1: 2009/04/21(火) 11:00:31.89 ID:uJzj5pMm0
桜田ジュンは、来期から中学校に復学する為に頑張っている。
今日も自室の机で、今までの遅れを取り戻すべく、数学の勉強をしている。

しかしもう夜半、眠気が勉強の邪魔をする。
眠気を覚ます為に、独り言を呟きながら勉学に勤しむ。
 「ここは…aとXを…掛けるから……あ~違うな~」
ふと傍にある時計を見やる、そこには22:56とデジタル表示されていた。
 「今日はここまでにするかな…」
これ以上は眠気に勝てない事を理解したジュンは、大きな伸びを行ってから教科書を閉じた。

 「あら?お勉強はもう終わりなのかしら?」
ベッドの方から声が聞こえジュンが振り向くと、そこには真紅がいた。
自身と同じ丈程のくんくん探偵のぬいぐるみをいとおしげに抱え、
頭にヘッドホンを付けた真紅が、ベッドのへりに座っていた。

小さな頭に、人間用の大きなヘッドホン、そしてくんくん探偵のぬいぐるみ…。
赤い綺麗なドレスに全く合わない、その滑稽な出で立ちは、ジュンを呆れさせるに十分だった。
 「起きてたのか真紅、静かだからもう寝たのかと思った、プッ…何その格好?…って言うか何聞いてるんだ?」

くんくん探偵のぬいぐるみをベッドに置き、重労働そうにヘッドホンを外す真紅。
 「え、何か言ったかしら?」

 「いや、何を聞いてるのかって言ったんだけど」

2: 2009/04/21(火) 11:02:08.00 ID:uJzj5pMm0
するといかにも上機嫌に、真紅が笑顔で答えた。
 「これ?くんくん探偵のドラマCDよ、 金糸雀が私にプレゼントしてくれたの」
道理でニコニコ顔で、ぬいぐるみを抱えていた訳だとジュンは納得した。
耳だけでなく、全身でくんくんを感じたかったという事か…。
しかし何もそこまでやるか?こんな真夜中に。
 「金糸雀ったら、こんなに気の利いたプレゼントを私にくれるなんて、本当に良い子だわ…。
  今度紅茶でもご馳走しようかしら……もちろん淹れるのはジュンだけど」
眠いので突っ込む気にはならず、スルーするジュン。
しかし間髪入れずに、急に真顔になった真紅が言う。
 「それにしても…ちょっと終わるのが早すぎるのではなくて?」

 「何の話だ真紅、ドラマCDの事か?」

 「違うわよ、お勉強の事よ。」

僕の勉強の事にいつも無関心な真紅が、そんな事を言い出すなんて…。
珍しい事もあるもんだと思い、ジュンは静かに話を聞いた。

 「ジュン…真面目にやりなさい、まだ眠りの時間には早すぎるのではなくて?
  折角私が家来に気を利かせて、この重たいヘッドホンとやらを、我慢していると言うのに…」

 「いや、もう眠りの時間だぞ、もうすぐ23:00になるし」

 「あら、そんな筈無いわ、さっき時計を見たら20:00だったのよ、正確には20:02ね。
  お勉強は貴方自身の問題だから、あまりとやかく言う気は無いけど…もう少し頑張った方が良いのではなくて?」

3: 2009/04/21(火) 11:03:24.15 ID:uJzj5pMm0
実は真紅は、重いヘッドホンの苛つきと、時間の勘違いから出た誤解で、ジュンに八つ当たりしていただけだった。
しかも言い分を全く聞き入れない…まあいつもの事だとジュンは無視する。

 「大体私が寝ていないのだから、今が23:00の筈は無いわ…私は時間の管理にはうるさいのよ。
  それなのにジュンときたら、私に嘘をついてまで眠りたいなんて、よっぽどお勉強が嫌いなのかしら…」

ジュンはデジタル時計を真紅に向け、無言で指差した。
すると真紅は呆れ顔で言った。
 「そこまでして眠りにつきたいのかしら?時計をいじるなんて貴方らしい方法ね。
  悪いけど私はだまされないのだわ…そんな事を思いつく暇があるなら、紅茶を淹れてきなさい」
 
何でそこまで言われなければならないのかと、流石にイラッとしたジュンは反論した。
 「なら自分の懐中時計を見てみろよ、全く…」

これで自分の嫌疑は晴れるはず、そう思ったジュンは机の上の筆記用具を片付け始めた。
しかしまた真紅がヒステリックな口調で言う。
 「本当に分からず屋の家来だわ、見なさい、まだ20:26だわ」

そんな馬鹿なと思いつつ、ジュンは真紅の懐中時計を見た…確かに時計は20:26を指している。
しかし良く見ると、針の動きが停止している事に気付いた。
これは勝ったな、とジュンは心の中でほくそ笑んだ。
 「そこまで言うなら、くんくん時計の時間も見てみろよ、親愛なるくんくんが真実を示してくれるぞ」

4: 2009/04/21(火) 11:04:45.79 ID:uJzj5pMm0
真紅は仏頂面で振り返り、自分の棚にあるくんくん時計の時間を見た、23:00だった。
 「…!?そんな筈無いわ?私の時計は20:26なのよ!?くんくんは私の味方でしょ!?そうよねくんくん?」
真紅はまじまじと自分の懐中時計を眺め、小さく数回振った、その表情には多少動揺が見える。
部屋にしばしの沈黙が流れた後、ジュンに向き直った真紅は澄まし顔で言った。

 「時計が、止まっているのだわ」

そう言い捨てて、何事も無かったかのように、自分の鞄に向かって厳かに歩き出した。
そしてもったいぶった動作で鞄に入り、
 「もう眠りの時間だわ、おやすみ、ジュン」
そう言って鞄を閉じた。
部屋に突然の静寂が訪れた。

その一連の動作を目の当たりにし、ジュンは呆気に取られた。
 「…って言うか、僕に謝罪は無いのか!?」
そう言いつつベッドを見る、くんくん探偵とCDプレーヤーとヘッドホン、全てが置きっ放しだった。
 「全くもう、しょうがないな…」
ベッドの上の物を真紅の棚に片付け、もう一度鞄を見やると、ドレスの裾が少しはみ出ていた。
 「出てるぞ、ドレスの裾が」
鞄が少しだけ開いて、ドレスの裾がするすると中に入っていった。
暫くして鞄から、ふてくされた声が聞こえた。
 「ジュン…早く寝なさい!」
鞄がパタンと音を立てて閉じた。

 「やれやれ…おやすみ、真紅」
ジュンは机のデジタル時計をベッドに戻し、部屋の電気を消して眠りに付いた。

5: 2009/04/21(火) 11:06:30.51 ID:uJzj5pMm0
 「…です…ですよー」
 「朝…起きる…です…」
ジュンは聞こえてくる声を、取り合えず無視していた。
昨日は就寝が遅かった為、出来れば寝かせて欲しかったのだ。

しかし暫くすると、腹部に軽い衝撃が走った、2回、3回と衝撃は増えていく。
さすがに痛みに絶えかね、ゆっくりと薄目を開けた。
見ると翠星石が布団の上で、勢い良く飛び跳ねている姿が見えた。
きっとこれは悪い夢なんだと念じても、腹部の痛みに阻害される。
 「朝ですよ!いい加減起きるです!このチビ人間!」

これ以上寝ていると、更なる痛みに襲われると察し、ジュンはしぶしぶと上半身を起こす。

 「やっと起きやがったです…全く毎日良く寝るチビです!その割には全然育たないですけど!」

6: 2009/04/21(火) 11:10:42.64 ID:uJzj5pMm0
ジュンはのそのそとメガネを掛けながら、翠星石に言った。
 「朝から良くそこまで口が回るな、さすが性悪人形…」
悪態をつきながら時間を見る…まだ7:00だった。
 「何でおまえは、いつも朝が早いんだ?老人じゃあるまいし…」
すると翠星石は一段と高くジャンプして、ジュンの腹部に尻で落ちてきた。
 「ぐへえっ!!」

 「チビ人間におババ呼ばわりされる覚えはねーです!!」
落下の反動でベッドから飛び降りる翠星石。
 「今日の朝ごはんは翠星石のとっておきです!さっさと下に来るです!」
そう言ってそそくさとドアに向かって行く、去り際にジュンに向き直って言った。
 「そう言えば、まだ挨拶がなかったです、…おは…ようですジュン…」
少し照れくさそうに下を向く翠星石。

ジュンはまだ痛みの残る腹部をさすりながら返事をした。
 「おはよう…翠星石」

 「…ふん!」
バタンと大きな音を立ててドアを閉める翠星石。
しかし階段を下りる彼女の顔は、嬉しそうな笑顔だった。

7: 2009/04/21(火) 11:12:13.52 ID:uJzj5pMm0
ジュンが一階のリビングに入ると、甲高い声が響いた。
 「あ~、ジュン~おはようなの~~」
涎掛けを付けた雛苺が、朝食が乗った食卓から呼び掛ける。
その声に追随して、のりもジュンにキッチンから挨拶する。
 「あら、ジュン君おはよう」

 「あぁ、雛苺おはよう、姉ちゃんもおはよう」

そのやりとりを遮るように、翠星石が言い放つ。
 「ほら!挨拶はいいからとっとと座るです!早くとっておきを食べるです!」

翠星石に急かされて、のそのそと朝食が乗った食卓に着席するジュン。
テーブルに乗っている朝食をまじまじと見る…いたって普通のメニューに見える。
花丸目玉焼き、パン、牛乳、サラダ、ヨーグルト、そして雛苺だけ苺大福。
まあ花丸目玉焼きが普通かと言われると、それは返答に困るが。

 「さあ早く食べるです!とっておきを食べるです!」

ジュンはどれがとっておきなのか分からず、思わず聞いた。
 「なあ、どれがとっておきなんだ?いたって普通の朝食じゃないか?」

8: 2009/04/21(火) 11:18:55.82 ID:uJzj5pMm0
 「全く…ちび人間はとんだ鈍ちんです、まだ寝ぼけてるですか?良く見るです」
そう言って翠星石はヨーグルトの容器を、スプーンでリズミカルに叩いた。
チン、チン、とリビングに涼しげな音が響きわたる。
言われてヨーグルトを見るジュン、何か半透明の物が入っている事が分かった。
 「これが…とっておき?」

 「そ~ぅです!さあ一気にとっとと食べるです!」

 「いや、一気にって言われても…」

 「あらあら、翠星石ちゃんは朝からせっかちなのねー」

 「翠星石はせかちなのー、朝からせかちなのー」

リビングの皆がジュンを眺めて、今か今かとヨーグルトを食べるのを待っている。
その勢いに押されて、恐る恐る半透明の物体を、スプーンで口に運ぶ。
噛み締めると、口の中に一気に苦味が広がった、その強烈な苦味で、即座に飲み込むのがやっとだった。

翠星石が身を乗り出して、目をくりくりさせてジュンに聞く。
 「どうですジュン?どんな味ですか?」

 「いや、苦いんだけど…何これ?」

9: 2009/04/21(火) 11:23:32.73 ID:uJzj5pMm0
 「おっほん!これはキダチアロエです!翠星石が育てたです!」
そう言って腰に手を当て、椅子の上に得意気に立って、ふんぞり返った。
 「ジュンは翠星石のマスターになったのだから、病気でもされたらたまんねーです!
  だからキダチアロエで毎日健康!医者上がったり!ですぅ~」

 「ヒナも手伝ったの~、アロエにお水いっぱいあげたの~」
ジュンを見ながら両手を大きく広げて、雛苺も得意気に言った。

 「チビ苺は水をやっただけですぅ~、そんなの大した貢献じゃねーです!
  ここまで育ったのは庭師の如雨露のおかげです!
  チビチビが水やってただけなら、今でもアロエはチビのままですぅ~」

 「そんな事無いもん!ヒナも象しゃんジョウロで頑張ったもん!」

その2人をキッチンから、のりが優しく諭す。
 「あらあら、2人ともジュン君の為に頑張ったのねー、翠星石ちゃんも雛苺ちゃんもありがとうね~」

 「そうなの!ヒナ、ジュンの為に頑張ったの~」

 「ちっ、ちげーです!チビ人間の為なんかじゃねーです!……これは…その…、
  マスターがおっ氏んじまったら翠星石は力が出せないです!だから……だから翠星石の為…なんですぅ!」

10: 2009/04/21(火) 11:27:24.99 ID:uJzj5pMm0
そんなやり取りを全く無視して、ジュンはさっきの翠星石の言葉について考えていた。
『キダチアロエで毎日健康!医者上がったり!ですぅ~』って言っってたよな?何か変な言い回しだけど。
…って事はこれが毎日出てくるのだろうか?こんな苦い物が!?これは結構ピンチじゃないか!?
 「なあ、翠星石はもうコレを食べたのか?」

 「いーえ、まだです、まずマスターであるジュンに食べてほしかったのです。
  マスターの事を第一に考える翠星石は、やっぱり薔薇乙女で一番心優しいドールですぅ~~」

その言葉を遮るように、雛苺が口を挟む。
 「さっき翠星石が言ってたの!取り合えずジュンに食べてもらって、安全性の確認ですぅ~!って」

 「よ、余計な事言うんじゃね~です!このおバカ苺!」

やっぱり食べてないのか、と納得は出来た。
しかし、折角自分のために作ってくれた物だけに、正直に苦いと言うのは可哀想だと感じたジュンは、
言葉を慎重に選びながら、2人を見て話した。
 「ちょっと苦い…けど、おいしかったよ」

すると翠星石は満面の笑顔で、
 「当~然です~、この私が育てたんだから当たり前です~」
と、誇らしげに言い放った。
雛苺も負けじと、
 「ヒナも手伝ったの~、おいしく育てたの~」
と、ふてくされながら言った。

15: 2009/04/21(火) 11:31:58.82 ID:uJzj5pMm0
ありがと、じゃあ続き。

そんな雛苺をキッと見据えて翠星石は言う。
 「まぁ~だそんな事を言うですかチビチビ!私が育てたんです!この分からんちん!」
雛苺も負けじと応酬する。
 「分からんちんは翠星石なの!ヒナも頑張ったの!」

のりは不穏な空気を感じ取り、興奮する2人に言った。
 「あらあら…そんなにおいしく育ったのだったら、2人とも早く食べた方が良いんじゃないのー。
  そうしないとジュン君に全部食べられちゃうわよー」

そんな事が言えるって事は、姉ちゃんもまだ食べてないんだろうな…と思いつつ2人の様子を見るジュン。
 「ジュンに全部…食べられる…」
2人は小声でハモりながらヨーグルトを見て固まっている。

 「いや、少し苦いから止めたほうが…」
ジュンが言い切る前に、自分のヨーグルトをがっしりと掴んで、ほぼ同時に口の中へ頬張る2人。
流石は食い意地二大巨頭、食べられる前に食べると言う事か…。

2秒程の沈黙の後で、ジュンの眼鏡の左右のレンズに、ほぼ同時に二つのアロエが飛んできた。
 「にげ~ですぅ!まずいですぅ!最悪ですぅ~~!」
 「おいしくないの~、お口の中がザラザラするの~」

 「あらあらー、2人共どうしたのー」
2人の異変に気付いて、食卓の方を見るのり。
しかしのりは2人の事はそっちのけで、ジュンを見て笑った。
 「ジュン君…ジュン君の眼鏡に…プッ…アロエが…二つも…くっ付いて…」

そんなのりの笑い声と、翠星石と雛苺の苦悶の声を聞いて、ジュンも笑うしかなかった。

16: 2009/04/21(火) 11:32:47.61 ID:uJzj5pMm0
 「全く朝から騒々しいのだわ…」
真紅は昨日の夜更かしが効いたのか、気怠そうにリビングに入ってきた。

 「あら真紅ちゃん、おはよう」

 「おはよう…のり、ところでジュンはどこかしら?」

 「ジュン君はキッチンにいるわよー、眼鏡を…プッ…洗って…」

 「おい!洗濯のり!もう時間じゃないのか?」
眼鏡を食器用洗剤で洗いながら、ジュンはのりに言った。

 「あら?いっけなーい!もうこんな時間だわ!真紅ちゃんのご飯はレンジにあるからねー」
そう言いながらリビングをあたふたと出て行くのり、玄関でドタバタと音を立てた後に、
 「じゃあみんな、行ってきまーす!」
と言い残し、皆の返事も聞かずに飛び出していった。

そんなのりの慌しさを見て、真紅は微笑みながら言った。
 「全く、のりは淑女のたしなみがなっていないわね」

 「それはそうとして…」
今度はジュンに向かって、不遜な態度で言い放つ。

17: 2009/04/21(火) 11:33:31.97 ID:uJzj5pMm0
 「眼鏡掃除が終わったら、紅茶を淹れて頂戴。
  他にも頼みたい事があるのだけれど…それは後にするわ」
自分の要求を言い終わり、真紅はきびすを返して食卓に向かう。
ジュンは真紅の顔も見ずに、ぶしつけな返事をした。
 「へいへい…分かりましたよ、淑女の真紅様」

真紅は椅子に座ると、目の前の2人を見て、怪訝な顔をする。
 「2人共、朝から何て顔をしているのかしら?まるで梅干の様だわ」
翠星石と雛苺は、まだアロエの苦さが残っている為か、眉間に皺を作って項垂れていた。

 「全く…何なのかしら?二人揃って…気分が台無しだわ」
真紅はヨーグルトに手を掛けた。
翠星石はその様子を薄目で眺め、少し心が躍った。

その様子をジュンが目ざとく見つけて、真紅に忠告した。
 「真紅!そのヨーグルトは止めとけ!」
翠星石は心の中で舌打ちをした。

 「何故主人の私が、家来の言う事を聞かなくてはならないのかしら?朝のヨーグルトは淑女のたしなみよ」
ジュンの言い方が気に入らなかったらしく、聞く耳持たずでヨーグルトを口に入れる真紅。
やはり2秒程の沈黙があった後、勢い良くアロエが口から飛び出した。
雛苺の頭に当たり、翠星石の頭を経由して、またジュンの眼鏡に着弾した。
翠星石は心の中で、特大のガッツポーズをした。

18: 2009/04/21(火) 11:34:56.74 ID:uJzj5pMm0
食卓の朝食は翠星石に片付けられ、今はジュンの淹れた紅茶が三人分と、ジュースが一杯並んでいる。
雛苺は食後のジュン登りで先程まではご満悦だったが、ジュースを頭の上から取ろうとして真紅に手を叩かれ、
今は少々むくれている。
そんな雛苺を無視して、真紅は紅茶をうつむき加減に飲みながら、小声で呟いた。
 「…全く…朝から非道い目にあったわ…」

ジュン達はここぞとばかりに真紅に真顔で突っ込んだ…翠星石だけはシニカルな表情を浮かべていたが。
 「たまには人の話を聞けよな、淑女の真紅様」

 「そーですぅ、チビ人間が止めとけって言ったのに、真紅は本当にあまのじゃくです~」

 「そーなのー、真紅はジュンの言う事を、もっと素直に聞いたほうがいいのー」

 「三人そろってうるさいわね…それより何であんな物が、朝食に並んでいたのかしら?」

 「あれはキダチアロエです、育てたのは……!育てたのは何と!雛苺ですぅ~!」

 「?…」

19: 2009/04/21(火) 11:36:20.18 ID:uJzj5pMm0
雛苺は突然の指名に、目を丸くして固まった。
翠星石はそれを尻目に、身振り手振りまで使って雄弁に語り始める。
 「庭師の如雨露を使って育てたアロエが、あんなに苦い訳ねーです!もっとおいしく育つに決まってるです!
  …ってえ事は、チビ苺の100均じょうろの呪いのせいで、まずくなったに決まってるです!
  そぉ~に決まってるです!ファッキン100均!です!」

そういう言葉を何処で覚えてくるんだろうか?と、ジュンが考えていると、頭上からの大声に妨害された。

 「違うもん!象しゃんジョウロに呪いなんか無いもん!だって巴が買ってくれたんだもん!!」
雛苺の怒号に合わせて髪の毛を引っ張られるジュン、しかしだんだん引っ張られる力が弱まっていく。
 「だって…巴が…呪いなんか…ヒクッ…無い…」
雛苺はしゃくり上げながら泣いてしまった。

真紅は泣いている雛苺を無視して、翠星石に言う。
 「私が聞いたのは、何故あのアロエがヨーグルトに入っていて、朝食に並んでいたのかと言う事なのだけれど」

 「それは…ジュンに…食べてもらって…健康に…なって」
翠星石は下を向いたまま、口を尖らせて真紅に答えた。

 「じゃあ、ジュンの為にアロエを2人で育てて、ヨーグルトに入れたと言う訳ね?」

 「そう…です、ジュンが…喜ぶ…おいしい…って…言って、おいしい…?お・い・し・い!?」
翠星石はアロエを食べた後の、ジュンの言葉を思い出した、『ちょっと苦いけど、とてもおいしかったよ』?
でも実際は苦マズかった訳で、おいしかったと言う必要は全く無い訳で、
苦マズいって言ってくれてれば翠星石は食べてなかった訳で、それはつまり…翠星石の被害妄想スイッチが入った。

21: 2009/04/21(火) 11:37:33.70 ID:uJzj5pMm0
下を向いていた翠星石が、ジュンの方へゆっくりと顔を上げる、ジュンは嫌な予感がした。
 「こぉぉぉのぉぉぉチビ人間!はめやがったですねぇぇぇー!!」
翠星石が突然目の前から消えた!?と思った矢先、ジュンは脛に大きな衝撃を感じた、凄く、痛い、です。
真紅が無表情にテーブルの下を覗くと、鬼の形相でジュンの脛を蹴り上げている翠星石がいた。
 「痛てえぇぇ~!!」
ジュンは痛みで後ろに仰け反った、雛苺は泣きながらも、落ちないように髪の毛を掴んでこらえた。

翠星石はスッキリした面持ちで、優雅に椅子に座り直して言った。
 「ざまーみろですチビ!翠星石をだまして、あんな苦マズいアロエを食べさせた報いです!」
そう言って紅茶を一気に飲み干す。

 「…ち…違う…ヒクッ…ジュン…違うよ…」
雛苺が肩を震わせてしゃくり上げながら、弱弱しく呟いた。
 「ジュンは…おいしい…って…ヒクッ…違う…本当は…」

 「翠星石、ちょっとあなたは早合点しすぎではなくて?」

 「な、何がですか!?」

22: 2009/04/21(火) 11:39:08.39 ID:uJzj5pMm0
 「2人はジュンの為にアロエを育てた、それはとても素晴しい事だわ、苦労もあったでしょう。
  そんな優しい食べ物を口にして、たとえ不味かったとしても、本当の事が言えるかしら?小心者のジュンに」

最後の言葉に引っかかりを感じたが、脛は痛いし、髪は引っ張られるしで、ジュンは反論する気力が無かった。

 「…」
翠星石はそっぽを向いて黙っている、視線の先には庭のアロエがあった。

 「ジュンは、貴女を騙そうとしてアロエを褒めた訳では無いのよ」

雛苺もやっと泣き止んだのか、少し苦しそうに言った。
 「そう…なの…ジュンは…優しいの…」

暫くの沈黙があった後、翠星石が突然大声を出した。
 「あ~もう!辛気臭いですぅ~」
椅子からピョンと飛び降りて、ジュンの所へ歩き出す、そして頭上の雛苺を見て照れ臭そうに言った。
 「ファッキン如雨露に呪いは無いです…巴は悪くない…です」
言い終わって翠星石はジュンを見る、が、すぐに横を向いてしまい、そのまま話す。
 「次はもっと、ちゃんとした物を…作る…です」

