1: 2015/05/14(木) 00:19:48.69 ID:fEmQmvNQ.net

前作:希「私がウチになれたのは。」

その人を、その人と定義付けるもの

それは一体、何だろう?


容姿? 性格? 言動?

記憶? 思考? 経験?


…それとも、魂?


あるいは、その全てなのか


ひとつでも違えば、それは

その人とは言えないのだろうか


もし、それが違ったら…

もう、元には戻れないのだろうか
#8 やりたいことは

2: 2015/05/14(木) 00:21:34.35 ID:fEmQmvNQ.net
-----


「おはよう、にこっち♪」


「…おはよ、希。」

「今日も朝から元気ねえ…」


「…ウチは、それが取り柄やからね♪」


下駄箱前で、にこっちと会って

2人一緒に、教室まで

いつも通りの、ウチの毎日



「…それにしても。」


「…?」


「アンタ、変わったわね。」

3: 2015/05/14(木) 00:22:16.70 ID:fEmQmvNQ.net
「1年で出会ったばかりの頃は。」

「ずっと、回りばっか気にして。」

「すごく、奥手だったじゃない。」


「それが、今や…」


「今や?」


「こんなに、面倒な性格に。」


「…酷いなあ、にこっち。」


「ま、希らしいけどね。」


「ふふっ、ありがと♪」


「…別に、褒めてないんだけど?」

4: 2015/05/14(木) 00:23:11.79 ID:fEmQmvNQ.net
「それじゃ、また後でな、にこっち。」


「じゃあね。」


にこっちと別れて、ウチのクラスへ

見知った顔に、挨拶する


「…おはよう、希。」


「おはよ、えりち。」

「今日は早かったんやね?」


「少し、先生に頼まれ事があったから。」

「生徒会はもう、終わったのにね。」


「それだけ、頼りにされてるんよ♪」


「…じゃあ、希にも手伝ってもらおうかしら?」


「おっと、授業の準備が…」


「…もう。」

6: 2015/05/14(木) 00:23:39.96 ID:fEmQmvNQ.net
-----


「それでね、その時にこが…」


「…そうなん?にこっち。」


「ちょっ…言うなって言ったでしょ!?」


午前の授業を終えて、お昼休み

今日は天気がいいから、屋上で


誘ったら、にこっちも来てくれたから

今日は珍しく、3人でのご飯



「…でも、もうすぐ終わりなのよね。」


ぽつりと、えりちが呟く


「「…」」

7: 2015/05/14(木) 00:24:07.04 ID:fEmQmvNQ.net
「…考えたってどうしようも無いでしょ?」

「今は、頑張るしかないんだから。」


「…そうやね。」


年が明けて

ラブライブ本戦は、もう目の前に迫ってた

一日が、すごく短く感じて

ウチらの頭は、終わりを意識し始めてた



「ラブライブまで、後少し。」

「最後まで、ウチららしく頑張ろ?」


「…そうね。」


少し落ち込むえりちに、声をかける

8: 2015/05/14(木) 00:24:36.06 ID:fEmQmvNQ.net
「…優勝、するわよ。」


「うん♪」

「ええ、勿論よ。」


今まで、このために頑張って来た

うぬぼれる訳じゃないけど

このメンバーなら、絶対優勝できる


…なぜだか、そう確信が持てる



「それじゃ、そろそろいこっか♪」


予鈴の音に合わせて、そう告げる

荷物を片付けて、午後の授業へ


…練習が、待ち遠しい

9: 2015/05/14(木) 00:25:21.99 ID:fEmQmvNQ.net
-----



「…ふう。」

「それでは、今日はここまでにしましょう。」


海未ちゃんの一言で、みんなの糸が切れる


「疲れたーっ…」


「お疲れさま、穂乃果ちゃん♪」


「かよちん、帰ろー?」


「あっ、ちょっと待って凛ちゃん!」


いつも通りの、練習おわり

疲れてても、みんな笑顔でいられる

…そんな、居場所



「…さ、私達も帰りましょうか。」

「そうやね。」

10: 2015/05/14(木) 00:25:57.48 ID:fEmQmvNQ.net
ドリンクとタオルを手に持って

屋内に繋がる扉に向かう


「穂乃果ちゃん達も、一緒にラーメン食べにいかない?」


「おっ、いいね!」

「いくいく!」


「真姫ちゃんも行くにゃーっ!」


「私は別に…」


「いいじゃん、いいじゃん。」

「いこうよっ!」


「いいでしょ?真姫ちゃん!」


穂乃果ちゃん達に詰め寄られる真姫ちゃん

この光景も、いつも通り


きっと、押しに負けて行くんやろうなあ…

11: 2015/05/14(木) 00:26:25.44 ID:fEmQmvNQ.net
「…ああもう、分かったわよ!」

「行けばいいんでしょ?行けば。」


真姫ちゃんが振り向いて、投げやりに言う

…ほら、やっぱり負けた♪


「さっすが真姫ちゃん!」


「まったく…」

そう言って、階段に足をかける


いつも通り、こうして部室に帰って

いつも通り、帰り道を歩いて


そう、思ってた


…でも


ひとつだけ、いつもとは違った

12: 2015/05/14(木) 00:27:00.00 ID:fEmQmvNQ.net
「な…ッ!?」


振り向いて答えたからなのか

それとも、疲れていたからなのか


真姫ちゃんが、バランスを崩す

重力に逆らえず落ちていこうとするその体に

凛ちゃんが手を伸ばした時には、もう遅くて





…どうして、動けたのかも分からない

ただ、ウチも手を伸ばした

凛ちゃんより4センチ背が高かったからか

その手に、手が届く


「…ッ!」

13: 2015/05/14(木) 00:27:44.28 ID:fEmQmvNQ.net
それでも、飛び出したウチの体も

真姫ちゃんを支えきれずに落ちていく


全てがスローモーションに見える中

腕を引いて、引き寄せる


運動しといてよかったなあ…とか

スタントマンみたいやね…とか


どこか他人事のような考えが、頭を流れる


打ち付けられた体に痛みを感じる事も無く

…ただ、自分の体を下に出来てよかったと思った



「よかった…」


真姫ちゃんに、怪我がなくて

声は出なかったけど、そう呟いた




---そこで記憶は途切れた

14: 2015/05/14(木) 00:28:18.43 ID:fEmQmvNQ.net
-----




…声が聞こえる


名前を呼ぶ、声が



そっと目を開けると

白い景色が、広がっていた


---ここは?


「…!」

声が、出ない


一面真っ白の、世界

足下には、百合の花が咲いてる


…ああ、氏んじゃったのかな、なんて

そう考えてはみるものの

なんだか、釈然としない


…そもそも



---私は何を、していたんだろう?

15: 2015/05/14(木) 00:28:55.13 ID:fEmQmvNQ.net
-----


「…!」

目の前に、唐突にそれは現れた



---私?


何かを、叫んでる


「     」


---聞こえないよ?


「     」


どこか、焦っているように

目の前の『私』の顔が、険しくなる


---なんて言ったの?


口を開けてみても

やっぱり、声は出ない

16: 2015/05/14(木) 00:30:08.11 ID:fEmQmvNQ.net
…すると、目の前の『私』は

諦めたように、下を向いた



自分は、こんな顔して泣くんだ


そんな事を考えながら

目の前の『私』を見つめる、私



「…!」


また、どこからか声が聞こえる

何だか、呼ばれているような気がする


「……み!」

だんだん近付いてくる、その声



それと同時に、目の前の『私』が離れていく


---待って!

---まだ、聞きたい事が…!




「…希!!」

17: 2015/05/14(木) 00:30:37.12 ID:fEmQmvNQ.net
-----



目を開けると、真っ白な天井


なにか、夢を見ていたような気がする



…思い出せない


でも、それよりも…



「希!」

「希ちゃん!」


「大丈夫!?」


口々に投げかけられる、その言葉

どうやら、心配させてしまっていたみたい



「えっ…と…」

18: 2015/05/14(木) 00:31:19.94 ID:fEmQmvNQ.net
「分かる?希。」

「貴女、屋上の階段から落ちたのよ。」


「真姫をかばって、下敷きに。」

「…覚えてる?」


「希…」


泣きはらした顔と、目が合う

…なんだか、申し訳なくなった


「奇跡的に、大きな怪我はしていないそうです。」

「多少の擦り傷と、打ち身がある程度で…」


「心配…したんだよ…?」


「でも、目を覚ましてよかった…」

19: 2015/05/14(木) 00:32:15.35 ID:fEmQmvNQ.net
だんだんとクリアになる頭で

状況を整理してみた


どうやら、ここは病院で

階段から落ちた後

意識を失って、運ばれて来たみたい


…でも、それよりも

気になっている、事があって


「えっと…」


「どうしたの?希ちゃん。」

「何か、ほしいものある?」


心配そうに覗き込むみんなを見て

こう、呟いた






「貴女達は…誰ですか?」

49: 2015/05/14(木) 08:18:24.87 ID:fEmQmvNQ.net
「ちょっと希…」

「こんな時に、冗談なんて…」


金髪の女の子が、声を震わせる


「あの…」


「これって…」

「もしかして…」


何となく、空気を察した

周りにいる子達の、顔が暗くなる


…ああ、なりほど


きっと私は、私でない誰かで


そして


彼女達のともだちを---奪ってしまったのか

50: 2015/05/14(木) 08:19:08.14 ID:fEmQmvNQ.net
「記憶喪失…ですか。」

大和撫子みたいなその子が、ぽつりと告げる


…記憶喪失


でも、そうするとひとつ疑問が出てくる


私の名前は、東條希

…それは、覚えている


もし、間違っていなければ、だけど


心にかかったもやを理解できずにいると

ひとりの女の子が、声を発した



…そこで、理解する

今の私の、現状を

52: 2015/05/14(木) 08:20:07.76 ID:fEmQmvNQ.net
「…ちょっと真姫、どういう事!?」


「分から…ない…」


「分からないじゃなくて!!」


金髪の女の子が、赤い髪の…

真姫、と呼ばれていた子に掴み掛かった


「あ、あの…!」


声を、絞り出す

なぜだか、胸が痛くなった




「やめなさい!!」


大きく響いた声に

その場にいた全員が、体を硬直させる

目に入ったのは、ピンクのカーディガン

53: 2015/05/14(木) 08:20:49.25 ID:fEmQmvNQ.net
「…目の前で、不安を煽ってどうすんのよ。」

「落ち着きなさい。」


「でも、にこ…」


「アンタが取り乱したって、仕方ないでしょ?絵里。」


「…」


「えっと…」


「…ごめんね、希。」

「何か覚えている事、ある?」


そう言って、顔を覗き込まれる


…ああ

これは、覚えてる


いつだって、こうして

気にかけていてくれたから…



「にこ…ちゃん?」

54: 2015/05/14(木) 08:21:24.26 ID:fEmQmvNQ.net
「希…?」


「…やっぱり、にこちゃんだ。」


そっと、胸をなで下ろした

知っている顔が、いた


大丈夫

全部忘れたわけじゃない


これなら、きっとすぐにでも…




そんな私の想いは

すぐに、打ち砕かれる事になった



「もしかして…」

55: 2015/05/14(木) 08:22:02.02 ID:fEmQmvNQ.net
「…ねえ、希。」


「…何?にこちゃん。」


「…」

何かを言おうと、開いた口から

言葉が出てこずに、また閉じる


…何を、言いたいんだろう?


