
【工廠裏】

整備兵「はぁっ、はぁっ……」

整備兵(何とか振り切ったか……)

整備兵「大丈夫か?」

白雪「はい……私は。でも、艤装はかなりやられてしまって……主機も魚雷も駄目です」

整備兵(……どう見ても大破している。次敵機に出会ったら、一方的にやられてしまうだろう)

整備兵「とりあえず、工廠に入ろう。工廠長達に避難を呼びかけないと」

整備兵(それとできれば、白雪を応急手当してもらう必要があるな……。艤装が負傷を肩代わりするとは言っても、白雪自身へのダメージが心配だ)

整備兵「悪い、一旦降りて背中に乗ってくれ。前に抱えるのは効率が悪い」

白雪「へ、平気です。自分で歩けます……から……」ヨロッ

整備兵「ふらついてるじゃないか。……今はとにかく無理をしないでくれ」

白雪「……すみ、ません」ウツムキ

整備兵「ほら」ポンポン

白雪「……」ギュッ





【工廠】

ワイワイ ガヤガヤ

工廠長「若造!」

整備兵「工廠長!良かった……!」

工廠長「急にいなくなるんじゃねェ。一体どこほっつき歩い……」

整備兵「大事なのはその話じゃない!今、鎮守府が深海棲艦の空襲を受けてるんだ!」

工廠妖精達「っ!?」ビクッ

工廠長「何だとォ!?」

整備兵「工廠にはまだ来ていないみたいだが、司令部も攻撃されている。俺は今さっきまで、白雪を探しに行ってたんだが……」チラリ

白雪「……」

工廠長「……襲われたのか。こいつはまずいな」チッ

整備兵「この工廠も、入口の扉の外はすぐ海だ。早く逃げないと、多分ここも危ない」

工廠長「分かった。……よし!作業は中止、裏から内陸へ避難しろ!指揮はお前だ!」

工廠妖精A「了解でさぁ!」

工廠長「それと……そこのお前!お嬢ちゃん用の修理道具を最低限運び出す。手伝え!」

工廠妖精B「はいっス!」

整備兵「白雪、もう少しの辛抱だ」

白雪「分かりました……」

ヒュウウウ―― 

白雪(……?)

整備兵「どうかしたか?」

白雪「今、何かの音が……」

――ドゴォン!

工廠「」グラッ

987: 2015/12/24(木) 19:59:04.30 ID:ogW3Xl+q0
工廠妖精B「ば、爆撃っス!真上っス!」

工廠長「クソッ、もう来たってのか!?」

工廠妖精A「工廠長!作業中の工員、全て裏口へ向かいました!」

工廠長「おう、お前も出ろ!その先の誘導も任せたぞ!」

工廠妖精A「工廠長もお気をつけて!」ダッ

整備兵「工廠長、俺達も早く行こう!修理道具を取ってる暇なんて無いぞ!」

工廠長「んなことは分かってる!じゃあ、全員急げ!外へ出たら、その後は……」

グラグラッ

工廠妖精B「ぅわっ!」ドテッ

白雪「う、上、見てくださいっ!」

整備兵「え……!?」

整備兵(嘘、だろ……!天井が、砕けて、落ちて……)

工廠長「――退きやがれっ!」ドンッ

工廠妖精B「――っ!」ダッ





整備兵「……うぅ……っ」ムクリ

整備兵(俺は、一体……どうしてこんな、瓦礫の中に……)キョロキョロ

整備兵(……そうだ、工廠の天井が崩れて……!)

白雪「」ウズクマリ

整備兵「白雪!」ダッ

白雪「そん……な……、こんな、こんなの……」

整備兵「何かあるのか?そこに……っ!」

工廠妖精B「良かった……っス……白雪さん、無事、だったんス、ね……」

整備兵「お、お前、それっ……!?」

白雪「て、鉄柱が落ちてきて……私をかばって、この妖精さんが、代わりに……」

工廠妖精B「毎日、鉄材を扱ってたら……背中から、て、鉄パイプ生えてきたんっスよ……なんて、ははっ……」

整備兵「い、意味分からない冗談言ってる場合か!」

工廠妖精B「それなら、冗談じゃないこと……言わせて……もらうっス。整備兵殿、白雪さんに……伝えて、くれると、嬉しいっス」

整備兵「おい……!」

工廠妖精B「白雪さん……いつもいつも、楽しかった、っス……。白雪さんの、笑顔を、見ていたら……疲れも、吹き飛ん……で……」

工廠妖精B「工廠に来て、くれるのが……待ち遠しかった……っス。できれば……もう一度、元気な姿を見たかったっス……けど」

工廠妖精B「……整備兵、殿。とりあえず、今のところは……白雪さんのこと、任せておくっス……。絶対に、守って……やるっス」

整備兵「待っ……!」

工廠妖精B「ついでってわけじゃ、ないっスけど……整備兵殿も、今まで……ありがとうございましたっス。敵と思ったことも、あったっスけど……実は結構、感謝してる……っス」

白雪「妖精……さん……!」

工廠妖精B「ごめんっス……。もう……白雪さんの、顔も……見えな……く……」ヨロッ

ドサリ

988: 2015/12/24(木) 20:00:54.69 ID:ogW3Xl+q0
工廠妖精B「……」

整備兵「……そん、な」

整備兵(あの、いつでも近くにいた妖精が……目の前で倒れている?動かない?どういうことだ?)

整備兵(嘘だ……こんなことが、あってたまるか……。今さっきまで、工廠長や他の工廠妖精と一緒に……工廠長?)

整備兵「……工廠長はどこだ!?」ハッ


工廠長『――退きやがれっ!』ドンッ


整備兵(工廠長も、さっき俺をかばって……!)キョロキョロ

工廠長「……」グッタリ

整備兵「――工廠長っ!」

工廠長「おう、若造か。……あいつはどうした?」ゼエゼエ

整備兵「白雪をかばって、鉄柱が……背中に……」

工廠長「流石、俺の部下だな。ちゃんと、やるべきことが分かってやがる……」

整備兵「工廠長も、その、瓦礫……!」

整備兵(工廠長の体が見えない……レンガやら柱やらがごちゃ混ぜになった山に、埋もれている)

整備兵「」グッ

工廠長「あァ……引っ張ろうとしても、無駄だ。見くびるんじゃねェぞ?簡単に抜ける程度なら、とっくの昔に自分で這い出てるからな」

整備兵「それなら……!」

ガシャン ガサガサッ

整備兵(くっ……重い……)

工廠長「手でどかしてたんじゃ、何年かかるか分からねェよ。……じきにまた敵機が来る。お嬢ちゃんを連れて、早く逃げるんだな」

整備兵「そんなこと……出来るわけないだろ!工廠長を連れて行くまでは、絶対に逃げないからな……!」

工廠長「若造……」

整備兵「……」ジッ

工廠長「……」

工廠長「若造の癖に強情だな。……そう言うなら、逃げる前に少し話でも聞くか?」

整備兵「話なら、工廠長を助けてからいくらでも聞く!だから、諦めるようなことを言……」

工廠長「――若造。俺達の正体ってのは、もう知ってるか?」

整備兵「なっ……!」

工廠長「……やっぱり、知ってたか。女神の奴に聞いたんだろうな?」

整備兵「どうして、それを……」

工廠長「妖精の正体やら何やらを若造に教えてやるかどうか、あいつと相談したんだよ。……知らせることにしたのに、俺の口からは伝えられなかったがな」

工廠長「俺ァ、若造が知ることでこれからの工廠にも鎮守府にも、良い影響が出ると思った。少しづつでも、人間と妖精が分かり合うのが必要だと思った。……例えそれが、最初は信じられねェような突飛な話でもな」