 「いいんだよ、気にするなよ」
ジュンは翠星石の頭にそっと手をかざす、翠星石の肩が一瞬ビクッと動いたが、そのまま動かない。
横を向いているので、表情は窺い知れなかった。
雛苺もジュンの頭上から、翠星石の頭に手を差し出したが、指の先しか届かなかった。
しかし雛苺は愛らしい笑顔で、翠星石の頭に触れている。

23: 2009/04/21(火) 11:40:17.58 ID:uJzj5pMm0
 「ところで2人は、キダチアロエをどうやって調理したのかしら?」

雛苺は無邪気に答えた。
 「うゅ?ちょーり?切って剥いて入れただけなの!」

 「…それではダメね、苦いはずだわ」

 「それは…どういう事です?」

 「アロエは煮沸しないとダメよ、そのままでは苦いだけだわ」

三人は真紅をまじまじと眺めた、そして「ほおー!」と揃って感嘆の声をあげた。
真紅は少し照れ臭そうに言った。
 「な…何?当たり前の事を言っただけだわ!」
その様子を見て、翠星石はシニカルな表情で言った。
 「真~紅~、普段料理なんか、これっぽっちもしねーくせに、そういう事だけは博識ですぅ~」

 「ほえ~~、真紅すごいの~」

 「ふ…フン!どうでもいいじゃないの…そんな事」
そう言い残して、テレビ前のソファーへと歩き出す、きっとくんくん探偵を見るんだろう。
ジュンは雛苺を宥め下ろして、真紅の隣に座った。

24: 2009/04/21(火) 11:41:15.17 ID:uJzj5pMm0
無言でくんくん探偵を見る2人、暫くしてジュンが真紅に話しかけた。
 「さっきは…助かったよ」

テレビから目を離さずに答える真紅。
 「あら、何の事かしら?」

ジュンは決まりが悪そうに言った。
 「…小心者の代弁をしてくれた事だよ」

 「私は、泣いて話せない雛苺の気持ちを代弁しただけよ、それ以外の意向は無いわ」

 「雛苺の為かよ、お礼言って損した」

 「お礼に損とか得とか言う概念を持つなんて、卑しい家来だわ」

 「何だよその言い方!僕はそんなつもりじゃ…」
言いかけて真紅を見る、上品に小さく吹き出して笑っていた。
 「フフッ…ジュンをからかうと、くんくん探偵よりも面白いのだわ」

 「何だよもう…この呪い人形め」

真紅は微笑みながら、ジュンを見つめて言った。
 「優しさから出た言葉でも、時には誤解を招く事もあると言う事よ、覚えておきなさい、でも…」

 「え?」

 「貴方のそういう所、嫌いでは無いわ」

 「真紅…」

26: 2009/04/21(火) 11:42:49.44 ID:uJzj5pMm0
テレビのくんくん探偵が驚きの声をあげる、『あぁ~~!この血痕は~~!』
真紅は即座にテレビに向き直り、前のめりで胸元に両手を組んで叫ぶ。
 「どうしたのくんくぅん~~~!私が付いてるわぁ~~!あら?邪魔なネコ警部だわ!そこをおどきなさい!」
その変わり身の早さにジュンは唖然とした、いやむしろ感心した。
暫くすると、キッチンの方から言い争う声が聞こえてきた。

 「全く!チビ苺は学習能力がね~です!」

 「そんな事無いもん!今度はうまくいくもん!」

 「上手くいきっこね~です!入れる前から分かるです!」

どうやら真紅に聞いた事を、早速試しているらしいが、そのわりには雲行きが怪しい…。
ジュンは気になってキッチンに向かった。

 「おいどうした…って、それは?」

27: 2009/04/21(火) 11:44:09.81 ID:uJzj5pMm0
見ると雛苺は、頭の上にショートケーキの乗ったお皿を持っていた。
 「あ~ジュン~、見ちゃだめなの~!」

 「雛苺、まさかそれをヨーグルトに入れるつもりなのか?」

 「そうなの!きっとおいしいの!」

 「おいしい訳ねーです!チビ苺は料理の"さしすせそ"を全く理解してねーです!」

 「いや、お前も理解してないだろ…」

 「と・に・か・く!ジュン!早くチビチビを止めるです!」

ジュンは急いでショートケーキを引ったくって、冷蔵庫に突っ込んだ。
雛苺は突然の事で、両手を上げたままポカーンとしていた。
暫くして、ようやく事態を理解したのか、雛苺は泣き出してしまった。

 「騒々しいのだわ!早く何とかしなさい!ジュン!」
真紅がヒステリックに叫んだ。
翠星石を見やると、我関せずと言った様子で、澄まし顔でアロエを切っている。
何で僕がこんな破目に…。

28: 2009/04/21(火) 11:46:08.84 ID:uJzj5pMm0
ジュンは雛苺の前に片膝を付いてしゃがんで、雛苺の肩を掴んで言った。
 「雛苺!雛苺聞いてくれ!」

 「うぁ~~~~ん!うわ~~~ん!」

 「違うんだ雛苺!意地悪した訳じゃ無いんだ!ヨーグルトにショートケーキは合わないんだ!」

 「だって~~ジュンは~~~!ジュンは~~~、苦いって~~~」

 「確かに苦いって言った!言ったから!」

 「ケーキ!ケーキは~~甘いから~~~」

 「甘くするなら砂糖!砂糖入れればいいから!」
ああ、もう埒が開かない!落ち着け!考えろ僕!……!!

 「雛苺聞いてくれ!甘い物が二つなんだ!おいしい物が二つなんだ!」

29: 2009/04/21(火) 11:46:56.26 ID:uJzj5pMm0
 「ケ~~キ~~~!ケ~キ~~~が~~~…二つ~~二つ~…二つ?」

良しっ!食いついた!取り合えず泣き止んだ!
 「雛苺聞いてくれ!ヨーグルトはケーキを入れなくても甘く出来るんだ!砂糖で甘く出来るんだ!」

 「ヒクッ…甘く…出来るの?」

 「そうだよ、砂糖を入れればアロエを入れても苦くならないし、甘くなるんだよ」

 「二つ…ヒクッ…二つって…何なの?」

 「それは、ほら、ヨーグルトは砂糖で甘く出来るだろ?そうするとケーキを使わなくても良いだろ?」

 「うゅ…ケーキはそのままなの…」

 「そうすれば、ほら、ヨーグルトとケーキ、甘い物が二つ食べれるだろ?お得だろ?」

 「…甘い物が二つ……!?ほぇ~~~ジュン凄いの~~~!お得なの~~~!」

 「そうだろ?そうだろ?だからもう泣かないで」

 「うぃ!分かった!ヒナもう泣かないの!」
そう言って真紅のほうに走って行った、真紅に二つの甘い物の説明をしている様だ。
真紅は全く聞いてないみたいだけど。

31: 2009/04/21(火) 11:48:36.03 ID:uJzj5pMm0
はぁ…どっと疲れた…だから子供は苦手なんだよ…。
そんな疲れきったジュンに、翠星石はニヤニヤしながら言った。
 「チビ人間は、良いパパになれるです~~、チビパパですぅ~~」

 「何だよそれ?おちょくってるのか?」

 「そうじゃねーです、チビ苺は幸せ者だって言ってるんです」

 「そうか?どうして?」

翠星石は、まるでドラマのヒロインの様な素振りで語り始めた。
 「私達ドールは成長しない、だから翠星石には幼い頃の記憶は無いです…
  お父様に魂を頂いた時には、すでに幼少時代は過ぎていた…」

 「…ハア」

 「あるのは今の精神年齢で体験した、過去のマスターとの思い出だけ…
  幼い頃の思い出が欲しいと願っても、それは叶う事は無い…お父様に甘えた記憶の無い…薄幸の美少女…」

32: 2009/04/21(火) 11:50:21.22 ID:uJzj5pMm0

 「プッ!美少女!?お前は今でも、十分幼いと思うけどな、僕は」

 「なっ!?やっぱりお前はお子様です!このお馬鹿!」
そう言ってアロエを投げつける翠星石。

 「うわっ!何だよこの悪魔人形!」

 「うるせーです!とっととケツまくってあっちへ行けです!」

 「何なんだよ…全く…」
ソファーに歩いていくジュン、そんなジュンの後ろ姿を見ながら翠星石は呟く。
 「ちょっとチビ苺が…羨ましかっただけです…フン!」

33: 2009/04/21(火) 11:52:07.08 ID:uJzj5pMm0

 「これは…とても美味しいわ」

 「翠星石スゴイの~、甘くておいしいの~~」

 「当ったり前でっす~!この翠星石にかかれば、五つ星シェフも裸足で逃げ出すです~~」

2人は出来上がったアロエヨーグルトに感嘆の声をあげる、1人文句を言っている者もいたが。
 「…何で僕のは、半分以上が砂糖なんだ?すごい甘いんだけど…」

 「フン!鈍感なお子様には甘口がお似合いです!」

 「これじゃ毎日健康どころか、医者通いになりそうなんだけど…」

 「うるせ~です!ちっとは外に出て、医者にでも通った方が健康に良いです!このヒキコモリ!」

 「僕はヒキコモリじゃないぞ!何だよこの減らず口!」

 「キイィィィィ!減らず口とはこの口が!この口が言ったですか!」

 「あがががが・・・なっ、なにをするんた!」

そんな2人のやりとりを無視して、淡々と食べる真紅と雛苺、
雛苺はアロエヨーグルトとショートケーキの二つを交互に食べていた。

34: 2009/04/21(火) 11:54:41.95 ID:uJzj5pMm0

 「さて、そろそろ夫婦喧嘩は済んだかしら?」
お互いの口の両端を引っ張り合っている翠星石とジュン。
 「ふ、ふうふじゃれ~れす!こいつはかこさいていの、おこさまますた~れふ!」

 「ほくかおこさまなら!おまえはかきんちょのあくまと~るた!」

 「貴方達…無様ね」
そう言ってステッキで2人の手を叩く真紅、2人は痛みで手を離した。
真紅は2人を哀れむような目をしながら言った。
 「私に言わせれば、貴方達は救いようの無いお子様だわ…」
ジュンは真紅に聞こえない様に、小声で言った。
 「何がお子様だよ…それならお前は小姑じゃないか…」
翠星石は聞こえたのか、小さく吹き出した。
 「プフッ…真紅は小姑ですか?…」

 「そう思わないか翠星石?…あいつは昔からああなのか?」

 「真紅は昔から、一寸変な子です…プフッ…ジュン、眼鏡ずれてるです、超ダセーです」

 「お前だって…プッ…ヘッドドレスが曲がってるぞ、超ダセェぞ」
ジュンと翠星石は、お互いの姿を見て笑いあった。

35: 2009/04/21(火) 11:56:14.95 ID:uJzj5pMm0
 「貴方達何を笑っているのかしら?それよりジュン!先程言った、紅茶の後にやって欲しい事なのだけど」

 「頼み事か?そう言えば確かに言ってたな」

 「この薇を、巻いて頂戴」
そう言って懐から懐中時計を取り出した、昨日の夜止まっていた時計だった。

 「何だよ…薇なんか、自分で巻けよ」

 「そうしたいのだけれど、無理なのよ…」

 「何で?」

 「硬いのよ、今までこんな事は無かったのだけれど…」
何だそんな事かと、ジュンは拍子抜けして時計を受け取った。
 「この懐中時計の、ここを回せば良いんだよな?」

 「当たり前じゃない…他にどこを回せば良いというのかしら?」

 「何だよ、一応確認しただけなのに…」
ふてくされながらもジュンは竜頭をつまんで、ゆっくり回す…いや、回らない。
 「どうかしらジュン?巻く事が出来て?」

 「いや…すごく硬い、ちょっと待ってて」

36: 2009/04/21(火) 11:57:41.94 ID:uJzj5pMm0
物置からペンチを持ってきたジュン、真紅は不安そうに時計を見ている。
 「傷付けないように、慎重にやるから」

 「分かったわ、お願いね、ジュン」

いつの間にか翠星石と雛苺も近くでジュンを応援していた。
 「しっかりするですチビ人間!ここが男の上げ時ですよ!」
 「ジュン~~~アイト~~~アイトなの~~~!」
しかし全然回らない、これ以上力を込めたら時計が壊れると感じ、ジュンはペンチを手放した。

 「駄目なのね…やはり」
真紅は少し沈んだ顔で、時計を受け取ろうとしたが、そこに翠星石が割り込んで、時計を引っ手繰った。
 「ちょいと翠星石にも、やらせてみろです!」
皆一抹の不安が過ぎったが、そんな事はおかまいなしに竜頭を巻こうとする。
 「う~~~!この~~!たかが時計の分際で~~~!」
竜頭を巻こうと必氏な顔の翠星石、10秒程頑張ったが、突然ケロッと普段の表情に戻って、巻くのを止めた。
 「やっぱり駄目です~~、薔薇乙女一可憐で、か弱い翠星石では、お役に立てないです~~」
ジュンはニヤニヤしながら言った。
 「そうだよな~、薔薇乙女一可憐で、か弱い翠星石じゃあ、無理も無いよな~」

 「…お前が言うと、何か含みがあるみたいでムカつくです…」

37: 2009/04/21(火) 11:58:34.62 ID:uJzj5pMm0
 「そんな事より真紅、いつものアレ使えば良いじゃないか」

 「アレ?アレでは良く分からないわ?」

 「あれだよ、赤の呪いだよ」

 「赤の…呪い?赤の呪い……!?」
真紅はジュンの脛を思い切り蹴った、悶えるジュンに真紅は言った。
 「あれは時間の薇と言うのよ!家来なら覚えておきなさい!」

 「イテテ…だからその、時間の薇とやらで直せば」

真紅の表情が少し曇った。
 「そうね…試してみる価値はありそうね、でも…」

38: 2009/04/21(火) 11:59:53.12 ID:uJzj5pMm0

懐中時計を床に置いて、そこから少し離れた所に真紅が立っている。
その後ろにジュン、翠星石、雛苺が横に並んで立っている。
 「では、始めるわ」
真紅は右手を上に掲げて、意識を集中した。
右手の人差し指から赤い光が溢れて、リビングが照らされる。
ジュンは指輪から鈍い痛みを感じ始める…普段は熱い感覚なのだが、今回は何故か違った。
懐中時計は赤い光を発し、長針、短針、秒針が、目にも止まらぬ速さで反時計回りに回転していた。
10秒程経った頃、真紅の指先からの光が弱まり、ジュンも指輪からの痛みが消えた。

真紅は右手を下ろして、下を向いて静かに立ち尽くしている。
後ろの3人は、我先にと懐中時計へ向かったが、ジュンは体に少し違和感を感じた。
懐中時計を覗き込む3人…。

 「動いて…ないよな?これ」

 「うゅ、動いてないの…」

 「ちょっと!どういう事です!?真紅!」

39: 2009/04/21(火) 12:01:33.84 ID:uJzj5pMm0

3人が真紅の方に振り返った、真紅は両膝を突いて項垂れていた。
ジュンが駆け寄った。
 「真紅?どうしたんだ!?」
か細い声で真紅は答えた。
 「…大丈夫よ、少し疲れただけだわ、それよりジュンは…」

 「ああ、少しだるいけど、そこまで酷くない」
しかし、実際はかなり疲労していた、今までにない疲労感だった。
突然ジュンは翠星石に突き飛ばされた、ついでに雛苺に踏まれた。
 「真紅!?真紅!?大丈夫ですか!気を確かにです!」
 「真紅~~起っき~~おっきするの~~~!」

姉妹の愛情の前には、僕は蚊帳の外か…。
ちょっと落胆したジュンは、その光景を微笑ましく見守る…筈だった。
見ると翠星石は真紅の肩を掴んで、力強く前後に揺らしていた。
それに合わせて真紅の頭もガクガクと前後に揺れる。
 「お、おい!翠星石!もうちょっと優しく…」

 「…全くもう…、鬱陶しいのだわ!」
真紅の髪の毛で、翠星石と雛苺が吹っ飛んだ。
 「ジュン!私をソファーまで運びなさい!」
ジュンはやれやれと思いつつ、いつもと変わらない真紅の態度に安堵した。

40: 2009/04/21(火) 12:03:17.60 ID:uJzj5pMm0

 「そう、やはり時計は動かないのね…」
ソファーで真紅は寂しそうに言った。
ジュンは何故直らなかったのか、何故指輪から痛みを感じたのかを考えていた。
 「時計は、複雑なのよ…」

 「え?」

 「ガラスとか、紙とか…構造は単純だわ、でも時計は様々な部品で構成されている」

 「つまり、複雑すぎて直らない、って事か?」

 「いえ…もっと力を使えば、もしかしたら…」

 「でも、さっき以上の力を使えば、真紅と僕は…」

 「そうね、これ以上は危険、大切な時計だけど…諦めるしかないわね…」

そのやりとりを聞いていた翠星石は、テーブルの上で腕を組んで、鼻息を荒らげて言った。
 「フン!お前ら本当にお目出度い奴等です!」

41: 2009/04/21(火) 12:04:22.17 ID:uJzj5pMm0

 「な!?何なんだよ急に!」

 「この翠星石にかかれば、お前らの悩みなんてチョチョイのポイ!でっす~~!」

 「ほえ~~、翠星石、何だか自信満々なの~~~」

 「お前の自信満々は、いつも僕の自信喪失と直結してるんだよな…」

 「今のうちに好きなだけ吠えてろです負け犬、後で翠星石の有難味にひれ伏す事になるですから」

 「翠星石、詳しい話を聞かせて頂戴」

 「蒼星石のマスターは時計屋のおじじです!真紅の時計も、きっと直せるです!」

 「あぁ…確か柴崎さん…だっけ?そういやnのフィールドが時計だらけだったな、時計屋だったのか」

 「そぉ~です!蒼星石のマスターは、どこかの穀潰しとは程遠い、立派な職人ですぅ~~」

 「当たり前だろ!僕は中学生なんだから、一応」

 「でも…この時計は…」
そう言って真紅は下を向いた。

42: 2009/04/21(火) 12:05:10.21 ID:uJzj5pMm0

 「真紅どうした?直して貰えよ、何か不都合でもあるのか?」

 「いえ、確かに翠星石のアイデアは名案だわ、でも私の時計は…」

 「何なんだよ、はっきり言えよ」

 「いえ……何でもないわ、そうと決まれば、翠星石!」

 「はい?」

 「蒼星石のマスターに、この時計を渡して頂戴…出来るだけ早くお願いするわ」

 「合点です!この翠星石にお・ま・か・せです~」

43: 2009/04/21(火) 12:05:57.95 ID:uJzj5pMm0
翠星石はアロエヨーグルトの入ったタッパーと、真紅の懐中時計を持って、鞄で飛んでいった。
そしてその光景を金色の双眼鏡で、桜田家周辺の民家の屋根から眺める者が居た、金糸雀である。

 「ちょっと!どういう事かしら!翠星石はどこへ飛んでいったかしら!」
ピチカートがチカチカと点滅を繰り返して答える。
 「そう…蒼星石の所に行ったのよね、真紅の時計を持って、そーよねそーよね!それ位分かってるかしら!
  …でも、あの家から邪魔者が一匹消えたのは、こっちにとっては好都合かしら!」

金糸雀はまた偵察を始めた、しかし時間が経つにつれて、次第に苛立ち始めた。
 「あ~!真紅はまだ行動を起こさないのかしら?私の計画ではもうすぐ動く筈なのに~!」

そんな金糸雀の思いが通じたのか、真紅が二階へと移動する姿が双眼鏡に映し出された。
 「そうよ真紅!早くあれを使うかしら!私の仕掛けた最強のトラップを使うかしら~!」

双眼鏡に映る真紅は、ヘッドホンで、くんくん探偵ドラマCDを聞き始めた。
金糸雀はその光景を見て奇声をあげた。
 「あ~~~~~!そうじゃない!そうじゃないかしら~~~!」
金糸雀は真紅の予想外の行動に、地団駄を踏んで悔しがった。
その結果バランスを崩して屋根から落ちた。

44: 2009/04/21(火) 12:07:47.35 ID:uJzj5pMm0

 「うぅ~~、平気よ…ピチカート…」
少し涙目になりながら、金糸雀は答えた。
 「それにしても真紅の奴~~!何で私の渡したトラップを、一人で聞くのかしら!」

 「カナはみんなで聞いてねって言って、真紅にあのCDを渡したのに~。
  そうしたら一つの部屋にみんなが集まるから、その隙に侵入する筈だったのに~~」
ピチカートがまばゆく光りだした。
 「えつ!?真紅は自分へのプレゼントだと思ってる!?」

 「そっ、そんな事ないかしら!カナはちゃんとみんなで聞いてねって言ったかしら!しかも貸しただけかしら!」

ピチカートは光を弱め、ゆっくりと金糸雀の周りを回転する。
 「そう…よね、確かにあの時の真紅は、人の話なんか聞いてないほどに、浮かれていたかしら…」

 「あの時、真紅は言ってたかしら…姉妹からこんなにも素敵なプレゼントが頂けるなんて、夢のようだって…。
  あんなに嬉しそうな顔の真紅は、今まで見た事無かったかしら…」
金糸雀は真紅の笑顔を思い出した。
その笑顔は金糸雀の計画の事になど全く気付かず、心から微笑んでいるかのような…。
疑う事を知らない、そんな晴れやかな笑顔だった。

 「カナはそんな笑顔を…裏切ってしまったのかしら…」

45: 2009/04/21(火) 12:10:27.07 ID:uJzj5pMm0

 「…あらァ?こんな所で何を愚図っているのかしら?」
色気のある声が、金糸雀の頭上から厳かに響く。

 「…貴女は、水銀燈!」
金糸雀は、突然の邂逅に狼狽した、しかし身動きする事が出来なかった。
それほどまでに、水銀燈の眼差しには無言の圧力があった。
 「相変わらず、下らない偵察を続けているようねェ…金糸雀ちゃん」

 「うっ…五月蝿い…かしら…」
金糸雀は複雑な心境だった、真紅達は私の名前をちっとも覚えてくれないのに、水銀燈は何故覚えてくれてるのかと。
一番覚えて欲しくない相手なのに…。
そんな金糸雀を、上品に微笑みながら上空から眺める水銀燈、しかし目は笑っていなかった。

 「何か…用かしら」

 「決まってるじゃなぁい、私はね………アリスゲームをしに来たのよ!」
水銀燈は素早く金糸雀の背後に回り込み、首を締め上げた。
足が地面から離れ、金糸雀は苦悶の表情を浮かべ、水銀燈の腕にしがみつきながら必氏に藻掻いた。
 「や…止めて…」

 「止めてですってぇ?…貴女は本当にお馬鹿さんねぇ………でも」
水銀燈は金糸雀の首から手を離した。
金糸雀は地面に落下し、力無く跪き、呼吸を荒らげて咳き込んだ。
 「貴女の持っている情報が、私の気持ちを満たす事が出来たなら…今回は見逃してあげるわ…そう…今回は」
左手の甲を口元に当てて、水銀燈は静かに微笑んだ。

47: 2009/04/21(火) 12:11:40.22 ID:uJzj5pMm0

 「…カナの…ケホッ…情…報…?」

 「そうよぉ、貴女が偵察して手に入れた、真紅の情報よ…簡単な取引でしょう?」

 「真紅の…情報…」

 「私知ってるのよ…貴女が真紅の周りで、鼠の様にチョロチョロしてる事…何か知ってるでしょ?真紅の弱み…」
水銀燈は目を細め、流し目で金糸雀を見やった。
 「まぁ、貴女の事だから、大した情報は得られないでしょうけど…もし私の気持ちを満たせないなら…」
水銀燈の羽根が右手に集まり、美しい輝きを放つ剣へと変化した。
そして水銀燈はその剣を金糸雀に向けた。
 「貴女は…ジャンクになる!」
水銀燈は美しい声で凄んだ。
その赤い瞳は慈悲のかけらも無い、サディストの目だった。

