350: 2008/12/20(土) 19:28:29 ID:wF76j3nO

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ふと、私は実はエーリカなのではないかと、そう思うことがある。
容姿のよく似ていた私たちは幼い頃よく入れ替わって、大人を困らせて遊んでいた。その頃私はまだ
メガネをかけていなくて、お互いに魔女の力も目覚めていなくて。

まさに瓜二つだな、と評した父の友人は確かフソウという国の出身で、子煩悩な父は『瓜だなんて
とんでもない』と彼に文句を言っていたっけ。そして私たちを抱き寄せてこういった。可愛い可愛い
フラウたち、君たちはさしずめチェリーだな。あまいあまい、スウィートチェリーだ。私たちはさくらんぼの
ように赤い頬をして、ふたりしっかと手をつないで、それを笑って聞いていたっけ。

さくらんぼだろうが瓜だろうが私たちにとってはどうでもいいことだったけれど、つまりは私たちはとても
とてもよく似ていたのだった。本気を出せば誰だって私たちを見分けることなんて出来なかった。口を
開けばお互いの性格が出て、両親はすぐに見分けて私たちをやさしく叱り付けたけれどそこはエーリカ
が賢かった。ねえ、だったらしゃべらなければいいよ。ほらこうして二人で座って、ずーっとニコニコ
笑っているのさ。かくしてその通りにしていたら、行く人過ぎる人すべてが私たちをどちらとも言えずに
困った顔をして、参ったわと飴玉なんかをくれたりしたのだった。

あの頃はまだ、私とエーリカに境目などなくて、もしかしたら朝一番にそうと呼ばれたほうの演技を
お互いにし続けていただけなのかもしれなかった。それくらい私たちはお互いにお互いをよく知って
いた。実際のところ、やろうと思えばまねなんていくらでもできたし、見破られない自信だってあった。





カワハバ基地の備品は先々月のネウロイ侵攻によりすっかり老朽化し、私の所属する中隊の宿舎に
申し訳ばかりに取り付けられた姿見の鏡も長年倉庫で眠っていたようなひび割れた、かけたものでし
かなかった。それでも取り戻した頃よりはずっと復旧したほうなのだ。

毎朝、まるで儀式のようにその姿見の前に立つ。それがいつの間にか私の日課になっていることを、
きっと隊のほかの面々は知らないだろう。実際のところそれはこのスオムスに派遣される以前からの
もので、もう体に染み付いてしまっている。

まだ外は薄暗く、隊のみんなも安らかな寝息を立てているはずで。寝台に入ってからしばらくはどこか
一部が妙に騒がしかった気もするけれど、耳栓をしていたおかげで何ひとつ気にならなかった。いや、
実際は耳栓なんて気休め程度でしかないのだけれどとにかくそういうことにしておく。前にキャサリンは
「かしこいねー」と笑ってくれたけれど、世の中そんなに上手くいくものではない。だいたいあんな大声を
出されたら聞こえないわけがない。

「ウルスラ」

鏡の向こうに立つ、貧相な体つきをした少女に語りかけた。大きなメガネをかけていて、つまらなさそう
な顔でこちらを見つめている。ウルスラ。それがその少女の名前だ。なぜなら毎朝私がそう名づける
からだ。それだから彼女は毎日、ウルスラとしてこの世に存在することになる。

エーリカ、と。呼びかけたらどうなるのだろうか。
私はエーリカ・ハルトマンに、あのハンナ・ルーデルが言っていたような『優秀なストライクウィッチ』に
なれるのだろうか。今は遠い、祖国カールスラントの最前線でエースとして戦っているという、器用な
双子の姉に。
なれるはずはない。そんなこと分かっているのに、私は恐ろしくてどうしてもそう呼びかけることが
出来ない。