工廠長「にも関わらず、俺は結局最後まで言えなかった。若造が信じるか、話が理解されるか……そこが何となく不安だった。躊躇いや迷いを、断ち切れなかった」

整備兵「……」

工廠長「でも、勘違いしてもらっちゃ困る。俺は若造のことを信頼していた。うだうだ言いながらも作業にはついてきたし、才能もあった……何よりも、若造は確かに、工員だった。俺達と同じように」

工廠長「今だから言うが……初めて会ったとき、俺の声が聞こえていることに気づいて内心は本当に驚いた。下手な接触を持たないために、話すのをやめようかとも考えた。もしそうしていたら、若造は俺の声を気のせいだと思って、何もかも無かったことになっていただろうな」

989: 2015/12/24(木) 20:02:03.28 ID:ogW3Xl+q0
工廠長「……だが、俺はあえて話し続けようと思った。今思えば、若造が重なったのかもしれねェな……ああ、そうかもしれねェ」

整備兵「重なった……?」

工廠長「昔の俺達に……三度の飯より機械が好きで、工員が世界一の職業だと心の底から信じ込んでいる馬鹿共に、だ」

整備兵「……」コクリ

工廠長「だから、俺が話せなかったのは、単に俺の臆病の問題だ。若造は良くやった。……もちろん、何事も手際良くとはいかなかったがな」

整備兵「……ありがとう、工廠長」

整備兵「俺も一つだけ、言っておきたいんだ」

工廠長「……」

整備兵「工廠長と初めて会う前から、工廠長のことは知っていたんだ」

工廠長「どういうことだ?」

整備兵「『暮海軍工廠の創設と発展』……俺が整備兵になろうと思った、きっかけの本だ」

工廠長「……そいつはまた、とんでもない縁だ。やっぱり、俺の目に狂いは無かったな」

整備兵「ああ。……その通りだ」

工廠長「……」

整備兵「……」

工廠長「行け、若造」

整備兵「それは出来な……」

工廠長「行けって言ってるのが聞こえねェのか!?」ジロリ

整備兵「」ビクッ

工廠長「さっきの話はさっきの話。今の話は今の話だ。……俺は工廠長、若造の上官だ。これは命令だぞ?」

整備兵「でも……!」

工廠長「でもも何も無ェ!若造は一人じゃねェんだぞ!?そこのお嬢ちゃんもここに放置しておくってのかァ!?」

整備兵「……」

工廠長「鎮守府の工員が、大破した艦娘を危険な場所に残したままにするのか!?工員の責務はどこに捨てて来た!?工員の誇りはどこに落として来た!?」

整備兵「……っ」

……ブゥン

工廠長「この音が敵の艦載機のプロペラ音かもしれねェぞ?ここに残って、お嬢ちゃんを俺と同じように瓦礫の下へ送るのか?違うだろォ!?」

整備兵「……くそっ、くそっ、くそっ!」グッ

工廠長「向こうの扉から別の部屋に行ける。裏口は潰れちまったかもしれねェから、とにかく走り回ってまだ崩れてねェ出口を探せ」

整備兵「……白雪、乗れ」

白雪「……」コクリ

整備兵「……工廠長、これだけは言っておく」クルッ

整備兵「今までも、これからも……どんなときでも、俺は工廠長を尊敬しているからな!」

整備兵「海軍も、機械も、工廠も……。俺に全部の始まりをくれた、工廠長を!」ダッ

ガチャリ

……バタン

工廠長「……」

深海艦爆「」ブゥン

工廠長「……けっ、口だけは一人前に叩きやがって」

990: 2015/12/24(木) 20:11:15.27 ID:ogW3Xl+q0
【太平洋上 沖合】

瑞鶴「翔鶴姉、鎮守府まで後どのくらい?」

翔鶴「まだ、数時間は……」

瑞鶴「……」コクリ

翔鶴「瑞鶴……」

鈴谷「……あれ?」

熊野「どうしましたの?」

鈴谷「三時方向、多分……航空機?」ジー

川内「それ、本当にっ!?」

神通「本当です!確かに、何かがこちらに飛んできて……!」

那珂「きっと仲間だよ!本土からじゃないかなっ?」ワーイ

翔鶴「いえ、まさか……こんな状況で、友軍が現れるとは思えません。それも単機で」

瑞鶴「むしろ間違いなく敵よ!翔鶴姉、発艦準備出来てる?」

翔鶴「ええ。行くわよ瑞鶴。戦闘機隊、発艦始……」

鈴谷「ちょ、ちょっと待って!あれ……零戦じゃん!?」

翔鶴「何ですって!?」ピタッ

零戦妖精D「」フリフリ

瑞鶴「龍驤の隊……どうしてこんなところに。いや、そもそも、なんで龍驤が旧式の零戦を使って……?」

ピピピッ

瑞鶴「翔鶴姉、無線鳴ってる」

翔鶴「あの零戦からね……」スッ

翔鶴「……はい。…………はい」コクリ

ピッ

神通「何と言っていましたか……?」

翔鶴「鎮守府を空襲中の敵機動部隊が付近に展開している、その場所まで誘導するので撃破してもらいたい……と」

瑞鶴「そ、それって……!」

熊野「もちろん、願ったり叶ったりですわ。本土に戻るよりも早く空襲を止められるのでしたら……!」

翔鶴「皆さん、他の意見はありますか?」

シーン

翔鶴「分かりました。……それでは、本艦隊はこれより敵機動部隊の撃滅に向かいます。全員、対空警戒を厳にしてください!」

全員「はいっ!」

瑞鶴「……これで、暮のみんなを助けられるよね」ギュッ

翔鶴「ええ。……絶対に、助けるのよ」

991: 2015/12/24(木) 20:12:53.00 ID:ogW3Xl+q0
【暮鎮守府沖】

空母棲姫「……状況ハ、ドウナッテイル?」

ヲ級改「敵機ハホトンド撃墜シタ。コチラ側デ損害ヲ受ケタノハ、護衛ノ小型艦ト戦闘機ガホトンド。空母と爆撃隊ハ無事」

空母棲姫(大物ヲ仕留メルノハ無理ト気付イテ、方針ヲ変エタカ。……ドチラニセヨ、影響ハ小サイ。空母ガ健在ナラ、爆撃ハ可能ダ)

ヲ級改「マダ飛ンデイル奴ハ、アノ一機ダケ」

深海艦戦「」ブゥン

紫電妖精A「……」グルグル

空母棲姫(機体ノマーク……隊長機カ)

空母棲姫「分カッタ。早クアレヲ片付ケロ。奴ラノ基地ガガラ空キノウチニ、空襲ニ戻ラナケレバナラナイ」

ヒュッ

ヲ級改「……!アイツ、コッチニ来ル」

空母棲姫「……五月蠅イ」スッ

バシュン バシュン

紫電妖精A「……っ」グラッ

シュウウウ……

ヲ級改「ビックリシタ」

空母棲姫「墜チタカ。全軍、モウ一度空襲ノ準備ヲ――」

紫電妖精A「」ジタバタ

空母棲姫「――ドコマデモ五月蠅イ奴ダ。良イ加減ニ……」

紫電妖精A「……しない。最後まで戦うと、友に約束したからな」ジッ

空母棲姫「……!オマエ、マサカ」

紫電妖精A「そうだ。お前達を水底に送り返すため、お前達と同じところから来た……お前達と同じ、人間だ」

空母棲姫「……フン。高尚ナ理想ヲ掲ゲタモノダナ。ダガ、オマエ達はマタシテモ負ケタ。敗北シタ。残念ダッタナ」

紫電妖精A「いや、俺達は負けていない。……違うな。お前達は、決して俺達には勝てない」

992: 2015/12/24(木) 20:13:36.79 ID:ogW3Xl+q0
空母棲姫「勝テナイ?勝テナイダト?面白イ冗談ダ。コウシテ今コノ瞬間、オマエ達ハ一人残ラズ海ニ沈ンダジャナイカ?」