「…正直に答えて。」

「今、希は…」


「何年生?」


何年生?

そんなの、言わなくてもわかるんじゃ…



「1年生、だよ?」




何かが壊れる---音がした

69: 2015/05/15(金) 01:17:01.70 ID:3wX1jYv/.net
-----



「…疲れて、寝ちゃったみたい。」


「…そうですか。」

「では、状況を整理しましょう。」


「…にこ、先ほどの話を、もう少し詳しくお願いできますか?」


「…いいわ。」

「恐らく希は、ここ2年間の記憶を失ってる。」


「…2年間も?」


「高校生活、ほとんどじゃ…」


「…花陽の言う通りよ。」

「理由としては、私を覚えていた事。」

「…そして、絵里の事を知らなかった事。」


「…」

70: 2015/05/15(金) 01:17:34.17 ID:3wX1jYv/.net
「私が入学した時。」

「希は、同じクラスだった。」


「いつも、周りを気にしてる希を見て。」

「…なんだか、放っておけなくて。」

「声をかけたのが、始まり。」



「…希があの喋り方になったのは。」

「2年に、進級した時。」

「いつまでも私と一緒にいちゃ駄目だ、って。」

「自分を変えたい、って希は決めた。」



「…その時ね。」

「絵里と、出会ったのは。」



「…ええ。」

71: 2015/05/15(金) 01:18:05.41 ID:3wX1jYv/.net
「…いつも、そうだった。」

「私の後ろを、ずっと着いて来て。」


「…にこちゃん、って。」


「そう…呼んでたの。」


「「…」」



「じゃあ、今の希ちゃんはその時に…」

「って事は、穂乃果達の事…!」


「忘れている…いえ。」

「知らない、と言った方が正しいのかもしれません。」


「そんな…」


「…ッ。」


「…真姫?」

72: 2015/05/15(金) 01:18:35.78 ID:3wX1jYv/.net
「…のせい。」

「私が…こけなかったら…」

「あの時…」


「…思い詰めてはいけません、真姫。」

「希は、真姫を助けようとした。」

「それだけです。」


「…それが、希の性格なんですから。」


「…違う。」

「違うの!!」


「私が悪いの!!」

「私のせいよ!!」


「そう言えば良いじゃない!!」

「希があんな風になったのは、私の…!」



パンッ…

73: 2015/05/15(金) 01:19:20.99 ID:3wX1jYv/.net
「え…?」


「絵里…ちゃん…?」


「…罵ってほしいなら、いくらでもしてあげるわ。」

「それで、希の記憶が戻るならね。」

「…でも、そうじゃないでしょう?」


「…」


「泣いてる暇なんて無い。」

「後悔してる暇なんて無い。」


「…探さなきゃ。」

「希の記憶が戻る、方法を。」


「…そうでしょ?」


「…」



「…うん。」

74: 2015/05/15(金) 01:20:03.04 ID:3wX1jYv/.net
「…ごめんなさい。」


「私こそ、ごめんなさい。」


「…ううん。」

「もう、大丈夫。」

「…ありがと、絵里。」



「真姫ちゃん…」


「…大丈夫だよ、かよちん。」

「真姫ちゃんなら、きっと。」



「…では、話を戻しましょう。」

「今の希の、状態についてですが。」


「真姫のお父様に聞いた所。」

「記憶喪失と言うよりは、記憶障害というらしいです。」

75: 2015/05/15(金) 01:20:49.24 ID:3wX1jYv/.net
「症状としては、逆向性健忘という名前で。」

「主に、昔の記憶…思い出を忘れている状態だそうです。」


「思い出…」


「治療法は確立されておらず。」

「…しかし、早ければ24時間ほどで元に戻る場合もあるようです。」


「…ほんと!?」


「…ええ。」

「ですが記憶障害自体、謎の部分が多く。」

「なにがきっかけとなって思い出すのかは分かりません。」


「そんな…」


「…ただ。」

「真姫のお父様に、こう言われました。」

76: 2015/05/15(金) 01:21:14.67 ID:3wX1jYv/.net
「思い出は、その人の人生そのものだ、と。」

「悲しい事も、楽しい事も。」

「感じた事は全て、その人の心に宿っていて。」

「密接に絡み合い、決して消える物ではない。」


「…そう、おっしゃっていました。」


「…つまり?」


「つまり。」

「私達と過ごして来た時間が、決して無くなった訳じゃない。」

「思い出せないだけで、希の心には必ずある、って事。」

「…そうでしょ?」


「…にこの言う通りです。」


「じゃあ、どうすれば…」

77: 2015/05/15(金) 01:21:48.18 ID:3wX1jYv/.net
「…教えてあげればいい。」

「私達と過ごした、時間を。」


「真姫ちゃん…」


「私達との思い出が希の中にあるのなら。」

「私達が、それを伝えれば良い。」

「楽しかった事も、苦しかった事も。」

「全部一緒に乗り越えた仲間が、私達なんだ、って。」


「…思い出すまで、何度も。」



「…うん、そうだよ。」

「真姫ちゃんの言う通りだよ!!」


「今まで、ずっと9人でやって来たんだもん。」

「忘れるなんて出来ない、そんな時間を過ごしてきたんだから。」

78: 2015/05/15(金) 01:22:16.70 ID:3wX1jYv/.net
「…きっと希ちゃんの事だから。」

「すぐに思い出して、またからかってくるに決まってるにゃ!」


「ふふっ…希ちゃんらしいね。」



「「…」」



「悩んでたって、しょうがないよ。」

「この9人で、夢を叶えるんだから。」


「…みんなで、叶えるんだよ。」



「そうよ。」

「ラブライブまで時間もないんだから。」


「…それに。」

「面倒くさくない純粋な希なんて。」

「つまらないじゃない?」


「…一刻も早く、希の記憶を取り戻すわよ!」


「「おーっ!!」」

79: 2015/05/15(金) 01:22:57.37 ID:3wX1jYv/.net
-----



「ん…」


どうやら、寝ちゃってたみたい

そっと、ベッドから足を下ろす


幸い、記憶が無い事以外は

…とは言っても、記憶が無い事自体分からないんだけど

体は問題ないみたいで

明日にでも、退院できるみたい


「のど…乾いたな…」


けほっと小さく咳をして、ゆっくり立ち上がる


少しだけ、ふらつくけれど

頭は、はっきりと冴えている


「えっと…たしか、自販機が下に…」


病室の時計を見ると

針は、夜10時を回ってた

80: 2015/05/15(金) 01:23:31.75 ID:3wX1jYv/.net
-----


こつ…こつ…と

私の足音が、響く


夜の病院って怖いなあ…


そう考えながら歩いていると

自販機の明かりが見えて来た


ブーン…と怪しい音を立てている

自販機の前に立つ


「…あ。」

…しまった


病室に、財布を忘れて来ちゃった

自販機の所に来るって、分かってたはずなのに…


「…仕方ない、か。」

諦めて病室に帰ろうとした時

後ろから、声が聞こえた


「…希?」

91: 2015/05/16(土) 01:57:47.49 ID:ldnI5HhC.net
振り返ると、そこには

赤い、くせ毛の女の子


確か、この子は…


「えっと…」


「…真姫よ。」


「…そっか、ごめんね。」


「…ううん。」


「「…」」


「ま、真姫ちゃんは、どうしてここに?」


「…病院。」

「うちの、病院なの。」


「えっ…!?」

92: 2015/05/16(土) 01:58:30.30 ID:ldnI5HhC.net
どうやら、真姫ちゃんは

世間で言うお嬢様らしく

この病院の、先生のお子さんみたい


…でも、ひとつの疑問が生まれた

どうして、そんな子と私は知り合いなんだろう?


「…ねえ、真姫ちゃん?」

「ひとつ、聞いても良い?」


「…なに?希。」


「今日、いた子達も…だけどさ。」

「どうして、私はみんなと仲良くなれたのかな。」


「…!」


「みんな、私が3年生になってから、知り合ったんだよね。」

「…だから、覚えてない、って。」


「それが…知りたいの。」

93: 2015/05/16(土) 01:59:06.91 ID:ldnI5HhC.net
「…」


一瞬、顔が曇ったけど

すぐに、さっきまでの表情が戻る


「…?」


財布を取り出した真姫ちゃんは、紅茶を買って

ひとつ、私にくれた


「わ、悪いよ…お金持って無いし…」


「…そんな事だと思った。」

「いいから、飲んで。」



「…少し、長くなると思うから。」



「…うん。」

「ありがとう。」

94: 2015/05/16(土) 01:59:55.52 ID:ldnI5HhC.net
それから、ぽつぽつと

真姫ちゃんは、話してくれた


今、私達が何をしているのか

…何を、目指しているのか



「スクールアイドル…μ's…」


「希は、その最後のメンバーなの。」


「…まさか。」

嘲笑気味に、声を漏らす

引っ込み思案な私が

どうして、そんな事が出来るのか


…一体、私に何があったんだろう?