48: 2009/04/21(火) 12:13:25.16 ID:uJzj5pMm0

金糸雀は震えながら、真紅の笑顔を思い出していた。

カナが貸したくんくんのCDを、自分へのプレゼントと勘違いして、浮かれている真紅の笑顔…。
そしてそれがカナの罠だと知らずに、大喜びしてはしゃぎ回る真紅の笑顔…。
姉妹からこんなにも素敵なプレゼントが頂けるなんて、夢のようだと言って、カナの手を握った時の真紅の笑顔…。
カナはそんな笑顔を、裏切れるのかしら…水銀燈に。

金糸雀の震えがピタリと止まった、水銀燈は金糸雀の様子から、条件を呑んだと解釈した。
しかし金糸雀はその一瞬の隙を突いて、その場を飛び退きバイオリンを構えた。
水銀燈は動じる事無く、剣先を金糸雀に向き直した。
 「貴女…何のつもりかしら?」

 「カナは…カナは…もう…裏切らないかしら!」

バイオリンから衝撃波が発せられ、水銀燈に直撃した。
しかし水銀燈は、その場を一歩も動かず、先程と同じポーズで立っていた。
ただ一つ違っていたのは、水銀燈の前で黒い羽根が、ハラハラと美しく舞っていた事だ。
水銀燈は、黒い羽根で衝撃波を防いでいた。

 「貴女…本当に…お馬鹿さんね!」
そう言い終わるやいなや、水銀燈は無数の黒い羽を、金糸雀に向けて飛ばす。
金糸雀は、嵐の様に飛んでくる黒い羽根で目が開けられない。
それでも片手を目の前にかざし、薄目を開けてバイオリンを構え、攻撃に備える。
薄目で見える狭い光景の中に、突然銀色に光る物体が現れた、それは水銀燈が放った剣だった。

49: 2009/04/21(火) 12:15:33.39 ID:uJzj5pMm0

咄嗟に剣を避けた金糸雀だったが、避けた剣はバイオリンの弦を引き裂き、そのまま壁に突き刺さる。
切れた弦が頬に当たり、反射的に目を閉じた金糸雀が、目を開けた時、眼前に水銀燈がいた。
水銀燈は右腕を体正面から力強く振り切り、金糸雀の頬を手の甲ではたいた。
体が宙に投げ出され、きりもみ状態で地面に落下した後、数回転がってから、金糸雀は力無くうつ伏せに倒れた。

金糸雀を見下ろす水銀燈の赤い瞳、まるで獲者を見定める蛇の様な目に、金糸雀は動く事さえ出来ず、
泣く事すら出来なかった。

 「フン…つまらなかったわねェ」
吐き捨てる様に言って、右手を壁に刺さった剣に向ける水銀燈、剣は壁から抜け、右手に収まった。
水銀燈は剣を両手に持ち直し、ゆっくりと頭上に構えた。
 「真紅を守って、貴女は氏ぬ…とんだ茶番だわ、そう言うのって…私…反吐がでるのよ!」
その時、水銀燈の横で強烈な黄緑色の光が発せられた、それはピチカートだった。
ピチカートは猛スピードで水銀燈に突っ込む。
 「何?この期に及んで…見苦しいわ!」
水銀燈は左手で素早くピチカートを掴み取り、握り潰す。
暫くして水銀燈は、握り潰していた手を緩めた。

50: 2009/04/21(火) 12:16:23.71 ID:uJzj5pMm0

 「…そう…真紅の時計が、停止したの…フフッ」
水銀燈は静かに、そして上品に微笑んだ。
その満足気な微笑みを見て、金糸雀は事態を察知した。
 「ピ…ピチカート?まさか!?」

 「…貴女の人工精霊は、とっても物分かりが良くってよ、お馬鹿さんの貴女と違って」

 「何で?…ピチカート…どうして!?」

 「私は約束は守るわ…それが貴女の様なお馬鹿さんだとしても、運が良かったわねェ…金糸雀」

金糸雀は俯いて、両拳を強く握り締めて泣いた。

 「真紅の時計…忙しくなりそうねぇ、さようなら、お馬鹿さんの金糸雀ちゃあん」
そう言い残して上空へと消える水銀燈、金糸雀はそんな水銀燈には目もくれず、ただ俯いて泣いていた。
その横で、今にも消え入りそうに、弱弱しい光を発するピチカートが、ゆらゆらと漂っている。
 「…そう…そうよね、ピチカートの選択は…正しかったかしら…でも…でも…カナは」
金糸雀は自分の不甲斐なさに悔しくなり、しゃくり上げるように泣いた。
 
 「ヒクッ…カナがもっと…強かったら…真紅の事…ヒクッ…真紅の…笑顔を…」

53: 2009/04/21(火) 12:19:16.92 ID:uJzj5pMm0
金糸雀イメージ違う?すまん。続きです。


遥か上空を、水銀燈は飛んでいた、先程の金糸雀とのやりとりを思い出しながら…。
 「あんなガキでも、役に立つものねェ…」
本当は約束を守る気など、微塵も無かった、金糸雀のローザミスティカを奪うつもりだった。
その方が今後の戦闘に有利に働くし、アリスになる確実な方法だと思っていた。
しかし水銀燈は途中で考えを変えた、それ程までに、金糸雀の情報は大きい収穫だった。

水銀燈は真紅の時計の事を考えた、あの時計は…そう、私は真紅の時計を知っている!
その時計が停止した、それはつまり…。
水銀燈は無意識に微笑んでいた、これから自分が行うべき事を考えている内に、笑みが抑えられなくなっていた。

55: 2009/04/21(火) 12:23:07.84 ID:uJzj5pMm0
真紅…貴女はこれから悶え、苦しむわ、この私の手によって。
その時貴女は、私に何と言うのかしら?
卑怯?
俗悪?
鬼畜?
あのブサイクな面で、私を罵倒するのかしら?
でも私は、貴女のそんな顔が好き、貴女の狼狽える、ブサイクな顔が大好き。
その顔を見る為なら、私は何でもする、そう…何でも。
だってそうしないと、貴女に受けた屈辱は癒えない、私にとって耐え難い屈辱…。
私は貴女に負けた、でも貴女はローザミスティカを奪わなかった、何故?
憐み?
情け?
温情?
反吐が出るわ!貴女はアリスゲームを冒涜した、親愛なるお父様のアリスゲームを冒涜したわ!
私にとって最大の屈辱、それはお父様を侮辱される事。
真紅…貴女は私のみならず、お父様も侮辱したのよ!
私はそれを許さない!お父様を侮辱した貴女を、絶対に許さない!!
そして、お父様を侮辱した貴女がアリスになるなんて、絶対に認めない!
…そう、アリスになるのは私、お父様を一番愛している私!
きっとお父様は分かっているのよ、だから私は再び生を得た、お父様のお慈悲によって…。

56: 2009/04/21(火) 12:24:04.41 ID:uJzj5pMm0

でも真紅、貴女には分からないわよねぇ、だって貴女はジャンクだもの。
今の貴女は、ぬるま湯の様な環境で、身も心も萎えたジャンクですもの。
だから、私が壊してあげる、貴女を粉々にしてあげる。
でも、せめてものお情けよ、貴女が本気で私と戦えるように、お膳立てしてあげる。
貴女が私を憎しむように、私を粉々にしたいと本気で思えるように、仕向けてあげる。
だって本気の貴女に勝たないと、私の心は癒えないの…私が受けた屈辱は癒えないのよ!
だから本気でかかってきなさい!でも最後に勝つのは私……そう…そうよ…勝つのは私!!。

 「真紅を倒すのは!この私!!」

57: 2009/04/21(火) 12:28:26.12 ID:uJzj5pMm0
 「やあ、翠星石、久しぶりだ…」
蒼星石が言い終わる前に、翠星石は勢いを付けて抱きついた。
 「蒼星石~~!久しぶりです~~!少し大きくなったです~~~!」

 「ちょ!ちょっと…落ち着いて翠星石!僕は大きくなんかなってないよ!」

 「そんなの分かってるです、人間式の挨拶を言ってみただけです」

 「全く…困った姉だよ、翠星石は」

柴崎家の居間の卓袱台の上に、アロエヨーグルトと緑茶が四人分並んでいる。
そして卓袱台を囲む様に、2人の人間と、2人のドールが座っている。
 「…それで、お子様には甘口がお似合いだって、言ってやったです!ザマーミロです!」

 「アラアラ…翠ちゃんったら、チビ人間さん…あらやだ!ジュン君だったわね」

 「いいんですオババ、あんな奴は名前で覚える必要はねーですよ」

 「相変わらずだねぇ翠星石は、昔のマツによー似とるわ」

 「オジジ!そりゃ本当です?」

58: 2009/04/21(火) 12:30:12.91 ID:uJzj5pMm0

 「ああ、こう見えても昔のマツは、ワシに向かってそりゃあもう…」

 「貴方!変な事言わないで下さいな、折角翠ちゃんが作ってくれたのに、美味しく食べられないでしょ?」

 「おーおー…、上手くはぐらかされたわ…でも翠星石も蒼星石も、昔のマツに興味津々みたいじゃぞ?」

 「そうですねマスター、僕も詳しく聞きたいな」

 「翠星石も聞きたいです!オババのお転婆っぷりを、後世に伝えるです!」

 「貴方達!もう…知りません!」

マツの武勇伝を和やかに、笑いながら話し合い、至福の時間は過ぎてゆく…。
ひとしきり笑いあった後、蒼星石が翠星石に話しかける。
 「ところで翠星石は、今日は何の用事で来たの?まさかジュン君との惚気話をしに来ただけじゃないよね?」

 「のっ!惚気てなんかいねーです!蒼星石のおバカ!!」

 「全く君は…素直じゃないな」

 「う、うるせーです!そんな事よりこれです!これ!」
翠星石は鞄から、真紅の懐中時計を取り出して、卓袱台の中央に置いた。

 「これは…懐中時計だね、止まっているみたいだけど」

 「これは真紅のです、壊れてしまったみたいで、動かないです」

 「あぁ…あの赤色のドレスの子ね、あの子には本当にお世話になったわね」

62: 2009/04/21(火) 13:11:09.38 ID:uJzj5pMm0
元治は食い入る様に懐中時計を見ていた、その時計の不思議な魅力が元治を惹きつけていた。
 「翠星石や、ちょっとその時計を、見せてもらってもいいかね?」

 「はいです、どうせオジジに渡すつもりだったですから」

 「ちょっと翠星石!それはどういう意味なの?」

 「単刀直入に言うと、オジジに直してほしいです!」

蒼星石は素早く翠星石の隣に移動して、耳打ちした。
 「翠星石は、お金持ってるの?修理代」

 「ある訳ねーです、でも直してほしいです」

 「…君は、困った世間知らずだね…」

そんなやりとりを余所に、元治は懐中時計を、角度を変えてはまじまじと眺め、やがて感嘆の声をあげた。
 「おぉ…これは素晴しい時計だ!実に丁寧に作られている!」

 「あら貴方、貴方がそんな顔をするなんて、珍しいわねぇ…」

元治の様子を見た翠星石は、ここぞとばかりに不遜な態度で言い放った。
 「気に入ってくれたです?じゃあ早く直してほしいです、オジジ」

63: 2009/04/21(火) 13:13:40.60 ID:uJzj5pMm0
すいません、書き込みすぎって表示されて、書き込みできませんでした。
続けます。

その翠星石の態度を見て、蒼星石は戸惑った顔をしながら元治に言った。
 「すいませんマスター、翠星石が自分勝手な事を言って…。
  大体翠星石は、お金を持ってないのに…頼み方だってこんな…」

 「いやいや、蒼星石や、いいんじゃよ気にせんでも」

 「だってマスター、修理するからにはお金が…」

元治は蒼星石の肩に、優しく手を乗せて言った。
 「ワシはな、蒼星石、お前には本当に感謝しておるんじゃよ。
  一樹を救ってくれて、マツを救ってくれて、そしてワシも救ってくれた…。
  そんな蒼星石に困った事が出来たのなら、今度はワシが救う番じゃて」

 「マスター…」

 「今回は、直接的には蒼星石を救う事にはならない、でも蒼星石の姉妹は困っている。
  義理堅い蒼星石の事だ…姉妹が困っているのに、知らん振りは出来ないじゃろ?」

 「…」

64: 2009/04/21(火) 13:15:11.32 ID:uJzj5pMm0

 「そんな顔しなさんなって、ワシはもう蒼星石の事は、家族だと思っておるんだから。
  そして家族の姉妹の悩みは、ワシの悩みじゃて…金なんか、取れる訳無いじゃろ」

 「マス…おじいさん…」

 「それに、さっきの翠星石の頼み方…昔のマツにそっくりじゃったわい!小生意気な所が!」

 「まっ!貴方ったら何を!」

 「さて、早速始めるとするかの、もし良かったら一緒に見んか?」

蒼星石は、作業場に向かう元治の背中に、深いお辞儀をした。
翠星石は、蒼星石に右手で頭を押さえられて、いけ好かない表情でお辞儀させられていた。
マツはそんな2人を見て、昔の夫婦生活に思いを馳せていた。

65: 2009/04/21(火) 13:16:54.12 ID:uJzj5pMm0

注意深く懐中時計を分解し始める元治。
そしてその作業台のへりに蒼星石と翠星石が座って、作業を眺めている。
元治は時計を少しずつ解体しては、驚きの声をあげる。
 「この薔薇のレリーフ…良く出来ているわい…」
蒼星石は作業の邪魔にならない様に、静かに作業を見守っている。
翠星石はもう飽きてきたのか、欠伸していた。

解体も幾分か進み、元治は時計の構造に多少の違和感を感じ、翠星石に質問した。
 「ところでこの時計は、どういう経路で赤いお嬢さんに渡ったんじゃ?」

 「zzz…ふぇ?何です?毛色?」

 「いや…こうして中の構造をまじまじと見ると、不思議な所が多くての…」

 「毛色…オジジに…毛は無い…です…zzz」

蒼星石はやれやれと言った表情で翠星石を一瞥した後、元治に答えた。
 「すいませんおじいさん、真紅の物なので、詳しい事は翠星石には分からない筈、もちろん僕も…」

 「そうか…これは私感だが、これは市販では手に入らない時計じゃな、おそらく」

 「どういう事ですか?」

 「例えばこの歯車、こんな形の歯車…ワシは今まで見た事が無い、こんな形の物を大量生産するのは無理じゃ」

 「…」

67: 2009/04/21(火) 13:19:49.68 ID:uJzj5pMm0

 「それに材質も変わっておるな、真鍮、鉛、炭素鋼…凄いこだわりじゃな、適所適材で使い分けておるよ。
  こんな面倒な事は普通はせんよ、工業品なら特に…時計に相当な思い入れが無い限りはな」

 「つまりこの時計は、個人で作られた物だと?」

 「そう、しかも歯車の組み合わせも難解じゃ、メモを取りながらでないと、元に戻す事も適わないじゃろうな。
  ワシも長年時計を見てきたから、多少の自信はあったが、こんな作りの時計は初めてじゃよ…。
  むしろ感心させられるわい、何でこんなに複雑な組み合わせで、時計として成り立っているのか…。
  これを作った奴は、相当な技量の持ち主じゃな…しかもまだ腑に落ちない点がある」

 「腑に落ちない点…何ですか?」

 「部品の経年劣化の度合いからして、相当昔に作られた物のようだが、大まかな構造自体は最近の時計に近い。
  そんな前の時代にこんな設計を思いつくとは…あまりに凄すぎて震えるよ」

 「…直す事は…難しそうですか?」

 「時計が動かなくなる大半の原因は決まっておるからな、そこを見て、直して、戻す…。
  元に戻す事は非常に難しそうじゃが、まあ何とかなるじゃろ、時間は掛かりそうじゃがな。
  …蒼星石と翠星石は向こうでマツと待っていなさい、長くなりそうじゃからな」

 「いえ、僕はおじいさんと一緒に見てます、何か手伝える事があったら言って下さい、でも翠星石は…」
蒼星石は翠星石を見た、見事な涎を垂らして寝ていた。

68: 2009/04/21(火) 13:21:03.08 ID:uJzj5pMm0

 「んもぅ…翠星石!翠星石起きて!」

 「zzz…にゃ…何です!?私は…寝てないですよ?……終わったですかオジジ?」

 「もう!しっかりしてよね翠星石!向こうでおばあさんとお茶でも飲んでてよ、時間が掛かりそうなんだ」

 「そうするです…向こうで寝るです…」
そう言って、フラフラと居間に向かう翠星石、元治と蒼星石はそんな翠星石を見て笑いあった。
 「じゃあ蒼星石にはメモを取ってもらうかの、頼めるかな?」

 「はい!勿論です、おじいさん!」

69: 2009/04/21(火) 13:22:01.63 ID:uJzj5pMm0
蒼星石が翠星石の体を優しく揺さぶる。
 「翠星石!翠星石起きて!終わったよ、時計の修理」

 「…うぅ…そ…蒼星石?…」

 「時計の修理が終わったよ、翠星石」

 「…終わったですか…うぅ…お腹がすいたです…」

 「もう!起きたと思ったらすぐそれかい?全く困った姉だよ、君は」

 「みんな!夕飯が出来たわよ!早くいらっしゃいな」

 「さあ蒼星石、疲れただろ…夕飯にしよう、翠星石も今夜は食べて行かんかい?」

 「もちろんご馳走になるです!オババの手料理は明日への活力です!」

卓袱台を囲んで夕食を食べる四人、元治が申し訳なさそうに翠星石に言った。
 「まず先に、謝らなければいけないな、すまないね翠星石、時計は直せなかった」
時計を翠星石に渡す、確かに見た目は元に戻っているが、針は動いていない。
 「え!?直らなかったですか?オジジ…腕が鈍ったです?」

 「おじいさんを悪く言わないでよ翠星石、直せなかったのは理由があるんだよ」

 「理由…ですか?何です?」

 「簡単に言うと、壊れてないんだ、あの時計は」

70: 2009/04/21(火) 13:23:54.71 ID:uJzj5pMm0
 「?…蒼星石、何言ってるです?あの時計は壊れてるです、だって動かないですよ」

 「いや、ワシと蒼星石で全ての部品を見たんだが、壊れてる箇所は何一つ無かったんじゃ。
  確かに経年劣化で多少の傷や色落ちはあったが、部品自体には何の異常も見当たらなかったんじゃよ」

 「そう…ですか…何かの部品が足りてないとか、そういう事も無いです?」

 「部品も全部揃っていてな…逆に、あれだけ完璧に部品が揃っていて、状態も良好なのに、
  動かない理由が分からないんじゃよ、今のワシでは…ただ一つ気になる事があってな」

 「気になる事…何です?」

 「一つだけ、無駄に付いている部品があってな、黒色の小さな四角い部品で、竜頭に直結しているんじゃが…。
  構造上、その部品はいらない筈なんじゃよ、時計としては」

 「黒い部品…ですか」

 「あまりにも小さすぎて、ワシには四角い部品としか判断出来なかったが…。
  その部品を外しても時計は動かなかったから、ますます謎が深まってな、何の為に付いている部品なのか…」

 「オジジにも分からなかった…」

 「そうなんじゃよ、本当にすまないね翠星石、あの真紅と言う子にも申し訳が立たなくて…」

 「いいですよオジジ、真紅は分かってくれるです!だってオジジはやるべき事はちゃんとやったです!見てたです!」

 「よく言うよ翠星石は、ずっと寝てた癖に…涎まで垂らしてさ」

71: 2009/04/21(火) 13:26:01.86 ID:uJzj5pMm0
 「そ、蒼星石!薔薇乙女一可憐で、可愛い翠星石は、涎なんか垂らさねーですよ!見間違いです!」

 「そうだよね!薔薇乙女一可憐で、可愛い翠星石は、涎なんか垂らさないよね、僕の見間違いかな?」

 「…蒼星石、何か誰かに似てるです…」

 「まあまあ…それより翠ちゃんは、今日はお泊りかしら?もう遅いわよ」

 「おお、そうするといい、マツも翠星石に本の読み語りが出来なくて、最近寂しがってたからのぅ」

 「貴方!私は別に寂しがってなんか…」

 「その割には、本棚の本が、どんどん増えていってるんじゃがな」

 「もう…知りません!」

 「…し、しゃ~ね~な~です!翠星石も久しぶりに、オババのお話が聞きて~な~~…ですぅ」

 「じゃ、決まりだね!僕がジュン君の家に電話しておくよ!」

72: 2009/04/21(火) 13:27:08.54 ID:uJzj5pMm0
…夜も深まり、皆がそろそろ眠りに付く前に、蒼星石は翠星石に話しかけた。
 「翠星石、さっきは有難う、おばあさんの為に気を使ってくれて」

 「…そりゃあ、オババが寂しがる姿なんか、翠星石は見たくないですから…それに」

 「何だい?」

 「オジジとオババは…蒼星石の家族ですから…オジジはそう言ってくれたから…大切にしたいです」

 「フフッ…君は僕の双子の姉だから、翠星石も家族の一員だよ?」

 「なっ!?翠星石は違うです!もうこの家の者じゃねーです!」

 「そうだよね、君はもうジュン君に嫁いでしまったからねー」

 「ななっ!?もう知らねーです!蒼星石のおバカ!!」

 「とにかく、有難う翠星石、僕は君が姉で本当に良かったって思ってるよ…それが言いたかったんだ」

 「蒼星石…今日は隣同士で寝るです、鞄を並べて寝るですよ、一緒にオババのお話を聞いて寝るです…」

 「うん、それはいいね、だって家族だもん!」

74: 2009/04/21(火) 13:31:06.09 ID:uJzj5pMm0
翠星石が元治の家に泊まった夜、真紅は夢を見た。
それは普段とあまり変わらない、ありきたりの夢の筈だった。
突然の来訪者が訪れるまでは…。

 「…真…、…真…紅…」

 「…誰…?私を…呼んでいる?」

 「…真…紅…、私を…忘れない…で…くれ、頼む…」

 「何故…私を呼ぶの?忘れる?…貴方は誰?」

 「私を…忘れない…で…くれ、頼む…」

 「貴方は誰なの?姿が…ぼんやりとしていて…今一度問うわ、貴方は誰?名を答えなさい」

 「名?…私の…名前は…、うぐぁぁ!」

来訪者の突然の雄叫びに、真紅は杖を突き出し戦闘態勢を取った。
しかし来訪者は、突然頭を抱え込み、両膝を付いて俯いた。
真紅は警戒しながら、来訪者に近づく。
 「貴方…敵では無さそうね、顔を上げなさい」

75: 2009/04/21(火) 13:32:08.54 ID:uJzj5pMm0
来訪者は俯いたまま、まるで呪文のように同じ言葉を繰り返す。
 「…何故…完成しないんだ…、何故…」

 「今一度貴方に問うわ、貴方は誰、何故私の夢に入り込んだの?」

 「人の…寿命は…短すぎる…、私には…時間が足りない…」

真紅はその言葉に息を呑んだ、私はその言葉を知っている!聞き覚えがある!…でも…まさか?
 「貴方!貴方は誰なの!?その言葉はどこで聞いたの?何故私を知っているの?」

 「…時間が…私の…時間、戻す事が…何故…出来ない…」
そう呟きながら、来訪者はゆっくりと顔を上げる、その顔を見て真紅は狼狽えた。
 「!…貴方は!?まさか!そんな筈は…」

 「…真…紅…、私を…忘れない…で…くれ、頼む…」
そう言い残して、来訪者は突然姿を消した。
 「待って!待って頂戴!貴方の名前は!私は貴方に言わなければならない事が!」
真紅の叫びが虚しく木霊する…長い思案と沈黙の後、ゆっくりと立ち上がり、呟いた。

 「…何故…貴方は私の夢に現れたの?…忘れないでとは…どう言う意味なの?…」


77: 2009/04/21(火) 13:33:41.13 ID:uJzj5pMm0
次の日の朝、翠星石は時計を持って帰って来た。
 「結局直らなかったです…すまんです真紅」
翠星石は真紅に懐中時計を渡しながら、申し訳なさそうに言った。
真紅は、心ここに在らずと言った面持ちで、言葉無く受け取った。

 「どうしたの真紅?そんなにショックだった?」
蒼星石が真紅を気遣って声をかける、蒼星石は時計の修理内容を説明する為に、桜田家に来ていた。

 「…いえ、何でもないわ、有難う蒼星石」

 「それより聞きたいんだ真紅、その時計はどうやって手に入れたんだい?」

 「この…時計?」

 「僕のおじいさんが不思議がっていてさ、こんな時計は見た事無いとか、相当な技術の持ち主だとか、
  黒い部品が何なのかとか、凄く入れ込んでいたから…差し支え無ければ色々教えてくれないか?」

 「そーですそーです!勿体振らずに教えろです!」

 「そうね、でもこの時計の経緯は…ジュンにも説明しておきたいわ」

 「あの秘密主義の真紅が…珍しい事もあるもんです!じゃあ呼んでくるです!」

78: 2009/04/21(火) 13:36:39.77 ID:uJzj5pMm0
ここからオリジナルキャラが出て来ます、勝手な事してゴメン。


桜田家のリビングに集まった4体の人形と、1人の人間。
テーブルの上には、真紅の懐中時計が置かれている。
皆が揃った所で、真紅が静かに話し始める。
 「ごめんなさいねジュン、突然呼び出して」
ジュンは真紅のいつもと違う様子に戸惑いながら、返事をする。
 「いや…いいんだ、それより何か変だぞ真紅?大丈夫なのか?」

 「大丈夫よジュン…、これから私が話す事は、私の時計の話…そして私の過去の話」

 「真紅の…過去?以前のマスターとか?」

 「そうよジュン、聞いて頂戴、私を軽蔑するかもしれないけど…」

 「軽…蔑?