紫電妖精A「俺の仲間は、この飛行隊の戦友達だけじゃない。俺のいた鎮守府の提督、整備兵……お前達を倒すため戦っている人間が大勢いる」

空母棲姫「ハッハッハ!何ノ話カト思エバ、『今』ノ人間共ノ話カ!ソレナラ尚更取ルニ足ラナイ。アノ恩知ラズノ屑共ハ、私達ヤオ前達ノ事ナド何モ考エテナドイナイカラナ」

空母棲姫「私達ヤオ前達ガ恐ロシイ戦争ニ放リ込マレテ、モガキ苦シミ氏ンデイッタコトモ、他人事カ何カノヨウニ忘レテノウノウト生キテイル。『今』ノ人間共ハ、ソウイウ奴ラダ」

空母棲姫「ソモソモ、ソンナ奴ラヲ何故守ロウトスル?オ前達ガ何ヲシテモ、奴ラガオ前達ニ目ヲ向ケルコトハ無イ。タダ使ワレ、マタスグニ忘レ去ラレルダケダ」

紫電妖精A「俺はそうは思わない。国の人間達は、俺達が考えられることよりも遥かに多くのことを考えている。むしろお前達の方が、新たなことを何も知らず、ただ未練がましくこの世に縋りついているだけじゃないのか」

空母棲姫「ナンダト!?」ダンッ

紫電妖精A「う……っ」

空母棲姫「何故分カラナイ?奴ラハ私達ヤオ前達ヲ蔑ロニシ、切リ捨テ、都合良ク闇ヘ放リ投ゲタ。ソシテ奴ラハコレカラ私達ニ敗北シ、無理矢理ソノ目ヲ開カレテ、罪ノ報イヲ受ケル!」

紫電妖精A「違う、違うな……。お前達も、本当は分かっているんじゃないのか?俺達やお前達のような存在が表舞台に現れても、何の意味も無い。今の世界は、今の人間のものだ。お前達は進歩できない。今の人間達は進歩できる。だからお前達は勝てない。今ここで俺には勝てても、絶対に、俺達には、勝てない……」

空母棲姫「――黙レッ!」バシュン


グチャッ


空母棲姫「……馬鹿馬鹿シイ。愚カナ奴メ」

空母棲姫「全部隊ニ告グ。コレヨリ敵根拠地ノ爆撃ヲ再開スル。航空隊ハ準備ガ出来次第発艦……」

ヲ級改「……」バタバタ

空母棲姫「何ダ?」

ヲ級改「北東ヨリ、敵ノ機動部隊ガ接近中。MIカラ帰ッテキタ艦隊ダト思ウ」

空母棲姫「チッ……モウ来タノカ。予想ヨリ早イナ。……ダガ問題無イ。戦ウ順番ガ変ワッタダケダ」

空母棲姫「空襲ハ延期スル。空母ハ直掩機ト偵察機ヲ出セ。鎮守府ニ向カッテイタ部隊モ、一旦帰投サセロ」

ヲ級改「……」コクコク

空母棲姫(ガラ空キノ敵根拠地ヲ破壊スルト同時ニ、MIデ疲弊シタ機動部隊ヲ釣リ上ゲテ壊滅サセル……ソウ、当初ノ作戦通リダ)

空母棲姫(無謀ナ強襲ハアッタガ、空母ハ全テ無傷。ドコモオカシナ所ハ無ク、全テハ順調ニ進ンデイル)

空母棲姫(……私達ハ、勝利スル)

993: 2015/12/24(木) 20:14:46.26 ID:ogW3Xl+q0
【工廠】

整備兵(あちこちが崩れてしまっていて、良く知っているはずの工廠が全く別の建物に見える)スタスタ

整備兵(進んでいる方角も、たまに良く分からなくなるくらいだ)

整備兵(出口はどこなんだ……?)キョロキョロ

白雪「整備兵さん」ツンツン

整備兵「何だ?」

白雪「さっきから、爆撃の音がほとんどしていません。……空襲は止んだのでしょうか?」

整備兵「言われてみれば……」

シーン

整備兵「そうだな。一旦補給で引き返したか、別の場所に行ったか……」

整備兵(どちらにせよありがたい。後は出口が見つかれば……!)

整備兵「……?この部屋、もしかして正面から入ってすぐの部屋か?」

白雪「そう……だと思います。となると、いつも使っている出入口があるのでは……?」

整備兵「一応、探してみるか」

整備兵(まだ無事なら確かにそこから出られそうだが……正面の扉は開けるとすぐ海だ。出来れば、一番使いたくなかった出口だな……)

整備兵「……あったぞ。ここだ」

白雪「壊れてはいないみたいですね……」

整備兵(とは言え、不用心に開けて敵の艦載機と鉢合わせしたら万事休すだ)

整備兵「少し、外の様子を窺いながら待とう」

白雪「はい……」





整備兵(しばらく待ったが、プロペラ音も爆発音も聞こえることは無かった。……おそらく、問題無いだろう)

整備兵「開けるぞ?」

白雪「……」コクリ

ガラガラガラ……ガタン

整備兵(敵機は……)チラッ

整備兵(……いない)

ザザーン ザザーン

整備兵「よし。後は、さっさと……っ!?」

駆逐イ級後期型「」ザバッ

994: 2015/12/24(木) 20:16:22.62 ID:ogW3Xl+q0
整備兵「なっ……」

イ級後期型「」クワッ

整備兵(砲口――!)

ドォン!

整備兵「うぁぁぁっ!」

白雪「きゃあああっ!」

――グシャッ

整備兵「深海棲艦……う、そんな……白雪!白雪っ!」ユサユサ

白雪「大丈……夫、です……。さ、流石に痛かったです……けど……。すみません、ちょっと……身体、動かなくて……」グッタリ

整備兵(既に大破していてこの損傷はまずい。白雪の身体が危険だ……!)

整備兵「逃げ、ないと……」

……ヒタッ

整備兵「!?」クルッ

イ級後期型「」ノソノソ

整備兵(深海棲艦が……陸に、上がってきた……!?)

整備兵(有り得ない。深海棲艦は沿岸までは来るが、陸上に現れた例なんて一つも……!)

イ級後期型「……」ギロリ

整備兵(次にあの口が開いたら、今度こそ俺も白雪も氏ぬ……しかし白雪が動けない今、逃げ切るなんて無理だ。一体、どうすれば……!?)

整備兵(何か、何か、一瞬でも良いからあれを止められるものは……!)

12.7cm連装砲「」ボロッ

整備兵(白雪の主砲……これなら……!)

工廠長『考えてもみろ。人体の耐久力に対して反動が大きすぎる。艦娘は艤装が衝撃を肩代わりするから良いが――』

整備兵「……」

白雪「あれ……?私の、主砲……?」

整備兵(右手で掴み、左手で支えて……)

整備兵「……」カシャン

整備兵(砲身を向けて……強く握り込む。頼む、動け……!)