95: 2015/05/16(土) 02:00:28.53 ID:ldnI5HhC.net
「…信じれないのも、分かる。」

「今の希は、私の知ってる希とは到底結びつかないもの。」


「…」


「でも、だから何?って感じ。」


「え…?」


「μ'sの事を忘れていても。」

「希は、希でしょ?」


「…それに。」

「きっとすぐに、思い出すわ。」

「ううん、思い出させてみせる。」


「…約束する。」


「…どうして?」


どうしてそこまで、してくれるんだろう

真姫ちゃんも、他のみんなも

96: 2015/05/16(土) 02:01:31.64 ID:ldnI5HhC.net
「…私を、救ってくれたから。」

そっと、そう告げる真姫ちゃん


「でも、それは咄嗟にそうなっただけで…」


「違うわ。」

「今回の事も、確かにそうだけど。」


「…私を救ってくれたのは、もっと前から。」

「初めて会ったときから、今日まで。」


「…私は、何度も貴女に救われてきた。」


「それって…」


「…今度は、私の番。」

「希が私に、してくれたように。」


「…希を、救いたいの。」


真姫ちゃんの瞳から溢れたそれから

私は、目を離せなくなっていた

97: 2015/05/16(土) 02:02:51.10 ID:ldnI5HhC.net
「…」


どれくらい経ったのか

不意に、真姫ちゃんが口を開く


「…私ね、昔希に、面倒な人って言われた事があるの。」


「ええっ…!?」

「それは…えっと…」

「ごめんなさい。」


「ふふっ、いいのよ。」

「私も、そう思ってるから。」


「…希が、同じぐらい面倒だって。」


「それって…」


「…」

98: 2015/05/16(土) 02:03:19.42 ID:ldnI5HhC.net
「希が記憶を失くした、って知って。」

「正直辛かった。」

「私のせいだって、後悔もした。」


「…でも。」

「こんな事言ったら、不謹慎なのかもしれないけど。」


「希と話して、どこかほっとしてるの。」


「…え?」


「なんとなく、なんだけど。」

「もしかしたら…」


「…ううん。」


「一番辛いのは、やっぱり希だから。」

「こんな話して、ごめんなさい。」


「真姫ちゃん…」

99: 2015/05/16(土) 02:03:49.49 ID:ldnI5HhC.net
「…あのね、真姫ちゃん。」


「こんな事言ったら不謹慎かもしれないけど…」

「私も、ほっとしてるんだ。」


「…え?」


「私の記憶…1年生の頃はね。」

「ともだちって言える人、にこちゃんぐらいだったから。」


「あ…」


「だから…なんて言うのかな?」

「今、ここでこうして、真姫ちゃんと話せてる事。」

「私を心配してくれた、みんながいた事。」


「…心の中で、喜んじゃってる私がいるの。」


「…」

100: 2015/05/16(土) 02:21:38.46 ID:ldnI5HhC.net
「だからね、真姫ちゃん。」

「きっとこうなったのは、私自身が望んだ事で。」

「真姫ちゃんが気にする必要は、ないと思うんだ。」


「…きっと、みんなの知ってる私も。」

「今の私も、同じ事をしたと思うから。」


「希…」


「だって、もし大事なともだちが、そうなってたらって思うと。」

「そんなの、手を伸ばしちゃうに決まってるから。」

「真姫ちゃんも、そうでしょ?」


「…うん。」


「だから、私としては。」

「真姫ちゃんが無事で、よかった。」


「…ただ、それだけなんだよ。」

101: 2015/05/16(土) 02:22:16.26 ID:ldnI5HhC.net
「のぞ…み…」


必氏に涙をこらえる真姫ちゃんを見て

自然に、その華奢な体に手を伸ばした


…そうしなきゃ、って思った


腕の中で小さくなる真姫ちゃんを

優しく、抱きしめる


「…私ね、嬉しいんだ。」

「こんな風に、私を想ってくれる人がいて。」

「私のために、泣いてくれる人がいる。」

「…悲しくなんか、ないんだよ?」


「私の事、みんなが覚えててくれたなら。」

「それだけで十分、私は幸せだよ。」



「…私とともだちになってくれて。」

「ありがとう、真姫ちゃん。」

102: 2015/05/16(土) 02:23:55.58 ID:ldnI5HhC.net
「…ッ。」

「そんなの…」

「そんなの、私だって…!」


「…真姫ちゃんの話を聞いてると。」

「こんな事、きっと言わなかったと思う。」

「でも、今の私なら、言えるから。」



「…私も。」

「私こそ…」


「ありがとう、希。」

「また…私は、救われたの。」


「…絶対、思い出させてみせるから。」

「だから、今は…」


「今だけは…素直になっていい…?」


止まらない涙を拭って

もう少しだけと、目を閉じる


…今は、私達だけだから

103: 2015/05/16(土) 02:35:50.85 ID:ldnI5HhC.net
-----



「これで、よしっと…」

お世話になった…と言っても、2日だけだけど

使ったベッドを綺麗にして、受付へ


午前中に、お母さんがわざわざ来てくれて

このおかげ…って訳じゃないけど

久しぶりに、会えた気がする


記憶が無いだけで、家の場所とか

自分の事は覚えているから

特に治療が必要ないので、自宅療養になったみたい


定期的に検診は必要だけど

日常生活に戻る事で

また、何か思い出せるかも…


そんな理由で、退院することになった

104: 2015/05/16(土) 02:36:36.12 ID:ldnI5HhC.net
「希ちゃーん!!」


「あ、えっと…」


受付で諸々の手続きを終えて

帰る用意をしていると、その子が来た


「…そっか、覚えてないもんね。」

「穂乃果だよ、希ちゃん!」

そう言って…穂乃果ちゃんは笑う


「ふふっ…もう覚えたから、大丈夫♪」


「ホント!?」

「じゃあ、間違えたら罰ゲームね♪」


せめて、みんなを不安にさせないように

笑顔でいよう、って決めたけど…

この子の前では、自然と笑顔になれちゃうみたい

105: 2015/05/16(土) 02:37:02.76 ID:ldnI5HhC.net
「…それで、穂乃果ちゃん。」

「今日は一体、どうしたの?」


「あ、そうだった!」

「希ちゃん、体調は平気?」


「…?」

「うん、大丈夫だよ?」


「なら、来てほしい所があるの。」

「きっと来れば、すぐに思い出せるよ!!」


そう言って、私の手を取って、走り出そうとする穂乃果ちゃん


「…あ!」

何かに気付いたように、ピタッと止まる


「…ごめんね、希ちゃん。」

「いつも通り、走り出しちゃう所だったよ。」


…止まってられない性格なんだね

106: 2015/05/16(土) 02:37:31.69 ID:ldnI5HhC.net
-----



「…ここだよ。」


穂乃果ちゃんに連れて来られて

学校の中へ

たどり着いたのは、アイドル研究部の部室


…そう言えば、前に一度

にこちゃんに連れられて、入った事があったっけ?