 「もったいぶってないで早く始めろです!」

 「そうね…この懐中時計はずっと昔のマスターに頂いた物、時計職人だったのよ…とても優秀な」

 「へえ、そんな人とも契約してたんだ」

79: 2009/04/21(火) 13:37:52.13 ID:uJzj5pMm0
 「その人は本当に優秀だった、名前はフラーケと言うわ。
  フラーケは人形の私が動いている事に、只ならぬ関心を持った、技術職人の性ね。
  意思を持って動く人工物に、意思を持たない人工物を作る職人が興味を持つ、自然な流れだわ」

 「でもフラーケは、私を人工物としては扱わなかった、一人の人間として接してくれた。
  そしてこうも言っていた。
  『君を超える物を創る事が私の目標になった、私は時計作りで君のお父様を越えてみせる』と。
  人間として接してくれたのは、お父様への敬意だったのね、きっと」

 「フラーケは私を、実の娘のように可愛がってくれたわ、彼は一人身だったから寂しかったのね、きっと。
  そして私は、そんなフラーケの仕事を見るのが大好きだった。
  まるで魔法の様に作られていく時計たち、そして時計に、情熱と愛情を持って接するフラーケ…」

 「きっと私は、フラーケにお父様を投影していたんだわ。
  お父様はきっと、この様な情熱と愛情で私達を創って下さった、そして私達を愛して下さった…。
  そう思うだけで私は充たされた、寂しさから開放された…」

 「でもある晩、私は泣いていた。
  何故お父様は私にお会いになって下さらないのか?何故アリスにならないと会って下さらないのか?
  今の私はお父様に愛されていないのか?…。
  そんな思いが涙になってしまったのね…私は自暴自棄になった、フラーケに自身の解体をお願いしたわ」
  
 「!?」

80: 2009/04/21(火) 13:39:03.02 ID:uJzj5pMm0
 「お父様に愛されていないのなら、貴方に解体してもらい、構造を見てもらう事で、貴方の役に立ちたいと。
  お父様を超える手助けをしてから、私は消滅したいと…」

 「そんな…真紅」

 「私もあの頃は精神的に幼かったのね、今思うと馬鹿な事を言ったものだわ…。
  でもそんな私に、フラーケは懐中時計をくれた、そしてこう言ってくれたわ、
  『自分の娘を、愛さない父親なんていない、それは時計でも、人形でも、同じ事だ…。
  今後寂しさに縛られる事があったならば、その時計に捧げた私の愛情を、思い出しなさい』…と。
  私はその言葉で、立ち直る事が出来た…その時計に触れていると、私も愛されていると思う事が出来た」

 「…」

 「でも…フラーケとの生活は、長くは続かなかった…」

 「何があったの?真紅?」

81: 2009/04/21(火) 13:41:13.16 ID:uJzj5pMm0
 「フラーケは、私の能力…時間の薇を見てから、変わってしまった。
  時計職人としての、只ならぬ嫉妬が芽生えてしまった。
  『私の作る時計は、現在を映し出す事しか出来ない!しかし時間の薇は、過去を映し出す事が出来る!
  時間を巻き戻す事が出来る!君のお父様に出来る事が、何故私には出来ない!』
  そう言って、彼は時計作りを止め、時間の薇の研究に全身全霊を傾けたわ、過去を映し出す時計を作る為に」

 「彼は、摂り付かれた様に、時間の薇の研究を続け、やがて衰弱していった…。
  私にはどうする事も出来なかった、彼の時計職人としての人生を狂わせてしまった私に、何が言えて?
  私は、罪悪感から契約を解除した、彼には告げずに…その後の彼がどうなったのか…私には…分からない…」

 「真紅…それはあんまりじゃないか?何故最後まで見届けなかったんだ?フラーケさんは…」

 「仕方が…なかったのよ…。
  契約を解かなければ、彼は衰弱して命を落としていた…逼迫していたのよ。
  確かに私には、フラーケを見届ける義務があった!責任があった!
  …でも…でも…私は…私には…そう…する…しか………」
真紅の涙が頬を伝う…。
その涙は震えながら握り締められた、か弱い小さな手の甲に落下して、静かに弾けた。
リビングに嗚咽が響きわたる。
普段気丈な真紅が不意に見せたその弱弱しい姿を、ジュン達は泣き止むまで、ただ見守る事しか出来なかった…。

82: 2009/04/21(火) 13:43:32.88 ID:uJzj5pMm0
 「この時計は…その事に対しての戒め。
  人間の人生に、大きな関わりを持ってはいけないと言う、私の決意。
  ジュンは…こんな私の事を、軽蔑したかしら…」

 「僕は…そうは思わない」

 「…え?」

 「確かにフラーケさんの人生に、大きな影響を与えたのは真紅だ。
  でも、フラーケさんは決して、不幸じゃ無いと思う」

 「…慰めは…止めて…頂戴…」

 「真紅はフラーケさんに、目標を与えたんだ…彼は言ったんだろ?
  『君を超える物を創るのが私の目標になった、私は時計作りで君のお父様を越えてみせる』って。
  時間の薇を理解するのは、確かに難しいかも知れない、氏ぬ気で取り組まなきゃ出来る訳無い。
  だから彼は氏ぬ気で頑張った、衰弱してまで」

 「…」

83: 2009/04/21(火) 13:44:08.58 ID:uJzj5pMm0
 「でも彼の人生は充実してたと、僕は思う…だって頑張れる目標があったんだから。
  ローゼンを超えるって言う目標が、彼を衰弱させたんだとしても、それは仕方が無い事だと思う…。
  だってあまりにも目標が大きすぎるから。
  でも彼はそれを超えようと頑張った、それは本人の意思だ、別に真紅に言われてやった事じゃ無い。
  だから真紅はきっかけを与えたにすぎないんだ、とても大きなきっかけを」

 「ジュ…ン…」

 「僕がフラーケさんだったとしたら、感謝すると思う。
  私にきっかけを与えてくれてありがとう…って、きっとそう思ってる筈だよ、だってそれは…」

 「…?」

 「…それは、僕も同じ気持ちだからだよ…。
  現実に立ち向かうきっかけを与えてくれて、ありがとう…真紅…」

真紅の頭を優しく撫でるジュン、真紅はジュンの暖かさに触れながら、ただ静かに泣いていた…。

84: 2009/04/21(火) 13:45:33.37 ID:uJzj5pMm0
暫くして泣き止んだ真紅は、厳かに話し始めた。
 「契約を解いた時、彼は枕元でうわ言のように、同じ言葉を繰り返していたわ…、
  『人の寿命は…短すぎる…、私には…時間が足りない…』と。
  そして私は今日、夢でフラーケを見たわ、
  『…真紅…、私を…忘れないでくれ、頼む…』と、繰り返し言っていたわ…」

 「真紅の…夢に、フラーケさんが?」

 「フラーケは私に、何かを伝えたいのだわ…私はそれを突き止めたいの。
  でもその為には、ジュンの協力が必要なのよ。
  だから私は、貴方に過去の事を話した…蔑まれる覚悟で」

 「蔑んだりはしないよ、真紅の決断は正しかった、それでいいじゃないか。
  でも協力って何?だってフラーケさんはもう…この世には…」

 「nのフィールドに、きっと手掛かりがある、確信は無いけど、私はそう感じる…。
  だからジュンも一緒に来てほしいの、私1人では30分程しか入っていられないから…」

 「よし、分かった、一緒に行こう」

85: 2009/04/21(火) 13:46:19.44 ID:uJzj5pMm0
その時、2人を呼び止める声が聞こえた。
 「ちょ~っと待つです!お前ら大事な事を忘れてやいないかい?です!」

 「翠星石…何?」

 「私達も一緒に手分けして探すですよ!そのフラーケとやらを!」
翠星石、蒼星石、雛苺は真紅の側に駆け寄った。

 「貴方達には、関係の無い事なのよ?」

 「何を言ってるんだい真紅、僕達は姉妹じゃないか、姉妹の悩みは、僕の悩みさ」

 「そ~なの、ヒナは時計職人フラーケさんに、会ってみたいの!」

 「と、言う事で決まりです~、さあ真紅!フラーケとやらの特徴を教えるです!」

 「貴方達…ありがとう…」

 「ほら真紅、嬉し泣きしすぎて時計を忘れるなよ、お前の大事な宝物だろ?」

 「そうね…この時計は、私の大切な…宝物」

86: 2009/04/21(火) 13:47:46.48 ID:uJzj5pMm0
左目に薔薇模様の眼帯を付けた人形は、紫色の水晶の立ち並ぶ空間で、凛として立っている。
やがて彼女は、一つの小さな水晶を手に持ち、それを眺めた。
その水晶には、桜田家の光景が映し出されていた。

 「…真紅…」

彼女の名は薔薇水晶。

薔薇水晶は、槐の言葉を思い出していた。
『…私は、真紅を超える作品が、作れたのだろうか…』
その言葉が、薔薇水晶の頭の中で、嫌と言うほど繰り返される。
槐が何気なく言った一言、そのたった一言が彼女を苦しめる…。

 「…私は…、真紅より…強い」
薔薇水晶はそう呟いて、立ち並ぶ水晶の一つに片手をかざした、その水晶は一瞬で粉々に砕け散った。
破片に映りこむ薔薇水晶の姿、その姿には強い憤りが見て取れる。
お父様は真紅を特別視している、その事実が薔薇水晶を更に苛立たせる…。

私は、真紅に勝たなければならない、それがお父様の願い。
私はお父様の願いを叶える為に創られた、ならばそれに応えなければならない…。
そして、それだけがお父様に心から愛してもらえる、たった一つの方法…。

薔薇水晶は、過去の真紅との戦いを思い出した。
その時の真紅は、まるで戦いを拒んでいるかの様に見えた。
そしてその振舞いは、薔薇水晶を苛立たせるに、十分だった。

87: 2009/04/21(火) 13:49:06.99 ID:uJzj5pMm0
 「…何故…、戦わない…」
薔薇水晶は自問した、私は全力で真紅に戦いを挑んだ、でも真紅は戦わなかった…何故?
私はお父様の為に戦っている、それなら真紅は?真紅は何の為なら戦うの?
アリスになる為?ならば何故、あの時の真紅は戦わなかったの?

また槐の言葉が脳裏を過ぎる。
『…私は、真紅を超える作品が、作れたのだろうか…』

そう、私は勝たなければならない、真紅を超えなければならない。
でも、ただ勝つだけでは、真紅を超えた証明にはならない。
無抵抗な真紅を倒しても、それは強さの証明にはならない。
真紅を超える作品の証明にはならない…。
真紅を超える作品と証明する為には…真紅を本気にさせなければならない。
本気の真紅に勝利する事こそが、お父様の望み、そして私の存在理由。

薔薇水晶の持っていた小さな水晶に、真紅の姿が映し出される。
『そうね…この時計は、私の大切な…宝物』
時計を愛しむ真紅が映し出される。

薔薇水晶は呟いた。
 「…真紅の…大切な…宝物、時計…」
そう呟いた薔薇水晶の口元は、小さく歪んで微笑していた。

 「…私は…真紅の…大切な物を…、壊す!」

88: 2009/04/21(火) 13:50:54.56 ID:uJzj5pMm0
真紅はnのフィールドの扉を、片っ端から開いていく、そして扉を開いては落胆の表情をする。
そんな事が何百回も続き、次第に心身共に疲労していく。
そんな真紅を気遣って、ジュンが声をかける。
 「なあ真紅、そろそろ休んだほうがいいんじゃないか?」

 「貴方は黙っていて頂戴!私の事は、私が決めるわ」

 「何だよその言い方!僕はただ…」

 「彼は私を待っている!私はそれに応えたいのよ!」
そう叫んだ真紅の表情には焦りが見えた、そんな真紅をジュンは優しく諭す。
 「あいつらも手伝ってくれてるんだから、もうすぐ見付けられるさ」
真紅とジュン、翠星石と雛苺、そして蒼星石と言う3つのグループで扉を探している。
しかし探し始めてから、かなりの時間が経過していた。

正直に言うと、フラーケがまだ本当に存在しているのか、ジュンは半信半疑になってきていた。
フラーケは真紅の昔のマスター、しかも相当昔の…。
もう氏んでいる筈、それは当たり前だ、それは真紅も重々承知だろう。
それなのに何故、ここまでして真紅は探し続けるのか?単なる悪夢を見ただけじゃないのか?
それでも必氏に扉を開け続ける真紅、小さな希望に縋って扉を開け続ける真紅…。
ジュンは何だか真紅の事が、いじらしく思えた。

89: 2009/04/21(火) 13:52:23.47 ID:uJzj5pMm0
 「…もう少し、頑張ってみるか!」

 「当たり前じゃない!貴方は私の家来なんだから、黙って付いて来ればいいのよ!」

 「お前!もう少し言い方ってもんが…」
ジュンの言葉が途切れる、ジュンは真紅の背後を訝しげな表情で見つめる。
 「…な、何なのかしら?私の後ろに、何か見えて?」
振り向く真紅、そこには月の形をした、黄色く光る入り口の様な物があった。
そこから兎の顔にシルクハットを被り、燕尾服を着た何者かが、ゆっくりと出てきた。

 「貴方!…ラプラスの魔…」

ラプラスの魔は、おどけるように話し始めた。
 「これはこれは…兎の巣穴に迷い込んだ羊が2匹…これは偶然?それとも必然?」

 「何の用かしら?私は急いでいるのだけれど」

 「望む者は逃げてゆき、望まぬ者は迫ってくる…しかし全ての願望は、やがて一つの場所へと導かれる」

ジュンは今までの経験から、この兎は自分達には危害を加えないと判断し、少し強気に出た。
 「あんたの言ってる事は、相変わらず意味不明だよな…急いでるから手短に頼む」

 「おや?少年は気が短い…そしてそれは私も同じ、舞台は役者を待っています、遅れる事の無きように…」
そう言ってラプラスの魔は、月の形をした入り口の横に立ち、胸元に手を置き会釈する。

90: 2009/04/21(火) 13:53:45.35 ID:uJzj5pMm0

 「入った方が、良いんだよな?」

 「それは貴方達の考え方次第…待っているのは歓喜?それとも悲哀?」

 「ジュン!行きましょう!…ラプラス、一応…礼を言うわ」
2人は少し警戒しながら、月の入り口を潜った。
ラプラスの魔は、口元を緩めて笑う。
 「彼らは勇敢?それとも無謀?…私は喜劇の案内者、そして喜劇の傍観者…大いなる余興の幕開けまで、今暫く…」

91: 2009/04/21(火) 13:54:51.82 ID:uJzj5pMm0
月の扉を潜った2人の前に扉が1つ、広大な空間の中に無造作にポツンと浮かんでいた。
その扉は他の扉と比べて、明らかに小さく、ジュンの背の高さと同じ程だった。
しかも見るからに古ぼけていて、扉の淵は腐りかけていた。
2人は緊張した面持ちで扉を見詰める。
 「これが、僕達が探していた扉?…」
ジュンはやっと扉を見つけた事に安堵し、真紅に言った。
 「あいつらに連絡した方が良いんじゃないか?結構時間も経ったし、心配してるだろ?」

 「そうね、…ホーリエ!」
赤い光を発して、人工精霊は真紅の目の前で静止する。
 「あの子達に伝えて頂戴、扉は見つからなかったと…もうすぐ私達は戻ると、お願いね」
ジュンは耳を疑った、今真紅は何と言った?扉が…見付からなかった?
 「おい真紅!一体何を…」

 「黙って!これは私の問題!あの子達には関係無い…そしてジュン、貴方にも」
思わぬ言葉に、ジュンは激怒した。
 「何だよそれは!ここまで来て!」

 「…ごめんなさいジュン、けれど私には…こうするしか無いの」
真紅はゆっくり浮上して、ジュンの頬に口付けをした。
突然の睡魔がジュンを襲う、ゆっくりと崩れ落ちるジュン。
 「そんな…真…紅…、…どう…して?…」

92: 2009/04/21(火) 13:55:48.98 ID:uJzj5pMm0
 「水銀燈に出来る事は、私にも出来るのね、やっぱり」
うつ伏せに眠るジュンに、優しく微笑みながら真紅は呟いた。
 「ここから先の出来事は、貴方にとって大きな災いになるかも知れない。
  あのラプラスの事だもの…安全の保障は無いわ、だから少しの間眠っていて頂戴、ジュン…」

 「ホーリエ!さっきの発言は取り消すわ!ジュンの事を見ていて頂戴、お願いね」
赤い光を点滅させながら、ジュンの上で螺旋飛行を行うホーリエ。

真紅は一つ深呼吸をして、扉のノブに手を掛けた、そしてゆっくりと扉を開く。

 「私は、自身の過ちに、けじめをつける…」

93: 2009/04/21(火) 13:57:09.84 ID:uJzj5pMm0
扉の中へゆっくりと入った真紅、その中は暗く、足元さえも見えない。
暫く目を慣らせてから、慎重に歩みを進める。
 「全く…暗すぎるわね、ホーリエが必要だったかしら?」
真紅は先程ホーリエに言った命令を、少し後悔した。

『人の寿命は…短すぎる…、私には…時間が足りない…か』
暗闇から、か細い声が聞こえた、声のする方向に真紅は向き直る。
 「誰なの?フラーケ?フラーケなの!?」

『…その…声は、誰だ…?』
声のする方向から、突然光が発せられた、眩しさに目を瞑る真紅、少しづつ薄目をあけてゆく。
完全に目を開き、光の中に立つ人物を見た瞬間、真紅の頬を涙が伝った、無意識に涙が出ていた。
そこにはくたびれた麻のシャツの上に、茶色のベストを羽織り、黒色のズボンと皮靴で身を固め。
オールバックの銀髪、口元に威厳のある髭を蓄えた、初老の男が驚いた顔で立っていた。

 「フラーケ!フラーケなのね!?私よ!真紅よ!!」
フラーケの元へ泣き叫びながら駆け寄る真紅、そんな真紅を片膝を付き、両手を広げて受け止めるフラーケ。
 「フラーケ!フラーケ!私!貴方に謝らなきゃ!貴方に謝らなきゃ!!」
今まで抱えていた感情を、一気に吐き出さんと子供のように泣き叫ぶ真紅。
そんな真紅を、フラーケは優しい声で宥める。
 「おやおや真紅…君はこんなに泣き虫だったかね?」

95: 2009/04/21(火) 13:58:10.66 ID:uJzj5pMm0
 「だって私!私は!貴方に酷い事をした!貴方に内緒で旅立った!貴方を置いて行った!」
号泣する真紅を、フラーケは優しく撫でた。
 「いいんだよ真紅…もう泣くのはおよし、君の選択は正しかった、そう…正しかった、それでいいじゃないか」
真紅は泣きながらフラーケの顔を見た、フラーケの優しい目を見た。
 「私は、私は正しかったの?許してくれるの?私の決断を…」

 「私は分かっているよ真紅、君がどれほど悩み、苦しんで、導き出した決断なのかを…。
  だからもう泣くのはおよし、真紅、君に涙は似合わない、そうだろ?」

 「フラーケ…ううっ…フラーケ…」
真紅は我を忘れて号泣した、フラーケはそんな真紅をいつまでも優しく撫でていた。

96: 2009/04/21(火) 13:59:20.19 ID:uJzj5pMm0
ようやく落ち着きを取り戻した真紅が、フラーケに問いかける。
 「フラーケ、貴方は何故、私の夢に入り込んだのかしら?」

 「真紅の夢?私が?私は何と?」

 「私を忘れないでくれ、頼む…と貴方は言っていたわ、これは?」

 「そうか…私はそう言ったのか、驚かせたね、真紅。
  だが私は、君の夢に入った覚えは無い。
  あったとしてもそれは、無意識にやった事だ、すまない」

 「そう…でも私は貴方を忘れた事は無い、だって貴方は私の大切な…」

フラーケは真紅の言葉を遮り、唐突に語り始めた。
 「私は消えかけていたんだ、この世界から、確かnのフィールド…だったか?君に昔、名前を教わったな。
  私はオカルトは信じない、そう決めていた、だが君と出会って考えが変わった。
  この世には科学では解明出来ない事がある、私はそれを受け入れるしかなかった…。
  そりゃそうだ、歩くオカルトが私の娘になったのだからな」
その言葉を聞いて、真紅は吹き出した。
 「プッ、貴方は私の事を、よくそう言ってたわね…歩くオカルトだって…とても懐かしいわ」

97: 2009/04/21(火) 14:00:32.51 ID:uJzj5pMm0
 「nのフィールドは精神の世界、これは君と行動を共にして得られた知識だ。
  精神と肉体は切り離せないと、私はそう思っていた、だが君がその考えを変えた。
  そのおかげで私は今も、ここに居られる、強い信念があれば、この世界に身を留める事が出来る。
  私にはやり残した事がある、私はそれを、どうしても成就させたい」

 「それは過去を映し出す時計の事ね、貴方が生前に半生を懸けて挑んだ…完成、したのかしら?」

 「さっきも言ったが、強い信念があれば、この世界に身を留める事が出来る。
  私の信念…つまり過去を映し出す時計を完成させる事、後は分かるね?真紅」

 「ごめんなさい…軽率だったわ」

 「話を戻そう、私は消えかけていた、強い信念があったにも拘らず、私は消えかけていた…それは何故か?
  私はこう考えた、私を覚えてくれている人、その人から私の記憶が消えた時、精神は氏ぬ…と。
  つまり人は氏んで、肉体が滅んでも、誰かがその人を覚えていてくれれば、その人は氏んでいないんだ…。
  覚えてくれている人の心の中に、生きていられる、そしてそれが精神なんだと、私は考えた。
  …正直言うと、こんなオカルト的な臭い発言は、したくないんだがな」