白雪「な、何をする気でっ――!?」

ドゴォン

イ級後期型「……グァァッ!」

……ボチャン

整備兵「……は、はははっ。やったぞ……!」ボトリ

白雪「整備兵さん!」

整備兵「な、何が、五体満足じゃいられない、だ……。どこも、痛くも、痒くも……」ガクッ

白雪「整備兵さん……!?う、腕がっ!右腕がっ!」

整備兵「え……?右手?右手が……どうか……」チラッ

995: 2015/12/24(木) 20:17:14.41 ID:ogW3Xl+q0
整備兵(あぁ……)

整備兵(……確かに、な。丸ごと吹っ飛んでたら、痛みすら感じないかも、しれない……)ゼエゼエ

整備兵「だ、大丈夫だ……これでもう、あの深海棲艦は沈んだぞ。心配は、いらな……い」

白雪「心配なのは整備兵さんです!早く、こっちに来てください!傷口を塞がないと、血が……!」

ズ……ズズ……

白雪「」ビクッ

整備兵「何の音だ……?」

イ級後期型「ギ……ギギ……」

白雪「そんな……また、上がって……!?」

整備兵「……はぁっ……はぁっ」

整備兵(あいつを、殺さないと……。二度と白雪の前に現れないように、完璧に、完全に……)

コツン

整備兵(……そうだ、どうして思いつかなかったんだ。これなら、確実に仕留められる……。ほんの少し触るだけで、あんなものは、粉々に……)

整備兵「……」スッ

カチャカチャ……カチャリ

整備兵「お前が撃つのは……これ、だ」フラフラ

白雪「待ってください!どこに行くんですか!?そっちは海――」

整備兵(早く、行かないと……急げ、急いで、離れろ、白雪から……)

イ級後期型「ガ……ガァッ……」

整備兵(まだ……だ、まだ撃つな……。ここはダメだ、海の、海の中で……引きずり込んで……)ヨロヨロ

白雪(――魚雷っ!?どうして、そんな、何を……!?)

イ級後期型「」クワッ

整備兵「ざ、残念だった、な……もう目の前、だ」ニヤッ

グイッ

イ級後期型「……!」グラリ

ボチャン

白雪「――!?――――――!」





ピカッ





5: 2015/12/25(金) 08:15:31.80 ID:sqGq937c0
【??】

ピカッ

??「……!」

ポトリ

パシャッ

??「……あっ!す、すみませ……」

??「しーっ!多分そろそろ終わるから、後で片付けよ。ね?」ヒソヒソ

??「は、はい……」

8: 2015/12/30(水) 20:16:37.96 ID:irVRtR3x0
【??】

??「……さ…………さん……」

??「ぅ……?」

??「整備兵さん……」

??「その……声、は」

??「はい。私です……」

??「……俺も、こっちに来たのか」

??「ええ。残念ですが……」

??「これからどうするか、選べるのか?」

??「もちろんです。潔く往くも良し、勇しく残るも良し……。私の役目は、あなたの意思を叶えることなのですから……」

??「……それなら、俺は残りたい。全部、何もかも女神に任せる。だから、俺を……!」

??「分かりました。――あなたがそう、望むのでしたら」

9: 2015/12/30(水) 20:17:31.01 ID:irVRtR3x0
【宿舎】

白雪「……っ」

漣「……!白雪ちゃん……起きた?」

白雪「漣、ちゃん……」

漣「よ、良かった……!丸二日眠ってたんだよ、白雪ちゃん!」ギュッ

白雪「そ、そんなに……それより、ここは……?」

漣「漣たちの部屋のベッド。身体は何ともない?大丈夫?」

白雪「うん、普段通り……」

漣「良かった……修復しきれないケガがあったら、どうしようかってずっと……」

10: 2015/12/30(水) 20:18:05.07 ID:irVRtR3x0
白雪(そうだ……鎮守府が空襲されて、私……)

白雪「……漣ちゃん、鎮守府は大丈夫なの!?」

漣「今はもう安全だよ。爆撃してきた機動部隊を、ミッドウェーから引き返してきた翔鶴さん達が逆に撃破してくれたから」

白雪「すごい……間に合ったんだ……!」

漣「空母の数は劣勢で苦しい戦いになったみたいだけど、戦闘前からなぜか敵の護衛艦隊が半壊していたのと、敵の戦闘機数が空母数のわりに少なかったのが決め手になって、何とか勝てたんだって」

白雪「そうだったんだ……」

漣「その後は、他の鎮守府の艦隊も次々と帰ってきて……深海棲艦も流石に諦めたみたいで、もう本土近海からはほとんど撤退したよ。だから、今は鎮守府の再建中。……でも、本当に心配したんだよ!白雪ちゃんが工廠の前で倒れてて……それもひどいケガで……」

白雪「ご、ごめんね……あれ?工、廠……?」


『……白雪!白雪っ!』


白雪「整備兵、さん……整備兵さんは?」

11: 2015/12/30(水) 20:18:37.08 ID:irVRtR3x0
漣「え、ええと……」

白雪「私の近くにいたはずだけど……見てない?そもそも、私を見つけたのって、誰……?」

漣「……間宮さんが、最初に白雪ちゃんを見つけてくれたみたい。工廠の入口前の岸壁に倒れていた、白雪ちゃんを」

白雪「うん。そのそばに……」

漣「……」

白雪「ど、どうして……黙ってるの?」

漣「……」

白雪「漣、ちゃん……?」

漣「……間宮さんは、他には誰もいなかったって。ただ、白雪ちゃんが倒れてた場所のすぐ隣……海中で大きな爆発があったみたいで、岸壁には……」

12: 2015/12/30(水) 20:19:05.59 ID:irVRtR3x0
白雪「何か、あったの……?」

漣「整備兵さんの……こ、工員服の、袖と……」ウツムキ

白雪「……!」


『……はぁっ……はぁっ』

『待ってください!どこに行くんですか!?そっちは海――』


白雪「……」バサッ

漣「白雪ちゃん!?まだ、動いちゃ……!」

白雪「……ごめん。すぐ、戻るから。今だけは……行かせて」

漣「……」

13: 2015/12/30(水) 20:19:36.42 ID:irVRtR3x0
【工廠前】

白雪「……」スタスタ

白雪(ひどい。岸壁が、崩れかけてる……)キョロキョロ

白雪「……整備兵、さん」

シーン

白雪「まさか……そんなはず、ないですよね……」

白雪「……」

白雪「……っ」

ポタリ

白雪(どうして……私……整備兵さんは……)ギュッ

14: 2015/12/30(水) 20:20:06.10 ID:irVRtR3x0
バシャバシャ

白雪(……何の、音?)チラッ

妖精「」ジタバタ

白雪(よ……妖精さん?溺れてる……!?)

白雪(早く助けないと……でも、どうしよう。艤装は無いし……)

白雪(……いや。このくらいなら、平気かな)

白雪「……」ピョン

バシャッ

15: 2015/12/30(水) 20:20:35.72 ID:irVRtR3x0
白雪「……」ゼエゼエ

白雪(お、泳ぐのって、水面を滑るのとは全然違うんだ……)

白雪「妖精さん。だ……大丈夫ですか?」

妖精「」コクリ

白雪「その工員服……工廠の妖精さんですか?」

妖精「」ジッ

白雪(違うのかな……?とりあえず、工廠に連れて行って工廠長さんに……)

白雪「……?あの、妖精さん。それ、何ですか?」

16: 2015/12/30(水) 20:21:16.79 ID:irVRtR3x0
白雪(よく見たら、何かを握っているみたい……)

妖精「」パッ


『武運長久』


白雪「えっ……!?」

白雪(私がお祭りで買った、御守り……!)

白雪「それを、どこで……?」

妖精「」ピョンピョン

ペシッ ペシッ

白雪「き、急に地面を叩いてどうしたんですか?ここに、何か……」

17: 2015/12/30(水) 20:21:48.93 ID:irVRtR3x0
ペシッ ペシッ

白雪「ええと、とりあえず落ち着いて……あれ?」

白雪(まさか……水の跡?)

ペシッ ペシッ

白雪(……やっぱり!海水の跡で、コンクリートに文字を書いてる……!)

『ご』

白雪(……ご?)