今は、穂乃果ちゃん達も使ってるんだね


「ではでは、どうぞ!」


ぐいっと背中を穂乃果ちゃんに押されて

扉を開けて、部室の中へ



「…!」


目に入ったのは

たくさんのアイドルグッズと

私を待っててくれた、7人のともだち

107: 2015/05/16(土) 02:38:04.61 ID:ldnI5HhC.net
穂乃果ちゃんが、前に回って来て

上に向けて、クラッカーを鳴らす


「えっ…ええっ!?」

驚く私を、みんなが迎え入れる


「…希ちゃん。」

「おかえりなさい。」


「…!」


「本当の意味の、おかえりじゃないのかもしれないけど。」

「それでも、やっぱり私達は、この9人だから。」


「…」


ただいまと、言って良いのかな

…だって


みんなが待っていたのは

私じゃない…『私』だから

108: 2015/05/16(土) 02:38:37.58 ID:ldnI5HhC.net
「…ほら、さっさと入りなさいよ。」

「今日は、みんなの事思い出すまで、帰さないからね。」


「にこちゃん…」


目の前に、みんなが並ぶ


「…改めて、高坂穂乃果だよ。」

「一応、μ'sのリーダーやってるんだ。」

「2年生で、希ちゃんの一個下だよ♪」



「えっと…南ことりです♪」

「穂乃果ちゃんと同じ2年生で。」

「μ'sの衣装を作ってるよ。」

「…あ、お菓子作って来たから、あとで食べてね♪」



「…同じく、2年の園田海未です。」

「μ'sでは、作詞を担当しています。」

「あと、メニューも私が作っていますので。」

「辛かったりしたら、言って下さい。」

109: 2015/05/16(土) 02:39:39.95 ID:ldnI5HhC.net
「1年生の元気代表、星空凛だよ!」

「好きな物はラーメンで…」

「えっと…すっごく元気にゃーっ!!」



「り、凛ちゃん…」

「…あ、えっと、小泉花陽です。」

「凛ちゃんと同じ1年生で…」

「ご、ご飯が大好きですっ!」



「ちょっと2人とも…」

「好きな物答えてどうするのよ。」


「…昨日も話したけど、西木野真姫よ。」

「μ'sでは、作曲を担当しているわ。」

110: 2015/05/16(土) 02:40:19.87 ID:ldnI5HhC.net
「もう知ってると思うけど、改めて。」

「アイドル研究部、部長の矢澤にこよ。」

「希は私の事、にこっちって呼んでたわ。」

「もしかしたら、思い出すきっかけになるかもしれないから。」



「…最後は、私ね。」

「絢瀬絵里よ。」

「希とは、2年の頃から一緒に生徒会をやっていたわ。」

「私のことも、えりち、って呼んでたから。」

「そう呼んでもらえると、私も嬉しいわ。」



「…と、言う訳で。」

「μ'sのメンバー紹介でした!」


「忘れちゃ駄目だよ?希ちゃん。」



「みんな…」

111: 2015/05/16(土) 02:41:13.29 ID:ldnI5HhC.net
なんて言っていいのか、分からずに

その場に、立ち尽くす


嬉しいような、申し訳ないような


言い悩んでいると、にこちゃんが、口を開く


「…なに、遠慮してるのよ。」


「ここは、アンタのもうひとつの家で。」

「にこ達は、家族みたいな物よ。」


「例え記憶が無くたって。」

「誰も、アンタをよそ者みたいに扱ったりしない。」


「…だから、言うべき事はひとつ。」

「そうでしょ?」


「…」


「…みんな、ただいま。」



「「おかえりなさいっ!!」」

119: 2015/05/16(土) 22:26:35.15 ID:ldnI5HhC.net
「さあさあ、希ちゃん!」

「まずは、これを見てもらわないと!」


そう言って穂乃果ちゃんは、パソコンの電源を入れる

動画再生サイトを立ち上げて

ある動画をする


「…さあ、始まるよ。」


流れて来た音楽は

…どこか、懐かしい感じがした


「これ…」


そこには、とても楽しそうに踊っているみんなと



…『私』がいた

120: 2015/05/16(土) 22:27:15.41 ID:ldnI5HhC.net
「…ほら。」

「言ってた事、本当だったでしょ?」


真姫ちゃんが、後ろから声をかける


流れる曲に合わせて

ステップを踏んで、ターンして

笑顔で踊る、『私』がいた


「…すごい。」


素直に、口からそう出た


「とっても…楽しそう。」


私は、こうして笑う事も出来るんだ

…こうして、みんなと一緒に

121: 2015/05/16(土) 22:27:49.89 ID:ldnI5HhC.net
「…真姫から聞いたそうですが。」

「希は、こうして私達と一緒にスクールアイドルをやっていました。」


「希ちゃん、すっごく上手だったんだよ?」

「練習したら、すぐに出来ちゃって。」

「…よく、教えてもらってたの。」


優しそうな顔の…花陽ちゃんが、そう告げる


「私が…?」


とてもじゃないけど、信じられなくて

だって、記憶にある私は

運動は嫌いじゃないけど

そんなに得意ってほどじゃなかったし…


何より、人に教えられるようになるなんて

122: 2015/05/16(土) 22:29:26.61 ID:ldnI5HhC.net
「…どう?」

「何か思い出した?」


にこちゃんが、聞いてくる


「…ううん。」

申し訳ないけど

嘘をつく訳にもいかなくて

…素直に、そう答える


「ま、そんなに簡単に思い出せたら、苦労しないわね。」


「…うん。」

「でもね?」

「なんて言うのかな…」


「…懐かしい、感じはしたよ?」

123: 2015/05/16(土) 22:30:03.53 ID:ldnI5HhC.net
「本当?希。」

顔が明るくなった…絵里ちゃん


「うん。」

「なんだか…私も、やってみたいって思ったの。」

「…教えてくれる?」


「…ええ、勿論よ♪」

「と言っても、体が覚えてると思うけど。」


「ありがとう、絵里ちゃん。」

「あ…」


「…良いのよ。」

「慣れてからで、構わないから。」


そう言う絵里ちゃんの顔は

さっきよりも、少しだけ曇ってた

124: 2015/05/16(土) 22:30:34.14 ID:ldnI5HhC.net
「…でも、この調子なら。」

「もしかしたら、すぐ戻るかも♪」


えっと…ことりちゃんが、そう言ってくれる



「そんなに心配しなくても、大丈夫!」

凛ちゃんも、フォローしてくれた


「では、今日は解散して。」

「明日から、希の体調を見ながら練習しましょうか。」

「ラブライブまで、時間もないですしね。」


「えっと…その…」

「よろしくお願いします!」


…できる事を、しよう

今の私には、それしか出来ないから

125: 2015/05/16(土) 22:31:11.96 ID:ldnI5HhC.net
-----


「ここが、希の家ね。」

「…とは言っても、それは覚えてるか。」


みんなと解散した後

にこちゃんと絵里ちゃんが、家まで着いて来てくれた


「ありがとう、2人とも。」


鞄から鍵を出して、鍵穴に差し込む

がちゃり、と音を立てて、鍵が開いた


「えっと…どうぞ?」


「…なんで、疑問系なのよ。」


「な、なんとなく…」


なんだか、自分の家じゃないみたいだから

126: 2015/05/16(土) 22:31:57.10 ID:ldnI5HhC.net
「これは…」


中に入って、驚いた

だって…これは…



「す、すぐ片付けるね!」


まるで、男の子の部屋みたいに

片付いていない、女の子の部屋


「…そう言えば、希ってこんな性格だったっけ。」


「…忘れてたわ。」


「ええっ!?」


呆れた感じの2人の言葉に、驚いた

私、こんな性格なの?