 「フフッ…貴方らしいわね、続けて頂戴」

 「私は一人身だったし、もう過去の人間だ、こんなに長く私の事を覚えている人間はいない。
  なので私の事を覚えてくれているのは、他でもない真紅、君以外はいないと考えた。
  だから私は君の時計を止めた、君の心に生きる、私の精神を、再び強く輝かせる為に、私が消えない為に」

 「私の…時計?消えない…為?」

99: 2009/04/21(火) 14:01:45.47 ID:uJzj5pMm0
 「私が作った時計が止まる事で、君の中の私は再び思い出される、私の事を思い出してくれる、そう思った。
  そうすれば私は、消えないで済む、効果はあった…しかし君には悪い事をした、すまない…」

 「私の中のフラーケが…消えかけていたの?嘘だわ…そんな事…無い…」

 「真紅、君は今、幸せかい?」

 「…それは…分からない、まだアリスにはなっていないし…お父様にもお会い出来ていない…」

 「分からない…か、義理の父として言わせてもらうが、君はきっと、今、幸せなんだと思う」

 「何故?私はお父様にお会いする事が…」

 「人の心は、きっと容量に限界がある、だから幸せな事柄が心を満たせば、悪い事は消し去られる。
  君にとっての悪い事、その中に私への後悔、きっとそれがあった…だがそれが、私の精神を生かしてくれていた。
  しかし、君の中の幸せな事柄が、私への後悔を…つまり私の事を少しだけ忘れさせたんだ。
  だがそれは悪い事じゃ無い、むしろ私には嬉しい事だ…自分の娘の幸せを悲しむ父親はいない、そうだろ?」

 「フラーケ…」

 「でもまあ今のは、人の心に対しての私の仮説だから、歩くオカルトに当てはまるかは分からないがな!ハハハ!」

 「フフッ…そうね、感動して損したわ、お父様」

 「とにかく、私はそうして、真紅の中の私を、少しだけ思い出してもらった。
  折角幸せだった所を、すまなかったな…だが私にはそうするしか無かった、許してほしい」

 「私が貴方にした事に比べれば、大した事では無くてよ、でも…どうやって時計を止めたの?」

100: 2009/04/21(火) 14:03:21.40 ID:uJzj5pMm0
「それは…私にも良く分からん、私独自の部品か…多分」

 「蒼星石が言っていた、黒の部品の事ね」

 「何かね?その蒼星…石?石と話すのか?全く君は…どこまでオカルティックな娘なんだ?」

 「フラーケには話した事も、会ってもらった事も無かったわね、私の姉妹よ」

 「そうか…まあいい、黒の部品、それは私独自の製作手法、私のみが知る私独自の部品…。
  きっとこの部品が、私の気持ちに応えてくれたんだろう…何しろ私は、時計を愛しているからな!
  自分が作った時計は特に…」

 「フラーケ?…貴方、本調子が出てきたのではなくて?」

 「そうだな…もうじき、過去を映し出す時計が完成するからな、見るかね?」

 「ええ、喜んで」

102: 2009/04/21(火) 14:04:30.41 ID:uJzj5pMm0
真紅はフラーケのフィールドを一望した。
先程までは真っ暗で何も見えなかったが、改めて見ると、広い割には殺風景な空間だった。
沢山の言語の書物が入った本棚、工具が散らばった状態で載っている作業机、時計が沢山並べられたガラスケース、
貧相なベッド…その他の物は、暗闇に隠れている為か、確認出来なかった。

暫くして真紅は、部屋の片隅の暗がりに、何やら不思議な塊がある事に気付いた。
良く見ると、全体のほとんどが歯車で構成されており、何とも不恰好な形をしている。
歯車の大きさもまちまちで、何百と言う歯車が複雑に組み合わされている。
そして所々に、剥き出しの基盤や、理解出来ない部品も付いている…どうやら最近の技術も取り入れられている様だ。
塊は机と同じ程の大きさがあり、不恰好ながらも独特の整然さが感じ取れる。
ただ一つ気になったのは、歯車の塊の中に、一部空間があった事だった、そこが不恰好と思わせる要因なのか?
 「これが…過去を映し出す…時計?」

 「なかなかの目利きだね、そう…これが、過去を映し出す時計…?ところで真紅、もっと良い呼び名は無いのか?
  もっとこう…何と言うか…偉大な…荘厳な感じで…」

 「え…?だって貴方は、そう呼んでたじゃないの?」

 「…そうだったか?もっとこう…まあいい、もうじき完成するから…それより真紅、君の時計を見せなさい」

 「直してくれるのね!貴方の時計が壊れて不便だったわ、本当に」

 「いや…違う、時計は…直さない」

 「…?直さないの?何かしら?貴方お得意のサプライズかしら?あのアロエの時の様に?」
真紅は微笑みながらフラーケに時計を渡した、フラーケは時計を持ってガラスケースに移動した。
 「確かに、サプライズかもしれないな…出て来なさい…」

103: 2009/04/21(火) 14:06:08.06 ID:uJzj5pMm0
ガラスケースが光を発し、逆十字の柄が入った黒いドレスを纏った、赤い目の人形がゆっくりと現れた。
その人形は優雅にガラスケースに座り、フラーケを一瞥して、苛立ちを隠さずに言った。
 「…話が長すぎるのよ…オッサン…」
真紅は突然の出来事に狼狽えた、自分が今見ている光景が信じられなかった…まさか?そんな?
驚きのあまり声も出せない真紅に、美しい微笑みを浮かべながら水銀燈は言った。

 「フフッ…貴女のうろたえる表情は…何時見てもブサイクねェ…」



支援ありがとうございます、助かります。

105: 2009/04/21(火) 14:07:18.28 ID:uJzj5pMm0
桜田家のリビングでは、翠星石、蒼星石、雛苺が沈んだ表情を浮かべて、ソファーに座っていた。
蒼星石は、自身の限界までnのフィールドでフラーケの扉を探していた為、大きな疲労を抱えていた。
そんな蒼星石を気遣って、翠星石と雛苺は側に付き添っていた。
 「真紅とジュン君…まだ戻ってこないね…」

 「そうですね…まだ薇は切れてないと思うですけど…」

 「うゅ…心配なの…」

突然トイレの方から、大きな音がした、翠星石は飛び上がって驚いた。
 「GYAAAAAああぁぁ!!何です!今のは何の音です!?」
蒼星石に抱きついて震える翠星石、蒼星石は苦しそうに言った。
 「…お…おち…落ち着いて…翠星石…、僕が…見に行く…から」
そんな2人を、キョトンとした目で雛苺は見ていた。

蒼星石は慎重に歩みを進める、その後ろを蒼星石の袖口を引っ張りながら、翠星石が付いて行く。
雛苺はそのまた後ろで、くんくんのぬいぐるみを抱え込んで付いて来る。
廊下を半分ほど歩いた所で、反対側の角から何者かが現れた、金糸雀だった。
 「…う、見つかった…かしら」

106: 2009/04/21(火) 14:08:39.07 ID:uJzj5pMm0
 「金糸雀!全く…脅かさないでよね!」

 「何だ、ガナり屋でしたか…ビビって損したです」

 「ガナり屋って何なのかしら!そんな商売してないかしら!!いい加減名前を覚えてほしいかしら~!!」

 「そうやって、がなり立てるから、ガナり屋なんじゃないの?」

 「そ~ぅですぅ~!流石は双子の姉妹ですぅ~!以心伝心です~!」

 「うわ~い!ガナり屋!ガナり屋~~~!」

 「雛苺…意味、分かってる?」

 「…まあいいかしら、真紅はどこ?」

 「真紅は今、nのフィールドにいるけど…何で?」

金糸雀の表情が曇る、その一瞬の表情を、蒼星石は見逃さなかった。
 「金糸雀…君は、何かを隠しているね?」

108: 2009/04/21(火) 14:09:59.84 ID:uJzj5pMm0
その一言で、金糸雀の表情は一変した、突然静かに泣き始めた。
 「カナは…カナは…真紅を…裏切って…」
金糸雀は蒼星石に駆け寄って、胸に顔を埋めて泣いてしまった。
 「ちょ…ちょっと、何なのさ!?金糸雀?」

 「!何ですこのガキンチョは!?その胸はか弱い翠星石の為にあるんです!早く離れろです~~!」

 「うゅ…金糸雀…泣いてるの?元気無いの?ヒナも悲しいの…」

 「みんな落ち着いてよ!翠星石引っ張らないでよ!金糸雀も落ち着いてよ!雛苺も泣かないでよ!
  あ~~…もう!リビングで話し合おうよ!」

109: 2009/04/21(火) 14:10:58.96 ID:uJzj5pMm0
やっと泣き止んだ金糸雀は、今まで自分に起こった事を、事細かく皆に伝えた。
真紅の笑顔の事、水銀燈との戦闘の事、自身の弱さの事…そして真紅の時計を巡って、水銀燈が何かを企てている事。
 「真紅の事は、いけ好かないけど…今回は助けたいかしら!」

 「そうか…そんな事があったんだね金糸雀」

 「カナは助かる為に…真紅を裏切ってしまった…カナが弱かったから…だから弱いなりの罪滅ぼしかしら!」

 「いや…金糸雀、君は強いよ!だってこうして僕らに、全てを打ち明けてくれたじゃないか」

 「じゃあ早く!みんなnのフィールドに付いて来て欲しいかしら!真紅が危ないかしら!」

 「うぃ!ヒナは真紅の家来だから…頑張るの!」

 「分かった!みんなで真紅を助けよう!…って翠星石!?泣いてるの?」

 「うぅ…感受性に長けた翠星石は…こういう話に弱いですぅ、
  裏切りとか…罪滅ぼしとか…グスッ…いじらしいですぅ…」
そう言って、勢い良く蒼星石の胸に飛び込む翠星石。
蒼星石は、飛び込まれた勢いでずれた帽子を被り直しながら、呆れ顔で言った。
 「全く…本当に君は、よく分からない姉だよ…」

 「フフッ…分からなくていいですよ………さあ、お前ら行くですよ!真紅の所へ!」

110: 2009/04/21(火) 14:12:33.67 ID:uJzj5pMm0
 「ほら、約束の時計だ」
フラーケは真紅の時計を、水銀燈に渡した。
水銀燈はフラーケの頬を、艶かしく撫でながら、耳元で呟いた。
 「貴方と組んで、本当に良かったわぁ…次は私が、約束を守る番ねェ…」

真紅は驚愕の表情のまま、身動きも出来なかった。
フラーケの側で呟いているのは水銀燈、時計を渡したフラーケ。
フラーケは何故、時計を渡したの?
様々な考えが真紅の脳裏を過ぎる…でも全く真相が見えない。

 「さあ真紅ゥ?…この時計、フラーケの愛情が篭った時計を、私はどうすると思う?」

その水銀燈の言葉で真紅は我に返った、これは現実…信じられないけど正真正銘の現実。
問いかけてきた水銀燈には目もくれず、必氏の表情でフラーケに問いかける。
 「何故!?水銀燈と貴方が!時計を!どうして!?私は!?」

フラーケは静かに語り始めた。
 「私は…約束を交わしたんだ、真紅」
 「水銀燈は、私に言った、時間の薇を貴方に渡す、その代わり、真紅の時計を渡せ…と」
 「私を恨むなよ真紅、君と出合った事、全ては…それが元凶だったんだ…」

真紅はフラーケの言った事を理解しようとした、約束?時間の薇?時計?渡す?…元凶?

111: 2009/04/21(火) 14:16:26.73 ID:uJzj5pMm0
フラーケは真紅の困惑の表情など、全く気に掛けず話し続ける。
 「私は行き詰まった、過去を映し出す…時計?ケッ!気に入らない名前だが、とにかく製作に行き詰まった。
  私は百年ほど懸けて、ここまでの装置は作る事が出来た、後は時間の薇をはめ込むだけの所までな。
  だがそれからの何百年は…生き地獄だった、時間の薇が完成しないんだ、分かるか?真紅?この気持ちが?…」
突然フラーケは叫んだ。

 「何っ百年も懸けたのに完成しないんだ!!
  必氏に考えても!必氏に作っても!時間の薇が完成しないんだ!!」

フラーケは怒りを露に、机の工具をなぎ払った。
フィールド内に、床に落ちた工具の鈍い音が鳴り響く。

112: 2009/04/21(火) 14:17:37.49 ID:uJzj5pMm0
 「私は何百年も、自身の技術の未熟さに苦しめられたんだ…いくら頑張っても、君のお父様を超えられない…。
  何百年も生き恥をさらしてきたんだ…己の無能さを呪いながら、でも私は氏ねなかったんだ…何故だと思う?
  お前だ真紅!お前のせいで!愛するおまえの所為で!!」

 「お前が私を覚えている所為で、私は氏ねなかった…。
  誰かが覚えている限り、精神は残る…さっきお前に説明したよな?私はもう残りたくなかった!消滅したかった!
  なのにお前の所為で、私は生き恥をさらして、己の無能を呪いながら何百年も生きるしか無かったんだ!
  何故お前は、私の事を忘れてくれなかった?何故こんなにも苦しめた?何故こんなにも私を生かしたんだ!!」

 「私は時計を止めたよな?あれはお前への復讐だ!何百年も私を苦しめた復讐の為だ!!
  私の事を強く思い出せば、お前は無邪気に、ここにやってくる…時間の薇を持ってお前はここへやってくる!
  ここにお前が現れた時、解体するつもりだった、以前言ってたろ?解体してほしいって?
  解体して時間の薇の秘密を奪うつもりだった、そうやって装置を完成させるつもりだった…。
  そうすれば私の思いは成就され、私は塵に還る事が出来る!そして愛しく憎いお前も氏ぬ!」

 「だが現れたのは水銀燈、しかしこいつは、良い話を持ってきた。
  真紅を陥れる巧妙な罠を手土産に、こいつはやってきた。
  こいつは凄い奴だよ…真紅の夢に干渉出来るんだからな!ククッ…大したもんだよ!
  …私はその話に乗った、どうせ頃すなら、絶望させて頃した方がいいからな!!
  さっきの演技も、こいつが考えたんだ…しかし傑作だな真紅!今のお前の表情は!!ククッ…クハハハ!!」
興奮するフラーケを、水銀燈は優しく撫でながら言った。
 「貴方ぁ…ちょっと沸点が低すぎよぉ…カルシウム不足?まあいいわ、後は私にまかせなさい」
真紅を見下しながら、水銀燈は続ける。
 「まぁ…そう言う訳なの、だから貴女はここで…絶望したまま氏になさい!」

113: 2009/04/21(火) 14:18:52.67 ID:uJzj5pMm0
真紅は突然吐き気を催し崩れ落ちた、必氏に吐き気を堪える、涙が止まらなかった。
目の前の光景が、フラーケ言葉が、真紅には耐えられなかった。
フラーケが…あの優しかったフラーケが…。
私の所為で何百年も苦しんでいたの?
私の所為で何百年も生き恥をさらしたの?
私の所為で変わってしまったの?

 「…フ…フラーケ?は?私を…もう…娘と…して…愛して…無い…の?…」

 「今も愛しているよ…頃したい程にな!!」
その一言で真紅の理性は崩れた、涙がとめどなく流れた、慟哭がフィールドに響き渡った。

114: 2009/04/21(火) 14:19:58.32 ID:uJzj5pMm0
 「さぁ、私がこの時計をどうするのか?答えはまだかしらぁ?」
妖艶な薄笑いを浮かべて、真紅の懐中時計を正面にかざす水銀燈。
 「時っ間切れー、貴女…話す事も出来ない程に壊れちゃったのかしらぁ?」
真紅はまだ崩れ落ちて号泣していた、水銀燈は痺れを切らせ叫んだ。
 「あんた…いい加減にしなさいよ!」
水銀燈が放った黒い羽が、真紅の巻き毛を切断して床に刺さった。
真紅は泣き崩れた表情のまま、力なく顔を上げ、水銀燈を見た。
水銀燈は左手で時計を正面にかざし、右手には剣を握っていた。
 「貴女の大切な物を壊すのは…これで何度目かしらねェ…フフッ…」

 「…水銀燈…止めて…頂戴…それだけは…お願い…だから」

 「フフッ…何かしら?お願いだから?止めて?ですってぇ…?」
水銀燈は目を細めて、真紅を微笑みながら見下し、暫くして突然鬼のような形相で叫んだ。
 「止めて欲しけりゃ!本気で掛かってきなさい!真紅!!」
その言葉を吐き捨てる様に言った直後に、水銀燈は時計を自身の頭上に高々と投げた。

素早く剣を両手に持ち直し、落下地点で時計を切る為に構えた水銀燈。
真紅はその一連の動作がスローに感じられた、だが自身の体は、微動だに出来なかった。
目を瞑る事しか出来なかった…。

真紅が目を開けた時、時計は無かった、しかし何故か、地面に散らばってもいなかった。
ただ、水銀燈が真っ暗な空間を、忌々しい表情で睨んでいる事だけが、理解できた。

116: 2009/04/21(火) 14:21:22.28 ID:uJzj5pMm0
 「貴女…何のつもりかしら?」
水銀燈が真っ暗な空間に言い放つ、そこから左目に薔薇模様の眼帯をしている人形が、ゆっくりと現れた。
それは薔薇水晶だった。
真紅の時計を右手に持ち、正面にかざしながら、無表情に片言で話す。
 「貴女…何の…つもり…?」

 「私の邪魔をするつもりなの!」

 「貴女の…邪魔を…する…つもり…なの…」
そう言って、小さく口元を歪めて笑った。

フラーケは痺れを切らせて、水銀燈を怒鳴った。
 「おいお前!何をしているんだ!早く真紅を殺せ!時間の薇を私に渡せ!」
水銀燈はフラーケを横目で睨みながら答えた。
 「五月蝿いわよオッサン!どうせアンタは時間の薇を手に入れられない!」
フラーケはその言葉に、表情が凍った。
 「何故!?お前は確かに言ったじゃないか!?真紅を頃し、時間の薇を渡すと!?」

 「貴方本当にお馬鹿さんねェ…真紅が氏んだら時間の薇の効果は無くなるのよ!だからアンタは手に入れられない!」
水銀燈は畳み掛けるように続けた。
 「あんたが真紅をジャンクにしても!私が真紅をジャンクにしても!あんたは時間の薇を手に入れられない!
  アンタが自分で作らなければ、手に入らないのよ!あんたは昔っから…救い様の無いお馬鹿さんねェ」

フラーケは信じられないと言った目で水銀燈を見ながら、肩を揺さぶり、そして弱弱しく言った。
 「おい…嘘だろ?そんな事ないだろ?おまえは私を騙したのか?今の言葉は嘘なんだろ?時間の薇は…」

117: 2009/04/21(火) 14:23:03.21 ID:uJzj5pMm0
 「あぁ…もう…鬱陶しいわねぇ!!」
水銀燈はフラーケの頬を思いっきり引っ叩き、倒れたフラーケを冷笑しながら言った。
 「まだ分からないの?確かに私は貴方を騙したわよ!でも良いじゃない?真紅は私の手で壊れるんだからぁ…
  アンタはそこで、真紅の解体ショーを眺めてるがいいわ!」

床に仰向けに倒れたフラーケは、過去に自分を殺そうとしていた頃の水銀燈を、思い出していた。
そうだこいつは、私を悪夢の中に放り込んで、廃人にしようとした。
そうだこいつは、私の薬指を、契約の指輪をはめた薬指を、切断しようとした。
そうだこいつは、青く燃え盛る黒い羽で、私を焼き殺そうとした。
そんなこいつに、簡単にだまされた、時間の薇につられて、私は簡単にだまされたんだ!

フラーケは天井のランプを眺めた、不意に自分の滑稽さが可笑しくなり、狂ったように哄笑した。

118: 2009/04/21(火) 14:24:12.67 ID:uJzj5pMm0
 「さて…真紅をジャンクにする前に、小賢しい妹の相手をしようかしらねェ…」
水銀燈は薔薇水晶に向き直り、剣先を向けた。
 「泥棒猫ちゃん…その時計を返しなさい、返答によっては…貴女…ジャンクになるわよ!」
薔薇水晶は全く動じず、凛とした姿勢で、無表情に答えた。
 「これは…真紅の…大事な時計、だから…私が壊す!」
握っていた時計が軋む音をたてた刹那、薔薇水晶の頬を青く燃える黒い羽が掠った。
 「私は言ったわよ…返答によっては、ジャンクにすると!」
水銀燈は薔薇水晶に向かって、剣を構え飛び掛った。

薔薇水晶は右手に持った時計を左手に移し、水晶の柱を眼前に放出して壁を作った。
しかし水晶の壁は水銀燈の一太刀で、放出させた刹那に粉々に粉砕された。
水銀燈は先の一太刀の勢いで体を回転させながら、薔薇水晶の懐に一瞬で潜り込んだ。
そして、立ち上がりながら攻撃しようとしたが、薔薇水晶の右手には既に水晶の剣が握られていた。
水晶の剣を無表情に振りかぶる薔薇水晶。
だがその一太刀に水銀燈は咄嗟に反応し、背中で剣を構え防御した。
フィールド内に、ぶつかり合う剣の、鈍い金属音が響き渡る。

水銀燈は背中で剣を受け止めたまま体をひねり、ぶつかり合う剣を薔薇水晶の正面に移動させ、柄を握り直した。
鍔迫り合いになった2人、薔薇水晶が口元を歪めて言った。
 「貴女…強い、でも…私も…強い!」
水銀燈も冷酷な笑みを浮かべて言い放つ。
 「真紅をヤる前に、あんたのローザミスティカを奪うのも、悪く無いわね!」
水銀燈は鍔迫り合いに打ち勝ち、間髪入れず薔薇水晶を蹴り上げた、蹴られた勢いを空中で頃し、静止した薔薇水晶。
薔薇水晶は時計を持った左手を使って、無言で手招きした。
 「生意気な妹ね…後悔するわよ!」
2人は空中で剣を交えながら、フィールドの暗がりへと消えていった。

119: 2009/04/21(火) 14:26:26.39 ID:uJzj5pMm0
真紅は号泣を強引に抑え、咽びながら跪いた体勢で周囲を見回した。
フラーケが仰向けに倒れているのが見え、フラーケに駆け寄った。
 「フラーケ!?どうしたの!フラーケ!」
フラーケは嘲笑を浮かべて、真紅に言った。
 「…ククッ…何だお前は?私の話を聞いてなかったのか?理解出来なかったのか?」
真紅は無理に笑顔を作って返事をしようとした、しかし引き攣ったその表情は笑顔とは程遠い物だった。
 「理解は…出来た…出来ない…」

 「私はおまえが憎いんだぞ?頃したい程…」

 「もう止めて頂戴!!」
真紅は両拳を握り締め、俯いて叫んだ。
 「私の知っているフラーケは…優しいフラーケは、もう…いないの?此処にはもう…いないの?」
真紅はフラーケの胸元を、優しく撫でた。
 「…ああ…いないね、残念ながら今ここに居るのは、復讐しか考えていない、おまえの知らないフラーケだ」

 「そう…分かった…私の所為で、貴方は変わったのね?…私に復讐したいのね?」

 「何回言わせるんだ真紅…そうだよ!おまえは何百年も私を苦しめた!」

 「分かった…やりなさい、復讐しなさい…私はここにいるわ」
そう言って、笑顔で座りなおす真紅、そして静かに目を閉じた。
 「…何のつもりだ真紅?私は本当にやるぞ?」