ペシッ ペシッ

『め』

白雪(め……)

18: 2015/12/30(水) 20:22:17.87 ID:irVRtR3x0
ペシッ ペシッ

『ん』

白雪(……)

ペシッ ペシッ

『な』

妖精「」ジッ

白雪「ご、め……ん、な」

妖精「」コクリ

白雪「そん、な……」

19: 2015/12/30(水) 20:22:48.20 ID:irVRtR3x0


――『ごめんな、白雪』


白雪「せいびへい、さ、ん……」

妖精「」コクリ

白雪「じ、冗談ですよね?嘘ですよね……?」

妖精「」フリフリ

白雪「ま……また、私をからかってるんですか?いくら何でも、こんなの、趣味が悪すぎますよ……」

妖精「」

白雪「……答えてください。こんなの悪い冗談だって、言って……」

20: 2015/12/30(水) 20:23:20.21 ID:irVRtR3x0
ポタッ

妖精「」

白雪「どうして、何も答えないんですかっ!?」

妖精「」

白雪「もう嘘は十分ですから!やりすぎてごめんでも、どうだびっくりしたかでも、何でも良いです!何か言ってくださいっ!」

ポタッ ポタッ

妖精「」

白雪「何を言うか、迷ってるんですか?それなら、簡単なもので良いんです。例えば、そう……名前を呼ぶとかです。呼んでみてください。白雪、と」

妖精「」

21: 2015/12/30(水) 20:23:52.41 ID:irVRtR3x0
白雪「白雪、です。整備兵さん……まさか、忘れちゃったんですか?」

妖精「」フリフリ

白雪「……それなら、どうして呼べないんですか!?」

妖精「」

白雪「お願いです……お願い、します……。それだけで、良いんです……」

白雪「また前みたいに、白雪と……前と同じ、整備兵さんの、声で……」

妖精「」ウツムキ

白雪「ぅ……あ、ぁ……」

白雪「……ぁ、あ、ああぁっ!」

白雪「――       !           !!」

22: 2015/12/30(水) 20:24:20.74 ID:irVRtR3x0





【数日後】





23: 2015/12/30(水) 20:24:52.14 ID:irVRtR3x0
【工廠】

ガラガラガラ……ガタン

工廠長「来たか。……けっ、幽霊を見てるような気分だ」

整備兵「俺の方こそ。偉そうなこと言いながら、白雪をかばった妖精ともども美しく散ったんじゃなかったのか?」

工廠長「俺達はもう人間じゃねェ。……散ることも野垂れ氏ぬことも許されねェで、ひたすら消耗品として戦うだけなんだよ。今日からは若造も、そんな奴らの仲間入りだ」

整備兵「……」

工廠長「……」

整備兵「……そういうことで、ようやく復帰だ。しばらく休んでいてすまなかった」

工廠長「ああ。……復帰とは言っても、その姿だがな」

整備兵「それもそうだ」

24: 2015/12/30(水) 20:25:20.57 ID:irVRtR3x0
工廠長「正直言って、俺ァ、若造を真正面から見る日なんか来て欲しくなかったぜ」

整備兵「……」

工廠長「だがな……若造、お前はそういう奴だ。本物の工員だ。結局、何が起ころうと最後にはこうなったのかもしれねェ」

整備兵「……」

工廠長「若造はこれからの世界のために残ることを選んだ。俺達と同じ中途半端なモノになることを選んだ。それなら……自分のやるべきことは、もう分かってるだろうよ」

整備兵「……もちろんだ」

工廠長「……」コクリ

整備兵「また今日から、改めてよろしくな」

工廠長「……おうよ、若造」ニヤッ

25: 2015/12/30(水) 20:26:03.21 ID:irVRtR3x0
【港】

ザザーン ザザーン

白雪「整備兵さん、明石さんから届いた電文です。赤レンガはもう大騒ぎみたいですよ」ピラッ

整備兵「」フムフム

整備兵「」カキカキ

白雪「ええ、そうですね。今まで誰も考えてすらいなかったことが、一度に明らかになったんですから。生き証人もいますし……」チラッ

整備兵「」カキカキ

白雪「照れる……というのは何だか違いませんか?」

整備兵「」カキカキ

白雪「ええ。確かに、真面目な話、そうですよね……。これからは整備兵さんも、何かと大変でしょうし」

26: 2015/12/30(水) 20:26:46.28 ID:irVRtR3x0
整備兵「」カキカキ

白雪「……」サッ

整備兵「」バタバタ

白雪「仕事の話はもうおしまいです。放っておいたら、工廠の話で一日が終わるんですから。こ……恋人といるんですし、少しは意識してください」パサッ

整備兵「」メソラシ

白雪「途端に何も書かなくならないでください……」ジトー

整備兵「」ウーン

白雪「む、難しく考えすぎですよ……」

整備兵「」カキカキ

27: 2015/12/30(水) 20:27:25.74 ID:irVRtR3x0
白雪「書けましたか?」チラッ

整備兵「」ジッ

白雪「……ふふっ。たった三文字ですか?」

整備兵「」ビリビリッ

白雪「わ、笑ってすみません!破らなくても良いじゃないですか!」アワアワ

整備兵「」ポイッ

白雪「あ……す、捨てちゃった。そんなに恥ずかしかったんですか?」

整備兵「」カキカキ

白雪「あまりにも文章力が無くて、ですか?えっと、それは確かに……」

整備兵「」ガーン

28: 2015/12/30(水) 20:27:57.08 ID:irVRtR3x0





白雪「……でも」

スッ

白雪「私も……同じこと、思っています」

29: 2015/12/30(水) 20:28:31.63 ID:irVRtR3x0



ザザーン ザザーン


『好』


『き』


『だ』


ザザーン ザザーン



30: 2015/12/30(水) 20:29:15.47 ID:irVRtR3x0










Fin.

31: 2015/12/30(水) 20:29:46.05 ID:irVRtR3x0





Fin.





32: 2015/12/30(水) 20:30:16.13 ID:irVRtR3x0
Fin.










33: 2015/12/30(水) 20:31:01.96 ID:irVRtR3x0





監督   青葉

助監督  秋雲

後援   海軍省

     海軍軍令部

     暮鎮守府



制作著作 寄越日鎮守府

42: 2016/01/04(月) 22:03:31.27 ID:zLudkSBS0
【暮鎮守府 試写室】

ザワザワ パチパチ

青葉「というわけで……暮鎮守府の皆様をモデルに青葉と秋雲が計画、また多方面の方々のお力添えで完成しましたこの作品、いかがでしたか!?」シュタッ

那珂「後ろからずーっとカラカラカラカラ言っててうるさかったよー!どうして那珂ちゃんがこんな席なのー!」プンプン

秋雲「あー、それはしょうがないよ。予算節約のために古い映写機使ったからさ。……後、川内型の三人は抽選で最下位だったし」トコトコ

映写機「」カラカラ

川内「うん、私もそのせいでよく眠れなかったよ……」フワァ

神通「姉さん、眠らない方が良いんです……」

整備兵「うーん……いや、普通に面白かったが。しかし、いくら暇ができたとは言っても、こんな壮大な遊びをしてたなんて知らなかったぞ……」

43: 2016/01/04(月) 22:04:01.53 ID:zLudkSBS0
秋雲「またまた、遊びとは聞き捨てならないねぇ~」

瑞鶴「え、違うの?青葉と秋雲なんて組み合わせ……どうせまた趣味が高じたとか何とかでしょ?」

青葉「もちろん違いますよ!これはれっきとした企画であり仕事なんですから」

秋雲「海軍のお偉方も協力してくれてるんだよ?」

翔鶴「そう言えば、後援のところに海軍省と軍令部と……」

整備兵「一応、本当みたいだな。それで一体この映画、というかアニメ映画は何のために……」

青葉「よくぞ聞いてくれました!……ではまず整備兵さん、明日は何の日ですか?海軍に関係することですよ」

整備兵「ああ、それなら……深海棲艦との戦争が終わってから、ちょうど三年の日だ」

秋雲「ご名答っ!」マルッ

44: 2016/01/04(月) 22:04:31.54 ID:zLudkSBS0
整備兵(この国の……いや、世界中の誰もが知っている日だ。世界各地の制海権を少しずつ取り返していった人類は三年前、ついに深海棲艦最後の拠点となっていたノーフォーク港を陥落させ……それ以降、深海棲艦は全世界のあらゆる海から忽然と姿を消した)