「…なんだか、こっちの希の方が。」

「しっかりしてる気がするのは、気のせいかしら?」

127: 2015/05/16(土) 22:32:30.48 ID:ldnI5HhC.net
呆れながらも、絵里ちゃんは笑ってくれた

…すこし、ほっとする


「それじゃ、まずは片付けないとね。」


「そんな、悪いよ…」


「いいのよ。」

「晩ご飯はにこに任せて。」

「私達は、こっちをやりましょう?」


「それじゃ、台所借りるわね。」


私以上に、私の家でテキパキ動く、2人


もしかして、常習犯だったのかな…

128: 2015/05/16(土) 22:46:40.76 ID:ldnI5HhC.net
-----


「…だいたい、こんなものかしら。」


絵里ちゃんの手伝いもあって

意外と早く、片付いた私の部屋

片付けながら、気付いたのは

…私の知らないものが、沢山増えていた事


「あ、これ…」


目に入った、一枚の写真立て

学校の講堂で、笑顔でポーズをとる、9人の写真


「…懐かしいわね。」


そう言って、絵里ちゃんがその写真に触れる


「…夏の終わりにね。」

「ちょっとした、問題が起きて。」

「私達、解散するかもって事があったの。」


「え…?」

129: 2015/05/16(土) 22:47:30.16 ID:ldnI5HhC.net
「…結局、それは解決して。」

「私達は、またラブライブを目指す事になった。」

「また、夢に向かって走り出そう、って。」

「…その時の、写真なの。」


「…そうなんだ。」


あんなに、みんな仲良さそうだったのに

そんな事が、あったなんて


「それからも、色々あったのよ?」

「泣いたり笑ったり、忙しかった。」


「何度も壁にぶつかって。」

「…決して、毎日が楽しいと言える日々じゃなかった。」


「それでも、ここまで来れたのは。」

「…みんながいて、希がいたから。」

130: 2015/05/16(土) 22:48:24.59 ID:ldnI5HhC.net
「…私もね。」

「μ'sに入るまでは、変な意地を張って。」

「生徒会長って立場を利用して。」

「穂乃果達の活動を、諦めさせようとしていた事があったの。」


「…」


「その時に、希が。」

「…私を、救ってくれたの。」

「自分の殻に閉じこもって、周りを見ようともしていなかった。」

「思い通りにならない現実に、辟易してた私に。」


「…貴女が、希望を見せてくれたの。」


「絵里ちゃん…」


そう語る絵里ちゃんの顔は、はっきりと見えなかった

でも、どこか、悲しそうで…

131: 2015/05/16(土) 22:48:54.42 ID:ldnI5HhC.net
「…ご飯、出来たわよ。」


にこちゃんに呼ばれて、はっと気付いた

さっきまでの空気は無くなって

部室で感じた、あたたかな雰囲気に変わっていた


「…さ、ご飯にしましょう?」


「うん。」


絵里ちゃんに促されて、リビングへ

にこちゃんが用意してくれた料理は

…とても、美味しそうで


「いいにおい…!」


「ほら、冷めるから早く座りなさい。」

目の前に並んだ料理から

にこちゃんも、私が元気になった事を

喜んでくれている、気がした

132: 2015/05/16(土) 22:49:25.87 ID:ldnI5HhC.net
-----



「…それじゃ、また明日ね。」


「うん。」

「2人とも、遅くまでありがとう。」



夜は9時を回ったあたり

2人にお礼を言って、玄関に鍵をかける


美味しいにこちゃんのご飯を頂いて

今までにあった思い出話を聞いて


まだ、何も思い出せてはいないけど

とても、楽しい時間だった


…少なくとも、私はそう感じた



「…ふう。」


部屋に戻って、ソファに座る

133: 2015/05/16(土) 22:50:20.55 ID:ldnI5HhC.net
「…なんだか、知らない部屋みたい。」


場所も、荷物も

自分のものではある


…当たり前の事だけど


それでも、どこか手を出しにくくて

結局、タンスの奥にあった

ここに来た当初に着ていたパジャマを、引っ張りだす


「下着は…仕方ない、か。」


流石に、昔の物は残ってないみたい

「安物だったからかなあ…?」


手に取ったそれを見ていると

大きくなっていた事に気がついた


「…なるほど。」


つまり、入らなくて捨てたんだ

134: 2015/05/16(土) 22:50:46.27 ID:ldnI5HhC.net
-----



「…」


お風呂に浸かって、天井を見上げる

思ったよりも、体は疲れていたみたい


…それもそうか

いくら、友達だからとは言え

私は、覚えていないのだから


向けられた好意に、疲労を感じてしまう


それも、仕方の無い事だけれど

どうしても、申し訳なくなる


「変わらないとなあ…」


そう呟いて、気付く


変わる必要があるのだろうか


…思い出さないといけないのに

135: 2015/05/16(土) 22:51:11.92 ID:ldnI5HhC.net
-----



「…おやすみなさい。」


豆電球を残して、ライトを消す

…なんだか、真っ暗は怖いから


もぞもぞと布団に入って

今日の事を思い出す


「みんな…優しかったなあ…」


何も分からない私のために

みんな、動いてくれて


とても、嬉しかった


「明日から、頑張らないと。」


記憶の事もそうだけど

部活の事で、迷惑はかけられない

136: 2015/05/16(土) 22:51:54.02 ID:ldnI5HhC.net
「でも、私がダンスなんて…」

何度考えても、納得できない


でも、にこちゃんが言ってたように

私が、2年になった時に変わったのなら


…本当に、変われたのかな

ううん、変わってないとおかしい


だって、そうでもなきゃ、説明できないくらいに

現在の『私』の周りには

私の欲しかった物が、溢れていたから


「もう…限界…」

眠気がピークに達して、考えがまとまらなくなってきた

目を閉じて、意識が途切れる直前


ある、ひとつの懸念が頭をよぎる

だけどそれを脳が自覚するよりも前に


…私は、意識を手放した

138: 2015/05/16(土) 23:07:41.96 ID:ldnI5HhC.net
-----




「…これで、いいのかな?」


次の日

昨日、にこちゃん達に言われた荷物をまとめる

今日は土曜日だから、学校は無くて

代わりに、お昼から一日、ダンスの練習みたい


「本当に、踊れるのかなあ…?」


そんな不安を振り切るように

首を横に振ってごまかす


「…やらないと。」


そうじゃないと

また、みんなに迷惑をかけるから



「…行こう。」

一人でいると、考え込んでしまいそうで

背中に迫る暗い何かから

逃げるように、家を後にした

139: 2015/05/16(土) 23:08:37.90 ID:ldnI5HhC.net
-----



「うう…」


寒い風が、足下を通り過ぎる

年が明けたとは言え

まだまだ、冬が残ってるみたい


…なにより

最後の記憶では、まだ夏だったから

季節が急に逆転したみたい


それでも、通学路の街路樹には

春に咲くための準備をしている、桜の木が


「卒業…か。」

実感がまるで無い

そもそも、こんな状態で卒業して、大丈夫なのかな


…悩みは、尽きる事はなさそう

140: 2015/05/16(土) 23:09:12.28 ID:ldnI5HhC.net
「おーい、希ちゃーん!」


並木道を進んでいると

後ろから、声がかかった


この、元気な声は…


「おはよ、希ちゃん。」


「おはよう、凛ちゃん。」


やっぱり、凛ちゃんだ

後から遅れて、花陽ちゃんも走ってくる


「はあ…はあ…」

「凛ちゃん、急に走り出したら危ないよ…」



「…はあ。」

「おはよう、希ちゃん。」


息を整えた、花陽ちゃんと挨拶する

141: 2015/05/16(土) 23:09:49.73 ID:ldnI5HhC.net
「2人とも、仲いいんだね。」


「もちろんにゃ!」

「だって凛達、幼なじみだもん。」

「かよちんの事なら、何でも知ってるよ?」



「ふふっ…そっか。」

「何だか、羨ましいね。」


そう言うと、凛ちゃんは不思議そうな顔をする


「希ちゃんも、そうだよ?」

「にこちゃんと絵里ちゃんと、すっごく仲良しだったから。」


「…そっか。」


花陽ちゃんに言われたけど

やっぱり、何も覚えてはいなくて…

142: 2015/05/16(土) 23:10:14.96 ID:ldnI5HhC.net
「…でも、なんだか不思議な感じだね。」


「凛ちゃん…?」


「希ちゃん、いつもと喋り方が違うから。」


「喋り方…?」


「いつもはね、なんて言うか…」

「関西弁?っぽい喋り方なんだよ?」


「関西弁…」


「それと、自分の事も私じゃなくて、ウチって言ってたよ。」


「…」


関西弁…


ウチ…?


なんだろう…この感じ

なにか、忘れちゃいけないような…

143: 2015/05/16(土) 23:10:53.95 ID:ldnI5HhC.net
「…希ちゃん?」


「…!」

「ああ、ごめんね。」


「何か、思い出したの?」


「…ごめん、花陽ちゃん。」

「まだ、何とも。」


「あ、その…急かしてる訳じゃ、ないから。」

「…無理は、しないでね?」


「…うん、ありがと。」

「でも大丈夫。」



「なんだか…」

「2人の話聞いてて。」

「なにか、思い出せそうな気がしたから。」

144: 2015/05/16(土) 23:11:25.03 ID:ldnI5HhC.net
「ほんと!?」


凛ちゃんが、すごく嬉しそうな顔をする


「うん、ほんと。」

「まだ、はっきりとはだけど…」



「ううん、よかったにゃ!!」

「きっと、すぐ思い出すよ!」


「…うん、そうだと思う。」


花陽ちゃんも、そう言ってくれる


「ありがとう、2人とも。」

「それじゃ、早速いこっか♪」

2人と学校に向かいながら

さっきの事を、思い出そうとする



…関西弁、か

149: 2015/05/17(日) 06:57:49.62 ID:tpk/GxcD.net
-----



「…っと。」


演奏が終わって

みんなの方を見る


「どう…かな?」


「ハラショー…」


「す、凄いよ希ちゃん!」


「ほんと!」

「一回見せただけだったのに…」



「…うん。」

「私も…不思議な感じ。」


「考えずに動けたっていうか…」

「…覚えてた?」

150: 2015/05/17(日) 06:58:17.72 ID:tpk/GxcD.net
「…やはり、予想通りでしたね。」

「ずっとみんなとやって来たんですから。」

「思い出せなくても、体に染み付いているんでしょう。」



「体に…」


学校について、練習儀に着替えて

海未ちゃん達の説明を受けながら、踊ってみた


説明を聞いてるだけだと

難しすぎて、無理だと思っていた事が

曲を流してみると、すんなり踊れて


…まるで、自分の体じゃないみたいに


私の足は、ステップを踏んで

指先まで、意識が届く



「…楽しい。」

151: 2015/05/17(日) 06:58:41.04 ID:tpk/GxcD.net
「うんうん♪」

「これなら、問題なさそうだね。」


「…みたいね。」

「ダンスすら覚えてなかったら、どうしようかと思ったわ。」


「あ…そっか…」

それすら出来ないと、私…


「気にしなくていいの。」


「真姫ちゃん…」


「実際、こうして踊れたんだから。」

「歌も、きっと大丈夫。」

「…それに。」


「体が覚えてるんだもの。」

「心も、すぐに思い出すわ。」


「…うん。」


そうだと…いいな

152: 2015/05/17(日) 06:59:26.29 ID:tpk/GxcD.net
「でも、無理はしちゃだめだよ?」

「体壊しちゃ、意味ないからさ!」


「穂乃果が、それを言いますか…」


「ほ、穂乃果はもう大丈夫だもん!」


「…?」


「ああ、いえ。」

「とにかく、無理はしないように。」

「何かあったら、言って下さいね?」


「…ありがと、海未ちゃん。」



「…よしっ。」

「それじゃ、今度は発声練習を…」


穂乃果ちゃんが、プレーヤーを持ってくる


「…あ。」

153: 2015/05/17(日) 06:59:49.29 ID:tpk/GxcD.net
~♪


「…!」

プレーヤーから、流れるメロディに

体が、ピクッと反応する


「…ごめんごめん。」

「間違えて、再生しちゃっ…」


「待って!!」


「…希ちゃん?」


…聞いた事がある曲調に

何かが、頭をよぎった


「…」


「届けて…切なさ…には…」

「名前を…つけようか。」

「スノーハレーション…」

154: 2015/05/17(日) 07:00:20.10 ID:tpk/GxcD.net
「希…?」


「これ…知ってる…」

「何でか、分からないけど…」


頭に浮かぶ、歌詞をなぞる

どうしてかは分からないけど

言葉に出さなきゃいけない


…そんな気がした



「希…貴女…」


「…なんでかな。」

「体が…熱くなるの。」


もっと、踊りたい

もっと、歌いたい…って



「好き…?」

155: 2015/05/17(日) 07:01:00.36 ID:tpk/GxcD.net
「なにか思い出したの!?」


穂乃果ちゃんの言葉に、はっと気がつく


「え…?」


「あの日の事、思い出したの?」


「あの日…?」


「…その様子だと、まだみたいね。」


「…ごめん。」


「いいのよ。」

「少しでも、何か思い出すきっかけに、なったのなら。」


「…うん。」

「頑張って、思い出すから。」


「…お願いね。」

156: 2015/05/17(日) 07:01:32.06 ID:tpk/GxcD.net
-----


あれから数日経って

ダンスは、何度か教えてもらいながら

ほぼ完璧に、踊れるようになった


歌も、プレーヤーで何度も聞き返して

歌詞を暗記した

歌う事自体は、思ったよりもすぐに出来て

みんなに、喜んでもらえた


…それでも

ふと口ずさむのは、あの歌


---Snow halation


…一体、私は

この歌に、どんな思い入れがあるんだろう

絵里ちゃんの言ってた、『あの日』


…そこに、何かがある気がする

157: 2015/05/17(日) 07:02:08.74 ID:tpk/GxcD.net
「…ごめんね、練習終わりに。」


「別に、気にしないで。」

「希の記憶を戻すためなら、何だってする。」

「…約束したでしょ?」


「…うん。」

「ありがとう、真姫ちゃん。」


「…それで?」

「何が聞きたいの?」


「…前に、絵里ちゃんが言ってた、『あの日』の事。」

「もし知ってるなら、教えてほしいの。」


「…分かった。」


「あれは、去年の終わり頃。」

「初めて希が、想いを口にしてくれた日…」

161: 2015/05/17(日) 21:43:22.52 ID:tpk/GxcD.net
-----


「…そんな事があったんだね。」


「あの日、初めて希は私達に夢を話してくれた。」

「みんなと出会った事。」

「ここまで来れた想いを、形にしたい。」

「そんな希の想いを…みんなの想いを、ひとつにしたのが。」

「…この曲だったの。」


「…そっか。」

「やっぱり…私じゃないみたい。」


「希…」


「ありがとう、真姫ちゃん。」

「私には、知らない事が多すぎるから。」

「…みんなに、迷惑はかけたくないの。」

162: 2015/05/17(日) 21:44:15.17 ID:tpk/GxcD.net
「…ほんとはね。」

「早く、思い出したい。」

「みんなの知ってる私を、早く返してあげたい。」


「…そうは思っているんだけど。」

「思い出せないのが、歯がゆくて。」


「みんな、記憶を失くした私にも、とても良くしてくれてる。」

「それは、今まで『私』として過ごして来たからかも知れないけど。」


「それでも…やっぱり、嬉しいんだ。」



「…ねえ、希。」


「何?真姫ちゃん。」



「今は…幸せ?」

163: 2015/05/17(日) 21:45:08.36 ID:tpk/GxcD.net
「幸せ…かあ…」

「うん、そうだね。」


「友達と、こうしてお話しして、過ごせた事は今まで無かったから。」

「…多分、幸せなんだと思う。」



「…そう。」


「あ、でも、このままが良いとかじゃなくてね?」

「ちゃんと、思い出したいんだよ?」

「みんなに、迷惑かけちゃってるし…」


「…」

「…でも。」

「それでも…」


「憧れてた、毎日だから。」



「…そうね。」

164: 2015/05/17(日) 21:45:54.55 ID:tpk/GxcD.net
-----



「…で、次は私の所に来たわけ?」


「うん。」

「にこちゃんとは、話しやすいから。」


「…ま、唯一知ってたのがにこだしね。」

「それで、何が聞きたいの?」


「私の…話し方。」

「どんな風に話してたとか、言葉使いとか。」

「…思い出すきっかけに、なるかもしれないから。」


数日前、真姫ちゃんと話して

やっぱり、思い出すためには知る事が必要だと思った


待ってるだけじゃ、きっと思い出せないから

思い出すために、何かしないと


「…どうせ、みんなの為に、とか考えてるんでしょ?」


「…え?」

165: 2015/05/17(日) 21:46:40.68 ID:tpk/GxcD.net
「記憶を失ったままじゃ、みんなに迷惑をかける。」

「そんな事、思ってたんでしょ?」


「…すごいね、にこちゃん。」


「そういう所は、変わらないみたいね。」

「真姫から、あの日の事聞いたんでしょ?」

「希は、それまでずっと誰かのために動いてたから。」

「…自分の事なんて、二の次で。」


「きっと、忘れているとしても。」

「そこだけは、変わらないみたいね。」


「そう…なのかな。」


そう言ってもらえるのは、嬉しいけど

…きっと、そんな高尚なものじゃないんだよ


だって、私は…

166: 2015/05/17(日) 21:47:09.38 ID:tpk/GxcD.net
「…で、希の話し方だけど。」


「あ、うん。」


「基本的には、意味深な感じね。」

「あと、エセ関西弁。」


「…具体的には?」


「そうね、例えば…」



にこちゃんに言われた、自分の特徴

それを手帳に書きとめる


自分の事を他人に聞くのは変な気分だけど

少しでも何か思い出せれば

そんな思いで、ペンを走らせる


「…こんな所かしら。」


「…難しいね。」

167: 2015/05/17(日) 21:47:38.45 ID:tpk/GxcD.net
書きとめたそれを見返す度に

なんだか、私じゃないように感じる


…どうして、私は

こんな風になったのかな?