 「分かっているわ、貴方は昔からそう…こうと決めたら…最後までやる…そういう人だもの…」

 「解った口を聞くな!私の事が…おまえに分かる訳無い!私の苦しみが理解出来る訳無い!」
フラーケは床に転がっていたハンマーを拾い上げ、頭上に構えた。

 「さようなら、私の愛しい娘…そして狂おしいほど憎い娘ッ!」

120: 2009/04/21(火) 14:27:47.16 ID:uJzj5pMm0
フラーケがハンマーを振り下ろすのと同時に、フラーケの背後から苺わだちが伸び、腕を一瞬で縛り上げた。
苺わだちは、腕から下半身まで一気に伸び、全身を拘束した。
フラーケはバランスを崩し、仰向けに倒れた。

真紅を呼ぶ声が遠くから聞こえた、ジュンの声だった。
真紅はゆっくりと目を開けて、声のする方に向き直った。
そこには息を切らせて走ってきたジュンと、翠星石、蒼星石、雛苺、金糸雀が立っていた。
ホーリエは真紅の周りを纏わり付くように飛行し、手の中に消えていった。

そんな仲間達を、無表情に見つめる真紅。
 「貴方達…どうして来たの?」
その真紅の異様さに、少し怖気づきながらもジュンが話しかけた。
 「どうしてって…真紅が危険だって…こいつらが」
蒼星石が真紅の前に駆け寄って言う。
 「金糸雀が、水銀燈が真紅を狙ってるって教えてくれたんだ!それで僕達はnのフィールドに入った。
  そうしたらラプラスが現れて、導かれるままに…」

 「扉の入り口で、ジュンがお昼寝してたです!叩き起こして引っ張ってきたです!」

 「部屋の暗がりで、剣のぶつかりあう音が聞こえたかしら!水銀燈の他に、まだ誰か居るかしら!」

 「うゅ…この人、悪い人なの?真紅をいじめようとしたの?」

 「雛苺、その人は悪い人では無いわ…解いてあげて頂戴」
即座にその言葉に反応して、蒼星石は言った。
 「駄目だ雛苺!解いちゃ駄目だ!」

 「うゅ…どっち…なの?」

121: 2009/04/21(火) 14:29:18.17 ID:uJzj5pMm0
 「蒼星石!余計な口出しは無用だわ!雛苺!早く解きなさい!」
蒼星石は真紅の肩を力強く掴み、真紅の目を直視して言った。
 「何故なんだ!この人は君を壊そうとした!僕は見た!そんな人の拘束を解くなんて!僕には出来ない!」
ジュンもすかさず弁護する。
 「そうだよ真紅!お前おかしいぞ?さっきだって僕を置いていって…これも自分の問題だって言うのか!」
真紅の頬を涙が伝った、そして力無い声で答える。
 「そう…そうよ、これは私の問題…私が引き起こしてしまった…最大の過ち…私は…ここで終わりにする…」
真紅の涙、項垂れた姿、そして今の言葉の意味を理解出来ず、皆が静まった。

その静寂をフラーケが破る。
 「お前ら…早く決めたらどうだ!私をどうしたいんだ?」
真紅がフラーケの側に駆け寄り、宥める。
 「御免なさい、こんな筈じゃなかった…私が解くわ」
必氏の形相で苺わだちを強引に引き千切っていく真紅…引き千切る指に、無数の傷が付いてゆく…。
ジュン達は、真紅の狂気じみた行動を目の当たりにし、ただ呆然と立ち尽くしていた。

だが蒼星石だけは真紅の元に歩み寄り、襟を掴んで強引に引っ張り、フラーケから引き離した。
 「いい加減にしないか真紅!この人は君を壊そうとした!何故そんな人を庇う!僕には分からない!」
真紅は蒼星石を睨んで突き放した。
 「私の邪魔を…するのかしら?私の問題に…土足で入り込むのかしら?」
その2人の間に、翠星石が割って入る。
 「お前らいい加減にするです!頭冷やせです!」

122: 2009/04/21(火) 14:30:43.49 ID:uJzj5pMm0
 「いい加減にしてくれ!真紅!」
叫び声が木霊した、ジュンの叫びだった。
 「何故1人で抱え込むんだ?そんな悲しい事が、何故平気で出来るんだ?
  僕達は真紅が危ないと思って…助けが必要だって、そう思って来たんだ…なのに何だよ!
  お前は僕達を突き放し、自分を壊そうとする人を庇う…意味が分からないよ!」
フラーケは嘲笑を浮かべて言った。
 「おやおや仲間割れか…もう好きにしなさい…」

 「真紅!訳を教えるかしら!このままじゃ、埒が開かないかしら!」

 「…みんな…グスッ…ケンカは…やめてなの」

 「教えてやれ…」
フラーケがポツリと言った。
 「真紅、こいつらに教えてやれ…私の苦しみ…絶望…狂気…全部説明してやれ…」
真紅は信じられないと言った表情で、フラーケを見やった。
 「何故!?これは私と貴方の問題!この子達には関係無いわ!」

 「分からないのか真紅?もうこれは、お前と私だけの問題じゃ無いんだ…。
  こいつらはもう…関わってしまったんだ」

 「…分かったわ…貴方がそう言うのなら…敬愛する貴方がそう望むのなら…」

 「敬愛する貴方…か…、フッ…全く君は、お目出度いな」

123: 2009/04/21(火) 14:31:44.47 ID:uJzj5pMm0
真紅はこのフィールドで起こった事柄をホーリエに託して、ジュン達の前へ飛ばした。
 「貴方達…その記憶に触れる前に、気を強く持ちなさい、でないと痛い目に合うわよ」

ジュン達は手を重ね、ホーリエに翳した、真紅の記憶が伝達されていく…。
フラーケの狂気、水銀燈の微笑、真紅の号泣、薔薇水晶の謎めいた行動…皆が全てを理解した。
しかし皆俯いたまま黙り込んで、行動をおこす気にはならなかった。
それほどまでに痛ましい記憶だった…長い沈黙が続いた。
その沈黙を破り、全てを理解した上で蒼星石が行動に移った。

 「ジュン君と雛苺!君達は真紅の側に!僕は時計を取り返しに行く!」

 「私を置いて!何処行くです!翠星石も行くです!」

 「駄目だ!危険だ!僕1人で行く!君はフラーケさんの夢の中へ!庭師の如雨露で心の木を!」

 「カナも蒼星石と行くかしら!元はと言えば、カナが時計の事をバラしたからかしら!
  だから行かなきゃならないかしら!」

 「…金糸雀、君は本当に強くなったね…分かった、僕の後ろに付いていて!でも翠星石は…!?」
翠星石は項垂れて、力無く静かに泣いていた。

 「何故…全部1人で決めてしまうです?何故翠星石の話を…聞いてくれないです…?
  想いは蒼星石と…一緒なのです…グスッ…私だって大事な妹を…危険な目に遭わせたくないのです!」

その姿を見て、居た堪れなくなった蒼星石は、翠星石を優しく抱きしめながら言った。
 「…君は、こうなってしまうと…僕の言う事には耳を貸さないよね…。
  分かった、一緒に行こう…でも無茶な事はしないでね?約束だよ?
  フラーケさんは動けないし、真紅はジュン君の言う事しか耳を貸さない…行こう!3人で時計を取り返そう!」
3人は剣音の鳴り響く暗がりへ勢い良く飛び出し、やがて姿を消した。

125: 2009/04/21(火) 14:34:23.89 ID:uJzj5pMm0
 「さて…しゃべる石も都合良く居なくなったな」
フラーケは立ち上がった、苺わだちが足元にバラバラと散らばり落ちる。
右手にはナイフが握られていた。

ジュンは驚愕の表情を浮かべた。
 「何故?…苺わだちが?…切れてる?」
驚くジュンに、フラーケが答える。
 「時間稼ぎだよ、真紅が出来事を語り伝えてる間に、切ろうと思っていた…真紅、全く君はお目出度い!
  でもまさか…あんな手段で伝えるとは…少しあせったぞ!でもまあ、こうして切る事が出来たから、まあいい。
  ここは私の空間だ、何処に何があるのかは、私が一番知っている、ナイフの位置、鋸の位置…」
フラーケの足元から、ゆっくりと苺わだちが伸びる、それを即座に察知したフラーケは、
右手に持ったナイフを雛苺へ向けて投げた。
ナイフは雛苺の足元に、大きな音を立てて刺さった。
 「お嬢ちゃん…人の話は最後まで聞きなさい!!」
雛苺はフラーケの常軌を逸した眼差しに畏怖を抱き、瞳にうっすらと涙が浮かべ、しおれる様にしゃがみこんだ。
恐怖に駆られる子供の雛苺には、苺わだちを出す事など…もう、出来なかった。

 「フラーケ!お止めなさい!復讐の相手はこの私よ!この子は関係無い!」

 「さっき言ったろ?こいつらはもう関わった…関わってしまったんだ」
真紅はうっすらと目に涙を浮かべながら言った。
 「貴方…本当に…変わってしまった…私の所為で、私の知る優しいフラーケは…もう本当にいないのね…」

 「そうだよ?だから…氏んでくれ真紅、私の為に!」
ポケットからドライバーを取り出して、ゆっくりと真紅の前に歩み寄るフラーケ。
2人の間に人影が飛び込んできた、それはジュンだった、両手を広げてフラーケを静止した。

 「もう止めて下さい!」

127: 2009/04/21(火) 14:36:09.32 ID:uJzj5pMm0
真紅は即座にジュンの足元へ向かい、ジュンの足を掴んで引っ張り、制止させようとした。
 「ジュン!?止めなさい!この人にはもう!人の心は無いのよ!貴方が氏ぬわ!」

 「ほう…やっと本音が出たか、真紅」

ジュンは真紅の制止を無視して続けた。
 「フラーケさん!貴方はもう十分真紅を苦しめた!絶望させた!だからもう止めて下さい!お願いします!」

 「お前に何が分かる!お前に私の絶望が分かってたまるか!そこをどけ!少年!」

 「どきなさいジュン!私が消えればいいの!私が罪を償えばいいのよ!」
必氏の表情でジュンにしがみつく真紅を無視して、ジュンはフラーケに言った。
 「フラーケさん!僕は真紅のマスターとして、貴方に聞きたい事がある!答えて欲しい!」
ジュンは毅然とした態度で言い放った、しかし掌には大量の汗が滲み出し、額を冷たい汗が伝っていた。

 「君が?マスター?こんなお子様が?フフッ…ハハハハ!」

 「そうだ!僕は真紅のマスターだ!だから貴方に聞きたい!」
フラーケはジュンの手を見た、確かに指輪を嵌めている事を確認した。
 「ハハハ…分かった、余興として話を聞いてやろう、聞いたらそこをどけ!」

 「分かりました…答えてもらったら、僕は下がります」

 「じゃあ話せ、手短に」

 「貴方は真紅のマスターになって、幸せでは無かったのですか?」

 「何を言っている?見れば分かるだろ?これがその結果だ…話は終わりか?」

128: 2009/04/21(火) 14:37:17.51 ID:uJzj5pMm0
 「貴方は幸せだった筈だ!どうかその事を思い出して下さい、お願いします!」

 「思い出す?幸せ?私に幸せなど無かった!」

 「違う!貴方は思い出したくないだけだ!自分に嘘を付いているんだ!」

 「ほぉ…何を根拠に?」

 「貴方は消えようと思えば!いつでも出来た筈なんだ!
  時間の薇が完成しない苛立ちを!真紅にぶつけているだけなんだ!」

 「面白い…続けろ」

 「貴方は何故何百年も!このフィールドに残ったんですか!装置を完成させる為じゃなかったんですか!
  その強い信念があったから!ここに残れたんじゃないんですか!
  真紅が貴方の事を覚えていようと!貴方が製作に挫折した時に、本当に消滅したいと思っていれば、
  消滅出来た筈なんだ!」

 「ケッ…戯言を」

 「真紅の時計が止まる寸前!貴方が一番消えかかっていた時に!何故貴方は消滅しなかったんだ!
  本当に真紅に復讐する為だけに残ったんですか?違う!僕はそう思わない!そんなの悲しすぎる!
  だからフラーケさん!貴方が此処に残った当初の、強い信念を思い出して下さい!お願いします!!」

 「長いぞ…終わりにしろ!そこをどけ!」

129: 2009/04/21(火) 14:38:27.97 ID:uJzj5pMm0
 「嫌だ!僕は退かない!貴方に答えを貰っていない!」

 「答え?真紅への復讐!それが答えだ!少年!!」

 「違う!貴方はまだ真紅を愛している!今真紅を壊したら!貴方はもっと絶望する!」

 「知った口を聞くな小僧!お前に私の気持ちが分かる訳無い!」

 「貴方は以前大切なものを失った筈だ!それは真紅だ!何も言わずに貴方から旅立った真紅だ!!
  その悲劇を貴方はもう一度繰り返すんですか!その絶望をもう一度繰り返すんですか!!」

 「もう黙れ小僧!そんな…そんな筈は無い!絶望などでは無い!私にとって唯一の希望なんだ…
  私が消滅するにはこの方法しか無いんだ!今すぐそこを退け!!」

 「嫌だ!僕は退かない!!」

 「私の邪魔をするな小僧!!掻き乱すな!!そこを退け!!お前も頃すぞ!!」

 「僕にとって真紅は大切な存在なんだ!だから僕は退かない!絶対退かないぞ!!」

 「そうか分かった…じゃあお前も氏ね!!」

フラーケは素早くドライバーを振り上げ、ジュンに向けて振り下ろした。
だがジュンには当たらなかった、即座にジュンが周囲を確認すると、真紅が部屋の片隅に倒れていた。
ジュンは真紅の元へ駆け寄った。
雛苺は真紅が倒れる姿を目の当たりにし、恐怖に駆られる感情を必氏に抑え、巴の笑顔を思い描いた。
『巴お願い!ヒナ怖いの!だからお願い!ヒナに…ヒナに勇気を分けて!』
雛苺は勇気を振り絞って恐怖に打ち勝ち、フラーケに苺わだちを放出し、再び拘束した。

131: 2009/04/21(火) 14:40:08.27 ID:uJzj5pMm0
 「真紅!?真紅!!」
ジュンは真紅の上半身を優しく起こした、意識は在った、だが左腕は無かった。
そこに付いている筈の左腕は、部屋の片隅に無造作に、ただひっそりと落ちていた。
 「…ジュン?私生きてるの?まだ生きてるの?」

 「ああ…生きてる、生きてるよ…」
優しく微笑むジュン、だが真紅は不可解な言葉を口走った。
 「…何故!?何故まだ生きてるの?フラーケ?フラーケは何処!?」
左腕が無い事にも気付かぬ素振りで、周囲を見回し、苺わだちに拘束されるフラーケの側へ駆け寄った。
 「フラーケ!?フラーケ!私まだ生きているのよ!止めを刺して頂戴!早く刺して頂戴!」
苺わだちに拘束されているフラーケを、泣きながら右手で揺さぶり、基地外じみた言葉を口走り続ける真紅。
 「私が憎いんでしょ?頃したいんでしょ!?…雛苺!早くほどきなさい!命令よ!」
雛苺は変わり果てた真紅の姿に、声も無く、ただボロボロと泣いていた。
そんな痛ましい光景を目の当たりにし、ジュンは泣きながら真紅を怒鳴った。
 「真紅!!もう止めてくれ!!」
真紅は即座に狂ったように反論した。
 「だってフラーケは!あの優しかったフラーケは!私の所為で何百年も苦しんだのよ!
  私の所為で変わってしまったのよ!私がいなければ彼は苦しみから解放されるのよ!
  私はいない方が良いの!私が氏ねば良いの!だって私は…」

132: 2009/04/21(火) 14:42:08.61 ID:uJzj5pMm0
 「いい加減にしてくれ!!」

ジュンは溢れる涙をそのままに、俯いたまま弱弱しい声で話し始めた。
 「真紅…お前は自分が氏ねば、問題が解決すると思っている、全てが丸く収まると思ってる…。
  そんな訳無い!お前が氏んだら、残されたみんなはどうなるんだ…僕はどうなるんだ!」

 「真紅が…フラーケさんに与えた苦しみは大きいよ…確かに真紅の所為で変わってしまったよ…。
  でもそれは…真紅が望んでやった事じゃないだろ?知らずに起こっていた事なんだろ?
  …こんな事実を聞かされたら…気が動転する…自分が居なければいいと思う…それは分かるよ…
  でもここで!真紅が氏んだら!残された僕はどうなるんだ!僕はどうしたらいいんだよ!!」

 「だから真紅…頼むから…僕を見てくれよ…僕達を見てくれよ…もう悲しい事言わないでくれよ…
  君がフラーケを愛しているように……僕も真紅を愛しているんだ…僕を置いて行かないでくれよ…頼む…よ…」

133: 2009/04/21(火) 14:43:42.02 ID:uJzj5pMm0
 「やれやれ…とんだ三文芝居だな、少年」

 「五月蝿い!黙れ!お前の所為で真紅は…真紅は!!」

 「でもまあ…気に入ったよ、悪くない」

 「!?」
ジュン達はその言葉に驚き、声も出なかった。
また何かを企んでいるのかとも考えたが、フラーケの目に狂気はもう、無かった。
ジュンを横目で見つめて、フラーケは静かに言った。
 「僕を置いて行かないでくれ…か、私と同じだな…」

 「私と…同じ?僕と…貴方が…同じ?」

134: 2009/04/21(火) 14:44:36.23 ID:uJzj5pMm0
 「確かに私は、真紅と共に暮らした生活が…好きだった、幸せだった、真紅の事を愛していた…。
  思い出してしまったよ、不覚にも今、真紅の左腕を傷付けてしまった…事で…ウウッ…。
  …こんな事で…思い出すなんて……こ…こんな事でしか…思い出せないなんて…。
  …ウウッ…私は…私は…愛する娘に…何て事を…」

 「…私は…愛する…娘を…ウウッ…傷付けてしまった…。
  …何故…気付かなかったんだ…私は…もう…心が…壊れているんだ…。
  真紅…私は君に…何と言えば…許してもらえる…何と詫びたらいいんだ…。
  消えれば…良かったのは…ウウッ…私のほう…だったんだ…」

真紅はフラーケを静かに抱きしめ、優しい笑顔で見つめながら語る。
 「良いのよフラーケ…自分を責めないで頂戴…。
  私が犯した過ちは、この程度で許される事では無いの…だから私に、貴方を責める事など…出来ないわ。
  それに私の腕で貴方を救う事が出来たのなら、私にはこれ以上の喜びは無いのよ。
  おかえりなさい…私の優しいお父様」

 「…真紅…ううっ…真…紅…私の…愛しい…娘…」
フラーケの号泣がフィールドに響き渡る、その号泣が治まるまで、真紅はいつまでもフラーケを抱きしめていた…。


135: 2009/04/21(火) 14:46:23.14 ID:uJzj5pMm0
号泣が治まり、冷静さを取り戻したフラーケが、ジュンを見つめて言った。
 「少年よ…私が、過去を映し出す時計を、何故何百年も必氏に作ろうとしていたか、分かるか?」

 「いいえ…分かりません、そもそも過去を映し出す時計と言う物が、何なのか…」

 「精神を過去へ送る装置…とでも言えばいいのか?
  …私は装置を完成させて…真紅との幸せな日々を、取り戻したかった…」

 「真紅…との、幸せな日々…」

 「真紅が突然いなくなった夜、あの前に私は戻りたかった。
  そして真紅に『私を置いて行かないでくれ』と一言…言いたかったんだ」

 「!?」
ジュン達は驚愕の表情でフラーケを見た。
ただ真紅のみ、フラーケに覆い被さるようにして、静かに泣いていた。
 「…フラーケ…やはり私の選択は…間違っていたのね…ううっ…私が元凶だったのね…」
真紅の頬を涙が伝った、その涙はフラーケの手に落ち、弾けた。

137: 2009/04/21(火) 14:48:42.09 ID:uJzj5pMm0
 「それは違うぞ真紅、あの時の私は衰弱していた、君の選択は正しい、間違いない。
  間違えていたのは私だ、時間の薇の研究にかまけて、君の葛藤に気付かなかった私だ。
  だからその頃に戻って、やり直したかったんだ…。
  可笑しいだろ?だからもう泣かないで、笑っておくれ、真紅」

真紅は笑う事など…出来なかった、ただ泣く事しか出来なかった。
 「…私が一言…声を…掛けてさえいれば…こんな事には…ううっ…フラーケ…」

 「その事を、思い出させてくれたのは、少年…いや、ジュン君だ、礼を言わねばならないな、有難う」

 「僕が?…礼?」

 「そうだ…さっき君は言ったな、『僕を置いて行かないでくれ…頼む』と真紅に言ったな。
  その言葉が、私の当初の目的を思い出させてくれたんだ…ジュン君、有難う。
  私は長く生きすぎた、その所為で壊れてしまったんだな、私の心は。
  こんな大事な事を忘れるほどに、壊れてしまっていたんだな…心底情けないよ」

 「いえ…そんな…僕も必氏で…」

 「ただ、私はもう、壊れてしまった…もっと早く気付くべきだったんだ、自分の心が壊れている事に。
  人の精神は、何百年も生きれる様には出来ていない…私は神の規則を破った罰を受けたんだ。
  何百年も生きている私に、裁きが下ったんだ、そして君達に迷惑を掛けた…すまなかった」

 「それは…何故そう思うのですか?心が壊れていると…フラーケさんはもう立ち直った…」

138: 2009/04/21(火) 14:49:35.57 ID:uJzj5pMm0
  「いや…完全ではない、君達が断片的に過去の記憶を思い出させてくれただけだ…。
  だがそれが、今の私を辛うじて保っている、ただそれだけだ…。
  私は人間の寿命の限界を超えている、人の範疇から大きく外れている、だから壊れた」

 「…」

 「人は思い出をしまえる容量が決まっている、そしてそれは年齢と共に減っていく…私は長く生きすぎた。
  もう容量は、殆んど残っていないだろう…これが神の規則を破った罰だ」
  
 「その少ない容量を、時間の薇が完成しない苛立ちが占拠して、幸せな記憶を押し潰した。
  数百年分の苛立ちと絶望が、私の心を復讐と狂気に染めた…そして私は壊れた。
  人は思い出を頼りに、形成されていくんだろうな…。
  幸せな思い出が無くなった時、人は壊れる…だからいずれ、幸せの記憶が消えたら、私はまた壊れる」

ジュンは先程のフラーケの言葉に、引っ掛かりを感じていた…『私と同じだな』と言う言葉に。
確かに僕は、この人と同じかも知れない…別の意味でも。
僕も、絶望と自己嫌悪に押しつぶされそうになった事がある、僕の場合はのりが救ってくれたけど…。
でもこの人には、絶望と自己嫌悪から救ってくれる人が、誰一人いなかったんだ。
数百年このフィールドに一人閉じこもって、自身の苦悩を打ち明ける相手すらいなかったんだ…。
僕には分かる、絶望と苦悩が人をどう変えるのか…そして、分かるからこそ、この人を救いたい。
でも、どうすればいい?どうすれば救える?僕に何が出来るのか?