整備兵(地球規模での長期的な掃討戦を想定していた俺達にとって、深海棲艦が一度に消え失せてしまうというのはあまりにも突然の出来事だった。しかし、呆気ないとは全く思わない。……そのたった一回の勝利までに、人類は軍民問わず史上類を見ない破滅的な損害を被った)

整備兵(ともかく、深海棲艦はその後世界のどこにも出現していない。手放しで喜ぶというわけにもいかないが、今はこのノーフォーク攻略戦の日が事実上の戦勝記念日として盛大に祝われている)

青葉「さらにさらに、明日はもう一つ別の記念日でもあるんですよ」

整備兵「……?」

鳳翔「AL/MI作戦の完了からちょうど十年……ですね」ニコ

青葉「流石です!一番有名なのは、アリューシャンの戦いでもミッドウェーの戦いでもなくその後の本土防衛戦ですけどね」

整備兵「つまり、映画の内容は何と言うか……タイムリーってことか?」

青葉「その通りです。戦争終結から三年、ミッドウェーから十年の節目の年にこの映画。集客も見込めますよね?」

45: 2016/01/04(月) 22:05:06.13 ID:zLudkSBS0
鈴谷「え、まさかこれ公開するの!?」

青葉「もちろんですよ。そのために作ったんですから。これから海軍省に宣伝を打ってもらうので、知名度についても心配いりません」

龍驤「言いたいことが分かったで。……要するに、この映画売り出して金稼ごうっちゅう単純な計画やないか」

青葉「あはは、身も蓋も無いこと言わないでくださいよ」

龍驤「でも、それが目的なんやろ?」

青葉「まあ、そうなんですけど。ですが実際、この資金調達は青葉の個人的なものではないんです。何せ、他ならぬ海軍から依頼されたものでして」

青葉「深海棲艦が全く現れなくなって三年、今も艦娘による警戒は続けられていますが海軍の役割は徐々に減少、予算も急速に減らされている……そういう現状なわけです。しかし戦後処理やら設備維持にまだ資金は必要……というわけで、国民の目を集め海軍をもっと働きやすくするため、海軍省の募集に青葉が提案した企画がこの映画です」

整備兵「つまり、赤レンガの資金集めの手伝いってことか……」

整備兵(確かに、最近は予算がきつくなって以前より軍務が窮屈になってきているという話もある。何とか自力で資金を工面する必要があるかもしれない)

熊野「けれど、普通の記録映画ではないんですのね?これで本当に人が集まるんですの?」

46: 2016/01/04(月) 22:05:36.18 ID:zLudkSBS0
青葉「真面目な記録映画は、もうとっくの昔に他の会社が作っちゃいましたからね。何せAL/MI作戦は、戦争のターニングポイントと呼ばれるほど有名な作戦ですし。この戦いで深海棲艦の囮作戦が完全に挫かれて以降、人類が本格的に優勢となったと言われてますよ」

青葉「……なのでこちらは差別化を図って、ストーリー性を重視したフィクションにしてみました。ですが、これはあくまで史実を元にしたフィクションです。青葉の取材力を総動員して、細部まで事実に近づけることにもこだわりましたよ!」キラキラ

整備兵「いや……うん。本当にほとんど全部が事実にそっくりで、日記読まされてるみたいだった。俺としては見ていてかなり恥ずかしかったんだが……」

青葉「白雪さんの辺りとかですねー?」ニヤニヤ

整備兵「言うな。……けど、どうやってこんなに調べたんだ。青葉が暮にいたことなんてほとんど無かっただろ。それなのに、その……」

青葉「どうして、白雪さんの肩もみとか白雪さんとの逢引きとか白雪さんとの熱い夜とかについて微に入り細を穿ち描写できたのかですか?」

整備兵「あ……怪しい言い方はやめろ。あと最後のは捏造だ」ペシッ

青葉「ひゃうっ」

47: 2016/01/04(月) 22:06:05.59 ID:zLudkSBS0
整備兵「……別に俺と白雪のことにも限らず、全部だよ。俺が鎮守府に来た経緯、建物の様子、作戦中の動き……取材が来たことなんて無かったと思うが。……いや、待てよ」

青葉「お、気づきました?」

整備兵「他はともかく、俺が鎮守府に来る前のことを知っている奴はただ一人……そうか、提――」

提督「呼んだか?」

整備兵「」ビクッ

整備兵「いつの間にか後ろにいるな……じゃない。提督、お前の差し金か」

提督「AL/MI作戦前最後の演習――映画にも出ていた演習だな――のときに、演習で来ていた青葉に話を持ちかけられてな。将来的に何かの作品を作りたいので今から鎮守府のことを記録させてくれと」

整備兵「え?となると……十年も前から計画していたってことか!?」

青葉「計画というほどのものでもありませんけどね。秋雲さんと約束したんです。いつかきっと、戦争は終わり平和が戻る。そうなったら、艦娘達の姿を自らの手で作品に描き残そう……」

整備兵「……」ジーン

48: 2016/01/04(月) 22:06:35.44 ID:zLudkSBS0
青葉「中でも主に、個性豊かな暮鎮守府の方々の恥ずかしい過去を暴露して玩具にしよう……と」

整備兵「台無しじゃないか!おい提督、どうしてこんなのの提案を受けたんだよ!」

提督「基本的にネタにするのは整備兵で俺は脇役だと聞いたから、まあ良いかと思った。観る分には楽しそうだしな。……じゃあ、俺は司令部に戻るぞ。夕食までに雑務を片付けなければならん」スタスタ

整備兵「この野郎、上手いことやったな……!」

青葉「そういうわけで、暮鎮守府での情報収集や秘密取材の許可を司令官にいただき存分に調べさせてもらいました。もちろん、このことを知っていたのは司令官だけです。ちなみに、整備兵さんの工員服に盗聴器を仕込む許可ももらいましたよ」

整備兵「はっ!?そんなの、いつの間に?俺の身体に何か付ける暇なんて……」

青葉「イヤですね、映画でもきちんと描かれていたじゃないですか。演習が終わって、整備兵さんと別れるとき……」

整備兵「……あ。手を、握って」

青葉「いやぁ、隙だらけですね。青葉が深海棲艦のスパイだったら色々握られて大変なことになっちゃいますよ。……ええ、握手だけに」ドヤッ

整備兵「……」イラッ

49: 2016/01/04(月) 22:07:06.03 ID:zLudkSBS0
青葉「そんなこともあって、映画のほとんどを実際にあった出来事で占めることができました。長年の夢がついに叶いましたよ」シミジミ

青葉「……まあ、鎮守府外の人はどこまでが本当かなんて分かりませんから、恥ずかしがる必要なんてありませんよ。広い心で受け入れてください!」

整備兵「善処するよ……」ハァ

整備兵「しかし……そうなると、青葉達が新しく作ったのは妖精や艦娘の設定周りだけってことか」

青葉「はい。それに関連して、本土防衛戦についてもいくらか脚色しましたが。整備兵さんが自爆するところや、戦闘機の妖精さん達が氏闘を繰り広げるところなどですね」

整備兵「艦娘や妖精が昔の軍人の痕跡から生まれただとか、俺が妖精と話せるだとかは面白い設定だったな。俺も実際に妖精の謎を解けたら良かったんだが……」

青葉「整備兵さんはもともと妖精について調べるために鎮守府に来たんでしたね」

整備兵「映画の中の俺みたいに妖精と話せたりはしなかったから、結局ほとんど何も分からないまま戦争が終わっちゃったけどな」

青葉「それは仕方ないですよ。何も手掛かりが無かったんですし。……ですが、工廠業務についてなら整備兵さんの貢献はとてつもないですよ。東の寄越日西の暮。暮は今や、戦中の功績で唯一寄越日と肩を並べられる鎮守府です」