「…なにか、質問ある?」


「うーん…」


「そう言えば。」

「よく希は、みんなの様子をビデオに撮ってたから。」

「探せば、希の声が入ってるのもあるんじゃないかしら?」


「ビデオ?」


「ひとつの、趣味みたいな物よ。」

「他にも、写真を撮るのも好きって言ってたわね。」

「確か、お父さんにもらったカメラがあるとか…」

168: 2015/05/17(日) 21:48:17.48 ID:tpk/GxcD.net
「生徒会の活動で、部活紹介のビデオを撮った事もあったから。」

「そんなのに関しては、生徒会室にあるんじゃないかしら。」


「私は流石に、関係者じゃ無いから入れないけど。」

「元生徒会役員のアンタなら、大丈夫でしょ。」


…そっか

映像が残っていれば、知る事が出来るし

なにより、思い出せるかもしれない


「ありがと、にこちゃん。」

「早速、調べてみるね。」


にこちゃんにそう告げて、席を立つ


「…ねえ、希。」


「…?」


「記憶…早く、取り戻したい?」

169: 2015/05/17(日) 21:48:49.10 ID:tpk/GxcD.net
「…?」

「うん、もちろん。」

「早く記憶を戻して。」

「みんなの事、思い出したい。」


「今までの私にはいなかった、ともだちだから」



「…無理するんじゃないわよ?」


「…うん、ありがとう。」

「それじゃ、行くね?」


にこちゃんと別れて、学校に向かう

この時間なら、まだ開いてるはず



記憶を戻す手がかりを見つけた私は、走り出した

気付かなければいけなかった現実に、背を向けて

170: 2015/05/17(日) 22:00:05.68 ID:tpk/GxcD.net
-----



「…」


家に帰って、見つけたそれを再生する

ハンディカムに映る、μ'sのみんなと

それを撮っている、私


「これが…私?」


聞こえてくる声は、確かに私の声

でも、例えば口調であったり

話し方であったり、態度であったり


そのどれもが、私じゃない『誰か』


真姫ちゃんの言ってた事が、分かる気がする

この『私』は、気持ちを隠してる


…そんな、話し方


「やっぱり…私じゃないみたい。」

171: 2015/05/17(日) 22:00:55.45 ID:tpk/GxcD.net
…変な話

自分が喋っているのに

それを聞いた自分が、自分じゃないと感じるなんて


「…一体、私に何があったんだろう。」


にこちゃんの話だと、私は2年に上がる時に変わって

その後は、お互い色々あってほとんど話せなくて


改めてちゃんと話した時には、もう…


「…そっか。」


それを知ってるのは

変わってから、みんなと出会うまでの私を、知ってるのは…



…絵里ちゃん




「でも…」

172: 2015/05/17(日) 22:01:40.70 ID:tpk/GxcD.net
記憶を失くして、1週間とちょっと経った

最初の頃は、私を気にかけてくれた絵里ちゃんだったけど


日が経つに連れて、どこか…

遠くを見る機会が、増えた気がする


それに何より、ここ2・3日


…私は、ほとんど会話をしていなかった


「いつから…?」


凛ちゃんと花陽ちゃんが、言っていたのが本当なら

私が一番仲良かったのは、にこちゃんと絵里ちゃん


特に絵里ちゃんとは、2年間一緒に生徒会にいた

…なら、一番仲がいいと言っても間違いは無いと思う


それこそ、目を覚ましたときは

あんなに心配してくれていたのだから

173: 2015/05/17(日) 22:02:09.32 ID:tpk/GxcD.net
「何か…おかしい。」


でも、何がおかしいのか分からない


私が、何も思い出せていないから?


「どうしたらいいんだろ…」


どうして私は、思い出せないのか

何度病院に通っても、答えは同じで


もしかしたら、ずっと戻らないかも、なんて


「戻らなかったら…」


私は、どうすればいいんだろう?

何も思い出せない私は

彼女達の目にどう映っているんだろう


希ちゃん、と呼んでくれたみんな

笑顔を見せてくれているのは

私になのか

それとも---『私』になのか

174: 2015/05/17(日) 22:18:19.84 ID:tpk/GxcD.net
-----



「…おまたせ、にこちゃん。」

「希は?」


「帰ったわ。」

「いきなり呼び出して、ごめんね。」


「…希の事?」


「…そうよ。」

「…」

「真姫ちゃんから見て…」

「希は、記憶が戻ると思う?」


「…!」

「何言って…」


「もちろん、戻ってほしい。」

「それは、全員が思ってるはずよ。」


「だったら…」

175: 2015/05/17(日) 22:18:50.18 ID:tpk/GxcD.net
「…私は。」

「今の希に、記憶が戻るとは思えない。」


「…!」


「恐らく、今のあの子は…希だけど希じゃない。」

「私は目を覚ました希を見て、昔に戻ったと言ったけれど。」

「そうじゃなかった。」


「…ううん。」

「実際、戻ってたんだと思う。」

「覚えていた事は、当時のままだったから。」


「…でも、厳密には違う。」

「戻った記憶に、今の記憶が継ぎ足されてる。」


「それって…」


「…おかしいと思ったのよ。」

176: 2015/05/17(日) 22:19:33.91 ID:tpk/GxcD.net
「希は確かに、1年生の頃に戻った。」

「多分だけど、私が思っていた時期よりも。」

「数週間のズレがある。」


「…ここからは、憶測だけど。」

「過去に、希が変わるきっかけを作ったのは。」

「きっとこの、ズレた期間の中だったんだと思う。」


「変わらないといけない。」

「いつまでも、私といる訳にはいかない。」

「あの子がそう感じて、決意したのは、きっとこの間。」


「…もし、私の言う通りの事が起こってたとしたら。」


「…真姫ちゃんなら、分かるでしょ?」



「でも、それは…!」


「…」

177: 2015/05/17(日) 22:20:10.67 ID:tpk/GxcD.net
「…だって。」

「もし、そうだとしたら…」


「…真姫ちゃんの、考えてる通りよ。」


「そんな…」


「もしそれが事実なら、私達は考えなきゃいけない。」

「…私達の、これからの事を。」


「それに…」

「ひとつ、気になる事もあるしね。」


「…真姫ちゃんも、感じてるでしょ?」


「…」


「希…」

178: 2015/05/17(日) 22:20:41.62 ID:tpk/GxcD.net
-----




…声が聞こえる

…私を呼ぶ、声が


目を開けると

いつか見た、あの世界


…ああ、またこの夢か

そう思って、辺りを見渡す


…いた



数メートル離れた所に

同じ姿をした、『私』


「…あの。」


口を開いて、気付いた


声が、出る


「あの、貴女は…」


目の前の『私』に、声をかける


「貴女は…『私』?」

179: 2015/05/17(日) 22:21:27.14 ID:tpk/GxcD.net
手を伸ばそうとして、知った


「…壁?」


ぴた、と手のひらをそれに当ててみる

透明な、ガラスの壁のような物が

私と、目の前の『私』の間にあった


「…ねえ、聞こえる?」


私の声が聞こえたのか

『私』は、こちらを見る


「     」


口を開いて、何かを言おうとする

…でも、やっぱり聞こえなくて


「貴女は、やっぱり私なの?」

「私は、どうしたらいいの?」


「何か…」

「…ッ。」

「何か教えてよ!!」


目の前の壁を、叩いた

180: 2015/05/17(日) 22:22:16.77 ID:tpk/GxcD.net
けれど、それが届いたそぶりを見せずに

『私』は、地面に腰を下ろす


「私に…記憶は戻らないの?」

「みんなの事…思い出してあげられないの?」


「     」


「聞こえないよ…!」


何度声をかけても、答えは聞こえず、静寂だけ


「…」


膝から、崩れ落ちる

…私は、ここでも一人なのか



『私』が、壁に近付いてくる

そっと伸ばした手に、私の手を重ねる


「     」



「…え?」

181: 2015/05/17(日) 22:23:27.82 ID:tpk/GxcD.net
-----



「ん…」

「あれ?」

「寝ちゃってた?」


携帯の画面に目を凝らすと

ビデオを見始めてから、1時間ほど


…どうやら、うたた寝をしてたみたい


「お腹すいた…」


そう言えば、にこちゃんと別れてから

何も食べてなかったなあ…


ひとまず顔を洗いに、洗面台へ


「…あれ?」


鏡に映った私の顔には

一筋の、涙の痕があった

184: 2015/05/18(月) 07:07:28.49 ID:2QpkYo94.net
-----



あれから、また数日

部活紹介のビデオや

今までに撮り溜めていた映像

ケータイに残ってたメールのやりとりなんかから

…なんとなく

自分がどういう性格で、どんな話し方をしていたのか

少しずつ、理解し始めていた


…それでも、一向に記憶は戻らない


今までにあった事を

知識として、頭に詰め込む毎日



そして今日も、午前の授業が終わって、お昼休み

ご飯を食べた後、時間を持て余した私は、屋上に

185: 2015/05/18(月) 07:08:03.81 ID:2QpkYo94.net
「…で?」

「話って何かしら?」


「…分かってるんでしょ?」


屋上に出る扉の向こうから、声が聞こえる

風通しのためか、開け放している扉

その奥から、聞き慣れた声が聞こえた


…盗み聞きなんていけないと思いつつ

その声の主を知っているからこそ


そこに…足を踏み出す勇気が、無かった。



「…何の事?にこ。」


「絵里…」

「アンタの、希に対する態度についてよ。」

186: 2015/05/18(月) 07:08:35.03 ID:2QpkYo94.net
「…」


「知らないとは、言わせないわよ。」

「ここ最近、ずっと希の事避けてるじゃない。」

「…どういうつもり?」


「むしろ、私が聞きたいわね。」

「にこ達こそ、どういうつもり?」

「どうして、彼女とそんなに仲良くできるの?」


「…は?」


絵里…ちゃん?