140: 2009/04/21(火) 14:51:01.05 ID:uJzj5pMm0

 「そこで真紅、君に頼みたい、私を…頃してくれ」

 「!?」

 「私が行った今までの行いは、決して許される事ではない…私は責任を取りたい。
  幸い私は今、拘束されている、だからお願いだ真紅、私を…頃してくれ…頼む」

 「…何を言うの!?馬鹿は事は言わないで頂戴!もう止めて頂戴!!」

 「愛する君に殺されるなら、私は本望だ、私は壊れてしまった…君を殺そうとした…ジュン君までも…。
  水銀燈の申し出を簡単に受ける程にまで、壊れてしまった…時間の薇が欲しいという一心で。
  君が壊れる事が分かっていながら、ただ自分が助かりたい一心で…そんな私を罰してほしい」

 「…フラーケ…貴方…」

 「それに今の状況では、事が解決する為の手段は他に無い…私が氏ぬ以外は無いんだ。
  君が氏んでは駄目だ、ジュン君が悲しむ…そこの少年に、私と同じ思いはして欲しくない。
  君との幸せな思い出が少しでも残っている今、私はその記憶を忘れない内に消滅したい…。
  お願いだ、私に止めを!」

俯いて、目を瞑りながら熟考する真紅…。
長い時間を掛けた後、決意を帯びた真っ直ぐな眼差しでフラーケを見つめ、真紅は静かに言った。
 「そう…分かったわ、私なりの方法で良ければ…それで良くて?」
真紅の右手が、フラーケの手中にあるドライバーに向かう。
そしてドライバーを静かに譲り受け、フラーケの胸部の側面付近に、静かに座り直した。
まさか真紅はフラーケさんを、本当に頃すつもりなのか?まさか!?
 「真紅!?止めろ!僕はそんな事望まない!僕はこの人を救いたいんだ!」

141: 2009/04/21(火) 14:53:43.95 ID:uJzj5pMm0
 「貴方は黙って!私を…信じて頂戴」
ドライバーを床に置き、右手からホーリエを呼び出し、フラーケの手元に飛ばした。
フラーケの掌が赤く光り、周囲を照らした。
光が消えた後、フラーケの頬を涙が伝った。
 「私の……真紅…いとおしい…真紅…」

 「真紅…フラーケさんに…何をしたんだ?」

 「彼に、過去の思い出を見せた…私と共に歩んだ幸せな日々…それを見せたのよ…。
  私はフラーケに一度助けられた、時計を頂いた事で助けられたわ…。
  だから今度は私の番よ、私にはこんな事しか出来ないけど…。
  私に愛するフラーケを頃す事など、出来る訳無い…だからこんな事しか出来ない…許して頂戴、フラーケ」

 「真紅…私は今、幸せだよ、君との思い出が完全に蘇った…こんな幸せな事は無い。
  しかし…いずれこの記憶も忘れられる…私は壊れているから…」

 「その時は…私を忘れそうになったら、私の時計を止めて頂戴、出来るわよね?貴方の愛情が篭った時計だもの。
  そうしたら私はすぐ、貴方の元へ駆けつける、何があっても絶対駆けつける…そしてまた記憶を、貴方に移すわ。
  これは私に科せられた原罪、そして貴方への贖罪…。
  …御免…なさい…私なりの方法は…これしか…思いつかないのよ…」

 「真紅…ありがとう真紅…私は過去を映し出す時計を完成させる、絶対に完成させる…。
  そして真紅に『私を置いて行かないでくれ』と…絶対に伝える、それでこの喜劇は、終わらせるよ」

 「フラーケ…ううっ…フラーケ!!」
真紅はフラーケを抱きしめて号泣した、フラーケも苺わだちを解かれて、真紅を抱きしめて泣いた。
ジュンはその姿を見て、まるで実の親子を見ているような、そんな不思議な錯覚を覚えた…。

142: 2009/04/21(火) 14:55:07.35 ID:uJzj5pMm0
そこに何者かが叫びながら飛びこんできた。
 「せぇぇいやああああぁぁぁぁ!!」
ゴロゴロと地面を転がって、雛苺と衝突して止まった、金糸雀だった。
 「真紅!何を悠長に泣いてるかしら!…って!殺人鬼と泣いてるかしらぁぁぁ!?」
金糸雀は慌てて雛苺の後ろに隠れ、苺わだち!苺わだち!と必氏の形相で訴える。
でも雛苺はさっきの衝突で、気絶していた。

 「この人は…フラーケはもう、大丈夫よ」
訝しげな表情で、金糸雀は答えた。
 「本当?本当かしら!?…それより真紅!時計!ほら時計よ!…って言うか貴女!左手!!」
気絶した雛苺を盾に、真紅に向かって、時計を持った右手だけを目一杯伸ばして、時計を渡そうとした。
右手がプルプルと震えていた、まだフラーケが信じられなくて、近寄りずらいんだろう…。
真紅は時計を受け取って確認した、確かに私の時計、フラーケの愛情が篭った時計。
時計は動いていた、フラーケに真紅との幸せな思い出が戻った事で、再び動き出したのだ。

 「金糸雀!取り返してくれたのね!夢のようだわ!本当にありがとう!」
そう言って真紅は泣き笑いを浮かべながら、金糸雀に飛び付いた。
 「そんなに強く抱きつかないで欲しいかしらぁ!苦しいかしらぁ!」
言葉ではそう言いつつも、金糸雀は嬉しかった。
これで真紅に借りを返せた、真紅の笑顔を私は守れたんだ!

144: 2009/04/21(火) 14:56:54.83 ID:uJzj5pMm0
 「こっちが解決したなら、とっとと逃げるかしら!」

真紅達の背後から叫び声が聞こえた、翠星石と蒼星石が必氏の表情で、真紅に空中で訴えていた。
 「そうだよ真紅!水銀燈から早く逃げよう!…!?」

 「今の水銀燈はヤバイです!ケツまくって逃げるです!とっととズラかるですぅ!…真紅!左手が!?」
2人は真紅の異変に気付き、真紅の側に降り立った。
真紅を心配して、深刻な表情の2人に微笑みながら答える。
 「左手は…私の行いの報い、でもきっと親愛なる家来が直してくれるわ…そうでしょ?ジュン?」
ジュンは頭を掻きながら、答えた。
 「…うん…まあ…多分…きっと…」
そんな曖昧なジュンの元へ歩み寄り、脛にパンチを食らわせる真紅。
悶えるジュンに真紅が言い放つ。
 「早く拾ってきなさい!全く…気の利かない家来を持つと、身が持たないわ」

 「ジュン君!雛苺もお願い!さあ真紅、早く逃げよう!」

 「ええ、分かったわ、有難うみんな…ジュン!急ぐわよ!…また会いましょう、フラーケ…」

 「ああ真紅…その少年を大切にな…それより、ジュン君に私からも質問がある、いいかな?」

 「はい、何ですか?フラーケさん」

 「君は良くこんな、我が儘女王のマスターが務まるな、まだ若いのに…」

 「まあ…その…マスターと言うか…家来です…けど…」

 「そうか、家来か…フフッ…ワハハハハハ!」

145: 2009/04/21(火) 15:01:46.79 ID:uJzj5pMm0
その時、青く燃え盛る羽根が、ジュン達の方へ複数飛んできた。
皆辛うじてよける事が出来たが、羽根は本棚に当たり、本棚が燃え出した。
燃え盛る本棚を、必氏に消そうとするフラーケ。

 「貴女たち、私を置いて…何処へ行くのかしら?」
水銀燈が暗闇から静かに現れた、冷笑を浮かべながら…。

 「水銀燈!フラーケを騙した貴女は…許さない…ッ!」
真紅は怒りを露にして、水銀燈を睨みつけた。

 「あらぁ真紅ゥ…やっと怒ったのねェ…左手の八つ当たり?まあいいわ、怒ったのなら私と勝負しなさい!」

 「私は貴女の思い通りにはならない!貴女には私と戦うよりも前に、やらなければならない事があるわ!
  今までの非道な行い、今すぐ詫びなさい!これは命令よ!」

 「侘びるゥ?アンタ筋金入りの馬鹿ねェ…やっぱり馬鹿は氏ななきゃ治らないのかしら?
  もしよかったらアタシが治して差し上げてよ?今この場でアナタをジャンクにする事で!」

 「詫びる気は無いのね…分かったわ、貴女を無理矢理にでも懺悔させる!私が詫びさせるわ!
  …私を怒らせた事、せいぜい後悔するのね…」

 「そうよ真紅ゥ…その目よ!私が望んでいたのはその目なのよォ!でも…もう一息って所かしら?ねェ?」
そのやり取りを聞いて、ジュンが制止した。
 「今はやめろ真紅!挑発に乗るな!早く逃げよう!」

146: 2009/04/21(火) 15:03:19.04 ID:uJzj5pMm0
 「そうはいかなくてよ?メイメイ!」
その瞬間メイメイが発した強烈な光がフィールドを照らし、皆が目を閉じた。
その後目を開けた一同は、ジュンがいない事に気付いた。

 「ジュン!何処!何処に行ったの!ジュン!」
必氏の形相でジュンを探す真紅、しかし一向に見つからない。

 「何かお探しのようねェ…真紅、お探し物はこれかしら!」

暗闇から、右手に水晶の剣を携えた薔薇水晶が、静かに出てきた。
その傍らに、ジュンがいた…。
ナイフほどの大きさで、鋭利な先端を持つ水晶を首元に当てられ、苦悶の表情を浮かべるジュンが立っていた。
薔薇水晶は口元を歪め、微笑を浮かべながら言った。

 「…真紅…時計…ちょうだい…」

147: 2009/04/21(火) 15:04:45.42 ID:uJzj5pMm0
燃え盛る本棚を号泣しながら、フラーケは眺めていた。
もう終わりだ…もう時間の薇を創る事は出来ない…。
真紅との約束が、守れなくなってしまった…。
 「…あぁ…私の…研究の成果が…私の…全てが…」
被害を最小限に食い止めようと、蒼星石は翠星石に叫ぶ。
 「翠星石!火を消して!早く!」

 「合点!スイドリーム!」
翠星石の如雨露から大量の水が放出されて、炎は鎮火した。
本棚は、半分ほど焼けてしまい、黒く変色していたが、辛うじて形は残っていた。
 「…ううっ…私の…私の成果が…もう終わりだ…私はもう…」
フラーケが悲しみに暮れているのを見て、金糸雀が話しかけた。
 「さ、殺人鬼さん?貴方、泣いてるの?悲しいのかしら?」

 「…そうだ…真紅との…約束が…あの部分に…重要な…事柄が…」

金糸雀は真紅との約束と言う部分に引っかかりを覚えた。
まあ折角だから、真紅にもうちょっと恩に着せてもいいかな?と言う策略が、瞬時に弾き出された。
 「こんなのカナが直すかしら!だからカナが殺人鬼さんを助けたって、真紅に大~げさに言いふらして欲しいかしら!」
黒こげた本棚を修復する金糸雀、フラーケは信じられないと言った表情で金糸雀を見て言った。
 「…お嬢さんも…持っているのか…その…能力…時間の薇を…」
得意気な表情で、金糸雀が答えた。
 「当ったりきかしら!真紅以上の能力かしら~!だから大~げさに、真紅にこの事を言っといてかしら!」
真紅以上と言うのは、実は嘘だったが…。
完全に本棚は修復され、金糸雀が得意気に言い放った。
 「殺人鬼さん!ど~かしら?真紅以上でしょ?…ねえ、ちょっと、聞いてるのかしら~!」
フラーケは下を向いてボソボソと、ある言葉を繰り返していた。

 「…これなら…いける…これならば…いける筈…」

148: 2009/04/21(火) 15:06:03.94 ID:uJzj5pMm0
 「ジュン!ジュンに何て事を!薔薇水晶!」
真紅は必氏の表情で薔薇水晶に叫んだ、だが薔薇水晶は無表情に同じ言葉を繰り返すのみだった。
 「…真紅…時計…ちょうだい…」

 「この子ったら、何考えてるか分からないと思っていたけど、意外と話せば分かる子だったわぁ、
  時計が欲しいだけだったなんて…口下手なんだからねェ…」
水銀燈が薔薇水晶に冷笑を浮かべて言った、薔薇水晶は無表情に、ただ真紅を見つめている。

水銀燈は心の中で薔薇水晶を憐れんでいた、時計を執拗なまでに欲する薔薇水晶を憐れんでいた。
この子は本当にお馬鹿さん、今更時計ごときで真紅は本気で怒らないのよ?せいぜい悲しむだけなのよ?
まあ貴女が得意気に時計を壊している間に、私はフラーケの元に行くけどね…。
真紅にこれ以上無い程の苦痛と怒りを与える為に…。

 「止めるんだ薔薇水晶!君は!何て事をするんだ!」

 「チビ!…ジュンを離すです!!」

蒼星石達はジュンを人質にされて、全く動けない。
ジュンの苦悶の表情に堪え兼ねた真紅は、薔薇水晶に向かって毅然たる態度で叫んだ。
 「分かったわ!時計は渡す!だからジュンを!」

 「物分かりが良いわよ真紅ゥ…さあ、早く行きなさい!」
ゆっくりと薔薇水晶の方へ歩み寄る真紅、蒼星石達はその姿を固唾を呑んで見守った。

149: 2009/04/21(火) 15:08:21.35 ID:uJzj5pMm0
ジュンを人質に取った薔薇水晶と、時計を正面に掲げた真紅が対峙した、緊張が真紅を襲う…。
薔薇水晶の目を睨みつけながら、真紅が言った。
 「先にジュンを解放しなさい、でなければ…時計は渡さない」

 「…真紅…早く…時計…ちょうだい…」

 「…止めるんだ真紅…時計は…フラーケさんとの…約束…」

 「…時計はまた…フラーケに頂けばいいのよ…ジュン…」

水銀燈は真紅を睨みながら言った。
 「あぁ…もう…じれったいわねェ!早くしなさいよ!真紅!!」
水銀燈が真紅に罵声を浴びせた瞬間、水銀燈の背後に水晶の柱が、壁のようにそそり立った。
 「!?」
水銀燈は咄嗟に振り返りながら、水晶の柱を剣で砕いた。
その勢いを利用して、薔薇水晶の方向に向き直った…しかしそこには、地面に落ちている水晶のナイフと、
仰向けに倒れているジュン、驚きの表情をして水銀燈を見やる真紅しかいなかった。
 「薔薇水晶!?」
次の瞬間、水銀燈は鈍い衝撃を感じた、それは胴回りから感じた衝撃だった。
水銀燈は目の前の光景が、落下する感覚を覚えた、突然の事態が理解出来なかった。

150: 2009/04/21(火) 15:09:14.97 ID:uJzj5pMm0
それは薔薇水晶が起こした事だった。
水晶の柱を作った直後、ジュンを側面に突き放した勢いで、水銀燈に突進していた。
そして水銀燈が柱を壊す為に後ろに振り向き、目を逸らしている間に接近し、突進の勢いを利用して、
水銀燈の胴体を水晶の剣で切断したのだった。

水銀燈の下半身は膝を付き、上半身はうつ伏せに崩れ落ち、目を見開いたまま、水銀燈は静かに息絶えた。
 「水銀燈!!」
突然の事に、今までの非道を忘れたのか、真紅が叫んだ。
ジュンの元に駆けつける事も、今は思いつかなかった。

間を空けず薔薇水晶は、ジュンと真紅の間に、水晶の柱をそびえ立たせた。
水銀燈のローザミスティカが、ゆっくりと薔薇水晶に、眩い閃光を上げて入り込む。
薔薇水晶は満足気な微笑を浮かべ、ジュンを見やった。
 「…真紅…貴女の…大切な物…時計じゃ…ない…」

151: 2009/04/21(火) 15:10:43.78 ID:uJzj5pMm0
薔薇水晶は先程の真紅との対峙で、気が付いてしまったのだ。
水銀燈のお姉さまは、今は隙だらけ、敵ではない。
真紅は時計を私に渡そうとした、それは何故?
私は真紅のマスターを人質にしていた、だから真紅は私に時計を渡そうとした。
真紅には時計より大切な物がある、私は真紅の大切な物を壊す!
そうして真紅を怒らせて、その真紅に勝ち、お父様に認めてもらう、真紅より上と認めてもらう。
つまり真紅が一番大切な物は、その大切な物は…。

翠星石と蒼星石が同時に動いた、翠星石はジュンを助ける為に大木を生やした。
蒼星石は薔薇水晶に、庭師の鋏を構えて飛び掛った。
だが一歩遅かった…。

薔薇水晶は既にジュンの腹部に、水晶の剣を打ち込んでいた。
その圧倒的なスピードは、水銀燈の羽根の力によるものだった。
薔薇水晶はその圧倒的なスピードを生かして、飛び掛る蒼星石を蹴り飛ばし、壁に激突させ、気絶させた。
翠星石の生やした大木は、虚しく天井まで伸びていく…。
 「ジュン!!」
 「蒼星石!!」
2人の叫びが、フィールドに虚しく木霊した…。

152: 2009/04/21(火) 15:12:14.56 ID:uJzj5pMm0
翠星石は一目散に蒼星石の元に向かった、壁に埋まった蒼星石を必氏に助けようとしている。
真紅は水晶の柱を、必氏に壊して、ジュンの元に駆け寄った。
ジュンの腹部には、水晶の剣が深々と突き刺さっていた。
 「ジュン!?ジュン!しっかりして!ジュン!!」
ジュンは真紅の声に気付き、僕は大丈夫だと返答しようとした。
しかし口に力が入らず、片言で喋る事しか出来なかった。
 「…真…紅…?僕は?…ゲフッ!」
口から大量の血を吐き、苦しそうに咳き込むジュン。
 「ジュン!?ジュン!ジュン!!」

 「…お姉さま…真紅…怒った?…」
薔薇水晶が新たに水晶の剣を右手に作り直して、真紅の側面に立ち憚った。
 「……貴女の…大切な物…壊したの…私…真紅?…怒った?」

 「怒った…?それだけの…理由で?…貴女は…こんな事を…!?」

 「…そうよ…だから…戦って…早く…真紅…」

 「嫌よ!!私は戦わない!貴女の思い通りにはならない!貴女はお父様の言付けを破った!人を傷付けた!」

 「そう…なら…この子は氏ぬ…助けたいなら…私と…戦って…早く…」

 「助けたい…なら?戦って…!?」

 「貴女が…私を…早く…倒せれば…この子は助かる…選択して……助けるか…見頃しにするか…」

153: 2009/04/21(火) 15:13:10.78 ID:uJzj5pMm0
真紅はジュンを見た、腹部からの出血は剣が刺さっている為に、何とか微量で抑えられているが、
額に吹き出る汗、口からの出血、青ざめた顔、そして指輪の輝きから、残された時間は少ない事が窺い知れた。
真紅はジュンの手を優しく握り締めながら、薔薇水晶を睨み付けた。
 「私と…どうしても…戦いたいのね…貴女…こんな手を…使ってまで」

 「…そうよ…だから…アリスゲームを…早く…真紅…」

 「…薔薇水晶…同じ…ローゼンメイデンとして…貴女の考え…行いは…許せない…ッ!」
怒りを露にする真紅を、弱弱しい声でジュンが制止した。
 「真紅…止めろ…もういい…君はもう…戦わない…そうだろ?…そう…決めたんだろ?」

 「何を言っているのジュン!この子は!貴方を!!」

 「僕は…気高い…誇りと…精神を持った…真紅が…そんな真紅が…好きなんだ…。
  だから…僕の為に…信念を…曲げないで…頼む…よ」

 「ジュン!私は貴方を失いたくないの!私の信念なんていいの!私は貴方の為に戦う!!貴方を絶対助ける!!」

 「……真紅……早く…戦って……でないと…その子も…貴女も……氏ぬ!!」
薔薇水晶は水晶の剣を、頭上にゆっくりと振りかぶり、真紅に向けて振り下ろした。
だが次の瞬間には、薔薇水晶の体は、何故か空中に投げ出されていた。
背中から剣を胸部に突き刺されて…。

154: 2009/04/21(火) 15:14:41.60 ID:uJzj5pMm0
薔薇水晶は背中から刺された剣の衝撃で、空中へ投げ出され、胸部を貫通した剣先から地面に落下した。
剣先は地面に刺さり、その衝撃で薔薇水晶の左目の眼帯が外れ、音も無く落ちた。
左目から涙が溢れ、頬を伝う…その涙が何を訴えているのかは、知る由も無い…。
薔薇水晶は剣を刺されたまま、手足を地面にだらりと垂らし、静かに息絶えた。

薔薇水晶を絶命させたその剣は、水銀燈の剣だった。
水銀燈が薔薇水晶の背中に向けて、投げ放った剣だった。

水銀燈は上半身のみで、ズルズルと音を立てながら這い蹲り、真紅の元へゆっくりと向かっていた。
小声で何かを呟きながら、瞳孔が開ききった狂気を帯びた瞳で、ただ真紅のみを見つめ、
真紅の元へ、ゆっくりと向かっていた。
 「…あの…忌々しい…妹…許さない…真紅を…倒すのは…この私!ククッ…コノ…ワタシ…」

155: 2009/04/21(火) 15:15:27.77 ID:uJzj5pMm0
 「水銀燈…止めて…もう止めて…」
水銀燈のおぞましい姿と、恐ろしい気迫を持つ狂気の眼差しで、真紅は不意に過去の記憶が呼び覚まされた。
『そうよこの子…水銀燈は…ローザミスティカが無くても…動いていた…、
お父様に会いたい一心で…その純粋な想いのみで…動きだしたのよ…この子は』
真紅は水銀燈の狂気の目を、涙を浮かべ、恐怖に駆られながら、ただ見つめる事しか出来なかった…。
 「……シンクヲ…タオスノハ…コノワタシ……アリスニ…ナルノハ…コノ…コノワタシ…」

薔薇水晶に入り込んでいたローザミスティカが、まばゆい光を放ちながら水銀燈に戻った。
そんな事など微塵も気にかけず、ただ真紅に狂気の眼差しを向けて、這って進む水銀燈。
ローザミスティカが戻り、這いずる速度が速まり、そのおぞましさが増した水銀燈に、
真紅はただ涙を流し、恐怖するしかなかった。
 「お願い…もう…これ以上…止めて…私達を…苦しめないで…水銀燈…お願い…」

 「シンクゥゥゥ…シン…ク…シィィィンクゥゥゥ…オトウサマ…二…アイサレルノハ…コノ…ワタシ…」
歯を食いしばり、ズルズルと音を立てながら、真紅の元へ向かう水銀燈。
ただ真紅を倒し、復讐すると言う執念だけで動く水銀燈に、真紅の訴えなどは聞き入れられる筈は無かった。
 「…シィンクゥゥゥ…ダカラ…シニナ…サイ…シィンクゥ……」

 「もう止めて!お願い!もう嫌よ!!ジュン!目を覚まして!ジュン!!」

 「シ…ンク…シ…ン…ク…シィィィンクゥゥゥ!!」

156: 2009/04/21(火) 15:17:13.52 ID:uJzj5pMm0
水銀燈が真紅の首を絞めようと飛び掛かった。
真紅は咄嗟に身を固め、目を瞑った。
だが、暫くして真紅は違和感を感じた、水銀燈の手の衝撃が、一向に掛からなかった。
ゆっくりと真紅が目を開けると、水銀燈が自分の目の前で制止していた。
狂気の表情を浮かべ、真紅の首に手を伸ばした姿勢のまま、空中で静止していた。

真紅はすぐさまジュンを見やった、ジュンもまた、苦悶の表情のまま、
腹部に刺さった水晶の剣に手を当てた状態で、静止していた。

真紅は異変に気付き、周囲を見回した、壁に埋まり気絶している蒼星石、
蒼星石を助けようと、涙を流しながら必氏に救出しようとしている翠星石、
串刺し状態の薔薇水晶…全てが静止していた。
 「こ…これは…?」
真紅が呆然としていると、叫び声が聞こえた。
真紅は声のする方向に向き直した、フラーケが過去を映し出す時計の方から、真紅を呼んでいた。
 「真紅!急げ!急いでこっちに!!」

157: 2009/04/21(火) 15:18:15.29 ID:uJzj5pMm0
真紅がフラーケの元に、息を切らせて辿り付くと、金糸雀が過去を映し出す時計の空洞部分に向けて、
何かを行っていた。
 「真紅!早く!手伝って!手伝って欲しいかしら~!」
金糸雀が必氏の表情で、空洞部分に行っている事、それは時間の薇だった。
装置の空洞部分が黄金色の光を発し、歯車は軋む音を立てながら、鈍い動きでゆっくり回転していた。
機械の鈍い振動が、地面に響いていた。
 「早く!早く手伝って!真~~紅~~!」