50: 2016/01/04(月) 22:07:35.57 ID:zLudkSBS0
整備兵「そう言ってもらえると嬉しいよ」

青葉「整備兵さんが来る前の暮は装備開発などに弱みを抱えていましたからね。司令官と整備兵さんが合わさることで暮鎮守府は完全な力を発揮したわけですから、整備兵さんのおかげで終戦が早まったとも言えます。……ともかく、最後には勝ったんだから良いじゃないですか、ってことです」

整備兵「……ま、そうかもな。結果オーライだ」

整備兵(こうして全員生き残って戦争を終えられたこと……それが何よりも重要だ)

青葉「それに実は、整備兵さんから物語のアイデアをもらったこともあったんですよ?」

整備兵「?」

青葉「まずは、その妖精さんですね」

整備兵「ああ……女神か」チラッ

女神「」ピョン

51: 2016/01/04(月) 22:08:05.65 ID:zLudkSBS0
青葉「今日も一緒に来ていたんですか?」

整備兵「何だか分からないけど、ずっと昔から懐いてるからな。女神が暮にいるときはよく一緒にいるぞ。にしても、女神が全ての始まりってのは凄かったな……」

青葉「この女神さんを見て、もしそうだったら面白いなと思いまして。そう言えば、どうして名前が女神なんでしたっけ?」

整備兵「確か……色んな鎮守府に現れるから、いつの間にか海軍の守り神みたいになったんだ。法被姿も目立つしな。それで安直に女神の妖精、と」

青葉「実は、この女神さんが映画みたいに人類を裏から支えていたら……?」

整備兵「まさかな」ハハハ

女神「」クビカシゲ

青葉「もう一つは、整備兵さんと工廠長の妖精さんが話す場面です」

整備兵「それも、俺からアイデアを……?」

52: 2016/01/04(月) 22:08:36.09 ID:zLudkSBS0
青葉「あれ、覚えてませんか?整備兵さんが初めて工廠に行ったとき、『工廠長の妖精が喋った』と言っていたと聞きましたけど」

整備兵「そうか……その話か!正直忘れかけてた。一言二言喋ったように聞こえたけど、そのときは工廠内も騒がしかったしな。あれは気のせいだってことになったんだよ」

青葉「そこから着想を得て広げたのが、今回の物語になったわけです」

整備兵「なるほど……」

スタスタ

漣「……」ムスー

白雪「あ、あはは……」

青葉「漣さんに白雪さん、こんにちは!」

白雪「お久しぶりです」ペコリ

53: 2016/01/04(月) 22:09:10.68 ID:zLudkSBS0
整備兵「二人とも、今までどこにいたんだ?」

白雪「魚雷が爆発する場面で、私が驚いて飲み物を落としてしまって……。漣ちゃんに手伝ってもらって片付けていたんです」

漣「……秋雲」ジロッ

秋雲「さん付けは……あれ、してない。な、何だよー?」

漣「よくも漣のことをネタに……!」

秋雲「ん、ああ。あれか。そっちの提督と漣の不器用な……」

漣「」ガシッ

秋雲「く、首が締まるっ!ごめん、ごめんってばー!」ジタバタ

白雪「漣ちゃん!?」

54: 2016/01/04(月) 22:09:45.86 ID:zLudkSBS0
漣「どうせ秋雲さんのことだからろくなこと考えてないとは思いましたけど、他人のことを勝手に映画にするのは良くないですね」ギリギリ

秋雲「お、お許しを……」ピクピク

青葉「まあまあ。今は晴れて周知の仲なわけですし、良いじゃないですか」

漣「そういう問題じゃないんですよっ!」パッ

秋雲「げほっ。しかし、まさか同じ鎮守府から二人も駆逐艦とくっつく人間が出てくるとはねぇ。どうなのよそれは?……まー良いか。いつまでもお幸せに~」ニヤニヤ

整備兵「お、おい、さりげなく俺達を巻き込むな!」アセアセ

白雪「……///」メソラシ

秋雲「いやーそれにしても、上映中に漣が睨みつけてきたのは面白かったね」チラッ

漣「……」

秋雲「流石の漣も劇場じゃ暴れられないし。安全なところで思いっきりからかうってのは優越感があるよ」チラッチラッ

漣「」ブチッ

55: 2016/01/04(月) 22:10:50.32 ID:zLudkSBS0
<モウイッカイシバイテヤルカラトマレヤー!

<ワー!

<マアマアマア!

<アオバサンモドウザイデスッ!

整備兵「はははっ……」

白雪「ふふっ……」

明石「皆さん、そろそろ食堂に移動してくださいとのことです。間宮さんはもう戻って準備を始めていますよ」ガチャッ

秋雲「やった、夕飯の……ぐえっ!」ズザー

漣「隙ありです」

56: 2016/01/04(月) 22:11:20.44 ID:zLudkSBS0
青葉「よっ、天才技師っ!」

明石「やめてください。ただの工作艦ですよ。やたらと鋭い洞察をする映画の中の私は凄かったですが」ニコ

元帥「……整備兵君、どうだったかの?その様子じゃと、どうやらこの映画のせいで少なからず迷惑をかけてしまったようじゃが」

整備兵「元帥閣下!いえ、そのようなことは……迷惑など……」

元帥「硬くならずとも良い。わしが同じことをされたら顔から火が出るわい」フォッフォッ

整備兵「は、はぁ……確かに恥ずかしくはあります」

元帥「しかし、こういうものを作れるというのも今だからこそじゃな。ほんの三年前までは、こんな日が来るなんて誰も知らなんだ。そうは思わんかね?」

整備兵「……はい、その通りだと思います」コクリ

元帥「まだ海軍の仕事は山のように残っておるが、ひとまずは世の中に平和が戻ったのじゃ。これからは軍人としてだけでなく――」

57: 2016/01/04(月) 22:11:50.91 ID:zLudkSBS0
元帥「――家庭人としても、善く生きるのじゃぞ」ニコ

整備兵「な……!」

白雪「……!?」ドキッ

元帥「分かったね?」

整備兵「り、了解しました!」ビシッ

元帥「ふぉっふぉっふぉっ……」スタスタ

整備兵(……な、何だったんだ)