「当たり前でしょ?」

「希は、μ'sの…私達の仲間よ。」

「記憶を失くしてたって、今まで一緒に過ごして来た、ともだちでしょ!?」

187: 2015/05/18(月) 07:09:14.30 ID:2QpkYo94.net
「…本当に?」

「本当に…ともだちだと、思ってるの?」


「アンタ、何言って…」


「今の希は、私達の知ってる希じゃない。」

「それは、にこも感じている事のはずよ?」


「だからそれは、記憶が…!」


「嘘。」

「本当は、もう分かってるはず。」


「…彼女は、私達のともだちだった希じゃ無いって事を。」


「…」


「だから、記憶が戻れば…」


「…本当に、戻ると思う?」


「…!」

188: 2015/05/18(月) 07:09:44.15 ID:2QpkYo94.net
「あの日から、1週間もたってる。」

「私だって、希の記憶が戻れば、なんて思ってた。」

「記憶が無くても、希は希だって。」

「そう…思いたかった。」


「…」


「でも、実際は。」

「日に日に、彼女は希じゃない『誰か』になっていった。」

「…それは、にこも気付いてるんでしょう?」

「なにより…」


「記憶が戻る事。」

「…彼女は、望んでるの?」


「それは…」


「…昔ね。」

「本で読んだ事があるの。」

189: 2015/05/18(月) 07:10:39.04 ID:2QpkYo94.net
「思い出は、その人の人生だって。」

「記憶が、その人をその人たらしめると。」

「それらが繋いだのが、人であって。」

「人との繋がりが、その人の性格を現す、って。」

「なら…」


「記憶の無い希は。」

「一体誰と、繋がっているのかしら?」


「絵里、アンタ…」



「正直、自分がこんな考えを持ってるなんて思わなかった。」

「希がいてくれればいい。」

「記憶が戻らなくても、それでも。」

「いつか、いつかきっと…って。」


「…でも、そうは思えなかった。」

「だって…」


「あれは、希じゃないもの。」

190: 2015/05/18(月) 07:11:13.41 ID:2QpkYo94.net
-----



「…うっ。」

「おぇ…っ。」



思わず、トイレに駆け込んだ

さっきまでお腹の中にあった物を

全て吐き出す


「…げほっ。」

「はあ…」


出る物が無くなっても

吐き気は、止まらなかった

ただただ、胃液だけを吐いた


「はあ…はあ…」


空っぽになったお腹をさすって

顔を洗うために、外に出る

191: 2015/05/18(月) 07:11:44.60 ID:2QpkYo94.net
…気持ち悪い


口を濯いで、顔を洗う

顔を上げると

青白い顔の『私』と目が合った


「私は…一体、だれ?」


『貴女は、東條希。』

聞こえるはずの無い、声が聞こえる


『貴女は、μ'sの東條希。』

『それ以外に、居場所は無い。』


「…じゃあ、どうしたらいいの!?」


私が、『私』であるためには…



「…」


…そっか

192: 2015/05/18(月) 07:12:26.19 ID:2QpkYo94.net
「…なんだ。」


簡単な事だった

いつまで経っても、記憶が戻らないなら



…演じればいい



私じゃない、『私』として


変われないなら、無理にでも変えれば良い


やっと出来た居場所

ようやく手に入れた、友達

記憶が無くても、それを手に入れたのは、『私』だから


「…」


失う訳には、いかない

もうひとりには、なりたくないから


「ふふっ。」

「…よろしくな、『ウチ』。」


答えるはずのない鏡の中の『私』に

…そっと、笑顔を向けた

200: 2015/05/19(火) 00:10:07.61 ID:+F/NSPz4.net
-----


それから『ウチ』は

少しずつ…少しずつ

理想を現実にあてがっていく


誰にも気付かれちゃいけない

今まで戻らなかった物が

すぐに戻ってもおかしい


ただひたすら、薄氷の上を歩くように

みんなと接する自分を、塗り替えていく



「…おはよ、穂乃果ちゃん。」

「おはよう、希ちゃん。」


「今日は、遅刻しなかったね?」


「だ、大丈夫だもん…!」

「…あれ?」

201: 2015/05/19(火) 00:10:47.24 ID:+F/NSPz4.net
「希ちゃん、覚えてるの?」


「…なんだか、そうだった気がして。」

「思い出して…きたのかな。」


「うう…」

「そんな事は思い出さなくていいんだよう…」


「ふふっ、ごめんね?」




ほんの小さな事を

言葉の端々に織り込む

感づかれないように

ただただ、慎重に


…相手を、見極めて

202: 2015/05/19(火) 00:11:16.62 ID:+F/NSPz4.net
「それでね、その時真姫ちゃんが…」


「…そうやったっけ?」


「あれ?希ちゃん、今…」


「何か、変な事言った?花陽ちゃん。」


「少し…前みたいな、言葉使いがでたから。」


「そっか…ありがと♪」

「少しずつ、思い出せてたらいいなあ…」


「きっと、大丈夫だよ。」

「…少しずつで、いいんだから。」


「…うん♪」



顔色を、変えずに話す癖がついた

あくまで自然に、さりげなく

203: 2015/05/19(火) 00:11:55.44 ID:+F/NSPz4.net
「…ねえ、ことりちゃん。」

「この、ウチの衣装なんだけど…」


「え?」

「希ちゃん今、自分の事…」


「…あ、そういえば。」

「ウチ…って、言ってたんだっけ?」


「…思い出したの?」


「…何となく、口から出たみたい。」

「ウチ…か。」

「変じゃ無いかな?」


「…うんっ♪」



眠れない日が続いた

みんなの曲を聴く事で、夜を明かした


目の下に出来た隈は、コンシーラーで隠した

204: 2015/05/19(火) 00:12:37.73 ID:+F/NSPz4.net
「…希。」

「最近、記憶が戻り始めているらしいですね。」

「穂乃果達が、喜んでましたよ?」


「…ほんと?」

「嬉しいなあ。」


「でも、まだ全部じゃなくて。」

「話し方とかも、咄嗟にそれが出る、って言うか…」


「それでも、嬉しい事ですよ。」

「以前と比べて、だいぶ落ち着いて来たように感じます。」


「…何となく、雰囲気がそれらしくなって来ましたね。」


「海未ちゃんに言われると、なんだか自信つくなあ。」

「頑張って、全部思い出せるようにするからね?」


「…はい!」


何となく、意味深に

何となく、曖昧に


この話し方にも、慣れて来た

205: 2015/05/19(火) 00:13:04.54 ID:+F/NSPz4.net
「…にこっち♪」


「…なに?希。」


「今日、帰りにクレープ食べて帰らん?」


「クレープぅ…?」


「バイト代入ったし、ウチがおごるよ♪」


「…そっか。」

「バイト先にも、顔出すようになったのね。」


「うん。」

「何となく、断片的にだけど。」

「思い出せてきたから、バイトも再開したん。」


「そうね…」

「それじゃ、付き合うわ。」


「ありがと、にこっち。」

206: 2015/05/19(火) 00:13:44.19 ID:+F/NSPz4.net
「それで、どこまで思い出したの?」


「どこまでって言っても…」

「ほんとに、断片的で。」

「話し方なんかは、喋ってるうちにいつのまにか…」


「そう…」


「…あ、でも。」

「にこっちが学園祭で、講堂の抽選を外したのは、思い出したよ♪」


「…!」

「もっと思い出すなら、他にあるでしょ!?」


「…いやあ。」

「ウチにとっては、忘れられない記憶なのかもね♪」


「…ったく。」

「ほら、いくわよ。」

「はーいっ!」


時にふざけて、時に真面目に

のらりくらりと、その場を流して


踏み外す事の出来ない、綱渡りを続ける

207: 2015/05/19(火) 00:14:18.07 ID:+F/NSPz4.net
「…!」


にこっちとの帰り際、えりちと目が合う


「~♪」


陽気に、手を振ってみた

悟られる事の無いように

何か、思い出したと伝えるように


「…っ。」


ぎこちなくも、えりちも手を振ってくれた


…もう少し、時間がかかりそうだね


「…あと、少し。」


自分を戒めるように

小さな、小さな声で呟いた

208: 2015/05/19(火) 00:22:27.44 ID:+F/NSPz4.net
「希…」


「あ、真姫ちゃん。」


「…大丈夫?」


「…なにが?」


「記憶…戻って来たんでしょ?」


「…うん。」

「真姫ちゃんの、おかげでな♪」


「茶化さないで。」

「その…大丈夫なの?」


「あんまり、無理したり…」


…そっと、真姫ちゃんの手を取る


「希…?」

209: 2015/05/19(火) 00:23:00.70 ID:+F/NSPz4.net
「…ウチな、真姫ちゃん。」

「真姫ちゃんが、記憶が無くても。」

「ウチはウチ、って言ってくれたのが、嬉しかったん。」


「…!」


「記憶が戻るためなら、何だってするって言ってくれた。」

「その言葉通り、いつだってウチの事を気にかけてくれた。」


「今までの事、色々教えてくれたり。」

「話、聞いてくれたり。」

「…すごく、感謝してるんよ。」


「まだ、全部が思い出せた訳じゃないけど…」

「それでも、真姫ちゃんがこうしてウチのそばにいてくれたから。」


「ウチは…こうして、思い出す事が出来るようになったんやと思う。」


「希…」

210: 2015/05/19(火) 00:23:24.93 ID:+F/NSPz4.net
「…正直な話。」


「このまま、記憶が戻らなくてもいいかな。」

「…そう、考えた事もあった。」


「…!」


「でも、それは違うって気付いたん。」

「きっと記憶が無くても、みんなは優しくしてくれる。」

「…それに、甘えてたんやと思う。」


「でも、今は違うよ。」

「ちゃんと、自分の記憶取り戻して。」

「みんなと、ラブライブに出たい。」

「優勝したいって、思ってる。」


「…そう思えたのは、真姫ちゃんのおかげ。」

「いつでも、ウチを支えてくれたから。」