フラーケが真紅に、強い口調で言った。
 「真紅!この空洞に時間の薇の力を使え!このお譲さんだけでは足りないんだ!」
唐突にそう言われて、事態が飲み込めず、うろたえる真紅にフラーケは怒鳴った。
 「真紅早くしろ!ジュン君を助けたいなら!私を信じて時間の薇を使え!このお譲さんだけでは駄目なんだ!」
真紅はジュンと言う言葉に反応して、即座に装置に近づき、右手を空洞に向け、時間の薇の能力を放出した。
空洞が赤黄色に輝き、周囲を眩く照らした。
真紅はあまりの眩しさに、目を細めながらも装置を見ると、歯車は白煙を撒き散らし、低音を唸らせながら、
先程とは比べ物にならない速度で、異常を感じさせる程に高速回転していた。
軋む音も一層大きくなり、地面も大きく揺れた。

真紅達は歯車に集中していた為に気付かなかったが、静止していた人物は光の粒子に変化し、
赤黄色に輝きながら、消滅していた。
ただ1人、薔薇水晶を残して…。

158: 2009/04/21(火) 15:19:29.16 ID:uJzj5pMm0
真紅と金糸雀は、これ以上は放出出来ない所まで、時間の薇の能力を機械に流し込み、疲労の為崩れ落ちた。
過去を映し出す時計は、歯車の停止する甲高い高音を上げながら、徐々に速度を落とし、やがて静止した。
歯車は熱を帯びたのか、白い煙を揚げ、油の臭いを撒き散らしていた。

真紅と金糸雀は周囲を見回した。
先程まで静止していた人物が消えている事にようやく気付き、フラーケに問いかけた。
 「フラーケ!ジュン!ジュンは何処!!」

 「何故薔薇水晶だけ残ってるかしら!気持ち悪いかしら!ひょっこり動いたりしないかしら~!」

フラーケは膝を付き、俯いていた。
 「大丈夫…ジュン君は無事だ、他の者も…全員無事だ……、ただあの子はもう…精神が無いから…」
そう言って力無く、薔薇水晶を指差した、指先が震えていた。
 「フラーケ!貴方!大丈夫なの!?フラーケ!」
フラーケは両手の掌を、腕を曲げた状態で胸元に掲げ、大丈夫だと言う意思表示をした。
フラーケは、膝を付いた体勢で静かに語った。
 「ジュン君の肉体は、滅びかけていた、あの出血では無理も無い…。
  だから、精神を過去へ送り、肉体が健全な頃の過去に移した。
  成功している筈だ、真紅は分かるだろ?マスターと指輪で繋がっているから…」
真紅は確かに、ジュンの力が流れ込んでいる事を、感じ取っていた。
 「それではジュン!ジュンは無事なのね!有難うフラーケ!フラーケ!!」
真紅は右手でフラーケを抱きしめ、泣きながら無邪気な子供のように笑った。

159: 2009/04/21(火) 15:20:20.87 ID:uJzj5pMm0
 「過去を映し出す時計は、精神を過去へ送る装置と、さっき説明したね、真紅。
  消えた子達は、過去に送られた…でも大丈夫、そんなに遠い過去へは行ってない筈だ、制御した」

 「本当!?本当かしら!?」

 「ただし…ここに居た記憶は、残らない…それは君達も例外ではない」

 「そんな!折角貴方と会えたのに!フラーケと分かり合えたのに!」

 「仕方ないんだ…戻った過去より先の記憶は、いわば未来の記憶…あってはならないんだよ。
  そこはまだ未知の領域で、まだ私にも理解が出来ていないんだ…すまない真紅」

 「仕方…ないのね」

 「このフィールドを出たら、君達の肉体は消える…同じ世界に2つの肉体は、いられないんだ。
  君達もこのフィールドから出れば、過去に精神が戻される。
  今は君達の持つ、時間の薇の効果で、此処に留まっていられる様だが…」

 「殺人鬼さん?…具体的には、どこまで戻るのかしら?」

 「それは…分からない…済まない、だが…こうするしか無かった、ジュン君を助けるには…」

 「そうね…貴方の判断は正しかったわ…ありがとうフラーケ…?!フラーケ!!」

160: 2009/04/21(火) 15:22:02.86 ID:uJzj5pMm0
フラーケは後ろに崩れ落ち、仰向けになって倒れた。
 「フラーケ!どうしたのフラーケ!しっかりして!!」
フラーケは先程より衰弱した様子だった、真紅に弱弱しい声で語った。
 「私のフィールドはもうすぐ…消滅する、お別れだ…真紅…」
真紅はフラーケの頬に触れながら、号泣して叫んだ。
 「嫌ッ!どうしてなの!フラーケ!」

 「君達の時間の薇の力は…過去を映し出す時計の…転送能力に使った。
  過去を映し出す…時計の動力には…私の精神力を使った…つまりこのフィールドを形成する力。
  私は力を使い切った…だからもうすぐ…このフィールドは消える…つまり私も消える」

 「何故!?どうしてそんな危険な事を!!貴方の精神力を!!」

 「それがこの機械の動力源なんだ…ただ送る人数が多すぎたな…ここまで力を使うとは思わなかった…だがいいんだ。
  時間の薇が…完成していなかったから…今迄使う事が出来なかったが…君達のおかげで動かせた…それで十分だ。
  私の理論は正しかった…過去を映し出す時計は…完成した…もう私に悔いは無い…2人共…ありがとう」

 「でも!貴方の目的とは違う使い方をしてしまったわ!貴方の長年の目的は…ううっ…私達の所為で…」

161: 2009/04/21(火) 15:22:51.98 ID:uJzj5pMm0
 「もういいんだ…目的なんて…今の私の心には、真紅との幸せな思い出が溢れている…それで満足だよ」

 「フラーケ…ジュンの為に…ありがとう…ううっ…あの子も喜ぶはずよ…」

 「真紅…ジュン君を…大切にな…あの子は良い子だ…真紅を心から愛している…家来じゃないぞ…」

 「…ううっ…分かった…大切にする…敬意を払うわ…」

 「もう一つ…いいか?私の最後の…頼みだ」

 「何でも……言って頂戴…」

 「君達のお父様は…きっと私の様に…私以上に…生きている筈だ…彼もきっと…心が…壊れてる…」

 「!?」

 「今の私は…君の過去の…水銀燈との戦いの…記憶が…蘇っている…、そして今……目の前で…
  アリスゲームを見た…惨すぎる…こんな事…自分が創った娘に…こんな仕打ちが…思いつくのは…ありえない…」

 「…」

 「だから…救ってやってくれ…君達のお父様を…でもここを…出たら…忘れてしまう…ん…だったな…
  …可笑しいな…だから…笑っておくれ…最後に…笑顔を…見せておくれ…真紅…」

 「私は忘れない!絶対に貴方の事!絶対にお父様を救うわ!!…だからもう…ううっ…無理しないで…頂戴」

 「さあ…そろそろ行きなさい…もうじき崩壊する…さようなら…私の愛しい娘…真紅」

 「…さようなら…フラーケ…親愛なる……お父様…」

162: 2009/04/21(火) 15:23:29.84 ID:uJzj5pMm0
真紅は、涙を流しながら優しく微笑み、フラーケの手を慈しむ様に握った。
フラーケの体は黄金色の光を発しながら、霧の様な粒子に変化し、風に流される様に消えた。
真紅はその光景を、ただ静かに見守った…。

163: 2009/04/21(火) 15:24:17.86 ID:uJzj5pMm0
フラーケが消滅した直後に、地震の様な揺れが2人を襲った。
その揺れは大きく、本棚は倒れ、ガラスケースは割れ、ベッドは大きく動いた。
それでも真紅は、フラーケのぬくもりの余韻に浸りながら、静かに座っていた。

 「真紅~~!?ちょっと~~!早く逃げるかしら~~!」
金糸雀は真紅の巻き毛を背中から掴んで、背負い投げでもするかの様な勢いで、強引に引っ張った。
 「金糸雀!?こんな時に!無神経よ!しかも貴女レディに失礼よ!わきまえなさい!!」
すると金糸雀は、無邪気な笑顔で答えた。
 「いいんだもん!どーせ此処を出れば、全て忘れるかしら!真紅に何しても、忘れちゃうかしら~~!」

 「貴女…私は絶対忘れないわよ!!」

 「ほらほら!その意気で!殺人鬼さんの事も忘れないように!頑張って逃げるかしら!!」

 「金糸雀!?…貴女…ありがとう…」

 「お礼はいいから!戦略的撤収!かしら~~っ!」
その時、金糸雀の頭を悲しい考えが、不意に過ぎった。
記憶が消えると言う事は、つまり真紅に媚売った事が、全部おじゃんじゃん!
…まあいいわ、私は前向き、頭脳派金糸雀!これしきでへこたれないかしら~~~!

164: 2009/04/21(火) 15:25:02.68 ID:uJzj5pMm0
地震の揺れがさらに大きくなり、フィールドの隅が崩れ始めた。
2人は走る事をあきらめ、飛行して逃げる。
扉まで、最大速度で突き進む、その甲斐があったのか、フィールド崩壊までかなりの余裕が出来た。
金糸雀はさっさと扉を開けて、光の中へ飛び込んでいった。
真紅は、主人との別れを悲観する子犬の様な眼差しで、フィールド内を一望してから、
ドレスの裾を持ち、足を交差させ、上品に挨拶をしながら言った。

 「私は真紅…誇り高いローゼンメイデン第5ドール…そして幸せな…親愛なる貴方の娘」

真紅は扉をゆっくりと潜り、光の中に溶け込んでいった…。

166: 2009/04/21(火) 15:26:15.51 ID:uJzj5pMm0
扉を出た真紅は、自分の体がまだ存在している事に驚いた、左腕もまだ治っていなかった。
そして、フラーケのフィールドでの記憶も、まだ残っていた。
肉体は消滅する筈だったのでは?私はどうなってしまうの?
薇も切れかけていて、もう左足を動かす事が出来なくなっていた。

自身の体が、どこかに流されている感覚も無かった。
音も無く、見渡す限りが白い光の広大な空間の中に、真紅はポツンと浮かんでいた。
次第に右足も、細かい痙攣をおこすように、動かなくなっていった。
真紅は、今おかれている自分の環境に孤独感を抱きながら、絶望的な恐怖も感じていた。

突然目の前に、月の形をした黒い入り口の様な物が現れた。
そこから兎の顔にシルクハットを被り、燕尾服を着たラプラスの魔が、拍手をしながらひょっこりと出てきた。
そして人を小馬鹿にする様な口調で、しきりに同じ言葉を繰り返していた。
 「ブラーボー!おお!ブラーボー!」

 「ラプラス…貴方!」

167: 2009/04/21(火) 15:27:34.33 ID:uJzj5pMm0
ラプラスは拍手を止め、丁寧にお辞儀をする。
 「これはこれは真紅様、素晴しい喜劇の主役女優様!」
真紅は苛立ちを隠さぬ口調で反論した。
 「喜劇…貴方にとっては…これは喜劇だとでも言うの…」

 「私は喜劇の案内者、そして喜劇の傍観者…しかし今回の演目は、間もなく終了…」

 「何をしに来たの…」

 「水晶の少女は今何処、迷子の少女は今何処…それは貴女のすぐ後ろ、見えない敵にご用心…」

 「迷子?…後ろ?」
真紅は力無く後ろに振り向いた、特に何も見当たらず、ただ白い空間が広がっているだけだった。
真紅は前に向きなおした、眼前に無表情な薔薇水晶が浮いていた。
 「!?」
だが動く様子は無く、ただ力なく浮遊していた。
 「これはこれは…貴女のお探し物は虚像?それとも現実?」
そう言って薔薇水晶を肩に担ぎ、ラプラスは真紅の元を離れ、黒い入り口の前で向き直した。

168: 2009/04/21(火) 15:28:30.63 ID:uJzj5pMm0
 「貴方…その子を…どうするつもり…」

 「私は、私の為に舞台を作り、私の為に幕引きをする…ただそれだけの事…」

 「呼び戻すのね…その子を…」

 「それでは、次の舞台まで、しばしのご休息を…次の余興は歓喜?それとも悲哀?」
そう言って、薔薇水晶を担ぎながら丁重にお辞儀をした。

 「まだ続くのね…アリスゲームは…」

 「ところで貴女は今、迷子になっておられる様子…過去のしがらみの中で、迷子になっていらっしゃる様子…」

 「そうね…貴方に言わせれば、正しく迷子になっている…と言った所かしら?」

 「何が正しいのかは、貴女が一番分かっている筈…私がお手伝いをいたしましょう…私の為に」

 「!?」
真紅の真下に、ぽっかりと黒い空間が現れた。
突然重力を感じ、落下する真紅。
 「ラプラス!貴方!?」

 「主演女優賞の貴女には、特別なご褒美をご用意致しました…ククッ…絶望めされ…」

169: 2009/04/21(火) 15:29:30.69 ID:uJzj5pMm0
真紅は真っ暗な闇の中を、猛スピードで落下しながら、ラプラスの言った最後の言葉の意味を考えた。
しかし途中で考えは妨げられた、体の末端が光る粒子となり、消滅していたのだ。
指先、足先…消滅の速度はどんどん速まり、真紅はただ恐怖するしかなかった。
 「嫌!助けてフラーケ!フラー…ケ!?…フラー…ケ…?」
真紅は咄嗟に出た叫びに違和感を感じた。
フラーケ?何故昔のマスターの名前を呼んだの?こんな時に?

消滅の速度はどんどん速まり、もうすでに下半身と、腕は無かった。
私は何故こんな目にあっているの?アリスゲームに負けたの?私は消滅するの?
 「嫌!こんなの嫌よ!助けて!私怖いの!助けてジュン!」
消滅する体を、怯える目で見つめながら、真紅はただ一つの事を考えていた。
そうよ、ジュンが…ジュンがきっと導いてくれる、私を助けてくれる…。
私が困った時は、何時だってあの子は駆けつけてくれる…今回だってきっと…。

真紅の体は完全に消滅し、そこにはただ真っ暗な空間が残るのみだった。
真紅を失った空間は収縮を始め、次第に速度を上げていき、やがて何も無くなった…。

170: 2009/04/21(火) 15:30:34.43 ID:uJzj5pMm0

 「もう一つ…いいかい?私の最後の…頼みだ」
 「どきなさいジュン!私が消えればいいの!私が罪を償えばいいのよ!」
 「リカイは…出来た…出来ない…」
 「まぁ…そう言う訳なの、だから貴女はここで…絶望したまま氏になさい!」
 「スイセイセキ、さっきは有難う、おばあさんの為に気を使ってくれて」
 「カナは…カナは、もう…裏切らないかしら!」
 「?…」
  ・
  ・
  ・

173: 2009/04/21(火) 15:36:03.50 ID:uJzj5pMm0
桜田ジュンは、来期から中学校に復学する為に頑張っている。
今日も自室の机で、今までの遅れを取り戻すべく、数学の勉強をしている。

しかしもう夜半、眠気が勉強の邪魔をする。
眠気を覚ます為に、独り言を呟きながら勉学に勤しむ。
 「ここは…aとXを…掛けるから……あ~違うな~」
ふと傍にある時計を見やる、そこには22:56とデジタル表示されていた。
 「今日はここまでにするかな…」
これ以上は眠気に勝てない事を理解したジュンは、大きな伸びを行ってから教科書を閉じた。

 「あら?お勉強はもう終わりなのかしら?」
ベッドの方から声が聞こえジュンが振り向くと、そこには真紅がいた。
自身と同じ丈程のくんくん探偵のぬいぐるみをいとおしげに抱え、
頭にヘッドホンを付けた真紅が、ベッドのへりに座っていた。

小さな頭に、人間用の大きなヘッドホン、そしてくんくん探偵のぬいぐるみ…。
赤い綺麗なドレスに全く合わない、その滑稽な出で立ちは、ジュンを呆れさせるに十分だった。
 「起きてたのか真紅、静かだからもう寝たのかと思った、プッ…何その格好?…って言うか何聞いてるんだ?」

くんくん探偵のぬいぐるみをベッドに置き、重労働そうにヘッドホンを外す真紅。
 「え、何か言ったかしら?」

 「いや、何を聞いてるのかって言ったんだけど」

174: 2009/04/21(火) 15:36:40.22 ID:uJzj5pMm0
するといかにも上機嫌に、真紅が笑顔で答えた。
 「これ?くんくん探偵のドラマCDよ、 金糸雀が私にプレゼントしてくれたの」
道理でニコニコ顔で、ぬいぐるみを抱えていた訳だとジュンは納得した。
耳だけでなく、全身でくんくんを感じたかったという事か…。
しかし何もそこまでやるか?こんな真夜中に。
 「金糸雀ったら、こんなに気の利いたプレゼントを私にくれるなんて、本当に良い子だわ…。
  今度紅茶でもご馳走しようかしら……もちろん淹れるのはジュンだけど」
眠いので突っ込む気にはならず、スルーするジュン。
しかし間髪入れずに、急に真顔になった真紅が言う。
 「それにしても…ちょっと終わるのが早すぎるのではなくて?」

 「何の話だ真紅、ドラマCDの事か?」

 「違うわよ、お勉強の事よ。」

僕の勉強の事にいつも無関心な真紅が、そんな事を言い出すなんて…。
珍しい事もあるもんだと思い、ジュンは静かに話を聞いた。

 「ジュン…真面目にやりなさい、まだ眠りの時間には早すぎるのではなくて?
  折角私が家来に気を利かせて、この重たいヘッドホンとやらを、我慢していると言うのに…」

 「いや、もう眠りの時間だぞ、もうすぐ23:00になるし」

 「あら、そんな筈無いわ、さっき時計を見たら20:00だったのよ、正確には20:02ね。
  お勉強は貴方自身の問題だから、あまりとやかく言う気は無いけど…もう少し頑張った方が良いのではなくて?」

175: 2009/04/21(火) 15:37:18.18 ID:uJzj5pMm0
実は真紅は、重いヘッドホンの苛つきと、時間の勘違いから出た誤解で、ジュンに八つ当たりしていただけだった。
しかも言い分を全く聞き入れない…まあいつもの事だとジュンは無視する。

 「大体私が寝ていないのだから、今が23:00の筈は無いわ…私は時間の管理にはうるさいのよ。
  それなのにジュンときたら、私に嘘をついてまで眠りたいなんて、よっぽどお勉強が嫌いなのかしら…」

ジュンはデジタル時計を真紅に向け、無言で指差した。
すると真紅は呆れ顔で言った。
 「そこまでして眠りにつきたいのかしら?時計をいじるなんて貴方らしい方法ね。
  悪いけど私はだまされないのだわ…そんな事を思いつく暇があるなら、紅茶を淹れてきなさい」
 
何でそこまで言われなければならないのかと、流石にイラッとしたジュンは反論した。
 「なら自分の懐中時計を見てみろよ、全く…」

これで自分の嫌疑は晴れるはず、そう思ったジュンは机の上の筆記用具を片付け始めた。
しかしまた真紅がヒステリックな口調で言う。
 「本当に分からず屋の家来だわ、見なさい、まだ…22:59…だ…わ…!?…!!え!?……!…」

176: 2009/04/21(火) 15:38:11.60 ID:uJzj5pMm0
毅然とした態度で言い放った語尾がしおれ、俯いて震える真紅を見て、ジュンは拭き出した。
 「プッ!何だよ!?時間も忘れてくんくんCDにのめり込んだのか?プッ…ハハハ!」
大笑いするジュンに、真紅は俯いたまま歩み寄り、蹴りを入れた。
 「いてえぇぇ!何だよ!?八つ当たりすんなよな!」

 「紅茶でも…飲みなさいよ…」

 「え…?今なんて?」

 「寝る前に…飲みなさいよ…私が…淹れるわよ…」

178: 2009/04/21(火) 15:38:54.45 ID:uJzj5pMm0
ジュンは真紅が言った言葉に、固まった。
真紅が…僕に…紅茶を淹れる?何これ?夢?現実?
ようやく落ち着きを取り戻しジュンは真紅を見た、俯いたまま肩を震わせ、両拳を硬く握り締め真紅は立っていた。
その様子から、恥ずかしくて上手く謝れないのだろうと感じ取ったジュンは、優しく真紅に言った。
 「ありがとう真紅…じゃあ頂くよ」
その言葉を聞いた真紅は、俯いたまま踵を返して、ドアへと向かった。
去り際に背中を向けたまま、真紅は優しい口調で言った。
 「ジュン…感謝しなさい…」
言葉の意味と、優しい口調のギャップに、違和感を感じたジュンは振り返った。
しかしもう真紅の姿は無かった。
 「紅茶を淹れてあげるから感謝しなさいって事?…何なんだろ?変な奴」

179: 2009/04/21(火) 15:39:55.66 ID:uJzj5pMm0
暫くして、ドアから声が聞こえてきた。
 「ちょっとジュン!開けて頂戴!早く…開けて頂戴!」
ジュンがドアを開けると、両手を使い、頭の上にお盆を乗せた真紅が立っていた。
お盆の上には、紅茶が入ったティーカップが一つ、少しこぼれた状態で乗っかっていた。
真紅の両腕は震え、体はフラフラと揺れていた。
 「早く…早く取りなさい!ジュン!」
ジュンは慌ててお盆を手に取り、慎重に机に運んだ。
真紅はヘッドホンとCDプレーヤー、くんくんのぬいぐるみを手際良く片付けて、鞄に向かった。
もう寝るんだろうと察したジュンは、真紅に言った。
 「真紅…ありがとう、お休み」

 「お休みなさいジュン…私の大切なマスター…」

 「ブッ!?」
ジュンはその言葉に紅茶を吹いた、紅茶が不味かったと言う事も少なからずあった。

180: 2009/04/21(火) 15:40:42.46 ID:uJzj5pMm0
真紅が壊れたのではないかと心配して鞄を見やると、ドレスの裾が少しはみ出ていた。

 「出てるぞ、ドレスの裾が」
鞄が少しだけ開いて、ドレスの裾がするすると中に入っていった、暫くして鞄からか細い声が聞こえた。
 「ありがとうジュン…お休みなさい」
鞄がパタンと音を立てて閉じた。

 「おやすみ、変な真紅」
ジュンは不器用に紅茶を淹れる、愛らしい真紅の姿を想像しながら、不味い紅茶を一気に飲み干し。
机のデジタル時計をベッドに戻し、部屋の電気を消して眠りに付いた。

181: 2009/04/21(火) 15:41:09.83 ID:uJzj5pMm0
真紅は夢を見た、それは過去のマスターの夢…父親のように敬愛した、フラーケの夢。

眩しい光が窓から入り込み、作業台の片隅を照らす…。
真紅はフラーケの作業台の縁に座って、微笑みながら時計を見ている。
まるで魔法の様に作られていく時計たちを、優しい微笑を浮かべながら、ただ静かに眺めていた。
そしてその時計を、情熱と愛情が篭った瞳で見つめ、黙々と組み上げてゆくフラーケ。
不意にフラーケは真紅に向き直り、優しい笑顔を浮かべる。
2人はただ静かに見つめ合い、いつまでも微笑みあっていた…。

END

184: 2009/04/21(火) 15:43:42.43 ID:uJzj5pMm0
支援ありがとうございました!終わりです。
初めて書いた小説なので、幼稚な表現とかが結構あったと思うのですが、
最後まで読んでくれた方には、大変感謝しています。

出来れば感想とかも欲しいのですが…。

188: 2009/04/21(火) 15:49:21.31 ID:1wUHKwpo0

なかなか面白かった

引用: 真紅「時計が、止まっているのだわ」