白雪「整備兵さん。私たちも食堂に行かないと……」

整備兵「ああ……分かった」

58: 2016/01/04(月) 22:12:20.50 ID:zLudkSBS0
ギュッ

白雪「え……?///」

整備兵「ほら。行くぞ、白雪」メソラシ

白雪「……はい」

ギュッ

白雪「行きましょう……一緒に」ニコ

59: 2016/01/04(月) 22:12:51.30 ID:zLudkSBS0
【工廠前】

ザザーン ザザーン


「工廠長、どうしたんですかいー?」


工廠長「ちょっと海を見てるだけだ。お前らは先に戻っとけ」


「了解っス!」


工廠長「……ふう」

60: 2016/01/04(月) 22:13:41.15 ID:zLudkSBS0


「白雪さん、今日は来ないっスかね……」

「今日明日と仕事も休みで、今頃は寄越日の方々との食事会でさぁ」

「苦しいっス……ほんの二日会えないだけで、胸が……」キリキリ

「へいへい。勝手に苦しんでいれば良いんでさぁ」スタスタ

「薄情な奴っスね!」

「むしろ、話したことすら無い相手に十年も片思いなんて芸当、どうしてできるんですかい?そもそも、白雪殿には整備兵殿が……」

「今は一時的に騎士役を代わってやっているだけっス!」

「はぁ……」


工廠長「……」ジー

ザザーン ザザーン

61: 2016/01/04(月) 22:14:20.36 ID:zLudkSBS0
女神「」フワリ

工廠長「……」

女神「珍しいですね。工廠以外の場所にいるなんて……」

工廠長「今はもう珍しくもねェよ。仕事も昔よりは随分少なくなった」

女神「良いことです」

工廠長「……そうだな」

女神「この平和な海を……今を生きる人々の手に取り戻された海を、もう一度眺められる。何と素晴らしいことでしょう……」

工廠長「あんたはいちいち感傷に浸り過ぎだ。俺はそんな難しいこと考えちゃいねェよ」

女神「それはすみませんでした」

62: 2016/01/04(月) 22:14:51.15 ID:zLudkSBS0
工廠長「で、今日は何だって?自主制作映画の試写会だったか?」

女神「はい。実際にあった作戦をもとに、人間模様なども絡めて架空の設定を盛り込んだ娯楽映画……という感じでしょうか。近々一般にも公開されるそうですよ……」

工廠長「そうか」

女神「貴方も来れば良かったんですよ」

工廠長「俺には興味の無ェ話だ。俺はただ、あんたに頼ってまで還ってきた目的が果たせればそれで良い」

女神「……整備兵さんと初めて出会った日」

工廠長「あ?」

女神「どうして、整備兵さんに話しかけるのを止めたんですか……?」

工廠長「……」

63: 2016/01/04(月) 22:15:30.17 ID:zLudkSBS0
女神「整備兵さんに一言話しかけて、貴方の声が聞こえていることが分かったとき……どうして口を閉ざしたんですか?」

工廠長「……突然どうした」

女神「ふと思い出しまして。深い意味はありませんよ……」

工廠長「その質問にはもう何回も答えたじゃねェか。艦娘も含めて、今まで話せる奴なんて見たこと無かったからな。どんな奴かも分からない人間相手に、考えも無しに話を続けるのもどうかと思ってとっさに止めたんだよ」

女神「ですが、貴方には話し続けるという選択肢もあったのではないですか……?」

工廠長「……ま、そうかもしねェな」

女神「貴方が彼を見る目はいつも特別でした。まるで、彼を誰かに重ね合わせているかのように。彼に何かを期待するかのように……」

工廠長「……」

女神「貴方の行動一つで、全く異なる歴史が綴られていたかもしれないのですよ……?」

64: 2016/01/04(月) 22:16:01.33 ID:zLudkSBS0
工廠長「良くも悪くも、だがな」

女神「確かにそうですね。良くも悪くも……どちらに転んだかは分かりません。しかし、面白い想像だとは思いませんか……?」

工廠長「……つまらないとは言わねェよ。ただ、無意味だな。いくら想像したところで過去は変わらねェ」

女神「無意味……そう、感じますか……」

工廠長「……」

女神「……」

工廠長「映画はどうだった?」

女神「……それは、本当に私の感想を聞きたいと思って言っているのですか?」

工廠長「お、おう……当然だ」

女神「そうですか。ちょうど私も、その話をしたいと思っていたのですよ。気が合いますね……」

65: 2016/01/04(月) 22:16:30.42 ID:zLudkSBS0
工廠長「で、どうだったんだ?面白かったか?」

女神「ええ。とても良かったです」

工廠長「……」

女神「何ですか、その目は……?」

工廠長「あんたみたいな気難しい奴が、娯楽向けの映画を素直に褒めるとは思わなかったからな」

女神「失礼ですね……。仮初めに過ぎない終戦ですらまだわずか三年前の出来事であるにも関わらず、もうあの戦争を主題に娯楽映画を作って楽しめるということには実に感動しましたよ……?」

工廠長「何だ。過去をすぐに忘れ去っていく、薄情な連中だって言うのか?やっぱり皮肉が言いたいだけじゃねェか」

女神「ああ、すみません……言い方が良くありませんでした。しかしこれは私の本心です。決して皮肉ではありませんよ……」

工廠長「はァ……?」

66: 2016/01/04(月) 22:17:02.55 ID:zLudkSBS0
女神「信じられませんか?いえ、あの映画は本当に素晴らしいものでした。……例えば、先ほど貴方は、変わらない過去の選択について想像を巡らせることが無意味だと言いました」

工廠長「……そうだな」

女神「私は違うと思いますよ。過去は変わらないからこそ、想像する意味があるのです……」

工廠長「何だと?」

女神「過去に存在したあらゆるもの……ちょっとした間違いから大きな悲劇まで、そこで起きたことは何一つ変えられませんし、それらをありのまま知ることは大事です。ですが、ひたすら記録をなぞり『正しい』負の出来事に留まるだけでしたら、人間はこれほど強い生き物にはなれなかったと思うのですよ……」

女神「……人間は、想像できます。有り得たかもしれない道、流石に有り得そうもない道、もはやきちんとした道と呼べるかすら怪しい絵空事の類い……それらを想像するとき、人間は最も深く過去に触れるのです。ただ単に傍から見るだけのものではなく、自らに繋がる生きた出来事として……」

女神「私は気付きました。あの映画が、有り得そうもない過去を創作しながら、かつ本当の過去をこぼさないように拾い集めるものだということに。そこにあるのは薄情や忘却ではなく、全くもって逆のものなのでしょう……」

工廠長「……」

67: 2016/01/04(月) 22:17:31.31 ID:zLudkSBS0
女神「生きている人間は強いですね……。絶望的に見えたこの戦争にも、ついに敗北することはありませんでした。あれほど恐れられた海には再び帆が翻り、そして今日も人々は、過去――いえ、過去だけでなく現在も未来もですね――あらゆるものを想像し表現することを一向に止めようとしません」

女神「……ですが、それは不思議でも何でもないのですよ。その想像がある限り、恐らく人間は何物にも打ち勝つでしょう。誰からもどんな形でも想われず本当に忘却されてしまったことが、深海棲艦という存在が生まれた唯一の理由だったのですから」

女神「当の本人達にとってはあまりにも当たり前すぎて、きっと気付くことも無いと思いますが……。時には難しい顔で知り、思い、考え――しかしそれだけでなく、時には笑顔で自由に想像することこそ、生きている人間の最大の武器なのですよ……」


ザザーン ザザーン


工廠長「……なるほど、な」

女神「貴方はどう思いますか……?」

工廠長「俺ァ細かいことをうだうだ話すのは嫌いだから、あんまり気の利いたことは言えねェが……」

工廠長「つまり……俺達が知らずに落として来ちまった道も、誰かがまた拾ってくれるかもしれねェってことだろ」

女神「ええ……。それだけ分かっていただければ、私も嬉しいです」

68: 2016/01/04(月) 22:18:00.82 ID:zLudkSBS0
工廠長「まァ、後一つだけ付け加えるなら……人間を舐めるな、か?」

女神「よりによって、数えきれないほど多くの人々の力から生み出された私にそれを言うのですか?」

工廠長「……けっ、違いねェ」

69: 2016/01/04(月) 22:18:32.84 ID:zLudkSBS0





NOT TRUE, BUT REALLY REALLY HAPPY END





70: 2016/01/04(月) 22:19:03.84 ID:zLudkSBS0
以上で完結です。ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。
最後にご意見ご感想などいただけると幸いです。
また、疑問・質問がありましたら出来る限りお答えしたいと思いますので、どうぞ遠慮なく。

71: 2016/01/04(月) 22:42:52.13 ID:8gY/Tj5O0
完結乙です。
凄く引き込まれて楽しかったです・

72: 2016/01/04(月) 23:00:00.92 ID:gbqgVDLOo
乙です

73: 2016/01/05(火) 00:27:15.27 ID:/a5AZBiXo
今まで乙ですー
9ヶ月間もこのss読んでただけあって終わると寂しいですね…

引用: 【艦これ】整備兵「鎮守府で働け?」提督「そうだ」2