「…ッ。」


「本当に…面倒なんだから…」

211: 2015/05/19(火) 00:23:57.85 ID:+F/NSPz4.net
「ありがとう、真姫ちゃん。」


震えるその手を握りしめて


…自分には、演技の才能があるんじゃないかと思ってしまう


嘘に嘘を重ねて

顔色ひとつ変えずに、こうして歩み寄る



…酷い事をしてるのは、分かってる

きっとバレたら、嫌われると思う


でも、こうするしかない


『ウチ』としてここに存在するためには

『私』は、ここに必要ないから



あとは…

212: 2015/05/19(火) 00:25:02.48 ID:+F/NSPz4.net
「…えりち。」


「…!」

「…なに?」


「あの…さ…」


「…また、パフェ食べて帰らない?」


「希…貴女…!」


「…また、ああして話したいんよ。」

「一緒に、生徒会の事や。」

「μ'sの事を、話してたみたいに。」


「…えりちと、また笑いたい。」



「思い…出したの?」


「全部…とは、いかないけど。」

「でも、えりちと過ごした事は…」


「ウチにとって、大切な記憶だから。」

213: 2015/05/19(火) 00:25:27.85 ID:+F/NSPz4.net
「希…」


「…遅くなって、ごめんな?」

「でも…」


「…いいのよ。」

「私の方こそ…ごめんなさい。」


「…ううん。」

「思い出せなかったのは、事実だから。」

「えりちが、そんなウチの事。」

「認められなかったのも、分かるから…」


「気付いて…!?」


「でも…」

「でも、ウチは。」


「また、一緒に笑いたい。」

「えりちと、今まで過ごして来たみたいに。」


「駄目…かな?」

214: 2015/05/19(火) 00:25:54.74 ID:+F/NSPz4.net
「…!」


えりちに、抱きしめられる


「…駄目なんかじゃない。」

「ごめんなさい、希。」

「ごめんなさい…」



役に入りきる、というのは

こういう事なのだろうか


いつから、涙を流せるようになったんだろう

自由に、必要な時に



「えりち…じゃあ…」


「…ええ。」

「行きましょ、希。」


「…うんっ♪」

215: 2015/05/19(火) 00:26:36.79 ID:+F/NSPz4.net
-----



「う…っ。」

「んぐっ…。」


喉を焼尽すように上がってくる胃液を

無理矢理、飲み込む


ご飯は、以前と変わらず食べた

相変わらず襲ってくる吐き気を

水を飲み込んで、ごまかす


見た目が、変わってはいけない

心配させてはいけない


…気を使わせては、いけない


「…はあ。」



「これで…」


これで、きっと大丈夫

みんなとも、ある程度打ち解けられたはず


…あとは、会話を記録して、記憶するだけ


ラブライブまで、残り1ヶ月を切っていた

216: 2015/05/19(火) 00:27:20.07 ID:+F/NSPz4.net
みんなとの距離が近付くにつれて

昔の事なんかも、気軽に話せるようになった


会話の中で、頭にその話をインプットする

ふられても、冷静に受け流す

あくまでふざけるように、核心には触れずに



…失くしていた間の記憶も

ほとんどがケータイと手帳の記録で補えた

詳しい事は、みんなが喋ってくれる


…そこに、少し話を誘導するだけで



『そんな事をしても、変われる訳がないのに。』


「…うるさい。」


鏡の中のそれと、話す事なんか無い

上手く、いってる


…あと、少し

217: 2015/05/19(火) 00:27:48.82 ID:+F/NSPz4.net
-----



「…あれ?」

「まだ、凛ちゃんだけ?」


「あ、希ちゃん。」

「まだ、凛だけだよ?」


放課後に、部室に顔を出す

まだみんなは、来てないみたい


「そっか…」

「ねえ、凛ちゃん。」


「なあに?希ちゃん。」


凛ちゃんには悪いけど

一番、鈍そうだったから


「ウチ…何か、変な事言ったりしてない?」


「…変な事?」


「うん。」

「どこかおかしい所とか、ないかな?」

218: 2015/05/19(火) 00:29:38.51 ID:+F/NSPz4.net
「う~ん…」

「今の質問とか、かな?」

「なんだか、希ちゃんらしくないっていうか…」


「…あはは、ごめん。」

「思い出したって言っても、まだ全部じゃないから。」

「何となく、気になっただけなんよ♪」


「そっか♪」

「あ、でも、それなら…」


「…ん?」


「どうして、そんなに頑張ってるの?」


「どういう事?」


「うーん…凛、ずっと気になってたんだよね!」


「何が?」


「凛、知ってるよ?」









「…記憶、ひとつも戻ってないよね?」

219: 2015/05/19(火) 00:30:08.31 ID:+F/NSPz4.net
今日はここまで

続きは、また明日

220: 2015/05/19(火) 00:31:36.53 ID:nvhqNOgI.net
さすが凛ちゃん……

221: 2015/05/19(火) 00:35:38.66 ID:BX1aXWqj.net
ああああ なんか悲しいなあ
凛ちゃんはするどいね

232: 2015/05/19(火) 23:14:43.58 ID:+F/NSPz4.net
「…」


凛ちゃんのその言葉に

何も、反応が出来なかった


いつばれた?


何で?



他のみんなは…騙されてるのに



「なーんちゃってっ♪」

「冗談だよ、冗談♪」


「…凛ちゃん?」


本当に?

でも、さっきの目は…


とにかく、なにか口に出さないと

そう思って口を開いた時


部室のドアが開いた

233: 2015/05/19(火) 23:15:24.43 ID:+F/NSPz4.net
「おっはよーっ!」


「おはよー!穂乃果ちゃん!」


「あれ?2人だけ?」


「もうすぐ、みんな来ると思うよ?」


「そっか♪」

「ねえねえ、2人で何話してたの?」


「今ね、希ちゃんの記憶、戻って来てよかったね、って。」

「凛達の事、思い出してくれて嬉しかったな、って話してたんだ。」


「うんうん、確かに!」

「一時は、本当に心配したから…」


「ありがと、希ちゃん♪」


「あ、ううん…」

「穂乃果ちゃん達の、おかげだよ。」

234: 2015/05/19(火) 23:15:53.68 ID:+F/NSPz4.net
「それにしても、穂乃果の寝坊とか。」

「そういうのは忘れたままでよかったのにー…」


「それは流石に失礼にゃ。」

「それに、きっとすぐに寝坊して、バレてたよ?」


「凛ちゃんひどいよっ!?」



目の前には、いつもの光景

いつでも可愛い、元気な2人


…でも、それが怖い


さっきの凛ちゃんの目

あれは、冗談なんかで言ってる目じゃ…



「…希ちゃん?」


「…!?」


「一緒に、屋上行こっ?」


「…そうやね。」

235: 2015/05/19(火) 23:16:25.68 ID:+F/NSPz4.net
-----



「どうしたのよ。」


「…何が?」


「昨日から、どこか暗いわよ?」

「何かあった?」


「いややなあ、にこっち。」

「ウチは、いつでも元気やで♪」


「…そう。」

「何かあったら、言いなさいよね。」


「アンタは、自分の中に溜め込んじゃうタイプなんだから。」


「…うん。」


昨日、凛ちゃんに言われてから

みんなが、少し怖くなった

騙せてると思ってるのは自分だけで

もしかしたら…


みんな、分かってるのかもしれない

236: 2015/05/19(火) 23:18:38.04 ID:+F/NSPz4.net
「分かりにくいのよ、アンタは。」

「今は…大丈夫だと、思うけど。」


「…はは。」

「まあ、もうみんなに心配はかけたくないから。」

「何かあったら、ちゃんと言うよ?」


「それでいいわ。」

「じゃないと、また昔みたいに…」


「…昔?」


「ほら昔、希と一緒にいた時…」



「…」


「希?」


「あ、ううん!」

「懐かしいなあ…って、ちょっと思い出してた。」


「…やっぱり、分かりにくいわね。」

「それに、遠くを見るほど昔の話じゃないでしょうに。」


「それもそうやね♪」

237: 2015/05/19(火) 23:19:34.12 ID:+F/NSPz4.net
「ねえ、希。」

「良かったら、今日…」



「あ、ごめん、にこっち。」

「今日はちょっと、家でやる事あって…」


「…そうなの?」

「なら、仕方ないか。」


「うん、ごめんな?」


「別にいいわよ。」

「また今度、どこか寄り道して帰りましょ。」


「うん、ありがと。」

「流石、ウチの親友やね♪」


「…調子いいんだから。」


精一杯の笑顔でごまかして

足早に、家に帰って来た

238: 2015/05/19(火) 23:20:18.41 ID:+F/NSPz4.net
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「…」

「なんで…」



「…ッ。」


頭を冷やすように

洗面台で、顔を洗う


「…」


水が流れる音が

唯一、自分が目を覚ましている事を証明してくれた



「昔…」


にこっちの言っていた、昔の事

あれは、いつの時の事を言ってたんだろうか


…思い出せない

239: 2015/05/19(火) 23:20:51.40 ID:+F/NSPz4.net
「…」


鏡に映った自分の顔が

あざ笑っているようにすら感じる


「…ッ。」


「あれは…」

「あの、記憶は…」





「『ウチ』の記憶なん?」


「それとも、『私』の…?」



「昔…」


「昔って、いつ…?」


思い出せる、最初の記憶は


…えりちと、出会った日の事だった

240: 2015/05/19(火) 23:22:14.32 ID:+F/NSPz4.net
短いですが、今日はここまで

希をいじめたい訳ではありません
むしろ、書くのが辛いです

それでは、また明日
【ラブライブ】希「失った記憶と繋がる心。」【後編】

引用: 希「失った記憶と繋がる心。」