351: 2008/12/20(土) 19:29:52 ID:wF76j3nO

私がエーリカだったなら、今エーリカである彼女はジリ貧続きのカールスラント戦線でつらい戦いを
強いられることはなかったかもしれない。
彼女がウルスラだったなら、私は姉として妹を守らんとストライクウィッチになる道を閉ざすことが
出来たかもしれない。
私がエーリカだったなら、彼女がウルスラだったなら。そう夢想するのは野暮ったい行為なのだと
ちゃんと分かっている。けれど思わずにはいられない。だって私は実はエーリカだったかもしれない
のだ。私がエーリカだったなら、ウルスラである彼女を守れたかもしれない。それなのに。

軽く唇をかみ締めると、姿見の向こうの彼女もまた、同じように顔をしかめる。エーリカ、ねえエーリカ。
笑ってよ、あの頃と同じように。あなたならできるでしょう?いつもにこにこと朗らかに笑っていて、
いつもいつもウルスラのことを元気付けていた。エーリカが何をしてもウルスラは小さく笑うだけだった
けれど、その小さな笑顔一つのためにエーリカはいくらでも笑ってくれたよね。

ひび割れたガラスの向こうに姉の面影を求めても、相手はむっつりと眉をひそめたまま。目には丸い
二つの輪っかが乗っかっていて光の加減で冷たい光を反射する。私は結局ウルスラでしかないと、
思い知らされて悲しくなった。

私が『ウルスラ』に決まった日のことは、今でもよく覚えている。それは今までずっと、どこへ行くにも
何をするにも一緒だった私たちが初めて道をたがえた日だ。
ストライクウィッチになる。そのために士官学校に行くと、『エーリカ』と名乗った私の片割れがそう
言って家を出て行ったから、その日から私は『ウルスラ』になった。もしかしたら双子の姉だったかも
知れない私は妹となり、妹だったかもしれない彼女は姉となり、そして私を最後に抱きしめて笑った。

(ウーシュを守りたいんだ。手紙、書くからね)

なぜ、と問うたら、「そりゃ、私はウーシュのお姉ちゃんだもん」なんてあっけらかんとした答えが返って
きた。姉だから、妹を守りたいから、あなたはあの『異形』と戦うのかと尋ねたら、「当たり前でしょ」と
これまたあっさりと笑い飛ばされて。
かくして私は彼女に守られることになった。彼女は姉だからというだけで、私を守ると決めたのだ。

自分は本当はエーリカなのではないかと、今までなんど思ったか知れない。姉をエーリカ、妹を
ウルスラ。そう名づけられただけてかつては境目などなかったよく似た双子の私たち。あちらが自分を
『エーリカ』と決めたから、私は自動的に『ウルスラ』になった。けれど本当は逆だったのではないか?
彼女を守らなくちゃいけなかったのは、本当は私だったのではないか?ねえ、本当のところはどうなの、
エーリカ。尋ねてみたいけれど、そんなこと。できるはずがない。あの人はいつだって私の前をいって、
私の場所を奪い取る。そうして痛みも苦しみも、あっけらかんと、吸い取ってはまた前に行くのだ。
もたもたと後からその席に付く私は微かに残された彼女の残り香と微々たる痛みに耐えればいいだけ。
気が付けばいつも、そうだった。

「ウルスラ、ウーシュ。」

目を瞑って、語りかける。静かな部屋に響く声は、姉と同じ響きをしている。あの頃姉が何度も呼んだ、
私の愛称。繰り返すだけで姉に呼びかけられている気分になって、本当は救われているだなんて
誰にも言えない。
だけどそうしないと立っていられなくなりそうで、私は何度も何度も繰り返す。ウルスラ、と呼びかける。
ウーシュ、と囁きかける。私がウルスラであるために、私がエーリカであるかのように。

そして祈るのだった。今も同じ空の下にいる、私の妹かもしれない、姉の無事を。
彼女の姉だったかもしれない、愚かな妹から。

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以上です。コメントなどは最後に

引用: ストライクウィッチーズpart14